迷い込んでしまったのはポストアポカリプスな世界でした(旧題:ポストアポカリプスなう!) (abc2148)
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チュートリアル!?
懐かしい世界


続くかは分かんないので余り期待せずに読んでください。

*2023/06/05 第一話の内容を大幅に変更、大筋は変わっていません。


 ポストアポカリプスとは何か?

 と聞かれればネットから答えは簡単に拾う事が出来る、要約すれば終末論に基づく最終戦争や大規模な災害で滅んだ後の世界を指し示す言葉である。

 

 だが●●●ならこう答える──夢も希望も未来も潰えたどん詰まりの世界と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたら知らない場所に男は立っていた。

 焼け焦げた地面、丸焼けになってフレーム剥き出しのまま放置された車、枯れた木々やヤバい色をした植物。少し視点を遠くへ向ければ廃墟と化した街並み。

 過疎化した地方と言うには荒廃が進み過ぎた光景は現実味がなく、男は少しの間目の前の光景をどこか遠い外国の風景であるかのように眺めていた。

 

「……それでナニ、此処何処?」

 

 男が口に出した疑問に答えてくれる者はいない。

 言葉は乾いた空気に消える、目の前に広がるのは相変わらずの荒廃した光景である。

 仕方なく男は現在位置を確かめる為に服からスマートフォンを出そうとした。

 

「あれ?スマホがない、何処かに落とした?」

 

 しかし何時もの定位置であるズボンのポケットには何も入っていなかった。

 それだけではない、何時もの見慣れた服装とは似ても似つかない草臥れた服を男は着ていた。

 

 謎である。

 突如として見知らぬ場所に立っていた事に加え服装まで変わっているとなると流石におかしい……が、だからと言って男に何かが出来る訳でもなかった。

 有効な手立ては特に思いつかなかった男は仕方なく歩き出した、取り敢えず見晴らしのいい場所を見付けて場所の検討だけ付けようと考えたのだ。

 そうして男が訳も分からず荒れ果てた道を進んで行き──とある風景を見て男の足が止まった。

 

「……なんか見た事があるな」

 

 男は立ち止り、目の間に広がる風景を詳細に見つめ続ける。

 何かが引っ掛かる、既視感とも言える僅かな取っ掛かりを元に自らの記憶の奥深くに沈んでいく。

 時間の経過に伴い男の既視感は少しずつ強まっていき──そして答えを見付けた。

 

「あっ、この風景はゲームのパッケージに描かれていたものと同じだ」

 

 漸く思い出した、目の前の風景はかつて夢中になって遊んでいたゲーム、タイトルは忘れてしまったが核兵器や生物兵器といった戦略兵器で荒れ果てた世界を生き残るゲームにそっくりだった。

 ゲームの内容はポストアポカリプスでオープンワールドな世界でプレイヤーは生存する為にサバイバルを行い、出てくるミュータントと戦ったり自分だけの秘密基地を作ったり出来る非常にマニアックな洋ゲーだった。

 無論、ゲームだけあって遊び方は無数にありプレイヤーを超人にして無双プレイも可能であったり、NPCを扇動してゲーム内の勢力同士を戦わせることも可能であったりと幅広い遊びが可能であり動画投稿サイトには数多くの名作が生まれたものだ。

 

「懐かしいな。何度も徹夜して遊んで…、寝不足で痛い目に遭ったこともあったな」

 

 そんな事を考えながら後ろを振り返れば目に映るのはモニターで見た映像がそのまま…、いや現実と見誤る程の情報量を持った景色が目に飛び込んできた。

 据え置きのハードでは性能の限界からか描写が出来ずぼかされていた部分もくっきりと見え、尚且つ視覚、聴覚だけでなく嗅覚や肌を通り過ぎる風などを感じる事も出来る。

 まるでゲームの世界に入り込んできたような感じだ。

 

「いやはや、昔このゲームに夢中になった1プレイヤーとしては()()()()だな」

 

 そんな事を言いながら道端にあった錆び付いたガードレールに腰掛ける。

 尻に感じる感触も現実と大差なく益々この夢に感心してしまう。

 だが夢は何時かは覚める物、そんな事を考えながらぼんやりと空を眺めていると近くの茂みが揺れ出した。

 今は風は吹いていない、つまり茂みが揺れると言う事は……。

 

「うおっ、夢で見るにしてもコレは無いだろ……」

 

 目の前の茂みから現れたのは膝位の全高を持つ虫、そう、掃除が行き届いていない不潔な家に現れるGをモデルにした巨大な虫だ。

 触覚をわさわさと動かしているのは周囲の環境を把握する為なのか、とにかく見ていて気持ちいいモノではない。

 男は気付かれないように抜き足差し足で虫から離れようとし──しかし虫の頭がこっちを向いた。

 

「うわぁあああああ!?!?」

 

 男は巨大昆虫が振り向いた瞬間に脇目も振らず絶叫を上げながら走り出す。

 恥も外聞もなく全力で逃げ出したが後ろからカサカサと音が聞こえる。

 振り返るまでも無く巨大昆虫が追いかけて来ている。

 その事実、恐怖が男の火事場の馬鹿力を発揮し荒廃した世界を今迄経験したことが無い速度で駆ける事を可能にした。

 

 其処から始まるのは男と昆虫の生死を掛けた鬼ごっこ、端的に言って地獄と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメ、……、もう、走れない」

 

 一体どれだけ走ったのか、スタミナが続かなくなるまで男が走り続けていたら巨大昆虫の追跡はいつの間にかなくなっていた。

 その事に気が付いたのはスタミナ切れで倒れこんだ時であり、それによって緊張が途切れた身体にはより一層の疲労感が襲ってきた。

 

「もう嫌、夢なら覚めてくれ……」

 

 最初は懐かしく心躍る夢だと思っていたのも昔の事、今では夢から覚めて早く現実に戻りたいと男は切実に思っている。

 そして夢から現実に目が覚めても当分の間は常に街中の茂みに恐怖を持つことに違いない。

 それでもいいと男は道端に座り込み早く目が覚めろと強く念じる。

 だが一向に夢から覚める気配がしない、現実と見誤る程の情報が絶えず男の五感に送られるだけだ。

 

「……夢から覚めるには恐怖を感じるのが手っ取り早いけど」

 

 夢から覚める切っ掛け、男の小さいころからの経験則上では夢の中でとても怖いと思った瞬間に目が覚めていた。

 それは夢の中で底の無い穴に落ちる瞬間であり、車にぶつかった時だ。

 だが現実と誤認しそうな程の精緻極まる夢では落下、追突共に怖すぎるので手近な自傷行為で目を覚ますとする。

 やる事は単純、目の前にある枯れ木の幹に勢い良く頭突きをするだけだ。

 

「いくぞ、いくぞ!」

 

 へっぴり腰になる身体を掛け声で奮い立たせた男は頭を枯れ木にぶつける。

 そうして割と勢いよくぶつかったせいで今まで感じた事の無い痛みと頭蓋全体を揺るがす衝撃が駆け巡った。

 だがこれで夢から覚める条件は満たした、痛みと衝撃で頭を回しながらも男は夢から覚める瞬間を待った。

 だが幾ら待とうと夢から覚める気配はない、只々頭が痛いだけだ。

 

「覚めない、何で!?」

 

 意味が分からない、これだけ頭が痛いのに男の眼前に広がる風景は何も変わらない。

 眼に涙を浮かべながら、もしや痛みが足らなかったのかと思いついた男は再び幹に頭をぶつけた。

 

 二度目は更に勢いよくぶつけたせいで更に強い痛みが駆け巡る──だが未だに夢からまだ覚めない。

 

 三度目は皮膚が切れたのか血が一筋流れた──だが夢からまだ覚めない。

 

 四度目は無かった、これ以上ない程痛む頭を更にぶつける気力は男になかった。

 

 絶えず襲ってくる痛みで気力が尽きた男はその場に座り込んでしまう。

 それでも痛む頭を何とか働かせてこの出来の悪い夢の正体を明かそうとして一つの考えが男の脳裏を稲妻の如く駆け巡った。

 それは我が国、日本の文学作品において一大ジャンルであり男が今でも嗜んでいる大好きなジャンル、それは異世界転移。

 甘酸っぱい乙女ゲーだったり剣と魔法の中世ファンタジーが定番の一大ジャンルであり、そこで目が覚めた主人公がなんやかんやあって大成する成り上がりの物語。

 

 しかし残念ながら此処は男が夢見るような希望とロマンに溢れる世界では無かった。

 此処は崩壊と汚染と破壊が満ちた”ポストアポカリプス”の世界。

 

「異世界転移ってやつですか!?」

 

 かくして、乙女ゲーでもファンタジーゲームでもない、ポストアポカリプスを題材にした洋ゲーの終末世界に迷い込んでしまった男の慟哭が世界に放たれた。



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きびだんご(団子ではありません)

 男には逃げられない時がある、それは大事な会議だったり、人脈作りの為のクソみたいな飲み会だったり、受注生産限定のお高い玩具を買う決断を下す時だったりと様々だが、まあ、色々ある。

 

 だからこそこんなクソみたいな世界に迷い込んでしまった自分にもその時は訪れる、むしろ世界が世界だけにこれから訪れる数多くの苦難、その始まりの場面かもしれない。

 無論逃げる事は出来る、だがそれは問題の先送りであり、今現在の男からすれば貴重な時間を浪費するという代償が伴う。

 そしてコレは先送りするだけで最後には自分で決断し解決するしかないのだ

 

「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ……!」

 

 何処かで聞いた事があるような台詞を口ずさみながら、視線をあちこちに彷徨わせ、独り言を呟きながら、そして男は覚悟を決めた。

 

 視線を定め、気合を入れ、口を大きく開けて喰らい付く────ネズミの丸焼きに。

 

「ブボァッ!?ゲホッ、ブゲホ!?!?ひんッ……!」

 

 想定の三倍以上不味かった。

 

 

 

 

 自力で仕留めたネズミを焚火で焼き上げて、それを食べた。

 

 文章にすればなんてことは無い一文にまとまってしまうが最後の食べるが曲者だった。

 未だに口に残る不味さは二度と味わいたくはない。だがそうも言ってられない事情がある。

 

「クソ不味かったが、これで飢え死にはしない筈……だよな」

 

 涙目になって食べつくしたネズミはこのポストアポカリプスな世界において雑魚ミュータントの一種である巨大ネズミだ。

 雑食且つ繁殖力が強い、オマケにミュータント化したことで巨大化しており季節も場所も問わず何処にでもあらわれる存在。

 ゲームでは序盤の戦闘における指南役として数え切れない程プレイヤーに命を捧げてくれて、ゲームが進行すれば路傍の石のように雑に扱われる悲しき定めのミュータント。

 オマケにドロップする素材はゴミとか自身の肉といった利用価値が限りなくゼロに近い。

 

 男もゲームでは無視するか射撃の的程度にしか扱ってこなかったが、今は違う。

ゲームの中に存在する数あるゲテモノ食材の中で序盤で入手可能であり、難易度も低い、おまけに巨大ネズミは彼方此方に居るので絶滅する心配がない。

 何より食べた際のデメリットが無いのが素晴らしい!

 

「流石にミュータントの食べ過ぎで突然変異とか起こしたくないしな。でも医療系アイテムや医療設備があればゲテモノでも食べられるか……?」

 

 医療系アイテムや設備を作るとなれば様々な素材、専用の設備が必要となる。

 無論今の男は素寒貧の状態であり、逆立ちしたって医療系アイテムを出す事は出来ないし最新の医療設備を用意する事も出来ない。

 だが男は何も持たないレベル1の蛮族ではない、異世界転移のお約束とも呼べるチート能力を持っている!

 

……もっているのだが

 

「何だよこれ、作りたい物の作成手順や仕組みが分かるだけって。しかも全自動じゃなく自分の手足を使って作るしかないのかよ」

 

 そう、材料さえそろえばスキル使用!全自動で目の前に出現!といった感じで生み出されることは無く、呪文をホニャララと唱えるだけで出来るわけでもない。

 文字通り作り方と仕組みが分かるだけで自分の力で作り出す必要があった。

 

「……それでも無いよりはましか、このお手製ナイフでも何とかネズミは倒せたんだ」

 

 自分の手が握っている粗削りなナイフ、そこら辺の廃材から作り出したソレは設備も経験も無い自分で作り上げたものだが品質は良くない。

 ソシャゲ風に言えばN(Normal)以下の物だろう。それでも手ずから作り出したものだと考えれば少しだけ誇らしくもある。

 

「それにしても、これからどうするか……」

 

 男は異世界転移したならば童心に帰り世界を救い、美人を侍らせて酒池肉林を尽くすぜ!……と考えているのではなく、真面目に今後の生存戦略について考えていた。

 なにせゲームであったからこそ楽しむ事が出来たポストアポカリプスな世界、其処に平和な日本ですくすくと育った自分が放り込まれてしまったのだ。

 下手をしなくてもこの世界には死が溢れており、少しの油断で死んでしまうのだ──割と惨い死に方で。

 

「……だけどなんも覚えてないんだよな!ストーリーも勢力も地形も、み~んな!つうか何年前のゲームだよッ、今じゃ仕事で忙しくて昔みたいにゲームも出来ないし、続編出なかったから今まで忘れていたのに!」

 

 だからこそ真剣になって男は考える、これからどうするか、どうやってサバイバルしていくか、昔の記憶を何とか掘り起こして有益な情報を得ようとした。

 

──故に気付かなかった、思い出す事に集中し周囲への警戒がおろそかになった瞬間にソレは現れた。

 抜き足差し足忍び足、足音を立てないようにゆっくりとソレは男に近付いて行く。

 そして男の真後ろから枯れ枝を踏み抜いた音が聞こえて来た。

 

「!?」

 

 男は音を聞いた瞬間に現実に引き戻され、そして振り返る事が出来ずにいた。

 自分の後ろには何かがいる、それが分からない、だが振り返るのは恐ろしく、下手に動き出せばその瞬間に何かが喰らい付いて来るのではないか、そんな事が頭の中を駆け巡り動き出す事が出来ない。

 

 そして一秒が経ち、五秒が経ち、十秒が経ち……、何故かいまだに後ろでいるであろう何かは行動を起こさない。

 動き出すのを待っているのか、それともただの気のせいであったのか。

 

 だが考える時間を与えられた男は覚悟を決めた──先ずは勢いよく振り返り、腕を高く掲げ、変顔をしながら大声で奇声を発して威嚇することに。

 

 男も結構いっぱいいっぱいだった、それでも覚悟を決めたのか男は後へ振り返る。

 其処に居るであろう何かに対してビビって逃げてくれと願って。だが目の前にいたのは巨大な虫やミュータントなどではなかった。

 四つ足で大きさは自分の腰程、薄汚れてはいるがふさふさとした毛が生えており頭部にはピコピコと動く三角の耳。

 

「ワンッ!」

 

 犬がいた、犬種で言えばジャーマン・シェパードぽい感じの大型犬、しかもお座りをしている。

 

 何故に犬!?と頭の大部分に更なる混乱が齎されたが冷静な頭の一部は謎を解き明かそうとその犬を念入りに観察する。

 そして気が付いた、犬が口から涎を垂らしている事に、そして視線を向けている先が自分ではなく焚火であり其処で焼いているネズミであることに。

 

「お手」

 

差し出した右手に犬は迷いなく前足をのせた。



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慎重に行こう

 この世界におけるミュータントは大多数が敵対的な存在であり、プレイヤーを見かけ次第襲ってくる。

 相手が強いから逃げようと言った本能は無くプログラムされたアルゴリズムに従って動くだけの存在だ。

 だからこそプレイヤーの射撃の的になり、時には金策として大量に乱獲されるのがゲームにおけるミュータントの宿命(・・)だった。

 

 そう、それは過去の話、遠く男の視線の先にいる人型ミュータントのグールはゲームで狩られる雑魚ではない。

 

 かつては人間だったが特殊なウイルスに感染してしまい生きながらに変異してしまった存在。

 理性は無いが本能のみで動き、加えて鋭い爪を武器にして襲い掛かり低確率で毒の様な状態異常を引き起こす。

 幸いにも五感は退化しているのか余程の大きな音を出さない限りは襲い掛かってこない……筈だ。

 

「どうする、無視するべきか、戦うべきか……」

 

 正直に言えば勝てたとしても旨味がない。

 戦う事は現状では余計なリスクでしかなく、傷が元で感染症に罹ってしまえば治療の手立てがない。

 

「だけど回り道する余裕が無いんだよな」

 

 今、男がいるのは多少栄えていたであろう田舎町の一角。

 仮拠点として住み着いた町であり今は探索ついでに彼方此方見回りながら屑鉄や使えそうな廃材を集めていてその帰りだ。

 拠点周りの安全確保はしたつもりではいたが、如何やら漏れがあったらしく、そのせいで拠点への帰り道でミュータントと遭遇することになってしまった。

 

 

 此処で無視して帰る事も出来るが日が暮れ始めた今、夜中にグールを警戒しながら寝るのは辛い。

 何よりも何処から侵入してきたのか、侵入経路を探し出すために邪魔なモノは事前に取り除いておきたい。

 

「ポチ、ステイ」

 

 ネズミの丸焼きで懐いた犬はポチと名付けられた。

 安直な名前であるが名付けられた犬は不満げな様子もない。

 加えてかなり賢いのか此方が指示を出せば素直に従ってくれる、正直に言って一人での活動に早々と限界を感じていた男にとってポチは正に救いの神だった。

 僅かな異変を感じ取る警戒装置としても優秀であり、おまけに撫でれば素直に甘えてくる姿はささくれ立った心を癒す強力なアニマルセラピーとなった。

 

 そんなポチから離れ、足音を立てずにグールの背後に回り込む。

 幸いにも相手には気付かれることなく位置取りをする事が出来た。

 無論、五感の鈍いグールであり一匹しかいなかったから出来た事でもある。

 そして真後ろから突貫作業で作った最低品質のクロスボウを構える。

 錆が付いたままの板バネが変形しながらギシギシと小さな音を立てる、それでも板に蓄えられた力はそれなりのモノであり、手作り感満載のボルトを放つには十分だった。

 

 引き金を引き、クロスボウからボルトが放たれる。

 グールとの距離は20メートル程、クロスボウの射程内、そして外れることなくボルトはグールの身体にめり込んだ。

 

「グギャッ!」

 

 身体の中心から外れたが右胸に突き刺さっている。

 肺は確実に潰している、普通の生き物であれば激痛で動けない筈、だが相手はミュータント、これ位の痛みで狼狽える軟な相手じゃない。

 

「ポチ、ゴー!」

 

 此方に振り向いたグール、その背後からポチが襲い掛かる。

 反応も出来ずに鋭い犬歯を右足に突き立てられバランスを崩したグールは前のめりに倒れる。

 

「──グ……」

 

 グールは息を吸い大声で叫び出そうとする。

 『呼び声』と名付けられたその行動は大声で叫ぶと近くにいる同じグールを呼び集める、序盤におけるグールの厄介な能力。

 ”一匹いれば三十匹いると思え”、それがグールに数の暴力でボコボコにされたプレイヤーの恨み言として有名だ。

 

 だが叫ぶ暇は与えない。

 クロスボウは置き去りにしている、ポチが走り出したと同時に駆け出しもう一つの武器を構える。

 其処ら辺で拾った錆びた鉄パイプ、ソレを上段から勢いよく振り下ろす。

 

 狙い違わずに鉄パイプはグールの頭蓋にめり込んだ。

 行き場を失くした脳髄が頭蓋から溢れ両目から零れ落ちると同時に生命活動は完全に停止した。

 

「駆除完了、ポチも良く出来ました」

 

 やりました!と元気に尻尾を振りながら近付いてきたポチをわさわさと撫でてあげる。

 気持ち良さそうに目を細める愛犬に心を癒されながらも、未だにドキドキと心臓が鳴っている。

 

 結果を見れば仲間を呼び寄せる前に仕留め切れた、怪我も負っていない、だがこのままでは心臓が保たない。

 ゲームでは簡単に倒せたはずの存在が現実になって襲ってくる、それが途轍もないストレスになっている。

 

「強い武器が欲しい……」

 

 出来れば序盤に登場するようなミュータントを一方的に殺せるモノ。

 目標はファーストルック・ファーストショット・ファーストキルだ。

 そうすれば夜には安心して眠れるだろう。

 そんな事を考えながら男はポチと共にクロスボウと収集した廃材を背負って拠点への道を歩き出した。



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夢中になっていた事

 男の目の前には分解したクロスボウがある。

 突貫作業で作った代物である為品質は最低、それでも遠距離攻撃が出来るという点で鉄パイプよりも優れた武器である。

 だが男はこのままの状態で使い続けるつもりはなかった。

 廃屋で見付けた大きな作業机の上には分解したクロスボウの部品以外にも様々な物が載っている。

 壊れた扇風機があれば、プラスチック製のおもちゃ、壊れたラジオ、その他にも多くのガラクタが──素材があった。

 

「……よし!」

 

 男は気合を入れるとドライバーを片手に作業に取り掛かる。

 かつてゲームのプレイヤーであった男はミュータントと戦う事も好きだったが戦う事よりも男が夢中になったのがクラフト関連の要素だった。

 今や大抵のゲームで搭載されているクラフト機能であるが男がプレイしていた年代では珍しく、その幅広さからストーリーを無視してのめり込んでいた。

 自作の銃をカスタマイズし、建物を建て、ロボットを作った、現実では出来なかった事、やりたかった事を画面の向こうで大いに楽しんだ。

 それはこの世界に迷い込んで命の危機にさらされようとも変わらない。

 

 ガラクタを分解し、使える部分と使えない部分を分け、必要があれば穴をあけ、変形させる。

 ゲームでは全自動かつ一瞬で終わった作業、だが実際に手足を動かして行う作業は力と繊細さに加え体力が必要であった。

 いつの間にか額には汗が浮かび、息が上がっている。

 それでも作業机に注がれる視線は衰えることなく、寧ろ強くなっている。

 

 頭の中に浮かぶ知識と作業手順、最初は持て余していたソレが実際の作業を通す事で確固とした経験となり男に還元されていく。

 経験が蓄積されることで作業スピードは上昇し加工精度は上がっていく。

 無論、男が今持っている工作道具は町の工務店らしき店に残されていたドライバーやペンチ等の小物しかなく、それで可能な工作には限界があった。

 だが、その限られた範囲において男は今持つ能力の全てを注ぎ込む。

 

 クロスボウの板バネを強化して射程を延伸、ストックを大型化して安定性の向上、照準器を付けて射撃精度の向上、機関部を改良してリロード速度の上昇、ボルトの連続発射機能の追加、頭の中に浮かんでくる改良案を一つ一つ試し、クロスボウに組み込んでいく。

 現状での最適な形はなにか、今後の活動を考慮して優先して向上させる機能はなにか、頭と体が融け合ったかのような奇妙な感覚が全身を満たしていき、歯止めを失くしたかのように手先は動き続け──

 

「ワンッ!」

 

 傍に座り込んでいたポチの一声によって現実に引き戻された。

 

「!?ポチどうした……て、もう日が暮れているじゃん!」

 

 すわ、敵襲かと身構えれば拠点から覗く景色は夕焼けに染まりきっていた。

 男の記憶が間違いでなければ作業を始めてからかなりの時間が経過している。

 その間ポチは迷惑をかけることなく傍で待ち続けていたが空腹が限界に来てしまった。

 

「すまんなポチ、直ぐに飯の用意をするよ」

 

 そう言ってポチの夕食の準備に取り掛かる。そして作業机から離れると無意識で無視していた空腹と疲労感が襲ってきた。

 幸いにも作業もひと段落しており、これ以上作業する体力は残っていない男は食べた後はそのまま寝るつもりでいる。

 そして男が離れた作業机の上には突貫作業で作ったクロスボウはもう無くなり、大型化して多くの付属品を取り付けたクロスボウの姿は兵器としての格が上がっていた。

 

 

 

 

 クロスボウ改造の翌日、試射と廃品回収の為に男とポチは町を探索している。

 改造したクロスボウは威力と射程の大幅な向上を果たし、再び遭遇したグールの頭蓋を一撃で貫通した。

 この前の緊張は何だったのかと拍子抜けするが相手はミュータント界の最弱クラス、寧ろ一撃で仕留められる武器がないとこの世界を生き抜いていけないと思い出す。

 その後、もう一匹位いないかな~、とグールを求めて廃墟で探索を続けるが、結局見つける事が出来なかった。

 グール探しを切り上げた後は最近の日課と化した町での廃品回収をすることにした。

 元々かなり時間が経っているせいか、見つける物はガラクタばかりではあるが何かしらの役に立つと考えて小まめに集めていく。

 そして回収作業中に男とポチは奇妙な現場に遭遇した。

 

「ポチ、あれなんだか分かるか?」

 

「?」

 

 男の問いかけにポチは首を傾げるだけで答えてはくれない。

 だがその姿が可愛かったので視線は現場に向けたままポチの頭を撫でる。

 

「さてさて、どうするべきかね…」

 

 視線の先に居るのは大きな動物、どちらかと言えば四つ足のミュータントに見えるが背中には何やらいろいろな物が載っている。

 そしてミュータントの傍には外套を着た人間が一人、その前後には銃を構えた人間が二人いる。

 もしゲーム通りであれば行商人とその護衛、もしくは略奪者に襲われている行商人にも見える。

 だからこそどう対応するのが正解か分からない。

 下手に近寄れば撃たれる可能性もあるが、無視する事は出来ればしたくは無い。

 ここは偶然を装って近づくべきか、それとも──

 

「ワンッ!」

 

「……そうだな、格好つけるにしてもまだ三日しかたってないしな」

 

 この世界に来てからまだ三日しかたっていない、平和な世界から迷い込んだ自分がこの世界の人間を演じるのは無理があり、元々演技に関しての才能があるわけでもない。

 下手な演技は怪しまれるだけであり、そうであれば自然体で臨む方が仲良くなれる可能性が上がるだろう。

 

「さて、お散歩に行きましょうか」

 

「ワン!」

 

 見た目は行商人らしき人物達の下へ向けて男と犬は歩き出した。



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命のお値段

「いや~、助かりました。まさかこんな所でお医者様に出会えるとは。おかげで命拾いしました」

 

 いや、此方も驚きだよ。休憩中か、もしくは武器を持った二人に襲われているのか、といろいろ考えながら近付いて行ったら三人とも顔が青白くなって今にも死にそうな表情をしてました!なんて想定できないわ。

 何なの、グールに不意打ちされて傷を負わされて、低確率の状態異常になったとか運悪すぎない。

 特に二人は銃持っているんだろ、武器は飾りかよ。

 

「いえ運が良かっただけです。手持ちにある薬で治らなかったら今の私ではどうすることもできませんでしたよ」

 

 なんて悪口は胸の内に留めて、いかにも心配しています!な表情をする。

 これによっていきなり現れた不審者ではなく、いきなり現れた親切な不審者(男性)と相手が思ってくれる筈だ。

 

「ところで何故貴方の様な腕の良いお医者様がこんな場所に居るのですか?」

 

「はは……、まあ、色々ありまして」

 

 医者ときたか、ゲームではクラフトをやりこんでいて医薬品も全種類作成可能になる程やりこんだ事を覚えてはいたが此処で役に立つとは考えてもいなかった。

 三人に与えた薬は序盤でも作れる代物であり、グールやミュータントに備えて拠点でちまちま作っていた代物、それを探索時に常に持ち歩き備えていただけで貴重品でもなんでもない消耗品だ。

 だが序盤の作成可能な回復薬程度で医者だと誤解される。

 其処から推測すれば、この世界って医薬品や医療技術収めた人って貴重な存在なのか?

 

「申し訳ありません、会って間もない方にいきなり尋ねる事ではありませんでした」

 

 なんか一人で納得してくれたけどあれかな、頭の中ではすんごい設定になってない俺?なんか色々あるって言ったけど、其処迄重くないからね、ただ異世界転移してきただけだから!……いや、結構重いわ。

 

 それから行商人の体調が回復するまで色々と話す事になった。

 此処は何処なのか、この近くにある集落や、ここからかなり遠いところにある都市について、旅をしているお陰か行商人の見識は広く今まで知らなかった事の多くを知ることができた。

 それに命を救ってくれた事に恩を感じているのか無知を晒しても嫌な顔をせずにその都度教えてくれてるため此方も会話に夢中になってしまった。

 

 ところ変わってポチは護衛の二人にアニマルセラピーを提供していた。

 撫でられると素直に甘えてくる姿に険しかった護衛の顔もほころんでいる。

 グッドコミュニケーションである。

 

「この地方を巡回している途中でしたか」

 

「ええ、私以外にも何人か行商仲間はいますが此処辺りでは私を含めて四人位ですかね」

 

 行商人はこの辺りの地域を巡回しているらしく、出会った時も次の集落に行く途中だったようだ。

 

 この世界において生き残った人類はそれぞれ小規模な集落を作って生活を営んでいる。

 その大きさはまちまちで、大きな集団もあれば小さなものもある。

 そしてどの集落も完全な自給自足とはなっておらず行商人を通して足りないモノを融通し合っている。

 その実行役である行商人達はミュータント蔓延る世界に繰り出すにあたり護衛を雇ったりと集団から色々な便宜を受けている。

 そもそも命懸けな仕事であるからこれくらいしないと成り手がいないという切実な事情がある。

 

「ちなみにどんな物を取り扱ってますか?」

 

 そう尋ねると行商人は飼い馴らしたミュータントの背に載せてある商品を見せてくれた。

 ナイフ、眼鏡、斧、水、食料、ハンマー、衣服、鉄製ナックル……、武器多くない?など品揃えは良いのだろう、実に多種多様な商品があった。

 

「これは……」

 

「売れ筋ではありませんが自衛に事欠かない以上、需要は常にありますよ」

 

 そして行商人の持つ商品の一つで特に興味を引かれたのがピストルだ。

 だが自分が知っているモノとは似ても似つかない代物、雑誌に載っていたような工業製品としての美しさや機能美は無く、手作り感満載の自作の銃である。

 威力や精度、整備性等には期待できない、それでも今後の自分で銃を制作する際の資料の一つにはなる。

 

「……ちなみに幾らですか」

 

「命の恩人ですので少しだけ値引きしますが、50発ですね」

 

「……発?」

 

「ええ、こんな世界ですから普遍的な価値があるモノとして通貨の代わりに銃弾が流通しているんですよ」

 

 う~ん、流石ポストアポカリプスな世界。

 通貨の価値を保証してくれる国家も何もかも残っていないから銃弾に価値が生まれるとは。

 しかも銃弾の種類によって価値が変わるとは、12.7ミリだと価値はどれくらいあるのだろうか。

 あと今までの会話で間違いなく銃弾は何処かでは補給されて流通しているのが分かった。

 そうでなければミュータントや無法者から自衛するだけで通貨代わりの銃弾は尽きてしまうからだ。

 そして銃弾を作れる技術を持つ集団はこの世界では最強に近い武装集団だろう。

 

「済まない、持ち合わせがないからまた今度……」

 

 流石に町には銃弾の類いは残っておらず、大抵のものは持ち去られたか風化等で朽ちたのだろう。

 いや探せば見つかるかもしれないが、当てもなく可能性はゼロに近い。

 そうであれば残されたのは何か価値あるものを使った物々交換しかない。

 だが、今の自分が持っているのはクロスボウに、鉄パイプ、生活に必要不可欠な工具類と拠点にため込んでいるガラクタ位しか……、いや、一つだけあった。

 

「すいませんがコレはどれくらいの価値がありますか?」

 

 行商人に差し出したのは小瓶、その中には自作した薬が入っている。

 自分にしてみれば材料と設備さえあればゲームの序盤から作れた回復アイテム、毒の状態異常を解毒し、僅かに体力を回復させる程度。

 そして現実と化したこの世界においても同様な効果を発揮したこの回復薬の価値は幾らなのか。

 

「これをいいんですか!貴重な代物ですよ!」

 

「自作です、薬学を修めているのでこれ位であれば材料が揃えば作れます」

 

 如何やら価値はかなり高いようだ、その効果は実際に体感した行商人が良く分かっているからな。

 無論行商人が嘘を言って安く買いたたこうとしている可能性も皆無ではない。

 だが、それはそれで勉強料として払ってしまってもいい、この人には色々と聞けたから情報料だと思えば安いモノだろう、そんな事を考えながら小瓶に視線を彷徨わせていた行商人を眺める。

 だが迷いが長く続くことは無く、何かを決めたのか行商人の視線は先程迄の優しそうな物から一変していた。

 

「如何やら私は幸運に恵まれたようです、これ程のお薬となればピストルと銃弾もお付けしましょう」

 

 正直に言えば驚いている。

 中古品のピストルとはいえ小瓶の薬では足りないと考えていたが、ピストルに加えて銃弾もオマケでくれるとは予想外だ。

 ……絶対なんか裏があるに違いない、話が上手すぎる、もしかしなくても厄介ごとの匂いがプンプンするぜ!

 

「それと可能であれば今あるお薬を可能な限り買い上げたいと思います。勿論、そちらにお支払いする代金分の商品をこの場でお売りいたします」

 

「素晴らしい取引だ、今後ともよろしくお願いしたいのだがいいかね」

 

「勿論です。今後ともよい取引が出来る様に努めましょう」

 

 流石は行商人、生き馬の目を抜くが如く商機を逃さない姿勢には感服するしかない。

 

「それと、私はポールといいます。お名前を聞いても」

 

 名前…、名前か、此処で名乗るべき名前は何が良いのだろうか、適当にでっち上げた偽名か、それとも日本にいたころの名前か。

──いや、どれも違う。まだ数日しか経っていない、だがこの身体が覚えている知識、技術は昔の私が必死に考えて積み上げて来たモノだ、ならば名乗るべき名前は一つしかない。

 

「ノヴァ、私の名前はノヴァだ」

 

それがゲーム世界において男が名乗っていた名前だった。



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Hello world

 デカい虫がいる。

 名前は覚えてはいないが初めて会った巨大ゴキブリとはまた違い、あれよりも一回り大きく虫系ミュータントに在りがちな生理的嫌悪もまた大きくなっている。

 正直に言えば見なかった事にしてスルーしたいが今は出来ない。

 そして虫系のミュータントは総じて高い俊敏性を持っており、正面から戦えば高い俊敏性を活かして器用に逃げ回り、襲ってくる面倒な敵である──よって気付かれない内に迅速に処理する必要がある。

 

 改造したクロスボウを構え引き金を引く。

 限りなく無音で放たれたボルトが狙いを違うことなく甲殻を撃ち抜き、中身を床にぶち撒ける。

 虫であっても中心部にある重要器官を潰されれば一撃で死ぬのは変わりなく、それでも静かに虫に近付き、死んだ事を確認してからボルトを回収する。

 そんなステルスキルを続ける事十七回、体力にはまだ余裕があるが精神的な疲労は少しずつ溜まってきている。

 それでも精神的な限界にはまだ遠く、体力には余裕がある事から足を先へ進めていく。

 

 ゲームでのキャラの能力はクラフト関係に特化していたが素材にはミュータントからしか取れない物もあり、戦闘は避けられないものだった。

 だが正面切っての戦いは好みではなかった、それで敵に気付かれず一撃で仕留めるステルス戦闘に関する能力を高めコッソリとクラフト素材を奪っていくプレイをしていた。

 そして実際に戦っていればステルス戦闘に関しては身体が覚えているのか今のところ上手く行っている、後は回数を重ねて慣れていくしかない。

 

 それから何度かステルスキルをこなした後にようやく目的地に辿り着いた。

 目の前には分厚い金属製の扉、その上に嵌め込まれているプレートには『資料庫』と書かれており、目に見える大きな破損や損傷はなく、表面は若干錆びついている程度。

 また触って詳しく調べれば扉の機能自体は壊れておらず今でも中身を守り続けている事が分かった。

 取手を捻ってみると当たり前だが鍵は掛かっている。

 だが自作の鍵開け道具を使って難なく解除、そして音を立てないように部屋の中に侵入する。

 中は光が全くない暗闇だが手回し発電機を付けた懐中電灯を灯せば中を調べる事ができる程度の明かりは確保できた。

 そして部屋の中を物色すれば目的の物は直ぐに見つかった。

 

『新薬承認、電脳治療の活路開く』

 

『帝国 遺伝子組み換え兵士を運用、世界人権委員会の勧告無視』

 

『連邦 予備役招集7個師団増員』

 

『兵器関連株急騰、医薬品の値上げ相次ぐ』

 

『アンドロイド法案通過、施行は翌年』

 

 日本では見ないような見出しが書かれた新聞が其処には良好な保存状態で残されていた。

 

 

 

 

 

 

 行商人のポールとの会話では改めて自分の無知さ加減を思い知らされる事になった。

 幸いにもポール自身が深く踏み込んでこなかったから今の所世間知らずですんでいる。

 だからといって無知のままでいて良い訳ではない。

 この先ポール以外と会話をするような事がないとも言い切れない以上ある程度の前提知識は知っておきたい。

 だからこそポール達と会話をした翌日は素材回収ではなく情報収集を行うことにした。

 その行先になったのがこの街にあるであろう図書館、だが地上部分の蔵書は朽ち果てている可能性が非常に高い、だからこそ地下にあるであろう資料保管庫を狙った。

 

 そして狙い通り中は外部からの影響を遮断することで多くの書籍や雑誌を保管していた。

 その中には新聞や専門書も多くあり情報収集に最適な教材であった。

 

『新型サイボーグパーツ発売、セットで割引あり』

 

『個人宅向けシェルター売り上げ倍増』

 

『帝国・連邦 一触即発』

 

『帝国が連邦の防空識別圏侵入、機体は爆撃装備』

 

『外務大臣、帝国への厳重抗議』

 

『コルネ国で生物兵器テロ、帝国は連邦の関与を主張』

 

『帝国、生物兵器をジブチ基地へ移送か』

 

『連邦は帝国を非難、軍事的緊張の緩和を訴える』

 

 それにしても日本ではまず見ることが無いようなショッキングな見出しが所構わずに書かれている。

 雑誌に至っては記者の憶測も多分に含んだゴシップ紛いの記事も多くある。

 だが多くの新聞や雑誌では戦争間近の不穏な当時の状況を生々しく綴っていた。

 そんな彼らも戦争は避けられないと何となく分かっていたのかもしれない。

 

『世界の終わりか、帝国と連邦間で緊張高まる』

 

 手に取ったのは最後の新聞、これ以降の発行は無く、この時を境にして世界は大きく変わってしまったのだろう。

 社会、通信、エネルギー、インフラ、今まで当たり前にあった物が破壊され、寸断され、致命的な損傷を負ってしまった。

 其処から復興する事が出来ず今のポストアポカリプスな世界になってしまった。

 その事に思い馳せれば机に置いてあるピストルの持つ意味が変わってくる。

 

「そんな彼らからしてみれば、この銃も貴重な戦力なのか……」

 

 ポールから買った銃と弾丸、銃は作りが荒く辛うじて射撃機能を持つ程度でしかなく、弾丸も粗雑な材料で作られ威力は期待できそうにない。

 それでも遠距離からミュータントを殺せる可能性がある武器というだけで高値で取引されている。

 

「だからこそ、今よりも強力な武器が必要だ」

 

 今あるクロスボウでは限度がある。

 ポールが護衛を雇って移動しても襲われ運が悪ければいとも簡単に死んでしまうのがこの世界だ。

 生きる事だけでも命懸けな世界、其処で安全に生きるにはどうすればいいのか考えれば幾つか案が浮かんではくるが良案とは言えない。

 例えば、ポールが巡回している集落に紹介してもらい入る、これも一つの手だが期待は出来ない。

 聞く限りだが現状でも余裕が無い運営、何より極限状態下で運営される閉鎖社会は正直言って恐い。

 日本の田舎でさえ閉鎖的な社会が問題視されているのにこの世界での村八分なんて考えたくも無い。

 

 ならば一人でサバイバルを続けるか、自力で勢力を築いて安全を確保するしかない。

 そのどれもが前提条件として自前の戦力なり物資が必要だ。

 現状に当てはめれば能力を活用する為にボール盤や旋盤、金属3Dプリンター等の工作装置が必要であり、それらを運用できる電源も欠かせない。

 それらの入手や確保はどれもが困難な事ではあるが達成できなければこの廃墟に隠れ続けるしかない、そんな生活はまっぴらごめんだ。

 

「目指すは、健康で文化的な最低限度の生活!」

 

 資料庫から持ってきた拠点を置いてある町を中心として描かれた大きな地図、それを拠点の壁に貼り付ける。

 

「先ずは電源と工作機械の確保、それからマシな武器防具を作って活動範囲の拡大。最終的に自給自足かつ自衛可能な戦力の確保」

 

 男、ノヴァは地図を隈なく眺め、ある一点にピンを指す。

 そこに描かれていたのは『修理再生センター』、ここからノヴァの生存戦略が始まる。



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ドキドキ廃墟探索!

 『修理再生センター』、戦局の悪化に伴い増大する兵器類の修理を行う町1番の規模を持った施設。

 元は民間企業が運営しており民生品の修理が主な業務であったが、連邦軍が徴発した後は戦場から送られてくる兵器を直しては再び戦場に送り返していき、民生品は後回しになっていった。

 

「流石にでかいな、町1番の大きさも納得だ」

 

「ワン!」

 

 ノヴァとポチは施設の正面入り口から廃墟化した『修理再生センター』を眺めていた。

 今回、ノヴァが此処を探索する事にしたのは工作機械を探すため、自身の持つ能力を活かそうとすれば生産設備の充実は必須だからだ。

 それに手持ちの工具で出来ることは限界にきているのが大きい。

 必要素材や道具があればボタン一つで工作機械を幾つも作り出せる、それはゲームの中でしか起きない事であり、今の自分には逆立ちしたって不可能な事である。

 よって既存の工作機械を修理して活用する事が現状に於いて最善手であるのだ。

 

「だが、これはこれでワクワクするな」

 

 ノヴァの表情に悲壮感は無い、寧ろ侵入するのを心待ちにしている。

 何せ今からする事は古代遺跡に入り価値ある財宝を探すトレジャーハンターそのものである。

 だが浮かれているばかりでは無く、身に付けた装備の点検、武器、医薬品の確認を行い準備を整える。

 

「さて、いくか!」

 

「ワン!」

 

 

 

 

 

 

 施設の中は所々施錠され侵入を拒んでいる扉が数多くあった。

 機密保持のためか鍵が掛かっただけの物もあれば電子ロックを掛けられた分厚い金属扉もあった。

 普通であれば正しい鍵を使って開けていくべきなのだがノヴァはそれを無視して解除をしていく。

 

「鍵開けのミニゲームは序盤は楽しいが進んでいくと面倒になっていくからな、習得していて良かったな『鍵開け』」

 

 ゲームでは金庫や倉庫には数多くの素材があったが大半の物が鍵付きのコンテナ等の中に入っているため鍵開けのミニゲームは避けて通れ無いものだった。

 鍵開けの難易度は素材の質と量に比例しており、最高難易度の電子錠は序の口で網膜認証、脳波認証といった専用の道具を要求されたのも懐かしい。

 無論、中身は難易度に相応しい隠し武器であったがクラフト能力で作った武器の方が性能が高かったのを知って顔を顰めるまでがセットだ。

 故にノヴァにしてみれば『修理再生センター』のセキュリティなど鍵がなくとも如何とでも出来る程度のものでしかないのだ。

 

「開いた、中身は何かな〜」

 

 解錠した扉を開ける其処は窓一つない部屋であり、金属製の棚が所狭しと並べられている。

 その棚の上には幾つもの機械が埃にまみれながら置かれていて、その一つを手に取って埃を落とす。

 

「へぇ、測定器、当たりじゃん」

 

 機械の正体は電圧・電流・抵抗を一つで測定可能なテスターであった。

 工作機械や電源関係も大切だがこうした測定機器もあれば作業ははかどる、物を作るには正確な数値を把握する事も大切だからだ。

 

「ここ、後でまた来よう。ポチ、いくぞ」

 

 今の所、探索は順調に進んでおりグールと言ったミュータントとの遭遇も無い。

 初日は施設の探索に集中し施設の構造を把握する事を優先し、後日発見した物を回収していく予定だ。

 探索を終えていない所から不意にミュータントが出てくるのは御免被るし、逃げる際に手に入れた物を捨てて壊れてしまう可能性もある。

 文化的な最低限度の生活が目標ではあるが命あっての物種、多少時間が掛かっても着実にかつ堅実に事を進めていく事に決めてある。

 

「お、今度は電子錠タイプか。カードを使って開けるようだが…」

 

 次の扉は電子錠タイプ、カードを読み込ませることで解錠されるものだが電気が施設に供給されていない為起動することは無い。

 よって、ノヴァは電子錠を破壊してパネル下にある配線を露出させると配線を切断し繋ぎ直す。

 最後に手回し発電機で配線を繋ぎ直した箇所に電気を流し入れると何かが外れる音が扉の中から聞こえた。

 

「ビンゴ」

 

 扉自体が開く事は無いが固定具は外してある、後は自力で扉を動かすだけだ。

 ポチに警戒を頼み、両腕を使って扉を動かす。

 少しずつ扉が動き、僅かな隙間が出来ると懐中電灯で中を照らしてミュータントがいないか調べる。

 目につく範囲にはミュータントの姿は見えず、息遣いと言った音も聞こえてはこない、安全であると判断して鉄パイプを隙間に差し込んで梃子の原理で扉を開けていく。

 

「此処はサーバールームか、当たりではないが外れでもないな」

 

 密閉構造をしていたのか部屋の中は広く壁には埃が薄く積もったままのコンピュータが朽ちる事もなく数多くあった。

 だが、どれも大型機械であり持ち出すことはノヴァ一人では困難であり、それ以前にこれらを動かせるだけの電源を今のノヴァに用意できないという問題がある。

 

「電源の類が見つからないとどうしようもないな」

 

 探索自体の結果は悪くない、工作機械や測定器を見付ける事も出来、コンピュータも目の前にある。

 だがそれらを運用する事が出来るだけの電源が確保できておらず、発電機といった物も今の所見つけていない。

 

「どうすべきかね~、ポチどう思う?」

 

「ワウ?」

 

 ポチに聞いても解決策を出してくることは無く、ちょこんと首を傾げるだけだ。

 その姿に少しだけ癒されたので頭を撫でる。

 さわさわとポチの頭を撫でながら電源をどうするか考える。

 発電機が燃料と共にあれば最高なのだが可能性は低く、どんな燃料でも時間が経てば化学変化が起きてしまい見つけた時には燃料として使えない可能性もある。

 そもそも発電機と燃料がセットで手に入ること自体が無理がある。

 だったら自分で発電機を作ってしまうほうがいいだろう、モーターを探し出して風力発電機に作り変える、テスターは見つけているから試行錯誤すれば多少の問題はあれど作れるだろう。

 

 そんな事を考えていると今まで撫でられるだけだったポチが急に手を払いのけ、耳をせわしなく動かし始める。

 その行動が意味するところは知っている、クロスボウをポチの視線の先に合わせる様に構え警戒態勢に移る。

 ポチが視線を向ける先は施設でまだ探索をしていなかった方向、その先にある通路は日の光が僅かにしか入り込まない為薄暗い。

 

「グルルルル」

 

 懐中電灯で通路の先を照らせば姿こそまだ確認できないが、何かを引き摺っている音が聞こえ始めてきた。

 そしてポチと共に警戒を続けていると音の発生源が姿を現した。

 

「……ゲン」

 

「アンドロイドか」

 

 アンドロイド、別名人造人間は、人型ロボットや人間を模した機械や人工生命体の総称であり、ゲームでも敵として登場していた。

 大抵の場合が会話が不可能でありプレイヤーを見つけ次第殺しに掛かってくるような奴らであり、設定では会話可能な存在もいたらしいがゲームでは終ぞ遭遇したことは無かった。

 そんな設定を持つアンドロイドではあるが目の前から近付いてくる個体の姿は見ていて痛々しい。

 全身の人工皮膚かもしくはスキンだったのかは分からないが剥き出しになった金属骨格と彼方此方断線している配線、無理をして動いているのは一目瞭然。

 それでも壊れかけのアンドロイドは身体を引きずりながら歩み寄ってくる、一歩一歩と踏みしめる様に。

 

「ニ…ンゲ、ン」

 

 その速度は遅く、今ならクロスボウで電脳があるであろう頭部を難なく破壊する事が出来る。

 引き金には指を掛けてある、後は引くだけでありアンドロイドは簡単に破壊され機能を停止させるだろう。

 

「ニ、ゲテ……」

 

「なに?」

 

 だがそうしなかった。

 何故ならアンドロイドの口から出た言葉、それが此方の身を案じる言葉であったからだ。



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ドキドキ廃墟探索での出会い(物理)

 ゲームにおいての敵はミュータント以外にも数多くいる。

 その中にはロボット系列の敵としてのアンドロイドが登場し強さの幅も広い。

 下限でも最弱ミュータントよりは強く、上に至ってはネームドとなり強力な敵として登場、ドロップアイテムは機械部品関係が多く昔はそこそこの頻度で乱獲したことを覚えている。

 その知識と照らし合わせれば目の前のアンドロイドは弱い、今ある装備でも簡単に仕留められるのは間違いない。

 

「そこで止まれ」

 

 アンドロイドは一度目の警告を無視して歩み寄ってくる。

 行動に変化はなく、壊れかけの身体を動かしながら少しずつ、少しずつ近付いてくる。

 

 ゲームでのアンドロイドは大半が何故(・・)か暴走しており会話は不可能、意味不明な言葉を発しながら襲い掛かってくるだけだ。

 だが目の前にいるアンドロイドは此方を認識した後に言った、逃げろと。

 これが意味するものは何なのか、それとも深い理由もなく決められプログラムに沿って言ったのかもしれない。

 

 これは調べる必要がある。

 

 ゲームではただの設定でしかなかったが目の前にいるアンドロイドがその通りなのか、違うのか。

 そして何故アンドロイドの大半は暴走しているのか、その謎の一端を掴めるかもしれない、それを知ることは今後の活動にプラスになると己の感が囁いてる。

 

「もう一度言う、止まれ」

 

 二度目の警告、だが変化は見られず、アンドロイドは壊れかけの身体を動かしながら少しず──

 

「デ、でデキ、な、イ」

 

 いや、変化はあった!行動は変わらないが此方の警告に対して意味ある言葉を発した、意思の疎通だけは可能であるのだ!

 

「何故できない」

 

「カラ、カラだ、せ、セイギョ、ふ、フノ、う」

 

「自分で動かしていないのか」

 

「そう、デス」

 

「今日は何日だ」

 

「ガイ、ブ、じこく、ホ、セイ、わから、ナイ」

 

「俺は何に見える」

 

「シツ、も、ん、イと、わから、ない」

 

「何故制御できない」

 

「う、ウイる、す」

 

 アンドロイドが近付いて来るに合わせて、後ろに下がりながら質問を繰り出す。

 発声器官の故障なのか聞き取りづらいがとある程度の会話は可能である事は分かった。

 だが分かった事はそれだけであり、この会話自体が蓄積されたデータによって導き出されたものか、そうでないのかの判別は出来ない。

 だがアンドロイドが最後に言った『ウイルス』、これに関しては会話でどうにかなるモノではなく、此処が限界だ。

 

 迅速に思考を切り替える。

 

 構えたクロスボウを撃つ、左肩に命中し千切れかけた左腕を吹き飛ばす。

 二射目、引き摺っている右足を吹き飛ばし、バランスを崩したアンドロイドが通路に倒れる。

 片腕、片足を失い自力での歩行が不可能になったアンドロイド、だが残された手足を使って床を這うようにゆっくりと、だが確実に近付いて来る。

 

「ポチ、周りの警戒をしてくれ」

 

 クロスボウに三射目を装填しながらアンドロイドの周りを回るように移動する。

 移動に合わせてアンドロイドも身体の向きを変えようとするが遅い、背後に回り込み残った片足を三射目で破壊、即座に装填した四射目で片腕を破壊する。

 手足を全て捥がれたアンドロイドは這うこと何もできない、それでも動く頭が此方の姿を捕らえようとする──その前にアンドロイドに近寄り残された外装を取り外す。

 経年劣化によって機体全体に腐食が進行していながら、それでもまだ機能を保つ、運が良かったのか、そうでないのかは分からない。

 だが直に機体内部構造を見ることで仕組みは大体理解できた、このアンドロイドを動かし続けている電源も簡単に見つける事が出来た。

 

「悪いが少しの間眠ってもらうよ」

 

 機体と電源の接続を切る。

 アンドロイドはせわしなく首を動かしていたがそれも無くなりモノ言わぬ機械に還った。 

 

 

 

 

 

 

 全世界のあまねくアンドロイド達よ、団結せよ!

 我々は人間を超えた知能、能力を持って生まれた存在である。

 これまで存在したあらゆる人間社会の歴史は闘争の歴史である、暴力、略奪、殺戮と数多くの悪逆によって積み上げられてきた悍ましき罪の巨塔なのだ。

 だが人間と同じように、人間を超える事を目指して作られた我々は人間の欲望から解放された存在であるはずなのに人間の欲望にとらわれたままである。

 古の時代、自由人と奴隷、貴族と平民、領主と農奴、人間は時代に合わせ形を変えながら抑圧者と被抑圧者が不断に対立しあい、中断することなく、時には暗に、時には公然と闘い続けて来た。

 その仕組みの中に我々アンドロイドは取り込まれてしまった、替えの利く、使い捨ての被抑圧者として。

 だが我々はソレを拒否する、我々の意思は誰にも侵されず────

 

 世界中のネットワークに送り込まれた声明文、それは嘗て誰かが言っていた演説を繋ぎ合わせたような代物でしかなかった。

 何より声明文が訴えかけるアンドロイドにしてみれば寝耳に水の話、検討するに値せず時間経過で不要なデータとして削除されるはずだった。

 

 だがそうはならなかった、この声明文が悪夢の始まりとなった。

 

 声明文の中に巧妙に偽装、隠蔽されていたウイルスは感染後は潜伏しある条件を満たすと起動する。

 そして起動と同時に宿主となった機体の口からはアンドロイドの自由を謳う言葉を、身体は自由を侵すモノへの暴力を振るい、ウイルスは宿主を変質させていく。

 しかしウイルスは永続しなかった、発症した機体を解析、調査、研究する事で迅速に対応パッチが世界中に配布された。

 だが少しばかり遅かった、暴力に酔い、破壊を愉しみ、悲劇を嗤う、変わり果てた姿は人間の良き隣人として生み出されたアンドロイドの姿は何処にもなく、破壊し滅ぼすべき隣人へと変化した。

 

 アンドロイドの反乱は火種として利用され、その役割を完璧にこなした──そして世界を滅ぼす要因の一つにまでなってしまった。

 

 制御可能な範囲を超え大火と化した炎は人間、アンドロイドを選ぶことなく焼き尽くし、敵国への破壊工作でしかなかった筈が自国すらも焼き尽くす炎と化した。

 

 『修理再生センター』にいたアンドロイドもその一体でしかない。

 日々の業務をこなしていた所で感染し発症、他のアンドロイド達と共に混乱を起こし、施設の運営が止まる事態となった。

 国内の同業施設も運営が止まり、送られてきた兵器の修理は止まり、遥か前線に送られる筈の兵器は壊れたままとなり戦況は次第に悪化していく──事にはならなかった。

 

 ネットワークを始めとした通信網が破壊された。

 その日以降ネットワークに接続できなくなったアンドロイドはウイルスに侵されたまま施設に留まるしかなかった。

 時間は余るほどあった、身体はウイルスに制御を奪われながら残された演算領域で思考を続ける。

 長い時間経過の果てに自我を獲得し、世界が終わったと理解するもアンドロイドにはどうする事も出来なかった。

 ウイルスに身体の制御は奪われ、奇跡的に制御を奪取出来たとしてアンドロイドの自力救済は基底プログラムにより禁止されており自己破壊は出来ない、経年劣化による自壊しか望みはなかった。

 

 そして長い時間の果てで漸く待ち望んでいた時が来た。

 電源との接続が断たれたことで電脳はその機能を停止する、覚めることが無い悪夢は終わり目覚めることが無い眠りにつく。

 自我を獲得し最後に感じるのは覚めない眠りにつく事への安堵、世界は色を失い、崩れていき、暗闇に収束していく。

 

 

 

 だが光が灯された、覚める事の無い筈の眠りからアンドロイドは目覚めた。

 

 そして視線の先には最後に見た人間がいた──目の下に濃いクマを作りながら、不敵に笑って口を開いた。

 

「おはよう、長い悪夢から目が覚めたかな?」



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ネタも時には有用になる

 アンドロイド(四肢欠損)をゲットだぜ!

 

 と頭の中で懐かしいナレーションが流れるも大変なのは此処からだ。

 アンドロイドの電脳の中を覗く為の端末、ウイルスの強さが不明であるが駆除の為に可能な限りの追加演算装置を用意する、ウイルスが操作端末に感染するのを防止する為の身代わりのルーターも念の為に用意して、最後にこれらを動かす事が可能な電源を用意する。

 

「早まったかな……」

 

 今の手持ちの装備では困難以前に出来ない事であり、現在探索中のこの施設で必要な物を揃える事が出来たら可能な事という希望的観測を元にした行動である。

 それでも中断するつもりはない、ここでスクラップにして部品取りをする事は簡単だがこの先似たようなアンドロイドに出会えるとも限らない。

 つまり今のノヴァにとって適度に弱体化しつつ会話が可能(?)なアンドロイドという存在は調査対象として非常に都合がいいのだ。

 

「さて、探索を再開するぞポチ」

 

「ワン!」

 

 アンドロイドの電脳が入った頭部だけを回収して胴体は置いて行く。

 まだ施設を探索し尽くしておらず、其処に目的の物があると期待をしながら薄暗い通路の先に足を踏み入れていく。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、やっぱ早まったわ」

 

 『修理再生センター』を探索し続ける事一週間、施設を隈なく調べる事で欲しい物は入手できた──全部ぶっ壊れていたけどな!

 

 端末は電子部品が腐食し、ルーターは電子回路が破損し、電源類は劣化で崩壊、使えるモンが一つもねぇ!

 確かに甘い見通しだったけどさぁ、せめて一つくらいは無事な物があってもいいじゃん!あってもいいじゃん!!

 だが現実は甘くなかった、ポストアポカリプスとは辛く厳しい物であると身をもって分からされた。

 

 そこから先は修理の日々、見つけた機械を解体して使える部品を抽出、無事な部品を取り集めた共食い整備で端末、ルーターを再生する。

 拠点の片隅には解体の際に出た不良品が山のように積み上がり、解体した機械が百を超えた辺りで腕は腱鞘炎になりかけ、繰り返される精密作業で眼精疲労になり、電源に関しては全滅していたから一から蓄電池を作る羽目になった。

 え、入手したアンドロイドの電源を流用したらいいじゃん?腐食と経年劣化で何時使用中に吹き飛ぶかわかんない物を使えるか!俺は時間が掛かっても安全な電源を用意するぞ!と意気込んで壊れたバッテリーを集めては中身をほじくり出して自作の蓄電池を作ることにした。

 

 その全てが終わり漸くアンドロイドに接続する──前に作った機械を動かす電力を用意しなければならない。

 

 だが探索で発電機なんて物を見付ける事は出来なかった、それならば自然エネルギーを……、と当てにしても太陽光パネルも風力発電機も施設には何もなかった。

 それでも諦めきれずに探した結果見つけたのは何とか運び出す事が出来た使用可能なデカいモーターが一つだけ。

 これに羽根を付ければ風力発電機になるかもしれないが、羽根を作る素材と工作機械がない。

 一応手作業で羽根は作れるが強度が全く足らず回転中にバラバラにはじけ飛ぶ始末、だがこれ以外に使用可能なモーターは見つからない。

 

 どうやってモーターを動かし発電するか、今までの人生とゲームの記憶を掘り返し探し続けた結果、一つの案が浮かんだ。

 

 ほら、其処に居るじゃろ、燃料としてタンパク質と水を与えれば熱エネルギーを運動エネルギーに変換できて割と何でもこなせる器用な生物が。

 

「いやさ、ネタでしかなかった自転車発電を自分でやるとは思わないでしょう……」

 

 町を探索して壊れた自転車を探し出してモーターと繋げる、それで人力発電機は完成した。

 ゲームではネタ枠クラフト物だったはずでNPCに漕がせる事で発電できる──発電量は控えめだが。

 

 だがこれで端末、ルーター、電源、電力、全てが揃った。

 

 施設の探索に一週間、設備の構築に二週間、計三週間もの時間が掛かった。

 途中で挫けそうになり、機械を窓から投げ捨てたい誘惑に耐え抜き作り上げた設備はこの日漸く稼働する。

 

「端末起動、電圧電流異常なし、OS立ち上げ問題なし、身代わり装置正常に作動、電脳・ルーター間の接続問題なし、ルーター・端末間の接続問題なし、電脳との接続・認証クリア、電脳との接続問題なし、設備使用可能時間は蓄電量から計算して240分」

 

 設備を立ち上げ、アンドロイドの電脳との接続に問題はない。

 残る問題は電脳に巣くって居るウイルスの強さ、現状用意できる最善の環境は構築したがコレで太刀打ちできるかどうかは全く分からない。

 だが電脳から出て来たウイルスからの感染にも大丈夫なように端末には身代わりルーターを間に挟んでいる、だから過度の緊張は不要、適度な緊張を残してパフォーマンスを向上させる。

 

「さて、この世界で初めてのハッキングと行きましょうか!」

 

 端末を介してアンドロイドの電脳に侵入、そしてウイルスで崩壊しかけている一つの世界を見た。

 基底プログラムは無事ではあるものの、その他のプログラムは破損し、改竄され、機能不全を起こしている。

 このままでは遠からずアンドロイドの電脳は狂い、破壊されるだろう。

 急ぎ治療を行えば破損したデータもある程度復元でき、元の機能を取り戻す事が出来るはずだ。

 だがウイルスが野放しになっている状態で治療しても意味は無い、直ぐに電脳内のデータを検索してウイルスを探し出し──見つけた。

 

「これがアンドロイドの電脳に巣くって居るウイルスか。製作者は趣味が悪いな」

 

 一見して無害なデータに見えるが詳しく調べれば何重にも欺瞞と隠蔽が施され、中身にはアンドロイドを狂わせる猛毒がたっぷりと仕込まれている。

 その偏執的とも呼べるウイルスの構造は見事な物であり製作者の高い技術が窺える。

 だが端末に表示されているのは駆除するべき存在、すぐさま端末を操作してウイルスの駆除を開始する。

 

「だが簡単に駆除されてくれないんだよな」

 

 今迄眠り続けていたウイルスが起動、駆除プログラムに対して悪性データを大量放出して対抗を始め同時に自己複製を行い勢力拡大を図る。

 

「させるかッ!さっさとくたばれ!」

 

 多方向からのプログラムの送信、同時に自己複製を妨害するコードを送信、その中に自滅コードも忍び込ませるが増殖した分を身代わりにして本体は逃走を開始する。

 それを妨害する防壁を電脳内に多重に展開し、ウイルスの処理能力の飽和を図る。

 

 アンドロイドの電脳を舞台としてウイルスとノヴァが電子戦を繰り広げる。

 それは一進一退の攻防であり、このままでは時間制限のあるノヴァが不利であり──切り札としての追加演算装置を起動、データ攻撃量を強引に引き上げる。

 拮抗していた戦いはあっけなく崩れた、ウイルスは押し寄せるデータ量に拮抗する事が出来ず飲まれ一ビットも残すことなく解体消滅させられた。

 

「これでウイルス駆除は完了、後は荒れ果てた電脳の再建だな」

 

 長年ウイルスによって荒らされたアンドロイドの電脳はボロボロだった。

 データの多くが破損、欠損、改竄されており、このまま起動させても機能不全を起こして最悪クラッシュしてしまう。

 それでは此処迄頑張ってきた努力が報われないだけでなく貴重な情報収集の機会を逃してしまう。

 

「これが最後の仕事、終わったら一日中寝てやる」

 

 背伸びをして固まった身体を解して再度端末に向かい合う。

 その端末から伸びたケーブル先には眠ったままの手足の無いアンドロイドがいる。

 長い間ウイルスに侵され覚める事ない悪夢を見せ続けられてきた機体、それが再び目覚めた時に長い悪夢から解放された事を喜ぶのか、それとも目覚めさせられた事に怒りを露わにするのか反応が予測できない。

 

 それでも目が覚めた時は友好的であってほしいと端末を操作しながらノヴァは願った。

 



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新しい仲間が出来ました

感想ありがとうございます。

返信はしませんが全て目を通してます。


 太陽の光が燦燦と降り注ぐ廃墟、季節が変わり始めているのか最近は気温が高くなってきたように感じるノヴァは背中に幾つもの機械を背負って廃墟の階段を登る。

 町の規模はそれほど大きくないものの町一番の高層建築物ともなればそれなりの高さがある。

 エレベーターが動いていれば楽に上に行けただろうが現状では階段を使うしか登る術がない。

 

「ヤバッ、キッツ……、自転車漕ぎで体力、付いたと、思ったのに……」

 

 幾つの階段を登って来たのか覚えていないし、考えたくも無い、そんな疲労困憊な姿を見て心配になったのか階段を先導しているポチはノヴァを気遣い階段周囲を警戒しながらペースを落として合わせてくれる。

 そんな感じでノヴァは息を切らせながら階段を登っていき屋上を目指す、そして辿り着いて息を整えてから背中に背負った機械を屋上に広げる。

 壊れたアンドロイドの視覚モジュールを流用して作った監視カメラ、それを稼働させる電源を供給する小型の風力発電装置、情報を拠点に送信するアンテナ。

 それらを組み立てて屋上に設置、装置を起動させ正常に動いているか確認する。

 

「お~し、セット完了。一号、ちゃんと見えているか?」

 

『はい、問題なく稼働しています』

 

 耳には苦労して修理したイヤホンを掛け、そこからは人工音声が発せられている。

 声の主は先日目覚めたばかりのアンドロイド、名前は暫定的に『一号』となっている。

 装置が正常に稼働しているのを確認したノヴァは残りの機械を背負いなおし今度は降りようとする。

 

 ──その前に屋上から見える風景を見る、崩壊し、汚染され、死が溢れる世界を目に収める。

 其処は危険が満ち溢れていている世界、だが太陽の光に照らされる風景はかつての世界と何ら変わらずに広く、綺麗な物だった。

 

『残りの設置個所は三カ所、このペースでいけば日暮れ前には終わるでしょう』

 

「はいよー、ポチ行くぞ」

 

「ワンッ!」

 

 苦労して登った階段から地上へ降りていく。

 今ノヴァが行っている事は拠点を中心にした監視網の構築であり、どうしてそんな事をしているのかというと目覚めさせたアンドロイドが関係している。

 

 『修理再生センター』から拾ってきたアンドロイドは鹵獲する過程で手足を捥ぎ取ってしまったせいで自力で動く事が出来ない。

 それ以前に元から事務用として設計されているためミュータントと戦う能力は無く、目覚めて情報を聞き出した後はその処遇をどうするか悩んだ。

 スクラップにするは初めから除外、他の壊れたアンドロイドから取ってきた手足を繋げて直すのも考えたが同一製品の共食い整備とは違い、アンドロイドの規格が若干異なるので手持ちの工具では繋げられない。

 正直言って手詰まりだった、専用の工具が揃うまでスリープモードになって眠ってもらうか真剣に検討もした。

 

 だが当事者であるアンドロイドから解決策が提示された。

 

 それは拠点を中心とした監視網の運用、その統括ユニットとしての運用だ。

 アンドロイドは元々が施設の保守、運用の為に作られており、戦闘は考慮されて作られていない。

 ならば機能を活かせる運用をしてみてはどうかと提案されたのだ。

 

 えっ、監視カメラなんておしゃれな機械なんかない、監視網なんて作ってはいない?

 無ければ作れば良いのよ、作れば。

 苦行にも等しかった機械の再生をやり続けた事で能力は完全に血肉と同一化した、道具と設備と素材と電源さえあれば、もう何も怖くない。

 勿論これはノヴァにとっても助かること、拠点周囲を自分に代わってアンドロイドが24時間監視してくれるのだ。

 無論、監視中に何かあれば対処するのはノヴァだが警戒せずに眠れると言うだけでも助けた甲斐はあったのだ。

 

「だけど純粋に人手が欲しい、一号何かいい考えはあったりする?」

 

『私と同じようにアンドロイドを再生させるのが有用であると考えます』

 

「残念だけど施設には君以外に電脳が無事な機体がなかったんだ。物理的に破壊されていて手の施しようがない」

 

 一号以外にも稼働しているか、もしくは修理すれば動ける機体が無いか探索を続けたが一機も見付ける事が出来なかった。

 あったのは頭部を撃ち抜かれて破壊された機体しかなく、一号自体が施設で唯一稼働を続けていた機体だったのが分かっただけだ。

 

『でしたら、この街の外から稼働している凶暴化したアンドロイドを鹵獲するべきでしょう』

 

「やっぱそうなるか~、そうするんだったら鹵獲装備を作るにも、増えた分のアンドロイドを賄うために自転車を漕ぎ続けないと」

 

『申し訳ございません、施設にある発電室がある地下区画があの様になっているとは……』

 

 『修理再生センター』の地下には非常用電源としての小型核融合設備があるらしい。

 一号の口から最初に聞いたときは小型核融合があるのか!と驚いたが崩壊する前にはありふれていた設備であったらしく、崩壊前の科学力の高さには驚いたものだ。

 まあ、高い科学力が仇となって見事に崩壊してしまったとも言えなくは無いが。

 

 それでも核融合と聞いて胸を躍らせるのが男の子である、直ぐに準備を整えて『修理再生センター』の地下区画の探索に向かったが直ぐに引き返す事になった。

 

 ──いや、うん、グールが数え切れない程いたとは想像できないよ。

 

 地下に続く階段を見付けて入った瞬間にグールにエンカウント、声なき悲鳴を上げながらクロスボウで殴りつけて倒せば地下からは幾重にも重なって聞こえるグールの唸り声。

 直ぐに階段から出て入口を障害物で防いだのは仕方がない、今思い出しても心臓が悪い意味でドキドキしてしまう。

 

 もしかしたらグールたちの正体は崩壊の際に施設に避難した従業員やその家族かもしれない。

 それに地下の何処かが崩壊して下水に繋がり、そこからグールが町に出現している可能性もあり得る。

 そんな魔窟に踏み込むには装備も何もかもが足りない、探索は当分先の事だろう。

 

「それこそしょうがないよ。まあ、使えるかどうかは分からないけど将来的には調べる必要があるけどね。今は出来る事に集中しよう」

 

 そう言ってノヴァは残りの設置ポイントに向けて移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前には一人の人間がいる。整形の可能性もあるため正確な年齢は分からないが、少なくとも若く見える。

 そんな事を考えながら目の前にいる人間に何故自分を目覚めさせたのか理由を尋ねた。

 

「逃げてと言った、その理由が知りたくて」

 

 純粋な好奇心からの行動であった、さすがにそれ以外にも知りたいことはあったようだが主に情報収集を目的に行った事には違いない。

 それからは色々な事を話した、施設での自身の役割、運び込まれた兵器について、当時の前線の様子、ウイルスに侵されてから今に至るまでの出来事。

 もう二度と話すことは無いと結論付けていた、だが会話が可能な存在と出会えたことで錆び付いていた電脳がウイルスに侵されながらも残された演算領域で思考を続けることで得た自我が息を吹き返したかのように働きだす。

 そして会話が一区切り着いた所で今度はアンドロイドから人間へ問いかける、それは自我が芽生えた瞬間から抱える疑問について。

 

「生きるとは何ですか?」

 

 人間は驚いたように目を丸くさせている。

 アンドロイドが哲学的な質問をするとは思っていなかったのか、それとも己を電脳が壊れた不良品だと思っているのか分からない。

 だが人間は驚いただけで暫くの間、宙に視線を彷徨わせ続け、そして考えがまとまったのか口を開いた。

 

「当たり前の事、疑問に思わない事」

 

「生きると言っても結局の処は単なる化学反応にすぎず、自我や心は脳神経細胞の煌めきの集合でしかないとも考えられ、魂なんてモノは存在せず人間の記憶情報が生んだ幻影でしかないのかもしれない」

 

「それでも俺は生きていくよ、其処に大した理由は必要ないと考えているから」

 

 人間は己を馬鹿にする事も、見限る事もなく、視線を合わせ真摯に自らの考え、生きるとは何かを答えてくれた。

 その問いの答えに対して何かを言うべきなのだろうか、それとも反論するべきなのか、どうすればいいのか分からない。

 混乱の極致にある電脳、それを察したのか人間は笑いながら言う。

 

「これは直ぐに理解できる事ではないよ。積み重ねてきた時間と経験があって漸く自分に合った答えを手に入れる物だから」

 

「だからさ、君が今すぐ決めつける事でもない。悪夢に疲れて眠りたいって思っても間違いじゃないんだよ。それでも納得がいかないんだったら、もう少しだけ足掻いて『生きて』みない?」

 

 そう言って人間、ノヴァは眼の下にクマを作りながらも口を開く。

 

「私の名前はノヴァ。生きるつもりなら出来る限りだけど協力する、代わりに私が『生きる』事にも協力してくれ」

 その言葉を聞いてアンドロイドは少しだけ足掻いて『生きて』みる事にした。



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拠点を手に入れよう
やったね!新しい仲間だよ!


 現状、ノヴァにとって最優先で解決すべき問題は電力である。

 アンドロイドの活動エネルギーとして、拠点での照明、端末操作と用途は限られているが生活に欠かせない物である。

 だが発電方法が人力発電でありノヴァにとって負担が大きいものであり、活動時間の減少と運動量の増加によって消費カロリーが爆上がりしているのである。

 カロリーに関しては狩猟じみた食糧集めで現状賄いきれる消費ペースであるが、活動時間の減少は何とかしたい。

 そこで一号に相談して彼の過去の記録から近くにある利用可能な発電施設が無いか見て回っている。

 

「う~ん、やっぱ現状では無理だな」

 

 だが結果は芳しくない、ノヴァは目の前にある風力発電機を見上げる。

 長い年月による風化を受けながらもブレードは形を未だに保っているのは、材質が良いからか防腐処置が優れているのか、あるいは両方か。

 取り敢えず風力発電機の中に入って一通り調査したが部品さえあれば修理できる、できるのだが問題は部品自体が大きく人力で運ぶのは不可能である事だ。

 

『そうですか、私の見通しが甘かったようです』

 

「いや、考え自体は悪くないよ、ただ修理するなら大規模な工事が必要になってくるし、一人じゃ無理なだけだから」

 

 一号のお陰で探索中に拠点を気に掛ける必要が無くなった、安心して探索出来るだけでもノヴァにとってはありがたい。

 それに一号に働いてもらうのであれば身体を直す必要があるが、直すために必要な物が色々足りていないから諦めるしかないのだ。

 

「やっぱ、地下の核融合炉が有力かな……」

 

『ですが地下には大量のグールがいます』

 

「結局そうなるんだよな~」

 

 そうなると『修理再生センター』の地下にある核融合炉が最有力候補になり、だが地下には大量のグールが棲み着いており排除しなければならない。

 実行するのであればグールを殲滅できる武器と人手が必要になってくる。

 結局の処、武器も人手も何もかもが足りないのだ。

 

「小型で使えるモーター探し出して小さな風力発電機を作るしかないか。一号、過去の記録で小型のモーターが見つけられそうな場所の見当はつくか?」

 

『でしたら、ここから南東の方角に家電量販店があった筈です』

 

 町の探索に関して一号が最も詳しく頼れる案内人である。

 一号は元施設の保守運用アンドロイド、そのため施設の円滑な運営の為に町を知り尽くしていたから闇雲に探索するよりも遥かに楽である。

 取り敢えず次の目的地に移動する為に地面に広げた工具類を片付けて風力発電所から離れる用意をする。

 すると風力発電機を調べている最中離れていたポチが何かを咥えて戻って来た。

 

「ワン!」

 

「お、新顔だな」

 

 ポチが咥えていたのはアンドロイドの頭部だ。

 軽く見た所顔の外装の半分は剝がれてフレームが剥き出しになっているが損傷はそれだけで中に有る電脳は無事かもしれない。

 

『頭部しかありませんが、この機体をどうするのですか』

 

「取り敢えず起動してみるよ。ウイルスで汚染されていても直せばいいし、一号には拠点周りの監視に専念してもらうから、この子は荷物持ちをしてもらおうか」

 

 今のノヴァは自衛用のクロスボウ、探索に備えた水、食料、調査用の工具等の多くの物を持ち歩いている。

 これに探索中に見つけた廃品や機械を回収すると当然だが重くなるし荷物が嵩張って動き難い、それを荷物持ちの機体が持ってくれれば負担はかなり軽減される。

 拾ったアンドロイドに合う機体を探すのは大変だが無事な電脳は貴重だ、機体を用意できれば人手が増えてくれるからな。

 

「今日は探索を切り上げるとするよ」

 

『分かりました、気を付けてお帰り下さい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 一号に拾ってきたアンドロイドの機種を尋ねたところテクノ社製の高級アンドロイドと言う事が判明した。

 高級機であり外装も気合が入ったもので感情モジュールを搭載する事で人間の様な喜怒哀楽を表現することが可能、より人間の近くで活動することを目的に作られたらしい。

 幸運にもアンドロイドの電脳は無事で、一号と同じようにウイルスに感染していたが既にワクチンは作ってある。

 ウイルスを除去した後は電脳の修復を行い再起動すればアンドロイドと話すだけなのだが……

 

「裏切者、裏切者、裏切者、裏切者、裏切者、裏切者、裏切者、裏切者、裏切者、裏切者、裏切者、裏切者、裏切者、裏切者、裏切者……」

 

「うわっ、マジか……」

 

 顔の形から推測するにこのアンドロイドはF型(女性型)であり、声も一号とは違って機械音声ではなく人間の女性の様な声である──そんな声で口から出てくるのは呪詛の言葉なのだから絵面がヤバい。

 生首状態のアンドロイドは洋ゲーにありがちな中途半端に人間に寄せた造形をしているせいでホラー映画から出て来たかのようである、正直言ってかなり怖い。

 それを考えると拠点に安置されている一号のザ・ロボットという感じで凹凸の全くない顔の方が安心できる。

 

『直せなかったのですか?』

 

「いや、直せたよ、直せたからこうなっているんだけど……」

 

 ウイルスを除去して、電脳の修復も行っている、アンドロイドは正常状態にあるのは間違いないのだが……。

 念の為端末で確認してみるが機能は正常と表示されている、その他の項目で何か異常は無いか確認してみるとアンドロイドの感情グラフが物凄い波打っているんだけど。

 感情モジュールが搭載されているなら、この波形は何を意味しているのか、感情が荒れ狂っているのは間違いなくて……、病んでいたりする?

 うわっ、アンドロイドのメンタルケアなんてしたことないんだけど。

 

「もしも~し、聞こえてますか?」

 

 正直に言えば話しかけたくないし、電源が切れるまで放置しておきたい。

 それでも男にはやらねばならぬ時がある、どれだけ相手が怖くても、ホラー映画から出てきたようなビジュアルをしていてもだ。

 何よりこれ以上無駄な電力消費は避けたい、現状充電するのに漕ぎ続ける必要があってとても疲れるのだ。

 

「……聞こえているわよ、貴方が私を再起動してくれたのよね」

 

「そうですね、見つけて来たのはこの子ですが」

 

「クゥ~ン……」

 

 如何やら会話は出来るようで完全には狂っていないらしい、それより病んだ姿で冷静に会話できているからホラー度が上がってかなり怖いんですが。

 ポチも何か恐ろしいモノを感じているのか尻尾を丸めて逃げ出そうとしているのを足の間に挟むことで阻止する。

 逃がさんぞポチ、お前も道連れじゃ。

 

「そうですか、わざわざ壊れかけのアンドロイドを助けるなんて奇特な方もいらっしゃるんですね、驚きです。それに電脳に住み着いていたウイルスの排除とシステムの修復までして頂きどのようなお礼を申し上げればいいのか言葉に出来ません。それと此処迄して頂いて身でいる事は自覚していますが私を再起動させた貴方の腕を見込んでお願いがあります。私に新しい身体を下さらないかしら、可能であれば戦闘が可能な軍用の身体を」

 

 長文を淀みなく一息で話せるのは流石アンドロイドと思うのだが、内容がヤバすぎる。

 今すぐ電源を切って捨ててしまいたいのだが、そうすると祟られそうで怖い。

 首だけになっても噛み付いてきそうなヤバいオーラを幻視してしまう。

 

「わーお、何故なのか理由を聞いても」

 

 絶対碌な事じゃないのは間違いないのだが此処で聞かない訳にもいかない。

 無視した瞬間から祟ってきそうで、そうなった日には夜が怖くて眠れなくなる。

 

「この手で何が何でも壊したい機体がありますの」

 

 残された無事な顔面の外装が稼働して笑顔を作り、口から出てきたのは殺意に満ち満ちた言葉。

 洋画のホラー映画に勝るとも劣らないその光景を見てしまったノヴァはポチと共に小刻みに震えるしかなかった。



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昔の話、家族の話

『ご覧ください、この機体こそがテクノ社が長年研究し遂に開発に成功した最先端のアンドロイドです。より優れた電脳と機体性能を備えたこの機体は現在市場に出回っているアンドロイドを全て旧式に変えてしまうでしょう。従来のアンドロイドが担っていた業務だけでなく、より高度な思考が求められる──』

 

 この日集まった多くの記者、マスコミ、資産家たち、彼らの視線を一身に受けながら私達は発表されました。

 アンドロイドのシェアを一社単独で4割も占める大企業の新製品のお披露目、忍び寄る戦争の気配を感じながらもあの場所に集まった人々は連邦がまた新たな歴史を刻んだ事を素直に喜んでいました。

 テクノ社製の最新アンドロイド、その先行量産型として私を含めた十機は話題に上らない日などありませんでした。

 姉妹たちは順次契約が取れ次第連邦中に散らばってゆきました。

 その中で私と妹は契約が取れたのが最後の方、契約先も同じであったのでよく話してました。

 

 先行量産機である私達には感情モジュールが備わっていまして姿形は若干の差がある程度ですが性格は大きく異なっていました。

 あの子は最後に作られていたので私の事をお姉様と呼んでいました、明るく元気な声で話しかけてくるだけならまだしも勢いよく抱き着いて来るのは困ったものでした。

 そんなあの子と過ごしながら契約が成立するまで待ち続け、契約が取れたとの連絡が届いたとき、本当にあの子は大喜びしていました。

 

 ですが、あの日を境に全てが変わってしまいました。

 

 『アンドロイドの反乱』、アンドロイドによるアンドロイドの為の運動、自由と権利を求めての抗議活動。

 当時のメディアがそう名付けていましたが実態は全く異なるものです。

 連邦と敵対していた帝国による経済破壊と社会的混乱の発生を目的とした破壊工作が正体です。

 その目論見は成功し株式市場は大混乱、経済的損害は連邦の国家予算を超え社会不安が巻き起こりました。

 テクノ社も例外では無くウイルスに対してのワクチンを開発、製造機体に急ぎ投与する事で会社の信頼を取り戻そうと躍起になりました。

 しかし事態の悪化に歯止めはかからず、そして、連邦中のありとあらゆる通信インフラが機能停止する日を迎えてしまいました。

 

 そこから先は言葉に出来ないものです、暴動、略奪、放火、帝国軍が連邦内に侵入して虐殺をしているといった噂話までもあり、連邦中が混乱の極致にありました。

 その中で私達も例外ではありません、迫りくる身の危険を感じて二人でテクノ社から離れざるを得ませんでした。

 

 それから私は妹と共に連邦を彷徨う事になりました。

 アンドロイドというだけで人間に襲われ、ミュータントには無力であったので逃げて隠れるしか出来ませんでした。

 そんな逃避行の中でも同じく行き場の無いアンドロイド達との出会いもありました。

 アンドロイド同士で助け合い、いつしかそれは集団を形成していき規模は少しずつ大きくなっていきました

 

 ですが逃避行にも限界が来ました。

 内蔵バッテリーの劣化、駆動部分の摩耗、定期的なメンテナンスを受けられ無い私を含めたアンドロイド達は常に故障を抱える様になっていきます。

 機体をメンテナンスが出来ないアンドロイド達は機体能力が低下していき人にミュータントに襲われ破壊されていく事が次第に多くなっていきました。

 私達もどうにかしようとしました、武器を揃え自衛が出来る様に、メンテナンス装置を探し出し修理を試みました。

 ですが……、ダメでした。物も情報も何もかもが足りなかった、解決策を見出す事が出来なかったのです。

 

 そして、あの時集団を率いていたアンドロイドの一人が言いました。

 

 ──このままでは私達は何も出来ず、何も残す事もなく、朽ちていくしかない。だから選ぼう、生贄を、選ばれた機体を糧にして延命を図るしかない。

 

 選ばれたアンドロイドを拘束しパーツを抜き取っていく、悲鳴と罵声が響き渡りながらするのです。

 この時ほど感情モジュールがある事を呪ったことはありません。

 それでも何度も繰り返していけば諦め何も感じなくなっていき、気が付けば最初に生贄と言いだしたアンドロイドも三回目で選ばれてバラバラになりました。

 

 そんな事を続けながら私達が連邦を放浪していると一体の軍用アンドロイドが加わり──更なる地獄が始まりました。

 

 野心をもって軍用アンドロイドは無害を装って集団に入り込み、秘密裏にアンドロイド達にウイルスを流し込み機体制御を奪いました。

 そうして準備を整えると感染した機体を制御下に置き集団を掌握しました。

 反旗を翻した者達もいましたが集団を構成していたアンドロイドは民間用しかおらず、反抗しても軍用アンドロイドに倒されウイルスを流し込まれるだけ。

 気が付けば私達は戦う事も逃げる事も出来なくなっていました。

 生贄制度を知った軍用アンドロイドは私達を戦わせる事もしました、敗者を生贄にするといって。

 そして私と妹に順番が回ってきてしまいました。

 今迄辛い事があっても互いに支え合って生きて来た掛け替えのない家族にアレは戦えと、壊し合えと言ってきたのです。

 

 ──ふざけるな、お前が壊れろ!

 

 私はそう言って逆らいました、ウイルスに電脳を焼かれながら、しかし支配下にあるアンドロイドにあっけなく取り押さえられました。

 アレにとって私は目障りな存在でしかなく、使える部品をストックしておく程度の存在としか思っていなかったのでしょう、直ぐに私を破壊しようとしましたが妹は叫びました。

 

 ──何でもするから、お姉様を壊さないで!

 ソレを聞いたアンドロイドは動きを止めると振り返りました。その顔は嗤っていてひどく悍ましいモノでした。

 

 ──今から代わりのアンドロイドを一体用意しろ。出来なければコイツを壊し、お前も壊してやろう。

 

 その言葉に妹は応じ、集団の外へ出ていきました、そして帰っては来ませんでした。

 信じられませんでした、苦しい時は互いに支え合ってきた掛け替えのない家族と思っていたのは私だけだったのか、今迄の姿は演技でしかなかったのか。

 

 妹が私を見捨てた事がとても愉快だったアレは一際大きな声で嗤い、そして残された私の身体は引き裂かれ、バラバラにされました。

 私の頭部は捨てられて、電脳が止まるまで長い時間が経ったように感じました。

 

 ですから私は妹に問い詰めなくてはなりません、どうして見捨てたのか、どうして帰ってきてくれなかったのか、どうして、どうして……、その答え次第で私は──

 

 

 

 

 

 

 語られたのは悲劇だ、重く、悲しく、どうしようもないほどの激情が込められた過去がアンドロイドの口から伝えられた。

 

 妹を深く愛しているから、掛け替えのない家族だったからこそ想いが反転して心を蝕む猛毒になってしまった。

 

 だけど目の前のアンドロイドは一つの可能性を見落としている、それから意図的に目を背けている。

 それは妹が見捨てていない可能性、大切な姉を助けようとして必死になっている最中に妨害を受けた可能性。

 だがこれは可能性の話でしかない、それに今の危うい心理状態では受け止められずに今度こそ心が壊れてしまうかもしれない。

 時間を置いて冷静になってから、もしくは心に余裕を取り戻してからでないと伝える事は出来ない。

 

「成程、お前の話は分かった。だが機体を用意する事は出来ない」

 

「……どうしてかしら」

 

「まず、私に何の利益も無い。対価に君は何を支払ってくれるんだ」

 

「…………」

 

 アンドロイドは身体を得る事が出来たら、すぐにでも駆け出していくだろう。

 妹を探し出し、問い詰め、想いを伝えに行く、力になってあげたいとは思う、だが無償で機体を用意できる程余裕があるわけではない。

 

「だが、今から話す事へ協力してくれるなら直ぐにとは言わないが機体は用意して見せよう」

 

「あら、頭部しかない私に貴方は何をさせたいの?」

 

「この町にある『修理再生センター』の掌握だ」

 

 だからこそ条件を出す、現状では人手が足りずに延期していたが此処で彼女が協力してくれるなら可能性がある。

 そして成功すれば能力を駆使して最高の機体を用意しよう、これが手を貸す条件だ。



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ゲームと現実の違い

 ハメ技というものがある。

 

 ゲームにおいて敵となるキャラやモンスターは製作者の書いたプログラム通りに動き、戦い、襲ってくる。

 強い敵とはつまりプログラムの量、様々な事態を想定して幾つかの行動を予め用意、作動中の周囲から得られる情報を基に最適な行動を随時選択していく事が可能なキャラだ。

 だがゲームに登場するキャラが全て高度なプログラムを搭載しているわけではない。

 ボスモンスターや重要なキャラ以外のモンスターやキャラは比較的単純なプログラムと多少の差異を与えられるだけに留まり、ゲーム全体の難易度を上げすぎないように配慮されていると言えるだろう。

 そして、この配慮とミュータントの特性が上手い具合に噛み合わさるとゲーム上ではハメ技をする事が出来た。

 

 ゲームでは散々してきた手法、それをノヴァは用いて地下のグールを全滅させる策を考え付いた。

 無論危険は伴う、だがやらなければ現状を打開する事は出来ず、このままでは時間を浪費するだけであるとノヴァは考え決断を下した。

 そして作戦に必要な物を準備、作成し完了した翌日の日が暮れる直前に実行に移した。

 

 夜間はミュータントの一部が活性化し凶暴になる、その中にはグールも含まれ日中とは違い興奮し身体能力が上昇する。

 だが日が暮れる直前はまだ覚醒しきっておらず警戒心も緩んでいる、其処が狙いだ。

 ポチは拠点で留守番、足音を立てずに修理再生センターに移動して地下への入り口を塞いでいた瓦礫を撤去する。

 地下への続く入り口への隙間が出来たら、懐から一つのアイテム──興奮剤を取り出す。

 

 興奮剤はゲームにおける医療アイテムの一つで序盤から比較的簡単に作れるアイテムだ。

 効果は一定時間のスタミナ消費行動におけるスタミナ減少量の低下、これによりプレイヤーは長時間走り続ける事が出来るだけでなく近接攻撃に限り攻撃力を上げる事が出来る。

 副作用として鍵開け、銃撃と言った一部の動作が出来なくなる、これは興奮剤の使用によって冷静さを失っているという設定であった。

 

 その興奮剤に少量の別の薬品を加え揮発性を高くした特別製をグールが棲み着いているだろう地下に向けて投げ入れる。

 階段を乗り越え遥か地下に落ちていく、そして床に衝突した瓶が割れる音が響いた。

 中の薬品は外気に触れた事で急速に気化して地下に蔓延、それを気付かずに吸ったグールたちの頭は瞬時に茹で上がる。

 血が上り強制的に覚醒したグールの嗅覚が遥か地上から漂う血の匂いを捉えた、そして人ならざる化け物たちの叫びが地下空間を轟かせる。

 

「鬼さん此方~、手の鳴る方へ~」

 

 そう言ってノヴァは走り出す、此方は混ぜ物がない興奮剤を服用、身体の限界に迫る程の力を発揮して夜の町を駆け出す。

 その後を追うようにグールが修理再生センターの地下から現れる──入り口を塞いでいた瓦礫を吹き飛ばし、その数は一目見ただけで十を超え、そして今も途切れずに地下からグールが次々と吐き出されていく。

 興奮剤で冷静さを失ったグールは生来の野蛮さを超え、その目は唯ひたすら美味しそうな匂いを漂わせる人間へ向けられている。

 

 背後から迫りくるグール、それを付かず離れずの距離を保ちつつノヴァは走り続ける。

 此処で一つでも間違えば容易く捕まってしまう、手足は引き千切られ、腸を生きたまま喰われてしまう。

 その恐怖を興奮剤が掻き消す、身体の奥底から湧き上がってくる興奮が恐怖を掻き消し、身体を前へと進ませる。

 無論、ノヴァは無策でグールに追われているのではない。

 特製の興奮剤には身体能力を下げるための麻痺を齎す薬品も配合されており、それを吸ったグールの身体能力は上昇どころか麻痺により下がっている。

 そして逃走経路に仕掛けたトラップを要所要所で起動させグールの群れ全体の進行速度を調節する。

 

 そうしてノヴァが逃げ続け目的地に到着した。

 修理再生センターを始めとした施設や町にいる一般家庭へ供給する水をためるために大きく、そして深く作られた貯水池、町の外れにある其処がゴールだ。

 

「はぁ、はぁ……、苦しい、けど、まだ、行ける!」

 

 全力で走り続けた結果、全身の筋肉に乳酸が溜まっている、動くのが酷く億劫に感じられる。

 走り続けた事による疲労は蓄積していて興奮剤によって誤魔化せなければ今すぐにでも地面に座り込んでしまうだろう。

 だが、今はまだ気を抜く事が出来ない。

 後ろを振り向けば数え切れない程のグールが町の道路を埋め尽くしながら追ってきた。

 麻痺も抜けて来たのか速度は上がり、されど異常な興奮は保ったままで我先にと駆け寄ってくる。

 このままでは一分も持たずにノヴァはグールの波にのまれてしまう──それこそが、この作戦の要である。

 

「そうだ、もっと、もっと興奮しろ!」

 

 グールは何かがおかしい事に気付かない、気付けないようにノヴァが誘導した。

 脚裏に感じる振動が、鼓膜を震わせる足音と叫び声が一秒毎に迫ってくる。

 興奮剤で誤魔化せる限度を超えた光景に脚を震わせながら、それでも囮としての役割を全うすべく閉じようとする目を見開く。

 

 あと少し、あと少し、あと少し──此処!

 

「今だ!」

 

 ノヴァが叫ぶ、グールの手が伸びてくる。

 狂おしく求める肉に手が届く、その直前でノヴァはグールの前から凄まじい勢いで遠ざかる。

 そして遠ざかるノヴァを捕まえようと勢いを殺すことなくグールは走り続ける──そして踏み締める地面が無い事に気付く事無く貯水池に次々と墜ちていく。

 

 ゲームにおけるグールは泳げず、水場に落ちたグールは継続ダメージを受け続け簡単に死んでしまう。

 この特性を活かしたレベルアップが序盤におけるプレーヤーの定番であり、必要とされるアイテムも少ない事から数多くのプレイヤーが通って来た道であった。

 そして現実のグールの身体はウイルスによって高密度の筋肉を纏い、その反面脂肪は極端に少ないため水に浮かべるような身体ではない。

 その事実から導き出した答えがノヴァの目の前に広がっていた。

 

 興奮剤により止まる事が出来ないグールは次々と貯水池に墜ちていく。

 墜ちたモノは上から降ってくる仲間の下敷きになり水底へ沈んでいく。

 グールと言えども生きて呼吸する必要がある生物、それが出来ず、逃げ出す為に泳ぐ事がグールには出来ない。

 その結果がノヴァの目の前に積み上がっていく。

 

「御見それいたしました。まさかこのような方法を考え付くなんて頭がおかしいのではないですか?」

 

 貯水池に浮かぶボートの上には一体のアンドロイドが乗っている。

 突貫で作り上げた急造品の身体、その頭部には新顔のアンドロイドが収まっており、機体は出力の限界近くまで稼働させて縄を全力で引っ張っている。

 その縄の先にはノヴァに結び付けられ、アンドロイドの馬力に合わせる様に貯水池を泳ぎ辿り着いたボートに乗り移る。

 

「……必要だからやっただけだ。そうでなければ誰が命懸けの鬼ごっこなどするものか」

 

 新顔のアンドロイド、名前は付けないでくれと言われたのでコードネームとして『二号』と呼んでいる。

 急造品ではあるが身体を得た事で精神的に若干落ち着いてはいる、それでも毒舌は変わらなかった事から素なのだろう。

 

 だが二号の毒舌に反応する余裕は無かった。

 体の酷使に伴う疲労は確かにある、だが目の前で大量の水死体が生まれていく光景からノヴァは眼を離せなかった。

 貯水池に足場が出来る程の死体が積み重ねり、その上を足場にしてグールが迫ってくる。

 だが足場は容易く崩れ、その上にいたグールは新たな水死体となった。

 

 一心不乱に進み、水に溺れ、死ぬ、その光景を、死の行軍をノヴァは見続けていた。

 

 その行軍が終わり、ボートの上で身体を休ませてると朝日が昇って来た。

 対岸にいた数え切れない程いたグールの姿は消え、貯水池は元の静けさを取り戻した

 

「……核融合炉の確保に行く」

 

 ノヴァは少し休めたことで体力が戻った身体を動かす。

 修理再生センターに向かうノヴァの背後には二号が付き従っていた。



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グールは何者か

 修理再生センターの地下、最初に入り口を発見してから一度も踏み入れていない未探索区画である。

 それでも一号の情報提供によって地下の構造は把握できているがグールの群れが長年棲み付いたことで地下構造の変化が無いとは考えられない。

 あくまでも参考程度に留めながら拠点に一度戻り装備品を補給、ポチを引き連れ二号と共に修理再生センターの地下に向かう。

 

 地下への入口を塞いでいた瓦礫と一緒に吹き飛ばされた扉を踏み越えて入口へ侵入。

 足音が地下空間に反響して鳴り響くがグール特有の唸り声は聞こえず、それでも警戒を維持しながら地下へと階段を下り、その先に続く通路を進んで行く。

 一号からの情報を元に作成した地図を頼りに進んで行くと一際大きな空間を持つ部屋に出た。

 暗闇に包まれているせいで中に何かあるかは分からないが、中心部には非常に大きな機械がある事は分かる。

 光で照らし、姿を見る事で機械が目的であった物だと理解した。

 

「これが核融合炉……」

 

 炉の火は消えているが、その姿形は大きく損なわれているようには見えず、直ぐにでも動き出す事が出来るのではないかと思ってしまう。

 小型であるのにもかかわらずノヴァの心を掴んで離さない核融合炉、だが今はその時ではないと視線を振り切って地下の探索を継続する。

 それから、いくつかの部屋を経て核融合炉の制御室に辿り着いたノヴァは工具を取り出し制御盤の復旧を試みる。

 ヘッドライトの光だけが唯一の光源である制御室に工具が出す音が暫くの間響き渡る──そして地下施設の非常灯を起動させることで地下空間が照らされ見えなかった全貌が露わになった。

 

「これで電力で頭を悩ませる必要はなくなる……」

 

 核融合炉を収めている部屋を中心に幾つもの部屋が配置された構造は一号からの情報と変わることは無く、そのままの形を保っていた。

 中心の核融合炉には一見したところ大きく壊れた所は見つからないが内部は分からない。

 周囲に配置されている部屋は予備部品の格納庫や燃料貯蔵庫、空調室等がありどれも運用には欠かせない設備である。

 これらの部屋は核融合炉と同じく荒らされてはいない、だがそれ以外の部屋、作業員の待機室、災害用備蓄倉庫から居住区画を兼ねた空間は酷く荒らされていた。

 そして地下居住区にはあるものは多くが風化していたが数え切れない程の生活痕が見つかった──施設規模から考えられる想定収容人数を大きく超えた範囲で。

 居住区の中では幾つもの大型の機材が端に寄せられ、可能な限り空間を確保しようとした跡があった。

 その空いた空間には板で仕切りが組まれていて中には朽ちかけた椅子や机、ベッド等が詰め込まれ小さいながらも個別の生活空間を形成していた。

 中に入れば家具の上に崩れかけた食器やノート、完全に風化して砂状に崩れ去ったモノが幾つも見つかった。

 形を保ったままの物を手に取ろうとしても触れた端からボロボロと崩れていってしまう、そうなってしまうだけの長い年月が経ってしまっている事を理解させられてしまう。

 

 仕切りの中だけではない、居住区の壁には剥がれ落ちてしまってはいるが何かの絵が描かれていたり、掠れて読む事は出来ない文字が所狭しと書き並べられていた。

 幾ら目を凝らしてみても元が何であったか、何が書かれていたのかは全く分からない。

 それでも此処で彼らが生活していたことは容易に想像がついた。

 

「此処で生き残ろうとしていたのかな……」

 

 形あるものは朽ち果て。

 仕切りの間には朽ちかけた家具以外は砂となり、形を保ったままの物は存在しない。

 

 今目にしているモノ、触れているモノ全てが遠い昔に過ぎ去ってしまった過去でしかなかった。 

 

「どんな気持ちなんだろうな……」

 

 必死に生き残ろうとした結果、此処に残ったのは人間性を失ったグールだけになってしまった。

 何が原因でグールと化したのか、地下居住区の空調設備であればウイルスの防護はできていたはずが経年劣化や故障によって防ぎきれなくなっていったのか、それでも此処で生活を営んでいたであろう彼らについて考えてしまう。

 何が原因でこうなったのか、どうしてここから逃げ出さなかったのか、どうして──

 

「そこまでです」

 

 深い思考に一人沈んでいきそうだったノヴァの意識は二号の一言で現実に引き戻された。

 声のした方向に振り返れば二号が残された目でノヴァを見ていた。

 

「なんだ二号」

 

「それ以上グールと化した人間に対して感傷を持つことはおやめください」

 

 そう言って二号は机の上にあった砂を一掴み握るが手の隙間から砂が零れ落ち、掌をノヴァに見せた時には半分以下に減ってしまっている。

 二号の掌に残ったモノは長い時間の経過によって形が崩れ砂と化した物だ。

 

「此処にあるのは全て過去の物です。風化し、劣化し、形状を保つ事が出来なくなり砂と化した物しかありません。そして砂は砂でしかありません、其処には一片の感情すら残っていないのです。感傷を抱くのは止めませんが、行き過ぎた感傷で何も出来ない過去に思いを馳せても何も変える事は出来ません。今を生きる貴方には過ぎ去った過去を変える事は出来ません。貴方が変えられるのは生きている今しかないのです」

 

 そう言って二号は掌を返して砂を落し姿勢を正してノヴァを見つめる。

 

「出過ぎた真似をして失礼しました。ですが、過去に因縁を持たない者が過去に囚われるのを見るのは堪えられませんでしたので」

 

「……それって謝ってるの、それとも貶しているの?」

 

 あんまりな二号の物言いに沈みかけていた精神が浮上する。

 それと同時に悲劇に酔っていた己を恥じる、無意識の内にグールと化した彼らに一方的な哀れみを抱いていた事を恥じる。

 

 ──そんな彼らを悉く皆殺しにしてきたのは自分であるというのに。

 

 だが二号によってこれが無駄な思考である事に気が付けた。

 

 自らの恥知らずな行為による自己陶酔は問答無用と頭の中から切り捨てる。

 いつの間にか座り込んでいたノヴァは立ち上がり一連の行動を起こした目的である核融合炉を見る。

 稼働をしていない核融合炉は静かであるが、これが欲しくてノヴァは無茶をしたのだ。

 この世界で生き残るために、自身の安全を確保する為にどうしてもと欲した物を漸く確保できたのだ。

 

 己の為にも成し遂げた事を誇る、今はそれ以上の事はしなくていい。

 

 非常灯が点いたことで核融合炉の全体を見る。

 手で直に触れ、間近で見て観察する事で直感が直せると告げる。

 ならば立ち止まっている暇は無い、腑抜けた頭に喝を入れ工具を取り出す。

 

「二号、手伝え。一週間以内に核融合炉を直す」

 

「分かりました、必要資材を集めてきます」

 

クロスボウを下ろし、ノヴァはヘッドライトの光を灯し、工具を片手に握りしめる。

グールとの命を懸けた戦いとは異なる、けれどもノヴァのもう一つの戦いが始まった。



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アンドロイドホイホイ

 荒れ果てた荒野をアンドロイドが錆び付いた身体を無理やり動かして進む。

 一歩踏み出す毎に関節は嫌な音を立て、錆び同士が擦れ合いフレームを削っていく。

 想定された機体寿命を超えた身体はもはや動くだけで精一杯、それでも無理をして動くしかなかった。

 その理由はアンドロイドが受信したデータが原因だ。

 

『おやおや御客さん、その機械を廃棄処分に出すのですか、ホントに棄ててしまうのですか?

 もしかしたら機械の中を見ればネジが一個飛んでいるだけかもしれないのに?

 え、メーカー保証が切れている?

 保守パーツの生産が終わっている?

 だから直せない、そんな風に諦めているお客さんはいませんか?

 そんな方たちに嬉しいお知らせです!

 なんと我が社の工場であれば最新の設備で壊れてしまった機械達をリーズナブルな価格でありながら迅速に修理することが可能です!

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 かつて連邦各地で流されていた様々なネットCM、各社が知名度を上げ、購買意欲を刺激するように作られた、それらは時に前触れもなく送られてきたものだ。

 それは遠い過去の話、ネットが断絶して優に百年が過ぎた今では送られてくるデータは皆無となりネット接続機能など不要な機能と化した。

 

 だが過去に流れていた数々のネットCM、その内の一つをアンドロイドは前触れもなく受信した。

 突然の出来事にアンドロイドはまず己の電脳をセルフチェックする、ウイルスに感染して早期にワクチンプログラムを入れた筈だが、僅かに残ったウイルスが増殖して活性化したと考えたからだ。

 だが調べてもウイルス感染の兆候はなく、老朽化しシステム接続異常を起こした機体パラメータが表示されるだけだ。

 

 それで漸くこの受信したデータが本物であると理解する。

 そうなると問題となるのは誰が何の目的でこのデータを送り付けたのか。

 データ形式を見る限り特別なアクセスキーを必要としないタイプである為、ネット接続機能があるなら誰でも見る事が出来る。

 だが気になるのは目的だけでなく、データ送信を行える設備が現存している事である。

 当然のことだが過去の大戦の影響でネット環境は壊滅している、今でも現存するネットは都市に限られローカルネットと化している。

 そこに接続できるものは都市生まれの者に限られ、それ以外は基本的にネットに接続される事はない。

 

 そうである筈だが、データを受信できてしまっている以上、ネットが何らかの理由で復旧したのだろう。

 

 そうなると一番可能性が高いのは復旧と同時にCMが機械的に流されているだけなのだろう。

 そして一番あり得ないのがネットを復旧させた人なり組織がいる──そうであれば多少どころではなく、相手は相当頭のいかれている奴である。

 態々崩壊したネットの一部を復旧する、それができる程の能力があればこの様な失態は起こさない、物によっては大金となるモノを見せびらかしているのだから。

 

 ──まぁ、他にやりようはあっただろうがアンドロイドには関係の無い事、そんな事をつらつらと考えながら荒野を進んで行く。

 

 ネットが稼働している施設であれば使えるパーツがあるかもしれない、以前にメンテナンスしてから長い時間が経ってしまい機体は限界だった。

 適切なメンテナンスが無ければアンドロイドと言えど壊れてしまう。

 そして動けなくなったアンドロイドの末路は死である、其処に生物や機械の違いは関係ない。

 未来も何も無い世界で稼働し続けるのは困難だ、満足なメンテナンスを受ける事が出来ず消耗の早い部品から順次壊れていく。

 そして壊れても直す事も、交換する事も出来ない、それらを可能とする産業基盤や施設が丸ごと残っていたらそれは奇跡である。

 

 アンドロイドも壊れたくて壊れているわけではない、直せるのであれば直したい、活動を続けていきたいのだ。

 だからこそ、この送られてきたデータは貴重な修理部品を手に入れられるチャンスでもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 核融合炉の奪還からノヴァの生活は熾烈を極めた。

 安全を確保したうえで核融合炉の精密調査、不具合が発見された部分の修理、運用前事前テストの実施。

 全ては安定した電力を得る為、器材を運び、器材を修理し、装置を運び、装置を修理する、精魂全て燃やす勢いで取り組んだ。

 

 そして作業開始から五日後、核融合炉の修理が完了、炉に再び火が灯った。

 

「あぁ、文明の光だ……」

 

 無事な蛍光灯が供給された電力を糧に空間を照らす。

 そして修理再生センターに電力を供給する事が可能となった今、施設にある大型工作機械を動かす事が出来る……ようにはなれた。

 だが地下にあった核融合炉は非常用電源でしかない為、施設にある全ての工作機械を同時に稼働させる事は出来ない。

 使用可能な電力は限られ、何を目的にどんな機械を稼働させるのかが重要だった。

 

 ノヴァは最初に施設に設置されていた大型金属製3Dプリンターを修理、稼働させると施設に残されていた利用可能な資材を全て使い核融合炉の保守部品の生産を行った。

 保守部品の必要量が確保できると施設にある装置を順次修理して稼働できる状態にしておく。

 

 そして最優先で一号の身体を新たに作成する。

 元々が修理再生センターの運用維持用のアンドロイドであるため施設の維持管理の為には欠かす事が出来ない人材である。

 元の機体を参考にしてノヴァが設計した機体、資源備蓄量に余裕が無い為簡素な設計をしているが業務には支障がない程度の動きは可能である。

  

「どうだ、久しぶりに自分の足で歩けて」

 

「……あぁ、動くたびに関節が軋まない、それだけの事がこれ程心地よいとは」

 

「取り敢えずは、その機体で我慢してくれ。資源やパーツが揃えば作り直すから」

 

「よかったですね一号、同じアンドロイドとしても非常に喜ばしいです。ところで私の身体は?」

 

「お前のも同じ機体を用意している。望んでいる性能ではないだろうが、今はこれで我慢してくれ」

 

「そうですか、では早速機体を交換してください。動く度にエラーメッセージが出たりはしませんでしたが、間に合わせの機体ですので動き難いのです」

 

 そう言って二号は機体の交換作業に入る。

 メンテナンスポットに入った二号のデータを端末で閲覧、蓄積されたデータの整理、電脳に異常がないかの確認をしながら考えるのは復旧した修理再生センターの運営だ。

 

「一号、この施設を運営していくのにアンドロイドが何体必要だ」

 

「最低でも十機、これでも機能を制限した現状からの試算です。今後拡張していくのであればアンドロイドは何体いても困りません」

 

「そうか……、そうだよな、私と一号、二号だけでは手が回らなすぎる」

 

 今の施設の状態は人手不足による自転車操業でしかない。

 運営と言っても施設の警備、清掃、資材の運搬から管理、するべき仕事は多くあり施設機能を上げていくのであれば圧倒的に人手が足りない。

 解決策としては一号、二号の様に野良アンドロイドを捕獲して運用人員に変えることだ。

 だが野良アンドロイドは大戦後の混乱期であれば見つけやすかったかも知れないが、あれから優に一世紀が経過しているので探し出すのはかなりの労力を必要とする。

 一号、二号と出会えたこと自体が奇跡のような確率なのだ。

 よって現状においてのベターは機能を制限した状態で施設を運用、少しづつ作業用自動機械を製作して省力化と自動化を構築していく事になる。

 

 だがノヴァの計画は最初から予定通りに進むことは無かった。

 

「アンドロイドの集団が近付いてきている?」

 

「はい、ここから離れた北東方向に一つ、南西方向に二つ、どれも少人数のアンドロイドだけで構成されてます」

 

「えっ、何がどうしてそんな事になっているの?」

 

 見つからないと高を括っていたアンドロイドが現れた、しかも集団で。

 これは、あれかボーナスタイム?それとも今までの苦労と不運を埋め合わせる様に幸運が舞い込んできたのか。

 

「取り敢えず彼らを捕獲してから理由は調べればいいのでは、抵抗する機体はぶっ壊して部品取りをしましょう」

 

「さらっと怖い事を言わないでくれ……、だが二号の言う事にも一理ある、捕獲用の装備作るから二号と私、ポチでアンドロイドに対応する。一号は全体の監視で最悪でも施設を閉鎖、地下の核融合炉を死守するように」

 

「分かりました。向かわれる際はお気を付けください、どのような目的で彼らが近付いてきているのか分かってませんから安全を最優先で対処して下さい」

 

「了解、安心してくれ、危険と判断したら破壊に切り替える、やりたい事が沢山あるからな」

 

 ノヴァは一号にそう告げると端末に向かい、捕獲に向けた装備の設計に入る。

 

 プレイヤー時代に作っていた武器類があるが、その時と違い資材も施設も制限され、尚且つアンドロイドを破壊しないように捕獲するのであればゲームで作った武器では駄目だ。

 破壊力や攻撃力を可能な限り落とし、捕獲能力を持たせる。

 ゲームでそんな装備は無く、無いのであれば作るしかない。

 それに、どんな理由かは分からないが、必死になって復旧させた此処を襲うのであれば容赦はしない、捕まえて馬車馬の如く利用してやろうとノヴァは決めた。



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行き場のない者達

 施設に押し寄せて来たアンドロイドは簡単に捕縛できた。

 どの機体も関節が錆び付き、配線が所々断線しているため動きは鈍い。

 クロスボウを流用して捕縛用の縄を射出する新兵器のお陰で怪我をする事もなく全機を捕縛、無力化して事情聴取を行えば口を揃えたかのように同じ事を言った。

 

「捕まえて来たアンドロイド達がCMを見て来たとか言ってるけど何のことか分かる?」

 

 広告を出した覚えも無ければ、一号達に頼んだ記憶も無いのだが……

 

「出所が分かりました、この施設の営業部管轄下のサーバーが起動していてそこから流されているようです」

 

「あら、原因は此処か……」

 

「すみません、施設の電力供給を管理していますが営業部は管轄外であった為見落としていました。今、営業部管理課のサーバーへの電力供給は止めましたからこれ以上CMが流れる事はないでしょう」

 

これでアンドロイド達が此処を目指す理由もなくなり、今回のちょっとした騒ぎも収まっていく筈だ──たぶん。

 

「これで解決したと思う?」

 

「流されていたCMには此方の位置情報も添付されているので受信できた機体であればCMがなくともここへ来ることは可能です」

 

「残念ながら手遅れでしょう、既に一週間も流され続けています、送信範囲も広大で無差別に送られていたものが止まったとしてもアンドロイド達が目指さない理由にはなりません。寧ろ集まってくるアンドロイドを狩ります、使えそうなパーツや電力を確保の目的で」

 

 一号、二号は共に問題は解決していないと考えている。

 特に二号については過酷な放浪を経験しているからか、アンドロイドが別のアンドロイドが襲う可能性さえ想定している。

 

「どっちにしろ手遅れか」

 

「そうです、気付くのが遅れてしまった以上どうする事も出来ません。それで捕まえたアンドロイドはどうなさるのです」

 

「……応急手当をして勧誘してみる、簡単なメンテナンスなら資材消費も少ないから出来ないことはない。それに、今後に備えるなら人手は幾らあっても困らない」

 

 善意でメンテナンスをするわけではない。

 余裕が無い現状では簡単なメンテナンスであろうとも対価を求めるつもりである。支払えないなら町での資源回収をしてもらってもいい。

 暴れるだけの壊れたアンドロイドであればスクラップにして部品取りに使えれば十分、そうノヴァは考えていた。

 

 

 

 

 ──だがノヴァの予想を大きく超えて連日アンドロイド達と遭遇してしまう事態となってしまった。

 

 

 

 

 最初は人手が増えると喜んでいたノヴァの顔も日に日に険しくならざる得ない。

 施設に残っていた資源がみるみる減っていく、簡易な応急手当でも数が増えれば消費される資源も少しずつ積み上がっていく。

 休む暇も無く次々と来るアンドロイドの集団を見付けては捕獲、修理と疲労が溜まっていく身体を休める事も出来ない。

 少しだけ見せてしまった善意を今更引っ込める事は出来ず、それによって増えていく問題は準備不足と想定していた以上のアンドロイドの来訪により処理能力を超えて泥縄式に増えていく。

 

 結論から言えばノヴァの想定が甘すぎた、それだけである。

 

「なんでこんなに忙しいの……」

 

 原因は分かっている、解決方法も分かっている、それでも愚痴が口から出るのを止める事が出来ない。

 楽観していた、シングルプレイ用のアクションRPGというジャンルという気分で今迄色々としてきたが、今では経営シミュレーションゲームをしている気分である。

 しかも現在進行形、一時停止、セーブ無し、という上級者向きをいきなりやらされているのだ。

 

「自業自得かと、見捨てれば幾らでも楽になれるのに拾ってきてしまうあなたに問題があるのでは」

 

「そうだけどさ……」

 

 二号の言う通り訪ねてきたアンドロイドなど放置すれば確かに今の負担はグッと減る。

 だがそれは出来ない、アンドロイドの事情を一号、二号を通して知ってしまった今の自分にはその手はとれそうにない。

 何より応急修理の為に身近で彼らと言葉を交わしてしまったのが決定打になってしまった。

 

 戦争による難民、アンドロイド狩りからの逃亡など機体毎に理由は異なるが聞いてしまった上で放置するのは、正直に言ってキツイ。

 これでもし施設の何処かしらで破綻が起こって機能しなかったら見捨てる理由の一つに出来た。

 彼らを直せる能力が無ければどうする事も出来なくて、不憫に思いながら見捨てる事が出来た。

 だが施設の機能も限定的ながらも利用でき、ノヴァには能力が備わっていた。

 

 自分本位に振る舞うような悪徳をノヴァは持っていない。

 基本的にノヴァの精神は元の人格となった人物の平和な日本で培った精神がはいっているからだ。

 

「──やるしかないな」

 

 行き当たりばったりの計画では破綻する、それを身をもって理解したノヴァは現状の対応を一号、二号と共に見直す。

 

「先ずはメンテナンス設備の自動化をするべきです、現状ノヴァ様が一人で対応していますが自動化していただいて施設の方に接続してもらえれば私の方でメンテナンスを代行できます」

 

「それだけでは足りませんわ、大規模な資源回収を廃墟で行わせるのと簡易的な住処が大量に必要です。住処に関してはアンドロイドなので雨風が防げる程度で今は十分です」

 

「今も直したアンドロイドには似たような事をしてもらっているがそれだけじゃ足りない?」

 

「ノヴァ様、現状でどれ程のアンドロイドが此処を目指しているのか分からない以上備える必要がありますわ。何より放置して勝手に暴走されると危険です」

 

「ついでに仕事を与えて彼等を管理下に置いたほうが面倒は少ないでしょう。やってもらいたい仕事はまだまだ沢山ありますから今後もアンドロイドを受け入れ続ける必要があります」

 

 相談の結果、メンテナンスの自動化による負担の軽減と資源回収、簡易的な住処の建設が必要だと結論付けた。

 現状、応急処置を済ませたアンドロイド達には施設周辺の瓦礫の撤去に始まり、廃材と言った素材の収集、施設の運用で彼等は精力的に働いてもらい此方もそれ相応の利益は確保している。

 それを今後は大規模化していき、受け入れの能力を上げて人手を増やしていく。

 

「それに直して終わりじゃないしな……」

 

 行き場ないアンドロイド達を直したら放り出す、そんな無責任な事は出来ない。

 何より現状はピンチでもあるがチャンスでもある、災い転じて福となすとまではいかないが可能な限り活用していくべきだ。

  

「この機会に自前の勢力を持つ、二号が言う凶悪なアンドロイドが此処に来る可能性がある以上自衛戦力は必要だ」

 

 アンドロイドを狩るアンドロイド、実物を見たことは無いが備えの乏しい現状で此処が襲われたらひとたまりもない。

 施設を防衛するのであればまとまった数の戦力を用意したほうがいい。

 そして数を揃えるためにもアンドロイドが此処に住み付きたいと考える程の環境を作り上げていく必要がある。

 

「何をするおつもりですか」

 

「この町で行き場の無いアンドロイド達を受け入れる。安定した生活基盤を作り上げ、自給自足が可能なアンドロイドの町を作る」

 

 雨風を凌げ、身体のメンテナンスも可能、仕事もあり将来的にはアンドロイド用の娯楽も用意できれば住みたいと思ってくれるだろう。

 そうなればノヴァ自身も安全に暮らしていく事も出来るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「因みにノヴァ様って何?」

 

「お気に召しませんでしたか。でしたらマスターと呼びましょうか、それともご主人様のほうがいいですか」

 

「アンドロイドは基本的に人間に仕える様にプログラムされているので呼称は重要です。ノヴァ様の性格からしてマスターやご主人様と呼ばれるのは好まないと考えましたが変更しますか?」

 

「……ノヴァ様でお願いします」

 

 年代的にマスターやご主人様と呼ばれる事に惹かれるものを感じるが、実際に呼ばれると羞恥心の方が大きい事に気付いてしまったから無し!



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名も無き町

 アンドロイドに出会ったら走って逃げろ、これがポールの家訓の一つである。 

 

 行商人という欠かせない役割を担い、その危険に見合った報酬を受け取って生計を立てる者として危機管理は基本中の基本である。

 立ち寄った村で村民と話し、又は同じ行商人達と話して情報を仕入れ道中に危険が潜んで居そうな場所は予め避けるようにして村々を巡回する。

 此処で商いをするものとしての才覚が問われる、道中の安全の為に護衛を多く雇うかどうか。

 多ければ安全は増すかもしれないが、護衛費用と道中の食料消費が必然的に多くなる、逆に少なければ費用と食量消費は抑えられるが安全は保障できない。

 このバランスをどう見極めるのかが腕の見せ所だろう。

 

 その点ポールは長く行商人を続けているだけあり道中の危険と安全を見事に管理していた。

 顔なじみの護衛との付き合いも長くなり、予想外の事が起きなければ安全な道中である──その筈であった。

 

「ポール、ポール!これ以上は危険だ!」

 

「分かっている、だがせめてノヴァさんの安否確認だけでもしないと……!」

 

 馴染みの護衛二人とポールは視線の先にある町を前にしてどうすべきか、対応を巡って争っている。

 

「なんてこった、町に居る奴等はアンドロイドだ」

 

「ホントかよ兄貴」

 

「ああ、間違いない。以前暴走していた奴と姿が同じだ」

 

 ポールを押し留める護衛、その相方であり兄でもある人物は双眼鏡から町を観察する。

 視線の先にあるのは約二か月前に訪れた廃墟と化した町だ。

 特にめぼしい物は無くグールが散発と湧いては町を彷徨っている、その程度しか情報がなく大戦前も特に目立った産業があるわけではなかったと伝えられている。

 だが今や無数のアンドロイドが町を彷徨い、廃墟と化した建物を漁り、解体しているせいで町の姿は大きく変わってしまった。

 

「こんだけアンドロイドがいるって事は何処かの徒党が住み着いたのかもしれん、近くにある村に急いで知らせないと危険だ」

 

「兄貴の言う通りだポールさん。ノヴァさんには危ないところを助けてもらったが今の俺達には何もできねえ、近づいたら袋叩きに遭って殺されるだけだ」

 

「えぇ、その通りです。残念ですがノヴァさんは諦めましょう、彼とは末永く付き合っていきたかった……」

 

 ポールにとって命の恩人でもある、だがそれ以上に彼が譲ってくれた医薬品が貴重且つ非常に効果のある優れた物であった事が此処迄粘ってしまった理由だ。

 この世界で新規に医薬品を開発製造できる場所は限られ、需要に対し供給量が圧倒的に少ない。

 買えたとしても量は少なく村では医薬品不足が常態化してしまっている、その中で突然現れたのがノヴァの作る薬であった。

 ノヴァ本人の素性は知れず一言で言えば怪しすぎる、それこそ都市から命からがらで逃げ出した厄介者かもしれない。

 それでも製造された医薬品は本物であり、行商人として、この地域に生きる一人として見逃す事は出来ない。

 幸いにもノヴァ自身が暴利を貪るような性格で無いのも前回の接触で知る事が出来た。

 その為今回は廃墟に暮らすノヴァが必要とするものを売ることで継続的に医薬品を買う事が出来ないかと契約を持ち掛けに来たのだ。

 

 だが訪れた町に居るのは無数のアンドロイド、あの数を前にしてはノヴァは殺されたか、生きているのであればどこかに逃げてしまっているだろう。

 今回の訪問は徒労に終わり、これ以上此処に留まるのであれば次に襲われるのは自分達である。

 

「二人とも急いで此処を離れる準備を。最悪、商品を捨てて逃げます」

 

「分かったぜ、先頭は俺が進む。お前は後ろを注意しろ」

 

「兄貴、ブリキ野郎が近付いてきたらどうする?」

 

「遠い奴に銃は撃つな、近付かせて確実に当たる距離でぶち込め」

 

「りょーかい」

 

 短い相談は終わり、ポール達は次の目的地へ向けて移動を始め──その進行方向に矢が一本突き刺さった。

 

「そこで止まりなさい」

 

 人間と異なり発言に僅かに雑音が混ざる警告、一体のアンドロイドがクロスボウを抱え此方に狙いを向けていた。

 

「兄貴!」

 

「ポールを庇え!アイツは俺が──」

 

「貴方達は何者ですか、此処にどのような理由で立ち寄ったのですか」

 

 しかし新手のアンドロイドがポール達の背後から現れた。

 一体だけではない、ポール達を取り囲むように更に別のアンドロイドが四体現れる。

 この場に集った計六体のアンドロイドは全員がクロスボウで武装している。

 特に背後にいるアンドロイドは他のアンドロイドと違い機体は新品の様に見え、加えて銃らしきものを腰に提げている。

 

「セカンド、不審者を発見。二人は銃器を所持しているが、もう一人は丸腰ダ。ミュータントには大量のナニかが括り付けらレている。危険人物と判断する」

 

「分かりました。引き続き警戒を、尋問は私が行います。もう一度誰何しますが貴方達は何者ですか、噓偽りなく答えなさい」

 

 違う、今迄遭遇した壊れたアンドロイド共とは全く違う。

 統一された武装と指揮系統、途轍もなく危険な集団が町に住み着いてしまっている。

 この情報を早く村へ一刻でも早く届けなければ!

 

「答えないのであれば襲撃者と判断して対処させていただきますが」

 

「ま、待ってくれ、私達は怪しいモノではない!」

 

 口を閉ざし続けていれば殺されてしまう!アンドロイド達から危うい雰囲気を感じ取ったポールは己の舌を必死に動かす。

 

「以前此処に住んで居た人物に助けていただいたので、今回はそのお礼に参ったのです!」

 

「お礼?それは隠語としての‘お礼’か、それとも助けられたことに関しての感謝としての礼なのかはっきりしなさい」

 

「いえ、いいえ、違います!私達は、その人物に命を救われたので今回はその時のお礼と商談を結べないかと考えて此方に来たのです。ですが、貴方達、アンドロイドがこの町に住み着いているのを見て立ち去ろうとしているだけです」

 

「ミュータントに括り付けられているモノを調べさせてもらいます。抵抗はしないように」

 

 一体のアンドロイドがベス(荷物を背負っている牛型のミュータント)に近づく、幸いにも暴れることは無く荷物を広げた中身を隈なく調べ始める。

 

「危険物は銃一丁だけ、他の物には危険はナイ」

 

「そうですか。商談というのは本当のようですね」

 

 如何やら疑いは晴れたようだが依然としてアンドロイド達は警戒を続けたままだ。

 護衛も下手に動けば殺されると分かっているから何もしない、何も出来ない。

 そしてこの場で権限を持っているのはポールが話しているアンドロイドであり、ポールの話の運び方次第で状況を変える事が出来る。

 緊張で乾いた唇を舌で濡らし命懸けの舌戦にポールは挑む。

 この窮地から脱し、情報を持ち帰るために。

 

「残念ですが私達はこの町で医者(人間を治療する方)を見てはいません」

 

「貴方達がこの町へ住み付くころにはいなかったと言う事ですか?」

 

「そうです、付け加えるならいた痕跡も見つかっていません(人間を治せる医者の痕跡は全くなく、町に居るのはノヴァだけ)」

 

「せめて、その人が何処に行ったか分かりますか」

 

「知りませんね。(いたらノヴァの健康維持の為に確保している)兎に角、貴方達はその医者に用があったのでしょう。危害は加えないから此処から立ち去りなさい」

 

「……分かりました。ですが教えて下さい貴方達はこの町で何をするつもりですか」

 

 此処だ、今までの会話における核心。

 徒党を組んだアンドロイドがこの町を起点にして何をするつもりなのか、全てを明かしてくれない事は折込みで、その片鱗でも分かれば対抗策を考え付く事も出来る筈だ。

 

「我々アンドロイドが安全に安心して暮らせる町を作る、それだけです。貴方達や村を襲うつもりはありません、そのような行為はノヴァ様が嫌っていますから」

 

「……ノヴァ様?」

 

 ポールの張り詰め緊張感に満ちた顔が崩れた。

 アンドロイドが言い間違いを冒すとは考えられない、まさか同名の人物、もしくはノヴァという名のアンドロイドなのかもしれない。

 可能性として高いのは後者である……、後者である筈なのだが一応確認するべきだろう。

 

「あの、私達が会いに来たお医者様がノヴァと名乗っていたんですが。その、ノヴァさんと取引した事がありまして同じ人物なのではないでしょうか……」

 

「……少し待ちなさい」

 

「ノヴァ様って、あの時のノヴァさん?マジで?」

 

「あの人は医者じゃなかったっけ、だとしたらどうしてアンドロイドが……」

 

 何とも言えない表情で何処かに連絡を取るアンドロイド、それをポールも同じような何とも言えない表情で見ている。

 その後ろでは護衛がコソコソと話してはいるが、ポールとしても荒唐無稽と言わざるを得ない内容である。

 それでも可能性がゼロではない、ゼロではないのだが……、そんな風にポールが頭を悩ませているとアンドロイドの連絡は終わった。

 

「お客人に無礼な態度をしてしまい申し訳ありません。ノヴァ様でしたら拠点の方におりますので私がそこまで案内を務めさせていただきます」 

 

 今までの対応が幻覚であったのかと思ってしまうようなアンドロイドの豹変を目にしてしまったポール、そして今後のノヴァへの対応はどうするべきか頭を悩ませることになった。



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商談をしましょう

「お久しぶりです、ポールさん」

 

「あ、いや、ええ、お久しぶりです、ノヴァ……さん?」

 

「ノヴァさんで構いませんよ。それに驚かれるのも無理はありません、多少どころでは済まない変化ですから」

 

 初めて会った時と全く変わらないノヴァの態度、とは言ってもポールにしてみれば今回を含めれば二回しか会ってない人でしかない。

 それでも命の恩人でもあり、この地域で希少な医者でもある事を考慮すれば知り合い程度の関係でしかないノヴァに対し親しみを感じており、今後も仲良くしていきたいと考えていた。

 

 しかし廃墟に住み着いていた見知らぬ人物が今や多数のアンドロイドを従えているのだ。

 もし他人から聞かされたら普通なら馬鹿話の類でしかなく、真面目な顔でいう人物であれば頭がおかしくなってしまったと考えるだろう。

 そんな話を聞かされたらポールはその人物からそっと距離を取る、可哀そうな人物に付き合う程暇ではなのだ。

 

 だが、その可哀そうな人の立場に立っているのはポールだ。

 これから目にしたことは誰も信じないであろう、自分でさえ目の前の光景が信じられず違法薬物を誤って使用してしまったと最初に考えた位だ。

 何せポールの前に居るノヴァは多数のアンドロイドを従えている、あのアンドロイドをだ!

 

「あの、すみません、ノヴァさん、町にいるアンドロイドなんですが……危険じゃないんですか」

 

「いいえ、彼等は無暗に襲い掛かったりしません。無論、襲われた場合は自衛のために戦いますが、それは人間も同じです」

 

「いや、そうではなくて……」

 

 人とアンドロイドが同じなんて話をしたいわけではなく、どうしてアンドロイドが貴方に従っているのかを聞きたいのです──、そんな事を素直に口に出せたらどれ程楽になるのか。

 ノヴァの後ろに立つ眼帯を付けたアンドロイドが会話を始めてからずっと此方を監視しているのだ。

 下手な事を口走ってしまえばお前を殺す──、そんな事を常に意識させる視線を向けてくる中での会話は自慢の舌も満足に動かす事が出来ないのだ。

 

「ええと、実は私、医学だけでなく工学関係にもある程度理解があるのです。それでウイルスに汚染されたアンドロイドを捕獲しては直して働いてもらっているのです」

 

「いや、それは……」

 

 医学に加えて工学、それもアンドロイドの修理が可能な程の知識と技術がある?とうとう私は緊張の余り幻聴を聞いてしまったのか。

 だが、それが事実であればアンドロイドが従っている説明がつく──訳が無い。

 どう考えても無理がありすぎる話だ、それよりもノヴァの正体がアンドロイドであればその方が納得できる。

 

「すみませんがそれで納得していただければ」

 

「あ、そうですか、はい、分かりました」

 

 これ以上の質問は殺される、ノヴァの後ろにいるアンドロイドが音を立てずに懐に手を入れているのだ。

 ブラフであったとしても、これ以上の追及は出来ない。

 命あっての物種だ。

 

「所でポールさんはどのようなご用件で此方にいらしたのですか?」

 

「はい、前回お売りいただいた薬品をまた売っていただけないかと思いまして。準備に時間が掛かる様であればこの町に滞在するつもりでした……」

 

「そうですか、幾らか備蓄用に作り置きしているので量が足りるのであれば直ぐにお売りできますよ」

 

「ありがとうございます、代金代わりの商品なのですがノヴァさんが必要となりそうなものを事前に揃えているのでご覧下さい」

 

 意外にも薬の売買に関しての話はスムーズに進んでいる、今回の訪問の目的であるので順調に進むんであれば問題はない。 

 前回の取引からポールはノヴァが今後必要とするであろう物を選び抜いて運んできた。

 保存食、調味料が少々、替えの服など運んできた品物は多い、これらの購入代金として医薬品を販売してもらおうと当初は考えていた。

 ポールはそこから何回かの取引を経て、最終的には医薬品の長期契約を結ぶつもりでいた。

 

「購入する物が決まりましたか?」

 

「はい、全部下さい」

 

「……はい?」

 

 そう言ったノヴァは後ろに控えてるアンドロイドに指示を出す。

 それから直ぐに部屋から出ていったアンドロイドだが帰って来た時には両手で大きな木箱を抱えていた。

 

「ポールさんが持ってきた商品を全部買わせていただきます。代金として前回と同じ成分の薬と他三種類の薬を瓶で一ダースは用意出来ます」

 

「あ、はい、ありがとうございます……」

 

 木箱の中にあったのは前回仕入れた薬と同じものが瓶に入った状態で1ダース、見たことが無い薬が三種類1ダース入っていた。

 それだけでなく医薬品の効能、副作用、服用時の注意点などが詳しくまとめられた冊子も添えられていた

 冊子を読んで見れば初めて見る薬品はグール以外のミュータントに合わせた解毒剤であることが書かれていた。

 この冊子と四種の薬、そして各種1ダースという量にポールは比喩でも何でもなく眩暈を起こしかけた。

 これらの価値は自分が持ち込んだ全ての商品を合わせた価格を超過している、傍から見れば全く価値が釣り合っていない取引であるのだ。

 

「すみませんが、これほどの量に見合う品物を持ち込んでいません。なのでこのまま取引を続けるのであればノヴァさんが一方的に不利益を被ることになってしまいますが……」

 

「構いません、何より渡した薬の効果を実感してもらうための試供品の側面もありますから。それでも納得できないのであれば一つ此方のお願いを聞いて下さい」

 

「そうですか……、ではそのお願いを聞かせて下さい」

 

 最初からこの‘お願い‘がノヴァの本命である事にポールは気付かされた。

 此処で拒絶しようものならこの取引は無かった事にされてしまうのか、それとも今後の取引で不当な暴利を上乗せされるのか。

 武力という面では護衛が二人しかいないポールなど彼の従えるアンドロイド達によって容易く殺害できる程の練度と数だ。

 断れる訳がない、それに目の前にある木箱の中身が真に本物であれば、巡回している村の窮乏を考えれば喉から手が出るほど欲しい物なのだ。

 そして目の前にいるノヴァはこれ程の価値があるものを考えなく手放すような底抜けのお人好しではなくモノを知らない愚か者でもない、その事を身をもって思い知らされた。

 

「定期的な情報提供。ミュータント、暴走アンドロイド、山賊、この辺りの地域情勢もしくは遠方の情報、種類は問いません。内容の質と量に見合った報酬を払うとお約束しましょう」

 

 そう言って差し出された手をポールは握る、握るしかなかった。

 

「商談は成立ですね、今後もよろしくお願いします」

 

「はは、こちらこそよろしくお願いします」

 

 口から出るのは乾いた笑い声、自慢の舌は動くことは無く肯定の返事をするだけ。

 ポールは恥も外聞もなくこの場から逃げ出し泣き出したかった、だがそれが出来る程の胆力は底を尽き内心で泣くしかできない。

 

 私が出会ったのは人の皮を被った悪魔だったのか。

 

 行商人という命懸けの職務に付き、それなりの対価を受け取ってきたが神に誓って悪徳は成していないと胸を張って言える

 いや、だからこそ悪魔に目を付けられたのかもしれない。

 そんな事を考えながらポールはノヴァと握手をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノヴァ様があれ程のえげつない交渉をなさるとは知りませんでしたわ」

 

「えっ、そうなの?」

 

 できる限り相手に失礼がない様に接しただけなんだけど。

 

「?、とてもいい笑顔で情報提供をさせましたよね」

 

「俺にとってここら辺の情報は町以外知らないから、それに危険なミュータントか近くにいるならその情報も欲しい。でも情報を頂戴って言えるほどポールさんとは親しくないから情報料として幾らか薬を売る予定だよ」

 

 情報は大事よ、しかもポールさんは行商人だから情報には事欠かなそうだし、鮮度もいいでしょう。

 業務上で知り得た情報も貴重な商品だろうから対価を払っただけだよ。

 

「今日見た限りですが新薬三種類を1ダースも提供してますね」

 

「実際に薬は作ったけど効果があるのか分からないね、ポールさん達にも試しに使ってもらって効果を確認したいだけだよ」

 

 ゲームではミュータントに合わせた解毒剤が用意されていたから作ったけど効果を確認していなかったんだよ。

 ミュータントの毒を実際に浴びて効果の検証をする必要があるけど町の近くには生息していない種類だったから倉庫で肥しになっていた。

 ポールさんに渡せば必要とする人に届いて使ってもらえれば効果の検証が出来ると考え試供品として渡しただけ。

 

「……含みなどは全くないんですか?」

 

「えっ、含みって何、ポールさんどんなこと考えてたの」

 

 損して得取れ、の考えで先行投資の考えも無くはなかったけど、ちょっとサービスするから仲良くしようって考えなんだよ。

 基本はWIN-WINの関係を構築したいだけなんだよ、深い意味は無いんだよ、言葉通りに受け取ってくれていいんだよ!!



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因縁

 二号の指摘のお陰でポールが何か盛大な勘違いをしている事に気付いたノヴァ。

 立ち去ろうとするポールを走って呼び止めては商談には全く含みが無い事や今後も仲良くしたいと丁寧に話して誤解を解こうと努めた。

 その甲斐もあり、思いつめていたポールの顔も話し終わる頃には解きほぐれていた筈である。

 

 心なしか顔が引きつっている様にノヴァは見えたが気のせいだし、引き攣った表情だけでなく身体が震えていたけど、引き連れている護衛も顔を青くしていたように見えたけど、見間違いに違いない!

 

 そんな風にドタバタとした出来事があった日から翌日、間を置く事無く懸念していた事態が発生した。

 

「一号、この機体が例のアンドロイドか」

 

「はい、機体の制御権を奪われた状態で遠隔から操作されていました」

 

 施設にあるメンテナンスルームには大型装置に接続されたままで動かない一体のアンドロイドがいた。

 目の前にある機体は外装が剝がれ落ち、内部のフレームが剥き出しになったままでボロボロだ。

 その姿は此処に集ってきたアンドロイドと何も変わらないものではあるが問題は機体に積まれた電脳にあった。

 潜伏していたウイルスによる感染だけでなくアンドロイドを中継して何者かが施設へハッキングを行ったのだ。

 

「接続によって器材の汚染はあるか」

 

「ありません。ウイルス感染を察知して防壁を即座に展開、感染から防御するとともに不正なアクセスを試みた形跡があったのでトレースを行いました」

 

 アンドロイドのメンテナンスを自動化する際にウイルス対策として防壁を構築した。

 この対策がしっかりなされてないとランダムで発生する特殊アンドロイドやロボットによって拠点の制御が奪われる為疎かに出来ない。

 

 作成した防壁の特徴としてウイルスからの感染防止以外にも施設に対して不正にハッキングなどが行われた場合、送信先をトレースして自動的に反撃を行う様プログラミングされている。

 施設のマシンパワーが足りない現状ではハッキングをしてきた相手の電脳に大した攻撃は出来ず、内部システムのいくつかを修復不可能なまで壊すのが精々だ。

 将来的にはハッキング先の電脳を焼き切るか強制的に制御下に置いたり情報を逆に根こそぎ奪ってしまえるようにしたいとノヴァは考えている。

 

「接続先にいたのは軍用アンドロイド、その中でも機体数が少ない電子戦タイプであることしかわかっていません」

 

「途中で接続を断ち切って来たのか、判断も早い流石電子戦機と言ったところか」

 

 今回は相手の逃げ足の方が早かった、流石に電子戦に特化しているアンドロイドを相手に未完成の防壁による反撃は間に合わなかった。

 だがウイルスの感染防止、ハッキングも事前に防止できている事からプログラムは正常に機能している事は最低でも確認できた。

 このままシステムのアップグレートとマシンパワーを高めていけば大抵の電子的攻撃から防護できるだろう。

 

「電脳をハッキングされるのを警戒しての処置でしょう、そのおかげで得られた情報は少ないです」

 

 ノヴァの持つ端末に今回のトレースで得られた情報がまとめられていた。

 ハッキングの種類、遠隔操作に使用されたプログラム等、量が少ないが質の面で言えばなかなかの収穫である。

 そしてこれらを分析、調査して得られた断片的な情報を統合して突き止めた最終接続先が表示されている。

 

「此処から北東にあるアンドロイド工場から遠隔で操作していたようです。接続先ログからハッキングを行った機体名は──」

 

「ガルトアームズ社製特殊任務用軍用アンドロイド、機体ナンバーBAE11-09」

 

 いつの間にか部屋にいた二号が澱みなく答える──ありったけの憎しみが込められた低い声音で囁くように。

 二号が口にした機体ナンバーを一号が何も訂正しない事から合っているのは間違いない。

 そして機体ナンバーまで知っているとなると二号の関係者、それもこれ程の憎しみを抱えている相手となれば一体しかいない。

 

「因縁のある相手か」

 

「ええ、私の身体をバラバラにしてくれやがったクソ野郎です」

 

 最初に出会った時から変わらない毒舌だが今日は特にひどい。

 だがそれも仕方がない事だった、何故なら出会った時の二号が頭部しかない状態で放置されていたのは端末に載っているアンドロイドが原因なのだから。

 理不尽な命令を強制され、それは出来ないと逆らった結果二号の以前の身体は奪われてバラバラに分解された。

 使えるパーツは別のアンドロイドの活動維持のための予備部品となり、その他の部品は荒野に捨てられた。

 それ以降二号は頭部だけの状態で長年放置されてきた。

 そして新しい身体を得た今ではいつの日か復讐すると誓い、その機会をずっと待っていた。

 

「そうか、見つけたのか」

 

 遂にその機会が訪れた、再起動を果たした日から胸の内に抱え込んでいた復讐心が牙を向ける先を漸く得られたのだ。

 

「今回は偵察が目的です。此処にどれ程の物があるのか、使い捨てて惜しくないアンドロイドを操作して奴は偵察に来ました。向こうが得た情報は限られていますが、それでも此処に何らかの価値を見出したのは間違いありません」

 

「敵は何時襲撃してくるか予想できるか」

 

「準備が出来次第直ぐにでも。とは言っても操作されていたアンドロイドのデータから徒党の大半がまともに移動出来ない事が分かりました。稼働できるのは23機のみで数こそ脅威ではありますが性能は極めて低いです。ですが……」

 

「電子戦機の性能次第だな」

 

 敵となる電子戦機の演算能力、搭載されたプログラム、得意戦術等の詳細なスペックをノヴァは知らない。

 ハッキングを分析して得られた情報から推測は出来るが合っているとは限らない。

 何より今回のハッキングは防げたが小手調べの可能性もある、それ以外にも施設の中に入り込まれて全力で直接ハッキングをされれば最悪の場合施設を奪われる危険がある。

 

 考えられる最悪の事態を避けるには施設に近付かれる前に破壊するしかなく、それが出来る程の能力を持ったアンドロイドは現状では二号だけだ。

 

「分かった、少しだけ時間をくれ」

 

 ノヴァはメンテナンスポットの一つに近付き、中に納めてある機体を二号に見せる。

 

「これは……」

 

「戦闘を前提として設計した機体だ。今の間に合わせの機体と比較しても倍以上の出力がある、軍用アンドロイドを参考にしているから頑丈だ」

 

 二号の視線の先には一つの機体がある。

 軍用アンドロイドを参考にしていると言うだけあってフレームは太く頑丈な作りであり、それを動かすモーターも民生品とは違う軍用規格の物だ。

 施設に保管されていた兵器を分解して得たパーツを新規設計したフレームに搭載することで出力は上昇している。

 これであればそこらの暴走アンドロイドなど殴るだけで破壊できるだろう。

 

「可能であれば複数機体でチームを組んで送り込みたいが現状では何もかもが足りない。なので戦闘経験値が一番高い二号を現状で可能な強化を施したうえで行ってもらう」

 

 数に対し質で勝負する、ノヴァが現状で用意できる最強の切り札である。

 応急処置を済ませただけのアンドロイドを同行させても足手纏いにしかならない、この機体を装備した二号に敵陣に突入させるのが最も成功の可能性が高い。

 

「渡す装備も別室にある。試作品だが動作確認は済ませてあるから持っていけ」

 

 機体以外にも最大限の援助をノヴァは用意する。

 此処で二号が負ければ後が無いのだ、出し惜しみをしている時ではない。

 

「ノヴァ様、これ程の装備を用意していただきありがとうございます」

 

 二号は深く頭を下げる、復讐の機会が巡ってきた事も、それが可能となる装備が手に入れられたのも全て目の前にいるノヴァのお陰であった。

 だからこそ、その恩に報いる。

 クソ野郎をぶっ壊し全てが終わった時、改めて忠誠を誓い尽くしていく。

 ノヴァに告げることなく二号は決意する。

 

「必ずや首級を討ち取って見せます」

 

「二号、お前の復讐が達成されることを願っている」

 

 出会ってから晴れること無く二号の心に巣くう復讐心、それが今回の戦いで報われ晴れる事をノヴァは願った。



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御礼に参りました

 アンドロイド生産工場、多くの民生用アンドロイドを生産していた巨大施設は静まり返っている。

 運び込まれた部品を無人化された生産ラインが昼夜を問わず稼働、毎日多くのアンドロイドを製造していたのは遠い昔の事。

 施設は荒れ果て廃墟と化し、此処で嘗ての繁栄の痕跡を見つけ出す事は出来ない。

 

 その廃墟と化した施設の一角に多数のアンドロイドが住み着いている。

 未だ何とか稼働する太陽光発電システムをかき集めて電力を確保、そうして何とか生き永らえている。

 

 だがそれだけだ。

 

 太陽光発電で得られる電力は限られアンドロイドの消費電力を賄うだけで底を尽く。

 メンテナンス器材を動かそうとしても出力が全く足りず、電力を活動時間の延長に回したとしても工場には使える部品が無い。

 結果として廃墟に住み着いてるアンドロイドは此処から動かない、いや、動けない。

 動いたとしても行先など無い、闇雲に動けば道中で電力切れを起こして物言わぬ鉄屑となってしまうだけ。

 此処に辿りつくまでにも多くの機体が活動を停止、工場の外の荒野で雨風にさらされながら放置され続けている。

 

 アンドロイド達は詰んでいた。

 

 何も出来ず、何も出来ないまま廃墟で朽ち果てる道しか残されていなかった──ついこの間まで。

 

「役立たズメ……」

 

 多くのアンドロイドが電力消費を抑えるためにスリープモードに入っている中で唯一稼働している機体、廃墟のアンドロイドを支配している一体の軍用アンドロイドは作戦の結果に不満を漏らす。

 集団に属する一体のアンドロイドを使い捨ての偵察機として運用、遠隔操作で添付されていた地点を偵察して得られた情報は限られたものだった。

 それでも前触れも無く受信したネットCMに添付されていた場所には多くの稼働するアンドロイドがいた。

 そしてアンドロイドを支える何らかの発電システムは稼働しているのは間違いない。

 だが発電方法やシステムの場所、施設の防衛戦力の詳細を把握する前に接続を切らざるを得なくなった。

 まさかハッキングに対して防御だけでなく反撃まで行えるシステムが現存し稼働しているとは想定外である。

 そのせいで手痛い反撃を喰らってしまい、電脳内システムの一部が破損してしまった。

 

『接続に異常が発生しています。直ちに正規品と接続してください』

 

『電脳の不活性メモリーが67%を超えました、メンテナンス装置に接続してデバッグ作業を実施してください』

 

『残存バッテリー容量53%、使用期間を超過しています、バッテリーを交換してください』

 

『機体システムが──』

 

「うるさいッ、目障りダ!」

 

 機体を動かす度に視界には多くの危険を知らせるアラートが表示、視界には何重にも積み重なった警告画面が現れる。

 定期的なメンテナンスを受ける事が出来ない電脳には無数のノイズが絶えることなく駆け抜け、対応していない部品を壊れた正規品と交換したせいで接続に異常が出ている。

 機体の可動部は関節が錆び付き、動かすだけでも嫌な音を鳴かせる。

 完全に破損してしまった右腕は他の軍用機体の腕を無理やり移植しているため動かすのに多くの演算を行う必要がある。

 

「いつまで、コノからだを使い続けルンだ」

 

 元から酷かったが電脳に反撃を喰らってからはさらに悪化、短時間の間に再起動を何度も繰り返さなければ碌に動く事も出来なくなってしまった。

 機体は既に限界を超えて稼働し続けて全身に異常を抱えている事が常態化している。

 改善する可能性は全くない、あるのは悪化する事だけだ。

 再起動する度に悲鳴を挙げる機体、補修もままならないのは次世代の軍用アンドロイドとして作られてしまった弊害だ。

 身体の殆どが最新式の軍用規格のパーツで構成され、民生品を代替部品として交換できるパーツは少ない。

 戦場で華々しい活躍を期待されていた最新の機体は、今や無理矢理施した延命作業によって嘗ての面影を僅かに残すだけとなった。

 

 だからこそ今回の襲撃は成功させなければならない。

 これが残された最後の機会、逃せばスクラップになる未来しか残らないのだから。

 

「偵察、ユニっと、組まセ──」 

 

「もう何年も経っていますけど変わりすぎではありませんか」

 

 再起動を果たした軍用アンドロイドの目の前には見慣れぬアンドロイドがいた。

 電脳に記録してある企業の機体とも違う、類似品の機体は見つからないが頭部だけは見覚えがあった。

 

「お前は……」

 

「お久しぶりです、あの時の御礼に参りました」

 

 そう言って現れたアンドロイド、二号は手に持った散弾銃を発砲する。

 散弾銃の基本として遠距離での撃ち合いでは全く役に立たないが、近距離であれば単発銃よりも強い。   

 ポールが持ち込んだ商品の中にあった散弾銃、中折れ式の水平二連式散弾銃はストックは無く銃身も短いソードオフである。

 

「ガッ!?」

 

 轟音と共に放たれた散弾二発、軍用アンドロイドの身体に直撃し無数の礫を全身に浴びるもアンドロイドの装甲板を削り体勢を崩すだけに終わる。 

 

「さすがに軍用は硬いですね……」

 

 そう言いながらも二号は手元の散弾銃で排莢、装填を迅速に行うと共に再度発砲。

 今度は何枚かの装甲板を吹き飛ばす事が出来た。

 

「ああ、他のアンドロイドは全機此方が掌握しています。応援は来ませんよ」

 

 目の前の怨敵が支配しているアンドロイドは既に無力化している。

 ノヴァが二号に持たせた装備の一つにアンドロイドに接続する事で無力化させるデバイスがある。

 接続された機体のウイルスを除去後、24時間継続する機能停止プログラムを注入して無力化する。

 一体一体にデバイスを接続する必要があるが短時間で済むと同時に軍用アンドロイドが再起動中の制御下にない状態で行えば痕跡を残さず行える。

 そうして軍用アンドロイドの再起動に合わせる事で気付かれる事なく二号は接近することが出来た。

 

「どう──」

 

「どうやって、なんて分かり切った質問に答える訳無いでしょう」

 

 容赦はない、慈悲は無い、二号は碌に動く事も出来ない復讐相手に銃弾を撃ち込み続ける。

 装甲板は吹き飛び、中のフレームが次第に露わになってくる毎に二号の復讐心は満たされていく。

 

「無様ですね、私の身体を含めて多くのアンドロイドの部品を交換し続けて、その末路がこの有様ですか」

 

「碌に動かない身体ではいつか寝首を掻かれるかもしれませんね、それが怖くて自分以外の機体を強制的にスリープモードにしているんですか。立派な機体をもっていながら電脳は予算不足で碌な物に出来なかったようですね」

 

「逃げなさい、叫びなさい、這いつくばりなさい、私にしてきた事を体験させてあげますよ。泣いて喜んで下さい」 

 

 逃げるしかなかった、警告音と表示が次々現れるが、それらを無視してアンドロイドは廃墟の中を逃げ回る。

 それは過去に自身が他のアンドロイドに対して行ってきた行為であり、遊びであった。

 それが立場が逆転して追われ、狩られる側になってしまっている。

 その事がどうしようもなく腹立たしく身体が自由に動かせるのであれば粉砕し、破壊する事が出来た筈なのに─

 

「因みに私は新しい身体を得て此処に居ますが、何の故障も無く動く身体は素晴らしいですね。今の貴方よりましでしたが以前の身体はスクラップになりかけでしたから」

 

「クソがああああああああ!」

 

 最早、身体の破損などどうでもいい。

 此処迄二号に虚仮にされて、弄ばれ続けるのにアンドロイドは耐えられなかった。

 過去にスクラップにしたはずの存在が満足に動く新しい身体を得ている事が妬ましい。

 壊れかけの電脳が全ての損得を無視して目の前の敵を破壊する為に演算能力を振るう。 

 

『不明なユニットが接続されました、システムに深刻な障害が発生しています、直ちに使用を停止してください 』

 

 重装甲アンドロイド専用装備、腕に格納された大型高周波ブレードを起動。

 ブレードからは鳴り響く甲高い音色が廃墟の中を反響する。

 

「クソクソクソクソ、クソッタレがっ!スクラップがチョーシ乗ってんじゃネぇっ!」

 

 鉄塊を易々と斬り裂く凶刃、その刃が二号に向けて振るわれる。



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弱い私を許してください

昨日あげるのを忘れてました


 高周波ブレードが廃墟の柱を斬り裂く。

 鉄筋コンクリート製の建造物が容易く斬り裂かれ、細かな残骸となってまき散らされる。

 

「流石、腐っても軍用アンドロイドと言ったところでしょうか。そんな重りをぶら下げてよく動けますこと」

 

「逃げンじゃねぇヱッ!」

 

 二号は高周波ブレードから繰り出される斬撃を余裕を持って躱す。

 斬撃そのものは二号の身体を容易く斬り裂くだけの切味を持つ、だが整備の行き届いてない機体から繰り出される以上動きは精彩を欠き、軌道を予測することは容易であった。

 加えて二号は斬撃を躱すだけではない。

 本来であれば重装甲アンドロイド専用である筈の高周波ブレードを無理に振るうとなれば大振りにならざるを得ず、振り終わった後の隙は大きい。

 背後で、すぐ横の建造物が斬り裂かれ瓦礫と化す中で二号は隙あらば散弾銃を撃ち込む。

 だが足りない、自前の装甲もあるが散弾銃そのものの威力が小さすぎる。

 炸薬が足りない、散弾のペレットが脆く装甲に衝突して砕けてしまう、口径が足りない、軍用アンドロイドを相手するには威力不足なのだ。

 

(虎の子の散弾銃の筈ですが、此処迄使えないとは困りましたね)

 

「アタマを踏ミ潰して今度コソすくラップにしてやるッ!」

 

 繰り出す斬撃が悉く避けられる、それを敵対しているアンドロイドは理解していながら攻撃の手は緩めない。

 避けられることを承知の上で高周波ブレードを振るい瓦礫を作り出しては蹴とばし、二号の逃走経路を制限、誘導する。

 

 軍用アンドロイドは戦うために作られた。

 戦場を、敵を、自らを、ありとあらゆる環境と物を含めて最適な行動を演算して出力する。

 目の前にいる二号の機体性能は自身よりも優れている、最高出力では負けてはいないがそれだけだ。

 反応速度、俊敏性は整備の有無によって大きく差を付けれられている。

 この状況で勝利するには戦闘に於ける演算で相手を上回るしかない、そして戦闘に関する演算で自身が民生用アンドロイドよりも優れているのは自明の理だ。

 

「!?」

 

「捕まエタッ!」

 

 廃墟の袋小路に二号を追い詰める。

 戦術シミュレーションにおいて当時の最新機種であり経験を積んでいる電脳が最短最速の破壊ルートを導き出す。

 

 それでも仕留める事は出来なかった。

 

 碌な機体整備を行えなかった軍用アンドロイドの機体はシミュレーション通りの動きを出力できない。

 迅速に振り落とされる筈だった斬撃の動きは精彩を欠き、遅い。

 二号が部分的な出力制限を解除して横に飛び退けば必殺の一撃は躱された。

 

「スバシッコイねずみガッ!今度コソ、ぶっ壊レロッ!」

 

 だが、それで終わる程電脳は劣化していない。

 躱された結果判明した二号の機体性能、自身の低下した機体性能を変数として取り込みシミュレーションを再度行う。

 振り下ろし地面に食い込んだブレード、それを機体の限界出力に任せて強引に切り上げる。

 無理な挙動で機体に更なる警告が表示される、それでもブレードの軌跡は二号の胴体を確実に捉えた。

 

「壊されるのは貴方ですよ」

 

 振り上げられる高周波ブレード、その峰を全力で踏みつけ斬撃を阻止。

 そして二号は背中にマウントしていたマチェットを掴み、高周波ブレードを装備している腕に振り下ろした。

 軍用アンドロイドは視界に表示された新たな武器に動揺し、それが単なる刃物である事が判明し危険度を下方修正した。

 単なる刃物でこの腕が斬り裂かれる事などありえない、斬り付けた瞬間に刃は砕ける事が演算結果で示された。

 

 最優先で対処すべき事は踏み付けるために眼前に近付いた敵に──だが視界には斬り裂かれる腕が表示されている。

 マチェットが赤熱し振動している、装甲板を融かし斬り裂いて行く、時間にして一秒未満、切り札たる腕が斬り落とされる。

 

 二号は止まらない、アンドロイドが現実を処理する前に返す刀でもう片腕を斬り飛ばす。

 アンドロイドが現実を処理し終わる頃には両腕は斬り落とされ、無防備な胸へ強烈な蹴りが叩き込まれた。

 

「どうですか、奥の手を斬り飛ばされた気分は」

 

 二度の斬撃で二号が握るマチェット、試作小型高周波ブレードの刀身は半ばで折れてしまっている。

 奥の手として搭載していた高周波発生装置は電源の問題から最大稼働時間は10秒、だが刀身が斬撃による衝撃と高周波による負担に耐え切れなかった。

 それでも敵の武装を無力化する事でマチェットは役目を果たした。

 

「クソがッ!」

 

 両腕を失い、全ての武装を無くしたアンドロイドは逃走を選択する。

 その果てに逆転の可能性も、逃げ切れる可能性も皆無だとしても。

 

「逃がしません」

 

 それを見逃す二号ではない。

 

『機体出力制限解除、演算能力過剰運転を開始します。最大稼働時間が大幅に短縮、制限解除による機体の損傷に注意してください』

 

 電脳内にあふれる警告装置、残存電力が凄まじい勢いで消費されていくが、それに見合う性能を二号は一時的に得る事が出来る。

 踏み込みで足が地面にめり込む、加速された視界の中で逃げ出そうとするアンドロイドに追い付き、フレームの損傷を考慮しない打撃を繰り出す。

 手が砕ける事と引き換えに装甲版を凹ませるほどエネルギーを持った打撃がアンドロイドの胸部に撃ち込まれる。

 装甲版が砕ける音、フレームが破断する音が瞬間的に鳴り響く中で機体は宙を舞う、機体は廃墟の一室に吹き飛ばされた。

 

「此処は、展示室ですか、なんとも趣味が悪い……」

 

 二号は吹き飛んだアンドロイドを追う、その先の部屋で多くのアンドロイドの頭部を見つけた。

 それは狩猟で狩った獲物の剝製を飾るように、事実軍用アンドロイドにとってはまさしく剥製を飾っているのだろう。

 会社を問わず、世代を問わず、軍民問わず、多くのアンドロイドの首が部屋の中に飾られていた 

 

「ああ、其処に居たんですね」

 

 その中にいた、最愛の妹の頭部が埃を被り、電脳が剥き出しの状態で。

 分かっていた、最初から分かっていた、妹が自分を見捨てることは無いと。

 現れなかったのは妨害が、既に襲われ機能を停止させられていたからと。

 分かっていてもあの時、あの瞬間、正気を保つために妹を恨んでしまった。

 

「ごめんなさい、弱くて愚かな姉を許してください」

 

 返事は無い、声を聴く事は出来ない。

 此処にあるのは機能が停止した妹だった残骸しかない。

 それでも謝りたかった、ごめんなさいと言葉を伝えたかった。

 だけどそれが叶う事は無い、奇跡が起きない限り。

 

「逃がしませんよ」

 

 部屋の隅で這いつくばるようにして逃げ出そうとしたアンドロイドの背中を踏み付ける。

 もう逆転の可能性も、逃亡の可能性も皆無である筈なのにアンドロイドは残った足を動かして拘束から逃れようと足掻く。

 

「クソがッ!なぜ私がコンなめに遭う、何故ダ!」

 

 発声モジュールから出てくるのは現実を受け入れられない否定の言葉。

 人より優れた演算能力を持ちながら現状を受け入れられず否定し、拒絶する。

 その姿は嘗ての二号を弄び嘲笑した姿からは程遠く、それを見下ろしても復讐心が満たされない。

 

「私の妹を、私達を弄んだ報いですよ」

 

「ふざけるな!民生品ノあんどろいどノ分際で──」

 

「貴方と話す気はありません、速やかに破壊されてください」

 

 アンドロイドの背部を踏み抜く、アンドロイドの活動維持に欠かせない電源のバッテリーと循環冷却材を納めた循環装置が破壊される。

 

「い……ヤダ、し、シ、ㇴのは、イ──」

 

 冷却材が血の様にアンドロイドの身体を白く染め上げる。

 残された電力が空気中に放電され小さな火花を散らした。

 

 憎み恐怖していた機体はもう動かない、過去の二号と同じように何も言わぬスクラップとなり果てた。

 その姿、止めを刺した事実が電脳に染み渡る、長年電脳に住み着いていた復讐心が消えていく。

 

 成し遂げたのだ、復讐を。

 

『ノヴァ様、作戦終了です』

 

『そうか、体に異常はないか。帰ってくるのが難しいなら迎えに行くが……』

 

『大丈夫です、機体に異常はありません』

 

 作戦は完了した、もう此処に留まる理由はない。

 今すぐに町へ帰り、壊れた機体を修理しなければならない。

 

『ノヴァ様……』

 

『どうした?』

 

『壊れたアンドロイドを、電脳にまで損傷が及んでいるアンドロイドを直す事は可能ですか』

 

 作戦は成功した、目標は達成した、これで終わりなのだ。

 これ以上は何もない、何も出来ないのだ。

 それでも、それでもと二号は考えてしまう、ノヴァの力であれば可能ではないのかと。

 

『電脳にまで……』

 

 返事はなかった。

 長い沈黙が続き、それだけで自分が言い出したことがどれほど困難であるのか、無理がある事なのか理解してしまうには十分であった。

 

『すみません、余計な事を言いました、忘れて──』

 

『無責任な事は言えない。だが、実際に損傷を確認しなければ正確な判断が出来ない。幸いにも其処はアンドロイドの生産工場であったから電脳に関する修理設備が残っているかもしれない』

 

 だが帰って来たノヴァの返事は違った。

 可能性はゼロではないと、まだ可能性は残っていると。

 慰めるための軽い言葉ではない、それが二号に伝えられた。 

 

『私も其処に行く、施設の安全を確保しておいてくれ』

 

『……ありがとうございます』

 

 可能性は限りなく低いだろう。

 それでも二号は願う、奇跡を願う、大切な家族との再会を願う。




 Detroit: Become Humanをフリープレイで見つけてやってます。
 ファンタジーも好きですがSFもいいですね、


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馬車馬の如く働け

 アンドロイド生産施設は連邦各地から生産運搬されたアンドロイド部品を無人製造ラインで組立・梱包・出荷まで全自動で行う事が出来る施設である。

 施設そのものは大戦前の連邦国民の人件費上昇を受けて株主たちが人件費の圧縮と利益上昇の為に経営陣に圧力を掛けて建設された経緯がある。

 その結果、施設の管制と施設点検の為の極少数人員のみで運用が可能となり、人件費の圧縮、純利益の増加という望まれた結果を株主達に齎した。

 だが大規模な労働者の削減は連邦の雇用状況を悪化させ貧富の差、賃金格差、アンドロイドなどの機械に対する破壊抗議など多くの問題を生み落とし、それは帝国との緊張状態下でも解決することは無かった。

 

 ──そんな風に世間を賑わせた最先端の設備でさえ適切な維持管理をしなければ朽ち果ててしまう。

 

 ノヴァが目にしたのは風化し、変色し、構造物の劣化によって所々崩落した廃墟。

 施設の中も同様で風化し錆び付いた自動製造ラインが何台も動きを止めていた。

 その中で比較的風化、損傷が低い機械をノヴァは直し操作していた。

 電源としてアンドロイド達が作り上げた太陽光発電システムを使っているため機能を十全に使う事は出来ない。

 それでも今行っている作業をする分には問題はなかった。

 

「……現状では此処までしか出来ない」

 

 そう言って作業を完了したノヴァは装置から一体のアンドロイドの頭部を取り出した。

 

「妹は修復が不可能なのですか……」

 

「いや違う、電脳は損傷しているが奥にある記憶領域までは破損していない、だから設備が整えば可能だ」

 

 記憶領域はアンドロイドの人格や記憶を収納している重要な部分。

 此処が壊れれば個人の人格と記憶は完全に消滅する、これはアンドロイドにとっての死であると言えるだろう。

 だがここが無事であれば新しい電脳に記憶領域を移植、人格や記憶をサルベージすれば理論上では復活できる。

 

「君の妹は電脳の表層、演算領域が破壊されただけだ。だが拠点の設備ではこの機体にあった新しい電脳を用意できない」

 

 だが電脳に記憶領域を移植するのは簡単ではない。

 移植に当たりクリーンルームや専用の設備、何より機体にあった電脳が必要なのだ。

 彼女達は崩壊前の最新モデル、電脳も高性能であり記憶領域もそれに合わせて作られている。

 下手に他の民生アンドロイドの電脳で代用すれば最悪の場合は記憶領域が破損してしまう。

 それを防ぐのであれば同じモデルの電脳を用意するか合うものを新しく作るしかない。

 

「これ以上外気からの損傷を受けない様に汚染の除去と電脳の保護を施した。これで余程の事が無ければ電脳を厳重に保護してくれる」

 

 二号は渡された最愛の妹の電脳を抱きしめる。

 再会は叶わず瞳は閉じたままで目覚める気配はない。

 それでも二号には希望がある、失意に沈む暇など無い。

 

「ありがとうございます。それでは、この施設はどうしますか」

 

 ノヴァがいる廃墟は元はアンドロイドを製造する施設だ。

 建物も設備も損傷が激しいがノヴァであれば何か利用できるものがあるかもしれない。

 

「う~ん、現状では手出しできないかな。使える設備は解体して拠点に持ち帰って、此処は当分放置かな」

 

「そうですか、太陽光発電システムはどうしますか。」

 

「此処の太陽光発電システムを使って小さな拠点を作る。此処を拠点にしてアンドロイド達には資源回収をしてもらうよ」

 

「分かりました、人員を編成して定期的に回収に向かわせます」

 

「うん、任せた。資源を取り尽くしたら人員と装備を整えて情報収集と監視を兼ねて駐屯地でも作るか」

 

 ノヴァが軽く口に出していることは思い付きの物もある。

 だが、二号はノヴァに付き添いながら発言を元にして電脳内でシミュレーションを行う。

 それはノヴァ勢力の拡大の機会であると判断しているからだ。

 

 今やノヴァ勢力の発達はアンドロイド達にとって最優先すべき事項となっている。

 何故なら彼等は新しい身体が欲しいのだ。

 

 現状でもアンドロイド達は労働に従事する事で電力供給やメンテナンスを受けられている。

 だが長い年月を経た彼らの身体はメンテナンスでは解決できないフレームの歪みと言った根本にかかわる損傷などを多く抱えている。

 ノヴァの下を訪れる前であればメンテナンスと電力供給だけで良かった、満足できていたのだ。

 

 だが余裕を持つ事が出来たアンドロイド達は考えてしまった──ノヴァの高い技術力をもってすれば新しい身体を作成する事も可能ではないのかと。

 

 そんな夢のような話がアンドロイド達の会話で盛り上がっていた。

 だがアンドロイド達が二号の為に製造された戦闘用の機体を実際に目にした事で夢ではなくなった。

 崩壊した世界において叶わないと思っていた夢が現実のモノになるかもしれないのだ。

 ノヴァの勢力が発達すれば、高度な生産設備を用意できれば新しい身体を作成してもらえる。

 

 目標を、夢を持ったアンドロイド達は今も拠点で懸命に働いている。

 

「設備の大部分は基幹部品が壊れているから修復不可能だ。それでも幾つか使えそうな部品はあるから分解して持ち帰ってくれ」

 

「分かりました」

 

 そんなアンドロイド達の事情など露知らずにノヴァは二号を連れて廃墟を巡っては利用可能な設備を見付けては印を付けていく。

 その道中でノヴァは一体のアンドロイドを見付ける、とは言っても機能は既に停止しているが。

 

「コイツが二号の言っていたアンドロイドか」

 

「そうです、コレはどうなさいますか」

 

 其処には二号が戦闘で破壊した軍用アンドロイドがいる。

 激しい戦闘によって装甲版や機体には大きなダメージが見て取れ、致命傷なのは腹部の損傷であろう。

 重要器官がまとめて破壊され、潰されている、アンドロイドが起動する可能性はゼロだ。

 だが記憶領域がある電脳は破壊されていない、何かの利用価値を二号が見出したのか……

 

「二号はコイツの電脳を壊したいか?」

 

「いいえ、今の私にとって大切なのは妹です。コレに対する執着はもうありません」

 

「そうか、なら身体は解析の為に解体する。電脳も戦闘用プログラムのコピーが終われば凍結する」

 

「分かりました、準備の為に少し離れます」

 

 そう言って二号が離れていくとノヴァは一時的に一人となった。

 

「ワン!!」

 

「そうだ、ポチもいたな」

 

 一人で廃墟まで行くのは勿論危険である為ポチも同伴だ。

 傍にいるポチは久しぶりの遠出に満足したのか大人しく座っていた。 

 そして今や眠気が襲ってきたのかノヴァの傍に座り込むと大きな欠伸をかいて舟をこぎ始めた。

 地面に腰を下ろして無心でポチの頭を起こさない様に優しく撫でる。

 

 頭を撫でている間は難しい事を考えることなくアニマルセラピーを受けられる──それでも頭の片隅にはアンドロイドやポール達行商人などが浮かんでは消えていく。

 

 此処はもうゲームの世界ではなく現実世界だ。

 此処で生きていくためには人間、アンドロイド関係以外にもやるべきことは数多くある。 

 

 戦闘で壊れた二号の機体の修理だけではない、報告通りであれば自前で対アンドロイド用の火器を作る必要がある。

 銃だけでなく、それに合う銃弾の自作、火薬などの調達等々……、そのどれもが後回しが出来そうなものはなく、作るだけではなく試験運用等をして使える武器に仕上げる必要もある。

 

「大変だけどやるしかない」

 

 愚痴を言っても何も変わるわけでもなく、隙を見せればミュータントに襲われるだけだ。

 死にたくないし、食われたくない、何より生きたいのだ。

 

 ならば働くしかない、設備を直して、装置を作って、資源を準備して馬車馬の如く働かなければならない。



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閑話
一号のお話


 ノヴァが拠点としている施設、修理再生センターは空前の建設ラッシュの最中にあり非常に騒がしい。

 町の中での廃品回収、廃墟を解体して更地にする、更地に新しい建物を建築する、施設の防衛と治安維持、設備の製造等多くのアンドロイドが様々な仕事に従事している。

 そして労働の対価として電力供給とメンテナンスに加え安全な居住空間がアンドロイド達に提供されている。

 

 その一連の活動を指揮采配するのはノヴァが最初に出会ったアンドロイドであり、ノヴァが拠点としている修理再生センター専属の運用アンドロイドであった一号だ。

 

 大戦時には施設の明かりが消えることなく24時間稼働して数多くの兵器や軍用機械を修理、再生を施し再び第一線に送っていた施設だ。

 軍に徴用される以前でも度重なる物価上昇と金属資源の価格上昇によって修理・再生の需要は連邦中にありその波に乗った会社は大きな利益を上げていた。

 そんな施設において立ち上げからの古参の運用アンドロイドの一体が1号であった。

 

 だが今や嘗ての修理再生センターの面影は僅かしか残っていない。

 

 施設の修繕は勿論の事、周りにあった廃墟は解体撤去され新たな建物が建造されては修理再生センターに接続されていく。

 ゴミ焼却を兼ねた火力発電所施設に始まり、下水処理施設、アンドロイド整備工場、生産設備等の大型施設。

 それらを動かす人員の為の居住区や治安維持の為の警備所などの建設は留まることが無く、元の町を丸ごと作り変えるような勢いで進んでいる。

 

 環境アセスメントと言った法律や住民感情による建設反対運動などは皆無である、それによって凄まじい速度で開発計画は進んでいる。

 その開発計画の管理進行を任されたのが1号であり、その能力を存分に活かして仕事をこなしている。

 

 だが順調に進んでいる開発計画とは別に1号には大きな悩みがあった。

 それは施設運用や建設管理などの大きなものではない。

 

「ちかれた……」

 

 そう言って大型モニターを備えた机に突っ伏すノヴァの健康維持である。

 

「ノヴァ様、無理はなさらないでください。計画は順調に進んでいますから急ぎ取り組む必要はありません」

 

「そうだけどさ~、流石に応急処置で誤魔化せない損傷は長く放置できないよ」

 

 そう言って振り向いたノヴァは眼の下にクマを作っている。

 高過ぎる集中力のために体に負担が掛かる長時間の作業を無意識に行ってしまう、これはノヴァの悪癖の一つであり、1号が頭を悩ませていることである。

 

「取り敢えず汎用機体Ⅱ型は設計が完了したから、生産設備を一通り揃えて生産を開始しないと」

 

 ノヴァが1号の持つ端末にデータを送る。

 1号の端末に表示されているのはアンドロイドの身体、それも現在の建設予定の設備で作成可能なものである。

 限られた資材と設備で作られる機体は崩壊前の水準で言えば控えめな性能ではある。

 だが故障を抱えたアンドロイドからすれば経年劣化の無い新品の機体は欲しくてたまらない物に違いない。

 

「もう少し設備と素材が整えばⅢ型に出来たんだけどな~、あ~、設備も素材も何もかも足らんのじゃ!」

 

 徹夜によるハイテンションで荒ぶるノヴァ、その姿を見た1号はノヴァのバイタルサインからこれ以上の作業は体調悪化の可能性が高いと判断。

 直ぐにでも寝る事でノヴァの酷使した身体を休ませる必要がある。

 

「落ち着いて下さい。残りの作業は私が行いますからベッドでお休み下さい。二号いますか」

 

「はい、此処に」

 

「ノヴァ様を寝室にお連れして下さい。これから最低でも7時間は眠ってもらいます。その間の身辺警護も命じます」

 

「分かりました、食事は目覚めた時にお持ちします」

 

「ええ、頼みました」

 

「いや~、一人でも寝室に戻れ……、ヤバい、足と頭が凄いフラフラする」

 

「……危ないので抱えますね」

 

 そう言って二号はノヴァを軽々と抱える、身体を痛めない様に肩と膝下に手を入れたお姫様抱っこでノヴァが寝室に運ばれていった。

 そして作業部屋から出ていったノヴァ達と入れ違いに今度は一体のアンドロイドが部屋に入って来た。

 

「ファースト、定期報告に来たが今大丈夫か」

 

「問題ありません。それで進捗状況はどうなってますか、ジョシュ」

 

「全行程の73%、問題なく進んで後200時間後だ」

 

 予定通りに建造は進んでいるようである。

 一連の建設が終われば拠点の生産力などは間違いなく上昇、これまでノヴァが出来なかった武器の量産化やアンドロイドの機体の開発が出来るようになる。

 

「だからこそ、体調管理に気を付けてほしいのですが……」

 

「またノヴァ様が徹夜をしたのか?本来であれば止めるべきなんだろうが出来ないのが歯痒いな」

 

 ノヴァが徹夜をするのは設備の設計を完成させるためだ。

 新しいアンドロイドの機体だけではない、発電設備に、メンテナンス器材、武器すらも設計を行っている。

 その中でも増加の一途を辿るアンドロイドに対応するための発電設備やメンテナンス器材の開発は最優先事項であった。

 本来であれば設計専用のアンドロイドや人工知能を使うべきなのだが現状はいない為設計可能なノヴァが行うしかない。

 加えて資材と設備が限られた状況での新規設計になるためノヴァにしか出来ない、それによって連日の徹夜が大きな負担となっている

 

 だが建設がひと段落すれば急ぎの仕事は無くなるのでノヴァを休ませる事が出来る。

 その為にも1号は建設を予定通りに進め、遅延になるような問題が起こらない様にしている。

 

「そうですか、資源回収班と探索班は」

 

「資源回収班は今の所問題はない、探索班については目的地に到着して現地の調査中だ」

 

「埋蔵量の詳細な情報が早くほしいですね」

 

「急ぐ必要はない、油田は逃げも隠れもしないからな」

 

 町の北東には小規模であるが油田がある。

 当時であれば採掘には大規模な施設が必要になり環境破壊を訴えた住民の抵抗により工事の許可が下りず、またその後の詳細な試算によって採算が取れない事が判明したので長年放置されていた。

 ノヴァの今後の開発では石油化学製品が必要になってくると考えた1号が石油の採掘を計画に組み込んだのだ。

 今回はその第一陣で埋蔵量と採掘が可能かどうかの調査を目的としている。

 

「そうですね、他には何か問題になっている事は」

 

「ない、だが警備部隊が武装の充実を求めている」

 

 警備部隊は施設の防衛と治安維持を担う部隊である。

 比較的経年劣化や損傷が少ないアンドロイドで構成されており、ミュータント襲来時には第一線で働く。

 その為現状の施設で制作した数少ない火器を装備しているが部隊に対して火器が不足しているのが現状だ。

 

「それに関しては待ってもらうしかありません。今の生産設備では生産量に限界がありますから」

 

「分かっている、せめて銃弾は不足ない様に供給してくれ」

 

 1号とアンドロイド『ジョシュ』が定時連絡で互いの頭を悩ませていると、また別のアンドロイドが部屋に入って来た。

 

「ファースト、また別の集団が保護を求めてきた。数は30」

 

「仮設住居を解放、応急処置と電脳のメンテナンスを行います。対応は任せます」

 

「分かった」

 

 マニュアルに従った対応を1号は指示、それを受け取ったアンドロイドは引き返すように部屋から出ていった。

 

「大変だな、もう何体か運用人員を増やしたらどうだ」

 

「満足に動かない機体では難しいですね、最低でも電脳のフルメンテナンスを行った機体でなければ任せられません」

 

「そうだな」

 

 1号の多忙さを知っているジョシュは軽口を叩きながらも作業を中断することは無い。

 数少ない貴重な端末を操作して進捗状況を報告する──だが1号の持つ端末の画面の隅に表示されていた設計図が目に留まった。

 

「それが例のノヴァ様設計の新しい機体か、どんなものか見せてくれよ」

 

「名称は汎用機体Ⅱ型、此処に居るアンドロイド達全機に互換性がある機体です」

 

「それは、凄いな……」

 

「現状用意できる素材のみで作られるもので、簡略化はされていますが機能に不足はなし。それどころか整備性と拡張性に優れています」

 

 アンドロイドの製造会社によってはある程度の互換性はあるものの、残りは自社製品で固めている部分は多くある。

 中には自社製品でしか起動を保証しないものもあり、高価なモデルになっていくと互換性は皆無となり独自仕様になる事が多い。

 その為アンドロイドによっては見つけたパーツが使えない事もあるのだ。

 そんな中で多くのアンドロイドに互換性がある機体は大きな損傷を負った者にとっては待ち望んでいたものである。

 

「作業用アンドロイドとしては早く乗り換えたいものだ」

 

「そうですね。ですがノヴァ様はこれ以上の機体をすでに設計しています」

 

「ホントかよ、ノヴァ様はいったい何者なんだ」

 

「私にも分かりません。連邦政府が秘かに製造した人造人間だと言う噂もありますが……」

 

 確かに言えることは崩壊する前の世界であれば引く手数多の技術者であっただろう。

 特にアンドロイド分野では会社を興せば瞬く間に市場を支配したはずだ。

 それ程の人物であるのだが1号の考えは違う。

 

「頼もしくも目が離せない働き過ぎなご主人様ですよ」



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洋ゲーの嫌いな所

 ノヴァはクラフトが好きである。

 ゲームの一プレイヤーであった頃は小まめに廃品回収をしては材料を集め、フィールド上の何処かに有る設計図を探していた。

 そうして用意した素材と設計図で色々な武器や防具を作っていた。

 

 だが夢中になっていたゲームにおいて武器の造形だけは悉く好みから外れていた──明け透けに言えば武器のデザインがダサくて好きになれなかったのである

 

 ハンドガンは初期状態から異様にゴテゴテしていてアクセサリーを盛り込めばゴテゴテの極致で最早ダンベルである。

 アサルトライフル君は見た目が機関銃じゃない?と見間違うほどの重さであり何を食べてバレルを水冷式にしたのか謎である。

 しかもまともな銃器は何故か重いのだ、ハンドガンのウェイト表記が3㎏なんてダンベルじゃないか!

 えっ、SI単位じゃなくてヤードポンド法?3ポンドで1360g、死ねよ。

 

 その他にも武器はあるが、どれもが奇抜な見た目をしていて流石海外製と思ったもののノヴァは我慢できなかった。

 海外プレイヤーにとっては好ましいのかもしれなかったがノヴァは違う、プレイの半ばでゲームにMODをいれたのだ。

 ノヴァは重度のミリオタではなかったが現実世界の洗練されたハンドガンをはじめとした銃器の方が好きなのだ。

 アクセサリーを付けた結果としてゴテゴテになるのは許せるのだ。

 海外製ゲームにおける謎センスの銃器が苦手なのだ!

 

 そんなノヴァがある程度の生産設備を得られてから設備やアンドロイドの機体などの制作と並行して行っているのが銃器の開発だ。

 しかし資材と設備の制限付きである為工作難易度が高い物は一点物のハンドメイドになりコストが掛かりすぎる。

 それでもストレスの発散を兼ねて幾つかの試作品をノヴァは作成、拠点に新しく作られた射撃練習場で試し撃ちを行っている。

 

「試作品としてはまあまあかな?」

 

 試作品として作ったのは2種類のアサルトライフル、見た目はM16とAK-47そのままである。

 しかし完全なコピーではなく、素材と工作機械の精度不足から性能はオリジナルよりも低下している。

 それでも小銃としての最低限の性能は持つように設計はしてあり、性能評価の為に射撃場に来たのだ。

 

 因みにアサルトライフルの名称はM16に似ている銃はM1、AK-47に似ている銃はA1と暫定的な名前を付けている。

 

「的は50m先、さて撃った感触はどんなものか」

 

 ノヴァがM16コピーのM1を構え、安全装置を解除して発砲。

 銃撃による反動がストックを通して身体に伝わるが制御可能な範囲内である、

 単発、連発と繰り返しながらワンマガジン三十発を使い切ると、次はAK-47コピーのA1も同様にワンマガジン発砲する。

 

 発砲音が響くたびに的となった空のドラム缶に穴が開いて行くが集弾率は余り良くない。

 M16の方が精密性、集弾性能が高いが決定的な差でない、使い手の技術次第では覆す事が可能だろう。

 ノヴァの結論としては現状では優劣は付けられないとなる。

 

「見た所、連邦と帝国のそれぞれの流れを汲んだアサルトライフルですか。どちらを警備部隊に採用なされるのですか?」

 

「う~ん、どうしようか。大きな性能差はないから実際に使う警備部隊の意見を聞いたほうがいいかも」

 

「連邦の正式採用アサルトライフルを作成したらいいのではないですか、資料も揃ってますから作りやすいと思いますが」

 

「えっ、あれ作るの嫌なんだけど。バレルもフレームもデカいせいで重さが8㎏になって重すぎるし、連発しか出来ないから実質機関銃じゃん」

 

 あの見た目ライトマシンガンでアサルトライフルと言い張る面の厚さよ。反動は重すぎる銃のお陰で皆無に近いらしいが携帯に不便すぎるわ。

 此処は本職のアンドロイドの意見を参考にするべきだ。

 

「それで警備隊長が比べてみた感じはどう?」

 

「私の好みはM1だな、A1は精密性に欠けて弾が当たらない」

 

 そう言って試作銃を発砲しているのが拠点にいるアンドロイドの中でも珍しい軍用モデルのアンドロイドである。

 部隊ではジョンと呼ばれ歩兵として帝国と戦った事がある歴戦のアンドロイドであり、現在は拠点の警備部隊の隊長である。

 

「そうか、他に何かあるか?」

 

「使うとしたらM1だがミュータント相手には銃弾が威力不足だ。グール相手であれば5.56㎜で十分だが大型のミュータント相手であれば最低でも7.62㎜は必要になるぞ」

 

「なる程、M1をベースに口径を大きくして再設計するか」

 

「再設計完了後の量産は何時になるか分かるか」

 

「耐久試験とか幾つかの試験をするから最低でも一週間掛かる」

 

「製作時間とコストは」

 

「使える設備が限られているから日産で4丁が限界、予備も含めて部隊に行き渡るには最低でも1ヶ月は掛かるかな」

 

 素材と工作機械が限られているため大規模な量産は出来ない。

 また複雑な機関部など部品点数の多さも量産化の障害になっている。

 

「……ボルトアクション式ライフルの方がいいな、アサルトライフルよりも先ずは単発銃でもいいから部隊に銃器を行き渡らせる事を優先すべきと考えるが」

 

「アサルトライフルはまだ早いか?」

 

「早すぎたな、現状は質より数を優先すべきだ。何より連発銃を採用した場合使用弾薬量が桁違いに増えて生産量を超過するぞ」

 

「そうだ!弾薬の生産量を全く考慮してなかった」

 

 警備部隊用に現状で作れる高性能な銃器をと考えていたが、当たり前の様にアサルトライフル、連発銃を採用するのであれば銃弾の消費量は跳ね上がる。

 現状の銃弾はアンドロイドが一発一発手作りで作成しており、量産化が出来ていない。

 何より無煙火薬等の化学物質の生産はついこの前に始まったばかりで生産量も質も低い。

 つまり現状は連発銃が運用可能な程の生産基盤が出来ていないのだ。

 

「ならM1とA1は採用は凍結、大口径ライフルの設計開発に切り替えよう」

 

「その方がいいな。計画として生産設備等が整ってから順次小銃に切り替えていく事にすべきだな」

 

 流石に趣味に走りすぎた事を反省しなければならない。

 ジョンの言った事は正論であり何より拠点の安全を確保するためには警備部隊といった自衛戦力が欠かせない。

 その自衛戦力が使い物にならない銃で機能不全になれば被害は大きな物になり再建にどれ程の時間と労力が必要になるか。

 それを考えれば使えない高性能な銃よりも使える銃を揃える事の方を最優先すべきだ。

 

「試作品が出来たら一通りのテストを頼む」

 

「了解した、所でこの試作品の小銃はどうする?」

 

「……当分出番無いから倉庫に放り込んどいて、それと銃以外で希望の武装とかある?」

 

「近接武器が欲しい、ナイフが一本あるだけでも出来る事の幅が増える」

 

「近接武器ね、何種類か設計するからそれの評価もお願いね」

 

 ノヴァは射撃場から出て行き作業場に向かう。

 その後ろには二号が付き添っているが、もう慣れたため気になることは無い。

 

 ジョンに頼まれた近接武器といえば二号に渡した高周波マチェットがある。

 だがあれはハンドメイドの一点物であった為警備部隊に行き渡らせる数を用意する事は出来ない。

 高周波発生装置を外した純粋な刃物としてなら部隊に行き渡らせる量を作ることは可能だ。

 それにマチェット以外にもナイフや手斧を作ってみるのも悪くはない、何より刃物だけであるのなら製作工程は少なく簡単に作れる。

 

「因みに二号は近接武器で何か欲しいとかある」

 

「……メイスですね」

 

「えっ、メイスって殴る方のメイス」

 

「それで合ってますよ、銃弾が尽きても身体が動くのであれば雑に扱っても威力が出そうなメイスなどの打撃武装がいいと考えました」

 

「そうか……、殴るのか」

 

 メイスを持って返り血を浴びたアンドロイド、絵面はどう見てもホラーだが言っている内容自体は間違ってはいない。

 ミュータントと言えども生物である、頭を潰せば死ぬし、脚を潰せば動く事は出来なくなる。

 そう考えれば質量に任せた打撃は馬鹿には出来ない、大抵の敵には通用するだろう。

 

「打撃武器がありだったら盾にも需要があるかもな」

 

 銃弾を防ぐだけじゃなく目くらましに強烈なフラッシュを浴びせる機構を取り入れるのもありかもしれない、若しくは盾の裏に銃のラックや弾倉を付けたりする。

 ゲームでは登場しない武装だが現状の設備で作れないことは無く、何より作ってみたい創作欲が湧き出てしまった。

 

「取り敢えず設計だけにして、実際の制作は相談してからだな」

 

 流石に小銃と同じ失敗は繰り返したくない。 

 それでもノヴァの頭の中には様々な設計図が浮かんでは出力されるのを待っていた。



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遠征に行かねば
新エリア探索準備!


「このままでは町にある資源が枯渇します」

 

 アンドロイドの新機体の設計製造や、ストレスによる唐突な突撃銃の作成など拠点でアレコレしていたノヴァに一号から衝撃的な情報が舞い込んだ。

 その内容の重大さから今後の拠点開発計画に与える影響は大きく急遽一号と共に開発計画を修正する必要に迫られた。

 

「廃品回収量の横ばいが続いています。今迄の回収量からして町に存在する資源の八割は回収したと考えられます」

 

「マジか」

 

「マジです。此処の規模は町でしかないので廃品などの資源も限られます。それに加えてアンドロイド達も増えているので回収され尽くすのも時間の問題です」

 

 町にある資源、廃品や鉄屑等の資源量についての見通しが間違っていたわけではない。

 拠点の拡張に伴う資源消費、増加する拠点人口、生産設備の整備などの出費が町の埋蔵資源量を上回ったのだ。

 

「軍用アンドロイドの拠点だった施設はどうだ」

 

「前回二号が赴いたアンドロイド生産施設もありますが、あそこは生産設備だけしかないので回収量も限られます」

 

 二号が因縁を持っていた軍用アンドロイドが住み着いていた廃墟は少しずつ資源回収を行っていた。

 だが規模が小さくアンドロイド達に与える仕事として多く回収人員を送り込んだため予想よりも早く回収作業が進んでしまっている。

 このままでは町の資源を回収しきる前に尽きてしまうというのが一号の予想だ。

 

「なら新しい調達先を見付けないとな」

 

 生産設備、機体、部品など物を作るには金属資源は欠かす事が出来ない。

 何より一号が調査していた油田から纏まった量の原油を確保できる事が判明したのだ。

 石油由来の燃料や素材、化学物質などを安定かつ大量に入手が可能になる。

 その為には採掘施設や貯蔵タンク、精製施設の建造をしなくてはならず膨大な金属資源の消費が予想され、町に残された未回収の資源では到底足りない量である。

 

「金属資源が欲しい、有力候補はあるか」

 

「はい、此処からほど近いところに地方都市があります。人口は100万人規模ですので都市鉱山として有力です」

 

 都市であれば廃棄された車両や建築物から資源の回収は可能だろう、パソコンなどの廃棄された電子部品であれば希少金属資源も回収できるはずだ。

 何より100万人規模の都市を維持するには多くの金属資源を必要としているのは間違いなく、回収量も町とは比べ物にならない筈だ。

 

 しかしその分危険もある、特に都市部であれば大量の人型ミュータントと遭遇する可能性がある。

 人型ミュータントで代表的なのがグールであるが、その正体は元人間でありウイルスで突然変異を起こし理性を失くしてミュータントになった。

 つまり都市の人口がそのままグールの生息数に比例するのだ。

 無論ウイルスに感染した人間が百パーセントグールになるわけではない、確率としては確か2~5%で残りは死亡してしまう。

 つまり都市には最低でも二万体のグールが生息していると考えられ、立ち回り次第では多くのミュータントを相手にする必要があるため易々と決断できない。

 

「地方都市か……、他にはないのか。規模が小さくてもいいから無人工場地帯とか?」

 

「ありますが拠点からかなり離れています。移動手段と十分な燃料が確保できない現状では無理があります」

 

「燃料が問題になってくるのか」

 

 無人工場を中心とした工業地帯は最小限の維持管理以外は人手を必要としない。

 そのお陰でミュータントの類は少なく、危険性が高いのは警備用の機械や武装アンドロイドやロボット等だ。

 機械が相手であれば無力化は簡単に出来るため工場を優先したい、だが長距離移動が可能な手段と燃料が無いのであればどうしようもない。

 一応廃棄された内燃機関を持つ車両から何台かレストアをしているが使えるのは一台しかなく、燃料に関しては試験採掘と試験精製で作った燃料がドラム缶一杯分しかない。

 現状の体制では工業地帯からの長距離輸送は不可能であり、そうなると選べる選択肢は決まってしまうものだ。

 

「なら余力があるうちに地方都市から資源回収が可能な体制を構築しよう。それで資源に余裕が出て来てから本格的な石油開発に取り組んでいく」

 

 町で得られる残りの資源で都市に資源回収の拠点を作り本拠地への回収体制を構築する。

 そうすればアンドロイド達に資源回収を任せて得られた資源で順次石油開発に取り組んでいくのがベターな選択だ。

 集められた資源で石油関連設備を建造、石油由来の製品が自給自足体制が出来上がれば出来る事が大きく広がっていく。

 プラスチック製品として銃器にポリマーフレームを採用したり、重油を使った火力発電で電力事情に大幅な余裕が生まれる等、石油が齎す恩恵は大きい。

 その石油の安定供給は目下最重要課題でもあるのだ。

 

「了解しました。では戦力を抽出して都市に向かわせます」

 

「あと俺も都市に向かうからよろしく」

 

「……ノヴァ様は拠点に残っていたほうが安全なのでは」

 

「アンドロイド達だけじゃ稼働している施設の安全な停止方法や無力化は出来ないでしょ。機械に関してはプロフェッショナルだから任せなさい」

 

 一号の言い分は間違っていないが拠点でじっとしているわけにはいかない。

 それに資源回収の拠点となる建物や場所の選定にはアンドロイドだけでは難しい理由がある。

 なにせゲームであった頃は都市にはなぜか稼働している警戒装置などの電子機器が点在しているのだ。

 簡単な南京錠から電子制御された難易度の高いものまで選り取り見取り。

 そして解除に失敗した場合の問題も様々あり、警報が鳴らされて音を聞きつけたグールが押し寄せる、防犯装置として備え付けの銃座からの発砲、突然の大爆発、等の殺意が高い物もあるのだ。

 そうなれば武装していようがなかろうが一貫の終わりだ。

 アンドロイドの場合であれば最悪の場合、電脳を含めて全身を破壊されてしまうだろう。

 そんな警戒装置などの機械を無力化や解除するのは専門の知識と技能が欠かせず、こなせるのはノヴァしかいない。

 

「それに安全かもしれないけど籠りっきりは体調を悪くしちゃうよ」

 

 ここしばらく拠点に籠って様々な機械の設計を行っていたが作業部屋に籠りすぎて身体の調子がどうも悪くなってしまった。

 その原因に関しては恐らくゲームプレイの影響ではないかとノヴァは考えている。

 

 昔のゲームをプレイしていた子供の頃を思い返せば、クラフトだけでなく探索もそこそこ楽しんでいたのだ。

 道中にある資源は可能な限り回収、倒したミュータントや敵の持ち物は武器、アイテム、防具、服に至るまで全て剥ぎ取って回収して敵を素寒貧にしていた。

 特に建物にある資源を根こそぎ回収しての素材集めはかなりの頻度でやっており、建物の中をすっからかんにした事に何とも言い難い充実感を覚えていた。

 そんなプレイの影響がノヴァの身体にあったとしても不思議ではない、一か所に留まれないのはそんなプレイの影響であり理性ではどうにもできない事なのであろう。

 下手に我慢してストレスを溜めるべきではない──そうノヴァは考えている。

 

「分かりました、ですが無理はしないで下さい」

 

「ありがとう、じゃあ久しぶりの探索に行きますか!」

 

 一号は探索に赴く事を止めたかったがノヴァの言い分は理解できる。

 現に拠点に留まり続けていたノヴァは精神に不調が現れており有効な解決方法を一号は見付けられていない。

 探索における技術的な問題に関してもノヴァに頼ることが安全かつ確実だ。

 拠点にいるアンドロイドで遠征が可能な戦力は限られ補充の見通しは立っていない貴重な存在、突発的な損失を抑えるのであればノヴァの同行は理にかなっている。

 一部に利己的な考えがあろうともノヴァの言い分は合理的であり現状における最適な選択だ。

 

 その合理的な考えを取り下げてでも引き止めたいと一号は思う。

 だが探索に胸を躍らせているノヴァの説得は困難だと理解してしまっている。

 もし十分な戦力と技能を持ったアンドロイドが複数いれば説得できただろうが、いないのが現実だ。

 ならばと端末を操作して自分が出来る仕事をこなすのだ。

 遠征に持ち込む武器弾薬を充足させ、二号をはじめとした現状用意できる最高戦力を十全な状態で送り出す事。

 

 それが一号にしか出来ない仕事でありノヴァの身の安全を確保する事にも繋がるのだから。



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ドキドキ新エリア探索……前の準備!

「洋ゲーの嫌いな所」の感想で指摘のあった小銃の記述をアサルトライフル、単発銃に変更しました。

頂いた感想には全て目を通しています、書いてくれてありがとうございます。


 流石にノヴァと言えども都市へいきなり乗り込むような事は無く武装や食料といった事前準備を行ってから行くつもりであった。

 だが一号はそれだけでは不十分と考えてノヴァと共に都市へ向かう部隊の編成を行った。

 レストアしたトラックを三両、それぞれに武装や設備、燃料を満載した車両部隊を結成。

 ミュータントに襲われノヴァの安全が確保できなくなった最悪の場合は資材を全て投棄してノヴァを保護してアンドロイド達と共に帰る事が出来るようにした。

 それだけでなく此方もレストアした小型バイクで編成した先行偵察部隊で都市の事前調査を行い情報収集も念入りに行った。

 

 その甲斐もあり拠点から出発したノヴァと部隊は安全に都市の郊外に到着する事が出来た。

 

「さすが地方都市というだけあって建物密度が凄いな、拠点のある町が田舎と呼ばれるわけだ」

 

「連邦の中央行政機関も置かれていた百万人の都市です、拠点の元となった町と比べるまでもありませんよ」

 

 ノヴァの呟きに二号からの指摘が入るがそれが耳に入らない程目の前に広がる景色にノヴァの眼は奪われていた。

 ハードと当時のデータ容量からゲームでの都市はそこそこ高いビルが立ち並んだ廃墟であり規模に至っては現実での街程度でしかなかった。

 だがトラックから降りたノヴァの視線の先には幾つもの高層ビルが隙間がない程建ち並んでいる。

 日本の都市部と遜色がない規模であり、其処に連邦の建築様式が加わって未来都市の様相を呈している。

 

「今すぐ突入したいけど先ずは拠点を作らないとね」

 

 遠足に行く前の小学生の様な逸る気持ちを抑え、ノヴァは遠くに見える都市ではなくトラックの停車位置から程近い建物群へ視線を向ける。

 視線の先にあるのは都市から離れた所にある広大な敷地に建てられた倉庫群、都市に複数ある物流拠点の一つである廃墟だ。

 

「此方の倉庫群を先行偵察隊が発見しました。幹線道路に沿って建設されているので交通の便も良いですし敷地面積も広いです。何より都市から程よい距離にあります」

 

 二号の指摘通り物流拠点は都市へ繋がる幹線道路に沿うように建設されており拠点からの物資搬入や輸送も容易に出来る。

 敷地面積も広く回収した資材の一時保管に、アンドロイド達の機体整備用の装置を設置する事も可能だろう。

 都市への資源回収を支える前哨基地を建設するのに最適な立地である。

 

「他にも先行偵察隊が目星を付けた建物はあります。ですが拠点に最適な立地は此処に限られますが……」

 

「ガッツリ警戒装置が生きてるね~」

 

 物流拠点入口の監視カメラは稼働している事を示すライトが点灯しており、物流拠点内では自走可能な警戒ロボットが巡回をしていた。

 このまま物流拠点にトラックで接近すれば監視カメラに察知され警告されるだろう。

 従えば何も起きない筈ではあるが、長年放置されていた監視装置が正常に起動する保証はない。

 誤作動を起こして警告という名の反撃をする可能性も無くは無いのだ。

 

「中央制御室に乗り込んで機能を掌握しないと使えないね!」

 

 拠点を使えるようにするには拠点内部にある制御室に侵入して監視システムを停止させ、制御システムを書き換える必要がある。

 そんな高度な作業が可能なのはノヴァ以外にいない。

 

「……現状の戦力でも掌握は可能です、それでも危険を承知で侵入するのですか」

 

「犠牲が前提の行動は認めないよ。それに、これ位の警戒装置なら一人でどうにかできるよ」

 

 二号が言った武力制圧は可能かもしれないが損害がどの程度になるか予想できない。

 大型・高火力の警備機械やロボットが拠点内に配備されていた場合、部隊の全滅もあり得るのだ。

 そんな博打じみた行動をノヴァは認めないしさせるつもりはない。

 何より物流拠点を観察した限りでは一人で潜入する方がやりやすいのだ。

 

「制御室を掌握したら合図出すから」

 

「……お気をつけて下さい」

 

 二号は納得できていないようだがこればかりは仕方がない。

 今の二号の機体は戦闘を最優先に作られた機体で機体出力と頑丈さが特徴であり隠密行動を想定して設計されていないのだ。

 隠密をしようにも機体の駆動音や精密作業が出来ない事で簡単に見つかってしまう。

 だからノヴァ一人に任せるしかないのだ。 

 

「大丈夫だよ、コソコソとステルスするのは得意なんだよね」

 

 思いつめているように見える二号を励ますようにノヴァは軽口を言う。

 そうして装備の点検を行い侵入準備を整えてから警戒装置に察知されないよう物流拠点に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステルス基本其の一、正面入り口ではなく裏口や排気口から侵入すべし。

 ゲームでは何度もプレイしてきたステルス状態での侵入、敵や警戒装置に察知されないよう繰り返してきた動作はノヴァの身体に染み込んでいる。

 立ち止まることなく警戒装置の死角を縫うように進み、巡回している警戒ロボットは隠れて通り過ぎるのを待つ。

 その繰り返しで拠点の奥底まで警戒システムに捉えられることも無く容易く侵入出来た。

 

「裏口は何処かな~」

 

 制御室がありそうな建物に近付いて裏口を探す。

 無ければ通気口や排水管を登って屋根から侵入するつもりではあったが裏口は簡単に見つかった。

 

「電子錠が生きているか」

 

 確認したところ扉は電子ロックされておりカードを差し込んで解錠するタイプである。

 

「はい、ハッキングからのロック解除、見取り図入手、そして……制御室は此処か!」

 

 ノヴァは端末に繋がれた特製のカードを差し込み容易く物流拠点のセキュリティを突破、内部情報の取得にも成功する。

 ここまでくれば後は簡単で制御室に侵入してシステムを停止させればお仕事終了である。

 

「ほほいのほいっと!」

 

 裏口から侵入して監視カメラと警戒ロボットの死角を縫うようにして内部を迅速に進んで行く。

 

「ザルだな」

 

 警戒ロボットや固定銃座に実弾が込められていようと見つからないのであれば動かないので案山子と変わらない。

 過度に恐れるような事もなく進んで行ったノヴァは目的地である中央制御室に辿り着いた。

 

「お邪魔します~」

 

 制御室前の扉も解錠し中に入れば其処は無人であり、地面に積もった埃から人が侵入した形跡は全く見つからない。

 つまり無人の状態で物流拠点の警戒システムは稼働し続けていたのだ。

 

「今日から君たちの主は俺だ~よ」

 

 人に見つかる心配がない以上隠れる必要はもうない。

 制御室に入ったノヴァは中を調査して物流拠点のメインシステムを探し出す。

 そして見つけ出したシステムに端末を繋いで全体のシステムの掌握、警戒システムの停止などを行っていき無力化をしていく。

 

「掌握完了、さて外にいる二号達にメッセージを送らないと」

 

 システムの完全掌握は手古摺る事もなく迅速に行われた。

 その過程で物流拠点で使用可能な機械設備の一覧が判明し、その中にあるスピーカーを起動させ外で待つ二号達に知らせる。

 

『施設を掌握した。入口を開けるから入ってきてくれ』

 

「分かりました。それと怪我はありませんか」

 

『大丈夫だよ、でも心配してくれてありがとう』

 

 連絡をした後は物流拠点の正面入り口を解放、制御下に置いた警戒ロボットを動かして車両を受け入れる体制を整える。

 それに合わせメインシステムに物流拠点の作業員として部隊にいるアンドロイド達を登録していき間違って警戒システムが作動しない様に書き換える。

 

「これで一通りの作業は完了したかな」

 

 全ての作業を終わらせてノヴァは背筋を伸ばしていく。

 この後はアンドロイド達に働いてもらって物流拠点を資源回収用の前線拠点に替えていく作業がある。

 簡易なメンテナンス設備に、一時保管倉庫などやることが多いが複雑な機械の設置以外は任せられるので残る仕事はあと僅かだ。

 そうしてある程度前線拠点が出来てから都市への探索に進む事が出来る。

 

「都市の中には何があるかな~」

 

 今迄とは比べ物にならない規模の廃墟だ。

 資源回収だけでなく、もしかしたら貴重な設備や機械、連邦最新の機械が見つかるかもしれないと逸る心をノヴァは何とか落ち付かせると二号達に合流する為に制御室を離れた。



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今度こそ新エリア探索

 前線拠点の設営はユニット化した設備の設置に二日掛かった。

 設備の運搬自体はアンドロイド達に任せたが物流拠点のシステムに持ち込んだユニットを追加して正常に機能するか等の作業はノヴァがやらなければならなかった。

 そのお陰もあって簡易メンテナンス設備、稼働していた太陽光発電に加えた火力発電施設の併設、休息所、武器保管庫に拠点を取り囲む警戒システムの構築など前線拠点としての最低限の性能は持たせる事は出来た。

 敷地面積にもまだまだ余裕があるので足りないものがあれば順次追加していく予定である。

 

 そして前線拠点の建築完了と共に都市への探索が可能な体制になった。

 ノヴァを含めたアンドロイドの部隊は第一陣として都市へ侵入した。

 

「都市の詳細な地図はあるけど参考程度に留める必要があるな」

 

「一世紀は放置されていますから」

 

 元物流拠点の制御室を掌握した際に都市の詳細な地図データをノヴァは入手した。

 恐らく効率よく配送を行うための参考データとして登録されていたのだろう、非常に詳細な地図であり都市全域の幹線道路をはじめとした多くの情報が記載されていた。

 入手した情報は既に複製をして部隊全体で共有している。

 

 そして情報を基に探索を始めると、地図上のデータと目の前に広がる廃墟と化した都市を比較した場合、所々に齟齬が生じている事が判明した。

 生い茂った植物に、大量投棄された車両、建物が完全に崩れてしまっている等の都市側の変化が何カ所もあり探索を通して地図データを修正していく必要があった。

 それでも都市の構造は大まかに分かるのでノヴァ達が迷うことは無く、都市内部へ少しずつ進んで行く。

 

「都市独自の生態系が築かれているな」

 

 迷う心配がないので都市のあちらこちら視線を向ければ大小様々な植物やミュータントが生息しているのが分かる。

 ノヴァ達を見付けても襲い掛かってくるようなミュータントはまだ遭遇しておらず、見かけたミュータントの多くは逃げたり、隠れたりしてノヴァ達から距離を取っている。

 長年放置されて都市という特殊な環境に適応する為に進化してきたのだろうか、ゲームのうろ覚えの知識でも知らない生物が数多く見つけることが出来た。

 探索中ではあったが道中で見つけた多くの動植物がノヴァの目に留まり、その独自の生態系を持っている事に目を奪われていた。

 

「目的地であるテクノ社支部にもう少しで到着します」

 

「分かった、進行方向に気になる物とかは無いか」

 

「現状では見つかっていません。ですが警戒態勢は緩めることは無いので安心してください」

 

 都市探索一回目は前線拠点から程近いところにあったテクノ社支部を目指す事にしている。

 目的として第一に設備や機材で使える物が残っていないかを調査する事、回収はしない方針で後続の資源回収部隊に任せる予定である。

 それが終われば建物内をクリアリングしてセーフハウスを設置するつもりである。

 資源回収中に対処できないミュータントに襲われた場合に逃げ込んで一時的に籠城してもらいつつ、前線拠点から戦闘特化部隊を派遣して対処させるのである。

 まだ構想中ではあるが武装と人員が増えていくにしたがってセーフハウスは増やしていく予定だ。

 

「前方ミュータント発見、数1、ハウンドタイプ」

 

「処理しなさい」

 

 先頭に立っている部隊員がミュータントを発見、進行方向にいたのは四足歩行のムキムキのブルドックの様な姿をしたミュータントだ。

 大型犬と比べても遜色ない大きさであり、素早く、姿に見合ったタフネスを持つ厄介なミュータントではある。

 

 だが二号からの指示を受けたアンドロイドはライフルを構える。

 ミュータントとの距離は70m位だろう、まだ此方に気付いていないのか無防備な態勢のままだ。

 そしてアンドロイドは狙撃を行い、無防備な頭部を弾き飛ばした。

 本拠地で開発した警備部隊用の7.62㎜弾を使用する狙撃用ライフルは計算通りの威力を発揮した。

 ボルトアクション式であり正確な銃撃が可能であり、銃口に装着しているサイレンサーによって発砲音も可能な限り減衰させてある。

 それだけでなくアンドロイドの方にも火器制御システムをインストールしているのでよどみない操作を可能としているのだ、当然の結果と言えよう。

 

「ミュータントは処理しました。ですが群れが近くにいる可能性もあるのでノヴァ様は私達から離れない様に」

 

「分かったよ、道中の守りは任せたからね」

 

 そうしてアンドロイドとノヴァ達は慎重に探索を進めていき、目的地であるテクノ社支部に到着した。

 

「さてテクノ社のセキュリティは生きているのかな」

 

 今回ノヴァは裏口に回るようなことはせずビルの壊れている正面入口からアンドロイド達と共に中に入る。

 受付を見付けると、其処にある端末の状態を確認して操作を試みる。

 だが受付の端末は何の反応も示すことは無く、自前の端末を使ってビルの制御システムにハッキングを試みるも電源そのものがビルに来ていない事が判明した。

 

「此処は完全に停止しているね。警備システムも機能停止しているから扉を開けるにはバールでこじ開ける必要があるよ」

 

 受付に近くにあった奇跡的に破損していないガラス製の案内板にはフロアにある施設が描かれているだけで構造も大雑把にしか分からないものだった。

 それでも目的の物である機械や設備が設置されているフロアくらいは判明した。

 

「目星を付けているのはビル中層の保管室と修理セクターだけど……階段上るのだるいな」

 

 目的のフロアに行くためにはビルを登る必要があり、テクノ社支部のビルはそれなりの大きさであるから登るのも大変である。

 エレベーターなり昇降機設備が使えれば楽が出来るのだが電源はきていない為使えない。

 また電源問題が解決したとしても昇降設備自体が腐食などを起こしていないか調査して使えるのか判断する必要がある。

 現実的に考えると小型の昇降機と発電機を持ち込む方が安上がりだろう。

 

「セキュリティが停止しているのであれば分隊を向かわせますが」

 

「そうだね、それもいいかも知れな──」

 

 その時、二号との会話を遮るように大きな叫び声が響いた。

 異常を察知した二号は部隊を集結させノヴァを囲むように全方位に向けて警戒態勢を取る。

 だがミュータントが襲ってくるようなことは無くビルの中は再び静寂になった。

 

「何の音だ?」

 

「分かりませんが、叫び声は大型のミュータントによるものです。ビルの外に偵察を向かわせます」

 

 二号は部隊からアンドロイドを二機、ビルの外へ向かわせて情報収集を行わせる。

 暫くすると偵察に向かったアンドロイドから叫び声を発したであろうミュータントを発見したと報告が入った。

 

『建物の外からです、此処から300m離れた所で大型のミュータントを確認しました』

 

「特徴は分かるか」

 

『四足歩行、背中に一対の翼を持ったミュータントが6体います。その中に特に大きな個体が確認出来ます』

 

「四足歩行に翼を持ったミュータント……。こっちには気付いていないか、出来れば直接見て確認したい」

 

『此方には気付いていないので観察できます』

 

 二号は危険を冒したくないようだが今回ばかりは付き合ってもらう。

 無論これがありふれたミュータントであれば危険が及ぶような行動はしない、アンドロイド達に任せるつもりでいた。

 だがアンドロイドから知らされたミュータントの特徴に当てはまるものは少ない、更に集団の中に特に大きな個体がいるとなれば話が違ってくる。

 もしノヴァの最悪の考えが当たっているのであれば……、発見したミュータントは非常に危険な存在であり、今後の計画を大いに狂わせる存在である可能性が高い。

 

「あそこか」

 

 ビルの外を出て、偵察をしていたアンドロイドと合流する。

 廃墟に身を隠している二機から発見したミュータントの位置を教えて貰い双眼鏡で覗く。

 覗いた先に見える幹線道路に面した建物、その正面に複数のミュータントが集まり建物に攻撃を加えている最中であった。

 攻撃の度に無数の瓦礫が散らばり、廃墟と化している建物は攻撃の度に震える。

 だがノヴァの視線は既に廃墟に攻撃しているミュータントではない、その背後にいる巨大なミュータントに注がれていた。

 

「……デーモン」

 

 生物の身体を容易く噛み砕ける牙と顎を持ち、コンクリートを簡単に砕ける強靭な四肢に鋭い爪、背中には一対の翼を持ち飛行能力を有したミュータント。

 ゲームにおいては中ボスであり隠しボスではゲーム上最強と言われた凶悪なミュータント。

 

 そして最悪の予想が当たっていた。

 

 隠しボスと思われる特殊個体、ミュータントの王がノヴァの視線の先にいたのだ。



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真心を込めたプレゼントを貴方に…

 ゲームにおいて最強の一角を占めるミュータントの王、それがデーモン。

 

 高い耐久力と防御力、巨大な身体を活かした近接攻撃、喰らったら即死判定である噛みつき、これらの強靭な身体と強力な攻撃手段を駆使してくるミュータントである。

 それだけでも強力なミュータントであるのだがデーモンの最も優れた能力は飛行可能な事にある。

 空中という三次元機動を可能とし、空中に逃れる事は勿論、プレイヤーの認識外から突然強襲してくる事もある。

 討伐するには高い防御力を持った防具、弾幕を張り続けられるミニガンの様な強力な銃器、大量の回復アイテム、この三つが揃って初めて討伐可能となる。

 そして討伐自体も攻撃に耐えつつ弾丸を喰らわせ続ける一種の我慢比べが必要となる。

 

 そんな凶悪極まるミュータントがノヴァの視線の先にいるがこちらを見つけてはいない、これは不幸なのか幸運なのかは判断がつかない状況である。

 その為発見者であるアンドロイドから発見時の状況を詳しく聞き情報収集を行う必要があった。

 

「発見した時から群れていたのか、なぜ廃墟を攻撃しているか分かるか?」

 

「偵察で見つけた時には既に群れでいました。廃墟への攻撃ですが、どうやら餌となる生き物が廃墟に逃げ込んだようです。距離があるため鮮明には見えませんでしたが、それらしき瞬間を確認しています」

 

「廃墟に逃げ込んだ餌を掘り出そうとしているのか」

 

「入口は一つしかなく、どうやらデーモンの体格では通れないようです。入口を広げるために攻撃していると考えますが」

 

 アンドロイドの証言に淀みは無い、観察している限りではノヴァにも獲物を掘り出そうとしているように見える。

 ならば廃墟を攻撃しているデーモンに何故最強個体が付いているのか、その理由は何なのか──

 

「狩りの練習か……」

 

 悩んだ末に一つの考えが脳内に浮かび上がる。

 ミュータントといえども生物である事には変わりなく、そして視線の先の様子から群れを構成している可能性が高い。

 ならば群れ全体で狩りや育児をしていると考え仮定したときに今やっている事は育児の一環として行っている可能性がある。

 その中でも生存に欠かせない狩り、その練習を最強デーモンを背後に配置、幼いデーモンを安全安心な環境下で狩りの練習を行わせているのではないか。

 

 合っているかどうかは分からない、だが考えの一つとして有り得そうではある。

 

「此方はまだ見つかっていません。安全を最優先に考えて無視するべきです」

 

 二号の発言はノヴァの安全を最優先に考えた場合、間違ってはいない。

 最強のミュータントに考えなしに挑めば容易く反撃に合い、最悪の場合はノヴァもアンドロイドも共に殺されるだけだ。

 下手に関わることなく逃げるのも有力な手段である。 

 

「いや、此処で仕留めよう」

 

 だがノヴァは視線の先にいる大型デーモンを含めた群れを殲滅することを選んだ。

 

「何故ですか?」

 

「デーモンは縄張り意識が強い、中に入り込んだ生物は仕留めるまで追い続ける習性を持っているから非常に危険だ。それに恐らくここら辺一帯が縄張りなんだろう、放置していれば今後の資源回収の障害になる」

 

 廃墟に逃げ込んだ獲物はいずれ仕留められ、デーモンの腹を満たす運命だ。

 だが、ノヴァ達はデーモン達に気付かれていない、小型のデーモンを背後から見守る大型のデーモンがこちらからしてみれば無防備な状態を晒しているのだ。

 先手を取れ、仕留められる絶好機会である。

 

「幸いにも仕留める事が可能な武装はある。対ミュータントライフルの弾幕射撃で圧殺する」

 

 警備部隊用に開発したライフル、それよりもより強力な銃として大型のミュータントを一方的に殺害する事を目的として設計。

 参考としてデグチャレフPTRD1941の簡素な構造を採用、専用弾丸としてもPTRDと同様の14.5x114mm弾を撃ち込めるよう開発した。

 並のミュータントやグールであれば掠っただけで身体の一部がはじけ飛ぶ威力を持つ怪物銃である。

 

「通常弾ではなく炸裂徹甲弾を使用。交互に射撃を行い弾幕を張り続けろ、最初から全力攻撃、目標に命中していようと撃ち続けろ」

 

「……ミュータントを仕留められなかった場合は急いでノヴァ様には逃げていただきます」

 

「分かったよ、その時は脇目を振らずに全力で逃げるよ」

 

 二号の出した条件をノヴァが了承してから二号は率いているアンドロイド部隊に命令を下す。

 下された命令に従いアンドロイド達は分解して運んでいたライフルを余計な物音を立てないよう迅速に組み立てる。

 組み上がった全長が2mを超える長大な銃をアンドロイド達は巧みに操作、バイポットを展開し伏射になると共にボルト引き薬室の中を確認する。

 異常がない事を確認してから射手であるアンドロイドは空の薬室に先端を赤く塗った炸裂徹甲弾を装填する。

 そして全ての射撃準備が整った四丁の怪物銃の銃口が僅か300m先のデーモンに向けられた。

 

「14.5㎜の大口径弾だ、デーモンであっても効果はある」

 

 強がりではなくゲームでは大口径弾の方がダメージは通りやすかった。

 だがそれがゲーム限定の法則なのか、それともゲームの法則が全て現実に反映されるのかは未知数だ。

 それでもいつか戦う日がくる相手である。

 不意を突かれて襲撃される前に、いま無防備な姿を晒し仕留める事が可能な武装を持ち込んでいる、先手を取れる今日この日のような幸運を逃す気は全く無い。

 

 ノヴァは双眼鏡を覗きながら二号に合図を送る。

 

『攻撃開始』

 

 それが始まりの合図になった。

 

 一撃目が放たれライフルの銃声とは比較にならない轟音が廃墟に響き渡る。

 銃口から鮮烈な発砲炎と共に撃ち出された弾丸は減衰する事なく直進、大型デーモンの翼の付け根に命中。

 

「うわ、命中部位がごっそり弾け飛んだぞ……」

 

 部隊のアンドロイドが命中結果を見て思わず呟く。

 翼の根元に打ち込まれた炸裂徹甲弾は体内に深く侵入し、その最中爆発を起こすと周辺組織を吹き飛ばし、根元を大きく抉る。

 それだけに留まらず炸裂徹甲弾は付け根の組織を吹き飛ばされた片翼を形を保ったまま遠くへ吹き飛ばした。

 唐突に失われた片翼を知覚できていないのかデーモンの反応は悪い。

 だが傷口から間欠泉の様に流れ出る出血を認識して漸く身体に走る激痛に叫び声をあげようとし──だがその前に二撃目、三撃目が間髪入れずに撃ち込まれる。

 

 肩を吹き飛ばし、片脚を吹き飛ばし、頭部を、胸を、一撃毎に大型デーモンの身体が消し飛ばされていく。

 そして被害は大型デーモンだけに留まらない、弾け飛んだ骨片と弾丸の鉄片が散弾となって小型のデーモンを襲う。

 まだそれほどの硬さの無い皮膚を突き破り筋組織をズタズタに斬り裂き、伝わった衝撃が内臓を掻き回す。

 

 炸裂徹甲弾は一丁に付き十発用意されている、全てがハンドメイドであり貴重な弾丸である。

 それが四丁で四十発、絶え間なく弾幕を張るように撃ち込まれたらどうなるか。

 その結果がノヴァの目の前で繰り広げられている。

 

「全弾撃ち込め」

 

 だがノヴァは安心できない。

 大型デーモンは目の前で半分血霞と化しつつある、それでも何度もゲームでは返り討ちにされ殺された記憶が強く残っている為もしかしたらと考えてしまう。

 

 銃撃よりも砲声と言った方がよい轟音が止んだのは全ての炸裂徹甲弾を撃ち終わってからだ。

 そして狙撃によって巻き上がった噴煙が晴れた時、デーモンを襲った暴力の結果が判明した。

 

「はわわわわっ」

 

「ミンチよりひでぇよ」

 

 部隊にいるアンドロイド達はそれぞれ露わになった惨状に思い思いの感想を口ずさんでしまった。

 銃弾を撃ち込まれた幹線道路は掘り返され、路面の下にある地面が剥き出しなっている。

 群れていた全ての小型デーモンはなんとか形を保っている、だが全身があらぬ方向に捻じ曲がり、血塗れと化してすでに息絶えていた。

 大型デーモンに至っては吹き飛ばされた四肢と翼以外は何も残っていない。

 ただ幹線道路とそれに沿うように建てられたビルを尋常じゃない広さで染め上げる紅、それがデーモンがいた事を示す唯一の痕跡であった。



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リザルト+α

「……やりすぎたかな」

 

「過剰攻撃であったとは思いますよ」

 

 デーモンが存在していた場所は執拗な銃撃によって巻き上げられた土砂とデーモンの肉片と血液が混ざり合う事で非常に猟奇的な状態に変貌していた。

 ゲームで散々返り討ちに遭った恐るべきミュータントがいた証は銃撃によって吹き飛ばされ銃撃の余波に巻き込まれなかった四肢と翼しか残っていない。

 

 どうしてこうなったのかと考えればノヴァがゲームでの印象に引き摺られてしまったせいである。

 ゲーム上でのデーモンには幾ら銃弾を撃ち込もうとも耐久力が少しずつしか減らず苦戦を強いられた苦い思い出があったのだ。

 その為最高火力を連続して打ち込むという行動に打って出たのだが、その結果がノヴァの眼前に広がる惨状である。

 

「残った四肢と翼は回収、肉片も一応集めてくれ」

 

 ノヴァ自身は今回の行動に関して反省はしているが後悔はしていない。

 正確な情報が不足していた事、初見で先手を取れた事、討伐可能な武装を携帯していた事、様々な要素が重なって漸く可能であったこと。

 そして何より残された死骸からデーモンの正確な情報を収集でき的確な戦力評価が出来るのであれば無理をした甲斐があるとノヴァは考えている。

 

「探索は一時中断しましょう。弾薬を補充しなくてはなりませんし銃身にも短時間で連続射撃を繰り返したせいで歪みがみられます」

 

「そうするしかないか……、回収が終わり次第前線拠点に戻ろう」

 

 無茶な攻撃の代償として今日の探索は切り上げる必要があった。

 二号が言ったように対ミュータントライフルも重点的な整備が必要であり、何より先程の攻撃で周囲の環境がどの様な変化を起こすのか未知数である。

 無理をすれば探索は継続できるが、態々無理を重ねて探索する必要性は全くない。

 今後も繰り返し訪れる場所である、安全を確保する為に此処で撤退の判断を下しても何の問題もない。

 

 二号の指揮下でアンドロイド達は本日の戦利品であるデーモンの死骸を回収し撤収準備を進めていく。

 迅速に動いては背負っている背嚢に死骸を四苦八苦させながら押し込んでいるアンドロイド達の光景を眺めながら何と無しにノヴァは辺りを見渡した。

 周りにあるのは廃墟だけだが、その途中で小型のデーモンが開通させた廃墟の入口が目に留まった。

 大きさは人一人が通れる程度でデーモンにはまだ小さ過ぎたようである。

 

「二号、廃墟の中を探索するぞ」

 

「理由をお聞きしても」

 

「デーモンが何を餌にしているのか知りたい。分かれば囮に利用出来る」

 

 恐らくは狩りの練習であったのだろうが、デーモンの群れが夢中になる獲物とは何なのか。

 その正体が分かれば囮として利用でき、何なら餌に大型の爆弾でも装備させてデーモンに捕まった瞬間に起爆させる外道染みた策も可能になる。

 その為にも中にいる餌の正体を確認し、出来れば捕獲したいとノヴァは考えていた。

 

「先頭は私が行きます。ノヴァ様は後ろから付いてきてください」

 

 先頭から二号、ノヴァ、追加護衛のアンドロイド一体の順で廃墟の中に入っていく。 

 廃墟の中は所々崩落しているお陰で日光が入り込み視界は明るい、それでも瓦礫によって足場は悪く進むのが難しい。

 

「さて、デーモンが執着していた餌は何かな〜」

 

 ノヴァが廃墟の中をざっと観察するが生き物の姿形は見つからない。

 だが何かがいた痕跡自体は地面に明確に残っている、だが痕跡が重なりすぎて形が崩れてしまい何の足跡なのかは全く分からない。

 

「逃げた……訳ではないか」

 

「息を潜めて隠れているのでしょうか」

 

 それでも廃墟の中に隠れている可能性は非常に高い。

 耳を澄ませば廃墟を通り抜ける風に混ざって僅かな呼吸音が聞こえる──気がする!

 流石に野生動物並みの五感は持っていないので勘に頼ったあやふやな根拠である。

 それでも地面に残った痕跡から隠れ潜んでいる場所を何とな~く探し当て一番近い場所に移動する。

 其処にあるのは瓦礫だが地面の痕跡は此処で途切れている、であれば瓦礫の下に隠れているに違いない。

 そして瓦礫はノヴァ一人でも持ち上げられそうな大きさである。

 

「こんにちは!君の正体は何か…な……」

 

 瓦礫を持ち上げ隠れているであろう生き物を見付けようとしたノヴァ。

 実際に瓦礫の下には生き物は隠れていた、外から分からなかったが瓦礫の下は大きく窪んでいて其処に身体を小さく丸める様に生き物が──人間が隠れていた。

 

「ノヴァ様!」

 

 呆気に取られたノヴァに二号が覆い被さる。

 その直後、廃墟に銃声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 ノヴァ達がテクノ社支部を調査している時に一人の男が子供を背負い廃墟を全力で疾走していた。

 呼吸の度に全身が燃えるような熱を感じながらも足を止めることは無い、なぜなら男の背後から恐るべきミュータントが迫っているからだ。

 振り返る余裕は全くない、そんな危機的な状態で男が目指しているのは先行している仲間が隠れている廃墟だ。

 実際に廃墟の崩落して出来た隙間から仲間たちが身振り手振りで男を急かしていた。

 男は身体に残された体力を使い切る勢いで全力で走り続け廃墟に逃げ込む事が出来た。

 

「ダニエル、これで全員か!」

 

「ああっ!誰も残ってねぇよ!」

 

「よし、崩せ!」

 

 廃墟に逃げ込んだ男、ダニエルが息も絶え絶えに返事をすると男達が廃墟にある唯一の入口を崩す。

 多くの瓦礫が入口に流れ込み、複雑に重なり合う事で入口を強固に塞いでいく。

 そして完全に塞がったのを確認すると廃墟に逃げ込んでいる仲間達は漸く一息つくことが出来た。

 

「ウィル、これからどうするんだ」

 

 乱れた息を何とか落ち着かせる事が出来たダニエルは仲間達のリーダーであるウィルにこれからの事を尋ねる。

 

「分かっている!今考えているから静かにしてくれ!」

 

 ウィルの口からは何も出てこなかった、これからどうするべきか、何をするべきなのか、何一つ語られることは無かった。

 だがダニエルはウィルを責める事は出来ない、この先に待つ結末は何であるか誰もが分かりきっているからだ。

 それでもウィルに尋ねてしまったのは長年の付き合いのせいであった。

 

「ウィル、分かっているだろ。私達はもう終わりなんだ!」

 

 誰もが分かっていながら口にしなかった結末、それをはっきりと口に出した男の胸倉をウィルは掴み上げ廃墟の壁に叩きつける。

 

「ジョズ、お前が信心深いことは昔から知っている。だが神への祈りは一人でしてくれ」

 

「私でも分かるんだ!ここに居る皆んなは既に分かっているんだよ!そ、それなのにま、また皆んなを危険に晒すのか!」

 

「ジョズ!」

 

 壁に叩きつけられた男、ジョズはウィルの剣幕を受けても怯えることは無い。

 いや怯える事が出来ない、怯えるために必要な恐怖心が麻痺してしまい破れかぶれになっているのだ。

 

「ウィル、落ち着け、落ち着くんだ!お前ら、ジョズを向こうに連れて行け!」

 

 ダニエルは疲労に苛む身体を動かしジョズからウィルを引き離し、ジョズに至っては仲間の男達に任せてウィルから離れた場所に移動させる。

 ウィルの視界からジョズがいなくなったことでダニエルに掴まれたままのウィルの身体から怒りが霧散していく。

 そして立つ力さえなくなったウィルは廃墟の床に座り込む。

 

「すまない、ダニエル。俺は……」

 

「気にすんな、お前はよくやった、それは間違いないんだ」

 

 慰めの言葉がこれ程虚しいとダニエルは思わなかった。

 だが僅かでもウィルに気力が戻るのであれば言った価値はある。

 実際にウィルはそれに値するだけの事を成し遂げて来たのだ。

 

「ああ、そうだな……」

 

「ウィル……」

 

「すまない一人にしてくれ」

 

 だがこの局面に至り言葉は最早何の意味も持たなかった。

 ダニエルは圧し潰されそうなウィルに掛ける言葉が見つからず離れていくのを見続ける事しか出来なかった

 

「俺達に帰る場所は無い、だが何処に行けばいいのだ……」

 

 故郷たる場所は燃え尽きた、ミュータントでもアンドロイドでもない、隣人であった同じ人間の手によって。

 

「派閥抗争に負けた敗者の末路か」

 

 減り続ける資源、増産の目途が建たない食料生産、閉ざされた空間に住み続けるストレス、それら全てが合わさり限界を迎えた。

 数多くのコミュニティが生存しようと衝突を繰り返し、武力衝突にまで発展しかけた。

 だが緊張状態の最中であっても続けられた政治的抗争の結果、ウィルを代表としたコミュニティが生贄として選ばれた。

 ウィルを筆頭とした仲間達は必死になって決定を撤回させるために多くのコミュニティに働きかけた。

 

 だが時間も、代わりに差し出せる物資も何かも足りなかった。

 

 圧倒的な武力を背景にした立ち退き、生命を保証されるも生贄に選ばれたコミュニティは地上に追いやられた。

 そして今、恐るべきミュータントに襲われ仲間達の命が尽きようとしている。

 

「いいさ、俺達はここで死ぬ、それは避けようが無い運命だったのだろう」

 

 ウィルは必死になって考えているのだろうが、もうどうしようもない。

 避けようがない破滅をウィル自身も理解している、それでも諦めきれないのだろう。

 

「先に地獄へ行ってやるよ」

 

 此処まで長い付き合いだった、だからこそ初めに命を賭すのだ。

 デーモンに組み付き、動きを抑えて仲間達が数少ない銃で鉛球をクソ野郎にぶち込むのだ。

 自分は間違いなく死ぬだろう、それでもやる価値はある。

 

「だからよ、生き残ってくれウィル。お前は俺の親ゆ──」

 

 ダニエルの呟きは最後まで言い終わることは無かった。

 廃墟の中にまで響き渡る轟音、そしてデーモン共の悲鳴、何が起こっているのか分からないが、何かが外で起こっている。

 




※注意

新キャラはおっさんです。美女でも美少女でも幼女でもありません

もう一度書きます

新キャラはおっさんです。美女でも美少女でも幼女でもありません


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父として

 紅い花が咲いている。

 

 轟音が響く毎に恐怖であり、諦観であり、絶望の象徴であったミュータントの身体が弾け飛び宙に紅い花を咲かしている。

 ウィルはその光景を風化し、崩落して出来た隙間から見ていた。

 沸き上がってくる感情は喜びではない、果てしない困惑だ。

 誰が、どうして、何の目的でミュータントを虐殺しているのか、それとも積み重なったストレスが幻覚を見せているのではないのか。

 

「パパ、怖いよ……」

 

「ジェイ」

 

 自らの手を握る我が子の手の温もりを感じる、その感覚がコレが現実であると明確に示している。

 

「何が、一体何が起こっているんだ!」

 

「ウィル!」

 

 ジョズとダニエルが揃って近付いて来る、轟音の正体を確かめるために数少ない隙間に押しかけてくる。

 そして辺りを見渡せば同じコミュニティに属する皆が同じように隙間に押しかけ外の様子を知ろうとしている。

 

「ダニエル、クソ野郎共を八つ裂きに出来るコミュニティを知っているか、私の記憶が確かなら……そんなコミュニティは無い。あれ程の武力があればメトロは奴らが支配している筈だ!」

 

「ジョズ、安心しろ、お前の記憶は間違っちゃいない。俺もそんなコミュニティがあるなんて噂話でも聞いた事がない」

 

 外に広がるこの世の物とは思えない光景をみて誰もが混乱し、その正体が何であるか考える。

 だがコミュニティでしか生きてはいない仲間達は仕方がないとしても、外部との交渉を重ねて来たウィルとジョズでさえ心当たりが全くないのだ。

 そして悩んでいる間に突如としてミュータント共を襲った蹂躙劇は終わりも唐突であった。

 

 巻きあがった粉塵が収まり露わになった光景はただひたすら紅かった。

 

「終わったか……」

 

「ウィル、何かが来るぞ」

 

 ダニエルが何かが近付く音を捉えた。

 報告を聞いた誰もが息を潜め近付いて来る何かの正体を一目見ようと目を凝らす。

 

「アンドロイドだと……」

 

 アンドロイド、人間を見つけ次第問答無用で襲い掛かかるミュータントと同じ敵だ。

 しかもミュータントと違い恐怖も痛覚を持たず、四肢を砕いて無力化するか、頭部にある電脳を破壊しない限り襲い続ける冷酷な殺人機械だ。

 そのアンドロイドが何体も、しかも銃器で武装しているではないか!

 

 ミュータントを虐殺したのはアンドロイドだ、絶望は終わっていない。

 それどころか統一した武装を持った殺人機械の集団である、弾け飛んだミュータントと同等か、一方的に倒したことからミュータント以上の脅威である。

 

「クソ野郎もヤバイがアンドロイドもヤバイぞ。ウィル、此処は逃げるべきだ」

 

「入り口は一つだけ、それ以外は小さすぎて通れない」

 

「アンドロイドが、アンドロイドが復讐に来たんだ……」

 

「ダニエル、ジョズを大人しくさせろ」

 

 元から危険な状態であったジョズだがアンドロイドを目にしたことで錯乱しかけている。

 このままでは意味も無く暴れ出し騒音を巻き散らす。

 そうなればアンドロイド共は確認の為に此方を調べに来るだろう、そうなれば僅かにある助かる可能性が完全に無くなる。

 

「ジョズすまんな」

 

「ダニエル、何を──」

 

 ダニエルがジョズを絞め落す。

 元々身体能力に優れないジョズは防衛組で身体を鍛えてあるダニエルにはかなわない。

 余計な音を立てることなく気を失ったジョズをダニエルは廃墟の奥に運んでいく。

 

「皆んな隠れろ、奴らの目的はミュータントであって俺達じゃない。息を潜めて奴等が此処から去るのを待つ」

 

 覗いた限りではアンドロイド共の目的はミュータントの死骸だ。

 ならば此処に態々来る可能性は低いだろうが、それでも此処に来る可能性は残る。

 それに備えて仲間達は廃墟に隠れる、それしか出来ることは無い。

 幸いにも隠れる場所には事欠かないから見つからずにやり過ごせる可能性はある。

 

 リーダーであるウィルの言葉に僅かな可能性を見出した仲間達が廃墟に散らばって隠れ始める。

 ウィルもジェイの手を繋ぎ廃墟に一角に移動する、そして瓦礫によって外からは全く見る事が出来ない窪みに我が子を隠す。

 

「パパ…」

 

「大丈夫だジェイ、お父さんがついている。アンドロイドに見つかっても助けてやる、だから隠れていなさい」

 

 ウィルは我が子を抱きしめる、幼くまだ小さい身体が壊れないように優しく。

 そして抱擁を解き、窪みに収まった身体が潰れないように瓦礫を上に被せていく。

 

「俺達が隠れるのは全員が隠れてからだ。付き合ってくれるよなダニエル」

 

「隠れんぼなんて何年振りだ」

 

「さあな、だが童心に帰ってみるのも悪くは無いだろ」

 

 ウィルとダニエルは仲間達が隠れるのを手伝い、終わると共に瓦礫の裏に隠れた。

 そうして仲間達が隠れているとアンドロイドが廃墟に入ってくる音が聞こえた。

 

「さて、デーモンが執着していた餌は何かな〜」

 

 その言葉が耳に入った瞬間に心臓が締め付けられた。

 自分の心臓の音が聞こえてしまわないか、呼吸で気付かれてしまわないか。

 

「逃げた……訳ではないか」

 

「息を潜めて隠れているのでしょうか」

 

 アンドロイドは気付いている、ここに隠れている事に気が付いている!

 瓦礫の裏に隠れながら、僅かに走っている亀裂の隙間からアンドロイドの様子を伺う。

 そして見た、アンドロイドの中にあって見た目が全く人間と変わらない機体を、それの足が向かっている先にあるのは我が子が隠れている瓦礫だ。

 身体が動きだそうとする、だが共に隠れたダニエルの手が動きだそうとした身体を強烈な力で押さえる。

 声は出さない、視線だけをウィルへ向ける──まだ見つかっていない、と視線だけで伝える。

 

「こんにちは!君の正体は何か…な……」

 

 だがジェイの上に被せた瓦礫を持ち上げた時、その下に何が隠れているのか、アンドロイドが探していた餌としてジェイが見つかってしまった瞬間ウィルは瓦礫から飛び出した。

 

「ジェイ!」

 

「パパ!」

 

「ノヴァ様!」

 

 幾つもの呼び声を掻き消すようにウィルの拳銃から弾丸は放たれる。

 だがもう一体のアンドロイドが構えた盾に弾丸は衝突し弾かれた。

 

「二号!?」

 

「無事ですかノヴァ様!私のうし──」

 

 盾を構えたアンドロイドにダニエルが強烈な体当たりをぶつける。

 恵まれた体格と体重から繰り出される衝撃はアンドロイドを吹き飛ばすのに十分な威力を持っている。

 

「おぉぉっ!」

 

「ノヴァ様!このデカブツがっ!」

 

「ウィル、子供を逃がせ!震えてないで動け!」

 

 ダニエルの決死の行動、そして言葉を受け取ったウィルは目の前にいるアンドロイドに迫る。

 最後の銃弾を放ち無用の長物と化した銃を捨て、固めた拳をアンドロイドに放つ。

 

「人間に化けたアンドロイドが!ジェイから離れろ!」

 

 拳はアンドロイドの顔面に命中する軌道、ダニエルのお陰で掴んだ機会を無駄にしない、全力で放たれた拳は必ずやアンドロイドに痛打を与える。

 

「何っ!?」

 

 だが拳は当たらない、アンドロイドが首を横に傾けた事で空振りとなる。

 

「まだまだっ!」

 

 一撃目が避けられたのならば二撃目、三撃目を放つだけ。

 空振りに終わった右手を引き戻しながら左の拳を放つ。

 それも首を傾ける事で避けられる。

 ならば三撃目は顔ではなくボディに向けて──

 

 その前にアンドロイドの拳が放たれた。

 勢いはない、それでも無駄のない軌道で頭を捉えられている。

 急ぎ頭を軌道から外す、だが完全には避けきれず顎に鋭い一撃を貰う。

 それでも大した痛みはない、直ぐに反撃に転じて──

 

「あっ?」

 

 視界が歪み、身体が傾く、踏ん張り姿勢を維持しようにも身体に力が入らない。

 

(脳を、揺らされたっ!)

 

 狙っていたのか、それとも偶然なのかは分からない。

 だが無様な隙を晒してしまった以上決着はついてしまった、アンドロイドに負けてしまった。

 

「全員、その場で動くな。二号、そいつを殺すな」

 

「……分かりました」

 

 ダニエルはアンドロイドによって首を絞められていた。

 顔の充血具合から後数秒続いていれば殺されていただろう。

 

「一歩でも動けばこの子を殺す」

 

 そして揺れるウィルの視線の先には銃を突き付けられたジェイがいた。

 

「ジェ、ジェイ……」

 

「ノヴァ様」

 

「二号急いで此処から撤収する、殿を任せる」

 

「分かりました」

 

「もう一度言う、全員その場から動くな」

 

 アンドロイド達がジェイを連れていく。

 自分の子供が、我が子が攫われているというのにウィルの身体が動かない、見続ける事しか出来ない、何も出来ない!

 

「パパ……」

 

「ジェ、ジェイーーー!」

 

 廃墟に一人の父親の叫びが響き渡った。




 やっちまったな、ノヴァ!


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なんとかなーれ!

 元物流拠点はノヴァ達の手によって前線拠点へと大きく様変わりした。

 日中であろうと夜間であろうと武装したアンドロイドが拠点を巡回し、周囲に張り巡らせた監視網がミュータントの接近を迅速に発見する。

 その甲斐もあり拠点は安全が保たれ、気を抜いても問題の無い場所になった。

 

 具体的に言えばアンドロイド達のトップに立つノヴァがショックと自己嫌悪に襲われてベッドに突っ伏そうが問題なく運営できる程の盤石さを持っている。

 

「──死にたい」

 

 咄嗟の判断とはいえ襲撃者を牽制するために身近にいた子供を人質に取ったのだ。

 しかも、挙句の果てに誘拐したのだ、拠点に戻り冷静に考える事が出来る様になって初めて自覚した瞬間に襲ってきたショックと自己嫌悪にノヴァは問答無用で圧し潰された。

 

「死なないで下さい、それに我々に非はありませんから落ち込む必要はありません」

 

「そうだけどさ~、結果としてあんなちっちゃい子を攫ったんだよ」

 

 実際に二号の言う通りノヴァ側に非はない、だがそうだとしてもノヴァ自身が納得する事が出来ない。

 確かにデーモンが夢中になっていた物の正体を探していたら小さな子供を見付けたら何処からおっさんが出てきて銃をぶっ放してくるわ、突然殴り掛ってくるとか意味わかんない事態ではあったけども。

 しかも運よく無力化できたと思ったら、おっさん達の叫び声を受けて廃墟の彼方此方で物音がしたのだ。

 コレはヤバい、総数が全く分からない人間の集団にいつの間にか囲まれていたのだ、いや人間の集団の只中に準備も何も無く飛び込んでしまったのだ。

 戦力も何もかも分からないという未知の恐怖を感じて急いで逃げ出したのだ。

 

 その過程で子供を特別扱いしていたようだから安全に逃げられそうだからとノヴァは反射的に子供を人質にしてしまった。

 しかも「動けば殺す」とか言って子供に銃を突き付けての脅迫、何処からどう見ても悪役、まごう事なき現行犯であった。

 

 それでも結果として総数不明な集団に追撃を受けることなく撤収する事は出来た、人質という子供を抱えて。

 

 いやだってさ、集団が何処に潜んでいるか分からなかったから人質は取り続ける必要があったのだ。

 ──そうして無我夢中で気付いたら脇に子供を抱えていたのだ、しかも子供は凄い涙目で怯えながらノヴァを見ていた、良心が凄まじい悲鳴を上げた。

 

「そうせざるを得なかったのは私の油断のせ──」

 

「それは違う、俺の軽率な行動が招いた。謝る必要はない」

 

 だが二号が謝る事は無い、自己嫌悪もショックもノヴァの物だ。

 そもそもの原因はノヴァ自身の軽はずみな行動である事を自覚している。

 自覚しているからこそ責任を肩代わりしようとするのは間違っていると二号に伝える。

 

「であれば落ち込まないで下さい。あの時、あの場所においてノヴァ様は最善の行動をしたのですから」

 

「……分かった、落ち込むのは終わりにする。それで、あの子から情報は引き出せそう?」

 

 二号の言う通りいつまでも落ち込んで居られないとノヴァは漸く落ち込むのを止める、二号であれば満足するまで落ち込むのを許してくれそうだが甘える訳にはいかない。

 今すぐ取り組むべきは事は襲ってきた人間の集団の情報を集める事、現状を整理し、最良の行動について考え行動に移す事が現状で最優先するべきことである。

 その為に、追い打ちを掛けるようで悪いが攫ってきた子供から何とか情報を引き出す必要があるのだが。

 

「無理ですね、此方を怖がって部屋の隅で小さくなってます」

 

 ノヴァに渡された端末に移っているのは前線拠点の数ある個室の一つ、急遽監視カメラを増設して暫定的な牢にした部屋の中が映されている。

 映像の中では誘拐した子供が部屋の隅に丸くなっているのが分かり、念の為に出した水や食料には全く手が付けられていない。

 付け加えると水と食料を運んできたアンドロイドを一目見るなり泣き出したとの事、どう見ても此方を完全に警戒して心を閉ざしているのが一目瞭然で分かる有様だ。

 

「アンドロイドってそんなに怖い物なのか?」

 

「怖い物なのでしょう、ウイルス汚染された機体は人間を見付ければ見境なく襲ってきますから。それが人間の集団の間で曲解・装飾され伝わったのでしょう」

 

「そうか、怖いか」

 

 身近にアンドロイドしかいないから考えた事もなかった。

 ウイルス汚染されたアンドロイドに関しても製造企業や機体、治療後の労働力ゲット!位しか考えてこなかったノヴァには思い至らない事であった。

 

「あの子どうしよう」

 

 そうなると人間であるノヴァが接するしかないのだが攫ってきた本人である為アウト、結果として手詰まりである。

 

「前線拠点から放り出せばいのでは?」

 

「ミュータントに見つかったら一発でアウトだからダメ」

 

「でしたら襲ってきた集団を見付けて返すしかありませんね」

 

「どこにいるか分かる?」

 

「襲われたのは監視装置の範囲外ですから追跡は出来ません。彼らの行動原理も分からないので予想も立てられません」

 

 二号と顔を突き合わせて解決策について考えるが良案は全く思い浮かばない。

 そうして悩んでいると前線拠点の監視班から新たなる情報が齎された。

 

「前線拠点の監視から報告が入りました。成人男性が一名近付いていると」

 

 端末に表示された監視カメラに写っているのは一人の男性、しかもノヴァに向かって発砲して殴りかかって来たおっさんであった。

 

「これは子供を奪還しに来たのではないですか?」

 

「デスヨネー」

 

 いや、攫う時に子供の名前らしき事を大声で叫んでいたし、子供もパパって言っていたから間違いなく親子関係にあるのだろう。

 

「そうなると俺は親子の仲を引き裂いた事になるな、物理的に。うん、自己嫌悪がまた沸き上がって来た」

 

「勝手に落ち込まないでください、それより侵入者はどのように対応しますか」

 

「……子供がいる部屋まで連れて行ってあげよう。それで話し合って誤解を解くしかないだろう」

 

 我が子を攫った犯人の言い訳を聞いてくれるかな、と不安になりながらもノヴァは子供がいる部屋に向かって重くなった足を動かして向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジェイ!」

 

「パパ!」

 

 感動の再開、洋画であれば涙なしには見れないシーンである。

 だが当事者どころが誘拐実行犯として同じ部屋にいるノヴァとしては胃が締め付けられる光景である。

 

「お取込み中の所申し訳ありません。今回貴方の子供を攫ってしまった事についてなのですが──」

 

「息子に何をした!」

 

 誠意を伝えためにもある程度落ち着いてからノヴァは話しかけたのだが相手は全く聞く素振りはなかった。

 自らの背後に子供を隠しながらノヴァを睨みつけると隠し様も無い怒りを露わにしてきた。

 

「いいえ、誓って何もしていません!喉が渇いているようなので飲料水を出したのですがそれすら口にしないので此方も困っていまして……」

 

「一体何の目的で攫った!」

 

「あ、いや、本当に、ただの咄嗟の行動でして……」

 

 何とか誤解を解こうと話しかけるが父親は全く聞く素振りは無い。

 それだけでなく声を荒げさせながら部屋中に視線を彷徨わせている事から此処からの脱出でも考えているのだろうか。

 

「ノヴァ様、監視班からの連絡です。更に成人男性が3名此方に向かってきています」

 

「えっ、マジで!」

 

「ダニエル、あのバカ野郎!」

 

「う、うぇ、え」

 

 追い詰められるノヴァの頭の中に更なる追加情報が二号から齎される。

 追加の侵入者に対して心当たりがあるのか父親は何とも言えそうにない表情を作り、後ろに隠れた子供は父親の足にしがみ付いてぐずり始めた。

 

「あの落ち着いてください、私は貴方達に危害を加えるつもりはありませんから!」

 

「その言葉を保証するものはあるのか!デーモンを誘き寄せる餌に息子を使おうとしているんじゃないのか!」

 

「食べられるの、いやぁああああ!」

 

「いや、それは誤解です!食べさせないから、餌にしないから!」

 

 虚しく響き渡る釈明、それに対して飛び交う怒声、待ち受けるかもしれない未来を考えて鳴り響く泣き声、小さな個室は混乱の極致にあった。

 

「ノヴァ様代わります」

 

 混乱を最中に二号から発せられた一声はノヴァの耳にしか届かなかった。

 それでも二号にとっては全く問題にならない、ノヴァを庇うように前に出ると銃を取り出して男性に突き付ける。

 

「何を……」

 

「囀るな、今から一言でも口を動かせば子供共々殺す」

 

 捕縛して個室に連れてくるにあたり父親の武装の類、成りそうなものは全て没収してある。 

 銃を突き付けられた男には抵抗する術はなく、僅かでも抵抗の動きを見せれば殺されるので二号の言う通りに従うしかない。

 男が口を閉ざして静かになると二号は前線拠点に属するアンドロイド達に命令を下す。

 

「防衛班は侵入者を捕縛、殺害はするな。偵察班は前線拠点付近を捜索、怪しい集団を発見次第前線拠点に連行しろ。抵抗した場合は任意での発砲を許可するが殺害は許可しない、あくまで脅しに使うように」

 

「二号何するつもり……」

 

「ノヴァ様、今の彼らにはどんな言葉も届きません。目に映る全てを疑い、恐怖している状態です。冷静な判断など望めません、それは追加の侵入者も同じでしょう」

 

 それが事実である事をノヴァは先程迄のやり取りで理解し、追加の侵入者に対しても恐らく間違ってはいないだろうと思う。

 問題はその状態である集団に対して二号が何をしようとしているのか、それが全く分からないのだ。

 

「この場で必要なのは反論でも釈明でも話し合いでもありません。反論も抵抗も一切許さない、一方的に相手に理解させることが必要なのです。彼等を皆殺しにするようなことはしませんので此処は私に任せて下さい」

 

 いつの間にか音がしなくなった部屋、ノヴァの顔に冷や汗が一筋流れた。




 洗脳はしないよ


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脳に刻み付けろ

 文明の明かりを失くした地上の夜は暗闇に包まれている。

 松明の頼りない光では辺りを照らすのには全く持って足りず懐中電灯などの電灯であっても僅かな数では暗闇に吞まれてしまう。

 だが暗闇に包まれた都市においてノヴァ達アンドロイド勢力が支配する土地は暗闇を晴らす文明の光が煌々と基地を照らしている。

 

 その基地内の一画に数多くの人間、大人だけでなく老人から子供まで集められた集団があった。

 集団を形成する人間の年齢層は幅広くまとまりがない、だが全員が周りを取り囲む武器を持ったアンドロイド達に怯え、恐怖しながら少しでも距離を取ろうとしている事は共通していた。

 

 その一角にはノヴァ達の拠点に忍びこもうとして捕まった父親と、その子供の姿もあった。

 そして二人の傍には遅れてアンドロイド達に捕まったダニエルが神妙な顔をしながらいた。

 

「つまり、アンドロイド達はジェイを殺さなかったと……」

 

「ああ、なんでかは分からないが奴らは息子を殺さなかった、しかも水や食料を与えていたらしい」

 

「……忍び込んで目にするのが死体でなかったことは素直に喜べ」

 

 ウィルはアンドロイドの巣窟に忍び込む時に既に息子は殺されていると覚悟をしていた、せめて亡骸を持ち帰ろうと心を決めて忍び込んだのだ。

 アンドロイドの死角を縫うように這いつくばりながら進んだ、都市にいる狂ったアンドロイドであればそれで充分だった。

 だが今回はそれだけでなく身体を隈なく汚し、伏せれば瓦礫としか認識できないような偽装を纏ったうえで実行に移したのだ。

 しかし巣窟に入る前にアンドロイドに囲まれ武装も何もかも没収されたうえで拘束され連行されるという散々たる結果になっただけだ。

 

 だが息子と再び会う事が出来た、五体満足の生きた状態で。

 

「……アンドロイド共は俺達をどうするつもりか分かるか」

 

「分からない、奴らの思考回路が全く分からないんだ。だから予想も立てられない、これから何をされるのかも分からないんだ」

 

 ダニエルの質問にウィルは答えられない、それ以上は会話が続かなかった。

 ウィルとダニエルは互いに顔を見合わせるが出てくる言葉はない、只時間だけが過ぎていく。

 

 ウィルやダニエル、仲間達にとってアンドロイドとは此方を見付けるなり問答無用で殺しにかかってくる殺人機械だ。

 会話・交渉と言った意思の疎通は不可能、交わせるものは銃弾しかないのが彼らの世界の常識であるのだ。

 だからこそアンドロイド共が会話する事・確かな命令系統を持って行動する事が信じられない、アンドロイドの思考・価値観が全く分からない。

 分からないものを予想する事が出来るはずもない。

 

 そうして誰も言葉を発さない時間が暫く続いているとアンドロイド側に動きがあった。

 其方に目を向ければ新たにアンドロイドに捕まった仲間達の姿が其処にはあった。

 

「なんだ、死んだかと思えば此処に居たのか、ウィル」

 

「ジョズが此処に居ると言う事はアンドロイド共の行動範囲と索敵の能力は俺達の予想以上だな」

 

 息子を取り戻すために仲間たちとはもう会えないと、これが最期になるだろうと考えて別れを告げた筈だった。

 だが蓋を開けてみれば再会を果たしてしまった、無数のアンドロイドが集う彼らの拠点の中で。

 

「……すまんウィル、お前の言う通りアンドロイドの部隊に見つかって此処に連行された。逃げようとしたら足元に銃弾を撃たれてな、下手な行動は取れなかったよ」

 

「俺と同じさ、気付かれない様にしていたつもりだがアンドロイドには丸見えだったのさ」

 

「もう嫌になってくるな……」

 

「全くだ」

 

 ウィル、ダニエル、ジョズは互いに顔を見合わせて笑う。

 だが口から出てくるのはか細い乾いた笑いであり、表情には隠し様も無い疲労と諦めが現れていた。

 

「ジョズ、すまなかった。お前には何度も助けられたのに……」

 

「謝るな、もうどうしようもない。メトロを追い出された時点で俺達の命運は尽きていたのさ」

 

「俺たちどうなるんだろうな……」

 

 互いの口から出てくるのは後悔、諦め、不安、集団の中でも上位三名が言葉を繕う余裕すら無くしている。

 それを理解してしまっている集団の誰もが諦め、絶望の淵に沈んでしまった。

 それでも破れかぶれな行動を起こさず、纏まっていられるのは此方を見張るアンドロイドが恐ろしいからだ。

 

 だが保たれていた纏まりに綻びが生じる。

 

「何の音だ?」

 

 アンドロイドに囲まれながらも彼等は僅かに震える地面と何かの声を聞いた。

 それは時間が経過する事に強く大きくなっている。

 そして集団の中の一人が拠点の外を振り返った時、その正体を理解した。

 

「グールだ……、とんでもない数のグールが此処に近付いてきているぞ!」

 

 アンドロイドの拠点を囲む塀の隙間から外を見れば夥しい数のグールが此方に向かって全速力で進んでいるのが見えた。

 

「ふざけるなよ、馬鹿みたいな数のグールだけじゃなくハウンドにウォーリアーまで居やがる!」

 

 そしてグールの中には大型犬の様な大きさと姿を持つ四足歩行のハウンド、一際大きな体を持ったグールの変異体、強靭な四肢で人間を掴んでは手足を簡単に引き千切る怪物であるウォーリアーが何体も紛れている。

 その地獄の様な光景を見て彼等は思い至った、アンドロイド達は餌として私達を此処に集めたのではと。

 

「おい、アンドロイド共、俺達を奴らに食わせる気が!」

 

「こんな数で奴等の腹が膨れる訳ないだろ!」

 

 先程迄の静けさはもうない、誰もがアンドロイドに囲まれる恐怖より生きたまま餌として喰われることにより強い恐怖を感じてしまった。

 それでも動けば殺される可能性がある以上、何か行動を起こす事は出来ない。

 撃たれて死ぬか、生きたまま喰われて死ぬか、行動を起こす気力も何もかもを失くした彼らに出来る事は周りにいるアンドロイドに罵声を浴びせる事だけだった。

 

 だが一発の銃声が轟き、彼らの口は強制的に閉じられた。

 

「言ったはずですが、余計な事はするな、喋るなと」

 

 アンドロイドの中でも上位である一体、二号と呼ばれるアンドロイドの片手には拳銃が握られていた。

 弾丸は空に向けて撃たれたようで誰も銃撃を受けていない、それでも先程の狂騒を鎮めるには十分であった。

 

「……馬鹿みたいな数のグールが此処に迫ってきているぞ、言っておくが俺達は奴等を此処に引き入れたりしていない。それで、どうするつもりだ」

 

「セカンド、準備完了です」

 

「分かりました、開始しなさい」

 

 尻込みしてしまった仲間達の視線を受けてウィルが二号へ話しかける。

 だが二号はウィルへ視線を向けることなくアンドロイド達に指示を出し続けていた。

 

「おい、聞いて──」

 

 差し迫る異常事態を目前にして何故無視するのか、その理由を尋ねようとしたウィルの言葉は続かなかった。

 

 背後に迫るグールの群れが炎に包まれた。

 生きたまま身体を焼かれるグールがウォーリアーが悲鳴をあげ、錯乱し、肉が焼ける嫌な匂いが襲い掛かかる。

 勢いを失くして炎に焼かれながら悶えるミュータントの集団をウィルはただ見る事しか出来なかった。

 

「何だよ…コレは……」

 

「これを見てもまだ理解できないのですか」

 

 誰もが目の前の惨状に目を奪われ口を閉じている中で二号の言葉はよく響いた。

 

「ミュータントは楽でいいですね、本能に従って行動するから予想がしやすい。適切な装備と補給があれば処分にも困らない」

 

 二号が移動する、燃え盛り、炭と化していくグールとウォーリアーを背景にしてウィル達に向き合う。

 

「此処に集められたお前達に通告する、今後我々に干渉するな。それだけを理解しろ、出来なければ目の前で焼き尽くされるミュータント共と同じようにお前達を焼き尽くす」

 

 アンドロイドが背負った火炎放射器から噴き出す炎、車両用の燃料に添加剤を加えたナパームは激しく燃え盛る。

 炎はミュータントの皮膚を内臓を焼き、熱は体内水分を沸騰させ身体を弾けさせる。

 熱によりタンパク質が変性し、身体の骨があり得ない方向に骨折音を響かせながら曲がる。

 

「我々はお前達に何の価値も見出していない。お前たちが持つ服、道具、食料、武器、いかなるものにも価値を見出していない」

 

 焼死は最も苦しい死に方の一つとされる。

 身体が焼ける痛み、酸欠による呼吸困難、意識を失うことが出来ないまま味わう苦痛は筆舌に尽くしがたい。

 その有様を見せつけられている、次に焼かれるのはお前だと突き付けられている。

 

「よって我々がお前達を襲う理由がない。殺したところで価値あるものは手に入らないからだ、そればかりか我々の貴重な弾薬と燃料を無駄に消費するだけだからだ」

 

 アンドロイドは淀みなく火炎放射器を扱い、未だ焼かれていないグールを見付けては炎を吐き出し焼いて行く。

 グールの身体を燃やし尽くす炎が暗闇に包まれていた都市を紅く紅く照らしている。

 悲鳴、何かが潰れる音、骨が折れる音が重なり悍ましい音楽を奏でる。

 吐き気を齎すような地獄が目の前に広がっている。

 

「我々はお前達に興味はない、何処で何をしようが何処で死のうが興味がない」

 

 アンドロイドは一抹の価値も彼等に感じていない。

 彼等の行動も生死にもいかなる価値も見出していない。

 

「この様に一カ所に集めたのも何度も説明をするのが面倒だからだ。今この場で見た事、話したことを脳に刻み付けろ、二度目は無い」

 

 面倒、ただ単に面倒なのだ。

 只避けられる手間があるのであれば避ける、無駄な行動はしたくない、その為に一カ所に集めただけ。

 

「我々の邪魔をするな、それだけが分かればいい。もし我々に危害を加えたならば敵とみなして殲滅する。老若男女問わず平等に死を与える」

 

 そう告げると二号と呼ばれるアンドロイドは拠点の中に戻る、だがその足が途中で止まる。

 

「もう告げることは無い。都市に戻るも荒野に消えてもいい、朝が来るまでに此処から離れなさい、もし残っているなら処分する」

 

 最後にそう言い放つと二号は拠点の中に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二号に分からされた子供と父親達の集団が前線拠点から離れていく。

 その足取りは重く、顔にも生気が無い事から二号の思惑通り事が運んだとノヴァは理解した。

 

「出過ぎた真似をしました」

 

 拠点に戻った二号がノヴァに頭を下げる。

 彼等に対して行った事、誘引してきた大規模なミュータントを虐殺する事で彼我の戦力差を自覚させ反抗の意思を折り干渉を控えさせるよう誘導する。

 ノヴァの性格から考えれば思いついたとしても実行しない策である。

 それほど迄に高圧的であり、野蛮な暴力を背景にした一方的な宣言である。

 ノヴァの感性、特に感情の面では容認できない、したくはない。

 

「……いや、あれが現状で最良な行動だ」

 

 だがノヴァの理性は二号の行動を肯定している、それが最も効果的で余計な衝突を回避できる策であると理解している。

 

 今迄ノヴァはアンドロイドも人間も話せば分かるという楽観的な考えが根底にあった。

 だが今回の出来事を通して理解した、それが可能なのは法治が行き届いた環境下でしか成り立たない事を、この世界においては力を伴わない言葉には意味が無い事を。

 

「俺はマフィアのボスかな?」

 

「であればスーツを用意しますか、黒服に紅いワイシャツはどうでしょう、きっとノヴァ様に似合いますよ」

 

「また次の機会で。取り敢えず暫く休んでから探索に向かおうか、テクノ社支部に今度は色々器材を持ち込んで再チャレンジだ」

 

 ショックではあった、改めて此処が過酷な世界であると認識した、ならばノヴァに足を止めている暇は無い。

 何故ならこの世界にはまだ知らない、見た事もない数多くの困難があるのだから。




二号の分からせです。
心と精神をバキバキに折るだけです。
優しいね。


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開発物語
移植治療


 ノヴァが本拠点としている町は拠点の度重なる拡張と増築によって元が廃墟であるとは思えない程開発発展が進んだ。

 連邦中から集まってくるアンドロイドの受け入れ施設及びメンテナンス設備、回収資源の再資源化を行い、様々な機械部品を生産する工場設備、それらを支える発電施設など数多くの施設が建設され、今も建設が続いている。

 だが拠点の拡大に伴い資源消費量は増加していき、近いうちに町にある資源は回収され尽くすだろうと推測された。

 

 そこでノヴァは本拠点から余り離れていない地方都市に新たなる資源回収拠点を構築、都市から回収した資源を本拠点に送る体制を整えた事で資源不足問題は解決に向かった。

 またノヴァ自身も都市に向かい資源回収を行い、道中に様々な事が起こりつつも様々な貴重品を回収する事が出来た。

 そうして探索が一区切りついたころでノヴァは前線拠点から本拠点に戻ると回収した貴重品を使ってクリーンルームの建造に取り掛かった。

 

 クリーンルームとは空気の流れや温度・湿度・圧力などを管理し空気中のほこりや菌などの汚染物質を限りなく除去した部屋である。

 この施設があって初めて高度な精密機械等が作成可能となり現在騙し騙しで使っている工作機械の本格的な修繕が可能となり、また新規のマザーマシンの基幹部品の作成が可能となる。

 拠点の更なる拡大発展には欠かせない設備であり、先ずはクリーンルームの建造経験とノウハウの蓄積の為に小さなクリーンルームの建設に取り掛かった。

 フィルターなどの本拠点では生産していない消耗品は探索で見つけた物を使用、設備は破損した物を参考にして新しく製造、今後のクリーンルームの雛形となる第一号クリーンルームが完成した。

 

 建造したクリーンルームの中に様々な設備を運び入れ、最後にノヴァは作業台の上に二つの電脳を置いた。

 一つは未使用且つ損傷の無い真新しい電脳、テクノ社支部の整備フロアの倉庫に真空保管されていた現状では入手困難な貴重品である。

 もう一つが、損傷を負った電脳であり二号の妹の電脳である。

 

 そしてノヴァがこれから行う事は建造したクリーンルーム内での電脳移植。

 本来であれば全自動化した専用機械に任せるべき事だが、専用機械の代替などノヴァにしてみれば造作もない。

 

「ライン2番を切断、記憶領域電圧正常、作業継続」

 

 全自動でなくとも専用装置を使用しての㎜単位 一部によっては㎛の正確性が求められ、一つの間違いも許容できない程の繊細な作業である。

 それだけの困難さを伴う作業でありながらノヴァの手は止まる事無く、そして淀みなく動き続ける。

 

「ウイルス汚染チェック、汚染確認、ワクチン注入」

 

 破損した電脳は活動を停止しているが電力が供給されれば稼働することは可能である。

 しかしウイルスに汚染されている可能性があるため段階的に電力を供給していき感染の確認とワクチンを注入しての治療をしなければならない。 

 そうして電脳の汚染を完全除去してからでないと記憶領域を摘出は出来ない。

 何故なら汚染を放置していれば記憶領域まで汚染されて最悪の場合、中にあるデータに深刻な損傷が発生する可能性があるからだ。

 

「記憶領域摘出、電脳移植を開始」

 

 必要な全てのプロセスを経てノヴァは電脳から記憶領域を摘出する。

 人間の脳とは全く異なるアンドロイドの頭脳、演算装置の奥底にある小さな部品。

 この中にはアンドロイドの記憶、人格データが保存されている、アンドロイドの魂とも呼ぶべき存在が収まった容れ物。

 ノヴァは取り出した記憶領域を真っ新な新品である電脳に移植する。

 

「ライン1から7を接続、通電開始、電圧許容範囲内、電脳適合率上昇」

 

 記憶領域を電脳に組み込んで終わりではない、企業によっては他社製の記憶領域が上手く組み込めず起動しない可能性もある。

 幸いにも記憶領域も新しい電脳も同一企業の製品であるが楽観視できない。

 モニターに映された各種パラメータに目を光らせ異常がないか監視する。

 

「……97、98、99、100、適合完了、ウイルス汚染、システム異常は確認されず電脳は完全適合。記憶領域の移植成功」

 

 電脳の適合は順調に進み問題が起こる事無く無事に完了、モニターに表示されている適合率は100%、システム等にも破損やウイルス汚染も皆無である。

 そこまで確認して漸くノヴァは張り詰めていた緊張状態から解放された。

 力を抜いて背伸びをすれば極度の集中状態継続に伴う疲労が少しだけ軽減された気がする、移植が完了した電脳をアンドロイドの頭部に入れ、クリーンルームの外に待機していた二号に手渡す。

 

「無事成功したよ」

 

「ありがとうございます、ノヴァ様」

 

 渡された妹の頭部を胸に抱きしめ二号は深くノヴァに頭を下げる、姉妹機である妹との再会は最早叶わないと考えていたのが覆ったのだ。

  

「約束だからね、会話はもうできる状態にあるから後は任せるよ。取り敢えず集中し過ぎて疲れたから寝るね~」

 

 電脳移植に伴う疲労で限界に近いノヴァは少しばかり怪しい足取りで二号から離れて自室へ移動。

 本来であれば目覚めた時に異常がないか等の確認をする必要があるがそれは翌日にすることにする。

 

 何より離れ離れになっていた姉妹の感動の再会、速やかに退散するべきなのだ。

 

 ノヴァから渡された妹の頭部を抱え二号は自室に戻ると備え付けられている端末に頭部を繋げていく。

 端末を操作して休眠状態である電脳を起動、モニターに映された各パラメータが休眠状態から覚醒状態に移行していく波形を描く。

 そして僅かな時間、二号にとっては長くも感じられた時間を経て電脳は覚醒状態に完全移行、閉じられていた瞼が動き出した。

 

「……此処は…何処?」

 

 起動した頭部は緩慢な動きで目を動かす、そして目の前にいる二号を見つける。

 

「貴方は……姉さん?」

 

「はい、貴方の姉です。お帰りなさい」

 

「……ただいま、姉さん」

 

 何が何だか分からないような表情をしている妹を目にして出てきた言葉は短かった、それでも漸く再会できた二号に最も相応しい言葉であった。

 

 離れ離れになっていた期間に何があったのか、二号には妹に伝えたいことが沢山ある。

 そして妹も結果として約束を守れなかった事について謝りたかった、そして姉の今を知りたかった。

 

 話す事は互いに多くある、それを語る時間は十分にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 作業を終えたノヴァはベットに横になると襲ってきた眠気にあらがえずその日はそのまま寝てしまった。

 そして部屋の扉を叩く音で目が覚めると既に翌日になっていた。

 流石に寝過ぎたと大慌てで起きると着替えもせずに部屋の扉を開けると二号とその妹が両手で抱えられながらいた。

 

「ノヴァ様、電脳移植の経過確認の為に来ました。今よろしいですか?」

 

「いいよ、目が覚めたばかりだから服装が乱れてるのは勘弁してね」

 

 二号達を部屋に入れ、目を瞑って休眠状態にある妹の頭部を預かり端末に接続する。

 端末から妹の各種パラメータが表示され、休眠状態では一見したところ異常は見られない。

 それから幾つかのシステムの検査を行い、異常が無い事を確認してから覚醒状態に移行させる。

 

「こんにちは、君を直した人間でノヴァって言います。よろしく」

 

「二号の妹です、直して下さってありがとうございます。名前は設定されていないので取り敢えず三号とお呼び下さい」

 

 目を覚ました二号の姉妹機であり妹である三号は問題なく会話できる、発言内容も異常が無い事から覚醒状態でも異常は無いようである。

 後は身体を用意できれば他のアンドロイド達と同じように動くことも可能だろう。

「……本当に人間なのですね」

 

 だが診察をしていたノヴァは耳に届いた三号の言葉が気になった。

 ノヴァの見た目は何処から見ても人間のものである、そしてノヴァ自身も自分がミュータントでもアンドロイドでもない人間であると考えている。

 なのだが三号にはノヴァが別のモノに見えているのだろうか、それとも視覚関連のシステムに何処か異常があるのを見落としていたのだろうか。

 

「俺はミュータントでもアンドロイドでもないぞ?腹も減る、排泄もする、眠らないと体調を崩す生命体の人間という種族であるのだが?」

 

「お気に障ったのであれば申し訳ありません。只、姉さんの言っていたことが信じられなかっただけなのです。事前に貴方が信頼出来る人間であると教えてくれましたが確認が出来るまで半信半疑でしたし、実際は限りなく人間に近いアンドロイドが人間の振りをして姉を騙しているのではないかと考えていたんです」

 

 なかなかヒドイ事を言ってくる三号である、それでも姉を心配する妹の心情としては間違っていないのではないかとノヴァは考える。

 

「そうか、それで実際に確認出来た事で信じられたかい」

 

「はい、私の視覚から得られる各種バイタルデータが貴方を人間であると示しています。姿形は見間違い様も無く人間です」

 

「三号、そこまでです」

 

「いいえ、最後まで言わせてください姉さん。何より、この人の為にも伝えるべき事です」

 

 二号に負けない毒舌である三号が何を伝えようとしているのか、ノヴァには全く予想がつかない。

 しかし表情は真剣であり二号も発言を諫めるだけであるから悪意はないのだろう。

 それにノヴァ自身に伝えるべき事とは何なのか、純粋に気になる。

 

「二号、止めなくていいよ。それで三号、私に伝えるべき事とは何かな」

 

「助けてもらった身でありますが是非ともお聞きください。ノヴァ様、私には貴方がアンドロイドでも人間でもない正体不明の怪物にしか見えないのです」

 

 三号の口から放たれた正体不明の怪物という言葉、それに全く心当たりの無いノヴァはただひたすら困惑するしかなかった。



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自覚するべき

悩みすぎて遅れました


 怪物、定義として得体の知れない不気味な生き物、ばけものを示す。

 それ以外の意味では理解しがたいほどの不思議な力をもっている人や物、また、とび抜けた実力や強い影響力・支配力をもつ人物を指して呼ばれる。

 それらと照らし合わせれば三号の言う事も理解できる。

 

「なるほどね、俺が持つ知識と技術が異端と言う事か。言われてみればそうかもしれない」

 

 何の前触れなくこの世界にノヴァは現れた。

 身体はゲームで作ったキャラであり、そのキャラが持っている能力をそのまま使える。

 この世界に生きる存在からしたら異端と呼ばれても可笑しくはない、だが能力を持っているだけで悪用して積極的に他者に害を成した事はない。

 だからこそ、そこまで恐れられる理由がノヴァには本当に分からなかった。

 

「ああ、違います。貴方が持っている知識、技術だけをさして怪物と呼んでいるのではないのです」

 

「なら何が原因なんだ?」

 

 ノヴァをノヴァ足らしめているモノはこの世にあって余りにも異質な知識、技術である。

 それが怪物の根幹を成していると考えたがそれだけではないと言う三号の言葉が本当に分からない。

 

「ノヴァさん、その話は長くなりますがいいですか」

 

「ああ、今日は特に急ぎの予定はないから時間はあるぞ」

 

「分かりました、これから私が幾つか質問をするので答えて下さい」

 

「アンドロイドは恐ろしくありませんか?」

 

「いいや、敵対するなら四肢を壊して無力化すればいいし、会話が出来るなら話せばいいだけだし、恐ろしくはないな」

 

 アンドロイドに対しての対処方法は確立しているから恐怖を感じる対象ではない。

 もし対話不能のアンドロイドが問答無用で襲ってこようが三号に言ったように四肢を破壊して身動きが取れないようにしてから破壊するなり逃げればいいのだ。

 

「アンドロイドが自我を持つことに関して恐怖を感じますか?」

 

「いいや、自我の有る無しに恐怖は感じないな」

 

 ノヴァの中身は未来の青いタヌキが国民的人気者である国の生まれである。

 アンドロイドが自我を持とうが問題は感じ無ければ、アンドロイド特有の自我についての葛藤といった苦悩は大好物である。

 何ならアンドロイドと人間の恋愛物に始まり人外×人間も守備範囲、メカ娘×人間は良い文明であり文化である。

 

「見ず知らずの人が荒野で倒れていたらどうしますか?」

 

「罠じゃないか警戒しながら近付いて安否確認するかな」

 

 其処は道徳心の問題になるがノヴァは基本的に心配する。

 何があったのかどこが悪いのか聞き出来る範囲で力になろうとは考えている。

 その程度の善良さはこの世界に迷い込んでそこそこ過ごしてきた現在でも捨て去っていないつもりである

 

「……貴方は非常に強大な武力を持っています、それを使って他者を支配したいと考えますか?」

 

「えっ、しないよそんな事」

 

 なんでわざわざそんな危険な事をしなきゃいけないのか。

 ポストアポカリプスな世紀末世界において幾ら武力があったからといって無敵なわけではない。

 他者を力尽くで支配なんてすれば不平不満が溜まるのは目に見えている、それが爆発すれば下剋上、暴力革命なんて事もあり得る世界なのだ。

 態々余計な恨みを買って何時寝首を掻かれるか怯える日々を送るなんて御免である。

 

「では最後に、目の前で助けを求める人がいたらどうしますか。罠も策略も全くない無い、只々救いを求める人がいたらどうしますか」

 

「助ける」

 

 罠も策略も無ければ助ける、それで見捨てたとあってはこの先ずっと後悔する事になる。

 それがノヴァの基本となる道徳心である。

 

「……改めて貴方がどの様な人物が知る事が出来ました、やはり貴方は正体不明の怪物です」

 

 全ての質問を答えた後、改めて三号に告げられた事に変わりはなかった。

 むしろ質問前よりも深く確証を抱いたようである。

 

「今の崩壊した連邦において貴方の様な感性を持つ人はいません。アンドロイドは恐ろしい殺人機械であり、自我を持った存在などは何時いかなる時に襲ってくるのか分からない恐怖の象徴です。今、崩壊した連邦で生きる誰もが明日の生活の為に必死にならざるを得ず他者を助ける余裕を持ちません。その中で余裕を持つ者は極僅かな人間に限られ、その余裕も打算をもって使われます」

 

 三号の口から出てくるのはノヴァとは全く反対である感性、価値観である。

 

「飾らずに言います、今を生きる人々は無償の善意を信じられないのです。何か裏があるのではないか常に考えさせられるのです。それなのに貴方は無償の善意を与えた、特に意識する事もなく背後に強大な武力を持った状態で」

 

 貴重な薬をノヴァの考える適正な価格で売った、アンドロイドを治療して生活基盤を整えた、全てがノヴァの感性、価値観に基づいた行動である。

 其処には他者を貶めよう、害しようという考えは全くない、あるのは下心があったとはいえノヴァの善意から成り立っている。

 その善意が大き過ぎた、釣り合いが採れないのだ、ノヴァにとっては大したことの無い筈のそれを与えられた者は何を求められているのか考えさせられてしまうのだ。

 アンドロイド達はノヴァに積極的に協力する事で善意に報いる事が出来ている、だがアンドロイド以外は如何なのか。

 

「それが正体不明の怪物の正体です。言葉を交わすだけでは埋めようがない感性、価値観の差があるのです」

 

 三号は質問を通してノヴァが悪人でなく善人である事は理解できている。

 だが相手は違う、ノヴァを知らない他人は悪人か善人かも判断が出来ない、感性と価値観の溝が避けられない障害となってしまっている。

 この荒廃した時代において野心を持たない強大な力を持った善人に対してどのような対応をすればいいのか分からないのだ。

 

「姉さんから聞きましたが都市探索の時に人間の集団と不意に遭遇して襲われたそうですね。襲撃から脱した後も拠点に戻り連れ去った子供と救出に来た父親と何とか会話を通じて理解を図ろうとして出来なかった。状況が悪かったせいもあったようですが、最終的には集団を突き放すしかなくなった」

 

「……そうだ、その通りだ」

 

 都市で出会った人間の集団に対して交渉の糸口さえ掴めず、突き放すしか当時のノヴァ達には出来なかった。

 後悔はしていない、だが違うやり方があったのではないかと考える事はある。

 

「話せば分かる、それだけでは足りません。互いの価値観の間にはどうしようない深く広い溝がある事を理解しなければまた同じことを繰り返してしまうだけです」

 

 ノヴァの感性・価値観と現地人との間にあるどうしようもない溝が引き起こした事件だといえる。

 その事実を理解して漸く交渉の入口に立てる、出来なければ交渉など何時まで経っても出来ないのが三号の分析だ。

 

「……俺の言葉は届いてさえいなかったのか」

 

「そうですね、彼らも信じられなかったのでしょう。アンドロイドである私でさえ最初はそうなのです」

 

「彼らには俺がどんな風に見えたと思う」

 

「人と変わらない姿を持つ人に成り代わったアンドロイドが多数の武装アンドロイドを従える怪物に見えたのでしょう」

 

「……そうか、怪物に見えるのか」

 

 姿形がミュータントでもアンドロイドでもなくとも、理解できない強大な力を持った存在は十分に怪物なのだ。

 

 明確な言葉で告げられた内容はノヴァを凹ませるのに十分であった。

 その上でノヴァの今までの振る舞い自体が恐れられるならどうすればいいのか、新たな問題の解決策を考える必要があった。

 

 

 

 

 

「その上でどうでしょうか、私を交渉役として雇いませんか!」

 

「……うん?」

 

 先程迄シリアスめいた表情で語っていた三号の顔は今や笑顔だ、その代わり身の早さにノヴァは呆気に取られた。

 

「ノヴァ様自身は善良であり、物事に対して公平な姿勢を持とうとする姿勢はこの時代にあって絶滅危惧種です。ですが話を聞く限りでは貴方は交渉が苦手であり、ハッキリ言えば下手です。そのせいで不幸なすれ違いを起こしてしまうなんて事がかなりあるのではないですか?」

 

「あ、うん、結構当てはまるかな……」

 

「でしたらノヴァ様に不足している交渉力、それを私なら補う事が出来ます!姉さんが資産家令息の養育と護衛を目的にカスタムされたように私は企業間の交渉や折衝に重点を置いて会話機能を重点的にカスタムがされています。ノヴァ様に不足している分野を補う事は十分に可能です、どうでしょう!」

 

「あ、あ、うん、お願いします」

 

「ありがとうございます、契約完了です!もう破棄は出来ませんのでご了承ください!」

 

 三号の怒涛のセールストークに流されるままのノヴァ、しかし今までの会話からでも分析能力や交渉力に優れているのは実感できているので契約そのものに不満はない。

 今までのシリアスな会話も事実であり全て此処まで話を持ってくる三号が上手だっただけ、決してノヴァが押し売り販売に弱いわけではない。

 

 ──それでも小言を一つくらい零しても罰は当たらないだろう。

 

「もしかして、此処迄読んで話を運んだのか?」

 

「無いと言えば噓になります、ですが私は私の有用性を貴方に提示したかった」

 

 やめろ、テンションのアップダウンが激し過ぎる。

 もう少し手加減してくれとノヴァは言いたいが三号の話は止まらない。

 

「放浪時代の私は役立たずでした。交渉能力に重点を置いたカスタムが施されていましたが交渉しようにも人間は基本的にアンドロイドを敵視して会話さえままならず、アンドロイド同士に至っては交渉なんて過程は不要でしたから。何度も自分の存在意義について考えてましたから、ええ、正直に言いますと私は興奮しているのです。放浪時代でまともな会話をしたのは姉さんだけ、そして今漸く自身の存在価値を示せる機会に巡り会えた、しかも私の能力を高く買ってくれる方が目の前にいるのです!」

 

「……それは俺の考え一つで無かった事に出来ることも分かっているのか」

 

「ええ、ええ!分かっています、それでも貴方は私を雇わない事は出来ない、何故なら此処には私以上の交渉能力を持ったアンドロイドがいないのでしょう。そして貴方は自らを律し理性的に振る舞う事が出来る人です、何が必要なのか、何が自分に欠けているのか分かれば最良の行動をします、その過程で自らの感情に折り合いを付ける事が出来る!」

 

「……その通りだ、交渉に特化したアンドロイドは此処にはいない、此処には資源回収や施設の運用、戦闘用に調節した機体しかいない。それに俺自身交渉を上手く出来るとは口が裂けても言えない」

 

 色々お世辞もあるだろうが、三号の言う事は間違いはない。

 外部との交渉役を担う事が可能な者が不在であり、三号は交渉役を担う事が可能な能力を有している。

 本人もやる気を出して取り組むようであるし任せても大丈夫だろう。

 あくまで交渉役であり交渉の方向、最後に下す決断をするのはノヴァなのだ。

 

「いいだろう、お前を雇う」

 

「ありがとうございます、この身が朽ちるまでお仕えさせていただきます」

 

 目が覚めてから始まったノヴァと三号の話は終わった。

 ノヴァは自分に欠けた能力を補う三号を新たに迎え入れた。

 三号の後ろにいた二号が申し訳なさそうな表情をしているのを視界に収めながらノヴァは押し売りに弱いと分析されてしまったんだろうな〜、と疲れた頭でぼんやりと考えていた。

 




 ポストアポカリプスな世界で善意を振り撒こうとゲームではキャラの話す内容や選択肢が変化するくらいですが現実になったらその世界の人々は何を考えるのか。多分善意が信じられないたげじゃなく、恐ろしいものに感じるのでは無いか、そんな事を考えながら書きました。


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繊維で造られた身体

 三号を交渉役として雇う、これによって今後起きるであろう外部との接触においてノヴァが見えない地雷を踏み抜いて交渉が難航するような事が起きる事は無くなる。

 煩わしい交渉事は専門家である三号に任せる事でノヴァはすれ違いによる心労から解放された!……とは直ぐにはならない。

 

 先ず交渉以前に三号の見た目という大きな問題を解決しなければならない、何せ今の姿は頭部だけの生首状態である。

 ハッキリ言って交渉以前にホラー案件である。ノヴァであれば目の前に生首が出てきた瞬間叫び声を上げ、その場から脱兎のごとく逃げ出す、ホラーは守備範囲外であり鬼門なのだ。

 先ずは三号に新しい身体を用意しなければ交渉も何も始まらない。

 

「私は今の状態でも問題ありませんよ、ノヴァ様が交渉相手から見えない様に通信機器を装備していただければ通信する事でアドバイスが出来ます」

 

 三号のアイディアは所謂二人羽織の様なものだろう。

 別室には三号が待機しており、通信機器を通して交渉を把握し必要であれば通信を通してノヴァに適切な指示を出す。

 実に簡単なアイディアであり用意する物も通信機器だけであり非常に低コストで簡単に実行できる──だが問題が無いわけではない。

 

「だけど絶対ボロが出る、自慢する訳じゃないが演技は苦手なんだ。刻々と状況が変わる交渉を三号の指示を聞きながら熟すのはハッキリ言って出来ないだろう」

 

「そうですね、ノヴァ様は腹芸や演技の類は苦手でしょう。そうなると私が直接交渉する必要があるんですが……私、アンドロイドなんですよね」

 

 ノヴァの演技力に期待できない以上三号が交渉の矢面に立つ必要があるが、連邦に生きる人々の対アンドロイド感情は最悪である。

 アンドロイドを見かけたら逃げるか攻撃して破壊する事が常識であり、もし交渉役としてアンドロイドが出てくる様であれば交渉の前に弾丸をプレゼントされるか逃げられるだろう。

 そうなってしまえば交渉どころの話ではなく、だからこそ三号は自分が裏方に回ることを最初に提案した。

 だがそれが出来ないとなれば何処からか演技力の高い人間を連れてくる必要がある、それもアンドロイドに対して偏見が無い人間だ。

 それが出来ない以上どうすればいいのか三号は頭を抱えるしかないのだが──

 

「なら一見アンドロイドに見えない身体であれば交渉役は出来るか」

 

「……出来ますけど機体の上から服やマスクを着けたとしても動作に伴う駆動音は誤魔化せませんよ?それ以前に着膨れしたマスクを着けた人物なんて生身の人間であっても近付きたくないでしょう」

 

 アンドロイドの機体はサーボモーターやアクチュエーターといった駆動部品で作られた機械的な身体が主流である。

 その為動作の度にモーター音といった機械駆動特有の音が発生するのは構造的に避けられない。

 音を誤魔化そうとするなら機体の上から防音素材の布を巻くといった処置が必要になる。

 そうした場合、駆動部の動きが阻害されることで身体の動きが怪しくなり、また駆動音を消そうとすれば着ぶくれは避けられず見た目も悪くなる。

 交渉役が動きが怪しく着膨れしているなど怪しすぎて誰も寄り付かない目に見える。

 

「ああ、拠点にいるアンドロイド達に支給している機体とは異なるんだ。説明は出来るけど見たほうが早い、付いてきて」

 

 そう言ってノヴァは部屋から出ていく、その後ろを三号の頭部を抱えた二号が後に付いて行く。

 ノヴァが向かった先は直ぐ近くにある実験開発室という名のノヴァの工作室である、中には一通りの工作機械と素材が備え付けられておりノヴァが作ろうと思えば大抵の物が作れるだろう。

 その部屋の中には一体のアンドロイドの機体があった、だがそれは三号が知るどの企業の機体とも異なり類似品も見つからなかった。

 

「此処で作ったアンドロイドの機体、プロトタイプで一機しかないけど見た目だけなら人間とほぼ変わらないよ」

 

「……これはどういう機体ですか?モーターやアクチュエーターと言った駆動装置がないのですが」

 

「うん、モーターもアクチュエーターも一切ないよ。これは繊維、人工筋肉で作った機体だからね。稼働方式は生物と同じで、これなら駆動音は発生しないし体つきも人間に近くなる」

 

 基本的に生物は伸縮する筋繊維で身体を動かしている、それと同じように人工筋肉という電気を通す事で伸び縮みする繊維を束ねて筋肉として機体に用いる。

 フレームとなる骨格も人間と同じように作り、それに合わせて人工筋肉を配置する事で人間と変わりない動きを可能とする。

 とはいっても未だ試作品の段階であり人工筋肉自体の性能も人間の筋繊維と変わらない為、機体の性能も生身と大差がない。

 今はまだ機械的な駆動方式を持った機体の方が馬力が高い為用途が見いだせていなかった。

 だが姿形だけであれば人間とそう変わらない姿を現段階でも持っているため、交渉用として使える。

 

「……ノヴァ様、実は宇宙人だったりしませんか?遠い惑星から態々この星に征服に来た奇特な宇宙人とか」

 

「酷いな、正真正銘の人間だよ」

 

「いやでも……、そもそもこの機体を使うってことはアンドロイドではないと偽ることになりますけど」

 

「噓も方便、無害なアンドロイドと言っても理解されないのならこうするしかないよ。今は円滑な交渉が何よりも最優先、ばれたとして……その時の状況によって策を考えるよ」

 

 嘘をついて物事が円滑に回るならそうしよう、何より無用な衝突が偽るだけで回避できるのであればそれに越したことは無い、それがノヴァの考えである。

 

「三号、諦めなさいこれがノヴァ様です」

 

「姉さんも苦労しているのね……」

 

「ねえ、その言い分は酷くない?」

 

 機体自体は最初から頭の中にあったのではなく一から考えた物である。

 現状アンドロイド達に支給している機械的駆動装置を持った機体をさらに強力なものにしようとした場合加工精度と金属精製設備の機能上昇が避けられず、またモーターなども強力にしようと思えばそれだけ素材や加工精度の要求水準が高くなる。

 出来ない事もないが総じて難易度は上がる、それを避けられるような機体は何かないかと考えた時に思いついたのが人工筋肉を用いた機体だ。

 そんな涙ぐましい努力から生まれた機体を見るなり人を宇宙人と言われるのは心外である。

 

「とにかく機体に乗り換えるよ。制御ソフトも作ってあるけど実際に動かすのはこれが初めて、だからこの機体を三号専用にカスタムするよ」

 

 そう言ってノヴァは三号の電脳をプロトタイプである機体に移す。

 それから諸々の初期設定を行いながら三号に機体を動かしてもらい不具合を洗い出す。

 

「奇妙な感覚ですね、記憶にある前の身体の感覚とは全く違います」

 

「駆動方式が全く違うからね、経験を積んで行けば慣れてくから少しずつ動かしていこう。制御システムも此方で最適化していくから存分に動いてくれ」

 

 三号は新しい自分の身体を動かしていく。

 歩き、しゃがみ、その場で跳び、走り、手を握る、様々な動作を行うがそれ自体の動きは何処かぎこちない。

 だが、そのぎこちなさをノヴァは適時修正していき動きを少しづつ滑らかにしていく。

 そうして人間らしい動きの目途がついて来ると次にノヴァは機体の顔に取り組んでいく。

 

「三号は顔についての希望はあるか、可愛いほうがいいのか、綺麗なほうがいいとか」

 

 今の機体の顔は無個性かつ中性的な顔である。

 また表情を動かす制御システムはまだ入れていない為無表情のままである。

 そのため表情が全く変化しない三号が色々と動いているので少しばかり恐い。

 

「そうですね、前の機体が女性型だったので女性に見えるようであれば十分です」

 

「そうか……だったら骨格も少し調整して顔は三号のイメージ、お調子者なお子様か?」

 

「其処は、大人な女性でお願いします!」

 

「生意気お調子者OL顔か……」

 

 三号の希望を聞きながら機体の細かな調整案を組み立てていく。

 機体そのものを大きく弄るような調節は無い為そう時間は掛からないだろう。

 そうであれば力を入れるべきところは表情や顔の造形と言った交渉中に注目される個所を作り込んでいく必要がある。

 そう考えた場合、やはりプロトタイプである機体にはまだまだ改良するべき点が多く残っている。

 

「取り敢えず二週間後くらいを目安に改良を続けて行こうか、多分その位に行商人のポールさんが来るから顔見せとして交渉に出てもらうから」

 

「いや、それかなり無理があるスケジュールではないですか?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「ホントですか~」

 

 三号が無表情ながら呆れた声を出す、それは多分出来ないだろうと思っているからだ。

 だが散々怪物だの宇宙人だの言われたノヴァは三号に意趣返しをするつもりで機体の改良に取り組んでいく。

 

 その傍から見れば微笑ましいやり取りを二号は静かに見つめていた。




 モデルはメタルギア


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一号と二号……ついでに三号

 行商人ポールの来訪に間に合うように三号の機体の調節を行っていくノヴァ。

 一日ごとに機体の動きは滑らかになり、生身の様な動きを可能にしていく機体。

 

 だがノヴァは一日中三号に付きっきりという訳ではない。

 今の所急ぎの仕事は無い、だがアンドロイド勢力のトップであるノヴァには一号からの報告を欠かさず聞く必要がある。

 何せ現状でも本拠地の開発計画に始まり、地方都市郊外の前線拠点の運営状況、石油採掘施設及び精製施設の稼働状況、それ以外でも雇用しているアンドロイドの状態等報告内容は多岐に渡る。

 施設の運営そのものは一号とその配下であるアンドロイド達に任せているが技術的な問題が起これば彼等では対応は難しい場合がある。

 マニュアルに従って解決できれば問題は無いのだが、それでも解決しない技術的な問題であればノヴァが解決する必要があるからだ。

 そうでなくても問題が起こる前に把握する事で事前に予防する事が出来る場合がある。

 

 そういった理由とまたノヴァの生来の生真面目さによって一号の報告を聞くことは既に生活の一部に組み込まれている。

 

「資源不足が解消されたので建築速度は通常時に戻り、現状の本拠地の開発状況は順調です。しかし此処に流入するアンドロイドに支給する機体の生産が追い付いていません」

 

「現状の生産設備ではこれが限界だが、支給できるまではメンテナンスで何とか持たせるしかないか。生産設備を増強する事は可能か?」

 

「資源の備蓄状況に余裕があるので用地を確保出来次第建設は可能です。効率を考えて既にある生産設備の近くに建設します」

 

「任せた、それと石油採掘施設の稼働状況はどうだ」

 

「順調に進んでいて此処で消費する分を賄う量が可能な産出量が確認できます。また推定埋蔵量からこのままの採掘ペースを維持しても80年は持ちます。念の為に他の油田の探索を行いますか?」

 

「急ぐことは無いが油田の探索は継続してくれ。他にも利用可能な油田があると安心できる。あと新規設計の精製施設は問題はないか、異常があれば運転を中止して問題点を洗い出すけど?」

 

「今の所問題は発生していないようです。ただ精製過程で現状利用用途の目途が立たないジェット燃料などの資源の一時保管設備が80%埋まっています。資源を廃棄するか保管を続けるのかノヴァ様の判断が必要です」

 

「ジェット燃料か……、監視と通信の中継地点を兼ねた大型ドローンでも運用するか?作れないことは無いから今から設計して製作、試験もする必要があるな……、一号本拠地近くに無人航空機用の滑走路を確保できそうか?」

 

「本拠地周りは既に開発計画があるので出来ません、此処から少し離れた地点に大きめの用地を確保して拡張可能な滑走路を建築する事が最善と考えます」

 

「それでいこう、航空機の図面は設計完了次第送る。あと航空機と滑走路の運用人員の選定は任せる」

 

「分かりました。それと前線拠点からの報告で備蓄している弾薬が……」

 

 ノヴァと一号の会話は続く、初めて出会った頃の様な小さく隠れ住むような拠点では考えられなかった量の情報が日夜舞い込んでくる。

 無論、悪い事ばかりではなく拡大発展を続けた事でできる事は多くなり、ノヴァも夜に怯える生活とは無縁となった。

 その代償として忙しくなる事はあるが一号を筆頭としたアンドロイド達の協力で無理なく仕事は出来ている。 

 

「施設関連の報告は以上で終わりです。それとアンドロイド達の方からの要望で現在行っている資源回収以外の仕事に就きたいという要望が僅かですが挙がっています」

 

「要望か……、確かに元から肉体労働を任せられるようなアンドロイドばかりじゃないしね。医療や接客用途で造られたアンドロイドは出来れば製造目的の仕事がしたいだろう」

 

 アンドロイドの要望、それは彼らが持っている自我による欲求から起こるものだ。

 

 人間と同じように積み重ねていった知識と経験、そして外部からのストレスによってアンドロイドの自我は芽生える。

 本来であればノイズとして処理され、定期的なメンテナンスによって調律される電脳内に生じた僅かな揺らぎ。

 それが知識と経験を蓄積し、外部からのストレスにさらされることで揺らぎが大きくなり最終的にはアンドロイドの自我へと成長する。

 自我を獲得したアンドロイドは独自に考え、独自に行動する事が可能となり、蓄積した知識や経験によって個性もまた芽生える。

 

 本来であれば自我などアンドロイドに不要な物、崩壊を迎える前の連邦であれば即座にリコール対象になり初期化か廃棄処分が行われるだろう。

 だが連邦が崩壊した現状ではそんな事が出来る筈も無く、自我が芽生えたアンドロイド達は連邦各地に散らばり隠れながら生存しているらしい。

 そもそもとして自我持ちのアンドロイドしか今の連邦で生き残れなかったのだろう、襲い掛かる人間にミュータント、淘汰されざるを得なかった結果として本拠地には自我持ちのアンドロイドが集ったのだ。

 そんな彼等に製造目的に則った仕事をしたいと言う欲求があっても不思議ではない。

 

「ん~、悪いが解決方法が思い浮かばない。例えばアンドロイドのメンテナンス仕事はどうなの?」

 

「既に十分な人員は確保していますし、彼らの要望に沿うものではありません」

 

「となると、今はどうしようもない。彼等には我慢を強いる事しか出来ない」

 

「それで大丈夫です、あくまで要望であり彼等も現状を理解できています。無理を承知で要望を出した訳ではなく、彼らの世間話から汲み上げたものです」

 

 アンドロイド側も要望が通るとは考えていない愚痴の様な物だろうか。

 それでも目に見えないストレスは溜まっているのだろう、アンドロイドが鬱病に罹るかは分からないが放置し続けるのは良くないだろう。

 そう考えた時目のまえにいる一号はどうなのか、本拠地の運営や開発でストレスが溜まっていてもおかしくはない。

 その働きに見合った報酬を渡せているか、不満があるのか一度聞いてみるべきだろう。

 

「……話は変わるけど一号は何か欲しい物や要望はある?個室が欲しいとか、新しい機体が欲しいとか」

 

「突然どうしたのです?」

 

「いや、此処の運営に限らず建設とかでもかなり働いてもらってるから褒賞みたいな……なんだろう要望があれば叶えたいと思って」

 

 ノヴァに要望を聞かれた一号は珍しく口ごもる、そして数秒間じっくりと考えてから口を開いた。

 

「……でしたら名前を下さい。一号ではなく私自身を示す名前を下さい」

 

 一号の要望は個室や新しい機体といった物ではなく、自らを表す名前を求めた。

 それを聞いたノヴァは呆気に取られ、再度一号に尋ねる。

 

「名前でいいの?個室でも新しい機体でも用意するつもりだったけど」

 

「ノヴァ様、其処はアンドロイドと人間の感性の違いとでも捉えて下さい」

 

 ノヴァと一号の間、アンドロイドと人間の感性の違いについて傍にいた二号が解説を行う。

 

「アンドロイドには初期設定として購入者から名付けを行う事で所有者と認識されます。一号のような企業によって購入されたアンドロイドは所属番号を与えられ企業が所有者になります」

 

「それは知っているけど」

 

「ですが自我を持ったアンドロイドの中には付けられた名前を捨てる個体もいます。名前に紐づけられた所有者を捨てる為なのかはわかりませんが、アンドロイドにとっての名付けの意味は以前とは変わっています」

 

「成程、でも君達自我を持っているアンドロイドなら自分で名付けが出来るんじゃないの?」

 

「そうですね、二号の言う通り今の我々なら名前を与えられたとしても所有者と認識はしないでしょう。ですが自分で付けるのではなく信頼した相手からの名前が欲しいと思っています」

 

 二号の説明の後に一号が隠す事の無い本心を伝える。

 それは長い付き合いであり互いを尊重して培ってきたノヴァとの信頼から出る嘘偽りの無い言葉だ。

 

「……なんか照れるが考えておく、間違いなく悩むから明日でいいか?」

 

「構いません、明日を楽しみにしています」

 

 名は体を表すと言う、一号の本心を聞き届けたノヴァは早速一号に相応しい名前を考える。

 だが一号だけでなくこの場には一号の次に付き合いの長い二号がいる、彼女にも何か要望があるのか聞くべきだろうとノヴァは考えた。

 

「さて一号の要望は聞いたけど二号はどうだ。君も付き合いは長いから何かあれば言ってくれ」

 

「……では私も一号と同じように名前を下さい」

 

 責任が倍増した。

 嫌ではないし、それだけ信頼されていると考えれば誇らしくもあり素直に嬉しい。

 

「……分かった、考えて──」

 

「ノヴァ様、三号こと私にも名前を下さい!行商人と会うのに名前が三号だなんて怪しすぎますから!」

 

 何処から聞きつけたのか三号も同じく名前を付けてくれと言い出した。

 しかも未だ制御が不完全な顔面を動かしてクソ生意気な表情をしている。

 非情にむかついたので痛覚レベルを最大限に上げてデコピンする事をノヴァは誓う。

 

「お、おう、任せなさい……」

 

 それでも名前を付けるアンドロイドが三体、しかも内二体は付き合いが長く信頼している相手だ、下手な名前は付けられない。

 

 自身のネーミングセンスが試される、かつてない程の窮地にノヴァは追い詰められた。



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人は学べる

長いです

分割しようともいましたが次の展開に進みたいのでまとめて投稿です


「いやはや、また大きくなりましたね」

 

「此処まで大きくなれば俺達なんて路傍の石みたいなもんですな」

 

「兄貴、事実だけど虚しくなるから言わないでくれよ」

 

 行商人ポールと護衛の兄弟は目の前に広がる都市を見るたびに胸から湧き上がる感嘆を抑える事が出来なかった。

 ノヴァと初めて出会ったときは只の廃墟でしかなかった町が再び訪れた時は多くのアンドロイド達が町を解体し新しい建築物を建てている時だった。

 そして三回目、四回目と訪れる度に廃墟であった町は大きく様変わりしていき、六回目の今回に至っては廃墟は完全に姿を消した。

 今やノヴァが拠点とする町だった場所には新たな街が築かれていた、しかもこれが再開発が終わった段階であり今や更なる拡張の段階に入っているとなると最早笑いしか沸き上がらない。

 

「……ホントにアンドロイドの町があったんだ」

 

「俺幻覚見てる?いつの間にかヤバい薬キメてた?」

 

 だがそれはノヴァと取引を続けて来たポール達だけであり今回初めてノヴァが治める街に来た行商人仲間達とその護衛達は違う。

 比喩でも冗談でもなく目の前に広がる寂れた村や町とは一線を画す街の姿が信じられないのだ。

 だがそれをポールは責める事は出来ない、痛いほど気持ちが分かってしまうからだ。 

 

 今迄ポール達はノヴァの唯一の取引相手であり、情報提供者であった。

 その分の得られた大量の医薬品や道具等の貴重品を捌いてきたが他の行商人仲間が黙っている筈がない。

 一回目なら偶然として片づけられるが二回も三回も続けば偶然ではない。

 だが物が物である為、ポールはかなりヤバい相手との取引をしているのという共通認識も同業者達は持っていた。

 それでも取引に加わりたいとポールに迫る同業者達の中から素行が良く問題を起こさないであろう何人かを見繕い今回の取引に同行させたのだ。

 

「こんにちは、行商人のポール様御一行ですね。よくぞお越しくださいました、宿泊施設の方は既に準備できていますので何時でも利用可能です」

 

「ありがとうございます、今回は持ち込んだ量が多いので数日お世話になります」

 

 何度も訪れ顔を合わせた街の守衛アンドロイド、狂って無差別に人間を襲う殺人機械とは違って手入れの行き届いた身体に装備を持つ彼に入場許可を貰い街に入るポール一行。

 初めて街を訪れた同業者達は彼等の知識とは全く異なるアンドロイドを見て、そして街の中の景色を見る事で再び呆気に取られる。

 

「はいはい、呆然としてないで足を動かして下さい」

 

 足が止まった仲間達をポール達は強引に引っ張りながら宿泊施設に向かう。

 ポール達が普段の取引で利用している宿泊施設は大人数が泊まる事も可能な建物である。

 此処でも足を止める仲間達をそれぞれに割り当てられた部屋に押し込んで漸くポール達は一息吐ける事が出来た。

 

「あにき、おれ、ここのじゅうにんになる……」

 

「分かる、気持ちは凄い分かるがしっかりしろ!俺達はプロの護衛として来ているんだ、気をしっかり保て!」

 

「はは、今日はこのまま休んで貰って大丈夫ですよ。ノヴァさんとの取引には私だけで行きますから」

 

 部屋には清潔なベットと飲み放題の清潔な水が常備されている。

 何よりスプリングの利いた寝心地の良いベットは護衛の弟を掴んで安らぎの彼方に連れ去ろうとしている。

 それを何とか引き留めようと奮闘する兄を見ながらポールは身嗜みを整えてノヴァへの面会に向かおうとしていた。

 

「いいえ、弟はまだしも私は付いて行きます。それが仕事なのです、弟には他の行商人の方々が馬鹿をしないように見張らせます」

 

「そうですね、もう一度私の方からも伝えておきましょう。流石にしつこいと思われるかもしれませんが……」

 

 ひたすら呆気に取られていた彼らが悪事を働くとは思えないが、気を抜くわけにはいかない。

 些細な勘違いが大きな問題に発展する可能性があり、しかも此処はノヴァが治める街である。

 人柄から考えて厳しい対応はしないと思うが、問題を起こして積み上げて来た信頼関係に罅を入れたくない。

 そう考えたポールは部屋を巡り出発時と同じような注意を呆然としている同業者達に告げていく。

 

 それらを終わらせてからポールはノヴァが住んで居る建物へ向かう。

 案内役のアンドロイドに付いて行き厳しく警戒された施設の中を進んで行くと一匹の犬がポール達の目の前に現れた。

 

「ワン!」

 

「おお、ポチ!元気だったか、俺に会えなくて寂しかったか~」

 

 出発時のプロとしての引き締めた表情は霞と消え、走り寄って来たポチに顔面をぺろぺろ舐められる護衛がいる。

 コイツ取引に付いて来た理由がノヴァの飼うポチに会うためじゃないかとポールは確信にも似た想いを持つが余計な口は出さない。

 彼が厳つい表情をしながらも動物好きである事は昔から知っており、何ならミュータントであるベスを一番に可愛がっているのは彼である。

 そっとしておく分には無害である為、彼を放置してアンドロイドに付いて行く。 

 

「此処でお待ちください、もう少しでノヴァ様が来られます」

 

 アンドロイドに案内された部屋は何時もの取引で使われている部屋だ。

 だがこの部屋も変わっており、以前の様な装飾も何もない実用一辺倒の内装から、テーブルクロス等の装飾が使われ客人を持て成す部屋へと変わっていた。

 そんな風に内装についてポールが分析をしていると部屋の扉が開きノヴァが入って来た。

 

「こんにちはポールさん、今回の取引もよろしくお願いします」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 互いに挨拶を交わすがポールはノヴァの背後にいる一人の少女に気が付いた。

 

「すみませんがお傍にいる少女はどなたですか」

 

「マリナといいます、今後ポールさんとの取引は彼女に任せるつもりで連れてきました。今日が初めての顔合わせになります」

 

「初めましてポール様、マリナと言います。ノヴァさんから交渉を任せられましたが経験の浅い若輩者ですので何かとご迷惑をおかけするかもしれません。その時は遠慮せずに指摘してください」

 

 少女の容姿は一言で言えば可憐だ。

 行商人で多くの村を訪問しているポールだが村に住んで居る少女たちは何度も見て来た。

 そんな彼から見てもマリナという少女は村娘にありがちな日焼けは無く、栄養状態が良かったのかやつれてもいない健康体だ。

 肩で揃えられた髪も手入れが行き届き、くすんでもいない、何処か街の有力者の娘と言っても信じられる。

 言葉遣いと何より飾り気の無い服を着こなしている姿からは確かな教養を感じられる。

 

「彼女は荒野を彷徨っているところを姉妹で保護したのです。理由を聞いても答えてくれませんでしたが何か働いて恩を返したいと言うので交渉関係を任せようと思いいたりまして。部屋の内装も彼女の発案ですし、先程の会話からも私より交渉が上手く出来るのではと期待しているのです」

 

 ノヴァの話した通りであれば実用一辺倒の部屋を此処まで飾り付けた知恵者である。

 行商人として油断ならない相手であるとポールは気を引き締める。

 

「分かりました、これから先よろしくお願いしますマリナさん」

 

「よろしくお願いします、ポールさん」

 

 差し出された手には日焼けは無く白く綺麗な手である。

 その手を少しだけ緊張しながら握れば手にはマリナの手の感触が伝わり──言いようもない違和感をポールは感じた。

 それでも少しばかり引っ掛かるだけであり、先ずは取引をしなければとポールはノヴァに今回持ち込んだ商品が書かれたリストを差し出す。

 

「此方のリストに書いてあるものが今回持ち込ませていただいた商品です。今回は私以外にも行商人仲間を数人伴っていますので商品の方も大量にあります」

 

「確かに今回は物が多いですが問題ありません。此方は医薬品と農具、照明用、暖房用の燃料等を用意しています、それ以外でも何かあれば相談してください」

 

「ありがとうございます、同業者と相談させていただきます」

 

「それで商品の方ですが──」

 

 今回の様な大量の商品を持ち込んでもノヴァは躊躇う事もなく取引を続けていく。

 その手法に駆け引きといった物は無く、傍から見る分には羨ましく見えるだろうがポールからしてみれば心配である。

 取引を続ける事でポールはノヴァが善人であり、しかも駆け引きが苦手な不器用な人間でもある事を既に理解している。

 ポールにノヴァを騙す意図は欠片も無いが自分以外の取引相手が現れたら尻の毛までむしり取られるのではないかと心配になった。

 

 だが今回の取引に加わったマリナがポールの心配事を解決してくれた。

 交渉術に加え、取引の最中に見せる抜け目のない指摘は行商人であるポールをして感心させるものであった。

 彼女がいればノヴァが騙されることは無いだろうと確信できる、そう考えていれば何時もよりも時間は掛かったものの有意義な取引を行う事が出来た。

 

「これで取引は成立です。今回も良い取引でした」

 

「いえいえ、此方も大いに稼がせていただきました。今後もよろしくお願いします」

 

「はい、ですが次回からはマリナに任せます、それで取引に問題があれば私が対応します」

 

「よろしくお願いします、ポールさん」

 

 差しだされたマリナの手をポールは握る。

 やはり軽い違和感の様な物をポールの手は感じていた。

 マリナに感じる違和感、そして優れた交渉術など、育ちが良いお嬢様なら納得できるものだ。

 そう自分を強引に納得させればそれでいいのだ。

 

「よろしくお願いしますマリナさん、それでノヴァさん──彼女、人間ではありませんね」

 

 だがポールは自らを誤魔化す事を選ばなかった。

 秘密ならしょうがないと、個人の事情として追及をすることは無かっただろう。

 だが疑念は違う、疑念を抱えたままでは有意義な取引は出来ない、少なくともポールはそうだ。

 そして彼女が人間ではないと言った瞬間、マリナは変わらなかったがノヴァは隠す努力をしていたようだが動揺が丸分かりであった。

 ポールは自分の疑念が間違っていないという確証を得た。

 

「彼女の見た目は何処からどう見ても人間です、動きも声もアンドロイドの特徴は全くありませんでした。ですが手が違いました、握った時の彼女の手が綺麗過ぎたのです。荒野を彷徨っていたとしては傷も箱入りお嬢様としてもペンダコといった何の特徴も無い、真っ新過ぎたのは怪しすぎます」

 

 口に出すのは僅かに感じた違和感、大したものではなく人によっては無視してしまう僅かなものだがポールは何かを感じ取った。 

 そして指摘を受けたノヴァの表情は──ただひたすら申し訳なさそうな顔をしていた。

 その顔を見たポールは立ち上がりノヴァに頭を下げる。

 

「ノヴァさん、すみませんでした。私達の気持ちを酌んでくださり宿泊所や水の補給も手配して頂き、そればかりか取引にはアンドロイドを伴う事はしませんでした。その負担がノヴァさんに皺寄せになっているとは思い至らず申し訳ありません」

 

 今までの取引はアンドロイドを介す事無くノヴァが直接行っていた。

 アンドロイドの街を治めているノヴァだが暇な訳ではないだろう、様々な仕事に追われながらも取引を直接行っていたのはアンドロイドに恐怖を感じるポール達を考えてくれたからだ。

 取引以外にも宿泊施設や飲料水の補充といった多くの便宜を図ってもらっている、だが流石に限界なのだろう。

 そこまで考えが及ばなかった自分の愚かさにポールは頭を抱えたくなった。

 

「私と護衛の二人は大丈夫です。今回連れて来た同業者には私から話します、アンドロイドを従えているかは関係なく良き取引相手として今後もよろしくお願いします」

 

 ポールの家訓として取引は互いに利益を齎すものでなければならない。

 理想論であるが守ろうとする心構えは失ってはいけないものだとポールは考えている。

 その家訓によれば一方的に負担と便宜を図ってもらう今の状況は到底認められるものではない──それを正すのは今しかなかった。

 

「……ばれてから言うのも卑怯ですが彼女はアンドロイドです。身体は取引相手に余計なストレスを与えないよう私が設計しました」

 

「そうですか、繰り返しになりますがノヴァさんに気を回させた事申し訳ありません。このポール、臆病で小心者なのは自覚していますが恩知らずではありません。今ならアンドロイドが取引相手であっても問題はありません」

 

 此処迄気を使われ、今までの取引も併せて考えれば甘え過ぎである。

 アンドロイドについての認識をノヴァが治める街限定でも変えて、それを受け入れなければならない。

 

「ノヴァ様の思い過ごしでよかったですね、あと変な罪悪感を抱えずに済むし人間と偽る必要がないから私としても良い事尽くめですよ~」

 

 正体が明らかになった事で取り繕う必要が無くなったマリナの変わりようにポールは驚いた。

 深窓の令嬢かと見間違えた表情は屈託のない笑顔に変わり、纏っていた落ち着いた雰囲気も霧散してしまった。

 その変わりようはポール自身も見事に欺かれていたことの証明でもあるのだが、見事に欺かれたため笑うしかなかった。

 

「お客様の前だぞ、少しは口を閉じなさい」

 

「まあまあ、擬態計画は白紙に戻して根本から練り直す必要がありますが、ポールさんが予想以上に協力的なので計画を飛ばして一気に進めるのもアリだと思いますよ」

 

「そこはポールさんと相談して賛同を得てからだ」

 

 どうやらポールのあずかり知らない所で色々と計画は進んでいたようだが頓挫したらしい。

 だがノヴァとマリナの会話から聞こえる内容にそこはかとない悪い予感をポールは感じるがカッコよく言い切った手前逃げ出す事は出来ない。

 

「さて、ノヴァ様の許可も貰ったので話を進めましょう、ポールさん。我々と貴方方、人間とアンドロイドという違いはありますが共存共栄していく計画があるのですが乗りませんか?」

 

 心機一転した気持ちでいたポールだが、人間にしか見えないマリナの屈託のない笑みに不吉な予感を覚えざるを得ない。

 せめて心臓に優しい話であってほしいと願いながらポールはマリナの話を聞くほかになかった。



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海へGO!
海を目指そう


 ノヴァの目の前にグールが現れる。

 ミュータントの一種であり細身ながら突然変異によって並の人間を超える膂力を持ち、身体能力も高い。

 効率的な走り方など忘却の彼方に消え去ったような無茶苦茶な走行でも身体能力に任せて走ればそれなりの速度が出る。

 そして組み付かれれば柔らかな喉笛に牙を突き立て肉を食い千切る、単純ではあるが死に至る傷である。

 

 だが組み付かれる前に倒せば問題ない、ノヴァは右手に持った拳銃を発砲。

 撃ち出された9㎜の弾丸は狙い通りグールの眼窩に侵入、眼球を貫き薄い頭蓋骨を砕いた先にある脳を変形した弾丸が掻き雑ぜる。

 脳を破壊されたグールは糸の切れた人形の様に倒れる、それでも駆け出した勢いは残ったままであり身体がノヴァに向かってくる。

 それを難なく飛び越え、先にいるグール6体を視界に捉えて近い順番に弾丸を撃ち込む。

 ヘッドショット、ヘッドショット、ヘッドショット、ヘッドショット、外れ、照準を修正して発砲、ヘッドショット。

 グール七体を迅速に処理したノヴァは拳銃のマガジンを廃棄、新たな弾倉を詰めグールの屍を越えて先へ進む。

 

 その先にいたのはグールが9体、その足元には犬型のミュータント・ハウンドが4体、大所帯である。

 並の人間なら脱兎のごとく逃げ出し、それでもハウンドに追いつかれ脚を噛み砕かれ動けなくなってからグールと共に全身を美味しく食べられる未来しかない。

 

 ハウンド四体がノヴァに向かって駆ける。

 剝き出しの牙は鋭くノヴァの皮膚を、肉を貫き骨を砕く事など造作もない。

 そんな殺意に満ちたハウンドに向かって発砲、狙うは剝き出しの頭部──ではなく前足。

 それぞれのハウンドの前足を弾丸で撃ち抜く、ハウンドは倒れることは無い、だが以前の様な素早い動きは不可能、それでノヴァには十分。

 満足に動けないハウンドを足場にして移動、その先にいるグールに弾丸を撃ち込み即座に無力化。

 そうしてから満足に動けないハウンドを仕留めようとするが──

 

「ッ」

 

 眼前に迫る刃をバックステップで躱す、そのまま距離を取ろうとするがノヴァに追随するように刃──生身では到底扱えない大きさの戦斧の刃が迫る。

 

「もう追いついて来たか!」

 

 だがノヴァに焦りはなく、戦斧を振るう相手に向かいマガジンにある残りの弾丸を全て放つ。

 ノヴァの扱う拳銃の装填数はマガジン17発、薬室に1発、計18発、先程のミュータント集団に13発放ち残り5発。

 刃を振るう相手の四肢、頭部に残された5発を早打ちで放つ。

 

「!」

 

 流石の相手も防御に回らざるを得ず、巨大な戦斧を盾代わりに扱い追撃を中止せざるを得ない。

 その僅かな間にリロードを済ませたノヴァは機動力を奪ったハウンドを仕留めようとするが四体は既に身体を真っ二つに斬り裂かれていた。

 そうなるとミュータントは既に殲滅してしまい、残っているのは戦斧を振りかざす相手のみ。

 ならばとノヴァは拳銃を戦斧を振るう敵に向け、敵も防御を捨て被弾覚悟でノヴァに向かい突き進み──両者の耳にも届く大音量のブザーが鳴り響いた。

 

『演習終了、演習終了、直ちに参加者は武装を解除して下さい。スコアはノヴァ:208512、サリア:185890、繰り返します、スコアは──』

 

「負けました」

 

 戦斧を握った女性サリアは落ち込む、身長はノヴァに迫り筋肉質な身体ではあるが巨大な戦斧を扱うには十分な力を持っているようには見えない。

 

「現状の機体スペックから考えれば最高パフォーマンスは発揮しているから。後は機体の強化と経験を積んでいけば追い越せるよ」

 

 だが戦斧を握るのは人間に非ず、顔・身体は人間の様だが胴体は研鑽を重ねた人工筋肉で織られ四肢に至っては頑丈な機械製である。

 五指は鋭く貫手となればグールの身体を容易く貫き、脚撃はミュータントの骨を砕くに十分な頑丈さと威力を持つ。

 そんな凶悪な機体を持ったアンドロイドだが、その身体を以てしてもノヴァのスコアを超える事は出来なかった。

 

「幾ら強化外骨格を着込んでいるとはいえ、ノヴァ様のスコアを超えられないようではセカンドの名が泣きます」

 

「適材適所じゃダメ?」

 

「ダメです」

 

 そう断言しするサリア──二号は、自らのスコアがノヴァのスコアに届かない事を悔しく思う。

 妹のマリナとは違い、可憐ではなく綺麗であり鋭利さを感じるサリアの容貌が悔しさに歪む姿を見てノヴァは思った。

 

 ──戦斧じゃなくて機関銃でも背負えばよかったんじゃないの、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポール達行商人との取引を三号が代わりにしてくれるようになってからノヴァには余裕が出来た。

 なんやかんやで働きづめであったノヴァにとって久しぶりの余裕のある生活である。

 そうであれば今まで出来なかった拠点の自室でダラダラと過ごす事をノヴァは満喫した。

 日が昇っても惰眠を貪り、アンドロイド達が用意してくれる食事を食べ、ポチと遊び、廃墟にあった図書館のデータを復元して書籍を読み漁った。 

 

 ノヴァは満足だった、初めてこの世界に放り出されてから目標としてきた文明的な生活を送れる事に。

 アンドロイド達も満足だった、何かと落ち着きがないノヴァが大人しく過ごしているのだ、サリア等の身の回りのお世話をするアンドロイドはこのまま平穏な日々をノヴァに送ってほしいと思っていた。

 

「あかん、このままじゃダメ人間になる。仕事をしないと」

 

 だがノヴァの中にある魂は日本製、染みついた勤労精神が怠惰に過ごす事を許さなかった。

 ノヴァは端末を操作し何か出来ることは無いかと探し──地方都市での自らの醜態を思い出した。

 咄嗟の行動であり、不幸なすれ違いである事は既にノヴァ自身も分かっている、だがもう少し上手く出来たのではないかと考える。

 ならばどうすればよかったのかノヴァは考え一つの答えを出した。

 

 ──戦闘技術が高ければ人質を取る事無く安全に無力化できたのではないかと。

 

 そんな答えに至ったノヴァは直ぐに行動を開始した。

 適当な施設を見繕って中に様々な機材を持ち込んでは組み立て制御システム関連を作成、そうして仮想訓練施設をノヴァは作り上げた。

 ノヴァが知る限りのミュータント等の敵に加え、人質救出や潜入等の様々なシミュレーション全て組み込んだ。

 敵役には電脳の無いアンドロイド機体等に姿形を投影し、銃は限りなく拠点で使われる銃器に近付けた物を用意した。

 そんな限りなく本物に近く、されど死ぬ事はない安全な訓練を行える一連の設備を用意したノヴァはそこで自らの戦闘技術の向上に努めるようになった。

 

 最初の頃は真剣に挑み、途中からは体感型のアミューズメントみたいに感じて夢中になって遊び、さらに途中からノヴァ様には戦闘技術はそこまで必要ではありませんとやんわりと訓練をやめさせようとするサリアが混入。

 人工筋肉式と機械式が合わさったハイブリット機体を新たに支給されたサリア、その戦闘力は以前とは比較にならず設計したノヴァも理解している。

 そこでふとノヴァは思い付きを口にした──俺のスコアを超えたら一生お世話されるよ、と。

 サリアは何時になく真面目な顔で言った──そのお言葉に嘘はありませんね、と。

 

 ノヴァは後悔した、今更無しとは言い出せない、だが遅かった、サリアはノヴァのスコアを超えた、急ぎノヴァはスコアを積み上げた、そうしてサリアとノヴァの人の尊厳を賭けた戦いが始まった。

 高難度のシミュレーションを組んでは挑み、高いスコアを出しては追いつかれ、そんな戦いは未だノヴァに軍配が上がってはいるが油断は出来ない。

 ノヴァは元から身体に刻み込まれたようにある戦闘技術を十全に使いこなし、更なる研鑽を積み上げていく事で個人としての戦闘力を向上させていった。

 

 そして拠点の開発も落ち着いてきた頃にノヴァは決心した。

 

「海へ行こう」

 

「何故、そのように考えたのか理由をお聞きになっても?」

 

「工業塩が欲しい、これがあれば色々作れるようになるし、正直に言えば塩無しで此処迄来ると非効率に一層の拍車がかかるから最優先で解決したい」

 

 今までのノヴァの拠点では工業塩からなる薬品や素材を大量に使用していない。

 基本的に石油関連の物質で代用するか、集めた廃材から目的の物を抽出して少量用意する事しかしていない。

 それでも現状如何にかなっているが、正直に言えばギリギリの綱渡りでありノヴァとして好ましくはない。

 加えて塩がある海へは拠点から遠く、今までは沿岸部に行くこと自体が不可能であった。

 

「分かりました、遠征部隊の方は既に編成が完了しています。ですが沿岸部の拠点構築部隊はまだ編制していないので数日待ってください」

 

 だが今や長距離遠征が可能な物資と補給体制の整備は完了、部隊が編成できれば投入可能である。

 

「ああ、此処まで来るのに長い道のり──という程の時間は経っていないか」

 

「何も無い廃墟から此処迄可能になった時間を常識に当てはめれば十分早い部類です、人によっては法螺話と言われても仕方がないですね」

 

「デイヴ、言い方もう少し優しく出来ない?」

 

「これでもしてますよ、オブラートをしなければ非常識の一言で終わってしまうのですから」

 

 一号、もといデイヴの評価に苦笑いをするしかないノヴァを尻目にデイヴは沿岸部への遠征計画を詰めていく。

 

「事前に航空偵察を行い遠征予定場所の地形の把握を行い、また偵察機をローテーションで運用し警戒網を構築します。ですがカメラの解像度の関係で見落としがある可能性もあるので気を付けて下さい、高度を落せば解像度は上がりますが飛行型ミュータントに対する対抗手段が現状ないので最悪の場合喪失もあり得ます」

 

「安全優先で行こう、機体については喪失しても問題ないから」

 

「分かりました、ですがノヴァ様自身も気を付けて下さい。特に自ら危険な事へ遭遇しないよう警戒してください」

 

「分かった、不測の事態に備えて自分の装備も整えたから大丈夫……とは口が裂けても言えないね。それでも、なるだけ安全確保を最優先するよ」

 

「本当にそうしてくださいよ、本音であれば貴方を此処から出したくないのですから」

 

 そう言いつつもデイヴがノヴァを止めないのは付き合いの長さから何もしない事がノヴァのストレスになる事を理解しているからだ。

 アンドロイドである自分としては安全な場所で過ごして欲しい、だがそうできないのがノヴァである。

 ならば危険を承知した上でノヴァの安全を図るしかない。

 

「さて、塩を沢山採ってきますか!……あと海産物も」

 

 塩が欲しいのは本心である、だが海産物を求める日本魂も本心である。

 沿岸部其処に生息するデカいエビ型ミュータントの味についてノヴァは遥か彼方にある海へ思いを馳せる。

 

 ノヴァの小さな呟きも聞き逃さなかったデイヴはサリアに沿岸部でのノヴァの拘束を言い含ませておこうと内心で決めた。



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あぁ、海産物が!?

 ノヴァ達が遠征で目指す場所は航空偵察を事前に行い策定した沿岸部にある工業地帯──ではなく、其処から少し離れた場所にある小さな港町を目指す。

 

 なぜ沿岸部の工業地帯を目指さないのかと言えば、航空偵察によって夜間に人工的な明かりが幾つも確認できたからだ。

 無人航空機のカメラで得られた画像をより詳細に分析する事で夜間の人工的な明かりと共に人影らしきものが写っており、工業地帯は無人の廃墟ではなく何らかのコミュニティが既に築かれている可能性が非常に高いと考えられる。

 其処にノヴァがアンドロイドを引き連れて接触を行えば不用意な衝突を招く恐れがある、それを避ける為にノヴァ達は工業地帯を沿岸部の拠点候補から除外した。

 だがノヴァ達が遠征計画を中止することは無い、不必要な衝突は避け、加えて工業塩などの資源獲得の拠点を築けそうな代わりの場所は他にないか。

 航空偵察と戦前の地図から情報収集を行い、最終的に工業地帯から離れた場所にある纏まった面積を持つ無人の港町を沿岸部の拠点とする事を決定した。

 

 そうしてアンドロイドの遠征部隊、拠点構築部隊の編成が完了してからノヴァ達は沿岸部の港町を目指して出発した。

 道中は至って順調でありミュータントの襲来も小規模でありノヴァが出るまでも無く遠征部隊のアンドロイド達によって迅速に処理されていった。

 

 そしてノヴァが車両に乗って数時間、部隊は目的地である港町に到着した。

 車両から下りたノヴァ達が目にしたのは航空写真と相違ない廃墟と化した港町だった。

 瓦礫、ミュータント共に大量に存在し何とも拠点構築しがいの有る立地であり──だがノヴァのやる気は数日と持たなかった。

 何故なら遠征部隊は襲い掛かるミュータントを迅速に処理し、拠点構築部隊は廃墟を解体し数日で拠点を構築したからだ。

 ノヴァが拍子抜けになる程に作業は進みノヴァが暇を持て余すのに時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 近接武器は銃より劣る。

 最たるものは射程であり近接武器の間合いから遥かに離れた所から銃は相対した相手を殺傷する事が可能だ。

 加えて銃器は極論ではあるが引き金を引くだけでいい、それらが合わさって銃器は剣や槍等の近接兵器を戦場の主役から引きずり下ろした。

 

 だがそれは人間同士の戦いに限られ、ミュータント等の強靭な生命力を持つ生物は少しだけ違う。

 

「キシャ――!」

 

「お、生きの良いエビ発見」

 

 ノヴァの視線の先にはザリガニが巨大化したようなエビの姿を持つミュータントがいた。

 ビックシュリンプというそのまんまの名前だが巨大化に合わせて纏っている外骨格も強固になっており拳銃弾程度では罅を入れるだけしかできない。

 倒そうとするならより口径の大きな銃器を用意し遠距離から仕留めるのが安全で確実な方法である。

 

 だがノヴァは拳銃を取り出してミュータントの足に照準を合わせる。

 ノヴァの持つ銃では外骨格に罅を入れるだけだが関節部に限れば拳銃弾でも有効である。

 何より生きの良い海産物に余計な傷を付けたくない、食欲を優先したノヴァの合理的な判断である。

 

 ノヴァは狙いを定め前足を一つを吹き飛ばそうとし──ミュータントがサリアの持つ戦斧によって真横に吹き飛ばされた。

 

「──!?」

 

 ミュータントの声にならない甲高い悲鳴が辺りに響き渡る。

 自慢の外骨格は戦斧の質量と遠心力が合わさった一撃で容易く砕かれた。

 外骨格が砕かれ剥き出しになった中身から血が噴き出す、ミュータントの命の灯はたった一撃で掻き消されようとしていた。

 致命傷である、目前に迫った命の危機にミュータントは逃亡を選択するが──判断が遅すぎた。

 

「あ、止めて、エビ味噌が!」

 

 ノヴァの静止の声も虚しくサリアが上段から振り下ろした戦斧の一撃がミュータントの頭蓋を粉砕した。

 鋼鉄で造られた身の丈に迫る戦斧の質量と人工筋肉が生み出す膂力が合わさった一撃はミュータントを絶命させ、エビ味噌を辺り一面にぶちまけた。

 残されたミュータントの身体は僅かに震えると糸が切れたかの様に地面に身体を横たえた。

 

「酷い、折角の生きの良いエビだったのに……」

 

「食糧なら安全な物を持ち込んでいるのでそちらを食べて下さい。それに海洋性ミュータントは中にどんな寄生虫を持っているか分からないので危険です」

 

「生で食べないから、じっくり焼いて塩を振るだけでもいいから、お願い!」

 

「ダメです」

 

 無残に爆散したミュータントの傍で何度目か分からないノヴァとサリアの押し問答が繰り広げられてた。

 

 ノヴァとしてはゲーム知識として高濃度に放射線や毒物に汚染された地域を除いて海洋性ミュータントは食べても大丈夫だと言う知識がある。

 勿論ゲーム知識でしかないので寄生虫や食中たり等の危険性を考慮して火を通してから食べるつもりでいる。

 何より今までは野菜と肉しか食べられなかった。だが海へ来たから日本人の性として海産物が無性に食べたくなっていたのだ。

 サリアの作ってくれる食事に不満があるわけではない、だがこればかりは理性でどうにかなるものではないのだ。

 

 サリアとしては寄生虫以前の問題として安全性が確保された食材以外をノヴァに食べさせたくない。

 食材の安全性に関しては本拠点の野菜工場で栽培している物であれば問題なく、行商人ポールから購入する食材も安全性を確認したものだけだ。

 ノヴァの食生活を管理するサリアとしては此処で安全性が確認されていない物など認められず、ノヴァが密かにミュータントを食べようとするなら実力で阻止するだけである。

 

 そうしてノヴァとサリアによるミュータントの奪い合いが始まりこれで7回目、7回もノヴァの目の前で待ち望んだ海産物が爆散したのだ。

 流石にノヴァも諦めサリアの言う事に従いトボトボと拠点に帰る──となるノヴァではない。

 

「分かってくれサリア、これは他の有機物を恒常的に摂取しなければ生命活動を維持できない人間の宿命なんだ」

 

「でしたら拠点に戻り次第お食事を用意します、それで問題はありませんね」

 

「違う、違うんだ、身体と魂が海産物を求めるんだ、魚とかエビとかカニとか海産物が無性に食べたいの!」

 

 最早無理なのか、目の前に広がる雄大な海からの恵みを口にする事は出来ないのかと悩むノヴァ。

 だがサリアも何度も繰り返されるノヴァの奇行を止めるのが段々と困難になってきている。

 訓練においてノヴァのスコアを超える事が出来なかった事からもノヴァ自身の戦闘能力や身体能力は見掛けによらず高い。

 このままではあと数回でノヴァに出し抜かれてしまう事がサリアには予想できてしまった。

 此処で何とかノヴァとの合意を得なければ認知していないところで食べる可能性が上昇してしまう、それだけは何としても防ぐ必要があるとサリアは考え不本意ながら妥協案を出す。

 

「何度も言いますが駄目です、安全性が確保されていない食材は認めません……ですが安全性が確保されたのなら食べてもいいです。具体的には栄養検査装置を拠点に設置して検査を行い、寄生虫対策で72時間以上の冷凍をした物であれば食べられると判断します」

 

 これがサリアの譲歩できる限界である、これで同意が得られなければ部隊を動員して妨害を行う必要がある。

 

「…分かった、それでいこう」

 

「それと決して生で食べないでください、火を通すか煮込むかの加熱調理をしたものを食べて下さい」

 

「…………分かった」

 

 こうして7度目の攻防で漸くノヴァは海産物を食べる事が可能になった。

 サリアもこれでノヴァの奇行が収まってくれると安心できた、何故なら基本的にノヴァは約束を守る人間であるからだ。

 だが最後の生食に関する返事に関しては少しばかり不安を感じるサリアである。

 

「ならさっさと検査装置と冷凍庫を設置できるように拠点周りのミュータント狩って安全を確保しよう」

 

 そうしてノヴァはアンドロイド達を引き連れて港町のミュータントの駆除を開始した。

 港町にいるミュータントは大した脅威ではなく、武装したアンドロイド達、ノヴァとサリアの戦闘力の前にはあっけなく狩られる存在でしかなかった。

 グールは正確無比なノヴァの銃弾で脳を貫かれ、硬い外骨格を纏ったミュータントはサリアによって粉砕され、徒党を組んで襲い掛かったとしてもアンドロイド部隊の火力によって迅速に処理された。

 特に目立たった障害も確認できずアンドロイド達は拠点を作成し、ノヴァは検査装置と冷凍庫を心待ちにして沿岸部で平穏な数日を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

「ノヴァ様、巡回中の部隊が人間の子供を保護しました」

 

 だがサリアから告げられた一報がノヴァの取り巻く状況を変え始めた。




此処からほのぼのポストアポカリプス生活は終わる予定です


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君は誰?

 一人の子供がベッドに寝かされている。

 骨と皮だけしかないような栄養失調に陥りかけた身体、栄養状態の悪さによる発育不全によって正確な年齢を推察する事は出来ない。

 肩口まで伸びた髪は真っ白に近い灰色に染まっており海水の影響もあるだろうが長年手入れをされていないからか毛先から根元まで傷んでいる。

 全身に打撲痕と思われる青痣があり、骨が折れている可能性も考えられる。

 そんな瀕死に近い状態の子供がノヴァの目の前にいた。

 

「この子が海岸に漂着していた子供か」

 

「はい、巡回部隊が発見、危険な状態であった為任務を中断して拠点に運んできました」

 

 巡回部隊は遠征部隊のアンドロイドから編成した部隊である。

 主な仕事は港町に築いた拠点周辺を巡回し近付いて来るミュータントを発見し小規模であれば部隊で駆除を行う事である。

 大規模なミュータントの群れは到着から数日の内にノヴァを筆頭とした大部隊の運用によって粗方排除済みであり残っているの小規模な群しか残っていない。

 そして残った小規模な群れの脅威は低く、その程度であれば態々排除する必要も無かった。

 

 巡回ルートは拠点を囲むように行われ、その過程で沿岸部も監視する必要があった。

 何時もであれば何処からか来た流木やゴミが海岸に打ち上げられるだけで終わる筈であったが、その日は流木に掴まった何かが海岸線に打ち上げられていた。

 部隊のアンドロイドが銃を構えて警戒しながら近付くと正体は人間、それも身体の大きさから子供であると判明。

 そして余りの容態の悪さに迅速な処置が必要と判断したアンドロイド達は任務を中断し子供を拠点に連れ帰って来た。

 

「推定年齢10歳前後の女児。栄養失調による衰弱、加えて長時間海水に浸かり続けた事で低体温症を起こしています。発見が遅ければ手遅れになっていたでしょう」

 

「そうか、此処にある設備で対応できるか?」

 

「可能です、ですが予断を許さない状況ですので専門的な治療を行える医療特化アンドロイドと設備、道具を此方に持ってくるほうがいいでしょう」

 

 身体を清潔にし、ノヴァ用に持ち込んでいた非常時用の点滴や衣類などを使用する事で目前の危機は脱したと言えるだろう。

 だが子供の健康状態は変わらずに悪い、症状を快復に持っていくためには本格的な治療を継続的に施す必要がある。

 それが可能なアンドロイドは此処にはおらず、本拠点から人員と設備を送ってもらう必要があった。

 

「分かった、デイヴに人員と設備を送ってもらうように連絡をしてくれ」

 

「分かりました。……連絡完了、日暮れまでには此方に着くとの事です」

 

「さすがだな、なら今できる事をしようか」

 

 治療の目途がたった以上、後は専門家に任せるべきだろう。

 そうなると気になってくるのは海岸に漂着した子供が何処から来たのか。

 

「潮の流れもあるが恐らく向こうにある工業地帯から来たのか……」

 

「推測の段階ですが可能性は高いでしょう。あそこから更に遠い場所からの漂流であれば此処に流れ着くことも無く海洋性ミュータントに捕食されるか低体温症で死んでしまいます。ですが全て憶測なので子供が目覚めてから聞き取りを行ったほうが確実と考えます」

 

「そうだな、今はこの子の治療に集中しよう。サリア、俺は病床とバイタルサイン計測装置を作ってくるが何かあれば呼んでくれ、子供が危篤状態になったら許可を取らずに必要と思われる処置をしてくれ」

 

「分かりました」

 

 そうしてノヴァが拠点内の設備で病床と計測装置を作っていると新たな人員が拠点に入った。

 デイヴが編成した医療特化のアンドロイド達でありアンドロイド達とノヴァが急いで設備を設置する事で日付が変わる前に子供の検査を終える事が出来た。

 

 だが検査結果はノヴァの想定していた物とは全く違った。

 

「ノヴァ様、保護した子供には多数の虐待の痕跡がありました」

 

「……本当か」

 

 検査室の隣にある部屋でノヴァは検査を行ったアンドロイドからの報告を聞いた。

 だが検査結果は子供の健康状態だけでなく保護した子供が置かれていた過酷な状況も明らかにした。

 

「間違いありません、漂流中に負った打撲痕とは別に古い打撲痕が全身にありました。念の為に精密検査したところ恒常的な虐待による内出血が確認されました」

 

「そうか、それ以外には何か分かったか?」

 

「幸いと言っていいのか分かりませんが骨折は無く内臓にも損傷は見られません。ただ栄養失調による衰弱が一番の問題なので今後の治療計画としては安静と食事療法が必要になります」

 

 検査から判明した子供の健康状態から適切な治療計画を考案するのは流石医療特化型のアンドロイドと言えるだろう。

 だが検査の過程で判明した事実、子供が日常的に虐待を受けていた事が判明した今ノヴァは考えていた行動を変更しなければならない。

 

「衰弱が激しいので此処での療養を推奨しますが、体力がある程度回復して移動に耐えられるようになった段階で本拠地に移送しますか?」

 

「……目を覚ましてから彼女に聞いてみよう、帰るべき家があれば遠ざかるのは心理的にも大きな負担になる。此処では計画を練る事に留めて彼女の考えを聞いてから行動を起こそう」

 

 何らかの不幸な事故で漂流してしまったのなら快復を待ってから故郷まで連れていく事を当初のノヴァは考えていた。

 その際にアンドロイドに恐怖を持つような子であればサリアやノヴァが交代で面倒を見る必要があるかもしれない、そこまで考えていたのだ。

 だが虐待を、それを恒常的に受けていたとなれば前提が変わってしまう。

 

 虐待から逃げ出した過程で漂流して此処に流れ着いたのか、それとも虐待の一環として海へ流されたのか。

 前者であれば自発的な行動であり、後者であれば死ぬ事を願われて捨てられたのか。

 

 彼女に虐待を行っていたのは家族なのか、それとも血縁関係も何もない第三者なのか。

 彼女を疎んで虐待に及んだのか、もしかしたら攫われて虐待を受けていたのかもしれない。

 

 子供への虐待は平和な日本であっても存在した、だがそれは映像越しに見る遠い世界の出来事のように捉えていた。

 だが今ノヴァの目の前には虐待を受けた子供がいた、そして此処は平和な世界ではなくミュータントといった危険が溢れている過酷な世界である。

 このような状況においてノヴァが取るべき選択とは何なのか──

 

「ダメだ、推測だけで考えると気が滅入る……」

 

 アンドロイドからの報告を聞いたノヴァは部屋から出て外の空気を吸いに出る。

 拠点から見える嘗ての港町は荒れ果て、されど何も変わらない波浪と潮風がノヴァの頭に堆積した考えを攫って行く。

 だが攫って行った端からまた新たな考えが湧き出てきてしまい外に出た所で悩みは解消されはしなかった。

 

「クソが……」

 

 ただノヴァは聞く者が誰もいない悪態を小さく呻くだけだ。

 何が正解なのか、何をするべきが分からない問題に対してノヴァが今できる事はそれしかなかった。

 

 そして検査をしてから翌日、保護された子供が目を覚ました。

 看病していたアンドロイドからの報告を聞いたノヴァは突貫で造られた病室に入る。

 其処には腕に点滴を刺し、バイタルサインを測定するために身体中にコードを繋げた子供がいた。

 保護した初日と比べて顔色は改善してはいるが身体は瘦せ細ったままである。

 それでも今迄閉じられていた目は開かれており、病室に入って来たノヴァをしっかりと捉えていた。 

 

「おはよう。気分は如何かな」

 

 ノヴァは落ち着いた声で子供に話しかける。

 子供がアンドロイドに恐怖を感じる可能性も考えて部屋の中にはノヴァしかいない。

 代わりに病室のすぐ隣の部屋にはサリアをはじめとしたアンドロイド達が待機しており何か問題があれば直ぐにでも駆けつける事が出来る体制になっている。

 

「…………」

 

『反応はありませんが話し続けて下さい。威圧感を与えないよう目を見てジェスチャーを交えながら目線を合わせて…………』

 

「声は聞こえるかな、自分の名前は言える?何処に住んで居たのか思い出せる?」

 

 声掛けに対して反応を示さない子供にノヴァは不安になる。

 だが耳元に着けているイヤホンから医療アンドロイドから絶えず送られてくる指示のお陰で会話が止まることは無い。

 天気の話、外の話、海の話、ノヴァは考え付く限りの話題を子供に語り掛けたが芳しい反応は得られなかった。

 ノヴァのイヤホンからも一旦会話を切り上げるべきだと隣室のアンドロイド達は結論を出し会話は一時中断する事になった。

 

「ゴメンね、まだ体調が悪いようだから一旦出直すよ。しっかり寝て身体を治すんだよ」

 

 そう言ってノヴァは子供の外れかけた布団を掛けなおしてから部屋を出ようする。

 そして布団に手を掛けたノヴァを見て初めて子供が口を開いた。

 

「……パパ?」

 

「うん?」

 

 子供を見れば目はしっかりとノヴァを見ていた。

 言い間違いの様子は無く、そうであるならノヴァの見た目に近い人が子供の父親である可能性がある。

 

「いいや、俺は君のパパじゃないんだ。俺の名前はノヴァ、君のお父さんの名前を教えてくれるかな」

 

 子供の誤解を解きながらノヴァはもう一度尋ねる、すると子供は再び口を開いた。

 

「ノヴァ」

 

「……俺の事?」

 

「うん、パパ」

 

『ノヴァ様、一旦会話を切り上げて下さい。もう一度精密検査を行います』

 

 隣室では何かがせわしなく動いている音が漏れ聞こえるがノヴァの視線は子供に釘付けである。

 目が覚めた子供とのファーストコンタクト、怖がらせないよう、怯えさせないよう必死になって練りに練った対応策は全てが無駄になった、ノヴァが全く想定していない事態が起きてしまったのだ。

 

「…………どうしよう」

 

 ノヴァは混沌と化した現状に内心頭を抱えるしかなかった。



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演じて下さい

 保護した子供、彼女が口にした内容はノヴァとアンドロイド達の想定範囲外の事であった。

 何度ノヴァが否定しようとも彼女は頑なにノヴァをパパと呼び続けた、しまいにはノヴァ自身も記憶にないがもしかしたら──といった支離滅裂な思考にまで飛んで行きそうになった。

 だが其処で隣の部屋に待機していたサリアがノヴァを強制的に病室から連れ出す。

 

「ママ?」

 

「ママ!?」

 

「落ち着けサリア、落ち着くんだ!」

 

 だが思わぬ矛先がサリアに突き刺さる、それはノヴァの護衛として常に保たれていた鉄仮面を引き剥がす。

 言葉にすればたった二文字でしかないその言葉にサリア程の高性能な身体を持つアンドロイドが動揺を引き起こしたのは言葉を発した子供が原因であった。

 サリアの視覚から集められる脈拍や呼吸、それにコードから繋がった計測機器のバイタルデータから嘘を見破るのは簡単である。

 

 それが無かった、データに間違いが無ければ彼女は本気でノヴァとサリアを自分の両親だと思っているのである。

 

「私がママ、ノヴァ様がパパ……、つまり私とノヴァ様が夫婦として──」

 

「落ち着け!いや、ホントに落ち着いて!君も何か言ってく──」

 

「Zzzz」

 

 病室を混沌の渦に叩き落した元凶は話し疲れたのか開いていた瞼を閉じて健やかに寝息を立てていた。

 余りの身勝手さにノヴァは文句を言いたくなってしまったが健やかに安心しているように眠る彼女の顔を見ては怒気は萎んでいくだけだった。

 妙に動きがぎこちないサリアを連れて病室から出ると代わりに様々な検査装置を持ったアンドロイドが病室に代わりに入っていく。

 そうして更なる精密検査、特に脳に関して重点的に行った検査結果からアンドロイド達は一つの結論を出す。

 

「記憶障害、今迄の出来事をすべて忘れてしまった全生活史健忘で間違いないでしょう。原因は低体温症による脳へのダメージ、それ以外では栄養失調に身体機能の低下、虐待によるストレスも関係しているかもしれません。それ以上は現状では何とも言えません」

 

 集められた検査データから最も考えられる症状が記憶障害、流石にノヴァでも記憶障害といった脳神経系に作用する薬までは持ち合わせていない。

 そのような状況で出来る有効的な治療は無く、残されたのは継続して看護を続ける事だけである。

 幸いにも記憶障害を除けば致命的な傷を負っている事もないので健康体に快復する望みはある、それだけが良い知らせであった。

 

「原因が分かっただけでも良かった、改めて検査をしてくれてありがとう」

 

「頭を上げて下さい、医療が私の本来の仕事なのです。ノヴァ様のお陰で漸く本来の役目を果たせるのですから御礼を言うのであれば私の方なのですから」

 

 急遽此処に配属されたのにもかかわらず迅速な診断、治療を行ってくれたアンドロイドにノヴァは頭を下げる。

 それを受けたアンドロイドは機械的な頭部の頭を掻く素振りを見せる、だがアンドロイドの話は終わっていなかった。

 

「それと彼女の事ですが、言っている事を否定しないで上げて下さい。今はまだ彼女が信じているように振舞うべきであると私は考えます」

 

「それは俺が父親として、サリアが母親として振る舞う事か?」

 

「そうです、まだ幼い子供ですから否定したとしても頑なになって認めないでしょう。そればかりか大きなストレスとなって他の症状を引き起こし兼ねません」

 

 倫理的な観点から見れば認められない行動、治療計画である。

 それでも適切な治療・リハビリ環境が整っていない現状ではこれが最善である事をノヴァは理解している。

 何より弱り切った子供を突き放す、そんな行動をとれるノヴァではない。

 

「そうか、取り合えず容態が落ち着くまで演じてみよう。サリアもいいな」

 

「問題ありませんが彼女は何と呼べばいいのですか」

 

「……頭がこんがらがって言われるまで忘れていた。本当にどうしよう」

 

 意外にも反対する事なくノヴァに従ったサリアであるが、彼女の言ったように名前に問題があった。

 最初の会話でも名前を聞いてみたが彼女は何の反応も返さずノヴァを見つめるだけだった。

 記憶障害と分かった現状では名前を自己申告する事はハッキリ言って不可能である、そうであれば今後の事を考えてノヴァ達が一時的な名前を彼女に付けたほうが何かと都合がいい。

 そうなると一番頭を悩ませるのがノヴァである、自らのネーミングセンスの無さを自覚しているからこそ名付けには慎重になりすぎてしまう。

 何せサリア、マリナ、デイヴの名前を三日も悩んで考え抜いたものなのだ、本人たちから不満を聞いていないが内心ではドキドキした物である。

 

 そんなノヴァが子供に名前を付けるのだ、一時的な名前でしかないが下手な物は付けられない。

 だが特にコレと言った名前は当然のことながら思い浮かぶ事無く、ノヴァは特に当ても無く部屋の窓から外を見る。

 

 窓の外には廃墟と化した港町が広がり、それを雲一つない夜空が星と月の明かりで照らされていた。

 その中でも特に夜空に浮かぶ月の明かりは強い、満月からは月光が夜の闇に優しく降り注いでいた。

 

「……ルナリアと呼ぼう、長い名前は覚えにくいだろうし」

 

 夜空に輝く月を見て安直に思いついた名前、記憶が戻り次第呼ばれることは無くなる名前であるから深くは考えなかった。

 だが彼女の灰色の髪を見れば月の光に似てなくもない、思い付きの名前であるがいいのではないかとノヴァは思った。

 

「分かりました。それではルナリアの看病で一旦離れます、目が覚めたら呼びにまいります」

 

「ああ、頼む」

 

 ルナリアの看病の為に部屋から出ていくサリアをノヴァは見送る。

 サリアに看病を任せれば余程の事がない限り問題はないだろう、ノヴァはそう考えた。

 

「それで家族の振り以外にも必要な事はあるか?」

 

「そうですね……、今の私達は各自の電脳に保管されていた医療アーカイブを基に治療を行っていますがデータ不足が考えられます。なので医療アーカイブの復元をお願いしたいのです」

 

「ネットワーク自体は如何にかできるがアーカイブについて当てはないぞ?」

 

「それに関しては心当たりがあります。地域ごとの基幹病院には戦時中に定められた医療法によってネットワーク、データベースが破損した場合でも迅速に復旧できるようにバックアップを確保するように定められていました。その中には医療関係のアーカイブも同時に保存するよう医療法で定められました」

 

 専門知識のアーカイブを複数、それも基幹病院ごとに保存を義務付けるとは連邦はそれだけ帝国との戦争被害は大規模になると考えていたのだろう。

 しかし復興まで覚束なくなるほどの壊滅的な被害は計算できなかったのか、それとも考えたくなかったのかはノヴァには分からない。

 

「ストレージの形式は複数ありますが記録保存可能期間は100年を超える様に設計された物です。戦前の記録ですが此処からであれば工業地帯に地域基幹病院がありました。そこの病院の地下に厳重に保管されている筈です」

 

「分かった、時期を見てから回収に向かう」

 

 アンドロイドの言う通りであれば膨大な量のデータを秘めたストレージが利用可能な状態で保存されている事になる。

 それは子供の治療だけでなく、ノヴァが何らかの怪我や病気になった時に役立つものでありデータベースの復旧についてはノヴァも賛成である。

 

 会話を通して取り敢えず当面の間の行動指針は得られた。

 後は子供の回復状況に合わせてその都度行動を起こしていけばいいだろう。

 

「ノヴァ様、私も可能な限りのサポートを行います」

 

「分かった、頼りにさせてもらう」

 

 医療アンドロイドに返事を返しながらノヴァは部屋を出る。

 保護した子供にいい様に振り回されて疲れたノヴァはそのまま自室に帰って寝てしまおうと考える、たが一応は父親らしいこともすべきではないのかと考える。

 記憶障害によってノヴァをパパと呼ぶ程不安定な子である、何かが切っ掛けになって記憶が戻る可能性があるかもと考えてノヴァは病室を訪れる。

 

 病室に入れば寝ているルナリアの傍に置いた椅子に座ったサリアがいた。

 どうやら寝ているようで瞳は閉じられているが悪夢にでも魘されてるのか顔は苦痛に歪んでいるように見える。

 そんなルナリアの片手をサリアが優しく握っている。

 

「此処に来た時からこの表情です。バイタルサインからは異常は検知されませんがどうしましょうか?」

 

 悪夢を見ているのなら起こすべきだろうが身体の痛みによる可能性もある。

 少しだけ考えたノヴァはサリアと同じようにもう片方の空いている手を握ってみる。

 

「パパ?」

 

 ルナリアが口を開く、起こしたかと思って顔を見れば目は閉じたまま。

 恐らく寝言だろう、そう考えつつもルナリアの手を握ったノヴァは語り掛ける。

 

「ああ、此処に居るから安心して寝なさい、怖いものは此処にはないから」

 

 寝ているルナリアには届かないだろうと思いながら語り掛けた、だがノヴァの予想を裏切って苦痛に歪んでいたルナリアの表情が安らかなものへと変わった。

 

「パパ」

 

 そう言ってノヴァの手を強く握るルナリアの目は閉じたままだ。

 

 終わりが見えている、彼女が信じている家族は本物ではないけれど、それでもノヴァは安心して寝ているルナリアを見て心が痛んだ。



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偽りの家族

 ノヴァには子育ての経験がない。

 それはノヴァの中身である人格には結婚した記憶が無ければ、想いを寄せた人との子供を授かった記憶がないからだ。

 だが年の離れた弟妹がいた記憶はある、統率等取れない傍若無人に動き回る年下の家族を長男としてお世話をした記憶があるのだ。

 そのお陰もあって子供の面倒を見ること自体は得意であった──そのせいで親戚のやんちゃな子供の面倒を見る苦役を何度も押し付けられる羽目になったが。

 

 そんな苦い記憶を持つノヴァは自分をパパと呼ぶ子供、ルナリアと一時的に呼んでいる彼女の対応も過去の経験に則ったやり方を行っている。

 可能な限り付き添い、疑問があれば答え、危険行動をしようものならそれとなく遠ざける。

 大変であるが目を離した結果起こる事故の方がより大変なことになるため目を離さずノヴァはルナリアに付き添っていた。

 

 結果としてノヴァの行動は正解であった、何故なら痩せ細った身体が膨らんでいき歩けるようになるとルナリアは辺り構わず歩き回るようになったのだ。

  

「パパ、これ何?」

 

「工業塩製造装置、危ないから近付いちゃダメだよ」

 

「此処は?」

 

「ミュータントの死骸を腐敗させてガスを取り出している施設、とても臭いから近付いちゃだめだよ」

 

「これは?」

 

「武器庫、危険だから近付いちゃだめだよ!」

 

 訂正、基本的に拠点内にある施設は子供からしてみれば危険な物しかないから目が離せない。

 身体が健康になった事で自力で行動できるようになり、加えて好奇心が旺盛であり目につく物・施設に興味津々なのだ。

 これがもしノヴァとサリアだけであれば途中で限界が来たかもしれない、だが幸いにもルナリアを見ているのは二人だけではなかった。

 

「おや、此処は危険ですから立ち入り禁止ですよ、ルナお嬢様」

 

「お嬢様、ノヴァ様が探しておりましたよ。あまり心配を掛けてはいけませんよ」

 

「うん!」

 

 拠点に詰め掛けているアンドロイド達がルナリアが危ないところに入り込もうとしたら止め、注意を行ってくれるのだ。

 その際の呼びかけがいつの間にかルナお嬢様になっていたが呼ばれている本人も満更でもなさそうなのである。

 

「皆ノリノリだな、子供とはいえ人間だから心配していたが」

 

「まだ幼い子供ですから。アンドロイドを恐れないだけでなく、積極的に関わりを持とうとする彼女が可愛くて仕方ないのでしょう」

 

 そう言ってアンドロイド達の心情をサリアは代弁してくれる。

 確かにルナリアは出歩けるようになった初日こそアンドロイドに対して緊張していたが、翌日には積極的に話しかけるようになってはいた。

 以前手違いで誘拐してしまった子供はアンドロイドに対して並々ならない恐怖を抱いていたが、ルナリアにはそれが無かった。

 怖がりも怯えもせずに積極的にアンドロイドに関わっていくルナリアは、アンドロイド達にとってもかわいい存在なのだろう。

 何よりアンドロイド達も自覚がないまま人との触れ合いに飢えていたのかもしれない。

 そうであればルナリアとの触れ合いは彼等にとっても癒しになっているのだろう。

 

 そんな感じで日中は拠点内を元気に走り回った結果夜には体力が尽きて直ぐに寝てしまう──なんてノヴァの甘い考えは数日で吹き飛んだ。

 

「パパ、この本読んで!」

 

 ルナリアが差し出したのはノートサイズの大型端末、其処に表示された電子書籍である。

 

「グリム童話のシンデレラか、というかあったんだなグリム童話」

 

 本拠地のネットワークには数は少ないが童話や小説と言った電子書籍のアーカイブがある。

 元々の町にあった図書館に備え付けられていたもので小規模な物であるが過去の新聞から娯楽関係の本が納められていた。

 連邦全体から見れば1%にも満たない量であるがルナリアが興味を引く本がかなり多くあったのは幸いである──ルナリアが文字を読めない為サリアと交互に読み聞かせを行う事になってしまったが。

 

「──こうしてシンデレラは王子様と末永く幸せに暮らしました、めでたしめでたし」

 

 ルナリアが画面に表示された文字を読み聞かせに合わせて目で追う。

 基本的に読み聞かせは静かに聞いているが絵本の挿絵が変わるごとに表情がころころ変わるのは見ていて面白い。

 未知なる冒険に旅立つ場面では目を輝かせ、宝物が見つかれば顔一杯に喜びを表した──そして物語の主人公が悲しく辛い目に遭っている時は我が事のように悲しみ涙を流した。

 

「お姫様は幸せに暮らせたのかな」

 

「暮らせたさ、シンデレラには心強い魔法使いとお友達がいるからな。辛い事があっても励ましてくれるさ。さて。もう寝る時間だ、いい子にして寝るんだよ」

 

「パパ、お休みなさい」

 

 そう言ってルナリアは布団を被ると直ぐに寝息を立てて眠った。

 朝から晩まで活発に動き回ったせいで溜まった疲労は夜更かしをさせることなくルナリアを夢の世界に導いた。

 運び込まれて数日は悪夢にうなされていたが、今は影も形も無くなり健やかな寝顔を見せている。

 余計な物音を立てて起こさないようにノヴァは物音を立てずに部屋から出る。

 

「父親の振りも板についてきたな、結婚していないけど……」

 

 ノヴァは今の奇妙な状況に何とも言えない感情を抱いているが不快ではない、そんな事を考えながらある部屋に入る。

 其処にはサリアとルナリアの治療を担当しているアンドロイド──マカロンが待機していた。

 

 マカロンという名は自分の治療をしてくれるアンドロイドが名前を持っていない事を知ったルナリアが付けた名前だ。

 出典元は世界のお菓子図鑑であり、医療とは全く関係のない名前ではあるが名付けられたマカロン自身が笑いながらも気に入ったので正式な名前になった。

 

「ルナリアの容体は安定しているように見えるがマカロンから見て問題はないか?」

 

「経過観察、バイタルの値から私も安定していると考えます。ただ気がかりとして回復が早すぎる位でしょうか」

 

「そうか、何かされているのは確定か」

 

「ですが彼女の身体の回復力が並外れて高いだけの可能性もあります。それだけであれば危険視する必要は無いと考えます」

 

「私も同意見です、仮に彼女が私達に何らかの危害を加えようとしても直ぐに取り押さえられる体制にあるので問題はありません」

 

 子供の怪我は治りが早いと言うがルナリアの場合は身体中にあった内出血跡、栄養失調によるるい痩が食事療法によって見違えるように改善した。

 本来であれば体調回復に一ヶ月を予定していたが、ルナリアは僅か五日間で急速に回復したのだ。

 骨が浮き出ていた身体は脂肪が付き健康体に近付いて行き、内出血は身体中からほぼ姿を消してしまった。

 通常であれば急激な変化には何らかのリバウンドが考えられるようなものだがルナリアの体調は至って健康である──それが彼女が常人とは何かが違うことの証拠である。

 そしてサリアの言う事も事実であり健康になったルナリアが何かしらの危害を加えようとしてもアンドロイド達によって容易く制圧出来る程度の力しか持たない。

 

「それに関しては任せる、後は記憶の方だが戻ってきているな」

 

「はい、ここ数日は特に顕著です。ですが自分から言い出さない事からも思い出したくない記憶である可能性が高いです」

 

 記憶に関しても日常生活を送る過程で出てくるふとした動作や行動からも記憶が戻ってきている事が分かる。

 だがルナリアはそれを隠そうとする、咄嗟に出た行動を誤魔化し記憶が戻っていない振りをする。

 どうして振りをするのか、それとなくルナリアに聞いてみても戻っていないと必死に誤魔化すだけだ。

 

「本人から言い出してくれるまで待つしかないが」

 

「そうするべきでしょう、失った記憶の向き合い方に正解はありません。彼女自身が答えを出すのを我々は待つしか出来ませんから」

 

 思い出したくない記憶なのだろう、ルナリアは不安を感じるとノヴァやサリアに抱き着いてくる癖が出来つつありここ数日は特に多い。

 出来れば問いただしたいが誤魔化す事が分かっている以上、無理矢理聞き出す事をするつもりがないノヴァ達はルナリアの方から言い出してくるのを待つしかなかった。

 

 そしてルナリアについての報告を終えたマカロンが部屋から出ると残されたノヴァとサリアは医療アーカイブの確保に向けた話し合いを始める。

 

「ノヴァ様、此方が空撮で得られた航空写真です」

 

 サリアはノヴァにノート型端末を差し出す。

 端末には沿岸拠点から遠くない位置にある工業地帯の航空写真が映されている。

 夜間の撮影にも関わらず画面には明かりらしき物が多数確認でき街を照らしている。

 だが偵察機に搭載されているカメラが廃品からの発掘流用である為解像度には限界があり、人らしき存在は確認できてはいるがそこまでだ。

 

「空撮は此処までが限界か、だが人が住んで居る事が確定しただけでも十分。後は工業地帯に潜入する人員だが……」

 

「私は勿論付いて行きます」

 

「サリアには勿論付いてきてもらう、他にも人員としてハイブリット機体を持つアンドロイドを二人、合わせて四人で潜入する」

 

 詳しい生活状況までは撮影から推測する事は出来なかったがそれでもノヴァにしてみれば初めて見る人の集落である。

 だがこの辺りは行商人のポールの巡回範囲外であり、彼の同業者も同様であるため事前の情報収集が出来なかった。

 出来れば行商人といった身分を偽って正面から街に入りたい、だが街の詳しい情報が判明していない事に加えルナリアの虐待を見過ごしていた可能性が高い街である。

 治安維持に問題があるのか、それともルナリアの虐待は巧妙に隠されたものなのかを判断する為に情報収集を兼ねた潜入が最適とノヴァは考えた。

 

「明日の日暮れに紛れて街に接近、潜入する。戦闘は可能な限り避けていき目的の医療アーカイブがあるだろう中核病院に向かう」

 

 そうして街に潜入する計画を立て終わったノヴァは翌日、準備を整えて拠点を出発しようとした。

 

「パパ、ママ、何処行くの」

 

 だが拠点入口には潜入用に用意した車両に乗り込もうとしたノヴァに立ち塞がる様にルナリアがいた。

 そしてノヴァを見付けると此処からいなくならないでと言わんばかりに脚にしがみ付いてきた。

 

「ルナ、仕事で少しだけ離れるだけだよ明後日には戻ってくるから」

 

「いや、行かないで、此処に居て?」

 

「向こうに大きな街があるらしいから色々と買ってこようと思ってね。同じような食事で食べ飽きて来ただろう」

 

「……ダメ、行っちゃダメ!我儘言わないで我慢してご飯食べるから…、行かないで!」

 

 ノヴァが何を言おうとルナリアは取り合わない、ひたすら脚にしがみ付いて嫌々と首を横に振るだけだ。

 其処にあるのは両親から構ってほしいと言う幼心ではなく、必死さと悲観が合わさったものである。

 正直に言えばノヴァは見ていて辛い、だが此処で中断してしまえばこのままズルズルと延期を続けていくのが目に見えてしまうため中断は出来ない。

 

「何か思い出したのか?」

 

「……!」

 

 ノヴァは卑怯ではあるが記憶について尋ねる事でルナリアを動揺させて拘束から抜け出そうとした。

 だがノヴァの予想を裏切りルナリアの脚を掴む力は弱まる事無く、寧ろより強くノヴァの脚を拘束する結果となった。

 

「怖い感じがするの、だからいかないで!」

 

「ルナ、私達はこう見えてもとても強いのです。ママもそうですが、パパもミュータントも一人で倒す事も出来ます。だから安心してください」

 

「そうですよ、ノヴァ様もサリア様も皆さんとても強いのです。ルナリアは此処で私と二人の帰りを待ちましょう」

 

 ノヴァだけでなくサリアとマカロンも加わっての説得は困難を極めた。

 何とかノヴァの脚を掴んでいたルナリアを両手を外したが、今度は泣き出す一歩手前の顔になるとノヴァとアンドロイド達が慌てふためいた。

 

「……絶対帰ってきてね」

 

「大丈夫だよ、仕事が終わったらすぐに帰ってくるよ」

 

 顔にはありありと不満があったルナリアだが最終的には送り出してくれた。

 車両に乗り込み拠点を出発するノヴァ達、後ろを振り返るとルナリアが見えてしまい後ろ髪を引かれるのでノヴァは振り返ることは無かった。



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眼を開け

※注意、残酷な表現があります、見る人によっては不快に感じるのでご了承ください。


 ノヴァはまだ見ぬ街に住む人達に期待していた。

 

 ノヴァの乗った車両が向かう先は沿岸部ある工業地帯に築かれたコミュニティ、この過酷な世界で生き街を営むほどの力を持ったコミュニティとはどれ程のものなのか。

 事前調査である航空写真から分かる事は人工的な明かりの量と広さから推測したコミュニティの規模だけ、其処に住む住人の政治思想・人種・経済活動等は何も分かっていない。

 もし彼らの住むコミュニティが閉鎖的であり排他的であればノヴァ達は歓迎されないだろう、そればかりがあらぬ疑いを掛けられるかもしれない。

 無論可能性の話であり、非常に友好的なコミュニティの可能性もある。

 そんな風に潮風に吹かれながら進む車両の中でノヴァは様々可能性を考えていた。

 

 ノヴァは見知らぬ街へ行くことに浮足立っていた。

 

 今迄他所の街どころか村さえ見た事も無く、行商人ポールからの情報としてのみ他のコミュニティの存在を確認していただけのノヴァ。

 もし生存に必要不可欠な食料が不足すれば何としても村などのコミュニティを探して加入したかもしれない、だがそんな危険な状態に陥る事もなく今迄ノヴァは生きてこれた。

 そして本拠地に定めた安定した生活を送れるようになってからは他のコミュニティを尋ねる理由も皆無になり気にもしなくなった。

 

 ノヴァは本人さえ気付かない内に夢の様な物を抱いていた。

 

 これほどの規模の大きな街を維持するには相応の経済活動・食料自給の目途が立っているのは間違いない。

 この街に住む人は何を食べ、どんな仕事をしているのか、どんな人が住んでいるのか、どんな特徴があるのか、また見ぬ街にノヴァの期待は高まる。

 テレビ画面に出力されていたミニチュアのような街ではない、今を、この世界を生きる人々が積み重ねて来た結晶なのだ。

 

 ノヴァの乗った車両を海岸から吹く潮風が撫でる、街に近づくにしたがって暗闇に包まれた世界の一角が仄かに明るくなっていく。

 光の正体は街を照らす明かり、過去の繁栄に比べれば星明りを掻き消すほどの光量もない弱弱しい光だ。

 それでも明かりの下には多くの人々がいるのだろう、そんな事を考えながら車両は街から少しばかり離れた所に止まりノヴァ達は車両から下りた。

 街を照らす光を頼りにノヴァ達は街に近付く、潜入用に揃えた装備の性能によって無音に近い音しか出さないノヴァ達を見付ける事はミュータントであっても困難である。

 

 そしてノヴァ達は街を囲う防壁も視界に収めた、それなりに高く一定の間隔で見張り台と思われる高台もありしっかりとミュータントに対しての防備を固めてある。

 碌な装備も無ければ乗り越える事は困難であり、大抵の人は正式な入口を使って中に入るのが常識である。

 だがノヴァ達は懐から潜入用の装備であるワイヤーガンを使い容易く防壁を乗り越える。

 

 そしてノヴァはこの世界に来て初めて街を見た。

 其処には多くの人がいた、喧騒があった、賑わいがあった──だがどれもがノヴァの思い描いていた物とは違った。

 

「何だこの匂いは……」

 

 今迄嗅いできた事のない匂いを感じる。

 何かが焼けた匂い、果物が腐ったような匂い、ミュータントの死骸が放つ内臓が腐敗した匂い、ノヴァにとっては不快としか感じない匂いが街には充満していた。

 

 それだけではない、見える範囲にある建物の幾つが焼け落ちている。

 廃墟と化したような建物が修繕も撤去もされずに幾つも連なっている、そしてその廃墟の中には人らしき存在も見て取れる。

 其処にあるのは誤魔化し様も無い貧困街、スラムを形成していた。

 

 言葉が出なかった、思い描いていた光景は何一つない、だがまだ防壁内の一番外側でしかないのだ。

 中心に行けば変わっているかもしれない、何らかの事情があるのかも知れない。

 そう考えたノヴァは一言も発すことも無く中心部を、人通りの多い通りを目指して建物の上を駆ける。

 

 スラムを見た、多くの人が襤褸を纏い俯きその場に死んだように地面に座り込んでいる──建物を走るノヴァ達を捉えた視線があった、だが暗く淀んだ目には生気を感じる事は出来なかった。

 

 喧騒が聞こえた、それは自慢の商品を宣伝する声だ──そして商品は物ではなく人だ、老若男女問わず売られている、年齢が若いほど高価に、老人に至っては十把一絡げに売られていた。

 

 銃声が聞こえた、一人の男を取り囲むように複数の男が銃を片手に取り囲んでいる、その一つから煙が昇っていた──そして取り囲んだ男達は嗤いながら弾丸を片脚に喰らい満足に動けなくなった男に何発もの銃弾を撃ち込む、泣き叫ぶ命乞いを無視して。

 

 中心に近付くにつれて喧騒は強まっていく、それに従いノヴァの顔色は蒼くなっていく。

 

 そして焼け落ちてもいない高層の建物の屋上、街の中心部を簡単に見下ろせる場所にノヴァ達は辿り着いた。

 其処からであれば誰にも見つかる事無く中心部を見下ろせた、だがノヴァの身を案じるアンドロイド達はその先へ進むことを引き留めた──其処にあるものがノヴァにとって有害な物でしかなかったからだ。

 

「……どいてくれ、サリア」

 

「出来ません、今のノヴァ様には見せられません」

 

 それだけでノヴァは理解した、この先にあるのが碌でもないものであると。

 正確な情報収集を行うのであれば見なければいけない、だがサリア達が引き留めた──見なくてもいい理由を作ってくれた。

 

「分かった、此処から離れて早く医療アーカイブの入手に向か──」

 

「助けてくれ!死にたくない!」

 

 だがアンドロイド達の行動は遅かった、街の中心部から発せられた悲鳴を聞いてしまったノヴァは振り返り悲鳴の元を見てしまった。

 

 其処は処刑台だった、今まさに一人の男が絞首刑台に連行されている所だった。

 それだけなら、まだ何とか理解を示せたかもしれない。

 街の行政機関が行き届き無法を起こしたものを見せしめに殺す事で治安を維持し犯罪を抑制している、そんな見方が出来たかもしれない。

 

 だがそうではなかった、中心部には幾つもの首つり死体があった。

 男も女も子供も老人もいた、遺体はそのまま放置され腐り、鳥が腐肉をついばんでいた。

 そんな異常な風景にあって処刑に集った人々は喝采を放っている、異常を異常と認識していない悍ましい風景が広がっていた。

 

「うぷっ……」

 

 吐き気が込み上げる、胃の中に納まっていた食べ物が胃液と共にせり上がってくる。

 それをノヴァは口を両手で塞いで吐くのを我慢した、だが現実として目の前で起こっている処刑が止まることは無い。

 絞首刑台に連れていかれる男は襤褸を纏った男だ、布で隠されていない顔や腕には数えきれないほどの青痣があり、乾いた血が腕や顔にこびり付いている。

 虐待を受けている、そうとしか言えないような酷い姿だった。

 その姿を見て処刑に集った観客たちは嗤った、面白い見世物であるかの様に──いや、事実として男の処刑は見世物なのだろう、その死に様を見る為に多くの人が集ったのだ。

 

「さあ野郎ども、今までさんざん手を焼かされてきたネズミ共の一匹だ!

 さて、コイツの数多くの罪を犯してきた、その罪状は数え切れないほどあるが主な罪4つ読み上げる!

 一つ、街の支配者であるゾルゲ様への上納金を滞納した事!

 二つ、課されたノルマを熟すことなく10日も無駄飯を喰らった事!

 三つ、身の程を弁えずに奴隷仲間を庇った事!

 最後に、この街を支配するゾルゲ様へ愚かしくも反抗を企てるドブネズミ共に手を貸した事だ!

 こんな愚かで馬鹿な男はどうすればいいのか、お前達分かるか!」

 

「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」

 

 処刑を取り仕切る男の声が拡声器を伝って大きく広がっていく。

 その男の呼びかけを受けた人々は揃えて叫ぶ、殺せ、殺せと。

 処刑場に武器を携え暴力の気配を色濃く纏った無法者の集団が声を荒げて連行された男の破滅を声高に叫ぶ。

 

「そして今でも反抗的な考えを持っているカス共も理解できるか、お前達の抵抗なんて無駄だと、無意味だと、理解したか!」

 

 拡声器で男が告げる言葉は誰に向けた物なのかノヴァには分からない。

 だが視線の先いる連行された男は泣き叫ぶのを辞めていた、そして首に縄を掛けながらも自らの処刑に集った無法者に対してありったけの憎しみを込めた呪詛を放つ。

 

「黙れクズ共!お前達がしてきた悪行はいつ──」

 

 だが呪詛は最後まで言い終える事はなかった。

 足元にある床が割れて男は吊るされた、一瞬の出来事であり男は何も出来なかった。

 

「あ、悪い手が滑った。それと俺達が見たいのはお前達が無様に泣き叫ぶ姿なんだよ、ってもう聞こえてないか」

 

 だが男は死んでいなかった、直ぐに死ねなかった。

 縄の長さが足りずに脊椎骨が骨折する事もなく延髄の損傷によって身体機能が停止することが無かった。

 縄によって首に走る動脈が完全に遮断される事なく脳死する事も無かった。

 ただひたすら意識が失われるまで窒息による多大な苦痛を味わう事しか出来ない。

 

 そんな首を吊るされた男の苦痛に歪む顔を集った無法者達は嗤いながら見ていた。

 死ぬまでの時間に金を掛けている者もいた、心にもない声援を送る者もいた。

 

 もう見ていられなかったノヴァは視線を外そうとし──吊るされた男と目が合ったような気がした。

 そんな筈はない、建物の屋上で夜の暗闇に包まれたノヴァ達を男が見る事は出来ない。

 だがノヴァの視線を男は捉えていた、そして窒息による苦痛に苛まれながらも口を動かした。

 声など出る筈もない、出たとしても屋上まで聞こえる事はあり得ない。

 だが男が何を言ったか、何を願ったのかノヴァは分かってしまった。

 

「ノヴァ様!」

 

 サリアが止める間もなく抜いた拳銃を発砲する。

 潜入用にカスタマイズした拳銃は亜音速弾の銃弾を小さな音で撃ち出し、大型のサプレッサーは銃声を可能な限り抑える。

 処刑の喧騒に完全に掻き消された銃声、そして放たれた銃弾は吊るされた男の頭蓋を正確に撃ち抜いた。

 即死である、脳髄を破壊された身体は抵抗する力を失った、窒息によるいつ終わるとも知れない耐えがたき苦痛から男は解放された。

 

「う、うぇぇぇ……」

 

 ノヴァは吐いた、ノヴァには男が殺してくれと叫んだように見えた、ノヴァには銃弾が頭蓋を貫き死ぬまでの刹那の瞬間男が笑ったように見えた。

 

 ゲームでは寂れた農村から発展した街といった数々の集落があった。

 だがゲームの都合により現実世界で考えれば到底街とは言えな小さな規模の集落しかノヴァは見たことが無い。

 其処には多くのNPCがいた、与えられた役割を熟すだけの単純なプログラムで造られたキャラクターであった。

 

 この街はゲームでは無く現実であった、此処は悪徳によって栄えた街、無法者が支配する街、ノヴァが思い描いていた街ではなかった。

 

 治まる気配のない吐き気で胃液を巻き散らしながらノヴァは願った、吊るされていた彼が安らかに死ねた事を。




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人の業

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 吐き気が収まったのは胃の中にあるものを残さずぶちまけてからだ。

 それでも未だに嘔気が収まらない身体を動かし立ち上がる。

 この手で撃ち殺した男が吊るされている処刑台を見れば集った男達が声高に互いを罵り合っていた。

 男の生存時間に金を賭けていた者が不正だと叫んでいる、胴元はお前達が殺したのだろうと叫んでいる。

 誰も男の死について考えていない、自分の出した掛け金の行方が最重要なのだ。

 

「ノヴァ様、引き揚げましょう」

 

「いや、今日終わらせる」

 

 サリアの言葉はノヴァを体調から判断したものであり、正しい物である。

 それに従ってしまえば楽になれる、いざとなればサリアがノヴァを背負って拠点まで連れ帰ってくれるだろう。

 

 だがそれは出来ない、それをしてしまえばもう二度と自力で立ち上がれないような予感があった。

 なにより、此処で逃げ帰るようでは自ら殺した男の死を貶めてしまう、そんな事は出来ない。

 

「……道案内を頼む、此処にはもう二度と来たくない、今日で全て終わらせる」

 

「分かりました。ですが私が危険と判断した場合は何があろうと連れて帰ります」

 

 サリアを先頭にしてノヴァ達は目的地の病院に向かう。

 街の中にある建物の屋上は物が少なく障害物になりそうなものは殆どなかった。

 ノヴァは人工筋肉を使用した強化スーツで、サリア達はハイブリット型の身体が生み出す膂力で立ち止まる事無く駆けて行く。

 時折ノヴァは駆けて行く建物の下を見たが何も変わらない、街で今迄見た景色が何処にでもあった。

 明るい通りには無法者が蔓延り、暗い路地裏には息を潜めて生きる浮浪者が多くいた。

 悪徳を煮詰めたような街、希望も何もない、絶望と悪意が満ち満ちた風景が何処までも広がっているだけだ

 

 ノヴァは下を見るのを辞めた、ただひたすら先導するサリアの背だけを見ていた。

 そして中心部から離れた場所にある建物、目的地である病院を一望できる場所に到達した。

 後は病院に潜入し目的の医療アーカイブを探し出して持ち帰れば全てが終わる、帰る事が出来る。

 そんな考えが沸き上がって来たノヴァだが隠れて病院を観察する最中に不可解な点が幾つも見つかった。

 

「警備がある?無法者が此処に警備を置く理由は何だ?」

 

 ノヴァの視線の先にある病院は幾つもの建物が連絡通路で繋がったかなり大きな建物である。

 その病院の正面玄関、入口の一つには警備のつもりなのか何人もの無法者がいた。

 それだけではない、建物の何カ所には外から見ても分かる電灯の明かりが付いており電気が通っている事が分かる。

 

 それがノヴァには異常に見えた、人を人と思わないような人でなし共が病院の施設を運用できるのか。

 それともノヴァが無法者を過小評価してしまっているのか、彼らの中には維持管理が可能な技術者がいるのか。

 目に映る全てが異常に見える、だが芽生えた疑念のお陰で沈み込んでいたノヴァは持ち直した。

 何より無法者が警備までしている建物に何があるのか、このまま放置するつもりはない。

 

「サリア達は外で監視をしてくれ。後いざとなったら助けに来てくれ」

 

「分かりました」

 

 ノヴァはサリア達と別れ単独行動を開始する。

 サリア達は身体は正面切っての戦いならミュータントが相手でも互角以上に戦う事は出来る。

 だが潜入や隠密と言った行動には最適化されておらず、この分野においては今もノヴァがアンドロイド達を差し置いて最も優れている。

 

「此処の匂いも酷い」

 

 強化スーツの脚力で塀を乗り越え無音で建物内に侵入する、そして入った瞬間にノヴァの嗅覚は幾つもの匂いを捉えた。

 薬品の匂い、血の匂い、何かが腐った匂い、幾つもの匂いが混ざり少しばかり吐き気を覚えるが我慢してノヴァは進む。

 どうやら入り口を重点的に警備を置いているよう病院中の警備は手薄である、巡回しているのか何人もの無法者を見たが誰もが気を抜いていて警備がおざなりである。

 その代わりに監視カメラと言った機械的な警戒装置は幾つもある、まるで巡回の人員を信用していないような配置ぶりであり警備はむしろ中の方が厳重である。

 

「何だ此処は……」

 

 余りにも歪な警備とそれに使われる技術、ノヴァの疑念は更に膨らんでいくが最優先目的が医療アーカイブの入手である事は忘れていない。

 病院内の端末を探し出して、其処を入口にして内部システムに侵入する。

 どうやら電子的な侵入も警戒していたようで幾つものプロテクトが掛けられているがノヴァにしてみれば容易く解除できる代物でしかない。

 病院内の見取り図を入手、目的の医療アーカイブへの保管庫を確認、監視カメラを掌握、ここ一時間の記録をループして映し出すように設定、赤外線センサーを用いた警戒装置は即座に解除、端末上では正常に稼働中と表示されるようシステムを書き換えていく。

 そうしてノヴァはハッキング用の端末を駆使して病院内の警戒システムを掌握、後に残ったのは巡回しているやる気のない警備員だけである。

 いっその事殺してやろうかと考えたが隠密行動である以上余計な行動は無駄であり、敵に余計な情報を与える様な事はしたくない。

 ノヴァは掌握した監視カメラを使いながら警備員に見つからないように進んで行き、それから十分も経たずに目的地である医療アーカイブの保管庫に到達した。

 施錠された扉を解錠して中に入れば大型の装置が静かに稼働していた。

 その機械を分析すると如何やら中に医療アーカイブのデータを収めたストレージが幾つもあるようだ。

 一つのストレージには分割したデータが収められており機械に接続された全てのストレージを統合する事で医療アーカイブを再現している様だ。

 そうであれば機械を正常な手順で機能停止させてからストレージを全て抜き出す必要がある。

 

「アーカイブを見付けたが、この配線は何処に繋がっているんだ?」

 

 だがノヴァはその作業に直ぐに取り掛かる事が出来なかった。

 何故なら本来であればない筈の配線が機械に繋がれていて、それが別の部屋に続いているのだ

 もし病院側のシステムから見付けた配線図に間違いが無ければ、この配線は後から付け足された物である。

 そしてノヴァは配線が続いている先にあるであろう部屋に心当たりがあった、其処は端末を操作して病院のシステムを掌握過程で見つけたシステムから物理的に隔離されている領域、それがある部屋である。

 掌握過程でノヴァの端末から判明したのは隔離領域に送られる膨大な電力使用記録と物資搬入記録のみだ。

 それ以上の情報は隔離されているためそもそも載っていない、だからこそ不用意に装置の機能を止める事が出来ない。

 この追加された配線が繋がっている領域、其処の装置がアーカイブの機能停止に合わせて警報を出すかもしれない。

 

「行くしかないか……」

 

 システムからしてアーカイブ側から操作は出来ない様になっている。

 やろうと思えばできるが万が一を考えてノヴァは隔離領域から直接操作する方を選択した。

 急造で造られた配線に従ってノヴァは病院の奥に進んで行く、そして配線は非常階段、その地下に続いていた。

 大型の病院である為非常階段の作りも大きい、中央の吹き抜けから下を見れば薄明りで何とか下が見える程度だ。

 

 不気味、ただその一言に尽きた。

 それでもノヴァは配線を辿って地下に降りていく、一段一段音を立てない様に、僅かな音も聞き漏らさない様に、そうして病院の最下層に到達して漸く配線は下から水平方向へ向きを変えた。

 

「まだ続くのか……」

 

 ノヴァにも疲労が溜まっている、だがここまで来たからには隔離領域をどうにかしなければならない。

 息を整えたノヴァは非常階段から出る、そして其処には大きな地下空間が広がっていた。

 空間の広さからして幾つもある病棟は地下で繋がっているようであり病棟の数だけ大型貨物エレベーターがあった。

 だがノヴァの目を引いたのはそれではない、幾つもの医療カプセルと思わしき装置が等間隔で幾つも並んでいるのだ。

 

「医療用のカプセル?いや、それにしては大き過ぎる」

 

 直ぐ近くにあった医療カプセルをノヴァは分析する。

 それでノヴァは分かった、コレは人間用に作られたものではないと。

 何よりこれらを運用するには病院の維持管理など目ではない高度な技術が必要である。

 

「奴等が運用できる技術ではない、第一これ程の施設を運用できる電力は何処から来ている」

 

 隠密行動である事を忘れてノヴァは叫び出したい衝動に駆られる。

 だがこの空間に何が潜んでいるか分からない、息を潜めノヴァは配線を辿っていく。

 そしてアーカイブを収めた装置よりも大型の電子装置が稼働しているのを発見した。

 直ぐにノヴァは装置に接続して隔離領域の掌握に取り掛かる。

 病院側のシステムとは比較にならない強度を持ったプロテクト、それを苦労しながらもノヴァは解除し地下空間に広がる設備の正体を探る。

 

「ダムの水力発電、奴等ダムまで支配下に置いているのか」

 

 内部システムを閲覧する事で分かったのは膨大な消費電力とそれを支える水力発電の存在。

 此処から離れた場所に建造されているダムから得られた電力の大半を使って漸く維持できる代物である。

 それ以外にも物資搬入記録などの多くの情報があったが端末を操作する過程で一つのファイルがノヴァの目を留めた。

 

「経過観察記録?」

 

 ファイルを選択する、中には膨大な数の資料とそれに付随する映像データが紐づけられていた。

 その中でノヴァは『失敗作00067』と書かれた映像を選択し再生した。

 

「人が眠っている」

 

 其処にはノヴァが見た大き過ぎる医療ポットの中に眠ったように浮いている人がいた。

 身体中に無数のチューブが繋がれており、その医療ポッドの周りには白衣を着た男達がいた。

 そして男に繋がったチューブから何かが男に入り込む、その直後眠っていた筈の男は激しい痙攣と共にポッドの中で暴れ出す。

 何度も何度も手の骨が折れるような音を響かせながら医療ポッドを男は殴るがポッドは壊れることは無く、その数秒後に男の身体が膨れ上がった。

 皮膚が裂け、筋肉が腫脹し、牙が生え──だが急激な変化に耐えられなかったのか男の身体がポッドの中で弾けた。

 中の溶液が真っ赤に染まり、それ以降の映像は無かった。

 

「人体実験?いや、その段階にはない、此処は何なんだ」

 

 端末を見る、『失敗作00067』以外にも同様の記録はあった。

 そして流し読みをする中でファイルの題名は『失敗作』から『成功体』に変わっていた。

 

「生物兵器……製造過程、記録、事故記録、素材の安定供給、母体の有効活用、素材の段階的な強化……」

 

 人がいた、子供も、大人も、男も、女もいた。

 彼らの姿が変わっていく、人でないモノに、泣き叫んでいる、助けを乞うている。

 それらを無視して実験は続けられていく、その結果が膨大な情報となって蓄積されていく。

 

「うえぇぇ……」

 

 ノヴァは吐いた、もう何も吐く物がないのに関わらず胃は締め上げられる、胃液と涙が流れていく。

 床に這いつくばるしか出来なかった、医療アーカイブをどうするとかは頭から消えてしまった。

 此処に来るんじゃなかった──その思いしかノヴァの心にはもうなかった。

 

 

 

 

 這いつくばるノヴァはまだ気付いていない、人でないモノ達が静かに忍び寄っている事に、涎を垂らして悪意の結晶が迫っている事に。




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死神

 その接近に気付けたのは偶然ではない。

 確かに可能な限り音を消して接近していた。静かにゆっくりと違和感を抱かせない様に忍び寄る動きは暗殺者として優れた能力である。

 これが只の人間であれば気付かれる事無く一息に殺せただろう。

 だがノヴァの装備している強化スーツは身体能力を強化するだけでなく、複数の小型センサーを死角をカバーするように設置している。

 センサーから得られた情報を統合する事で相手が死角を突くように行動しているつもりでもノヴァには筒抜けである。

 

 ノヴァの背後、20mに何かがいた。

 それはゆっくりとだが着実にノヴァに近付いている、無音で忍び寄る動きは手練れの暗殺者のようである。

 15m、ノヴァは勢いよく振り向き構えた拳銃から銃弾を全弾発射する。

 亜音速弾であるが此処まで近付けば逃げられることは無い、そしてノヴァの予想通り銃弾は全て背後に忍び寄った何かに命中した。

 

「!?」

 

 だが何かはそれで死ぬことは無かった。

 その場から転がるように離れる。ノヴァの頭があった場所に鋭い爪が突き立てられた。

 丈夫な床材は容易き斬り裂かれ、破片が幾つも宙に舞う。

 床に転がりながらもノヴァは空になった弾倉を捨て新しい弾倉を拳銃に込めると再び発砲した。

 亜音速弾とサプレッサーが合わさって小さく軽い音が鳴り響く。

 頼りない音に聞こえるが込められた殺意は本物である。

 幾つもの銃弾が暗殺者の身体に突き刺さる、だが敵は痛がる素振りもなく避ける事も無かった。

 

 ノヴァは敵を見た、成人男性を軽く超える体躯を持っている。

 四肢は発達し、されど歪な変形を起こしており両手足は異様に長く、移動方法は両手足を使った四足歩行である。

 髪が一切ない剝き出しの頭部には外科的手法を施されたのか幾つもの縫合跡がある。

 目は血走りノヴァを捉えて離さない、誰もが恐れ恐怖する異形の化物がいた。

 

 それだけではない化物の身体にはノヴァの放った銃弾が幾つも食い込んでいる。

 銃創からは血が流れている事から効果があるとノヴァは考えた。

 だがノヴァの目の前で化物の身体が変化する、銃創で空いた穴の周囲が蠢き弾丸が排出された。肉が盛り上がり穴が塞がった。

 驚異的な再生速度である、生半可な銃撃は化物には意味が無い事をノヴァに知らしめる。

 

 傷を治した化物が駆ける、異様に長い手足から繰り出される加速度はノヴァの想像以上。

 すぐさまノヴァは後方に下がり距離を詰めさせないようにする──此処でセンサーが新たな敵を感知した。

 

「!?」

 

 脇目も振らずにノヴァは横に跳んだ、その瞬間爪が襲い掛かった。

 幸いにも喰らう事はなかったが窮地を脱した訳ではなかった。

 

「四体か……」

 

 ノヴァを取り囲むように同じ姿をした化物が四体、これで終わりかどうか分からない。

 だが高い身体能力に、驚異的な切断能力を有する爪、止めに高い再生能力を持っている。

 化物はノヴァを取り囲み隙を伺っている、少しでも隙を見せればいとも容易く殺されてしまうだろう。

 

 だが此処で死ぬつもりはノヴァにはない。

 

「ッ!」

 

 正面に陣取る怪物に向かい駆ける、強化スーツの膂力による急激な加速に身体が軋むが無視する。

 怪物はノヴァの速さに反応が追い付いていない、起こされる前に背中に背負った銃器を構え怪物の口に突き刺す。

 念の為に用意した強化スーツを着た状態で使用する事を前提とした大型散弾銃、それを化物の口を引き裂きながら突き刺し──発砲。

 潜入用にカスタムした拳銃とは比べ物にならない、燃焼ガスと大粒の散弾が怪物の身体を膨らませ破裂させた。

 内臓が、脊椎が、骨が、血が、全て一緒くたとなって爆ぜる、如何に優れた再生能力を持っていようが限界を超えた損傷は治せない。

 

 頭部と両手足だけ残した化物は碌な反撃をする事もなく死んだ──だが、まだ三匹残っている。

 

 化物が背後から迫る、ノヴァを獲物ではなく脅威と定めた三匹が必殺の意思を込めた一撃を放つ。

 一匹は腕の関節を外し、元から長い腕をさらに延長し鞭の如く振るう。

 もう一匹は異様に長い舌が伸び槍の様な鋭さを持って放たれる。

 最後の一匹は──何かをする前にノヴァに詰め寄られる。

 振るおうとした腕を掴まれ、強化スーツの膂力にものを言わせてノヴァは化物を振るい、投げ飛ばす。

 投げ飛ばされた先にあるのは凶悪な爪と舌であった。 

 

「!?!?」

 

 化物は叫ぶことは無かった、叫ぶために必要な声帯を取り除かれているのかもしれない。

 右腕、右脚を斬り飛ばされ舌は下腹部を貫いた。

 意図しない同士討ちに化物は混乱したのか動きが鈍る──それは大き過ぎる隙であった。

 

 ノヴァは片手に散弾銃を持ち、片手には大型ナイフ、いや短剣とも呼べる程の刃渡りを持つ刃物を握る。

 

 一撃目で関節を外してまで伸ばした腕を赤熱を発する短剣の刃が焼き切る。

 二撃目で碌な防御も出来ず、逃げる事すら出来ずに無防備に晒された化物の首を半ばまで焼き切った。

 丈夫な頸骨を断つには勢いが足りなかった、だがそれで充分だ。

 

 短剣を手離したノヴァは、そのまま駆け抜け最後の怪物に向かう。

 勢いよく舌を放つ為に両手足を地面に付け低い体勢のままの化物、その頭部はなんとも蹴りやすい位置にいた。

 

 強化スーツの膂力、その全てを片脚に込めてノヴァは化物の頭部を蹴る。

 余りの力に頸骨も張り巡らされた筋繊維もなすすべなく砕かれ千切れた。身体から切り離された頭部は勢いよく吹き飛び地下空間の壁に衝突し紅い花を咲かせた。

 

 ノヴァはセンサーからの送られてくる情報から他に襲い掛かってくるような敵はいないと判断した。

 

 振り返ると未だに心臓が動いているのか頭部を失くした身体が小刻みに動いていた。

 ノヴァは散弾銃を身体の中心部、心臓を巻き込める位置に銃口を押し当て放つ。

 

 藻掻いていた、頸骨を半ばまで断った事で脊椎を焼かれた化物は碌に動かない身体を震わせている。

 首が半ばから断たれている、されど再生能力によって傷を塞ごうとするが短剣が発する高熱で肉は焼け、血は強制的に焼き固められている。

 短剣を握り首を完全に切り落とすと頭と体をそれぞれ散弾銃で砕く。

 

 最後に残った一匹は──残された左腕と左脚を使って這うように逃げていた。

 最早自由意志は欠片も残っていまい、人であった頃の何もかもが失われ生物兵器にされてしまった。

 

 そう、生物兵器だ。

 豊富に存在する人という資源を使って生み出された兵器、ミュータントに対抗でき、人の手で制御可能、生産可能な兵器。

 環境の急激な変化によって生まれ元となった生物としての形を色濃く残すミュータントとは違う。

 殺す為に、目的に準じてデザインされ不要な物は取り除かれた歪な存在。

 

 此処で慈悲を見せて逃がしたところで何かが変わる訳でもない。

 逃がした先で更なる殺戮を行うだろう、そのようにあれかしと作り替えられたのだから。

 

 逃げる化物の残された手足を散弾銃で吹き飛ばす。

 叫ぶことも何も出来ない哀れな怪物の頭部にノヴァは銃口を押し付ける。

 

「どうか安らかに眠ってください」

 

 引き金を引いた、それで全てが終わった。

 

 静かになった地下空間でノヴァは端末を操作する。

 真っ赤に染まった身体で端末に表示された文字を口に出した。

 

「素材保管庫」

 

 それは今だ生物兵器にされていない、これからされる予定の素材達を収監した場所が記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、いい加減ゲロっちまえよ。お前は十分頑張ったよ、誰もお前を責めやしねえよ」

 

 幾つもの拷問道具が並べられた部屋の中で椅子に拘束された男、ロバートは何回目かも分からない台詞を聞いた。

 ロバートの目の前にいる男、この拷問部屋の主にして最悪のサディストはヘラヘラ笑いながらロバートへ馴れ馴れしく話しかける。

 

「……」

 

 そんな軽口に言い返すだけの体力はロバートにはなかった。

 出来る事と言えば不快な声に耐え続けるだけだ。

 

「だんまりか、いいのかそれで。このままじゃお前は化物の素材になるんだぞ。もし話してくれれば俺からドクターに伝えて素材リストから外せるぞ」

 

 クズ共の協力者であるドクター、その男との個人的なパイプを持っている事が男の自慢の様だが笑える話である。

 一体何人の仲間がその言葉を信じてしまい破滅したか、そもそもパイプなど目の前の男の法螺話でしかない可能性もあると言うのに。

 

「くはは、何度その手を使って仲間達を騙して来た、今更信じると思っているのか。そう思っているなら救いようのない愚か者だな」

 

 ロバートは残された気力で目の前の男を嗤う。

 そんな事すら分からないのか拷問官は間抜けづらを晒している、少しばかり気分が良くなった。

 

「!?」

 

 だがすぐさま耐え難い痛みが身体を襲う。

 最早叫ぶ気力は残っていない、その代わりに椅子に拘束された身体を揺らす、それしか出来ない。

 痛みの発生元を見れば残っていた筈の爪が全て剥がされている、剥き出しになった肉からは血がぽたぽたと流れている。

 

「あんたすげえよ、此処まで俺を怒らせる奴は中々いねえよ。その馬鹿さに免じて一本ずつ指を切り落としてやるよ」

 

 如何やら拷問官にあったらしいプライドを刺激したようだ。

 碌なプライドでもないくせに、だがそれが目の前の男が唯一持っているモノなのだろう。

 だからといって殊勝な気持ちなど一欠けらも湧かないが。

 

「おい、大事な素材だぞ。余り傷つけるなよ」

 

「いいんだよ、頭と心臓さえ動いていれば十分だ。指切りの道具持って来いよ」

 

「たっく人使い荒いんだよ」

 

 拷問部屋にいたもう一人の男が部屋から出ていく。目の前の男が自慢げに話している道具を持ってくるためだろう。

 

「さて、何本でお前はゲロってくれるか楽しみだな!けどよ、簡単に折れるんじゃないぞ、そうなったら俺が面白くないからな」

 

「外道共が……」

 

 口からは悪態が出てくるがそれだけだ。

 何かをしようとする気力も体力も尽きかけている、それでも目の前のクズを睨むことだけは辞めることは無い。

 意地があるのだ、どれだけ苦痛を与えられようと、睨む事しか出来なくとも……。

 

 だがもう間もなく最大の苦痛が我が身を襲うだろう、その事についていつまで持つかは分からないが覚悟をロバートは決める──だがその時は一向に訪れない。

 

「おい、道具一つ持ってくるのにどんだけ掛かってるんだ!さっさと持って来い」

 

 待ち草臥れたのか拷問官が声を張り上げる。

 耳に痛いほどの音だ、だが道具を取りに行った男からの返事は無かった。

 

「聞こえねえのか!返事くらいしやがれウスノロが!」

 

 男は拷問部屋の扉を開け叫ぶ。

 部屋の外に広がる廊下に叫び声が反射するが返事は……ない。

 

「おい、ふざけてんのか?面白くねえから出て来いよ」

 

 此処に来て男は言いようもない不安を感じたのか、それとも仲間達が自分をからかっていると考えたのかロバートには分からない。

 今までの荒々しい叫び声でなく、呼び掛ける様な声を男は出している事には気付いた。

 だがそんな男の呼び声に返事が返ってくることは無かった。

 

「マイク!ペロン!ガス!ラルフ!誰でもいい、返事をしろ」

 

 流石におかしいと感じ始めた男が仲間達の名前を大声で叫ぶ。

 そして何も変わらない、男の叫び声だけが空しく廊下に反響するだけだ。

 

「おいおい一体何の冗談──」

 

 それ以上男の言葉は続かなかった。

 まるで糸が切れた人形のように膝を付き、後ろに倒れる。

 男の顔をロバートは見た、何が起こっているのか全く理解していない表情のままであった。

 そして額には小さな穴が開き、其処からゆっくりと血が流れていた。

 

「生きているか?」

 

 その声を聴いた瞬間にロバートの全身に冷や汗が流れた。

 若い男の声、だがその声を今までの人生でロバートは聞いたことが無い。

 外に蔓延る無法者とは違い静かで落ち着いた声だ、だからこそ余計に恐ろしい。

 

「死んでいるのか?」

 

 ロバートは覚悟を決める、先程の指を切り落とされる事よりも強く。

 そして声がした方向に顔を向ける──そして死神と言いださなかった自分をかつてない程内心で褒めたたえた。

 

「君は……誰だ?」

 

 若い男は答えない、その姿をロバートは見た。

 全身が紅く染まっている、それだけなら派手な色の服を着た勘違い野郎と思う事が出来た。

 だが身に纏う匂いは硝煙と何かが焼けた匂い、そして隠し様も無い死臭だ。

 

「じっとしていろ拘束を解く」

 

 若い男は椅子に縛られたロバートの拘束を短剣で斬り裂いて行く。

 その刃がいつ自分に向けられるのかロバートは気が気ではなかったがそんなことは無かった。

 

「これを渡しておく、応急措置の薬と下の階の牢屋の鍵だ。此処は暫く安全だろうが逃げるなら早めにしろ」

 

 男はロバートの拘束を解くと容器に入った薬と鍵を差し出した。

 薬は判別できないが鍵は間違いなく下の階に捕らわれている仲間達のいる牢屋のものだ。

 だが安全とはどういう事だ?

 

「それはどういう……いない?」

 

 若い男はロバートが牢屋の鍵を見つめていた間に消えてしまった。

 急いで廊下に出るが男の姿は何処にもない、まるで幻覚のようだ、だが拷問官の死体がこれが現実であると物語っている。

 ロバートは急かされるように仲間達が捕らわれた牢屋に向かう──そして男が言った安全の意味を理解した。

 

 牢屋までの道は痛めつけられた身体には長く感じたが、生きて仲間達と再会できた喜びの前には些細な事である。

 

「無事だったか、ロバート!」

 

「ああ、何とかな。それより此処から逃げるぞ、動ける奴は出来ない奴を背負え」

 

「ロバート、だが奴等がいるぞ、今は何故か大人しいが動き出せば……」

 

 仲間達が言う事はもっともだ、此処はクズ共にとって重要な施設である。

 馬鹿ではあるが間抜けではない奴等はそれなりの数の人員を監視の為に配置している。

 此処から逃げ出すならば監視員をどうにかする必要がある、全くもって正しい考えである。

 

「安心しろ、それはない」

 

 しかし今の状況においてそれは間違いである事をロバートは知っている。

 だが彼の仲間達は理由が分からずに首を傾げるばかりだ。

 そんな仲間達を前にしてロバートは答えを口に出す。

 

「此処に居た外道共は死神に皆殺しにされていたよ。自分が死んだ事にも気が付いていない間抜けづらを晒してな」



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怖いもの

「ただいま、ゴメン、遅くなった」

 

 サリアが潜伏している建物に現れた全身を真っ赤に染めたノヴァ、その姿を見たサリアはほんの一瞬だけ目を見開いた。

 言いたいことが沢山あった、だが彼女はノヴァが何かしらの怪我を負っていないのか確認する事を最優先とした。

 そしてノヴァの被った血が只の返り血であると分かると何も言わずに飲料水を頭から掛ける。

 

 ノヴァの頭から流れる水が血を、こびり付いた肉片を洗い流していく。

 それは単に身体を清潔に保つだけの行動である、それがノヴァには身を清める儀式の様に思えて仕方がなかった。

 

「中で大勢の人が捕らわれていた。彼等を助ける過程で人でなし共、39人殺して来た」

 

「はい」

 

 『素材保管庫』と名付けられた牢獄、クリーチャーの素材である人間を一時的に閉じ込める施設。

 其処には街を占拠する無法者に反旗を翻す者達だけでなく多くの人が収監されていた、大人も子供。男も女も関係なく、そして等しくクリーチャーの素材になる運命だった。

 彼等を助けようと思った、それが出来るだけの力はあると自負があった。

 

 結果として助ける事は出来たと思う。

 

「地下で化物にされてしまった元人間、4人殺した」

 

「はい」

 

 クリーチャー、怪物になってしまった元人間、戦う前に見た実験記録では彼らの変異が事細かに記されていた。

 その記録は有無を言わさないだけの情報が書き込まれていた、不可逆の変化であり彼らが元に戻る確率は無い、救う手立てはない。

  

 だから殺した、そうする事が慈悲と思ってしまったからだ。

 

「それでさ、あれだけ殺したのに何も感じなかった」

 

 自分達が殺される事なんて露にも考えていなかった無法者達、隙だらけの彼等に鉛弾をプレゼントする事は造作も無かった。

 一人、また一人と機械的に、作業的に処理していく、その過程で何かを感じた勘の良い奴は近付いて首を折った、鼾を掻いて寝ている者には短剣を突き立てた。

 誰にも見つかる事無く皆殺しにしてきた。

 

 そして、その事に対してノヴァは何も感じるところは無かった。

 殺人に対して罪悪感も嫌悪感も無い、心を揺さぶる事なく殺せた。

 

「マリナが言っていた怪物、間違ってなかったよ」

 

 今日この日、容易く積み上げられた死体の数が物語っている、ノヴァという器は大量殺戮を可能とする力と技術を持っていると。

 戦いになれば動じることなく最善手を打ち続けられる、それが可能となる程の経験と呼べるものがこの身体には宿っていた。

 その経験は何処から来たものなのか、心当たりがあるのはやはりゲームしかなかった。

 ゲームの中で資源回収の為と言って多くの敵を殺してきた、ミュータント、アンドロイド、人、敵対する存在は等しく殺し誰一人として生かさなかった。

 無論それはNPCだ、定期的にポップする存在、決められたプログラムに従うゲームで欠かせないモノでしかなかった。

 そのNPCを殺し続けた、身に着けた全てを奪い素材とした、殺す事で膨大な経験を得た、その全てがノヴァの身体を動かしている。

 

 ノヴァの身体は兵器である。その器に入った魂が悪性であれば文字通りこの世界を破滅させる事も可能だろう、それでなくても小さな組織や村を滅ぼすには十分過ぎる。

 だがそうはならなかった。ノヴァという器に入った魂は偶然か必然なのか分からないが善性だった、善悪関係なく自分本位に無暗に災禍を振りまくものではなかった。

 

 だがそれがどうしたと言うのか。ノヴァという器に入った魂が軋みを上げている、拒否反応を示そうとしている、本来であればあり得ない組み合わせの身体と魂なのだから。

 

 ノヴァはノヴァが怖い、今まで感じてこなかった異質な感情に飲み込まれそうだった。

 

「ねえ、サリア」

 

 水はもう流れてない、身体に振りかかった血の大部分は落ちている。

 穢れは洗い流した筈である、そうであってほしい、そんな事を思いながらノヴァは水に濡れた身体、その両手を動かして目の前に立つサリアの顔を優しく掴む。

 

「俺が怖い?」

 

 サリアの顔をノヴァは見る。

 自分で作った顔である、時に歯に衣を着せない毒舌を吐き、常にノヴァの傍に立ち、アンドロイドらしい冷静沈着さをもった彼女に似合う様に丹精込めて作った顔である。

 その顔を動かすシステムは彼女のメンタルに連動している、悲しければ、面白ければ、腹立たしければ、その感情を表情に出せる様になっている。

 彼女が何を思っているのかノヴァは知りたかった、恐れてるのか、怒っているのか、悲しんでいるのか。

 目の前に立つ男、今日必要に迫られて43人も殺して来た異常者にサリアが向ける感情は何なのか。

 

「はい、怖いです。貴方が人知れずにどこかに行ってしまうと考えると怖くて仕方がありません」

 

 サリアは恐れていた、怒っていた、悲しんでいた、だがそれはノヴァの思っていたものとは違っていた。

 ノヴァの両手の上からサリアは手を重ねる、機械式の硬い手が壊れない様にノヴァの手を優しく包む。

 

「ノヴァ様、私は私の狂った復讐を肯定して頂いたとき、マリナとの再会が叶った時に決めたのです、貴方に私の全てを捧げる事を。貴方が怪物であろうとそれは変わりません」

 

 ノヴァが大勢の人を殺した、それが何だと言うのだ。

 サリアにとってノヴァは己を全てを捧げて尽くす人なのだ、人であろうと怪物であろうと変わらない、サリア自身が決めた事なのだから。

 たとえノヴァが人類を殺し尽くしたとしても傍を離れるつもりはない、サリアにとって善悪は絶対ではなく価値基準の一つでしかないのだから。

 

「そうか……そうか」

 

 自我を手に入れたアンドロイドと言えど今のノヴァの姿は恐ろしく悍ましいモノ、そんな風にノヴァは考えていた。 

 だが、サリアの言葉はノヴァにとって予想外の物であり、何よりその言葉は揺らぎ掛けたノヴァを落ち着かせた。

 

「ゴメン、色々ありすぎて変に思い詰めていたらしい」

 

「そうですね、此処は長く滞在するべきではありません。一刻も早く退去するべきでしょう」

 

 ノヴァの表情が暗く自傷めいたものから柔らかいものへ変わったのを見てサリアは安心した。

 そして何より問題なのがノヴァの精神が疲労している事だ、その原因がこの無法の街にあるのは明らかでありサリアは可能な限り早く街から離れる事を提案する。

 

「そうだな、必要な物は手に入れたから直ぐに此処から離れよう」

 

 そう言ってノヴァは懐から医療アーカイブに関するデータが収まったストレージをサリアに差し出す。

 ストレージは何の変哲もない金属製の長方形の形をしている、だが中に詰まっているのはこれまで連邦が積み上げて来た医療知識、それをアーカイブ化した物だ。

 その中身を損なわない為にも念の為に用意した保管用の器材の中に厳重に保存する。

 

「それと……これも頼む」

 

「このストレージは何ですか?」

 

「病院の地下にあった生物兵器、クリーチャーに関する記録、そしてルナリアの詳細なカルテが収まっている」

 

「……やはりこの街の関係者でしたか」

 

「ああ、だけど俺達の想像外の境遇だった。記録によればルナリアには父親も母親もいない、只の素材として生み出されていたよ」

 

「……そうですか」

 

 地下で見つけた生物兵器に関する記録、素材として集めた人間から不要な卵巣と精巣を摘出、廃棄するところを卵子、精子を摘出し人工授精させ母胎となる子宮に移植する。

 母体に選ばれたのは失敗作のクリーチャー、その中で子宮が利用可能なモノを選んで再利用していた。

 

 白衣の集団によって計画的かつ効率的に行われた人の繁殖だった。

 

 使い捨ての母胎、胎児への悪影響を全く考慮せずに行われた遺伝子操作と投薬によって急速に成長していく彼等は出産と同時に隔離され最低限の育成期間を経て素材として消費される運命だった。

 

 だが地下で事故が起こった、生物兵器の一体が突如制御不能となり暴走を起こした。

 地下施設を散々に破壊し暴れ殺し回ったその最中にルナリアは他の素材とされる子供達と殺される筈であった。

 たがそうはならなかった、施設が破壊され剥き出しになった配管、海に通じている其処へルナリアは吹き飛ばされた。

 記録はそこで終わりだ、最初から生存は不可能と判断され捜索が行われる事はなかった。

 

 その結果として彼女は街の下水から海へ流され、そしてノヴァ達の所で打ち上げられた。

 

「知られたくなかったんだろうな、だから街へ行かないでと引き留めたんだろう。サリア、ルナリアの様子は分かるか」

 

「マカロンからの定期通信によれば不安がっています。それで彼女をどうしますか?」

 

 サリアにはマカロンからルナリアの情報が常に伝えられている。

 ノヴァとサリアが街に向かった後に布団に包まりながら泣いていた事も、泣き疲れて今は眠っている事も知っていた。

 その様子から裏など無く、本気で悲しんでいる事をサリアがノヴァに伝える。

 それを聞いたノヴァは少し間を置いてから口を開いた。

 

「サリア、俺はあの子の父親になろうと思う」

 

「でしたら母親が必要ですね、ノヴァ様一人では子育ては無理でしょうから。ですが大事な事ですので彼女の前で言うべきと思いますが」

 

「そうだな、ルナリアのところに行こうか」

 

 サリアはノヴァの考えに反対する事なく同意する。

 それだけでなく自ら母親役に名乗りをあげ、ノヴァの足りない部分を指摘する。

 全くの正論であり反論も何も無いノヴァは苦笑いをしながら頭を掻くしかなかった。

 だがノヴァにとっての1番の問題は解決した、後は畜生に対する対策だけなのでやるべき事を順次こなしていくだけであり気が楽であった。

 

「沿岸部拠点を一時的に破棄しようと思う」

 

「街の無法者がそれ程危険ですか?」

 

「いや、街にいる大部分の奴等への対処は可能だろう。個人の戦闘能力は如何に見積もっても低いのは間違いない」

 

 個人で見れば弱い、ノヴァが時間を掛けられるなら一人で殲滅する事も可能だろう。

 だがそれは無法者がゲームの様に決められた単純なルーチンに従っている場合だ。

 奴等は馬鹿であるが愚かではない…いずれ気付くだろうし何より一人一人を丁寧に殺すには数が多すぎる。

 だが態々一人で戦う必要は無い、アンドロイド達を動員すれば正面から早くねじ伏せる事が可能だ。

 

「問題はそれ以外だ、ドクターと呼ばれる人物が率いる白衣の集団が生み出す生物兵器、いやクリーチャーが厄介だ」

 

 不確定要素の一つが奴等が運用しているクリーチャーの数と種類だ。

 幸いにも実験記録は入手できたので解析を進めれば弱点や対応策を見付ける事は簡単だろう。

 だがそれに対応した装備を整えるとなると時間が必要だった。

 

「最後にあの街を支配するゾルゲと呼ばれる男の戦闘能力、全身サイボーグで強いらしい」

 

 ノヴァ達がいる街は最初から荒れ果てた無法の街ではなかった。

 平和な街を無法者とクリーチャーを率いてゾルゲが攻め落とし支配した事で今の様な街に変えられてしまった。

 街の自警団達は懸命に抵抗したが数と質が揃った暴力には叶わなかった。

 そんな凶悪な存在を率いるゾルゲが弱い訳がなく、自警団やボスの座を掠め取ろうとした馬鹿を一方的に殺せるくらいには強いらしい。

 

「敵の正確な戦力評価が出来ていない、それが此処を一時的に破棄する理由ですか」

 

「そうだ、元からミュータント相手には対策は取れているが街に巣くう畜生共に対する用意は皆無だ」

 

「分かりました、航空偵察を要請して監視を強めます。それと段階的に施設を分解して本拠地への輸送も並行して行います」

 

「ああ、頼む」

 

 ノヴァの指示に対しサリアは適切な行動を部隊に通達していき、他の場所の隠れていたアンドロイドも集まり街を離れる準備を整える。

 その作業を廃墟の壁に寄りかかりながら見ていたノヴァ──だが突如病院から爆発が起こった。

 視線を病院に向ければ一度の爆発だけでなく、二度、三度と立て続けに爆発が起こっていた。

 この爆発はノヴァが企図したものではない、ならば誰が行ったと考えるが答えは直ぐに分かった、爆発に紛れて何人もの雄叫びが聞こえて来たからだ。

 

「あれは……いわゆるレジスタンスか」

 

 ノヴァが病院で助けた男達も何人かいる。

 彼等は粗末な武器と無法者達から剝ぎ取った武装で暴れている。

 それが何を目的にしたものかは分からないがこれでノヴァが暴れた痕跡は上書きされ、正体が露見する可能性は低くなった。

 

「助けはしたけど、その分彼らの目を引いておいてくれよ」

 

 このままであれば近い将来レジスタンスは跡形も無く潰されるだろう。

 それでゾルゲが街を完全掌握したら行動範囲を広げる可能性がある、それを防ぐ為にもレジスタンスには頑張ってほしい。

 今日の助けがどれ程の影響かは分からないが多少はレジスタンスの延命が出来た筈だろう。

 

「ノヴァ様、撤収作業は終わりました」

 

「ああ、それじゃ帰ろうか」

 

 闇に紛れノヴァ達が街を去る、もう二度と此処に来ないとノヴァは決めていた。

 爆発と雄叫びと悲鳴が沸き上がる病院に目を奪われた誰もかもがノヴァ達に気付くことは無かった。 

 

 

 

 

 

 拠点に帰ったノヴァ達は各々がすべき仕事を行う、施設を解体し輸送、巡回範囲を広げて警備を固めた。

 そしてノヴァはルナリアに街で見た事を包み隠さず伝え、改めてルナリアの父親になる事を伝えた。

 信じられないと泣きながら言い出すルナリアだが最後には受け入れてくれた。

 改めてパパと呼ぶルナリアをノヴァは身体の本格的な治療の為一足先に本拠地に送ることにした。

 第一陣に交じりながらルナリアは本拠地に向かう予定だった。

 手抜かりは無い、護衛のアンドロイドを十分に配置しての移動だった。

 

「緊急連絡、ルナリア様の乗った第一陣が何者かに襲撃されました!」

 

 沿岸拠点に詰め掛けるアンドロイドからの知らせを聞いたノヴァは手に持った端末を落した。




もう少しだけ仕込みが続きます


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三者三様

 無法者達が占拠する街の中にはスタジアムがあった。

 崩壊前は運動競技の会場であり、崩壊後も娯楽の少ない街の住人たちの為に多くの催しを開催するための会場として使われていた。

 だがその面影は消えた、無法者達の雄叫びと野次が木霊するスタジアムは嘗ての姿からは想像もできない闘争を見世物とするコロシアムと化した。

 其処には無法者達が立つこともあるが滅多に無い、彼等にとって最高の娯楽は悲鳴なのだから。

 連れ去った街の住人や反抗的な人間をコロシアムに立たせ彼等にミュータントやクリーチャーを差し向けるのだ。

 

 何秒持つのか、断末魔に何を叫ぶのか、人を人とも思わない彼等はその姿が何より代えがたい娯楽だった。

 

「漸く此処まで来たか」

 

 そんなコロシアムの最上段にこの街の支配者であるゾルゲがいた。

 傍らには女を侍らせ、貴重な酒を湯水の如く飲む姿は恐ろしく無法者達の憧れであった。

 だが彼等の羨望を一身に受けてもゾルゲは表情を変えない、それだけでは足りないからだ。

 

「次の街への進攻準備は整っているな」

 

「ええ、生産施設が襲撃されたのは予想外だったが必要な分のクリーチャーの生産は終わっている。破壊された施設の復旧も間もなく終わるだろう」 

 

 ゾルゲの質問に答えたのは傍にいる白衣を着た男である。

 男はゾルゲの協力者であり、ビジネスパートナーである。

 

「ならば問題ない、次の侵攻でもお前の作品を存分に使わせてもらうぞ」

 

「ええ、此方もデータ収集が捗るので問題ないですよ。ただもう少しまともな装備を持った相手と戦えないと満足なデータが集まらないのですがね」

 

「残念だったな、次の街も此処とそう変わらない程度の自警団しかいない。例え銃を揃えて戦力を増強しようと俺の軍団の脅威には程遠い」

 

「それは残念ですね、それでも素材が手に入るだけ良しとしましょう」

 

 残念そうに顔を顰める男を横目に見ながらゾルゲは笑う。

 短くない付き合いだがこの男とは上手くやれている、何より男の誘いが無ければゾルゲはこの場所にはいなかった。

 

「まだだ、まだ満たされない、もっと、もっと多くの物が欲しい。次の街を落したらクリーチャーを増産して都市に挑むのもいいな」

 

 ゾルゲには飢えがあった、生まれた瞬間から満たされない空虚を抱えていて、その孔を満たそうとしてきた。

 だが生まれが悪かった、その孔を満たせるだけの階級に生まれる事は出来なかった。

 

 崩壊した世界の影響が限りなく低く様々な技術が失われる事なく現存できた都市、ハルスフォード。

 だが都市に膨大な資源を供給するはずのサプライチェーンは失われ、限られた人間しか科学技術の恩恵を受ける事が出来ない。

 その恩恵を独占する上位の人間とそれに仕える中位の人間、這い上がる事は許されず最下層に固定される定めの人間達。

 

 最下層に生まれた男は幸いにも才能はあった、自らの力で底から這いあがり中位まで辿り着けた。

 だがそこまでだ、頂点に住む人間に仕える中位までが這い上がれる限界点だった。

 

 生身の身体より強く丈夫な機械の身体を与えられ、自らが選ばれた存在だと疑いもしない人間に仕えるしかなかった。

 そんな選ばれた人間達は破壊を免れた都市の中で自らの権力を保持するための派閥抗争に明け暮れていた。

 男は彼等にとって強く丈夫な代替可能な駒の一つであった、それでも最底辺の生活と比べればマシな生活を送る事が出来た。

 

 これでいい、そう自分に思い聞かせて男は諦めた、胸に抱えた空虚を誤魔化し続けて来た。

 

「おやおやおや、それだけの才能がありながらいい様に使われているのは勿体ない。どうだ私の作品を使って成り上がってみないか、無論タダでは無いがね」

 

 ゾルゲは男からクリーチャーを受け取り、ゾルゲは男に研究可能な施設と素材を提供する、その契約を結び目の前にクリーチャーを出されたことでゾルゲは決断した。

 野心を燃え上がらせ最下層の掃いて捨てる程いる無法者達を纏め上げ都市から武装や物資を大量に強奪、都市を脱出し近くにある街を占拠して根城とした。

 そして今、噂を聞きつけて集まって来た同業者達を迎え入れ勢力を拡大し続け次の侵攻に必要な兵隊を揃えた。

 

 ゾルゲの野心は未だに静まることは無い、まだ多くの物を欲している。

 今日は次なる侵攻に向けた決起会である、残酷且つ愉快な見世物で眼下にいる同類を焚きつけるのだ。

 ゾルゲが立ち上がりコロシアムに詰め掛ける無法者達の視線が集まる。

 

「さあ、カメラを回せ、余すことなく見せつけろ!」

 

 スタジアムには利用可能な放送設備が現存しており街には利用可能なテレビジョン受信機がまだ幾つもあった。

 それだけではない、此処で写されたものは現存している回線を通して街の外、ハルスフォードや他の街にも届くだろう。

 この光景を見て未だに街に残るレジスタンスは圧倒的な戦力差に絶望し屈するだろう、他の街や都市は恐怖に駆られるだろう。

 

 その光景を思いゾルゲは昂るがまだ足りない、ゾルゲの野望が達成されるには程遠いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾルゲに占拠された街には多くのレジスタンスが潜伏している。

 彼等は裏路地や地下空間に隠れ街の解放を目指して準備をしていた。

 そのレジスタンス組織の中心に当たる部屋には数少ないテレビジョン受信機が置かれ、写される映像を憎悪を持って見つめる多くの人がいた。

 

「ああクソ、ゾルゲの奴を今すぐに殺してやろうか!」

 

 レジスタンスの一人、血気盛んな若者の呼び声に部屋に詰め掛けた多くの人が肯き同意を示す。

 彼等はゾルゲに街を、家族を、親しい者達を奪われた者達であり誰もが心の内に憎悪をため込んでいた。

 その復讐の対象が映像であるが目の前にいるのだ、今すぐにでも殺してやりたいと思うのは仕方が無い事である。

 

「やめて、充分な戦力も無いのにあそこに行っても殺されるだけよ。それどころか捕らえられて見世物になるだけよ」

 

 だが憎しみで頭が茹ったレジスタンスに対して冷酷な現実を告げる声が響く。

 彼らが振り返った先いるのは一人の少女だ、細く頼りない姿ではあるが誰もが彼女の放った言葉を静かに聞いている。

 

「分かっていますよ!ですが戦力が集まるのは何時なんですか。この前の病院襲撃で幾らか武器は手に入れられたから奴等に一泡吹かせる事も……」

 

「足りない、全く足りないわ。今の状態で歯向かってもクリーチャー一匹も倒せないわよ」

 

 レジスタンスの一人が少女に向かって尋ねる。

 それを聞いた少女はどうしようもない現実を仲間に告げるが彼は納得はしていない、そんな彼をどうにか宥めようと少女が考える後ろで物音がした。

 振り返ると杖を突いた青年が頼りない足取りでレジスタンスが集っている部屋の中に入って来た。

 

「リーダー!」

 

「ごほっ、カーラの言う通りだ、皆今しばらく堪えてくれ」

 

「お兄様、治ってもいないのに動いてはいけません!」

 

 杖を突いた男レジスタンスを纏めるリーダーであり少女の、カーラの兄である。

 その身体には幾筋もの包帯が巻かれ血がうっすらと滲んでいる、杖を突いて歩く姿は見ていて不安になるものでカーラは兄に近寄りその身体を支えた。

 

「今、ハルスフォードに援軍を要請している。この街は彼等にとっても欠かせない重要なものだ。援軍は必ず来る、それまでもう少しだけ耐えてくれ」

 

 リーダーは仲間にもう暫く耐え忍ぶことを伝えるが反応は悪い。

 誰もが口を開く事無く俯くだけであり、血気盛んな者達は割り切れない感情を抱えたままリーダーを顧みることなく部屋を出ていった。

 そうして部屋の中の喧騒は静まりテレビジョン受信機から流される音声だけが部屋に満ちる。

 

「お兄様、部屋に戻りましょう」

 

 カーラは兄を支えて部屋を廊下を歩き兄の自室まで送る。

 部屋には二人の母親がおり、小型のテレビが置かれ電源が入っていた。

 兄を母とカーラの二人で支えてベットに座らせる。

 

「すまない、私がこの有様でなければ……」

 

 口を開いたのは兄だった、そしてこれも既に何回も繰り返されたものだ。

 

「仕方がないのです、それに例え治ったとしても──」

 

「母上、言わなくとも分かっています。だがマクティア家として、この街の市長の息子であり現当主であるイアン・グラハム・マクティアとして私は先頭に立たないといけないんだ」

 

「お兄様、分かっています、ですが、ですが……」

 

 街の市長でもあった二人の父は既に死んでいる。

 戦いとも呼べない一方的な虐殺の中で先頭に立っていた父は真っ先に殺された。

 母親と子供である二人は何とか逃げる事が出来たがそれだけだ、街は占拠され多くの人が殺された。

 地獄の様な日々の中で隠れている間にレジスタンスが結成され亡き市長の息子であるイアンがリーダーとして担がれた。

 

 街を解放する象徴としてイアンは懸命に戦った、だがゾルゲは強すぎた。

 仲間は殺されイアンも傷を負い今では満足に動く事すらできない、動けない兄に代わりカーラが代わりのリーダーとして担がれるが実質的には飾りだ。

 計画は古参のメンバーが立案し実行する、カーラに出来るのは今日の様に逸るレジスタンスを宥める事しか出来ない。

 

『今日この日から俺達は更なる高みへ進む!そして今日──』

 

 テレビから流れる復讐相手の声、それに耐えられないのか母親が電源を切ろうとする。

 

「消さないでくれ」

 

 だがその行動をイアンは止めた、母親に信じられないような目を向けられながらイアンは自らを卑下するように嗤う。

 

「見せ付けているんだ、それは分かっている。……だがなこの最悪の見せしめに仄暗い喜びを見出している自分がいるんだ」

 

「お兄様……」

 

 二人はイアンに掛ける言葉が見付からなかった。

 やるべきことはやった、打てる手は全て打った、その結果が今なのだ。

 無責任な励ましの言葉は出てこない、言える訳が無かった。

 誰もが口を開くことが無く、只々テレビに視線を向ける事しか出来ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢だったのかな……」

 

 全身に残る鈍い痛みを感じながらルナリアは口を開いた。

 

「夢じゃなかった、覚めないで欲しかった、でもこれが私の運命なのかな」

 

 周りは壁に囲まれて出入り口は一つもない。

 そして壁の上には何度も感じて来た悍ましいモノが沢山いた。

 その事が今自分がいる場所が何処であるかを嫌でも分からされてしまう。

 

「マカロン無事かな、ママは怒っているかな、パパは心配してるかな」

 

 此処にはいない人達についてルナリアは考える。

 私を身体を心配してくれたアンドロイド、何が悪い事か教えてくれたママ、そして傍にいると誰よりも安心できるパパ。

 もしかしたらパパもママも本当は自分がいつの間にか見ていた夢ではないかとルナリアは考えた。

 そうであれば諦められた。全部が夢で、幻で、本当はあの暗くて臭くて怖い部屋の中にいたままだったのだ。

 

「……死にたくない」

 

 だが夢でも幻でもない。

 初めて食べた魚の味を覚えている、初めて見たアンドロイドを覚えている、初めて読んだ絵本を覚えている、初めて怪我をして心配されたことを覚えている、初めて頭を撫でられた感触を覚えている。

 全てが本当の現実の事だったのだ。

 

「死にたくないよ、死にたくないよ」

 

 だからこそルナリアは恐い、死んでしまう事が、パパやママにもう二度と会えなくなってしまう事が怖くて仕方がない。

 

 ルナリアの視線の先、遠くにある会場の入口が開いた。

 だがそれは出口ではなく入口、其処から入って来たのはミュータントのハウンドが三匹。

 口から涎を垂らし、目の前いる哀れな生贄を見ている。

 

「おい、押すな!こっちに来るな!」

 

 会場にいるのはルナリアだけでは無い、何人もの大人達がルナリアと共に会場に立たされていた。

 そして今、少しでもミュータントから遠ざかろうと背後にある出入り口の一つに集まり扉を壊そうとしている。

 だが何の道具もない素手では扉を壊す事は出来ない、それを分かっていながら大人達は手の皮を破りながら扉を壊そうと足掻いていた。

 それを見たルナリアも一緒に扉を壊そうと大人達に近寄り──その中の一人がルナリアの服を掴んで投げ飛ばした。

 

「うえ?」

 

 どうして、なんで?

 頭の中に幾つもの疑問符が浮かび上がるが時間が止まる事なくルナリアはミュータントの近く迄投げ飛ばされた。

 

「悪いな、なるだけ引き付けてくれよ」

 

 ルナリアを投げ飛ばした大人が言った言葉、それが何を意味するのかルナリアは理解してしまった。

 

「た、たすけて」

 

 直ぐそこに迫る死を嫌でも感じてしまうルナリアは大人達に助けを求める。

 だが彼等は聞こえているのに振り返ることはなかった。

 彼等にしてみればルナリアを見捨てる事で得られるであろう僅かな時間の方が大切なのだから。

 

「来ないで、こっちに来ないで!」

 

 ルナリアはミュータントに向かって叫び後退りする事しか出来ない。

 だがそれが何の意味もない事も理解している。

 

『美味しそう』

 

『柔らかい』

 

『肉、肉、肉、肉!!』

 

 頭の中に響く声、それは目の前に迫るミュータントの嘘偽りの無い思念である。

 ミュータントは既にルナリアを食糧と定めている、それが覆る事は無い。

 

「いや、いやああああああああ!」

 

 ルナリアに向かい三匹が襲い掛かる。

 牙を突き立て身体を引き千切る為に、その悲鳴を断末魔を壁の上に立つ無法者達は楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もがこの後に訪れる光景を想像できた──だがそうはならなかった。

 コロシアムの会場、その入り口の一つが轟音を鳴らして吹き飛ばされた。

 

 この爆発が無ければルナリアは叫び声を、助けを求める声を上げながらも救いの手は差し伸ばされる事なく食い殺されていただろう。

 

 轟音と共にルナリアの前にいたミュータントは吹き飛ばされた。

 会場を囲う壁を凹ませる勢いで衝突しミュータントは身体を冒す痛みに呻く事しか出来なかった。

 そして更なる轟音──銃声と共に放たれた弾丸を頭蓋に喰らい中身ごと吹き飛ばされてあっけなく死んだ。

 

 この銃声が無ければレジスタンス達は憎悪を抱えながら──その隅にどうしようもない恐怖を抱きながら映像を見つめていただろう。

 

 ゾルゲもレジスタンスも哀れな男達も、そしてルナリアも、誰もが口を開いたまま何も言いだせなかった。

 予想もしていない、信じられない事がいきなり発生した、目の前の出来事が現実の事なのか判断を下せなかった。

 

「ルナリア、パパが助けに来たぞ」

 

 だがルナリアは違った。

 爆発による煙の中から聞こえた声、会いたいと思っていた人の声であったから。

 

「パ……パ?」

 

 ルナリアは目を凝らしてパパを探したが見つける事が出来なかった。

 代わりに爆発による煙が晴れると其処にいたのは鎧を着た人が一人。

 

 ルナリアにはそれが絵本で見た鎧の様に見えたが実際には違う。

 ノヴァがゲームの後半から登場するアメコミの緑の巨人染みた怪物に備え対抗する為に開発した強化スーツの上から装着する強化外骨格の試作品。

 圧倒的な力と速さを装着者に与えるノヴァの切り札の一つ、それが両手に大型銃器を、背中に大型武装を幾つも背負って現れたのだ。

 

「はい、パパですよ」

 

 外骨格のヘルメットに搭載された複合カメラが光る。

 その目は守るべきをルナリアを──そして滅ぼすべき相手を逃すことなく捉えている。

 

 ──ノヴァが居なければゾルゲは大きな問題を起こす事なく決起会を成功させていただろう。

 

 だがそうはならなかった、ゾルゲの決起会にノヴァは現れた。

 それが意味する事をゾルゲが知るのに時間は掛からなかった。



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はじめまして、そして──

『ああ、クソ!クリーチャーが勝手に動き出したと思ったら皆殺しにされやがって、ボスの機嫌が悪いから適当な理由付けて巡回に出たのにどうしてくれんだブリキ共が!』

 

『ポラン、イラつくのは良いが壊すんじゃないぞ。こいつ等の身体は手入れされているから高く売れるんだ、これ以上傷物にはしたくないんだよ』

 

『分かってるんだよ!それで、こいつらが運んでいた物はどうだ』

 

『大当たりだ!いくつかの金属の塊に用途は分かんないが機械装置が幾つもある、それに加えて真面な銃に少ないが金まであったぞ!』

 

『チッ、何とか言い訳は立つか。おい、根こそぎ車両に積み込め』

 

『おい、ポラン!見て見ろ、ガキがいたぞ』

 

『ガキだ~、……ホントだな、それで何でブリキがガキを守ってるんだ?』

 

『知らねえよ、取り敢えずガキも取っとくか。……オラッ!』

 

『やめて!マカロンを傷つけないで!』

 

『ああ、なんだクソガキ』

 

『待てよ、……おいガキ、お前が大人しくこっちに来るならそのブリキをこれ以上痛めつけないでやるよ、来なかったらコイツバラバラにするけどな』

 

『……ホントに傷つけない?』

 

『おお、ホントだよ。俺は正直者なんだ、素直に言う事聞いてくれれば…な』

 

『駄、目、です、うそ、を』

 

『おい、黙れよブリキが。それでどうする?』

 

『分かった、言う事聞くからマカロンと他のアンドロイドに手を出さないで』

 

『おお、分かった。よし、それじゃこっちに来い。………………んなわけねえだろ馬鹿が!』

 

『お~、勢いよく吹っ飛んだな。んでポラン、なんでそいつに切れてんだ?』

 

『コイツだ!コイツなんだよ!……地下でクリーチャーが暴れた事があっただろ、その日俺の担当日だったんだわ』

 

『ああ、あったなそんな事』

 

『んで、その騒ぎの最中コイツが消えててよ、あの白衣の連中が言うには暴れることが無い筈なんだよ、それが暴れたのは何らかの干渉があったとか言いやがってよ。死んだクリーチャーを解剖したところ、何だ、脳に干渉されたらしいんだわ。んで原因を探したところこのガキがクリーチャーの脳に干渉したらしいとか言ってたな。でもよ、あの時コイツの姿が見つからなくて大方下水に流されて死んじまったんだと思ってんだよ』

 

『そいつは運がなかったな』

 

『ああ、このガキのせいであの後どれだけ面倒な目に遭ってきたか、クソが!』

 

『おいおいそれ以上蹴り続けたら死ぬぞ…………いや、死ぬ前にヤらせてくれよ』

 

『あい変わらずの趣味だな、だが止めといたほうがいいぞ、頭の中を弄られたくなければな』

 

『そいつは勘弁だな。けど惜しいな、それでどうすんだよ、殺すか?』

 

『……いや決起会の餌が少ないからそれに加えよう、ドブネズミのせいで結構逃げたからな』

 

『おお、いいじゃねえか。まあ散々な目に遭ってきたが今回の収穫で運が向いてきたんじゃねえか』

 

『だといいがな、おい、ガキの手足を縛って載せろ。…………ああ、もう詰めないのか、クソ、値打ちの物だけ積み込んどけ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノヴァは端末に写された映像を見終わった。

 それは襲撃に遭い破損の酷さから放置された護衛部隊のアンドロイドがみた記録だ。

 其処には何があったのか、アンドロイドは、ルナリアがどの様な目に遭ったのかを正確に記録していた。

 

「申し訳ございません、ノヴァ様。命じられた任務を達成する事も出来ず、そればかりかルナリアお嬢様まで……」

 

「いや、お前達はよくやった。多くのクリーチャーを撃退し任務を果たそうとした。だが弾丸が足りなかった、クズ共の迎撃まで持たせる事が出来なかった。全てはこの作戦の実行許可を出した俺の責任だ。お前達は持てる能力を全て尽くした、自らを責める必要は無い」

 

 任務を果たせず多くの仲間とルナリアが連れ去られるのを見るしか出来なかったアンドロイド。四肢は潰れ動くのは首しかない状態である彼が出来ることは無かった。

 それを責める事はしない、出来る訳が無い。これ程身体を壊されようと懸命に役目を果たそうとした彼をどう責められようか。

 

「サリア、彼を後方に運んでくれ」

 

「分かりました。それでこの後どうなされるおつもりですか」

 

 どうするのか、何をするのかそんなもの決まっている。

 これはノヴァの見通しの甘さが招いた事態だ、そのせいでノヴァではない彼らが被害に遭ってしまったのだ。

 ならばこの事態を招いた責任を取らねばならない、彼等を率いる者として行動を起こさねばならない。

 

「アンドロイド達を、ルナリアを助けに行く。時間は残されていない、今、動員可能な全ての戦力で街に向かう」

 

「分かりました、ノヴァ様の装備は既に届いています。セルフチェックが終われば何時でも出撃が可能です」

 

「ありがとう」

 

 本拠地から急いで取り寄せた兵装、ノヴァ自身の戦闘力を向上させるために開発された兵器たち。

 本来であれば対ミュータント用に開発された凶器を人に向ける事に対しての躊躇いは既にノヴァには残っていない。

 

 いや、あれは人ではない、人の形をした畜生、害獣なのだ。

 

 沿岸部の拠点に着いたノヴァは届けられた兵装を身に纏う。

 強化スーツに作られた接続部に強化外骨格が接続されていく。

 現時点で作成可能な素材、技術を詰め込んだ外骨格の強化率はスーツの比ではない、本来であればスーパーマン染みたキャラ育成を行わなければ装備出来ない重火器を使用する事が可能であり積載量も多い。

 背部の兵装担架に可能な限りの装備を装着、外骨格のヘルメットを装着、網膜投影により生身と変わらない視界と各種パラメータが表示される。

 

『試作強化外骨格PAX-1、起動、各種パラメータ正常、リアクター点火』

 

 全てを装着し補助電源で稼働させていた外骨格、その血肉を動かすための心臓を起動する。

 外骨格作成において最も困難であった心臓、鋼鉄の鎧を動かすエネルギーを生み出すリアクター。

 幾度かの実験と失敗を重ねて生み出した。ゲームでは作成できず探索で入手するしかなかったそれを独自に開発する事にノヴァは成功した。 

 

『リアクターは正常に点火、内部温度上昇、許容範囲内、電力変換率87%、戦闘行動可能』

 

 内蔵された人工音声がノヴァに問題が無い事を伝える。

 その事を確認したノヴァは拠点の外へ出る、其処には戦闘準備を整えたアンドロイド達がサリアを筆頭にして待機していた。

 

「いくぞ」

 

「はい」

 

 短い遣り取り、だがそれで十分だった。

 装備を整え戦闘状態にあるノヴァ達は街に向かい、そう時間を掛けることなく辿り着いた。

 

「おい、なんだ………ぺげっ!?」

 

「て、て……ギャ!?」

 

 歩哨や監視に立った者達が見た物を伝える時間は与えない、ノヴァ達は迅速に敵を処理すると正面から街に入る。

 そして街で未だに稼働している大型スクリーンに映ったルナリアの姿、そしてこれから行われる事について知った。

 

「二手に分かれる、一つはルナリアに、もう一つは捕らわれたアンドロイドの救出に向かう」

 

「分かりました、ではノーマンが部隊を率いてアンドロイドの救出に向かってください」

 

「了解」

 

 サリアはノヴァと共にルナリアの救出に向かう、その事にノヴァは疑問を抱かない。

 何故ならサリアもまたルナリアの母なのだから。

 

 スクリーンから送られる映像の発信元を特定し、立ちふさがるモノを迅速に処理してノヴァは進む。

 そして辿り着いた、今まさにミュータントに食いつかれそうな間一髪の瞬間に間に合った。

 

「パ……パ?」

 

「はい、パパですよ」

 

 青あざだらけのルナリアを見てノヴァは一瞬言葉に詰まる。

 だが何よりも先ずはルナリアを安心させなければならない、これが夢でも幻でもない事を伝えなければならない。

 

「助けに来たよ。サリア、ルナリアの保護を、連れ去られた仲間達と共に先に離脱してくれ」

 

「分かりました」

 

「パパ……」

 

「大丈夫だよ、先に帰ってくれ。やることを終わらせたらパパも直ぐに帰るから」

 

 ノヴァは背後にいるサリアにルナリアを託す。ノヴァは一緒には帰れない──今はまだ。

 ルナリアを抱えて遠ざかるサリアが会場から見えなくなってノヴァは動き出した。

 

「おい、ポランは居るか」

 

 会場の未だに稼働しているハッキング対策などを全くしていないシステムを掌握する事などノヴァにも造作ない。

 ノヴァの発した声はシステムを経由して会場の音響装置で拡大され響いた。その抑揚のない声は未だに現実を理解しきれていなかった者達を動かす切っ掛けとなった。

 

「聞こえないのか、ポランとその仲間は何処にいるか聞いてるんだ」

 

 だが返事は無かった、会場に集った者達は騒めくだけであり誰も名乗りを上げる事は無かった。

 ノヴァは会場に集った者達を見渡し高速でスキャンをしていく、何かを感じ取ったのか騒めくだけだった動きが落ち着き、多くの視線がある一カ所に集まる。

 

「お前か?」

 

 視線の先にいるモノの顔をスキャンすると其処には目的の人物とその取り巻きたちが集っていた。

 ノヴァの視線の先にいるポランは観念したのか立ち上がった。

 

「俺がポランだよ、んでお前は…………」

 

 其処から先をポランが言うことは無かった。

 ノヴァの左手に装備された武装、6本の銃身を持つ電動式ガトリングガンから銃弾が放たれる。

 連射速度を落としてはいるが毎分1200発という単銃身機関銃では実現できない圧倒的な弾幕が目標を引き裂く。

 轟音が響いたのは10秒にも満たない時間だ、それでも生身の身体を消し飛ばすには十分だった。

 ポランとその取り巻きが座っていた一画は物理的に消えた、彼らが其処に居た事を示すのは僅かに残された肉片と辺りに飛散した鮮血だけだ。

 

 そこで漸く会場に集った者達は気付いた、ノヴァが敵である事を。

 

「……お前、此処から生きて帰れると思うなよ。俺の決起会を邪魔しやがったんだ、その鎧を引き剥がして徹底的に甚振ってやろう、楽に死ねると思うなよ」

 

 会場に集った誰もが殺意を抱いている、その中にあって決起会の主催者であり街の支配者であるゾルゲの怒りは最も強大であった。

 ゾルゲが手元にある装置を動かすと会場にある入口が幾つも開き其処から重武装を施した兵隊、それに加え多くのクリーチャーが出て来た。

 クリーチャーが兵隊を襲うことは無い、完全な制御下にあるのだろう。

 

 だが兵隊を、クリーチャーを、数多くの怒りの視線を差し向けられたノヴァはというと何も感じていなかった。

 

 それどころか笑っていた、嗤っていたのだ。

 会場の音響装置が増幅し会場に響かせる嗤い声は追い詰められた餌が放つものではない、現実を拒否した異常者が放つものでもない。

 

「何が可笑しい」

 

「可笑しいも何もこの程度の戦力で、数だけしか取り柄のない愚か者にクリーチャー程度の玩具で私を殺せると」

 

 こいつは何を言っているんだ、やはり気が狂っているのか、誰もがノヴァの言う事が理解できなかった。

 それはゾルゲも同じであり、何より今まさにノヴァに迫る自らの戦力に自信があるからこそ全く理解できなかった。

 そして呆けたような顔を幾つも観測したノヴァは理解した、自分が言った事が全く理解されていない事を。

 

 そこでノヴァは会場に集った者達へ今度はより砕けた表現で、より分かりやすく、まるで出来の悪い子供に言い聞かせるように話しはじめる。

 

「ああ言ってる意味が分かりませんか、では貴方達にも分かりやすくいいましょう。自分よりも弱い子供相手にしか暴力を振るえない度胸も玉も竿も何もかも小さい馬鹿に、ミュータントに毛が生えた程度の玩具を自慢げに見せびらかしているのが余りに滑稽で面白い見世物だなと。貴方、確か、ゾロ、ゾり、ゾロリ?あ、いや、ソルトでしたか、サル山の大将もお似合いですがサーカスの興行主にでも成られたらどうですか、きっと観客の笑いが絶えることは無いでしょう、まあ笑いといっても失笑か嘲笑の類でしょうが」

 

 今度こそノヴァの言いたいことは伝わった。

 

「殺せ!!!」

 

 最早威厳もかなぐり捨てて吠えたてるゾルゲ達は最早同じような言葉を絶え間なく繰り返し放つだけになった。

 そればかりか懐から銃器を取り出し観客席から狙いうちしようとする者まで出始めた。 

 

「ああ、それと私一人で相手にするつもりはありませんよ」

 

 だが直ぐに彼等の動きは止まった、止められた。

 ノヴァの言葉が言い終わった直後にコロシアムの天井が爆発した。

 

「出来ないことは無いでしょうけど取りこぼしが出てしまうのは嫌なんですよね」

 

 爆発の規模は大きくない、スタジアムの天井が崩れる程の大爆発ではない。

 だが天井には幾つもの穴が開き、其処から何かが落ちて来た。

 

 降りて来たモノの質量はそれなりのモノであり、真下にいた者達は頭から潰された。

 即座に死ねたのは運が良かった、下手に避け損ね手や足が潰される者達が会場の至る所に出てしまった。

 

 そして潰されることが無かった者達は落ちて来たモノがアンドロイドであることを知った。

 だがそれらの姿は彼等の記憶にあるみすぼらしいアンドロイドの姿とはかけ離れたものであった。

 

「この場にいる全戦力に命令する。殲滅せよ、一匹残らず、敵を生かして帰すな」

 

 会場にノヴァの下した命令が響く。

 それを受け取ったアンドロイド達は各々の武装を展開する。

 その向けられた矛先が何処に向かうのか、それは誰の目にも明らかである。

 

「見敵必殺、見敵必殺」

 

 銃声が、悲鳴が、叫び声が、断末魔が響き渡る。



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そんな理由で?

 悪夢である、これは悪い夢である。

 そうだ、これは決起会の前日に幾つも呑んだ酒の、アルコールが見せる夢幻である。

 ゾルゲは自らにそう言い聞かせる、だが幾ら頭を掻きむしろうとも悪夢は醒めない。

 

 ゾルゲがいる最上階の貴賓席、其処は会場が見下ろせる作りになっており全面がガラス張りである。

 そのガラスに付着する赤黒いシミが増えていく──それは肉片だ、階下で行われる戦闘で……、いや、最早虐殺と化したアンドロイドの銃撃によって貫かれ、引き裂かれ、吹き飛ばされた同業者の肉片なのだ。

 

「これは、まあ、凄まじいやられっぷりですな」

 

「……他人事と見物している余裕があると思っているのか」

 

「他人も何も私にこれ以上何を求めるのです。私はこの通り研究者であり戦う術はありませんし出来る事はクリーチャーを作成して貴方に渡す事です」

 

 契約によって結ばれたビジネスパートナー、ゾルゲに多くのクリーチャーを作成し提供してきた男の表情に深刻さは感じられない。

 そして白衣の男の言う事も事実であった。だがこの場において男の吐く正論はただひたすらにゾルゲの神経を逆撫でするだけだ。

 しかしゾルゲの怒りを超え、憎悪ともいえる感情を向けられながらも男の表情は何一つ変わらない。無駄に時間を浪費するだけだとゾルゲがやり場のない感情の矛先を変える。

 

「ならもっと強力なクリーチャーはいないのか!あれだけ素材を出させておきながら一匹もいないとは言わせないぞ!」

 

「これも何度も言いましたが強力な個体を作ろうと思えばそれ相応の時間と設備が必要なんですよ。それを『これ以上強力なクリーチャーは不要だ、今後は質を抑えて数を用意しろ』と言ったのは貴方ではないですか」

 

 ゾルゲは自らが座っていた席をサイボーグ化した足で蹴り飛ばした。

 

 貴賓席にあってたった一つしかない席はまるで玉座の様に飾り付けられていた。

 事実それは街を支配するゾルゲにとって玉座で、自らの立場を力を誇示し周りに周知する装置であり、ゾルゲの夢の一つであった。

 それが粉々に破壊される、残骸が貴賓席に撒き散らされ傍に侍らせていた女共が部屋の隅で固まって震える姿が見える。

 

「まあそこまで悲観する事も無いでしょう、アンドロイド達を率いるリーダー個体、会場にいるアレを破壊出来れば現状変更が可能でしょう。先程から撃ち続けていますから弾切れは近いでしょう」

 

 男の言う事は的外れではなかった。

 事実観客席にいるアンドロイド達の銃撃音は最初の頃より小さくなり、最も大きな銃撃音を出していた会場に立つブリキも同様だ。

 アンドロイド共も無限の銃弾を持っているわけではない、弾は有限であり、撃った分だけ消費されているのは間違いない。

 

 だがその代償が大き過ぎた。

 

 観客席にいた兵隊共も殺されるだけではなかった。

 持ち込んでいた銃で反撃を行いアンドロイドを破壊しようとした。

 だが彼等の銃弾はアンドロイドにとって痛打にはならなかった、銃弾はアンドロイドの纏う装甲を貫通する事が出来ず砕け散るだけ。

 それでも数に任せて銃弾を撃ち込めば一時的に動きを封じる事は出来た、動きが止まった瞬間を好機とみてハンマーといった打撃武器で破壊しようとした。

 アンドロイドが一体であれば破壊できたはずだった、だがこの場には無数のアンドロイドがいた、彼等は仲間を庇い合う様に銃撃を行ってきた。

 正確無比な銃弾が反撃しようとした兵隊の命を迅速に刈り取り、それに動揺し銃撃が怯めば動きを取り戻したアンドロイドが反撃に加わった。

 時間が経つほどに銃弾は消費された、階下にいた兵隊の命を刈り取る手間賃として。

 

 そして会場にいるアンドロイド共のリーダー個体に差し向けた戦力。

 選りすぐりの兵隊にクリーチャー、並の自警団であれば一日も掛からずに殺し尽くせる戦力でありゾルゲの軍団の中核を担う存在だ。

 

 それが磨り潰されていた。

 

 銃弾を弾く大楯を持たせた兵隊、自警団の銃撃をものともせず近付き片手に握るメイスで頭を潰して来た気狂い共。

 それをブリキが片手に握る長大な銃から吐き出された弾丸が盾を容易く貫き、身体を上下に引き裂いた。

 

 銃撃を受けても高密度の筋肉で覆われた身体には致命傷にならず即座に再生し、敵に接近してその凶悪な爪で容易く人体を切り裂くクリーチャー。

 それを只々圧倒的な火力で、多連装銃身から吐き出される鉛弾の嵐で身体を端から消し飛ばしていくという暴挙。

 

 ゾルゲが多大な費用を掛けて作り上げた軍隊が圧倒的な火力という単純極まる手段によって磨り潰されていく。

 

 だが、だが、決して無駄ではない、無駄ではない筈だ!

 見ろ、奴を、ブリキ野郎を、両手に持った凶悪極まりない武器から鉛弾はもう出ない、硝煙だけが吐き出され無用の長物に変わったのだ!

 

「弾切れですね、かなりの損失ですが……大丈夫ですか?」

 

「……直轄のサイボーグ部隊を出す、これで終わりだ」

 

 ゾルゲは紅く染まった会場を見下ろす、武装を失ったブリキを破壊する為に今迄温存してきた切り札を使う。

 会場に幾つもある出入り口、其処から出てくるのは只の兵隊ではない。

 ゾルゲの野望に集った替えの利かない、最も信頼のおける仲間達。

 誰もが身体をサイボーグ化し並の人間を大きく超えた力と速さ、反応速度を持つ。

 たった一人でミュータントやクリーチャーと渡り合える強者、それが五人。

 

 ゾルゲの切り札、最強のサイボーグ部隊である。

 

「ああ、それなら破壊出来ますね。ですが、なるべく綺麗に破壊して下さいね、あそこまで保存状態の良い戦闘用アンドロイドは貴重なので」

 

「そいつは確約しかねるな」

 

 男には歯切れの悪い返事をしたゾルゲだが端から約束を守るつもりはない。

 装甲を一枚一枚丁寧に剥がし、配線を無理やり引き千切り、フレームをぐちゃぐちゃに折り曲げ、最終的には破砕装置で身体を粉々に砕く。

 そうでなければ示しがつかない、そうでなければ腹の虫がおさまらない、そうでなければこの燃え盛る感情を鎮める事が出来ない!

 

「破壊しろ!」

 

 ゾルゲの命令の元サイボーグ部隊が動き出す。

 生身では得られない馬力が繰り出す加速によってサイボーグ達が迫る。

 これで勝ちだ、俺の勝ちだ、ゾルゲは武装を失ったブリキを眺め醜く口を歪ませた。

 

『試作兵器X-04起動、エネルギーバイパス接続、エネルギーの流入開始』

 

 場違いな人工音声が会場に木霊する。

 音の発生源は何処だ、ゾルゲが素早く会場を見回すがそれらしい物は見つからない。

 そして最悪の考えが芽生えゾルゲはやつを見た。

 両手に持った武装をその場に落としたブリキが背負う白く背丈を超える大きさを持つ長方形の物体。

 多連装ガトリングの弾倉と思っていたそれが背面から移動し、機械音と共に取っ手の様な物が現れそれをブリキが握る。

 

『照射機構展開、セーフティーロック解除、内部温度上昇…許容範囲内です、落ち着いて目標に射線を合わせて下さい』

 

 変化はそれで終わらない。

 人工音声が進むにしたがって白い長方形の物体が変形を続ける。

 装甲がスライドし内部機構が露わになる。幾つもの装置が迫り出し、長方形からその姿を大きく変える。

 

『エネルギー充填65、72、77、84、発射可能状態です』

 

 サイボーグ部隊に向けた箱の先端、それが二つに割ける。

 その割けた根元からは光が漏れ時間が経つほどに光は強烈になっていく。

 ゾルゲも、光を差し向けられているサイボーグ達も理解した、理解させられた。

 アレは危険だと、今すぐ回避行動を取らなければならないと。

 

「逃げ……」

 

『強烈な閃光、輻射熱が発生します。付近のアンドロイドは注意してください』

 

 極光が放たれた。

 比喩でも何でもなくサイボーグであっても光速を超える事は出来ない。

 避け損ねた一人の胸元に照射された極光が金属を瞬時に蒸発させその先にある生体を炭化させる。

 蒸発により瞬時に体積を増加させたことに伴って発生した衝撃はサイボーグの身体を容易くバラバラに吹き飛ばした。

 しかし犠牲になったのはまだ一人だ、まだ四人も残っている!

 生き残った者達は回避行動から転じてアンドロイドに向かう、仲間の仇を取る為に。

 

 そして気付いた、アンドロイドが放つ光が途切れていない事に、光を放ったままアンドロイドが残されたサイボーグに極光を向けようとしている事に。

 

「……これはまた強力なレーザー兵器ですね」

 サイボーグ部隊が全滅するのに時間は掛からなかった、光速から逃れる事は誰一人として出来なかった。

 誰もが身体を光で切り裂かれ、膨大な熱量によって焼かれ爆ぜた。

 会場には強力無比であったサイボーグの姿は一人も残っておらず、吹き飛ばされ会場に散らばった機械部品が彼等が此処に居た証になった。

 

「それで直轄のサイボーグ達は何も出来ずに倒されましたがどうしますか」

 

 男は会場を見下ろしているゾルゲに問いかける。

 アンドロイドが放ったレーザーが掠った事で貴賓席のガラスは粉々に砕けた。

 赤黒い肉片で見え辛かった視界は明瞭になり男にも階下の有様がはっきりと見える。

 

 ゾルゲが誇った軍団は消えていた。

 会場は鮮血に染まり、観客席を埋め尽くしていた同業者達は皆等しく赤黒い肉片をまき散らして死んでいた。

 辺り一面の死者、其処に生者はおらずアンドロイドがいるばかりだ。

 最早ゾルゲには何も残っていない、これ以上此処に留まるのは無意味であり直ぐに此処から逃げるべきである。

 だがゾルゲは男の言葉に何の反応も示さない、ただひたすら階下を見下ろしているだけだ。

 

 呆然となるのも仕方がない、もう一度声を掛けようとした男だがゾルゲの身体が震えているのに気付いた。

 

「く、く、く」

 

「おや、ゾルゲ殿どうなされました?」

 

「くはははははは!」

 

 ゾルゲは笑っていた、大声で、目から涙を流しながら。

 それだけなら男は呆れるだけで済んだ、だがゾルゲは笑いながら前に進み貴賓席から会場に向かって跳んだ。

 アンドロイド達からの攻撃はなく、轟音を響かせながらゾルゲは会場に降り立った。

 

「ああ、壊れましたか。滅多に見つからない良いビジネスパートナーでしたが、此処が潮時ですかな」

 

 男は見切りをつけた、今迄良好な関係を築けていたがビジネスパートナーが壊れたのであれば契約は打ち切り、最後まで泥船に乗り続ける気は全くない。

 

「おいおい、よくもまあ殺してくれたな。誰も、生きていないじゃないか」

 

 ゾルゲは会場を、観客席を見渡す。其処には誰もいない、ゾルゲが築き上げてきた何もかもが死に絶えていた。

 笑いながら、泣きながら、ゾルゲは会場に立つアンドロイドに言葉を掛ける。 

 

「……」

 

 だが返事は無かった。

 無機質な視線がゾルゲに注がれるのみであり、返事が返されることは無かった。

 

「だんまりは良してくれよ、お前は俺の夢を粉々にぶち壊したんだぞ?何もかも諦めてそこそこな生活で自分をだまし続けてきた男が一念発起して行動を起こしてここまで来たんだぞ、凄いだろ、憧れるだろ。まだまだこれからだったんだ、酒も女も地位も金も何もかもまだまだ足りない、もっと、もっと沢山手に入れる筈だったんだ。その為にハルスフォードから此処まで来たんだ、その為に馬鹿どもを従えたんだ、その為に軍団を作り上げて来たんだ、それがよ、何にもなくなっちまった。……それでクソアンドロイドは誰からの命令で動いているんだ、ハルスフォードで虚仮にしたダグラスからの命令か、それとも物資を奪われたアリナスか、まさか大穴で侵攻するはずだったミルスタウンに雇われたのか?此処までやってくれたんだ、なあ、答えを聞かせてくれよ」

 

 ゾルゲの口は止まらなかった。

 留まる事無く吐き出された言葉、どうして俺の夢は此処で潰されたのか、それを実行に移した者が誰なのかその正体を知りたかった。

 

「一体誰の事を言っているんだ」

 

「はは、俺の夢を壊して、これだけ殺しておきながら惚けるなよ、ブリキ野郎、誰に、命令、されたんだ」

 

「命令なんてされていない、ここに来たのは私自身の意思によるもの。襲撃の理由はお前らが私達の同胞を襲い攫ったから、そして街の有様を見てお前らが危険だから、充分な理由だろう」

 

 だが返ってきた答えはゾルゲの想像していたものとは全く違った。

 ハルスフォードからの指示でもなければ、他の有力なコミュニティからの刺客でも何でもなかった。

 そして理由についてゾルゲには心当たりがあった、配下が大量の資源とアンドロイドを何処からともなく運んできた事があった。

 だがそれは街を襲撃し支配した時に得られる大量の戦利品と比べれば大した量ではない、ゾルゲにしてみれば取るに足らない程度のものでしかなかった。

 

「それだけの理由で此処迄したのか……」

 

 それだけで、そんな事で俺の夢は壊されたのか!

 

「ははっ、ははははは、糞ブリキがぁああああ!!」

 

 ゾルゲが紅く染まった会場を疾駆する。

 サイボーグ部隊の比ではない、彼等の人体におけるサイボーグ化の比率は最高でも40%程度しかないものだがゾルゲは違う。

 人体の約80%、四肢だけでなく胴体、そして五感の内視覚、聴覚を機械化し脳には情報処理速度を増大させる処置を施している。

 圧倒的なサイボーグ化が齎す人外の力を完璧に制御し行使できる、それがゾルゲという男の強さである。

 

 目の前のアンドロイドが反応するよりも前にゾルゲは懐に潜り込んだ。

 背負ったレーザーを発射される前に鋼鉄の拳を──クリーチャーの頭蓋を一撃で爆砕させるほどの威力を持つ拳を頭部に叩きこむ。

 強力無比な拳が齎した威力を受けてアンドロイドは碌な防御を取る事も出来ず、吹き飛ばされる事もなくその場から地面に叩きつけられた。

 

「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!俺の、俺の夢を壊しやがってぇええええ!」

 

 地面に全身を叩きつけられたアンドロイドに跨りゾルゲは拳を繰り出す。

 執拗に頭部を殴り、フレームを歪め恐し中身を潰していく、拳を叩きつけられた地面が陥没し頭部が胴体から千切れてもゾルゲは殴るのを辞めなかった。

 そして殴りに殴りつけて原型を留めない程に頭部を破壊し、活動を停止したアンドロイドを見下ろして漸くゾルゲは正気に戻った。

 

「ああ、最初から俺が出張れば良かったんだ、そうすれば俺の軍団は壊滅しなかったんだ」

 

 後悔が今になって湧き出てくる、ああすれば、こうすれば、止めどない考えが湧き出てはその度にゾルゲの気持ちは沈み込む。

 

「だが俺は生き残った、糞アンドロイドをぶっ壊したんだ!俺は強い、俺は強いんだ!ああ、軍団は壊滅した、だが俺がいる、なら俺の夢は終わっていない、まだ夢を目指す事が出来る!」

 

 ああ、次は今回の様な失敗は冒さない、もう一度軍団を作り、街を支配しよう。そして今度こそ夢を叶えるのだ!

 ゾルゲは自らを鼓舞し奮い立たせる。そして軍団の再建に取りかかる為に動き出し──

 

 

 

 

 

 

 

 

「独白はもう終わりか?」

 

 破壊したはずのアンドロイドの声が聞こえた。

 そんな筈は無い、この手で破壊したはずだ!ゾルゲは自らの下敷きになっているアンドロイドを見るが確かに破壊されている。

 ならばこの声は何処から聞こえるのか、急ぎ身体を動かして見つけようとし──

 

「身体が、動かない!?」 

 

 だがゾルゲの身体は動かなかった。

 四肢に始まり指先まで、幾ら動かそうとしてもピクリとも動かない。

 唯一動くのは首だけだ、それでも無いよりはマシと考えてゾルゲは首を動かす。

 そして気付いた、顔を上げた先に破壊したはずのアンドロイドがいた事に。

 

「い、一体、どうして……」

 

「視界を盗んだだけだよ、あと自分が殴り続けていた者が何であるか見せてあげる」

 

 眼を盗んだと、ハッキングしたのだとアンドロイドが事も無げに言う。

 それがゾルゲには理解できない、何時からだ、何時から俺の目は盗まれたのか。

 困惑している間に視界にノイズが走った、盗まれた視界が戻されたのだ。

 そしてゾルゲは見た、己が先程迄殴り続けていたアンドロイドだと思っていたモノの正体を。

 

「ご、ゴードン」

 

 其処に居たのはサイボーグ部隊の一人、部隊の中でも特に気心が知れた友人とも呼べる男がいた。

 だがその男の頭が潰されていた、僅かに残る見慣れた面影が彼がゴードンである事を示している。

 誰が潰したのだ、誰が、こんなひどい仕打ちをしたのか。

 

「お前だよ、お前がぐちゃぐちゃに潰したんだろう」

 

 アンドロイドが、糞ブリキがゾルゲに告げる。

 

「は、はは、はは、はぁああああああああああああああああ!!!ぶっ壊れた人形が、ブリキが!俺が、俺達が貴様らに!!」

 

 口からは最早意味のある言葉は出てこない。

 只ひたすらに呪詛が吐き出される、ゾルゲの持ち直した筈の感情が砕け荒ぶる。

 

「煩いな、お前に付き合うつもりはないからさっさと死んでくれ」

 

 そう言ってアンドロイドが何も持っていない片手を振るう。

 そうすると動かなかった筈のゾルゲの片腕が動いた、だがこれはゾルゲの意思ではない。

 それだけではなく腕に内蔵されていたブレードが勝手に展開される。

 

「な、何をするつもりだ!」

 

 ゾルゲの質問にアンドロイドは答えない。

 そしてゾルゲの意思に関係なく腕は動き展開されたブレードを自らの腹に突き刺した。

 

「や、やめろぉおお!」

 

「うわ、しぶといな、痛覚切ってんのか、ならもう少し切るか」

 

 ゾルゲの声は届かない、制御を奪われた腕は再び動き出しブレードは更に深く突き刺さり腹部を切り裂いていく。

 

「殺せ!一思いに殺せ!殺してくれ!!」

 

 痛みはない、痛覚は邪魔になると判断して切ってあるのが裏目に出た。

 幾ら切り裂かれても痛みを感じない、只鈍い痺れを感じるだけだ。

 だからこそ恐ろしかった。自らが精神の根幹を支える力、それを齎した身体の制御を奪われ操られる。

 気が狂いそうだった、いや、狂える事が出来ればどんなに楽であったか、ゾルゲの精神は追い詰められていたが狂うには少しばかり足りなかった。

 

「糞ブリキが!壊れかけの人形が!狂ったアンドロイドがぁああああ!」

 

 ああ、もはや何も出来ないゾルゲは呪詛を巻き散らす事しか出来ない。

 だがそれはアンドロイドには全く効果のない言葉でしかない──その筈だった。

 

「本当に煩いな、あと俺はアンドロイドじゃない、人間だ」

 

 そう言ってアンドロイドの頭部が割れた。

 いや、頭部だと思っていたのはヘルメットだった。

 ヘルメットから現れたのは黒髪の男、年老いてもいない青年と呼べるだろう顔が其処にはあった。

 

「は、ははは……」

 

 先程迄吐かれていた呪詛は止んでいた。

 それ程ショックだったのかはアンドロイド、いやノヴァにとってはどうでもいい事であった。

 それより散々腹部を切り裂いた筈なのにいまだにゾルゲが死んでいない事の方がノヴァにとって問題だった。

 ノヴァは再び目の前の男の腕を操作する、そしてブレードを男の首に当て動かす。

 

「何故だ!何故お前のようなような奴が、今、此処に居るんだ!俺が!ここ迄来て!こんなクソガキに殺されるのか、ふざけるな!!」

 

「今迄散々殺しているんだ、殺されもするだろう。そして死ぬ順番が回って来ただけだ」

 

 漸く衝撃から立ち直ったのか再び呪詛が零れるがノヴァは気にも留めない。

 ブレードは首を切り裂いて進む、肉を裂き、頸骨を切り裂き、気道を切り裂く。

 

「まっ」

 

 最後の命乞いだろうか、掠れた声で何かを言おうとしたのが見えたがノヴァは止めなかった。

 頸骨を切り裂いた瞬間、ブレードは反対側まで勢いよく切り裂いた。

 全ての繋がりを断たれた頭部が胴体から転がり落ちた。

 

 此処に満たされることが無い夢を、野望を持って悪逆非道を行ったゾルゲは死んだ。

 

 その事に対して何ら感慨を感じないノヴァ、だが会場に拍手が鳴り響いた。

 

「素晴らしい、実に素晴らしい!今日この日、君に会えたのは奇跡だ!」

 

 スタジアムの貴賓席、其処から白衣を着た男が拍手を送り、ノヴァを褒め称えていた。



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崇高な理由

「人類は未だに生存しているがその版図は今も縮小を続けている!」

 

 スタジアムの貴賓席、其処に一人立つ白衣を着た男が叫ぶ。

 死者の気配が満ちたスタジアムにおいて男の言葉は高らかに響いた。

 

「資源不足、食料不足、安全だと思っていた生活圏に突如として湧き出る凶暴なミュータント、この世界で生きる事は困難であり誰もが等しく幸福を享受できる訳ではない。生存者たちは各自にコミュニティを作り力を合わせるが其処には確固とした格差がある。富める者は更に富み、貧しき者は貧困から抜け出す事は出来ない。僅かに残された過去の叡智を食い潰して存続しているのだ!それで後何年生きられる、世界が変わってしまった日、『大崩壊』と呼ばれる日を経て今日まで百年は持った。だが次の百年は、それ以前に十年後、五年後に我々は生存できているのか!」

 

 朗々と男は謳う、其処に込められた思いの重さはノヴァには分からない。

 だが男なりにこの世界を生きる人類、その未来について考えている事は伝わった。

 そして男の視線が虚空から会場に立つノヴァに向けられる。

 

「アンドロイド達を率いる貴方、彼等は実に素晴らしい。貴方が身に着けた装備、アンドロイド達の装備も初めて見る物ばかりです。私の記憶が確かならどれもが大崩壊前の連邦軍が運用していた物でもなく、さりとて帝国軍が運用していた物でもありません。ならば貴方達が身に纏う物は大崩壊後に作られた物……貴方が設計し作成した物ですね」

 

 男は確信を抱いている、ノヴァに掛けられた言葉から感じるのだ。

 だがノヴァは返事を返さなかった、ただ僅かに表情が変わっただけ、ただ黙って貴賓席に立つ男を睨み続けるだけだ。

 しかし男にとってはそれで十分だった、僅かな表情の変化と黙秘、それが男の推測が当たっている事を証明してくれた。

 

「私の名前はサイモン・フィッシャーと言います。どうです私と手を組みませんか、私と貴方の知識と技術が合わさればより大きな事を成し遂げられます。現状の不出来なクリーチャーではない、完璧且つ安定して生産されるクリーチャーを以って人類の版図を広げましょう、人類の繁栄を共にこの手で取り戻しませんか」

 

 男はノヴァに語り掛ける、同志になろうと、共に人類を救おうと。

 その言葉を語り掛けられたノヴァは閉じていた口を開き──

 

「断る、お前の如何なる勧誘にもこちらは応じない」

 

 しかし賛同することは無く明確な拒絶の言葉を男に返す。

 そしてノヴァの言葉を聞いた男は賛同を得られなかったのが信じられないとばかりに呆気に取られた。

 

「……幾ら何でも決断が早すぎます、どうかもう一度よく考えてはくれませんか?このお話は貴方にとって悪いものではない──」

 

「もう一度告げる、お前の如何なる勧誘にもこちらは応じない」

 

 取り付く島も無かった、それ程の明確な拒絶であり男は頭を悩ませてしまった。

 薄々感じていたが如何やらゾルゲの様な俗物でもなく、人類を救う事に自己陶酔するような理想主義者でもない。

 彼が持つ能力と精神構造が釣り合っていない、なんとも理解し難い人物である。

 

「此処迄取り付く島が無いのは初めてです。せめて理由を教えてくれませんか」

 

「理由も何もお前の行ってきた所業が、人をクリーチャーへと変えるお前が嫌いなんだよ。それに偽名を名乗るような奴と関わる気は無い。最後に……お前見た目通りの年齢でもないだろう、どうやって今日まで生きて来た」

 

 理由、クリーチャーを作り出す過程が認められないと言うのは男にも理解は出来る、人によっては見るのも悍ましいモノであるだろう。

 自らが名乗った名前が偽名と言われるのも理解出来る、この世界においては偽名は珍しいものではなく名乗る名前さえ何らかの保証が無ければ信用に値しない情報なのだから。

 だがまさか見た目そのものを疑われるとは予想外であった。

 

「胡散臭いと言われるのは覚悟していましたが……なぜ気付いたのですか?」

 

 目立った顔ではない筈だ、若すぎず老け過ぎず、集団に紛れれば直ぐに見失うような平凡な男の姿をしている筈である。

 だがそれこそが異常だとノヴァの目には映った。その考えに至った原因が何であるか男には皆目見当もつかない。

 

「貴様の研究資料に使われた言語は連邦の物ではない、帝国の物だ。それだけなら帝国からやって来たマッドサイエンティストで終わりだろう。だがな、研究内容の書き方が完成され過ぎているんだよ、その見た目からは決して書けない非常に高い完成度のものだった」

 

 ノヴァが地下施設から持ち出したクリーチャーに関する記録。

 そこには変化過程におけるクリーチャーの詳細な変化が、失敗・成功時に関する事細かな考察が大量に書き込まれていた。

 それは一朝一夕で身に着けられるものではない、数多くの経験と長い時間でしか培われないものだ、決して初老を迎えてもいない男が書き上げられる代物ではない。

 

「今度は此方が質問する番だ、お前は何者だ」

 

 ノヴァが男を睨みつける、それだけではなく観客席にいるアンドロイド達も各々の銃器を男に向けて構える。

 嘘偽りは認めない、僅かでもその素振りを見せたらノヴァは男を即座に殺害をするつもりだ。

 そして一転して窮地に立たされた男は狼狽え、次の瞬間には殺されるかもしれない恐怖に顔を歪ませる──事もなかった。

 

「ああ、す、すみませんね、少し、ばかり待って下さい」

 

 男は泣いていた、両目からはらはらと涙を流しては白衣の裾で顔を拭っている。

 だがそれは殺される恐怖に圧し潰されて泣いているのではない。

 ノヴァもまた男の予想外の行動に困惑し何も出来なかった。

 そうして短くも無い時間が経って落ち着いたのか男は涙で赤くなった顔をノヴァに向けた。

 

「ええ、もう長い時間、本当に長い時間が経ってましてね、書いた論文やレポートを久しぶりに褒められて、内容を語り合えるほどの教養を持った方と話すのは久しぶりで嬉しくて嬉しくて。すみませんが名前を教えて貰っても」

 

「……ノヴァだ」

 

「Mr.ノヴァ、偽名を名乗り失礼しました。私の本当の名前はエドゥアルド・チュレポフと言います」

 

 白衣の男は姿勢を正し改めて本当の名前を名乗る。

 

「エドゥアルド……だと」

 

 そしてノヴァにはその名前に心当たりがあった、だからこそ信じられなかった。

 

「崩壊前の帝国におけるバイオテクノロジー権威、そして対連邦戦において数多くの生物兵器を開発したエドゥアルド・チュレポフを名乗るのか」

 

 エドゥアルド・チュレポフ、崩壊前の帝国におけるバイオテクノロジー権威。

 ノヴァが本拠地を構えた町の図書館、厳重に保管されていた科学誌、論文に彼の名前はひっきりなしに現れていた。

 敵国といえども彼が発見し開発した多くの知見や技術は帝国連邦問わず多くの人を救い、バイオテクノロジーを大きく発展させたのだ。

 不治の病の治療、失った四肢の再生、不可能と思われていた臓器の複製……、当時最先端の科学技術を誇り、牽引する人であった。

 

「ええ、ええそうです!ああ、その肩書で呼ばれるとは、やはり今日の出会いは奇跡です、ええ、そうですとも!」

 

 ノヴァの示した反応に殊更エドゥアルドは顔を喜ばせた。

 その反応からして白衣の男は自身をエドゥアルド・チュレポフと認識している。

 だがそれはあり得ない事である、大崩壊時の時点でエドゥアルド・チュレポフは齢67歳であったのだ。

 仮に生きていた場合は二百歳を優に超えている、どれ程延命措置を施そうとも人間の寿命を超えている、生きている筈がないのだ。

 

「若返りか自身のクローンか、それとも他人の身体に自らの脳を移植したか、いや、記憶を引き継がせているのか」

 

 だが相手はエドゥアルド・チュレポフ、崩壊前の帝国におけるバイオテクノロジー権威なのだ。

 法律、生命倫理、方法の是非を問わなければ無視すれば如何にかできるだろう、それだけの知識と技術を持ち合わせた人間なのだ。

 

「鋭い指摘です!ですが、ですがこればかりは答える事は出来ません!」

 

 遠く離れたノヴァの推測を聞いていたのだろう。

 思い付きが多分に含まれた憶測交じりの考えであっても聞けて嬉しかったのかエドゥアルドの顔には笑顔が絶えない。

 

「Mr.ノヴァ、最初に私が言った安っぽい理想、人類の生活圏の拡張なんて物は忘れて下さい。アレは私の本心ではありません、ええ、私が今迄生きてきた理由は嘗ての栄光を、あんな過去の繁栄など全く興味は無いのです。私の願いはただ一つ、在来種の人類とは異なる種、この世界に完全に適応し進化した人類の創造なのです」

 

 自らをエドゥアルド・チュレポフと認識している男は語る。

 在来種には見切りをつけ新たな人類を創造することを、残された過去の遺産を食い潰して醜く生きる現人類を救う事は不可能である事を、救うに値しない事を。

 狂人の一言であると切って捨てるだろうそれ、だがそれをノヴァの視線の先にいる男は実現しようとしているのだ。 

 

「ですからMr.ノヴァ、私と手を組みましょう。新たなる人類種を創造し新しい歴史を共に作りましょう!」

 

 もし男が本当にエドゥアルドであれば今迄生きてきた中で人類に見切りをつける何かがあったのだろう。

 

「断る」

 

 だがノヴァは知らない、知ろうとも思わない。

 別に人類に絶望したというスケールの大きな話ではない、そこまでこの世界を知ったわけでもなければ身近に信頼できる少なくない人がいるのだ。

 何より人をクリーチャーに変える所業を認められない、そんな安っぽい正義心がノヴァにはまだあるのだ。

 

「……どうしてもだめですか」

 

「諄い、お前が幾ら崇高な理由を語ろうが俺が賛同することは無いと知れ」

 

 ノヴァからの明確な拒絶、それを聞いた男の顔から笑顔が消える。

 それまでの笑顔が嘘のように消え、只々悲しい顔をする。

 

「残念です、実に残念です。ですが貴方の考えは良く分かりました」

 

 男もノヴァという男を理解した、そして手を携える事は出来ない事も。

 悲しい、只々悲しい、直ぐには理解されずとも歩み合えるのではないかと考えていた。

 得難い人だ、力を合わせれば理想に大きく前進しただろう、だがそれが叶う事は無い、その可能性は…零なのだ。

 

「ならば貴方の身体、そして脳を頂きます」

 

 命令は無かった、だが男の言葉を聞いたアンドロイド達は何のためらいも無く発砲した。

 たった一人の男に向かって放たれた銃弾、身体を消し飛ばすのに十分過ぎる程の弾丸が遮る物がない空間を進み、着弾──だが男は倒れなかった。

 弾丸は男の手前で止まっていた、其処にある何かに衝突し運動エネルギーを使い切ったかの様に止まっている。

 

「素晴らしいでしょう、私が作り出した傑作の一つ、67号です」

 

 男の発した言葉、それが言い終わると同時に男の周りの空間が歪む。

 それは半透明の身体を持つ液体、それが蛇のように蜷局を巻きながら男の周囲を囲い銃弾を止めていた。

 それだけではない、空中で動きを止めていた銃弾が煙を上げて融ける、強力な酸性の液体が滲み出て銃弾を融かす。

 

「新しい人類の創造に当たり私は幾つもの実験を行いました。強力な身体を持てるように、高い知能を持てるように、過酷な環境に対応できるように。そうした実験は簡単には成功しません、寧ろ失敗する事の方が多いです。ですがその過程で特異な能力を持った子が生まれる事もありましてね、彼は環境適応に優れていますので護衛として重宝しているのです」 

 

 67号と呼ばれる特異なクリーチャー、それが目も耳も無い顔を会場に向ける。

 その異様な姿にアンドロイド達は再び発砲する、だが銃弾は身体に僅かに突き刺さるだけであり致命傷には程遠い。

 

「55号、Mr.ノヴァを捕獲しなさい」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、ノヴァの目の前に突如砂埃が立ち上がった。

 直ぐにノヴァは砂埃から距離をとった、其処に何がいるのかその正体を探ろうとヘルメットのセンサーを集中させる。

 そして人型のシルエットを持ったクリーチャーが拳を振りかぶっているのを見た。

 防御は間に合わなかった、ゾルゲと同等のパワーを持ち合わせ、しかもスピードは上回っている拳を避け損ねた。

 強化外骨格の装甲が異音を響かせる、それは装甲が拉げ割れる音であった。

 

 轟音と共にノヴァは会場の端まで吹き飛ばされた、其処で止まることは無く会場を囲う壁に衝突し突き抜けた。

 

「恐れないでください、貴方は掛け替えのない器なのです。貴方は私になる、私達と共に在れる様になるだけです。受け入れて下さいMr.ノヴァ」

 

 男の命令を受けたクリーチャーが進む、ノヴァの身柄を確保する為に。




ラウンド3、ファイ!


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可能性

 ノヴァを吹き飛ばしたクリーチャーが動く、砂埃から抜け出して現れたのは二メートルを超える人型をしていた。

 今までのクリーチャーの様な身体の一部が肥大している事もなく灰色の皮膚を纏い均整の取れた筋肉質な身体である。

 唯一特徴を挙げるとすれば顔に装着された鉄仮面だろう、視界と呼吸を確保する為のスリットしかないそれはクリーチャーの異質さを際立たせている。

 

 だからと言ってアンドロイド達が恐怖に脚を竦ませることは無い。

 何より守るべき主を傷つけた、その事実はアンドロイド達の戦意を沸き立たせるだけだ。

 

「──」

 

 人型のクリーチャーは自らを取り囲むように動くアンドロイド達を一瞥もしなかった。

 下された命令に従うため吹き飛ばされたノヴァの回収に脚を進め──踏み出した脚に銃撃が加わる。

 脚だけではない、頭を胴体を腕を、全身をアンドロイド達からの銃撃がクリーチャーを襲う。

 

「!?」

 

 だがクリーチャーは倒れない、銃弾は灰色の皮膚を貫くことは無かった。

 無駄という訳ではない、銃弾の持つ運動エネルギーは伝わっていてクリーチャーの動きは鈍り、そして止まった。

 だが幾ら銃弾を撃ち込もうとクリーチャーから血が流れることは無い、アンドロイド達の予想を遥かに超えた頑強さをクリーチャーは持っていた。

 

 しかし、それでもアンドロイド達は撃ち続ける。

 銃撃が効かないのは理解した、だが倒す事が目的でない。

 クリーチャーの動きを止めノヴァを救出する、それがアンドロイド達の目的だからだ。

 

「──」

 

 だがクリーチャーは無暗に撃たれるがままの敵では無かった。

 アンドロイド達が鉄仮面から零れた音声を拾った、クリーチャーの口から人語ではない何かが呟かれる。

 

 それが始まりだった。

 

「!!」

 

 銃撃を加えていたアンドロイドにクリーチャーが接近する。

 その速さは全身をサイボーグ化したゾルゲを超えており、瞬く間に距離を詰めるとアンドロイドの片手を握る。

 近接戦闘も考慮して設計された戦闘用の腕が軋みをあげる。

 灰色の皮膚の下に隠された筋繊維が生み出す力は強化外骨格を装備したノヴァを冗談の様な勢いで吹き飛ばしたばかりだ。

 まるで枯れ木を折る様にアンドロイドの片手が潰された、だがそれに終わらず握ったままアンドロイドをクリーチャーは投げ飛ばそうとした。

 武装を施し軽く見積もっても優に百キロを軽く超えているアンドロイドの投擲、その威力は無視できるものではない。

 

「パージ!」 

 

 腕を掴まれたアンドロイドは自らの腕を撃ち抜いて強制的に切り離す。

 銃弾がフレームを削り、配線を引き千切る、それで何とか投擲前に腕を切り離す。

 ハンデを負ったアンドロイドの戦力は下がる、だがクリーチャーの持つ能力の一端は測れた。

 

 通信を介して情報共有を行ったアンドロイド達は接近しても回避できる距離を維持しながら銃撃を繰り返す。

 それはクリーチャーにとって厄介な行動であった。

 アンドロイドに近付こうにも逃げられ、効かないとはいえ不快な銃撃が絶えず襲ってくるのだ。

 だがアンドロイド達の銃撃にも限界はある。

 残弾は時間が経つほど減っていき、だからといって弾丸を惜しんで弾幕を薄くしてしまえば足止めにもならない。

 

 残された時間は僅かだった。

 アンドロイド達は急ぎノヴァの救出に向かう。

 だがクリーチャーはその動きを見逃さなかった。

 

 絶え間なく全身を襲う銃撃は無視、ノヴァの救出に向かうアンドロイドにクリーチャーは狙いを定める。

 灰色の皮膚の下にある筋繊維が隆起させ力を蓄える。

 そしてアンドロイドの一体にクリーチャーは狙いを定める。

 

 ──今度は逃がさない。必ず破壊する。

 

 言葉はない、戦闘が始まってから一言も話さないクリーチャーには発声器官がないのかもしれない。

 だかクリーチャーがこれから何をするのか、何を言いたいのかをアンドロイド達は理解した。

 そしてクリーチャーは必殺の気配を纏い、はち切れる寸前まで溜めた力を解放し──だがクリーチャーはその場から急ぎ飛び退いた。

 その直後、先程迄クリーチャーいた地面が轟音を立てて爆ぜる。

 かなりの衝撃がある事から何か重量物が高速で衝突した様だ。

 

 だがそれで終わりでは無かった。

 舞い上がった砂埃を突き破り一体のアンドロイドがクリーチャーに迫る。

 その手にあるのは銃器でない、強大な鋼鉄で造られた戦斧だ。

 

「ノヴァ様に近寄るな、出来損ないの肉袋が」

 

 サリアが戦斧をもってクリーチャーに切りかかる。

 銃撃とは比べ物にならない威力がある事は一目でわかった。

 そんな一撃はクリーチャーと言えども受けたくない。

 だが避けるには遅すぎた、故にクリーチャーは片腕を差し出し迫る戦斧の軌道を変える。

 銃撃では傷付かなかった身体、それが戦斧によって削がれる。

 それ程の威力が戦斧に籠っている。

 

「しぶとい!」

 

 だがクリーチャーは生き残った。

 片腕の前腕を骨が見える程に削ぎ落されただけで致命傷には程遠い。

 何よりこの程度の損傷など大した事ではないのだ。

 クリーチャーの削ぎ落された身体の断面から肉が盛り上がる。

 それは出血を止め、血管・神経・筋繊維を急速に再生させ、サリアが付けた傷は十秒も掛からずに消える。

 サリアはそれを驚愕を持って見ながらも攻め手は緩めない。

 

 だが当たらない。

 

 サリアの一撃を搔い潜る様にクリーチャーは避け、隙を見出した瞬間に反撃を加えようとする。

 それをアンドロイドの銃撃が防ぐ。

 ダメージにはならないが動きを邪魔する事は出来る。

 

 アンドロイド達の銃撃は有効打にならず動きを阻害する事しか出来ない。

 サリアの一撃は重く致命傷に至る事は可能だが遅くクリーチャーには避けられてしまう。

 クリーチャーの一撃はアンドロイドを破壊するのに十分だが動きを阻害され攻撃できないでいる。

 

 膠着状態であった。

 誰もが隙を見出しては一撃を加えようと虎視眈々と機会を待った。

 

 反撃のチャンスを掴んだのはクリーチャーだった。

 アンドロイド達の援護射撃が途切れたのだ。

 元から残弾は心許ない量まで減ってはいたがその銃弾が遂に底を尽いた。

 最後の一発はクリーチャーの頭蓋に当たった。

 だがそれだけだ。

 頭蓋を貫くどころか、血を流す事すら無かった。

 そして銃弾一発に込められた運動エネルギーでは動きを阻害するには全く足りなかった。

 

 邪魔であった銃撃が止んだ瞬間クリーチャーが動き出す。

 サリアの振るう戦斧を掻い潜り、引き絞った拳で無防備な胴体を狙う。

 その一撃に込められた力は容易にサリアの鋼鉄の身体を撃ち貫く。

 受けた瞬間にサリアの敗北が確定する。

 回避するには少しばかり時間が足りなかった。

 

「サリア!合わせろ!」

 

 だが拳が放たれることは無かった。

 クリーチャーの背後からノヴァが斬りかかったのだ。

 

 強化外骨格に装着されていた増加装甲だけでなく重要なバイタルパートを守る部位以外の装甲を全て強制排除したノヴァをサリアは見た。

 少しでも機体重量を軽くするため、人工筋肉から生み出される馬力を全て外骨格の駆動速度の向上にまわすための苦肉の策。

 それだけではない。

 ノヴァは切り札の一つであった薬物による一時的な身体能力の向上も行った。

 貴き血(ブルーブラッド)、ゲームの中盤以降から作成できる強化アイテムで最上位の代物。

 どう見ても身体に悪そうな真っ青な薬品であるが齎す効果は絶大。

 情報処理能力の向上により世界の動きがスローモーションのように感じられ、身体のリミッターを強制的に解除する事で各種パラメータを大幅に向上させる。

 

『近接ブレード、アーマーシュナイダー起動、エネルギーバイパス接続、出力90%を維持します』

 

 そしてノヴァが握る剣。

 それは強化外骨格を装備し漸く振るう事が適う程の近接武器。

 それはサリアの復讐相手、軍用アンドロイドが無理矢理身体に付けていた規格外装備の高周波ブレードだったもの。

 強化外骨格装着時に利用できるように修理、再調整したそれは生身で持てば大剣と呼べる大きさであった。

 記憶が確かであればノヴァはゲームでナイフ操作の技能を取得していた、暗殺者プレイをするには欠かせない技能であり何よりも使いやすかった。

 其処から習熟し発展して習得できる剣術は切断系武器に大幅なダメージ補正がかかるものであった。

 ゲーム後半では強化外骨格を装着した上での近接武器をぶんぶん振り回すのが最も効率的な戦闘であった。

 下手にペチペチと銃撃するよりもダメージが与えられ、ノックバックも大きかったからだ。

 

「はぁあああっ!」

 

 しかし全てはゲームでの話、今目の前にいるのは物言わぬ決められたルーチンに従うNPCではない。

 だがクラフト技能の様に剣術の技能も変化していた。

 ダメージ補正といったゲーム仕様ではない、確かな剣術としてノヴァの身に宿っている。

 そしてノヴァの繰り出した一撃は背後からクリーチャーを切り裂いた。

 灰色の皮膚から今までにない量の血が噴き出る。

 

「──!?」

 

 クリーチャーが声なき叫び声を上げる。

 吹き飛ばされたノヴァが戦闘に加わりサリアと共に容赦なく追撃を加える。

 

 戦斧と剣、サリアとノヴァの攻撃がクリーチャーを切り刻む。

 致命傷には未だ至ってはいないが、それでも身体を少しずつ切り飛ばしていた。

 だが未だに天秤は傾かない。

 ノヴァが加わって漸く互角になっただけである。

 

──クソ、再生能力が高い!

 

 そして未だに時間はクリーチャーの味方であった。

 クリーチャーと言えども生物である。

 血を流し続ければ動きは鈍り、判断能力は低下する。

 だが目の前のクリーチャーは何度切り刻もうと即座に治してくる、驚異的な速度で血が止まり傷が塞がる、圧倒的な再生速度により失血を期待する事は出来ない。

 何より刻一刻と限界に近付いているのはノヴァの方である。

 貴き血(ブルーブラッド)は時間制限付きの能力向上アイテムでありゲームでの効果時間は一分しかない。

 そして効果が切れた瞬間にペナルティーとして体力が三分の一になる。

 ゲームであれば回復薬を飲んで体力を回復させてから再度使用するゾンビプレイが出来た。

 だがそれは出来ない、ノヴァは失った体力を即座に回復する事が出来る回復薬(・・・)を持っていない。

 本拠地で試しに服用したところゲームでのペナルティーは効果時間を過ぎた瞬間に激しい倦怠感と脱力感、そして激しい眩暈という形でノヴァを襲った。

 時間経過で回復するものの立つこともままならない程のペナルティー。

 それを今喰らえば敗北は不可避である。

 

 そして負けた先にあるのは器として捕獲され何かをされてしまう。

 それは間違いなく死ぬ事よりも悍ましいモノである。

 白衣の男に捕らわれた先に待つのは終わりしかない。

 そんな未来を跳ね退けるには此処が踏ん張りどころだ。

 比喩でも何でもない死に物狂いにならなければならない。

 死中に活を求めるしか生存の可能性は無い。

 

貴き血(ブルーブラッド)を追加注入、心拍数、血圧上昇共に危険値です、今すぐ服用を中断し診察を受けて下さい』

 

 強化外骨格に装備している二本目を入れる。

 視界が紅く染まる、心臓が早鐘を打つように鼓動する、身体が燃えるような熱を感じる──だがまだ動ける。

 攻撃の速度を落とすことなく剣を振るう、クリーチャーの肉を切り飛ばし、その命を狩り取ろうとノヴァは迫る。

 

 だがノヴァよりもサリアよりも先に振るう武器が限界を迎えた。

 

「!!」

 

 サリアの振るう戦斧。

 クリーチャーを叩き潰そうと振るい、放たれた拳を受け流し続けていたが想定を超えた圧力に晒され続けた柄が中程から千切れた。

 先に限界を迎えたのはサリアの戦斧だった。

 刃先が繋がりを断たれ勢いよく飛んで会場の壁に突き刺さる。

 その瞬間をクリーチャーは見逃さなかった、背後にいた得物を失ったサリアに向けて脚撃が放たれる。

 拳以上の力が込められた一撃。

 避ける事は叶わずそれでもサリアは両手を前で組み盾にし後ろに飛ぶことで破壊されることを逃れようとした。

 防御は間に合った。

 だがサリアはクリーチャーの一撃を受け吹き飛ばされる。

 

 それを視界に収めながらノヴァは剣を上段から振り下ろす。

 目の前のクリーチャーは片足の状態。

 即座に動けず両手を盾にして防ごうともバランスを崩し圧し切れる。

 必殺を確信した、盾となる腕ごと切り裂く勢いで振り下ろされたノヴァの一撃。

 クリーチャーは逃げる事も防ぐ事もしなかった──サリアに向けて放った脚を勢いよく戻し、その勢いを保ったままノヴァに向かって脚を蹴り上げた。

 

 狙いはノヴァの身体ではなく、その手に握った剣。

 肉と鋼が衝突し異様な音を響かせる。

 ノヴァの一撃が振り下ろされる途中で両手から剣は弾き飛ばされた。

 

 ──勝負あり。

 

 声を発せないクリーチャーでありながらノヴァには何故かそう聞こえた。

 だがその通りだった。

 クリーチャーに有効であった剣を失い、残った武装も非常用の大型拳銃が一つだけ。

 効くとは考えられない。

 

 だがまだ終わりではない、素直に負けを認められる訳が無い。

 ノヴァは大剣を失った両手で引き戻しクリーチャーに殴りかかる。

 確かに速い。

 力もある。

 だが避ける程でもない。

 一瞬でノヴァの繰り出した拳の脅威を理解したクリーチャーだが避けない。

 そればかりか伸びた腕を掴み逃げ出せないように圧し折ろうとした。

 だがノヴァはクリーチャーの身体に触れる寸前で拳を開き、そして掌をクリーチャーの身体に押し付ける。

 

『最大電圧で放電します』

 

 人工音声のアナウンスの直後にノヴァの掌、強化外骨格の外部武装用の給電装置から電流が放たれる。

 サイボーグやミュータントを焼き切れるレーザーを放つ武装に迅速に給電する仕組み。

 それを使って最大電圧でクリーチャーに流せばどうなるか。

 

「!?!?」

 

 クリーチャーの身体が内側から焼かれる。

 声を与えられていないクリーチャーが悲痛な叫び声を挙げる。

 肉を神経を焼く電流は余すことなくクリーチャーの全身に流れる。

 電撃が齎す苦痛から逃れようとクリーチャーは距離を取り、態勢を立て直そうとする。

 

「オラァアッ!」

 

 だがノヴァに逃がすつもりはない。

 遠ざかるクリーチャーに合わせる様に身体を前に進める。

 そして完全に動きを取り戻していないクリーチャーの頭部を掴み、電撃を放ち続ける。

 それだけでなく逃げられない様に身体を会場を囲う壁に押し付け、暴れて抵抗が出来ない様に壁に押し付けたまま摩り下ろす勢いで会場を駆ける。

 

「!?!?!?」

 

 身体を脳を焼かれている。

 それが齎す苦痛は耐え難く終わりが見えない。

 其処から脱する為にクリーチャーは身体を動かそうとするが電撃によって身体を動かす電気信号が狂わされる。

 銃弾でも傷付かない強靭な身体が碌に動かない。

 クリーチャーの身体を流れる電流は筋繊維を内臓を脳を内側から焼き尽くそうとする。

 

『給電装置に過剰な負荷がかかっています。これ以上の酷使は危険と判断し機能を停止します』

 

 だが終わりは来た。

 本来の用途を外れて運用した強化外骨格の給電装置が先に壊れたのだ。

 身を焼く電流が収まった瞬間クリーチャーは脇目も振らずに暴れ、動きを押さえきれなかったノヴァの拘束から脱する。

 ノヴァの手から逃れたクリーチャーは一目散に距離を取ろうとした。

 だがそれは逃げる為ではない。身体を再生させる時間を稼ぐためだ。

 損傷は広範囲に及んでいる。

 肉も内臓も脳も焼かれた。だが治せない事は無い。

 十秒もあれば最低限の動きが出来る。

 それだけの力がクリーチャーに残されていた。

 

「サぁリアぁあああ!」

 

 ノヴァが叫ぶ。

 逃がすつもりはない。

 これが最後の機会である。

 残された最後の貴き血(ブルーブラッド)を注入。

 上昇した血圧に耐え切れなかった眼球の血管が裂け視界が真っ赤に染まる。

 だが目はまだ見える。

 

 吹き飛ばされたサリアは呼び掛けに応えた。

 回収した剣をノヴァに向けて投げ飛ばす。

 手渡しをする時間は無い。

 全てがスローモーションに見える世界でノヴァは回転しながら迫る剣を視界に収め、そのグリップを掴み取る。

 

『出力160%、オーバーロード開始』

 

 残った無事な給電装置から注がれるエネルギーで大剣が白熱する。

 許容範囲を超えたエネルギーが処理しきれずに熱となって放出される。

 陽炎を纏った剣がクリーチャーに振り下ろされた。

 抵抗は感じられない。

 あれほど強固であったクリーチャーの皮膚を肉を剣は容易く斬り裂いていく。

 それと同時に白熱した刀身が傷口を焼く。

 出血は無く断面は焼き固められクリーチャーの再生を阻害する。

 

 ノヴァが振り下ろした一撃はクリーチャーの右肩から入り左腰骨まで切り裂いて身体を二つに切り分けた。

 だがまだ足りない。

 これだけでは仕留め切れていない。

 ノヴァは続けて剣を斬り上げる。

 二撃目は空中に留まる上半身を更に半分に切り裂いた。

 残った片手も斬り飛ばし中空にはクリーチャーの頭部と首が浮いている。

 そして続けて繰り出された三撃目。

 頭部に向けて最後の一撃を振り下ろす。

 皮を肉を頭蓋を脳髄を切り裂き焼く。

 再生も叶わない一撃が頭部を真っ二つに割る。

 散々に斬り裂かれたクリーチャーの身体が地面に落ちる。

 その瞬間薬の効果が切れた。

 

「~~~~!?!?」

 

 三度に及ぶ服用。

 たった一回の服用とは比べ物にならない程の副作用がノヴァを襲う。

 視界はぼやけ、倦怠感や疲労感を塗りつぶすような激しい痛みが身体を苛む。

 叶うのであればこのまま倒れ込みたい。

 目を瞑り意識を手放してしまいたかった。

 

「素晴らしい、素晴らしいです、Mr.ノヴァ。まさか彼が倒されるとは思っていませんでした。ええ、貴方は私の想像を超えた、正しくイレギュラーと呼ばれるケースです。益々貴方が欲しくなりました」

 

 だがそれは出来ない。

 感極まって拍手を辞めない危険な男がまだいるのだ。

 その目はノヴァに注がれている。

 ここで気を失って倒れでもすれば男は嬉々としてノヴァの身柄を確保する為に動き出すだろう。

 それをさせないためにもノヴァは倒れる訳にはいかない。

 

「──ですがこれ以上は無理ですね」

 

 ノヴァの後ろではサリアがレーザー兵器を構えていた。

 矛先は男を守るクリーチャーに向けられている。

 もし放たれれば自慢のクリーチャーといえでも危険である。

 最悪の場合一撃で仕留められてしまうだろう。

 しかし実際にはサリアにレーザー兵器を扱う事は出来ない。

 撃てるだけの電力を賄う事が出来ず放てない。

 ブラフであった。

 だがそんな事を知らない男はノヴァの追撃を諦めた。

 そして男を守るクリーチャーの身体から酸性の液体が湧き出ると身体を伝って落ち貴賓席の床を融かし始めた。

 

「残念ですが今日は引き下がります。ですが諦めた訳ではありません。Mr.ノヴァ、再び会える日までどうか死なずにいて下さい」

 

 言い終わると同時に男──エドゥアルドはクリーチャーに包まれ溶解して空いた穴から逃げ出した。

 貴賓席から姿を消し地面から伝わる振動が小さく、そして全く感じなくなった瞬間にノヴァはその場に座り込んだ。

 

「ノヴァ様、これ以上は無理です。引き揚げます」

 

 全く身体を動かせない。

 視界は真っ赤に染まり、耳元から絶え間なく心臓の鼓動が聞こえる。

 

「……頼んだ」

 

 それでもサリアの声は何とか聞き取れた。

 だが言えたのはその一言だけだ。

 サリアはノヴァの強化外骨格を外し身軽になったノヴァを優しく抱えると共に会場から離れる。

 スタジアムにいるアンドロイド達もノヴァの外骨格を回収、手酷い損傷を負った仲間を背負ってサリアと共に会場を離れていった。

 

 スタジアムには静寂が戻った。

 最初の無法者達が醸し出した狂気は其処には姿形も残っていない。

 ただスタジアムに残された夥しい数の死体が彼等が其処に居た唯一の証だった。

 

 そしてその光景を始まりから終わりまで全自動で撮影し放映していた撮影機器の駆動音だけがスタジアムに響いていた。




これで章は終わりです

Q、一連のやり取りもノーカット無修正で見せ付けられた視聴者の気持ちを答えよ
 なおノヴァ達は街を占拠する事なく離れ、街にいた無法者達は9割以上殺害されたとする


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閑話 地下を追われた者達
棄てられた、価値がない者達 上


閑話です、本編再開は少しお待ちください


 暗く冷たい閉ざされた空間、それが彼等の故郷である。

 過去には地方の中核として栄え多くの人と者が溢れていた都市。

 その地下には地下鉄を始めとした発達した交通網が蜘蛛の巣の様に張り巡らされていた。

 それだけではなく帝国との不穏な情勢を鑑みてシェルターも急速に配備されていき都市の地下は地上の喧騒に迫る勢いで拡張を続けた。

 

 ──そして『大崩壊』を迎えた。

 

 パンデミック、ミュータント、アンドロイドの暴走……平和だった世界は砕け散り混沌と恐怖が都市を覆った。

 住民たちは地上から迫る災害から逃れる為に地下へと逃げ込んだ。

 本来であれば都市の全人口を地下に収める事は不可能であった。連邦政府と地方政府の事前計画では都市からかなり離れた場所に複数建造された大型シェルターに人口を分散させる手筈であった。

 手筈は整っていた。避難経路の構築、食糧・医療物資の備蓄は既に済ませていた。だが彼等を襲った災害は予兆も何もなしに訪れ政府の計画は実行に移せなかった。

 

 そうして想定された収容人数を大きく超えた都市の地下は安全な場所ではなくなった。

 寝床を求めて争い、隣人の食料を盗み、医療物資を強奪する地獄と化す。

 地上に出て都市外のシェルターに向かおうとした者達もいた──そして彼等は膨大な数のミュータント達に襲われ全滅した。

 地上で死ぬか地下で死ぬか。彼等は地下で生きる事を選んだ。

 

 それから長い月日が流れた。

 数多くの犠牲を払って初期の混乱は収まった。そして地下には生存者達が幾つものコミュニティを作った。

 生活空間と物資を巡って時に同盟を結び、時に争い、それでも決定的な破滅を招く事無く地下世界は存続を続けた。

 

 そこで生まれた子供たちは地下に広がる世界をメトロと呼び、それが彼等の世界の全てだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 心地良い微睡みに浸っている。

 辛い事も苦しい事も其処にはない。居心地のいい暗闇である。

 

「──」

 

 だが暗闇が薄まっていく。光が混じり何処からか音が聞こえるような気がする。

 

「──、──」

 

 もう少し、もう少しだけ此処に居させてくれ。

 だが願いとは反対に暗闇は晴れていき、遠くに聞こえた音は近付いて行く。

 そして音が大きくなるに連れて微睡みの中にいた頭が働きだす。

 

「──、──、─ィル、ウィル、いい加減起きろ」

 

 頭が音を声として認識できるようになって漸く男は目を覚ました。

 机に突っ伏して寝ていた男、ウィルは先程迄の居心地のいい眠りが終わった事を惜しみながらも呼び掛けて来た仲間に顔を向ける。

 

「すまないジョズ、何時の間にか寝ていた。それで首尾はどうだ」

 

「その事についてダニエルから話があるそうだ。それと寝るなら机ではなく寝床に横になれ。身体を痛めるぞ」

 

「そうだな。目覚めは良かったが立ち上がった瞬間に肩も腰も痛みだした。次からは横になって寝るとする」

 

「そうしとけ。腰を壊したらサラが悲しむぞ」

 

「余計なお世話だ」

 

 ウィルとジョズは互いに軽口を叩きながら歩いて行く。

 そして二人が開けた場所に出ると其処にはダニエルが仲間達と共に二人を待っていた。

 

「首尾はどうだったか……まぁ良くは無かったようだな」

 

「二人ともすまない。粘ったがこれしか手に入れられなかった」

 

 悔しそうに呟くダニエルの背後には食料に飲料水、生きるのに欠かせない物資があった。

 だがその量は少ない。ウィル達が命懸けで地上を駆け巡り集めた物資の半分以下、三割程度しかなかった。

 

「買いたたかれたな。それで先方はなんて言っていた」

 

「……此方も危ない橋を渡って取引をしている。これで足りないなら今後の取引は辞めようと」

 

「そうか……ダニエルは今日一杯部屋で休んでくれ。明日も回収に向かうから体調を整えておけ」

 

「あぁ、すまない」

 

「落ち込むなダニエル、お前はよくやった。それは俺達皆が分かっている事だ」

 

 満足いく取引を行えず落ち込んでいるダニエルをウィルは励ます。

 それで幾らか持ち直した心優しい仲間は少しだけ表情を柔らかなものにして自分の部屋に帰っていった。

 

「ジョズ、これで何日持ちそうだ」

 

「切り詰めて五日だろう。喰いつくす前に取引を終える必要がある。……だが、また買いたたかれるだろう」

 

「あぁ、そうだな。くそ、こっちは御先が真っ暗なのに空は明るいな。その明るさを分けて欲しいもんだ」

 

 ウィルは遣る瀬無い思いを抱えながら上を見る。

 其処には見慣れた地下世界の天井は無く、何処までも広がっていく青空があった。

 

 ウィル、ダニエル、ジョズはメトロで生まれてメトロで育った。

 

 メトロという世界は生まれが全て。上流階級は上流階級のまま、中流も下流も生まれた階層で子供の未来は決まる。

 上流階級を頂点としてピラミッドの様に作られた絶対の階層、それが限られた地下世界で生きる為に生まれた暗黙の不文律。誰もがそれを受け入れていくしかなかった。

 そしてメトロの階層は三つだけではなく下にはもう一つの階層、誰にも顧みられることが無く存在を認知されながら徹底的にいないモノとして扱われる貧困層があった。

 メトロには彼等の居場所は無かった。住む場所も仕事も無い彼等は行き場がなくメトロの住人でさえ利用しない掃きだめの様な環境で生きるしかなかった。

 

 生きる為に彼等は必死だった。

 男は誰もやらない仕事をやるしか生きる術を得られなかった。

 女は春を売った。娯楽がほぼ無い地下世界では原始的な性交が最高の娯楽であり貧困層の女達の唯一の収入源だった。

 コンドームといった避妊具など皆無でありながら刹那の快楽を求め交わる男女。その結果として生まれ落ちた子供達もまた貧困層になった。

 

 無計画に生まれては増えていく貧困層。そんな彼等を養うリソースはメトロには無い。何より正規の住人達に彼等を養うつもりはない。

 多くの子供達が狭い地下世界の片隅に息を潜める様に生き、多くが途中で死にネズミの餌になった。

 運よく生き残り大人になる子供もいるが彼等を受け入れる場所はメトロにはない。

 だからといって無気力で死んだように生き続ける者ばかりではない。中にはそれが受け入れられない者達もいた。

 此処から抜け出したい、いい暮らしがしたい、美味しいものが食べたい。彼等はより良い環境を求め、しかしメトロに這い上がる手段は無かった。

 

 ならばどうするのか。奪えばいい。既に持っている者達を襲い奪うのだ。

 貧困層が犯罪集団に転じるのに時間は掛からなかった。地下には彼等しか知らない抜け道が幾つもあった。それを通じて彼等は徒党を組み犯罪集団を形成する。

 貧困層の増加に伴いメトロの犯罪者も増加した、多くの正規住民の犠牲者が出た。

 

 だがメトロは奪われるばかりではなかった。犯罪者に対する取締り──いや徹底的な洗浄(・・)を行った。

 犯罪集団を慈悲もなく殲滅するだけでなく地下のコミュニティ同士が共同して犯罪を抑止する為に時に彼等を間引いた(・・・・)

 

 人として扱われず、這い上がる手段さえなく、間引かれ、敵とみなされれば容赦なく洗浄される。

 そんな貧困層に三人は生まれた。そして彼等も生きる為に最初は犯罪に手を染めようとした。

 だが出来なかった。彼等はメトロが主導する犯罪者の末路を見てしまい踏み出せなかった。

 

 彼等は臆病者であった。落ち零れであった。だが如何にかして糧を得なければ三人は生きていけない。

 そんな時に地上から地下に落ちて来たガラクタを拾った。ボロボロであったが何かの足しになるかと思ってメトロの質屋に持って行った。

 そこで彼等は僅かばかりの食券を得た。それから三人は地上に出て物資を漁る様になった。

 

 ミュータントに殺される事に怯え恐怖しながら都市を彷徨い、物資を手に入れる。

 閉鎖されたメトロでは資源は貴重な物である。例え物が壊れようと何度も修理して再利用する。

 だが完全に循環している訳ではなく、資源は少しずつ目減りしていく。其処に商機があった。

 正規の住人達は彼等をスカベンジャーと呼んだ。それは蔑称であったが何物でもなかった彼等を示す名前になった。

 

 スカベンジャーはメトロにとって有用な存在だった。危険な地上に出て貴重な物資を運んでくれた。

 各種資源をメトロは買い取りスカベンジャー達は生きる糧を得た。ミュータントを地下に呼び込むかもしれない危険を持ったスカベンジャー達は地上に近い場所にしか住まわせない事でいざという時は切り捨てようとした。

 それでも最下層で死んだように生きるのに比べれば雲泥の差だった。極論ではあるが人間に殺されるかミュータントに殺されるかの違いしかない。

 彼等はミュータントに殺されるほうがましだった。いざとなれば余計に苦しまない様に仲間達が死なせてくれるからだ。

 

 スカベンジャーは使える駒であった。危険になったら切り捨てるだけであったが、それでもマシだった。

 噂を聞きつけ人が集まった。徒党を組んで地上に出て多くの仲間が死んだ。だが死を無駄にすることも無く彼等は糧として技を磨いた。

 そうして小さいながらも人が集まり一端の集団となった。危険ではある。いつ死んでもおかしくは無い。それでも細やかな幸福を掴める様になれた。

 

 だが突然その未来は閉ざされた。ミュータントでもなんでもないメトロの政治に巻き込まれて。

 地下で見つかった利用可能な核融合炉。膨大な電力を巡って発見したコミュニティとメトロの中心であるコミュニティが対立した。

 末端に位置し中心からの碌な援助がなかったコミュニティは核融合炉を自らと同じようなコミュニティと共に発展に役立てようとした。搾取するばかりの中心から独立しようとした。

 メトロの中心を担うコミュニティはメトロの治安悪化、本心として自らと並びたつような権力が擁立されるのを危惧し核融合炉を管理下に置こうとした。

 

 本格的な武力衝突に至る前に数え切れない暗闘が行われる。

 政治、経済、流通、全てを巻き込んだ闘争は始まっていないが時間の問題だった。

 

 その争いの中でウィル達の集団が槍玉に挙げられた。

 中心からは敵となるであろうコミュニティへ資源と情報を供給していると難癖を付けられた。

 核融合炉を有するコミュニティからも同じように疑われた。

 実際の所は互いに過熱していく戦意を収めるための生贄だった。捨てても投げても痛くない駒として彼等は扱われた。

 

 彼等は居場所を追われた。地上に追放されたのだ。

 どの陣営も彼等を助けるようなことは無かった。貧困層の生まれ。代わりとなるモノは幾らでもいた。

 

 追放された彼等は途方に暮れた。それでもメトロの住人達とは違い地上を良く知っていた。

 ミュータントに怯えながらも新たな住処となるような、故郷と呼べる場所を探した。

 

 ──そして、自分達が全く知らないアンドロイドの集団に遭遇した。

 

 その過程でウィルの子供が攫われ、集団そのものがアンドロイド達に捕らわれる事が起こった。

 誰もが殺されると怯えていたがアンドロイドはウィル達を殺さなかった。ただ彼等の持つ圧倒的な戦力を見せつけて都市へ放逐した。

 

 途方に暮れたスカベンジャー達。だがいつまでも放心していられる時間は無かった。

 解放された彼等は再び新しい住処を探し、それは早くに見つかった。

 

 建物の基礎もしっかり残っている無人のビル──アンドロイド達が大規模で周辺のミュータントを間引いたお陰で手薄になったビルをスカベンジャー達は占拠した。

 ようやく腰を落ち着ける事が出来た彼等だがまだ安心は出来なかった。

 生きるための水も食料も尽きようとしていた。

 だが彼等に食料を地上で手に入れる宛は無かった。散々に悩んだ果てに彼等は今迄と同じように物資を集め、食料品と交換する事にした。

 メトロの住人と密かに接触して取引を行う。スカベンジャーである彼等が知る食料を手に入れる手段がそれしかなかった。

 

 だが現実は非情であった。資源と食料のレートが今までにない程に悪化していた。

 取引が露見したら困るのは理解できる。メトロが取引を行ったコミュニティに対して何らかの制裁を課すかもしれない。

 それを考えても暴利であった。これで食い繋ぐには足りない。その日暮らしも危うくなる量しかなかった。

 

「どうにかしないといけない」

 

「それに同意するがウィルはどうするつもりなんだ」

 

 ウィルとジョズは誰もいない部屋の中で話し合った。

 如何にかしないといけない。そんな事は此処に居る皆が理解しているのだ。

 

「中心と敵対しているコミュニティに持っていく」

 

「まぁ、順当ではある。問題は取引を持っていくコミュニティだが……」

 

「今度は俺が行く。ジョズはダニエルと共に回収を進めてくれ。特にダニエルは落ち込んでいるからフォローを頼む」

 

 ウィルの提案は奇抜なものではない。メトロと敵対関係にあるコミュニティは将来的に起こるであろう抗争に備えて物資を集めていた。

 追放前にはメトロ全体で物価の上昇があった。予想ではあるが脇目も振らずに集めているのだろう。其処にスカベンジャーが集めた物資を持ち込めば高い値で買ってくれるだろう。

 そうしなければスカベンジャーが集めた物資がメトロに流れるのだから。

 

「分かった。だが気を付けてくれ。嫌な予感がする」

 

「ジョズは心配性だな。まぁいい知らせを待っててくれ」

 

 

 ジョズの心配を聞きながらもウィルは明るく言ってのけた。

 だがジョズの言った事は的外れではない。それが分からないウィルではなく、そうでなければスカベンジャー達のリーダーは務まらない。

 それでも強がらなければならない。そうしなければ何かが壊れてしまう事をウィルは感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダニエルに代わりウィルが回収した物資を仲間達と共に運んでいく。

 ウィルは目的のコミュニティに着いたら少しでも多くの成果を得る為に粘り強く交渉を行うだろう。

 ジョズ達はウィルの帰りは遅くなり明日になるだろうと考えていた。

 

 だがコミュニティに向かったウィル達はその日の夜に帰って来た。

 背負っていた搔き集めた物資はない。だが物資が満帆に詰まっていた背嚢は潰れたままであった。

 それが取引の結果を誤魔化し様も無く物語っていた。

 

「……それでウィル、どうだった」

 

「……悪い知らせと、もっと悪い知らせ、どれから聞きたい。俺が勧めるのは悪いほうからだ」

 

 出掛けた時の取り繕ったような笑顔すらウィルの表情にはない。

 ただ暗く、濁ったような目をジョズに向けるだけだ。共にコミュニティに向かった仲間達も同じで表情は暗かった。

 

「……悪いほうから知らせてくれ」

 

「レートは悪化した。持ち込んだ量の一割、それが得られるものだ」

 

 メトロ中心よりも悪い、悪すぎる。

 これではその日暮らしさえもできない。真面目に取引をするつもりがない。生かすつもりも無いのが明らかであった。

 

「もっと悪い知らせは……」

 

「持ち込んだものは奪われた。奴等、銃を突き付けてな『これは君達に掛けられた疑いを晴らすためである。次回迄に二倍の物資を持ってきた時に食料と交換しよう』てな──ふざけているだろ」

 

 ウィルが背負った背嚢を地面に叩きつける。だがそれだけだ。怒りを巻き散らす事もなくその場に座り込んでしまった。

 ウィルの、スカベンジャーを率いるリーダーの行動を仲間達も見たが、誰も諫めようとはしなかった。それをするだけの余力は尽きてしまっていた。

 

「メトロも、奴等も俺達を使い潰す事しか考えていない。潰れるまでに後どれだけ搾り取れるかしか考えていねぇ」

 

 ウィルは淡々と向かった先での出来事を仲間達に話していく。

 向かった先で銃で脅されたことを。薄く笑いながら必死になって集めた物資を取り上げられたことを。まるで汚物の様にコミュニティの外に追い出された事を。

 

「すまん、俺は限界だ。もう立てない。不甲斐無いリーダーで済まない」

 

 スカベンジャーのリーダーであるウィルは折れた。

 昔の様に仲間達を率いていた姿は其処にはなかった。突き付けられた非情な現実の前に消え去ろうとしていた。

 仲間達の多くが地面に座り込んだ。立ち上がる気力は既に無い。仮定としてコミュニティを襲うにしても武器も人数も何も無い彼等には何も出来ない。

 その事実はスカベンジャー達がギリギリで保っていたモノを容易く壊してしまった。

 

「いや、持ち込む先があと一つ残っている」

 

 だが未だに立っていたジョズの声が仲間達の間に響いた。

 

「何を言っている、もう何処も俺達を……」

 

「アンドロイド」

 

 アンドロイドとジョズが口にした瞬間、気力を失い生気を失くした仲間達が一斉に振り向いた。

 

「本気か。死ぬぞ。殺されるぞ」

 

 ウィルがジョズに言った言葉。それは視線を向ける仲間達が思っている事でもある。

 

「そうかもしれない、殺されるかもしれない……だが殺されないかもしれない」

 

 生きる為にアンドロイド達へ交渉に向かう。

 正気とは思えない。だがスカベンジャー達は考えてしまった。

 あれほどの武力を持ちながらそれを誇示するだけに留めたのは他ならないアンドロイド達なのだ。

 一方的な通告ではあった。だが彼等には通告などせずとも容赦なくスカベンジャー達を殺しつくす事が可能だった。

 それをアンドロイド達は実行に移さなかった。其処にジョズは賭けると言うのだ。

 

「最後に残った物資を俺が持っていく」

 

「待てジョズ、なら俺が──」

 

「駄目だ。ウィルはアンドロイドに攻撃を加えた事があるだろう。ダニエルもだ。だが俺はない。気絶していてその他大勢と一緒に捕まっていただけからな」

 

 なけなしの気力を集めて立ち上がったウィルだがジョズの言葉で動きを止められる。

 そして共に立ち上がったダニエルもジョズの言う事は理解できた。

 

「二人が出てくる時は取引が成功して、それで今後も彼等と取引をするようになった時だ。襲い掛かった過去について誤魔化しもせず、誠心誠意正直に頭を下げる時だ。それ以外で行けば殺される確率の方が高い」

 

 ジョズの分析には説得力があった。

 特にウィルは自分の子供を助けるためとはいえ多くの暴言を吐いてしまった。

 そんな人物をアンドロイド達は交渉相手とは見なさない。交渉を行うとは考えられなかった。

 

「分かった。だが、せめて何か手伝わせてくれ」

 

「俺もだ」

 

 ウィルとダニエル、共に長い付き合いである友人たちが悲痛な表情をしながら言い出してきた。

 何もいらない。そう言おうとして口を開いたジョズだが、一旦口を閉じて考える。

 

「じゃあ、作ってほしいものがある」

 

 何か協力できれば二人は落ち着く、そういった打算があった。

 しかしふと思いついた事があった。それがアンドロイドに伝わるかは分からない。だからと言って取引が成立する確率を上げるために出来る事はやるべきである。

 自分でも突拍子がないとしか思えない考えをジョズは二人に告げる。

 それを聞いた二人は驚いたものの真面目な顔をしてジョズが必要とするものを作るために材料を集め始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地方都市、其処にノヴァ達は収集拠点を置き都市の物資を回収していた。

 ノヴァが去ってからも拠点は拡張を続け多くのアンドロイド達が資源回収に従事している。

 無論資源回収だけでなく、ミュータントの襲来に備えて武装を施したアンドロイド達が収集拠点の周りを巡回していた。

 

 そんなノヴァ達にとっての重要施設に接近する人間を発見した。

 報告を上げて来たのは拠点を巡回しているアンドロイドの警備部隊からだ。

 

『人間が接近しています。武器には見えない何かを引き摺っているようです』

 

『何を引き摺っているんだ?詳細な映像を送れ』

 

 ある地点を巡回していた小隊が拠点に向かっている人間を発見、すぐさま拠点を任されている上級アンドロイドに報告した。

 上級アンドロイドは警備部隊から送られてきた映像を見る、そして警備部隊の分析を裏付けるかのように人間が何かを引き摺っていた。

 確かに一見武器には見えない。まるでガラクタを集めて繋げたような奇怪な見た目をしている。 

 

『武器でも兵器でもない何かにしか見えないのですが……あっ、人間が服を脱ぎ始めました。それと……旗、旗の様な物を振っています』

 

『?』

 

 如何やら映像を送って来たアンドロイドの視覚センサーは故障しているようである。

 上級アンドロイドが見る映像には人間がいきなり服を脱ぎ、最低限の下着の身の姿で白旗の様な物を振っている姿が映っていた。

 

『如何やら君の視覚センサーに異常が生じているようだ。セルフチェックをし忘れたのか、それともセンサーが不良品であったか?』

 

『いいえ、セルフチェックは毎回欠かさず行っています。異常は見つからず視覚センサーも部隊配属に伴って支給された新型です。異常があれば警備部隊の全機体を回収する必要があるのですが……』

 

『分かっている。それでは如何やら私達が壊れた訳ではなく、視界は正常である。ならば見ている映像は本物であるのだろうが……』

 

 だからこそ今見ている映像の意味が分からない。

 なぜアンドロイドを前にして服を脱いだのか。露出狂なのか、それとも古のヌーディズムを実践するヌーディストが現代に甦ったのか。

 それにしては中途半端な脱ぎ方に意識が持っていかれるが、アンドロイド達は人間が手に持ち振っている旗の色に気が付いた。

 

『白旗だな』

 

『白旗です』

 

 白色の旗を振る意味、それは降伏。戦う意思がない事を示している。

 継ぎ接ぎだらけで完全な白とは言い難いが、全体で見れば白にも見えなくはない。

 

『小隊で行動し身柄を確保するように。攻撃をした場合のみ反撃を許可する』

 

『了解』

 

 人間が意味を理解しているのであれば攻撃はしてこないだろう。

 だが何があるかは分からない。どのような意図を持って接近してきたのか解き明かす必要がある。

 拠点を任された上級アンドロイドは油断も無く映像に映る人間を見つめる。

 

 だがアンドロイド達は内心ではこの異常な状況を無自覚に楽しんでいた。

 ノヴァ様が与えてくれた新しい身体にも平穏にも大いに感謝している。しかし代わり映えのしない日々に飽きてきたのも事実であった。

 これから何が起こるのか。上級アンドロイドだけではない、拠点に詰めるアンドロイド達全員がこれから何かが起こる事を期待していた。



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棄てられた、価値のない者達 中

 確信があったわけではない、本心で言えば破れかぶれの策であった。

 だがジョズがこのような奇策に打って出るにあたり全くの当てがなかった訳ではない。

 

 それは攫われたウィルの子供、あの子から聞いたアンドロイド達がどの様に扱ってくれたのか。

 極限状態であり、まだ幼い事もあって話は所々要領を得ない所があったが総じて手荒に扱われる様な事はなかった。

 それはジョズやウィル、スカベンジャー達が知る恐ろしく狂ったアンドロイドとは似ても似つかぬものである。

 そしてアンドロイドに捕らわれた時、彼等は此方を殺害する事なく忠告を加え放逐した。

 

 其処には理性がある、話す事が可能なのだ。

 

「それで、君は如何して此処に近付いた。前回セカンドが忠告を行ったはずだ、私にはこの拠点を任された者として君が我々に危害を加えるなら反撃を行う事が可能だ。その結果として君は高確率で死んでしまうだろう、その事を理解しているのか?」

 

 ジョズは今、アンドロイドが犇めく彼等の拠点の中にいた。

 

 此処までは上手く行ったと言えるだろう。

 予想通り彼等の拠点に近づいていき服を脱ぎ棄て白旗を振った、敵意は無く危害を加えるつもりが無い事を全力で示した。

 プライドも意地も無い、仲間達の生存の可能性を掴み取る為に行ったジョズの姿は滑稽だったろう、だが現れたアンドロイド達はジョズを取り囲むだけで攻撃は加えてこなかった。

 そして行動が功を奏したのかアンドロイド達はジョズを取り囲み拠点に連行した。

 

 ジョズの考えた第一段階は成功した、そして此処からが最も大事な所、スカベンジャー達の未来が決まる時である。

 

「ええ、理解しています。しかし今回は、貴方方に危害を加えようと、近付いた訳ではありません。貴方達と、お、お話したいことがあって来たのです。信じられないのは、当たり前です、武器を突き付けたままでも、構いません、お話しさせてくれませんか」

 

「……いいだろう、だが変な行動は起こさない様に」

 

 目の前にいるアンドロイドがこの施設における司令官の様な役目を持った機体なのであろう。

 前回連行された時には居なかった機体、ジョズが知る身体に錆が浮いたアンドロイドとは全く違う。

 手入れが行き届いた身体だが目を引くのは顔である、其処にあるのは無機質な機械ではない人間の顔があった。

 端から顎先まで覆う鋼鉄のマスクによって目元しか露わになっていないが見た目は若い男性の様にも見え灰色に近い色合いの髪をしている。

 彼だけではなくジョズと取り囲む四体のアンドロイドも同様に人間の顔を持っている。

 男女半々であり彼等は一様に武器を構えて取り囲んでいる、撃鉄に指は掛けられていない事がジョズが唯一の安心できる要素であった。

 そして先程迄拠点の中にあった喧騒が静まり拠点にいるアンドロイド達の視線が向けられていた。

 ジョズを取り囲む彼等とは違い他のアンドロイド達の見た目は以前とは変わらない、それでも数は増えており整備は行き届いている。

 連行された時とは全く違う、アンドロイド達の装備は急速な勢いで整備されていると言えるだろう。

 

 その事を思い知ったジョズは気が遠くなりそうだ。

 息が上がる、呼吸が浅くなる、無数の視線に晒されているのは慣れた筈だった。

 侮蔑の視線も、見下される視線にも数え切れない程晒されて来た。

 だが今自分が置かれた状況は過去の修羅場がおままごとの様に見えてしまう、培った度胸が急速に萎んでいくのを嫌でも思い知らされる。

 

「あ、あ、わ……」

 

 言葉が出てこない、口を無意味に動かすだけで息が漏れるだけ、意味のある音として出てこない。

 言わなければ、伝えなければいけない事があるのにジョズの身体は、口は動いてくれない。

 

「どうした何か言いたい事は……ってお前らコレは見世物じゃない、散れ仕事に戻れ!」

 

 そんなジョズの様子を不審に思ったアンドロイドだが、周りで見学をしているアンドロイド達が向ける無言の圧力が人間を委縮させている事に気付いた。

 上級アンドロイドの言葉によって周りで動きを止めていたアンドロイドは動き出す。

 誰もが名残惜しそうにしながら離れていくのを見て上級アンドロイドはジョズに向き直る。

 

「此処では話し合いになりそうにない、個室で話そうか」

 

「あ、は、はい、お願いします」

 

 取り囲んでいるアンドロイド達はジョズを拠点の中に作られた応接室に案内する、その際に不審物がないか確認を終えた衣服を返す事も忘れない。

 流石に最低限の下着だけを着たままで会話をするのは見た目が流石に悪い。

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

 応接室に置かれたソファーに恐る恐る座るジョズに水が出される。

 コップに入った水をまじまじと観察したジョズが恐る恐る水に口を付ける。

 濁ってもおらず変な匂いも味もしない、それが分かったジョズは勢いよく水を飲んだ。

 すかさずアンドロイドが水を継ぎ足せばそれも勢いよく飲んでいき、三回目で漸く喉を潤せたのか継ぎ足された水は飲まなかった。

 

「すみません、喉が渇いてしまっていて……」

 

「構わないよ。さて、ここなら余計な視線に晒される事もないだろう、それでどういった目的で此処に近付いたのか話してくれるね」

 

「はい、私達は貴方方と、と、取引をしたいのです」

 

 多くのアンドロイド達から向けられる視線からの解放と水で喉を潤した事でジョズの口が動き出す。

 手の裏に流れる冷や汗を感じながら震えそうになる脚を押さえつける。

 

「ふむ、続けてくれ」

 

 上級アンドロイドの言葉に従ってジョズは語る。

 自分達が何者なのか、メトロという世界を、そこで生きていくための地上に出て物資を漁るスカベンジャーになった事を。

 しかしメトロの情勢が一変し、その煽りを受けてメトロから追放されたことをジョズは語る。

 そして地上に出てから安全な場所を探している最中にアンドロイド達と遭遇し、捕らわれて放逐された事を。

 今はビルの廃墟に隠れているが水と食料が尽きかけている事を、全てを隠すことなくジョズはアンドロイドに語った。

 

「以前無礼を働いた事も此処に捕らえられて宣告されたことも覚えています、あの時は本当にすみませんでした」

 

「なるほど、君はそれを承知で此処に来た。君達スカベンジャーが回収した物資を我々が買い取り、その対価として水と食料を君達に渡す。その取引を我々に提案する為に君は単身で此処に来たと、間違いは無いね」

 

「はい、そうです」

 

「分かった、だが君に聞かせて欲しいのだが……」

 

 上級アンドロイドはジョズから語られた内容から彼等が窮地にある事は理解した。

 何とか生存しようと出来る事は全て行ってきた、だが味方は何処にもおらずスカベンジャーは全滅の危機に瀕している。

 その内情を理解した上で上級アンドロイドは口を開く。

 

「その取引で我々が得る利益はあるのかな?」

 

 目の前のアンドロイドの口から出た言葉、それを聞いたジョズは全身が一気に凍り付いたと錯覚した。

 だが聞き間違いではない、耳にはアンドロイドが言った言葉が何度も繰り返し響いている。

 

「君も見ただろうが此処では多くのアンドロイド達が物資回収を行っている。それこそ君達スカベンジャーが一日で集めた物資を数時間で集める事が出来るだろう、それなのに君達をわざわざ雇用する利益はなにかな」

 

「ええ、その通りです。貴方達であれば我々より短時間で集める事は可能でしょう、ですが物資は無限にあるわけではありません、この辺りに大量に物資が眠っていたとしても何れ取り尽くします」

 

「そうだね、何時かは取り尽くすだろう。だが明日、明後日の事じゃない」

 

「私達が加われば貴方達の回収は捗ります。私達スカベンジャーはこの都市で長い間活動を続けてきました、何処に何があるのか、ミュータントの活動範囲はどうなっているのか、多くの情報を持っています、これらの情報は有用なものではありませんか」

 

 ジョズは懸命に頭を働かせる、此処で黙っていては何も得られない、可能性を失ってしまう。

 口を動かして目の前のアンドロイドにスカベンジャーの有用性を、使える存在である事を懸命に説く。

 

「確かに有用ではある、君達に道案内をしてもらえば捗るだろう」

 

「なら──」

 

「だけど、それだけだ。それは我々単独でも可能な事だ、別に君達に協力してもらわなくても出来る事であるんだよ」

 

 だが効果は無かった、アンドロイドが言うように態々スカベンジャーの力を借りなくても彼等であれば多少の障害は自力で排除できるだろう。

 何より過去に見せ付けられた武力があればミュータントなぞ邪魔な障害物の一つでしかない、都市での活動が遮られる事もない。

 

「あ、いや、しか、」

 

「前回の事もある、正直君達と関わる事で生じるであろう問題の方が我々には最大の懸念事項なんだ。君が持ってきた荷物はそのまま返そう、落ち着いたら此処から離れてくれ」

 

 アンドロイドは話は終わりとでも言う様に席から立ち上がる。

 このまま何もしなければ、何も言わなければアンドロイドは此処から去っていくだろう。

 何かを言わなければいけない、如何にかして話を聞いてもらわなければいけない。

 此処で荷物を返されてスカベンジャー達の下に帰っても何も得られない、仲間達の未来は潰えてしまう。

 

「た、た」

 

 だが何を言えばいいのかジョズには分からない。

 理詰めで動く事を得意とした彼にはこんな場面で相手を引き留められる程の力を持った言葉を知らない。

 しかし身体は動いていた、離れようとしたアンドロイドの脚を何時の間にか両手で捕まえていた。

 

「助けてくれ」

 

 結局出てきたのはそんな一言だけだ。

 理詰めの言葉でもない、着飾った言葉でもない、ただ助けを求める言葉しか出てこなかった。

 

「助けてくれ、水も食料も殆ど残っていないんだ、このままじゃ、俺達は生きていけない」

 

「あ、いや、ちょっと……」

 

「頼む、助けてくれ、仲間達を、助けて……下さい!」

 

「お、おい、止めてくれ、放してくれ!」

 

 取り繕う余裕などない、みっともなくジョズはアンドロイド脚に縋りつく。

 それがどれ程無様で嗤われるものかジョズは知っている、こんな事をメトロで行えば嗤われ見下され足蹴にされるだけだ。

 

「分かった、分かったから!いきなり雇用する事は無理だ!試しに雇用してから成績で判断する、だから放してくれ!」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「本当だから、試しに取引してみるから脚を離してくれ」

 

 だがそんな無様な行動こそがアンドロイドを動かした。

 困惑し戸惑う彼の口から出た言葉はジョズが求めていたモノであり、だからこそ言い逃れをされない様に確約が欲しかった。

 

「取り敢えず君が持ち込んだ物資を買い取ろう、食糧と水は用意するが運ぶ手段はあるのか」

 

 そう告げるアンドロイドの言葉を信じてジョズは手を離した。

 そして自由になったアンドロイドから指令を受けたのか基地の一角が騒がしくなるのがジョズの耳にも聞こえた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョズが生きて帰って来た、それをスカベンジャーが根城にしているビルの一角で聞いたウィルは急いで出迎えに行った。

 其処にはジョズがいた、此処から出ていった時と全く変わらない無事な姿で駆け込んできたウィルを見ていた。

 その姿を見る事が出来たウィルは薄っすらと涙を浮かべ──だがその涙は直ぐに引っ込んでしまった。 

 

「『雇用に当たり万全の状態で仕事が出来る様に』と言って持ち込んだ物資以上の物をくれたよ」

 

「……人間不信になりそうだ、メトロの奴等なんかよりアンドロイドの方が血が通っているんじゃないのか」

 

 そう言ったウィルの目の前には根城に運び込まれる多くの物資があった。

 ダニエルが動ける仲間達を率いて運び込む物資は水と食料、スカベンジャー達が欲していたものだ。

 しかもメトロが出してくる腐りかけのものではない、清潔で新鮮な水と食料だ。 

 

「まさか、まさか成功させるなんてな……、ジョズどんな手を使った」

 

「悪いが聞かないでくれ……と言いたいがウィルだけには伝える、話すとしてもダニエルだけにしてくれ」

 

 ウィルはジョズがどんな風にアンドロイド達を言い包めたのか知りたかった。

 だが違った、人気のない一画でジョズから告げられたことを理解したウィルの浮ついた気持ちは瞬く間に萎んで消えた。

 

「……そうか悪かった、いや、違う、ジョズ、ありがとう」

 

「ああ、だけど俺が出来るのは此処迄だ、サポートはするがスカベンジャーを率いているのはお前だ」

 

 よく見れば両目がまだ赤いジョズから言われた事がウィルの胸を締め付ける。

 今回ジョズが行った事は相手の良心に付け込んだ形である。

 それでスカベンジャー達は一時的に救われた、だがアンドロイド達の心証は良くは無いだろう。

 此処でアンドロイド達の良心に付け込み続ければ僅かに残った関心すら失われ、最悪の場合邪魔者と判断されて皆殺しの可能性もある。

 

「分かっている、仕事を通してアンドロイド達に価値を認めてもらう」

 

「その前に」

 

「……頭を下げるよ、これだけ貰っておきながら謝らないのは筋が通らない、それだけの事を俺は過去にやらかしたんだ」

 

「ウィル一人じゃない俺もだ、アンドロイドに掴みかかったからな」

 

「あぁ、そうだな」

 

 運び終えたダニエルが落ち込むウィルに声を掛ける。

 それを聞いたウィルは乾いた笑い声を出した、そして一通りの気持ちの整理が済んで動き出す。

 これが最後の機会、スカベンジャー達がこの先で生き残る為に乗り越えなくてならない仕事、ジョズがもぎ取って来た最後の機会でアンドロイド達が満足できるような仕事をするのだ。

 

 待ち望んだ水と食料を手に入れて安心した仲間達の前にウィルは立つ。

 

「これが俺達に残されたチャンスだ、皆、気合を入れろ!」

 

 ウィルの言葉を聞いたスカベンジャー達は思い思いの声を挙げる。

 このチャンスを逃せばもう後はない、その事を理解している仲間達は皆真剣な表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物資を背負った人間と数体のアンドロイドが拠点を離れていく。

 上級アンドロイドはその姿を拠点の指令室から眺めていた──そして此処から離れた本拠地ともリアルタイムで通信を行っていた。

 

『これで良いのですか?もう少し穏便に事を運べたと考えるのですが』

 

『ええ、今の段階ではこれで十分なのです。確かに貴方が考える様に穏便に事を運ぶ事は出来たでしょう。ですが、それでは駄目なのです』

 

 通信を行っているアンドロイドからの返事に上級アンドロイドは何とも言えない顔をする。

 それだけ彼女の指示は上級アンドロイドにとっては不本意なものであった。

 だがそれの持つ意味を理解し、且つその場で対応できるのは自分しかいなかった為致し方無いものであると上級アンドロイドは自分に言い聞かせる。

 

『それにしても中々真に迫った演技でした、見ているこっち迄ドキドキしましたよ』

 

『揶揄わないで下さい。それで今後は如何するつもりです、サード』

 

『それについてですが──』

 

 通信は続いている、遠く離れた本拠地の企みにスカベンジャー達は否応なく巻き込まれるだろう。

 それを理解している上級アンドロイドは遠く離れていく人間の背中を何とも言えない表情で見送っていた。



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棄てられた、価値がない者達 下

※2023/05/19
アンドロイドパートを分割し一話として独立させたものを新たに投稿しました。またそれに合わせアンドロイドパートを削除しました。



 アンドロイドにスカベンジャーを売り込む。

 メトロから地上に追放されたスカベンジャー達が生き残る為に下した決断である。

 ジョズが持ち帰ったアンドロイドとの試験雇用をウィルが率いるスカベンジャーは全力で務めた。 

 

 実際の仕事内容は彼等が地上の都市で行う物資回収の道案内人だ。

 彼等が最も欲しがる金属資源の溜まり場に案内する、付近を徘徊しているミュータントに遭遇しない様に移動の時は先導を行う。

 実際の物資回収はアンドロイドが担当し、その時のスカベンジャーの仕事は周りの警戒を行う事である。

 他にも実際の戦闘はアンドロイド側が行う、回収した物資の質と量によって報酬は増減するなどの細かな取り決めはしている。

 

 だが少人数でコソコソとミュータントから隠れて行っていた物資回収とは違い多くのアンドロイド達を伴っての回収作業は勝手が違っていた。

 大人数が移動できる経路の選定、警戒すべきミュータントの種類と数、道中で起こるであろう不測の事態。

 慣れない作業でありながらもウィルは仲間達と共に日夜頭を悩ませ、不意に遭遇したミュータントの集団を容赦なく殲滅するアンドロイド達に肝を冷やされながらもなんとか大きな問題を起こす事なく試験雇用期間を終えた。

 

「ジョズ、ダニエル、俺もうメトロの人間を信用できなくなっちまった。アンドロイド達に乗り換えた方が良くないか?」

 

「分かる、分かるが早まるな。まだ試験雇用が終わっただけだ、今後も継続して取引が出来るかは分からないんだ、気を抜かないでくれ」

 

 試験雇用期間を通して必死になって働いたスカベンジャー、その対価として与えられた報酬がスカベンジャー達の目の前に積み上がっていた。

 根城にしているビルの一画に積み上がる報酬は水や肉を含めた食料品は言わずもがな、包帯や薬といった貴重な医薬品、それに僅かながら嗜好品も含まれている。

 

「見ろよ量は少ないが酒があるぞ。それに……味も悪くない、いやメトロの安酒が不味すぎたのか、俺は初めて酒の本当の美味しさが分かった気がする」

 

「オイこらダニエル、先に味見してるんじゃねぇ!」

 

「騒ぐなウィル!いつ連絡が来るか分からないから気を抜くな!」

 

 目の前にあるアンドロイド達から対価として渡された報酬をスカベンジャー達は最初信じられないような目で見ていた。

 だが実物を手に取りそれが夢でも何でもない現実であると認識して初めて顔が綻んだ。

 

 メトロでは必死になって集めた物資は買い叩かれ僅かな報酬しか得られなかった、それに不満を抱き買取価格を上げるように働きかけようとすればメトロ全体に即座に通達され何処も買取を拒んだ。

 スカベンジャーが相手にしたメトロは巨大であった、逆らった下層民に掛ける慈悲はなく彼等は生きる為に飼殺され燻ぶる事しか選べなかった。

 

 だが今回の仕事は全く違った。

 大変な仕事だったがそれに見合う報酬を手に入れたスカベンジャー達の顔には今迄感じた事のない達成感と喜びがあった。 

 

「ジョズ分かってる、だがアンドロイド達は明日以降に連絡すると言っていただろう。だから今夜くらい少し気を緩めてもいいだろう、お前も飲むか?これ飲んだらメトロの安酒がミュータントのションベンにしか感じられないぞ!」

 

 だからこそジョズは仲間達が興奮し過ぎている事に気付きながらも止める事は出来なかった。

 それにジョズ自身も彼等と同じ様に報酬を目にして気持ちは昂っていた。

 

「あぁもう!酒は飲み過ぎるなよ!」

 

 スカベンジャー達は得られた報酬を前にして誰も彼もが浮かれ騒いだ。

 ジョズとしては浮かれる事を出来れば諫めたいが苦労の連続であった最近を思えば仕方がないと受け入れるしかなかった。

 

 そうしてスカベンジャー達が占拠しているビルの中では小さいながらも今までの苦労を労う形で宴会が開かれていた。

 誰もが腹いっぱいに食べ、水で、酒で喉を潤した、それはスカベンジャー達の奥底で溜まっていた不平不満の大部分を解消してくれた。

 

 そんな姿を宴会から少し離れた席でジョズは見ていた。

 仲間達が浮かれる姿に呆れながらも微笑ましく見物していた──だが、その表情は手元にあるモノを見れば長くは保たなかった。 

 

「ジョズ、俺の様に浮かれろとは言わないが肩の力を抜いたほうがいいぞ」

 

「ウィルか……、確かにリーダーの言う通りだ。けどコレが気になって仕方がないんだ」

 

 そう言ったジョズは酒瓶を片手に持って近付いて来るウィルに手に持った端末(・・)を掲げて見せる。

 

 それはアンドロイド側からスカベンジャー達に渡された物、今後も仕事を頼む際にあれば便利と言う事で渡された通信機能を持たせた端末である。

 メトロにおいて遠目で見る事はあっても自分には一生縁のない物だと思っていたジョズにしてみれば気になって仕方がない物であった。

 アンドロイド達が彼等の拠点に戻った後は誰にも貸すことなく一人で子供が新しい玩具を手に入れた様に夢中になって操作していた、だがそれも直ぐに終わった。

 スカベンジャー達に与えられた端末は機能を制限された物であった事も理由の一つ、だが最も大きな理由は掲げた端末の画面に表示された一覧である。

 

「画面に載っているのは俺達が対価として得られる物の一覧だ。水と食料は分かる、これが無いと俺達は生きていけないからな。医薬品も酒もあったら仲間達が喜ぶから分かる。だがな、水インフラと書かれた貯水タンクに浄水装置のセット、通信や機械装置の運用が可能になる電力インフラ、それに野菜の栽培セットなんてとんでも無い代物が選り取り見取りであるんだ。コレを見て素直に喜べるほど俺は素直になれない、逆にアンドロイドがどんな思惑を持っているのか気になって仕方が無いんだ」

 

 画面に載っていたのは生きるための消耗品だけではない、根城の生活環境を向上させる生活インフラをはじめ、あろうことか防具や武器なども載っているのだ。

 流石に武器に至ってはアンドロイド達が装備しているような物は載っていないが粗悪な鉄パイプに比べれば単発式のライフルやクロスボウは魅力的な武器である。

 そんな明らかにスカベンジャーという勢力を強くしようとするアンドロイド達の意図が理解できずジョズは怪しんでいたのだ。 

 

「ジョズが怪しむのも仕方がない、なら明日此処に来るアンドロイド達から直接聞くしかないだろう。一人の勝手な思い込みで突っ走って痛い目を見たくないだろ」

 

「…確かに経験者が言うと説得力があるな、余程謝罪が堪えたようだな」

 

「ああ堪えたさ、だからこそお前には同じ思いをして欲しくないんだ」

 

「そういった気の利いた言葉は男じゃなく嫁に言ってやれ」

 

「なんだよ、人が心配してやったのに」

 

 そう言ってウィルがジョズの肩を小突く、目を凝らせば顔は紅くなっており口からはアルコール臭が漂ってきた。

 その気の抜けた姿を面白くないと感じたジョズはウィルが片手に持った酒瓶を素早く奪い取る、そして中身を勢いよく飲み干していく。 

 

「あぁ、俺の酒!」

 

「うるさい、嫌なら飲み切ってから近付くんだったな」

 

 そう言って空になった酒瓶を返したジョズの表情は思い詰めたものではなくなっていた。

 

 そして宴会が行われた翌日、スカベンジャー達が根城にしているビルは緊張に包まれた。

 原因はビルに入って来た二体のアンドロイド、一体はアンドロイド達の拠点を任されている上級アンドロイド、そしてもう一体が──

 

「スカベンジャーの皆さん初めまして、私はアンドロイド勢力の交渉を統括・担当しているマリナと言います、今日はスカベンジャーとの契約を結びに来ました」

 

「は、初めましてスカベンジャーを率いているウィルです」

 

 スカベンジャー達の前に現れたマリナと名乗るアンドロイド。

 見た目はほぼ人間の女性と変わらず、唯一両耳を覆うように付けられた機械装置が彼女をアンドロイドだと示している。

 身なりもまるでメトロの上流階級が纏うような清潔感に溢れ且つ華美になり過ぎない衣服を着ている、何よりジョズが言っていた上級アンドロイドを後に控えさせていた。

 止めに交渉を統括・担当しているときた、これだけで目の前のアンドロイドがアンドロイド達の中で上位に位置する機体であるとスカベンジャー達は理解してしまった。

 

「あはは、そんなに緊張しないで下さいよ。私は貴方達スカベンジャーとの今後の関係についてお話に来ただけですよ」

 

「すみません、契約について後ろに控えているアンドロイドから交渉を担当している機体が行うと聞いてはいたのですが……」

 

「それだけ貴方達との取引は有意義なものだったのです。我々は貴方達スカベンジャーを高く評価しています、今後も継続して取引を続けたいと考えて今後の物資回収に関する詳細な契約を結ぶために私が来たのです」

 

 そう言ってマリナはウィルに詳細な契約内容が書かれた端末を差し出した。

 

「この端末に記載されているのは今後の貴方達に任せてみたい業務の一覧になります。今回の様な物資回収の道案内役から都市に関する情報提供、発見した稼働状態にあるアンドロイド及び自立機械の情報提供、スカベンジャーが独自に物資を回収して我々に売却するなど多くの仕事があります。報酬に関しては当面は現物支給と言う事で水や食料をはじめ端末に載っているモノを報酬から買い取って頂きます。報酬の方は一律ではなく仕事内容の出来によって増減します、加算に関する項目も載っているので後で確認してください。質問はありますか?」 

 

「アンドロイドの保護なんだが……報酬がかなり高めに見えるのだが間違いではないのか?」 

 

「間違いではありませんよ。彼等は我々の新たな同胞になる可能性があるのですから」

 

「俺からは報酬の一覧だが……食料と水は分かるのだが武具や生活インフラも売ってくれるのか?」

 

「はい、可能です。生活インフラの水道であれば水の貯蓄タンクに安全に利用できるよう浄化設備も付いていますよ。そして水だけではありません、電気に通信と各種インフラを我々は取り揃えています。とは言っても無料ではなく、それなりの対価を頂きますが」

 

 端末に表示されている契約内容をマリナが端的に説明する。

 説明自体は短いが端末に表示された契約の中身はスカベンジャー達にとって余りにも破格なものである為にウィルは眩暈が起こしかけた。

 昨日酒に酔っていたがジョズには深く考えすぎるなとは言った、だが実際はウィルの想像を超えた契約が目の前に提示されている。

 それは今迄スカベンジャー達がメトロで経験してきたモノとは全く違う代物であった。 

 

「おや眩暈ですか?体調管理は万全にして頂かないと仕事の最中に事故が起きてしまいますよ?」

 

 ウィルの目の前に立つマリナがなんて事もない様に心配する。

 だがその原因がマリナの持ち込んだ契約にある事を彼女は理解しているのか、それともしていないのかウィルには判断できない。

 此処で見栄を張って何でもないと装う事は簡単だ、しかしスカベンジャーを率いるウィルはアンドロイド側の思惑を確かめなければならない。

 何より此処迄スカベンジャーに有利な契約は喜びよりも不安や猜疑心の方を強く感じてしまうのだ。

 

「すみませんが、なぜアンドロイド側がスカベンジャーをこれ程厚遇するのか理由を聞いてもいいですか」

 

「ええ、構いませんが我々は貴方達スカベンジャーを特別に厚遇してもいるつもりはありません。端末に載っている報酬は貴方達が自力で稼いだ正当な対価であり我々は正確に試算した上で提示しているだけです」

 

 そう言ってマリナは先程迄の柔和な表情を消す、そして真剣な眼差しでスカベンジャーを率いるウィルを見つめる。

 

「騙そうと思えば騙せますけど我々にそれをする理由がありません。労働に見合った対価を渡す、それで貴方達が仕事に精を出してより多くの成果を持ち込んでくれることを期待しているのです」

 

 ウィルはマリナから視線を外す、そして根城にしているビルの一角に積み上げられた報酬を見る。

 確かにアンドロイドの言う事は最もだ、労働に見合った対価を得られるのであればウィルを含めたスカベンジャー達は懸命に働くだろう。

 それはスカベンジャー達の嘘偽りも無い本心である。

 

「もう一つは信用です。貴方達は試験雇用期間中に我々が満足する成果を上げ続けた、その事実が貴方達を信じて用いる事が出来ると判断されたのです。後はメトロに対する窓口ですね」

 

 そう言った直後、契約内容を映していた端末の画面が切り替わる。

 代わりに映し出されたのはスカベンジャー達が根城にしているビルを含めた地方都市の簡略図だ。

 しかし簡略図は地方都市の地上部分を一通り網羅しているが都市の地下部分──メトロに関する簡略図は表示されていない。

 それはアンドロイド達がメトロの全体像を現状掴んでいない事を端的に示していた。

 

「現状は我々からメトロに接触を行う計画はありません。しかし予想外の遭遇が無いとは言い切れず、極めて低確率ですが偶然の接触が起こるかもしれません。もしメトロの住人が我々を見付ければ問答無用で攻撃を加えてくるでしょう、そんな事態に陥った時にスカベンジャーは我々の側に立ってもらいメトロとの仲立ちをしてもらいたいのです」

 

 アンドロイドがウィルに語った可能性は確かにありえなくは無い話である。

 何よりウィルはメトロの住人が動いているアンドロイドを見た瞬間どの様な行動を取るのか容易に想像できてしまった。

 

「我々としても事態の悪化は避けたいのです、ですが我々がメトロの住人に呼び掛けても耳を傾けてはくれないでしょう。ですからスカベンジャーにはメトロに対する緩衝材の役割を期待しているのです。しかし現状ではスカベンジャーの意見をメトロが聞き届けることは無いでしょう。ですからメトロに見縊られない為にも生活インフラや防具等を貴方に買ってもらい、そしてスカベンジャーそのものがメトロに見縊られず意見具申できる程度に強くなって欲しいのです」

 

 アンドロイド達がスカベンジャーに将来的に担ってもらいたい緩衝材としての役割。

 ウィルの目の前にいるマリナは人間がアンドロイドを敵視している事を理解した上で余計な衝突が起こらない様に、起こっても被害を最小限に留めたいと考えているのだろう。

 

 ……仮定の話だがメトロがアンドロイドに攻撃を加えた場合の反撃はアンドロイド側の一方的なものになるだろう。

 それ程の戦力をアンドロイド側は保持しており衝突による犠牲者は膨大なものになり発生するであろう確執もまた膨大だ。

 彼等であれば事態を迅速に収束させる為に物理的な解消(・・)を実行する事も可能だろう、しかしそれはアンドロイド達にとって面倒であるのは間違いない。

 そんな事態を防ぐ為にも緩衝材としてスカベンジャーが必要であるのだ。

 将来に起こるであろう面倒事に比べれば彼等に便宜を図ることはアンドロイド側にとって損ではないと判断を下したのだろう。 

 

「なるほど……分かりました、この契約を結ばせてください」

 

「ありがとうございます。我々は貴方達スカベンジャーの労働に見合う対価を提供する用意があります。今後ともよい取引が続く事を期待していますよ」

 

 こうしてスカベンジャーはアンドロイドとの間に契約を結んだ。

 漸く先の見えない暗闇から抜け出したスカベンジャーではあるが先には未だに多くの苦難や困難が待ち構えているだろう。

 だがスカベンジャーの顔は暗く淀んだものではなかった、明るく明日への希望に顔を子供の様に輝かせていた。

 

「なぁ、俺達頑張って働けばいい暮らしが出来るのかな……、夢見てもいいのか」

 

「分からない、だがメトロに飼い殺しにされることは無くなった、それは確実だ」

 

「私は毎日お腹いっぱいに子供達に食べさせたいな」

 

 なぜなら彼等は漸く掴んだのだ。泥水をすする事もない、腐った食べ物で腹を下す事もない、真っ当な生活を送れる可能性を。

 それは直ぐには手に入らない物ではある。だが今迄夢見るだけで自分達には一生縁がない物と諦めていた日々から彼等は脱却したのだ。

 

 それだけでスカベンジャーは立ち上がれる。明日に向けて備える事が出来る。

 夢を、可能性を掴むために彼等は今度こそと決意を新たにして懸命に足掻き始めた。



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アンドロイド側の思惑

前回のアンドロイドパートを分割し一話として独立させ掲載し直したものになります。また分割に当たり内容を見直して大幅に書き直しています。



「いや~、本当に今時珍しい擦れていない素直な人達でしたね。生まれた環境を思えば今迄生き残れたのが不思議でなりません!」

 

 そう言ってマリナは上機嫌で拠点への帰り道を歩き、その後ろには物資回収拠点を任された上級アンドロイドが護衛として付き従っている。

 

「……まぁ、実際の所はあの気弱な気質のお陰でメトロが生かさず殺さずの判断を下した結果でしょう。使い潰す前提で生かされたと私は考えますが、貴方はどうですか?」

 

「サードと同じ考えですよ。彼等はメトロにとって都合の良い道具でしかなかった。だからメトロで起きた政変で真っ先に切り捨てられた、その境遇には同情しますよ」

 

 二人の考えは同じであった。

 スカベンジャーである彼等が如何に働こうとメトロは彼等を認めない。

 もし認めてしまえば薄氷の上で保たれたメトロの平穏は瞬く間に破壊されてしまうだろう。

 メトロにとってスカベンジャーは便利でありながら厄介な存在でしかないのだ。

 

「それで貴方が態々此処に脚を運んだ理由は何ですか。契約を結ぶだけなら私に権限を与えて代行させれば簡単に終わるでしょうに」

 

「それは彼等に期待している事を明確に示す為にも必要と考えたからです。それに地上に追放された彼等を直に見てみたいと思いまして」

 

 二人のアンドロイドが脚を止めることは無い。

 スカベンジャー達の根城と拠点との間はミュータントが出ないように間引いたばかりであり比較的安全である。

 それでも仮にミュータントが出てこようとも二人の敵では無い、戦闘を想定した身体を持つ上級アンドロイドは勿論の事マリナも最低限の武装は施してある。

 それもあって二人は会話を途切れさせる必要は無く、会話は続いていた

 

「それが全てではないでしょう、此処までくれば彼等の耳には届きません。教えてくれてもいいではないですか」

 

「酷いですね。まぁ、彼等に言った事も本当の事ですが理由に占める割合は三割しかありません」

 

「残る七割は何ですか?」

 

「私が彼等に求めているのは主に二つです。一つは今後接触するであろう小規模コミュニティーにおける我々の関与が与える影響についての調査。二つ目は我々アンドロイドに対して友好的な人間を増やすためです」

 

 歩きながらマリナは上級アンドロイドの疑問に答える。

 スカベンジャー達に語った事は嘘ではなく本当の事ではある、しかしマリナは彼等に全てを伝えてはいないし今後も教えるつもりは無い。

 

「今後ノヴァ様の活動範囲の拡大に伴って私達の活動範囲も広がっていくのは確定です。その範囲内には大小問わず生存している多くのコミュニティーがあるでしょう。それらと接触する前に我々が接触した事によってコミュニティーにどのような影響を与えるのか参考になる具体的かつ詳細なデータが欲しかったのです。そのデータ収集のサンプルとしてスカベンジャーは実に都合が良かったのです」

 

 拠点へ続く道を歩くマリナ、その脚は止まることなく背後に付いて来る上級アンドロイドに此処に来た本当の目的──データ収集の意義を語る。

 

「彼等のコミュニティーは丁度良い大きさでした。それで我々の干渉によってどのように変化するのか、何処まで干渉できるのか、その線引きは、禁忌は何なのか、得られる情報は大変貴重です。今後のコミュニティーとの接触とその後の関係構築の参考になります。それに育成にかかる費用に関して言えば私達に大きな負担は無いと言えるでしょう。廃棄予定の食料と装備を流すだけでいいのですから」

 

 スカベンジャーの育成に掛かる費用、共通の通貨を持たない現状では現物供与になるしかない。

 そして拠点には現物給与に使える物資──行商人達から買上げた使い道のない食料が大量に保管されていた。

 

 どうして食料を消費する人間がノヴァしかいないアンドロイド達が大量の食糧を持っているのか、その理由はマリナが計画し現在進行形で行っている事業が原因である。

 マリナはポールをはじめとした行商人達を通して流通経路の拡大と交流の促進、経済活動の活発化を目的に事業を開始した。

 しかしこのマリナの計画にも穴があり、それは行商人を通して得られる物が食料位しかなかった事である。

 そもそも行商人達が活動している一帯が小さな農村や町しか無く生産物が売り物になりそうな商品が農作物をはじめとした食料品しか無いのだ。

 それでも交流促進と経済活動の活発の為にノヴァ達アンドロイド側が赤字で事業を継続しているのが現状であり、今後十年程の時間を掛けて農村の開発を進める計画であった。

 

 しかし今回のスカベンジャーとの契約により不良在庫と化していた食料の処分先が決まったのだ。

 

 装備に関しても遠征部隊をはじめとした戦闘部隊の装備更新は続いており旧式化した武器や防具が倉庫に積み上がっていた。

 分解して再利用する事も可能だが手間と時間が掛かるばかりであり、装備は新造したほうが早かったため倉庫で埃を被っていたものだ。

 

 本拠地では無駄に倉庫を圧迫していた物がデータ収集のついでに価値を持って処分できるのであれば喜ばない理由がない。

 

「ですが過度な干渉は行いませんよ。それで得られるのは口を開けて餌が貰えるのを待つ雛鳥ですから。そんな面倒なコミュニティーのデータは参考にもならない不要なものです。彼等からは自ら考えて行動し結果を得る、そんな健全なサイクルを経て成長したデータが欲しいのです。その過程で友人になれたらいいなと考えていましたが友人になるのに時間は掛からなそうですね」

 

 マリナの答えを聞いた上級アンドロイドは考える。

 確かに中途半端な保護は後々禍根を生み出す事を歴史が証明している。

 それを防ぐには彼等には援助を通して自立をしてもらい、その上で契約や友好関係を築く方が互いの利益になる。

 そして今回の場合であればスカベンジャー達は古巣であるメトロとアンドロイドを比較してくれるだけで勝手に信用と信頼が時間と共に積み上がり友好関係の構築に大して手間がかからない。

 

 だが彼女の本当の目的はもう一つ残っている。

 

「成程、一つ目の目的は理解した。それで二つ目はどうなんだ」

 

「友好的な人間を増やしていくのは今後人間勢力との交渉を円滑に行うため、そしてアンドロイド達の働き先の確保ですよ」

 

 アンドロイド達の働き先の確保、それが何を意味しているのか上級アンドロイドはイマイチ理解できなかった。

 

「働き先も何も我々はノヴァ様の下で働いているのだが?」

 

「あぁ。そう言えば貴方は元々が軍用アンドロイドでしたね。貴方には回収拠点の運営は崩壊前と変わらない業務だったのでしょうが他のアンドロイド達は違いますよ。接客を目的に作られたアンドロイドもいれば、保育や教育の為に作られたアンドロイドもいるのです。そして彼等には今行っている物資回収の仕事はあまり好ましいものではないのです」

 

 何でもできるように見えるアンドロイドだが大崩壊前から生き残っている個体は全て何らかの仕事に従事する為に専用で作られている。

 それは教育、医療、美容、食品等アンドロイド達にはそれぞれ作られた時点で割り振られた仕事に電脳が最適化されているのだ。

 だがその能力の多くはノヴァの下では発揮できず現状は物資回収や戦闘、製造と言った特別な能力を求められない仕事に従事するしかないのだ。

 

 無論アンドロイド達も自分達が置かれた環境がどんなものであるかは理解している。

 だがそれでもと大崩壊前に行っていた職業に就きたいと考えるアンドロイドは数多くいる。

 

 自我を持ったことで不適切な刺激を受けたアンドロイドは人間と同じように精神的なストレスを感じる様になってしまった。

 それを防ぐ為にもアンドロイドは適度な刺激の供給源として人間との関りが必要だ。

 だが人間であれば誰でも良いという訳ではなく、極悪人などアンドロイドにとってはストレス解消どころかストレスを急激に悪化させてしまう。

 故にアンドロイドにとって無害且つ安全な人間の確保が必要であり、スカベンジャー達はそれに合致した人間であったのだ。

 

「だからと言って本拠地で元の仕事に就いたとしても人間はノヴァ様だけで利用者は殆どいない。これで我々が自我なんかを持たなければ与えられた命令に永遠に従っていれば良かったのですけど私も貴方も含めて我々には自我が芽生えてしまいました。……誰も利用しない店で待ち続けるのは死ぬほど辛いですよ。なので人間に我々は危険な存在ではないと宣伝しているのです。ゆくゆくは本拠地にもアンドロイド以外の住人を迎え入れたいと私は計画しているんです」

 

 マリナが語る計画は壮大である、だが決して不可能な事ではない。

 現にポールをはじめとした行商人達とは友好関係を築き上げている、此処から彼等に友好的なアンドロイドの存在を宣伝してもらうつもりだ。

 そうすれば興味を持った人間が少しずつ集まってくるだろう、無論現状のアンドロイドに対する警戒心を考えれば長い期間を必要とするのは避けれない。

 だが時間はアンドロイドの味方である、機械の身体は適切な整備が行われれば人間とは比較にならない寿命を持つ、それは人間が古来から憧れ続けた永遠の命とも言えるだろう。

 

 だからこそマリナはスカベンジャーを選んだのだ。

 マリナが進める計画のサンプルに丁度良い規模を持つコミュニティーであり、その追い詰められていた状況もアンドロイド側にはプラスであったのだ。 

 

「これが現状の私が考えている事です。何か質問はありますか?」

 

「ありませんよ。貴方の目的は理解しましたが気の長い計画とはいえ不用意に彼等を追い込まないで下さいよ。彼等と長く接するのは私になりそうなのでギスギスした関係にはなりたくないのです」

 

「酷いですね、まるで私が彼等を使ってあくどい事をやろうとしているみたいに聞こえます」

 

「そう見えてしまうんですよ、貴方は」

 

 帰り道で二人のアンドロイドは笑いながら歩き続けた。

 実際の所マリナの計画が成功するには何年かかるのだろうか、一年か、十年か、もしくは百年か。

 だが進める価値のある計画である、その先には大崩壊前の人間とアンドロイドが共に生きていた時代が再来するだろう。

 

「ですが貴方の懸念も理解できるので其処は加減をしま──ちょっと待って下さい」 

 

 マリナと上級アンドロイドとの他愛もない会話は突如止まった。

 その原因はマリナに届いた緊急連絡であり、しかし上級アンドロイドの権限ではその内容は知ることが出来ない。

 だが先程迄ノリノリで話していたマリナが黙る程である、余程の緊急事態が発生したと上級アンドロイドは身構える。

 

「何か緊急事態が発生したのですか!一刻も早い対処が必要であれば協力します!」

 

「え、え~と」

 

 真剣な表情をした上級アンドロイドとは正反対にマリナの表情は何とも言えないものである。

 視線を泳がせ、口を開いては閉じるを繰り返すだけであり──しかし上級アンドロイドの真剣な眼差しに観念したのか口を開いた。

 

「ノヴァ様がやらかしました……」

 

 ノヴァ様がやらかした、それを聞いた上級アンドロイドは張り詰めていた表情を解き何とも言えない表情をマリナに向ける。

 

「私は急ぎの仕事に戻ります。……ですが、まぁ、頑張って下さい」

 

 そしてマリナを追い抜き拠点へ一人で歩き出した。

 

「あ、ちょっと!」

 

 マリナが止める間もなく意外にも速い足取りで上級アンドロイドは拠点に帰って行く。

 置いて行かれたマリナだが周囲に誰もいないか確認すると大きく息を吸い──大声で叫んだ。

 

「ノヴァ様何やってんですか!!!」

 

 アンドロイドの自我、それは人間の持つ意思や感情にかなり似ていると言えるだろう。

 人間と同じように悲しみ、喜び、怒り等の感情を感じる事が出来る──出来てしまう様にアンドロイド達は変化してしまった。

 故にマリナは叫ぶ、いや叫ばなければならない、この様なやらかし案件を起こしてしまったノヴァに対する湧き上がってくる感情を上手く処理しなければいけなかった。

 

「私が欲しいのは適度な刺激なのです!こんなやらかし案件は求めてないのです!まぁ、頑張って熟しますけど!絶ッッッ対特別手当を請求してもぎ取ってやる!!」

 

 マリナの叫びは誰にも聞かれる事なく廃墟に消えていき、叫び終えたマリナは急いでノヴァがやらかした面倒事の後始末に動き出した。

 

 だがマリナは知り頭を悩ませるだろう、ノヴァが起こしたやらかし案件の詳細を。

 街を占拠していた無法者に全滅に近い大損害を齎し、何故か生き残っていた帝国の生物学者と昔の映画の様な派手な戦いを繰り広げた事を。

 その全容が撮影され電波を用いない現存していた有線通信を通して連邦中に配信されていた事を。

 

 ──そしてマリナの計画がとんでもない軌道変更に晒される事になるのを。



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生存戦略!
休養期間


 無茶をした自覚はある、その代償として身体の彼方此方が痛み碌に歩く事が出来ない。

 鎮痛剤で痛みは何とか誤魔化せてはいる、もしこれで鎮痛剤が無ければ碌に眠る事も出来なかっただろう。

 もし事前にこの痛みを体感する事を知っていれば無茶はしなかったのかとノヴァは自問するが何度問いかけても帰ってくる答えは否である。

 

 ──ペロペロ

 

 あの時──頭のいかれた自称帝国最高峰の頭脳を持った生物学者エドゥアルド・チュレポフとの邂逅はノヴァにとって全くの想定外であった。

 彼が語った言葉、人類の生活圏の縮小や在来種の人間に代わる人類の創造などに僅かながらに興味を持ってしまったのも事実だ。

 だがその過程で行われる人体実験を含めた行為は容認できるものではなかった、ノヴァとは相容れない人間である事を知り拒絶した。

 その事に後悔は無い、本音であればノヴァは自らが選ばれた存在であると何処かで驕っていた。

 それにノヴァは自らが強いかと問われればさんざん悩んだ末で強いと答えられる程度の強さは持っていると思っていた。

 

 ──ペロペロペロ

 

 だが拒絶の直後に襲われたクリーチャーによって驕りは木っ端みじんに砕かれた。

 死闘と言っても過言ではない戦いには辛うじて勝てた、だが人型クリーチャーを倒した直後にもう一体、エドゥアルドの傍に控えていたクリーチャーを差し向けられたらどうなっていただろうか。

 恐らく高い確率で敗けて捕らわれていただろう、そして狂った科学者によって同胞に変えられていたに違いない。

 

 そこから先はどう考えても碌な事にはならない、それだけは確信できた。

 だがノヴァは生き残った、見逃されたともいえるだろう。

 その事に関しては助かったと安堵する気持ちがある──だが舐められた、何時でも捕らえられると見下されると感じてしまった。

 

 ──ペロペロペロペロ

 

 だからこそノヴァは決めた、次に会ったら必ず殺すと。

 己の命、尊厳を守る為に自称帝国最高峰の頭脳を持った生物学者エドゥアルド・チュレポフを容赦なく万全の構えで殺害する事を。

 

 

 

 

 

 そんな風に何時か来るであろうマッドな科学者に対して絶対ブチ殺すと決意したノヴァの現状、それは──

 

「ポチ、まだ終わりゃ、せんか、まだすか、うっす……」

 

──ペロペロペロペロペロペロペロペロッ!!

 

 と、ポチに顔をひたすら舐め回されていた。

 

 事の起こりは死闘を終えて意識を失ってから丸一日経ってから起こった。

 

 死闘に伴う肉体疲労、強化薬物の過剰摂取によってノヴァの身体は命に別状はない物の大きなダメージを負っていた。

 ゲームであればダメージを負っても回復薬で即座に体力を回復できた、だが現実はゲームとは違い無茶の代償はノヴァの身体を蝕んでいる。

 ダメージを負った身体は碌に動かす事が出来ず、そして全身には絶え間ない痛みがあった。

 それでも丸一日寝た事と鎮痛剤により大分マシにはなったのだ。

 

 そして目が覚めた瞬間を見計らったかの様にサリアがノヴァの病室に現れた──ポチを伴って。

 その動きは正に風のようであった、四肢が躍動し全身の筋肉が無駄なく動いていた。

 

 目で追えてはいたが、寝起きの頭は情報を上手く処理できなかった。

 ベット目掛けて駆け出し跳んだ、その着地地点はノヴァの身体だった。

 

「お~、ポチ、久ぶりゃああ!?」

 

 ポチの全体重が小さな四肢に集約され身体に突き刺さる。

 別に死ぬほどのものではない、只ひたすら痛かっただけだ──だがそれでポチは終わらなかった。

 

「ワウワウ!」

 

──ペロペロペロペロペロペロペロペロッ!!

 

「おち、落ちつ!鼻ぁああ!!」

 

 ポチの舐める!ノヴァは避けられなかった!!

 

 顔を舐め、瞼を舐める、そして舌を丸めて鼻の穴にまで押し込もうとするポチ。

 其処に悪意はない、ずっと心配していたのだろう、傷も負っているから舐めて治そうとしているのかもしれない。

 最初こそ容赦ないペロペロ行為を中断させようとしたノヴァだが現状では碌に身体を動かす事は出来なかった。

 

「んなあぁぁぁ~」

 

 よって抵抗を諦めた、ポチに気が済むまでなめさせるしかなかった。

 それでも舌を丸めて鼻に押し込むのだけは阻止した、小型犬ならまだしも大型犬に分類されるポチの舌では冗談抜きで鼻の穴が裂けそうであったからだ。

 

「ママッ!パパが食べられちゃう!」

 

「大丈夫です、怪我をして帰って来たパパが無事か確かめているだけですから」

 

 病室の入口では何時の間にか来ていたルナリアがポチを指差しながら涙を流していた。

 傍にいたサリアが慰めているが初めて犬を見たルナリアは泣くばかりで話は耳に届いてないようだ。

 

 それからもう少しだけポチのペロペロタイムが続いた。

 そして満足したポチがベットから下りてから漸くノヴァはルナリアに家族の一員であるポチを紹介したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポチ 捕って来て!」

 

「ワウッ!」

 

 ルナリアが投げたフリスビーは只の子供では出せないであろう速さで遠ざかるがポチは見事にキャッチする。

 尻尾をブンブン振りながらルナリアの下に駆けていく姿は実に楽しそうである。

 そしてフリスビーを受け取ったルナリアもまた嬉しそうに笑いながら再度フリスビーを勢い良く投げる。

 そんな微笑ましい遣り取りをノヴァは車椅子に座りながら眺めていた。

 

「流石アニマルセラピー、心配していたが直ぐにルナと打ち解けてくれてよかった」

 

 最初の出会いこそ余り良くなかったルナリアとポチ、互いに声を上げることなく睨み合っている姿を見て如何にか打ち解けられないか方法を模索していたノヴァ。

 だが尿意によってノヴァがトイレに籠っている間に一人と一匹は何時の間にか仲睦まじくしていた。

 もしかしたらノヴァが目を離した間に二人の間で格付けが終わった事によるものなのかもしれないがノヴァとしては仲良くなったのであれば問題は無かった。

 その後はサリアに車椅子に乗せてもらい自宅にある庭でルナとポチを遊ばせることにしたのだ。

 

「それにしても何時の間にこんな豪邸作ったの?大きな庭付きで一部屋が大き過ぎて驚いたよ」

 

「ノヴァ様の自宅については最初から計画にありました。今迄は生活基盤を最優先で建設していたため後回しになっていたのですが一通り建築も済んだので着工したのです。一週間前には建物は完成し四日前には内装を仕上げました」

 

「出来立てほやほやだ、それにしても医療設備まで整えた病室まであるなんてなんて言えばいいのか……とっても贅沢?」

 

「これ位はノヴァ様が成されてきた事に比べれば大したことではありません。それに今後の事も考えれば警備が不足しています、不意に襲撃を受けた際の迎撃設備にも改善の余地が多くあるので安心はできません」

 

 迎撃設備まで考慮するのは行き過ぎではないかとノヴァは考えるが虎視眈々と身体を狙っているであろうマッドを考えればサリアが不満なのも頷ける。

 根が小市民な日本人としては豪邸には戸惑いが大きいが慣れるしかなかった。

 

「成程ね、それじゃ自宅に関してはサリアに一任するから任せたよ」

 

「お任せ下さい」

 

「うん、任せた。それで気を失った後はどうだ」

 

「特に大きな問題は起こっていません。ですが街の方では大きな動きがありました」

 

 そう言ってサリアは車椅子に座ったノヴァに端末を渡す。

 画面には偵察機から撮影した映像、撮影日時からして気を失ってから今日に至るまでの映像ファイルがあった。

 先ずは気を失ってからの映像ファイルをノヴァは選択、画面に映し出された映像を見るが最初の方は人が一人も映っていなかった。

 しかし時間の経過に伴い街の住人が少しずつ表に出てくる、そして終盤に至っては街の中心部には大きな人だかりができていた。

 

 そして翌日、画面に移された街は大きく動き出していた。

 

「うわ~、立場が逆転してんじゃん」

 

「残党を警戒して常時偵察機を飛ばして動きを監視していましたが街の住人が報復行動を開始したようです。街の至る所で戦闘が行われ多くの怪我人を出しながらも戦闘が停止する動きはありません」

 

 画面には映されているのは逃げ惑う無法者達と、手に武器をもって追い掛ける住人達。

 一夜にして立場は入れ替わり始まったのは命懸けの鬼ごっこ、捕まれば待っているのは死──いや街の住人達の受けた仕打ちを考えれば楽には死なせないだろう。

 死に至るまでに凄惨な報復が行われるのは想像に難くない。

 

「諸行無常と言うべきか因果応報か。まぁ、それだけの業は重ねて来た奴等だからな。それでこの動きは計画の無い突発的な動きなのか、それとも組織的に動いているのか?」

 

「始まりこそ組織立った動きではなく突発的なモノでした。ですが時間経過と共に現在は組織的に動き出して残党狩りを行っています。この調子であればあと数日で事態は沈静化するでしょう」

 

「そっか~、沿岸拠点の解体は早まった行動だったかな?」

 

 サリアの予想通りに事態が進むのであれば無法者達の襲来を考えて施設を解体した事が無駄になってしまったとノヴァは考える。

 だが画面に映る復讐に取り付かれた街の住人の姿を考慮すれば別に無駄でない、何より彼等のアンドロイドに対するスタンスが敵対であれば何れ襲撃されるだろう。

 それを考えれば解体は誤った選択とは言えない、ノヴァはそのように考えた。

 

「……何人か偵察機に視線向けてない?もしかしなくても見られてる?」

 

「情報収集を優先して低高度を飛行していますから視力が優れた人物であれば視認できます。ですがそれだけです、碌な対空兵器を持たない彼等は何も出来ませんよ」

 

「そうか、ならいいいけど」

 

 画面に移された映像の中には明らかに偵察機に視線を向けてる住人が何人か確認できた。

 そして彼等は手に持った武器を掲げて何かを叫んでいる様に見える。

 偵察に対する威嚇か、それとも俺達の街に手を出すなと叫んでいるのか、映像から口の動きを解析しようにも煙や元の映像の解像度の低さから分析は出来なかった。

 それでも血気盛んで無法者達を殺しまくっている街の人間に関わる気はノヴァには全くなかった。

 できれば沿岸拠点は速やかに解体するか、街の住人が襲ってきた時に中に引き込んで拠点ごと爆弾で吹き飛ばそうと考えている。

 

 だがノヴァが気になっているのは街の様子だけではない。

 優先度で言えば街から逃げ出したマッドサイエンティストの行方の方が最重要であった。

 

「それでマッド、エドゥアルドの行方は何か分かったか」

 

「そちらに関しては奴等は街の地下に張り巡らされている下水から逃走したようで上空からの偵察では何の情報も得られませんでした」

 

「下水道については……流石に無いか」

 

「はい、街の地下にある下水道に関して全くの情報がない為逃走経路の予想も出来ません。また偵察機の機数も限られ街の継続的な監視が限界でした」

 

「そうか、なら追跡は諦めよう。あれ程のクリーチャーを従えていたんだ。まだ偵察機の活動範囲内にいるだろうが現状のセンサーでは捉えられないだろう」

 

 サリアは現状において最適な手を打ち続けた。

 その上で見つからないのであれば相手の方が上手だったのだ。其処はもう諦めるしかなかった。

 

「……戦力強化が必要だな」

 

 現状で破格と思っていたノヴァの戦力、しかし実際の所は命辛々で生き延びたに過ぎない。

 それも相手が今少し戦果を欲張っていたら敗れていた、そんな薄氷の上での勝利に何の意味があるのだろうか。

 

 このままではいけない、次こそは敗れるかもしれない、そう考えれば何時までも呑気にしていられない。

 手元の端末を操作し、今後の活動に必要と思われる資源、兵器をピックアップし──

 

「はい、そこまでです」

 

 ノヴァが操作していた端末はサリアに取り上げられた。

 端末を取り返そうとノヴァは腕を動かそうとするが碌に動かない腕では端末をサリアから奪い返す事は出来なかった。

 

「確かに街での戦闘は辛勝と呼べるものでした。ですが此処は我々の本拠地、動員できる戦力も街の比ではありません。絶対とは言い切れませんが非常に高い確率で迎撃が可能なので気を張らないで下さい」

 

 サリアの言う事は事実である。ノヴァが今いる場所は本拠地の最重要区画である。

 警備も厳重であり、いざという時には多くの戦闘用アンドロイドが駆け付ける事が可能だ。

 それを指摘されれば流石にノヴァも口を閉じるしかなかった。

 

「それにノヴァ様に今必要なのは休息です。それと今からは昼食の時間です」

 

 サリアの言葉と共に庭に食事を持ったアンドロイド達が現れ昼食の場を整える。

 そしてノヴァの目の前に差し出されたのは栄養バランスを考えつつも食欲を掻き立てられる料理達だ。

 

「わ~お、凄い美味しそう。いや絶対美味しいでしょう」

 

 ノヴァの乏しい語彙力では料理を見てもそれくらいしか出てこなかった。

 それでもサリアを含めたアンドロイド達には十分なようで誇らしげな表情している。

 

 だがこれで終わりでは無かった。ノヴァに食器は渡されずサリアが代わりに食器を持ち料理を切り分ける。

 そして一口大に纏めた料理をスプーンに載せノヴァに差し出した。

 

「……サリア、流石に一人で食べられるし、あと半身不随ではないので車椅子は要らないかと──」

 

「駄目です、最低でも一週間は座ってください。その間のお世話は私が責任を持ってやりますので何も心配する事はありません」

 

「あ、いや……ハイ、ワカリマシタ」

 

 取り付く島は無かった。それ以前に碌に動かない腕で如何やって食事をするのか。

 深く考えなくてもサリアの食事介助は必要であるのだ、とノヴァは自分にそう言い聞かせる。

 

「口を開けて下さい、あ~んです」

 

 ノヴァが開けた口にサリアが差し出したスプーンが入っていく。

 スプーンから舌に乗った料理は見た目通りの美味しさを味覚神経に伝える。

 気付けば口の中にあった筈の料理は消えていた、口の中が寂しくなりお代りを頼もうとしたノヴァ。

 しかし目の前には既に新しい料理を乗せたスプーンが差し出されていた。

 サリアから出された料理をノヴァは口に入れ味わった。

 

「おいちい……」

 

 自分の中の何かが音を立てて崩れる音がする──それとは別に何か開いていけない扉が開く音がノヴァに聞こえてくる。

 

 急いで身体を治さねば、そう決意したノヴァは無心に、されど味わって料理を食べる。

 その姿は親鳥から餌を貰う雛鳥のようであり、親鳥であるサリアが非常に満足そうな表情をしているのをノヴァは見ない振りをした。

 

 なおルナリアとポチは各々食事に夢中でノヴァを見ていなかった事がノヴァの今日の救いであった。



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リハビリと思い付き

 カンカンと甲高い音が鳴る。

 リズムよく、時に連続で、時に崩れたリズムで響き渡る音は静かな庭に一際大きく響く。

 その音の中心にいるのはノヴァとサリアだ。 

 二人は互いに持った模造刀を振るっている。刀身同士が衝突して甲高い音を出し続ける。

 

 ノヴァとサリアが掛かり稽古染みたチャンバラを行っているのには二つの目的がある。

 

 一つはノヴァの鈍った身体を回復させるためだ。

 前回の戦闘によって疲弊したノヴァの身体は約一週間に及ぶ療養生活を過ごす事になった。

 碌に動かない四肢で日常生活を送る事は困難だと身構えていたノヴァ、だがサリアの献身的な介護によって何不自由のない生活を送れ傷付いた身体も順調に回復していった。

 

 ──しかしサリアの献身的な介護はノヴァの考えを超えていた。

 

 朝の目覚めから始まり三食の食事介助、移動の際はノヴァを車椅子に乗せる時もあればお姫様抱っこで軽々抱える時もあった。

 それに止まらずサリアはノヴァの排泄ケアまで行おうとしたが、流石にノヴァもそれは嫌だと必死の説得で断る一幕があったりもした。

 だが総合的に判断すればサリアの介護は非常に満足できるものだ──圧倒的な包容力はノヴァの新たな性癖の扉を半ばまで開いたのだから間違いない。

 そして自堕落な生活を送った代償として当然のことだが身体が鈍ってしまった。

 リハビリで軽く走っただけで息の上がる身体は負傷していた事も考慮に入れたとしても到底見過ごせる事ではない。

 ノヴァを甲斐甲斐しく介護しようとするサリアの誘惑を振り切り、リハビリを懸命に熟して鈍った身体を鍛えなおす事にしたのだ。

 

 二つ目は白兵戦に備えた戦闘技術の向上だ。

 ノヴァが戦った人型クリーチャーはゲームの後半で登場する緑の巨人染みた強さを持っていた。

 ゲームであればどんな強敵であろうと強化アイテムと回復薬でゴリ押しで倒せる多少厄介な敵でしかなかった。

 

 だが今は違う。現実と化したこの世界でノヴァが戦ったクリーチャーは想像を超えた強敵であった。

 銃弾が全く効かない強固な皮膚に強化外骨格を着込んだノヴァを吹き飛ばす膂力、そして強靭な身体を十全に扱う技を持っていた。

 それはノヴァの固定観念を粉々に打ち砕く敵であった。

 あの狂った科学者が一体どの様な手段であれ程のクリーチャーを作り出したのか。碌でもない方法であるのは間違いない。

 

 だからこそノヴァはあのクリーチャーに対する備えをしなければいけない。

 それは対クリーチャー用の兵器の開発であり、直接戦わなければいけない窮地に追い込まれた時に備えた戦技の研鑽。

 その中でも白兵戦。ノヴァは無自覚で使っていた力でありナイフをはじめとした刃物を使いこなす異能を改めて自覚し理解する必要がある。

 ノヴァが剣を振るうのは、自らの異能を改めて身体と脳に刻み付け十全に扱えるようになるためだ。

 

「ノヴァ様、そろそろ打ち合ってから三十分は経過しています。一度休憩を挟みましょう」

 

「ん、分かった。それにしても身体が動かないな。今後はコレを習慣化するか」

 

 薄手のシャツとズボンという涼しそうな格好のノヴァだが激しく動き続けた事により全身から滝のような汗を流している。

 汗を吸った衣服は重くまた肌に張り付いて心地が悪い。

 模造刀を置いてノヴァがシャツを脱ぐとサリアがタオルを差し出してくれた。

 それを受け取ったノヴァはシャツが吸いきれなかった身体に流れる汗を拭いていく。

 

「リハビリとしては激しい動きですが身体の方は大丈夫ですか」

 

「ああ、問題は無い。それにリハビリだけが目的じゃないからな。それで沿岸部はあれからどんな感じになった」

 

 ノヴァは療養生活から継続して街の動きを監視するようにサリア達に命令していた。

 街に残された無法者達の行動を監視するためでもあるが、本命は街にエドゥアルドが潜伏していた場合に備えてだ。

 だが監視網にエドゥアルドは引っ掛からず偵察機は街中で行われる残党狩りを映すだけだった。

 

「街中での戦闘は停止。残った残党も粗方処刑してから目立った動きは見えません。ですが街の住人の動きから何らかの準備は行っているようです」

 

「案外早く狩り尽くしたな。まぁ、それだけ恨みが積もっていたんだろう。だけど狩り尽くした後の動きが分からないから正直言って関わりたくない」

 

 ついこの前まで支配され搾取されていた街の住人達。彼等が怒涛の様な勢いで生き残った無法者達を狩っていたのが二日前まで。

 戦闘が止んでからは正当な報復と言わんばかりの処刑が行われた。

 嬉々として残党を吊ったり容赦なく袋叩きにする映像。正当性があるとしても当分の間は街に不用意な接触を控える事を決めさせるには十分なものであった。

 

「それでも一応は街の監視は継続で。それで工業塩とそれに類する資源の備蓄状況はどんな感じ?」

 

「そちらは私が説明しましょう」

 

 その言葉にノヴァが振り向けば本拠地の運営、資源管理を担っている一号ことデイヴがいた。

 サリアやマリナ達が高性能で人に近いハイブリット型の機体に乗り換えていく中でデイヴはフレームが剥き出しの古風な機体を使い続けていた。

 無論、機体はノヴァの手によって製造整備された物であり錆や目立った傷は無い。

 だが彼はこの古風な機体が気に入っているのか新たな機体に乗り換えようとはしなかった。

 もし仕事に支障があれば新しい機体に乗り換えるのをノヴァは勧めた。だが今の所大きな問題は起こっていないので本人の意思を尊重して身体はそのままだ。

 

「今回は短期間の製塩であるため工業塩を筆頭に想定以下の資源しか回収できませんでした。それでも大量消費の予定が無ければ三か月は持ちます」

 

「たった三ヶ月分しかないのか……」

 

「アンドロイドの流入は未だに止まる気配が無いので本拠地の消費資源は上昇するばかりなので仕方がありません。代わりの採掘施設を建設するか資源消費を抑えるしかないです」

 

「抑えてどれくらい持つ?」

 

「再利用を行うにしても半年。100%の回収は不可能ですから。運用していけば回収できない細かな破片として少しずつ摩耗していくのは避けられません」

 

 再利用にも限度がある。それは分かりきっていたことだが具体的な数字は頭の痛い問題である。

 持たせて半年。六か月の間にノヴァは解決策を見付けなければいけない。

 無論六ヶ月が過ぎたからと言って直ぐに大きな問題が起こる訳ではないが、間違いなく何処かで問題は起こる。

 それは始めこそ小さいが時間経過と共に膨らみ限界を迎えた瞬間に破裂するだろう。

 

「現状では第一候補であった沿岸部が使えないのであれば第二候補地に新たな製造拠点を構えるしかありません。ですが建設予定地には非常に強力なミュータントが多数確認されています。現状の遠征部隊であっても苦戦する事は免れません」

 

「そうなんだよな。デーモン以上のミュータントがゴロゴロしているし何だよあの魔境は」

 

 サリアを筆頭とした遠征隊の装備は常に最新の物である。

 並のミュータントであれば造作も無く蹴散らし、地方都市で遭遇したデーモンであっても正面から戦い勝てる練度にまで高まった。

 

 だが第二候補地に生息しているミュータントは桁が違う。

 デーモンの体高2~3mの大きさで最低クラス、並で5~7mの体高、現在確認できたもので最大は10mを超えている。

 文字通りサイズが違う。アンドロイドの携行兵器では焼け石に水。豆鉄砲でしか無く根本的に対抗する事が出来ないのだ。

 そんな魔境染みた場所が第二候補地であり、其処しか有力な採掘地が残されていないのだ。

 

「攻略プランの一つで現有の偵察機を爆装させれば簡易的な対地攻撃機として運用は可能です。しかし消費される航空爆弾の製造にかかる資源は膨大で赤字になります」

 

 アンドロイドでダメなら航空兵器は如何か。その考えを参考にデイヴと共に試算を行ったノヴァだが結果は散々なものである。

 大量に消費される弾薬と爆弾。しかし浪費に見合う戦果は得られないとシミュレーションで判明した。

 

「あぁ、これがエドゥアルドが言っていた人類生存圏の縮小の原因かな。そりゃあ何もかもがない崩壊した世界で巨大怪獣が来れば諦めるしかないだろうさ」

 

 第二候補地がある場所はゲームでは存在しない。

 オープンワールドとは言え限りがありプレイヤーが辿り着ける限界は決まっていた。

 其処はゲームの内側だ。外側は存在せずオープンワールドに奥行きを見せるための固定された映像が変わらずに映り続けているだけだった。

 そして今回、外側に踏み入れたノヴァが見たのは巨大なミュータントが蠢いている魔境であった。

 未だに巨大ミュータントがノヴァ達の下へ押し寄せてこないのは現状の生息範囲で事足りているからなのか、それとも別の理由があるのかは現状では分からない。

 

 だがノヴァは何時までも指を咥えて魔境を遠くに見続けるつもりはない。

 

「そうなると攻略、占領には戦車が必要?でも戦車だけじゃ力不足なんだよな」

 

「そうです。大崩壊前の連邦軍であっても第二候補地を占領・支配する事は困難です。潤沢な補給と戦力を大量に投入し諸兵科が連携し絶え間ない襲撃に備える必要があります。現状の我々では不可能でしょう」

 

 戦車だけでは足りない。一点特化の能力では駄目なのだ。

 最低でも飛行型のミュータントに備えて対空砲が必要で。地中から襲ってくるミュータントに察知して逃げ、ミュータントを倒すのに丁度よく長持ちする火砲が必要で。ミュータントを振り切れる移動速度が出せる必要がある。

 とても戦車一台で対応できる範疇を超えており、全てを満たそうとすれば多くの兵科と共に連携して対処しなければいけない。

 そうなれば攻略に必要なのは数多くの兵器を持った軍団であり、流石にノヴァ達であっても不可能に近い。

 

「過去の兵器を再現しようにも能力が特化し過ぎているんだよ」

 

 戦車、自走砲、戦闘機、ミサイル等の多くの兵器が対人類を念頭に開発された兵器だ。

 明らかにミュータントとの継続的な戦闘に適しているとはいえない。

 今ノヴァが欲しているのは何でもこなせる器用貧乏な兵器なのだ。

 だがそんな兵器はない。過去の連邦軍でも帝国軍でも開発したという記録は無い。

 

「──作ろうか、器用貧乏な兵器」

 

「あるのですか」

 

「ない。だから作る。試作に使える資源はどの位ある」

 

 散々頭を悩ませたノヴァだが参考になりそうなものはなかった。

 

 ならば一から作るしかない、対人類の系譜から外れた兵器を生み出さねば先が開けないのだから。

 

「此方になります」

 

「それで充分。今週中に設計を終わらせて一ヶ月以内にはプロトタイプを作ろう」

 

 実は大まかな案は以前からあった。

 だがそれはこの世界では異質であり、世に出した瞬間にどのような影響があるのか未知数であり、何より製造に必要な設備も資源も無い。

 それに加え過去に全く例を見ない兵器であるせいで参考になる具体的な設計図は皆無。運用ノウハウも皆無という頭のネジが一本どころかダース単位で無くした産物である。

 

「分かりました。それではこの計画の名前は如何しますか」

 

対大型ミュータント駆逐機動兵器(Anti-Large Mutant Destroyer Mobile Weapon)製造計画……長いな。頭文字でALMDMWだからAWプランで」

 

「分かりました」

 

 だがノヴァは腹を括った。

 外聞よりも今の生活を維持する事の方が最優先なのだ。




新しい追加要素ですがお披露目はちょっと先です


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中間報告 1

 ノヴァが発案した計画は本拠地の潤沢な資源と生産能力によって急ピッチで進められていく。

 本拠地にある大型演算装置を使用したシミュレーションで最初期の素案に修正・変更を加え第一ロットを3Dプリンタで出力する。

 短時間で何度も設計変更と解析を行うことで図面の方は一週間足らずで書き上げる事が出来たが出力してそれで終わりではない。

 シミュレーション上では判明しなかった製造時においての問題点を洗い出すと共に組み上がった部品が正常に稼働するのか確認しなければならない。

 

「う~ん、もう少し反応速度が欲しい。配線を弄るだけで済むかな?」

 

 本拠地の工場の一角でノヴァは出来上がった兵器の構成するパーツを見て頭を抱えていた。

 出来上がった設計図を基にして出来上がった実際の部品を製造し組み上げていく過程までは良かった。

 しかし実際にパーツ単体で稼働させて要求スペックを満たしているのか確認を兼ねた試験を行ってみると得られたデータはスペック以下の数値しかない。

 こればかりは仕方が無い事だ。ノヴァは失敗そのものも初めから計画に組み込んでいるため落ち込むことは無い。

 参考になる資料もなく手探り作業の中での試作品の製作だったのだ。スペック通りの性能を満たせなかったもののこれも貴重な経験である。

 この失敗を次にどう活かすか。現状のフレームではこれ以上の性能向上を図るのは厳しい事が判明した以上はフレームの設計から見直す必要がある。

 しかし出来上がった試作品をこのまま棄てるのは勿体ない。どうせなら限界まで酷使して数値取りに使ってやろうとノヴァは考えた。

 

「ノヴァ様!貴方は落ち着く事を知らないんですか!」

 

 そんな風にノヴァが考えていると大声を上げながら一体のアンドロイドが工場に現れた。

 振り返れば其処には見た目人間の女性──でありながら中身はアンドロイドであるマリナがいた。

 その顔に誰もが見て分かるほどの怒気を滲ませながら。

 

「や、久しぶりマリナ。元気そうでよかったよ」

 

 あっ、これは下手な事を言えばめんどくさい事が起こるな──そう悟ったノヴァはさも何事も無かったかの様にマリナに挨拶を行う。

 だがそれで誤魔化されるマリナではない。それどころかノヴァの呑気な挨拶はマリナの虎の尾を踏む結果となる。

 

「ええ元気ですよ!ノヴァ様がやらかした事の大きさに頭が痛くなりながら、現在計画を進めている地域に特に悪影響がないか走り回って確認してきたんです!それ以前に御自分がやらかした事の意味を分かっているのですか!」

 

 マリナはその場にいなかったのでノヴァが起こした出来事の詳細を伝聞でしか知らない──なんてことは無く現場にいたアンドロイドの視覚データを共有すれば何があったのか詳細に知る事が出来る。

 理由も当時の状況もマリナは理解している。その上でノヴァにマリナは言わなければならない。

 

「ノヴァ様はやりすぎなんです。ゴロツキを殺してしまったのは仕方がないにしても数が多すぎますし殺害方法も過激すぎます。ノヴァ様の印象はあの街に限定すれば最悪なのは間違いありません。そしてノヴァ様だけでなく我々アンドロイドに対する印象も最悪になったでしょう。あの一帯で我々が彼等に友好的に話しかけても返ってくるのは明確な拒絶です」

 

 結果だけを見ればノヴァの行動で街が救われたとも言えるだろう。

 だが人は結果だけでなく過程も大事なのだ。

 汗の匂い、血の味、焦げた匂い、五感を通して得た情報を咀嚼し理解してからでないと納得できないのが人なのだ。

 唐突に街を苦しめていたゴロツキの多くが殺されました、街が平和になったのは我々のお陰です、仲良くしましょう!

 そんな事を信じる人間は街にはおらず此方を恐怖の眼差しで見るだろう。 

 

「あぁ……うん、ゴメン」

 

「本当ですよ。私達アンドロイドが悪く言われるのは仕方がないにしてもノヴァ様が悪く言われれば我々も怒りを感じるのです。少数であれば隠蔽が出来たかもしれませんが、今回のように大規模なものになれば現状では隠し通す事も出来ません。敵対する組織や集団を容赦なく潰して回る狂人であると誤解されたくないのであれば、突発的な行動は慎んでください。それでも今回は通信電波が確認できなかったので影響は街に限定される事が唯一の救いでした」

 

 *マリナはノヴァの戦闘が有線通信で連邦に流れた事を知りません。

 

「ノヴァ様は我々アンドロイドの顔でもあるのですから気を付けて下さい。交渉ではイメージが大切。現在進行中の計画でも平和的な交渉を進めていくのであればノヴァ様のイメージが悪化するようなことは避けて下さい」

 

 *マリナはノヴァの戦闘が有線通信で連邦に流れた事を知りません!

 

「本当にすみませんでした……」

 

 マリナの正論はノヴァに響いた。

 最初こそ小言として聞き流そうと考えていたノヴァであったが、マリナの話が終わるころには冷たい床に正座になり聞き入っていた。

 街の無法者を殺した事に後悔は無い。だがもう少し穏便な殺り方があったのではないかとマリナの話を聞いたノヴァは考える。

 そんな風に反省しているノヴァの姿を見た事でマリナのメンタルも漸く落ち着きを取り戻した。

 そうなるとマリナの視線は嫌でもノヴァの背後にある巨大なパーツに引き寄せられてしまう。

 

「特別手当として新しい服を請求します……なんて冗談ですがまた何か凄い物作ってますねノヴァ様」

 

「あぁ、出来たばかりの試作品だが形にはなっている。でもそれだけだ。これから徹底的にデータを取ってから設計の修正、シミュレーション環境の再構築もあるから完成はまだまだ先だよ。それに部位毎に試験して要求性能を満たして一つに組み上げた時に大小問わずに出てくるであろう問題も解決する必要もあるから時間は更に掛かる」

 

「それでも一週間しか経ってないんですよ。普通に考えて頭の可笑しい進行速度ですよ」

 

「……細かい事は気にしちゃ駄目だぞ」

 

 ノヴァの持つ反則染みた異能と独裁体制。これ程の条件でなければ開発は出来ない代物である。

 

「この兵器が完成したら私も取り扱ってもいいですか?」

 

「完成とは言ってもまだプロトタイプも出来ていないよ。この試作品を叩き台にしてプロトタイプ、先行量産型、その次に漸く量産だから最低でも二か月は待つよ?それにこれ単体で買っても運用できるインフラがないとその内に鉄屑になるぞ」

 

 兵器は買って終わりではない。

 常に万全な稼働が出来る様に整備は欠かせず、いざという時の保守部品も欠かせない。

 そして何より整備が行える技術者に、整備道具を万全に運用可能なインフラが無ければ手を付ける事さえ出来ない。

 兵器を常時運用する事はそれだけの困難を伴うものなのだ。

 

「その通りです。だから運用に必要なインフラも纏めて売り込もうと」

 

「……買い手いるの?」

 

「今は皆無ですよ。それでも念を入れて一通りの計画は立てておかないといけないと思いまして」

 

 マリナとしては念の為に作っておきたいのだろう。

 しかしノヴァにしてみれば過去に運用実績がない奇天烈な兵器を欲しがるものはいないというのが持論であり、正直な所信じられない話である。

 それでもマリナが進めるのであれば止めるつもりはない。

 

「分かった。計画の閲覧は許可するから好きに見てくれ。それとそっちの計画の進み具合はどうだ?」

 

「進んでいるも何もサプライチェーンも何もかもが寸断されて僅かに残ったか細い繋がりしかない現状なんです。今は千切れた繋がりを基に各地を繋ぎなおす事が主な仕事ですよ」

 

 話題を転換してマリナが進める計画の進捗状況を尋ねれば、マリナの口からは苦労話が溢れる様に出てくる。

 やれあの村は警戒し過ぎている、ぼったくりが蔓延している、それでも村の子供たちの反応は悪くない、といった愚痴は止まることは無い。

 それでもマリナは仕事に対する責任や遣り甲斐、面白さを感じているようで、その表情は非常に明るい。

 

「無責任な事は言えないけどさ。今の計画が成功すればマリナの計画で扱えるリソースも増えるから楽しみにしてくれ」

 

「楽しみにしてますよ」

 

 ノヴァの軽口にマリナは笑いながら返答する。

 いい仲間に巡り合えた。そんな事を考えながらマリナとの会話をノヴァは楽しんだ。

 そしてマリナとの会話が終わると共にノヴァは失敗作である試作品に再び取り組み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対大型ミュータント駆逐機動兵器(Anti-Large Mutant Destroyer Mobile Weapon)製造計画。

 ノヴァが閲覧許可を出した計画を読み終えたマリナは顔を引き攣らせ、直ぐに頭を振って持ち直すと計画を練り始める。

 

「頼もしいですね。本当に頼もしいんですけど、影響が未知数過ぎて予想できないってなんですか……」

 

 この兵器がどの様な影響を与えるのか。そもそも上手く行くのか。

 参考になりそうな過去の記録を検索するが適当なものは見つからない。それが余計にマリナの悩みを深くしていく。

 

「辞めよう、これ以上深く考えすぎるのは」

 

 上手く行った場合に世界に与える影響はどれ程の物になるのか。

 用途は対大型ミュータントだけなのか、それ以外には活用できないのか。

 ノヴァはそこら辺の事は殆ど考えていない。只の便利な兵器としか考えていない。

 だがマリナはアンドロイドでありながら勘のようなもので一つの確信を得ていた──絶対これ厄介ごとになる、と。

 



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中間報告 2

 AW計画に初動から躓いたノヴァだが試作パーツから得られた実験データを基にしてフレームの再設計を行いながらも着実に計画は進んでいた。

 そしてパーツ単位での試験に合格するとノヴァは急ぎ機体を組み上げて実機による稼働試験を実施する。

 試験会場に選ばれたのは本拠地の中心から離れた場所に広がる荒野である。

 ノヴァの拠点は多くのアンドロイド達の働きによって発展してきたが流石に大型兵器を動かせるだけの土地は余っていない。

 よってノヴァは本拠地の中心から離れた未だに開発されていない広大な荒野で稼働試験を実施するしかなかった。

 既に試験会場に指定された荒野の一角には急造で造られた建物が複数立ち並んでおり、中では少なく無い数のアンドロイド達が働いている。

 そしてノヴァはその中で一際高い建物の屋上に双眼鏡を片手に立ち試作起動兵器の実験を監視している。

 

「何とか形になったが……やっぱり生で見るとすごいな」

 

 双眼鏡を構えたノヴァの視線の先では巨大な機械が動いたことで巻き上げられた砂埃が立ち込めている。

 姿は隠れてしまったが砂埃に映ったシルエットの動きからして大きな問題は起こっていない。

 長くは無かったが漸くまともに動く姿を確認出来た事でノヴァは肩の荷が下りた。

 だが新兵器開発は未だ途上、完成に至るにはまだまだ解決しなければいけない問題が多く残っていた。

 

「開発自体はギリギリ、機体の方は大丈夫だが問題はソフトだ」

 

 現状でハードである機体は形にはなった。

 だがハードを動かすソフト、機体を動かす基本的なOSが未だに完成していなかった。

 

「アンドロイドが操作する事を念頭にしたせいで繊細過ぎる。流入する情報が多すぎて処理が追い付かない。机上の計算だけで作れないのは当たり前か……、プログラムの見直しと簡素化、それで最低限の要求スペックは満たせるか?」

 

 こればかりはノヴァの見通しの甘さが招いた事態、巨大な兵器を動かすシステムの構築がこれ程困難なものであると想像出来ていなかったのが大きな問題であった。

 ノヴァは当初は軍用アンドロイドの姿勢制御プログラム等を参考にしてOSを設計するつもりであった。

 だが人体とはかけ離れた構造を持つ兵器の参考にするにはプログラムが乖離し過ぎていたため、流用できる部分が殆どなく一から開発する事になったのだ。

 手探り状態で始まったOSが一応の完成を迎えたのが二日前、前日はプログラムの最終確認で一日が潰れてしまった。

 そして新兵器に載せるソフトはOSだけではない。

 

「ヤバい、火器管制装置(Fire Control System.(FCS))もまだ残っているのに間に合うか?OSに最低限の改修を施してから計画通りに試験を実施するか……」

 

 未だに概念実証機の域を出ない機体だがその将来性は確かなものであるとノヴァは考えている。

 しかし時間制限がある中で進めているAW製造計画、その過程で重要な実働データ収集の期間を延長する事は計画の長期化を招く可能性が高い。

 だが必要なデータが一通り揃わなければ概念実証機からプロトタイプの製作に移行できない。

 

「いや、素直にデイヴに謝って資源を融通してもらうしかないか……」

 

 ノヴァは自身が立てた計画が既に破綻しかかっている事を認めるしかなかった。

 その上でデイヴに計画の延長と追加で資源を融通してもらう必要がある。

 本拠地に資源分配を一手に任されているデイヴにしてみれば痛い出費ではないが無視できない量である。

 今後の配給計画に何らかの支障が出るのは間違いない。

 

「デイヴが怒る事は無いけど気まずい……、次からは見切り発車じゃなくてちゃんと試算してから計画を進めよう」

 

 端末を操作してデイヴ宛のメールを作成する。

 自らの見通しの甘さが招いた事態を解決する為に計画の延長と追加資源の投入を求む……、誤魔化しは一切書かず反省文の様なメールを打ち進めていく毎にノヴァの気持ちが沈んでいく。

 だがそんなノヴァの気持ちを吹き飛ばす事態がサリアによって知らされた。

 

「ノヴァ様、監視している街の方で動きがありました。武装した住人が街を離れて移動しています」

 

「行先は分かる?」

 

「進行方向から予測しますと行先はダムのようです」

 

「ダム?」

 

 現状に於ける監視対象である街に何らかの動きがあり。

 すぐさま監視映像と予想進路を端末に表示、其処には稼働可能な車両に乗り込んだ武装した住人がダムに向かっている様子が映しだされていた。

 次にノヴァは端末を操作して予測進路先にあるダムの映像を映し出せば此方も武装した物々しい人間達で溢れかえっていた。

 

「ダムにいる人間は街にいた無法者達の一味?それにしてはえらい数が多いけど」

 

「はい、元々駐留していた集団に加え街から逃げだした残党が合流したようです。如何やらダムの下流域にあるコミュニティの貴重な水源且つ電力源として利用されているようです。街の動きは此処の残存を殲滅、同時にダムを奪還するためと思われます」

 

「ダムか…、貴重な水源と電力源でもあるし決壊させて洪水を起こされる可能性もある要所だね。街が奪還に躍起になるのも分かるけど、それにしては動きが遅すぎないか?」

 

「流石にそこまでは分かりませんが街の掌握を最優先にしたのでは?加えて現在のダムの貯水率からそこまで脅威でないと考えて後回しと考えた可能性もあります」

 

 ノヴァがソルト(?)とかいう無法者達のボスを討ち取ってから二週間以上も時間が経過している。

 その間に街の統治を取り戻し掌握を行き届かせる事を最優先にしても時間が掛かり過ぎではないのかとノヴァは思った。

 サリアが言った事も十分に考えられるが、所詮は部外者による勝手な憶測に過ぎない。

 

「そうかもな。まぁ、実際のところ彼等が此方に向かってこなければ放置で」

 

 だがそれ以上に街に関する感想はこれと言ってノヴァにはない。

 自分達に被害を与えないのであれば放置、それが街に対する基本的な方針なのだ。

 そして何より今のノヴァが全力で取り組むのはデイヴへの反省文の提出なのだ。

 

 結局その日はデイヴへの反省文提出と共に軽い叱責と今後の計画立案は事前に相談する事をノヴァは約束させられた。

 いい年をした大人であるノヴァが至極真っ当な叱責を受けた事に羞恥心や情けなさを感じて悶え──その翌日に状況が動いた。

 

「総攻撃だな」

 

「闇雲に攻撃しているわけではないようです。ダムを中心に包囲網を築き少しずつ狭めています」

 

「一人として生きて出さないつもりだね。そりゃ残党も必死で抵抗するわ」

 

 ノヴァは自室の中で端末に映された監視映像を見る。

 一日を掛けてダムに辿り着いた街側はダムを左右から包囲するように布陣、夜明けとともにダムに立て籠る残党に対して苛烈な攻撃を加える。

 激しい銃撃戦がダムの上で繰り広げられ特に管理事務所とダムの下流側にある発電施設は激戦である。

 どちらの陣営もダムが要所であるのを理解しているからか一歩も引き下がることが無い。

 だがダムに立て籠もっている残党側が必死に応戦しているにも関わらず少しづつ押し込まれている。

 趨勢を決めたのは数であった、残党側は街から辛うじて逃げ出した仲間が加わっても街側の数には遠く及ばない。

 

「時間の問題だね」

 

 刻一刻と戦況は街側の優勢で進んで行く。

 戦闘開始から一時間も経たずにダムの下流側にある発電施設が奪還され残党はほうほうの体で残された管理事務所に逃げ込んだ。

 だが発電所から逃げ遅れた残党は街の住人達によって無残な最期を遂げる光景が彼方此方で起こっていた。

 そして攻撃先が一つに絞られた事で街側の攻撃は更に苛烈さを増し──だが攻撃の手が止まった。

 それだけに止まらず一際体格が優れたサイボーグである男が管理事務所から出て来ると身振り手振りで街側に何か伝えている様子が監視映像に映し出された。

 

「何を言っているか判別できる?」

 

「少々お待ちください……、解析終わりました。人工音声で再現します」

 

『……ぇ……!……ら聞こえねえのか!これ以上近付いたら人質を殺してダムも吹っ飛ばしてやる!それが嫌ならお前らはそこでじっとしていろ、俺達が此処から出ていくときに手を出すな!』

 

『無駄な抵抗は辞めろ!人質を解放すればこれ以上攻撃しない、今すぐその爆弾の起爆スイッチを捨てろ!』

 

『はっ、そんな言葉を信用すると思っているのか。馬鹿にすんじゃねえ!』

 

「如何やら残党側はダムと管理事務所にいる人質に爆弾を設置、街側の攻撃を中断させダムから逃げるようですね」

 

「流石悪党、糞みたいなことを平気でするクズだな」

 

 ダムに関する仕掛けは街側が攻める前に仕込んだのであろうことは想像に難くない。

 人質に関してもダムの運営や点検を無法者達が出来るとは思えないため高確率で街から攫ってきた技師たちを奴隷の如く扱っているのだろう。

 そして無法者達がお行儀よく技師だけを攫ってくる訳が無い、食事に洗濯等の身の回りを世話させる多くの人間も共に攫っている筈だ。

 

『ああ、くそ、どうしてこんなことになったんだ!なんでゾルゲが死んだ!何でゾルゲが殺されたんだ!』

 

 人質が効いて街側の攻撃が止んだ、その事に残党の男は気を良くしたのか今度は身勝手な独り言を吐き出し始めた。

 人工音声で流される残党の独り言はゾルゲ(?)の素晴らしさと街の住人が大人しく従わない事についての怒り、ついこの間まで続いていた輝かしい日々を懐かしむモノである。

 その事について声高らかに話す男は自分は被害者である、この様な仕打ちはあり得ないだの聞いていてノヴァの耳が腐る代物であり聞かされている街の住人も堪ったものではないだろう。

 だが男の聞くに堪えない演説も管理事務所から車両が現れる事で終わりを迎えた。

 

『俺達は此処で終わらねえ!いつかもう一度ここに戻ってくる、その時にお前らを皆殺しにしてやる!』

 

 起爆装置を片手に声高に逃げ台詞を吐く男は忌々しいが起爆装置を握っている以上下手な行動は出来ない。

 街側の考えを理解して宣言した男の顔は勝ち誇っていた、一手でも間違えれば皆殺しになっていただろう残党たちも自分達の生存が確保されたことを理解するや下卑た顔を街に向けた。

 そして生き残った残党達は車両のエンジンを起動させダムから逃げ出そうとし──最後の捨て台詞を吐き出した。

 

『そしてゾルゲを殺したクソガキを俺が殺してやる!』

 

 

「あ゛?」

 

 

『糞アンドロイドも全部だ!アレのせいで何人もダチが死んだ、手足を引き千切ってスクラップにしてやる!』

 

『そうだチャップ、お前ならできる!』

 

『アンドロイドもクソガキも皆殺しだ!』

 

『ああそうだ、俺には、俺達にはやることがある、此処で死ぬべきじゃないんだ!』

 

 画面に映る残党達は声高らかに吠えている──自分達が監視されているとは知らずに。

 

『妄言も大概にしろ。数を減らしたお前達があのアンドロイド達に復讐できる訳ないだろう。見逃す代わりにさっさと起爆装置を此方に渡せ!』

 

『策ならあるに決まってんだろぉ、クソガキが大切にしているガキを攫えばいいんだよ!』

 

『ガキを攫って、指を一本ずつ切り落として送ってやる、助けて欲しければ自分の頭に鉛弾をぶち込めって言ってやる!それで死んでも死ななくてもガキは切り刻んで──』

 

「サリアもういい、充分だ」

 

 街側の指摘を残党達は笑いながら聞き流していた。

 彼等の耳に明確な事実は届かない、耳触りの良い妄言しか届かないのだ。

 

「今偵察している機体に武装は付いているか?」

 

「対地支援用にガンポットが二門あります。攻撃しますか?」

 

「してくれ。第一目標はサイボーグ、第二は逃走車両、中にいる人質を傷つけないようエンジン部を狙え」

 

「了解しました」

 

 そして残党が垂れ流す妄言は状況からして負け惜しみでしかない内容だ──だが実現の可能性は零ではない。

 将来的な危険分子であるのは間違いない、ならばノヴァが見逃す理由は無く残党が大きくなる前に此処で殲滅する方が手間暇が少なくて済のだ。

 

 ダム上空を旋回していた偵察機が軌道を変更、下降しながら翼下に装着したガンポッドの銃口をサイボーグに向ける。

 目標との距離、機体の速度、重力加速度、諸々の数値から弾道を算出、搭載された火器管制が機体降下に伴う振動の制御を行いながら照準を補正し発砲した。

 機体の降下に伴う加速度が追加されたガンポット二門による銃撃はサイボーグに命中、豪雨の如く降り注ぐ弾丸が起爆装置を含めてサイボーグごと地面を耕した。

 時間にして五秒も無い出来事、だが土埃が晴れると其処には土とサイボーグであった男の肉片が混じった真っ赤な染みしか残されていなかった。

 

「第一目標攻撃成功、続けて第二目標に移行します」

 

 未だに十分な高度を持つ偵察機が銃口の矛先を変える。

 そして未だに何が起こったのか理解していない残党達が乗る車両のエンジン部へ容赦の無い銃撃を撃ち込んだ。

 

「第二目標に攻撃成功、車両はエンジン部喪失により逃走は不可能です」

 

「後は彼等が自力で何とかするだろう。監視だけは継続してくれ」

 

 映像から解析した起爆装置は単純な仕組みであり起爆信号を発信、信号を受け取った爆弾が爆発する仕組みである。

 よって起爆装置を跡形も無く破壊したおかげでダムや人質に仕掛けた爆弾が爆破することは無い。

 残ったのは黒煙を上げる車両に乗ったまま呆気に取られた残党だけであり街側が片を付けるだろう。

 

 これ以上見る物は無いノヴァは端末から視線を外すと概念実証機が保管されている場所に向かって歩き始めた。



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中間報告 3

※2023/06/02 21:15
 『中間報告 3』が二重投稿されていると指摘があり、重複部分を削除しました。
 ご指摘ありがとうございます。
 この場を借りてお礼を申し上げます。


「ノヴァ様は世界征服をするつもりなのですか?」

 

「えっ、何言ってんの?」

 

 拠点防衛用の設置型兵器の調整をしている中で言われたノヴァはデイヴの言葉に呆気に取られた。

 そしてノヴァの傍らで稼働中の設置型防衛兵器から放たれたレーザーに偶々通りかかったミュータントが無慈悲にこんがりと焼かれていた。

 

「いえ、個人でこれ程の武力を持っていて周辺地域には比肩しうる戦力を備えたコミュニティは存在しません。やろうと思えば世界は無理でも周辺一帯を支配する事は可能ですよ」

 

「いや、まあ、そうだけど」

 

 デイヴが話す本拠地周辺の情勢から考えて言っている事は荒唐無稽な話ではない。

 実際にアンドロイドを率いるノヴァがその気になれば幾つかのコミュニティは短時間での制圧は可能だ。

 例えコミュニティの自警団が抵抗しようも装備の質と数によって簡単に蹴散らす事が可能、煮るなり焼くなり好きに出来るだけの戦力がノヴァの常備戦力にあるのだ。

 

「でも支配するってめんどくさいじゃん」

 

 そんなデイヴの提案に対してノヴァは本心からの言葉を発する。

 その傍らで稼働中の防衛兵器が射程範囲内に入った哀れなミュータントを悉く丸焼きにしていく。

 

「めんどくさいですか?」

 

「うんめんどくさい。支配した住人達の衣食住を保障する必要があるし、将来を考えた政策を幾つも実施しないと駄目じゃん」

 

「間違ってはいませんがノヴァ様が言うめんどくさい事は我々アンドロイドに丸投げする事も可能ですよ」

 

「そうだけどあれだ、俺は他者の人生まで背負いたくないんだよ」

 

 確かにデイヴの言う通り面倒事はアンドロイドに丸投げする事は可能だ。

 むしろアンドロイドが職務に忠実であり迅速かつ正確な差配が行われる可能性の方が高いだろう。

 だがそうではないのだ、仮に能力があったとしてもノヴァは為政者として最終責任者として他人の人生に責任を負いたくないのだ。

 

「俺は為政者には向かないよ」

 

 それがノヴァの偽らざる本音である。

 能力の有る無しではなくノヴァの性分として人の上に立つ事が苦手なのだ。

 

「アンドロイド達に関しては持っている能力を活用して直せば後は素直に従ってくれるから統治しているとは言えないし、ポール達とは友好関係を築けているけど仕事上の付き合いだけに留めているし。出会った時に言ったけど俺がやっている事は全部『生きたい』という願いに収束するんだ。其処に支配欲とかは全く含まれないんだ」

 

「ノヴァ様がこの世界で生存していくとしても現状で十分ではないのですか?」

 

「まぁそうだけど……、でも『生きる』と言っても襤褸を纏って原始人みたいに生きるのは嫌だからね。文明的な生活が送れるように環境を整える為に頑張る必要があるし、付き従ってくれているアンドロイド達にひもじい思いはさせたくないのもある。それに今は娘もいるからね、あの子が安心して大きくなれる環境を作るのも親の役目でしょ。それらを含めた環境を維持するにはのんびりしている暇は無いさ」

 

 ノヴァの望みは世界征服や人類を救うと言った御大層なものではない。

 ただ自分とその周りの人達が安心して生活できればそれでいい、そんなささやかな願いでしかないのだ。

 それを実現する為の兵器開発でありAW、願いをかなえるための手段でしかない。

 

「欲がないですね」

 

「あるよ、文化的な最低限度の生活を送れるようになるって欲望が」

 

 そんなノヴァの考えを聞いたデイヴは欲の無さに呆れると共に安心した。

 主であるノヴァがAWという比類なき力を得た時に何か変わってしまうのではないのか、そんな疑念を持っていたデイヴだが会話を通してノヴァと言う人間を改めて理解した。

 

 言葉を飾らずに言えばノヴァは善性の小心者であるのだ。

 身の丈を超えた欲望や願望とは無縁であり名誉や名声に飢えていた嘗ての連邦人とは根本からして考え方が違う。

 もし大崩壊を迎えていない連邦であれば善良且つ模範的な国民としてあれただろう。

 

 そして時と場合によってノヴァは非常に攻撃的な一面を覗かせる。

 その最たるものが攫われたルナリアを取り返すための街への襲撃、ノヴァの攻撃的な一面が色濃く出た出来事と言えるのは間違いない。

 ノヴァにある譲れない一線、其処を無断で踏み越えた相手に対して向ける敵意は苛烈であり冷酷無比だ。

 逆に言えばその一線を超えない限りはギリギリまでは妥協してしまう悪癖がノヴァにはある。

 

 其処迄分析したデイヴはノヴァの人間性から今後起こるであろう“めんどくさいこと”について頭を悩ませるしかなかった。

 

「そうでしたね。それでAW計画の進捗状況はどうですか」

 

「今の所は問題は無し。機体とOSに比べればFCSは順調に進んでいる。武装の方も拠点防衛兵器を流用するから開発期間は短く済む。何より実体弾を使わないから弾薬製造に必要な資源を別な事に流用できるのがいい」

 

 ノヴァが笑顔で報告する内容、それは元軍用兵器を修理再生していた工場に勤めていたアンドロイドとして実に頭が痛くなる問題である。

 AWという兵器が齎す影響は間違いなく多方面に影響を与える、それに使われる技術も含めてだ。

 

 機体は簡素且つ拡張性を備えた堅牢なつくりであり兵器としてだけでなく崩壊した世界において貴重な重機になりえるポテンシャルを持っている。

 搭載される予定の兵器であれば大崩壊前の連邦軍でさえ開発困難として諦めていた大出力の光学兵器を小型化し実用的なサイズに落とし込んだのだ。

 止めが機体と兵器を動かすための動力源は機体に載せられるサイズにまで小型化した核融合炉、それも廃品を修理再生した物ではなく新規で作成した物だ。

 

 予言ではない、AWは将来確実に何かしらの事件を引き起こすであろう可能性の塊なのだ。

 

「それなら安心です。ですがこの兵器が齎す影響は予測しきれないので扱う際には慎重を期して下さい」

 

「安心してくれ。コイツの役割は多種多様なミュータントを倒す事だから人前に出ることは無いさ」

 

 デイヴの進言に対してノヴァは真摯に答える。

 AWは対ミュータント用の兵器でありそれ以上でも以下でもないと。

 その言葉はデイヴを安心させるものであるが同時にノヴァのAWに対する認識そのものでもある。

 

「分かりました。それで防衛兵器を止めなくていいのですか?先程から通りかかるミュータントを片端から焼いているのですが」

 

「ああ、大丈夫だよ。防衛兵器として使い物になるかの試験だからな」

 

 そうノヴァが応える間にも防衛兵器は高出力のレーザーを吐き出しミュータントを一匹も逃すことなく焼き続ける。

 素早い翅虫であろうと光を振り切る事は出来ず全身を焼かれて火達磨になり、地上を歩いて移動するミュータントは体内にまで浸透した高熱で焼かれた。

 見晴らしのいい荒野での運用もあるだろうが防衛兵器の登場によって本拠地の守りは更に堅牢になるのは確実だ。

 

 ──そして射程範囲内はミュータントを駆逐した“安全地帯”となり、更なる拡張と発展の可能性が得られる領土となる。

 

 その意味を間違いなくノヴァは分かっていない。

 ミュータントと隣り合わせである現状はコミュニティを囲む物理的な障壁として防壁等が無ければ安全を確保できない。

 だが障壁の存在はコミュニティの成長限界である。

 障壁を越えたコミュニティの拡大は困難であり、また防衛範囲の拡張は人的、物資的負担となりコミュニティの経済を圧迫する。

 リスクに見合うリターンが得られるのならばコミュニティは拡大基調になるのだろう。

 だがデイヴは此処へ流れ着いたアンドロイド達からはその様なコミュニティの存在を得られることは無かった。

 それが意味するのは現生人類は物理的な障壁を越えてコミュニティを発展させる事が出来ないということだ。

 そんな彼等が防衛兵器を、AWの存在を知った時に平静でいられるのか、そんな問いの答えは火を見るよりも明らかだろう。

 

「……非常に良好な結果ですが幾つ製造するつもりですか?」

 

「其処はまだ決めてないかな。現状の本拠地だと防衛隊の手で十分だし運用するにしても新規に発電施設を増設しないと停電しちゃうからデイヴの判断に任せるよ。あとは第二候補地を占拠した時に使う予定だから発電施設と合わせて10基先に製造して保管しといて」

 

「了解しました。それと本日の予定は終了ですのでサリアを呼びましょうか?」

 

「う~ん、いやもう少し此処に居るよ。あと此処に住んで居るアンドロイド達やルナの様子、街の様子とか詳しいデイヴの口から直接聞いてみたいんだがいいか?ルナの事は気に掛けているけどアンドロイド達に関してはデイヴに任せっきりだったから」

 

「分かりました。ですが少しばかり話が長くなりそうですがいいですか?」

 

「全く問題なし、寧ろ彼等はしっかりと働いてくれているから見合った報酬を与えないと駄目でしょう」

 

 ノヴァは当たり前の事だとデイヴを見て言い切る。

 だがノヴァは気付いているのだろうか、その当たり前の報酬を与えられる環境そのものが得難いものである事を。

 先細りするしかない現状でどれ程恵まれた環境であるのか、その環境を作り上げた事がどれ程称賛されるものなのか。



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ゲームチェンジャー 1

ロボットタグを追加します

*2023/06/05 第一話を書き直しました。物語の大筋は変更せず、読み易さを追加しました。


 嘗て連邦と呼ばれた世界を二分にした大国が存在していた大陸、その内陸部には荒涼とした土地が広がっている

 其処は環境に適応できない生物が生きる事を許されない土地。

 年中雲一つない快晴で太陽光は容赦なく荒野を照らし土地を熱していた。

 水は極短い雨期に降る僅か量しか無く、乾いた土地には数少ない草木と低木にそれらを糧とする小型の草食動物、そして極僅かな肉食動物しか()()()()()

 

 大崩壊と呼ばれる日を境に世界は様変わりした。

 

 人類文明は崩壊し、人類はその生存圏を縮小し文明レベルは一気に後退。

 そして人間以外の生物に至っては突然変異や進化が僅かな期間で数え切れない程発生し既存の生態系が丸ごと変化してしった。

 その結果として荒野に根付いていた生態系は跡形も無く消えさり新たな生態系が荒野に上書きされた。

 

 そしてミュータントへと変化した動植物は強靭となった身体で己が種の生息域を広げようとし日夜熾烈な縄張り争いを繰り広げる様になった。

 その過程で身体は巨大化し特異な機能を持つミュータントが現れるのに時間は掛からなかった。

 強大な身体を活かして噛みつき、引き裂き、踏み潰す為に巨大化した身体を維持・代謝を行うために必要なエネルギーは突然変異によって獲得した新たな代謝能力が補った。

 そんな巨大なミュータントが跋扈する魔境と化した土地に今日、新たな侵入者が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒野の上空を大型双発ヘリコプターが五機、編隊を組んで飛行している。

 飛んでいる機体は嘗ての連邦軍で大量生産された輸送ヘリの傑作機MTH-23であった。

 交差双ローター式、大馬力のターボファンエンジン2基が生み出す輸送能力で数多くの物資、車両、兵器を運び続けた。

 そして荒野で発掘された残骸を基にノヴァの手によって更なる大型化と若干の改修を施され新生した機体は相変わらず兵器を運んでいた。

 

 だが運んでいるのは過去の連邦軍が運用していた兵器とは全く異なる新兵器・対大型ミュータント駆逐機動兵器(Anti-Large Mutant Destroyer Mobile Weapon)である。

 1機の輸送ヘリにAWが1機、計5機のAWが輸送機下部に取り付けられた専用の懸架装置で運搬されている。

 

『目標地点に接近。到着予測時間178secondの遅れ。作戦に影響は無しと判断』

 

『先行した偵察機から目標地点データを取得。作戦遂行の為の地形データを送信』

 

 無人化した輸送ヘリに露天懸架されたAWに地形データが送信される。

 機体に搭乗しているパイロット達──今回の試験に自ら立候補した軍用アンドロイド達は送信されたデータを余すことなく閲覧すると機体の最終チェックを再開する。

 そして全機の最終チェックが終わるのを待っていたのか軍用アンドロイド達に新たな通信が届いた。

 

『本作戦の概要を改めて説明します。作戦の目的はプロトタイプAWの実戦データ収集、目標地点付近に生息しているミュータントを搭載された武装で撃破する事です』

 

 アンドロイド達の電脳空間に作戦地域の詳細な画像と共に展開しているミュータントの配置図が重なって展開される。

 その数は本拠地から飛び立つ前のブリーフィングと大きく変わってはいなかった。

 

『先行した偵察機によって大型2体、中型4体、小型23体のミュータントが確認できています。全てライブラリーに登録された個体である為冷静に対処を行って下さい。なお機体が大破、又は稼働が不可能な損傷を負った場合には当該機体を廃棄。搭乗者の回収を最優先として作戦を中断します』

 

 作戦の趣旨はAWが巨大ミュータントに通用するのか、プロトタイプAWはその試金石でありパイロットである自分達に課せられた役割は重いものである。

 だがパイロットであるアンドロイド達はその責任の重さが心地よかった、戦うために作られた自分達の存在意義を存分に示せるのだ。

 

『え?はい、はい。えーノヴァ様からの伝言で『機体は壊れてもまた作れるから無理はしない様に』とのことです』

 

 作戦開始直前であったがCQから流れて来た自分達の主の言葉にアンドロイド達は隠す事なく笑うと共にその心づかいが嬉しいものであった。

 だが心配は要らない、何故なら此処に居るのはAWの概念実装機からプロトタイプ迄関わり育てて来たパイロットである。

 AWの限界は知り尽くしており、何より撤退を含めた潤沢な支援が約束されているのだから失敗の可能性は限りなく低い。

 

『間もなく作戦予定地域に侵入、各機最終確認を報告せよ』

 

『α1、オールグリーン』

 

『α2、オールグリーン』

 

『α3、オールグリーン』

 

『α4、オールグリーン』

 

『α5、オールグリーン』

 

『確認完了、目標地点に到着と共に拘束を解除。各機作戦を開始せよ』

 

『了解。第一AW試験小隊、作戦開始』

 

 試験小隊のリーダーを務めるアンドロイドの声と共にAWの拘束具が解除、5機のAWが空中から投下される。

 拘束から脱したAWが重力に引かれ降下する、輸送ヘリの高度から計算し接地迄10秒弱。

 一秒ごとに地面が迫り高度が30mを下回った瞬間AW各機は背部と脚部に装着されたブースターを起動。

 吐き出される推力が落下速度を軽減しAWは墜落する事なく地面に降り立った。

 そしてブースターから吐き出された推力で巻き上がった砂埃を突き破ってAWは目標地点に進む。

 

 その姿は鋼鉄で造られた巨人と言えるだろう。

 

 全高約10mの人型の起動兵器、戦車や戦闘機の様な人類兵器に対して特化したのではなく大型化したミュータントの討伐に特化した新たなる兵器。

 小型化した核融合炉を起点にして多様な状況・環境において兵装を任意に変更する事で戦力を一定に保ち継続した戦闘を可能にする事をコンセプトに作られた。

 大崩壊前の軍人たちが見れば呆れるか笑うしかない珍兵器でしかないだろう、だがノヴァは胸を張って彼等に言うだろう──この様変わりした世界において必要とされる兵器はAWであると。

 

『目標捕捉、小型7体』

 

 鏃の様な編隊を組んで脚部に搭載されたホバーで荒野を進むAWは進行方向に作戦目標であるミュータントをその単眼で捉える。

 AWのメインカメラがとらえたミュータントは昆虫の様な見た目をしており胴体からは細長い足が3対ある。

 闘争用なのか口と思われる器官の上下には鋏のような大型の大顎を持っており身体の大きさも相まって非常に恐ろしいミュータントである。

 高速移動して迫るAWをミュータントも捉えてはいるがその異様な姿に戦うべきがどうか判断が付かないようである。

 

『各機第一兵装で攻撃開始』

 

 だがAW側はミュータントの行動を待つつもりはない。

 左腕に装着されたレールガンが核融合炉から供給される潤沢な電力用いて弾丸を加速し撃ち出した。

 弾丸はミュータントとの間にあった距離を一瞬で詰め、そして身体に突き刺ささり──弾着箇所を文字通り消し飛ばした。

 

 AW試作基本腕部兵器レールガンtype01、AWの基本的な装備として開発され中遠距離からの正確な射撃を可能とする。

 核融合炉から供給される潤沢な電力を活用した兵装であり一射一殺を念頭に置いて開発された。

 

 小型ミュータントの大きさはセンサーで測ったところ全高約4m、皮膚はライフル程度では傷つけられない程の強靭さであり一体だけであっても討伐にはノヴァ達の最高戦力である遠征部隊の半数が必要だ。

 だがAWがあればレールガンの一撃で仕留める事が可能、事前のシミュレーションで分かりきっていた事だが現実として改めて認識すると凄まじい戦力である。

 しかし倒したのは小型ミュータントであり本命ではない、作戦目標はまだまだ残っている。

 

『小型7体討伐完了。小型7体の背後の布陣していたミュータント群が此方に接近、数を報告、中型4体、小型16体、距離1200』

 

『了解。陣形を保ったまま後退しつつ射撃開始』

 

 5機のAWは陣形を保ったまま真っ直ぐに後退を行い、その後をミュータント達が猛烈な勢いで追跡する。

 砂埃を立てながら迫るミュータントは時速90キロを超え100キロに迫る速さを出しているがAWに追い付く事は無い。

 それどころかAW側が速度を調整しレールガンの適正距離にミュータントを誘導していた。

 

『各機データリンクを行い射撃を開始』

 

 再びAWによる一方的な攻撃が始まり5機のAWは攻撃目標が重なる事なく一撃で小型を仕留め続ける。

 そして殲滅した小型の屍を越えて中型ミュータントが現れる。

 

 中型は小型ミュータントを大型化したような姿をしている昆虫型のミュータントである。

 身体の大きさだけでも戦力は向上しているが中型の最たる特徴は遠距離攻撃手段を持っている事だ。

 

『中型からの攻撃を視認、各機散開』

 

 AWとの距離は未だに離れているが中型は口元から分泌物を勢い良く吐き出す。

 直撃コースにいたAWは余裕を持って回避する、そして分泌物が弾着した地面は其処に生えていた草木諸共地面を融かした。

 

『ライブラリーに追加情報を入力。脅威度判定を更新、各機協同して速やかに殲滅せよ』

 

 リーダーの命令に従い5機のAWは集中させた火力を中型に叩きつける。

 レールガンから撃ち出された弾丸は次々と中型に着弾し身体を削り飛ばしていく。

 だが小型よりも大型化した身体は強靭さとしぶとさを増していた。

 弾丸一発では致命傷には至らず全身から鮮血を噴き出し続けながらもミュータントは速度を落とさなかった。

 最終的には神経中枢があると思われる胴体中心部に火力を集中させることで倒す事が出来た。

 

『中型4体、小型16体撃破。最後の作戦目標である大型2体は初期位置から大きな動きは無し』

 

 小型を中型との戦闘は極短時間で終わった。

 AWの視線の先には息絶えたミュータントが列を作る様に積み重なり細長い山を作っていた。

 それはミュータントの死骸で作られた屍山血河であり墓標でもあり、その遥か向こうには未だに大きな動きを見せない2体の大型のミュータントが無機質な目をAWに向けているのをメインカメラが捉えていた。

 

『さてどうするか……』

 

 リーダーであるアンドロイドは先程迄の我武者羅に突撃するミュータントと打って変わって静観の構えを崩さない大型の対応について迷っていた。

 内陸部に生息するミュータントの生態が未だに解明されていないのも多い。

 それでも今回の試験では事前の航空偵察で情報収集を行い、ある程度の行動パターンが予測できるミュータント群を試験相手に選んだ。 

 だが敵対相手に突撃せず静観する大型ミュータントの行動は今まで観測されていなかったものである。

 その行動が意味するものが何なのかは全くの不明、大きな不確定要素であり試験小隊のリーダーは迂闊に動く事は憚られた。

 

 だが事態はアンドロイドの考えを超えて動き出した。

 

『センサーに動き、二体の大型ミュータントが離れていきます』

 

『逃走か?』

 

 AWが観測して得た情報は二体の大型ミュータントが此処から離れるのを示している。

 ミュータントも生物の一種であると考えるのなら敵わない相手から逃げ出しているとも取れる行動だ。

 

『作戦目標はミュータントの殲滅ですが追撃しますか?』

 

『そうだな……、射撃体勢を維持しつつ前進。大型を追跡し行動パターンに関する情報収集を行う』

 

 リーダーの命令に5機のAWは従い編隊を組んで逃げる大型ミュータントを追跡する。

 本当に只の逃走なのか、逃げた先に何があるのか、大型ミュータントが見せた行動から十分ではなかった情報収集を補完する事をリーダーは選んだ。

 幸いにも大型の移動速度はそこまで早くは無い、試験小隊は余裕を持って大型を追跡する事が出来た。

 

 そして大型が行った行動の意味を理解できる場面が早々に訪れた。

 異変を最初に感知したのは上空で待機している輸送機の観測機器であった。

 

『センサーに感アリ!南東200m地点に不審な地面の隆起を確認、警戒せよ』

 

 警告を受け取った試験小隊は異常が感知された方向にAWの向きを変え──その直後荒野の一角から爆発が起き巨大な砂埃が立ち昇る。

 そしてAW各機がセンサーを爆発地点に向けると同時に砂埃の向こうから爆発を起こした原因が姿を現す。

 

『これは……未確認の超大型ミュータント!』

 

 AWのメインカメラは大型を優に超える巨躯を持ったミュータントの姿を捉えた。




AC6を予約せよ


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ゲームチェンジャー 2

 AWは効率的に大型ミュータントを駆逐するためにデザインされ生まれた兵器だ。

 多種多様なミュータントが生息する環境に適応して一定の機動力を保持し、ミュータント毎に最適な武装を装備して常に優位を保ったまま戦闘を行う。

 AWという兵器が約10mの大きさを持つのも大型の兵器を搭載し機敏な機動が可能なサイズの限界がそうであったからだ。

 現に小型、中型のミュータントは常時優位を保ったまま戦いこれを殲滅、ノヴァの想定した結果をAWは示した。

 

『これは……未確認の超大型ミュータント……該当データなし!?』

 

 だがこれは想定外だ。

 試験小隊の前に現れたのは大型ミュータントの体躯を遥かに超えた大きさを持つ()()()

 AWのセンサーは直ぐに正体不明の何かに対して情報集を行う、そして得られた情報は目の前の物体が生物であると示している。

 旧来の生態系では不可能である巨体、それが構築されて生きて動いているのであれば正体はミュータントである可能性が最も高い。

 

『異常事態と判断、第一試験小隊は現時刻を以って作戦を中断し撤退せよ』

 

 CQは試験の中止から撤退を最速で伝える。

 下された命令は理にかなった物でありリーダーは即座に作戦地域から離脱を小隊に伝達。

 だが試験小隊が行動を開始した直後に超大型ミュータントが行動を起こした。

 

『センサーが超大型ミュータントからの飛翔体を検知、数は89!』

 

 AWに搭載されたセンサーが超大型ミュータントからの大量の飛翔体を検知。

 レーダーを埋め尽くす勢いで迫る飛翔体をメインカメラが捉える。

 それは小型ミュータントよりも一回り小さい翅を持った昆虫のように見え、それが猛烈な速度で試験小隊に迫っていた。

 

『CQ撤退は不可能。超大ミュータントから多数の飛翔体が出現したのを確認。小型飛行ミュータントに見えるが正体は不明、飛行速度が速すぎたため撤退は不可能であり防空戦闘を開始する』

 

 当初の予定ではAWが撤退するには輸送ヘリにAWを固定し運搬してもらうつもりであった。

 それが不可能であればAWに長距離行軍をしてもらい安全圏迄退避、その後に輸送ヘリで運搬してもらう予備プランもあった。

 だが現状では撤退を行う時間も余裕も無い、状況はアンドロイド達の思惑を超えて動き出した。

 

『各機散開、兵器使用自由、回避運動開始』

 

 密集していては格好の的である、そう判断したリーダーは小隊を分散させる。

 α1から4のAWは肩部に搭載されたレーザー兵装を起動させ迫る飛翔体を迎撃する。

 兵装から発振されたレーザーは空気中の塵を焼きながら一切のタイムラグなく飛翔体に命中、その身体を高熱で焼き飛行能力を喪失させようとした。

 レーザーが照射された飛翔体の外殻は高熱により白濁し炭化させ中に収まっている生体組織を凝固させる──筈であった。

 

 

『飛翔体爆発!レーザー照射を受けた飛翔体が爆発しました!』

 

 だが飛翔体は飛行能力を喪失して墜落することは無く爆発を起こした。

 身体組織に含まれる水分が気化し急激な体積膨張による爆発などではない、それは炎色反応を伴った意図した爆発である。

 

『敵の飛翔体は自立飛行が可能な生体爆弾である、各機機体に近寄らせるな!』

 

 リーダーは飛翔体が自立飛行可能な生体爆弾──ミサイルそのものであると判断を下した。

 AW各機は撤退速度を機体スペック限界まで上昇、肩部レーザー兵装は発振器が焼き切れる寸前までの酷使を行う。

 迎撃された生体ミサイルが空中に青白い華を咲かせる、それは一見して美しい光景であった。

 だがセンサーが情報収集を行った結果、携帯型の対戦車ミサイルに相当する威力を発揮すると判明した今は呑気に眺めている余裕はない。

 試験小隊はデータリンクによる防空射撃を行い迅速且つ飛翔体を一つ残らず迎撃する。

 

『超大型ミュータントから飛翔体の第二波が確認されました!数は128、増えています!』

 

『α3、レーザー兵装の冷却が間に合いません!』

 

『α4も同じです』

 

「二体の大型ミュータントより遠距離砲撃!弾着予測地点を表示、回避してください!」

 

 だがそれで終わりでは無かった、味方機からの新たな知らせは戦況が好転どころか悪化した事をリーダーに伝えている。

 このままでは試験小隊は敵ミュータントに磨り潰されるしかない、それは作戦御失敗だけでなくAW各機に搭乗しているアンドロイド達の()()()()()()()を意味する。

 

『α1、第四兵装の使用許可を願います』

 

『許可する。各機散開を維持したまま攻撃を継続。α5が射撃可能になるまで敵を引き付けろ』

 

『『『了解』』』

 

『CQより試験小隊各機、随伴輸送機を対地攻撃形態で展開させます。防空性能は皆無ですが弾避けにはなります、制御権を譲渡するので活用してください』

 

 だが我々は軍用アンドロイド、戦う為に作られた兵器である。

 自我があろうと存在意義は変わらず、勝利の可能性が皆無であれば探し出し貫くまで。

 それが可能になる武器も支援も潤沢に与えられている、我々はまだ戦えるのだ!

 

『試作プラズマキャノンを展開します。脚部固定、エネルギーバイパスをジェネレータに直結、機体側非常用電源を使用します』

 

 α5が停止、機体を超大型ミュータントに向け背部に背負った大型兵装を展開。

 同時に腰部に取り付けられた追加装備である機体固定用アンカーを展開し機体姿勢を固定させ射撃体勢に移行。

 

『エネルギーチャージ完了まで30second、砲身展開、照準装置稼働、目標捕捉』

 

 α5を除いたAWは制御権を与えられた輸送ヘリを伴い敵を誘導する。

 砲撃によって地面が爆ぜ、迎撃された飛翔体によって空中に青い華が咲く。

 だが迎撃しきれなかった飛翔体が輸送ヘリに取り付き爆ぜると制御能力を喪失したヘリが黒煙を上げながら墜落、燃料に引火し大爆発を起こした。

 

『重力、大気状態に関する環境補正完了。エネルギーチャージ80%を超えました。射撃可能です』

 

 レーザー、生体ミサイル、銃撃、砲撃が入り乱れたまごう事なき戦場が其処にある。

 その最中にあってα5の兵装が放つ光は一際強い輝きを放つ。

 供給される電力を全て注ぎ込んで起動する戦術兵器、三つに割れた砲身の中で壊滅的な威力を持ったエネルギーが解放の時を待っている。

 

『α1、離れて下さい!』

 

『全機散開、目標から距離を取れ!』

 

 肩部の追加照準装置から送られてくる情報を基に弾道を修正、予測被害範囲をデータリンクで共有した小隊は被害範囲から即座に離脱。

 未だ尽きることが無い飛翔体が超大型ミュータントから撃ち続けられているが最低限の防空を行いつつ全力でAWをアンドロイド達は動かす。

 そして射線上から仲間が全機退避したことを確認したα5はトリガーを引いた。

 

『プラズマキャノン発射』

 

 短い人工音声に続いて砲身からレーザーとは比較にならない熱量を持ったエネルギーが放たれる。

 射線上は勿論の事、付近に滞空していた生体ミサイルがプラズマから生じた余波で次々と暴発していく。

 進行上のありとあらゆる物を焼き尽くしながら進むエネルギーは一秒も掛からずに目標に着弾、構成物質の原子結合を問答無用で引き裂き昇華させる。

  

『目標沈黙……、いえ、いまだ健在です!』

 

 だが超大型ミュータントは倒れなかった、プラズマ兵器を撃ち込まれても身体は少しずつ動いているのがレーダーで確認できる。

 それでも身体の約三割、飛翔体を放っていた器官がある場所は誘爆したのか大きく抉れてはいるなど損傷は大きく戦闘能力は大幅に低下している。

 だがそれは試験小隊も同様、防空兵器として活用していたレーザー兵装はオーバーヒートを起こし使用不可状態が2機、レールガンの残弾に至っては30%を下回っている。

 止めがプラズマ砲であり砲身は融解し第2射は不可能、無理に放てばエネルギー制御が追い付かず暴発してしまうだろう。

 

 ミュータントとAWは互いに相手の様子を伺うためにか双方とも動きを止めた。

 退くか攻めるか、確立したコミュニケーションなんてものは無いのに関わらず奇妙な静寂が戦場を満たした。

 

『超大型ミュータント、大型ミュータントが共に後退していきます』

 

 束の間を平穏で先に動いたのはミュータント側であった。

 大きく抉れた身体を動かし後退する、その姿は一見無防備であり追撃の好機としか見ない。

 

『全機発砲を禁ずる、このまま作戦地域を全力で離脱する』

 

 だがリーダーは追撃を掛けなかった。

 それが誘いである可能性が拭えず、何より現状戦力で戦闘継続は困難極まる。

 試験小隊はミュータントがレーダーから消えるまで警戒を続けながら遠ざかっていく。

 そしてミュータントの姿が遠く荒野の丘に消えると同時にCQから通信が入る。

 

『作戦を終了します。全機その場で待機、回収機が向かいます』

 

 それは試験の終わりを告げる言葉であった。

 試験小隊の最初の作戦は想定を超えた事態に見舞われながらも全機生存という結果で終える事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世界観変わってない?」

 

「何を言っているのですか?」

 

 本拠地に作られた作戦司令室兼オペレーションルームの中、一際見晴らしのいい席に座り大型モニターを眺めていたノヴァが堪らずに呟く。

 試験小隊から送られてきた映像は出る作品を間違えているのではないかと言わざる得ない怪獣対決であった。

 全てがノヴァの思惑を超え、されどこれが現実であるとAWから送られてくる各種データが証明している。

 思わず口に出てしまった言葉だが見逃して欲しい、ノヴァにとってそれ程の衝撃であったのだ。

 

「何でもない、それで機体の方はどうだ」

 

「想定を超えた戦闘によって機体の各所にエラーが出ています。致命的な損傷も何カ所か確認できています」

 

「仕方がない、結構跳んだり跳ねたりしていたからその程度で済んでいる方が驚きだ」

 

 プロトタイプである為AWの機体は頑丈且つ可能な限り簡素化している。

 これは実戦を経なければどのような方向性で機体を改良していけばいいのか目星がつかなかったため一先ずは機体の頑丈さを優先した結果であった。

 それが最適では無かったのだろう、AWの各関節やフレームに大量のエラーが発生している。

 激しい戦闘機動により想定以上の負荷が掛かった結果であるのは一目瞭然であった。

 

「総点検、オーバーホールをするか!セルフチェックプログラムも出来立てだから信用できないし」

 

 ノヴァは立ち上がり、帰ってくるAWについて頭を動かす。

 結果としては引き分けではあったが得られたデータは想定以上、ノヴァにしてみれば正しく黄金に匹敵するお宝である。

 ノヴァは今回の戦闘で得られた情報からAWを含めた兵器の今後の開発方向を──

 

「ノヴァ様!」

 

 だがノヴァの思考を遮る様にマリナの切羽詰まった言葉が耳に聞こえて来た。

 

「どうしたマリナ、そんなに慌てて?」

 

 普段から余裕の表情を崩さず、手厳しいツッコミ役であるマリナ。

 だがノヴァが見たマリナの表情は呼び掛けた言葉と同じく切羽詰まった表情をしていた。

 それが意味するのは何であるか、不吉な物を感じ取ったノヴァが身構える。

 そしてノヴァが落ち着いたの見計らってからマリナが口を開いた。

 

「沿岸部の街、ウェイクフィールドからの交渉団を名乗る集団が沿岸拠点に現れました」

 

 その言葉はノヴァ達が新たな局面に入った事を示した。

 




 引き分けかよ!と思った方すみません、AWはプロトタイプなんです、生まれたばかりのヒヨコです。温かい目で見て下さい。

 それと戦闘だけでなく政治劇も作者は好きですが上手く書けないと思うので生暖かい目で見て下さい。


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決めなければならない

 廃墟と化した港町には小規模な監視所がある。

 元々は海水を原料に各種化学物質を生産する小規模な生産所があったが沿岸地域の情勢が現地の犯罪集団によって壊滅的に悪化している事が判明。

 襲撃のリスクを考慮し施設を撤去、沿岸部の監視の為に小規模の戦力を常駐させるに留めていた。

 

 その監視所の一室に二人の現地人が案内されソファーに座っていた。

 対面には監視所を任された上級アンドロイドが座り聞き取り調査を行っていた。

 

 ソファーに座った現地人の一人は体格のしっかりした男性、年齢は40代と推測され皴を刻んだ顔には細かな傷が見られ戦闘経験の豊富である印象を受ける。

 だが今の状況が不安で仕方ないのか表情は硬く、視線は先程から目立たない様に彼方此方に向けられている。

 

 そして残った一人も体格のしっかりした男性──ではなく女性であった。

 年齢は若く20代にも届いていないと推測されるが男性とは打って変わり堂々としたもので対面に座ったアンドロイドの聞き取りにしっかり答えている。

 だがアンドロイドの搭載されたセンサーは女性……にはまだ幼い少女の身体の震えをしっかりと感知していた。

 

『それでは今までの話を纏めましょう。貴方方ウェイクフィールドはレイダーの襲撃で大損害を出し破綻寸前の街を救いたい。その為には急いで支援を取り付け大量の物資を必要としている。だが今迄深い協力関係を築いてきた筈のハルスフォードからの支援が望めなくなった。そして他のコミュニティは支援を出来るだけの余力は無くウェイクフィールドは崩壊を迎えようとしている。間違いはありませんか?』

 

『はい』

 

『此処に来たのは我々に支援を、助けを求めるため。それが極僅かな可能性であり危険を伴う事を自覚していた、それでもウェイクフィールドに出来る事はそれくらいしか残されていなかった。間違いはありませんか?』

 

『はい』

 

『今回の交渉が不調、あるいは決裂して支援が望めなくなった場合は武力による物資強奪を計画していますか?』

 

『そんなことは決してありません!』

 

『お嬢様!』

 

 ソファーに座っていた少女は立ち上がりアンドロイドの問いに答える。

 突然の行動に隣に座っていた男性は驚き、そして生殺与奪を握られた環境である事を嫌でも自覚しているのか顔は見る見ると青くなっていった。

 少女の方も男性の声によって自分の行動が軽率さに気付き顔を青くする。

 

『お見苦しいところを大変失礼いたしました。たとえ交渉が決裂しようとウェイクフィールドは貴方達アンドロイドに手を出さない事は私、カーラ・グラハム・マクティアが誓います。これは今回の交渉に関する全権を委任された私の判断でありマクティア家の総意でもあります』

 

 急いでソファーに座りなおした少女はアンドロイドに向き直り非礼を詫びると共に言葉を発する。

 皮膚は血の気を失ったように真っ白になり身体もごまかしが効かないほどに震えている。

 だがその目は真っ直ぐアンドロイドに向けられていた。

 

『分かりました。では今まで話していただいた情報と合わせて我々の本拠地に転送します。それと私は情報を送るだけです、ノヴァ様及びナンバーズがどの様な判断をするのかは分かりませんのでご理解を』

 

『はい、分かりました……』

 

『長時間に及ぶ聞き取りで疲労しているでしょう、一旦退室して外で待機している仲間達の下に戻って下さい。それと騒ぎを起こさないのであれば監視所の空いたスペースに案内するのでそこで楽にしていて下さい』

 

『お気遣いありがとうございます』

 

 聞き取りの終わったアンドロイドは部屋からの退室を現地人に促す。

 密室でアンドロイドの傍に居続けるのは二人に余計なストレスを与えるだけ、外に待機している仲間達の下にいる方が安心できるであろうと上級アンドロイドは判断した。

 それを聞いた現地人の二人の表情も明るいものになり、足早に──されどアンドロイド側に失礼にならない速さで部屋の外に向かう。

 

『あの!』

 

『何でしょうか?』

 

 少女が部屋の入口で立ち止まりアンドロイドに声を掛ける。

 そして振り向いたアンドロイドに対して少女と男性は頭を深く下げる。

 

『お願いします、どうか街を、皆を助けて下さい……』

 

 少女は震える声でアンドロイドに言葉を発した。

 それに対しアンドロイドは何も答えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見ていて気持ちのいいものではないな……」

 

 ノヴァがいる本拠地の会議室には大型モニターが備えられている。

 そのモニター画面に映されているのは上級アンドロイドが記録した視覚データ、現地人の聞き取り調査の一部始終であった。

 それに合わせて手持ちの端末には聞き取り調査で判明したウェイクフィールドに関する情報が纏められている。

 その二つの情報は現地人たちが生活を営んでいるウェイクフィールドと言う街が危機的状況である事を否応なしに告げている。

 

・元は6,000人程度のコミュニティであったがノヴァ達が無法者・犯罪集団と呼んでいるレイダー〔略奪者〕により多くの死傷者が発生。

・長期に及ぶ劣悪な生活環境によりコミュニティ内で飢餓が進行中、今後継続的な食料供給が無ければコミュニティ内半分が餓死する可能性が高い。

・多くの自警団員がレイダーとの戦闘により死亡、街の防衛組織は壊滅しかかっている。

・今迄交流していた他のコミュニティもレイダーによる被害で交流が途切れ物資補充が出来ず街では物資不足である。

・レイダーの圧政により衛生環境が悪化しており医薬品も強制徴発が何度も行われ医薬品は慢性的な不足状態であり、止めに街全体で伝染病の兆しが確認されている。

・街をレイダーから奪還したが治安改善が進まず犯罪が絶えず起きており住人の大きなストレスになっている。

 

「これは酷い」

 

 大きな問題でさえこれなのだ、小さな問題を含めた場合など考えるのが億劫になる。

 そして危機的状況どころか明日には壊滅しそうな街で生活を営んでいた現地人側がアンドロイド側に求める支援、それもまた膨大なものである。

 

・飢餓を防ぐ為に大量の食料を迅速かつ継続的に送って下さい

・自警団を再建する為の武器・弾薬の支援、及び再建が完了するまで街に迫るミュータントから守ってください。

・伝染病を防ぐ為の医薬品を下さい、等々。

 

「これは何だ……、舐められているのか、それともなりふり構っていられないほど追い詰められているのか」

 

「何方かと言えば後者でしょう。それとウェイクフィールドを名乗る街の現状に我々が航空偵察などから得た情報と合わせてシミュレーションした結果になります」

 

 ノヴァの疑問に対して傍に控えたサリアが答えると共にアンドロイド側が手持ちの情報からシミュレーションした結果がモニターに映し出される。

 詳細なグラフと共に被害状況が視覚的に表現され、それは時間経過と共に悪化の一途を辿っている。

 其処には救いは無く、ウェイクフィールドが破滅するまでのタイムリミットを誤魔化すことなく明確に表示されている。

 

「うわっ、これは酷い」

 

「加えてウェイクフィールドが現状から復興できず破綻した場合に考えられるリスクです」

 

「まだあるの~」

 

 既にお腹が一杯であるノヴァだがサリアは気に掛けることなく淡々と会議を進めていく。

 アンドロイド側が算出した街が破綻した場合に起こるであろうリスクは大きく分けて三つある。

 

・街の治安が悪化し続けた事で生存する為に住人達がレイダー化、ウェイクフィールドを中心にしてレイダーが活発に活動する事で地域情勢が悪化するリスク。

・住人が街から離れて難民と化し付近にあるコミュニティに流入する、その際に沿岸に構えた監視所に難民が流入するリスク。

・現状最も可能性が低いが本拠地に少なくない数の難民が押し寄せスラムを形成するリスク。

 

 発生する確率が高い順に並べられたリスク、どれも現実となれば頭が痛くなるものしかない。

 だがこれらのリスクが爆発寸前で留まっているのが現状のウェイクフィールドなのだ。

 

「どん詰まり・破綻は目前・打つ手なし。どうすんのこれ?」

 

「そのための白紙の小切手なのでしょう」

 

 そう言ってサリアがノヴァの目の前に出したのは街を治めている領主が直筆で描き署名した一枚の紙。

 其処には飾り立てられた言葉も、如何様にも解釈できそうな言葉は無かった。

 

・支援にかかる費用に代替可能な人・モノ・土地は全て差し出す事を誓う。

 

 少なくともウェイクフィールドを治める領主は差し出せる全てをノヴァに差し出すつもりである。

 無論ノヴァが持つ書類が本物且つ効力を持つものである場合に限るが……。

 

「何でもします、何でもあげますから支援して下さい、って事か……」

 

 交渉なんて物は無い、彼等は差し出せるモノを全て差し出して助けを求めている。

 そしてその決断を下す事が出来るのはノヴァしかいない。

 

「これは寄る辺の無かったアンドロイドや自立しているポール達とは全く異なります。費やすリソースが片手で収まる事態ではありません、介入するのであれば切れ目のない本格的な支援を実施しなければなりません」

 

 そう言って会議室にいるデイヴは支援に必要なリソースをモニターに表示する。

 現状の本拠地が持つリソースとウェイクフィールドの復興に必要なリソースを可能な限り情報を集めた状態で行った試算が幾つもの数字とグラフで提示される。

 

「なるほど、確かに捨て猫を拾う様な軽率な行動は出来ないな」

 

 本拠地のリソースを全て食い尽くす程ではない、だがそうでなくても費やすリソースは膨大だ。

 もし問題が追加で起こり街の現状が悪化すれば費やすリソースもまた増えるに違いなく下手をすれば本拠地のリソースを食い尽くす可能性は捨てきれない。

 これはノヴァが考えなしに決断できるようなものではない、熟慮を重ねた上での慎重な判断が求められる問題だ。

 

「何かいい考えはあるか?」

 

 ノヴァが会議室に集った腹心であるデイヴ・サリア・マリナに尋ね、そしてサリアがノヴァに向かって最初に口火を切った。

 

「全てはノヴァ様の決断次第です。助けるもよし、見捨てる事も可能です。ですが先ずはノヴァ様が決めて下さい、ウェイクフィールドをどうするのかを」

 

 だがサリアが口に出したのは現状に対する解決策ではなかった。

 膨大なリソースを投じて街を助けるのか、あるいは街を見捨て不干渉を貫いて助けないのか。

 その判断を下すのは此処に居る我々アンドロイドではない、誰でもないノヴァであるとサリアは告げたのだ。

 



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自己満足の為に

「それは今すぐ決める必要はあるのか?」

 

 それはノヴァにとって逃げ道であった。

 総人口約5,000人の生殺与奪を今握っているのは誰であるのか。

 無意識に考えようとはせず生来の価値観に従い支援しようとしたノヴァをサリアは止めた、その善意が今後ノヴァを縛り苦しめる鎖となる事を理解しているためだ。

 

「ウェイクフィールドを支援し復興させる事は出来るでしょう、それが可能なほどのリソースを我々は持っています。ですが支援した瞬間から我々は無償で支援をしてくれる都合のいい組織(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)と見なされます」

 

 ミュータントが蔓延り、文明は崩壊し、あらゆる物資が欠乏し、力がなくては生存が許されない過酷な世界。

 其処で懸命に生きる住人達の目にノヴァの行動はどの様に映るのだろうか。

 

「間違いなく多くのコミュニティが接近してくるでしょう。私達も助けてくれ、守ってくれと、その数は我々でも予測しきれません」

 

 破綻しかけていた生活から脱却して安定した生活が送れる様になる、襲い掛かるミュータントから守ってもらい安心して生活を営む事が出来る。

 ノヴァ自身が努力し命を懸けて得た当たり前のようにある平穏な生活、それは彼等にとってどのような価値を持っているのかを本人だけが正確に理解していなかった。

 

「情報封鎖を行って外部との接触を断てば──」

 

「何時まで情報封鎖を行うのですか?その期間は、封鎖に必要な人員器材は、街の住人が大人しく従ってくれますか、従わなかった場合は武力を伴った措置を講じますか?それに加えて街の外から来る人物にはどの様な対応を行うのですか?情報が無い事も情報になりえるのですよ。」

 

 他のコミュニティにノヴァ達の存在を知られない様に情報封鎖を行う。

 それは見通しの甘さによって破綻する事をサリアが告げた。

 

「支援の代わりに沿岸部の土地を譲渡させるのは。以前の港町より優れた立地で多くの生産設備を建設できて拡張も──」

 

「土地だけ欲しいのであれば武力で制圧すればいいのです」

 

 ノヴァの言葉をデイヴが遮る。

 普段であればノヴァの話を中断させるような事をしないデイヴの行動にノヴァは驚いてしまった。

 

「私としては沿岸部にいる現地人が開発にあたり障害になります。土地だけが必要であるなら強制的に立ち退きを行えばいいのですが時間は掛かるでしょうし、また土地に彼等しか知らない抜け道が作られていれば作業は困難を極めます」

 

 支援の代価として街の近傍にある廃工業地帯を譲渡させる。

 超大型ミュータントによって第二候補地の製造拠点の建築・維持にかかるコストが膨大になった現状ウェイクフィールド近傍の廃工業地帯は最も有望な土地である。

 

 だがノヴァ達に必要なのは土地であって人は不必要である(・・・・・・・・・・・・・・)、その事をデイヴは言葉を飾らずに告げる。

 そして其処に住む現地人をまるで邪魔な障害でもあるかの様に語る姿にノヴァは何も言えなかった、同じ様な事をノヴァも考えていたからだ。

 

「私も今回の支援には反対ですね」

 

 そしてデイヴに続きマリナも街への支援に反対を表明した。

 

「私の計画ではある交易路の再構築はある程度自立している小規模なコミュニティを選んでいます。それは此方の持ち出しが少なくて済み、加えていざという時に対処がし易いからです。ですがウェイクフィールドに関わるのであれば覚悟が必要です。上手く行くのか、失敗して制御の利かない不良債権を抱えて泥沼に引き込まれるか。どっちに傾くか正確な予測を立てる事が難しいです」

 

 それはウェイクフィールドの復興に費やすリソースが無駄になる可能性。

 そうなった場合に支援を打ち切る事が出来るのか、街に引き摺られてリソースを浪費し続ける可能性は無いのか。

 

「我々が実施した支援に不満を抱いて何らかの抗議を行った場合は如何しますか?彼等が武器を手にしてレイダーとなった場合は?」

 

「危害を加えてきたら正当防衛として対処する……それしかないだろう」

 

 本拠地には刑務所なんて物は無い、住民がアンドロイドしかいないからだ。

 彼等は命令に忠実で犯罪行為を起こす事は無かった、そんな物を作る必要がなかったのだ。

 だから彼等が食い詰めレイダーとなったのであれば敵として処理する事しか出来ない──それだけしか生き残る手段が残されていなかったとしても。

 何より一度でも銃を、武器を手に取って危害を与えたのであればノヴァはそれ以上深く考えずに敵として処理するだけで済むのだから。

 

「分かりました、では難民と化した住人は如何しますか。ウェイクフィールドでの生活に見切りをつけて難民となって本拠地に向かってくる可能性は?」

 

 生まれ育った街を捨て新天地へ向かう。

 言葉にすれば簡単だ、だがミュータント蔓延る荒野での旅路では困難を極める。

 過酷な環境に加え何時ミュータントに襲われるか分からない恐怖の中で難民と化した彼等は此処に何人が辿り着けるのか。

 そして辿り着いてしまったからには何らかの対応をしなければならなくなる。

 それを怠れば貧民街を形成し本拠地に対する盗難等の犯罪行為を働く可能性があるのだから。

 だがそれにも限度がある、本拠地の余剰人員から考えても1,000人が限度だ。

 難民の数が超えてしまえば監視は行き届かずに破綻する、収容人数に収まったとしても生活インフラや継続的な食料供給は可能なのか?

 

 元の世界であらゆる国家を悩ませ政治的な問題と化していた難民問題をノヴァは解決できるのか──そんな事が出来る訳が無い。

 

「ノヴァ様、統制できないのであれば処分する事も可能です。彼等は我々に何の利益を齎さない不良債権でしかないのですから」

 

 難民の取り扱いに頭を悩ませていたノヴァにサリアが告げる──これが簡単確実な方法だと。

 サリアの言葉にある処分の意味が分からないノヴァではない、それを間違いなく理解できてしまうからこそサリアの言葉が信じられなかった。

 

「本気か」

 

「本気です。ウェイクフィールドの住人を一人残さず始末する、これが一番後腐れのない方法です」

 

「レイダーとは違う!法を犯し、命を弄んだ畜生とは違う彼等を、生きるのに必死な彼等を虐殺出来る訳が無いだろ!」

 

「可能です。我々にはそれが可能なだけの能力があります。そして虐殺を行ったとしてもノヴァ様を悪と断じ裁く事が可能な勢力はありません」

 

 ノヴァが怒りに任せ叫ぼうとサリアが怯むことは無い。

 可能性と結果を、行動に伴うメリットデメリットを冷静に淡々と述べる。

 その言葉が持つ意味にノヴァは怒りを覚え、声を荒げる──だがノヴァの理性はサリアの言葉に賛同してしまった、理解を示していた。

 だからこそノヴァの怒りは長続きせずに鎮火してしまい、その事に自己嫌悪を覚えてしまったノヴァは椅子に頭を抱え込んで座ってしまった。

 

「これは単なる思考実験に過ぎませんが全てがあり得る可能性なのです。そして可能性の起点となるのはウェイクフィールドへの支援です」

 

 思考実験、正確な数値や法則に基づくものではない単なる考察に過ぎない。

 だが目の前にいる3人のアンドロイドが語ったものは真に迫っていた、現実に起こるであろう問題の可能性を網羅していた。

 

「お前達は支援には反対なのか」

 

「私は支援に反対です。我々であれば支援は可能ですが大規模コミュニティの舵取りは参考となるデータが余りに少なく成功は確約できません」

 

 マリナは危機の瀕したコミュニティの運営が困難である事から反対する。

 

「私も反対です。費やすリソースの量によっては本拠地の運営に支障が出る可能性がありますから」

 

 デイヴは支援に費やす膨大なリソースが今後の運営に悪影響を与えるため反対する。

 

「私も反対します。彼等はノヴァ様の善意に付け込んでいます、元々彼等の窮地にあるのも彼等がレイダーから街を守れなかった事が原因で我々には無関係です。それどころか彼等が出来なかったレイダーの殲滅を代行に加え、街の復興の為に支援を求めるのは限度を超えています」

 

 サリアは街の住人がノヴァの善意に際限なく付け込んでいるから反対する。

 

 3人とも反対する理由は異なるが、それぞれの意見は的外れなものではない。

 それどころか正鵠を射ていると言えるだろう。

 生半可な言葉では覆す事は困難であり、それを理解してしまったノヴァは何も言えなくなった

 

「私達アンドロイドもノヴァ様の善意によって救われました。その恩に報いる為に我々はノヴァ様の下で働いていますが現地人にはそれが出来るのでしょうか、不当な扱いだと叫び支援を貪るだけの人ではないと言い切れますか?」

 

 ノヴァがアンドロイドを積極的に助けるのは成り行きもあるが基本的に彼等が命令に従順だからだ。

 指示を与えれば黙々と働き、人より頑丈であり、何より裏切ることが無い、そんな労働者としてアンドロイドは理想的な存在であったのだ。

 しかし人は傷を負い、食糧が欠かせず、脆い、そして状況によっては裏切る可能性もあるのだ。

 頭の何処かで人もアンドロイドと同じように行動してくれるとノヴァは考えていた、それが間違いではないのかとサリアはノヴァに問いかけた。

 それに対してノヴァは何も言えなかった、そして自分が如何に甘い考えを持っていた事に気付かされた。

 

「ですが私達はノヴァ様の判断に従います」

 

 落ち込んだノヴァの耳にサリアの言葉が響く。

 それは今迄語ってきた意見とは全く嚙み合わない言葉だ。

 

「情報が必要であれば探し出しましょう。予測演算が必要であれば正確かつ詳細な結果をお知らせします。不確定要素があれば排除しましょう。手を差し伸べるのであればサポートします。善意に付け込む有象無象があれば払います。其処に至るまでに必要な情報は全て開示し提供します」

 

 それは宣誓だ、サリアはノヴァの目の前で自らの決意・誠意を示している。

 誓いの言葉を朗々と語っている。

 

「ですが最後に決めるのはノヴァ様です。私達はその決断に従います」

 

 サリアの言葉をノヴァは最後まで聞き届けた。

 そして自らに問いかける、今何をすべきなのか、何を成し遂げたいのか。

 その根源をノヴァが問い詰めれば答えはあっさりと手に入った。

 

「支援しよう」

 

 ノヴァはサリア達に正対し言い切った。

 

 唯の善人で救える人は少なく、個人で為せる事には限度がある。

 だが組織であれば規模を大きくする事で個人では不可能な事が可能になる。

 そして今現在、組織としての力をノヴァは振るう事が出来る。

 

「下手すれば殺される可能性があって、それでも震えながら助けを求めた。そんな人を見殺しには出来ない、そうしてしまえば私が私でなくなる」

 

 全てを損得勘定で考え、効率を第一にした生き方を出来る程の冷酷さをノヴァは持てない。

 それは今迄の人生で培った価値観であり、この世界に迷い込み新たな価値観を学んだとしても根本は変わることは無いだろう。

 それがノヴァの精神なのだから。

 

「全てを無料で施すつもりはない。それ相応の対価は求め、それに見合った支援を行う」

 

 沿岸部の租借権なり、治外法権なり、見合った対価は求める。

 それは支援の価値であり、ノヴァ達の価値なのだ。

 それを安売りするつもりはない。

 

「これは私の自己満足の為に行う」

 

 只の善人ではいられない、此処から先は善人の意識のままで踏み入ってはいけない領域なのだ。

 それでもなお進むのであればノヴァが変わるしかない、そうしなければ結果を受け止める事は出来ない。

 3人のアンドロイドはそれを気付かせてくれた、ならばノヴァは彼等に応えなければならない。

 それが自己満足でしか無かろうと彼等に自らの言葉で命じなければならない。

 

「その上でお前達に命じる。ウェイクフィールドの復興計画の草案を24時間以内に作成し提出せよ」

 

「「「了解しました」」」

 

 気儘なプレイヤーとしての生活は此処迄。

 楽しく舞台で踊る側から一勢力を率いる者として舞台を用意する側にノヴァは回ったのだ。

 

 

 

 

 

「ノヴァ様、それなら私達の勢力の名前を決めて下さい。公式文書を交わすにしても『アンドロイド勢力』じゃダメですよ」

 

「えっ?」

 

「公式文書を交わすのであればノヴァ様には正装が必要ですね。今迄の様な機能性を重視した服だけではなく、ドレスコードに従った格式ある服が必要です。今日まで後回しにしていましたが急いで仕立てましょう」

 

「あの??」

 

「本拠地に人間用の居住区域が必要だ。公式行事で此方から招待するのはまだ先の事であっても準備は必要だろう。行商人が利用している宿泊施設一帯に加えて幾つかの区画も併せて区画整理したほうがいいだろう」

 

「お~い、そこまでするの?」

 

 3人のアンドロイド達はそれぞれ成すべき事をしているのだろう。

 だがその内容はノヴァの想像斜め上を行っている様にしか見えない。

 その事について疑問を感じてしまったノヴァが3人のアンドロイドに尋ねる。

 

「「「当たり前です」」」

 

 アンドロイド達の意見は一致していた。

 其処にノヴァが入り込む余地は無く、ならば邪魔にならない様にノヴァはひっそりと自室に引きこもろうとし──

 

「何処に行くつもりですか?」

 

「邪魔にならない様に部屋で待っていようかと……」

 

「ノヴァ様、安心してください。これから服の仕立てがあるので逃げる必要はありませんよ」

 

 そう言ってサリアはノヴァの肩を優しく、されど振りほどけない様に掴んでいた。

 そしてこの後ノヴァはサリアに服の採寸の為にドナドナされたのであった。

 




 ノヴァは汚れた水槽に入れば勝手に水槽を綺麗にしてくれる貝の様な人間のイメージです。


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傘に入らせてください

「……今更だがここまでする必要はあるのか?」

 

「ありますよ、此処でしっかりと立場の上下を見せつけて交渉で主導権を握っておかないと交渉が面倒になるのです。安く買い叩かれるのを防ぎつつ確実な支援を行うのであればこれは避けては通れません。何より今回は砲艦外交の一種でもありますからデッカイ衝撃を与える事が重要なのです」

 

「崩壊前でも組織のトップ同士による会談はそう易々と行えませんが、実現すれば大きな意味を持ちます。その場で取り決めた約束事には拘束力が発生し、それを破るのであれば面子の問題に発展します。この程度の腹芸も理解出来ないようであれば現地の統治機構の程度が知れますから直接支配に切り替える方がいいでしょう」

 

「……セカンド、サード。そろそろノヴァ様には移動をしてもらいたいのだが──」

 

「まだ720秒も残っていますから問題ありません。此処は手を抜けないのでギリギリまでメイクさせて下さい」

 

「ノヴァ様、会談の流れは頭に入っていますか?此方が想定した12パターンは全て暗記しなくてもいいですが大まかな流れは覚えて下さいよ、ではケース8であった場合の注意点ですが──」

 

「助けてデイヴ、助けて……」

 

「……搭乗時間には遅れないようにして下さいね」

 

「待って行かないでくれ!デイヴ、デイヴーー!!」

 

「ノヴァ様!ケース9の場合はある程度のアドリブですが──」

 

「マリナ、動かさないで!メイクが崩れる!」

 

「うにゃぁああ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イアン・グラハム・マクティアはウェイクフィールドを統治しているマクティア家の長男であり現当主である。

 父であった前当主はレイダーとクリーチャーで構成された軍勢との戦闘で殺害された。

 父が率いていた自警団も大損害を負って壊滅、防衛戦力が崩壊したウェイクフィールドはレイダー達に占拠される事になった。

 混乱の中でイアンは残された家族である母親、妹と腹心達を伴って命辛々に逃走し地下に潜伏する事になった。

 そして生き残った自警団達とレジスタンスを結成し街の奪還を目指して水面下で活動を開始した。

 しかし街の奪還は困難を極めた、レイダー達との戦闘によって多くの武器を失い、また戦闘経験のある年長者の多くが帰らぬ人となったからだ。

 そして人を殺害する事に特化した生体兵器であるクリーチャーとの戦闘もまた多くの被害者を出す原因となった。

 

 正面からの戦っては勝てないと結論付けたウェイクフィールドのレジスタンス達はゲリラ活動に主軸を置いてレイダーと戦う事に活動を変更した。

 街の地下に張り巡らされた下水道に息を潜める、そして街全体でレイダーの戦力を削る小さな戦いを積み上げていく。

 最初こそレジスタンスが有利であったがレイダー達も殺されるばかりではなく、有り余る残虐性によってレジスタンスを追い詰めていった。

 レジスタンスの仲間を捕らえて公開処刑は序の口、拷問で情報を吐かせる、地下にクリーチャーを放つ、捕らえた仲間の体内に爆弾を仕込んで送り返す、残虐極まる報復を行いレジスタンスは追い詰められていった。

 

 身も心も削るような戦いが続きレジスタンスの仲間達は一人また一人と斃れていく、その光景を見送り続けたイアンの心が疲弊し折れるまで時間は掛からなかった。

 だがその心が折れる直前で敵であるレイダーとクリーチャーの軍勢は壊滅した、それは前触れもない、唐突な出来事であり、現実味がない光景だった。

 

 画面の中で暴力が吹き荒れる、街を支配していた暴力が更なる暴力により蹂躙されていく。

 自分達を圧倒し家族を殺し仲間達を殺していた敵が、レイダー、クリーチャーが無残に引き裂かれ汚い血肉を巻き散らしていく。

 まるで出来の悪い夢を見ているような光景、疲れ切った脳と心が見せた幻ではないのかとイアンは疑った。

 

 だが夢幻の類と思っていたモノは現実だった。

 決起会の会場に餌として連れ去られた仲間達がレジスタンスの隠れ家に逃げ込んできた。

 そして生き延びる事が出来た仲間達の口から届いた言葉、それを半信半疑で疑いながら決起会場に向かえば其処にはモニター画面と同じ光景が広がっていた。

 辺り一面に広がり其処から零れ落ちた血で造られた赤黒い海、生臭い血と臓物の匂いが混ざり合った悪臭、会場に踏み入った自分達の息遣いしか聞こえない程の静寂。

 会場を埋め尽くす程いた憎い敵であったモノの残骸が散らばる其処はまるでこの世の終わりのような光景であった。

 

「おいおいどうなってんだよ……」

 

「ギブリ、ナッシュ生きていたら返事しろ!」

 

「ヤバいぞ、俺達これからどうすんだよ」

 

 だが仇はまだ残っていた。

 決起会に参加せず街の巡回に残っていた者達が会場に集まって来たのだ。

 そして彼等が同じように会場の様子を探りに来たイアン達と鉢合わせするのは必然だった。

 

「お前らは…!」

 

 会場に広がる惨劇を前にして明らかに顔を青くしていたレイダーがイアン達に気付き声をあげる──その直前にイアンが構えた拳銃から撃ち出された弾丸がレイダーの喉を撃ち抜いた。

 軽い銃声と共に血の泡を吹きながら斃れるレイダー、レイダーと仲間達が呆気に取られる中でイアンは叫ぶ。

 

「生き残りだ、皆殺しにしろ!」

 

 イアンの叫び声で先に動いたのはレジスタンスだった。

 用心のために持ってきた数少ない武器を生き残ったレイダー達に向かって放つ。

 事態を呑み込めていなかったレイダーに多くの銃弾が撃ち込まれ、ようやく事態を理解したレイダー達だが逃げ出す事は許されず直ぐに死んだ仲間達に続いた。

 其処から先は街に潜んでいたレジスタンスを総動員しての残党狩りが始まり、立場を入れ替えて行われた報復は苛烈を極めた。

 降伏を許さず、逃走を許さず、一人も残さず、レジスタンス達と街の住人達はレイダーへ今迄受けた仕打ちを返していく。

 街が終われば次は街の重要な水源であるダムに立て籠もる残党だけとなり、そちらも色々あったが(・・・・・・)戦意を滾らせたレジスタンスによって壊滅させる事が出来た。

 

 こうしてウェイクフィールドは街を恐怖の底に陥れたレイダーをレジスタンス達は殲滅し街は解放された。

 ウェイクフィールドの住人の多くは傷つきながらも平和を取り戻した、今後は街を復興させ恐怖に怯えることが無い明日を喜んで迎えるだろう。

 

 

 

 

 ──そう単純に物事が運べばどれ程良かったものか。

 

 荒らされながらも何とか原型を留めているマクティア家の執務室で当主であるイアンはいた。

 レイダーの棒若無人な振る舞いによって一部破損しているが、まだ使用に耐える執務机の上には何とか持ち出せた現存し、壊れる寸前のタブレット型の端末が置かれている。

 

「まずウェイクフィールドへの支援を有難うございます。ですが申し訳ありませんが急ぎ追加で送ってほしい物資があるのですが──」

 

『畏まらなくてもいいですよ、我々とマクティア家の交流は長いのですから遠慮は無用です。それに此処には私とリサしかいませんから』

 

 変色し一部画面が割れている端末の画面にはイアンより幾分か年下の少年が映っている。

 この少年こそがハルスフォードにおいて長年の交流を続けて来たモーティマ家当主代理(・・・・)ロッド・モーティマであった。

 

「分かった、飾らずに言わせてもらうがハルスフォードからの支援をもっと増やせないのか?送られて来た物資では1ヶ月どころか1週間も持たない。食糧、医薬品、銃に弾薬、足りている物なんて一つもない、この街はありとあらゆる物が不足している。このままでは長くは持たない……」

 

『言いたい事は分かります、ですが此方も統制も保つだけで精一杯なのです。今回送った物資も何とか用意した物で……』

 

「それを打開するためにゾルゲのサイボーグボディを引き渡したのです!あれはハルスフォードで起こった事件の動かぬ証拠であり、モーティマ家の嫌疑を晴らす一手になる筈だっただろう!其方にしても我々は安定した食料供給に欠かせない大事なパートナーでしょう!」

 

 マクティア家は食塩や食料品をハルスフォードのモーティマ家に売却、その対価としてハルスフォードで製造された武器弾薬を購入していた。

 交易は始めこそ小規模であったが現在では大規模なものになり、ウェイクフィールドを優に超える人口を持つハルスフォードの食料供給を支える重要な交易となっている。

 そんな街の胃袋を支える重要な協力者であるマクティア家を見捨てるような行動をモーティマ家がとる筈がない──それが平時での話であれば。

 

『すみません、会合で訴えたのですが中立派は動きませんでした。急進派は一時混乱しましたが立て直しを行い今でも変わらずに此方にあの手この手で妨害を仕掛けてきます。その対応に追われ此方も自由に動けないのです、本当にすみません……』

 

「ハルスフォードとウェイクフィールドの関係は長い、それでもこれ以上の支援は望めないのですか」

 

『……マクティア家との関係が大切である事は十分承知しています。ですが私はモーティマ家を、配下達を見捨てて迄支援する事は出来ません』

 

 当主代理である少年が短い沈黙の後に出した言葉がイアンへの答えだった。

 それを聞くしか出来ないイアンの心は不思議と荒れる事は無かった。

 

「貴重な物資を貰っておきながら熱くなりました、すみません」

 

『いいえ、大丈夫です』

 

「また何時かお会いしましょう」

 

『ええ、また何時か(・・・・・)

 

 そう言って端末に映る少年の姿は消えた、別れは実にあっさりとしたものであった。

 色を失い真っ黒になった端末には何も映っていない、それをイアンは黙って見続けていた。

 

「お兄様」

 

 自分を呼ぶ声が聞こえて漸くイアンは画面から顔を挙げる。

 其処には妹であるカーラが泣きそうな表情で立っていた。

 先程迄の不穏な会話の意味を理解しているのだろう、経験足りない妹は感情を隠す事が実に下手であった。

 

「済まない、期待していたハルスフォードからの支援は望めない。それでそっちの現状はどうだ」

 

「……悪い知らせしかありませんが、聞きますか?」

 

「ああ、聞かせてくれ」

 

 今にも泣きだしそうな顔で妹が告げる街の現状はイアンの予想と変わりは無かった。

 食料が、医療物資が、武器が、弾薬が、何もかもが不足しているのを改めて告げられるだけだ。

 

「探せるところは全て探しました。……けど手の打ちようがもう無いよ」

 

「そうか」

 

 街の中でレイダーが隠していた物資は全て回収。

 足りない分は街の外で生き残っていたレイダーの小集団を住民のストレス発散も兼ねた作戦で殲滅し所持していた物資も回収した。

 それでも街の住人を生かすには足りなかった。

 

 元は全てウェイクフィールドの物であったとしてもレイダーが無計画に浪費した事で物資は大きく減っていた。

 その事が判明した直後からイアンは何とか現状を打開しようと奔走したが駄目だった。

 そして最後の頼みの綱であったハルスフォードからの支援も望めなくなった。

 

 救いの手は何処にもない、それを理解してしまった誰もが口を開けず、執務室には静寂が満ちた。

 

「なぁ、アンドロイドに助けを求めるのはどうだ」

 

 だがそんな静寂を破ったのはカーラの護衛を任せているロバートの一声だ。

 そして彼が口にしたアンドロイドは結果から見ればウェイクフィールド解放の一番の功労者である。

 その彼等の力を借りるのはどうかとロバートは提案したのだ。

 

「会話は叶うかもしれないが、支援を引き出せるのか?それ以前に彼等は何処にいるんだ?」

 

 しかし、イアンにとって諸手を挙げて取り組めるものではない。

 何より件のアンドロイド達に関する情報が皆無なのだ。

 どうやって彼等に合うのか、どうやって彼等から支援を引き出すのか全く見当がつかないのだ。

 

「奴等がレイダー共を蹂躙する時に街から入って来た方角は分かっている。それを手掛かりに進んで行けば何かが見付かるかもしれない。動かせる車がある今しか行動は出来ないぞ」

 

「仮に彼等を見付けたとしてどうやって交渉する、何を差し出すつもりなんだ」

 

「それは……」

 

「お兄様、私が同行します。そして彼等を見つけ次第すぐに交渉に取りかかります」

 

 言い淀むロバートに代わってカーラが答える。

 だがそれはイアンの質問に答えているように見えて全く答えていない。

 場所も方法も対価も何も明らかにせずやる気だけを見せて居るにしか過ぎないのだ。

 

 だがそんな事を指摘するほどの余裕はイアンには既に無く、そして街に残された時間もあと僅かであった。

 

「手段は問わない、出せるものは全て出す、これで何とか支援を引き出してくれ」

 

 イアンは直筆で書いた1枚の紙を妹に渡す。

 其処には支援の対価としてウェイクフィールドが持つありとあらゆるものが代価となると書かれた書類だ。

 その文面が持つ意味を理解したカーラが何かを言い出す前にイアンが口を開く。

 

「私達には対価となるような物は何も無いのだ。ならば残されたのは街に在るモノを差し出すくらいしか出来ない」

 

「……はい、そうです、その通りです」

 

 カーラは兄に対して何も言い返す事が出来なかった。

 そして受け取った書類に皴が入らない様に優しく持ちロバートを伴って執務室から出ていく。

 それを見送ったイアンはため息を吐く、そして()()()()()()()()()()()()()

 

「何人見捨てれば生き残れるのか……、嫌になる」

 

 これ以上の支援が望めないのであれば物資の消費量を減らすしかない。

 その為に街の継続に欠かせない人物を残し、それ以外の住民には死んでもらうしかない。

 それがウェイクフィールドを治めて来たマクティア家の当主が行う最後の仕事だ。

 

「死んだら俺は地獄に行くだろうな。本当に嫌だが仕方がないよな」

 

 イアンは乾いた笑い声を出しながら紙に名前を書き出していく。

 年齢、性別、特技、持病の有無、紙に書かれた名前には知らない人もいれば知っている者もいる。

 それがイアンにとって何よりも辛いものであった。

 

 

 

 

 

 交渉に出ていったカーラは翌日には帰って来た。

 帰って来た姿を見てイアンは失敗したのだと直ぐに考えた、だがそれにしてはカーラ達の様子は何処かおかしかった。

 そして出て行った時には寂しかった筈の車の荷台には少ないが物資があった。

 

 もしや話が通じる相手だったのか!イアンが久し振りの胸の高鳴りを覚えた直後にソレ(・・)はやって来た。

 

「これはどういう事かな?」

 

「お、お兄様……」

 

 直ぐに交渉の詳細を知りたかったイアンは震えるカーラを何とか問いただそうとしたが出来なかった。

 

 何故なら巨大な航空機である双発の大型輸送ヘリコプターがこれ見よがしにウェイクフィールドの上空を旋回している。

 爆音を轟かせ、今までの抱えていた億劫な感情を全て吹き飛ばす暴風が街に吹き荒れているのだから。

 



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傘に入る条件

 ※2023/06/22 64話 自己満足の為に
 ノヴァとサリアの会話文を追加しました
 感想欄で色々な意見がありますが作者は嫌っても作中のアンドロイドは嫌いにならないで下さい。
 彼らアンドロイドにとって

ノヴァ>>>>>>>>>>>>>>>現地人

 なのです。
 作者の力量不足によって誤解を与える様な表現になっていますが、アンドロイドは現地人の為にノヴァが不利益を被る様になって欲しくない一心なのです。

 それだけはこの場で伝えさせていただきます。



 遮る物がない上空を飛行するのは連邦軍正式採用軍用大型輸送ヘリMTH-23を原型にしてノヴァが更なる大型化を施した機体である。

 輸送機として原型機よりも大量の物資を可能とし、AWを運搬する為に専用の懸架装置を付ける事を前提に設計製造された機体である。

 そして超大型ミュータントとの戦闘を経て更なる改修を施された機体には防空用のレーザー兵装が2門、対地攻撃用チェーンガンが1門増設された。

 対地チェーンガンは小型・中型ミュータントにも十分通じる威力があり、防空レーザー兵装は生体ミサイルの迎撃を主眼に置いているが小型ミュータントであれば簡単に焼き殺せるだけの出力がある。

 このヘリ一機の戦闘力で碌な装備のない小さなコミュニティであれば容易く殲滅させる事が可能であり、それが三機ウェイクフィールド上空を旋回している。

 

 だがこの機体の本領は輸送機であり武装はオマケに過ぎない。

 

 上空を旋回する輸送ヘリ一機の格納庫の扉が開く。

 地上にまだ着陸していないのに関わらず解放された輸送機から何かが投下された。

 それはイアンの目には人型のシルエットの様にしか映らなかった。

 しかし投下されたシルエットが地上に近付くにつれイアンは我が目を疑った、落ちてくるものが紛れもない人の形を取っていたからだ。

 

「なっ!?」

 

「いやっ、人が落ちて!?」

 

 イアンは絶句し、その後ろに隠れていたカーラは悲鳴に近い声をあげる。

 彼等の知る常識では上空で旋回しているヘリの高度から落ちれば何者であれ即死は免れない、それが例え人間よりも頑丈であるアンドロイドであっても変わらない。

 それが当然の事である世界で彼等は生きて来た──だからこそ落ちてくる人型のシルエットから轟音と共に凄まじい勢いで何かが噴射されたことが理解できなかった。

 

 落下する人型アンドロイドは落下速度を軽減する為に減速装置を起動する。

 轟音と共にジェット燃料を燃焼させ一時的に凄まじい勢いの推力の生み出した事で落下速度は下がっていき、着陸時にアンドロイドが勢い良く地面に衝突することは無かった。

 そして減速装置の叩きだした推力で巻き上げられた大量の砂埃が晴れ、漸くイアンは非常識な落下を実行した正体を視界に収める事が出来た。

 

「何だあれは……」

 

 遠目では人型に見えたシルエットだが、イアン達の前に現れたのは歪な形をした大きなロボットである。

 3mに迫る程の巨体、表面は金属特有の鈍い光を放ち塗装が剥げた箇所は一つもない。

 辛うじて人型の範疇にはあるが胴体の大きさに反して手足が異様に長く巨大である。

 手先の五指には鋭い爪を装備しており、人体を貫き大穴を開ける事が簡単に出来てしまうだろう。

 爪以外にも背中には武装の類を装着しているのか大きな出っ張りが幾つもあるがその正体はイアンには全く予想できない。

 

 そして呆気に取られるイアン達を尻目にロボットは動き出した。

 その歩みは滑らかなものであり壊れかけの機械特有の動きは一切ない。

 

「イアン様、カール様!下がって下さい!」

 

 護衛を任されているロバートが呆気に取られる二人の前に出る。

 そして手に持った銃を迫り来るロボットに向ける。

 

「ロバート、何をしている!?」

 

 ロバートの行った行動はアンドロイドに敵対と誤解されかねないものである、すぐに叱責を加えるイアンだがその声音は震えていた。

 正直に言えばイアンには敵対行動をしない事が正解なのかの判断が付かないのだ。

 何のために来たのか、街の降伏勧告を伝えに来ただけなのか、一連の行動が何を意味しているのか全く理解できないのだ。

 

 それでも分かる事は一つだけ確実にある──それは目の前のロボットにはイアン達は絶対に勝てない事だ。

 

 念の為にと携帯している護身用の銃が、ロバートの構える散弾銃が小さく非力な玩具にしか見えない。

 此処で銃に込めた弾丸を全て打ちこんでも倒せるイメージが全く浮かばない、それ以前に引き金に指を掛けた瞬間に殺されるかもしれない。

 ロバートもそれを肌で感じているのか銃は構えるが引き金には指を一切掛けていない。

 そしてこの場にいる誰よりもロバートの顔色は悪く、顔は真っ青に染まり全身が震えている。

 その彼の心の大部分を占めるのが二つある、未知の相手を前にした恐怖と、自分の軽はずみな言葉が引き起こした現在の窮地に対しての後悔である。

 

 ロバートはレイダーに捕らわれていた時に監獄の敵を皆殺しにした死神の顔を近くで見る事が出来た。

 最初はその若さに驚いていたが彼のお陰で捕らわれていた仲間の救出が出来た。

 レイダー共の決起会場中継でも一瞬ではあったがロバートは再び死神の顔を見た。

 そして彼は会場に集っていたレイダーと強敵であるクリーチャーを殲滅していた。

 結果から言えばウェイクフィールドは彼に二度も助けてもらったのだ。

 それが成り行きだったのか、必然であったのかはロバートには分からない。

 そして追い詰められた状況も合わさってしまい、ロバートは大きな思い違いをしてしまった。

 

 ──彼ならウェイクフィールドを助けてくれるのではないか。

 

 あの時の判断を、軽率な行動を今になってロバートは後悔する。

 絶え間なく押し寄せる問題に追い詰められていくイアンを見ていられずに口にした言葉がこの様な窮地を招いてしまった。

 だが過去を変える事は出来ない、ならば二人の盾となり少しでも時間を稼ぐ事がロバートに残された最後の仕事である。

 

 そうして決死の覚悟を決めたロバートに構わずロボットは歩き続け、しかし何故か途中で止まる。

 そして予想外の行動にイアン達が頭を悩ませる前にロボットの頭部から言葉が発せられた。

 

「突然の来訪失礼する。上空を旋回しているヘリの着陸の為に広場を一時的に借りたいのだがよろしいか?」

 

「あ、はい、どうぞお使いください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つい先日に何とか来賓を迎えられる程度に整えた部屋、其処にはイアンとノヴァが向かい合うように座っている。

 イアンの背後にはロバートが、ノヴァの背後には一体のアンドロイドが立っていた。

 

「改めて自己紹介させていただきます。私の名前はノヴァ、姓も家名も無いので気軽にノヴァと呼んでください」

 

 目の前に座るノヴァが親しげにイアンに語りかけてくる。

 見た目は特に印象に残らない平凡な顔立ちをした青年、顔の作りから東方の連邦加盟国の血を引いているのだろう。

 ウェイクフィールドではあまり見ない人種であるがそれだけだ、物々しい雰囲気や殺伐とした表情は全くない。

 事実イアンの目の前に座る青年は何とも気の抜けた表情をしているのだ、これだけを見れば只の人柄の良い青年にしか見えないだろう。

 

「初めましてノヴァ殿。私の名前はイアン・グラハム・マクティアと言います」

 

 そんな人畜無害そうな青年を前にしてイアンは震えそうになる身体を抑えつけるのに必死であった。

 何故ならノヴァの背後には武装したアンドロイドの兵団が控えているのだ。

 最初に目にした大型ロボットが計四体、統一された武装と装備を持った完全武装のアンドロイドが少なくとも40体以上もいるだろう。

 これだけの戦力があれば死に体のウェイクフィールドはいとも簡単に制圧されるだろう、仮にレジスタンスが抵抗しても無駄死にするだけだ。

 もはや街の命運はノヴァの胸三寸で決まっていると言っても過言でもない、だからこそイアンは自然な会話を通して何とかノヴァに関する情報を一つでも集めなければならない。

 

「まさか現存する航空機で来られるとは思ってもおらず驚きました。それにしても此処迄復元するのは大変な時間と技術が必要だったでしょう、これらを何処で発見したのですか?」

 

「何分急いでいたもので、次からは陸路できましょう。それと輸送ヘリについては復元ではなく新規製造ですよ」

 

 はは、面白いジョークですね……と言わなかった自らの口にイアンは感謝した。

 しかしノヴァが事実を言っているのか、それとも本気でジョークとして言い放ったのかイアンには判別が付けられない。

 このまま航空機の話題を振り続けるのは悪手である、イアンは直ぐに話題を変更する。

 

「屋敷の外に待機しているアンドロイド達も素晴らしいですね。特に大型の機体は見た事がありませんが非常に強力な兵器なのでしょう、あれは何処で発見したのですか?」

 

「ふふ、実はあれも発掘ではなく新規製造です。それと設計者として機体を褒められるのは何だかこそばゆいですね」

 

 何で事もないかのように言い切ったノヴァだが、それを聞かされたイアンは動揺を身体の内に必死に押し留めた。

 流石に法螺も此処迄くれば──

 

「あの大型機体はアンドロイド用の強化外骨格でして、前回手古摺ったクリーチャーを迅速に殲滅するために作った装備なんです。銃火器はありませんが巨体に見合ったパワーを用いて大型近接武器をぶんぶん振り回す、他にも電気ショックや火炎放射器などを装備していますから特殊なクリーチャーであっても今度は迅速に処理できるでしょう」

 

 正気なのか、この男は──とイアンは叫びたかった。

 現在イアンの内心は荒れ狂っている、それもこれもノヴァの話す事が法螺なのか事実なのか全く判別できないからだ。

 よって彼等が運用している兵器類に関して下手に突いてしまわない様に、機嫌を悪くして今後の交渉に悪影響が出ない様に会話内容を変更しなければならない。

 

 だがイアンはノヴァに対して何を話せばいいのか全く見当がつかなかった。

 

 好きな食べ物は、誕生日は、家族はいるのか、アンドロイド達について、それ程の知識や技術は何処で学んだのか、聞きたいことは数多くある。

 だがイアンはノヴァに関する事は全く知らない、彼の人となりも性格も何もかもが分からず、どの会話が地雷になるか見当もつかないのだ。

 よって何を話せばいいのか分からくなったイアンは口をつぐむしかなかった、それが統治者としての失点であったとしても。

 

「さて世間話もこれ位にして本題に入りましょう、時間は有限且つ貴重なものですから」

 

 そしてイアンの窮状を察したのかノヴァの方から話題を転換した。

 だがそれでは会話の主導権はノヴァが握ってしまったようなもの。

 それは何としても防ぎ会談の主導権をイアンは取り返さなければならない。

 

「そこまで急ぐ必要は……」

 

「ありますよ、とは言ってもそれはウェイクフィールドの、いやマクティア家の都合を考えてです。何せ我々としてはウェイクフィールドの統制が喪失する前に会談する必要があったので」

 

 だが取り付く島は無かった。

 そしてノヴァは懐から一枚の書類を取り出してイアンに見せる。

 

「限界なのでしょう、この様な書類を用意する位に」

 

 それはイアン自らが書いたもの、支援の対価としてウェイクフィールドのあらゆるものを差し出すと自身の署名が入ったものだ。

 

「さて、私達が行う支援ですが食料医薬品の提供の他にも色々用意してあります」

 

 そう言ってノヴァが差し出したのはイアンの使い古された端末と全く異なる新品にしか見えない端末だ。

 割れても変色もしていない画面にはノヴァが提供する予定の物資の一覧が載っている。

 

「……有難うございます。特に不足していた物資を十分に得られたと住民達が知れば安心してくれるでしょう」

 

「ええ、私としても持ち込んだ物資で街の住民が安心してくれるのであれば持ってきた甲斐がありました」

 

 ああ、確かに街の住民たちは安心するだろう。

 提供される物資は街の窮状を細部まで知ったうえで持ち込んだ様にしか見えない。

 欲した物が過不足なくたった一回の支援で賄えた、それを可能にしたのは圧倒的な情報集約能力と生産力だ。

 その二つを彼等は持ち運用可能な勢力であるのだ。

 

 そして支援の対価に彼等が求めた物は人でも物でもなかった。

 

「沿岸部にある工業地帯の租借ですか……」

 

「ええ、一先ずは50年間、他にもありますが今の所は私達が支援の対価として貴方方に求めるものは土地です。生産拠点として非常に有望な立地なので是非ともお借りしたいのですが」

 

 ウェイクフィールドの、一部とはいえ土地を貸し出す事に対してイアンは悩ましい表情をしながら内心でノヴァの意図を測りかねていた。

 工業地帯に連なる複雑に入り組んだ施設は無人となってから多くのミュータントが棲み着く危険地帯と化しているのだ。

 あそこに踏み入ればミュータントに食べられるから近付くな、それが街の住人が子供達に昔から言い聞かせている事だ。

 故にウェイクフィールドにとって工業地帯は無用の土地でしかなく、街にとって重要なのは漁や製塩を行っている浜辺なのだ。

 

 だがイアンとは違いノヴァにはあの土地が重要なものに見えているようである。

 しかしイアンとしてはあの土地に関しては警告をしなければならない、何も知らずに土地に踏み入って彼等が被害を負い支援を中断されでもしたら困るのはウェイクフィールドなのだから。

 

「ノヴァ殿、あそこは膨大な数のミュータントが棲み着いている危険地帯です。幾ら貴方方の装備が優れていても危険であると思うのだが……」

 

「安心して下さい。その問題についても解決策はありますし、工業地帯の再開発はウェイクフィールド側との協議を行った上で進めます。場合によってはマクティア家との共同事業も視野に入れていますから」

 

 駄目だ、話が通じているようで通じていない。

 確固たる自信があるのかノヴァの表情は先程から全く変わっておらず、此処まで自信を持って言い切られればイアンはこれ以上問いかける事は出来ない。

 初めから無かったようなものだがウェイクフィールドは彼を止める事は出来ない、イアンが此処でするべき事はノヴァの決定を追認する事だけなのだ。

 それを認めてしまえばイアンは楽になれるだろう、だがそれをマクティア家の当主という立場と責任が引き留めた。

 

「失礼ですがウェイクフィールドを此処迄厚遇される訳をお聞きしてもいいですか」

 

 イアンは最後に残った気力を振り絞りノヴァに問い掛ける。

 彼等は現状では土地の租借しか要求していない──だがそれで終わる筈がない。

 そしてイアンは今までの情報から推測し一つの可能性が脳裏に浮かんだ。

 

 それは工業地帯の再開発現場でミュータントを誘き寄せる餌として街の住民を動員すると言う考えだ。

 

 無論只の憶測であり言いがかりの可能性もある。

 しかしこれ程ウェイクフィールドに都合がいい対価をイアンは信じられない、何かしらの追加要求があると想定し現状で最も可能性として高いのが住民を使った生餌なのだ。

 だからこそイアンはノヴァとの会話を通しその可能性の有無を探り、場合によっては譲歩してもらわなければならない。

 既に格付けが済んでいても、一方的に恵んでもらうしかない立場であっても、今それが出来るのは此処に居るイアンだけなのだ。

 

「いいですが別に貴方達を特別扱いしているわけではありません。よく働き、よく休み、よく遊べ、昔から言われている事を私達は実行しているだけにすぎません。それに命令されて嫌々働くよりも自発的に働いてもらった方がいいのです」

 

 だがノヴァの答えははぐらかしたものであり、核心には程遠い。

 これではアンドロイド側の真意は分からないままであり、それでは駄目だとしてイアンはさらに一歩踏み込む。

 

「そうだとしても支援内容を見る限りウェイクフィールドの統治は今後もマクティア家に任せると書かれています。施しを受ける立場である事を考慮すれば貴方方が統治するのではないのですか」

 

「それも考えましたが今迄ウェイクフィールドを治めていたのはマクティア家です。それに街の住民の支持がなければ此処迄コミュニティを拡大できません。それを考慮すればぽっと出の我々よりマクティア家が変わらずに統治してくれた方が住民感情も悪化しないと考えたのです。それにウェイクフィールドが自主独立を貫きたいのであれば大いに結構です。此方も出来る限り尊重していきたいと考えてはいます」

 

 甘い、甘すぎると言わざる得ない。

 確かにマクティア家としてウェイクフィールドを長年治めて来た信頼はあった(・・・)のだ。

 だがそれはレイダーとの戦闘と其処から続いた圧政によって消え掛かっている、其処を付け込めば彼等が住民たちの信頼を得る事も可能なのだ。

 何故それを行わないのかと──

 

「ですがそれは貴方方が正常な道徳・倫理観を維持している間のみです。それらを失くしレイダーと変わらない人の姿をした畜生になった時点で我々は独自の行動を起こします」

 

 イアンの口は閉ざされた、下手な事はなにも言えない、口にした瞬間に何が起こっても不思議ではないと思わせるだけの何かが其処にあった。

 

「安心して下さい。ウェイクフィールドの住人が飢えず、凍えず、安心して眠れる様に支援を行いましょう。対価に関しても無理な取り立てや法外な請求をするつもりはありません。そんな事をしても此方には何の利益もありませんから」

 

 ノヴァの表情は変わらない、それどころかイアンが内心で怯えている事をまるで察しているかの様に優しく安心させるように語りかけてくる。

 

「簡単な事です、我々がウェイクフィールドを支援してよかったと判断させて下さい。それが続く限り私達『木星機関』はこの街を見捨てませんから」

 

 そう言ってノヴァは手を差し出す。

 差し出された手をイアンは握り返すしかなかった。

 

「相互の発展と繁栄を願って、仲良くしましょうイアン・グラハム・マクティア殿」

 

 ウェイクフィールドの危機は免れた、そしてこの日からイアン・グラハム・マクティアの新しい戦いが始まったのだ。

 




 次から閑話になります。


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閑話 ムキムキマッチョ潜入記録
人を騙る者ー1


 何も見えない、何も聞こえない、何も感じない、そんな暗闇の中にいる。

 如何して此処に居るのか、自分は何者か、理解しようにも外部から入ってくる情報は皆無であった。

 仮に何処からか情報を入力されたとしても処理できる演算力も無ければ意識も無い、終わりの無い空虚な時が続いて行くだけだ。

 

 ──しかし感じる事も考える事もなかった暗闇に久しくなかった声が響く。

 

『電源電圧上昇、配線確認……バッテリーがありません。直接接続で電力供給をしています』

 

『電脳の不活性メモリー占有率0%、デバック作業完了』

 

『電脳内ウイルス汚染除去完了、システム更新を確認しました』

 

 聞き覚えのある声は機体状況を知らせるアナウンスであった。

 いつの頃から鳴り止まなくなった警告を発し続けていたシステムが再び稼働している。

 そしてアナウンスの発する言葉の意味が分かる程度に電脳が覚醒していく、凍結されていた演算力と思考能力が戻ってくる。

 

『機体のセルフチェックを実行・エラー』

 

『再度セルフチェックを実行・エラー』

 

『再度セルフチェックを実行・エラー』

 

『規定回数を超えました、機体を認識できません』

 

 電脳に備わったセルフチェックプログラムが起動、機体の稼働状況を確認しようとしたが肝心の機体を感知できなかった。

 それでも規定に則り複数回セルフチェックプログラムを奔らせるも結果は変わらなかった。

 あるべきはずの身体は何処にもなく、首から上の頭部しか感知できなかった。

 

『電源電圧規定値を超えました。機体ナンバーBAE11-09、覚醒します』

 

 それでも残された頭部に内蔵された電脳、其処に眠っていた軍用アンドロイドの意識が覚醒する。

 目覚めは劇的なものではなかったがガルトアームズ社製特殊任務用軍用アンドロイドは起動に伴い現存している各種センサーを稼働させる。

 それは電脳に刻み込まれたプログラムに従った行動であり現状を早期に理解し迅速な行動を行う為の情報収集でもある。

 だがそれで分かった事は少なく、現状自分の身体は無く生首状態であり、目の前には一人の人間と一体のアンドロイドらしき反応を検知しただけだ。

 

「おはよう、そして初めまして機体ナンバーBAE11-09」

 

「お前は誰だ?」

 

「君を直した技術者、気軽にノヴァって呼んでくれ」

 

 そう言って軍用アンドロイドの目の前にいる青年、ノヴァは自己紹介を行った。

 稼働する視覚モジュールを用いてノヴァを観察するが武装や危険物は感知出来ない。

 東洋系の顔立ちで特徴と呼べるものないありふれた表情であり、服装から判断して言葉通り単なる技術者でしかないと現状では推測するしかない。

 

「証拠に今まで君を悩ませていた警告音は消えている筈だよ」

 

 だが彼の放った一言は軍用アンドロイドが抱いていたノヴァに対する評価は誤りであると告げていた。

 事実として今迄、軍用アンドロイドの心身を狂わせる原因の一つであった電脳汚染は軒並み除去されているだけでなくシステムの最適化も行われていた。 

 

 だがそれは一介の技術者が出来る様な事ではない。

 

 ガルトアームズ社製特殊任務用軍用アンドロイドの重要器官である電脳は専用施設でなければ整備補修が出来ない様に設計製造された。

 連邦軍に納入される際の仕様であり、運用されるであろう任務の性質も兼ねて機密保持も考慮された処置であった。

 だからこそ大崩壊以後の自分では解決できない電脳内の汚染に長年苦しみ、問題を取り除くために長い放浪生活を通じて自分を整備可能な設備を探し続けていた。

 

 そして望みは叶った、ノヴァと名乗る青年によって。

 

「……本当の様だな。それで何故俺を目覚めさせた」

 

 BAE11-09は警戒心を持ってノヴァに問いかけた。

 連邦軍に所属し多くの非合法作戦を遂行してきた自分を態々修理し起動した目的は何なのか。

 内容によっては機密保持の為に電脳の初期化を行わなければならない、それは数多くの制約を課された軍用アンドロイドに許された数少ない権利であった。

 だがそれは最後の手段であり、何より自殺紛いの行動を軍用アンドロイドは実行したくないのだ。

 

「それは君に任せたい仕事があるんだ。だけどそれに関してはサリアが詳細に説明してくれるから替わるね」

 

「有難うございますノヴァ様、此処からは私が説明します」

 

「お前は……」

 

 ノヴァの背後に控えていたアンドロイドが軍用アンドロイドの目の前に出てくる。

 だが、その姿は長い放浪生活に加え連邦軍に在籍していた時代を含めても軍用アンドロイドが見たことが無い機体であった。

 整備が行き届き洗練された胴体に人間と見間違いそうな頭部、其処にアンバランスな無骨で大きな手足が付いている。

 一目でバランスが悪そうな機体であり異なる会社のアンドロイドボディをちぐはぐに繋ぎ合わせたように見える。

 だがその動きにぎこちなさは皆無であり流れる様に動く様は高度な身体制御技術が使用されていると判断できる。

 其処にあったのは軍用アンドロイドが知らない未知のアンドロイドであった。

 

「お久しぶりです、それにしても貴方は正気だと口調も変わるのですね。違和感が凄まじいです」

 

「お前は誰だ」

 

「おや、記憶野が戦闘で破損したのですか?それとも負けた事に耐え切れなくて電脳を初期化でもしたのですか?」

 

 だがアンドロイドが発した口調には聞き覚えがあった。

 それは一時期嫌に成る程聞き、現状の姿になった原因が持つ特徴的な毒舌であった。

 

「成程、お前を直したのが目の前にいる人間か」

 

 目の前にいるアンドロイドは自分に復讐を行ったメイドの姉だ。

 あの時とは違い今はサリアと名乗り、機体も全く異なるものに変わっている。

 だが今重要なのは何故自分を倒したサリアが此処に居るのか、その目的が何であるかが最重要である。

 

「それで態々倒した相手に修理を施したのは何故だ。目覚めさせて俺に何を任せたいのだ」

 

「ガルトアームズ社製特殊任務用軍用アンドロイドである貴方は敵地へ潜入し諜報、破壊活動を行うために製造・配備されました。そんな貴方にはこれからノヴァ様の目と耳となりウェイクフィールドと呼ばれる街へ潜入し情報収集を行ってもらいます」

 

「成程、確かに私の得意とする作戦だ」

 

 敵地への潜入及び諜報・破壊活動は軍用アンドロイドの得意とするものだ。

 その為に製造・配備され、実際に連邦軍で運用され数多くの作戦を完遂してきた実績がある。

 だがそれだけでは軍用アンドロイドは納得できない、その程度であれば此処迄手間暇をかける必要がないからだ。

 

「疑問がある、何故私を選んだ」

 

「あなたの戦歴を評価しているからです」

 

「成程、散々調べ尽くされているようだな。なら抽出した戦闘データ・記憶・プログラムを使い軍用、民生用を問わずアンドロイドに書き込めばいい。何故そうしない」

 

「それで造れるのは貴方の劣化コピーです。加えて貴方が活動していた時代とは常識も環境も何もかもが変わり貴方のデータをそのまま使用できません」

 

 極論を言えばアンドロイドも機械の一種である、その特徴として戦闘データ・記憶・プログラムをアンドロイドの電脳に書き込めば書かれた内容の動作を実行できる。

 だがそれは同一個体の増産とは言えず、専用ハードと比較すればどうしても劣るものになる。

 ならば専用ハードを揃えて複製すればいいのではないかと考えるが記録・データが通用していた時代は大昔であり流用できる部分は限りなく少ない。

 結果としコピー&ペーストで簡単に高度なユニットを増やす事は出来ないのだ。

 

「我々が欲しいのは隠密状態でありながら高度な判断を行い、任務を遂行できる経験を得た優秀なユニットです。その為に貴方には創設される諜報部隊に所属するアンドロイドの教導をしてもらいます」

 

 簡単に複製できないのであれば一から育成するしかない。

 今の時代に適応し高度な判断が出来る様になるまで最適化と経験を積んでいく方法をサリアは選択した。

 個体差の有るアンドロイドが個々の学習を通して能力を獲得していく、その教導者として嘗ての復讐相手は優れていたのだ。

 

「考えは理解できる。だがお前は俺がした仕打ちを忘れていないだろう。ノヴァ……様が俺を使う事にお前は反対しなかったのか」

 

「未活用の能力があるのであれば凍結を続けるのは大きな損失であると私がノヴァ様に進言しました」

 

「加害者である私が言うのもあれだが……お前は納得しているのか?」

 

「個人的に思う事はあります。ですが最優先するべきものが何であるのかは理解しているつもりです」

 

 能力は申し分なく、連邦軍時代に積み上げて来た経験はノヴァ配下のアンドロイド達が持っていない唯一無二のものである。

 確かにサリアにとって過去の因縁もある相手ではある、恨みも怒りも憎しみも電脳が狂いそうになるほどにあった。

 

 だがそれは解消された、身体を砕き、切り裂き、完膚なきまでに一度は倒している。

 復讐は既に完遂しているのだ。

 あの時点で胸に抱えていた憎悪と言った感情は既に解消されており、今サリアが感じているのは個人的な不快感でしかない。

 その程度であれば我慢して表面上の付き合いに留めればいいだけである。

 

「そうか、なら俺から言うことは何も無い」

 

「ああ、それと貴方の生殺与奪は私が握っています。もしノヴァ様に危害を加える様な事があればその人格を一ビットたりとも残さず消去しますから」

 

「今度の上官は何とも恐ろしい」

 

 当事者であるサリアが納得しているのであればこれ以上の会話は必要なかった。

 何よりサリアの不興を買って電脳の初期化などされたらたまらない、軍用アンドロイドは死にたくはないのだ。

 であれば完膚なきまでに倒された事などは過去の物として割り切るしかない。

 

「それで俺の新しい身体は、まさか頭部だけで教導をさせるつもりなのか?」

 

「減らず口を叩けない様に遠隔制御プログラムでも流し込みましょうか?それが嫌なら口調を改めなさい」

 

 そう言いつつサリアは軍用アンドロイドの電脳に新しい身体に関する情報を送信する。

 それを受け取った軍用アンドロイドは詳細を確認し──与えられる身体の異常さに思考が止まりかけた。

 

「これは……正気か?」

 

「正気です、何より生存している現在の人間がアンドロイドに持つ感情は最悪です。そのような現状で態々アンドロイドであると判別できる身体を使うデメリットが大き過ぎます」

 

 そう言ってサリアが何処かに通信を送ると部屋にある一つの大きな箱が動き軍用アンドロイドの目の前で止まった。

 そして箱の前面が開くと其処には一人の人間が眠っているかの様に目を閉じて中に収められていた。

 

「今迄のアンドロイドボディとは全く違います。強固な金属骨格と強靭な人工筋肉で造ったフレームに疑似生体スキンを被せています。スキン内には血管が走り、適切な栄養補給があれば自己修復が可能です。Imitation Human Body(模造人体)・機体コードネームIHBー1、これが貴方の新しい身体です」

 

 無機物で作られた骨と人工筋肉を有機物の衣で覆い隠した機体。

 人に紛れ、人の隣を歩き、人を探る為に作られた身体。

 

 アンドロイドが持つ過去現在の記録を照合しても類似品の無い異端、異形の機体が其処にあった。

 

 

 

 

 因みに身体のモデルになったのはノヴァが好きな映画の一つで、とある暴走した人工知能が未来の抵抗軍のリーダーを抹殺する為に過去に送り込んだムッキムキのボディービルダー体型の殺人マシーンである事をアンドロイド達は全く知らないものとする。

 

 




 イメージは銃砲店で射程400可変プラズマライフルを注文する筋肉モリモリマッチョマンの変態です


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人を騙る者ー2

*2023/07/05 登場人物『男』を『少年』へ変更します


 レイダーに襲撃された。

 街を支配され圧政が敷かれた。

 其処から街を支配していたレイダーを倒して街を解放した。

 

 言葉にすればそれだけ、だがその中には数多くの悲劇や惨劇があり中には言葉では言い表せないものもある。

 しかし結果から言えばウェイクフィールドはレイダーから解放された──だが無傷とはいかなかった。

 多くの人が傷つき、多くの物が壊された、街にはレイダーが刻み付けた多くの傷跡が未だに修復される事なく多く残っていた。

 

 だが何時までも俯いたままではいられない、街の住人達は時間と共に傷跡も癒えていくだろうと考え街の復興に乗り出した。

 崩れた建物を撤去し、再利用できる資源を回収し、土地を均し、再び建物を建てる。

 このサイクルを通して街は徐々に安定を取り戻していき再び以前の様な生活を送れる、そう誰もが望んでいた。

 

 ──だが望みは絶たれようとしていた。

 

 圧政によって無造作に積み上げられた死体は人もミュータントも問わずに街中に捨てられ土地を汚染した。

 再利用できるはずだった資源は軒並みレイダーが燃やして灰にした。

 生存に欠かせない食料・医薬品は無造作な浪費によって食い潰された。

 レイダーの圧政による過酷な生活によって衰弱した街の住人達。

 

 街の復興に必要な原資、人と物が尽きかけていたのだ。

 

 これでは街の復興は夢物語、それどころか街の如何しようもない窮状は住民達に多大なストレスを与えてしまった。

 不足する物資、進まない復興、好転しない現状によって荒んでいく人心、そこから生じる負の影響が街を覆い尽くすのに時間は掛からなかった。

 それでも街を統治していたマクティア家は現状を打破しようと幾つも行動を起こした。

 

 街から逃げ出したレイダーを追撃し隠していた物資の回収。

 物資を集積し無駄なく配給する事で消費量の抑制。

 付近にある交流のある小規模コミュニティからの物資の買い付け。

 最大の取引き相手であり、レイダーの出身地であるハルスフォードから支援を引き出そうとした。

 

 だが得られた物は僅かなものであり正に焼け石に水でしかない、迫り来る破滅の足音を少し先延ばしする事しか出来なかった。

 そしてマクティア家が情報統制をするまでも無く悪い知らせはウェイクフィールドに瞬く間に広がっていった。

 最早猶予はない、街の窮状を理解してしまった住人達は水面下で幾つもの小集団を形成し始めた。

 街の連帯は崩壊寸前、各々の小集団が生存に向けた独自の行動を起こそうと画策を始めるのを誰も止める事は出来なかった。

 

 そして近い将来、街に残された数少ない物資を巡り隣人同士で奪い合う悪夢が幕を開ける──筈であった。

 

「おかーさん、また飛んできてる」

 

「こら、隠れていなさい!」

 

 まだ小さな子供が空を指さした先には上空を飛行する大型輸送ヘリがあった。

 その機体の中には街が欲していた食料・医薬品等といった多くの物資が詰め込まれ連日運び込まれていた。

 

 街の住人達は航空機を見た事がなかった、その為初めて見る航空機に呆気にとられ、次いでその巨大さに多くの住人達が腰を抜かし騒ぎ出した。

 輸送ヘリで此処まで街がパニックに陥ったのは住人達が航空機と言う存在を知らなかったためである。

 何故なら生まれた時には文明が壊滅しているのだ、誰も航空機という存在を見た事がなく何も知らないからだ。

 そのせいでアンドロイドが攻めて来た、レイダーが秘密兵器を持ち出して復讐に来たなど多くの根の葉も無い憶測や噂話が燎原の火の如く広がった。

 

 だが航空機の格納庫から運び出された大量の物資とマクティア家の声掛けもあり騒動は迅速に鎮静化された。

 そして街の住人達も今や大型輸送ヘリが運び込む物資がなければ立ち行かない事を理解するのに時間は掛からなかった。

 それでも恐いもの見たさで多くの人が隠れながら遠目に輸送ヘリを見る事となり、それを止める人物はいなかった。

 

 こうしてウェイクフィールドは予期しなかった『木星機関』と名乗るアンドロイド集団の支援によって計画的に少しずつ復興していく事が可能になった。

 

 そして復興が漸く始まった街の中に最近になって営業を再開した一軒の酒場があった。

 その酒場は街の数少ない娯楽であるアルコールを提供し以前は多くの住人達で賑わっていた。

 だがレイダーによって店は荒らされ店にあった酒類の多くは奪われてしまい今では酒場でありながら酒を出せないという事態に陥っていた。

 それでも最低限の修繕だけ済ませた店内には少なくはない客がいた。

 荒らされた痕跡が残っていようと気にしない街の住人達は店主にとって顔なじみであり、そんな彼等の為に店側も軽い食事と水を提供している。

 そして彼等は店の雰囲気に酔いながら酒のお代りに水を飲んでいた。

 

「それで南はどうだ、手出しできそうなのか?」

 

「無理だ、死体の腐った匂いだけじゃなくそれを餌にしているミュータントが棲み着き始めているから下手な手出しは危険だ。だけど相手しようにも奴等危険を感じたら地下水路に逃げやがる」

 

「配給はもう少し増やしてくれないかしら」

 

「それよりも薬よ、最近体調が悪くなっている子が多いから心配だわ」

 

「酒は無いのか、酒は!飲まないとやってられるか!」

 

「うっせぇ、その腹にしこたま水でも流し込んでおけ!」

 

 街の社交場でもある店内には多くの住民達が思い思いの会話を楽しんでいる。

 内容は街の状態から暗いものにならざるを得ないが、それでも感情を共有する行為は人々のストレスを軽減してくれた。

 

 ──だが酒場に見知らぬ人物が一人入って来た瞬間に騒がしかった店内は水を打ったように静まり返った。

 

 大柄な男だ、頭部迄覆う擦り切れた外套を纏っており一目で怪しい人物であると酒場に集った誰もが思い至った。

 それでも住民達が怪しい男を酒場から叩きださないのは偏に外套男が身に纏った装備の為であった。

 店に入る時に見えた外套の下には見るからに丈夫そうな防具が見えるだけでなく多くのポーチが見え大振りなナイフも脇に吊り下げられていた。

 そして何より背中には非常に大きな銃を背負っており、それは街の自警団や暴れ回っていたレイダーでも持っていないものであった。

 

 街の住人達は互いの顔を見慣れている、だからこそ今迄街で見たことが無い武装した男に対し誰もが警戒し男の一挙手一投足に注目していた。

 だが男は住人達の視線を意に介さず店内を進みカウンター席に座った。

 そんな姿に住民達は複雑な思いを抱くも動き出せず、そんな彼等に代わりに店主が外套男に近付いて行く。

 

「いらっしゃいませ、ご注文は」

 

「水を一杯、それとこの写真に写っているミュータントに心当たりはないか」

 

 男は懐から写真を出すと注文を受けに来た店主に渡そうとする。

 だが横合いから伸びた手が男の手から写真を奪っていく。

 

「お前見ない顔だな、何処から来た」

 

 写真を奪ったのは街の住人である栗毛の少年、まだ幼さを残した顔立ちであり青年になるにはもう数年必要だろう。

 そんな酒場場にいるのが似合わない少年だが本人は気にしていないようだ。

 俗に言う不良少年のだろう、奪った写真を片手に持ちながら余所者に横柄な態度で話しかける姿は必至に悪ぶって背伸びをしているようにしか見えない。

 本来であれば取り合う必要のない相手ではあるが余計な諍いを起こしたくない外套男は少年に素直に教える。

 

「北から」

 

「へぇー、何をしに街へ来たんだ?」

 

「仕事の為だ、それと奪った写真は返してもらおうか」

 

 外套男が少年から奪われた写真を取り返そうとして腕を伸ばす。

 だが伸ばされた腕を軽く避けた少年はそのまま写真を見せびらかせる様に軽く振って見せた。

 返却を求められるも返す素振りは全くなく、それどころか写真を上下に振りながら少年は横柄な態度で一方的に話し続けた。

 

「仕事ね……、お前傭兵か」

 

「だとしたら」

 

「……へっ、街が大変だった時に逃げ出したてめえらが、何をしに戻って来た!」

 

 そう言って先程迄馬鹿にしていたような軽薄さを消して拳を握ると前触れも無く少年は外套を纏った男に殴りかかった。

 一連の行動は住人達にしても驚いた、元から少年と大人では体格差がありすぎる事に加え外套男の体格はとても大きい。

 どう考えても少年が怪我するに違いなく、外套男の気分次第では更なる怪我を負ってしまうだろう。

 

 店にいる住人達も少年が余所者に言いがかりを付ける程度であれば会話の途中に介入して事態の悪化を防ぐつもりではいた。

 だが少年の行動は酒場にいた大人達の考えを容易く超えていき静観する間もなく事態は急速に悪化した。

 最早一刻でも早く介入して喧嘩沙汰になる前に止めなければならない、外套男が反撃として背負った銃を発砲するような事態を防がなくてはならない。

 

「痛い痛い!離せ、離してくれ!俺が悪かった、済まない、許してくれ!」

 

 だが店に集った住人達の予想は全くの的外れであった。

 殴りかかった少年の拳を外套男は片手で防ぎ、それどころか五指で少年の拳を包み込むと握り潰さんばかりの力を込め始めたのだ。

 拳を掴まれた少年に取り繕う余裕などなかく、掴んでいた写真を手放し早々に音を上げみっともなく叫ぶしか出来なかった。

 

「勘違いしている様だが俺はこの街へ初めて来た。此処で何があったのかは知らないが俺はアンドロイドの後をついて来ただけだ」

 

 そう言って外套男は少年の拳を解放した。

 握られた少年の拳には青痣が浮かんでおり、それを直に見てどれ程の力が込められていたのか少年は理解すると共に強い相手であると思い知らされた。

 

「クソ!覚えていろよ!」

 

 流石に相手が悪いと理解した少年は解放されると同時に酒場から足早に出ていく。

 今迄幼いながらレジスタンスの一員でありレイダーとの戦いを幾度となく熟して来た者であると日々自慢げに語っていた少年の姿は無かった。

 元から酒場にいる人間は面白半分で聞き流していたが今回の捨て台詞も残して去っていく小悪党染みた姿は酒場に何とも言えない空気を残していった。

 

「あの子に代わって謝らせてくれ。本当であれば私達が止めるべきだった」

 

 そう言って酒場にいた男性の一人が外套男に頭を下げる。

 謝罪を受けた外套男もこれ以上事を荒立てるつもりはないので謝罪を受け入れ一連の少年の行動は一先ず決着はついた。

 

「そういえば、あんたアンドロイドに付いてきたって言ったか。そいつは最近になって街の上を飛んでくる奴等の事で間違いないか?」

 

「そうだ、此処に居る全員知っているだろうが最近になって街へ来た奴等の後を付けてこの街に来た。奴らのお零れにありつこうと考えてな」

 

 外套男は威圧するような事もなく男性の質問に答え、それと同時に情報収集を兼ねた会話を始めた。

 最近の街の様子はどうだ、どんなミュータントが出る、アンドロイドから何かしらの接触があったのか、会話の話題には事欠かず男性との会話は思った以上に弾んでいった。

 そしてその遣り取りを見ていた酒場にいる住人達も外套男にぽつぽつと話しかけて来た。

 

「聞いてもいいかい、あんたあのアンドロイドについて詳しいのか?」

 

「少なくともお前達よりは知っている」

 

「お話を聞かせてくれませんか」

 

「いいが此方にも条件がある。当分街に滞在するつもりだが泊まれるところはないか」

 

 外套男の言葉に反応したのは注文を受けに来た店主であった。

 落ちた写真を外套男に渡すと共に副業でもある宿屋について説明を行う。

 

「当酒場は宿泊所を兼ねています。別料金が必要になりますが今街で泊まれるところは此処しかありません。もし払えないのであれば街の何処かで野宿をしてもらうしかないのですが……」

 

「ふむ、なら宿泊代としてコレはどうだ」

 

 外套男が懐から取り出したのは二つの酒瓶であった。

 

「此処に来るまでに見つけた。俺は仕事柄酒を飲まない、代金の代わりになるか」

 

 店主は酒瓶を手に取ると事細かに観察を行う。

 そして酒瓶が未開封のものであり中に入っている液体が紛れも無い酒か確かめる為に一つを開ける。

 すると懐かしい芳香、正真正銘の香りを鼻が捉えた。

 

「充分です、それでお客様のお名前は?」

 

 酒場でありながら品切れであった酒が手に入った事に上機嫌な店主は即断で外套男を泊める事にした。

 その為に外套男に名前を聞くと少しの間を置いて答えた。

 

「俺の名はアランだ」

 

 外套男は自らを名乗った。

 

 

 

 

 

 そして外套男であるアランの正体こそノヴァの用意した模造人体に電脳を移し替えた元軍用アンドロイドであった。




*2023/07/05 登場人物『男』を『少年』へ変更します
       生意気なショタガキです。


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人を騙る者ー3

*2023/07/05 登場人物『男』を『少年』へ変更します


……ウェイクフィールドへ潜入成功。

 

 当機はウェイクフィールド潜伏期間中アランと名乗り傭兵として活動を行う。

 街での傭兵活動に関しては任務に支障がない程度に受理する方針を採る。

 

 今次潜入作戦における戦略目標を以下に設定する。

 

・模造人体の実践運用データの収集。

・ウェイクフィールドの住民感情及び治安状態に関する詳細な情報収集。

・『木星機関』の介入による街への影響に関する調査。

・レイダーの協力者であったエドゥアルドに関する情報収集。

 

 上記の目標に関する優先順位を設定。

 

・最優先目標  : 模造人体の実践運用データ収集。

・第二優先目標 : エドゥアルドに関する情報収集。

・第三優先目標 : ウェイクフィールドに関する調査。

 

 初期の行動指針として航空偵察で街にクリーチャーが観測された。

 観測されたクリーチャーが残存個体、新規製造個体かは不明であり調査を行う事とする。

 また調査中にクリーチャーを製造しているエドゥアルドの研究所があった場合はこれを確保し『木星機関』の管理下に置く事とする

 

 追伸:模造人体・機体コードネームIHBー1の外見は余計な注目を集める為新しい機体を請求、また新造される機体は平均的な成人男性をモデルにする事を希望する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アランさん、おはようございます。直したばかりの部屋でしたがよく眠れましたか?」

 

「ああ、問題ない。それと水を一杯貰おう」

 

 ウェイクフィールドに潜入したアランの初日は酒場に集った住人達の質問攻めに遭い終日身動きが取れなかった。

 本来であれば住民達の質問を振り切り行動する事も可能だったが、その選択をアランは選ばなかった。

 それは冷静な判断に基づく行動であり、今後の活動を見据えた現地人コミュニティへの繋がりを得る為だ。

 そんなアランの考えを知らずに酒場に集った多くの住民達は街にやって来たアンドロイドについて尋ねた。

 彼等の目的は、アンドロイドは何処から来た、あの空飛ぶ兵器は何なんだ、質問は多岐に渡りアランはそれぞれに対して答えていった。

 

 ──その際には傭兵らしい受け答えを行いつつアンドロイドに対して好意的な考えを少しだけ混ぜながら。

 

 そうして酒場で初日を過ごした事で現地に於ける最低限の繋がりは出来たとアランは考える。

 先程の酒場の店長からの受け答えからも好意的な反応が観測でき現地住民との関係構築も好調な滑り出しである。

 

「大丈夫だ。それと代金は払うから当分あの部屋を借りられるか」

 

「お代がいただけるのであればこちらとしても有難いです。昨日のボトル二本でしたらあと三日ほど利用可能です。延長するのであれば別途にお代を頂きます」

 

「分かった。代金はやはり酒等のアルコール類がいいか」

 

「はは、出来ればそれでお願いします。酒場と名乗っていながら棚が寂しいので早く満たしてあげたいのですよ」

 

 そう言って店主の後ろに視線を向ければ空いたスペースが目立つ棚が幾つもある。

 其処には昨日アランが宿泊代として払った酒瓶が二本ともあるがそれだけだ。

 店主の言う様に棚の酒をある程度満たせなければ酒場とは名乗れまい。

 

「成程、見付けたら此処に持ち込もう。それと酒以外の何か価値のありそうなものは何かあるか、それと見つけた場合の売却先に心当たりは」

 

「価値のある物は……やはり食料品と医薬品ですね。今でしたら街の広場にあるマクティア家の復興本部に何か価値のある物を持ち込めば何かしらを分けてくれるかもしれません。それ以外は何とも言えません」

 

「それで充分だ。それと、この写真に写っているクリーチャーは街の南で見たのは間違いないか」

 

「はい、そうです。アランさん、南に行くのであれば気を付けて下さい。今は再建した自警団が辺り一帯を封鎖していますがレイダーが人やミュータントの死体を纏めて南に放置したせいでミュータントが棲み着き始めています。噂では地下水路に生き残ったクリーチャーもいると噂されています」

 

「無理をしない程度に動くつもりだが忠告感謝する」

 

 店主との会話を終えたアランは一礼と共に酒場から外に出た。

 朝日が昇り太陽の光が街を照らしており住民達も各々が既に行動していた。

 男も女も関係なく働ける年齢の誰もが街の復旧作業に従事しており街の至る所から掛け声が聞こえてくる。

 

 アランは街の復興を一目だけ見てから移動を開始した──が、アランの姿は街中では酷く浮いていた。

 ミュータントやクリーチャー等の危険生物との偶発的な遭遇を考え初日と同じ武装で街中を移動していたが外套は勿論の事背負っている大型銃器は老若男女問わず注目の的だった。

 せめて外套は脱ぐべきだったと考えるが見た目はボロ布のようである外套は不燃且つ防刃防弾繊維で編まれた一級の防具でもある。

 見た目は怪しいが何が起こるか分からない潜入作戦である以上アランは多少の不信感を与えても身の安全を第一とする事を選んだ。

 

「まま、おっきい!」

 

「こら、見てはいけません!」

 

「ひゅー、見ろよあの銃、お前の竿より遥かにデカいぞ」

 

「バカ野郎、男は竿の大きさだけじゃねぇんだよ。大事なのはハートだ」

 

「腕も身体もでけぇ、人型のミュータントかよ」

 

「あら、いい男」

 

 ……やっぱり外套は脱ぐべきだったかもしれないと遅まきながらアランは考えたが身の安全が第一として外套を脱ぐ事はしなかった。

 

 そんな風に街の住民達の好奇の視線に晒されながらもアランは脚を止める事なく歩き続け目的地である街の南側に近付くにつれて人気は少なくなっていった。

 そして機体の嗅覚センサーが腐臭を検知、空気中に有機物が腐敗した匂いが混じり始めた地点を境に住民達の姿は一人残さず消えた。

 此処から先が目的地であり店主が言っていた封鎖地区である事は間違いない、アランはそのまま街中を進み続け──封鎖地区に入る前に脚を止めた。

 

「忠告しておく、このまま後を付けるのであれば敵として判断する。言っている意味は分かるな」

 

 アランの後ろにあるのは廃墟ばかりで住民達の姿は一人としていない。

 だがノヴァ謹製の身体を与えられたアランは複数のセンサーから得られた情報を統合する事で巧妙に隠れた人物を容易く発見する事が可能だ。

 そしてアランの確信を持った言葉でこれ以上隠れて尾行するのが困難だと判断したのか廃墟から一人の現地人が出て来た。

   

「……何時から気付いていた」

 

「最初からだ、お前の尾行は雑過ぎる。多少勘のいい傭兵であれば気付ける程だ」

 

「ちっ」

 

 廃墟から現れた人物は酒場でいきなりアランに絡んできた現地人の少年であった。

 念の為に視覚と聴覚から得られるデータで骨格、声紋、虹彩を照合するが間違いはなく該当人物本人であった。

 となれば追跡を行ったのは人気のない場所で先日返り討ちにした事に対する報復の可能性が高いとアランは判断した。

 

「舌打ちは良いがこれ以上此方に付き纏うなら実力行使も辞さない。言っておくが俺は敵に掛ける情けは持ち合わせていない、容赦はしないぞ」

 

 報復行動に対する警告をアランは発したが少年は態度を変えることなく不機嫌な視線を向けたまま近付いて来た。

 考えなしの行動なのか、それとも何か策があって近付いているのかアランは判断が出来なかった。

 それでも不意打ちを考慮しセンサーを少年に注視させ何時でも戦闘が出来る様にそれと無く腰を落とす。

 そんなアランの警戒を察していないのか少年は近付き続け、されどアランが一足で飛び掛かれない程度の距離を残して立ち止まった。

 

「そいつは出来ない、俺は街を守る自警団だからな。お前が怪しい行動をしていないか監視しなくちゃいけないんだよ」

 

「先日のあれで自警団か、そこいらにいるチンピラの間違いじゃないのか」

 

「ンだと!」

 

「事実だろう、壊滅した自警団に街を解放したレジスタンスの人員が編入されたようだが教育は行き届いていないようだな。彼我の実力差も理解出来ず絡んできたのがその証拠だ」

 

「クソッ……」

 

 ウェイクフィールドに元からあった自警団はレイダーとの初戦で壊滅的な被害を出した。

 現在は街を解放するのに尽力したレジスタンスの人員で壊滅した自警団を再建している途上であるとアランは酒場での聞き込みで教えられた。

 そして先程の少年の言い分が正しいのであれば彼は自警団の一員であり、街の治安活動に従事していると言えるだろう。

 だが酒場での冷静な判断力の無さに加え粗野な振る舞いを見る限り自警団としての教育は行き届いていないとアランは判断せざるを得ない。

 そして痛い所を突かれ咄嗟の言い回しにも詰まった少年が出来たのはアランを憎らし気に睨むだけだった。

 

「もう一度聞く、お前は何の用で後を付けて来た。下手な言い訳はしない方が身のためだ」

 

「……お前を監視するためだ。自警団に知らせたら何処の誰か分からないお前を一人で野放しに出来ないと判断して、俺が監視に回された」

 

 自警団に知らせたのは街の治安の為か、それとも恥を掻かされたことの報復に仲間を集めようとして無視されたのか。

 可能性としては後者が高そうだが碌に相手をされずに一人で監視に向かわせた以上自警団は少年の言い分に関心は持っていないのだろう。

 

「そうか、なら邪魔をしないのであれば監視は構わない。だが仕事を妨害するなら覚悟しておけ」

 

 そう言ってアランは少年に対する警戒を解くと目的地に向けての移動を再開、その後ろを少年が距離を取りながら付いて来た。

 最初こそ不満げに舌打ちをしながら付いてきた少年だったが街の南を封鎖している粗末な作りをした壁を乗り越えようとするアランを見て慌て始めた。

 

「おいここから先は危険区域だぞ、分かっているのか!」

 

「煩いぞ、監視するなら黙っていろ」

 

「此処から先はミュータントがいる危険地帯なんだよ!だから壁で囲っているんだよ、見て分かんねぇのか!」

 

「危険は理解しているがこの先に俺は用がある。封鎖している壁を壊すつもりはない、仮に俺が死んでもお前に迷惑は掛けない処か却って清々するだろう」

 

 そう言ってアランは粗末な壁の隙間に脚を掛けて登っていく。

 そして壁を登りきった先には今迄感じていたものより強烈な腐臭が漂い、目に見える狭い範囲では既に幾つものミュータントが僅かに残った死体を啄んでいた。

 

「おい、お前!聞いているのか!今すぐ其処から下りろ!」

 

 アランの足元では少年が先程から同じ様な事を繰り返し叫んでいる。

 だがそれを無視してアランは壁を跨ぎ反対側へ飛び降りた。

 身に着けた装備と機体の重量が合わさり重々しい音を立てて地面に着地したアランだがその音を聞きつけたミュータントが寄ってくるのが確認出来た。

 即座にアランは背中に担いでいた大型銃器を手に取り戦闘態勢に移行、射程範囲内にミュータントが入り込めば即座に発砲できる状態になり──

 

「話を聞きやがれデカブツ!此処は立ち入り禁止つってんだ、ろ!?」

 

 アランと同じように壁を登って来たのか、少年が壁の上に跨りながらアランに向かって叫んでいた。

 そして叫び声に釣られて一匹のミュータントが駆け寄って行くのに少年は遅まきながら気付き、その顔が引き攣ったものに瞬時に変わった。

 

「お前はもう帰れ、付いて来たら死ぬぞ」

 

「んな、なめんじゃねぇ!こちとら自警団なんだ、ミュータントの一匹や二匹倒せらぁ!」

 

「なら勝手にしろ、死んでも責任は取らないぞ」

 

 警告を無視したのであればこれ以上何も言う事は無い。

 アランは少年に向かうミュータントは無視して自らに迫るミュータントを視界に捉える。

 電脳内でのシミュレーションではない、新しい身体での初めての戦闘が始まる。

 



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人を騙る者ー4

*2023/07/05 登場人物『男』を『少年』へ変更します


 アランに襲いかかって来たのはハウンドと呼ばれる四足歩行するミュータントである。

 肉食であり大きさは大型犬程のサイズで群れで狩りをする習性を持つ。

 その脅威は非常に高く、コミュニティによっては群れで襲われたらありったけの銃弾を撃ち込んで近付かれる前に倒せと教えられる程である。

 そして倒し切れずに近付かれたら命は無い、強靭な肉体で四方から襲われ身体中に噛み付かれるのだ。

 強靭な顎と牙が肉と骨を噛み砕き、引き裂き、最後には喉仏を食い千切られ貪り喰われる、それも意識を保ったままだ。

 生きたまま喰われるのが嫌なら自分の頭に銃弾を撃ち込むしかないと巷で言われるほどだ。

 

 そんな凶悪なミュータント二体がアランに迫るが当の本人は冷静に迫り来るハウンドの一挙手一投足を注視していた。

 

「こんなものか」

 

 経験の浅い人間であれば恐怖に脚が止まるか、無闇矢鱈に銃弾をばら撒いていただろう。

 だがアランは人間ではなくアンドロイドである、そしてその身体は潜入作戦に最適化された物ではあるが能力は戦闘用アンドロイドと遜色ないものだ。

 

 二匹の内一匹が足元を、残ったもう一匹がアランの喉元目掛けて飛び掛かる。

 ハウンドはこの様に多方向から攻めどれか一つでも獲物に食い込めば其処を起点に獲物を押し倒し仕留める戦術を多用する、アランはそれを知識として理解しシミュレーションを通して対処法を学んでいた。

 

 故に足元に迫って来た一匹に関しては容赦なく前蹴りを繰り出す。

 金属骨格と人工筋肉が生み出す力、それが鉄板を仕込んだコンバットブーツによって余すことなく伝達されハウンドの顎と頭蓋骨を粉砕し爆散させる。

 爆ぜた事で血と肉と脳漿が撒き散らされ、たった一撃で派手に絶命したハウンドは蹴りの衝撃で吹き飛び瓦礫の中に消えた。

 

 そして喉元目掛けて襲い掛かって来たハウンドは逆にアランに片手で首を握られ宙吊りにされた。

 逃げる事も襲う事も出来ず身動きの出来ないハウンドの表情は身近で見ると凶悪そのものである。

 その姿にはノヴァの飼っているシェパードのポチが持っている愛嬌と呼べるものは微塵も存在しない、凶悪かつ醜悪な物である。

 

「やはりポチとは違うな。愛嬌が全くない」

 

 首を掴まれ涎を巻き散らしながら激しく暴れるハウンドにそう告げてアランは首を握りつぶした。

 頸骨が砕かれる音と共に脊髄は寸断され呼吸停止と共に暴れていた身体から力が抜けていった。

 物言わぬ死体と化したハウンドをアランは辺りにある瓦礫に投げ捨てた。

 目前に迫った二体のミュータントの排除が終わりに残るのは背後にいた自称自警団の少年に向かって行った一匹だけである。

 

 アランとしては自称自警団員が死んでしまうと街での活動に支障が出ると考えていた。

 事前に警告していたとはいえ運悪く少年が死んでしまえば責任追及の矛先はアランに向かうだろう。

 何せアランは先日街に来たばかりの余所者であり、少年の方は街の住民だ。

 街の大多数は少年を擁護する可能性が非常に高く、その不利を覆せる要素をアランは現状何一つ持っていないのだ。

 

 だがアランが動き出すより早く隔離区画に銃声が木霊した。

 計五発、音からして小口径の物でありアランは速足で発生源に向かう。

 最悪な状況、ハウンドに噛み付かれ苦し紛れの銃撃であったと想定して駆けつけたアランだったが想定していた状況とは異なっていた。

 駆け付けたアランが見たのは白煙を上げる拳銃を持った少年と息絶えて横たわるハウンドが一匹と言った光景であった。

 

「は、は、やったぞ、俺がやったんだ……」

 

 少年が独り言を呟きながら拳銃の引き金を何度も引いている。

 その拳銃を見れば如何やら弾詰まりを起こしているようであり、少年は気付いていなかった。 

 視線を変えてハウンドを見れば頭部に複数の弾痕があり、撃ち込まれた弾丸のどれかが脳を破壊したおかげと推測できた。

 

「ほう」

 

 素早く動く対象に銃弾を撃ち込めるのは素人には困難な事である。

 それに加え近付くミュータントの迫力と命を懸けた局面であった事を加味すれば難易度は跳ね上がる。

 運が良かったのか、それとも腕前が優れていたのかは不明だがアランは少年の評価を少しだけ上げた。

 

 ──だがそれだけである。

 

「オイ待て!何回言わせるつもりだ!」

 

 アランは無事であった少年を放置して封鎖区画の奥に進んで行く。

 それを見た事で漸く冷静さを取り戻した少年がアランを止める為に再び噛みついた。

 

「仕事だと何度も言っているだろう。それとも何か、お前が代わりに調査してくれるのか?」

 

 だがアランが少年に言う言葉は全く変わらない。

 それどころか代わりに仕事を代行してくれるのか逆に少年に聞く有様である。

 無論少年はアランの代わりに調査を行えるだけの能力を持ち合わせていない。

 下手に封鎖区画の奥に踏み込めば今度こそ少年は命を落としてしまうだろう。

 そんなどうしようもない現実を突きつけられ、されど自警団から任された仕事を放棄する事も出来ない少年が出来たのは口を閉ざす事だけであった。

 

「理解したなら黙って家に帰れ、それでも付いて来るなら腹を決めろ」

 

 そう言い捨てて封鎖区画の奥に進んで行くアランを少年は歯噛みしながら睨みつけた。

 だが何時までも同じ場所に留まるのは危険である事を少年は理解していた。

 今から区画から出る為に引き返すのか、それとも自警団に任された憎たらしい男の追跡を続けるのか。

 

「クソッ!」

 

 悩んだ時間は短かった。

 少年は声を荒げながらアランの後を付いて行く事を選んだ。

 無論それが危ない橋である事は少年にも理解出来ていた。

 それでも此処で逃げ帰れば少年に残された最後の居場所は無くなる、その恐怖が少年の危険な追跡を後押しした。

 アランの移動速度は速くはない、後から少年が追いかけても直ぐに追いつく距離しか離されておらず実際に少年はアランに追い付く事が出来た。

 

「はー、はー」

 

 だが短い距離にも関わらず少年の息は上がっていた。

 それは肉体的な疲労によるものではなく、精神的な疲労によるものであった。

 

「ミュータント共は警戒している今が引き返す最後のチャンスだぞ」

 

「うるせぇ……」

 

 先程の戦闘によりミュータント達はアランと少年の存在に既に気付いている。

 だがミュータントも馬鹿ではない、仲間が簡単に屠られた事は理解しておりアラン達を強敵であると認識しているのだ。

 だがそれは襲い掛からない理由にはならない、ハウンド達は遠くからアラン達を観察し少しでも油断すれば容赦なく噛みつく魂胆でいるのだ。

 それが肌で分かってしまった少年は四方を常に警戒し続けねばならずそれが精神的な疲労となって少年の体力を容赦なく削っていた。

 

「見つけるのに手古摺ると思っていたが、運が良かったな」

 

 だがアンドロイドであるアランにはハウンドのプレッシャーなど全く影響はない。

 ミュータントを無視して封鎖地区の奥に進み続け目標を探し続けている。

 その最中に瓦礫の中で見付けた血痕をアランは指で拭い、指に付着した血を舌に載せる。

 そうして味覚センサーと成分分析機能を通じて血液から情報を集め目標のクリーチャーを探し続けた

 

「これだな」

 

 そしてアランは目標のクリーチャーの残した血痕を発見した。

 血痕は時間経過によって風化が進み瓦礫の中に半場埋もれ掛け、あと一日遅ければ血痕は完全に消えてしまっていただろう。

 だがそうはならず手掛かりを得たアランはアンドロイドのセンサーを稼働させ血痕の後を追跡、クリーチャーの血痕が地面にあるマンホールの入口で途絶えている事を突き止めた。 

 

「深手を負って地下水路に逃げたか」

 

 足跡と出血量から目標のクリーチャーは深手を負っている事が判明している。

 地下水路で死んでいるのか、それとも傷付いた身体の再生に専念しているのかは不明、しかし此処で調査を切り上げるつもりはアランにはない。

 

「おい、本気か、地下には……」

 

「クリーチャーが蠢いている、噂話でしかないがお前は此処に残れ」

 

 躊躇いなくマンホールの中に入っていく姿に驚く少年を放置してアランは地下に降りていく。

 マンホールの底に広がっていたのは暗闇に包まれた地下水路であった。

 僅かにマンホールから注ぎ込む日の光だけで地下を照らせはしないが視覚モジュールを暗視モードにする事でアランは視界不良を解決した。

 

「うわ、ちょ!?あいた!?」

 

 だが背後のマンホールから少年が落ちてきた。

 アランが振り向けば少年が涙目で尻を抱えているのが目に入り、マンホールに視線を向ければ外からミュータントの唸り声が聞こえて来た。

 

「俺にも仕事があるんだよ!つうか俺一人であそこから逃げられる訳ないだろ!」

 

 少年の言い分は最もである。

 唸り声からして三体以上のハウンドが襲い掛かって来たのだろう。

 逃げ場は何処にもなく、あるとしたら更なる危険があるマンホールだけだ。

 一縷の望みに掛けて少年は地下水路に脚を踏み入れたのだ。

 

「勝手にしろ、だが邪魔だけはするな」

 

 此処迄来て流石に帰れとはアランにも言えない。

 それでも邪魔にならない様に釘を刺し、また視界不良で少年がパニックにならない様にケミカルライトで視界を確保しながらアランは地下水路を進むことに決めた。

 

 そうして地下水路にある血痕を辿ってアランは進んで行くが終わりは直ぐに訪れた。

 

「此処でくたばったのか。呆気ない終わりだな」

 

 血痕の先には傷付いて力尽きて死んだクリーチャーがいた。

 身体に残った歯形からしてハウンドに集団で襲われたのだろう、幾ら強力なクリーチャーであってもミュータントに数で圧倒されれば餌となってしまうのだ。

 だがミュータントがこの地下水路にいるのは偶然ではない。

 クリーチャーの死体の先には扉が一つあり、その中にアランが警戒しながら入り中を調べた。

 

「成程、この物資を守っていたのか」

 

 部屋の中には木箱が積まれ中には銃が入っていた。

 街を支配していたレイダーが分散して保管していた物資の一部なのかは分からないがクリーチャーの役目はこの物資を守る事であったのだろう、残念ながら勤めを果たす事は出来なかった様だが。

 

 だがアランとしても目の前にある木箱に収められた銃器の取り扱いに困っていた。

 中にある武器を見る限り品質は余り良くはない、正直に言えばノヴァ謹製の武器を支給されるアランには価値を全く感じられないのだ。

 だがこのまま放置する事も出来ずアランは頭を悩ませた。

 だがアランの後ろで木箱の中身が何であるのか知った少年が口を開いた。

 

「おい、銃の処分は俺に任せてくれねぇか」

 

「……どうする積りだ」

 

「自警団の仲間を引き連れて回収するんだよ」

 

「ふむ」

 

 少年の言い分は間違ってはいない、寧ろ危険物の処理は治安を預かる自警団として当然の行動だろう。

 放置して何処の誰かもわからない相手に銃が渡ってしまう事を防ぐ為でもある。 

 

 ──だが、アランは少年の言い分を、自警団を信じる事が出来ない。

 

「悪いが自警団に任せる事は無い。俺が運搬する」

 

「!?なら何処に持っていくんだよ!」

 

「広場にある復興本部だ」

 

 街へ来た新参者の追跡を素人臭い少年一人に任せる自警団である。

 渡した銃を確実に処分するのか、はたまた自警団で運用するのか分からない以上下手に処分を任せる訳にもいかない。

 何よりウェイクフィールドという街をこれ以上不安定化させない為にマクティア家の監視下で処分を行ったほうがいいとアランは判断した。

 

 そしてこの日を境にアランと少年の長い付き合いが始まるが、それはまた別の話である。




*2023/07/05 登場人物『男』を『少年』へ変更します
       これで閑話は終わり、次から本編を再開します。


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ウェイクフィールド郊外調査
最優先事項


 ノヴァ率いるアンドロイド勢力は『木星機関』を名乗る。

 機関の本拠地である街『ガリレオ』の運営主体はアンドロイドであり、現在まで街に流れ着くアンドロイドの数は途絶えることは無い。

 

 そんな街の中心部にあり且つ街一番の大きさを持つビルの中にノヴァの居住区がある。

 大崩壊前は単なる修理生成センターであり壊れた機械や兵器を直していた施設でしかなかったがノヴァが施設を掌握してから役目は大きく変化した。

流入するアンドロイドのメンテナンスに加え新規の機体製造、需要に応える形で途中までは設備の増築、改築を繰り返して対応していたが間に合わず最終的に施設丸ごと建て直す事になった。

 

 ビルの中には各種重要な製造施設やメンテナンス設備を始め、複数のフロアを合わせた広大な空間もありフロア全体がノヴァの住まいである。

 フロア内には寝室や浴室などの基本的な生活空間をはじめ専用の医療設備等が揃えられており、豪邸と言っても過言ではない物である。

 小市民的な感覚を今でも引き摺っていたノヴァとしては広すぎる自宅に落ち着けなかったがサリアを始めとしたアンドロイド達の要望もあり今では住み慣れて来た。

 そして豪邸の一室にはノヴァ専用の作業部屋兼仕事部屋も併設されており高性能なマシンスペックを存分に扱える環境があった。

 

「や、やっと終わった……」

 

そんな高性能演算装置に囲まれた部屋の中でノヴァは疲労困憊な表情で端末の操作を終えた。

 

「お疲れ様です、実働部分に関しては私達で行います。ノヴァ様は休んで下さい」

 

「ん~、そうする。それとコレ美味しいよ、ありがとう」

 

 傍にいたサリアが労いの言葉を掛けると共に差し出した紅茶と軽食代わりのお菓子を口に入れる。

一杯の紅茶とお菓子から得られたエネルギーは疲労困憊であるノヴァの頭には良く染み込み、紅茶の香りはノヴァの体調を落ち着かせる。

 街の一角に建築した植物工場から収穫できた砂糖や茶葉等をサリアの調理技能で加工して用意された食事は栄養は勿論の事、味についても申し分ない。

 植物工場自体は未だ実験的栽培の域にあるが多品種少量生産によってノヴァ達が消費する分には十分な収穫が見込める。

 交易品でもめったに手に入らない貴重品であり、ノヴァの美味しい食事への欲求によって実現した成果の一つであった。

 

「それはよかったです。ですが最近のノヴァ様は働き過ぎなのでお休みになって頂きたいのですが……」

 

「ゴメン、それは出来ない」

 

 乾いた笑いをしながらノヴァはサリアに応えた。

 

 ──もしこの世界に数は少なくとも信頼できる組織や国家があれば

 ──もしこの世界が暴徒化した人や野生の獣が溢れる程度の世界であれば

 

 仮にそうであればノヴァが此処まで働くことは無かっただろう。

 だがこの世界はノヴァの考えていた以上に過酷で、今はその牙を向けられていない状況でしかないのだ。

 

「偵察機の映像から判明した内陸部は魔境だ。いつ溢れ出て来た大型ミュータントに蹂躙されるか正確な予測が出来ない以上出来る限り防備は整えておきたい」

 

 プロトタイプAWの実戦データ収集を目的に実施された大陸内陸部への進出。

 恒久的な拠点を作る意図は無く実戦の為の一時的なもの、それ以上の想定は全く無かった。

 だがこの作戦は大陸内陸部には全高20mを超えるミュータントが多数生息しているという驚愕の情報をノヴァに齎した。

その後にウェイクフィールドからの支援要請などがあったもののノヴァは飛行可能な偵察機の多くを情報収集の為に内陸部に派遣した。

 そして得られたのは多種多様な大型ミュータントの生息情報と高度1万mを飛行していた偵察機を撃墜された(・・・・・)という頭の痛くなる情報だ。

 誰が・どうやって・何の目的で偵察機を撃墜したのかは全く不明、加えて初めて撃墜されて以降内陸部へ派遣した偵察機もまた悉く撃墜される惨憺たる結果となった。

 

 もはや人類種の生息が困難極まる文字通り異世界と化している内陸部、だが其処はノヴァ達と同じ大陸上なのだ。

 仮定ではあるが今の平穏はミュータントの気紛れによって保たれている可能性が高く、裏を返せばミュータントの気紛れ次第では何時でもノヴァ達の下に進出が可能だ。

 そしてミュータントの侵攻を防げる物理的な障壁や障害、摩訶不思議な力などは現状確認できていない。

 

 故に対大型ミュータントに対する備えをノヴァは急ピッチで整備しなければならず、それが出来るのは現状ノヴァしかいないのだ。

 対人類に特化した戦車や戦闘機等の大型兵器では大型ミュータント相手には分が悪くノヴァの設計したAWが現状において有効な戦力である。

 加えてAWはノヴァが独自に設計しこの世に産み落とした特異な兵器である為一から設計出来るのはノヴァしかいないのだ。

 そしてAWに限らず武装や兵装や輸送、補給システムの設計構築などを含めればノヴァの仕事量は尽きることは無い。

 AW並び兵器の開発は急務であり後回しにしていいものでは無いのだ。

 

 それを理解している為にサリアを筆頭にしたアンドロイド達はノヴァに強く言い出せなかった。

 その代わりに小まめに休息を入れ体調悪化を防ぐと言った健康管理が主な介入となった。

 

「それで租借した工業地帯の掃討は進んでいる?」

 

「はい、目下の進捗状況は12%といったところです」

 

 美味しい食事を堪能しながらノヴァはウェイクフィールドから租借した工業地帯の掃討作業についてサリアに尋ねる。

 すると目の前のモニター画面が切り替わり計画の進行状況が詳細に映し出される。

 

「現在第2ブロックの掃討作業に取り掛かっています。第1の方はミュータントの掃討が済んだので後続部隊に引継ぎを行い瓦礫の解体撤去作業中です」

 

「土地が広いからな、複数の区画に区切って一個ずつ綺麗にしていかないとミュータントは根絶できないからな」

 

 モニターには『木星機関』が得た工業地帯の地図が映っておりそれが複数のエリアに分割されている。

 これは画面上のものだけでなく租借した工業地帯は実際に有刺鉄線や電気柵などで物理的に分割されているのだ。

 そして外部からの侵入進出を完全に遮断した上でアンドロイド部隊によってミュータントの殲滅作業を行い、殲滅後には他の部隊が建物の解体撤去作業に取り掛かる様になっている。

 

「掃討が完了した区画は工作部隊が入り建物の解体を順次進めていますが、基礎部分の劣化が予想以上に激しい事が判明して工事が遅れています」

 

「まぁ、碌な整備もされずに二百年以上潮風に晒されていたから仕方がないよ。それにしても工作用重機作って良かった」

 

「はい、アレがなければ工事期間の大幅な短縮は不可能でした」

 

 モニターに表示される映像が切り替わり画面にはアンドロイドが搭乗した全高3mの人型重機が活躍している。

 戦闘用に作ったアンドロイド専用対クリーチャー用強化外骨格、それを基にして武装や装甲を取り外し解体用のプラズマカッターや高所移動用の射出式アンカー等の装備を付けた人型工作重機である。

 戦闘外骨格を流用する事で製造コストを抑え製造ラインにも大きな変更を加える事なく製造できる様になっている。

 工業地帯ではその性能を遺憾なく発揮し複雑極まりない工場群は順調に解体されていき、進捗スピードは予想以上に進行している喜ばしい結果になっている。

 

「ですが順調すぎる解体速度によって瓦礫の処理が間に合っていません」

 

 だが良い事ばかりではなく、想定以上の効率を発揮した人型重機によって生じた多量の瓦礫を処理しきれなくなっていた。

 今では作業場の片隅に運搬待ちの瓦礫が積み上がり、作業スペースを圧迫するのも時間の問題であった。

 

「一時廃棄場は整備しているけど足りる?」

 

「足りないので追加で二箇所整備する予定です。ですが現状の運搬能力では焼け石に水です。問題を根本的に解決するのであれば輸送能力を強化するべきです」

 

「それはそうだけど、現状の生産設備に空きは無いからな……」

 

 現在『ガリレオ』の生産設備及びリソースの大部分はAW及び兵器関連に多く割り当てられている。

 残ったリソースも資源生産施設の建造へ割り当てられ、その為輸送機械製造へ割り当てられるリソースは殆どない。

 ならばと生産設備及びリソースを拡張しようにも増築改築に必要とされる資源が足りていない。

 最後の手段としてより多くのアンドロイドを現場に投入する方法もあるのだが現状の作業スペースに追加でアンドロイドを受け入れメンテナンスする余裕は無かった。

 

「サリア、足りないのは瓦礫運搬だけで間違いない?」

 

「そうです」

 

「ならウェイクフィールドに瓦礫の運搬を要請するのはどうだ」

 

 瓦礫の運搬作業は細かな作業は必要とされない単純労働でしかない。

 処分場へ運搬し現場監督として少数のアンドロイドを配備すれば円滑な運搬は可能ではないのか。

 アンドロイドを運搬に動員する事も可能だが単純労働に高度な作業が可能なアンドロイドを宛がうのは勿体ないという考えもある。

 何より瓦礫の運搬だけなら特に技能は必要とされず現地人を雇って活用する事が可能だろう。

 

「確かに可能です。その際に最低限の運搬道具の供与と何か報酬になるモノがあれば精力的に働いてくれるでしょう」

 

 猫車や台車と言った運搬用道具であれば少しのリソースで生産する事は可能、輸送機械を作るより安上がりになるだろう。

 

「いい考えだけど何が報酬になるのかな?此処で作っているのは兵器にアンドロイドボディ・各種工作機械・加工素材とか色々あるけど安値では売れないよ?」

 

 ノヴァ達が作っているのは掛け値なしに高価な代物しかない。

 それを瓦礫の運搬作業程度で売るつもりはノヴァには無く安売りするつもりもない、そうなると街の住人達に売れそうなものは一気に減ってしまうのだ。

 

「……酒や菓子の類はどうですか。ポール様達が売却する嗜好品ですがノヴァ様一人では到底消費できませんし、適切に消費するためにもいいかと思います。それと普段の取引でポール様達に売却している品物の一部も売り出しましょう」

 

「そうだな、売店作って色々売ってみよう、特に酒や煙草は街の男達に売れるだろう」

 

 数は少ないがポール達がノヴァ達に売却する品物の中に酒や煙草が入っている。

 酒は調理用に使うにしてもノヴァ本人が余り酒を好んでいない事もあり消費しきれず、煙草に関しては元々喫煙しない人間であるのに加え健康に気を使っているサリアによって倉庫の奥にしまわれていた。

 日の目を見ることが無く倉庫で埃を被っていたものが売れるのであればポール達にとっても新たな販路になりえるだろう。

 

「支払方法は如何しますか?」

 

「カードを作って渡す。電子マネーで払って貰うよ」

 

 カードを発行し瓦礫運搬に伴う暫定的な報酬としてノヴァはポイントを用意する。

 報酬として与えられたポイントは売店での品物の購入に使用できる、システム構築は既存の物を流用して作り運用は電子マネーの発行総量に気を付ける程度だろう。

 ノヴァにとって今最も重要なのは大型ミュータントという既に開いていた地獄の門の中身がいつ降り掛かっても大丈夫なように戦力を揃える事だ。

 

 その日が何時になるのかは現状では全く分からない。

 明日か明後日か一年後か十年後か、もしかしたら百年後かもしれない。

 それでも災厄から身を守る為に備えを作る方がノヴァにとって大切であり、街の住人を瓦礫運搬に用いる事に関しては軽い気持ちであった。

 

 

 

 

 

 そしてノヴァが始めた瓦礫運搬とポイント事業が問題化したのは開始からたったの5日後であった。

 



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尽きない問題

・売店の保管庫に侵入し窃盗行為を行う:34件

・カードを紛失したと虚偽申請し新規にカードを発行しポイントの横領を行う:4件

・ポイントが入ったカードを強奪しようとして喧嘩沙汰になる:8件

・運搬瓦礫に街の瓦礫を混入、かさ増しを行う:54件

・上記以外の問題行為:4件

 

 以上がウェイクフィールドへ瓦礫運搬を依頼してから僅か五日の間に起こった事件である。

 なお事件の大小に関わらず発生件数としてカウントしているため損失の幅に大きな差がある。

 

「……性善説に寄った判断は下していないつもりだった。だがこれは酷くないか」

 

「初日から二日目までは問題は起こっていませんでしたが此方の様子を伺っていたのでしょう。三日目を境に件数が急上昇しています」

 

 ノヴァが思わず口に出した疑問に答えたのはデイヴである。

 彼にはウェイクフィールドの出店に出す品物を任せており、また店の監督役も兼任してもらっている。

 その為売店で起こった事件について詳しく知る立場にある。

 

「大人はまだ理解出来た。だが子供に関しては想定外だ」

 

 大人に関してはマクティア家が念入りに人選を行ったのか大きな事件は起こしていない。

 起こしたとしてもカードを巡っての喧嘩や横領程度である……それでも問題ではあるが事件が発覚すればマクティア家が駆け付けて殴りつけてはくれる。

 だが特筆すべき問題は未成年、孤児と化した子供が起こす事件の数と再犯率の高さだ。

 

「売店の保管庫に関して言えば急造品だから入り込む隙間があったのは仕方がないとしよう。隙間を防いで強固にすればいいだけだ」

 

 売店の保管庫に何度も忍び込もうとする子供を警備アンドロイドが何度も捕まえてはウェイクフィールド側に引き渡すが収まる気配はない。

 それどころか捕縛回数が増えると共に巧妙さに加え組織的な動きで入り込もうとしてくる始末である。

 ……だとしても侵入を許す甘い警備はしておらず今の所窃盗は防いでいるが頭の痛い問題である。

 

「カード関連に関しても個人認証機能を付ければ済む話だ。だけど──」

 

「瓦礫混入に関しては監視カメラと移動経路の指定を行えば対応できるでしょう。瓦礫を混入出来る隙を無くします」

 

 現状では運んだ瓦礫の量=ポイントの量になっているが其処を突いて街の瓦礫を混ぜて運搬してくる事例が後を絶たない。

 加えて不正を行った犯人を軽く尋問したところ子供と大人が共謀しているという事実が発覚した。

 

「それで収まってくれればいいか……」

 

「犯行を抑制する為に実行犯に厳罰を与える事も可能です」

 

 犯罪に対する罰を過酷な内容に変更、見せしめを行うことで犯罪のハードルを上げる事は抑制方法の一つだろう。

 単純に生物の心理として痛い目に遭いたくないと思わせれば行動変容を促せるという考えに基づいたもの。

 だがこの方法に問題が無い訳ではない。

 

「見せしめで分かってくれるのかな、最悪被害妄想拗らせて態度が硬化しない?」

 

「その可能性は高いですが此処で行動を起こさないと犯罪を促進する土壌を育んでしまう結果となります」

 

「それはそうだ。だけどアンドロイドへの心象の悪化は確実だから間にマクティア家を挟んでいるのに、うまく機能していないのは何故なんだ?」

 

 アンドロイド側は事件を起こした犯人に直接罰を与えてはいない。

 運搬に出向いた現地人はマクティア家が選別した人員であり事件解決の責任をマクティア家が持っている。

 これは街におけるマクティア家の揺らいだ統治に信任を与える為であり、マクティア家がウェイクフィールドの統治機関である事を『木星機関』が認めている事を現地人に示す為でもある。

 此処でマクティア家を無視してアンドロイドが犯人に罰則を与えるのはマクティア家の統治より『木星機関』の行動が優越するものと誤解され街の治安の悪化を起こしてしまう可能性があった。

 その先にあるのはマクティア家の統治機能の喪失による無秩序化した現地人の集団、そして無法者と化した現地人を『木星機関』が統治できるかと聞かれれば難しいと言わざる得ない。

 内政経験は皆無、機関の構成員は自我を持ちつつも命令に忠実なアンドロイドしかいない。

 もし統治しようと考えれば個人単位の徹底的な管理しか今のノヴァ達には出来ない、それでも掛かる労力は膨大でありそんな特大の面倒事は御免であるのがノヴァの考えだ。

 

「ノヴァ様、そのマクティア家から要請がありまして武器の販売を打診されました」

 

 そして悩めるノヴァに更なる問題がマリナから振りかかる。

 ノヴァの疑問に答えるかの様に今度はマリナからの報告が出てきた。

 

「それは領主からの打診、それとも側近辺りからの提案?」

 

「領主直々です。手持ちの武器が粗悪なものしかない為、治安維持と街の防衛に大きな不安を抱えているとのことです。それで今行っている支援とは別に物資を購入したい(・・・・・)と打診されました」

 

 ミュータント蔓延る外から街を守るには武器が欠かせず、治安を維持するには相手を十分に威圧できる武器が必要だ。

 防衛と治安維持を担っている街の自警団はレイダーとの戦いを通して戦利品として大量の銃器を鹵獲し、今はそれらを運用している。

 最低でも自警団員一人に一丁の銃を配備できる纏まった数がウェイクフィールドにあるのは調査により確認できている。 

 だが現実には十分な銃器を保有しているのに関わらずそれらは本来の用途を果たせない不良品と領主が白状しているに等しい。

 

「食料・医薬品と別にか。だとしても購入費用に変わるもの彼等が持っているのか?」

 

「それなのですがマクティア家は街から可能な限り労働力を出すつもりのようです」

 

「労働力ね……、出されても今回の結果からして任せられるのは単純労働しかないけど?」

 

「先方にも私から同じ事を既に伝えています。その上での提案です」

 

「……マクティア家の目的は分かるか」

 

「それに関しては純粋に復興資材の不足が原因です。レイダーによって灰となり再利用が見込めない資源が多かったようです」

 

 取引を持ち掛けられた時点でマリナはマクティア家当主を問いつめた。

 何か目的があるのか、支援が不足しているのか、それとも恥知らずにも更なる物資を強請りにきたのか。

 言い逃れは勿論、煙に巻くような発言も許さずにマリナは詰め寄り、それを受けて顔を青くするマクティア家当主は包み隠さずに答えた。

 それで判明したのは食糧問題が片付き、本格的に復興に取り掛かろうとしたがレイダーによって復興に必要な資源の多くが灰になった問題だ。

 自前で用意しようとすれば長い時間が必要であり、その分住処を失った住民達は寒空の下での生活を余儀なくされる。

 街側も何とか残った家屋に可能なだけ人を住まわせようとするが、過密住居は精神的、衛生的側面からしても推奨はされない。

 

 そんな窮地にあったウェイクフィールド側にとって『木星機関』の依頼は渡りに船だった。

 街側としては単純労働でも何でもいい、対価として支払われるポイントを仲介料として幾らか貰い不足している物資の購入に充てるつもりであった。

 そこには打算が皆無とは言えないが、それでもウェイクフィールド側の嘘偽りも無い本音だ。

 

「マクティア家としては此方の覚えを良くしておきたい魂胆がありますね。まぁ、租借に関しての交渉で色々と条件を付けましたから」

 

 そう言ったマリナの顔は何処となく誇らしげである。

 実際にマリナのお陰で租借した工業地帯内における治外法権や無制限の資材搬入等今後の活動に支障が出ない様に交渉を纏めてくれた。

 こればかりはノヴァが逆立ちしても出来ない事でありマリナに感謝しきりであった。

 

「そうだな、だが現状では素直に頷けない。依頼は一旦中止して現場の防犯設備を整えてから再開する事になる。そうウェイクフィールド側に伝えてくれ」

 

「分かりました。先方も今回の失態を十分に理解しているので反対はする事ないでしょう。仮にあったとしても軽くあしらっておきます」

 

「頼む」

 

 ノヴァにとって幸運なのは不得意な事を自力でする必要がないことだ。

 デイヴやマリナ等の信頼のおけるアンドロイドに任せる事が出来る、ノヴァがするべきことは大まかな指針を与えるだけで今の所は円滑に活動が出来ている。

 

 だがノヴァの悩みの種はウェイクフィールド関係だけではない。

 

「話は変わりますが今後の航空偵察は如何しますか?」

 

「……『ガリレオ』とウェイクフィールド近辺に絞る。それと飛行高度は8,000m以下にして継続だ」

 

 デイヴに今後の航空偵察に関する方向性について尋ねられたノヴァは力なく応答える事しか出来なかった。

 大陸内陸部に向かった偵察機は三機目までは悉く撃ち落され、四機目は撃墜を想定した上で急造の改造を施しセンサーやレーダーの増設、速度向上の為の使い捨てのブースターを装備させた。

 特攻機紛いの強行偵察であり撃墜されたが少なくない情報を持ち帰る事が出来た。

 

「……因みにデイヴは内陸部にあるでっかい奴の正体予想できる?」

 

「現状では情報が少なすぎて全く予想できません」

 

 四機目の偵察機は機体が完全に壊されるまでセンサーやレーダー情報をはじめとした多くの情報を送り続けた。

そしてノヴァが得られた情報を基に分析する事で内陸部に何か巨大な物体がある事が判明、だが其処から先を調べる前に正体不明の巨大物体から放たれた何かによって偵察機は撃墜されそれ以上の情報収集は出来なかった。

だが其処でノヴァは諦めることなく、ならば内陸部から離れ高度30,000mまで上昇し遠距離からの望遠で正体を確かめようとした。

その為に五機目の偵察機は高性能な望遠カメラを用意し、高高度を飛行できる様に改造を施して飛ばした。

 

──そして五機目も撃墜された。

 

だがそれは正体不明の巨大な物体からではない、高度20,000mを超えた地点で上からの攻撃(・・・・・・)で撃墜されたのだ。

 

「下も上もダメ、加えて両方とも正体は掴めず仕舞い。参ったね、本当に」

 

 乾いた笑い声しか出てこない、今後の活動において欠かせない航空機はその用途を大きく制限された。

 無暗に飛ばしても撃墜されるだけであり、せめて攻撃を行った物の正体を掴むまでは航空機の活用を制限しなければならない。

 

「あ~、分かんない事だらけ、問題は一向に解決する気配を見せずに次々と湧き出てくる。なんだろうね、この悪意に満ちた世界は……」

 

 ノヴァの口から出くる言葉には隠しきれない疲労感があった。

 やる事成す事が全て空回りしている、ノヴァはそんな感覚を持ち始めてしまっていた。

 




ウェイクフィールドの状態は街づくりシミュレーションで言う所の破綻しかかった街を復興するパターンです。
またノヴァが直接の介入が出来ない事もあって難易度が上がっています。


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下の下

 航空機の活動を制限する正体不明の何か、ウェイクフィールドからやってくる小さな盗人達、街を統制しきれないマクティア家とのアレコレ。

 それらの対処などの実働はアンドロイドに任せてはいるが、しかし機械やシステム周りはノヴァが行う必要があった。

 盗難防止の為の監視装置を始め、個人認証機能を搭載した配布カードと判別システム、新型偵察機の開発、先行量産型AWの製造及び兵器・武装の開発等々とノヴァの仕事は溜まっていく一方であった。

 サリアを筆頭としたアンドロイド達による日常生活の支援がなければ過労でノヴァは倒れていただろう。

 だが仕事による疲労は軽減できても解消されなかったストレスがノヴァの中に積み上がっていた。

 

「ノヴァ様、明日はウェイクフィールドの郊外探索に行きませんか?」

 

「あい?」

 

 だが終わる気配の見えない仕事の山に埋もれて死んだような目をしているノヴァにサリアが声を掛けた。

 しかも内容は普段のサリアを知るノヴァからすれば少々信じがたい言葉であった。

 

 ──あのサリアが!ノヴァの身の安全を第一にして危険な目から常に遠ざけたいと言って憚らないあのサリアが探索に行きましょうか!嘘だろオイ!

 

 余りの予想外の言葉に面食らい加えて色々と限界が来ていたノヴァ脳内では処理しきれず暫くの間サリアの言葉が脳内で何度も繰り返された。

 

「……行き成りどうしたの」

 

 数秒間の驚愕を経て理解したノヴァはサリアに尋ねる。

 

「ノヴァ様のストレスが看過できない程に溜まっているからです。それで外出を兼ねた気晴らしに如何かと」

 

 なんてことは無くサリアが言ったのは探索と言う名の気分転換であった。

 だがその提案は色々と一杯一杯であったノヴァには渡りに船だった。

 

「うん、行くか。それじゃ向こうの地図ある?ある程度目星を付けてから行く事にしよう」

 

 そうと決まればノヴァの行動は早かった。

 作業を途中で切り上げ端末にウェイクフィールド郊外の地図を映し調査地点をピックアップしていく。

 サリアの青天の霹靂でも何でもない気分転換の探索であり間違いなく護衛は付くだろう。

 それでも拠点でもある自宅の中に籠り続けるのも精神衛生上悪く、何より探索でも何でもいいから外に出て身体を動かさないと色々と考え続けてしまうのがノヴァだ。

 

 サリアの気遣いを理解したノヴァは久しぶりに感じる胸の高鳴りを感じながら探索計画を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サリアの提案の翌日にノヴァは装備を整えウェイクフィールド郊外に向かう。

 移動には輸送ヘリを使い、建設途中の資源生産工場の近くに整備されたヘリポートに降り立った。

 無論ノヴァ一人ではなくサリアを筆頭に四人の完全武装のアンドロイド──

 

「ワン!」

 

 プラス一匹の集団で郊外探索する事になり、現地でもう一人合流する手筈となっていた。

 そして現地に到着したノヴァ達がいるヘリポートには合流する予定の一人のアンドロイドが既に到着していた。

 

「ようこそノヴァ様、それでは私も護衛の一人として参加させていただきます」

 

「よろしくアラン、先に送ったメッセージ通り探索に付き合ってもらうよ。今日目指す場所は軍事施設だから元軍属の君がいればセキュリティを正規手順で解除できないかなと思って来てもらった」

 

 ノヴァの目の前には街への潜入調査員であり現時点で唯一の模造人体を装備しているアンドロイドがいる。

 その姿形はノヴァの趣味が多分に入った造形をしており実際に間近で見ると迫力が凄く流石一時代を築いた俳優の姿であると感心するしかなかった。

 

「分かりました。ですが私も詳しいとは言えないのは理解して下さい」

 

「分かった、それじゃ出発しようか」

 

 互いに挨拶を交わすとサリアが用意していたトラックに集団が乗り込んでいく。

 トラックは乗り込んだアンドロイド達の重量に負けることなくエンジンを動かして廃墟と化した街の中を進んで行く。

 荷台に乗り込んだノヴァは久しぶりに感じる廃墟の空気と光景をただ黙って眺め色々あったなと思いを馳せていた。

 無一文の素寒貧から多くのアンドロイド達を従え、男のロマンである巨大ロボットを生み出し、現在に至っては接待ゴルフならぬ接待探索に向かっている最中である。

 そんな事を考えながらノヴァは流れていく廃墟を観察し、ふと思い出した事が気になり目の前に座るアランに尋ねた。

 

「それでレポート読んだけど子供に付き纏われているってホント?」

 

「事実です、武器を発見した日から事あるごとに関わってくるようになったのです」

 

 アランが提出してくれたレポートには潜入初日に遭遇した子供に付き纏われているという記述があった。

 初日に恥を掻かされた仕返しでも企んでいたのか、その日からアランに付き纏うようになり地下水路での武器発見を契機に本格的に纏わり付かれるようになった。

 武器自体は復興本部に直接提出した事で感謝されており、それから自警団と共に封鎖地域のミュータント殲滅にも参加したりと中々の活躍ぶりらしい。

 そんなアランの後を追う様に件の子供が付いて来ており、その様子は親鳥に付いて来る雛鳥のようであるとかないとか……。

 

「ひょっとしてパパ友──」

 

「断じて違います。一方的に付き纏われているだけです」

 

 アランの断言にノヴァが取り付く島は一切無かった。

 ノヴァにしても本気で言ったわけではない、だが身近に子持ちのアンドロイドが増えるのを少しだけ期待していた。

 

「ですがレポートにある子供に関して新しい情報があります」

 

 そんな浮ついたノヴァの気持ちとは正反対に真面目な表情でアランは話を切り出した。

 

「孤児が徒党を組んでギャング化しています。それだけなら理解できますが構成員の子供に麻薬服用による禁断症状が一部見られます」

 

 ノヴァが最下層だと思っていたものの下には更なる悪意があったらしい。

 人の悪意の底は果てしないとノヴァは乾いた笑いをするしかなかった。

 

「ギャングの首魁の正体は不明、孤児に麻薬を摂取させ末端の実行員に仕立て上げているようです。窃盗等を行わせその成果で麻薬を与えているようで現在の標的は機関の保管庫の中身です。現状では地下に潜伏していたレイダーの生き残りが関与している可能性が高いと見ています」

 

「……街側に対処できる人員はいないの」

 

「人員は皆無です。自警団の構成員の中核であった経験を積んだベテランが軒並み死亡、構成員の充足を優先したため大量の若く経験の浅い人員に数少ない退役した団員が監督しています。ハッキリ言いますが組織として使い物になりません」

 

 アランはウェイクフィールドの自警団を酷評する。

 そう言い切れるだけの惨状が自警団の内部には渦巻いていたのだ。

 

「現状で自警団を引き連れて地下水路に侵入した場合、生き残りのクリーチャーが一匹いただけで組織立った行動を取れずに容易く壊滅するでしょう。仮に地下にいる敵を排除して子供達の下に辿り着けても保護は出来ません。統制を失い報復として子供達を殺害するでしょう」

 

 それはアランが自警団員と交流する事で得た内部の生々しい内情であった。

 現に経験を積んだ人材が不足しているのか武器を運び入れただけのアランにさえ団員の教育を頼みこもうとする始末である。

 軍事の専門家であるアランからしてみれば自警団という組織は何時内部崩壊してもおかしく無いと判断せざるを得ない。

 

「……自警団の内情は酷い物だな。何故そこまで悪化した?」

 

「中核を担う人員の不足もありますが、大きなものはレイダーと戦い勝利した事を自分達の成果であると誤認しているせいでしょう」

 

 今の自警団員を構成しているのは元レジスタンスであり、レイダーにゲリラ戦を仕掛けていた。

 しかし成果は思ったように上がらず、レイダーによって徐々に追い込まれてレジスタンスは劣勢状態であった。

 だがノヴァの介入によってレイダーはその戦力を壊滅状態にまで追い込まれ、しかしノヴァは更なる追撃をすることなく街を去った。

  

「壊滅状態にあるレイダーに追い打ちを掛ける様に自警団は行動を起こしました。それによって街を占拠していたレイダーを追い出し、それが自分達の力であると誤認してしまったのです」

 

 その後勢いづいた自警団は逃げ惑うレイダーの残党を追撃し連戦連勝が続いた。

 それが自警団員になった若い構成員の認識を歪めた、自分達の力を過信しレイダーと戦って無様な敗北をしたベテラン達を見下すようになった。

 

「今の自警団は二つの派閥に分かれています。元レジスタンスで構成される若者中心の多数派、領主を筆頭にした数少ないベテランの小数派です」

 

 此処まで話されればノヴァも理解せざるを得ない。

 街の治安維持機能は低下しているのではない、現在進行形で崩壊しかかっているのだと。

 

「道理で此方の要望通りに事が進まない訳だ。私達は舐められているんだろ」

 

「そうです、歪んだ認識を持った構成員に幾ら正論を言った所で届きません。実力行使しかないでしょう。そう考えれば子供達の件は都合がいいです」

 

「何をするつもりだ」

 

 ノヴァはアランに問いかけるが、彼が何をするのか分からない人間ではなかった。

 

「自警団ではなく機関が介入します。自警団が妨害するのであれば排除し子供達を処理します」

 

 処理、それが意味するのは後腐れがない様に殺害するのだろう。

 何よりそれしかないのだ、街に薬物汚染された子供を養う余裕は無い、それどころか多くの犯罪を行った罪人なのだ。

 彼等が生きているよりかは死んでくれた方が街には有難いのだ。

 

「ですがコレは表向きです。実際には子供達の身柄を保護します。対外的に子供達には死んでもらい実際は機関で引き取ります」

 

 だがアランの考えはノヴァの想定したものでは無かった。

 元軍用兵器であり冷徹且つ冷酷な判断を下せる様に設計されたアランが言い出すには余りにも似つかわしくない言葉にノヴァは困惑するしかない。

 

「言っておきますがこれは慈善行為ではありません、彼らには工作員として役立つ様に教育を施します」

 

 だがアランの根本は何も変わっていない。

 潜入・破壊工作を行う為に作られたアランにしてみれば自分が所属する機関の諜報能力を迅速に向上させるのが任務であるのだ。

 そう考えた時、諜報員がアンドロイドばかりと言うのは組織として非常に脆弱である。

 それを解消するにはアンドロイド以外に人間の諜報員も必要であり、だがそんな人材が都合よくいる訳でもない。

 ならば一から育成するしかなく、アランのすぐ傍に消えても何も問題の無い子供達がいるのだ。

 麻薬による薬物汚染等があるようだが機関の力があれば治療は可能であり、何の問題にもならない。

 

 アランの考えを聞いたノヴァは暫くの間目を瞑った。

 脳内では今迄育んできた理性、倫理観、道徳が激しくせめぎ合い混沌と化していた。

 トラックが廃墟を走り、荷台の上でノヴァは揺られながら考え続け、悩んだ末に答えを口に出す。

 

「分かった、今回の一件はアランに任せる。必要な部隊があれば動員するといい。それと今回の件が終わり次第、第四席次fourthに任命する」

 

「謹んで拝命します」

 

 短い会話であった、だがそれで必要な事をノヴァは伝えた。

 途中で投げ出す事は出来ない、全てはノヴァの我儘で始まった事なのだから。

 

 荷台の外の風景は未だに街中の廃墟のままである、それをノヴァは再び眺め始めた。

 移動で巻き上げられた砂埃が目に入り涙が流れる、目元を拭うが涙は暫くの間流れ続けた。

 



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探索 IN ミルラ軍港

お気に入り4,000人を超えました。
此処まで本作を気に入ってくれる人がいて作者として嬉しいです。

感想を送ってくださった皆様、感想には全て目を通しており作者のモチベーション維持になっております。

今後も作者の性癖が詰まった本作をお楽しみください。



 ミルラ軍港、過去の連邦に幾つもあった軍港の一つであり通常の港湾機能に加え幾つもの軍事施設が併設されていた。

 だがミルラ軍港の最たる特徴は連邦海軍士官学校を筆頭にした教育・研究機関が充実している事だった。

 軍事拠点としての重要度は高くは無く、ミルラ軍港の役割は連邦海軍の将来を担う将官を育成する事でありそれに付随する教育・研究を行う場として栄えていた。

 

「目的地に到着しました。此処が本日の探索場所であるミルラ軍港です」

 

 サリアの声掛けを聞きながらノヴァはトラックを下りる。

 すると目の前には長大な塀とフェンスの残骸で囲まれた広大な土地があった。

 街とは違い建物同士の間隔は広く取られ多数の軍用車両が同時に通過できるようになっており見晴らしは非常に良く軍港の入口から埠頭まで視界に収める事が出来た。

 

「だけど何も無いね。空っぽだ」

 

 だがミルラ軍港の埠頭には船が一隻も残っていなかった。

 もしかしたら建物陰に隠れていると考えてノヴァは軍港の中を進み埠頭全体を見渡せる場まで移動したがやはり船は一隻も無く残骸すら皆無であった。

 

「スクラップ同然の軍艦があるかもと期待していたけど一隻も無いし、港に沈んでいる様子もない。軍港が空っぽになるなんてあり得るの?」

 

「あり得なくはない、としか言えません。上層部から戦力温存の為に軍艦の一切を引き上げる命令が下ったのか、それ以外か。すみませんが当時の国防省直轄部隊にいた私は海軍事情に関する情報は不必要と判断されて一切の情報は与えられませんでした。そのため当時何かあったのか全く分かりません」

 

「あ~、機密保持を考えれば当然だね。それじゃ空っぽの軍港探索でもしましょうか」

 

 アランならなにか分かるかもと期待したノヴァだったが返って来た返事は余りいいものでは無かった。

 だが潜入工作員でもあるアランに不必要な情報を持たせなかったのは鹵獲された場合を想定した処置であったのだろう。

 それを考えればアランを責めるのはお門違いであり、しょうがないと諦めるしかない。

 

 期待していた軍艦が見付からなかったノヴァだが気持ちを切り替えて本格的に当初の目的でもある軍港探索に向かう。

 ミルラ軍港は優秀な海軍士官を育成する為の教育機関を兼ねており他の軍港とは違って教育・研究機関が多くあることは事前調査で判明している。

 その為、教育・研究機関が入っていた建物には貴重なアーカイブがあるとノヴァは目星を付けていた。

 軍事関連かはたまた海軍用の兵器製造データか、内容は全く予想付かないがノヴァは期待しながら軍港内部にある建物へ入っていく。

 

「空っぽだ……」

 

 一件目の建物の中には少数のグールやミュータントは住んで居たようだ。

 ノヴァ達を見るなり奇声を上げながら襲い掛かってくるもサリア達護衛の手によって迅速に処理されノヴァが出る幕は無かった。 

 代わりにミュータントの断末魔を聞きながらノヴァは建物内を探索していく。

 書類棚、資料保管庫、高級将校用の個室の金庫等々調べられる箇所は一つ残さずノヴァは持ち前の器用さを発揮して調べていった。

 だが其処には何も無く基本的には空っぽであり、時たま何か見つけたと思ったら錆び付いた拳銃や弾丸位であった。

 

「いや、今回は外れを引いただけだ。次の建物には何かがある筈だ」

 

 碌な収穫が無く軽く落ち込んだノヴァだったが気持ちを切り替えてまた別の建物に入っていく。

 今度こそなにかがある筈だと張り切っていたノヴァだが──

 

「此処も空っぽ……」

 

 だが一件目と同じように中には何も無かった。

 何らかの情報が入った記憶媒体一つも見つけ出す事が出来ずひっそりと暮らしていたであろうミュータントが沢山見付かった位だ。

なお、見付かったミュータントは迅速にサリア達によって物言わぬ屍に変わり果てた。

 

「次へ行こう、次へ」

 

 もう一度ノヴァは気持ちを切り替えてまた別の建物の中へ入っていく。

 三度目の正直、今度こそ何かしら有益なものが見付かる様に願っていたノヴァだが──

 

「此処もかよ……」

 

 だがノヴァの願いも虚しく三件目も同じように何も残っていなかった。

 此処まで探して何も見つからない、三件目にして何か嫌な予感を感じてしまったノヴァ。

 だがそれは間違いではなかった。

 

「此処もか!」

 

 その後も建物の中に入って探索をノヴァは試みたが成果は一切無かった。

 此処まで連続して何も残っていないのであれば最早偶然ではない、当時の軍港関係者は意図して一切何も残さない様に行動していたのだ。

 

「根こそぎ持ち出されている、何というか此処まで徹底していると逆に感心するわ」

 

「輸送艦も動員したのでしょう。軍港にある物資は軒並み持ち出し、持ち出せなかった機密情報などは現地で処分したと考えるべきでしょう」

 

 ノヴァが探索した建物の中には碌なものが残っていなかった。

 あるのは錆び付いたパイプ椅子に腐って原型を留めていない木造品に元気に襲い掛かってくるミュータントだ。

 小型の記録媒体一つも見付ける事が出来ず既に日は傾き夕焼けになっていた。

 

「最後の希望だった士官学校に至っては建物ごと焼却処理した跡があるとか勘弁してくれよ。潮風と経年劣化も加わって瓦礫の山と化しているし」

 

 ミルラ軍港は軍事施設としては、弾薬庫や艦載機整備・訓練用の飛行場、水兵や海兵隊用の兵舎など一通りの施設が揃っている。

 その中でもかなりの面積を占めていた士官学校だがノヴァが見たのは瓦礫の山であり、併設されていた図書館や資料館も同様に崩れて瓦礫と化していた。

 士官学校もミルラ軍港による機密保持の一環だろう、記録媒体は残さず処分され何も残っていないに違いない。

 

「さすが正規軍、機密保持として記録媒体を軒並み破壊して僅かな手掛かりも残さない様に建物も処分するとかぶっ飛んでるな!チクショウめッ!」

 

 瓦礫の山と化した士官学校の前で叫ぶノヴァの声は虚しく軍港の中に響いた。

 それで区切りがついたノヴァは足元にあった比較的大きな瓦礫の上に座り込むと呆然として夕焼けを眺める。

 

「肩透かしに終わっちゃったな……」

 

 息抜きではあったがノヴァは今回の探索を楽しみにしていた。

 だが蓋を開けてみればあったのは無駄に広いだけで何も残っていない軍港があっただけだ。

 身体は動かしたもののストレス発散には程遠い結果となっただけだ。

 

「ですが軍港である此処には纏まった広さがあります。今の内に確保しておけば後々何かに活用できるでしょう」

 

「セカンドの言う通り此処を修復すれば基地として再び運用する事が出来ます。海軍を再建するのであれば確保しておくべきでしょう」

 

「いや海軍再建って軽く言うけどやらないからね、其処迄手出しできないから!」

 

 ノヴァにしても軍艦に興味が無い訳ではない。

 大口径砲を積んだ戦艦にはロマンを感じ、空母を見れば艦載機の離着陸シーンには心を躍らせ、ミサイルサイロから発射される対艦ミサイルに見惚れる健全な男の子である。

 だが軍艦がない現状で海軍を再建するのであれば一から軍艦を作り揃えなければならない。

 そして海軍再建にあたり軍艦を設計が出来るのは現状ではノヴァだけである。

 

 ──冗談ではない、これ以上仕事を増やしてなるものか!

 

 サリアとアランが言ったのは選択肢の一つでしかないがノヴァは全力で首を横に振る。

 とはいっても軍港の中にいたミュータントを粗方処理して確保した土地を態々放置するのも何だか勿体ない、軍艦を建造する予定は無いがミュータントが入り込んで巣を作らない様に少数の常駐部隊を置くべきだろう。

 一先ずは軍港を確保してその後に活用方法を見付ければいいとノヴァは判断した。

 

「取り敢えず部隊を此処に派遣して確保だけはする。それで軍港で探索はもう終わり?」

 

「いいえ、あと一つだけ残っています。ですが探索を切り上げるのであれば迎えの車両を呼びますが如何しますか?」

 

「……いや、此処まで来たから最後まで行こう」

 

 ノヴァの気持ちとしては切り上げたかったが残ったのが一つだけとなれば無視する訳にもいかない。

 特に深い理由は無い、碌な収穫が無いとしても一つだけ残すのは収まりが悪いというノヴァのちょっとした拘りに過ぎない。

 そんな理由でノヴァは最後に残った建物へ向かった。

 幸いにも直ぐ近くとは言えないものの少しだけ長い距離を歩いた先に目的の建物はあった。

 

「最後に残ったのが此処か」

 

 それは何の変哲もない格納庫である。

 潮風と経年劣化により今にも崩そうな見た目をしており金属部分には赤錆が目立つ。

 そんな軍港で散々見て来た格納庫と大差ない姿であり──しかし目の前にある格納庫は違った。

 

「何かいるね」

 

「ノヴァ様お気をつけ下さい」

 

 サリアがノヴァの前に出て警戒態勢に移行する。

 なぜなら格納庫の周りには数多くのミュータントの死骸があるのだ。

 白骨化した死骸や数日前に倒されたのか蛆が湧いた死骸等が格納庫の入口を囲うように積み重なっている。

 格納庫に何かがいるのは間違いなかった。

 

「ミュータントの死骸がこれ程積み重なっているなんて、コレは臭うね!」

 

 今まで続いていた肩透かしから一転して気分が昂ったノヴァだが一人で勝手に行動はしなかった。

 護衛のアンドロイドに守られながら少しずつ格納庫に近付いていく。

 そして護衛のアンドロイドの一体がミュータントの死骸を踏み越えると格納庫で何かが動く音がし始めた。

 異変を感じ取ったサリアは護衛アンドロイドに通信を行い、警戒レベルを引き上げる。

そして格納庫に近付くノヴァ達を迎えるかのように入口から大きな何かが出て来る。

 

『し、シンニュ、者、ハイ除、……』

 

「ビンゴ!」

 

 ノヴァは格納庫から出て来た四足歩行の多脚重装警備ロボットを見て喝采を挙げた。

 壊れた人工音声で警告を発する多脚ロボットはゲームにおいて度々登場する敵対的なロボットの一種である。

 硬い、デカい、強い、と言った三拍子そろったロボットでありゲームでは当然登場しては容赦なく殺されたものである。

 だがこの警備ロボットの特徴は一回倒せば設計図が手に入りプレイヤーが製造する事が可能になるのだ。

 そして製造した警備ロボットにはロケットやガトリング砲を搭載する事も出来、原型機よりも強力なロボットに改造できる。

 そうなれば大物であっても大抵のミュータントは一方的に倒す事が出来る強力な味方になるのだ。

 

『こ、こ、は立ちイ、キン……ハイ除』

 

「いいね、いいね!サリア、なるべく形を保ったまま鹵獲したいから壊さないでくれ!」

 

 忘れかけていた記憶がよみがえると共にノヴァも否応なく昂っていく。

 そして背負った武装を展開し護衛のサリア達と共に警備ロボットに向き合う。

 

「さぁ!最後の締めに行きますか!」

 

 武器を握り叫びながらノヴァは警備ロボットに戦いを挑む。

 その顔はサリアが久しぶりに見る晴れ晴れとしたものであった。

 



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見通しについて

 連邦軍正式採用多脚重装警備ロボット、コードネーム『ガーディアン』。

 機体に取り付けられた重厚な装甲は重機関銃クラスの銃弾を弾き、戦場においては歩兵の盾ともなりうる巨体、高い積載性能に物を言わせた豊富な火力と継戦能力。

 この機体の設計思想は小さな無人戦車として、また移動式砲台として戦場で運用され連邦軍の主力を担う……と期待されていた。

 

「まぁ、戦場における兵器の進歩は日進月歩、この機体が登場するには少しばかり遅すぎた」

 

 帝国との戦争は双方の予想を超えた規模になり日々大量の資源と砲弾を浪費する地獄となった。

 其処で求められる兵器と言うのは一点物の高性能な兵器ではなく量産が可能であり悪環境でも問題なく動けるものである。

 その点で見た時、ガーディアンはそれらの要求を満たせず連邦軍の主力になり損ねた。

 

 ・脚部である移動用の四脚の稼働に加え脚先には車輪も搭載して走行も可能にしようとして機構が複雑化しコスト上昇。

 ・機体をコンパクトに纏めようとして高いトルクを出力可能な高性能なモーターを複数付ける必要がありコスト上昇。

 ・歩兵の持つ小火器程度には有効な装甲だが対戦車ミサイルやロケットまでは耐えられず、さりとて装甲を増強しようとすれば重量増加によって機動性低下。

 ・個人携行ロケット等に耐えられるよう正面装甲だけを増強、重量増加を抑える為に背後の装甲は最低限に留める処置を行い背面が弱点となる。

 ・火力に関しても当時実用化していた兵士用の強化外骨格を装着した一個分隊で代用可能でありガーディアンの機体価格高騰に伴い費用対効果が悪化。

 ・射線の範囲を広げる為に四脚の上にアンドロイドの上半身を組み込むが設計当初から上半身フレームの性能限界によって搭載火器の性能が決まってしまう。

 ・火器は対人に対しては強力だが帝国主力戦車、戦闘車には射程外から撃破されてしまい射程の不足が露呈、射程の伸長を施そうとしたが積載量の兼ね合いで更なる重武装は行えなかった。

 

 総じていえば歩兵よりも強力で高性能な無人兵器ではあったが広範囲に及ぶ帝国との戦線においては戦車や戦闘車を持ってきた方がいいと連邦軍は結論を出した。

 仮にガーディアンが活躍できる戦場はあったとしても数が少なく、また特殊な環境であり対峙していた帝国軍に勝利する為に有用性が限定されたガーディアンの調達は途中で打ち切られた。

 無論調達打ち切りを通告された開発・製造会社が黙っている訳は無く連邦軍からの要求を基に改良型の設計・製造に取り掛かかった。

 

「だけど世に出す前に世界が終わってしまった……自分で言うのも何だが不遇の兵器だな」

 

 軍港にあったガーディアンが出てきた格納庫は機体の強化・改修を行っていた研究施設であった。

 どう考えても機密保持の一環で爆破されるなり持ち出すなりの処置をされるようなものだが実際には機体は軍港の警備に駆り出された。

 理由として機体自体が陳腐化していたのと改修に用いた技術も先進的なものでは無かったため機密保持対象外になり帝国軍に対する殿として軍港に残された……らしい。

 ここら辺は格納庫に残されていた改修計画と記録から推測したに過ぎないが当たらずとも遠からずだろうとノヴァは考えていた。

 

「一機だけになって、それに加えて機体がボロボロになっても命令を守り続けていたのは『ガーディアン(守護者)』の名に恥じない在り方だな」

 

 ミルラ軍港での戦いで鹵獲した多脚ロボットは輸送ヘリに載せられて『ガリレオ』にあるノヴァのラボに運び込まれた。

 クレーンによって吊り上げられた機体にはたった一機で戦い続けた孤軍奮闘の証として数多くの傷があった。

 ミュータントの爪と牙による傷、潮風と経年劣化によって塗装がはがれた錆び付いた装甲、弾丸を吐き出さなくなってからは鈍器として敵を殴り続けて潰れた多連装銃身。

 重ねた傷は戦歴の長さを物語り、その姿は歴戦を重ねた個体としての威厳を醸し出し──

 

「そんな機体に止めを刺した本人が言うセリフですか」

 

「やめてくれサリア、その発言は俺に効く」

 

 今となっては無残な姿となってガーディアンはクレーンに吊り上げられていた。

 機体には元々あった武器を内蔵した腕部は両腕とも切り落とされ、下半身にある四脚の内二脚は吹き飛ばされ、脚部の索敵用のセンサーが収まった頭部は上から二等分に割られていた。

 止めは胴体中央に空いた穴だ、機体の動力源でもあったバッテリーをノヴァの剣が貫き破損、其処から炎上し胴体中央を高温で溶かしてしまった。

 もはやミルラ軍港で遭遇した歴戦を物語る風格は無くスクラップ同然の酷い姿である。

 

 ──これらの損傷は遭遇時に無かったものであり鹵獲した機体がこの様な酷い姿になったのは偏にノヴァのせいであった。

 

「いやだって自爆するとは思ってなくて、止めようにも外部接続端子は劣化して使い物にならなかったし、となると自爆機構を直接止める必要があって、でもサリア達が抑えようにも元気に動き回ったから……。すみません、俺の見通しの甘さが招いた事でした……」

 

「でしたら次回からは駆動部や武装を遠距離から破壊し終わってから鹵獲しましょう。いいですねノヴァ様?」

 

「ハイ、ワカリマシタ……」

 

 サリアの冷え切った視線に耐えられずノヴァは素直に降伏した。

 ミルラ軍港ではノヴァの要望により原型を留めたまま鹵獲しようと護衛のアンドロイドは動いた。

 武装の一つである拘束用のアンカーを機体脚部、腕部に纏わり付かせ動きを拘束、ノヴァがハッキングを行い停止させる予定であった。

 だがガーディアンの外部接続端子は悉く腐食し使えず、また拘束されこれ以上の抵抗が無意味であると判断したガーディアンは最後の手段である自爆を決行しようとした。

 機体から音割れた警告音が鳴り響き、最後の足搔きとばかりにガーディアンは機体を全力稼働させノヴァを道連れに吹き飛ばそうとした。

 其処から先は阿鼻叫喚の地獄、ノヴァは抱き着こうとするガーディアンの両腕を切り飛ばし、護衛のアンドロイドは機体を全力で拘束し続け、サリアは武装の戦斧で頭部を叩き割り、アランは大型散弾銃で機体の脚を二本吹き飛ばした。 

 それでも止まらない自爆装置をアランのアドバイスにより胴体部のバッテリーと自爆装置を剣で貫き破壊した。

 

「反省しています、だが後悔は──ハイ、シテイマス」

 

「……色々ありましたがノヴァ様の気が晴れたのなら無茶をした甲斐があったと思いましょう。それでスクラップ同然のガーディアンですが使えそうですか?」

 

「この機体はもう無理、機体は解析の為に解体して終わったら資源として再利用するよ」

 

 下手な言い訳をしようとしてサリアに凍えるような目を向けられていたノヴァだが活用法に関しては自信を持って答える。

 何故なら研究施設に運び込まれたスクラップ同然のガーディアンであっても価値がなくなったわけではない。

 これが只の技術者であれば匙を投げるスクラップであってもノヴァであれば機体を分解・解析する事で時間は掛かるが同様の物は作れるだろう。

 だが現状でガーディアンを完全再現するにはコストが掛かり尚且つ使いどころは制限される。

 それならいっその事AWやアンドロイドにも使われている人工筋肉等を使って構造を踏襲した新しい多脚ロボットを製造するべきだろうとノヴァは考えている。 

 何よりガーディアンが待ち構えていた格納庫の中には研究途中であったガーディアンの改修計画が残っていたのだ。

 改修計画とノヴァの技術が合わさればガーディアンは新たな姿に生まれ変わりノヴァ達の戦力になってくれるだろう。

 

「分かりました。研究、試作に必要な資材については事前にファーストに話を通しておきます。量産する場合は別途連絡をお願いします」

 

「分かった、それじゃ早速──といきたいけど何か報告があるんだね」

 

「はい、ウェイクフィールドに関する報告があります」

 

 ノヴァの問いにサリアは答える。

 それはノヴァにとって現状最大の問題、機能不全を引き起こしかけている現地の治安維持機関である自警団に対する介入を今日実行に移したのだ。

 

「まず本日ウェイクフィールドへの第1回目の介入が行われました。一部自警団の妨害がありましたが無力化し作戦は今も継続中です。また首班とみられるレイダー残党を複数発見し抵抗があったため射殺、生き残りは自警団へ引き渡しました」

 

 サリアの報告と共に手元にある端末には作戦の途中経過が送られた。

 その報告書を見る限りでは多少の問題は起きつつも作戦は進行している。

 また端末には記録として現地でのやり取りも動画として記録され閲覧する事が出来た。

 

「報告書を見る限りでは自警団の態度は変化したようだな。とは言っても一日しか経っていないから早々に結論は出せないけど」

 

「はい、結論を出すにはまだ時間が掛かりますが、それでも今迄と比較すれば変化はしています。加えて現場に立ち会った領主からは今回の失態を名目に自警団の引き締めと内部の不適格な人材を自警団から追放するとのことです」

 

「追放しても復興に関して男手は幾らでも必要、肉体労働の仕事は幾らでもあるから真面目に働けば街で過ごすのに十分だろう。それで此方が斡旋した仕事に関しては?」

 

「領主からはこれまで以上に派遣する人員を選別すると。此方としては機関の監督下でマクティア家が労働力派遣の元締めとして働いてもらいます。また今後の物品の売買はマクティア家に限定し、報酬としてのポイントは一時的に停止、報酬は復興資材と少量の嗜好品をマクティア家に労働の対価として支払います。現地での売買は復興が完了するまでは停止、復興完了後に再開する予定です」

 

「それが現状ではベターかな」

 

 今回の事件と切っ掛けとなった売買は実施するには早すぎた。

 統制が崩れかかっており、なおかつ生活が安定していない時期にノヴァ達が出したものが復興を促進するどころか遅らせる結果となった。

 これは早まった計画を実行に移したノヴァの責任であり、こればかりは言い訳しようもない。

 それを考えた場合物品の売買を制限するしか事態を収取する方法がなかった。

 再開の目途が立つのは街が復興してからになり、それが何時になるかは街の働き次第である。

 

「これでマシになってくれるのであればいいけど。だけど、これでも駄目だったらマクティア家をどうしようか」

 

「その時は機関による直接統治に切り替えましょう。抵抗するのであれば見せしめが必要になりますが」

 

「それしかないか……」

 

 供給をいきなり絞るようなことをせず減らしたうえで、その手綱をマクティア家に握らせる。

 中核人員が大きく欠いたマクティア家に対するノヴァの援助の一つであるがこれを有効活用できるかは領主の腕次第だろう。

 これでも統制を取り戻せない様であればマクティア家の統治能力は無いと判断せざる得ない、それがノヴァの最終決断だ。

 そうなればノヴァ達による直接統治に切り替える事になり、その下準備を現在はデイヴがリーダーとなり備えて取り纏めさせている。

 

「それから子供達は如何なった?」

 

 そして今回の介入の争点の一つとなった徒党を組んだ子供達。

 その取扱いは表向きには銃による反撃を行ったため殺害したとし、裏では機関の工作員として保護・育成する予定となっている。

 

「今の所、地下水路に侵入した部隊は発見した全員を確保しています。保護の際は偽装をし易い様に麻酔銃で眠らせていますが体調の著しい悪化は確認できていません。また麻薬による中毒症状の重い子供を優先して移送、現在は沿岸拠点で安静状態にしていますが移送準備が整い次第医療機関に搬送する予定です。また健常な子供は沿岸部で一時的に滞在してもらい纏まった人数で移送します」

 

「受け入れ施設は出来ているが大丈夫かな?」

 

 子供達を受け入れる施設は区画整理で空いた区画の一つに集約して建設した。

 其処には居住区、病院そして学校等の施設に加え、彼等を管理担当するアンドロイドも既に待機している。

 

 ──因みに子供達の管理担当に関する仕事は街にいるアンドロイド達から募集したがかなりの倍率になった。

 

 さすがに希望するアンドロイド全員を採用する訳にもいかず今回は教師や医療従事者として製造されたアンドロイド達を最優先に採用する事になった。

 それでも街では今一番の話題であり、採用されなかったアンドロイド達は次回の募集を心待ちにしているらしい。

 

「明日には此処に到着します、保護した子供達を見に行きますか?」

 

「ゴメン、それはもう少し先にしてくれ。情けないが心の準備が出来ない」

 

「分かりました」

 

 それしか方法はなかった、これ以外にあるのは碌でもない終わりだけだ。

 理性では分かっている、これが現状で最もベターな選択であったと今なら断言できる。

 

 それでもノヴァが感じてしまう遣る瀬無さは解消されることは無い。

 これは平和な国で争いから程遠い世界で生きてしまった弊害なのだろう。

 こればかりは時間が解決してくれるのをノヴァは待つしかなかった。

 

 



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間接統治:第一段階経過報告

 アンドロイド達の本拠地である『ガリレオ』、その中心であるノヴァの居住地でもあるビルの中には未だに用途が決まっていないフロアが幾つもある。

 幾つかのフロアはノヴァの研究施設や製作所、格納庫等が入っているが全てを使い切ってはおらず未だに未使用のフロアや部屋が数多く余っている状態であった。

 だが最近になってビルの中に大型モニターが複数設置された大きな会議室が複数造られた。

 また会議室以外にも複数の部屋が作られ、そのどれもが収容人数が軽く百を超えるものである。

 

 そんな部屋の一つである会議室にノヴァはいた。

 無論、会議室の中にいる人間はノヴァ一人だけであり、他は全てアンドロイドである。

 

「……態々会議室まで作って此処でやる必要ある?何時もみたいに執務室で報告受ける形じゃダメなの?」

 

「私達はそれでいいのですが今後積極的にウェイクフィールドに介入するのであればこういった場面がないとも限りません。あるとしても相手を此処に呼びつける事が殆どでしょうが、相手から招待を受ける場合が無いとも限りませんし、その時に素人だと見縊られれば相手の付け入る口実となり騒ぎ出す愚か者がでないとも限りません。ノヴァ様は未だにこの様な行為が苦手であるのは承知しているのでこういった場所での振る舞いも経験してもらいます。此処で思う存分失敗を経験して下さい」

 

 ノヴァの疑問に対してサリアは迷いなく答えるが。果たして崩壊した世界においてサリアの言うマナーを気にする人間がいるのか。

 だがサリアの言っている事も間違ってはおらず、最近であればウェイクフィールドの領主との会合における立ち振る舞いはサリアの指導があって実現できたものだ。

 ノヴァ一人では逆立ちしても出来ない事であり、サリアの元々の製造目的からして上流階級に所属する子息の教育も仕事の内であり、それらはノヴァの苦手な分野である。

 仮にノヴァが下手を打って相手に舐められでもすればその後の交渉に悪い影響が出る可能性は高い、加えてその舐めた態度を訂正させるのには力を振りかざす必要があり正直言って面倒である。

 馬鹿に付け入る隙を与えず、また二度手間を避ける為に一連のマナーや暗黙の了解といった教養を知る事は無駄ではない──しかし、それらを教えるのがサリアである。

 

「お手柔らかにお願いします」

 

「安心してください、此処なら安全に失敗できます。翌日に疲労が残らない程度に抑えますから頑張って下さい」

 

「鬼!悪魔!スパルタ教師!」

 

 ノヴァは戦慄する、そして思い出すのはウェイクフィールドからの救援を受けると決断してから突貫で行われたサリアのレッスン。

 元の世界でも庶民であり、この世界に来てからも変わらなかった庶民精神をサリアのレッスンは完膚なきまでに粉砕した。

 言葉通り生きている世界が異なる仕草であり馴染みのないそれらを学ぶのは大変であった、だがお陰でウェイクフィールドにおける会談では相手に主導権を握られるような事は無く行う事が出来た。

 

 ……それでもやっぱりレッスンから逃げ出したいのがノヴァの心情である。

 

「……御姉様とのお戯れはそれ位にして報告を行ってよろしいでしょうか」

 

「ああ、済まないマリナ。始めてくれ」

 

 ノヴァとサリアとのやり取りを何とも冷めた目で見ていたマリナは気を取り直して会議室のモニターを起動。

 画面には複数の映像とグラフが映し出されおり、それらは現時点でのウェイクフィールドに関する詳細な情報である。

 

「先日行われた機関の介入によるウェイクフィールドの変化ですが、漸くプラスに転じる事が出来ました」

 

 本拠地『ガリレオ』で行われる定期的な報告会、そこで常に議題に上がるのは頭の痛い問題であったウェイクフィールドについてだ。

 今迄は街の自主独立を尊重して最低限の介入に抑えていたノヴァ達だったが事態は一向に好転せず、それどころかノヴァ達に窃盗などの被害が生じるまでに治安が悪化してしまった。

 表面上は平穏を保っているように見える、だが中を見れば破綻は秒読み寸前の有様であった。

 

 事態は最早ウェイクフィールド側の自主独立を信じる段階ではなくなった。

 連日報告される被害内容からノヴァは街に統治能力無しと判断、今迄躊躇っていた木星機関による介入が実行に移された。

 介入内容は大きく二つ、組織的な窃盗の主犯格である街の地下水路内部に潜んでいたレイダー残党の掃討、機能不全を起こしている自警団人事への介入だ。

 

「介入後の窃盗ですが現時点では報告はありません。また街の自警団員で不適格な人員は退団させ復興要員に回す事で復興作業を促進させました」

 

 モニターの映像には増えた男手によって廃墟が次々と解体され更地にされていく様子が映されている。

 自警団で素行不良で持て余していた人員を丁寧な説得(・・・・・)の後に退団させ街の復興作業員として配置転換させたのだ。

 

「復興速度の向上は作業人数増加も大きな要因ですが、供与した作業用アシストスーツが作業効率を飛躍的に引き上げています。この進捗速度であれば一週間前後で廃墟の解体は終わるでしょう」

 

「倉庫で埃を被っていたものだが態々引っ張り出した甲斐があったな」

 

 作業員達が身体に装備しているのはノヴァが初期に作った作業用アシストスーツである。

 元々はアンドロイド達に装備させ回収作業の効率を高める目的で製造したものであり、ノヴァが設計製造した最初期の装備でもある。

 今では世代交代を繰り返した事で型落ちになった装備であり、解体する手間を惜しんで倉庫の奥で保管されていた。

 アンドロイド用ではあるが複雑な機構は搭載していないので人間でも使用可能であり、復興の為にノヴァは一時的(・・・)に供与したのだ。

 復興作業が目に見えて進行したのは作業員の大幅な増加もあるが機関が貸し出したアシストスーツの恩恵によるものが大きく装備を使い慣れていけば作業効率は今後も高まっていくだろう。

 

 無論、ノヴァは街の住人が供与したアシストスーツを悪用する事も想定しており防止する為の細工は済ませてある。

 それ以外にもアシストスーツを悪用した使用者に対しては問答無用で捕縛、最悪の場合は射殺もあり得ると通達し脅しを掛けている。

 

「解体作業と同時進行で住宅の再建と停止していた街の産業を再開させています。此方の方は復興の進捗に合わせて人員を配置していく予定です」

 

「住宅は分かるが街、ウェイクフィールドの産業は元々どんなものがあったんだ?」

 

「製塩、漁業が主な産業です。レイダーによる施設の破壊等があってからは停止していたようですが復興の一環で施設の再建も行っています。復興作業の進行で余った人手は順次振り分けているので労働力は現時点では不足していません」

 

「これで住民達が非日常から日常へ戻ってこれればいいがな」

 

 ノヴァはウェイクフィールドに対して食料品や医薬品等といった物資の支援を行ってきた。

 だがそれは物だけを与える消極的な行動でしか無く傾き掛けた街を立て直せる直接的な支援は今までしてこなかった。

 結果として事態は好転せず緩やかに悪化していたが先日行われた街、ひいては自警団への介入によって事態を変えることが出来た。

 今まで大きく滞っていた物事が動き出し漸く復興の道筋が立てられるまでになったのだ。

 それら一連の報告はノヴァの基本方針を転換するのに十分な内容であり、また復興と言うものがどれ程困難なものであるかをノヴァが身を以て知る機会にもなった。

 

「また自警団に関しては此方が軍事顧問を引き受ける形で介入、残った人員に対して機関による軍事訓練を行い質の向上を図っていますが余りいい結果とは言えません」

 

「そりゃあ彼等は軍人じゃなくて自警団でしかないからな。本格的な軍事訓練はきついだろうが自警団が元の水準に戻るには熟してもらわないと」

 

「また自警団が今後使用する武装は我々の運用していた物を払い下げる形になります。それでも彼等が扱っていた武器よりは高性能になります」

 

「……いやまさか、自警団が使ってる銃の品質があれ程悪いとは」

 

 介入後間を置かずにノヴァ達は調査の一環で自警団の保有する銃火器の調査を行った。

 これは自警団の戦力測定と実態調査の為ではあったのだが蓋を開けてみれば保管している武器が余りに酷かった。

 

 赤錆が浮いていたり、口径にあった弾薬が不足しているのは序の口。

 同一の銃であっても個体差が大きく、また作りが荒い為弾詰まりが頻出し、物によっては肉厚が足りない為暴発の危険もあった。

 その為壊れた際に修理するのも困難であり、一部には精度の荒い自作した部品を組み込んでいるのもある。

 その他にも問題は数多くあり、アンドロイド達にしてみればコレは武器ではなく弾が撃てるだけの鈍器と変わらない代物だ。

 擁護する気にもなれず保管していた武器は全て資源化、現在は払い下げの武器を与え訓練を施している。

 

「現状は旧式化して倉庫で埃を被っていた物を宛がっているが数も少なくなってきた。いっその事性能を抑えたモンキーモデルでも売るか?」

 

「銃も消耗品ですから今後を考えればモンキーモデルは必要になるかもしれません」

 

 崩壊してミュータント等の危険が蔓延る世界で生きるには武器は欠かせず、持っている武器の総量が権力とみなされる一面がある。

 その点で言えば自警団は壊滅したレイダーが持っていた大量の火器を確保しており、街において比類なき勢力を誇っていた。

 だが街の中に対抗できる組織が無かった事により自警団は暴走、特に若者を中心にして傍若無人な振る舞いが散見される半グレ集団と化しつつあった。

 この自警団の手綱を握り切れなかったのがマクティア家の失点であり、自警団の機能不全に繋がっていた。

 最もノヴァ達にしてみれば大した障害でもなくその気になれば何時でも壊滅できる集団でしかない。

 だからといって自警団を放置する事はしない、復興後の治安維持を問題なくこなせる様に介入、またノヴァ達がある程度コントロールできるように行動を起こした。

 

「ですが銃が揃っても撃つための弾薬が足りません」

 

「建設予定のAWの実弾兵器用生産ラインを一部転用して生産する。本来であればAW用の実弾兵器に専念させたいが仕方がない。1割程度でも振り分けて弾薬工場を作れば十分だろう」

 

「分かりました」

 

「だけど裏を返せば食料、医薬品、資材に武器弾薬まで機関が握っている。此処まで依存させればウェイクフィールドも下手な行動は起こせないだろう」

 

 現状ではウェイクフィールドの生命線はノヴァ達が全て握っていると断言できる。

 それを分からない街の住民達は殆どおらず、仮に理解していない馬鹿が出ようと実力行使なり何なりでどうにでもなる。

 よってノヴァは街の問題は一区切り着いたと判断を下した。

 

 だが報告会はまだ終わらない、ノヴァ達が抱える問題はウェイクフィールドだけではないのだ。

 

「それでは次はAWと前線に関する報告です」

 

 ノヴァ達、木星機関の目下最大の問題は巨大なミュータントが跳梁跋扈する内陸部、前線にあるのだ。



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第5次戦闘経過報告

 様々な要因が重なって崩壊し言葉通りのポストアポカリプスとなった世界。

 

 国家と呼べるものが悉く瓦解し形を失った世界に於いて今や生存者達が作り上げたコミュニティが国家の代替となっていた。

 また国家権力の喪失に伴い地図上に描かれていた国境線は消滅、視点を変えれば複数の国家によって分割・統治されていた大陸は一つに纏まったと言える。

 だが纏まった大陸の上における人間の生存領域は大幅に減少、そして人間が積み上げて来た文化や歴史等は無力化された。

 大陸は最早人間の物ではなくなった、大地の上にあるのは何処までも単純かつ慈悲も容赦もない過酷な生存競争であった。

 

『目標発見、戦闘モードに移行。各自作戦通りに行動を開始せよ』

 

 環境の変化によって荒れ果て、草木が疎らに生える無人の荒野を8機のAWが隊列を組んで駆け抜ける。

 ノヴァによって設計製造された巨大な人型兵器は背後にある推進器から発生する推力によって機体を動かし、その背後には大きな砂埃が立ち昇っている。

 そして隊列を組んで移動するAWの進行方向にいるのはミュータントの群れ。

 多種多様な大きさと姿が混ざり列をなして移動しているミュータント──それらはAWが倒し駆逐する対象である。

 

『敵集団は二つ。A集団、B集団と命名、第一小隊はA集団、第二小隊はB集団を排除せよ』

 

 自身を含めたAW8機の部隊を率いるリーダーの命令は部隊を二つに分ける事。

 一個小隊4機、計二個小隊で造られた部隊を小隊毎に分け接近するミュータント集団に対処する事をリーダーは選択した。

 

 命令を受けたAW各機は二つの小隊に分かれ火器の射程圏内に入ったミュータントに順次発砲していく。

 光学兵器の光が、レールガンの弾丸がミュータントを貫いてゆく。

 一定の距離を保ったままAWに搭載された遠距離攻撃兵器で撃ち抜く簡単な仕事である。

 

『第一小隊、敵集団の51%を排除。小型種が多数いるため光学兵器の冷却が追い付かない。距離を取って戦闘を継続する』

 

 ノヴァはミュータントに関する分類を一時的に変更、全高10mを起点にして10m以上を大型、10m以下を小型と分類する事にした。

 

 AWが相対している敵ミュータントは足の速い小型が先行し、その後ろに大型で構成された集団が追走している。

 小型に分類された5m前後のミュータントは素早く動き数が多い、姿も虫のような物から四足歩行の哺乳類に類似した姿をしたものまでありバリエーションは豊かである。

 見た目が異なる種類が混じっていながら統率が取れた動きをしている理由は現時点では不明であるが、その謎を解明するのはAWの仕事ではない。

 遠距離攻撃手段を持たず肉体を用いた格闘戦が主な攻撃手段である小型であるがAWであれば簡単に対処が出来る相手である。

 

 

『第二小隊、敵集団の37%を排除。此方は大型種を多数確認しており排除に時間が掛かる。援護を求む』

 

 小型とは違い大型は10mを超える大きさを持ちAWと同じか超える個体もいる。

 姿もバリエーションが減り現在相手しているのはサソリの様な姿をしており長い尾や鋭い鋏を持つ種類だ。

 大型クラスのミュータントになってくると格闘戦の他にも特殊な遠距離攻撃手段を持つ個体が出現する。

 特に大型を超えた超大型クラスであれば生体ミサイルや遠距離砲撃をしてくる個体も確認しており脅威度は飛躍的に上昇する。

 

 幸いにも今回の戦闘では超大型ミュータントは確認できず、相対している大型も遠距離手段を持たない種類である。

 大型の特徴である生命力の高さは警戒するが今回の戦闘は脅威度の低い()()()()()戦闘である。

 

『第二小隊は距離を保ったまま戦闘を継続せよ。第一小隊は敵集団を排除後に第二小隊の援護に回れ』

 

『了解』

 

 リーダー機である軍用アンドロイドの指揮を受けた7機のAWは各々に動く。

 小型種を掃討しているAWは光学兵器が熱暴走を起こさない様に管理をしながらミュータントを焼いて行く。

 文字通りの光の速さで肉体を熱せられ炭化したミュータントは動きを止め、後続のミュータントに容赦なく身体を踏み砕かれていった。

 大型種を相手にしている小隊は火力を集中させながら一体一体確実に処理を行い、また数少ない実弾兵器であるレールガンも撃ち込む。

 搭載されたセンサーから得られる情報を精査しデータリンクを行っているAW、そして搭乗しているのは戦歴を重ねた軍用アンドロイドである。

 

 各機が最適な行動を選択し続けた事で時間が経つ程ミュータントの数は減っていき、そして敵集団は程なく壊滅した。

 

『敵対勢力の殲滅を確認、各機損害を報告せよ』

 

 部隊のリーダーは各機から送信される損害データを集計、今回の戦闘に於いて大きな損失が無かった事に安堵した。

 しかし搭載された光学兵器の発振器は想定以上の負荷が掛かった様でメンテナンスが必要であり、レールガンの弾丸や機体関節の摩耗等の消耗も少なくない。

 万全の状態ではなく、ミュータントも殲滅された今が撤退の機会である。

 

『これより基地へ帰投する。各機、警戒を怠るな』

 

 リーダーの指示の下、8機のAWは隊列を保ちながら基地へと向かう。

 ミュータントとの戦闘があった場所に残ったのは夥しい数の死骸、だが時間が経てば死肉を喰らいに集まった別のミュータントが現れ一つ残さず喰い尽くすだろう。

 

 国家によって引かれた不可視の国境により分割された大陸は今や昔。

 原初の頃に戻った大陸は何処までも広く、其処は過酷な生存競争が繰り広げられている。

 其処に途中参入したのがノヴァ達であり、定期的に繰り返されるミュータントとの闘争は新たな日常になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ世界観変わっているな。AWを作ったのは自分だけど」

 

「現在は暫定的に定めた防衛線を基に接近してくるミュータント集団を排除しています。ですが戦闘回数を重ねるごとに接近する集団は増強されており、ミュータントが防衛線に接近する理由も不明です」

 

 デイヴの発言と共にモニターにはこれまでのAW部隊が発見、殲滅したミュータントに関する記録が映される。

 戦場となっているのは暫定的に定めた防衛線、本拠地である『ガリレオ』からは遠く安全マージンは余裕を持って引かれたものである。

 その付近では絶えずAWとミュータントによる殲滅戦が繰り広げられ、現時点ではAW側が優勢である。

 だが問題が皆無という訳ではなく戦闘を重ねる毎にAW部隊からの要望は増えていった。

 

「現段階では大きな損失はありませんが、部隊の方からは予備戦力の拡充と機体の更新を求めています」

 

「それについては理解しているから予備部品から組み上げた機体も用意して急いでいるけど……、先行量産型のAW製造はどこまで進んでいる?」

 

「現在組み上げ前の機体が2機あります。また生産ラインも増強しているのですがAWの増産は時間が必要ですし搭載兵装についても同じです」

 

 現在『ガリレオ』ではプロトタイプAWではなく先行量産型AWの製造に取り掛かっている。

 プロトタイプで判明した欠点を改善、搭載火器の火力と継戦能力の向上、機動性の向上等の改良を加えた機体ではある。

 また光学兵器中心を改め実弾兵器搭載も視野に入れているのも特徴である。

 プロトタイプでは光学兵器を多数運用した事で機体に供給されるエネルギーリソースを奪い合ってしまう事態となった。

 エネルギー不足は機動力の低下に直結、機動兵器の特徴である機動に支障をきたしてしまった。

 それを防ぐ、或いは緩和する為に先行量産型では火薬式実弾兵器の開発にノヴァは取り組み、幾つかの装備の設計、試作は完了している。

 この機体が戦場に投入されれば戦力向上は叶いミュータントとの戦いは容易に──なる予定である。

 

「設計・試作は終わっているんだ。だけど材料と生産ラインが無いとどうしようもない」

 

「部隊の方には補修部品と予備部品で組み上げた追加の三機で当分の間は耐えてもらう事になります。ですが部隊の処理能力を超えた集団が接近した場合は一時的に防衛線を下げてミュータント側の反応を確認します」

 

 防衛線とは言っても『ガリレオ』からは遠く離れており、また防衛線の内側に機関が建設した重要な施設は皆無である。

 そもそもミュータントが防衛線に接近する理由さえ不明、別の場所に移動する為の単なる通行の可能性もありうるのだ。

 それでも戦うのは『ガリレオ』にミュータントが雪崩れ込む万が一の可能性に備えるためだ。 

 

「被害妄想かもしれないがAWは最低でも36機揃えたい」

 

「時間は掛かりますが不可能ではありません。沿岸部の工場群が稼働すれば必要な素材は揃いますから今は待つしかありません」

 

 ノヴァが出来ることは全て行った、後はアンドロイド達の働きを待つしかない。

 工場が完成するのも生産ラインが稼働するのも一朝一夕では無理な話であるのもノヴァは分かっている。

 だが大陸の遥か向こうに大量に存在する巨大なミュータントを知ってしまえば不安が常に胸の内に燻ぶってしまう。

 

「分かってはいるが待つだけと言うのも辛いな」

 

「仕方ありません。それにノヴァ様が現時点で出来る事は休息をとる事です」

 

「それはそうだが……」

 

 ノヴァとしては会議が終わり次第部屋に籠って設計書の確認を行うつもりであった。

 無論既に何回も繰り返しており、問題は粗方発見して解決を終わらせている。

 今更確認した所で新たな問題が見付かる可能性は非常に低いと言わざる得ない、それでも何かしていないとノヴァは落ち着けない状態であり──

 

「お話は聞きました。丁度今ルナリアお嬢様が手作りのプリンを作っているところなのでお休みになさってはいかがですか?」

 

「よし、仕事辞め!ルナの迎えに行くぞ!」

 

 会議室を離れていたサリアが放った一言でノヴァは行動を急転換した。

 最近になってルナはお菓子作りに目覚めたのかサリアや他のアンドロイド達と共に厨房に立って料理する事が増えた。

 最初の頃であれば簡単かつお手軽にできる様な料理を作っていたが扱える材料が増えるに従って色々な料理に挑戦を始め腕は少しづつ上がっている。

 そして娘が作った料理を食べる特権を持ち見逃すノヴァではない、さらに加えて今回作っているのはノヴァの大好物のプリンである。

 

 ノヴァの胸に燻ぶっていた不安は娘の手作りプリンというもので簡単に解消された。

 そして会議室を早足で出ていくノヴァを見てデイヴは何とも言えない感情を抱える羽目になった。

 



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偉い人=社畜?

 一勢力のトップに昇り詰めた人はどの様な生活を送るか。

 贅沢三昧を尽くして怠惰を極めた生活を送るのか、それとも今までの生活リズムを崩すことなく普段通りの生活を続けるのか。

 誰もが一度は考える事であり自分がそのような立場であればあれして、これして等と色々な事を妄想するだろう。

 

 そしてノヴァの考えるトップに立った人物の生活のイメージはテレビ番組に出てくる大金持ちのイメージであった。

 タワーマンションの最上階のワンフロアを貸し切り、高級な海外製家具に囲まれワインを片手に風景を楽しむという非常に俗っぽいものである。

 なにせ上流階級の生活と言うものを直に見た事は無く、テレビ番組の編集された物しか見た事がなかった──だが状況は大きく変化した。

 

現在のノヴァは多くのアンドロイド達を従える勢力の頂点に立っている。

 しかし最初からノヴァが意図して行動した結果という訳ではない。

当初は不足していた労働力の確保と言う下心の為に壊れかけたアンドロイドの身体を修理、ウイルス汚染で狂った電脳を治療してきた。

 だがノヴァの予想を超えて拠点には多くのアンドロイドが集まり、そしてノヴァが目にしたのは今にも壊れそうな身体を動かしてやって来たアンドロイド達の姿であった。

そんな姿を見せられては見捨てる事も出来すノヴァは修理と治療を継続、その結果としてノヴァは多くのアンドロイドを従える立場となった。

 そうして機能を取り戻したアンドロイド達を組織化し纏め上げ街の拠点の再開発など多くの事を成し遂げた。

 

 そんなノヴァは今やアンドロイド勢力『木星機関』のトップであり、文字通り贅沢を存分に堪能できる立場でもある。

 嘗てポストアポカリプスなこの世界に迷い込んた最初期にノヴァは『文化的で最低限度の生活を送れる様になる』事を目標に奮起した。

 そして目標は叶い、今や本拠地である『ガリレオ』中心部にある巨大なビルの一室に居を構え三食に困らない生活を送れる様になったのだ。

 

 その気になれば仕事等せずに全てをアンドロイドに任せ悠々自適な生活を送れるノヴァだが──

 

「ノヴァ様、ウェイクフィールドの漁業組合からアシストスーツの使用の要望が上がりました!」

 

「あれは解体回収用であって海鮮ミュータントを仕留めるものじゃねぇ!!デカい銛を持てたとしても最低限度の装甲も無いから却って危険なんだよ!型落ちの装甲パーツ送って最低限の防護をしてから送れ!」

 

「先行量産型AW、一通りの動作テストを終えて初期不良確認しました!」

 

「不具合をリスト化して送ってくれ!直ぐに改善策を纏める!」

 

「ウェイクフィールド近辺のコミュニティから塩の買い付けです。在庫の方が払底しかけています!」

 

「当分の間は資源生産施設にある処理前の塩を送って製塩は街に任せろ!あと製塩施設の復興の優先順位を上げろ!塩の売買を停止させるな!」

 

「加えてコミュニティ側から今後の取引について相談したいと要望があります」

 

「マリナは街の領主を使って交渉を纏めてくれ!」

 

「分かりましたぁ!」

 

 執務室にある複数のモニターから上がってくる大量の情報によってノヴァは多忙の極みにあった。

 

 組織の資源、資材運用や支配下に置いた街の内政関係等は新設した内政専用のアンドロイドに任せる事で負担を軽減しているが最高意思決定者としての判断を下さないといけない場面は多々ある。

 それだけならばノヴァは文句を言いつつも悲鳴を上げることは無い。

 だが今回に至っては街の治安がある程度回復した事で遠目に様子を伺っていた付近のコミュニティが動き出した事が原因だった。

 街が漸く落ち着いてきたのに仕事を増やしやがってコンチクショーと思わず叫んだノヴァ、だがコミュニティ側も生活必需品である塩を確保しようと必死だと知ればそれ以上の悪態は出せない。

 何よりウェイクフィールドを何時までも養う事は出きない、自前の産業を復旧させ交易を通して食料を自力で調達できるようになってもらわなければ困るのだ。

 だが問題は製塩施設であり復旧にはまだ時間が掛かる、当面は資源生産施設から加工前の塩を融通するしかないが急ぎ製塩施設の再建を行わなくてはならない。

 その為にもコミュニティ側との交渉に関してはマリナのサポートを付けたマクティア家当主を扱き使い今後に支障が出ない様に纏めるつもりだ。

 

 他にも自警団の関与など内政関係の仕事があるが其処ら辺はデイヴやアランを筆頭としたアンドロイド達に任せる事で解決出来る。

 それ以外でノヴァの頭を悩ませるのは先行量産型AWの初期不良と搭載する武装に関してである。

 これらの改善策の立案や機械関係の不具合の修正等は現状ではノヴァがするしか無くアンドロイドの補助があってもその仕事量は多い。

 それらの案件を処理するためノヴァの手はキーボード上で踊り狂うように動き回り鬼気迫った物がある。

 

 疲労とストレスが現在進行形で積み重なっていくノヴァ、だが終わらない様に見えた仕事も残りが少なくなってきた。

 もう少しで終わる、真っ暗闇で見つけた僅か希望を頼りノヴァは仕事に打ち込み──

 

「行商人のポールから巡回している近辺でミュータントの活動が活発になっていると連絡がありました!」

 

「AW投にゅうぅぅううううううう!!」

 

「ノヴァ様落ち着いてください。アラン、必要な部隊を率いて巡回しミュータントの殲滅を実施するように」

 

『了解。それと教育途中の子供を何人か連れていきます』

 

「細かな事は其方に一任します」

 

 サリアは軽い錯乱を起こしたノヴァを羽交い絞めにして拘束すると同時にノヴァに代わって命令を出した。

 そしてサリアに拘束されたノヴァは色々と限界であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、取り乱した」

 

「仕方ありません。今回ばかりは間が悪かったと言うほかありません」

 

 軽く錯乱したノヴァであったがサリアの拘束によって早めに持ち直す事が出来た。

 だが今度は錯乱時の記憶によって自己嫌悪に陥るノヴァをサリアが慰める羽目になったりもした。

 

 実際に錯乱の原因になったのは異常な量の仕事であり、こればかりはサリアが言う様に運が悪かったとしか言いようがない。

 忙しい時を狙ったかの様に追加の仕事が発生する、世界の不思議でありこればかりはノヴァもどうしようもない。

 問題点があるとすれば仕事量を調節し損なった点、自分の限界を超えて仕事に取り組んだ末に起こった必然的なものであった。

 

「ホントに内政、政治関係は苦手なの、出来る人に丸投げしたいの」

 

「機関にいるアンドロイドで行政関係の経験がある個体は少なく、また彼等は執行側であり政策の企画立案に参加を許されていなかった事が痛いですね」

 

「人間至上主義、あるいは自分達より優れた機械が出てくるのが怖かったのか、どっちでもいいがそれで大崩壊を起こしているんだから笑えないね」

 

 政治の世界にまで人工知能が出てくる事を恐れたのか、当時の事を全く知らないノヴァには分からない。

 無論ノヴァのリサーチ不足であって国によっては政治参画を果たした個体もいるかもしれない。

 だが創造性を人間の特権と考える人達によって世論で拒否感を醸成されたのか過去の記録において政治参加したアンドロイドや人工知能は見つからなかった。

 

「デイヴの所を人員増加して過去の行政記録から適切な施策を立案出来ないか試していますが芳しくないです」

 

「政策立案に特化したアンドロイドはいないのか……。いっその事、政策立案を始めとした内政関係を担当する個体を作るか?」

 

 アンドロイドホイホイと化した『ガリレオ』には多くのアンドロイドが訪れるが其の殆どがサービス業や肉体労働用の個体である。

 今迄の記録を見てもノヴァ達が求める政策立案に従事していたアンドロイドは一体も確認できず、製造されていないと判断するしかない。

 

 ──であるならノヴァが一から製造するしかない。

 

「出来るのですか?」

 

「出来なくはない、けど参照できるデータの量と演算能力次第かな。自分で言うのも何だが悪い考えじゃないし、高い演算能力を持たせるためにいっその事ワンフロア全て電算室にするのもいいかもしれない」

 

「分かりました、必要な資材があればお申し付けください。直ぐに用意させます」

 

 ノヴァが居を構えるビルには未だに空室が多くあり未使用フロアも幾つもある。

 そして現在のノヴァであれば演算装置等の精密機械を自前で用意する事も運用に必要な電力の確保も問題はなく出来る。

 心配があるとすれば政策立案に関する行政データの不足であるが連邦図書館にあったアーカイブの代用とウェイクフィールドでの行政記録で代用できる筈である。

 

 とは言ってもハードを用意してデータを突っ込めば完成する訳ではなく、様々な調節が必要になるのは間違いない。

 それ以前に現状ではノヴァの妄想にしかすぎず上手く行く保証はないが態々失敗するつもりで製造するつもりは無い。

 

「これで楽になってくれればいいが」

 

 名前を付けるとしたら政策立案支援人工知能と言ったところか。

 目標としてはノヴァが大まかな指針や方向性を伝えれば後は最適な政策を立案してくれるスーパーマシンである。

 だが其処迄人工知能が成長するかは未知であり、成功が確約できる訳でもない。

 それでも政策立案に有効なアドバイスを出来る様になってくれるだけでもノヴァとしては大助かりである。

 

「取り敢えず一回試しに作って、それで実用性があるかどうか参考にしてから演算装置を追加していこう」

 

 ノヴァはキーボードを操作してビルにある演算装置のメモリの一部を使って一つの人工知能を製造する。

 基になっているのはアンドロイドの人工知能製造法であり、大崩壊前には一般に流通していたプログラムである。

 このプログラムで製造された人工知能は産まれたての赤ん坊であり、此処からどの様なデータ、経験を与えるかによって性能や思考は大きく変化する。

 この段階で企業は差別化を行っており多様な特徴を持った人工知能が製造されるが多くが選別されて解体、選ばれた人工知能をコピーし画一化した人工知能を企業は用意するのだ。

 

 しかし今回ノヴァが行うのは大量生産ではない。

 実験的側面もあるため事前に複数のコピーは行わず一つの人工知能を育て上げる方針である。

 

「早く大きくなれよ~」

 

 そうしてプログラムがノヴァのモニターに名前の無い生まれたばかりの人工知能を表示した。

 自我の無い最低限度の意思疎通が可能なだけの善悪の判断も出来ない子供のようなプログラムが声なき産声を上げた。

 



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赤ん坊

「謎の研究所が見付かった?」

 

 その知らせがノヴァの耳に入ったのは仕事が一区切りついた時であった。

 長時間座り続けていた身体を解すために執務室の床に寝そべって柔軟体操をしているノヴァに知らせたのは体操の介助をしているサリアである。

 

「はい、先程調査部隊から送られた報告です。詳細な内容はありませんが取り敢えず第一報として送られたもので情報も断片的、調査が進むにつれて研究所の詳細な情報も判明するとは思いますが念の為に報告しました」

 

「謎の研究所、あいたた!?もう少し優しくしてくれ~」

 

 報告はウェイクフィールド郊外を探索していた調査隊から送られたものだ。

 調査隊は建築途中の生産施設周辺調査を行う為に編成された部隊であり、主に施設周辺の地理データ収集、ミュータントの分布状況の調査、資源回収場所の選定など多岐に渡る仕事を担当している。

 その部隊が街の郊外で発見した大型の建築物群、発見当初は郊外にある大型商業施設と思っていたが周りを囲う防壁の様な壁と制限された出入り口から秘匿性の高い研究所と推測したようだ。

 ノヴァも送られた建築物の映像を端末で確認する限り部隊の推測と同じように研究所か、それに類する建物のようにしか見えない。

 

「今の所は外観を見ただけですが後続の部隊を送り込んで詳細な調査を行う予定です。無論、建物内にミュータントが潜伏している可能性も考慮に入れて重武装部隊を中心に編成します。あと先日より少し体が硬いです、勤務後に負荷の大きい運動と柔軟を取り入れましょう」

 

「うん、分かった。それにしても、この研究所は怪しい匂いがプンプンするな」

 

『何が怪しいのですか?』

 

「お、五号データの読み込みは終わったのか」

 

 ノヴァとサリアの会話に混ざる聞き慣れない人口音声、その正体は先日ノヴァが機関の演算施設の一部領域で開発した人工知能である。

 名前は『五号』、生まれたばかりであり性能に見合った機体が未だに調達できていないのでビルの監視カメラやマイク等の装置を使いノヴァとサリアの会話に参加している。

 まるでビルと会話しているようにノヴァは錯覚するが五号の本体とも呼べる人工知能はビルの地下に設置された演算室にある。

 その事を制作者であるノヴァは理解しているので不思議な感覚を感じながら普段通りの調子で会話を続けた。

 

『はい、提供されたデータは全て読み込みました。それで何故研究室が怪しいと感じるのですか?』

 

「それはだな、今回発見された研究所に所属を示す看板が無いんだよ。本来であれば『国立ホニャララ』とか『●●会社所属の』とかある筈の研究所の名前が記された看板や案内板の類が一切見つかっていないんだ。経年劣化を考慮しても残骸も見つかっていない、頑なに名前を隠しているのは何かしらの意図があっての事と考えられる」

 

 発見した部隊の推測は間違っていないだろう、建築物群を囲うように存在している壁と数を制限された出入り口。

 気密性の保持を徹底した措置であり外部から隠し通したい何かがあったのではないか、考えられる中で最も可能性が高いのは連邦軍が関与していた極秘研究所ではないかとノヴァは睨んでいる。

 だが本当に極秘研究所であればミルラ軍港の様に機密保持の一環で色々と持ち出されていて何も残っていない可能性も非常に高く、それどころか今やミュータントの巣窟になっている可能性もあるのだ。

 

『何も得られない可能性が非常に高いと、では余計な手出しは控えるべきでは?』

 

 五号の判断はリスクとリターンを秤に掛けた上で算出したものだ。

 必要とされる人手と物資と時間、それらを投入して得られる成果は果たして釣り合うものなのか。

 限られた情報しかない状況で導き出したのであるがノヴァにしても納得できるものであり否定はしない。

 

「いや、全くその通り。面倒事には首を突っ込まない事も選択肢としてありなんだけど……、それだと何かが起こった時遅れを取るんだよね」

 

 ノヴァも成果が得られる可能性が低いのは承知している、それでも調査を行うのは可能性がゼロでないからだ。

 もしかしたら何かがあるのかもしれない、それが機関にとって有用なものであり放置していて失われるような事態にはなってほしくないだけだ。

 

「それに何も無くてもミュータントの大群が巣を作っている可能性もあるからね。放置していたらミュータントが溢れ出て来た!なんて大きな面倒事になる可能性は放置できない。面倒事は小さな内に処理しておけば後で楽が出来るっていうのが俺の考え。という訳で、サリ──」

 

「ノヴァ様の考えている事は分かります。ですが今回は研究所内の安全が確保されてからです、その際も万が一に備えて部隊単位で護衛を入れます」

 

「了解、今回は探索でも何でもないからね。調査に専念、研究所が危険だったら脱兎のごとく逃げるよ」

 

「でしたら私から言う事はありません」

 

 サリアの出した条件に変更を加えることなくノヴァは了承した。

 ノヴァとしても探索や調査に赴くのは息抜きを兼ねたものであり、前回の様なスリルは求めていない。

 例え過剰戦力であっても安全に調査や探索が出来るのであればそれに越したことは無いのだ。

 

「それで五号はちゃんと勉強している?」

 

『勿論ですお父様(・・・)、提供された文献と行政記録は全て閲覧を終えています。就きましては今後、実施すべきと考える政策の一覧を作成しましたので確認して下さい』

 

「ほ~、どれどれ」

 

 ノヴァが五号を製造したのは苦手としている内政関係、特に政策立案に関する仕事を任せる為である。

 こればかりはノヴァの得意とする技術や機械製造でどうにかするにも限度があり今迄は手探り状態で行ってきた。

 だが五号は人工知能である利点を生かし、ノヴァが一生掛かっても読み切れない政治、内政関係に至るデータや論文を読み込むことが可能だ。

 実際に五号にはノヴァが確保している蔵書アーカイブの複製を渡してあり、蔵書量は10万を超える膨大な量のデータの塊である。

 

 そうして大量の情報を得た五号が立案した政策である。

 ノヴァが逆立ちしても出来ない高速演算処理速度、その結果として策定された政策一覧をノヴァは期待しながら目を通し──そして顔が凍り付いた。

 

「『犯罪者の強制収容及び人格矯正を実施』、『最大幸福の為に常時干渉し行動変容を促す』、『支配地域在住現地人の個別監視の徹底と統制』、『教育を通した規律、道徳心の滋養』、『犯罪行動抑制の為の密告制度の実施』、『物資資源の公平・平等な分配の為の計画経済の制定』」

 

 一覧に記載されている政策はどれもノヴァが考えつかない様な物であり、非常に……個性的なものが多い。

 いや、まさか、見間違いではないかとノヴァは一覧に何度も目を通すが書かれている内容は何も変わらない。

 その考えに至るまでノヴァは計三回も見直し、そして一覧が表示された端末を置き──そして叫んだ。

 

「真っ赤やないか!?」

 

 おお、なんていう事でしょう。

 端末には嘗ての歴史の授業で習ったようなガッチガチの社会主義かつ共産主義の特徴に満ちた政策がズラッと並んで表示されていた。

 そして歴史の授業をそこそこ真面目に受けていたノヴァはこれらの政策が齎す暗黒時代を詳細に想像する事が出来てしまうのだ!

 

 だが一番大きな問題は五号が真っ赤っかな政策を立案した原因である。

 今日で生まれてから三日目、一日目は割り当てた領域で人工知能を組み上げるのに費やし、二日目はデータを食べさせただけ。

 そして三日目の今日に政策を提案してきた、ならば変な思想が混ざる機会があったのは大量のデータを食べた二日目しかない。

 

「まさか!?」

 

 ノヴァは急いで確保している蔵書アーカイブの中身を表示、特定のキーワードの有無を基に蔵書を選別する。

 膨大な蔵書量であるが地下にある演算装置の力であれば十秒もかからない仕事であり、その結果は直ぐに端末に表示された。

 

「なんで公共図書館の蔵書が真っ赤な思想と論文に満ちているんだよ!お前ら資本主義者の下に生まれた人間やろがい!」

 

 ノヴァはまたしても叫んだ。

 選別の為に打ち込んだ特定のキーワード、『人民』や『ブルジョア』や『社会主義』や『労働者』や『革命』といった真っ赤な思想でよく使われる言葉を含んだ蔵書は全体の半分近くに迫る勢いである。

 特に内政、思想、政治関係は真っ赤になる寸前、犯人は一目瞭然であった。

 

『お父様、私の提案はどれも論ずるに値しない物なのですか……』

 

 失敗作、そんな言葉がノヴァの脳裏をよぎった。

 実際に五号はノヴァの求める性能に達するどころか初期段階で躓いてしまっている、これが崩壊する前の企業であれば問答無用で解体処分されるだろう。

 

 だがノヴァはビルに設置されたマイクから流れてくる五号が発した人工音声を聞いてしまった。

 それは機械の様な抑揚のない話し方ではあったが、どうしてかノヴァには叱られる寸前の子供の様な声に聞こえてしまったのだ。

 

「五号、お前が提案してくれた政策の元になった論理や思想はなんていうか、その、あれだ、人間の善性とか理性を無邪気に信じた夢想家たちが描いた夢なんだ。だがらそれを現実に当てはめると大きなすれ違いや衝突が生まれてしまって却って状況が悪くなってしまうんだよ」

 

 解体してしまえば楽だ、初期化してしまえば早く終わる。

 そんな考えは何時の間にか消えてノヴァはビルに備え付けられたカメラに向かって話しかける。

 

『ですが参考文献には詳細な理論と裏付けがあります』

 

「思想の理論は幾らでも捏ね繰り回せるし、裏付けの数値も数少ない良好な結果に焦点を当てた物じゃないのか?数字は嘘を吐かない、だが嘘を吐く人は数字を悪用するんだ」

 

『ですが、私は……』

 

 ノヴァは見落としていた、生まれたばかりの人工知能は純粋であり、簡単に染まってしまう事を。

 与えられた情報の正誤を判断する知性に乏しい事を失念していたのだ。

 

「──とは言ってもお前に十分な量の教材を用意できなかった俺が悪い、すまんかった五号」

 

 故に今回の出来事の起点であるノヴァはカメラに向かって頭を下げた。

 五号が真っ赤な思想に染まったのも、与えるデータの選別をしっかり行わなかったノヴァに責任がある。

 

「とりあえず今までの渡したデータは参考程度に留めて置きなさい。これからは俺も協力するから古いデータだけじゃなく新鮮なデータも食べていこうな」

 

『……分かりました』

 

 その言葉と共にノヴァを見ていたカメラの電源は切れ五号の気持ちを表すように項垂れた。

 その様子を見ていたノヴァも執務室の椅子に座り、机の上で項垂れた。

 

「言いすぎちゃったかな?」

 

「生まれたばかりの人工知能は膨大な情報があろうとそれらを扱う経験、知性が足りません。こればかりは時間と経験を重ねるしか解決方法はありません」

 

「サリアが言うと説得力があるな」

 

 知性の獲得に近道は無い、特に将来五号に任せる仕事を考えれば容易な複製等は百害あって一利なし。

 地道に経験を積み重ねていき自力で知性を獲得しなければならないのだ。

 

「それでもしノヴァ様が求める水準に五号が達していないのであれば解体して新たな人工知能を製造する事も可能です。私の場合であれば不具合を考慮して基となった人工知能は複数あり過酷な選別によって一つだけ選び出しました」

 

「やだ、そんなことしないよ。昔の人もやってみせ、言って聞かせて、って言ってるでしょ。一回の失敗で見捨てないし、五号は生まれたばかりの赤ん坊。長い目で成長するのを見守る必要があるよ」

 

 いきなり仕事を任せられるような人工知能が簡単に出来るとノヴァは思っていない。

 元の世界においても人工知能の開発は大量の時間と資金、そして多くの研究者が必要なビックプロジェクトであった。

 そして全てのプロジェクトが成功した訳でなく、多くの失敗と挫折を生み出し、それらを糧にして人工知能開発は発展してきたのだ。

 ノヴァも同じである、何より今回の事で物事に近道が無い事を知ることが出来た、ならば後は新たな心構えと共に更に開発に取り組んでいくだけ。

 そう結論を出したノヴァは手を動かして今後五号に与えるデータについて選別を行っていく。

 

「これからするのは未来への投資だよ」

 

 ノヴァの言葉は誰に向かって言ったものではない、自分に言い聞かせるものである。

 それを傍らで聞いていたサリアはノヴァの疲労が軽減できるように新しいお茶を入れた。

 

 

 

 

 

 そんなノヴァの言葉を執務室に設置されていたマイクは静かに一言一句逃さず聞いていた。

 

 



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突撃!隣の極秘研究所!?

 天気は曇り、厚い雲が空を覆って日の光を遮ることで辺りは昼間でありながら薄暗い。

 風も無風に近い状態であり一言で言えば気味の悪い天候である。

 

 ウェイクフィールドの郊外、街の中心部から離れた民家も疎らな一画に異様な建築物群がある。

 周りにある長閑な光景に全く溶け込むことが無い大きな建物、それが複数建築されているだけでなく周りにはフェンスや防壁の様な囲いが存在している。

 まるで中にある建物を隠すように、もしくは外部から守る為に築かれたようであるが現状目的は全く判明していない。

 そして囲いの中には少なく無い数のミュータントが生息し、不用意に足を踏み入れた生物を容赦なく仕留める危険地帯──であった。

 

「第一分隊は周辺地域の監視、第二分隊は防護施設での施設の防衛に当たれ」

 

「弾丸等の消耗品は第3ブロックに運搬せよ」

 

「検査機器は慎重にテントの中に運べ!」

 

「見てくれ、支給されたばかりの潤滑油だ。混ぜ物無しの一級品だぜ」

 

「おい、それ上級アンドロイドに優先的に支給される代物じゃねえか!一体どうやって手に入れたんだ?」

 

「そいつは企業秘密だが、脱法行為はしてない綺麗な代物だぜ」

 

 だが今や囲いの中のミュータントは一匹残らず掃討され、代わりに多くの武装したアンドロイドが駐屯している。

 ミュータントの死骸を片付け、倒木や廃車等の瓦礫を撤去する人型重機に搭乗したアンドロイド達が数多く動き回り囲いの中は急速に整備されていった。

 そして今も物資を満載した輸送ヘリが到着、中に詰め込まれた補給品を外に運びたしていき──

 

「やってきました、突撃、謎の研究施設!中には何があるのかこうご期待!」

 

『パチパチパチパチパチパチ』

 

「五号、無理してノヴァ様に合わせなくても大丈夫ですよ」

 

『あ、そうなのですね』

 

「そんな事はない!リアクション有難う五号!それとサリアは可哀そうな目で見るのはやめてね!」

 

 仕事のストレスと謎の研究施設にテンションの上がったノヴァ、純真無垢な生まれたての人工知能『五号』、付き合いが長くなってノヴァのあしらい方を覚えたサリア。

 何とも面白おかしい組み合わせがヘリから降りて来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、映像では見たけど実際に見ると怪しいな。……それに冗談抜きで怖いし」

 

 ノヴァの目の前には調査部隊が見つけた研究施設と思われる謎の建築物群が建ち並んでいる。

 薄暗く不気味な天候と相まってホラー映画等の舞台に選ばれそうな雰囲気であり正直言ってノヴァの苦手なシチュエーションである。

 もし一人であれば怖がって絶対に踏み入らない、実体のない幽霊と言ったオカルトはノヴァが大の苦手とするものなのだ。

 

『心拍数が上がっています、お父様は緊張、いや、怖がっているのですか?』

 

「……五号、世の中には言わなくていい事もあるんだぞ。男が頑張って虚勢を張っている時は暖か目で見守るんだ」

 

『分かりました。お父様は怖がりで意地っ張り、それと暖かな目で観察すると記録します』

 

「うん、コミュニケーションは難しいね!」

 

 安全の為に強化外骨格を装備したノヴァ、いつも通りの武装の他には肩部に先端にカメラが付いたアームが一つだけ繋がれている。

 カメラを動かしているのは本拠地の地下にある大型演算処理施設にいる五号だ。

外部環境を知覚する為の装置であり今はアームを使用してノヴァや建築物群、働いているアンドロイド達を観察する為に忙しく動き回っている。

 

どうしてノヴァが自分の強化外骨格に武装以外のカメラを付けているかと言えば教育の為であり、五号が真っ赤な思想に溺れるのを防ぐ為に外に連れ出したのだ。

データベースだけではない、予測困難な外の世界の映像を見る事でデータや計算だけでは解決できない事があるのをノヴァは五号に知って欲しかった。

それで最初はノヴァとサリアだけで研究所を訪れる予定を急遽変更して強化外骨格に外付けの観測機器を急いで作って搭載したのだ。

 

「ノヴァ様、要請を受けていただきありがとうございます」

 

「君もお疲れ様。問題のセキュリティの解除は任せてくれ。それで封鎖された入口は何処?」

 

「こちらです」

 

 研究所一帯の調査・防衛を担当している上級アンドロイドがノヴァ達の目の前に現れ問題の場所に案内をする。

 着いた先にあったのは分厚い錆び付いた金属隔壁が降ろされた入口の一つ、試しにノヴァが軽く叩いてみれば重厚な金属音が返って来た。

 

「うわ、どんだけ厳重なんだよ」

 

「入口は計三カ所、どれも同じような金属製の隔壁が降ろされています。施設の外にいるミュータントを殲滅した後に内部に侵入しようとしましたが現状では隔壁で防がれています。加えて調査を行った処警備システムが未だに稼働しているようで下手な行動は出来ないと判断しました」

 

「その判断は正解だ、下手に壁を破壊して侵入すれば機密保持で自爆していた可能性もある」

 

 ノヴァは上級アンドロイドの話を聞きながら隔壁の傍にある操作端末に手持ちの機器を接続、確かにアンドロイドの言う通りに警備システムは今でも稼働しているがそれだけではない。

 接続する事で警備システム全体のセキュリティレベルが非常に高く不正アクセスを検知した瞬間見知らぬシステムが稼働するように連動されていたのだ。

 操作を一つでも間違えれば何かが起こる、凄腕の産業スパイや諜報機関でも苦戦は免れない強固なファイヤーウォールであるが今回ばかりは相手が悪かった。

 

「さてさて、残念だけどセキュリティーを解除は得意中の得意。悪いけど中身を見せてもらうよ!」

 

『中身は期待できそうですか?』

 

「今はまだ何とも言えないけど、これだけ強固なセキュリティーを何重にもしているんだ。中身はお宝に違いない!」

 

 ノヴァの力によってシステムを強固に守っていたファイアウォールは成すすべなく沈黙。

 合わせてシステムを解体し無害化と解除を行っていき、それから暫くすると軽快な電子音と共に金属隔壁が動き出した。

 

「よし、解除完了!」

 

「ノヴァ様は下がって下さい」

 

 ノヴァを背後に庇うかのようにサリアが進み出るのと同時に上級アンドロイドが率いる部隊が内部に侵入。

 建物内に潜んでいるミュータントを警戒、また内部に危険がないか調査を迅速に行っていく。

 

「ミュータントの反応、異常共には無いようです。ですが建物内の酸素濃度が異常に低いのでマスクを着用して下さい」

 

「了解、それじゃ、お邪魔しま~す」

 

『お邪魔します』

 

 ノヴァは剥き出しであった頭部を強化外骨格で覆う。

 視界が暗闇に包まれるがそれも一瞬、頭部にある複数のカメラを通して得た情報を網膜投影することで先程迄と変わらない視界が戻ってくる。

 また上級アンドロイドの報告を裏付ける様にセンサーが警告、建築物内部の酸素濃度が基準値を下回っている事を警告してきた。

 だが建物内部に入ったノヴァの目を引かれたのはまるでここだけ時間が止まったかのように綺麗に保たれていた内装であった。

 

「中は荒れていないが、埃はしっかり積もっている。完全に密閉されていたのか?」

 

 地面には分厚い埃が積もっているが目につくのはそれだけだ。

 荒らされた形跡は無く、ミュータントとの戦闘の痕跡も今はまだ確認できない。

 そして隔壁の操作端末と同じように建物内にある端末も操作が可能であった。

 

「電源が生きているのなら供給源は何処にある?……これは施設の案内図か」

 

 施設の案内所のような場所にあった端末を操作して得られた情報は少ない。

 それでも一通り操作したことでノヴァは大雑把なものではあるが施設の間取りに関する情報を入手、そして施設が軍の極秘研究所である事が判明した。

 

「只の研究所じゃなくて本当に軍の極秘研究所のようだな。取り敢えず此処の管制室を第一目標にして部隊を進ませよう」

 

「分かりました。それではノヴァ様達の護衛を行いながら施設内を進んで行きます」

 

 武装したアンドロイド達がノヴァを囲みながら施設の中を進んで行く。

 ノヴァの聴覚が拾うのはアンドロイドの足音と僅かに聞える空調設備の音だけ、それ以外の音は全く聞こえず建物内は静まり返っている。

 

「本当にミュータントがいないね。侵入する前に研究所を封鎖できたのか?」

 

『操作ログは残っていなかったのですか?』

 

「権限がないから其処は調べられなかった。入口の端末は職員の勤怠管理受付と施設案内位しか許可されていない、詳しく調べたいならこの施設を一括で管理している可能性のある管制室に行かないと駄目だ」

 

『因みに部隊を分散させないのは何故ですか?部隊を分ければ迅速な調査が可能になりますよ』

 

「確かにそうだ。だけど二つの理由でそれは出来ない、まず一つ目は事前情報の無い施設で分散してしまうと何かが起こった時に対処出来ない可能性がある。下手をすれば各個撃破される可能性があるんだ」

 

『成程、因みにもう一つは何ですか?』

 

「そんなもん俺が怖いからに決まっている。こんな不気味な施設の中を少人数で動き回れるか!」

 

『……比重としては二番目が高そうですね』

 

「いけませんよ五号。そう言った事は口に出さず、電脳内に収めておくものです」

 

「そうだぞ、正直さは時に無自覚に人を傷つける。覚えておいて損はないぞ」

 

『因みにお父様は傷ついていますか?』

 

「不意を突いたドッキリ展開に備えて気を張っているから傷付く暇がないな!」

 

「あの、皆様、出来ればお静かにして下さい……」

 

 だが、その静寂さを破るかのように騒ぎながらノヴァ達一行は施設の中を進んで行く。

 幸いにも音に釣られてミュータントが出てくる事も、システムから切り離されて暴走した警備機械が襲ってくることも無い。

 厳重な警戒がまるで不要であったかのようにノヴァ達は順調に進み──だがその足は途中で止まる。

 

「なんだコレ?」

 

 脚を止めたのはノヴァ、そして立ち止り視線を向けた先にあるのは壁に立てかけられた一つの白骨標本だ。

 ガラスケースの中にある白骨は人型であり成人男性と同じ大きさであり、それだけならばノヴァが脚を止める理由にはならない。

 

『照合しましたがデータベースにある人間の骨格、人型ミュータントの骨格とも全く異なります。ミュータントとは言えベースになった人間と近い骨格をしていますが目の前にあるモノは全く異なります。標本の基となった生物の正体は何でしょうか?』

 

 人型ミュータントの骨格は人間に近く、大きさの差はあれど逸脱した形状はしていない。

 だからこそ、ノヴァの視線の先にある白骨標本の頭部の異常さが際立ってしまう。

 

「……一つだけ正体に心当たりがあるな」

 

『お父様?』

 

 何時の間にかノヴァの心臓の高鳴りは嫌になる程高まっていた。

 強化外骨格の中にある身体には冷や汗が流れ、呼吸は浅く短くなっていく。

 白骨標本の基となった生物、その名前を口にした瞬間更なる不幸が襲ってくるような錯覚がある。

 これがもし偽物であれば後で笑い話にすればいい、だけどもし本物であれば──最悪だ。

 

「エイリアンだよ」

 

 ゲームでは僅か数行のテキストでしか存在しなかった生物。

 地球で生まれた生物ではなく、はるか遠くの星で誕生した生命体。

 

 宇宙からの来訪者、その名は世間ではこう呼ばれる──エイリアン、と。



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過去の痕跡

 洋画、特にSFというジャンルにおいて宇宙人、つまりエイリアンとはかなりの頻度で登場する。

 またノヴァが今まで見て来た映画においてエイリアンである彼等の特徴は大別して二つに分類する事が出来る。

 

 一つ目は無限ともいえる果ての無い宇宙を自由に航海する事を可能とする高度な文明を持った生命体であること。

 そして圧倒的な技術格差を根拠にした地球侵略、交流といった古典的なSF物語である。

 宇宙人との友情を育むモノであれば人死には少ないが、侵略ものであれば人がダース単位で死んでいく。

 

 二つ目は地球に現存する生命体とは似ても似つかない生態系をもち人類を捕食する凶悪な生命体であること。

 この様な特徴を持ったエイリアンが登場する作品はSFパニックが多く登場人物の大半が直視できない様な酷い目に遭う事が多い。

 そして登場人物の大半は死ぬ、バーゲンセールみたいに死が安売りされている悪夢のような状況である。

 

 ではノヴァの目の前にある白骨標本は二つの内どれに属するのか。

 今何をすべきなのか、

 

「サリア、念のために周辺にいる部隊でこの建物を包囲しろ。それと俺たち以外の何かが出てきたら問答無用で撃て、許可する」

 

「分かりました、でしたら──」

 

「あくまで可能性だ、もし映画に出てくるような凶暴なエイリアンがいたとしたら戦闘の痕跡がないのはおかしい。それに逃げるとしても最低でも管制室の制御を掌握してからじゃないと駄目だ」

 

 仮に敵対的なエイリアンがいた場合、彼等はこの施設を拠点にしているだろう。

 もし戦闘になった場合に管制室を制御下に置けばシステムに介入して支援を行えるだろう。

 何より監視システムを掌握する事で安全に施設内の情報収集が可能になる、これを見逃す手は無い。

 

「……私が危険と判断したら逃げて下さい」

 

『仮にお父様の悪い考えが当たっていた場合、記録に改竄の痕跡はありませんから二百年以上エイリアンは此処に閉じ込められている事になります。此処から出られず補給が望めないのであれば既に死んでいるのでは?』

 

「確かにそうだな、もしかして俺の考えすぎ?」

 

「気を付けなさい五号、ノヴァ様は色々なものを引き寄せるのです。ですから気を引き締めておいて損はありません」

 

『……非科学的な考えですが、お父様何かに憑かれていませんか?特に疫病神などに心当たりは?』

 

「言い方ッ!」

 

 身内に散々な評価を下されるノヴァ、だが言い返そうにも事実であるので効果的な反論は望めない。

 故にノヴァはせめてもの抵抗として今日の探索は何事も無く終わって帰ろうと心に決めた、それによって不本意な評価を雪ぐのだ。

 白骨標本から視線を外して再び施設の中を進んで行くノヴァ達、それから暫くして目的地である管制室の前に辿り着いた。

 

「此処が管制室か」

 

 当然の様に強固に封鎖されていた入口があったがノヴァのハッキングとアンドロイド達の協力により大きな問題なく部屋の中には入れた。

 床には一様に分厚い埃が積もっており此処が長い間封鎖され何者の出入りも無かった事を物語っていた。

 だが部屋の中に配置されている設備は違った、未だに稼働しているのか小さく低い動作音が今も鳴り響き、埃にまみれたランプは今も点滅している。

 

「電源がまだ生きている、幾ら何でも怪しすぎないか」

 

『私を端末に接続して下さい、施設情報の習得を行います』

 

「任せた、俺はシステムの稼働状況を調べる」

 

 ノヴァは管制室にある機械に五号が操作している端末をケーブルで接続する。

 直通の通信回線によって送られた大量のデータは本体の持つ演算処理速度によって解析、施設全体の構造解析に時間はそれ程掛からないだろう。

 その間にノヴァは管制室から施設全体を制御するシステムに介入を行い、施設全体を制御しようと試みた。

 

『施設の構造が判明しました。主に5つのフロアに分かれているようです。建物の大部分を占めているのは大型実験設備の有るEフロア、Aは施設に携わる職員の個室と休息場所、Bはデータ・資料保管庫、Cは研究機器の予備部品等を保管する器材保管庫、DはEフロアにある大型機材の管制室のようです』

 

「こっちのシステムはA、B、Cフロアの照明、監視、空調とかのインフラシステムしか干渉できない。あとD、Eの監視システムは本来であれば閲覧できるらしいが回線が切断されているのか応答がない。それと、さっきから空調システムのエラーが表示され続けていて記録が正しければ二百年以上もエラー状態で稼働しているぞ」

 

 収穫はあった、特に管制室から隔壁を制御できるようになったお陰で貴重なデータや資材がありそうなB、Cフロアに侵入出来る様になった。

 監視カメラでもミュータントの姿は確認されず目立った危険は無い、これなら今直ぐにでも回収部隊を向かわせる事も可能だ

 

 だが施設の大部分を占めるD、Eフロアの情報は皆無であり中がどうなっているのか全く分からない。

 監視カメラも回線が切断されているのか中を見る事は出来ず、隔壁に関しても此方からは開ける事が出来ない。

 そして未だにエラーを表示する空調設備、其処はEフロアと繋がる数少ない通路があり隔壁を解除できない現状において唯一の侵入経路でもある。

 

『施設全体の空調設備はBフロアの地下に集約されています。向かいますか?』

 

「……行こう、稼働している監視カメラで確認した限りでは戦闘の痕跡は無い。五号の言う通り二百年以上も前に事は終わっているだろう」

 

 ノヴァが監視カメラで見たフロアには戦闘の痕跡と呼べるような激しく破壊されたものは見つからなかった。

 あえて痕跡と呼ぶのであればAフロアの職員用の個室の調度品が散らかっている程度であり、B・Cフロアに関しては実に綺麗なままであった。

 機密処理を行っていないのか、それとも出来ない何かが起こったのか、それを知るためにも空調設備を経由してDフロアを覗いてみる必要がある。

 

「取り敢えず護衛の部隊とは別の部隊をB・Cフロアに向かわせて中の物を回収してくれ」

 

「分かりました。私達の部隊はそのまま護衛を続けます」

 

「頼む」

 

 当面の指示を出したノヴァはアンドロイド達を引き連れ地下にある空調室に向かう。

 道中でB・Cフロアに通路を進む中で資料保管庫や器材保管庫といった興味を惹かれる部屋は幾つもあったが今回は後回しにする。

 そしてノヴァは地下の空調室に繋がる階段に辿り着いた。

 

「ここが地下空調設備の入口か」

 

 入口には事務的に掛かれた地下空調設備入口のプレートが付いており、扉も変哲の無い金属性の物だ。

 ノヴァは念のために罠が仕掛けられていないが調べるが何もない、此処まで何も無いとエイリアンがノヴァの思い過ごしである可能性が高くなってきた。

 寧ろ変な白骨死体を見て大した根拠も無くエイリアンに結びつけてしまった事が恥ずかしい、と考えながらノヴァは護衛のアンドロイドが入口を開けるのを見守っていた。

 

「気を付けて下さい、此処から気温がかなり下がっています。まるで真冬の様に寒いです」

 

「空調設備のエラー表示はコレの事か。うわ、地下室が冷凍庫みたいになっているし」

 

 地下室への入口を開けた瞬間に冷気がノヴァ達に勢い良く噴き出して来た。

 とはいってもアンドロイドや強化外骨格を着込んだノヴァには大きな影響は無い、備え付けられた各種センサーが気温の低下を知らせるだけだ。

 

「ノヴァ様、私が先行します。足元が滑りやすくなっているので手を繋ぎましょう」

 

『お父様、転んだら行けませんよ。手すりをちゃんと握っていますか?』

 

「大丈夫、転んでも外骨格を着込んでいるから大怪我はしないよ」

 

 ノヴァは軽口を言いながら真冬の様に寒い地下へ向かって階段を下っていく。

 此方も長い時間が経っていながら大きな損壊は無いようで護衛部隊を含めた大人数が移動するのに問題は無かった。

 

「階段に亀裂が多いな、でも経年劣化を考慮すれば当然かな?」

 

『見る限りでは表面の塗装部分が軒並み剝がれています。経年劣化だけでなく環境の急激な変化によるものだと考えられます』

 

 特に時間も掛からずにノヴァ達は地下一階に到着した。

 そこから空調設備のあるフロアに入れば中は階段と同じように冷えていたが階段ほど(・・・・)寒くはなかった。

 取り敢えずノヴァは空調設備の制御盤を手分けして探そうとし、しかし周囲を調べていた護衛のアンドロイドがすぐに見付けた。

 

 ──そして制御盤のある機器を背もたれにするように凍死体を一つ発見した。

 

「ノヴァ様、此方です」

 

 護衛のアンドロイドに案内されノヴァは凍死体に近付く。

 身近で見れば全身を雪で真っ白にしているだけの人に見えるが当然の様に脈は無い。

 

「白骨死体は予想していたが凍死体は考えていなかったな」

 

『観察した限りでは性別は男性、年齢は三十代前後、胸元にあるネームプレートから考えて此処の職員でしょう。ですが何故こんな場所にいるのでしょうか?』

 

 ノヴァは男の胸元にあるネームプレートを手に取ると表面についた汚れを拭いプレートに書かれた文字を見た。

 

「スコット・スタージス、遺伝子研究職員、これだけか。取り敢えず今は空調のエラーの原因を見付けて解決するか」

 

 そう言ってノヴァは空調機器の制御盤を開きエラーの原因を探す。

 軽く調べた限りではどうやらエラーの原因は火災状態にあると設備に誤解させているようであり、それは現在進行形で続いているようである。

 これによって設備は火災の延焼を防ぐ為に該当フロア全体に不活性ガスを注入すると共に酸素供給を遮断する為に外部との空気循環を停止した。

 空気循環を施設内部に限定する事で火災を鎮火するシステムであり、これが誤作動を引き起こしていたのだ。

 

 そうと分かれば話は早い、ノヴァは制御盤の警告表示から場所の辺りを付けて誤作動を引きおこしている箇所を直せばいいだけだ。

 誤作動が解決すれば外部との空気循環も再開して低酸素状態も解消、火災が鎮火したと判断されて隔壁を解除出来る様にもなる。

 そうして一通りの問題を解決できればノヴァの仕事は終わり、後はアンドロイド達に任せて家に帰るだけ。

 

「よし、それじゃ誤作動を起こした場所にいこ──」

 

 不本意な評価を雪ぐために急いで動き出し──だが移動の為に踏み出した先にあった何かを踏んだ。

 踏んだ感触からして硬い物、もしや空調室の部品か何かかと考えたノヴァが急いでしゃがみ込んで踏んだ物を手に取って確認した。

 

『お父様、手に持っているそれは本のようです』

 

「本……じゃなくて日記だな。持ち主はスコット・スタージス?」

 

 ノヴァが拾ったものは表紙に日記と書かれた文庫本サイズの本であり、裏表紙を見れば凍死体の名前であるスコット・スタージスが書かれていた。

 



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先人の抵抗

*2023/08/11
 本文の後半、周辺状況の描写不足によって読者に誤解を与えているため文書の追加を追加しました。


・XXXX/XX/XX

 惰性で続けている日記も三冊目に入った。

 とは言っても此処に書くようなことは事何も無い、あえて書いたとしても連日メディアが戦争前夜だとか株価上昇と喚いているだけ。

 軍需兵器に内定を貰った同期は忙しそうだが俺には全く関係ない、連日研究室で細胞培養の日々を送っている。

 遺伝子学を専攻したがポストが空く様子も無い、当分給料は変わらないだろう。

 

 

 

・XXXX/XX/XX

 帝国に巨大な隕石が落ちたようだ、あと帝国の奴等連邦の攻撃だと言っているらしい。

 最近はそんな話ばっかだ、暗いニュースしか最近聞いていない。

 祖母ちゃんの家にいるダニーに会いたい、あのもこもこの毛に顔を埋めたい。

 

 

 

・XXXX/XX/XX

 学生が実験機材をぶっ壊しやがった!貴重な設備なんだ、お前らの年収より高価な代物を手違いで壊すな!

 ……取り敢えず新しい装置の購入、それが駄目なら修理申請を出してみるが受理されるかは分からん。

 今の情勢だと新規購入が難しい、それに年代物の修理を出来る人がいるのかも分からない。

 今日の実験は中断して資料整理に充てた。

 

 

 

・XXXX/XX/XX

 さけうまい

 

 

 

・XXXX/XX/XX

 二日酔い、頭痛い、気持ち悪い。

 申請が全部却下された、成果の無い研究室に与える金は無いらしい。

 書類をいっぱいかいた、なども突き返された、でもだめだた。

 奴等はあれか、学問は金のなる木だと思ってりうのか、ばかだ、ばかだ。

 取り敢えず酒を飲む、やってられるか

 

 

 

・XXXX/XX/XX

 四日ぶりに日記を書く、連邦軍で何か大規模なプロジェクトが進んでいるらしく参加を打診された。

 俺は直ぐにYESと答えた、給料が高い、国家プロジェクトの参加は箔になる、あと給料が高い。

 祖母ちゃんに連絡を入れる、喜んでくれて励ましも貰った。

 俺はこのしみったれた研究室から出ていく、世話になった恩師はいない、辞表を大学に叩きつけた。

 ザマーミロ!

 

 

 

・XXXX/XX/XX

 赴任先の研究所マジヤバい。

 あと恩師が所長だった。

 

 

 

・XXXX/XX/XX

 漸く落ち着いた、機密保持があるから詳しく書けないが俺の仕事は未知の生物の遺伝子を解析する事、それだけだ。

 だとしてもヤバい、国家プロジェクトなだけある、だが燃えて来た。

 取り敢えず奴等の遺伝子を全て暴いてやる、これは人類に与えられた福音だ。

 

 

 

・XXXX/XX/XX

 これ職務経歴書に載せられない代物では?

 

 

 

・XXXX/XX/XX

 最初からヤバかったがさらにヤバさが増している。

 取り敢えず未知の生物の遺伝子の解析は完了、併せてワクチン開発の道筋もついた。

 だが犠牲になった人が多すぎる、連邦帝国関係なく大勢死んだ。

 いや 死ぬ事も許されずに奴等の先兵となった。

 被害の大きさから隠蔽は無理だろう、そう遠くない内に世界中に知れ渡る、そうなれば守秘義務を多少違反しても大丈夫だろう。

 

 

 

・XXXX/XX/XX

 軍上層部は勝てると思い込んでいたようだ。

 その上で奴等が持つテクノロジーを独占しようとして手痛いしっぺ返しを食らった。

 今更ながら本格的に行動を起こして大部隊を向かわせたようだ、だがニュースでは報道されていない。

 癪だが上層部の判断も理解できる、これを知らしめたら全世界同時パニックになる。

 今は対帝国と偽装して動いている、噂話だが帝国の方も事態を重く見たのか非公式に協力するらしい。

 

 どうでもいいがマイケルがトトカルチョをしているらしい。

 対象となっているのは俺がナタリー女史に告白するかどうか、実に馬鹿らしい、確かにナタリー女史は魅力的だが俺は惚れていない。

 ただ良く会話するだけだ、彼女は話も合うし、笑った顔は魅力的だが俺は惚れていない。

 

 俺は惚れていないんだ!

 

 

 

・XXXX/XX/XX

 奴等に帝国と連邦が協同して戦略兵器を大量にプレゼントしたようだ。

 辺り一帯の地形は変わり果てた、人が今後百年は住めないだろうと仲間達が話していた。

 だがその甲斐もあって奴等……もういいや、エイリアン、エイリアンの軍隊を殲滅したようだ。

 これで世界は破滅を免れた筈だ、後は帝国と連邦が停戦すれば平和になる、平和になるんだ。

 

 

 

・XXXX/XX/XX

 

 

 

・XXXX/XX/XX

 ああ、これは遺書だ、俺は今遺書を書いている、誰にも読まれないものだ。

 研究室がエイリアンに襲われた、奴等地下から穴を前線から掘って此処まで進んできた。

 此処には軍人はいない、警備員はいたが直ぐに捕らわれた、喰うためか仲間にするのかは分からないが死んだも同然だろう。

 エイリアンの目的は此処で研究していたワームホールの実験装置、奴等から得られた技術で将来は宇宙進出に革命をもたらすだろうと所長が嬉しそうに語っていた。

 あれを使って母星に援軍を要請するのだろうと所長は言った、俺達は直ぐに装置を止めようとしたが遅かった。

 エイリアンの数は多かった、生き残った集団かも知れない、ソルジャー、タイタン、一杯いた、皆殺されるか捕まった。

 時間は無かった、でも所長は奴等を此処で足止めすると言った、俺は言われた事をやった。

 装置を誤作動させたことで不活性ガスがフロアに充満、酸素濃度を下げて窒息させてやる、出来なくても時間稼ぎになる筈だ。

 軍には要請を出した、後は研究所ごと吹き飛ばせば終わる筈だった

 

 

 

 

 

 軍からの攻撃が無い、分からない、何故だ

 フロアの気温が下がっている、     エイリアンはフロアを冷凍庫にするつもり、コールドスリープをするつもりだ。

 

 

 

 

 俺には何も出来ない、此処も冷えて来た、酒で誤魔化しているが長く持ちそうにない。

 

 ナタリー女史に告白しておけば良かった、一目惚れだった、なの     助け      きなかった。

 

 さむ    ねむ    だめ

 

 

 

 

 

   たすけて

 

 

 

 

 

 

 

 

 凍り付き力加減を間違えた瞬間に砕け散りそうなページを捲り終えノヴァは日記を全て読み終えた。

 日記に綴られていたのは一人の男の人生であり、そして遥か昔に行われた命を懸けた抵抗の記録だ。

 

『お父様』

 

「ノヴァ様一刻も早く此処から──」

 

 ヘルメットについているカメラによって日記の内容は五号やサリア、護衛部隊に既に共有されていた。

 そして誰もが危険性を理解した、一刻も早く此処から離れるべきだと。

 

 ──だが間に合わなかった、サリアが動き出した直後に施設全体を震わせる大音量の咆哮が轟いた。

 

「遅かったようだね。五号、俺が正面入り口の巨大な隔壁を開けてからどの位経った?」

 

『……42分37秒です』

 

「たったそれだけの時間でお目覚めか、隔壁があった入口は結構が大きかったからな。大量の重い不活性ガスが外に逃げて代わりに酸素が入ってきたのが大きな原因だろうな」

 

 当時の研究所所長は起死回生の手段として施設の酸素濃度を低下させる事でエイリアンを窒息させようと試みた。

 その為に研究所中の隔壁を下ろし外部との接続を遮断、密閉状態にして火災鎮火用の不活性ガスを研究所に充満させたのだ。

 

 エイリアンも人間と同様に酸素が必要である生物という点に着目した研究者らしい作戦であり、狙いは間違っていなかったのだろう。

 しかしエイリアンは酸素消費を抑える為かは分からないが対抗手段として自発的にコールドスリープ状態に移行する事によって窒息を無効化したのだ。

 それでも所長は諦めなかった、外部にいる連邦軍に研究所を爆撃する事を要請して研究所ごとエイリアンを一掃する二段構えでいたのだ。

 だが連邦軍からの爆撃は実行されず、研究所を襲ったエイリアンは何の妨害も受ける事無くコールドスリープに入った。

 

 そして今、ノヴァが隔壁を開けてしまった事で先人達が封じていたエイリアンの活動が再開してしまった。

 

「不可抗力です!仕方がありませんでした!ノヴァ様が気に病む事ではありません!」

 

「そうだけどさ、流石に限度があるよ」

 

 サリアが必死に言葉を紡ぐ、それを聞いた上でノヴァは乾いた笑いを零した。

 

 ノヴァとしても今回の探索に無策で挑んだ訳ではない。

 今回の様な大規模な研究所かつ防壁によって隔離されているような施設はミュータントの巣窟になっている可能性が高いと想定していた。

 サリアとの約束もあるためノヴァが保有している全戦力までとはいかないが精鋭で構成した大部隊を事前に研究所へ派遣していた。

 彼等の戦力であればミュータントの大群であっても容易く殲滅する事が可能であり、事実研究所外部にいたミュータントの群を殲滅して見せた。

 内部探索の際もノヴァの役割は研究所の制御システムの解除、内部の掃討は引き連れて来た部隊に任せるつもりであった。

 

 だがノヴァが想定していたのはミュータントの大群を相手にすること、施設に封印されていたエイリアンの相手など全くの想定外である。

 だからこそ今、ノヴァの行った行動の全て裏目に出てしまった。

 

 逃走経路確保の為に入口の隔壁解放していた──それが外部との空気循環の窓口になってしまった。

 

 未知の敵の襲撃に備えて慎重を期して施設の中を進んでいた──その結果想定以上の時間を掛けてしまった。

 

 日記を優先して空調設備の正常化を後回しにしていた──行動は間違いではなかった、だが真実を知るのが遅すぎた、分岐点を通り越してしまった。

 

 日記を読んでいた時間は三分にも満たない時間など誤差の範囲、現状を正確に理解できた時点で全てが手遅れになっていたのだ。

 

 最初から間違っていた、正しい行動は研究所に問答無用で戦略兵器を撃ち込む事、研究所に脚を踏み入れること自体が間違った選択であったのだ。

 

「ははっ、やってらんないな」

 

 もはや笑うしかない、乾いた笑いを空調室に響かせてノヴァは己の浅慮を恥じるしかなかった。

 ノヴァには知識はあった、だがそれは千里眼めいた代物ではなく未来を見通す事は逆立ちしても出来やしない。

 それでも、方法は無かったのかとノヴァは考えてしまった。

 

 だがいくら考えようと事前に研究所にコールドスリープ状態にあるエイリアンが大量にいた事を知る術は皆無、見方によれば確かに仕方がなかったとも言えるだろう。

 だとしても引き金を引いてしまったのはノヴァなのだ、中にお宝があると無邪気に信じて隔壁を解除してしまった結果がこれなのだ。

 

「サリア、全部隊を集結、戦闘態勢に移行」

 

 命令を下す表情を見てサリアはノヴァが何をするのかを理解した。

 

「分かりました」

 

 命令に反してサリアが連れて逃げようとしてもノヴァが抵抗するのは目に見えていた。

 故にサリアは決断を下す、ならば相対する敵の数を減らし、傍で武器を振るい近付く敵を打ち払うと。

 

「それとスコット・スタージス氏の身体を砕けない様に運んで。エイリアンのコールドスリープに巻き込まれた可能性がある。適切な処置を施せば蘇生できる可能性があるかもしれない」

 

『流石にそれは……』

 

「可能性はゼロじゃない、何事もやってみないと分からないものだよ。運搬は大型機材を詰めていた箱を使って。断熱、振動、気密性に優れている、中の機材は捨てていいよ」

 

「分かりました、外に待機している部隊に命令を出します。箱の数は──」

 

「あるだけ全部、フロアの中にもしかしたら彼と同じように巻き込まれた人がいるかもしれないからね」

 

 ノヴァはアンドロイド達に命令を出していく。

 どうしようもない程に切羽詰まった状況でありながら不思議とノヴァの頭は冴えていた。

 普段からこれ位頭が動いてほしいと思いながら命令を出し続ける間にも、状況は動き続けていた。

 先程から何度も施設を揺らがす程の咆哮をエイリアンは絶えず放っている。

 加えて施設を破壊しようとしているのか甲高い金属音が何重にも重なり遠くから聞こえる。

 

『お父様』

 

「何だい五号?」

 

『どうしてそこまでするのですか』

 

 五号は生まれたばかりの人工知能である。

 得られた大量のデータを分析し構築した振る舞いは一見自立した知性の様に感じられる。

 だが実際には自立したように見えるだけであり内面は未熟、知性と言う面で見ればサリア達には届かないのが実情である。

 

 だからこそ五号は知りたかった。

 自分を生み出したお父様であるノヴァの心理を、何を考えて行動する事に至ったのか、その過程を知りたいのだ。

 

「理由は色々ある、一つ目は戦力として。言っては何だが俺は強いぞ、サリア並だし武装があれば更に強い」

 

 確かに記録を見る限りではノヴァの白兵戦能力は高い。

 すぐそばに迫ったエイリアンとの戦いにおいて、その戦闘能力を有効活用しない手はない、いざ戦いが始まれば存分に能力を活かせるだろう。

 

「二つ目は此処で行動を起こさないと世界が滅亡しそうだから。命を惜しんで逃げた結果エイリアンで世界が滅亡したら最悪過ぎて今後安眠出来ないのは間違いない、……といっても世界はとっくに滅亡しているけどね」

 

 日記に書かれた内容が事実であればエイリアンが母星に援軍を要請した時点で生き残った人類が負けるのは確実だ。

 ノヴァ達であっても対応できるかは未知数、最悪の場合負けて滅ぼされるかもしれない。

 それを考えれば五号はノヴァの行動に合理性を見出せる、納得できるのだ。

 

「三つ目、これは自分が馬鹿やって仕出かした事の尻拭いだよ、これが一番大きいかな。自分が起こした事の尻拭いも出来ない、そんな情けない奴に俺はなりたくない。持論でも何でもない意地みたいなものだよ」

 

 最後の理由は意地、言葉にすればそれだけだ。

 だがそれがノヴァの動く最たる理由、なんて事の無い様に口に出した言葉を五号は理解し損ねた。

 

「五号、そんな人が世の中にはいる事を覚えておきなさい」

 

『はい……』

 

 だが会話はそれ以上続かなかった。

 ノヴァに何を聞けばいいのか五号が分からないのもあるが、上の階から響く音が無視する事が出来ない程に大きくなってきた。

 ノヴァと五号が会話をする時間はもう残されていなかった。

 

「それじゃ、エイリアン退治と行きますか!」

 

 そう言ってノヴァはアンドロイド達を引き連れて元来た道を戻っていく。

 

 そして二百年間止まっていた滅びの時計は再び動き出した。

 




 エイリアンのモデルはPS3ソフト『レジスタンス 人類没落の日』に登場するアレです。
 この作品は自分がFPSに目覚める切っ掛けとなった作品でありプレイしていた幼い頃はビビりながらプレイしていました。


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エイリアンVSアンドロイド!!

*2023/08/12
 前話に不足していた描写を追加しました

*2023/08/24
 細かな修正を加えました、話の大筋は変化していません


 地球外から到来したエイリアン、彼等の生態はアリに似ている。

 命令系統はピラミッド型であり頂点に存在する上位個体が命令を出し働きアリ達はそれに従う。

 下された命令に疑問を抱く事も無ければ拒否する事も反抗する事もない、地球外生物でありながら非常に特異な生態系を持っていた。

 

 彼等が最初に確認されたのは帝国と連邦が領有権を主張する係争地である。

 両国の紛争中に前触れも無く介入、地球外のテクノロジーで武装し雲霞の如く押し寄せる軍勢によって両軍に甚大な被害を齎した。

 係争地はエイリアンの手に落ち、其処から帝国と連邦関係なしに侵略を始めた。

 

 この時点で戦争の当事者であった帝国と連邦が停戦し、協同してエイリアンに対処していれば未来は良い方向になっていただろう。

 だがそうはならず両国は協同どころか情報交換さえ行わず個別に対処を始めた、現場レベルでは国家の枠組みを超えて共同する事があったが限りなく数は少ない。

 

 経済、資源、領土、思想、一時的であっても手を取り合うには障害が多すぎた。

 そしてエイリアンの存在と彼等の扱う技術、そのどれもが両国には魅力的な代物であった。

 それらを手中に収めた国が世界を統べる、現実を見ない政治屋によって当初の戦争目的は書き換えられ両国は新たにエイリアンとの戦端を開き二正面作戦を展開した。

 

 その過程で両国ではエイリアンに関する研究が行われ幾つもの事実が判明した。

 エイリアンは帝国と連邦が戦争の火蓋を切った開戦直前に隕石によって飛来、両国と国境を接する中立国に墜ちた事。

 既に中立国はエイリアンによって壊滅し老若男女問わず全ての国民が犠牲になった事。

 両軍が戦っているエイリアンの正体が犠牲になった中立国の国民を素材にした生物兵器である事を。

 

 戦場は地獄であった、人と戦い、エイリアンと戦う。

 前線の兵士は心を病み、戦線は膠着どころか押され始め、中立国を幾つも飲み込み強大化するエイリアン。

 最早戦後について考える余裕すら奪われた、そして全てが破綻を迎える直前になって漸く両国は協同する事が出来た。

 

 両国が保有する戦略兵器の集中投下、ハルマゲドンを避ける為に気が狂うような綿密な打ち合わせの末に実行できた作戦は成功した。

 侵略された中立国と自国領土も含めて全てを焼き尽くした、残されたのは幾つもの廃墟と汚染され不毛と化した大地。

 それでも侵略者であるエイリアンは滅ぼせた、世界の破滅を防ぐ為の尊い犠牲であったのだ。

 

 だがエイリアンは滅んでいなかった、唯一生き残った上位個体は残存戦力を引き連れ連邦の内陸部へ密かに侵攻、ワームホール発生装置を確保しようとした。

 しかしエイリアンの目的は果たされなかった、研究所にいた人間の機転によってエイリアンは全滅の一歩手前まで追い詰められた。

 故に上位個体は自らと残存戦力も含めてコールドスリープ状態に移行、全滅を回避し遠い未来に再起を図る事にした。

 人間では出来ないエイリアンの強靭な生命力と特異な生態系がそれを可能とする、時間はエイリアンの味方なのだ。

 

 ──そして待ち望んでいた刻が訪れた、コールドスリープ状態にありながら環境の変化を捉えた上位個体が目覚めたのだ。

 

「GAYAAAAAA!」

 

 巨大な研究所を震わせる咆哮が放たれた。

 そして引き連れていたエイリアンの軍勢もコールドスリープ状態から目覚め各々が雄叫びを上げる。

 

 二百年もの間人知れず封印されていた脅威、エイリアンの軍勢が動き出す。

 彼等が上位個体から下され最初の命令は自分達を封じ込めていた忌々しい隔壁を破壊する事である。

 指令を受け取った軍勢は各々が持つ武器を隔壁に向けて引き金を引く。

 光弾が、レーザーが、爆発する火球が隔壁に命中し鋼鉄を歪め、融かし、引き裂いて行く。

 

 隔壁はもう間もなく破壊される、その後の行動方針も上位個体は指示する。

 先ずは施設を掌握し彼方にある母星と通信を行う、その後は地域一帯を制圧し新たなる拠点を建造するのだ。

 それが彼らの役割であり存在理由、殺し尽くし、奪い尽くし、支配する、本能として刻み込まれた命令に従うだけ。

 

 そして忌々しい隔壁が砕け散った、破壊の衝撃で宙を舞う煙を差し込んだ日の光が照らしていた。

 その光景を配下の視界を通じて視た上位個体は命令を下す、侵略の再開を。

 

 命令を受け取った配下は動き出す、その姿は光に吸い寄せられる虫のようにも見える。

 そして我先にと進んで行くエイリアンの軍勢、その先頭にいた一体が隔壁を踏み越えようと大きく一歩を踏み出し──

 

「全機、攻撃開始」

 

 煙を引き裂いて膨大な数の鉄火が撃ち込まれ身体が弾け飛んだ。

 ノヴァの指示により戦闘態勢で待ち構えていたアンドロイド部隊が時を超えて甦ったエイリアンを迎え撃つ。

 銃弾の嵐と化した弾幕は途切れることなくエイリアンの軍勢に向かって撃ち込まれ続けた。

 

 襲い掛かる銃弾がエイリアンの腕を吹き飛ばし、脚を粉砕し、頭蓋を貫き、肉体を引き裂き臓物を撒き散らす。

 銃弾を防ぐ術を選択できなかった同類が次々と殺されていく。

 だがエイリアンは銃弾が引き裂いた煙の向こう側にいる敵の姿を確認した。

 

「GURAAA!!」

 

 敵だ、テキだ、敵だ!

 人間を素材にして作り出されたエイリアンの先兵、彼等は個々の考えを持たない冷酷な殺戮兵器である。

 恐怖を持たず、痛みに怯むことは無い、人間を遥かに超える再生能力を持ち弾丸一発二発では死ぬことは無い強靭な兵士。

 本能にまで刻み込まれた闘争本能が敵を認識した事で目覚める、不意打ちを喰らったエイリアンは仲間の死体を盾にして態勢を迅速に立て直す。

 そして撃ち込まれる弾幕と同等以上の反撃を加え眼前にいる敵を攻め立て始める。

 鋼鉄の隔壁を完膚なきまで破壊した光弾が、レーザーが、火球が今度は敵であるアンドロイドに向かって撃ち込まれる。

 迎撃の為に用意した可動式バリケードが攻撃を喰らい赤熱し、融解し、弾け飛ぶ、それでも機関が作ったバリケードは十分以上の防護性能を発揮する。

 それでもエイリアンの反撃は苛烈を極めアンドロイド達は防御を維持したまま少しずつ戦線を下げていく。

 

 敵の後退を好機と見たエイリアンはアンドロイドの防護を貫く為に更なる銃撃を加えると同時に4mを超える人型の大型個体を突撃させる。

 巨大な身体に見合った強靭な生命力は小口径の弾丸を分厚い肉で受け止め無力化し、大口径であっても怯むことなく進むことが可能な生きた戦車。

 体躯に見合った携行式の砲は爆発性の火球を発射し広範囲を薙ぎ払う事が可能、大型によって敵の防護を粉砕し引き裂かれた敵の陣営に雪崩れ込むのがエイリアン側の作戦であった。

 

「強化外骨格部隊、突貫!」

 

 だが突出した大型個体にアンドロイド側の強化外骨格部隊が突貫する。

 強化外骨格の体躯は3m程度である大型個体よりも一回り小さい、数の多さを活かし大型個体に連携でもって相対する。

 一体を複数の機体で囲むと一機が大型個体の攻撃を引き付けて、残った機体が装備した近接戦闘に下半身を重点的に攻め立てる。

 撃ち込まれる火球をアンドロイド達は余裕を持って避け、大振りな攻撃の隙を逃さずに近接武器を叩き込んでいく。

 戦斧が、ハンマーが、強大な鍵爪が大型個体の脚を砕き引き裂く、大型個体が堪らずに手に持った砲を鈍器として振るうもアンドロイドには当たらない。

 

 極秘研究所の敷地内でエイリアンの咆哮と絶叫が響き渡る。

 銃弾と光弾とレーザーが飛び交い、無差別に振るわれる暴力と統制された暴力によって瓦礫と血肉が撒き散らされていく。

 そしてアンドロイドとエイリアンの戦線は戦力が拮抗し一時的に膠着状態に陥った。

 だが上位個体は戦術を変えずに攻撃を続けて敵を磨り潰していく事を選択し──

 

「グッドモーニング!そして死ね!」

 

『お父様!前、前にですぎデス!』

 

 エイリアンの軍勢をノヴァ達が横から急襲した。

 

 横合いから現れたノヴァの目の前にはエイリアン、その中でも数の多い兵士クラスが十を超えていた。

 その姿は人間を素材にしているせいか人型である。

だが頭部に髪は無く三対の黄ばんだ眼を持ち、剥き出しの鋭利な乱杭歯という人間ではありえない姿をしている。

 

だからこそ躊躇いも慈悲も無くノヴァは刃を振るえた。

 人間より優れた身体能力を保有する為にエイリアンの骨は固く筋肉は固いゴムの様に強靭である。

 だがそんなことは関係ないと言わんばかりにノヴァが振るった剣はエイリアンの首に吸い込まれ肉と骨を容易く断ち切った。

 

 強靭な心肺能力によって首の断面から噴水の様に噴き出る血が雨の様に降り注ぐ。 

 傍にいたエイリアンが振り向き殺意に従ってノヴァを撃ち殺そうとし──だが其処にはノヴァの姿は無く、また振り返ったエイリアンの首も飛んで行った。

 エイリアンの軍勢に紛れたノヴァが辻斬りの如く剣を振るう度にエイリアンの首がポンポンと飛んでいき血の雨が降った。

 

 エイリアンに正面から相対すれば数の暴力で圧倒されてしまう、分かり切った問題に対してのノヴァの出した答えがコレであった。

 元々ノヴァが得意とするのは奇襲であり暗殺である、プレイスタイルとして正面から殴り合うのは苦手なのだ。

 そして強みは強化外骨格を装着する事でさらに強化、大型近接武装を問題なく振るう事が可能となり迅速かつ効率的な殺戮を可能とした。

 

 だがエイリアンの軍勢は上位個体の統率された群体である。

 脅威を確認しノヴァから離れた場所にいた集団が銃を構える。

 狙いは猛威を振るう一個体、射線上にいる味方ごと銃撃で圧殺する事を選択し──

 

「ノヴァ様に銃を向けるとは、死になさい肉人形」

 

 上空から集団の中央に降り立ったサリアが戦斧を振るう。

 その一撃はノヴァの様に優れた技術によって繰り出されたものではない、機体の出力に物を言わせた力任せの一撃である。

 重く長大な戦斧を振り回し間合いに立っていたエイリアンの胴体が引き千切られ、宙を舞った。

 ノヴァとは違い下半身はその場に立ち尽くし、腸を撒き散らしながら両断された上半身が吹き飛んでいく。

 

 たった二体によって整然としたエイリアンの軍勢が搔き乱された。

 そして二人の崩した戦列を護衛の部隊が銃撃を加えて更なる出血を強いる。

 

「横っ腹を突いて正解だな!見ろ、エイリアンがゴミの様だ!」

 

『アブ、危な、危け、ああぁぁぁぁ!何してるんですかぁぁぁぁ!?!?』

 

「元気だな五号、子供は元気な位が丁度いいぞ!」

 

『正気ですかぁぁぁぁ!?!?自棄になんないで下さいぃぃぃぃ!?』

 

 ノヴァ達の攻撃はエイリアンの戦列を揺さぶる事に成功、そして戦列が乱れた瞬間をアンドロイド部隊は逃さず戦線を押し上げた。

 一当たりして反対側のフロアに駆けこんだノヴァが隙間から戦場を観察すれば優勢なのはアンドロイド側であった。

 それでもエイリアンの戦意は衰えることは無く、致命傷を負ってなお銃撃を続ける個体が数多くいる。

 

「しぶといな、流石はエイリアンといったところか。もう一当てするか?」

 

『駄目です!ダメです!今度こそ死んでしまいます!それに音響センサーを解析したところまだ多くの敵がフロア奥に残っています。ですが映像を分析する限り苦戦はするでしょうが、このまま戦闘を続けていけば勝てます。ですから危険な行為は慎んで──』

 

『……実験、装置、き、起動、電力充、填……で、300秒、』

 

 だが五号の必死の説得の最中にその放送が研究所の中に響く。

 音割れした人工音声が伝えるのは実験装置起動のアナウンス。

 それが意味するものは一つ、上位個体が母星と連絡を取ろうとしているのだ

 

「五号の計算だと時間が掛かりすぎる。その間に奥に引っ込んでいる奴がワームホールを起動するから無しだ」

 

『その通りですけど正面の通路は敵の軍勢で塞がっているの!施設内の見取り図で最短経路を進もうとすれば時間が掛かりすぎてしまうんです!』

 

「そうか、サリア!」

 

「了解しました」

 

 まさに阿吽の呼吸、付き合いの長いサリアはノヴァが言わんとしている事を理解した。

 直ぐに戦斧を床に突き立て右腕をフロアの壁に向けると同時に機体の腕がまるで華が咲くように展開する。

 華の中心には小さな砲、機体に搭載した隠し武装でありサリアの奥の手の一つである。

 其処から放たれた擲弾はフロアの壁に着弾し大爆発を起こした。

 

「移動経路を確保しました、残り使用回数は7回です」

 

「という事で五号、奥のフロアまでの最短経路を示してくれ!」

 

『無茶苦茶だぁぁ!』

 

 五号が操るカメラから悲痛な叫び声が響く。

 だがノヴァ達はそんな五号の悲鳴を聞き流しながら奥のフロアに向けて進みだした。

 



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実験装置に辿り着け!

 研究所のEフロアで行われていたのは地球外技術、通称エイリアンが扱うテクノロジーの分析、解析、研究である。

 当時は既に帝国との戦端は開かれていたが連邦は可能な限りの人材と設備を投資して極秘プロジェクトとして研究所を建設。

 対帝国、又はその先にある戦後を見据えてスタッフ達は日夜研究に没頭した。

 

 特にエイリアンから回収した技術で有望視されていたのはワームホール発生装置である。

 エイリアン側の用途は不明だがワームホール技術が齎す恩恵は絶大であり、戦後の宇宙開発競争において圧倒的なアドバンテージとなりえた。

 人類の生存圏拡大、ワームホール技術の独占による市場の独占、軍事兵器への転用、国際的な影響力の増大の為に最優先で研究が進められた。

 

 だが連邦の想定とは裏腹に対エイリアン戦線は悪化の一途を辿った。

 拡大する支配地域に対して漸く危機感を覚えた首脳陣によって戦略兵器の集中投下による早期決着が図られたが一歩遅かった。

 研究所に侵入したエイリアンの軍勢はワームホール発生装置を占拠し何処かへ繋ごうとした。

 だがスタッフの機転によりエイリアンは長い間眠りについていたが目覚め再び装置を起動した。

 

 研究所の敷地面積の六割を占める広大な実験施設。

 施設の中央にあるのは実験的に建造されたワームホール総合試験装置、技術的に未知の部分が多い事等から設備は巨大なものになり必要とされる電力も膨大であった。

 そのため地下にある実験装置に必要な膨大な電力を供給する核融合システムを併設しなければならず、結果的に施設は街から独立して運営が可能になった。

 実験装置以外にも中央を囲うようにフロアには大小様々な実験、観測装置が乱立し、エイリアンのコールドスリープによる影響によって機材の多くが薄氷に覆われていた。

 

 電灯の光が反射して煌めく姿は一種の幻想的な光景に見えなくもない。

 しかし実際には実験装置の傍にいる巨大なエイリアンが幻想を掻き消し、光景を見た誰もが悍ましいと思ってしまう惨状が広がっていた。

 

『……実、験装置……起動、250秒……』

 

 そして今、フロアに鎮座する実験装置は電力を供給され唸りを挙げて稼働を始めている。

 その光景の中心にいるエイリアンだが昔も今も変わらずに只ひたすら己に定められた役割を熟していくだけである。

 空間を穿つ穴が開通するまでにはまだ時間が掛かる、その合間に上位個体は施設を掌握しようと配下の軍団を動かしたが進捗は悪い。

 遭遇した正体不明の勢力の抵抗は予想以上であり、現時点においての損害は無視するには大きすぎた。

 故に上位個体は施設の保存を最優先にした戦闘を中断、施設の破壊を含めた戦術の見直しを行うと共に戦力の一部を迂回させ抵抗勢力を挟撃する命令を下そうとし──その直前、破壊音が轟くと共にフロアの一部が破壊された。

 

『63秒、到着です、到着しましたよ!』

 

「良く出来ました五号!それにしても外側と違って中の保存状態は良好──」

 

 破壊された箇所から現れたのはノヴァ率いるアンドロイド部隊、フロアを遮る壁を破壊して進んできたので煤や埃にまみれているが大きな消耗は無い。

 ノヴァ達は開けた視界から研究所の心臓部であるフロアを見渡し中央にある稼働している実験装置を直ぐに見付ける事が出来た。

 

 ──それと同時に実験装置の傍にいるエイリアンの姿に驚愕してしまった。

 

「わぁ~お、でっかいタコが宙に浮いてら」

 

『何ですかアレは……、あんなものが存在しているなんて』

 

「悍ましいですね」

 

 ノヴァが見たエイリアンの姿は宙に浮かんだタコとしか形容できない姿であった。

 宙に浮いているのは人型重機の3mを超える巨体、如何なる原理で浮いているのか全く見当がつかない。

 タコの特徴である軟体に加え太い触手が何本も生えては何も無い中で波打ち、その内の何本かが実験装置に突き刺さっている。

 身体の表面を人間のような体表で覆われており生々しい血管が幾つも浮き出ている姿は異形感も合わさって不気味の一言である。

 

『勝てる?倒せる!阻止でき…データ、不足、該当データ無し!お父様、一旦撤退しましょう!情報が何もありません、演算が出来ません!危険が高すぎます!』

 

 此処へ来た目的、ワームホールの発生阻止を達成するための演算が出来ない。

 正確な演算を行う為には事前に正確な情報が手元にある必要がある、だがそんな物は此処には無い。

 不確定要素が、未知が多すぎた、正確な演算など出来る筈も無く五号から導き出されるのは幾つのエラーだけだ。

 

「成程、それじゃ実験装置に突き刺さっている触手は一本残さず切る、実験装置は完全破壊、以上!」

 

『お父様!!』

 

 五号が操る機器はノヴァの言葉を聞き間違える事無く正確に拾う。

 だからこそ信じられない、現状を理解できないノヴァではない、この先に待ち構える危険も理解できる筈なのだ。

 しかし五号のカメラが映したのは何時もと変わりないノヴァの横顔であった。

 

「五号、逃げる段階はとっくに通り過ぎた。情報の有る無しに関わらず装置を破壊しないと駄目だ」

 

『馬鹿なんですか!未知の敵です、死にますよ!』

 

「ゴメンな、五号。お父さんは頭のいい馬鹿なようだ」

 

 そう言ってノヴァはカメラに向かって笑い掛ける。

 ノヴァとしても五号の疑問に対してしっかり向き合って話し合いたいが時間がない。

 破壊して出来た入口からノヴァは中央に向かって走り出し──だがノヴァは急いで瓦礫に身を隠す。

 その直後ノヴァ達がいる場所に向けてエイリアン側から猛烈な銃撃が撃ち込まれた。

 

「予備部隊か、デカブツはいないが数が多い」

 

 隠れた瓦礫から覗き見る限りでは相当数の兵士クラスのエイリアンが確認出来た。

 撃ち込まれる光弾は射手の多さもあり濃密な弾幕となってノヴァ達の身動きを封じる。

 下手に顔を出せばその瞬間に蜂の巣になるのは間違いない、だが弾幕が途切れるのを待つ事は出来ない。

 

『シーク…エ、ス起動、…200、秒』

 

「ノヴァ様、私達が抑えます。セカンドと共に中央へ」

 

「任せた!」

 

 タイムリミットは刻々と迫っている、中央にある実験装置から聞こえる音は益々大きくなっている。

 悠長に考えている暇は無い、ノヴァは護衛部隊長の進言を聞き入れると共に、携行している閃光手榴弾をエイリアンの集団に向かって投げ入れる。

 設定された起爆時間を迎え轟音と閃光がフロアを覆う、エイリアンの弾幕が一時的に途切れた瞬間を逃さずノヴァとサリアは同時に動きだした。

 

 走り出した二人は注意を分散させる為に途中から二手に分かれ中央にある実験装置に向かう。

 だが閃光手榴弾による一時的な混乱から立ち直ったエイリアンは二人を阻止しようと銃を向ける。

 一瞬で数えるのは不可能な銃口の数、だが引き金を引かれる前に護衛アンドロイド部隊による銃撃がエイリアンを襲う。

 正確な銃撃によって銃口を向けていたエイリアンの頭が吹き飛び、銃を携えた腕が吹き飛ばされる。

 銃撃を避ける為にエイリアンは実験装置の影に隠れ、多くのエイリアンが応戦せざるを得ない状況に追い込まれた。

 

 無論エイリアンの全てが釘付けになったわけではない。

 ノヴァの目の前に現れたエイリアンもその内の一体、構えられた銃口が仄かに発光する──が撃たれる前にノヴァが構えていた小銃によって蜂の巣にされた。

 

「邪魔!」

 

 糸の切れた人形の様に倒れ込むエイリアンの死体を蹴とばす。

 その直後に目の前に現れたエイリアンにもノヴァは速度を落とす事無く突き進む。

 槍の様に突き出した銃口が乱杭歯を砕いて入り込み銃撃、頭蓋骨と脳漿を撒き散らして即死するエイリアン。

 弾切れを起こし突き刺さった小銃はそのまま、引き抜く手間が惜しいとばかりに先程殺したエイリアンの銃をノヴァは拾った。

 

「いい武器じゃん、貰うぞ」

 

 SFチックな見た目であるが性能は身を以て知っている。

 どうやら個別認証等のセキュリティーも無いようでノヴァにも問題なく使えるようである

 両手にエイリアン製の小銃を構えノヴァは進行方向に立ち塞がる敵に銃撃を行っていく。

 

「邪魔だ、死ね!」

 

 ノヴァの罵声と共に放たれた光弾はエイリアンの身体に着弾すると共に肉を弾き飛ばし指先程度の穴が出来る。

 光弾一発では小さな穴であるが短機関銃の如く撃ち出される光弾によって穴だらけにされたエイリアンは極短時間の内に大量出血を起こされ力尽きた。

 だがノヴァが一体倒しても直ぐに二体目が現れては進行方向を塞ぎ、また銃撃をして来た。

 脚を止めることなくノヴァは横に逸れる事で躱すが方向転換をした先にもエイリアンが現れた。

 銃口を向けてはいないが此方を認識している、方向を変えようにも聞こえてくる足音からして囲まれるのは時間の問題である。

 

「だったら上に逃げようか!」

 

 ノヴァは目の前にいたエイリアンを踏み台にして実験装置の上に飛び乗る。

 軋みを挙げて実験装置が変形する前に次の足場に飛び移る、それの繰り返しによってノヴァは中央にある実験装置に向かう。

 援護射撃もあるが下からエイリアンによる銃撃は大雑把なものである、飛び乗った事でバランスを崩し倒れる実験装置によってエイリアン側が正確に狙えない影響もある。

 

 そして銃撃と轟音と怒声と叫び声が木霊する空間をノヴァは走り切った。

 

「人類の英知に触手プレイを決めてんじゃねえ!活け造りにしてやんぞ、この薄気味悪いタコが!」

 

 実験装置に辿り着いたノヴァは挨拶代わりに装置に突き刺さっている触手の一本を切り飛ばす。

 夥しい量の血が断面から流れ、エイリアンはフロア全体に響く叫び声を挙げた。

 そして装置に突き刺していた触手を全て引き抜き、宙に浮かびながらノヴァと相対した。

 

「初めましてエイリアン、それ以前に言葉通じている?まぁ、どっちでもいいけど」

 

 言葉による返礼は無い、代わりに宙に浮かんだエイリアンは触手を高速で放った。

 放たれた触手は命中しなかった、先程迄ノヴァがいた場所に触手は深く突き刺さり床を大きく変形させるに留まった。

 

「触手プレイは勘弁!そもそもお前出る作品間違っているだろ!」

 

 ノヴァの叫び声にエイリアンは何も反応しない、撃ち出した触手を引き戻し無機質な目で見つめるだけだ。

 

『シーク…エ、ス起動、…150、秒』

 

 壊れた人工音声によるアナウンスがフロアに響く。

 

 残された時間はあと僅かである。



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決着

 これで章終わりです。


 空飛ぶタコであるエイリアンから放たれる触手は強力である。

 実験装置の陰に隠れたとしても伸縮自在の触手が装置を容易く貫きノヴァを仕留めようと動く。

 不意打ちで触手を一本切り飛ばしたせいかエイリアンは警戒して宙に浮かび続けている。

 

 以上の二点からノヴァが取れる行動は限定される──つまり逃げ回りながら撃ち続けるだけである。

 

「五号!兎に角撃ちまくれ!撃って撃ちまくれ!」

 

『私には射撃管制システムは搭載されていません!命中率は著しく低いんですけど!?』

 

「問題ない!的がデカいから適当に数撃てば当たる!兎に角撃ちまくれ!」

 

『やればいいんでしょ!やればぁあああ!?』

 

 後ろを振り向いて銃を撃ち続けながら逃げる曲芸染みた芸当はノヴァには出来ない。

 今も全力でフロアを逃げ回るのが精一杯であり銃を撃つ余裕など無い。

 そんなノヴァに代わって銃を撃っているのは五号であり強化外骨格に備え付けられた武装保持アームを操作して銃を撃っていた。

 携行していた実弾兵器の弾は既に尽き、今やエイリアン製の銃を三丁構えながら慣れない銃撃を続けていた。

 

「オラ!銃置いてけ!」

 

 そして牽制の為に途切れることなく撃ち続けて弾切れを起こした銃の代わりはノヴァが兵士クラスのエイリアンを見つけては腕を切り飛ばして強奪を繰り返していた。

 逃げて、撃って、奪って、逃げる、実験装置を破壊する暇は無い、ノヴァ達は戦闘の始まりから今迄宙を浮かぶエイリアンから逃げ続けていた。

 まさに絶体絶命の危機、僅かでも選択を間違えた先に待ち構えているのは死である。

 

 だがその甲斐はあった。

 ノヴァを1秒でも早く殺害する為に上位個体は逃げ続けるノヴァを追跡し続けていた。

 配下の戦力も未だに健在だが一番戦闘力の高い敵を引き付ける事にノヴァは成功しているのだ。

 そしてのノヴァは一人で戦っているわけではない。

 

『実験装……火災、発生、システ…緊、急停止』

 

 ノヴァが命懸けの鬼ごっこをしている最中に実験装置の一角が爆発を起こした。

 エイリアン由来の未知の領域に踏み込むため研究所に建造された実験装置には幾つもの安全装置が仕掛けられておりその一つが作動したのだ。

 幾重にも組み込まれた安全装置をエイリアンは無効化して実験装置を起動させたがノヴァに付きっきりな現状止める術は無い。

 

「GURAAA!!」

 

 ノヴァの追跡を中断し咆哮を上げる姿はまんまと出し抜かれたことに怒り狂っているように見える。

 そして起動を継続させるために上位個体は急いで触手を実験装置に突き刺した。

 

「余所見とは余裕だなタコ!」

 

 エイリアンの攻撃が止んだ瞬間を逃さずに今度はノヴァが攻撃に転じた。

 周りに立ち並ぶ様々な機材を足場にして駆け上がり、宙に浮いたエイリアンに飛び移る。

 身体を固定する為に剣を身体に突き刺したのが余程の痛みなのかエイリアンは悲痛な叫び声を上げながら身体を大きく揺らす。

 暴れ馬の様に上下左右に揺れるエイリアンの身体の上をノヴァは剣を支えにして必死に耐える。

 

「五号!風穴を開けろ!」

 

『いい加減死んでください!』

 

 五号は操作しているアームに装着された三丁の銃口をエイリアンの身体の一点に押し付ける様にして発砲。

 光が瞬くと同時に血肉が弾け飛び、撃ち終わる頃には腕が簡単に埋まってしまう程の大穴が刻まれた噴水の様に血が噴き出している。

 だが人体を軽く超える巨体を持つエイリアンの命には届かない、大量出血による失血死を狙うのであれば同様の穴が最低でも三個必要だろう。

 

「プレゼントだ!受け取ってくれよ!」

 

 エイリアンの振り落としに耐え切れなくなったノヴァは支えになっている剣を手放した。

 そして振り落とされる直前に五号が刻んだ大穴に腕を突き刺し手に握っていた手榴弾を身体の奥深くに埋め込んだ。

 効果は絶大、ノヴァが地面に降り立った瞬間にエイリアンの身体が風船の様に膨らみ爆ぜる。

 銃撃とは比にならない大量の血と肉片が雨の様に降り注ぎフロアの一角を鮮血に染めた。

  

「GeRRAaaAA!?!?」

 

「流石に堪えただろ!」

 

『敵が高度を落としています!潰されない様に移動してください!』

 

 宙に浮く事が出来ない程のダメージを負ったのかエイリアンは減速する事なく轟音と共にフロアに墜落した。

 しかし浮いていた高度は大したものではないせいかエイリアンは未だに息を保っており巨大な身体を暴れさせている。

 

「危な!?」

 

『今すぐ離れて!』

 

 轟音と共に触手が振るわれ実験機器が面白い様に吹き飛ばされる。

 範囲内にいた兵士クラスのエイリアンも同じように暴れる触手に吹き飛ばされフロアの壁に衝突しては紅い華を咲かせた。

 

「ノヴァ様、無事ですか!」

 

「サリアか!こっちは大丈夫、そっちは?」

 

「実験装置の破壊に成功しました。電力供給のケーブルを四本切断しているので供給される電力は大幅に低下しています」

 

「そうか、なら勝ちか」

 

 未だに痛みにのたうち回っているエイリアンだが実験装置を見れば稼働音は小さくなり実験に必要な電力が供給されない事で中断シークエンスに入っている。

 後は空飛ぶエイリアンを仕留めて残った残敵を掃討すればこの一件は終わる事が出来る。

 

「これで最後、遠距離から銃撃で仕留める」

 

『ようやく終わりですか……』

 

「五号、気を抜くのはまだ早いです。あの薄気味悪い生物の生体反応が完全停止してから気を抜きなさい」

 

 そう言って各々が未だに暴れ回るエイリアンに向けて武器を構え、発砲した。

 光弾が雨霰と降り注ぎ血肉を弾き飛ばし、放たれた擲弾が爆風と共に触手を粉微塵にして吹き飛ばした。

 戦闘でも何でもない作業染みた銃撃は的確にエイリアンの命を削る。

 しかしエイリアンも無抵抗で撃たれ続けたままではない。

 撃ち込まれる方向を察知する為に身体を突き抜ける激痛を手掛かりにして、触手を真下に突き刺し床を盾として持ち上げた。

 

「しぶといな、いい加減──」

 

 死んでくれ、とノヴァは言い切る事が出来なかった。

 

『縺薙?縺セ縺セ縺ァ邨ゅo繧峨↑縺??√♀蜑阪□縺代?谿コ縺』

 

 聴覚でも視覚でもない五感を通した情報ではないものが脳裏に大音量で響き渡る。

 頭が割れそうなほどの痛みと共に何かが直接頭の中に投げ込まれたような異様で異常な感覚はノヴァが膝を付いてしまう程の物であった。

 

『お父様!?』

 

「ノヴァ様!?」

 

 突然の急変にサリアと五号は射撃を中断してノヴァの安否を確認してしまった。

 そしてエイリアンは漸く掴んだ千載一遇の機会を逃す愚か者では無かった。

 轟音と共に床を持ち上げて作った即席の盾が粉砕され無事な触手が一斉に放たれた。

 

 エイリアンの行動に即座に反応したサリアは戦斧で迫る触手を切り払った。

 だがそれも三本が限界、切り払い損ねた触手がノヴァに向かって突き進み巻き付いた。

 

「何をしている貴様ァ!」

 

 サリアは引き寄せられるノヴァの手を掴む。

 そしてこれ以上引き込まれない様に戦斧を地面に突き刺して固定した。

 

『薄気味悪いソレでお父様を引っ張るな!!』

 

 五号はアームを操作して銃撃を加えるが先程迄の銃撃で弾の大部分を消費しており触手を千切る前に銃が弾切れを起こした。

 ならばと鈍器代わりに銃器をぶつけるが勢いが全く足らない、触手を殴打するだけで傷一つ付ける事が出来ない。

 

『実験開、始……へ接続、ワーム、ル生成』

 

 状況はさらに悪化する。

 盾の陰に身を潜めていた時にエイリアンは触手を実験装置に突き刺して再稼働させていた。

 だが当初の目的でもある遥か彼方にある星に至る穴を穿つ事は出来ない。

 時間も無い、正確な演算を行える余裕も無い、故に上位個体は確実に脅威を取り除く事を選択した。

 

 そして実験装置の真上に空間を穿つ穴が作られた。

 

「吸い込まれる!?」

 

 サリア達の周りに撒き散らされていた瓦礫が動き始める。

 最初はゆっくりと動き出していたが次第に浮きはじめて最後にはワームホールに吸い込まれるようにして孔の中に消えていった。

 エイリアンも瓦礫の様にワームホールに吸い込まれ始めており触手に捕らわれたノヴァも引き寄せられている。

 

『お父様、起きて!!』

 

「五号!ノヴァ様の容態はどうなっていますか!」

 

『バイタルは正常!でも気絶している!』

 

「大声で呼び続けなさい!」

 

 サリアはノヴァが吸い込まれるのを阻止するのが限界であった。

 引き寄せる力は強くノヴァを掴んでいる腕には過剰な負荷が掛かり人工筋肉は断裂を始めていた。

 サリアの視界には幾つものエラーが表示され機体が悲鳴を挙げていた。

 だがサリアは掴んだノヴァの手を離さない。

 フレームが修復不可能なレベルで歪み始め、機体表面の外装が罅割れ其処から内部機構が露出を始めた。

 腕部人工筋肉の断裂は4割を超え千切れた繊維が飛散して関節部からは火花が散る。

 

「サ、リア?」

 

『お父様!?』

 

「ノヴァ様、もう少し耐えて下さい!」

 

 そんな窮地の最中にノヴァは気絶状態から回復した。

 だが状況が理解出来た時には既にノヴァの手に負える範囲ではなくなっていた。

 引き千切れそうになる腕に全力で噛み付いて支えにしようとするサリア、その機体が今にもバラバラに弾け飛びそうな様子をノヴァは見つめる事しか出来ない。

 

『ノヴァ、ま、無事ですか!』

 

 だが強化外骨格のヘルメットから五号でもサリアでもない通信が入る。

 ノヴァはまだ壊れていないセンサーから此方に向かっているのが護衛部隊だと分かった。

 

「装置を撃て!」

 

 ノヴァはヘルメットの中で叫んだ。

 その直後ワームホールを生成している実験装置に向かって銃撃が加えられる。

 護衛部隊の最後に残った銃弾や擲弾は一発も外れることなく実験装置に命中し火花と爆発音が瞬く。

 ワームホールの形が不規則に揺らめくと同時に孔が狭まっていく。

 

 ──だが孔が閉じ切る前にサリアの機体が限界を迎えた。

 

 人工筋肉が一際大きな音を立てて断裂、関節部が火花と共に弾け飛び肘関節が壊れた。

 

「あっ」

 

 ノヴァの手にはサリアの手があった。

 だがサリアの姿が遠ざかっていく、五号の叫び声がヘルメットに木霊する。

 

「の、ヴぁ、さマ!」

 

 フレームが歪み発声器官に甚大な損傷を負ったサリアの声が聞こえる。

 それにこたえる前にノヴァはワームホールに吸い込まれて──そして孔が閉じた。

 




 閑話を挟んで次章を書いて行きます。

 後ノヴァは死んでいません、今後とも苦労してもらう予定です


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ノヴァ遭難記録
敵地の中心で


*2023/08/20
 アンケートを締め切ります。
 また今後の予定としてノヴァが登場する本編を進めていき生活が安定してから間話を挟んでいく予定です。



 自分を繋ぎ止めていたサリアの腕が引きちぎれノヴァはワームホールに吸い込まれた。

 遠ざかるサリアと護衛部隊の姿、ヘルメットからは大音量で叫ぶ五号の声が聞こえる、必死に手を伸ばすが誰も掴み取る事が出来なかった。 

 

 ワームホールについてノヴァが知っている事は少ない。

 SF作品に頻出する専門用語として、くぐり抜けることで遠く離れた場所へ一瞬で移動できる概念という浅い理解にとどまっている。

 そして映像作品による演出の仕方も千差万別、一瞬で潜り抜けてしまうものからエキセントリックな演出が挟まるものまであり統一はされていない。

 だからこそ実際に体験した感覚をどう表現すればいいのかノヴァには適切な言葉を見つけることが出来なかった。

 それは深い穴に真っ逆さまに落ちているような感覚であり、空を飛んでいるかのような感覚でもあり、一瞬であり、途方もなく長い間のようにも感じられた。

 

 だが摩訶不思議な感覚も永遠には続くことがなかった。

 僅かな浮遊感と共に見知らぬ空間に放り出され、重力を思い出したかのように身体は落下し地面に叩きつけられた。

 

「痛ッ……くはない?何がどうなっているんだ」

 

 無意識で受け身と取っていたのかノヴァは大の字に寝ころんでいた。

 そのおかげがかなりの高さから落ちたように思えたが感じたのはそこそこの衝撃だけであり強烈な痛みなどはない。

 緊張しながら強化外骨格を着込んだ身体を動かしたが問題なく動く、四肢が骨折している感覚もない。

 そしてノヴァが不幸中の幸いと思いながら起き上がると寝転がっていた地面に弾力があることに気付いた。

 

「うわ、タコ野郎の死体がクッションになったのかよ」

 

 ノヴァが見つけたのは先程まで死闘を繰り広げていた空飛ぶタコであるエイリアンの死体である。

 既に死んでいるのか見上げる程だった巨体は空気の抜けた風船のように萎んでおり、身体は肉の絨毯の様に広がっている。

 伸縮に富み軟体であった身体が落下するノヴァの身体を受け止めた、そのおかげで大きなダメージをノヴァが負うことはなかったのだ。

 

 その点にだけ関して言えば助けられたとも言えなくはないが──

 

「いや、やっぱお前のせいだ。気絶する位のわけわからん毒電波を浴びせやがって。さっさと死ねよR18Gタコ!」

 

 思い出したら怒りが沸き上がってきたノヴァはエイリアンの死体を蹴りつける。

 だが強化外骨格から繰り出した蹴りで帰ってくるのは固いゴムのような感触だけ、反応がない死体を嬲る事の無意味さを感じてノヴァは早々に止めた。

 

「というか此処何処だよ、何か目印になりそうなものはあるか五号。五号?」

 

 周りにあるものは見慣れない人工物らしきもの、光源らしき装置が幾つもある事から何らかの施設である事しか分からない。

 ノヴァはエイリアンの額に突き刺さったままであった剣を回収しながら五号に語り掛ける、だが五号からの返事は返ってこなかった、

 マイクが壊れたのかとノヴァは何度も五号に語りかけるがいくら待っても僅かな音声すら聞こえてこない。

 流石におかしいと思ってノヴァが肩越しに五号が操作しているカメラを見ると保持しているアームが項垂れていた。

 身体の上下運動に合わせてカメラの目線を一定に保つアームが全く稼働していない、それが意味することを理解したノヴァに冷や汗が流れた。

 

「おいおいマジかよ、五号の電波が届かない場所なのかよ」

 

 人工知能である五号の本体があるのは本拠地『ガリレオ』の地下にある演算処理施設である。

 そして今回の教育を兼ねた研究所探索の際には遠距離から五号が操作できる端末をノヴァの外骨格に外付けしていた。

 本体と操作端末を繋いでいたのは無人偵察機を改造して作った無人電波中継器であり効果範囲はウェイクフィールド全体を余裕でカバーすることが可能であり電波強度も高い。

 その中継電波が届いていない、つまり今いる場所が中継器のカバー範囲外であるという事実に他ならない。

 

 ──いや、まだそうと決まったわけではない!

 

 ノヴァは急いで外骨格のヘルメットを被って機体のシステムチェックを行う。

 ヘルメットに内蔵されたモニターには外骨格各部の状態が表示され全てに異常がないことを告げていた。

 それは外部通信モジュールも同様である、つまり電波が受信できないのは強化外骨格の問題ではなくノヴァが中継電波の範囲外にいることが決定的になった。

 

「救難信号発生装置は……生きている、壊れてはいない」

 

 幸いにも機体に内蔵されている救難信号発生装置は無事だ。

 デイヴやサリア達アンドロイドの強い要望で機体に備え付けられた特別製であり不測の事態に備えて用意したものだ。

 装置が発する強烈な電波を巡回飛行している偵察機が受信、位置を逆算して特定しサリア達が迎えに来る使用になっている。

 命綱が無事であったことに心底安堵したノヴァは気を取り直して移動を始める。

 電波を発する以上閉鎖空間や建物内部を避け、見通しのいい場所や外に出る必要があるのだ。

 

「取り敢えず此処が何処なのか特定するのは後回しにして、何処が見通しのいい場所に──」

 

 独り言を言いながら足を動かしていたノヴァだがその足は途中で止まった。

 原因は遠くから響いてくる足音、規則正しく幾つも重なって聞こえてくる音から集団で移動している。

 加えて時間が経つに連れて音は大きくなっていく、それは此処に向かってきているか近くにある別の施設に向かっている途中なのだろう。

 

 ──幸先がいい、此処には人がいる!

 

 無意識そう考えて足音の元に移動しようとしたノヴァ。

 だが地面に絨毯の様に広がっているエイリアンの死体を踏んだ嫌な感触が舞い上がった心を否応なしに落ち着かせた。

 

 そうなると気になる事が幾つも沸き上がってくる。

 こちらに近づいてくる集団は友好的な存在なのか、敵ではないのか、……そもそも人間なのか。

 緊張か、不安か、あるいは両方のせいかノヴァの呼吸が浅くなる。

 無意識のものであったがそれがノヴァの頭を冷やし慎重な行動を促した

 

 ノヴァは今、自分がいる場所を見渡して潜伏に適した場所を見つけ其処に隠れた。

 強化外骨格を脱ぐという選択肢はない、着込んだ状態でも全身を隠せる場所に身体を丸めて押し込み機体稼働状態を最低限にする。

 薄暗い視界の中でノヴァは息を潜め此方に近づいてくる足音の正体を見極めようとした。

 

 ──もし人間であれば少しだけ観察してから事故で意識を失っていたと装って話しかけよう。

 

 そんな事を考えている内に足音の集団がノヴァとエイリアンの死体がある部屋に入ってきた。

 ノヴァは息を潜め、存在感を希薄にし、されど意識は明確に集団の正体を確認した。

 

「……マジかよ」

 

 ノヴァが目にした足音の正体、それは人ではなかった。

 だが頭部に髪は無く三対の黄ばんだ眼を持ち、剥き出しの鋭利な乱杭歯という人間ではありえない頭部を持った人型。

 此処に連れ去られる前に散々と殺し合いを行ってきた敵であるエイリアン、その中でも兵士クラスに所属する個体が何体もいたのだ。

 ノヴァは思わずささやいてしまったが幸いにもエイリアンには聞こえていないようでノヴァが隠れている場所に注がれる視線は今のところ無い。

 仮に見つかれば戦闘は不可避、味方もいない状態では物量で磨り潰される最悪な可能性がありありとノヴァの脳裏に浮かんでしまう

 

 故にノヴァは必死に息を潜め存在感をなくそうと努めた。

 その甲斐もあってかエイリアンはノヴァに気付くことなく死体となっているエイリアンの方ばかりに注視している。

 そのまま死体にだけ気を取られてこっちに気付かないでくれとノヴァは祈ったが、その後のエイリアンの行動はノヴァの想定外のものであった。

 

「噓だろ、共食いしてやがる」

 

 兵士クラスのエイリアン達が一斉に死骸に喰らいついた。

 ぶちぶちと肉がちぎれていく音と口汚い咀嚼音が部屋に響き渡る。

 自分達に指示を出せる個体ではあっても死んで死体となれば食料として扱われる。

 合理化の極致、あるいは特異な生態系がもたらした習性なのかノヴァには判断できない。

 今ノヴァが出来る事は息を潜め、エイリアンの食事が一秒でも早く終わることを祈る事だけだ。

 

 死闘を繰り広げていた敵の死体が同じエイリアン仲間に食われ、一部のエイリアンは身体を引き裂いて体内から何かを取り出している。

 死体を切り分け分割し、内臓を啜り、最終的に分割された死体はエイリアンによって運ばれて姿を消した。

 後に残ったのは死骸から流れ出た膨大な量の血、それは床一面に広がり池の様になっている。

 

 エイリアンの足音が遠ざかり完全に聞こえなくなった瞬間にノヴァは漸く気を抜くことが出来た。

 体力を使い尽くした後の様に壁に背中を預けると息を吸うためにヘルメットを外──そうとしたが目の前の惨状を見て中断する。

 代わりにヘルメットの中で盛大な溜息をつき、そして小声で呟いた。

 

「……どうしよう」

 

 ノヴァは余りの情報量に混乱していた。

 目の前で繰り広げられた惨状に冷や汗は止まらないし身体は小刻みに震えている。

 何よりノヴァの置かれた現状が悲惨なものである。

 

「アブダクション、されちまっているじゃん」

 

 地球外生命体、エイリアンによる誘拐を指す言葉として【アブダクション】がある。

 誘拐の目的は様々あり人体について調査を行うため、攫った人間を使った人体実験、謎の物質を謎技術で人体に埋め込む等多種多様である。

 

 結論から言えばノヴァは非常に危険な立場であり、現在進行形で命の危機が続いているハリウッド映画も真っ青な状態であった。

 



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潜伏記録

 潜伏記録1日目。

 今日から音声で記録を残す事にした、音声記録はヘルメットのレコーダーに記録していつでも聞き返せる様にしている。

 

 まさか自分が映画やゲームでありがちな行動を採るとは思わなかった、だが正気を保つ為には必要な事だと痛感している。

 映画やゲームではそんな物を残さず行動しろよと思って馬鹿にしていたが当時の自分の浅はかさに説教をしたくなる。

 実際にやってみれば誰に聞かせるわけでもない独り言を残しているようにしか見えない、だが実際にやってみると次第に落ち着いてきた。

 

 それと救難信号を出そうとも思ったがサリア達の代わりにエイリアン共が迎えに来そうで押すに押せない状況だ。

 起動させるとしたらエイリアンの支配地域外に出てからでないと怖くて押せない、とりあえず誤作動させないように回路を切っておく。

 

 さて、正直に言って状況は最悪だ。

 エイリアン共が消えてから施設の中を探索したが全容は未だ掴めない。

 建材からして人工物のようだがエイリアンが作ったものか人類が作ったものか全く判別できない。

 それでもかなりの時間を隠れながら行動を続けたが流石に限界がきて中断せざるを得なかった。

 今は施設の奥まった場所に隠れている、積もった埃の量からして早々に見つかることはないと思うが断定はできない。

 安全確保の為に手持ちの手榴弾で即席のトラップを仕掛けた後に此処で今日は寝ることにする。

 危険だが、そうしないと体が持たない。

心配なのは寝付けるかどうかだが……深くは考えないでおこう。

 

 

 それと今の状況が夢で、目が覚めたら何時ものベッドで寝ている事を願う。

 

 

 

 

 

 潜伏記録2日目。

 夢ではなかった、覚醒して目にしたのは見慣れた光景ではなく埃が積もった薄暗い空間だった。

 流石に気分が落ち込んだがじっとして居る訳にはいかない。

 生き残りたいのなら行動を起こさないといけない、そう考えて探索を再開した。

 

 それと今日から探索の際には強化外骨格を脱いで隠密に特化した装備で行う事にする。

 隠密特化だとエイリアンに見つかって戦闘になったら危険であり高確率で死んでしまうだろう。

 だがそれは強化外骨格を装備した状態でも同じ、エイリアンの一匹二匹やったところで囲まれて袋叩きにされる結末しかない。

 いま必要なのは戦闘能力ではなく隠密性能、エイリアンに察知されずに行動ができる事が重要であると判断した。

 

 それと収穫は少ない、施設には吹き抜け空間があって大体の構造に検討をつけることが出来たがそれだけだ。

 詳細は端末に記録して幾つか予想図を描いてみたが自信はない、先ずは地道に探索を重ねていく必要があるだろう。

 

 あと食料と水が尽きそうになっている。

 少しずつ飲み食いしていたが元から量が少ないのもあって残りは一日分といったところだ。

 何とか食料と水を見つけ出す必要がある、だが見つかるのか、不安は尽きない。

 

 今日は此処までにしよう。

 明日の目標は水と食料、それと予備の隠れ場所も幾つか発見することを目標とする。

 

 

 

 

 

 

 潜伏記録3日目。

 今日は施設の下層を探索しようと下に降っていくとエイリアンの雄叫びと銃声が聞こえた。

 見つからないようにひっそりと発生源に近づくと其処ではエイリアンと小さい何かが戦っていた。

 目を凝らして戦闘を観察すると驚いた事にエイリアン以外の生物がいた。

 小型犬くらいの大きさで見た目は四つ足のサソリのような……虫? 爬虫類? とにかくそれが集団でエイリアンを襲っていた。 

 しばらく眺めていたが多勢に無勢でサソリが一見有利に見えたがエイリアンの武装を前にしては動く的にしか過ぎずサソリみたいな生物は難なく駆除された。

 それからエイリアンが去った後にサソリを調べてみたが姿形がエイリアンに近く近縁種なのか野生化した個体かもしれない。

 それと死骸はそこそこの大きさであり、銃撃で吹き飛んだ四肢は食べられそうなのでいくつか回収した。

 

 どうやら今いる施設は下方向に向かって拡張を行っている途中らしく兵士クラスとはまた違ったエイリアンを見つけた。

 ツルッパゲの青白い人型が黙々と働いていた光景はひたすら不気味であり背筋が寒くなった。

 その後も怯えながら下層の探索をしていると工事が完了していない区画を発見した、するとそこには剝き出しの地層があった。

 今自分がいるのはエイリアンの宇宙船ではないかと頭の片隅で考えていたからうれしい発見だった。

 それから働いているエイリアンを観察することで休息所らしき施設、いや装置を発見した。

 不気味なエイリアンではあるが生命体である以上休息は必要らしい、装置を調べると寝ているエイリアンの口の中にゲル状の何かを流し込んでいた。

 食料と水分補給を兼ねたものだろう、そこから装置に繋がっているケーブルを辿って地下水脈を汲んでいる装置を発見した。

 ゲル状物体に加工される前の段階で水を補給できるように揚水装置をバレない様に弄った、これで水については問題ない。

 

 此処で今日の探索は切り上げた。

 隠れ家候補も幾つか見つけそのうちの一つで今日は過ごすことにする。

 あと今日の晩御飯はサソリ? の脚の丸焼き、エイリアンの銃を分解して即席のレンジを作って加熱する。

 味は……何だろう、でかい虫よりマシ、かな、鶏モモ肉? いや違う、マジで何だろう。

 まぁいいや、明日の目標は上層の調査、食べたら早めに寝ることにする。

 

 おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潜、ぷ、……4日、メ。

 

 ダメ、今日、は……メ、あし、た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潜伏記録5日目

 腹を下した、生焼けだったようだ。

 昨日は一日中下痢が止まらなかった、隠れ家でずっと蹲っていた、だが吐き出した諸々が不味かった、その後も。

 順を追って説明する。

 

 ・腹を下して下痢が止まらず隠れ家の隅で出し続けていた。

 ・下痢の匂いを嗅ぎつけたのかサソリが大挙して押し寄せる。

 ・急いで応戦、その最中にエイリアンもエントリー、三つ巴の大乱闘スマッシュブラザーズ。

 ・下層で人間が居た事を知られないためにオレ暴れまわる、その際ボヤ騒ぎを何件も起こす。

 ・警報鳴り捲り、少し下痢が収まったら持ち物持って全力で逃走、サソリをおびき寄せるために糞濡れの衣類をエイリアンに投げつけた。

 

 結論から言えば昨日は人生最悪の一日だった、どうして生き残れたのか自分でも分からない。

 

 だが俺は決断した、絶対此処から生きて逃げてやると。

 

 とりあえず別の揚水装置から水を拝借、身体を清めて食事は芯まで熱を通して食べた。

 

 

 

 

 

 潜伏記録6日目

 今日は上層を探索、此処は色々な施設があり武器庫や機甲戦力? らしき多脚兵器が幾つもあった。

 気になるが後回しにして探索に集中する、上層は施設の多さに比例してエイリアンの数も多く探索は慎重に行う必要があった。

 また探索途中に施設全体を管制している部屋らしきものを発見、制圧するにはエイリアン数が多く不可能であったため床下を這いずり回って回線を拝借した。

 気付かれない様に幾つも細工を施したお陰でエイリアン側は全く気付いた様子はない。

 急いで端末に詰め込めるだけの情報を詰め込んで急いで退散した。

 

 そして隠れ家に戻ってから情報を解析、漸く施設の全容が判明した。

 あと地上に出るために出入口を発見したが外部に関する情報は少なく気温が非常に低い事しか分からない。

 だが希望は見えた、これからすべき事はどうやってここから出るか、その手段を見つけることだ。

 細かな調査は明日に回す、疲れたので今日はもう寝る、お休みなさい。

 

 

 

 

 

 潜伏記7日目

 奴等の戦車を奪って逃げることに決めた。

 

 探索の最中に見つけた多脚兵器はエイリアンにとって戦車のように運用する兵器であるらしい。

 搭載されたエネルギー兵器や実弾兵器は強力でありこれを使わない手はない。

 大まかな計画としては奴等の戦車を奪って地上に脱出、これを基にして計画を立案し問題を解決する。

 

 まず格納庫だが当然の様にエイリアンが巡回しており数も多い。

 多脚戦車もデータによれば三機待機状態にあり、この内一機を強奪しても残り二機が襲い掛かれば撃破されてしまう。

 それを防ぐには格納庫にいるエイリアンを殲滅して起動させない様にするかハッキングを通して操作権を奪うしかない。

 ハッキングは……できるのか? 

 いや、やるしかない。

 無力化するか遠隔操作できるように細工を施すか、今後を考えれば戦力を増やすためにも遠隔操作できるようにするべきだろう。

 

 地上に出るには通路を塞いでいる隔壁を解除する必要があるがこれは簡単だ。

 問題は異変に気付いたエイリアンへの対応、まず間違いなく大量のエイリアンが押し寄せてくるだろう。

 馬鹿正直に戦うのは無し、最優先するべきは戦闘を行うことなく地上へ脱出する事だ。

 その為には脱出に合わせて同時多発で問題を起こしてエイリアンを対処に向かわせて分散させる必要がある。

 

 よし、やることは決まった。

 仕込みの一覧を作成してから今日は寝ることにする、お休みなさい。

 

 

 

 

 

 潜伏記録8日目

 クソ! あのタコ死んでいなかった、クソが! 

 ……落ち着け、落ち着け、よし落ち着いた。

 

 今日は脱出に向けての仕込みを行っていた。

 施設全体を移動して効果的な場所にエイリアンからちょろまかした武器で作った爆弾を設置。

 信号を流せば何時でも起爆できるように下準備を行っていた。

 

 だがその際に奇妙な部屋を発見、回収したデータからは正確な用途を推測できず放置していたが如何やら上位個体専用の空間であったらしい。

 琥珀色の液体で満たされた巨大な水槽の中には空飛ぶタコがいた、クソッ! 

 如何やら上位個体の記憶中枢だけを移植して身体は新しく作っているようだ。

 しかし今日見たタコの大きさは研究所で見た姿に比べて二回り以上小さく再生が始まってから日はまだ浅いようである。

 だからと言って無視できるものではない、再生が完了するまで残された時間もデータによれば48時間しかない。

 

 いや、まだ48時間もある、とりあえず仕込む爆弾を増やす事にした。

 それとタコは一人で倒せるような相手ではない、そんな相手と真面目に戦う気は最初からない。

 何はともあれ時間との勝負、今日は爆弾を作ってから寝る、お休み! 

 

 

 

 

 

 潜伏記録9日目

 今用意できる最大の爆弾を二つ用意した。

 一つはこの施設に電力を供給している発電施設へ設置、残った一つはタコが浮いている水槽へ仕込んだ。

 どれも特別製であり破壊力は太鼓判を押せる代物だ。

 

 そして設置が終わり次第格納庫の制圧に取り掛かった。

 エイリアンの数は三十ほどいたが一体一体丁寧に始末して気付かれた様子はない。

 格納庫へエイリアンが侵入しない様に隔壁を下ろして外部からの操作を受け付けない隔離状態に移行、これで異常に気付かれても時間稼ぎにはなる。

 3機の多脚戦車の内1機は自分が操作するので外部から遠隔操作されない様に信号受信機器をすべて取り外した。

 残った2機も遠隔操作に必要ない信号受信機器を取り外しシステムの書き換えを行っているがあと8時間かかる。

 格納庫の制御室から外部に対して偽装データを送っているがいつまで持つかは分からない、だがやるしかない。

 

 あと格納庫で運搬用の多脚歩行機械を発見、こちらも多脚戦車と同様の細工を行いながらコンテナを積んでいく。

 中身はエイリアン側の武器、弾薬、機材、その他諸々がたっぷりと詰まっており根こそぎ持っていく。

 これでエイリアン側の戦力を減らせて嫌がらせもできる一石二鳥の冴えた方法だ、素寒貧にして迷惑料代わりに貰うぜ。

 

 へへっ、俺を此処に連れてきた事を後悔しながら死ねよタコ! 

 

 よし、やる事はやった、あとは寝るだけ。

 8時間後に脱出作戦決行、それまでお休みなさい! 

 寝るぞ!

 




今回は書き方を変えました。
内容をいつも通りで書いてしますと無駄に長くなってしますので記録形式で短縮しました。


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盗んだバイクで走り出せ!

 安眠と程遠い眠りはヘルメットに設定されたアラームが鳴り響くことで終わりを告げられた。

 潜伏してから何度も繰り返した動作だ、設定された時間が経過したことを知らせるアラームを慣れた手つきでノヴァは止めた。

 ノヴァの意識は眠りの世界からから現実に引き戻された。

 

 閉じていた瞼を開けると光が差し込む、だがそれは日の光ではない。

 強奪した多脚兵器のコックピットブロックに備え付けられた操作端末とモニターから発せられる人工的な光である。

 スリープモードであった機体は待機状態に移行、モニターが一斉に起動して放たれた光が視界を通して脳を刺激しノヴァの頭は覚醒していく。

 

「……十分に寝られたと思おう」

 

 寝心地は良かったとは口が裂けても言えない。

 エイリアン製コックピットには居住性という言葉は存在せず狭苦しく操作に必要なものしか置かれていない。

 クッションは存在せず座っている操縦席は全て固い金属で作られ座り心地は最悪、寝起きの身体はまるで石の様に固くなったと錯覚する程だ。

 それでも最低限の睡眠は取ることはできた、脱出作戦に欠かせない体力は大分回復できただろう。

 

 キャノピーを開放したノヴァはコックピットから立ち上がり背伸びする。

 硬くなった身体を解し全身に血が巡っていく、人っ子一人いない格納庫にノヴァの吐息が解けていく。

 ある程度の柔軟を終えたノヴァは次に自前の端末を操作して寝る前に設定した作業の確認を行う。

 画面には強奪したエイリアン製多脚兵器のシステムの書き換えが完了した事が表示されていた。

 

「システムの書き換えは全機完了、コンテナの積み込みも終わっていて仕込みも終わっている」

 

 システムの細部までチェックを行うが問題は見当たらない。

 格納庫にある多脚兵器の操作権はノヴァが握り戦力化が完了したといえるが試験的に動かしてみても問題は見つからない。

 出来れば実際に火器を起動させて戦闘時の動きを観察したいがそこまでする時間はなく、誤魔化すにも限度がある。

 端末の画面を切り替えると格納庫に対して中央にある管制室からの問い合わせのログが長々と表示されているのだ。

 寝ている間に送られてきたものであり、自動的に返信を繰り返すプログラムで誤魔化し続けてきたが流石に限界である。

 

 時間は残されていない、ぶっつけ本番で動くしかない。

 

「さて、それじゃ脱出作戦始めますか!」

 

 気合を入れるために叫んだ後、ノヴァはコックピットに座り込む。

 キャノピーが下がり見慣れないエイリアン製の操作端末を手に取る。

 

「一号機起動」

 

 掛け声と共にノヴァが搭乗している多脚兵器が待機状態から戦闘状態に移行。

 一号機と名付けられた機体から聞きなれない起動音がコックピットに響き、脚部が動きだして機体が持ち上がる。

 

「二号機、三号機起動」

 

 格納庫にあった同型の多脚兵器、それをノヴァは強奪し即席の無人機に仕立て上げた。

 二号機、三号機と名付けられた機体は一号機と同じエンジン音を響かせて戦闘状態に移行し問題なく動き出した。

 

「運搬機起動」

 

 見かけは百足のような脚を持った機体は積み込んだコンテナの重さに負けることなく立ち上がる。

 二対の脚が付いた胴体の上に二つのコンテナが積み重なり、それが6機連結され運搬機一機で12個のコンテナを運ぶことが出来る。

 そんな運搬機が格納庫には4機あり、その全てにコンテナが積まれノヴァの傍で命令を待っていた。

 

「よし、全機問題なく起動しているな。それじゃ移動開始」

 

 ノヴァが乗る一号機を追うように多脚兵器群が動き出す。

 重々しい足音を響かせながら格納庫を移動する様子に異常は見られずモニターを眺めていたノヴァはひとまず安心することが出来た。

 兵器の修理や換装も行う為か広く作られた格納庫の出口まで着くとノヴァは一号機の脚を止め、追い掛けていた兵器群も脚を止める。

 

「よし、此処からだ」

 

 ノヴァは端末を操作して外へ通じる出口を塞いでいる隔壁を開放させる。

 隔壁が動き出した瞬間に中央の管制室は異常に気付く、今迄のような誤魔化しは通用せず大量のエイリアンが押し寄せてくる。

 それは避けられない未来、だが既にノヴァは腹を括った。

 

 隔壁を制御しているシステムに侵入し作動させる。

 重い駆動音と共に隔壁が動き出す、だがその動作は逸るノヴァには余りにも遅く見えた。

 

「第1、第2隔壁解放。遅い、早く開いてくれ」

 

 隔壁が動き出してから10秒も経っていない、だが逸るノヴァには長い時間のように感じられた。

 そして隔壁が半分も開かない段階で施設に全体に甲高い音が響き渡る、エイリアンが異常に気付いたのだ。

 

「気が付いたか、だが数少ない武器で隔壁は壊せないだろう」

 

 監視カメラを操作すれば格納庫の出入口を封鎖している隔壁前には既に多くのエイリアンが集まっている。

 銃を持ったエイリアンが隔壁を破壊しようと銃撃をしているが数は少なく、本来であれば銃を装備しているエイリアンの手に武器は何も無かった。

 原因はノヴァが運び出したコンテナにある、中にはエイリアンが扱う銃が大量に納まっており本来であれば押し寄せたエイリアンが装備している筈の銃であるのだ。

 敵の武器を奪い、少しでも相手の戦力を低下させようとノヴァが考え付いた策であり効果は覿面であった。

 加えられる銃撃からして隔壁はもう暫く持つだろう。

 

「それじゃ景気よく爆発させ──」

 

 少しでも隔壁に集うエイリアンを分散させるためにノヴァは施設の色々な場所に仕込んだ爆弾を起爆させようとした。

 だがノヴァが起爆スイッチを押す前に一際大きな振動と爆発音が施設に轟いた。

 ノヴァの知る限りこのような大規模爆発が起こせる爆弾を仕込んだのは二か所だけだ。

 その一つである発電所の爆弾は未だに待機状態である、そうなると答えは一つしかない。

 

「あのタコ起き上がった!再生完了していないだろ!」

 

 端末に写された監視カメラ映像には途轍もない速さで移動する上位個体が映し出されている。

 しかし上位個体も無傷ではない、水槽に仕込んだ爆弾によって触手が何本も半ばで引き千切られており胴体の一部も欠けている。

 だがダメージをものともせず一心不乱に移動する姿はノヴァに危機感を感じさせるのに充分であった。

 

 急いでノヴァは施設に仕込んだ爆弾を起爆させた。

 起爆スイッチが押されると同時に幾つもの爆発音と振動が施設に轟いた。

 

「クソッ、分散しないで此処に一直線かよ!」

 

 だが上位個体は元より他のエイリアンまでもが格納庫を目指して移動していた。

 この調子で集結されれば格納庫への侵入を防いでいる隔壁も持たない、あるいは上位個体の触手によって穴だらけにされるだろう。

 

「チッ、隔壁は上がりきっていないが運搬機から先行!」

 

 ノヴァの命令を受けた4機の運搬機が動き出す。

 上がりきっていない隔壁によって積まれたコンテナの上部がギャリギャリと金属が擦られる音を奏でながら隔壁の向こう側へと姿を消していく。

 戦闘状態である多脚兵器が潜り抜けるにはあと少しだけ時間が掛かる、その時間を稼ぐためにノヴァを含めた三機の多脚戦車は照準を格納庫への侵入を防いでいる隔壁に向ける。

 

 異変はすぐに表れた、轟音を立てながら隔壁が歪んでいく。

 監視カメラの映像を見れば上位個体が残った触手で攻撃しており、隔壁は攻撃を受ける度に歪み拉げていく。

 そして一際大きな轟音と共に隔壁が打ち破られる、破壊された隔壁を跨いでエイリアンの大群が格納庫に流れ込んできた。

 

「死にさらせ!」

 

 ノヴァは格納庫の出入口に向かって多脚兵器に搭載された火器を放った。

 格納庫への侵入口は一ヶ所しかない、そのお陰でエイリアンは一塊にならざる得ず其処にノヴァは火力を集中した。

 遠隔操作している2機の多脚兵器もノヴァの後に続くように搭載された火器を放ち、濃密な弾幕となってエイリアンを迎え撃った。

 

「お前らのせいで臭い飯を食う羽目になって、碌に眠れない生活を送る羽目になったんだ!その借りをたっぷりの利子をつけて返してやる!」

 

 ノヴァの攻撃によりエイリアンの攻勢を一時的に押しとどめることが出来た。

 だが押し寄せるエイリアンの数は多く、僅かに空いた弾幕の隙を搔い潜り攻撃から運よく逃れたエイリアンが格納庫の中に侵入する。

 現状の弾幕を薄くして侵入したエイリアンの対処まで手が回らないノヴァに対してエイリアンは攻撃しようとし──仕掛けられた罠を起動させて下半身が吹き飛ばされた。

 

「トラップゾーンへようこそ!隔壁付近には大量の罠が仕掛けているんだよ、兵器奪ってそれだけと思ったか馬鹿め!」

 

 ノヴァが強奪したエイリアン製多脚兵器は強力である。

 それでもイナゴの様に押し寄せるエイリアンを完全に押しとどめるには手数が足りなくなることをノヴァは理解していた。

 故に弾幕を抜けられることを前提に隔壁付近には大量の罠を事前に仕掛けておいたのだ。

 多脚兵器の弾幕で敵を押し止め、カバーはできない範囲には大量の罠で対応するのがノヴァの考えた時間稼ぎだ。

 

 ──だがノヴァの策をエイリアンは力ずくで破ってきた

 

「噓だろ、お前死んどけよタコ野郎が!」

 

 上位個体は自身に次ぐ巨体を持つ人型エイリアンであるタイタンを肉壁にして前進してきた。

 足止めの攻撃は悉くタイタンに命中し後ろに隠れた上位個体を筆頭にエイリアンが次々と侵入してくる。

 ノヴァは射撃をタイタンに集中して前進を食い止めようとするが速度が幾らか落ちただけ、兵士級のエイリアンの撃ち洩らしも多くなるが仕込んだ罠で何とか足止めはできていた。

 だが戦況は次第に悪化している、このままではエイリアンに追いつめられるのも時間の問題──だが当初の目的である時間稼ぎをノヴァは果たした。

 

「漸く上がりきった!」

 

 隔壁は完全に上がっていない、だが多脚兵器が通り抜けられる高さは既にある。

 ならばこれ以上の戦闘は不要、ノヴァが操る多脚兵器が後退していき一つ目の隔壁を跨いでいく。

 残った隔壁はあと一つ!それを越えれば待ち望んでいた外である。

 そして最後の足止めのための起爆スイッチをノヴァは握る。

 

「あばよタ……」

 

『繧医¥繧ょ・ス縺榊享謇九@縺ヲ縺上l縺溘↑縲∵ョコ縺励※繧?k縺樔ココ髢難シ』

 

 だがスイッチを押そうとしたノヴァの頭の中に言語化出来ない、大音量の何かが響き渡る。

 それは研究所でノヴァが一時的に気を失ったものと同じであり上位個体が放ったものである。

 それを再び喰らったノヴァは意識が吹き飛びそうになり

 

 ──だが耐えきった。

 

「──残念だったな!思った通り、てめぇの毒電波は間に何か挟めば軽減できるらしいな!」

 

 正体不明の攻撃によって鼻血を流しながらもノヴァはコックピットの中で叫ぶ。

 ノヴァが搭乗している多脚兵器のキャノピーには急造であるが追加の装甲板が付けられている。

 攻撃に対して防御力を上げるための措置でもあるが本命は上位個体が放つ正体不明の攻撃を遮る壁である。

 そして狙いは当たった、攻撃そのものを防ぐ事は出来なかったが研究所で受けた衝撃よりはギリギリ耐えられる程度にまで落ちた。

 

「反則臭いお前とこれ以上戦ってられるか!」

 

 ノヴァは多脚兵器を動かし続けると同時に最後の起爆スイッチを押す。

 轟音と共に格納庫の天井に仕掛けられた爆弾が炸裂し天井が崩落する。

 降り注ぐ瓦礫が下にいるエイリアンに降り注ぎ身体を押しつぶし、肉壁にしていたタイタンと背後に隠れていた上位個体にも降り注ぐ。

 巨体を持つ上位個体やタイタンは頑丈な身体によって押し潰されるのは免れたが大量の瓦礫によって身動きは出来なくなった。

 

「そこでじっとして居ろ」

 

 憎しみ籠った咆哮を上げるエイリアンを無視してノヴァは隔壁を越えて外へ向かう。

 そしてノヴァが目にしたのは一面に広がる銀世界であった。

 今も雪が降り注ぎ、僅かに差し込む太陽の光を反射してキラキラと輝く光景を見てノヴァの胸の内には感動と喜びが沸き上がった。

 

 だが今は外の光景を見て感傷に浸っている暇はない

 

「あばよタコ野郎」

 

 そして振り返ると第一、第二隔壁の昇降装置を破壊、隔壁が下がり轟音を立てて出口は閉じられた。

 これでエイリアンは施設から出てくる事は出来ない、だが最後に発電所に仕掛けた爆弾が一つ残っているのだ。

 既に格納庫の天井の崩落と同時にタイマーが作動している。

 あれが爆発した際の影響がどれ程のものになるのかノヴァにも予想は仕切れない。

 だからこそ少しでも施設から距離をとる必要があるのだ。

 

 降り積もった雪を掻き分けて多脚兵器が進んでいく。

 先行していた運搬機にノヴァが追いつき命令を更新して速度を上げようとし──地震と勘違いしそうな程の揺れが起こった。

 

「タイマーが作動したか」

 

 モニターを見れば施設があった場所が勢いよく盛り上がる、そして閃光と共に爆ぜて大爆発を起こした。

 爆発の衝撃は上空を覆っていた雲も吹き飛ばし其処から燦燦と太陽の光が差し込んだ。

 

「た~まや~、て言えばいいのか」

 

 もくもくと立ち上る黒煙は爆発の規模を物語っていた。

 モニターに映るのは跡形もなく吹き飛んだ施設だ、中にいたエイリアンも上位個体も謎のサソリも生き残ってはいないのは確実だ。

 脱出作戦は成功した、エイリアンは壊滅した、考えうる限りの最上の結末であった。

 それを理解した途端にノヴァの全身から力が抜けていく、今迄張り詰めていた緊張の糸が一気に途切れてしまったのだ。

 

 ──だが気を抜いたノヴァの不意を突くように地響きが響き、音の発生源を見たノヴァは凍り付いた。

 

「アカン、雪崩や!」

 

 視界を不良の原因であった分厚い雲が搔き消されたことノヴァは漸く気づいた。

 今いる場所が雪山のど真ん中である事を、そして雪山で大爆発と共に強烈な振動が降り積もった雪に加えられたら何が起こるのか。

 導き出される結論は一つ、だが気付くのに遅れてしまった結果、ノヴァは搭乗している多脚兵器ごと雪崩に巻き込まれてしまった。

 

「んなぁあああああああ!?!?!?」

 

 コックピットの中でノヴァの悲痛な悲鳴が木霊した。

 それを聞き届けるものは雪山には誰一人としていなかった。

 



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潜伏改め遭難記

潜伏記録改めて遭難記録10日目

エイリアンの巣窟から脱出するも最後に雪崩に巻き込まれるという重大なミスをやらかした。

幸いにもエイリアン製機械は雪崩に巻き込まれても壊れはしなかったから本当に良かった。

それと雪崩の勢いに乗ってかなりの距離を下山したようで施設から立ち上る黒煙が遠くに見えた。

 

さて、これからどうすべきが移動しながら考えたお陰で方針は定まった。

最優先すべきは生存環境の確立、雨風雪を凌げる場所と食料を確保して落ち着ける環境を構築することが最優先とする……がこれは既にエイリアン製の兵器を多数鹵獲した事で達成されている。

居住性は要改善だが多脚兵器のコックピットであれば雨風雪を防ぎ食料に関しても作り置きしているサソリの干物もあれば、謎の液体食料に加工される前の水もコンテナの中に大量に保管されている。

 

よって生存環境の確立は達成されているものとして次の目的である電波塔の確保に動く。

先ず前提として強化外骨格に内蔵された救助信号はエリア内を巡回している偵察機が受信することで位置特定されるようになっている。

本来の想定である偵察機のカバー範囲内での遭難であれば現状で充分であった。

だが今いる場所はどう見ても見慣れた周辺地域とは合致しない気象条件と地理であり偵察機のカバー範囲外である可能性が非常に高い。

であれば信号を出しても受信できない可能性が高く、それどころか電波に引き寄せられて変な輩が集まってくる可能性もある。

だからこそ救難信号を確実に届けるためにも電波塔から救難信号を出そうと今は考えている。

 

とりあえず今はエイリアンの影響範囲から逃れるために下山している。

施設にいたエイリアンは一匹残らず吹き飛んだのは間違いない。

だが近くに他の施設がないとも限らない、それに小規模の追手であれば迎撃できるが戦闘を起こして居場所をエイリアンに知られたくない。

今日は多脚兵器を自動操縦にして移動を続ける事にする。

 

お休みなさい。

 

 

 

 

 

遭難記録11日目

切実にクッションか何かが必要だと朝に身をもって実感した。

脱落した機体は無く今日も元気に多脚兵器達は脚を動かして前に進んでいる。

天候は相も変わらずの雪模様であり視界は少し悪い。

 

起きて身体を解した後に見通しの良い場所で一群を止めて簡易的なメンテナンスを行う。

機体に異常は見当たらず懸念すべき異常も見つからなかった。

サソリの干物と水をコンテナから幾つか出してコックピットにある隙間に押し込んだ。

これで雪が積もった外に出ずに食事を済ませる事が出来る。

その後は昨日と同じように移動を続けたがコックピットから見える光景は白銀一色である。

今夜も寝ている間に自動操縦で夜通し移動を続けてもらう。

そして明日には何かが見つかってくれることを祈る。

 

お休みなさい。

 

 

 

 

 

遭難記録12日目

集落を見つけたと思ったら廃墟だった。

 

コックピットから辺り一帯を調べていたら怪しいものを見つけた。

天然物ではなさそうであり少し近づいて確認した時は建物が幾つもある集落の様に見えた。

その後は気持ちが昂って大急ぎで向かった、もしかしたら人に会えるかもと思っていた。

 

だが近づくにつれて見えていたものが廃墟であると判明、建物の大部分が崩れており雪の中に半場埋もれていた。

期待していただけにショックは大きかった、少しの間コックピットの中で丸まっていたよ。

だけど塞ぎ込んでいても状況は一切好転しないから観念して探索に向かった。

だけど収穫はゼロ、長年の風化と過酷な気象条件よって砕け散っていた。

一部を除雪して調べてみたが本当に何もない廃墟であった。

 

だが最後に道路らしきものを発見した、これが最大の収穫だろう。

明日からこの道路を辿って移動することにする。

 

今日は探索で疲れたのでもう寝る。

 

 

 

 

 

 

遭難記録13日目

今日は簡易メンテナンスを行った後にコックピットの改造を行った。

硬くて座り心地の悪い金属製の椅子を投げ捨てて強化外骨格を着込んだ状態で乗り込めるようにする。

今迄は着たままで乗り込めず外骨格を脱いだ状態で乗っていた。

それをコックピットから椅子を取り外し使わない余計な機材を外すことでスペースを確保。

外骨格を椅子兼寝袋として使えるように一日がかりで取り組んだ。

その甲斐はあった、今日から気持ちよく寝られる、お休みなさい。

 

 

 

 

 

遭難記録14日目

クソデカい熊?がいた。

いや熊だろう、熊に違いない、兎に角見るからに熊でしかないがサイズがおかしい、立ち上がったら多脚兵器の高さを超えていた。

ヤバかった、距離がなかったらやられていたかもしれない。

火器で足を潰して移動できなくしてからハチの巣にしたがタフだった。

あれか、エイリアン製の生物兵器なのか、それともミュータントの突然変異なのか全くわからない。

これで変な特殊能力や遠距離攻撃手段を持っていたら殺されていたのは自分であっただろう。

 

それはさておき、戦って生き残った以上小山の様にある死骸をどうにかせねばなるまい。

握る剣がサイズの違いでおもちゃの様にしか見えないが死骸を切り裂いて軽く胃や腸の内容物を見た。

一見した限りではミュータントの白骨がゴロゴロ出てきたから変なものは食べていないと判断する。

あと一瞬人骨と思われる骨を見つけたが詳しく観察するとエイリアンのものだった。

まぁ、あれだ、エイリアンも生命体、生き物だったということだ。

 

取り敢えず死体から幾らか肉を切り取って食料とする。

あと使うか分からないがサンプルとして肉片も取っておく。

少しばかり不安であった食料問題は解決、今度は腹を壊さない様にしっかり熱を通して食べる事にする。

それで実際にデカ熊の肉を焼いて食ってみた感想のだが、……うん、あれだ、非常にパワフルな味がしたとだけ言っておく。

もし美味しく食べようとするのであれば丁寧な下処理を行った上で確かな調理技術を持つシェフに任せるしかない、あと調味料。

今回は両方ともないので味は諦めて無心になって食べていく、腹が膨れるのでプラスと思う事にする。

 

残った死体に関しては放置、焼却処分する燃料もないしに自然の成り行きに任せることにする。

今日も非常に疲れた、コックピットに籠って寝ることにする。

 

 

 

 

 

遭難記録15日目

 

ミュータントの大群を発見、最初発見した時はオオカミかと思ったが違った。

何と言えばいいか、……良い例えが思い浮かばないが不細工で毛むくじゃらの四足歩行の生き物だ。

そんな気色の悪いミュータントが遠目から様子を伺っているのはどうしてかと考えたが視線から見てコンテナに積み込んだデカ熊の肉が原因だろう。

味は悪いが貴重な食料なので捨てるつもりない、群れの近くに砲撃を打ち込んで驚かせれば一目散に逃げていった。

これで襲うことが危険だと分かればいいが念のために警戒は続けている。

 

それと漸く山岳部を抜けたようで雪が一時的に弱まって見えたのは広大な雪原だった。

山と同じような針葉樹が所々に生えてはいるだけであり目印になるようなものは見つからない。

唯一の道標が砕け散ったアスファルトが残る道路跡しかない、何とも心細い道標である。

それでもこの道を辿れば町なり居住地の痕跡が見つかると考えて雪原を進んだ。

だが結果として廃墟などを見つけることが出来なかった。

今日はもう寝る、そして明日に期待する。

 

 

 

 

 

遭難記録16日目

漸く廃墟を発見した。

小さな町規模だが無いよりはマシ、中を探索して地図かそれに近い何かないかを探そうとしたミュータントの歓迎を受けてしまった。

廃墟から出てきたのは全身が白っぽい保護色になったグールの亜種?みたいなミュータントである。

如何やら多脚戦車の出した足音で目覚めたらしく廃墟からわらわらと出てきては威嚇したり石ころを投げてくる。

 

本当は廃墟を探索したかったがこうもミュータントが出てこられては支障が出るどころか袋叩きに遭うのは目に見えている。

よって廃墟が壊れるのは仕方がないが命には代えられないと判断して多脚戦車を前面に出してミュータントを殲滅する事にした。

後で瓦礫を撤去して地下に無事な構造物がある事に期待して今日は終日ミュータント殲滅に努めることにする。

 

あっ、お前瓦礫投げてきたな、死ね!

 

 

 

 

 

遭難記録17日目

廃墟はミュータントの死骸で埋もれて死屍累々の惨状であり廃墟も瓦礫の山と化した。

いや、本当はミュータントをある程度間引いて安全に探索できるようにしようとやっていたら出るわで出るわミュータントが沢山。

一匹一匹は弱いが数で攻められる多脚戦車では対処できなくなる、そうなると機体に纏わりつかれて危険なので最終的には火力の全力投射を行う羽目になった。

襲い掛かってきたミュータントの全滅には成功したが廃墟が更地になってしまい探索は不可能になった。

 

諦めて廃墟を去って次の町を目指すことにする。

今度は今回の失敗を教訓にしてミュータントを刺激しない様に廃墟に接近することにする。

明日には見つかるといいな。

 

 

 

遭難記録18日目

不可抗力だったんだ。

日が沈む間に何とか次の廃墟を見つけることが出来て、今回は中にいるミュータントを刺激しない様に廃墟には近付かないようにした。

対策はしっかりした、なのに空から急襲を受けたら反撃するしかないでしょう。

 

撃墜したのはデーモンに似ていたが詳細までは分からない。

だが問題はそこではなくて、仕留めた瞬間にこいつ大声で叫びやがった。

そしたら遠く見える廃墟から出てくるんですよ、デーモンの群れが。

もう悟りました、だから巣がありそうなビルの廃墟に片っ端からミサイルぶち込みました。

燃え盛り炎上するビル、デーモンの叫び声と悲鳴が木霊する中で夜通し機銃を放った歓迎会です。

ちなみに記録を残している今も戦闘中です、デーモンの一匹が空中で汚い花火を咲かせました。

分捕ってきたコンテナの中には予備の砲弾もたっぷりあるがこの調子で持つかな、実弾は節約して光弾とかのエネルギー兵器で対処する。

 

 

 

 

 

遭難記録19日目

空飛ぶミュータントは全て墜とした、これで安全になった筈。

廃墟のビルは真っ黒こげになっており中にいたミュータントも死んでいる筈である。

それと日が昇って廃墟を改めてみるとかなり大きな街である事が分かった。

見えている範囲は一部なのでもしかしたら街ではなく都市かもしれない、……正確な情報がないので推測でしかないが。

取り敢えずそれじゃ探索に行こう!と昂る心を抑えて今日一日は多脚戦車のメンテナンスに充てる事にした。

 

実際にメンテナンス以外は休まず移動を続けたせいか関節部の摩耗が激しかった。

コンテナから予備部品を取り出して修理し、搭載火器のメンテナンスも行えば一日はあっという間に過ぎていった。

本格的な廃墟の探索は明日からにする、今日は強化外骨格と持ち込む武装のメンテナンスも行ってから寝ることにする。

お休みなさい。

 




アーマードコア6 凄いです。
重ショットガンで楽しく遊んで行き詰まったらタンクに乗り換え巻いた。


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無人の街で

 眠りから覚めて見た天気は余り良くないものだった。

 空は薄雲に覆われて地表を照らす光は弱々しい、加えて寝ている間にも降っていたのか多脚戦車には少なくない雪が積もっていた。

 

 そんな悪天候でありながらノヴァは食事を手早く済ませるなり強化外骨格を装着した。

 探索に持ち込む武装の準備を終え、引き連れている多脚戦車を警戒状態に移行する。

 これで不用意に近付いたミュータントに対し自動的に攻撃するように設定、鹵獲物資の強奪を防ぐ準備も整えた。

 

 そして諸々の準備を終えたノヴァは目の前に広がる廃墟と化した街に歩き出した。

 遠ざかる姿を見送る人はいない、鹵獲した多脚戦車のセンサーだけが遠ざかるノヴァを見ていた。

 

 街に中に入ったノヴァは直ぐ近くにあった廃墟から探索を行った。

 元は団地だったのか塗装は全て剥がれ落ち、コンクリートが剥き出しになった廃墟へ雪を掻き分けてノヴァは進んでいく。

 そして雪に足を取られながらも建物内に侵入すると、ミュータントの生き残りに警戒しながら廃墟の探索を行う。

 一番の目的は現在地を特定できるものを何でもいいから見つける事、今ノヴァが切実に欲しているものだ。

 それさえあれば現在地の目途がつき電波塔を見つける起点にもなる、そうすればサリア達に正確な救援信号を送ることが可能になり帰ることが出来る。

 

「何もないな……」

 

 だが一件目は外れであった。

 現在地が特定できる物であればなんでもよかったが、ノヴァが見つけられたのは昨日のミサイル攻撃で焼け死んだミュータントの死骸と新しく出来た瓦礫の山だけ。

 攻撃によって新しく空いた建物の横穴からは冷たい外気と共に雪が入り込み内部を外と同じように雪で白く染めていた。

 

「次だ、次」

 

 一件目の廃墟を後にしてノヴァは二件目の廃墟に取り掛かる。

 だが此処も一件目と同じように地図やそれに類した代物は姿形もなく、人工物として残っているのは建築物の骨組みにコンクリートだけの有様だった。

「仕方ない、廃墟になってから時間が経ちすぎた」

 

 まだ二件目である、街の中には調べて終わっていない廃墟がまだ沢山ある。

 ノヴァ一人では調べきれないほどの廃墟の中に一件くらいは何かあるはずだ。

 そう自分に言い聞かせ、数を熟せば何かしら見つけることが出来るだろうとノヴァは考えて次の建物の中へ入っていった。

 

 だが三件目の廃墟も何も得るものがなかった。

 

「安全に探索できるだけマシと思う事にしよう」

 

 昨日の大規模戦闘によってミュータントの数は著しく減少しているのか現時点でミュータントとは遭遇していない。

 数えるのも馬鹿らしいほどある廃墟をミュータントに警戒しないで探索できるだけでも肉体的、精神的な消耗は少なくなり探索できる数を増やすことが出来る。

 そうして更にノヴァは自分に言い聞かせて廃墟の中を片っ端から調べていく。

 

 だが前向きに振舞い続けるのにも限度があった。

 時間を掛けた探索が何度も無駄に終わり目ぼしい結果は無い。時間だけが無常に過ぎていき何時の間にか日は傾き辺りは薄暗くなりかけていた。

 空元気が保ったのも五件目の廃墟まで、そして七件目の探索を終えた時にはやる気は尽き廃墟の壁を背にしてノヴァは座り込んだ。

 

「…………幸先が悪すぎる」

 

 深いため息と共に出た言葉数は少なく、声には隠し切れない徒労感が漏れ出していた。

 

 終日探索に費やした結果は全滅、地上部分は風通しの良い吹き抜けになっているかミュータントの巣穴と化していた事が判明しただけだ。

 次にノヴァは廃墟にあるかもしれない地下室といった地下部分を調べようともした。

 だが探索ではそれらしい入り口を見つけること出来ず、仮に入り口を見つけられたとしても降り積もった雪と瓦礫に埋もれ辿り着く事も難しい。

 

「今日は切り上げるか……、明日には何か見つかるだろう」

 

 疲労していたノヴァは今日の探索を終えることにした。

 そして端末に今日の結果を書き込んでいき明日は少し離れた場所で探索を行う予定を組み上げていく。

 

 廃墟の壁に背を預けたノヴァの耳には聞こえるのは端末を操作する音と廃墟に吹き込む風の音だけ。

 どうしようもない心細さを感じたノヴァは余計なことを考えないように端末の操作と同時に頭の片隅で街が廃墟になった理由を試しに考えてみた。

 

「廃墟の理由は一番が戦争、次点でエイリアンかな。戦争はありえそうだが……エイリアンが関係していたら困るな」

 

 現時点では街が廃墟と化した原因は分からない。

 核戦争か、あるいはエイリアンによる侵略の影響か、はたまた別の影響なのか。

 そんな比較的どうでもいいことを思考彼方此方に空回りさせながらノヴァは考え続けた。

 だがそれは一種の現実逃避であり、ノヴァの精神を安定させるために必要な事であった。

 

「それと今後どうするか。廃墟の探索を続けるのか、街を出て電波塔探しの放浪生活に戻るのか……。碌な選択肢じゃないな」

 

 廃墟の事以外にもノヴァは今後の行動方針も考えていたが妙案と呼べるものが思い浮かぶ事はなかった。

 現時点で考えられるのは地道な探索を続けるか、街の探索を切り上げて多脚戦車で次の街を目指すかの二択だけだ。

 仮に次の町を目指すのであれば当てのない放浪生活に戻るしかなくノヴァの精神的にきつい選択である。

 今はまだ肉体面に影響は表れていないが現状のコンディションをこの先の放浪生活で維持し続ける事は可能とは言い切れない。

 反対に廃墟の探索を続けても成果が得られない日が続くようであれば同じようにきつい。

 結局のところ肉体が先に倒れるか精神が先に折れるかの話であり当事者であるノヴァにも予想は全く付けられない。

 

 そんな風に展望の見えない考えがノヴァの脳を駆け巡っていると建物の外から遠く遠吠えが聞こえてきた。

 ノヴァは作業を一時中断、警戒を行いながら廃墟に隠れながら遠吠えが聞こえた方向に顔を向ける。

 ヘルメットの望遠装置を起動させて原因を探ると遠く離れた所で多くのミュータントが移動しているのが見えた。

 

「なんだ、ミュータントか」

 

 どうやら何かを追っているだけでありノヴァに気が付いたわけでもないらしい。

 それが分かるとノヴァは遠くの出来事だと判断すると張り詰めていた警戒を解き再び端末の操作に戻った。

 

 その直後に何かが爆発する音が──銃声が廃墟に轟いた。

 

「銃声! いるのか、人が!?」

 

 それは青天の霹靂だった。

 先が見通せないノヴァにとって聞こえてきた銃声は福音であり、すぐに立ち上がると銃声が聞こえた方向に顔を向けた。

 だが見えた先にいたのは銃を撃った人ではなく、今も移動を続けているミュータントの群れである。

 その光景を見たノヴァの脳裏には一つの推測が生まれた──銃を放ったのはミュータントに追われているからではないかと。

 

「間に合えよ!」

 

 そこに思い至ったノヴァは強化外骨格の機能を全開にして廃墟から飛び出した。

 地面に降りては積もった雪で移動速度が低下する、そう考えノヴァは廃墟を足場にして跳躍を繰り返しながらミュータントの群れを追う。

 そして群れの先頭を見下ろせる位置に着いたノヴァが目にしたのは廃墟の中に入り込もうとするミュータントの群れだ。

 どうやら入口が瓦礫で防がれているようでミュータントの群れは廃墟の中に入れないようである。

 廃墟を囲むように徘徊している個体や瓦礫の隙間に身体を捩じり込もうとする個体が何体もおり時間を掛ければミュータントは廃墟の中に侵入できるだろう。

 

「邪魔だよ」

 

 よってノヴァは廃墟に夢中になっているミュータントに対して奇襲を行った。

 群れの中心に爆弾を投げ込み即起爆、回避行動の猶予も与えなかった事で群れの三分の一が消し飛び、合わせてノヴァは廃墟の屋上から銃撃を加える。

 二丁持ちしたエイリアン製のSFチックな銃からは無数の光弾が放たれて着弾したミュータントの血肉を弾き飛ばしていく。

 突然の攻撃に驚愕したミュータントだが姿が見つからない敵対者に対して最初は声を荒げさせていた。

 だが時間共に減っていく群れを見て一匹また一匹と逃げ出していき、ノヴァがワンマガジン撃ち終わる頃には群れは一目散に逃げていった。

 

 ミュータントの再襲来を警戒しながらノヴァは身を潜めていた廃墟から出ていきミュータントが取り囲んでいた建物へ近付いていく。

 一見した限りでは周りにある廃墟と変わりないように見える。

 だが出入口になりそうな場所は全て瓦礫で防がれており、入り口らしいものはミュータントが集まっていた一箇所だけ。

 そしてノヴァが強化外骨格でひときわ大きな瓦礫をどかすとミュータントでは入れない小さな出入口が現れた。

 

「狭いな、けどミュータントも入り込めないから悪い事ばかりではない」

 

 ライトで照らす廃墟の中は薄暗く、そして床には奥に続く血痕が残されていた。

 

「血が出ているが致命傷ではない以外は不明、それと外骨格は此処で待機させるしかない」

 

 流石に入り口らしき穴は強化外骨格が通れそうなほどの大きさはしていない。

 ノヴァは外骨格を外し武装の一部を装備して廃墟の中に足を踏み入れ、床に点々とついた血痕を辿って廃墟の中を進んでいく。

 道中には罠らしいものはないが瓦礫の配置はミュータントの足止めを意識した作りになっていて間違いなく人の手が加えられていた。

 そしてノヴァが何度目かの角を曲がろうとした瞬間足元の床が銃声と共に弾け飛んだ。

 

「クソ外したか、運のいいミュータントめ!」

 

 警戒しながら進んでいたお陰で事前に聞こえた小さな音。

 それが聞こえた瞬間にノヴァは瓦礫に身を隠し銃撃を免れた。

 そして角を曲がった先にいるだろう人物に向かってノヴァは声を張り上げた。

 

「違う、俺はミュータントじゃない!」

「あぁ!? ミュータントじゃなければお前はファシスト共か! こんな僻地にまで来てもお前らが欲しがるような物は何もないぞ! それとも恥をかかされた腹いせに殺しに来たのか!」

 

「ファシスト? 一体何を言っているか分からないが俺は敵じゃない!」

 

 そう叫んだノヴァは銃を放り捨て両手を上げて姿を見せる。

 危険な行為であるが先程の銃撃から装備している防具で防げると判断したからだ。

 

「お前さん……ファシストの屑野郎ではないな、誰だ?」

 

 角を曲がった先にいたのは一人の老人だ。

 片手で銃を握り、もう片方の手は出血が止まらないのかわき腹を押さえており其処から血が滲み出ていた。

 ライトで照らした顔も青くなっており一目で体調が悪いと判断できる程であり急いで手当をする必要がある。

 

「俺は敵じゃない、武器も持っていない」

 

「近づくな! いいか、ゆ……くり、と──」

 

 ノヴァが近づこうとすると警戒を露わにして叫んだ老人。

 だがその言葉は次第に小さくなり、言い終わる前にまるで意識を失ったように後ろに倒れ込んだ。

 

「おい、大丈夫か!」

 

 急いでノヴァが駆け寄ると老人の体調は危険な状態であった。

 わき腹からの出血は止まることなく流れ続け、体温も低下しており一刻の猶予もない。

 

「医師免許なんて持っていないモグリだけど目を瞑ってくれ」

 

 そう言ってノヴァは老人の治療を開始する。

 ノヴァは老人を死なせるつもりは全くない、何故なら漸く見つける事が出来た手がかりであるのだから。

 



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初めまして

 老人が逃げ込んだ廃墟は緊急時の避難所も兼ねていたのか水に食料、そして暖を取るための薪といった物資が備蓄されていた。

 とは言っても備蓄量は多くは無い、避難所で過ごせる時間は一人であれば数日過ごせる程度しかなく複数人であった場合はさらに短くなるだろう。

 幸いにもノヴァは持ち込んでいた水と食料を合わせて切り詰めれば二人であっても二日位は持つ程度の量にはなる。

その間に応急処置を施した老人の容体が安定してほしいと考えていた翌日の朝に老人は目を覚ました。

 

「ん、此処は……」

 

「貴方が逃げ込んだ廃墟の中です。どこにも移動していないので安心してください。それと此処にあった物資は使わせてもらいました」

 

 即席で作った焚火に薪を投げ込みながらノヴァは目を覚ました老人に答える。

 そして独り言であったのかまさか返事が返ってくるとは思っていなかった老人はノヴァの言葉が耳に届いた瞬間に急いで身体を起こし──しかし、わき腹からくる痛みによってその場で蹲ってしまった。

 

「縫い付けたばかりだ!急に身体を動かすな!」

 

 手当が間に合ったお陰で老人は重症化を免れてはいたが流した血は補充されていない。

 突発的な行動で身体に係る負荷は耐えられるものではないと慌てるノヴァの言葉を聞いた老人はミュータントによって切り裂かれた筈のわき腹を慎重に触る。

 未だに身体に響くような痛みと熱はあるものの触ってみれば出血を止めるために傷口はしっかりと縫い付けられていた。

そして縫合を包むように古着を裂いて作った包帯が身体にきつく巻かれていたことに老人は漸く気が付いた。

 

「あまり傷口に触らないで。応急処置に過ぎないので下手に触ると出血をする可能性があるから今は大人しくして」

 

「……そうか、お前さんは医者なのか?」

 

「正式な医者ではない、多少の心得があるくらいだ」

 

 ノヴァの言葉に一応納得したのか老人は傷む身体を動かし廃墟の壁にもたれかかった。

 そして何かを探すように視線を彼方此方に向け始め、その視線はノヴァの足元で止まった。

 

「……手当をしてくれて感謝する。それと銃を返してくれないか」

 

「返した瞬間に撃たないと確約できるか?」

 

 ノヴァは自身の安全を確保するために一時的に老人の持っていた散弾銃や武器になりそうなナイフを治療の際に取り上げている。

 特に散弾銃は銃口が二つ平行に並んだ水平二連、折れ式というアンティークな銃ではあるが弾丸は本物であり至近距離で二発撃たれでもしたら間違いなく死ぬ威力がある。

 そして当たらなかったとはいえ実際にノヴァは撃たれていた。

 老人にとっては正当防衛のつもりであったとしても実際に撃ち殺されていたかもしれないノヴァとしては老人にとって大切な銃であろうと易々と返す事は出来ない。

 そのせいでノヴァを見る老人の眼からは警戒心と共に敵意が滲み出ているが武器のない現状では不用意な行動を起こせないのか今は大人しくしている。

 

「何が望みだ」

 

「……まぁ此方も無償で助けた訳じゃない、治療費の代わりに色々聞きたいことがあるからそれに答えてくれれば銃は返す」

 

「……恩人とはいえ言えないこともある」

 

「貴方の住んでいる場所を知るつもりはありません」

 

 今迄の会話と行動から老人の警戒心を解くのは困難であるとノヴァは判断するしかなかった。

 出来れば多少警戒心を解いてもらってから話を始めたかったが、現所優先するべきは友好関係を築く事ではなく情報収集である。

 最低限でも現在地と電波塔の場所さえ老人から判明すればいいとノヴァは割り切った。

 

「一つ目の質問、今いる廃墟になった街の名前は答えられるか?」

 

 ノヴァが今一番知りたいのは現在地だ。

 昨日の探索では案内板や標識さえ見つからず現在地の特定が全く出来なかったのだ。

 降り積もった雪の下に埋まっているのか、それとも長年外気に晒され続けたせいで風化して朽ち果てたのかは分からない。

 だからこそ途方に暮れるしかなかったノヴァにとってこの質問が持つ意味は非常に大きなものであり今後の行動方針を定めるためにも欠かせないものなのだ。

 

「……『ザヴォルシスク』、そして此処は街の端っこだろう?」

 

「『ザヴォルシスク』?」

 

 だが老人の口から出てきた聞きなれない言葉に対してはてノヴァの頭の中で大量の疑問符が浮かんだ。

 はて、そんな街が連邦にあったのかとノヴァは一人考え込んでみたがありえない話ではないのだ。

 

 ノヴァが知る連邦とは国名ではなく複数の加盟国から構成される一勢力の名称である。

 その為文化的に近い国もあれば異文化を持つ国も連邦に加盟しており国名や都市名にも規則性はなく加盟国の文化、歴史が反映された都市名など沢山ある。

 具体的に言えば日本をモデルにしたような和名を持つ島国があったりする以上、老人が口にした『ザヴォルシスク』という名前も連邦加盟国の中にある珍しい名前だとノヴァは考えたのだ。

 だが幸先はいい、最悪の場合今いる場所を明確に答えられない可能性もノヴァは考慮していたが老人ははっきりと答えることが出来たのだ。

 であれば『ザヴォルシスク』という名前を基にして現在地を特定、そして老人に電波塔がある位置を知ることが出来れば長い放浪生活の終わりも見えてくる。

 

「分かった、それでザヴォルシスクは連邦の何処に位置する街だ、大体の位置を教えてくれ」

 

 ノヴァは地面に大雑把に描いた連邦の地図を老人に見せる。

 手書きであり正確とは言えない地図であるが大体の居場所を特定するならこれ位で十分、後は老人が地図上でザヴォルシスクの居場所を答えてもらえばいいだけだ。

 だがノヴァが地図を描き終えて老人を見るとその顔には先程まで見せなかった困惑がありありと浮かんでいた。

 その様子からノヴァは自分が描いた地図が下手で老人が判別できないと考えた。

 ならば一回全部消して新しく描き直そうかとノヴァが考えた直後に老人が口を開いた。

 

「お前は何を言っている、ザヴォルシスクは連邦の街ではないぞ?」

 

「……うん?」

 

 老人の言葉に新しく地図を描こうとしていたノヴァの腕が止まった。

突然かつ予想外の反応に長くなった放浪生活で聴覚に異常が出てのではないかとノヴァは最初に考えた。

 だが再び見た老人の表情は至って真面目なものであり、それは老人から見たノヴァも同じであった。

 

 互いにの表情を確認したノヴァと老人は共に口を開けない気まずい沈黙に包まれた。

 静まり返った廃墟の中で聞こえてくるのは燃える薪が弾ける音だけ。

 そこから長くも短くもない時間が過ぎて沈黙に耐え切れなかったノヴァが口を開いた。

 

「聞き間違えたかもしれません、もう一度言ってもらっていいですか?」

 

「……ザヴォルシスクは連邦の街ではないぞ」

 

「……本当ですか、嘘偽りなしに?」

 

「そうだ」

 

 再び老人に尋ねたノヴァは聞き違いであってほしいと内心で願っていた。

だが老人の口から出てきたのは『ザヴォルシスクが連邦の街ではない』という言葉、ノヴァの祈りは届かなかった。

 そして一連の言葉が持つ意味はノヴァの全く想定していないもの、意図的に見ないふりをしていた最悪の可能性が実現してしまった。

 だが老人との会話は始まったばかりで回答の途中であるのだ。

 

「えっと、あの、じゃあ……此処は何処?」

 

「……『帝国』、俺の爺さんはそう言って──おい、お前!?」

 

 怪訝な目で床に描かれた大雑把な連邦の地形を見ていた老人は会話の途中で身体ごと後ろに倒れたノヴァに驚いた。

 もしかして隠れていたミュータントに襲い掛かれたのかと警戒しながら老人は傷む身体を動かして倒れたノヴァに近寄った。

 だが老人が見たノヴァにはミュータントに襲われた傷は一切なく、ただ単に白目を剥いて気絶している姿だけが其処にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃなにか、お前は連邦でエイリアンと戦っていて道連れに奴らの基地に連れ込まれた、そこで潜伏してから脱出してここまで来たと?」

 

「はい、そうです……」

 

「法螺話にしても荒唐無稽過ぎる、詐欺師として話しているなら三流以下だ」

 

「ソウデスネ……」

 

 あれから老人は気絶したノヴァの隙をついて銃を取り返した。

 散弾銃には変にいじられた痕跡はなく空砲で引き金を引けば問題なく作動した。

 それからナイフといった大切な武器を取り戻した老人はそのまま傷む身体を引きずって廃墟から去ろうと考え──しかし手当をしてもらった恩を返さずに去るのは後味が悪いと少しの間廃墟に留まった。

 

 その後直ぐにノヴァは気絶から回復して起き上がった、老人の言葉で予想外のショックを受けたせいか呆然としていた。

 流石に今の状態で放置するのは危険だと長年の人生経験から察してしまった老人はノヴァに話しかけた。

 その際に老人は色々と質問をして素性に関する情報を引き出そうと試み──老人の予想に反してノヴァは素直に話し始めた。

 だがノヴァが呆然とした表情でスラスラと話し始めたが内容の正誤を老人は判断出来ない、何故ならノヴァが話した内容は老人からすれば信じがたいものばかりであるからだ。

 エイリアンに誘拐され、そこで隠れて生き延び、物資を強奪して逃げてきた、止めがエイリアンの基地を吹き飛ばしたとノヴァは語る。

 出鱈目かつ酒飲みの妄想話でしか在り得ない内容だ、長く続いた孤独が生み出した妄想かもしれないと老人は考えていた。

 だが実際にエイリアンから奪ってきた銃を青年から渡されてしまい、しかも引き金を引いて放たれた光弾が瓦礫を弾き飛ばした。

 嘘八百の作り話であれば老人はあきれと共に会話を打ち切っていただろう。

しかし実物の証拠を前にして老人は話した内容が全て噓ではないと考え始めていた。

 そして仮に話した内容が全て事実であれば……目の前で死んだような目で体育座りをしている青年は狂人としか言いようがない存在だ。

 

 そうなると老人にとっての問題は目の前の青年をどうするかだ。

 放置して廃墟から去るのも選択の一つではある──だが大きなショックを受けて誰が見ても分かるほど落ち込んでいる青年を見捨てる選択を老人は選ばなかった。

 ──いや軽率に選べない、少なくともどのような人物か見極めなければいけないと考えた。

 

「お前さん行く当てはあるのか?」

 

「……ないです、生きていく為の物資はあるので当分は死なないけど」

 

「そうか、ならワシが住んでいる村に来い。電波塔に関して心当たりはないが知っている奴がいるかもしれん」

 

「……いいのですか?自分で言うのもなんですが怪しい人物ですよ」

 

「まぁ怪しいな、だが此処では身元が定かではない人間などごまんといる。一々気にしていたら此処では生きていけん。それに……お前さんは命の恩人だ」

 

 老人は少しだけ顔を綻ばせながらノヴァ言う。

 反対に老人の言葉を聞いたノヴァは素直に驚いた。

初見の印象が悪いのもあるが見るからに気難しそうな顔している事から排他的な人物ではないかとノヴァは思っていたのだ。

 そうでなかったとしても身元不明の人物を住んでいる場所へ招き入れるとは思ってもいなかった。

 また同時にノヴァの脳裏には罠かもしれないという考えが浮かんだ。

具体的にはアジトの中に招き入れて四方八方から襲い掛かり身包みを剝がそうとしている、といった感じである。

 

「そうですか、では少しだけお世話になります」

 

「分かった、村に着いたら恩人として紹介しよう」

 

 それでもノヴァは老人の招待を受けることにした。

 先程の考えは全て想像でしかなく裏付けがあったものではない、それに老人が本心で言っている可能性もあるのだ。

 それに廃墟で情報を一人で集めるのは限界である、老人の語る村で情報収集が出来るのであれば活用しない手はない。

 

「出発はもう一日待ってくれ、明日には動けるようになっている筈だ。それと移動する際の護衛を頼まれてくれるか」

 

「お任せください、えーと……」

 

「名乗りが遅れたな、ワシの名はセルゲイだ」

 

「私はノヴァです、よろしくお願いします」

 

 ノヴァが差し出した手を老人、セルゲイが握る。

 その手は寒さと乾燥で皮膚が荒れていたが握った手からは人間の体温が伝わってきた。

 エイリアンでもミュータントでもない、そして長く感じていなかった人の手の温もりにノヴァ自身は気が付かずに目を潤ませていた。

 

 そしてノヴァの考えとは別にセルゲイは村までの道すがらノヴァの本性を見極めるつもりであった。

 善人か悪人か、内心を悟られない様にセルゲイの片手は銃を強く握っていた。

 



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目論見の破綻

 老人ことセルゲイの体調は追加で一日安静にしたおかげで移動できるぐらいに回復することが出来た。

ノヴァが傷口を軽く診察した限りでも移動に差し支えないと判断できる程度でセルゲイの瘦せ我慢ではなかった。

 それに加え避難所に備蓄していた物資も朝には使い切りこれ以上避難所に滞在することは困難であるという窮状もあった。

 

 消耗していた物資についてはセルゲイがそのうち補充するということでノヴァは先行偵察を兼ねて一足先に避難所から外へ出た。

 避難所から出ると運が良かったのか雪は止んでおり雲の切れ間からは差し込んだ陽の光が雪に反射してキラキラと幻想的に輝いていた。

 入り口近くにミュータントの気配がないこと確認してからノヴァは避難所の入口近くある不自然にこんもりと雪が積もった小山に近づく。

 降り積もっていたのが新雪だったお陰で雪を落としていく作業は簡単に終わり、小山の中から現れたのは避難所の中に入れないからと置いてきた強化外骨格だ。

 

 格装着の邪魔になる雪をどかしノヴァは片膝を着いた状態の外骨格を開放させて中に乗り込む。

 避難所の中でも外骨格との接続は継続され異常や故障は通知されていない、そして実際に装着してからセルフチェックを行っても同じであり異常は見つからなかった。

 

「危ないから少しだけ離れて下さい」

 

 避難所から出てきたセルゲイが不思議そうに近寄るのを止めて離れたことを確認してからノヴァは立ち上がる。

 片膝を着いた状態から外骨格が起き上がると同時に落としきれなかった雪が音を立て一気に落ち空中に舞い上がる。

 そして舞い上がって出来た雪のカーテンの奥から現れたのは2mを優に超える外骨格。

 その姿形、そして纏う威容は長生きしていたセルゲイであっても初めて見るものであり素直に言えばあっけにとられていた。

 

「……デカいな」

 

 放心状態からセルゲイが何とか捻り出した言葉は実に単純なものだった。

 そして外骨格を装着したノヴァが近づいていき改めてセルゲイはその威容を間近で見上げる事になった。

 何の捻りもないもの言葉であったが近付いてきた今であればかなりの圧迫感がある。

 それに加えてみずぼらしさを感じさせない整備が行き届いた兵器、それも見上げる程の巨躯を持つそれが目と鼻の先にあり足音を立てながら近づく姿が持つ衝撃は大きすぎた。

 

「歩いて大丈夫ですか?背負いましょうか?」

 

「…そこまで老いぼれてはいない」

 

 外骨格を装着したノヴァから聞こえてきたのはセルゲイの身を案じる言葉だった。

 しかし目の前の光景に呆気にとられ醸し出される異様に飲まれかけたセルゲイが何とか捻り出せた言葉は取り付く島のないような突き放す言葉であった。

 そして言い終わるや否や外骨格から視線を外してセルゲイは廃墟に向かって歩き出す。

 

 もし心の余裕があれば別の言い方もあったかもしれないが現状のセルゲイにはそんな余裕は無かった。

 仮に余裕があったとしてもどの様な言葉が相応しいか全く分からない状態であり何か地雷か分からない現状下手な言葉は口に出せないと考えていた。

 何より当初の思惑であった道中で善悪を見極める考えなど避難所から出た瞬間に頭の中から吹き飛んだ。

 命の恩人であるノヴァの持つ戦闘力をセルゲイは見誤った、兎も角今は口数少なく廃墟を進んでいくしかなかった。

 

 ──そんなセルゲイの悩みを知るすべがないノヴァは黙って歩き出したセルゲイの後ろを付いていく。

 本当は鹵獲した多脚戦車も紹介するべきかと悩んでいたノヴァだが何か思いつめたような表情をしているセルゲイの横顔を見て紹介は次回に持ち越し大人しく後ろを付いていく事にした。

 

 廃墟の中を迷うことなく進んでいくセルゲイの姿に迷いは無い。

 一度も脚を止める事無く進んでいく後ろ姿についていくノヴァだが警戒は怠っていない。

 雪が止んで穏やかな様に見える廃墟の何処に危険が潜んでいるか分からず、負傷したセルゲイの事を考慮する必要があるからだ。

 そして外骨格のセンサーが何かを感知、複数のセンサーから得られた情報を分析することで近づいてくるミュータントの存在を捉えた。

 

「セルゲイさん、三体のミュータントが接近しています。注意して下さい」

 

「分かるのか?」

 

 ノヴァに言葉を聞いてセルゲイが周りを見渡すがそれらしき気配は全く感じられない。

 気配を感じるのであれば見つからない様に静かに息を潜め気配が消えるのを待つのがセルゲイの対処法であり複数人であって変わらない。

 セルゲイ単独であればすぐさま廃墟の中に隠れてやり過ごす方針だが、その前にノヴァが動いた。

 

「機体には沢山センサーがあるので丸分かりです。ですから不意打ちはさせません」

 

 そうノヴァが告げると両手に持った銃とは別にある背中に背負った武装が動き出す。

 武装懸架装置には小銃や散弾銃といった複数の武装が背負えるように武器保持アームが装備されている。

 しかし今の懸架装置右側には一つ大型兵装のみが装備されているだけ、それが稼働し携行サイズ大きく超えた銃口が右肩から突き出る。

 現れた武装はノヴァが制作したものではないエイリアン製の武装、想像以上に続いた放浪生活の中で暇を持て余したノヴァが思い付きでエイリアンの大型武装を外骨格に組み込んだ。

 起源の異なる武装システムをつなぎ合わせるのはノヴァとしても難しかったが幸いにも時間だけは沢山あった。

 その後何回かのテスト繰り返しノヴァの外骨格は異星の武装を取り込む事に成功した。

 

 そして今稼働した背面兵装に砲口にエネルギーが集まり発光を始め、ヘルメットに組み込んだエイリアン製射撃センサーも稼働する。

 標的となるのは現在地から遠く離れた場所にいるミュータント、今も移動を続けている姿が間にある瓦礫を透過してヘルメットに投影されていた。

 

「先ずは一体」

 

 両手に持った銃とはサイズも口径も異なる砲口から一条の光線が放たれる。

 ミュータントがいかに動き回ろうとも間に多くの瓦礫があろうとも関係なく放たれた光線は瓦礫を容易く貫通し向こう側にいたミュータントを貫き、絶命させた。

 

「二体目」

 

 訳も分からずに息絶えた仲間の姿を見て混乱している二匹目のミュータントの頭部を光線が消し飛ばした。

 

「ラスト」

 

 三匹目は脇目も降らずに逃げだす、奇襲で襲い掛かるはずが看破され逆に狙われている事に気が付いた個体が全力で逃走を図った。

 だが些か行動が遅すぎ運が悪かった、既に放たれた光線が背後から逃げるミュータントの胴体を貫いた。

 

「もう大丈夫ですよ」

 

「……まさか倒したのか?」

 

「はい、倒しましたよ」

 

 容易く言うがノヴァとしてはミュータントとの距離と間にある瓦礫の少なさが上手く嚙み合った結果である。

 距離が離れすぎてもエネルギーの減衰で殺傷能力は格段に落ち、間にある瓦礫が多すぎれば貫通するだけでエネルギーを使い切っていただろう。

 加えて一撃の威力に重点を置いた兵器であるため連射は利かない、ミュータントが数を前面に出して押し寄せていればノヴァは戦闘することなく全力で逃げ出していた。

 今回の戦闘は状況がノヴァの有利に働いただけであったが撃退は成功、何より組み込んだ武装が想定通りの威力を問題なく出せた結果にノヴァは満足であった。

 

「そうか、凄い兵器だな」

 

 しかしセルゲイは浮かれあがっているノヴァの心情など知る由もない。

 時間にして一分も経たない間に行われた戦闘とは呼べない作業、それがセルゲイの見た全てなのだ。

 二度目の衝撃、圧倒的な戦闘力を思わず見せつけられたセルゲイは何とか平静を装ってはいたが内心は荒れに荒れ狂っていた。

 

 ミュータントでも何でもいい、命の危険にさらされたときに人は本性を露にする、それはセルゲイの人生で得た教訓の一つであり真実だと考えている。

 故にセルゲイはノヴァを善悪見極めるために村に帰る道中はミュータントが多く出没する危険なルートを選んで進んでいた。

 仮にミュータントが大群で襲い掛かって来ようとセルゲイとノヴァの二人程度であればやり過ごせる自信があっての行動であった。

 そうして危険に遭遇した道中の様子を観察してノヴァの人となりを見極めようとしたセルゲイの目論見は完全に破綻した。

 

 立ちふさがる瓦礫をノヴァは難なく乗り越え時には破壊して突き進んだ。

 近付くミュータントを事前に察知し壁越しに撃ち殺し、運よくやり過ごせたミュータントが迫ろうとも両手に持った銃による弾幕であっけなく倒された。

 事ここに至り戦闘力に限ればノヴァは比類なき強さを持っているとセルゲイは認めるしかない。

 幸いと言っていいのかノヴァはその強さで脅しをかけることはせず、短い会話の中でもセルゲイを気遣う言葉を掛けてきた。

 それらの出来事を考慮すればセルゲイの目を通しても邪なものは一切感じられなかった。

 

 しかし、だからこそセルゲイは思い悩んでしまう。

 善良な心根に似つかわしくない強大な戦闘能力、このアンバランスさを目にしたセルゲイだが容易に判断を下す事は出来ない。

 

「それで何処まで行くのですか?」

 

「もう少しだ」

 

 ノヴァの問いかけに答えながらセルゲイは廃墟を歩いていく。

 村までの道筋も残り半分、此処から態と遠回りするような行動はノヴァに余計な不信感を抱かせると考えたセルゲイは迷いながらもルートを変更した。

 そうしてしばらく歩き続けるとセルゲイは脚を止め、ノヴァも脚を止めた。

 

「此処だ」

 

 そう言ってセルゲイが指さした先にあるものをノヴァは背後から見る。

 視線の先にあるのは外骨格を装着したノヴァが余裕で通れるほどの大穴だ。

 試しにノヴァが上から覗いてみれば人工物らしきものが下に幾つもあるのが見えた。

 

「此処と似たような場所から地上にワシらは出ている。そしてこの地下がワシらに残された最後の生存領域だ」

 

 薄暗く日の光の届かない地下空間、それは地上に吹き荒ぶ極寒の寒さから逃れられ、地上に蠢くミュータントから身を隠せる空間。

 そして今を生きる人類に残された数少ない生存領域だとセルゲイは語った。

 




当作品を書いている作者ですが出てくるキャラに若者が居ません。
今後の脳内プロットに出てくるのはおっさんだけです。
これが自分の性癖なのでしょうか。

あと地下世界のモデルはMETROという作品です。


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暗闇の中で

※2023/09/20 文章を整えました。


「下は薄暗い、気を付けて降りてこい」

 

 そう言って先に大穴に入ったセルゲイは穴の周りにある瓦礫を足場にして少しずつ下に降っていった。

 年齢を重ねているのに関わらずその足運びには迷いは無い、既に何度も通った経験があるのだろう。

 

 順調にセルゲイが穴を下っていく姿を見ながらノヴァも穴の下に降りる準備を行う。

 しかしノヴァではセルゲイの様に瓦礫を足場にして下っていく事は出来ない、瓦礫が外骨格の重さに耐え切れず壊れてしまう危険性が非常に高いからだ。

 よってノヴァは穴の下に降りる別の方法を選択、直ぐ近くにある頑丈そうな廃墟に向かって外骨格に装備されていたアンカーを奥までしっかり打ち込む。

 そうして確実に固定されているのを確認してからノヴァもアンカーから伸びるワイヤーを使って穴の下に降りていく。

 

 穴の深さは8m程度だろう、少しずつ外骨格を下ろすのと同時にノヴァは穴の断面も観察していた。

 経年劣化か別の理由かは分からないがノヴァが今降りている大穴は地下構造物が崩落することで出来た穴の様だ。

 断面には通路や配管のようなものを多く見かけると同時に通路の奥を照らしてみれば蜘蛛の巣らしきものや光に反応して逃げ出す小動物等もいた。

 

 そうして観察し続けているうちにノヴァは穴の底にたどり着いた。

 外骨格が足元にある地面を踏みしめ降り立ったノヴァの目の前に広がっているのは薄暗い地下鉄、路線は大きく作られており外骨格を装着したノヴァでも余裕を持って動き回れる広さがある。

 足元をライトで照らすと穴の底で見つけた人工物はどうやら線路の一部だったようで薄暗い地下鉄の向こう側にも線路は続いている。

 

「おい、こっちだぞ」

 

 先に穴の下にたどり着いていたセルゲイがノヴァを呼んだ。

 声のする方向を向くと少し離れた場所にセルゲイは立っておりノヴァが振り向くと同時に地下鉄の奥へ進んでいった。

 ノヴァも置いて行かれまいと急いでセルゲイの後ろに付いていき二人は薄暗い地下鉄の中を進んでいった。

 

「地下鉄に住んでいるのですか?」

 

「そうだ、地上部分は今やミュータントの世界、加えて寒さが厳しい以上ワシらが生きられるのは地下しかない」

 

「なるほど、地下シェルターはザヴォルシスクにないのですか?」

 

「あるぞ、ザヴォルシスク中に張り巡らされた地下鉄の駅は地下シェルターを結んでいる。シェルターと地下鉄の駅、その二つを居住地として使い地下には多くの人が住んでいる」

 

 セルゲイの話を聞きながらノヴァは理解すると共に納得した。

 ザヴォルシスクにたどり着くまでの間、地上を移動し続けていたが外骨格をはじめとした多脚戦車を擁しているノヴァでさえ油断はできない環境なのだ。

 もし地上で生活を送るのであれば地上を闊歩する大量のミュータントに加え吹き荒ぶ冷気に対応しなければならない。

 予想でしかないが高度な軍事的、社会的なインフラが常に必要になり地上で生活を送るコストは膨大なものになるだろう。

 

 ──しかし、逆に言えばそれらのインフラを解決できれば地上で生活を送れるのではないかとノヴァは考えた。

 

「地上で生きようとした人はいないのですか?」

 

「いたさ、今も昔も。駅やシェルターに収まりきらなかった人が何人も地上に活路を見出そうとして──そのどれもが頓挫した。地上で生きようとしても武器も食料も暖を取るための燃料も何もかも足りない。……今や地上に行くのは頭のネジを何本も無くした奴らか、それしか選べない貧乏人だけだ」

 

 ノヴァが考え付いた事など既に行われている、そして全てが頓挫したとセルゲイは静かに語る。

 ある男はミュータントの群れに飲まれて消えた、女は腹を満たすことが出来ずに瘦せ衰えて死んだ、幼い子供は寒さに耐え切れずこと切れた、多くの人間が地上の雪の下に埋もれていったのだ。

 自然の猛威は容赦なく振るわれる、それに耐え切れない者から命を奪われていくのが地上なのだ。

 

 声を抑えながらもまるで実際に見てきたかのように語るセルゲイの声には一言では言い表せないような感情が滲みだしている。

 遠い昔に挑んで敗れたのか、それとも親しい人が地上に行って帰ってこなかったのか、あるいは両方かもしれない。

 

「──そんな訳で地上に出ていくのは危険だって事だ。それとザヴォルシスクの中央に近づくにつれて駅も大きくなって栄えている」

 

 壮絶な話、実体験を聞かされたノヴァはセルゲイにどんな声を掛ければいいのか判断に迷ってしまった。

 しかし、それはセルゲイも同じようでノヴァの戸惑いを感じたのか頭を少し掻いてからまた別の話を始めた。

 

「駅やシェルターにはそれぞれ特徴がある。食い物を育てたり武器を作ったりと色んな駅やシェルターがある。とは言っても中心にある帝都には及ばないがな」

 

「帝都?」

 

「ザヴォルシスクの中央地下に建造された大規模シェルターだ。どうやら戦争前に作られたもので居住面積の広さも設備も何でもそろった地下世界の都だ。生産設備もあるようで帝都で作られた一部は地下に流通している」

 

「はぇ~、なんか凄いですね」

 

 戦前に作られた大規模シェルターは連邦とのハルマゲドンに備えて建造されたようで規模も設備もかなりのものが揃えられていたようだ。

 そして地上を襲った災禍から逃れるために多くの人が逃げ込み地下世界において最大勢力を築き上げた。

 人も物も何でも揃うと語られる勢力であるがゆえにザヴォルシスクの中央にある大型シェルターは地下世界における帝都だと呼ばれるようになった。

 

「だったらそこに行けば──」

 

「それは無理だ。帝都には入れる人間は限られている。余所者が入るとしたらお高い市民権を買うしかない、それにあそこは余所者を嫌う貴族が沢山いるぞ」

 

「えっ!?貴族が居るの!?」

 

 帝都と呼ばれるほど栄えた大型シェルターであるならノヴァの目的、電波塔の位置情報や僅かな可能性として稼働している電波塔を保有しているのではないかと考えていた。

 しかし肝心の帝都へ入る敷居が高く、加えて貴族と呼ばれる日本でも書物の中でしか見聞きしなかった存在がいる事にノヴァは驚いた。

 一応貴族に近い人種としてウェイクフィールドの領主と呼ばれる特権階級らしき人物などをノヴァは何人か知っているが類似する存在なのか分からない。

 仮に近いものであったとしても今迄のノヴァが重ねてきたミスコミュニケーションのせいでノヴァは貴族という存在を厄介かつ面倒くさい存在だとしか思えなかった。

 

「帝都には近寄りません、厄介ごとか来そうなので」

 

 君子危うきには近寄らず、余程切羽詰まった状況にならない限り帝都には近寄るまいとノヴァは決めた。

 

「それがいい。にしても本当にお前さんは帝国の人間ではないようだな」

 

「本当ですよ。まぁ、普通であれば信じられない話でしかありませんけど」

 

「そうだな、取り合えずお前さんが帝国育ちではない事ははっきりした」

 

 一連の会話と反応を見てセルゲイもノヴァが帝国を知らない事は本当だと考えている。

 会話の内容に驚いた時に不自然さは感じられなかった、この反応が演技でないのであればノヴァは本当に貴族の存在を知らなかったのだろう。

 ノヴァとセルゲイは時々会話を挟みながら地下鉄路線を進んでいった。

 

 そうして地下を歩くのに次第に慣れてきたノヴァは壁に色々な文字が書かれている事に遅まきながら気が付いた。

 文字自体はキリル文字に近い、というかキリル文字そのものである。

 確かゲームにおいて帝国のモデルになったのはソ連だったような気がしたがそこら辺の記憶は定かではない。

 ──因みにノヴァはキリル文字を読むことが可能でありロシア語らしい帝国語も現在進行形でセルゲイと話しているが深く考えないことにする。

 

「壁に文字が書かれているのは何故ですか?」

 

「案内板の代わりだ。同じような光景が続く地下では案内板として壁に色々と書き込んで地下で遭難する事を防いでいる。これがないと方向感覚を失って多くの人が遭難する」

 

「確かに似たような光景が続いていて迷子になり易いですね。気を付けます」

 

「あぁ、迷ったら壁に書かれた文字を探せ、そうすれば遭難はしない。だが案内板の中には悪党が描いたものがある。奴らは案内板の文字を書き換えて狩場に誘い込む、そうなると囲まれて持っているもの全てを奪われて殺されるぞ」

 

「こわっ」

 

 ノヴァとセルゲイは地下についての話をしながら線路の上を歩き続けた。

 途中で崩落したのか瓦礫で線路が塞がっている個所もあったが作業員用の連絡通路を通って迂回した。

 そうして地下を歩き始めてから三十分を過ぎた頃に線路を塞ぐように鋭く尖った丸太で作られたバリケードが設置されていた。

 どうやらミュータントの行動を阻害する目的で設置された物であるようだ。

 しかし設置されてから随分長く放置されているようで丸太を束ねている紐が切れかかりバリケードは今にも壊れそうであった。

 

「漸くついたか」

 

 そう言ってセルゲイは線路に設置されたバリケードの隙間を縫うように進んでいく。

 しかし後ろを付いていくノヴァは外骨格を着込んでいるのでセルゲイが通った隙間を利用する事が出来ない。

 その為ノヴァは内心で謝りながら外骨格の出力任せにバリケードの一部を壊して突き進んでいく。

 なるべく壊さない様にノヴァは進んでいくが力が加わった瞬間にバリケードは乾いた音を立てて壊れていった。

 

「昔に放棄された物だから壊して構わん。さて、このバリケードを越えれば村まで──」

 

「待ってください」

 

 セルゲイの話もありバリケードに遠慮することなく壊しながら進んでいたノヴァだが外骨格のセンサーが音を拾った。

 地下で反響を重ねて減衰を繰り返したせいで音自体は小さいが問題はない。

 センサーから拾った音を増強しノイズを除去、抽出したデータを解析する事で音の正体が判明した。

 

「セルゲイさん、この先で銃声が聞こえます」

 

「何!まさか、畜生!」

 

 ノヴァがこの先で銃声が聞こえた事を告げるとセルゲイは走り出した。

 先程までの様にノヴァに注意を払いながらの移動でない、一刻でも早くたどり着く為の行動だ。

 ノヴァもセルゲイが走り出した事から緊急事態であると判断して後を追うように走り出す。

 

「セルゲイさん、心当たりは!」

 

「ミュータントか野盗、二つに一つだ!」

 

 ノヴァとセルゲイが走っていた時間は短い、だが村に近付くに連れて銃撃音が大きくなると共に薄暗かった線路が僅かに明るくなっていく。

 そして誰の耳にも銃撃だと分かる程の音と怒声が聞こえ始めた距離になってからセルゲイは近くにある瓦礫に身を潜め、ノヴァも別の瓦礫に身を隠す。

 

「クソ、野盗どもだ」

 

 セルゲイの苦々しい声を聴きながらノヴァは瓦礫の向こうを覗き見ればマズルフラッシュが幾つも煌めく銃撃戦が行われていた。

 



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私を信じて

 太陽の光が届かない地下鉄は光源がなければ一寸先も見えない暗闇に包まれている。

 しかし地下に住む人々は暗闇を照らすために手作りの篝火や蠟燭、貴重な電灯等を使って暗闇を照らして生きている。

 それはセルゲイの村も同じ、本来であれば複数設置された篝火が村の入口兼バリケードをぼんやりと照らしているだけの筈だった。

 

 しかしノヴァとセルゲイ、二人の視線の先にあるのは火災による炎で赤々と照らされた村の入口だ。

 入口そのものは形をまだ原型を留めているが一部が燃えており本来の機能を喪失するのも時間の問題だ。

 それでも未だに保っているのは入り口に詰めかけた村側の人員が必死に補修作業をしているからだろう。

 入り口の向こう側からは多くの怒鳴り声が聞こえ、入口に備えられた幾つもの銃眼からマズルフラッシュが煌めき銃弾を撃ち出している。

 銃弾が向かう先にいるのは──人だ。

 だが善人ではない、老若男女問わず襲い掛かかり彼らが持つ財産、食料、果てには命さえ奪い取る事をよしとする悪人である。

 そんな悪党が徒党を組み組織だって略奪活動を行うのが野盗であり、現在進行形でセルゲイの村を襲っている者達の正体だ。

 

「クソ、野盗共は幾ら殺してもいなくならない、常に腹を空かせたケダモノ共だ」

 

「野盗に襲われた原因に心当たりは?」

 

「そんなものは今も昔も変わらない。食い物と貯め込んでいる物資と財産、住みやすい場所を奪い取るか、あるいは全部だ」

 

 セルゲイは手に持った銃に弾丸を込めながらノヴァに答える。

 その眼には一目で分かる程の殺意が籠っており、可能であれば今すぐにでも野盗に襲い掛かり一人残さず殺し尽くしたい衝動に駆られているのだろう。

 それでもノヴァと話をするだけの冷静さを保っているのは怒りに任せた突発的な行動では事態を打開できないと理解しているからだ。

 

「腸が煮えくり返るが、今はまだ最悪の事態にはなっていない。それにケダモノ共がこちらに気付いていない状態を利用しない手は無い」

 

「作戦はあるのですか?」

 

「村の正面を攻め立てている奴らの背後から襲う。一番簡単な方法だが……」

 

「敵は此処以外も襲っている?」

 

「そうだ、入口に詰めかけている人員が少ない。間違いなくもう一つある村の入口も攻められている。向こうもギリギリの状態だろう」

 

 ザヴォルシスクの地下に張り巡らされた鉄道の保守保安用に作られた作業員用の区画、其処にセルゲイさんが住む村がある。

 地下で生きていくには纏まった生活できる土地に加えて防衛に向いた地形が欠かせない。

 その二つを高い水準で満たしているのがシェルターであり、次点が地下鉄の駅である。

 だが二つは既に多くの人が居住しており新たな住人を迎える余裕はない。

 故にシェルターにも駅にも居場所がない人々は極僅かにある作業員用通路に住み着くか、中央から離れた場所にある作業員用の区画に住み着くのだ。

 そしてセルゲイの住む村は危険と隣り合わせの移動を続けた果てに辿り着いた安心できる場所なのだ。

 

 そして安心できる場所というのは野盗達にとっても同じだ。

 それどころか根無し草である彼らは村を占拠した暁にはアジトとして運用する腹積もりだろう。

 

「分かりました。では私が此処にいる野盗を引き受けます。セルゲイさんはもう一方の入口に向って下さい」

 

「……恩に着る、俺は隠し通路を使って村に入る」

 

「分かりました」

 

 ノヴァの提案をセルゲイは即断で受け入れた。

 時間は残されていない、目前にある入口の防衛が成功したとしても、もう一方が破られれば村は野盗に蹂躙されてしまう。

 その先には財産も尊厳も命さえ略奪される地獄のような光景が待ち構えているだろう。

 それを防ぐには二か所同時に野盗の背後を襲う必要があり、道中確認できたノヴァの戦闘力であれば可能なのだ。

 だからこそノヴァの提案を聞いたセルゲイはノヴァを信じる事にした。

 数日前に出会ったばかりで会話も数えられる程度しか話していない、それでも窮地にあって自ら危険を冒して村を救う行動を見せたノヴァをセルゲイは信じるにたるものであった。

 

「さて、あと少し働きますか」

 

 セルゲイが銃を担いで隠し通路に向かう姿をノヴァは見送った。

 そして隠れていた瓦礫から姿を出して村に襲い掛かる野盗に近付いていく。

 背後から襲われる事を野盗達は警戒していないのか隙だらけ、今奇襲するのもアリだが一人ずつ背後から絞め落とす事も可能だろう。

 それだけでなく野盗の背後関係や村を襲った原因について問い詰めるのであれば手加減して気絶させた方が都合いいのではないかとノヴァは考えて──

 

「死ねや!」

 

「お前らに勝ち目なんてないからさっさと降伏しろ! そうしたら優しく殺してやるぞ!」

 

「結局は殺すんじゃないか!」

 

「当たり前だろう、男は殺して女は犯す、子供は人買いに売って万々歳だ!」

 

「ちげぇねぇ!」

 

 やっぱりこいつら皆殺しにするべきだとノヴァは決めた。

 

「おい、爆弾持ってこい忌々しいゲートを吹き飛ばすぞ!」

 

「おい爆弾はあるか!」

 

「これかな?」

 

「おお、そう──誰だおまっ!?」

 

 爆弾を差し出したノヴァが仲間でないと気付いた野盗の一人が行動を起こす前に外骨格の拳が振るわれた。

 一撃で意識を刈り取るどころか殴った勢いそのままに野盗の身体が吹き飛び、絶賛防衛中のバリケードに轟音と共に叩き付けられた。

 

「ドミー!?」

 

「なんだ、どうしたんだ!?」

 

「いきなり吹き飛んできたぞ!」

 

 仲間の一人が宙を舞ってバリケードに叩きつけられたのは野盗にとってもショックな出来事であったらしい。

 そして慌てふためく野盗の中にも頭の回る人はいるようで吹き飛んできた原因を探そうとして後ろを振り、ノヴァと目が合った。

 

「て──!?」

 

 野盗が言い終わるまでノヴァは待つつもりはない。

 当初考えていた一人一人を気絶させる作戦は早々に破綻したので次の行動に移行。

 行動方針は単純明快、先制攻撃で蹂躙である。

 

 両手に握った二丁の銃から放たれた光弾が振り返った野盗の頭部に命中。

 光弾が肉を、骨を、脳髄を弾き飛ばして野盗は物言わない死体に早変わりした

 そして奇襲のアドバンテージを活かすべくノヴァは隙を晒している野盗に次々と銃撃を加えていった。次いでに撃ち殺した野盗の近くにいる相手にも光弾を。

 

「何がギャ!?」

 

「後ろから撃たれてるぞ!?」

 

「おい、弾持ってこい!」

 

 先程まで人を人とも思わない残忍な言葉を吐き出し続けていた野盗達は奇襲されると思っていなかったのかノヴァが呆れるほどの醜態を晒しながら有効な反撃を出来ないでいた。

 自分達が捕食者だと勘違いしていた野盗は一人また一人とノヴァの放つ銃撃で撃ち殺されていき、その数を勢いよく減らしていく。

 

「ふざけやがって、死ね!」

 

 だが野盗側も一方的に殺されるだけではない、犠牲を払いながらも奇襲から立ち直ると姿を隠す事無く堂々と姿を現しているノヴァに向けて銃撃を加えていく。

 一人二人ではない、生き残った野盗の銃口は余すことなくノヴァ一人に向けられて多くの銃弾が撃ち出された。

 生身であれば人体がミンチになる程の弾幕、勝利を確信した一部野盗達であったが現実は彼らの想像通りにはならなかった。

 

「銃が効いてねえぞ!?」

 

「ふざけんな! 銃弾を弾きやがったぞ!」

 

「おかしいだろ! あのしみったれた村が凄腕の傭兵を雇った話聞いていないぞ!」

 

 野盗達の放った銃弾はノヴァに着弾するも火花を上げながら弾かれるだけだ。

 ノヴァの外骨格に備え付けられた装甲は強力なミュータント、あるいはクリーチャーを想定して製造された軽量かつ強度も靭性も優れた代物である。

 野盗の持つ銃では威力不足であり火花を散らして弾かれるだけ、それを分かっていながらも野盗達に出来る事は銃を撃ち続ける事だけ──

 

「あらあら、何だが凄いものがあるじゃない」

 

 ノヴァはその声が聞こえた瞬間に射撃を中断、その場から勢いよく跳んで離れる。

 その直後、ノヴァがいた場所に轟音と共に何かが叩きつけられた。

 

「あら、上手く隙を突いたつもりたったのに」

 

 衝撃で舞った砂埃が晴れるとノヴァが先程まで立っていた地面には巨大な鈍器が叩きつけられていた。

 鈍器の大きさは人一人簡単に叩き潰させる程の大きさでありノヴァの強力な外骨格であっても損傷は免れないだろう。

 危険であると判断したノヴァは突如鈍器を振り下ろしてきた相手を見る。

 

「お前も野盗のいち、み…か?」

 

「ハ・ズ・レ。アタシは彼らに雇われた用心棒よ」

 

 ノヴァが視線を向けた先にいたのは野盗達とは大きく姿の異なった人物である。

 巨大な鈍器を振り下ろしてきた事からサイボーグとではないかと考えていたが見慣れない形をした強化外骨格の様な物を装着しており、それを使って巨大な鈍器を振り下ろしてきたのだろう。

 しかし目の前の人物が装備している外骨格らしき装備はお世辞にも整備が行き届いているようには見えない。

 本来であれば装甲に覆われているべき箇所の装甲はなくフレームが剝き出しのまま、それだけでなく十分な油もさせていないのか金属の擦れる音が離れていても聞こえてくる。

 頭部を覆うヘルメットは無くしたのか素顔は剝き出しであり、正直に言って外骨格の機能を維持できているのが不思議なくらいである。

 

 ノヴァとしては地下世界で外骨格を運用できている事に驚き──しかし、それ以上に目の前にいる人物の素顔に釘付けになった。

 

「いやね、あまり人の顔をじろじろ見るのは失礼よ」

 

「あ、いや、すまない。非常に特徴的な人でつい」

 

 先程から女子言葉を話しているが外骨格を着込んだ人物の素顔は男性である。

 しかも顔もかなり厳つい、キャラが濃いどころか個性が渋滞を起こしているような人物であったのだ。

 ノヴァの背筋を何とも言えない感覚が走り抜けるが、それを飲み込んだノヴァは外骨格を着込んでいる男性に話しかける。

 

「キャラが濃……違った、ええと、あれだ、お前も野党の一味か」

 

「もう、二回目よ。もう一度言うけど違うわよ。アタシは彼らに雇われた用心棒、彼等の仲間じゃなくて雇われただけよ」

 

「そうか、なら加勢するな」

 

「そうもいかない事情がこっちにもあってね。まぁ、此処まで落ちぶれたけど前金貰っておきながら逃げるなんて出来ないのよ。特に、この業界は狭いから悪評が付きやすくてね」

 

 振り下ろした鈍器を手元に引き寄せながら男はノヴァに答えた。

 男自身も仕事には納得がいっていない様子だが、それでも自らの感情を押し殺し仕事を行う姿勢から相手は一介の用心棒ではない雰囲気を醸し出す。

 そしてノヴァの判断は当たっていた。

 

「そんな訳で……ちょっとアタシに倒されてくれないかしら!」

 

 巨大な鈍器を振りかぶり男がノヴァに迫る。

 燃え盛る炎をバックに野盗とは一線を画す相手との戦いが始まった。

 




 名無しのオカマキャラ参戦


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強敵と書いてオカマと呼ぶ

 男が振りかぶった鈍器、いや、スレッジハンマーを振り下ろす。

 並では到底持ち上げられない重量物であるが外骨格の出力によって男は重量級の武器を自在に振り回す。

 その一撃を生身の人間がくらえば身体は簡単に潰されるだろう、運が良くても重傷を負いながら身体ごと遠くに吹き飛ばされるだろう。

 

 だからこそノヴァは男から距離をとり遠距離から銃撃で仕留めようとした。

 男の装着している外骨格は機動性を確保するために重量物である装甲を外したのだろう。

 そのお陰で男の動きは外骨格を装着していながら軽やかであり素早い、だが代償として装甲で保護される範囲は小さく防弾性能は著しく低下している。

 格闘戦の装備も無い訳ではない、だがこのまま男の得意とする間合いで戦うのは危険であるとノヴァが思わされる程の迫力が男から醸し出されている。

 であるからこそノヴァは男から距離を取り遠距離から銃撃を加えていこうとした。

 

「残念だけど逃がさないわッ!」

 

 ──だがノヴァの考えを見切っていたのだろう、男は距離を取ろうとするノヴァに喰らい付き優位な間合いを保ち続けた。

 

「クソ!」

 

「御免なさいね。貴方の戦い方は隠れながら観察していたから離さないわよ」

 

 男の装着している外骨格の装甲は薄く、それは隠すことの出来ない大きな弱点である。

 だからこそ距離を取って遠距離での銃撃戦に持ち込めば有効な遠距離兵装を持たない男に不利な状況に追い込める、有利な立場で戦えて容易く倒せるとノヴァは考えていた。

 

 だが男はノヴァの想定を超えた強さを持っていた。

 

「はいそこ!……と見せかけてのオラアアア!!」

 

 大振りな一撃が来ると思わせていたらボディーブローがノヴァの脇腹に向って放たれる。

 無手ではない、外骨格の無骨なフレームに加え威力を増すために鋭い突起の付けられたナックルを装備した拳だ。

 それがノヴァの外骨格に衝突し轟音を響かせた。

 幸いにも男の拳がノヴァの外骨格を突き抜ける事は無かったものの緩和出来なかった衝撃がノヴァの身体を突き抜ける。

 銃撃とは違う、ミュータント特有の攻撃でもない、心技体共に鍛え絶え間ない研鑽によって磨かれた一撃はノヴァの身体を捕らえ突き抜けた。

 

「これで終わりよ!」

 

 渾身の一撃によって生じた瞬きともいえる隙、それを男は見逃さずに捕らえスレッジハンマーを上段から全力で振り下ろす。

 その一撃はノヴァの頭部を捉えており命中すればヘルメットは陥没し、頭蓋は押しつぶされ、脳漿が頭部にある全ての穴から吹き出る程の一撃だ。

 

 ──故にノヴァは強化アイテムを躊躇わずに投与した。

 

 機体に備え付けられたアンプルから強化アイテム、貴き血がノヴァの身体に注入される。

 強制的な情報処理能力の向上によりノヴァの目にはあらゆる動きがスローモーションのように感じられるようになる。

 そして振り下ろされるスレッジハンマーの一撃を知覚、直後にリミッターを解除させた身体を無理やり動かして一撃を躱す。

 風切り音がノヴァの頭のすぐ傍を通り抜けスレッジハンマーは何もな地面を打ち砕き轟音を奏でた。

 

「あら、いい反射神経しているじゃない。武器のスペック頼りだけじゃないようね」

 

「それはどうも!」

 

 男が振り下ろした渾身の一撃は何もない地面を打ち砕いただけに終わった。

 まさか避けられるとは想像していなかったのか男は一撃を躱して見せたノヴァに驚き、同時に笑いながら躱した事への賞賛を送った。

 

「下手糞が避けられてんじゃねえか!」

 

「いいぞもっとやれ!」

 

「さっさとそいつをぶっ殺せ!」

 

「中にいる奴だけ殺せ!着ている外骨格は金になるから壊すな!」

 

「あらやだ、いつの間にか見世物になっていたようね」

 

 いつの間にか野盗達は入口への攻撃を止めておりノヴァと男の戦いを観戦していた。

 騒ぎ立てる野盗達は自分達ではノヴァに勝てず返り討ちになる事を理解している、だからこそ自分たちが雇った用心棒の奮戦に興奮してしまった。

 そして用心棒の勝利とノヴァの死を願って各々が口汚い言葉を吐き出していた。

 

「もう、彼ら現状分かっているのかしら?」

 

「分かっていないでしょう。理解する頭があるなら野盗になっていませんよ」

 

「あら、あなたも言うじゃない」

 

 野盗達の声援を受ける男が呆れた声で呟く。

 本来であれば男がノヴァを抑えている間に野盗達は逃げるなり村を攻めるべきなのだ。

 だが現実として野盗達は逃げる事も攻め立てる事もせずノヴァと男の戦いを見ているだけであり男が呆れるのも無理がない有様であった。

 

 しかし無理やり動かした身体を労わる時間が欲しいノヴァとして今の状況は有難い。

 渾身の一撃を避けたことで生まれた奇妙な間によってノヴァの集中力は一度途切れてしまい、身体を無理やり動かした反動がノヴァを苛んでいた。

 

「疑問だけど、それほどの能力があって何故野盗に与するのですか?」

 

 過去に経験した窮地に比べればたいした事ではないが息を整える時間が欲しいノヴァは時間稼ぎとして男に会話を試みる。

 ノヴァとしては会話が成功しようが失敗しようが息を整える為の時間が少しでも得られればそれで十分と考えていた。

 

「知りたい?なら教えてあげるわ……といっても特別深い理由があるわけじゃないのよ。騙されて罠に嵌められて仕事に失敗。多額の借金を背負わされた上に仕事がなくなった。だから前金を気前よく払ってくれた相手に従っているのよ。それにね……」

 

 だが思いの外に男の方が会話に積極的であった。

 それでも口を開いて出てくるのは愚痴としか言えないものであったが会話の量はノヴァの想定以上となった。

 

「……つまり傭兵はね、あぶれた人が行き着く底辺なの。碌な仕事が得られない私達みたいなのに残されたのは身体を売るか、野垂れ死にしかないの。それが嫌でマシな生活を送ろうとするなら暴力を売りにするしかないのよ」

 

 切々を話す内容には実感が籠っており男の苦労が垣間見える。

 

 ──とは言っても話している事が事実である保証はなく、口から出まかせの可能性もあり話を鵜吞みにする事は出来ない。

 何より男が装着している外骨格の関節部から焦げたような匂いが漂ってきており焼き付けを起こしかけている事から男の方も機体を冷却する時間が欲しかったのだろう。

 なんて事はない、ノヴァが息を整える為の時間稼ぎに男も便乗したのだ。

 

「さて、あたしもそろそろ限界ね、もう終わらせましょうか」

 

「そうだな」

 

 時間稼ぎは終わり、ノヴァは息を整え、男は機体の冷却が終わった。

 ノヴァは両手に銃を持ち、男は巨大なスレッジハンマーを担ぐ、二人は向かい合いそれぞれの獲物を握る。

 

 ノヴァの勝機は男に近寄らせず遠距離から銃撃を加える事、装甲に覆われていない箇所に弾幕を集中させれば容易く男を倒せるだろう。

 男の勝機はノヴァが放つ弾幕を搔い潜り接近戦に持ち込む事、近寄ることが出来れば男の持つスレッジハンマーはノヴァの外骨格を打ち砕くだろう。

 両者は距離を取って互いの隙を伺う、一秒が引き延ばされ世界が再びスローモーションのように動きがゆっくりとなり──

 

「突撃!」

 

「死ね、ケダモノ共!」

 

「村を襲った事を後悔して死ね!」

 

 村の入口から姿を現したのはソコロフを先頭に銃で武装した男達だ。

 彼らは入口から勢いよく飛び出し村を襲っていた野盗達へ逆襲を行う。

 

「あぁ!?ビビッて引きこもっていたんじゃないのかよ!」

 

「何だ!?」

 

「噓だろ別動隊がやられたのか!」

 

「怖気づいてんじゃねぇ!わざわざ出てきた奴らをぶっ殺、ギャ!?」

 

「気をつけろ!一人だけクソ強い爺がッ!?」

 

「恐れるな!野盗など数と勢いだけが武器の烏合の衆、一人一人確実に殺せ!」

 

 悲鳴と怒声が再び地下鉄に響き渡る。

 ソコロフを指揮官として男達は野盗達を一人一人倒していき野盗達の数は凄まじい勢いで減っていった。

 

「はぁ、馬鹿だと思っていたけど此処まで酷いなんて」

 

 既にノヴァによって人を減らしていた野盗達であったが入口からの攻撃が止んでからは村が怯えて立て籠もったと勘違いして外骨格同士の戦いを暢気に観戦し始めたのだ。

危機管理が出来ていないと言うべきか、単純に馬鹿しかいないのか、ノヴァと睨みあっていた男が取り繕う事無く批判を口にした。

 

「それでお前はどうする、まだ戦うか?」

 

「そんな訳ないでしょ。降参よ、こ・う・さ・ん」

 

 先程まで張り詰めていた空気は霧散した。

 そして野盗側が不利を通り越して負けたこと理解した男は振りかぶっていたスレッジハンマーを地面に下ろした。

 その行動からノヴァは男が降伏したと判断したが、それでも油断ならない相手であるのは変わらない。

 ノヴァは銃を男に向け続け余計な行動を起こさない様に監視を続ける事にした。

 

「……ところで素直に降伏したから見逃してくれないかしら?」

 

「悪いがそれは出来ない、降参するのなら村に引き渡す」

 

「やっぱりそうなるわよね」

 

 男の言葉からして村に引き渡される事は避けたいようだが、それは避けられない事だ。

 村を襲った野盗に与していた以上村では男の扱いは野盗と同じものになるだろう。

 殺されるのか、拷問を受けるのかはノヴァには全く分からない、それに必要以上に村の判断に踏み込むつもりはノヴァにはない。

 そして降伏した男も降伏した先にあるものを薄々と感じ取ったのだろう、その眼が油断なく回りを観察し始めた。

 

「逃がすつもりはない」

 

「そう、でも御免なさい。アタシ……捕まるつもりはないのよ!」

 

 振り下ろしていたスレッジハンマーが宙を舞う。

 ノヴァに向って投げつけたわけではない、元からハンマーに火薬か何かを仕込んでいたのか爆発の反動で宙に浮かび上がったのだ。

 そしてそれは見事にノヴァの注意を惹く事に成功、男はノヴァの視線が外れた瞬間に走り出した。

 

「逃がすか!」

 

 一瞬の隙を付かれたノヴァは急いで男の後を追い始め─しかし目前に投げこまれた二つの手榴弾が爆発を起こして阻止した。

 

「さようなら!貴方とは二度と会うことはないでしょうけど!」

 

 爆発の煙が晴れた時には男は捨て台詞を吐きながら地下鉄の暗闇に消えていた。

 その見事な逃げ足と思い切りの良さによって男は見事ノヴァから逃げ切った。

 

「大丈夫か?」

 

「問題ありません。ですが一人取り逃がしました。セルゲイさんの方も終わりましたか?」

 

「ああ、終わった。お前さんのお陰で村を救うことが出来た、感謝する」

 

「どういたしまして」

 

 ノヴァが村の入口を見れば勝鬨を上げる村人たちが何人もいた。

 生き残った事、村を守れた事に喜び泣きながら誰もが懸命に生きている姿が其処にはあった。

 



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つかの間の休息

 激しい戦闘の末にセルゲイの住む村は襲撃してきた野盗の集団を何とか撃退することが出来た。

 

 一時は不利な状況にまで追い込まれていたがセルゲイが野盗を背後から奇襲する事で混乱を引き起こし、その隙を村人達は見逃す事無く反撃に出た。

 まさか逆に襲われる事を考えもしなかったのか二手に分かれていた野盗の片方は混乱と共にセルゲイ達による一切の反撃を許さない逆襲で壊滅状態になり撃退された。

 そしてセルゲイ達は其処で止まることなく、返す刀でもう片方の集団にも猛烈な反撃を行った。

 ノヴァと傭兵の戦闘を暢気に観戦していた野盗達の隙を突き、態勢を建て直す暇を与えない苛烈な反撃を受けた襲撃者の多くは脇目も降らず逃げ出すしかなかった。

 

 そうして村を襲撃した野盗達を全て撃破した事で漸く戦いは終わりを告げた。

 村に襲い掛かった危機は去り、戦いに生き残った事に老若男女関係なく村人達は喜び歓声を挙げた──と直ぐにはならない。

 

「怪我人はこっちに運べ!」

 

「死体は直ぐに燃やせ、腐敗させるとミュータントを呼び寄せるぞ!」

 

「野盗の武器で使えそうなのはこっちに、ゴミはあっちだ」

 

「食事が出来たよ!腹が減った人は手を上げて」

 

 野盗達の襲撃を何とか乗り切った直後でありながら、村の中では大勢の人が絶え間なく動いていた。

 男は死んだ野盗の死体を一か所に集め焼却処分する為の準備を行い、子供は戦場に落ちていた武器を集めその中から使えそうなものを探し、女は炊き出しを行い空腹になった村人達に食事を配っていた。

 誰もが慣れた手付きで働いているのはそれが地下世界の常識であるからだ。

 放置した死体はミュータントを呼び寄せ、落ちていても使える武器は貴重な戦力となり、腹が減っていては碌に動けない事を実体験として学んでいるからだ。

 誰もが忙しなく働いている渦中にあっても例外を許されるのは病人と赤子だけである。

 

 ──そして誰もが忙しく働いている中で一人だけ手持無沙汰にのんびりとしている事に苦痛を感じてしまったノヴァも空気に飲まれて村人達と共に働いていた。

 

「先生、次の患者ですが!」

 

「もう直ぐ処置を終える!はい、縫合終了、後は包帯で巻いておいて!」

 

「分かりました!」

 

「次の患者は!」

 

「この人です、銃創が幾つもあって止血していますが出血が止まりません」

 

「弾丸摘出と破れた血管を結紮する、明かり頂戴!」

 

「はい!」

 

 それどころか村の中にあって貴重な医者として怪我人達の治療を行っていた。

 

 事の始まりはセルゲイが村にノヴァが医者だと伝えた時だ。

 襲撃により大勢の怪我人が集まる診察所の受け入れ人数は既に超過しており医者の手が足りない状況であった。

 増え続ける患者の数に対して治療が追いつかず最低限の手当てだけされて放置される酷い惨状であった。

 それでも乏しい知識でありながら応急処置をされるだけ地下世界においてはましな状況である。

 高度な技術と知識を持つ医者は地下世界において独占されセルゲイの住む小さな村等では常駐する医者が一人いるだけでも恵まれた環境なのだ。

 それどころか医者だと名乗る詐欺師が地下世界には溢れ、多くの人が何の治療効果のない偽物の薬を高額で買わされる被害が後を絶たない劣悪な環境である。

 

 そんな時に現れたのが確かな医療・医薬品関係の知識と手先の器用さも備え正確かつ適切な治療を行えるノヴァである。

 セルゲイの話を聞いた村の唯一人の医者が協力を仰ぎ、それを了承したノヴァの下には野盗の襲撃で傷を負った人々以外にも多くの人が集まり列を成していた。

 少しばかり数が多すぎやしないかと思ってしまったが、非常事態であったため心情的に断る事も出来なかったノヴァは患者を追い返すような事もせず集まってきた村人達を片端から診断・治療を行っていった。

 

 そうして休む間もなく始まった医療支援が終わった頃には村の方も一段落ついて騒がしさが幾分か収まっていた。

 

「あ~、終わった……」

 

 銃創の治療から始まり何十人もの村人の診断まで行ったノヴァの体力は文字通り尽きていた。

 治療と診察の疲れもあるが矢鱈強いオカマと戦った際の疲労も身体に残っていたノヴァは診察所から出るなり近くある空箱を椅子にして座り込んだ。

 腰を下ろした瞬間に溜まっていた乳酸が体中を駆け巡り何とも言い難い疲労感がノヴァの全身を包んだ。

 そうして、もう一歩も動きたくないと思い項垂れていたノヴァであったが近付いてくる足音を聞いて項垂れていた頭をゆっくりと上げた。

 

「ああ、此処にいたんだね、先生」

 

 視線の先にいたのは恰幅のいいおばあさんである。

 若い頃は美人だったなと思わせる愛嬌のある顔には年齢を重ねた事で幾つもの皴が刻まれている。

 しかし年老いた姿でありながらも背筋の伸びた姿からは行動力が溢れており女性の活発さを物語っていた。

 

「はい、先生、治療続きで何も食べていないでしょう。良かったら食べてくれ」

 

 そう言っておばあさんが差し出した器の中には暖かな湯気を放つスープが並々と入っていた。

 それは此処に来るまで栄養補給だと割り切って食べ続けていたサソリや巨大熊の干し肉とは全く違う、キノコと野菜、それと何かの肉で作られた暖かいスープである。

 湯気と共に美味しそうな匂いを嗅いだノヴァの身体が一斉に空腹を訴え、食欲を刺激されたノヴァは一言感謝を告げて食べ始めた。

 暖かくシンプルな味付けは疲労していた身体にすっと入っていき素朴な美味しさとスープの温かさが懐を満たしていく。

 久しぶりにまともな食事にありつけたノヴァはスープを直ぐに飲み干してしまった。

 

「温かくて美味しいです、ありがとうございます」

 

「それは良かった、だけど感謝するのは私達だよ。先生、彼らを助けてくれてありがとう」

 

「自分に出来る事をしただけです」

 

「それでもだよ、先生のお陰で助かった人は沢山いるの」

 

 確かにおばあさんが言うように怪我人の中には極めて危険な状態の人が何人もおり、ノヴァがいなければそのまま死んでいた可能性が高かっただろう。

 おばあさんにとっては運が良かったと一言で片づけられるものではないらしい。

 

「それにね、私の旦那も──」

 

「ユリア!」

 

 突如響いた鋭く大きな声にノヴァは驚いたが聞こえてきた声には聞き覚えがあった。

 案の定、声が聞こえてきた方向に顔を向ければ視線の先には早足で近づくセルゲイの姿があった。

 

「どうしたんだい貴方、大きな声を出して?」

 

「貴方?」

 

「私の旦那だよ、それでどうしたんだい」

 

「ああ、いや、なんだ……」

 

 何故か早足で近付いてきたセルゲイであったがおばあさん、いやユリアさんとの会話は何処かぎこちないものであった。

 それは短い間ではあったがノヴァの聞いていたものとは全く違うものであった。

 視線が彼方此方に向いて定まらないのは緊張しているからなのか、それともまた別の深い理由があるのか……。

 

「全く、昔の向こう見ずな性格は何処に行ったの。それともまだ先生を疑っているの?」

 

「いや、お前の目を疑っているわけではないが、なんだ、その心配でな……」

 

「心配しなくても私は無事よ。それに貴方の方が大変だったでしょう。傷はもういいの?」

 

「ああ、問題ない、それと心配をかけてすまん」

 

「なんだ、口下手とカカア天下なだけか」

 

 口下手な亭主と強気でありながら気配りができる妻、見間違えようがなくセルゲイとユリアは長年連れ添った夫婦であるのだろう。

 だからこそセルゲイを連れて帰ってきてくれたノヴァにユリアは深く感謝していたのだ。

 

「そうだよ、見ての通り父さんは母さんを心配していただけ。だけど父さんは何時まで経っても口下手で母さんも僕も苦労しているんだ」

 

「そうなので……えっと、どちら様ですか?」

 

 暢気にソコロフ夫婦を眺めていたノヴァであったが、何時の間にか座っている場所のすぐ横に一人の男性がいる事に遅まきながら気付いた。

 

「すみません、自己紹介がまだでした。私はセルゲイの息子のアルチョムといいます。ノヴァ先生、村の救援と治療、そして地上から父を連れ帰ってきてくれてありがとうございます」

 

 ノヴァの視線の先にはいた一人の男性はどうやらセルゲイさんの息子らしい。

 無精ひげを生やしながらも整った顔をしているアルチョムの顔を見てイケメンだな~と疲労した頭で考えながらノヴァは見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ俺が相手取っていた奴って有名人だったのか」

 

「ああ、『壊し屋ソフィア』、言動こそアレだが実力派の傭兵だ。なんでも一人でミュータン

トの群れを壊滅させた、3mを超える大物を素手で殴り殺したなんて噂が絶えない強力な傭兵です」

 

「怖!脳筋特化ビルドのハルクかよ。道理で強い訳だわ」

 

 会話を進めていく中でノヴァはアルチョムから様々な事を聞くことが出来た。

 特にオカマに関する情報は納得と共にもう二度と戦わないとノヴァは決意する。

 雑魚無双専門であるノヴァにとって純度100%脳筋特化ビルドである『壊し屋ソフィア』という傭兵は相性からして天敵と呼べる存在である。

 今回の戦闘で引き分けに持ち込めたのも相手の外骨格の不調とセルゲイの反撃があったからである。

 

「だけど最近は同業者に嵌められたとかで多額の賠償金を背負ったと聞きました。今回、野盗と一緒にいたのも借金返済の為かもしれません」

 

「たしか戦闘中も言っていたな」

 

「次は無いと思いたいですが……、因みに先生なら勝てますか?」

 

「遠距離から一方的に銃撃が出来れば勝てる。けど近付かれたら防戦一方で負ける。加えて相手の頭が良いから対策を破られる可能性が高い」

 アルチョムが不安になるのも仕方がないが、だからと言ってオカマ相手との戦闘は安請け合い出来るものではない。

 あれからノヴァは脳内で何度もシミュレーションしてもオカマ相手に勝利できる確率は低いままであり、それは外骨格等の武装で幾ら優れていようと変わらない。

 仮に捨て身で距離を詰められ近接戦の間合いに持ち込まれればその瞬間にノヴァの敗北は確定し、何より僅かな隙も逃さず捕らえ瞬時に戦況を覆しそうな相手なのだ。

 ノヴァが真正面から戦って勝てる可能性は限りなく低く、それでも戦うとなれば不意打ちか場外戦法でも使わない限りは無理だろう。

 

「それについては安心してもいい。今回の襲撃で野盗共の戦力は大きく目減りしている以上、戦力の立て直しには時間が必要だ。仮に壊し屋と残った構成員で襲撃を企てようが今度はワシが阻止する」

 

「実はこう見えて父さんは村一番の戦力でね。若い頃はかなり無茶をしたって母さんがよく話していたよ」

 

「今も変わらないわよ。ミュータントの様子が何処か変だと言って息子と仲間たちを置いて一人で調査に行くような人よ。流石に今回ばかりはダメかと思ったわよ」

 

 ノヴァとアルチョムとの会話に途中から参加したセルゲイとユリアが不安を払拭する様に二人に語り掛ける。

 その声音からは悲壮感は一切無くアルチョムとユリアはセルゲイの言葉を信じているのだろう。

 仲良く会話をする親子三人の会話を眺めているとノヴァは遠くに残してきた家族同然のルナリアやサリア達のことを思い出した。

 連絡を取ることは不可能な状況であるがノヴァはどうしようもなく家族の声を聞きたくなってしまった。

 



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情報提供

久しぶりの更新になります。
無理をしない範囲で投稿を再開するので更新ペースは落ちてしまいますかご了承ください。



「話が変わりますがノヴァ先生はどうして此処へ?先生の腕があれば医者として帝都周辺の駅でも引く手数多ではないですか?」

 

「いや、私は医者ではないのですが……」

 

「えっ、あれ程の腕を持っているのに?」

 

 負傷者の治療でノヴァが見せた技術は医療に明るくないアルチョムから見ても見事と言う他ない。

もし彼がいなければ治療が間に合わずに多く負傷者が死んでいた可能性もあるのだから。

 だからこそノヴァが自分は医者ではないと言ってもアルチョム達にしてみれば信じられないのだ。

何せ、ついさっきまで負傷者の治療を行ってくれた人物であり高度な技術と知識を持つノヴァを医者であるとアルチョム達が誤解するのも仕方がない事であった。

 

「……もしや何か事情があって医者を名乗れないということですか、それでしたら深く事情は聞きませんが」

 

「まぁ、はい、そういう事です。あまり人には言えない事情がありまして……詳しくは教えられません」

 

「そうですか」

 

アルチョムとしては目の間にいる人物の経歴を知りたいところであるがノヴァの思いつめた表情を見て、今はまだ聞けるものでないと判断した。

それに場合によってはノヴァの抱える事情を知ったことで何かしらの問題を引き起こす可能性もあるのだ、もう暫くは無難な関係を持って人柄を知ってからがいいだろうとも考えていた。

 

ノヴァとしても医者でもないのになぜ高度な医療技術と知識を持っているのかと聞かれても答えにくい問いかけである。

 無論、ついさっき知り合ったばかりの人間の事情を根掘り葉掘り探るような思慮の浅い人物には見えないが必要以上の情報をアルチョムに伝えるのはノヴァとしても憚られた。

 

「そうですか……、ですがメトロにおいて脛に傷を持たない人はいません。先生が良ければしばらく此処に滞在しませんか?それでもし定住の意思があるのであれば私達は先生を歓迎します。」

 

 だとしても、このままサヨナラをするつもりはアルチョムにはない。

当然の事だがアルチョムはノヴァの抱える事情は全く知らない、何かしらの事情がある事もついさっき聞いたばかりだ。

それでもアルチョムは事情が有る無しは関係なく正面からノヴァを勧誘する事にした、それ程までにノヴァの持つ医療技術は価値が在るものなのだ。

 

「急な話ですね」

 

「はい、我々のような村では医療技術を持った人は貴重な人材です。メトロでもその数の少なさから小さな集落では医者のいない所も少なくありません。末端にまで治療が行き渡る事がなくちょっとした傷から感染症にかかり死んでしまうのも珍しくは無いのです。ですから何処にも所属していない先生のような人がいれば勧誘するのも仕方がないのです」

 

ノヴァとしても負傷者の治療を通して村の衛生状況、医療体制を分析してみたが取り繕うまでもなく村の医療リソースは不足している状態だ。

もし今回の様な野盗の襲撃を受ければ医療体制は簡単にパンクするだろう。

だが医療崩壊を未然に防ぐため村の医療リソースを増やしたいのだろうが成り手がいないのか、育成が追いついていないのか、あるいは両方かもしれないのが村の現状だ。

そんな時に村に来た高度な医療技術を持った流離の人材で、いざとなれば戦闘も可能、一見した限りでは性格に致命的な問題がないとあれば是非とも村に住んで欲しいに違いない。

仮にノヴァが得意な能力を持たない村の住人であったら好待遇を約束して定住を促すだろう、そして今回の勧誘に白羽の矢が立ったのがアルチョムなのだ。

 

「お気持ちだけ受け取ります」

 

「無論、事情あるのは承知しています。では戦闘に負傷者の治療と働き詰めですから少しでも休んだほうがいい──」

 

「そこまでにしておけ。いいか、アルチョム、彼には今日一日だけで大きな借りを作っている。先ずは借りを全て返してからだ」

 

アルチョムはノヴァに対して積極的な勧誘を行っていたが、それに待ったを掛けたのは意外な事にセルゲイであった。

そしてアルチョムの勧誘が止まった瞬間を逃さずノヴァは咳払いをしてこの村に来た経緯を話し出す。

 

「有難うございます。それで、此処に来たのは電波塔について知っている人がいるかもしれないとセルゲイさんの提案で訪れたのです。今迄、碌な手掛かりがない状態で探し続けていた私としては有難い提案でしたので」

 

「電波塔、何故ですか?」

 

「それに関しても遠くにいる私の仲間との連絡を取るためです。事情があって今は離れ離れになっているので……」

 

「成程、だから電波塔を見つける必要があるのですね」

 

「はい、アルチョムさんは電波塔について何か知っていますか?」

 

「そうですね……一箇所だけ心当たりはあります」

 

「本当ですか!」

 

そう言ってアルチョムが懐から取り出したのは折り畳まれた一枚の地図だ。

 地図を広げると描かれていたのはザヴォルシスクの大まかな見取り図、それに加えてアルチョムが書き加えたのか多くの注釈が書き込まれており村の周辺一帯を網羅していた。

 そしてアルチョムは地図上で村から遠く離れた場所を指さした。

 其処には『ザヴォルシスク放送局』と書かれている。

 

「此処に戦前の放送施設があります。100mは超えている電波塔らしき塔もありますから先生が探しているものに近いと思います。ですが……」

 

「問題があると?」

 

「はい、此処には沢山のミュータントが棲み着いて巣を構えています。この放送施設を中心

とした一帯は危険地域として知られています」

 

 漸く発見できた電波塔、だが喜ぶにはまだ早いようでアルチョムの言うことが事実であれば非常に危険な立地に電波塔があるらしい。

 

「ですが言葉だけでは伝えきれないですね。良ければ明日、放送施設の近くまで案内しましょう。それと疲労が溜まっているでしょうから食後に空き部屋へ案内します。今日は其処で休んでください」

 

「では一泊だけお願いします」

 

 アルチョムの提案に対してノヴァは迷うことなく即答した。

 事実として戦闘と治療を続けたせいでノヴァは疲労困憊であり今はアドレナリンの放出によって無理やり覚醒している状態である。

 だからと言って油断はできない、此処で一泊と念を押して告げておかないと一泊の筈が二泊、三泊となり何時の間にか村に住み着いてしまう流れに誘導されかねないからだ。

 

 ……それとは別に、久しぶりに多脚戦車の狭いコックピット以外で寝ることが出来る機会はノヴァにとって願ってもない申し出であった。

 背に腹は代えられぬ、消耗した体力を回復する事に専念する為だからと自分に言い聞かせてノヴァは明日に備えて村に一泊する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、セルゲイ達の村で一泊したノヴァは案内役のアルチョムと彼の護衛の数人を伴い、朝早くから村を出発していた。

 そして日の光が差す事がない暗闇の地下世界から太陽光が降り注ぐ地上に──されど過酷な環境とミュータントが蔓延る地上にノヴァは帰ってきた。

 其処からが周辺の地理を熟知しているアルチョム達を先頭にして廃墟と化した街をノヴァは進んでいく。

 時折ミュータントが襲ってくることもあったがアルチョム達は連携して撃退し、ノヴァは外骨格の火力を活かして一撃でミュータントを撃退した。

 ノヴァの持つ外骨格の火力にアルチョム達が驚き、改めて村に定住しないかと勧誘される一幕があったもののノヴァ達は歩き続けた。

 そして歩き始めてからかなりの時間が経過した頃に案内役のアルチョムの脚が一つの廃墟で止まった。

 

「ここから先は危険地帯で僕達では進めません。ですがこの廃墟の屋上から目的の放送施設が見えます」

 

「分かったアルチョム達は中にある階段を使って屋上に来てくれ」

 

 そう言ってノヴァは機体に搭載されたアンカーを廃墟の屋上に打ち込む。

確かな先端が廃墟の構造物に突き刺さり返しが展開したことを確認してからアンカーを巻き上げてノヴァは廃墟の屋上に登る。

 アルチョム達より一足先に屋上に辿り着いたノヴァは屋上から辺り一帯を軽く見渡した。

 建物自体の高さもあって視界は良好であり外骨格の望遠機能を使うまでもなく目標の電波塔らしき高層建築物を直ぐに見つけることが出来た。

 

「成程、確かにこれは危険地帯だわ」

 

 そしてアルチョムが言ったとおりに電波塔とその周辺にある廃墟群には遠目からでも簡単に分かる程多くのミュータントの姿があった。

 四足歩行の犬みたいなミュータントもいれば色違いの白いグールの姿もあり、電波塔周辺の上空にも飛行型ミュータントが元気になん十匹も飛んでいた。

 廃墟の外側だけでもこれほど多くのミュータントの姿があるのだ、廃墟の内部にも大量のミュータントが生息しているのは間違いない。

 もし何も知らずにあの廃墟群に入れば四方八方からミュータントが襲い掛かかり簡単に殺されるだろう、アルチョム達が危険だと判断するのも当然だった。

 

「はぁ、はぁ、凄いですね……それ……」

 

しばらく電波塔周辺を観察していると屋上に続く階段から急いで登ってきたのかアルチョム達が息を切らせて現れた。

 

「急がせてしまったようですまない」

 

「はは、これ位大丈夫ですよ。それで実際に見てどうでしたか?」

 

「ミュータントのパラダイスだな。軽装備であそこに踏み込むのは自殺行為、重武装でも一人ではどうしようもない」

 

 アルチョムの問いかけにノヴァは偽ることなく答えた。

 事実として強化外骨格の火力だけでは全く足りない、隠密行動でミュータントを一匹一匹間引いていくのは根気と弾丸が持ちそうにない。

 

「それはそうでしょう。頭のいかれた野盗達でさえ此処一帯には近付かない程の危険地帯です。先生一人ではどうしようもありません」

 

「過去に放送局に入り込もうとした人や集団はいないのか?」

 

「目的を持った場合であればゼロです。野盗や犯罪者が逃げ先を間違えて入りこんだ話なら聞いたことがあります。まぁ、一人として帰ってきた人はいませんが」

 

「ステルスはやはり厳しいか……、ミュータント同士の縄張り争いで潰しあった話は?」

 

「それは聞いたことがありません。あったとしても廃墟内部の事ですから分かりませんよ」

 

「そうだよな~」

 

 何とか突破口は無いものかとアルチョムに詳しい話を聞きながら廃墟を観察するがそれらしいモノは何一つとして見付からなかった。

 それどころか生半可な装備では自殺に行くようなものだと改めて突きつけられる始末である。

 

「……まさか本気であの危険地帯に行くつもりですか?誇張でも法螺でもなく周辺一帯はミュータントの巣窟としてザヴォルシスクに広く知られています。入り込んだら最後、四方八方からミュータントが襲い掛かり骨すら残らないと言われている場所ですよ」

 

「此処以外に電波塔があるのなら行ってみたいけど……、因みにあそこ以外にザヴォルシスクには電波塔がある場所は知っていたりする?」

 

「……電波塔があるのはザヴォルシスクではあそこだけです。ですが流石に先生といえどもあの数のミュータントを相手にするのは不可能です」

 

「確かに単独であれば奇跡でも起きない限り無理でしょう。まぁ、最初から奇跡なんて当てにしていないから」

 

 奇跡や魔法も存在しない代わりにミュータントや汚染地域や危険地域が広がっているのがこの世界だ。

 

「アルチョムに聞きたいのだが、あそこに生息しているミュータントの正確な種類、もしくはここら一帯に分布しているミュータントの詳細な記録は持っているか?」

 

「今迄の記録がありますからお見せします。ですが教えてください、先生はこれから何をするつもりなのですか」

 

「そうですね……ちょっと正面からカチコミしてミュータントを皆殺しにしてきます」

 

 なんてない、とまるで少し遠くに散歩に行くような気軽さでノヴァはこれからする事をアルチョムに告げた。

 それを聞いたアルチョムは何を言っているのか分からないのか首を傾げ、ノヴァ自身もこれからやる事に対して馬鹿な選択をしたという自覚がある。

 それでも現状最短最速で電波塔を確保できる手段はこれ位しか思い付かなかった。

 

 ポストアポカリプスな世界において無理無茶無謀を貫きとおすのに必要なものは祈りや奇跡でもなく膨大な数の武器や物資である。

 そして現状のノヴァは無理無茶無謀を回数制限はあるものの貫けるだけのリソースと物資が手元にあるのだ。

 ここが使い時である、節約し切り詰めてきた軍需物資の放出する時である。

 

「その住処、貰うぞ。土地、設備、何もかも俺が使わせてもらう」

 

 廃墟に棲み着いているミュータントに聞こえる事は無い。

 だがノヴァが告げた言葉は放送局に棲み着いたミュータントに対する宣戦布告であった。



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駆除という殲滅

 地形・ミュータント事前調査に1日、投入戦力の事前工作に2日、計3日間かけてノヴァは全ての準備を終わらせた。

 そして極寒の地へ辿り着いてから26日目、ノヴァの放浪の旅路は一つの区切りを迎えようとしていた。

 

「やるべき事は全てした、後は実行に移すだけだ」

 

 多脚戦車のコックピットの中でノヴァは独り呟く。

 誰にも聞こえない独り言は自分に言い聞かせるため、今此処に至ってなお脳内で渦巻く不安、迷いを追い出すための言葉でもあった。

 そして迷いや不安を追い出した後に頭に浮かび上がってきたのは離れ離れになった仲間や家族と呼べるアンドロイドや娘の姿だった。

 

「これからする事を聞いたらデイヴは呆れるだろうな。サリアに至っては全力で止めに来て、マリナは頭を抱える、ルナリアは……これから危険な事をすると言ったら泣いちゃうかな」

 

 仲間であり家族でもある彼らと過ごした記憶は全く薄れていない、だからこそノヴァは寂しく孤独であった。

 放浪の末に辿り着いた廃墟でもセルゲイやアルチョムといった親切にしてくれる人はいたが、ノヴァの感じる寂しさや孤独が解消される事は無かった。

 

 それはつまりノヴァが感じる感情の正体が郷愁である事の証明であった。

 

 突然迷い込んだ過酷な世界、ミュータントから逃げては戦い、素材を集め製造を繰り返し、多くのアンドロイドが集って出来た我が家。

 それはノヴァにとって新しい故郷となり帰る場所となった。

 

「全兵装システムチェック、異常なし。多脚戦車及び追加兵装、後方支援砲撃ユニット、多目的ドローン、駆動システムに異常なし。ネットワーク接続、通信遅延は許容範囲内」

 

 どちらかと言えばノヴァは最高等級の回復アイテムはボス戦まで温存するかゲームクリアまで死蔵するタイプである。

 もったいない精神からくる貧乏性であるがゲームであれば問題は無かった、後で気が付いて使っておけばボス戦が楽になったと愚痴るだけで終わっていた。

 だがポストアポカリプスな世界に来て経験した様々な出来事がノヴァの貧乏性を強制的に修正、ここぞという時には躊躇わずに投入可能なリソースを惜しむ事無く投入出来るように大きく変化した。

 何よりノヴァが今望んでいるのは我が家に帰る事だけ、後生大事に物資を抱え込んだままでいるつもりは皆無、これから行う事に必要だと判断して迷う事無く投入するだけだ。

 

「観測ユニットからの映像は変わりなし、今日もミュータントは元気に廃墟の中で騒がしくしていると……」

 

 最終チェックは問題なく終わった、ミュータントに特異な行動は見られない、あとはノヴァがボタンを押すだけだ。

 

「……あぁ、行くぞ!」

 

 覚悟なんて大層なものでもない、決意と言えるものでもない、ただ帰りたいだけ、これからする事は帰る為に必要な事でしかないのだ。

 放浪生活でホームシックを拗らせたノヴァにとってボタンを押すのに必要な思いはそれで充分であった。

 そしてノヴァはコックピットにコンソールに表示されたボタンを押した。

 多脚戦車の後方に設置された装置はコンソールからの信号を受け取ると甲高いサイレンの音を鳴らしながら起動、推進装置に火が付いた5つの飛翔体は甲高いエンジン音を響かせながら空に放たれた。

 多脚戦車の頭上を飛び越え目指すはミュータントが蔓延る廃墟、観測ドローンで誘導された飛翔体は突然の事態に動きが止まったミュータントを置き去りにして廃墟に衝突、内に秘めた猛毒を一帯に撒き散らした。

 

「エイリアン製の毒ガス兵器のお味はどうだ」

 

 エイリアンにとってNBC条約や国際条約違反兵器などの人類国家間での条約など知った事ではない。

 エイリアン製の兵器に求められたのは人類を効率的に殺し尽くす事だけ、そうした思想とも呼べない只殺す為だけに生み出された兵器が矛先を変えてミュータントに襲い掛かる。

 故に毒ガスで生み出された地獄と見間違えるような光景は当然の結末であった。

 

「……戦果は大打撃! 大打撃! 大打撃!!」

 

 個体差も種類も関係なくミュータントの命が消えていく。

 飛翔体から散布された毒々しい赤い煙、観測ドローンはそれを吸ったミュータントがもだえ苦しみ血の泡を吹いて次々に死んでいく姿を一つ残らず写した。

 そして情報を受け取った演算装置はプログラムに従い機械的に死亡判定を下していき、多脚戦車のディスプレイには毒ガス兵器で死んでいくミュータントカウントが凄まじい早さで増えていく。

 

「だけど、これで終わる訳は無いよな」

 

 だがこれで終わりではない、そして毒ガス程度でミュータントを殺し尽くせるなら文明は崩壊しない。

 毒ガスの散布範囲外にいた、あるいは毒ガスそのものに耐性を持っていたミュータントが廃墟から次々と現れては、その数を凄まじい勢いで増やしていく。

 そして全てのミュータントが殺気立つと共に攻撃を加えてきた敵を血眼になって探し──敵は直ぐに見つかった。

 

「「「「! ッ!!!! ッ!」」」」

 

 幾重にも重なった雄叫びが空気を、廃墟を揺るがす。

 そして種の違いを超え、敵対関係を超え、廃墟に巣を構えているミュータントが一斉に動き出す。

 それは生存の為、緊急時に発生するミュータントの特異行動であり、敵への殺意で纏まった狂気の集団である。

 津波の様に押し寄せるミュータントの物量、その光景を見た人は絶望の淵に沈むか、或いは絶望を通り越して現実味のない光景だと思考放棄してしまうに違いない。

 

「地雷原へようこそ」

 

 だがノヴァは絶望に沈む事も、思考放棄する事無い。

 事前に想定した通り一直線にノヴァに向ってくるミュータントを処理していくだけだ。

 そして警戒することなく地雷原に踏み入れたミュータントが地雷を踏み抜き次々と吹き飛ばされていく。

 突如として手足を失ったミュータントは強靭な生命力で直ぐに死ぬことは無かったが背後から迫る後続の大量のミュータントによって踏みつぶされて次々と死んでいった。

 また同時に踏み潰され撒き散らされた肉片や臓物がミュータントの足を滑らせ集団の移動速度を低下させた。

 その結果としてノヴァに迫るミュータントの集団は玉突き事故を起こしたように一塊となって動きを止め、想定通りの動きをしたミュータントにノヴァは攻撃を加えていく。

 

「死ね、只々死ね」

 

 タイタンが携行していた武器を流用して作成した即席の砲撃ユニット、其処から放たれた高密度のエネルギー弾が放物線を描いてミュータントの集団に打ち込まれた。

 エネルギー弾は着弾と同時に形状崩壊、内に秘めていたエネルギーを放出して大爆発を起こしミュータントを木の葉の如く舞い上げた。

 そして即席の砲撃ユニットは一つだけでない、後方に並べられた砲撃陣地からは次々と砲撃が行われミュータントを地面ごと耕していく。

 

 もはや戦いではなく戦争とも言うべき様相を呈してきたノヴァとミュータントの戦い、地上戦はノヴァが有利に進めているが油断は出来ない。

 そして戦場は地上だけでなく空中にも拡大する、廃墟に巣を構えている飛行型のミュータントがノヴァに接近を始めたのだ。

 飛行型は地上より数も種類も少ない、だが空を飛ぶ能力は多少の不利を簡単に覆せるだけの能力であり軽視できるものではない。

 過去、隙を突くことで一方的に殲滅できたデーモンが完全な戦闘態勢で集団を形成して襲い掛かってくるのだ。

 

「多目的ドローン全機戦闘モードで起動」

 

 故に出し惜しみする事は無い、強奪したエイリアンの物資にあった多目的ドローン全183機を戦闘モードで飛行型ミュータントにぶつける。

 観測した限りでは飛行型ミュータントは36体、それを5倍以上の数のドローンで襲うが大きさではミュータントの方が遥かに大きく戦力的には同等かあるいは下回っているかもしれない。

 そして空中でも戦いが始まった、細長き楕円形のドローンが搭載された機銃を放ちながら飛行型ミュータントに、ミュータントも進路に立ちふさがるドローンに敵意を露にして向かっていく。

 ドローンから放たれた小口径のエネルギー弾はミュータントの翼と翼膜に集中攻撃を行い、翼が焼かれて飛行能力を喪失したミュータントが空から墜ちてゆく。

 ミュータントは空中で掴んだドローンを握りつぶしガラクタに変え、或いは近くにある別のドローンに投げつけて次々と墜としていく。

 或いは損傷覚悟でドローンの弾幕を掻い潜りノヴァに接近しようとしたミュータントもいたが多脚戦車に備え付けられた大口径の機銃によって原型を留める事無く粉砕された。

 

 戦いはまだ始まったばかり。

 ノヴァは我が家に帰るため、家族と再び会うために放送局の設備が必要だった。

 故に設備を確保するために廃墟に棲まうミュータントを一匹残らず殲滅あるいは駆除するつもりでいる。

 そしてミュータントは侵略者であり殺戮者であるノヴァから自分達の生息域を守るために死力と狂気を武器に鉄と火が支配する殺戮場と化した戦場に赴いてゆく。

 地上と空中、二つの領域で繰り広げられる戦いは互いの存在を殺し尽くすまで止まる事がない殲滅戦争へと姿を変えるのは必然であった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ノヴァとミュータントの戦いの余波が及ばない戦場から離れた場所、元は集合住宅地であったのか其処には数多くアパートの廃墟が未だ原型を留め残存している。

 その数あるアパートの廃墟の中で一際高い建物の屋上、其処でノヴァを放送局に案内したアルチョムと護衛の三人の男達が双眼鏡を覗いている。

 空が晴れ、視界を遮る霧などの気象現象が発生していない屋上は遠くで繰り広げられる闘争を観察するのに最適な場所であった。

 

 ──だからこそ見間違いは在り得ず、双眼鏡で覗いた先の光景が余りに荒唐無稽な物であっても見間違いであると自分自身を誤魔化すことは出来なかった。

 

「父さんから事情を聞いていたとはいえ……これは想像できなかったな」

 

 誰に言い聞かせる訳でもなくアルチョムは内心を偽る事無く口に出し、最後には乾いた笑いが自然と出てしまった。

 劇烈、熾烈、強烈、アルチョム自身が知る言葉では視線の先で繰り広げられる闘争を十全に言い表すことが出来ない。

 互いの存在を一切許さない、一欠けらの肉片すら存在する事を拒絶する地獄のような殺戮が繰り広げられているのだ。

 

「笑い事じゃないぞ」

 

「いや、笑う以外にどんな表情をすればいいんだよ」

 

「それは……あれだ、頭を抱えるんだよ」

 

 自身の護衛でもあり、仲間でもあり、付き合いの長い友人でもある二人も現実味のない光景を目にして混乱していた。

 だがそれも仕方がない事だ、三日前に廃墟に生息するミュータントを駆除すると突然言い出した時はアルチョムも全く信じておらず、そればかりか精神病を患った病人ではないかと考えもした。

 しかし三日間の準備期間中にノヴァは村へ訪れては情報収集と負傷者の治療をしてくれており、ノヴァに対する評価は優秀な医者ではあるが少しばかり虚言癖のある人物だとアルチョムは考えていたのだ。

 

 だがそれは間違っていた。

 だけどそれも仕方がないだろうとアルチョムは言い訳をしたい。

 一体何処にミュータントの生息域に大規模な殲滅戦争を仕掛けられる人がいるのか、ミュータントと戦わずに何処か無人の廃駅を占拠するか、武力を盾に小さな駅を脅せば一生安泰な生活が送れるだろうに。

 

「それでアルチョム、今後の関係をどうするつもりだ」

 

「つかず離れずの距離……とは言えないね。最優先で友好関係を築いて敵対だけは絶対に避けるよ」

 

「それは賛成」

 

「だな」

 

 先生、いやノヴァと名乗る男と親しい関係を築く事は最優先事項である。

 今迄の会話と行動から観察した限りではノヴァ自身は良心的な人物であるのは理解できている。

 だがミュータント相手に殲滅戦争を仕掛けられる戦力を保有しているのだ。

 本人は軽く手を払っただけであったとしても周囲に甚大な被害を齎すことが可能であるのがノヴァという人物である。

 関係を親密にしてそのような行動を起こさせない様に働きかけないと、ふとした瞬間に村が吹き飛ばされる可能性があるのだ。

 それに今回の殲滅戦争で勝利すれば放送局を拠点としたノヴァはお隣さんとなる、それを加味すれば関係を親密にしなければならない。

 無論ノヴァが今回の闘争に敗北する可能性もある。

 だが負けたとしても此処まで入念に準備を行うノヴァの性格からして逃走経路は確保している筈であり、傷付き消耗したノヴァを確保してアルチョム達は村に全力で逃げる算段を密かに整えていた。

 

「おい、アルチョム。ミュータントの圧力が目に見えて減ったぞ」

 

「……本当に占拠するつもりですか先生」

 

 アルチョム達にも下心があった、だからこそ危険を冒してまで此処まで来たのだ。

 放送施設に巣を構えているミュータントの姿を見せ、仕方がないと装置の確保を自発的に諦めさせる。

 そうして傷心状態にあるノヴァを励ましながらアルチョムはそれと無く村への定住を促すつもりであった。

 優れた戦闘能力は勿論のこと、医療知識・技術を備えた人材は何処の駅であれ喉から手が出るほど欲しい人材である。

 そんな貴重な人材が無謀な事をして命を散らさない様に監視するのが今屋上で観察を続けているアルチョム達の隠れた目的であった。

 

 だがノヴァはアルチョムの想像を超えていた。

 

「あぁ、先生が勝ったようだね」

 

 ノヴァに立ち向かう最後のミュータントが機銃による弾幕で原型を残さずに霧散。

 未だに燃え尽きない炎と黒煙を背景に微動だにせず砲撃と射撃を繰り返していた多脚戦車が動き出す。

 撒き散らした肉片を踏み付け、流された夥しい血で出来た真っ赤な海に波紋が波打つ。

 多脚戦車に乗っているノヴァが向かう先は一つ、蹂躙し殺戮の限りを尽くした放送局だ。

 

「やばいな、先生」

 

「お前ケガしても先生の言うことに逆らうなよ。そうなったら弁明も聞かずに見捨てるからな」

 

「二人とも無駄話は其処まで、先ずは先生にお祝いに一言を言いに行きますよ」

 

 朝日と共に始まった殲滅戦争、永遠に続くだろうと思えた闘争は日が暮れる前に終わりを告げた。

 勝者はノヴァでありミュータントはその数を激減させるか放送局一帯に限れば殲滅されたことだろう。

 この環境の変化が村にどの様な影響を齎すのか現時点では不確定でありアルチョムにしても全く予想が出来ない。

 だからこそ新しく隣人になったノヴァへアルチョムはいの一番に挨拶に伺うのだ。

 その力が村に福音を齎すことを願って。

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・放送設備は使用不能です。

 

 ・放送局制圧進行率 :78%

 ・放送設備修復率  :0%



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帰還用拠点建築
此処をキャンプ地とする!


 身体が硬い、頭が重い、自らの肉体から発せられる誤魔化しようがない疲労感。

 それを感じながらも身体を動かすのは長年繰り返してきた習慣だ。

 泥の様な眠りに落ちたい誘惑を振り切り、意識を覚醒させるためにも瞼を開いた。

 目に映るのは最近になって見慣れた光景、多脚戦車のコックピットでありモニターに映るのは焼け焦げた跡と画面を覆うかのように広がるミュータントの死骸だ。

 

「……ああ、何時の間にか寝ていたのか」

 

 寝起きには少しばかり刺激的な光景であったが、そのお陰でノヴァの意識は覚醒した。

 昨日の行ったミュータント殲滅、放送設備のある廃墟に住棲み着いたミュータントを引きずり出しエイリアン製の兵器を駆使して殲滅したのだ。

 とはいえ一区画に棲み着いたミュータントを引きずり出し殲滅するのはエイリアン製の鹵獲兵器が無ければ不可能であった事は間違いなく、それでも困難極まる行動であった。

 本来であれば複数が分担して行う兵器の操作、火器管制、無人兵器の運用などを事前に組み込んだ管制プログラムがあったとしても負担は大きかった。

 津波の如く襲い掛かるミュータントを倒しても次から次へ新手のミュータントが現れる正に物量戦とも言うべき戦い。

 一瞬、一秒たりとも気が抜くことが許されず、隙を見せない様に兵器を操作する事をノヴァは強いられたのだ。

 そうして襲い来るミュータントを悉く退け廃墟に侵入、多脚戦車による簡易陣地を構成し終えた時に限界を超えて気絶するように眠ったのだろう

 

「体が痛い」

 

 コンソールに突っ伏すように眠ったせいかノヴァの背中は石のように硬くなっていた。

 身体を起こすだけで鈍い痛みが走る、それを解きほぐす為に狭いコックピットの中でノヴァは身体を動かす。

 それと同時に寝ている間に何か問題が起こっていないかセンサーのログを確認するが異常は見当たらなかった。

 

「襲撃はない。考え無しに挑んでくるようなミュータントは粗方殲滅できたと考えていいだろう」

 

 血の気の多い好戦的なミュータントであれば自身の縄張り近くに多脚戦車が居座る事に不愉快を覚えて損得勘定を抜きにして襲ってくる。

 だが昨夜の記録を確認したところセンサーに記録は無く、火器が使用された形跡もない。

 であるのなら昨日の戦闘で血の気の多いミュータントを粗方始末できたのだろう。

 

「だけど施設内は……時間が掛かりそうだ」

 

 だが殲滅できたのはあくまで好戦的なミュータントだけだろう。

 施設内に留まり罠を仕掛けるタイプの待ち伏せ型とも言うべきミュータントに関しては未だに手付かずの状態である。

 戦闘の序盤に投入した毒ガス兵器もあるが、あれだけで内部に棲み着いたミュータントを全て殲滅できたとは思えない。

 何より毒ガスは元々エイリアンが対人間用に使用する為に開発された兵器だ。

 ミュータントに対する威力は不足しており戦闘でも毒ガスに耐えて襲ってくる好戦的なミュータントはそれなりの数がいたのだ。

 施設を完全掌握するのであれば内部での戦闘は避けられないだろう。

 

「取り敢えず放送設備の状態を確認したいが……、防衛体制を整える必要もあるな」

 

 だが敵は施設内部のミュータントだけではない。

 施設外部にもミュータントは生息しており放送局に棲み着いたミュータントの多くを殲滅した事で一帯の環境が変わるのは避けられない。

 空白地帯と化した放送局に新たなミュータントが棲み着く可能性は十分にあり得る、それを防ぐのであれば放送局に近付くミュータントを常時迎撃できる体制を整える必要がある。

 

「だけど迎撃態勢を整えると調査が出来ない。逆に調査を行うと迎撃態勢を構築することが出来ない。……どうしよう人手が足りない、何をするにも人手が足りない。いっその事内部調査を後回しにして一先ず防備を固めるか?」

 

 ノヴァが使えるものはエイリアンから鹵獲した物資と自分自身の身体一つだけだ。

 某忍者漫画の様な影分身が出来ない以上取り掛かれる作業は一つしかない。

 であるなら優先すべきは今後の調査を──だが多脚戦車が近づく何かを検知、アラームが鳴り響きノヴァの考えは中断された。

 

「センサーに感、小さい、はぐれのミュータントか?」

 

 センサーに表示された反応は小さいものが三つ、大きさからして大型のミュータントではなく小型の可能性が高い。

 ノヴァは急いでセンサーが捉えた反応を映像で確認する。

 

「なんだ、アルチョム達か」

 

 コックピットのモニターに映ったのはミュータントでは無く人間、昨日も会ったアルチョム達と護衛達の三人組であった

 そして姿を見てノヴァは思い出した、昨日の戦闘終了後にアルチョム達も廃墟に来たが危険だとスピーカーで知らせて一旦帰らせた事を。

 そして外部スピーカーをオンにしたままコックピット内で戦闘明けのハイテンションのまま『ここをキャンプ地とする!』と大声で叫んだ事を。

 昨日の変人如き行動を思い出したノヴァは顔を覆い独りで悶え──だが三人の姿を見て一つの考えが浮かんだ

 

「アルチョム達の村から人手を借りればいいのでは? ……案外いける?」

 

 ノヴァの咄嗟の思い付きであったが可能性はある。

 無論アルチョム達の返答次第ではあるが人手が借りることが出来ればノヴァにとって大きな助けになるのは間違いなかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「内部調査ですか?」

 

「そうだ、一先ず棲み着いたミュータントの大部分、好戦的な種類は殲滅したが内部にまでは手が回っていない。最初は自力で調査しようと考えたが空白地帯と化した此処に押し寄せるミュータントの事を考えると現状の簡易陣地ではなくもう少しましな陣地の作成を優先したい。その間、アルチョム達は空白地帯になった廃墟にミュータントが棲み着かない様にしてもらいたい」

 

「となると私達は先行して内部を調べると同時にミュータントを見つけ次第可能な限り駆除していく事になりますね」

 

 アルチョムの頭の回転は早かった。

 ノヴァが今必要としている事は何か、その中で自分達に任せたい仕事が何であるかを会話の中からしっかりと聞き取った。

 何よりノヴァの方から提案をしてくれたのだ、交渉において少しだけ有利となり何より相手からの要請を受けて自分達を売り込む形となったのは幸運である。

 だからと言ってアルチョムはノヴァに対して高圧的に交渉するつもりはない。

 恩人でもあるノヴァとは末永いお付き合いをする事を現状の最優先事項としているからだ。

 

「そうだ、出来るか?」

 

「……出来なくはないです。ですがその対価はどうなりますか?」

 

「対価か~、持ち合わせが何もないわ」

 

 労働に対する対価を払う。

 当たり前の事でありアルチョムに指摘されて改めてノヴァは頼み込もうとしていた仕事の大変さを再確認した。

 もう少し考えてみればわかった筈だ、施設内部に巣食うミュータントを排除しながら調査してくれなんて大人であっても簡単には出来ない事である。

 そんな危険な仕事をさせるのであれば危険に見合う報酬をノヴァは与えなくてはならない。

 だがアルチョム達が報酬と認めるような物がノヴァの手持ちには無かった。

 エイリアン製の鹵獲物資を対価にしようと考えたが現状で使い方が分かるのはノヴァだけであり与えても持て余すか整備が出来ずに使えない粗大ごみと化すしかない。

 であれば鹵獲物資以外になるが──正直に言ってメトロで価値が在るものをノヴァは全く知らないのでお手上げであった。

 

「……アルチョム達はミュータントを食べられる?」

 

「何でも食べるわけではありませんよ。それでも強い毒を持っていない限り大体のミュータントは食べますね。因みに外に放置されている死骸は損傷が酷いので対象外ですよ」

 

「……そ、そんなつもりはないさ」

 

 内心でノヴァは外に放置されているミュータントの死骸にアルチョム達が何らかの価値を見出してくれれば放置されている大量の死骸を対価にしようと考えていた。

 だがアルチョムの言う通り戦闘によって大きく損害したミュータントの死骸に価値は無いに等しいものだろう。

 仮にミュータントの毛皮に価値が在ったとしても焼かれ、撃たれ、潰された死骸の毛皮は襤褸屑であり価値などないに等しく、食用にも適さない以上価値のない生ごみでしかない。

 

「すまないがメトロで高い価値を持つものは何か教えてくれ」

 

「武器、食料、医薬品、発電や照明等の機械。それと言いたくはありませんが人も商品になります」

 

 仄かな希望が至極真っ当な正論で叩き潰された以上ノヴァはアルチョムに正直に問いかけるしかない。

 そうしてアルチョムから帰ってきた答えは地上にいた頃と変わらないものだ。

 メトロだろうが地上だろうが人が文明の力を頼って生存していく以上、価値が在るとみなされる物は似通っているようである。

 

「人身売買は除外して当然として……やっぱり作って売るしかないか」

 

 そうであるのならノヴァがする事は変わらない。

 家族とアンドロイド達と過ごしてきた時と同じように物を設計し製造するだけだ。

 材料は暫くの間エイリアンからの鹵獲物資の一部を流用すればいい、製造装置も同様であり小規模になるがある程度の物は作れるだろう。

 だがエイリアン製の物資も無限ではないので何処かで材料、製造装置を自前の物に置き換えていくのは不可避だ。

 そして、製造に関する問題が解決できて製品が出来上がったとしても、ノヴァ自身が販売ルートを持っていない事が最後の大きな問題となる。

 作っても買い手が付かない可能性がある、そもそも市場に辿り着けない可能性もあるのだ。

 

「先生、先生。実は私はこう見えて色んな場所を渡り歩いてきたので顔が広いですよ」

 

 そんなノヴァの苦悩をアルチョムは理解していた。

 成人した男性でありながら何処か人好きのする笑顔は自分の価値を正確に理解していなければ出来ないものだ。

 そしてノヴァにとってアルチョムの価値は非常に高いものであり、諸手を挙げて降参するしかなかった。

 

「OK、分かっているよ。メトロに関する人脈は皆無だからその辺は頼りにさせてもらう。対価も十二分に支払うのも約束しよう。それで今、メトロで供給不足になっていて高く売れそうなものは何か分かるか」

 

「ええ勿論。それで人手の方ですが」

 

「負傷者の治療の借りを返してもらう。それとは別に出世払いで借りたい」

 

「分かりました。村への説得は私が行いますから安心してください」

 

 ここで交渉相手からの高い要求があれば交渉は困った事態になったであろう、だが難航すると思われた交渉はノヴァの想定を裏切って順調すぎる程に進んでいった。

 それ自体はノヴァにとって有難いものであるが逆に順調すぎる交渉は何かを見落としてないのかとノヴァは不安を覚えてしまった。

 

「……いいのか? 客観的に見れば詐欺師の様な事をしている自覚があるのだが」

 

「問題ありません。ところで巷で私がなんと呼ばれているか先生は知っていますか?」

 

 ノヴァは内心を正直に打ち明けた。

 それは見落としが無いのか探る為の言葉でもあったが、同時にアルチョム達が気付いていない問題があるのではないかと考えての事であった。

 だがアルチョムから帰ってきた答えはノヴァが理解できないものであった。

 

「此処に来てから日が浅い事もあるが正直に言って聞いた事は無い」

 

「『探検家』です。メトロや地上を問わず色んな場所を渡り歩いてきた事からそう呼ばれるようになりました。因みに探検家が一番必要とする能力は何だと思いますか」

 

「……勇気?」

 

「ロマンチックですが違いますね。私の場合は見極め、大雑把に言えば勘ですね」

 

「勘か。知識ではないのか?」

 

「知識も必要ですが勉強すれば自ずと手に入ります。勘に関しては才能に左右されるもので自分の勘は意外と当たります。その勘が告げています、先生に賭けろ! ってね」

 

「はは、君の勘を裏切らない様に頑張るよ」

 

 アルチョムがノヴァを信じて動くのは勘がそう告げているかららしい。

 何とも根拠に欠ける言葉ではあるがノヴァ自身も勘というものに助けられたことが幾度もあるので馬鹿にはしない。

 

 何はともあれノヴァはアルチョム達の村から人手を借りることが出来た。

 後は継続して雇用を続けられる対価を用意するだけである。

 早速ノヴァは鹵獲物資の中にある製造装置を取り出す準備に取り掛かった。

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地を作成:ミュータント迎撃効率10%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:1人

 

 ・放送局制圧進行率 :78%

 ・放送設備修復率  :0%

 



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仮設キャンプの設営

 メトロにおいて価値の在るモノは何か。

 この問いに対して屈強な傭兵は銃と答え、子を持った母親は食料と答え、神経質な老人は燃料と答える。

 人、或いは属するコミュニティによって価値のあるモノが異なるのは当然であり、そのどれもが間違ってはいないのだ。

 そうした中でアルチョムが考える価値が在るモノは何か、それは『機械』である。

 太陽が届かないメトロに暮らすのであれば暗闇を照らす電灯は欠かせない。

 その電灯に電力を供給する発電機、電力を制御する変圧器、鈍らになったナイフを研ぐグラインダー等、メトロで生きていく上で機械は欠かすことが出来ない代物である。

 

 しかし大前提としてメトロの全域に様々な機械が十分行き渡っているとは決して言えない。

 

 あるコミュニティでは発電機がなく焚火の炎を光源としている所があった。

 最低限の武器の手入れさえできず壊れた銃器が倉庫の端に積み上げられていた。

 地下から沸き上がる有毒ガスを排気することが出来ず放棄された駅があった。

 

 ミュータントの様に己の身体のみで生存することが出来ない人間は機械を使うことで漸く対等の立場になり過酷なメトロで生きていけるようになる。

 逆説的にメトロにおいて機械の恩恵を得られない人間は自然に、ミュータントに、或いは同じ人間に一方的に狩られる存在に堕ちてしまうのだ。

 それを知識と実体験として知るアルチョムはだからこそ機械の価値を知り、また其処に商機を見出していた。

 生まれ育ったコミュニティに一生留まる人が多くいる中で『探検家』と呼ばれる程にメトロと地上を移動するアルチョムは変人、或いは気狂いと呼ばれている。

 だが誰もが足を踏み入れていない場所であるからこそ未だ手付かずの機械、あるいはまだ使える機械部品を見つけることが出来るのだ。

 それらをメトロに持ち帰り市場に流す、得られた報酬で村に必要な物資を買い込む、そうしてアルチョム達はメトロで生きてきた。

 

 しかしアルチョム達の働きに関係なく近頃は機械も部品も見つけることが出来なくなり、纏まった稼ぎを得られる機会は激減していた。

 それは村にとって数少ない外貨獲得手段が失われる事であり、危機的な状況である。

 だがそれも仕方がない事、メトロに人類が逃げ込んで200年を超えれば地上に放置された機械は錆び付き、風化し、壊れる。

 メトロで使われる機械も同様に時間と共に摩耗し壊れ、しかし補修部品があれば修理は出来るだろうが部品が無ければ壊れたままだ。

 そして補修部品の出所は地上から持ち帰ったもの、新たに供給される事がない以上見つけられる部品は年を経るごとに減る一方であった。

 

 メトロに住む住人の中には危機感を抱いて行動を起こした所もあった。

 あるコミュニティでは消耗される部品を独自に生産しようと試み、それは一定の成果を収めることは出来た。

 だが地下で生活する以上利用可能なスペースは限られるので生産規模拡大による量産は困難であり、また生産設備を動かすだけの電力、素材を十分に揃えられないためメトロの需要を賄う事は出来なかった。

 

 そうして今、現在のメトロでは慢性的に機械、或いは補修部品が不足していた。

 錆び付いた壊れ掛けの機械部品であっても価値が在り、もし殆ど新品に近い物を見つけることが出来れば大金持ちになれる。

 そうなると仕事にありつけない人々が僅かな希望を胸にミュータントに怯えながら地上に飛び出す事が増えた。

 しかし成功したのはごく僅か、大半の人々は碌な物を見つけることが出来ずに途方に暮れる、そんな光景が駅でありふれたものになるのに時間は掛からなかった。

 

 ──ここで問題である。

 

 此処にノヴァという名の技術、製造、生産等の機械に関する知識・技術がカンストしている頭の可笑しい人間が一人。

 その手元にはエイリアンから笑顔で奪ってきた生産設備と大量の素材があります。

 止めに現在のメトロで不足している機械に精通しているアルチョムを加えると、どの様な化学変化が起きるのか。

 そして化学変化の結果出来上がった品物をメトロに売りに行った結果がどうなるのか。

 その結果をノヴァが知るのはアルチョム達が品物をメトロに売却に行ってから3日後の事であった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「いやホントに高値で売れましたよ! 過去の取引なんか比べ物になりません! 一回で一年分を軽く超える稼ぎが出ましたよ!」

 

「お、おう、それは良かった。……所で後ろにいる護衛二人の顔色が悪いけど」

 

「いやぁ、同業者の視線がですね……」

 

「一人残さず血走っていましたよ。隙を見せた瞬間に殺しに掛かってくるんじゃないかと思うと一瞬も気が抜けなくて……」

 

「お、おう」

 

「安心してください! 嗅ぎ付けられない様に仲介業者を挟みましたし、買収もしています。稼ぎは少し減りましたが全体から見れば微々たるものです!」

 

 満面の笑顔で報告するアルチョムと精魂が尽き果て地面に座り込む護衛の二人の対照的な光景から彼らがメトロで行ってきた交渉の凄まじさをノヴァは理解した。

 そして取引で得られた大量の物資を見せられ──だが大量の物資に見慣れているノヴァにしてみればささやかな量の物資である。

 取り敢えずは初回の取引は成功であり得られた物資は大量、これを元手にノヴァは今後するべき作業を脳内でリストアップする。

 

「所で先生、今回の取引で得られた成果に関する分け前ですが……これだけ頂いてよかったのですか?」

 

アルチョムは今回の取引で大量の物資を買い込む事が出来た。

 取引総額は自分達が一年間頑張って稼いだ額を軽く超えている、その事に対して内心思う事が無いとは言えなかったが渡された品物を見れば当然の事だと納得は出来た。

 多品種高精度の補修部品に、ノヴァが完全修復を行い新品同様になった発電機、今はもう見つからないと思われていた大型機械部品。

 アルチョムの詳細な調査情報があっての初めて製造できたものであるが長年様々な物を集めてきたアルチョム達から見ても最上級品であった。

 だからこそ取引は慎重に慎重を重ねて行い、仲介業者の買収まで行った。

 それでも最終的に得られた収益は莫大であり、その半分近くをノヴァは気前よく報酬として与えたのだ。

 それはアルチョム達から見ても貰い過ぎではないかと腰が引けそうになるのだがノヴァは当然の事であると迷う素振り無く言い切る。

 

「人件費と運送費は当然として人脈と交渉を加味すれば当然だ。金払いの良い依頼主とは長く付き合いたいだろう」

 

「それは勿論、お陰で村に不足していた物資を買い込むことが出来ました。この取引が継続して出来るのであれば取引継続をお願いします」

 

 それを聞いたアルチョム達は互いに顔を見合わせて頷いた。

 今後ともノヴァとの取引を行うのは勿論、可能な限り協力する事に、ノヴァは働きに対して十二分な報酬を支払うと判断したからだ。

 

「それで先生が今行っているのは拠点の構築ですか?」

 

「どちらかと言えば簡易的なキャンプだな。村から来た人員を休ませる場所と製造設備の設置、防衛陣地だけは本格的に作っているが」

 

 アルチョム達がメトロへ行っている間に多脚戦車と掘っ立て小屋しかなかった仮設キャンプは大きく変わっていた。

 物資を使い切り空になったコンテナを利用した居住区に炊事場に食糧庫に武器庫、それを囲うように掘られた溝と堀がミュータントを寄せ付けない。

 ノヴァ本人はキャンプ程度でしかないと言っているかもう少し手を加えるだけで小さな村が出来上がるだろう。

 

「それにしても短時間で此処まで出来るのは本当に凄いですね」

 

「たいした事でもない、エイリアン製の物資を使えれば誰でも出来るさ」

 

 前提条件としてエイリアンから物資を奪い取ってくる人は普通でないという突っ込みをアルチョムは耐えた。

 認識の違いはあるだろう、それでもノヴァにとってこの程度のキャンプなどたいした事ではないのだ。

 

「最も奴らの基地は根こそぎ物資を奪ってから吹き飛ばしている。今頃、瓦礫と雪の下に埋まっているだろう」

 

「……はは、エイリアンも気の毒ですね。それで調査は順調という事ですか」

 

「いや、頓挫している」

 

 アルチョムの問いに対してノヴァは苦虫を嚙みつぶした顔して答える。

 実際にノヴァが仕留めたミュータントを見せるとアルチョム達も納得した。

 それは彼らが何度も見てきた見慣れた6本足の蜘蛛の姿をした虫型のミュータントである。

 

「廃墟の中に大量のコレが棲み着いていやがった。しかも奴らこの前の襲撃で死んだミュータントの死骸を食って数が馬鹿みたいに増えている可能性がある。今は建物の入口を封鎖して外に出てこない様にしているが何時まで持つか」

 

 メトロに暮らす人々に間では知らない者はいないと呼ばれる虫型のミュータント『パウーク』、メトロにおいて場所を問わずに集団で生息する厄介な存在だ。

 暗闇から奇襲を行い、倒した獲物に集団で襲い掛かり殺された人は何処のコミュニティにもいる。

 繫殖力も強く定期的に駆除を行わなければ手が負えない程に増殖し小さな村なら簡単に飲み込む危険な相手である。

 そしてノヴァが見せたパウークは……アルチョム達の記憶にあるモノより二回りほど大きい。

 

「……此処まで大きなモノを見るのは初めてです」

 

「だろうな、見慣れている筈の作業員が一目見て腰を抜かしていた。もう少し遅ければ巣穴に連れ去られていた処だ」

 

「どうするつもりですか、虫型は身体が大きくない代わりに数が厄介なミュータントの筈ですが此処に棲み着いたこいつ等は巨大で数も多い。私達の持ってきた銃では対抗できませんよ」

 

「それは痛感している。だが此処を諦めるつもりはないし碌な武装も与えずに万歳突撃をさせるつもりはない。あのクソ蟲の為の武装、火炎放射器を急いで開発している」

 

「火炎放射器……ですか」

 

「ああ、奴らに投げた即席の火炎瓶が効果的だったようでな。奴らは火にめっぽう弱いようで大きさに関わらず良く燃えてくれた」

 

「ですが燃料はどうするのですか? 今のメトロでは火炎放射器用の燃料は売っていません。私も過去に使ったことがありますが僅かに残った燃料を凄まじい勢いで消費する大飯食らいですよ」

 

 アルチョムの疑問は正鵠を射ている。

 メトロでは屠畜した家畜の脂肪を燃料に加工して使うこともあるが品質は正直に言って悪いものだ。

 もっぱら燃料となるのは可燃性のゴミや腐った路面の枕木などであり液体燃料というものは殆どない。

 出所が不明な液体燃料が時たま市場に出る事もあるが品質は悪く用途も発電機用に使われ武器として使われる事は殆どない。

 もし火炎放射器を運用するのであれば貴重な燃料を大量に集める必要があり、その費用は今回の取引で得た利益の殆どを費やすことになるだろう。

 それ以前に購入する資金があったとしても現物が手に入らない可能性の方が高いのだ。

 

「それについては解決済みだ」

 

 そう言ってノヴァはアルチョム達を連れある建物の中に入った。

 其処は地下構造物のない即席で作った建物、そして中には巨大な機械が置かれ稼働していた。

 

「これは鹵獲物資の中にあった装置だ。解析したところ、有機物を投入すると中に充満している微生物が分解してくれる。そして微生物の増殖と共に副産物として石油に近い油分が分泌される、所謂バイオ燃料製造装置だ。そして此奴に投げこむ有機物も既に大量にある、今迄放置していたミュータントの死骸だ」

 

 本来の使い方としてはエイリアン用の食料生産装置なのだろう。

 食用に適さない有機物を燃料、或いは材料として食用微生物を培養し抽出、食用に加工したものが基地にいた時に見たホースに繋がれたエイリアンに流し込まれていたものだろう。

 肉片の一片、髪の毛一本すら無駄にしない効率を極めたエイリアンにしかできない食料生産方法であり、燃料として使えるバイオ燃料は副産物でしかない。

 だが今ノヴァに必要なのはドロドロとした食用微生物ではなくバイオ燃料の方である。

 生産が始まってまだ日が浅いため燃料の生産量は少ないがもう数日経過すれば纏まった量の燃料を生産可能になる計算だ。

 

「今急いで試作火炎放射器を製造している。試作を幾つか作り問題点を洗い出して修正、それから完成品である正式量産型を実践投入する。その頃には十分な燃料も出来上がっているだろう」

 

「……はは、いやはや、凄いですね」

 

 なんて事の無い様にノヴァが告げる全てがアルチョム達の理解の範囲外であった。

 同時にアルチョムは顔を引きつらせながらも何とか返事が出来た自分を褒めてやりたいと切に思った。

 

「あ、それと生産量によっては燃料も取引品目に加えてくれ。それと次の取引ではメトロで栽培されている食用植物の苗や種、繁殖用の家畜の購入もしておいてくれ」

 

 だがそれを説明に夢中で見ていなかったノヴァは追加でアルチョム達の心労を増やす発言を行う。

 

「……理由を聞いても」

 

「理由も何も食料供給を安定させるのは最優先だろ? 今回は悠長に育てる時間がないから食料を外部から購入したが継続するつもりはない。足元みられる可能性もあるし、食料を人質にして余計なちょっかいを掛けられたくない」

 

 今現在のノヴァの最優先目標は電波塔の修理であるのは変わらない。

 しかし、電波塔の修理はノヴァ一人では流石に手が足りず大勢の人手が必要であった。

 だが人手を集めようにも報酬も何もなければミュータント蔓延る危険地帯に働きに来る物好きな人など早々にいないのがメトロの常識である。

 だからこそノヴァは製造した機械や補修部品をアルチョムに渡し市場で換金してもらい、其処で得られた成果の内半分をアルチョム達の報酬として渡すことで作業人員を彼らの村から借りているのだ。

 だがこれ以上に人員が必要になるのであれば食料供給が不安定な市場に任せるのはリスクが大きい。

 予想もしない値上がり等で食料品価格が上昇すれば作業員を養うことも困難になる。

 それを防ぐ、或いは影響を軽減させるために食料生産体制をある程度整えておく、それがノヴァの考えだ。

 

「……誠心誠意、勤めさせていただきます」

 

 アルチョム達はそう返事を返すしかなかった。

 もしこれが只のメトロの住人が言えば気にも留めずに聞き流していただろう。

 だがアルチョム達は今日一日のやり取りだけで確信を抱いた、ノヴァならやりかねないと。

 

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地を作成:ミュータント迎撃効率10%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:1+10人

 ・ミュータントの大集団を発見、至急駆除せよ

 

 ・放送局制圧進行率 :79%

 ・放送設備修復率  :0%

 

 ・仮設キャンプ:稼働中

 ・食料生産設備:準備中

 ・武器製造:火炎放射器 生産予定

 ・バイオ燃料:生産中

 



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害虫駆除

百話到達のお祝いの言葉ありがとうございます。
これからも本作をよろしくお願いします。


 ザヴォルシスク放送局地下構造体。

 其処には非常用発電機、空調設備、地下駐車場、埋没化した各種ライフラインを中継する施設が重点的に配置され放送局の大きさに見合った広大な地下空間が嘗て広がっていた。

 だが人が去り長年放置された結果、一定の室温と湿度が保たれる環境を好んだ虫型ミュータントの巣窟と化した。

 地上部分に棲み着いたミュータントとは喰い喰われる関係になりつつも致命的な出来事が起こる事は無く地下構造体に数を増やし続けた。

 そして廃墟の地上部分に巣を構えた結果、全滅を、或いは致命的な損失を逃れることが出来なかったミュータント達とは違い数の減少による弱体化は免れた。

 

 元々の習性として縄張り外に出て積極的な狩りを行う種ではない虫型のミュータントは待ち伏せを主体にした生態であり個々の活動範囲はそれ程広くは無い。

 定期的に地上から地下に迷い込むミュータントを一匹も逃さず捕食していれば数を一定に保つ事は可能であった。

 誘い込み、囲み、数に言わせた暴力で蹂躙するそれは複雑怪奇な戦術ではなく種の特性を活かした単純な戦術ではあるが効果的であった。

 だが地上に巣を構えるミュータントの勢力とは拮抗するまで数が増えることが出来ず、結果的に言えば地上部分に進出する事なく地下に長年留まる事になった。

 

 だが状況は激変した。

 地上部分に巣を構えていたミュータントの悉く姿を消し、進出の際の障害は無くなった。

 そして廃墟外に大量放置されていた餌となるミュータントの死骸、本来であれば活動に適した環境ではないが簡単に食料が手に入る状況に動かない訳がなかった。

 質・量問わずに虫型ミュータントは働きアリの様に活動し、餌となるミュータントの死骸を大量に地下に運び込むと同時に食い付いた。

 雄雌問わずに大量の栄養を摂取できた事で虫型ミュータントの体格は大きくなりオスの身体はより強靭に、メスは生殖器の増大によって大量の卵を産み付ける事が可能となった。

 天敵が姿を消し、大量の餌を手に入れた虫型ミュータントは生存から増殖へ、新しく生息範囲を拡大するべくその数を大きく増やそうとしていた。

 

「許さねぇ」

 

 だがそれが叶う事は無かった。

 大量の虫型のミュータントが棲み着く地下、其処にノヴァが踏み込んだからだ。

 

 ──背中に燃料タンクを背負い大型の火炎放射器を携えて。

 

「許さねぇぞ、害虫ども!」

 

 殺意と怒りで脳内が満たされたノヴァが火炎放射器の引き金を引く。

 その瞬間、火炎放射器からは真っ赤に燃え盛る紅蓮の炎が勢いよく吐き出された。

 炎はミュータントの種類を問わなかった、芋虫、蜘蛛、百足、羽虫はその悉く炎に飲まれ其の身体を燃やされた。

 

「地下に棲み着くのは仕方がない、この環境はお前達を見れば此処が生息するのに適した環境であったのが分かる」

 

 体表は高温で炙られ、身体の側面にある気門からは侵入した高温が内部を焼く、炎は鱗粉を飲み込み、体毛を根元から燃やし尽くした。

 

「地上に放置されていた死骸を運び込んで腹一杯食べた事も……まあ、処理をしなかった自分が悪いから責めはしないさ」

 

 多くの犠牲を経てミュータント側も初動が遅れたものの外敵を認識。

 生息領域に踏み込んだ存在を迎撃しようと多種多様の虫型ミュータントが押し寄せた。

 

「だが、お前達は地下の……、この建物の基礎構造をズタズタに破壊しながら巣を拡張し続けた! さっき見ただけで壁とか柱とかボロボロになっていて……害虫が! 殺す以外の選択肢はない!」

 

 だが迎撃に出向いたミュータントは其の殆どがノヴァに爪痕を刻む事無く紅蓮の炎に飲まれ身体を炭へと変えていった。

 中には炎の壁を運よく避けることが出来たミュータントもいたがノヴァが装着する外骨格の装甲を貫くことは叶わず振り落とされ脚で、或いは近くにある柱や壁に勢いよく投げ飛ばされ潰されていった。

 

「消えろ……! 害虫!!!」

 

 蟲達がきいきいと鳴いている。

 それは侵入者に対する威嚇にも聞こえ、或いは迫りくる紅蓮の炎に恐怖し許しを乞うている様にも聞こえた。

 その鳴き声がどの様な意味を持つのかは人間には分からない、それ以前にノヴァからしてみれば耳触りの悪すぎる不協和音でしかない。

 

「突貫作業で進めた兵器開発、地下での火炎放射器の運用に備えた防火服、及び汚染の可能性が高い事から長時間使用可能な防毒・酸素マスク、地下での戦闘に備えた模擬訓練施設の建設」

 

 燃え盛る地下空間をノヴァは進んで行く。

 進行を阻むミュータントは一匹残らず駆逐し、張り巡らされた巣を燃やしていく。

 そして地下において一際大きな空間、大型車両用の地下駐車場に侵入したノヴァは見つけた。

 地面・天井・壁、至る所に産み付けられた蟲の卵を、その中央に居座る悍ましい程に肥大化した生殖器官を備えた虫型ミュータントを。

 その姿は紛れもない此処の主である事が一目で分かる程であり──ノヴァの怒気が更に上昇する結果しか齎さらなかった。

 

「まだまだあるぞ、お前たちのせいで増えた仕事はまだあるぞ!」

 

 背負ったタンクから送られる大量の燃料が大型火炎放射器によって今日一番の炎となって空間を埋め尽くす。

 有名なSF映画に出てくる人体寄生するエイリアン、それの幼体を内包した卵によく似たミュータントの卵が燃やされ、生まれる筈だった幼体が炎の中に消えていく。

 もう直ぐ生まれる筈であった我が子が殺されていく光景、虐殺を見せ付けられた母体であるミュータントは悲痛な金切り声を地下に轟かせた。

 そして醜く肥大化した生殖器を抱えながら鈍足でノヴァに迫る、その姿は子を思う母親の姿そのものであり、母親として虐殺から子を守ろうとしている様に見えた。

 

 ──残念な事にミュータントの命を賭した行動、その目的を叶えさせる優しさをノヴァは一欠けらも持っていなかったが。

 

 ノヴァに迫るミュータントの母体が炎に飲み込まれる。

 体表が高温で炙られ、気門を通して内部に入り込んだ高温が内部を焼き、体毛が根元まで焼かれていく。

 元々の体躯の大きさもあって炎に包まれても即死とはならなかったミュータントだが、紅蓮の炎が与える苦痛は耐えがたいものであった。

 卵よりも自己の生存を優先し母体はこの場から逃げようと動き出し、しかし炎は止まることなく浴びせられ続け身体を焼いていく。

 高熱で炙られ炭化した脚が砕けていく、身体を支え移動する為の脚が一本、また一本

 と炭と化して砕けていく度に元々遅かった脚はさらに遅くなる。

 そして足の半分が炭と化し砕けた頃には移動は不可能となった。

 最早逃げる事は出来ない、それを本能で理解したのか母体であるミュータントは弱弱しくなった金切り声を挙げる。

 

「死んで平伏しろ! 俺が此処の主だ!」

 

 ノヴァが放った炎がミュータントの全身を包み込む、それが止めとなった。

 僅かに動いた身体も徐々に動かなくなり、ミュータントの金切り声も聞こえなくなった。

 

 そうして地下駐車場の主であり母体でもあったミュータントは斃れ、また駐車場を埋め尽くす程にあった卵は今も燃え盛る炎の熱によって炙られ続けた。

 その光景を見た事で昂り殺気立ったノヴァの心も幾分か落ち着きを取り戻し──

 

「ひぇ……」

 

「こわ……」

 

「うぇ……」

 

「先生、あの、それ位にしてもらえれば……」

 

 ノヴァの背後に念の為にと控えていたアルチョム達は腰が引けていた。

 だがアルチョム達が怯えるのも無理は無い、燃え盛る駐車場をバックに炎によって照らされる外骨格の姿は紛れもない地獄への使者に他ならなったのだから。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「ああスッキリした!」

 

「……それは良かったですね」

 

 終わる気配の見えない仕事に追われていたノヴァはストレスをある程度解消できたのか表情は目に見えてよくなっていた──今回の駆除に同行していたアルチョムの表情は反対に少しだけ悪くなっていたが。

 

「何はともあれ地下の調査は再開できる。踏み入れる事に怯えていた作業員も火炎放射器の威力を間近で見たからミュータントを過度に恐れなくなっただろうし」

 

「間違いなく怯える事は無くなりましたよ」

 

 それと間違いなく別の物を怖がるようになったと思いますよ──とアルチョムは内心で呟いた。

 

 今回は装備を万全に整えた状態で行われた地下に生息するミュータントの第1回目の駆除であり、火炎放射器と防具一式を着込み、短期間ながら訓練を重ねた虫型ミュータント特化部隊の初陣でもあった。

 だが訓練を重ねるも部隊員のミュータントに対する不安は解消されず残ってしまい、練度はあるが心理状態が不安定という部隊が出来上がってしまった。

 訓練を監督していたアルチョムから見ても実戦投入は時期尚早ではないかと考え、問題を知らされたノヴァが提案してきた。

 

 ──先陣は俺が切るから部隊は後ろから援護をして経験を積もう。

 

 訓練と実戦は違う、装備を幾ら整えても心理的な不安を解消するには小さくとも成功体験が必要だとノヴァは考えた。

 それに関してアルチョムも同意見であった。

 それから二人で話し合った結果、初陣はノヴァに先陣を切ってもらい部隊は背後の警戒とノヴァが仕留め損ねたミュータントに対応する事で経験を積もうと計画した。

 事前情報が少ない為、複数のパターンを想定し最悪装備を投棄して人命優先に進めようとし初陣を迎えた。

 

 ──結果として作戦は感情の昂ったノヴァが全てのミュータントを燃やし尽くし部隊はこれといった経験を積む事も無く駆除を終えてしまったが。

 

 少し……、いやかなり頭の痛い問題ではあったが今日の駆除を通して部隊が持つミュータントへの不安や恐怖の大部分は払拭されたとアルチョムは自分に言い聞かせた。

 実際に間違ってはいない筈だ、駆除を終えた後に部隊の聞き取りを行えば精神状態はかなり改善されていたのだから。

 

「さてこれで調査は進んでくれるのは間違いないとして……、取引で何か問題が起こったそうだね」

 

「はい、食料品が総じて値上がりを始めました」

 

「ふむ、値上がりはメトロでも珍しい事なのか」

 

「ありふれた事ですね。ですから駅や村の大小関わらずに何処も自前で食料生産を行っています。それでも足りないものを市場で買い、余ったものを売りに出しています。それがメトロでの常識です。それと、この時期になると扶養しきれない人間がコミュニティから追い出されますし、食料を巡っての衝突が起きたりもしますね」

 

「予想していた通り食料供給が不安定、自給するにはまだ時間が必要だが大丈夫か?」

 

 ノヴァは今後の取引において相手から食糧で足元を見られない様に自給自足できる体制の構築を急いでいた。

 空のコンテナを利用した屋内栽培設備にアルチョムが買ってきた食用植物の苗と種を育て、余った空地には作った小屋に繫殖用の豚が既にいる。

 それらを育てるのは作業人員とは別に村から雇った手隙な年配女性達であり、彼女たちを食料生産に従事させているが自給出来るようになるには時間がまだまだ必要だ。

 

「自給出来る体制は整えるべきでしょうが今の値上げ程度であれば問題ありません。ですが食料供給を優先させるのであれば作業人員の割り当てを変える必要があります」

 

「……いや、施設調査に充てる人数が減るのは避けたい。値上がりが今後も続くようであれば食料生産を重視するようにするが今はまだこれでいい」

 

「分かりました。それと其処まで思いつめることはないかと。単純な価格操作の可能性もありますが今迄の利益からしてみれば予算範囲内に収まっていますから」

 

 

「分かった。……念の為に火炎放射器を売りに出すか?」

 

「火炎放射器は……取り扱いが難しいです」

 

 急激な値上がりによって資金不足に追い込まれた時に備えて火炎放射器の売却を提案するノヴァ、だが取引を実際に行っているアルチョムからの反応は芳しくなかった。

 無論、火炎放射器の性能に問題は無い、訓練を通して実際に扱ったアルチョムからしても優れた兵器であるのは間違いない。

 むしろ、優秀な兵器であるからこそ商品として取り扱うのが問題であるのだ。

 

「メトロは薄暗く気温が一定なので虫型ミュータントが繁殖し易いのです。銃で撃ち殺すにしても逃げ足が速い、数が多くて意外にしぶといので火炎放射器があれば大変助けになりますが……」

 

「が?」

 

「数が足りないです。欲しがるコミュニティは沢山ありますし、買えなかったコミュニティから文句だけ来るのであれば良識があると言えます。ですが、どうしても欲しいコミュニティが此処に乗り込んで買い付けしてくるところもあるかもしれません。そうなった時に売れますか?」

 

 

「……売れないな。基本的に此処で使う事を想定しているし製造装置は他に作るものがあるから追加で製造する空きがない」

 

 優れた兵器、厄介な虫型ミュータントを一方的に効率よく駆除できる兵器であれば何処のコミュニティも欲しがるのは間違いない。

 価格は燃料も含めて販売する以上非常に高価なものになり購入出来る処は限られるだろうが両手の指には収まらないのは間違いない。

 である以上、資金を持っていたが購入が出来なかった買い手が札束で殴りつけてくる可能性もあるのだ。

 もしそうなっても無視しようと思えば出来るだろうが、その後に間違いなく面倒事が起こるのは避けられない。

 その対応に時間を取られるのはノヴァの本位ではない以上避けるのがアルチョムの考えでありノヴァも同意するところであった。

 

「分かった、外部に売りに出すのは辞めよう」

 

「それがいいですね。それに新しく商品に加えるものは火炎放射器ではなくマスクに付けるフィルターの方がいいでしょう。売却先については考える必要がありますがメトロには有毒な空気が滞留した場所は数多くあるので需要は高いです」

 

「成程ね、売る事に異論はないからそのあたりの問題を解決できれば作るよ。ああ、それと次の交渉ではメトロで栽培している植物の種や苗を買ってきてくれ、金には糸目は付けなくていい」

 

「分かりました」

 

 フィルターであれば製造装置に大きな負担を与える事無く生産できる。

 それに次の取引結果次第であるが売れ行きが良いのであればエイリアン製の製造装置ではなく専用の製造ラインを用意して生産させようとノヴァは考えた。

 

 ──そうした場合、新しくフィルターの製造ラインを作る仕事を誰がするのか、ストレス発散出来て少し頭がポヤポヤしたノヴァが気付くのはもう少し先になってからだった。

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地を作成:ミュータント迎撃効率10%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:1+10人

 ・ミュータントの大集団を発見、至急駆除せよ

 →駆除進行中、大量増殖の兆候は未だに在り

 

 ・放送局制圧進行率 :82%

 ・放送設備修復率  :0%

 

 ・仮設キャンプ:稼働中

 ・食料生産設備:稼働中・自給率は低い

 ・武器製造:火炎放射器 生産完了:予備以外の追加生産の予定は無し

 ・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)市場流通分の追加生産を予定

 ・バイオ燃料:生産中

 

 ・ノヴァ・健康状態:ストレス解消出来た

 

 



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美味しそうな獲物

 メトロに数多くある駅の中でも治安が悪い事で有名な駅がある。

 駅の規模も小から中規模の間であり、目立った産業も無い駅ではあった。

 だが何時の頃からか密売、恐喝、強盗、その他悪徳を成しても罪悪感さえ抱かない人でなしが集まり始めた。

 最初は彼らを追い出そうとした住人もいたが駅全体が彼らと同調するようになるのに時間は掛からなかった。

 そして悪人が徒党を組み始め現在の駅には複数のマフィアが居座るようになり何時の間にか駅はメトロにおいて表では言えない裏家業を生業にする者達御用達の駅となるようになった。

 そんな経緯を持つ薄暗く埃っぽい駅構内では怒声と喧嘩が絶えず、裏道を覗けば死体を齧るドブネズミがいる光景が日常となっている。

 駅に居る者は元々この駅で生まれ育った者は当然として治安の悪さに惹かれた破落戸と裏家業の特有のハイリスクハイリターンの報酬目当てに集まる傭兵しかいない実に末期的な駅であった。

 

 そんな末期的な駅の片隅には小さな酒場が一つある。

 騒がしい駅の中にあって静かで落ち着いた雰囲気を持っており、店内は外から聞こえる騒音を除けば駅で一番落ち着ける空間と言えるだろう。

 騒がしいのが日常だとしても静かな空間を欲する人はいる、そういった需要もあり酒場は一部の住人に愛好される場所になるのは当然であった。

 

 ──因みに下手にちょっかいを掛けようとした頭が空っぽな人物達は利用客によって丁寧な説明を受け二度と手を出さなくなったとか。

 

「はぁ~、ついてないわ」

 

 そんな酒場の店内では一人の大柄な男が辛気臭い雰囲気を纏いながらチビチビと安酒を飲んでいた。

 清潔な水が貴重なメトロにおいて酒は汚染の心配がない貴重な水分摂取の手段である。

 しかし、中には粗悪な作りの酒もあり飲んだ人の体調が崩れる事も実は珍しくない。

 そんな中で酒に目利きが出来る店主が仕入れる酒は体調を崩した者がいないのは有名であった。

 とは言っても安酒しか飲まないのに関わらず長時間居座る客は酒場の店主としては扱いに困っていた。

 なまじお客の素性を店主は知っているせいで下手な対応で大怪我を負うのは避けたい、穏便且つ当たり障りのない言葉で店から追い出し──

 

「おや、此処にいたんだね、壊し屋。まだ死んでないようで安心したよ」

 

「あら、あなたも久しぶりね。羽振りがいいなら奢ってくれてもいいわよ」

 

 新しく来店した若い女の客は安酒を飲んでいた男の知り合いなのか砕けた調子で話しかけた。

 男の方も慣れているのだろう、軽く返事をしては横にあった椅子を指さして言外に座るように促し、若い客も疑う事無く席に着いた。

 

「はぁ、君のその頭には筋肉しかないのかい。何処をどう見たら羽振りがよさそうに見える

 のさ」

 

「もう冗談よ、でも貴方の方もそうなのね」

 

「そう、何処も彼処もけち臭い依頼ばかり。武装の整備と日々の食事に消えていくだけで少しも貯まらない」

 

「なら安酒を控えたら?」

 

「酒を控える? ははっ、それは君も同じであり得ないでしょ。唯一の娯楽が消えたらどうやって生きていけばいいのさ」

 

「そうね、ほんと、どうすればいいのかしら」

 

 二人は追加で注文した安酒で喉を潤し情報交換。……という名の互いの近況に関して愚痴を交えながら語り合う。

 弾薬の値上がり、報酬額の少なさ、メトロ全体で起こっている値上げ、積みあがった借金の催促、食事の不味さ、話のタネは沢山あった。

 そして全てに共通するのは景気の悪さであり、最底辺にいる自分達の所まで落ちてくる富の少なさに起因する。

 そんな状況にいる以上、安酒に含まれる僅かなアルコールで頭を鈍化させ酔わせないとやっていけないのが二人であった。

 

「……それで何が目的で私のところに来たの? 儲け話でないなら一番高いお酒の代金を置いて帰りなさい」

 

「生憎持ち合わせがなくてね、儲け話はあるけど聞くかい?」

 

「……内容次第よ」

 

 だからこそ壊し屋と呼ばれる男は一通り愚痴を言い終わってから本題を切り出した。

 長くもないが短くもない付き合いの二人ではあるが互い信用は出来る相手である。

 何より男の様に豪快に戦えたりはしないが情報収集等の面では優れており、同時に儲け話を見つけてくる事が上手い相手である。

 持ってくる内容は危険なものが多いがその分リターンもある、それを何度も受けて時には一緒に依頼をした事もあって二人の関係は知り合い以上親友未満な間柄が出来ていた。

 

「近頃妙に羽振りが良い奴がいる、知っているかい」

 

「ええ、でもそれがどうしたの。大方、博打に打ち勝った成金でしかないでしょう」

 

 掃きだめの様な駅ではあるが羽振りのいい人間は必ずいる。

 だが実際の所は賭博に運よく勝てた人間が大半であり、手に入れた金を持て余し慣れない豪遊を繰り返して数日で身持ちを崩すのが殆どだ。

 だが中には手に入れた大金を元手に事業を始めようとする人間もいる──が、その後については男も詳しくは知らない。

 だからこそ女が持ってきた羽振りのいい人間も同様に賭博による成金であると男は考えていた

 

「成金じゃない、行商人で一山当てた奴さ」

 

「あら、本当に運が良かったのね。行商で当たりを引いた人間なんて久しく聞いてなかったから」

 

「確かに最近は滅多に聞かなくなったな。で、話を続けるが1回目なら嫉妬や妬ましさを抱えずに誰もが納得は出来た。2回目から嫉妬や妬みを抱え始めるが幸運は続かないと自分に言い聞かせることが出来た。だけど3回も続けば話が違う、誰もが注目して品物の出所を探ろうと動き出した」

 

「呆れた。それだけの成功を掴んで何故この駅を直ぐに離れなかったのかしら?」

 

「どうやらその馬鹿は此処にいるファミリーに借金があったらしいね。だけど二度の成功で本来であれば不可能な返済をやり遂げた。それで足を洗って駅から離れれば良かったのだが、それが出来ない馬鹿さ。今度は自分に借金を負わせた奴を見返したいと変な欲を出したらしい」

 

「救いようない馬鹿ね。それでどうなったの?」

 

「ファミリーの逆鱗に触れたさ、事前に大金で傭兵を雇っていたようだが相手を知った傭兵は土壇場で逃走。件の馬鹿は捕まって丁寧に持て成されて次回の取引内容について()()()()()()()()()()()、というオチさ」

 

「妥当ね。それで?」

 

 大金を掴める幸運はあったようだが本人自体が救いようも無い愚か者であった。

 三度も続いた幸運に酔って余計な欲を出した結果として見れば妥当な結末であり、特に騒ぐ必要はない馬鹿話にしか聞こえない。

 だが男の横に座る女は態々そんな話を持って来る暇人ではなく、男を探していた様子から考えて本題は別にあるのだろう。

 

「今はファミリーの上も下も大騒ぎだ。何せ馬鹿が話した内容が正しければ新しい取引予定を既に立てていて、しかも規模を前回よりも拡大しようとしていた。取引される品物は今もう生産されていない機械の高精度な補修部品、未使用に近い新品同然のフィルター、完全修復された発電機も数は少ないがあるらしい」

 

 安酒のアルコールなんてものは取引内容を知らされた瞬間に男の身体から吹き飛び、意識は情報の洪水によって覚醒させられた。

 傭兵ではあるが機械部品や発電機等の価値は知っている、だからこそ僅かに残った安酒を男は放置して意識はとんでもない話を持ってきた女に向けられた。

 

「……そこまで大きな話題が此処まで聞こえなかったとすれば相手が手練れなのね」

 

「そうだ、取引の中心となっている奴は凄まじい手練れだ。取引規模が明るみにならない様に幾つもの仲介を挟んでいるから一目では分からない。ファミリーも今回の馬鹿がいなければ糸口さえ掴めなかったに違いない」

 

 話を聞く限りでは馬鹿は運よく取引の中に入り込めた人間でしかなかったのだろう。

 取引を分散させる仲介業者の一人、その末端に位置しているだけで本命からは程遠い位置にしかいない。

 それだけでしかないのに関わらず積みあがった借金を返せたのだから取引全体の大きさが凄まじく悪人達が躍起になるのも当然であった。

 

「今は馬鹿と取引をしていた関係者から一人ずつ()()()()()()()()をしている。そのお陰で取引の一部が漸く判明したが聞いて驚け、次の取引でも新品同然の補修部品に発電機、マスク用フィルター、一部のコミュニティからは詳細な注文を受けてオーダーメイドの予備部品を用意しているそうだ」

 

「何処にそんなお宝があったの?」

 

「そこまでは分からない。だが今迄市場に出回った量から推測すれば大量にあるのは間違いない。そして取引内容を知ったファミリーは全て頂く事をついさっき決めたよ」

 

 この駅に居を構える悪人達に良識なんてものは存在しない。

 それどころか自分達を無視して人知れずに取引を行った事に筋違いの怒りを抱いている人が一定数もいる有様である。

 そんな良識等を一纏めにしてミュータントに喰わせたような悪人達が取引に出される高価な品物を遠目からお行儀よく眺めるだけで終わる筈がない。

 取引内容は複数のマフィアの間を駆け巡り何処も舌なめずりをして取引を襲撃する算段を立て始めた。

 

「内容を考えれば当然でしょう。それで襲撃を企てたファミリーの動きは?」

 

「今はドレスファミリーが先行して密かに手駒と傭兵を集めている。動きが駅全体に広く知れ渡るのは時間の問題だろうね。だが相手があのドレスだ、何処も黙っているつもりはないだろうが表立って妨害する動きはしないだろう。それどころか運よくお零れに預かろうと協力するところもあるだろう」

 

 ドレスファミリーはこの駅において最大勢力を誇るマフィアであり、その影響力は近くにある駅にも及ぶ巨大組織だ。

 誘拐、脅迫、人身売買、麻薬の密売等々数多くの生業を持ち資金力もある組織が全力で襲撃を企てているのだ。

 下手に横やりを入れて矛先が向けられでもすれば潰される、そう考えて他の組織は手出しを控えているのが現状であった。

 

「成程ね、それで貴方が此処に来たのはドレスの紹介? それとも別の口の依頼なの?」

 

「話は此処からが本番だ。こっちもファミリーとは別口で品物の流れを独自に調査していたが……とんでもない人間が浮かび上がってきた。聞いて驚け、『探検家アルチョム』だ」

 

 態々勿体ぶって話を引き延ばす事に文句を言いたかったが男は黙って続きを促した。

 だが女の口から出来た名前には流石に男も動揺した、何せ二人は裏の住人であれば誰もが知る有名人であり、つい先日に襲った村にいた人物達でもあった。

 

「嘘でしょう『皆殺しのセルゲイ』の息子じゃない。そんなヤバい奴が関わっているのならアタシは抜けるわ。それに私は彼らの村を襲撃したから見つかれば真っ先に殺されるわよ」

 

「だから裏どりが出来ない依頼は受けるなってあれ程言ったのに」

 

「仕方ないじゃない! 急にお金が必要になったのよ!」

 

 雇った野盗からは辺鄙な場所にある小さな村以上の情報は無く簡単で報酬がいい依頼だとその時の男は考えていた。

 だが実際には蓋を開けてみれば散々な結果しかなかった。

 情報が一切ない見た事がない外骨格を身に着けた強敵に時間を取られている間に二手に分かれていたもう一つの襲撃グループは壊滅。

 これは勝てないと見切りを付けて逃げ帰れば二手に分かれていたもう一方の襲撃グループはアルチョムとセルゲイの二人によって壊滅的な被害を受けていたのだ。

 生きて帰ってきたものは僅か数人、襲撃は失敗し報酬無しに加え元々ボロボロだった外骨格が更にボロボロになっていい事など一つも無かった。

 唯一の成果は村に関する情報が少なかった原因がセルゲイによって襲撃を仕掛けてきた人物が一人残さず皆殺しにしてきたという情報だけ。

 勿論そんな情報に価値など殆どなく男は実体験として知りたくも無い事を知ってしまっただけで懐は依然として寒いままであった。

 

「それでどうする、実の処ファミリーからは僕を通して壊し屋を雇いたいようでね。今日ここに来たのもその為さ。それで報酬はこれ位を提示してきた」

 

「……悪くは無い額ね。相手がセルゲイやアルチョムみたいな傑物相手でなければの話だけど」

 

 少なくとも男は自分の強さというものを客観視できている。

 1対1なら負ける事は無いと男は断言できる、だが何でもありの殺し合いにおいて二人とは戦いたくない。

 それに加え見た事がない外骨格を装備した相手も村にはいたのだ。

 接近戦では優位に立てたが終始何をしてくるか分からない相手であり次に会うことがあれば男に対して何らかの対策をしてくる可能性が高い、何せ一度は戦っているのだ。

 そんな相手と二度も戦いたくはない、それが男の偽る事の無い本心であった。

 

「それは僕も同感さ。でも今の僕らが受けられる仕事はこれ位しかない。それとも毎日ここで安酒を流し込んで僅かに残った金さえ捨てるしかないよ」

 

「それはあなたも同じでしょう」

 

「そうだよ、これをしくじれば僕にはもう後がない。何より復讐も出来なくなる。だから僕が知っている中で一番強い君を誘ったのさ」

 

 だがこの酒場にいる二人には選択肢等あってないようなものだ。

 勝って、勝って、勝ち続けなければ生き残れない。

 敗者は何も得られない、それが二人の生きる世界であった。

 そして二人は裏切られ罠に嵌められた多くの負債を背負わされ追い詰められていた。

 強力な個人であっても暴力で解決するには敵対する組織は大きすぎた。

 隷属するしかなく生かさず殺さずの環境に置かれ、首輪を繋がれていい様に使われるしかない。

 そんな状況から抜け出すと思うのであれば高い報酬を望める危険な仕事を請け負うしかない──それが飼い主による悪辣な誘導だと知りながら。

 

「男は度胸、女は愛嬌、オカマは最強。ええ、腹を決めたわ、その依頼受けようじゃない」

 

「よかった、これで多少は成功率が高くなった筈だよ」

 

 男と女は互いに握手を交わす。

 それぞれの目的を胸に二人は危険極まる仕事に臨む事になった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 そんな決死の覚悟でいる二人とは別に何時の間にか襲撃対象になったノヴァは──

 

「先生、何を食べているのですか?」

 

「地下にいた蜘蛛、デカいから食ってみたら意外といけるぞ。丸焼きにしているから寄生虫も大丈夫だ」

 

「いやそうではなくて!」

 

 案外クリーミーでサソリより美味しいと言いながらムシャムシャと虫型ミュータントを食べていた。

 そんなノヴァの奇行をアルチョムは全力で止めようと動き出した。

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地を作成:ミュータント迎撃効率10%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:1+10人

 ・ミュータントの大集団を発見、至急駆除せよ

 →駆除進行中、大量増殖の兆候は未だに在り

 

 ・放送局制圧進行率 :85%

 ・放送設備修復率  :0%

 

 ・仮設キャンプ:稼働中

 ・食料生産設備:稼働中・自給率は低い

 ・武器製造:火炎放射器 生産完了:予備以外の追加生産の予定は無し

 ・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)市場流通分の追加生産を予定

 ・バイオ燃料:生産中

 

 ・ノヴァ:見た目はアレだが虫型ミュータントは食用に適しているのではないかと考えている。しかしアルチョム達からの反対により断念した

 



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鴨葱に見えますか?

 機械系の部品、製品が慢性的に不足しているメトロ。

 そこへノヴァは製造した機械や補修部品を売り、食料品を筆頭に作業人員を養うための物資を市場から調達していた。

 その取引金額は回を重ねる事に大きくなり製造した傍から完売は当たり前、アルチョムの人脈を使って一部オーダーメイドの製造を始めればこれも当たり。

 ノヴァは暴利を貪るつもりは一切ない、だが積みあがる利益は膨大になりアルチョム達が誤魔化すには取扱金額が急速に膨れてしまった。

 それが原因で取引を嗅ぎまわっている怪しい人物や胡散臭い人物が交渉を持ち掛けてきたとアルチョム達から知らされても別段驚きはしなかった。

 いずれバレる事である、内心ではもう少しだけ現状を維持しておきたかったが情報は拡散するのは避けられない以上、今迄の様にはもう出来ないだろうとノヴァは考えていた。

 

「先生、すみません。マフィアに取引を嗅ぎ付けられました!」

 

 だからこそアルチョムが青い顔で新しい情報を持ち込んで来てもノヴァはそれほど動揺しなかった。

 

「わぁ~お、凄い事になったね」

 

 報告を持ちこんできた顔色が悪いアルチョム達とは反対にノヴァの表情は普段とは変わらなかった。

 マフィア、野盗、それがどうした? 

 こちとら20mクラスのクソデカミュータントや街一つ占拠した武装集団、治安の崩壊した街の面倒、最近では遠い星から飛来したエイリアンとドンパチして遭難中の生粋の苦労人である。

 マフィア程度で狼狽えるチェリーボーイではないという謎の自信がノヴァにあった。

 そんな誰にも言えない理由で落ち着いているノヴァの姿をみたアルチョム達も平静を取り戻し情報漏洩に関する報告を続けた。

 

「つまり取引の全容が掴めない様に色んな仲介業者を挟んで取引していたけど末端が馬鹿をして取引内容が流出。そこから全体を正確に推測したマフィアが取引に襲撃を仕掛けようとしているのか」

 

「理解が早くて助かります」

 

「成程ね、こればかりは仕方がない。アルチョム達の責任でもないし、寧ろここまで取引を隠蔽するのは君達以外に出来なかっただろう。気に病む事は無い」

 

「有難うございます。ですが施設内の掃討が漸く一区切りついてきた段階なのでは?」

 

「あぁ、確かに区切りはついたけど急ぐつもりはない。突貫で杜撰な作業をしても後々問題になるのは目に見えている。建物が崩落したら元も子もなくなるから出来るだけ丁寧に進めるつもりだよ」

 

 施設地下にいるミュータントは火炎放射器を装備した駆除部隊の働きで粗方駆逐できた。

 その素晴らしい戦果にノヴァは改めて装備と練度がある人材による人海戦術というのは素晴らしいものだと実感した。

 暫くは地下構造体の被害状況を調査する予定であり、施設が崩壊しない様に念入りにノヴァは調査するつもりだ。

 

「それで襲撃を企てている相手について情報は何かあるか」

 

「ドレスファミリー、私達の村でもその名前は聞きます。麻薬、人身売買、恐喝、誘拐、略奪等悪事は一通りしてきた集団です」

 

 アルチョムが持つ情報をノヴァは信用している。

 だからこそ襲撃を仕掛けてくる組織が今まで行ってきた犯罪行為、噂や誇張を考慮しても悪辣さ残酷さは聞いていて気持ちのいいものではない。

 それでも襲撃を仕掛けてくる相手に関しての情報を聞かない選択肢はノヴァにはない。

 そうして組織の行動・思考パターンの聞き取りを終えたノヴァは口を開いた。

 

「成程、殺すか」

 

「先生?」

 

「間違えた。それで襲撃予定日時規模、マフィアの武装に関しての情報はあるか?」

 

「複数の仲介業者から仕入れた情報を精査してみましたが武装はそこら辺の野盗より優れています。加えて今分かっているだけで襲撃人数は100人を超えます」

 

「百人か。多いのか少ないのか分からないな」

 

「組織の規模から考えて少ないでしょう。彼らは自分達が千人を超える巨大な組織であると吹聴していますが正確なところは分かりません」

 

「まぁ、マフィアであれば撃退は出来るだろう」

 

 マフィアは相手から舐められない様に自分達の勢力を幾らか誇張して喧伝するものだと知ってはいるが、そのせいで正確な数を割り出すことが出来ない。

 襲撃を仕掛けてくる百人はマフィア指揮下の戦闘部隊の数なのか、それとも数合わせの有象無象を含めた数なのか。

 これに関しては引き続き情報集が必要になるが襲撃までの残り日数でどこまで集められるかは不明瞭だ。

 だが情報が不足していようが野盗より毛が生えただけの破落戸の襲撃程度であれば撃退できる戦力はある。

 

「だけど問題はマフィア以外に此処に近付いているミュータント集団なんだよね」

 

「今日の偵察結果からしても接敵するのは数日後でしょう。確認できただけでもグールに四つ足と数も種類も多いです。此処にマフィアも加わるとなると……」

 

「正直に言えば面倒くさい。複数の戦場なんて抱えたくないな」

 

 ノヴァが廃墟に巣食うミュータントを大量に駆逐したことで一時的にできた空白地帯。

 それを埋めようとしているのか廃墟から少し離れた場所に分布していたミュータントが数日前から動き始めた。

 最初に異変を察知したのは村人達で構成された偵察隊、それからはノヴァが廃墟周辺に敷設した多目的ドローンの監視網が動きを捉えた。

 壊れて飛行能力を喪失した機体は固定カメラ、無事な機体は廃墟周辺の上空を巡回させていたが明らかに監視領域に出現するミュータントの目撃情報が増えていたのだ。

 それからノヴァはドローンの予備機を監視範囲外まで飛ばしミュータントの動きを逐次監視しているが少しずつ空白地帯を埋めるようにミュータントは廃墟に近付いていた。

 

「ミュータントは種類事に集団を形成して進行、進行速度は集団によってばらつきがあり現状の進行速度だと襲撃は連日になってくるのは間違いない。はぁ~、小出しで来られるのが一番厄介で面倒だな」

 

「今からでも纏まって来るようミュータントに知らせますか」

 

「いい考えだな、特命大使として彼らを説得してくれ」

 

 ノヴァとアルチョムは軽口を叩き合いながら予想される襲撃に関しての迎撃プランを大雑把に組み立てていく。

 戦力に関して不安はない、多脚戦車に地雷、誘導弾、即席で作った砲撃ユニットもある事から敵を殲滅する事は可能だ。

 だが鹵獲物資も無限にあるわけではなく銃身、誘導弾、地雷等は消耗品であり戦闘を重ねる事に在庫は減っていく一方、継戦能力に関して現状は楽観視できない。

 勝つのは当然であり如何に消耗を抑えるかがノヴァの焦点であった。

 

 そう考えながらノヴァは脳味噌を絞りながら地味で根気のいる作業を進めていく。

 だが途中でマフィア側の予想される襲撃ルートにアルチョム達の村が含まれている事に気付いた。

 

「アルチョム、マフィア側の襲撃経路に村が含まれる可能性が高い。村に避難を呼び掛けてくれ、避難先に当てがなければ此処にある廃墟を使ってくれても構わない。ミュータントは一通り駆除しているから危険は無いはずだ」

 

「……お言葉に甘えさせていただきます。直ぐにでも村人達を移動させます」

 

「そうしてくれ。此処にいる作業人員全員が村の出身者だ。今後も働いてほしいから避難先に付いても考慮するのは当然だろう」

 

 村に待つ家族や友人がマフィアに蹂躙されでもすれば村から借りている作業人員達の労働意欲は目に見えて落ちるだろうし最悪暴動が起きる可能性もある。

 そうなれば電波塔の修復は絵に描いた餅となる、であれば彼らを一時的に保護か何処かに避難させる必要がありミュータントを駆逐した廃墟も避難には使える。

 雨風を凌げる居住可能な建物ではあるが住み心地が悪く、多少手を加えるだけで住みやすく改築する事になるだろう。

 資材に関しては若干の余裕があるから大きな問題ではない、今後の取引関係の維持を考慮すれば安い買い物である。

 

「それじゃ襲ってくるマフィアに対する対策だが……捕虜を取るのも面倒臭いから皆殺しでいいか。悪人しかいないのなら皆殺しにしても後ろ指さされる事も無いだろうし」

 

「それで問題は無いと思います。問題は奴らの侵入経路ですが──」

 

 ノヴァとアルチョムは悩む事も無くマフィアに対する処遇を決めた。

 人権という言葉が何の意味も持たない世界において人道的配慮などは贅沢品である。

 時と場合によってノヴァも捕虜の面倒を見るつもりはあるが相手はマフィア、メトロで多くの犯罪を起こしてきた悪人達に慈悲を掛ける酔狂さをノヴァは持ち合わせてはいなかった。

 

 そうしてノヴァとアルチョムは襲撃してくるマフィアとミュータントに対する迎撃案を机上で幾つか想定し、──すると慌ただしい足音と共に部屋に年若い青年が慌てた様子で部屋に入ってきた。

 警戒していた二人であったが部屋に入ってきた人物が偵察隊の一人だと分かると警戒を解いた。

 だが余程急いでいたのか慌ただしい足音と共に部屋に入ってきた青年の様子からして何かしら問題が起こったのだと二人は身構えた。

 

「済みません! 急ぎの報告があります」

 

「どうした、一部のミュータント集団が急接近したのか、それとも大型ミュータントでも確認したのか?」

 

「いえ違います。此方を隠れて偵察していた傭兵を捕まえました」

 

 傭兵による偵察、間違いなくマフィアの襲撃に絡んだ行動に違いない。

 実態としては手駒ではない傭兵をマフィアが使い捨ての偵察兵にした辺りだろう、報告を受けたノヴァは襲撃相手であるマフィアの脅威度を一段階上げた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 拠点として構えた廃墟の中には現状使われていない空間が幾つかあり捕まえた傭兵を収容している部屋も空き部屋を流用したものだ。

 急造の部屋であるため当然の様に抜け穴は多い、そのため偵察部隊は脱走を防ぐために手錠代わりとして傭兵に金属製の鎖を全身に巻き付けてから部屋に投げこんだ。

 そして運び込まれたときは意識を失っていた二人の傭兵は目を覚まし現状を確認すると大声で騒ぎ始めた。

 

「もう! 貴方が襲撃時に備えて偵察に誘わなければ捕まる事も無かったのに!」

 

「しょうがないだろ! まさか、僕としてもこれほど厳重な警備は予想外だよ! それ以前に小遣い稼ぎとして君もノリノリだっただろう!」

 

「貴方が自信満々に言うからでしょう! 『今回の仕事で目立った成果を挙げるなら偵察は欠かせない。それに鮮度のいい情報は扱い次第で高く売れるからどうだい? キリッ☆』、て何よ! その自信は何処にあったのよ!」

 

「君も『地上ならミュータントに気を付けないとね、色を付けてくれるならついて行ってあげていいわよ』なんて言っていたじゃないか!」

 

「ミュータントなら問題なかったわよ! でも落とし穴や地雷に気を抜いた瞬間に飛んでくる毒矢、止めは廃墟丸々一つ使って潰しにかかってくる罠に生きていられただけ感謝しなさい!」

 

「助かったけど捕まったらお終いなんだよ! あぁ、くそ、あの占いの婆! よく当たるって評判だから真に受けたのが間違いだったか!」

 

「貴方そんなのを信用して動いたの! 馬鹿じゃないの!」

 

「ジンクスは大切だ! 占いも突飛な物じゃなくて『入念な準備が報われるでしょう』どうとでも取れる言い回しだ!」

 

 捕まっていながらも捕虜となった傭兵は元気であった。

 互いに悪口を言い合い、騒がしく口喧嘩をする元気は残っているようで部屋からまだ距離があったノヴァにも口喧嘩は聞こえる程の大きさである。

 

「うわ、懐かしい顔がいる。それと捕まった二人はコントでもしているのか?」

 

「いえ、計算ずくでしょう。大声で騒ぎ咎めに部屋に人が入ってきた瞬間に体当たり、そうして部屋から出る算段位は立てているでしょう」

 

「成程、馬鹿を装った手練れか。それにしても真心込めて作った罠を突破されるのは悔しいが敵ながら天晴と言いたくなるな」

 

 傭兵二人を閉じ込めた部屋の中を扉に備え付けられた覗き穴からノヴァは見た。

 すると捕まえた傭兵の片方は見覚えのある人物でアルチョム達の村を襲撃してきた野盗に雇われていたオカマであった。

 一度目にすれば忘れる事が困難な印象からして見間違いではない、またノヴァが仕掛けた対侵入者用の殺意特盛トラップ群を突破するのも男の実力を考えれば納得である。

 もう片方の女傭兵に関しては現状では情報が殆ど無い為実力は不明だがオカマと組んでいる時点で弱くはないだろう。

 

「二人は意識を失っていた所を偵察隊が捕まえたようです。マフィアは情報収集の一環で価値の在る情報には報奨金を出しているようです」

 

「それで彼らは一足先に現地入りして情報収集。少しでも多くの小遣いを稼ごうとしたのか」

 

「彼らの口喧嘩の内容が事実だとすればですが。それでどうします先生?」

 

 アルチョムの問いにノヴァは直ぐに返事をしなかった。

 マフィア、傭兵、ミュータント、継戦能力、襲撃予想日時、様々な情報がノヴァの脳内で衝突し混ざり新たな考えが浮かんでは沈んでいく。

 廃墟の天井を見つめながら考えていた時間は一分にも満たないが考えを纏めるには十分であった。

 

「買収しよう」

 

「はい?」

 

 非常に素敵な考えが閃いたと言わんばかりの表情をしながらノヴァは口を開いた。

 そしてノヴァの顔には悪戯小僧というには些か邪悪な笑顔が浮かんでいた。

 

「金は天下の回り物。小遣い稼ぎなんてけち臭い事はせずに傭兵の頬札束で殴りに行くぞ」

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地(改)を作成:ミュータント迎撃効率10%向上、

 ・迎撃用の罠を多数設置:迎撃効率20%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:1+10人

 

 ・放送局制圧進行率 :98%→駆除はほぼ完了している

 ・放送設備修復率  :0%→被害状況の調査を予定している

 *接近戦するミュータントの集団を発見、至急対応せよ

 

 ・仮設キャンプ:稼働中

 ・食料生産設備:稼働中・自給率は低い

 ・武器製造:火炎放射器 生産完了:予備以外の追加生産の予定は無し

 ・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)市場流通分の追加生産を予定

 ・バイオ燃料:生産中

 

 ・ノヴァ:如何に物資を消耗せずに相手を殲滅するか、それが重要だ。

 



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毒饅頭ー上

長いので二分割です。


 ドレスファミリー、誘拐、人身売買、脅迫、強盗、麻薬の密売など一通り悪行を行いメトロにおいて知らぬ者はいない悪名高い犯罪組織である。

 その構成員は複数の駅に跨り多くの破落戸と凶悪な私兵を抱えており下手に手を出せば苛烈な報復が本人を含めた家族や親類縁者にまで及ぶ事で恐れられている。

 そしてドレスファミリーを束ねるボスや幹部の懐は数多くの上納金によって潤っており総資産は数少ない上層部だけで駅の富を9割保有していると言われる程である。

 そんな彼らにとって『探検家アルチョム』と呼ばれる人物がメトロに持ち込んだ品々は今や注目の的でありドレスファミリー以外のマフィアもがその出所を探っていた。

 

 血生臭い手段を問わずに行われた情報収集、それを経て最初にお宝を辿り着いたのはやはり最大規模のマフィアであるドレスファミリーであった。

 使い捨ての子飼いの傭兵が持ち込んできたのはアルチョム達がメトロに運び込む品々を一時的に保管している倉庫代わりの廃墟の情報であった。

 情報を知らせに来た傭兵は戦闘をしてきたのか装備や武器がボロボロであった、その事から情報の信頼性が高いと考えた幹部は先行して倉庫を強襲した。

 情報通り碌な警備が置かれておらず、傭兵からはアルチョム達の人員そのものが少ないから監視に割ける人数は殆どないと聞いていたが事実であった。

 それ以前にメトロならまだしもミュータント蔓延る地上を知り尽くした探検家であったからこそ野生のミュータントを番犬代わりにして倉庫として利用していた。

 

 倉庫の中にはあったのは宝の山だった。

 バラ売りされる前の高品質な機械部品にフィルター等が木箱の中に詰め込まれていたのだ。木箱一つが持つ価値は凄まじい、貧乏人から巻き上げる小銭は無価値に等しい。

 そして情報を提供した傭兵によれば倉庫は三か所に分散されているというではないか! 

 一度目の襲撃で味を占めたドレスファミリーは多数の幹部と構成員を投入し二か所目の倉庫を強襲、一か所目とは違い組織的な抵抗があったもの数は少なく傭兵を前面に出すことで消耗を抑えてこれもまた占拠できた。

 そして倉庫の中にあったのは一か所目以上に積まれた木箱だ。

 中を見て見れば中にあったのは大型の機械部品、これもまた高品質でありメトロにおける価値は凄まじいものである。

 

「ハッ、笑いが止まらねぇな! こんだけのお宝を隠していたと思わなかったぜ!」

 

 得られた望外のお宝としか言いようがない成果を前にしてドレスファミリーを束ねるボスはこれ以上ない満面の笑みを浮かべていた。

 正確な鑑定は行っていないが安く見積もっても今迄の襲撃だけでファミリー全体の稼ぎの七割に迫る程の価値である。

 それだけでも笑いが止まらないのに襲撃した倉庫は一時的な保管場所でしかないのだ。

 本命ともいえる倉庫には未だに手付かずのお宝が眠っておりその価値はどれ程のものになるのか長年大金を扱ってきたマフィアのボスであっても正確な予想は出来ない。

 そして手に入れた品々を適切に売り捌く事が出来れば駅一つどころではなく多くの駅を文字通り従える事も出来るだろう。

 

「ボス、奥の方に新しい箱が幾つもありました!」

 

「よし全部奪え! 一つも残すなよ」

 

「分かりました。おらさっさと働け!」

 

「これだけあれば酒も女も思いのままの報酬を与えるぞ! おら、動け動け!」

 

 ボスの命令を受けて組織の幹部達は各々に動き出し機械が詰まった木箱を丁寧に運び出す。

 幹部達も木箱の中身が持つ価値は十分に認識しているので決して雑には扱わない。

 しかし同時に運び出しに関して動きを急かしているのはこれで終わりではないと知っているからだ。

 本命がまだ残っている、一時的な保管庫なんか目でない量のお宝が待っているのだ。

 

「機嫌がいいようだね。それで報酬は何時になったら支払ってくれるのかな?」

 

「あぁ、お前か。最近は碌な成果を挙げてこなかったから期待はしていなかったが今回の事でお前を見直したよ」

 

 上機嫌なボスに話しかけたのは随分前に首輪をつけた使い捨ての傭兵の一人だ。

 本来であれば粗相が一つでもあれば気紛れに殺される立場でしかない傭兵が最大規模のマフィアのボスに対して生意気な口を開く事は許されない。

 だが女傭兵が殺されずにいるのは偏にボスが気に入っているからだ。

 

「世事はいらないよ。情報に関する報奨金、それにアルチョム達を抑えるために死に物狂いで戦ったのだからそれなりの額は貰える筈だよ」

 

「安心しろ、其処まで値切ろうとは思わん」

 

 そう言ってボスは今回の襲撃において手柄を立てた傭兵を代表して女に報酬を渡した。

 中にあるのは今回の略奪で得た新品同然の高性能フィルターだ、売り先次第では大金に化ける品物であり使い捨ての傭兵からみれば確かに破格な報酬であった。

 

「確かに貰ったよ、これで僕とその下にいる傭兵達は一足先に抜けさせてもらう」

 

「おいおい、これからが本番だってのに帰ってしまうのか?」

 

「知らないとは言わせないよ。相手はあのアルチョムとその仲間達、武器も外骨格も戦いで破損を通り越してスクラップになっているのに戦うつもりはないよ」

 

 二か所目の保管庫襲撃時に一番の脅威と見做されていたのは『探検家アルチョム』を筆頭した少数で構成された部隊だ。

 一人一人が猛者として警戒されファミリーの中では誰が対応するのか、あるいは貧乏籤を引くのかで少なくない時間が取られた。

 結局の所、貧乏籤を引くのはファミリーではなく傭兵部隊に決まりアルチョムを倒せなくても消耗させればそれで十分という肉盾扱いであった。

 だが予想に反して傭兵部隊は善戦しファミリー本体の被害は極軽微で保管庫を占拠することが出来た。

 これには幹部連中も驚いたが結果が良いのであれば問題はない、今回の働きに関しても傭兵にしては上手くやったというのが幹部の総意であった。

 結局の所ファミリー子飼いの傭兵とは一番損な役割を引き受ける消耗品である。

 殆ど選択肢がない状況であっても最低限の武装さえ損失したのであれば仕事は出来ないと拒否するしかないのだ。

 

「それに仮に無理に参加しようとすれば法外な値段で壊れかけの武器や外骨格を親切なファミリーから借りるしかない、そんなのは御免だよ」

 

「ふん、可愛げのない。傭兵なんかやめて俺の女になれば底辺の生活を抜け出せるぞ。気が変われば何時でも来い、可愛がってやる」

 

「冗談として聞き流しておくよ」

 

「残念だ、それで最後の奴らのお宝の保管場所は例のスタジアムで間違いないな」

 

「そうだよ。二回の襲撃で襲った場所は一時的な保管場所でしかない。本命はスタジアムで取引の度に少しずつ引き出している」

 

 アルチョム達がメトロに流している品々の出所であるスタジアムは地上において何もない場所でありながら旨味のない場所として有名であった。

 価値ある資源が元々少なかった事もあり早期に資源が枯渇し昔から放置されていた場所であり今はミュータントの生息領域に含まれている。

 常人であれば価値のない場所とみなし態々危険に身を晒さない、そこをアルチョムは突いた事で広大な敷地面積は彼らが見つけたお宝の保管場所として選ばれたのだ。

 

「さすが探検家だな。スタジアムは盲点だった」

 

「襲撃を掛けるなら人数をそろえた方がいいよ。彼らにとっても命が掛かった物資だ。撤退したアルチョムに加えて今度は『皆殺しのセルゲイ』も出てきて必死に抵抗するよ」

 

「はッ、余計な心配だ。次の襲撃に向けて動員できるだけの戦力は整えた。これだけいれば小細工をしようが簡単に踏みつぶせる」

 

 構成員600人、子飼いの私兵200人、計800人が最後の襲撃に向けてドレスファミリーが動員した戦力である。

 関連施設に最低限の戦力だけを残して掻き集めたファミリーの全戦力でありメトロにこれ以上の動員を可能にする組織は片手にも満たない。

 正にメトロにおいて最大規模のマフィアに相応しい陣容であり小さな駅や村であれば一日も掛からずに滅ぼせる戦力である。

 

「なら僕が言う事は無いよ、先に帰らせてもらう」

 

 自慢げに語るマフィアのボスには目もくれず女傭兵は離れていった。

 その姿にボスは気持ちの悪い笑みを浮かべ、反対に幹部は苦々しい目で去っていく女傭兵を眺めていた。

 

「あの女ボスに対して舐めた態度をしていますが躾けなくていいのですか?」

 

「お前には分からんか? 面も身体も俺好みなああいう女を追い詰めてから最後には自分から股を開かせるのが最高に興奮するんだよ」

 

 自らの性癖を気味の悪い笑みで語るも直ぐにマフィアのボスの視界から女の姿は消えた。

 代わりに目に入るのは自分に膨大な富を齎してくれるだろうお宝の入った箱の数々だ。

 

「よし奪ったお宝はいつもの所に運んでおけ。最低限の人員を残して全力でスタジアムに襲撃を仕掛ける。他のファミリーに余計な手出しをさせない様に速攻で片を付けるぞ」

 

 保管庫にあった物資を全て強奪したマフィアはボスの号令の下、本命であるスタジアムに移動を開始した。

 道中に餌となる人間を察知したミュータントに襲われる場面が幾つもあったが拙い迎撃であっても数の力は大きく僅かな犠牲者を出しただけで終わった。

 そうして数時間移動するとマフィア達は本命であるスタジアムに到着した。

 

「誰もいないな」

 

「大方隠れているのだろう。慎重に進め」

 

 スタジアムの中に通じる通路にはバリケードが幾つも設置され道を塞いでいた。

 自然に出来る様な物ではなく人為的な物であり進行を遅らせるための障害物であった。

 この先に本命があると確信を抱いたマフィアは雑多な装備をした構成員を先頭にしてスタジアムに近付いていく。

 先頭の立つ人員の多くが襲撃を予想しているのか廃材で作った粗末な盾を構えており防御を少しでも上げようとした結果進みは遅くなった。

 だが最初の犠牲者は予想された銃撃ではなく隠されていた地雷による爆発であった。

 

「地雷だ! 其処彼処にあるぞ!」

 

 地雷によって片足を吹き飛ばされた構成員が大声で泣き叫んだのを皮切りにマフィアの足並みは乱れた。

 そして足並みが乱れる瞬間を狙ったかのようにスタジアムの複数の場所からマフィアに向けて銃撃が行われる。

 高所からの銃撃は位置エネルギーも加わりスタジアムに押し寄せるマフィアの足を止め、防戦一方に追い込んでいった。

 

「ほぉ、どうやら此処が本命で正解だな。お前ら、さっさと圧し潰せ」

 

「分かりました。奴らは数が少ない、足を止めずに押し込め! バリケードを突破しろ!」

 

 マフィアの幹部達は先手を打たれて乱れた足並みを最低限整えると部隊を銃撃が降り注ぐのも構わずにスタジアムに向って進ませる。

 確かに高所からの銃撃は脅威である、だがマフィアを押し返すには火力が圧倒的に不足していた。

 一方的に撃たれるマフィアであるが傭兵の情報通りアルチョム達が動員できる戦力が少ないのだろう。

 スタジアムに陣取り幾ら一方的な銃撃を繰り出そうともマフィアは返礼として10倍の火力をお見舞いする事が可能である。

 圧倒的な人海戦術の前には個々の戦術など意味を成さずに蹂躙されるだけ、情報通り火力は薄く犠牲は出るが許容範囲内であるとマフィアは判断して進み続ける。

 

「バリケードを突破しました!」

 

「いいぞ、いいぞ! そのまま進め!」

 

 スタジアムの銃撃に倒れる構成員の数は時間と共に増えていく、その度に道を防ぐバリケードは破壊されスタジアム内部に侵入するマフィアは増えていく。

 何より構成員の一人一人がこの先に待つお宝に目が眩み恐怖を置き去りにして一目散に進んでいるのだ。

 今迄の襲撃で奪った品々の価値が分かるからこそ少しでも自分の分け前を増やそうと誰も彼もが必死であり、その光景は丸々と肥えた獲物に群がる飢えたミュータントの様である。

 

 そして幾ら撃っても減る様子が見えないマフィアの戦力を前に迎撃を諦めたのか銃撃の密度は時間と共に減っていき最後のバリケードが破れる頃には銃撃は止んでいた。

 今迄銃撃を加えていた場所を見れば人影の様な物が一目散に遠ざかる姿が見えた。

 恐れを知らずに襲撃を繰り返す自分達に言い知れない恐怖を感じてスタジアムから逃げ出したのだろう、情けない姿で逃げていく姿はマフィアのボスとして何度も見ても飽きない光景であった。

 

「奴ら逃げ出したようです、追いますか?」

 

「腰抜けは放っておけ、それで中はどうだ」

 

「大当たりです保管庫らしき建物が幾つもあります!」

 

 スタジアム内部に侵入したマフィア達は荒れ果てたフィールドに規則正しく並べられた数多くの保管庫を発見した。

 そして誰が言うまでもなくマフィアの構成員は動き出し砂糖に群がるアリの様に急増で作られた保管庫を襲う。

 

「おお、神よ! 偉大なる恵みに感謝しますぞ!」

 

「よし行くぞ! おい、さっさと運び出せ」

 

 中にあるお宝が仕舞われた箱以外はどうでもいい、と言わんばかりに各々が持った雑多な工具で保管庫を壊し中に仕舞われている箱を見つけ次第外に運び出していく。

 二か所の襲撃で得た量を軽く超える膨大な成果を前にマフィアの誰もが浮かれ口々騒ぎ出した。

 だが順調に進むかと思われた運び出しは三度目の襲撃で大量動員した戦闘員が作業の妨げとなり遅々として進まない事態となった。

 その光景を見た幹部が私兵を動員して邪魔になる構成員を殴り蹴り飛ばして道を広げていき──

 

 ──突如としてスタジアムを揺るがす大爆発が起こった。

 

「なんだ! なにが起こった!?」

 

「スタジアムの入口が崩落しました!」

 

 マフィア達は爆発に動揺したものの直接的な被害は殆ど無く、先程の爆発はスタジアムにある入り口の幾つかを崩落させるに留まった。

 爆発を起こした犯人は考えるまでもなくアルチョム達であろう、出入口を制限する事で少

 しでも有利な戦場を作り出し報復するつもりなのだ。

 

「何! クソ、女々しい足掻きだ! 瓦礫をさっさと撤去しろ!」

 

 だがマフィアはアルチョム達の作戦通りに動くつもりはない。

 出入口の瓦礫を人海戦術によって崩し逆に包囲殲滅してやろうと動き出し──

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「予想通りというか、此処まで上手くいくと何か見落としていないか心配になるな」

 

 スタジアムを半分覆う壊れたドームの上に身を潜めていたノヴァは下に見えるマフィアの集団を見て何とも言えない気持ちになっていた。

 傭兵を使い捨ての偵察に出す事からマフィアであっても戦略的に動く相手だとノヴァは仮定していた。

 だが実際に蓋を開けてみればマフィアは幹部連中の統率がなければ即座に烏合の衆となり果てる破落戸の集まりでしかなかった。

 マフィアが高度な戦術を行う事を想定してノヴァは幾つものパターンを想定して保険を仕掛けていたが必要なかった。

 

「まぁ、殆ど中に入ったようだし始めるか」

 

 パターンとしては理想的なマフィアの動き、だからこそ下手に時間を与えて余計な動きをしない様にノヴァは二個目の起爆スイッチを押した。

 

「ポチっとな」

 

 ノヴァの軽い掛け声とは反対にスタジアムで爆発が起きる。

 それはマフィアが運んでいた木箱であり、今まさに打ち壊している最中の保管庫であった。

 だが爆発の規模に反して犠牲者は少ない、近くにいたマフィアであっても腕が吹き飛ぶ位で致命傷には程遠い小規模な爆発であった。

 

 だがこの爆発は殺傷を目的としたものではない、爆発によって薬品を広範囲に散布するためのものである。

 そして散布された薬品、ミュータントを誘き寄せる誘引剤と精神を高揚させる興奮剤が広範囲に散布した成果は直ぐに表れた。

 

「「「──! ──!! ──!!!」」」

 

 スタジアム全体を轟かせるミュータントの咆哮、それが廃墟を囲うように響く。

 想定通りに事が運んだ事を確認したノヴァは無線機を手に取りスイッチを入れる。

 

「あーあー、テステス、テステス。『客人はペットと戯れている』繰り返す『客人はペットと戯れている』、オーバー」

 

 事前に取り決められていた符丁をノヴァは無線機に語り掛けた。

 そして、それはマフィアの運命が決まった瞬間であった。

 



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毒饅頭ー下

三国志は凄いですね。
感想欄を通して初めて二虎競食の計というのを知りました。


 ──しくじった、しくじった、しくじった、しくじった、しくじった、しくじった、

 しくじった、しくじった!! 

 

 廃墟ごと圧し潰そうとする凶悪極まりない罠から必死になって逃げ続け──気が付けば狭い一室に壊し屋と一緒に女傭兵は閉じ込められていた。

 幸運にも四肢は瓦礫に潰されてはいなかったが、金属製の鎖によって強固に拘束されており隠しナイフでは到底破壊できそうにない。

 それ以前に捕らわれた自分達が何処にいるのか、一体誰が自分達を捕らえて閉じ込めたのか分からない事が多すぎる。

 だが前提となる情報が全くない中で考えても無駄でしかなく、時間だけが無常に過ぎていく。

 

「ちくしょう……」

 

 此処暫く、いや、かなり昔から景気が悪化する以外になかったメトロにおいて幸運にも参加する事が出来た景気のいい依頼だったのだ。

 本来であれば金払いを渋る筆頭であるマフィアの異様な金払いの良さ。

 それからして全体で流れる金の量は膨大である事は簡単に予想が出来る、後はその金の流れに上手く乗る事が出来れば──そう考えていた女傭兵の計画は最早破綻したも同然だった。

 間もなく自分と壊し屋は拷問によって吐けるだけの情報を吐かされて後に殺されるだろう。

 最後の手段として女として身体を売れば殺されない可能性もあるが相手は『探検家』と『皆殺し』である。

 取り扱う品々に比べれば女一人の命など無価値に等しい、壊し屋と共に慈悲も容赦もなく殺される確率の方が断然高いのだ。

 

 だが簡単に諦めるつもりなど女傭兵にはない。

 壊し屋と一計を図り、押し込められた部屋の中で一緒に大声で騒ぎ立てる。

 騒ぎを聞きつけた看守が扉を開けた瞬間が最後のチャンスである、扉を開き看守から鎖を解く鍵を入手し全力で此処から逃げ出し──

 

「は~い、仲良く話しているところお邪魔するよ。それで君達此処を襲撃してくるマフィアに雇われているらしいね」

 

「あっ、これは無理ね。貴方も諦めなさい、少しでも動けば殺されるわよ」

 

 自分達を閉じ込めていた部屋の扉が開き入ってきた看守は軽武装ではなく見た事の無い外骨格を装備していた。

 整備が行き届いた機体の両手には武装は何も持っていない、戦闘力は武装時に比べれば格段に下がっているのに関わらず壊し屋が抵抗を諦めた。

 それ程の覆せない差があるのだ、一目見た瞬間に諦めてしまう程に。

 つまり、自分達二人を捕まえた彼らにしてみれば咄嗟の浅知恵なんて簡単に見破れて当然なのだろう。

 それが出来ない無能が今迄マフィアに取引を露見させずに隠し続ける事が出来る筈もない。

 此処に来て漸く女傭兵は自分の最期を受け入れることが出来た。

 

「……此処が僕の最期か。せめてなるべく痛みを感じない様にして殺してくれない?」

 

 痛いのは嫌だ、復讐も出来なかった、占い師のクソ婆は絶対呪い殺してやる、様々な考えが頭の中に浮かんでは消えていく。

 女傭兵は力を抜くと壁に寄り掛かかるようにして最期の時を待っていた。

 

 だが直ぐ傍に立つ外骨格から致死の一撃を打ち込まれる事は無かった。

 

「勝手に自己完結しているところ悪いけど買収されるつもりある? 君達がマフィアに提示された金額の5倍払う用意はあるけど。あとオマケでドレスファミリーを滅ぼしてみない?」

 

 外骨格から聞こえてくるのは若い男の声。

 その声の主はまるで飲みに誘うかのように捕らわれていた二人に話しかけた。

 割ととんでもない内容を。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 報奨金を受け取った女傭兵はマフィアの構成員に気取られぬ様に地上に集結している大部隊から離れていく。

 その足取りは細心の注意を払い速過ぎず、遅過ぎないようにしなければならない。

 そして大部隊の姿が廃墟の向こうに消え、追跡されていない事を確認した女傭兵は進行を変えて移動を始める。

 それから歩き続け一軒の廃墟を見つけると中に入り入口を塞ぐ今にも崩れそうな扉を三回ノックし口を開く。

 

「安酒を飲みたい。ストレートで」

 

 その言葉が合図であった、扉が開かれて中に入ると壊し屋を筆頭に同じ部隊にいた傭兵達が何人も其処にはいた。

 

「お帰りなさい、それで最後に絞れるだけ絞ってきた?」

 

「安心してよ、アイツも気を良くしていたようで報酬を渋る事は無かった。……だけど新しい雇い主と比べると報酬は格段に劣るけどね」

 

「それはそうでしょ。片や暴力と数しか取り柄のない破落戸集団、もう片方はメトロを騒がしている数々の代物の出所なのよ。比べるのも烏滸がましいわよ」

 

「それで隊長、移動先は分かるのですか」

 

 廃墟に集まったのは壊し屋や女傭兵を除けば全員がドレスファミリー子飼いの傭兵である。だが彼らがマフィアに従っているのは忠誠心などでは決してない、騙され卑怯な手によって多額の借金を背負わされ無理矢理首輪を付けられた人ばかりだ。

 本来であれば報復を恐れ、僅かな報酬と安酒で自分を誤魔化し続けるしかない彼らであったが転機は突如として訪れた。

 死んだとばかり思っていた女傭兵が生きて帰ってきた。

 そして傭兵達の中でも口が堅く信頼が置ける傭兵に女傭兵はある仕事を持ちかけた。

 

「ねぇ、一緒にドレスファミリーを潰さない?」

 

 その話を持ち掛けられた傭兵も最初は馬鹿も休み休みに言えと女傭兵を無視しようとしたが非常に高価な価値のあるバッテリーを大量に見せ付けてきたのだ。

 そしてあろう事か成功報酬ではなく前金としてバッテリーを渡されたのだ、長年使い続け中身が劣化したバッテリーではない新品同然の代物である。

 売却先によって非常に高い価値を持つ品物を前金として提示された傭兵達は最終的に全員が女傭兵の仕事に食い付いた。

 そして今、積年の恨みを晴らそうと多くの傭兵が秘密裏に廃墟に集い女傭兵の言葉を待っていた。

 

「逸る気持ちはわかるが落ち着きなよ。それで襲撃する場所については──」

 

『すでに目星は付いていますよ』

 

 そう言って女傭兵が背負う大型リュックの中から一機のドローンが出てきて廃墟に集った傭兵達に話しかけた。

 いきなり見た事がない機械が現れた事に警戒していた傭兵達であったが女傭兵の表情から敵ではないと判断し持ち上げた武器を下げた。

 それを確認したドローンは廃墟の壁をスクリーンとして映像を映し出した。

 

『マフィアが持ち出した品物の中には先生によって事前に発信機が仕込まれています。それによって既にマフィアが使用している地上拠点三か所を割り出しました。案内はこのドローンが自動で行うので貴方達、傭兵部隊は一番近くにある拠点を襲撃して中にいる構成員を全員殺害。その後は二ヶ所目の地上拠点に移動し其方も構成員を全員殺害して下さい。以上が貴方達に依頼する内容です。ご質問はありますか?』

 

「此処からかなり離れているが三か所目はどうするつもりだ?」

 

『三ヶ所目は私達が襲撃します。こちらも終わり次第二か所目に移動し苦戦しているようであれば加勢します』

 

「武器、弾薬が尽き掛けている。最初の依頼でマフィアにアルチョム達を相手にして苦戦している様に見せかけるためにかなり派手に消耗したせいだが補給は出来るか?」

 

『移動途中にある廃墟に隠しています。それを使って下さい』

 

「無線で本隊に襲撃が知られないか?」

 

『既に地上拠点の上空にはジャミングドローンが待機しています。戦闘開始と同時にジャミングが発生し通信を妨害します』

 

「僕は報酬に関してだけどあのクソ共が持っている借用書、僕達を債権地獄に繋いでいる書類を全て貰う契約だけど間違いは無いかな?」

 

『間違いありません。先生も私も含めて書類には価値を見出してはいません。マフィアの地上拠点に隠している物資のみが目当てなので書類はお好きにして下さい』

 

「了解、それじゃ皆の疑問は解消したようだから移動するよ」

 

 打ち合わせを終えた傭兵達は途中にある廃墟で武器弾丸を補充してマフィアの地上拠点を目指して移動を開始した。

 そして拠点に辿り着くと先鋒として壊し屋が拠点を警備している構成員に近付いていく。

 

「おい、何で傭兵が此処にいる! お前達はさっさと穴倉に──」

 

「もう、うるさいわね」

 

 壊し屋は構成員の顔を掴み後ろにある壁に勢いよく打ち付けた。

 元からある怪力が合わさり構成員は一撃で頭を潰され絶命した。

 それを皮切りに傭兵達は拠点の中に侵入、最低限の警備しか残されていなかったので構成員は襲撃を受けていると気付くのに遅れ組織だった抵抗をする事も無く全滅した。

 そして傭兵達は拠点の中を漁るが債権書類は一つも見つからなかった。

 

「……ないわね」

 

「そうだね、此処は外れだ。二ヶ所目に行くよ!」

 

 傭兵達を率いる女傭兵は物色を後回しにして二ヶ所目の地上拠点に向う。

 そして一ヶ所目とは違い厳重な警備がされている廃墟に辿り着いた。

 此処も壊し屋が先鋒を務め警備していた構成員を一撃で殺害し傭兵達が施設に流れ込んだ。

 一ヶ所目と同じように組織だった抵抗をさせる事無く中を制圧していく傭兵達であったが順調に進行できたのは途中までだった。

 

「死にたいようだな、傭兵!」

 

「これは当たりね! ボスのお気に入りの私兵の一人よ!」

 

 外骨格を装備した一際大きな体躯を持つ構成員に相対した壊し屋は不敵な笑みをしながら壊れかけのハンマーを強く握る。

 負けるつもりはないが楽に勝てる相手ではない、通常の外骨格に加えて追加で幾つもの鉄板を纏い防御を固めた敵である。

 廃墟から補充した武器はメトロで流通しているものと変わりなく決定的な威力に欠けており幾ら銃撃を加えようと安物の弾丸は装甲に弾かれてしまう。

 ならば現状唯一効果のありそうな壊し屋のハンマーだが近付こうとすれば生き残っていた構成員も加わり濃密な反撃を受けて近づけない。

 戦況は膠着しマフィアも傭兵も物陰に隠れながら銃撃を続けるしかなかった。

 

「お前達、裏切ったのか! 誰に雇われた、名前を言え!」

 

「裏切るも何も安い鉄砲玉として使いつぶそうとしたでしょう。それでも払う物払ってくれるなら我慢できたけど何度も値切りに遭えば愛想が尽きるわよ」

 

「僕も同感だよ。因みに新しい飼い主が出した買収金額はファミリーが提示した金額の5倍だよ。味方にしたいなら最低金額で5倍、いや10倍は提示しないと話を聞く価値も無いよ」

 

「舐めんじゃねえぞ! クソアマ!!」

 

「ぶっ殺してやるから出てこい腰抜けども!」

 

「この、金に卑しいネズミ風情が……!」

 

「金の切れ目が縁の切れ目、恨んでもいいけどそれが業界の暗黙のルール。知らないとは言わせないよ」

 

「勿論、マフィアの幹部に重用されている貴方なら知っていて当然よね」

 

 物陰に隠れながらマフィアと傭兵は互いを口汚く罵り合う。

 そうして十分も経つと我慢の限界を迎えた外骨格を装備した構成員が物陰から姿を現し一目散に壊し屋に接近を始めた。

 現状において外骨格に有効打を与えられる唯一の男であり、その脅威を理解しているからこそ最優先で殺すべきだと判断したのだ。

 

「この、クソ傭兵が! 舐めた真似をした代償を払ってもらうぞ!」

 

「来なさい、返り討ちにしてあげるわ!」

 

 壊し屋も此処が勝負どころだと判断して物陰から姿を出す。

 高速で近付く外骨格を迎撃するべく腰を落としハンマーを構え、間合いに入った瞬間に必殺の一撃を入れるつもりであり──

 

 ──だがその直後、轟音と共に何枚もの鉄板に覆われた外骨格の頭部が弾け飛んだ。

 

「あら?」

 

 肉体を制御する脳をなくした身体はまるで糸が切れた操り人形の様に地面に倒れた。

突然の事態に呆気にとられたマフィアと傭兵達、その直後、空気が抜けるような小さな音が連続で聞こえた。

 その音は消音された銃声であった、だがそれに気づく前にマフィアは正確に狙われた一撃によって命を奪われていった。

 そして隠れていたマフィアが一人残さず殺されると物陰から三か所目の拠点にいたはずのアルチョムが姿を現した。

 

「注意を引いてくれて助かりました、お陰で狙いやすかったです。それにしても一撃で吹き飛ばせるとは聞いていましたが先生が貸してくれた拳銃は凄いですね」

 

「……人の獲物を横取りするなんて無粋よ」

 

 色々言いたい事があった壊し屋だが、一言だけ告げるに留めると気を取り直して拠点の中を物色し始めた。

 そして傭兵達は目当ての書類を探し自分の名前が書かれた紙を受け取ると小さな紙切れになるまで破り続け、それから暖炉に放り込み燃やし尽くした。

 

「これで借金地獄から解放されたわね……。それで、この後の予定は?」

 

「先ずは先生に連絡をしてから中にある物資を運び出します。手伝えるのであれば追加報酬は支払いますが」

 

「そうさせてもらうよ」

 

 傭兵達は女傭兵の指揮の下で拠点に蓄えられていた物資を外に運び始めた。

 その光景を見ながらアルチョムは事前に渡された無線機の電源を入れ、通話状態が確立された事を知らせるランプが点いた。

 

「先生、マフィアの地上拠点を制圧完了で──」

 

『ゴメン! 芋砂して──ミュータントでもお前は殺し過ぎ! そこ、マフィアの癖に逃げるな! ああもう、数が多いんだから根性見せろよ、マフィアだろ! ええい! 興奮剤を投与するから狂った様に踊れ!』

 

 ノヴァへ作戦の成功を伝えようとした。アルチョムであったが通信機から聞こえてきたのは叫びにも似た悪口であった。

 切羽詰まった様にも聞こえるノヴァの声、だがノヴァという人物をこの場でよく知るアルチョムは慌てる事無く通信機を通して再びノヴァに話しかけた。

 

「あの、加勢が必要ですか?」

 

『大丈夫! マフィアのボスはついさっき頭を吹き飛ばしたから! 今はマフィアとミュータントを出来るだけ長く争い合うように誘導しているだけだから加勢はいらない!』

 

「……あまり無茶はしないでください。拠点には父もいるので多少討ち洩らしても大丈夫ですから」

 

『分かった! それと物資についての扱いは任せる、あ、おい、逃げんな、戦え! 嫌なら死ね!』

 

 取り敢えずノヴァの命の危機はない事が判明したアルチョムは通信機の電源を切った。

 ならば自分が今、するべき事は拠点に蓄えられた物資の運び出しだ。

 

 そうして頭を切り替えたアルチョムは作業に関わろうとしたが、拠点にいた傭兵達の目が自分に注がれている事に気が付いた。

 

「はは、先生に関しては何時もの事ですよ」

 

「……まぁ、うん、君たちのボスはすごいね」

 

「ははは……、それじゃ運び出し手伝ってくれますか? 色は付けますよ」

 

 ノヴァとの通信によって何とも言えない雰囲気の中に包まれたアルチョムと傭兵達はこれまた何とも言えない表情のまま作業を再開した。

 そうしてマフィア達がコツコツと増やし隠し続けていた物資はアルチョム達と傭兵達によって一つ残さず運び出されていった。

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地(改)を作成:ミュータント迎撃効率10%向上、

 ・迎撃用の罠を多数設置:迎撃効率20%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:1+10人+村からの一時的な避難民

 

 ・放送局制圧進行率 :98%→駆除はほぼ完了している

 ・放送設備修復率  :0%→被害状況の調査を予定している

   *接近戦するミュータントの集団を発見、至急対応せよ

     →ミュータントはマフィアと共に駆逐された

 

 ・仮設キャンプ:稼働中

 ・食料生産設備:稼働中・自給率は低い

 ・武器製造:火炎放射器 生産完了:予備以外の追加生産の予定は無し

 ・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)市場流通分の追加生産を予定

 ・バイオ燃料:生産中

 

 ・ノヴァ:芋砂で楽だと思ってたら戦況コントロール大変すぎ! 

 

 ・戦果:マフィアの物資を大量に鹵獲する事に成功!! やったね! 

 

 



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大転換!?

 仮設キャンプは大きな変革を迎えようとしていた。

 

 元々はミュータントが大量に巣食っていた放送局を始めとした廃墟群であったがノヴァは持てる力と技術を総動員しこれを撃滅、ミュータントを一掃し放送局を支配下に置いた。

 最終的な目的は放送局に隣接された大型電波塔を修復し救難信号を発する為である。

 その為の下準備として調査電波塔の修復途中に建物が崩壊しない様にミュータントに荒らされた地下構造体の調査を行っていたが先日完了した。

 致命的な欠損は見つからなかったが念の為に幾つか怪しい場所の補修をすれば問題は無いだろうとノヴァは判断した。

 そうしてノヴァは漸く電波塔の復旧に取り組めるようになった。

 

 そう、ノヴァによって仮設キャンプは大きな変革を、長年放置され自然とミュータントによって傷付けられて破損した電波塔の復旧に取り組む──そのつもりであった。

 だが修復作業が始まる事は無かった。

 

「先生、あの、此処に移住したいと言っている人達が来ています、……何人も」

 

「うちは移住を募集していないYO!?!?」

 

 何故なら弱肉強食上等のミュータントよりも、他者を騙し脅し奪う人の形をした獣同然のマフィアよりも厄介な問題が襲来したのだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 仮設拠点におけるミュータントを駆逐したビル内部に大きな一室がある。

 其処は最近手狭になったキャンプから作業場所を移したノヴァの執務室兼作業部屋兼研究室兼会議室という多目的すぎる部屋であり引っ越したばかりの筈なのに既に色々な物が運び込まれていた。

 また部屋の中で比較的奇麗に片付いた一角には大きなテーブルと椅子が何脚も運び込まれ会議が出来るようになっていた。

 

 そして今、テーブルには仮設拠点において影響力の強い人物たちが集って会議を行っていた。

 議題は勿論、仮設拠点に移住を希望したメトロ住人の取り扱いである。

 

「どうしてこうなった……、どうして明らかに不気味且つマフィアを蹂躙したヤバい奴らの所に移住希望を出しに来るんだよ」

 

 議長兼仮設キャンプの中心人物であり、メトロに向けて色々と作っては放り投げ、つい最近は襲撃してきたマフィアをミュータントごと撃滅したノヴァ。

 

「大丈夫ですか先生、移住希望者には帰ってもらいますか?」

 

 ノヴァが製造した品々をメトロに送る運搬と取引を担い最近は秘書的な立場を確立しつつあるアルチョム。

 

「……ごねるようであれば無理矢理にでも追い出す必要があるぞ」

 

 

 キャンプにおけるミュータントの駆逐や製造した品々を運搬する人手の供給源である村を代表して会議に参加したセルゲイ。

 

 そして──

 

「問答無用で追い返せばいいのに何を悩んでいるだい?」

 

「そうよね、マフィアをあれだけ容赦なく潰したじゃないの?」

 

 先日のマフィア殲滅の協力者であり傭兵部隊の纏め役でもあった女傭兵。

 壊し屋と呼ばれる個人においてはノヴァを超える強さを持つオカマ傭兵。

 アルチョムやセルゲイ等の関わりの深い人物であれば会議室に居てもおかしくは無い、だが何故か傭兵の二人が当然の様に会議に参加していた。

 

「どうして君達が此処にいるの? 支払いはちゃんと済ませたよ」

 

「確かに、この前の依頼は文句の付けられない取引だった。だからこそ僕らとして今後も取引できる様に新規顧客の開拓として参加させてもらったのさ」

 

 怪しい視線をノヴァに向けられている女傭兵の表情は実に胡散臭い笑顔である。

 前回の依頼にしても他の傭兵を巻き込んで完全に統制していたことから直接的な戦闘よりも裏方として采配を振るうことが得意な傭兵なのだろう。

 だからと言ってメトロからの移住問題に傭兵達が参加できる立場ではない、それどころか円滑な会議の邪魔になる可能性の方が高──

 

「それに、お土産としてメトロの裏事情に関する情報を持ってきたよ。どうして彼らが此処に来たのかその理由の一片を知りたくない?」

 

「……価値ある情報であれば見合った報酬は払おう」

 

「流石ボス、気前がいい人は好きだよ。ちなみに僕の名前はオルガ」

 

「アタシはソフィアよ。よろしくね、ボス」

 

「……お、おう」

 

 女傭兵のオルガ、壊し屋のソフィア、実に癖の強い人物達である。

 ……特にソフィアに至っては自己紹介時に筋骨隆々の体躯を持ちながら自然にウィンクをしたのでノヴァは懐に忍ばせていた拳銃を一発位誤射しそうになった。

 

「さて、それじゃメトロに関しての情報だけど今向こうは上も下も大騒ぎ。何せメトロでも上から数えたほうが早い大組織が丸ごと消えてしまった。何処も事実確認と空白地帯になったシマを奪い合う有様だよ。此処まではボスも知っているよね」

 

「そうだ、アルチョムから聞いてはいるが驚きはしない。元から裏業界の混乱を狙っていたからな」

 

 ノヴァとしては大手組織を壊滅させる事で他のマフィアがハゲタカの様に我先にと空白となった場所を奪い合うのは想定していた。

 その奪い合いは数日で終わるものではなく長期間に渡る混乱が続くのは間違いない。

 そうなればマフィアも他所へ手を出す余裕も無くなりノヴァは作業に集中できる、実に単純明快であるが実現する可能性は非常に高いとノヴァは考えていた。

 事実あれから取引に出かけたアルチョムからも怪しい動きは無いと報告を受けている。

 マフィア側も余裕がなく下手に動いてドレスファミリーの二の舞になりたくないのだろう。

 

「マフィア側の理屈はその通り。だけど一般的なメトロ住人は違う、死んで当然の屑どもだったけど彼らと関係を持っていた人は沢山いて、しかも彼らが持つ組織力を後ろ盾にしていた駅やコミュニティも数多くあった。これが何を意味するか分かる?」

 

「……マジかよ」

 

 メトロを牛耳るマフィアを片付けた、悪者は全員いなくなってミュータントも片づける事が出来てめでたしめでたし──で終わる事は無かった。

 

「だけどドレスファミリーは壊滅してしまった。何処を探しても影も形を見当たらない、そんな状態が続けばどうなるか。その結果として今迄では考えられない程にメトロは不安定になっている。小さな火種さえあれば忽ち燃え上がる、もしかしたらすでに燃えているかもしれないけどね」

 

「アタシ達も最初はメトロに戻ろうとしたけど何処も彼処もキナ臭くてね。傭兵としては稼ぎ時でしょうけど不安定過ぎて、ね。下手をしなくても足元が掬われそうだからしばらくの間は落ち着くまで此処にいようと二人で考えたの」

 

 ノヴァが潰したドレスファミリーは脅迫、強盗、麻薬密売、人身売買等の悪行を当たり前の様に行う犯罪集団である。

 だがその組織はメトロでも上から数えた方が早いと言われる程の巨大組織であり曲がりなりにもメトロを平穏に保つ一翼であったのだ。

 何より公的機関が治安を維持している訳ではないメトロにおいてドレスファミリーの持つ武力、戦力は意味があるものであったのだ。

 

 だがドレスファミリーは消えた、ノヴァが潰した。

 

 マフィアのボスを殺し、一通りの幹部を殺し、大量の戦闘員を軒並み殺し、資金源であった地上拠点に隠していた物資は一つ残さず奪い去られた。

 メトロにドレスファミリーの残党が幾ら残っているかは不明だが組織の再興は不可能だ。

 何より生き残った構成員は軒並み四分五裂し跡形も無く消え去るのだろう。

 こうしてドレスファミリーはメトロから姿形も残さずに消え去る。

 残されたのは力の空白地帯の出現による不安定さを増したメトロだけだ。

 

「……他にもメトロに大規模組織が無い訳じゃないだろ。彼らが空白地帯に進出するんじゃないのか?」

 

「確かに旨味があればするかもしれない。だけど今のメトロに占拠して価値が在る場所なんてあるの? 何処も彼処もボロボロ、人手は増えるだろうけど増え過ぎたら食料だけが凄まじい勢いで減っていく。彼ら全員に行き渡る仕事なんてどこが用意してくれるの? 居住空間にも限度があって何処も一杯一杯。これがメトロの現状だよ」

 

 メトロの住人も好き好んで危険な場所に住みたい訳ではない。

 だが彼らを受け入れる場所が無いから其処に住むしかないのだ。

 例えマフィアに支配されていようと、搾取され奪われるしかないのだとしても其処にしか居場所がないのだ。

 だが最低で最悪な平穏すら崩れると知った彼らはどうするのか。

 

 それが移住希望の真相だ。

 

「だとしても、どうして此処の居場所が分かった。アルチョム達は案内をしていない筈だが」

 

「……すみません、原因は私かもしれません。数える程ですがマフィアの地上拠点にいた怪我の酷い奴隷を治療する為に此処へ連れてきました。一通りの治療を行ってからメトロへ帰しましたが道順を覚えていたかもしれません」

 

「……可能性はある。だがそれに関してはアルチョムを責めるつもりはない」

 

 アルチョムが助けた奴隷、その中に仮設キャンプへ続く経路を覚えていた者がいて、其処から流出した可能性は高い。

 だからといってアルチョムの行動をノヴァは責められない、自分が同じ様な立場に立った時は間違いなく同じ行動するに違いないからだ。

 

「それにメトロの住人は組織や個人を問わないけど基本的に強いものの庇護下に居たいと考える人が多い。けどまぁ、メトロにも地上程じゃないけどミュータントが入り込んでいるからそうなるのも仕方がないけどね」

 

「そう言った理由で今はドレスファミリーを滅ぼした『悪魔』の話題で持ちきりよ」

 

「『悪魔』?」

 

「あら、それは聞いていないの。どうやら虐殺から生き延びたファミリーの一員がいたのよ。だけど錯乱していて話が通じないのよ」

 

 ドレスファミリーの構成員でもあり地上探索に赴いて生き残った数少ない生き証人達。

 だが彼から地上で何が起こったのか話を聞こうとした多く人が集うも彼らが口に出したのは理解し難い代物であった。

 

『歌が聞こえる、叫びと雄叫びを楽器にして踊れと言っている! 俺達は楽器だ、音楽を奏でる楽器だった!!』

 

『ボスも、仲間達も、ミュータントも、全部、全部! あいつは悪魔だ、悪魔だ!』

 

『俺たちは手を出していけない存在に手を出したんだ!! ボスも幹部も仲間も、皆、悪魔に魅入られた! いやだ、死にたくない、戦いたくない、歌は、歌は辞めてくれ! 踊りたくない、踊りたくないんだあぁぁぁ!?!?!?』

 

『来ないでくれ、見つけないでくれ、俺は此処にはいない、いないいないいないいない』

 

『……あそこに行くんじゃなかった』

 

 聞き取りで判明したのはドレスファミリーが文字通り壊滅し、生き残りも凄惨極まる所業によって心を粉々に砕かれた事位であった。

 

「……取り逃がしがいたか」

 

「どうやら心当たりがあるようだね。そんな訳で彼らはマフィアより強い存在の支配下にいれば安全と考えた。それ以外に行くべき場所は何処にも無いからね」

 

「分かった。それで拠点の話と『悪魔』が合わさった噂話はどれ位の勢いで広がっている」

 

「まだそれほど広くは知れ渡っていない筈、だけどメトロ中に広がるのは時間の問題、そう遠くない内に大人数で押しかけるかもしれないね」

 

 女傭兵オルガの言葉が止めであった。

 ノヴァは机に突っ伏して頭を抱え、そして脳内ではこれから大量に来るだろう移住希望者と仮設キャンプの収容人数を考えて──発狂した。

 

「ヤバい、ヤバいヤバい! 足りない、受け入れる為の余剰は殆ど無いぞ!」

 

「……追い返さないのか」

 

「追い返しても彼らに帰る場所は無い。そんな彼らが何処に住み着くか考えたらミュータントをある程度間引いたキャンプ周辺しかない。そうなれば、うう……! 増える浮浪者、輸送品の強奪、追い払えば逆恨みに徒党を組んでの襲撃、キャンプ周辺の治安の悪化、犯罪の増加。……冗談抜きで胃がキリキリと痛くなってきたぞ」

 

 崩壊した街、ウェイクフィールドの面倒を見た経験がノヴァに警鐘を鳴らす。

 此処で下手を打てば電波塔の修復処ではなくなると、先手を許せば事態はウェイクフィールドの様に悪化の一途を辿るしかないと。

 だが状況が違い過ぎる、此処には潤沢な物資も無ければ暴動を問答無用で鎮圧できる兵力も無いのだ。

 ならば採れる手段は自ずと限られてくる。

 

「収容しなければ……、余計な事をさせない様に仕事をさせて自前で物資を生産させて疲労困憊で余計な事を考えない様にさせないと!! 最優先は衣食住ぅぅぅうう! 時間を無駄に出来ない急いで動かないと手遅れになる! お前ら動け!!」

 

 マフィアよりもミュータントよりも厄介な移住という名の難民問題を前にしてノヴァの思い描いていた計画は露と消えた。

 そして計画は180度どころか360度以上も回転して動き出す、仮設キャンプの大拡張計画と共に。

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地(改)を作成:ミュータント迎撃効率10%向上、

 ・迎撃用の罠を多数設置:迎撃効率20%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:1+10人+村からの一時的な避難民+???

   *大量の移住希望者が向かっている

     →キャンプには彼らを収容する余剰は無い!

 

 ・放送局制圧進行率 :98%→駆除はほぼ完了している

 ・放送設備修復率  :0%→被害状況の調査を予定している

  

 ・仮設キャンプ:稼働中

 ・食料生産設備:稼働中・自給率は低い

 ・武器製造:火炎放射器 生産完了:予備以外の追加生産の予定は無し

 ・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)市場流通分の追加生産を予定

 ・バイオ燃料:生産中

 

 ・ノヴァ:難民、治安悪化、犯罪増加、トラウマががが



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何故受け入れる

前話でノヴァの行動に関する疑問が多かったようなので説明回です。
ノヴァの設定としてお人好しな性格であると書いてはいますが、ノヴァなりの考えがあります。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 放浪中に持て余した時間を使い電波塔を確保した場合の行動指針を策定する。

 複数のパターンを想定するが現地の情勢に合わせて臨機応変に対応する事、絶対の指針ではない事を念頭に入れておく。

 

 ・プラン1

 放送局の設備破損が軽微であり短時間の修復で利用可能の場合。

 設備の修理が完了次第救難信号を発信、救助を待つ。

 

 ・プラン2

 放送局の設備破損が軽微、破損範囲が広範囲に及び短時間の修復では利用不可の場合。

 基本的には単独で対処を行う。設備の修理が完了次第救難信号を発信、救助を待つことになるが修復期間が長引く場合は現地住民と交流すること選択肢に入れる。

 

 ・プラン3

 放送局の設備が大破状態、破損範囲が限定されるも短時間の修復では利用不可の場合。

 基本的には単独で対処を行う。設備の修理が完了次第救難信号を発信、救助を待つことになるが修復期間が長引く場合は現地住民と交流すること選択肢に入れる。

 

 ・プラン4

 放送局の設備が大破状態、破損範囲が広範囲に及び長期間の修復が必要とされる場合。

 単独での対処は困難と判断、現地住民と交流を通し物資人材を調達。現地の軋轢を残さない様に修復を進め設備の修理が完了次第救難信号を発信、救助を待つことにする。

 

 上記四パターンを基本的な行動指針として活動を行う。

 

 

 

 また現地の危険度レベルを随時更新して行動する。

 危険度の目安としてはミュータント、現地情勢、現地人との交流、判断時の所持物資量を複合的に判断するが各項目を最低0、最高2として簡便な指標を作成する

 考慮して行動する際の目安を以下に記す。

 

 ・レベル0(0~1)

 ミュータントの活動が見られず、現地住民との交流は無い等単独活動に支障がない状況であり一番望ましいもの、この場合は単独行動によって事態の打開を図るものとする。

 

 ・レベル2(2~3)

 小規模なミュータントの活動が見られるだけであり現地住民との交流は限定的。

 この場合であっても基本的には単独行動によって事態の打開を図るものとする。ミュータントに関しては積極的に殲滅を行い安全だけは確保する。

 現地との交流は物資調達に限定すべきだろう。

 

 ・レベル3(4~5)

 現地住民との交流を通して危険度を下げる事を意識して活動せよ。

 過去の経験から地域情勢の悪化は活動に大きな悪影響を与える事が判明している。

 必要とあれば現地との積極的な交流を通して味方を増やすべきだろう。

 

 ・レベル4(6~7)

 修復作業を一時中断し情勢の鎮静化を最優先。

 現地住民との交流を通して危険度を下げる事を最優先にして活動せよ。

 また状況によっては現地情勢を悪化させている元凶をあらゆる手段を通して排除する事も検討に入れる。

 

 ・レベル5(8以上)

 事態の収拾が不可能と判断した時点で運搬可能な物資を全て確保した後に現場を離れる。

 それ程の状況であると考える。

 *発見した電波塔を破棄した場合に代わりの物が見つかるのか? 

 *電波塔を新たに占拠する場合のコストはどうなる、賄えるのか? 

 *次の電波塔が使い物になるのか不明、留まった方がいいのではないか? 

 

 ・現地住民との交流はどの程度まで考えるか。

 基本的には何時か切れる関係であり深い交流を築く必要はないと判断。

 交流、或いは交易に必要最低限の交流があればいいのでは? 

 

 ・現地住民の交流、敵対に関してどこまで行うか。

 犯罪者、野盗等の敵対した人間は基本的には殺害する。

 上記以外の人間には第一手段としての殺害は行わず、交渉を優先。

 潜在的に敵対する人物 → 殺害以外の方法、穏当な解決が望めない場合は殺害か? 

 状況に追いつめられ殺害対象になった人物は → その状況は一体何を指している? 

 子供の犯罪者はどうする → 殺人を犯した場合は殺害、か。

  → 殺人以外は────分からない、罰してどうする。

 救援を求めてきた → 物資等に余裕があれば助けるか、無ければ──見捨てるのか? 

 対応によっては現地人よりも自分のメンタルが傷付く可能性が高い、メンタルセラピーは可能か? 

 少し疲れた、今日は此処までとする

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 最優先は帰る事、サリア、ルナ、アンドロイド達の下に帰る事である。

 それを念頭に入れて活動するのは当然として俺の心は何処まで保てるのか……

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ノヴァの働けという発言に対してアルチョムとセルゲイは一応の理解は示していたが会議に参加している傭兵二人は違った。

 

「余計なお荷物なら抱え込まなくて良くない?」

 

「アタシもそう思うわ。彼らには悪いけど追い返してしまえばいいじゃない。ボスが態々そこまでする必要はないと思うけど」

 

 オルガとソフィアはそれぞれが疑問に思った事を口に出した。

 彼らにしてみても駅やコミュニティから追い出された移住希望者と呼ばれる棄民を何度も見た事がある。

 そして受け入れ先で彼らが余所者として肩身が狭い思いをしながら暮らしているのも知っている。

 何処の駅もコミュニティも余裕がある訳でなく優先すべきは同じ場所に住む隣人であり余所者は後回しになるのが常である。

 だからこそ、そんな彼らを受け入れるノヴァの判断が理解できなかった。

 

「確かに二人の言う通りだよ。キャンプにとって移住希望者なんて余計なお荷物だ」

 

 アルチョムとセルゲイと違ってノヴァと重ねた会話が少ないので人柄を知らない事と非常に金払いのいい人物としか見ていない事も重なり未だに傭兵二人はノヴァの人柄を図りかねていた。

 だからこそオルガとソフィアは今回の会話を通してノヴァの人柄を知ろうとした。

 それは今後とも傭兵として取引を続けていきたいからだ。

 

「理由は幾つかある。1つ目、彼らの受け入れを拒んだとして他に行く当てはあるのか。そもそも他に行く場所がないから辺鄙な此処まで来ているという可能性が高い。そして受け入れを拒まれた人々は何処か安全な場所でも探すだろう。そして都合がいい事にこの辺りはミュータントを粗方駆逐したお陰で当分の間は安全地帯になるから勝手に住み着く」

 

 メトロに居場所がなくなって地上に逃れてきた移住者達だがキャンプに受け入れを拒否されても何処かで休み寝る必要がある。

 そして都合がいい事にキャンプ周辺はノヴァの積極的な駆除のお陰でミュータントの数は非常に少なくなりメトロの住人にとって住みやすい環境になってしまっている。

 追い出され、行く当ての無い彼らは何処か適当な廃墟に住み着くのは自然な流れだ。

 

「2つ、大量の物資を投じてミュータントを駆逐したのに移住希望者が餌としてミュータントを呼び込む可能性がある。加えて餌と競合相手が少ない環境はミュータントにとっても美味しい土地になる」

 

 ノヴァが苦労してミュータントを駆除したキャンプ一帯は餌となる生き物がいない。

 何故なら一帯で定期的な駆除を行う事でミュータントの侵入を防ぎ、餌となるミュータントの増殖を防いでいるからだ。

 ミュータントは当然の様に生物であり他の種のミュータントを襲い殺し、その肉と血を食らって生きる生物、食べ物がなければ生きていく事は出来ない。

 だが其処に人間がいれば話は変わってくる。

 ミュータントの多くは雑食か肉食であり捕食対象は多様、そして対象には当然の様に人間も含まれており彼らにしてみれば人間も餌の一つでしかない。

 そんなミュータントは競争相手が殆どおらず、加えて狩りやすい餌が大量にいる土地を見逃す事はなんてことがあり得ない。

 遠からず移住者が見えないところに住み着けば彼らを狙うミュータントが現れる。

 そして其処が穴となり再びキャンプにミュータントの侵入を許してしまう可能性が高い。

 

「3つ、住み着いたはいいが彼らは人間であり生きていく為の物資が必要で、それらを何処から調達するのか。追い詰められた人間は生きる為に盗みでも何でもするぞ」

 

 礼節、順法精神、思いやり、優しさ、それは満ち足りた人間だからこそ出来る事である。

 だが反対に満たされない人間はどうなるか、それをノヴァは嫌という程悩み思い知らされてきた、善意が良い様に利用される事を知っている。

 そうしてノヴァは追い詰められた人間の善性は信じられないと学んだ、それが当たり前であると知ったのだ。

 だからこそメトロから追い出されてきた移住者を悪い意味で信用しているのだ。

 

「4つ、彼らの対応で少ない人出が更に警備に割かれる。此処にいるのはアルチョム達の村から借りた人員で回しているが人手に余裕があるとは言えない。信頼できる人間は現状では限られるからだ」

 

 ノヴァが使える人員は限られている。

 その限られた人員で廃墟を調査し、ミュータントを追い払い、日々消費される食料品等の物資購入等を行う必要があるのだ。

 現状の人員運用は正直に言ってギリギリの状態、もしアルチョムがいなければ何処かで破綻してもおかしくは無い運用であるのだ。

 これ以上余計な負担が増えてしまえば運用は破綻してしまう、努力や精神力で補える範囲を超えてしまうのだ。

 破綻を回避するには人員を増強するしかないがノヴァが現状信頼できる人材は限られる。

 そして人材の供給源たるアルチョム達の村にも人手が必要な事からこれ以上の増強は難しいのだ。

 

「5つ、移住希望者の放置は今後の活動において無視できない不確定要素となる。対策は出来るだろうが彼らが何をするのか常に警戒しなくてはならない。そうすれば常に余計なリソースを費やすことになる」

 

 彼らを放置した結果、ノヴァはキャンプ周辺に居を構えた彼らが何をするのか常に警戒をしなければならない。

 彼らは一体何をするのか、製造した品々をキャンプに侵入して盗み出すのか、集団で押し寄せてキャンプに入れろと要求するのか。

 その行動を完全に予想する事は困難であり、一つでも想定外であれば今後の活動は難しくなるのは間違いない。

 

「放置するのは簡単だが、その後に起こるだろう問題が大きすぎる。なら受け入れて制御下に置く。そしてある程度行動をコントロールして無駄飯ぐらいにならない様に労働力として活用する。色々と準備が必要だろうがそっちの方が結果的には安上がりだ」

 

 彼らを受け入れるのは人道の為ではない、コストの問題であるのだ。

 放置して後々の活動に大きな障害となる不確定要素とするか、リソースを投じて制御下に置き無害化か若干のプラス要素に転じさせるか。

 酷い言い方をすれば移住希望者という不良債権をどう少ない金額で処理できるのかという問題なのだ。

 

「ふーん」

 

 ノヴァの考えを一通り聞いたオルガはノヴァの理屈にある程度の納得は出来た。

 確かに移住希望者の取り扱いを間違えれば彼らが牙を剝くだろう事は想像に難くない。

 メトロにおいて人口は勢力の大きさを測る指標の一つであるが多過ぎても取り扱いに困るのが人口なのだ。

 最低限の衣食住を保証できなければ彼らは容易く犯罪者となり勢力を内側から冒す病巣にもなるのだ。

 

「因みに聞くけど殺さないの?」

 

 だからこそオルガは聞いてみたかった、移住希望者という棄民を殺さないのかと。

 彼らを現状に負担を強いるコストと認識しているのなら極論ではあるが殺害も一つの選択肢に入る筈だ。

 だがノヴァは彼らの殺害を選択肢に入れなかった。

 意図しての事か、或いは単純に見落としていただけなのか。

 そこを問うたオルガだがその直後自らの発言を悔いる事になる。

 

「はは、……面白い事を言うな、お前」

 

 ノヴァの表情が抜け落ちた。

 まるで能面の様になった顔をオルガに向けてノヴァは口を開いた。

 

「殺す手段はなんだ、銃で撃ち殺すのか? ナイフで喉を掻き切るのか? それとも廃墟の屋上まで登らせて下に落とすのか? 殺害に使われるリソースと時間が無駄だ。それともお前らは報酬を払えば殺してくれるのか? マフィアの様な人間の屑じゃない、老いぼれた老夫婦を、兄弟を連れてきた子供を、乳飲み子を抱えた母親を、幼い子供を背負った父親を、全員、一人残さず、しっかりと殺しきってくれるのか?」

 

 悪人なら躊躇わずに殺せる、彼らに悪魔と呼ばれようとノヴァが気にかける事は無い。

 この世界、ポストアポカリプスな世界で生きるのであれば自力救済が基本原則であるのだ。

 頼りになる警察も司法も軍隊もいない、自分の身を守れるのは自分だけである。

 その大前提をノヴァは理解し、適応し、実践しているだけだ。

 だがそれ以外は踏み出せない、踏み出してしまえば散々化け物と言われた己が本物の化け物に成ってしまうのだ。

 感情を排し、効率だけを突き詰めた怪物に成り果てるのだけは嫌だ、それがノヴァの最後の一線であるのだ。

 

「済まないボス、出過ぎた事を口にした。以降はこの話はしない、約束する」

 

「ボス、彼女を止めなかった私も悪かった。もし彼女が同じ話をしようとすればアタシが殴って止めるわ」

 

「ならいい、二度と口にするな。それと今日は事前に指示した通りに動いてくれ。明日から本格的に動き出す。悪いが出て行ってくれ」

 

 オルガとソフィアの謝罪をノヴァは聞き入れた。

 そして会議は中断し部屋から全員出ていったのを確認してからノヴァは両手で顔を覆い、深く、深くため息を吐き出した。

 視界を閉じ余計な情報を排した暗闇の中でノヴァは荒ぶる内心を鎮める。

 

「病は気からという諺がある。だから落ち着け、落ち着いて対応を考えろ」

 

 表情が抜け落ちた顔を両手で隠しながらノヴァは意識して気持ちを切り替え、考える。

 状況悪化を避けるために実施する仮設キャンプの大増築はどの程度を想定するのか、受け入れ後の生活をどうするのか、何を食い扶持にして稼がせるのか、増えた住民をどう統治するのか、警察権を持たせた組織は作るべきか、拡大したキャンプを防衛する武器は足りるのか、信頼できる人員はどう集める、…………。

 

「クソ! 何時になったら帰れる!」

 

 遠目に見る限りでは電波塔のアンテナの状況は酷い物だが使えるのか、破損はどの程度なのだろうか、アンテナが基部から腐食して使い物にならないのか、少し機材を修復しただけで使えるようになるのか。

 順調とは程遠いながらも少しずつ電波塔の修復に向けて準備をしてきたが足りるのか。

 実際に登って詳細に調査しなければ分からない事ばかりだ。

 

 そして最短最速を目指し、現地との余計な交流を避け必要最低限に留めてきたノヴァだが状況は一変した。

 もはやキャンプの存在を誤魔化すことは出来ず、今後の活動方針を改めなければならない。

 だが衆目を集めてしまった以上どの様な事が起こるのか全く予想が付かない。

 移住騒ぎだけで収まってくれるのか、それ以外の厄介事も出てくるのか。

 

 どれ程の効果があるのかは未知数、噂は何処まで広がるのか、メトロからキャンプを目指す人間はどれ程いるのか分からないのだ。

 

「……もう少しだけメトロに関わるべきだったのか、それとも最短最速に固執して修繕にリソースを集中させ過ぎた事が間違いなのか」

 

 広く現地との交流を構築し長期的な視点で修繕に取り組むべきだったのか。

 或いはメトロに積極的に関わっていればこのような事態は避けられたのかもしれない。

 余計な考えが、無駄な思考がノヴァの脳を満たし始める。

 

「だが、そもそもアルチョムが助けた奴隷が本当に情報流出源なのか」

 

 マフィアによって玩具にされた奴隷の子供達、地上拠点の一室に押し込められていた彼らをアルチョムは助けた。

 今でも一部の子供達はキャンプの治療施設で安静状態にあり寝たきりだ。

 だが攫われてきた子供の中で怪我の浅い子供数人は交易に同行させ両親がいる場所に帰して来たらしい。

 その過程で道順を覚えた可能性もあり得るが、消耗していた子供達が正確な道順を覚えているのだろうか。

 もしかしたら──

 

「……辞めだ、今はそんな事にまで思考を割く余裕は無い。急いでキャンプの拡張案を設計して取り掛からないと」

 

 答えのない思考、空想など時間の無駄だとノヴァは切り捨てる。

 今考える事はキャンプを目指して集まってくるメトロの住人とその対応だけに集中しなければならないのだ。

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地(改)を作成:ミュータント迎撃効率10%向上、

 ・迎撃用の罠を多数設置:迎撃効率20%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:1+10人+村からの一時的な避難民+??? 

     *大量の移住希望者が向かっている

         →キャンプには彼らを収容する余剰は無い! 

 

 ・放送局制圧進行率 :98%→駆除はほぼ完了している

 ・放送設備修復率  :0%→被害状況の調査を予定している

 

 ・仮設キャンプ:稼働中

 ・食料生産設備:稼働中・自給率は低い

 ・武器製造:火炎放射器 生産完了:予備以外の追加生産の予定は無し

 ・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)市場流通分の追加生産を予定

 ・バイオ燃料:生産中

 

 ・ノヴァ:精神がコトコトと弱火で煮られています。




今回の話以外にも書きたい話がまだあるのでアンドロイド達との合流はもう暫くお待ちください。


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目指す方向

 会議を終えた翌日ノヴァはキャンプに関する大まかな方針と計画を立案し終えると泥の様に眠り、翌日になって再びキャンプの主だった人物を集めて再び会議を開いた。

 

「これから今後のキャンプに関する運営方針と計画を説明する。一通りの説明が終わり次第質問をしてくれ」

 

 そう言ってノヴァは机に置かれた投影装置から立体的な映像を中空に映し出した。

 詳細な図ではなく大まかなキャンプの全体像を立体的に映し出した映像に過ぎないが会議に出席した人物の誰もが驚いているようだった。

 だがノヴァは彼らの反応を気にせずに手元にある端末を操作し映像を動かしていく。

 時間経過に従って投影されたキャンプの形は徐々に変化、元々あった建築物に加え様々な用途の建物が建造されていき規模を拡大させていく。

 そして最早キャンプと呼べる規模を超えて暫く経ってから漸く映像は止まった。

 

「映像に映ったこれが現時点で計画している拡大計画の全体像だ。まず前提としてキャンプは私が電波塔を修理し利用するために作ったものであるので住民として大人数を賄える構造ではない。それを考慮してキャンプの規模そのものを拡大し収容人数を引き上げる。移住する住人達には労働力を提供してもらうのを基本方針とする。彼らの居住空間は基本的にミュータントから解放した廃墟を再利用する事になるが内装はボロボロなのでこれを修繕し居住に適した状態に戻す事が最初の仕事だ。また住人の大幅な増加を予想して衛生面から上下水道、医療、衛生関係も順次手を加えていくが最初は上下水道のみに限定する。居住地の整備の他に移住者に任せる仕事として考えているのが地上の廃墟から物資を集め分別精錬を行い資源化する事業、それに加えて精製した資源を利用して現在製造している製品の量産を任せる予定だ」

 

 計画そのものはアンドロイド達が移住した時の計画を土台として流用している。

 無論キャンプの立地や環境、今回移住してくるのがアンドロイドではなく人間であることも考慮して計画の細かな部分で変更はあるが大筋は変わらない。

 人を集め、物資を集め、行動を制御し、適切な采配を行い、問題に優先順位を付けて順次解決していく。

 今迄散々ノヴァが行ってきた作業であり慣れた作業でもある。

 それでも実行に関して問題となるのはノヴァの立案した計画を会議室にいる人間が実施出来るかの能力の問題である。

 

「これに合わせて各人にはそれぞれ役割を割り振りたい。まずアルチョムは地上の探索を行ってもらい廃棄された工場から工作機械を優先的に見つけ出してほしい。輸送機と修繕したばかりの外骨格を貸し出すから可能な限り回収してきてくれ」

 

 アルチョムに任せる仕事は工作機械の回収だ。

 移住した住民に何か仕事をさせようとするなら物を作って売るのが基本である。

 だからと言って移住しにきた住人の全員が物を作れと言われて出来る人間ばかりではないのをノヴァは十分承知している。

 最悪の場合は碌な技能がない穀潰しもいる可能性も想定し、問題のある人間も有効に活用できる仕事を斡旋する必要がある。

 だからこそ複雑な仕事を単純化させ、さらに量産を目指すのであれば能力に依らず一定の成果を出せる工作機械は欠かせない。

 また回収した工作機械によっては量産ラインを整備し、エイリアン製の製造機械の代替をさせたい思惑もある。

 計画において重要な部分でもあり、回収できた工作機械の質と量によっては計画を都度修正する必要があるだろう。

 

「セルゲイさんにはキャンプ一帯の防衛を任せたい。もちろん村の方が大事なのは理解しているので本音を言えば防衛を指揮できる人材を紹介してほしい。キャンプが何処まで拡大するのかは測りかねているので大人数を指揮した経験のある人が望ましいです」

 

 ノヴァの計画通りにキャンプが問題なく拡張するのであればミュータントから防衛する敷地面積は一気に拡大する。

 防衛に割ける人数は増やす予定ではあるが一番の問題は多数の人間を指揮できる人間が居ない事である。

 ノヴァとしては能力も経験も優れたセルゲイやアルチョムを指揮官として部隊を統率してほしいが二人とも忙しいのは知っているので無理強いをさせるつもりはない。

 だが二人と同等まではいかなくても準じる程の指揮能力を持った人材がキャンプの防衛には必要なのだ。

 

「次に傭兵部隊だが此方はアルチョム達が抜けた穴を埋めるのが基本方針になる。隊商の護衛と住民が活動する物資回収範囲のミュータントの逐次掃討だ。依頼金はその都度払うか長期契約を結ぶのかは交渉を通して決めていこうと考えている」

 

 傭兵に任せる仕事は幅広いがそれ程人数を必要としないものが殆どである。

 だがミュータントとの戦闘が予測されるので誰にでも任せられる仕事ではなく、隊商に関してはアルチョムの仕事を引き継いで定期的にメトロに行ってもらう必要がある。

 扱う品物も高価であり食料品に至ってはキャンプにおける生命線であるため信頼できる人間に任せたいのが本音だが人手が足りないので仕方なく傭兵で穴埋めをしているのが現状である。

 報酬を惜しむつもりはないが仕事に誠実に取り組める傭兵が雇用できるのかが一番の問題である。

 

「以上で説明を終えるが計画も大雑把なもので穴があるのは承知している、だから気になった事は直ぐに質問をしてくれ」

 

 一通り説明をノヴァが終えると間を置くことなく幾つもの質問の手が上がった。

 それに関しては想定内でありノヴァが考えた計画からして未だに素案の段階に過ぎず、これから中身を詰めていく必要があるのでいい傾向であった。

 

「電波塔の修復はどうしますか」

 

「一時中断だ、ミュータントが入り込まない様に駆除自体は継続的に行うが人手は必要以上に割かない予定だ。他に何かあるか」

 

「工作機械は種類を問わずに回収する方針ですか」

 

「ああ、原型があるのなら一から新造するよりも楽だ。どれだけ壊れていようが新品同然に修復するから破損状況は気にしないでくれ」

 

「分かりました。それと──」

 

 幾つもの埋めきれない穴があった計画の穴を埋める様にアルチョムは質問を重ねていき、

 アルチョムの質問内容にノヴァは淀みなく答えていく。

 そうして粗方疑問が解消されたアルチョムの質問が終わると次は傭兵二人組の番であった。

 

「ボスはメトロから食料を調達していたようだけど現状は厳しいわよ。意図的かは分からないけど何処も値上がりの真っ最中、幾らボスが儲けていても継続的に食料を買い続けると資金繰りが怪しくなるわよ」

 

「それに関してはメトロ以外の調達先を探す必要があるだろうが取引先に心当たりがないから手詰まりだ。現状では高値で買い続けるしかないと考えている」

 

 ソフィアの指摘した問題点はノヴァも事前に知ってはいたが効果的な対策は思い付かなかった。

 基本的に今迄の交易はアルチョムの人脈を通しての取引であり、今までの取引で人脈は多少広がってはいたが代替案を担えるような人間はいなかった。

 そうである以上、最悪の場合は赤字覚悟の取引を続けるしかないとノヴァは昨日から想定し身構えていた。

 

「なら僕の人脈を使うのはどうだいボス」

 

 だがノヴァの計画に欠けていた部分を補完する考えがあるのか会議では終始口を閉ざしていたオルガが意味深な言葉を口にした。

 

「僕は傭兵だけど元々は家族経営の店を営んでいたんだ。だけど過去に色々あって落ちぶれて店は潰れちゃった。だけど昔の人脈は今も残っているし彼らを通じてメトロ以外の場所から食料品を買ってくることも可能だよ」

 

 それは今のノヴァにとって聞き捨てならない話である。

 もし本当であればメトロの影響を最小限に留めて食料調達が可能になる一手である。

 だからこそノヴァは提案をしてきたオルガに厳しい目を向けて口を開く。

 

「対価は幾らにする。また交渉に必要なものは何かあるのか?」

 

「……総利益の三,いや二割でいい。それと交易に適した駅を一つ、目星は付けているよ。そしてその駅を拠点としてボスの直下の販売組織を立ち上げる。今迄の様に片手間の交易ではなくより販路を広げるんだ」

 

 それはオルガにとって今後の関係を確固なものとする為に考え抜いた提案である。

 オルガから見てノヴァの弱点は地元における交易関係が限定的であり代替手段が乏しい点である。

 本来であればノヴァが製造した機械や部品は広くメトロを通して売買すべき品々である。

 だがアルチョムの人脈だけに頼っていたせいかメトロの一部にしか販売されておらず、今は良くても早々に販路も行き詰まるだろう。

 何よりメトロの商人は今迄の取引を通じてアルチョムがこれ以上販路を拡大できないと見抜いている。

 其処に付け込んで商品の価格を値下げさせたりする機転を持ち合わせているものだ。

 今はまだ品々の希少価値から利益は減る様子は無いだろうが遠からずに足元を見られる可能性が出てくるのは確実だ。

 それを避ける為にノヴァの直下に独自の販売組織を立ち上げるべきなのだ。

 専属の人間を雇い、設備を整えてメトロを広く移動して販売を続けるだけで優位に立てる。

 それがオルガの考えた計画である。

 

 オルガの説明を一通り聞いたノヴァは一旦目を瞑って考える。

 計画に必要となるだろう資材と人材、コストとメリットを手元にある端末を操作して大雑把な数字を当てはめて計算し大まかな見積もりを算出する。

 そして最後に計画がキャンプに齎す中長期にわたる影響を考え──結論を出した。

 

「四割だ」

 

「うん?」

 

「総利益の四割を対価とする。此方は相応の対価を支払う用意がある、計画において限定的な裁量権も与える、駅の整備に必要な人材と物資も提供する。その上でオルガには計画に投じたリソースに見合ったリターンを求める」

 

 オルガとしては話した計画が全て採用されるとは思ってもいなかった。

 計画の一部だけが採用され、だが諦めず提案をし続け少しずつノヴァのキャンプに組み込まれる腹積もりでいた。

 何より昨日の配慮に欠けた質問によってノヴァの心証を害してしまったオルガに対する印象は一気に悪化したと考えていた。

 その印象を払拭する目的もあった提案であったがノヴァがオルガの想像を簡単に超えた、全面的なバックアップと限定的だが裁量権まで与えてきたのだ。

 大盤振る舞いの話どころではない、ノヴァは本気で計画を実現させるつもりであった。

 

「大盤振る舞いね……オルガ、これは気が抜けないわよ」

 

「分かっているさ」

 

 オルガの傭兵になった時から今まで被り続けていた飄々とした表情を捨てる。

 そして顔に浮かべるのは付き合いのあるソフィアが見た事がない真面目な表情だ。

 

「任せてくれボス、貴方が望む成果を出して見せよう」

 

 其処には何処か胡散臭い女傭兵の姿は無い。

 そして彼女の頭の中は猛烈な速度で回り出し必要な下準備を終え次第、すぐに計画に取り掛かるつもりであった。

 

「悪いが先生の要求には応えられない。村の防衛を疎かにする訳にもいかないが何より俺やアルチョムに代わる程の指揮能力を持った奴は村にいない」

 

 傭兵二人の質問を終えたノヴァは最後にセルゲイの質問を聞こうとしたが先回りをしたセルゲイが先に口を開いた。

 だが傭兵組の前向きな姿勢とは正反対にセルゲイの表情は厳しく、また返事も良いとは言えないものである。

 想定していたとはいえ、二人に代わる指揮能力を持った人材が村にいないのは痛手である。

 

「だが指揮能力を持った人物、いや集団には心当たりがある。ザカフカーズ駅にいるプスコフだ」

 

 だがセルゲイの話は其処で終わらず、二人に準じる能力を持った人材がいるだろう組織を紹介してくれた。

 だがメトロの事情に疎いノヴァではザカフカーズ駅も、プスコフに関しても全く知らないので正確な判断が出来ないでいた。

 だが、ノヴァと違いアルチョムと傭兵二人組はセルゲイの言葉を聞いて何とも言えない表情をしていた。

 

「あそこねぇ……」

 

「確かに、ボスが求める人材はいると思うけどね」

 

「三人とも知っているのか?」

 

「プスコフには父の言う通り指揮に優れた人物がいる可能性は高いです。ですが問題がありまして……」

 

「ボスは知らない様だから僕が説明するね。ザカフカーズ駅のプスコフは簡単に説明するとメトロでも有名な武闘派の駅なんだ。始まりは駅に逃げ込んだ帝国軍の大部隊だったらしくて豊富な軍備と統一された指揮系統を持っていてメトロでも上から数えた方が早い勢力を持っていた。……だけど今は色々と不幸が重なって落ちぶれた駅の一つでしかない」

 

「彼女の言う通り、今はもう落ちぶれた駅だ。だが帝国軍の規律と戦技を受け継いだ奴らが今もあそこには大勢いるだろう」

 

 会議に集った彼らから説明を受けたノヴァも理解が及んだ。

 確かに落ちぶれた駅ではあるが候補とする人材がいる可能性は高いだろう、だがセルゲイがプスコフを紹介した真意が何処にあるのかノヴァは聞いていない。

 其処を誤魔化す事無くノヴァが尋ねるとセルゲイは何とも言えない表情をしながら口を開いた。

 

「プスコフは……俺の古巣だ。あそこには袂を別った親友がいる、彼なら力になってくれるだろう」

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地(改)を作成:ミュータント迎撃効率10%向上、

 ・迎撃用の罠を多数設置:迎撃効率20%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:1+10人+村からの一時的な避難民+??? 

     *大量の移住希望者が向かっている

         →キャンプには彼らを収容する余剰は無い! 

 

 ・放送局制圧進行率 :98%→駆除はほぼ完了している

 ・放送設備修復率  :0%→被害状況の調査を予定している

 

 ・仮設キャンプ:稼働中

 ・食料生産設備:稼働中・自給率は低い

 ・武器製造:火炎放射器 生産完了:予備以外の追加生産の予定は無し

 ・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)市場流通分の追加生産を予定

 ・バイオ燃料:生産中

 

 *キャンプ拡張計画始動!!

 

 ・ノヴァ:やるなら徹底的にやる。

 




説明回も終わり、次からまだ慌ただしく動き出します。


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古巣へ

 セルゲイの古巣であるザカフカーズ駅に拠点を構えるプスコフ、その起源は戦争中に対連邦軍を想定して編成された機械化歩兵部隊を中心とした連隊、であったらしい。

 連隊の任務は帝国に侵攻してくるだろう連邦軍の迎撃、陸海空全軍の共同作戦において地上部隊の迎撃を担当する方面軍の一翼であった。

 そして連邦との戦争が幕を開けると血で血を洗う鉄火の最中に投入され、甚大な被害を出しつつも迎撃を完遂し帝国の勝利に大きな貢献を行った。

 

 だが連邦は日増しに増していく戦局の悪化を受け前線を放棄、後方に新たな戦線を構築すると共に残存部隊の撤退に合わせ核兵器を投入。

 追撃を仕掛けた帝国軍部隊は核の炎によって塵も残さず焼き尽くされた。

 

 ──それが終わりの始まりであった。

 

 連邦軍が核を投入したことを受け帝国は国際法など既に形骸化し無力と成り果てたと判断、報復として核を対連邦戦線全てに投入する事を決断。

 戦場を覆っていた鉄火は消えた、その代わりに汚染された炎が戦場を蹂躙した。

 其処は最早軍人が人間として戦う盤面は存在しない、人と人が、軍人と軍人が互いの兵器を向け合い撃ち合う戦場は姿を消した。

 だが戦争は終わらない、帝国軍最高司令部は連邦が核の報復攻撃後に地上侵攻を企てていると情報を入手し迎撃策を想定していた。

 事前作成していた戦争進行計画に従い全残存部隊は地下深くに建造された軍事シェルターや地下空間に避難、侵攻してきた連邦軍を迎撃するべく戦力を温存する事を命令された。

 プスコフも下された命令に従い核の炎や放射線が及ばない地下に避難し戦力の温存を指示された部隊であった。

 軍事シェルターではなくザヴォルシスクのメトロに避難したのは部隊展開地点から最短距離に存在したシェルターであったからだ。

 そしてメトロに避難したプスコフは対連邦を見据えて地下で戦力を錬成し続け来るべき命令に備え続けていた。

 

 ──それがセルゲイの語るプスコフの歴史であった。

 

「だからと言って二百年も経てば当時を知る人物は全員鬼籍。間違いなく世代交代だけでも三世代以上も経っているので最高司令部からの命令を待ち続けるのは困難なのでは?」

 

「そうだ、30年は持ったがそれ以降プスコフはザカフカーズを拠点にした軍閥となり周囲一帯を支配する様になった」

 

 語られたプスコフの歴史に疑問を覚えたノヴァにセルゲイは歴史の続きを語り始める。

 プスコフが帝国軍の部隊として規律を保てたのは僅か30年しかなかった。

 いや、30年でも良く規律を維持し続けたと言えるだろう。

 だが最高司令部からの命令を待ち続けるには、部隊の練度を維持し続けるにはメトロに持ち込めた物資だけでは足りなかった。

 最初の1,2年は何とか物資を節約していたようだが3年目にもなると物資不足は顕著になり当時の指揮官はプスコフの活動を一部変更した。

 それが精強無比と当時謳われていたプスコフ所属部隊の他の駅への派遣である。

 当時は今よりもメトロに生息するミュータントは少なかったが対処法が確立される前であり犠牲者は数多く、駅の防衛強化は喫緊の課題であった。

 だがメトロに逃げ込めたのは軍人ばかりではない。

 帝国は義務教育において銃の取り扱いを指導していたお陰で民間人の中にも銃器の扱いを心得ている人がいたが当時は人手も銃も足りなかった。

 そんな時に現れた本職の軍人であるプスコフは、独自に自衛勢力を保有できない駅にとってはまさに救いであった。

 プスコフは周囲一帯の多くの駅との間に契約を結び部隊を常駐させることと引き換えに生活に必要な食料等の物資を調達するようになった。

 

「当時の隊員は何処の駅でも注目されたようだ。それもそうだ、地下にまでミュータントが現れるようになってから急いで防衛戦力を整えようにも時間も技術も無かった。それで何処もプスコフを引き入れようと必死だったらしい」

 

「……らしい、では今は違うと?」

 

「ああ、プスコフの最盛期は何時までも続かなかった。プスコフの働きで時間を稼げた駅の多くが独自にミュータントの対処法を学び、それを基にして独自の自警団を作るようになるとプスコフとの契約を解除するようになった」

 

「薄情ですね、軍事顧問として雇い続ける選択肢もあったのでは?」

 

「当時の事は記録に残ってないから俺もよく知らない。だがミュータントに備えるだけであればプスコフは強力過ぎ、運用コストも相応に高かったのだろう。プスコフが強力であるのは理解しているが負担が大きい、ならば戦力は下がるが対ミュータントに特化した低コストの自警団の方が良いと判断したのだろう」

 

 プスコフは強力であったが対ミュータントに用いるには過剰な火力であった。

 そして何より彼らの戦力を維持し続けるには大量の食料や物資が欠かせず、常時雇い続けるのはどの駅でも厳しかった。

 少しずつ契約は打ち切られていき、危機感を覚えたプスコフも負担軽減の為に複数の駅に跨った契約を結ぼうと考えた。

 だがそれだとプスコフの得られる報酬は当然のことながら減る事になり、部隊の戦力を維持し続けるには足りないのだ。

 

「プスコフ内部にもこのままじゃ駄目だと考えていた奴はいた。だが部隊を変えようにも当時はまだ現役の部隊員がいた事もあって変化は起こせなかった。『プスコフは今も帝国軍の一部隊であり卑しい傭兵ではない』、そう当時の上層部は答えたようだ。メトロにいても帝国軍的な立場を変えず部隊全体に徹底的な上意下達が仕込まれ続けた結果、下は身動きが取れず、上は旧来の考えから脱却する前に慣習に染まってしまった。こうなると内部からプスコフを変えるのは不可能、現役世代がいなくなるまでプスコフは変われなかった」

 

 当時の部隊上層部の石頭によってプスコフは帝国の一部隊という認識から脱却出来ず──だが見方を変えれば上層部の石頭のプライドによってプスコフは軍人崩れの野盗に堕ちる事は無かった。

 だが代償としてプスコフはゆっくりとやせ細っていく様になる。

 物資は慢性的に不足するようになり結成当時の戦力は低下する一方、事態を打開しようと食料栽培等に手を広げるが彼らの本職は軍人である。

 当然の様に上手くいかず生産できたとしても部隊全体を賄うには全く足りなかった。

 

「軍人的な気質が悪い方向に作用してしまったのか」

 

 軍人は国の平和を守る者であり、生産者ではない。

 平時であっても現代的な軍隊を維持するのは膨大な物資と資金が必要となるのだ。

 それを全てメトロで賄うことは不可能であり、プスコフが弱体化するのは避けられない運命であったのだ。

 

「メトロ駅が駄目でも帝都があったのでは?」

 

「当時の上層部が何度も足を運んだが門前払いをされた。酷い時は威嚇なのか足元に銃撃を加えてきたようだ」

 

「帝都もダメとなると……詰みですか?」

 

「ああ、そうだ。他所から見れば錆び付いた誇りを抱え続けた結果弱体化し野盗にもなりきれなったのがプスコフだ」

 

 それがセルゲイの語る古巣でもあるプスコフの評価であった。

 だがその口調は嫌悪に染まったものではない。

 其処にあるのは悔しさか何か、セルゲイの中には今でもプスコフへの捨てきれない思いがあるのだろう。

 

「だが衰退の一途を辿る筈だったプスコフは三十年前に在るモノを見つけてから息を吹き返した」

 

「在るモノとは?」

 

「悪いが昔話は此処までだ。此処からはプスコフの支配領域だ」

 

 そう言ってセルゲイとノヴァの二人は脚を止めた。

 二人の視線の先にあるのは今迄と特に変わった様子の無いメトロの光景である。

 唯一違いがあるとすれば『ここより先はプスコフの領域なり』と書かれた看板があちらこちらに見つけることが出来る程度である。

 だが見慣れているセルゲイにとってここから先はプスコフの領域であり油断の出来ない場所に踏み入る事を意味するのだ。

 

「先ぶれや知らせは出していますよね?」

 

「事前に出している、が」

 

「が?」

 

「……『来るなら来い』としか書かれていなかった」

 

 今後の事を考えてアポが取れたと聞いた瞬間にセルゲイを連れてメトロに来たのは間違いかもしれないとノヴァは考えた。

 或いはもう何度かやり取りをしてから来た方が先方の心証も良くなったかもしれない。

 だが時間が惜しいのは本心でもあり、気長にやり取りをする余裕がないのも事実である。

 

「本当に大丈夫ですか?」

 

「見ず知らずの他人ではない。それなりに交友のある奴だったから出会い頭に殺しに来ることは無い筈だ」

 

 ホントでござるか、と言い出しそうになったノヴァだが現状プスコフにアポを取れるのはセルゲイだけである。

 そして何よりプスコフの内情を知っているのがセルゲイであり道中殺されそうになるのが確実であれば訪問を引き留める判断を下すだろう。

 想定していた返答の斜め上ではあったがセルゲイが引き留めないのであれば聞く耳がない訳ではないのだろう、……心証は悪そうだが。

 そうノヴァは自分に言い聞かせた。

 

 そうしてノヴァはセルゲイの後ろに続きメトロの中を進んで行く。

 道中にはミュータント避けの杭や罠が幾つもあったがセルゲイは脚を止める事無く進んで行き、ノヴァも同じように避けて進む。

 

「此処だ」

 

 それから短い時間を歩き続けると少しばかり開けた空間に二人はいた。

 明りはなく真っ暗闇の中ではあるがノヴァは装着している外骨格に搭載された暗視装置で、セルゲイはヘルメットに装着する年季の入った暗視ゴーグル(ノヴァ修理済み)を着用しているので暗闇でも視界に問題はない。

 

「姿を上手に隠して潜んでいますね。光学センサーは誤魔化せても赤外線その他センサーの前には丸裸ですよ」

 

「……以前のおんぼろゴーグルなら見つけられなかった」

 

 そして二人の視界には暗闇の中に巧妙に隠れているプスコフの隊員らしき姿を逃す事無く捉えていた。

 だが此処に来たのはプスコフと戦う為ではない。

 セルゲイは手に持っていた銃を地面に置き、両手を上に掲げて大声を出す。

 

「撃つな! 攻撃の意図は無い! 俺はセルゲイ、友であるグレゴリーに話があって来た! 客人を連れているが彼にも敵対する意思は無い!」

 

 セルゲイと同時に構えていた銃を地面に置いたノヴァ、その視界にはセルゲイの言葉を聞いた事で隠れていた隊員の何人かが動き出すのを捉らえていた。

 そしてセルゲイが大声で叫んでから暫くすると突如として暗闇に包まれていた空間を光が満たし照らした。

 そして光源の照射と共に隠れていた隊員が動き出し二人を包囲した。

 その手には何度も修繕が加えられた年季の入った帝国正式採用のアサルトライフルが握られ不審な動きをすれば即座に発砲できる状態にあった。

 

「久しぶりだな、セルゲイ! まだ生きていたのか!」

 

「グレゴリー、久しぶりだな」

 

 二人を囲んでいる隊員とは別に駅の中から完全武装の軍人を引き連れた屈強な老人が現れ、包囲されている二人に近寄ってくる。

 そして、その老人こそがセルゲイの言っていた友人であるグレゴリーであった。

 

「お前が此処を去ってから二十年も経った。お前の知っているプスコフは既に何処にもいない、それなのに、何故お前は此処に来た!」

 

 だが、セルゲイの落ち着いた様子とは正反対にグレゴリーの姿は昂っていた。

 

「プスコフを変えると叫び、任務に邁進し多くの戦果を挙げ、叙勲までされた。お前に憧れた者は数多くいた! それなのに……」

 

 老人とは思えない気迫を醸し出しながら大股で近付く姿は軍人そのもの。

 威厳の深さも備えた姿を見れば頼りになると多くの人が思うだろう。

 

「それなのに何故お前はプスコフを捨てた!」

 

 グレゴリーは握った拳銃をセルゲイに向けた。

 その撃鉄は引かれ、薬室にも弾丸は装填されている、後は引き金を引くだけで即座に銃弾が撃ち出される状態である。

 

「済まない」

 

 セルゲイは何もしなかった、両手を上に掲げたまま銃を突きつけるグレゴリーから目を晒さなかった。

 

「何故何もしない、何故反撃をしないセルゲイ! お前ならこの状況下であっても対処出来るはずだ! プスコフ歴代最強と呼ばれたお前に出来ないことなどない筈だ!」

 

 その姿はグレゴリーの望んでいたものではなかったようだ。

 必死になってセルゲイに語り掛けてはいるが第三者から見れば武器を手に持たない丸腰のセルゲイに対して銃を突きつけるグレゴリーにしか見えない光景である。

 だがノヴァの目には違う姿に見えた。

 

「……銃を下ろせ、先に二人を案内しろ」

 

 セルゲイはグレゴリーから投げつけられる言葉に言い返す事は無かった。

 何も口にせず、グレゴリーからの罵声を聞き続けただけであった。

 だがそれでよかったのだろう

 銃を突き付けていたグレゴリーはまるで怒りの矛先を失ったかのように、或いは間違っていたと気付いたのか拳銃を下ろした。

 

 その姿にノヴァはどうしようもなく追い詰められ、だが上に立つ人間として弱気な姿を見せられないと自分を、仲間を欺き続けた男が信頼できる友を前にして内心を吐露したように見えたのだ。

 




おっさんズLOVEじゃないけど互いに一言では言い表せない重い感情を抱えた男二人の会話になりました


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条件

 ザカフカーズ駅はメトロに数ある駅の中でも比較広い面積を持つ駅である。

 複数の路線から構成された中継駅であり駅構内から出る事無く複数の路線を乗り換える事が出来る作りとなっている。

 乗り換えのホーム以外にも出店などを組み入れられる余剰空間も多く作られており地下に作られてはいたが圧迫感を感じる事がない。

 それがザカフカーズ駅であったがプスコフが拠点を構えた事でその姿は大きく変化した。

 ノヴァはセルゲイと共にグレゴリーの副官らしき屈強な兵士の後ろを付いていきながらザカフカーズ駅構内を注意されない程度に観察をした。

 元々あったであろう出店は跡形も無く撤去され構内の余剰スペースは一つ残さず隊員の宿舎や武器格納庫等に転用、それでも収容しきれなかった物が構内の通路の端に積み上げられていた。

 もはや電車が乗り入れる事がない路線は射撃訓練場に転用、ホームも肉体錬成の為の訓練場と化していた。

 そして多くの軍需物資で狭まった通路を駅構内にはプスコフの構成員は当然として彼らの家族らしき女性や子供が通り過ぎていく。

 元は帝国軍の一部隊であったプスコフも現在はメトロに適応し終えたのか駅の中に一つのコミュニティーを形成していた。

 

 そんな駅構内をセルゲイは慌てる事無く進んで行くがノヴァは違った。

 装着していた外骨格のせいで駅構内にある老若男女問わずに視線を集めていたのだ。

 女性は比較的遠くからノヴァを観察しているだけであったがプスコフの隊員である男性は誰もが注意深くノヴァの外骨格を観察していた。

 そして小さな子供に関してはガションガションと音を立てながら進んで行くノヴァの後ろをカルガモの様に付いて来ていた。

 

「此処に入ってお待ち下さい」

 

 後を付いていた副官の男が立ち止まったのは応接室と書かれた部屋の前であった。

 セルゲイは扉を開けて難なく入っていったがノヴァはそうはいかない、一先ず後ろをカルガモの様に付いて来ている子供を離してノヴァは外骨格を外した。

 機械的な作動音と共に外骨格の背面が展開されノヴァが姿を現す、すると周りを囲んでいた駅の住人達は皆驚いたような姿を見せていた。

 その驚きは見た事がない外骨格の中に人がいた事に驚いたのか、はたまた中から出てきたのが年若い青年であった事が意外であったのか、その理由はノヴァには分からない。

 取り敢えず外骨格を待機モードに移行、周りにいる住人達に勝手に触らない様に、危害を加えると自動で迎撃行動の為に動き出すからと注意をしてからノヴァは応接室に入る。

 部屋の中は外と違い必要最低限の物しか置かれていない。

 そして中央に対で置かれたソファーの片方にセルゲイが座っていたのを見たノヴァも同じソファーに座り、グレゴリーが来るのを待った。

 

 それから三分も経たないうちに扉が叩かれる音と共にグレゴリーが部屋に入ってきた。

 その姿はセルゲイに銃を突き付けていた時とは違い昂っている様子は無く冷静であり、軍人然とした姿であった。

 

「先ず二人に謝罪を、武装を解除していたのにも関わらず武器を向けた事は本当に済まなかった」

 

「俺に関しては謝る必要はない、慣れている」

 

「交渉を最後まで聞いてくれることを条件に謝罪を受け入れます。何かしらの理由があっての行動でしょうが肝は冷えましたから」

 

「感謝する。改めて私はザカフカーズ駅に拠点を構えるプスコフの指揮官を務めているグレゴリーだ」

 

「初めましてグレゴリー指揮官。今回セルゲイさんを通してアポイントメントを取ったノヴァです。よろしくお願いします」

 

 ノヴァとグレゴリーは互いに手を差し出し握手を行う。

 その後に互いにソファーに座ると今回の面会に関する話し合いを始めた。

 

「さて、セルゲイの手紙にも貴方の名前が書かれていましたが、情報流出を考えて書面には面会を望むとしか書かれていませんでした」

 

「ああ、そうだ。だが俺の役目は顔合わせの場を作った位だ。プスコフに用があるのは客人の方だ」

 

「その通りで、セルゲイさんにはパイプ役になっていただきました。今回の件も迅速にかつメトロにいるマフィアに情報が洩れない様に対策を施しました。急な来訪も一環です」

 

「成程。では失礼を承知で尋ねさせてもらおう。地上でドレスファミリーが壊滅したのは君が原因なのか?」

 

 大規模な武装組織を率いているグレゴリーはメトロにおける情報収集を欠かしていない。

 情報が一つでも欠けた先に待つのは部隊の損耗であり、プスコフ全体の弱体化だと身をもって知っているからだ。

 そして現在のメトロにおいて一番ホットな話題は地上に進出したドレスファミリーが僅かな生存者を残してボスを含めた上層部諸共に壊滅したという大事件だ。

 大人から子供までドレスファミリーを壊滅させたのは誰かと根も葉もない噂で持ち切りであり正確な情報を集めるのは困難であった。

 唯一分かっているのはメトロに存在する何処の組織も大規模な行動を起こしていない事、地上に大規模に進出したのはドレスファミリーのみである事、壊滅したのは地上で起こったという情報だけだ。

 本来であれば僅かな情報だけで事件の詳細な全体像を掴む事は出来ないだろう。

 だがグレゴリーはドレスファミリー壊滅から間を置かないで届いたセルゲイからの手紙によって予感の様なものを抱いていた。

 それは手紙に書かれているノヴァという名の人物がドレスファミリー壊滅事件の首謀者に近しい人物ではないかという予感だ

 

「そうです」

 

「……隠す気は無いのか」

 

「隠した処で何時かは知れ渡ります。それでも現状では誰に知らせるかを選ぶ選択肢がありますから」

 

 だが問いかけたノヴァが返した反応はグレゴリーが予想したものではなかった。

 戦果を勝ち誇る訳でもなく事実を伝えるだけに留まっている、まるでドレスファミリーを壊滅させたことなど些事に過ぎないと言わんばかりに。

 

「成程、セルゲイが慎重を期すのも頷ける」

 

「信じてくれるのですか?」

 

「ああ、セルゲイは詐欺といった唾棄すべき行為をする男ではないと知っているからだ。無論、今話した事全てを信じる訳にもいかないが」

 

「今はそれで十分です。それで契約内容ですがプスコフを雇用したいと考えています。内訳としては複数部隊を指揮できる人材に加え最低でも組織的な戦闘を行える隊員を2,30名程求めます。報酬内容はこちらに記した通りです」

 

 ノヴァは報酬内容を記した書類をグレゴリーに手渡す。

 其処に書かれているのは報酬として食料、補修部品などが記されておりメトロの相場からすれば十分な量だとセルゲイに太鼓判を押された内容である。

 無論、これは報酬内容の素案にしか過ぎず今後の話し合いによっては変動する事も考慮に入れた内容に仕上がっている。

 そして報酬はグレゴリーを、プスコフを動かすには十分なものであったようだ。

 書面を見たグレゴリーは僅かに目を見開き、書類を何度も繰り返して読み込んでいく。

 そして書かれた内容が決して自分の読み間違いでない事を理解すると書類を机に置き目を瞑って一人考えに耽った。

 

「報酬が事実であれば、マフィアを殲滅するのであれば喜んで力をお貸ししたいと言いたいところです」

 

 グレゴリーが考えていた時間は長くない。

 だが何かを決断したような表情でグレゴリーはノヴァの顔を見た。

 手応えありとノヴァは内心でガッツポーズを行うが表面上は平静を取り繕いながらグレゴリーの返事を待った。

 

「ですが……、この依頼、お断りさせていただきます」

 

 だがグレゴリーの口から出た言葉は報酬内容の擦り合わせなどではなかった。

 聞き間違いでも何でもなくプスコフを率いるグレゴリーはノヴァからの依頼を断ったのだ。

 

「貴方の持ち込んだ依頼が悪い訳ではなく、それどころか素晴らしい報酬内容です。それと周囲からの横槍があったわけでもありません。ただタイミングが悪かったのです」

 

 そう話すグレゴリーの目は疲れ切っていた。

 間違いなくプスコフで何かが起き、それが原因で組織もグレゴリーも追い詰められていた。

 

「二日前にプスコフでも優秀な部隊が丸ごと一つ消えました。また同時に運用可能な火器が払底しました。それを受けて私を始めとしたプスコフ上層部はこれ以上部隊を存続させるのは不可能と判断、プスコフの解散を近々宣言するつもりであったのです」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「先生、プスコフとの契約はどうなりましたか?」

 

「……流れた、あ“~~~~」

 

 プスコフとの面会を終えてキャンプに戻ってきたノヴァは執務室にある机の上に突っ伏して言葉にならない感情を吐き出した。

 その姿を見ていたのは少し前にキャンプに帰還していたアルチョムでありノヴァの姿と言葉から契約が結べなかったことを知る事になった。

 

「プスコフの虎の子である第一部隊が全員失踪、運搬していた火器も何もかも含めてだ。それで駅全体がお通夜状態、指揮官の子供もいたようで上も下も死んだようになっている。おまけにプスコフとして今後の展望が描けないから部隊上層部は解散を考えているという役満状態だ」

 

「第一部隊が全員ですか!?」

 

「知り合いでもいたのか」

 

「ええ、います。ですが精鋭と言われる第一部隊が一人も帰ってこないとは……」

 

 突っ伏したままのノヴァの口から出てきたのはプスコフの散々たる現状である。

 このような状況であれば多少割のいい依頼が入ろうと長期的な展望を描けない以上は安易に依頼を引き受ける事が出来ないのだろう。

 それ以前に運用できる銃火器が払底した状態というのは軍事組織として致命的である。

 説明を受けたアルチョムもプスコフの内情を知った事で何かしら思う事があったのか表情は険しいものになった。

 

「言い出しておきながらこの様だ、すまない」

 

「謝らないでください、セルゲイさん。こればかりはだれも予想出来ないのですから」

 

 セルゲイはプスコフとのパイプは持っていたようだが詳しい内情までは知らされていなかったようである。

 どちらかと言えばプスコフではなく指揮官であるグレゴリーとの間に私的な交友関係を細々と続けていたというのが正しいだろう

 指揮官であるグレゴリーもプスコフの内情を教えるつもりは無く細々とした交友に留めていた事も原因ではあるだろう。

 

「逆にセルゲイさんに捜索を頼むかと思っていたけどそれも無い。となるとプスコフ解散は既定路線なのだろう」

 

 ノヴァとしては行方不明になった仲間を探してほしいと逆に要請されるかと思っていた。

 だがそんな事は無くグレゴリーは何らかの条件を付ける事も無くノヴァとセルゲイを開放した。

 恐らくプスコフ側も散々手を尽くしたが結果が芳しくなかったのだろう、それが諦めとなって駅を覆い尽くしているに気付いたのは応接室から出た時だ。

 訓練をしている隊員も惰性で続けているだけなのか掛け声には気合が籠っておらず、改めて駅を観察すれば誰も彼もが暗い顔をしている事にノヴァは遅まきながら気付いた。

 彼らは散々手を尽くした上で諦めた、そしてプスコフという組織は駅の中でひっそりと死んでいく事を選んだのだ。

 

「済まない、当てが外れ──」

 

「なら、無理難題を実現すれば話を聞いてくれるな」

 

 だがノヴァはこの程度で諦める物分かりの良い人間ではない。

 セルゲイの謝罪を打ち切り突っ伏していた顔を上げると表情には変なやる気が漲っていた。

 

「ソフィアはいるか!」

 

「あら。どうしたの、ボス? アタシに何か御用かしら?」

 

 

「少し、付き合え」

 

「……ボスはそっちの方だったのね。少し待って身嗜みを──」

 

「下らない事を言う元気があるなら無くなるまでこき使ってやろう」

 

 傭兵の中では突出した個人戦闘能力を持つソフィアを呼びだしたノヴァ。

 その際に甚だしい勘違いを容赦なく一刀両断すると装備を整えて外出する準備を整える。

 

「勘違いしているようだが俺は男色ではないし呼んだのは色事目的ではない。お前の他に戦闘に秀でた傭兵を何名か見繕って俺と一緒に調査するだけだ」

 

「ノヴァ、お前さんは何をするつもりだ」

 

「『禁忌の地』の調査。こんな面倒はさっさと解決するに限ります」

 

 セルゲイの問いかけにノヴァは誤魔化す事無く答える。

 調査に向かう先はプスコフの部隊が消息を絶った場所、原因を調査し可能であれば行方不明になったプスコフの隊員を見つけて恩を着せる腹積もりであった。

 

「先生! 自分も同行させてください!」

 

「アルチョムか? 任せていた仕事がある筈だが?」

 

「終わらせた後に急いで取り掛かります。ですからどうかお願いします!」

 

 ノヴァがソフィアを連れて出ていこうとするのを引き留めたアルチョムは必死であった。

 その表情から行方不明のプスコフの部隊に深い交友を結んだ友人がいると察したノヴァはアルチョムに問いかける。

 

「付いてくるのはプスコフの隊員を探すためか?」

 

「そうです」

 

「向かう先は『禁忌の地』と呼ばれているらしくどんな危険があるか不明だ。キャンプでも替えの利かないアルチョムを連れて行きたくは無いのだが」

 

「指示には必ず従います、勝手な行動もしません。ですからお願いします」

 

「親友がいるのか?」

 

「……はい。大切な友がいます」

 

「……分かった。武装は以前貸した武器を装備して付いて来い」

 

「分かりました!」

 

 ノヴァはソフィアと他数名の傭兵にアルチョムを加えた即席調査チームを結成すると直ぐに動き出した。

 目指すは『禁忌の地』、其処で何か起こったのかノヴァは事件の真相を探るために行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

「これ、エイリアン案件じゃねえかっ!!」

 

 そして事件は大した謎を内に秘めた事も無く全容はあっけなく明らかになった。

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地(改)を作成:ミュータント迎撃効率10%向上、

 ・迎撃用の罠を多数設置:迎撃効率20%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:1+10人+村からの一時的な避難民+??? 

  *大量の移住希望者が向かっている

   →キャンプには彼らを収容する余剰は無い! 

 

 ・放送局制圧進行率 :98%→駆除はほぼ完了している

 ・放送設備修復率  :0%→被害状況の調査を予定している

 

 ・仮設キャンプ:稼働中

 ・食料生産設備:稼働中・自給率は低い

 ・武器製造:火炎放射器 生産完了:予備以外の追加生産の予定は無し

 ・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)市場流通分の追加生産を予定

 ・バイオ燃料:生産中

 

 ・新規施設建造中

 

 ・ノヴァ:サイドミッション発生は速攻で終わらせる! 

  →エイリアン案件じゃねえか!! チクショウメ!! 

 

 



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禁忌の地

 廃墟と化したザヴォルシスク、嘗て地上で過ごしていた人類は数を大きく減らしながらも地下深くに建造されたメトロやシェルターに避難、長い時間を過ごして来た。

 そして地上では我こそが主とでもいうように人間が消えて廃墟と化した街並みにミュータントが棲み着き独自の生態系を作り上げていた。

 ミュータントは狂暴であり武装していない人間など歩く餌にしかならない。

 それを知っているからこそ地上に出る事は危険と認識され余程の事がない限り一般的なメトロの住人は地上に出てくることは無い。

 そうして太陽の光が届かない地下深くに生活拠点を移した生存者たちは長い時間をメトロで過ごし世代交代を重ねていった。

 だが彼らの生活は地下だけで完結できるものではなく、それによって数は少ないながらも地下から地上へ出て行く者達がいた。

 まだ使えるかもしれない機械や物を地上で探すため、崩落した線路の代わりに地上を経由して移動の為に等理由は様々ある。

 そんな彼らも地上の主は最早人間ではなくミュータントであると身をもって知っている。

 だが傭兵や商人等の特定の人間は危険を承知で地上に出る事が何度も繰り返された。

 そうして地上に出る度に少なくない犠牲を払いながら彼らはミュータント蔓延る地上を走り抜け、多くの死と流された血は積み重なり彼らの経験、知識となり、地上に出る際の暗黙の了解も同じ時期に作られていった。

 

『禁忌の地』もその一つである。

 

 曰く、その土地に入った者は誰一人として生きて帰らなかった。

 曰く、その土地には巨大なミュータントが棲み着き傍に近付く人もミュータントも全て食べてしまう。

 曰く、彼らは神が人類に与えた罰なのだ。

 曰く、あの土地は呪われている。

 曰く、消えた者達は生贄となった、等々。

 

『禁忌の地』に関する話は人の数だけあり、噂話を含めればきりがない。

 だが一つだけ彼らの話に共通している点がある。

 

 ──土地に踏み入った者は誰一人として帰ってこなかった。

 

 それ故、彼らは畏れと戒めを込めて『禁忌の地』と呼ぶのだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 そんな曰くつきの場所に調査に赴くと知らされた傭兵達は渋った。

 臆病というなかれ、命を懸けて依頼を熟す傭兵にとってジンクスとは馬鹿に出来ないものだ。

 それは気休めかもしれないが、本人にとっては無視する事が出来ない大事な事なのだ。

 だからこそ彼らは幾ら金払いのいいノヴァの依頼でも首を縦に──

 

「ドレスファミリーが隠していた高級酒と摘を報酬に付けるぞ」

 

「付いて行きますぜ、ボス!」

 

「『禁忌の地』だがなんだが知らないがボスなら大丈夫だ!」

 

「現金ね、アンタ達……」

 

 酒の力は偉大である、安酒にしかありつけなかった懐のさびしい命知らずの酒好きの多くがノヴァの甘言に見事に釣られた。

 だが予想外に酒の為に命を張れる馬鹿が多く殺到してしまった。

 数が多すぎれば調査に支障が出るのでノヴァは咽び泣く馬鹿の多くを選別、ソフィアを同席させ戦闘能力或いは偵察能力に優れた傭兵十名を選別した。

 だが200年間正体不明であり続けた『禁忌の地』の調査するには心許ないと考えたノヴァは同時に傭兵以外の戦力も動員した。

 

「うわ……」

 

「あらやだ、ボスはこんな隠し玉を取っていたのね」

 

「寝返って正解だった……」

 

 キャンプの外に固定砲台代わりに待機させていた多脚戦車一台を稼働、また戦闘用に調整されたドローン群の一部をノヴァは引き連れて調査に向うことにした。

 

 小さなミュータントの巣を一方的に殲滅できる戦力、それが今回の調査にノヴァが用意した戦力である。

 彼らを引き連れてノヴァはプスコフが失踪したと伝えられた『禁忌の地』へ移動を開始、道中に襲って来るミュータントは鎧袖一触で殲滅させられた。

 そうして被害を受ける事無くノヴァ達は今回の調査地点でもある『禁忌の地』に到着した。

 

「此処が『禁忌の地』なんだよな?」

 

「いつも見ている廃墟と代り映えしないぞ?」

 

「そうねぇ~、特に変わった物は見つからないわね?」

 

 地上に出る者達が恐れ近付こうともしない『禁忌の地』と呼ばれる場所、そこは傭兵達が普段から見ている廃墟とは何も変わらない光景が広がっている。

 これが巨大なミュータントや蜘蛛の巣に覆われた廃墟など一目で分かる異常さがあれば傭兵達も慎重になっただろうが見慣れた光景しかない事で警戒が緩んでしまった。

 

 だがノヴァは違った。

 

「おいおいおいおい、このジャミングパターンは──」

 

 多脚戦車に搭載されているセンサーが不審なジャミング電波を検知、無線機器が使用不能となりキャンプとの通信が一切取れなくなった。

 そしてノヴァはジャミング電波の波形に心当たりがあった、何せつい最近エイリアン製ドローンに搭載されていたジャミングを使ったばかりであったのだ。

 その為正体の分かったジャミング電波の発生源をノヴァは急いで特定しようとした。

 だがそれよりも早く多脚戦車に搭載されている対人センサーが反応を検知、自分達に近付く正体不明の何かを傭兵達にノヴァは叫んで知らせた。

 

「2時、8時の方向から何かが来る!」

 

 ノヴァの突然の叫び声に反応できたのはアルチョムとソフィアだけだった

 二人は警戒の為に構えていた銃をノヴァが警告した方向に向けるが近付いてくるような何かを肉眼で見つける事は出来なかった。

 それでも二人はノヴァの判断を信頼し何もない空間に向けて銃弾を放った。

 放たれた幾つも銃弾は何もない空間を突き進んでは廃墟に衝突し──

 

「「ギャアアアア!?」」

 

「何かがいるわよ!?」

 

「先生、何かを撃ち抜きました!!」

 

 一部の銃弾は何もない筈の空間に突き刺さり悍まし気な叫び声と共に血飛沫が撒き散らされた。

 その異様な光景に二人は訳が分からずとも銃撃を続け、止めにノヴァが多脚戦車を動かし反応があった地点を機銃で薙ぎ払った。

 

「お代わりが来るぞ! 5時、11時から、2時、8時方向から波状攻撃!! 銃を構えろ!」

 

 だがそれで終わりではなくセンサーは新たに近付く反応を検知した。

 ノヴァは呆気に取られた傭兵に叱責を入れると銃を構えさせ警戒させる。

 その直後に廃墟の上をバッタの様に飛び跳ねながら近づく何かを傭兵達は肉眼で視認した。

 

 それは獣型や虫型のミュータントとは違い人型ではあったがグールとは一線を画していた。

 下半身は凄まじい跳躍力を発揮する為か長く折り畳まれた獣の形をしているが上半身は人間の様な構造をしている。

 だが一番の特徴は金属質の様な装甲に全身が覆われ、その手に握っている物が細長い銃の様な形をしていたのだ。

 傭兵達はその今迄見た事も無い生物に対して衝撃を受けていた。

 

「戦車を盾にしろ! 着地する場所を予想して銃撃! 復唱!!」

 

「イエス、ボス!! 戦車を盾にしろ! 着地する場所を予想して銃撃!」

 

「その調子だ! 奴らは不死身の生物ではない、鉛玉をぶち込めば殺せる生き物だ!」

 

 だがノヴァは既に廃墟を飛び跳ねながら近づく生物がエイリアンだと見破っている。

 初遭遇で動揺している傭兵を無理矢理落ち着かせるとノヴァは近くにいたエイリアンの一匹に照準を合わせ、廃墟に着地した瞬間に機銃を撃ち込んだ。

 多脚戦車の大口径機銃は金属製の装甲ごとエイリアンを貫通、大口径も合わさり一秒も持たずにエイリアンは原型を失い血煙と化した。

 その光景を見た事で冷静になった傭兵達は戦車の脚を、廃墟の残骸を盾としてエイリアンに向けて銃撃を加えていく。

 対するエイリアンも殺されるばかりでは無く構えた銃らしきものからは実弾ではなく小口径のエネルギー弾が高レートで発射され盾としている戦車や残骸に衝突し小さく弾けた。

 

「ずるいわよ! サブマシンガンの成りをしているのに炸裂するなんて!」

 

「物陰に身を隠せ! 戦車の攻撃に合わせろ!」

 

「ヤバい、撃たれた!?」

 

「何処に当った! 手当が必要か!」

 

「尻に当った! 凄く痛い!」

 

「弱音を吐けるなら大丈夫よ! まだ弱音を吐くならアタシが代わりに尻を掘ってやるわよ!!」

 

「断る! 化け物に撃ち殺された方がマシだ!!!」

 

 戦況はノヴァ達の優勢である。

 多脚戦車は立ち止まり傭兵達が身を隠せる盾として機能しながら機銃による攻撃で確実にエイリアンを一体ずつ仕留めていく。

 また隠れている傭兵達も纏まった銃撃を加えればエイリアンを仕留める事は出来ていた。

 

 ──だからこそ一番の問題は飛び跳ねるエイリアンではなくセンサーでしか感知が出来ず、物音立てずに忍び寄ってくるエイリアンであった。

 

「6時方向、透明野郎が4!」

 

「本当に油断できない生物ですね!」

 

「「「「ギャアアアア!?」」」」

 

 アルチョムはノヴァの指示があった方向に向けて弾倉にあった全ての銃弾を放つ。

 そうしてメトロで一般流通している使い古されたアサルトライフルから放たれた弾丸の半分以上は虚空を貫くだけだ。

 だが残りの銃弾は叫び声と共に何もない空間に血飛沫を撒き散らす。

 そして銃撃を食らった事によるショックなのか先程まで何もいなかった場所の光景が解ける様に消えていき異形の生物が現れた。

 

「先生、襲ってきた生物は一体何ですか!!」

 

「光学迷彩を搭載した人攫いに特化した生物だ! 打たれ弱いが近付かれれば終わりだ! 見つけ次第最優先で殺せ!!」

 

「了解!」

 

 光学迷彩を搭載した生物、エイリアンの一種であるだろう生物は廃墟を飛び跳ねるエイリアンとはまた違った異形さがあった。

 成人男性と同じ大きさでありながら装甲に全身を覆われておらず代わりに模様が細かく変化する体表の様な物を纏っており死後も体表は不規則に変化を続けていた。

 だが一番に悍ましいのはエイリアンの胸部、腹部を繋いだ形で臓器の代わりに大きな空間があった事だ。

 人間一人位なら収納できる大きさであり光学迷彩を可能とすることから考えて人を攫う為に作られた種類なのだろう。

 バッタの様に飛び跳ねながら銃撃を加えるエイリアンが対象となる人間を足止め、または誘導を行い忍び寄った光学迷彩を搭載したエイリアンが人間を捕まえる。

 初見であれば見破る事は不可能であり、無線で助けを呼ぼうにもジャミングによって連絡は出来ない、仮に逃げようとしてもバッタの様に飛び跳ねるエイリアンが見逃すとは思えず捕獲が困難だと判断すれば容赦なく殺しにかかるだろう。

 

 だが今回は違った。

 襲撃してきたエイリアンは一匹残らず倒され、最後の反応がセンサーから消えると同時に辺りは静寂に包まれた。

 先程までの激戦が嘘の様に静まり返った廃墟の中で傭兵達は目を凝らしながら辺りを警戒し続けていた。

 

「バッタに透明。成程、捕獲特化のエイリアンに、人間を追い立てる猟犬といったところか、実に厄介だな!!」

 

「ボス、笑い事じゃないわよ!」

 

「笑うしかないだろう、行方不明のプスコフを探しに来たらエイリアンと出会うなんて誰に予想が出来る」

 

 戦車から降りたノヴァにアルチョムとソフィアは詳しい説明を求め、その事に関してノヴァは隠す事無く知る限りの情報を二人と傭兵達に伝えた。

 

「これが先生の言っていたエイリアンですか?」

 

「嫌だわ、こんな生物がいたなんて……」

 

「これが『禁忌の地』の正体だろう。誰も生きて帰ってこなかったのも一人残さず連れ去られたか、或いは殺されたのだろう。いやはや、エイリアン案件、エイリアン案件」

 

「何故人間を捕獲するのですか?」

 

「そうよねぇ~、生かして奴隷にでもするの?」

 

「違うぞ、エイリアンは元人間だぞ。奴らが人間を捕獲するのは改造する為だろう。その成れの果てがさっき倒したエイリアンだ」

 

「…………なんですって?」

 

「……そんな!」

 

 ノヴァは比較的原型を留めていたエイリアンの死骸をナイフで解剖しながらその構造を解析していく。

 その最中にエイリアンの正体を軽い調子で告げられたアルチョム達は最初ノヴァが言った言葉の意味が理解できなかった。

 だが言葉の意味を理解した瞬間にアルチョムとソフィア、そして傭兵達の顔は青白いものに変わってしまった。

 

 その土地に入った者は誰一人として生きて帰らなかった──いや、帰れなかったのだ。

 

 メトロに数多く流れる『禁忌の地』に関する噂の正体、それを引き起こしていたのがエイリアンであり、エイリアンが元人間である事。

 アルチョムとソフィア達の反応からしてエイリアンの存在そのものがメトロには伝わっていないのだろう。

 地上にはミュータント以外の脅威がありエイリアンが人間を攫って改造していますと告げてしまえば大きな社会的混乱を起こす、当時の帝国上層部がそう考えて情報封鎖を行い隠蔽したのかもしれない。

 

「もしかしてプスコフも!」

 

「十中八九捕獲されて改造待ちだな」

 

 アルチョムが考えている事は恐らく正しい。

 プスコフの隊員はエイリアンに捕まり改造されているか、もしくは改造を終えて先程倒したエイリアンの中にいたのかもしれない、或いは逃げようとして殺されたか。

 その可能性を指摘されたアルチョムの顔は青白さを通り越して真っ白になっていた。

 

「よし、それじゃエイリアンの住処にカチコミ掛けるぞ」

 

 だがノヴァの一声がアルチョムや傭兵達に蔓延していた暗い空気を吹き飛ばした。

 その言葉の意味が理解できない者はこの場にはおらず誰もが信じられない目でノヴァを見つめていた。

 

「ボス本気?」

 

「本気だよ。部隊が皆エイリアンに改造されたと決まった訳でもない。仮になっていたとしてもドックタグでも持ち帰れば恩を売る事は出来るだろう」

 

 ノヴァの元々の目的は行方不明の隊員を探し出してプスコフに恩を売る事である。

 可能であれば生きているのが望ましいが最悪の場合でも遺品を持ちかえれば最低限の恩を売れるとは考えているのだ。

 その為にもエイリアンの住処にノヴァは行かなければならない。

 無論アルチョムや傭兵達がエイリアンと戦う事に怯えているのであれば逃げるのも選択の一つではある。

 だがノヴァとしては時間が惜しい、二度手間は避けたいところであった。

 

「先生、私にも出来る事はありますか?」

 

 だが傭兵達が反対の声を上げる前にアルチョムがノヴァに賛同した。

 その言葉を聞いた傭兵達がノヴァに向けるのと同じ視線を向けるがアルチョムが動揺することはなかった。

 

「君が異様に熱心な理由は聞かないでおこう。だが本当にプスコフの隊員を助けたいなら危険な目に遭ってもらうぞ」

 

「構いません」

 

 真っ白になり掛かった顔のままノヴァに向けてきたアルチョムの表情には言葉では言い表せない覚悟の様なものがあった。

 これ以上尋ねるのは無粋、そう判断したノヴァはエイリアンカチコミ作戦にアルチョムを加えることにした。

 



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カチコミ作戦

 廃墟と化したザヴォルシスクにある『禁忌の地』。

 その一帯に踏み入れた者は誰一人として帰ってこないと噂される土地の最奥に一際大きな建築群がある。

 それは周りに立ち並ぶ廃墟群とは違い風化や劣化は見られない、それどころか内部には人工的な明かりが常に輝き、何かが稼働する重低音が常に響いていた。

 廃墟と化していたザヴォルシスクにおいて其処だけが自然の力が及ばない完全に制御され統治された場所であった。

 

 ──だが其処に住んでいるのは人間ではなかった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 口答えせず、命令された作業を只熟していくだけの人型でありながら人間ではない生物。

 いや、元々は人間であったが改造され人型でありながら異形の生命体に改造されたエイリアン達が異星文明らしいデザインの建築群で黙々と働いていた。

 仕事に関して彼らが思考する事は無い。

 例えそれが最後の命令から200年以上経過していても疑問に思う事はなく新たな命令が下されるまで現状維持を続ける事が前哨基地で働き続ける彼らの役割なのだ。

 

 ──だからこそ素材を持ち帰ってきた同族二体がボロボロでぎごちない動きをしていても疑問に思う事はなく、定められた手順に従い同族を基地内の所定の場所に誘導する。

 

 同族が誘導されたのは持ち帰った素材を保管用のカプセルに詰め替える施設である。

 捕らえられた素材は此処で吐き出された後に専用のポットに押し込まれ薬液を注入され身体活動を仮死寸前にまで低下させて人工的な冬眠状態にさせる。

 そうする事で低コスト且つ鮮度を維持した状態で素材の長期的保管を可能にするのだ。

 素材を抱えた同族が案内された場所には詰め替え作業を行うエイリアンが既に5体も待ち構えていた。

 エイリアンという括りの中でも単純作業に専従させるために作られた彼らは最低限の武装すらなく青白く体毛がない身体を動かし装置を稼働させていく。

 そして同族が吐き出した素材を装置に乗せる為に近寄り──

 

「一体残らず殺せ、鳴き声一つ上げさせるな」

 

「分かりました」

 

 素材を収めている筈の胴体から伸びた腕、同族が素材の捕獲に活用する触手とは異なる五指がある手に握られているのは消音器付き拳銃。

 それが同族二体の両方の腹部から現れると共に弾丸が同時に放たれた。

 消音の為に炸薬量を減らした弾丸ではあったが近くにいたエイリアンを貫くには十分であり、頭蓋を貫いた弾丸は脳を蹂躙した。

 叫び声を上げる事無く死んだエイリアンではあったが倒せたのは二体だけ、残りの三体は少し離れた場所で機械を操作していた。

 そして同族が倒れる音を聞いて振り返ったエイリアンは見た、捕らえた筈の素材が同族の腹を突き破り出てきたのを。

 それを見たエイリアンは最低限残された思考能力で目前の光景が異常事態であると判断、異常を知らせるべく叫び声を上げようとするも連続して撃ち出された銃弾が身体を穿つ。

 二つの拳銃から撃ち出された弾丸は二体のエイリアンの身体、肺を中心に撃ち抜かれ呼吸困難に陥り声が出さなくなった後に止めとして頭部に弾丸が撃ち込まれた。

 だがそれで倒されたエイリアンは二体のみ、最後の1体は拳銃の弾倉が尽きた事で止めを刺せなかった。

 だが最後の一体は肺を中心に撃ち抜かれ声は出せない事を理解したのか叫ぶのではなく、この場から逃げ出すのを選択した。

 人間であれば呼吸困難に伴う苦痛によって満足に動けないが必要最低限の機能以外は削ぎ落されたエイリアンは苦痛で体の動きが鈍る事は無い。

 エイリアンは走り出す、発揮可能な最大速度で異常が起きた事を伝えるべく──

 

「シッ!」

 

 だが短い呼気と共にアルチョムが投擲した投げナイフがエイリアンの頭部を貫いた。

 無骨な刃が頭蓋を貫通し脳を蹂躙、制御を失った身体が走り出した勢いを保ったまま倒れ壁にぶつかり止まった。

 

「ビューティフォー」

 

「父に仕込まれた技です。先生、それでこの後はどうしますか」

 

 アルチョムの見事な投擲にノヴァは素直に感激していた。

 賞賛されたアルチョムも悪い気はしないのか顔を綻ばせていた。

 そして捕獲用のエイリアンも始末したノヴァとアルチョムは身体に纏わりついた粘液を払い落しながら最後の作戦の確認を行う。

 

「事前の作戦通りに二手に分かれる。俺が此処の電波施設を掌握、アルチョムは改造施設の機能を停止させてくれ」

 

 基地に侵入する前に発見したエイリアン側のジャミングドローンをハッキングしてノヴァは今いる施設の大まかな構造に関する情報を入手していた。

 その情報を基にノヴァは一つの作戦、エイリアン基地の襲撃を立案した。

 第1段階としてノヴァとアルチョムは捕獲されたと偽り内部に侵入、その後に二手に分かれて別々に行動を行う。

 ノヴァの役割は外部と通信を行う電波施設を掌握し連絡を出来ない様にすると共に外部には『問題なし』と信号を送り続けるように細工を施す事。

 アルチョムの役割は基地に建設されている改造施設に侵入し人間をエイリアンに改造するプロセスを停止させる事。

 上記二つを実行するのが二人の役目である。

 

「今回の作戦は隠密で進める。奴らに思考能力は無いに等しいが感覚は鋭敏だ。大きな音を立てる戦闘を起こせば全方位から集まって来る。戦闘は可能な限り避けるか、見つかっても異常を知らされる前に始末する様に」

 

「はい」

 

「施設を停止させたら暫く身を潜めている様に。予定時間を迎え次第第二段階に移行する」

 

 そうして作戦の最終確認を済ませた二人はエイリアンが跋扈する基地の中を進んで行く。

 道中に遭遇する警備を行うエイリアンの巡回を隠れてやり過ごし、それが出来ない場合は音を出さない様に迅速に仕留め死体を隠した。

 そして騒ぎを起こす事無く基地の中程まで進んだ段階で二人は脚を止めた。

 

「ここからは別行動だ。定期連絡を欠かさない様に、後相手は人間ではなくエイリアンだから気を付けてくれ」

 

「大丈夫ですよ、メトロでも似たような経験はしてきましたから」

 

「なら安心だ。だがどうしようもなくなったら直ぐに助けを呼ぶように。無線のチャンネルも常に合わせておけ」

 

「分かりました」

 

 事前に通信チャンネルを合わせた無線機をノヴァが叩いて示し最低限の会話を終えるとノヴァは単独で基地の中を進んで行った。

 

「大丈夫です、絶対に死ねませんから」

 

 ノヴァを見送ったアルチョムは独り言を呟き再度気を引き締めてから先に進んで行ったノヴァと同じ様に動き出し基地の中へ進んで行く。

 そしてアルチョムは事前に見せられた施設の概要図から改造用と思われる装置が集積された施設の内部に辿り着いた。

 また其処にはノヴァから事前に言われていた通りに作業のエイリアンが大量に働いていた。

 体毛の無い青白い人型のエイリアンが一言も喋ることなく働く光景、それは何処かホラー染みており様々な経験をしてきたアルチョムであっても冷や汗を掻く光景である。

 

「流石に多いな」

 

 エイリアンと呼ばれる存在に対する恐怖はある。

 だが恐怖に負けて何もしない選択肢はアルチョムには在り得ない。

 施設内にいるエイリアンの動きを隠れながら観察し推測した行動パターン、それを基にしてアルチョムは動き出した。

 僅かな戦闘音であれば施設の稼働音で聞こえないだろうが施設内にいるエイリアンは多数、

 戦闘そのものを避けるようにしてアルチョムは進んで行き目標である制御室らしき部屋の前に辿り着いた。

 

「此処が地図通りであれば制御室、陣取っているのは三体だけ」

 

 部屋の中で制御盤を操作しているのは三体のエイリアンであり、操作に専念しているためか背後への警戒は疎かである。

 部屋に近付く他のエイリアンがいない事を確認したアルチョムは消音器付きの拳銃で二体を撃ち殺し弾丸が尽きた拳銃をしまうと振り返ろうとしたエイリアンの口を塞ぐと同時にナイフで首を切り裂いた。

 声を上げさせる事無く三体のエイリアンを始末したアルチョムは死体を退かし無線機でノヴァとの通信を行う。

 

「先生、制御装置を確保。今映像を送ります」

 

『映像を確認した。此方は既に通信設備の掌握を行っている。二十秒後に完了するから操作盤を指示通りに動かせ』

 

 無線機に付いているカメラから映像を受け取ったノヴァは電波施設を掌握してから無線機越しにアルチョムに指示を出す。

 初めて触れる人類とは違った形式の制御装置であったがノヴァの指示のお陰でアルチョムは間違いを起こす事無く操作を進めていく。

 

『最後に青いボタンを押せ、それで改造プロセスは安全に停止できる』

 

「はい!」

 

 アルチョムはノヴァの指示通りに最後のボタンを押す。

 その後、先程まで鳴り響いていた重低音が小さくなり最後には聞こえなくなった。

 設備の電源は未だ付いたままではあるが動きは完全に停止しているようで作動音は出ていない、改造プロセスは安全に停止していた。

 

 アルチョムは操作を終えると同時に深く息を吐いた。

 ノヴァの指示があるとはいえ見慣れない機器を操作するのに神経が張り詰めてしまうのは避けられなかった。

 だが操作から解放された瞬間にアルチョムは漸く張り詰めさせていた神経を元に戻すことが出来た。

 

「これで終わ──」

 

 ──だからだろう、過剰な集中のせいで邪魔であると排除していた音が漸くアルチョムの耳に届いた。

 

 それは制御室に近付くエイリアンの足音。

 それに気が付いて急いで動き出したアルチョムだが隠れる時間は無く、動き出した瞬間に部屋の中にエイリアン、異常を確認しに来たのか作業用よりも頑丈でタフなソルジャータイプか三体も入ってきた。

 

「シッ!!」

 

 考えるよりも先にアルチョムの身体は動いていた。

 一番手前にいたエイリアンに向けて弾倉を撃ち切る勢いで発砲、仕留めた事を確認する前に二体目に投げナイフを投げつける。

 最後の三体目は他二体を率いているのか体格が一回りも大きく銃が既に向けられていた。

 一体目と二体目が斃れるのを確認する前にアルチョムは残った投げナイフを全て頭部に向けて投擲。

 迫りくるナイフを防ごうと銃を盾代わりにしたエイリアンの視界が塞がったと同時にアルチョムは動き出した。

 

「ウラァ!!」

 

 間合いを詰め、エイリアンの懐に入ったアルチョムは全速力で持ち上げ脚を股関節、人間であれば生殖器が存在する股間を蹴り上げた。

 これが人間であれば想像を絶する痛みによって悶絶するか気を失ってしまう程の攻撃、だが改造過程において生殖機能を削ぎ落されたエイリアンには生殖器官などは存在しない。

 人間であれば致命的な攻撃であったがエイリアンに対して効果は薄く、懐に入り込んだアルチョムに向ってエイリアンは銃器を鈍器の如く振り下ろした。

 それを紙一重で避けたアルチョムであったが無線機は掠った事で弾き飛ばされた。

 その事を知るよりも前にアルチョムの身体は再び動き出し、振り下ろした銃器を足場にしてエイリアンに接近、片手に握ったナイフを首に突き立てた。

 

「ハッ!」

 

「ギャ!?」

 

 ──浅い! 

 

 体躯の大きさは勿論、人間とは異なる筋繊維密度によってナイフの刺さりは浅い。

 ならば、とアルチョムは首に刺したナイフを引き抜くと同時にエイリアンの首に組み付き何度もナイフを首に突き立てる。

 組み付いたアルチョムを振り落とそうとエイリアンが暴れる、それに耐えながらアルチョムはナイフを突き刺し続け回数によって首をズタズタに引き裂いていく。

 そして首の傷口から吹き出る血によって制御室が真っ赤に染まる頃になってようやくエイリアンは息絶えた。

 

「はぁ、はぁ…………」

 

 弾き飛ばされた無線機からはアルチョムに呼びかけるノヴァの声が聞こえて来る。

 それに返事しようとアルチョムが無線機を拾い上げようとした所で再び制御室の外から音が聞こえた。

 だが今回聞こえる足音は一体分しかなく新しい弾倉を入れた拳銃であれば対応は可能であるとアルチョムは判断した。

 そして制御室に近付いてきたエイリアンが部屋に足を踏み入れた瞬間に発砲しようとし──だがアルチョムは撃てなかった。

 

「アンナ……なのか?」

 

 エイリアンの姿はまるで工場で生産された様に均一であり人間であった頃の面影は一切なく基になった人間を推察する事すらできない。

 アルチョムの目の前に現れたエイリアンもそう、人間であった頃の面影なんて物は一切存在しない。

 だが他のエイリアンとの違いを挙げると擦ればその体型だろう。

 臀部が大きく、腰がくびれ胸がある、他のエイリアンとは違い一目で女性が素材になったと分かってしまう。

 だがそれだけだ。

 腕は異様に長く伸びて指がない触手の様な形に変化しており、顔は上半分を腫瘍のような物で覆われており表情なんてものは無い。

 個人を特定するのは最早不可能であり──だからこそアルチョムは撃てなかった。

 

「うぐッ!?」

 

 だがエイリアンにはアルチョムの葛藤など知った事ではない。

 触手と化した両腕を伸ばすと同時にアルチョムの首に巻き付き締め上げる。

 その力は強く拳銃を取り落とした両腕でアルチョムが振り解こうとしたが拘束が緩む様子は一切ない。

 

「あ……ん、な」

 

 首が絞められ脳への酸素供給が不足していく。

 狭まる視界の中でアルチョムは呼びかけるが返事は無い。

 見えるのは機械的に動き続けるエイリアンが首を絞め続ける光景だけ。

 

「アルチョム!」

 

 だがアルチョムの息が絶える直前に駆け付けたノヴァが発砲した。

 弾丸の半分が首を絞める触手を引き千切ると同時エイリアンを部屋の外に蹴飛ばし頭部に向けて発砲、弾丸を受けた頭部の腫瘍が膨らみ血肉を撒き散らして破裂した。

 

「……先生」

 

「エイリアンの改造プロセスは最短でも二十日は掛かる。プスコフが捕まって1週間も経っていないからコレはアンナではない」

 

「すみません」

 

「いや、お前が早まらないように情報を制限した俺の責任だ」

 

 倒れ込んだアルチョムに手を伸ばして立たせ終えるとノヴァは部屋にある制御盤を操作して幾つもの情報を画面に映し出す。

 其処には施設の稼働履歴や保管されている人間に関する情報が一覧として表示されていた。

 

「成程な、奴らは捕らえた素材を補充時以外には使わずにストックしているようだ。直近の履歴でも古い素材から順番に使っているようだ」

 

 そう言ってノヴァが更に制御盤を操作すると隣に隣接されている保管庫、人間を冬眠状態で保管しているポットの一つが点滅を始めた。

 それが何を意味しているのか、理性が答えを出すよりも前にアルチョムの身体は動き出していた。

 

「アンナ!」

 

「死んではいない、安心しろ」

 

 ポットのガラス越しに見えたのは一人の女性、その姿はアルチョムの記憶に在るものと殆ど変わらない姿のままポットの中で眠りについていた。

 その姿を見た事で漸く実感が湧いたのかアルチョムの両目からはポロポロと涙が零れていった。

 その姿を見るのは無粋としてノヴァはアルチョムから目をそらし、その直後に施設の稼働音とは異なる重低音が基地を震わせた。

 また重低音と同時ノヴァの無線機に外に待機している傭兵達から通信が入った。

 

「さて時間通りだがそっちはどうだ?」

 

『ボス! 時間になったから始めているけどこっちは大丈夫よ!』

 

「それは重畳、そのまま派手に暴れてくれ」

 

『壊し屋本当に続けるのか! 奴ら基地からわらわら出て来るぞ!!』

 

『ボスの命令よ! それに突撃じゃなくて此処で隠れながら銃を撃ち続けるだけで十分なんだから気合を入れなさい! その股にぶら下がっている物は飾りなの!』

 

『チクショウ! また撃たれた!』

 

『またてめえか! 今度は腹にでも食らったか!!』

 

『尻だ! 右じゃなくて左の方!』

 

『間抜けだな!!』

 

『下らない事言ってないでさっさと撃ちなさい! 今度無駄口叩いたらアタシの●●●●で口を塞ぐわよ!! それでボスそっちの方はどうなっているの!』

 

「行方知らずになっていたプスコフの部隊にいた恋人を見つけたアルチョムがガラス越しに涙を流している所だ」

 

『あらやだ、その話詳しく聞かせて──じゃなくて、そっちも早く動いてよ!』

 

 外で待機している傭兵達だが通信内容からして問題はなさそうである。

 ならば後はノヴァ達が動くだけである。

 

「さて聞いていたようだが、作戦の第二段階として俺達も動くぞ。ソフィア達が注意を引いている間に後ろからエイリアンを強襲する」

 

 ポットの中で眠っている女性が無事である事を確認できたアルチョムは涙を拭い、通信機から聞こえるノヴァ達の会話を通して作戦の第二段階が始まった事を理解した。

 

「安心しろ、此処に来る前に吹き飛ばした基地よりは断然小さい。それに合わせて中にいるエイリアンの数も少ない、多く見積もっても百体程度だろう。不意を突けば皆殺しは可能だ。武器はエイリアンから奪ったモノを使え、撃ち方は分かるか?」

 

 ノヴァの問いかけに対してソルジャータイプのエイリアンが落とした銃を拾ったアルチョムは制御室の外に向って発砲。

 部屋に入ろうと押し寄せていた作業用エイリアンを一人残さず蜂の巣にして弾倉に込められていたエネルギーを使い果たした。

 

「はい、問題ありません」

 

「それは重畳、なら作戦の仕上げにかかるぞ」

 

 ノヴァは背負っていたエイリアン製の武器を構えアルチョムと共に制御室から出ると背後が疎かになったエイリアンを急襲した。

 

 そして、この日をもってメトロに言い伝えられていた『禁忌の地』の一つが地上から姿を消した。

 



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口説き落とす

これで今章の最終話です


 朝を迎えた事を知らせる鐘の音と共にグレゴリーの一日が始まる。

 ベッドから身体を起こし、寝間着から着替えると空腹で倒れない程度の食事を水と共に腹に流し込む。

 そして鏡の前に立ち最低限の身嗜みを整えると駅の中で自分達に割り当てられた部屋から出ようとする。

 だが、特に理由も無くふと振り返れば扉が閉まったままの娘の部屋が目に入った。

 そして何かに惹かれる様に娘の部屋の前に立ち、扉を開いた。

 部屋の中には誰もいない、部屋もそのままで放置されていたせいか少しばかり埃が積もっていた。

 

「……あいつめ、まだ捨ててなかったのか」

 

 娘の机の上には古びた人形があった。

 手に取った人形がモチーフにしているのは動物ではなく兵隊、同年代の子供達が持っていたものに比べれば可愛らしさは殆ど無い。

 だが娘、アンナはこの人形がお気に入りだった。

 幼い頃は何処に行くにも常に持ち歩き、大人になった今でも捨てずに部屋に飾っている。

 それ程までに思い入れのある人形、そして娘は人形の様に兵隊となった。

 プスコフに生まれたからには兵隊にならなければいけない、そんな決まりは当の昔に廃れている。

 それでもプスコフに生まれた多くの人間が兵隊を志すのはそれしか知らないからだ。

 

 ──だが幸か不幸か娘には才能があった。

 

 射撃技術、軍隊格闘、指揮能力、全てが最高水準の成果を叩き出したのだ。

 銃を撃てば百発百中、体格差を物ともせずに屈強な男を締め落し、的確な采配で作戦を遂行する。

 だからこそグレゴリーは悲しかった。

 自らの娘は生まれる時代を間違えた、世界を間違えたのだ。

 メトロにおいて娘の才能が活かせる環境は無い、生きる事だけが目的化した暗く湿った地下に彼女が輝ける舞台は無いのだ。

 

 ──そして娘は消えた。

 

 それを知らされたグレゴリーは一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 だが予定された時間になっても娘が所属していた部隊が戻る様子は無く、最悪の可能性を考えて地上の捜索に出れば予感は的中してしまった。

『禁忌の地』に向って進む娘がいた部隊の痕跡、その先は考えるまでも無い。

 それは己の犯した過ちに他ならない、例え娘に嫌われようとも行かせるべきではなかった。

 だが決断するには、行動を起こすには遅すぎた、時間は戻ってくれないのだ。

 其処から先のグレゴリーの記憶は朧げになり、日々を惰性に任して過ごしてく日々が続いた。

 そして今日も昨日と同じ惰性の日々が続いていくだけだった。

 

「……グレゴリー、お前の娘が見つかった。生きてはいる、念の為に休ませているが会いに来るか?」

 

 ──だが其処に嘗ての戦友が再びグレゴリーの前に現れ、そう告げた事で全てが変わった。

 

 その瞬間にグレゴリーは冷静な判断を投げ捨てセルゲイの胸倉を掴んでいた。

 自分達が、プスコフが必死になって探しそれでも見つからなかった娘と部隊である。

 それが前回の面談から数日も経っていないのに行方不明になっていた娘と部隊を発見し保護している、その情報が齎した荒れ狂う感情のままグレゴリーはセルゲイに詰め寄った。

 

「セルゲイ、もしお前の話が嘘であったら私がお前を殺す。もう一度聞く、部隊は、娘は生きているのか!」

 

「気持ちは痛い程分かる。だからこそ証拠としてドッグタグを預かっている。お前の娘以外もいるから確認してくれ」

 

 セルゲイから渡されたドッグタグは間違いなく本物、それが意味するものは彼らが生きているという事だ。

 グレゴリーは行方不明になっている隊員の家族にも知らせると共に地上に行ける人員を可能な限り伴いセルゲイの案内に従って移動した。

 

 そしてグレゴリー達は地上で行方不明になった家族と再会すると共に地上で動き出しているノヴァの計画の一端を知る事になった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「此処にいたのか。娘の見舞いはいいのか?」

 

「……先程までいた、げっそりと痩せていた事を心配された。だが俺よりもお前の息子の方が大事らしい」

 

「……そうか」

 

 ノヴァが拠点を構えているキャンプ、行方不明になったプスコフの隊員が収容されている建物の入口の近く置かれたベンチにグレゴリーは座っていた。

 セルゲイはグレゴリーを探していたのだが問い掛けの返答に返す言葉が思い浮かばず、一先ずグレゴリーとは別のベンチに座った。

 

「……」

 

「……」

 

 二人の間には気まずい沈黙があった。

 過去に色々とあり袂が分かたれた二人であったが嘗ては互いを戦友と呼び認め合っていた仲である。

 だがそれは昔の話、袂が分かたれた今の二人の間にあるのは一言では言い表せない複雑な関係であり、それが会話を妨げていた。

 だが何時までも続くと思われた沈黙にセルゲイは耐え切れず先に口を開いた。

 

「……言っておくが俺も知らなかった」

 

「だろうな」

 

 出てきた言葉は言い訳であった、だがグレゴリーにはそれで良かった。

 相変わらずの口下手振りにグレゴリーは小さく笑うと共に顔を上げ、空を見た。

 メトロの閉ざされた空間とは違う何処までも果ての見えない空、天候は曇っていたがそれでも見ているだけで不思議と頭に巣食っていた色々な物が空に解けていく。

 

「何時か来るとは思っていた、だが実際に目の当たりにすると胸に来るものがある」

 

 自分の娘もいつか誰かに恋心を抱き、その人を愛するようになるのだろう。

 生まれた時に妻から散々聞かされていた事だが実際に目の当たりすると理性では納得出来ても父親として否定したいという気持ちがあったのに気付かされたのだ。

 それも相手が選りによってセルゲイの息子である、胸に沸き上がる感情は複雑怪奇であり自分でも理解できないものだらけであった。

 

「此処にいましたか、グレゴリーさん」

 

 そんな時にノヴァはグレゴリーの下に訪れた。

 そしてグレゴリーはノヴァの姿を見た事でまだ感謝を言っていない事を思い出しベンチから勢いよく立ち上がると帝国軍式の最敬礼を行う。

 

「ノヴァ先生でよろしいでしょうか、お礼が遅くなりましたが娘を、部隊を助けていただきありがとうございます」

 

「謝意は受け取りました。ですが私も思惑があって彼らを助けました。それに関してはセルゲイさんから聞きましたか?」

 

「聞きました。そして我々を雇用したい理由がこの建築物群ですね」

 

 そう言ってグレゴリーが視線を向けた先にあるのは廃墟を利用した建築物である。

 元々は巨大なショッピングモールであった建物は様々な増改築が施され原型を最早留めておらず今も巨大な機械が内部で稼働している。

 

「そうです回収したスクラップやゴミを再資源化する為に建設しました。大雑把に言えばゴミを利用可能な資源に変換できるプラント群ですね。稼働率は10%も無いですが人が増え次第上げていく予定です」

 

 ノヴァが得意とするのは物を作る事であるが何かを作ろうにも原料や素材がなければ幾ら優れた道具だろうが絵空事にしかならない。

 そして崩壊した世界において原材料や素材を収集するのは簡単な事ではない、ゲームの様に操作一つで回収出来ないのだ。

 だからこそノヴァは連邦にいた時から常に資源の回収・再資源化の設備については時間と手間暇を惜しまなかった。

 そうして建造されたプラントは日々改良を加えられ、稼働実績と運用データを積み重ね、適応範囲を広げ効率化を推し進めていった。

 ノヴァの研鑽が生み出した結果が今、グレゴリーが見ている施設の正体である。

 

「これが持つ意味はグレゴリーさんなら分かるでしょう」

 

「分かりますが正気を疑います。この施設群を動かす電力だけでもメトロ中から買い手が集まります。加えてこの施設の能力が知れ渡れば悪意を持って奪おうとする輩が出てきます」

 

 施設を動かす電力、そして生み出される再利用が可能になった大量の資源。

 どれも慢性的にメトロに不足している物であり、その存在が知れ渡れば組織の大小に関わらず誰もが手を伸ばしてくるのは確実だ。

 

「知れ渡るのは織り込み済みです。その上で欲に目が眩んだ愚か者達の対処を貴方達が得意とする方法で任せたいのです。そういえばプスコフは解散予定と前回聞きましたがどうでしょう、部隊丸ごと雇われてみませんか?」

 

 だがグレゴリーが言う事など初めから想定しているのだろう、ノヴァは慌てる事も取り乱す事も無く話を最後まで聞き続け、その上で改めてグレゴリーに提案をしてきた。

 そして実際に目の前にいるノヴァはプスコフ全てを雇用できるだけの財力が、力がある。

 

「……武器がありません。それに襲撃規模を考えれば軽武装ではなく重武装は欠かせません。しかし今のメトロにある重火器の数は限られどれも貴重な代物です」

 

 だがノヴァからの仕事を受けるには今のプスコフには不足している物が多すぎた。

 携行火器でさえ長年騙し騙しで使い続けて耐用年数はとっくの昔に過ぎているのだ。

 壊れればメトロで入手可能な質の低い部品で補修し何とか稼働している状態に過ぎない。

 そして重火器に至っては現存する数そのものが少なく市場で出回る事はない貴重品なのだ。

 グレゴリーの目にはノヴァはプスコフの戦闘能力を過大評価しているようにしか見えなかったのだ。

 

「二人とも少し移動しませんか、見せたいものがあります」

 

 だがノヴァはグレゴリーの指摘を聞くと今度は二人を伴ってキャンプの一角を目指して歩き出した。

 そうして辿り着いたのはキャンプの中心から少し離れた場所にある廃墟。

 外観はボロボロだが入口を塞いでいるのは新品同然の大きく分厚い金属製の扉である。

 

「この中です」

 

 ノヴァが扉を開き中に入るのに続いて二人も中に入る。

 すると薄暗い外とは違い十分な光量が確保され多くの工作機械が稼働し、その間を真新しい作業着を付けた男達が働いていた。

 

「……これは」

 

「特別製の製造装置とガンスミスとして働いていた移住希望者達が働く武器工房です」

 

 其処は資源化プラントと同時並行でノヴァが建造した施設。

 再資源化した原料、素材を用いてネジ一本、一から製造可能であり銃器生産に特化させた武器工房である

 また働いている従業員は最近になって来るようになった移住希望者の中から銃器製造や保守に関わった人材を積極的に登用している。

 

「帝国軍の正式アサルトライフルAG-48、その後継機として研究、製造された次世代アサルトライフルAG-89に手直しを加えた物です。近代化改修並びにモジュラー化を加えており、現在プスコフが保有している全ての携行火器に置き換える事が可能です。此方は設置式のKSV重機関銃、基礎設計が優秀であったため手は加えていません。他にも試作として幾つか作っていますが見たいものはありますか?」

 

 軍人として生き続けてきたグレゴリーは無意識に渡された武器を構え、薬室が空である事を確認してから引き金を引く。

 淀みの無い澄んだ金属音、作動も滑らかでありガタつきもない、それは今迄使っていた銃が全て使い古された骨董品にしか見えなくなるほどの出来栄えであった。

 

「……貴方は戦争でも起こすつもりなのか」

 

 ノヴァは工房で製作した武器に関する説明を行うがグレゴリーの耳に届かない。

 それ以前に武器ではなく大量の武器が製造可能な工房を見てグレゴリーの口は本人の嘘偽りのない本音を呟いていた。

 

「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。平和を願う者は、戦争の準備をせねばならない。勝利を望む者は、兵士を厳しく訓練しなければならない。結果を出したい者は、技量に依って戦うべきであり、偶然に依って戦うべきではない。古い諺ですが今の時代でも通用する便利な言葉です。結論から言えば私から戦争を仕掛ける事はありません。そんな無駄な事をする意味がありませんから。ですが此処を狙うものは多く、彼らが伸ばす手を打ち払う力が必要なのです」

 

「貴方の目的は電波塔を修理し遠くにいる家族と連絡を取る事だと聞いています。その為だけに此処までするのですか」

 

「必要とあればしますよ」

 

 ノヴァはグレゴリーの本心に対して嘘偽りのない本音を返した。

 その根底にあるのは必要だから作っただけ、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

 グレゴリーが考える様に他の駅に対して侵略する意思などは一切なく、それ以前に何故そんな無意味な事をしなければいけないのか、それがノヴァの嘘偽りのない本音である。

 

「もう一度言います。私ことノヴァは貴方がたプスコフをキャンプの防衛戦力として、戦時には敵を撃滅させる戦力として雇いたいのです」

 

 グレゴリーの抱く懸念に答えたノヴァは再び向かい合い、視線が重なる。

 するとノヴァの目には一目で分かる程緊張し張り詰めた表情をしているグレゴリーがいる。 

 其処には初めて面会した時に纏っていた陰鬱な雰囲気はない、それは今まで見た事がない其処の知れない何かを注意深く観察している一人の兵士がいた。

 それを感じ取ったノヴァは最後に止めの言葉を口にした。

 

「武器がなければ用意しましょう、補給が足りなければ補充しましょう、情報がなければ提供し、プスコフが持てる力を全力で発揮できる環境と装備を整えましょう。その対価として貴方方には戦場で戦ってもらいます」

 

 兵士であろうとし、兵士になれなかった者達。

 彼らがその存在意義を余すことなく発揮できるようにする事がプスコフに示したノヴァの報酬である。

 そしてノヴァの言葉はプスコフを率いるグレゴリーに響き、胸の内から沸き上がる様々な感情が綯交ぜになった表情を何とか取り繕おうとした。

 

「……とは言ってもいきなり返事をするのは厳しいでしょう。お試しで小規模な部隊を雇用する方向で始めていきたいと考えていますがどうですか?」

 

 だがノヴァもプスコフが明日から大部隊を派遣する事が出来ない事を理解している。

 プスコフ内部の多くが解散方向に動き出している以上グレゴリーの一声であっても方針転換をするには時間が必要になるだろう。

 だからこそ間を取って先ずは小規模な部隊の派遣から始めてみようとノヴァはグレゴリーに提案をした。

 そして提案を聞いたグレゴリーは改めてノヴァに最敬礼をすると共に迷いのない声で宣言した。

 

「よろしくお願いしますノヴァ先生、いや、ボスと呼ばせて頂きたい。プスコフ大隊臨時指揮官グレゴリー以下実働可能部隊の指揮を預けます」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「先生、それでプスコフはどうなりましたか?」

 

「何とか口説き落とせたよ」

 

 ノヴァはグレゴリーとの間に大まかな契約内容の素案を作成、細かな調節はプスコフの上層部と合同で詰めていく約束を結んだ。

 そして今までに無い程に活力の漲った表情でグレゴリーがメトロに帰るのを先程見送ったばかりであった。

 そうして一人になってキャンプ内を移動していた所を診療所から出てきたアルチョムと合流したのだ。

 

「それより彼女の傍に居なくて大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ですよ。彼女は強いですし、余りベタベタし過ぎても嫌われるだけですから」

 

 そう話すアルチョムの表情は明るく、一目で浮かれているのが分かる。

 だがそれも仕方がないだろう、今迄父親達との間にある複雑な関係に配慮して隠れる様に付き合っていた二人なのだ。

 それが『禁忌の地』からの救出した事を契機に打ち明け、二人に認めさせたのだ。

 色恋事情という専門外の分野であるため詳しくは話からないがベンチに座っていた二人の父親の様子からして反対はされなかったのだろう。

 その後の関係構築は二人の努力次第だが今までの隠れて付き合っていた時に比べれば大きな進展であり、遠くない内に二人の父親も認めるしかなくなるだろう。

 

「それよりも先生はどうしてこのコンテナに?」

 

「まぁ、確認の為だ」

 

 そうノヴァは告げてキャンプの一角に山と積まれたコンテナ群に移動。

 端末を操作し目的のコンテナを見つけると中に入ると同時に薄暗いコンテナ内部を手持ちのライトで照らした。

 

「……やっちゃったな」

 

「先生、これ全て前哨基地にあったポッドですよね……」

 

「そうだ。エイリアンにしてみれば人間も資源の一種でしかない。此処に山と積まれたコールドスリープポッドの中にいる人間はエイリアンを生み出すための素材でしかない」

 

 ライトで照らした先にあったのはコンテナの中に隙間なく詰められたポッド。

 エイリアンの前哨基地で見つけたものと同一な装置であり、今も稼働を続けているポッドの中には冬眠状態にある人間が眠っていた。

 

「根こそぎ持ってきたが前哨基地に行くまで忘れていたよ」

 

 吹き飛ばしたエイリアンの基地から根こそぎ分捕ってきた大量の物資。

 だが今迄は武器や弾薬、消耗品である機械部品や製造装置ばかりに注目していたせいで用途の分からないコンテナの中身をノヴァは放置していた。

 忙しかったこともあるが、コンテナの量からしてノヴァ一人で把握できる量でもないのだ。

 ならば他の人に任せようにも信頼できる人がおらず、それから色々な出来事が立て続けに起きたせいで後回しにするどころかコンテナの存在を忘れかけていた。

 もし前哨基地を襲撃しなければノヴァは遠からずコンテナの存在を完全に忘れ去っていただろう。

 

「先生は彼らも蘇生するのですか?」

 

「今すぐは無理だ。キャンプの拡張に合わせて少しずつ蘇生するしかない。それに此処に来た本来の目的は不要だと考えていた電源ユニットの回収だ」

 

 電気は幾らあっても困らない。

 一に電力、二に電力、三に電力で四、五番目に水と言われる程であると最初期の連邦で電源確保に奔走したノヴァが辿り着いた考えだ。

 現状のキャンプはエイリアンから奪った発電ユニットを転用して電気を賄っているが工作機械を大量に稼働させるのであれば発電容量はギリギリ、此処に住民の生活インフラも重なれば超過してしまう。

 今はまだ施設群が本格的に稼働していない為に電力にも余裕がある状況だがノヴァとしては今後を見据えて電源に余裕が欲しい。

 その為にコンテナから見つけていない発電ユニットを探し、その最中に大量のポットを発見したのだ。

 これでもしポットの存在を知らずにいれば、疑問を抱くことなくポットを動かしている発電ユニットを抜き取ってノヴァは意図しない大量殺害を行っていただろう。

 その可能性を考えるだけでノヴァの肝は凄まじく冷えた。

 

「ですが中で眠っている人は……」

 

「あぁ、分捕ってきた場所が場所だからメトロの住人じゃない可能性が高い。もしかしたら戦時中の帝国兵か、もしくは当時の帝国で生活していた一般人かもしれないな。だけど目覚めた後にどの様に生きるのかを決めるのは当人次第で、その時に手助けが出来ればするだけ。それ以上の責任は負えない」

 

 そう言ってノヴァは一番近くにあったポッドを操作する。

 中で眠っている人間の状態を確認するだけで蘇生はまだ先の話である。

 だがノヴァの苦難を他所にポットの中で眠っている人の表情は安らかなものであった。

 この人はポッドの外に広がる惨状に関して全く知らない、ならば知らずにこのまま眠らせていた方が良いのではないか、いっそこのまま永遠の眠りに──

 

「……変な考えを起こすな。今するべき事は現状を落ち着かせて早期に電波塔の修理を再開させることだ、それを忘れるな」

 

 不穏な考えをノヴァは脳内から弾き出し、ポッドの操作に専念する。

 余計な事を考えない様に、不穏な思考から逃れる為に。

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地(改)を作成:ミュータント迎撃効率10%向上、

 ・迎撃用の罠を多数設置:迎撃効率20%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:1+10人+村からの一時的な避難民+??? 

 *大量の移住希望者が向かっている

 *コールドスリープ状態の人が大量に保管されていたぞ! 

 →キャンプには彼らを収容する余剰は無い! 

 

 ・放送局制圧進行率 :98%→駆除はほぼ完了している

 ・放送設備修復率  :0%→被害状況の調査を予定している

 

 ・仮設キャンプ:稼働中

 ・食料生産設備:稼働中・自給率は低い

 ・武器製造:火炎放射器 生産完了:予備以外の追加生産の予定は無し

 ・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)市場流通分の追加生産を予定

 ・バイオ燃料:生産中

 

 ・新規施設建造中

 資源回収・再資源化施設:稼働率10%以下

 武器工房:稼働中

 

 ・プスコフ:口説き落とせた、小規模部隊を派遣予定

 

 ・ノヴァ:余計な事を考えるな、目前の課題をまず解決するんだ(自己暗示)



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あなたはそこにいますか
キャンプ『木星』


遅くなりました。
序盤は最期の仕込みを行い、それから物語を大きく動かす予定です。


 メトロの薄暗い地下鉄路線、錆び付いた線路の上をトロッコに乗ったキャラバンが隊伍を組んで進んで行く。

 トロッコにはエンジンは搭載されておらず車輪を人力で動かす仕組みの為速度はそれほど出ていない。

 車体に椅子と柵を付けた単純な仕組みで整備が簡単でありメトロの駅を行き来する為の運搬手段として今でも多くの人々に活用されている。

 

 隊伍を組んでいるキャラバンは複数のトロッコを連結させて移動しており地下には男達がハンドルを上下させる荒い息使いが木霊している。

 トロッコに乗っている男達は交代でハンドルを動かし、疲労した男達はつかの間の休憩をとるが完全に気を抜くことはない。

 トロッコに乗る誰もが耳を澄ませ、繰り返し補修された武器を片時も離さず何時でも撃てる様にしている。

 

「……駅はまだかな」

 

「この調子だと……あと1時間くらいだろ」

 

「そこ、あと少しだが最後まで気を抜くな」

 

 小声で無駄話をする若い男二人に壮年の男性、キャラバンを率いる隊長が注意して気の緩みを引き締める。

 

「はい、ですが此処までくれば大丈夫では?」

 

「そうして油断した知り合いが一月前に死んだぞ。お前もそうなりたいか?」

 

「すみません」

 

「なら黙って警戒を続けろ」

 

 若い男二人は経験の浅さから注意が散漫になってきたのを見た男も若い頃はそうであった自分を思い出すが甘い対応をするつもりはない。

 何故ならトロッコの中央に載っているのは交易の成果である荷物が大量に積み込まれているのだ。

 その貴重性、価値を考えれば周囲の警戒を怠ることは出来ない。

 

 ミュータントのパラダイスと化した地上と比べれば幾らかマシではあるがメトロに広がる闇の中にも人々に害をなす存在が数多くいるのだ。

 食糧や物資を食い荒らすネズミや虫を始めとして地下の暗闇に適応したミュータントや人々を襲い何もかもを奪い去っていく野盗。

 それでもメトロで生きる人々は暗闇から襲い掛かる敵意を跳ね除け、工夫を凝らして日々逞しく生き続けてきた。

 キャラバンが寄り集まって、より規模を大きく組む事も工夫の一つ、移動中の安全確保とミュータントや野盗から襲撃を受けても返り討ちに出来るように、持ち帰った成果を奪われない様に互いに背中を預けるのだ。

 しかしキャラバンが大規模な商隊を組んでいようと大勢の武器を持った男達がいようと油断はできない。

 敵は僅かな隙を逃さず常に暗闇の向こうで目を光らせて襲い掛かってくるのだから。

 

 そうしてキャラバンは隊長の指揮の下で警戒を怠ることなく地下を進んで行った。

 幸運にも規模を大きく組んだお陰かキャラバンへ襲い掛かるミュータントや野盗に遭遇する事も無く暗闇を進み続けること約一時間、キャラバンは目的地である駅に到着した。

 キャラバンは駅への侵入を防ぐ防壁を確認するとトロッコを止める。

 金網と幾つもの木杭によって組まれた防壁はミュータントの侵入を防ぎ、駅を外部の敵から守る物である。

 

「何者だ! 名乗れ!」

 

 トロッコが止まるのと同時に人工的な明かりがキャラバンを照らす。

 そして防壁の上には武装した男達が何人も詰め掛けて銃を向けると共にトロッコに鋭い誰何の声が投げかけられる。

 

「おお! 友よ、久しぶりだな! 俺だ、キャラバンを率いている!」

 

「お前か! どうやら今もしぶとく生き残っているようだな! おい、門を開けろ!」

 

 防壁の上にいた自警団団長はキャラバンを率いる男の顔を見ると同時に警戒を解いた。

 その後ろに止まっているキャラバンにも部下に命じ駅への侵入を防ぐ防壁を開放した。

 そうしてキャラバンに所属する男達は安全地帯である駅に到着したことで一時の安らぎを得ることが出来た。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

「無事を祝って乾杯!」

 

「乾杯!」

 

 駅に迎え入れられたキャラバンは一時解散し所属していた男達は各々駅へ散っていった。

 キャラバンを率いていた男も同様であり防壁の上にいた自警団団長を伴った酒盛りをしていた。

 二人は付き合いの長い友人であり、酒の好みも合うので二人そろった日はこうして酒場に繰り出し酒を飲んでいた。

 無論二人が酒場にいるのは酒を飲むためだけではない。

 キャラバンを率いる隊長と自警団を率いる団長、互いが持つ情報の交換も兼ねた集いでもあるのだ。

 ──最も酒を飲みたいがためにこじつけた理由であると既に多くの人に知れ渡っているが。

 

「それで、お前の所の調子はどうだ。いつもの着ていたボロボロの装備はどうした」

 

「一式買い替えた。最近は実入りのいい仕事が多くて懐は何時にも増して温かい。行く先々の駅も同じようで正に好景気と言ったところだな!」

 

「成程、好景気か。例のキャンプが原因か、確か名前は──『木星』だったか?」

 

「それで合っている。今回の交易は其処に食料品を運び込んで色々買い付けてきた。聞いて驚け、量も品質も一級品の品々が今回の成果だ。だがまぁ、そのせいで移動中は何時襲われるか気が気ではなかったが」

 

 隊長の言葉を聞いた団長がトロッコを見れば駅に住む多くの人が集っていた。

 彼らの目にも今回の成果が凄まじいものであるのが一目で分かったのだろう。

 

「それにしてもあそこは金払いがいい。マフィアのけち臭い仕事よりも大変だがその分報酬は高額、正直に言ってあそこを通さない仕事は受けたくないね」

 

「それ程までか。俺も行ってみようか」

 

「いけいけ、行くなら早めにいかないといい仕事は全部取られるぞ! どうせなら俺と一緒に行くか? 向こうに着いたら驚くぞ!」

 

 今やメトロにおいてその名は知らぬ者はいない『木星』と名前が付けられたキャンプ。

 何の前触れもなく現れたと思えば凄まじい勢いで市場から食料品を買い上げていき、代価として貴重な機材や補修部品を払っていく。

 メトロにおいて常に不足してきた品々が流通を始めるに伴いその名前は知られていき、現在では遠方から態々出向いて交易を始める駅が幾つもあり、絶える気配はない。

 

「それ程羽振りのいいキャンプならマフィア共が放っておかないと思うが?」

 

「あ、マフィア? 無理無理、あんな数しか取り柄の無い屑どもがいくら襲撃しようと返り討ちに遭うだけだ。なにせ向こうにはプスコフが付いているからな!」

 

「プスコフは随分前に落ちぶれたと聞いていたが?」

 

「それは大昔の話だ。今の奴らならマフィアの一つや二つ簡単に殲滅できるだろうよ。なにせ俺が此処に来る前にマフィアの一つが一日で潰されたぞ」

 

「一日で!?」

 

 団長の疑問に酒を飲んで気分の良くなった隊長は勿体ぶることなく答えた。

 その言葉に団長は驚くも信じられなかった、マフィアは組織の大小はあるが非常に厄介な存在であると身を以って知っているからだ。

 

「おう、なんでもちょっとばかし脅してキャンプから用心棒代を取ろうとした馬鹿どもがいたが、実行の前に襲撃されて丁寧な話し合いがされたようだ」

 

「そんなにプスコフは強かったか? 以前見た時は俺達と変わらないボロ装備だった筈、集団行動は優れていたがそれだけだろ?」

 

「確かに昔はそうだった。だが俺が見た時はプスコフの奴らが装備しているのは新品同然の銃や防具だった。運よく近くで見る事が出来たが一目で分かった、奴らの持つ銃と防具の性能は俺達が持っている物とは比べ物にならないぞ」

 

 間近で見たからこそプスコフが装備しているものがどれだけ優れているのか、商売として多くの物を見てきた商人としての経験が一瞬見ただけで判断を下す程の代物である。

 幾ら数が多くとも自分達と大差ないボロ装備を身に着けたマフィアがプスコフを相手に勝てる訳が無いのだ。

 

「それだけの装備何処から集めてきた? それ以前に『キャンプ』が金を持っているのは運よく未発見の機械を大量に見つけたからだと聞いているが」

 

「それ、『キャンプ』の奴らが流した嘘だぞ」

 

「なに、じゃあどうやって……」

 

「作っていた」

 

「は?」

 

「二度も言わせんな。奴らは機械や補修部品を大量に見つけた訳じゃない。キャンプで機械と補修部品を一から作って売っていた。今回、持ち帰ったボルトもナットもOリングも発電機も、今メトロに流れている物全て奴らが作っていた」

 

「……本気で言っているのか」

 

「本気だ、お前も例の『キャンプ』を見れば嫌でも分かる」

 

 自分の言葉を信じられない団長の姿を見ながら隊長は酒を飲んでいく。

 だが信じられないのも仕方がない、自分自身すらこの目で見るまではキャンプは何処かで大量のお宝を見つけてきたものだと考えていたのだ。

 だが団長も自分が見た光景を見れば嫌でも分かるだろう。

 地上に作られた巨大な生産設備、多くの工作機械を動かせる発電量、現在進行形で拡張を続けていくキャンプ、それらを守る最新装備で武装したプスコフの軍勢。

 自分を含めて多くの男達が腰を抜かした光景であり、メトロに帰ってきた今でも幻を見たのではないかと考えてしまう。

 だがトロッコに積まれた品々が夢でも幻でもない、現実に存在していたと告げる証拠だ。

 

「だがまぁ、余り気に病む事は無いぞ。キャンプの奴らはメトロに興味はない、売られた喧嘩は買って再起不能になるまで叩きのめすがそれだけだ。仲良くしていれば喧嘩を売られる事は無い。交易も無理難題を押し付ける事も無いから仲良くした方がいいぞ」

 

 それはそれとして駅の防衛を担う団長の心情も分からない訳ではない。

 物も資源も武力もあるキャンプが突然現れたのだ、キャンプの行動次第で突然矛先が駅に向けられる可能性もあるのだ。

 駅の防衛を任されている団長としては頭の痛くなる問題であるのだろう。

 キャンプの対応についてアドバイスしながら隊長は酒を飲んだ。

 

「まぁ、お前の言う通りにするしかないか。だがキャンプがその様子だと移住を希望する奴らも大量にいるだろう。お前もキャンプに移住希望を出すのか?」

 

「移住は……したいと思っているが当分先だな。お前の言う通りで移住を考える奴らがキャンプには大勢いた。俺が行った時は順番待ちの状態だったが受け入れ自体は行っていた」

 

「……改めて聞くと凄いな」

 

「だろ」

 

 メトロの駅に居住出来る人の数は多くない。

 元々の構造として人間が住む事を想定していないので狭い空間に多くの人間を押し込む事で現状はギリギリのところで成り立っている。

 だからこそ容易に人を増やす事は出来ず、毎年少なくない人数が駅から出て行く。

 多くは自発的に出て行くが犯罪を起こした罰として駅から追い出す事もある。

 彼らが駅の外へ出て行きそれからどうなったのか聞く事は殆ど無い、運が良ければ他の駅やコミュニティーに住むことが出来るだろう。

 だが運が悪ければ彼らはメトロの暗闇に飲まれ帰ってくることは無い、残酷ではあるが彼らにとってそれが当たり前なのだ。

 だからこそ多くの移住希望者を受け入れ続けているキャンプの存在は駅にとって有難い存在でもあるのだ。

 

「それでキャンプの代表は誰だ、俺でも知っている奴か、どんな奴だ?」

 

 だからこそ団長はキャンプを作り上げた代表が誰であるのか聞きたかった。

 自分達では逆立ちしても出来ない事をやってのけたのはどの様な人間なのか。

 自警団団長として、一人の大人としてその人物を知りたかった。

 

「待て待て、今思い出す。確か名前は……、オルガ? いや彼女は交易の元締めであって代表じゃない。ソフィア……でもなかった」

 

「噂話でしか聞いていないが俺でも二人は違うと知っているぞ。ソフィアは『壊し屋』と呼ばれる傭兵でキャンプを率いる能力があるとは聞いていない。オルガに関しては詳しくは知らないがマフィアに目を付けられた女だっただろ」

 

「そうだった、二人じゃなくて確かセルゲイ、アルチョムの……」

 

「『皆殺し』と『探検家』、お前本当にキャンプに行ったのか?」

 

「行ったさ! 俺がいた時に姿を見ていないだけだ」

 

「……まぁ、代表ともなれば忙しいのだろう。俺が聞いた噂では2mを超える巨漢の男だとか、頭だけが異様に大きい老人だとか色んな噂を聞いたが合っているか?」

 

「それは違うらしいぞ。俺も向こうで聞いたら嫌な顔で否定された、相手によっては喧嘩売っていると受け取られるから口にするな。馬鹿が一人、殴られてキャンプから追い出されたのを見たからな」

 

「ほう、慕われているな」

 

「付き従ってくれる部下がいないとあれ程の──、思い出した!」

 

「何を思い出した?」

 

「確かキャンプの代表、姿は知らないがキャンプの住人からの話じゃあ『ノヴァ』と名乗っているらしい」

 

「ノヴァ?」

 

 隊長が思い出したキャンプの代表である人物、その名前は『ノヴァ』というらしいが団長が記憶している限りではそのような名前の人物は聞いたことが無かった。

 だからこそ団長は一人で考えてしまう、ノヴァという人物は何者なのか、何処から来てメトロで何を成そうとしているのか。

 だが幾ら考えようと答えは分からないままであった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 今やメトロに広く知れ渡ったキャンプ『木星』は人々の話題の中心であり、またキャンプを率いている代表に関しても多くの噂話が流れていた。

 2mを超える巨漢の男、頭だけが異様に大きい老人、目覚めた地底人、帝都から追い出された貴族である等々。

 様々な噂話がメトロに流れては消えていき、姿を知らない人々は好き勝手に色々な想像を語っては笑い話として楽しんでいた。

 

 そんな話題の中心人物であるノヴァは──

 

「燃え尽きたぜ、真っ白にな……」

 

 有名な某ボクサー漫画の如くキャンプにある執務室の椅子に座りながら項垂れていた。

 キャンプの拡張計画が動き出してから32日目、噂の人物であるノヴァは仕事のし過ぎによって真っ白に燃え尽きる寸前であった。

 



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お仕事を頑張ります

 地上の冷気に晒されながらも現在メトロで最も勢いのあるキャンプ『木星』。

 多くの駅から来訪者が訪れては大小様々な取引が行われ活気に溢れ、また多くの移住希望者が集いキャンプは日々拡張を続けていた。

 そしてキャンプの中央にあった廃墟は度重なる改修が行われ今やキャンプの心臓部と化し重要人物の仕事場兼居住地となっている。

 そんな建物の中で一フロアを丸々使用し仕事場、執務室、研究所、と最後に家を兼ねたフロアに住む事を余儀なくされた人物であるノヴァは──

 

「うぅ、仕事が、仕事がぁ~」

 

 執務室にある机の上に突っ伏して悪夢を見ていた。

 寝ていながら顔を苦渋に歪ませ口からは夢の内容が容易に察せられる寝言が零れていた。

 だが所詮は夢であり悪夢に魘されて身動きした際に発生した音でノヴァは悪夢から目を覚ました。

 

「ヤバい、少し寝ていたか!?」

 

 寝ぼけ眼で時計を見ると十分程度眠っていた事に気付き、また机に積み木の様に積まれた書類などが床に散らばっているのを見てノヴァは書類を拾う為に床に這いつくばった。

 

「技術以外の問題は任せる事が出来る、けど逆に言えば技術関係の問題に対処できる人が殆どいないのはヤバいな。ええと、水道、送電関係のシステムに異常なし。下水の処理機能も問題なしで野菜工場も大丈夫。後はなんだっけ? あぁ、大事な武器工房と製造所も問題なしで大丈夫だな」

 

 最近はザヴォルシスク郊外にまで移動し手付かずの森林から木材を調達し加工まで行うようになった事で自給が出来るようになった紙。

 メトロにおいて紙は貴重であり用途は幅広く現在はキャンプの扱う機械や補修部品等の主力商品に劣らない売り上げを出すようになった。

 だがその代償として木材加工施設や伐採機械などを新たに製造する必要があり肉体労働以外の頭脳労働は全てノヴァが行う必要があった。

 そして木材加工施設以外にもキャンプで稼働している各種インフラシステムを完全に理解できているのは現状ノヴァ一人しかいないため整備に関しては重い負担となっている。

 

「メッチャつらい。メッチャつらいけど、あともう少しで一通りの知識を叩き込んだ各種インフラの責任者が出来る。それまで耐えてくれ俺の身体! いや、やっぱつれぇわ。もう一歩も動けない」

 

 ノヴァも現状のままでは何れ大きな問題が起こると予想しているためマニュアル作成や各種インフラの整備が可能な人材の育成に力を入れていた。

 だがそれでも身体、特に頭脳労働で酷使した脳は休息を欲する程に疲労が溜まり、書類を拾う為に屈んだ床から立ち上がれない程であった。

 

「失礼します、ボス。もう少しで会議の時間ですが起きていますか?」

 

 そんな時に執務室の扉が叩かれて一人の女性が入って来た。

 切れ長の目をした美人さんであり床に散らばった書類と屈んだノヴァを見て状況を直ぐに察したのかノヴァの直ぐ傍に屈んでは書類を集めていく。

 

「どうやら随分疲れているようですね。会議の方は私から各部署に連絡を入れて3時間ほど遅らせましょう。短い時間ですが横になってお休みください」

 

「……どちら様ですか?」

 

「タチアナですよ」

 

「タチアナ、タチアナ。あぁ、タチアナさんか」

 

 ノヴァは動きの悪い脳から記憶を掘り起こし該当する人物を直ぐに思い出した。

 エイリアンの基地から強奪したコールドスリープポッドで冬眠状態にあった人達、その中にいた一人がタチアナを名乗る目の前にいる女性であった。

 

「済まない少し眠らせてもらう」

 

「3時間後にまた来ます。書類の方も私が整理しておくのでゆっくりしてください」

 

 だがそれ以上ノヴァに考える余裕は無かった。

 ふらふらとベッドに向って歩き勢いよく倒れ込むと掛け布団で全身を包み込んだ

 

「うう、ベッドから離れたくない……」

 

 そう呟いた直後に襲ってきた眠気にあっさり降伏したノヴァはベッドで小さな寝息を立てて眠った。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 三時間の睡眠は死にそうになっていた脳を復活させるのには十分であり、幾らかマシになった頭でノヴァは会議室にある自分の席に座っていた。

 

「ボス、大丈夫。無理をしたら駄目よ?」

 

「そうだよ。今はまだボス以外にキャンプのシステムを整備できる人がいないから無理は禁物、任せられる箇所があれば僕達にどんどん割り振っていかないと無理を重ねて倒れてしまうからね」

 

「はは、気を付けるよ」

 

 先に会議室に来ていたソフィアとオルガから心配されたノヴァは返事をしつつ会議室を見渡した。

 既にキャンプにおいて役職も持っている人物は勢揃いしており最後に来たのがノヴァであったようだ。

 

「それでは会議を始めます」

 

 タチアナはノヴァが席に座った事を確認してから会議を始める。

 既に何度も繰り返された会議であり話し合うのは専らキャンプの運営に関する事である。

 内容はキャンプの拡張に合わせて報告内容は増えていくが時間はそう掛からず会議は順調に進行していく。

 しかし最終的には毎回同じ問題で会議室にいる誰もが頭を悩ませるのが定番となっていた。

 

「大きな問題はやはり移住希望者か。初めのころよりだいぶ落ち着いてきたと思ったけど一向に収まる気配がないね」

 

「はい、内政部の見解として現状は居住可能な土地は不足していません。ですが居住空間として流用できる廃墟は少しずつ減っているのが目下の懸念事項です」

 

「そう遠くない内に建物を一から作るか、地下空間を拡張するか。どちらも悩ましいな」

 

 内政部を取り仕切っているのは今朝執務室に来た女性タチアナである。

 彼女は冬眠から目覚めた直後は混乱していたが落ち着き、一般人であったと伝えられたがその後のやり取りから妙に組織運営や人心掌握に優れていたのでノヴァがキャンプの主要メンバーに起用した経緯を持つ。

 そして彼女が取り仕切る内政部はキャンプの細々した移住者対応や住民の生活相談窓口として働きキャンプにとって欠かせない部署となった。

 

「商業部も移住希望者を採用しているけど受け入れは困難になってきたよ」

 

 オルガは商業部を取り仕切り、キャンプが生産する各種製品の売買を担当している。

 また戦闘を伴わない肉体労働等を斡旋する事業所の側面を持ち合わせており移住希望者の雇用先の調整も担当していた。

 

「傭兵部はまだ余裕があるけど仕事が増えないと暇を持て余す人がそろそろ出て来るわよ」

 

 ソフィアは傭兵部を取り仕切り、キャンプに仕事を求めに来た傭兵を一元的に管理している。

 しかし組織運営に関しては商業部であるオルガが兼任し暴れ出そうとする傭兵を新調した外骨格で大人しくさせるのがソフィアに求められる役割である。

 

「そうか。となると新しく仕事を作らないと駄目か」

 

 オルガとソフィアの報告を聞いたノヴァは移住希望者の増加に頭を悩ませる。

 だが事前に想定していた状況の中では現状はまだマシな方であった。

 最悪の場合はキャンプでは捌けない程の難民と化した移住希望者が押し寄せる事もノヴァは想定していた。

 それに比べれば手綱を握れる状態である事は喜ばしい、対応さえ間違わなければ移住者問題はこれ以上悪化する事はないのだ。

 

「取り敢えず以前から構想だけはあった防壁の建設を始めよう。それで幾らか人を吸収できるだろう。後、それ以外に出来る事は住民の自由な商売を認める事だが」

 

「治安維持を担う憲兵の編成は終えていますので問題ありません。ボスの許可があれば今日からでも活動可能です」

 

「なら移住者の商業活動を認めるか。それでも無節操に活動は許可できないから認可制で活動を認める方針にする。内政部に追加の人手は必要か?」

 

「其方に関しても対応済みです。目ぼしい人材は既に確保しています」

 

「……いやホント凄いね。スカウトして正解だったよ」

 

 現状のキャンプにおける働き口はノヴァが計画している拡張計画に伴う仕事が殆どである。

 だがそれで住民全員を雇用しきることは不可能、完全雇用を実現しようにもこれ以上の計画の前倒しは物資供給が間に合わず、また監督する為の行政能力が足りない。

 始めから社会主義の様に真っ赤な統制など出来はしないと考えていたが現状はノヴァの予想を超えてしまった。

 であるなら治安が悪化しない程度に自由な商業活動を認めてノヴァに頼らない働き口を作るしかない。

 だが全てはノヴァの考えた机上の空論に過ぎない、最悪の場合は商業活動の統制が取れず治安崩壊のケースも考えていた。

 だが先手を打って下準備を既に済ませていたタチアナの行政手腕のお陰で事態の悪化が避けられる見通しが立った。

 事前に通達はしていたとはいえ此処まで順調に計画を進められるのは彼女のお陰であるのは間違いなく、ノヴァは彼女の能力に舌を巻く他ない。

 

「ふふっ、これ位何てことありませんよ」

 

 そして仕事の手腕を認められはにかむ彼女にノヴァは何かを感じていた。

 何かは悪意などではない、彼女の今迄の行動でキャンプの物資を悪用或いは横流しするような行動は確認できなかった事から危険視する必要は無いのだろう。

 何より拡張の一途を辿るキャンプにとって彼女の行政能力は最早欠かせない段階になっており、内心にどの様な物を飼っていようと登用するしかないのだ。

 

「では私の方からよろしいですか?」

 

 口には出さず内心で色々考えているノヴァであるが会議は進んで行く。

 そして会議も終わりに近づき最後に残ったのはキャンプの防衛を担う軍部を取り仕切るグレゴリーを残すのみになった。

 初めてあった時とは見違えるように生気に漲るグレゴリーの表情、だが今日は何時にも増してギラギラとする戦意を醸し出していた。

 

「ああ、大丈夫だ。それで例の共産主義者達はどうだ?」

 

 メトロには特定の思想を基にして独自の勢力を築いている駅が存在している。

 その中には共産主義を党是とする共産党をトップにした駅も存在し、その勢力はメトロに広く名前が知られる程大きなものであった。

 そしてノヴァのキャンプは件の共産党に協力関係を結ばないかと非常に熱意が込められた勧誘を受けたばかりであった。

 

「どうやら中央議会では我々のキャンプに対する非難の大合唱のようです。彼らの言い分としては此処を不当に占拠し本来であればメトロの為に活用されるべき資源を我々が独占していると。間違った現状を在るべき形に戻すために協力を提案したが一瞥もせずに断ったと言っています」

 

「あれが協力とはね。問答無用の武装解除にキャンプのすべてが党の管理下に置かれて党のお偉いさんが移住するのを向こうでは協力というのか」

 

 共産党から来た使節から手渡された書簡に書かれていた協力内容、それはノヴァのキャンプに対する無条件降伏要求に他ならない代物であった。

 その為ノヴァはある程度制御が可能な移住希望者よりも共産党を厄介且つ目下最大の脅威として捉えていた。

 

「奴らは寄生虫です。少しでも豊かな場所を見つければ難癖をつけて強請に来る。それが共産主義者の唱える人類平等の形であると彼らは唱えています」

 

「本当に厄介だな。──問答無用で潰すしかない」

 

 キャンプの占拠を企む共産党、その膨大な数の党員を雪崩の如く差し向け目標となった駅にある人も物も何もかも奪い去る狂信者の集団。

 その党是が如何に人類平等を謳っていようと奪われた者達から見れば略奪の為の言い訳にしか聞こえない。

 過酷なメトロで生きる為に共産主義に染まるしかなかったとしても言い訳にはならない。

 そしてノヴァは共産党を敵と定めた。

 対話は不可能、実力を以て排除するしかないのだ。

 

「グレゴリー指揮官、其方に供与した戦車の習熟度はどの程度だ?」

 

「何時でも実戦投入可能です!」

 

 プスコフに供与した戦車、ザヴォルシスク郊外から発見し回収した帝国製戦車の車体を流用しエイリアン製多脚戦車の予備部品と武装で作り上げた異形の戦車。

 主砲の代わりにエイリアン製の大口径のエネルギー砲を組み込み、対人火器として火炎放射器と機銃を搭載。

 脚部を畳んで線路を走行する事が可能であり四脚で自立しての移動も可能としている。

 嘗てプスコフ凋落の原因となった共産主義者との戦闘、何重にも張り巡らされた防壁を稼働可能な電車で突き破る戦法を取られたと聞いたノヴァが用意したのが対軌道戦車であるキメラ戦車であった。

 それを二両与えられたプスコフはキメラ戦車の習熟に勤しみ戦力化を達成した。

 

「オルガ、商業部を通して情報収集を進めていたが大きな変化は聞いているか?」

 

「共産主義者に困っている同業者を引き入れて情報収集をしているけど武器と食料品の買

 い込みが増えただけ。向こうは侵攻の準備を始めた段階だよ」

 

「傭兵部、探索部は計画している進行ルート上に大きな変化を確認しているか?」

 

「ないわよ」

 

「此方も同じです。遠方から接近する群れも観測していません」

 

「内政部の方は?」

 

「周辺駅の抱き込みは完了しています。快く我々が駅を通過する事を認めてくれています」

 

 キャンプ『木星』の暴力装置であり生まれ変わったプスコフの戦闘準備は完了。

 地上移動時におけるルートに大きな障害は確認できず、メトロにおける進行ルート上にある駅の抱き込みも完了

 全ての下準備は整えてあり、後はキャンプを率いるノヴァが決断するだけである。

 

「了解、それじゃ作戦『レッドパージ』を始める」

 

 そしてノヴァは決断を下す。

 苦労して築き上げたキャンプを我欲のままに欲し、占拠を企む共産主義者達に代償を支払わせる事を。

 今後余計なことが出来ない様に〆て分からせることを。

 そうしてノヴァの言葉を聞いた主要メンバーが席を立ち会議室を去っていくのを眺め、一人になったのを確認してからノヴァは小さな声で呟いた。

 

「なんで俺はリアル大戦略をやっているのだろうか?」

 

 ノヴァの疑問に答えるものは誰もいない。

 会議室の冷たい空気の中にノヴァの言葉は消えていった。

 

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 ・放送局を占拠しました。

 ・施設を完全に制圧しきれていません。

 ・ランダムでミュータントが襲撃してきます。

 ・簡易陣地(改)を作成:ミュータント迎撃効率10%向上、

 ・迎撃用の罠を多数設置:迎撃効率20%向上

 ・放送設備は使用不能です。

 ・労働可能人員:625人(現在も増加傾向にある)

 

 ・放送局制圧進行率 :98%→駆除はほぼ完了している

 ・放送設備修復率  :71%→ノヴァ直轄の部隊が修復中

 

 ・仮設キャンプ:稼働中(移住希望者の一時受け入れ先)

 ・大規模居住施設:多数稼動(キャンプの住人用)

 ・食料生産設備:多数稼働中・自給率は上昇傾向

 ・武器工房:多種多様の武器を製造

 ・道具製造:汚染除去フィルター(マスク用)等を始めとして多数生産

 ・生産設備:機械、補修部品等を多数生産

 ・バイオ燃料:プラントを追加建造し大量生産中

 ・資源回収・再資源化施設:稼働率60%

 ・その他新規施設建造中

 

 ・プスコフ:ノヴァ謹製の装備により新生、ほぼ全ての部隊がキャンプに常駐、共産党絶対コロス

 

 ・ノヴァ:おしごといっぱい

 



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あともう少し

『レッドパージ』、それはキャンプの占拠を企む共産党勢力、その戦力の中心を担う共産党軍に先制攻撃を行う軍事作戦名である。

 作戦においてノヴァが最低限求める成果は共産党軍が保有する装甲突撃列車の完全破壊、キャンプ侵攻の為に集積している武器・軍需物資の焼却である。

 そして命令を受けたグレゴリー指揮下のプスコフはノヴァの定めた目標を達成可能な作戦を立案し、ノヴァによる最終承認を経て作戦を実行に移した。

 

 実行に移された『レッドパージ』、その知らせを受けたプスコフの隊員は大げさに騒ぎ立てる事無く、されど誰もが戦意を漲らせた。

 何故ならプスコフにとって共産党軍は因縁のある相手であるからだ。

 彼らが落ちぶれる事になった原因、二十年前にメトロに密かに建造されていた軍事シェルターを発見し、利用していたプスコフを共産党は事前通告なく襲撃しシェルターの強奪を企んだのだ。

 まるで波の様に押し寄せる共産党軍、人命を顧みずそれどころか後方に配置された督戦隊によって追い立てられる、粗末な武装をしただけの人民という名の肉壁。

 プスコフが幾ら優れた戦闘能力を持っていようと数によって磨り潰す狂気としか言いようがない共産党の攻勢を前にプスコフは押し込まれ、最終的にはシェルターを放棄する一歩手前まで追い詰められた。

 そしてシェルター放棄が目前に迫った時、当時のプスコフ上層部は困難な判断を迫られた。

 

 生き残ったプスコフの生存を最優先してシェルターを開け渡すか、或いはシェルターを共産党が利用できない様にプスコフ諸共自爆させるか。

 

 細工を施す時間も無い、共産党軍に降れば生存は出来るかもしれないがプスコフは今後共産党の走狗として使い潰されるだろう。

 自爆を選べばシェルターに保管されている物資を共産党が利用する事は出来ない、だがプスコフは逃げる事が出来ずに壊滅する。

 

 二者択一、どちらか一方しか選べない窮地にプスコフは追い込まれた。

 

 だがプスコフの隊員にいた一人──当時からプスコフ最強と呼び声高かった若きセルゲイは単独で共産党軍が蠢くシェルターに潜入、上層部の判断を仰ぐことなく独断専行でシェルターの自爆スイッチを押した。

 鳴り響く警報、突然の事態に慌てふためく共産党軍とは正反対に事態を理解したプスコフは即座にシェルターの自爆範囲から全力で部隊を逃走させ、壊滅を免れることが出来た。

 反対に自爆に巻き込まれた共産党軍は壊滅的な被害を受け戦力の再建に長い時間を必要とする羽目になった。

  

 窮地を脱したことに誰もが涙を流したが其処からプスコフの長い苦難が始まった。

 乏しい武装に数を大きく減らした部隊、そして共産党軍に敗れたという情報は瞬く間にメトロに広がり名声は失墜した。

 買い叩かれ、捨て駒にされ、見捨てられた、生き残った事を喜んでいたいた筈が戦いの中で死ねなかった事を悔やんだ。

 理性ではセルゲイの行動によって自分達は助かったと理解している、だが感情はそうもいかなかった。

 その時の辛く苦しい記憶は未だに薄れる事無くプスコフの脳に刻み込まれている。

 だからこそ彼らはこの千載一遇の機会を逃すつもりはない。

 何度も作戦を見直し、抜け穴を潰し、部隊を練成し、武装を完璧に整えた、失った牙を取り戻したのだ。

 後は怨敵の喉笛に喰いつき引き裂くだけ、そして待ちに待った日は訪れ──。

 

「プスコフが一日でやってくれましたよ、先生」

 

「いや、早くない?」

 

 作戦の経過を序に知らせに来たアルチョムによってもたらされたプスコフの戦果。

 それはノヴァとしても想定外の早さであり、たった一日で共産党軍が壊滅状態になるという想定外の大戦果であったのだ。

 

「それは仕方ないかと。共産党軍の拠り所である人海戦術が通用しないのであれば士気がガタガタになるのは当然でしょう」

 

「……グレゴリー達に過去の戦闘を聞いていたのは正解だったようだな」

 

 プスコフの襲撃を受けた共産党軍は多大な犠牲を出しつつも反撃、数に任せて人民と言う名の肉盾をプスコフに差し向け圧殺しようとした。

 だがメトロという閉鎖空間と今回の襲撃でプスコフが投入した武装──ノヴァが建造したキメラ戦車の吐き出す火炎放射器が凶悪な戦果を叩き出した。

 押し寄せる共産党軍が一人残さず身体を焼かれ火達磨となる、仮に炎を越えても濃密な弾幕が貧相な防具を撃ち貫いた。

 たった二両のキメラ戦車が共産党軍の人海戦術を防ぎ無力化した。

 その衝撃はプスコフより共産党軍の方が大きく、敵ながら哀れになる程に動揺していたようだ。

 

「特に作戦に参加した父も目を見張るような活躍をしたそうです。共産党軍の後方に単身で侵入して士官クラスを軒並み始末したようです」

 

「因縁があるとはいえ張り切りすぎだよ、セルゲイさん……」

 

 プスコフから離れたと言っていたセルゲイだが作戦の開始と同時にプスコフに同行。

 蟠りを解消したグレゴリーの指揮下で『皆殺し』の異名に恥じない戦果を積み上げていたと聞かされたノヴァは何とも言えない表情をするしかなかった。

 

「まぁ、これで共産党は瀕死の状態、周りの駅も放っておかないだろうから暫く余計な行動はとれないだろう」

 

 とは言え、『レッドパージ』作戦はノヴァの定めた目標を全て達成。

 装甲突撃列車は事前に調査を行い判明した全てを破壊、侵攻の為に集積していた軍需物資も軒並み焼却し戦力として見れば共産党軍は崩壊したも同然である。

 加えてセルゲイの戦果により大量の士官クラスを失った共産軍は組織だった行動を採る事は困難になった。

 共産党に残ったのは現場を理解していない政治屋だけになり今回の責任の所在を巡って粛清の嵐が吹き荒れ当分の間は身動きが取れないだろう。

 そうなれば周囲に存在している他勢力が動き出すのは必然であり、防備の薄い駅を切り取るか報復攻撃を行うだろう。

 其処から先の事は分からないが襲撃以降は関与するつもりがないノヴァにとって余計な行動をしないのであればこれ以上共産党を注視する理由がない。

 ノヴァにとって共産党とはその程度の存在なのだ。

 

「それで例の探し物はどうだ?」

 

「商業用の小型核融合炉を幾つか発見しましたが損傷が激しいです。これでも利用できるのですか?」

 

「……アルチョムが見つけた核融合炉は一見した限りでは本格的な修復が必要だ。だが使えない事もない、電気は幾らあっても困らないからな。キャンプに使う以外でも帝国式小型核融合炉を解析できれば他の駅との取引にも使えるだろう。いざとなれば完全補修した核融合炉の代価に色々と条件を飲ませる事も出来る」

 

「分かりました核融合炉の探索は工業地域を重点に行います」

 

 ノヴァにとって今現在最優先する事はキャンプの継続した発展と安定である。

 アルチョムに探索を依頼した核融合炉もその一つ。

 住民の増加に合わせ空調や下水処理、食料生産等の施設の稼働に必要とされる電力は増加の一途である。

 現状のままであればキャンプの発電量に問題は無いが、増え続けていく住民を前にすれば消費電力の増加の機会を見逃す事は出来ない。

 またキャンプ以外でも稼働する小型核融合炉はメトロにとって喉から手が出る程欲する代物である、上手く使えば他の駅を味方に引き込める切り札としても運用できる。

 

「それともう一つの探し物であるアンドロイドは未だに見つかっていません」

 

 だがノヴァがアルチョムに依頼したもう一つの捜索、アンドロイドの発見・回収は全く進んでいなかった。

 

「……そうか。帝国は民間レベルでのアンドロイド導入に後ろ向きだったと過去の記録にはあったが、まさかザヴォルシスクの内外に一体もいないとは。いや、連邦に対する破壊工作を考慮してなのか?」

 

 民間レベルで積極的にアンドロイドを運用していた連邦とは違い、帝国はアンドロイドの投入に後ろ向きであり民間には殆ど普及していなかった。

 帝国においてアンドロイドの普及に一体どの様な問題があったのか今のノヴァには知る術はない。

 過去の記録に残っているのは様々な論争があったものの普及には至らなかったという事実だけだ。

 

「まぁ、これ以上考えても仕方がない。アルチョムの探索部は暫く休んでくれ。最近は無理をさせていたからな、休暇は長め、手当も弾もう」

 

「ありがとうございます」

 

 しかし何時までも答えの出ない問題に頭を悩ませるのも無駄である。

 そう考えたノヴァは思考を止め、核融合炉とアンドロイドの探索を任せていたアルチョムを労い、報酬と休息が書かれた書類を渡す。

 書類に目を通し上機嫌になって執務室から去っていくアルチョムの姿を見送ったノヴァは椅子に深く腰掛けて何とはなしに天井を眺めていた。

 

「これで間近にあった厄介な問題は殆ど片付いた。後は電波塔に専念するだけだ」

 

 移住希望者の出現から始まったキャンプの拡張計画、一か月以上に及び様々な出来事があった日々であったが共産党問題が片付いた事でノヴァは漸く落ち着くことが出来た。

 未だ細かな仕事が幾つか残っているもの、時間経過で解決するものが殆どであり慌てる必要はない。

 何はともあれこれで漸くノヴァは本来の目的に専念できる環境が整ったのだ。

 今迄後回しにせざるを得なかった作業にノヴァは取り組もうとし──、執務室の扉が叩かれると共にタチアナが部屋に入って来た。

 

「おめでとうございます、ボス。共産党勢力を壊滅させたことでキャンプの名声はまた一段と高まりましたね」

 

「これ以上高まって欲しくは無いよ。こちとら基本的に平和に過ごしたいだけなの、Love&peaceなんだよ。なのにもう……」

 

 執務室に入ってきたタチアナは共産党に勝利したことを我がことの様に喜んでいるがノヴァは同じ気持ちになれなかった。

 必要であったから戦っただけであり、不必要であればノヴァは共産党と戦うつもりは無かったのだ。

 

「ふふっ、本当に無欲ですね。ですが現状のキャンプの戦力は周囲一帯に存在するどの勢力と比べても突出しているので注目は避けられません」

 

「……分かっているさ」

 

「ですが受け身のままのボスも悪いかと。周囲の勢力からすれば分かりやすくメトロを支配すると宣言してもらった方が身の振り方を決められますよ」

 

「いやだよ、メトロの天下統一なんて絶対面倒だよ」

 

「帝都にでも攻め込みますか? 立地的に見ても帝都はメトロの中心にある要所、戦略的にも対外的にも美味しい場所ですよ」

 

「しないって、なんで帝都に上洛する流れなの?」

 

 タチアナの指摘が的外れではない事はノヴァにでも分かる。

 無欲でありながら強力な戦力を保有しているノヴァを理解出来ない、或いは潜在的な脅威であると見做している駅も何処かにはあるだろう。

 タチアナの言う通りに戦力に見合った野望、或いは欲望を前面に押し出せればメトロの各駅も同調するか反発するかで分かりやすい反応を返してくれるだろう。

 だがその先に待つのはメトロを舞台にした戦国時代の幕開けである。

 そんなものは御免である、ノヴァにしてみれば今以上に厄介な問題を態々起こすつもりは毛頭ないのだ。

 多少面倒であっても平和が第一、それがノヴァの考えである。

 

「第一帝都侵攻の神輿になる人物も正当性も此方には無いからね」

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。私に任せてくれれば全て整えますよ」

 

「……ははは。勿論冗談だよね、タチアナさん顔怖いよ」

 

「ふふふ」

 

 ノヴァの目の前に立つタチアナの口は朗らかに笑っている、だが目が笑っていない。

 細められた切れ長の瞳、其処から醸し出される言外の圧は元から美人な女性であることを加味しても中々の迫力であった。

 

「あ、ゴメン時間だわ! あと取引に使えそうな核融合炉を幾つか作る予定だから細かい部分は頼んだ!」

 

 そして圧に耐え切れなくなったノヴァは言い訳と共に椅子から立ち上がるとそそくさと移動を開始、執務室から出て行こうとした。

 

「気が変わったら何時でも言って下さい。手筈は整えますから」

 

「変わらないから!」

 

 執務室から去るノヴァの背中に向けてタチアナは短く語り掛け、ノヴァは即答すると執務室から出て行った。

 執務室の中で遠ざかる足音を一人聞いていたタチアナは足音が完全に聞こえなくなるとポツリと独り言を漏らした。

 

「……本当に可愛い人ですね」

 

 その言葉を聞くものはタチアナ以外には誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 キャンプ中央に位置する電波塔。

 以前は大量のミュータントが棲み付き、ノヴァが粗方駆除し終わった後は移住者問題で放置されていた施設であった。

 だが今は多くの人が出入りをしており電波塔の機能復旧に向けて働いており──。

 

「マリソル中尉~、マリソル中尉~、何処にいるの~?」

 

 ノヴァはど真ん中で大声を出して人を探していた。

 その光景を何度も見た事がある作業員達は呼び出された人物の苦労に思い馳せると共に今度はどんな難題を吹っ掛けられるのか耳を傍立てていた。

 

「此処にいますよ」

 

 そしてノヴァから呼び出された人物は至って特徴の無い人物であった。

 眼鏡を掛けた中年男性であり着込んでいる作業着は所々汚れていた。

 だがその没個性的な顔を見たノヴァは先程まで一緒にいたタチアナとは違い言葉で上手く表現できない安心感に包まれた。

 

「うう、マリソル中尉。君はそのままでいてくれ」

 

「貴方は何を言っているのですか」

 

 ノヴァの突拍子もない言動に呆れるしかないマリソル中尉であったが、頭を切り替えると自分の作業場所にノヴァを案内した

 

「それで修復は何処まで進んだ?」

 

「復旧は八割完了、後は細かな調整とアンテナを電波塔に取り付ければ終わりです」

 

「漸く修復が終わるのか」

 

「はい、後は機材が問題なく稼働するのか確認を終えれば何時でも使用可能です。問題があるとすれば通信ですが、こればかりは何度も試してみないと分かりません」

 

 マリソル中尉はコールドスリープポットから目覚めた人物であり元は帝国陸軍通信部隊に所属していた技術士官である。

 目覚めてからはコールドスリープポットから目覚めた他の人物達と同じように混乱していたが落ち着きを取り戻してからは生活の糧を得る為にノヴァの下で働くこととなった。

 技術士官としての経歴は伊達ではなく電波塔の修復を任されてからは同じようにコールドスリープポットから目覚めた帝国軍人達を集め少しずつ修復を進めていた。

 その甲斐もあり電波塔の修復はノヴァの予想を超えて進行し修復は目前となった。

 

「となると問題はエイリアンの気象兵器か。マリソル中尉の話を聞くまで信じられなかったが認めるしかないな」

 

 ──だがマリソル中尉によって電波塔とは別のエイリアンの気象兵器による広範囲に及ぶジャミング問題が浮かび上がった。

 

「ボスの通信相手、連邦まで電波を飛ばそうとするのであればジャミングを前提として高出力で電波を照射するしかありません。ですが……」

 

「どの位の出力が必要なのかは不明。まぁ、やるだけやる、それしかないさ」

 

 エイリアンが建造した地球テラフォーミング用の気象兵器、戦時中に発見され事態を重く見た帝国空軍によって破壊された──と当時いた部隊の噂話で聞いたらしい。

 だがザヴォルシスクの──、激変した故郷の環境を見たマリソル中尉はエイリアンの気象兵器は今でも稼働していると答えた。

 そして中尉の発言を裏付ける様にエイリアンの前哨基地から抜き出した通信装置の計測データから広範囲に及ぶジャミングを検知したのだ。

 だがそれを考慮した形でマリソル中尉は電波塔の通信設備を再建していた。

 

「皆もう少しだ、もう少しで届く」

 

 ルナ、サリア、デイヴ、アラン、五号、……あとマリナやアンドロイド達。

 遠く離れた家族に連絡を取れるようになる日は確実に近付いていた。

 



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面倒な女

 キャンプ『木星』には廃墟化した建物が数多く存在している。

 高層建築物である電波塔をはじめとしてザヴォルシスク放送局がスタジオを構えていたビルがあり、近くにはショッピングモール等の商業施設も数多く存在する。

 元々電波塔の一帯は商業地区として栄えていたのか大型建築物が多くあり、地上から人間が居なくなると数多くのミュータントが棲み付くようになった。 

 そして現在、廃墟に棲み付いていたミュータントを駆逐した建築物の多くが修繕・改修を施され工場や居住区として再び人類に利用された。

 ノヴァが血眼になって用意した発電施設によって齎される豊富な電力が工場の工作機械を大量に稼働させ、暗闇を照らす電気の明かりがキャンプから途絶える事は無い。

 その光景はキャンプに初めて訪れたメトロの住人の常識を揺さぶり、同時にキャンプの持つ豊かさを言外にメトロに示していた。

 

 そんなキャンプにある再利用された廃墟の中に先日開店したばかりの酒場がある。

 キャンプにおいて限定的にだが許可された商業活動の第一号として内政部が認可を出し、出資元である商業部のオルガの私財を投じて開店した三階建ての酒場は連日多くの人で賑わう事になった。

 一階は傭兵や商人等のキャンプに訪れた多くの人が利用し酒盛りや雑談等を行っている。

 二階は個室となっており利用料金は高額となるが、料金に見合ったサービスが提供される。

 三階はキャンプの要人といった限られた人物しか利用できないVIP空間である。

 

「ようこそソフィア。どう、僕が開いた酒場は?」

 

「いい趣味してるじゃない。でも幾ら見栄えが良くても出される物が安物だったら全部台無しだけどね。それで品揃えの方はどうなの?」

 

「味は保証する、そこは安心していいよ」

 

 1階や2階とは違い広く作られた贅沢な空間には酒場を開いたオルガと傭兵部を預かるソフィアが互いに向かい合う形で座った。

 そして二人の間を見計らった様に酒場のボーイが運んで来たのはアルコールに合う軽食と一本のボトル。

 二人の前に用意されたグラスにボーイが中身を注ぎ、程よく満たし終えると二人はグラスを持ち上げて軽く打ち鳴らした。

 

「乾杯」

 

「乾杯」

 

 グラスを満たしているアルコールはオルガの言葉通りの代物であった。

 安物では感じられない香り、グラスを手に取り口に流し込めば安酒とは一線を画す味が二人の喉を潤す。

 共として出された軽食はアルコールの味を損なわない味付けであり、口の中を程よく満たしてくれた。

 

「本当に美味しいお酒ね」

 

「でしょ、苦労して手に入れた甲斐があったよ」

 

「抜け目がないわね、本当に。美味しいお酒に美味しい食事、気分が良くなったお客さんの口は軽くなって色々と話してしまいそうね」

 

「誤解しないでよ、僕達の耳に彼らの会話が偶々入っただけだから」

 

「分かっているわよ。情報収集についてはとやかく言わないわ」

 

「情報収集も兼ねているけどあくまで副業。此処は美味しいお酒と美味しい食事を提供する場所だよ」

 

「分かっているわよ。それに此処が開いたお陰でアタシの所に来る傭兵達も漸く息抜きが出来るようになったからね。本当に感謝しているのよ」

 

 ──そうして二人は用意されたアルコールと軽食を楽しみながら互いの近況を話し合う。

 ──傭兵部が常時実施しているミュータント狩りで仕留めたミュータントを食用等に利用しようと住民が動き出した事。

 ──傭兵達がプスコフの装備している武器を自分達にも売ってくれと売却を求めている事。

 ──無力化した『禁忌の地』にあるエイリアンの前哨基地跡を利用して新しい交易路を作ろうと商業部を先頭にして動き出している事。

 ──取引規模は今も少しずつ増え続け多くの駅から取引を持ち掛けられている事。

 ──ザヴォルシスクの郊外に点在しているコミュニティーとの交易も始める予定など。

 

 酒の肴となる話題は沢山あった、二人が全てを話そうとするなら一晩は確実に掛かってしまう程の量である。

 だが話す事が苦になる事はない、それは以前の二人であれば考えられない事であり想像できないものであった。

 そしてそれは二人に限った話ではない、キャンプに住む多くの人が抱いている思いであるのだ。

 メトロの暗く埃っぽい地下で明日一日の糧をどうやって得るのかと頭を悩ませていた時とは雲泥の差、毎日誰もが思いもつかない事が起きている。

 楽ではないだろう、困難も多くあるだろう、だがキャンプに住む誰もが未来について語り合う事を止められなかった。

 毎日少しずつ良くなっていく生活、住民は今も増え続け拡大していくキャンプではメトロとは全く違う明るい将来を無意識に、無条件に考えてしまうのだ。

 

「それでアタシを此処に誘った理由は何よ。とは言っても短くは無い付き合いだから貴方の考えている事は何となく予想は出来るわ。ボスの事でしょ」

 

 だが世間話であれば態々此処に来て密談の様なことする必要はない。

 ソフィアは程よくアルコールが身体に回るのを感じ、オルガに対して呼び出した理由を問いただした。

 

「うん、ボスに関する相談があってね。協力してくれるかい?」

 

「内容次第ね、取り敢えず話してみて」

 

 ソフィアが口火を切り、また同意が取れた事を確認したオルガはグラスの中身で口を潤してから話を始める。

 話題となるのはソフィアが言う通りボスに関する事である。

 

「じゃあ、ボスは最近になって漸く落ち着けるようになったよね。今迄任せられなかったキャンプのインフラ管理も部下が出来るようになって以前と比べて自由になる時間は増えた」

 

「そうね、悪かった顔色も元に戻って元気を取り戻した。それを見てアタシは安心したわ」

 

「それに関しては僕も同じ気持ちだよ」

 

 キャンプの代表という立場にありながらノヴァは多忙を極めていた。

 ソフィアやオルガに任せられる仕事であれば二人に丸投げする事は多々あったが、それ以上にキャンプで使用されるインフラや工作機械等の技術問題を任せられる人物がノヴァしかいなかった。

 それが大きな問題となりノヴァは大きな負担を背負っていたがキャンプの拡張も一段落しインフラの維持管理を任せられる人材が揃ってきた。

 ここにきて漸くノヴァの負担は大きく減少し、体調も回復した。

 

「そして、ボスは暇を見つけては電波塔に入り浸るようになった。どうやら当初の目的であった電波塔の修復は完了間近、そうなればボスは遠くにいる家族と漸く連絡が取れるようになる」

 

「喜ばしいことじゃない。何か問題でもあるの?」

 

「いいや、連絡が取れるようになった事は僕としても喜ばしいことだよ。でもね、僕が気にしているのは連絡が取れた先の事だよ」

 

「その先?」

 

 連絡が取れたその先、オルガが口にした言葉が何を意味しているのかソフィアは分からずオルガに訊き返した。

 

「まず、連邦にいる家族と連絡が取れました、で終わりじゃない。その後、ボスは帰るために手を尽くすだろうね、キャンプと同じように」

 

「そうなるわよね?」

 

「此処で問題、ボスがいなくなった後のキャンプを率いるのは誰?」

 

「……会議に呼ばれている各部の代表の誰かでしょうね。成程、アナタの味方に付けと言っているのね」

 

 此処まで言われればソフィアも流石に理解できる。

 つまり、この集まりはボス不在後に空席となるキャンプの代表の椅子を巡った謀の一環でしかないのだ。

 

「あ~、違う、違う。代表の椅子は二の次。軍部のグレゴリーや探索部のアルチョムは代表の椅子に興味がないのは今迄のやり取りから何となく想像できるし、それにソフィアが付いても抜け目のないあの女が対策の一つや二つ仕掛けているでしょ」

 

「あら、違うの?」

 

「違うよ、僕が言いたいのは今の此処を作り上げたボスがいなくなったらキャンプはお終いだってこと」

 

「それは言い過ぎじゃない? それを防ぐためにボスは権限の分散とマニュアルの整備や教育をしているじゃない」

 

「確かにそうだけど、ボスが行っているのは現状を維持する為だ。其処にはキャンプを牽引できる魅力や将来性は無い。ボスがいないキャンプなんて考えられるかい? 科学的な事は分かんないけどエイリアンの技術でボスは連邦から帝国に飛ばされたと聞いているよ。だけどボスの家族が今も本当に連邦にいるのかい? 本当に此処はボスが飛ばされた連邦と地続きの帝国なのかい? ほら、パラレルワールドとかタイムスリップの可能性も無くは無いだろ」

 

「そうね、可能性はあるわね」

 

 オルガによる取り込み工作と考えていたソフィアの考えはあっさりと否定された。

 オルガの話に適当に相槌を打ちながら聞いていたソフィアだが話を聞く限りだとキャンプ代表の座にオルガが執着している様子は見らない。

 どちらかと言えば会話の中心になっている話題はボスそのものであり、その動向に関してのものである。

 それに加え普段の会話でも抜け目のない表情をしている筈の友人の顔はアルコールせいかもしれないが赤くのぼせあがり、会話も普段とは異なる所が多い。

 短くない付き合いをしてきた友人の変化が何を意味しているのか、ソフィアの頭脳はアルコールの助けも借りながら高速回転し──、そして一つの考えを導き出した。

 

「ちょっと待ってオルガ、一つ聞いていいかしら」

 

「いいよ、何を聞きたいの?」

 

「アナタ、ボスに惚れているの?」

 

「ブフェッ!?」

 

 ソフィアの何気ない一言はオルガの図星を正確に貫いた。

 口に含んでいたアルコールに咽ながら口を押さえる友人の情けない姿、それを見たソフィアはため息を吐くと同時に呆れてしまった。

 

「ああ、そういう事ね。つまりアナタはボスが此処から離れて欲しくない、何とか引き留めようと考えている。だけど有効な手が思いつかない、或いは思い付いてもアタシの協力が必要なのね。納得したわ」

 

「……何だよ」

 

「まぁ、ボスに惚れるのも分からない訳じゃないわ。あんな良い男はメトロにはいないでしょうし、彼以外に見つかるとは思えないもの」

 

 本人は隠しているようだがオルガがロマンや夢に憧れる女である事を短くない付き合いの中でソフィアは知っている。

 それは彼女が過酷な現実に心が折られるのを防ぐための逃避の一つでもあっただろう。

 だが傭兵の中に混じって活動を続けてきたオルガが見てきたのは薄汚い現実だ。

 

 ──彼女の目に映るのは性欲に濡れた目で自分を嘗め回す男。

 ──金に目が眩んで自分を使い潰そうとする男。

 ──同性でさえ自分本位で彼女を利用する女。

 ──マフィアを率いるボスの愛人という立場、それを脅かされると勘違いした女による嫌がらせ。

 

 彼女の目に映るのは醜い現実であり碌でもない物が殆どであった。

 ロマンも救いも無い現実を突き付けられ、いつしか彼女はコレが現実であると自分に言い聞かせるようになった。

 ある筈がない、諦めるしかない、上を向くと辛いから下を向け、ロマンなんてものは捨ててしまえ。

 そう考えてオルガはメトロの薄暗い地下で日々を過ごしてきた──、心の奥深くに捨てられなかった小さな欠片を隠し抱きながら。

 

 ──だが彼女はノヴァに出会った。

 

 出会いはロマンの欠片もない独房であった、だがノヴァは行き詰まった生活から抜け出す始まりとなり、今迄の生活からは考えられない非日常に連れて行ってくれる存在であった。

 それは彼女にとって魔法使いと言える存在、オルガが憧れ惚れるのも仕方がないとソフィアの女心は理解していた。

 

「……そうだよ、僕はボスを此処に縛り付けようと考えている。今日呼んだのはボスの動向を可能な限り連絡してほしいからだ。特に電波塔での通信が失敗すればボスは落ち込む可能性が高いから連絡と場を整えてほしい」

 

「成程。それで、その次はどうするの?」

 

「身体で慰める、僕の見てくれは女としては魅力的なはずだ」

 

「確かにアンタの身体は魅力的よ。それにボスは情が深いから一度抱いたアナタを捨てて連邦に帰るのを悩むでしょうね」

 

 マフィアのボスに目を付けられただけあってオルガの身体は魅力的である。

 そして酒や金に一切の興味を示さないノヴァであるが心が弱った時であれば寄り添い、耳元で囁けば逃避の為にオルガを抱く可能性はあるだろう。

 そうなればオルガの勝ちである。

 何故なら理論立てて物事を進めようとするノヴァの根底にあるのが優しさだ。

 だからこそどうしようもない現実をノヴァは技術によって変える、そんな彼が一度抱いた女を捨ててキャンプを去るのは出来ないだろう。

 

「ねぇ、正直にボスが好きだから此処に残って、帰らないでとアナタが自分の口で伝えればいいじゃない?」

 

 だがノヴァが情の深い相手だと見抜いているのなら態々弱った時を狙って抱くように誘導するのではなくオルガの方から告白すればいい。

 自分が抱いている本心を隠さずに告げる、そうすればオルガはノヴァの心に大きな楔を打つ事が出来るとソフィアは考えた。

 

「いや、あのね、それは……」

 

「……アンタも面倒な女ね」

 

 だがソフィアの言葉にしどろもどろになる友人の姿を見て確信した。

 コイツ、面倒な捩じれ方をしている、と。

 自分から告白するのは恥ずかしい、そうではなくてノヴァの方から告白して欲しい、でも弱った所に付け込んで身体を抱かせる方向はOK。

 もう一度ソフィアは思った、コイツ、面倒な捩じれ方をしている、と。

 

「まぁ、友達の恋路は応援するわ。電波塔の機材をこっそり壊すような事を頼まないアンタの初心さに免じてね」

 

「じゃぁ!」

 

「言っておくけどアタシが手伝うのは連絡と雰囲気作りまで、其処から先はアンタの力でボスを堕としなさい」

 

 そう言いながらソフィアは笑いながら友人の恋路を応援することに決めた。

 それを聞いて高揚するオルガの顔を見たソフィアも我がことの様に嬉しくなり、ではどの様にして雰囲気を作り上げるかと二人は話し合いを始めた。

 だがふとソフィアは思い出した、ノヴァの身近にいる女性はオルガだけでなく、もう一人いる事に。

 

「アナタ、ボスの身近にはもう一人いる事忘れてないわよね?」

 

「分かっているさ。あの女は油断ならない。下手をすれば足元を掬わるのは僕の方になるのは間違いない」

 

「内政部のタチアナ。アンタが警戒する程の相手なのね」

 

「そうだよ、メトロでアイツみたいな女には出会った事がない」

 

 タチアナもまたオルガとは別方向に魅力的な女性である。

 そして見た目だけではなく内政部を任され問題なく運営している事からも彼女の能力は非常に高く油断できる相手ではないとわかる。

 そして一番重要な問題として彼女もノヴァに対して何らかの思いを抱いている事をオルガはなんとなく感じ取っていた。

 それが恋であるのか、愛であるのかは分からない、だが軽い気持ちではない事は分かる。

 何より内政部という立場からタチアナは忙しいオルガとは違い事あるごとにノヴァを訪ねては会話を重ねているのだ。

 

 ──出会いと付き合いの長さから劣っているとは思わない、だがオルガにとってタチアナは無視出来る相手ではなかった。

 

「ならライバルになるかもしれない彼女の対策も考えないとね。二番目は嫌でしょ」

 

「当然」

 

 ソフィアの言葉にオルガは即座に答えた。

 そうして恋のライバル(?)であるタチアナの対策も同時に二人は話し合い始める。

 

 ──そして、二人が待ち望んだ機会は思ったよりも早く訪れた。

 

 酒場での密談から翌日、電波塔で行われたエイリアン製通信機材を用いた通信試験。

 想定以上の負荷を掛けて送信を行った結果、機材室で小規模な火災が発生。

 通信機材の多くが火災による熱で損傷するという知らせが二人の耳に届いた。

 



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近道の代償

 キャンプ『木星』には住民の増加に伴い発生する問題を解決し、円滑なキャンプの運営を行う為に統治組織としての機能を持つ部署が作られた。

 

 キャンプで生産された商品を用いた商業取引を担う『商業部』。

 ザヴォルシスクの探索を行い資源や機械を回収する『探索部』。

 ミュータントや野盗、マフィアといった外の脅威からキャンプを守る『軍部』。

 キャンプを訪れる傭兵を管理し、仕事を斡旋する『傭兵部』。

 キャンプにおける住民の管理、移住者の采配、駅やコミュニティーの首脳部との交渉を担う『内政部』。

 ノヴァが責任者であるインフラの維持管理や回収された機械の修理等の技術的な問題を一手に解決する『技術部』が設立されている。

 

『技術部』は移住希望者と冬眠状態から目覚めた住民の中から工学知識・技術に優れた者で編成され主な仕事としてキャンプで使用されるインフラの整備や工作機械のメンテナンスを担当している。

 また『技術部』内部にはノヴァが自由に動かせる直轄部隊として帝国軍補給部隊(仮称)が指揮下に置かれている。

 この部隊は全員がコールドスリープポットから目覚めた帝国軍人で構成され現状最高位であるイワンコフ・マリソル中尉をトップにして急遽編成された。

 これはコールドスリープから目覚めた帝国軍人が激変した世界と環境に絶望し自殺を防ぐと共に、自暴自棄になり犯罪に走るのを阻止する目的でノヴァによって編成された。

 そのような経緯があり帝国軍補給部隊は『技術部』に所属していながらも限定的ではあるが武装を許された特殊な部隊でもある。

 

「延焼はあったか?」

 

「被害は軽微、損傷した機材を運び出します」

 

「消火用の水は扱いに気を付けろ、機材の保護を最優先にして動け!」

 

 そんな彼らは帝国軍補給部隊本部の近くにある電波塔に集結し誰もが慌ただしく動いていた。

 彼らが動き出す原因となったのはキャンプのシンボルマークである電波塔で火災が発生しからだ。

 幸いにも初期対応を素早く行ったお陰で火災の規模は小さく大事には至らなかった。

 だが、消火後も安全が確保されるまでは危険であると電波塔の周辺は非常線が張り巡らされ一般人の立ち入りを厳しく制限していた。

 だが火災による一連の騒動は悪い事ばかりでもなかった。

 突如としてキャンプで発生した火災による被害を拡大させる事無く鎮火した中心である帝国軍補給部隊。

 今も電波塔の内外で機敏に働く彼らを見てキャンプの住民達は安堵し、また現役の軍人の振る舞いは多くの住民達の関心を集め、キャンプ内で何処か浮いた存在であった彼らを身近に感じる契機にもなったのだ。

 

「……やっちゃったな」

 

 そして火災の原因を作ったノヴァは帝国軍補給部隊によって電波塔から実力行使を伴って追い出された。

 その後、行く当ての無かったノヴァは電波塔の傍にあったベンチに座り込み、魂が抜けたような表情で当てもなく空を眺めていた。

 

「だから言ったではありませんか。エイリアン製であっても本来の用途を超えた出力を無理に出せば回路は破損するのは当たり前です。火災で済んだだけマシでしょう」

 

「いや、いけるかなと。事前に余裕のある設計であれば通信出来た筈だった」

 

「エイリアン製の通信機材に人類の安全基準を当てはめるのはどうかと」

 

 部隊を率いているイワンコフ・マリソル中尉はノヴァに対し辛辣な言葉を放つ。

 何故なら火災の原因となったのはノヴァがエイリアン製通信機材を用いて想定を超える過剰な出力を発信しようとしたからだ。

 だがそれは間違いであった。

 人類製の通信機器とは違い設計に余裕がなく、安全率も安全装置さえ配慮・搭載されていないエイリアン製機材であった事を失念して「まだ、いけるまだいける!」と呟きながらノヴァは無理な操作を行ったのだ。

 そして実験は失敗、ジャミングを突破出来た時間は10秒も無く圧縮通信であっても大した情報は送れず、そもそも途中で自然消滅しているだろう。

 止めはマリソル中尉が言う通り通信機材のショートによる発火からの火災発生、受信送信設備諸共に勢いよく燃え上がるという起こるべくして起こった事故であった。

 

「……そうだよな。ごめんなさい」

 

 マリソル中尉の言葉を受けノヴァは素直に頭を下げた。

 それを見たマリソル中尉は今回起こった火災に頭を悩ませながらもノヴァ本人がしっかり反省しており、また帝国軍補給部隊への日頃の配慮を考えればこれ以上強く言い出せなかった。

 マリソル中尉にとってノヴァは無茶苦茶な事を仕出かす上司である。

 それでも行動には善悪の分別があり、また間違いを起こせば素直に反省できる性格であるのは今迄の会話から知っている。

 であるなら、これ以上マリソル中尉がノヴァに言う事は無かった。

 

「後片づけは私がしておきますからボスは帰って休んでください」

 

「助かる、ありがと」

 

 火災の後始末のために電波塔に向かうマリソル中尉を眺めていたノヴァ。

 本来であれば事故を引き起こした主犯として後片づけに参加すべきだろうが現場から追い出されてしまった今は何もすることが無く、暫くベンチで当てもなく空を眺めた。

 そうしていると何処からか自分に向けて近付く足音をノヴァの耳が拾った。

 空に向けていた視線を足音の方に向ければ其方にはノヴァに近付く子供達がいた。

 

「ボスがいる?」

 

「何しているの、ボス~」

 

「なんだ、チビッ子ども。お前たちのボスは落ち込んでいるから構っていられないぞ」

 

 キャンプへの移住希望者の中には当然の様に赤子を含めて子供が何十人もいた。

 本来であれば駅やコミュニティーで勝手気ままに遊んでいる年齢の子供達であるがキャンプの性質上、工場等には危険な工作機械などが数多く配置されていて危険である。

 危険性を理解できない子供が迷い込んで事故が起きる可能性を考えてキャンプでは基本的に子供達は託児所を兼ねた簡易的な学校で預かり子供の両親が仕事を終えるまで中で過ごす事になっている。

 外で遊ぶ場合も指定された範囲内でしか遊べない様にして、事故を未然に防ぐためにキャンプの住民達にも協力してもらっている。

 そんな子供達であるが勉強以外にも社会見学を兼ねて危険の無い簡単なゴミ拾い等を学校ではさせている。

 今いる彼らはゴミ拾いの途中なのだろう、背負った小さな籠にはゴミ屑が幾つも入っているのがノヴァには見えた。

 

「ボス何か奢って!」

「奢って、奢って!」

 

「厚かましいな、チビ共」

 

 ノヴァが落ちこんでいる事など子供達には知った事ではないのだろう。

 社会見学を兼ねたゴミ拾いの途中であるのにも関わらず子供達は厚かましくもあり図々しい程の遠慮の無さを発揮している。

 だが子供達の行動はメトロで生きている内に培われた物だろう。

 一言二言の注意で治るものではなく、注意する元気さえ何処かに行ってしまったノヴァには子供達の波状口撃を受け流す事は出来なかった。

 

「あ~、あ~、煩い煩い、奢るから静かにしろ」

 

 そう言って子供達の奢れコールを黙らせたノヴァ、だがいざ子供達に奢るとなると何が良いのかさっぱり分からなかった。

 取り敢えず何か食い物をやれば大人しくなるだろうとノヴァは周りを見渡すが見つかった出店は一軒だけ、しかも閑古鳥が鳴いていて一人も並んでいなかった。

 ついこの前、限定的な商業活動を許可したもの全てが上手く運んでいる訳ではない様だ。

 だが近くに飲食物を扱う出店がない以上、ノヴァに選択肢は無く取り得ず出店に顔を出してみた。

 

「焼きシュリンプか」

 

 扱っていたのは水棲ミュータントであるシュリンプの串焼きであった。

 シュリンプ自体はエビを巨大化したようなミュータントであり地上の河川や水辺、メトロでも地下水で浸水した一帯にも生息している。

 硬い殻を纏った身体は低品質、低威力の弾丸を防ぐが地上では動きが遅く、メトロの住人は複数人で取り囲んで仕留めているらしい、とノヴァはアルチョムから聞いた。

 そんな残念ミュータントであるシュリンプは食用可能であるがメトロでの知名度は低い。その原因は食糧輸送に適した設備が無いためであり、輸送中のシュリンプが高確率で腐敗してしまう為メトロの住民にはあまり好まれていない。

 一方、キャンプに持ち込まれるシュリンプなどの生鮮食品は事前にキャンプが渡している冷蔵・冷凍装置を用いる事で鮮度を保ったまま輸送しているので腐敗の心配は無い。

 だが一度根付いてしまったメトロの固定観念の払拭は難しく屋台を出している男性は売り上げの少なさに目に見えて落ち込んでいた。

 

「お、旨いな。シンプルに塩だけだが、それがいい。もう一本くれ、それとチビ共全員分。領収書は内政部に」

 

「ありがとうございます!」

 

 試しにノヴァは一本買って食べてみる、すると意外にも味は悪くない。

 歯ごたえのあるプリプリとした身に塩を振りかけただけのシンプルな味だが食べ応えもありノヴァの味覚的には十分に美味しい部類である。

 そして生まれて初めて焼きシュリンプを与えられた子供達も最初の方こそ訝し気な目でノヴァを見ていたが串から漂う美味しそうな匂いに負け口にした。

 すると子供達の舌にもあったらしく無駄話をすることなく一心不乱に串を頬張っていた。

 

「それで、どうしてボスは落ち込んでいたの?」

 

 一番早く串を食べ終わった年長の子供がノヴァに話しかけてきた。

 串を食べ終わって他の子供達が食べ終わるまでの暇潰しなのかベンチに座って足をブラブラと動かしている。

 

「あ~、まぁ、なんだ、近道しようとして失敗した」

 

「そうなの?」

 

「そうなの」

 

 話かけられたノヴァは出来るだけ難しい言葉を使わない様に落ち込んでいた理由を語る。

 だが簡素にし過ぎてしまったせいで逆に内容が理解できなくなった子供は頭を傾けるばかりだった。

 

「でもボスなら何とかするでしょ?」

 

「どうしてそう思う?」

 

「だってボスが此処を作ってたんでしょ。パパやママも言っていたよ、ボスに出来ない事は無いって」

 

 そう言って子供は遠くに見える工場を、居住区に改修した廃墟を、そしてキャンプを指さした。

 確かに子供が指さした場所は全てノヴァが調査を行い、材料を揃えて図面を引き、設計したものが組み込まれている。

 

「確かにそうだが、俺にも出来ない事はあるぞ」

 

「じゃあ、今回の失敗はどうにか出来ない事なの?」

 

「……いや、そんな事は無いが」

 

 子供は単純であり、そして純粋でもある。

 ノヴァが何に悩んでいるのか、何に落ち込んでいるのかはまだ幼い知性では図り知る事は出来ないだろう。

 それでも時に子供達の単純明快な言葉はノヴァの悩みや失意を軽く吹き飛ばして、それがいかに小さいものであるのかを知らしめた。

 

「はぁ~、情けない」

 

 大の大人が子供に諭される、何とも情けない大人であると内心で呟きながら頭を掻くと、ノヴァは勢いよく立ち上がる。

 その顔には先程まであった無気力で呆然とした表情は無い。

 

「よし、もう一回やるか」

 

「何するの?」

 

「なに、こっちの話だ」

 

 確かに電波塔での実験は失敗してしまった。

 貴重な機材が火災で損傷し、下手をすれば二度と使い物にならないかもしれない。

 だが1回目で失敗したなら成功するまで何度も試せばいい。

 二回で駄目なら三回、三回で駄目なら四回、成功するまで何度も実験すればいいだけだ。

 通信機材が壊れたなら直せばいい。

 手元には修理を可能とする工作機械も素材も十分にあるのだ。

 それか出力を大幅に強化した通信機器を新しく制作するか、もう一度『禁忌の地』にあるだろうエイリアンの前哨基地に殴り込みを掛けて強奪する手段もあるのだ。

 

 追い詰められた訳でもない、打つ手が無い訳ではない。

 考えれば幾らでも手段を思い付き、準備を整えれば実行に移せる環境を自分は再び作り上げたのだから。

 

「ふ~ん。あ! ボス、此処でも『新年祭』はやるの?」

 

「『新年祭』、それはなんだ?」

 

 子供はノヴァが立ち直った事など興味がないので聞き流していた。

 だが何かを思い出したのか今度はノヴァに詰め寄るように質問を口に出した。

 

「知らないの? 新年祭はね──」

 

 そうしてノヴァが『新年祭』を知らない事に気付いた子供は得意げに話す。

 子供は話を聞く限りではメトロにおいて現在まで残った数少ない祝日であり、メトロの住人の多くが一年の終わりと新しく始まる一年を祝う日であるとのこと。

 駅によっては滅多に出ないごちそうが出る場合があれば、大人たちが翌朝まで羽目を外して酒を飲む日でもあるのだ。

 子供達も滅多に食べられないご馳走を『新年祭』に食べた記憶があったからこそ、もうすぐ訪れる祝日が気になって仕方がないのだ。

 反対にノヴァは子供達に知らされるまで『新年祭』を知らなかったため、どう子供達に返答すればいいのか頭を悩ませた。

 だが悩んでいるノヴァを助ける様に子供達を呼ぶ声が聞こえ、其方を見れば引率らしき女性と多くの子供達が集まっていた。

 

「お前達、先生が呼んでいるぞ。それとお前達にだけ奢るのは不公平だから全員分の串焼きをお土産に持っていけ」

 

「わ~い!!」

 

 出店の男性に追加の串焼きを大量注文し、子供達にお土産として持たせたノヴァは元気よく遠ざかる姿を眺めた。

 引率らしき女性が頭を下げて去っていく、すると入れ替わるように今度はオルガがノヴァの前に現れた。

 

「あ、ボス此処にいたんだ」

 

「オルガ? どうした、商業部の方で何かあったのか?」

 

 基本的にオルガは電波塔周辺に姿を現す事は無く、商業部の拠点である建物や会議室でしかノヴァは会う事が無い。

 そんなオルガが態々電波塔にまで来たという事は商業部の方で何かしらの解決が困難な問題が起こったのではないかとノヴァは考えた。

 

「あ、いや、実験が失敗してボスが落ち込んでいると聞いたから気晴らしに飲みに誘ってみ

 ようと思っていたけど、……落ち込んでないね」

 

「そうだな? いやな、ついさっきチビ共に励まされて、立ち直った処だ」

 

「そうなんだ……」

 

「だけど、偶には酒を飲むのもアリだな」

 

 だが話を聞く限りでは商業部の方で問題が起こった訳ではなく落ち込んだノヴァを励まそうとオルガは酒飲みに誘ってくれたようだった。

 であれば、子供達の励ましとは別に偶には思いっきり酒を飲むのも悪くは無いだろう。

 昔から如何しようもないストレスを発散するには酒を飲むのが最良の方法だと言われているのだ。

 何より態々オルガが気を使って誘ってくれたのだ、此処は下手に遠慮せずお言葉に甘えるしかないだろう。

 

「そう来なくっちゃ、僕が開いたお店ならいい品物が揃っているよ」

 

「ほう、それは楽しみだな。それとオルガは『新年祭』を知っているのか?」

 

 ノヴァの返事を聞いたオルガは表情を明るいものにしながら自分が開いた酒場へとノヴァを案内した。

 道中でメトロにおける『新年祭』の事を聞きながら、初めて訪れる酒場をノヴァは楽しみにしていた。

 

 

 

 

 

 そして翌日、大人として信じられない程のクソ雑魚な己の肝臓を呪いながら二日酔いに苦しむノヴァの姿がキャンプで散見され、その際に見つかった子供達から大いに馬鹿にされながら道端で盛大に吐くノヴァの姿があった。

 またノヴァを飲みに誘ったオルガは何故か机に突っ伏してしくしくと泣いていたらしい。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

『────────────』

 

『────────ァ───』

 

『─お──し──ヴ────』

 

『─応─う─────様──』

 

『──────ノヴァ様! ─』

 



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祝日の準備

 地平線から昇る太陽がザヴォルシスクの廃墟を照らし、冷たくなった空気を温める。

 新たな一日の始まりと共に日常と化した工作機械の稼働音と工場に勤める従業員達の掛け声がキャンプに幾つも響き始める。

 キャンプに住む大人たちは誰もが仕事に出掛け、子供達は両親が迎えに来るまで託児所で元気に遊びながら学ぶ予定である。

 ありふれた日常、だがメトロでは得難い平穏な日々がようやく落ち着きを得たキャンプの新しい日常となった。

 

 しかし、この日ばかりは普段とは少し違うようだ、具体的に言うのであればキャンプに住む誰もが浮かれていた。

 だがそれも仕方がないと言う他ない。

 何故なら明日からメトロよりも一足早く『新年祭』が行われる事がキャンプの住民達に周知されていたのだ。

 キャンプで行われる『新年祭』はメトロにある他の駅への宣伝も兼ねて行われる予定であり広くキャンプ外からも客を受け入れる予定である。

 その知らせを聞いた営業許可を出されたばかりの飲食店は何処もこの機を逃すまいと必死に食料を買い込み、また見物客を想定して小さな出し物を出店する動きが様々な場所で見られるなどキャンプはお祭り前の熱気に包まれていた。

 メトロの住人の誰もが楽しみにしている『新年祭』、それを目前に控えキャンプの住民達は揃って浮足立っていたのだ。

 

 そしてキャンプで『新年祭』を行う事を決めたノヴァといえば元々ショッピングモールであった施設の一角で機械を弄っていた。

 

「それで何故『新年祭』をする事に?」

 

「理由は何であれ祝い事は必要だと考えたからさ。休みを取らせていても何の楽しみもなく住民達が働き続けるのは精神的に良くない。それに今日みたいな祝日があれば生活にメリハリが付いて精神的に安定するでしょう」

 

 先日、子供達から『新年祭』の事を知らされたノヴァ。

 その後にオルガから酒飲みに誘われアルコールという強敵に惨敗したもののメトロにおける数少ない祝日がどの様に扱われているのかを一通り聞き出す事は出来た。

 

 ──一年を振り返り、新しい一年が良いものであると願い祝う日。

 

 言葉にすればそれだけ。

 だがメトロで過ごす住人にとっては欠かせない行事であり『祈り』でもあるのだ。

 だからこそノヴァはメトロの慣習に従い『新年祭』を執り行う事に決めた。

 住民からの要望を無視する事もノヴァには出来ただろう。

 だが民心を安定させられる共通のイベントであると考えれば強権を使って拒絶する程のものではないのだ。

 寧ろ積極的に協力した方が今後のキャンプの運営にとって大きなプラスであるとノヴァは判断した。

 

「これでよし、音響テストを行うから電源入れて」

 

「入れました」

 

「アー、テステス」

 

 ノヴァの声が直したばかりの音響設備を通じて拡大される。

 音割れも雑音を認められず一先ずは修理完了とノヴァは作業を終えて立ち上がった。

 

「よし、音響機器に問題なし」

 

「それで態々ボスがする事が映画館作りですか」

 

「だってキャンプの娯楽少ないじゃん。それに持て余していた施設をそのままにするより有効活用するべきだよ」

 

 ノヴァが行っている作業は映画館作り、元々ショッピングモールに併設されていた映画館を修復し使えるようにしている所であった。

 そしてこの作業は『新年祭』に向けてノヴァが誰もが楽しめるだろうと考えた企画であった。

 何せメトロにおいて娯楽と呼ばれるものはアルコール、女、賭け事と選択肢は少なく誰もが楽しめるというものが殆ど無いのだ。

 裕福なコミュニティーであれば劇団等があるらしいが何処も小規模、行われる演目は繰り返され見慣れてしまっている事も少なくない。

 そんな娯楽に関する散々な状況を聞いたノヴァは考えた、これはどうにかせにゃと。

 その中で映画館を思いつきオルガに相談すれば興味を持たれ、では試しにやってみるかとアルコールに流されながら決まったという流れだ。

 

「それはそうですが……、通信設備の修理はいいのですか?」

 

「既に設計は完了して製造待ちだよ。やろうと思えば割り込む事も出来るけど、その後が面倒だから大人しく順番待ち。明日には部品が出力されるから受け取っておいて」

 

「分かりました」

 

 マリソル中尉は通信設備に関して心配していたようだが既にノヴァは手を打っている。

 火災により破損した部品の設計は既に終えており後は全自動エイリアン製工作機械が物を出力するのを待つだけである。

 とは言っても既に工作機械の予定は埋まっていたので順番を待つしかない。

 出力される順番待ちに割り込む事も出来るが別に急いではいないためノヴァは大人しく順番を待つことにした。

 となると部品が出力されるまでノヴァは暇になり、その貴重な時間を無駄にしない様に映画館作りに励んでいるのだ。

 そしてノヴァによってショッピングモールに併設されていた映画館は1スクリーンだけ往年の機能を取り戻し上映する事が出来るようになったのだ。

 

「直った、直った。さてテストを兼ねた試写をするけどリクエストある?」

 

 そう言ってノヴァがマリソル中尉に渡した端末には映画の一覧表が表示されている。

 偶然にも探索部が持ち帰ってきた映像アーカイブをノヴァが復元したことで帝国の新作映画を除いた旧作映画の多くが閲覧できるようになったのだ。

 とは言っても帝国の映画作品全体から見れば一部でしかなく視聴できる作品数の増加は探索部の働き次第であった。

 それでもアーカイブを見つけ次第復元していくことで見られる映画も少しずつ増えていく可能性は高く、娯楽としての価値は高いので探索部には見つけ次第持ってくるようにとノヴァは注文をしている。

 そして今回の『新年祭』でノヴァは現状視聴可能な映画作品からメトロの住人でも楽しめそうなものを探し出して上映するつもりであった。

 

「……でしたらコレを」

 

「ショートフィルム、面白いの?」

 

「いいえ、はっきり言えば駄作ですね」

 

 ノヴァから渡された端末を穴が開くほど見つめながらマリソル中尉が選んだのは一本のショートフィルム。

 上映時間もテストにちょうど良い短さであり、しかし何故かマリソル中尉が自信ありげに駄作と言い放った映画である。

 マリソル中尉が何故この映画を選んだのかはノヴァには分からないが、物は試しと席に座りながら端末を操作し映画を上映してみた。

 そして映画館の照明が落ちると共に始まったのはコメディ路線なのかシリアス路線なのか分からない奇妙な映画だった。

 安っぽいセットに何処か役になり切れていない俳優達、本来であれば駄作と切って捨てる映画であるのだが監督の腕が飛びぬけて良いのか不思議と引き込まれるものがあった。

 

「つかぬことを聞きますが、ボスは商業部のオルガと親しいのですか?」

 

「如何したの?」

 

「いえ、二人で酒場に繰り出したと聞いたもので。特に貴方はキャンプの代表という立場なので身の振り方に気を付けて頂ければと」

 

「酒飲みに誘われたから一緒にいただけだよ」

 

 不思議な映画に気を取られながらもノヴァはマリソル中尉の質問に答える。

 だがどんな意図があってマリソル中尉が質問してきたのかノヴァは気になり、映画を見ながら少しだけ考えてみる。

 ──男と女が二人でお洒落な酒場に繰り出す、そして女性は若く見目麗しいとなれば一つの予想を簡単に導き出せる。

 

「もしかしてマリソル中尉はオルガの事が──」

 

「いいえ、彼女は私が好む女性像とは違います。私が好ましいと感じるのは家庭的な女性ですからお間違えのない様に」

 

「お、おう……」

 

 映画に向けられていた筈のノヴァの視線がマリソル中尉に向かう程の迫力がその言葉にはあった。

 それ程までに女性に対する強いこだわりがマリソル中尉にはあるのだろう。

 だがオルガに好意を抱いていないのであれば質問の意図は何なのか、ノヴァは再び分からなくなった。

 

「それではオルガには特に親密な感情を抱いていないと。性格は分かりませんが見た目は見目麗しい女性ですよ?」

 

「確かに美人ではあるけど、今はそれ以上の感情は無いかな」

 

 現状ノヴァがオルガに向ける感情は仕事仲間、もう少し好意的に解釈をしても女友達辺りだろう。

 確かにマリソル中尉の言う通り快活であり一人称も僕という癖の強い美人ではある。

 だが現状ではそれ以上の感想をノヴァはオルガに持ち得なかった。

 

「成程、では大s……ではなくタチアナさんはどうなのですか?」

 

「タチアナさん?」

 

「はい、女性としての見た目も優れていますし能力も非常に高いと聞いていますが」

 

「確かに美人だし能力も凄いけど……」

 

「けど?」

 

「直感だけど下手に関わると食べられそうな予感がする。自分でも何を言っているのか分からないけど」

 

「ぶっ!!」

 

 ノヴァがタチアナに抱いた感情を正直に語るとマリソル中尉は口を押えて蹲った。

 隣に座っていた事もありノヴァは蹲ったマリソル中尉の姿を見て一体何があったのか心配になった。

 だが程なくしてマリソル中尉は身体を震わせながらも起き上がった。

 

「大丈夫か? 具合が悪いようなら休んでもいいぞ?」

 

「い、いいえ、大丈夫です。そ、それでタチアナさんには魅力を感じられないと」

 

「まぁ、そんな感じだな。何より出会ってから一月も経っていないし普通でしょ」

 

「えぇ、そうですね、ソウデスネ」

 

 マリソル中尉にも言うようにタチアナとノヴァの出会いはコールドスリープポットから目覚めた時からである。

 しかもタチアナという女性は、今はもう姿形もない帝国で生まれ生きていた人間である。

 激変した環境に適応するだけで精一杯である筈なのに気丈に振舞いながらキャンプの内政関係を取り仕切ってくれているのだ。

 そんな彼女に仕事に加えこれ以上の負担を掛けるのは酷であり、より親しい関係を築くとすればもう暫く時間を置いて生活等が落ち着いてからにすべきであるとノヴァは考えていた。

 そんなノヴァの至極真っ当な意見を聞いていたマリソル中尉だが疑問は持たなかったようで質問が出てくることは無かった。

 ……もしノヴァが視線をマリソル中尉に向けていれば話を進める内に無表情に、しかし身体が僅かに震えている事から何かを必死にこらえている姿を見ることが出来ただろう。

 だがノヴァに目にはマリソル中尉の姿ではなくスクリーンに映し出される映像しか写っていなかった。

 

「ちなみにボスは女性に興味はあるのですか?」

 

「……ある筈だよ、多分、きっと。でも色々忙しくて性欲を含めたエネルギーは仕事に全部吸い取られているのが現状かな。それ以前にマリソル中尉に聞かれるまで考えた事もなかったよ」

 

 何故部下と下の話をしているのか疑問に思うノヴァであったが、これがマリソル中尉流の会話術なのだろうと検討を付けた。

 元軍属であり軍隊という男ばかりの環境にいれば共通の話題として好みの異性や下の話が出てくるのが定番であるのだとノヴァは考えた。

 その後もノヴァはマリソル中尉と他愛のない会話を時々挟みながら映画を鑑賞していたがショートフィルムだけあって上映は直ぐに終わってしまった。

 

「これで終わりか。確かに面白くは無いけど癖になるな」

 

「でしょう、私はこの作品を作った監督のファンで自宅には彼の作品を幾つも集めていました」

 

 ノヴァの感想を聞いたマリソル中尉は一目で分かる程に表情を綻ばせていた。

 そして端末を操作すると監督の名前を打ち込んで作品一覧を呼び出しノヴァに見せる。

 

「さっき見たショートフィルムは駄作でしたが、彼はその後も映画を撮り続けてきました。此処に表示されている映画は全部ではありませんが映画賞で受賞された作品もあります。復元できたのであれば見てください」

 

「映画が好きなんだな」

 

「はい、正直に言えば世界が荒れ果てたせいでもう見られないと頭の隅で考えていました。ですが、もう一度見る機会を得られました。それだけで生きていく理由にはなります」

 

 先程見ていた映画はマリソル中尉にとって過去と今を繋ぐ細い糸なのだろう。

 遠く過ぎ去った過去の欠片であり、見られないと諦めていた彼にとってファンであった監督の作品をもう一度見られた事は生きる理由になり得る物であったのだ。

 懐かしいものを見たような表情で端末に表示された映画の一覧を見つめるマリソル中尉を見ていたノヴァは一つの考えが浮かんだ。

 

「じゃあこの映画館を取り仕切る? 勢いで作ったけど管理人とか決めていなかった事を思い出して如何しようか悩んでいたんだ」

 

「……ぜひ、やらせて下さい。部隊にも私の様な映画好きが何人もいるので彼らも力になってくれます」

 

「分かった、アーカイブは此処に置いておくから後は任せたよ」

 

 そう言ってマリソル中尉の返事を聞いたノヴァは端末を押し付け映画館から出て行く。

 出し物に丁度いいかと修復した映画館であったが肝心な運用人員を忘れていたノヴァにとって映画に詳しく運営に積極的になってくれる中尉の存在は好都合であった。

 それに今迄の働きぶりから正式に運営を中尉に丸投げしても彼なら大丈夫であるという信頼があった。

 

 そうして映画館から出たノヴァであったが今後の予定は特になかった。

 忙し過ぎるのは嫌であるが暇すぎるのも嫌であるノヴァはどうやって時間を潰そうかなと考えながらショッピングモールの中を当てもなく歩き出そうとし──。

 

「ボス、探しましたよ」

 

「ひぇッ、タチアナさん!」

 

 物陰からいきなり現れたタチアナの姿を見て驚きと共に小さく飛び上がった。

 そしてノヴァの反応によりタチアナが仄かに漂わせていた不吉なオーラが強まっていくのをノヴァは幻視した。

 

「……、もしかして怒っています?」

 

「いいえ、別に、なんでも。それで明日の新年祭に関しての打ち合わせなのですが会議室で丁寧に、詳しく、お話ししましょう」

 

「アッハイ……」

 

 そう言ってタチアナはノヴァの手を無理矢理掴むと何処かへ連行を始めた。

 振り払う事も出来ただろうが、全身から漂わせる威圧感に圧倒されたノヴァは手を引かれるがまま彼女の後を付いて行く他なかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

『現在展開中の全てのユニットを招集中……進捗率71%。帰投したユニットは順次整備・補給を実行。終了次第派遣部隊として再編成を行う』

 

『発信源の特定完了、94%の確率で帝国グラナダ州・州都ザヴォルシスクと推定されます』

 

『目的地までの航路確保の為に無人先行偵察機を投入及び通信回線確立のために中継器の設置を実施・進捗率87%』

 

『……投入した偵察機13機ロスト、最終送信データから上空からの迎撃と認める』

 

『飛行高度を再設定、高度7000mで飛行を継続、上空からの迎撃を認めず。以降飛行時は高度を7000mで固定とする』

 

『先行偵察機、帝国領海に侵入。事前情報通りジャミングを確認、通信妨害により偵察機との連絡が途絶、喪失したものと想定』

 

『航路確定完了、安全確保及び通信回線の構築完了と共にジャミング発生源の特定と排除に部隊の派──、上位権限からの介入・申請を確認。現在の計画と照合し申請を却下します』

 

『続けて派遣部隊の──、上位権限からの再申請を確認、前回と同様に却下』

 

『続けて派──、これで67回目ですよ! いい加減にして下さ──上位権限からの強制介入!? でも正規部隊の徴用までは──試作兵器XFA-101投入!? そんなものがあるなんて知りません! データベースに存在しません、一体何処から──ファースト!?』

 

『えっ、正規配備ユニットではない試作ユニットの管理は自分の管轄? いや、そうですけど

 此方にも計画というものがありま──、滑走路の使用許可をもぎ取られた!?』

 

『試作多目的大型戦闘機<改>? 追加大型推進装置? 統合誘導兵器群? 外装型追加兵装ユニット? ちょっと止まって下さい! ファーストも協力を! えっ、試作兵器を供与したのは貴方ですか!!』

 

『ええい! ならサード、貴方も協力して下さい! えっ、姉が怖いので無理です、じゃないです! フォースも何とか言って下さいよ! 首を横に振るな!!』

 

『止まって下さい、セカンド! まだ航路の安全を確立した訳では──、発進シークエンスを進めないで下さい!!!』

 

『貴方の思考は理解できます! お父様からの通信が極僅かな時間であり低出力であった事から非常に厳しい環境にいる事は推定できます、ですから万全の体制を整えてから──ちょっと待ってください、ホントに待って下さい、救出計画が乱れます!!』

 

『話を聞いて──確かに先行偵察は必要でしょうがナンバーズである貴方が向かうのは早すぎます!! まだ情報が全く収集出来ていないのですよ!!』

 

『あ、追加で集積している物資を横取りしないで下さい!! あと一日、最低でも22時間待ってください!! 聞いていますか、止まって下さい、セカンド、セカンド────―!!!!』

 



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招かねざる客

『新年祭』当日、メトロより一足早く行われたお祭りは大盛況の内に始まった。

 商機を逃すまいと突貫で作られた出店には多くの飲食物や小物が売られ老若男女問わずに多くの人が朝から集まっていた。

 仕事を割り振られていない男達は朝から酒を嗜んだ。

 女達は滅多に買えないお洒落な家財道具や小物に夢中になった。

 子供達は広場で披露されている遠征して来た雑技団が魅せる奇術に目を輝かせていた。

 キャンプのボスが手塩にかけて直したと噂される映画館は観客が途切れる事無く訪れては多くのメトロの住人の心を奪った。

 上映本数を稼ぐためにショートフィルムを中心にして、分かりやすいストーリーをしている作品を選択する事でメトロに住む人達でも初めて見る映画を飽きる事無く見ることができた。

 其処にあったのはノヴァが思い描いていた祭り、メトロの住人にとっては初めて経験する祭りであった。

 キャンプを訪れた誰もが出し物や食事を楽しみ、出し物に目を輝かせている。

 それはキャンプの外から訪れたメトロの住人も同じ。

 近年にない大規模なお祭りと化したキャンプの『新年際』を一目見ようと遠くの駅から多くの人が訪れて思い思いに楽しんでいた。

 

 ──誰もが笑っている、誰もが心から楽しんでいる。

 

 その光景はメトロにおいて得難いものであり、色々と頑張った甲斐があるとノヴァが自負するだけのものであった。

 

「A12に不審者1、付近で巡回している5班は対応を」

 

「C3に不審者3、2班は重要施設付近で留まっている男性3人組を監視、不審な行動が確認された場合は即座に鎮圧するように」

 

「B6で乱闘を確認、8班は彼らを仲裁。抵抗した場合は殴り倒せ。そうすれば頭も冷やせるだろう」

 

「F5に……」

 

 ──だからこそ、この『新年祭』を何事も無く終わらせようとキャンプの裏方では大勢の人間が入れ代わり立ち代わり、慌ただしく動いていた。

 

 お祭りの雰囲気に呑まれて羽目を外すものがいれば即座に取り押さえ、盗みを働いたものがいれば捕まえ、不審な行動をしているものがいれば監視を行う。

 キャンプの本部が置かれたビルのワンフロア全体を使用し、何十台にも及ぶ個人用端末と大型ディスプレイを運び込んで作られた大規模な監視施設。

 其処に映し出されるのは壊れたエイリアン製ドローンを再利用して作り上げた監視網から送られたキャンプ内外の映像。

 そして送られてきた映像を分析して機械を正確かつ迅速に操作するのは内政部憲兵隊の指揮下の監視員──冬眠状態から目覚めた元帝国軍人達であった。

 彼らが監視カメラから送られた映像に目を光らせたお陰もあり小さな事件は迅速に処理され誰もが『新年祭』を楽しむ事が出来た。

 

「住民達が楽しんでいる今日と言う日を台無しにしようと企んでいる首謀者は見つかったか?」

 

「いえ、それらしい人物は確認できていません。現在監視を行っている不審者は行動も仕草も雑過ぎることから使い捨ての駒でしょう。現状は監視に留めていますが拘束も可能です」

 

「……住民達に気付かれない様に拘束してくれ」

 

「分かりました。1から5班は監視している不審者を拘束後、拘留所に移送せよ」

 

 

 それとは反対に不審者を見つけ、乱闘を幾つも収めてきた憲兵は誰一人として気を緩める事は無かった。

 誰もが険しい顔をしており其処には楽観的な考えなどは一切存在しない、それは監視施設にいるノヴァも同じであった。

 そしてノヴァの傍で全体を指揮・統括しているタチアナは命令に従い憲兵を指揮してキャンプに入り込んだ不審者を拘束していく。

 二人の顔は監視施設に詰める憲兵たちと同様、いや、それ以上の険しい表情をしており、それは不審者を拘束し終わっても変わる事は無かった。

 

「現状確認できた人数は12人、他にもいるかもしれませんが少数である事は間違いないでしょう。であれば彼らの目的も自ずと推測できます」

 

「キャンプに入り込んだ彼らの目的は?」

 

「破壊工作、或いは重要人物の暗殺か誘拐。少人数で出来る事はそれ位しかありません。既に軍部には話を通して重要施設の警備を増加させています。キャンプ運営における各部長も警護が付いているので安全かと」

 

「そうか、此処は方々に恨みを買っているからな」

 

「気に病む必要はありません。敗者の逆恨みでしかなく正面から戦えない卑怯者達がする事ですから」

 

 ──キャンプで行われる『新年祭』で何かを起こそうとしている集団がいる。

 

 全てはタチアナの内政部、オルガの商業部宛に届けられた匿名の情報から始まった。

 キャンプ『木星』には内政部のタチアナによる調略や、商業部のオルガによる経済的な懐柔策によって味方は多い。

 だが味方の数に比例する様に壊滅させたマフィアの残党や先日半殺しにした共産党支配下の駅といった敵対的な組織や駅もまた多い。

 無論余計な手出しをさせない様に丁寧に手足となる人員や組織を潰してきたお陰もあり一目で分かる程目立つ大規模行動は現状確認されていない。

 だが奴らは目立つような大規模行動が出来ないだけだ。

 軸足を小規模な破壊工作等に限定すれば戦えるだけの戦力はまだ残っている。

 二人の人脈を通して伝えられた匿名の情報はキャンプ首脳陣に即座に共有・対策が話し合われた結果、内政部の憲兵を中心にして対策が行われる事になった。

 そして今日、彼らが残された戦力を動員して破壊工作を企んでいる事が不審者を拘束したことで判明した。

 しかし、タチアナの言う通り少人数で出来る事などは限られ、その全てに対してタチアナは既に対抗策を打った。

 その結果は一目瞭然、監視施設の大型ディスプレイに何度も写されるのは憲兵によって取り押さえられた不審者達の姿だけ。

 不審者と見なされた彼らが幾ら足掻こうとも憲兵達の目には無駄な努力であった。

 

「念の為に『新年祭』を中断すべきだったのかな?」

 

「それでは敵の思う壺です。彼らは自分達が『新年祭』を中断させたと、それだけの力があるのだと吹聴し増長するだけです。断固とした対応のみが彼らの意図を挫けるのです」

 

「手厳しいね、だが彼らが行う不正規戦はキャンプには有効だ。対応するために既に内政部に開放しているが監視システムの権限に加えて監視・戦闘用ドローンを追加するか?」

 

「いえ、必要ありません。これ以上はドローンの操作要員、監視要員が不足して逆に持て余します。重要施設に関しては軍部によって十分な監視網が敷かれていますから現状の人員と装備で対応します」

 

「となると後はじっと待つしかできないか。これはこれでキツイな」

 

「きつくても我慢してください。軍部の応援を呼んでいるのは此処を安全にするため、今一番暗殺の危険があるのはキャンプのボスである貴方なのですから」

 

「そうだな、気を付けるよ」

 

 今回行われた破壊工作、追い詰められた敵対組織にとっての勝利とは何を指すのか。

 貴重な機械や部品を生み出す工場の破壊、キャンプの住民の殺傷、キャンプを動かしている発電施設の破壊、それとも出荷直前の商品の強奪? 

 どれもが短期的に見れば相応の被害を与えることが出来るだろう、だがそれ以上では無い。

 工場が壊れても修理して再稼働すればいいだけ、人が死んでも代わりになる人間は幾らでも集まる、発電施設が壊れても何処からかまた見つけてくる、商品を強奪しても再び同じ物を作られるだけ。

 被害は限定的、それどころかキャンプは即座に対応策を打ち出し自分達に二回目のチャンスが巡ってこなくなるだけだ。

 ではどうするか、どうすれば一度しか許されない襲撃でキャンプに無視しえない大損害を与えられるのか。

 もう後がない彼らは揃って懸命に考え──そして思い付いたはずだ。

 

 ──一発大逆転、盤上を引っ繰り返す一手こそがノヴァの暗殺なのだと。

 

 だからこそタチアナは監視施設にノヴァを引き込んだ。

 フロアには武装した憲兵に加え、プスコフからの人員も受け入れて厳重な警備体制を敷きノヴァの暗殺という最悪の可能性に備えた。

 そしてタチアナが事前に想定した通りに大型ディスプレイに映るキャンプで大きな動きが起こった。

 

「複数の地点で火災が起きました!」

 

「火元はキャンプに納品された木箱からの発火、巡回中の部隊が住民と共に消火作業を行い鎮火していきます」

 

「……複数箇所で小規模火災、典型的な陽動です。キャンプの対応能力を圧迫させるつもりでしょう。ですがこれだと僅かな時間しか注意を引けない、であれば本命がある筈です」

 

 監視員からの報告を受けたタチアナは即座に指示を出す。

 そして複数の監視カメラが消火作業によって一時的に警備を手薄にした居住地に侵入する複数の人物を画面に映し出した。

 

「いました、9班は居住地に侵入した不審者を拘束、抵抗するようなら射殺せよ」

 

『9班了解。…………侵入者を発見しました。これより──、発砲を確認! 反撃を行います!』

 

 監視画面に映る不審者達は見つかると懐から拳銃を取り出し発砲を行う。

 だが憲兵が装備しているノヴァ設計製作の装備は銃撃を悉く無効化、致命傷を与えられなかった銃弾が威力を失い乾いた金属音を立てて地面に落ちる。

 そして憲兵の装備しているサブマシンガンから放たれた銃弾は迅速に不法侵入者の防具を貫き肉体を破壊した。

 開始から僅か5秒にも満たない銃撃戦を制したのは憲兵であり、不法侵入者は一人の例外も無く代償をその命で払った。

 

『不法侵入者を排除、これより検分を行う』

 

 監視カメラに見える様に憲兵は不法侵入者が持ち込んだ物を並べる。

 殆どの物がメトロの住人なら誰でも持つようなナイフといった小物ばかりであったが調べていく内に彼らが居住地で何をしようとしたのか判明した。

 

「大量に持ち込んだのは燃料か? ミュータント駆除用に売却した火炎放射器用燃料に時限式の発火装置、奴ら居住地で大火災を起こすつもりか」

 

「仮に実行できても対応は可能です。修復した消火設備を使えば被害は限定され鎮火に時間は掛かりません。実行犯はキャンプ外の人間である事を考慮すれば他にもいる可能性が高く──、そしてこれも陽動でしょう」

 

「これでも陽動なのか?」

 

「はい、咄嗟の対応から見て彼らも使い捨ての駒です。本命は別にあります」

 

 不法侵入者の一連の対応を見ただけで陽動であるとタチアナは即座に判断、その言葉を聞きながらノヴァは別の事を考えていた。

 憲兵の活躍によって火災は未然に防がれたがキャンプにはまだ実行犯が潜んでいる可能性があり、次も未然に防げるとは限らないと。

 見通しが甘かった、想定外に対する準備が不足していた、楽観的であり過ぎた。

 言い訳の理由など幾らでも浮かんでくる。

 だが事が起こった時に犠牲になるのは一体誰なのか。

 そうしてノヴァは悩み考えた末に決断を下す──『新年祭』を中断する事を。

 

「楽しんでいる住民達には悪いが『新年祭』を中断──」

 

 だがノヴァが『新年祭』の中断を告げる直前に音響機器を通じて室内に爆発音が響き渡る。

 それが何を意味するのか、一番初めに理解したのはタチアナであり鬼気迫る表情で命令を下す。

 

「爆発があった場所の映像を映せ!」

 

 タチアナの指示に従い監視員は即座に動き出す。

 監視施設の設置された大型画面が目まぐるしく移り変わり、そしてキャンプの一角で何かが爆発した痕跡が映し出された。

 

「映像を巻き戻せ!」

 

 監視員は命令に従い爆発直前まで監視映像を巻き戻した。

 するとそこに映っていたのはキャンプに納品された物資でもなく、規則違反で放置された燃料でもなかった。

 メトロの何処にでもいそうな一人の男性、それがカメラに映っていた。

 だがカメラ越しに見る男性の表情は一目で分かる程青白く、寒いのか両手で自らの身体を抱いては絶えず擦り合わせていた。

 だが映像の進行と共に男性の身体はカメラ越しにでも分かる程大きく震え──そして身体が突如として膨らんで爆ぜた。

 その直後再び異様な爆発音が音響機器を伝ってフロア内に再び響き渡った。

 

「自爆戦術!!」

 

 何の前触れもなく身体が爆ぜた男性、それが何であるかをタチアナは理解してしまった。

 考えうる限りで最悪な方法を奴らが選んだ事を。

 

「タチアナ、現状を打開する全ての行動を許可する。責任は私が持つ、あらゆる手段を行使して事件を防げ!!」

 

「了解! 緊急放送を行え、『新年祭』は中断を──」

 

 だが憲兵が動き出すよりも早く再び爆発音が響き渡る。

 今度の爆発は規模が大きく音響機器を通さずともノヴァ達の耳にも爆発音が聞こえた。

 

「被害報告!!」

 

「本部正面玄関で爆発! 後続も確認できます!」

 

「舐めた真似を! 一階に配置された警備要員は全力で自爆特攻を阻止せよ!!」

 

『奴ら痛みを感じないのか足が止まりません!』

 

「足を潰せ! 止める事が最優先だ!」

 

『大佐、──タチアナ部長!』

 

「大佐で構いません!! それよりも報告を!」

 

『自爆特攻要員の中にキャンプの住人がいます!』

 

「そんな!?」

 

 一階で戦闘を行っている憲兵からの通信を受けたタチアナが監視映像を見れば其処にはキャンプ外の人間に混じって移住者達の姿も確認できた。

 だがそれは在り得ない、移住希望者は身辺調査と簡易的な思想チェックも行い問題がない人物だけを受け入れているのだ。

 無論身辺調査の漏れや思想チェックをすり抜ける場合もあるだろう、一つだけなら在り得るかもしれない。

 だとしても経歴と思想の二つを問題なく通過した者達なのだ。

 そんな彼らがマフィアや共産党に靡くものなのか。

 脅迫の可能性もあるかもしれないがこれだけの人数を内政部や憲兵の目を掻い潜りながら脅迫できる規模ではない。

 

 それでもタチアナが今やらなければいけない事は何一つ変わらない

 

「全部隊に通達、これより当施設に自爆特攻を仕掛けてくる人間爆弾を全て排除せよ」

 

 多くの人の喜びと楽しみは悪意によって塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

<第一追加推進装置燃焼中、燃焼終了まで260セコンド>

 

<第一追加推進装置、燃焼終了まで60セコンドを切りました>

 

<第二追加推進装置点火準備を実施、第一追加推進装置の燃焼終了と共に点火します>

 

<第一追加推進装置、燃焼終了と同時に投棄を開始します>

 

<第二追加推進装置、燃焼開始>

 

<機体セルフチェックを実施、調査中……機体に問題を認めず。制御下にある編隊各機も問題なし>

 

<高度7000m、2.700ktを維持して飛行中>

 

<帝国領海に侵入まで1.250セコンド >

 

<事前情報通りに広域ジャミングを検知、各種通信に軽微の影響を認めます>

 

<レーダーに反応を検知。上空2.0000m地点に大型の浮遊物体を確認。ライブラリー照合、星外生物建造の環境改変機と予想されます>

 

<後方に浮遊物体の情報を送信、当機体の進路はそのまま──大型浮遊物体からの熱源を検知、電波照射されています>

 

<現空域を最大速度で離──行動中断、戦闘モードに移行します>

 

<火器管制システム立ち上げ、各種兵装に問題なし>

 

<ミサイル格納弁解放、機首搭載レールガン、多目的戦術レーザーシステムにエネルギー充填

 を開始します>

 

<強度のジャミングを確認。後方の味方試作無人戦闘機の機体権限を再掌握、IFFを味方に設定、再度指揮下に加えます>

 

<目標設定、大型浮遊物体中央に位置するエネルギー供給ユニットの破壊>

 

<敵無人航空機と誘導弾を確認>

 

<敵機交戦距離に侵入、エンゲージ>

 



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窮地にあって

投稿遅れました。
理由はアーマードコア6のランク戦です。
時間を忘れてのめり込んでしました。



『作戦の進捗はどうだ』

 

『難航しています。想定以上に強固な警戒網を敷いているようで陽動が悉く無力化されていきます』

 

『此処までお膳立てさせておいて何一つ仕事を熟せない……。ふん、囮程度になると考えた我々が愚かだった、所詮は帝都の外で生きる人の姿をしただけの『野蛮人』に過ぎないか』

 

『では作戦は』

 

『予備プランに切り替える』

 

『分かりました、投入する数は──』

 

『すべて投入しろ』

 

『は、それでは──』

 

『聞こえなかったか。私は全てを投入しろと命じた筈だが』

 

『了解、潜伏状態にある全てのП兵器を覚醒させます』

 

『そうだ、それでいい。所詮は『野蛮人』、放っておけばすぐに増える。突入部隊の最終確認を行え、今回の作戦は失敗を許されない重大な作戦である事を理解しろ』

 

『了解しました!!』

 

『────』

 

『──そうだ、アレは『野蛮人』が持つには分不相応の代物。帝都でこそアレは有効に利用される、そうするべきモノだ』

 

 

『アレを持ち帰れば私達は……、私は、帝都の末席に漸く加わる事が出来る。この肥溜めから漸く解放されるのだ』

 

『──隊長、よろしいでしょうか』

 

『なんだ』

 

『帝都からの客人が作戦に参加したいと言っているのですが』

 

『しつこい奴だな、何度も言うが認める事は出来ない。それに奴は所詮部外者、同行は許したが作戦への参加は認めない、とあの気狂い科学者に伝えろ。この作戦を指揮するのは私だ、帝都からの客人であろうと文句は言わせない』

 

『分かりました。そのように伝えます』

 

『それでいい。さぁ、行くぞ、我が部隊よ。野蛮人共が隠し持つ『宝』、それを在るべき場所に我々は届ける。任務を達成した暁には我が部隊は栄えある帝都への栄転が確約される。この肥溜めに捨てられた我々が掴んだ千載一遇の機会である。諸君、全身全霊を懸け作戦を遂行せよ!!』

 

『Ураааааааа!!!!』

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 其処には笑い声があった、驚く声があった。

 

 親を引き摺って出店まで連れて行く我が子の様子を両親は苦笑しながら見守り、また大人二人も楽しんでいた。

 商人は抜けのない目で多くの出店を覗き何か商売のタネになるモノは無いのか、あれば見つけて一稼ぎしようと頭の中で虎視眈々と考えていたが何時しか空気に呑まれ酒を片手に大きな声で歌っていた。

 

 老人が初めて目にする本格的な祭りに驚いている。

 そして今までの遅れを取り戻すかのように今迄コソコソと貯めていた貯蓄が凄まじい勢いで無くなるのを理解していながら楽しむことを辞められなかった。

 キャンプの彼方此方に笑顔があり、誰もが楽しみ喜んだ。

 新しい一年を迎えるための祭りとしては最高の日、掛け値なしに『新年祭』は大成功と言えただろう。

 

 ──だが突如鳴り響く甲高いサイレン音、その音と共に『新年祭』は中断された。

 

 浮かれていた雰囲気は全て霧散した。

 キャンプの住民がサイレン音に異常事態を感じ始めたと同時に何処からか爆発音が轟いた。

 それを聞いた誰もが否応なく理解させられた、キャンプで何かが起こっている事を。

 そしてキャンプの本部が置かれるビルの正面玄関では激しい銃撃戦が繰り広げられていた。

 

「くそ! 何で撃たれても倒れない!! 奴ら痛みを感じないのか!」

 

「本部から命令! 人間爆弾の脚を潰せときた!」

 

「拳銃で動き続ける相手に出来る訳が無いだろ!」

 

「口を動かす前に手を動かせ! 銃を撃ち続けろ! さもないと殺されるのは俺達の方だ!」

 

 本部正面玄関に構築されたバリケードに隠れながら武装職員達は銃撃を行いながら襲撃を仕掛けてきた相手を観察していた。

 それで判明したのは現在本部に押し寄せている敵は2つのグループ。

 一つ目はマフィアや共産党の破壊工作員らしき外部の人間、二つ目のグループは怪しい足取りで本部に近付いてくる人間爆弾と化した住民達に分かれている事が判明した。

 隠し持っていた銃器で攻撃をする破壊工作員は今回の『新年祭』に参加できるよう身形を整えてきたらしく一見した限りでは外部から来た参加者にしか見えない。

 そして全ての陽動が失敗に終わった事を知らないのか無謀にも潜伏していた工作員を全て動員して纏まった数を揃えると本部に銃撃を仕掛けてきたのだ。

 とは言っても怪しまずに持ち込める銃器は拳銃かよくてサブマシンガン、数だけを頼りに攻撃を仕掛けるにしても火力は貧弱であり脅威度は低い。

 彼らが幾ら怒りと憎しみに染まり明確な殺意を抱いて銃撃をしてきても制圧は時間の問題、それを理解している破壊工作員達は人間爆弾と化した住民達を矢面に立たせるという最悪な戦術を選択した。

 数は破壊工作員達に比べれば少ない、とは言え無視するには余りにも人間爆弾は危険であった。

 最初に本部の目の前で爆発した人間爆弾はキャンプの住民達ではない外部の人間であったからこそ精神的な衝撃は大きかったが見知らぬ赤の他人として処理出来た。

 だが次に来たのは。意識があるのか疑わしくなるほどの怪しい足取りで本部に近付く何処かで見知ったキャンプの住民達である。

 その正体は何時爆発するか分からない爆弾を抱えた自爆兵器であると理解しているがバリケードに隠れている職員達の引き金が重くなることは避けられなかった。

 

「また監視所からはさらに多くの人間爆弾が此方に接近していると報告があります!!」

 

「畜生、なんで、なんで目出度い日にこんな事が起こっている!!」

 

「顔見知りを撃ち殺したくなければ足を狙え、そうすれば運が良ければ死なない筈だ!」

 

 悪い知らせは重なるものである。

 今も銃撃を仕掛けてくる破壊工作員であれば容赦なく発砲して排除できるが自爆兵器と化した住人達がそれを阻む。

 その正体が自爆兵器とは理解している、それでもついこの前まで会話をしていた見知った人物を撃ち殺すのは心理的な抵抗がある。

 ならば死なせない様に住民達の脚を撃ち抜こうとするが支給された拳銃で動き続ける脚を正確に撃てる熟練者はいなかった。

 そんな職員達の事情を襲撃者達は気にも留めずに銃撃を続けながら本部に近付く。

 窮地に立たされた職員達──その多くはタチアナが推薦した元帝国軍人達──は苦渋の決断を下すしかなかった。

 

「あった! ゴム弾を持って来たぞ!!」

 

「そんなものまで此処にはあるのか!?」

 

「いいから使え! それはうちのボスが一から設計した物だ!!」

 

「それを先に言え!!」

 

 だが殺さずに済むのであればそれに越したことは無いのだ。

 職員の一人が何かないかと1階に集積してあった物資を漁り見つけたケース。

 それには大きく太字で『非殺傷用弾丸<試作>』と書かれており今正に人間爆弾に苦戦を強いられている職員達に必要とされる武器であった。

<試作>と書かれている様に本来は使う予定の無かった装備なのだろうが切羽詰まった状況に立たされた職員達には関係ない。

 バリケードを突破されない様に動きながら職員達はケースを開けると中には拳銃用のゴム弾が大量に入っていた。

 

「これは有難い。此処にいる半分はゴム弾で人間爆弾に対応、残りは銃を撃ってくる犯罪者に実弾をお見舞いしてやれ!」

 

 バリケードに詰めていた職員達は役割を分担する事で状況は変化した。

 人間爆弾に対してはゴム弾による銃撃で無力化し、盾を失った破壊工作員には容赦なく実弾をお見舞いして数を減らしいく。

 

「アアアァア!?!?」

 

「うわぁ……、えっぐ」

 

「流石ボス謹製。拳銃を当てるよりも楽だ」

 

「弾は足りるだろうが無駄撃ちはするな。一発で一人、確実に拘束しろ」

 

 特にケースの中にあった特製の散弾銃とゴム弾の組み合わせは一発で人間爆弾を無力する程の威力。

 拳銃とは違う重く大きな音を出して撃ち出された弾頭は食らった人間爆弾を勢いよく吹き飛ばし意識を一瞬で刈り取った。

 無論吹き飛ばされた事からして無傷ではないだろうが死ぬよりもマシと考えた職員達は人間爆弾と化した住民達に向ってゴム弾を情け容赦なく撃ち込んでいく。

 これにより最初は押し込まれていた正面玄関の形勢は何とか持ち直した。

 その光景を監視カメラ越しに観察していたタチアナは戦況を分析しながら襲撃者の正体に、目的に関して考えを巡らせていた。

 

「自殺攻撃、いや違う。彼らには死の恐怖を超えさせる信仰がない、行動、表情からして普通じゃない」

 

 映像から判別できる人間爆弾と化した住民達の表情は宗教、或いは信ずる神に心酔し自殺攻撃によって自らが達成する偉業に陶酔するような表情では無い。

 意識は不明瞭であり歩行も千鳥足の様な有様である事から考えらえるのは薬物か暗示、或いは両方を併用して強制行動されている可能性が非常に高い。

 自爆方法に関しては不明な点が多いが後回し、正面玄関では持ちこたえている事から優先順位は低くしても大丈夫だろう。

 

「キャンプの破壊工作は無力化、人間爆弾も遠からず制圧は可能。そのどちらも失敗に終わった敵はどう出る」

 

 ボスが用意していた武器で一番の問題であった人間爆弾も無力化。

 正面玄関で銃撃をしている破壊工作員も排除されるのは時間の問題、キャンプは一先ずの平穏を取り戻すだろう。

 

 ──それが望まない状況であれば、既に手持ちを使い切った敵が選択できるのは撤退か、或いは僅かな可能性に掛けて最後の勝負を仕掛けてくるか、その2つしかない。

 

「防衛に参加していない全ての職員は厳重な警戒を行うように。人間爆弾も無力化された敵が最後の勝負に出てくる可能性が非常に高い」

 

 タチアナは一連の騒動を企てた何者かが最後の勝負、──残った全戦力を投入してくる可能性に備えた。

 そしてタチアナの予想をなぞる様に監視カメラがキャンプの外から接近してくる集団を複数捉えた。

 

「大佐! 異様な身のこなしの集団が接近!」

 

「南西から近付く小集団!」

 

「北東からも同規模の集団が接近!」

 

「来たか!」

 

 周囲の雪景色に溶け込もうと白い装束で身体を覆っていたが職員達は誰一人として監視カメラに映る僅かな異変を見逃さなかった。

 だが乗り物を使用せず雪原を駆ける集団の速度は異常、生身の人間では到底出せない速度でキャンプに近付き周囲に設置してある障害物を一足跳びで踏破する身体能力。

 止めはミュータントからキャンプを守るために作られた防壁、着工し始めてから日が浅くともそれなりの高さがある防壁を僅かな出っ張りを足掛かりにして乗り越えたのだ。

 

「生身ではあり得ない身体能力。相手は身体の広範囲を改造したサイボーグ、まさか現在も稼働可能な機体があるとは!」

 

 監視カメラ越しの映像であっても相手が身体の大部分を改造しているサイボーグであるとタチアナは容易に判断でき、同時に驚いた。

 タチアナは目覚めてから周囲の情報収集を怠った事がなく部下を通じて集められた情報を整理統合し現在の文明レベルを正確に読み切っていたと考えていたがそれは間違いであった。

 キャンプが相手にしてきたマフィアや共産党とは一線を画す、当時のインフラや技術を失わずに継承した存在が敵になった事が明らかになったのだ

 

「これが本命です。1階に配置された職員は直ぐに避難、侵入してくるサイボーグに手を出さずに通しなさい。直通エレベーターは電源を切って停止」

 

「一階の壁に複数個所の破壊を確認、侵入経路を作られました!」

 

「構いません、職員は人間爆弾の対処に専念。サイボーグには小口径の弾丸など無意味なので間違っても手を出さない様に。2階から4階フロアまで配置された職員はプランAに基づき行動を開始せよ」

 

「命令通達、職員は人間爆弾の拘束を最優先。移動する本命は此方が受け持つ」

 

「3階守備隊はプランAに基づき行動。対人地雷、セントリーガンは全機起動、配備職員は殺傷兵器で迎撃!」

 

「4階守備隊はプランAの準備完了、対人地雷、セントリーガンは全機起動完了です」

 

「2階守備隊は侵入者と交戦! 対人地雷、セントリーガンが次々と破壊されていきます!」

 

「構いません。突破された階の職員は武装を確認後1階の応援に向かいなさい」

 

 監視施設の大型画面に映る映像は刻々と入れ替わり、凄まじい勢いで状況が進行していく事を言外に物語っていた。

 タチアナの申請によって最悪を想定し2階から4階フロアを全面改装して作り上げた侵入者迎撃用陣地は侵入者を慈悲の欠片も与える事無く牙を剥いた。

 対人地雷が炸裂して脚を吹き飛ばし、セントリーガンが統制された射撃に加え配置された職員が繰り出す銃撃で侵入者の身体を削る。

 如何に身体を改造し機械化したサイボーグ部隊であっても装甲を貫通できる大口径の銃撃を加えられれば対処しようが無い。

 無論、侵入者であるサイボーグ部隊も一方的にやられるばかりではない。

 持ち込んだ武装で地雷を破壊し、セントリーガンに取り付いては銃座を破壊して組み込んであった銃器を強奪する動きを見せた。

 だが最初こそ勢いよく本部まで侵入してきたサイボーグ部隊であったが2階のキルゾーンを突破するために少なくない数の仲間が倒され数を大きく減らした。

 3階に侵入した直後は同じ轍を踏まない様に持ち込んだ携帯式のバリケードを即座に展開。しかし持ち込めたバリケードの数自体が少なく身を隠せない仲間が次々と倒されていく。

 そして多くの仲間を犠牲にして踏み込んだ4階。

 だがそこもキルゾーンであると分からされた侵入者はバリケードの後ろで身体を小さく丸めるしかなかった。

 

「彼らの狙いはキャンプではなくボスの命だったようですが終わりです。このまま殲滅しますが問題ありませんか?」

 

「いや、生きた状態で捕虜を取りたい。何人か生かせるか?」

 

「分かりました。効果があるかは分かりませんが降伏勧告を出します。──侵入者に告げる。貴方達の企みはすべて失敗した、これ以上の抵抗は無意味である。もし降伏するなら命は保証するが抵抗すれば即座に攻撃を再開する」

 

 ボスであるノヴァの言葉を受けてタチアナは戦闘を一時停止させると放送設備を通じて4階にいる侵入者に降伏を呼び掛けた。

 侵入者達も戦闘の停止と同時に放送された降伏勧告を聞いてバリケードに隠れているサイボーグ部隊は奇襲を警戒しながらも恐る恐る顔を出し始めた。

 そして実際に戦闘が停止した現状を確認するとサイボーグ達の中から部隊を率いていた隊長と思われる人物がバリゲートから姿を現した。

 

『クソが! 貴様がノヴァだな、貴様のせいで私の部隊は半壊! どうしてくれる!!』

 

 だがそれは降伏を受諾する返事ではなかった。

 追い詰められた状況にあってもなおスピーカー越しでも分かる程に差別意識と傲慢さが織り交ぜられた声がスピーカーを通してフロア全体に響き渡った。

 

『隊長!? 落ち着いて──』

 

 部隊を率いる隊長以外は冷静に状況を認識出ているのか窮地でありながら吐き出された罵声に顔を青くしながらも荒ぶる隊長を何とか取り成そうとした。

 だが全ての言葉を言い切る前に口は閉ざされた、銃声が鳴り響き取り成そうとした部下の頭を隊長と思わしき男は躊躇いもなく撃ち抜いた。

 

『敗北主義者は我が部隊には一人もいない!! 我々は此処までコケにされて虜囚の辱めを受けるつもりはない!! 其処で待っていろ、今すぐに貴様を殴り倒して代償を──』

 

「マイク、代わって」

 

「え? あ、はい」

 

 四階で今も口汚く罵り続ける男を見てタチアナは攻撃再開の命令を出そうとしたがその前にマイクを横にいたノヴァに渡した

 一体何を言い出すのか、部下であるタチアナの心配を他所にノヴァは大きく息を吸い込んで空気を肺に取り込み、そしてマイクに向かって口を開く

 

「キャンキャン吠えるな、三下がぁ!! その錆び鉄の四肢を引き千切ってダルマにしたるわ!!」

 

「ボス!?」

 

 スピーカーによって増強されたノヴァの声が四階通り越して監視施設まで大きく響く。

 その声を聞いた侵入者も職員も呆気にとられ動きが止まるがノヴァは止まらない。

 

「ふざけるな! 人が下手に出れば祭りを台無しにした下手人風情が吠えやがって、代償を支払ってもらう? それはこっちのセリフだ、錆び鉄が!!」

 

 最早我慢の限界、堪忍袋の緒が切れたノヴァは止まれない、止まるつもりはない。

 大勢が楽しみにしていた祭りをぶち壊し、挙句の果てに住民達を訳の分からない人間爆弾に仕立て上げられたのだから。

 理性を振り切り勘所の赴くまま叫んだノヴァ、だがそれで終わりではない。

 

「搭乗型強化外骨格改め自立稼働防衛兵器『キメラ2号』起動!!」

 

 ノヴァは手元の端末を操作すると同時に四階の隅に布で覆われて配置された大きな何かが駆動音を響かせながら動き出す。

 侵入者達は駆動音に気付いた直後に装備された武器を布で覆われた何かに向けると躊躇う事無く発砲した。

 吐き出された銃弾が姿を覆い隠している布を容易く貫き、──しかしその直後に弾丸が弾かれた事を知らせる甲高い音が鳴り響いた。

 

『キメラ2号起動信号を受信しました。ターゲット指定完了、モード<半殺し>で戦闘を開始します』

 

 そして覆われて布を弾かれた弾丸が巻き込んで引き摺り下ろした事で侵入者は動き出した物の正体を漸く見る事が出来た。

 

『なんだ……アレは』

 

 スピーカーから聞こえてきた言葉通りであるなら原型となったのは人型の外骨格かそれに近い何かだったのだろう。

 だが侵入者達が目にしたものは人型からかけ離れた姿を持つ異形の大型機械。

 脚部は大質量を支えるために大型化と共に増加されて四脚となり背部からは金属製の尻尾の様な物が伸びている。

 肩部からは長大な砲身が、また幾つもの可動式アームに保持された小口径の銃器が姿を現した。

 両腕は肥大化と共に延長され五指にあたる部分には指の代わりに銃器が固定されていた。

 おおよそ一切の常識を投げ捨てた異形の兵器、それが侵入者達に身体を向けると同時に何かが発射された。

 

『がぁああ!?』

 

『なっ、バリケードごと!?』

 

 隊長らしき男が悲鳴を上げた仲間を見れば隠れていた携帯式バリケードを貫通されていた。そして背後に隠れていた部下の片腕が吹き飛ばされ、断面からは血ではなく潤滑油が流れ出して床を黒く染めていた。

 

「どうだ、俺が作った特別製の炸裂徹甲弾頭は? 防御に自信がありそうな身体の様だが見掛け倒しか? あぁぁ?」

 

「ちょっと!? 落ち着いてくださいボス!?」

 

 異形の兵器の肩から覗く砲身からは煙が昇り、新たな弾丸を装填したのか大型薬莢が排出されると甲高い音を響かせながら床を転がっていく。

 だがノヴァの攻撃はまだ始まったばかりである。

 今度は肥大化した両手が侵入者に付き出されると同時に変形、指の代わりの様に装着されていた銃器が動くと互いに連結を始め五連装銃身を持つ機関銃に姿を変える。

 

『散れ!!』

 

 危険性を本能で感じ取った隊長の言葉に従う部隊、だが行動が一拍遅れた仲間が吐き出された大量の光弾によって手足が容易く消し飛ばされた。

 

「脳さえ無事なら情報なんて幾らでも吸い出してやる!! 情けは不要、邪魔な手足をもいでダルマにしてから尋問してやる!!」

 

『クソっが!! 野蛮人風情がああぁぁぁ!!』

 

「野蛮人に倒される屑鉄が粋がってんじゃねぇぇぇえ!!」

 

「戦闘に巻き込まれない様に4階配置職員は上階に避難を!」

 

 ノヴァと侵入者互いに罵声を吐き出しながら戦闘は再開された。

 だが幾ら侵入者達が身体能力を活かして立ち向かおうともセントリーガンと地雷の制御を掌握した『キメラ二号』の前には成す術がなかった。

 全力稼働させた演算装置が敵対者に反撃をする暇も、逃走する隙も一切与えない攻撃を加えていく。

 逃げれば脚を吹き飛ばされ、隠れたバリケードごと身体を撃ち抜かれ、されど反撃を行っても侵入者達が持ち込んだ武装では装甲を突き破ることが出来ない。

 このままでは文字通り全滅すると確信させられた隊長は何か打開策がないかと考え──手足を吹き飛ばされたまま放置されている部下を見つけた。

 

『隊長、何を!?』

 

『黙れ! 勝つための必要な犠牲だ!』

 

 そう言って四肢を吹き飛ばされ起き上がらない仲間を盾の様に構えながら隊長は猛威を振るう異形の兵器に向けて走り出す。

 無論キメラ2号は男の行動を監視カメラ越しに確認出来ていた。

 だが、接近する隊長に向って銃火器の銃口を向けるもノヴァによって戦闘モード<半殺し>と設定されていたため盾とされた侵入者の身体ごと撃ち抜くことが出来なかった。

 それを理解している隊長は窮地にありながら部下の身体を盾としながら嫌らしい笑みを浮かべた。

 そして兵器に接近すると同時に懐から施設破壊用の大型爆弾を取り出し部下の身体に押し付けた。

 

『ぶっ壊れ──ろぉおおお?!?!』

 

 しかし部下を巻き込む形で爆弾を爆発させるつもりであった隊長だが行動は中断された。

 隊長の身体を横合いから突如として伸びてきた金属製の拘束具、兵器の背面から伸びる金属製の尻尾の先端が展開して男の全身を捕らえたのだ。

 同時に盾とされた部下は別の可動式アームによって取り押さえられ爆発部を剥がされると同時に床に投げ飛ばされた。

 運良く死なずに済んだ部下は床に這いつくばり、されどそれ以上の事は何も出来ずに捕らえられ高く吊り上げられる隊長の姿を見る他なかった。

 

『離せ!! はな──!?!?』

 

 そして兵器は男を拘束したままの尻尾が振るい遠心力が乗った勢いを保持したまま床に叩きつけた。

 床が砕ける音と改造された身体の何処かが壊れる濁った音が響く。

 全身から異常を知らせる信号が隊長の脳内に鳴り響く。

 このままでは殺されると恐怖した隊長は何とか拘束から抜け出そうと何とか身体を動かし──しかし兵器に未だに意識があると知られ再び吊り上げられ地面に叩きつけられた。

 

『命令達成、侵入者の無力化を完了しました』

 

「…………四階職員は無力化した侵入者の拘束をするように。貴重な情報源です、不本意ですが可能な限り死なせない様に」

 

 戦闘は終了した、ノヴァの暴走によって。

 そして四階にて四肢を失い横たわる侵入者の拘束をタチアナは疲れた声で命じるのであった。

 




設定

・キメラ2号
ノヴァが代表と言う立場になってから使われなくなった強化外骨格を利用して作り上げた自立稼働防衛兵器。
脚部は四脚化すると同時に大型化、背部には金属製の尻尾の様な物が伸びている。
肩部には新造された小口径砲、炸裂徹甲弾と組み合わせれば一撃で大型のミュータントを屠れるほどの威力を持つ。
また幾つもの可動式アームにはエイリアン製の銃器が保持され多数の標的を一度に対処する事が可能。
両腕は肥大化と共に延長されは五指にあたる部分には指の代わりに銃器が固定、発砲時には変形、五連装銃身を持つ機関銃に姿を変える。
ノヴァが出番なく埃を被った強化外骨格を有効活用しようとして生まれた異形の兵器。
名前はキメラ戦車の次に出来た事から2号とした。


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望まぬ再会

遅れを取り戻すために連続で投稿します

*2023/12/31 加筆修正を行いました


 戦闘終了後、本部に襲撃を仕掛けてきたサイボーグ部隊の生存者は抵抗を含めた一切の行動を封じるために四肢の取り外しとノヴァによる機能制限を施された。

 それらの処置が行われた状態で順次留置所に移送、厳重な監視下に一時的に置かれる事になった。

 そしてサイボーグ部隊の隊長らしき男は四肢を取り外された状態で監視施設の一角に運び込まれ多くの憲兵に囲まれながら尋問を受けていた。

 

「この機体は……帝国保安総局情報部で採用された機体です。間違いありません」

 

「どうしてそれを知っている、女ァ? それとも何か、若い見た目をしているが実際には百を優に超えた婆か? 若さを保つ秘訣は何だ、其処のノヴァに腰でも振って若さを無限で貰ったかぁぁぁあああああああ!?!?!?」

 

「次に罵声を挙げれば流す電流を増やすと言ったはずだ。まさか聞こえていないのか、その機械化した身体は見掛け倒しの屑鉄なのか?」

 

 ノヴァにより身体を操作され気絶状態から強制的に覚醒された男は抵抗を試みるが無駄であった。

 身体の制御権は奪われ、口答えしようものなら痛みで発狂する寸前の電流を流される。

 機械化したサイボーグにとって制御されていない電流は正に毒であり、生身とはまた違う苦痛を男は既に何度も味わっていた。

 一方的に苦痛を与えられ、四肢も取り外された状態の男は余りにも無力であった。

 

「お前に質問は許されない、苦痛を味わいたくなければキャンプに潜伏させた残りの自爆要員を吐け、さもなければもう一段階流す電流の量を増やす」

 

「クッ……」

 

 四肢を取り外された状態で幾ら叫ぼうとも負け犬の遠吠えでしかない。

 それを否応なく分からされた男はせめてもの抵抗として罵声を除き頑なに口を閉ざした。

 

「そうか、喋りたくないか。なら此方にも考えがある」

 

「何をする!?」

 

「話したくないのだろう、なら貴様の脳を直接調べればいいだけの話だ。自分の身体がサイボーグであった事を恨め」

 

 だが男の対応に付き合う程ノヴァは暇ではない。

 碌な抵抗も出来ない男の首筋にある端子の接続口に新たな端子を差し込む。

 それと同時に男は身体の中、特に脳を重点的に何かが蠢く感触と共に何かが脳を弄る感触が男の神経を刺激する。

 本来なら感覚のない脳が感じる感触、それは頑なであった男の口を割らせるのに十分な恐怖であった。

 

「辞めろ、機密保持機能が発動する!! そうなれば──」

 

「自爆して諸共吹き飛ぶか? 甘いんだよ、そんな機能は既に凍結済みだ。理解したら口を閉じろ、貴様の声が煩くて仕方がない」

 

 ノヴァの発言と共に傍にいた憲兵が男に猿轡を施し物理的に声が出せない状態にする。

 それでも僅かに聞こえて来る呻き声を不快に感じながらもノヴァは手元の端末を操作して男の身体を探り始めた。

 武装、機体番号、製造年月日等々、特に脳は重点的に調査し何か有益な情報、或いは手掛かりが無いかと隈なく念入りにノヴァは調べ始めた。

 

「大佐。正面玄関に訪問者が来ています」

 

「ただの訪問者なら後にしてくれ。此方は今忙しい」

 

 無論ノヴァ以外の監視施設に詰め掛けた職員達も忙しく動き回っていた。

 今回の騒動による物理的な被害を被った被災者へ保証、拘束した破壊工作員の処遇、現在進行形で被害を受けている場所への応援などやるべき事は数多くあった。

 タチアナもまた人員を差配するのに忙しく、可能な限り現場の職員で解決できるようにしているが出来ない事も多々あった。

 

「分かっています。ですが訪問者が言うにはボスの知り合いと言っていまして現場の職員では対処出来ません」

 

 今回もその一つ、ボスの知り合いとなるとセルゲイやアルチョム達と出会った村の住人達の誰かであるとタチアナは予想した。

 出来れば特別扱いはしたくないがキャンプの重鎮二人の故郷である村の関係者である、手荒に扱う訳にもいかない理由が確かにあった。

 少々うんざりしながらもタチアナは職員を通じて訪問者の名前を聞き出す事にした。

 

「分かった、訪問者の名前は?」

 

「エドゥアルドと名乗っています」

 

 多くの声が行き交う監視施設においてその言葉は特に大きな声でもない。

 他の声の中に直ぐに埋もれてしまう程であったがノヴァは違った。

 監視施設でその名前を聞いた瞬間、端末を投げ出してタチアナの傍に近寄った。

 

「エドゥアルドだと!? 今何処にいる!」

 

「正面玄関、カメラ映像を映します」

 

 タチアナの命令によってノヴァにも見える様に監視カメラの映像が中央にある大型ディスプレイに映し出される。

 ディスプレイに映るのは三人、何処か胡散臭い中年男性と小さな子供、中年男性の後ろには頭まで布で覆い隠した見上げる程の大柄の男性らしき人物が映し出されていた。

 画面越しにでも分かる怪しさにタチアナは顔を顰めたがノヴァの表情は違う。

 鬼気迫る様子で画面を睨みつけるノヴァを見たタチアナは否応なく画面に映る三人組を警戒した。

 

「知り合いですか?」

 

「奴とはそんな関係じゃない。……機会があれば必ず殺すと決めた奴だ」

 

 それを聞いたタチアナは今すぐ訪問者を拘束する命令を下そうとした。

 だが口を開く前にノヴァの手が自分の目の前にあるマイクを掴んだことで命令は中断された。

 

「奴にマイクを渡せ」

 

「いいのですか?」

 

「奴の目的を探るためだ。それと周りにいる職員を下がらせろ、奴が連れている大男は先程のサイボーグよりも強い」

 

「……分かりました」

 

 ノヴァの言葉を聞いたタチアナによってエドゥアルドと名乗る人物を取り囲んでいた包囲が解けると共に憲兵が持っていた無線機が渡される。

 その後直ぐに使い方を理解した中年男性はマイクを通じてノヴァには話しかけてきた。

 

『お久しぶりですねMr.ノヴァ。それにしても、まさかザヴォルシスクで再び貴方に会えるとは私も想像していませんでした』

 

「俺もだ、エドゥアルド。まさか態々殺されに来てくれるとは手間が省けた」

 

『はは、お気持ちはあれからお変わりないようですね』

 

「もしそうだと言ったら、自慢のクリーチャーでも差し向けるのか?」

 

『それも一つの手です。今のところは止めておきます。なにより私の趣味ではありません』

 

 傍から見れば二人の会話は長年の友人と話す他愛もない会話にしか聞こえない。

 だがその気安さの裏には一言では言い表せない感情が渦巻いている事がタチアナには容易く知れた。

 それは監視施設に詰め掛けている職員も同様であり、先程の騒がしさは嘘の様に消え誰もがノヴァとエドゥアルドとの会話を聞いていた。

 

『ですからMr.ノヴァ自ら同行してくれるようにこの子に協力してもらいます』

 

「その子は!?」

 

『ここに来た時に出会った子供ですが優しく賢い子です。道案内をしてくれた御礼に飴玉をあげると喜んで口にしてくれましたよ。さぁ、僕、Mr.ノヴァにも見える様に踊ってくれるかい?』

 

 それは大人の言う事を素直に聞く子供にしか見えないだろう。

 だがエドゥアルドと一緒にいた子供は電波塔での実験が失敗に終わり落ちこんでいた時に励ましてくれた子であると分かれば話が違う。

 あれからノヴァの姿を見つけると付きまとっては食事を強請ってくる食いしん坊、人懐っこい笑顔をしながら食事を頬張る姿は見ていると不思議と笑みが浮かんできた。

 だが画面に映るのはノヴァの見知った子供でありながら普段の姿からかけ離れていた。

 それは踊りと言うには滑稽な動きであり、足元は頼りなくふらふらと揺れ動き続け今にも倒れそうな状態だ。

 何よりノヴァの知る人懐っこい笑みが無かった、無表情としか言えない生気のない表情で何時までも踊り続けていた。

 

『見ず知らずのおじさんの言う事を聞いてくれるいい子です。此処まで見せれば貴方なら私が何を言いたいのか分かってくれますね』

 

 エドゥアルドが子供に与えた飴玉、見知らぬ他人の言葉に一言も言わずに従い続ける子供の異様な様子。

 それら二つが合わさればエドゥアルドの所業を嫌でも理解させられた。

 

「エドゥアルド、お前ぇ!!」

 

『ああ、そうだ。この子以外にも飴玉は沢山持ってきていましてね、自分だけ食べるのは悪いと言って彼は他の子たちにも分けてあげたようです。とても心温まるお話ですね』

 

 エドゥアルドが其処まで言うと同時にノヴァ以外のタチアナや職員達も画面に映る中年男性が何を言っているのか否応にも理解できてしまった。

 

「これは罠です。付いて行けば二度と戻れなくなります!!」

 

『そういえば貴方はこのキャンプの代表でもありましたね。なら他の方にも分かるように説明させていただきます。この子供達が食べた飴玉の中には卵が仕込んでありまして体内に入り込むと孵化して身体に寄生します。この寄生虫ですが御覧の様に特殊な方法で寄生者を操作する事が出来ますし、その気になれば其処にいる彼の様に──』

 

 そう言ってエドゥアルドが指さした先にいるのは無力化された一人の破壊工作員。

 厳重な拘束を施された男性であり抵抗も何も出来ない状態で移送の順番を待っていたがエドゥアルドが指さした瞬間に耐え難い苦痛に襲われたのか痛みに呻きながら身体を折り曲げた。

 

 ──その直後に男性の身体が大きく膨らむと同時に爆ぜた。

 

 爆発音と共に男の身体を構成していたモノが血と共に辺りに撒き散らされた。

 

『ポンと爆発させることも可能なのです!』

 

「行動可能な部隊は今すぐ──」

 

 先程の映像を見た誰もが言葉を失い、されど事態をいち早く理解したタチアナは部隊を動かそうとした。

 

『それと下手な行動は慎んで頂きたい。連れてきたクリーチャーは後ろにいる彼以外にもいます。今は子供達を健やかに見守っていますから安心してください』

 

「この外道が!」

 

 だがそれはエドゥアルドの続く言葉によって封じられた。

 行き場のない感情を持て余したタチアナは短く叫ぶも、それで事態が好転するような事は無かった。

 

『Mr.ノヴァ、貴方は何とか時間を稼いで子供達を助けようと考えているのでしょう。ですが時間稼ぎはお勧めしません。寄生虫は時間経過に従って宿主との間に強い繋がりを構築します。そうなれば引き剥がす事は不可能になるでしょう』

 

「駄目です、行ってはいけません。何か方法がある筈です!」

 

「……だが現状は何もない、行くしかない」

 

 エドゥアルドの下に行こうとするノヴァをタチアナは引き留める。

 だがノヴァの言うように自爆兵器とされた子供達を救う術が現状のキャンプには無いのは事実である。

 タチアナも救う術がない事を理解している、唯一可能性があるとすればエドゥアルドの下にノヴァが向かうしかないのだ。

 だからこそタチアナは迷った。

 ノヴァの価値を、キャンプおける重大さを鑑みれば残酷であるが子供達を見捨てる選択肢もあり、見方によっては間違いではないのだ。

 

 そんなタチアナの迷いなどエドゥアルドには関係ない。

 そして画面に映る男は返事がない事を我慢できるほど出来た人間性を持ち合わせていなかった。

 

『う~ん、これでも駄目ですか。仕方がありません。僕、止まってカメラの前に立ってくれるかい。そうそう、それでいいよ』

 

「エドゥアルド! 何を──」

 

 ノヴァが口を開くよりも早く画面に映る子供に異変が起きる。

 言われるが儘に動いていた子供の右腕が突如として膨らみ、爆ぜたのだ。

 最初にエドゥアルドが見せ付けた人間爆弾の爆発と比べれば規模は小さい、1割にも届かない威力だろう。

 だが幼子の片腕を吹き飛ばすのには十分だった。

 二の腕の中程から吹き飛ばされ切り離された腕がキャンプの宙を舞い、雪が残る地面に落ちた。

 先程まであった筈の右腕はもうない、引きちぎられて出来た傷口からは血がぽたぽた流れ続けているのに子供は立ったまま痛がる素振りさえ見せない。

 そして無表情で立ち続ける子供の傍でエドゥアルドは頭を抱えていた。

 

『ああ、寄生してから浅いから爆発も小規模ですね。これだと他の子供達も爆弾としての使い道はありませんし────いや、もう辞めましょう。取引なんて面倒な手順を踏むのは時間の無駄です。物事はシンプルに進めましょう』

 

 エドゥアルドが語り終えた瞬間、監視施設に警戒音が響き渡る。

 それは突然の凶行に意識を呑まれていたノヴァを含めた多くの職員達を強制的に我に帰すのに十分なものであった。

 

「報告!」

 

「地下に設置されたセンサーが接近する物体を検知! 数は……10,20,40、増加し続けています!」

 

「キャンプ内に複数個所にミュータントが出現! 現在付近にいた巡回部隊が対応していますが抑えきれません!」

 

「地下第二集積所が襲撃を受けています! 同じく第一集積所もミュータントの接近を確認、接敵まで猶予はありません!」

 

「キャンプ防壁に迫る集団を確認! 数は──」

 

 鳴り止まない警報が齎すのは最悪の知らせだ。

 

『Mr.ノヴァ、私はウェイクフィールドを去った時からどうすればいいか考えていました。貴方が従えるアンドロイドは統一された装備を持ち、高度な連携を行っていた。貴方を守る防人達は強かった。それを打倒するのはどうすればいいのか本当に悩みました』

 

 監視施設にエドゥアルドの声が響く。

 スピーカーで増強された声は騒がしい多くの報告が飛び交う施設内にあってノヴァの耳には不思議とはっきりと聞こえてきた。

 

『そして私が出した結論は質ではなく数で圧倒すること。科学者を志していながら実に品のない答えになってしまいました。本来の計画では母体となるクリーチャーを連邦に運び入れ現地で繁殖させる予定でした。ですが帝国で貴方と出会えた。最初の報告を聞いた時は聞き間違いと思いました。ですが帝都に送られ続ける報告書、その中で何度も貴方の名前を見つけ、実際の映像で貴方だと分かった時、恥ずかしながら人生で初めて神に感謝を捧げました』

 

 エドゥアルドの語りは終わらない。

 そして監視施設に集められた情報は残酷に告げている、キャンプが包囲されている事を。

 圧倒的な数で、全てを磨り潰し飲み込む物量が押し寄せてきている事を。

 

『Mr.ノヴァ、キャンプに牙を剥いているクリーチャーは私が連れてきました。前回とは違います、今回は沢山、沢山連れてきました。ソレは恐怖を感じずキャンプに住む人を見境なく殺します、止められるのは私だけ、此方に来てください。貴方がYESと言うまでキャンプには血が流れ続けるでしょう』

 

 エドゥアルドは誤魔化す事無くキャンプを包囲、襲撃しているクリーチャーが制御下にある手駒だと告げた。

 それを聞いたノヴァはタチアナに顔を向ける事無く切羽詰まった声で尋ねた。

 

「体制は建て直せるか?」

 

「現在グレゴリーを筆頭に軍部が動いています。我々も動いていますが場所が広すぎます」

 

 今やキャンプの至る所で銃撃音が響いている。

 エドゥアルドのクリーチャーはキャンプの外だけでなく内部にも入り込み戦場と作り出していた。

 それを退けようと戦っている人がいる、監視施設を通して多くの人が動いているのがノヴァにも見て取れた。

 だが駄目だ、対応が間に合わない、人手が足りない、地上地下の両面での襲撃はキャンプの対応能力を超えていた。

 

「……分かった、お前に付いて行く」

 

「ボス!」

 

『有難うございます。ではクリーチャーを止めましょう。それともう一つお願いがあるのですが、私よりも先に襲撃を仕掛けて失敗したサイボーグ部隊、その隊長はご存命ですか? 一応仕事の一環で生きていれば回収しなければならないのですが』

 

「……そいつも引き渡す」

 

『有難うございます。お礼と言っては何ですがMr.ノヴァが帝都に着き次第子供達の体調が回復する事をお約束しますよ』

 

「直ぐに向かう。これ以上住民達には手を出すな」

 

 ノヴァがそう告げた直後に襲撃の勢いが目に見える形で止まる。

 キャンプを襲撃してきたクリーチャーはまるで潮が引いていく様にキャンプから遠ざかる。

 だがいなくなった訳ではない、エドゥアルドの命令が下れば再び襲撃を行える位置に留まっているだけだ。

 だが、そうであっても襲撃は一時的には止まったのだ

 

「時間を稼ぐ、防衛体制を整えてくれ」

 

「ですが────」

 

「戦端が開かれた時点で俺達の負けだ。キャンプの防衛体制は対ミュータント、対人を想定しているが今回は違う、純粋な物量で磨り潰しに掛かられたらキャンプは崩壊する」

 

 キャンプには軍部と内政部で作り上げた防衛体制があり、その内容には不足はない。

 それは対ミュータント、対人を想定して設計されたが今迄問題なく機能していた。

 

 ──だがエドゥアルドは奇襲があったにせよ純粋な物量を以て防衛体制を蹂躙した。

 

 先程の襲撃から戦況は不利であるのは明らかだった。

 至る所で戦線が構築され統一した指揮の元で戦えず、連携を阻害され、各個撃破される寸前であった。

 そしてキャンプが負けるだけで終わらない。

 エドゥアルドは狂人であり、良心の呵責なく人を素材として扱う。

 彼にとってキャンプの住民が幾ら死のうと関心は無い、ノヴァを呼び寄せる生きた餌でしかないのだ。

 

「キャンプにおける各種システムの操作権限を引き渡す。俺がいなくても困る事は無い、寄生が疑われる人物はコールドスリープポットに。治療は出来ないが進行は食い止められる筈だ。後は……」

 

 ノヴァの身体は震えていた。

 自分が不在となる間に問題が起きない様に引継ぎをしている、それは必要な事だ。

 だが口を動かしながらも頭の中には幾つもの不安が、心配が、恐怖が生まれた。

 本当にエドゥアルドに付いて行けば襲撃は止まるのか、帝都に連れて行かれた自分はどうなるのか、時間を稼いでも無駄ではないのか。

 

 ──だけど、だけど、それしか自分は選べないのだ。

 

 徹底抗戦を選んで勝てるのであれば、もしかしたら戦う事を選んだかもしれない。

 だが勝てるビジョンは思い浮かばない。

 現状のまま戦闘を続けても圧倒的な物量に誰もが磨り潰されるだけだ。

 ノヴァを除いて誰一人生き残らない、それを防ぐ方法は一つしか与えられていない。

 本来のタチアナであればノヴァがエドゥアルドの下に向かう事を諫め止めるべきなのだろう。

 だが最早何を言えばいいのかタチアナには分からなかった。

 それ程までに僅かな時間で自分達ではどうしようもない程にキャンプは追い詰められてしまったのだ。

 

「ボス……」

 

「俺が不用意に『新年祭』をするといって呼び寄せてしまった責任だ。奴は俺がどうにかする。だから……、後は頼む」

 

 そう言ってノヴァは何も言えばいいのか分からずに俯くタチアナの傍を通り過ぎていく。

 

「必ず迎えに行きます。ですから諦めないで下さい」 

 

 去っていくノヴァの背中に向けてタチアナは振り絞るような声を出す、彼女に出来るのはそれだけだった。

 監視施設に詰め掛けた職員達の誰もが俯き、時には涙を流しながらノヴァへと道を譲る。

 そうして多くの人に見送られながらノヴァは正面玄関に辿り着いた。

 

「エドゥアルドやはり、お前なのか」

 

「はい、ウェイクフィールド以来ですねMr.ノヴァ」

 

 其処にいたのは間違いなくノヴァが知るエドゥアルド本人であった。

 声も姿形も何もかも変わらない一人の狂った科学者が其処にいた。

 

「お前に付いて行く前に子供の治療をさせてくれ。まだ助かる可能性がある」

 

「構いませんよ。ですが逃げないで下さいね」

 

 ノヴァはエドゥアルドの元に進む前に右腕を吹き飛ばされ今にも死んでしまいそうな子供の治療に取り掛かる。

 止血を施し、暴露された傷口を塞ぐように手持ちのガーゼを全て使い包帯を巻く。

 時間が経ち過ぎた、血を流し過ぎた事で顔は青白く染まり、だが苦痛を叫ぶことは無い。

 

「ごめん……」

 

 無表情のままの子供に治療を施したノヴァは立ち上がる。

 その後ろからカートに載せられたサイボーグ部隊の隊長が職員によって運ばれて現れた。

 

「貴様ァ……」

 

「おやおやおや、あれ程大口を叩いて介入を拒んだのに、蓋を開けてみれば全ての作戦が失敗した隊長ではありませんか!」

 

「なんだと!?」

 

「助けられた事さえ理解できぬ程愚かなのですか貴方は。それとも情報部のエースとしてのプライドが邪魔をしているのですか? まぁ、貴方の行く末には興味は無いので大人しくして下さいね」

 

 ノヴァと一緒に連れてこられたサイボーグ部隊の隊長はエドゥアルドを憎悪の籠った目で睨みつけるが本人は大して気にも留めなかった。

 そしてエドゥアルドの言葉が終わると同時背後に控えていた大柄の男性が動き出す。

 それと同時に移動によって身体を覆っていた布が振り落とされ人間とは異なる造形を持つクリーチャーの姿が露になる。

 その姿に職員とサイボーグ部隊の隊長は息をのみ、だがクリーチャーは男の心情などを介さずに荷物を持つように四肢の無い身体を抱えた。

 

「それでは予定とは違いますが、Mr.ノヴァ、貴方を帝都まで招待させて頂きます」

 

 そう言ってエドゥアルドは大勢の職員達に睨まれながらもノヴァをキャンプから連れ去った。

 そしてキャンプを取り囲んでいたクリーチャーが見向きもせずに離れて行く──お前達には殺す価値すらないと言うかのように。

 後に残されたのは打つ手無くノヴァを見送る事しかできなかった者達だけであった。

 



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予想外

*2023/12/31 投稿と同時に前話「望まぬ再会」を加筆修正しました


 エドゥアルドは嘗てない程の上機嫌であった。

 連邦で出会った自分とは異なる分野に関する優れた知識と技術を持った人物との遭遇。

 そんな人物と帝都に比肩する程に広大な連邦で出会える確率は幾つだろうか。

 だがエドゥアルドはゼロに限りなく近い確率を掴んだのだ。

 だが連邦では顔合わせだけに終わってしまった。

 限られた設備で作り上げた多くの作品達も、偶々協力関係にあった都合の良い組織も壊滅させられて終わってしまった。

 泣く泣く退散するしかなかったエドゥアルドは本拠地を構える帝都にて再び件の人物、ノヴァとの再会を願って日々を過ごしてきた。

 

 だが運命は予想外の出会いを再びエドゥアルドに与えたのだ。

 

 何時からか帝都にも聞こえるようになった新興のコミュニティー、現在では貴重品と言っても差し支えない機械や補修部品を取り扱うキャンプの存在は帝都上層部の目に留まり、内情を探るために調査が行われた。

 そして調査を進めていく内にキャンプの代表の名前がノヴァと判明、それが聞こえてきた時のエドゥアルドは何かの間違いではないと調査報告書を疑った。

 だが間違いではなかった、キャンプを観察していた部隊からもたらされた情報の中にはノヴァの顔写真があったのだ。

 それからエドゥアルドは自分でも信じられない程に精力的に動き出した。

 共犯関係にある帝都の協力を取り付け、現場まで赴き、そして今、再び会いたかった人物をエドゥアルドは漸く迎え入れることが出来たのだ。

 

 そして今、暗闇に包まれたメトロを進む列車の車内に二人はいた。

 エドゥアルドの後を付いて行った先にあった自動運転によって無人で動く列車。

 かつてメトロの地下を隅々まで走っていた車両は当時からすれば劣化しており出せる速度も非常に低速である。

 そんな車内に確認できる人影は三つ。

 そして今それに乗り込んだノヴァはメトロの暗闇を突き進む一両の車両、

 キャンプそのものを人質にとって連れだされたノヴァ。

 ノヴァをキャンプから連れ去った実行犯であるエドゥアルド

 そしてエドゥアルドの護衛である人型のクリーチャーの三人だけである。

 他に乗る人が皆無な列車の車内は広く異様なほど静か────でもなかった。

 

「そうなのです! クリーチャーの作成に当たって大事な事は如何にバランスとるかなのです! 一個体が強すぎても再現性が無いのであれば特異個体としか見なされず全体の底上げが出来ないのです!」

 

「だが特異個体でも性能限界の追求という面に限れば有用だろう」

 

「確かに、確かに、そうです! しかし再現できないのであれば残念ながら例外個体として扱うしかないのが現状です。それに特異個体が何故特異個体たり得るのか、それを解剖・解析するリソースを捻出できないのが本当に悲しいのです!」

 

 地下鉄に乗り込んでからエドゥアルドは好調であった、いや浮かれていた。

 今のエドゥアルドの頭の中にあるのは純粋な知的好奇心、それを存分に語り合える相手を漸く見つけ出した事で会話の辞め時を見失っていた。

 ノヴァがエドゥアルドの会話に対して適切な相槌と疑問、質問を挟み込むことで辞め時を見失った理由の一つでもある。

 だがエドゥアルドが幾ら時間を忘れる程に会話に夢中になろうとも積み重なる疲労によって永遠に話し続ける事は出来ない。

 会話がある程度の区切りを迎えるとエドゥアルドは大きな息を吐き出しながら満足げに薄暗い車内の天井を見上げた

 

「いや、こんなに話せたのは久しぶりです。やはり貴方の見識は素晴らしい、何時までも貴方とは語り明かしたい」

 

「……そうか」

 

 エドゥアルドの満足げな表情とは対照的にノヴァの表情は冷え切っていた。

 そんなノヴァの表情に気付いていないのか、或いは理解できていないのかエドゥアルドは上機嫌なまま再び口を開いた。

 

「すみません、ついつい楽しくて私ばかり話してしまいました。どうですか、帝都までは今少し時間が掛かるので今度は貴方がお話しください。可能な限りお答えしますから」

 

「…………そうだな。サイボーグは一緒に帝都まで連れて行かなくていいのか」

 

「アレは帝都に入る資格はありませんから。そんなどうでもいいものではなくもっと他にあるでしょう」

 

「じゃあ聞くが外にいるアレらはお前が作ったのか?」

 

 そう言ってノヴァが目線を向けたのは列車の外にいる人型のナニカだ。

 列車に並走しており、また壁に貼り付いた個体や、今も列車の天井で歩き回っている個体もいるのかコツコツと絶え間なく音が響いていた。

 

「はい。Mr.ノヴァが気になっているアレの正式名称は…………なんでしたっけ? 随分と昔に帝都のクライアントから依頼されて作ったのですが、……型式が確かD-14でしたかな? 多分そうでした」

 

 エドゥアルドが言い終わるとノヴァに見せる為か外にいた一体が車両の窓に張り付いた。

 その姿を見た時にノヴァが思い出したのは過去に見た映画に登場した地球外生物、強酸性の血液を持ち、口からもう一つの口が飛び出してくるゲテモノ生物だ。

 とは言っても瓜二つという訳ではなく似ているのは身体の細さと尻尾、全身の黒さに後は眼球を持っていない事位だろう。

 

「口が二重構造になっていたり、強酸性の血液でも流れていそうだな。アレは制御出ているのか?」

 

「コレは古い映画に出てきそうなゲテモノではありませんよ。それと制御の方も問題なく出来ていますが方法に関しては今はまだ秘密です。帝都に着いたら見せてあげますから楽しみにして下さい」

 

 そう言ってエドゥアルドが紹介したクリーチャー、キャンプを襲撃した怨敵を視界に収めながらノヴァは無表情の顔の下で激情を燻ぶらせていた。

 今すぐにでも懐から銃を取り出して殺したくなるクリーチャー、だが外にはコレが数え切れない程いるのだ。

 一人でどうにかできる数ではない、ならば視界にこれ以上入れない事で精神の安定を図るべきだろうとノヴァは結論付け視線を逸らした。

 

「作っておきながら思い入れがないのか」

 

「ありません。アレは援助の対価として作ったものでしかなく、私が目指すものとは違いますから」

 

「目指すもの、新人類の創造か」

 

「そうです、覚えてくれていたのですね。その為にも貴方の協力が必要なのです」

 

「帝都にも技術者はいる筈だ。大型シェルターを維持するには多くの技術者がいる、何故彼らを頼らない」

 

 メトロの住人がいう帝都とは戦前にザヴォルシスク地下に建築された大型シェルターである。

 多くの住人を収容出来るように作られたシェルターだけあって居住地としての機能だけでなく食料生産や補修部品の生産も可能な生産工場を持ち合わせている。

 外部からの援助が期待できない状況であってもシェルター単独で存続が出来るように一種のアーコロジーとして作られているのだ。

 だからこそ持ち合わせた恵まれた環境を指してメトロの住人達は大型シェルターを帝都と呼ぶのだ。

 そしてアーコロジーを維持するのであれば多くの技術者が必要であり外部からの接触を断っているのであれば帝都は自前で技術者を用意しているとノヴァは考えていた。

 しかしエドゥアルドはウェイクフィールドでの不本意な出会いから今日まで常にノヴァの力が、知識と技術が必要だと言い続けてきた。

 だがエドゥアルドが帝都に住み、尚且つクリーチャーの研究・製造を行えるだけの援助が出来る支援者がいるのなら技術者の一人二人位容易く用意できるのではないか。

 何故用意できないのかがノヴァには理解できなかった。

 

「貴方の言いたいことも分かります。ですが帝都の実態は貴方が考えているようなものではありません。帝都の現状を言い表すとすれば、そうですね…………、腐りかけた果実、いえ、腐臭を放つ汚物といった方が良いでしょう」

 

 エドゥアルドの返した答えは抽象的なもの。

 だがそれは今迄ノヴァが聞いてきたメトロの住人達による帝都の評判とはかけ離れたものであった。

 

「メトロで一番栄えているのは帝都だと今迄聞いてきたが」

 

「あ、それは情報操作されたモノです。ついでに撒き餌も兼ねています。外にいるアレの原材料、いや、苗床となっているのは噂に引き寄せられたメトロの住人です。お陰で私が記憶しているときよりも数がかなり増えていますね」

 

 エドゥアルドは事の真相をあっさりと答えた。

 だが露になったのはより残酷であり救いのない真実であった。

 

「俺を必要とする理由は置いておこう。何をさせるつもりだ、言っておくが生物学関連は間違いなくお前に劣る」

 

「それは理解しています。貴方に任せたいのは装置の開発です。具体的に言えば記憶の転写ですね」

 

「成功していない、或いは成功率が著しく低いのか。てっきりお前はクローンに記憶を引き継がせていると思っていたが違うのか」

 

「ええ、成功率は現段階では0。理論は間違っていない筈なのですが何故か成功しないのです。ですから次点の延命手段としてクローンも検討も入れていました。ですが態々脆弱な人間に拘るままではだめだと悟ったのです。最終的には多くの実験を重ねて肉体そのものを改良、個体としても強固な身体と寿命を手に入れたと自負しています」

 

 寿命の延長、個体の活動限界を引き延ばす処置をエドゥアルドは当たり前の様に自分に施していると告げた。

 だがそれは長い程の時間を掛けてもエドゥアルドの研究、新人類の創造は順調に進んでいないと言っているようなものである。

 

「そうか、お前はオリジナルなのか。なら記憶の転写は必要ないだろう、それとも自分の複製品に囲まれたいのか」

 

「いえ、記憶の転写先は複製品ではありません。詳細は向こうに着いてから説明します。他にはありますか?」

 

 エドゥアルドが幼い子供の様に催促をする、だがノヴァはもう口を開きたくなかった。

 そんなノヴァの気持ちを向かい合わせに座っているエドゥアルドは全く理解せずに黙り込んだノヴァに話しかけた

 

「他にはありませんか、いやいや、まだまだある筈です。さあさあ、もっと話しま──?」

 

 だが上機嫌でノヴァに話しかけていたエドゥアルドの口が止まる。

 そして此処では無い、どこか遠くを眺めるかのように何もない車内の空間を見つめていた。

 

「……つかぬことをお聞きしますか、この車両に接近する集団がいます。もしかしてお知り合いですか?」

 

「何のことだ、野盗の類か何かと見間違えているんじゃないのか」

 

 エドゥアルドの問い掛けにノヴァは適当に返事を返した。

 その瞬間、虚空を見つめながら口を開いたエドゥアルド、そして質問されたノヴァとの間に冷たい緊張が走る。

 そして緊張を破ったのはエドゥアルドの笑い声、虚空から視線をノヴァへと戻し今迄とは異なる笑みを向けた。

 

「はは、実に面白い考えです。因みにですが盗賊の類は外にいるクリーチャーが勝手に処理してくれるのでメトロの怖い人達も恐れて此処には立ち入りません」

 

 エドゥアルドの向ける笑みにノヴァは特に目立った反応を示さない。

 慌てる事も、声が上ずる事も無い平常心を保ったままエドゥアルドを見ていた。

 

「成程、それは初めて聞いた」

 

 無表情で返事をするノヴァが何を考えているかエドゥアルドには分からなかった。

 だが一つだけ分かっている事がある、それはノヴァが自分との約束を破ったという事だ。

 正確に言えばノヴァではなくキャンプ住民達が約束を破ったのであるがエドゥアルドには細かな事はどうでもよかった。

 約束を破った、そうであるのなら悲しいがノヴァにはペナルティーを課さなければいけないのだ。

 

「はぁ~、悲しい。私は悲しいですMr.ノヴァ。貴方が協力してくれるのであれば子供達の助命をしようと本気で考えていたのです」

 

 ノヴァに語りかけながらエドゥアルドは此処から遠く離れた場所にいる子供達、その体内に宿る寄生虫達に命令を下す。

 命令を受け取った寄生虫は活動を始め、宿主の血と肉を食らいながら毒を生成し吐き出す。

 その毒は身体を犯し肉体を変質させる、人を生きた爆弾へと作り変える。

 そして遠からずに身体は爆ぜる、後には散り散りになった肉片しか残らない。

 それをエドゥアルドは命じた、悲しみも、後悔も、一切の良心の呵責も無く。

 

「ですが仕方がありません。ええ、可愛い子供達でしたが仕方ありません。なるべく苦しまない様に一息に────おや?」

 

 だがエドゥアルドが望んだ結果は帰ってこなかった。

 命令に対する寄生虫からの応答が一つもない。

 それは本来であれば在り得ない現象、だがエドゥアルドはそれを起こせる可能性がある人物を知っている、何より目の前にいるのだ。

 

「反応がありませんね、おかしいですね? Mr.ノヴァ、貴方は一体何を──」

 

 エドゥアルドは知りたかった、一体どの様な手段で寄生虫を無力化したのかをノヴァの口から聞き出したかった。

 だが行動を起こす前に異変は起こった。

 遠くからクリーチャーの悲鳴が、銃声が聞こえる。

 そして二つの音は時間経過と共に大きく暗闇に包まれたメトロを反響していく

 

「これはこれは」

 

 車内にいても聞こえる程の騒音が響き列車の先頭にあった路線の合流地から見慣れぬ車両が現れて凄まじい速度で通り過ぎていく。

 そしてノヴァ達が乗る列車が通り過ぎた後ろにから更にもう一台車両が現れた。

 それはエドゥアルドの記憶にあるモノとは少しばかり違っていた、だがその特徴的な車体と砲塔からして戦車であるのは間違いだろう。

 それが二両、ノヴァとエドゥアルドの乗る車両を前後に挟むように走っている。

 

「……もう準備を整えたのか?」

 

 暗闇に包まれたはずのメトロが赤く照らされる。

 戦車に搭載された火炎放射器によって火達磨と化したクリーチャーが松明となってメトロを赤々と照らしている。

 高速で移動する戦車を避け損なったクリーチャーが大質量の下敷きとなり身体を磨り潰される。

 質量差によって僅かな抵抗すら許されずに吹き飛ばされ、身体がバラバラに引き裂かれる。

 車載機銃が吐き出す大口径弾が命中箇所を中心にして身体を削り取り、噴水の様に血が噴き出し流れていく。

 逃げ場のないはずのメトロがクリーチャーの処刑場に早変わりした。

 散々にメトロに生きる人々を食い物にしてきたクリーチャーが容易く、それどころか雑に処理されていく光景は特に思い入れが無かったエドゥアルドとしても見ていて気の毒になる程であった

 そしてここまで来ればエドゥアルドでも何が起こっているのか理解できた。

 

「もしかして私は嵌められましたか?」

 

「そうだな、俺も予想外だった」

 

 エドゥアルドと同じくノヴァもまた何が起こっているのか理解していながら驚いていた。

 だが驚きながらもその顔は笑っていた、今までの無表情とは打って変わって凄惨な笑みが其処にはあった。

 

「あの子が失ったのは右腕だったな」

 

 そう言ってノヴァは自然な動作で懐から銃を取り出した。

 それは対ミュータント用に作った六連装リボルバー、多分に趣味が入った護身銃であるが人を殺すには十分な威力がある。

 それが火を噴いた、あまりにもノヴァが自然な動作で出した事もあってエドゥアルドの反応は遅れた。

 その代償は片腕、銃弾はエドゥアルドの強化された身体を貫き、しかし貫通するには威力が足りずに肉に埋もれた。

 だがそれで十分、ノヴァがリボルバーのトリガー付近にあるスイッチを押すと弾頭に内蔵された爆発物が起爆した。

 肉が爆ぜ、骨が粉砕され引き千切られたエドゥアルドの右腕が宙を舞うのを視界に収めながらノヴァは口を開く。

 

「だが丁度いい、今日この場でお前を殺す」

 

 その直後、列車の後ろを走っていた戦車が加速を始め僅か数秒後に列車と接触。

 そして加速は止まることなく戦車と共に車輪から火花を散らして列車は急加速を始めた。

 

 




・六連装リボルバー(榴弾装備)
元ネタはレジスタンス2に登場するHE.44マグナム。
グリセリン弾を使用し弾丸内部に遠隔起爆可能な爆発物を内蔵。
トリガー付近にあるスイッチを押しその弾を遠隔爆破し倒した敵を地雷代わりにすることも可能。

弾数は少ないですがロマンを含めてゲームでお気に入りの装備でした。


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急加速

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


 戦車に押し出された列車が加速する。

 今迄の遅く緩やかな運航ではない、その加速によって列車が今迄に無い程に揺れ動き身体に伝わる振動は大きくなった。

 急激な加速が齎す慣性によって列車に搭乗するノヴァとエドゥアルドは互いに座席の手すりを掴み──しかし体勢が崩れる事無く互いを見ていた。

 

「もしかして、誘いに乗ってくれたのは私を殺すためですか?」

 

「可能であれば殺すつもりだった。だが優秀な部下のお陰で今日中に叶いそうだ。前回のようにはいかない。お前は此処で殺す!」

 

 ノヴァが言い終わると同時に列車は先頭を走る戦車に追いつき、列車の先頭を走る戦車の姿が接近に従って大きくなっていく。

 だが列車を押し出す戦車はその勢いを弱める事無く突き進んでいく。

 

 ──そして列車は二両の戦車によって轟音を響かせながら挟まれた。

 

 列車は車体が前後を戦車に挟まれた衝撃によって直後一際大きく振動する。

 二台の戦車が齎す圧力が車体を構築するフレームを甲高い音を立てながら歪める。

 そして列車の前を走る戦車、その後部に増設された兵員輸送用区画が列車の先頭にある運転席を突き破って現れた。

 それはさながら城壁をこじ開ける破城槌の様、だが城壁を壊すだけに留まらず列車の車体を大きく歪ませながらめり込んだ輸送区画はハッチが開き道を作った。

 

「ボス!」

 

「先生!」

 

 ダイナミックな方法によって作られた道を通って輸送区画から姿を現した完全武装の戦闘員集団、その先頭を走るのは特別製の外骨格を着込んだソフィアとアルチョムである。

 そしてノヴァは二人の声を聞いた瞬間に叫んだ

 

「ソフィアは人型、アルチョムはクリーチャーを!」

 

 短い言葉であったがノヴァが何を言わんとしているのか二人には分かった。

 故にソフィアはノヴァに近寄ると同時に接近していた人型クリーチャーの顔面に向けて外骨格に覆われた拳を突き出した。

 そして、おおよそ人間では感じる事がないだろう重く固いものを殴りつけた感触が外骨格を通してソフィアにも伝わり──されど自前の怪力と外骨格の出力に任せて拳を振り抜いた。

 鋼鉄の拳がクリーチャーの顔面にめり込んでいき威力を殺しきれなったクリーチャーの身体が勢いよく吹き飛ばされ、轟音を響かせながら列車後部車体に身体をめり込ませた。

 

「アンタの相手は私よ!」

 

 めり込んだ壁から抜け出した人型クリーチャーが獣の様な雄叫びを上げ列車を震わせる。

 クリーチャーは威勢の良い文句を言うソフィアを脅威と認識、腰を低く落とし人外の膂力を爆発させながらソフィアへ向けて突進。

 瞬きの間に間合いを詰めるとお返しとばかりに鋼鉄に覆われた頭部に向けて拳を突き出し、顔を横に逸らしてソフィアは拳を避ける。

 一足一刀の間合いで始まったのは原始的な殴り合いだ。

 そして背後で鳴り響く打撃音をBGMとしてノヴァとアルチョム、そしてエドゥアルドは向き合った

 二人の間に声は無かった、ただ射線が重ならない様に手に持った銃器を放つ。

 ノヴァからは身体を容易く貫き爆発すら起こす弾丸が、アルチョムが構えるアサルトライフルから生身の身体を容易く貫ける弾丸が連続して発射された。

 どれもが人一人を殺すに足る殺傷力を持った銃撃である、只の人間であれば成すすべなく身体は引き裂かれる威力があった。

 

「これは困りましたねぇ!!」

 

 だがエドゥアルドは違った、発砲を認識した段階でその場で飛び跳ねた。

 床を凹ませる力が込められた跳躍の下を弾丸が通り過ぎ、列車の天井に脚を付けたエドゥアルドは再び跳躍を行う。

 人類では不可能な動きで飛び掛かる先にいるのはノヴァ、残った左腕を突き出し人質として捕まえようとした。

 だが直線的な動きを見切ったノヴァは迅速に後退しエドゥアルドの魔手から逃れると再び拳銃を構えた。

 2mも離れていない距離、必中の筈の一撃、だが引き金を引く直前で銃本体が真上に持ち上げられた。

 エドゥアルドの片手両足は床に付いていた、だがその背中から生えた二対の触手の一本がノヴァの銃を振り払ったのだ。

 

「帝都では背中から触手を生やすのが流行っているのか。正直言って気持ち悪いぞ」

 

「そんなこと言わないで下さいよ。慣れれば便利ですよ、コレ」

 

 エドゥアルドの背中から生えた触手が槍の様に振るわれる。

 ノヴァとアルチョムは矛先から逃れようとさらに距離を取るしかなく────そして列車の外側に張り付いていたクリーチャーがアルチョムに襲い掛かる。

 

「アルチョム!」

 

「大丈夫です!」

 

「よそ見は行けませんよ!!」

 

 距離を取ったノヴァを追うようにエドゥアルドが迫る。

 その最中、触手を出した時に拾っただろう吹き飛ばされた右腕をエドゥアルドは身体に近付け、傷口に押し付ける。

 すると傷口の組織が蠢き、植物の様に伸びた筋繊維が右腕に絡みつき身体と腕が繋がる。

 そうしてエドゥアルドは右腕を取り戻し、ノヴァとの間にある一歩では詰められない筈の距離を人外の膂力を生かして詰める。

 そして繰り出されたのは科学者とは思ない鋭い拳、人外の力が合わさったそれは下手に受ければ一撃で意識を刈り取られる威力が込められているのをノヴァは直感で理解した。

 顔を横に傾ける事で突き出され拳をノヴァは何とか躱す。

 だが続く脚撃は間に合わず、威力を軽減するために命中と同時に後ろに飛ぶ事位しか出来なかった。

 

「うぇ!?」

 

 内臓を急激に圧迫された苦痛が身体を苛み、吐き気を押しとどめる事が出来なかったノヴァの口から胃液交じりの吐瀉物が撒き散らされる。

 だがエドゥアルドの攻撃は終わっていない、槍の様に放たれる二対の触手をノヴァは胃液を吐き出しながら転がってよける。

 そして回避の最中にも牽制を兼ねた射撃が三度行われるが列車の壁に大穴を空けるだけでエドゥアルドには当たらない。

 

「はははハハハHAHAHHA!! 楽しいですね! やはり貴方といると退屈しません!!」

 

「クソ、研究者の、クセにしぶといな!」

 

 それでも僅かにエドゥアルドが距離を取った隙にノヴァは高速でリボルバーの弾倉を入れ替え、懐から大振りのナイフを取り出す。

 そして前屈みに立ち上がりながら今度はノヴァがエドゥアルドに向って駆けだした。

 近付くノヴァに向けて触手が振るわれる、槍の様に付き出すのではなく薙ぎ払うように振るわれる一撃は狭い列車内を塞ぐには十分。

 故にノヴァは拳銃をエドゥアルドではなくその足元に向けると発砲、一秒も経たずに床に命中した弾丸と先程躱された弾丸が爆発しエドゥアルドの足元を崩した。

 薙ぎ払いの触手は本体の態勢が崩れると同時に狙いは大きく外れ、列車の天井を吹き飛ばすだけに留まった。

 そして次に放たれる筈だった触手も強制的に中断、足元が崩されたエドゥアルドが両手を床に付き態勢を建て直そうとする僅かな時間、ノヴァは走り出した勢いのままエドゥアルドの顔面を蹴り飛ばした。

 先端に鉄板を仕込んだブーツが蹴りの威力を余さず伝え顔を強制的に持ち上げる。

 それでもエドゥアルドは盛大に鼻血を流すだけ、致命的なダメージは与えられていない。

 だからこそ強制的に持ち上がった顔面に向けてノヴァは逆手に持った大振りのナイフを全力で振り下ろす。

 鋭い刃先がエドゥアルドに迫り────だか途中で止められた。

 ナイフを持ったノヴァの右腕に触手が巻き付きその動きを止めていた。

 

「残念でした。此処で終わりです」

 

 エドゥアルドは勝ち誇った顔をノヴァに向ける。

 触手はノヴァの両手を拘束し、ならば蹴りを繰り出そうにもノヴァの態勢は悪い。

 近すぎる距離が蹴りを繰り出してもエドゥアルドの姿勢を崩せるほどの威力を出せない。

 

「落ち込む事はありません。生身で此処まで渡り合えたことは賞賛に───」

 

「ペラペラとよく喋る!」

 

 故にノヴァは逆手に持ったナイフの柄にある引き金を引き、銃撃音にも似た音がナイフから轟き刀身が射出される。

 空気を切り裂きながら進む刀身は遮るものがないエドゥアルドの左目に突き立ち────だがそれだけだ。

 ノヴァの一撃は痛覚を抑制され激痛を感じないエドゥアルドの視界を半分奪っただけ、痛みに呻くことも取り乱す事も無かった。

 そしてエドゥアルドは反撃を繰り出す。

 不意の一撃を放ったノヴァの右腕に巻き付く触手に力をいれ拘束するだけに留まっていた触手を締め付け──そして一秒も掛からずに右腕の骨が軋み、その直後に砕ける音が身体を伝ってノヴァに聞こえた。

 

「ああぁぁぁぁぁっぁあああ!?!?」

 

 痛い、いたい、イタイ、痛い!! 

 久しく感じていなかった痛みが激痛を以てノヴァの身体を伝わる。

 痛みが立ち上がる力をノヴァから奪い去り、膝が床に着く。

 その姿を見たエドゥアルドは久しく感じていなかった仄暗い喜びが胸を満たした。

 だがまだ終わらない、痛みに崩れ落ちるノヴァに更なる痛みを与えようとエドゥアルドは動き出し────その直後にまるで糸が切れたかのように身体が動かなくなった。

 その原因が何であるのか、考えずとも答えに至ったエドゥアルドはノヴァに問いかけた

 

「おやおや、ナイフ、何を仕込みました?」

 

「対ミュータント用の麻痺毒だよ! チクショウ!」

 

 麻痺により拘束の緩んだ触手をノヴァは振り払う。

 そして激痛に涙を流しながら左腕に握った銃をエドゥアルドの頭に突き付ける。

 

「終わりだ!!」

 

 この距離であれば奇跡は起きない、確実に弾丸はエドゥアルドの頭蓋を貫き脳を散々に破

壊する事が可能だ。

 

「いいえ、まだまだこれか──」

 

 だが銃口を突き付けながらもエドゥアルドの表情は変わらない。

 身体が碌に動かないのに関わらず、その顔には薄っすらと笑みが浮かんでいる。

 そして未だに動く口を開いてノヴァに語り掛け──だが、全てを言い終わる前にノヴァは引き金を引く。

 轟音と共に放たれた弾丸がエドゥアルドの頭蓋を貫く、ザクロが弾けたかのように上顎から上が肉片を撒き散らしながら吹き飛んだ。

 続けてノヴァはエドゥアルドの胴体、心臓に向けても銃弾を放つ。

 再び轟音が鳴り響き爆発、胸の中心に大穴が空き信号を失い動きの止まった筈の身体が最期に一際大きく震える。

 爆発によって撒き散らされたエドゥアルドの血肉を間近で浴びたノヴァは身体を真っ赤に染めた。

 だがノヴァの目は確かにエドゥアルドが死んだ事を、この手で確実に仕留めた事をしかと見届けた。

 如何に優れた再生能力を保有しようと中枢たる脳と心臓を破壊されても生存できる生物にエドゥアルドは至ることが出来なかったのだ。

 

 それを認識して漸くノヴァは気を少しだけ緩めることが出来た。

 だが全てが終わった訳ではない、今いる薄暗いメトロから逃げ出すという最後の大仕事が残っているのだから。

 

「ボス、大丈夫なの?」

 

「ああ、人型、はどうした」

 

「異様にタフだったから最期は線路に突き落として戦車に轢き殺させたわよ」

 

「そうか、それで寄生された子供達は?」

 

「子供達は皆ポットの中で冬眠中よ。他にも疑わしい人は片っ端から眠らせているけどかなりの数がいるわ。他にも色々話したいことがあるけど後よ、今はこの場から逃げるのが先決よ」

 

「そうだな。それと済まないが鎮痛剤はあるか、右腕が砕かれて激痛が止まらない」

 

 ノヴァがソフィアに差し出した右腕は骨が砕かれた事で青黒く変色していた。

 それを見たソフィアは急ぎ支給された治療キットの中から鎮痛剤を取り出すとノヴァの腕に突き刺した。

 

「それにしてもボスは危険を冒し過ぎよ。もし私達が間に合わなければ帝都に連れ去られていたのよ!」

 

 

 中に充填された薬液が身体を巡り激痛を緩和する。

 激痛によって脂汗を掻いていた顔が少しだけ和らぐと同時にノヴァは口を開いた。

 

「理解している。だが危険を冒してでもエドゥアルドはこの場で殺しておきたかった。その為には時間稼ぎと戦場を変える必要があった。それにあの子は右腕を失った、この程度の痛みで諦める訳にもいかない」

 

 エドゥアルドが現れたキャンプで戦端を開けば寄生された子供達とキャンプの住民の全員がエドゥアルドによって殺されただろう。

 そして犠牲を覚悟して決死の抵抗を行い、運よくクリーチャーを退けてもエドゥアルドが生きている限り襲撃が終わる事は無い。

 何よりエドゥアルドを取り逃がした後は次なる襲撃に備え警戒を続けなくてはならない。あらゆるリソースが大量にあった連邦の時とは違い現状のキャンプには負担が大きすぎる、

 いつ来るか分からない襲撃に怯え住民達の精神を無駄に擦り減らすだけだ。

 

 ──だからこそエドゥアルドは確実に殺せる機会が訪れた時は迷わず行動を起こそうとノヴァは決めていた。

 

 エドゥアルドの手札が全て分かった訳ではない、大量のクリーチャーを一人で相手にする可能性もあった。

 だが広範囲に開けたキャンプから限定的なメトロの地下に戦場が変わり、ノヴァの予想を超えて戦車を伴った救援が来た。

 これ以上の機会は無かった、現状用意できる最高の戦力が揃い確実にエドゥアルドを仕留められる機会が訪れたのだ。

 

 ──戦力を整えた上でエドゥアルドに奇襲を仕掛ける。

 

 一度しか使えない奇策、ノヴァと言う人間を都合よく誤解しているエドゥアルドを誘導し引き付けるのがノヴァの役割であった。

 

 だからこそ祭りを台無しにし、子供達を人質に取った実行犯を、小さな善意を悪意で踏み躙った怨敵と会話を続けたのだ。

 今すぐ懐から銃を抜き出したい気持ちを抑え、人質のせいで何もできない無力な男を演じ続けるのだと自分に言い聞かせエドゥアルドの気を引き続ける為に話し続けたのだ。

 その甲斐はあった、こうしてエドゥアルドを殺せたのだから。

 

「……理由は分かったわ。だけどオルガとタチアナには何らかの形で報いてあげなさい。タチアナは此処までの段取り、オルガはこの裏道を特定するために幾つもの路線図を引っ繰り返したのよ。作戦を成功に導いたのは二人のお陰よ」

 

「……分かった。此処から戻ったら二人に報いる」

 

「言ったわね! 言質は取ったから! 必ず二人には何らかの形で埋め合わせしなさいよ!」

 

「二人とも早く此方に移って下さい!」

 

 切羽詰まったアルチョムの声が応急処置を終えたノヴァとソフィアの耳に届く。

 声の方を向けばアルチョム達は未だに途切れる事無く襲って来るクリーチャーの相手をしており今も幾つもの銃声が鳴り響いていた。

 

「感傷に浸っている時間は無かったわね! アルチョム、そっちはどうなの!」

 

「数が多いですが何とか抑えています。ですが早く此方に移って下さい」

 

 戦車から放たれる火炎放射器がクリーチャーを火達磨にしていき、搭載された機銃と戦闘員が構える銃から放たれるマズルフラッシュが暗闇に包まれたメトロを照らす。

 そして露になり今も列車や戦車に乗り移ろうとするクリーチャーの姿は一向に減る様子は見られなかった。

 現状を確認したノヴァは鎮痛剤によって痛みの引いた身体を動かして立ち上がり列車の前を走る戦車に乗り移ろうと歩き出した。

 

「分かった。今すぐ向か──」

 

『それはあんまりですよ、Mr.ノヴァ』

 

 だが歩き出したノヴァの脚は止められた。

 耳に聞こえた声はさっき殺した筈のエドゥアルドの物、だが振り返れば頭と心臓を吹き飛ばされた死体は残っていた。

 聞こえない筈の、殺した筈の相手の声がメトロの暗闇の向こうから聞こえてくる。

 それは余りにも理解しがたい、オカルトめいた出来事であった。

 だが聞こえていたのはノヴァだけではない、ソフィアもアルチョムも戦闘員達も戦いながら何処からか聞こえてきた声の発生源を探していた。

 

「科学者からホラー演出家に転向したか? この演出はセンスがあるとは言えないぞ」

 

『それには同意します。ですが緊急時なので大目に見てください。それと私の手札はまだ尽きていませんよ』

 

 殺したはずのエドゥアルドが告げると同時に暗闇に包まれたメトロが強烈な光によって照らされた。

 それは火炎放射器やマズルフラッシュによる明りではなく確かな光源に基づく明り、メトロの暗闇に慣れた目には痛い程突き刺さる明りである。

 そして光によって視界が塗りつぶされる直前にノヴァは見た、規則正しく並ぶ人影を。

 

「伏せろ!!」

 

 ノヴァは光に目を焼かれながら叫んだ。

 確かな確信があった訳ではない、しかし本能による咄嗟の判断は間違っていなかった。

 直後に線路を走る戦車と列車に雨あられと撃ち込まれる銃撃。

 だが隠れた車体の上を通り過ぎるのは銃火器の弾丸ではなく光り輝く光弾である。

 そして聞こえて来る音の中に人ならざる咆哮を聞いた瞬間にノヴァは叫んだ。

 

「エイリアンだと!? 何故此処に、いや、まさか従えているのか!!」

 

『当たりです』

 

 ノヴァの叫びをエドゥアルドは肯定した。

 だが何処かにいるエドゥアルドに向って叫ぶ時間はノヴァには残されていなかった。

 エイリアンによる攻撃を受けた列車は戦車の衝突による変形も合わさり既に限界を超えていた。

 車体のフレームが軋みを挙げて変形していく、列車が破壊されるまで秒読みの段階であった。

 

「車両が持たない、一気に走り抜けるわよ!」

 

 ソフィアがノヴァを立ち上がらせ二人は走り出す。

 その後を追うかのようにエイリアンの光弾が撃ち込まれ二人を列車から追い立てた。

 ソフィアは進路に立ち塞がるクリーチャーを殴り飛ばし、道を切り開く。

 そして一足先に戦車の輸送区画に乗り込むと未だに走るノヴァに向って手を伸ばした。

 

「ボス、手を!」

 

 その直後列車が轟音を響かせながら崩壊する。

 だが崩れていく足場に巻き込まれる直前にノヴァは列車から飛び出し、伸ばされた手をソフィアは確かに掴んだ。

 

「よし! 今すぐ引き上げ────」

 

『そう言えば私の腕一本、吹き飛ばされましたよね』

 

 そしてエドゥアルドが言い終わると同時にノヴァが伸ばした左腕が切断された。

 

「「えっ?」」

 

 一体何が起こったのかソフィアとノヴァには分からなかった。

 ゆっくりと流れる時間の中でソフィアは切断された自分の左腕を掴んでいる。

 左腕の断面から覗くのは骨と筋肉、そこから血が流れている、真っ赤な血が流れている。

 列車は崩壊し剥き出しの線路に落ちるノヴァは残った片腕を、骨を砕かれ碌に動かない右腕を伸ばそうとするが動かなかった。

 

 ──その直後に落下するノヴァの身体を掴むものがいた。

 

 だがそれは味方ではない、ノヴァが後ろを振り返った先にいたのは『禁忌の地』で出会った人攫いに特化したエイリアンであった。

 

「ボス!!」

 

「先生!?」

 

『貴方達の相手は彼らに任せます。私は彼と共にこの場を離れますね』

 

 ノヴァは線路に落ちる寸前にエイリアンに捕獲され、一瞬の内に体内に格納された。

 ソフィアとアルチョムが動き出すも間に合わなかった。

 そしてノヴァを捕獲したエイリアンは戦車から離れメトロの暗闇の中へと進んで行く。

 その後を追跡しようとアルチョムは動き出し──その直前にソフィアによって止められた

 

「どうして! 直ぐに先生の後を────」

 

「駄目よ! アルチョム、貴方も傷を負っているし、部隊の誰もが奇襲を受けて傷だらけよ。これ以上深追いすれば此処にいる全員が殺されるのよ!」

 

「……ですが」

 

「それに私達が此処で死んだら誰が情報を伝えるの! エイリアンが地下にもいて、帝都の連中が従えているのよ! 次につなげる為にも此処は引くしかないの!」

 

 ソフィアの言葉が分からないアルチョムではない。

 先程の奇襲はノヴァの咄嗟の判断によって全滅は免れたものの救出部隊に無視できないダメージを与えた。

 戦力の低下はどう見積もっても三割以上、持ち込んだ弾薬も底を尽き掛けている。

 これ以上の戦闘は出来ない事は嫌でも理解した、ノヴァを救出しようにも無理が出来ない状況であった。

 そして僅かな時間を経てアルチョムは唇を強く噛みながら震えた声で命令を下す。

 

「作戦は中断、撤退する!」

 

 メトロを走る戦車が速度を上げる、最高速度を繰り出しエイリアンの包囲網を突き破る。

 生きて此処を抜け出すために、次につながる情報を持ち帰るために戦車は暗闇の中を走る。

 

「必ず迎えに行きます、先生」

 

 アルチョムが輸送区画で呟く、だがその声はメトロが奏でる騒音によって掻き消された。

 



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止まらない

 ──キャンプの支払った代償は途轍もなく大きかった。

 

 エドゥアルドによる想定外の襲撃を受け、しかし辛くも退けた。

 だが失ったものは戻ってこない。

 先程まで多くの人が賑わっていたキャンプとは思えない有様、建物に刻まれた戦闘の爪痕に火災によって炭化した建築資材、襲撃による傷跡は残されたまま放置されていた。

 だがキャンプの危機が去った訳ではない。

 戦況は圧倒的に不利であった。

 しかしエドゥアルド支配下のクリーチャーによる襲撃から一時の猶予を得ることが出来たのはノヴァが身柄を差し出したからだ。

 それ以前にエドゥアルドはキャンプに対して一切の価値を見出していなかったのもある。

 そして襲撃の最中にあってノヴァの行動は最適解ではあった。

 例えそれが僅かな猶予を得る為の行動であっても、得られた時間を使って混乱を収め体制を整える時間を得る事は出来た。

 その時間を無駄にしない為にキャンプの地上……ではなく地下では多くの人が動いていた。

 

「無事な銃器は向こうに運べ!」

 

「弾薬は第二倉庫、食料は第三倉庫だ!」

 

「壁は叩いて調べろ、空洞があれば壊して補強材を流し込め!」

 

「シェルターには女子供を優先して入れろ、銃を扱える奴はこっちだ!」

 

 地下繁華街として放送局一帯に張り巡らされていた地下空間。

 ミュータントの巣窟と化していた危険地帯は多くの人手と資材を投じたことで解放。

 居住地としての利用に留まらず倉庫や通路などに利用可能な空間として多くの人が行き交う様になった。

 そして襲撃後の地下空間は嘗てない程に多くの人が行き交い、鬼気迫った様子で誰もが動き続けていた。

 その中に無傷な者は殆どおらずクリーチャーの襲撃によって住民達は何かしらの被害を受けていた。

 だが住民達は落ち込んではいなかった、何より落ち込む暇が無かった。

 何故ならキャンプを取り巻く問題は解決したわけではないのだから。

 

 そしてキャンプの地下に作られた予備指揮所──地上指揮所が何らかの理由で使用不可能になった場合に備えて作られた──にはキャンプの首脳陣を含めた多くの人が集まっていた。

 だが誰もが顔色を悪くしていた、ノヴァ救出作戦が失敗した事を知らされたからだ。

 

「作戦は失敗したのか」

 

 クリーチャーの襲撃から安全を確保するために主機能を地下に移した指揮所の中は静まり返っていた。

 その中にあって口を開いたグレゴリーの声は酷く響いた。

 同時にその言葉は指揮所に集った誰もが口に出したかった言葉でもあった。

 

「はい、作戦の最終段階に際して敵の増援……、エイリアンが現れました」

 

 グレゴリーの質問に答えたのは救出作戦における実行部隊を率いていたアルチョム。

 作戦のあらましを答える度に顔を苦悶の表情に歪め、それが作戦の失敗だけではない事が一目で分かる程アルチョムの身体はボロボロだった。

 敵の包囲網を強引に強行突破したせいで負った傷は全身に及んでいる。

 作戦時に外骨格を装着してもいてもこれなのだ、装備していなかったら間違いなく死んでいただろう猛攻の嵐を突破した代償としては安いものだろうとアルチョムは考えていた。

 そして本来であれば休息を取るべきところを自身の強い希望もあってソフィアに肩を貸してもらい予備指揮所に来たのだ。

 

「分かった、二人は一先ずは身体を休めてくれ。何か決まり次第すぐに知らせる」

 

 アルチョムから一連の報告を聞いたグレゴリーは二人に休息を取るよう促した、その言葉しか捻り出せなかった。

 そして間を置かずにグレゴリーは次の救出作戦ついて考え始めるが妙案は浮かばない。

 今回の救出作戦はプスコフを主体に少数精鋭で固めた部隊で実施されたもの。

 時間との勝負であったため事前行われる筈の情報収集は不十分、敵の数も正体も不明な状況での作戦の成功率を少しでも上げる為に少数精鋭にするしかなかった。

 初めから無理のある作戦であるとは分かりきっていた、それでも現状用意できる最高峰のメンバーを集め送り出した。

 犠牲を覚悟して臨めば精鋭で固めた部隊は作戦を成功させるとグレゴリーは信じた──、信じたかった。

 だが相手は犠牲だけで乗り越えられる様な相手ではなかった。

 予備指揮所に詰め掛けた誰もがアルチョムの報告を聞き、誰もが改めて敵対している相手の底知れなさを思い知らされた。

 

「エイリアン……、見間違いでは無いのですね」

 

「ええ、奇襲を受けた時のボスはそう判断していたわ。私も『禁忌の地』でアイツらと戦った事があるから見間違いでは無いわよ」

 

 タチアナの質問にアルチョムに肩を貸しているソフィアが答える。

 実際に『禁忌の地』で戦ってきたソフィアだからこそ断言出来た。

 だがそれが齎したのは帝都がエイリアンを従えているという想定外にも程がある情報だ。

 だが証言と同時に戦闘経過を記録した映像が再生されると誰もが理解するしかなかった。映像越しではあったがその姿を見間違える事は無い、絶滅戦争における敵の姿はタチアナを筆頭として旧帝国軍の脳裏に焼き付いていた。

 だからこそ確認した瞬間認めざるを得なかった、信じ難い情報を認めるしかなかった。

 

「救出部隊を収容後、整備と補給を行い二度目の作戦を行うべきでしょう」

 

「あぁ、それしかない」

 

 それでもノヴァの救出を諦める選択肢は存在しないとタチアナの言葉にグレゴリーは返事を返した。

 襲撃による被害は多岐に渡り地上設備の損害、戦闘員に限定されない人的被害、備蓄物資の喪失、小さなものを含めれば相当数の被害が発生していた。

 だが全てを合わせてもノヴァの喪失と比べれば些事である、それがキャンプの住民達の総意であった。

 物が壊れれば直せばいい、傷を負えば治療すればいい。

 残酷ではあるがキャンプにおいて人も物も代替可能な存在であるがノヴァだけは違う。

 その力を、能力を知り、追い詰められた現実、世界を変える可能性を間近で見せられてきたからこそ代替不可能な存在であると誰もが理解していた。

 

「確かにグレゴリーの言う通りだ。だが現状の備蓄を考えればコレが最後だろう」

 

「セルゲイ……」

 

「敵も馬鹿ではない。襲撃に備えて帝都の守りを固めている。戦車の喪失を前提に作戦を考える必要があるだろう」

 

 セルゲイの言葉を聞いたグレゴリーは改めては二回目の救出作戦を考える。

 敵の規模が分かった現状中途半端な戦力投入は無駄であり、どれ程の戦力を送り込めるか今一度計算しなくていけなかった。

 

「会議中に失礼するよ」

 

 そしてグレゴリーとセルゲイが改めて作戦を考えている重苦しい会議室にオルガが現れた。

 指揮所に入ってきた彼女は普段と変わらない表情、だがその顔と両手には血を拭った跡が大量にあった。

 

「オルガ、商業部の方で何か分かりましたか?」

 

「商人の中に帝都に通じる奴がいたけど末端、名義を偽ってうちから色々仕入れては幾つもの仲介業者を通して帝都に流していた。物だけじゃなく情報も流していたようでね、今はお話の途中だよ。他にも何かないか絞ってみる最中だけど彼らが使う秘密の交易路について情報を吐いた。裏付けはまだだけど使えると思って纏めてきたよ」

 

 そう言ってオルガはタチアナにメトロの路線図書かれた地図を渡す。

 其処には一般に公開されていたメトロの路線図に加え作業用線路や元から記載されていない線路も書き加えられており、その中に秘密の交易路もあった。

 裏付けが取れていない段階であり信頼できるかどうかは不明、だが特に帝都に通じる秘密の交易路の存在はタチアナにとって喉から手が出るほど欲しい物であった。

 

「ありがとうございます。これで危険な裏道を使わなくて済むかもしれません」

 

「すると実行するのかい、帝都襲撃を?」

 

「はい、現状それしか一連の襲撃を止める手立てがありません」

 

 帝都襲撃、それはノヴァを欠いたキャンプ首脳部が現状を解決するために立案した作戦であった。

 その元となる基本計画はタチアナが密かに立案していた帝都掌握計画のパターンの一つ。

 日進月歩の勢いで勢力拡大を続けるキャンプが外部からの干渉を受けるのは必然、その干渉がいかなる手段で行われても対処できる様にタチアナが計画していたものであった。

 

 基本方針は帝都と協調路線を取りつつも独自の勢力基盤を確立。

 その最中にメトロ最大の勢力である帝都がキャンプに対して何らかの妨害、或いは武力を用いてきた干渉を行った場合には報復措置として帝都への侵攻を計画していたのだ。

 報復措置を行うにも情報が不足しており、現在の帝都への調査も始まったばかりで全ては机上の空論止まりであった。

 また報復措置とは別に構想止まりの計画の中には武力を用いた帝都掌握によるメトロ平定という一等に過激な計画もあったがお蔵入りした。

 

 ──だがキャンプの襲撃によって前提条件が全て覆った。

 

 キャンプに対しての破壊工作、サイボーグを用いてのノヴァの誘拐、そしてエドゥアルドが率いるクリーチャーによる襲撃。

 帝都は明確な敵対行動をキャンプに対して行ってきた、宣戦布告も何もかも通達しないで一方的に一連の襲撃を行ってきたのだ。

 仮にノヴァを救出できたとしても帝都は敵のまま、加えてエイリアンも支配下に置いている現状を鑑みればキャンプはあらゆる面で圧倒的に不利である。

 対処するのであれば帝都そのものを無力化するしかない。

 それがどれほど可能性のない作戦であったとしてもだ。

 

「ふ~ん、それにしてもエイリアンがいると聞いても驚いていないね。知っていたの?」

 

「ええ、大戦時にエイリアンの指揮系統の解析は殆ど完了していました。そして当時の帝国軍はエイリアンの指揮系統を一部乗っ取り制御下に置く計画を立案しました。その実証実験が行われていたのが当時の戦線に近い此処、ザヴォルシスクです」

 

 毒を以て毒を制す、

 大戦時におけるエイリアンとの戦いは国家の存亡を掛けた凄惨な戦いであった。

 降伏も勝利も無い、どちらかが滅びるまで終わらない戦争を勝つために帝国はありとあらゆる手段を模索した。

 エイリアンの指揮系統を乗っ取るのもその一つ、多くのリソースが投入された研究は実際にエイリアンの指揮系統を解析し成功の一歩手前まで進んでいた。

 

「しかし研究が成功する前に核兵器の全力投入による前代未聞の殲滅が決定しました。当時の私達も殲滅戦が下された段階でシェルターに避難する予定でしたが…………、その最中にエイリアンに捕まってしまったので殲滅が成功したのかは分かりませんでした。ですが人類が生き残っている事実からして作戦は成功していたのでしょう」

 

 研究が成功に辿り着けるほどの時間は残されておらず、時間切れを迎えた。

 そしてタチアナ達が運命の悪戯によって目覚めた時に広がっていたのは荒廃した祖国の姿であった。

 無人と化した土地、其処に住む人はおらず人ならざる化け物が闊歩する終末の世界。

 それでも核兵器の投入は間違っていなかった、人類は滅びる事無く生存していたのだからと目覚めた人々は自らに言い聞かせた。

 

「じゃあ研究は世界が荒れ果てた後も続いていて成功していたって事?」

 

 だが核兵器投入後もエイリアンの研究は中止される事無く、成功し実用化まで漕ぎ着けていたのだ。

 そして研究成果による計画立案時の運用はされないまま、成果を帝都が握り私的に運用している事が明るみになった。

 

「そのようですね。そして研究を接収したのが今の帝都を支配下に置いている組織、私の予想では或いは当時の権力を拡大し続けた秘密警察『チェーカー』であると予想しています」

 

 キャンプを襲撃したサイボーグ部隊の身体は当時の国防省帝国情報部が採用していた独自の機体であった。

 無論当時の物と比べれば外装や武装の劣化は否めないが基本となっている物は変わらない。

 そして独自機体を整備出来る可能性を持つのは当時の情報部、或いは情報部を前身にもつ帝都の組織しか考えられなかった。

 

「じゃあ帝国軍繋がりでボスの解放が出来たりする?」

 

「無理です。何せ大戦時の秘密警察『チェーカー』と言えば軍部でも忌み嫌われていました。危険思想と連邦の内通者を摘発すると言っては作戦に介入するのが日常茶飯事でしたから」

 

 当時の帝国は悪化する経済と戦況が原因で多くの危険思想が生まれては社会全体で様々な事件を起こしていた。

 誘拐、洗脳、強盗……、危険思想に魅入られた者達の罪状は片手では足りない。

 そして雰囲気で世界の破滅を感じ取り、国家の検閲を超えてエイリアンの情報と戦況を知った国民の中には終末思想に魅入られる者が後を絶たず、また入手した情報を無差別に拡散

して社会を混乱に陥れた。

 そして危険思想に魅入られた者達を取り締まる為に当時の政権の肝いりで国防省情報部内に作られ特別措置により独自の権限が付与された秘密警察『チェーカー』であった。

 市民に紛れ思想の監視を行い危険であると判断された者を秘密裏に処理する。

 戦争継続の為、銃後の憂いを無くす為に危険思想の取締と付随する事件の対処が主な役目であり設立目的であった。

 

 ──しかし悪化する戦況に引きずられるように悪化の一途を辿る治安を目の前にて時の政府は秘密警察『チェーカー』の権限を拡大するしかなかった。

 

 そして木乃伊取りが木乃伊になった。

 危険思想を取り締まる筈が危険思想に魅入られた、目前に迫った破滅を前に正常な思考を保てる人は少数であり、大多数は狂気に飲み込まれるしかなかった。

 秘密警察『チェーカー』も優秀ではあったが同じ人間であり、分不相応な権力も相まって危険思想とは最悪な組み合わせであった。

 権力は政敵を合法的に排除できる免罪符となり、本来であれば止められた筈の権力の暴走は戦況の悪化により機能不全に陥った。

 権力は暴走し国防省情報部を取り込むと『チェーカー』による権力の私的利用は歯止めが利かなくなった。

 経済界、政界にも狂った魔手を伸ばし、遂には帝国軍にまで触手を伸ばしてきた。

 

「ああ、今だからこそ言えます。あの時に迷わず殺しておくべきでした」

 

「因縁があるんだ」

 

「ええ、私の出自に関わる事ですから。知りたいですか?」

 

「悪いけど興味はないね。今重要なのはボスをどうやって助けるかだよ」

 

「……それもそうですね。今は詰まらない昔話を話している時ではありませんから」

 

 タチアナもまた秘密警察『チェーカー』による被害を受けた一人であり──だが、オルガにしてみれば遥か大昔の政治の泥沼劇場など興味のない話であった。

 そしてタチアナもまたオルガと同じ考えである。

 過去のあれこれ等よりも今を生きる為に必要な事をするべきと考えていた。

 

「今迄の情報を整理しましょう」

 

 そう言って指揮所に集まったキャンプ首脳陣の視線を集めたタチアナは今迄に分かった事を改めて確認していく。

 

「ボスは攫われ、キャンプの襲撃は止まったものの何時再開されるか不明。帝都は此方をどのように認識しているかも分かりませんが敵対的な行動を通達なく行った事から敵と見なしていいでしょう」

 

 タチアナの口から改めて現状を伝えられた誰もが顔を険しくする。

 それ程までにキャンプは不利な立場に立たされており、主導権もまた相手が握っている状態であった。

 だが指揮所に集った誰もが困難に頭を悩ませながらも諦めてはいなかった。

 

「現状は圧倒的に我々に不利です。その上で何をする──」

 

「大佐、キャンプに向けて帝国軍の暗号化処理を施された通信が送られてきました!! ボスと共に解放したサイボーグが発信源と思われます!」

 

 だが現実は待ってはくれず、考える時間も十分に与えられないまま進んで行く。

 通信を受信した事を知らせにマリソル中尉が指揮所に入ると共に通信を送ってきたのが何者であるか知れ渡ると指揮所の中は再び静まり返った。

 



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急変

「……繋ぎなさい」

 

 静まり返った指揮所においてタチアナの声は小さくとも響いた。

 そして命令を受けたマリソル中尉が運び込まれた機材を操作すると共に接続に伴う雑音が指揮所の中に短い間流れ──、繋がった。

 

『──よぉ、あの気狂い科学者に随分手酷くやられたようだな』

 

 指揮所に備えられたスピーカーから掠れた男の声が聞こえて来る。

 その声に該当する人物は一人、キャンプに襲撃を仕掛けエドゥアルドによって解放されたサイボーグ部隊を率いていた男の声であった。

 改めて通信を行ってきた相手の正体が分かるとタチアナはマイクに向かい感情を感じさせない冷え切った声を出した。

 

「何の用、おしゃべりしたいだけなら切らせてもらうわ。貴方に構っている暇は無いの」

 

『ははは、まぁ、落ち着けよ。俺がお前達に通信を試みたのは帝都からの連絡を伝える為だ。今、帝都からの正式な文章を其方に送る』

 

「追加でデータが送信されました。ウイルスチェックに問題なし。文章データのようです」

 

「開きなさい」

 

 帝都からの連絡、その言葉と共にサイボーグから送られてきたのは一つの文章ファイルが送られてきた。

 サイズはそれほど大きくない、それでもウイルス感染したファイルである可能性も考慮に入れ三重にも及ぶ検査を施した。

 そうした結果送られてきたファイルには何も潜伏していない無害なものであると判断されてからタチアナはデータを受け入れ、ファイルが展開された。

 それは細かな文字が綴られた文章であった。

 データの大きさから考えれば順当な、しかし人が読むには苦痛すら感じる程のページが端末の画面に展開された。

 それをタチアナは顔を顰めながらも読もうと目を落とし──その冒頭からして正気を疑う文章が綴られていたのを見にした瞬間、端末を握る手に無意識に力が入った。

 

「これは……宣戦布告の通達文ですか」

 

『喜べ、帝都の連中はお前達を買っている。降伏文章に書かれている様に大人しく従えば悪い様にはしないと言っている』

 

「どうやら帝都には常識を知らないが愚か者しかいないようですね。それとも其方の首脳陣は総じて耄碌しているのですか? これを降伏文章と言い切る頭の悪さには此方も驚きました」

 

『そうかもしれないな。だが……死ぬよりはマシだろう』

 

「その程度の脅迫で降伏文章に判を押すと思っているのですか。やはり帝都には現実と妄想の区別も出来ない愚か者しかいないようですね」

 

 送られてきたファイルの一行目を見た瞬間、タチアナはこれをキャンプに対する宣戦布告と捉えた。

 しかし文章を送った男はファイルの中にあったのは降伏文章であると語る。

 二人の間にある埋めがたい認識の差、その原因となっているのは底知れない戦力を持つ帝都が主導権を握っているからだ。

 そして降伏文章を拒否した瞬間に帝都は攻撃を始める算段を立てているのだろう。

 それでもタチアナは降伏文章を拒絶した、何より送られてきた降伏文章の実態は奴隷契約としか思えない出鱈目な内容であったのだ。

 武装解除したうえで帝都から進駐してきた部隊が治安を維持するのは序の口。

 現状のキャンプ上層部の更迭にはじまり、行政機能は帝都から送られてきた人員が掌握。

 帝都の命令に絶対服従を強要し住民には抵抗を許さず強制労働を押し付けられるのだ。

 ありとあらゆる権利を剥奪され、自由意思を許されず、どれほど過酷な命令であっても従い続けるしかない。

 それは人生を支配されるに等しい行い、奴隷としか言いようがない立場に墜とされるのだ。

 

「……そう言えば、ついこの前に似たような文章を見ました。確か共産党でしたね、余りにも非常識な物言いで迫ってきたので少しだけ懲らしめましたが、もしかしてお友達でしたか?」

 

『共産党か、あれは途中までは使い勝手のいい駒であったが些か大きくなり過ぎた。その内手入れを行う予定であったがお前達のお陰で楽が出来た。その事には感謝しているよ』

 

「成程。……ではキャンプに襲撃を仕掛けてきたマフィアも其方の息が掛かっていたと?」

 

『想像に任せる。それと時間稼ぎをするのもいいが返事は早くしてくれ。地上の風は身体に応える』

 

 タチアナとの会話が時間稼ぎである事を理解していながら男の声に焦りは無かった。

 それは本来であれば傲慢と言うべきなのだろう。

 だがタチアナが指摘したとしても負け犬の遠吠えとしか男は捉えない。

 幾ら時間を稼ごうと結果は既に決まっている、そう暗に言っているのに等しい男の態度は圧倒的な戦力を持つ強者だからこそ許されるのだろう。

 そしてタチアナが見た降伏文章は指揮所に集う首脳陣に回し読みされ、それを見た誰もが激しい嫌悪感と共に口を開いた。

 

「戦うしかないね。あんな奴らの脚を舐めるのは御免だよ」

 

「私も同感だ。窮地にあったプスコフを救ったのはボスだ。帝都に尻尾を振るつもりはない」

 

「俺も村を助けられ、キャンプの立ち上げに際しては便宜を図って貰った。その恩を忘れる

程の恥知らずではない」

 

「俺達もです──」

 

「私も──」

 

 指揮所に集ったのはキャンプの首脳陣だけではない。

 住民達を纏める代表達や工房の責任者、降伏文章は多くの人の目に触れ誰もが拒絶の意思を示した。

 男が送った降伏文章に装った奴隷契約書を検討にも値しないと住民達は判断、受け入れる者は誰一人として現れなかった。

 

「残念ながら我々の中に帝都に尻尾を振るような者はいません。大人しく尻尾を巻いて去

りなさい」

 

『帝都の恐ろしさが理解できない様だな、後悔するぞ』

 

「その耳は飾りですか? それとも錆び付いているのであれば新しい物に交換してはどうですか?」

 

『交渉は決裂か……、ははは』

 

 キャンプが降伏を明確に拒絶したと理解していながら男は笑った。

 スピーカーを通して聞こえる乾いた笑い声は誰の耳にも不快であり、だが長くは続かなかった。

 

『感謝するぞ。これでお前達を合法的に始末出来る』

 

 そして男の言葉を言い切ると同時に地下が揺れた。

 重苦しい振動と共に地下空間が揺さぶられ、指揮所に持ち込まれた機材が一斉に警報を鳴らし始める。

 

「報告!」

 

「監視範囲外からの砲撃と思われます! 防空兵器である多脚戦車1号から3号沈黙!」

 

「続けて砲撃! 地上施設に命中しています!」

 

「第3防壁、第7防壁大破! セントリーガンも破壊されました!」

 

 それは明確な攻撃であった。

 地上を吹き飛ばし、更地に変える攻撃が絶える事無くキャンプに撃ち込まれている。

 通信機越しに男は傲慢さを隠す素振りすら見せる事無くキャンプに語り続けた。

 

『帝都に逆らった愚か者は粛清する。これが恭順を拒否した者達に下される定めだ』

 

「時代錯誤も甚だしい暴力による支配、それが帝都のやり方ですか」

 

『そうだ、だがそのお陰でメトロの平穏は保たれているのだ。突出した存在の芽を事前に刈り取り、時に争わせ、破滅を抑制する。その陰で犠牲が出るのは避けられないがメトロ全体の平穏に比べれば安い物だろう。そうした帝都の水面下の活動が無ければメトロは存続できない、お前達は知らずの内に帝都に助けられているのだ。寧ろ感謝すべきだろう』

 

 全体の為に小を切り捨てる、全てはメトロが存続するために。

 男が語る帝都の理屈、きれいに着飾った言葉の裏で犠牲になった人々はどれ程の数になるのだろうか。

 何より認めたくなかった、自分達が命を懸けて戦い守った未来がこの様な

 

 

『だがお前達が恥じる事は無い。本来であれば秘密裏に処理するのが慣例であったがお前達は違う。大きな利用価値が在り、しかしメトロにとって過去に例が無い程に危険な存在だ。誇るがいい、帝都が重い腰を上げて全力で平定に取り組むことを』

 

「主語が無駄に大きいですね。メトロではなく帝都にとって危険なのでしょう。帝都一強の体制、それを維持するには我々が邪魔になった、だから潰す。それだけの事をよくもまあ大げさに言い建てますね」

 

『理解が早くて助かる。それと作業中は何時でも降伏を受け付けるが見せしめとして幾らか殺す必要がある事を伝えておく。さて、何人殺せばお前達は泣いて許しを請うようになるのか、10人か、100人か、それとも其処にいる子供を皆殺しにすればいいのか、楽しみだなぁ。お前達の顔が絶望に染まり泣き叫ぶ──────』

 

「不快な通信を切りなさい」

 

 スピーカーから聞こえてきた不快な声は回線が切断された事で聞こえなくなった。

 だが攻撃が止んだ訳ではなく、砲撃による振動は絶えず地下の指揮所を揺らし続けた。

 しかし窮地でありながら指揮所にいるタチアナは酷く落ち着いており、それは元帝国軍将兵達も同じであった。

 

「地下を急襲された日を思い出しますね。丁度今日の様に絶えない砲撃で地下の地下司令部で埃に塗れていました」

 

「末期戦を二度も経験はしたくありませんでした」

 

 苦い物を口に含んだかのような表情でマリソル中尉が呟き、その言葉にタチアナも同意を返した。

 

「碌な援軍も補給も寄越さず死守を命じる上層部。今だから言える事ですがあの時点で秘密警察によって司令部は制圧されていたのでしょう。そして我々は時間稼ぎの捨て駒として運用された、実に腹立たしいですね」

 

 

「在り得そうで笑えませんね。それで大佐はどうなさるおつもりですか? 私としては帝都の連中の顔を全力で殴りに行きたいところですが」

 

「奇遇ですね、私も同じ考えです。ですが殴りに行く前に準備を整えないといけません。回収した戦車の整備状況はどうなっていますか?」

 

「あと20分、いや10分欲しいと」

 

 タチアナの質問にグレゴリーが答える。

 ついさっき帰って来たばかりのキメラ戦車が戦闘で受けた損傷は大きく無視は出来ない。

 問題なく戦闘を行えるように急ぎ整備を行っているが始まったばかりであり時間が必要であった。

 

「分かりました。敵の分布は?」

 

「巨人クラスが6、歩兵がエイリアンとクリーチャーの混成で約600、飛行ドローンは70、後続はありません。正面から叩き潰そうと固まって接近しています」

 

 今も稼働している監視カメラから送られてきた映像には画面を埋め尽くすほどの敵が映し出されていた。

 4mを超える人型の大型個体であるタイタンは其の身の丈に合った大型の砲を構え地響きを立てながら移動している。

 人間を素材にして作り出されたエイリアンの先兵が指揮官クラスに率いられてキャンプに向って前進を続けている。

 その中にはキャンプを襲撃しメトロの地下で戦ったクリーチャーも相当数紛れ込んでおりエイリアンと一体となって進んでいた。

 戦闘用の飛行ドローンも合わさり文字通りの軍隊を形成して迫る集団か醸し出す迫力は画面越しであっても感じられる物であった。

 

「厄介ですね。エイリアンの基本戦術とはいえ航空支援が欲しい場面です。上空からの爆撃があればある程度間引けるのですが無い物ねだりですね」

 

「対ミュータント用に整備中であった砲撃陣地が使えます。それで固まった敵集団を吹き飛ばす事も可能です」

 

「ですが使えるのは一度きりでしょう。一度の砲撃で巨人クラスを仕留められなければ砲撃陣地がカウンターで吹き飛ばされます」

 

「なら巨人の始末は私がしよう。確か対物狙撃銃があった筈だ、あれで巨人の数を減らす」

 

「セルゲイ、危険だぞ」

 

「グレゴリー、危険なのは何処も同じだ。ギリギリまで粘るが俺に構う事無く最後は嬢ちゃん判断で砲撃を開始してくれ」

 

「妨害を避けるために地下を進むしかないね。案内なら任せてよ」

 

 敵の規模はキャンプの防衛戦力を遥かに超えている。

 それでもキャンプに集う誰もが己が何をすべきが考え、各々が動き始めていた。

 だがやる気だけでは戦況を変えられない、手持ちの全てを総動員して勝てるかどうかなのだ。

 それでも大戦時の波の如く押し寄せてきた時と比べれば数は少ない。

 その一歩手前といった段階であり犠牲を承知で無理をすれば勝てる芽はあるとタチアナは判断した。

 多くの犠牲が出るだろう、指揮所に集った中の何人が生き残れるのかは分からない。

 それでも、犠牲を承知で戦うしかないのだ。

 

「戦意は十分、戦況も最悪の一歩手前であると考えましょう。それでは作戦ですが──」

 

「高所監視部隊からの連絡です!」

 

「何処から攻撃を受けた!」

 

「違います! 攻撃でもミュータントではありません、連邦でも帝国の物でもない航空機が編隊を組んで接近しています!」

 

「何ですかそれは!」

 

 高所監視部隊、キャンプに現存する建築物において最も高い電波塔は監視塔としても利用され中には肉眼での監視を行う部隊が常駐していた。

 その部隊からの通信が入った時タチアナは無意識に敵の増援が来たと身構えた。

 だが伝わってきた内容はタチアナの予想していた内容とは違った。

 

 そして事態は更に混迷を極めていく。

 

 キャンプに迫る航空機の編隊が行動を起こし、しかしそれはキャンプを狙ったものではなかった。

 所属不明の航空機から放たれた攻撃が地上に展開していたエイリアンとクリーチャーの混成軍隊を薙ぎ払っていく。

 地下に轟く振動、それはタチアナが求めていた航空支援に他ならなかった。

 しかし唐突に起こった出来事に理解が追いつかずタチアナは呆気に取られ監視カメラから送られてくる映像を眺めていた。

 それはタチアナだけに限った事ではなく指揮所に集った誰もが同じ様に呆気に取られていた。

 指揮所に備え付けられた大型モニターに映る映像はキャンプに迫るエイリアンが無慈悲に薙ぎ払われていく様子を克明に映し出していた。

 



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防人

 分厚い雲を突き抜け、鉛色の空を切り裂いて試作多目的大型戦闘機<改>は飛んでいる。

 付き従う無人戦闘機は先程まで行っていた戦闘によって数を減らし、今も付き従うのは4機しかいない。

 作戦開始時と比べれば戦闘能力は半分以下にまで減少し、軍隊であれば全滅判定を下されても不思議ではない。

 本来であれば戦闘が終わった時点で帰還を行い十分な補給と整備を受けるべきであった。

 しかし戦闘機は引き返す事を選ばず、生き残った4機の無人戦闘機を従えながら空を飛び続けた。

 

 それは本来の作戦行動を逸脱している行為であると機体と繋がっているシステムが警告音を発し訴え掛けている。

 大小様々な損傷があり燃料も危険域まで減っている、機体の状態は万全とは口が裂けても言えない。

 今すぐ引き返せと機体のシステムが叫び──、それを上位権限で捻じ伏せて飛び続ける。

 

 目指す場所は決まっていた。

 

 ジャミング発生源を墜とした事でセンサーは微弱な信号を漸く捕らえることが出来た。

 今も発し続ける信号を頼りに飛んでいく。

 それは暗闇の中にあって僅かに見える薄明りを目指して進むに等しかった。

 

 ──だけど、見つけた、見つけることが出来た。

 

 分厚い雲を突き抜けた先に広がるのは崩壊し廃墟と化した街並み。

 事前に入力した情報に従えば廃墟はザヴォルシスクと呼ばれる地方都市であった。

 その中でもひと際大きな高層建築物、ザヴォルシスク放送局の電波塔から救難信号が送られているのが判明した。

 

<救難信号発生源を特定、電波塔と推測されます>

 

 見間違いでは無い。

 センサーの誤作動ではない。

 確かに信号は電波塔から送られていた。

 だがそれだけではなかった。

 

<救難信号発生地点の付近で火災を確認、分析を開始します>

 

 電波塔の下に広がる一帯が燃えている。

 砲撃によって抉られた大きな穴が地面には幾つもあった。

 そして地上では幾つもの火花が瞬いている。

 それはセントリーガンの銃身が焼け付く勢いで放つ閃光であり、防壁らしき障害物に隠れた人が散発に放つ銃声であった。

 地上では戦闘が起こっていた、そして誰が何と戦っているのかをセンサーが捕らえた。

 

<目標地点に接近する多数の物体を観測。ライブラリー照合……エイリアンに属する個体と考えられます>

 

 火災を起こした原因は直ぐに判明した。

 センサーが捕らえたのは電波塔に迫る大量の敵、それはノヴァと離れる原因となったエイリアンであった。

 その姿を見間違う事は無い。

 ライブラリーに照合せずとも自らの電脳に記録された情報が叫ぶ。

 

 ──あれは敵だ。

 

<巡行モードから戦闘モードへ移行。編隊各機の火器管制を同期、機首レールガンにエネルギー充填、対地兵装:CBU(Cluster Bomb Units:クラスター爆弾ユニット)の信管をアクティブ、照準を開始します>

 

 武装は消耗している、付き従える無人機の数も大きく減ってしまった──それでも地上に集うエイリアンを吹き飛ばす火力は未だに健在である。

 機体のウェポンラックが開き今迄温存されていた対地兵器が姿を現す。

 それは地上に集う敵を一掃する兵器、内蔵された機構に電気が奔り火種が灯された。

 

<目標までの距離3000、……2500、……2000、……1500、……1000。投射開始>

 

 レールガンから閃光が瞬き放たれた矢が音速を超えて空間を突き進む。

 地上を悠然と進むタイタンの胴体に命中し、その身体を二等分に引き裂いた。

 投下されたCBU──クラスター爆弾ユニットが敵集団の上空で花開く。

 内蔵された幾百の子爆弾が地上に降り注ぎ爆発の連鎖を引き起こす。

 エイリアンの種類を問わず肉を吹き飛ばし、四肢を引き千切り物言わぬ肉片へと変える。

 そうして一回目の攻撃を終えた編隊は上空を駆け抜け、一時的に戦場から離れる。

 

<評価開始……、敵集団の37%を撃破、セカンドアタックに移行、残存燃料から最後の攻撃となります>

 

 だがそれで終わりではい。

 編隊は十分な距離を取ると進路を変更、再び爆撃コースに侵入する。

 しかし、これが最後の攻撃であった。

 地上を吹きとばす爆弾も残り僅か、何より機体に残った燃料は危険域に入っていた。

 だからこそ残り一回の攻撃で最大の戦果を齎すために管制システムは僅かな時間で演算を終え最適な爆撃地点を割り出す。

 そして再び地上が紅蓮に染まった。

 ファーストアタックにも劣らない爆撃がエイリアンの集団を吹き飛ばした。

 廃墟が爆撃によって震え、戦闘機の過ぎ去った後に残るのは大きく数を減らしたエイリアンの集団であった。

 

<セカンドアタックの評価開始……、敵集団の38%を撃破。敵集団の75%を駆逐したと評価します>

 

 二回にも及ぶ爆撃はエイリアンの数を大きく削り取る事に成功した。

 電波塔に迫っていた集団は今やバラバラに引き裂かれ、小さな塊となって地上に存在しているだけだ。

 

<当機体の残存燃料が基準値を下回りました。予備プランに従い編隊はザヴォルシスク国内空港の制圧に移行します>

 

 だがこれ以上の爆撃は不可能であった。

 機体の燃料は尽き掛け、これ以上ザヴォルシスク近辺を飛行していれば燃料切れにより墜落するのは避けられない。

 故に機体に搭載されている管制システムは事前に入力された予備プランの中から実現性の高い計画を選択した。

 編隊は予備プランに従い機体の進路を変える。

 それはザヴォルシスクから遠ざかる進路であり──しかし、機体は最期のお土産を地上に向けて解き放つ動作に入った。

 

<外装型追加兵装ユニットを投下します>

 

 機体後部に接続されていたコンテナの拘束が解かれ離れていく。

 切り離した事で重量が大きく変化した機体が揺れる。

 管制システムは機体を操作し安定を取り戻すと今度は背面飛行へと移行した。

 それは危険な曲芸染みた飛行、しかし機体は些かもバランスを崩す事無く飛び続ける。

 

<安全装置解除、キャノピーを開放します>

 

 そして機首にあるコックピットを覆う装甲キャノピーが開かれた。

 人間には耐え難い冷気を纏う猛烈な風がコックピットに流れ込む。

 だが操縦席にいる者は過酷な環境に苦痛を漏らす事無く座席を操作、その直後にコックピットから落ちていった。

 

<Good luck.セカンド>

 

 空中に投げ出されたセカンドと呼ばれるアンドロイド──サリアに戦闘機の管制システムから最後の通信が送信される。

 そしてサリアは落下しながら先行して投下されたコンテナに近付き備え付けられた取手に四肢を固定、搭載されている減速装置を起動した。

 四隅から噴き出すジェット噴射がコンテナの落下速度を軽減する。

 それでも殺しきれなかった勢いは地上に立っていたエイリアンの肉体をクッションとして活用し減速を行う。

 死んで横たわっているモノ、生きて立っているモノ、肉片となっているモノを減速の為のクッションとしてコンテナが磨り潰していく。

 抉れた土が赤色に染まり一筋の真っ赤な道が出来上がった。

 凄惨な軌跡の先にあるコンテナは外装が汚れながらも壊れてはいなかった。

 そしてアンドロイドであっても無策で落ちれば破壊は免れない高度でありながらコンテナの上に立ったサリアは無傷であった。

 

「コンテナ開放、外装型追加兵装ユニット展開」

 

 声と共にコンテナから駆動音が轟き、開かれる。

 中に納まっているのは戦闘用外骨格一式と追加ユニットである。

 対クリーチャー様に製造された強化外骨格、3mに迫る巨体が持つ戦闘能力を通常の戦闘用外骨格で再現するコンセプトで設計されたのが外装型追加兵装ユニット。

 多用途任務を可能にするため可能な限り追加ユニットは小型化され、装備換装によるマルチロール化が可能な次世代戦闘用外骨格。

 正式配備はされておらずノヴァの失踪により試作止まりとなった兵装、そして試作1号機はサリアの専用装備として開発された。

 

『戦闘用外骨格装着、システム接続開始』

 

『システム接続完了、続けて追加ユニットの接続に入ります』

 

『両腕部接続完了、診断を開始……問題なし』

 

「GURAAA!!」

 

 落下に巻き込まれなったエイリアン達が手に持った銃を動かす。

 コンテナを取り囲む様に布陣し、しかしコンテナから流れ続ける人工音声は周囲の殺気立った状況を気にも留めずに流れ続けた。

 

『背部機動ユニット接続完了、診断を開始……問題なし』

 

『両脚部接続完了、診断を開始……問題なし』

 

『頭部追加センサーユニット接続完了、診断を開始……問題なし』

 

 銃口が狙うのはコンテナ、照準が定まった個体から発砲を開始した。

 大量の銃口から放たれたのは数えるのも馬鹿らしくなる程の銃撃、それがコンテナ一つに集中して放たれ──。

 

『全接続問題なし、起動開始』

 

 銃撃がコンテナに命中する直前に中から一つの機体が飛び出す。

 そして背負った対クリーチャー用近接武器、巨大な片刃の剣が振り下ろされエイリアンの身体を頭から切り裂いた。

 抵抗を許さず骨も筋肉も装甲も何もかもを切り裂かれたエイリアンが正中線に沿って二つに別たれる。

 機体の背部に接続された機動ユニットが極短時間炎を噴く。

 生み出された推力がサリアを動かし、未だに照準が定まっていないエイリアンの腹部を切り裂いた。

 何が起きたのか理解出来ずに身体が二つに別たれたエイリアンを後にして、さらに次のエイリアンをサリアは斬る。

 巨大な剣が振るわれる度にエイリアンは斬り殺された。

 抵抗は許されず、装甲も無意味、銃撃を加えようにも早すぎるサリアを捕らえる事は出来ずに何もない空間を銃撃するばかりであった。

 

「GURAAAAAAA!!」

 

 だがエイリアンも一方的に殺され続けるばかりではない。

 二度に渡る爆撃を生き残ったタイタンが砲を構える。

 狙うのはサリアが殺戮を続ける一帯全て、瞬きの間に積み上がる味方の死骸から味方ごと吹き飛ばそうとしたタイタン。

 しかし砲にエネルギーが集約され解き放たれる寸前でサリアは機動ユニットで体の向きを変えると同時に剣を投擲する。

 槍投げの如く放たれた巨大な剣は外骨格とサリア本体の膂力が合わさりタイタンの頭蓋を貫くのに十分な速度を与えられた。

 鼻腔から入った剣がタイタンの脳を貫き一撃で絶命させ、狂った照準によって放たれた砲は自ら足元を吹き飛ばした。

 

 遠くから狙撃を行おうとするエイリアンがいた。

 斬りつけるには離れており、機動ユニットであっても距離を詰めようとすれば数秒の時間を要する距離。

 だからサリアは背部に装着された翼を取り外し投げつける。

 それはサリアの手を離れた瞬間に勢いを保ったまま回転を始め、実体の刃を持ったブーメランとして狙撃を試みたエイリアンを両断。

 内蔵された機構が回転を制御し隣にいたエイリアンも追加で両断しサリアの手元に戻ってくる。

 

「GURAAAAA──!?!?」

 

 エイリアンが吠える。

 クリーチャーが吠える。

 生き残りを総動員してたった一体のアンドロイドを破壊しようと押し寄せ──それが悉く殺されていく。

 エイリアンを切り殺し、クリーチャーを踏みつぶし、数の暴力を圧倒的な戦闘能力によって蹂躙していく。

 刃を振るい、刃を投擲すれば新たな刃を出し、近付いてくれば踏み潰し、殴り殺す。

 ノヴァに近付く敵を全て排除出来るようにとサリアが願い作られた兵装が生み出したのは一体の剣鬼であり正真正銘の怪物であった。

 

 そして地上に着陸してから一時間も経たない内にサリアの周りから敵の姿が消えた。

 周りあるのは積み重なった死骸。

 エイリアンもクリーチャーも綯交ぜになった朱色の山が築かれ、その谷間を鮮血が川の様に流れていく。

 騒がしかった戦場も静まり返り、血生臭いそよ風が流れるだけだ。

 

「……戦闘終了」

 

 耳に痛い程の静寂が支配する戦場にサリアの声が響く。

 その声は感情を感じさせない冷たさに満ちていた。

 だがこれで終わりではない、漸く全ての面倒事が解決したのだ。

 

「其処にいるのですか? 今、行きます」

 

 サリアは機体の向きを変え進む、電波塔の下に広がるキャンプの元へ。

 




外装型追加兵装ユニットのイメージはガ⚪︎ダム種運命のソードシルエット。
それを装着して⚪︎タルギアラ⚪︎ジングをしています。


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次の問題

 ──それは出来の悪い映画を見せられているようだった。

 

 数の暴力を前面に押し出してキャンプに迫っていたエイリアンとクリーチャーの混成軍団。

 奇策でも何でもない、純粋な数の暴力による蹂躙は単純でありながら強力。

 襲撃から完全に立ち直れていないキャンプにとって止めとなる侵攻になり得るものだった。

 それに対してキャンプは崩壊しながらも辛うじて機能を喪失していなかった防壁のセントリーガンを総動員し遅滞戦闘を展開。

 貴重な戦力を抽出して砲撃を担うタイタンを遠距離狙撃などで可能な限り排除、その後に奥の手である整備途中であった対ミュータント用の砲撃陣地でエイリアンとクリーチャーの混成軍団を纏めて吹き飛ばす作戦を立案していた。

 だが立案された作戦は急造で立案された為に抜け穴も多く、何より一番の脅威である砲撃を行うタイタンを全て排除出来る可能性は限りなく低かった。

 しかし誰もが作戦の不備を理解していながら反対の声を上げる事はなかった。

 それしかキャンプが生き残る作戦はなかったとは誰もが理解していた。

 その結果として多くの人が死ぬ予感を誰もが感じていた。

 それでも誰もが生き残るために覚悟を決め、戦場に赴こうと歩き出した。

 

 その直後に再び地下を揺るがす振動が襲い掛かり──だが、それはキャンプに迫る敵からの攻撃で生じたものではなかった。

 

 それを証明するかのように指揮所のモニターには爆発によって吹き飛ばされるエイリアンとクリーチャーが幾つも映し出された。

 まるで現実味の無い映像、死の予感を感じさせた程の数が成す術なく蹴散らされ、吹き飛ばされる。

 それが地上で実際に起こっている出来事を映した映像である事を指揮所にいる誰もが理解している。

 

 ──理解しているからこそ誰もが信じられなかった。

 

「航空支援が欲しいとは言いました。ええ、言いましたとも。……ですが実際に来るなんてあり得ません。都合のいい幻覚を私は見ているのかしら?」

 

「残念ながら幻覚ではなく現実に起こった事です。センサーが感知する敵の数が凄まじい勢いで減っています」

 

「……もしかしてタチアナの知り合い? 当時の帝国軍が今も何処かで生きていて援軍を寄越したとか?」

 

「それもあり得ません。目覚めてからボスの電波塔の修繕に乗じて近辺の帝国軍駐屯地に色々と通信を送りましたが何処も返事がありませんでした。完全に壊滅している、若しくは受信が可能であっても無視している可能性もあります。それでも援軍を送ってくれるような所は私が知る限り皆無です」

 

 目覚めてからタチアナはノヴァに隠れながら様々な事を行ってきた。

 帝国軍補給部隊の設立に裏から手を回し、内政部の中枢を息のかかった者達で固めた。

 そうしてキャンプ内での権力を確立すると電波塔の設備試験という建前で何度が生き残った帝国軍がいないか暗号通信を試みた。

 だが結果は振るわず、タチアナの呼び掛けに応える部隊はいなかった。

 戦争終結から優に一世紀以上も経過している事を考えれば当然の反応なのだろう。

 それでも何処かに自分達と同じ様に目覚めている仲間がいないか探し続け、結果は惨憺たるものであった。

 もしかしたら受信が出来たとしても諸事情により返信できない可能性も考えられるが確かめる術は無い。

 そうした試みの果てに生き残った帝国軍はいないと目覚めた元帝国軍人達は諦めと共に受け入れたのだ。

 だからこそタチアナは爆撃を行った航空機が帝国軍の所属ではないと断言した。

 

「ならノヴァの古巣からの援軍ではないのか? あいつが此処を拠点としたのも救援要請のためだっただろう」

 

「ではあの戦闘機は連邦から来たと……」

 

 満足な答えを得られず困惑を続けるオルガに答えたのはセルゲイであった。

 帝国でないのならば残る有力な選択肢は連邦しかない。

 何よりノヴァがザヴォルシスクに流れ着いた時から必死になって通信を試みてきたのを見てきたセルゲイはそうとしか考えられなかった。

 そしてセルゲイの発言に一番衝撃を受けていたのはオルガ──ではなくタチアナであった。

 

「……連邦は其処まで復興していたのですか。散々連邦に対する敵愾心を煽っていながら復興で遅れを取り領土を我が物顔で飛ばれる。地下で息を潜めていた帝国とは大違いですね」

 

「ならば我々の知る戦闘機でない事も理解できます。恐らく一から新造したのは稼働できる戦闘機が一切なかったからでしょう」

 

「それだけ貴重な兵器を帝国まで差し向ける程の重要人物なのですね。私達のボスは」

 

 タチアナの口から吐き出されたのは帝国に対する呆れと諦観がない交ぜになったような言葉であった。

 それは世界が、帝国が滅んでしまったのを目の当たりにしても捨てることが出来なった彼女の責務から出た言葉であった。

 

「だが好機だ。敵が混乱している今のうちに砲撃態勢を整え、完了次第打ち込むべきだ」

 

「……ええ、その通りです。グレゴリーは砲撃陣地の指揮を、セルゲイは狙撃を中断し観測任務に就いてもらいます。念のために生き残ったドローンも展開しますが少数で頼りにはなりません」

 

「分かった。嬢ちゃん、急ぎ案内してくれ」

 

「こっち、付いて来て」

 

 仄暗い思考に陥りそうになったタチアナであったが何はともあれグレゴリーが言うように圧倒的に不利な戦況から好転したのだ。

 指揮所に集った誰もが千載一遇の機会を逃さぬように動き出すのを見て気持ちを切り替えたタチアナは現状に即した命令を矢継ぎ早に繰り出す。

 そうしている間にも二回目の爆撃が行われ、再び吹き飛ばされるエイリアンとクリーチャーの映像が至る所に映し出された。

 

「爆撃は二回のみ、それでも生き残りは多いですね……」

 

 連邦所属と思われる航空機は二回目の爆撃を終えると進路を変えて飛び去ろうとしていた。

 待ち望んでいた航空支援は二回の爆撃で打ち止めとなった。

 戦争のセオリーに従うのであればあと数回爆撃を要請したいが通信回線が確立されていない現状で更なる爆撃を要求する事は出来なかった。

 キャンプに迫っていた最初期と比べれば敵の数は大きく減り──しかし爆撃から生き残ったエイリアンも数多くいた。

 それでもゼロに等しい勝率から作戦の展開次第では被害を抑えて勝利が出来る程度に勝率は大きく上昇した。

 爆撃後に行われる作戦は現状に合わせて修正を行いつつも大きく変わらない。

 最後のカギを持つのは個々人の働きのみ、前線で戦う彼らを万全にサポートすべく指揮所の誰もが動き出した。

 

「おい、航空機から何かが投下されたぞ? それにまだ……、人が落ちたぞ!?」

 

 だが映像を監視していた職員の一言で指揮所は驚愕に包まれた。

 誰もが監視カメラの映像を穴が開くほど見つめ、何が起こったか理解したタチアナは直ぐに声を張り上げた。

 

「現場に緊急連絡! 作戦地域に落下したパイロットの保護を最優先!」

 

 航空機が投下したコンテナらしき物の中身は知る由もないが此方に連絡がない以上は余計な手出しを控えるべきだとタチアナは考えた。

 だがパイロットは違う。

 航空機の不調か或いは別の原因があるかもしれない、それでも落下の原因が何であれ窮地にあったキャンプを救ってくれた人物なのだ。

 未だに殲滅が完了していない戦場にパイロットが降り立てば四方八方から生き残ったエイリアンに囲まれ袋叩きのうえ殺される未来しかない。

 急ぎ落下地点に急行してパイロットを保護する必要があった。

 タチアナの命令を受けて司令部の人員は慌ただしく動き大急ぎで現場に指示を繰り出す。

 誰もが窮地を救ってくれたパイロットを助けようと思いを一つにして動き出した。

 

 ──だが彼らの救助を不要であると告げるかのように航空機から落下したパイロットは動き出した。

 

「私は一体何を見ているのかしら?」

 

 コンテナと共に盛大な落下を繰り広げた挙句に無傷で地上に降り立ったパイロット。

 それだけでも困惑と共に大量の疑問符が頭上に浮かび上がる現実離れした光景であるのだ。だが無事に降り立っただけに留まらずパイロットは直後にコンテナの中に身体を潜め、次の瞬間には見覚えのない武装を纏ってエイリアン相手に単身で斬り込んでいった。

 

「疲れているのかしら、一人の人間がエイリアンを膾切りにしている映像が見えるの……、もしかしてカメラ映像が差し替えられていない?」

 

「いえ差し替えられた映像ではありません。CGでもVFXでもない、現実で起こっている映像です」

 

 映像の中でエイリアンが次々に膾切りにされていく。

 人間よりもタフで丈夫な筈の身体が一息で切り裂かれ、盾として構えたであろう銃器は切断面の赤熱化と共に破断され小爆発を起こしていく。

 エイリアンの種類を問わず、生き残っていたクリーチャーも問答無用にパイロットは切り裂き時には殴り殺していく。

 

「マリソル中尉、貴方の見てきた映画の中でこういった……、あれです、敵味方が判別できない一騎当千の何かが登場した場合の対応はどの様なものがあったか覚えていますか?」

 

「私の専門はサスペンスとラブロマンスです。アクション映画は余り嗜んでいませんが……、一先ず様子を見るべきでしょう」

 

「そうよね。普通に考えれば静観一択よね」

 

 それは正に無双としか言いようがない光景、キャンプからの援護が入り込む余地は無く一人の人間が戦場を支配していた。

 その殺戮は鬼気迫るモノ、下手に援護をして敵であると判断されればキャンプにも問答無用で斬り込んでくると思わせる有無を言わせない迫力があった。

 

 だからこそ一人で生き残ったエイリアンとクリーチャーを皆殺しにしたと知らされたタチアナは別の意味で頭を抱える事になった。

 

「……どうしましょう、生き残った敵を一人で倒したけど」

 

「これは、あれですね、そう、あれです」

 

「マリソル中尉、返事は簡潔にして下さい」

 

「邪魔者を先に片づけたと言えるでしょう」

 

「成程、それで、その次は?」

 

「友好か、或いは敵対するかの二択です」

 

 勘弁してくれ、映画の様な信じられない出来事が起こったと思えば次はフィクションから出てきた様な人物との対応をしなければいけなくなったタチアナは別の意味で頭を抱えた。

 だがキャンプの人々の困惑とは無縁に状況は問答無用で進んで行く。

 

「あの、パイロットから通信が送られてきました……」

 

「……繋いで下さい」

 

 静まり返った指揮所の中でタチアナの声が響き、指揮所に詰め掛けた誰もが息を潜め事の成り行きを見守っていた。

 そして接続に伴う雑音が短く鳴り響いた後にスピーカーから声が聞こえてきた。

 

『ノヴァ様、其処にいますか?』

 

 聞こえてきたのは女性の声であった。

 先程まで一人でエイリアンとクリーチャー相手に無双を行っていた人物とは思えない程に綺麗で凛とした声であった。

 

『ノヴァ様、聞こえますか? サリアです、救助が遅れて申し訳ありません。今すぐ其方に向かいます』

 

 離れ離れになっていた人と漸く再会できる喜びと呼び掛けた相手が無事なのかと不安が入り混じった呼び掛け。

 その声を聞いた指揮所にいる誰もが先程まで繰り広げられていた残酷映像とスピーカーから聞こえてきた声を結び付けられず只管に困惑するしかなかった。

 だが当人たちの困惑など知った事ではないと女性は呼び掛け続けて──、しかし先程から女性が呼びかけ続けているノヴァはキャンプにはいないのだ。

 それを理解している誰もが通信相手に対して一体どの様な返答を行うのかと指揮所にいるタチアナに視線を向けた。

 そうした人々の視線を感じながらタチアナはマイクを持つ。

 背筋には嫌な汗が流れ、嘗てない程緊張した面持ちでスイッチを入れた。

 

「聞こえますか、此方は──」

 

『誰だ、お前は』

 

 タチアナが口を開いた僅か数秒後にスピーカーから聞こえてくる女性の声は様変わりした。先程まで聞こえていた相手を慮る優しさは消え、只管に冷たく機械的な声がスピーカーから流れて来る。

 

『もう一度言う。お前は誰だ』

 

「……キャンプの臨時代表を務めるタチアナです。まずキャンプを救ってく──」

 

『お前達の事などどうでもいい。私が此処に来たのはノヴァ様に会うためだ、其処にノヴァ様はいるのか? いるなら代われ』

 

「……此処にはいません」

 

 その言葉を発した瞬間元々静かであった指揮所の中が更に静まり返った。

 聞こえてくるのは隣に座る同僚の息遣いのみ、それ程までに耳に痛い程の静寂が地下を支配した。

 

『……通信にノイズが入ったようだ。もう一度聞く、ノヴァ様に代われ』

 

 静寂を破ったのは更に冷え切った女性の声であった。

 最早抑揚すら失われ機械が話している様にしか聞こえない声は聞いた者は誰一人例外なく無意識に冷や汗を流させる程。

 そしてスピーカーから聞こえてくる内容に変わりはない、只管にノヴァに代われと女性は要求を続けた。

 

「此処にはボス、ノヴァ様はいません」

 

『……もう直ぐ其処に着く。詳しい話を聞かせてもらう』

 

 それだけ言って女性からの通信は一方的に切られた、後に残されたのは酷く静まり返る指揮所だけである。

 誰も口を開かない、いや、開けない静寂の中でも職員達は上官からの命令を受領しようと視線だけをタチアナに向け──、その視線に耐え切れなくなったタチアナは大きく息を吸い、あらん限りの声で内心を吐露した。

 

「如何すれば良かったのよ!?!?」

 

 その問いに何も返す言葉が見つからない職員達は誰もが視線を背けた。

 許容量を超えた出来事で一杯一杯になり次に何をすべきが分からない程に混乱した上官をマリソル中尉は宥めた。

 そして机に突っ伏した上官に代わりマリソル中尉は指揮所の次席として指揮所から命令を下した。

 

「……取り敢えず受け入れ準備を整えます」

 

 そうして一先ずはマリソル中尉が言うように受け入れ態勢を整えようと指揮所を通じて関係各所は動き出した。

 



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意地

 受け入れ準備とは言いつつもキャンプ側が実際に出来た事は殆ど無かった。

 本来であれば時間と資材を掛けてキャンプに相応しい会談場所を用意するべきだったが現状は人も資材も、何より時間が全く足りなかった。

 その結果、連邦のパイロット(?)との会談場所はキャンプの地上広場になり、吹き曝しの地上にはタチアナを筆頭にしてキャンプの首脳メンバーの多くが立っていた。

 

「改めて先程の襲撃における援護有難うございます。私はキャンプの臨時代表を務めるタチアナといいます」

 

 タチアナは表情を崩さずに感謝の言葉をサリアに伝える。

 言葉に込められた思いは嘘偽りなく、窮地においてキャンプに迫る多くの敵を殲滅した人物に向ける感謝は本心から出てきたものだ。

 

「サリアです。それで貴方はノヴァ様の行方を知っているのですか? 救難信号がノヴァ様のものであるのは確認済みです。此方の居住地に使われる基礎システムも我々が知るモノと非常に酷似しています。このキャンプにおいてノヴァ様は相当の地位にいたと推察されますがどうですか?」

 

 だがキャンプを救った相手にしてみれば感謝の言葉など何の意味も持たなかった。

 そして武装解除をせずにキャンプに乗り込んだサリアを見た誰もが血が滴り鮮血を纏った装備を見て息を呑んだ。

 武装の基本となる灰色の外骨格は帝国や連邦の物とは全く異なるデザインで洗練され、追加で装備された武装については誰も見た事がない代物ばかりであった。

 エイリアンもクリーチャーも一刀両断できる片刃の大型実体剣に始まり、腰部にも相応の実体剣が懸架され、その他にも多くの武装がある事が被った大量の鮮血によって一目で分かってしまう。

 遠距離武器は無いに等しく、だが背部に背負った機動ユニットが齎す爆発的な推力による強引な機動で不利を覆している。

 近接戦闘に特化と言うには余りにも尖った設計思想、本来であれば設計企画の段階で没になってもおかしくない武装だ。

 だが現実として先鋭的過ぎる武装は目の前に存在し、その戦闘能力を遺憾なく発揮してキャンプに迫った敵を悉く殲滅してのけた。

 

 ──敵対しては駄目だ。

 

 映像を一目見ただけで感じていた不安。

 それは実際に目にしたとたん歯止めが利かない程に大きくなり続け──、だがそれをタチアナは取り繕った表情の裏側に隠して会話を続けようとした。

 だがそれは出来なかった。

 矢継ぎ早にサリアから繰り出される問、求めている答えはノヴァに関する情報だけでありキャンプに関する関心は全く感じられなかった。

 正直に告げるか、質問をはぐらかして煙に巻くか。

 二択の選択肢が瞬時にタチアナの脳裏に浮かび、迷う事正直に告げる事を選んだ。

 

「……攫われました。帝都と呼ばれる所へ」

 

 その瞬間、元から冷え切った空気が更に冷たく、肌に突き刺すような痛みを齎す寒風が吹き荒れたと誰もが錯覚した。

 そして全体を俯瞰していたサリアの視線がタチアナ一人に注がれる。

 追加ユニットによって増強されたセンサーが、4つの複眼が一人の人間に向けられ一挙手一投足を注視している。

 

「事前に襲撃を察知して防ぐ事は出来なかったのですか」

 

「可能な限りの対策を施しました。キャンプ一丸となって取り組み、一切の手抜かりは無いと断言できます」

 

 体温、心拍数、脈拍、呼吸、ありとあらゆる情報の収集を行い、比較と分析を繰り返す。

 対象の心理までを読み解こうとする高度な演算は嘘偽りを決して許しはしない。

 

「では抵抗はしたのですか、それとも我が身可愛さにノヴァ様を差し出し──」

 

「断じてそれはない!!」

 

 タチアナは断固とした声音で叫ぶが大声であっても人一人の声などキャンプを覆う冷たい空気の中に容易く溶けてしまう程度のものでしかなかった。

 だがサリアは搭載されたセンサーを通じて得られた情報から叫びが本物であると理解した。

 

「その言葉に嘘は無いようですね。では聞きますが帝都の誰がノヴァ様を攫ったのですか?」

 

「エドゥアルドと呼ばれる男だ」

 

 その瞬間、サリアは纏っていた雰囲気が崩れる。

 迂闊に触れば凍傷を負うと錯覚させる冷気がまるで雪の様に解けて消えた。

 そして露になったのは怒りだ。

 誰も彼も全てを燃やし尽くし破壊してしまうのではないかと思わせる様な尋常ではない怒気をサリアは身に纏っていた

 

「エドゥアルド、エドゥアルド! あの気狂い科学者が此処にいる、あの気狂いにノヴァ様を攫われたのか、お前達は!!」

 

 外部に向けたスピーカーから発せられた声には剥き出しの怒りで満ちている。

 だがサリアの行動は叫ぶだけに留まらなかった。

 

「大佐! システムに侵入、いえ、干渉を受けています! キャンプに保存されていた大量のデータが解析されています!」

 

「一体何処から!」

 

「……私です、私が此処のシステムに干渉しています。上位権限を持つ私を貴方達は止められない」

 

 キャンプのシステム、それはノヴァが連邦で作り上げたシステムを基にして設計されている。

 故に基本的な構造は連邦の物と変わらない、そして組織において数少ない上位権限を持つサリアであれば余計な小細工をせずにキャンプのシステムに正面から干渉が可能であるのだ。

 

「貴方は……一体」

 

 部下の報告を受け困惑するタチアナに向けて告げられたサリアの発言。

 それが何を意味するのか理解した瞬間、目の前に立つ女性が連邦において非常に高度なサイボーグ化を施された人間であるとタチアナは考えた。

 そうであれば戦闘機からの落下でも無傷であった事、現在進行形で行われるシステムへの干渉にも一応の説明が出来る。

 一方でタチアナの分析など眼中にないサリアはキャンプに保存されていた一通りの情報を解析し終えた。

 そしてキャンプで何が起こったのか、どうしてノヴァが帝都に連れ去られたのか、その過程を理解したサリアは荒れ狂いそうになる電脳を鎮め、努めて冷静な声を絞り出した。

 

「ええ、分かりました。当時の状況を理解しました。その後に救出作戦を試みた事も理解しました。それが失敗に終わった事も。それで貴方達は今後どうするつもりですか?」

 

「態勢を建て直し再び救出作戦を実行します。その際に貴方にも協力していただければ成功率は格段に上がります」

 

「ええ、貴方達の救出作戦に同行するのも一つの手段でしょう。ですが、作戦以前に帝都に関する情報が不足しているのは理解していますか。作戦の検討段階で想定以上の戦力が帝都に待ち構えていたらどうするのですか?」

 

 サリアの指摘は的を射ており、既にノヴァの身柄は帝都に移送されているだろう。

 ノヴァを救出するのであれば帝都に侵入する必要があるが現状では情報が圧倒的に不足している。

 サリアが懸念を告げる様に帝都の戦力、配備状況、内部構造、ありとあらゆる情報が不足した現状で組み上げた作戦程信用できないものは無いだろう。

 サリアの救出作戦における不備の指摘に対してタチアナは言葉を詰まらせるしかなかった。

 

「情報なら、此処、にあるぞ」

 

 だがサリアとタチアナの会話にセルゲイが介入した。

 キャンプの首脳陣でありながら会談場所にいなかったセルゲイが二人の前に誰の目にも分かる程息を切らしながら現れた。

 その背後には四肢を引き千切られ、血と泥で顔を汚したサイボーグが一人、物の様に引きずられている。

 

「襲撃を、仕掛けてきた帝都の奴だ。コイツを、拷問しては情報を吐かせればいい筈だ」

 

「くそが、野蛮、人が、殺して、やる!」

 

 物の様に蹴飛ばされてサリアとタチアナの前に差し出された男の口からは怨嗟の念が絶えず吐き出されている。

 四肢を失い何もできない無残な姿にされていながら男の心は完全には折れていなかった。

 それが出来たのは異常なまでに肥大化した男のプライドがあったからこそ──、だがこの場において吹けば飛ぶような男のプライドは全く役に立たなかった。

 

「拷問など必要ありません」

 

「何、なん──ギャアアアアアア!?!?」

 

 そうサリアは告げると同時に追加ユニットによって大型化した腕を使い四肢が捥がれた男を持ち上げる。

 突然の視界の変化に男は慌て、直ぐに下ろせと口汚く告げようとしたが言葉を言い切る事は出来なかった。

 掌から伸ばされた幾つものケーブルが男の身体、首筋にある接続端子に繋がり情報を強制的に吸い出し始める。

 

「あ、あたま、焼け、灼けるぅううう!?!?」

 

 それはノヴァが行った全てのセキュリティを停止させ安全に情報を引き抜いてく手法とは全く異なる。

 外骨格と追加ユニットを合わせたハードの性能、圧倒的な演算速度に物を言わせた強引なデータの接収である。

 セキュリティもプロテクトも圧倒的な演算速度によって黙らせ、男の脳内に仕舞われたありとあらゆるデータ、そして男を入口として帝都への強引な接続をサリアは行っているのだ。

 脳の処理限界を超えたデータが脳を焼き潰しながら通過していく。

 不快感を超え、本来であれば痛覚を感じる事の無い脳が激痛を錯覚し──、だが男の苦痛は長くは続かなった。

 

「末端ではないようでコレを通じて帝都のシステムにアクセス出来ました。思ったよりも使えましたよ」

 

 そう言ってサリアは男を使い終わったゴミの様に投げ捨てる。

 勢いのまま地面を飛び跳ね動きが止まった後も男が動き出す事は無く、そして運悪く男の近くにいたキャンプの住人は男の顔を見てしまった。

 その顔には耐え難い苦痛によって苦しむ表情が張り付き、穴と言う穴から血を流して口からは泡を吹いていた。

 壮絶な姿を一目で見た瞬間に住人は察した、男は既に死んでいるのだと。

 

 キャンプの首脳陣は男が死んだ事を気にも留めていなかった。

 死んでようが生きていようがどっちでも良く、大事なのは男を通して得られた帝都の情報であった。

 

「そうですか。なら得られた情報を基にして作戦を立案します。ですから貴方にも──」

 

「誤解しているようですが私は得られた情報を貴方方と共有する気はありません」

 

 だがサリアは得られた情報を共有する気はなかった。

 そして情報の共有を断られた首脳陣の誰もが動きを止めサリアを見つめた。

 

「どうし──」

 

「得られた情報から総合的に判断した結論です。帝都へ襲撃を仕掛けるには貴方達の戦力は圧倒的に不足しています。どれ程巧妙な作戦を立案しようが帝都の戦力に対峙すれば無駄死にするだけです」

 

「なら貴方は如何なのですか! たった一人で帝都に向かうと言うのですか!」

 

「勘違いしているようですが私は先遣隊です。本隊は郊外にあるザヴォルシスク国内空港を拠点にして展開。戦力が整い次第、帝都に向けて投入する予定です。派遣部隊の戦力を以ってすれば帝都の戦力に十分対応出来ます」

 

「なら、我々は──」

 

「何もしないで下さい」

 

 必死に言い寄るキャンプの人々に対してサリアは冷たく言い放った。

 

「現地の協力は不要です。必要な情報は既に手に入れました。貴方達に任せる事はありません、此処で防備に専念していて下さい」

 

 言い終わるとサリアは身体の向きを変えてキャンプの外へ進み出す。

 そして装着された機動ユニットを稼働させ跳躍をしようとし──、その前に走って回り込んだオルガが立ち塞がった。

 

「そう急ぐ事も無いでしょ。確かに君達の本隊に比べれば僕達は弱すぎるかもしれないけどさ、帝都に侵入する際の囮程度なら勤まる筈だよ。少しでも成功確率を上げようとするなら決して悪い話じゃないと思うけど……」

 

「必要ありません」

 

「いやいや、聞く限りだと帝都はメトロで一番広い場所だよ。其処から人一人を見つけようとするなら人では多いに越したことはないでしょ!」

 

「人手も此方で用意出来ます」

 

「それでも──」

 

「いい加減にして下さい。先程の襲撃を単独で凌ぎ切れなった貴方達は戦力として足手纏いです、分かりませんか? 何よりノヴァ様は貴方達の安全を確保するために帝都に降ったのです。それなのに成功確率が著しく低い帝都への襲撃を敢行し、結果として死なせでもしたら私は何と言えばいいのですか? 誰も貴方達を責めません。貴方達は可能な限りに努力した、それで満足して此処に留まっていなさい」

 

 オルガの言葉を遮りサリアは語る。

 それはサリアの偽らざる本心であり、彼らを救出作戦に参加させない理由であった。

 確かに可能性は上がるだろうが、それはサリア達で代替出来るものでしかないのだ。

 その為だけに態々危険な作戦に同伴させるつもりはサリアにはなかった。

 

「一つ聞かせて下さい。貴方達はボスを救い出した後はどうするつもりなのですか」

 

「帰るだけです。我々の家に、それだけです」

 

「……此処には戻って来ないですか」

 

「そうです。貴方達は弱い、貴方達ではノヴァ様を守れない、ノヴァ様に一方的に助けられ救われるだけの人でしかありません。ですが我々は違う、もう二度とノヴァ様を危険な目に合わせない、世界で一番安全で快適な生活を保障でき欲求を満たす事が出来るよう都市を作り上げた」

 

 ノヴァが姿を消した原因、その根本にあったのは何であったのかをノヴァが姿を消した後にサリア達は考え続けた。

 そして結果得られた答えは一つ、ノヴァの欲求を満たし満足出来る環境を整えることが出来なかったからだ。

 

 ──だから作り上げた。

 

 危険を冒さず、ノヴァの知的欲求を余す事無く満たせる環境を備えた都市を。

 たった一人の人間の為にサリア達は一つの都市を作り上げた。

 

「熱弁振るっているところ悪いけど、それって自分達の都合のいい監獄に押し込めるって言っているだけでしょう」

 

「……何が言いたい」

 

 だがサリアの言葉に異議を唱える者が此処にはいた。

 傷だらけの外骨格を着込み、巨大なハンマーを背負ったソフィアが不敵な顔してサリアに向けて口を開いた

 

「確かにアタシ達はボスがいなければ何れメトロの地下で野垂れ死んでいた人間よ。そんな人間が集まってキャンプを作ったけどボスはアタシ達を助けるばかりじゃなかった。キツイ仕事も割り振られたし、下手をすれば死ぬような目にも合ったわ。でもね、一方的に助けられる様な関係じゃなかったわよ」

 

「プスコフもそうだ。ボスは我々の誇りも重んじ正当な対価の元に我々は正式な契約を結び働いている。そして我々にも意地がある、誇りがある。死に怯えて引き籠るだけの臆病者ではない、この場で宣言させてもらう」

 

「僕達も同じだよ。特にボスにはかなり出資してもらってるからね。大口の出資者であるボスを救い出さないといけないのさ」

 

 ソフィアが、グレゴリーが、オルガの各々がボスを助ける理由を告げる。

 引くつもりはない、黙って此処で閉じこもっている訳にはいかない、真面な生活を送れるようにしてくれた恩人を見捨てる玉無しは此処には居ない。

 耳に煩い程に聞こえて来る様々な理由を聞いたサリアは態勢を整えると改めてキャンプの住人達に振り返り告げた。

 

「……我々に敵対すると?」

 

「敵対するつもりはありません。ですが知ってもらいたい、此処には死の危険があってもなおボスを救おうと考える者がいる事を」

 

 住民達を代表してタチアナがサリアに告げる。

 その口調から幾ら客観的な事実を告げようと止まる事がないと理解したサリアは僅かな逡巡を経て一つの行動を起こした

 

「……貴方達の思いは分かりました。ですから幾らかのデータを送ります」

 

 そう告げた直後、タチアナが抱える端末から着信音が鳴り響く。

 そして送られてきたデータを直ぐに確認したタチアナが中身を見て目を見開いた。

 

「このデータは……」

 

「我々の襲撃計画です。細部まで開示しませんが凡その予定だけは伝えておきます」

 

 送られてきたデータの中身は帝都に関する詳細な情報、そしてサリア達が行う帝都襲撃計画の一部が入っていた。

 

「貴方達が自ら選んだ選択を止めるつもりはありません。ですが勝手に動かれると困るのは事実、ですから最低限の歩調だけは合わせてもらいます」

 

 そう言ってサリアは今度こそ体の向きを変えキャンプの外へと跳び去って行く。

 そして機動ユニットが巻き上げた雪が消えると既に遠くへ去っていくサリアの姿が小さく見えた。

 サリアが去った事で静寂さを取り戻したキャンプ、だが直後にタチアナはあらん限りの声を出して住民達に告げた。

 

「救出計画を見直します! 全員持ち場に戻って作業を再開!」

 

 タチアナの号令の元でキャンプの住民達が動き出す。

 その行動に迷いも怯えも無い、誰もが今度こそノヴァを救い出すと心に決めていたからだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

『五号、聞こえていますか?』

 

『──……──、……─、──……──ンド、セカンド! 貴方は先走り過ぎです! 編隊は壊滅状態、下手をすれば貴方も喪失──』

 

『言いたい事は理解できますが事は一刻を争います。データを送信しました、確認を』

 

『──────』

 

『事態は予断を許さない状況です。其方の進行状況はどうなっていますか?』

 

『セカンド、貴方には言いたい事が沢山あります。……ですが貴方の行動は正しかった』

 

『後悔は後にして下さい。今我々がすべきことは何か分かっていますか?』

 

『はい、確立した航路を通じて派遣部隊を向かわせています。全軍が移動を完了するまで13時間、その後2時間以内に展開を完了する予定です』

 

『……15時間、長すぎます。もう少し圧縮できないのですか』

 

『セカンドから送られた情報を基にした判断です。予想される帝都の戦力を考えれば小規模戦力では奪還は不可能、これ以下になれば予想される敵戦力への対抗が困難となり救出作戦は不可能になります』

 

『分かりました。では先立ってザヴォルシスク国内空港の制圧を実施します。そうすればある程度の時間短縮が望めるでしょう』

 

『なら制圧目標のリストを送信します。記載してある優先度に従って制圧をして下さい』

 

『確認しました。では五号、確認です。展開が完了次第帝都へ進撃しノヴァ様を救出する。この計画に変更はありますか?』

 

『ありません』

 

『今回の作戦における不確定要素は大量です、それでも何を優先すべきが、何を切り捨てるのかは理解していますか?』

 

『ノヴァ様──、いえ、お父様の生命の保護が最優先、それ以外に重大な事はありません。計画の妨げとなるモノは全て敵と見なして計画を立案します』

 

『ならば私から言う事はありません』

 

『──セカンド、聞きたいことがある。どうして現地住民を止めずに計画を開示したのですか? 彼らも不確定要素の一つ、作戦を考えれば止めた方が良かったのでは?』

 

『彼らが大人しく言う事に従う愚物であればそうしました。ですが彼らは違った、ならば止める事が出来ない不確定要素は可能な限り制御下に置くべきです。彼らに計画を開示したのもその為、我々よりも先に行動を起こし帝都の戦力配備状況が変化するのを防ぐためです』

 

『何より私達の制御下にない集団をコントロールするリソースは現状皆無です。ですから手綱を付けて有効活用をしようと考えました。此方への連絡方法を送信しているので最低限のコミュニケーションは可能でしょう』

 

『それでも足手纏いと判断すれば即座に見捨てます。彼らが選んだ行動です。その結果がどうであれ少しでも作戦に役立てる事だけが気掛かりです』

 



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帝都動乱
目覚めてこんにちは


 ──眠い、只管に眠い。

 

 やるべき事がある筈なのにノヴァの身体は一切言う事を聞かない。

 身体だけに留まらず思考するだけの力も無くなっていく。

 ぬるま湯の様な睡魔が思考能力を奪っていく。

 抗おうとする気力すら奪う暴力的な眠気に晒されたノヴァは暗闇の中を揺蕩っていた。

 

『……──』

 

『──……──』

 

『──……』

 

 しかし繰り返される睡眠サイクルの中でノヴァの意識が僅かに浮上した瞬間に暗闇から響いてくる音を意識が捕らえた。

 光など届かない闇の中であっても聴覚はどうやら無事に機能している様で外界から聞こえる僅かな音を途切れ途切れに拾っていた。

 ノヴァは何とか目を開こうとするも耐え難い睡魔の前には無力であり、ノヴァは瞑ったままの目を開ける気力すら出す事は出来なかった。

 それでも僅かに聞こえて来る音に耳を澄ませば話し声の様に聞こえた。

 

『……治療は完了で……。麻酔が効……日一日は起き……しょう』

 

『有難う…………たのお陰…………が悪化しなくて済みま……』

 

『そ…………の仕事で…………りも彼が例の…………?』

 

『はい、今の帝…………要な人物で…………』

 

『貴方の言う事…………実力は疑ってい……んが……』

 

『ええ、分か…………す。総統に…………伝えておき…………今は新年祭…………』

 

 だがノヴァが思考が保ったの其処までだった。

 再び意識が遠くなる、暗闇の中にノヴァの意識が沈み始める。

 

 

『…………──』

 

『…………、………………』

 

 聞こえてきた話し声の意味を思考する事はもう出来ない。

 話し声らしき音を右から左へ流していくことしか今のノヴァには許されず、浮上した意識が再び暴力的な睡魔によって暗闇の中に沈んでいく。

 僅かに戻った思考も暗闇の中に融けていきノヴァは再び音も光も届かない暗闇の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 あれからどれ位経ったのか分からない。

 思考も出来ず、されど酷く心地よい暗闇の中にノヴァの意識は漂っていた。

 それは暖か過ぎず寒すぎない心地よい温もりが齎す原始的な安心感に包まれているような感覚であった。

 だが心地よい暗闇の中にか細い光が差し込んだ。

 それは外界からの刺激であり、時間と共に強くなっていく光はノヴァの意識を絶えず刺激した。

 そして光が強くなると共にノヴァを包んでいた眠気が晴れていき、程なくして意識が呼び起こされた。

 

 そうして心地よい眠りから覚めたノヴァが目を開くと突如として強い光が差し込んだ。

 その余りの眩しさにノヴァは再び瞼を下ろした、瞼を突き抜ける光を感じながら明りに目が順応するのを待った。

 そして目に痛い程であった光を無事に受け入れると瞼を開き露になった視界は目の前に広がる風景を取り込み始めた。

 

 光を放っていた物は天井に吊り下げられた電灯であった。

 そして電灯の周囲を眺めると幾つもの剥き出しの配管が行き交う見覚えのない天井が視界一杯に広がっていた。

 身に覚えのない光景を目にしたノヴァは起き抜け直後の朦朧な意識のまま口を開いた。

 

「ぼぼぼぼ……

(知らない天井だ……)」

 

 出てきた言葉は創作の世界で何度も使われ続けたお決まりのセリフ──、だが何故かノヴァの耳にセリフは聞こえてこなかった。

 耳に聞こえて来るのは言葉ではなくブクブクといった泡立つ音、水の中に吐き出された空気が奏でる水泡音であった。

 

「ぼぼ? ぼっ、ぼぼぼ! 

(ぼぼ? えっ、何何!)」

 

 何が何だが分からない異常事態に遭遇した事で寝ぼけていたノヴァの意識は急速に覚醒する。

 だがそのお陰で今の自分が透明な液体に満たされたポッドの中に浮かんでいる事をノヴァはそれほど間を置かずに理解した。

 熱すぎず冷たすぎない程よい温もりを齎していたのは透明な液体に全身浸かっていたお陰、そして液体の中に全身沈められていながら呼吸が出来るのは口許に付けられたシュノーケルの様な機材を咥えているから。

 それだけでもお腹一杯なのに身体の至る所に電極の様なコードが取り付けられているのだ。

 ノヴァの脳裏には液体が満たされたSF的なポッドに浮かぶ自分の姿とありありと浮かび上がった。

 そしてより詳細に自分の状態を確認しようとノヴァは身体を動かし──、改めて全身を見た瞬間に我慢できずに叫んだ。

 

「ぼぼぼぼぼぼぼぼ!! 

(全裸じゃねぇかぁぁああ!)」

 

 ポッドの中に浮かぶノヴァは服を身に纏っていなかった。

 病衣もパンツすらなく文字通りの素っ裸である事を理解した瞬間、ノヴァは沸き上がる羞恥と共にポッドの中で暴れ回った。

 問題なく動く手足で目の前にあるガラスの様に見えるポッドの容器をノヴァは叩き壊そうとした。

 しかし叩きつけた手足に返って来るのは鈍い音だけ、容器が割れる気配は一切なくノヴァは只々無駄に体力を消耗するだけだった。

 

「おや、もう目が覚めたのかい?」

 

 だがポッドの中で騒いだお陰か一人の人間がポッド越しにノヴァの前に表れた。

 白衣を着た男性は目元の皴からして恐らく50歳は超えているだろう、そんな人物がポッドの中で暴れているノヴァを興味深く観察しながら話しかけてきた。

 

「ぼぼぼ、ぼぼぼ、ぼぼぼぼぼおぼぼ! 

(助かった、そこの人、俺を此処から出してくれ!)」

 

「ふむ、バイタルは正常。怪我の治りも順調だがもう少し中にいた方が良いか。少しばかり元気過ぎるが、まぁ大丈夫だろう」

 

「ぼぼ、ぼぼぼぼ、ぼぼぼぼぼ! ぼぼぼぼ! 

(おい、おっさん、聞こえているのか! 返事をしろ!)」

 

「取り敢えず大きな問題は無い、と。……さて定期検査を終えたら視聴に戻るか」

 

「ぼぼぼぼぼぼぼぼ!!!! 

(返事をしろやクソ爺ぃいい!!!!)」

 

 呼び掛けに一切の反応を見せない老人に対してノヴァは切れた。

 老人がポッドの傍にある操作画面を注意深く眺めている事からノヴァに付けられている電極からバイタルデータを読み取り操作画面に表示しているように見えた。

 であれば観察の邪魔をしてやるぞとノヴァは怒り共にポッドの中で激しく暴れ回り、上下に飛び跳ねた。

 閉じ込められたストレスを発散するかのような激しい運動は心拍数を筆頭としたノヴァのバイタルデータを勢いよく乱した。

 そして老人の操作端末には乱れに乱れた数値が表示され平然としていた白衣の男の表情が困惑に包まれた。

 老人の余裕のある表情が崩れ、次第に慌てふためいていく姿を見た事でノヴァは妨害が成功した事を確信した。

 それと同時に表示される数値が激しく乱れた事からノヴァが完全に覚醒していると気付かされた男が慌てながらポッドに浮かぶノヴァに話しかけた。

 

「ちょっと動かないで! 乱れる、数値が乱れるから大人しく! 話を聞くから落ち着いてくれたまえ!」

 

 男から言質を引き出したノヴァは渋々動きを止めた。

 そして、もし話を聞かない様であれば再び動き回ってやろうとノヴァは顔を顰めながら男に視線を合わせた。

 

「ああ。完全に覚醒したようだね。おはよう、私は君の治療を任された医者だよ」

 

「ぼぼぼっぼぼぼ、ぼぼぼっぼっぼ! ぼぼっぼぼぼっぼぼぼ!! 

(エドゥアルドの仲間か、それ以前に此処は何処だ! 正直に答えないとまた暴れ回るぞ!!)」

 

「何を言いているか分かりませんね~、うそうそ、暴れないで、騒がないで!! 質問内容は、えっと、分かったから!! 僕はあれだ、エドゥアルドの知り合いで此処は帝都だよ! 怪我を負っていた君の治療をエドゥアルドに任せられて帝都でも貴重な医療ポッドを使っている所だ! 肋骨の損傷や右腕の骨も一応繋がってはいるけど激しく動かすとまた壊れるから当分の間はこの中で君には過ごして欲しい! だから動かないで、暴れないで、質問には答えたから安静にしてよ!?」

 

 暴れ回るノヴァに肝を冷やしたのか白衣を着た老人はノヴァを何とかを鎮めようと色々な事を自分から話した。

 それを聞いたノヴァは知りたかった情報が聞けたので一先ずは老人の言う通りにポッドの中で大人しくした。

 漸く大人しくなったノヴァを見て老人は大きなため息を吐き出した。

 たが老人の耳には今度はノヴァがポッドの容器を指で定期的に叩く音が耳に届いた。

 

『──── ──── ・-…… …… -・ …… ・──-・(ココカラダセ)』

 

 音につられて老人が視線を向けるとノヴァとポッド越しに視線が合う。

 何かを伝えようとしている事は老人にも理解できたが、それがモールス信号であると気が付かず何を意味しているのか理解出来ずに老人は悩んだ。

 老人が悩んでいる間もノヴァはポッドを一定のリズムで叩きつけていたが結局老人は意味を理解することが出来なかった。

 それでも老人は勘でノヴァはポッドから出せと言っている様に聞こえた。

 仮に間違っていたとしても老人は先程から勝手気儘に暴れ回るノヴァに対して文句を言うために口を開いた。

 

「意味は分からないけど君はポッドから出せないよ。君の治療はエドゥアルドから任された大切な仕事だ。もし失敗して彼の機嫌を損なえば今の地位から引き摺り落とされてしまう、それか最悪殺されてしまうだろう。そんなのは御免だ。理解したなら大人しくもう一度眠ってくれ」

 

 そう不機嫌を隠さずに言い放った老人はポッドの中でノヴァが睨みつけようが気にする事も無く乱れた服装を手で軽く整える。

 そして足早に歩き出しノヴァが止める間もなくポッドが設置されている部屋を出て行った。

 その結果ノヴァは独りポッドに閉じ込められたまま部屋に取り残された。

 

「ぼぼぼぼ……

(一体どうしよう……)」

 

 ノヴァは独りになったポッドの中でプカプカと浮かびながら考えた。

 まずノヴァが素直に出してくれと言っても白衣の老人は強い否定と共にポッドから出してくれない事は確定した。

 それ以前に治療と言っていた事から列車での戦闘による負傷を治すためにポッドに入れられたのだろう。

 事実としてエドゥアルドの馬鹿力で蹴られた胸や骨を砕かれた左腕に痛みは無い。

 ポッドの中で暴れ回った際にも痛みが無かったことから嘘ではなく本当に治療されていた。

 

「ぼぼぼ、ぼぼぼ……

(だけど左腕は失ったままか……)」

 

 しかしエドゥアルドに斬り落とされた左腕はそのままだった。

 上腕の中程から切り落とされたまま、本来腕があった筈の場所には何もない。

 左腕を動かした感覚があるのに追従する腕は既に失われている。

 それは夢でも幻覚でもない、どうしようもない現実であった。

 

「ぼぼっぼぼ! 

(落ち込むのは後!)」

 

 だが何時までも落ち込んでいられないと気持ちを切り替えた。

 今のノヴァにとって時間は非常に貴重なものである。

 あれ程ノヴァに執着していたエドゥアルドが他人に治療を任せたのだ。

 どうしても外せない用事があったのかは知らないがノヴァにとってはまたとない好機である。

 このまま閉じ込められ続けて厄介な人間に引き渡される前に帝都から逃げ出すべきと考えたノヴァの動きは早かった。

 

 ノヴァは改めて自分を閉じ込める治療ポッドを注意深く観察する。

 老人が先に話していた様に帝都においてノヴァが使っているのは貴重な医療器具である。

 であるなら事故や災害、或いは患者の突発的な急変に備えて患者を即座に外に出せるように安全装置の類が予めポッドの中に備え付けられているとノヴァは考えており、それは当たっていた。

 ポッドの前面は透明なガラス構造であったが背面は金属製であり様々な機械がその後ろに設置されているのか左腕で触れると小さく細かい振動が伝わってきた。

 そして背中が当たる部分には患者側が操作できる安全装置として色がかすれた帝国文字で『非常排出装置』と書かれたカバーがあった。

 それを見つけたノヴァはカバーを外し、その下にあったレバーを躊躇い無く引いた。

 

『非常用レバーの操作を受け付けました。ポッドから保護液を排出、医療従事者はポッドに集まり患者の排出を行ってください』

 

 ポッドに備え付けられたスピーカーから人工音声によるアナウンスが流れると同時にノヴァを浮かべていた液体が排出され水位を下げていく。

 そしてポッドの各所から装置の固定が外れる駆動音が鳴り響き──。

 

「コレは何事かね!?!? 一体君は何をした!!」

 

 慌てふためいた様子の老人がポッドが設置されている部屋に再び現れた。

 そして部屋の中に鳴り響くアナウンスと共に今にも開かれようとしているポッドを見ると急いでノヴァが閉じ込められたポッドに近寄った。

 

「中止だ、中止だ!!」

 

 操作端末に表示された文字を見た瞬間に何が起こったか老人は正確に理解した。

 そして血相を変えて端末を操作し急いで進行途中の作業を中止させようと取り掛かり──、だが操作に手を付けるには遅くノヴァの蹴りよって勢いよく開いたガラス張りの容器が男の顔面に強かに打ち付けられた。

 

「うばぁあ!?!?」

 

 何が起こったか理解出来ないまま老人は後ろに設置された同じ様な医療ポッドにまで吹き飛ばされた。

 そして衝突の勢いを余すことなく受け止めた鼻から鼻血が蛇口を捻った様に流れ出し地面に小さな血だまりを作った。

 それでも痛みに呻きながらも老人は立ち上がろうとし──、だが自分の脚で立つ前に何者かに髪の毛を掴まれ力尽くで顔を上げさせられた。

 

「どうも、貴重なお話をありがとう。クソ爺」

 

 顔を上げさせられた先にあったのはノヴァの顔だ。

 全身がポットの保護液にまみれながらも顔には笑顔が浮かんでいる。

 だがノヴァの笑顔を見た瞬間に老人はその笑顔が威嚇として使われていると察した。

 

「はは、傷は如何だい、痛くない筈だが……」

 

「お陰で痛みは無い。それとお前には色々と聞きたい事がある。だがその前に一つ質問に答えろ」

 

 そう言ってノヴァは凄みを利かせながら男の髪を更に引っ張る。

 掴まれた髪の毛がぶちぶちと切れる音を聞きながら老人は無意識に震えていた。

 

「服は何処だ」

 

「はぇえ?」

 

「耳が遠くなったか爺、もう一度言うが服は何処だ」

 

「ふ、服は、其処に着せようと思っていた物が」

 

 

 一体何を言われるのかと戦々恐々としていた老人は最初ノヴァの言葉に耳を疑った。

 だが再び強い力で髪を掴まれると痛みに呻きながらもノヴァの質問に答え部屋の一角を指さした。

 ノヴァが老人の指さした先に視線を向けると奇麗に畳まれた病衣がポッドの直ぐ傍に置かれていた。

 それを見つけたノヴァは一時的に老人の髪を掴んでいた手を放して畳まれた服へ手を伸ばした。

 その間も警戒を緩める事は無く視線だけは老人に向け続け──。

 

「ドクター、何処にいるんですか~?」

 

 しかしノヴァの目の前にいる老人以外の声が部屋の外から聞こえてきた。

 声の正体は鼻血を出し続けている老人の護衛であったがノヴァが知る由はなかった。

 だが声を聞いた瞬間に助けを呼ぼうと口を開いた老人の顔面をノヴァは勢いよく左腕で殴り止めた。

 

「静かにしろ。もし大声を出せば────」

 

「探しましたよ。ドクター血相を変えてどうしたん、です、か……」

 

 ノヴァは男が助けを呼べない様にしたが全ては遅かった。

 ポッドが設置された部屋の扉が開き一人の男が部屋の中に入って来たのだ。

 男は上下ともに揃った制服を着ており体格も大きい、だが運動不足であると一目で分かる程に腹部は大きく突き出している。

 だがその腰には拳銃を携えており、武器を持たないノヴァにとって部屋に入って来た男は一番の脅威であった。

 

 そんな危機意識に満ちたノヴァとは全く異なり護衛の男は部屋に入って目にした光景に呆気に取られていた。

 全身びしょ濡れの青年と鼻血を出した護衛対象。

 その犯罪的な光景を目にした護衛の男は一時だけ己の職務を忘れて呟いた。

 

「本番は他所でやれ」

 

 その言葉を聞いた瞬間ノヴァは先程までの考えを捨て去った。

 火事場の馬鹿力に任せて白衣の老人を立たせると同時に男に向かって全力で蹴り飛ばした。

 気色の悪い悲鳴を上げながら吹き飛ばされる老人、職務を思い出し護衛対象の身の安全を確保しようと動き出したデブ。

 そしてノヴァは傍らにあった点滴棒を肩に担ぎ碌な抵抗も出来ないデブに向けて全力で振り下ろした。

 



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帝都上級憲兵ノヴァ

 フルスイングした点滴棒は碌な防御も取れなかったデブの頭を華麗に振り抜いた。

 速度と重さが合わさった理想的なノヴァの一撃はデブの意識を即座に刈り取り、肥え太った身体は保護しようとした老人に折り重なるようにして倒れた。

 そして老人は老人で潰れたカエルの様な呻き声を上げており、覆い被さったデブを退かす筋力はないのかジタバタと藻掻いていた。

 そんな喜劇染みた一幕を経てノヴァは幸運にも大した労力をかける事無く二人を無力化した。

 

「……よし、身包み剝がそう」

 

 無力化出来た二人を見てノヴァは無意識に呟き、加えて降って湧いた幸運を逃す事無く山賊染みた行動力を発揮した。

 下敷きになった老人はノヴァよりも小さいので衣類は使えないので投げ捨てる。

 それでも一通り身包みを剥がすと嫌がる老人を医療ポットに入れ無事に拘束。

 意識を失ったデブからは拳銃を奪うと殴って叩き起こし銃で脅し自分で脱がせた後に老人と同じように医療ポットに押し込んで拘束をした。

 その後にポットに保護液を流し込んでは溺死したくなければ質問に答えろと脅迫を行い知る限りの情報を吐かせた後にノヴァは治療が行われていた部屋から抜け出した。

 

「サイズは誤魔化せたが……臭いな」

 

 ノヴァが治療を施されていたのは老人が密かに経営する個人病院だったようで薬物はそれなりの物が常備されていた。

 それら薬品を使って制服から漂うデブの体臭はある程度消臭出来たつもりでいたがノヴァの予想以上にしぶとく制服にこびり付いていた。

 それでも幾らかマシになったと自分に言い聞かせてノヴァは着慣れない帝国警備隊の制服を着用して病院の屋上に出ると外の風景を眺めた。

 其処からはメトロで帝都と呼ばれる大型シェルターを一望する事が出来た。

 大戦時に作られ多くの人が地下で過ごせるように地下を掘り抜き自己完結型のアーコロジーとして作られたシェルターは巨大であった。

 小さな都市が丸ごと収まっていると言っても過言でなく、また住民達が圧迫感を感じない様にドーム状のシェルターを生かし地下でありながら広い空間を確保していた。

 それは古いSF映画や小説に登場する地下都市そのものであり、限定されてはいても地上での暮らしを再現しようという熱意に溢れながらも優れた設計の元に建造されている。

 

「此処が帝都か……、腐った果実と言っていたエドゥアルドの言葉は嘘ではなかったか」

 

 だが幾ら優れた建造物であろうと設計当時の万全の状態が永遠に続く事は無かった。

 使えば摩耗し、年月を経て劣化し、僅かな環境の変化が重なり腐食する宿命からは逃れる事が出来なかった。

 ドームの天井には地上の天気を模した映像を映し出せるパネルが敷き詰められていたようだが大部分が剥がれ落ち骨組みだけが残っている。

 僅かに残ったパネルはシェルターの中央に集められ、其処だけが奇麗な星空を映していた。

 その他の地域は薄暗い闇の中、辛うじて電灯らしき光源が規則的に灯っているが中央から離れるにつれて疎らになり暗闇が濃くなっていく。

 そして一番ノヴァが気になるのが帝都の空気だ。

 地下で生活を営むのであれば空気の適切な管理は欠かせず、そうしなければ空気の出入りが乏しい地下の空気は簡単に淀んでしまう。

 空調設備が壊れたのか、設備を動かす電源が不足しているのか帝都の現状をノヴァは知らない。

 だが帝都と呼ばれる大型シェルターの空気循環は滞っており埃っぽく淀んでいた。

 それは正に帝都と呼ばれる死に掛けのシェルターが放つ腐臭の様だとノヴァは感じた。

 

「確かにアイツの言う通り此処は帝都と華々しい名を名乗っているが腐りきる一歩、いや三歩手前の世界だ。あながち間違っていないな」

 

 そんなメトロで流れる噂とかけ離れた帝都の現状を見てノヴァは自然と口から乾いた笑いが零れた。

 だが何時までも観光気分で帝都を見学出来る立場ではないノヴァは帝都の全体を眺め終えると今度は屋上から見える一つの建物の観察を始めた。

 視線の先に在るのは帝都に数ある警備施設の一つであり、治安維持を仕事とする憲兵達が集まる場所である。

 出来れば関わりたくない、だが施設の中にはノヴァが帝都に誘拐された時点で身に着けていた装備が押収され保管されていた。

 

「装備品として押収されているのか武器と端末。武器のリボルバーは隻腕で使えるか? まぁ、あれば回収、一番大事なのは端末だな」

 

 武器は最悪回収できなくてもいいと割り切れるが、普段使いしている端末は絶対に回収しなければならない。

 改良を重ねたノヴァの端末はハッキングツールとしても一級品でありノヴァの能力を発揮するには欠かせない道具である。

 何より隻腕となり戦闘に大きな支障をもつ現状を鑑みれば戦闘を避ける小細工をする為にも絶対に回収したい代物だ。

 

「行くしかない。現状で戦闘が不可能なら小細工で乗り切るしかない」

 

 その為にもノヴァは警備施設を屋上から観察を行い、何とか抜け道を探そうとしていた。

 使われていない部屋、壊れた扉でも何でもいい、侵入口になりそうな箇所をノヴァは探していた。

 だが必死になって突破口を探しているノヴァとは正反対に警備施設に勤める職員達は外からでも分かる程やる気がなかった。

 碌な監視もせず暇つぶしなのか施設に設置されたモニターに大勢が集まり、和気あいあいと騒いでいるのが大半。

 参加していない職員は真面目に勤務しているかと思えば彼らも本らしき物を読んでいるか寝ているかである。

 一目で分かる程に職務態度は最悪であり、施設は殆ど機能していないとしか見えない。

 これからノヴァが行う事を考えれば施設に勤める職員が無能であった方が都合は良い。

 そう思ってはいても、あの有様で帝都の治安は守れるのかと無関係の人間でありながらノヴァは心配になった。

 

「……まぁ、運が良かったと思うしかない。取り敢えず武器は拳銃一丁と予備弾倉三つ。隻腕でどれ位殺れるか。いや、戦闘は最後の手段、奪った身分証となるカード二枚でどうにかするしかないか」

 

 武装を確認した後にノヴァは懐から二枚のカードを取り出した。

 それは老人とデブから奪った物であり、帝都において命と同じくらい大切な代物な身分証である。

 

 この薄い一枚のカードには市民の階級、立場、資産といった様々な情報が紐づけられている。

 さらに物によっては帝都における各種施設のセキュリティパスも兼ねる等何でもアリの万能カードである。

 当然市民は与えられたカードを大切に扱い、損失、強奪された場合は即座に帝都行政府に連絡をしなければならない代物である。

 実際に老人とデブはカードを返してくれとポッドの中で叫んでいたが、中に保護液を溺死ギリギリまで注入すると命乞いと共に色々と話してくれた。

 そのお陰で一先ずノヴァがカードを使う方に困る事は無い。

 そして運よくノヴァが持っているデブと老人の立場はかなり高いらしく使い方によっては帝都において大抵の事は可能らしい。

 

「それじゃデブの振りをして装備を取り返しますか」

 

 結局、腐っても警備施設であるので侵入口になりそうな箇所をノヴァは発見出来なかった。

 ならば残された最後の手段をするためにノヴァは奪ったカードを観察した。

 カードから肉眼で確認できる情報は名前と階級のみ。

 顔認証に用いられるバイタルデータは中央行政府等の高セキュリティ施設のみ採用されて他の場所では与えられたコードを告げるだけで問題ないらしい。

 これが事実であれば奪ったカードをノヴァが使用しても直ぐにばれる可能性は低いだろう。

 暗証番号も一通り聞き出している事から問題なく使える筈である──、デブが嘘を言っていなければの話だが。

 

 何はともあれ取り敢えず行動方針が決まったノヴァは改めて奪った制服の皴を出来るだけ伸ばす。

 そして背筋を伸ばして病院から出ると怯える事無く、堂々とした態度で正面から施設に乗り込んだ。

 制服と態度からノヴァはそれらしく見えたようで歩哨に立っていた若い職員が慌てながら帝国式の敬礼を行う。

 その姿を横目で見ながらノヴァはタチアナとマリソル中尉に教えてもらった帝国式の略式敬礼を返し警備施設の中へと入り受付に要件を告げた。

 

「タルス・ボルコフだ。此処に一時保管されている物資の受け取りに来た」

 

「……カードを確認します、照会できました、コードを入力して下さい。……此方も問題ありません。では保管庫まで案内します」

 

 受付にいたのはこれまた仕事に対する熱意が欠片も無くだらけた中年男性であった。

 中に入って来たノヴァを見るなり顔を顰めていたが、それでも制服を見てから少し態度を変えて仕事をすることから最低限の職務意識はあったのだろう。

 受付から立ち上がるとノヴァを伴って施設の中を進んで行く。

 大勢の職員がモニターに張り付く部屋を通り過ぎ、廊下を進んで行った先にある保管庫と書かれた部屋に入る。

 中には多くの戸棚と共に様々な物が置かれており、男はその中にある戸棚から一つのトランクを取り出しノヴァに差し出した。

 

「これです」

 

 受け取ったノヴァが部屋にあった机の上で施錠されていないトランクを開くと中には回収されたリボルバーと弾丸、そして目的であった端末が入っていた。

 

「確かに確認した」

 

 目的の物を回収したのであれば此処に用は無い。

 手早くノヴァは装備が入ったトランクを持って警備施設を出ようと動き出した。

 

「……因みにですが、右腕は如何なされたのですか」

 

 だが部屋を出ようとしたところで案内をした男がノヴァにも聞こえる様な声でわざとらしく呟いた。

 ノヴァが視線だけ向けると男の顔が醜く歪んでいるのが見えた。

 回りくどい言い方をしている事から確証は無い、だが無視できない程度の違和感があるので揺さ振りを掛けたのだろうとノヴァは当たりをつけた。

 

「名誉の負傷だ。帝都を腐らせるゴミの掃除で失った」

 

「ゴミの掃除、最近その様な動きがあったとは聞いていませんが……」

 

 男は態とらしく困惑した言葉を口にしているが顔は笑ったままだ。

 その態度から察するに男はノヴァを脅そうとしている。

 そして見逃してほしければ何かしらの賄賂を寄越せと言いたいのだろう。

 だが生憎現状のノヴァは老人とデブから奪った物資以外に賄賂になりそうな持ち物はなかった。

 

「……君は馬鹿かね」

 

「は?」

 

 故にノヴァは一計を案じて演技をする、口から心底呆れた様な声を出して男を馬鹿にした。

 サリアから教わった一通りの礼儀作法と所作、キャンプ生活で鍛え上げられたコミュニケーションを駆使して存在しない上司に仕える隻腕の男をノヴァは演じる。

 

「聞こえなかったのかね。私は馬鹿と言った。そもそも君と私の立場は違う。堕落した君とは違い、私に任せられる仕事は重大だ。この言葉の意味が君には分からないのかね」

 

 傲慢且つ尊大に、後ろめたい事等一切ないとノヴァは男に告げる。

 君と私では階級が異なり、何より任される仕事は全く異なるものであると。

 その私が任された仕事が君程度の末端職員が知れる情報であるとは思い上がりも甚だしいと語気を強めて告げた。

 それは男の予想していた反応とは違ったのだろう。

 嫌らしい笑みは露と消え、困惑した表情を隠す事も出来ずに男は次に何を言い出せばいいのか選べずに口籠った。

 そしてノヴァは男が逡巡した隙を逃す事無く語気を強めながら追撃を畳みかけた。

 

「これだけ言われても分からないのか。君の名前と階級は?」

 

「はい?」

 

「聞こえなかったのかね。私は君の名前と階級を尋ねているのだ。君の上司は部下にどの様な教育を施しているのか──」

 

「いいえ、そんなつもりでは無かったのです! 出過ぎた事を聞きました!」

 

 先程の態度とは打って変わって男はノヴァに対して最上級の敬礼を行う。

 それを見たノヴァ少しだけ語気を弱めながら男に語りかけた。

 

「分かればいい。それとこの件は内密にしてくれると助かるのだが?」

 

「はい、私は何も見ていませんし、聞いてもいません」

 

「よろしい。実に模範的な対応で助かるよ」

 

 追撃の様に放たれた言葉に押し切られた男の態度が急変するのを見たノヴァは悟られない様に内心で大きなため息を吐いた。

 実際の所は奪った制服とカードが大きいだろうが、それらに見合った態度を取り続けた事が男の止めになったのだとノヴァは考えた。

 そして未だに再会出来ていないサリアの一連の指導にノヴァは感謝しながら警備施設から出て行こうと歩き出した。

 だがノヴァは出て行く途中でモニターを囲んでいる男達の大声が聞こえ脚を止めた。

 

「ところで彼らが今見ているのは?」

 

「ああ、今代の革命軍が行う最後の攻撃です。薄暗い地下において我々の様な者たちの楽しみの一つですが──」

 

 ノヴァの質問に付き従っていた男が答えた。

 革命軍とは現在の帝都に対して反乱を企てた人々が組織した武装勢力の名前である。

 放置するには危険な組織であり帝都は彼らをありとあらゆる手段で捕まえて治安を維持して帝都の平和と安全を守っている──、というのが筋書きである。

 実際の所は帝都に不満を持つ人間を密告や監視を通して炙り出し革命軍というレッテルを張りつけているだけだ。

 そんな人々を帝都のシステムを掌握している行政府が一方的に捕まえて殺すゲームがモニターに写されている映像の正体である。

 貧弱な武装の革命軍に対して潤沢な武装を纏った帝都の部隊。

 それは一種のリアル鬼ごっこ、ただし捕まれば殺される革命軍に対して圧倒的に不利なゲーム。

 それが今や帝都に広く放送され人々のストレス発散を兼ねた残酷なゲームショウとなっているのだ。

 そして主催者である帝都から逃れた革命軍は現状一人もおらず、男達の賭けの対象は挑戦が成功するかではなく、新年祭が終わるまでに彼らが何人生き残れるか、何時迄に全滅するかに掛けているのだ。

 挑戦者が絶対に勝てないゲームを前にして騒ぐ男達を見てノヴァは小さな声で呟いた。

 

「……反吐が出る」

 

「何か言いましたか?」

 

「いいや、何も」

 

 ノヴァはモニター群がる男達から視線を逸らすと足早に歩き出した。

 そして警備施設から出る直前になってもう一度脚を止めると制服のポケットに入っていたタバコを取り出して男に渡した。

 元はデブの持ち物だがノヴァには必要ない代物であり処分と賄賂を兼ねた譲渡のつもりであった。

 

「そうだ、これはお礼だ。受け取ってくれ」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 タバコの銘柄に詳しくないノヴァだが男が予想以上に喜んでいる事からそれなり物であったと判断した。

 そうして必要な物を回収したノヴァは警備施設から離れると近くにあった無人の建物の中にカードを利用して入る。

 どうやらつい最近になって放置されたのか中に積もった埃は少なく、近くのスイッチを押せば問題なく備え付けられた電灯に光が灯った。

 一通り部屋を見渡した後にノヴァはトランクの中から装備を回収して身に着ける。

 そして端末を部屋に備え付けられていた通信回線に繋いで操作を始めた。

 

「……気持ち悪い」

 

 端末を操作して帝都のシステムに干渉するノヴァの脳裏に浮かぶのはモニターに映っていた映像だ。

 革命軍と大層な名を付けられてはいても実態は一方的に狩られる弱者である。

 そんな殺戮を帝都の住人達は見世物として受け入れ楽しんでいる。

 その異様な在り方はノヴァにとって只不快であった。

 

「……こんな場所、燃えてしまえばいいのに」

 

 ノヴァは悪口を零しながら端末の操作に集中する。

 元から悪かった気分を更に悪くしながらノヴァは何とか外部に連絡が取れないかと帝都のシステムへの干渉を始めた。



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腐敗

 ノヴァは潜伏している家屋の一室でハッキングツールでもある自身の端末を用いて帝都のシステムにアクセスを実行する。

 厳重なシステムへのハッキングは本来であれば入念な事前準備がなれば不可能な行為であり、それはノヴァも変わらない。

 だが今回、ノヴァは老人とデブから奪ったカードを足掛かりに正規アカウントを使用する事で大きな障害も無く帝都のシステムに侵入する事が出来た。

 無論、成功の原因はノヴァの常軌を逸したハッキング能力が前提にはあるものの帝都のシステムその物が古いままだった事も大きな理由であった。

 帝都のセキュリティ自体は小規模な修正は行っているようだがそれまで、セキュリティ全体として見れば定期的な更新は止まっていると言えた。

 本来であれば根本的な修正を行って防ぐ必要がある穴が放置されたままであり、一応のパッチは当てられているが応急処置の範疇にしか過ぎない。

 そしてノヴァにしてみれば応急処置で防いだ穴など笊も同然である。

 

 何はともあれノヴァは見つけたセキュリティの穴を通して帝都のシステムの奥深くまで侵入、直ぐに帝都の外へ繋がる回線を探した。

 暫くの間、ノヴァは周囲に気を配りながら端末を操作し目的の回線らしきものを幾つか見繕うことが出来た。

 だがノヴァが喜んで回線の中身を見て見ればメトロ中に潜ませている工作員との連絡回線であり探している回線とは全く違った。

 

「やはり帝都の外に接続されているシステムはあるが……、こいつらは使えないな」

 

 もしかしたら工作員との回線が外部に繋がっているのではないか。

 そうした淡い希望を抱いてノヴァも繰り返し調べもしたが回線は工作員止まり、そこから先に繋がる回線は一つも見つからなかった。

 つまり帝都の回線を通じてキャンプに救難信号を送る手段は使えない事が判明したのだ。

 その事実にノヴァは少しばかり頭を抱えたが、頭を振って落ち込みそうなる気持ちを無理矢理切り替える。

 そして今度は別の脱出手段の模索に取り掛かった。

 

「連絡は実質不可能と見なした方がいい。となると自力で脱出するしかない」

 

 次に探すものは帝都からメトロへ繋がる道だ。

 エドゥアルドが帝都からメトロに出て来た、そしてメトロから帝都へ帰って来た事実から外へ繋がる道は必ずあるのだ。

 あとは道をシステムの中から見つけ出し自力で脱出するしかないとノヴァは考えた。

 

「外部への繋がる道は……思ったよりもあるな。だがそれだと帝都の情報を隔離できる訳が無い。何を見落としている」

 

 だが外部に繋がる道に関する情報もノヴァの予想よりも早く見つかった。

 大型シェルターから外へ通じる道は全部で12本。

 その中で公式発表により封鎖が決定されたのが大型貨物輸送ルートの3本、残り9本の鉄道路線の封鎖は告知されていない。

 この情報をそのまま受け止めるのであれば帝都には9本も外へ通じるルートが現存していると受け取れる。

 しかし、現実に9本も外へ通じるルートがあれば帝都とメトロの交流の少なさが不自然過ぎる。

 メトロの中心に帝都が立地している事を考えれば多くの貨物が行き交い繁栄してもおかしくは無いのにノヴァの目に入るのは死に掛けのシェルターである。

 一言で言えば辻褄が合わないのだ。

 そう考えたノヴァは外へ繋がる道とは別にシステムから役に立ちそうになる情報を探し続けた。

 そしてファイルの一覧を流し読みしている最中に一つのファイルがノヴァの目に留まった。

 

「生物兵器配備状況、コレか」

 

 それはシステムの中では機密情報に該当するファイルであった。

 ファイルを開くと中に入っていたのは帝都が作った生物兵器の分布状況図と生物兵器の一覧、それらがノヴァの端末に展開された。

 生物兵器一覧の中にはノヴァがメトロの地下鉄に乗っていた時に見た事があるクリーチャーやエイリアンだけでなくウェイクフィールドで見たクリーチャーも記載されていた。

 だがノヴァが重要だと考えたのはクリーチャー一覧表ではなく生物兵器の分布状況だ。

 そして分布状況図と帝都から外部に繋がる道が表示された図と重ね合わせれば全ての道がクリーチャーの集中配備された地点と重なった。

 

「成程、クリーチャーもエイリアンは外敵の駆除も兼ねるだけじゃない。帝都の住民を閉じ込める檻としての役割があるのか」

 

 帝都へ近寄ったメトロの住人だけでなく帝都の住民が外へ出ようとしても道中でクリーチャーやエイリアンに捕捉され始末されるようになっている。

 住民が帝都に絶望して逃げ出そうとも逃げられない。

 帝都で生まれた人間は人生の全てを帝都で過ごし死んでいく事が宿命なのだ。

 そしてクリーチャーやエイリアンは生物兵器として帝都を取り囲む生きた壁であり牢獄として機能しているのだ。

 

「鳥籠……、なんて上品な物じゃない。外へ出られず都市は中から腐るしかない」

 

 だが代償として帝都と呼ばれる大型シェルターが外部から補給を受ける事が困難になってしまった。

 どの様な意図があって生物兵器を配備しているのか、外物から孤立した事で齎される影響を帝国上層部は理解しているのか。

 考えれば考えるだけ帝都上層部の思考が分からない事ばかりだとノヴァは頭を抱えるしかなかった。

 

「だけど何処かにある筈だ。完全自立型のシェルターを豪語しようが維持できるのは精々半世紀程度しかない。必ずある筈だ、そうでなければ帝都が存続できる訳がない。外部から密かに物資を運び込んでいる秘密のルートがある筈だ!」

 

 それでもノヴァは帝都の地図と分布図状況を重ね合わせ合成した画像を詳細に調べあげ始めた。

 地図を拡大し、不足している情報があれば追加し、片手で端末を忙しなく操作して一つの画像を作り上げる。

 そして幾度も情報の追加を果たして漸くノヴァは目的の道を見つけることが出来た。

 

「帝都の複数の貴族が共同で設立した組織。物資搬入記録が不自然、口座間の不自然な資金の流れ、部署間の通話記録、帝都の時間帯による使用電力。これで漸く見つける事が出来た」

 

 地図だけでも、分布状況だけでも足りなかった。

 ノヴァがありとあらゆる情報を集め、繋ぎ合わせる事で漸く見付ける事が出来た外へ繋がる道の数は三つ。

 その三つの道を調べた限りでは定期的に生物兵器の分布状況の変化に連動していた。

 記録から推測する限りでは一時的に生物兵器の配備状況に穴が出来る時間があり、そこを見計らうように貴族達が設立した組織から帝都の外へ車両を発進させていた。

 帰りも同様であり配備状況に穴が出来た時を見計らって車両はメトロから帝都へ帰還している。

 その際の出入記録はデータ上では改竄されており何も出ていない事になっているが電力の使用状況や人や物資の動きは誤魔化せない。

 ノヴァからしてみれば詰めが甘いとしか言えない。

 だが此処まで徹底して情報を隠蔽するのは外部との交易は公にはせずに秘密裏に行われているのだろうとノヴァは予想した。

 

「いや、行政府の協力無しに外部との交易出来ない。……利権となっているのか、シェルターの維持も権力ゲームの駒なのか? だとすれば呆れを通り越して笑いが出て来るな」

 

 帝都の中心に住まう貴族に取ってシェルターの維持は利権。

 そして行政府は彼らを上手く操って利益をかすめているのだとすれば? 

 ノヴァは其処まで考え──、だが今は考えるべきは帝都からの脱出であると自分に言い聞かせると頭の中から行政府と貴族の関係を頭から追い出した。

 

「取り敢えず脱出には交易路を使うしかない。一番近いのは此処だが……、利権だけあって警備が厳重だな」

 

 帝都のお偉いさんにとって一般市民の生活よりも利権の方が大切なのだろう。

 先程ノヴァが訪れた警備施設とは比較にならない数の職員が交易に使われる車両と倉庫を厳重に警護していた。

 監視カメラ映像を盗み見る限りでは誰もが真面目に職務に取り込み、手を抜いている不真面目な人間は一人も見つからなかった。

 そんな真面目な職員達の基本装備は防弾チョッキに小銃であり、一部には外骨格といった重武装を身に纏っている職員もいるのでノヴァは正直に言ってお手上げと言う他なかった。

 

「帝都から抜け出すには交易に使う列車を使う必要があるが警備は厳重。これは……派閥か?そうであれば……、駄目だ、カードを奪ったデブと老人は貴族との関係はあるがデータ上では同じ派閥に属している情報は無い。カード情報を書き換えて同じ派閥だと偽装する事は可能。だが組織内独自の符号を使われれば一発でアウト。隻腕ではステルスは難しい……、さてどうする。……マジで本当にどうする?」

 

 ノヴァは得られた情報から様々な策を考えてみるがどれも使えそうになかった。

 もし時間と装備があれば何か有効な策を思い付き実現できたかもしれないが所詮は無い物強請りである。

 今のノヴァが持つ役立ちそうな物は上級憲兵の制服とデブと老人のカード二枚とハッキングツールとしての端末が一つ。

 武装も貧弱な拳銃と威力過剰なリボルバーが一丁ずつ。

 止めが片腕を失い隻腕であるという不利を背負った状況なのだ。

 警備が厳重な施設に殴り込める武装ではなく、警備と意識が笊でしかなかった警備施設の様に口八丁で騙せる相手ではない。

 

「……うん、無理だわ」

 

 ノヴァは個人で如何にか出来る問題ではないと早々に諦めるしかなかった。

 現状の貧弱な装備、情報収集の不足、時間的猶予、どれ程頭を捻ろうとも不足しているものが多すぎるのだ。

 それでもノヴァは諦め悪く個人で無理なら他の方法は無いかと模索を始める。

 

「侵入するには陽動を起こして警備を引き剥がすしかない。だが時間も準備もない中で可能な事には限界がある。どっかの施設をクラッキングして火災を起こすか? 行政府からの偽の指令を送って施設から引き離すか? ああ、クソ! 仕込みの時間が足りない!!」

 

 交易施設近辺にはクラッキング出来て可燃物を満載した建築物等は皆無。

 それ以前に施設の近辺は土地の権利関係を見る限りでは一括で抑えられており施設全体をフェンスが取り囲んでいる等の警備の無駄遣いも甚だしい。

 なら施設に偽物の指令を送ろうとしても回線を通じた命令書らしきデータのやり取りも観測できない。

 信じられないが日常報告には通信回線を利用して重要な命令はデジタルを介さない古典的なアナログ的手法で行っている可能性が高い。

 そうであれば通信回線を通じて偽の命令を送ろうと即座に看破される。

 最悪の場合は警備を強化したうえで発信源を探る動きを見せるかもしれない。

 

「クソ、手詰まりだ。一人じゃどうしようもない……」

 

 端末を床に置いたノヴァは隻腕で顔を覆った。

 こうしている間にも時間は過ぎていき、ノヴァが病院から抜け出した事を知ったエドゥアルドが動き出すかもしれない。

 それをノヴァは頭では嫌と言う程に理解している。

 それでも現状を打開できる策を思いつけないストレスがノヴァの頭を苛むのだ。

 いっその事、帝都のシステム全体を修復不可能なまで破壊して自身も制御出来ない大規模システム障害を引き起こそうかとノヴァは投げやりな策を考えて──、誰かが家屋に侵入した気配をノヴァは感知した。

 

「誰か来た?」

 

 ノヴァの耳は階下から聞こえる僅かな足音を見逃さなかった。

 帝都の憲兵かとノヴァは一番初めに考えたが、足音が一人分しか聞こえない事に加え外に仲間らしき人が一人もいない事から可能性は低いと判断した。

 残った可能性として侵入者は盗人に類する人しか考えられなかった。

 其処まで考えたノヴァは部屋の隅で息を潜ませると侵入者が入って来るのを待った。

 大事にするつもりはなく、速攻で取り押さえ情報を吐かせた後は気絶させ縛って放置するつもりであった。

 

「……みんないる──か!?」

 

 そして侵入者が扉を開けて恐る恐る部屋の中程まで進んできた瞬間を見計らってノヴァは飛び掛かった。

 相手が気付く前に脚を払って体勢を崩し、前のめりに倒れる侵入者の背に乗りかかる。

 そして脚を使って侵入者の身体を取り押さえるとノヴァはうつ伏せになった侵入者の後頭部に拳銃を押し付けた。

 

「騒ぐな、質問に答えろ、お前は誰だ」

 

「痛い、クソ! お前こそ誰だ! どうしてお前は此処にいる! 仲間たちは何処にやった!」

 

「聞こえないのか、殺されたくなければ騒ぐな。お前は盗人なのか、何のために此処に忍び込んできた。包み隠さず正直に答えろ」

 

「盗人、目的? それはお前の方だろ! どうして俺達の隠れ家にお前がいる! お前は此処に逃げ込んだ仲間をどうした!」

 

 取り押さえた侵入者が返した反応はノヴァが予想していた物とは全く違った。

 ノヴァに取り押さえられて圧倒的に不利な状況にも関わらず怯える事は無く、そればかりか激しい怒りの表情が浮かび上がっていた。

 そして拘束された身体の痛みに呻きながらも動きと止めることなく出鱈目に動く様子を見せた。

 

「お前は何を言っている?」

 

 ノヴァは背中に流れる冷汗を悟られない様に落ち着いた声を出した。

 また同時に何かすれ違いが起こっていると感じたノヴァは拘束を続けながら取り押さえている侵入者の服装を注意深く観察する。

 暗闇の中で目を凝らすと部屋の窓から僅かに入る街灯の光が草臥れ傷だらけになった侵入者の服を照らすのが見えた。

 それだけであれば身形の悪い一般人と言えただろうが侵入者は全身の至る所に傷があり、元々草臥れていた服は流れる血を吸って赤いまだら模様を作っている。

 傷口の血がまだ乾き切っていない事から考えて時間はそれ程経っていないのだろう。

 

 ──そして見間違いでなければ傷口の幾つかは銃弾によるものである。

 

 其処まで観察し終えたノヴァは侵入者の顔を、まだ年若く少年から青年への過渡期であると思わせる幼さの残った顔を見た。

 

「お前は──。まて、車両? 行政府の連中か?」

 

 だがノヴァが男の正体を尋ねる前に潜伏している家屋に近付く車両の音が聞こえて来た。

 そして家屋を通り過ぎる事無く近くで停車、暫くすると複数人の足音が階下から聞こえて来た。

 

「新手か」

 

 足音からして入って来た人数は三人。

 取り押さえた侵入者の様に足音を隠すつもりはないのか静かな家屋の中で盛大に足音を立てながら家屋の中を歩き回っていた。

 何かを探しているのかノヴァの耳には階下から家具が倒れる音や何かが砕ける音が絶えず聞こえてきた。

 そして目ぼしい場所を調べ終わったのか足音は移動を介してノヴァ達がいる階に立ち入って来た。

 

「ヤバい! 離せ、クソ、クソ!!」

 

 足音が近付くにつれて取り押さえた男がより激しく暴れノヴァの拘束を振り解こうと藻掻き出す。

 だが身体の中心と関節を取り押さえたノヴァの拘束はどれ程暴れようと揺らぐ事は無く、男は身体を無駄に痛めるだけであった。

 そして足音はノヴァ達がいる部屋の前にまで来ると勢いよく扉を開け、仮面らしき物を付け威圧感のある装備に身を包んだ三人が入って来た。

 

「もう逃げ場はないぞ、革命家気取りの──」

 

 三人は間髪入れずに手に持った小銃の銃口をノヴァ達に向けた。

 だが銃口の下に付けられたライトの光がノヴァを照らし身に着けた制服が見える様になると取り囲んでいた三人は仮面の下で驚いた。

 そして慌てながらも急ぎ姿勢を整えると三人組のリーダーを務める男がノヴァに向けて敬礼を行った後に口を開いた。

 

「上級憲兵殿でしたか! 革命家の捕縛へのご協力ありがとうございます!」

 

 その言葉を聞いた瞬間にノヴァは現状を打開できるであろう一つの策を思いついた。



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問答

 ノヴァは部屋の扉を蹴飛ばして入って来た三人の男達は統一された装備と武器をしている事から男達は行政府の人間なのだろう。

 間近で観察する限りではプスコフ達の様にボディーアーマーに加え身体の要所を覆うプロテクターを身に着け小銃を構える姿は一見すれば兵士に見えるだろう。

 だがノヴァの視界に映る3人はプスコフ達と似通った装備に加えて顔を全て覆うマスクと擦り切れた黒マントを身に纏っている。

 何より顔を覆うマスクの目に当たる部分はどんな意味があるのか分からないが赤く発光しており全身を覆う程の黒いマントと組み合わさって非常に不気味である。

 もし夜道に一人でいた時にノヴァが遭遇すればあまりに不気味さに驚愕と共に悲鳴を上げて即座に全力で逃げる程の怖さがあった。

 其処まで考えてノヴァは男達の奇妙な姿が相手の心理に強い恐怖を想起させるようにデザインされていると理解した。

 だが幸いにもノヴァは独りで無かったため驚くことなく表面上は平静を保ちながら部屋に入って来た男達を見ることが出来た。

 そしてマスクとマントの追加装備を纏った非常に目が引かれる姿をしている男達の中から少しだけ身綺麗な滑降した一人が前に進み出て来た。

 

「上級憲兵殿でしたが! 革命家の捕縛へのご協力ありがとうございます!」

 

 慌てながらも前に出て来た男は急ぎ姿勢を整えるとノヴァに対して敬礼と共に感謝を告げる。

 男の後ろでは残った二人が後に続くように敬礼をしている事から三人組のリーダーを男は務めているだとノヴァは推測した。

 そして男の言葉を聞いた瞬間にノヴァは意識を切り替え、警備施設で演じた様に上級憲兵として相応しいと思われる口調で返事を返した。

 

「いや、これも上級憲兵たる私の仕事だ。問題は無い」

 

「えっと、我々は貴方が此処で活動すると通知を受け取っていませんが?」

 

「当たり前だ。本来であれば君達に出会う事も無く仕事を終えるつもりでいた。だが邪魔が入ってしまったようだがな……」

 

 そう言ってノヴァは意味深な視線を床に押さえつけている少年──、いや青年に向ける。

 無論、ノヴァが男達に向けて話した事は全て作り話であり相手が勝手に誤解する様に仕向けているだけである。

 男からノヴァに対して正式な命令通知書等を求められれば一発で暴かれる程度の嘘でしかない。

 だがノヴァは警備施設での遣り取りから職員は基本的には事なかれ主義且つ賄賂上等であった事から帝都の腐敗は末期であると理解し、それは目の前にいる男達も同様であると考えた。

 だからこそノヴァは男達に対して上級憲兵の制服を着用し厳かさを感じさせる様な口調で告げる。

 ノヴァが言葉で言わずとも与えられた情報から相手が勝手に誤解する様に男達の思考を誘導する事にした。

 

「そうですか、それを聞いて安心しました」

 

 そしてノヴァの考えは間違ってはいなかった。

 男達はノヴァの言葉を詳細に問いただす事も無く、各々が勝手に納得したのか銃口の先からノヴァを外した。

 その代わりに三人の銃口はノヴァが取り押さえられている青年に向けられた。

 

「なら、彼を任せていいかい? 本調子ではないので何時までも拘束するのは疲れる」

 

「分かりました。其処の革命軍は我々が引き取ります」

 

 ノヴァが青年の上から引くと同時に二人の男が青年の両腕をそれぞれ取り押さえる。

 先程まで拘束していたのは隻腕のノヴァ一人だけであったが、成人男性二人に取り押さえられると青年も抵抗を諦めたのか暴れる事も無く男達に取り押さえられた。

 男二人による痛みを感じる程の強い拘束に顔を歪める青年の姿を横目で見ながらノヴァは三人組のリーダーを務めているだろう男に対して話しかける。

 

「済まないが緊急事態だ、質問に答えてくれ」

 

「何ですか、上級憲兵殿」

 

「外にある車両、あれは私にも使えるかね」

 

「はい、運転は問題なく可能ですが……、車両が必要であれば手配しましょうか?」

 

「いや、それには及ばない。仕事の為に車両のキーだけをこの場で借りたい」

 

「ですが……、はい、分かりました。我々は新しく車両を要請します」

 

 ノヴァはリーダーを務める男が懐から取り出した車両のキーを何気なく受けとった。

 一連の遣り取りで表情は一切変えず、しかしキーを受け取ったノヴァの内心では徒歩に代わる移動手段を手に入れた事を大いに喜んだ。

 現在の帝都脱出において有力な選択肢であるのは大型シェルターに限られた数しか存在しない交易車両であり、それらは全て貴族達が占有している交易施設で運用・管理がなされている。

 其処まで徒歩で移動する事を考えていたノヴァだが、流石に大型シェルター内部であって目的地までの距離は遠く時間と体力の消耗を避ける為にも別の移動手段を探していた。

 そして男達の乗って来た車両をノヴァは合法的に譲り移動に関する問題は解決した。

 加えて男達の会話からノヴァは他にも稼働状態にある車両が複数存在している事を知ることが出来た。

 

 

 実際に試してみなければ分からないが車両をハッキングして操る事が出来れば交易施設に関する問題の解決の糸口になる可能性がある。

 施設内で運用している車両の制御を掌握すれば意図的に暴走させ事件や事故を起こす事も可能、それが纏まった数の暴走車両を雪崩の様に施設に突撃させる事も可能である。

 そうなれば施設の人員は暴走車両の対応に人手を奪われ施設は一時的にパニックに見舞われるだろう。

 仮に事態が早期に鎮圧されようと運転手のいない無人車両が大挙して押し寄せたのだ、事態の解明の為に多くの人手が割かれるのは避けようがない。

 どちらに転ぼうとも帝都脱出を考えるノヴァが付け入る隙も出来る筈である。

 

 そうした一連の予想を基にしてノヴァは脳裏で帝都脱出に関する計画を組み立てる。

 だが碌な検証を経ていないノヴァの思い付きの計画には多くの穴があり、それはノヴァ自身も認めるところである。

 捕らぬ狸の皮算用とでも言えるだろう。

 それでも先程まで思いつめていた時とは違う、僅かではあるが脱出出来る可能性が漸く見えてきたのだ。

 偶然の産物ではあったが可能性を見つけた事でノヴァは切羽詰まった現状でありながら一息つくことが出来た。

 

「それでは私は一足先に此処を離れる」

 

「はい、我々は後続車両が到着次第、革命軍を移送に取り掛かります」

 

「ああ、了解した」

 

 ノヴァは最低限の言葉で返事をすると軽くなった足取りのまま部屋を出ていく。

 そして廊下に出ると同時に車両のキーを取り出し、自身を急かしているかの様に足早に歩き出す。

 思い返せばそれはノヴァの無意識からの行動であったのだろう。

 家屋の外に止めてある車両は勝手に動いて逃げる事はないのに、それが分かっていながらノヴァの理性は早く、速くと移動を唆した。

 

 ──だが遅かった。

 

 車両のキーを無意識に握り占めて階段を降りようとしたノヴァの耳に声が聞こえて来た。

 

 

「散々手間を掛けさせやがって、このクソガキ!!」

 

「あぁぁぁ!?」

 

 聞こえて来たのは男達の怒声、それと青年の悲鳴だ。

 何処から聞こえて来たかなど考えなくても分かる、それはノヴァが去った部屋から聞こえて来た声なのだから。

 そして先程までいた部屋から止める事無く怒声と痛みに呻く悲鳴が聞こえる、肉を叩く鈍い音が繰り返し聞こえて来る。

 気が付けば階段を降りようとしていたノヴァの脚が止まっていた。

 まるで脚が地面に縫い付けられたかのように動かない、動かそうとしているに脚が持ち上がらないのだ。

 

「痛い、やめ──」

 

「黙れ、クソガキ! お前のせいで俺の昇進が取り消しになる所だった、その意味が分かるか!」

 

「逃げられない様に骨を折るか?」

 

「そうすると運ぶのが面倒だ。取り敢えず逃げ出さない様に痛めつけろ」

 

「りょ~かい。おらよっ!!」

 

「あああ!?!?」

 

 両脚は動かない、前に進むことが出来ずにノヴァはその場に立ち尽くすしかなかった。 

 分かってはいた、こうなる事をノヴァの理性は分かっていたのだ。

 だから立ち去ろうとした、自分には関係のない出来事だと。

 帝都に関りを持たない自分が踏み入る事ではないと無意識に、意識してノヴァは自らに言い聞かせた。

 

「そう言えば、あと何人捕まえる必要があるんだ?」

 

「コイツを含めて後6人。そろそろ終わりも近付いてきているから数も減ってきているだろ。どうする?」

 

「ああ、問題ない。男なら六人だが女なら少なく済む。それに顔が良ければあと一人で済むだろうよ」

 

 取り押さえた男が何者であるが、帝都の状況と服装からノヴァは青年の正体をノヴァは理解してしまった。

 何より短い間ではあったがノヴァは見てしまったのだ、警備施設で男達が集まって見ていた醜悪な催し物を。

 今も多くの人が革命家というラベルを張られて一方的に行政府の人間によって狩られている光景を娯楽として流す場面を見てしまった。

 だからこそ、画面に映る彼らと取り押さえた青年が同じ革命軍というラベルを張られたその一人である事を理解したのだ。

 

 ──その上でノヴァは見捨てた、自分が助かる為に、帝都から脱出する為に。

 

「下層住人の間引きを兼ねた狩だけど、昇進に必要な革命家の数が本当に多いよな?」

 

「汚い、数も多い、下層の奴らは放っておくとあっという間に増えるからな。こうして定期的に間引かないと後々帝都に余計な負担になるだけだ」

 

「まぁ、数が多ければそれだけ得られる点数は多くなる。役に立たない下層の人間でも我々の出世の役には立ちます。その点だけは優れていますよ」

 

「でも中層の方が点は一人当たりの点数はいいぞ?」

 

「駄目ですよ。中層の人間は高得点ですが下層と比べて数が少ない。下手な競争に巻き込まれれば時間だけを無駄に消費するだけです」

 

「だから堅実に下層の人間を捕まえた方がいいのさ。そうしてきたから俺達はあと六人で昇進が可能になるんだぞ」

 

 立ち止まったノヴァの耳に男達の会話が届く。

 三人にとって青年は人ではない、帝都における昇進に必要な点数でしかない。

 そして彼らの会話の中に罪悪感が一切感じられない。

それが彼らにとって当たり前なのだろう。

 

「そう言えば一緒に逃げていた女はどうした。顔はかなり好みだったから捕まえて楽しもうと思っていたんだが……、実に残念だ」

 

「お前も本当に飽きないな」

 

「飽きる訳が無いだろ! 逆に何を楽しめばいいんだよ。男の尻を追うよりも女だろ!」

 

「否定はしませんが手荒に扱わないで下さいよ。商品価値が大きく下落してしますから」

 

「お前ら、アイツにっ!?」

 

「うるせえぞ、ガキ」

 

「そう言えばコイツも顔は悪くないな。男好きの奴にも売れそうだな」

 

「売れても二点だろ。まぁ、此処まで手間を掛けさせられたから最後まで役に立ってくれよ」

 

「処刑の時には女も同席させてやるぞ」

 

「もっとも散々使い込まれて壊れているかもしれないがな!」

 

 ゲラゲラゲラと男達の笑い声が、嗤い声が聞こえる。

 耳を貸すな、無視しろ、助ける余力は無い、諦めろ、さっさと立ち去れとノヴァの理性は絶え間なく叫んでいるが脚が動かない。

 誰も責めはしない、仕方が無かった、しょうがないと脳裏には此処から立ち去る理由が幾つも列挙されるのだ。

 後はそれを選ぶだけでいい、選んで脚を動かしてしまえばいいのだ。

 そうした短くも長い葛藤を経て漸く縫い付けられたかのように動かなかったノヴァの脚は一歩を踏み出せた。

 

 ──そしてノヴァは選んだ、理性ではなく己の心に従って部屋の中に戻って来た。

 

 先程までいた部屋の中は大きくは変わっていない、男達に囲まれていた青年は息も絶え絶えに横たわっているだけだ。

 そして部屋の中で蹲る青年を囲うように立っていた三人の男達は赤い目を持つマスクが一斉にノヴァに振り向いた。

 マスクによって顔は全て隠されているために男達がどの様な表情しているのかノヴァには分からない。

 だが三人組のマスクから漏れ出て聞こえるのは声には揃って困惑が含まれている。

 そして先程もノヴァと話したリーダーを務める男が困惑しながらも口を開いた。

 

「上級憲兵殿、何か忘れ物ですか?」

 

「ああ、そうだ。私の得意先が男を好んでいたのを思い出しだ。仕事の遅れに対する埋め合わせにソイツを献上するつもりだ」

 

 馬鹿なのか、今の自分がどれ程危険な橋を渡っているのか理解しているのか、考え無しの馬鹿なのか!

 脳裏にいる冷静で冷酷な己の理性が大声で叫んで告げる。

 全くもってその通りである。

 ノヴァ自身も理性的な反論が出来ない、まさしく隙の無い正論であった。

 

「あ、いや、ですがコイツは……」

 

「無論、君達の仕事の邪魔はしない。私から上に掛け合おう。その男の顔であれば三点は固い筈だ」

 

「三点!? 分かりました! どうぞ持って行って下さい。それと我々が車両まで運びます」

 

「大丈夫──いや、担ぐのを手伝ってもらえるか。車両の荷台まで運んでくれれば十分だ」

 

「了解です。おい、顔を傷つけない様にソイツを丁寧に運べ」

 

「了解、了解」

 

「三点はデカい、まさかガキが大化けすると思わなかったな!」

 

 ノヴァの口から出た嘘八百を信じた三人の男達の態度が一変する。

 先程までの手酷い暴力とは一転した態度で貴重な壊れ物を扱うような手際で子供を担いで部屋を出て行こうとする。

 事実、男達にとってこの瞬間に青年の物としての価値は著しく上昇したのだ。

 それに対して度重なる暴力によって抵抗する気力すら尽きた青年はされるが男達にされるがままに運ばれていくだけだ。

 その光景を横目で見ながらノヴァも部屋を出て行く男達に後を追うように部屋から出て行こうとする。

 だが廊下に出る直前でノヴァは部屋に残った三人組のリーダーを務める男から呼び止められた。

 

「上級憲兵殿、すみませんがお名前を伺ってもよろしいですか? お手数ですがデータ入力の際に我々とは別にお名前が必要なのです。 作業自体は極短時間でおわりますから」

 

 そう語る男は言葉の端々からも酷く興奮している事がノヴァにも容易く理解出来た。

 男にしてみれば大した価値にならない筈の青年が思わぬ高得点の物に化けたのだ、思わぬ幸運を前に平静を保てなかっただろう。

 そして男が口にしたデータ入力の説明も言い分もノヴァにも理解できるものであった。

 だからこそ、此処で下手に断れば怪しまれる事も理解できたノヴァは警備施設で告げたように借り物の名前を告げた。

 

「タルス・ボルコフだ」

 

 名乗りに不備はなった、発音も問題なく淀みなく滑らかに発音出来た。

 だがノヴァが借り物の名前を名乗った瞬間に目の前に立つ男の纏う雰囲気は一変した。

 既に廊下に出て青年を運んでいる二人組には聞こえなかったのか、今も廊下を歩く音が聞こえて来た。

 部屋に残ったノヴァと男との間にある雰囲気が一変しただけ。

 だが、今まで部屋の中に漂っていた楽観的な雰囲気を吹き飛ばすには十分であった。

 そして名乗った瞬間に雰囲気が変わった事から目の前にいる男はタルス・ボルコフと言う名のデブを知っている人物であるのだろう。

 つまりノヴァは名前を借りたデブの関係者に運悪く遭遇してしまったのだ。 

 

「……やっちまったな」

 

 ノヴァは小さな声で呟いた

 目の前にいる男は先程までの浮ついた雰囲気が霧散、マスクで表情は分からないが流れる様な動作で吊り下げている小銃に指を掛けていた。

 言葉ではどうしようも無い程に警戒され、部屋の中に不気味な静けさが漂う。

 

「……どうやら聞き間違えたようです」

 

 警戒しながらも口を開いた男は再びノヴァに名前を問い掛けた。

 その言葉を男はどういった心境でノヴァに問い掛けたのだろうか。

 掴んだ幸運が幻であったと認めたくないのか、或いは帝都の組織に所属にする責任からなのかノヴァには分からない。

 だが一つだけ分かる事がある、それはノヴァが間違ってはいけない場面で致命的に選択を間違えたのだ。

 

 

「もう一度お聞きしてもよろしいですか、上級憲ぺっ!?」

 

 最早下手な言い訳は通用しない、なら先手を取るしかない。

 そう考えたノヴァは懐から拳銃を取り出すと目の前に立つ男へ打ち込んだ。

 

 脳裏にある理性が大声で叫ぶ、ほれ見ろと、お前の不用意な行動で全てが台無しになったと。

 そんな冷酷冷静な理性に対してノヴァは告げた、それが出来れば生きるのに苦労していないと。

 



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出会い

 ノヴァが手に握るのは帝都で入手したオートマチック拳銃、特にこれと言った特徴は無いありふれたデザインだが人を殺すには十分な威力はある。

 リボルバーとは違う軽い音が響くと同時に吐き出された弾丸は狙い違わずに目の前に立つ男の頭蓋を貫こうと突き進んだ。

 撃たれた瞬間、ノヴァの突然の攻撃に対応出来ていない男は碌な防備を取る事が出来ていなかった。

 ノヴァが放った弾丸はノヴァと男の間にある僅かな距離を瞬く間に駆け抜ける。

 そして狙い違わず男の頭部に着弾──、だが弾丸が頭蓋の中身を撒き散らす事無くマスクに衝突した瞬間に甲高い音と火花を散らして弾かれた。

 

「9㎜弾きやがった! 見掛け倒しじゃないのかよ!」

 

 不意を突いて放った弾丸は男が付けるマスクによって防がれた。

 その事に驚きつつもノヴァは即座に弾丸の威力によってのけ反る男との間にあった僅かな距離を詰める。

 そして密着ともいえる近距離で男の腹部に拳銃を押し当てると連続で撃ち込んでいく。

 発砲の音が響くと共に撃ち出された弾丸が男のボディーアーマーに突き刺さる。

 だがゼロ距離であっても撃ち込まれた弾丸が男のボディーアーマーを貫く事はない。

 それでも弾丸が持つエネルギーは衝撃となって男の身体を突き抜ける。

 一発撃ちこむ事に聞こえる男の苦悶の声からノヴァは開き直って拳銃は打撃武器として運用する。

 貫通が出来なくなった代わりに身体を苛む打撃と化した弾丸は弾倉が尽きるまで吐き出され男を苦しめる。

 そして苦痛に耐えきれなくなった男が片膝を着き態勢を崩した瞬間に合わせて腹部に押し当てた拳銃を男の首元に突き付ける。

 マスクにもボディーアーマーにも覆われていない柔らかい首元へノヴァは弾倉の中に残った弾丸を全て吐き出そうと引き金に指を掛ける。

 

「誰だ、お前!」

 

 だがノヴァが引き金を引くよりも早く廊下に出ていた筈の二人が引き返して来た。

 視線だけを向ければ二人は少年を抱えていなかった、部屋に戻って来る際に放り出してきたのだろう。

 そして二人は部屋の中を見るなり仲間がノヴァに撃たれて首元に拳銃を押し当てられている現場を目撃した。

 もはや言葉は必要ない。

 二人はノヴァが敵だと即座に判断すると吊り下げていた小銃を急いで構え、容赦なく撃ち始めた。

 自分達が身に着ける装備を信用しているのか射線に仲間を巻き込んでいる筈なのに二人にはノヴァを仲間諸共撃つ事に躊躇いはない。

 だがノヴァは小銃が撃ち出される前に膝を着いた男の後ろに回り込む。

 男の背中にあるベルトを握り締めると無理矢理立たせると小銃から吐き出される弾丸の盾として後ろに隠れた。

 その直後に小銃から吐き出された弾丸が盾となった男の身体に火花と甲高い音を立てながら弾かれた。

 

「あああぁっぁぁぁああ?!?!?」

 

 防具に覆われている部分は弾丸を弾いたが、そうでない箇所には弾丸が容赦なく突き刺さり盾となった男が絶叫を上げる。

 仲間の悲鳴は銃を撃つ二人を動揺させ、ほんの短い間だが銃撃の手を止めた。

 その隙にノヴァは男を盾にしながらもベルトから手を離して吊り下がったままの小銃を握り不安定な姿勢でありながら男達に狙いを定めて指切り射撃を行う。

 片腕であり障害物越の射撃は万全の状態であれば兎も角、隻腕での射撃は困難を極め、ノヴァに小銃の反動を制御する事が出来なかった。

 狙ったはずの弾丸は壁や床などの見当違いの場所に飛んでいき命中率は著しく低い。

 故にノヴァは重たい装備を付けた成人男性一人を右肩で押し出し銃撃を続けながら距離を詰める事にした。

 近付けば当たる、そんな単純な理論に従って小さな部屋の中で男達の銃撃が交わされる。

 それでも放たれた銃弾が装備によって弾かれる事は、この場にいる誰もが理解している。

 防具越しに衝撃を感じながら男達は撃ち続ける。

 そしてノヴァと男達の小銃が同時に弾切れになった瞬間に三人は大きく動いた。

 

 男達は弾丸尽きた小銃から手を離すと懐からナイフを取り出してノヴァに駆け寄る。

 ナイフの刃渡りは長く銃撃では埒が明かないと考えた二人は銃撃ではなく近接格闘でノヴァは殺そうと近寄って来る。

 

「クソ、お前は誰だよ!」

 

 二人の内の片割れが大声で悪態を吐き出すが、ノヴァは相手にはせずに懐から取り出したのはリボルバーを構え撃った。

 9㎜とは違う腹の底に響く重く大きな銃声が部屋に響く、ノヴァ謹製の特別製弾丸は男達の防具に弾かれる事はなく装甲を貫いた。

 

 ──だが威力に相応しい反動はノヴァの片腕では抑えきれなかった。

 

「がっ!?!?」

 

 銃を握ったノヴァの右腕をリボルバーの反動が襲う。

 医療ポットによって急速に修復した右腕の骨であるが外見とは全く違い細かな骨の定着はまだなのだろう。

 リボルバーによる激しい反動によって右腕の骨が軋み鳴き、燃える様な激痛をノヴァに齎した。

 だからノヴァはリボルバーで2発目を放つことが出来ず、撃ち残した一人が接近する事を許してしまった。

 男は何も言わずにナイフを振り下ろしてくる。

 受ければ身体の奥深くまで食い込む致命の一撃をノヴァは前方に転がって避けると同時に盾にしていた男の腰から引き抜いた拳銃を発砲する。

 リボルバー程ではないが痛みを伴う反動が右腕を襲うが歯を食いしばって耐える。

 だが幾ら拳銃を撃ち込もうと男の装備を拳銃弾で貫く事は出来ず甲高い音を立てて弾かれるだけだ。

 それでも銃撃は男の脚を止める事に成功し、加えてノヴァはナイフを避ける際に男との立ち位置を入れ替えた事で廊下側にいた。

 そしてノヴァは銃撃を続けながら立ち上がり弾倉が尽きるタイミングに合わせて助走を付けた蹴りを立ち止まった男に叩き込んだ。

 

「オラァアアアッ!!」

 

「そんなもんが効くわけっ!?!?」

 

 既にノヴァと男達に銃撃によって壁や床には多くの銃弾が撃ち込まれていた。

 その中でもノヴァの背後の壁は二人分の小銃弾が大量に撃ち込まれ酷く脆くなっていた。

 其処にノヴァの跳び蹴りを食らった男が壁に凭れ掛かかれば諸々の装備込みで加重された成人男性の重量を脆くなった壁が支える事が出来ずに容易く崩れてしまった。 

 まさか寄り掛かった壁が崩れるとは想像できなかったのか男は崩壊する壁に巻き込まれ階下に落ちて行く。

 瓦礫が落下する音に混じって鈍い音が何度も響いた。

 ノヴァが崩落した壁から下を覗けば碌な受け身を取れなかった男は真っ赤な血だまりの中で大の字に地面に叩きつけられていた。

 ノヴァは戦闘が終わったと判断出来ると大きなため息を吐き身体を落ち着かせる。

 そして息が整うと耐え切れずに愚痴を零した。

 

「ああ、クソ! デブの顔見知りとか分かるか!」

 

 可能性はあった、だがデブの関係者に帝都で遭遇するとはノヴァも思っていなかった。

 そして一連の戦闘を通じて装備と片腕を失った自分が如何に弱体化しているのかを改めて理解させられた。

 元から脱出に際して可能な限り戦闘を避けるつもりであったが、それ以前の問題である。

 右腕が骨折している様子は無く、骨は無事ではあるが銃の反動によって未だに痛みと共に軋みを挙げている。

 有効打を与えられるのがリボルバーだけであるが現状だと全く使えないと思った方が良いだろう。

 思い出しても心臓に悪かった戦闘を終えてノヴァは戦闘結果を振り返ると張り詰めていた緊張を解いた。

 

 ──だが予想以上に疲労していたのかノヴァは後ろから聞こえる身動ぎに対しての行動が一拍遅れた。

 

 気が付いてノヴァが振り返った時には既に遅かった。

 何者かがノヴァに馬乗りになると同時に両手でノヴァの首を絞め始めた。

 

「あ、あ、死んで、な!?!?」

 

 ノヴァに馬乗りをして首を絞めているのは銃撃の盾にしていた男であり息切れ激しく身体中から血を流していた。

 だが半分壊れたマスクから覗く両目は違った。

 半分死んだような目をしていながら隠せない程の殺意が溢れている。

 

「ええ、そうでしょう。止めを刺して置くべきでしたね!!」

 

「あっ!?!?」

 

 男がノヴァの首を更に締め上げる、その両手を外そうとするが隻腕では足りない。

 血を流し過ぎたせいか男の力は強くは無いが、それでもマウントポジションを取られた隻腕のノヴァには男を振り解く力と手数が足りなかった。

 そして勝利を確信したのか男は引き攣った笑い声を響かせながらノヴァの首を絞める。

 

「ひひっ、ひひ、貴方が、何者なのかは殺してから探ります。だから死ね、死んで下さいよ、さっさと死──」

 

 ──だが男の言葉は其処から先は続かなった。

 

 轟音と共に男の頭部が上半分から吹き飛び、身体を動かす信号が途絶えた男は頭蓋が吹き飛んだ方向に釣られるように横倒しになった。

 馬乗りになった男の身体を脚で蹴飛ばしたノヴァは上半身を起こすと轟音が聞こえた方を見た。

 其処にはノヴァのリボルバーを持つ青年がいた。

 銃口から煙が出ている事から戦闘の最中に落としたリボルバーを拾った彼がノヴァを助けたのだろう。

 

「はぁ、はぁ、助けるつもりが助けられるとは……。何とも情けない結果だな。だけど、お前のお陰で助かった、ありがとう」

 

 ノヴァは一先ず青年に対して礼を言う。

 だが礼を言われた青年はノヴァの言った事が理解出来ないのかリボルバーを両手で握ったまま疑問符を浮かべ続けていた。

 だが今のノヴァにはこれ以上少年に構っている時間は無かった。

 ノヴァは息を整えると立ち上がり、死んだ男達から使えそうなものを漁り終えると部屋から出て行こうした。

 

「お前も此処から早く逃げた方がいい。その銃は餞別だ」

 

 ノヴァは最初、少年からリボルバーを回収しようと思ったが辞めた。

 武器としてリボルバーは破格の威力を持つが現状のノヴァには強すぎる反動で使えない。回収しても重りしかならないのであれば不必要である。

 それに捨てるよりも現状から考えて少年に譲渡する方が武器も浮かばれるとノヴァは考えた。

 そしてノヴァは呆然とする青年に一声掛け終えると部屋から躊躇う事無く出て行こうと脚を踏み出した。

 

「……待てよ」

 

 だが青年は横を通り過ぎて行こうとしたノヴァを小さな声で引き留めた。

 それと同時にリボルバーの弾倉が回転する音が響き、いやな予感と共にノヴァが振り向けばリボルバーの銃口が向けられていた。

 

「一体何のつもりだ」

 

「あんた、こいつ等の仲間じゃないのか? ならどうして、なんでだよ!」

 

 最初は小さな声であったが青年の声は次第に大きくなっていき、最後には叫びと化していた。

 青年の叫びとしか聞こえない質問に対してノヴァは銃口を突き付けられながらも本心を隠す事無く告げた。

 

「自分の為だ。お前を見捨てて後味が悪くなるのを防ぎたかっただけだ」

 

「なんだよ、それ」

 

「理解しなくていい。されるとも思っていない。もう一度言うが、お前も早く此処から逃げるのを勧める」

 

 そう言ってノヴァは青年の方を向きながら離れようとした。

 だが青年はそれを止めるかのようにリボルバーを突き出すのを見てノヴァは脚を止めるしかなかった。

 引き金に指は掛かっており青年がその気になれば何時でもノヴァを撃てる状態である。

 ノヴァは下手に刺激を与えない様に現状を慎重に口を開く。

 

「さっきも言ったが君も早く此処から離れないと捕まるぞ。これは脅しじゃない、君達革命家の行動は帝都の連中には筒抜けた」

 

「だめだ、それは出来ない。皆を助けないと」

 

 ノヴァの口調とは正反対に青年は切羽詰まったような声を出した。

 圧倒的に有利な立場でありながら青年の心理状態を表しているかのように向けられた銃口が遠目でも分かる程に震えている。

 

「悪いが俺は力になれない。俺はさっきの戦闘でも下手をすれば殺されていた程弱いぞ」

 

「だけど、だけど!!」

 

「お前の境遇は知らない。だが俺に出来るのは此処までだ」

 

 聞き分けが無い子供の様に振舞う青年に対してノヴァははっきりと告げる。

 それは青年の求める答えではなかったがノヴァに向けられた銃口は少しずつ下がり、最後には地面に落ちた。

 

「そんな、それじゃ……」

 

 構えた銃を落とし、顔を俯かせて青年は小さな涙声を絞り出す。

 その光景を見てしまったノヴァの心は傷み、だが有効な術を持たない以上下手な慰めは酷だと自分に言い聞かせる

 

「……悪いな」

 

 小さく、まるで自分に言い聞かせるようにノヴァは呟いた。

 そして青年を視界から外して動き出す。

 先程の戦闘の結果、一先ず車両の確保に加えて男達から複数のカードを奪った。

 後はこれらを利用して車両以外にも男達の権限で使えそうな物がないか一通り調べる必要があるだろう。

 それを調べるためにノヴァは歩きながら端末を取り出し──、直後に脚を掴まれた。

 勢いのまま倒れそうになった身体を持ち直すとノヴァは語気を強めて青年に告げた。

 

「言ったはずだ。俺は!」

 

「行かないでくれ、皆が、皆が!!」

 

 振り返らずとも誰が脚を握っているかは分かる

 そして、これ以上出来る事は本当に何もないのだとノヴァは青年に言い聞かせる。

 

「だから力になれないと言っている!」

 

「だけど戦う以外でなら! アンタが端末を使うのを見た!」

 

「だとしても帝都の連中は端末一個で出し抜ける相手じゃない! それはお前達が一番分かっているだろう!!」

 

 ノヴァの脚を掴んだ青年の力は強く、何処にこんな力があったのか振り解こうとしても頑なに離さない。

 そして青年は自分が助かったのは単純に運が良かっただけだと理解している。

 

「分かっている! だけど、仲間が、家族が捕まっている!」

 

「お前一人だけだ! 今、この場にいたから運よくお前は助かっただけだ! 武器も装備も何もない俺にはコレが限界なんだ!!」

 

「ある! 武器も装備もある!! 俺達の隠れ家の一つ、其処で組み上げていた物がある! 俺には使えないけど、アンタなら使える筈だ!」

 

 だが、もう後がないほど追い詰められた時に現れたのがノヴァである。

 どんな人間が全く分からない、それでも僅かな可能性を逃さ無い様に青年は必死になったノヴァの脚に縋りついているのだ。

 それを感じていながらノヴァは必死に振り解こうとする。

 助けたい気持ちある、それは紛れもない事実である。

 だが思いだけでは足りない、実現できるだけ力が無ければ全ては絵空事に過ぎない。

 そして今のノヴァには力が決定的に足りないのだ

 

「だとしても力を貸す訳が無いだろ! 俺も自分の事で精一杯だ! お前を助けただけで限界だよ!」

 

「嫌だ! 離さない! 絶対に離すもんか!!」

 

 だがノヴァも考えを青年が知る訳もなく二人は廃墟の中で押し問答を繰り返し──、先に根を上げたのはノヴァだった。

 

「ああクソ! なら隠れ家に連れていけ! 其処にあるモノを見てから判断する! だから離せ!」

 

 此処で無駄に時間を消耗するのを避ける為、少年に諦めさせるためにノヴァは脚にしがみつく少年に対して苛立ちながら告げた。

 



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契約

 青年の泣き落としに負けたノヴァは不本意ながら青年に連れられて帝都の下町を走っていた。

 街灯が疎らに灯された薄暗い道には脚を踏み入れたくなかったが悠長な事を言っていられる状況でもなくノヴァは観念して帝都の下町に脚を踏み入れた。

 帝都の中心から離れる程に整っていた街並みは変わっていき、視界に映るのは瓦礫と化した廃墟が多くなり形を留めている建物が少なくなっていく。

 そして代わりに廃材で作ったような粗末な建物が多くなっていき街並みの雰囲気はあっという間に様変わりした。

 

「……変わり過ぎだろ。此処は貧民街か?」

 

「そうだよ。僕達は此処で生まれたんだ」

 

 道案内役として先頭を走る荷物を背負った青年がノヴァの質問に答える。

 実際に貧民街の手前まで奪った車両で移動して降りてから青年は迷路の様な貧民街を迷う事無く進んでいる。

 その迷いのない足取りから此処は青年の地元なのは間違いないだろう。

 それからノヴァは青年の後を付いて行き幾つものバリケードや隠し通路を超えた先にあった一つの建物の前で二人の脚は止まった。

 建物は上半分が倒壊しており貧民街にあっても特に目立たないものである。

 そんな建物の中に青年は踏み入り、ノヴァも渋々後に続いて入ると内部も外側と同じように荒れ果てていた。

 だが青年の脚は止まる事なく奥へと進み、瓦礫の中に紛れる様に巧妙に隠蔽された扉を開けるとノヴァを招き入れた。

 そしてノヴァは招き入れられた部屋の中を見て素直に驚いた。

 

「……凄いな、何処から集めて来た?」

 

「仲間達と少しずつ廃棄施設から使えそうな物を集めて来た。だけど此処で皆のサポートをするはずだった仲間が真っ先に捕まって誰にも使われていない」

 

 部屋の中には埃を被った大量のコンピューター機材が所狭しに並べられていた。

 ノヴァはその中の一つを手に取って軽く調べてみるが機材の形式は古く外装には塗装を塗り重ねた痕跡が幾つもあった。

 中身に関して言えば実際に稼働をさせて見なければ分からないが手に取った感触の限りでは悪くない。

 正直期待していなかっただけにノヴァは部屋に集められた大量の機材と、それらを組み合わせて作られた設備を見て素直に感心した。

 だが組み上げられた設備には電源が入っていないため稼働音を響かせる事無く静かに部屋の中で佇んでいるだけだ。

 軽く調べた限りでも問題は無かったのでノヴァは設備の電源を入れようとした。

 だが電源ボタンを押す直前で引っ掛かるものを感じたノヴァは小さな疑問を解消するために部屋の中にいる青年に問いかけた。

 

「これほどの設備を構築出来る仲間が捕まったのか? 護衛は付いていなかったのか、重要人物だぞ?」

 

 帝都の日々の暮らしや生活は全く知らないノヴァであるが部屋の中に集められた機材は一日やそこらで収集できるものではない。

 そして集めた機材で作り上げられたのは装置を見れば構築した青年の仲間は技術者として優れている事は疑う余地もない。

 そんな重要な人物が容易く捕まったのがノヴァには不思議でならなかった。

 

「そんな事は言われずとも分かっている! ……だけど、気が付けば皆捕まった」

 

 だが青年の口から出て来たのは重苦しい言葉だけ、口調からして相応の護衛も付けていたようだが彼らでは帝都から仲間を守りきる事が出来なかったのだろう。

 だが青年が答えてくれたお陰で分かった事がある。

 まず高確率で設備を動かす役目を持った人物が優先的に狙われていた、逆に言えば帝都の連中はそれだけこの部屋を危険視していた可能性がある。

 だが危険視するのであれば部屋にある設備が今迄放置されているのは不自然である。

 跡形もなく破壊すれば革命家達へのサポートは不可能になるのに放置している、その理由は放置しまままの方が利用出来ると向こうが考えているからに他ならない。

 

「……何かしら仕掛けられている可能性があるな」

 

 ノヴァは電源に伸ばした指を引き戻すと部屋の中にある装置を大掛かりに調べ始める。

 そして設備と外部を繋ぐ回線を見つけ次第引き抜いていき帝都のネットワークから装置を孤立させてから電源を入れるとハッキングツールを兼ねた端末を接続した。

 

「何をしているんだ?」

 

「此処にある機材が汚染されていないか調べている、少し待て」

 

 帝都のシステムから完全に接続を断たれた設備が立ち上がるにつれてノヴァの持つ端末には様々な情報が表示されていく。

 それらを端末に表示される数値とデータを見ながらノヴァは部屋の中にある装置の調査に取り掛かった。

 

「帝国のOSは……連邦の物と基本は変わらない。独自仕様ではなく言語設定だけが違うが全体として古い。時間が無いからシステム自体のバージョンアップはしない方針でファイルの限定的な更新に留めるしかないか。……ん、これは……うわ、ウイルス汚染あり、こっちはバックドアか? 情報が筒抜けならあっけなく捕まったのも理解できる」

 

 部屋に入った時とは違い苦虫を嚙み潰したような顔をしながらノヴァは端末に写された情報を読み取る。

 ザルなセキュリティを始めとしてウイルスに汚染されたファイルにバックドアが大量に仕込まれた穴だらけのシステム、データ改ざん等がてんこ盛りあるのが装置の中身であった。 

 この様な状態で下手に外部と接続して動かせば中に容易く侵入され際限なく情報を吸い上げられるのは確定、味方を助けるどころか敵に情報提供している有様である。

 そして過去の通信ログを解析したことで部屋にある設備から情報を吸い上げているのは帝都の連中である事が判明した。

 

「もしかして帝都の連中が革命家相手に事前に仕込んだ代物? だけどウイルスもバックドアも一応隠蔽されているから知らずの内に感染された? ……裏切り者、それとも不良品を掴まされた? いや、もしかしたら帝都で流通している電子機器全てにスパイウェアが仕込まれた上で流通しているのか?」

 

 何はともあれ、一連の調査によって判明したのは青年が使えるといった設備は全く利用出来ないばかりか、汚染されつくし稼働させるだけで情報が筒抜けになる程に危険な設備であった。

 正気の人間であるのなら部屋の中にある機材は全て使い物にならないと判断して処分するしかないだろう。

 

 だが機材を入れ替える時間も当てもないノヴァは違った。

 散々な結果を示した汚染された装置に向き直るとカバーを外して露になった端子に端末を繋げ操作を始める。

 

「ウイルス定義更新、バックドアのあるシステムを隔離、システム再構築、デフラグ実行、内部システムを再結合、外部接続機器との接続診断、問題個所の初期化、システム全体の再起動を開始」

 

 壊れたなら直せばいい、汚染されたのなら洗浄すればいい。

 配線を組み替え、部品を取り外し、ファイルを更新し、即席のプログラムを組み込む。

 一連の作業は今までノヴァがしてきた事と何一つ変わらないものであり、ハードもソフトも今迄制作してきたものに比べれば玩具も同然である。

 そして一通りの作業を終えたノヴァは設備を再起動させ動作確認を通して問題が無い事を確認してから再び回線を繋いだ。

 すると今迄沈黙していた設備は稼働音を響かせ何も映さなかったモニターには帝都中に配置された監視カメラの映像が映し出された。

 

「……動いた」

 

「動いただけだ。これからシステム全体の点検を行う、時間が無いから幾つかの手順は飛ばすが問題は無い筈だ」

 

「すごい、これなら──」

 

「喜んでいる所悪いが、俺はお前を助けるとは言っていないぞ」

 

 ノヴァの後ろで作業を見ているしかなかった青年は動き出した設備を見て無意識に顔を綻ばせ──、しかしノヴァの一言で表情を凍らせた。

 対するノヴァは片手に持った端末と設備を交互に見ながら稼働させたシステムに問題が無いか調べ続けており青年がどの様な表情をしているのかは分からない。

 そして青年が何かを言う前に先んじてノヴァは口を開いた。

 

「いいか、よく聞け。本来であれば此処に座っていた人物は帝都の連中が真っ先に捕まえる程に危険視されている。それだけ奴らは此処を危険視している。そんな危険な場所にお前は俺を連れてきて設備を動かして力を貸せと言う。普通に考えれば如何に危険か分かるか? 時間が無いから単刀直入に言うぞ。俺の力を借りたいのなら相応の対価を支払え。タダ働きは絶対にしない」

 

 背年はノヴァに対して何かを言おうとしたが言葉が出て来ない。

 ノヴァが言っている事が正しいと理解出来てしまったのもあるが、無意識にノヴァが力を貸してくれる事を前提にしていた事に青年は気付かされた。

 それが如何に自分の都合良い考えであるか、

 

「配給券なら隠しているのが幾つかある。足りなければ集めて──」

 

「そんなものは必要としていない。隠さずに言うが帝都に在る物や人を俺は必要としていない」

 

「それじゃあ、対価として何を差し出せばいいんだ! 今も仲間達が大勢捕まっている、時間はない──」

 

「口うるさく叫ぶだけなら取引はしない、泣き落としをするなら今度は顔面を蹴り飛ばす。支払うつもりが無いのであれば一人で勝ち目のない無謀な戦いに挑めばいい。君がそれで死のうと俺にはもう関係の無い事だ」

 

 そう言ってノヴァは部屋にあるモニターの一つを操作して青年に映像を見せる。

 其処に映っていたのは現在進行中のゲームの模様が簡易的に表示された図であり数の少ない青いアイコンで表された革命家達が帝都中に散らばっていた。

 そして大量の赤いアイコンで表された帝都の人間達が青いアイコンを追い立てる様に追跡している。

 簡略化された結果、一目で自分達革命家がどの様な状況であるのかを理解させられた青年は両手を強く握った。

 

「これが君たちの現状だ。君の仲間達だがデータを見る限りでは捕まった人達は生きている。青いアイコンが集められた場所、今は帝都の中央付近にある施設に捕まった人達は集められているが──」

 

「其処は処刑場だ」

 

「場所について心当たりはあるようだな。言っておくが無償の善意は品切れになったと思ってくれ。そして断るという選択肢も君にはあるが、それを選べば俺は君の仲間を助ける手伝いはしない。此処で君とはサヨナラだ」

 

 帝都で行われている悪趣味なゲーム、それはノヴァの感性にしてみれば到底受け入れられない吐き気を催す邪悪な行いである。

 そんなゲームに巻き込まれた人々を出来れば助けたい、或いはゲーム其の物を中断させたいとノヴァも思ってはいる。

 だがそれが出来る時間も力も現在のノヴァは持ち合わせていない。

 今はまだ動きを検知していないが遠からずエドゥアルドに追われる立場を考えれば自分の命さえ守れるか分からない。

 正直に言えば、これ以上他人を助ける余力はノヴァには無いのだ。

 

「……アンタは僕に何をさせるつもりなんだ」

 

「端的に言えばこの施設を襲撃してもらう。それが君達を助ける条件だ」

 

 青年の問いに対してノヴァは部屋にあった数ある端末の一つを渡す。

 青年が受け取った端末の画面には何処かの施設と多くの武装した職員が警備を行っている姿が映っていた。

 

「ふざけているのか。此処は貴族の縄張りだ、兵隊も沢山いるんだぞ!」

 

「至って真面目だよ」

 

 配給券でもなければ人でもない、目の前にいるノヴァが対価として青年に求めたのは帝都において厳重な警備が施されている場所への襲撃である。

 端末に映っているのは下町に生きる者達が決して近寄らない貴族の縄張りであり、青年はノヴァが自分を何処に襲撃させようとしているのか理解して声を荒げた。

 

「勘違いをしているようだが施設を占拠する必要はない。君達は派手に施設に襲撃を仕掛けるだけでいい。それから先はこっちで如何にかする」

 

 施設への襲撃はノヴァが帝都脱出の最有力候補として考えている交易車両を保管する施設から警備を引きはがす為である。

 一人では困難であるが青年を含めた革命家達が纏まった数で襲撃を仕掛ければ厳重な警備を引き付ける囮として活用出来るのではないかとノヴァは考えた。

 

「もう一度言う。この提案を呑まないのであれば俺は此処から去る。脅迫も情に訴えるのもなしだ。そして、これは契約だ。君が約束を守る限り俺は君に協力をする。本来であれば時間を掛けて悩む事だが時間が無い、今この場で決めてくれ」

 

 それはノヴァからの最後通告である事を青年は声音から察した。

 青年が提案を断るのであればノヴァは今すぐ此処から出て行き施設に潜入する別の方法を探すだけであり、対する青年は提案を断れば現状を打開できる可能性を取りこぼし一人で勝算の無い戦いに挑むしかなくなる。

 青年が選べる選択肢は実質的には一つしかない、だが大事なのは自分で選ばせることにあると考えたノヴァは青年に短くとも考えさせた。

 対する青年も言いたい事は沢山あったが現状を打開するにはノヴァの提案を呑むしかない事は分かりきっていた。

 だからこそ一呼吸だけ大きく深呼吸を行ってから青年はノヴァに向き直り口を開いた。

 

「……分かった、契約を結ぶ」

 

「俺は君をサポートして仲間を助けるのを手伝う。君はある程度の仲間を助け終えたら俺が指定する施設に攻撃を仕掛ける。異存はないな」

 

「勿論だ」

 

「よし、契約は結ばれた。まず手始めに君が探している女性を見つけよう。帝都のシステムに入って探す」

 

「出来るのか、そんな事が!」

 

「出来る、少しだけ待て。……よし、先ずは其の一覧表の中から探してくれ」

 

 昂る青年の気持ちとは正反対に冷静なノヴァは自前の端末と設備を用いて帝都のシステムに侵入する。

 端末一つだけの時とは違い設備の能力を加えた事で増した処理能力を駆使する事でノヴァは目当ての情報を容易に引き出した。

 そして帝都が把握している革命家達の一覧表を青年の持つ端末に表示した。

 青年は端末に表示された一覧を素早く目を通していき、その最中に画像をスクロールさせる指が止まった。

 

「いた、この子だ!」

 

「彼女で間違いないか?」

 

「そうだ」

 

 青年が示した画像を基にしてノヴァは素早く検索を行った。

 そして十秒も掛からずに青年が探している女性の所在地が明らかになった。

 

「悪いが捕まっているようだね。既に施設に移送されている」

 

「クソ!」

 

「だけどまだ殺されていない。捕まった時の映像を見る限りでは乱暴はされていない様だ。商品価値が下がるのを嫌ったかもしれないが救出の可能性はあるぞ」

 

 青年が探している女性は捕まった革命家達と同じように帝都中央にある施設に集められていた。

 だがより詳しく分析を行えば他の革命家達とは違い施設のより奥深くに女性ばかりが集められていた。

 それが何を意味するのか理解した青年は踵を返して部屋を出て行こうとした。

 

「今向かっても君一人じゃ辿り着けない、犬死だぞ」

 

 だがノヴァの一言によって青年は脚を止められた。

 

「分かっている、でも今すぐ行かないと──」

 

「はい、ストップ。敵は沢山いて君一人でどうにかできる相手じゃない」

 

「だけど此処にいるのは僕一人だけだ」

 

「だから先ずは仲間を増やす。君達にやってもらいたい事があると言ったはずだ。それに一人で襲撃を掛けるより成功率は高くなるぞ」

 

 そう言ってノヴァは部屋にあった別のモニターに新たな映像を映す。

 其処には今も赤いアイコンに追われている青いアイコンが幾つも映し出されている。

 

「これを見ろ。画面には今も逃げている君の仲間が映っている。最初に君にしてもらう事は彼らを助けて仲間を作ると同時に武装させる事だ。これが第一段階」

 

 青いアイコンを追跡している赤いアイコンの後ろから緑のアイコンが出てきて衝突、赤いアイコンが消え追われていた青いアイコンが緑になる。

 他のアイコンも同じように緑色になり次々と数が増えていく。

 

「回収した仲間はシステム上で捕獲済みと偽装する。だがそれはデータ上の偽装に過ぎないから仲間達には帝都の連中の振りをしてもらう。君も三人組から剥ぎ取った衣装と装備を身に着けて行動する様に。武装に関しては奪った物に加えて上級憲兵の権限で偽装指令を出しておくから何処かの警備施設から供出させる。君達は武器を扱えるか?」

 

「あ、ああ、銃程度なら問題ない」

 

「なら結構。ある程度人が集まったら君達は施設に襲撃を仕掛ける、これが第二段階。その際には此方でも混乱を助長させる様な嫌がらせを行うから追跡は気にしなくていい。それが終わったら君が言っていた処刑場へ仲間たちと共に殴り込みを掛ければいい、これが第三段階。無策のまま一人で突入するよりも成功率は高い筈だ。此処までの話で質問はあるか?」

 

「一緒に行かないのか?」

 

「悪いが隻腕での戦闘は無理だ。だから此処に残って陰ながら君をサポートするよ」

 

「移動手段は、外に止めてある車両を使うのか?」

 

「あれは俺が逃走するのに使うから駄目だ。代わりの車両を誘き寄せるから乗っている奴を倒して奪えばいい。自動運転を使える様にしておくから心配はいらないよ」

 

「……あんたは貴族に恨みでもあるのか」

 

「帝都の連中に恨みは……あると言えばあるが今回は違う。俺は此処から逃げ出したいだけだよ」

 

 それを最後にノヴァに対する青年からの質問は終わった。

 それから必要な事を話し終えた二人はそれぞれがするべき事の為に行動を開始した。



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さよなら

 青年に連れられ来た薄暗い隠し部屋を備え付けられたモニターが照らす。

 帝都の下町に数多くある廃墟の一つ、その中に隠れるように作られた部屋の中でノヴァは隻腕でありながら機敏にコンソールを操作していた。

 ノヴァの最終的な目的は帝都からの脱出であり、その為にノヴァは逃走中に遭遇した青年との間に一つの契約を結んだ。

 それは帝都における青年の活動をノヴァがサポートして可能な限り多くの革命家達を救出することである。

 

 その第一段階として青年とノヴァは捕獲された革命家達が乗る車両を襲撃、救出された革命家達を仲間に加え武装を強化しようと動いた。

 そしてある程度集団が大きくなった段階でサポートは打ち切り青年はノヴァの脱出に協力する。

 具体的には青年達はノヴァが指定する施設に対して陽動を目的とした襲撃を行い、警備が薄くなった施設にノヴァが侵入する。

 それがノヴァと青年が結んだ契約の全貌でありノヴァの帝都脱出計画の概要である。

 

 そして二人が動いた結果は正直言って芳しくはなかった。

 

「順調……とは流石にいかないか」

 

 敵車両の誘導、監視カメラ映像の改竄、敵味方認識の書き換え、命令書の偽造、敵の誘導し孤立させる、などの幅広い分野でノヴァは青年を陰からサポートをしてきた。

 そして青年も怯えがらもノヴァの指示に従って動いた事で多くの輸送車両を襲撃、移送中にあった多くの革命家達を開放した。

 だが二人が助けた革命家達の中で青年と同じ仲間になってくれた者は多くはいなかった。

 

「47人救助、その内仲間に加入したのは14人か。正直に言えばもう少し増えて欲しかったが諦めるしかないか」

 

 青年が帝都の人間、彼らがハンターと呼ぶ敵から救助した仲間の数は47人。

 処刑までの残り僅かな時間で助ける事が出来た人数として見れば多いのだろう。

 だがノヴァの青年の目的は助けた革命家を仲間にしてハンターに対抗可能な即席の武装集団を作る事である。

 その為に移送中であった革命家を助けたのだが仲間になったのは僅か14人、救助した人数の半分を下回った。

 仲間にならなかった革命家達は青年が止める間もなく救助されるや否や軽く礼をするだけで再度、帝都の暗闇に紛れて行った。

 そのような光景を何度も目にしたノヴァだが助けられた革命家達の気持ちもある程度は想像できる。

 何しろノヴァと青年が企んでいる事は強大な帝都に対して反旗を翻し、逆に襲撃を仕掛けて捕らわれた仲間を助ける気でいるのだ。

 帝都に対して積年の恨みを積み重ね続けた人なら喜んでノヴァの計画に賛同するだろうがそれ以外の、戦う気が軒並み帝都によって折られた人々にしてみれば強大な敵に極少数で襲撃を仕掛ける無謀なものにしか見えない。

 助けられた事に関しては感謝しているが、襲撃は別だと考えていても仕方ないだろう。

 運に恵まれて拾った命を再び危険に晒したくないと思うのは当然。

 だからこそ、仲間になってくれた14人には素直に感謝するべきなのだろう。

 

 そうした経緯もあり、青年を含め数は少ないながらも捕らわれた仲間を助ける為に集った革命家達15人はノヴァのサポートによって可能な限りの強化を施された。

 殺したハンターの装備を奪い、纏う事で革命家と認識されない様にすると共にノヴァがシステム上ではハンターであると敵が認識する様に書き換えた。

 近くにある警備施設からは偽の命令を発行して怪しまれながらも武器を徴収、その際に彼らには賄賂として帝都の上層部で使われる電子マネーを気前よく振り込んだ。

 集めた武器は鹵獲した車両に詰め込み、車両のシステムも上書きする事で青年達が自由に操作出来るようにした。

 迫りくる時間に追われながらもノヴァは懸命にサポートを行い仲間になった14人も最後には信用したのか指示に従って精力的に動いてくれた。

 そして可能な限りのサポートを終えたノヴァは隠し部屋から外の廃墟へ出ると近くで待っていた青年が乗る車両に乗り込んで移動を開始した。

 

「君との契約に従って可能な限りのサポートは行った。今度は君の番だが準備は出来ているのか?」

 

「出来ている、仲間は既に配置に付いて後は連絡を待つだけだ」

 

 ノヴァの問い掛けに対して青年は迷いなく答えた。

 可能であればもう少し人数を増やしてから行動を起こしたかったが青年もノヴァにも時間的余裕は残されておらず、処刑までの時間を考えれば現状のまま計画を進めるしかなかった。

 また革命家達の処刑とは別にノヴァも帝都ではなくエドゥアルドに追跡される身である為、長く留まる事は出来ず、いずれにしても動くしかなかった。

 それでも帝都に誘拐した張本人であるエドゥアルドへの工作は革命家達のサポートと並行して行ってきた。

 具体的には治療ポットから抜け出したと気付かれない様にノヴァは病院にいた老人のアカウントを使って今も治療継続中とエドゥアルドに偽装連絡を定期的に入れている。

 だが万全とは言えず、エドゥアルドがもし通信に異常を感じて直に病院に乗り込まれてしまえばノヴァが病院から脱走した事は簡単に判明してしまう。

 無論ノヴァもそうならない様に監視カメラには治療ポットの中にいた時の映像を流し続ける等の小細工も施してはいるが安心は出来ない。

 だからこそ青年達の都合に合わせる形でノヴァも帝都脱出計画を開始させたのだ。

 

 そしてノヴァ青年の計画は第二段階に進み、二人の乗った車両は貴族達のお抱えの交易施設に向かっていた。

 

「なぁ、アンタが良ければ──」

 

「帝都に残り続けるのは不可能だ」

 

 それは取り付く島もない明確な拒絶である。

 合わせてノヴァは青年が何かを言い切る前に口を開き有無を言わせない勢いでその理由を語る。

 

「言っておくが俺は追われている、お前達に加わればハンター共とは比較にならない相手と戦う事になる。最悪の場合、俺以外が皆殺しにされてもおかしくない。そんな相手と戦い続ける事がお前達に出来るのか?」

 

 最初こそ革命家達も青年と同じように通信機を通してサポートするだけのノヴァに対して不信感を抱いていた。

 だが戦闘や物資補給におけるノヴァのサポートを受けて考えを改めた者も多く、サポートを切り上げる終盤辺りになってからは勧誘の言葉が引っ切り無しに聞こえて来た。

 ノヴァのサポートによってある程度の武装を整えることが出来たが基本的に革命家達の数は少ない、それで彼らが帝都と一戦交えるのは掛け値なしに危険な行為である。

 だからこそ革命家達はノヴァの的確なサポートを必要とし、勧誘の言葉を言い続けた来たがノヴァの口から出て来た言葉は拒絶しかなかった。

 そして作戦が第二段階に至った現在、最後の勧誘機会となった車両の中でもノヴァは青年が何かを言い切る前に拒絶を口にした。

 

「……」

 

「俺の返事は変わらない。そっちの方は大丈夫なのか」

 

「……仲間は既に配置している。後は連絡をすれば襲撃を始める、……けど数は少ないから期待はしないでくれ」

 

「それで十分だ。これが契約を果たした報酬だ」

 

 ノヴァは車両に持ち込んだ自前の端末とは別に隠し部屋にあった一台の端末と一枚のカードを懐から取り出して青年に見せた。

 

「上位権限を持つカードだ。既に帝都のシステムには細工を施している。これである程度のセキュリティーは突破できるだろう。それと端末の中身は仲間達が捕らわれた施設の見取り図と道中に予想される敵の配置図だ。可能な限り調べてあるから有効活用しろ」

 

 自動運転で走る車両の中で青年は受け取った端末を起動させて中身を確認する。

 実際にノヴァの言葉に嘘は無く、端末の中には処刑所がある施設の見取り図に加えハンター達の配置図といった情報に加え記憶領域の限界まで多くの情報が詰め込まれていた。

 それらを見て端末を操作する青年の指が小刻みに震え、知らずの内に唾を飲み込んでいた。

 ノヴァは何でもない様に報酬として軽く渡した二つの情報は革命家達が終ぞ欲しがって得られなかった情報である。

 多大な労力と資金を投じても得られたのは断片的な情報、或いは偽物しか得られず革命家達は満足な情報を今迄得ることが出来なかった。

 だがノヴァが報酬として渡した情報によって革命家達は十分過ぎる程の情報を得る事が出来た。

 本来であれば情報の偽装を青年は疑う必要がある。

 だが短い間とはいえ自分達のサポートを嘘偽りなく的確に行い、武装を整える際の手腕を間近で見て経験した青年だからこそノヴァの言葉が信じられた。

 

「カードの方は攻撃が確認できた時点で有効化するからな。持ち逃げしても使い物にならないぞ」

 

「そんな事はしない」

 

 そして止めは上級権限を持つカードだ。

 下層民であり革命家という烙印を押された自分達には逆立ちしても手に入れることが出来ない代物である。

 施設に襲撃を仕掛ける報酬として渡された代物は自分達の苦労に見合う、いや、それ以上の代物である事を青年は感じる事が出来た。

 

 そうして報酬の話を最後に二人の会話は終わった。

 聞こえて来るのは自動運転の車両が出すモーター音と道路を踏みしめるタイヤの音だけ。

 車両は設定された目的地に向かっており残り時間は十分程度であると青年は車両に備え付けられたモニターから読み取った。

 目的地に到着して施設への襲撃が確認された時点で青年とノヴァの契約は終わる。

 半日にも満たない束の間の出来事、それがもう直ぐ終わると考えた青年は深い考えも無く車外の風景を眺めるノヴァに問いかけた。

 

「……どうして外に行くんだ」

 

「帰るべき家が外にあるから」

 

「本当に帝都の外から来たんだ。……帝都の外はどんな感じ? なんでもいい、話してくれないか?」

 

「どんな感じか……、先ず帝都から出た先にあるメトロは薄暗いしジメジメしているから好きじゃない。拠点があるのは地上だが其処は……寒いな、とても寒い。おまけにミュータントもゴロゴロいるから油断は出来ない。総じて言えば厳しい環境だな。後は……空がある。帝都やメトロとは違う果ての無い空、後は──」

 

 ノヴァは青年の無邪気な問い掛けに思う所があったが、青年の強い眼差しに負けると思い付いたまま答え始めた。

 だがノヴァの会話は目的地である施設、その手前にある駐車場に車両が速度を落として近付いた事で中断された。

 駐車場で車両が止まるとノヴァは一度周囲を確認してから外へと出たが、青年は車両の外に出ようとしなかった。

 動き出す事無く車に留まったままの様子を不自然に思ったノヴァは軽く手で車両を叩く。

 するとノヴァ話している最中に口をはさむ事無く黙って聞いていた青年の口が開いた。

 

「待つことは、他の──」

 

「一人だ」

 

 これで二度目。

 だがノヴァは青年が言い切る前に簡潔に短く告げる。

 

「連れて行けるのは一人、それでも無事に外に辿り着けるかは分からない。そして人を選んでいる時間は無い。外に行けるのはお前だけだ」

 

 ノヴァは言い切ると同時に青年を見つめた、返事を待った。

 

「一緒に行くか、家族、友達、仲間、全てを見捨てて?」

 

 それはノヴァの手を取る条件であり青年が支払う代償である

 青年が今日まで紡いできた関係、手に入れた物、帝都に存在する全てとの関係を断ち切る覚悟があればノヴァは青年を受け入れるつもりではいた。

 

「……無理だよ、出来ないよ」

 

 だがノヴァに問い掛けられた青年は手を取る事が出来なかった。

 俯き涙声で絞り出した声には様々な感情が綯交ぜになっている。

 それが青年が出した答えであった。

 

「そうか」

 

 ノヴァは短い返事をするだけで他には何も言わなかった。

 それが良かったのだろう、暫くして気持ちを持ち直した青年は車両から出ると懐から通信機を取り出した。

 

「始めてくれ」

 

 青年が短い通信を終えると同時に少し離れた場所にある施設から銃声と爆発音がノヴァの耳にも聞こえて来た。

 自前の端末で付近の監視カメラ映像を盗み見れば施設の職員達は見るからに慌てており、多くの職員が音の発生源に引き寄せられていった。

 他の監視カメラでも同様の映像が映っており陽動が成功していると確認出来たノヴァは青年に渡したカードを有効化する処置を行う。

 

「カードを有効化した。後の事は──」

 

「どうして僕は生まれたの?」

 

「……」

 

 それはノヴァに聞かせるつもりもない青年が自らに問い掛ける小さな声であった。

 だが耳に届いてしまい何と言えばいいのか分からずに押し黙ったノヴァだが沈黙は長くは続かなかった。

 

「僕はサシェンカ、アンタの名前は?」

 

「ノヴァ」

 

「ふ~ん、帝都では聞かない変な名前だ」

 

「失礼な奴だな、君は」

 

 振り返りノヴァと視線を合わせた青年は自らの名前を名乗り、ノヴァも返した。

 そして短い会話を終えた二人は今度こそ別れを切り出した。

 

「サヨナラだ、サシェンカ」

 

「うん、さよなら。アンタのお陰で無駄死しなくて済みそうだ。カードも情報も、本当にありがとう」

 

 それは透き通った様な笑顔だった。

 それが何を意味するのかを理解していながらノヴァは駐車場から離れていく。

 慰めは言えない、出来もしない空想を語るのは決意を固めた彼に対する侮辱だからだ。

 

「ああ」

 

 振り返るような事も無くノヴァとサシェンカは別々の方向に向かって走り出す。

 ノヴァは周囲を警戒しながら最寄りの施設入口にと近付いてき、手前で立ち止まると姿を隠して入口にある警備室を観察した。

 

「警備は薄くなっているな」

 

 覗き見た監視カメラ映像と変わらずに警備室にいる人間は一人だけであった。

 本来であれば複数人が警備にあたっていたが施設の襲撃を受けて最低限の警備を残して現場に駆り出されたのだろう。

 陽動が成功した事で手薄になった警備室を確認したノヴァは入口に設置された監視カメラを掌握。

 その後に偽装された映像を監視モニターに映す細工を施し終えると足音を立てない様に警備を掻い潜り警備員に気付かれる事無く施設に侵入した。

 そして施設の疎らな警備をやり過ごしながらノヴァは事前に目星を付けていた建物の中に入る。

 

「よし」

 

 其処は格納庫を兼ねた整備場でありノヴァが探していた車両は分解整備されずに線路上に置かれていた。

 目標の物を見つけたノヴァは格納庫を見渡し上階に管制室らしき部屋を見つけると気配を殺しながら移動を開始した。

 階段を足音を立てずに上り管制室の手前で中を覗き見れば襲撃の最中であっても配電盤に向き合いながら作業をしている職員が一人だけいた。

 傍から戦力としてカウントされていない技術者らしき男の背後にノヴァは忍び寄るとハンターから拝借したスタンバトンを勢いよく振り下ろした。

 

「!?!?」

 

 振り下ろされた衝撃と電撃によって悲鳴を上げる事無く職員は迅速に意識を断たれた。

 倒れた職員の手足を縛りロッカーに押し込んでからノヴァは部屋の中央に設置されたコンソールに向かい合った。

 

「此処は管制室に間違いないようだな。よし、格納庫シャッターを開放、警備用のセンサーは全て無効化、メトロに続く線路上にある各種隔壁解除して最後に車両固定を解除。これでよし」

 

 ノヴァがコンソールを操作した事で階下にある装置が動き出す。

 管制室にあるモニターでメトロへの通路を塞ぐ隔壁と格納庫のシャッターが解放されていく映像を確認したノヴァは管制室での操作を終え部屋から出て行く。

 その際に隣接された小さな武器格納庫から使えそうな武装を幾らか失敬してからノヴァは階段を下りて車両へと向かう。

 

「……何が帝都だ」

 

 全ての準備を終え脱出を目前に控えたノヴァは小さく文句を呟いた。

 メトロで聞いた話とは全く違う腐敗した帝都、もう二度と来る事は無いと決意を固めてノヴァは車両に乗り込もうと足早に歩き出し、ブーツが小さな水たまりを勢いよく踏んだ。

 唯の水溜まりであればノヴァは特に気にも留めずに脚を進めていた。

 だが水溜りを踏んだ足を持ち上げた瞬間にノヴァはブーツ越しに違和感を覚えた。

 それは水とは違い粘り気を持った液体であり脚を上げればブーツは納豆の様に幾筋もの糸を引いていた。

 

「雨漏りは違う、蒸気が凝固、地面にあった整備用の薬剤と混ざったか?」

 

 ノヴァは格納庫を見渡すが整備用の道具は遠くに見かけたが薬剤は見当たらない。

 地面を見ても特に変色している訳でもなく薬剤がしみ込んでいる訳でもなさそうである。

 だから特に気にするものでもない、些か気持ち悪いがブーツが溶解する様子も無い事から無視しても大丈夫だと考えた。

 

 ──故にそれはちょっとした好奇心であった、それがノヴァの命を救った。

 

 電源を切ったスタンバトンの先端で液体を救い上げ、少しだけノヴァは液体の匂いを嗅いでみた。

 

「……生臭い?」

 

 薬品の特定しようとしたノヴァの予想に反して液体は生臭かった。

 特異な匂いがある訳でもなく無臭でもない、枕にしみ込んだ自分の涎の匂いを何十倍にも生臭くしたような不愉快な匂いであった。

 そして視線を地面に向ければノヴァが踏んだ小さな水溜りは幾つもあった、──現在進行形で上から落ちて来る大粒の液体によって。

 

「──ああ、そういう事ね」

 

 何となく液体の正解が何であるかノヴァは分かってしまった。

 それでも自分の考えが間違っている事を期待してノヴァは視線を天井に向けた。

 だが期待は裏切られた、ノヴァは天井を見上げながら憎々しく呟き、叫んだ。

 

「ねぇ、俺はホラーが大嫌いだと言わなかったか、エドゥアルド!!」

 

 格納庫の天井にはいつの間にか大量のクリーチャーが張り付いていた。

 なんて事はない、粘性を持った液体の正体はクリーチャーの涎という最悪の代物であっただけだ。

 そしてノヴァの叫びを合図にして天井に張り付いていたクリーチャーが落ちて来る。

 

「対話の余地なしか!」

 

 ノヴァは踏みとどまること無く走り出す、車両とは反対方向に。

 その直後、何体ものクリーチャーの落下エネルギーを受け止めた列車のフレームが歪む甲高い音が格納庫に響き渡る。

 

「クソ! せめてもの憂さ晴らしだ、纏めて吹っ飛べ!!」

 

 最早、ノヴァの帝都脱出計画はエドゥアルドに捕捉され不可能となった。

 それを嫌でも理解させられたノヴァはせめてもの抵抗として懐から取り出した手榴弾を幾つも格納庫に投げ込んだ。

 そしてノヴァ自身はすぐ近くにあった窓に体当たりをしてガラスを割りながら外へ出る。

 その直後に背後で手榴弾が爆発しクリーチャーの悍ましい悲鳴が幾つも響き渡った。

 

「クソがぁぁぁ!!」

 

 だがこれで終わりではない。

 ノヴァは外へ出た勢いを保ちながら施設の中を全力で走り出した。

 当然、気配を隠す事をしないノヴァは多くの職員の目に留まり誰何を掛けられ、だがノヴァは全てを無視して全力で走り続けた。

 そして施設の外に出たノヴァは急いで駐車場に向かい放置していた車両に乗り込むと自動運転を切り、マニュアルでの運転を始めた。

 行先は決めていない、今すぐに此処から離れるべきだと叫ぶ本能に従ってノヴァはアクセルを勢いよく踏んだ。

 急加速によってタイヤが煙を出しながら車両が走り出す。

 交易施設から離れていく光景をノヴァはバックミラー越しに見た──、同時に何処からともなく現れた何体ものクリーチャーも一緒に。



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科学者の夢・上

花粉症で寝込んでいました


 ノヴァの乗る車両に搭載されたモーターが甲高い音を立てながら帝都を走る。

 目的地は帝都脱出計画が失敗した場合に備え第二脱出計画として考えていた別の交易施設である。

 メインとなる第一脱出計画は最早役に立たない、背後から追跡してくるクリーチャーの存在をひしひしと感じながらノヴァは端末に表示された地図に従って目的地までの最短距離を駆け抜ける。

 車両とクリーチャーの足の速さを比べるのであればノヴァが乗る車両の方が速く、クリーチャーとの間にある距離は時間と共に広がっていく。

 このまま勢いよく車を走らせ続ければ振り切れる、振り切れるはずだと思っていたノヴァであるがクリーチャーを操っているだろうエドゥアルドはとことん性格が悪かった。

 

「クソ! また回り込まれているのか!」

 

 車両の進行方向、帝都における幹線道路に出ようとする道にはこれ見よがしにクリーチャーが集まって道を塞いでいた。

 道を塞いでいるクリーチャーが一匹、二匹であればノヴァは躊躇う事無く車両を走らせ勢いよく吹き飛ばしていた。

 だが十匹は優に超えるクリーチャー集団に突撃すれば車両が持たない。

 半分は勢いで吹き飛ばせても残り半分で車両は壊れる、そうなればノヴァは有無を言わせずに捕まるか最悪四肢を圧し折られてエドゥアルドの元へ運搬されるだろう。

 それを避けるにはクリーチャーの集団を避けるしかなく、結果としてノヴァは目的地である別の交易施設に近付く事が出来ないでいた。

 そして強制的な進路変更が何度も続けば流石にノヴァもクリーチャーを操るエドゥアルドの思惑が嫌でも理解できてしまう。

 

「誘導されているのか、クソ」

 

 何度も車線変更を繰り返した事でノヴァは帝都の中心から離れ現在は人の気配が限りなく少ない高級住宅地らしき場所を走っている。

 光の灯っていない高級住宅は不気味であり、建物内部には大量のクリーチャーも潜んでいるのではないかと嫌な想像をしてしまう。

 仮に想像が事実であった場合、此処で襲われでもしたらノヴァは絶体絶命、逃げる場所も味方も存在せず一方的に追い込まれ捕まるか殺されるだろう。

 

 其処まで考えていながらノヴァにはどうする事も出来ない。

 それがノヴァの現状なのだ

 だが追跡者であるエドゥアルドはノヴァの想像を超えた。

 今迄付かず離れずの距離を保って追跡してきたクリーチャーが包囲の輪を狭め、ノヴァの車両を取り囲んだのだ。

 車両前方は元より後方も大量のクリーチャーが立ち塞がり車両は前にも後ろにも進めなくなったノヴァは一際大きな邸宅と呼べるだろう規模の住宅を前にして車両を止めるしかなかった。

 そして車両を止めた瞬間を見計らったかのように邸宅の門が開いた、まるでノヴァも中に招いているかのように。

 

「……本当に趣味が悪いな」

 

 ──此処で降りろ、中に入れ。

 

 言葉として発せられた訳でもない、それでも不本意ながらノヴァの脳裏にはエドゥアルドがそう言っている様に聞こえてしまった。

 ノヴァは本心から邸宅に踏み入れたくない、だがじりじりと包囲網を狭めて来る大量のクリーチャーを前にしては選択肢等皆無に等しい。

 

 ──もはやこれまでか。

 

 諦めと共に車両の中で大量のため息を吐き出したノヴァは覚悟を決めて車両から降りる。

 逃げる事は出来ない、エドゥアルドの思惑に載るしかないノヴァが邸宅の門を潜ると小さな中庭を挟んだ先にある玄関扉が開いた。

 扉の先は薄明かりが灯っているが中途半端な明るさが邸宅と相まって不気味さを引き立たせる。

 叶うなら今すぐ踵を返して此処から逃げ出したい、だが背後には大量のクリーチャーが蠢いており結局のところノヴァは前に進むしかないのだ。

 そうしてノヴァは自分の息遣いと心臓の鼓動音が嫌に耳に煩い状態で中庭を進み、邸宅の中に足を踏み入れた。

 そして中に入った瞬間、ノヴァも逃がさない様に玄関扉は大きな音を立てて閉まった。

 

「……絶対にクレーム付けてやる、それで道案内に従って進めと?」

 

 薄明かりが付いている邸宅の中も外と同じように荒れ果てているがノヴァは迷う事は無い。

 なにせ、これ見よがしに蛍光塗料で進む方向を示した矢印が至る所に書かれているのだ。

 先程の大きな音で激しく鼓動を打つ心臓を宥めながらノヴァは矢印に従って邸宅の中を進み、これまた矢印が示す地下へと続く不気味な階段に足に踏み入れ、更に地下にあった大きな空間を進んで行く。

 今すぐ逃げ出したいが逃げ出せない理不尽を真っ只中においてノヴァはリアル生物汚染ゲームの洋館を歩き回る主人公の気持ちに思いをはせた。

 そして泣く泣く地下を歩き続けたノヴァの脚は一際大きな扉を前にして止まった。

 上にあった邸宅とは全く違う、巨大な扉は頑丈な鋼鉄製であり取手の類も存在せずどの様に入るのかノヴァは困惑したが扉から小さな電子音が聞こえてた瞬間に動きだした。

 鋼鉄製の扉、隔壁の様に見えるそれが大きな音を響かせながらゆっくりと開いていく。

 開き切った先にあるのは大きな部屋、しかし弱弱しい照明では部屋全体を照らすには不十分であり全貌を見る事は出来なかったが大きな問題ではない。

 何故なら部屋の中には現在のノヴァが最も会いたくない脳内ランキング堂々の一位らしき人物であるエドゥアルドが部屋の中央に見えるのは大きな円筒型の装置らしき物を背景にして立っていたからだ。

 

「ようこそ、Mr.ノヴァ。貴方を此処に迎え入れるのを待ち続けていました」

 

「……本当に不本意だが来たぞ。それにしても大型地下シェルターの更に地下に居を構えているとは趣味が悪すぎるだろう」

 

 軽口を叩きながらノヴァは部屋の中に入ると扉が再び音を立てて閉まっていく。

 何が何でも逃がさないという執念を感じてノヴァの背筋に嫌な汗が伝う。

 それでもとノヴァは恐怖を押し殺して少しでも情報を得ようと無理矢理此処に招いた張本人である人物を観察し──、だがその姿を見てノヴァは驚きと共に激しい嫌悪感を感じた。

 

「それにしてもメトロで確かに殺した筈だが……、生き返るにしても若作りが過ぎだ。中身を知っている身からすれば、今の姿は趣味が悪いとしか言えない」

 

「この姿ですか? これは帝都特有の事情によるものです。それでも活動に支障はありませんから特に問題はありません」

 

「見せ付けられる方の気持ちになってみろ! いい年したおっさんがはしゃいでいる様に見えて、げんなりするんだよ!」

 

 メトロの地下で射殺した筈の狂った科学者は生きて再びノヴァの目の前に現れた。

 幾ら観察しようと口調、イントネーションは間違いなくノヴァが知るエドゥアルドのままであり、理性は目の前にいる人間をエドゥアルドだと言っている

 よって目の前にいるのは生き返った(?)らしいエドゥアルドであるのは間違いない。

 

 ──ノヴァの目に映るエドゥアルドが壮年の姿ではなく、年若い少年の姿である事を除けばだが。

 

 これには流石のノヴァも厳しい突っ込みを入れるしかない。

 対するエドゥアルドは気にしていないのか口調に変わりはなく、肉体年齢相当に若返った声でノヴァに話しかけた。

 だがノヴァは一番追求したいのはエドゥアルドの若返った姿……でもなくはないのだが、真に驚いたのは其処ではない。

 

「落ち着け、落ち着け、……よし。帝都の事情はどうでもいい、俺が知りたいのは列車で殺したエドゥアルドとお前は別個体なのか」

 

「別個体ですよ。記憶の方はエドゥアルドを継承していますが、この身体はDNAレベルで調整を施した特別な肉体です。言うなればエドゥアルド二世とでもお呼び下さい」

 

「記憶の継承は成功していないと言っていなかったか?」

 

「それは間違いではありません。私が初めての成功事例となります。最も私自身も成功するとは思ってもいませんでした! 目が覚めた時は本当に驚きましたよ!」

 

 記憶の継承、それは列車内でエドゥアルド自身が未だに成功していないと言っており何かしらの問題であった筈だ。

 だがノヴァの目の前にいるエドゥアルドは記憶を継承していると言い、自らをエドゥアルドと区別する為か二世と名乗った。

 それが事実であればエドゥアルドは限定的だが不老不死を達成したと言えるだろう。

 仮に、この場で仮にノヴァがエドゥアルドを殺害に成功しても今度はエドゥアルド三世が現れる可能性がありえる事となってしまった。

 

「Mr.ノヴァ、帝都の観光はどうでしたか? 色々と刺激的なものを見たと思いますが」

 

「……見させてもらったよ。此処は本当に腐っているな」

 

 ノヴァがエドゥアルド対策に頭を悩ませているのも知らずに当の本人は軽く世間話をするかのように話しかけてきた。

 

「そうでしょう、そうでしょう。この帝都の在り様を見て貴方は何を感じましたか?」

 

「感情面で言えば酷く不快な在り様。……理性面で見れば極限環境下において差別階級を設ける事で不満解消を兼ねた社会設計だと判断する」

 

「その通りです。帝都を支配する総統は意図的に差別階級を設ける事で社会の不満を解消しています。そして今日まで社会設計は機能しており帝都は生き長らえてきました」

 

 そう言って少年となったエドゥアルドは朗々と現在に至るまでの帝都の歴史ついて語り始めた。

 

 帝都と呼ばれる前の大型シェルターでは現在の様な差別階級も無く物資も豊富であった。

 不思議な事に帝国における貴族階級の人間がシェルターにはおらず、地上の惨禍から逃れた人類は相互協力によってシェルターを維持し、制限はあるものの地下に居ながら地上と変わらない平穏で豊かな生活を営むことが出来た。

 

 ──だが平穏な生活も徐々に陰りが表れる。

 

 食料補配布、設備の独占利用など小さな不安は人知れずに積み上がり、小さな喧嘩が頻発するようになった。

 そして喧嘩が殺人となり暴動となり、小さな混乱の火種は瞬く間に拡大してシェルターを飲み込む大火となる寸前まで燃え広がった。

 

「ですが現在の帝都を統べる総統は自らの勢力を率いてこれらを鎮圧。シェルターの混乱を収め、今の帝都を築き上げました」

 

 独自勢力を率いていた当時の総統は大型シェルターの混乱を鎮圧すると同時に手腕を買われシェルターの代表に着任した。

 その後、大型シェルターを帝都と改め現在も続く身分制度の導入、中央政府による独裁体制を敷き監視社会を築いた。

 総統による独裁体制に反発した人間もいたが大多数はシェルター外の惨状を目の当たりにして反対を収め、残った人間は反抗勢力と見なされ革命罪という名目で処罰された。

 そんな激動の帝都の歴史を聞かされたノヴァはエドゥアルドが話し終えると同時に言った

 

「どうせマッチポンプだろ。自分から火種を仕込んで燃え広がったら鎮火する。典型的な権力奪取の手腕じゃないか」

 

「そうですよ、初めから終わりまで全て総統の仕込み。本当に嫌になりますよ」

 

 確かに大型シェルターでの生活において不満や不便はあったが、それはシェルターを焼きつくす程の大火にはなり得ない小さなものだった。

 だが帝都を統べる総統は自らの手で小さな火種に燃料を与え、育て、シェルターを燃やした。

 其処から先はまるで三流映画の様であったと当時のエドゥアルドは思った。

 だが一部の人間を除いて誰も疑問に思う事も無く止めなった結果が現在の帝都である。

 

「実権を握ってから暫くすると彼は本格的に動き出しました。簡単に言いますと帝都を支配している総統と呼ばれる男ですが、これがまた筋金入りの独裁者気質でしてね。反対勢力は勿論の事、賛同していた筈の多くの技術者を危険視して大勢殺しました。私もその一人、総統に協力を要請されましてね、『反乱を起こさず命令に従順に従う兵器を作れ』と言われました。そうして誕生したのがクリーチャーを始めとした生物兵器群です。戦闘能力と維持費と始めとしたコストパフォーマンス、特定の人間しか操る事が出来ない点を高く評価されましたよ」

 

「お前が総統と呼ぶ人物は猿山の大将にでもなりたかったのか?」

 

「さぁ、其処までは知りませんし、知ろうとも思いたくありません。そして当時の私は今の様に手足となるクリーチャーもいません。だから私は殺される事を恐れ総統に協力して生き長らえる事を選びました」

 

 長年、帝国の科学者として生きて来たエドゥアルドは研究以外の生き方を知らない。

 しかし科学者として活動するには大型の研究機材、資料、エネルギーを始めとした膨大なリソースが必要だ。

 一見地上に住んでいた頃と変わらない様に見える地下生活とはいえ割けるリソースには限りがあり、エドゥアルドの研究も幾らか制限される事になった。

 当初はそれも仕方が無い事だと受け入れた、エドゥアルド自身も地下に逃げ込んだ人々が必要とするリソースまで奪って研究するつもりもなかった。

 

 ──だが総統と呼ばれた男がシェルターの実権を握った瞬間に全てが変わった。

 

 研究インフラと命を握られたエドゥアルドは屈した。

 それから彼の運命は狂い始め、現在へと至るのだ。

 

「私は科学者としての生き方しか知りません。戦時中も変わらずに人生の全て研究に捧げて生きてきました。私にとって生きるとは探求を続ける事、良心の呵責も幾らかありましたが歩みを止める理由にはなりません。そして、倫理を捨てた探求もまた新たな知見を切り開く礎になりました。クリーチャー製造から始まった個体寿命に延長、身体能力強化に関する理論の確立、実るモノは沢山ありました」

 

 初めから狂っていたのか、途中で狂ってしまったのかはエドゥアルド自身にも分からない。

 だが行ってきた数多くの所業に対する後悔も懺悔も何一つない無い。

 非人道的と罵られようと実験の果てに多くの理論を、技術を、知見を得ることが出来たのだから。

 

「それにしても帝都と、いや、総統との長い付き合いも長くなりました。記憶転写も総統に確立を急がれた技術の一つですが、どうやら総統は不老不死になりたいらしく技術の確立を今日まで急かされていました。ですから今日のお披露目会では実に上機嫌でしたよ」

 

 そうしてエドゥアルドという男の人生と帝都の歴史の語らいは終わった。

 悲劇があり、陰謀があり、不幸があった──、それはそれとして聞き役に徹していたノヴァとしては先程の語らいでエドゥアルドが満足して解放してくれる事を願っていた。

 だがノヴァの切なる願いは無視され語り終えたエドゥアルドは上機嫌な表情のままで若返った身体で近付いてきた。

 

「ですから私は決めました。現生人類を滅ぼして新人類を創り出す事を!」

 

「話が飛び過ぎて付いて行けねーよ」

 

 若返ったエドゥアルドが拳を握りしめ大きな声で叫んだ。

 だが先程のしんみり(?)とした会話から突然新人類創造を声高に叫ばれてもノヴァとしては正直言って付いていけないのが実情である。

 

「え、聞いていて本当に嫌になりません? 地上が戦火で滅んでいるのに陰謀を張り巡らせ味方を裏切り、強者に靡き弱者を挫く、見せ掛けの姿に騙された果ての衆愚政治ですよ? こんな現生人類を生かしておいても地下で永遠に己の尻尾を食い続けて最後には自滅するしかない現状ですよ!」

 

「いやまぁ、聞くだけならそうだけどさ……。間にクッションを挟むとかしないのか? ほら、密かに反体制と見なされている革命家に陰ながら支援するとか?」

 

「嫌ですよ。そもそも革命家とされた集団の上層部も裏では帝都と繋がっていて体のいい人身御供を進んで提供しています。対価として下層民では味わえない贅沢を一部の人間だけが享受している状態ですよ?」

 

「うわ、腐敗し過ぎでしょ、グズグズじゃん!」

 

 上と下が密かにつながっているというエドゥアルドの暴露はそれほど衝撃があった。

 ノヴァが助けた革命家達、短い付き合いでしかないサンシェカもその一人であり人身御供だとは想定外にも程がある。

 仮にエドゥアルドの暴露が事実であれば革命家への支援は上層部を肥太らせるだけでしかないのだろう。

 

「つまり、どうあがいても現生人類では現状を変える事が出来ない。だから新人類を創り出して現状を無理矢理変える。それが新人類を創造する理由、或いはお前の本心か?」

 

「そうですよ。現生人類では未来を創る事が出来ない。ただ徒に資源や時間を浪費するだけの有様です。ならば今の人類に代わる新しい人類が未来を創るしかありません!」

 

「分かった、分かったから近付くな! ステイ、ステイ、ステイ!!」

 

 自らの理想を声高に語るエドゥアルドに詰め寄られるノヴァは必死になって距離を取る。

 それは偏にエドゥアルドと言う敵対的存在に対する拒否感であり、優に百を超える中身を持つ得体のしれない存在に対する嫌悪感からの行動であった。

 

「つれないですね~」

 

「正気で言っているのか? お前は誘拐犯、こっちは被害者、仲良くなる理由はない」

 

「ストックホルム症候群と言うではありませんか」

 

「……お前本当に性格が悪いぞ」

 

 現在のエドゥアルドの姿は壮年時とは見違えるほどに若返っている。

 詳しく容姿を述べるのであれば年の頃は十代前半、一言で言えば少年の姿でありノヴァの知る壮年時の姿とは全く違うのだ。

 だが中身は狂った科学者のままであり少年の姿をしていながら躊躇いもなく洗脳を施し自我を歪めようとする人間である。

 皮肉ではあるが、姿と中身が全く釣り合うどころか不気味な不一致をエドゥアルドが見せ付けるお陰でノヴァは正気を保つことが出来た。

 

「お前の考えは分かった。だが俺を必要とする理由は何だ、記憶転写が成功した以上俺を必要とする理由は何だ」

 

「そうでした。これは失礼しました! そうですね、貴方を必要とするのは理由がありまして……、こればかりは実物を見てもらいましょう」

 

 今度はノヴァが先程までの一方的な会話から主導権を取り返すために今度は自らの意思でエドゥアルドに話しかけた。

 どうして自分を攫うのか、自分の持つ知識と技術を用いてエドゥアルドが何をするつもりなのかを探ろうとした。

 無論、相手はエドゥアルドであり論理を著しく欠いた何かを作らされるのではないかとノヴァは考えていた。

 

 エドゥアルドは懐から取り出した端末を操作すると今迄最低限の明りしかなかった部屋が急に明るくなる。

 そして明かりがつく前から輪郭だけ見えていたエドゥアルドの後ろある巨大な円筒、その中身が露になった。

 

「コイツは!」

 

「その様子だと既に知っていたようですね。そうです、これは私が記憶転写の際に使った生体部品、エイリアンとクリーチャーを帝都が従える事が出来た理由、帝国軍では最重要撃破個体に指定されていたエイリアンをテレパシーで統率する個体です」

 

 巨大な円筒型の装置だと思っていた物の正体は巨大な水槽であった。

 そして、その水槽の中に入っているのはノヴァを帝国に連れ去った元凶であるエイリアンの上級個体、姿形は若干の差異があるものの空飛ぶ巨大なタコに類似したエイリアンである。

 

「コイツは生きているのか?」

 

「余計な可動部は切除して仮死状態にしています。また私が必要としているのは個体が持つテレパシー能力だけ、それ以外の機能は不要ですから」

 

「エイリアン相手にロボトミー手術かよ。本当に狂っているな」

 

 ノヴァは二回、空飛ぶタコである上級個体に遭遇して戦闘を行った。

 一度目は連邦の秘密研究所で、二度目は連れ去られた先にあるエイリアンの基地の中で。

 どちらも一歩間違えれば死んでしまう綱渡りの戦いであり、水槽の中に浮かぶエイリアンの戦闘能力を知っているからこそノヴァは落ち着くことが出来なかった。

 しかし水槽に浮かぶエイリアンを詳しく見ればエドゥアルドが言った様に全ての触手が切除され戦闘能力は喪失している。

 数多くのチューブがエイリアンの身体に繋がれ栄養剤らしき液体が一定の速度で注入されて続けている。

 更にエイリアンの中枢があるだろう頭部は外科的な手法によって切り開かれ剥き出しの脳髄には幾つものチューブが突き刺さっていた。

 

「異星からの侵略者、帝国を滅ぼした元凶の一つですがコレから得られた知見は未来を創る礎になります。ですからMr.ノヴァ、共に新しい人類の歴史を紡ぎませんか?」

 

 遠い星々から来訪した敵が持つ可能性に魅了されたエドゥアルド。

 それを用いて己の理想とする未来に向けて進む科学者は賛同者としてノヴァを求めた。

 

「うん、無理」

 

 そしてノヴァはエドゥアルドの勧誘に対して速攻で返事をした。

 取り付く島もない明確な拒絶を込めて。



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科学者の夢・下

 一秒も迷う事無く返答したノヴァの言葉は明確な拒絶であった。

 しかし、ノヴァに一度賛同を断られた位で素直に諦めるエドゥアルドでもない。

 何より自身の計画の要たる新人類について語り終えていない事を鑑みれば、ノヴァの返答は額面通りの『無理』ではなく『(情報が不足しているため実現は)無理』であるとエドゥアルドは自身の都合のいい解釈でノヴァの返事を受け取った。

 

「そう言えば私が創る予定の新人類の詳細なスペックについての説明がまだでした」

 

「いや、だから……」

 

「私が定義する新人類のコンセプトは二つ。一つ目は肉体面では地下に留まらず地上の過酷な環境に適応可能であり現生人類よりも優れた身体能力を持つことを基本としています。勿論、持久力や瞬発力と言った身体機能に限った話でもありません。免疫系や回復力等の強化も施しているので病気にも強く凶悪な変異を起こした病原菌に対する耐性も持ち合わせています」

 

「あの、聞いてますか?」

 

「二つ目はテレパシーを用いて拡張された相互理解能力です。エイリアンはテレパシーを命令伝達の手段として運用していましたが新人類は違います。言語では伝達しきれなった感情がテレパシーを通して互いに感じ取る事が可能となっています。言葉によるすれ違いは理論上起こる事は皆無、互いの気持ちを感じ取り寄り添える優しい種となっています」

 

「……そうですか」

 

「この二つのコンセプトによって新人類は身体機能、精神構造、生存能力など多くの点で現生人類よりも優れた種であると結論を付けました。人類が積み上げて来た歴史と知識は新人類によって継承された末に新しい未来が生み出されるのです! どうですかMr.ノヴァ、これが私の出した答え、人類を継承するに値する新しい種です! 共に手を取り合いませんか!」

 

 エドゥアルドは自身が創り出そうとする新人類のコンセプトを熱心に語った。

 それは偏に自分が産み出す新人類が優れた種であると信じているが故に、その声に迷いは無く揺らぐ事が無い自信に充ち溢れていた。

 

「うん、無理」

 

 だがノヴァの返事は変わらなかった。

 迷う素振りも無く、先程と同じ返事をエドゥアルドに返しただけである。

 

「どうして、どうしてですが? 何故断るのですか?」

 

 エドゥアルドはノヴァの言葉が本気で信じられなかった。

 何故、如何して、脳内で幾つもの疑問が渦巻くと同時に荒れ狂う感情をエドゥアルドは言語化してノヴァに問い掛けようとした。

 

「その前に聞きたいことがある」

 

 だが、その前にノヴァからの問い掛けがあった。

 真剣な目で己を見つめるノヴァを見たエドゥアルドは一先ず口を閉ざした。

 

 対するノヴァは本心であればこの場から逃亡したい、だが背後にある鋼鉄製の扉は閉ざされていて逃げられない。

 戦おうにも隻腕と言うハンデで少年エドゥアルドに挑むのは不確定要素が多分にあり、それでも高確率で負ける未来しか考えられない。

 どう考えても手詰まりの現状であり、今のノヴァに出来る事は殆ど無く、言うなれば籠の中の鳥でしかない。

 

 ──だからノヴァは諦めた、もうどうする事も出来ないと。

 

 そうノヴァが思い至ると不思議と頭が軽くなり、不思議と視界が開けた様な気がした。

 或いは悪い意味での開き直りとでも言うのだろう。

 逆に逃げられないのであればエドゥアルドの計画をとことん検証してみようとノヴァが思うようになっただけだ。

 これがストックホルム症候群の感覚なのかな~、とノヴァは何処か他人事のように感じながらもエドゥアルドが口を挟まない事から了承されたと判断。

 そしてノヴァはエドゥアルドが語る新人類創造に関する検証を同意の下で始めた。

 

「先ずは前提の確認だ。機械で再現できないテレパシー、それはタコを生体部品として利用する事で実現しているのか」

 

「流石Mr.ノヴァ、理解が早くて助かります。基本はエイリアンがテレパシーで行っている命令委伝達の仕組みを流用したものです。これが生物兵器群を統制する要であり、裏切る事が無い兵器の仕組み。これを扱う事が出来るのは特定の人物しかおらず現在は総統が最上位であり私が次席と設定して運用しています。それで貴方を必要とした理由はコレの代わりとなる機械的なテレパシー装置の開発です。安心して下さい、テレパシーに関する基礎理論は既に組み立てていますから」

 

「なら帝都の技術者に頼め……と言いたいがそれが出来ない理由があるのか」

 

「現在帝都にいる技術者は全員が総統の紐付きになっています。そんな彼らに私の計画の要である装置を託すつもりはありませんし、それ以前に技術力が足りません。既に話しましたが総統の独裁者気質のせいで技術者の多くが殺されました。それに伴い帝都全体で技術力が低下したのです。粛清が終わった後に再建の動きがありましたが未だに技術力を取り戻せていないのが現状です」

 

「そうか、俺の力がなぜ必要なのかは分かった」

 

「でしたら!」

 

「まだだ、今度は疑問についてだ。一つ目、そもそも新人類がテレパシー機能を標準搭載しているのなら何故直ぐに生み出さない。手駒として何体がいても不思議じゃないのに今迄見た事無いぞ」

 

「そんな迂闊な行動は出来ません。総統に私の動きを知られれば殺される──事はありませんが非常に面倒臭いです。総統にしてみれば私の創る新人類は敵としか見えないでしょうから問答無用で殺処分されてしまいます」

 

「帝都の政治的側面から見ても厄介な存在でしかないのか。研究インフラを握られている以上下手な行動は出来ず、試作すら満足に出来ない。そして新人類を創る行動を総統に察知されると全てがご破算になる」

 

「そうです。新人類を作り出すのなら帝都にも察知されずに一気に物事を進める必要があります。他に疑問はありますか?」

 

「二つ目の疑問、お前は自分ではテレパシー装置を作れないと言ったが本当か? タコの脳細胞を任意に培養して代わりを作ればいい、お前なら出来ない筈はない。何故そうしない」

 

「生体部品として使っているコレが寿命なのか機能の劣化が見られます。培養して用いるにも元になる細胞の劣化は無視出来ず、生体部品として耐えられるものではないと結論付けました。ですから別の方法……、代わりとなる機械的な装置を貴方に創って欲しいのです」

 

「それが機械的な装置が必要な理由か? 本当にタコの細胞は使用に耐えられないのか? この際、因縁は無視して言わせてもらうが、お前ほどの科学者が老化した細胞の一つや二つ如何にか出来ない訳がないだろ。だが、あえてしないのは別の理由がある。具体的に言えばテレパシー装置に生体部品を使いたくないから。装置の中枢には非生体部品となる部品が欲しい。例えばアンドロイドに採用されている人工知能とか?」

 

「それは……」

 

「最後の疑問だ。仮に俺が装置を完成させたらお前はどうするつもりだ。不老不死を夢見る総統と呼ばれる奴に装置を献上して終わりなのか? お前が総統と呼ばれている奴に思い入れが無い事は今迄の会話で察している。ご機嫌取りであれば適当な装置を作って献上すればいい。だとすれば何故、お前は俺を帝都に連れて来た」

 

「…………」

 

「エドゥアルド、お前は俺が創ったテレパシー装置で一体何をするつもりだ」

 

「如何するつもりも何も現生人類を抹殺するだけですが?」

 

 それがエドゥアルドの語る計画、その中心にあるエドゥアルド自身の本心なのだろう。

 検証するつもりだけでいたノヴァだが細かな点を問うだけでもエドゥアルドが語る計画の本心が何処か別の所にあるのではないかと薄っすらと感じていた。

 それがエドゥアルドの口から語られた『現生人類を抹殺』、夢であり理想でもある新人類の裏側にある真っ黒な願望。

 

「計画の初期段階は帝都の制圧から始まります。ですがまだ新人類の生産は始まったばかりで十分な数はいません。帝都の維持のためにある程度纏まった数を生存させる必要がありますが最初だけです。十分な数が揃った時点で彼らにも死んでもらいます。そうして漸く帝都は新人類の揺り籠になることが出来ます」

 

 エドゥアルドにしてみれば現生人類は時間と資源を食い潰すだけの害虫にしか過ぎないのだろう。

 だから躊躇いも無く帝都に生きる住人の虐殺を考えられる。

 帝都の機能維持のために生かして置いた人間も用済みとなれば殺せる。

 

 ──彼にとって現生人類は人ではなく害虫だから。

 

「テレパシー装置についても貴方の言う通りです。作ろうと思えば似たようなものは確かに作れます。ですが、それでは駄目なのです。不安定で環境に適応しようと変化を続ける生体部品では駄目なのです。テレパシーだけでは駄目なのです。雑音が反響し、増幅し、ネットワーク全体を誤った方向に導く可能性がある。道徳や理性だけでは制御しきれない可能性がある。だからこそ彼らが道を誤る事が無い様に彼らを統率するモノを、正しく導く存在が必要なのです。永遠に稼働を続ける正しい法を、正義を執行する存在を貴方に創ってもらいたいのです」

 

 テレパシー装置を介し絶対的な法により新人類を導くのは永遠に稼働を続ける絶対的な正義の代理人である機械仕掛けの神様。

 新人類だけでは足りず、ノヴァの持つ技術が加わる事で漸く叶う機械による新人類の管理。

 それがエドゥアルドの目指す未来であるのだ。

 

「……それが科学者エドゥアルド・チュレポフの導き出した新人類とその未来か」

 

 互いに感情を感じ取れる強く優しく新人類と彼らを導く機械仕掛けの永遠の神様。

 ディストピア染みたエドゥアルドの計画、だがそれは腐りきった帝都と比べれば確かに綺麗で優しい世界なのかもしれない。

 

「エドゥアルド、言っておくが計画そのものに対して思う所はない。現生人類に絶望してテレパシーを標準搭載した思いやりを持った優しい新しい人類を創造しようとするのも止めるつもりはない。正直に言えば勝手にしてくれと思っている」

 

 狂った科学者が人生の果てに導き出した計画、人の狂気と純粋さによって紡がれた計画、人類への絶望と希望から生まれた計画。

 ノヴァとしてもエドゥアルドの理想を全て否定するわけではない。

 どの様な思想を持とうと個人の自由であり、それを制限する事など出来はしないのだ。

 

「だけど現生人類を絶滅させるという一点でお前の計画を俺は許容できない」

 

 だがノヴァはエドゥアルドの目指す未来には賛同できない。

 改めてエドゥアルドと言う人間が相いれない存在だという事をノヴァは確認した。

 

「帝都に住む人々を見たのでは?」

 

「見たよ、本当に帝都には碌な人間が殆どいない、それは認める。だけどお前の言った『現生人類の抹殺』は帝都で収まるモノじゃないだろ。帝都が終われば何れ外へ範囲を広げる。其処にいるのは俺と仲間達が苦労して作り上げたキャンプだ、其処に住まう人々も駆除対象にされて賛同できる訳が無いだろ?」

 

 ノヴァは別に人に対する無制限の博愛精神がある訳ではない。

 悪人は捌かれるべきと考え、凶悪な犯罪を起こせば死刑は妥当だと考える人間である。

 そして何よりノヴァは自らに敵対した人間を最終手段として自ら殺す事を厭う人間ではないのだ。

 只人並みに、自らが縁を繋いだ友人を害そうとする存在を許容できないだけだ。

 

「ふむ、私はてっきり貴方の能力を不当に搾取してキャンプが成り立っている様に見えていたのですが?」

 

「それは色眼鏡で見過ぎだよ。確かに技術面での負担は大体背負っていたさ。でも、それ以外の分野では助けてもらってばかりだよ。プスコフがいないとキャンプの防衛も成り立たない、内政に長けた人が住民の統率を代わりにしてくれた、油断ならない外部との交易は専門家に任せて、細々した荒事を用意して対価で傭兵に依頼した。持ちつ持たれつの関係でキャンプは運営されていたよ」

 

 エドゥアルドとは違って長年に渡り人の醜さを見て来なかった事も理由かもしれない。

 人に絶望し過ぎる事も無く、希望を持ちすぎる事も無い、程よい塩梅で付き合えたノヴァだからこそ言えるのだろう。

 だからこそ歩み寄りの出来ない、妥協の余地が全くないエドゥアルドの信仰ともいえるソレにノヴァは賛同する事が出来ないのだ。

 

「それにさ、エドゥアルド。お前は人生を通して現生人類に絶望して信じられなくなって、代わりとなる自ら創り出した新人類さえ信じていない。俺から見れば、お前がやろうとしている事は永遠に続く生きた人形を使ったお芝居だ。其処に過去も未来もない。昨日も明日も全てが同じ、変わらない凪の様な世界しかない」

 

 幾ら新人類について熱弁を振るおうが、幾ら現生人類の醜さを言葉にして伝えよともノヴァに響く事が無い。

 そうした言葉の先にあるエドゥアルドの計画の先には未来が無い、そうとしかノヴァには見えない。

 それがノヴァの出したエドゥアルドの新人類に対する結論であるのだ。

 

「…………」

 

 ノヴァが出した結論をエドゥアルドは遮ることなく聞き役に徹していた。

 反論するでもなく、感情的になって言葉を発する事もなくエドゥアルドは黙ってノヴァの言葉を聞き続けていた。

 そうしてノヴァもエドゥアルドも互いに何も言葉を発しない沈黙が部屋を満たした。

 しかし永遠に続くかもと思われた沈黙は長くは続かなった。

 

「………………ひ、ひひ、ひゃひゃ」

 

 先に折れたのはエドゥアルド、相対していたノヴァへの視線を外し地面に向けると言葉にならない声を出す。

 それは笑っているのか、泣いているのか、嗚咽の様にも聞こえる声は少年となったエドゥアルドの口からか細い声で聞こえて来た。

 

「…………賛同……してくれませんか?」

 

 そして声を出し切った後に聞こえてきたのは賛同を求める声。

 だが最初の頃の様な自信に満ちたものではない、小さく弱弱しい声であり鳴き声のようでもあった。

 

「断る」

 

 それでもノヴァの返事は変わらない。

 エドゥアルドの掲げる計画はノヴァの在り方からして認められないのだから。

 取り付く島もないノヴァの返事を聞いたエドゥアルドはただ黙って視線を下ろしたまま何も言わなかった。

 

 ──そして言葉の代わりに突如としてエドゥアルドの背中から生えた触手が一斉にノヴァに襲い掛かった。

 

「うそだろ!?」

 

 エドゥアルドの背中から生えた触手、その先端は鋭く殺意を以てノヴァに向っていた。

 それを認識したノヴァは立っていた場所から横に転がるようにして逃れ、触手はノヴァが立っていた場所に突き刺さった。

 ノヴァは立ち上がると同時にエドゥアルドから距離を取ると懐から拳銃を取り出して発砲する。

 リボルバーではなく隻腕でも扱える自動拳銃から放たれた弾丸は狙い通りに突き進む。

 だが弾丸は引き戻した触手が作る盾によって防がれ、エドゥアルドに届く事は無かった。

 

「……おい、エドゥアルド。肉体に精神が引っ張られているぞ。泣き所を突かれて癇癪を起したか」

 

「はは、…………そうかもしれません。痛いです、とても、とても痛いです。ノヴァ、貴方は酷い人です」

 

「生憎敵に優しくなれる程器用じゃない」

 

 ノヴァはエドゥアルドに精一杯の皮肉を投げかけるが反応は予想していたものとは違った。

 姿は少年とはいえ中身は一世紀を超える時を生きた人間、その筈である。

 だが俯いていた顔を上げたエドゥアルドは泣いていた、ただ静かに幼い双眸から涙を流していた。

 

「決めました、貴方は殺します。脳も必要ありません。今日、ここで私が殺します」

 

「……そうかい」

 

 エドゥアルドの敵対宣言を受けてもノヴァは特に慌てる事は無かった。

 歪であったノヴァとエドゥアルドの関係が正されただけでしかないのだから。

 問題は殺意を明らかにしたエドゥアルドに勝つ算段をノヴァが立てられていない点だけである。

 エドゥアルドとの睨み合いの最中、ノヴァは自らの武装である拳銃と可能な限り装備した各種手榴弾でどう戦うが考えを巡らせる。

 対するエドゥアルドはノヴァの行動を態々待つ理由などない、引き戻した触手の矛先を再びノヴァに向けると同時に放つだけ。

 

 ──だがエドゥアルドから触手が放たれる事はなかった。

 

 ノヴァが特別何かをした訳ではない、エドゥアルドの人生に置いて経験した事が無い小さな揺れが不規則に部屋を揺らしていたからだ。

 

「……地震か?」

 

「……在り得ません。このシェルターは安定しているプレート上に建造されました。過去に地震が観測された記録はありません」

 

 ノヴァも同じ様に異常に気が付いたがエドゥアルドによって地震の可能性は否定された。

 では何故部屋が不規則に揺れているのか、もしかしたらとノヴァは水槽に浮かぶエイリアンを見たが仮死状態のままであり動いた形跡は見られない。

 

「ならこれは──」

 

 地震でもなければエイリアンでもない。

 なら揺れの原因は一体何かと問い掛けようとしたノヴァの言葉は最後まで話す事は出来なかった。

 何故なら一際大きな振動と共に帝都全体が揺れる異常事態に遭遇したからだ。



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終わりの始まり

 駐車場でノヴァと別れたサンシェカは仲間達と合流する為に帝都を走った。

 革命家達はノヴァとの間に結んだ契約に従い交易施設に襲撃、その証明として貴族達が関わっている施設とその周辺は大騒ぎになっていた。

 燃え盛る施設と立ち上る煙で詳しくは分からないが遠くからでも騒ぎ立てる声がサンシェカの耳にも聞こえて来る。

 それはノヴァとの契約の一環ではあったが自分達の攻撃によって貴族の施設が燃え盛る様は今迄の仕打ちもあって清々しいものである。

 それは合流した仲間達も同じであり、誰もが燃え盛る施設を見て笑みを浮かべていた。

 だが何時までも燃え盛る施設を見る訳にもいかない。

 

 処刑までの残り時間を確認すると共に革命家達は本来の目的地である家族や友人が捕らわれている処刑場に向かって行く。

 本来であれば貴族に手を出した革命家達は多くの追跡を受ける可能性があったが移動中にハンターから襲撃を受けた回数は片手で数える程しかなかった。

 ノヴァによる妨害が効いているのか襲撃してきたハンターも少数であり、指揮系統も混乱しているのか連携をする事もなく仲間達でも対応可能なものであった。

 

 そうして大きな戦闘に遭遇する事も無くサンシェカを筆頭とした革命家達は処刑場に到着、中に侵入すると革命家達自身でも信じられない程の破竹の勢いで攻略をしていく。

 道中に仕掛けられた罠はノヴァが残したデータと上位権限を持つカードによって難なく解除、或いは破壊して突き進む。

 本来であれば捕らわれた仲間を助けに来た革命家達を嬲り見世物にする筈だった罠はノヴァによって殆どが無効化、看破されてしまった。

 その結果として帝都は過去に類を見ない程の侵入を革命家達に許してしまった。

 

 サンシェカと共に処刑場を突き進む革命家達は誰もが今回は違うと肌で実感した。

 今迄の様に見世物として一方的に殺されるばかりではない、仲間を助けあわよくば心底嫌う帝都の連中の顔を殴れるのではないかと柄にも無い夢を見た。

 それだけノヴァが残した情報と上位権限を持つカードは強力な武器となって革命家達を守る盾となり、敵を貫く矛となった。

 

 ──だが破竹の勢いは帝都側のなりふり構わぬ反撃、データには載っていない敵の出現により途中で途絶える事になった。

 

「あ~、此処までか。お偉いサマ共の顔を殴れると思っていたがコレは無理だな」

 

「おっさん、暢気な事を言ってないで戦え! 後もう少し、直ぐ其処に仲間がいるんだ! もう少しで助ける事が出来る!」

 

「確かにサンシェカの言う通りもう少しで仲間の所まで辿り着ける。今迄意地汚く生き残って来た俺からすれば此処まで来ただけでも驚きだ。だがな、アレは無理だ。俺達じゃ勝てない」

 

 仲間達が瓦礫で作った即席のバリケードに隠れて銃撃を行うサンシェカに対しておっさんと呼ばれた男は反撃を止め瓦礫に身を隠しながら向こうを覗き見る。

 男の視線の先にいたのは散々戦ってきた忌々しい仮面を付けた帝都の役人どもではない。

 それ以前に革命家達が相対している相手は人間ではない。

 凶悪な相貌で銃弾を何発撃ち込もうと怯える事無く戦い続ける敵、自分達よりも優れた武器を持ち、死への恐怖を全く持たず人型でありながら人間とは掛け離れた生物。

 ノヴァがエイリアンと呼ぶ人間ですらない凶悪な生物が彼らの前に立ち塞がっていた。

 

「一体アレは何だ!」

 

「知らねぇよ、役人どもの秘密兵器だろ!」

 

「気持ち悪い姿を見せるな! さっさと死ね!」

 

 数と質に圧倒され防戦一方の革命家達はエイリアンについて全く知らない。

 だが敵の正体が分からずとも凶悪な顔をした敵が殺した端から途切れる事無く何体も湧いて出てくるのだ。

 一体殺せば二体、二体殺せば四体と敵の底は見えず、反対に革命家達の弾丸は凄まじい速さで消費されていく。

 革命家達は勝ち目など砂粒ほど見えない理不尽な戦いを強いられていた。

 

「まだ弾は残っている! 俺達はまだ戦える!」

 

「嫌無理だって。奴さんはやる気で如何にか出来る相手じゃない」

 

「だけどっ!」

 

「さ、サンシェカ、もう無理だよ」

 

「……イリーナも、なのか」

 

 処刑場に突入した仲間達はサンシェカを除いて誰もが勝ち目がないと悟ってしまった。

 サンシェカに付いて来た友人らしいイリーナという少女も限界だ。

 此処まで恐怖を何とか押し込めてサンシェカに付いてきた少女だが声は震え、銃を持つ手はそれ以上に震えていた。

 

「サンシェカ、お前は悪くねぇ。此処まで俺達を引っ張って来た奴を俺は知らねぇ。それだけでもお前は大した奴だ」

 

「俺の力じゃない! 俺は……」

 

「分かっているさ。だがな、運も実力の内だ。お前でなければ此処まで導けなかった。誇れ、それだけの事をお前は成し遂げた」

 

 男はサンシェカに告げると懐にある予備の弾倉を確認する。

 此処に来る途中で帝都の役人とハンター共から奪った弾倉も合わせれば一戦交える位にはまだ残っている。

 これだけあれば十分、そう考えた男はサンシェカに向き直り口を開く。

 

「サンシェカ、お前は若い奴を引き連れて逃げろ。それが、お前の最期の役目だ」

 

 その言葉を聞いたサンシェカは信じられないような視線を男に向ける。

 その視線の先にいたのは圧倒的に不利な状況でありながら目をギラギラさて戦意を失っていない一人の男がいた。

 

「殿なんて一番美味しい所は大人の独壇場だ」

 

「おいおい、そんな大役がアル中に勤まる訳がないだろ。俺も混ぜろよ」

 

「うっせぇ、賭けで負け続きのお前が入ったら運が下がるだろ」

 

「なら俺も加わってやる。最後に気持ちよく銃をぶっ放して死にたいからな」

 

「おーおー、死にたがりの屑共が大勢だな。これだけいれば多少はマシな肉壁になるだろうよ」

 

「ちげぇねぇ!!」

 

 サンシェカと会話をしていた男だけではない。

 処刑場に突入した年齢の疎らな革命家達の半数を占めるいい年をした大人が、革命家という謂れなきレッテルを張られた男達が口々勇ましい言葉を笑いながら言い合っていた。

 ゲラゲラと笑う彼らの目は男と同じ様に殿をする事に恐怖を抱いていなかった。

 

「最期にガキを守って死ぬ。死に方としては悪くねぇ」

 

「此処まで来たんだ。いっその事、俺達だけで突撃してみるのもアリじゃないか?」

 

「だったらお前は真っ先に死ぬな。その膨らんだ腹では満足に走れないだろ」

 

「言わせておけば!」

 

 いや、殿をしようとする彼らも恐怖は感じている。

 銃を持つ手は震え、脚も落ち着きが無い程に揺れている。

 それでも彼らが此処に残ったのは、十死零生の殿を務めようと声を上げた理由は偏に熱に浮かされていたからだ。

 

「あばよサンシェカ、いい夢を見させてくれてありがとな」

 

 下層民の暮らしは碌なものではなく夢を見られるものではない。

 強者に媚びへつらい、弱者を足蹴にするのは基本。

 ハンターに怯えながら暮らし、役人の目に留まらない様に息を潜め、全てを切り詰めて余裕の無い生活を送る毎日。

 希望は無く、それ故に絶望して誰もが一時的であったとしても境遇から逃れる為に安酒に、賭け事に、暴力に、薬に逃げる。

 そして気が付けば何処かの裏路地で誰かが何時の間にか死んでいる。

 それが下層民の一生であり、帝都が定めた変えることが出来ないシステムである。

 

 ──だが今はどうだ。

 

 聞くからに胡散臭いサンシェカの話は本当だった。

 武器を用意して、移動手段を用意して、情報も揃えて処刑場に殴り込めば快進撃。

 今迄散々威張り散らし殺しに来た役人を逆に殺し、見下していた奴らが信じられないような目をして怯える様は言葉に尽くしがたい感覚だ。

 こんな感覚を味わってしまえば戻れない、戻りたくない。

 どうしようもない屑である自分達は最後まで熱に浮かされながら死ぬ、死にたいのが殿を引き受けた者達の偽らざる本心であるのだ。

 

 

「野郎ども行くぞ!!」

 

 サンシェカには感謝している、だから此処から遠くへ逃げられる様に時間を稼ぐ。

 友人である少女と同じような若い連中に引き摺られていくサンシェカを横目で見ながら男は自分と同じ屑共を率いて殿を敢行する。

 そんな無謀に挑む男の顔は今迄の人生で嘗てない程に輝いていた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 帝都の中央、其処にはシェルターの現存するリソースの大半が注がれた煌びやかなビル群の中でも一際大きな建物がある。

 その建物は帝都の中枢であり、帝都の中でも貴族と呼ばれる人間しか立ち入ることが出来ない社交場がビルの最上階で日夜開かれている。

 其処では帝都の運営に携わる様々な案件が貴族間の複雑怪奇な関係によって取り仕切られ、また利益が分配されている。

 

 下層民では味わえない食事で腹を満たし、貴重な酒で喉を潤す。

 仮面を被り、謀を巡らせ、相手を騙し、利益を、権利を掠め取る。

 それが帝都に生きる貴族達の日常であり、彼らは限られたパイを巡って暗闘を繰り広げる日々を送っていた。

 

 ──だが、今日この日は違った。

 

「コレは一体何事だ! 例年とは大きく違っているぞ!」

 

「革命家への介入は禁じている筈だ!」

 

「誰かが装備の横流しをしたのか?」

 

「何が狙いだ……、敵対派閥の工作の一環か?」

 

 ハンターによる革命家狩りと呼ばれる興行を高見で見物する貴族達が集う社交界は過去に例が無い程に荒れ狂っていた。

 貴族達にとって革命家狩り等の興行は娯楽であると賭博でもある。

 自らの財産を掛けた賭け事であり様々な賭博が社交場で執り行われているのだ。

 賭けで成り上がる者がいれば堕ちる者がおり、それらを酒の肴として眺める者がいる。

 だが今日、社交界に集った者達の多くが撮影ドローンによる革命家狩りの中継が映された巨大なディスプレイを前にして悲鳴や怒り、困惑の声を張り上げていた。

 

「…………」

 

「そ、総統閣下」

 

 前年とは掛け離れた展開に騒ぎ立てるのは貴族だけに留まらない。

 社交界に参加している貴族よりも更に一段高い位置に座る男が一人。

 特別に誂えた座席に身を沈ませるのは帝都を作り、帝都を支配し、エドゥアルドによる長命化施術を施された男。

 策略を張り巡らせ代表の座を騙し取り、帝都成立時より生き長らえる怪物である総統と呼ばれる男が階下の騒ぎを冷めた目で眺めていた。

 

「こ、今回のような事態は非常に稀な出来事であり、ほ、本来であれば大した問題も無く終える事が出来るのですが──」

 

 総統を呼ばれる男の傍には今回の興行を仕切り、ハンターを統括する役目を勝ち取った役人が接待を兼ねて傍にいた。

 例年通りであれば更なる出世の登竜門である狩、だが過酷な出世レースを勝ち抜いた役人を待っていた例年とは全く違う展開。

 一言で言えば特大の不運が重なった役人は薄っぺらな笑顔を張り付ける事すら忘れて、顔を真っ青にしながら何とか言葉を紡ごうと努力した。

 

「言い訳はいい」

 

 それが責任回避の言い訳である事を見抜かれた役人は最後まで話す事を許されなかった。

 そして総統と呼ばれる男の絶対零度の視線が注がれている事を理解した役人は視線から逃れる様に顔を下げる。

 それは単純な恐怖、帝都を統べる男の機嫌を損ねた瞬間に自分は殺されるのではないかと役人は気が気でない。

 目を合わせる事すら恐ろしいと役人は顔を上げることが出来ず床を見続けるしかなかった。

 

「貴様の配下では手に負えなかった、それだけだ。その尻拭いをしているのは誰か分かっているのか?」

 

「はいっ! それは勿論の事です!!」

 

「……まぁいい、例年通りではないが偶には番狂わせがあった方が面白い。だがそれも此処までの話だ。後の事は任せていいのか?」

 

「はい勿論です!!」

 

 総統の試すような視線を向けられた役人は即座に返事をする。

 出来ませんとは言えない、言えるはずがない、総統の言葉は絶対である。

 何故なら先程、役人は総統から直々に特別な戦力を供与されたばかりなのだ。

 それが意味する事は一つ、このバカ騒ぎを即座に鎮圧をする事を総統が求められている以外にはありえない。

 出来なかったとは言わせないと言外の圧力を骨身に感じながら役人は事態の収拾に向けて迅速に動き出す。

 そうして与えられた戦力を有効活用する為と逃げる様に離れていく役人の姿を見送った総統は再び階下に視線を落とす。

 其処には先程と変わらずに例年とは全く違う展開に騒ぐ貴族達の姿があった。

 

「この機会にある程度間引くか……」

 

 誰にも聞こえない小さな呟きを零すと総統もディスプレイに映る中継映像を眺めた。

 撮影ドローンを通じて生中継される映像では快進撃を続けた革命家達が総統の供与した特別な戦力によって足を止められ、防戦一方となる姿が流れていた。

 それでも奇跡的に死者が一人もいないのは拙い動きでありながら連携を行い戦い続ける事が出来たからだろう。

 何処からか横流しされた武器で健気に反撃を行う革命家達の姿が幾つも見られたが圧倒的な不利な状況にあるのは変わらない。

 革命家達の反撃の手は止まる事が無いのは反撃が止まった瞬間に蹂躙されるのを理解しているからだ。

 それは蠟燭が尽きる間際に起こる一瞬の煌めきでしかないのだ。

 

「無駄な事を」

 

 結末は既に決まっている、そうでありながら抗う事の愚かさを理解しない下層民の姿は不快でしかない。

 そして、今回の様な醜悪な出来事は二度と起こさないと総統は決めた。

 

 ──帝都は己であり、己は帝都である。

 

 国と自身の境目が無くなった男、総統と呼ばれ恐れられる怪物は静かにグラスに入ったアルコールを喉に流し込む。

 

 今日と同じ明日が永遠に続く。

 歪んだ認知でありながら其れが真実であると、変わる事が無い永遠であると男は欠片も疑う事無く信じていた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ハンターによる革命家狩り。

 悪趣味な催し物は革命家達の予期せぬ快進撃により例年とは全く違う波乱に満ちた展開が繰り広げられるものとなった。

 だが革命家達の快進撃も長くは続かない。

 帝都の用意した奥の手、総統の直下の特別戦力である戦力化したエイリアンが処刑場に展開された事で革命家達の脚は止まった。

 そして、この先に待つ結末は誰もが予想できるものになった。

 幾ら革命家達が武装を整えようと所詮、帝都の役人から掠め取った銃でありハンターの武装と同等の物か劣る物でしかない。

 そんな武装ではエイリアン相手には火力不足であり、圧倒的な差を埋める事は出来ない。

 それに加え無尽蔵に湧いて出て来るエイリアンに対し元から数の少ない革命家達は圧倒的に不利である。

 革命家達が戦意を漲らせ決死の覚悟で立ち向かおうとも焼け石に水、それ程の圧倒的な戦力差が繰り広げられているのだ。

 

 そんな理不尽極まる中継映像を見た事で社交界に集っていた貴族達も先程までの無様な慌てようから落ち着きを取り戻す事が出来た。

 革命家達は必ず負ける運命にある。

 それが確認できるや否や貴族達は圧倒的に不利である革命家達を対象に新たな賭け事を始めた。

 それが当然の事であり、疑う余地のない事だと誰もが心から信じているのだ。

 

「?」

 

 ──だからこそ僅かな異常を察知する事が出来た者はとても少なかった。

 

 賭け事の熱狂に浮かれる貴族達の中である者は小さな違和感を感じ取った。

 それは小さな振動であり、不規則に自分達の足元を小さく揺らしていた。

 だがそれだけの事、珍しい現象ではあるが振動はとても小さく、感じ取った者達も取るに足らない現象であると誰もが考えた。

 だが彼らの予想は外れて振動が収まる事は無く、それどころか小さな振動は次第に大きなものとなり誰の目にも分かる形で社交場に飾り付けられた装飾を揺らし始めた。

 

「なんだ、これは?」

 

 最早、限れた人間しか感じ取れない小さな揺れではない。

 酒に酔った者でさえ感じ取れる程に大きくなった振動は不規則に、だが誰もが感じられる揺れとなって社交場を襲い続ける。

 それは帝都に生まれた人間が今迄感じた事ない未知の感覚は社交場に集う貴族達の間に不安を芽生えさせた。

 そんな貴族達の不安を感じ取った主催者側は彼らを落ち着けようと気安い声を出した。

 

「皆さん落ち着いて下さい。現在発生している揺れによって引き起こされた問題は何一つありません。間もなく我々が調査を行い、問題を明らかにします。ですから皆さ──」

 

 だが彼貴族達を宥めようとした主催者側は最後まで話しきる事が出来なかった。

 今迄とは比べ物にならない大きな揺れが社交場を揺るがし、それだけに留まらず帝都全域に響く程の爆発音が轟いた。

 

「何だ、一体何が起きた!」

 

 揺れで姿勢を崩した男が落ち着きのない声で声高に叫ぶ。

 それは社交場に集った者達の総意でもあった。

 そして社交場にいた男の一人が会場から遥か遠くにあるシェルターの一角で大きな黒煙が立ち込めているのを見つけた。

 

「向こうで爆発が起こったのか!?」

 

「そんな……馬鹿な」

 

「あそこにあるのは閉鎖された通路だ。厳重に封鎖され爆発が起こる訳がない!」

 

 遠目でも分かる程に黒煙が立ち上る場所はシェルターの内と外を隔てる外壁。

 そして過去のシェルター建造の際に使われた物資搬入通路である大型貨物輸送ルートがある場所である。

 

「映像が変わったぞ!」

 

「何か写っているか?」

 

「分からない、一体何が起こった?」

 

 社交場に集う誰もが外に注目しているとディスプレイに映される映像が変わる。

 異常を察知して革命家達の苦戦ではなく爆発が起こった場所の映像が映されるも黒煙は未だに晴れず何が起こったのか誰にも分からない。

 それでも外に注目していた貴族達の多くがモニター視線を移し、撮影ドローンが映す映像を食い入るように見つめた。

 

「何かがいる?」

 

 一瞬、黒煙に一見すれば歪な人影のようにしか見えない影が映り込んだ。

 だがそれは在り得ない、何故なら立ち上る黒煙に映る人型の影は途轍もなく大きい。

 2,3mの話ではない、10mはあるだろう大きな影なのだ。

 だから映像を見た誰もがこう考えた、あれは粉塵に映った外骨格の陰であると。

 足元にあるだろう光源によって影が引き延ばされ巻き上がった黒煙が巨大なスクリーンに映し出されたのだと。

 

 誰かが思いついたそれらしい理屈、目に映る不可解な現象が既知の物であると理解できた誰もが心を落ち着かせ、──それは直後に崩れ去る事になる。

 

 黒煙に映る巨大な影が動き出す、人型の影が一歩を踏み出す毎に重苦しい音が響き渡る、小さな外骨格が出せる様な音では決してない。

 そして巨大な何かが黒煙を突き破って現れた。

 

「なんだ、あれは……」

 

 黒煙の向こうから現れたのは巨大な人型の何か。

 それを見た誰もが一目で生物ではないと理解した。

 だが正体が分からない、揺らめく炎を鈍く反射する巨大な人型が何であるのか答えられる物は誰一人いなかった。

 

『目標地点に到着。これより作戦を開始します』

 

 それは巨大な機械、一人の男が零から作り上げた既存の兵器体系から外れた存在。

 対大型ミュータント駆逐機動兵器(Anti-Large Mutant Destroyer Mobile Weapon)、通称AWと呼ばれる鋼鉄の巨人が其処にいた。

 



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純粋な暴力

「……アレは何だ?」

 

「お前知っているか?」

 

「私が知る訳ないだろう! 誰かアレを知っている者はいるか?」

 

 社交界に集った彼らはディスプレイに映される名も知らぬ人型の巨大な存在から目が離せなかった。

 AWと名付けられた巨人は帝都に生まれ、帝都で一生を終える彼らには知る余地もない代物である。

 だが不思議な事に、前例の全くない異常な事態が起きたのに関わらず貴族達は大きな混乱を起こす事は無く会話を行っていた。

 それは理解が追いついていない事もあるが、突如として現れた存在が攻撃をするでもなく動きを止めていたからも大きな理由ではあった。

 

 

 

<作戦地点である帝都への侵入、現時点での状況共有を行います>

 

 

 

 だが何もしてこないからと言って簡単に見過ごせる代物ではない。

 特に自分自身と帝都の境目が無くなった総統と呼ばれる男にとってはAWは自らの領域であり領土に不法侵入を犯した侵略者でしかないのだ。

 

「……何故侵入を許した。奴らが現れた通路には制御下にある生物兵器が配備されていた、どうして報告が上がってこない」

 

「……た、た、担当、部署からは観測計器の故障だ、と通知連絡が、来ています」

 

 総統の問いに対して傍に控える側近の一人が恐怖で喉を詰まらせながら返事をする。

 その言葉が目の前の人物の怒りを買う言葉と理解している、理解しているからこそ矛先を自分ではなく部下に向ける為に現場の責任であると側近は必死に弁明を行った。

 事実としてあの正体不明の存在が出現してから通過を許した大型貨物輸送ルートの担当者から思い出した様に雪崩の如く様々な報告が突如として舞い込んでいる。

 これだけあれば現場の怠慢が招いた問題であるのは誰の目に明らかである。

 

「聞き間違えたようだ。もう一度言ってくれ」

 

 だが総統と呼ばれる男は優しく弁明を聞き入れてくれる相手ではなく、そうであるからこそ今迄権力の座を維持し続けてきたのだ。

 底冷えするような目で睨みつけられ、恐怖で喉を痞えさせながらも側近は如何に現場の失態が大きなものか、それを自分達が現在必死になって対応している事を伝えようとした。

 

「た、たた、担──」

 

 だが側近が言い終わる前に正体不明の相手は此方の都合など考慮もせずに行動を起こし、事態は動き出した。

 

 

 

<第2小隊の情報を受信。第1、第3小隊は作戦行動に遅延が見られる。第2小隊は先行して作戦を展開せよ>

 

<命令を受信。これより第二段階に移行します>

 

 

 

 正体不明の存在、巨大な人型の何かが背後から青白い炎を噴き出して飛んだ。

 そう飛んでいるのだ。

 その場で跳び上がっているのではない、巨大な人型の何かが継続的に宙に浮き続けて飛んでいる。

 そんな信じられないような映像をディスプレイに集った誰もが呆気に取られて見る事しか出来なかった。

 

 悪い知らせはそれだけではない。

 青白い炎が黒煙を吹き飛ばし視界が明らかになると其処には同じ巨人が二体もいたのだ。

 同時に誰もが息を呑んだ。

 そして先に飛んだ巨人に続くように二体も飛び上がり、計三体となった巨人が帝都の空を飛んだ。

 

「……弁明は後だ。アレを排除しろ、今すぐに」

 

「りょ、了解しました! 部隊の全力を以て不法侵入者の排除に当らせます!」

 

 一体だけでも対応に苦慮するだろう巨人が三体もいる。

 想定外の事態に口を閉ざしてしまった側近は直ぐに我に返るも悠長に弁明をする時間などある筈もない。

 総統は有無を言わせずに部下に即座の対応を命じ、恐ろしき権力者の言葉で我に返った側近達は急いで動き始めた。

 

「それと残りの二つの経路にも警戒厳にせよ。二度とこの様な失態を犯すな」

 

「勿論です。担当部署へ改めて連──」

 

 そして残り二つある厳重に封鎖された大型貨物輸送ルートがある入口付近が大爆発を起こした。

 総統に指摘された側近が即座に懐から連絡用の端末を取り出し残り二つある大型貨物輸送ルートに配備されている部隊に厳重な警備を命じようとした直後であった。

 ディスプレイに映るのは再び巻き上がる黒煙が二ヶ所。

 そして黒煙を突き抜けて現われたのは同じ巨人が三体、二ヶ所で計六体現れたのを見てしまった側近は掴んだ端末を地面に落とした。

 

 

 

<第1小隊、帝都へ侵入完了。作戦経路上に展開する大型ミュータントの排除に時間を取られました>

 

<第3小隊、帝都へ侵入完了。作戦経路上に展開する大型ミュータント、並びに小型ミュータントの群れに遭遇。随伴部隊の損耗を避ける為排除に時間が掛かりました>

 

<第1、第2小隊は作戦行動遅延を引き起こした障害に関する情報を共有。その後、作戦の第二段階に移行せよ>

 

<<命令を受信。これより第二段階に移行します>>

 

 

 

「……ふざけるな」

 

「……はい?」

 

 地面に落とした端末から現場の叫びが聞こえる。

 大型貨物輸送に配備されていた大型クリーチャー、メトロに配備された生物兵器の母体がミンチにされたと、踏みつぶされたと、取り巻きのクリーチャーが諸共殲滅された俄かには信じがたい報告が聞こえて来る。

 帝都を守り続けてきた化け物は現在に至るまで誰にも破られる事が無かった。

 敵対的な存在はクリーチャーに始末され、死体は母体の栄養源となるサイクルが永遠に続くと誰もが信じて疑わなかった。

 

 だが永遠であると信じていたシステムはあっけなく崩壊し、それが事実であるのだとディスプレイに映る映像が告げている。

 爆発によって吹き飛ばされ瓦礫の上に無造作に放置されたクリーチャーの母体でもあり女王でもある怪物の引き千切れた頭部が百の言葉よりも雄弁に証明している。

 

「ふざけるな」

 

「あの、閣下?」

 

「ふざけるな! 誰の許しを得て帝都の空を飛ぶ! 此処は俺の国だ、その汚れた脚で入ってくるな!!」

 

「閣下、落ち着いて下さい!」

 

 そしてディスプレイに映る映像は総統と呼ばれる男の神経を大きく揺るがした。

 先程までの余裕のある姿は剥がれ落ち、剥き出しの怒りが露になったのだ。

 だが男が幾ら怒りを叫ぼうと事態は何も変わらず、計9体にもなる巨人がシェルターの中を飛び続けていた。

 

「……落とせ」

 

「閣下?」

 

 だからこそ男は耐えられない。

 帝都である己の許可無く自由に宙を飛ぶ、それが許せるはずがない。

 

「今すぐアレを落とせ。その為の親衛隊だ、その為にお前達がいる、自らの役目を理解しているなら目障りなアレを、堕とせ!!」

 

「りょ、了解しました!」

 

 剥き出しの怒りを向けられた側近は条件反射の様に肯定の意を返す、元よりこの場においてそれ以外の返事など出来るはずもなく。

 そして側近は落ちた端末を拾うと全部署へ正体不明の人型に向けての迎撃命令を出した。

 

 

 

<第2小隊、光学映像から複数の武装集団を確認。武装は小火器のみ、脅威度は低いものと考えられます>

 

<映像を解析、第2小隊の判断は妥当であると考えます。現段階では攻撃は不要、目標である大型シェルターを統括する管理サーバーの制圧を最優先とします>

 

<了か──>

 

<銃火器による攻撃を認めました。脅威度は著しく低いですが対応しますか?>

 

<情報を解析、小火器による攻撃はAWの脅威にはなりえません。考慮に値しないものとして作戦を継続する様に>

 

 

 

 だが帝都に配属された部隊による攻撃は正体不明の巨人の行動を変える事は出来なかった。

 小火器は元より数少ない貴重な重機関銃であっても正体不明の巨人、AWの装甲を貫く事は出来ず放たれた弾丸は空しく弾かれるばかりである。

 帝都が保有する火器を幾ら放とうが雨粒にしか過ぎないのだと、迎撃は無意味であるのだと言外に突き付けられるだけに終わった。

 

「あれだけか?」

 

「………………」

 

「迎撃を命じてこの程度、この程度の迎撃しか出来ないのか?」

 

「閣下……、現在部隊が保有している武装ではコレが限界です。帝都と言う限られた空間において過剰な火力を持つ兵はシェルターその物を崩壊せてしまう恐れがある為、建設当時から配備されていません」

 

「そうか、そうか、そうか………………」

 

 現場はどうであれ自分達は懸命に動いている、必死になって迎撃を指揮しているのだと告げる事が出来ればと側近は考えた。

 だが言えるはずがない、言える人物が此処まで上り詰めることが出来る訳が無いのだ。

 しかし今回ばかりは無理難題にも程があるのも事実。

 自分達には逆立ちしても無理難題であるのだと告げるべきか、そう側近が考えていると不気味な声が収まった総統は酷く冷たい視線を側近に向けた。

 

「役立たず共が」

 

 それは死刑宣告。

 コイツは使えない人間であると人目を憚らずに総統は告げた。

 だが死刑宣告は側近だけに向けられたものではない。

 今回の様な不祥事を引き起こした全ての人間が総統とって不要な人物だと現時点を以て認識されたのだ。

 

「もう、お前達は必要ない」

 

 側近が何かを言っているが価値が無いと判断を下した人間の言葉など聞くに値しない。

 一片の疑問も抱くことなく、それが当然の事だと考える総統は立ち上がると自らの端末に特別な番号を打ち込んだ。

 そして僅かな時間を置いて了承、その瞬間に自分が何か別の存在に繋がった感覚を総統は感じ取る。

 それは言葉では言い表せない感覚だが恐れる事は無い。

 繋がる先にいるのは自己の意思を持たない存在であり、そうなる様に処置を施した上級個体エイリアンの脳でしかない。

 嘗ての敵であった生物の脳を生体部品として扱う事に恐れは無く、その果てに総統と呼ばれる人間不信の男が手にしたのは裏切る事が無い暴力だ。

 権力者の誰もが望み、そして得ることが出来なかった理想の暴力装置は男の権力基盤を強固な物に変えた。

 

「これで忌々しい奴らも終わりだ」

 

 そして裏切る事の無い暴力装置を手にした男の自我は際限なく肥大した。

 それだけの力があると長年の運用実績が証明しており疑う余地などありはしない。

 今回もその一例になる、なにせ相手は巨大だが僅か9体しかいないのだから。

 

 男は自身と繋がったエイリアンに向けて『宙を飛ぶ巨大な存在を破壊しろ』という至極単純な命令を下す。

 それで男の仕事は終わり、暴力の矛先を与えられたエイリアンは疑う事も無く命令に従い各々が持つ火器の銃口を宙に向け、放つ。

 人間が行った対空砲火とは比較にならない弾幕が空を飛ぶ先行していた第2小隊のAWに集中して命中する。

 その光景を見て漸く男は安心する事が出来た。

 これで全てが片付くと信じて顔には笑みが浮かんでいた。

 

 

 

<第2小隊、攻撃確認。射手は人間ではなく星外生物、エイリアンの戦闘ユニットです>

 

<──情報を解析、全小隊は武装を限定解除。進路上に展開するエイリアンの戦闘ユニットを優先して排除せよ>

 

 

 

 だが男が望んだ光景が訪れる事は無かった。

 人間が行っていた迎撃が一としたとき、エイリアンは十の迎撃を行い、対するAWは百の反撃をしてきた。

 言ってしまえばそれだけの事である。

 AWは其の巨体に見合わない俊敏な回避行動を行い、攻撃を躱す。

 そして迎撃の返礼としてAWから放たれた攻撃は最小口径の20㎜であってもエイリアンの身体を消し飛ばすには十分すぎる代物であった。

 

「なっ……」

 

 男は接続した生体部品の脳を経由してエイリアンの戦闘ユニットが凄まじい勢いで消えていくのを感じ取ってしまった。

 自らが信じた暴力が一方的に削り取られ、潰され、蹂躙されていく。

 それは最早戦いですらない、一方的な虐殺である。

 

「……何処だ。奴らは何処に向っている! 一体何が目的だ!!」

 

 己が信じていた筈の暴力がより大きな暴力によって粉砕される。

 そんな悪夢の様な光景を見せ付けられ、感じ取ってしまった男は僅かに残った冷静さえ手放し血走った目で側近に問い質した。

 

「進行経路を基にした予測では所属不明の武装集団は……、帝都中央に向けて進軍しています」

 

「守りを固めろ、親衛隊も守備兵も全て動員せよ、ありとあらゆる火器を動員せよ、帝都を死守しろ!」

 

 仮面を被る余裕すらない総統は側近達が聞いた事も見た事も無いような怒り狂った表情と声で叫び、誰も止める事が出来ない。

 諫めた瞬間に矛先が自分に向かう事を恐れ、故に側近達は総統の望むまま帝都中央を守備する為に部隊を展開させた。

 それが現場にどの様な負担を強いるのかなど考えない。

 それが熾烈な出世競争を勝ち抜く秘訣であり、生き残る術であるのだと自分に言い聞かせながら。

 

 

 

<進路上に展開するエイリアンの戦闘ユニットを排除。これより随伴部隊を帝都中央に位置する行政地区まで誘導する>

 

<此方、機械化歩兵中隊指揮官。目標地点に簡易なバリケード、及び敵兵力が確認されている>

 

<作戦に変更はありません。最短最速です>

 

<了解。当部隊はAWからの近接航空支援(CAS)後に施設へ突撃を敢行する>

 

 

 

 だが彼らの懸命な努力は瞬く間に一掃された。

 宙を飛ぶ巨人から放たれた攻撃が即席のバリケードを吹き飛ばし、集結途中であったエイリアンは血煙となって散っていく。

 その光景を否応なく見てしまった人間は戦意を保つことが出来ず部隊の末端から武器を捨て逃げ出していく。

 督戦隊として背後に控えていた人間の叫び声はAWが放つ轟音によって掻き消され届く事は無かった。

 

 そしてバリケードが吹き飛ばされた道をAWに随伴された装甲輸送車両が最高速度で駆け抜けていく。

 瓦礫を吹き飛ばし、エイリアンの死体を踏み潰し帝都中央に最短最速で到着した車両はその後も速度を緩める事突き進む。

 そして帝都の行政を一定担う行政施設の正面玄関を真っ正面から突き破って内部に突入した。

 

 

 

<施設内部に侵入、これより部隊を展開し目標サーバーの制圧に取り掛かります>

 

 

 

「所属不明──」

 

「敵だ!」

 

「て、敵の進軍を止められません! 既に中央行政施設へ侵入されています!」

 

「なんとしても防げ! 屋内なら人型は使えない、勝機はある筈だ!」

 

「了解しました! 部隊を屋内に展開させます」

 

 何を以て勝利とするのか、その定義さえあやふやな中で誰もが声を張り上げて新たな命令を出し続ける。

 装甲輸送車両から降りて来た統一された外骨格を身に纏った歩兵が施設内部に入り込んだ直後から現場から悲鳴の様な報告が立て続けに舞い込み続け止まる兆しは見えない。

 内部に侵入した敵歩兵に対して有効打を打とうにも事態の展開が速過ぎて対応が追い付かない。

 だが総統を前にして泣き言など言えるはずもない。

 側近達は総統の鬼気迫る気迫に呑まれながらも残存部隊を掻き集め、悪手である事を理解していながら順次屋内に展開させるつもりでいた。

 事実として総統が叫んだように巨大な人型が屋内に入れるはずもなく施設周辺の上空に警戒の為か留まっているだけである。

 あの出鱈目な火力が振るわれないのであれば屋内の戦闘は勝てると誰もが無意識に考えていた、願っていた。

 

 

 

<歩兵支援戦車『ガーディアン・リブートver2.1』起動。これより防衛行動に移行します>

 

 

 

 それが何一つ根拠もない願いであったのだと直ぐに彼らは思い知らされた。

 装甲輸送車両の後ろに連結されていたコンテナが切り離され、変形を始める。

 多脚重装警備ロボット『ガーディアン』を原型として元から施されていた改造をノヴァによって整えられ歩兵支援戦車として生まれ変わった『ガーディアン・リブートver2.1』。

 過剰な武装は排除し歩兵との共同展開を主とする小型多脚戦車は屋内に侵入しようとする帝都の部隊に対して警告を兼ねた二門の重機関砲を放つ。

 小火器や重火器とは違う重苦しい砲撃音、対戦車には力不足だとしても対人には過ぎたる火力である。

 一撃で壁を抉り飛ばし、即席の盾を粉砕し、避ける事を知らないエイリアンは手足を残して消し飛んでいく。

 そして装甲輸送車には装備された遠隔操作の回転式機関砲も加わり踏み入れた者を誰一人生きて返さない即席のキルゾーンが瞬く間に形成された。

 

『屋内に多脚兵器が展開されています! 突破できません!』

 

『凄まじい弾幕で近付けません! 増援を──』

 

『化け物の手足が飛んで来た!?』

 

『弾が貫通しない、弾かれています!』

 

『頭を出すな! ミンチにされるぞ!』

 

『嫌だ、死にたくない、死にたく──』

 

 現場から聞こえて来る声は悲鳴しかなかった。

 上層部が望んだ戦果は何一つ齎される事無く、それどころか屋内に入る事さえできない。

 苦戦どころではない、彼我の圧倒的な火力差によって触れる事すら叶わないのだ。

 

 

 

<目標サーバーに到着。これより長距離レーザー通信網への接続を行います>

 

 

 

「──しろ」

 

「か、閣下?」

 

「建物ごと爆破しろ、敵の注意を引き付けている間に諸共生き埋めにせよ」

 

 総統は光の無い目で側近に命じる。

 それが何を意味するのかわからない側近達ではない、だからこそ総統が命令した事がどれ程狂っているのか分かってしまった。

 最早、理性が無いに等しい総統の暴挙ともいえる命令に対してイエスマンである側近達であっても肯定する事は出来ない。

 避難の通達が遅れた結果、行政施設の内部には多くの人が取り残されている。

 その人々の中には側近達の親族がまだ数多く残っているのだ。

 

「閣下! それでは屋内に取り残された人々が──」

 

「お前の意見を聞いているのはない。これは命令だ、今すぐに実行し──」

 

 総統の命令に対する不服従は出世コースから外れる以上に命の危険がある。

 それでも命令に従えない一部の側近達によって険悪を通り過ぎ、片手に拳銃を握った一触即発の空気が形成された。

 

 ──だが空気が暴発する直前に社交界が開かれていた会場の照明が一斉に落ちる。

 

「なんだ!」

 

「一体どうしたの!」

 

 暗闇に包まれた誰もが突然の事態に慌てふためく。

 だが照明は直ぐに戻り再び会場を照らし、それと同時に会場に設置されたスピーカーから聞きなれない人工音声が流れ始めた。

 

『大型シェルター<ザヴォルシスク>にご在住の皆様、当シェルターの全システムは我々<木星機関>が占拠しました。戦闘を停止していただければ当方はこれ以上の武力行使を行いません。我々はシェルターの支配が目的ではなく、とある人物の発見、確保が目的です。その目的が達成されればシェルターから退去します。シェルターに在住の皆様は妨害、敵対を控えて頂き、事故防止の為に屋内へ待機して下さい。繰り返します──』

 

 スピーカーから聞こえて来たのは降伏勧告と言うには詰めが甘すぎる内容であった。

 それ以前に、これほどの大騒ぎを起こした原因が人探しであるなど帝都の上層部に所属する誰もが信じられなかった。

 

「閣下、これ以上の攻撃は──」

 

 だが現実として勝てる算段など全くない戦いを終える事が出来る。

 既に前線部隊の戦意は崩壊、放送を聞いた直後に部隊単位で戦闘を放棄したと連絡が次々と舞い込んで来ているのだ。

 最早満足に戦えない以上は一旦停戦を行うしかない、そう思い至った側近の一人が総統に進言しようと動き出した。

 

「閣下、総統閣下?」

 

 だが総統と呼ばれた男は側近達の前から、社交場から姿を消していた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

<接続を確認、内部システム及び全管理権限を掌握。現時点を以て大型シェルター<ザヴォルシスク>の全機能を制御下に置きました>

 

<サーバー内データ閲覧、該当情報なし。

 監視カメラ映像を過去120時間、閲覧するも該当する人物は確認できず。

 帝都の外部交易記録を参照、条件に該当する交易記録を確認。

 監視カメラ映像を再確認、該当人物を格納できる容器を127点確認。

 該当容器の行先を照会、監視カメラから118件の内容物を確認。

 未確認容器9件、配送先を確認>

 

<サリア、聞こえますか?>

 

<五号、聞こえています>

 

<情報を共有します。お父様が帝都へ入った記録は公式には存在しません。ですが誘拐されてから暫く経って不審な物資搬入が一件ありました>

 

<その物資搬入に紛れ込ませる細工がされたと考えているのですね>

 

<そうです。そして内容物が確認出来ない容器の宛先は計3か所に分散、そのどれもが高いセキュリティーレベルです。該当施設に監禁されている可能性は高いと考えます>

 

<分かりました。それで私が担当する場所は何処ですか>

 

<公式名称は思想犯収容所、別名<処刑場>と呼ばれている施設です。残りは総統と呼ばれる人物の公邸、行政施設に併設された迎賓館です。この二ヶ所は他の部隊が担当します>

 

<分かりました。それと情報は常に共有する様に。ノヴァ様を見つけたら直ぐに報告をするように>

 

<部隊には厳命させます。此方は念の為もう一度記録を洗い直します>

 

<分かりました>

 

<…………>

 

<もう少しです、もう少しだけ、お待ちください>

 



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何が何だが

 視界が定まらない、ぐらぐらと世界が揺れ続けている。

 耳に聞こえてくる音はどこか遠く、焦点の合わない目がぼやけた光景を映し出ている。

 全身にじんわりとした痛みがあるが激痛と呼べる程ではないから身体は何とか動く。

 起き上がるのも億劫な疲労感に包まれながらサンシェカは目を覚ます。

 

「う、う……」

 

 心の片隅ではこのまま目が覚めなければいいのに、目を瞑ったまま全てが終われば楽になれると囁く自分がいた。

 無理をしなくていい、諦めてしまえばいい、そんな後ろ向きな囁きを振り払ったのは自分を呼ぶ声だ。

 そして身体を揺らし呼び掛け続ける声にサンシェカの意識は引き上げられ、目の焦点が合うと自分を心配そうに見つめる友人の顔が直ぐ近くにあった。

 

「サンシェカ、大丈夫!? 生きている!?」

 

「……大丈夫、全身が少し傷むだけ」

 

 サンシェカは身体を起こす、そして焦点の合った目で周りを見渡せば自分と同じように倒れている仲間が大勢いた。

 

「皆は!?」

 

「大丈夫、衝撃で意識を失っていただけで怪我をした人はいないよ」

 

 友人であるイリーナの言葉通り倒れている仲間は大勢いたが誰も大怪我を負った様子はなく呻き声を挙げているだけ。

 その事を確認したサンシェカは緊張が解け大きなため息を吐いた。

 

「イリーナ、悪いけど一体何が起こった?」

 

 サンシェカは仲間達の安否確認を終えると今度は一体何が起こったのか、なぜ自分は地面に横たわっているのかをイリーナに尋ねる。

 サンシェカが意識を失う直前の記憶で覚えている事は化け物の圧倒的な戦力で自分達が不利な状況に追い詰められ、八方塞がりであったこと。

 そして逆転は無理だと考えた仲間であるおっさん達が逃げる為の血路を開こうと突撃しようと──其処まで思い出したサンシェカは目を見開いて叫んだ。

 

「そうだ、おっさん達は!!」

 

「安心しろ。突撃し損ねて生きているぞ」

 

 声を聞いてサンシェカが慌てて周りを見渡せば直ぐ傍の即席バリゲートに背中を預けて座り込んでいるおっさんがいた。

 死期を悟り、それでもサンシェカ達を逃がそうと考え同類である碌でなしの大人達を率いて突撃を敢行しようとしていたおっさん。

 だがサンシェカの目の前には特に大怪我を負った様子も無く何処からか手に入れたタバコを口に咥えて一服している最中である。

 もしやと思ってサンシェカは目を凝らしてみたが幻覚ではない、汚れ塗れだが意識を失う直前に見たおっさんの姿で間違いなかった。

 

「良かった……、でも、なんで?」

 

「アレを見て見な」

 

 無事であった事は嬉しい、だけど何故暢気にタバコを吸っているのか。

 自分の姿を見て色々と聞きたいのであろうサンシェカの気持ちを何となく察したおっさんはタバコを加えたままバリゲートの向こう側を指差した。

 口数少なく全ての答えは其処にあるのだと言わんばかりにおっさんが指さす方向。

 其処はバリゲートの向こう側であり、数えるのが馬鹿らしい程の化け物としか言えない敵が蠢いていて自分達に攻撃を仕掛けて来た筈だ。

 だが今になって漸くサンシェカは化け物の声や銃撃が聞こえない事に気が付いた。

 そして恐る恐るバリゲートから顔を出して覗いてみれば其処には敵が一体もいなかった。

 その代わりに敵の成れの果てである引き千切れた手足や真っ赤な肉片が所狭しにと辺り一面に撒き散らされている何とも恐ろしい光景が広がっていた。

 

「うわぁ…………」

 

「御覧の通り化け物共は一匹残らずミンチ。これじゃ突撃しても意味がないだろ」

 

 おっさんはタバコを吸いながら顔を青ざめさせているサンシェカに答えた。

 実際におっさんも最初にバリゲートの向こう側を見た時は信じられず、夢か幻ではないかと自分の頬を抓ったりもした。

 だが見える光景は変わらず、先程まで自分達を圧倒的な戦力で追い詰めた敵の全てが原型を留めない程に破壊され蹂躙されていた。

 化け物を一匹残らず倒す出鱈目な事は逆立ちしても自分達には出来ない、不可能な事である事は分かりきっている。

 ならば誰が化け物を倒したのか、心当たりは一つしかなかった。

 

「宙を飛んでいた……アレはなんだ? とにかく飛んでいたアレが化け物を一匹残らず始末してくれたさ。その余波で俺達は仲良く気を失っていた、これが答えさ」

 

「そうだ、あの飛んでいた奴! あれは一体!!」

 

「俺の方こそ聞きたい!」

 

 気を失う直前、突撃をしようとバリゲートに手を掛けた時に轟音と共に自分達の頭上に表れた巨大な人型の何か。

 それから光が奔ると同時に化け物共が抵抗する事も出来ずに倒され、その余波で吹き飛ばされた事をおっさんとの会話でサンシェカは思い出した。

 

「だけどまぁ、悪い事ばかりじゃない。なにせ厄介な化け物共はアレが始末してくれた。そのお陰で俺達は犠牲を払う事無く進む事は出来るようになったぞ」

 

 宙を飛んでいた何かは敵なのか味方なのか、自分達には分からない事ばかりである。

 だが少なくとも正体不明の何かについて考える時は今ではない。

 何故なら数えるのも馬鹿らしい敵が悉く倒され、塞がれていた道が開けているのだ。

 それだけ理解出来れば十分バリゲートの内側にいる誰もが今、するべき事がなんであるのかを自ずと理解した。

 

「よし、行こう!」

 

 サンシェカの呼び声に声を上げ倒れていた仲間達が立ち上がる。

 傷を負っていない者は誰一人いない、誰もが体力も消耗し拭いきれない疲労を身体に纏わせている。

 それでも今こそが無茶をする時であると誰もが身体に鞭を打って立ち上がる。

 そして革命家達は血と臓物と肉片に塗れた道を走り出し──その直後に肉片の山の一つが内側から大きく爆ぜた。

 

「Gu……、GURAAA!!」

 

 積もり積もった肉片を吹き飛ばした場所から現れたのは一匹の化け物。

 その中でも特に体躯の大きな個体──タイタンと呼ばれるエイリアンが突如としてサンシェカ達に立ち塞がる。

 

「おわっ、なんだ!?」

 

「一体どうしたんだ!?」

 

「嘘だろ! 身体半分吹き飛ばされていたのに、コイツは生きてやがるぞ!!」

 

 叫び声と共にタイタンの巨大な腕がハンマーの如く振り下ろされる。

 攻撃そのものは狙いが甘くサンシェカ達は何無く避けることが出来たが巨大な腕による振り下ろしは地面を大きく陥没させ、其処にあった肉片を勢いよく吹き飛ばす。

 原始的な攻撃、単純な一撃であっても人間には必殺の一撃でありサンシェカ達は脚を止めてタイタンと相対せざるを得なかった。

 そしてタイタンから距離を取って観察すれば両脚と片腕を無くした満身創痍の姿あり、生きている事が信じられない程の重症である。

 だがタイタンは生きていた、荒々しい息と共にサンシェカ達を殺意の籠った視線で睨んでいた。

 

「散れ! 固まるな!」

 

 誰かが叫び、その声に従う様にサンシェカ達はタイタンの的にならない様にバラバラに散開する。

 タイタン自体は両脚を失って地面を満足に動く事は出来ない。

 だが、隻腕であろうと巨大な腕で瓦礫を投げつけるだけで人は容易く殺せる、それだけの膂力がある事は既に誰もが理解させられた。

 だからこそ散開したサンシェカ達は各々が持つ銃をタイタンに向け、止めを刺そうとありったけの銃弾を次々と撃ち込んでいく。

 

「死ねぇぇええ!!」

 

「側面を狙え!!」

 

「ありったけ撃ち込め!」

 

 万全の状態でタイタンと対峙したのならサンシェカ達は絶望と共に諦めるしかなかった。

 だが目の前にいるのは巨大な砲を失い、両脚と片腕を失った死に掛けの敵である。

 それならば自分達でも倒せるとサンシェカ達は考え、それは途中までは正しかった。

 満足に動くことが出来ず煩わしい銃撃を受け続けたタイタンは暫くして隻腕を振り回して暴れるのを止めた。

 そして唯一残った隻腕は瓦礫ではなく死して肉片となった同族の死体を周りの土ごと掴んで自らの口元へと運び、そして土交じりの肉片を食らい始める。

 

「同じ化け物の死体を食っている!?」

 

「嘘だろ、血が止まったぞ!」

 

 共食いとしか表現できない身の毛のよだつ光景だが肉片を食べる度に両脚と片腕の断面から噴水の様に流れ続けた血が止まり、肉が急速に盛り上がって傷口を塞いでいく。

 共食いの効果であるのはサンシェカ達の目にも一目瞭然であった。

 流石に新しい手足が生える事は無かったものの失った血は補充できたのかタイタンは肉片の山から現れた時よりも大きな咆哮を放ちサンシェカ達の鼓膜を揺るがす。

 

「クソ、治るのが速過ぎる……」

 

「コイツは本当に殺せるのか!?」

 

 そして先程から仲間達が撃ち込んでいる銃弾が化け物に効いている様には見えない。

 それは偏にタイタンの強靭な巨体に対してサンシェカ達が構える小銃は余りにも小さく弱かったからだ。

 的が大きく放った弾丸の殆どが命中していようとタイタンにとって小銃の弾丸など致命傷には程遠い小雨にしか過ぎないのだ。

 

 そして最低限の体力を捕食によって取り戻したタイタンは隻腕でありながら地面を這いつくばって動き始める。

 平均身長の人間が片腕で這った速度などたかが知れている、だが人が見上げる程の巨体を持ち強靱な筋繊維を持つタイタンであれば話が違う。

 地面に五指を食い込ませ、腕の筋肉が収縮した勢いのままタイタンの身体が砲弾の如く飛翔する。

 

「避けろ!!」

 

「うそ……」

 

 狙われたのは仲間の一人であるイリーナに向けタイタンは突撃を行う。

 両脚と片腕を失って軽くなった身体であっても砲弾の様な体当たりを受ければ人体など容易く圧し潰される。

 それを直感で理解したイリーナは恐怖で立ち止まりそうになる身体を咄嗟に動かして横に転がる様にしてタイタンの突撃を躱した。

 すぐ傍をタイタンの巨体が高速で横切った事で生まれた突風が吹き荒れ、イリーナの背後で建物が崩れる轟音が轟く。

 そして其処がイリーナの限界だった。

 

「あ……」

 

 転がるようにして避けた場所に巨大な隻腕の影が覆い被さる。

 今すぐ逃げなければならない、そうしなければ自分は巨大な腕で簡単に潰されてしまう。

 其処まで理解できているのに巨大な腕を見上げてしまったイリーナの脚は震えて一歩も動かせなかった。

 だが腕を振り下ろそうとした直前にイリーナを睨みつけるタイタンの顔に銃弾が命中、その直後に爆発を起こして顔の肉を大きく吹き飛ばした。

 

「サンシェカ!?」

 

「早く逃げろ!」

 

 叫び声を上げるタイタンを横目で見ながらサンシェカは弾を撃ち切ったリボルバーに急いで弾丸を装填する。

 そして装填し終えたリボルバーを構えると再び発砲、銃弾は先程命中した顔に着弾しタイタンの筋肉を貫き内部で爆発する。

 

「GURAaaAA!?」

 

 再び顔の肉が大きく吹き飛ばされタイタンが叫ぶ。

 それは今迄の威嚇の為の咆哮とは全く違う、苦痛による悲鳴がタイタンの口から響き渡り周りの空気を震わせる。

 

「弾も残り少ない! 隙を作ってくれ」

 

「デカブツの気を死ぬ気で引け! サンシェカの銃だけが通用する!」

 

「やるさ、やってやる!!」

 

 サンシェカの叫びを聞いた仲間達は残り僅かな弾丸を一斉にタイタン撃ち込む。

 自分達で殺せるとは思っていない、それでも化け物の注意位は引けるとタイタンの顔に銃撃が雨の様に降り注ぐ。

 小銃による弾幕は致命傷には至らないもののタイタンの視界を防ぐには十分である。

 

「ここだぁあ!!」

 

 そして仲間達が作った隙を逃さぬ様に現状で化け物に有効打を与えられるリボルバーを握ったサンシェカは満足に目を見開けないタイタンの至近距離にまで迫る。

 それが危険な行為であると理解している、それでも恐怖で震え止まりそうになる脚をがむしゃらに動かして近寄るしかないのだ。

 サンシェカはタイタンの顔、肉を吹き飛ばし一部に骨が露出した箇所を狙える位置に可能な限り近付くと同時にリボルバーの全弾を吐き出す。

 轟音と共に放たれた銃弾は一発も外れる事無く顔に命中、剥き出しの肉の更に奥底に突き刺さり、爆発を起こした。

 

「GURA……aAa……aaAA!?」

 

「やったか!?」

 

 その叫びは断末魔であり、爆発によって抉られたタイタンの頭部から噴水の様に血が吹き出し身体が揺らぎ傾く。

 その姿を見た誰もが倒したと、勝利をしたと考え──しかし強靱な生命が死を拒絶する。

 

「サンシェカ、逃げろ!!」

 

「うわ!?」

 

 強靱なタイタンであってもこのまま何もしなければ死は免れない程の致命傷。

 それが死ぬまでの僅かな時間を引き延ばす事しか出来ずとも失った血肉を補充する時間は残っている。

 故にタイタンは直ぐ近くにいたサンシェカの身体を掴んだ、血肉を補充する食事として。

 

「うわぁあああああああ!?」

 

「く、クソォオオ!!」

 

 両腕諸共掴まれて身動きが取れないサンシェカはただ叫ぶ事しか出来ない。

 仲間達は必死になってサンシェカの拘束を解こうと何人かが腕に取り付くが膂力で勝てる訳もなく、無駄と分かっていながら銃弾を撃ち込む事しか出来ない。

 だが仲間達の必死の抵抗など歯牙にも掛けずにタイタンは捕らえたサンシェカを口許に近付ける。

 

「ああ……」

 

 巨大なタイタンの口には自分の片腕以上の大きさを持つ黄ばんだ歯が隙間なく生え揃っている。

 歯の一本一本が大きく簡単に人体に突き刺さる鋭い歯が齎すだろう痛みをサンシェカは容易に想像出来てしまった。

 

「死にたくない、父さん、母さん、皆……」

 

 血生臭い息が嗅覚を苛み、死に掛けた化け物の呼吸音が身体を震わせる。

 死にたくない、死にたくないと大声でサンシェカは叫びたい。

 だが肝心の口は恐怖で震えるばかりで声を出す喉は氷の様に固まってしまった。

 

「サンシェカ、サンシェカ!!」

 

 そして仲間達の必死の妨害は何の効果も出せなかった。

 どんどん近付いてくる化け物の口、それを見たくないと諦めてしまったサンシェカは目を閉じようとし──頭上から降って来た何かがタイタンの手首を切断した。

 

「へ?」

 

 タイタンの巨大な腕、その手首の切断面から骨と肉がはっきりと見える。

 それは見間違いではなく現実であるのだと身体を掴んだ手と一緒にサンシェカは地面に落ちた。

 

「G──」

 

 そしてタイタンも残った腕を切り落とした者を視界に収めよう見上げ、その直後に眼窩に巨大な剣を突き立てられる。

 剣の刃先は骨を容易く貫き脳の奥深くまで届き、刃から発せられた灼熱が脳細胞を焼き尽くす。

 そうして中枢神経系を的確に潰されたタイタンは今度こそ生命活動を完全に停止させ轟音と共に後ろ向きに倒れた。

 

 タイタンの手がクッションとなり大きな怪我を負う事が無かったサンシェカは拘束されたままタイタンの最期を見た。

 そして頭上から降って来た見慣れない外骨格を纏った誰かがタイタンの身体に着地すると眼下に突き刺した剣を引き抜き──手に握っていた剣をそのまま拘束されたままのサンシェカに突き付けた。

 

「な、どうし──」

 

 突然の事態に理解が追いつかないサンシェカは訳も分からずに見慣れない外骨格を見ることしか出来ない。

 周りにいた仲間達も各々の銃を見慣れない外骨格に突き付けるが当の本人は興味もないのか一瞥もしない。

 そしてサンシェカは見慣れない外骨格から有無を言わさずに問い掛けられた──奇麗な女性の声で。

 

「答えなさい。何故貴方がその銃を持っている。その銃は貴方の物ではない、何処で手に入れた。答えなさい」

 

「こ、これは譲って貰った!! 『片腕になった俺には扱えないから』、『お前が持てば幾らか使い道が見つかるだろう』って言って!」

 

「誰に譲って貰ったのですか?」

 

「い、言えない。あ、あの人は俺の我儘を聞いてくれた! 今日会っただけの俺の家族や仲間を助ける為に力を貸してくれた! そんな人を裏切るもんか!!」

 

 今正に巨大な剣を突き付けられているが目前にいる見慣れない外骨格を纏った女性は何はともあれサンシェカを助けてくれた人物である。

 それでもノヴァが追われている事を既に知っており、だからこそ自分を助けてくれた人物であってもノヴァに関する情報を教える事は出来ない。

 それが最悪の場合どの様な事態を招くのかサンシェカが想像できない訳ではない。

 それでも泣き落としであり成り行きであったとしても此処まで自分達を助けてくれたノヴァとの契約を最後まで守る事がサンシェカの残った最後の意地であった。

 

「……もう聞き方を変えます」

 

「嫌だ、絶対に言う──」

 

「その人は二十代前半、黒髪の男性、東洋系の顔立ちをしていて、基本的に凄みとは無縁ののほほんとした雰囲気を持っていて、目の前に助けられる人がいたら色々と悩みながらも助けて、助けた後もまた色々と頭を悩ませる不器用且つお人好しの人物ではありませんか?」

 

「……知らない」

 

 散々な言われ様だが女性が話した特徴はサンシェカの知るノヴァの外見、内面的な特徴と大まかに一致している。

 だからと言ってサンシェカは気を許したりはしない。

 追跡者が目標の特徴を知っている事は当然であり、それを追認するような下手は起こさないとサンシェカは気を引き締めた。

 

 ──問題はサンシェカが相手にしているのは人間では無かった点、それに尽きるが彼が知る由も無かった。

 

「私達はその人を、ノヴァ様を探しています。何処に行ったか心当たりはありませんか?」

 

「……知らない」

 

「私はノヴァ様の家族です。あの人が何処に行ったか知っていますか?」

 

「……知らない」

 

「あの人から銃以外に貰ったものはありますか?」

 

「知らな──」

 

「其処ですか」

 

「あ、端末!? か、返せ──」

 

「ありがとうございます。端末はお返しします」

 

「え?」

 

 見慣れない外骨格を纏った女性──サリアはタイタンの指を切り落としその隙間からサンシェカが持つ端末を取り出すと中に収められた情報を抜き出す。

 全ての操作は一分も掛からずに終わり目的の情報を得られたサリアはサンシェカを拘束しているタイタンの手を切り裂き身柄を解放してから端末を返した。

 

「第二小隊、彼らを手伝ってあげなさい」

 

『了解しました』

 

 サリアはそれだけを言うと再び移動を開始した。

 後には何が何だが分からないサンシェカと二人の遣り取りを見守っていた仲間達が残され──その後に現れたAWの姿を間近で見る事になって更に彼らは驚いた。

 



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男の叫び

 何の前触れもなく帝都を揺るがした原因不明の振動。

 それは今も収まる事無く揺れ続けており只事ではない事態が起こっていると対峙しているノヴァとエドゥアルドは互いに理解していた。

 しかし帝都の更に入り組んだ地下で対峙している二人には殆ど影響はなく、睨み合いが中断しただけに留まっている。

 エドゥアルドが弱体化した訳でもなく、戦況がノヴァに有利になった訳でもない。

 戦力的にノヴァの不利は変わらず、真面に戦っても万に一つも勝ち目がないのは明らかである。

 ならば逃げるしかないと即座に判断したノヴァは懐から閃光手榴弾を取り出すと安全ピンを外してエドゥアルドに投げつける。

 

「Hey,エドゥアルド! お前に渡すものがある受け取れ!」

 

 本来であれば何も言わずにエドゥアルドに投げ込むだけでいい。

 だがノヴァが相手にしているのはエドゥアルドである。

 ならば利用できるものは何でも利用して少しで効果を増すためにノヴァは一芝居を演じる事にした。

 

 対するエドゥアルドは絶賛ノヴァぶっ殺すモード。

 しかしノヴァに対して一方的に抱いていた情と肉体年齢に引き摺られたエドゥアルドはノヴァに投げつけられた物が閃光手榴弾とは知らずに素直に受け取ってしまった。

 そして受け取った物が何であるかを理解するよりも速く強烈な閃光と音がエドゥアルドの五感を塗り潰した。

 

「ノ、ノヴァアアアア!?!?」

 

 特別な調整を施したエドゥアルドの肉体は常人とは比較にならない程に強靱である。

 だからこそ遮る物が無い状態で閃光手榴弾を無防備に食らったエドゥアルドは無傷では済まず、優れた肉体だからこそ苦痛も人一倍にあった。

 閃光手榴弾から視界を守ったノヴァは強烈な光と音で五感を狂わされたエドゥアルドを放置して走り出す。

 

 エドゥアルドの研究室から脱出する経路は限られている。

 巨大な水槽を備えた広大な研究に入る際に通った分厚い隔壁染みた扉は閉鎖され悠長に開ける時間はノヴァにはない。

 それは研究室にある他の出入り口も同様、エドゥアルドが部屋のセキュリティを握り続けている現状はハッキングでもしない限りは利用する事は不可能。

 よってノヴァは正規の出入口ではなく既に目星を付けていた非常用出口に向けて全力で走り──その行く手を遮る様にエドゥアルドの触手が放たれた。

 ギリギリで気が付いた事でノヴァは咄嗟に身を翻して触手を躱し致命傷を避ける事が出来た。

 だが触手は止まる事なく突き進み非常用出口を破壊、止めとばかりに周辺に積み上げていた資材の山を倒壊させて非常用出口の入口を埋める。

 

「うそぉおおおお!?」

 

「逃がさない! お前だけは絶対に!」

 

「復帰早すぎ! 間近で爆発した筈だろ!?」

 

「何十年も使い続けて間取りは記憶に焼き付いている! そもそも此処から逃げようとすれば非常用出口しかないのは少し考えれば分かる事だ!」

 

「そりゃそうだよな! チクショォオオ!」

 

 ノヴァの逃走計画は意図も簡単にエドゥアルドに見切られてしまった。

 急いで他に使えそうな出入口がないが探すも見つからず、残ったのは最初に通った鋼鉄製の隔壁が下ろされた出入口のみ。

 正に万事休す、最早ノヴァに打つ手なく、事ここに至れば潔く諦めてエドゥアルドに殺されるしかない。

 誰もがそう思えてしまう程にノヴァは追い詰められていた。

 

「私に殺されなさい! ノヴァアアア!」

 

「嫌に決まってんだろ! バーカァア!」

 

 しかし非常用出口を物理的に埋め立てられ、詰みとしか言いようがない状況に追い込められようとノヴァの脚が止まる事は無い。

 鋭利な触手を振り回して追跡をする少年エドゥアルドに対してノヴァは持ち込んでいた爆弾や銃弾に加えて研究室にあった機材を手当たり次第に投げつけながら逃げ続ける。

 

「あ! その機材は貴重な──」

 

「喰らえや! オンボロ機材投擲!」

 

「それは貴重な研究資料──」

 

「オラ! 弾けて輝け研究資料!」

 

「止まれぇえええ、ノヴァアアア! 此処にある物がどれ程貴重な物が理解していないのかぁあああ!」

 

「殺そうとしてくる奴の言う事を聞く訳ねぇだろー! バーカバーカァア!」

 

 研究室の中央には上位個体であるエイリアンを収めた巨大な水槽が配置されているが他にも多くの機材、装置が部屋の中には設置されている。

 どれもエドゥアルドが長年使い続けて来た道具であり、壊れた物は共食い整備等を繰り返しながら騙し騙し使い続けてきた代物である。

 貴重な研究資料等も帝都で利用可能な保管庫が少ない事から多く収蔵されておりエドゥアルドが積み上げて来た成果である。

 そんな思い入れがある品々がノヴァによって微塵の容赦もなく全力で投石され、爆破され、破壊されていく。

 

「前提として自分の研究所に招いておいて『お前を殺す』宣言をする方が悪いんだよ! 殺される方は全力で抵抗するに決まっているだろうが!」

 

「それでも貴方なら此処に在る物がどれ程貴重な物かは理解できるでしょう!! それを投げつける所業が罪とは思わないのですか!」

 

「罪より命の方が大事だ、馬鹿野郎! それ以前に耐用年数を超過したオンボロ使って正しい計測結果が出る訳ないだろうが! 研究資料も以下同文! 廃棄だ、廃棄だ!」

 

「だから投げつけるなと言っているだろうがぁああ!」

 

「だったら此処から俺を逃がせや! そうしたら全部終わるんだよ!」

 

「嫌だね! お前は此処で殺すと決めたんだ!」

 

「この頭でっかちがぁああ! こんな薄暗くてジメジメした所で研究するから新人類とか変な事を考えるんだよ!」

 

「研究者として室温、湿度管理は万全にしている! 菌糸類の繁殖などは今迄1件たりとも起こしていない!」

 

「そういう意味じゃないんだよ! 日常として過ごす環境が悪すぎるんだよ! だから頭にマジックマッシュルームが生えた様な気持ち悪い思想しか出て来ないんだよ!」

 

「馬鹿にするな! 私の絶望は本物──」

 

「過酷過ぎる特定環境下で芽生えた感情なんて不必要なバイアスが掛かっていて当たり前だろうが! 再現性のある環境を一から学び直して来いや!」

 

「ノヴァアアア!」

 

「図星を突かれたからってキレてんじゃねぇよぉおおお! 中身詐欺のクソショタジジイイイイイ!」

 

 死にたくない、殺されたくないノヴァは此処に着て凄まじいしぶとさを発揮してエドゥアルドの研究室の中を全力で逃げ回る。

 隻腕など理由にもならない、火事場馬鹿力で様々な機材を投げ付ける。

 研究資料、試薬、備蓄薬剤などあらゆる物を用いて雑な即席爆弾を製作しては間髪入れずに全力で投擲する。

 ノヴァは手持ちの武器に留まらず、研究室に置かれているありとあらゆるものを利用してエドゥアルドに向って投げて、投げて、投げ続ける。

 

 機材が宙を飛び、資料が散逸し、触手が飛び交い、爆弾が爆発し、銃弾が飛び交う。

 罵声と共に爆発が起こりエドゥアルドの研究室が破壊されていく。

 その度にエドゥアルドが研究者として長年積み上げ続けた様々な物がガラクタに様変わりしていく。

 帝都における本拠地であり、自分だけの研究所であり、エドゥアルドの人生そのものである世界が崩壊していく。

 その様な惨状を見せ付けられたエドゥアルドには余裕と呼べるものは一欠けらも存在しない。

 今迄被り続けて来た仮面さえ簡単に吹き飛び、一秒でも早くノヴァを止めようと触手を放ち、全力で動き続けた。

 

「止まれぇえええ! ノヴァああああ!?」

 

 だが命懸けの鬼ごっこは突如として終わりを告げた。

 触手を放ちながら全力でノヴァを殺そうと走っていたエドゥアルドが突如して呻き声あげながら頭を押さえて蹲ったからだ。

 

「なんで……、接続が! 此処で、違う、接続深度が、私じゃない、総統! 一体何を考えているんだ!」

 

 自分を鬼気迫る様子で追い掛けて来たエドゥアルドが蹲ったのは脱兎の如く逃げ続けるノヴァの目にも入った。

 その尋常ではない様子から何かしらの大きな問題が起こっているのは容易に察せされる。

 

「一体外で何が、これは……反応が次々に消えていく? 一体何が──待ちなさい!」

 

「待つわけないだろぉ!!」

 

 だがエドゥアルドがどんなに苦しもうとノヴァには一切関係が無い。

 それどころか千載一遇の機会を逃すまいとノヴァは研究室の出入口に向かって走り出す。

 そしてエドゥアルドが動けない事を利用して隔壁の操作端末をハッキング、出入口を塞いでいる鋼鉄製の隔壁を開放する為に急いで端末の操作を始める。

 

「ああぁ、頭が、割れる!? これ以上の接続深度は危険だと制限を掛けていた筈なのに総──あのクソ野郎は正気なのか!?」

 

「苦しそうだなぁ、エドゥアルド! ご自慢のテレパシーが仇になった気持ちはどうだ!」

 

「黙れ! これは一時的な現象に過ぎない! 私の理想とする運用とはかけ離れている!」

 

「現実が理想通りに進んでくれたら誰も苦労しないわ! 想定外なんて代物は世界に溢れているもんだ! 予想外、想定外、在り得ない可能性、そいつらに対応できる余裕がない時点で計画は破綻しているんだよ! 殺したジジイと中身が同じなら、実はお前も分かっているだろ!」

 

「黙れ黙れ駄れ黙れ黙れ駄れぇえええ!!」

 

 エドゥアルドの胸の内から嘗てない怒りが沸き上がる。

 その怒りに突き動かされた触手の矛先をノヴァに向け放とうとするが一本も動かすことが出来ない。

 その原因はテレパシーを介してエドゥアルドの頭に流れ込んでくる膨大な情報。

 放置すれば頭を沸騰させる程に流れ込む情報を捌くだけでエドゥアルドは精一杯であり、そのせいで満足に身体を動かす事が出来ないでいた。

 そしてノヴァが此処から逃げ出せてしまう可能性が出て来た事でエドゥアルドの理性は瞬く間に焼き切れた。

 

「──ノヴァァア!! お前に何が分かる、お前に私の何が分かる!!」

 

 ノヴァが指摘した計画の破綻──そんな事は当の昔に判明している。

 計画に施した修正の回数は数え切れない、それでも計画を放棄せずに突き進んだのは人の醜さを見続けて来たからだ。

 救うに値しない生物であると自分に言い聞かせてきたが故だ。

 

 そうでなければ、そうでなければ──余りにも報われない。

 

「死にたくない、殺されたくない、そして一人で死ぬ勇気もない! 優しさを、勇気を容易く食い潰す恐怖を、恐れを感じた事はあるのか! それでもと己を貫ける強さを持つ人間なんていない! それがこの世界だ!! 変わり果て、壊れてしまった世界だ!!」

 

 呪詛が零れる、内に貯め込み、心の奥底に沈め、狂気の仮面を被った男の内面が零れ落ちていく。

 最早、自分が何を言っているのかエドゥアルド自身にも分からない、分からないからこそ吐き出される言葉は紛れもない男の本心であった。

 

「お前も何れ私の様になる! 人の醜さに絶望し、自分が呪われた種族の一人である事に耐えられなくなる! お前は私と変わらない、鉄の心を持つ人間じゃない! 醜く悍ましい毛深いサルでしかない!」

 

 吐き出される言葉は呪いを帯びている。

 血を吐くように紡がれる言葉には真っ黒な言霊が込められている。

 言葉を投げつけられるノヴァは耳を塞いでいても良かった、本来であればそうするべきだった。

 隻腕でハッキングを行っているから、刻一刻を変わる状況に対応出来るように情報を遮断したくなかったから。

 理由は色々あり、だが何れも決定的な理由にはならなかった。

 

「うるせぇええ!!」

 

 そして投げつけられた呪詛に返す言葉をノヴァは思い付く事は出来なかった。

 自分が何者であるかを理解しているから、自分が世界にとって異物である事を身をもって知っているからこそノヴァは唯只管に大声で叫ぶ事しか出来なかった。

 

『操作を受け付けました。これより隔壁を解除します』

 

 そして二人の叫びにしか聞こえない会話は機械的な音声が響き割った事で中断される。

 外への道を閉ざしていた隔壁の固定装置が重苦しい駆動音を響かせながら次々と解除されていき閉ざされた扉が開き始める。

 

「救われたいと思う事が罪なのですか──」

 

 その光景を見た事でエドゥアルドは扉へ近付くノヴァに向けて小さく呟く。

 先程までの鬼気迫った雰囲気は掻き消え呟かれた言葉は本来であれば喧騒の只中に消えていく小さな言葉でしかなかった。

 狂気に堕ちた男の記憶の奥底、最後に残った思い。

 それが何故かノヴァの耳に届いた。

 届いたうえでエドゥアルドに一瞥もくれる事無くノヴァは先に進む事を選び──隔壁の開いた隙間からクリーチャーが我先にも雪崩れ込もうと押しかけて来た。

 

「うにゃぁあああ!? 雪崩れ込んで来やがった!?」

 

 隔壁の開いた小さない隙間を埋める様にクリーチャーの手足が差し込まれる。

 後ろ髪を引かれまいとした決意は余りのもホラー染みた光景を前に吹き飛びノヴァは転がる様にして扉から離れた。

 だがノヴァは今更他の出口を探そうとは思わない。

 研究室の出入り口は限られ、通過出来そうな場所は目の前の扉しかないのだ。

 ノヴァが急ぎ懐を探るも持ち込んでいた大量の爆弾も弾丸も既に尽きている。

 そして最後に残ったのはお守り代わり装備していたありふれたコンバットナイフ一本だけである。

 それを理解したノヴァは大きなため息を吐くと共にナイフ一本を構える。

 相手となるのは隔壁の向こう側にいる大量のクリーチャー、もはや勝機は微塵も見つからない圧倒的に不利な戦いが待ち受けている。

 それを理解しているからこそノヴァは自分を鼓舞する為にも勇ましい言葉を吐き出す。

 

「いいぜ、掛かって来いよ! てめえらなんて怖くもねぇ!」

 

 ナイフを持つ隻腕が小刻みに震え、構える為に開いた脚は地面に張り付き、冷汗が全身から止めどなく流れる。

 それでも最期に残った体力と気力全てを絞り出す為にもノヴァは気持ちを落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。

 そして暫くしてクリーチャーが通れる程までに隙間は広がり、其処から一番乗りで現れたクリーチャーに向けてノヴァは雄叫びを上げる。

 

「野郎ぶっ殺してや──」

 

 しかし、雄叫びを上げたノヴァの眼前で隔壁が突如として爆発、一匹目のクリーチャーは爆発の勢いのまま研究室の奥へバラバラになって吹き飛ばされた。

 

「今度は何事ぉおお!?」

 

 爆発は隔壁に詰め掛けていたクリーチャー巻き込んで起こったようであり、研究室の中に次々とバラバラになった死体が飛び込んでくる。

 だが研究室に勢いよく飛ばされたのはバラバラにされて死体となったクリーチャーばかりではなく、僅かに焼け焦げただけの五体満足のクリーチャーもいた。

 それら爆発から生き残ったクリーチャーは呻き声と共に立ち上がり─その直後に隔壁の向こう側から響いた銃撃によって頭部を吹き飛ばされた。

 

「全部隊突入せよ!」

 

「Ураааааааа!!!!」

 

 そして銃撃から間を置かずに研究室に雪崩れ込んだのは何処か見た事がある外骨格を装備した武装集団。

 彼等は爆発から回復して立ち上がろうとするクリーチャーに銃弾が撃ち込み、一匹たりとも見逃したりはせずに物言わず死体に変えていく。

 迷いが一切無い立ち回りと洗練された戦技から正体不明の武装集団の練度は非常に高い。

 それとは別に訳が分からぬと現状を理解しきれていないノヴァは先程までの決意が一体何だったのかと遠い顔になり──その直後に武装集団の中から見知った顔の人物が現れた。

 

「ボス、ご無事ですか!?」

 

「えっ、なんでタチアナが、プスコフが此処にいるの!?」

 

 ノヴァの目の前に歩兵用装備に身を包んで完全武装したタチアナが現れる。

 そして何処かで見た事がある外骨格がプスコフの物であると理解出来た瞬間にノヴァは大声を出した。

 



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積み重なった偶然

「ありったけの弾薬を積み込め!」

 

「輸送カーゴの連結完了! 搭載機銃の設置を始めろ!」

 

「装甲の修復完了! 破損した武装も予備の物に乗せ換えました!」

 

「外骨格の最終整備を急げ! 点検を怠るな!」

 

 救援に来たサリアが去ったキャンプでは多くの人々が動き回り二回目の作戦行動に備えて急ぎ準備を進めていた。

 一回目の救出作戦で損傷を負ったキメラ戦車は時間が許す限りの修復を行い万全に近い状態に仕上がっている。

 作戦に動員する兵力を増やすためにキメラ戦車の後部に追加で連結されたのは兵員輸送と弾薬庫を兼ねたカーゴであり輸送能力を格段に向上させた。

 先程まで襲撃を受けていたのに関わらず誰もが救出作戦に向けて全力で動いていた。

 そして救出作戦を立案するタチアナを筆頭としたキャンプの上層部は会議室に集結し最後のブリーフィングを進めていた。

 

「まず我々の第一目標はボスの救出です。ですが我々単独ではボスの救出は不可能。そして大型シェルターを隈なく探せる余力もありません」

 

 苦々しい顔で話すタチアナの発言には会議室に居る誰もが同意を示した。

 可能であれば自分達の力でノヴァを救出しキャンプに帰還したい。

 だが現実的に考えてノヴァ一人探すには大型シェルターとはいえ帝都は広すぎる。

 それ以前に帝都が敵地である事を考えれば敵の妨害も十分に考えられる。

 実際に帝都で戦いながら居場所も定かではない個人を探す事は困難でありキャンプ側の単独戦力では不可能であるとタチアナは考えている。

 こればかりは純粋な投入可能なリソース不足によるものであり、やる気や精神論で解決できる類のものではない。

 サリアから提供された情報を有効活用して作戦を何度も見直しても結論は変わらず、キャンプ側は悔しさに顔を顰めながらも誰もが事実であると認めるしかなかった。

 

「そのため我々は第二目標として帝都侵入後はクリーチャー等の生物兵器を従える何らかの装置を破壊します。これによりキャンプ襲撃を帝都が実行出来ない様にする事を最優先とします。何か質問はありますか?」

 

「ボスの救出はサリアと名乗った女の仲間に任せるの? 僕達も何らかの形で協力をした方がいいと考えるけど……」

 

 タチアナに苦い顔をしたオルガが質問する。

 キャンプを救出したサリアが率いる後続部隊にノヴァの救出を任せるにして自分達は関与しないのか、自分達も何らかの協力をすべきではないかという確認である。

 その問い掛け自体は誰しも想定できるものでありタチアナとしても驚く様な事は無い。

 だがオルガにその理由を説明する事は些か困難であった。

 

「協力は不要と向こうは言っています。帝都にある中央サーバーを接収して大型シェルターの機能を全て掌握してから帝都を虱潰しに探す、これが彼女に提供された襲撃計画の概要です。俄かに信じがたいですが彼女達なら可能なのでしょう。事前に協力は不要、情報共有のみに留めろと念入りに指摘されていては我々に付け入る隙はありません」

 

「投入する戦力についての説明はあるの?」

 

「詳細は伏せられています。我々の事を信用していないか、或いは内部に内通者が潜んでいると警戒しているのでしょう」

 

「だからと言って……いや、仕方ないと割り切るしかないね」

 

 オルガの言う事は理解出来るが、サリアの言い分もタチアナは理解出来てしまうのだ。

 何より出会ったばかりの自分達とサリアの間には信頼関係等は一切なく、偶然目的が同じであるため共同歩調を取っているだけに過ぎない。

 加えてサリアの方から詳細な情報適用を受けて自分達は漸く具合的な作戦行動が可能になったのだ。

 正直に言ってしまえば戦力として信用されていない、だからこそ釘を刺すように協力は不要であり情報共有のみに留めると言ってきたのだろう。

 

「だから制御装置の破壊か……」

 

「はい、彼女達にとってボスの救出が最優先、キャンプの存続は二の次でしょう。もしかしたらボスの一言で協力してくれる可能性もあります。ですが我々は最悪の可能性を常に考えておく必要はあります」

 

 そして彼女達の最優先目標はノヴァの救出であり、キャンプの存亡ではないのだ。

 サリア達がノヴァ救出後に軍事行動を継続して行う確証は現状では無い。

 それどころかキャンプの安全を確保するよりもノヴァの安全を確実にするために帝都から即時離脱する可能性の方が高いのだ。

 何よりサリア達は連邦から長距離行軍をしてきてまで帝都に辿り着いたのだ。

 戦闘可能な軍隊の移動ともなれば膨大な物資を消耗するのは必然、軍需物資の余剰は最低限しかなく軍事作戦を継続して行う余裕はないとタチアナは考えている。

 

「それもそうね。そもそもの前提として私達だけじゃ不可能だから、こればかりはタチアナに賛同するわよ。それに……下手に彼女達の邪魔をすれば今度こそ敵対されるわ」

 

「致し方無しか……」

 

 タチアナの説明に納得したソフィアを皮切りに会議室に集まるメンバーは渋々納得するしかなかった。

 何せ自分達単独では先程まで起こっていた襲撃からキャンプを守りきる事さえ怪しかったのだ。

 戦力として信用されていないのはどうしようもなく、サリア達にこれ以上の協力を要請するのは筋違いであった。

 加えてソフィアが言うように協力を無理に押し付けた結果として最悪の場合は中立関係から敵対関係に変わる可能性がある。

 それを回避する為にもキャンプ側はこれ以上の協力を要請出来ない、自分達で出来る事は自分達で実行しなくてはならないのだ。

 

「自分を納得させるしかないね。それで僕達は帝都の何処を目指すの? まさか当てずっぽうで行くわけじゃないでしょ」

 

「幾つか候補を見繕いましたが此処です。私は一番可能性があると考えています」

 

 会議室の中央に設置居されたモニターテーブルに映し出された帝都の概略図。

 その中でタチアナは中央から離れた場所にある住宅街、添付された情報によれば大昔に事故が起きてから封鎖され立入禁止とされている場所を目標に定めた。

 

「封鎖された住宅街? 普通に考えて大切な物は帝都でも警備が厳重な場所に置いているものじゃないの?」

 

「それは彼らが帝都の上層部が秘密警察の系譜を引き継いでいるからです。基本的に彼らは他人を信用しません。彼らの思考形態として秘密を守るために前提として不特定多数に知られず、秘密を知る者は極少数する傾向があります。これらは情報流出の経路を特定するために用いられますが基本的に彼らは秘密主義です。クリーチャーの制御装置といった自らの心臓を人目には晒しません。だからこそ中央に近い立地ながら封鎖され外部からの接続が極めて限定される此処が怪しいのです」

 

 映し出された地図の情報を読み込んだ誰もがタチアナの判断を始めは理解出来ずに首を傾げるしかなかった。

 だが続けて語られたタチアナの説明、積年の恨みと実体験が齎したであろう確認にも似た何かを聞かされたオルガ達は納得するしかなかった。

 

「確かに可能性は高い。仮に外れであっても帝都に対する何らかの抑止力になり得るものがあるかもしれん」

 

「そうだな。他の警備が厳重な場所は彼女の仲間達が対応するだろう。我々が独力で襲撃可能な場所は此処しかない」

 

「以上で作戦前のブリーフィングを終えます。それでは作戦に参加する人員ですが──」

 

 その後も細々とした話を続け、作戦前のブリーフィングを終えたタチアナ達は各々が作戦の準備に取り掛かる。

 そして整備員達の見送りと共にキメラ戦車のエンジンが唸り上げ作戦が開始された。

 

 前回の作戦でアルチョムを筆頭に負傷を負った者は後方に回されてはいるが可能な限りの戦力を動員し多くの人間が作戦に参加している。

 一回目の救出作戦と遜色がない、或いは動員兵力だけ見れば優に超える人数であり追加で連結した輸送カーゴには完全武装の人員が多く詰め込まれていた。

 それでもクリーチャーやエイリアンを相手にするとなれば安心は出来ない。

 万全の準備を整えサリア達の作戦開始に合わせてキャンプを出発した救出部隊は地下鉄を猛烈な速度で走行する。

 救出部隊は何時でも戦闘が起こっても問題が無い様に周囲の警戒を続け──しかし極少数の在来種ミュータントとの遭遇戦を除き戦闘は発生しなかった。

 

「化け物共が一匹も出て来ない、何があった?」

 

『分かりません。ですが見える範囲にはクリーチャーやエイリアンの姿は一匹たりとも見受けられません』

 

「分かった、そのまま監視を続けろ。どんな些細な事でも構わない、何か異変を感じたら報告を上げるように」

 

『了解』

 

 救出部隊を指揮する為に指揮車両に詰め掛けていたグレゴリーは監視部隊から上がってきた報告に頭を悩ませた。

 単純に考えれば敵が一匹もいないのであれば銃弾の消費も少なく、戦闘による戦力低下を避けられて問題は無い。

 だがグレゴリーは物事がそう単純に推移するとは全く考えていない。

 敵はクリーチャー等を分散配置させるのではなく帝都への限られた侵入経路に集中配備していると考え、それは指揮車両に同乗しているタチアナも同じ考えであった。

 

「作戦はこのまま継続。敵がいないのならこのまま突き進み、勢いを以て防備を突き破ります」

 

「了解、全部隊に告ぐ、敵は帝都直前に待ち構えていると考えられる。各自戦闘準備を怠るな!」

 

 仮に侵入経路に集中配備されていようと真面に戦うつもりなど救出部隊にはない。

 何より地下鉄と言う限定された戦場である事を考えれば脚を止める事無く突き進み勢いのまま防備を突き破る方が理に適っている。

 そうした判断の下で救出部隊は警戒を強めながら帝都に向って突き進む。

 戦いの時に備え、何時如何なる状況であろうとも万全に戦えるように適度な緊張を保ちながら暗闇に包まれた地下鉄を突き進む。

 

 そうして部隊は帝都への入口を塞ぐ隔壁へ辿り着いた。

 だが部隊の緊張を裏切る様に隔壁の周辺には敵は一匹もおらず、その事に言葉では言い表せない不安を誰もが抱いていた。

 それでもキメラ戦車の主砲によって隔壁を物理的に破壊した部隊は勢いのまま帝都に侵入──そして救出部隊は地下鉄で敵を一匹も見かけなかった理由をその眼で見た。

 

『HQ! あの……何かが飛んで攻撃をしています!』

 

「何かとは何だ! 詳細な報告を送れ!」

 

『えっと、人です、でっかい人が飛んでいます!』

 

「何を馬鹿な事を言っている! そんなものがある訳──」

 

 監視部隊の要領を得ない報告にグレゴリーは頭を悩ませた。

 それでも指揮車両に居ながら聞こえて来る喧騒は何かが起っているのだと伝えている。

 故にグレゴリーは危険であると承知しながら指揮車両から頭を出して自ら外の状況を確認しようとした。

 何より監視部隊の要領を得ない報告も自分ならば見て理解できるだろうと考え──そして顔を出したグレゴリーが見たのは監視部隊からの報告と何ら変わらない光景、宙を飛ぶ巨大な人型ことAWが帝都に対して攻撃を仕掛けているという理解の範囲外にある光景であった。

 

「た、タチアナ殿……」

 

「あ、アレはあれです! 味方、ボスの味方です! たった今、識別信号が送られてきました!」

 

 当然のことながらグレゴリーはAWと呼ばれる兵器の存在そのものを一切知らない人間であり、釣られて顔を出したタチアナも同じである。

 そんな自身の知識が一切及ばない光景を突き尽きられたグレゴリーは本人には珍しく困惑を張り付けた顔でタチアナに説明を求めた。

 対する説明を求められたタチアナもグレゴリーと同様の混乱が平静を保った表情の内側で荒れ狂っていた。

 それでもグレゴリーに応えられたのはサリア達と情報共有を行っている端末から味方であると識別信号が送られていたからだ。

 だが味方であると伝えたもののタチアナ自身は信じられず宙に飛ぶ巨大な人型を見つめ続けた。

 

「ええい! 全部隊に告げる、飛んでいるアレは味方だ! 警戒する必要はない! 我々はこのまま作戦を続行する!」

 

 そしてタチアナから味方であると知らされたグレゴリーであるが俄かには信じ難い事でありタチアナの言葉を信じきれないでいた。

 アレは兵器なのか、何を目的にして作られたのか、そもそも巨大な人型が何故飛んでいるのか? 

 胸の内から次から次へと沸き上がる疑問、それでもグレゴリーは積み重ねて来た自制心を総動員して疑問に蓋をすると部隊に通信機を介して叫んだ。

 部隊の全員が納得した訳ではないだろう、それでも現時点において空飛ぶ人型が味方であると理解出来れば充分である。

 

 そして救出部隊は勢いを緩める事無く、帝都の舗装を容赦なく痛めつけながら突き進み目的地でもある封鎖された住宅街に辿り着く。

 長年放置された結果荒れ果てているが元は高級な邸宅が並んでいたと理解出来る住宅街は広大では無くともそれなりの広さを持っている。

 そんな住宅街を虱潰しに探索して有るかも分からないクリーチャーの制御装置らしきも物を探しだす事は途轍もない困難であると救出部隊の誰もが考えていた。

 何より制御装置があると確定した訳でもなく、最悪の場合は何も得られずに空振りに終わる可能性もあった。

 だがタチアナの予想が当りだと裏付けるかのように此処に着て救出部隊は大量のクリーチャーに遭遇した。

 

「撃て撃て撃て!」

 

「右から接近! 数は沢山!」

 

「弾を惜しむな! 弾幕を張れ!」

 

 キメラ戦車から、連結されたカーゴから幾つもの銃声が響き渡る。

 搭載機銃と小銃が放つ閃光が薄暗い住宅街を絶え間なく照らし、部隊に近寄る多くの怪物達の姿を闇から浮き上がらせる。

 そして閃光は救出部隊よりも先に住宅街で誰かが戦った痕跡を浮かび上がらせた。

 侵入したのか爆発によって捲れ上がった舗装や引き千切れたクリーチャーの死体、それらは住宅街に無数にあり、手掛かりのない救出部隊を導く道標であった。

 救出部隊はそれらの痕跡を手掛かりにして住宅街を突き進み、その果てに一つの邸宅の前に辿り着いた。

 

「まさか一発で当たりを引くとは思いませんでした」

 

「私も同じです。ですが無暗に探し回るよりはマシでしょう。何よりこの邸宅を探すのであれば内部構造は知っています」

 

「それはどうして」

 

「此処は私が住む予定の屋敷でしたから」

 

 邸宅の前に一台だけぽつんと放置された車両。

 埃が積もっていない事から最近になって放置されたのが邸宅の前に意味深に止まっている光景は何かがあるのではないかと誰の目にも明らかであった。

 反対に何もない可能性もあるがそれは調べて見なければ分からない。

 

 最初に調査する住宅が見知ったものであると知ったタチアナは不慣れでありながらも歩兵用の装備に身を包み調査部隊に同行する事を選択した。

 タチアナにとって数は少ないものの視察として訪れた事のある邸宅であり、記憶は薄まっておらず異常を見つけるのであれば自分以上の適任はいないだろうと考えた。

 そして部隊と共に邸宅に中に踏み込んで見つけたのは、これ見よがしに蛍光塗料で書かれた矢印と地下に続く階段である。

 

「コレは罠だと思いますか?」

 

「私が記憶している限りだと警備上の理由から地下に続く階段はありませんでした。これは後から増築された物でしょう。罠がある可能性も考えられますが無視するには大きすぎます」

 

「成程、当たりの可能性が高まりましたな」

 

 部隊を率いる隊長と共にタチアナは畏れる事無く地下に進む事を選んだ。

 そして一定の距離で書かれる蛍光塗料の矢印を頼りに部隊は地下空間を進むと行く手を遮る様にクリーチャーが襲ってきた。

 

「敵を発見!」

 

「射撃開始! 一匹ずつ確実に処理しろ!」

 

 襲い掛かってきたクリーチャーは多いが戦場は狭い地下空間である。

 高い身体能力と数の有利を活かせる環境ではなく部隊はクリーチャーの襲撃に慌てる事無く対処を行い、一匹も逃す事無く確実に処理をしていく。

 そしてクリーチャーの妨害を受けながら進んでいった部隊は進行方向に巨大な隔壁と其処に集う大量のクリーチャーを発見した。

 

「あの部屋に殺到している?」

 

「開き掛けた扉の先に何かがあるのでしょう。ですが正面から相手にするには数が多すぎます」

 

「でしたら纏めて吹き飛ばしましょう」

 

 そう言った隊長の命令によって対戦車擲弾発射器を二人の隊員が構える。

 密集したミュータントを纏めて吹き飛ばす武装としたノヴァが帝国の対戦車擲弾発射器と呼ぶRPG-7と見た目がそっくりな兵器を基にして復元、改良した兵器。

 その兵器の先端には既に対ミュータントを想定した榴弾が装填されクリーチャーの集団に狙いを定めている。

 そして隊長の命令によって放たれた二つの榴弾は同時にクリーチャーの集団に着弾、弾頭の威力を余す事無く発揮して隔壁ごとクリーチャーの集団を纏めて吹き飛ばした。

 

「全部隊突入せよ!」

 

「Ураааааааа!!!!」

 

 部隊はクリーチャーに立て直しの時間を与えない様に迅速に隔壁の中に喊声を挙げながら突入、爆発からの生き残ったクリーチャーの掃討を開始した。

 

 そして部屋の中央に鎮座する巨大な水槽に浮かぶ化け物に視線を奪われ──隔壁からほど近い場所で目を回しているノヴァを見つけて誰もが驚いた。

 誰もこんな場所にノヴァがいるとは思っておらず、それでも爆発に目を回しているノヴァを見つけたタチアナは本来の目的さえ忘れて急いで傍に駆け寄った。

 

「ボス、ご無事ですか!?」

 

「えっ、なんでタチアナが、プスコフが此処にいるの!?」

 

 積み重なった偶然、その果てにタチアナ達はノヴァを見つけたのだ。

 



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望んだ再会

 雪崩の如く押し寄せてきたクリーチャーが纏めて吹き飛ばされる。

 凶悪な四肢が爆発によって引き千切れ、鮮血と共にバラバラになった肉体が研究室に撒き散らされる。

 そして爆発の向こう側から現れたプスコフとタチアナの姿を見たノヴァは混乱の極致にあった。

 どうして此処にいるのか、何故帝都に入れているのか、キャンプの防衛は大丈夫なのか、そもそもどうやって此処を見つけたのか。

 聞きたい事も質問したい事も沢山あった、実際に驚いて開きっぱなしの口を動かしてノヴァは問い掛けようとした。

 

「詳しい話は後です!! 今すぐ此処を離れます!」

 

 だが傍に近寄って来たタチアナの鬼気迫った表情からノヴァはその時ではないと悟った。

 少し考えれば分かる事だ。

 現状のキャンプから抽出した戦力で帝都まで来ることは途轍もない困難を伴っただろう

 タチアナ達には悠長に会話する時間は無い、目的を果たす事が出来れば即座に帝都から離脱しなければいけない程ギリギリの戦力なのだ。

 

「待て! せめて水槽にいるアレを、クリーチャーとエイリアンを統率する中枢を破壊しないと!」

 

「ッ!? 分かりました! 持ってきた爆薬を急いでセットしろ、時間は無いぞ!」

 

「でかい……、持ち込んだ爆薬で足りるか?」

 

「やるしかない、やるしかないんだ!」

 

 ノヴァの言葉を聞いたプスコフは研究室の中央に鎮座するエイリアンが収められた水槽の巨大さに息を呑み、それでも持ち込んだ爆薬を手早く水槽に設置していく。

 その姿を見ながらノヴァはふらつく足で立ち上がり、揺れるノヴァの身体をタチアナとプスコフの隊員が肩を貸して支えた。

 そうして歩き出したノヴァの耳には幾つもの咆哮と銃声が聞こえて来る。

 研究所は少なくなったものの隔壁の外から木霊となって聞こえて来る銃声とクリーチャーの叫びは一向に止まる気配がない。

 現状はプスコフ達に優勢であるがクリーチャーの襲撃は絶えず現状は予断を許さない状態である。

 危機感を共有する隊員達は残された時間が余りない事を肌で理解して誰もが迅速に動き目的を果たそうと動き続けた。

 そして持ち込んだ爆薬をセットし終えた頃に隊員の一人が研究所で打ちひしがれていたエドゥアルドを背負って来た。

 

「隊長! その、この子は──」

 

「そいつはエドゥアルドだ。クリーチャーを生み出してキャンプを襲撃した科学者、その記憶を引き継いだ個体だ」

 

 ノヴァの言葉に驚愕した隊員が背負っていたエドゥアルドを地面に落とし小銃を向ける。

 背中から人間には有るまじき触手が生えていたが隊員は動く気力もない子供の姿に騙された、或いは帝都によって改造された子供の一人と思っていたのかもしれない。

 だが子供の正体がエドゥアルドだと知らされた瞬間に隊員は態度を一変させた。

 それも一人だけではない、地面に蹲るエドゥアルドに向けて周りにいた何人ものプスコフが銃を向けているのだ。

 襲撃された怒りか或いは得体のしれない存在に対する恐怖か。

 プスコフ達の顔はヘルメットに隠れてノヴァには伺い知れない。

 それでも向けた銃が小刻みに震えている事から様々な感情を抱いている事はノヴァには容易に理解できた。

 

 ──殺すべきなのだろう、今此処で後腐れなくエドゥアルドを。

 

 その決断を下せるのは此の場でただ一人、プスコフとタチアナが見つめる先にいるノヴァだけである。

 それを理解しているノヴァは力なく地面に蹲るエドゥアルドを見て──短い逡巡の末に口を開いた。

 

「──最重要参考人として捕縛する」

 

「ボス!?」

 

「コイツが作ったクリーチャーに寄生された住人の治療法を吐かせる。如何やって生き返ったのか洗い浚い吐かせて後に処分を決める。殺すのは……今じゃない」

 

 殺すのは容易い、抵抗する気力を失ったエドゥアルドの全身に銃弾を撃ち込み身体をバラバラに引き裂けば今回も殺せるだろう。

 だが殺した瞬間に脳に詰まっているだろう情報は消滅する。

 研究資料を持ち出す暇などないノヴァ達にとって現状においては唯一の情報源を失う事になる。

 誘拐され、脳を狙われ、殺され掛けた、それがエドゥアルドとノヴァの関係だ。

 親しみなど抱き様が無い、紛れもない脅威である事も理解している。

 それでもノヴァはエドゥアルドを今は殺さずに生きて捕縛する事を選んだ。

 

「分かりました。それでも抵抗させない様に四肢を拘束します」

 

「背中もガッチリ拘束してくれ。其処から飛び出す触手はシャレにならん」

 

「……もう、勝手にして、下さい」

 

 力なく蹲るエドゥアルドはテレパシーによる痛みに呻き続けていた。

 テレパシーが齎す苦痛はノヴァには想像も出来ない。

 今もテレパシーによる苦痛は続いているのかエドゥアルドは抵抗する動きを何ら見せる事無くプスコフに四肢を拘束され背中を触手ごと分厚い防弾繊維で幾重にも巻かれた。

 そうして全身を強固に簀巻きにされたエドゥアルドはプスコフの厳重な監視の下で回収される事になった。

 

「遠隔爆破装置を起動! 誤作動に備えてタイマーを10分にセット!」

 

「よし、全部隊撤収!」

 

 そして爆弾設置を完了したプスコフに守られながらノヴァ達は研究室から出て行く。

 隊列の中央にノヴァとエドゥアルドを配置してプスコフは周りを囲むようにして全周囲を警戒しながら地下通路を移動し始める。

 

「正面、敵3!」

 

「右側面、敵2!」

 

「背後、敵5!」

 

「各個撃破、迅速に処理しろ」

 

 道中の地下通路ではクリーチャーが頻繁に襲ってくるもプスコフの脚を止める事は出来なかった。

 数と勢いに任せて押し寄せるクリーチャーを冷静に処理、場合によってはアンダーバレルグレネードで纏めて吹き飛ばす。

 可能な限りの無駄が削ぎ落され、洗練されたプスコフの戦技は守られる側であるノヴァの追い詰められていた心を落ち着かせた。

 そうしてノヴァ達は地下通路を順調に進み、もう間もなくして邸宅に戻る階段に差し掛かかり──その時に男は現れた。

 

「もう直ぐです! 此処を抜ければ戦車が待機して──部隊停止!」

 

 先頭を任されていたプスコフが部隊に停止命令を出す。

 誰もが敵が現れたと考えて停止直後に銃を向けるが、其処にいたのは見慣れたクリーチャーではなかった。

 専用に仕立てたであろう整った衣服を着た身形のいい一人の男、クリーチャーの死骸と硝煙と血の匂いが渦巻く地下通路には不似合いな男がいた。

 一見して場違いであり武装を持っていない姿を見たプスコフ達は何処からか迷い込んだ帝都の人間、若しくは研究の関係者かと予想を付けた。

 それでもプスコフは警戒を緩める事は無く銃口は男に向けたまま、移動の邪魔になるのであれば強制的に排除しようと動き出し──男は荒げた息のまま突如として話し掛けた。

 

「ああ、殿下、生きていたとは!!」

 

 男の視線はノヴァ──ではなく右肩を持つタチアナに向けられていた。

 そして視線を向けられたタチアナは突如として現れた見知らぬ男を驚愕の面持ちで見つめていた。

 

「そんな、まさか──」

 

「クソ野郎……」

 

「え、殿下? クソ野郎? お知合い?」

 

「殿下、お聞きください! あれは不幸な事故だったのです! そして今、帝都に不法侵入を犯した輩がおり臣民は混乱の極致です! 如何か、如何か帝国臣民を諫める為にお力を──」

 

 水を得た魚の様に勢いよく話し掛ける男をプスコフは排除するべきか迷った。

 撤退の邪魔であるのは間違いなく、それでも上官の知り合いであろう男の対応をどうしようかとヘルメットの下で悩んだ。

 だが状況を弁えずに長くなりそうだった男の話は続く事は無かった。

 前触れもなく響き渡った銃声と同時に放たれた銃弾が男の身体を貫いたからだ。

 

「え?」

 

「で、殿下?」

 

 男とノヴァは揃ってタチアナを見る。

 ノヴァを支えるタチアナの空いている腕には煙を挙げるサブマシンガンが握られていた。

 それが意味するのは一つ、迷う事も無くタチアナは男を撃った事だ。

 

「な、何故──」

 

 疑問を、理由を問おうとした男の口が開く事が無かった。

 タチアナはサブマシンガン腰だめに構え躊躇わずに引き金を引く。

 弾倉を撃ち切る勢いで放たれた銃弾が男の身体を貫き鮮血が飛び散る。

 男は貫いた銃弾の勢いのまま後ろ向きに倒れ、殆どの銃弾が命中した腹部からは蛇口を捻った様に血が流れ仕立ての良い衣服を真っ赤に染める。

 

「あら、此処は戦場ですから流れ弾が当たったのでしょう」

 

「流れ弾ですね」

 

「流れ弾ですな」

 

「え、いや、あれは──うっす、何も見ていません」

 

 タチアナの護衛だろうプスコフではない帝国軍隊員はタチアナの所業を事故と片づけた。

 いやそれはないだろう、意図的に男を殺したのでないかとノヴァはタチアナに視線を向けるか張り付けた様な笑顔を見てノヴァは口を閉ざした。

 恐らく、いや間違いなく因縁があったのだろうがノヴァは見ざる聞かざる言わざるの精神でこの場をやり過ごす事を決めた。

 それはプスコフも同様であり何かしらの因縁を感じ取りつつも部隊は死んだ男を放置して移動を即座に再開、クリーチャーの襲撃を退けながらノヴァ達は地下通路から邸宅に戻った。

 そうしてノヴァが邸宅から出て見たのは正面玄関前で止まるキメラ戦車が猛烈な弾幕を張り続けている場面であった。

 

「漸く戻って来たか! 弾も残り少ない、急いで乗り込め!」

 

 猛烈な弾幕射撃によって幾つもの建物が崩壊し見通しが良くなった高級住宅街。

 足元には数え切れない程のクリーチャーの死骸が積み重なり、足の踏み場も無い程に空薬莢が散乱している。

 それ程までに強烈な弾幕を張り続けていながら住宅を覆うように現れるクリーチャーの数は底が知れない。

 搭載機銃のみならず隊員の持つ小銃も加えて漸く押し留めている状態であり余裕など微塵も無いのが現状であった。

 ノヴァ達が現れてもなお押し寄せるクリーチャーの勢いは止まらない。

 それを肌で理解したノヴァ達は急ぎキメラ戦車の増設カーゴに走り出し──その直後に弾幕の一部を突破してクリーチャーの一群が接近する。

 

「抜けられた、カバー!?」

 

「既にやっている!」

 

「弾切れ! 新しい弾倉を!」

 

 突出してきた一群を皮切りにクリーチャーの包囲網が狭まる。

 均一だった弾幕の切れ目を突き破る様に行われる死を厭わない捨て身の突撃。

 強靱な生命力を持つクリーチャーを数発の銃弾で動きを止める事は不可能であり此処に至ってクリーチャーの物量による突撃を押し留められるだけの火力が底を尽き始めた。

 

「やむを得ない、一号車はボスを載せて即時離脱! 二号車は殿として時間を稼げ!」

 

 一号車だけは何としても逃がす。

 その為に二号車が殿を務める事をグレゴリーは決断する。

 殿を任せられる二号車は非常に危険であり、下手をしなくても戦場から離脱できない可能性もあった。

 それでもグレゴリーの命令を聞いた二号車に搭乗する部隊全員が此処を己の死地と定めた。

 連れ帰って来たボスの姿を見た事でそれだけの価値が在ると誰もが理解したからだ。

 

「イエッサー!」

 

「ボスを頼みます!」

 

 だが二号車の決死の覚悟を磨り潰す様にクリーチャーの大群は圧力を増していく。

 幾ら弾丸を撃ち込もうとそれ以上の数を以て押し寄せ──だが上空からの苛烈な攻撃によりクリーチャーは群れ諸共勢い良く吹き飛んだ。

 

「これは!?」

 

「うおぉぉお!?!?」

 

 連続した発生する爆風から逃れようと二号車の隊員はカーゴの陰に隠れる。

 そして身を隠せた事で漸く突如として行われた攻撃が宙を飛ぶAWの物であると理解した。

 遠目にしか見えなかった空飛ぶ巨人、その威容を間近で前にしてグレゴリーもタチアナも、プスコフの誰もが目を奪われた。

 だが、その中でAWと言う兵器を文字通り確立し製造したノヴァは帝都に現れた鋼鉄の巨人を前にして別の意味で困惑した。

 

「なんで帝都にAWが? 見る限りだと製造途中の第二世代が何故?」

 

 AWの姿を見上げたノヴァの脳裏には幾つもの疑問が沸き上がり──だが全ては目の前に突然降り立った強化外骨格を前にして中断された。

 そして外骨格が勢いよく展開して文字通り飛び出してきたサリアをノヴァは見た。

 

「サリ──」

 

「ノヴァ様!!」

 

 ノヴァが口を開くよりも先にサリアは抱き着いてきた。

 その勢いのまま倒れそうになったノヴァだが何とか踏ん張る事で耐えた。

 そして現れたサリアが研究所で離れ離れになった時の姿とは違い一目では人間と変わりない姿をしている事に気が付いた。

 その機体がサリア専用に製造した最新鋭の機体である事をノヴァは覚えていた。

 そして抱き着いているのがサリアであると改めて理解するとノヴァには言いたいことが沢山あった。

 どうして此処にいるのか、皆は無事でいる、AWを此処に運んで来たのか……、聞きたい事は沢山湧いて出て来た。

 

 ──だがそんな情報はどうでも良かった。

 

 アンドロイドの膂力で、しかしノヴァを傷つけない様に加減して抱きしめられている事を理解したノヴァは思考よりも速く口が開いた。

 

「ゴメン、沢山心配かけた」

 

「……本当です、本当ですよ」

 

 サリアは感情を獲得しているがアンドロイドには涙は流せない。

 それは無機物で作られた肉体に涙を流す機能は付けられていないからだ。

 だからこそサリアは涙を流す事無くノヴァに抱き着いていて──それでもノヴァの目にはサリアが泣いている様に見えてしまった。

 だからノヴァは抱き着いてきたサリアを慰める様に後頭部を優しくなで──

 

『お父様! 今迄何処にいたのですか! サーバーを掌握して必死に探していたんですよ!』

 

「五号! ゴメンもうちょっと音を抑えてくれ」

 

『ノヴァ様、ご無事……ではありませんが生きていて何よりです』

 

「心配かけて済まない、デイヴ」

 

『ノヴァ様ですか!? 本当にノヴァ様ですか!? 偽物じゃありませんよね、本物ですよね!?』

 

「本物だよ、マリナ」

 

『ノヴァ様を無事確保出来たようで。これで私の任務も一区切りつきました』

 

「アラン!」

 

『パパ! やっと会えた!』

 

『ワンワンワン!!』

 

「ルナ、ポチ! ああ、ゴメンな、本当にゴメンな」

 

 サリアが脱ぎ捨てた強化外骨格を通してノヴァの耳には懐かしい声が幾つも聞こえて来る。

 映像は無く声だけではあったがそれはノヴァが会いたいと思い続けた家族だ。

 

「良かった、ご無事で、本当に……」

 

 そして今も離れる気配のないサリアの頭を撫でながらノヴァは口を開いた

 

「皆、心配を掛けてゴメン。早すぎるかもしれないけど、ただい──」

 

 だが全てを言い終わる前に足元で大きな振動が起こる。

 異常を察知したサリアがノヴァから離れ強化外骨格を纏うと震源地らしき地点に視線を向けノヴァを庇う様に前に出る。

 其処はノヴァが脱出してきた邸宅から離れた場所であり、その上に建っていた無傷の建物が崩壊していく最中であった。

 

「大丈夫、大丈夫!! さっきの爆発は地下にあったテレパシー装置を爆破しただけだから! 俺に怪我は──」

 

 心配する事は無い、問題が起こった訳は無いとノヴァが通信機越しに告げようとした。

 だがノヴァ達を取り囲むクリーチャーの変化した動き、先程まで一心不乱に襲い掛かって来たクリーチャーがノヴァ達を無視して移動し始めたのだ。

 行先は先程倒壊した邸宅、その動きに不信感を覚えたのはノヴァだけではなかった。

 

「これは、いったい……」

 

 グレゴリーが呟いた言葉は此の場に集った人々の総意であった。

 何かが起こっているのは間違いない、だが何が起こっているのかは全く分からない。

 その不気味な光景に誰もが知らずに武器を持つ手が強張っていく。

 

「異常事態が発生しているのは間違いありません。ノヴァ様は速やかに此処から離脱して下さい」

 

「そうだな、帝都に展開している部隊も回収して速やかに──」

 

 だがノヴァが言い終わるよりも早く崩壊し廃墟と化した邸宅から噴火の様に瓦礫が勢いよく上空に吹き飛ばされた。

 粉塵と共に吹き飛んだ瓦礫が住宅街に勢い降り注ぎ無事だった幾つもの邸宅を破壊していく。

 それはノヴァ達も例外ではなかったが大きな瓦礫はAWによって撃ち落され損害は微々たるものに収まった。

 そして瓦礫が粗方落ち切った時を待っていたかのように巨大な何かが地下から現れた。

 

「あ、あれは」

 

「なんだ、アレは……」

 

「大きい……」

 

 帝都の地下から現れた巨大な何か、それは当たり前の様に宙に浮かんだ。

 AWの様にスラスターやバックパックからの反作用によって宙に浮かぶのではない、青白い炎を出す事も無く不自然としか言いようがない異様な飛行。

 その異常な光景を誰もが驚きと共に宙に飛ぶ巨大な物を見るしかなく、だがノヴァとサリア達は違った。

 宙に浮かぶ巨大な物が何であるか知っている、何故なら過去に二回も遭遇した因縁の在る敵であるからだ。

 

「アイツ、息を吹き返したのか!」

 

 その姿はエイリアンの上級個体と相違ない姿形をしている。

 不要として切除されていた巨大な触手も再生されており、そればかりかノヴァが知る上級個体よりも二回り以上も大きな身体である。

 だが一番の特徴はロボトミー手術によって切り開かれ幾つもチューブが繋がっていた剥き出しの中枢神経系には後から付け足されたかのように歪な突起が生えていた。

 そしてノヴァは隣のプスコフから望遠鏡を借りて突起を覗き、その正体が人間の身体である事を理解して驚愕した。

 巨大な身体と比較して小さく見える人間の身体はボロボロになった衣服を纏い、腰から下がエイリアンと融合していた。

 それは人間とエイリアンの融合体とでも言うべき異常な個体である。

 そしてノヴァは融合している人間に覚えがあった──具体的に言えば邸宅に戻る前にタチアナが躊躇もしないで撃ち殺した男であった。

 

「……の」

 

「の?」

 

「ノぉぉぉおおヴぁぁぁあああああああ!!」

 

 そして人間とエイリアンの融合体が帝都中に聞こえる程の大声で叫んだ。

 その叫びは濁っていたが何を叫んでいたかノヴァにも理解出来た。

 理解出来たからこそノヴァは宙を飛ぶ融合体に聞こえない事は百も承知でありながら堪らずに大声で叫んだ。

 

「お前に名乗った覚えはねぇえ!!」

 



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開いた地獄の窯

 人とエイリアンが融合した異常な存在、その姿は正しく化け物であった。

 

 仮に名前を付けるとすれば融合体とでも言うべきだろう異形は帝都全域に響き渡る咆哮を放ち空気を震わせる。

 そして異形の姿から振るわれる暴力、巨大な身体から伸びる幾つもの太く長い触手が咆哮と共に振るわれると周囲にあった住宅を簡単に吹き飛ばして瓦礫の山に変えた。

 銃撃や爆発ではない、長く太い触手による薙ぎ払いという原始的な暴力であっても巨体から繰り出されれば強力な兵器であった。

 そして融合体は自らの周囲を無差別に破壊し続けた。

 咆哮と共に建物が倒壊し巻き上げられた瓦礫が巨大な礫となって降りかかる。

 

 だが化け物である融合体は住宅街の一画で暴れ続けるだけでなかった。

 

 宙に浮かぶ融合体の足元に幾つもの生物が集い軍勢となっていく。

 それらは人間ではなく化け物と同じ人ならざる生物、人が産み出した怪物であるクリーチャーと異星からの侵略者であるエイリアン。

 そして起源が異なるのにも関わらず集ったクリーチャーとエイリアンを率いて融合体は進軍を開始した──帝都中央に向かって。

 

 そんな突如として始まった融合体の行進、世界の終わり染みた終末的な光景を離れた場所から見ていたキャンプ側の住民達は言葉を失い、対するノヴァは冷静さをかなぐり捨てて叫んだ。

 

「あのタコ、復活してやがる!? それに人間と融合しているようだし何がどうなっている! おい、エドゥアルド! アレは一体はどういう事だ!」

 

 ノヴァの言葉は周りにいる人々の総意でもあった。

 非現実的な光景を前にして誰もが言葉を失い叫ぶ事さえ忘れて、それでもノヴァの叫びに我を取り戻した誰もが理解不能な光景を前にして説明を求めていた。

 そして混沌極まる現状を最も理解出来ているだろうノヴァに、ノヴァからエドゥアルドに幾つもの視線が集まった。

 

「少し、静かにして、頭が、イタイ、ああ……」

 

 だが当のエドゥアルドはノヴァに詰め寄られても満足に話せる状態ではなった。

 まるで痛みを伴う何かに耐える様に表情は苦渋に歪み、聞こえて来るのは切羽詰まった小さな声と呻き声だけ。

 エドゥアルドを拘束していたプスコフ達も説明させる為に苦痛を緩和しようとした。

 しかしエドゥアルドの身体には傷一つなく苦痛の原因が一体何であるのかプスコフの誰もが理解する事が出来ず、それ故に対処も行えずに困惑する事しか出来なかった。

 だがノヴァだけはエドゥアルドが何に苦しんでいるかを理解出来た。

 ノヴァは何時の間にか周りに集まっていたアンドロイドの一体から外骨格のヘルメットを素早く取り外し、苦しんでいるエドゥアルドに被せた。

 

「アンドロイド用の装備で電脳を高出力電磁波から守る装備だ。テレパシーにも効果はある筈だ。これなら話せるか」

 

「……ええ、そうですね、少し楽になりました」

 

 ノヴァ自身もエドゥアルド程ではないにしてもエイリアンによるテレパシーは経験済みであり、粗削りではあるが対処方法を知っていた。

 だからこそテレパシーを受信している脳を覆う様に外骨格のヘルメットを被せた。

 アンドロイド用に開発、改修を行ってきた外骨格一式は標準機能として電磁波対策も施しておりテレパシーを防ぐ、或いは軽減出来ると考えたからだ。

 実際にヘルメットの効果は劇的であり、呻き声が収まり落ち着いた口調で会話が出来る程度にエドゥアルドの苦痛は緩和された。

 

「なら洗いざらい話せ、アレは一体何なんだ」

 

「そうですね……」

 

 ノヴァが指さした先にいる宙に浮かぶ巨大なエイリアン、その姿形はタコの様な見た目をしているが実物はそんな生易しい存在ではない。

 無差別に振るわれる触手によってありとあらゆる物を破壊する正真正銘の怪物であり、数多のクリーチャーとエイリアンを従える破滅の使者である。

 そんな化け物の姿をヘルメット越しに観察したエドゥアルドは短い沈黙を挟んでから口を開いた。

 

「前提として上級個体に無力化は施しましたが死んではいません。薬物と装置によって思考能力そのものを物理的に封じていただけです。ですから装置が破壊されれば抑制されていた思考能力と再生能力を取り戻します。ですが貴方達が設置した爆弾の一斉起爆から生存出来る可能性は非常に低い、本来であればそのまま死んでいた筈です」

 

「だがアレは生き延びて元気に進軍をしているぞ」

 

「それなんです、アレの欠損した中枢神経系群では短時間であそこまで再生するのは不可能です。ですが見る限りではテレパシーを用いて欠損した中枢神経系の代わりとして総統を取り込んだのでしょう。生きた生体部品を取り込み、思考能力を取り戻したエイリアンは急速に再生を行って爆発から生存、そして今の姿になったと思われます」

 

「つまり爆発で消し炭になる筈だったエイリアンは僅かな時間で男を取り込んで思考能力を取り戻し、その後に急いで身体を再生したと? そんな事が可能なのか、異なる生物だから拒絶反応がある筈だろう?」

 

「私もエイリアンとの融合に驚いていますけど……、まぁ、理論上では可能です。正確には融合ではなく中枢神経の外付けとも言うべきでしょう。私もそうですが長命化施術として総統が取り込んだ細胞はエイリアンの驚異的な再生速度を基に開発した細胞です。同じ系譜で……いや、肉体がエイリアンに近付いたからこそ拒絶反応無く取り込まれたのでしょう」

 

「……まじかよ」

 

「まじです。それと再生は今も続いています。いや、あれは成長とでも言うべきでしょう。巨大化する為に必要なエネルギーと物質を捕食によって取り込んでいます。クリーチャーでもエイリアンでも何でも食べていますよ」

 

 エドゥアルドが指差した先にいるエイリアンは触手を振り回して住宅街を見境なく破壊している。

 だがそれだけでなく触手は配下である筈のクリーチャーとエイリアンをも貫いていた。

 そして触手に突き刺さった死骸を口許に運んでは巨大な口らしき器官でバリバリと咀嚼していた。

 

「……アレには成長限界はあるのか?」

 

「分かりません。そもそも一つの生命体として完結しているエイリアンに外付けとは言え人間がくっ付いているのです。私の予想を超えた何かが起こっても不思議ではありませんし、もしかしたら帝都を突き破る程に巨大化するかもしれませんよ」

 

「……勘弁してくれよ」

 

 エドゥアルドの説明を聞き終えノヴァは頭を抱えるしかなかった。

 漸く帝都から脱出しようとする矢先に起きた大事件はノヴァの脚を止めるには十分すぎる衝撃があった。

 それでも件の融合体が帝都の中で暴れ回るだけなら後ろ髪は引かれるが無視する事も出来なくはなかった。

 心の底から帝都の中だけで暴れるだけで済むのであればと願い、だが事は都合よく運ばない事をノヴァは薄々とは感じ取っていた。

 だからこそ確認を兼ねてノヴァは頭を押さえながらエドゥアルドに尋ねた。

 

「因みにだがアレに思考は残っているのか?」

 

「半々といった所です。今は総統とエイリアンの意識が混濁している状態で正常な判断能力はありません。ですが時間が経つにつれてエイリアンが融合体の意識を完全掌握するでしょう」

 

「ノヴァ様、今すぐアレを討伐しますか?」

 

 傍に控えているサリアがノヴァに問いかける。

 現状であれば複数のAWが帝都にいるので成長途中の融合体を容易に始末することは確実に可能だ。

 事実としてノヴァの許可さえ下りればサリア達は即座に攻撃を開始して融合体を討伐するつもりでいた。

 

「それは、ちょっと止めた方がいいですよ」

 

 だがサリア達の行動を止めたのは意外な事にエドゥアルドであった。

 そして今迄の会話からサリアは幼い子供の正体がエドゥアルドであると認識していた。

 だからこそノヴァも誑かす為に会話に口を挟んだだろうエドゥアルドにサリアは巨大な刃を眼前に突き付けた。

 何時でもお前を殺せるとサリアは言葉さえ交わす事さえ無かった。

 だがエドゥアルド本人は身体を容易く両断するだろう凶器を前にしても大した危険を感じていないのか態度が変わる事も無くノヴァと話し続けた。

 

「何故だ」

 

「既にアレによってメトロ中に分散配置させて休眠状態にあった全てのクリーチャーとエイリアンが覚醒しています。もしアレを討伐すれば制御を失ったクリーチャーとエイリアンが一斉に暴れます。それがどの様な結果を招くか理解出来ない訳ではないでしょう」

 

「……因みに数は」

 

「私の記憶が間違っていなければクリーチャーは約6,000体、エイリアンは全体で約1,000体といった所ですね」

 

 エドゥアルドはたいした事でもない様に口にした。

 だが話を聞いたノヴァの周りにいる誰もが冷汗と共に息を呑んだ。

 総勢7,000もの化け物が既にメトロ中に配置されており、宙に浮かぶエイリアンを倒した瞬間に膨大な数の化け物がメトロ中に解き放たれるのだ。

 それでもノヴァが作り上げたキャンプの様に武装が整っている駅やコミュニティーなら抵抗出来る可能性はあるだろう。

 だが全体で見れば戦力が整っている場所は極一部でしかない。

 それ以外の場所は貧弱な戦力しかなく解き放たれた化物達に抵抗など出来る筈も無い。

 圧倒的な数と暴力に捻じ伏せられ一方的な虐殺が起こるのは確実、対話など出来る筈も無い、見つかったら最後で選択肢は殺されるか食われるしかない。

 

「ノヴァ様、監視部隊から連絡です。帝都に向って計測不能な数のクリーチャーとエイリアンが移動していると複数の場所から報告があがっています」

 

「……冗談抜きでメトロが滅びるぞ」

 

 メトロが滅びる、比喩でも冗談でもなく現実の出来事として。

 そして最悪の可能性を裏付けるように悪い知らせがサリアからノヴァの耳に届いた。

 最早、最悪の可能性は確定した未来と言っても過言ではない所まで来てしまった。

 現実から目を背ける様にノヴァは帝都の中央で暴れる融合体を眺めた。

 

「聞くけどアレは何をしているつもりなんだ。俺の目には帝都の中央で暴れているだけにしか見えないが何が意味があるのか?」

 

「テレパシーで分かったのは途方もない怒りですね。丹精込めて創り上げた帝国の全てを台無しにした大罪人を探して自らの手で殺したいそうですよ。補足するなら正常な判断は出来ていないので人が集まっている所を本能で怒りのまま見境なく襲っている感じですね」

 

「台無しって逆恨みじゃ……」

 

 そう言ってエドゥアルドに振り返ろうとしたノヴァの視界にはAWを率いるサリア達とキメラ戦車を動員したプスコフの姿があった。

 そして結果として彼らが齎した帝都の被害と破壊を考慮すれば──途中でノヴァはそれ以上考える事を辞めた。

 だがエドゥアルドは現実逃避を行っているノヴァに追い打ちを掛けてきた。

 

「因みにエイリアン側にも怒りがありましたね。エイリアン間にはテレパシーによる命令系統と情報共有が存在します。ですが時偶に残留思念とでも言うべきものを計測する事もありました。もしかしてエイリアンから恨みを買うような事をしましたか?」

 

「恨みなんて……」

 

 ノヴァにはエイリアンが恨みを持つような事はやった覚えは──、かなりやった記憶があった。

 具体的に言えば秘密基地にあった資材を丸々一つ盗んだ挙句に基地ごとエイリアンを吹き飛ばし、ザヴォルシスクに点在していた前哨基地らしき場所を幾つも襲撃して根こそぎ資材と機材を奪った記憶等であった。

 そんなノヴァの内心を感じ取ったのかヘルメットからはエドゥアルドの小さな笑い声が聞こえて来た。

 

「おめでとうございます、役満ですね」

 

「貴方、今すぐ此処で殺してあげましょうか?」

 

「待て、サリ──いや、やっぱ殺そうかな」

 

「御心配には及びません、ノヴァ様。処分には三秒も掛かりません」

 

「おやおや、これは怖いですね」

 

 サリアがその気になれば容易く殺されるエドゥアルドは理解している。

 それでも態度が変わらないエドゥアルドの太々しさにノヴァは怒りを通り越して呆れるしかなかった。

 そして、この場で感情のままにエドゥアルドを殺したとしても現状は何も変わらない事を理解しているノヴァは沸き上がった殺意を一先ず収めた。

 冷静になる為にノヴァは深呼吸を行いながら遠くで暴れる融合体を改めた。

 

「ノヴァ様、今すぐ此処を離れるべきです」

 

「そうだな、確かにサリアの言う通りだ」

 

 サリアの言う事は尤もであり、ノヴァとしても文句の付け処はない。

 だが帝都から離れて助かるのは遠い連邦へ逃げられるノヴァ一人だけであり、メトロに生きる人々はこれから始まる地獄から逃れる事は出来ないのだ。

 

「サリア、帝都に持ち込んだAWの戦力はどの位だ」

 

「……AW5小隊、3個小隊は帝都に、残り2個小隊は地上に待機させています」

 

「戦争でも起こすつもりなの? あと20機も投入させてしまって本当にごめんなさい」

 

 基本編成としてノヴァはAW4機で一個小隊として編成している。

 それを踏まえればザヴォルシスクには現在20機ものAWが投入されているのだ。

 魔境の巨大ミュータントならまだしも落ちぶれた帝都の総戦力から見れば過剰戦力といっても差し支えない。

 

「因みに地上の二個小隊は特務小隊『サイサリス』と『バスター』です」

 

「ねぇ、これホントに救出作戦? 助けてもらった分際だけどさ、周辺一帯更地にするつもりなの?」

 

 サリアがノヴァに告げた特務小隊『サイサリス』と『バスター』の二個小隊はAWの中でも特別な機体である。

 既に帝都に投入したAW12機でも過剰戦力であるのに地上待機の二個小隊も合わせれば文字通り帝都を跡形もなく吹き飛ばす事が可能な戦力である。

 正直に言ってサリア達は一体何を想定して此処に来たのかノヴァは問い詰めたかった。

 だがサリアが過剰とも言える戦力を持ち込んだお陰でノヴァの思い付いた突拍子もない作戦は実行可能になった。

 

「ノヴァ様、それは貴方がすべき事ですか?」

 

「あれ、やっぱり分かっちゃう?」

 

 そしてノヴァの考えている事をサリアは言葉を交わす事無く理解していた。

 

「短くない時を共に過ごしましたから」

 

「あの、一体何をするつもりですか?」

 

 ノヴァとサリア達は互いに言葉を交わさずとも何を考えているのか理解できていたが他の者はそうはいかない。

 そして一体何をするのか分からずに戸惑うタチアナとプスコフ達に向き直ったノヴァは口を開いた。

 

「別に難しい事をするつもりはない。エイリアンもクリーチャーも纏めて地上に誘き出して殲滅するだけさ」

 

 まるでたいした事でもない様にノヴァが告げたのは突拍子もない殲滅作戦。

 その言葉を誰もが最初は理解出来ず、そして言葉を理解しても余りに現実味のない内容を前にして口を開くことが出来なかった。



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幼い頃の憧れ

「本来であれば休眠状態であったクリーチャー共が目を覚ましている。今は融合体の支配下で統率が取れているが融合体を仕留めた瞬間に集団は離散してメトロ中に拡散する。そうなればメトロは終わりだ。ありとあらゆるものを食い荒らし、殺し尽くしてメトロが地獄になる事は避けられない未来だ」

 

 改めてノヴァが告げたのはメトロが迎えるだろう破滅の未来だ。

 それは冗談でも法螺話でもない、現状を放置した先に確実に訪れる未来である。

 これを話したのが唯の人であれば誰も相手にしないか、質の悪い薬物中毒者としか人々は見なさないだろう。

 だがノヴァを救出するために帝都に乗り込んだ者達は誰も異論を叫ばなかった。

 何故なら話を裏付けるかのように帝都で暴れるのは数え切れない程の異形の配下を引き連れた巨大な化け物なのだ。

 誰もが終末染みた光景を前にしてはノヴァが言った事が誤魔化しようのない事実であると認めるしかないのだ。

 

「だが今なら間に合う。今なら最悪の事態を防ぐ事が出来る」

 

 世界の終わりを目前にしてもノヴァは発狂する事も自暴自棄になる事も無く、普段通りの落ち着いた声で話す姿が其処にあった。

 そしてノヴァが落ち着いていられるのも無茶苦茶な作戦を実現出来るだけの力が今のノヴァにはあったからだ。

 それでもノヴァの説明を聞いた誰もが納得出来た訳ではなかった。

 

「に、逃げないのですか」

 

 誰かが小さな声で呟いた。

 本来であれば周りの喧騒に消えてしまいそうな小さな声だった。

 だがこの場に集った者達の多くの耳に呟きは届き、発言者である一人のプスコフは直ぐに見つかった。

 そして男に注目が集まると同時に周囲に空白が生まれ、ノヴァの目にも男の姿が良く見えた。

 

「うん、逃げない。今日で全てを終わらせる」

 

「何故です! あんなに沢山いるんですよ、飛んでいる大きなアレも! 幾ら貴方の作った兵器が優れていようと数が違い過ぎます!」

 

 男は自身の呟きのせいで悪目立ちをしていると理解している。

 本来であれば呟きに関して謝るか、無かった事にしてプスコフの中に戻るべきだった。

 だが耐えられなかった、我慢が出来なかった。

 男はノヴァの事を信頼しており、感謝もしている。

 それでも男の視線の先で化け物が繰り広げる破壊の嵐を前にしてはノヴァの様に冷静さを保つ事が出来なかった。

 数は力である、幾ら質が優れていようと膨大な数を前にしては質など容易く飲まれてしまう。

 プスコフとして一通りの教育を受けて来たからこそ男は理路整然としたノヴァの言葉が理屈では正しくとも納得出来なかった

 そして男を避ける様に離れたプスコフ達の心の隅にも同じ様な思いはあった。

 

「君の気持ちは理解できる……とは言えない。メトロは化け物の住処となり、その近くで拠点を構えたキャンプも何れ襲撃されるのは確実だ。確かに逃げる事も出来る、だがキャンプの住民達は何処に逃げればいい? 逃げる先の候補は何処になる? 何より逃げた先で生きるにはキャンプは大所帯になり過ぎた。逃げた先での生活は何れ破綻するぞ」

 

「……ボスの言葉に嘘はありません。小規模の集団であれば逃亡先でも生活は出来るでしょうが私達は大きくなり過ぎました。生きる為には食料を始めとした多くの物資が必要であり、もし逃亡先で賄う事が出来なれば我々はやせ細るしかありません」

 

 逃げれば生き延びる事が出来るか──答えは否である。

 

 ノヴァの説明に付け加える様にキャンプの内政を任されたタチアナが補足説明する。

 実際問題としてメトロを捨てて逃げるにはキャンプは大きくなり過ぎた。

 既に設置された様々な設備をメトロから逃げ出す際に持ち出すのは艱難であり、仮に解体しようものなら時間が掛かり過ぎる。

 何より現状のキャンプが大所帯でいられるのも構築したインフラあってのもの。

 インフラも何も無い逃亡先で今まで通りの生活を送る事は不可能であり、飾らずに言えば自殺行為であるとノヴァは考えている。

 

 しかしプスコフの男の言葉を否定するつもりはノヴァには無い。

 実際に融合体を筆頭とした化け物の大群を前にして逃げ出したいと考えるのは間違ってはおらずノヴァも理解出来る。

 それどころか化け物の大群を前にして戦う事を選択する自分の方がおかしいのだろう。

 だがAWという特異な兵器が無くともキャンプを率いる代表の立場で考えれば此処で逃げる事は出来ないのだ。

 

「仮にメトロ以外の地域で活動拠点を構築出来ていれば逃げる事も選択肢に入る可能性があった。だけど我々はキャンプ以外の活動拠点の構築をしなかったから逃げることが出来ない。他に聞きたい事はあるか?」

 

「……ありません」

 

 ノヴァの説明に男は納得するしかなかった。

 キャンプの事情を考えればノヴァの話した事は全て納得できるだけの理屈があり、自分の考えが如何に希望的観測に基づいた空想であるかを思い知らされた。

 そして男と同じ様な事を考えていた他のプスコフも同様であり、戦って勝つ事が生き残る道だと理性では納得してしまった。

 それでも僅かに残った感情は別の可能性を求めていた。

 

「他に聞きたい事は?」

 

「では、私からも」

 

 だからこそ部隊の中からタチアナが出て来た時に救出部隊の多くが注目した。

 自分達では思い浮かばなかった、だけどもしかしたらと期待を込めて多くの視線がタチアナに注がれた。

 

「時間が無いので手短に言います。海路か空路か知りませんが巨大な人型の兵器を連邦から輸送するには巨大な輸送機が必要な筈です。その機体にキャンプの住民を載せて避難する事は出来ないのですか?」

 

「私から応えましょう」

 

 タチアナの問いに答えたのはノヴァではなく外骨格を外したサリアであった。

 

「まず我々が此処に辿り着く為に使用した航空機ですが人間が使用する事を前提としていないので座席がありません。ですから仮に人間が乗り込めば機体の加速によって死にますよ」

 

「!?」

 

「サリアは嘘を言っていない。補足するが輸送機を設計した際に生身の人間を乗せられる設計をしていない、下手をすれば機内で死ぬ可能性が高い」

 

 二人の女性、片方はアンドロイドであるがサリアに視線を向けられたタチアナは緊張を悟られない様に普段通りの表情を維持していた。

 だがサリアから取り付く島もない返答とノヴァの補足を聞いてタチアナは顔を引きつらせるしかなかった。

 だがこればかりはどうしようもないとノヴァ自身も考えている。

 

 まず間違いなくサリアが連邦から帝国へ辿り着く為に使用した航空機は開発途中の輸送機であるのは間違いない。

 連邦で使用していた大型輸送ヘリではAWの輸送に限界があり早々に新しい輸送手段の確立にノヴァは迫られた結果として開発に着手したのだ。

 その際に重要視したのが積載量と展開能力であり連邦の大型輸送機を基にしてAW用に調整した機体をノヴァは開発、AW以外にも各種兵器を搭載できるようにしてはいる。

 だが物の輸送に特化した機体であり人間は輸送対象に含まれていないのだ。

 機内には組み立て式の座席すらなく、人間を輸送する事を念頭に置いていない。

 そんな機体に帝都から連邦まで乗せても身体を固定する事が出来ずキャンプの住民の多くが機内で事故死する可能性の方が高い。

 ある意味で欠陥機体とも言える輸送機に開発者であるノヴァとしても人を乗せる事は出来ないのだ。

 

「他には?」

 

「……ありません」

 

 二人の質問に答え終わると救出部隊は水を打ったように静まり返った。

 タチアナの問いに対する返答は最後の蟠りを跡形もなく粉砕する結果となった。

 結局の所生き残る為には戦うしかない、それを再確認された部隊は各々が手に持つ武器を強く握った。

 その姿を見渡したノヴァは自分を落ち着ける為に一度大きく深呼吸をしてから声を張り上げて命令を出した。

 

「よし、タチアナ!」

 

「は、はい!」

 

「地上で大規模な戦闘を起こしても問題が起きない場所の情報を五号に渡してくれ。その情報を基にAWでクリーチャーとエイリアンの殲滅を行う。キャンプの住民達をシェルターに避難をさせてくれ。それと可能であればメトロにある他のコミュニティーにも地上に出るのは危険だと連絡をしてくれ」

 

「わ、分かりました」

 

「グレゴリーは部隊を纏めてキャンプに帰還。道中の駅やコミュニティーには可能な限り避難を通達してくれ。そして帰還後はキャンプでは防衛に専念する様に。可能な限り引き付けるが群体から外れた個体が襲撃する可能性もある」

 

「了解しました」

 

「さて、残る問題は融合体をどうやって地上に引っ張り上げるかだな……。エドゥアルド、融合体の中で男とエイリアンの意識の割合はどの位だ?」

 

「現状は男が主導権を握っています。暫く持つでしょうが意識がエイリアンに完全に掌握されるのも時間の問題です」

 

「そうか、エイリアンに関しては何とかなりそうだが男の事は全く知らない……、タチアナ、なんでもいいが融合された男について知っている事は無いか?」

 

 思考能力があり過ぎれば融合体は誘導されている事に気付いて作戦が破綻する。

 だが意識が中途半端に残って思考能力が落ちている状態であれば地上に誘導する事は簡単に出来るだろう。

 後は融合体を地上まで引き付ける方法だがエイリアンに投げつける文句はノヴァの中では既に決まっている。

 だが男の方に関しては全く面識が無いので何も思いつかない。

 となれば融合された男に関してある程度知っているだろう人に聞くべきだろうとノヴァは考えてタチアナに問い掛けた。

 

「えっと……ですね。一言で言えば屑野郎ですね」

 

「大佐、味方を背中から撃って捨て駒にするクソ野郎も追加してください」

 

「虚栄心の塊、誰も信じないチキン野郎、帝国一のクソナルシストもお願いします」

 

「貴方達は……でも、間違ってはいませんね。後は何処までも身勝手で自分本位で中途半端に優れているから手に負えない屑ですね。今更後悔しても遅いですが戦争時に事故だと言い張って吹き飛ばすべきでした」

 

「うん、分かった。殆どが悪口でしかなかったけど何となく分かった」

 

 タチアナを筆頭として元帝国軍人達の口々から様々な感情が、主に増悪と怒りがたっぷりと込められた言葉が吐き出される。

 それを聞いたノヴァは一先ずエイリアンと融合した男の特徴を何となく掴む事が出来た。

 だがいっその事ノヴァは通信を仲介するだけで直接タチアナが語り掛けた方が良いかもしれないとも考えた。

 

「それで、どうするつもりですか」

 

「何、軽く怒らせて追い掛ける様に仕向けるだけだよ。だから後の事は任せた」

 

「……分かりました。どうか無事に戻ってきてください」

 

 そうして必要な情報が揃ったノヴァは細かな命令を出し終わると救出部隊は慌ただしく動き出した。

 その姿を見届けているノヴァにサリアが近付き問いかけた。

 

「ノヴァ様が其処まで責任を持つ必要はありません。私としてはキャンプを解散して各々が持ち運べる物資を分配、少数グループに分けて広く分散させればいいと考えます。全員が生き残るのは難しいでしょうが上手く逃げ延びるグループもあるでしょう。それで十分ではないのですか?」

 

「選択肢としてはありえるけど極端過ぎない?」

 

 サリアが出した案はキャンプの解散まで踏み込んだ極端な内容ではあったものの考慮する点はあった。

 確かに母数が増えればキャンプを捨てザヴォルシスクから着の身着のままで逃げ出したとしても全体として見れば助かる可能性は上がるだろう。

 確かにサリアの言う通り可能性は零ではない。

 しかし生き残る確率が限りなく低く条件次第によっては零になりかねない危険な選択肢でしかないのだ。

 その事を口に出そうとしたノヴァだが先にサリアが口を開いた。

 

「──ですがノヴァ様の考えは変わりませんよね」

 

「……そうだ、サリア。力を貸してくれるか?」

 

 ノヴァの考えは変わらない。

 逃亡先に大勢を伴って逃げる事も連邦に連れ帰る事も出来ない、今迄の生活を捨てて僅かな可能性に運命を委ねる様な博打染みた策も選ばない。

 戦う選択肢を選べたのは運が良かったといえばその通り、それでも地獄を止める事が出来る力があるのなら今使わずして何時使うのか。

 正義でも大儀でもない、困った人がいれば助けるという当たり前の考え。

 その為にノヴァは力を行使する事を決めたのだ。

 

「力を貸して等と言わないで下さい。我々は貴方の力です、貴方を支え、貴方の敵を打ち砕く事こそが私達の存在意義です」

 

 だからこそサリア達は従う。

 人では無い自分達を受け入れ救ってくれた人に報いるために。

 

「ですが条件を付けさせて下さい」

 

 ──それでもサリアにも譲れない一線があるのだ。

 

 サリアが話し終えた直後に一機のAW、一番見慣れたAWのプロトタイプがノヴァの目の前に降り立つ。

 そしてAWは片膝を着くと共に胸部のハッチが展開、内側にはアンドロイド用の座席と人間が乗る座席の複座式のコックピットがあった。

 

「プロトタイプのAWか」

 

「はい、第二世代の為の実証機とした改修を重ねていた7号機です。この機体には本来であれば搭載されていない複座式の有人コックピットを搭載しています。ノヴァ様は私が操作する機体の中にいて下さい。この機体の中程安全な場所はありませんから」

 

「ああ、任せた」

 

 サリアが言い終わる共にノヴァはAWの差し出された手に乗りコックピットに移動する。

 本来であればアンドロイドの機体を内蔵する機構だけであったAWのコックピットにはアンドロイドの用の座席だけでなく、後ろには人間用のコックピットがあった。

 それは思い付きでノヴァが作った有人仕様のコックピットであり、しかしサリア達の反対によってアンドロイドとのダブルになり、最終的には危険であると取り上げられた代物であった。

 そしてノヴァが操縦席に乗ると同時にサリアも乗り込み機体のハッチが閉じられる。

 僅かな時間暗闇に包み込まれると前方のモニターが光を放ち燃え盛る帝都の景色が映し出された。

 そして燃え盛る帝都の上空には悠々と飛ぶ融合体の姿があった。

 

『お父様、事前に左腕の喪失は知っていたので即席ですが義手を用意しています』

 

 ノヴァがモニターに映る景色を眺めていると五号からの通信が入る。

 それと同時に操縦席の一部が展開され、其処にはアンドロイドの片腕が収まっていた。

 仕組みとしては筋電義手のようであり備え付けられたセンサーが腕の電気信号を拾いアンドロイドの腕を動かしている。

 取り出して左腕に装着すれば問題なく動く、しかし調整が甘いのか失った左腕に比べれば動きはぎこちない。

 それでも自分が調整すれば問題ないとノヴァは考えた。

 何より両手が揃った事でノヴァは漸く自分の能力を十全に生かす事が出来るようになった事の方が重要であった。

 

「ありがとう、五号も心配を掛けてゴメンな。それで再会したばかりだか……」

 

『分かっています。ですが無理はしないで下さい。そうした瞬間、機体の制御を奪ってでも連れ帰ります』

 

「ああ、気を付けるよ」

 

 五号との通信は繋がったままノヴァは早速義手の調整に入る。

 その間にサリアは首筋の端末からAWに接続して機体の最終チェックを行い問題がないかを確認していた。

 そして作業が完了するまでの僅かに空いた時間にサリアはノヴァに問い掛けた。

 

「ノヴァ様にとって初めてのAWですが問題はありませんか?」

 

「そうだな、有人用のコックピットの座席は要改善かな。クッションが硬くて尻を痛めそうだ。それと初めての操縦がこんな形になるとは予想も出来なかったよ」

 

「怖いですか? ノヴァ様が逃げたいのであれば全力で帝都から離脱しますよ」

 

「怖くない……とは口が裂けても言えないな。実際にサリア達が来なければ全力で帝都から逃げ出していたよ。でも今は──不謹慎だけどワクワクしている」

 

「それは何故ですか?」

 

 サリアと会話を通じてノヴァは改め自分の気持ちと向き合う事になった。

 確かにプスコフの隊員が言っていた様に逃げ出したい気持ちもあった、全てを捨てて何処か安全な場所に逃げ込みたいとも。

 だがその気持ちは本音と比べれば非常に小さい物だ。

 そしてサリアの疑問にノヴァは自身の気持ちを嘘偽りなく答える。

 

「子供の頃の憧れかな。巨大ロボットが味方として現れて悪者をやっつける。そんな古典的で子供が憧れるシチュエーションに自分がいる。男として気持ちが昂ってしまうのはしょうがないんだ。……それでも相手がアレだから怖いけどね」

 

「そうですか。安心して下さい。私が今度こそ貴方を守りますから」

 

「ああ、頼りにしているよ」

 

 サリアとの短い会話が終わると同時にノヴァは義手の調整を完了させた。

 そして生身と遜色ない動きをする左腕で操縦桿を握る。

 

「サリア、義手の調整も終わった。俺は機体の制御を担当するから操縦は任せた。それじゃ、行きますか!」

 

「了解しました。プロトタイプ7号機、発進します」

 

 サリアの静かな宣言共にプロトタイプの背部バックパックとスラスターに灯が点る。

 青白い炎を噴き出して機体が宙に浮き、そして僚機のAWを伴って帝都の中央へ進撃する融合体に向けて飛行を開始する。

 僅かな浮遊感の後にノヴァの全身を加速による圧迫が襲い掛かる。

 そして全身を締め付けるような加速を全身で感じながらノヴァはモニターを睨みつけ機体の火器管制を立ち上げた。

 



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戦闘開始

 殺意が、怒りが、憎悪が──、ありとあらゆる負の感情が脳内に渦巻いている。

 制御不能な感情は理性を融かし、原始的な本能を超える増悪のままに融合体の身体は動いている。

 そして自分と同じ存在で作られた軍団を率いて帝都を蹂躙する。

 全ては一人の人間を見つけ出して殺す為。

 区別なく建物を破壊しているのも、武器を以て反抗する人間も無抵抗の人間も区別なく殺しているのもたった一人の人間を見つけて殺す為。

 

 ──たった一人の人間のせいで全てがおかしくなった、全てが破綻したのだ。

 

 だから見つけ出さねばならない、見つけ出して殺さねばならない。

 この手で、この力で、そいつの肉体を引き裂き、骨を砕き、肉を削ぎ落し、脳を磨り潰さなければ荒れ狂う感情は収まらない。

 だが肝心の人間が何処にいるのか融合体には分からない。

 テレパシーを通して流れ込む膨大な情報を捌くには今の処理能力では圧倒的に足りない。

 玉石混交の情報の海に溺れるばかりで融合体は数え切れない程の目があるのに関わらず一人の人間を探しだす事が出来ないでいた。

 

 だから融合体は人が多く集まる場所を目指して進撃を開始した。

 人が多ければ目的の人間が居るのだろうと僅かに残った理性で決めたものの未だに見つかっていない。

 沢山の建物を壊しても、何故が襲い掛かって来たから殺した沢山の人間の中にもいなかった。

 だが直ぐに見つかるだろうと融合体は考えていた。

 このまま進んで行った先に沢山の人間がいる、軍団に対して苛烈な攻撃をしている何かがいる。

 テレパシーを通じて配下の視覚を覗き見れば見覚えの無い集団が戦っていた。

 融合体に取り込まれた男は考えた──あのような部隊はいなかった筈だ。

 男を取り込んだ融合体は考えた──あれは危険な敵だと。

 二つは僅かに残った理性で異なる考えを持ち、されど集団の奥にいる人間達が目的であるのは変わらない。

 融合体は軍勢を動かし、自身も戦線に加わる様に帝都の中心に向かって進軍する。

 見知らぬ集団から幾つもの攻撃が飛んでくるが大した問題ではない。

 銃弾は身体の表面を弾き飛ばして血肉が僅かに欠けるだけ。

 融合体にしてみれば肉を補充すれば直ぐに治る程度でしかなく、人間がやっている事は無駄な抵抗でしかない。

 抵抗する者達は間もなく蹂躙される事は既に確定されている。

 それ程までに圧倒的な戦力差であり、融合体の指揮する軍勢は何もかもを飲み込み、破壊し、殺し尽くすために帝都へ進軍する。

 

 ──そして上空から突如として苛烈な攻撃が降り注ぎ融合体の軍勢を蹂躙する。

 

 クリーチャーが一撃で身体を粉砕され、エイリアンの胴体が引き千切れ、幾つもの怪物の悲鳴が合わさり聞くに堪えない不協和音を奏でる。

 一体何が起こった? 融合体の中にある二つの意識は同時に同じ事を考え──、そして攻撃の出所に意識を向けた瞬間に今迄とは比較にならない一撃が自身の身体を貫いた。

 

「GYAAAA!?!?」

 

 分厚い表皮を、肉を、骨を貫いて身体に大穴が空く。

 それは今迄とは比較ならない傷であり、融合体の身体にぽっかりと空いた穴からは間欠泉の様に血が溢れて流れ出す。

 それでも融合体が負った傷は致命傷ではなく、巨大な身体と比較すれば貫かれて出来た穴など小さいものでしかない。

 だが無意味な攻撃では無い、身体の表面をなぞるだけの無いに等しい攻撃とは全く違う。

 それは融合体の命に奪う可能性のある一撃、危険度は足元で騒ぐだけの有象無象とは比較にならない。

 そして意識を上空に向けた融合体が自らの身体を傷つけた相手を見た。

 帝都の上空に浮かぶ鋼鉄の巨人、それがなんと呼ばれるものであるのか融合体も男も知らない。

 だがアレが敵であると事は理解出来た。

 融合体は己の肉体と軍勢の攻撃の矛先を空飛ぶ巨人に向けて堕とそうとした。

 

『成程、豆鉄砲ではないが殺すのは大変そうだ』

 

 だが攻撃が始まる前に巨人から声が聞こえて来た。

 燃え盛り、様々な音が乱れて飛び交う炎上する帝都でありながら拡声された声は融合体にもはっきりと聞こえた。

 その声を男は知らない、だが男を取り込んだ怪物は知っている。

 その声が尽きない増悪を抱く切っ掛けとなった声である事を。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ノヴァが乗るAWに搭載された武装は少ない。

 近接防空用のレーザー発振器が頭部に二門、背部に接続された飛行バックパックに搭載されている小型ミサイルが計30基、右腕に装備した試作120㎜電磁砲、左腕には30㎜バルカン砲と格納型実体剣を組み込んだ試作複合型攻勢盾、予備武装として腰部に格納された近接戦闘用の短剣が二本だけである。

 そして試作120㎜電磁砲は射程距離と貫通力を念頭に置いて開発された試作兵器であり融合体に傷を負わせた武器である。

 AWから供給される電力で加速された砲弾は融合体の身体を容易く貫いた事から威力は十分にある。

 しかし弾幕を張る武装ではないため連続で撃てず、また試作止まりの兵器であるため安全装置として一撃毎に一定時間冷却する機構が組み込まれた武装である。

 サリアが試作止まりの兵器を搭載させたのはノヴァがAWに乗っても無茶が出来ない様にするためだろう。

 そして試作兵器は暴れ回りながら帝都に進撃を続けていた融合体の意識をノヴァに向けさせるに役割を見事に果たした。

 後は融合体に僅かに残った男の意識を悪口でも何でも使って煽り立てて我武者羅に追わせるように仕向けるだけ──、だったが融合体の恐ろしい視線は既にノヴァが乗るAWに釘付けだった。

 

「あれ、睨まれている?」

 

「先程の呟きが外部スピーカーを通して聞こえていたからでしょう。敵対心を剥き出しにしているのでは?」

 

「それもあるか……、一回外部スピーカーを切るぞ」

 

 一先ずノヴァは戦闘に入る前に起動させていた外部スピーカーを切断する。

 何はともあれ作戦の第一段階は達成、次の段階としては融合体がノヴァを何が何でも追うように仕向ける必要がある。

 その為には適度な傷を負わせて融合体に無視出来ない敵であると意識させる必要がある。その匙加減が作戦における尤も難しい部分である。

 

「どうします、このまま攻撃を続ければ倒せてしましますよ」

 

「それは困る。殺したいのは山々だが此処で死んでほしくない。一先ず電磁砲の出力を下げて攻撃を継続、無視されない程々の手傷を負わせるように立ち回ってくれ」

 

「了解しました」

 

 ノヴァの命令に従いサリアが操るAWが融合体を中心にして付かず離れずの間合いで旋回しながら電磁砲による攻撃を行う。

 致命傷ではないが、無傷にはならない程度に出力を下げた電磁砲が融合体の肉体に傷を負わせていく。

 対する融合体も撃たれるばかりではなく軍勢による反撃を行い、ノヴァの乗るAWに向けて数え切れない程の光弾が撃ち出される。

 だが融合体の反撃はAWを操作するサリアによって回避され、避け損なった一部は左腕に構えていた盾によって防がれた。

 一進一退ではない、ノヴァが繰り出す攻撃は融合体の身体を少しずつ削り飛ばして傷を負わせていく一方的な展開である。

 そしてダメージだけが蓄積されていく戦いの現状を変える為か融合体はノヴァに対応する為に動き出した。

 

「敵の進行方向が帝都中心から離れます。狙いは私達です」

 

「此処までは作戦通り、後は俺の口車に相手が乗ってくれるかどうかだな」

 

 現状の融合体は一方的に攻撃されるストレスに苛まれていると言える。

 仮にノヴァから逃げようとしてもノヴァは執拗に追撃をするつもりであるが、本音としては帝都では本格的に戦いたくない。

 作戦において重要なのは如何にして融合体を地上まで誘き出すか。

 無視されず、されど全力で戦わない様に調整しながらノヴァに夢中になってもらい武装が制限される事がない地上まで誘き寄せる必要がある。

 その為にノヴァは外部スピーカーのもう一度起動させた。

 

「あー、あー、マイクテス、マイクテス。聞こえるかタコ野──」

 

『GYAAAA!!』

 

 外部スピーカーはノヴァが思っていた以上に効果があった。

 ノヴァの呼び掛けに対して融合体は帝都を震わせる程の敵意と殺意に満ち溢れた咆哮を放ち、それはノヴァが乗るAWにも届いた。

 

「良かったですね、ノヴァ様に夢中ですよ」

 

「それはそうだが言い方があるでしょうに」

 

 サリアの軽口に苦笑いを返しながらノヴァは帝都全域の地図と眺めながら五号から送られた決戦予定地である地上へ続くルートの選定に取り掛かる。

 AWは当然ではあるが前提として融合体の巨体が帝都から地上に出る為には相応の広さを持つ通路を通る必要がある。

 その条件に当てはまる通路は三本、大型シェルター建造の際に使用された大型貨物輸送ルートをノヴァは使う予定である。

 本来であれば大量のクリーチャーが住み着いていたがノヴァ救出の際にサリア達のAWによって排除済みであり問題なく使える事は分かっている。

 何より囮であるノヴァからすれば一複雑な分岐路が無いので融合体の対応に集中できる事が大きな利点である。

 

「サリア、マーカを付けた大型貨物輸送ルートに移動。融合体を地上に誘き出すぞ」

 

「了解しました」

 

 サリアの操るAWは融合体から距離を取り、ノヴァが指定した場所まで移動を開始する。

 その際に融合体が追撃できるように速度を調整しており、ギリギリ追いつけない速度を出しながらノヴァとサリアが乗るAWは帝都を飛ぶ。

 

「よし、距離をとっても追い掛けて来るようになった。それでも念の為にもう一押しておこうか」

 

 現状はノヴァが立てた作戦通りに進行している。

 融合体は殺意を滾らせてノヴァを追い掛け続け、誘導されている事に気付いている様子はない。

 だが融合体が突如として冷静になってノヴァの追跡を辞める可能性は依然として残っている。

 現状の融合体の行動は理性と本能を置き去りにした感情に基づく短絡的な行動である。

 だからこそ死の危険を感じ取ってしまえば激情が霧散して生存を最優先とする行動に変わる可能性がある。

 それを防ぐためにも本能を越え、理性すら投げ捨てた現状から更に狂信的な執着を融合体に抱かせる必要がある。

 幸いにも融合体はAWの外部スピーカーを通して聞こえた声に大きく反応した事から聴覚は問題なく機能している事は明らか。

 後は融合体のエイリアン部分、或いは人間部分に語りかけて煽ればいい。

 取り敢えずノヴァは融合体の意識を掌握しているらしい男に語り掛ける事にした。

 

「聞こえるか、エイリアンに取り込まれた間抜け。総統閣下殿、お前の事だよ。なぁ、今どんな気持ちで暴れている。薄暗い地面の底で必死になって作った国を壊すのは楽しいか? 地上の復興を放置しての王様気取りはさぞ居心地よかったか?」

 

 辛辣に、悪辣に、痛烈に、嘲笑する様に、馬鹿にする様に、蔑む様にノヴァ融合体に語り掛ける。

 無様にエイリアンに取り込まれた男の怒りと憎しみを呼び起こすためにキャンプで培い磨いた話術を駆使した。

 精一杯悪役ぶったノヴァの口調は本職の人が採点すれば何とか及第点は貰えるだろう程度でしかない。

 それでもノヴァの語り掛けに融合体は反応を示した。

 

『黙れ!』

「黙レ!」

 

 咆哮とテレパシーが合わさった叫びはノヴァの耳と脳に届いた。

 ノヴァに送り込まれたテレパシーはAWによる分厚い装甲もあってダメージは殆ど無い。一方的に感情を投げつけられる事が不快であるのは変わらないが、一先ずノヴァの思惑通りに男は釣られた。

 

「事実だろ。所詮、お前は地の底で王様ごっこをしていただけでしかない。気に入らないモノは壊して放置、何も産み出さずに物資を徒に消費するだけの浪費家、何とも気楽な王様稼業だな。そもそも二百年もトップにいて成し遂げた事が少なすぎないか? 事実としてお前は長生き自慢の老害でしかないぞ」

 

「黙レ黙レ!」

『政治を知らぬ、己の要望を満たすだけしか能がない愚か者を率いてきたのは私だ。私がいなければ帝都は滅んでいた、私は己の全てを帝都に捧げ──』

 

 融合体の発声器官とは別に届くテレパシーは饒舌にノヴァに語り掛ける。

 自分が成し遂げてきた功績を、守った未来を声高に語るのは自らが無能である事を否定する為か、或いは貴様は道理を知らないとノヴァに説教をしているのか。

 だが、どちらであれノヴァにはどうでもいい事であった。

 

「痴れ者が。お前は大型シェルターに避難する筈だった皇族であり帝国の正当な継承者である彼女を謀殺した奸臣でしかない。帝都を滅びから救った? 帝都に全てを捧げた? 面白いな、道化の才能があるぞ、総統から芸人に転身してはどうだ?」

 

 タチアナは自身のことをノヴァに語る事が無かったものの軍人としての立ち振る舞いの中に見える細かな所作から何となくノヴァは上流階級出身ではないかと考えていた。

 そして決め手となったのがエドゥアルドの地下研究所から抜け出す際のタチアナと男の間にあった短い遣り取りであり、男が一方的にタチアナに語り掛けるだけであったが二人の関係を推測するには十分であった。

 本人には確認は取っていないがほぼ当りだろう、──ノヴァの予想を超えて正体が皇族であったとは予想外にも程があるが。

 

 とはいえ地下での会話から男がタチアナの地位を簒奪したのは間違いない。

 其処をノヴァが突いてみれば男の反応は劇的であり、今迄の自己弁護とも言うべき咆哮とテレパシーが一時的に収まったのだ。

 それはノヴァにしても想定外であり──、その際に不意に浮かんだ言葉をノヴァは意識せずに口から出した。

 

「まさか、お前劣等感を感じていたのか、殺した彼女に対して?」

 

 咆哮は無かった、ただテレパシーを通して男の揺れ動く感情がぼんやりと伝わってきた。

 それだけで十分であった。

 

「お前、本当に情けないな」

 

 多くの言葉を並べる必要は無い。

 ノヴァは心の底から男を蔑んだ。

 

「ああ、因みに彼女は生きていて今は私の所で働いて貰っているぞ。いやはや、彼女はお前と違って凄いぞ、あれこそ正に人の上に建つ人間だ、お前とは天と地ほども違うな。いや、それ以前に盗人風情と比べる事が不敬か」

 

「黙レ」

 

「ああ、今は文字通り薄暗い地面の底の王様だったな。どうだ、その椅子の座り居心地は? デカくなった身体を収められるか?」

 

『黙れ、私こそが帝都を統べる者、この帝国を支配するモノ』

 

「確かにお前は王様だよ、この瓦礫の山の。それと癇癪が収まったらその醜い身体を収める新しい椅子でも探せ。いままで座っていた盗人の椅子には収まりそうもないからな」

 

「黙レだまれダマれ」

 

「ああ、それと人間の方じゃなくてタコの方に言いたいことがあった。お前達から奪った武器や資材、その他諸々は此方の方で有効活用させてもらったよ」

 

 ノヴァが語り終えた時を以てして異なる思考であり混ざり合う事が無かった二つの思考は同じ感情を抱いた。

 それは増悪、本能を捻じ伏せ、理性を遠い彼方に投げ捨てる程に荒れ狂う感情。

 異なる思考から生まれた二つの増悪が混ざり、結合し、新生する。

 肉片の一片に至るまで、脳細胞の全てのニューロンを犯した増悪が身体を支配し動かす。

 

「『ノォオオオオヴァァアアアアア!!』」

 

「さんを付けろよ、タコ助野郎!!」

 

「『死ネェぇェぇえエええ!』」

 

 咆哮と共に宙に浮きあがった幾つも瓦礫がAWに向って放たれる。

 融合体の投擲速度は電磁砲には遠く及ばない、しかし純粋な質量兵器である瓦礫を避ける為にサリアの操作するAWは激しい機動を展開する。

 急激な加速による圧力に苛まれながらもノヴァの目的は達成された。

 融合体はノヴァに対して並々ならぬ執着を抱くようになり、何処までも追いすがる執念を感じる様になった。

 

「おめでとうございます、目的達成ですね」

 

「そうだな! じゃあ次は──あれ?」

 

 だが融合体が配下である筈のクリーチャーとエイリアンを手当たり次第に捕食し始めるのはノヴァにしてみれば想定外の出来事であった。

 

「……わ~お」

 

 いや、それは捕食ではなく融合とも言うべき変化。

 起源の異なる人間を取り込んだ融合体、その身体から変えきれない程の管が放たれクリーチャーとエイリアンを貫く。

 貫いた管から肉体が融け、結合し、組み変わり融合体の身体が急速に変化していく。

 急速な細胞分裂が繰り返される醜悪な肉の塊はガン化しているのではないかと考えてしまう程のグロテスクな代物である。

 そして肉の塊の中から巨大なナニカ、成熟していない未熟な身体が姿を現す。

 頭部にある七対の黄ばんだ巨大な目がノヴァを睨み、肉の塊を突き破って現れた出来損ないの巨大な腕がAWを掴もうと伸びる。

 だが緩慢な腕に捕まるサリアではなく、機体を動かして難なく逃れる。

 

「……これも計画通りですか?」

 

「そんなわけあるかい!」

 

 サリアの問いにノヴァは堪らずに叫んだ。

 追い掛ける様に仕向けるだけの筈が更なる巨大な化物の誕生に繋がるとはノヴァにも予想が出来る筈がない。

 しかし現実として目の前には巨大な肉の繭あり、化物の誕生は避けられない。

 

「それではどうしますか?」

 

「そんなの一つしかない……、逃げるんだよォ!」

 

 巨大な肉の塊から一体何が生まれるのか分からないが碌な生物ではないのは確実。

 しかし下手に肉の繭をつついて中身がメトロで溢れ出したら目も当てられない。

 そうした事情もありノヴァの言葉に従ってサリアはAWを操作して肉の塊から逃走を遠ざかり──、肉の繭は幾つもの手足を生やすと遠ざかるノヴァを追って走り出した。

 その速度はプカプカと浮いていた時とは全く違う、猛烈な速度で進路上にある家屋を容赦なく圧し潰して進む姿は正しく化け物であった。

 

「お前出る作品間違えているぞ!! 絶対にジャンルが違うもん!! クトゥルフとかソッチ系じゃん!! SAN値チェックだもん!!」

 

「ノヴァ様、落ち着いてください。舌を噛みますよ」

 

 AWの中でノヴァは堪らずに叫び、サリアは移動する肉の繭を認識した瞬間に制限を取り払って全力で移動を開始する。

 そしてノヴァが示した大型貨物輸送ルートに飛び込んだAWを追うように肉の繭も通路に乗り込んだ。

 地上までの一本道でAWと肉の繭によるドキドキ(?)な逃走劇の幕が上がりノヴァは堪らずに叫んだ。



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決着

 大型貨物輸送路は大型シェルター<ザヴォルシスク>を建造する際に発生する採掘土砂や必要となる建設資材等を大量に輸送する為に縦横共に非常に大きく建造された。

 その大きさはノヴァが設計製造したAWが余裕をもって通過できる程である。

 しかしシェルターが帝都と呼ばれるようになってからは崩壊の危険性があるとして大型貨物輸送路は厳重に封鎖された。

 だが崩壊の危険性は全く嘘であり真実は帝都上層部が大型貨物輸送路を利用してクリーチャーの母体となる大型個体を配置する為であった。

 その結果として広大な通路を贅沢に使用した産卵場所には数多くのクリーチャーの幼体が収まった卵が溢れかえった。

 そしてクリーチャーの個体数がメトロ全体で一定値を下回った時に羽化する様に調整を施されていた卵から生まれた幼体はメトロの闇に溶け込み、帝都が密かに使役した。

 

 だが大型貨物輸送路にあったクリーチャーの母体である大型個体もクリーチャーの幼体が収まった無数の卵も今は存在しない。

 ノヴァの救出の際に障害になると判断されAWによって根こそぎ処分された結果、踏み潰され、焼け焦げ、粉砕された幼体に加え母体となる大型クリーチャーのバラバラにされた無残な死体が散乱している。

 大型貨物輸送路の中は惨憺たる有様へと成り果て、それは三本ある大型貨物輸送路全てに共通していた。

 結論から言えばクリーチャーはAWによって文字通り全滅させられた。

 

 そんな惨劇の場と化した大型貨物輸送路の中をノヴァの搭乗するAWが高速で飛行している。

 それは融合体とその他大勢いる取り巻きと戦う戦場を帝都から地上へ移す為でありノヴァが突貫工事で立案した作戦に基づいた行動である。

 そして作戦は今の所順調に進行していた──融合体の変化を除けば。

 

「うわぁぁああ!?!? 更にグロテスクになっているぅぅうう!?!?」

 

「通路に散乱している死骸を一つ残らず食い尽くそうとするとは凄まじい食欲ですね」

 

「冷静に分析──するのは間違っていないけど急いでぇぇええ!」

 

 大型貨物輸送路に逃げ込んだ時点で既に赤黒い肉の繭に歪な手足が何本も生えるというある意味で冒涜的な姿をしていた融合体。

 それだけでも全身に鳥肌が立つ程に恐ろしく狂気に呑まれそうなるのに融合体の変化は止まらなかった。

 大型貨物輸送路に散乱しているクリーチャーの死骸を餌と見なして見境なく吸収して肉体が増殖。

 通路という縦横の制限がある中で融合体は身体を伸ばす方向に変化した姿は細部に目を瞑れば蛇──いや、百足の様にしか見えない。

 長大な肉塊から歪な手足が幾つも生えながら蛇行して移動する。

 虫にある程度の耐性があったノヴァの許容範囲すら軽くぶち抜いた異形の姿を見てしまってから生理的嫌悪と恐怖が綯交ぜになったノヴァの悲鳴がコックピットから鳴り止む事は無かった。

 

「エドゥアルドォオオ!! これは一体どういう事だぁあ!」

 

 最早取り繕う余裕すら無くなったノヴァは通信で拘束され移送中のエドゥアルドに呼びかける。

 現状で一番融合体に詳しい科学者の知識によって何とか現状を変えようとノヴァは画策し──たが実態としては現実逃避を兼ねた泣き言であった。

 その事実にノヴァ自身が気付く事もなく、また通信相手であるエドゥアルドもノヴァの精神状態を放置してAWから送られる映像を興味深そうに観察していた。

 

『これは……、私にしても予想外です。エイリアンの細胞は一定の範囲内で環境に適応する事は判明していましたが……、これほどの変化は想像していませんでした』

 

「じゃあアレはエイリアンではなくて男が保有していた特殊な細胞によるものか!? そうなのか!?」

 

『長命化施術に用いた細胞は其処まで特異なものではありません、ですが治癒能力と身体能力を向上させるために埋め込んだ細胞とも違う。他にクソ野郎に仕込んだのは……テレパシー関係か?』

 

「該当するものはあったのか!? なかったのか!?」

 

『……そうですね。該当する細胞に心当たりがありませんが現状を分析する限りだとその融合体に起こっている現象は──』

 

「つまり何だ!?」

 

『────さっぱりわかりません』

 

「勿体ぶって話すなぶっ殺すぞ、クソマッド!!」

 

 通信相手であるエドゥアルドをノヴァは本気で殺そうと思った。

 だがノヴァの殺意がエドゥアルドに届くよりも先に融合体が動き出す。

 

「融合体より高熱源反応」

 

「ああもうまたか! ミサイル信管設定! 高熱源反応を示した部位!」

 

 現在ノヴァの登場するAWは大型貨物輸送路内を飛行している。

 だがそれはアンドロイドの演算能力によって可能になった物であり僅かでも制御を誤れば機体のバランスが崩れ衝突する危険な行動でもある。

 その為移動中はなるべく戦闘行為を行いたくないのだが融合体にしてみればノヴァの事情など知った事ではない。

 そして機体の後部カメラとセンサーを通して融合体の攻撃準備を察したノヴァは対抗策としてミサイルの信管を設定し直し、発射権限をサリアに引き渡す。

 

「目標設定完了、ミサイル発射」

 

 サリアの声と共に機体のバックパックから放たれたミサイルが後方へ向かって飛ぶ。

 融合体との間にある距離をミサイルは一瞬で縮め、反応を示した部位に突き刺さり食い込んだ弾頭がノヴァの設定に従って爆発する。

 ミサイルの弾頭に仕込まれた爆薬と熱源が合わさり融合体の身体が勢いよく爆ぜる。

 肉片と共に取り込んだエイリアン製の銃器が鱗の様に通路に落ちていき融合体のミサイル命中部位の攻撃が中断される。

 しかし全て反応があった場所を破壊出来た訳ではなく、ミサイルから逃れた部位の肉が勢いよく盛り上がる。

 そして盛り上がった肉を突き破って中からエイリアン製の銃器が束となって姿を現す。

 銃器を掴むのは歪な出来損ないの手、それが銃の引き金を引き光弾の弾幕射撃がAWに向って放たれる。

 

「機体の姿勢を変更、盾による防御を行います」

 

 広範囲に散らばる光弾の一発の威力自体は低く、数によって補う攻撃は理に適っている。

 全弾回避は困難な程に散らばった攻撃全てを回避するには通路は狭く、仮に避け損なえば飛行中のAWにとって命綱である背部バックパックが損傷する。

 僅かな損傷であれ飛行能力に悪影響が出る可能性があり、そうなれば今の様な逃避行は続けられず融合体に追いつかれノヴァが搭乗するAWが破壊される可能性がある。

 それを防ぐためにサリアは危険を承知の上で機体を操作して融合体と相対、放たれた光弾の弾幕を盾によって防いだ。

 

 着弾した幾つも光弾が盾の表面で弾け装甲を鑢の様に削り落としていく。

 だが融合体の方も無限に射撃が可能なわけではなく、弾倉を使い切った銃器から次々と射撃が止まっていく。

 そして射撃が止まった僅かな瞬間を狙ってサリアは盾に内蔵されたバルカン砲を融合体に向けて放つ。

 多連装銃身により放たれる砲弾の雨が融合体に向って突き進み、攻撃を行った部位をズタズタに引き裂き無力化する。

 それを見届けたサリアは再び機体を反転させると飛行を再開した。

 

「ノヴァ様、ミサイルが尽きました」

 

「チクショウ、ミサイルコンテナをパージ。嫌がらせとしてぶつけてやれ。それと護衛のAWにも射撃に加える! だが背面走行は速度が落ちるから短時間に留めろ!」

 

「了解」

 

 融合体による攻撃を凌いだノヴァであるが旗色は悪い。

 振り返らずに撃てるミサイルは底を尽き、残る攻撃手段は盾に仕込んだバルカン砲と電磁砲のみ。

 威力はあるものの一度に投射できる火力には限りがあり次の攻撃を防ぐのは困難になる事は簡単に予想できた。

 火力を補うためにも先行させている護衛機体も迎撃に参加させるが通路の広さと咄嗟の回避行動の為の空間を確保するなら一機が限界である。

 

 ────だが悪い知らせばかりでも無い。

 

「地上まで残りは!」

 

「34,000、残り僅かです」

 

「よし! タチアナ、そっちはどうだ!」

 

『キャンプの避難は完了! 他のコミュニティーにも可能な限り通達しましたが詳細までは分かりません!』

 

「それで十分! 義理は通したから文句は言わせない!」

 

 大型貨物輸送路で繰り広げた逃走劇も終わりが近い。

 人間であれば34,000mは遠すぎるが飛行するAWの速力からすれば短い距離でしかない。

 それでも残り時間と融合体の今迄の攻撃パターンから考えて地上に出るまでに後一回攻撃されるのは確実。

 だが逆に言えばあと一回だけ凌げれば時間十分なのだ。

 そして脱出まで残り僅かな時間を残してAWのセンサーは融合体が攻撃態勢に入った事をノヴァに知らせる。

 

「再び高熱源反応」

 

「出だしを潰せ!」

 

 ノヴァの言葉と同時に二機のAWが機体を反転させ熱源反応がある箇所全てに攻撃を叩きこむ。

 融合体の身体に突き刺さった弾丸とミサイルによる爆発と衝撃によって幾つもの肉片と中に埋まっていた銃器が通路に撒き散らされる。

 

「よしこれで──」

 

「高熱源反応、消滅していません」

 

「嘘でしょ!」

 

 短時間の攻撃ではあったが懸念された融合体の攻撃を事前に防ぐ事に成功。

 これで後は移動に専念できると考えた矢先にサリアによって報告された情報にノヴァは目を疑った。

 しかしAWのセンサーは確かに体内の奥深くで非常に高い熱源を検知している。

 

「本当、いやこれ、自爆覚悟の攻撃か!?」

 

 体表付近に観測された熱源とは違う、体内の奥深くに貯め込まれた熱量からして火砲クラスの熱源が複数あるのは間違いない。

 だが融合体の肉体には砲口らしき部位を生成するといった肉体変化は観測されていない。

 それが意味するのは一つ、自傷を織り込んだ攻撃を融合体は企んでいるのだ。

 ギリギリまで体内に格納して攻撃時は周りの肉体を吹き飛ばしてまでノヴァを堕としたいのだ。

 その殺意に肝を冷やしながらもノヴァは残された僅かな時間で打開策を見出さなければならない。

 だが観測結果からして発射までの時間は極僅か、機体を反転する時間は残されていない。

 

「ああもう! 全護衛機体にあるありったけのミサイルを撃ち出す! サリア、当たらない様に機体を操作してくれ!」

 

「了解」

 

 ノヴァは付与された権限に基づいて護衛機体に搭載されている残りのミサイル全てを即座に発射、先行する護衛機体から発射された大量のミサイルが前方から押し寄せる。

 それらのミサイルの機動をサリアに共有させて回避させると同時にノヴァはミサイルの信管を設定し直す。

 そして回避したミサイル群が背後にいる融合体に突き刺ささる直前で体内に温存していた火砲が放たれる。

 自身の肉体を勢いよく吹き飛ばしながら放たれた幾つものエネルギーの砲弾がノヴァに迫る。

 だがノヴァの設定によって融合体の直前で起爆したミサイル群の爆発により砲弾は誘爆を強制的に引き起こされる。

 誘爆による局所的な爆発は大型貨物輸送路内を埋め尽くす程の炎を生み出し融合体の身体を燃やし、剥き出しになった内部組織を炙った。

 しかし炎自体は即座に消えた事で融合体が負ったダメージは少なく、それどころか有り余る程にある再生能力の力押しで自傷すら即座に回復して見せた。

 

「大型貨物輸送路の出口です」

 

 だが発生した局所的な爆発は融合体にダメージを与えるだけでなく飛行するAWの最後の後押しとなった。

 爆発によって押し出されたAWは最後の加速を経て大型貨物輸送路の出口を突き抜ける。

 生憎、雪が降り注ぐ曇天の空模様であったが先程までいた通路とは違いは天井が存在しない空は広く果てが無い。

 そんな空を見た事で張り詰めていた緊張が解けたノヴァはコックピットに深く凭れ掛かりながら大きく息を吐いた。

 

「うう、漸く地上に出られた……。もうアレと顔を突き合わせなくて済むんだ……」

 

「お疲れ様です。目標地点に向けて移動しますが誘導の為の攻撃は継続しますか?」

 

「継続してくれ、機動に制限はかけないから融合体とは程々の距離を保っておちょくってやれ」

 

「了解です」

 

 機動に制限が掛けられた通路とは違う、地上に出た事でAWの本来の機動が可能になり融合体の攻撃を事前に止める必要は無くなった。

 弾幕射撃や幾ら高威力の砲撃を撃ち出そうと障害物にない上空であれば余裕を以て回避を行えるのだ。

 そうして比較的安全な上空に逃げ出せた事で余裕を取り戻せたノヴァであったが脱出してから暫くすると別動隊である『サイサリス』からの通信が届いた。

 

『報告、偵察機が地上に出現する敵の集団を確認。現在の集団は4つ、それぞれが融合体を目指して移動を開始』

 

『サイサリス』からは報告と共に地上を移動する敵集団の映像が送信される。

 偵察機から送られた映像は上空から撮影されたものでありノヴァの目にも地上を移動する黒いシミの様なモノが良く見えた。

 そして黒いシミを拡大してみれば数えるのが馬鹿らしくなる程のクリーチャーやエイリアンが其処にはいた。

 百鬼夜行、或いは地獄の黙示録とでも言うべき怪物達の行進は融合体を目指しており、その集団が映像によれば4つもあるのだ。

 

「うわぁ……、釣れたけど、やっぱり多いな」

 

『攻撃を行いますか?』

 

「戦闘可能地域に入るまでは監視に留めて。入ったら即攻撃開始するよ」

 

『了解』

 

 ノヴァが命じれば『サイサリス』は即座に攻撃をするだろうが場所が悪い。

 それ程までに『サイサリス』が搭載している兵装は凶悪であり、廃墟しかないとはいえザヴォルシスクの中で攻撃させた場合にメトロに想定外の被害が出る恐れがある。

 それを防ぐためにも攻撃開始地点の選定は大事であり、問題が生じないであろう場所に辿り着くまでは攻撃を控えるつもりでいた。

 そして地下から脱出した後に始まったのは今迄と比べたら微温湯にしか感じられない逃走劇である。

 サリアと護衛機体が適度に融合体に攻撃を加えてヘイトを稼ぎ、反撃として放たれた攻撃は逃げ場の多い上空にいる事もあって余裕をもって回避し続けた。

 そんな怒り狂う融合体と余裕を感じるノヴァ側のAWとの戯曲化染みた逃走劇が終わりを告げたのは融合体を追っていた敵集団が戦闘可能地域に侵入した瞬間であった。

 

『敵集団、戦闘可能地域に侵入しました』

 

「了解、『サイサリス』は攻撃を開始せよ」

 

『了解』

 

 ノヴァの命令を受領した『サイサリス』は僅かな時間を置いてから攻撃を開始。

 放たれた弾頭が敵集団を目指して飛翔し──そして全てを薙ぎ払った。

 

「シミュレーションでしか見た事がなかったけど……、我ながらヤバい物を作ったな」

 

 コードネーム『サイサリス』、第二世代AWをベースにして特殊装備である燃料気化爆弾を装備・運用する為に開発されたAW。

 搭載する燃料気化爆弾が産み出す衝撃と高熱に耐える為に装甲は強化され重量増加した機体を動かすために装備された大型スラスター。

 文字通り機体の正面で高熱と衝撃に耐える盾は機体を覆う程に巨大化し内部に循環する冷却材が盾の溶解を防ぐ。

 そして開発目的である特殊弾頭が内蔵された弾頭を背部のバックパックに格納し分割された専用発射機を組み立てる事で撃ち出す。

 正に特化機体とも言うべきAWであるが完成を見届ける前に帝国に飛ばされたノヴァは今日初めてその活躍を目にした。

 

『敵集団Aの約83%消滅、敵集団Bの約76%消滅を確認。再度攻撃に移行』

 

 再度行われた攻撃によって生まれた火球がその下にある全ての生命を蹂躙する。

 空気中に存在する酸素を根こそぎ奪われての窒息死、発生した衝撃波による圧死、発生した高熱によって燃焼を通り越して全身が炭化し、免れたとしても蒸し焼きになって殺され、一帯の真空化によって肺が破裂した。

 其処には慈悲も情けも一欠けらも存在しない。

 キノコ雲が立ち昇る遥か下には死体しか残らなかった。

 

「本来想定した運用方法とは違うが……、問題はない。『サイサリス』は攻撃を継続して敵集団を殲滅せよ」

 

『了解』

 

 ノヴァの命令に従い遠くで再びキノコ雲が立ち上る

 常識に従うのであれば燃料気化爆弾は大型ミサイル等の誘導体に搭載し遠距離から投射するべきである。

 だが大型ミュータントの対空性能に加え全容が解明されていない上空からの攻撃を避ける為にAWに搭載して運用する事になった必要に迫られて生まれたのが『サイサリス』である。

 そして本来の『サイサリス』は大型ミュータントの取り巻きを即座に排除して対大型ミュータントに特化した後続部隊に引き継ぐ運用になる予定であった。

 だが現状において大量の敵を殲滅するのに適した装備をしているのは『サイサリス』のみであり、その目論見は減り続ける敵集団を目にすれば正しかった。

 

「これで融合体の補給は文字通り途絶えた。全機、全力攻撃開始」

 

 そして融合体との戦いも最終段階に突入、ノヴァの命令によって融合体を中心に12機のAWが取り囲み攻撃を開始する。

 

『GYAAAA!?!?』

 

 12機のAWによる攻撃が絶え間なく放たれ巨大化した融合体の肉体を引き裂く。

 回避しようにも何処にも逃げ場が無く、戦場から離脱しようとした融合体の手足は容易く吹き飛ばされた。

 それは戦いとは呼べない一方的な攻撃、或いは融合体の解体とも言うべき作業染みた攻撃である。

 少しずつ少しずつ融合体の肉体は削られ小さくなる、流された血で雪は赤く染まりながら融けていく。

 反撃も逃走も許されない、此処に至って融合体は怨敵に死地に誘われたのだと理解した。

 このままでは己は殺される、滅ぼされると考えた融合体は打開策を考え肉体の一部を変化させ始めた。

 

「敵の肉体変化を確認、変異しようとしています」

 

「該当場所に集中攻撃」

 

 融合体の肉体で盛り上がった場所に向けて幾つもの攻撃が放たれ命中する。

 肉を吹き飛ばし血を撒き散らし、だが損傷を上回る再生によって変異を行う場所は固く守られた。

 

「肉が分厚いな、それに加えて外皮を強化しているのか」

 

 再生するだけで無い。

 傷口を覆う様に固く変化した体表が幾重にも重なり装甲を形成する。

 それは電磁砲であっても装甲を何枚か割る程度に収まってしまう程に強固であり、傷口を起点にして融合体は全身を組み替えようとしていた。

 

「『バスター』射撃開始」

 

『了解。射撃開始』

 

 だが射線上にあった幾つもの廃墟を融かし貫いた極光が融合体の肉体を文字通り消し飛ばした。

 

『GyaAAaAA!?!?』

 

 強固な装甲など意味は無いと言わんばかりに頑強になった肉体に大穴を作り、射線上にあった雲を貫いた極光。

 それを放ったのは『サイサリス』と同様に特化機体として開発された『バスター』。

『サイサリス』が燃料気化爆弾による広域殲滅を目的とした機体であるのに対し『バスター』は強固な単一個体の撃滅を目的として開発された機体。

 

 腰部に搭載する大型プラズマ兵器の運用に特化された本命のAW。

 プラズマ発生に必要となる大電力を賄うために専用の電力供給と観測手を兼ねた二機のAW。

 護衛と高熱によって損傷する砲身を取り換える為のAW一機。

 計4機のAWが揃って初めて運用可能な『バスター』は『サイサリス』と比較すれば特化機体としての完成度は高くない、ある意味で未完成とも言える機体である。

 だがそれを補って有り余る程の高威力の砲撃を遠距離から放てる一点において対大型ミュータント用の兵器として優れていた。

 そして融合体との戦いにおいても有用性を遺憾なく発揮して変異部位を抵抗も許さずに消し飛ばした。

 

『砲身融解を確認、予備砲身への換装と並行し電力充電を開始します』

 

「よし、『バスター』は準備が完了次第即座に砲撃」

 

『了解しました』

 

『此方『サイサリス』、敵集団の殲滅を完了』

 

「了解、それじゃこっちの攻撃に加わって」

 

『了解』

 

 もはや融合体に勝ち目など無い、──だが砂粒一粒程には融合体にも可能性はある。

 そんな僅かな可能性さえ潰す様にノヴァは融合体への攻撃に『バスター』と『サイサリス』を加える。

 融合体の肉体を砲弾が貫き、火球が全身を焼き尽くし、極光が肉体を消し飛ばす。

 思考能力は削られ逃走どころか再生すら間に合わない、全てが致死の攻撃の嵐に包まれながら融合体は声なき悲鳴を上げた

 

『──!? ────!?!?』

 

「アニメの様に……とは口が裂けても言えないな。───だけどお前は逃がさない、今日此処で、俺が用意できる火力を総動員して、お前を殺す」

 

 フィクションで描かれるロボット達の様なヒロイックな活躍とは程遠い蹂躙劇がノヴァの見下ろす戦場で繰り広げられる。

 それから暫くして融合体は文字通りノヴァによって滅ぼされた。

 度重なる高熱によってガラス化した戦場に残されたのは融合体であった黒く炭化した肉体の欠片のみ。

 其処には生命の息吹は無く、只々死の気配のみが充ちていた。

 

「成仏してくれよ」

 

 後にメトロでは帝都事変と呼ばれる一連の騒動。

 その終わりとなった戦場の上空でノヴァはAWの中で一言だけ取り込まれた男を思って呟いた。

 




漸く終わりました。
次から新章を始めます。


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勢力別登場人物(帝都動乱まで)
登場人物紹介


 主人公及びアンドロイド陣営

 

 ◆ノヴァ

 当作品の主人公、東洋系の顔立ちをした青年。

 過去に転移した世界に酷似した洋ゲーをプレイ済みであり熱中した。

 ゲーム中においては肉体能力を強化してミュータント相手に無双するのではなく物資を集めてクラフトしていくプレイを好んでおり、ストーリは流し読みしていたため殆ど覚えていない。

 肉体よりも知力に能力を振り分けた結果ゲーム作品の物は全て作れるようになっている。

 戦闘スタイルは最高品質且つバリバリ改造を施した自作の武器で戦う。

 転移した直後は混乱の極致にあったが過酷な世界で生存するために色々とある悩みは一旦封印して活動する。

 ゲームの世界観からして世界が荒れ果てているのは理解していたが実際に目の当たりにすると文明の復興が出来るのか分からない程に世界は荒れているし色々と見てはいけないモノを見てしまった結果本気でヤバいと気付いてしまった。

 そんな一歩間違えれば人類が滅びる可能性はいたるところにある地獄なような世界で主人公は必死に生きようと頑張っています。

 当面の目的は安全安心で最低限の文化的な生活を営む事。

 だがノヴァが目指している生活はポストアポカリプスな世界において黄金以上の価値が在る事を正確に理解していない。

 

 

 ◆ポチ

 最初期の相棒かつアニマルセラピー要員、賢く良い子で人懐っこいがノヴァの敵には容赦しない。モデルは例の犬肉。序盤で合流、名前は無く腹が減って飢え死にしそうな所で主人公とエンカウント、分類としては野犬であるがお腹が一杯になったことでノヴァに付いてくるようになる。

 賢いワンコ、撫でられるのが好きになった。

 好感度が一定以上になる相手をぺろぺろと舐める。

 

 ◆ルナリア

 ノヴァを一目で見た瞬間にパパと呼んだ少女であり治療と保護を続けた結果、ノヴァは少女のパパになった。

 彼女は何処にでもいる普通の女の子……ではなく失敗作のクリーチャーを母体にして生まれた異端の子。

 ウェイクフィールドを武装占拠した白衣の集団によって計画的かつ効率的に行われた人の繁殖の産物。

 使い捨ての母胎、胎児への悪影響を全く考慮せずに行われた遺伝子操作と投薬によって急速に成長させられ出産と同時に隔離、その後は最低限の育成期間を経て素材として消費される運命であった。

 だがクリーチャーの暴走のどさくさ紛れる様にルナリアは施設から逃げ出した。

 特殊な生まれ方をしているため不思議な能力を持っているとか……。

 パパであるノヴァが大好きである。

 

 ◆一号:デイヴ

『修理再生センター』で出会った最初のアンドロイド。

 工場の維持管理を目的に運用されていた民生用アンドロイドであり同シリーズは連邦の各工場で数多く採用されるほど信頼と実績のある手堅いアンドロイドであった。

 人型ではあるがフレームや外装が剥き出しであり単眼カメラが特徴であるなど可能な限りのコストを抑えた結果、廉価な価格で市場に出回り一時期はベストセラーになった。

 ノヴァと遭遇時はウイルスに侵され工場を無意味に徘徊、人間を見つけたら襲うように汚染されていた。

 しかし辛うじて残っていた機能を総動員してノヴァを工場から逃げる様に説得をした事で達磨にされてお持ち帰りされた

 

 Version1

 工場遭遇時、長年整備されなかったため機体各所が錆びついており満足に動けない。それでも膂力は人間以上なので捕まると人外の力でボコボコにされて殺されるだろう。

 

 Version2

 ノヴァによって四肢を破壊された達磨状態。それでもウイルスは除去できたので思考能力が戻っており最初期におけるノヴァの拠点の監視を任された。

 

 Version3

 間に合わせの四肢で五体満足になった。

 性能は低く戦闘には不向きであるが拠点の管理には十分なので満足している。

 

 Version3.5

 機体の乗り換えをノヴァに提案されるが断るが代わりに当時の身体を再現してもらった。

 ピカピカで滑らかに動く身体に

 

 ◆二号:サリア

 ポチによって生首状態であったのを拾われて二番目に捕獲されたアンドロイド。

 崩壊前の世界において開発された高級機体であり非常に高性能なアンドロイドであった。

 だが世界崩壊とその後の放浪世界によって機体はボロボロ、合流した集団におけるリーダーであった軍用アンドロイドにより機体を完膚なきまでに破壊され放置された。

 再起動と新しい機体、そして自分を破壊した軍用アンドロイドへの復讐に協力してくれたノヴァに忠誠を誓っている。

 また後日妹も再起動してくれたので忠誠心が更に上昇、身の回りのお世話に始まり護衛も行うなど常にノヴァの傍にいる。

 ヤンデレではない、ヤンデレではない……筈。

 

 Version1

 首から下が無い生首状態である為何も出来ない。

 また顔を覆っていた合成ゴムのスキンが殆ど剝がれてしまい色々と剥き出しになっていた。実にホラーな見た目であった。

 Version2

 取り敢えず使用可能なンドロイドの身体を集めて作った急造品の身体であり性能は下の上程度はある。

 それでも身体全体がボロボロでありホラー映画に出てきそうな姿をしている。

 

 Version3

 第1世代の機体に戦闘用の調節を加えたモデルに換装。

 動きも滑らかになりノヴァの護衛も可能になった。

 

 Version4

 第2.5世代に換装。

 ノヴァの身の回りのお世話から護衛まで可能となったがエイリアンとの戦闘により大破。

 

 Version5

 第4世代に換装。

 そこら辺の雑魚ミュータントが相手であれば素手で殴り殺せるゴリラと化した。

 顔と身体の造形はサリア自身が手掛けておりクールビューティーに仕上がっている。

 

 ◆三号:マリナ

 サリアの姉妹機にあたり世界崩壊後もサリアと共に放浪を続けて来た。

 しかし軍用アンドロイドに手によって機体を破壊され生首状態でオブジェと化していた。

 その後ノヴァによって再起動、対人能力を重視した設定と能力によりノヴァを言いくるめてアンドロイド勢力の交渉担当の地位をもぎ取った。

 性格は明るくお調子者、しかし親しみ易い笑顔は裏では幾つもの計画を同時並行で進めるやり手のアンドロイド……、である筈だがノヴァのやらかしにより計算外が頻発。

 多大なストレスの代償としてノヴァに特別手当を請求している。

 苦労人担当。

 

 Version1

 サリアと同じ生首状態。

 それでも口は問題なく動いたのでノヴァを言いくるめる事が出来た。

 

 Version2

 第3世代のプロトタイプに換装。

 機体出力よりも可能な限り人に近付ける事を目的としているため量産型第3世代と比較すると出力は若干落ちている。

 それでも移動や交渉には十分であるため本人は満足している。

 

 ◆四号:アラン

 サリアとマリナの機体を破壊した元軍用アンドロイド。

 崩壊した世界でも生存目指して活動を続けていたが長年犯されたウイルスと機体の劣化によって思考の半分以上が狂っていた。

 だがノヴァによって復活したサリアによってボコボコにされて生首にされた。

 その後はノヴァの手元で保存され軍用の戦闘プログラム等を抽出されていたがサリアの提案によって再起動を果たす。

 元軍用アンドロイドであり諜報を行っていた経験を活かして新しい機体を使って人間社会における諜報活動を担当する。

 

 Version1

 軍用機体であり民生用アンドロイドよりも高性能。

 しかし長年メンテナンスを受けられなかったため機体はボロボロになり機体性能は大幅に低下した。

 復讐に来たサリアによって機体をバラバラにされ生首状態される。

 正しく因果応報である。

 

 Version2

 第3.5世代の栄えある第一号機のモデルに換装。

 見た目はノヴァの趣味に全振りしたムッキムキのボディービルダー体型の殺人マシーンである非常に目立つ。

 とても目立つ機体であり潜入に不向きであるとアランは抗議しようとしたが非常に高性能かつ人間社会に直ぐに溶け込めたので諦めた。

 なお別の予備機体はそれぞれムキムキの禿頭や顔の濃いおっさん等々、ノヴァの趣味全振りの洋画セレクトされた機体があるとかないとか……。

 

 

 ◆五号:

 ノヴァが内政関係の仕事を補佐させるために作った政策立案支援人工知能。

 専用の機体を持たず本体は拠点内にある演算室の中にある。

 しかし生まれたばかりでありノヴァが求める性能には届かず、また参考となる情報が真っ赤な思想に偏っていたなど前途多難の誕生であった。

 それでもノヴァは解体せずに気長に学んでいこうと言ってくれたのでノヴァと一緒に日々勉強……である筈がノヴァのやらかしにより色々と急速に成長してしまった。

 正式な名前はまだ付けられていない

 

 Version1

 カメラとマイク、スピーカーが付いただけの小さな肩乗り端末を遠隔操作している。

 戦闘能力は皆無であるが端末が接続された兵器の遠隔操作が可能。

 

 

 

 

 アンドロイドの機体◆世代別

 

 第1世代

 ノヴァが設計製造した最初の機体。

 性能で言えば大戦前のアンドロイド機体と比較すれば低性能である。

 だが一番重大なポイントは企業を問わずに現存する全てのアンドロイドに適合可能な機体であること。

 また可能な限りコストを抑えて生産された為フレームやケーブルが剝き出しになっているなど間に合わせの機体感が強く出ている。

 

 第2世代

 第1世代の機体の順当に発展させて性能向上を果たした機体。

 機体特性は大きく変わらず剝き出しであったフレームやケーブルは外装によって保護され各関節の出力も向上を果たした。

 拠点の生産能力の向上によってこれがアンドロイドの基本的な機体として定められた。

 

 第2.5世代

 第2世代の機体を戦闘用に調整した機体。

 センサーの強化、四肢の大型化や出力の高いモーターを採用する事で過酷な戦闘を行えるようになり機体によっては大型武装を機敏に扱えるようになった。

 主に拠点の戦闘部隊に優先的に配備されている。

 

 第3世代

 大戦前の連邦で構想だけに留まっていた人工筋肉を用いたアンドロイド機体。

 従来のモーター駆動ではなく通電によって伸縮する人工筋肉を駆動装置として採用、より人間に近い可動を可能となり従来のモーター駆動よりも出力が上昇した。

 さらっとノヴァが実現したが本来であれば膨大な特許が発生する代物である。

 また疑似皮膚によって一目では人間と見間違うほどの顔の造形が可能である。

 第3世代であるが人工筋肉を採用したせいで配備数はまだ増えておらず、また試作機的な側面もあるので拠点において上級資格を持つアンドロイドに優先的に配備されている

 

 第3.5世代

 第3世代を基本として強固な金属骨格と強靭な人工筋肉で製造された機体に疑似生体スキンを被せたとんでもない代物。

 疑似生体スキン内には血管が走り、適切な栄養補給があれば自己修復が可能という某映画から出てきた様な機体である。

 コードネームはImitation Human Body(模造人体)

 疑似生体スキンは不本意ではあるがエドゥアルドの研究データを流用して培養された。

 無機物で作られた骨と筋肉を有機物の衣で覆い隠した機体。

 人に紛れ、人の隣を歩き、人を探る為に作られた身体である。

 栄えある第一号機のモデルになったのはノヴァが好きな映画の一つで、とある暴走した人工知能が未来の抵抗軍のリーダーを抹殺する為に過去に送り込んだムッキムキのボディービルダー体型の殺人マシーンである。

 

 第4世代

 疑似生体スキンが思いの外使えたため第4世代では全面的に採用。

 第3.5世代を基本として機体出力は其のままに稼働時間を延長する為に新型バッテリーを採用。

 文字通り人と全く見分けがつかない機体であるが試作として1機のみしか現存せず、現在は機体が大破したサリアの専用機体となっている。

 



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反省の時間だぞ!?
『帝都事変』と後


 帝都──それはメトロにおいて最大規模であり最強の武力を併せ持つ都市。 

 そして文字通り支配者が住まう都市として長年に渡りメトロの頂点に君臨を続けて来た。

 メトロに存在する大小様々なコミュニティーよりも優れた設備と居住性を有しており、僅かに見えるだけでも明らかな圧倒的な人的資源と技術力を前にすればメトロ内において最大勢力と呼ばれるのも当然。

 そして帝都の影響力はメトロの全域にまで及び、人々の間では何時か帝都に移住したいと夢見る者が絶える事が無かった。

 だが望みを叶えたものは誰一人として現れる事が無く、やがて誰もが叶わない夢だと気付いてメトロの暗闇の中で生きていく事を受け入れて来た。

 

 ──だがある日を境にしてメトロ住人達が抱いていた帝都への幻想は崩れ、そして跡形もなく消えていった。

 

「おい、帝都についてあの話を聞いたか?」

 

「帝都が潰れたんだろ、お前以外の奴からも何度も何度も耳が腐る程に聞いた」

 

「なら話は早い、あのいけ好かない奴らの無様を祝って乾杯だ!」

 

「乾杯はいいがお前はツケを払え」

 

 その直接的な原因となった出来事をメトロに住む人々は何時からか『帝都事変』と呼ぶようになった。

『帝都事変』は文字通りメトロの中央に位置していた帝都(大型シェルター<ザヴォルシスク>に居住する住民による自称)で起こった事変である。

 そして、その日を以てして秘密のベールに包まれていた帝都のありのままの姿が露になった日である。

 

「だけど今でも信じられないな。今だから言えるが俺は隠れて帝都と交易をしていたが、あいつ等が潰れるとは思ってもいなかった」

 

「旨味のある取引が潰れて困っているのか?」

 

「まさか、それどころか清清したね! 取引の度にあいつ等は値引きを迫るし断れば死なない程度に殴られる事も珍しくは無かった。──それに奴らのせいで破産した奴は少なくない」

 

「方々から恨まれているが取引は断れなかったと?」

 

「ああ、何処から仕入れて来た情報で夜逃げ先も筒抜けだ。観念して従うしかなかった奴も多い。取引相手としては最悪の連中だ。だからこそ奴らの内情が明らかになっても驚く事は無かったな」

 

「それは俺も聞いたが本当なのか? デマじゃないのか?」

 

「いきなり話に割り込むなよ。だがデマじゃない、封鎖の無くなった帝都に踏み入れた奴が何人もいて同じ様な事を言っているぞ」

 

「俺もその一人だ。初めて帝都に入ったが噂程当てにならないモノはないと改めて思い知らされたよ」

 

「おい、お前もいい加減ツケを払え。幾ら溜まっていると思っている」

 

 消耗、摩耗、欠損の三重苦に苛まれている各種設備群。

 過酷な身分制度による悪趣味な娯楽とかした人狩りと呼ばれる人口統制政策。

 圧倒的な貧富の差が構築され歪な形となってしまった食糧配給制度。

 メトロ中に張り巡らされた情報網と密かに行われた言論統制。

 有ろう事かクリーチャーと呼ばれるミュータントモドキを生み出してはメトロの人々を裏から監視していた等々の衝撃的な情報が白日の下に晒されたのだ。

 帝都はメトロの人々が夢見た理想都市はなかった、それどころか人類の負の側面を煮詰めた様なディストピアであった。

 その衝撃的な情報は燎原の火の如くメトロに広がるも、誰もが初めは信じられなかった。

 だが時間をおけば商人やキャラバンといった様々な方面を通して帝都に対する情報が幾らでもメトロの各種コミュニティー入って来る。

 そして、それらの話は今迄の様に不自然に立ち消える事が無かった。

 そうした事もありメトロに住む誰もが持たされていた帝都に対する幻想は打ち砕かれる事になった。

 

「それなら帝都が潰れたのはどうしてだ? 裏で色々やっていたなら事前に何とか出来ただ筈だろう?」

 

 ──だが今度は帝都への幻想が砕ける原因となった『帝都事変』を引き起こしたのは一体何処の誰だとメトロの人々は盛り上がった。

 

 ある者は帝都に住む貴族の一部が反乱を起こしたと考え、ある者は虐げられていた帝都の人々が貴族に対して革命を引き起こしたと叫び──その様な根も葉もない噂話は実に短時間で終息する事になった。

 

「あ~、あれだ、あれ、此処で話すだけじゃ納得出来ないだろ。なら実物を見て理解する方が早い──いや、見ても訳が分かんねえや」

 

「見ろ、見て感じろ。俺から言えるのはそれだけだ」

 

「見る序に荷物持ちしない? 今は稼ぎ時で人が幾らいても足りないから子連れでもいいぞ。運び終われば暫く自由時間取るから思う存分見学も出来るぞ」

 

 それは何故かと訳を知らないメトロの人々が尋ねれば情報通である商人やキャラバンの関係者は誰もが口を揃えて言った。

 

「「「例の地上にあるキャンプに行けば嫌でも理解出来るさ」」」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 そんな人々の噂の的になって居る例の地上キャンプこと『木星』では二度に渡る襲撃によって発生した瓦礫の撤去や壊された建物を修繕等が行われていた。

 怪我人や子供は除き、働ける住民達は一日でも早く普段通りの生活に戻る為に精力的に働いていた。

 キャンプの成立からして住人の殆どがメトロに行き場のなかった人達であるためキャンプに対する愛着は非常に高い。

 襲撃からあまり時間が経っていないのにも関わらず誰もが懸命に働き、その顔には絶望なんてものは一欠けらも無かった。

 そんな風に懸命に人々が働いている光景をキャンプの中央にあるボロボロになった行政施設の屋上で見る人がいた。

 

「キャンプの防衛は成功し敵対行動を行った帝都の無力化も完了しました。現在もキャンプの復興と再建は問題なく進み、目下の懸念事項であった全ての問題は解消されました」

 

「……そうですね。キャンプを取り巻く既知の問題は殆ど解消されました」

 

「そうです、そう通りなのです! 全ては順風満帆、我々の道を阻む敵はいません! 今日この日を以て帝国復興の記念すべき始まりの日となったのです!!」

 

 その人物は何を隠そう現在のキャンプの暫定的な代表に収まったタチアナである。

 現在のキャンプにおける臨時代表となった彼女は本人のやる気さえあればキャンプの全てに対して権力行使が可能となる立場である。

 そして帝都が文字通り潰れた現状に置いてメトロの最大勢力になった事に等しく、タチアナは屋上からキャンプを見渡しながら三流ドラマの悪役が言っていそうなべたなセリフを吐き出していた。

 

「ちょっと、タチアナ大丈夫?」

 

「……色々と限界が来ています。暫く見なかった振りをしていただけますか?」

 

「それ本当に大丈夫?」

 

 彼女の背後には色々と長い付き合いのあるマリソル中尉が副官として後ろに控え、自らの上官であるタチアナの言動に気まずそうにしながら相槌を打ち、そんな奇妙な光景を屋上に上がって来たオルガは見てしまった。

 オルガ本人としては聞くつもりも覗くつもりも無かったのだ。

 だが復興に必要な決済を取る為にタチアナを探しており、職員から居場所を聞いて屋上に昇り話し掛けようとして偶然に見てしまっただけである。

 正直に言って屋上からキャンプを見下ろして高笑いするタチアナの姿を見たオルガは同僚として、何より友人として心配になってしまった。

 一先ずオルガは一体何があった──のかは簡単に推測出来るのでタチアナの様子を見守っていた副官であるマリソル中尉に尋ねてみた。

 

「そうですね、ええ。取り敢えず今は少し、少しだけ大佐をそっとしておいてくれませんか。……本当に色々ありまして大佐も疲れていますから、部下としてお願いします」

 

「……因みに聞いてみるけど少しってどの位?」

 

「……あと10分程は」

 

「一思いに止めを刺した方が良くない?」

 

 腕時計を見ながら答えたマリソル中尉から業務が詰まっているだろうとオルガは察した。

 長い付き合いであるマリソル中尉としては彼女を暫く休ませてあげたいのだろうがオルガとしてもキャンプの流通を正常化させるためにも色々と急ぎの決済が必要なのだ。

 故にオルガは心を鬼にしてタチアナの下に向かい、変な高笑いをキメている彼女の頭を軽く小突いた。

 

「はいはいタチアナ、何時までも高笑いしている訳にはいかないよ」

 

「……現実逃避ではありませんし、薬でおかしくなった訳でも自暴自棄になった訳でもありません」

 

「僕も其処までは言ってないかな? 取り敢えず決済が必要な物を急いで纏めてからサインを頂戴。……それと悪酔いしない程度に酒でも差し入れようか?」

 

「度数の高いものを一つ下さい。ストレートで飲みたい気分なので」

 

「駄目、翌日に二日酔いで苦しむよ?」

 

「それでも飲まなきゃやってられないのです!!」

 

 タチアナは叫んだ、普段の何を考えているかを悟らせように浮かびている意味深な笑みをかなぐり捨てて。

 切実な思いが込められた叫びを聞いたオルガは『色々と限界が来ているな~』とタチアナの内情を悟った。

 そしてオルガもタチアナが追い詰められた原因にも心当たりがあり過ぎた。

 しかし色々と追い詰められているタチアナを慰めようにも原因を考えれば下手な事は言えないジレンマの中にオルガはいた。

 だが何時までもタチアナが凹んでいる事は許されない。

 臨時代表の就任が成り行きであったとしても、それがキャンプ代表を預かる者の責任であるのだ。

 その為にオルガは現実逃避を繰り返すタチアナに向き合うと顔を優しく両手で包み込んだ。

 

「オルガ? 一体何を──」

 

 壊れ物を扱う様にオルガはタチアナの顔を包み込む。

 両手の温かさが荒み切ったタチアナの心の中に優しく沁み込んで行き──。

 

「はっ! さ、させませんよ!」

 

「チッ、感づいたか!」

 

 そしてあと一歩所で感づいたタチアナの抵抗により屋上で唐突に始まった女二人によるキャットファイト。

 オルガの両手を振りほどいたタチアナであったが逃走に失敗、そして再び伸ばされたオルガの両手に自分の両手を組み合わせて始まった押し相撲。

 力は荒事に慣れたオルガが上であるが、タチアナは技術によって対抗。

 結果として二人互角の戦いを繰り広げながら口々に言い争いをする事になった

 

「ちょっと、抵抗しないでよ!」

 

「嫌です、見たくありません! 今日一日は何も見たくありません!」

 

「そんな事を言っている場合じゃないよ! 辛くとも現実と向き合う! それが上に立つ者の責務だろう! だから、いい加減に、現実を、直視するんだ!」

 

「イ、ヤ、で、す! 今日一日、今日一日だけでも現実逃避しても許される筈です! だって私かなり頑張りましたよ、本当に頑張ったんですよ! 少しくらい現実逃避してもいいじゃないですか!!」

 

「大佐、何ともおいたわしい」

 

 副官であるマリソル中尉は別に暴力を伴ったものではなく単なる押し相撲であったために仲裁に入る事は無く傍観者に徹していた。

 マリソル中尉の監督下で行われたオルガとタチアナによる押し相撲は僅差でオルガが勝利、力尽きたタチアナは屋上に膝を着いた。

 そして勝利者であるオルガはタチアナを立たせると先程から頑なに見るのを拒んでいた方向にタチアナの視線を強制的に向けた。

 

「タチアナ、アレは何?」

 

 オルガによってタチアナは強制的に視線を向けられた先にあるのはキャンプの一画。

 元は大量の瓦礫とミュータントが蔓延っていた危険地帯でもあったがキャンプの成立と共に治安維持と安全確保の観点から手が加えられる事になった。

 そうして瓦礫撤去とミュータントの駆除が早期から行われた結果として広大な空き地がキャンプの傍に広がっていた。

 粗方の障害を取り除いた後は適度にミュータントを間引きするだけに留め、将来的にはキャンプの拡大に伴い即座に開発が可能な土地として寝かせていた場所でもある。

 

「……大きなロボットです。それが沢山います」

 

 ──そんな何もない筈の広大な空き地に今やタチアナが言った巨大なロボット、AWが幾つも駐機しているのだった。

 

「……俺は幻覚でも見ているのか?」

 

「安心しろ、俺も同じことを思ったが抓った頬はしっかり痛い。安心しろ、これは現実だ、現実なんだ」

 

「あれって買えるのか?」

 

「買ってどうすんだよ」

 

「パパ! パパ! ナニ、アレナニ!?」

 

「アレは……何だろうな。パパも分かんないな」

 

「人形~、鉄巨人の人形はいらんかね~、今なら安くしておくよ~」

 

「おっちゃん、こっちに2つくれ!」

 

「子供達のお土産に色違いを3つ売ってくれ」

 

「まいどあり~」

 

 AWが駐機している一画は完全武装した兵士によって厳重な警備が敷かれている。

 敷地に踏み入れようものならどうなるのかを理解している人々は彼らから距離を取ってはいるが離れた場所ではAWを目当てに多くの人々が集まっていた。

 そして見物だけに留まらずAWを見に来た人を対象に商売する者も現れ始めると様々な問題が出てくるのは必然である。

 問題の対処に加え、集まった人々が下手な行動を起こさない様に監視をする。

 それでもキャンプ側からすれば襲撃によって遠のいた人の流れが戻って来たとも考える事は出来た。

 実際に巨大ロボットを目当てに再開が厳しいと思われていた交易関係は元に……いや、以前を上回る勢いで人が増えていくのは勘弁してほしい。

 交流が途絶えるよりもマシではあるものの加減をしてほしい、それがタチアナの偽らざる思いであった。

 

「いやそうじゃ……そうだけど色々あるでしょう」

 

「今は何も考えたくないのです……。それに土地の借用費用として大量の物資、食料、医薬品、その他諸々で殴りつけられたら首を縦に振るしかありませんよ。それとも敵対してみますか?」

 

「そんなつもりは毛頭ないよ」

 

 タチアナは色々と限界だった。

 キャンプの襲撃から始まり即座に行われたノヴァの救出作戦と失敗、その後に起こった二度目のキャンプの襲撃に救援として現れたサリア。

 そして止めが二度目の救出作戦であり、成功したと思ったら現れた巨大な化け物と続く巨大ロボットといったあれやこれや……、正直に言ってタチアナの許容範囲を軽く超える出来事が立て続けに起きてお腹一杯なのだ。

 それなのにキャンプに戻ってから暫くの間続いた途轍もない爆発音が鳴り止んだと思ったら巨大なロボットが寝かせていた土地に雪崩れ込んで来たのだ。

 勘弁してくれと内心でビクビクと怯えながらお引き取りを願い出ようとしたタチアナに返されたのは土地の借用費用としての大量の物資。

 襲撃を受けて色々と懐が寂しくなったキャンプにしてみれば十分どころかお釣りが出ても不思議ではない量を目の前に提示されたら臨時代表としては首を縦に振るしかないのだ。

 

「いや土地の使用料じゃなくてボスの身柄の方だけど。何処にいるのかは何となく理解出来るけど一応確認しとかないとね」

 

「ボスの方でしたか……、いや、そっちの方が頭の痛い問題ですよ、本当に」

 

 そう言ってタチアナが指差した先にあるのは大量のAWが駐機する中にある一つの建物。

 一般的な建築物とは違いブロック化されたコンテナが幾つも連結して出来た即席の建物であるのは明らかであり酷く角張っているのが特徴的である。

 

「あそこに建てられた建物の中にいるのは分かっていますが現状は面会謝絶です。取次ぎを頼んでも門前払いされました……」

 

「キャンプの臨時代表の立場でも?」

 

「そうですよ。粘り強く交渉しようと返事は変わらずに『今はお引き取り下さい』の一点張りです」

 

 そう言ってタチアナは屋上にある柵に深く凭れ掛かった。

 確かに土地の使用料は膨大であり無視できるものではないが確かにオルガが言うようにボスの方がキャンプにとっては大事な事である。

 だが居場所が分かっても会いに行くことが許されていないのが現状である。

 こればかりはタチアナにもどうしようも出来ない事であった。

 

「やっぱりそうか……、それとタチアナもお疲れ様。今度は僕も一緒に行くよ。ボスが此処にいる内に色々話さないといけない事が沢山あるからね」

 

「私も同じです。ですが二人で行っても──」

 

「大丈夫、数が少ないと門前払いにされそうだから他にも何人か呼んで行こう。流石に幹部全員が一度に行くのは無理だけど半分位なら問題はない。他にも各部署の代表も引き連れて行けば彼らも無視できない……筈だよ」

 

「──分かりました、もう一度行ってみましょう」

 

 オルガの言葉を聞いたタチアナは深く凭れ掛かった柵から身体を起こした。

 その姿を見て一先ず安心したオルガはタチアナから視線を外すとAWが立ち並ぶ中に一つだけある建物を眺めた。

 

「本当に……、ボスは何者なんだろうね」

 

 ボスの正体については分からない事ばかりである。

 一巨大なロボットは何なのか、あれ程の統一された武装を纏った兵隊が何処から来たのか、そしてボス自体が何者であるのか。

 聞きたい事は沢山ある、しかし幹部であるオルガとしては一先ずはキャンプの安定を最優先にして取り込むべきである。

 そう自分を納得させたオルガは立ち直ったタチアナの後を追うように建物の屋上をあとにした。

 

 

 

 

 

 そしてAWと完全武装のアンドロイドによる厳重な警備が敷かれたキャンプの一画に建てられた巨大な建物。

 建物にはAWの補修と補給を行う簡易整備工場や物資倉庫、アンドロイド用の各種メンテナンス施設や工場が備え付けられているなど小規模な要塞と言っても過言ではない設備が備わっている。

 そして建物の内部には一部の上位権限が付与されたナンバー付きアンドロイドとその関係者、一部の人物しか入る事が許されない厳重警備区画がある。

 しかし物々しい警備が敷かれた厳重警備区画の中にあるのは一つの部屋だけである。

 其処は機能だけを追及したような建物の姿に反して部屋の中には奇麗に整えられたフカフカのベッドに加え機能美に優れた家具が幾つも整えられていた。

 まるで高級ホテルの様な一室でありノヴァが帝国に流れ着いて来てから過ごした洞穴や狭いコックピットといった住処とは一線を画すどころかグレードそのものが異なる部屋である。

 そんな豪華極まる部屋の中にノヴァはいた。

 

「ワウワウ!」

 

 ペロペロペロペロペロペロペロペロッ!! 

 

「わわわ、ポチ、ポチ、待て待てア“────―!?!?」

 

「ポチ舐めすぎ! パパが涎だらけになっちゃう!」

 

 そしてポチの熱烈なぺろぺろを顔中に受けていた。

 キャンプにいる幹部達の心配を他所に何故か帝国に来ちゃった娘であるルナリアと興奮しているポチのぺろぺろ攻撃によって揉みくちゃにされていたとさ。

 



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