音速の妹のヒーローアカデミア (えきねこ)
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序章 Magician of the wind
プロローグ


ソニックとヒロアカのクロスオーバー中々ねぇなぁ→自分で書いたろ!
そんな紙よりも軽いノリで一年くらい書き溜めてました。色々忙しくて投稿してなかったけど。

「これどっかで見たぞ」みたいなとこがあっても優しくスルーしていただけると幸いです。丸コピはない、はず。

あと大前提として、この作品のソニックたちはケモミミ人間の姿です。


 ──────―光が眩しくてたまらなかったことは、今でもはっきり覚えている。

 

 まるで、この世のものではないみたいな光景を、揺蕩う微睡みの中で記憶にないはずの記憶を夢として見た。

 

 ただひたすらに、辛いだけの夢。

 

 目が覚めれば何を見たのかも忘れてしまうが、それだけは覚えていた。

 

 実際に何かをされたわけではないはずなのに、

 

 

 

 

 身を切り裂く痛みが、

 

 

 

 

 

 心なき言葉の刃を刺された悲しみが、

 

 

 

 

 

 深い深い、底の見えぬ絶望が、

 

 

 

 

 

 実際に体験したことのように身体を巡った。

 

 

 

 

 それが本当に忘れ去った記憶だったとしても、それを確認する術なんかない。確認をしたいとも思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの頃からか、頭に響いてくる声がある。

 

 

 

 ────────ねえ、■■■■■。あなたが、あなただけが希望だったの。

 

 二度と踏むことはない大地を踏みしめることができるであろう、唯一の希望。

 

《くるしい………………》

 

 私達の想いを背負ってくれる唯一の存在。

 

《いたい………………》

 

 怒りも恨みも悲しみも……全部、なかったことにできたらいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 せめて、あなただけでも──────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで、ハウリングのように何度も響く声に耳を傾けても、何一つ分かることなんてなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて身を焦がす怒りに呑まれて、何も考えられなくなって、もうどうでもいいやって全て投げ出してしまえばどれほど楽だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唄を紡いで、退けて、心が壊れてしまったとしても、

 

 

 

 

 

 

 

 自分という存在が、この場所に残るのであれば。

 

 

 

 

 

 

 

 それはどれだけ、幸福なことなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の始まりは中国のある病院にて。発光する赤子が誕生したというニュースだった。

 

 その後、各地で超常は発見され、原因も判然としないまま時は流れていく。

 

 世界総人口の約8割が、何らかの特異体質、“個性”を持つ超人社会となった現代。混乱渦巻く世の中で、かつて誰もが空想し憧れた、一つの職業が脚光を浴びていた。

 

 世のため人のため、正義のために己が“個性”を使う正義のヒーロー。かつての混乱の世の中で希望の光となったヒーローは、たちまち市民権を獲得し、世界各地で公的職務に定められる。

 

 しかし、ヒーローでなくとも戦う者たちは存在する。

 

 彼らは正義を堂々と掲げているわけでもなければ、ヒーローと名乗っている訳でもない。

 

 そこにあるのは、ある宿敵との因縁とある種のライバル意識にスリルを求める欲求、そして古来より一族守ってきたものを守るという使命感。

 

 そこに多少の正義感こそあれど、ヒーロー精神なんぞは存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 さて、この物語はそんな完成したように見せかけて、破綻した世界の物語。

 

 世のため人のため、その裏に隠れた欲を満たすため、そのために自身であることも棄て去った壊れた英雄が蔓延る世界の物語。

 

 普遍から外れて、普通であることを求められ、世界に敵対する道を選んだ愚かな敵が、壊れた英雄から身を隠し、静かに息をひそめる世界の物語。

 

 英雄でも敵でもなく、ただただ自分のしたいがために行動をする、ある意味の健常者たちが根付く世界の物語。

 

 そして……………………

 

 

 

 

 

 そんな世界にあって、世界を選び取ることを宿命付けられた、運命を仕組まれた狂った子供たちの物語。

 その序章。

 

 

 

 もし、こんな奇劇をお望みでないのなら、目を逸して別の所に行けばいい。私にそれを止める術はない。

 

 

 だけど……もし、この物語を見届けたいのであれば、この破綻した世界の結末を、知りたいのであれば。

 

 

 

 

 

 ……どんな結末が待っていようとも、後悔だけはしないでくれよ? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは欧州のある一国、ラフリオンにあるグリーンヒル。自然豊かなこの場所を、一陣の青い風が駆け抜けた。

 

 その風は、何かに導かれてか、はたまた偶然か。電池が切れたかのように地面に倒れ伏して眠るボロボロな身なりの子供を見つけた。

 

「……Hey,生きてるか? 息は……一応、してるな」

 

 その風は、少年だった。青い髪は毛先の方がハリネズミの針のように尖っており、青ベースのラフなパーカーとショートズボン、白い手袋と赤い靴を身に着けた、ハリネズミの耳と尻尾を持つ緑の瞳の少年。

 

 少年は少し考えた後、ボロボロな子供を抱えると、先程よりは遅いスピードで駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 子供が目を覚ますと、そこはふかふかなベッドの上だった。そのことに驚いて飛び起きようとしたが、身体は動かなかった。代わりに、軋むような痛みが身体を襲う。

 

 ここに至るまでの経緯を思い出そうとして、子供はある違和感を覚えた。

 

 ……何も、思い出せない。

 

 何かが、あって、光に飛び込んだことまでは覚えている。だけど、その前も、先も、何も分からない。

 

 自分が何者なのかすら、分からない。

 

 子供がその事実に気付いたその時、ガチャリ、という音がした。

 

「気付いたか?」

 

 子供が声のした方へ目を向けると、そこには青い髪の少年が居た。白い手袋に包まれたその手にヨーグルトの入ったサラダボウルを持ち、子供の方へと歩み寄ってくる。

 

「驚いたぜ。お前、道端で倒れていたんだ。ヨーグルト、食べるか?」

「……うん」

 

 子供はおどおどと頷く。少年はヨーグルトをスプーンで掬って子供の口に運んだ。子供はその行動に驚く。

 

「……ぇ」

「ん? だってその怪我じゃ食べられないだろ?」

 

 確かに、仰る通りだ。子供は指一つ動かせる状態ではない。よく身体を見ると、身体中に包帯が巻かれていた。

 

「……ああ、包帯を巻いたはオレの知り合いだ。オレがやるのは、ちょっと問題があるだろ?」

「……ぅ、ん」

「ほら、怪我してるんだからまずは食べろ!」

 

 少年はそう言うと、残りのヨーグルトを子供に食べさせた。はちみつの入ったヨーグルトは甘く、優しい味わいだった。

 

「……おい、しい」

「Thanks! ヨーグルトに少しはちみつを混ぜてみたんだ。食べやすいだろ?」

 

 子供がヨーグルトを食べ終えると、少年は容器をテーブルの上に置き、子供の寝そべっているベッドに腰掛け、子供の口に水の入ったコップを近付けた。

 

「少しでも飲んでおけよ」

 

 少年の声になんとなく安心感を覚えた子供は、大人しく近付けられたコップに口を付けて水を飲んだ。

 

「オレはソニック。ソニック・ザ・ヘッジホッグだ」

「そに……っく?」

「ああ。お前は?」

「………………」

 

 何も、分からない。何かを言おうとしても、口が音を発することはなかった。少年、ソニックはそれを察したのか、サイドテーブルから何かを掴み、子供にそれを差し出した。

 

「それ、は?」

「ああ、お前が持ってた物だ。ベッドに寝かした時にお前が着ていた服のポケットから落ちてきた。ちなみに、服はエミー……お前に包帯を巻いてくれた知り合いが洗濯してる。その服もそいつの物だ。後でお礼を言っておけよ」

 

 ソニックの言葉に耳を傾けながら、子供はソニックが差し出してきたものを凝視した。

 

 それは、青いひし形のきれいなペンダントだった。

 

 子供には見覚えのないものだ。分からないという意思を込めて首を振るが、ソニックはペンダントを子供の首にかけた。

 

「オレが持ってるよりはお前が持ってる方がいい気がするんだ」

 

 そんなことを言われてしまえば、子供は押し黙るしかない。大人しくペンダントをかけてもらうことにした。

 

「んー、お前、本当に何も覚えてないのか?」

「うん……」

「名前も、どこに住んでたとかも?」

「何も、分からない」

「そうか……」

 

 一般に、記憶喪失と言われる状態だろう。自分が何者で、どこに住んでいたのか、何があったのかなど、子供にはそれら全ての記憶が存在していなかった。

 

 悲しいとも思わなかった。悲しいと思うだけの思い出もないから。

 

「でも、呼び名がないと不便だよな……」

 

 ソニックはうーんと考える素振りを見せる。そして、少しした後、子供の頭を優しく撫でて、言った。

 

「アンジェラ……なんて、どうだ?」

「あん……じぇら……?」

「ああ。お前の髪の空色とか、目の金色が、童話に出てくる天使みたいに見えたんだ。どうだ? 気に入らないなら他のにするか?」

「アン、ジェラ…………」

 

 子供の中に、ソニックに与えられた名前がストン、と落ちてきた。名前すら記憶にない子供に、新しい名前が与えられた。子供は心の中で与えられた名前を何度も復唱する。心に刻みつけて、もう二度と、忘れないように。

 

「アンジェラ……うん、気に入った。ありがとう」

「You're welcome!」

 

 新しい名前を与えられた子供……アンジェラは、精一杯喜びを表現しようと、月のような笑みを浮かべた。

 

 



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ブラック彗星

ソニックサイドの年齢設定はあることを除いて基本原作通りなんですが、エミーの年齢だけはこの話の時点で14歳とさせていただきます。アンジェラは現時点で大体13歳くらい。それ以外のキャラは軒並みこの時点では原作通りで、雄英編が始まるまでに年齢重ねるんだなぁと思ってください。

この話から暫くソニックシリーズ原作の話になります。一応説明はしていますが、ソニアド2、シャドゲ、カラーズのストーリーは序章で触れるので一通り確認しておくとより楽しめるかと。

あと、暫くは話の流れでソニックオンステージになります。ヒロアカ要素は毛ほどしかありません。ご了承ください。


 5年後。

 

 

 

 この日は五十年に一度の天体ショー、ブラック彗星の大接近が四日後に迫っているだけあって、街はお祭り騒ぎ状態。学校の話題も、街中で聞く噂話もブラック彗星の話題でもちきりだった。

 

 しかし、そんな平穏は長くは続かなかった。

 

 空が、急に赤い霧に包まれ、異形の者たちが現れたのだ。その数は、100、200を有に超えている。

 

 プロヒーローやGUNはこの異常事態にすぐさま行動を起こした。しかし、相手は手強かった。最低でも、時折侵略活動を行う傍迷惑な卵オヤジ……もとい、Dr.エッグマンのロボットやメカと同程度の戦闘力を持っていたのだ。エッグマンのロボットやメカは、並のプロヒーローでは太刀打ちできない。トッププロでようやく相手になるほどには強力だった。

 

 街は異形の者たちに侵略され、人々は平穏を求め逃げ惑い、情報は錯綜し、何が真実で、何が虚構なのかが分からない。人々の顔には怯えがはっきりと映し出されていた。

 

 そして、ちょうどその頃。ウエストポリスを駆け抜ける一陣の空色の風があった。

 

「……ったく、パーフェクトカオスにアーク、メタルソニックときて今度はエイリアンか? ……何処の誰かは知らないが……ご苦労なこった」

 

 その風は、一人の少女だった。

 

 背格好はかなり小柄で華奢だが、シュッと伸びたきれいな脚と豊かな胸のグラマラスな体型をしていて、もう少し背が高ければモデルと見間違うほどだ。病的なまでに白い肌とビスクドールのような美貌、すべてを引き込むような金色の瞳を持ち、空色の長い美しい髪をポニーテールにして、少し解れた黒いリボンで結んでおり、青いノースリーブのパーカーとミニスカート、黒いスパッツに白い手袋、赤いグラインドシューズ、そして青いひし形の宝石のペンダントを身に着けている。

 

 彼女は、アンジェラ。アンジェラ・フーディルハイン。数年前、ソニックに拾われて新しい名前を与えられられた、あの記憶を失った子供である。

 

 怪我が治った後、アンジェラはソニックにあっちこっちに連れ回されて各地を旅したり、ヒゲたまごもといエッグマンの野望を暇潰しがてらに阻止してみたりと割と自由に暮らしていく内に、いつの間にかソニックとほぼ同等のスピードと戦闘力を得ていた。ソニックに勝てた試しは一度もないが。

 

 一応言っておくが、アンジェラ自身は“個性”を持っていない。いわゆる無個性である。

 

 そんなアンジェラが、何故ウエストポリスに来ているのか。それは、数週間前にあったメタルソニックの暴走事件以降、眠るたびにある夢を見ていたことに起因する。

 

 その夢は、空から黒い異形のエイリアンが降ってくるという内容だった。ちょうど、今のウエストポリスのように。

 

 これが予知夢だったのかは分からない。しかし、毎日同じ夢を見るのだから、きっと何かしらの理由や因果関係があるはずだと、アンジェラはウエストポリスを駆け回ってエイリアンをしばき倒しつつ、情報を集めていた。

 

「こいつら、やっぱりあのブラック彗星に関わってんのか……?」

 

 アンジェラの頭によぎったのは、ソニックと似たシルエットをもつ究極生命体。黒に赤いメッシュが入った、先の方が上に上がった髪を持ち、黒いパーカーと黒いズボン、両手に手袋、手首には金のリングを着け、メカニックなデザインの靴を履いた、ハリネズミの耳と尻尾、赤い瞳を持つ彼。アークの事件で死んだと思われていたが、その数日後にひょっこりと姿を表し、しかし記憶を失っていた彼は、今どこで何をしているのだろうか。

 

「……何で今あいつのことを思い出したんだ、オレは……。夢のせいか?」

 

 エイリアン共と彼の間には、黒い以外の共通点が見られない。もしかしたら知らないだけで何らかの共通点があるのかもしれないが、それは今のアンジェラの知るところではない。

 

 とにかく、今は何が起こっているのかを突き止めるのが先決だ。アンジェラは気合を入れるかのように頬をベシっ、と叩き、ウエストポリスの街を再び駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はー、なるほどねぇ……」

 

 エイリアンの本拠地であるブラック彗星内部。

 

 エイリアンの侵略活動が始まって3日。西へ東へ駆け回り情報を集め、この彗星内部で見聞きした情報とかけ合わせたアンジェラは、ある仮説を立てていた。そして、自分の最初のふとした考えがあながち間違いでもないことに苦笑する。

 

 結論から言ってしまえば、シャドウと侵略エイリアン共……ブラックドゥームが親戚かなにかなのではないかという考えは、間違っていなかった。

 

 シャドウはブラックドゥームの細胞を用いて造られた存在だったのだ。

 

 シャドウが人工の生命体であることは、以前のアーク事件の時にもう既に知っていた。その時は一体何の細胞を使えば、奇跡の石、カオスエメラルドの力を引き出す能力を与えられるのか疑問だったが、ブラックドゥームもカオスコントロールの行使が可能であったという事実を知ったとき、合点がいった。

 

 しかし、疑問も残る。

 

 カオスコントロール……時空間を操る能力。正確に言えばカオスエメラルドの力の一部だが、そんな能力を人工的に与えられるとあれば、危険視されるのは目に見えている。実際、50年前にシャドウの産まれた場所であるアークは、バイオリザードの暴走が直接的な要因ではあるもののGUNによって閉鎖され、シャドウは50年もの長い間、GUNの最重要機密としてコールドスリープ状態で封印されていた。

 

 そんなリスクを犯してまで、ジェラルド・ロボットニックは、何故シャドウを産み出したのだろうか。

 

 アンジェラが頭の中でグルグルとそんなことを考えていると、いつの間にか周囲をブラックドゥームの尖兵達、ブラックアームズに囲まれていた。その数は、およそ数十体。黒いスライムのような姿をしたものから、3メートルほどの巨体を持つものまで、その姿は様々だ。

 

「……っち、人が考え事してるってときに」

 

 アンジェラは舌打ちこそすれ、騒ぐようなことはしない。この程度の尖兵、アンジェラにとっては雑魚も同然だった。軽くストレッチしながら、ブラックアームズを睨みつけて言い放つ。

 

「随分とまあ、勝手なことしてくれやがって。Come on,ちょっくら遊んでやるよ」

 

 瞬間、アンジェラの姿が消えた。ブラックアームズはキョロキョロと辺りを見渡すが、尖兵ごときにアンジェラの速度を目で捉えられるはずがない。

 

 アンジェラは音速に近い速度で地を駆け抜けることができる。ソニックと過ごす内に、いつの間にか身につけた能力だ。最初は“個性”かなにかかと疑ったこともあったが、検査でそれは違うことが分かった。

 

 “個性”という生まれ持ったものではない。アンジェラが、成長の過程で手に入れた武器だ。

 

 未だアンジェラを捉えられない尖兵共の後ろに回り、一体一体に確実に打撃を与えてゆく。速度を殺さないままの一撃は、尖兵共を一撃でノックダウンしてゆく。その身のこなしは洗練されており、普通の速度でも並大抵の格闘家を一蹴できてしまうだろう。重々しい打撃音が周囲に響く。空色の風が吹き荒れ、尖兵共を蹴散らしてゆく。

 

 アンジェラは、格闘技の基礎はマスターエメラルドの守護者でありトレジャーハンターであるナックルズに教わってはいるものの、それ以上の格闘技は独学である。それなのにここまできれいな動きを出来るのは、アンジェラ自身の才能とヒゲたまごもといエッグマン相手の暇潰しの数々その他諸々の数多の実戦のお陰だろう。

 

 風切り音や着地音など、聴覚でそこにいることに気付くことができても、既にアンジェラはそこにはいない。ブラックアームズ達の思考は混乱してゆく。そして、その隙を見逃すアンジェラではない。

 

「後ろがガラ空きだぜ?」

 

 流れるような動きで拳を巨人のような体躯のブラックアームズの一体に撃ち込む。拳を撃ち込まれたブラックアームズはふっ飛ばされて壁に激突した。

 

「もう少しスタイリッシュになってから出直してこいよ」

 

 そんなことを言いながら最後のブラックアームズにサマーソルトキックをおみまいすると、アンジェラは周囲を見渡して、一言呟いた。

 

「そういや……ここ、どこだ?」

 

 ……どうやら、調査に夢中になるあまりに道に迷ってしまったらしい。アンジェラは騒がしい方に行けば誰か居るだろ、と思考を切り替えて走り去って行った。

 

 

 

 

 騒がしい方、騒がしい方へと足を進めていたアンジェラであったが、しばらく走っていると、ソニックと、黄色い髪にソニックと似た黄色い服を身に着け、狐の耳と二本の尻尾を持つ少年……テイルスこと、マイルス・パウアーの姿を見つけた。

 

「あ! ソニック!」

「アンジェラ! 今まで何処に行ってたんだよ!」

「悪い悪い。道に迷ってた」

 

 全く……と言いながらソニックはアンジェラの頭を撫でる。傍から見たら、二人は兄妹のように見えるだろう。実際、二人は義兄妹関係である。

 

「シャドウは?」

「多分、この先だ」

 

 ソニックが指さした先から、なんとなく嫌な気配を感じる。おそらく、親玉がこの先に居るのだろう。

 

「にしても、ここって気味が悪いよね……。これならエッグマンの基地の方がまだ幾分かマシだよ」

「本当にそれな」

「ここの家主は辛気臭い奴なんだろうな。暗い色ばっかで目が疲れるぜ」

 

 三人は軽口を叩き合いながら進む。

 

 その途中、赤い髪に黒いタンクトップとその上に赤いジャケット、黒いダメージジーンズ、手には白い手袋を、足には赤く丸みを帯びた特徴的な靴を履き、ハリモグラの尻尾を持つ濃い紫色の瞳の少年……ナックルズ・ザ・エキドゥナ、

 

 裾が白く縁取られ、スカートの部分がふんわりとした赤いノースリーブのワンピースに、手には白い手袋、腕には金のリング、縦に一本白い線が大きく入った赤いブーツを身に着けている、綺麗なピンク色で、肩辺りまで伸び、旋毛からは3本の短いアホ毛のある髪を持ち、小さなハリネズミの耳に尻尾、エメラルドグリーンの瞳を持つ少女……エミー・ローズ、

 

 黒く、胸元にピンクの胸当てがあるタイツスーツに白いブーツ、白い手袋を身に着け、白い髪とコウモリの耳、背中にはコウモリの黒い羽に、青い瞳を持つ女性……ルージュ・ザ・バット、

 

 そして丸っこいフォルムに赤いスーツを身に着けたたまごオヤジことドクター・エッグマンが合流した。

 

 シャドウは何故かわからないがカオスエメラルドを集めていた。ブラックドゥームはシャドウがカオスエメラルドを7つすべて集めた時に横から掻っ攫うつもりなのだろう。ブラックドゥームの目的が恐らくとはいえ地球侵略である以上、見てみぬふりをすることはできない。ちなみにエッグマンがブラックドゥームの本拠地に乗り込んでいるのは、侵略する土地が減ってしまうのを防ぐためという、ありがたいんだかありがたくないのかよく分からない理由からだった。なんだそれ、とアンジェラは思わず吹き出してしまった。

 

 



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覚醒の唄

ここからオリジナル要素が大きく出てきます。いや、アンジェラの存在の時点で既にオリジナル要素満載だけど。


 ブラックドゥームとシャドウの接触とカオスエメラルドをブラックドゥームに取られることを防ぐため、ソニック達はシャドウの元へ急いだ。

 

 しかし、一歩遅かった。

 

 ブラックドゥームはアンジェラの予想通りカオスエメラルドをシャドウから掻っ攫い、カオスコントロールでブラック彗星を地球に寄生させた。やはり、ブラックドゥームの目的は地球侵略であった。

 

 記憶喪失状態のシャドウを言葉巧みに利用し、カオスエメラルドを集めさせたのは、全てカオスコントロールの力を最大限に引き出し、ブラック彗星と地球を接触させるためであった。

 

 ブラックドゥームが語るには、50年前、天才科学者であったジェラルド・ロボトニックは、ブラックアームズの生命力……細胞と引き換えに、50年後、7つのカオスエメラルドをブラックドゥームに引き渡すという取引をしていた。その取引の結果産まれたのがシャドウである、と。己の出生の秘密を知ったシャドウは絶望に満ちた瞳でその場に膝を付く。

 

 ブラックドゥームは地球の大気とブラック彗星のガスが化学反応を起こして発生した猛毒の神経ガスでソニック達の動きを封じた。ブラックドゥームとその細胞から産み出されたシャドウは、このガスに対する耐性を持っているので動くことができる。

 

 しかし、ここでブラックドゥームも予想外のことが起こる。

 

「……って、あれ?」

 

 その猛毒ガスは、何故かアンジェラにも効かなかったのだ。アンジェラは不思議そうに手を動かしている。

 

「ほう……この猛毒に耐えるか」

「アンジェラ、平気なのか……?」

「それがオレにも何がなんだかさっぱり……」

 

 ソニックですら耐えられずに影響を受けてしまった猛毒に、何故アンジェラが耐えられたのかはさっぱりわからない。しかし、この好機を逃すわけにはいかない。呆けていたアンジェラはハッと気を持って、ブラックドゥームに音速で拳を撃ち込む。

 

 しかし、その拳がブラックドゥームに当たることはなかった。カオスコントロールによる短距離ワープで、アンジェラの拳を躱したのだ。

 

「なっ!?」

「お前には、我の力に直接触れる権利をやろう……光栄に思うがいい」

 

 そう言いながら、ブラックドゥームは袖を振るう。瞬間、アンジェラの身体に凄まじい圧が襲いかかってきた。空中に居たアンジェラはシャドウの側に落下する。

 

 動きを封じるなんて生易しいものではない。力で無理矢理床に押さえつけられている。肉体へのあまりの負荷に、アンジェラは思わず声を漏らした。ブラックドゥームは腕を突き出して、そこにエネルギーを収束させ野球ボールほどの大きさの光弾を作り出し、動けなくなったアンジェラ目掛けて発射した。まずいと思っても、動けないために躱せない。アンジェラは光弾の直撃をモロに喰らい、大きなダメージを受けてその場に倒れてしまった。

 

「かはっ……!」

「そのままこの星が我が物となるまで大人しくしているといい」

 

 ブラックドゥームは不敵に笑う。アンジェラは歯をギリィ、と鳴らしながらブラックドゥームを睨みつけた。動けないソニック達にブラックアームズが迫る。

 

 自分は、なんて無力なんだ。

 その悔しさに、アンジェラは再び歯軋りした。

 

 その視界に、ブラックアームズを踏み潰すシャドウが映る。シャドウはアンジェラの頭を軽く撫でると、先程とは違う、決意の籠もった瞳でアンジェラをまっすぐ見据え、力強い声で言った。

 

「アンジェラ、あとは僕がやる」

「シャドウ……」

 

 アンジェラは漠然とした、しかし明瞭な安心感を覚えた。今は、シャドウに託すしかない。こんなボロボロな状態では、何も出来ないことは、アンジェラ自身が一番よく理解していた。

 

「ああ……まかせた」

 

 何とかその言葉を捻り出した直後、アンジェラの意識は闇へ呑まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ……頭が痛い。

 

 知らない筈の知識が頭の中に入り込む感覚に、アンジェラは目を覚ました。

 

「ここ……は?」

 

 ……否、目を覚ましてはないない。周囲には宇宙空間のような闇が広がっている。アンジェラの深層意識が、ここは現実の世界ではないことを、アンジェラの心の奥深く、奥深くの部分であると言っている。夢に近いものだろうか、とアンジェラが考えていると、どこからか声が聞こえてきた。

 

『……め……ね…………ま……が……』

 

 沢山の声が組み合わさったような、不思議な声。ノイズが混ざっていて内容は分からなかったが、聞いたことがないはずの、何故か聞き覚えがある声だった。

 

「なに……?」

 

 アンジェラが内容を聞き取ろうと、その声に集中しようとしたとき。

 

『目覚めた。眠っていた力が』

「? ………………────ーッッッッ!!!?!?」

 

 アンジェラの脳裏に、様々な情報が雪崩込んできた。『自分』に眠っていた力と、その使い方に関する情報が。

 

 そして同時に、先程から聞こえる声の主が、アンジェラが身に着けている青いペンダントであることも理解した。

 

 彼女が、先程とは違う透き通った声で語りかけてくる。

 

『私は主たる貴女の手となり足となる杖。貴女が今傍受した記録は、貴女のものであって貴女のものではない』

「っ、なに、を……」

『貴女は、大切な人達の力になりたいと思っている。そうですね』

 

 その感情は嘘偽りなく自分のものだ。アンジェラが頭の痛みに耐え、悶絶の表情を浮かべながらその言葉に肯定の意を示すと、ペンダントは言った。

 

『私は、ずっと貴女の力が目覚める時を待っていました。貴女が今まで自覚していなかった力、私達の力、魔法の力を』

「まほ……う……?」

 

 何処のファンタジーだと言いたくなったが、断続的な頭痛と流れ込み続ける情報のせいでそんな暇もない。ペンダントは続ける。

 

『魔法とは、遠き宇宙にあった文明によって産み出された技術。私はその文明に造られた魔法の剣。貴女が知らない時からずっと、貴女の傍で待ち続けていました』

「待つ……?」

『貴女の力が目覚める時を。この深層心理の世界も、貴女が魔力で作り上げたものです』

 

 そんなことを言われても、アンジェラに思い当たる節は一切ない。ペンダントの言うことは現実味のない内容ばかりだが、流れ込んでくる情報が『これは嘘ではない』と言っている。否応なしに、これが現実であるとアンジェラに認識させにかかってくる。

 

 頭痛がスー……と収まる。アンジェラの中に流れ込んでいた大量の情報も、いつの間にか止まっていた。どうやら、全ての情報が無事にアンジェラの脳に刻み込まれたらしい。アンジェラは脳に刻まれた情報を整理しながら、ペンダントの名を呼ぶ。

 

「…………お前、は……ソル、フェジオ……」

『はい、我が主』

「……脳みそに入ってきた魔法に関する知識……オレには使えるかどうかが分からねぇ」

『大丈夫です、私がお手伝いします』

「そっか……大した初心者サポートもあるもんだな」

 

 いつの間にかアンジェラの表情に余裕が戻った。ペンダント……もとい、ソルフェジオの言葉に、流れ込んできた魔法に関する知識。突拍子もないことな上にこの状況。本来は信じろというのは無理があるだろう。しかし、アンジェラは信じることにした。魔法のような奇跡を、カオスエメラルドとその力を引き出す存在を知っているから。

 

 かくいうアンジェラも、多少の制限こそあれどカオスエメラルドの力を使うことができる。奇跡の力がどんなものなのか、身を持って知っているアンジェラだからこそ、ソルフェジオの話も、いきなり流れ込んできた魔法の知識も、信じようという気になれた。

 

 深層意識の外側から音が聞こえてくる。それは、シャドウの本当の出生の秘密を告げるプロフェッサー・ジェラルドの言葉。毒には、同じ毒をもって制するしかなかったというプロフェッサー・ジェラルドの決断と、シャドウが本当はブラックアームズから地球を守るための、希望の光として産まれたという事実。

 

 プロフェッサー・ジェラルドは元々は善人だったのだろう。しかし、50年前のアーク制圧によって孫娘のマリアを失ってしまったことで狂ってしまった。人類を守るために造られたシャドウやアークを、人類を滅ぼすための兵器にしてしまった。

 

 全ての悲しみの連鎖の元凶は、ブラックドゥームだった。

 

 アンジェラはスッと目を閉じた。

 

 これはシャドウの戦いだ。無駄な手助けは不要。

 

 しかし、アンジェラにもやるべきことはあった。

 

「それで……どうすればいい? オレの身体はエイリアンのせいでボロボロだぞ?」

『大丈夫です。魔力で無理矢理動かせます。もっとも、無理矢理動かした分の反動は重いですが』

「ここで動けるのに動かないって選択肢はねぇだろ」

『……そうですね。貴女はそういう人ですものね。分かりました。このソルフェジオ、全霊を持って我が主の力となりましょう』

「……おう、頼むぜBuddy」

 

 アンジェラとソルフェジオ意識がシンクロする。か細い糸を手繰り寄せるように、脳に流れ込んできた知識通りに体内に感じる力……魔力を操る。

 

 ……大丈夫。流れ込んできた知識(教わった)通りにやれば問題ねぇ。

 

 右手の掌にソルフェジオを乗せ、目を閉じる。そして、身体に魔力を流すようにイメージを固め、呪文を唱えた。

 

「イファラス・ザラス・イエザラス

 イファリス・ザリス・イエザリク……

 Ahrmzisn maiema meidjemskw kakenwm(風の元、星の光は集いて導となる)

 Anrksnskamwb maowndjsms maownwhdiem(月の元、夢は集いて力となる)

 Amrodmshsms maiendmzksls makwjwnwm(掲げ謳うは奇跡と知るか)

 Hskanrkd kwoejdnm kaIemsjakqm(夜に明星の目覚めを告げよ)

 Emusu tron zen fene el zizzl(祝福と呪いを掲ぐ、始まりの歌)

 

 それは、目覚めの祝詞。アンジェラの中に眠る力を解き放つための儀式。アンジェラから流れ込む魔力に反応して、ソルフェジオが青い光を放ち、アンジェラの足元に青い正五芒星形の図形を展開する。青い光がほとばしり、宇宙のような景色にヒビが入る。深層意識の世界が崩れ去る。アンジェラは、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピリピリ、バチバチ、と、何かが蠢いている。

 

 その何か(……)が出す音を、その場ではソニックだけが聞き取ることができた。

 

「……!」

 

 その音の発生源は、今は地面に伏して意識を失っているアンジェラ。正確には、アンジェラの持つ青いペンダントだった。ペンダントからバチバチ、と電撃の音が聞こえる。その音はだんだんと大きくなり、青白い電撃のような光がアンジェラの身体から漏れ出す。ソニック達が奇怪に思っていると、その光と同じ色の、五芒星形の幾何学模様がアンジェラの真下に現れ、アンジェラが悪態をつきながらのそり、と立ち上がる。

 

「っててて……あんのエイリアン、思いっきりぶっ飛ばしてくれやがって……」

 

 その身体はブラックドゥームの力で無理矢理押さえつけられ、吹き飛ばされただけあってボロボロで、立ち上がることすら難しい筈。しかしアンジェラは、確かに立ち上がった。ペンダントが淡い光を放つ。ソニックは居ても立っても居られなくなって大声を出した。

 

「アンジェラっ!」

「ソニック……心配かけたな。オレは大丈夫だ」

「大丈夫って……そんなボロボロな状態で!?」

 

 アンジェラの姿を見て、その状態で動けることに疑問の声を上げたのはテイルスだ。確かに、身体は悲鳴を上げている。立っているだけでかなり辛いものがある。

 

「大丈夫だっての」

 

 しかし、アンジェラは軽く笑ってみせた。自分は大丈夫だと。こうして、立ち上がれると、示すように。

 

「……無理は、するなよ」

 

 だから、ソニックもこう言うしかなかった。こうなったアンジェラは意地でも、自分の気が済むまで、真っ直ぐに突き進む。兄のような存在であるソニックですら、止めることなど出来やしない。

 

 アンジェラは胸元のペンダントに触れる。すると、そのペンダントは青い光に包まれ、その光は機械的な魔法の杖のような形状になった。アンジェラはその杖の後先を足元の幾何学模様に向かってカン、と音を立てて突き立てる。すると、ソニック達は自由に動けるようになった。ソニック達の動きを縛っていたガスが無効化されたのだろう。

 

 アンジェラのするべきこと。それはソニック達にかけられた神経マヒを解除することだった。流れ込んできた魔法に関する知識とソルフェジオの力を合わせて、解毒作用を持つ魔法を発動させたのだ。

 

 アンジェラは神経マヒが解除されたことを確認すると、ソニックの方に向き直る。心做しか、アンジェラの顔色が悪い。

 

「悪い……説明は、後でいいか。今は……」

「分かってる。奴はシャドウが追ってる。急いでここから離れよう」

「ああ。話は聞いていた。……これは、アイツの戦いだ」

 

 アンジェラはソニックのもとに駆け寄ろうとしたが、直後ふらり、とバランスを崩してしまう。地面に倒れ伏す直前、ソニックがアンジェラを受け止める。触れた箇所が異様に熱い。ソニックがアンジェラの額に触れると、そこは確かに熱を持っていた。ガラン、とアンジェラの手にあった杖が床に落ちる。身体に力が入っていないのだろう。

 

「アンジェラ、お前……! 熱が出てるじゃないか!」

「ははは……大丈夫だって……」

「どこがよ! フラフラじゃない!」

「エミー……」

「無理しすぎて身体のほうが限界なんだろ……もうオレ達は動けるから大人しく寝てろ! 説明は後でいいから!」

「う……悪い……」

 

 ソニック達の言葉に諭され、安心するような暖かさを感じながら、アンジェラは大人しく意識を落とした。

 

 シャドウ……負けんじゃねぇぞ……。

 

 意識が完全に沈む直前、今ブラックドゥームと対峙しているであろうシャドウのことを思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ソニックは、知ってたの? アンジェラの、さっきの力……」

 

 ソニック達がブラック彗星から脱出している道中、エミーが神妙な面持ちでソニックに尋ねる。

 

「いや、オレもついさっき知った……というか、アンジェラの様子からしてアンジェラ自身も知らなかったんだろ」

「ワシもアンジェラとは長い付き合いになるが、あんな力を持っとる素振りなんて見せなんだ」

「土壇場で力が覚醒したのね……。そのせいで相当無理しちゃったみたいだけど」

 

 ルージュはそう言うと、ソニックが抱えているアンジェラの頭をそっとなでる。アンジェラは熱のせいで寝苦しそうにこそしているものの、安心しきったような表情をしている。

 

「あの力は僕らを蝕んでいた神経毒を除去した……多分だけど、それだけじゃないような気がするんだ」

 

 アンジェラの持っていた杖を握りしめながら、テイルスは思考する。

 

 アンジェラの足元に現れた幾何学模様、杖のような形に姿を変えたペンダント。

 

 あれは、まるで……

 

「“個性”ってことか? でもあいつは検査で……」

「……きっと、“個性“じゃない別のなにか……じゃないかな。それが、きっとアンジェラの中にはずっと眠っていたんだ。それが、何かがきっかけになって目覚めた……。そのきっかけは、おそらくだけどブラックドゥームの力に直接触れたことだと思う」

「何でだ?」

「カオスエメラルドの力を使っても目覚めなかったってことは、それしかないかなって……」

 

 ナックルズの疑問に、テイルスは思考を纏めながら答える。アンジェラは以前から平然とカオスエメラルドの力を使っていた。それでもアンジェラの中にあるあの謎の力が目覚めなかったのであれば、あとの原因はブラックドゥームの力に直接触れたことくらいしか思い浮かばなかった。

 

「……何にせよ、アンジェラに聞けば分かるだろ」

 

 ソニックは、未だに眠っているアンジェラを起こさないように抱き締める力を強めた。その光景を見ていたエミーは、羨ましい気持ちも多少は感じたが、アンジェラの変化になんとなく嬉しいような気持ちも感じていた。

 

 

 

 

 エミーはソニックが拾ってきた当初のアンジェラのことを知っている。このことは、ナックルズはおろかテイルスですら知らない。当時はそこまで関係は深くなかった、知り合い程度の関係であったものの、エミーはテイルスよりもソニックとの付き合いが長い。

 

 エミーは思い返す。出会ったばかりのアンジェラの様子を。

 

 

 

 

 

 



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回想

 5年前のある日、エミーはソニックに突然呼び出された。当時からソニックに淡い恋心を寄せていたエミーだったが、ソニックらしくもない切羽詰まった様子に、流石に浮ついたような気分にはなれなかった。

 

「ソニック!」

「エミー、悪いな、わざわざ来てもらって」

「どうしたの? かなり切羽詰まった様子で電話してきて、着やすい服を持ってきてくれ(・・・・・・・)なんて……」

 

 見てもらったほうが早い、とソニックはエミーを自宅の一室に案内した。そこに足を踏み入れたエミーは、眼の前に広がった光景に驚愕することとなる。

 

「……!」

「見てもらった通りさ」

 

 その部屋に置かれているベッドには、傷だらけの少女が横たわっていた。悪夢を見ているのだろうか、お世辞にも安眠しているとは言い難い苦悶の表情を浮かべている。

 

「……この子は?」

「いつも通り走ってたら、道端で倒れてるのを見つけた。エミーを呼んだのは、こいつに包帯を巻くのを任せたくてな。オレがやるのは、ちょっと問題があるだろ? 服の下にも傷があるっぽいし」

「なるほど、着やすい服っていうのはこの子に貸してあげてほしい、ってことね……わかった。任せて」

 

 傷だらけの少女を見て、放って置くなどという選択肢はエミーにはなかった。なにより、ソニックからの頼みだ。断るなどという選択肢はない。

 

 そいつでも食べれそうなものを作ってくる、と言ってソニックはエミーに濡れタオルと救急セットを渡して部屋を出ていった。エミーは持ってきたラフなワンピースと渡された救急セットを少女が眠っているベッドの端っこに置く。少女の怪我の具合を見ようと、濡れタオル片手に少女のボロボロな服を脱がすと、エミーは眼の前の光景に、絶句した。

 

 何かに打たれたような傷跡に、殴られた跡、引っ掻き傷など、少女の身体はいたる所まで傷だらけであったのだ。古い傷跡も複数あり、素人目から見ても、少女がまともに治療を受けていなかったことがわかる。

 

 エミーは予想外の光景に戸惑いつつも、手早く少女の身体を濡れタオルで拭き、包帯を巻いていく。その間も、少女は苦痛に満ちた表情で眠っていた。

 

「一体、なにが……。……って、あれ?」

 

 一通り包帯を巻き終えたエミーの視界の端に、サイドテーブルから何かが落ちていくのが見えた。それは、青いひし形の宝石のきれいなペンダント。ソニックはこんなものを好んで持つことはないし、この少女のものだろうか。エミーは不思議に思った。

 

 あくまで予想でしかないが、この少女は虐待を受けていたのだろう。なのに、何故こんなきれいなペンダントを持っているのだろうか。虐待をする親なら、こんなきれいなものを子供が持っているとあれば取り上げそうなものを……。

 

「……気にしてても、仕方ないか」

 

 エミーはそう呟きながらペンダントをサイドテーブルに戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 沢山のフルーツが入ったバスケットと着やすい服を何着か入れた紙袋を持ったエミーは少女の見舞いのためにソニックの家を訪れた。

 

「Welcome,エミー。あいつなら部屋に居るよ」

 

 ソニックにそう言われ、昨日少女が寝ていた部屋のドアをノックし、ドアを開ける。

 

「こんにちは」

 

 何があってあんなに傷だらけであったかは分からないが、きっと身体だけでなく心までも傷付いているであろう少女を怖がらせないように、エミーは最大限の笑みを浮かべた。

 

「……こんにちは」

 

 少女はどこかおどおどとした様子で、暗い表情だった。目が覚めてから、ソニック以外の人と関わっていないのだから当然といえば当然か。予想の範囲内の様子だったので、エミーは特に気にすることなく少女の傍まで歩み寄った。

 

「はじめまして。私はエミー。エミー・ローズよ。貴女は?」

「…………アンジェラ」

「アンジェラね。フルーツ持ってきたんだけど、食べる?」

「……食べる」

 

 エミーは持ってきたバスケットの中からフルーツナイフと紙皿を取り出し、サイドテーブルの上に置いた。

 

「どれがいい? 色々持ってきたけど……」

「……これ」

 

 アンジェラが指さしたのは、青林檎。エミーは慣れた手付きで、フルーツナイフで青林檎の皮を剥く。その途中、エミーはアンジェラの首にあの青い宝石のペンダントがかかっているのを見つけた。

 

「あら、そのペンダントは……」

「……ソニックが、ぼくのじゃないかって」

「やっぱりね。ソニックはそういうアクセサリーにあまり興味がないから、貴女のものじゃないかって思ってたの。よく似合ってるわ」

「……ありがとう。ぼくに包帯巻いてくれたり、服貸してくれたりしたのも」

「あら、知ってたの?」

「ソニックが教えてくれたんだ。エミーが包帯巻いてくれたり、服貸してくれたりしたって」

 

 そんな他愛も無い話をしながらも、林檎の皮を剥く手は止めない。皮を剥き終えると、食べやすいサイズにカットして、紙皿の上に置いた。

 

「はい、どうぞ」

「……いただきます」

 

 アンジェラはおどおどしながら差し出された林檎を一つ口に運ぶ。シャキ、シャキ、という音が部屋に響く。

 

「……おいしい」

 

 そう言うアンジェラの表情は、先程よりも明るかった。エミーはそれを見て、少しほっとした。今まで暗い表情をしていたアンジェラが、僅かだが、笑ってくれたから。

 

「ふふ、笑うとかわいいじゃない」

「……そう、なの?」

「少なくとも、さっきまでの暗い表情よりはずっとマシよ。笑ってたほうが、楽しいこといっぱいあるわよ?」

「……楽しいこと……」

 

 アンジェラは、ぽつりと語る。

 

 自分にはこれまでの記憶がないこと、

 何かはよくわからないが、とても辛い目にあったことだけは覚えていること、

『アンジェラ』という名前はソニックにもらったものであること、

 そして、

 

「……楽しいことって、何なのか、わからない」

 

 エミーはアンジェラの言葉を静かに聞いていた。そして、そんなエミーの頭の中にある一つの仮説が思い浮かぶ。

 

 アンジェラは辛い目にあって、自ら記憶を閉ざしてしまった。アンジェラが以前にどんな生活を送っていたのかはわからないが、アンジェラの言う『辛い目』から己の心を守るために、記憶を閉ざしてしまったのだろう。

 

 そこまで察したエミーは、静かに口を開いた。

 

「楽しいことは世界にいっぱいあるけど……それは自分で見つけるものよ。楽しいことは、人によって違うから」

「……?」

「それにね、楽しいことがあるだけで、生きてるのも楽しくなるの。大丈夫。アンジェラはアンジェラの楽しいことを、これからゆっくり探せばいいわ」

 

 アンジェラは不思議そうに首を傾げた。

 

 エミーの言葉をアンジェラが完全に理解するのは、もう少し先の話になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから時は流れて、ブラック彗星事件から数えておよそ1ヶ月前のこと。

 

 エッグマンがスペースコロニー、アークを利用して、いつものように世界征服しようと躍起になっていたが、そんなエッグマンの協力者になっていたシャドウの目的は、人類をアークの力を持ってして滅ぼすこと。

 

 このままでは、エッグマンの祖父、プロフェッサー・ジェラルド・ロボトニックのプログラムで、約27分後にはアークが地球に衝突し、エクリプス・キャノンにセットされた暴走状態のカオスエメラルドのエネルギーによる爆発で、地球は滅びてしまう。それを阻止するため、マスターエメラルドの力でカオスエメラルドの暴走を食い止める必要があった。

 

 各々行動を開始するソニック達。アンジェラはエミーと共に行動していた。アンジェラはテイルスほどではないが機械に強い。何かあったときのために、アークのデータを再度収集していたのだ。

 

 その道中、アークの一室で佇むシャドウを発見した。

 

「……どうする、エミー」

「行くっきゃないわ」

 

 エミーにはこういうときの決断力がある。アンジェラは軽く笑いながら、シャドウの元へかけていくエミーについて行った。

 

「お願いがあるのシャドウ、みんなを助けてあげて!」

「これは全て僕が望んでやったことだ。お前達を助ける理由などない。助ける意味も」

 

 エミーの懇願を一蹴するシャドウ。プロフェッサー・ジェラルドの日記には、シャドウに記憶操作が施されているとあった。そのせいでシャドウは世界を滅ぼさんと動いているのだろう。今は亡きプロフェッサー・ジェラルドの望みを叶えるために。

 

 ……それによって、自身が死に至るとしても。

 

「このままだと、オレ達もろともお前も御陀仏だが、それでもいいのか?」

「それがプロフェッサーの、マリアの願いだ」

 

 シャドウのぶっきらぼうな返答に、アンジェラの中の何か(……)が切れた。

 

「っ、お前、ふっざけんな!!」

「アンジェラ!?」

「っ!?」

 

 アンジェラは湧き上がった激情のままにシャドウの胸ぐらを掴んで壁に叩きつけて、自身の額をシャドウの額に思いっきりぶつけた。シャドウは苦悶の表情を浮かべ、エミーも困惑しているが、アンジェラはお構いなしに口を開く。

 

「そんなの、お前、自分が生きることを諦めてるんじゃねぇか! いくら大切な人の願いだからって、それを叶えるために死のうとするんじゃねぇ!!」

「……僕には、生きる目的も、意味もない」

「そんなん知るかっ!! オレだって一緒だったよ!! 記憶もなくて、ただ辛かったってことしか覚えてなかった! なんのために生きてるのかなんてさっぱり分からなかった! でもそんなん、誰だって同じだ。誰だって、最初は自分が生きる目的なんか分からないんだ! 

 

 あのジジイが言った通り、あの星では争いが絶えないし、ワガママで自分勝手でバカな人間ばかりかもしれない!」

「なら……」

「でも!」

 

 アンジェラの言葉を引き継ぎ、エミーが心の限りに叫ぶ。

 

「皆あの星で生きてるの、一生懸命生きて頑張ってる! いつか皆でもっと幸せになろうって頑張ってる! それだけでもあの星の未来を信じる意味があるわよ!」

「それに、自分の生きる理由や目的なんかは、生きていく内に見つけるもんだ! その可能性を自分から捨てようとするな! 

 

 あの星に住む全てに、チャンスくらい与えてやれ! その可能性を、奪おうとするなっ!! 

 

 ……せめて死ぬか生きるかの瀬戸際くらい、自分のために(・・・・・・)生きてみせろっっ!!!」

 

 アンジェラは力の限りそう叫ぶと、シャドウを放した。

 

 アンジェラの激情から放たれる言葉と、エミーの訴えに、シャドウの書き換えられていたはずの記憶が蘇る。

 

 それは、プロフェッサー・ジェラルドの孫娘であり、シャドウにとって大切な人であるマリアの本当の願い。シャドウはマリアの最後の言葉を人類に対する復讐を願うものだと思っていた。

 

 しかし、実際には、「この星に住む全ての人達に、幸せになるチャンスを与える」ことこそ、マリアの本当の願いであったと気付く。

 

 シャドウは何かを吹っ切ったような表情で眼前の青い星を見やる。マリアが愛した、終ぞその地に降り立つことのなかった星を。

 

「……そうか、マリアの、本当の願いは……」

「シャドウ?」

 

 シャドウは振り返る。もうその表情に、迷いはなかった。

 

「行こう。彼女の、君達の願いを叶えるために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……今にして思えば、アンジェラは随分と変わったわよね……)

 

 出会った当初のおどおど感は消え失せ、あのシャドウ相手に真正面から啖呵を切れるようになっていた。一人称や話し方まで変わっているが、それはソニックの影響が大きいのだろう。しかし、昔見せたような不安定さがなくなったと言えばそれは嘘になってしまう。

 

 アンジェラは今でもよく悪夢に魘される。内容はよく覚えていないようなのだが、その時には必ずと言っていいほど酷い顔で目が覚める。深層心理の奥の奥が、今もなお覚えているのだろう。アンジェラが受けた傷を。それが、夢という形になって、今もアンジェラを蝕んでいる。

 

 そんな悪夢にもめげず、アンジェラは自分の生きる目的を、理由を見つけた。

 

 何にも縛られず、自由に生きること。

 

 それが、アンジェラの生きる目的であり、理由だった。

 

 ソニックと共に英雄と囃し立てられようが、そのスタンスを変えることはない。風のように、自由に生きている。

 

「……成長と、捉えていいのかしら」

 

 エミーの呟きは、誰の耳に入ることもなく掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラックドゥームはスーパー化したシャドウによって倒され、ブラック彗星もシャドウのカオスコントロールで宇宙に戻り、アークのエクリプス・キャノンで粉砕された。

 

 

 

 アークの一室で、シャドウは一枚の写真を片手に佇んでいる。その写真には、シャドウの生みの親であるジェラルド・ロボトニックとその孫娘マリアが写っていた。

 

 その写真の裏には、プロフェッサー・ジェラルドの文字で、シャドウ宛てのメッセージが書いてあった。

 

『どうか、未来を、生きてくれ』

 

 たったこれだけの、短いメッセージ。しかし、今のシャドウにとっては、これで十分だった。

 

 これから、何度も過去を振り返ることがあるかもしれない。過去に囚われかけることもあるかもしれない。

 

 しかし、それでも、シャドウの、シャドウだけの生きる意味を探すために、マリアの愛したこの星で、生きていこうと、シャドウはようやく思えるようになった。

 

 前だけを見ることなんて誰にも出来やしない。しかし、シャドウはもう一人ではなかった。

 

「アディオス……シャドウ・ザ・ヘッジホッグ」

 

 

 



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ソニックとシャドウとアンジェラ

この回、ソニックサイドの原作改変というか、私なりの解釈というかが大いに含まれています。


 ブラック彗星事件から数日。

 

 アンジェラの容態はあの後中々回復していない。医者に見せた所、所々打撲している以外に身体の方に特に悪い所はなかったらしい。アンジェラが言うには、知恵熱(・・・)と打撲ともう一つの要因が合わさってあそこまで酷くなったとのことだ。

 

「……で、なんでブラックドゥームのエネルギー弾を受けて、それが知恵熱に繋がるのかとか、もう一つの要因がなんなのかとかは、そろそろ教えてもらってもいい感じか?」

 

 ソニックは少し棘のある言い方でアンジェラに問う。心配させた方が悪いので、アンジェラもそれに関しては特に何も言わない。

 

 ……そう、それに関して(・・・・・・)は。

 

「それはそれとして……あのさ、ソニック」

「ん? どうした?」

 

 ソニックは甘いハスキーボイスを至近距離(・・・・)でアンジェラに浴びせる。一緒に暮らしている内にソニックの顔面偏差値の高さには慣れていたものの、その甘い声を至近距離で聞くことに慣れている訳では流石にない。アンジェラは思わず赤面してしまう。

 

「また熱でも出たか? 顔赤いぞ?」

「ッ〜///、お前のせいだろ!」

「ん〜?」

「だぁら、近いんだよっ!!」

 

 そう、今アンジェラは自室のベッドに横になっているのだが、何故かその隣でソニックも一緒になって寝っ転がっていた。ソニックの顔が丁度アンジェラの左耳の辺りにきているので、ソニックが喋るとその声がモロにかかる。アンジェラは心臓が色んな意味でドキドキしっぱなしであった。

 

「別にいつものことだろ? 今更なにを」

「ッッッ///それはいいから、せめて耳元で喋るのは止めろ! 喋りたいことがあっても頭から吹っ飛ぶわ!」

「ん〜?」

「聞いてんのか!?」

「可愛い可愛い妹の可愛い声なら聞いてるぜ? My sister?」

「つまり内容は聞いてねぇんだろ……!!」

 

 ……傍から見たらグイグイいく彼氏とツンデレな彼女の、イチャイチャしている恋人同士にしか見えないが、この二人はあくまで兄妹という関係に収まっている。ソニックが目に見えてシスコン拗らせているけれど。アンジェラもツンケンしつつ実はソニックのイケボを至近距離で聞けて役得とか無意識で思ってるタイプのツンデレなおかつ隠れブラコンを拗らせているけれども。

 

「……あのさ、二人共。僕が居ること完全に忘れてるでしょ」

 

 そしてこの場にテイルス居るけれども。

 

 この兄妹が傍から見たら恋人のようなスキンシップをすることはいつものこととはいえ、流石に話が進まないと思ったテイルスは、呆れたような声でソニックにベッドから降りるよう促した。ソニックはベッドから降りながら「Sorry,sorry〜」と言ってはいるが、完全に反省はしていない。ニヤニヤ笑ってるし。まぁいつものことなので、テイルスも軽く流した。

 

「それでね、アンジェラの体調についてなんだけど……はい、これ」

 

 テイルスが差し出したのは、金色のバングル。それも4つ。アンジェラはそのうち2つを両手首に嵌める。すると、アンジェラの熱が段々と下がっていった。

 

「シャドウのリミッターと同じものを作ったんだけど……どうかな」

「バッチリだ、Thanks,テイルス」

「……?」

 

 話についていけていないソニックに、アンジェラは語る。

 

 ブラックドゥームの力に触れたことで、アンジェラが『魔法』に覚醒したこと。

 知恵熱はその時に流れ込んできた魔法に関する情報の量が多すぎたことが原因であること。

 アンジェラのペンダントの正体が、魔法の存在した世界のアーティファクト、意思を持ち、所有者の意志によって姿を自由自在に変える剣、ミラーソードの一つ、ソルフェジオであること。

 そして、体調不良が長引いていた原因が、アンジェラに目覚めた強大な魔力であること。

 

「……とまあ、こんな感じかな。ちなみに思い出した分の魔法の理論はノートに纏めてみた」

「……なるほどな。しかし魔法か……随分とファンタジーな力に目覚めたな?」

「それはオレが一番そう思ったけど……思い出した理論を見る感じ、魔法ってよりかは超科学って感じだな。魔法も魔力も、何故かわからないけどある不思議ななにかってわけじゃないっぽいんだよなぁ」

 

 アンジェラはそう言いながら魔法の理論を纏めたノートをパラパラと捲る。所々魔法らしい魔法陣やら呪文やらのワードはあるが、それら全てに理論的な意味がある。魔力に関しては不明な点が多いものの、完全に訳のわからない何か、というわけでもない。

 

「ねぇ、そのノート見せて」

「ああ」

「? テイルスは魔法に関する話を聞いていたんじゃないのか?」

「ああ、オレはテイルスにシャドウのリミッターと似たようなやつを作れないかって頼んだだけで、魔法については今教えた。話が中々纏まらなくてな。うっかり忘れない内に理論も纏めておきたかったし」

 

 アンジェラはそう言いながらテイルスにノートを手渡す。

 

「一応項目毎に纏めてはいるが、殴り書いただけだから読みにくいと思う」

 

 アンジェラの言葉に違わず、そのノートはお世辞にもきれいな字で書かれているとは言えなかった。しかし、読めないほど汚くもない。

 

 テイルスがノートを読んでいる間、ソニックはアンジェラに気になることを聞いていた。

 

「お前のペンダント、アーティファクトだったんだな」

「らしいな。話しかけてきたり、変形したりしたから本当っぽいし」

 

 アンジェラはそう言いながら首にかけたソルフェジオを指でいじる。普段は本当にきれいなペンダントにしか見えないが、ブラック彗星の内部で機械的な杖の姿に変形したのはソニック達も目撃していた。

 

「ん? 話しかけてきたのか?」

「ああ」

 

 ソニックは興味深そうにソルフェジオを見る。今は見慣れたペンダントの姿だ。このペンダントが変形するのは実際に見ていたからともかく、喋るとはにわかには信じ難いが、アンジェラが言うのだから本当なのだろう。

 

「オレも話してみたいなぁ。話しかけたら返したりしてくれるのか?」

「魔法の理論を纏めているときに抜けている所はソルフェジオに聞いてたな。魔法使い相手ならテレパシーみたいに頭の中で会話できるんだと」

「魔法使い限定かー……」

 

 ソニックは残念そうな声で言うが、表情は全然残念そうじゃなかった。あくまでも興味本位だったのだろう。

 

 そんな会話をBGMにアンジェラが纏めたノートを読んでいたテイルスだったが、一通り読み終わったのかノートをパタリと閉じた。

 

「……ねぇアンジェラ。このノート暫く借りていい?」

「ん? まぁ構わないけど……」

「あとリミッター、暫く預かるよ。ちょっと調整しなきゃいけない所があって……」

「そういうことなら持っていってくれ。頼むぞ、テイルス」

 

 アンジェラはそう言いながら両手首に嵌めていたリミッターを外し、テイルスに渡した。テイルスはそれを受け取って、自信に満ちた声で言う。

 

「うん、任せて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、ミスティックルーインのテイルスのラボ。

 

 アンジェラはテイルスから完成品となったリミッターを受け取って、両手首足首に着けた。身体に渦巻いていた魔力が落ち着いていく感覚を覚える。

 

「うん、これなら大丈夫。Thanks,テイルス」

「これくらいお安い御用さ! あと、ノートありがとう。返すね。中々面白かったよ」

 

 テイルスはそう言うと、手に持っていたアンジェラのノートをアンジェラに返す。

 

「あー、ちゃんと読めたか?」

「大丈夫! 走り書きだけど、汚すぎるってわけでもなかったし!」

 

 テイルスの言葉にアンジェラはほっとする。これで読めないとか言われたらどうしようと思っていた所だ。

 

「ところで、その荷物は?」

 

 テイルスが指さしたのは、アンジェラが持ってきたそれなりに大きい紙袋だ。

 

「ああ、この後シャドウの所に行こうと思ってな。クッキー作ってきたんだ。テイルスも食べるか?」

「え、いいの?」

「余分に作ったからな。ほら」

 

 アンジェラはそう言いながらテイルスにチョコチップクッキーの入った袋を一個手渡す。テイルスは子供のようなはしゃぎっぷりを見せた。

 

「やった〜! 僕アンジェラの作るお菓子大好き!」

「Thanks.そう言われるとこっちも作ったかいがあるってもんだ」

 

 アンジェラはそう言うと、紙袋を持ってテイルスの工房を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「Hey,シャドウ!」

「……君か」

 

 シャドウは現在、GUNの医療施設に居た。目覚めてから短期間で二度もスーパー化を使った影響はやはり大きかったようで、身体に重りがあるような感覚がするらしい。カオスエメラルドの力に慣れていない時によくある症状だ。アンジェラも、初めてカオスエメラルドの力を使った時やスーパー化したときなんかに、こんなふうに体調を崩したことがある。

 

「病院生活はどうだ? ず〜っとベッドの上は退屈だろ?」

「医者からはもうすぐ退院できると言われた。身体の重りのような感覚も、日常生活を送る上では特段問題ない」

「そりゃよかった。健康なのが一番だからな」

 

 アンジェラはシャドウにチョコチップクッキーの入った袋を渡す。シャドウはそれを見て首を傾げた。

 

「これは?」

「お見舞いだよ。オレが作ったんだぜ? 食事制限とかなければ食べてくれよ。味は保証するぜ」

 

 シャドウは半信半疑のままクッキーを口に運ぶ。すると、シャドウの澄まし顔がみるみるうちに呆けたような表情になった。

 

「……君、料理とか出来たんだな」

「失礼なやつだな。旨いなら旨いって正直に言ってくれていいんだぜ?」

「それを言うとつけあがるだろうから言わないでおこう」

「失礼にも程があるだろ」

 

 アンジェラは呆れ顔でそう言った。シャドウの煽り口はいつものことだからさして気にしていない。

 

「……でも本当に、元気そうでよかった」

 

 そう言うアンジェラは、とても穏やかな表情をしていた。その聖母のような美しい表情に、シャドウは思わず見惚れてアンジェラから目を逸らしてしまう。

 

「ん、どうした?」

「ッ、何でもない……」

 

 アンジェラは魔性の女だ。そのビスクドールのような美貌と黄金色の瞳による微笑みで落としてきた人物の数は数しれず、しかし本人にその自覚がないのだから質が悪い。

 

「……君、よくタチが悪いとか言われるんじゃないか?」

「何だそれ」

 

 現に今もシャドウからの指摘に首を傾げている。アンジェラがここまで鈍感を地で行っているのは、ソニックが裏で一枚噛んでいたりするのだが、シャドウがそのことを知るのは少し先の話である。

 

「んー、ま、いっか。今日来たのは、シャドウに渡したいものがあったからなんだ」

 

 アンジェラはそう言いながら紙袋の中をゴソゴソと漁る。中から取り出したるは、一冊の手記。かなり古いもののようで、表紙や裏表紙がかなり汚れ、解れている。

 

 その表紙には、ジェラルド・ロボトニックの文字があった。

 

「っ……! これは……!」

「プリズンアイランドの中で見つけた。出来るだけ早く渡したかったんだが、オレも寝込んでたからな。中身は確認していない。でも、日記は電子データで残してたのに、それは手描きってことは、本当に大切なことが書かれているんだと思う」

 

 アンジェラはシャドウに手記を手渡す。シャドウは壊れ物を扱うかのようにそれを受け取ると、中身を読み始めた。

 

 

 

 

『我が息子、シャドウへ

 

 私が()として言葉を残せるのは、恐らくこれが最後になる。

 

 マリアが死んだと分かってから、日に日に復讐以外の事を考えられる時間が減っている。自分の事だからこそ分かる。これが最後だと。

 

 ならばここに、映像でも残せなかった真実を記そう。これがいつかお前に届くことを願って。

 

 お前のプロトタイプはバイオリザードだけではない。もう一人、私がブラックドゥームと接触する前に造ったプロトタイプが居る。

 

 彼は、不老の実現にこそ成功したが、それ以外の生命力は普通の生き物とさして変わらない。普通の生き物よりも自己治癒力が高い程度だ。風邪や病気にも罹るし、怪我で死ぬ可能性もある。

 

 彼のデータとブラックドゥームの細胞を組み合わせることで完成したのが、シャドウ、お前だ。

 

 シャドウが産まれてくることを、マリアと一緒に心底楽しみにしていたよ、君の兄さんは。悪戯好きで、よく研究員相手に悪戯を仕掛けては怒られていた。アークの中が狭いともぼやいていたな。お前が産まれると、いつもお前と兄さんは喧嘩ばかりしていたね。

 

 彼はGUNに見つかる訳にはいかなかった。GUNが彼を見つけたら、危険因子として殺してしまうだろうということが分かっていたからだ。

 

 だから、私はGUNがアークに攻め込む前に、秘密裏に彼を地球に逃した。

 

 ……シャドウよ、これを見ているのなら、どうか私の最後の頼みを聞いておくれ。

 

 お前には未来を生きてほしい。恐らく、私はお前に記憶操作を施してしまうだろう。それなのに、お前にこんなことを頼む資格などないのかもしれない。

 

 しかし、頼む。

 

 

 

 

 お前には、マリアという姉のような存在と、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄さんが、ソニックという兄さんが居ることを、居たことを、忘れないでおくれ』

 

 ……手記はここで途切れている。所々字が曲がっていたのを考えると、本当に最後の理性を振り絞って書いたのだろう。シャドウが読んでいる横から手記を見ていたアンジェラは、そう考えた。

 

 シャドウは手記を読み終えると、そっとそれを閉じる。その手は、身体は、僅かに震えていた。

 

「……あ、ああ……」

「……シャドウ」

「……思い、出した。アークでの、記憶の中に、ソニックも、居た……。奴は、ソニック、は……僕の、兄、だった……」

 

 シャドウは今、蘇った記憶に頭が混乱しているのだろう。言っていることが纏まっておらず飛び飛びだ。

 

 アンジェラは、かける言葉が見つけられなかった。何を言えばいいのか、頭の中に思い浮かばない。何か言わなきゃ、と口を開こうとしたとき。

 

「Hey,シャドウ! 見舞いに来てやったぜ〜……って、アンジェラも来てたのか」

 

 フルーツバスケットを持って、ソニックがやって来た。今の状況を早く打破したいアンジェラにとっては、まさに天の助け。アンジェラは思わずソニックに抱き着いた。

 

「ソニック〜!!」

「What? どうした、アンジェラ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 アンジェラはソニックにことの経緯を話した。シャドウにプリズンアイランドで拾ったプロフェッサー・ジェラルドの手記を渡したこと、そして、その内容についても。

 

 さしものソニックも動揺してしまったのだろうか。先程から黙りこくっているソニックとシャドウに、アンジェラはどうしていいか分からずにいた。

 

「……」

 

 ソニックは黙ったまま、シャドウの傍に寄る。

 

「な、何を……」

 

 困惑するシャドウを無視して、ソニックはシャドウの頭に手を乗せ、いい笑顔で言った。

 

「シャドウ、オレのこと、兄さんって呼んでくれてもいいんだぜ?」

「誰が呼ぶか……!」

「ぷっ、アッハッハ!!」

 

 シャドウは顔を赤くしながらソニックの手を払い除け、それを見ていたアンジェラは思わず吹き出した。

 

 ソニックはいつもこうだ。いい意味で空気をぶっ壊してくれる。

 

「そうだな〜、その理屈だと、シャドウはオレの兄さんってことになるな」

「なっ……」

「お、分かってるじゃないか、アンジェラ」

 

 シャドウは目に見えて動揺している。アンジェラとソニックの期待の籠もった視線が痛い。

 

「オレはシャドウがまた(……)弟になってくれたら、嬉しいけどな」

 

 先程、記憶を取り戻した時も、驚愕こそすれ、嫌悪感は感じなかった。懐かしいとさえ感じた。

 

 シャドウは目を閉じて、自身の胸の内に問う。

 

 ……いや、もう答えなど、とっくの昔に出ていた。

 

「……僕は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数ヶ月後……。

 

「あ〜っ!!! 寝坊したっ!!!」

 

 グリーンヒルのある一軒家に、アンジェラの大きな声が響く。

 

 そのままドタバタと身支度を整え、自室から慌てて飛び出したアンジェラは、リビングの椅子に置いてあったカバンを引っ掴んだ。

 

「……全く、だから昨日早く寝ておけと……」

「……言ったか?」

「言ってはないな。それより、遅刻するぞ」

「う〜、ってか、お前GUNの仕事は?」

「今日は非番だ」

「あ、そうだった。ま、オレも音速だから遅刻はしないけどな」

「でもアンジェラ、お前それで前教授に怒られてただろ」

「あ……」

「忘れてたのかよ……」

「う、ってか、マジでやばい! 行ってきます!」

 

 ソニックの指摘に本気で慌てたアンジェラは、急いで家を出る。音速のスピードで駆け抜けていったので、恐らく学校内でのスピードの出しすぎで教授に怒られるであろう。

 

 そんな未来を想像しつつ、シャドウはコーヒーを啜った。

 




ソニックがシャドウのプロトタイプ論。これは賛否両論あるかと思います。でもソニックさんの過去明らかにされてないし、可能性としてはあるかと思います。あくまでも私個人の解釈なので、公式設定として明言はされていないことをご理解ください。

……え?ソニチから否定されてたって?だったら二次設定として突っ込むまでよ!

あと、冒頭のソニックさんは遊んでただけです。アンジェラに対してはシスコンとはいえ妹以上の感情はありません。アンジェラも同様に、ソニックに対しては兄以上の感情はありません。


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幕間 インフィニットとガジェット

今日こんなに投稿して大丈夫なのかって?

大丈夫だ、問題ない。




……………というより、書き溜めすぎて早く消化しないといけないまである。

ちなみにこれが投稿された時点で劇場版第一作の終盤まで草書は書き終わってます。


 インフィニットは国際警備機構GUNのエージェントの一人である。

 

 灰色の髪を持ち、黒いジージャンにジーンズ、灰色の運動靴、黒いジャッカルのお面を身に着けている。左腕には通信機でもある白いバングルを嵌め、ジャッカルの耳と尻尾生やし、赤い瞳を持っている。

 

 基本的には若手エージェントの中でも優秀な部類なのだが、コミュニケーション能力に欠ける点と、あるもう一つの欠点を抱えていた。

 

 そんなインフィニットだが、この度ある新人エージェントの教育係となることになった。GUNのエージェントになれる時点で既に優秀な人材なのだが、インフィニットは不満だった。

 

 というのも、インフィニットはコミュニケーション能力に欠ける……というか、根本から人付き合いが苦手であった。同期でインフィニットと同じジャッカルの集まりであるチームジャッカルのメンバーとくらいしか付き合いがないほどである。チームジャッカルのメンバーにも「お頭ってもしかしてコミュ障ですか?」と疑われたことがあった。以前仕事でタッグを組んだことがあるシャドウにすら、そのことを指摘されてしまったことがある。それくらい、インフィニットは人付き合いが苦手であった。

 

 しかし、仕事である以上はやるしかない。新人エージェントの教育は先輩エージェントが必ず通る道である。インフィニットは担当となる新人エージェントの書類を見ながら溜息をついた。

 

 

 

 

「始めまして、ガジェットと申します! これから宜しくお願いします!」

 

 先輩エージェントと新人エージェントの顔合わせ当日。インフィニットの前に現れた新人エージェントは、インフィニットとはまるで正反対のイメージを抱かせる少年だった。

 

 赤色の髪に赤いパーカー、茶色のズボン、茶色のグローブにウエストバッグを身に着け、茶色いブーツを履いている。犬の耳と尻尾を生やし、赤い瞳をもち、黒縁のメガネをかけていた。

 

 ガジェットと名乗った少年は、インフィニットに向かって元気よく挨拶をし、丁寧にお辞儀をした。

 

 インフィニットはやりにくそうにしていた。よりにもよってインフィニットの一番苦手なタイプの人種であったからだ。

 

「これから貴様の教育係になるインフィニットだ。まぁ、期待はしていないから精々頑張るんだな」

「はい!」

 

 ガジェットは期待されていないと言われているにも関わらず、元気よく返事をした。インフィニットはさらにやりにくそうな表情になる。ガジェットは何かしてしまったのだろうか、と首を傾げた。

 

 

 

 

 

 その日、ガジェットはインフィニットに親睦を深めるために食事でもどうかと誘った。インフィニットは最初は行く気がなかったが、その場を通りかかったルージュに「いいじゃない、食事。先輩後輩で親睦を深めるのはいいことよ。特にインフィニット、あなた人付き合い苦手なんだから」と言われてしまい、行くしかなくなってしまったのだ。

 

「……あ、ガジェットにあの事を言ってなかった……」

 

 

 

 

 ガジェットが選んだのは普通の居酒屋だった。小洒落た店とかだとガジェットは慣れていないため、親睦を深めるという目的には合わないと思ったからだ。

 

「フン……まぁいい。おい、お前」

「お前じゃなくてガジェットですよ。なんでしょうか」

「お前、酒は飲めるか」

「あ〜、お酒弱いんですよ、僕。年齢的な問題もあって、よっぽど度数が低いのじゃないと飲めないですね。インフィニットさんはお酒飲めるんですか?」

「まぁな」

「いいな〜。僕もお酒の味自体は好きなんですけどね……。アルコールに弱くて……」

「そんなんでよくGUNのエージェントになれたものだな」

「へへん、凄いでしょう!」

「今のは褒めていない」

 

 ガジェットはどうやら天然ボケの気質を持っているようだ。インフィニットは頭が痛くなる思いをしながら一気に酒を煽る。

 

 ……と、インフィニットの様子が少しおかしくなった。具体的に言えば、突然机に倒れ伏した。

 

「え、インフィニットさん!?」

 

 ガジェットが心配になって声をかけると、インフィニットは顔を上げた。

 

 ただし、その顔は先程までの飄々とした顔とは違い、どこか赤く、ふんにゃりとした表情だった。

 

 ガジェットがあまりのインフィニットの豹変ぶりにオロオロしていると、インフィニットが何やら口を開く。

 

「…………ぇ」

「え? どうしたんですか?」

 

 よく聞き取れなかったので、ガジェットは聞き返す。すると、インフィニットは手に持ったグラスをガン! とテーブルに叩きつけて言った。

 

「あああああああ〜!! クソッタれ〜!!!」

「……ええええええ!?」

 

 ……そう、インフィニットは人付き合いが苦手なだけでなく、物凄く酒癖が悪かった。そりゃあもう物凄く悪かった。具体的に言えば、泣き上戸と怒り上戸のミックスであった。今だって、泣きながら人付き合いに関する愚痴をガジェットに向かって叫びまくっている。ガジェットはどうしていいか分からず、オロオロするばかり。取り敢えず誰かに対応の仕方を聞こうと、ある相手に携帯を繋いだ。

 

『あら、ガジェットじゃない。どうしたの?』

「ルージュさん! 助けてください!」

 

 繋いだ先はルージュである。以前エージェントになる前の縁でプライベート用の携帯の番号を教わっていたのだ。ガジェットはことの一部始終をルージュに説明すると、ルージュはああ、やっぱり、と声を漏らした。

 

「やっぱりって……」

『ごめんなさいね、ガジェット。インフィニットは物凄く酒癖が悪いってこと言うの忘れてたわ。大丈夫、すぐにインフィニットを諌められる人を呼ぶから』

「え、ちょ、ルージュさん!?」

 

 ガジェットが問い直す前に、ルージュは通話を切った。インフィニットを諌められる人物……? とガジェットがオロオロしながら首を傾げていると、店内に一陣の風が吹いた。

 

「……全く、まーた酒に酔っ払ってんのかこいつは」

「へ……?」

 

 ガジェットは己の目を疑った。だって、そこに居たのは、ガジェットの憧れの人。アンジェラ・フーディルハインだったのだから。

 

 ガジェットは以前、エッグマンのロボットに襲われた際にアンジェラに救われている。それ以降、ガジェットはアンジェラのファンになったのだ。アンジェラの名前は上司であるルージュに聞いた。

 

「よっ、お前がルージュが言ってた新入りか?」

「えっ、あの、はい、そうです……」

 

 思わぬ人物の登場に、ガジェットは一周回って冷静になる。アンジェラは慣れたようにインフィニットの胴体を引っ掴むと、思いっきりジャーマンスープレックスをかました。

 

「ぐぼっっ!!!」

「そのまま寝てろ」

 

 アンジェラは気絶したインフィニットを放すと、手を払いながら薄目で周囲を見やる。

 

「……あ、すみませんね、この酔っ払いが。……ったく、何でいつもインフィニットが酔っ払ったときはオレが駆り出されるんだよ……」

 

 アンジェラはそんなことをぼやきながら、その場を去ろうとした。

 

「あの! アンジェラさん!」

「ん? どうした?」

 

 しかし、その前にガジェットに呼び止められる。

 

 ガジェットにとって、アンジェラは憧れの存在。話をできることだけでも幸運だが、ガジェットにはどうしても聞いてみたいことがあった。

 

「あの、アンジェラさんみたいになるには、どうしたらいいですか!?」

 

 その問いに、アンジェラは少し考える素振りを見せる。ひとしきり唸った後、出てきた答えを口から漏らした。

 

「知らね。自分の思ったようにやればいいんじゃね?」

 

 アンジェラはあっけらかんとそう言うと、その場を音速で立ち去っていった。

 

 置いてけぼりをくらったガジェットだが、その目は憧れの1面を見れたことへの喜びからか、アンジェラの言葉に感動してか、爛々と輝いていた。

 

「……やっぱり、カッコイイ!!」

 

 

 

 ……ちなみに、今後もインフィニットが酔っ払った度にアンジェラが呼び出され、時にはジャーマンスープレックスを、時には巴投げをかまし、そのせいでインフィニットはアンジェラには頭が上がらないのだとか。

 

 あえて言おう。完全な人任せである。

 

 さらに余談だが、インフィニットとガジェットの凹凸コンビは、このあとGUN内部でも上位のコンビに成長していき、ある事件をアンジェラと共に解決することになるのだが、それはまだ、未来のお話。




ラフリオンでは16歳からよほど度数の低いお酒であれば飲めます。あくまで余所の国(架空の国)の話です。日本じゃお酒は20歳になってから!

〜追記(というか書き忘れ)〜
この作品において、雄英入学前までにフロンティアまでのソニック原作の出来事は起きた設定なのですが、そのうちロスワとフォースの出来事だけは起きていません。ロスワに関してはヒロアカ世界に捩じ込むのがどう考えても無理だったから、フォースに関しては……うちのエッグマン様はアドとX基準のお方なので……フォースみたいなことはしないかなぁ、と。(ただのわがまま)

ただし、六鬼衆や今回出たインフィニット、そしてファントムルビーは存在します。六鬼衆は出番あるか微妙ですが。


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幕間 シルバーの過去探訪〜inアポトス〜

今回、アンジェラさんは出てきません。でも話的には結構大事だったりする。


 シルバー・ザ・ヘッジホッグは200年後の未来の世界に住む超能力者である。

 

 毛先がハリネズミのように尖った白髪に、黒いタンクトップの上に緑色のラインが入った白のジャケットとズボンを身に着け、白いブーツを履き、金色の腕輪と白いグローブを身に着けている。ハリネズミの耳と尻尾を生やし、金色の瞳を持っている。

 

 そんな彼は今、何故か彼で言う所の200年前の世界の白亜の港町、アポトスに居た。

 

 そう、何故か。

 

「……ん?」

 

 ……おかしい。自分はメフィレスとイブリースと共に居間でテレビを見ていたはずだ。なのになぜ、ここに居るのだろうか? 

 

 ちなみにメフィレスとイブリースというのは、シルバーの家にいつの間にか上がり込んできていた同居人である。なんやかんやでこれまで一緒に暮らしてきていた。閑話休題。

 

「……これ、帰れるかなぁ……」

 

 理由がどうあれ、過去の世界に来てしまったシルバーが未来の世界に帰るには、カオスエメラルドとカオスコントロールが使える者……ソニックやアンジェラ、シャドウなどの協力が必要だ。しかし、カオスエメラルドはまだいいとして、ソニックやアンジェラは自由に動き回っているし、シャドウは仕事でこれまた行方が分からないことが多い。それに、シルバーは彼らの家がどこにあるかを知らなかった。

 

「……ま、何とかなるか」

 

 シルバーは持ち前の前向きな性格で、考えても仕方ないと、ひとまずはこの過去の世界の観光地を楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言ってしまえば、シルバーの心配は杞憂だった。

 

「シルバーじゃねぇか! 観光か?」

「ひょっとして迷子?」

「……当たらずとも遠からず?」

「何故疑問形なのだ……」

 

 シルバーに話しかけているのは、時を同じくしてアポトスを訪れていたカオティクス探偵事務所の面々。

 

 緑色の髪を持ち、黄緑色のインナーと濃い緑色の上着、黒いズボンにブーツ、手首に黒いリストバンド、手に白い手袋、頭の上にヘッドホン、そして金色のチェーンネックレスを身に着け、ワニの尻尾と茶色い瞳を持つ大柄な男、ベクター・ザ・クロコダイル、

 

 紫色の髪を持ち、紫色の和風な袴に身を包み、黒いブーツと手首の周りが黒いパーツに覆われた白い手袋を身に着け、額の部分に金色の角のようなものを生やし、金色の瞳とカメレオンの尻尾を持つエスピオ・ザ・カメレオン、

 

 そして、黒い髪を持ち、黒とオレンジのボーダー柄のインナーとオレンジ色のパーカーにブーツ、頭の上にはオレンジ色のゴーグルを、手には白い手袋を身に着け、頭からミツバチの触覚を、背中からミツバチの羽を生やし、オレンジ色の瞳を持つチャーミー・ビーの三人だ。

 

 なんでもこの三人は、探偵の依頼帰りに近くまで来たという理由でアポトスを観光していたらしい。

 

 シルバーは、ここで知り合いと会えるとは思っておらずに驚愕して目をぱちくりさせている。先の当たらずとも遠からず発言は、混乱している中でベクター達に話しかけられてびっくりして、咄嗟に出てきた言葉である。

 

「……いや、オレ、ひょっとしたら迷子かもしれない」

「マジで迷子だったのかよ」

「いや、迷子というか、なんというか……」

 

 シルバーは自身の身に起こったことをベクター達に説明した。

 

 居間でテレビを見ていたら、いつの間にかこの時代に来ていたこと、帰るためにはソニック達の協力が必要なことを。

 

「……だから、ソニック達に会いに行きたいんだが、オレあいつらの家の場所知らないんだよな……」

 

 シルバーが困ったように言うと、ベクターはシルバーの肩に右手を乗せ、左手でサムズアップをして言った。

 

「そのお悩み、このカオティクス探偵事務所所長のベクター様に任せな!」

 

 自信満々なベクター。まぁ、その実態は……

 

「……ソニック達の家の場所を知っているだけでは?」

「エスピオ、しっ!」

 

 その点を指摘しようとしたエスピオはチャーミーにポカっと頭を叩かれた。ちなみにしっかりとシルバーに聞かれている。

 

 少々不安になってくるが、まぁ、今は彼らを頼るしかあるまい。シルバーは苦笑いしながら言う。

 

「じゃあ、よろしく頼むよ……」

「おう! ……と、その前に」

 

 ベクターは懐から何かを取り出す。それは、何かの紙であった。シルバーは不思議そうに首を傾げる。そんなシルバーを横目に、ベクターは宣言した。

 

「スペシャルチョコチップサンデー食べに行こうぜ!」

「…………はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 ベクターの言うスペシャルチョコチップサンデーとは、アポトス名物のスイーツである。アイスとチョコの甘みとさくらんぼの酸味が絶妙だと評判だ。

 

 ベクターは先の依頼の依頼人から、スペシャルチョコチップサンデーのクーポンを貰っていた。先程ベクターが見せた紙は、そのクーポンである。

 

 シルバーは受け取ったスペシャルチョコチップサンデーを片手に目をキラキラさせながら、本当に自分が貰っていいのかとベクターに問いた。

 

「いやだって、ベクター達が依頼の報酬で貰ったものだろ?」

「いいから、遠慮するなって! クーポンは余ってたし、期限も短かったからな!」

「ひょっとしてシルバー、甘いの苦手?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「いいから、いいから! 食ってみろって!」

 

 シルバーは遠慮がちにサンデーにかじりつく。瞬間、シルバーの動きが止まった。

 

「ん? おーい、シルバー?」

 

 ベクターがシルバーの眼の前で手を振ってみたりしても、シルバーは動かない。エスピオに肩を叩かれて、ようやくシルバーは動き出した。

 

「はっ……ごめん、ベクター。あまりの美味しさに、つい動きが止まった……」

「そうか……普段、どんな食生活してるんだ、お前」

「……普段は、メフィレスが……」

 

 シルバーの脳裏を過ぎったのは、メフィレスが料理するとか言って勝手に台所に立ち、美味しくもなく不味くもない料理を量産する光景。しかし、時折本当に美味しいこともあれば、本当に不味いこともあり、特に不味い時は、食べるときに毎回三途の川が見え……

 

「……あばばばばばばばば」

「シルバーが壊れた!?」

「ちょ、しっかり、シルバー!」

 

 ヤバいことを思い出してしまったのか、シルバーが思いっきりバグってしまった。

 

 このあと、シルバーは目を覚まし、ことの一部始終をベクター達に説明し、それが後にアンジェラ達に伝わって、メフィレスはしばかれることになる。

 

 また、その時笑い話にもできない事態になっているということも、シルバーに知らされることになるのだが、このときはまだ、知る由もない。



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幕間 アンジェラのある日常

「あ〜、暇だ」

 

 アンジェラはその日、珍しく暇を持て余していた。

 

 外は豪雨で出掛けたくても出掛けられず、かといって大学の教授から出された課題はとっくの昔に終わらせている。本を読む気分でもない。しかもこの時間は面白いテレビ番組もやっていない。ソニックは数日前から自主的な行方不明……という名の一人旅の真っ最中。シャドウは昨日から泊まり込みの仕事。

 

 アンジェラは、とにかく暇を持て余していた。

 

「……なんか、面白い番組やってないかなぁ」

 

 あまりの暇っぷりに、アンジェラはスマホを操作しながら興味のないテレビ番組を片っ端から見るという暴挙に出た。しかし、当然ながら面白い番組などあるはずもない。同時にスマホを操作しているから、内容が頭に入ってくるはずもない。

 

「ん〜……懸賞……?」

 

 アンジェラの目に止まったのは、ある懸賞番組。なんでも、その懸賞に応募した中から抽選で3名に、ホーギー社製エクストリームギアがプレゼントされるらしい。

 

 エクストリームギアとは、溜め込んだ空気(エア)を放出する事で移動、浮遊するボード型の乗り物……早い話が空飛ぶスケボーである。但し、そのスピードはスケボーの比ではない。

 

 普段のアンジェラなら、こんな懸賞気にしないのだが……

 

「……暇潰しに申し込んでみるか」

 

 この日は、とてつもなく暇であった。

 

 

 

 

 数週間後。あの豪雨が嘘のように晴れ模様が広がり、絶好の冒険日和。

 

 アンジェラがお気に入りのランニングスポットへ向かおうと家を出ると、家の前に段ボールがあるのを発見した。

 

「なんだこれ……」

 

 不思議に思ったアンジェラは、その段ボールを開封する。

 

 中に入っていたのは、一枚の手紙と、銀河のようなデザインが施された、紺色のエクストリームギア。裏にホーギー社のロゴマークが刻まれている。

 

 アンジェラは何故こんなものが届いたのか不思議に思い、同封されていた手紙を読む。

 

 その手紙の内容を簡単に要約すると、この前の懸賞にアンジェラが当選したので、ホーギー社製エクストリームギア、スピードタイプ二型機「ミルキーウェイ」を贈ります、とのことだった。

 

 エクストリームギアにはスピードタイプ、フライタイプ、パワータイプの3つのタイプがあるが、スピードタイプは他2つのタイプと比較して速度面の性能に優れている。スピードに乗ることが好きなアンジェラにはうってつけの機体だ。

 

 アンジェラはこの手紙を読んで、ようやくこれが暇を持て余しすぎて気まぐれに応募した懸賞の景品であることに気が付いた。まさか当たるとは微塵も思っていなかったから忘れていた。

 

「……どうしよ、これ」

 

 確かに、面白そうだとは思った。しかし、実際に来るとなると話は別である。まず、乗り方が分からない。買い物ではないが、衝動買いにも程がある。

 

「……ネットに載ってねーかな」

 

 アンジェラは懐からスマホを取り出し、エクストリームギアについて調べる。適当なサイトにアクセスすると、エクストリームギアの乗り方に関する詳しい解説が載っていた。

 

 アンジェラはミルキーウェイを持ち、広い場所を求めて音速で駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 エアの放出、空中での姿勢制御、スピードを出すための体重のかけ方……

 

 一つ一つ、素早く丁寧に確認しながら、アンジェラはミルキーウェイを駆る。その様子は、とても素人のようには見えない。

 

 感覚としては、やはりスケートボードに近いものがある。しかし、スピードは段違いにエクストリームギアのほうが速く、操縦方法も複雑であった。

 

 それでもアンジェラがエクストリームギアをこうも容易く駆ることができるのは、本人のセンスもあるが、ソルフェジオのアシストのおかげでもある。エアを放出するタイミングと角度をソルフェジオが計算して、アンジェラにテレパシーで伝えているのだ。魔法の発動体であり、魔導演算装置でもあるソルフェジオだからこそ出来る芸当である。

 

 練習から数時間もすれば、トリックを決められる程に上達した。自身で走るよりはスピードが遅いが、アンジェラは何かに乗って空で風を感じるというのも乙なもんだと思い始めていた。

 

 アンジェラは飛行魔法がそこまで上手くない。速度は亜光速に近いものを出すことができるが、旋回や高機動戦などが苦手なのだ。故に、実戦で使えばよほど広い場所でない限り即事故るのは目に見えている。

 

「〜♪ ……ん?」

 

 エクストリームギアに乗ることは、アンジェラにとって飛行魔法の練習にもなる。鼻歌を歌いながらミルキーウェイで空を駆けていたアンジェラだったが、スマホのバイブレーション音に気付いて地に降り立つ。スマホに示された名はシャドウ。どうしたのかと、電話を繋げる。

 

「どう『どうしたもこうしたもないだろう。今何時だと思っているんだ』……?」

 

 いつもより数段低い声のシャドウは、声からして確実に怒っている。スマホの時計を確認すると、既に夜中の10時を回っていた。あまりにも夢中になりすぎて、周囲が暗くなっていたことに気が付かなかったようだ。

 

『まぁまぁ、シャドウ、落ち着けって』

『これが落ち着いていられるか!』

『いや、確実にアンジェラ引いてるから』

「……いや、引いちゃいねぇけど……」

 

 電話の向こう側でソニックとシャドウが言い争いをしている。言い争いというより、シャドウが一方的にヒートアップしているのをソニックが諌めているような感じだが。

 

「……シャドウって、案外アレだよな。心配症」

『どうでもいい相手の心配などしない』

『ほーん、つまりシャドウはアンジェラのことがだ~いすきってわけ……って、危なっ!!』

『ソニック、余計なことを言うな……!』

『だからって踵落としすることはないだろ!?』

『余計なことを言う方が悪い』

『……Hey,シャドウ……随分とまぁ言ってくれるじゃねぇか』

「……あーっと、オレ、今から帰るから……うん。ゴメン」

 

 ……段々ソニックとシャドウの喧嘩(?)の収拾がつかなくなってきたので、アンジェラは電話を切って家まで走った。

 

 

 

 

 

 家の前までたどり着いたアンジェラだったが、中から聞こえるバキッ、ドゴッ、ドカッという音に、ドアノブを回すのを躊躇ってしまう。意を決してドアを開けると、やはりというかなんというか、

 

「そもそも君はお気楽がすぎるんだ!」

 

 ブゥン、という風切り音を鳴らしてシャドウの蹴りがソニックの横っ腹目掛け振り抜かれる。

 

「そういうシャドウはお硬すぎるんだよっ!」

 

 その音速の蹴りを、ソニックは腕で受け止めた。発生した風圧で周囲にある物が吹っ飛ばされる。

 

 アンジェラは即座にドアを閉めたくなった。何が悲しくてソニックとシャドウの喧嘩なんか諌めにゃならんのか。

 

 アンジェラは確かに五年前よりは遥かに強くなっている。しかし、ソニックとシャドウは、そのアンジェラよりも遥かに強かった。

 

 アンジェラは時折ソニックやシャドウと手合わせするのだが、ある程度までは互角に渡り合うことはできるものの、一回も勝てた試しがない。

 

 アンジェラはどうしたもんかと頭を抱えた。取り敢えず帰ってきたことを伝えると、殴り合い蹴り合いの大喧嘩をしていたソニックとシャドウの動きが止まった。

 

「おお、おかえりアンジェラ。ちょっと待ってろ。今、ちょっとお硬い弟の頭を解してる所だから」

「それはこっちの台詞だアホ兄貴。君のお気楽すぎる頭のネジを締め直してやる」

「シャドウが……オレのことを兄貴って……!」

「枕詞が聞こえなかったのか?」

 

 また何やら喧嘩を始めそうになった二人に、アンジェラは周囲を見渡しながら溜息を吐く。

 

「まぁ、それはそれとして……

 

 

 

 

 

この散らかった部屋、どうしてくれるんだ?」

 

 二人の喧嘩の巻き添えを食らって、ダイニングルームはそれはもうひどい状態になっていた。

 

「「……あ」」

「あ、じゃねーよっ!!」

 

 アンジェラの渾身のツッコミが、グリーンヒルの空の向こうまで響いていった。

 

 なんてことない、日常の一コマである。

 

 

 

 

 そしてこのあと、エクストリームギアのことをアンジェラから聞いたソニックが、テイルスとナックルズを筆頭に周囲を巻き込み、更にはある盗賊団までもが加わって、エクストリームギアの大会に出場することとなるのだが、それはまた別のお話。



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幕間 もしもしメフィレス、どこ行くの?

 ねぇねぇ、知ってる? 

 なになに? 

 最近街にさ、出るらしいよ? 

 何が何が? 

 そ・れ・は・ね……

 うんうん。

 ドロッドロな、お・化・け! 

 何それ、ウケる〜! 

 

 

 

 

「……お前、何してんだ」

 

 アンジェラは冷たい視線を路地裏の何も無い場所へ向ける。すると、そこに黒い重油のようなものが集まり、人の形を形作った。

 

 それはシャドウに瓜二つな姿をしていた。しかし、色味はシャドウよりも薄く、赤い部分が緑色になっている。また、それには口がない。どこか目も虚ろであった。そいつの周囲には、赤い炎のようなものが漂っている。

 

 こいつはメフィレス。シルバーの家にいつの間にか住み着いていた不審者である。基本はシルバーの住む200年後の未来世界に居るのだが、思いつきでこの時代にやって来てはイタズラをして帰っていく。一言で言うなら傍迷惑なやつである。

 

 周囲に漂う炎のようなものはメフィレスの相方であるイブリース。イブリースは炎の姿をしたエネルギー生命体であり、時空間に干渉する力を持つ。メフィレスが過去の世界に来られるのはイブリースの力によるものである。

 

「何って……噂話をする学生ごっこさ」

「……色々ツッコミたいことはあるが、話が拗れそうだからいいわ……」

 

 アンジェラは既に疲労感を感じていた。メフィレスの考えはよくわからない。考えただけで頭が痛くなってくるような気分だ。何で噂話をする学生のマネで、自分の噂話を流しているのかも分からない。

 

 いや、恐らく意味などないのであろう。

 

 面白いから。

 

 メフィレスの行動原理は、この一言に尽きる。

 

 本当に、めんどくさいったらありゃしない。

 

「お前、マジで何しに来たんだよ」

 

 とりあえずアンジェラは、一番重要なことだけを聞き出すことにした。他に気になることは山程あるが、全部聞いていたらキリがない。メフィレスは少し考える素振りを見せ、声を出した。

 

「それが僕にも分からないんだよねぇ」

「What?」

「シルバーとイブリースと居間でテレビを見ていたら、いつの間にかこの時代に飛ばされて……」

「……お前、自力で帰れるじゃん。自力じゃないけど」

「そうしたいのは山々なんだけど……」

 

 アンジェラの指摘に、メフィレスは苦い表情をする。そして、何度か指を鳴らしたが、何も起こらなかった。

 

「……やっぱり、帰れなくなってる」

「……は?」

 

 メフィレスの発言に、アンジェラは間抜けな声を出してしまった。

 

「何かが時間移動を妨害しているみたいだね。恐らくだけど、カオスコントロールでのタイムトラベルも妨害されるから、僕はこの時代に留まるしかなくなった」

「……はぁ〜?」

 

 マジか。アンジェラは思わず空を仰いだ。

 

 このはた迷惑な重油がこの時代に留まるという事実に頭が痛くなってくる。イブリースも一緒とはいえ、イブリースは基本メフィレスの言うことに反対しない。故に、ストッパーにはなりえない。アンジェラは暫く頭痛薬とお友達になりそうな気分になった。

 

 このときのアンジェラの心境はこうだ。

 

 マジでふざけんな。

 

「ま、そういうことだから、よろしく頼むよ」

「……何を」

「決まっているさ」

 

 未来世界に戻る方法だよな。頼むからそう言ってくれ。

 

 アンジェラは目線でそう訴えるも、メフィレスはどこ吹く風の知らんぷり。

 

 当然、アンジェラの希望通りに事が運ぶ筈がなく。

 

「遊び相手」

「ふざけんな」

 

 アンジェラは衝動的にメフィレスに音速の踵落としを決める。メフィレスは流動体なのでダメージはないのだが、やらずにはいられなかった。

 

「おっと、危ないじゃないか」

 

 予想通り、メフィレスは流動的な肉体でアンジェラの踵落としを無効化する。

 

「……ッチ!」

 

 アンジェラはわざとらしく大きな舌打ちをした。倒せない訳ではないが、魔法を使わないといけない上に周囲の被害も甚大になる。ここで手を下す訳にはいかなかった。

 

 メフィレスはそんなアンジェラの様子を見てニヤニヤしている。その目は、完全に楽しんでいた。

 

 ああ、こいつはこんなやつだったな。

 

 アンジェラは最早諦めの境地に達した。こういう手合は無駄に相手をするよりも向かってきたら叩き潰す方がいい。アンジェラははぁ、と深いためいきを一つ零す。

 

「もういいけどさ……イタズラは程々にしとけよ?」

「善処するよ」

 

 こいつ絶対善処する気ないな。

 

 アンジェラは面倒になって、もう何も考えないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その後。

 

 シルバーがアポトスでカオティクス探偵事務所の面々と共にスペシャルチョコチップサンデーを食べていた、とベクター本人から連絡が入り、アンジェラはもう菩薩のような表情しか出来なかったそうな。

 

 そしてその時、メフィレスがシルバーの家で勝手に台所を占領して化学兵器を作っているとも知らされ、取り敢えずメフィレスはアンジェラに実体の姿を保てなくなるほどボッコボコにされましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……シルバーとメフィレス、イブリースが何故この時代に来て、帰れなくなってしまったのかは、いくら話し合っても、魔法やカオスコントロールで帰れるかどうかを試しても、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 今は、まだ。



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幕間 アンジェラのレターフレンド

ようやっとヒロアカキャラの片鱗が登場です。台詞はないけど。


 ある日の昼下り。ご機嫌なアンジェラが鼻歌を歌いながら買い物から帰ってくると、ポストの中に何か封筒が入っていた。

 

「〜♪ 〜♪ ……っと、来てるな」

 

 アンジェラはそれを取り、家の中に入り、買ったものを整理すると、ダイニングのソファに座り封筒を開ける。

 

 その封筒の中身は、手紙であった。日本語で書かれた手紙。送り主の名を確認すると、達筆な文字で「送崎信乃」と書かれていた。予想通りの名前に、アンジェラは笑みを零す。

 

 送崎信乃とは、日本のプロヒーローである。ヒーローネームは「マンダレイ」。ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツという、四人一組のヒーローチームの司令塔として活動をしている。”個性“はテレパス。他者の脳に直接語りかけることができる”個性“である。

 

 そしてマンダレイは、アンジェラの歳の離れた友人でもあった。もっと言うなら、こうして手紙のやり取りをする仲。いわゆる、レターフレンドである。

 

 手紙を手に、やけに嬉しそうにしているアンジェラを見ながら、シャドウはコーヒーを淹れていた。コーヒーの香りが部屋に充満し、嗅覚を刺激する。シャドウはかなりのコーヒー党であった。それも、コーヒー豆を直接食べるタイプの。今日はコーヒーを淹れる気分だったらしい。

 

「アンジェラ、手紙か?」

「ああ、シャドウ。日本のレターフレンドからな」

 

 シャドウはアンジェラに先程淹れたコーヒーを渡しながら、興味深そうに手紙を見る。シャドウはアンジェラにレターフレンドが居ることは知っていたが、実際にレターフレンドから送られてきた手紙を見るのは初めてだった。

 

 何故日本のヒーローであるマンダレイとアンジェラがレターフレンドになったのか。その話は、一年前、ステーションスクエアでのパーフェクトカオス騒動の少し前にまで遡る。

 

 とはいっても、大したことではない。

 

 ラフリオンに留学中の親戚に呼ばれてやって来たものの、ステーションスクエアで道に迷ってしまったマンダレイを、アンジェラが道案内しただけだ。その時に二人は意気投合し、こうして手紙を送り合う仲になった。

 

 アンジェラはコーヒーを片手に、手紙を読み始める。内容は他愛も無いものだ。プライベートで楽しかったこと、プッシーキャッツのチームメイトのこと、他人の個人情報などの守秘義務に触れない範囲でのヒーロー活動についてのこと。

 

 アンジェラは上機嫌で手紙を読み進め、シャドウも興味深そうにアンジェラの横から読んでいたが、最後の一枚を読み進めている内に二人の顔が曇る。

 

 最後の一枚の内容は、マンダレイの従兄弟夫婦がヒーローとしての仕事中に敵から市民を守って殉職してしまったこと、その従兄弟の子供をマンダレイが預かることになったこと、そして、その子供に関する相談であった。

 

 曰く、ヒーローであった両親の死をいいこと、素晴らしいことと世間が褒め称え続けてしまったことで、その子供はすっかりヒーローも“個性”も嫌いになってしまったらしい。

 

 そのことをとやかく言うつもりはないが、同じヒーローであるマンダレイ達のこともよく思ってはおらず、会話ができないような状態とのことだ。

 

「……はぁ。胸糞悪いこともあるもんだな」

 

 アンジェラは頭を抱えた。その子供の両親が死んだことにではない。その子供には悪いが、その両親がヒーローという職を選んだということは、彼らはいつ死ぬ覚悟も出来ていたのだろう。その覚悟を否定する気は更々ない。それは、彼らへの侮辱になってしまう。

 

 アンジェラが頭を抱えたのは、その死をいいこと、素晴らしいことと褒め称えた周囲のことだ。

 

 これでは、子供の両親が早く死ねばよかった、と言われているようなものではないか。周囲にそのつもりがなくても、子供はそう受け取ったのだろう。そうでなくても、まだ物心ついて間もない子であるとのことだ。親が世界の全て。その子供は、一瞬にして世界の全てを失ってしまったのだ。

 

 シャドウも同じことを思ったのか、目に見えて顔を顰めている。

 

「……アンジェラ、どうするんだ」

「……無責任なことは言えない。オレに出来るのは、その子の人生のちょっと先輩として、ちょっとしたことを教えることだけだ」

 

 アンジェラはそう決意を固めると、棚の中から便箋とペンを取り出した。




最初に出てきたヒロアカキャラは、ワイプシのマンダレイさん。アンジェラのレターフレンドとしての登場です。ソニックシリーズの時系列的にはここまでワルアド後カラーズ前。


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金色のウィスプ

カラーズ編です。と言いつつストーリーは結構端折ってます。


 エッグマンが作った宇宙遊園地、エッグプラネットパーク。そこは、遊園地と銘打ちつつ、その実態はプラネットウィスプという別惑星に住むエイリアン、ウィスプの力に目を付けたエッグマンによる、ウィスプのエキス抽出工場のようなものであった。

 

 ウィスプは自らが体内に蓄えたエネルギーを他者に与え、『カラーパワー』という能力を付与させることができる。エッグマンはこの能力に目を付け、侵略計画の役に立てようとしたのだろう。

 

 要するに、いつものやつである。

 

 ソニック、テイルス、そしてアンジェラはエッグプラントパークに乗り込み、エッグマンの悪巧みを阻止しようとしていた。半ば、遊んでいるだけのような気もするが。

 

 アンジェラはソニック達とは基本別行動を取り、怪しい場所や気になる場所を虱潰しに探索していたが、その道中、妙なものを発見した。

 

《ー! ー! ー!》

「……何やってるんだ、こいつは?」

 

 それは、地面に頭を突っ込んだ、金色のウィスプだった。見た感じでは、ソニック達と一緒に行動している白いウィスプ、ヤッカーよりも一回り小さい。どうやら抜けなくなってしまったようで、モゴモゴともがいている。

 

「……しゃーねーな」

 

 アンジェラはそのウィスプの胴体を掴むと、思いっきり引っ張った。地面からウィスプがスポーン、と抜ける。アンジェラは思いの外そのウィスプが軽かったせいで、思いっきり尻もちをついてしまった。

 

 そのウィスプは、やはりヤッカー達よりも一回り小さいサイズで、丸っこい2つのくりくりした目、猫の耳のような触覚を持っていた。こんな見た目のウィスプは先程までの道筋で見なかったので、何か特別なウィスプなのだろうか。

 

「ててて……大丈夫か?」

《────!》

『《助けてくれてありがとう》、と言っております』

「うん、大丈夫そうだな」

 

 アンジェラにウィスプの言葉は分からない。しかし、ソルフェジオに通訳してもらうことはできる。その通訳は完璧とはいかないまでも、ある程度の精度は保ったものだった。

 

 そのウィスプは人懐っこい性格のようで、助けてくれたアンジェラに早速懐いたのか、撫でてくれと言わんばかりに頭部をアンジェラの手に押し付けている。アンジェラが促されるままそのウィスプの頭を撫でると、そのウィスプは目に見えて上機嫌になった。

 

「人懐っこいやつだな。まだ子供か?」

《ー! ー!》

『我が主のことを“お姉ちゃん”と呼んでますね』

「お姉ちゃん……」

 

 悪くない。

 

 アンジェラは純粋にそう思った。

 

 基本、アンジェラの周囲の人物は、アンジェラよりも年上ばかりだ。テイルスやクリーム、チャーミーはアンジェラよりも年下だが、テイルスは精神年齢がかなり高く、クリームとチャーミーも同年代の子供と比べても遥かにしっかりしている。それも手伝って、アンジェラはこのウィスプに対して何やらムズムズしたものを感じた。守ってあげたいような、構ってあげたいような。

 

 それは、一般に言う擁護欲や母性というものと同じものであったが、アンジェラがこのことに気付くことはない。

 

「お前、名前は?」

《ー! ー!》

『《ケテル》、だそうです』

「ケテルな。オレはアンジェラ。アンジェラ・フーディルハイン。よろしく」

《ー! ──!》

『《よろしく、お姉ちゃん》……だそうで』

「……おう」

 

 そんなこんなで、アンジェラはケテルと一緒にエッグプラネットパークを周ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

「んー……これは、あれだな。見事に囲まれたな」

 

 悪趣味生卵ことエッグマンのロボットに、ものの見事に囲まれてしまったアンジェラとケテル。エッグマンのロボットはアンジェラと対等に渡り合えるものも少なからずおり、そうでない雑兵でもそれなりに強い。

 

 ソルフェジオを杖の形に変え、臨戦態勢を取る。ロボットの内の一体が、アンジェラに向かって突貫してきた。

 

「ま、いくら来ようと関係ないさ」

 

 アンジェラは余裕な表情を見せ、突貫してきたロボットをソルフェジオで殴る。金属同士が擦れ、火花が散る。アンジェラは魔力を腕に集約させ身体強化魔法を施すと、力づくでロボットを弾き飛ばした。

 

 本来、ソルフェジオは魔法の杖のような用途で使うものなのだが、細かいことを気にしてはいけない。

 

『……』

 

 ソルフェジオが何か言いたげにしていても、気にしてはいけない。いけないったらいけないのだ。

 

「……まぁ、折角のお誘いだ。魔法の練習用のサンドバックになってくれよっ!」

 

 そんな物騒な事を言いつつ、ソルフェジオを構えて8個の野球ボールくらいの大きさの魔力弾を生成し、狙いを定める。アンジェラの足元に空色の五芒星の魔法陣が広がる。

 

 魔法陣は魔法の発動をアシストする役目を持つものだ。射撃系魔法の場合、ロックオンそのものは術者であるアンジェラと杖であるソルフェジオの手によって行われるが、そのアシストは魔法陣によるものである。

 

 周囲に障害物はない。そのことをしっかりと確認したアンジェラは、ソルフェジオを振るい、その魔法を発動させるコマンドワードを叫んだ。

 

星の弾丸(ストライトベガ)っ!」

 

 星の弾丸(ストライトベガ)。魔力弾を飛ばす基本射撃魔法である。

 

 8つの魔力弾がそれぞれロボットに降りかかる。それらは的確にロボットの弱点となる部位を捉え、破壊した。

 

 と、アンジェラの背後から人型のロボットが飛びかかろうと迫る。そのロボットがジャンプした瞬間、

 

「まだまだぁ! 流星砲(スターストリングス)っ!」

 

 アンジェラは振り向きざまに砲撃魔法を放った。空色の砲撃が、一直線に至近距離からロボットに襲いかかる。

 

 流星砲(スターストリングス)は、即座に放つことができる高速砲撃魔法。威力は抑えめだが、砲撃魔法にありがちな長い溜め時間が必要ないという利点を持つ。

 

 ロボットの腹に大きな穴が空き、そのまま地面にガラン、と沈む。そして、もう起き上がってくることはなかった。

 

 その様子を、ケテルじーっと見つめていた。杖を翻し、戦う姿を。そして何を思ったのか、ケテルはアンジェラの身体に入り込んだ。

 

「……ん?」

 

 アンジェラは身体に違和感を覚える。何かが湧き上がってくるような、そんな違和感を。ふと、向かってくるロボットを身体強化を施した状態で軽く殴ってみると、メシャァ、と音を立てて潰れてしまった。呆然としているアンジェラの視界に、アンジェラの身体から出てきたケテルが映り込む。

 

「……ケテルの、カラーパワーか……?」

 

 このときのアンジェラは知らなかったが、ケテルのカラーパワーは「マジック・ブースト」。魔法を強化してくれるカラーパワーだ。魔法に限定されたその力は、現状ではアンジェラにしか扱うことができない。

 

「……へぇ。やるじゃん」

《────》

 

 ケテルはえへへ、とでも言いたげに頭をかいた。その様子は、褒められて嬉しそうだ。

 

「さて、お客さんはまだまだ居るぜ?」

 

 二人の周囲には、エッグマンのロボットの増援。その数、およそ30。一体一体がそんじょそこらのプロヒーローを凌駕する力を持っている。

 

 エッグマンがソニックに対抗するために改造を重ねた結果、こんな状態になってしまった……というわけではなく、確かにソニックに対抗してかロボットの性能も上がってきてはいるのだが、エッグマンのロボットが並のプロヒーローよりも強力なのは、エッグマンが地球侵略を始めた当初からであるらしい。

 

 その才能、もっと他に活かせばいいのに……。

 

 アンジェラは純粋にそう思った。

 

 しかし、ここは戦場(遊び場)。余計な言葉など不必要。

 

 アンジェラはソルフェジオをガトリングガンに変形させ、構える。このガトリングガン形態は魔力弾しか撃てない仕様だが、広範囲攻撃ができるスグレモノだ。

 

 ケテルはアンジェラの頭の上に乗った。どうやらそこからこの戦いを見物するつもりらしい。ケテルのカラーパワーはそう短時間に何度も使えないものであるようだ。

 

 アンジェラはにやりと笑う。だって、こんな状況でこそ、楽しむものだから! 心の奥底から何かが湧き上がる。全く、あのヒゲたまごはいつも楽しませてくれるな! 

 

「Haha…………Hey,guys! Let's party!」

 

 容赦のない弾幕の嵐が、ロボット達に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラネットウィスプを引き寄せていたジェネレーターはソニックによって全て破壊され、捕まっていたウィスプ達はソニックとアンジェラによって全員開放された。

 

 しかし、そんなことで諦めるエッグマンではない。

 

 地上に戻ろうとスペースエレベーターのプラットフォームに来たソニック達を、エッグマンは待ち伏せしていた。しかも、ありったけのウィスプのエキスを搭載したメカを引っさげて。

 

「今度のは本当にヤバそうだね……」

「ってか、色毒々しすぎるだろ……」

 

 毒々しいものはあの重油野郎だけで十分だとは、アンジェラの心の声である。

 

 色はともかく、そのメカは本当にヤバそうな雰囲気を醸し出していた。ありったけのウィスプのエキスを注ぎ込んだということは、その分強力になっているということ。

 

 アンジェラは臨戦態勢を取るが、直後にテイルスとケテルと共に、ソニックにスペースエレベーターに押し込まれた。

 

「っ、おい!!」

 

 アンジェラはいきなり突き飛ばされたことに抗議の声を上げるが、ソニックは涼しい顔でエレベーターのスイッチを入れた。

 

「地上で会おうぜ。やり残したことがあるんでね」

 

 アンジェラは、こうなったらソニックは梃子でも動かないことを知っていた。なんだかんだで、似たもの兄妹である。

 

 ソニックの楽しみ(……)をみすみす奪ってしまうような野暮なこと、アンジェラにはできなかった。

 

「……しゃあねえな。しくったりすんじゃねぇぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソニックがエッグマンのロボットを倒し、ウィスプ達の力によって無事に帰ってきた。調子が悪かったテイルスの機械も無事に直り、ヤッカーの言うことを正確に翻訳できるようになったが、ヤッカーはもう帰らなければならないと言う。

 

「機械が上手く動いたと思ったら……」

「まぁ、間に合ってよかったじゃないか」

 

 残念そうに言うテイルスに、カラカラと笑うソニック。アンジェラはもうお別れか、と少し名残惜しそうにしていた。

 

「お前も帰るんだろ、ケテル」

《────》

 

 ケテルはヤッカーの居る方とアンジェラの居る方を交互に見つめ、ヤッカーに何やら話している。テイルスは翻訳機で、アンジェラはソルフェジオの力で、その内容を聞く。

 

「ええっと……ケテルは、《この星で暮らしたい、お姉ちゃんと一緒に居たい》って」

「……!」

『《この星のことが気に入った》、と』

「よかったじゃないか、アンジェラ」

 

 ケテルはまたもやアンジェラの手に、まるで撫でろと言わんばかりに頭を擦り付ける。アンジェラは満更でもなさそうに撫でてやった。

 

「……なら、一緒に住むか?」

《──ー!》

 

 ケテルは、両手を上げて嬉しそうにくるくると回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤッカーはあの後、帰ってやらなければならないことがあると言って、ソニック達といつか再会することを約束してプラネットウィスプへ帰っていった。きっと今頃、ウィスプの仲間たちにソニック達の武勇伝でも聞かせていることだろう。

 

 ケテルはアンジェラ達と共に暮らしている。ケテルは最初、仏頂面なシャドウのことを怖がっていたが、アンジェラとソニックの、

 

「Don't worry.シャドウは素直じゃないだけだから」

 

 という言葉に態度を180°回転させて、すっかり気を許した。チョロイにも程がある。シャドウはケテルの態度の急変っぷりに物凄く困惑していた。

 

 一応言っておくと、ケテルはシャドウの仏頂面を怖がっていただけで、シャドウ自身に何かを思っていたわけではない。アンジェラにそのことを教えられたシャドウは、そういうことか、と納得したような表情をした。

 

「……仏頂面っての、自覚あったのか?」

「周囲に何度も言われていれば嫌でも自覚する。それに、表情筋が動かないのだから仕方ないだろう」

 

 人それを、開き直りと言う。

 

 アンジェラはシャドウに気付かれないように、そうそっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリキャラその2、ケテルが仲間になった!
カラーズ及びソニックシリーズ原作には存在しないオリジナルのウィスプです。この作品のマスコット的立ち位置になるかな?色々とストーリーにも関わってきます。

ヤッカー可愛いよヤッカー。あのマスコット感が堪らぬのよ。


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幻夢、虚構、現実

唄を唄いましょう。
彼の罪人を裁くための唄を。
彼の咎人を赦すための唄を。

その笑みがあなたに捧げられるというのなら、

私はこの場でその頸を撥ねましょう。


 この光景を言葉で表すのなら、やはり地獄と言うのだろう。

 

 炎が舞い、風は死に、草木など見る影もない。血潮が吹き荒ぶ。人々は逃げ失せ、最早命の価値などないも同然。命は意味もなく刈り取られ、何者とももはや分からぬ死体ばかりが転がっている。

 

 

 

 

 

 

 ぐちゃり、ぐちゃり、

 

 地獄のようなこの空間に、気持ちの悪い音が響く。

 肉が避け、皮は剥がれ落ち、内臓は零れ落ちる。

 それでも、少女はこの手を止めることはできない。

 

 

 

 

 

『…………ねぇ』

 

 ぐちゃり、ぐちゃり、

 

 その刃は、全てを終わらせる元凶となった彼女の元へ。何度も、何度も、振り下ろされた刃と、彼女のはらわたから零れ落ちる命。

 

 

 

 

『……のに』

 

 どうしようもなく、信じていた。

 信じていたのに、裏切られた、裏切ってしまった。

 

 贖罪なんて、言うつもりはない。懺悔など、してもし足りない。終わらせる元凶になったのは彼女だけれど、そのトリガーを引いてしまったのは、

 

 

 

 彼女を、狂わせてしまったのは、他でもない、少女自身なのだから。

 

 

 

『……弱い私で、ごめんなさい。あなたのことを、守れなくてごめんなさい。私は、許されないことをしてしまった。ごめんなさい、ごめんなさい……』

 

 せめて、この手で彼女を眠らせよう。

 その思いと共に、金色の瞳の少女は刃を、振るう。

 

『大丈夫!? さっき、あっちの方で凄い爆発が………………

 

 

 

 ……ねぇ、それは……?』

『………………』

 

 駆けてきた彼女は、その顔に絶望を湛えていた。

 

 彼女は優しい。そしてこの地獄でも失わないような、強靭な自我を持っている。少女は、それがずっと羨ましくて、憧れて……

 

『頼みが、ある』

 

 もう、自分はあなたのようにはなれないだろう。

 だって、この手で親友を、殺してしまった。

 

 あの哀れな偶像の思惑通りに動いてしまった、舞踏人形になってしまった。

 

『私を』

 

 もう1つや2つ罪を重ねることなど、少女にとってはどうでもよかった。

 

 ただそこに、救いを求めた。

 

 最早、願うことすら許されなかったとしても。

 

『殺して』

 

 

 

 

 迷いと共に振り下ろされた槍は、戦場には不釣り合いなほどに美しい鮮血の華を咲かせた。薔薇のような、棘のある麗しい紅の華だった。

 

 ごうごう、ごうごうと、炎の燃ゆる音だけが響く。

 全て、総てが灰燼に帰す。

 

 

 

 

 

 

 

 斬り落とされた少女の首は、こちらを向いて、醜く生を受ける少女を嘲笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!!!!」

 

 あまりにも気味が悪い夢に、最後に出てきた自分を嘲笑う狂気的な笑みに、アンジェラは飛び起きる。窓から見える景色は夜空。時計を確認すると、まだ午前3時だった。

 

「……っぁ」

 

 手に残った、生暖かい感触を思い出して、アンジェラは腹の中の液体が逆流しそうな気持ち悪さを覚えた。ドロドロとした耐え難い吐き気に、アンジェラは思わず手で口を抑える。

 

 そのまま這うようにして台所まで行くと、アンジェラはコップに水を入れて掻っ攫うように飲み干した。

 

「……うっ」

 

 まだまだ気持ち悪さは身体から抜けないが、取り敢えず吐き気は収まった。アンジェラの手には、誰か(・・)の肉をグチャグチャに切り裂く、あの気持ち悪い感覚が未だにはっきりと残っている。瞳を閉じれば、また先程見た夢のような地獄の光景が広がる。頭から、離れてくれない。

 

「あ、あ…………っ」

 

 無意識に身体が震える。寒くて、寒くて、たまらなくなっていく。まるで、氷の貼った泉に放り込まれているような錯覚を覚える。

 

 あの悪夢の光景が頭いっぱいに広がって、息が詰まりそうだった。アンジェラは思わずその場に蹲ってしまう。

 

 普段から、アンジェラはよく悪夢を見る。その内容は覚えていないことが多いが、ただ、苦しくて、痛いということは覚えている。

 

 しかし、アンジェラは理解してしまった。

 

 最後に斬れ落ちた少女の首は、確かに自分を見て、嘲笑っていた。アンジェラの総てを嘲笑し、呪っていた。

 

 その嘲笑は理解できないものへの恐怖と混ざってアンジェラの心に深く深く突き刺さる。

 

 涙は、出ない。

 

「っ……」

 

 気が付けば、アンジェラは右手で手近にあった鋭利な刃物……包丁を手に取っていた。

 

 何故こんな行動をしたのかは、分からない。少しでも、楽になりたかったのかもしれない。普段から見る悪夢に、無意識の内に心を蝕まれていたのかもしれない。

 

 アンジェラが、包丁を左腕に突き立てようとした、その時。

 

 

 

 

「っ、何してるんだ!!」

 

 ソニックが、アンジェラの右手を掴み上げた。包丁はカラン、と音を立てて床に落ちる。

 

「……ぁ」

「間に合った……ったく、ヒヤヒヤさせやがって……」

 

 ソニックは心底安心したような表情でアンジェラの手を放す。シャドウは、地面に落ちた包丁をアンジェラの手が届かないような場所に置く。その間、アンジェラはただひたすらに呆然としていた。

 

「……」

「どうした……何か、あったのか?」

 

 シャドウが普段よりも数段柔らかい声で言う。本気でアンジェラのことを心配しているのだ。アンジェラが悪夢を見ることはそれなりにあったが、今までは現実感こそあれあそこまではっきりとはしていなかったし、ましてや自傷行為に走ろうとするまで精神が抉られることはなかった。

 

 アンジェラは虚ろな目を二人に向ける。そこには、普段の余裕の欠片すらなかった。

 

「ぅ……」

「……」

 

 ソニックは、アンジェラを拾ってきた当初のことを思い出す。あのときの、何かに怯えているような表情。今のアンジェラの表情は、その時の表情と酷似していた。

 

 シャドウはアンジェラに水の入ったコップを手渡す。アンジェラはそれを受け取り、一気に飲み干した。少しだけ気分が落ち着いたのか、アンジェラは細々と語りだす。

 

「……夢を、見た。誰かを、僕を、殺して…その感覚が、手から離れなくて………っ!!」

「無理に話そうとしなくていい……」

「う……」

 

 また震えだしたアンジェラの背中をソニックが擦る。緊張の糸が解けたのか、アンジェラはスイッチが切れたかのように眠ってしまった。

 

「……僕が、無理に聞こうとしたから……」

「そんなことはないさ、シャドウ」

 

 アンジェラを追い込んでしまったと落ち込むシャドウに、アンジェラを抱きかかえたソニックが言う。

 

「アンジェラのことが心配だっただけだろ? お前が言ってなければオレが言っていただろうし。アンジェラは変に溜め込むからなぁ。お前もだけど」

「……余計なお世話だ」

「無茶しやすい妹と無愛想な弟を持つと、一番上の兄ってのは大変なもんで」

「……」

「アンジェラなら大丈夫さ。もし目が覚めてまだ落ち込んだままでも、好きなところにでも連れ出してやればまた元気になるって」

 

 ソニックのあっけらかんとした物言いに、シャドウは溜息を吐きたくなった。それと同時に、ソニックの意見に共感もした。確かにアンジェラは根っからのアウトドア派で、色んな景色を見るのが好きだ。心が傷付いてしまったときに、好きなことを思いっきりするのはいいリフレッシュになる。

 

 無愛想は余計だが、こういうときソニックは「一番上の兄」なのだと、思い知らされる。

 

「だからシャドウもしばらく有給取っとけよ」

「……ああ」

「あと、しばらくは3人で寝るから」

「ああ……って、は?」

 

 ソニックからの思わぬ爆弾発言に、シャドウは思わず聞き返す。ソニックはあっけらかんとした表情のままだ。

 

「だってこのままアンジェラを一人で寝かせる訳にはいかないだろ」

「いやそうだが……!」

「シャドウもアンジェラのことが心配なんだろ? だったら一緒に寝てやれよ」

「うっ……」

「アンジェラもその方が喜ぶだろうな〜?」

「…………わかった」

「シャドウってツンデレだよな」

「余計なことを言うな……!」

 

 そう言うシャドウの顔は真っ赤になっている。その様子を見て、ソニックは心底楽しそうにニヤニヤ笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん…………っ!!?」

 

 日が昇った頃。

 

 夢も見ることのない深い眠りについていたアンジェラが目を覚ますと、眼の前にソニックの顔があった。

 

「え……ちょ……は?」

 

 驚いて飛び起きるアンジェラ。訳が分からず混乱していると、後ろから声が聞こえてくる。そちらを向いてみると、そこにはこちらをじっと見ているシャドウが居た。部屋の隅っこにある猫用ベッドには、グッスリと眠っているケテルが居る。

 

「……え?」

「おはよう」

「ふぁぁぁ……あ、アンジェラ。Good morning……」

「……あ、ぉぅ……?」

 

 あまりの驚きに脳がキャパオーバーを起こしてしまったのか、ソニックとシャドウの挨拶にも微妙な返事しかできないアンジェラ。

 

 それもこれも、ソニックとシャドウの顔面偏差値が高すぎてアンジェラが悶絶しているからである。

 

 別に恋に発展したりはしない。アンジェラにとってソニックとシャドウは兄である。が、それとこれとは話が別だ。

 

「う、顔面偏差値の暴力だ……」

「え、何て?」

「……いや、なんでもない……」

「……本当か?」

「……………………本当だっての」

 

 普段なら軽く返してそれで終わりなのに、今日はやけに疑ってくるソニック。アンジェラは何故だろうと思って、思い至ってしまった。

 

 あの、おぞましい悪夢(記憶)に。

 

「ッ……!」

「アンジェラっ!」

 

 アンジェラは震えだした。ソニックはアンジェラが少しでも安心出来るように抱きしめて背中を擦ってやる。

 

「大丈夫、ここにはオレとケテルと、心配症なのにツンデレでそれを表に出せないシャドウしか居ないから」

「おい、その長い枕詞は必要だったか……!?」

「事実だろ」

 

 ソニックとシャドウがいつも通りの言い争いをする。アンジェラは無意識に笑みを浮かべていた。

 

「お、やーっと笑った。アンジェラはやっぱり笑ってた方が可愛いな」

「かわっ……! おま、軽率にそういうこと言うのマジでやめろ……!」

「何でだ? 笑ってた方がいいに決まってるじゃん」

「それはそうだがなぁ……!」

「……落ち込んでいるよりはいい」

「シャドウまで……! お前普段止める側だろ! 止めろよ!」

「今回ばかりは意見が一致した」

 

 シャドウにまでそう言われてしまい、アンジェラはもう言葉が出てこなくなった。

 

「……心配なんだ、君のことが」

「……!」

 

 深夜のことで心配をかけてしまった。そのことが、アンジェラに重くのしかかる。

 

「っ……ごめ」

「謝る必要はない」

 

 反射的に謝ろうとしたアンジェラをシャドウは制止する。アンジェラがそのことに驚いていると、シャドウは普段からは想像もつかないような穏やかな笑顔でアンジェラの頭を撫でた。

 

「僕も君の兄をやらせてもらっているんだ……心配くらいはさせてくれ」

「う……」

「そもそも君は、悪い意味で頼るということを知らなすぎる。君が強いことは知っているが、それとこれとは別の話だ」

「……う」

「シャドウの言うとおりだぜ、アンジェラ。アンジェラは辛いこととか溜め込みすぎなんだよ。もっとオレたちのことを頼れって」

「…………はぃ」

 

 アンジェラは二人の兄の優しさに触れ、むず痒いやら、照れくさいやらでつい顔をそむけてしまう。アンジェラも大概素直じゃない。

 

「……もっかい寝る」

 

 だから、こうやって誤魔化すことしかできなかった。

 

「ん、いいのか?」

「まだ朝早いし……それに」

 

 今なら、良い夢を見ることが出来そうなんだ。

 

 そう語るアンジェラは、月のような微笑みを湛えていた。



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ルインズ

デーt………じゃなくて、兄妹でお出掛けの話です。
一応言っておきますが、この三人の間に恋愛的なあれそれはありません。ないったらないのです。


「よし、アンジェラ、今から出かけるぞ」

「え、今から?」

 

 アンジェラが悪夢を見て自傷行為に走りかけた数日後。ダイニングで本を読んでいたアンジェラは、ソニックの突然の発言に首を傾げた。

 

「いや、それはいいんだけどさ……どこ行くの」

「んー、決めてないな」

「んな無責任な……」

 

 アンジェラの口からついそんな言葉が漏れ出る。ソニックは結構思いつきで行動することが多い。今回もその類かとアンジェラは思った。ソニックは何食わぬ顔でスマホをいじっている。

 

「アンジェラ、どこ行きたい?」

「えっ?」

 

 突然話を振られて、アンジェラは本を落としそうになってしまった。急にそんなことを言われても困る。

 

「えーっと………………アポトス?」

 

 困惑していたからだろうか。アンジェラはこれまでに訪れた中で、もう一度行きたいと思っていた場所の名前を無意識の内に口に出していた。正確に言えば、アポトス名物のスペシャルチョコチップサンデーを食べたいだけだったりするが。

 

 そして、そんなアンジェラの呟きを聞き逃すソニックではない。

 

「アポトスだな。早速シャドウに連絡取るわ」

「え? アイツ今日仕事じゃ……」

「上司脅して今日の午後から数日単位の有給もぎ取ってきたって連絡が入った」

「……何故上司脅したし」

 

 アンジェラのことが心配だからだろ。

 

 ソニックはその言葉は流石に飲み込んで、シャドウもたまには遊びたいんじゃないのか? と言って誤魔化した。

 

 ……どちらにしろ、シャドウが妙な風評被害を受けているのには変わりないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 

「マジで来ちゃったよ……」

 

 アンジェラはソニックとシャドウ、そしてケテルと共にアポトスを訪れていた。シャドウが帰ってきてからすぐに出発したのだ。全速力で走ってきたので移動時間は5分もかかっていない。ここまでの流れがトントン拍子すぎて恐怖すら覚える。

 

 そういえば、随分と前に3人で来たことがあるかな。

 

 そんなことをふわふわと考えながら、アンジェラは白亜の港町を見渡した。ここは、いつ来ても変わりがない。

 

「アンジェラ、ほら」

 

 ソニックはそう言っていつの間にやら買ってきたスペシャルチョコチップサンデーをアンジェラに手渡した。

 

「これ、お前好きだろ?」

「あ、ああ……ありがと」

 

 確かにスペシャルチョコチップサンデーを食べたいとは思っていたが、好きだとは言ったことはない。アンジェラは困惑しながら受け取る。

 

「……オレ、いつこれ好きだって言ったっけ」

「言われてはないけど、前食べてた時にすっごく美味しそうな顔してたし」

「確かに、チリドッグを食べている時と似たような表情はしていたな」

「……そうだっけ?」

 

 正直、食べている時の表情など意識したものでもないので覚えてなどいない。美味しかったことは確かに覚えているが、そんなに顔に出ていたのだろうか。

 

 アンジェラはまぁいっか、と思いつつ、スプーンでサンデーを掬って口に入れる。チョコとバニラアイスの甘みとさくらんぼの酸味が口の中に広がる。アンジェラは、自分の口角が上がるのを感じていた。

 

「……美味しい」

「それだよ、そのポワポワした顔」

「……? あ、ケテル、食べるか?」

《食べる!》

 

 ソルフェジオによるケテルの言葉の翻訳を聞くと、アンジェラはスプーンでサンデーを掬ってケテルに食べさせてやる。どこから食ってるのとかは気にしてはいけない。普通に口からだよ。口見えないけど。

 

 アンジェラは自覚していないが、今の彼女はとても柔らかい表情をしている。まるで天使にも形容できそうな表情は、普段のクールさからはかけ離れているが、これはこれでまた違ったアンジェラの魅力を醸し出している。実際に、通りかかった人達は男女問わずアンジェラの方に視線が釘付けになっていた。

 

 ただ、シャドウはあまりこの状況が面白くないらしい。アンジェラには絶妙に見えないようになっているが、多少なりとも顔を顰めている。そしてソニックは、そんなシャドウの様子に気が付いていた。

 

 アンジェラがサンデーを食べ終わった頃を見計らって、シャドウがアンジェラの手を引く。

 

「アンジェラ、行くぞ」

「え、ちょ、シャドウ!」

「おーい、オレ達を置いてくなよー」

《まってー!!》

 

 超絶棒読みでそんなことを言ったソニックと、そんなソニックの肩の上に乗ったケテルは、シャドウとシャドウに引っ張られていくアンジェラを追いかけていった。

 

 

 ……美男美女三人組は、そこに居ただけで物凄く目立っていた、ということは言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャドウがアンジェラを引っ張っていった先は、最近新たに見つかったという渓谷の遺跡であった。

 

 石造りで円形。アンジェラの目線の先には大きな扉があり、鳥のような紋様と文字が彫られている。遺跡自体の大きさは小さいが、差し込む陽の光が壁に反射し、キラキラと輝いている。

 

 時間の経過こそ感じるが、遺跡全体の保存状態は存外良く、多少暴れたりしても当たりどころが悪くない限りは倒壊したりはしなさそうだ。

 

「……ほぁー……」

 

 その、自然と古代が融合した美しさに、アンジェラは思わず息を吐く。

 

 アンジェラはよく一人でふらっと古跡や遺跡、パワースポットなどを訪れることがあった。本人曰く、何となくスピリチュアル的な何かを感じる、らしい。それが魔法使い故なのか、はたまた本人のただの好みなのかはよくわからないが、アンジェラの部屋には旅行雑誌や論文などの書籍に混じってオカルト系や遺跡系の書籍が多数あったりする。オカルト界隈では有名な雑誌「ルー」を定期購読しているあたり、アンジェラは筋金入りのオカルトマニアだった。

 

 ブラックドゥームやウィスプの時に特に反応がなかったのは、単純に宇宙人にはそこまで興味がないからだ。他のオカルトネタと違い、宇宙人は存在する可能性が高いからだとかなんとか。閑話休題。

 

「……シャドウ、よくこんな場所知ってたな」

 

 ソニックは謎に関心を覚えた。

 

 記憶喪失状態ですら、自然よりも機械に囲まれている方が落ち着くと言っていたシャドウは、こういうスピリチュアル系のものに興味がないと思っていた。

 

 しかも、ここは最近発見されたばかりとはいえ、かなり入り組んだ場所にあり、人が集まっては来ないマイナーな遺跡だ。よっぽどの遺跡マニアか、事前に調べまくるタイプとか、アポトス近郊の遺跡に絞って調べたりした、とかではない限り、存在を知ることすらないだろうに……。

 

「……なんとなくだ」

「……! ほーん、I see……お前、調べたな?」

 

 図星を突かれ、シャドウは押し黙ってしまう。そんな面白い状態のシャドウに、ソニックはニヤニヤしながらシャドウの耳元で言った。

 

「そっか〜、アンジェラに元気出してもらうためだな?」

「う……うるさい!」

「素直じゃないな〜。ひょっとして、遺跡に絞って調べてたのか?」

「っ……!」

「やっぱシャドウ、アンジェラのことがだ~いすきなんだなぁ」

 

 ソニックはニヤニヤ笑いながらシャドウの頬をつつく。シャドウは鬱陶しそうにしつつも、ソニックの手を払おうとはしなかった。つくづく素直じゃないな、とソニックは苦笑いする。

 

 アンジェラはそんなソニック達を後目に、遺跡のあちこちをふらふら見て回っている。こういうときのアンジェラは、集中しすぎて周囲の声が聞こえなくなる。

 

 一通り周囲を見て回ったアンジェラは、遺跡の扉の前に立っていた。

 

「……?」

 

 ふと、違和感を感じる。扉に彫り込まれた文字お見ていたときだ。

 

 アンジェラは、妙な感覚に襲われていた。なんとなく、懐かしいような、この文字を、見たことがある(…………)ような……。

 

 アンジェラは、いつの間にか口を開いていた。

 

「……

 Jdkabdjzkz msksmxjjdks jsnsnsmsks mak msken(あやしかなしきあいいろのはな)

jsmakdxn nisnemssk jsksmsjdkxn(ひにこがされてあすをしれ)

 Ann jdksjems jsmekDnccom dkzksn ndksnskdj(こうこうたりしあいいろのはな)

bdkxidmdm jdksmsnzj jzkxksmsms kkd(ひのむしかげにけふをしれ)

 Ndjshsksmdb nsksjnsns jkajansns(爛々たる浮世に顕れし幻夢の御使いや)

 Akfjxk mdjendm Ronasfia(ローナスフィアの名の下に)

 

 無意識の内に口に出していたのは、扉に刻まれた薄汚れた文字列。それを、まるで唄でも唄うように読み上げた。

 

 ……と、突然、眼の前にある扉の紋様が碧く光り輝き、ゴゴゴ……と、大きな音を立てて、扉がひとりでに開いた。

 

「……………………は?」

 

 アンジェラも、これには流石に素で驚いた。何気なく扉に刻まれた文字を読んだだけで、扉が開くなど誰が予想出来るだろうか。ソニックとシャドウもこの変化に気付き、アンジェラの元へ駆け寄ってくる。

 

「アンジェラ! 何があった!?」

「いや……なんか、扉に刻まれてる文字を読んだら、扉が開いた、としか……」

「……はい?」

 

 本当にそうとしか言うしかない状況に、アンジェラは言葉に困った。誰か、この状況を形容できる人が居るのなら、教えてほしい。この状況を説明できる言葉を。

 

『…………』

 

 ソルフェジオだって言葉に困ってるし。ソルフェジオが説明できないことを、どうやってアンジェラに説明しろというのか。

 

 しかし、そんなことを思いつつも、アンジェラは、ある一つの抑えられそうもない感情に突き動かされていた。

 

「…………むっちゃ入ってみたい」

 

 もう一度言おう。

 

 アンジェラは、筋金入りのオカルトマニアである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遺跡の内部は、思った以上に広かった。

 

 石造りの広い円形の部屋と、そこに繋がる通路というシンプルな造りになっている。壁にはサッカーボールくらいの大きさの蒼色の宝石のようなものが均等にはめ込まれており、その宝石からは淡い光が漏れ出している。部屋の中央には正方形の台座があり、その上には何か古ぼけた本が安置されている。

 

 アンジェラは、花に惹かれる蝶のように台座へと一直線に駆け寄った。そこにどんな感情があったのかは本人にすらわからない。ただ、呼ばれた(……)気がした。

 

「……これは……」

 

 その本が何なのかは分からない。でも、アンジェラは、その本を手に取っていた。そして、感じた。その本に蓄えられた、膨大な魔力を。

 

「アンジェラ、それは……?」

 

 一人で先に進んでいたアンジェラに追いついたソニックが、本を手に取ったアンジェラに問う。アンジェラは、その質問に対する返答を持ってはいなかった。

 

「さぁな……。持ってみた感じ、魔法関連の何かっぽいけど」

「こんなところに厳重に隠しておくくらい、重要なものなのかもしれないな」

 

 シャドウの言葉に耳を傾けつつ、アンジェラはその本のページをペラペラと捲る。

 

 その本は、扉に書かれていたものと同じ言語で書かれていた。そして、内容もアンジェラの予想通り、魔法に関するもの。流れ込んだ知識や、ソルフェジオに聞いたことにもない魔法に関する内容が、数え切れないほどのページに収められている。また、ソルフェジオが解析したところ、このページ一枚一枚の内部にも膨大な魔法に関するデータが宿っているようだ。

 

 これはいわゆる『魔導書』というものらしい。それも、かなり高スペックな。

 

「それじゃあ、ここは魔法に関する遺跡ってことか?」

「……かもな。オレの知識には、魔法は宇宙のどこかにある文明のものだったってあったから、どっかから持ち込まれてきたとか、が一番可能性としては高いかな」

 

 アンジェラはそう言いながら、本を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りアポトス近郊を観光して回ったアンジェラ達は家に戻り、その翌日。

 

 アンジェラは部屋にこもって、手に入れた魔導書の解析に勤しんでいた。

 

 ソルフェジオとパソコンを繋げ、ソルフェジオに魔導書の内部システムに入り込んでもらい、データをパソコンに送ってもらっている。

 

「んー……しっかし、随分と古いデータっぽいな、コレ。解析は至難の業だぞ」

『しかし、必ず解析してみせます。我が主』

「ん、頼むわ」

 

 そう言って笑うアンジェラの顔からは、もう悪夢によって苛まれた面影は消え失せ、普段の余裕が戻ってきていた。

 

 

 

 数日後。食事と睡眠と運動以外の時間は解析に宛て、ついに古ぼけた魔導書の全てのデータの解析が終了した。

 

 アンジェラがまず驚いたのは、その魔導書の膨大なデータ量だ。それなりにデータ量はあるとは予想していたが、まさか、内部データだけでテイルスお手性の大容量ハードディスクが3個も容量いっぱいになるとは。ちなみに、そのハードディスクの容量は、一つ辺り5テラである。

 

 しかもそこに魔導書に書かれている文字のデータも入るから、結局ハードディスクは4個も使っている。テイルスには申し訳ないことをしたな、とアンジェラは少し反省した。

 

 流石にこんな大容量のデータをソルフェジオに入れる訳にはいかないので、ソルフェジオが魔導書の設計データを元に、アンジェラ専用の魔導書の設計図を作ってくれた。

 

「それはいいんだけどさ……どうやって作るの、コレ」

『この魔導書をリサイクルします。殆どの機能が時間経過で死んでいたので、このままではこの魔導書は使えません。リサイクルする分には問題ないかと』

「足りない部品って指定されたものが、大抵電子機器用品なんですがそれは……」

『私の手で加工できます』

「アッハイ」

 

 そんなやり取りがありつつ、アンジェラはソルフェジオに指定されたものを揃え、ソルフェジオの設計通りに魔導書を作成する。

 

「……魔導書って、こんなにお手軽に作れるもんなのか? 部品のことは置いといて」

『そこは、我が主には私が居ますから。私ほど、汎用性に長けた魔法の杖は存在しないと自負しております』

「……確かに。変形しまくるもんな、お前」

『それが私の能力です。私はミラーソード。ミラーソードは所有者の意志によって自在に形を変える鏡の剣です』

「へー」

『……杖形態で鈍器代わりにされるのはちょっと自分を見失いそうになるんですけど』

「Sorry,sorry.なんか、ソルフェジオの杖形態って殴りたくなるんだよな。鈍器っぽく見えるし」

『嬉しくないです』

「ごめんって」

 

 完成した魔導書に、大元になった古い魔導書から抜き取って解析、復元したデータを入れる。残骸となった古い魔導書は、余った電子部品と組み合わせて、魔導演算補助装置の指輪にした。

 

 魔導書には膨大な魔法のデータが入っているが、調べて発動させるまでに一々時間がかかる。ソルフェジオだけにその演算を全て行わせる訳にはいかないのだ。

 

 これで、アンジェラ専用の魔導書の完成……と、言いたいところだが。

 

『我が主、この本に名前を』

「……名前?」

『名無しの魔導書など、悲しいでしょう』

 

 どういう理屈だ? 

 

 アンジェラは純粋に疑問に思った。

 

 それはそうと、名前か。アンジェラは少し考える素振りを見せる。

 

 ……とはいえ、もう実は決めていたりした。

 

「そうだな……『幻夢の書』、なんてどうだ?」

 

 アンジェラにとって、魔法とはまさに幻夢が現実に具現化したもの。これ以外の名前はないと思っていた。

 

『素晴らしいです。流石我が主』

 

 ソルフェジオは、満足気にそう言った。

 

 




アンジェラさん、魔導書(とついでに演算装置)を手に入れる。


……というわけで、アンジェラさんの装備強化回でした。


スペシャルチョコチップサンデー食べたい。



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幕間 チャオガーデン

 チャオとは、超常黎明期以前から主にラフリオンで生息が確認されている生物である。

 

 人間の子供並の知能を持ち、人間の道具を使ったり、ボディランゲージなどによる意思の疎通も可能。個体によっては、言葉を話すこともできる。基本の体色は水色だが、食べたものや世話された環境などによって、成長した姿が大きく変わるという特性を持つ、不思議な生き物。主食は木の実。

 

 そんなチャオだが、自然の綺麗な環境か、人間がチャオの保護を目的に作ったチャオガーデンでしか生息できない。

 

 チャオは生きるために綺麗な環境を必要とするのだが、超常黎明期以前の環境破壊などによってチャオの生息できる環境はどんどん減っていき、現在になっても自然界に生息するチャオの目撃例は物凄く少ない。アンジェラ達ですら、エンジェルアイランドでしか自然界で生きるチャオを見たことがなかったくらいだ。閑話休題。

 

 さて、そんなチャオだが、ラフリオンではその生息数と周辺国での知名度と比較して、かなりメジャーな存在である。それはひとえに、チャオガーデンの存在があるからだろう。

 

 チャオガーデンは前述の通り、チャオの保護を目的に作られた施設である。チャオの生息環境を出来る限り再現し、チャオのための施設も揃えられている。

 

 さて、これはそんなチャオの楽園で起こった一騒動のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何があったし」

 

 チャオガーデンの中心で、クリーム色のセミロングヘアとオレンジ色の瞳を持ち、胸元の水色のリボンがオシャレなオレンジ色のワンピースと、赤と黄色の靴、白い手袋を身に着け、ウサギの耳が頭から生えている幼い少女、クリーム・ザ・ラビットがある一点を見つめながらオロオロしており、クリームの友達で、赤いリボンを着けたチャオ、チーズが口をあんぐりと開け、周囲のチャオたちも何かに怯えている。

 

 彼女らの視線の先には、この状況に頭を抱えているナックルズと、何が何やらといった感じでポカンとしているシルバー、

 

 そして、何故か頭から地面にめり込んでいるメフィレスの姿があった。

 

「……本当に、何があったし」

 

 アンジェラは望んだ。この訳のわからない状況を理解するための時間を。

 

 

 

 

 

 この日、アンジェラは久しく訪れていなかったチャオガーデンに足を運んでいた。いつもはスリルを求める気質のアンジェラだが、あの穏やかな場所も存外気に入っていた。暫くチャオたちの様子も見ていなかったことだし、丁度いい。

 

 行きがけに、転んだお婆さんがその衝撃で落とした林檎を拾うのを手伝った。どうやら、何かにぶつかったらしい。林檎を拾おうとしたとき、アンジェラもお婆さんがぶつかった何か(・・)に躓いて転けた、というトラブルはあったが、それ以外には特に何事もなくチャオガーデンへと走っていた。

 

 不穏な空気が流れ始めたのは、一本の電話がかかってきた時からだった。

 

『アンジェラサン!』

「おー、クリームか。珍しいな」

『助けてクダサイっ!』

「……ん?」

 

 クリームの声はかなり切羽詰まったものだった。妹分のような存在であるクリームからのいきなりの救援要請に、アンジェラは一瞬呆けたような声を出す。

 

『今、チャオガーデンに居るんデスけど、そこで……』

「まさか、あの生卵野郎だかどっかの敵だかが襲撃に来たのか?」

『いえ、そうではないんデス。けど、大変なことが起こってるんデス!』

「……?」

 

 エッグマン他敵が襲いかかってきて慌てているのなら、分かりたくないがまだ分かる。しかし、そうでなくてクリームが大変だと慌てるようなことなど、アンジェラには予想が出来なかった。クリームは普通の女の子ではあるが、その胆力には眼を見張るものがある。普段なら、ちょっとやそっとでは慌てたりしないのだが……

 

『えーっと、ワタシも何て説明したらいいか……とにかく、早く来てくだサイ!』

「あ……ああ……」

 

 アンジェラは頭の上にはてなマークを乱立させながら、チャオガーデンへと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在。アンジェラはここへ来たことを若干後悔し始めていた。どう収拾つけるんだよ、このカオス。

 

「というか、マジで何があったんだ?」

「あー……それが俺にも何が何やら……」

 

 ナックルズの説明によると、まずクリームとチーズがチャオガーデンに初めて来たシルバーに、チャオガーデンの設備なんかを案内していて、そこにエンジェルアイランドで採れた野菜や果物を差し入れにナックルズがやって来たという。その後、4人は果物をチャオにやったりと、チャオの世話をしながら談笑していたのだが、

 

 突如として、空からメフィレスが降ってきたのだという。

 

 そのままメフィレスが地面にめり込んで、今に至るらしいのだが……

 

「は?」

「な? 意味分かんないだろ?」

 

 アンジェラも目が点になるほどには意味が分からない状況だった。

 

 取り敢えず、メフィレスに何があったのかを聞かないことには話が進まない。気は乗らないが、アンジェラは地面にめり込んでいるメフィレスを雑に引っ張り上げた。

 

「おーい、起きやがれ」

「ううう……あなたのために歌うことが、こんなにも辛いことだなんて……」

「一体どんな夢見てんだお前……。っつーか、よくこの状況でグースカと……」

 

 アンジェラはなんとかメフィレスを起こそうと揺すったり、ペシペシと叩いたり、地面に思いっきり叩きつけたりしてみたが、メフィレスが起きる気配はない。……というか、

 

「いやいやいや、それ逆に気絶するだろ!」

 

 ナックルズのツッコミが冴え渡る。アンジェラは渋々、ほんっとうに渋々といった感じでメフィレスを雑に地面に落とした。そのとき、メフィレスの身体から何かが落ちてくる。

 

「……………………なんでこいつりんごなんか持ってるんだよ」

 

 その転がり落ちた物体とは、赤くみずみずしい美味しそうなりんごであった。ますます意味がわからない状況に、アンジェラは頭を抱える。

 

 何が何やら、と今の今までずっとぽかーんとしていたシルバーだったが、ふと、何かを思い出したかのように呟いた。

 

「あ、りんご」

「りんごがどうかしたんデスか?」

「いや、あいつりんご苦手だったなって……」

「じゃあ何で苦手なもんわざわざ身体に入れてんだよ」

「さぁ……」

 

 メフィレスの意味のわからない行動(割といつものことだったりするが)に一同が呆れていると、ふと、唸り声とぐちゃり、という気色悪い音と共に、地面に落ちていたメフィレスがぐにゃぁと姿を歪ませて、再びシャドウそっくりなヒトの姿へとなった。ようやく目を覚ましたかとアンジェラが一つため息を零す。

 

「ため息を吐きたいのはこっちだよ……」

「自分の行動を省みてから物を言えよお前」

 

 メフィレスがムカつく言動なのはいつものことなので一言で流しつつ、アンジェラはソルフェジオを杖に変形させてメフィレスを脅…………笑顔で何があったのかを聞き出そうとする。

 

「脅迫だよね?」

「HAHAHA……お前がそう思うんならそうだろうよ、お前ん中ではな」

 

 その笑顔は綺麗を通り越して最早薄気味悪い。背後に何か怖いオバケみたいなものが見えるとはクリーム談である。

 

「うへぇ……アンジェラ怖ぁ……」

「こりゃ、普段の鬱憤もぶつけてんなアンジェラの奴……」

 

 シルバーとナックルズも、アンジェラの行動に若干引き気味ではあるものの、止めようとはしなかった。メフィレスの突発的なイタズラで一番被害を被っているのはアンジェラであることを知っていたからだ。

 

 ある時は、買ってきたチリドッグを勝手に食べられたり、ある時は部屋全面に落書きをされたり、ある時はエクストリームギアのエア噴出口を塞がれたり…………

 

 メフィレスがこういうイタズラに命を賭けるような奴であることは周知の事実ではあるものの、アンジェラが被害に合う回数はその中でも群を抜いて多い。シルバーと同じ、いや、それ以上かもしれない。

 

 まぁ、そんなこんなでアンジェラはここぞとばかりにソルフェジオを突き付けて脅……………………おはなしをしようと笑顔で迫っていた。その笑みの中に隠しきれていない怒りのようなものが滲み出ているのは、気のせいではないだろう。

 

「まぁ、アンジェラの言い分も分かるけど、一回落ち着けって。これじゃ話も聞けねぇよ」

 

 苦笑いでそう言うナックルズの言い分ももっともなので、アンジェラはしぶしぶ、ほんっとうにしぶしぶソルフェジオを下ろした。

 

「………………………………命拾いしたな。ナッコに感謝しろよ」

「待って僕殺される所だったの?」

 

 メフィレスは若干命の危機を感じた。アンジェラは知らん顔でそっぽを向いて口笛を吹いているが、さっきのアレは本気で殺る気の目だったとは、この喧騒(? )を端っこの方で聞きながら、悟りを開いた菩薩のような顔でクリームと一緒にチャオと戯れていたシルバーの語るところである。

 

「いやぁ、話すと長くなるんだけどさ……」

「一言で纏めろ」

「ワープミスりました」

 

 メフィレスはイブリースの力を借りて時空間をある程度操ることができる。何か(・・)に遮られて未来世界に帰ることができなくなるまでは、その時間を操る力を使って未来世界と現代を行き来していた。また、空間を操る力で一定の距離以内であれば瞬間移動を行うこともできた。

 

 今回、メフィレスはその瞬間移動をミスってチャオガーデンの上空に移動してしまったらしい。その時点で既に気絶していたらしく、気付いたら空から落ちてチャオガーデンの地面にめり込んでいた……というのが真相のようだ。

 

「……何でアンタワープミスなんてしたんだよ。いつもは自由自在にあっちこっちワープするのに……」

「そこまでいうほど自由自在ってわけでもないけどね、シルバー」

 

 それがさぁ、と困り顔(表情は分かりにくいが)でメフィレスは語る。

 

「ワープしようとした瞬間に林檎が視界に入ってきてね。びっくりしちゃって」

「あー……だからりんご持ってたのか。苦手なのに」

「背後にキュウリ置いたときのネコかよ」

 

 アンジェラは、脳裏によぎった「苦手って、味が嫌いとかじゃないのかよ」という言葉は言わないでおいた。

 

「……ああ、そういえばそのちょっと前にりんごをばら撒いた婆さんを見たっけ」

「…………ん?」

「多分、その人が落としたりんごだったのかなぁ」

「…………んん?」

 

 なんだろう。アンジェラには覚えのある話だった。いや、もしかしたら違うお婆さんの話をしているのかもしれない。というか、その可能性の方が高いよな、うん。

 

 アンジェラが無理矢理な自問自答に決着をつけかけた、その時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、まさかちょっと身体の一部を切り離して遊んでたら、ピタゴラ方式で婆さんが転ぶなんて思ってなかったよ。あ、そういえばアンジェラがその場に居たような……あのコケ方は傑作だったよ……っぷ、くくくっ……」

 

 爆弾が投下されたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………テメェの仕業かァァァァァァっっ!!!!!」

 

 額に青筋を立てたアンジェラは、怖いくらいににこやかな笑みで、しかし目は一切笑っていないまま、音速の拳をメフィレスに見舞った。その一撃はメフィレスの肉体を弾き飛ばしたが、元々重油のような液体であるメフィレスには大したダメージにはなっていない。

 

「おや、アンジェラ。そんなに怒って大丈夫かい? 老けるよ?」

「黙れ、今度という今度は許さん! 締め上げる!」

「ワーコワーイ」

 

 怒り心頭のアンジェラに、とにかく煽り散らかすメフィレス。乱闘開始数秒前のような雰囲気だが、ナックルズ達は大して動じなかった。これが、いつものことであると知っているからだ。アンジェラのことを知っているチャオ達も大してパニックには陥ったりしていない。アンジェラは確かに頭に血が上ってはいるが、チャオガーデンを壊すようなことはしないと分かっているのだ。

 

「……今回はどうなると思う?」

「取り敢えずメフィレスはいい加減反省するべきだと思う」

「……ああいうのをハンメンキョーシって言うんデスよね?」

「そうだなー。クリーム、メフィレスみたいになっちゃ駄目だぞ?」

「ハーイ!」

「チャーオ」

 

 しかしまぁ、メフィレスも懲りないなぁ……。

 

 未だに怒りの収まらないアンジェラと、未だに煽り散らかしているメフィレスを見て、シルバーは遠い目をしながらそんなことを思っていた。

 

 

 

 

 そしてこのあと、メフィレスはアンジェラに宣言通り締め上げられた。しかし、全くもって懲りずに、今後もラフリオンのどこかにて、イタズラに命を賭けるメフィレスと、一番の被害者であるアンジェラとの追いかけっこがたびたび目撃されましたとさ。めでたくねぇ。




チャオガーデン行ってみたい。チャオに埋もれてみたい。ソニックファンなら半分はこう思ったことあるんじゃないですかね、冗談抜きで。


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依頼

 アンジェラがアンジェラという名を与えられてから、数多の冒険を経て、ブラック彗星事件から2年の月日が流れた。

 

 この間に、アンジェラは更に美しく成長した。身長こそ一ミリも伸びていないが、その美貌と美脚っぷり、グラマラスな体型には更に拍車がかかり、特に胸部は推定Fカップと、ここ数年で急激な成長を遂げている。エミーにすごく羨ましがられた。

 

 大学院に通いながら、語学系の家庭教師のバイトをして色々と自由に生活していたアンジェラだったが、ある日、GUN司令官直々のお呼び出しを食らった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、オレ何かやらかしましたっけ」

「どうしてそうなる」

 

 用意された応接室のソファに座りながら紅茶を飲むアンジェラ。そんなフリーダムな様子に、司令官は割と素でツッコミを入れてしまった。

 

 敬語混じりとはいえ、アンジェラがやけに馴れ馴れしいのは最早慣れたもの。アンジェラにとって敬意を払うということは、ただ単純に面倒くさいだけのものであるのだ。流石にアンジェラもTPOくらいはわきまえるが、こうして応接室での対応が始まると途端に崩れる。

 

 そのことを指摘するのは最早無駄でしかないと知っている司令官は、時間もないと早速本題に入ることにした。

 

「数年前から、世界各地で無個性の人間が相次いで行方不明になっているという事件は知っているかい?」

 

 アンジェラもその事件についてはよく知っている。アンジェラがソニックと過ごし始めた辺りのころ、丁度テレビのワイドショーなどでやっていた事件だ。

 

 

 

 なんでも、未だ行方不明者が一人も見つかっておらず、行方不明者の近くには、数日前からある共通の特徴を持つ人物達が近付いていることから、そいつらが犯人なのではないかと言われている事件。

 

 あくまでも噂話だが、「世界を一つに束ねる」とかそんなことをスローガンに掲げ、人々に接触している組織のしわざなのだとか。

 

 

 

 アンジェラは司令官の話を聞きながら、記憶の奥底からその事件について聞いたことを引っ張り出していく。そして、ようやく思い至った。

 

「……ああ、あの白いローブを纏った、名前忘れたけどエッグマンよりも痛そうな連中の起こした事件のことですか? 確か、何とかの教会……とかなんとかって名前だった気が」

 

 アンジェラは音速で走れたり、あらゆる方面にコネがあることもあって、流石に本職や本気の方々よりは劣るが、一般人と比べれば情報通な方である。

 

 そのアンジェラが記憶の根底から呼び起こして、ようやく思い出せたのが、奴らの見た目の情報と名前だけ。しかも両方うろ覚えだった。そのうえ、エッグマンよりも痛そうというアンジェラの謎認識は、緊張感を孕んでいたこの空間に爽やかな笑いを生み出した。

 

「……その認識の仕方はともかく、概ねそのとおりだ」

 

 これには司令官も思わず苦笑い。アンジェラは首を傾げていた。

 

「『天使の教会』。オカルトじみた内容の教義と人々の心に漬け込む話術、そして、高い戦闘力と隠蔽力で先の誘拐事件の他にも世界各国で何件もの大事件を引き起こし、未だ尻尾も見せない組織だ。GUNの諜報部も捜索にあたっているが、世界中に支部があるということ以上の情報は掴めていなかった」

「ようは傍迷惑な宗教団体でしょう。それがなにか?」

「GUNの諜報部が、奴らの本部が日本に潜伏中であることを突き止めた」

 

 そんな極秘情報をあくまでも一般人である自分に言っていいのだろうか。アンジェラはそう思いつつ、このあとの言葉を予測し、先手を打った。

 

「……つまり、オレに民間協力者になれ、と」

「話が早くて助かるよ。君のオカルトじみた“個性”なら、奴らも釣れるんじゃないかと思ってね」

 

 アンジェラのオカルトじみた“個性”というのは、まんま魔法のことである。ブラックドゥーム事件の数カ月後、アンジェラは役所に魔法を“個性”として登録していた。“個性”としての登録名は『魔術』。体内に溜め込んだ魔力というエネルギーを自由自在に操る“個性”……ということになっている。この設定を考えたのはソルフェジオだ。魔法も魔術もほぼほぼ同じ意味だというツッコミは受け付けない。

 

ちなみにわざわざ魔法を魔術という“個性”として登録させた理由は、『“個性”に見えるから』という何とも雑な理由だったりする。

 

 それはともかく、天使の教会は無個性の人間だけでなく、霊と話せる“個性”や、大地の声を聞く“個性”など、オカルトじみた“個性”の持ち主も誘拐しているらしい。魔術なんてオカルトの頂点に立っていそうな“個性”、奴らにとっては格好の餌だろう。

 

 司令官の話を物凄くざっくりとまとめると、アンジェラを日本のヒーロー科高校の中でも特に難易度と知名度が高く、体育祭が日本全国で放映されるなど露出も多い雄英高校に入れ、盛大に目立ってもらい、天使の教会を釣る、という計画のようだ。丁度、GUNが雄英高校に対して毎年行っている講師の派遣があることもあり、例えアンジェラのサポートのためにGUNの職員が雄英高校に出入りしたとしても、カモフラージュがしやすいこともある。

 

 ただし、この作戦を実行するたには、アンジェラは一般入試で日本国立最難関の雄英高校ヒーロー科に入る必要があった。

 

 数年もの時間を要する、大掛かりな作戦。しかも司令曰く、これは割りと本気で最終手段らしい。アンジェラはニヒルな笑みを浮かべた。

 

「釣りの餌扱いですか、オレは」

「すまないね。しかし、そんじょそこらのトップ(・・・)に負けるほど、君はヤワじゃないだろう?」

「……そりゃそうか。で、流石にここまで大事になってくると、タダで動くわけにもいかないんですが」

「そこらへんは安心してくれていい。タダ働きをさせるつもりはない。日本滞在期間の衣食住雑費と雄英高校の学費はこちらで負担する他、給料も出す。大学院への休学願もこちらでなんとかしよう」

「ちなみに給料はどれくらいで?」

「そうだな……大体月これくらいだ。勿論、衣食住費と学費は別途で負担する」

 

 司令官は弾いた電卓をアンジェラに見せる。その額は、ちょっといいサラリーマンの月収くらい。

 

「引き受けましょう」

「決断早くない?」

「欲しい物があって……日本はオカルトの本場ですし。ところで、あなたそんなキャラでしたっけ」

「君相手に固さを保つことが、馬鹿らしく思えてきてね……」

 

 そう語る司令官の顔は、菩薩のようにも見えた。

 

「……ごめんなさい?」

 

 そしてアンジェラは平坦な声でそう謝った。確実に、反省も後悔もしていないタイプの反応であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラがGUNからの協力要請に了承して3日。大学院への休学願いも提出し、出発のための荷造りをしていたアンジェラ。ソニック達にも今回の件は伝えてあり、シャドウは若干渋っていたものの最終的には了承してくれた。つくづくツンデレという言葉が似合う男である、とはソニック談である。

 

「んー……流石に荷物が多いな」

 

 そんなことを頭の片隅で考えつつ、アンジェラは自室の床に広げた荷物をどうしようかと悩んでいた。

 

 トランクは大きめのものを用意するつもりではいるが、如何せんアンジェラは多趣味。それに伴って荷物も増えに増えまくる。郵送という手もあるが、費用は馬鹿にならないしもう一度荷物を広げるのも正直言って面倒くさい。

 

 荷物を全部、一つのバッグに纏めて収納できたら楽なのになぁ……。

 

「…………あっ!」

 

 アンジェラは、ふと思いついた。こういうときの為の魔法だ、ということを。

 

 アンジェラの使う魔法は、時間に直接干渉することと、死んだものを生き返らせることは、世界の理そのものに反するのか出来ない。しかし、それ以外のことなら術者の技量と発想次第で大抵のことは出来る、汎用性に長けた力である。身体強化や砲撃などの戦闘魔法以外にも、物に性質を付与する魔法や、日常で役立つような魔法なんかも存在するのだ。

 

 当然、一つのバッグにたくさんの物を入れられるようにすることも出来るわけで。

 

 アンジェラは白地に青と赤のラインが横向きに一本ずつ入ったウエストバッグを押入れから引っ張り出し、内部に空間拡張魔法をかける。容量は、取り敢えず10トンくらいに設定しておいた。同時に、内部重量を感じなくさせる魔法やセキュリティ魔法などもかけておく。

 

 一通り必要な魔法をかけたウエストバッグに、地面に広げていた荷物を全部詰め込む。詰め込み終わったウエストバッグを持ち上げても、ウエストバッグ本体以外の重さは感じなかった。

 

「……キャリーケース要らずじゃん」

 

 何故もっと早く思いつかなかったのだろう。まぁ、アイデアなんてものは何かがきっかけで突然降って湧くようなものなので、アンジェラが発想に乏しいというわけではないのだが。元にガトリングガン形態を始めとしたソルフェジオの変形モードのいくつかは、アンジェラが考えたものだ。

 

 全部荷物を詰め込めたか部屋を確認していると、机の上に手のひらサイズのジュエリーケースを見つけた。

 

「……そういえば、あったな、これ」

 

 そのジュエリーケースには、アンジェラが数日前に道端で拾ったあるものが入っている。どうしたもんか、と取り敢えずジュエリーケースに入れておいて、荷造りをしたらどうにかしようと思っていた。

 

 アンジェラはジュエリーケースを開ける。そこには、青い手のひらサイズの綺麗な宝石が、淡い光を放ちながら鎮座していた。

 

 これはカオスエメラルド。別名、混沌を呼ぶ宝石。赤、黄、白、緑、水色、青、紫の7つが存在し、一つだけでもアンジェラの内包魔力量に匹敵するエネルギーを持ち、7つ全てが揃えば奇跡が起こると言われている。アンジェラの内包魔力量を全て爆発させると、大陸の一つや二つは余裕で吹っ飛ぶという試算が出ているので、いかにカオスエメラルドが規格外の物体であるかが分かるだろう。

 

 カオスエメラルドの力を操れるのは、先天的にその適正を持っている人物か、ブラックドゥームの細胞を持つ人物のみ。ソニック、シルバー、そしてアンジェラは前者、シャドウは後者である。

 

 ナックルズは少し特殊で、カオスエメラルドの力そのものを操ることはできないが、マスターエメラルドというカオスエメラルドの制御装置の役目を持つ宝石の力を使う事ができる。ちなみにそのマスターエメラルドは、ナックルズの住まいでもあるエンジェルアイランドという空に浮かぶ島の浮力源ともなっている。閑話休題。

 

 アンジェラは、ジュエリーケースを手にしばらく思案する。カオスエメラルドはいうなれば、時空間すら歪めるほどの膨大なエネルギーの塊。

 

 ……しかし、一つだけなら、実は言うほど危険でもない。下手なことをしなければ暴走も起こらないし、何より使える者が物凄く限られている。カオスエメラルドの力を燃料代わりにできる機械なども存在するが、そんなものが作れるのはテイルスかエッグマンくらいなものだ。複数個集まれば危険になる場合もあるが、意図して暴走させでもしない限りそんなことは起こり得ない。

 

「……持ってっちゃえ」

 

 つまり、持っていくだけ損はしない。アンジェラはそんな軽い理由で、カオスエメラルドの入ったジュエリーケースをウエストバッグに仕舞った。

 

 

 

 

 

 

 

「……ん? どうした、ケテル」

《アンジェラ……》

 

 荷造りを終えたアンジェラがダイニングでテレビを見ながらコーヒーを飲んでいた時のことだった。

 

 先程まで物がなくなってスッキリしたアンジェラの部屋を飛び回っていたケテルがアンジェラの元へとやってきた。その目はどことなくしょんぼりしているような気がする。

 

《お姉ちゃんと離れたくない! 一緒がいい!》

 

 

 ケテルはアンジェラをお姉ちゃんと呼び慕っている。まだ子供であることも相まって、アンジェラが遠くへ行ってしまうのではないかと心配なのだろう。

 

 ケテルは撫でろ撫でろと言わんばかりに頭をアンジェラの手に押し付けてくる。アンジェラが仕方なしとわしわしと撫でてやると、ケテルはちょっとご機嫌になったようだ。ケテルの頭を押し付ける力がちょっと弱まった。

 

 そんなケテルを見かねて、アンジェラは口を開く。

 

「んー、そっか。なら、一緒に来るか?」

《いいの?》

「ああ、いいのいいの。元々お前、オレについてきたじゃん。それと同じだって」

 

 その言葉が嬉しいのか、ケテルはくるくる回って全身で喜びを表現している。アンジェラは苦笑しながら再びケテルの頭を撫でた。

 

《お姉ちゃんと一緒!》

「OK,OK。取り敢えず落ち着けって」

 

 そんなこんなで、ケテルもアンジェラの日本行きに着いていくことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 今日はアンジェラ達が日本に出発する日である。

 

 まぁ、だからといって特になにか変わったことがあったわけではない。シャドウは朝早くに仕事に行ったし、ソニックも朝食時に一言、「こっちはちょっと寂しくなるけど、頑張ってこいよ」と言っただけだ。

 

 冷たいと思われるかもしれないが、よくよく考えてみてほしい。ソニックもアンジェラも、一ヶ月近くふらっと一人旅をするなどしょっちゅうである。ソニック達にとっては、今回の件はそれの期間が長いバージョン、みたいな認識でしかないのだ。ソニックもシャドウも隠しきれていないほどのシスコンではあるものの、別に事前報告さえあれば長期間家を離れることをあーだこーだ言うほど過保護でも、アンジェラの実力を信じていない訳でもなかった。別の意味では仕方ないとはいえかなり過保護だが。

 

「……ああ、言い忘れてた」

 

 朝食を済ませ、空港に向かおうと玄関のドアに手をかけたアンジェラに、ソニックが呼びかける。アンジェラは何か忘れ物でもしただろうかと、ソニックの言葉に耳を傾ける。

 

「本当に、どうしようもなく辛くなったら、いつでも連絡してきていいからな。というか、限界になる前に連絡してこい。お前、ガス抜き下手だからな」

 

 アンジェラの耳を甘い声が擽る。その声色は、いつも以上に穏やかなものだった。

 

「一体、いつの話をしてるんだか。でもまぁ……わかったよ」

 

 もう、一人では抱え込んだりしない、とは決して明言は出来ない。これからも自分は、辛くても一人で抱え込もうとしてしまうだろう。それは、心配をかけたくないというアンジェラの性のようなものであり、美点であり、大きな欠点でもある。

 

「ケテル、アンジェラのこと、くれぐれも宜しく頼むな。限界になってぶっ倒れないように見ててやってくれ」

《わかったー!》

 

 ソニックの言葉に、ケテルはその短い手で器用に敬礼をした。アンジェラはその様子を苦笑しながら眺めている。

 

 限界まで溜め込んで、吐き出すことすら辛くなることもあるだろう。これから、きっと、何度でも。

 

 でも、辛くても、頼れる人が居る。

 

 それを知っているだけで、アンジェラの心はスッ……と晴れやかになっていく。

 

「行ってらっしゃい!」

「行ってきます!」

 

 だからこそ、アンジェラは、今は前を見て進む。進むことができるのだ。

 

 未来に何があるかなんて、今気にしていても仕方がない。

 

 ならば、今を自分の出せる最高速度で駆け抜けるだけ。自分から引き受けた以上、やり遂げるだけだ。

 

 それが、アンジェラの生き様なのだから。

 

 ソニックとアンジェラの手のひらが、パァン、という乾いた音を奏でた。




ようやっと序章終わりです。次回から舞台が日本、雄英に移ります。


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第一章 Open your heart
来日、入試


日本来たぞっ!!

………というわけで、入試編です。


 アンジェラ達は飛行機による長旅の末、無事に日本に降り立った。

 

 まず始めに向かった先は、新居としてGUNに用意されたマンションである。最寄り駅から雄英高校近くの駅まで電車で30分圏内にあり、その最寄り駅からも近い。近所に一通りの施設は揃っており、少し遠出をすれば、県内有数のショッピングモールもある。まさにいたれりつくせりな立地である。

 

 さっさと荷物を広げて、ソニック達に無事に到着したとメールをしておいた。数時間後には、大量のメールが届いていた。初日の残りの時間は、そのメールを読んでいたら終わっていたそうな。

 

「……皆、一気にメール送ってきすぎ。メフィレスに至ってはただ煽ってるだけだし……」

『我が主のことが皆心配なのですね。メフィレスはいつか凍らせますが』

「怖いこと言うなよ……。止めやしないけどさ」

 

 そんな会話はともかく、雄英高校入試までは残り1ヶ月余り。アンジェラは既に大卒なので中学範囲程度の数学、理科、英語は楽勝。また、オカルト関係の書籍を読むために日本語を学んでいたため、現代文も特に問題はない。

 

 これは余談になるが、アンジェラは複数言語の教員免許を持っている。これらの免許はバイトのために取得したものであり、英語、フランス語、ドイツ語などの欧州のメジャーな言語の他に、中国語と日本語の免許を持っている。アンジェラは、類稀なる語学センスを持っていた。

 

 だが、日本史と公民、古典に関しては勉強するしかなかった。幸い、日本史はオカルト系の情報を漁る上で、法律はそのついでで齧ったことがあったため、日本史と公民についてはそこまで苦労しなかったものの、古典に関しては触れたことすらないため難航した。

 

 が、そこは語学科卒。試験ギリギリになってしまったが、なんとか中学範囲の8割は理解させておいた。

 

「……ちかれた」

 

 ちなみに、試験前日のアンジェラは、古典のせいで死屍累々だったそうな。割と本気で労災が下りるのではないかとか思うくらいには重症であった。ヒーロー科の入試は実技もあるため、鈍らないように適度に運動や魔法の練習をしていたのもあるが、よく1ヶ月で仕上げたものだ。

 

 ケテルがアンジェラに毛布をかける。アンジェラは今日はもうこの布団にくるまってふて寝するつもりでいた。

 

《だいじょーぶ?》

「おー……ありがとな、ケテル。オレはもう寝る……」

 

 そう言った次の瞬間には、アンジェラは眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、雄英高校一般入試当日。

 

 アンジェラは「普通の雄英高校ヒーロー科志望の留学生」という体で願書を出していた。

 

 世界に名だたるナンバーワンヒーロー、オールマイトの出身校というだけあって、毎年留学希望生が居るらしい。雄英高校では留学希望生であっても普通に一般入試か推薦入試を受けさせる。ここ数年はヒーロー科では確認されていないが、5年前には実際に試験に合格し、雄英高校ヒーロー科に入学した留学生が存在したらしい。普通科、経営科にもたまに留学生が入ってくる他、サポート科には毎年一人二人は必ず居るそうだ。

 

 ちなみに、書類の用意はGUNがやってくれた。それ以外の手続きは、GUN日本支部の職員が手伝ってくれた。ありがたやありがたや。

 

「はー……予想外の大きさだな」

 

 アンジェラも雄英高校の存在自体は元から知っていたが、やはり生で見ると迫力が違う。その校舎はまるでビルのような造りになっており、言われなければ学校だとは気が付かないだろう。設備も最新式のものが揃っているという話も聞く。その分、試験の難易度も倍率も毎年高い。ケテルも興味深そうにアンジェラの持っている黒いバッグの中から雄英高校の校舎を見ている。

 

 ちなみに、今のアンジェラの格好は制服っぽい黒のセーラー服にパンプスだ。GUNの方から、日本では受験会場では制服を着るものだと教わったので、息抜きついでにショッピングモールで買ってきたのものだ。留学希望生用の受験要項には、服装は自由と書かれていたが、郷に入っては郷に従え、という言葉に、今回は従うことにした。

 

 アンジェラはほどほどに緊張感を持って雄英高校に足を踏み入れようとして、うっかりコケてしまった。衝撃に備えて目を閉じていたアンジェラだったが、いつまで経っても思ったような衝撃がこない。疑問に思いながら目を開くと、アンジェラの横にどこかふんわりとした雰囲気の少女が立っていた。よく見ると、アンジェラの身体が宙に浮かんでいる。

 

「大丈夫?」

「あー……びっくりした……」

 

 少女はアンジェラを立たせると、手を合わせる。どうやらこの少女は、物を浮かせる“個性”の持ち主のようだ。

 

「今の、私の“個性”。ごめんね? 勝手に。でも、転んじゃったら縁起悪いもんね」

「いや、助かったよ。Thank you」

「緊張するよねぇ〜……。お互い頑張ろう! じゃあ!」

 

 少女はそう言うと、試験会場へと歩いていった。

 

『いい人でしたね』

「そうだなぁ。さて、オレたちも行くか」

 

 少女のあとに続くように、アンジェラも試験会場へと歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英高校の入試は午前中に三教科、昼休憩を挟んで午後に残り二教科の筆記試験、それが終了すると講堂での説明と各会場への移動を経て、十分間の実技試験がある。

 

 筆記試験、アンジェラは古典こそ不安が残るが、それ以外の教科に関しては簡単だとすら思った。まぁ、雄英高校はヒーロー科最難関とはいえ、あくまでも高校入試。中学校までの範囲からしか問題は出ない。社会科目も特段不安な点はなかった。強いていうなら、ケアレスミスをしていないかくらいか。

 

 ケテルは筆記試験中、待機部屋に預けていた。ケテルは大人しくしているのが苦手であるため、事前に学校に連絡して、筆記試験中は預かってもらうことにしていた。下手に動かれてカンニングと見なされるのはケテルの本意ではなかったため、割とすんなり留守番していた。

 

 筆記試験が終了したあと、アンジェラはケテルを迎えに行ってから実技試験の説明会場である講堂へと向かう。ヒーロー科の受験生全員が一堂に会するため、講堂はとても広い。

 

 しばらく指定された席に着いて待っていると、雄英講師であるボイスヒーロー、プレゼントマイクによる説明が始まった。雄英高校の先生は皆プロヒーローなのだ。開始早々、ラジオDJのノリのままコールアンドレスポンスを求めていたが、受験生にとってはまさに今が人生のターニングポイント。返す人は居なかった。アンジェラも周囲のピリピリとした空気に、とてもじゃないがシャウトを返すつもりにはなれない。

 

 プレゼントマイクは「こいつはシヴィー!」と慣れた様子。どうやら毎年のことらしい。彼は特に気にせず説明を開始した。

 

「入試要項通り、リスナーにはこの後十分間の模擬市街地演習を行ってもらうぜ!」

 

 因みに、プレゼント・マイクは学生のことをリスナーと呼んでいるらしい。閑話休題。

 

「持ち込みは自由。プレゼン後は、各自指定の演習会場へ向かってくれよな!」

 

 アンジェラの受験票に示された演習会場はB。

 

 ここでもう一度プレゼントマイクがコールアンドレスポンスを求めた。結果はお察し。会場の空気が死んでいる。若干プレゼントマイクが可哀想に思えてきた。

 

「演習場には、仮想敵を三種、多数配置しており、攻略難易度に応じてポイントを設けてある。各々なりの“個性”で、仮想敵を行動不能にし、ポイントを稼ぐのがリスナーの目的だ。勿論、他人への攻撃など、アンチヒーローな行為は、ご法度だぜ?」

 

 つまり、そういうことはやったらバレるぞ、ということだろう。アンジェラは事前に配られたプリントを読みながらそう思った。

 

「質問よろしいでしょうか!」

 

 と、ここである受験生がそう言って手を上げた。プレゼント・マイクが彼を指すと、スポットライトが彼を照らす。

 

「プリントには、4種の敵が記載されております。誤載であれば、日本最高峰たる雄英において、恥ずべき恥態。我々受験者は、規範となるヒーローのご指導を求め、この場に座しているのです!」

 

 うーん、真面目バカ? 

 

 アンジェラは、彼にそんな印象を受けた。

 

 アンジェラも疑問に思っていた部分ではあるが、プリントに記載されているということは他の仮想敵とは違う何か(・・)。ちゃんと説明があるはずだとも思っていた。

 

「OK,OK! 受験番号7111君、ナイスなお便りサンキューな! 4種目の敵は0ポイント。そいつはいわば、お邪魔虫、各会場に一体、所狭しと大暴れしているギミックよ! 倒せないことはないが、倒しても意味はない。リスナーには、上手く避ける事をオススメするぜ」

 

 件の真面目バカ君は「ありがとうございます! 失礼しました!」と頭を下げて再び着席した。

 

 ……避けるべきもの、か。

 

 アンジェラは、無意識に舌なめずりをしていた。

 

「俺からは以上だ。最後にリスナーに、我が校校訓をプレゼントしよう。かの英雄、ナポレオン・ボナパルトは言った。真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えてゆく者と。更に向こうへ、Plus Ultra!!! それでは皆、良い受難を」

 

 プレゼントマイクはそう言って説明を締めくくる。受験会場場でもこうなのだから、彼は生粋のエンターテイナーなのだろう。反応が悪かったとしても、いつでもユーモアを大切にする姿勢は、アンジェラも嫌いではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 受験票で指定された女子更衣室でいつもの服に着替える。違う点を挙げるとするならば、長袖のジャージを羽織っていることと、腰に空間拡張魔法をかけた白いウエストバッグを身に着けていることくらいだ。ジャージは、真冬にノースリーブは流石に寒いから着た。

 

 ウエストバッグには救急セット、スポドリ、ミルキーウェイ、スマホ、バッテリー、指輪型の魔導演算装置、幻夢の書、カオスエメラルドを入れたジュエリーケースが入っている。これらは実技試験用に用意したとかそんなんではなく、いつもウエストバッグに入れているものだ。

 

 ケテルが着いてきていることを確認し、ウエストバッグから指輪型の魔導演算装置を取り出して左手の中指に嵌め、最後にソルフェジオを首にかける。準備が整うと、アンジェラは他の受験生の流れに沿うように演習会場Bへと向かい、開始の合図があるまで待機する。演習会場は、街がまるまる一つ再現されている、とパンフレットには書いてあった。

 

「ふぅ……流石に人が多いな」

『緊張していますか?』

「まさか。ライダーズカップの方がよっぽど緊張したさ」

 

 ライダーズカップとは、エクストリームギアの大会のことである。日本ではマイナーなエクストリームギアだが、欧州や北米では結構メジャーで、かなりの頻度で大会が開かれている。アンジェラも何回かソニック達と一緒に参加したことがあり、特に一年前の世界大会の決勝戦は、伝説の一戦として有名だ。閑話休題。

 

「……おっ」

 

 アンジェラが会場前を見渡していると、朝アンジェラがうっかりコケた時に“個性”を使って助けてくれた少女が居た。彼女は固い表情をしており、どうやら緊張しているようだ。

 

 アンジェラが彼女に話しかけようと歩みを進めると、肩を誰かに掴まれた。振り返ってみると、そこにはプレゼントマイクに質問をしていた真面目バカ君が。

 

「あの女子は精神統一を図ろうとしているんじゃないか? 君は、あれか? 妨害目的で受験しているのか?」

「んなわけねぇだろ。離せ」

 

 アンジェラはその細腕からは考えられないほどの力で真面目バカ君の手を引き剥がす。魔法による身体強化でもない、素の力で。当然、真面目バカ君は驚き、アンジェラの方を見て目をパチクリさせているが、アンジェラは気にすることもなく少女の元へと近寄る。

 

「よっ。緊張してるみたいだな」

「あ、校門前で会った……」

「緊張しなすぎるってのも良くないが、しすぎるってのも良くないぜ。動きが固くなっていい成績が残せなくなる。ほら、Smile,smile!」

 

 アンジェラに促されるまま、少女は笑みを浮かべる。アンジェラは、満足そうに頷いた。

 

「お、いい顔で笑うじゃん」

「……うん、なんか大丈夫な気がしてきた! ありがとう!」

「ま、朝のお礼さ。それと、耳に注意しといた方がいいぜ」

 

 少女が耳に? と首を傾げていると、

 

「ハイ、スタート!」

 

 プレゼントマイクから、開始の合図がなされた。アンジェラはその凄まじい反応速度で、他の受験者よりも早く、速く駆け出していった。

 

「どうした!? 実戦にカウントダウンなんざ無ぇんだよ! 今走ってるのは一人だけ……って、速っ!?」

 

 流石にソニックブームが起こるほど速くは走っていないが(人が多くて事故るから)、それでも一般人では目で捉えられないほどのスピードで駆けるアンジェラ。途中、目に入った仮想敵をスピードで撹乱し、スピードの乗った拳や蹴りでもって一撃で破壊していく。

 

「脆いなぁ……」

 

 正直、もう少し強いもんだと思っていたアンジェラにとっては、拍子抜けであった。

 

 これを、「中学生が受ける試験」として見れば、仮想敵の破壊だけでも十分難易度は高い。しかし、アンジェラにとって仮想敵の強さは、「暇つぶしにもならないもの」であった。比較対象があのエッグマンのロボットなので、そりゃそんな感想になるのは当たり前なのだが。

 

 しかし、仮想敵の場所は知らされていない。より効率よく仮想敵を破壊するため、アンジェラは背中にしがみついていたケテルに声をかける。

 

「ケテル、空から仮想敵を探してくれ」

《わかったよ、お姉ちゃん!》

 

 ケテルはそう言って、勢いよく空へと駆り出した。やけに元気なのは、やる気だからだろう。

 

 ソルフェジオを中継地点としてケテルと連絡を取り合い、座標を割り出し、射撃魔法で正確に仮想敵を破壊するアンジェラ。

 

 残り時間は2分ほど。全員が全員、実技試験向きの“個性”を持っているわけではないだろうが、受験者数が多いためにどんどん仮想敵は減っていく。

 

「ソルフェジオ、今ポイントどのくらいだ?」

『現在、我が主のポイントは94。他の受験者の中で一番多いのは45。残りの仮想敵はおよそ10体です』

「うーん……ちょっとやりすぎたかな」

『我が主の実力ならば、この会場の仮想敵を一瞬、広域砲の一撃で屠ることも可能でしょう』

「いや、一瞬は無理だからな。索敵と収束には時間取られるからな。それにそんなことしたら流石に駄目だろ。街が壊れる。それ単なる迷惑行為じゃねぇか」

『……一撃で屠ることはできない、とは言わないのですね』

「出来るのは事実だし」

 

 ソルフェジオとそんな軽口を叩きあいながら、残り時間は他の受験者が危なくなったら助けよう、とアンジェラが思考を切り替えたその時。

 

《お姉ちゃん! おっきいの出た!》

『我が主、後方から巨大な物体が接近。恐らくはアレが、0ポイントの仮想敵です』

 

 ケテルとソルフェジオの言葉に振り向くと、そこにはビルよりも大きなロボットが。そのロボットが拳を振れば、風圧が襲い来る。

 

 他の受験者はあれよあれよと言う間に逃げ出していく。それは、お邪魔虫なんかではない。圧倒的な脅威。

 

「……はぁ」

 

 ただし、アンジェラから見てしまえば、「単なる鈍臭い鉄の塊」でしかなかった。

 

「拍子抜けだよ……もっと凄いもんが出てくるかと思ってたんだがなぁ……」

《でもこれ、ちゅーがくせーが受けるテストなんでしょ?》

『確かに、普通の中学生には対処できませんね』

《お姉ちゃん、どうするの?》

 

 アンジェラは思案する。と、コケたアンジェラを助けてくれた少女が、瓦礫に足を挟まれているのを発見した。

 

「……ソルフェジオ」

『はい、我が主』

 

 ソルフェジオを手に取り、杖の形に変形させながら、少女の元へとかけていくアンジェラ。少女の足を挟んでいる瓦礫を持ち上げて、そこらへんに投げ捨てる。少女は驚きの表情を浮かべているが、アンジェラは意に介さず、ソルフェジオの先端を0ポイントの仮想敵に向ける。

 

 アンジェラの足元に魔法陣が広がる。ソルフェジオの先端にも環状魔法陣が4つほど現れ、そこに魔力が収束される。

 

 チャージは手早く。その分、威力は落ちるが、鈍臭い鉄の塊を破壊するのには、それで十分だった。

 

 狙うは、ロボットの上半分。そこをめがけて穿つは、機械の巨躯を飲み込む空色の砲撃。

 

星羅を征く(カージュフォビィア)ッ!!」

 

 環状魔法陣から放たれた超威力の砲撃魔法は、0ポイントの仮想敵の上半身を飲み込み、跡形もなく消し去ってしまった。上半身……頭脳となる部分を失った0ポイントの仮想敵は、その場で機能を停止する。

 

 星羅を征く(カージュフォビィア)は、本来は長い溜め時間を必要とする広域砲撃魔法であり、物理的な破壊力に特化している。

 

 本来の威力ならば、0ポイント仮想敵を全て消し去ることなど造作もないが、魔力の溜め時間が結構かかること、溜めたら溜めたで周囲の建造物もまとめて消し飛ばしてしまう、という理由で、魔力をそこまで溜めずに放ったのだ。

 

 それでも、0ポイントの上半身を消し飛ばすくらいの威力はある。

 

 アンジェラがふぅ、と一息をついて、構えを解いたその時、試験終了のアナウンスが入った。ケテルが上空から戻ってきたことを確認すると、アンジェラはウエストバッグからスポドリを取り出して少女に話しかけた。

 

「……っと、Hey,girl.Aer you OK?」

「う……うん。ありがとう……」

「気持ち悪そうだけど、本当に大丈夫か?」

「ああ……“個性”使うといつもこうだから……」

「I see……じゃ、これやるよ。気休めにしかならないけど」

 

 アンジェラはそう言って、少女に持っていたスポドリを渡す。少女はお礼を言うと、勢いよくスポドリを飲んだ。

 

「……ぷはっ」

「飲んだな。あと挟んだほうの足見せてみろ」

「足……?」

 

 少女の足は、思ったよりは軽傷だった。足を挟んだことによる打撲と、擦り傷切り傷くらいだ。アンジェラはその傷に手を当てて、魔力を流し込む。すると、少女の足の傷は、みるみるうちに治っていった。アンジェラが、回復魔法を行使したのだ。

 

 少女は目をパチクリさせながら自分の足を見る。

 

「え……!? 凄い……!」

「言っておくけど、応急措置だからなそれ。ちゃんと病院とかで診てもらえよ」

「ほんと……何から何までありがとう!」

 

 少女はまっすぐな眼差しをアンジェラに向ける。アンジェラはそれを見て、ガジェットのことを思い出した。彼も、アンジェラにまっすぐな尊敬の視線を向ける一人である。

 

 アンジェラは照れくさそうに笑って、頭を掻きながら言った。

 

「礼はいらないさ。オレがやりたくてやっただけだからな」

「……女神様や……」

 

 少女は、同性だというのにアンジェラの美しい笑みに見惚れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間後。アンジェラが住む部屋に一通の手紙が送られてきた。差出人は、雄英高校だ。アンジェラはすぐさま手紙を開ける。

 

 合格通知が入っているのかと思いきや、中に入っていたのは投影マシン。不思議に思いつつも、アンジェラはそれを起動させた。

 

『私が投影された!』

「えっ、オールマイト!?」

 

 そこに映し出されたのは、日本が世界に誇るナンバーワンヒーロー、オールマイトであった。予想外の大物の登場に、アンジェラは思わず素っ頓狂な声を出す。

 

 どうやら、今年からオールマイトが雄英に勤めることになったらしい。これは思ってもみないサプライズだ。オールマイトはテレビのテンションのまま、試験の結果を話す。

 

『筆記試験は国語以外ほぼ満点。国語も合格ラインは超えていたね。

 そして実技試験では敵ポイントは94。これだけでもトップの成績だが、君は女子を救わんと0ポイントを破壊し、さらにはその女子のアフターケアまで行っていた! それが救助ポイントとして換算されて75ポイント! 合計169ポイントで雄英入試過去最高点通過だ! 

 来いよ、フーディルハイン少女! ここが君のヒーローアカデミアだ!』

 

 アンジェラは雄英入試過去最高点と聞いて、喜びよりもまず先に、マジでやりすぎたと思った。

 

 まぁ、多少のやらかし(やりすぎ)はあったものの、これでアンジェラの雄英高校進学が決まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ……え? 大卒だから進学じゃないって? 

 

 細かいことは気にしてはいけない。



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桜吹雪の舞う中で

入学初日のお話です。


 実技試験後、雄英高校の教師陣は今しがた出た試験の結果について話し合っていた。

 

「本当、今年は豊作じゃない?」

 

 とは、ある教師談だ。教師達が今見ているのは、実技試験2位の少年の結果だ。

 

「救助ポイント0で2位とはねぇ……」

「仮想敵は標的を補足して近寄ってくる。後半ほかが鈍っていく中、派手な“個性”で寄せ付け迎撃し続けた。タフネスの賜物だ」

「そして、それすらも上回る敵ポイントを出し、更に救助ポイントも最高点を出して歴代最高点を叩き出した一位の彼女」

 

 教師達の目は、アンジェラの資料に向けられる。

 

 教師達は、比較的優秀な子が多い今年の受験生の中でも、アンジェラは飛び抜けて優秀すぎる(・・)と思っていた。

 

 序盤から見せた圧倒的な機動力、どこに居る敵をも捕捉する情報力、0ポイントの仮想敵を見ても全く動じない判断力、そして、その凄まじい戦闘力……。

 

 “個性”にしたってそうだ。攻撃、索敵、移動、更には回復までこなせる万能すぎる“個性”。そして、それを自在に使いこなす発想力。

 

 あらゆる面において、アンジェラは飛び抜けすぎている。そう、飛び抜けすぎているのだ。子供はおろか、並のプロヒーローと比べても。

 

「……それでも、彼女は立派なヒーローの卵だと、僕は思うけどね」

 

 そう言ったのは、雄英高校の校長、根津。人間以上の知能という“個性”が発現した、動物である。

 

 彼が示したのは、女子を救うために0ポイント仮想敵に立ち向かったアンジェラの姿。そこに、ヒーローの大前提である、自己犠牲、滅私奉公の精神が垣間見えた、と語る。

 

「彼女はいつか、すごいヒーローになるだろう。それまで彼女を教えるのが、我々の務めさ。彼女だけに言えることではないけどね」

 

 教師達はその言葉に頷き、他の受験生のデータに目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……というわけで、無事に合格をもぎ取ってきた」

『やりすぎたの間違いだろ』

「……おっしゃるとおりで」

 

 雄英高校から入学通知が来たその日。アンジェラはパソコンを使ってラフリオンの自宅に居るソニックとテレビ電話をしていた。アンジェラはこうやって定期的にソニック達とテレビ電話をしている。

 

 このパソコン、テイルスとアンジェラの悪ふざけにより、ノートパソコンほどのサイズと重量でありながら、最高級パソコン以上のスペックを誇るオーバースペックパソコンである。魔法技術も所々使われているので、ソルフェジオや魔法機械との連携も可能である。閑話休題。

 

 画面の向こうのソニックは呆れたようにため息をついた。やりすぎたのは事実で悪いのはアンジェラなので、肯定しか返すことができない。

 

 ……しかし、試験のことを思い出すとなんだか煮えるような気分になってくる。それは、何かに対する苛つきとかではないものの、なんだか、「足りない」。

 

 アンジェラは手に持っていたペットボトル入りのコーラを思いっきり飲み干した。

 

「……っはぁ。なんかさぁ、こう、モヤモヤするというか、足りない、というか……」

『そりゃアレだ。お前、消化不良なんだろ』

「消化不良……?」

『実技試験で出てきたのはロボットなんだろ? それが予想以上に弱くて、お前の心が普段と比べてなんだか足りない、って思っちまってんだ』

 

 なるほど。アンジェラはストン、と納得した。確かに、エッグマンとの小競り合いで出てくるロボットはもう少しタフだった。アンジェラが少し身構える程度には。それに慣れてしまった弊害だろう。アンジェラは眉をひそめながらコーラのペットボトルをもう一本開けた。

 

「……いつの間にか自分が戦闘狂になっていってるのには、危機感を抱いた方がいいのかねぇ」

『戦闘狂っつーか、それは比較対象が悪いだけだろ』

「あー……」

 

 他愛のない話は盛り上がる。アンジェラは自身の口角が上がるのを感じていた。

 

「でも、まぁ、それなりに楽しみではあるな」

『そっか。なら一先ずは安心だな』

「一先ずって……。オレは大丈夫だって」

『アンジェラの言う大丈夫ほど当てにならない大丈夫も珍しいと思うぜ』

「……ほっとけ」

 

 ソニックは普段は結構放任主義のくせして、こういうときはやけに過保護になる。それが多少うっとおしく思うことはあれど、煩わしく思うことはない。寧ろ、心の奥底では、歓喜しているかもしれない。

 

 アンジェラは段々とむず痒くなって、逃げるように机の上に置いてあったコーラを飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英高校入学式当日。

 

 アンジェラは真新しい雄英高校の制服に身を包み、身支度を整えていた。

 

 雄英高校には制服の着用以外に衣服に関する規定はない。あまりにも突飛すぎる格好は注意を受けることもあるようだが、逆に言えば、最低限のライン……常識さえ守っていれば、靴下や鞄は好きなものを持っていって構わないし、なんなら染髪や装飾品の着用なども自由である。流石、自由な校風を売り文句にしているだけのことはある。

 

 両手足にリミッターを、左手中指に指輪型の演算装置、首には黒のチョーカーを身に着け、髪をリボンでポニーテールにし、ソルフェジオを首からかけ、黒いテリーヌバッグを手に取る。このテリーヌバッグの中にはウエストバッグと同じ空間が広がっており、ウエストバッグに入れたものを取り出すことが出来る。その逆もまた然り。

 

「おし、オッケー。ケテル〜! そろそろ行くぞ〜!」

《はーい!》

 

 元気よく返事をしたケテルがテリーヌバッグの中に入ったことを確認し、アンジェラは玄関の扉に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英が広いことは、パンフレットの情報や入試時に見た様子から知っていた。なにせ一学年11クラス、全学年合わせて33クラスのマンモス校だ。当然、校舎自体もかなり広い。

 

 アンジェラはあまりの広さに道に迷いそうになりながらも、なんとか時間前に自分の教室の扉の前にたどり着くことができた。バリアフリーだからだろうか。かなり大きい扉に、縦長に「1-A」と描かれている。

 

 アンジェラが扉を開けると……

 

「机に足をかけるな!」

「あぁ?」

 

 ……すぐに閉めたくなった。

 

 入試の時に会った真面目バカ君と、不良っぽい金髪の生徒が言い争いをしていたのだ。聞いた感じ、真面目バカ君の論点は多少ズレているし、不良っぽい金髪の生徒は売り言葉に買い言葉と言わんばかりに煽りまくっている。本当にヒーロー志望か、という真面目バカ君の疑問に、アンジェラは全力で同意したくなった。

 

 と、言い争いをしていた真面目バカ君がこちらに気付いて近付いてきた。独特な体の動きをするやつだなぁ、とアンジェラは思った。

 

「おはよう! 俺は私立聡明中学出身の飯田天哉だ!」

「Good morning。オレはアンジェラ。アンジェラ・フーディルハインだ。ま、聞いての通りの留学生さ。ファミリーネームは長いから、気安くファーストネームで呼んでくれよ」

「うむ、アンジェラ君だな! すまない、僕は最初、試験会場で会ったとき君のことを誤解していた……」

「What?」

「君はあの実技試験の構造に気付いていたんだな。俺は気付けなかった……。君を見誤っていたよ。悔しいが、君の方が上手だったようだ」

 

 感心しているところ悪いけど、オレも気付いてはなかったわ。

 

 アンジェラは一応その言葉を口にしたが、真面目バカ君もとい飯田の耳に入っているかどうかはわからなかった。

 

「あ! 入試の時の女神様!」

 

 背後からした声に振り返ると、そこにはアンジェラが入試の時に助けた少女が立っていた。少女は興奮気味に話しかけてくる。

 

「やっぱり合格してたんだ! そりゃそうだよね、あのビーム凄かったもん!」

「そういうそっちも合格してたんだな。……ってか、女神様はやめてくれ。ガラじゃない」

「あ、そうなんだ。えっと……」

「アンジェラだ。アンジェラ・フーディルハイン。留学生だよ」

「アンジェラちゃんだね。私は麗日お茶子。よろしくね!」

 

 アンジェラは、入試で好印象を持った相手が同じクラスで良かったと思っていた。いくらコミュ力が高いアンジェラでも、異国の地での学校生活となると流石に色々と勝手が違ってくる。クラスメートとは一日の半分以上を共に過ごすのだ。アンジェラは日本の簡単な礼儀作法は知っていても、日本のヒーロー事情に詳しいわけでも、日本で流行りのものをよく知っている訳でもない。会話について行けない可能性もあるわけで。

 

 そんなアンジェラにとって、麗日の存在は非常に助かるものになる。最初から話しやすい相手が居れば、日本のことについても色々と聞きやすい。ヒーロー科に留学生だからといって変な目を向けてくるような人間は居ないだろうが、気持ち的にも少し安心するものがあった。

 

「留学生かぁ……何処から来たの?」

「欧州のラフリオンだ」

「ラフリオンって、チャオが居るあの?」

「多分その認識で合ってると思うぜ。チャオガーデンのことを言ってるんだろ?」

「そうそう! 前にテレビでチャオガーデンの特集をやってて、そこのチャオがすっごく可愛くて!」

「実物はもっと可愛いぞ〜」

 

 そのまま二人はチャオの話題で盛り上がっていたが、

 

「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」

 

 廊下側から気怠げな声がした。そこには、黄色い芋虫……ではなく、寝袋に入ったくたびれた男性が寝そべっていた。飯田と麗日がなんかいる、と言いたげに絶句する中、アンジェラはバッグからスマホを取り出してつい、と言わんばかりに呟く。

 

「……通報したほうがいいかな」

「やめろ」

 

 流石に通報されては困ると思ったのか、男性は起き上がり寝袋から出てきた。全身黒ずくめに包帯のようなものを首に巻いた、その格好もくたびれている。

 

 この人恐らく雄英の先生、つまりはプロヒーローなのだろうが、その格好はとてもプロヒーローはおろか先生にも見えなかった。

 

「ハイ、静かになるまでに8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」

 

 どうやらこの人は時間にうるさい……というよりは、合理主義者のようだ。それも、結構な。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 まさかの担任だった。これにはアンジェラ達はおろかクラスのほぼ全員が驚愕の表情を浮かべている。相澤先生は気怠げな声色のまま、寝袋の中から何かを取り出した。

 

「早速だが、これ着てグラウンドに出ろ」

 

 それは雄英高校の体操服だった。相澤先生が取り出したものは見本らしく、各生徒のものは教室後ろにあるロッカーの中に入っているそうだ。ちなみにこれは完全な余談だが、相澤先生が取り出したものは相澤先生が学生時代に使っていたものとのことだ。

 

「……一瞬、寝袋の中に全員分入ってるのかと思った」

「そんなに入らない」

 

 アンジェラがつい思ったことを口にすると、相澤先生御本人から否定の言葉が返ってきた。

 

 それはともかく、相澤先生に急かされたアンジェラは何か嫌な予感をひしひしと感じながら、体操服を持って更衣室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌な予感っていうのは、こうも当たりやすいものなのかね。

 

 アンジェラはつい、空を見上げてそんなことを思った。

 

「揃ったな。これから“個性”把握テストを行う」

『“個性”把握テスト〜!?』

 

 相澤先生の言葉に、クラスの心が一つになる。

 

 え? 初日からテスト!? と。

 

「入学式は!? ガイダンスは!?」

「ヒーローになるんなら、そんな悠長な行事、出てる時間ないよ」

「いや、ガイダンスはいるだろ」

 

 アンジェラはつい、素でツッコんでしまった。

 

 そんなツッコミもなんのその。自分のペースを崩さない相澤先生は言葉を続ける。

 

「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側もまた然り」

 

 いや、確かにパンフレットにそう書いてあったが、流石に入学式をバックれてまでテストをするとは思っていなかった。予想の斜め上をかっ飛んでいく雄英の自由さに、流石のアンジェラも驚きを隠せない。

 

「お前達……フーディルハイン以外はやってるだろ。“個性”使用禁止の体力テスト」

「……?」

 

 体力テスト、という聞き慣れない単語に、アンジェラが首を傾げる。どうやら、日本特有のものらしい。そんなアンジェラを見かねて、相澤先生が説明してくれた。

 

 ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50メートル走、1000メートル走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。これら8つの種目の結果を測定し、それぞれの結果ごとに設定された点数から、自分の身体能力がどれくらいなのかを測るものらしい。

 

「……それ、今の超人社会でやって意味あんのか?」

 

 アンジェラは純粋にそう疑問に思った。相澤先生も同じ意見なのか、首を立てに振っている。

 

「そうだな。フーディルハインの言うとおりだ。国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けている。合理的じゃない。ま、文部科学省の怠慢だな。

 実技入試成績の次席は爆豪だったな。中学の時ソフトボール投げ、何メートルだった?」

「67メートル」

「じゃあ、“個性”使ってやってみろ」

 

 相澤先生に呼ばれたのは、朝飯田と言い争っていた金髪の不良っぽい生徒だった。相澤先生は彼にソフトボールを手渡す。

 

「円から出なきゃ何してもいいよ。早よ。思いっきりな」

 

 爆豪は軽くストレッチをすると、腕を大きく振りかぶって手のひらから爆風を出した。

 

「死ねえー!!」

「……Why?」

 

 ボールという無生物に死ねとはこれいかに。

 

 そんなことはさておき、爆風を乗せられたボールは天高く舞い上がり、遥か彼方へ飛んでいった。彼は口はともかく、能力は優秀なようだ。

 

「まず、自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

 相澤先生はそう言いながらスマホに転送された爆豪のソフトボール投げの結果を皆に見せる。その結果は、705.2メートル。“個性”ありきとはいえ、普通の感性から言えばかなりの記録だ。アンジェラは素の力だけでソフトボールよりも遙かに重い車を1キロ近く投げ飛ばすナックルズ(脳筋)を知っているので、そこまで凄いとは思わなかったが。

 

「なにこれ、面白そう(・・・・)!」

「“個性”思いっきり使えるなんて、流石ヒーロー科!」

 

 クラスメート達は口々に興奮を語るが、その中の発言が相澤先生の琴線に触れてしまったようで、相澤先生の雰囲気がガラリと変わる。

 

「面白そう、か……ヒーローになるための3年間、そんな腹積もりで過ごす気でいるのかい? 

 

 

 ……よし、8種目トータル成績最下位のやつは見込みなしと判断し、除籍処分としよう」

『はああああああああ!?』

 

 突然の除籍宣言に全員が大きな声を上げる。アンジェラは嫌な予感の正体はこれだったか、とこめかみに手を当てた。

 

「生徒の如何は俺達の自由。

 

 ようこそ。これが雄英高校ヒーロー科だ!」

 

 不敵な笑みと声で髪をかき上げる相澤先生。当然、理不尽だという不満の声が続出するが、相澤先生はそれらも全て一蹴した。

 

「自然災害、大事故、そして身勝手な敵達……日本は理不尽にまみれている。そういうピンチを覆していくのがヒーロー。放課後マックで談笑したかったのならお生憎。これから三年間雄英は君たちに全力で苦難を与え続ける。更に向こうへ、Puls ultraさ。

 ……全力で乗り越えてこい!」

 

 この言葉に、アンジェラは相澤先生が本当にヒーロー(・・・・)なのだと思い知らされたような気がした。

 

「さて、デモンストレーションは終わり。ここからが本番だ」

 

 

 

 

 

 本来は各種目出席番号順で行うのだが、体力テストそのものをやったことがないアンジェラは立ち幅跳びと反復横跳び、ソフトボール投げは最後に回された。これらは普通のやり方にもコツがあるため、他の人のやり方や結果を見て少しでも対策をしろ、ということらしい。聞いたところによると、留学生には毎回この処置を取っているそうだ。

 

 第一種目、50メートル走。

 

 これは普通に走るだけなのでアンジェラも普通に出席番号順で走る。一緒に走るのは爆豪だ。二人共クラウチングスタートの姿勢を取る。

 

 魔法による身体強化は必要ない。

 というか、使ったら十中八九事故る。

 

 スタートの合図が鳴ると共に、空色の弾丸がコースを突き抜けた。

 

「0秒14!」

「あれ、意外と計測されるもんだな」

 

 爆豪に向かう風圧を抑えるためにブーストも使わずに少し控えめに走ったつもりではあった。

 しかし、アンジェラはもう少し速く走っているもんだと思っていた。計測される速度など、全然遅い(・・)

 

「ぜ、0秒!?」

「まさか、俺よりも速いとは……!」

「蒼い光が突き抜けたかのように見えた……」

「加速系の“個性”かしら?」

 

 クラスメートは口々にアンジェラの“個性”について議論しているが、アンジェラは“個性”……魔法を一切使っていない。素でこれくらいの速さである。

 

「…………」

 

 爆破の“個性”を活用して4秒台でゴールした爆豪は、悔しげにアンジェラを睨みつけていた。

 

 第二種目、握力

 

 魔法で手に身体強化を施し、握る。ものすごくシンプルだが、それ故に効果的な方法。

 

 結果は960キロ。ゴリラだとか馬鹿力だとか言われたが、それは身体強化魔法を使っていたからである。ちなみにこっそりと測った素の握力は65キロ。魔法がなくても十分凄い記録だが、アンジェラの比較対象がナックルズであったため、全然凄いとは思えなかった。ナックルズなら多分すぐに握力計を壊す。

 

「あの絶世の美女の細腕のどこにそんな力があるんだよ……」

「人は見かけによらないんだな……」

 

 第三種目、立ち幅跳び。

 

 他の人が跳ぶのを見て、これがどんな種目なのかをなんとなく理解したところでアンジェラの番になった。

 

 つまり、これは地面に落ちなければ(・・・・・・・・・)いいのだ。

 

 ……既にこの考えがおかしいとは言ってはいけない。

 

 やることはこれまた単純。飛行魔法で飛ぶ。以上。

 

 アンジェラは飛行魔法が苦手とはいえ、狭いところでスピードを出したらほぼ100%事故るだけで、宙に浮かぶ分には何ら問題はない。

 

 うっかりスピードを出しすぎて事故らないように細心の注意を払って飛んでいると、相澤先生から声がかかった。

 

「フーディルハイン、いつまで飛べる?」

「多分半日以上は飛べるんじゃないんですかね。スピード出し過ぎたら事故りますけど」

「……無限扱いにしてやるから降りてこい」

 

 なんか無限扱いになった。

 

 第四種目、反復横跳び。

 

 これも他の人がやるのを見て、アンジェラはなんとなく察した。

 

 普通にやりゃいいや、と。

 

 アンジェラは体力お化けなので、並大抵のことでは疲れない。その証拠に、マッハで反復横跳びをして、息一つ乱していない。計測を買って出てくれた麗日はおろか、相澤先生ですら目で捉えられなかったので、測定不能扱いになった。

 

「速いなぁ……」

「身体強化系の“個性”なのかな」

「でも先程は空を飛んでいましたわね」

「本当、どんな“個性”なんだろう?」

 

 アンジェラの活躍を見て、クラスメート達は口々にそんなことを言っていた。

 

 第五種目、ボール投げ。

 

 アンジェラは全力のボール投げとかはしたことがないため、取り敢えず一回目は普通に身体強化魔法を使って投げる。記録は705.3メートル。

 

「これならアレ使ったほうがいいな……」

 

 そして二回目。アンジェラはソルフェジオを手に取り、バズーカ砲に変形させる。これにはクラスメートはおろか、相澤先生も驚愕の表情を浮かべる。

 

「はぁ!? バズーカぁ!?」

「超パワーに超スピードに飛行……さらには武器まで出せるって、どんな“個性”だよ!?」

 

 周囲の驚愕をよそに、アンジェラはバズーカの中にソフトボールを入れ、空に向かって構える。足元に魔法陣が、バズーカの発射口に環状魔法陣が現れた。

 

「……耳障りな光の絶叫(イアフルスメイス)っ!」

 

 コマンドワードと共に引き金を引く。バズーカから空色の砲撃が発射され、ソフトボールと共に天高く打ち上がった。

 

 攻撃魔法には、大きく分けて3つの種類が存在する。

 

 そのうち一つは流星砲(スターストリングス)などの「物理ダメージ魔法」。物理的な破壊効果を持つ魔法。

 

 もう一つが今回使った耳障りな光の絶叫(イアフルスメイス)のような「魔力ダメージ魔法」。肉体的な破壊力は持たないが、相手をスタンさせる効果がある魔法だ。衝撃で地面が抉れたりすることはある。

 

 最後の一つは属性魔法。物理ダメージ魔法や魔力ダメージ魔法は純粋な魔力のみで構成された魔法だが、属性魔法は魔力を別のエネルギーなどに変換し放つ魔法である。感覚的には物理ダメージ魔法に近いが、変換というプロセスを踏む必要がある。

 

 アンジェラは今回、魔力ダメージ魔法である耳障りな光の絶叫(イアフルスメイス)を、「破壊はしないが押し出されはする」という絶妙な威力で撃ったのだ。例えるなら、ふわふわもこもこのグローブで思いっきり吹っ飛ばすような感じである。そして結果は1991メートル。身体能力魔法を使ってやった時の約2.3倍の距離である。

 

「……もうちょっとで2000いったな」

『改良の余地ありですね』

「そうだな…………ん?」

 

 ソルフェジオを元のペンダント型に戻して皆のところ移動しながらソルフェジオと会話をしていたアンジェラだったが、周囲の空気が死んでいるのを見て、ただただ首を傾げていた。

 

 第六種目、上体起こし。

 

 身体強化魔法を使い、風切り音がするほど速く上体起こしをする。また計測が出来なかったので測定不能扱いを受けた。ちなみに、アンジェラは息一つ乱していない。

 

「アンジェラちゃん、体力凄いねぇ……」

「伊達に走ってねぇからな」

 

 それは理由になるのだろうかと、麗日は5秒くらい思った。

 

 第七種目、長座体前屈。

 

 これに関しては普通にやった。これでどうやって魔法を使えと言うんだ。しかもアンジェラは身長が低い。

 

 ただし、アンジェラは新体操選手並に身体が軟らかいので、身長というハンデがありつつも平均以上の記録は出た。

 

 第八種目、1000メートル走。

 

 魔法も使わずに普通に走って一位をぶっちぎった。その記録、およそ10秒。風圧などで周囲に迷惑をかけないように最大限配慮してこれである。当然のごとく、アンジェラは息一つ乱していない。

 

 そして全ての種目が終了し、全員が集合したところで結果が一括開示された。結果は単純に各種目の評定を合算した数とのことだ。

 

 総合一位はアンジェラだった。長座体前屈こそ平均より少し上程度の記録だったが、他で超人的記録を連発したためだろう。

 

「ちなみに除籍は嘘な。君らの力を最大限引き出す合理的虚偽」

 

 その言葉に、最下位だった峰田というテイルスと若干声が似ている背の小さな少年はほっと胸をなでおろしたとか。

 

 

 

 

 

 下校時。アンジェラは麗日と飯田に誘われて、一緒に駅まで行くことになった。

 

「しっかしアンジェラちゃん凄かったねぇ」

「そうか?」

「そうだとも! 俺は足には自身があったのだが、君には完敗だった。普段どんなトレーニングをしているんだい?」

 

 そんなことを言われても困る。アンジェラの速力は、ソニック達と日常の中でいつの間にか手に入れていたものなので、説明のしようがない。

 

「うーん……真っ直ぐ前だけを見つめる、とか?」

「なるほど……! それを常に意識するのか!」

「あー、うん。多分そうだと思う」

 

 適当に返した答えに飯田が一人納得しているのを見て、まあいいか、とアンジェラは思った。

 

 と、アンジェラのバッグのチャックがひとりでに開いた。飯田と麗日は驚いていたが、アンジェラは驚いた様子もなく、バッグを開いた。中からケテルが勢いよく飛び出し、大きく伸びをする。どうやら、今までずっと寝ていたようだ。

 

《ふぁぁぁぁ……よく寝た〜》

「ケテル、お前寝過ぎな」

「あ、アンジェラ君、この生き物はなんだい?」

「あ〜、そういや学校じゃ姿見せてなかったな。一応入試のときも一緒に居たんだが」

 

 アンジェラの言葉に、麗日は入試のときのことを思い出した。あの直後はアンジェラが女神様みたいだった、みたいなことしか覚えていなかったが、よくよく思い出してみると、あの日、アンジェラの傍にはふよふよと漂う金色の生き物が居たような……

 

「紹介するよ。こいつはケテル。オレん家の同居人だ」

「ケテル……ちゃん?」

「アンジェラ君の、ペットかい?」

 

「ペット」という言葉が気に食わなかったのか、ケテルは飯田に向かってタックルした。全然痛くはないが、そのしかめっ面からケテルが怒っているのがわかる。

 

「あー、ケテルはペットって言われるの嫌いなんだよ。そもそもペットじゃないし」

「そ、そうか……すまない、ケテル君」

《むぅ……もう言わないでね》

「……?」

 

 ケテルは一応許してはいるのだが、ウィスプの言葉は普通の人間には分からない。しかめっ面のままなことも相まって、飯田はそこまで嫌だったのだろうか、と思っていた。アンジェラは彼をフォローすべく口を開く。

 

「飯田、ケテルはもう言うなよ、って言ってんだよ」

「そ、そうか……」

「それにしても可愛いねぇ」

 

 いつの間にか、ケテルは麗日に撫でてもらっていた。麗日の撫で方が的確なのか、ケテルはふにゃふにゃな表情を浮かべている。こういうところはまだ幼い。

 

「さっきの答え合わせな。ケテルはオレの“個性”の一部だよ」

 

 当然、これは嘘っぱちである。魔法にまつわるカラーパワーを持つケテルをアンジェラの“個性”の一部とすることで、ケテルがカラーパワーを使っても、少なくともウィスプの存在が殆ど知られていない日本では、アンジェラの“個性”として誤魔化せる。というか、ウィスプの存在はソニック達を除けばGUNの関係者の一部くらいしか知らない。

 

 これはシャドウからの提案で、ケテルを無駄な争い……エッグプラネットパークの時のような出来事などに巻き込んだりしないための措置である。

 

「アンジェラ君の“個性”の一部?」

「そういえば、アンジェラちゃんの“個性”って何なの? 色々と出来るみたいだけど……」

「あー、それについてはまた今度でいいか? いかんせん、情報量が多くてな。それに、何度も説明すんのメンドイし」

 

 “個性”として登録されている魔術だけでもかなりの情報量だ。とても、下校中の会話として話せるものではない。

 

「そっか〜。じゃあ楽しみにしてるね!」

「おう、ご期待に添えるようなプレゼンが出来るように頑張るわ」

「アンジェラ君の“個性”か……普通に興味をそそられるな」

 

 そんなことを話しながら、アンジェラ達は駅までの道のりを歩んでいった。



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戦闘訓練

捨てられるというの?
忘れられるというの?
私はずっと覚えているのに。


 次の日から、雄英高校の通常カリキュラムが始まった。

 

 午前は必修科目。国英数理社などの普通の高校で行われる授業。

 

 この日の1限は英語で講師はプレゼントマイクだった。テレビで見るような有名プロヒーローの登場にクラスは沸き立ったが、プレゼントマイクのテンションが異様に高いことと、授業開始時にアンジェラとプレゼントマイクが授業そっちのけで全部英語で会話するというハプニング(?)以外はごく普通の授業だった。既に大卒のアンジェラにとっては、別腹どころかただのおかわりでしかない。ちなみに会話の内容はユーロビートについてだった。

 

 昼休み。昼食は食堂にてプロヒーローでありプロの料理人でもあるランチラッシュの料理が安価で頂ける。メニューも豊富で、日替わりランチなるものもあるらしい。アンジェラは大好物であるチリドッグを5個とビーフシチュー大盛り、サーモンのカルパッチョ、デザートにプリンを頂いた。とても美味しかった。流石はプロ。一緒に食べていた麗日と飯田からは、そんなに食べるのかと言いたげな視線を向けられたが。

 

 そして午後の授業。いよいよ、ヒーロー科最大の目玉とも言える授業、ヒーロー基礎学の時間である。今年からオールマイトが先生ということもあって、皆浮足立っていた。かくいうアンジェラも、少しテンションが高くなっている。

 

 

「わーたーしーがー! 普通にドアから来たー!」

 

 赤がメインカラーに使われているシルバーエイジのコスチュームを身に纏ったオールマイトが、ドアをガラッと開けて入ってきた。感激からか、皆の顔に笑みが現れる。どこからか聞こえた画風が違うという言葉は気にしてはならない。

 

「私の担当はヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作るため、様々な訓練を行う科目だ。単位数も最も多いぞ。

 早速だが、今日はコレ! 戦闘訓練!」

 

 オールマイトは「BATTLE」と書かれたプレートを掲げた。戦闘訓練の言葉に、クラスは浮き足立つ。オールマイトが手元のリモコンを操作すると、教室の壁一画から、ライトグリーンで出席番号が書かれたアタッシュケースが収められた棚が出てきた。

 

「入学前に送ってもらった“個性”届けと、要望にそって誂えたコスチューム!」

 

 テレビで見たようなヒーローのコスチュームを自分も着ることができる! そのことに、クラスの興奮は最高潮に達した。

 

「着替えたら順次、グラウンドβに集合だ!」

 

 オールマイトの言葉にクラスメート達は一斉に行動を開始する。アンジェラも、自身の出席番号が書かれたアタッシュケースを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女子更衣室でそれぞれが自身のコスチュームを手にとって着替え始める。

 

 アンジェラが書いた要望は、動きやすさを重視すること、半袖かノースリーブにすること、写真で送ったリボン、チョーカー、ウエストバッグ、グラインドシューズ、リミッターに合うデザインにすることだ。

 

 そして、そんな要望から産まれたコスチュームがコレである。

 

 黒地に少しフリルの入った襟の大きいインナースーツの上に動きを阻害しない程度の深い青色のコルセット、胸元には青色の丸い宝石がついた空色のバタフライリボン状のネクタイ。空色の半袖のジャケットの袖はふんわりとしており、左右の腰の後ろあたりに太もも辺りまで伸びた燕尾服のようなパーツと、その先端にはエメラルドグリーンの宝石が左右に一つずつある。

 

 青地のインナースカートに、青色で縁取られた空色のオーバースカートは動きを阻害しない程度にふんわりとしており、少しだけのフリルと、腰には黒い大きめのリボン型のベルトが巻かれ、後ろ側にあるリボンの結び目には青い円形の宝石が、オーバースカートの裾の辺りには楕円形のエメラルドグリーンの宝石のようなパーツが左右一つずつついている。

 

 両手には甲の部分に右は赤の、左は青い宝石がそれぞれついたファンシーな黒い指抜きグローブ、右耳には小型通信機でもある赤いイヤーカフがついている。

 

 アンジェラの要望を全て入れ込みつつ、全体的にクール系魔法少女のようなデザインに仕上がっている。アンジェラの“個性”届けに書かれた“個性”が魔術だからだろう。しかし、髪のリボンとチョーカーとウエストバッグはともかく、メカメカしいデザインのリミッターとグラインドシューズを身に着けていても、特に違和感は感じなかった。そこは流石プロといったところか。

 

 性能については特に書かなかったが、説明書を見る限り強靭な防弾、耐火性能があるらしい。見た目によらず頑丈なようだ。また、伸縮性も見かけによらず高いようで、軽く動いてみた感じ、特に動きにくいとかそういうことはなく、むしろ動きやすかった。

 

「アンジェラちゃんのそれって魔法少女?」

「らしいな。簡単な要望は書いたけど、大元のデザインは完全にデザイナー任せだよ。趣味ではないが……ま、悪くないな」

「うーん、ウチももうちょっと要望ちゃんと書いとけばよかったなぁ……」

 

 そう言う麗日のコスチュームはパツパツスーツだ。機能の要望はちゃんと書いたようなのだが、デザインは完全にお任せにしたらしい。アンジェラは苦笑いだ。

 

「でもそれで言ったら、もっとヤバいコスの人居るし」

「……あー……」

 

 アンジェラの目線の先には、ちょっとでも間違いが起こったら見えちゃいけない所が見えそうなコスチュームの八百万百と、そもそも衣服が手袋とブーツな透明人間の葉隠透の姿が。確かに、この二人と比べたら麗日のコスチュームはまだ普通である。前者は“個性”を使う際に衣服が邪魔になるから、後者は透明人間だからという真っ当な理由はあるにはあるのだが。

 

 そんなことを話しつつ、アンジェラ達はグラウンドβに向かう。グラウンドβは入試の時に使った演習会場の一つである。

 

 グラウンドβでは一足先に到着していたオールマイトが皆を出迎える。曰く、格好から入るのも大切なことなのだとか。

 

「さぁ、始めようか、有精卵共!」

 

 オールマイトの言葉に、クラスメート達の心が一気に引き締まる。

 

「先生! ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!」

 

 そう言いながら手を挙げたのは全身フルアーマー装備の飯田だ。その質問にオールマイトはもう2歩先に踏み込むと答える。

 

 敵退治は主に屋外で見られるが、統計的に言えば屋内の方が凶悪敵出現率は高い。アンジェラも、そんなデータをGUNが公開している資料で見たことがある。このヒーロー飽和社会では、真に賢しい敵は闇に潜むもの。表舞台に思いっきり出てきて派手に悪いことをする敵は小物か、エッグマンのようなアホ……もとい、バカと天才は紙一重を体現するようなやつだけである。そう考えてみると、エッグマンは敵としてはかなり規格外だろう。詰めが甘いけど。

 

 今回のヒーロー基礎学の内容は、敵組とヒーロー組に分かれて2対2の屋内戦闘。基礎訓練もなしに実戦形式の訓練をするのかという疑問の声も上がったが、まず実戦をすることで自分に何が足りないのかということがわかりやすくなる、ということだろう。

 

「勝敗のシステムはどうなります?」

「ぶっ飛ばしてもいいんすか?」

「また、相澤先生みたいな除籍とかあるんですか?」

「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいのでしょうか!」

「このマントヤバくない?」

「んんん〜、聖徳太子ぃ〜!」

 

 次から次ヘと投げかけられる質問(一人だけマントの自慢)に、オールマイトは困り果ててしまった。オールマイトはヒーローとしてはプロ中のプロだが、今年から新任ということもあり、先生としてはまだ半人前のようだった。

 

 オールマイトがカンペを見ながら話した状況設定は、敵がアジトのどこかに核兵器を隠し持っていて、ヒーローはそれを処理しようとしている。制限時間は15分で、ヒーロー側の勝利条件は制限時間内に敵を全員捕まえるか、核兵器を回収すること。敵側の勝利条件は時間一杯核兵器を守り切ることか、ヒーローを捕まえること。やけにアメリカンな設定であるが、アンジェラは知っている。生きていればそんな場面に出くわすこともあるのだと。ステーションスクエアの爆弾騒ぎみたいに。

 

 コンビ及び対戦相手はくじ引きで決める。オールマイトに促されてくじを引いたところ、アンジェラは麗日とペアでAチームになった。

 

「おー! 縁があるねアンジェラちゃん! よろしくね!」

「おう、よろしくな」

 

 お互いに仲良しな相手と組めることを喜ぶアンジェラと麗日。対戦相手はDチームの飯田と爆豪で、アンジェラ達はヒーロー側。しかも、第1試合だ。

 

「…………」

 

 アンジェラは対戦相手の一人である爆豪から、何か不安定なものを感じ取って、一抹の不安を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この建物の見取り図、覚えるの大変だね……」

「そうだなぁ」

 

 敵チームが先にビルの中に入って5分間のセッティングを行っている間、アンジェラと麗日はビルの見取り図とにらめっこをしていた。オールマイトから両チームが共通で渡されたものは、ビルの見取り図とコンビと話すとき用の小型無線機、確保用のテープだ。このテープを巻き付けた時点で、確保したという証明になる。他のクラスメート達とオールマイトは、ビルの地下にあるモニタールームに向かった。

 

「麗日、麗日の“個性”はその手の肉球で触ったものを無重力にする……でいいんだよな?」

「うん。自分を浮かせることもできるけど、そうしたら酔っちゃうんだ。あと、キャパオーバーしても酔っちゃう」

 

 そういえば、入試のときも気持ち悪そうにしていた。あのときも“個性”によるものだと言っていたし、スポドリを渡したのは正解だったようだ。

 

「なるほど……触ってしまえば、相手が飛行能力を持っていたりしない限りは無力化出来るってわけだ。結構強いな」

 

 飛行能力持ちの人物はかなり希少だ。それに、飛行能力持ちだったとしても無重力状態にされてしまえば動きに制限がかかることは間違いない。敵を殺さず捕らえなくてはならないヒーローにとって、麗日の“個性”は使い方次第ではとても強力だ。

 

「そういえば、アンジェラちゃんの“個性”は?」

「ああ、そういや言ってなかったな。魔術だよ」

「魔術って、ファンタジーの?」

「そう。超ざっくり言うと、体内に蓄積された魔力っつーエネルギーを組み替えて色々出来る。攻撃とか防御とか以外にも、物体に干渉したりな。その分、魔力の制御が難しかったり、ちょっと制御ミスったら爆発したりするけどな」

「それ……とっても強そうだけど、爆発って、大丈夫なの?」

「そのためにリミッターを着けてるんだ」

 

 アンジェラはそう言いながら、麗日に両手を見せる。

 

「この金のバングルがリミッター。両足首にも着けてる」

「へぇ……かっこいいね!」

 

 麗日の素直な賛辞に、アンジェラは若干恥ずかしく嬉しく思った。

 

「あれ? ケテルちゃんは?」

「ああ、ケテルは一時的に魔力を増幅してくれるんだ。マジック・ブーストって呼んでる。あと、オレと限定で短距離だけだけどテレパシーが使えるから、索敵役にもなってくれるな」

《まかせて!》

 

 アンジェラの言葉に反応して、ケテルがウエストバッグの中から出てきてくるりと一回転して手(?)で胸を打つ。麗日はアンジェラのウエストバッグをまじまじと見つめた。

 

「ほえー……そのバッグどうなっとるん?」

「“個性”で中の空間を拡張してる」

「もはやなんでもありやね……」

「ま、出来ないことがないわけじゃないんだけどな」

 

 そんな話をしつつ作戦を練っていると、あっという間に時間は過ぎる。オールマイトから開始の合図がなされ、アンジェラと麗日は窓からビルの中に潜入していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆豪勝己。

 

 彼は頭脳、体力、戦闘センス、そして“個性”。そのどれもが同年代と比較しても突出した才能の持ち主である。アンジェラという規格外中の規格外が居なければ、雄英一年で一番強い学生は彼だっただろう。

 

 そんな彼には、幼馴染が居た。この世代では珍しい“個性”を持たない無個性の少女だった。彼女はオールマイトのようなヒーローになりたい、と言っていたが、無個性故にヒーローになる道は閉ざされていた。

 

 爆豪は、無個性のくせにヒーローを目指しているその少女をうっとおしく思っていたが、同時に守らなくては、と思っていた。無個性だから、弱いから、自分が守らなくては、と。

 

 子供じみた正義感と、少数を認めない幼稚な発想が入り混じった感情。それ自体は別に普通のことだった。誰に何が言えるようなことでもなかった。多少歪な関係だったが、少なくとも爆豪が少女に降りかかる他者からの悪意を振り払う防波堤のような存在にはなっていた。爆豪にとっても、少女は精神の拠り所のようなものなりつつあった。

 

 

 

 しかしある日、唐突に日常が崩れ去る。

 

 

 

 幼馴染の少女が、目の前で敵に攫われたのだ。

 

 当然、爆豪は少女を救けようとした。しかし、全く相手にされることはなかった。ヒーローが捜査に尽力してくれたが、少女が見つかることはなかった。

 

 世界は一人の少女が居なくても何事もなかったかのように廻り続ける。爆豪はいつの頃からか、少女との想い出がただの幻だったのではないかと思い始めてしまった。その度に、そんなことはない、あれは現実だったと、リボンを片手に自分に言い聞かせた。

 

 爆豪がヒーローを目指すのは、昔憧れたオールマイトのような「勝って救けるヒーロー」になるためでもあるが、それ以上に少女の分も夢を叶えるためである。今となっては幻に成り果てていても、二人分の夢を叶えれば、あれは現実だったと信じられると。

 

 

 

 …………そんな折だ。爆豪が信じられないものを見たのは。

 

「爆豪君、作戦を話し合いた……」

「……俺が出る。お前が守ってろ」

 

 飯田の言葉を一蹴し、爆豪は核のある部屋を出る。飯田は出ていく爆豪を止めてはいたが、全く効果がなかった。

 

「……えぇ……」

 

 普段のキャラが崩れるような反応をしてしまったが、飯田を責めるようなことは誰にも出来まい。飯田は憤りを感じながらも、今自分がすべきことをしようと気持ちを切り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビル屋内に潜入したアンジェラと麗日。侵入と同時に、アンジェラはケテルを手招きした。

 

「侵入成功……!」

「ケテル、核のある部屋を探してきてくれ。核を守る役目の誰かが一人は居るだろうから、見つからないようにな」

《りょーかい、お姉ちゃん!》

 

 ケテルは敬礼の真似っ子をしながら飛び立っていった。ウィスプは壁を擦り抜けるようなことはできないが、飛行能力が高い。悪い言い方をすれば逃げ足が速い。身体もかなり小さいので、こういう索敵要員にはうってつけである。

 

 二人が死角に気を付けながらビルの中を進んでいると、アンジェラは剥き出しの敵意を感じた。

 

「っ、麗日!」

「あ、アンジェラちゃん!?」

 

 咄嗟に麗日を抱えてその場からバックステップで移動すると、そこに響いたのは爆発音。間違いない。爆豪の爆発だ。

 

「機動力の高い飯田が来ると思ってたんだがなぁ……」

 

 アンジェラはそう言いつつも余裕の表情は崩さないで、麗日を降ろし、ケテルとテレパシーを繋いだ。

 

《お姉ちゃん、1階から4階までには核はなかったよ!》

「っつーことは核は5階か……」

 

 アンジェラは思考を巡らす。先程から、何やら爆豪の様子がおかしい。何か、深い思考にハマっているような、そんな感じがする。

 

 麗日の“個性”は確かに強力だが、近距離に爆発させる“個性”と、突出した戦闘センスを持つ爆豪とは相性がまだ(・・)悪い。

 

「麗日、5階に行ってくれ。核があるのは5階以上のフロアだ。ケテルが先に向かってる」

「え……、ちょ、アンジェラちゃんはどうするの!?」

「決まってるさ」

 

 アンジェラはニヤリ、と笑いながら手をゴキゴキと鳴らす。その表情に、麗日はどことなく安心感を覚えていた。

 

「あのやんちゃ坊主と、ちょっくら遊んでやるんだよっと、星の弾丸(ストライトベガ)っ!」

 

 アンジェラはそう言うと、爆豪に向かって十数個の星の弾丸(ストライトベガ)を放った。爆豪は突然襲いかかってきた光る弾丸に驚きつつも、爆破でそれらを吹き飛ばそうとする。

 

 ……しかし、星の弾丸(ストライトベガ)はその程度の爆発で吹き飛びはしなかった。爆炎の中を突っ切り、一弾一弾確実に爆豪に襲いかかる。魔力ダメージの射撃魔法なので、爆豪の身体そのものは傷付いていないが、痛みは再現されている。爆豪は、針で貫かれたような鋭い痛みに身じろいだ。

 

「麗日、今だ!」

「……了解っ!」

 

 そのスキをついて、麗日は階段へと駆け出す。爆豪が痛みを振り切った時には、もうそこに麗日の姿はなかった。

 

「さて、お前を戻らせる訳にゃあいかねえんだわ。ちょっくら相手になってくれよ」

 

 アンジェラはそう言いながら拳を構え爆豪を見据える。

 

 

 

 

 

「……聞いていいか」

「……?」

「その頭のリボン、いつから持っていた」

 

 爆豪からの突然の疑問に、アンジェラは首を傾げる。なぜ、今こんなことを聞くのだろうと思いながらも、別に知られて困るようなことでもないので正直に答える。

 

「いつからって……んなこと知らないよ。ってか、何でそんなこと知りたいんだよ」

 

 アンジェラには、爆豪の意図が全く読めなかった。爆豪の望む答えも、全くもって分からなかった。

 

 

 

 それは、誰にも責める権利はないことだった。アンジェラの疑問も、至極当然のものであった。

 

「……っ、ははは、憶えてねえのか、それとも人違いか……」

「は……?」

「でもなぁ……お前、似てるんだよ……特に、その目がよぉ……!」

 

 ますます意味がわからない。目が、何に似ているというのか。爆豪は、一向に自身の言葉の意味を理解しないアンジェラに苛ついているのか、両手から爆発を発生させている。

 

「俺を、見下す目だ……!」

「はい?」

 

 突然言い放たれた言葉にアンジェラが混乱していると、爆豪は右腕を大きく振りかぶって爆発を発生させた。

 

「っ、ヤバっ!」

 

 アンジェラはその化け物並の反射神経で爆豪の爆発を躱す。簡易防御魔法を併用していたこともあり、アンジェラにダメージはない。爆豪は上手く攻撃が当たらなかったことに対して大きく舌打ちをした。

 

「本気でかかってこいや……捻じ伏せてやるからよぉ!」

 

 爆豪の言葉には、呪怨にも似た何かが籠もっていた。

 

「Hehe……楽しくなってきたなぁ!」

 

 アンジェラはつい笑ってしまった。アンジェラは元来スリルのあることが大好きだった。この状況を楽しむことは正しくはないとは分かっていても、今このときを楽しまずにはいられなかったのだ。手を伸ばし、魔法陣を現出させる。

 

「もっと上手なワルツの誘い方、教えてやろうか?」

 

 その瞬間、爆音と閃光が辺りを包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




UA2000突破、お気に入り登録18件、皆様御礼申し上げます。

序章は一日で全部投稿しましたが、ここからはストックが切れるまで一日2話投稿しようかと……たまに投稿しない日があっても、ああ、こいつサボったなと思ってください。

マイペースに進めていくので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。


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音速の少女

自分で書いててアレだけど、かっちゃんェ………
かっちゃんの辛くなった過去はともかく、今戦ってる相手は百戦錬磨だからね仕方ないね。


 爆豪は、確かな手応えを感じた。それ故に驚いた。

 

 爆風と煙が晴れたその先に、アンジェラの姿がなかったのだから。

 

「なっ……!?」

 

 驚愕は反応速度を鈍らせ、こと戦闘においては、それは付け入るスキ、大きな弱点となる。そして、その弱点を見逃すアンジェラではない。

 

 その圧倒的なスピードで爆豪の背後に回っていたアンジェラは、爆豪の背中にキツめの拳を撃ち込んだ。

 

「ぐっ……!」

「後ろがガラ空きだぜ?」

 

 すぐさま背後へ振り返り爆破を繰り出す爆豪だったが、その爆破は眼前に現れた青い防壁によって押し留められる。アンジェラの防御魔法だ。身を包む程度のサイズの防壁は、詠唱無しで発動させられる。

 

 爆破をしても効果はなく、ただただ自分の視界を狭めるだけだと思ったのか、爆豪は爆破を使わずに普通に殴りかかってきた。その動きは速く精確で、普通の(・・・)高校生なら反応出来ないだろう。

 

「Hahaha……オレと殴り合いで遊ぼうってか。面白い!」

 

 しかし、アンジェラは普通の高校生などではない。

 

 確かにアンジェラの魔法の本来得意とする戦法は中〜遠距離射撃、砲撃戦だが、アンジェラ本人が得意とするのは、近距離での格闘戦である。

 

 アンジェラの一挙手一投足は「攻撃を見てから動ける」という特技を持つ爆豪を持ってしても、反応すら出来ないほど速い。爆豪も負けじと反撃するが、その殆どを躱されたり、防がれたりと、アンジェラへダメージを与えることはできずにいた。

 

 どうすれば、ダメージを与えられるか。その考えに思考が寄りすぎたとき、爆豪は一瞬小さなスキを晒した。

 

「オラァっ!!」

「……っ!!」

 

 その瞬間、アンジェラの蹴りが爆豪の横っ腹に直撃する。その衝撃で、爆豪はふっ飛ばされていった。

 

「っ……お前がそんなに強えなら、もう容赦はしねぇ……!」

 

 立ち上がった爆豪は、右手の籠手をアンジェラへと向ける。遠距離用の武器だろうか。その籠手から高エネルギー反応を感じたアンジェラは、ソルフェジオを杖形態に変形させて構えた。

 

『爆豪少年、ストップだ! 殺す気か!?』

「当たんなきゃ死なねーよ!」

 

 無線機によるオールマイトの静止も聞かず、爆豪は籠手に付いた引き金らしきものを引いた。すると、籠手から高密度の爆風が発射される。

 

《どうやら、籠手の中に爆破のエネルギーを溜めて、それを一気に解き放っているようです》

 

 ソルフェジオが計算の果てに導いた予測を語る。アンジェラは慌てたりは一切せず、杖に魔力を集中させた。足元には、直径1メートルほどの魔法陣が現出する。

 

逆行する水面(コーラルレイン)!」

 

 詠唱と共に魔法陣から放たれたのは、魔力で構成された激流。激流は大規模な爆風を飲み込むと、その場で掻き消えた。周囲がびしょ濡れていること以外に目立った被害はない。

 

 逆行する水面(コーラルレイン)は属性魔法の一種で、細かい分類では水魔法に分類される。魔力で水を生成し、それを操る魔法だ。アンジェラとしては、もう少しサイズの小さい水を出すつもりだったのだが、今回実際に放たれたのは天井と壁につくギリギリのサイズの水の塊。アンジェラは、属性魔法がどうも苦手だった。

 

 アンジェラは苦笑いをしながら、驚いて棒立ちの爆豪に素早く確保テープを巻き付けた。

 

『爆豪少年、リタイア!』

「……!」

「オレの勝ち、だな」

 

 殆どダメージを与えられずに負けた。

 

 その事実に打ちのめされて呆然とする爆豪をよそに、アンジェラは麗日に無線を繋げる。

 

「麗日、爆豪確保した。そっちの状況は?」

『え、もう!? 凄いね、アンジェラちゃん……。あ、こっちはケテルちゃんと合流して、核と飯田君見つけたよ』

「OK。今からそっちに行くから、飯田を引き付けておいてくれ。奇襲を仕掛ける」

『わかった』

 

 無線を切ると、アンジェラはなるべく静かに駆け出した。

 

「……変換のプロセスが入ると駄目だな……調整が上手くいかねぇ」

 

 そんな小さなぼやきを、爆豪が聞いているとはつゆ知らず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5階、核がある部屋にて、麗日はケテルと共に飯田と対峙していた。

 

 とはいっても、ケテルは小さく軽いので、タックルしてもぷよぷよと押し返されるだけである。

 

 なので、ケテルはその小さな腕(?)を前面に向け、そこから卓球のボールのサイズの光の玉を発射して応戦していた。かなり小規模なものだが、ケテルは魔法が使えるのだ。

 

 ケテルが飯田の気を引いている間に、麗日は核の回収を試みる。しかし、流石はエンジンの“個性”を持つ飯田。麗日が核に触れようとした所で素早く核を回収し、離れた場所へ置いた。

 

「くっ……手強い……!」

《ちょこまかと〜!》

「グフフフ、かかってこいよヒーロー! 俺は、至極悪いぞ〜!」

「《…………》」

 

 飯田の頑張っている棒演技に思わず吹き出しそうになる麗日だったが、これが訓練であることを思い出して抑える。ケテルは我慢ならずにクスクスと笑っていた。そこはまだ子供なので大目に見てあげてほしい。

 

「なんとかスキを作れれば……!」

 

 麗日は自身に“個性”を使って張飛を行う。周囲にあったであろう物品は、飯田が麗日対策に片付けてしまっていた。飯田のようなスピードファイターに触れられるでもない麗日が、現状でできる唯一の対抗策。

 

 しかし、如何せんスピードが遅すぎた。飯田にはすぐに対応され、核を回収されてしまう。すぐに受け身を取ったものの、このままではジリ貧だ。

 

 飯田は麗日に確保テープを巻き付けようと、扉から背を向けた。

 

 

 その時。

 

 

 

 

「……さて、選手交代だ」

 

 やけに響く甘い声が3人の耳に届いた。

 

 次の瞬間、飯田の背後から光の鎖が現出し、飯田の体に巻き付けられた。

 

「なっ!?」

 

 飯田はすぐに後ろを振り返る。そこには、先程までなかった筈のアンジェラの姿があった。その手には、飯田に巻き付いた光の鎖の束が握られている。拘束魔法の白亜の鎖(フィアチェーレ)だ。

 

「あ、アンジェラ君、いつの間に!? それにこの鎖は……」

「飯田、音速はオレの十八番だぜ? 次からはもっと後ろにも気を配るんだな。麗日、今のうちだ」

「あ、うん!」

「させな……っ!?」

 

 飯田が麗日を止めるために駆け出そうとするも、アンジェラに白亜の鎖(フィアチェーレ)を引かれ、動くことすらままならない。なんとか鎖を取り払おうと、力尽くの手段を試す飯田だが、その間に麗日が核を回収した。

 

「回収!」

「Mission complete!」

「あ────!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 演習用ビルの地下にあるモニタールーム。ここでは、先の訓練に参加していなかったクラスメート達がオールマイトと共に訓練を見学していた。そして現在、ここで訓練の講評が行われていた。

 

「さて、今回のベストはフーディルハイン少女だ!」

 

 オールマイトの言葉に、周囲から自然と拍手が起こる。アンジェラは少し照れくさそうに頭をかいた。

 

「理由が分かる人は居るかな?」

「はい、オールマイト先生。それは、フーディルハインさんが一番冷静に行動できていたからですわ」

 

 オールマイトの質問に答えたのは推薦入学者の八百万だ。

 

「フーディルハインさんは爆豪さんの奇襲にも上手く対応できていましたし、その後の戦闘でも大きく取り乱すようなことなく爆豪さんを完封していました。飯田さんに対する奇襲もそうですね。相手を傷付けず、なおかつ行動も封じるという、ヒーローが最も取るべき行動が取れていたと思います。

 麗日さんも、陽動として飯田さんを上手く引き付けられていました。フーディルハインさんが放った偵察役の……えっと」

「あ、ケテルな」

「ありがとうございます。そのケテルさんとも上手くチームワークが取れていました。

 飯田さんも、麗日さん対策に物を片付けたりと、状況に則した行動が取れていたのが良かったですね。

 最後に、逆に言わせてもらえば爆豪さんの行動は、戦闘を見た限り私怨丸出しの独断。それに、今回のようなケースであれば、目立つ“個性”の爆豪さんは守備に回って、機動力の高い飯田さんがヒーロー組と対峙するべきでしたわ。フーディルハインさんの行動が功を奏したから目立った被害はなかったものの、屋内での大規模攻撃も愚策としか言いようがありません」

 

 八百万の話にクラスメート達はおぉ……と息をつまらせる。オールマイトも思ってたより言われた、と内心で若干思ったものの、それは表には出さなかった。

 

「ま、まぁ、飯田少年と麗日少女もまだ動きが固かったり、フーディルハイン少女も放った水の規模が若干大きすぎたりといった点もあるわけだが……まぁ、正解だよ!」

「常に下学上達、一意専心に励まねば、トップヒーローになどなれませんので」

 

 そんなこんなで第一戦の講評も終わり、アンジェラ達はモニタールームで他のチームの訓練を見学する。

 

 第二戦で、八百万と同じく推薦入学者である轟によってビルが氷漬けにされ、モニタールームにも冷気が入り込んできたが、アンジェラが温度調節魔法を使うと部屋の温度が正常に戻った。

 

「え、今のフーディルハインがやったのか!?」

 

 アンジェラにそう聞いてきたのは切島だ。アンジェラの足元に魔法陣が現出していたからそう思ったようだ。

 

「ああ、そうだけど」

「すげぇなお前! 何でも出来るじゃん!」

「才能マンだよ才能マン……あ、女の子だから才能ウーマンか」

「水を出したり、鎖を出したり、部屋の温度調節をしたり……多彩な“個性”ね」

「オマケに超美人だし! 故郷じゃモテたでしょ!」

 

 アンジェラに一気に詰め寄るクラスメート達。アンジェラは苦笑いしながら皆に授業中だと促した。

 

 

 

 そんなこんなで、全訓練が無事終了した。

 

「お疲れさん! 皆大きな怪我もなし! しかし真剣に取り組んだ! 初めての訓練にしちゃ、上出来だったぜ!」

「相澤先生の後でこんな真っ当な授業……なんか、拍子抜けというか……」

「真っ当な授業もまた、我々の自由さ! 

 それじゃあ、着替えて教室に、お戻り〜!」

 

 オールマイトはそう言うと、ダッシュで職員室へと向かっていった。その行動を不思議がっていた者もいたが、アンジェラはさして気にせず更衣室へ歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。ホームルームが終わると同時に、アンジェラの周囲には人が集まってきていた。今この場に居ないのは、真っ先に帰った爆豪と轟くらいだ。

 

「訓練凄かったねぇ! 私全然目で追えなかった!」

「というか、“個性”で出来ることの幅が大きくね?」

「名前からして留学生なんだろ? どこから来たんだ?」

「今度飯行かね? 何好きなん?」

「Wait,wait! んな一気に聞かれても答えられねぇって!」

 

 一気に大量の質問を投げかけられ、アンジェラはタジタジになってしまう。授業開始時のオールマイトではないが、聖徳太子が羨ましくなってくる。

 

「あーっと、何から答えるべきか……取り敢えず、“個性”は魔術。魔術っぽいことができる。お察しの通りオレは留学生で、ラフリオンから来た。好きな食べ物はチリドッグ。飯一緒に行くのはちょっと……昼休み一緒に食うんならいいけど」

「スゲェ! この量の質問に全部一気に答えた!」

「魔術ってことは魔法でしょ!? だから魔法陣っぽいもの出てたんだ!」

「魔法陣っぽいものじゃなくてモロ魔法陣だぞ」

 

 アンジェラはほら、と手のひらを上に向けて、そこに小さな魔法陣を現出させる。そこから小さな水を出してみせると、周囲からおお……と感嘆の声が聞こえてきた。

 

「訓練のときは大きな水の塊を出していましたわね。大きさは自由自在なのですか?」

「ん〜……一応な。大きくしすぎると調整が難しくなる。コレ、オレの体内に蓄積された魔力……エネルギーを水に変換してんだが、変換のプロセスが挟まるとどうも……」

「え、ってことはつまり、他のものも出せるってこと!?」

「そうだぞ」

「そういえば、訓練のときに鎖も出してたね!」

「変換とあの鎖は厳密に言えば違うもんだ。アレはエネルギーを圧縮して鎖の形にしてるだけだから」

 

 アンジェラはそう言うと、魔法陣から電気を出したり、鎖を出したりする。その後、ちょっとした魔法ショーみたいなことになって大いに盛り上がった。

 

「いや〜……出来ることが多いっていいなぁ。身体強化も出来るんだろ? あの超パワーとか」

「超スピードもな!」

「ああ、勘違いが発生してるみたいだから言っておくけど、あの超スピードは“個性”全く関係ないからな」

 

 

 

 

 

『…………え?』

 

 それまでは大いに盛り上がっていた教室内だったが、アンジェラの爆弾発言にシン……と静まり返った。

 

「え……超スピードが“個性”関係ないって聞こえたんだけど……嘘だよね?」

「ところがどっこい、マジなんだよなぁ」

「ウソだろ!? 体力テストん時50メートル走0秒台だったじゃん! アレで“個性”使ってないってマジか!?」

「“個性”で身体強化も出来るけど、スピードに振ったら事故る」

「……マジか」

「マジだよ」

 

 アンジェラは何で皆驚いているのだろうと首を傾げていた。普通の人間は“個性”無しで音速なぞ出せない。しかし、アンジェラの周囲に居たのは普通の人間ではなかった。寧ろ、“個性”なぞなくてもマッハで走れるようなバグスペック持ちばかりだった。それ故に、アンジェラの認識は少し周囲とズレているのだろう。

 

 しかし悲しいかな、ここにそれを指摘してくれるような人物は居なかった。ソルフェジオでさえ疑問にすら思っていないのだから、大分毒されている。

 

 教室内が妙な空気になってしまい、切島は軌道修正を試みた。

 

「それにしてもさ、なんかフーディルハインって爆豪に因縁つけられてるよな? 今日の訓練の時とかさ」

「あー……あん時の爆豪の顔、確かにヤバかったな。なにか心当たりないのか?」

「全くもってない。なんかオレのリボンと目が、知り合いのに似てたらしいぜ」

 

 リボンはともかく、目は割とマジで意味わからん。アンジェラはそう言いながら水筒の水をガブ飲みした。これは、意味のわからないものを疑問に思う時の、アンジェラの癖のようなものだった。

 

「何だそれ。変な因縁の付けられ方だな」

「本当に何も心当たりはないんですか? 昔会った……とか。可能性は低そうですが」

「うーん、オレさ、旅が趣味なんだけど、実は日本には今まで来たことなかったんだよな。島国だし。だから因縁とかはありえないはずなんだが……」

 

 それこそオレがソニックに会う前なら話は別だけど。

 

 アンジェラの口から出てきた言葉に、周囲は違和感を覚えた。

 

「えーっと、アンジェラちゃん、それって、どういうこと?」

「……口に出てたか。ま、隠すようなことでもねぇからいいんだけどよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレさ、記憶がないんだわ」

 

 その言葉に、今度こそ教室は静まり返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、もう七年も前になるのかな。傷だらけで倒れてたオレをソニック……兄さんが助けてくれたんだ。それ以前の記憶はない。そっからはソニックに連れられて、世界の色んなところを見て回った。旅はすっごく楽しかったし、ためになったよ。そっからは生卵と小競り合いしたり、色々と自由に暮らしてた。今回わざわざ雄英に来たのは、知り合いに薦められたからだ。オカルト好きなオレにゃ丁度いいだろって。ま、それに納得しちまったんだよな。

 

 ……ああ、今まで記憶が戻ればいいって考えたことはなかったんだ。

 

「だって、今が物凄く満ち足りちゃってるから」

 

 そう語るアンジェラの表情は、とても晴れやかで恍惚としていた。まるで、何かに恋をしているような、そんな表情だった。

 

 知り合いに薦められたから雄英に来たわけではないこと、ヒーローになるつもりが毛頭ないこと、そして、依頼として来たことを語っていないことを除けば、アンジェラの言葉に嘘はなかった。彼女が満ち足りているという言葉には、何一つとして嘘など含まれていなかった。

 

 アンジェラがあまりにも堂々としていたので、皆はなにも言えなくなった。あまりにも、恍惚としたその表情は、本人の意志とは関係なく周囲を見惚れさせた。

 

 そして、アンジェラはそんな周囲の様子に首を傾げていた。

 

 



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リーダーにふさわしいのは

 戦闘訓練の次の日。

 

 ナンバーワンヒーローのオールマイトが雄英の教師に赴任したというドデカイネタを狙って、雄英高校の校門前には連日マスコミが押し寄せてきていた。

 

「オールマイトについてお話きかせてもらえませんか!?」

「うーんと、マッスルです」

 

 アンジェラにもマスコミの質問は押し寄せてきたが、とりまなんか言っとけ精神で切り抜けた。変なことを言っていたことに関しては気にしないことにした。

 

「……そーいや、不思議だな」

 

 何故、オールマイトはわざわざ雄英の教師になったのだろうか。今までずっと精力的に活動を続けてきたが、流石に寄る年波には勝てなくなってきた、とかが妥当だろうか。

 

 しかし、アンジェラのカンは言う。全く違う、予想もつかないような理由があるだろう、と。

 

「……ま、いっか」

 

 アンジェラの頭の中に疑念こそ残るものの、アンジェラ本人はさして気にせず教室へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Good morning〜……って、何だこの空気」

 

 アンジェラが教室に入ると、それまで少数しか揃っていないなりに賑やかだった教室がシン……と静まり返った。アンジェラが不思議そうに席につくと、麗日が近付いてくる。

 

「あのさ、アンジェラちゃん。昨日の話なんだけど……」

「ん……ああ! オレが記憶喪失だって話か? いいんだよ全然。気にしてないし」

 

 でも、と言葉を続けようとした麗日だったが、アンジェラが本当になんでもないように振る舞うので何も言えなくなった。

 

「忘れたってことはそれまでの記憶だ。今更クヨクヨしても仕方ないさ」

「……でも、寂しい、とか思わなかったの?」

「全く。周りに賑やかな連中が揃ってたし、退屈することも少なかったからな」

 

 そう語るアンジェラの表情は、嘘をついているようには全く見えなかった。事実アンジェラは嘘を言っていない。

 

「それにさ、こんなふうに暗くなっちまう方が嫌だなぁオレは」

 

 それは、紛れもないアンジェラの本心であった。

 

「折角こうして巡り会えたんだしさ、やっぱ楽しい方面で盛り上がりたいよ」

 

 その言葉と共にアンジェラが見せた朗らかな笑みに、周囲は見惚れてしまった。アンジェラの魔性の笑みは、何度見ても慣れる気がしない。麗日はそう思った。

 

「……そうだよね。よし! このことを気にするのは終わり! アンジェラちゃん、今日のお昼も一緒に食べよう!」

「お、いいなそれ」

 

 そのまま二人はきゃっきゃうふふとはしゃぎだした。それを聞いていた周囲も、考えすぎだったか、と自身の考えを改めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は流れて、朝のホームルームにて。

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ。VTRと成績見させてもらった。誰も大きな怪我がなかったところはよかったと言っておこう。ただし、爆豪、お前ガキみたいな感情振りまくな。能力あるんだから」

「……分かってる」

 

 昨日の戦闘訓練は相澤先生から見ても概ね良かったようだ。爆豪は暴走について咎められてしまったが。

 

「さて、ホームルームの本題だ。急で悪いが君らには……」

 

 相澤先生の言葉に、皆またテストか、と身構える。相澤先生ならやりかねないが、実際の所は──ー

 

「学級委員長を決めてもらう」

「学校っぽいの来たー!」

 

 普通に学校生活に必要なものだった。アンジェラにとっては体力テストに次いで新鮮なものなのだが。なにせ、アンジェラは今まで学級委員というものを決めたことがない。ラフリオンの学校システムを鑑みれば、それは普通のことであった。

 

「委員長! やりたいです俺!」

「ウチもやりたいッス」

「ボクのためにあるや「リーダー! やるやる〜!」」

「オイラのマニフェストは女子全員膝上30センチ!」

 

 クラスメート達は我こそはと手を挙げる。普通科などの他の科ならこんなことにはならないであろうが、ここヒーロー科において学級委員とは、集団を導くというヒーローの素地を形成できる貴重なチャンスの場である。皆やりたがる気持ちはわからないでもない。峰田だけは何故か自身の性癖を曝露していたが。

 

 一方のアンジェラはというと、興味なさそうに欠伸をしていた。アンジェラはこういう多を導くという「面倒な」役職は苦手だ。家庭教師のバイトのように一対一で済めばまだいいが、学級委員ならそうもいかない。アンジェラは完全に空気になろうと考えていた。

 

「静粛にしたまえ!」

 

 と、ここで飯田が発言を始める。皆、何だ何だと言わんばかりに飯田に注目した。

 

「多を導く責任重大な仕事だぞ……! やりたい者がやれるものではないだろう! 周囲からのしんらいあってこそ務まる聖務……! 民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら、これは、投票で決めるべき議案!」

 

 飯田の考えはもっともだし、意見も的を得ている。

 

 ただし、一箇所だけツッコむべき所があるとすれば……

 

『って、そびえ立ってるじゃねーか!!』

 

 飯田も思いっきり手を挙げていた、という点であろう。これではやりたいことはバレバレである。何でわざわざ発案したのだろうか。

 

「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」

「そんなん皆自分に入れらぁ」

「だからこそ、ここで複数票を取った者こそが、真にふさわしい人間ということにならないか!? どうでしょうか、先生!」

「時間内に決めりゃ何でもいいよ」

 

 相澤先生はそう言うと寝袋に入って寝てしまった。仮にも教師が仕事中に寝るのはいかがなものだろうか。そんなことを頭の片隅で思いながら、アンジェラは投票用紙にある名前を記入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 投票の結果、アンジェラが3票、八百万が2票、以下一票と零票。何故票が入ったし。因みに、あんなにやりたがっていた飯田は一票入っていたことに感動していた。他に入れたらしい。何がしたいんだ、という声が出た。

 

「え〜……やりたくないんだけど」

「え、そうだったの?」

「面倒くさいし、やる気ないし、そもそも集団を導くってのは性に合わないんだ。っつー訳で、学級委員は辞退させてもらうよ」

 

 アンジェラはそう言いながら手をひらひらさせた。

 

「んー……じゃあ八百万が委員長で、副委員長はもっかい投票し直しか?」

「でも皆自分に入れてるでしょ? じゃあ結果変わらないんじゃない?」

 

 クラスメート達はわいのわいのと話し出す。その中で、麗日がふと口を開いた。

 

「……アンジェラちゃんが自分に入れてないとなると、誰に投票したんだろ?」

 

 それは当然の疑問だった。そして、それに答えたのは話題の本人。

 

「ああ、オレは飯田に入れたよ。そういうの得意そうだったからな。メガネだし。八百万もよさげなんだけど、個人的には飯田が委員長で八百万が副委員長の方がいいと思う」

 

 アンジェラの言葉に、教室内は静まり返る。

 

「え、その理由は?」

「んー……ぶっちゃけちゃうと勘だ。なんとなく、飯田は集団を導くのが得意そうだけど暴走しやすそうだし、八百万は導くっつーよりはサポーターの方が向いてそうって思ったんだ」

「……凄いね、アンジェラちゃん、そんなことも分かるんだ」

「や、本当になんとなくだけどな」

 

 アンジェラは自嘲気味に笑う。アンジェラは確かな人を見る目を持ち合わせている。なんとなくだが、その人が得意そうなことを窺い知ることができるくらいには。

 

「じゃあ、それでいいんじゃね? もう一回投票する時間もなさそうだし」

「そうね。アンジェラちゃんの意見にも納得できるし、いいんじゃないかしら」

「そっか。八百万はどうだ?」

「そういうことでしたら、少し悔しいですが異論はありませんわ」

 

 アンジェラの意見に概ね賛成の意を示すクラスメート達。そんな中、飯田は困惑気味に言った。

 

「あ、アンジェラ君、本当にいいのかい?」

「さっきも言ったろ。人を導くっつーのは性に合わないって。飯田なら上手くやれるだろ」

「……ありがとう、アンジェラ君! 君の期待に応えられるように、この飯田天哉、全力で職務に励ませてもらう!」

「おー、よろしくな」

 

 そんなこんなで、学級委員長は飯田に、副委員長は八百万に決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の授業が終了し、お昼時。アンジェラは麗日と飯田と共に食堂にてランチタイムと洒落込んでいた。雄英の全学部の生徒が一堂に会する食堂は今日も大賑わいだ。

 

「でも勿体無かったよね、アンジェラちゃん。折角票が集まったのに」

「ん? 学級委員の話か?」

「そうそう!」

「確かに、俺もあんな簡単に引き受けてしまってよかったのか?」

 

 アンジェラは激辛ペペロンチーノを口に運びながら苦笑いする。その隣では、ケテルが蒸しパンをもぐもぐと頬張っていた。ちなみに、激辛ペペロンチーノの隣には分厚いハンバーグを乗せたプレートが置いてある。アンジェラはかなり大食いであった。ちっこいが。

 

「ああいうのは本当にオレには合ってないからな。そんな奴が学級委員なんかやっても務まる訳ないだろ」

「んー……務まると思うけどなぁ」

「そうだな。アンジェラ君の冷静さやカリスマ性は見事なものだ。だから君に投票したんだ」

「お前だったのかよ。やりたがってたのに、よくわからないことするな、お前」

 

 それは、純粋な疑問だった。あのとき、手がそびえ立つほど学級委員をやりたがっていた飯田が、自分に投票しているとは思ってもみなかったのだ。飯田の票数が一票だったのには疑問を覚えてはいたが。

 

「オレはそんな評価されるような奴じゃない」

「そんなことはないさ。現に俺は君がふさわしいと思ったから君に入れたんだ。やりたいとふさわしいか否かは別の話。僕は僕の正しいと思ったことをしただけだ」

 

 そういうもんかねぇ、とアンジェラはぼやいた。

 

 と、アンジェラはある違和感に気付く。

 

「……ん? 僕? いつもは俺って言ってなかったか?」

 

 そう、飯田の一人称である。クラスメートの前では、一貫して「俺」を使っていた筈だが、今飯田は「僕」と言った。

 

「ちょっと思ってたんだけど……飯田君って、坊っちゃん?」

「なっ…………そう言われるのが嫌で一人称を変えていたんだが……」

 

 そう言われてしまえば気になってしまうもので。アンジェラと麗日は期待に満ちた視線を飯田に向ける。飯田は溜め息を一つこぼすと、自身の家庭事情について話し始めた。

 

「俺の家は代々ヒーロー一家なんだ。俺はその次男だよ」

『え!? 凄っ!』

「ターボヒーロー、インゲニウムは知っているかい?」

 

 飯田の口から放たれたヒーローの名前は、アンジェラにも聞き覚えがあるものだった。最近見たヒーロー番組で特集が組まれていたな、と記憶を引っ張り出しつつ、口を開く。

 

「あー……確か、東京の事務所に65人ものサイドキックを雇っている大人気ヒーローだったよな?」

「そう! それが俺の兄さ!」

 

 飯田はそうドヤ顔で胸を張る。

 

「規律を重んじ、人を導く愛すべきヒーロー! 俺はそんな兄に憧れ、ヒーローを志した!」

「ほーん、そんなふうに自慢できる兄さんが居て良かったな」

 

 それは、アンジェラの心からの言葉だった。同時に、アンジェラは飯田と自分に、ちょっとばかし似ている部分があるな、と思っていた。

 

 思いっきり自慢できるような兄さんが居る、という点で。

 

「そういえば、アンジェラちゃんにもお兄さんが居るんだよね? どんな人なの?」

「んー……自由人と仕事人間。でもカッコよくて強いぜ」

「そうなんだ……なんか会ってみたいな」

「機会があれば会うこともあるさ」

 

 そんな会話をしながら昼食をとっていた3人だったが、突然、校内にジリリリ! というけたたましい音と、「セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは、速やかに屋外に避難してください」という警報が鳴り響いた。

 

 突然の出来事に食堂内の生徒は我先にと行動を起こす。飯田が近くに座っていた先輩に話を聞いたところ、セキュリティ3とは校内に誰かが侵入してきたという警報で、この先輩が在席している間にこの警報が鳴ったことは一度もないという。それはそうだろう。雄英高校は、通称雄英バリアーというダサいネーミングだが世界的に見てもかなり高レベルのセキュリティシステムによって守られているのだから。

 

 先の先輩に促され、アンジェラはケテルを腕に抱き、飯田達と共に食堂の出入り口へと向かう。そこは人、人、人でごった返しており、出入り口前の通路はすし詰め状態だった。

 

「流石最高峰! 危機への対応が迅速だ!」

「いやこれ単にパニックになってるだけだろ! って、うわっ!」

 

 身長の低いアンジェラは、いとも簡単に人の波に呑まれて流されていってしまった。そのまま流されていって、運良く窓際で留まることができた。

 

「ったく、何が侵入したんだよ……」

 

 そう悪態をつきながら窓の外を覗き見ると、そこに居たのは校内に侵入してきたであろうマスコミと、その対応に追われる相澤先生とプレゼント・マイク先生だった。

 

「……は?」

『ただのマスコミですね』

《ぼくしってる! ああゆうのって、マスゴミっていうんでしょ!》

「おいケテル、その言葉をお前に教えたのは誰だ」

《メフィレス!》

「よしやっぱあいつシバくわ。……って、そんなことはどうでもいい!」

 

 こんな御大層な警報が鳴り響いたんだから、何が起こったのかと思えばただの報道熱心な報道陣が侵入してきただけ。先生達はおそらくそちらの対処に追われているのだろう。生徒たちにその情報が行き渡る様子はなく、皆パニックに陥っている。

 

 どうしたもんかと思案に暮れていると、後ろからエンジンのブースト音が鳴り響いた。アンジェラがそちらを見ると、麗日の“個性”によるものだろうか。飯田が空中でグルグル回転しながら飛んでいる。そのまま出入り口の上にある窪みの上に立つと、大きな声でこう言った。

 

「皆さん、大丈ー夫! 

 ただのマスコミです! 何もパニックになることはありません! 大丈ー夫! 

 ここは雄英、最高峰の人間に相応しい行動を取りましょう!」

 

 よく通る声は後方にも響き渡り、ほぼ同時に警察が到着したことも相まってパニックが収まっていった。

 

 アンジェラは飯田の姿を見て、学級委員長を飯田に任せたのは正解だった、と笑みを浮かべていた。

 

 

 パニックを収めている時の飯田が、非常口にしか見えなかったことは、後の笑い話となる。

 

 このあと、午後の授業は緊急の職員会議で中止となり、後日決める予定だった他の委員会や係決めの時間となった。




アンジェラさんは性格的にリーダーには不向きです。自由人なので……


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悪意の襲来

 マスゴミ侵入騒動の次の日。学校は休校になることはなく平常通りに授業が行われていた。アンジェラは何かに引っ掛かりを覚えつつも、普通に授業を受けていた。

 

 そして、午後のヒーロー基礎学の時間。

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった(・・・)

 

 見ることになった(・・・)、という言葉にアンジェラは少し引っ掛かりを覚える。昨日のマスコミ侵入騒動に関係しているのだろうか。

 

「ハーイ、何するんですか?」

「災害水難なんでもござれ、レスキュー訓練だ」

 

 相澤先生はそう言いながら「Rescue」と書かれたプレートを掲げる。

 

「レスキュー……今回も大変そうだな」

「ねー」

「バカおめー、これこそヒーローの本分だぜ? 鳴るぜ腕が!」

「水難なら私の独壇場、ケロケロ」

 

 レスキューは敵の制圧と並び、ヒーローの大きな仕事の一つとされるものである。持てる“個性”を使って、災害から人々を救い出す。ヒーローの中には、敵制圧より災害救助を中心に活動している者もいる。

 

「おい、まだ途中」

 

 ヒーロー活動をするなら絶対に外せない訓練にクラスメイト達は浮き足立つが、相澤先生にひと睨みされるとすぐに静かになった。相澤先生の教育が行き届き始めている証拠だった。相澤先生は話を続けながら、手元の端末でコスチュームケースが入っている棚を動かした。

 

「今回、コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には、活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるから、バスに乗って行く。以上、準備開始」

 

 相澤先生の合図と共に、クラスメイト達も動き出す。

 

 アンジェラは迷うことなくコスチュームケースを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バス乗り場にて、飯田がフルスロットルで番号順でニ列に並ぼう、と指示を出していたが、飯田が予想していたような観光バスのような構造のバスではなく、市営バスのような構造のバスであったため、身も蓋もない言い方をしてしまえば、無駄な行動であった。

 

「くそぅ……こういうタイプだったか!」

「意味なかったな〜」

 

 芦戸、それ追い打ちだからやめてやれ。

 

 アンジェラは5秒くらいそう思った。

 

 そんなことを考えていると、アンジェラの隣に座っていた蛙吹に話しかけられた。

 

「私、思ったことを何でも言っちゃうの。アンジェラちゃん、聞いてもいいかしら?」

「ん? どうした、梅雨ちゃん?」

「ケテルちゃんは、アンジェラちゃんの“個性”の一部なのかしら?」

 

 蛙吹の視線は、アンジェラの膝の上でくーくーと眠っているケテルに向いていた。アンジェラは麗日達にはケテルについての設定を語っていたが、他のクラスメイトには話していないな、と思い出した。

 

「ああ、そうだぜ。ケテルはオレの攻撃の威力を一時的に上げてくれるんだ」

「そうなの。それに、アンジェラちゃん自身の“個性”も出来ることが多いみたいね」

「ま、世間一般で言う魔術っぽいことは大抵出来るかな。

 絶対に出来ないことは時間に干渉することと死んだものを生き返らせること。それ以外にも出来ないことはあるけど、それはオレ自身の技量の問題だな。前には出来なかったことが出来るようになった、ていうことがザラにある」

「なるほど。アンジェラちゃん自身の努力次第で色んなことが出来るようになる“個性”なのね」

「ま、そういうことだな」

 

 アンジェラはそう言いながら膝の上でまだグースカ眠っているケテルをそっと撫でる。ケテルはもぞり、と動いたが、目を覚ますことはなかった。

 

「しっかし、フーディルハインみたいに派手で出来ることが多いっていうのはいいよな! 俺の硬化は対人じゃ強いけど、如何せん地味なんだよなぁ」

 

 そう語りながら腕を硬化させたのは切島だ。

 

「そうか? プロにも十分通用する“個性”だと思うけどな」

「プロな! でもヒーローも人気商売みてぇなトコあるぜ?」

 

 確かに、現代ヒーローは人気商売の側面が強い。ヒーローのメディア露出なんかはその最たる例だ。メディア活動の方が中心になっているヒーローも居るらしいし、それはもうヒーローなのかタレントなのかどっちなのか分かんねえな、とアンジェラは思っていた。

 

「僕のネビルレーザーは強さも派手さもプロ並み」

「でも、お腹壊しちゃうのは良くないね!」

 

 自分の“個性”を自慢する青山だったが、即座に芦戸に弱点を指摘されていた。

 

 ヒーローにとって、活動可能時間は重要な問題だ。一定時間レーザーを射出すると腹を下すというのは、身体的にもそうだが時間という観点から見ても重大な弱点となる。

 

 この弱点をどうするかは、今後の青山の努力次第だろう。

 

「やっぱ派手で強えといったら、轟に爆豪にフーディルハインだろ!」

 

 この意見に、クラスメイト達は概ね賛成だった。

 

 先日の戦闘訓練で、大規模な爆破を見せた爆豪に、ビルを丸ごと一つ凍らせた轟。その派手さや攻撃力は素人目から見てもかなりのものだと分かる。圧倒的な手数の多さを見せ、そんな爆豪を完封したアンジェラが2人よりも頭何個分以上飛び抜けているのは言わずもがな。

 

 この短期間で、3人は1年A組のトップ3とクラスメイト達に認識されており、その中でもアンジェラはクラス最強だという評価を受けていた。

 

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」

「んだとコラ、出すわ!」

「ほら」

 

 蛙吹にキレやすい点を指摘され言い返した爆豪の顔は、どう見てもヒーローの顔には見えなかった。アンジェラは思わず吹き出してしまう。

 

「この付き合いの浅さで、既にクソを下水で煮込んだような性格だって認識されてるってスゲェよ」

「テメェのボキャブラリーは何だコラ、殺すぞ!!!」

「いやそういうこと言うからそんな性格だって認識されるんだろ」

「低俗な会話ですこと」

「でもこういうの好きだ、私!」

 

 そんなふうにワイワイと騒いでいたクラスメイト達だったが、訓練場が近付いてきた時に相澤先生からお叱りの言葉をいただくと静かになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドーム状の訓練施設の前で待っていたのは、宇宙服のようなコスチュームに身を包んだスペースヒーロー、13号だった。麗日は13号先生のファンらしく、クラスメイト達の中でも一際目立って興奮している。

 

 13号先生に促されて中に入ると、そこにはまるでテーマパークのような光景が広がっていた。誰かがUSJかよ! と言っていたのは気にしたら負けだろうか。

 

「水難事故、土砂災害、火災、暴風、etc……

 あらゆる事故や災害を想定して、僕が作った演習場です。

 

 その名も、ウソの災害や事故ルーム、略して、USJ!」

 

 本当にUSJだった。気にしたら負けとかそういう領域の話じゃなかった。というか、その略称は多方面から怒らそうなのだがいいのだろうか。アンジェラは心の中でそう思った。

 

 クラスのほぼ全員がそんなふうに困惑していると、相澤先生と13号先生が何やら話している。どうやら、本来ここに居るはずのオールマイトが来られなくなってしまったらしい。その会話を聞いていたアンジェラだったが、13号先生のある言葉が引っかかった。

 

(……制限ギリギリ? やっぱオールマイトって衰えてるのか?)

 

 まぁ、思ったところでオールマイトも結構長いことヒーローやってるから、流石に衰えくらいはするだろう、という結論に達してすぐに気にしなくなるのだが。

 

 

 

 結局授業はオールマイトを待たずして始まるらしい。

 

「えー、始める前に、お小言を一つ、二つ……三つ、四つ、五つ、六つ……」

 

 どんどん話すことが増えていく13号先生。どうやら、13号先生は話を纏めるのが苦手らしい。

 

「皆さんご存知かとは思いますが、僕の“個性”はブラックホール。どんなものでも吸い込んで塵にしてしまいま」

「その“個性”で、どんな災害からも人々を救い上げるんですよね!」

「ええ。しかし、簡単に人を殺せる力です。皆さんの中にも、そういう“個性”が居るでしょう」

 

 13号先生の言葉に、場の空気がぴしり、と固まる。

 

『“個性”とは、ヒーローの携行する防衛装置であり、敵の携行する殺人兵器である』

 

 欧州でそれなりに有名な哲学者の残した言葉だ。

 

 この超人社会、殆どの人物が“個性”という武器を携行しているような状態だ。それを人を殺すために使えという教育機関など存在しない。世のため人のためになるようなことをしなさいと言う者は多けれど、凶器に使えと説くような者は居ない。

 

 そこにあるのが当たり前。どう使うかなど本人次第。

 

 アンジェラの魔法だってそうだ。魔法と“個性”の違いなど、それが技術であるか、先天性の固有技能であるかくらいしかない。

 

 とはいえ、日本は他国と比べて“個性”への抑圧が強いのは確かなのだが、それは超常以前からのお国柄なのだから仕方ない。超常以前も、アメリカでは銃の個人所有が認められていたのに対し、日本では銃はおろか調理器具や工具等以外の刃物ですら持つことに制限がかかっていた。アンジェラはラフリオンで育ったからこそ、日本の法律に対していやそこまで厳しくしなくても、と思うことがあるが、表には出さない。郷に入っては郷に従え、である。

 

「超人社会は、“個性”の使用を資格制にし、厳しく規制することで、一見成り立っているように見えます。

 しかし、一歩間違えば容易に人を殺せる、行き過ぎた“個性”を個々が持っていることを忘れないでください。

 

 相澤さんの体力テストで、自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘訓練で、それを人に向ける危うさを体感したかと思います。

 

 この授業では、心機一転! 人命のために“個性”をどう活用するのかを学んでいきましょう! 

 君たちの力は人を傷付けるためにあるのではない、人を救けるためにあるのだと覚えて帰ってくださいな。

 

 以上! ご清聴ありがとうございました!」

 

 話し終えると、13号先生は一礼した。その考えさせられる内容に、クラスメイト達から拍手喝采が巻き起こる。アンジェラとケテルも拍手した。

 

「よし、そんじゃまずは……」

 

 相澤先生が授業を始めようとした、まさにその時。

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

 アンジェラは、直感的に何かが来る、と感じた。

 

 そのことを先生方に伝えようとした、次の瞬間。

 建物内の照明が突然消えて、セントラル広場の前に奇妙な黒い空間が、音を立てて現れた。

 

 アンジェラは反射的にソルフェジオを杖形態にして構える。それと同時に、相澤先生が指示を出した。

 

「ひとかたまりになって動くな! 13号、生徒を守れ!」

 

 相澤先生は指示を出しながらゴーグルを装着する。体力テスト後に調べたのだが、相澤先生はイレイザーヘッドというヒーローである。“個性”は抹消。見た者の“個性”を消すという、強力な“個性”だ。

 

 すぐに動き出す13号先生と比べて、クラスメイト達は突然の指示に困惑しているのか動きが遅い。モタモタしているうちに、噴水の前に現れた黒い空間から、何十単位の人間が現れる。

 

「また入試の時みたいな、もう始まってんぞパターン?」

「違う。あれは、敵だ!」

 

 黒い空間から現れるは悪意。プロヒーローが、常に対峙しているもの。

 

 あの黒い空間はワープゲートのようなもののようだ。黒い空間は人のような形に集束する。

 

「13号に……イレイザーヘッドですか。先日頂いた(・・・・・)教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここに居るはずなのですが……」

 

 黒い靄のような敵の話からすると、先日のマスコミ侵入騒動は敵側の仕業だったようだ。

 

 アンジェラは即座にテレパシーでソルフェジオに学校側に連絡を取るように指示を出すが、何かに妨害されているようでジャミングが酷い。ジャミングを解除できないか試したが、“個性”によるもののようで、しかもそのジャミングの出処も不明。

 

 アンジェラは周囲に気付かれないように舌打ちした。

 

 現れた敵のリーダー格と思しき、手のようなものが体中に着いた男が口を開く。

 

「どこだよ……折角こんなに大衆引き連れて来たのにさ……オールマイト……平和の象徴……居ないなんて……」

 

 アンジェラは、ヤバそうなのはリーダー格の男とワープゲートの敵、そして、それ以上にヤバいのは人間かどうかも疑わしい脳みそ剥き出しの奴二体(・・)だけだと気付いた。他は、路地裏に潜んでいる程度の小物だと。

 

 しかし、それでも敵であることに変わりはない。

 

 ついこの間まで中学生だったクラスメイト達が対峙するには、まだ早すぎることに変わりはない。

 

「……子供を殺せば、来るのかな?」

 

 それは、奇しくも命を救う授業の時に、底しれぬ悪意を孕んでやって来た。




というわけで、USJ事件です。


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水難ZONE

今更ですが、アンジェラさんのイメージCVは久野美咲さんです。某穴掘り冒険ファンタジーのそす姫の人。
あと、アンジェラさんの見た目がイメージしにくい人は某L社の秘書AIの見た目そのままにちっさい版をイメージしていただければ。


……え?名前も同じだろって?
すまん、マジでそれは偶然なんだ。アンジェラさんの名前決めてから気付いたよね。


「ハァ、敵んん!? バカだろ!? ヒーローの学校に入り込んでくるなんて、アホすぎるぞ!?」

 

 確かに、敵にとってヒーローの巣窟たるヒーロー養成校への侵入は、即座に捕まる可能性が高い愚策にも思える。しかし、今回の輩はそうではないと、アンジェラは考えていた。

 

「先生! 侵入者用センサーは!?」

「もちろんありますが……」

 

 13号先生の口ぶりからすると、先生達もセンサーが何らかの要因で無効化されてしまったことに気付いているようだ。

 

「現れたのはここだけか、それとも学校全体か。何にせよ、センサーが反応しねぇなら? 向こうにそういうことができる“個性”が居るってことだろ。

 校舎と離れた隔離空間、そこにクラスが入る時間割……

 バカだがアホじゃねぇ……これは、何らかの目的があって用意周到に画策された、奇襲だ」

 

 轟は比較的冷静さを保っているようで、状況の分析を行った。

 

 そう。その目的が何であれ、相手は学校側の侵入者対策を頭に入れているような連中なのだ。油断することはできない。

 

「13号、避難開始! センサーの対策も頭にある敵だ。上鳴! お前も“個性”で連絡試せ!」

「ッス!」

 

 相澤先生は指示を出しながら首に巻き付けた捕縛布を構える。

 

「……って、相澤先生、まさか一人で戦う気ですか!? 大多数の小物はともかく、正面戦闘じゃ危険な奴が数人混ざってますよ!? まして、相澤先生の戦闘スタイルじゃ……!」

 

 アンジェラの頭の中に、警鐘が鳴り響く。

 あの脳みそ剥き出し敵は、ヤバいと。

 相澤先生では、勝ち目がないと。

 

 アンジェラは、過去の経験からそう判断した。

 

 しかし、相澤先生の意思は硬い。ヒーローとして、教師として、あの敵達を制圧するつもりでいる。

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

「……なら、ちょっとだけ待ってください」

 

 アンジェラは、これ以上引き止めることは相澤先生に失礼だと思った。そして、自分に出来ることは相澤先生の生存確率を少しでも引き上げることだとも思った。

 

 本当ならアンジェラも加勢したいが、それは相澤先生が許さないであろう。相澤先生にとって、アンジェラは守るべき生徒なのだから。

 

 ならば、とアンジェラはウエストバックから幻夢の書を取り出し、手早くデータをソルフェジオに読み込ませ、詠唱を唱える。本来ならば詠唱を全部カットしたいのだが、如何せんアンジェラは他人にかけるタイプの補助魔法にはそこまで適正がなく、フルとは言わずともある程度の詠唱は必要としていた。しかし、最大まで詠唱は刻む。

 

「『我が乞うは、祝福の風。猛き意思を宿す者に、力を与える祈りの光と、その身を守護する鋼の護りを』」

 

 アンジェラの足元に魔法陣が現出する。目の前に現るは、力と護りを与える魔力弾。

 

二重の祈りに導かれて(ディア・アンソーディア)!」

 

 アンジェラはソルフェジオを振るってその魔力弾を相澤先生に与え、これが鋼の守りを与え、攻撃能力を底上げするものだということを伝える。

 

 祈りに導かれて(アンソーディア)はアンジェラが使える最上級の支援魔法である。今回のは守りと攻撃の二つの効果を持つ支援魔法だ。

 

「効果は大体20分ほどです。これで、大抵のことは大丈夫だと思います」

「フーディルハイン……ありがとな。

 

 13号、任せたぞ!」

 

 相澤先生はアンジェラにお礼を言うと、セントラル広場へと飛び出していった。

 

 セントラル広場で相澤先生は、次から次へと襲いかかってくる敵を容易く返り討ちにしていた。それは、たゆまぬ努力によって作り出された、洗練された戦闘スタイルだった。

 

 しかし、それでも不利なことに変わりはない。相澤先生のためにも、早く避難をしなければならない。アンジェラは幻夢の書を仕舞い、ソルフェジオをペンダントに戻し、クラスメイト達と共に13号先生の指示に従って避難する。

 

 しかし。

 

「させませんよ」

 

 相澤先生の一瞬の瞬きの隙に、モヤがかった敵がアンジェラ達の前に現れた。

 

「はじめまして。我々はヴィラン連合。僭越ながら、この度ヒーローの巣窟たる雄英高校に入らせていただいたのは……平和の象徴、オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして。

 本来ならば、ここにオールマイトがいらっしゃるはず……ですが、何か変更があったのでしょうか? 

 まぁ、それとは関係なく…………」

 

 平和の象徴殺し宣言に皆が息を飲む中、13号先生は右手人差し指のキャップを外し、戦闘態勢を整える。あの黒モヤを吸い込むつもりのようだ。

 

 アンジェラはそれを邪魔しないように、援護できるタイミングがあれば援護しようと、ソルフェジオを拳銃に変形させて懐に忍ばせる。

 

「私の役目はこれ」

 

 13号先生が、黒モヤ敵を吸い込もうとしたその時。

 

「オラァっ!!!」

「その前に俺達にやられることは考えなかったのか!?」

 

 爆豪と切島が、黒モヤ敵に向かって“個性”を放つ。

 良く言えば勇猛果敢。しかし、この状況においてそれは悪手でしかなかった。2人が突撃してしまったせいで、13号先生は“個性”が使えなくなってしまう。

 

「危ない、危ない……そう、生徒とはいえ、優秀な金の卵」

「駄目だ、退きなさい二人共!」

 

 13号先生が声を上げるも、時既に遅し。

 アンジェラは咄嗟にケテルを抱きかかえる。

 

「散らして嬲り殺す……!」

 

 次の瞬間、視界が闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラが意識を取り戻すと、視界の先には水が溢れていた。

 

「っち、水難ゾーンかよ! 天を駆る翼(ローリスウィング)!」

 

 アンジェラの両足に、小さな光の翼が現れる。アンジェラは速度を出しすぎないように注意しつつ、一旦状況を整理しようと近場にあった船の上に飛び乗った。

 

 天を駆る翼(ローリスウィング)は基本飛行魔法である。基本飛行魔法とはいいつつ、アンジェラがその気になればマッハ以上の速度は出るが、こんな狭い空間でそんなことをすれば即事故る。

 

 アンジェラが船の甲板に降り、ケテルを放した丁度その時、水面から峰田を抱えた蛙吹が現れた。どうやら、水の中に落ちた峰田を救助したらしい。

 

「カエルの割に、中々どうして……おっぱいが……」

 

 そんな戯言をのたまっていた峰田は、蛙吹の舌にまかれてテキトーに甲板の上に放り投げられていた。

 

「こんな状況で何言ってんだコイツは……。災難だな、梅雨ちゃん」

「それはあなたもでしょう、アンジェラちゃん。大変なことになってしまったわね」

 

 蛙吹はそう言いながら船の壁に張り付いて甲板へと登ってきた。

 

「ったく、あのバカ共……考え無しに飛び出しやがって。あいつらはナックルズの親戚かっての。……と、こんなこと言ってる場合じゃなかったな」

「アンジェラちゃん、随分と落ち着いているみたいね」

「ああ、まー、色々あってな」

「……それについてはおいておくとして、今の状況、どう思う?」

「どうも何も、雄英のカリキュラムが外部に漏れて、そこから画策された奇襲だろ。見た感じ、水中にも敵が居るっぽいし、この感じじゃ他のゾーンにも敵が居るだろうな」

 

 アンジェラはそう言いながら水面を覗き見る。そこでは、水中向きの“個性”の持ち主であろう敵がこちらの様子を伺っていた。水中に感じる気配から察するに、水中にうようよしているだろう。

 

「単純に考えれば、先日のマスコミ騒動は情報を得るために敵側が仕組んだってことになる。

 轟の言うとおり、虎視眈々と準備を進めてたってことだな」

「でもよでもよ! オールマイトを殺すなんて出来っこないさ! オールマイトが来たら、あんな奴らけちょんけちょんだぜ!」

 

 お気楽な考えの峰田にアンジェラとケテルは呆れ返る。蛙吹はただただ冷静に、言った。

 

「峰田ちゃん、殺せる算段が整っているから、連中こんな無茶してるんじゃないの? そこまで準備してきている連中に、私達嬲り殺すって言われたのよ。オールマイトが来るまで持ちこたえられるかしら? 仮にオールマイトが来たとして、無事で済むのかしら」

 

 峰田の顔に怯えが全面的に出る。その顔は、とてもヒーロー志望の学生のものとは思えなかった。

 

「ふ、フーディルハイン〜! 何だよコイツ〜!?」

「いや、今のはお前が100パー悪い。梅雨ちゃんが居なかったら、お前多分死んでたぜ」

《ビビりだ、ビビりだー!》

 

 アンジェラは苦笑い。ケテルに至ってはケタケタ笑っていた。

 

 そんなことをしているうちに、いつの間にか船の周囲を敵に囲まれてしまっていた。騒ぎ出す峰田。アンジェラは溜息を一つ吐くと、峰田の頭を軽く殴った。

 

「痛っ! 何するんだよフーディルハイン!」

「アホ抜かせ。今すべきことを考えろ。今するべきはそうやって騒ぎ立てることじゃねぇだろ。奴さんの狙いが何であれ、今オレ達がするべきことは全員で生き延びること。戦って、勝つことだろうが」

「はぁぁぁぁ!? 何が戦うだよ! オールマイトぶっ殺せるかもしれない奴らなんだろ!? 雄英ヒーローが救けに来るまで大人しくが得策に決まってらぁ!」

「お前もう黙れよ」

 

 アンジェラは冷ややかな声でそう言い放った。完全に呆れ返っている。

 

「あー、そんなことはどうでもいい。お前ら、彼奴等はどっからどう見ても水中戦を想定してるよな」

「この施設の設計を把握した上で人員を集めたってこと?」

「ああ。だが、それにしちゃあちょっとお粗末な点があるとは思わないか?」

「お粗末な点って何かしら?」

「いい質問だ梅雨ちゃん。それは、梅雨ちゃんがこの水難ゾーンに移動させられてるって点だ」

「だから何だよ!?」

「つまり、敵側はオレ達の“個性”は把握してないんじゃ、ってことだよ」

 

 蛙吹の“個性”を知っていれば、間違っても水難ゾーンには放り込まない。そう考えての発言だった。

 

「確かに……カエルの私を知っていたら、あっちの火災ゾーンにでも放り込むわね」

 

 アンジェラ達の“個性”の情報がないからこそ、敵達はバラバラにして、数で攻め落とすという作戦を取った、というか、取らざるおえなかったのだろう。いくら雄英生とはいえ、一年のこの時期に実戦経験などあるはずもない。敵の一人ひとりはチンピラ程度の小物でも、数で落とせば殺せると踏んで。

 

「勝利の鍵は、奴さんがオレ達の“個性”を把握してないってこと。ま、それはこっちにも同じことが言える訳だがな。

 しかも奴さんは決してこっちに上がってこない。それは、奴さんがこっちを舐めてないってことになるがな」

 

 どうやってこのピンチを切り抜けるか。それを話し合うために、アンジェラ達はまず自分たちの“個性”について互いに教えることにした。トップバッターは蛙吹だ。

 

「私は跳躍と、壁に貼り付けるのと、舌を伸ばせるわ。最長で20メートルほど。あとは、胃袋を外に出して洗ったり、毒性の粘液、といっても、多少ピリっとくる程度のを、分泌できる。……後半二つはほぼ役に立たないし、忘れていいかも」

 

 アンジェラは蛙吹の“個性”がかなり強力なものであると感じた。変温動物らしい弱点は抱えている可能性が高いが、それを補えるレベルの機動力を蛙吹は持っている。峰田救出の際に、敵まみれの水中を泳いでいたことから水中機動力には目を見張るものがあるだろう。こと水難事故において、蛙吹ほど柔軟に動ける人材は、少なくともクラスには居ないだろう。

 

 分泌、という言葉に反応した峰田は、ケテルのタックルを喰らっていた。

 

「ふむ……中々強力な“個性”じゃないか。

 オレのは前話したよな。魔術っぽいことは大抵できるって」

「ま、魔術っぽいことならワープとか出来るんじゃないのか!?」

 

 峰田の言葉に、アンジェラは一瞬言葉を詰まらせる。

 

 アンジェラは一応召喚魔法などの空間魔法は使えるし、カオスエメラルドによるワープも出来る。

 

 しかし、アンジェラが使うワープには、致命的な欠点があった。

 

「あー……そのことなんだけどさ。一応、ワープ技が使えないことはないんだけど、流石に入学して早々にこんな事態になるなんて想定してなかったから、この辺り一帯の『座標』がわからないんだよ」

「それがどうしたってんだよ〜!?」

 

 峰田はこの状況も相まって冷静な判断が出来なくなっているのか喚くばかりだが、蛙吹はアンジェラの含みのある言い方に何かを感じたらしい。

 

「もしかして……アンジェラちゃんのワープ技は、その座標っていうのが分からないと使えないのかしら?」

「That's right……その上、座標の解析にはどれだけ急いでも丸一日はかかるんだよなぁ……」

 

 そう。これがアンジェラがカオスエメラルドの力を使う上での制限であり、アンジェラの空間魔法のデメリットである。

 

 世界には、位置情報を示す座標が存在するが、アンジェラが空間魔法を使うときはその座標を元に魔法式を組み替える必要がある。また、その座標はそのままカオスコントロールによる長距離ワープにも適応される。カオスコントロールの場合は、座標を頭に浮かべるだけでいい。

 

 半径5メートルほどの短距離ワープなら、カオスコントロールの場合は座標の解析は必要ないのだが、アンジェラのカオスコントロールはそうポンポン何度も使えるものではないので、短距離を重ねがけして長距離に、なんてことはできない。しかも、USJから雄英校校舎までの範囲の座標の解析にはどれだけ急いでも丸一日はかかる。

 

 余談だが、ソニックとシャドウは座標なんざなくてもカオスコントロールの長距離ワープが使える。アンジェラの場合は、アンジェラのカオスコントロールへの適正が「巻き戻すこと」に特化していることも関係しているのだろう。

 

「……ま、そういうわけだから、オレのワープ技は今は使えない、って思ってもらっていい。それ以外にも色々出来るから、頼るんならそっちを頼ってくれ」

 

 アンジェラは自身の中途半端さに苛つきを覚えるも、それを表に出すことはなかった。

 

 アンジェラが説明を終えると、峰田はボール状の髪の毛をもぎって船の壁にくっつけた。

 

「オイラの“個性”は、超くっつく。体調によっちゃ一日経ってもくっついたまま。もぎったそばから生えてくるけど、もぎりすぎると血が出る。オイラ自身にはくっつかずに、ぶにゅぶにゅはねる」

「なるほど……拘束特化型か」

 

 にやり、とアンジェラの口角が上がる。

 

 敵は多数。閉鎖空間。状況がいいとは口が裂けても言えない。

 

 しかし、アンジェラの頭の中には、既にこの状況を打破する考えが浮かんでいた。

 

「…………よし。なんとかなりそうだな。お前ら、よく聞け」

 

 アンジェラは自身の考えを蛙吹と峰田に話して聞かせる。峰田の顔は段々と更に青ざめていった。

 

「む……無理だって、オイラにそんな大役は……」

「腹ぁ括れ。プロになったらこんな状況ばっかだろうが。それにここに男は峰田だけだろ? 根性見せろよ」

 

 アンジェラは峰田の背を叩き、不敵な笑みを浮かべた。やけに妖艶なその様に、峰田はおろか蛙吹ですら思わず見惚れてしまう。

 

「……ちっくしょう! やってやろうじゃねぇかぁ!!」

「アンジェラちゃん、随分磨かれた女の武器を持ってるのね」

「なんのことだ?」

 

 まさか無自覚なんて……これは、自覚させてあげたほうがいいのかしら? 

 

 蛙吹はちょっとだけ、そんなふうに悩んでいたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 水中で、敵は円形に陣を構成して待ち構えていた。痺れを切らした敵によって船も破壊され、もうあと何分もしないうちに沈むであろう。

 

 アンジェラは、ソルフェジオを杖形態に変形させて構えると、船の上から飛び出した。

 

「やるぞ、ソルフェジオ!」

『はい。我が主』

 

 アンジェラの背後に魔法陣が現出し、ソルフェジオには4つの環状魔法陣が現れる。魔力を水面の中心に当たるように一点に集束させ、放つ。

 

耳障りな光の絶叫(イアフルスメイス)っ!!」

 

 放たれたのは、一本の空色の砲撃と、それに付随する大きな衝撃波。水面に叩き込まれたそれらは、広がる水の流れを作り出す。

 

 アンジェラが耳障りな光の絶叫(イアフルスメイス)を放つと同時に、蛙吹が峰田を抱えながら跳躍をした。

 

「なんだよ……フーディルハイン……カッケェことばっかしやがって……!!」

 

 峰田の目には涙こそ溜まっているが、その顔は腹を括ったヒーローのものへと変貌していた。

 

「オイラだって……オイラだってぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 峰田は頭のもぎもぎを水面へと投げ入れる。一度広がり、集束を始めた水の流れに流されるままの敵達は、峰田のもぎもぎボールによってくっつき、そのまま中心へと引きずり込まれていった。

 

「水面に大きな衝撃を与えれば、広がって、また中心に集束するから……」

「一網打尽、ってことね」

 

 水中に居た敵達は、その全てが峰田のもぎもぎボールでくっついてしまったようだ。蛙吹は跳躍で、アンジェラは飛行魔法でなるべくその中心から離れる。

 

「取り敢えず、第一関門(・・・・)突破、って感じね。凄いわ、二人共!」

 

 アンジェラ達を追いかけてくる敵の姿はなかった。

 

 




ご観覧、感想、しおり、お気に入り等々、皆様ありがとうございます。作者のモチベーションに繋がります。ストックはまだまだあるので、暫くはこのペースで投稿を続けていく所存です。

新参者ですが、これからもよろしくお願いいたしますm(_ _)m



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意思なき獣

 水難ゾーンを突破したアンジェラ達。敵はあれで全部だったようで、こちらへ追撃してくる様子はない。

 

「今朝快便だったから、奴ら一日くっついたままだぜ」

 

 それならば、雄英教師陣も簡単に拘束できるだろう。アンジェラ達は念の為、なるべく敵の塊から離れた場所へと移動していた。

 

「さて、これからどうするかだが、このまま水辺に沿って、広場を避けつつ出入り口まで行くのが最善の手だろうな」

「そうね。広場では相澤先生が敵を大勢引き付けてくれている」

「相澤先生ってやっぱスゲェヒーローだったんだな……ヒーローらしからぬ見た目だけど」

「峰田、ちょいと調べたが、相澤先生はイレイザーヘッドっていうアングラ系ヒーローだぜ。“個性”を消すっていう“個性”の持ち主だ」

 

 相澤先生は確かに強いだろう。しかし、相澤先生は自身の“個性”は身体能力をどうこうできる訳じゃない。あくまでも、相手の“個性”を消すだけで、集団戦には不向きの“個性”であるはず。

 

 それでも、未だ戦闘音が聞こえるということは、相澤先生が持ちこたえているということなのだろう。プロとはやはり、苦手であるはずのこともある程度の水準ではこなせるものであるらしい。それに今は、アンジェラのかけた強化魔法が作用しているから、並大抵もことは大丈夫のはずだ。

 

 しかし。

 

「…………嫌な予感がする」

《ピシピシ感じるよー……あのせんせー、危ない》

 

 アンジェラの勘は言う。

 

 あのままでは、相澤先生が危ないと。

 

 ケテルも、アンジェラの隣でブルブルと身体を震わせている。

 

「敵集団の大多数を占めているチンピラ共の制圧は、相澤先生には簡単だろうが……黒モヤとボス格、それに脳みそ剥き出しのキモい奴二体を全員相手にするとなると、相澤先生じゃ多分歯が立たない」

「ふ、フーディルハイン? 何言って……」

「……やっぱり、オレも加勢する」

「いや、何言って……!」

「別にお前らを連れて行こう、ってわけじゃねえんだ。お前らは、早いとこ出入り口まで行って助けを呼んでこい。ケテル、お前も梅雨ちゃん達について行け」

《りょーかいっ!》

 

 ケテルは元気よく敬礼のまねごとをすると、蛙吹の側にふよふよと近付いてくる。

 

「アンジェラちゃん、本当に大丈夫なの?」

 

 蛙吹は心配そうにアンジェラの顔を覗き込む。蛙吹には、あの敵集団の中に突っ込もうとするアンジェラが無謀なことをしようとしているようにしか見えなかった。

 

 アンジェラは不敵に笑い、ソルフェジオをペンダントに戻す。

 

「Don't worry.勝算のない戦いに無謀に突っ込むほど、オレはバカじゃねぇさ。……じゃ、Good luck!」

 

 アンジェラはそう言うと、音速で駆け抜けて行った。

 

 行き先は、相澤先生が戦っているであろうセントラル広場だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セントラル広場にて、相澤先生は敵の集団との長期戦に突入していた。敵の数もどんどんと減ってはいるが、本来の戦闘スタイルからかけ離れた状況に相澤先生の負担も大きく、“個性”を発動できる時間も短くなっていく。

 

 敵の数も数えるほどになった頃、敵のボス格と思しき奴が動き出した。他の有象無象とは訳が違うと、相澤先生も直感的に見抜き、そのボス格の“個性”を消しつつ、肘打ちを土手っ腹にぶち込む。

 

 しかし、そのボス格敵は相澤先生の肘を掴んでいた。その間に、相澤先生の“個性”が切れる。

 

「動き回るので分かりづらいけど……髪が下がる瞬間がある。一アクションを終えるごとだ。そしてその間隔は、だんだん短くなっている。

 無理をするなよ……イレイザーヘッド」

 

 敵が、相澤先生の“個性”の弱点を分析していた。ボス格に掴まれた相澤先生の肘が少しずつ崩れていく。ボス格の“個性”によるもののようだ。

 

「……あれ? 崩れにくいなぁ」

 

 しかし、敵の言葉を信じるなら、相澤先生の肘が崩れる速度は遅いようだ。

 

 相澤先生はこれを好機と、回し蹴りでボス格をふっ飛ばして拘束から抜け出しつつ、距離を取り、他の敵を制圧する。しかし、多少とはいえ肘が崩れたダメージは大きく、先程までのような動きはできない。それでも、相澤先生は戦い、敵を制圧した。

 

 残ったのは、ボス格と、

 

「カッコいい、カッコいいなぁ……ところでヒーロー、

 

 本命は俺じゃない」

 

 脳みそ剥き出しの二体の敵。

 

 脳みそ剥き出し敵達が相澤先生に手を向けた、その時。

 

「ッ、相澤先生から、離れろォッ!!!」

 

 空色の風が吹き荒ぶ。脳みそ剥き出し敵達は吹き飛ばされ、背中から地へ落ちる。ボス格の表情は分からないが、驚いているのは伝わってきた。

 

 そして、相澤先生の居た場所に影がもう一つ。

 

「間に合ったァ! 相澤先生、大丈夫ですか!?」

「な、フーディルハイン!?」

 

 それは、水難ゾーンから音速で走り抜けてきたアンジェラだった。アンジェラは相澤先生の崩れた肘を視界に入れると、軽く舌打ちをする。

 

「って、若干間に合ってないな、コレ……」

「フーディルハイン、何故ここに……!?」

「嫌な予感がしたんで、走ってきました!」

 

 そんな会話をしている間にも、脳みそ剥き出し敵達はアンジェラ達の方へと近付いてくる。

 

「オレはあいつらを沈めてくるんで」

「フーディルハイン、無茶だ! お前にはまだ……」

「勝算のない戦いに、むやみやたらに突っ込んだりしませんって。癒やしの鈴蘭(ヒールベル)

 

 アンジェラは回復魔法の癒やしの鈴蘭(ヒールベル)で相澤先生の傷をある程度まで治すと、ソルフェジオをナックルダスターに変形させ、腕に装着する。

 

 回復魔法を使ったって、表面上の傷は治るが内部のダメージまで治るわけじゃないし、“個性”のインターバルが元に戻る訳でもない。ここまでの長期戦で、相澤先生はかなり消耗している。

 

 それなら、今自分がするべきことは、戦うことだ。

 

「へぇ……お前、生徒だろ? 先生を守るために来たのか……ヒーローだなぁ。ムカつくなぁ」

「勝手にムカついて結構。オレはやりたいことをやるだけさ」

「そんなお前はコイツで相手をしてやる……対オールマイト用敵、脳無だ!」

 

 ボス格の命令で、脳みそ剥き出し敵……脳無達がそれぞれ左右から一直線にアンジェラ達の方へと向かってくる。アンジェラは足元に魔法陣を現出させ、無詠唱で左右に砲撃を放った。脳無達をノックバックさせ、スタンさせることはできたようだが、すぐに体制を立て直される。心做しか、白い体色の脳無の方が黒い体色の脳無よりも遠くへ吹っ飛び、スタンから立ち直る時間も長いように感じた。

 

 黒い体色の脳無の拳がアンジェラへと迫る。アンジェラはその音速のスピードで、最小限の動きで躱して、反撃とばかりに脳無の腹に身体強化魔法を乗せた蹴りをお見舞いした。

 

「オラァッッ!!」

「──────!」

 

 黒い体色の脳無は大きくノックバックした。蹴りの衝撃は風となって周囲に伝わっていく。

 

「っち、次から次へと……!」

 

 黒い体色の脳無に続けと言わんばかりに白い体色の脳無がアンジェラへと迫る。アンジェラは魔法陣を出現させ、魔力を圧縮し、放った。

 

機械的な熱線(テクノランチャー)!!」

 

 機械的な熱線(テクノランチャー)は物理ダメージ砲撃魔法。脳無の皮膚が抉れるくらいの火力があり、砲撃だけでなく熱によるダメージを与える追加効果がある。アンジェラはもう殺さなきゃいいや、的な精神で機械的な熱線(テクノランチャー)を撃ったのだが、しばらくすると、脳無の皮膚が再生され、元通りになってしまった。

 

「……な!?」

 

 これには流石のアンジェラも驚くも、脳無が二体ともアンジェラの方へと迫ってきていたので、身体強化魔法を施した脚を思いっきり振るってふっ飛ばした。

 

「……脳無はショック吸収に超再生持ちなんだけどなぁ……強いなぁ、あの子。本当に学生か?」

 

 戦闘が膠着状態になってきた頃、ボス格はアンジェラの背後に回ってアンジェラを塵にしようとしていた。

 

 しかしそれは、相澤先生の拳に阻まれる。

 

「相澤先生! もう大丈夫なんですか!?」

「何とかな。フーディルハインの“個性”のおかげだ。お前がバフをかけてくれたおかげで、消耗が思ったより少なく済んだ」

「そうですか、よかった……」

「フーディルハイン、もうここまで来たからには逃げろとは言わない……来るぞ!」

 

 脳無達がアンジェラの方へ、ボス格敵が相澤先生の方へと向かってくる。相澤先生は戦えるようになったとはいえ、ダメージと疲労は相当なものだ。アンジェラは魔力弾で相澤先生を補助しつつ、脳無達をふっ飛ばしていた。

 

 と、黒い脳無を蹴り飛ばしたとき、アンジェラは白い脳無の様子がおかしいことに気付いた。心做しか、目が光っているような……

 

 相澤先生が相手をしていたボス格の敵が、相澤先生から離れて何やら呟いている。

 

「……本当は、オールマイトに使う予定だったんだけどなぁ。脳無」

 

 白い体色の脳無の瞳から光があふれる。その光はすぐにこちらに迫っていく。アンジェラは咄嗟に防壁を展開した。目の前が、光で包まれた。アンジェラは、反射的に目を瞑った。

 

 ……光が晴れ、アンジェラは目を開く。特に身体には異常は見られない。

 

 しかし、相澤先生の動きが不自然なものになっていた。

 

「相澤先生、大丈夫ですか!?」

「……っち、前が見えねぇ……あの光の仕業か!?」

 

 アンジェラがどういうことかと思っていると、ソルフェジオが告げる。

 

『我が主。解析の結果、あの光には一時的に視力を奪う効果があるようです』

「……それで相澤先生は……でも、オレはなんともないみたいだが」

『解析の後、私が我が主に防壁を貼らせていただきました。時間が足りなかったので、先生には貼れませんでしたが』

「そうか……さて、どうするか」

 

 相澤先生は目を潰された。先程まで使ってこなかったということは、発動にはかなりのインターバルがかかるか、こちらの行動を誘導する目的か……

 

 取り敢えずと、アンジェラは無詠唱で相澤先生の周囲に青い防郭を出現させる。範囲防御魔法の守護の幕(ディアスメイル)だ。相澤先生を安全な場所に運ぼうにも、敵の中でも特に危険度の高いであろうこいつらを放置して行くわけにはいかなかった。

 

「相澤先生、耳は大丈夫ですか?」

「ああ……何とかな」

「そりゃ結構。防郭を貼ったんで、その場から動かないでください」

 

 アンジェラはそこまで言うと、拳を構える。

 

「さて、まだ遊ぶかい?」

 

 脳無達が再び、アンジェラに襲いかかってきた。ボス格は静観に徹することにしたようで、後方で微動だにしない。

 

 アンジェラが相澤先生を背に庇い、カウンターを決めようと脚に魔力を集束させていたその時、ボス格敵の隣に黒モヤが発生し、黒モヤ敵が現れた。

 

「死柄木弔……」

「黒霧。13号は殺ったのか?」

「行動不能にはできたのですが……散らしそこねた生徒がおりまして、1名、逃げられました」

「……は? 黒霧……お前…………!! お前がワープゲートじゃなかったら、粉々にしたよ……!!!」

 

 会話の内容から察するに、黒霧というらしい黒モヤ敵は13号先生と一部のクラスメイト達と交戦し、13号先生を行動不能にまで追い込めたものの、クラスメイトの誰かにUSJ外に逃げられたらしい。そのクラスメイト経由で応援も呼ばれるだろう。

 

 そんな考察をしつつ、アンジェラは突進してきた脳無達に音速の重い蹴りをお見舞いした。その衝撃は凄まじく、脳無は吹き飛び、衝撃波で風は吹き荒れる。

 

「はぁ、異様に強い子供も居るし、流石に何十人のプロ相手じゃ敵わない。……ゲームオーバーだ。あーあ、今回はゲームオーバーだ……帰ろっか」

 

 アンジェラはその言葉に気味悪さを覚えた。

 

 これだけのことをしでかしておいて、あっさり引き下がるとは到底考えられない。オールマイトを殺す算段を用意してきたと言っていたのに、これでは雄英の危機意識が向上するだけで、他に大した成果もない。

 

 何が狙いだ? 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラは拳を構え直した。

 

 死柄木弔と呼ばれたボス格の敵はゆらり、とアンジェラの方を向く。

 

「ああ……でも、やっぱり、あの子供は殺したいなぁ!」

「っち、やっぱそう来るか!」

 

 死柄木弔がアンジェラに迫り、その手を向けてくる。アンジェラは咄嗟に防御魔法の守りの意志(ディフェソート)を展開しようと、腕を顔の前で交差させて魔力を込める。

 

 その時だった。

 

 ドカン!! と、扉が破壊される音が響いた。USJの出入り口のドアが破壊される音だった。

 

 そしてそこから現れたのは、普段笑みを絶やさない平和の象徴。

 

「もう大丈夫……何故って?」

 

 その平和の象徴は、笑っていなかった(・・・・・・・・)

 

「私が来た!!」

 

 



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平和の象徴

 平和の象徴の降臨は、生徒たちに安心を、敵達にプレッシャーを与えた。オールマイトは進行方向上に居た敵を一網打尽にしながらセントラル広場に文字通り飛んでくる。

 

「フーディルハイン少女! 怪我はないか!?」

「オレは大丈夫です! それより相澤先生が敵の“個性”で目をやられて……!」

「何……!」

「単に視界を潰されただけです……怪我はフーディルハインに治してもらってほぼ無傷です」

「フーディルハイン少女、相澤君を安全な場所まで頼めるかい?」

「Of course! 直ぐ戻ってきます!」

「…………ん?」

 

 オールマイトが来た今、相澤先生を背に庇って戦う必要もなくなった。アンジェラは相澤先生を背負うと、守護の幕(ディアスメイル)を解除し、出入り口まで走る。その道中、蛙吹と峰田の姿を見つけた。

 

「梅雨ちゃん! 峰田!」

「アンジェラちゃん! 大丈夫!?」

「フーディルハイン、無事だったか……って、相澤先生!?」

「大丈夫。視界を潰されただけだ。大きな怪我はない」

 

 アンジェラの言葉に蛙吹と峰田は、自分たちを守るために敵の群れに飛び込んだ先生が無事であることに安堵した。

 

「みっともないところを見せたな……。すまない」

「そんな! 先生が謝ることなんてなにもないわ!」

 

 相澤先生としては複雑な心境だろう。守るべき生徒にこうして守られ、みっともないような姿を晒してしまっている。生徒の優秀さに喜ぶべきなのか、自分のみっともなさに恥じるべきなのか。

 

「梅雨ちゃん、先生に肩を貸してやってくれないか」

「それはいいけど……アンジェラちゃんはどうするの?」

「オールマイトんとこに戻る」

「オールマイトんとこって、敵の居るとこじゃんか! そんな危険な場所に近付く必要なんか……!」

「そうよ、アンジェラちゃん。こうして相澤先生を救けてくれたんだもの。アンジェラちゃんは十分に働いたわ。あとは、オールマイトに任せましょう?」

「フーディルハイン、いくらお前が強いからって、それは看過できない……」

 

 3人はアンジェラの行動を咎める。確かに、アンジェラもオールマイトに任せてもいいという確信があれば、もうオールマイトの所に戻ろうと思ったりしなかっただろう。なにせ相手は平和の象徴。無敗のヒーローだ。普通なら、そう考えるのが自然である。

 

 しかし、今回ばかりは話が違った。

 

「相澤先生、無傷とはいかなくても、五体満足で戻ってくるって約束します。

 だから、行かせてください」

 

 アンジェラの金の瞳が、光り輝く。蛙吹と峰田は、不謹慎にもそれがとても美しいと思ってしまった。

 視界を潰された相澤先生も、アンジェラの声色からアンジェラが引き下がる気がないことを確信する。はぁ、と吐かれた溜息は、果たして誰のものだったか。

 

「……ちゃんと五体満足で戻ってこないと、除籍処分にする」

「……!」

「分かったら行け」

「……はい! ケテル、もう少し頼むな」

《任せて!》

 

 相澤先生は折れることにした。脳無相手でも引けを取らないほどの戦闘力をアンジェラが持っていたことも大きいが、やはり一番の要因は、アンジェラが決意を抱いていたことだった。

 

 相澤先生の許しを得たアンジェラは、すぐに音速のスピードでオールマイトの元へと戻る。

 

「相澤先生……」

「フーディルハインは確かな決意を持っていた。それでも後先考えずに突っ走ったりせず、俺の許可を得ようとした……不安は残るが、信用するには、十分だよ」

 

 相澤先生は知っていた。過去、職場体験中に敵と遭遇し、後先考えずに突っ走った雄英生が大怪我を負ったことを。その生徒は、普段から後先考えずに突っ走るタイプだったようだ。相澤先生が担任する生徒ではなかったが、その悪評は相澤先生の耳にも届いていた。

 

 そんな話を知っていたからこそ、相澤先生はきちんと許可を取ってから戻ろうとしたアンジェラに好感を覚えたのだ。

 

 蛙吹は不安そうに、爆音と爆発のような煙が湧き出たセントラル広場の方角を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラがセントラル広場に戻った時に目に飛び込んできたのは、そこにはバックドロップの体勢のオールマイトと、黒霧のワープゲートで上半身と下半身が違う場所に出現している黒い脳無の姿だった。

 

 黒い脳無はオールマイトの脇腹に指を突き立てており、オールマイトはそこから出血している。

 

 白い脳無はオールマイトに一歩、また一歩と近付いている。先程アンジェラが戦ってみた感じでは、白い脳無は黒い脳無ほどのパワーはないように感じた。黒い脳無を10とすれば、白い脳無は7ほどのパワーしかないだろう。

 

 しかし、拘束された状態では躱すことも受け流すこともできない。アンジェラは腕に魔力を集束させ、目にも留まらぬスピードで白い脳無を殴り飛ばし、同時に白亜の鎖(フィアチェーレ)で地面に拘束した。

 

「おととい来やがれェ!!」

「……さっきの子供……!」

「フーディルハイン少女!?」

 

 死柄木弔は計画が上手くいかない苛立ちからか、首のあたりを執拗に掻きむしり、苛立ちのままに叫ぶ。

 

「っち、黒霧!」

「私の中に血や臓物があふれるので嫌なのですが……あなたほどの方なら喜んで受け入れよう!」

 

 黒い脳無の上半身がワープゲートに沈んでゆく。オールマイトが半端にワープゲートに収まったところを見計らってワープゲートを縮小させ、引き千切るのが狙いらしい。

 

 アンジェラは黒霧に蹴りを入れようとしたが、後ろから爆音が響いてきたので、咄嗟に爆音の進行方向から退いた。

 

「どけ邪魔だ!」

「危っな!」

 

 アンジェラがジャンプしたとほぼ同時に、背後から爆豪、轟、切島が現れた。爆豪は黒霧の纏っている鎧のような部分を押さえつけ、轟は黒い脳無の身体を凍らせ、切島は死柄木弔に攻撃を仕掛けようとしたが、その攻撃は躱されてしまう。

 

「っち、いいとこねー!」

「スカしてんじゃねぇよモヤモブがぁ!」

「平和の象徴はお前らごときには殺れねーよ」

 

 約1名ヒーローらしからぬ言動をしているが、敵の移動手段は抑えた。アンジェラも地面に降り立ち、敵を見据える。

 

「はっ、このうっかり野郎め、やっぱ思った通りだ。モヤ状のワープゲートになれる箇所は限られてる。そのモヤゲートで実態部分を覆ってたんだろ。そうだろ!? あんとき……全身モヤの物理無効人生なら、危ないっつー発想が出ないもんなぁ。動くなよ? 少しでも怪しい動きをしたと俺が判断したらすぐ爆破してやる!」

 

 爆豪はそう言いながら、手のひらから爆発を発生させる。傍から見たらどちらが敵だかわかったもんじゃない。アンジェラは5秒くらいそう思ったが、すぐに思考を眼の前の敵達の対処へと切り替えた。

 

「攻略された上にほぼ無傷……凄いなぁ、最近の子供は。恥ずかしくなってくるぜ、敵連合」

 

 どうでもいいのだが、その直球すぎる団体名はどうにかならなかったものか。

 

 アンジェラが頭の片隅でそんなことを思いながら目で捉えたのは、普通の人間であれば認識することすら困難なスピードで爆豪に襲いかかろうとしている白い脳無。アンジェラは脳無を遥かに上回るスピードで脳無の懐へと潜り込み、最大まで魔力を纏った拳を撃ち込んだ。

 

「ハッ、不意打ちのつもりだろうが、そうはいかないね!」

「何っ……!?」

 

 白い脳無はソニックブームを起こしながら吹き飛び、USJの壁をぶち抜いてその向こうへと吹っ飛んでいった。

 

 しかし、アンジェラも無傷とはいかず、あまりのパワーの反動で右の指ぬきグローブがボロボロに千切れ、手から腕にかけての皮膚が一部裂け、血が流れ出していた。アンジェラは痛みに思わず息を吐く。

 

「っ……」

『我が主、大丈夫ですか?』

「折れちゃいねぇよ……」

「フーディルハイン少女! なんて無茶を……!」

「っ、オールマイト!」

 

 オールマイトはアンジェラに下がって、と言いかけたが、アンジェラの叫び声に気付く。

 

 アンジェラは、オールマイトを拘束していた脳無がいつの間にかワープゲートから抜け出し、轟に凍らされた部分が崩れてゆくのを目撃していたのだ。崩れた部分からミシミシと嫌な音を立てて肉が生えてくる。その肉は脳無の失われた手足を補完した。

 

「まずは出入り口の奪還だ……」

 

 手足を取り戻した脳無は、死柄木の命令に従って出入り口……黒霧を奪還すべく、爆豪に襲い掛かる。アンジェラは誰よりも早くそのことに気が付き、一瞬は脳無を吹き飛ばそうかと思ったが、黒い脳無は予想以上に素早かった。魔力を込める時間がないと瞬時に判断したアンジェラは、爆豪の首根っこを掴んで脳無の進行方向上から離脱した。

 

 その直後、脳無の拳が空を切る。砂煙と風圧の中、アンジェラはなんとか地面に着地した。

 

「フーディルハイン! 大丈夫か!?」

「Don't worry.オレよかこいつを心配してやれ」

 

 アンジェラは雑に爆豪を離す。爆豪が抑えていた黒霧は奪還されてしまったようだが、背に腹は代えられないだろう。

 

「あの敵はヤベェけど……俺等でオールマイトのサポートすりゃ……!」

「やめとけ。お前らじゃ足手まといになるだけだ」

 

 オールマイトのサポートに意欲を示す切島だが、それをアンジェラが冷たい一言で咎めた。

 

「フーディルハイン少女の言う通りだ……逃げなさい! フーディルハイン少女には皆のサポートを頼みたい」

「……分かりました」

 

 そう言われてしまっては断れないと、アンジェラは頷いた。そんなことを言いつつ、危なくなったらサポートに入るつもり満々である。

 

「さっきのは俺がサポートに入らなきゃヤバかったでしょう」

「それはそれ。ありがとな、轟少年」

 

 轟は脳無の強さからいくらオールマイトでもサポートが必要だと思ったが、オールマイトはそれを否定し、力強さを示すように拳を握った。

 

「でも大丈夫、プロの本気を見ていなさい!」

 

 その言葉と共に、オールマイトは脳無に戦いを挑んだ。

 

 脳無の拳とオールマイトの拳がぶつかり、その衝撃で風圧が起きた。真正面からの殴り合いだ。やたらめったらに撃ち込んでいるのではない。一発一発が、100%以上の拳だと、アンジェラは感じた。

 

 風が吹き荒ぶ。そのせいで、誰もオールマイトと脳無の方には行くことができなかった。

 

「君の“個性”がショック無効ではなく吸収なのなら! 限度があるんじゃないか!? 私対策!? 私の100%を耐えるなら! 更に上から捻じ伏せよう!!」

 

 拳と拳がぶつかり合う。オールマイトの拳が、脳無に確実にダメージを与えていた。オールマイトも傷口に拳を入れられ、血を吐いていたが、攻撃の手は緩めることはない。

 

「ヒーローとは、常にピンチをぶち壊してゆくもの……!」

 

 オールマイトの攻撃が、脳無のショック吸収を完全に上回った。オールマイトは拳に最大限の力を溜める。

 

(ヴィラン)よ……こんな言葉を知っているか!? 

 

 更に向こうへ! 

 

 PULLS ULTRAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 

 雄英高校の校訓と共にオールマイトが放った一撃は、脳無の腹部にクリーンヒットし、脳無をUSJの天井をぶち破った先に天高く舞い上がらせた。

 

「……wow」

 

 これにはアンジェラも感嘆の声を溢した。自分でほぼ同じようなことをやっていたはずというのは気にしてはいけない。

 

 死柄木は脳無が2体とも負けるとは思っていなかったようで、悔しそうな声を滲ませた。

 

「っち……! 脳無が2体ともやられた……! しかも一体は生徒……子供にだ……!」

「死柄木弔……オールマイトもそうですが、あの娘は危険です。ここは逃げるべきでしょう」

「っ、分かってるよ……おい! オールマイトと…………そこの青いの!」

 

 死柄木の叫びに、アンジェラはワンクッション置いてからようやく死柄木の言った「青いの」が自分であると気が付いた。

 

「あ、オレ?」

「お前以外に誰がいる……まあいい、今度は殺してやるからな! せいぜい首洗って待ってろ!!!」

 

 死柄木はそう言うと黒霧のワープゲートに包まれて消え去っていった。

 

 アンジェラはしばらくぽかーんとしていたが、少ししてようやく口を開いた。

 

「……あ、今の宣戦布告か」

『気付くの遅いです』

 

 

 

 

 

 

 

 敵が撤退してから少し、アンジェラはオールマイトの元へと駆けていった。腹部からかなり出血しているようだし、応急処置をしておいたほうがいいというアンジェラの判断である。

 

 しかし、未だ土煙が舞い散るそこに立っていたオールマイトは、なんだか萎んで見えた。

 

「オールマイト……?」

「HAHA……バレちゃったか」

 

 アンジェラは驚きのあまりしばらく言葉を失ったが、それどころではないと首を振ると、幻術魔法を展開し、その場で切島達には先に戻ってハンソーロボを呼んでほしいと頼んだ。爆豪は何やら言っていたが、まぁ気にしなくていいだろう。

 

 アンジェラはパズルのピースが嵌ったような感覚を覚える。何故いきなりオールマイトが雄英の教師に着任したのか甚だ疑問であったが、おそらくオールマイトはヒーローとしての限界を迎えているのだろう。何十年も不動のナンバーワンとして君臨し続けたオールマイトであるが、流石に寄る年波には勝てないということか。

 

 何かつっかかりを感じつつも、アンジェラは納得したように頷いた。

 

「なるほど……だからアンタ雄英の教師に」

「まぁ、そういうことなんだよね……こっちの不手際で見つかって言うことではないけれど、くれぐれも他の人に話したりはしないでね?」

「……んな無粋なことするわきゃないでしょう……ちょっと引っかかりますが、事情は聞きません。オレが首突っ込んでいい問題でもないでしょうし」

 

 アンジェラはそう言うと、ウエストバッグから応急セットを取り出し、その中にある包帯を掴んだ。

 

「それにしても、君には随分と救けられた……ありがとう、フーディルハイン少女」

「お礼は別にいいです。ほら、包帯巻いちゃうんでじっとしててください」

 

 アンジェラは慣れた手付きでオールマイトの腹部に包帯を巻く。自身も手を怪我しているからか、少しおぼつかない手付きではあったものの、その処置自体は的確だった。

 

「先に自分の怪我を治せばよかったのに」

「アンタの方が重傷でしょう。オレの“個性”で治せればよかったんですけど、流石に腹に空いた穴はすぐには治せなくて……」

「応急処置だけでも十分だよ。ありがとう」

 

 アンジェラの使える回復魔法は、アンジェラ自身に回復魔法に対する適性がないため、ある程度の怪我を治すことしかできなかった。相澤先生の崩された肘でも、結構ギリギリのラインだったのだ。崩された範囲が小さかったからこそ癒やしの鈴蘭(ヒールベル)で即座に治せたようなものである。

 

 アンジェラの自身の中途半端さに対する苛立ちをよそに、オールマイトはあることを考えていた。

 

 今まで本当に信頼してきた自分の秘密。自身の後継者は、彼女がいいのではないか、と。

 

 そんなことがオールマイトの頭を一瞬過ぎったが、オールマイトは彼女に聞いてみないと分からないな、彼女の経歴を考えると、厳しいかもな、とその考えを頭の片隅に追いやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。主犯格二人を除く敵は、駆けつけた雄英教師陣に捕縛され、後に駆けつけた警察によって逮捕された。アンジェラとオールマイトによって外に殴り飛ばされた脳無達も確保されたらしい。

 

 USJ内で散り散りにされたクラスメイトは教師陣によって保護された。負傷者は数名程度でそのほとんどが擦り傷切り傷程度の本当に軽い怪我であり、生徒の中で一番怪我が酷かったのは、自身の強化魔法の反動で腕の皮膚が裂けたアンジェラであった。そのアンジェラも回復魔法で怪我を治し、一日で完治した。

 

 相澤先生は筋肉に軽いダメージこそあったものの軽傷。白い脳無によって潰された視界もこの日のうちに回復したが、万全とはいかないようだ。

 

 13号先生は全身の裂傷が酷かったものの、命に別条はない。しばらく入院するようだ。

 

 オールマイトも腹部に穴を空けられるも命に別条なし。オールマイトは保健室での処置で十分とのことだ。

 

 雄英高校に敵の集団が攻め込んでくるという前代未聞の事件は、こうして幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……ここで、誰も想定していなかったことが2つ。

 

 一つ。アンジェラの手の傷口にオールマイトの血が触れてしまっていたこと。

 

 

 

 

 

 

 そして、もう一つは、オールマイトの頭の片隅に追いやられたはずの考えが、『彼ら』にオールマイトの想いだと認識されてしまったこと。

 

 

 

 

 

 カチリ…………

 

 

 誰にも知られずに廻り始めた運命は、もう止められない。止めることなど、気付くことなど、誰にもできやしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、アンジェラさんに起きた変化とは一体何でしょうか?(すっとぼけ)


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第二章 Endless Possibility
未来を見据えて


新章、雄英体育祭編です。


 USJが敵連合を名乗る一団に襲撃された事件……通称USJ事件から2日。

 

 襲撃による臨時休校を経て、今日からまた通常授業が再開される。

 

 ……と、アンジェラは思っていたが。

 

 

 

 

 

「うーん……」

『我が主、どうかされましたか?』

「昨日くらいからなんか変なんだよなぁ……昨日は気のせいかって思ってたんだが……」

《変って、何が〜?》

 

 登校中、アンジェラはしきりに手を開いたり握ったりさせていた。右腕の裂けた皮膚はオールマイトの応急処置を終えたあとに回復魔法で回復させてある。一応保健室にも行ったが、保険医のリカバリーガールにもリカバリーガールの“個性”による処置の必要はないと言われていた。

 

 しかし、だとしたら昨日から感じる名状しがたいこの違和感は何なのだろうか。

 

 痛みがあるわけではない。寧ろ昨日しっかり休んだおかげで身体の調子はいい方だ。

 

 何か嫌なものを感じるわけでもないが、この違和感をなんとかできなければ動きに支障が出てしまう。アンジェラは昼休みにでも保健室に行ってみようかと考えていた。

 

『こちらで解析しましたが、我が主の中に何かが宿っているようです』

「何か……? 詳しいことは分からないのか?」

『我が主の魔力に隠れて、そこまで解析するには時間がかかりますが……』

「よし、任せていいか?」

『かしこまりました』

 

 違和感についてはソルフェジオとリカバリーガールに任せることにしたアンジェラは、いつものように登校した。

 

 

 

 

 

 

 教室に着いても、アンジェラの身に宿った違和感が消えることはなかった。アンジェラがしきりに腕を動かしたり、手を開いたり閉じたりしていると、前の席に座っている峰田が音に気付いたのか振り向いてきた。

 

「フーディルハイン、お前大丈夫か?」

「あー……なんかちょっと違和感が……」

「本当に大丈夫なのですか? もしかして、この前に受けた傷が……」

 

 心配そうな声色でアンジェラに声をかけたのは、アンジェラの後ろの席に座っている八百万だ。アンジェラは手を握ったり動かしたりする動きは止めずに口を開く。

 

「いや、痛みはないんだ。嫌な感じもない。なんて言えばいいのか……少なくとも、傷がどうのこうのって感じじゃないんだよなぁ」

「そうなのか? にしてはしきりに手を動かしてるけど……」

「保健室には行かないのですか?」

「座学には支障なさそうだし、昼飯食ったら行くよ」

 

 アンジェラはそう言うと机の上に乗っているケテルを一撫でし、周囲の話に耳を傾ける。皆この前のUSJ事件も話題でもちきりであった。

 

 昨日受けた連絡によると、USJ襲撃を受けてGUNの方でもスケジュールの前倒しを検討しているらしい。詳しいことはまだ教えられていないが、雄英高校に特別講師の皮を被った捜査官を派遣する予定になっているそうだ。本来ならば6月辺りの予定だったものだが、遅くとも5月中に前倒しになるそうだ。

 

 なんでも、アンジェラに縁のあるエージェントを送り込むのだとか……。

 

(……なんでだろう。嫌な予感しかしない)

 

 アンジェラはこれ以上余計なことを考えないことにした。

 

 

 

「皆〜! 朝のホームルームが始まる! 私語を慎んで席に着け〜!」

「着いてるぞー」

「着いてねぇのお前だけだ」

 

 朝のホームルームの直前、飯田は委員長としてフルスロットルでクラス全体に指示を飛ばすも、席についていないのは当の飯田本人のみであった。ものの見事にから回っている。

 

 アンジェラは、飯田はもう少し落ち着くべきだと5秒くらい思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝のホームルームの時間。予鈴が鳴ったと同時に相澤先生が教室に入ってきた。目に眼帯などを巻いていないことから、潰されていた視界は回復したようだ。相澤先生の無事に一息つくクラスメイト達。しかし相澤先生は、静かに言い放った。

 

「安心するのはまだ早いぞ……戦いは終わっちゃいねぇ」

 

 戦いは終わっていない? なんのことだろうとアンジェラは首を傾げた。ちなみに峰田は「また敵が〜〜……!?」とビビり散らかしていた。

 

 何だ何だと思っている人はアンジェラを含めてクラス内に結構居るようで、皆不思議そうな顔をしている。そんな中で相澤先生が言い放ったこの言葉は、クラスを色んな意味で沸き立たせた。

 

 

 

 

「雄英体育祭が迫っている」

『クソ学校っぽいのキタ──!!!』

 

 雄英体育祭。アンジェラも話には聞いていた。この学校の体育祭は普通の学校の体育祭とひと味もふた味も違うらしいと。しかし、それ以上のことはあまりよく知らない。敵に侵入されたばかりなのに、体育祭なんかやって大丈夫なのだろうか。

 

 アンジェラと同じ考えを持った人は少なからず居たが、彼らがその疑問を相澤先生にぶつけたところ、相澤先生は警備は例年の5倍以上に増やすらしいと語った。逆に開催することで雄英高校の危機管理体制は盤石であると示す、という考えらしい。

 

「何より、うちも体育祭は「最大のチャンス」。敵ごときで中止していい催しじゃねぇ」

「いや、そこは中止しよう? 体育の祭りだよ?」

 

 今回は峰田の意見が最もだとアンジェラは思った。敵の襲撃という前代未聞の事態に見舞われたばかりなのに、体育祭を開催するのは少しよくないのではないか。普通の学校なら中止する催しだろう。

 

 しかしここは雄英高校。普通の学校ではなかった。

 

「うちの体育祭は日本のビッグイベントの一つ。かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ、全国が熱狂したが、今は知っての通り、規模も人口も縮小され形骸化した。そして日本において、かつてのオリンピックに代わるのが、雄英体育祭だ」

 

 オリンピックがスポーツの祭典と呼ばれていたのはもう随分と昔のこと。そもそも、スポーツという分野が輝いていたのは“個性”がまだマイノリティであった時代までの話だ。

 

 スポーツは選手自身の能力を公平な場で競い合い、得点を出す。しかし、“個性”が現れてからというもの、スポーツの公平性は失われてしまった。“個性”は人間の身体機能の一つだが、個人個人で全く違う性質を持つ。当然、スポーツの場に“個性”なんてものをもちだせば、競技の公平性やルールなんてものはぐちゃぐちゃになってしまう。スポーツのルールは、今となってはマイノリティと化した「無個性」が基準なのだから。

 

 スポーツは“個性”が広まると同時に形骸化してゆき、今ではエクストリームギアなどの、“個性”持ちを想定したレースくらいしか大きな盛り上がりを見せていない。スポーツのお株は、“個性”を潰さないヒーロー稼業に掻っ攫われたようなものだ。

 

 なるほど、そう考えてみれば合点がいく。雄英体育祭は“個性”を用いて競い合う場なのだろう。そういえば、体育祭は全国中継されると前に聞いたことがあった。

 

「当然、全国のプロヒーローも見ますのよ。スカウト目的でね!」

 

 雄英は日本のヒーロー科のトップ。そんなエリート中のエリートたる人材は、なるほど、全国各地から引っ張りだこであるというわけだ。雄英体育祭は、言っちゃあ悪いが所謂売り込みと似たようなものなのだろう。

 

 ヒーロー科の学生の卒業後の進路は様々あるが、プロ事務所にサイドキック入りするのが一番のセオリーだという。そこから独立しそびれて、万年サイドキックというヒーローも多いのだが。

 

「上鳴、あんたそうなりそう。アホだし」

「うっ…………」

 

 事務所を経営するということは、当然自分で色々と考えないといけないわけで。耳郎の言葉も上鳴が今のままでいればあながち間違いでもないのかもしれない。

 

「当然、名のあるヒーロー事務所に入ったほうが、経験値も話題性も高くなる。時間は有限。プロに見込まれれば、その場で将来が開けるわけだ。年に一回、計3回だけのチャンス、ヒーローを志すなら絶対に外せないイベントだ」

 

 ヒーローとしての将来の活路を見出すという意味で、そして、ヒーローとして売り出す……目立つことができるという意味では、これほど最高な舞台はないだろう。クラスメイトは色めき立つ。

 

「その気があるなら準備を怠るな!」

『はい!!』

 

 クラスが活気に満ち溢れる中、アンジェラは誰にも気づかれることなく口角を上げていた。

 

 

 

 

 

《すぴ〜……すぴ〜……》

 

 ちなみにこれは大変余談であるが、朝のホームルーム中ケテルはずっとアンジェラの机の上でグースカピーと寝ており、目を覚ますことはなかった。

 

 皆が一丸となったように大声で相澤先生に返事をしている間もグースカ寝ていたのだから、ケテルは将来大物になるかもしれない。アンジェラはそんなことを頭の片隅で考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんなことはあったけどよ、やっぱテンション上がるなオイ!」

 

 午前の座学が終了し、昼休み。やはりといえばやはり、クラスメイト達の話題は雄英体育祭一色で染まり上がっていた。

 

「活躍して目立ちゃ、プロへのどでけぇ一歩が踏み出せる!」

「雄英に来た甲斐があるってもんだぜ!」

「数少ない機会……ものにしない手はない」

 

 雄英体育祭で上位に入った、または、上位に入っていなくても目立った生徒は、必ずと言っていいほど有名なプロヒーローになっている。個々の能力を見るのに雄英体育祭ほどちょうどいいステージはないだろう。

 

 クラス中が雄英体育祭に向けて盛り上がる中、アンジェラはいまいち乗り切れなかった。

 

「皆盛り上がってるなぁ……」

「君は違うのか? ヒーローとなるために在籍しているのだから、燃えるのは当然だろう!」

 

 アンジェラの呟きに反応した飯田はそう言いながらなんかくねくねしていた。アンジェラは一瞬これが日本式の燃え方なのだろうかと頓珍漢なことを考えていたが、蛙吹の「飯田ちゃん、独特な燃え方ね。変」という言葉で、あ、これはおかしいんだな、と思い直していた。

 

「いや、盛り上がってないわけじゃないけど……雄英体育祭のノリが分からん」

「フーディルハインは雄英体育祭見たことないんだ。珍しいね」

「逆に聞くがな芦戸、他所の国が国内だけでやってる祭典を中継するテレビ局があるとでも?」

「はっ……確かに!」

 

 雄英体育祭は確かに日本ではかつてのオリンピックに代わる祭典だが、それは日本だけでのお話。当然、ラフリオンで雄英体育祭の中継なぞやっているはずもない。故にアンジェラは、雄英体育祭のノリをいまいち理解しきれておらず、乗り切れていなかった。それなりに楽しみにはしているが。

 

「アンジェラちゃん、飯田くん! 体育祭頑張ろうね!」

 

 と、雄英体育祭のノリがどんなものなのかを考えていたアンジェラの眼の前で、麗日が全く麗日ではない表情でそう宣言した。女子がしていい顔ではない。

 

 ちなみに、デリカシーに欠ける発言をしようとした峰田は蛙吹にシバかれていた。

 

 麗日はその後もクラスメイト達に「私頑張る〜!」と決意表明を続けていた。アンジェラはふと、あることを疑問に思った。

 

 

 

 

 

 しばらくして、アンジェラは麗日と飯田と共に昼食を摂ろうと食堂へと向かっていた。

 

「麗日はどうしてプロヒーローになろうと思ったんだ?」

 

 そんな中、アンジェラが何気なく言ったこの言葉に、麗日は若干恥ずかしそうに答えた。

 

「……お金!? お金欲しいから、ヒーローに?」

「究極的に言えば……なんかごめんね!? 飯田くんとか立派な動機なのに、私恥ずかしい……」

「何故!? 生活のために目標を掲げることの、何が立派じゃないんだ?」

 

 飯田の疑問はもっともだ。人はお金を稼がねば生きてはいけない。そのために目標を掲げて頑張ることは十分立派なことだ。麗日は恥ずかしそうに頭を掻きながら続ける。

 

「うちの実家、建設会社やってるんだけど、全然仕事なくてスカンピンなの……あ、こういうのあんま人に言わん方がいいんだけど……」

「建設……麗日の“個性”なら、どんなものでも浮かせられるから、コストかかんないな」

「どんなものでも浮かせられる、重機いらずだ」

 

 アンジェラと飯田の言葉に、麗日はそれを昔父に言ったのだと反応を返す。

 

 しかし、麗日の両親は麗日が夢を叶えてくれる方が、親として何倍も嬉しいと言ったらしい。

 

「私は絶対……ヒーローになって、お金稼いで、父ちゃん母ちゃんに楽させたげるんだ!」

 

 アンジェラは麗日の心意気に感動した。親を思うその気持ちからお金を稼ごうと努力する麗日の、ヒーローになろうという動機は、全く持って不純ではなかった。

 

「ブラーボー!! 麗日君、ブラーボー!!」

 

 飯田のこの反応は空気を若干壊しているが。アンジェラは苦笑いで言った。

 

「いいじゃねぇか、家族を支えるためにヒーローになるって! 十分立派なことだよ」

「そうかな……アンジェラちゃんにそう言ってもらえると嬉しいよ!」

 

 麗日はそう言って、にかり、と麗らかに笑った。

 

 

 

「フーディルハイン少女が、居たああああ!!!」

 

 そんな感じで談笑していたアンジェラ達の元に、いつも通りテンション高めのオールマイトが現れた。オールマイトはその体格には小さすぎるお弁当箱を持って、アンジェラに「ご飯、一緒に食べよ?」と言った。その仕草があまりにも乙女っぽかったからか、麗日は「乙女やー!」と言いながら吹き出していた。

 

「あ……はい。悪いな飯田、麗日、そういうことだ」

 

 アンジェラは飯田と麗日に一言伝えると、オールマイトに着いていった。このときは、USJの事件でオールマイトの秘密を少し知ってしまったからだろうか、と考えていたが……

 

 事態は、思わぬ方向へと動き出す。

 

 

 

 



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継がれた種火を吹き消した

今回のアンジェラの話には賛否両論あるかと思いますが、アンジェラはこういう考えなんだと思っといてください。


「すまない!!」

「……What?」

 

 オールマイトに連れられて、仮眠室に入るやいなや、オールマイトはアンジェラに見事な土下座をかました。それはもう美しい土下座であった。

 

 アンジェラは感謝されるいわれはあれど、土下座される理由は全く分からず、混乱の真っ只中に居る。

 

「……これが、ジャパニーズ土下座か?」

 

 混乱しすぎて、頓珍漢なことを口走ってしまっていたアンジェラなのであった。

 

 

 

 

 

 仮眠室にあった給湯器で淹れたお茶を飲み、双方が落ち着いた所で、オールマイトは煙を上げて萎んでしまった。このことに関してはUSJの件で知っていたのでアンジェラは驚きはしなかった。

 

「さて……色々と聞きたいことはあるだろうが、取り敢えず私の話を聞いてくれ」

「はぁ…………」

 

 そう前置きしてオールマイトが語ったのは、オールマイトの秘密そのものであった。

 

 オールマイトのその萎んだ姿は、今のオールマイトの本来の姿らしい。何を言っているのか若干掴みづらいが、普段見る筋骨隆々な姿は、プールで腹筋を力み続けている人のようなものとのことだ。

 

 そうなってしまったのは6年前、ある敵と戦ったときに受けた傷に起因する。胃袋全摘出、呼吸器官半壊、度重なる手術と後遺症によって、憔悴してしまったオールマイトの今のヒーローとしての活動限界は、一日一時間半程度しか残されていないそうだ。

 

 ヒーローとしての限界に達したオールマイトは、次世代のオールマイト……自身の後継者を探しだし、育成するために雄英高校に教師として着任したそうだ。この教職を勧めたのは雄英高校の校長先生であるらしい。

 

「ふーん……」

 

 アンジェラはお茶を啜り、オールマイトが渡してくれた肉まんを齧りながら話を聞いていた。オールマイトが寄る年波には勝てなくなっただけではなく、そんな大怪我を負っていたとは流石に思っていなかったが、同時にある疑問を抱いていた。

 

「さて、ここからが本題なんだが……」

「え、今のが本題じゃないんですか?」

 

 なんと、オールマイトの話にはまだ続きがあるらしい。オールマイトが萎んだ経緯はともかく、それ以上の秘密に干渉するつもりは微塵もないアンジェラはそれとなくオールマイトにそのことを伝えるが、オールマイトは苦々しい顔で頭を下げた。

 

「それに関しては本当にすまない……! 私は君に許可を取ることもなく巻き込んでしまった……! しかし、巻き込んでしまったからには話さなければならないんだ……。そうしなければ、君は逆に危険に巻き込まれてしまう……」

「は、はぁ…………」

 

 そんなことを言われてしまえば話を聞くしかないだろう。オールマイトは全く意図していなかったようだが、どうやらアンジェラはもう既にオールマイトの事情に巻き込まれてしまっているらしい。ならば、話を聞かなければ危なくなるのはアンジェラの方だ。アンジェラは観念したようにため息をついた。

 

 

 

「私の“個性”は、聖火のごとく引き継がれてきたものなんだ」

「……………………What?」

 

 アンジェラは目が点になった。雄英に来てからこんなことばかりな気がして若干頭が痛くなってくる。

 

 ……それはともかく、引き継がれてきたものとはどういうことだ? アンジェラの頭には既に大量の質問が発生していた。

 

「一人が力を培い、一人へ託し、また培い、次へ……そうして救いを求める声と義勇の心が紡いできた、力の結晶。冠された名は……「ワン・フォー・オール」」

 

「ワン・フォー・オール」。一人はみんなのためにという意味の言葉である。

 

「ワン・フォー・オールの継承は、元から持っている人物が「渡したい」と思いながら遺伝子の一部を摂取させることでなされる。USJ事件のとき、君私を治療してくれただろう? あのとき、頭の片隅で君になら渡してもいいと思ったんだが……まさか、フーディルハイン少女の傷口に私の血か汗が入り込んでしまったとは」

「………………あー……それか、昨日から感じてたこの違和感は……」

 

 アンジェラはオールマイトを治療したことに微塵も後悔の念を抱いた訳では無いが、まさかそれが遠因となってこんな厄介そうなことに巻き込まれることになるとは思ってもいなかった。

 

 そして、昨日から感じていた違和感、ソルフェジオが言っていたアンジェラに宿った『何か』の正体が分かって、なんだかスッキリしたような感覚も覚えていた。

 

「……生半可な肉体では受け取りきれずに、四肢がもげて爆散してしまっていた。ひとまず大丈夫そうでよかった……君、言っちゃあなんだけどとてもワン・フォー・オールに耐えうる肉体には見えなかったから、かなり心配してたんだよ」

「誰がチビだ誰が。っつーか、四肢がもげるってやべぇじゃん……」

 

 アンジェラは確かに華奢な見た目をしているが、その実7つのカオスエメラルドの力に耐えられるくらいには頑丈だ。ゆえに、ワン・フォー・オールを受け取り切ることができたのだろう。

 

「まぁ……言われていれば絶対に受け取ってませんでしたね」

 

 これはアンジェラの本心であった。アンジェラは任務で日本に来ただけで、ヒーローという職に就くつもりはない。日本に居るうちに気持ちが変わることはあったかもしれないが、少なくともワン・フォー・オールは絶対に受け取ろうとはしなかっただろう。

 

 何世代にも渡って継承されてきた崇高な正義の炎は、風の化身たるアンジェラが宿すには少々不釣り合いすぎた。

 

「幻滅しますか? 偶然とはいえ、そんな御大層なもんを受け継いだ人間がオレみたいなやつで」

「いや、私も打診だけはしようとは思っていたが、君が受け継いでくれる確率は低いと思っていたんだ。君は空色の英雄。風のように自由なヒトだものね」

「へぇ? 知ってるんですか」

「昔アメリカにいた頃のツテで、話だけは少しね」

 

 オールマイトほどのヒーローならば世界中にコネがあるのだろう。そしてアンジェラの存在は欧州や北米では広く知れ渡っている。オールマイトがアンジェラの旅路の話を知っていても何ら不思議ではない。

 

 アンジェラは肉まんを食べきりお茶を啜ると、その黄金の瞳を細めて首を傾げた。

 

「……事情は分かりました。その上で聞きたいことがあります。

 

 

 どうして、そんなにボロボロになってまでヒーローを続けているんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラは、オールマイトが理解できない。

 

 凄いヒーローなのは分かる。日本という国の平和の象徴を担うほどに偉大な人物なのは理解できる。その功績にケチをつけられるのは、敵くらいなものだろう。

 

 しかし、アンジェラにはオールマイトのその在り方が、全くもって理解できなかった。

 

 平和の象徴。そう言われれば聞こえはいいが、その実、一人に全てを押し付けているだけだとアンジェラは感じている。

 

 オールマイトが立ち続けていれば、市民の大多数は平和になるだろう。しかし、そこからあぶれてしまった者達は? オールマイトも人間であり、決して全知全能の神などではない。噂では、オールマイトは相棒を持っていないらしい。トップヒーローならば数十単位で持っていそうなものなのに、オールマイトには一人もいない。

 

 たった一人の人間にできることには限度がある。しかも、今のボロボロな状態で何故立ち続けるのか。

 

 アンジェラには、全くもって理解できなかった。

 

 しかし、アンジェラはオールマイトの在り方に批難したいわけでも、苦言を呈したいわけでもない。オールマイト本人にも覚悟があってのことだろうし、そういう覚悟ある人物の覚悟を踏み躙るようなことをアンジェラは言いたいわけではない。

 

 ただ単純に、知りたかったのだ。

 

 そこまでオールマイトを突き動かすものとは、何なのか。

 

 アンジェラの行動原理は単純だ。

 

「やりたいからやる」

 

 ただこれだけ。

 

 そこにいくらかの社会的常識やモラルなんかは入り混じっているが、根幹は至極単純なものであった。長らくソニックと暮らしていたアンジェラは、その考え方さえもソニックにそっくりになっている。

 

 しかしアンジェラは、オールマイトの行動理念がそんな単純なものではないと、この数刻で見抜いていた。

 

 受け継がれてきた意志。それは時には呪縛となる。何人もの人生を縛り付けて、それでもなお受け継がれなければならないものとは、果たして一体何なのか。

 

 それは、本当にオールマイトの意志が介在するものなのか。

 

 アンジェラはただただ、知りたかった。

 

 ここまで秘密に踏み込んでしまったのだから、もう聞きたいことは全部聞いてしまえ、と思っていたのもある。アンジェラも、オールマイトの秘密を聞かされなければこんなこと聞くつもりもなかった。

 

「……君は」

「べつにアンタの在り方をどうこう言うつもりはありません。ただ単純に知りたいだけです」

 

 アンジェラはそう言ってカラカラとした笑みを見せる。しかし、その黄金の瞳は鋭く輝いたままだった。

 

「ヒーローとして限界だと自分で気付いているのなら、どうしてその時点でヒーローを辞めなかったのか。後任が見つかるまで退くわけにもいかなかった、だけならまだ分かりますが、どうもそれだけじゃないようにも見える。

 

 そこんとこ、どうなんですか?」

 

 アンジェラの言葉、そして言外にかけられた圧に、オールマイトは思わず固唾を飲む。

 

 この歳で、ここまでのプレッシャーを放つことができるとは……。

 

 オールマイトは思った。アンジェラのプレッシャーは、ハッキリ言って上位のヒーローでさえも出すことの叶わないものだと。それを、たった十五歳の少女が放つことができるなんて……

 

「一体、どんな環境で育ったんだい、君は……」

 

 つい、といった感じで出てしまった言葉にオールマイトは口を咄嗟に噤む。アンジェラは一瞬ぽかんとしながら、先程までとは打って変わって満面の笑みでこう答えた。

 

「どんな環境ってそりゃぁ…………

 

 

 これ以上ってないくらい最高の風の下、ですかね」

 

 

 

 

 

 

 

 オールマイトは話した。ワン・フォー・オールのルーツを。オール・フォー・ワンという巨悪の存在と、それによって支配されていた日本のことを。

 

 超常黎明期。ある一人の男がいた。後の世でオール・フォー・ワンと呼ばれることになる男であった。

 

 その男は“他者から個性”を奪い、自分のものとし、他者に与えることができるという“個性”の持ち主であった。

 

 その男は“個性”の出現により混沌とした世の中で、その圧倒的な力によって瞬く間に闇の支配者として君臨した。

 

 男は“個性”を与えることで他者を信頼、あるいは屈服させていった。しかし、“個性”を与えられた者の中には、その負荷に耐えられずに物言わぬ人形となってしまった者も居た。

 

「……脳無みたいな?」

「ああ……おそらくはね」

 

 しかし、中には元来の“個性”と与えられた“個性”が混ざりあったケースもあったという。

 

 男には弟が居た。彼はひ弱で無個性だったが、確かな正義感の持ち主だった。

 

 そんな弟に、男は「力をストックする」という“個性”を与えた。それが家族ゆえの優しさからくる行為なのか、はたまた屈服させるための行為だったのかは、今となっては分からない。

 

「…………まさか」

「ああ、そのまさかさ」

 

 無個性だと思われていた弟にも、一応は宿っていた。

 

 周囲も自身でさえも気付きようのない、ただ「“個性”を与える」だけという、意味のない“個性”が。

 

「力をストックする“個性”と、与える“個性”が混ざりあった。それが、ワン・フォー・オールの「オリジン」さ」

 

 オールマイトはそこまで話すと一呼吸置いた。

 

「皮肉な話だろう? 正義はいつだって悪から生れ出づる」

「……でも、オール・フォー・ワンって敵は大昔の人物なんですよね? なんでそんな人物の話を?」

 

 アンジェラの疑問はもっともであった。しかし、相手は“個性”を奪うことができるような奴だ。何でもアリだった。

 

 おそらくは、成長を止めるとかそんな感じの“個性”を奪ったのだろうとオールマイトは推測する。

 

 それに対して、弟はあまりにも無力であった。だから、次世代に託すことにしたのだ。今は敵わずともいつの日にかこの力が巨悪を討ち滅ぼす力となることを信じて。

 

 その想いは代を重ねて、遂にオールマイトの代でオール・フォー・ワンを討ち取ることに成功した。

 

「私が子供の頃、人々はいつも敵の影に怯えていた」

 

 この国には柱がなかった。人々が寄り添える柱が。だからオールマイトはヒーローを志した。平和の象徴、人々が寄り添うことができる柱になるために。

 

 オール・フォー・ワンはオールマイトによって討ち取られた。そのときに出来た傷こそ、オールマイトが憔悴する原因となったものである。

 

「私が倒れるわけにはいかないのだよ……平和の象徴は、決して悪に屈してはいけないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……馬鹿なんですか?」

 

 アンジェラはハッキリとそう言った。オールマイトは全くもって予想すらしていなかった言葉に思わず声を漏らす。

 

「ふ、フーディルハイン少女?」

「いや、断言してやりますわ。アンタ馬鹿だ。ナックルズよりも馬鹿だ」

「え、さっきから馬鹿馬鹿言い過ぎだし、そもそもナックルズって誰?」

 

 アンジェラは混乱の真っ只中にいるオールマイトを放ってため息をつく。

 

「それってある種の強迫観念じゃないですか。そうしなきゃ、ああしなきゃって、自分の意志と混ざりあった別のモンでしょう。別にアンタの価値観にどうこう言うつもりはこれっぽっちもないですし、人々を救いたいと思ったことは間違いなくアンタの意志なんでしょう。

 

 でもね、アンタも人間なんですよ。できることには限度がある。この世に全知全能の神なんか存在しない。

 

 だからこそ、人ってもんは助け合うんです。足りないもんを補い合うんです。アンタは、それを疎かにしてるようにしか思えない」

 

 ま、受け売りですけどね。

 

 アンジェラはそう言って、薄く笑った。

 

 そしてアンジェラは、何年も悪夢に魘され続けて精神状態が悪化し、あわや包丁で自分を傷つけようとしたことを語った。そのときに、ソニックとシャドウ(二人の兄)から、自分は溜め込みやすいんだからもっと頼れ、と言われたことも。

 

 そして、アンジェラの話はヒートアップしていく。まるで、幼い子供が宝物を自慢するかのごとく、二人の義兄のことを、そしてラフリオンで出会ったかけがえのない仲間について語った。本人達を前にしては絶対に言わないであろう自慢話も、ここぞとばかりに話しまくる。

 

 その時のアンジェラは、まるで恋に恋する乙女のような…………

 

 

 いや、そんな綺麗なものなんかじゃない。

 

 それなしではいられないような、依存するような、狂気と美しさの混在した表情をしていた。

 

「……それは、君が恋愛的な意味で好きな人の話かい?」

「え? なに言ってるんですか」

 

 

 

 

 

 大事な大事な、仲間の話ですよ

 

 

 

 

 

 アンジェラはそう言うと、無邪気さを湛えて(瞳に狂気を滲ませて)、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オールマイトは感じた。

 

 アンジェラは、別に何を取り繕っているわけではない。他者を思いやれて、そのために行動できたり声を上げたりすることができる優しい心を持った少女だ。

 

 そのことは、間違いない。

 

 アンジェラは単に、内に渦巻く狂気じみた執着も、隠す気がないだけだ。

 

 誰しもが心に秘めた何か(・・)に対する執着。オールマイトで言えば、世のため人のためになることへの、平和の象徴への執着を、アンジェラは二人の義兄に、そしてラフリオンで出会った仲間たちに向けている。そして、アンジェラは少しばかりその程度が人よりも強すぎる。

 

 ただ、それだけの、普通の少女なのだと、心の底から思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん? じゃあオールマイトって、オレの事情知ってるんですか?」

「ああ、大まかなことは聞いているよ。君がヒーローを目指す気はないってことも、天使の教会瓦解のためにGUNに協力している民間協力者であるということも」

「あー……じゃあ、これでおあいこ、ってことですかね?」

「そうだね、君がヒーローになってくれないことは残念だけど、私も出来得る限りの協力はさせてもらうよ」

 

 オールマイトの言葉に、アンジェラはくすり、と笑った。

 

「じゃあ、お願いします」




ちょっと練り直したい設定があるので、少しだけ投稿をお休みします。


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宿木

設定纏まったんで投稿します。色々粗はあるかもしれないけどユルシテ……


 オールマイトがアンジェラに華麗な土下座を決めた昼休みの密談から時間は進んで放課後。

 

 この日はどうしても外せない用事があるためにアンジェラは急いで教室を出たかったのだが、いざ帰ろうとしたとき教室の外の廊下が人で埋め尽くされていた。

 

「な、何事だぁ〜!?」

「なんだあの人だかり……」

 

 なんとなく理由は分かるが、道は塞がないで頂きたい。いやマジで。

 

 アンジェラが頭の中でそう考えていると、爆豪が「敵情視察だろ」と言いながら廊下に集った人たちにガンを飛ばしていた。

 

「敵の襲撃を耐え抜いた連中だもんな……体育祭前に見ておきてぇんだろ。そんなことしたって意味ねぇから、退けモブ共」

「知らない人のこと取り敢えずモブっていうの止めなよ!」

 

 爆豪の暴言に飯田がツッコミを入れるが、爆豪はどこ吹く風だ。アンジェラは前々から何でこいつヒーロー志望なんだろう、と素で思っていたりする。

 

「噂のA組。どんなもんかと見に来たが、随分と偉そうだな。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい? こういうの見ちゃうと、幻滅するなぁ」

 

 そう言いながら人混みの中から出てきたのは、紫色の髪をした隈が濃い男子だった。制服から判断するに、普通科の生徒だろう。

 

 アンジェラは流石にヒーロー科全員がこんなんだと思われてはたまらないと、苦笑いで言った。

 

「あー、悪いな。こいつちょっと言動がヒーロー科らしからぬところがあるんだよ。お前の指摘は間違ってねぇいいぞもっと言ってやれ」

「おいお前! そりゃどういうことだ!」

「どうって、言葉通りの意味だぜ。Kid,do you understand?」

「ああ“!?」

 

 アンジェラさん、それただの煽りや。

 

 A組の殆どがそう思った。

 

「普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったってやつ結構多いんだ。知ってた? そんな俺らにも学校側はチャンスを残してくれてる。体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。…………その逆もまた然り、らしいよ」

 

 なるほど、つまり他の科は実質的なヒーロー科の敗者復活枠ということだろう。そして、その逆もまた然りということは、体育祭のリザルトが悪ければ、ヒーロー科の生徒も容赦なく……

 

「敵情視察? 少なくとも俺は、調子乗ってっと足元ごっそり掬っちゃうぞっていう……宣戦布告しに来たつもり」

 

 この男子、結構大胆不敵だった。

 

 そんな宣戦布告に対してクラスメイトの殆どが戸惑いを見せる中、アンジェラはというと、どこか楽しげに笑っていた。

 

「ヒュ〜、カッコイイねぇ」

「いや、喧嘩売られてるだけだろ!? なんでフーディルハインはちょっと楽しそうなんだよ!?」

「ああいうの居ると楽しくなってこないか?」

「ならねぇよ!?」

 

 上鳴の渾身のツッコミが入るも、アンジェラはどこ吹く風だ。

 

「おうおうおう! 隣のB組のモンだけどよぅ! 敵と戦ったっていうから話聞こうと思ってたんだがよぅ! えらく調子づいちゃってんなオイ! あんまり吠えすぎてると、本番で恥ずかしいことになんぞ!」

 

 また不敵な人が来た。見た感じ、切島と同じタイプだろうか。

 

 当の爆豪本人は、完全に無視して帰ろうとしていた。

 

「おい待て爆豪! どうしてくれんだ! オメーのせいでヘイト集まりまくってんじゃねぇか!」

 

 切島の言う事はもっともだ。爆豪があんなに暴言を吐いたりしなければ、ここまでヘイトが集まることもなかった。切島以外のクラスメイト達の何人かも、爆豪どうしてくれんだという非難の目を向けている。

 

 それに対する爆豪の返答は、これだ。

 

「関係ねぇよ」

「はぁ?」

「上に上がりゃ関係ねぇ」

 

 なるほど、無茶苦茶だが、確かに一理ある。クラスメイトの中にも爆豪と同じ考えに至った者は多いようで、そんな者たちは闘志を燃やしていた。中には、無駄に敵を増やしただけだという者もいたが。

 

 アンジェラはそんな中で、心底楽しそうに笑っていた。

 

「ま、そういう世界だってこったな。筋は通ってる」

「フーディルハインが更に楽しげになってるしもぉー!!」

 

 上鳴の言う事はまるっと無視して、アンジェラは扉の前に立つ。

 

「敵情視察も宣戦布告も、したけりゃ勝手にすりゃいいけどよ……お前ら、

 

 

 

 邪魔だ」

 

 アンジェラが黄金の瞳を細め、少し殺気も混ぜたプレッシャーを飛ばして低めに声を落とすと、廊下に居た生徒の殆どは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。残ったのは、宣戦布告をした紫髪の男子とB組の男子の二人だけだ。

 

「あ、アンジェラちゃん……?」

「これは……“個性”か?」

「マジか……フーディルハインそんなことも出来んのかよ……」

 

 クラスメイトの大半はこれがアンジェラの“個性”によるものだと勘違いしていたが、轟だけは違った。

 

「いや……あれは“個性”じゃねぇ……」

「え? どういうこと?」

「威圧、みたいなものだろうな……おそらくは」

 

 轟はアンジェラを見据える。

 

 あれは、自分が超えなくてはならない壁だ。

 

 トップに、ナンバーワンになるために。

 

 母から継いだ力のみで……。

 

 

 

 当のアンジェラ本人は、あいつら根性足りねぇなぁ〜なんて思いながら、何食わぬ顔で教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないね、一日に何度も呼び出したりして」

「いえ、オレもちょっと話しすぎちゃったというか……」

 

 教室を後にしたアンジェラがやって来たのは、校内にあるトレーニングルームだ。雄英高校には生徒が自主トレをするためのトレーニングルームがいくつかあるが、今回アンジェラがやって来たのは完全個室で許可制のトレーニングルームである。このトレーニングルームには、ボタン一つで呼び出せる動く的があり、遠距離系“個性”の持ち主の特訓も可能だ。

 

 何故こんなところにやってきたのかというと、オールマイトから直々にワン・フォー・オールについて教わるためである。

 

 あのあと、解析を終了させたソルフェジオによると、ワン・フォー・オールはアンジェラに渡ってしまったことによってその性質が若干変化し、ワン・フォー・オールの力を魔力へと自由に変換できるようになっていた。

 

 これによって、元々膨大な魔力の持ち主であったアンジェラはほぼほぼ無尽蔵に魔力を持つことになったのだが、その代償として、アンジェラの魔力の一部がワン・フォー・オールに蓄えられてしまったのだ。

 

 魔力とは、魔法使いが持つ魔法の源である。魔法使いは魔力を魔法式を元に組み替え、加工することによって、超常的な現象……魔法を発動させることができる。

 

 そんな魔力を、耐性を持たない人間が一定量以上体内に直接魔力を注ぎ込まれると、何が起こるか。

 

 

 

 

 答えは簡単。

 

 死に至るのだ。

 

 許容量以上の魔力を体内に注ぎ込まれた人間は、人間性を喪失してしまう。ここで言う人間性の喪失とは、自我を失うという意味だけではない。

 

 文字通り、人間としての形、遺伝子そのものが崩れるのだ。

 

 魔力は魔法使いにとっては魔法を使うための燃料のようなものであるのだが、それ以外の人間にとっては毒のようなものでもある。ガソリンが車を動かす燃料であると同時に、人体に取り込まれれば悪影響を及ぼすように。

 

 現在のワン・フォー・オールには、以前から培われてきた力とアンジェラに渡ってしまったことでストックされ始めた魔力が混ざり合っている状態だ。ストックされ始めとはいえ、アンジェラの魔力量は膨大。今の段階で、既に普通の魔法使い何人分という魔力がワン・フォー・オールに蓄えられている。

 ガソリンで例えると、普通のオートマチック車十数台にガソリンを満杯まで注ぎ込める、と言えば、どれくらいの魔力がワン・フォー・オールに蓄えられているかが想像つくだろうか。

 

 こんな量の魔力が直接体内に注ぎ込まれたりしたら、耐性がなければ即お陀仏……

 

 いや、お陀仏の方がまだマシかもしれない。

 

 更に言うと、この世界の人間はその殆どが魔力に耐性を持たない。ソースは世界中を旅して回っていたアンジェラにずっと着いていたソルフェジオが出した統計。魔法に関係があると思しき遺跡はあるものの、基本的には魔法が存在しない世界だからだろうか。理由は不明であるが、この世界の人間の中から魔法に耐性を持つ人間を探し出すことは砂漠に落とした小石を探すことよりもよほど難しい。

 

 蓄えられてしまった魔力をどうにか出来ればいいのだろうが、そんな遺伝子に干渉する魔法など、ソルフェジオのサポートと幻夢の書の存在があるとはいえ基本独学で魔法の使い方を学んでいるアンジェラにとっては、それこそ数百年単位で長い時間を要する課題だ。しかも、ただでさえ超常黎明期から時が流れた現代においても謎の多い“個性”の問題だ。今すぐにどうにかできるような問題ではない。

 

 アンジェラが魔法のことは若干伏せつつ(魔力はアンジェラの“個性”の源であるエネルギーということにして誤魔化した)、苦々しい顔をしながらそのことをオールマイトに話すと、オールマイトはそうか、と眉をひそめた。

 

「まぁ、どうにかできないかこっちでも探ってみますけど……どうにもできなかったら、すみません。まさかこうなるなんて……」

「ああ、できることならそうしてくれると助かるけど、巻き込んでしまったのはこちらだ。君を責めたりは絶対にしないよ。あ、でも私のトゥルーフォーム含めて誰にも話さないようにだけはお願いね?」

「わかりました」

「さて、暗い話はここまでにしよう。ワン・フォー・オールの使い方の話だったね。変質した性質についてはそっちでやってもらうしかないけど……」

「No problem.なんとなくわかってるんで」

 

 さっきとは打って変わって自信満々なアンジェラの表情を見て、オールマイトは、この子は基本はいい子なんだな、ちょっとおかしいとこはあるけど。と思っていた。

 

「さて、ワン・フォー・オールを使うコツだが……感覚だ!」

「………………………………アホか」

 

 ただし結構毒舌である。

 

「いや…………アホすぎる」

「そこまで言う?」

「バイトで家庭教師してた身だからこそ言わせてもらうが、アホ丸出しだわ」

 

 最早敬語が抜けるほどにアンジェラは呆れ返っている。オールマイトはしょぼんと落ち込んでしまった。

 

「もっと先に言うべきことがあるだろ。四肢がもげて爆散するほどの力なら、一点集中じゃなくて全身で使うとか、一挙手一投足で全力を出したら危ないとか、そもそもオレの身体がどれくらいの出力に耐えられるのか確認するべきとか……色々あるでしょうよ」

「い、いやぁ……私は受け継いでからなんとなくで100%扱えてたからなぁ……」

「……アンタ、根本的に先生に向いてないですよ」

 

 オールマイトは所謂天才型と言われているタイプの人間なのだろう。今までの功績からなんとなく察することができた。

 

 そして、その天才型と言われるタイプの人間の中には、努力の天才も居れば、感覚でなんとなく全部出来てしまうタイプも居る。そして、そういう人間は総じて教えることが苦手なものだ。

 

「………………はぁ」

 

 アンジェラはため息を一つ零すと、身体の中に意識を向ける。先日から感じていた違和感の正体、ワン・フォー・オール。それを引きずり出して、身体へ巡らせてゆく。イメージは身体強化魔法に似ているかもしれない。

 

 身体にスイッチを入れる感覚。力が滾ってくるのが分かる。この感覚に、アンジェラはなんとなく覚えがあった。

 

(…………カオスエメラルド?)

 

 カオスエメラルドの力を引き出す感覚に、それは酷似していた。なれば、話は早い。カオスエメラルドの力を引き出すときと同じようにやればいいのだから。

 

 ある程度力を込めたところで、壁に向かって軽く腕を振るってみる。すると、アンジェラの腕から突風が吹き荒れた。

 

「……これ、どれくらいの出力だい?」

「大体15%くらいですかね。軽くやってみただけだから、多分もうちょっといけると思います」

 

 アンジェラの見立てでは、アンジェラが反動なしにワン・フォー・オールで出せる最大出力はおおよそ35%ほど。怪我しない範囲なら、おおよそ45%は出せるだろう。カオスエメラルドや身体強化魔法を扱う感覚と、ワン・フォー・オールを扱う感覚が似ていたからこそだ。

 

(……待てよ、カオスエメラルドの感覚に似てるってことは……)

『その可能性はあります。試す価値は十分かと』

 

 アンジェラは壁際にあるスイッチを押す。すると、アンジェラが立っているのとは逆側の壁から的あて用の的が出てきた。アーチェリーとかでもよく見られる、ごく普通の的だ。オールマイトは何をしているのだろうと首を傾げている。

 

 アンジェラは右手に力を集約させる。カオスエメラルドと同じようにワン・フォー・オールの力を引き出せるのであれば、そのための魔法式を組めれば力を外に集約させることも可能なはず。

 

 アンジェラの読み通り、アンジェラの右手に光が集う。野球ボールほどの大きさになったそれを、アンジェラは思いっきり投げつけた。

 

「カオススピアっ!」

 

 放たれた光は槍となって的の中央に激突し、木っ端微塵に破壊した。オールマイトは目を点にして困惑している。

 

 ワン・フォー・オールは力を蓄えて譲渡することができる特別な“個性”だが、その効果自体は至極単純で、言ってしまえば「超すごい身体能力」である。アンジェラはその超すごい身体能力を発揮するのに使われるエネルギーを、魔法を用いて外に収束させ放ったのだ。

 

「どうです? 自分の“個性”とワン・フォー・オールを組み合わせてみたんですが」

「…………君って、つくづく規格外だよねぇ」

「どの口が言いますか」

 

 お互い様でしょう。アンジェラはそう言いたげに、ニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、その翌日。相澤先生に「選手宣誓はお前だ」などと言われてしまい、アンジェラはその日の放課後の半分を選手宣誓について調べる時間に充てたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Hey、ちょっと頼まれてくれないか?」

「…………何だよ」

「アンジェラから雄英の体育祭があるって定期連絡で来たんだけど、その日丁度オレもシャドウも外せない仕事があってさ、飛行機代その他は出すからお前に代わりに行ってほしくて」

「何で俺が……まあ、いいけどよ。断ったら更に面倒なことになりそうだし」

「Thanks! あ、カメラ渡すから写真OKだったら写真も頼むな。あと、こっちはアンジェラが好きなスナックで、こっちは…………」

「そんなに一気に渡されて持てるかっての!」




魔法に関しては、基本上手く使えば便利だけど、少しでも何かが狂ったら術者本人でさえ危機に晒すものだと思ってもらえれば。それは魔法に関する知識にも言えることで、変なことを知ってしまうと少なくとも発狂します。深淵を知ってしまえば人の心は簡単に壊れてしまう。魔法の勉強は常に危険と隣り合わせなのです。


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雄英体育祭

連続投稿します。体育祭編です。


 体育祭までニ週間。この期間、アンジェラは新たに手に入れたワン・フォー・オールの力を身体に馴染ませることと、属性魔法の練習に注力した。ワン・フォー・オールは言わずもがな、属性魔法ももっと使いこなせるようになれば、戦略の幅が更に広がる。

 

 アンジェラが唯一得意とする属性魔法は風属性の魔法だ。主に風圧や突風を発生させる魔法だが、極めれば天候すら操ることが可能となる。ちなみにアンジェラはまだその領域には達していない。せいぜい、局所的に雨雲を集めて雨を降らせることができる程度だ。幻夢の書を使えば、天候を変えることは可能ではあるのだが、データの読み取りに時間がかかりすぎるため実戦的ではない。

 

 今アンジェラが習得しようとしているのは、風属性の上位属性にあたる雷属性の魔法と、2つの属性を組み合わせた属性魔法、言うなれば、複合魔法だ。例えば、水を生成する魔法に風の弾丸の魔法を組み合わせることで、水の弾丸を発生させることができる。遠距離攻撃は砲撃魔法やカオススピアなどがあるものの、手数は多いに越したことはない。また、砲撃魔法よりも属性魔法の方が燃費がいいという利点もある。

 

 そんなこんなで、アンジェラは体育祭までのニ週間、雄英の校庭の一角で練習をしていた。別にヒーローになりたいわけではないアンジェラがここまでするのには、ある理由がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オールマイト土下座事件(?)の翌日の朝のこと。アンジェラが朝食を取っていると、突然GUNから支給された通信機が鳴った。

 

 ちなみに、通信機はリミッターに内蔵されている。GUNの技術部とテイルスにちょいといじってもらって導入されたものだ。閑話休題。

 

 アンジェラはなんだなんだと通信を繋げた。

 

「なんです、こんな朝っぱらから」

『よし、繋がったわね』

「って、ルージュ?」

 

 てっきり司令官か誰かが連絡してきたもんだと思っていたアンジェラだったが、実際に通話してきていたのはルージュだった。少しだけ呆気にとられていたアンジェラだったが、仕事の話だとルージュに言われると、はっと平静を取り戻した。

 

『もうすぐ雄英体育祭らしいじゃない』

「ああ。今年は中止になると思ってたんだがな」

『その体育祭関連の話なんだけどね』

 

 ルージュの話は、要約してしまえば至極単純なことであった。

 

 

 

 

 

 体育祭で目立て。

 

 

 

 

 

「シンプルでいいねェ、嫌いじゃない」

『あのねぇ、アンジェラちゃん。ふざけてないで真面目にやらなきゃ駄目よ?』

「Sorry,sorry〜」

『まぁ、あなたらしいといえばらしいけどねぇ……』

 

 雄英体育祭は日本一の祭典だ。実際にテレビ中継や会場で観ていなくとも、ニュースなどで特集が組まれるなどしてその情報は拡散される。故に、体育祭で目立てば、ヒーローや民衆だけでなく敵にも己の情報が行き渡るのだ。

 

 それは、ターゲットである天使の教会とて例外ではない。

 

 というより、元々アンジェラは釣り餌として日本に来たのだ。獲物が餌に食いついてくれなくては困る。

 

 しかし、目立てとはイコール全力を出せというわけではない。目当ての獲物が食い付いても、それを出し抜けなければ意味がないのだ。

 

 ルージュの言葉なき命令に、アンジェラはニヤリと笑って応えた。

 

「…………OK、ま、なんとかするさ」

『お願いね』

 

 アンジェラがするべきことは、一つでも多く武器を用意し研ぎ澄ますこと。獲物に、体育祭での姿が全力であると錯覚させること。

 

 カオスコントロール、そして幻夢の書には頼らない。切り札は、最後の最後まで取っておかなければならない。

 

 あまり、ワン・フォー・オールも使わない方がいいだろう。完全に使わないわけではないが、獲物をちゃんと餌に食いつかせたいのであれば、餌をもっとわかりやすくぶら下げるべきだ(魔法が使えますよというアピールが必要だ)

 

 カオスコントロールと幻夢の書が使えないのは痛手だが、それでも、アンジェラは二重の意味でそう簡単に負けてやる気は毛頭なかった。

 

 

 そんな事情もあり、アンジェラは体育祭までの期間を特訓に費やしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時はあっという間に流れ…………

 

 

 

 

 

 体育祭当日。

 

 アンジェラ達は現在、クラス別の控室に居た。雄英体育祭では公平性を保つためにコスチュームではなく、体操服で行われる。ただし、靴だけはコスチュームのものを使用してもよいそうだ。芦戸なんかはコスチュームを着たがっていたが、学年別総当りなので仕方がない部分もあるだろう。

 

 クラスメイト達からの緊張が漂ってくる中、アンジェラは平常心を保っていた。今緊張したところで何も起こらないし、無駄に体力を消耗するだけだ。

 

「皆! 準備はできてるか? もうじき入場だ!」

 

 飯田が皆に号令をかける。アンジェラはテリーヌバッグから出てきたケテルが肩の上に乗ったことを確認して、一口ペットボトルの麦茶を飲んだ。

 

 ほどよい緊張感に場が支配された中、珍しい人物がアンジェラに声をかけた。

 

「フーディルハイン」

「轟か。何だ?」

 

 その人物とは、轟である。アンジェラは正直、轟のことはあまり知らない。知っていることといえば、せいぜい氷結と炎の2つの“個性”を併せ持っていることと、クラスの中でもあまり人付き合いはしない方だという、クラスメイト達の誰でも知っていることくらいだ。

 

「客観的に見ても……クラスの全員が束になってかかったところで、お前に掠り傷一つ与えられるかどうかも怪しい」

「そうか?」

「それにお前……オールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはないが、お前には勝つぞ」

 

 それは、宣戦布告だった。轟の鋭い眼光がアンジェラを穿く。

 

「オォ、クラス最強に宣戦布告!?」

「オイオイどうした? 直前にやめろって」

 

 クラスのムードメーカー的な立ち位置の切島は、本番直前ということもあり轟の行動を諌めようとしたが、轟は切島の手を払って言った。

 

「仲良しごっこじゃねぇんだ。なんだっていいだろ」

 

 その一言に、息を呑むクラスメイト達。確かに、轟の言う事にも一理あると考える者もいた。

 

 そんな中、宣戦布告をされた張本人のアンジェラはというと、

 

「……ふーん、面白れぇ」

 

 その一言と共に、ニヤリと冷徹な、それでいて楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

 その笑みをうっかり視界に入れてしまった者たちは、それが自分に向けられたものではないことは分かっているのに、死神の鎌を首のかけられたような錯覚を覚える。当事者である轟は、よりハッキリと、本当に、死神の囁き声でも聞こえてくるのではないかという感覚に襲われた。

 

「お前がどこ向いて、何がしたいのかとかは知らねぇけどよ…………

 

 It doesn't matter.

 勝つのはオレさ」

 

 まるで詠うように、しかし圧倒的な威圧感をもってアンジェラは口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Hey! 刮目しろオーディエンス! 群がれマスメディア! 今年も、お前らの大好きな高校生達の、青春暴れ馬ァ! 雄英体育祭が始まりeverybody、Are you ready!? 

 一年ステージ、生徒の入場だぁ〜!』

 

 プレゼント・マイク先生のハイテンションな実況に会場は沸き立つ。カメラのシャッター音も途切れることなく響き渡っていた。

 

『雄英体育祭! ヒーローの卵たちが、我こそはと鎬を削る年に一度の大バトル! 

 どうせアレだろ、コイツらだろ! 

 敵の襲撃を受けたのにも関わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星! 

 

 ヒーロー科、一年A組だろォ!?』

 

 ちょっとオーバーな実況なのは、今一番ホットな話題であるUSJ事件当事者であること以上に、プレゼント・マイク先生が相澤先生の同期だからかもしれない。アンジェラは頭の片隅でそんなことを思っていた。

 

 A組の入場を皮切りに、B組、普通科、サポート科、経営科と次々と入場していく。全11クラスの一年生がそれぞれの入場ゲートから入場し壇上の前に集まると、今年の一年生の主審の先生が壇上に登った。

 

「選手宣誓!」

 

 今年の一年生の主審は、過激すぎるコスチュームで国をも動かしたベテラン、十八禁ヒーローミッドナイトだ。近代ヒーロー美術史の先生である。

 

 彼女の登場に、会場に居る男性陣が色めき立つ。常闇の「十八禁なのに高校に居ていいのか」という全くもって当然の疑問に、峰田が全力でいい! と言っていた。アンジェラはうわー……とでも言いたげな視線を峰田に向けていた。当然の反応である。

 

「選手代表、1−A、アンジェラ・フーディルハイン!」

 

 ミッドナイト先生に呼ばれたアンジェラは、特に臆することもなく壇上に上がった。クラスメイト達の半分くらいは心の中で「爆豪じゃなくてよかった……」と思っていたとかなんとか。

 

 マイクの前に立ったアンジェラは、少し高かったマイクの位置を調整すると、何でもないような顔で言った。

 

「宣誓、我々生徒一同は、スポーツマンシップとヒーローシップに則り、正々堂々、戦うことを誓います」

 

 このとき、会場の皆は思った。

 

 肩になんか乗っけてること以外は普通だ。と。

 

 

 

 

 しかし、それは一瞬のみのことであった。

 

 

 

 

 何故なら、テンプレの宣誓をした直後、アンジェラがニヤリ、と笑って、凄まじい威圧感を放ったのだから。

 

 元々、面白いこと、楽しいことが好きなアンジェラだ。選手宣誓を、ただの選手宣誓で終わらすはずがない。

 

 その威圧感に生徒たちや観客は背筋が凍るような感覚に襲われ、プロヒーローたちですら薄ら寒いものを覚えた。ケテルはなにやら楽しげに笑っている。

 

「そして…………お前ら、天辺目指す気ならヒーロー科とか普通科とかそんなもん関係なしに全力で来い。オレも、全力で獲りに行く。以上です」

 

 今度こそ宣誓を終えると、アンジェラはスッと威圧感を引っ込めて壇上から降りた。

 

 この宣誓に対する反応は様々だ。A組のクラスメイトたちはアンジェラらしい煽り方に爆豪よりはマシだなと思っていたり、気が引き締まったと思っていたり。B組も気が引き締まったと感じていたが、他の科の生徒たちは半分以上が気圧されていた。

 

 アイツには、勝てないと。

 

 しかし、それでも諦めない者は居る。A組に宣戦布告を仕掛けた普通科の少年は、アイツを超えなければ、とアンジェラを睨みつけた。

 

 プロヒーローたちは、一体どんな経験をしたらあそこまでの威圧感を放てるようになったのだろう、と身震いしていた。

 

「さぁ、それじゃあ早速始めましょう! 第一種目は所謂予選! ここで毎年多くの者が涙を飲むわ(ティア・ドリンク)! 

 さて運命の第一種目! 

 

 今年は……コレ!」

 

 ミッドナイト先生が指し示した空中ディスプレイに映し出されたのは、障害物競走の文字であった。

 

「計11クラス全員参加のレースよ。コースはこのスタジアムの外周約4キロ! コースを守れば、何をしたって構わないわ!」

 

 ミッドナイトに急かされて、皆が一斉に位置につく。

 人数に比べてスタートゲート狭すぎね? とアンジェラは思った。

 

 ゲートのランプが一つずつ、カウントするように音を立てて消えてゆく。そして、3つ目のランプが消えたその時。

 

「スタート!」

 

 ミッドナイト先生の合図に合わせて、皆一斉に走り出した。

 

『さーて実況していくぜ! 解説Are you ready!? イレイザー!』

『無理矢理呼んだんだろうが』

 

 実況席の放送から、相も変わらずハイテンションなプレゼント・マイク先生の声と、普段よりも機嫌が悪そうな相澤先生の声が響いてくる。どうやら、マジで無理矢理呼ばれたらしい。

 

『早速だがイレイザー! 序盤の見処は!?』

『……今だよ』

 

 なんだかんだ相澤先生も実況に混ざってくれていた。そして、相澤先生が言ったことが確かなら、つまりはスタート地点がもう最初の篩、というわけだ。

 

 その言葉通りというべきか、スタートゲートの中はもう人でいっぱいになっており、とてもじゃないがちゃんと進めない。

 

「こんなの、飛びゃいいだろっ!」

 

 アンジェラはその場で大きくジャンプして、天を駆る翼(ローリスウィング)を展開した。下がごった返しているのであれば、上を行けばいいじゃない。そんな脳筋思考である。

 

 そのままスタートゲートの外までスピードを出しすぎて事故らないように細心の注意を払いながら飛んでいると、何やら寒さを感じた。

 

「……轟か!」

《寒いよ〜》

 

 スタートゲートの外に出ると、地面は轟の氷によって凍らされていた。氷結に巻き込まれて足を取られる者も多くいたが、クラスメイト達を始めとした、回避を行っていた者も多くいた。

 

『早速篩にかけにきましたか。いかがされますか、我が主』

「取り敢えず様子見だ。まだ障害物、ってのは出てきてないし」

『かしこまりました』

 

 アンジェラは氷が途切れたところで地面に降り立ち、天を駆る翼(ローリスウィング)を解除してスピードを抑えて走り出した。4キロをすぐに走り切ることは造作もないことだが、それでは本来の目的は果たせない上に面白くない。

 

 そのまま走っていると、峰田が何かに殴り飛ばされて転がっていた。

 

『さぁ、いきなりの障害物だ! まずは手始め……

 

 第一関門、ロボ・インフェルノォ!!』

 

 やけにテンションの高い実況が響き渡る。そして、その言葉と同時に姿を現した入試のときの仮想敵たち。どうやら、アレが障害物らしい。

 

「…………ハァ」

 

 アンジェラは思わずため息をついた。

 

 0ポイントの仮想敵も多いとはいえ、アンジェラにとっては全てひっくるめて「鈍臭い鉄の塊」でしかない。

 

 眼の前では轟が不安定な態勢の0ポイント敵を凍らせていた。凍らされた仮想敵は、そのまま倒れてくる。

 

「ソルフェジオ」

『かしこまりました』

 

 アンジェラはソルフェジオを手に取り、身の丈ほどはある大剣へと変形させる。そのままワン・フォー・オールを全身に発動させ、大きくジャンプすると、足元に魔法陣を現出させ、ソルフェジオに風の魔法を纏わせ、振るった。

 

風振りの離れた刃(ウィン・セルホーディ)!」

 

 ソルフェジオから放たれた風の斬撃は倒れかけていた仮想敵を粉々に砕いた。

 

 離れた刃(セルホーディ)は属性付与魔法である。斬撃武器に付与すると、その属性の「飛ぶ斬撃」を飛ばすことができる。今回使ったのは風属性の斬撃だ。

 

 アンジェラはソルフェジオをペンダントに戻すとそのまま地面に着地し、轟の後を追う。

 

『1−A轟が倒した仮想敵を、同じく1−Aの留学生、フーディルハインが一撃だァ! なんつーか、アレだな! ズリぃな! 倒れてきた仮想敵を狙ったあたり、フーディルハインは人助け精神も満載じゃねぇか!』

『轟は合理的かつ戦略的。フーディルハインも人助けをしながら自らの能力のアピールも欠かさない』

『流石は推薦入学者と入試首席ぃ!』

 

 そのまま走っていると、次の障害物が見えてきた。

 

『オーイオイ第一関門チョロいってよ! じゃ、第ニ関門はどうよ! 

 落ちればアウト! それが嫌なら這いずりな! ザ・フォール!!』

 

 そこには、底が見えない穴に、いくつかの足場が点々としていた。足場と足場は綱で繋がっている。これを伝っていけということだろう。

 

「ま、オレには関係ないけどな」

 

 アンジェラは綱には目もくれず思いっきりジャンプすると、足元に防壁魔法陣を展開した。

 

 防壁魔法陣は簡易防壁そのものであり、上に乗ることができる。アンジェラはジャンプしては足元に防壁を展開し、またジャンプして足元に防壁を展開しを繰り返し、第二関門を難なく突破した。後ろをちらりと見ると、爆豪が追い上げてきている。“個性”の性質上、スロースターターなのだろう。

 

『マジか! フーディルハインは魔法陣的なのをジャンプで伝って難なく突破ぁ! ロープが意味を為してねぇなコリャ!』

『そういう突破の仕方もある』

『さぁて先頭二人が一足抜けて下はダンゴ状態! 上位何名が通過するかは公表してねぇから安心せずに突き進め! 

 

 そして早くも最終関門! かくしてその実態は……』

 

 アンジェラは丁度最後の障害物の前まで来たところで、一瞬呆けたような顔をした。

 

『一面地雷原! 怒りのアフガンだァ! 地雷の位置はよく見りゃ分かる仕様になってるぞ! 目と脚酷使しろ! 因みに地雷は競技用で、威力は大したことねぇが、音と見た目は派手だから、失禁必至だぜ!』

「『人によるだろ、人に』」

 

 つい、相澤先生とツッコミが被ってしまった。というか、いくら雄英だからってまさか障害物競走に地雷を持ち込むとは思っていなかった。

 

「さて、驚くのはこのくらいにしておいて……この地雷、飛びゃ回避できるだろうけど……」

《面白くなーい》

「ケテル、大正解」

 

 アンジェラはニヤリと笑い、ケテルを腕に抱く。そして、全速力で駆け出した。すぐ後ろには爆豪が迫っていたがすぐに突き放す。そのスピードのまま轟も引き離した。

 

「っな、フーディルハイン!?」

「Hey,guys! おっ先ー!」

「……っチ!」

 

 アンジェラのスピードは身体強化魔法抜きの場合でもマッハは軽く超える。そのあまりのスピードに、地雷が発動することなくアンジェラは駆け抜けていった。そのままスピードを緩めることなくゴールへと走る。

 

『フーディルハイン、その圧倒的なスピードでなんと地雷原即クリア! イレイザーヘッドお前のクラスすげえな! どういう教育してんだ!?』

『俺は何もしてないよ。奴らが勝手に火ぃ点けあってんだろ』

 

 轟と爆豪も全速力で追い上げるもの、アンジェラの圧倒的なスピードには敵わない。

 

『雄英体育祭、一年ステージ!』

『無視か!』

『選手宣誓通り、最初にこのスタジアムに帰ってきたのは、

 

 A組、アンジェラ・フーディルハインだぁぁぁぁ!!!』

 

 沸き立つ会場。アンジェラは少し照れくさそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、スタジアムの通路にて。

 

「あれ……ここ、さっきも通った気が……道に迷ったか……?」

 

 赤い少年が、道に迷っていたそうな。

 

 

 

 




Q,アンジェラさん、ワン・フォー・オールをどうこうする方法は調べへんの?

A,アンジェラさんとソルフェジオで調べてはいますが、これといって成果はありません。そもそも幻夢の書は様々な形体化された魔法の扱い方が書かれている本なので、この世界にしかない“個性”をどうこうする方法は書いていないのです。よって、一からその方法を調べるしかないのですが、アンジェラさんは前にも言ったように独学で魔法を勉強しているので、それには果てしないほどの年月がかかります。その間にオールマイトは間違いなく死にます。長生きしたとしても死にます。
なので、まずは日本での仕事を終わらせて、そのあと魔法にまつわるであろう遺跡を探して巡って方法を探ろう、とアンジェラさんは考えています。ソニックさんたちに頼もうにも、序章にあったように魔法にまつわるギミックは現状アンジェラさんにしか解けなどころか察知も出来ないので。









………魔法にまつわる設定、どこか、具体的にはアビスで見たぞと思ったそこの貴方。その考えは間違いじゃありません。

白状します、アビスの上昇負荷見てこの設定思いつきました。


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結果、作戦会議

 大盛りあがりの会場。アンジェラのゴールを皮切りに次々とゴールゲートを潜る生徒たちの表情は様々だった。自分の結果であれば通過しているだろうと安堵する者、もっと上位をとれたと悔しがる者、通過できたかとハラハラする者、なんかセクハラしてる奴……

 

「……おい峰田」

「ハッハイ!」

 

 ドスの効いたアンジェラの声に、八百万の背中に張り付くというセクハラを働いていた峰田はビクっと反応する。アンジェラは笑顔であったが、目は一切笑っていなかった。ケテルはアンジェラの肩の上でケタケタと笑っている。アンジェラの背後にがしゃどくろのような恐ろしいものが見えたと後に峰田は語った。

 

「いいか、一度しか言わないからよく聞け。

 

 

 

 

 

 降りろ。早急に」

「さ、サーイエッサー!!」

 

 さしもの性欲の権化たる峰田も、あまりの恐ろしさにすぐさま言われた通りに地面に降りた。うっかりちびりそうだったと後に峰田は語る。

 

「ありがとうございます、アンジェラさん……」

「Don't worry.災難だな……色々と」

 

 席が前後ということで、アンジェラはなにかと八百万と峰田と関わる機会がある。しかし、峰田の性欲にはアンジェラも呆れ返っていた。USJでの一件で、やるときはやるやつだということは分かっているのに勿体ないとつくづく思う。

 

 そんなふうに選手側がわいわいとしている中、教師用の観客席にて観戦していたオールマイトは、アンジェラの“個性”……もとい魔法の使い幅に驚いていた。

 

(すごいな……彼女の“個性”は。ワン・フォー・オールがなくてもナンバーワンを目指せていたかもしれないな)

 

 オールマイトは同時に、アンジェラが少なくとも敵よりの思考の持ち主ではなかったことに改めて安堵を覚えていた。

 

 

 

 

 ちなみに、体育祭に参加するメリットがない経営科の生徒の一部は、アンジェラをどう売り込むかという仮定で話し合いを繰り広げていたとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の一人がゴールしたところで、ミッドナイト先生から結果が発表された。

 

 上位42名が通過、第二種目に進める者たちだという。ヒーロー科の生徒全員と、普通科とサポート科から一人ずつだ。予選落ちしてしまってもまだ見せ場は用意されているらしい。

 

 そして、次からいよいよ本選だ。ここからは取材陣も白熱してくるのだという。アンジェラは「仕事」がやりやすくなるな、と頭の片隅で思っていた。

 

「さーて、第二種目よ。私はもう知ってるけど……何かしら……何かしら……

 

 

 言ってるそばから、コレよ!!」

 

 ミッドナイト先生が指し示した先にあったのは、空中ディスプレイに表示された「騎馬戦」の文字であった。どうやらこれが第二種目のようだ。ミッドナイト先生が説明を始める。

 

「参加者は二人から四人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ。基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど、一つ違うのが……

 

 先程の結果に従い各自にポイントが振り当てられること!」

 

 つまり、入試の時のようなポイント稼ぎ方式である。組み合わせによって騎馬のポイントも変わるため、誰と組むかよく考えなくてはならない。そして、与えられるポイントは下から5ずつ。42位が5ポイント、41位が10ポイントといった具合だ。

 

 このまま順当に行けばアンジェラのポイントは210ポイントだが、そこは雄英。普通の範疇で終わらす筈もない。

 

「上を行く者にはさらなる受難を。雄英に在籍している以上何度でも聞かされるよ。これぞPULS ULTRA! 

 

 

 

 予選通過一位、アンジェラ・フーディルハインさんに与えられるポイントは、一千万!」

「………………………………」

 

 つまり、一位の騎馬を崩してしまえば、どんな状況でもトップに立てる。

 

 周囲のアンジェラを見る目が変わる。それは、獲物を見つけた肉食獣のようだった。さしずめ、アンジェラは獲物といったところだろうか。

 

「そう、上位の者ほど狙われる下剋上サバイバルよ!」

 

 …………しかし、普段のアンジェラからは想像もつかないことだが、周囲の空気に気付かないほどに、

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 アンジェラは、ずっと首を傾げていた。

 

 

 

 

 ミッドナイト先生の説明は続く。

 

 競技の制限時間は15分。各選手に振り当てられたポイントの合計が騎馬のポイントになり、騎手はそのポイントが書かれたハチマキを頭に装着する。終了までにハチマキを奪い合い、保持ポイントを競う。獲ったハチマキは首から上に巻かなければならない。取りまくれば取りまくるほど管理が大変になる。ハチマキは取りやすさを重視したマジックテープ式だ。

 

 また、ハチマキを獲られても、騎馬が崩れても、アウトにはならない。試合中は“個性”発動あり。ただし、悪質な崩し目的の攻撃はレッドカード、すなわち一発退場である。爆豪が舌打ちしたような気がしたが気にしない。

 

 チーム決めの交渉は15分。かなり短いが、全体の尺も押しているのだろう。

 

 皆がチーム交渉に動いている中、珍しくアンジェラはポツンと立ち尽くし、首を傾げていた。

 

 そんなアンジェラに声をかける者が居た。麗日だ。

 

「あれ、アンジェラちゃん、珍しいね。アンジェラちゃんってこういうとき速攻動くタイプだと思ってたんやけど」

「ああ、麗日。ちょうど良かった」

 

 麗日の方に振り向いたアンジェラは、しかし未だに首を傾げていた。麗日はどうしたのだろう、と疑問を抱く。

 

「聞きたいんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎馬戦って、何だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 そう、アンジェラがずっと首を傾げていたのは、緊張でも、ましてや不安だからでもない。

 

 単純に、騎馬戦とは何かが分からなかったのである。

 

「…………あ、そっか! ラフリオンに騎馬戦ってないの?」

「ああ、初めて聞いた。ハチマキを奪い合うってのは理解できたんだが、他がさっぱりで……」

「だから首傾げてたんだ……」

 

 麗日はこれが所謂カルチャーショックだろうか、と若干間違った感想を抱きながら、アンジェラに騎馬戦の基本的なルールを手短に教えた。

 

 

 

「……I see.大体理解した。要は、オレの場合はハチマキ獲られなきゃいいんだろ?」

「うん、そういうこと! ね、アンジェラちゃん、組も!」

「おう、いいぞ。オレ、身長の問題で騎手ってのやるしかないと思うけど」

 

 アンジェラはかなり身長が低い。クラスの女子の中ではおそらく一番低い。本人の身体能力は高く、高校生を持ち上げるくらいはわけないものの、身長が低いせいで手足も短いので、馬は務まらないだろう。

 

「……となると、アイツと組みたいな……」

 

 麗日の説明からある策を考えついたアンジェラは、早速その人物……飯田へ交渉に向かった。

 

 

 しかし。

 

 

 

 

「すまない……断る」

「……何か理由でも?」

 

 ハッキリと断られてしまった。麗日はショックを受けたような表情になったが、アンジェラはある程度予想はしていたのか落ち着いた様子のまま聞き返す。

 

「入試の時から、君には負けてばかり。素晴らしい友人だが、だからこそ、君についていくばかりでは、未熟者のままだ。

 

 君をライバルとして見るのは、爆豪君や轟君だけじゃない。俺は、君に挑戦する」

 

 それは、紛れもない宣戦布告だった。開会式の直前に、轟がアンジェラにやったものと同じ。

 

 自分を超えるため、夢に一歩でも近付くために、飯田はアンジェラに挑むつもりなのだ。

 

 そんな飯田の宣戦布告に、アンジェラは満面の笑みを浮かべて言い放った。

 

「っくっくっく……いいねェ、そういうの! 面白いッ!! 

 

 来いよ。その勝負、受けて立つ!」

「ッ……! ああ、こちらとて、負けるつもりはない!」

 

 飯田はそう言うと、轟、八百万、上鳴の元に向かう。どうやら彼らが飯田のチームメイトらしい。

 

 飯田の絶対に勝つという気概。それに応えずしてどうするのか。アンジェラは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っつっても策は練り直しだけどな」

「根本的には進展してないよね、それ。寧ろ後退してない?」

 

 麗日の言う事ももっともだが、飯田が誰と組むかを知れたのは収穫だろう。決して無駄ではない。

 

 ただ、策が練り直しになった事実は変わらない。どうしようかと悩む二人の元に、近付いてくる影があった。

 

「私と組みましょう、一位の人!」

「いやお前誰だよってか近っ!」

 

 近付くどころか急接近してきたのは、サポート科で唯一第二種目に進出した女子であった。全身サポートアイテムフル装備だ。

 

 因みに、公平を期すため、サポート科は自身が開発したアイテム、コスチュームに限り装備可能らしい。閑話休題。

 

「失礼、私、サポート科の発目明と申します! あなたの事は知りませんが立場利用させてください!」

 

 かなりあけすけな人だった。発目はアンジェラ達の様子は気にせずに話を続ける。

 

「あなたと組むと注目度が必然的にナンバーワンになるじゃないですか。

 そうすると、私のドッカワイイベイビー達がですね、大企業の目に止まる訳ですよ。

 それってつまり、大企業の目に私のベイビーが入るってことなんですよ!」

「ちょちょ、待って、ベイビーが大企業? それてどういう……」

 

 話についていけなくなった麗日が問いかけるも、発目はアンジェラしか視界に入っていないようだ。麗日のことは完全に無視している。

 

「私、ベイビーがたくさん居るので、きっとあなたに見合うものがあると思うんです!」

「あー、ちょっと待て。つまり、ベイビーってのはお前の作ったサポートアイテムで、お前はオレを広告塔に利用したいと?」

「理解が早くて助かります! 大方その通りです」

 

 発目は良くも悪くも科学者気質のようだ。だが、サポートアイテムによる戦力増強はかなりのアドバンテージとなるだろう。

 

 発目のアイテム話を聞いていたアンジェラと麗日だったが、ふとアンジェラの目にあるものが留まる。

 

「あれ、そのホバーシューズってもしかして……」

「流石は一位の人! お目が高い! このホバーシューズは、ある競技用ギアの技術を応用して作ったものでして……」

「エクストリームギアだろ? 知ってるよ。ってか持ってる」

「本当ですか! 日本じゃイマイチ知名度が低いし製品も出回らないしであまりその技術を応用した製品も作られないんですが、私はエクストリームギアにはさらなる可能性があると確信してるんですよ!」

「それなら今度見せてやろうか? バラさない弄くり回さないって条件呑めるなら、だけど」

「ハイ! 我慢します! あ、基盤は見せてもらっても?」

「見るだけならいいぜ」

「やった──!! あ、チームの方は組んでいいですか?」

「Of course!」

 

 エクストリームギアの話題で意気投合することに成功したアンジェラと発目。

 

「……なんか、釣ってる」

 

 話についていけない麗日は、拗ねていたとかなんとか。

 

「よし、これで機動力は確保したな……あとは、アレ(・・)使うなら、全方位防御ができるやつ……」

 

 アンジェラは周囲を見渡した。皆、もう殆ど固まってしまっている。残りは作戦会議の時間にでも充てているのだろう。

 

 誰か居ないか、とキョロキョロしていたアンジェラだったが、ついに相性のいい人物を発見した。その人物に近づき、肩に手を乗せる。

 

「常闇、オレと組んでくれ」

 

 その人物とは、常闇である。彼の“個性”はダークシャドウ。伸縮自在の影っぽいモンスターをその身に宿している。

 

「……理由は?」

「お前には前衛を任せたい。ただ、前衛とは言っても任せたいのは中距離全方位防御だ。オレの“個性”でできなくはないが、どうしてもタイムロスが出る。その分、お前のダークシャドウならタイムロスは無いだろ? 攻撃はオレがやる」

「なるほど……」

 

 常闇は自身の“個性”、ダークシャドウの弱点を話してくれた。そのものズバリ、光である。

 

「俺の“個性”は闇が深くなるほどに攻撃力が増すが、獰猛になり制御が難しくなる。逆に日光下では制御こそ可能だが、攻撃力は中の下といったところだ」

「OK,その情報を他に知ってるやつは?」

「USJで口田には話したが、奴は無口だ」

「OK,OK……それが分かりゃ十分だ。麗日、発目、よく聞け。作戦だが……」

 

 常闇の“個性”の弱点を加味したアンジェラは、テレパシーでソルフェジオに声をかけた。

 

(……ソルフェジオ、あの魔法の準備にはどれくらいかかる?)

『今から準備したら騎馬戦後半戦まではかかるかと』

「よし……お前らにしてほしいことは……」

 




アンジェラさんがセクハラに厳しいのは女子だからなのもありますが、別に大きな理由があったりします。いつか書くかも。


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騎馬戦

連投します。


「よーし、組み終わったな! 準備はいいかなんて聞かねーぞ!」

 

 今この場に、12組の騎馬が揃った。

 

 アンジェラの騎馬の総ポイントは一千万と325ポイント。布陣は右翼を発目、左翼を麗日、前騎馬が常闇、そして騎手がアンジェラだ。アンジェラと麗日も発目のサポートアイテムを装備している。

 

「いくぞ、お前ら! 作戦通りに!」

「うん!」

「はい!」

「……ああ」

 

 

『サァ行くぜ! 残虐バトルロイヤル! 

 

 3……2……1……!』

「スタート!」

 

 プレゼント・マイク先生のカウントダウンとミッドナイト先生の合図が響き渡る。今ここに、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 そして、スタートの合図と同時にアンジェラ達の方へ突っ込んでくる、騎馬の群れ。彼らの狙いは唯一つ。

 

「実質一千万の争奪戦だぁ!」

 

 そう、一千万という実質的な勝利への切符を持つ、アンジェラ達のハチマキである。

 

「いきなり襲来か……追われし者の運命、選択しろ、フーディルハイン!」

「いいねェ、こういうの! そりゃ、逃げの一手だ! 時間を稼ぐぞ(・・・・・・)!」

 

 アンジェラは手元に意識を集中させる。そこに現れたのは、数多の水色に光る魔力弾。

 

「牽制は任せろ! 星の弾丸(ストライトベガ)っ!」

 

 魔力弾がアンジェラ達を狙う騎手の頭部を狙い撃つ。魔力ダメージ魔法による魔力弾なので肉体に傷こそつかないが、再現された痛みに悶える騎手たち。

 

「っ! アンジェラちゃん、足元が!」

 

 この隙に逃げようと思っていたアンジェラ達だったが、麗日達の足元の地面がぬかるみ、脚を取られてしまった。どうやら、B組の“個性”のようだ。

 

「っち、麗日、発目、顔避けろ!」

 

 アンジェラは発目のサポートアイテムである、背中のジェットパックを起動させる。その推進力で、足元のぬかるみから脱出することに成功した。

 

「どうですか、ベイビーは! カワイイは作れるんですよ!」

「機能性バッチリ、凄いぜベイビー!」

 

 麗日以外は麗日の無重力(ゼログラビティ)で浮かしているので、総重量は麗日+装備や衣類品のみ。麗日の“個性”と発目のサポートアイテムなしではできなかったであろう高機動戦略だ。

 

「よし、麗日! 足元気をつけとけ! 常闇、周囲の警戒頼む!」

「オッケー!」

「了解した!」

「ケテルも索敵に入ってくれ! ダークシャドウの死界を埋める感じでな!」

《いえっさー!》

 

 アンジェラは全員に指示を出すと、もう一度魔力弾の弾幕を形成させ、麗日達の足元に手を伸ばし、魔力を込める。

 

触れる境界線(エスディーアベント)

 

 アンジェラが唱えると、麗日たちの足元に巨大な魔法陣が現れる。

 

 触れる境界線(エスディーアベント)。点ではなく面の攻撃に強い防御魔法陣を出す防御魔法だ。

 

「着地成功! ……これ、着地っていうのかな?」

「細かいことは気にしない気にしない」

 

 魔法陣の上に降り立ったアンジェラ達。会場はいきなりの巨大な魔法陣出現に沸き立った。

 

『おーっとここでフーディルハインチーム、空中に逃げたかと思ったらその空中で留まったぁ!?』

『予選で見せていた空中移動技の応用だろ。フーディルハインチームの場合、一千万をそのまま保持し続けていれば勝てる。実に合理的だ』

 

 プレゼント・マイク先生と相澤先生の実況に、会場に来ているプロヒーロー達や経営科達は早速分析を始めた。

 

《お姉ちゃん! 九時方向!》

 

 ケテルのテレパシーを受け取ったアンジェラがその方向を向くと、そこには騎馬から離れて飛んできた爆豪の姿があった。

 

「そのふざけたモン、ブッ壊す!」

「させるか!」

「ダークシャドウ!」

 

 常闇は爆豪の爆破をダークシャドウで防ぎ、アンジェラは魔力弾の集中砲火を爆豪に浴びせた。その衝撃で推進力を失い、地面に向かって落ちる爆豪。チームメイトの瀬呂がテープを用いて騎馬に戻していたので、失格扱いではない。

 

「このまま終了まで待機してればいいの?」

「いや、そうしたいのは山々だが、コレは本来防御用で、長時間出したままにしておくことは前提にない。いずれ崩れ始める」

 

 そう、アンジェラは完全な航空戦はハナから考えていない。上空で魔法陣の上に留まっているのだって、単なる時間稼ぎでしかないのだ。

 

『あと12分』

「あと12分……それまで、粘り切るぞ!」

「うん、分かってる!」

「ふふふ、私のドッカワイイベイビー、ぜひお役立てください!」

「防御は任せろ、フーディルハイン」

 

 アンジェラはニヤリ、と笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残り時間3分。騎馬戦もいよいよ佳境に突入した。

 

 そして、このタイミングで防壁魔法陣が崩れ始める。

 

『おーっと、難攻不落かと思われていたフーディルハインの足場が崩れ始めた!』

『恐らくだが、長時間、しかも足場としての運用は本来のアレの用途とは外れてるんだろう』

『ナイス解説!』

 

 アンジェラは思わず舌打ちをする。

 

「っち、防壁が崩れた! 着地するぞ!」

「うん!」

 

 アンジェラは防壁を粉々に砕き、魔力弾へと変換して地面に向かって撃つ。アンジェラたちが着地してくると察した者たちが着地狩りを行おうとするも、降りしきる弾幕の雨の中ではそれも出来ない。アンジェラたちは発目のホバーシューズもあり、安全に地面に着地することができた。

 

『あと30』

「なるべく動け! 固まってると格好の餌食だ!」

「「「了解!」」」

 

 弾幕の雨がやんだと同時に、麗日達は走り出す。

 

 周囲はもう混戦状態。一千万は諦めて、2位から4位までの騎馬のポイントを獲ろうとする者が多くなってきたが、やはり一千万を狙う者のほうが多い。もうハチマキを獲られた者たちは、無くすものがないのであればとよりその色が濃い。あっという間に周囲を包囲されたアンジェラ達。

 

「常闇テメェ、なに一人だけハーレム築いてんだコラァ!!」

 

 障子、蛙吹と組んでいる峰田はそんなことをのたまっていた。実にどうでもいい。

 

 そんなことはともかく、アンジェラ達はなんとか他の騎馬から逃げ回っていたが、ふと、冷気を感じた。

 

「これは……轟か!」

 

 アンジェラ達の眼の前には、轟達の姿があった。どうやら、本格的にアンジェラの一千万ポイントを獲りにきたようだ。

 

「距離をとれ!」

「うん!」

 

 麗日達はホバーシューズの機動力で轟から距離をとる。

 

 と、上鳴が放電し、痺れている隙に他のアンジェラ達を狙っていた騎馬が轟の氷によって凍らされた。轟達は、放電のダメージを八百万の創造で回避したようだ。

 

 アンジェラ達は常闇のダークシャドウとアンジェラの防御魔法で直撃こそ回避できたものの、強力な電気を浴びたせいかアンジェラが背負っているバックパックから煙が出ていた。

 

「Shit! バックパックがイカれた!」

「ベイビー! 改善の余地あり!」

 

 もう空中移動は不可能。周囲も轟によって凍らされ、逃げ回れるエリアも狭い。

 

 しかし、いや、だからこそ、アンジェラは楽しそうに笑っていた。

 

「Hehe……いいねェ、こう、追い詰められた時が一番燃える!」

 

 轟達が突っ込んでくる。アンジェラは麗日たちになるべく左側に重心を置くように指示を出し、常闇のダークシャドウを全面に押し出すことで轟達を牽制し、轟の攻撃を掻い潜っていた。

 

「っち、全然隙がねぇ……!」

「まだだ、まだ時間はある!」

 

 轟はどうアンジェラを攻略しようか考えつつも、ハチマキを狙って攻撃を仕掛けていた。

 

 拮抗する戦況。しかし。

 

 

 

 

 

 

 

『発動準備完了』

 

 ソルフェジオの一言により、戦況は一変する。

 

「……! よしっ!」

 

 アンジェラはソルフェジオを杖に変形させて構えた。

 

「アンジェラちゃん、もしかして!」

「ああ、準備完了だ。これで決めるぞ!」

 

 アンジェラの周囲に魔力が渦巻く。アンジェラの様子の変化を感じ取った飯田は、切り札を切るしかないと構えた。

 

「これを使えば俺は使い物にならなくなる……必ず獲れよ、轟君!」

 

 飯田はそう言い、エンジンを吹かす。狙うは唯一つ、一千万のハチマキだ。

 

「トルクオーバー……レシプロ、バースト!!」

 

 トルクの回転数を無理矢理引き上げることによって、爆発力を産む飯田の切り札、レシプロバースト。使用後はエンストを起こしてしまうという副作用はあるものの、飯田の機動力を最大限に活かせる裏技だ。

 

 レシプロバーストの超加速によってアンジェラ達の方へと迫る。その勢いのまま、轟はアンジェラのハチマキを奪い取ろうとしたが……

 

時を止める境界(アンハードサークル)っ……!」

 

 轟がアンジェラに手を伸ばしたその瞬間、ガキィン! という金属と金属がぶつかりあったような音がした。

 

 と思ったら、轟がアンジェラに伸ばしていた腕は、アンジェラの杖とそこから現出した魔法陣、そして、その魔法陣から伸びた光の鎖によって阻まれていた。

 

 轟は阻まれていない方の腕をアンジェラのハチマキに伸ばそうとするが、その腕はアンジェラの方へ伸ばされる前に、空中に現出した魔法陣と光の鎖によって動きを封じられた。

 

「勝ったと確信したとき、人は予想外のことが起こると戸惑う……有名な話だ。そして、その戸惑いは大きな隙を生む」

 

 アンジェラはニヤリと笑う。まるで、イタズラが成功した子供のような目をしていた。

 

 轟が悔しそうに周囲を見ると、騎馬戦のフィールド全体に巨大な魔法陣が張り巡らされていた。先程までは、あんなものなかったのに。

 

『おおっと!? フィールド全体にいきなり現れた謎の魔法陣! そして急に動きを封じられた轟! これもフーディルハインの仕業かぁ〜!?』

「こういう多対多の戦いで大切なのは、何だと思う? 

 

 機動力、攻撃力、テクニック……どれも大切だが、違う。

 

 正解は、フィールドを制圧する力。そして、作戦立案力だ」

「まさか、これ全部フーディルハインが……!」

「Exactly! ここまで準備するのにはかなり時間かかったがな」

 

 そう、これがアンジェラの作戦。フィールドに張り巡らされた魔法陣は大型結界、時を止める境界(アンハードサークル)の魔法陣である。この結界の内側は、結界の主がある程度自由に干渉できる。

 

 本来なら事前に魔法陣を展開しておかなければならない拘束魔法を、結界内に自在に展開することくらいは容易いのだ。

 

 ただし、これほどの大規模魔法となると発動までにかなりの時間を要する。幻夢の書が使えない今の状況は、それに拍車をかけていた。

 

 とにかく逃げに徹して時間を稼ぎ、術式を準備。準備が完了したら向かってくる騎馬を全て拘束。これこそが、アンジェラの考えた作戦だった。

 

「鎖を投げ飛ばしたら当然拘束を警戒されるし、その鎖を相手に利用されかねない。こんな混戦状態なら尚更だ。

 

 だからこその結界だ。コレならどこから拘束されるか相手は分からないから迂闊にオレたちに手出し出来ねぇよ」

「すごい……やっぱりすごいよアンジェラちゃん!」

「ああ、見事な作戦だ。最初に空中に留まったのもこの作戦を実行するための陽動か」

「Yes.話が早いな常闇」

 

 轟はなんとか鎖から拘束から抜け出そうともがくも、鎖が外れる気配は一向にない。力いっぱい引っ張っても、どんなに“個性”を使っても。

 

 途中、爆豪達もアンジェラのハチマキを狙ってきたが、アンジェラの拘束魔法によって動きを封じられた。

 

 そして。

 

『TIME UP!』

 

 プレゼント・マイク先生のアナウンスが響いた。

 

 騎馬を崩したアンジェラは、すぐさま魔法陣を消して轟達の拘束を解除し、ソルフェジオをペンダントに戻した。それと同時に、プレゼント・マイクが順位発表のアナウンスをしていた。

 

『んじゃまぁサクッと結果発表するぜ! 

 

 一位、フーディルハインチーム! 

 ニ位、轟チーム! 

 三位、爆豪チーム! 

 四位、鉄哲チーム……ってあれ、心操チーム!? いつの間に順位逆転してたんだよ!? 

 

 まぁ、以上4チームが、最終種目へ進出だぁ──!!』

 

 沸き立つ会場。轟達と爆豪はアンジェラに勝つことが出来なくて心底悔しそうにしている。麗日たちは嬉しそうに笑っている。

 

「やったね、アンジェラちゃん!」

「ああ、お前らのおかげだ」

「何を言う。この作戦の一番の功労者はフーディルハインだ」

「いや、麗日の無重力(ゼログラビティ)が無けりゃ防壁の上に高校生四人なんて乗れなかったし、発目のサポートアイテムが無けりゃ空中機動の陽動も無理だった。常闇のダークシャドウの防御が無きゃ最初の爆豪の突撃の時点でハチマキ取られてたかもしれねぇ。これは全員で獲った勝利だよ」

「ふふふ、嬉しいこと言ってくれますね。是非今後ともサポート科発目明をご贔屓に!」

 

 アンジェラたちはそれぞれ自分たちの勝利を称え合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなアンジェラを、轟は何やら思い詰めたような表情でじっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、丁度騎馬戦が終了して少し経った頃。

 

 

「……あれ、やっぱここさっきも通ったよなぁ…………

 

 ……あ、コレがあった」

 

 赤い少年は荷物の中に使えるものがあることにようやく気が付いた。

 

 




Q.何でアンジェラさんは防壁が崩壊したときに触れる境界線(エスディーアベント)をもう一回使わなかったの?

A.そもそも連続で使えないからです。アンジェラさんは防御魔法が特別得意というわけじゃないので。


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全てを持って産まれた少年と全てを持たず生れた少女

遅刻しましたすみません。

サブタイトルの2つ目の生れたは誤字じゃありません、わざとです。

あと、エンデヴァーファンの方はブラウザバック推奨です。アンジェラさんがエンデヴァーに対して結構キツイこと言ってるので。


 騎馬戦が終わり、雄英体育祭は昼休憩に入る。生徒たちは一度控室に戻ってから、校舎の大食堂へと向かうことになっていた。マスゴミの執拗な取材などに生徒たちを巻き込まないための措置である。

 

 アンジェラも食堂へ向かおうとしていたのだが、その途中で轟に呼び止められた。何やら、二人だけで話したいことがあるらしい。

 

 轟に連れられたのはスタジアムの学校関係者専用入口だった。元々生徒たちが来ないここならマスゴミが張っていることはないし、なるほど、内緒の話をするにはうってつけであろう。

 

 アンジェラは轟と対峙する。轟の表情は、いつにもまして厳しいものだった。アンジェラは珍しいこともあるもんだと思いながら、腕に抱いたケテルを優しく撫でた。

 

「で、どうした? 早く行かなきゃ食堂の席取られるぞ。オレは今日弁当作ってきたからいいんだけど」

「…………悪いな。だけど、どうしても聞きたいことがあるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 お前、オールマイトの隠し子か何かか?」

「…………は?」

 

 予想の斜め上を突っ切っていった轟の質問に、アンジェラは思わず声を漏らした。

 

 隠し子? オレとオールマイトが? どっからそんな話が持ち上がってきた? 

 

 聞きたいことは山程積み上がるが、ゴホン、と一度咳払いをして落ち着くことにした。今言うべきは質問ではないことは分かっていた。

 

「いや、違うけど」

「……そうか。だけど、お前、オールマイトと何らかの関わりがあるだろ」

「…………あー……」

 

 ひょっとして、二週間前の昼休みのことを言ってるのだろうか。アンジェラは思わず空を仰いだ。いや、あのときはオールマイトが萎んでることしか知らなかったから仕方がないとはいえ、もう少し用心して行動できなかったものか……いや、話しかけてきたのオールマイトの方だなオレ悪くねぇ。

 

 アンジェラは、心の中で思いっきり開き直った。

 

「……取り敢えず、隠し子ではない。他のクラスメイトとは違う繋がりがあるのは事実だが、このことはオールマイト本人に口止めされてるから話せないんだ。悪いな」

「いや、そこを詮索するつもりはないからそれはいい」

「あ、その繋がりがあるってこともここだけの秘密ってことにしてもらえるか?」

「わかった。約束する」

 

 轟はそう言って頷いた。戦闘訓練や体育祭の様子を見た感じ、轟は冷静な方だ。少なくとも話すな、と言ったことをベッラベラ喋るような奴では絶対にないと、アンジェラは断言できた。

 

「……本題に入るぞ。

 

 俺の親父はエンデヴァー。フーディルハインも名前くらいは聞いたことあるだろ。万年ナンバーツーのヒーローだ。

 

 お前がナンバーワンの何かを持ってるってんなら、俺は、尚更お前に勝たなきゃならねぇ……!」

 

 轟はそう前置きをすると、語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 轟の父親、エンデヴァーは極めて上昇志向の強い人間だった。

 

 ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたエンデヴァーだったが、故に生ける伝説オールマイトが目障りで仕方がなかった。

 

 やがて、自分ではオールマイトを超えることはできないと悟ったエンデヴァーは次の策に出た。

 

 個性婚……超常が起きてから、第二、第三世代間で問題となったもの。自身の“個性”をより強化して子に継がせるためだけに配偶者を選び、結婚を強いる。倫理観の欠落した前時代的発想。所謂、政略結婚だ。

 

 エンデヴァーは実績と金だけはある男だった。エンデヴァーはそれらを用いて轟の母親の親族を丸め込み、その女性の“個性”を手に入れた。

 

 自身の子供を、轟をナンバーワンヒーローに育て上げることで、自身の欲求を満たそうとしたのだ。

 

「鬱陶しい……そんな屑の道具にはならねぇ……!! 

 

 記憶の中の母はいつも泣いている……お前の左側が醜いと、母は俺に煮え湯を浴びせた……!」

 

 そう言う轟の瞳には、計り知れぬエンデヴァーへの憎悪が渦巻いていた。顔の左側にある火傷跡に触れる轟の手は、かすかに震えていた。それは決して母親への恐怖などではなく、父親への激しい怒りからくる震えなのだと、アンジェラは察した。

 

「ざっと話したが、俺がお前につっかかるのは見返すためだ……クソ親父の“個性”なんざなくたって……いや、

 

 

 

 使わず一番になることで……奴を完全否定する!!」

 

 アンジェラは一瞬絶句した。あまりにも、凄惨な過去だということは分かった。しかし…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「……親って、そんなもんなのか? オレ、親って居たことないからよくわかんないや」

 

 アンジェラが放った言葉に、今度は轟が驚愕する番であった。そういえば、アンジェラが記憶喪失だとカミングアウトしたとき、轟はその場に居なかったなとアンジェラは今更ながらに思い出した。

 

「それって、どういう……」

「どうもなにも、言葉通りの意味さ。オレさ、実は義理の兄さん……ソニックに会うまでの記憶が一切ないんだ。それ以降、義理の兄さん達は居たけど親どころか血縁者ってもんは居た経験がなくって。んー、でもクリームとヴァニラさんは仲良かったけどなぁ」

《あれが普通だって思ってたー。そういうやつもいるんだぁ》

 

 アンジェラとケテルはきょとん、と首を傾げた。

 

 

 アンジェラは、親とは何かが分からなかった。

 

 とはいっても、生物学的意味の親とは何かが分からなかった、ということではない。

 

 アンジェラは、人間の言う親、人の親というものが分からなかったのだ。記憶の中に親と過ごした想い出が1ミクロンたりとも無いのだから当然といえば当然だが。

 

 ケテルに至っては、親と呼べるのはマザーウィスプという全てのウィスプの母であり、ケテル自身はあまり関わることはなかったという。ケテルからも母親との思い出話のようなことは聞いたことがなかった。

 

 

 

 

 そんなアンジェラ達にとって、親というもののステレオタイプであったのは、妹分であるクリームの母親、ヴァニラだった。

 

 会う機会が多かったわけではないものの、クリームと一緒の時はクリームがよくヴァニラさんに甘えていたことは覚えている。

 

 アンジェラは最初にその光景を見たとき、微笑ましく思いながらも、なんとなく胸が締め付けられるような感覚を覚えたことは、ハッキリと覚えている。

 

 どうしてだろうと思いつつも、その時は気の所為だと思っていた。しかし、家に帰った途端、アンジェラは泣き崩れてしまった。

 

『あれ……どうして……涙が、止まらない……?』

 

 自分でも理解できない涙に戸惑っていると、ソニックがココアを淹れてくれた。それを飲むと、アンジェラは少しばかり落ち着きを取り戻したが、涙が止まることはなかった。

 

『今日、何かあったのか?』

 

 そう聞いてくるソニックの声は、いつも以上に優しいものであった。

 

 アンジェラはその日、クリームとヴァニラさんに会ったこと、クリームがヴァニラさんに甘える光景を目にしたことを伝えた。未だに、涙は止まらなかった。

 

 そんなアンジェラに、ソニックはいつもの調子で、しかし優しい声で言った。

 

『そりゃあれだ。アンジェラ、

 

 

 

 

 クリームが羨ましかったんじゃないのか?』

 

 

 

 

 

 ああ、そっか。

 

 ソニックの言葉は、すとん、とアンジェラの胸に落ちてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラは、昔の光景を思い出しながらゆっくり語る。

 

「……オレの一番身近な親っていうと、妹分の母親なんだけどさ。クリーム……あ、妹分のことな。そいつがお母さんに甘える様子を見て、ずっと羨ましいって思ってた。そりゃ、義理の兄さんたちは甘えさせてはくれるけど、オレにとっちゃ親じゃなくて兄さんだから。

 

 

 

 でも、その親子の父親は今までで一度も見たことがないんだ。だから、父親っていうものが何か、今までよく分からなかった。でも、なぁ、轟。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなに酷い父親なら、見返すよりまず先にこっちから捨てちゃえばいいじゃねぇか」

 

 轟は目を見開いた。アンジェラの言葉は、まさしく先天の霹靂だった。そんなこと、考えもしなかった。

 

「話聞く限り、家族に対して相当酷いことしてきたんだろ? それを悪びれてもないんだろ? だったらそんなやつ、見返すだけ無駄じゃねぇか」

「っ、無駄、って……!」

「だってそうだろ。そんなやつのために労力を割くくらいなら、もっと他にしたいことをしたほうがよっぽど有意義だ。お前をオールマイトを超えるヒーローにしたいというが、子供の将来を親が勝手に決めるなんて、ただのクズでしかない。親と呼ぶのも烏滸がましいよ。お前の生き方はお前のもんだ。

 

 そんなのを、親だなんて思う必要はないんじゃないか? 

 

 話からすると、お母さんは普通に良い人なんだろ? お前、お母さんに対しては怒ってないみたいだし、寧ろ父親がお母さんにしたことを許せないみたいだし」

 

 アンジェラはなるべく優しい表情で語る。かつて、義兄がそうしてくれたように。

 

「……そう、だ。俺が許せないのは、クソ親父だけだ。クソ親父が、お母さんを追い詰めたんだ!」

「だったら、その怒りをバネにもっと別のアプローチも考えてみな。捨てるもそうだし、いっそのことそのナンバーツーヒーローの立ち位置を利用しちまうってのも手の内だ。

 

 自分の実力を見せつけるだけが見返す(・・・)じゃねぇぞ」

 

 轟の表情が少し柔らかくなる。憎悪だけを秘めた瞳のまま。

 

「ずっと怒りを抱えたままって、ヒーローらしくないって言われないか?」

「いいんだよ、その怒りの扱い方を間違わなければ。オレだって一生をかけても許せない相手(・・・・・・・・・・・・・)居るし」

「……そっか、そっか」

「ま、怒りだけに囚われてちゃ確かになんにもなんないけどな」

 

 これなら大丈夫そうだ。あと、もう一つだけ。アンジェラは口を開こうとした、その時。

 

『我が主、リミッターの方へ通信が入っています』

 

 ソルフェジオから、念話が届いた。アンジェラは苦笑いしながらリミッターに内蔵された通信機を繋げる。

 

「え、タイミング悪っ……あ、轟、ちょっと待っててくれ。

 

 ……Hello? どちらさま」

『[アンジェラ! よかった、繋がったな]』

「[……ナックルズ? え? 何で? ]」

 

 通信の相手はナックルズだった。アンジェラは困惑の表情を浮かべる。リミッターに内蔵された通信機はあくまでも市販のもので、マスターエメラルドが鎮座するエンジェルアイランドには繋がらないはず、とか、ナックルズってそもそも通信機器持ってたっけ、とか、聞きたいことは山程積み上がっていた。

 

 轟は、突然知らぬ言語で話し始めたアンジェラに少しびっくりしていた。辛うじて、アンジェラの通信相手がナックルズという名前らしいことと、その声から男であることは分かった。

 

 ちなみに、アンジェラ達が話しているのはラフリオンの公用語である。英語と源流は同じくしているが、別の言語だ。

 

『[二人共外せない仕事があるってソニックに頼まれて、お前の体育祭見に来たはいいものの、変なとこ入って道に迷っちまってな。どうしようかと思ってたら、ソニックから預かった通信機の存在を思い出したんだ]』

「[……お前、普段エンジェルアイランド住まいだからこういうモダンな建物慣れてないもんな。……で? オレにどうしろと? ]」

『[…………ムカエニキテクダサイオネガイシマス]』

「[はぁ〜……OK。すぐ行くから待ってろ。]

 

 ……悪いな轟。急用が入った」

 

 アンジェラは申し訳なさそうに言った。轟は引き留めたのはこちらだと首を振る。

 

「……時間取らせて悪かったな、フーディルハイン」

「No problem.お互い本選頑張ろうぜ。じゃ、お先!」

《バイバーイ》

 

 アンジェラとケテルは轟に軽く手を振ると足早にその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 二人の会話を聞いていた爆豪の影には、どちらも終ぞ気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[……で? 朝来てから昼休憩までずっと同じところをグルグルしてたと。何でだよ]」

「[俺にもわかんねぇ。どこまで行っても景色同じで……]」

「[雰囲気違うだけで遺跡とそんな変わんねぇだろ]」

 

 アンジェラは思わずため息を吐いた。普段はそんな素振り見せないのに、たまーーーーにドツボにはまると何故か圧倒的な方向音痴になるこの兄貴分は、一体どんな脳構造をしているのだろうか。割と本気で気になって仕方がない。

 

「[……ああ、脳筋か。脳筋だったな]」

「[脳筋脳筋連呼すんな]」

《のうきーん》

 

 アンジェラは悪い悪いと言いつつも、全く悪びれた様子はない。何かを言おうとして、結局はいつものことだとアンジェラの兄貴分……ナックルズは口を閉じた。

 

「[なんか、一人で居させとくとまた迷いそうだな]」

 

 心外だと言わんばかりの視線は無視して、どうしたもんかとアンジェラが考えていると、視界の端によく見知った姿を発見した。相澤先生だ。

 

 ここはスタジアムにある自販機エリア。確かにこの辺りの道はそれなりに入り組んでいるから迷うこと自体は不思議なことではない。流石に朝から昼までずっと迷いっぱなしというのはおかしいが。

 

 この時間帯、生徒たちは校舎の方の食堂で昼食をとっている。そんな中、自販機エリアに居るアンジェラと、そのアンジェラと親しげな見知らぬ青年に疑問を抱いたのだろう相澤先生が近付いてきた。

 

「フーディルハイン、こんな所で何してる」

「相澤先生、丁度よかった。ちょっとお願いしたいことが……」

「[え、俺迷子扱いされてる? ]」

「[事実迷子だろ。]あ、実は……」

「[……その会話で察した。そっちの人はフーディルハインの知り合いか? ]」

 

 アンジェラは一瞬ぎょっとした。相澤先生がラフリオン語を話していたのだ。そんな話、今まで聞いたこともなかった。

 

「[えっ……先生? ]」

「[昔、訳あってラフリオン語を学ぶ機会があった。その名残だ]」

 

 さいですか、とアンジェラは納得するしかなかった。ともかく、予想外も予想外だが、先生がラフリオン語を理解できるのなら話は早い。アンジェラは苦笑いしながらケテルをナックルズに預けて言った。

 

「[オレの兄貴分のナックルズです。ソニック……オレの義理の兄さんに頼まれて代わりに体育祭観に来たはいいものの、変なとこに入り込んで道に迷ったそうで。んで、折角なんで最終種目A組の席で一緒に観たいんですけど……いいですかね? ]」

「[ちょ、アンジェラ、おま、それは流石に……っつーかケテル押し付けんな! ]」

 

 アンジェラも無茶なことを頼んでいる自覚はあった。アンジェラの内心は、またナックルズに迷子になられても困る3割、もう7割は単純に面白そうといった感情で構成されていた。

 

 相澤先生は少しばかり考える素振りを見せる。駄目で元々だ。断られたら断られたでナックルズの迷子対策にはケテルをつけさせるつもりでいた。アンジェラがナックルズにケテルを預けたのはそういう意図の元だ。

 

 ナックルズの名誉のために言っておくと、ナックルズは特別方向音痴というわけではない。ただ、慣れていない場所でドツボにはまると何故か極稀に方向感覚があやふやになるだけだ。普段はどちらかというとナビゲーターの立場なのに。脳筋だが。

 

「[……まあ、フーディルハインには世話になった。また迷子になられても困るし、今回は特別に許可しよう]」

「[いいんかい! ……っつーか、世話になったってアンジェラ、お前なにやらかしたんだ? ]」

「[……げっ、でもアレに関してはオレも巻き込まれただけだし…………]」

 

 相澤先生がアンジェラに世話になったこと……十中八九USJ事件のことだろう。定期連絡で事件に巻き込まれたことは話してはいたが、それ以上のことは言ってないアンジェラは急に居心地が悪くなってほんの少しだけ目を細めた。

 

 ああ、こいつ何かを隠してやがる。

 

 アンジェラの様子からそう確信したナックルズは、アンジェラの肩に手を乗せた。

 

「[……後で追求するからな]」

「[うっ、オテヤワラカニ……]」

 

 相澤先生はその様子を見て、意外なものを見たと言わんばかりに驚いた。

 

 

 

 

 相澤先生にとってアンジェラ・フーディルハインという生徒は、他の生徒の何歩も先を行く特異な生徒だった。

 

 戦況を素早く見分ける判断力、USJで見せた統率力、異国の地であっても人と打ち解け合えるコミュニケーション能力、

 

 そして、その圧倒的とも言える戦闘力。

 

 どの要素を取っても一級品であり、既にトッププロの水準以上のものを持っている。頭脳面も、まるで母国語のように日本語を操る姿から見ても極めて優秀であることは間違いない。

 

 そんなアンジェラに相澤先生が抱いていたイメージは、人を引っ張っていくリーダーのようなものであった。だからこそ、学級委員を辞退したことには、驚きこそしなかったものの意外だと思っていた。

 

「[……で? センセイが言ってる世話になった件(・・・・・・・)以外にも何か隠してたりするか? ]」

「[…………ないっての]」

「[嘘、だな]」

「[う、嘘って何を根拠に……! ]」

「[分かるに決まってるだろ。どんだけ付き合い長いと思ってんだ]」

 

 ……しかし、ナックルズと戯れ合うアンジェラは、そんな相澤先生のイメージを軽く吹き飛ばすような、

 

 

 

 

 

 まるで、妹のような姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、ひょっとしたらこっちの方が素か」

「先生、何か?」

「いや、何でもない。[ところで、もう昼休憩終わるがいいのか? ]」

「[……あ、弁当食べそこねた! ]」

 

 相澤先生に言われてアンジェラがスマホの時計を確認すると、もうレクリエーションの十分前だった。生徒は五分前には控室に集合しなければならない。そこから間髪入れずに移動になるので、結構ガッツリ作ってきた弁当を食べる時間はなかった。ついでに言うと、アンジェラは食べる量こそかなり多い方だが、食べるスピードはそこまで早くはない。いや、十分早い方なのだが、量が多いがゆえに食べきるまでにかかる時間が遅くなりがちだ。

 

 どうしようかとあわあわするアンジェラ。ナックルズは本当に申し訳なさそうな顔で言った。

 

「[悪い……マジですまん]」

「[あー……レクの時間、最終種目進出者は参加するもしないも自由だから、その時間に食べればいい。ナックルズ、とか言ったか。その人のことは任せておけ。俺がA組の観覧席まで連れて行っておく]」

「[……ならいっか。ありがとうございます、先生]」

「[……迷子になってスミマセン]」

 

 

 

 

 

 




色々賛否両論あると思いますが、私個人としましては原作におけるエンデヴァーの扱いに疑問を持たずにはいられません。特訓とか言ってますけどアレ普通に虐待ですからね。5歳の子供を吐くまで特訓させるって。ヒーロー以前に親としてやっちゃいけないことでしょうに。轟君がヒーローに憧れを持っていたからまだよかったものの、もし轟君のような立場の子がヒーローではなく別のものに憧れを抱いていたとすると……轟家は、原作よりももっと酷い状況に陥っていたでしょう。

アンジェラさんはその生い立ちや性格上、エンデヴァーをある意味敵認定しました。そもそもソニックシリーズってキャラの家庭やら家族やらが明かされること殆ど無いんですよね。強いて言えばクリームとエッグマンくらい?そんなクリームも片親しか明かされてないし、エッグマン様に至っては両親じゃなくて祖父といとこだし……




あと、途中で出てきた[]は、ラフリオン語で会話していたもんだと思ってください。







そして、途中で出てきたアンジェラさんが一生をかけても許せない相手は、新ソニが好きな方なら多分分かるかと。ここでは敢えて明言はしませんが。


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プライド

前回もそうなんですが、ナックルズに変なキャラ付けしてます。原作のナックルズは別に迷子キャラじゃないです。うちのナックルズも四六時中迷子なわけではありませんが。


 昼休憩も終わり、午後の部開始直前。生徒たちは再び会場のグラウンドに集まっていた。これから始まるのは束の間、レクリエーションだ。本場アメリカからチアガールチームも呼んで、盛り上がる準備は万端。

 

 

 

 

 ……の、筈なのだが、アンジェラは困惑の表情を浮かべていた。主にクラスメイトの女子たちの方に視線を向けながら。

 

「……お前ら、なにしてんだ?」

 

 クラスメイトの女子たちがその身に纏っていたのは、雄英の体操服ではなくアメリカのチアガールチームのものと同じチアガール服であった。手には黄色のボンボンまで装備している。ただ、その表情は虚無感の漂うものであり、どう見ても不本意だ。プレゼント・マイク先生のツッコミと相澤先生の何やってんだあいつら、というボヤキが放送を通して聞こえてきた。

 

「峰田さん、上鳴さん、騙しましたわね!?」

 

 ああ、あのチャラ男とセクハラ野郎の仕業か。

 

 アンジェラは後で上鳴と峰田をしばき上げると心に誓いながら、二人にまるで汚物でも見るかのような冷ややかな視線を向けた。

 

「どうしてこうも峰田さんの策略に嵌ってしまうの……衣装まで創造で作って……」

「というか、フーディルハインはちゃっかり回避してるし!」

「そういえば、アンジェラちゃんさっき更衣室に居なかったね。何かあったの?」

「ああ、ちょっとな。おかげでチア姿は回避できたが、代わりに昼飯食いっぱぐれた」

 

 アンジェラの視界の端では葉隠がいっそのことこの状況を楽しんでしまおうとわいのわいのと動いている。張り詰めていても仕方ないのはごもっともだが、いいのかそれで。

 

 それはともかく。

 

 レクリエーションが終わればトーナメント形式、4チーム16名からなる一対一のガチバトルだ。レクリエーションの前に、第一試合の組み合わせがくじ引きで抽選される。形式は違えど、例年サシで競っているらしい。去年はスポーツチャンバラだったと、誰かが言ったのが聞こえてきた。

 

 壇上のミッドナイト先生がくじ箱を持って言う。

 

「組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります。レクリエーションに関しては進出者16名は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。息抜きしたい人も温存したい人も居るしね」

 

 先程アンジェラが相澤先生に聞いたとおりだ。まさかミッドナイト先生も、その中にお昼を食いっぱぐれたから食べる人が居るとは思ってないだろう。

 

 ミッドナイト先生が一位のチームからクジを回そうとした、その時。

 

「あの……」

 

 進出者の一人である尾白が手を挙げた。その顔は何か張り詰めたような表情を作っている。

 

「俺……辞退します」

 

 まさかの宣言に、周囲が騒然とした。折角プロヒーローに自分の実力を見てもらえる場なのに、そのチャンスを不意にするなんて、と。

 

 周囲の疑念の眼差しに応えるかのごとく、尾白は続ける。

 

「騎馬戦の記憶……終盤ギリギリまでほぼぼんやりとしかないんだ。多分、奴の“個性”で」

 

 確か、尾白が組んでいたのは青山と、B組の男子と、

 

 普通科唯一の進出者であるC組の男子だった。

 

「チャンスの場だってのは分かってる。それを不意にするなんて、愚かなことだってのも……。

 

 でもさ! 皆が力を出し合って、争ってきた場なんだ。こんな……こんな訳のわからないままそこに並ぶなんて、俺には出来ない……!!」

 

 そんな尾白に、葉隠や芦戸は気にしすぎだ、本選でちゃんと実力を見せればいいと尾白を説得するが、尾白の意思は変わらない。

 

「違うんだ……俺の、俺のプライドの話さ……俺が、嫌なんだ…………! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとなんで君らチアの格好してるんだ」

 

 最後の最後に出てきた的確なツッコミに、チアの格好をしていないアンジェラ以外のA組女子達はぎくっと固まった。

 

 直後、騎馬戦で尾白と組んでいたB組の男子も同様の理由で棄権を求めてきた。何もしていない人間が舞台に立つのは、実力以前にこの体育祭の趣旨と相反する行為なのではないかと。

 

 なんだか妙なことになってきた。放送席からも困惑の声が聞こえてくる。こういうのは、主審のミッドナイトの采配次第だが…………

 

「そういう青臭いのはさぁ………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 好み!! 

 

 尾白、庄田の棄権を認めます!!」

 

 好みで決めたぞこの主審。大丈夫かよこの学校。

 

 アンジェラは、5秒くらいそう思った。

 

 なにはともあれ、尾白と庄田の棄権により2名繰り上がり出場者が出ることになった。最初は騎馬戦5位の拳藤チームからという話になっていたが、当の本人たちが騎馬戦で終盤ほぼ動けなかった自分たちよりも、最後まで頑張って上位キープしていた同じB組の鉄哲チームからの方がいいのではないかと提案。結果、鉄哲チームから鉄哲と塩崎が繰り上がり出場することとなった。

 

「抽選の結果組は、こうなりました!!」

 

 会場に設置された大型液晶ディスプレイにトーナメント表が映し出される。アンジェラの試合は第一試合。相手はC組の出場者のようだ。

 

 ふと、背後に気配を感じる。振り返ってみると、そこに居たのはA組に宣戦布告してきた大胆不敵なC組の男子、件の心操だった。

 

「アンタだよな、アンジェラ・フーディルハインって」

 

 傍目には普通に話しかけてきてるだけのように見える。

 

 しかし、アンジェラは感じた。あの()に、頭の中に入り込もうとしてくるような何かがある、と。おそらく、心操の“個性”だろう。

 

 アンジェラは警戒して返答を控えた。警戒されたことを感じ取ったのか、心操はそそくさとその場から離れる。それと入れ替わるように、尾白が近付いてきた。

 

「フーディルハイン! 大丈夫か!?」

「ああ、尾白。大丈夫だ」

「そっか、ならいいんだけど……フーディルハイン、あいつになにか言われても絶対に応えるな」

「ほーん……やっぱ(・・・)、問いかけへの返答があいつの“個性”の発動条件か。棄権の内容からして洗脳の類なんだろ?」

 

 尾白は目を丸くした。まだ心操について、何かを話したわけでもないのに。あの一瞬で、アンジェラは心操の“個性”に気付いたというのか。

 

「……フーディルハインって、やっぱり凄い人なんだな」

「別に凄くはないさ。対策としては、やっぱ話に応じない、だよな」

「ああ。騎馬戦の終盤、他のチームの騎馬とぶつかったみたいで、その後の記憶はハッキリ覚えてるんだけど……」

「トーナメントは一対一。そんな外的要因には頼れない、か」

「うん。どの程度の衝撃なら解けるのかとかも分かんないし、やっぱり問いかけに応じないのが一番だと思う」

「つまり、狙うは短期決戦……任せろ、スピード勝負はオレの十八番だ」

 

 アンジェラはニカリと笑う。見る者を安心させる笑みだ。尾白は一瞬心臓の鼓動を感じながらも、それなら安心だと拳を握って言った。

 

「勝手だとは分かってるけどさ、俺の分まで頑張ってくれよ」

「Of course!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レクリエーションの時間、アンジェラとケテルはスタジアム2階にあるA組のクラス観覧席で弁当を食べていた。右横からコンビニおにぎりを食べ終えたナックルズのうわー……みたいな視線が飛んできているが無視を決め込んで弁当を口の中にかき込む。

 

「[…………アンジェラって、見た目ちっこい割にかなり食う方だよな]」

 

 ナックルズの視線は、正確に言えばアンジェラではなくその手元にある3段重ねの弁当箱に向いていた。一つ一つはおよそ普通の弁当箱2倍ほどの大きさ。つまり、アンジェラの弁当は普通の弁当のおよそ6倍の量だ。

 

 一つ目には弁当箱いっぱいのハムサンドやレタスサンド、クロワッサンなどのパン類がギュウギュウ詰めにされており、2つ目にはハムサラダや卵焼きなどのあっさり目のものがこれまたギッチリと詰まっている。これだけでも相当な量であり、かなり目を引くのは明らかだ。

 

 しかし、一番目を引くのは3つ目の弁当箱だろう。

 

 3つ目の弁当箱は他の弁当箱よりも少し大きめであり、中には唐揚げベーコン餃子ハンバーグといった、所謂肉類がギッチギチに詰め込まれている。

 

 年頃の男子にとっては夢のような弁当箱に見えるかもしれないし、この弁当箱を見た相手はおそらく、この弁当箱の持ち主が大食いの男子であると推測するだろう。

 

 しかし、実際にそれを食べているのは、140cmほどの小柄すぎる美少女である。ここまでくるとギャップどころの騒ぎではない。

 

 ちなみにケテルは専用の弁当箱に入ったものを、そのフヨフヨした両手で器用にカラトリーを使いながら、うまうまと美味しそうに食べている。全体的にアンジェラの弁当箱を一つに纏めて小さくしたようなラインナップだ。ウィスプサイズなので結構小さいが、ケテルにとっては適量である。弁当箱は特注。閑話休題。

 

「[なんかお腹空くんだよなぁ。あとちっこい言うな]」

「[お腹空くで誤魔化せる量じゃねえぞそれは……。ちっこいのは事実なんだからしゃあねぇだろ]」

 

 その大量の弁当はスルスルとアンジェラの口の中に収まっていく。一体その小さな身体のどこにそんなに入るのか、ナックルズは気になって仕方がなかった。

 

 アンジェラはその体躯に見合わず昔からかなりの大食いで、ソニックやシャドウよりもよく食べる。というか、恐らくは仲間内で一番大食いだろう。あの大柄なベクターですら、アンジェラの大食いっぷりには敵わないのだから。

 

 そして食べまくっているくせにそれ以上に動きまくるから太ったりした試しもない。寧ろ超絶ナイスバディだ。何故だか身長は一切伸びないが。

 

「[ところで、本当に俺A組の観覧席に居ていいのか? ]」

「[先生が許可出したんだからいいだろ。……あれ? ナックルズって日本語話せたっけ? ]」

「……どこぞの誰かがエンジェルアイランドで大学の課題やるせいで日常会話できる程度には覚えた」

「へへっ、あそこが一番よく集中できるもんで。でも今こうして活きてるからいいだろ?」

「ったく……」

 

 ニヤニヤしながら弁当をがっつくアンジェラ。ナックルズは相変わらず自由だな、と呆れ顔だ。

 

 レクリエーションがある程度進んだ頃、アンジェラの弁当は最後の一つになっていた。例の肉類詰め合わせ弁当だ。ちなみにケテルはもうとっくの昔に食べきっており、アンジェラの肩の上で昼寝をしている。

 

 流石に肉類の一部は市販のお惣菜や冷凍食品を用いているが、それ以外はアンジェラが全部作っている。ラフリオンにいた頃は家事を兄妹で当番制にしていたので、アンジェラも家事は一通りこなせるが、中でも料理はかなり上手い。現に、アンジェラの食べる量に呆れを見せていたナックルズが、アンジェラの弁当箱の中身を目に入れるてうっかり、美味そうだな……と呟いてしまっている。

 

「[食うか? ほれ]」

 

 そしてそんなナックルズに、アンジェラは唐揚げを一個あげようとした。

 

 

 

 

 

 

 フォークに突き刺して直接。

 

「[……いやいやいやいや! おま、それ自分が何してるか分かってるのか!? ]」

 

 それが所謂間接キスというものになってしまうことは、ナックルズでも分かる。しかし、アンジェラはきょとんと首を傾げていた。まるで、何も分かっていないように。

 

「[ん? オレ何かおかしなことしてるか? ]」

「[………………はぁ〜…………]」

 

 アンジェラは自分のしようとしていることの重大さに全く気付いていない。鈍感にも程があるだろ……と、ナックルズは思わず頭を抱えた。

 

「[……帰ったらまずソニックをぶん殴ってやる…………]」

「[? 食うの? 食わねぇの? ]」

「[…………食う]」

 

 ナックルズは今ここに居ないアンジェラの長兄へ心の中で愚痴りながら、アンジェラが突き出してきている唐揚げに齧り付いた。

 

「[……美味い]」

「[だろ? 揚げる前にダシに漬けてみたんだ]」

「あれ? アンジェラちゃんこんなとこに居たんだ」

 

 と、チア服から体操服に着替えてクラス観覧席にやって来た麗日の声が響いた。麗日はナックルズを視界に入れると、ん? と首を傾げながらアンジェラの左隣の席に座る。

 

「アンジェラちゃん、その人誰なん?」

「ああ、紹介するよ。こいつナックルズ。仕事で来れなかったオレの兄さんたちの代わりに体育祭見に来たはいいものの、なんかよくわかんないとこで迷子になってたから先生に許可取ってこっちに連れてきた」

 

 案内したのは先生だがな、と言いながらアンジェラは餃子をパクりと口に含む。この餃子は冷凍食品だが、中々に美味しい。

 

「へ、へぇ〜……あ、私麗日お茶子です。アンジェラちゃんのクラスメイトで友達です」

「ああ、アンジェラに電話で話は聞いてる。アンジェラに振り回されてないか?」

「い、いえ! むしろすっごく仲良くさせてもらってます!」

「おいナックルズ、振り回すってどういうことだ」

「どういうこともなにも、そのまんまの意味だろ」

「………………」

 

 麗日は意外そうな顔をしながら、アンジェラとナックルズの会話を聞いていた。アンジェラの纏う空気のようなものが、普段教室で感じるものとは違うような感じがした。普段は飄々としたクールな感じだが、今はまるで妹のような。

 

「……なんや、普段のアンジェラちゃんと違う感じがするなぁ」

「そうか? 俺は普段通りだと思うけどな」

 

 自分の知らないアンジェラの側面を垣間見た気がした麗日は、少しだけ締め付けられるような思いを感じていた。

 

 時計をちらりと確認すると、そろそろレクリエーションも終了の時間だった。アンジェラは弁当箱を片付けると立ち上がり、ケテルをナックルズに預けた。

 

「じゃあ、ケテルのこと頼むな」

「ああ」

《お姉ちゃん、頑張ってね!》

「アンジェラちゃん、ファイト!」

「Hehe,thanks!」

 

 アンジェラはそう言って笑うと、駆け足でその場を立ち去った。

 

 その後、A組のメンバーが観覧席にしれっと混ざっているナックルズを視界に入れたとき、麗日と同じような反応を見せ、麗日は苦笑しながら、ナックルズはぎこちない様子で事の次第を説明したとか。




Q.ナッコってエンジェルアイランド離れてていいの?

A.ライダーズとかじゃ普通に離れてたしちょっとくらいはいいんでね?

〜追記〜
うちのソニックは不定期にですが語学の塾講師のバイトをしている設定です。外せない仕事っていうのもソレですうっかり描写するの忘れてましたすまそ。


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憧れは止められない

心操君戦です。


 レクリエーションが終了し、スタジアムのフィールドには、セメントス先生の“個性”によって最終種目のステージが作られていた。ステージが完成したと同時に、プレゼント・マイク先生による最終種目までハイテンションなアナウンスが入る。

 

「Hey,guys! Are you ready!? 

 色々やってきましたが、結局これだぜガチンコ勝負! 頼れるのは己のみ! ヒーローでなくともそんな状況ばっかりだ、分かるよな!? 

 心技体、知恵知識! 総動員して駆け上がれ!」

 

 会場は最高に沸き立つ。アンジェラはステージの入口付近の壁に背中からよりかかって、呼ばれるのを待っていた。その表情に緊張による強張りは一切なく、寧ろこれから巻き起こるステージを楽しみにしているようにも見えた。

 

「Hey!」

「オールマイト」

 

 そんなアンジェラの元に、トゥルーフォー厶のオールマイトが現れた。

 

「フーディルハイン少女、君は本当に素晴らしい。後継になってくれないのが惜しいくらいだ」

「オールマイト、オレはアンタの後継にはなりませんよ」

「ああ、分かってる。そのことを強制するつもりは毛頭ない。でも、ここまで来たからには体育祭、最後まで駆け上がってきてくれよ!」

「勿論、最高のパーティーにしてやりますよ!」

 

 アンジェラはステージに向かって足を進め、入口から出る直前に立ち止まった。オールマイトがどうかしたのか、と思っていると、アンジェラはその黄金の瞳を輝かせて、オールマイトの方に頭を向けた。

 

「オレはアンタの後継にはなりませんけど、もし、アンタたちだけではどうしようもない巨悪が現れたとしたら。

 

 

 

 

 

 

 

 そん時は、頼まれれば手伝いくらいはしますよ」

 

 そう言って薄く笑みを浮かべたアンジェラは、そのまま踵を返さずステージの方へ歩みを進めていった。

 

「……やはり君は、ヒーローではないけれど、とても良い人だな」

 

 オールマイトは、そう呟いて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オーディエンス共! 待ちに待った最終種目が、遂に始まるぜ! 

 

 第一回戦! 

 欧州はラフリオンよりの留学生! 現在連続一位のマジカル・ガール! ヒーロー科、アンジェラ・フーディルハイン! 

 VS

 ゴメン、まだ目立った活躍ナシ! 普通科、心操人使!』

 

 ステージの四隅にある仕掛けから炎が舞い上がる。プレゼント・マイク先生のコールに合わせて、アンジェラと心操はステージの上に立った。

 

 最終種目、ガチンコバトルのルールはいたって単純。

 

 相手を所定の枠の外へ出して場外判定にするか、行動不能にする。あとは、まいったとか言わせても勝ち。出張保健室に保健医のリカバリーガールが待機しているため、道徳倫理は一回捨て置いてOK。ただし、命に関わるようなものは当然アウトである。

 

「クソの場合は止めるからね」

 

 ステージの近くにはセメントス先生が、壇上には主審であるミッドナイト先生待機している。いざというときはセメントス先生のセメントを操る“個性”によって、もしくはミッドナイト先生の眠らせる“個性”によって止めるのだろう。

 

 アンジェラが軽くストレッチをしていると、心操が口を開いた。

 

「まいった……か。これは心の強さを問われる戦い。

 

 強く思う将来があるなら、なりふり構ってちゃ駄目なんだ」

 

 心操の声と同時に、プレゼント・マイク先生によるスタートの合図が響く。アンジェラは頭の中に入り込んでくる違和感を感じながら、そっとソルフェジオに触れた。

 

「あの猿はプライドがどうとか言ってたが、チャンスを溝に捨てるなんて馬鹿だと思わないか?」

 

 アンジェラの心を抉るように語りかける心操。その意図を確信しているアンジェラは、ニヤリ、と笑いながら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレに揺さぶりをかけるためとはいえ、酷いこと言うなぁ」

 

 敢えて彼の策に乗ってやった。

 

 瞬間、アンジェラの動きがピタリと停止した。

 

『オーイオイどうした!? 大事な初戦だ、盛り上げてくれよぉ! フーディルハイン、開始早々、完全停止ィ!?』

 

 アンジェラは停止したまま動かない。観覧席で観ているA組のメンバーは困惑し、尾白はせっかく忠告したのに……と苦言を呈している。

 

「フーディルハイン、お前はいいよな、恵まれてて。

 

 ……振り向いてそのまま場外まで歩け」

 

 棒立ちだったアンジェラは、その場でくるりと後ろを振り向いて一歩、また一歩と場外へ歩いていく。

 

 その光景を無言で観ていたナックルズは、ふと口を開いた。

 

「あの心操ってやつの“個性”は洗脳か?」

「あ、はい。多分そうだと思います。騎馬戦のとき、俺も恐らくあいつの“個性”にかかっていたので……」

 

 ナックルズの問いかけに答えたのは尾白だ。ナックルズはそうか、と呟くと軽くため息を吐いた。

 

「アンジェラだけ(・・)が洗脳されてんなら大丈夫だ。……というか、あいつの様子を見た感じ、わざと引っかかったんだろうな」

「わ、わざと!?」

「そんなことして、フーディルハイン君に何か得でもあるというのですか!?」

「あるといえばあるかもしれないが、ない可能性の方が高い」

 

 ナックルズはただ、と前置きをしてアンジェラを見やる。場外に向かって歩いていたアンジェラは、あと半分という所で停止していた。

 

「ちょっとしたご褒美というか、そんな感じなんだろ。アンジェラは突拍子も無いことを考え付くような奴だ」

 

 心操は困惑していた。衝撃を与えたわけでもないのに、洗脳が解除されたのか? いや、そんなわけは……

 

『おや? フーディルハイン再び停止! 一体なにが起こったというのか!?』

 

 心操は軽く舌打ちをして、再びアンジェラを洗脳しようと口を開こうとする。

 

 しかし、その前に口を開いた存在が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あなた、心操とか言いましたか」

 

 それは、アンジェラの声だった。しかし、口調は全くの別人。

 

「お前……何をした!?」

 

 心操は大声を張り上げる。アンジェラはゆっくりと振り返った。

 

我が主(マスター)は確かに洗脳にかかりました。しかし、()は違う」

 

 振り返ったアンジェラの姿に、心操は、否、ナックルズとケテル以外の会場に居る全ての人物は目を見開いた。アンジェラの瞳は、本来トパーズを思わせる黄金色であるはずだ。

 

 しかし、今のアンジェラの瞳は、サファイアのような美しい蒼色に染まり上がっていた。

 

「……アンジェラの気まぐれに付き合わされて、ソルフェジオも大変だな」

《お姉ちゃんかっこいー!》

 

 ナックルズはそうぼやいて、横ではしゃいでいるケテルを諌めた。

 

 そう、今アンジェラの身体を使っているのはアンジェラではない。ソルフェジオがその肉体を使っているのだ。主たるアンジェラの同意の上で、ソルフェジオは一時的にその肉体を使うことができる。

 

「っ、お前、誰だ!」

「私はあなたの相手をしたく、我が主(マスター)にお願いしたものです」

 

 ソルフェジオは、アンジェラの肉体を自らのものが如く操り、音速の脚で心操との距離を詰める。心操は距離を詰められたことよりも、アンジェラが返答したのに洗脳がかかっていないという事実に驚愕していた。

 

「何で、洗脳が……!」

「私は我が主(マスター)の肉体をお預かりしているだけ。あなたの洗脳は私には届かない」

 

 ソルフェジオは心操の腕を掴むと、場外へ向かって思いっきり投げた。

 

「っ!!」

 

 心操は来るであろう衝撃に備えて目を瞑るが、一向に痛みが肉体を突き抜けることはなかった。寧ろ、背後からは何か軟らかい感触がする。そっと目を開くと、心操の背後には光の網がかかっていた。心操が壁にぶつかる直前に、ソルフェジオが蜘蛛の糸を手繰る(スパレーンホード)という網の魔法を使ったのだ。

 

 しかし、壁に近いということはそれ即ち場外であるということを意味する。

 

「心操君場外! フーディルハインさん2回戦進出!」

『初戦にしちゃ地味な戦いだったが、取り敢えず両者の健闘を称えてClap your hands!』

 

 ミッドナイト先生とプレゼント・マイク先生のコールが響く。会場いっぱいに湧き上がる拍手。ソルフェジオは心操に近付いてホールディングネットを解除した。

 

「……いい“個性”ですね。プロもきっとそう思っていますよ」

「…………!!」

 

 ソルフェジオはそう言うと柔らかな笑みを浮かべた。その視線の先では、試合を観ていたプロヒーロー達が心操の“個性”の有用性について話している。群衆の声に紛れて聞こえてきたそれに、気付いたアンジェラの真意に、心操は目を丸くした。

 

「お前…………まさか……」

「憧れに向かってがむしゃらに、ひたすらに頑張るヒトは、私も我が主(マスター)も嫌いじゃありません」

「…………情けでもかけたつもりか?」

「いえ、応援したかったのです。余計なことでしたか?」

「……余計といえば余計だ。

 

 でも……ありがとう」

 

 心操は立ち上がり、退場しようと歩みを進める。が、フィールドの半分まで行ったところで歩みを止め、ソルフェジオに問うた。

 

「……あんた、名前は?」

 

 ソルフェジオは少し予想外な質問に驚きを見せたが、柔らかく微笑んで言った。

 

「ソルフェジオ。『(しるべ)の者』という意味の名を持つものです」

「そっか……覚えとく」

 

 心操はそう言うと、今度こそ退場していった。それを見届けたソルフェジオは、そっと瞳を閉じる。次に瞳を開けると、サファイアのような蒼い瞳はトパーズのような黄金色の瞳に戻っていた。

 

「……人付き合いが苦手なお前が、珍しいな」

『少し、思うところがあって』

「そうかい」

 

 そう言うと、アンジェラは通路に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、麗日、近い近い。What's up?」

 

 観客席に戻ると、アンジェラは麗日にその目をじーっと覗き込まれた。当然ながら、その色はトパーズのような黄金色である。

 

「いや……試合中にアンジェラちゃんの目の色が文字通り変わったような気がして」

「そうか? 俺は気が付かなかったが……」

「…………よくこの距離で見えたな」

 

 A組のクラス観覧席はスタジアムの二階にある。確かに試合は見やすいが、個人個人の目までうかがい知ることは極めて難しいはずだ。麗日は視力がいいのかな、と思いながらアンジェラは首から下げたペンダント形態のソルフェジオをそっと撫でた。

 

「あれ、ソルフェジオのこと言ってなかったっけ?」

「ソルフェジオって、ひょっとしてそのペンダントのこと?」

「……アンジェラのことだ。どうせ“個性”を説明したときに同時に言った気になってたんだろ」

 

 ナックルズのため息が聞こえてくる。アンジェラはちょっとむっとするが、実際そうなので反論のしようがない。アンジェラは恥ずかしそうに後頭部を掻いた。

 

「あー、悪いな。隠すつもりはなかったんだ。

 

 ソルフェジオはオレの“個性”の一部だ。オレの意志に合わせて武器とかに変形する。さっきの試合は、ソルフェジオがオレの代わりに身体を動かしてたんだよ。普段はあんま主張しない奴なんだが、珍しくねだってきてな」

「あ、そうだったのか。てっきりアンジェラの策かと思ってたが」

 

 “個性”の一部であるということはケテルの時と同様全くの嘘っぱちだが、それ以外のことはあながち間違いでもない。

 

 と、麗日が何かを思いついたかのように口を開いた。

 

「ねえアンジェラちゃん、ひょっとしてアンジェラちゃんの身体を使ってる状態なら私達もソルフェジオと話せる?」

「ああ、できるけど。話してみたいのか?」

 

 麗日は物凄い勢いで頷く。飯田や他のクラスメイトたちも興味があるらしい。

 

 アンジェラは瞳を閉じ、開ける。開けられた瞳は再びサファイアのような深い蒼色に染まっていた。

 

「……私と話していても面白いことなんてないでしょうに」

 

 そう自嘲気味に話すのは、アンジェラの身体を借り受けたソルフェジオであった。麗日は興味深そうにソルフェジオを見る。

 

「やっぱり、目の色変わってる……普段の金色の目も綺麗だけど、その蒼い目もカッコいい!」

「そんな褒められるようなものではないかと」

「……やっぱ、アンジェラの姿で敬語使われると違和感しかないな」

「ナックルズ、あなたは余計なこと言わないでください」

「この状態だと、アンジェラ君はどうなっているのですか?」

我が主(マスター)の意識は内側にあります。あくまで私が身体を使わせてもらっているだけなので、我が主(マスター)自身にも意識はありますよ」

 

 ソルフェジオの話を興味深そうに聞く麗日と飯田。他のクラスメイトたちも聞き耳を立てていた。

 

「……でも、どうして今までそうやってお話してくれなかったの?」

 

 そんな中、麗日のこの質問にソルフェジオは若干顔を歪ませた。マズイことを聞いただろうか、と麗日が内心で戸惑っていると、ソルフェジオが薄く口を開く。

 

「別に……私は我が主(マスター)の矛ですから、あなた方と話す必要はありません」

「いや、そうかもしれないけどさ……やっぱりソルフェジオとも仲良くしたいよ」

 

 麗日にそう反論され、恥ずかしそうに瞳伏せるソルフェジオ。次にその瞳が開かれた時には、トパーズの輝きが戻っていた。

 

「あれ? アンジェラちゃん?」

「……気を悪くしないでくれよ。ソルフェジオはあんま人と話すの好きじゃないんだ」

 

 アンジェラはそう言うと、困ったような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 




サブタイトルの元ネタはメイドインアビスに出てくるナナチというかっこかわいいキャラの台詞です。憧れは止められねぇんだ。んなぁ〜。

ヒロアカもソニックも全く関係のない作品ですが、これ書いてた時期丁度アビスにハマってたからね仕方ないね。

あと、心操君には合ってる言葉だと思う。



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決意を込めて、届かなくて

連投します。エンデヴァーファンの方はブラウザバック推奨です。アンジェラさんがエンデヴァーに対して直接結構キツイこと言います。


 アンジェラがソルフェジオに身体を貸し、クラスメイトたちと話していた丁度その頃。轟は入場ゲートに向かう途中で、エンデヴァーと対峙していた。

 

 エンデヴァーは轟が左側……炎の力を使わないことを咎めた。炎を使えば、障害物競走も騎馬戦も圧倒できたはずだと。轟がエンデヴァーに抱える憎悪を、子供じみた反抗としか捉えていない。

 

「分かっているのか? お前にはオールマイトを超えるという義務があるんだぞ? 

 

 兄さんたちとは違う、お前は最高傑作なんだぞ?」

 

 普段なら、苛つきしか感じないエンデヴァーの言葉。轟が、幼い頃からずっと聞き続けてきた呪いにも似た言葉。

 

 轟は苛立ちを隠さないまま、会場へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 第二試合、轟VS瀬呂。

 瀬呂が試合開始と同時にテープで轟を拘束して場外までもっていこうとしたが、会場が文字通り凍りつくほどの大規模な氷結で逆に瀬呂を拘束し決着。ほぼ一瞬で決着がつき、瀬呂は観客からのドンマイコールを浴びた。

 

 第三試合、上鳴VS塩崎。

 試合開始前にプレゼント・マイク先生の塩崎に対する「B組からの刺客」という煽り文句に塩崎本人から異議申し立てがあるというプチハプニングはあったものの、試合自体はすぐに終わった。

 

 序盤から上鳴は全力で放電したが、塩崎が“個性”であるツルをアースに用いて放電を無力化。そのままツルで上鳴を拘束した。

 瞬殺である。あえてもう一度言おう、瞬殺である。

 

 直後、B組の観覧席から感じ悪い男子がA組を煽り散らかしていたが、同じB組の拳藤に止められ(物理)ていた。

 

「……あれ、なんだったんだ?」

「さあ……」

 

 アンジェラとナックルズのふと出た言葉に、A組のほぼ全員が賛同したとかなんとか。

 

 第四試合、飯田VS発目。

 …………というか、この試合に関しては試合(?)と言わざるを得ない。

 

 本来サポート科しか装備を許可されていないサポートアイテムを飯田が装備していたのだ。発目が「対等に戦いたい」と言っていたと飯田が伝えると、主審のミッドナイト先生から許可は下りたが、アンジェラは違和感を感じていた。

 

「……発目ってそんなこと言うかな? これってもしかして…………」

 

 アンジェラの予想は大当たり。

 飯田は発目のサポートアイテム解説のためのダシにされていたのだ。そのまま発目は自身の開発したサポートアイテムを説明し続け、十分後。

 

「すべて余すことなく見ていただけました……もう思い残すことはありません」

 

 そんなことを言いながら自発的に場外。飯田は利用されながらも二回戦に進出したのだった。

 

 第五試合、青山VS芦戸。

 先手必勝とばかりに青山がネビルレーザーで果敢に攻めるが、芦戸は“個性”も駆使して難なくそれを回避。副作用で腹痛を起こした青山の隙を突いて酸で攻撃、ベルトとズボンを溶かしてグーパン。そのまま青山失神KO。芦戸、文句なしの快勝である。

 

 第六試合、常闇VS八百万。

 八百万はまずシンプルな盾を創造してダークシャドウの攻撃を防いだが、ダークシャドウの猛攻に押しやられそのまま場外。常闇は決して八百万の身体に攻撃することはなかった。それだけ余裕があったということだろう。八百万は悔しそうに俯いていた。

 

 第七試合、鉄哲VS切島。

 スティールと硬化というダダ被り“個性”に紹介までダダ被り、ついでに言うならディスプレイに映し出されたポーズまでダダ被りというどこを見てもダダ被り対決。

 そんな二人は真っ向から殴り合っていたのだが、同じような“個性”な上に実力まで拮抗していたようで中々決着がつかない。

 

 その様子を少しだけ見ていたアンジェラは、ふと立ち上がって何処かへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「麗日!」

「アンジェラちゃん……」

 

 アンジェラが向かった先は選手控え室。このあとの第八試合を控えた麗日と、先程試合を終わらせた飯田がそこに居た。

 

「皆の試合、見なくていいの?」

「大体短期決戦ですぐ終わってる。今は切島と鉄哲……B組のやつがやってる。実力が拮抗してたし、多分すぐには終わらないんじゃねぇかな」

「そっか……じゃあ、もう次、すぐ」

 

 そう言う麗日の身体は少し震えている。切島と鉄哲の試合が終わればその次は麗日の試合だ。

 

 そしてその相手は、爆豪である。

 

「しかし、まぁ、爆豪君も女性相手に全力で爆発は……」

「するんじゃねぇの?」

 

 何でもないように言い放ったアンジェラに、麗日と飯田は苦い顔をする。

 

「あいつのことはよく分かんねえけど、爆豪は、いや、皆、本気で一番になろうとしてる。ここまで勝ち上がってきたってことは、それだけ警戒しなきゃいけない相手ってことだ。手加減なんて考えないだろうな」

 

 アンジェラはそう言うと麗日に近付いた。その視線は柔らかく、まるで聖母を思わせる雰囲気を纏っていた。

 

「麗日の“個性”で爆豪に対抗する策、付け焼き刃だけど考えてきたんだが……」

「おお、よかったじゃないか麗日君!」

「ありがとう、アンジェラちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、いい」

 

 その麗日の言葉に、アンジェラと飯田はあっけにとられた。麗日は自身の手をギュッと握りしめて続ける。

 

「アンジェラちゃんは凄い。どんどん凄いとこ見えてくる。

 

 騎馬戦のとき、あの時は仲いい人と組んだ方がやりやすいって思ったけど、今にして思えば、アンジェラちゃんに頼ろうとしてたんかもしれない。

 

 だから、飯田君が挑戦するって言ってたの聞いてて、本当はちょっと恥ずかしくなった。

 

 だから、いい」

 

 麗日はそう言いながら立ち上がり、ドアの前に歩みを進める。声に不安と決意が入り交じっている。

 

「皆、将来に向けて頑張ってる。そんなら皆、ライバルなんだよね。

 

 だから…………

 

 

 

 決勝で逢おうぜ…………!!」

 

 麗日は二人の方を向いてサムズアップする。その声も、身体も恐怖からか震えていたが、その目には、確かな決意が宿っていた。

 

 アンジェラは呆れたように笑って口を開く。

 

「それがお前の決意なら、オレは何も余計なことはしない。……爆豪だって無敵じゃない。必ず付け入る隙はある。それを探し出して見せてくれよ」

「…………! うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切島と鉄哲の試合はダブルノックダウンと相成り、勝敗は回復後に腕相撲などの簡単な勝負で決められることとなった。

 

 そして始まる第八試合。爆豪VS麗日。

 観客席に戻ったアンジェラと飯田は、二人の入場を固唾を呑んで見守っていた。

 

「アンジェラ君、先程麗日君に言おうとした爆豪君対策とは?」

「いや、大したことじゃないんだが。

 

 爆豪の“個性”はおそらく、動けば動くほどエネルギーが溜まる。だから長期戦は不利でしかない。“個性”の応用の仕方や格闘センスなんかもこの歳じゃずば抜けて高い。ただ、麗日が一回“個性”で浮かせちゃえば主導権を握れる。

 

 だから、麗日が選択するとしたら……」

 

 スタートの合図と同時に、麗日は爆豪に向かって低姿勢の突進をかました。速攻をしかけて爆豪を浮かせようとしたのだ。

 

 しかし、爆豪は容赦のない爆撃で麗日を止める。上着を浮かせて囮にするなど諦めずに突進を続ける麗日だったが、ことごとく爆撃に阻まれ近付くことすらままならない。麗日の様子は、一見するとヤケを起こしているようにも見える。

 

 そのうち、自然と客席から爆豪に向かってブーイングが巻き起こる。女の子を甚振って遊んでんじゃねえと、そんなに実力差があるならさっさと場外にもっていけと。

 

 アンジェラは表情一つ変えずに、麗日の様子を見守っていた。

 

「……アンジェラ、上」

「ああ……そうくるか、麗日」

 

 ナックルズに促されて上を見上げたアンジェラは、ニヤリと笑みを浮かべていた。ブーイングは今なお鳴り止まない。プレゼント・マイク先生もブーイングに賛同していたが、相澤先生にマイクを奪われた。

 

『今遊んでるっつったのプロか? 何年目だ? シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ! 帰って、転職サイトでも見てろ! 

 

 爆豪は、ここまで勝ち上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろ、本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断もできねぇんだろうが!』

 

 実況には中々参加していなかった相澤先生がプレゼント・マイク先生からマイクを奪ってまで放った言葉は、ブーイングを文字通り無きものとした。

 

「……ふふっ」

 

 アンジェラは笑っている。麗日の捨て身の策、それを見抜くことすらできていないプロヒーローを。

 

 麗日は爆豪の爆発によって発生した瓦礫を浮かせ、武器として蓄えていた。そして、絶え間ない突進と爆炎で爆豪の視界を狭めて、悟らせなかったのだ。

 

 麗日は瓦礫を降らせる。その様はさながら流星群のようだった。その隙に浮かせようと、麗日は突進を仕掛けた。

 

 しかし、爆豪は大規模な爆発でその瓦礫を全て粉砕。麗日も吹き飛ばされてしまう。なおも立ち上がろうとした麗日を爆豪は名字で呼び、本気で潰そうとしたが麗日がキャパオーバーでダウン。この試合は爆豪の勝利となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、負けてしまった!」

「……麗日?」

 

 第二回戦の第一試合に出番を控えたアンジェラは控室に入る。そこには、先程試合を終えてリカバリーガールに治療してもらった麗日が居た。先の試合でのされたから元気ないかと思っていたが、逆に元気そうだ。

 

「最後勝てると思って調子乗ってしまったよ! クッソー! いやー、爆豪君強いね! 完膚なかったよ!」

 

 麗日は元気に言うが、アンジェラはそんな麗日をそっと抱き締めた。

 

「え、ちょ、アンジェラちゃん!? 何して……!?」

「オレが気付いてないとでも思ったのか? から元気だろ、それ」

 

 麗日は目を見開いた。心臓がきゅっと締め付けられるような思いだった。

 

「どう、して……」

「気付くさ。だって、

 

 

 

 友達、だろ?」

 

 麗日の瞳から一粒、また一粒と涙が零れ落ちる。麗日はなんとかそれを拭おうとするが、アンジェラは優しい声で言った。

 

「我慢する必要はない……海ができるまで、泣いていいぞ」

 

 その優しい声で、朗らかな笑みで、そんなことを言われてしまったらもう駄目だった。麗日は涙を抑えることを止め、恥も外聞もなく泣きじゃくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、アンジェラちゃん……」

「No problem.元気出たならそれでいいんだ」

 

 麗日はそのまま数分間泣き続けていたが、麗日の携帯に着信が入ったと同時に泣き止んだ。アンジェラは麗日が泣き止んだことを確認すると、丁度一回戦で引き分けた切島と鉄哲の二回戦進出の切符を賭けた腕相撲の結果が放送されたこともあって、麗日から離れてドアに手をかける。二回戦進出の切符を勝ち取ったのは切島のようだ。

 

「あ、私が居たせいでアンジェラちゃん準備が……」

「麗日の様子見に来ただけだから、本当に気にすんなって」

「…………イケメンや……」

「麗日、オレ口調こんなだけど一応女だ」

 

 アンジェラは困ったような笑みを浮かべながらドアを開く。麗日は立ち上がり自分の携帯を胸に抱えて、今度は満面の笑みをうかべて言った。

 

「アンジェラちゃん、頑張ってね!」

「Of course!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場までの道すがら、アンジェラはエンデヴァーとエンカウントした。

 

 エンデヴァー、ナンバーツーヒーロー。轟の父親であり、轟が炎を絶対に戦闘で使おうとしない原因を、轟の家族をぶち壊した原因を作り出した張本人。

 

「……何か、用か?」

 

 アンジェラはもう敬語を使おうという気にもなれなかった。こいつには、礼儀を取り繕うという気には、全くもってなれなかった。

 

 エンデヴァーは少し顔を歪める。息子と同年代であろう少女にナメたような態度を取られているのだ。苛つきを感じてもおかしくはないだろう。

 

「……君の活躍、見せてもらった。素晴らしい“個性”だ。パワーもスピードも、オールマイトに匹敵しているかもしれないな」

 

 アンジェラエンデヴァーの言葉を黙って聞いている。無表情のまま。

 

「うちの焦凍には、オールマイトを超える義務がある。君との試合は、テストベッドとしてとても有益なものとなる。くれぐれも、みっともない試合はしないでくれたまえ」

 

 あくまでも見下したような態度を変えないエンデヴァー。アンジェラをテストベッドと揶揄し、自身の息子に将来を強制している。自身の息子を、自分の代用品としか見ていないその言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブチィッ!! 

 

 アンジェラは、自身の毛細血管が何本か千切れたような感覚を覚えた。

 

「……ほんっと、クズだな」

「なっ……!?」

「いや、吐き気を催す憎悪ってこういうことを言うんだなって、つくづく思うわ……轟も運が無いな。こんなクソみたいな父親を持って」

 

 アンジェラはエンデヴァーに蔑みの視線を向ける。その表情からは、何も読み取ることができない。

 

 エンデヴァーは反論しようとしたが、できなかった。背筋が凍って、息をすることすら困難になってゆく。何が起きているのかと、頭が混乱していく。敵と戦闘したわけでもないのに、膝をつく。

 

 アンジェラが、エンデヴァーに特大の殺気を浴びせていたのだ。

 

 それは、クラスメイトに見せた威圧とは比べ物にならないほどの圧を以てエンデヴァーを押し潰す。一歩間違えば、そのまま心臓麻痺を起こしかねない威圧感だ。それをアンジェラは、心臓麻痺を起こすギリギリまでで抑えている。

 

 アンジェラは、エンデヴァーがどうにも許せない。

 

 アンジェラが抱くべき憎しみではないとは分かっているのだが、轟のあの憎悪に燃えた表情が、かつて、悲しい事情があって狂ってしまったとはいえ、生みの親による記憶操作によって誘導され、人類を滅ぼそうとしたシャドウと被って見えて、その表情を作り出した張本人であるエンデヴァーに殺意にも似た怒りを感じる。

 

「きっ、貴様……!」

「ああ、オレをどうこうしようとか思ったりすんなよ。お前はオレより弱い」

 

 エンデヴァーの“個性”はヘルフレイム。地上最強とも言われるほどの出力を持つ炎系最強の“個性”。

 

 だが、それはあくまで“個性”の中だけだ。

 

 アンジェラは、ブレイズやあの忌まわしいメフィレスは、エンデヴァー以上の炎を軽々と操ることを、その身をもって知っている。

 

 だから、アンジェラにとってエンデヴァーは「脅威にすらなり得ない」。

 

「お前の話は轟から聞いた。マスゴミ共にでもこの情報売りつけたら、お前のヒーロー人生はオシマイだろうな」

「……何故……」

「ん? それ、どっちの意味だ? オレが轟から話を聞いた件か? それとも…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 この情報売りつけたらお前のヒーロー人生オシマイって方か?」

 

 エンデヴァーはたじろぐ。その様子を見たアンジェラはため息をついた。

 

「その様子じゃ後者ってとこか。前者ならまだしも、後者でたじろぐたぁ……お前さぁ、自分のしてることの重大さが分かってねえんだな。親なしのオレでも分かるってのに」

「……貴様、は…………」

「心配しなくても、轟が心の底から望まない限りそんなこたぁしねえよ」

 

 アンジェラは殺気を引っ込めると足早にその場を去ろうとする。エンデヴァーは、未だ立ち上がることすらままならない。

 

 アンジェラは数歩進んで、一度振り向いた。

 

「……あ、そうそう。轟から聞いたよ。お前、オールマイトを超えたいんだって。

 

 

 

 

 

 ……別にそれが悪いとは言わねえよ。

 

 オレが怒りを感じるのは、そのための手段だ。

 

 オレはオールマイトじゃない。轟もお前じゃない。

 

 それくらい、その中身のなさそうな頭でも分かるだろうに」

 

 アンジェラはそれだけ言うと、今度こそ、この場を立ち去って行った。

 

「……」

 

 エンデヴァーは、アンジェラが立ち去って暫くしても立ち上がることができなかった。

 

 

 













僕のヒーローアカデミアという作品において、ヒーローサイドにおける戦犯は、同率一位で一部を除いた公安とエンデヴァーだと思っています。公安に関しては現在放送中の6期最新話のネタバレになってしまうので深くは言及しませんが、前線に立たない人間が腐ってると末端もグズグズになっていくとはこういうことなんだなと思いました。

エンデヴァーに関しては、燈矢君の一件があったにも関わらず、それを省みて行動しているとはとても言えません。エンデヴァーの強くなりたいという願いは確かに一個人の夢として尊重すべきでしょうが、だとしても子供にそれを強制していい理由には、家庭をズタボロにし、妻を精神病に追い込み、子供に無理矢理自分の夢を背負わせていい理由には絶対になってはいけません。強くなりたいのなら自分だけで完結させるべきだった、子供に背負わせるべきではなかった。仮に子供に自身の夢を背負わせるのなら、せめて兄妹全員にちゃんと愛情を注いで育てるべきだった。エンデヴァーは、それら全てを蔑ろにし、自分の心を護ることを優先してしまった。それならそれで、家から完全に手を引くべきだったのです。親としての役目を果たせないのであれば、それはもう親とは呼べない。

原作ではエンデヴァーの家族がエンデヴァーと歩み寄ろうとしていますが、私はそれに疑問符を抱かずにはいられません。何故、あそこまでのことをやらかしたエンデヴァーを受け入れようとする必要があるのか。多少は非があったであろう冷さんはともかく、親を選ぶことができない子供たちは無理してエンデヴァーを赦そうとしているように見えて仕方がない。あの状況だからということもあるのでしょうが、エンデヴァーは決して赦されてはいけないと個人的には思っています。エンデヴァーも冬のインターン時点では自分のしたことがアレだったとは気づいているようですが、体育祭編ではそれも怪しいものです。原作でも緑谷君に対してテストベッドとか言ってましたし。

今回、アンジェラさんにはエンデヴァーに対してガチギレしていただきました。私の意見を代弁してもらったのもありますが、アンジェラさんはその性格と生い立ち上、エンデヴァーにキレそうだなって。敬語すら使ってませんしボロクソに罵倒してます。本気の殺意すら向けていますおお怖い怖い。今までこの作品を見てきてくださった方々でしたらなんとなく察しはついているでしょうが、アンジェラさんは結構サイコパスというか、独自ルールで動く人なので。

そして、アンジェラさんの存在は、その言葉は轟家の物語に大きな変化をもたらします。

色々と賛否両論その他諸々あるかとは思いますが、誹謗中傷だけは、どうかしないでください。どうしてもこの意見が受け入れられないのであれば、そっとブラウザバックをして、自分の好きな動画や小説で気分をリフレッシュさせてください。

それ以外の意見などでしたら大歓迎です。長々と失礼致しました。


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You can become a HERO

受け入れる必要はない。
向き合う必要もない。
そうしなければならないと、一体誰が決めた?
辛いだけで、無意味なことなのに。

「家族」だから向き合わなくちゃ?
そんなもの、健常者の理屈でしかない。
そんなものに、従わなければならない道理なんかない。

もしも、その罪を贖うつもりなら、
私達の前から消えて、もう二度と親として姿を現さないでくれ。

そしてどうか、願わくば。
あの子が親の呪縛から解き放たれて、
憧れを手にできますように。



『お待たせしたなEverybody! 二回戦第一試合は、ビッグマッチだ! 

 

 一回戦の圧勝で観客を文字通り凍りつかせた男! ヒーロー科、轟焦凍! 

 VS、

 一回戦から魅せてくれたぜワンダフル・レディ! ヒーロー科、アンジェラ・フーディルハイン!』

 

 プレゼント・マイク先生のコールに合わせて、アンジェラと轟はステージに上がる。アンジェラは左手を前に出し、轟も右半身を前に構えている。

 

 アンジェラは昼休みの時間、轟に言いそびれたことがあった。勝つこと以上に、それを伝えるべく今ここに立っている。

 

(轟はおそらく、特大の氷結を繰り出してくる。とするなら…………)

(フーディルハインのスピードは厄介だ。手数も多い。自由に動かしちゃいけねぇ……)

 

 アンジェラは、一つ深呼吸をした。

 

『さあ! フーディルハインVS轟、スタ────ートっ!』

 

 プレゼント・マイク先生のコールと同時に、轟は大規模な氷結を放った。瀬呂戦ほどの規模ではないが、それでもステージを埋め尽くすほどの氷結。アンジェラは突き出した右手に魔法陣を現出させ、放った。

 

燃ゆる風振り(ファイウィード)ッ!!」

 

 魔法陣から放たれたのは、蒼い炎を纏った竜巻。竜巻は轟が放った氷結を全て溶かす。その衝撃は凄まじく、上の階の観客席にも風が吹き荒れた。

 

「……!! 炎、だと……!?」

 

 轟は驚愕した。アンジェラが、今まで使ってこなかった炎を使ったのだから。自分にとって忌まわしい記憶の象徴である赤い炎ではない、アンジェラの髪の色にそっくりな蒼い炎を。

 

 燃ゆる風振り(ファイウィード)。炎を纏った竜巻を生成し操る炎と風の複合範囲攻撃魔法だ。

 

「轟、炎が使えるのはお前らだけじゃねえぞ」

「……!」

 

 轟は背面に氷を貼っている。おそらく、場外防止用のものだろう。大規模な範囲攻撃はこちらの隙を生むだけ。ならば。

 

 轟は再び氷結を繰り出す。アンジェラを自由に動かしたくはないらしい。アンジェラは両腕を前に突き出して魔力を集中させた。

 

拒絶する星の瞬き(ディレイアルタイル)っ!!」

 

 魔法陣から無数の魔力弾が放たれ、轟の放った氷結を粉々に砕いてゆく。何発かは轟に直に当たり、その衝撃に轟はふっ飛ばされる。

 

 拒絶する星の瞬き(ディレイアルタイル)は当たったものを吹き飛ばす性質を持つ魔力ダメージ射撃魔法だ。氷程度のものであれば、そのまま粉砕することができる。

 

 遠距離戦は不利だと悟った轟は、氷結を用いて足場を作り、接近戦に切り替える。氷結を纏った右手でアンジェラに殴りかかるも、アンジェラはその音速のスピードで難なくそれを躱し、逆に轟の背後を取った。

 

「オラァッ!」

「ッッッ!!」

 

 アンジェラに背中を蹴り飛ばされた轟は、氷結で場外こそ免れたが、相当な距離をふっ飛ばされた。

 

 轟は再び氷結を繰り出してくる。しかしその氷結は、先程までのものと比較にならないほどに規模が小さかった。よく見ると、轟の右半身には霜が降り、震えている。

 

「……“個性”だって身体機能。轟、お前だって冷気に耐えられる限度ってもんがあるんだろ、機械的な熱線(テクノランチャー)っ!」

 

 氷結を機械的な熱線(テクノランチャー)で破壊しつつ、アンジェラは轟に語りかける。

 

「でもそれって、熱を使えば解決できるんじゃないか!?」

「フーディルハイン……お前、クソ親父に金でも握らされたのかっ……!?」

 

 轟は再び近接戦闘に持ち込む。しかし、先程までよりも動きは鈍く、近接格闘戦を得意とするアンジェラにはすぐに見切られ、攻撃はことごとく回避されている。

 

「んなわけねぇだろっ!」

 

 アンジェラは叫びながら、轟の腹に思いっきり蹴りかかる。氷結で場外直前で留まった轟だが、あまりの衝撃に何回か咳き込んだ。

 

「なら、どうして……!」

 

 轟の頭の中は今、ごちゃごちゃだった。

 

 幼い頃から訓練を強要し、母親を苦しめた父親の声が、

 

 そんな父親を真っ向から否定した、目の前の少女の声が、

 

 父親に追い詰められ、自分の右が醜いと言って煮え湯を浴びせた母の苦しそうな声が、

 

 そして、今轟と対峙する少女の怒りに満ちた声が、

 

 全てがごちゃごちゃになって、纏まらない。

 

 そんな轟の内心を知ってか知らずか、アンジェラは語る。

 

「……似てるんだ、お前は。

 

 見た目も、性格も、境遇も、強さも、その胸に秘めていた思いだって、何もかもが違う。

 

 でも、何かに囚われて、なんとかしようともがき足掻くその姿が、誰かのために怒りに身を焦がすその姿が! 驚くほどに、オレの兄さんの昔の姿に、似てるんだ!」

 

 アンジェラの脳裏にチラつくのは、出会った当初のシャドウの姿。記憶操作が原因とはいえ、姉のような存在であるマリアのためにその感情を怒りと憎悪で染め上げ、世界を手に掛けようとした。

 

 轟は、自身に宿った力が遠因となって母親を傷付けられ、父親に憎悪を抱き、その全てを否定しようとした。

 

 アンジェラには、そんな二人の姿がダブって見えた。

 

「さっき、エンデヴァーと話をした……お前に聞いてた通りのクソ野郎だったよ。あんなのがナンバーツーヒーローだなんて、日本も堕ちるとこまで堕ちたなって思った……だけどっ!!」

 

 アンジェラは握り拳を作って、力の限り叫んだ。

 

「そんなやつのせいで本気が出せないなんて……巫山戯んな……本ッ当に!!!」

「っ、何が、言いたい!!」

 

 轟の放った冷気を纏った右ストレートを、アンジェラは掴む。そのまま凍らされる前に、轟を投げ飛ばした。轟はまたしても氷結で場外を防いだが、その息は上がり切っている。

 

「……全力じゃなきゃ、オレにかすり傷一つ浴びせられねえぞ! 

 

 血の繋がりがなんだ、親と同じ力がなんだ! オレだって炎は嫌い(・・・・)だよ!! 同じようにとは口が裂けても言えないが! この命よりも大切な人を傷付けた炎は、大ッ嫌いだ!! 

 

 でも! お前の炎は違うだろ、お前の大切な人を傷付けた炎とも、オレの大切な人を傷付けた炎とも違うだろっ!!!」

 

 アンジェラは激情のままに叫ぶ。アンジェラの心もまた、ぐしゃぐしゃだった。

 

 アンジェラの脳裏に焼き付いて離れない記憶がある。

 

 どこまでも悲しく、引き裂かれるような記憶。今となっては自分以外の誰も覚えていない、いや、そもそもなかったことになったはず(・・・・・・・・・・・・・・・・)の記憶。

 

 その悲しみを巻き起こしたのが、炎だった。

 

 エンデヴァーと対峙した時、不覚にもその記憶がフラッシュバックした。今ならば分かる、あの時エンデヴァーに浴びせかけた怒りには、私情も多分に含まれていたと。

 

「オレは炎が嫌いだけど、自分で炎を使う。それが自分の力だから、傷付けた炎とは違うから!!」

 

 アンジェラは身体強化魔法とワン・フォー・オールを発動させた右腕で再び接近戦に持ち込んできた轟を殴り飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟の頭の中に、走馬灯のように駆け巡る記憶があった。

 

 吐くほど苦しい訓練を幼い頃より強制され、庇ってくれた母は父親に殴られた。

 

 自あった分の左側に煮え湯を浴びせられたとき、母の心は既に壊れてしまっていた。

 

 そんな母を悪びれる様子もなく病院に入れた父親に、自分は激しい憎悪を抱いた。

 

 

 

 もう心がグチャグチャで、何を思っていたのかすらわからない。でも、許せないものだけは分かっている。

 

 

 

「俺は……親父の力を…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の! 力じゃないかッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟には、いつしか忘れていた記憶があった。

 

 幼い頃、訓練が辛くて母に泣きついていた時の記憶。

 

『嫌だ……僕、お父さんみたいになりたくない! お母さんを苛める人になんてなりたくないよ!!』

 

 その時、母と一緒に見ていたテレビに映っていたオールマイトが言った。

 

『“個性”とは、親から子へ、子から孫へと受け継がれるもの。しかし、本当に大事なのはその繋がりではなく、自分の血肉。自分であると認識すること。

 

 そういう意味もあって、私はこう言うのさ。

 

 

 

 

 私が来た! ってね』

 

 オールマイトに憧れを向ける轟に、母が優しく撫でて言ってくれた言葉があった。

 

『でも……ヒーローにはなりたいんでしょう? いいのよ、お前は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血に囚われることなんてない。なりたい自分に、なっていいんだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 今まで忘れてしまっていた、大切な記憶。そのときの母は、

 

 

 確かに、柔らかな微笑みを、浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………俺だって……ヒーローに……!!」

 

 言葉が、感情が、全てが一つになって、巨大な紅蓮の炎となって立ち昇る。轟の左半身から吹き出した炎は、エンデヴァーの爆炎とは全く違う(・・・・)、美しい紅の炎だった。

 

 アンジェラは思わず笑みを浮かべる。

 

 なんて、なんて美しい炎なのだろう。

 自分の忌まわしい記憶の炎とはまるで違う、ブレイズの繰る炎と同じくらいに美しい! 

 

 

 

 

 

 

 

「焦凍オォォォォ!! 

 

 やっと己を受け入れたか! そうだ、いいぞ! 

 

 ここからがお前の始まり、俺の血を以て俺を超えてゆき、俺の野望をお前が果たせ!!」

 

 エンデヴァーの叫びが聞こえる。アンジェラが話をしたにも関わらず、全く分かっていないエンデヴァーの言葉に、アンジェラは顔を歪ませ、拡声魔法を使って大声で叫んだ。

 

 

 

 

うるせぇ!!!! 部外者は黙ってろっ!!!!

 

 その怒りを滲ませた声が、会場全体に響く。エンデヴァーが黙ったことを確認すると、アンジェラは挑発的な笑みを浮かべた。

 

「オレには分かるぜ轟……お前は受け入れたんじゃない、断ち切った(・・・・・)んだ。父親という名の呪縛を、自分の意思で! 

 

 その上で、忌まわしい記憶の象徴である炎を受け入れた。ただただ、自分の力として……

 

 Hehe……お前、最っ高だなっ!!」

「フーディルハインのおかげだ……おかげで、ようやく踏ん切りがついた。

 

 俺はあいつを……お母さんを傷付けたあいつを、家族をぶっ壊したあいつを、一生許さねえ……

 

 でも、それをあいつにぶつけるようなことはしない。俺は、俺がなりたいのは、俺が憧れたのは、お母さんと一緒に見た、テレビの中のあの人だ!! 

 

 そのために……全力で、お前を倒す!!」

 

 アンジェラはもう笑いが止まらなかった。ここまで胸が踊る戦いは何時ぶりだろう。ここまで強い意志と意志のぶつかり合いは、何年ぶりだろうか。

 

「OKOK……その覚悟、受け取った! 

 

 なら、それ相応の全力でもって相手するしかねえよなぁ!!」

 

 アンジェラはそう言いながら、両手のリミッターにす~っ……と指をなぞらせた。

 

 瞬間、空色の魔力光が空に向かって立ち昇る。リミッターに内蔵された安全装置を、一時的に一段階解除させたのだ。

 

 アンジェラはソルフェジオを杖形態に変形させて構える。その顔は、心底楽しそうだった。

 

「……! それは……!」

「あんまり長時間リミッターを解除してはいられないんだ。これで決めるぞ!」

 

 轟は超巨大な氷結を放つ。アンジェラは身体強化魔法とワン・フォー・オールの合せ技でそれを回避し、目の前に一つ大きな魔法陣と、それを取り囲む4つの魔法陣を現出させ、魔力を込め、放った。

 

天を穿つ咆哮(ディアスフォーウェイ)ッッ!!」

 

 それは、一つの巨大な砲撃と、4つの砲撃が重なった一撃。轟は迎撃しようと、左手を振りかぶって最大火力の炎を、放った。

 

 

 

「……フーディルハイン……ありがとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砲撃と熱がぶつかりあい、特大の爆風と煙が巻き起こって会場中に広がってゆく。その衝撃は凄まじく、観客席の誰もが顔を伏せていた。

 

『……何今の……』

『散々冷やされた空気が温められて膨張し、それがフーディルハインの砲撃と合わさって特大の爆風になったんだ』

『……ったく、何も見えねえぞ! おい、これ勝負はどうなった!?』

 

 衝撃で吹き飛ばされたミッドナイト先生が立ち上がったと同時に、ステージ上の煙が晴れる。

 

 そこには、ソルフェジオを突き刺してステージ上に留まっている、天を穿つ咆哮(ディアスフォーウェイ)を撃った反動で手に多少のかすり傷こそあるもののそれ以外は無傷のアンジェラと、場外に吹き飛ばされて、傷だらけで気絶している轟の姿があった。ステージ上はズタボロ……というか、殆どアンジェラの砲撃のせいだが、ステージの大半が消失してしまっている。轟が炎を放ったときに立っていた位置に関しては、完全に陥没してしまっていた。

 

 ミッドナイト先生はこの状況に軽く絶句しながらも、辛うじて残っていたステージのラインを見て勝者を告げる。

 

「……轟君、場外。フーディルハインさん、3回戦進出!!」

 

 会場に、拍手喝采が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 ハンソーロボに出張保健室へ搬送される轟を見送りながら、アンジェラは解除したリミッターの安全装置を付け直した。

 

「……ははっ」

 

 アンジェラはあまりの愉快さに思わずニヤける。轟は幼い頃より自身にかけられた父親という名の呪縛を自分の意志でもって断ち切った。アンジェラの言葉はきっかけにはなっているが、決めたのは轟自身だ。

 

 あの炎は本当に美しかった。ブレイズに稽古でもつけてもらえば、さらにそれに磨きがかかるだろう。ブレイズも最近よくこちらの世界に来るし、自身の炎魔法の鍛錬と合わせて頼んでみてもいいかもしれない。

 

 アンジェラは、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 




轟君の心境の変化については、原作でもあの場でかけられた言葉が違えばこうなるんかなぁ、と思いながら書いてました。原作緑谷君は「轟君は優しいからエンデヴァーを許せるようになるまで待っている」的なこと言ってましたが、多分轟君は「拒絶する」という選択肢を知らなかったのではないでしょうか。あんなんでも産みの親ではありますし、怒りと憎しみで轟君の視野が狭くなってたのもあるでしょうし。

アンジェラさんには轟君の視野を広げてもらいました。少なくとも、「拒絶」という選択肢を知った轟君ならこの選択を選ぶ可能性があると思っています。


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マッハファイター

連投します。アンジェラさんのリミッターについて深く掘り下げます。多分、轟戦だけじゃ何がなんだか分からないと思うので。色々ツッコミどころはあるかと思いますが、へぇ〜、くらいの感じで見ていただけると……あと、作者のガバ設定にツッコミどころがあれば、どうぞ優しく指摘してやってください。ゲッダンしながら喜びます。


 かすり傷を回復魔法で治したアンジェラが観覧席に戻ると、隣の席からものすごい含みを込めた視線を感じた。言わずもがな、ナックルズである。ナックルズは飄々とした態度のアンジェラを見て大きくため息をついた。

 

「お前さぁ……リミッター解除させただろ」

「そーだな」

「帰ったら俺がソニックとシャドウにどやされるんだが?」

「ドンマイ」

「アンジェラ……お前なぁ…………」

 

 ナックルズは頭を抱えた。アンジェラは全く反省していないし、もしあのシスコン共にこのことが知られたらと思うと、背筋にぞっとするなにかが這い上がってくる。

 

「……え? アンジェラちゃんのリミッターって、そんなに解除するのが危険なものなの?」

「あー、これも言ってなかったか。肉体的にはあんまし問題ないんだが、長時間リミッターを解除してると強力なエネルギーで脳のキャパシティー超えちゃうんだよ」

 

 アンジェラのリミッターは、アンジェラの体内に宿る魔力を抑える役割を持っている。魔法の力に目覚めた頃とは違い、リミッターを解除しても肉体的な負荷は少なくなっている。これは、アンジェラの肉体が魔力に順応してきたのと、元々アンジェラがカオスエメラルド7つの力に耐えられるくらいには頑丈な肉体を持っていることが要因と考えられている。

 

 しかし、肉体面の負荷は問題ない範囲ではあるが、リミッターを解除すると、今度は脳のキャパシティーを超えてしまうのだ。

 

 アンジェラのリミッターには三段階の解除段階がある。今回の轟戦で見せた、両手のリミッターだけを一段階解除させる「ファーストリミット」、両手足のリミッターを全て一段階解除させる「セカンドリミット」、そして両手足のリミッターを取り外す「フルドライブ」だ。段階が進むに連れて抑えられていた魔力が解放され、魔法の出力が上昇する。リミッターを解除させなければ使えない魔法なんかも存在する。フルドライブ状態……つまり、アンジェラの魔力を全て解き放った状態は、その力が膨大すぎてソルフェジオの助けがあっても制御が不可能になってしまうが。

 

 ただし、長時間リミッターを解除した状態で居るとその膨大な魔力がゆえに脳に多大な負荷がかかり、吐き気、目眩、頭痛などの症状が現れる。それゆえに、アンジェラは常日頃からリミッターを着けているのだ。

 

 その負荷ゆえに、アンジェラは兄達にリミッターをむやみやたらに外すなと言われていた。ただ、アンジェラはその突拍子も無い考え方ゆえにむちゃくちゃをやらかすことが多い。今回もそれに近い類のものだろう。

 

 ちなみに、リミッターを解除した状態でも大人しく眠っていれば、脳にも肉体にもそれほど負荷はかからず軽いめまいくらいの症状で済む。リミッターを解除する状況なんてリミッターのメンテナンスや修理のとき以外では戦闘中くらいなので大人しくしているなんてできるはずもないのだが。

 

 ナックルズはもう一度ため息をつく。アンジェラは全く反省も後悔もしていない、と言わんばかりの笑みを浮かべて言った。

 

「ため息ばっかだと幸せ逃げるぞ?」

「誰のせいだと思ってんだっ!!」

 

 アンジェラ自身がよしとしていても、あのシスコン兄貴達がどう出るかは、かなり長い付き合いになる今でもよくわからない。

 

 ナックルズは割り切ってもう気にしないことにした。後のことを今考えても仕方ない、と。

 

 人それを、現実逃避と言う。

 

 

 

 

 

「……しっかし、なんで一段階とはいえリミッターを解除したんだ? そんなことしなくても普通に勝ててたと思うが」

 

 ナックルズのふとした発言にその場の空気が固まる。

 

 ただ、シスコン云々はともかく、ナックルズはそれが分からなかった。

 

 確かに、轟は高校一年生にしては強い。“個性”然り、その応用力や基礎身体能力然り。元々持って生まれた才能や、ナックルズは知る由もないが、幼い頃よりエンデヴァーの虐待に近い英才教育を受けていたことが理由だろう。

 

 だが、ナックルズからしてみればまだまだあらゆるものが荒削りでしかない。“個性”の使い方に関して言えば、元が強力であるがゆえに色々と大雑把だ。ソニックやシャドウとある程度互角に渡り合えるアンジェラが、リミッターを解除してまで相手をする必要性が感じられない。

 

 アンジェラはいたずらっ子のような笑みを浮かべて口を開く。

 

「んー、まあそうしなくても勝てたな。でもさ、オレ思うんだ。

 

 それ相応の覚悟を見せられたら、こっちも本気の一撃で相手しなきゃなって」

 

 天を穿つ咆哮(ディアスフォーウェイ)はファーストリミット以上の状態でなければ使用できない、一点収束型の超火力魔力ダメージ砲撃魔法だ。他の収束砲撃魔法と違い、効果範囲が極端に狭く、衝撃波なども収束砲撃魔法にしてはあまり飛び散らない代わりにチャージまでにかかる時間も極端に短い。アンジェラが使える攻撃魔法の中では、最も威力の高いものの一つである。

 

「……つまり?」

「良く言えば期待に応えた。

 

 

 

 

 

 

 悪く言えばなんとなく」

「なんとなくでリミッターを外すなっ!!」

 

 ナックルズの叫びは、それはそれは哀愁の漂うものだったそうな。

 

「…………」

 

 そして、クラスメイト達は会話のヤバさについていけなくなっていたとか。

 

 なんだ、リミッターを外さなくても勝ててたって。確かに轟自身は結局、アンジェラに傷ひとつとして付けることは叶っていないが、もしや、リミッターを解除しようがしまいが、結果は同じだったというのか。

 

「……じゃあ、アンジェラちゃんは無駄にステージを消し飛ばしただけ?」

「まぁ、結果だけ見ればそうだな」

 

 麗日のふとした疑問に答えたナックルズは、だが、と続ける。

 

「多分、アンジェラにそこまでさせる何かを、轟……だっけ? そいつがしたってことだと思う。アンジェラはむちゃくちゃやらかす奴だが、普段はそんな迂闊にリミッターを解除するようなことはしないんだよ」

 

 アンジェラとの付き合いが長いからこそ分かるナックルズの発言に、麗日達は首を傾げた。

 

《……?》

 

 そして、若干おつむが足りないケテルは最初から話についていけていないようで、ナックルズの肩の上でずっと首を傾げていた。

 

「……ま、ケテルは分かんなくていいだろ」

《そーなの?》

「……何言ってっか分かんねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラと轟(主にアンジェラ)がステージを消し飛ばしたせいで遅れに遅れて始まった第二試合、塩崎VS飯田。

 

 開幕直後、塩崎は飯田を拘束しようとツルを伸ばしたが、飯田のレシプロバーストによる超加速を捕えることができず、そのまま肩を押されて場外まで押し出されて飯田の勝利。

 

 第三試合、芦戸VS常闇。ダークシャドウによる常闇の中距離攻撃に芦戸は酸を飛ばして迎撃しようとするも、ことごとく躱されてダークシャドウの一撃をあび、そのまま場外に出されて常闇の勝利。

 

 そして第四試合、切島VS爆豪。硬化した切島がいきなりのラッシュを仕掛け、爆豪は爆発でそれを迎撃するも掠めた拳で頬を切られる。だが、全身を硬くし続けていたせいで綻びが出始めた切島の隙を見抜いた爆豪が容赦のない爆撃ラッシュを仕掛ける。さしもの切島も耐えきることができずにダウン。爆豪の勝利とともにベスト4が出揃った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、間髪入れずに始まる準決勝第一試合。アンジェラと飯田の戦いだ。

 

『準決勝第一試合! 

 ヒーロー一家出身のエンジンボーイ! ヒーロー科、飯田天哉! 

 VS

 ここまで勝ち上がってきた唯一の女子にしてまさかまさかのステージそのものを消し飛ばしたパワフルガール! 同じくヒーロー科、アンジェラ・フーディルハイン!』

 

 ステージ上でにらみ合う二人。アンジェラは軽くストレッチをしている。

 

「さて、挑ませてもらうぞアンジェラ君!」

「お、いいねェその気概! スピードなら負けねぇぞ!」

 

 アンジェラは構えを取る。左半身を前に据えたマーシャルアーツの構えだ。飯田はクラウチングスタートの姿勢を取る。

 

『スタート!!』

 

 プレゼント・マイク先生のコールと共に、飯田のエンジンが火を吹いた。

 

「最初から全力で行くぞ! レシプロ……バースト!!」

 

 飯田はレシプロバーストを全開にし、アンジェラに一気に近付こうとする。しかし、

 

「ヘェ……それなりに速いけど……

 

 

 

 遅い」

 

 アンジェラはそれを遥かに上回るスピードで飯田の背後に回り、その勢いのまま回し蹴りをかました。

 

「ぐっ!?」

『おおっと、飯田の驚異的な加速を、フーディルハイン予備動作なしで上回ったぁ!?』

『飯田はエンジンゆえに初動が遅れがちだが、フーディルハインはそもそも“個性”なしであのスピードだ……信じられないことにな。飯田の超加速を更に上回るスピード……フーディルハインは、その体格を除けば飯田の完全な上位互換と言っても差し支えない』

「誰がチビだ誰が!」

 

 アンジェラは相澤先生の発言に悪態を付きながらも、アンジェラに蹴り飛ばされた飯田からは目を逸らさない。

 

「残り10秒弱! うおおおおおおおおお!!!」

 

 飯田はエンジンがエンストを起こす前の勝負に出た。更にエンジンの回転数を上げ、さらなるスピードアップを計ったのだ。その勢いのままに飯田はアンジェラへ蹴りを仕掛ける。

 

 が、アンジェラはソニックやシャドウの動きを見切ることができる。対応できるかどうかは別として、音速を軽く凌駕するスピードを持つ義兄達の動きを、今までずっと、傍で見てきたのだ。

 

 

 

 そんなアンジェラにしてみれば、飯田の動きはまだまだ遅い。

 

「そして……直線的だ!」

 

 アンジェラは最小限の動きで飯田の蹴りを躱すと、警戒が薄れてがら空きの飯田の腹に思いっきり蹴りを入れる。飯田はその勢いのままふっ飛ばされ、場外まで飛んでいった。

 

「飯田君場外! フーディルハインさんの勝利!」

『フーディルハイン! その圧倒的なスピードで決勝進出! てか、もうあれ単体の“個性”じゃねえの?』

『病院でちゃんと検査してもらって、“個性”ではないと分かってるんだと。つまり、素の身体能力がアレだ』

 

 壁にぶつかった飯田は、なんとか気絶は免れたようだ。アンジェラは飯田の傍に近付いて手を差し出す。飯田はその手をとって、立ち上がった。

 

「アンジェラ君……やはり君は速いな」

「スピード勝負なら負けるつもりはなかったし、負けたくなかったからな」

「俺の分まで決勝、頑張ってくれ!」

「OK,スピード勝負ならいつでも受けて立つぜ!」

 

 二人の会話にミッドナイト先生が、「青いわ〜!」と興奮していたとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準決勝第二試合、爆豪VS常闇。

 これまでは無敵にほど近い“個性”で攻めまくっていた常闇だったが、爆豪の爆発による光でダークシャドウが弱体化してしまい、今回は防戦一方に追い込まれてしまう。なんとか爆豪を捉えようとした常闇とダークシャドウだったが、爆豪の容赦ない爆撃と、その光でダークシャドウが更に弱体化。常闇自身も押さえつけられてしまいあえなく降参。爆豪の勝利と相成った。

 

 その様子を観覧席で見ていたアンジェラは買ってきたコーラを一口飲む。いつも買っているコーラ会社の新製品だが、かなり美味しい。

 

「さて、そろそろ……」

 

 アンジェラはコーラを座席に置いて立ち上がる。小休止が終われば次は決勝。アンジェラと爆豪の戦いだ。

 

「アンジェラちゃん、頑張ってね!」

「おう、麗日の仇を取ってやるよ!」

「ウチ、生きとるよ」

「麗日、アンジェラのボケにいちいち付き合わなくてもいいんだぞ……」

 

 そんなアンジェラと麗日の漫才じみた会話とナックルズの呆れたような声が響く中、どことなく悲痛そうな顔をした飯田がやって来た。飯田は先程いきなりかかってきた家族からの電話に出ていたはずだが……

 

 飯田は不安そうな声をにじませて言う。

 

「アンジェラ君……すまないが、俺は早退しなければならなくなった。アンジェラ君の決勝を見届けられないことを許してほしい」

「Why? 何かあったのか?」

「兄さんが……インゲニウムが敵にやられた。決勝前に不安なことを言ってすまない。それでも、アンジェラ君は気にせず戦ってくれ。俺たちの分も」

 

 飯田は今すぐにでも兄の容態を確かめたいだろうに、わざわざアンジェラにそのことを伝えたのだ。アンジェラは困ったような笑みを浮かべて飯田の肩に手を置く。

 

「んなこと、事後報告でいいっての。お前は早く兄さんのとこへ行ってやれ」

「アンジェラ君……ありがとう」

 

 飯田はそう言うと、会場の外へとかけて行った。飯田の兄、インゲニウムのことは心配にならないといえば嘘になるが、アンジェラは気持ちを切り替えて控室へと向かっていった。

 




アンジェラさんはリミッターを解除せずとも轟君に勝てていました。それでもリスクを背負ってまで解除したのは、アンジェラさんの「覚悟にはそれ相応の本気でもって対応するべき」という持論によるものです。流石にセカンドまではいきませんでしたが。セカンドでも轟君……というかプロ相手でも誤って殺してしまう可能性があり、フルドライブ状態はそもそも脳みそぐわんぐわんする上に本人にも制御が出来ないので。


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I'll take all that you left








忘れられるわけがない
あなたが置いて行ったもの総てが輝かしい


あなたに託された全てを叶えることだけが
たった一つ残された、か細く眩い道標


 小休止を挟んで、今まさに始まろうとしているのは雄英体育祭一年の部、その決勝戦。

 

 アンジェラ・フーディルハインと爆豪勝己の直接対決である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆豪は、今自身の目の前に立つ少女に、かつて目の前で失われた幼馴染を重ねていた。理由はわからない。目の前の少女は、爆豪の幼馴染とは似ても似つかない容姿や性格であるし、幼馴染と違ってちゃんと“個性”を持っている。そして、幼馴染とは比べ物にならないほどに強い。

 

 しかし、その長く美しい空色の髪を結わう、黒いほつれたリボン。その存在を、無視することなどできなかった。

 

 かつての幼馴染にあげた、一対のリボン。あの日、幼馴染が目の前で失われたあの日から、その片割れは肌身離さず持ち続けていた。

 

 オールマイトをも超えるヒーローになれば、その片割れの持ち主の、かつての幼馴染の分も夢を叶えられると思った。それが、自分が彼女にできる最後の奉公だと、信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、片割れのリボンを持つ少女は、今こうして目の前に立っている。ずっと心の支えにしてきたそれを、爆豪が見間違えることなんて、あるはずがない。

 

 それが、本当に幼馴染の少女なのか、幼馴染の少女にそれを託された別人なのか、はたまた偶然それを手に入れた全く関係ない人物であるのかは分からない。

 

 戦闘訓練のときは、その前日にその存在を知ったことも相まって大したことを聞くこともできなかった。

 

 だが、彼女から、アンジェラ・フーディルハインを名乗る少女から何かを聞き出すことができれば、少なくとも幼馴染の少女に繋がる何かを知ることができるのではないか。

 

 爆豪は、完膚なきまでの一番になること以上に、その想いを抱えて、今ここに立っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『雄英体育祭もいよいよラストバトル! 一年の頂点が、この一戦で決まる! いわゆる、あ、決勝戦! 

 

 ヒーロー科、アンジェラ・フーディルハイン! 

 VS

 ヒーロー科、爆豪勝己!』

 

 会場が、これ以上とないほどに沸き立つ。戦いが始まる直前、爆豪は軽くストレッチをしているアンジェラに語りかけた。

 

「なぁ、お前……本当の本当に何も知らないのか? そのリボンについて。本当の持ち主が、誰なのかも」

「マジで何も知らない。いつから持ってたとかも、何も。

 

 ……ってか、前にもお前リボンについて聞いてきたよな。何でそんなこと知りたいんだ?」

 

 アンジェラの疑問は当然のものだ。アンジェラと爆豪に接点などなかった。戦闘訓練のときは、リボンと目が爆豪の知る誰かに似ている、ただそれだけの理由で喧嘩をふっかけられたようなものだった。

 

「……そうかよ、なら」

『スタート!!』

「殴りゃ何か思い出すか!?」

 

 スタートの合図と同時に、爆豪は爆発による跳躍を行う。そのスピードは飯田のレシプロバーストの速力に匹敵するほどで、普通の高校生なら反応することも難しい。その勢いのまま、爆豪は右腕を大きく振りかぶった。

 

 だが、アンジェラはいともたやすくそれを躱す。身体を捻った、最小限の動きで爆豪の腕の進行方向から逃れると、お返しとばかりにサマーソルトキックを腹部に打ち込んだ。

 

「かはっ……!」

 

 しっかり、アンジェラの動きを見ていたはずなのに、爆豪は反応することすらできなかった。やはり、動作の一つ一つがとんでもなく速い。爆豪の認識のはるか先、そのスピードをアンジェラは会得している。

 

 爆豪はサマーソルトキックの衝撃で場外まで吹き飛ばされかけるが、爆発の反動でそれを回避する。

 

「ならっ……!」

 

 爆豪はアンジェラに再び接近し、特大の爆発を放った。爆煙と閃光で、アンジェラの目を潰そうとしたのだ。そのまま爆発による跳躍でアンジェラの裏をかこうとする。

 

 そして、一撃入れようと大きく右腕を振りかぶって爆発を放った。

 

 

 

 だが。

 

 

 

 

 

「甘いな」

「……!?」

 

 爆豪の目の前に手を突き出しているアンジェラは、全くの無傷であった。その手からは、水色の障壁のようなもの……防護魔法の守りの意思(ディフェソート)が展開されている。アンジェラは爆豪の爆発を、守りの意思(ディフェソート)で防いだのだ。

 

「っち、そんなもん、壊してやる!」

 

 守りの意思(ディフェソート)に爆発を打ち込む爆豪だったが、それが壊れる気配は一向にない。エッグマンのロボットの銃撃を受けても傷ひとつつかないほどの強度を誇る守りの意思(ディフェソート)は、爆豪の爆発でどうにかできるものではなかった。

 

 守りの意思(ディフェソート)をいくら攻撃しても無駄だと悟った爆豪は、一度体制を立て直そうと再び爆発による跳躍を行おうとする。

 

 しかし、それをむざむざと見逃すアンジェラではない。守りの意思(ディフェソート)を展開していない方の手に魔法陣を展開し、爆豪に突き出した。

 

逆行する水面(コーラルレイン)

 

 その手から水の塊が放たれる。爆発の反動を利用してそれを回避した爆豪だったが、アンジェラの猛攻は止まらない。

 

逆行する六連水星(コーラルレイン・プレアデス)

 

 アンジェラの周囲に6つの魔法陣が現れる。その一つ一つから、水の塊が爆豪をめがけて放たれた。爆豪は直線的な動きの水の塊を爆発で回避する。

 

「はっ、攻め方が大雑把になってきてんじゃねぇか!?」

 

 そんな煽りをかましつつ、爆豪はアンジェラへ最大火力の爆発を仕掛ける。上空からの落下の勢いと回転も加わったそれは、まさしく人間手榴弾。

 

「榴弾砲、着弾!!」

 

 アンジェラはニヤリ、と笑みを浮かべる。

 

 ステージに、轟音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なっ!?」

 

 爆豪が気付いたときには、既にアンジェラはその場に居なかった。

 

「あいつ、どこへ……ッ!?」

 

 アンジェラを探していた爆豪の背後から、勢いよく水の塊が襲いかかってくる。爆豪の間近でボカン! と連続で破裂した6つの水の塊は、爆豪の全身をびしょびしょに濡らしてしまった。肉体へのダメージこそないものの、爆豪はあることに気付く。

 

「……!! あいつ、俺の“個性”が汗だって気付いて……!」

 

 そう、爆豪の“個性”は汗腺からニトログリセリンのような物質を出して爆発させる。つまり、汗を爆発させているので、汗がなければ使えないのだ。加えて、肝心の汗腺も水で湿り切ってしまっているので、汗を追加で出すことができてもこれでは爆発させられない。

 

「……誘導、された……?」

「ご明察」

 

 爆豪の背後から聞こえてくる、心底楽しそうな声。そちらを向くと、ガントレットに変形させたソルフェジオを纏ったアンジェラが、クスクスと笑いながら歩みを進めてきていた。

 

「時間経過で調子を上げる、身体から爆発を発生させる。このことからひょっとしたら、爆豪の“個性”は汗由来のもんなんじゃないかと思ってな。

 

 ……その様子からして、正解だったみたいだな。

 

 ま、半ば賭けみたいなもんだけど、身体から爆発を起こすんならどの道濡らしちゃえば爆発は使いにくくなる。オレの試合見てたんなら、魔法陣から出したものに性質を付与できる(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)可能性くらいは考慮しとくんだったな」

「……! まさか、あの水の塊は、追尾してきて……!?」

「Exactly!」

 

 そう、アンジェラがあの時放った逆行する水面(コーラルレイン)は追尾式のもの。ついでに、ターゲットにぶつかった瞬間に爆発するようにもしておいたのだ。

 

「ただ狙っただけのやつだと、お前相手じゃ避けられる可能性が高いからな。それならと、追尾式にして最初の軌道を直線的にすれば、引っ掛かってくれると思ったんだ」

 

 アンジェラはそう言いながら爆豪に思いっきり右ストレートをかます。あまりに速いその拳に、爆豪は反応することができずにモロにその一撃を喰らった。

 

「かはっ……!」

『フーディルハイン、その圧倒的なスピードで爆豪を反応させない! 追尾式の水の塊といい、爆豪の爆発にびくともしない障壁といい……いくらなんでも強すぎねえか? 爆豪もかなり強いはずだが……』

『爆豪は“個性”を抜きにしても天才肌で、様々な能力が同年代の水準を軽く凌駕しているが……フーディルハインはそれを遥かに上回るほどの戦闘センスを持っている。“個性”の応用力や身体能力もそうだが、何よりも立ち止まる時間が異様に短い』

 

 アンジェラは未だ場外に出ていない爆豪に連続で拳や蹴りを打ち込む。“個性”を封じられた爆豪は格闘でそれに対応しようとするが、一撃一撃があまりにも速く正確無比で、反応することすらままならない。

 

(速い……だけじゃねえ……! 一発一発に迷いがない、見えても、付け入る隙が見つからねえ……!)

 

 人並み外れた戦闘センスを持つ爆豪とはいえ、アンジェラの経験に裏打ちされた正確で意識することすらままならないほどに速い打撃をいなすことはできず、ダメージが蓄積されてゆく。

 

「っ……!」

 

 強烈なサマーソルトキックで地面に伏した爆豪に、アンジェラは問いかける。

 

「爆豪、お前の言うこのリボンの持ち主って誰なんだ?」

「……何で、んなことを……!」

「いや、ひょっとしたら本当にオレが忘れてたり、共通点を見つけ出せてないだけで、名前かなにか聞いたら思い出すんじゃないかって」

「お前……疑ってたんじゃ……?」

「いや、そんなこたぁ一言も言ってないと思うけど」

 

 アンジェラの言葉は心からのもの。爆豪からの因縁の付けられ方に疑問を覚えはしたものの、爆豪の言うリボンの持ち主の存在を疑ったことはなかった。

 

 爆豪は藁にもすがる想いで、消え入りそうな、アンジェラにしか聞こえない声で口を開き紡ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……緑谷、出久」

 

 彼が語ったのは、幼馴染の名前。目の前で失われてから、片時も忘れたことのないその名前は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………悪い。本当に覚えがない」

 

 しかし、アンジェラの記憶にはないものであった。

 

 アンジェラは本当に申し訳無さそうな顔で言う。

 

「力になれなくて悪いな……」

「……いいんだ。戦闘訓練の時にタイマン張って、多分違うなとは思ってた。

 ……ははっ……無駄足でしか、なかったってか……」

 

 爆豪は自嘲気味に笑う。唯一見えていたと思った道標は今潰えた。目の前に立つのは幼馴染の少女とは何ら関係のない、ただその目に幼馴染の少女の面影が見える少女でしかない。

 

 

 

 

 

 だが。

 

 

 

 

「だったら、俺はお前に勝つ……フーディルハイン(・・・・・・・・)!! あいつの分も、夢を叶えるために!!」

「……!」

 

 爆豪の瞳に強い闘志が宿る。今まで一度たりとも呼ぶことのなかった名前を呼ばれ、アンジェラは楽しげな笑みを浮かべ、静かに両手のリミッターを一段階解除させる。瞬間、立ち昇る空色の魔力光。轟戦で観客席越しに一度見たとはいえ、間近で解放された力と、そこから生じる威圧感に、爆豪は武者震いした。

 

 

「ああ、だったら、出せるだけで相手してやるさ!」

「!!」

 

 アンジェラが挑発的な笑みを浮かべたかと思うと、爆豪の視界から消え失せた。何処に行ったのかと爆豪が周囲を見渡していたのも束の間、爆豪は横っ腹に重々しい音速の拳を撃ち込まれた。

 

「かはっ……!?」

 

 鈍い音が鳴る。アンジェラの拳の勢いのまま、爆豪は場外手前までふっ飛ばされた。なんとか立ち上がる爆豪は、先程までのダメージも蓄積されておりすでに満身創痍だ。

 

 一方のアンジェラも、短時間に2回もリミッターを解除したことは流石に無茶だったのか、ズキン、ズキン、と頭に痛みが走る。若干吐気も感じていたが、アンジェラは痛みと吐気には気付かないフリをした。

 

 アンジェラは手を突き出し、口を開く。

 

「爆豪、水も大分乾いてきただろ……本気の一撃、見せてみろよ!」

「……っ、言われなくてもやってやらァ!!」

 

 爆豪は掌をアンジェラに向ける。今だ水は完全には乾いておらず、自身の最大威力の爆撃は不可能。

 

 しかし、今持てる全力で、目の前の壁に挑む。

 

 爆豪は濡れる前よりは勢いの落ちる爆発で上空へ。そのまま回転をつけて、自身の今出せる全力の爆撃を、

 

 アンジェラはワン・フォー・オールのエネルギーを外に引き出し、解放した魔力と組み合わせて特大の砲撃を、

 

 それぞれ、放った。

 

「カオス、ブラストッッ!!」

「榴弾砲、着弾!!」

 

 

 

 

 

 

 

 空色の砲撃と、オレンジの爆炎が激突する。衝撃波は観覧席はおろかその上空まで届いている。その規模は、二回戦第一試合のアンジェラと轟の最後の激突以上のものであった。黒い煙もステージ上に充満している。

 

 煙が晴れ、ステージ……だったものの上に立っていたのは、アンジェラであった。

 

 爆豪はステージの外の壁に激突し、気を失っている。それを見たミッドナイト先生が、ジャッジを下した。

 

「……爆豪君、場外! よって、フーディルハインさんの勝ち!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英体育祭一年の部、全日程が終了した。これより執り行われるは表彰式だ。生徒たちの後方にはマスコミのカメラが大量に。前方から3つの台がせり上がってきて、それぞれに入賞者が立っている。

 

 本来であれば、3位の台には常闇の他に飯田が立っている。しかし、彼は兄、インゲニウムが敵に襲撃され、その容態の確認のために早退している。一位の台に立っているアンジェラは心の中でそっと、インゲニウムの無事を祈った。

 

 メディア意識なポーズで飯田のことを説明したミッドナイト先生が司会進行役である。ミッドナイト先生は軽くテンションを上げて言った。

 

「それではメダル授与よ! 今年メダルを贈呈するのはもちろんこの人!」

 

 ミッドナイト先生の言葉と共に、会場の屋上からオールマイトが現れ、会場が沸き立つ。オールマイトはそのままグラウンドに向かって飛び降りた。

 

「私がメダルを持って、「我らがヒーロー、オールマイト──!!」来たァ!!」

 

 オールマイトとミッドナイト先生の台詞がものの見事に被り、会場に爽やかな笑いを産んだ。ミッドナイト先生は「被った……!」と平謝りしている。

 

 気を取り直して、3位の常闇からオールマイトによるメダルの授与が行われる。オールマイトは常闇の首に銅メダルをかけた。

 

「常闇少年、おめでとう! 君は強いな!」

「勿体ないお言葉……」

「だが、相性差を覆すには、“個性”に頼り切りじゃ駄目だ。もっと自力を鍛えれば、取れる択が増すだろう!」

「……御意」

 

 常闇は受け取った銅メダルを手に、決意を新たに呟いた。

 

 次にメダルが贈呈されるのは2位の爆豪だ。爆豪は悔しそうな目をしている。

 

「爆豪少年、おめでとう」

「……フーディルハインに、手も足も出なかった。全く、届きすらしなかった」

「それでも、諦めず立ち上がった君の不屈の心は素晴らしい。その心を、大切にしたまえ。このメダルはフーディルハイン少女に勝てた時にでも処分するといい。それまでは、自分の傷として大切に持っておくんだ」

「……ああ、フーディルハインに勝てたら粉々に砕いてやるよ!」

「いや、せめて売ろう? 結構なお小遣いになるよ?」

 

 若干漫才じみたやり取りが行われ、会場に笑いが生まれた。

 

「さて、フーディルハイン少女! 選手宣誓の伏線回収、おめでとう!」

「ありがとうございます」

「うむ、君の強さや魅力は多くの人々が認めているだろう。

 

 ……轟少年戦の言葉については、深くは聞くまい。だけど、辛くなったら誰かに相談するんだよ? 君は完璧に見えるが、どことなく不安定にも見えるからね」

「……はい」

 

 アンジェラは若干渋い顔をしながらもオールマイトにかけられた金メダルを撫でた。

 

「さあ! 今回の勝者は彼らだった! しかし皆さん、この場の誰にでも、ここに立つ可能性はあった! 

 競い、高め合い! 更に先へと登っていくその姿! 

 次代のヒーローは、確実にその芽を伸ばしている! 

 

 それでは皆さん、ご唱和ください!」

 

 オールマイトの言葉に、この場に居る誰もがあの言葉(・・・・)だろうと口を開く。

 

『プルス……』

「お疲れ様でしたぁぁぁぁ!!!」

「…………え?」

 

 オールマイト、ここでまさかの天然炸裂。会場中からブーイングの嵐を浴びることとなったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おつかれ。っつーことで、明日明後日は休校だ。体育祭を観戦したプロヒーローから指名などもあるだろうが、それはこっちで纏めて休み明けに発表する。ドキドキしながらしっかりと休んでおけ」

 

 ホームルームのあと、アンジェラは休日をどう過ごそうか考えながら帰路についた。

 













(しるべ)は零れ落ちてゆく
届かないのだと思い知る
夢の代償は
釣り合ってはいない




夜明けの明星は天高く煌めく
二度と届かぬと示すかのように




一度離せばもう遅い
どれだけ辛くとも
決して引き返しはしない
願いを叶えるため、抗うために


本当は気が付いていた
届かないことなど
歩みを止めてしまえば
もう目の前すらも見えやしない




触れることすら叶わない


夢見鳥は彼方へと




あなたの夢、憧れも
幻じゃないと
託されたものがあったなら
いつまで抗い、戦える


幻夢が呪いを手向けても
この(ソウル)尽きたとて
あなたを待ち続ける
あの日々を、決して忘れはしない




輝かしい、あの日々を


枯れ果てた終の幕が閉じるまで
絶望も、輪廻も、終わらない



















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幕間 轟家の休日

幕間ですが、非常に大事な話です。轟家の行く末が決定的に変わります。


 

 それは、体育祭の翌日。轟家の食卓にて起こった出来事であった。

 

 

 

 

 

「姉さん……悪いけど、俺は親父をもう親父だと思わないことにした」

 

 ガシャン! 

 

 結構豪快な音を立てて、轟の姉、冬美の持っていたお茶碗が机の上に落ちた。幸い、お茶碗は割れてはおらず中に入っていたご飯もそこまで溢れていない。

 

「え……焦凍、何を……」

 

 冬美は溢してしまったご飯を片付けながら、震えた声で聞き返す。一緒に昼食を取っていた轟の兄、轟夏雄も、びっくりしたように目を見開きながら轟を凝視していた。

 

「だから、親父……エンデヴァーを、もう父親とは思わないことにしたんだ。今までずっと、「家族」を保ってきた姉さんには、本当に申し訳ないけど……」

「……きっかけは、体育祭?」

 

 姉の問いかけに、轟は静かに頷いた。

 

 

 

 

 冬美は、昨日の体育祭、弟の晴れ舞台を夏雄と共にテレビで見ていた。

 

 中でも最も印象に残っているのは、最終種目二回戦。

 

 相手はアンジェラ・フーディルハインという留学生の女の子であり、グラマラスながら小柄で華奢な、とてもヒーロー志望には見えない身体付きだったが、その凄まじい、という言葉が似合うほどの身体能力と汎用性の高い“個性”で体育祭中、常にトップであり続けた子。

 

 その子の戦いの中で、焦凍は今まで封印していた右を、炎を使った。そのことに、冬美も夏雄も驚いた。焦凍が今までどんな思いで炎を封じ込めていたのかを、よく知っていたから。

 

 焦凍の炎は、父親であるエンデヴァーのものとは全く違う、美しい紅の炎だった。エンデヴァーがその炎に、力を全面に押し出し屈服させているのだとすれば、焦凍の炎は、まるで見る者全てを見惚れさせるようなしなやかさを抱く炎だった。

 

 エンデヴァーが焦凍の炎を見て、改めて自分の野望を、焦凍をオールマイトを超えるヒーローにするという、自身では叶えられなかった野望を口走った時の、あの子の言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うるせえ!!!! 部外者は黙ってろっ!!!!

 

 どうしようもない、彼女には関係がないはずの怒りが滲んだ叫びは、今だ残響となって冬美の脳内に響いている。

 

 あの子は、焦凍のために怒ってくれていた。

 

 そのことは、素直に嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし。

 

 しかし、だ。

 

 先の焦凍の発言は流石に予想外がすぎた。

 

「体育祭の昼休み、フーディルハインにエンデヴァーの話をしたんだ」

 

 焦凍はお茶を啜って続ける。

 

「そしたら、フーディルハインは自分の話をしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……あいつ、産まれてこの方義理の兄は居ても、親どころか血縁者は居たことないんだとよ。

 

 そんなフーディルハインから見ても、エンデヴァーは親父としては酷いもんだと、

 

 

 

 

 

 そんな酷い父親なら、捨てたほうがいいんじゃないかって、言われたんだ」

 

 冬美と夏雄は再び絶句した。

 

 まさか、そんなことを言われていたのか。

 

 確かに、父親を拒絶しながら父親にある意味依存に近い感情を抱いていた焦凍には、青天の霹靂だろう。拒絶の感情を受け入れることが、必ずしも悪いことであるわけでもあるまい。

 

「……フーディルハインは、純粋に俺を思って言ってくれたんだ。そこまで酷い父親なら、見返すだけ時間の無駄だって。

 

 俺は確かにヒーローになりたいけど、エンデヴァーの身勝手な欲望に付き合う必要もない、俺の生き方は俺のもんだって気付くことができた」

 

 エンデヴァーの身勝手な欲望。

 

 言われてみれば確かに、そうかもしれない。

 

 ナンバーワンを超えたい。そのエンデヴァーの身勝手な野望によって生まれたのが轟家であり、冬美たちであり、焦凍であった。

 

 エンデヴァーの欲望は、世間には敵に対する、轟家には母親と最高傑作と称された焦凍に対する刃となって突き刺さった。

 

 世間の称賛の裏に隠された悲劇は、家族以外の誰も知ることなく今でも隠されている。

 

「多分、家族に血縁は関係ないんだ。フーディルハインみたいに、血の繋がりがなくても家族になれる。

 

 

 

 

 ……血の繋がりがあるからって、家族になる必要はない。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、これからエンデヴァーを親父じゃなくて、ただの一人のプロヒーローとして見るよ」

 

 そう語る焦凍は、覚悟を決めたような顔をしていた。

 

 冬美はショックを受けたような表情をしているものの、内心では焦凍の言い分に納得してしまっていた。

 

 冬美は学生時代、ずっと同級生が羨ましかった。家族の愚痴を友達に語る、同級生達が。冬美には、そんなことが出来なかった。儚くも叶うことがない、憧れだった。

 

 冬美の家族は血縁だけの繋がりであって、本当の意味の家族ではない。冬美が辛うじて「家族」という体裁を保っていなければ、儚く崩れ去るほどに脆いもの。

 

 冬美はずっと、自分の家も家族になりたいと思っていた。父親に狂わされた母、憎悪に近い執着心を父親に抱く末っ子と最早無関心な次男。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、実質的に父親に殺された長男。

 

 

 

 

 

 

 

 冬美は父親が今まで自分達にどれだけ無関心だったか、末っ子に、長男に何をしでかしたかを思い出し、ふと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 こんな父親なんて、最初から居ない方がよかったのではないか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、人の心は、なんて、儚く、脆いものなのか。

 

 末っ子の覚悟ひとつで、こんなにもあっさりと、自分の心までもが移り変わってしまった。

 

 さっきまでは父親だと辛うじて(・・・・)認識できていたはずなのに、今はもう、思うことすらできない。

 

 ああ、私にとっても、アイツ(・・・)の存在は呪縛だったのだ。

 

 焦凍を変えてくれた、そして、間接的に自分を変えてくれた、姿と名前しか知らない焦凍の級友に、心からの感謝を贈りたい気分だ。

 

 ああ、解放とは、なんて晴れやかなものなのだろう! 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふふ」

「ね、姉さん?」

「ど、どうしたんだ?」

 

 急に何とも楽しげに笑い始めた冬美に、夏雄と焦凍が心配そうに見る。冬美は大丈夫だ、と一声かけて、食器を片付けるべく立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、なんて儚く尊いもの。

 

 たったひとつの願い、あまりにも強い憧れを叶えるため、ただそれだけのために、手にした全てを自ら棄て去った馬鹿な男。

 

 自分はあの男が、私から家族を奪ったあの男が、憎くて憎くてたまらないのだと、ただただ取り繕っていただけなのだと、今なら分かる。

 

 だけど、私は何もしない。

 

 私の我儘で、かわいい生徒たちの、弟達の未来を閉ざすなんてこと、私は私が許せなくなる。

 

 今一番あの男に怒っていい末っ子が、親であることを認めないだけで済ませているのだ。私に、それ以上のことができようはずがない。

 

 だから、私は何もしない。

 

 あの男との縁。血縁である以上、どこからともなく付きまわってくる縁を断ち切ることができるのは、末っ子ただ一人だけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 願わずにはいられない。

 

 いつか、末っ子だけでも本当の意味であの男から解き放たれて、自分の憧れをただただ追いかけられるようになる、そんな日が、来ることを。

 

 

 

 

 

 

 その日の午後、三人は姉弟全員で一緒に初めて(・・・)母のお見舞いに行って、母と色んな話をした。焦凍の体育祭のこと、夏雄の大学のこと、冬美の教員生活のこと。話題は尽きなかった。

 

 その時の四人は、とても楽しそうな顔をしていたという。父親なんてものが、介入する余地がないほどに。




家族って、ある意味呪縛のようなものだと思っています。親がいい人で、子供のことをちゃんと想ってくれているのであればそうとは言えません、寧ろ幸せなことなのですが、そうでない子供にとっては、呪い以外の何物でもない。憎みつつも、離れるという選択肢に気付くことが出来ない。轟家、特に冬美さんはこの傾向にあるものだと思っています。冬美さん、原作でもエンデヴァーに対して恨みみたいな感情が無いわけじゃないみたいですし。

轟君から間接的に伝えられたアンジェラさんの言葉は、冬美さんの視野を特に広げました。エンデヴァーは、辛うじて家という体裁を保っていた冬美さんを失ったことになります。エンデヴァー曇りフラグが乱立していますが、果たしてどうなるんでしょうね。





前回の爆豪君の話、結構大事なので覚えておいてください。


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第三章 Fist Bump
明くる日


きっと、それは運命だったんだよ。
僕らは―――だからさ。
また逢えるって、信じてたのに。







ごめんね、―――。


だけど、さようならは、まだ言わない。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこまでも、どこまでも不条理が続くこの地獄のような世界。

 

 目に見えてもう手遅れで、人の手には余る。そんな光景ばかりが広がっていて。

 

 そんな世界にも、誰も手にしたことのない、手に入れられるはずのない光は、確かに存在した。

 

 

 

 

 

 

『あれが────────なの?』

『そう、私達の……希望。これが完成すれば、この終わった世界だって元通りにできる』

『へえ、すっごいねえ!』

 

 ああ、今にして思えば、なんて儚く脆い希望の皮を被った、深く暗い絶望だったのだろう。

 

 目の前の明るい笑顔を守りたい。

 

 ただ、そう願っていただけだったというのに。

 

 

 

 

 

 

 ……神の力に手を伸ばそうと、そう考えてしまった時点で、もう手遅れだということに、もっと早く気が付くべきだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『ねえ、──────も元通りになる?』

『元通りにするよ……必ず』

『そっか!』

 

 ああ、でも、手を伸ばさずにはいられなかった。

 

 例え、それがどれだけ愚かなことだったとしても、

 

 たった一欠片でも、希望をちらつかせられたら、手を伸ばさずにはいられなかった。

 

 ああ、なんて愚かなことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アァ“…………ア“、ア“……』

 

 そのことに気付いたときには、もう、全てが遅かった。

 

 あなたは狂って、異形の姿に変わり果ててしまった。

 

 この世界を終わらせて、私がこの手にかけた。

 

 ああ、裏切ってしまった。

 

 あなたの願いを。

 

 裏切られてしまった。

 

 あなたの自我の限界に。

 

 この手に、もうあの頃のぬくもりは、あなたが教えてくれた暖かさは存在しない。

 

 あるのは、どこまでも気持ち悪くて生温かい肉の感触と、抉れた腸から零れ落ちた内蔵の、わずかに残った鼓動だけ。

 

 血にまみれた手で、その手に掲げた刃で、あなただったものをただひたすらに切り刻む。

 

 血潮が吹き出して顔にかかる。鉄のような臭いに、かつての嫌な景色が頭をチラつく。

 

 自分で作り出した光景だというのに、その惨たらしさとグロテスクさに、思わず胃の中のものをぶちまけたい衝動に駆られたが、あいにく私の臓器はとうの昔にその活動を停止していた。

 

 もう、戻ってこない。帰ってくることは二度とない。

 

 ただ、後悔と懺悔の思いだけを募らせて、私は刃を振るう。

 

 

 

 

 

 

 

『……ごめんなさい、ごめんなさい……』

 

 

 

 もう、後戻りは出来ない。

 

 することは、赦されない。

 

 

 

 何度輪廻が巡ろうが、

 

 

 

 

 

 

 私達の罪は贖えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育祭の二日後の早朝。

 

「……あぁ……またか……」

 

 アンジェラはぼやきながらのそりと身を起こす。スマホの時計を確認してみると、まだ午前3時あたりだった。

 

 アンジェラは時折、妙に早すぎる時間に目が覚めることがある。そんな日は決まって妙に目覚めが悪く、頭が痛い。悪夢を見たという自覚そのものはあるのだが、肝心の内容が思い出せないでいた。

 

「……チッ」

 

 アンジェラは軽く舌打ちをすると、ベッドから立ち上がって近くの戸棚を漁り、花柄の可愛らしいラッピングされた小瓶を手に取る。小瓶の中には白い錠剤が入っている。もちろん、危険な薬などではない。

 

 これは、アンジェラ用に地元のかかりつけの病院で処方された精神安定剤だ。

 

 普段はそんな兆候など何も見せないが、ごくたまにある目が覚めて頭が痛い日に限り、アンジェラは普段の何倍も情緒不安定になる。普段の悪夢を見る日とは違い、うっかりすると自傷行為に走ろうとするくらいには。

 

 薬をふた粒ほど瓶から取り出して口に含み飲み込む。再び寝入る気にもなれず、アンジェラはため息をつきながら水を飲もうとキッチンまで歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンジェラちゃん、大丈夫?」

「………………………………ああ」

 

 アンジェラがそう答えるまでに、随分と時間がかかった。

 

 今、アンジェラは教室にて自身の机に突っ伏していた。頭の上にはケテルが乗っかっている。明らかに様子がおかしいアンジェラを心配して麗日が声をかけた結果が先の言葉だ。

 

 アンジェラは、行きの電車や駅構内で見知らぬ大勢の人々に話しかけられた。体育祭効果の有名税、だろうか。ラフリオンでエッグマンをしばき倒した件やライダズーカップなどの件つながりでそういう経験はあったのだが、今回はかつてない規模で絡まれた。

 

 駅構内や電車が割と混んでいたのもあるだろうが、アンジェラは元々色んな意味で目立つ容姿をしている。空色の長く美しい髪やプロのモデル顔負けに整った顔立ちもそうだが、なんてったって、140cmの低身長に不釣り合いなほどの大きなバストを抱えた(具体的に言えばバストは八百万並)トランジスタグラマーだ。目立つなという方が難しい。

 

 一人が気付くと、他の周囲の人々にまで話しかけられる。朝っぱらから精神安定剤を服用していたのも相まって、アンジェラは教室に到着するまでで既に疲労困憊であった。

 

「超声かけられた……もう疲れた……」

「あはは……アンジェラちゃん優勝者だもんねぇ」

 

 現在、アンジェラは抗いがたい睡魔に襲われている。疲れているのも理由だが、これは精神安定剤の副作用によるものだ。このまま寝入ってしまいたいが、学生である以上そういうわけにもいかない。

 

「それだけアンジェラちゃんが凄いって思われてるってことだよ」

「…………そうか……」

 

 まぁ、これだけ目立てば連中……天使の教会もアンジェラの存在に気が付くだろう。仕事の進みが早くなると考えれば、決して悪いことばかりではない。

 

 それに、いつまでもこのお祭り騒ぎが続くわけでもあるまい。しばらくの辛抱だ。

 

「……お祭り騒ぎ、といえば……」

 

 アンジェラは机に突っ伏したまま顔だけ上げてスマホを弄る。見ているのはあるネットニュースサイトだ。そのサイトも体育祭を大きく取り上げていたが、同じくらいに大きく取り上げている話題がある。

 

 東京都保須市で起こった一大事件、「インゲニウム襲撃事件」である。

 

 インゲニウム……保須を拠点に活動する人気プロヒーローであり、飯田の敬愛する兄である。飯田曰く、規律を重んじ人を導く愛すべきヒーローなのだとか。

 

 そんなインゲニウムだが、パトロール中に敵による襲撃を受け、もうヒーロー活動は叶わないかもしれないほどの重傷を負ったそうだ。

 

 インゲニウムを襲撃した敵は、今巷を賑わせている連続殺人犯。ヒーロー殺しの異名を持つ敵。敵名、ステイン。長い刃物と血のような赤い巻物が特徴の敵である。

 

(…………なんか、嫌な予感がするんだよなぁ……)

 

 朝、昇降口ですれ違った飯田には「兄の件なら心配無用だ、要らぬ心労をかけて、すまなかったな」と言われたが、敬愛する兄が再起不能なほどに傷付けられてどんなに辛いかということは、痛いほど知っている(・・・・・・・・・)

 

 アンジェラは、なんとも言い難い不安に苛まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育祭の熱からくるわいわいした雰囲気も、相澤先生の入室と共に収まった。相澤先生の教育が行き届いている証拠だ。アンジェラはのそりと顔を上げた。

 

「おはよう。早速だが、今日のヒーロー情報学はちょっと特別なことやるぞ」

 

 特別。その二文字の言葉によって、クラスメイト達に緊張が走った。相澤先生が特別と言ったときは、たいてい何らかの抜き打ちテストが行われるからだ。ヒーロー関係の法律やらが苦手な一部の面々の顔がしかめっ面になる。

 

 

 

 

 

「コードネーム……ヒーロー名の考案だ」

『胸膨らむやつキターーーー!!!』

 

 予想とは違う、嬉しい意味での特別発言にクラスメイト達は沸き上がった。驚くほどに変わり身が早い。いいのかそれで。

 

 そんな軽いお祭り騒ぎも、相澤先生が“個性”を使って睨み付けるとシ──ーン……と収まった。

 

「というのも、先日話した「プロヒーローからのドラフト指名」に関係してくる。

 

 指名が本格化するのは、経験を積み、即戦力として判断される二、三年から。つまり、今回一年のお前らに来た指名は将来性に対する興味に近い。卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんてこともよくある」

「……大人は勝手だ……!」

 

 峰田はそう不満気に言いながら机を叩く。その意見も尤もなのだが、社会を動かしているのが大人である以上は仕方のないことでもある。より優秀な人材を求めるのは、上に立つ人間としては当然のことだ。

 

「頂いた指名がそのまま自身へのハードルになるんですね!」

「そ。で、その集計結果がこうだ」

 

 相澤先生がリモコンを操作すると、黒板に指名件数のグラフが表示された。上から四桁はアンジェラが8653、轟が4156、爆豪が3556、それ以下は三桁か二桁で常闇が390、飯田が301、上鳴が152、八百万が108、切島が68、麗日が20、瀬呂が13だ。アンジェラが2位の轟に2倍近い差を離して一位である。

 

「例年はもっとバラけるんだが……3人に注目が偏った」

 

 結果に各々反応を見せるクラスメイト達。白黒付いた、とがくりとなる人、殆ど親の話題ありきだろうと複雑な気分になる人、指名が来たことを素直に喜ぶ人……。

 

 アンジェラはというと、半ばどうでもいい、みたいな顔をしていた。これだけ目立ったという指標にはなるが、正直ヒーローを目指していないアンジェラにとってはどうでもいい。

 

「この結果を踏まえ、指名の有無に関係なく、いわゆる、職場体験ってのに行ってもらう」

 

 職場体験。文字通り、プロヒーローの現場を肌で体感する場。アンジェラも大学時代に経験があるが、あれはヒーローではない一般企業の職場体験だ。

 

 ……何故か妙な職場ばかり教授に紹介されていたが、アンジェラが本格的に家庭教師をやろうと思った切っ掛けでもあるので、今となってはいい思い出だ。いや、教授が紹介する職場が一癖も二癖もあるものばかりだったのには正直引いたが。閑話休題。

 

「お前らはUSJん時に一足先に経験しちまったが、プロの活動を実際に体験して、より実りのある訓練をしようってこった」

「それでヒーロー名か!」

「俄然楽しみになってきた!」

 

 USJ事件というイレギュラーがなければ、大半の雄英生にとって初めての敵との遭遇になるかもしれないのがこの職場体験という場なのだろう。敵との遭遇がなくても、平時のヒーローがどんな活動をしているか知ることができるのは貴重な経験になる。

 

「まぁそのヒーロー名は仮ではあるが、テキトーなもんは……」

「付けたら地獄を見ちゃうよ!」

 

 相澤先生の言葉を引き継ぐ形で扉を開いて入ってきたのは、セクシーなポーズをとったミッドナイト先生だ。

 

「学生の時に付けたヒーロー名が、世に認知され、そのままプロ名になってる人多いからね!」

 

 ああ、いわゆる黒歴史がそのまま世に残るかもしれないから、ちゃんと考えろってことか。

 

 アンジェラは実際に黒歴史が現在も具現化している人が居るのか、と一瞬思って苦笑いした。

 

「まぁそういうことだ。その辺のセンスはミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうの出来ん」

 

 相澤先生はそう言いながら黄色い寝袋を取り出した。どうやら寝るつもりらしい。

 

 ちなみに、相澤先生のヒーロー名イレイザーヘッドは、学生時代に同級生だったプレゼント・マイク先生に付けてもらったものであるそうだ。

 

 相澤先生、そういうの考えるの苦手そうだもんな……。

 

 アンジェラは、5秒くらいそう思った。

 

「将来自分がどうなるのか、名をつけることでイメージが固まり、そこに近付いていく。「名は体を表す」ってやつだ。オールマイト、とかな」

 

 配られたボードとマジックペンを手に、アンジェラはスラスラと事前に決めていたものを書いた。

 

 

 

 

 十五分後、ミッドナイト先生にそろそろできた人から発表だと言われた。トップバッターは青山だったのだが、「輝きヒーロー I can not stop twinklimg」と、英語とフランス語が混ざった短文ネームだった。しかもIを取ってCan'tに省略しただけでOKが貰えてた。いいのかよ。

 

 二番手の芦戸は「エイリアンクイーン」と問題ありすぎるネーミングに流石にミッドナイト先生からNGを食らっていた。むしろ、なんでそれでいいと思ったのか。

 

 最初に変なのが来たせいで若干大喜利っぽい雰囲気になったが、3番手の蛙吹が小学生の頃から決めていたという「梅雨入りヒーロー フロッピー」で持ち直し、続く切島の憧れをリスペクトした「剛健ヒーロー レッドライオット」で完全に空気を変えることができた。

 

 そこからはマトモな発表タイムに入り、各々がいい感じのヒーロー名を決めていく。芦戸も二回目の「ピンキー」はOKが貰えていた。

 

 轟は「ショート」と下の名前をカタカナにしただけでミッドナイト先生からもいいの? と言われていたが、本人が納得しているようなので別に問題はない。最初二人と違っておかしくないし。

 

 ただ、口田の次に発表した爆豪の「爆殺王」は流石にアウト。ミッドナイト先生も「そういうのはやめた方がいいわね」と、芦戸の時と違って冷静に言っていた。口田の「ふれあいヒーロー アニマ」との落差が激しすぎる。というか、それヒーローというか敵の名前だろ、と、アンジェラは思った。

 

 また若干変な空気になりかけたところで、麗日が発表した。麗日のヒーロー名は「ウラビティ」。無重力(ゼログラビティ)と自身の名前の捩りだろう。中々に洒落ていていい名前だ。

 

「ヒーロー名、思ったよりずっとスムーズに進んでるじゃない! 残ってるのは再考の爆豪君と、飯田君、それにフーディルハインさんね」

 

 次に発表したのは飯田だ。飯田も自身の下の名前をヒーロー名にするようだが、その顔にアンジェラは違和感を覚えた。何か、まだだと耐えているような……。

 

 アンジェラは一瞬思考の海に沈みそうになったのを誤魔化すように立ち上がり教卓の後ろに立って、発表した。

 

「マジックヒーロー、アンジェラ」

「あら、貴女も名前?」

「アンジェラって名前は日本じゃヒーロー名っぽく聞こえるかなって思いまして。

 

 それに」

 

 アンジェラは一度瞳を閉じて、開き、満面の笑みを見せる。そのトパーズの輝きは、恍惚とした妖しげな色を放ち、凄まじい執着を、不安定な艶めかしい色香を、狂気じみた純情を、そこに孕んでいた。

 

 

 

 

「この名前は、オレが最初に兄に貰った、一番のたからものですから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「爆殺卿────!」

「違う、そうじゃない」

 

 爆豪のまたしても問題ありすぎな敵っぽいネーミングに、ミッドナイト先生は呆れ返っていましたとさ。

 




Q.何でGUNは精神安定剤を飲まなきゃいけないほどの人を派遣したの?

A.序章でも言及しましたが、アンジェラさんを日本に送り込むことは結構な最終手段なのです。釣り餌を用意しようにもまずGUN内部にちょうど良さげな“個性”の持ち主が居ませんし。あと、アンジェラさんは別に精神安定剤を常飲しているわけではありません。あくまでも悪夢を見て、頭痛がする日に飲んでいるだけです。




UA10000突破しました。御礼申し上げますm(_ _)m

ここでちょっとお知らせが。
今までは一日二話投稿してきましたが、これからは一日一話投稿になります。何故かというと、書き終わってない幕間がちらほらある上に、劇場版編の執筆で煮詰まってしまったからです。第二章の幕間も一話書き終わってないのです。とはいっても、その話は体育祭後のアンジェラさんとナックルズの話なので、本筋に大きく関わるわけではないのですが……書き終わってない幕間の中には結構重要な話もあるので。幕間なんかどうでもいいわと思われる方も居るとは思いますが、それ抜きにしても劇場版編を書く時間が欲しいです。

というわけで、今までよりもスローペースになるとは思いますが、これからも「音速の妹のヒーローアカデミア」をどうぞよろしくお願いいたします。


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ミルキーウェイ

更新します。職場体験編です。


 爆豪のヒーローネームは再々考でひとまずは名前を使うことで最終的には落ち着き、仮ではあるが、全員のヒーロー名が決定した。

 

 寝袋から出てきた相澤先生はプリントを片手に職場体験に関する説明を始める。

 

「期間は2週間。肝心の職場だが、指名のあった者には個別にリストを渡すから、その中から選択しろ。指名のなかった者は、予め学校がオファーしておいた全国の受け入れ可の事務所40件。この中から選択してもらう。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる。よく考えて選べよ」

 

 相澤先生がある程度の説明を終えたと同時にチャイムが鳴った。

 

「今週末までに提出しろよ」

「あと2日しかねえの!?」

「効率的に判断しろ。以上だ」

 

 いや、指名ない人や指名が2桁ほどの人はともかく、指名が3桁超えの人にはちょっとキツくね? 

 

 アンジェラは、遠い目をしながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の昼休み。やはりというかなんというか、話題は職場体験一色だった。

 

「皆どのプロ事務所に行くか決めた〜?」

 

 そういう芦戸は学校がオファーした受け入れ可の事務所のリストを見ている。アンジェラもちょっと見せてもらったが、様々な系統のヒーロー事務所が満遍なくリストアップされていた。

 

「オイラはMt.レディ!」

「峰田ちゃん、やらしいこと考えてるわね」

「違うし!」

 

 本人は違うと言っているが、どこからどう見ても煩悩に塗れた動機しか思いつかない。蛙吹のツッコミは的確であった。

 

「アンジェラちゃんはどう? どこ行くか決めた……って、まだ決められないか、その指名の数じゃ」

「……いや、もう決めた」

「え、もう!? その量で即決って凄いね!?」

 

 アンジェラの指名は8000件以上。これは一年生の指名としては過去最高の数値らしい。ただ、それに合わせてアンジェラ用のリストはものすごい分厚くなっている。目を通すだけで一日かかりそうだ。

 

 だからこそ、麗日は驚いた。この量の指名がありながら、アンジェラはすぐに決めたと言ったのだから。

 

「え、どこどこ!?」

「んー……ナイショ」

「えー、教えてくれてもいいじゃん!」

「そういう麗日はどこに行くか決めたのか?」

「うん! バトルヒーロー、ガンヘッドの事務所!」

 

 ガンヘッド。聞いたことがないヒーローだった。アンジェラは日本のヒーローは本当にメジャーどころしか知らない。スマホで調べてみたところ、ゴリッゴリの武闘派ヒーローのようだ。

 

「意外だな、麗日はてっきり13号先生みたいなヒーローになりたいのかと」

「最終的にはね。でも、体育祭で爆豪君と戦って思ったんだ。強くればそれだけ可能性が広がる、やりたい方だけ向いてても見聞狭まる、と!」

「確かに……麗日の“個性”は触りさえすれば無力化できるもんな。近接格闘術とは相性がいい」

 

 近接格闘術を身につけた麗日が戦う様子を想像して、アンジェラは一人頷く。掌の肉球で対象に触れることで発動する麗日の“個性”は近接においてその強みを発揮する。というか、触れる必要があるから“個性”を用いて相手を浮かせて無力化しようと思ったら、近接戦を強いられることになるだろう。格闘技ができるとかの話は聞いたことがないし、この機会に格闘の基礎を覚えておけば、今後出来ることが一気に増えるだろう。

 

 アンジェラはそんなことを思いながら、机の上で寝そべっているケテルを撫でた。

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後。帰りのホームルームが終わった直後の教室。

 

「アンジェラちゃん、一緒に帰ろう?」

「悪いな麗日。今日は用事があるんだ」

「あれ、そうなの? ……っていうか、何でコスチュームケース持ってるん?」

 

 麗日の視線はアンジェラが抱えているヒーローコスチュームのケースに向けられている。アンジェラは苦笑いしながら答えた。

 

「いやー、USJん時にグローブ破けてさ、それをこの前ふと思い出して。修繕ついでにサポート科の方でちょっくら改良してもらおうかと」

「あー……USJの時、大変だったんだってね。話には聞いたよ」

「まあ、怪我はしたけど大したことはなかったし」

 

 麗日との話に一区切り付けたアンジェラは、その足でサポート科の発明工房まで赴く。そのままドアを開けると……

 

「おや? あなたはいつぞやの!」

「あれ、発目?」

 

 体育祭の騎馬戦でアンジェラ達とチームを組んだ発目が、そこに居た。

 

 発目は体育祭の時と変わらない、いや、それよりも高いテンションでアンジェラにまとわりついてくる。

 

「ひょっとして、約束のアレ、見せに来てくれたんですか?」

「いや、コスチュームの件でちょっと……」

「コスチューム改良ですか! そっちも興味あります! お話、私も伺ってよろしいでしょうか!?」

「それはいいんだが、その前に先生に話を……」

 

 発目はやはり根っからの発明家らしい。こちらの話はお構いなしとばかりグイグイ来る。さしものアンジェラも若干たじろいでいると、工房からパワーローダー先生が顔を出す。

 

「クケケ……発目、話を聞くのはいいが、客の話を遮るようなことはするなよ」

「はっ、失礼しました!」

 

 発目は案外あっさり離れたが、その顔からは反省の色が全く見えない。発目が暴走するのはいつものことなのか、パワーローダー先生はまた暴走しそうな発目を放ってアンジェラに話を振ってきた。

 

「それでフーディルハイン、コスチュームのどこを改良したい? 小さな改良ならこっちでいじってからデザイン事務所に書類を提出すれば手続きしといてくれるけど、大きな改良となるとこっちで申請書作成して、デザイン事務所に委託という形になる。出来上がったコスチュームを国に審査してもらって、許可が出たらこっちに戻ってくる。ま、ウチと提携してる事務所は超一流だから、三日後くらいには戻ってくるよ。職場体験には十分間に合う」

 

 アンジェラはパワーローダー先生の話を興味深そうに聞いていた。コスチューム改良に国の許可がいるというのは初めて知った。

 

 そんなことを頭の片隅で考えなから、アンジェラはコスチュームケースからグローブを取り出した。

 

「USJのときに破けちゃいまして。修繕ついでにもうちょっと頑丈にしてもらえないかなと」

「なるほど、ちなみになんで破けちゃったんですか?」

「なんで先生じゃなくて発目が聞いてんだよ……そんなことは置いといて、身体強化技使ってパンチしたら、オレのパワーにグローブの方が耐えられなかったらしくて」

「ほうほう……」

 

 発目はアンジェラのコスチュームケースから勝手に説明書を取り出して目を通していた。誰も取っていいとは一言も言っていないが、別にいっか、とアンジェラは気にしないことにした。

 

「フーディルハイン、その程度の改良だったら、こっちで弄ればすぐに出来るよ」

「そうですか、助かります」

「発目、いい加減説明書をフーディルハインに返しなさい」

「はっ、これはこれは、すみません!」

「別にいいよ」

 

 アンジェラは苦笑いしながら発目から説明書を受け取った。同じ科学者でもテイルスやエッグマンとは違うタイプだな、と思いながら。

 

「じゃあフーディルハイン、改良するのはグローブの耐久度でいいんだね?」

「はい。あ、あまり重くしたりはしないでください」

「フーディルハインさん! 先生が作業を進めいている間、エクストリームギア見せてください!」

「OKOK。ちょっと落ち着け」

 

 アンジェラはパワーローダー先生にコスチュームケースを渡すと、工房の隅っこの方へ移動した。着いてきた発目は今までにないってくらい目を輝かせている。

 

 アンジェラは本当にエクストリームギアが好きなんだな、と思いながらテリーヌバッグから自身の愛機を取り出した。

 

「これがオレのエクストリームギア、「ミルキーウェイ」だ」

「こ、こ、こ、これが本物のエクストリームギア……!」

「ほう……こいつは驚いた」

 

 作業に取り掛かりながら、発目が勝手なことをしないように視界の端で見張っていたパワーローダー先生も思わず目を丸くする。

 

 アンジェラも体育祭の後で調べたのだが、日本におけるエクストリームギアの知名度はほぼ皆無。サポート業界で細々と知られているくらいだ。欧州や北米ではかなりの知名度を誇っていただけに、アンジェラは日本に来て一番のカルチャーショックを受けた。

 

 オールマイトの存在がある日本では、そもそもスポーツ業界が諸外国と比べても凄まじく早いスピードで衰退しヒーロー業界にそのお株を奪われているのに加えて、そもそもの国土の狭さがエクストリームギアの無名さに拍車をかけているのだろう。

 

「さ、触っても……?」

「いいけど、壊すなよ?」

「誓って、壊しません!」

 

 発目は元気よく返事すると、ミルキーウェイを壊れ物を扱うかの如く優しい手付きでペタペタと触り始める。その顔はキラキラはしているものの真剣そのものだった。

 

「ほうほう……ふむふむ……こ、これは……なんて素晴らしい! フーディルハインさん! ひょっとしてこのギア、誰かの手が加えられてたりします?」

「……! よく分かったな! オレの弟分が優秀なメカニックでさ、そいつに改造してもらったんだ」

「ええ、分かりますとも! このギアはおそらくホーギー社製の二型スピードタイプ機が大元になっていて、なおかつ元の機体の良いところを殺さずにその性能が底上げされているんです! 極限までスピードに特化させているから初心者が使うにはちょっと不向きでしょうけど、その分熟練者が使えばそのパフォーマンスを最大限に発揮出来るでしょう! それからそれから……」

 

 発目のマシンガントークは続く。アンジェラは、発目は本当にエクストリームギアが好きなんだな、と思いながら微笑ましそうな笑みを浮かべて相槌を打っていた。

 

「全く……フーディルハイン、すまないな。発目は病的なまでに自分本位なんだ」

「別に気にしてません。科学者ってのは多少は自分勝手じゃないとやっていけない生き物だって、分かっていますから」

「ああ……正直、俺も本物のエクストリームギアを見たのは初めてだ。それなのに、遠目から見てもそのギアがよほど腕の立つメカニックに整備されたものだと分かる。……いい弟分じゃないか。雄英に招きたいくらいだよ」

 

 パワーローダー先生はそう言いながらも作業の手は止めない。アンジェラはミルキーウェイを整備した弟分、テイルスを真っ直ぐに褒められて誇らしい気分になった。

 

 

 

 その後しばらくして、アンジェラのグローブの強化が終了し、アンジェラはパワーローダー先生からコスチュームを、発目からミルキーウェイを返してもらった。同時に発目と連絡先を交換し、今後定期的にエクストリームギアについて語り合う仲となるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れ、職場体験当日。各々がコスチュームを含む普段よりも多い荷物を抱えて学校近くの大きな駅に集まった。ちなみにアンジェラはコスチュームを含めて全部テリーヌバッグに詰め込んできた。こういうときに魔法というものは便利である。ケテルはテリーヌバッグの中だ。ぐーすかぴーと眠っている。毎度のことながら、本当に眠るのが好きな子だ。

 

「全員コスチューム持ったな? 本来なら公共の場じゃ着用禁止の身だ。落としたりするなよ」

「はーい!」

「伸ばすな、ハイだ、芦戸!」

「はい……」

 

 職場体験にテンションが上がっているのか、伸ばした返事をした芦戸を相澤先生が注意した。芦戸はがっくりと項垂れている。

 

「くれぐれも、体験先のヒーローに失礼のないようにな。分かったら行け」

『はい!』

 

 相澤先生の号令で、皆一斉に動き出す。アンジェラと麗日も自身の職場体験先に向かおうとする……

 

 

 

 

 

 

 

「飯田!」

 

 前に、飯田を呼び止めた。

 

 アンジェラには、飯田の怒りが分かる。分かってしまう。その胸の内に秘めた憎悪は、アンジェラ自身もずっと抱え続けているものだ。誰にも、怒りを向ける本人以外(・・)、敬愛する兄達にすら告げずに、ひたすらに、ひた隠してきた。

 

「お前の怒りはごもっともだし、その感情を抱くのを止める権利は誰にもない」

 

 だから、アンジェラは知っている。怒りというものがどのようなものなのか。憎悪に呑まれた人間が、どれほど厄介なものなのか。その身を持って知っている。

 

 アンジェラは、飯田に自分のようになってほしくなかった。

 

 だけど、その怒りを誰よりも理解できてしまうから、強い言葉をかけることは出来なかった。

 

「だけどさ、飯田。

 

 その怒りの使い方だけは、間違ったりするなよ。

 

 本当に呑まれそうになったら、教えてくれ。友達だろ?」

 

 そう真剣な表情と声で語るアンジェラの横で、麗日は頷く。自分もあなたの味方である、という意思を込めて。

 

 飯田は二人の方に振り返り、応える。

 

「……ああ」

 

 だが、その表情は今までにないほどに暗かった。

 

 

 アンジェラは、後にもっと強く言葉をかけるべきだったと、後悔することになる。



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グラントリノ

グラントリノに関する設定改変があります。この世界線だったら有り得なくはないと思ふ。


 まどろっこしいと思いつつ、新幹線でアンジェラがやって来たのは山梨県甲府市。貰ったメモを頼りに歩いていると、辿り着いたのは廃れたビルだった。事前に(・・・)話は聞いていたとはいえ、なんでこんなとこにという思いが頭の片隅を過りつつ、アンジェラはドアをノックした。

 

「雄英から来ました、アンジェラ・フーディルハインです」

 

 返事はない。だが、中から人の気配はする。鍵は開いているようなので勝手に開けてみると、中で黄色いスーツに身を包んだおじいさんが血のようなものをぶちまけて倒れていた。

 

 アンジェラは特に慌てることもなく、スマホを取り出して呟く。

 

「……葬儀屋ってどう連絡すればいいんだっけ」

「生きとる!」

「あ、生きてた」

 

 アンジェラは死んでいないことは気配で分かっていたので、特に慌てることもなくスマホを仕舞った。

 

 ちなみにこの場にツッコミ役は存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、ソーセージにケチャップをぶっかけたやつ運んでたら、コケた」

「紛らわしっ」

 

 老人はヒーローコスチュームであろうスーツにかかった血のようなもの、ケチャップを払うと、アンジェラに問いかけてくる。

 

「で? 誰だ君は」

「雄英から来た、アンジェラ・フーディルハインです…………いや、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 GUNの民間協力者、と言ったほうがいいですかね? 

 

 

 

 

 

 元雄英教師にして元GUNエージェント、グラントリノさん?」

 

 アンジェラは不敵な笑みを浮かべる。老人……アンジェラを指名したプロヒーロー、グラントリノはドボけたフリをしてアンジェラの出方を伺おうと思っていたが、アンジェラの笑みに彼女にはそんなフリは意味がないことを悟った。

 

「……体育祭で只者じゃないことは分かっていたが……本部もこんな切り札を隠し持っていたとはな」

「オレは職員じゃないですよ。兄の一人……シャドウはエージェントですけど」

 

 アンジェラはそう言いながら苦笑いする。アンジェラはあくまでも民間協力者。バイトのようなものであり、GUNの正式な職員ではない。

 

 それなのに、天使の教会拿捕という大捕物に、GUN内部に丁度いい“個性”持ちが居なかったことやら天使の教会をこれ以上放置しておけないということも関係しているだろうが、最も重要な役割とも言える釣り餌として参加しているということは、それだけ信頼されているということ。

 

 グラントリノは、久方ぶりに冷や汗が頬を伝ってゆく感覚を覚えた。

 

「さて、フリもお前さんには意味がないようだし、早速だが仕事の話をしようじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育祭の振替休日、ナックルズが帰っていった後アンジェラはレポート作業に勤しんでいたが、唐突に通信が入った。集中していたので少し驚いたものの、アンジェラはすぐに通信を繋ぐ。

 

「はい、アンジェラです」

『やあ、アンジェラ君』

 

 通信の相手は、GUNの司令だった。ということは、仕事の話だろう。前はルージュが通信してきたのに、今回は司令自ら指示を出すとは。ルージュは仕事中だろうか。

 

『まどろっこしいのは嫌いだろうから、早速本題に入らせてもらおう。雄英高校では、もうすぐ職場体験があったね』

「はい……日程表見る限りそうですね」

『君には多くのヒーローから指名が入るだろうが、君には行ってもらいたい事務所がある』

「行ってもらいたいというか……仕事上、行かなきゃいけないトコでしょうソレ」

『まあ、そうだな』

 

 アンジェラは苦笑いした。それならそうとはっきり言えばいいものを。

 

『そのヒーローは、GUN日本支部の元エージェントであり、過去一年間だけ雄英高校で教員をしていた方だ。現在は隠居なさっているが、時折日本支部の特別講師としてその技術を若輩達に教えている。

 

 オールマイトと何らかの関わりがあるようだが、その情報については黙秘を貫かれているそうだ』

 

 オールマイトとの関わりというと、アンジェラの脳裏に浮かんでくるのは、事故ってオールマイトから受け継いでしまったワン・フォー・オール。ひょっとして、そのヒーローもワン・フォー・オールに何らかの関わりがあるのではないか、という考えがアンジェラの頭を過る。

 

『そのヒーローの名は、グラントリノ。今回の天使の教会拿捕のため、こちらから協力を要請したヒーローだ』

「了解、その人のとこ行けばいいんですね?」

『そういうことだ』

 

 これが、アンジェラが職場体験先を即決した理由である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本部から久しく連絡があり、天使の教会拿捕のための釣り餌を民間協力者に任せるって言われた時は驚いたもんだが……GUNから上げられた資料と体育祭を見て、別の意味で驚いた。

 

 小娘……お前さん、とんでもなく強いな」

 

 グラントリノはGUN日本支部から送られてきた資料の内の一枚を片手に言う。そこには、主に戦闘に関するアンジェラのデータが纏められていた。

 

「おそらくだが、体育祭でも本気は出していなかっただろう? この資料を見る限り、最終種目、お前さんならどの相手でもその気になれば瞬殺できたはずだ」

「そりゃ勿論。瞬殺したら目立てっていう仕事を達成できないし、相手のためにもならない。色々話したい奴も居たし、あそこまで勝ち上がってきたヒーローの卵たちには、ちゃんと敬意を払いたいと思いましてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あと、そっちのが面白いし」

「絶対最後のやつが本音だろうそれ」

「全部本音ですよ? 割合は知りませんけど」

 

 グラントリノは、GUN司令からアンジェラがどんな人物かをある程度聞いていた。

 

 超がつくほどの気まぐれでマイペース、世間からは若干逸脱した独自の価値観やルールを持ち、堅苦しいものや束縛を嫌うその性質は、とてもヒーローになれる器であるとは思えない。

 

 しかし、一方でお人好しな面も持ち合わせ、人当たりもいい。豪胆なように見せかけて、他者の痛みを自らの痛みのように理解してしまう高い感受性を持つ繊細なその心は、良くも悪くも人間らしい。

 

 まさしく、「風の化身」。アンジェラ・フーディルハインという少女は、その言葉が相応しい人物であった。

 

「……お前さんがヒーローになるつもりが毛頭ないということは知っている。そのくせ、ラフリオンで「空色の魔女」なんて呼ばれていたり、その理由がエッグマンの野望を暇つぶしがてらに阻止しているからだったり、お前さんが“個性”の一部としているケテルっつー生き物が、本当はウィスプっつーエイリアンだということや、

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワン・フォー・オールを継いだこともな」

「……やっぱり、ワン・フォー・オールについて知ってる口でしたか」

 

 アンジェラは自身の予想が当たっていたな、と呆れ返る。オールマイトからグラントリノに関する話は聞いたことがなかった。まあ、とっくの昔に隠居していたらしいから、カウントし忘れていたというのが真相だろうが。

 

「俊典……オールマイトから連絡があった。不慮の事故でうっかりワン・フォー・オールを継承しちまったそうだな」

「いやぁ……事故とはいえ、こんな御大層な力を預かってしまったのがオレみたいなヒーローになる気のない奴で申し訳無い」

「いや、そのことを責めるつもりはない。聞けばUSJのとき、オールマイトを治療したのが切っ掛けらしいな。つまり、敵連合が来なきゃお前さんがワン・フォー・オールを継ぐこともなかった。過失があるとすればそれは敵連合だけのものだ」

「フォロー、感謝します……」

 

 アンジェラはたはは、と苦笑いする。この正義の灯火とも呼べる力を受け継いでしまったのが、胸の内にどうしようもないほどの憎悪(・・・・・・・・・・・・・)を秘めた小娘で、本当に申し訳無い気分になる。一応、オールマイトにワン・フォー・オールを返す方法を探してはいるのだが、今だに解決の糸口すら見つからないでいた。

 

「天使の教会の拿捕は、オールマイトですら成し遂げられなかった大捕物だ。

 

 昔、オールマイトは天使の教会が起こしたテロの現場に居合わせたんだが、被害者こそ全員救助できたものの、天使の教会の構成員は誰一人として捕まえることができなかったそうだ」

 

 猿も木から落ちる。

 

 日本では、どんなに達人だと言われている人物でも失敗することがある、ということを言いたいときにこのことわざを使うそうだ。

 

 オールマイトは完全無欠と思われがちだが、やはり失敗したことはあるのかとアンジェラは妙に納得した。まぁ、教師としての素人さ加減を見ていれば、オールマイトが必ずしも完全無欠の完璧超人ではないことはすぐにわかるのだが。

 

 しかし、流石に一人として捕まえられなかったことは意外に思った。

 

「一人くらいは捕まえてるもんだと……いや、それなら今頃もっと捜査が進んでいる筈か」

「ま、そういうことだな。連中がどんな手を使ったのかは不明だが、あのオールマイトを軽々と振り切るような連中だ。心してかかれよ」

「Yes,sir〜」

 

 アンジェラはニコリと笑って、敬礼をしてみせた。グラントリノは満足そうに頷く。

 

「うむ、その心意気やよし。戦闘に関してもあまり教えることはなさそうだし、司令も中々隅に置けないじゃねえか」

「お褒めに預かり光栄にございま〜す」

「ただ、それはそれとして職場体験っぽいこともやらなきゃならねえ。お前さんの実力も実際に体験してみたいし、今日明日は俺とここで組み手だ」

「……ここで、ですか?」

 

 ここは古ぼけたビル、すなわち屋内である。こんなところでアンジェラが暴れれば、おそらく、いや確実にこのビルは儚く脆く崩れ去るだろう。流石にそんな面倒なことは避けたいアンジェラは、あからさまなしかめっ面になる。グラントリノは意外と小さいことを気にするんだな、と言いながら苦笑いした。

 

「……ああ、言葉が足りなかった。正確に言えば、見たいのはワン・フォー・オールの練度だ。お前さん自身の“個性”の方は体育祭で見て特に問題ないことは分かっているが、GUNからの指令もあってお前さん、自分の“個性”ばっかり使ってワン・フォー・オールはあまり使ってなかったろう。仕事だから責めるつもりは毛頭ないが、お前さんがワン・フォー・オールをどれだけ扱えるかはちゃんと確認しときたい」

「そういうことは先に言ってくださいよ。あやうくこのビル、粉微塵に吹っ飛ぶとこでしたよ」

「お前さんが言うと冗談には聞こえんなぁ……」

 

 なにせ、体育祭で二回もステージを吹き飛ばした人物だ。このビルも、吹き飛ばそうと思えば簡単に吹き飛ばせる。アンジェラはそんなつもりはないと首を横に振った。

 

「さて、時間は有限だ。早速始めようじゃないか。小娘、コスチュームに着替えんさい。俺は上に居とくから」

「OK,just a moment please」

 

 グラントリノが上に行ったことを確認すると、アンジェラはテリーヌバッグからコスチュームケースを取り出してぱぱっと着替える。新しくなったグローブは、前のものよりもフィット感が強く、軽く、かなりの頑丈さを誇る。アンジェラはこのグローブが気に入ったようで、何度か手を握りしめていた。

 

「準備できました〜」

 

 階段の下からグラントリノを呼ぶついでにテリーヌバッグを階段の端っこの方に置く。少し待っていると、グラントリノが降りてきた。

 

「よし、まずはどれくらいワン・フォー・オールが扱えるのかを見せてくれ。部屋に関しては後で修繕するから壊しても気にせんでよい」

「OK」

 

 アンジェラは全身にワン・フォー・オールを行き渡らせる。イメージは、カオスエメラルドの力を使う感覚と同じだ。違いは、力の根源が内にあるか外にあるかだけ。

 

 痛みを伴わない上限である35%まで引き上げたワン・フォー・オールを全身に纏う。水色の電光のような力の波導がアンジェラの身体を包む。その姿を見たグラントリノは、おお、と感嘆の声を上げた。

 

「ワン・フォー・オールを継承してまだ一月足らずでもうここまで……お前さんも天才肌ってやつか」

「元々使ってた身体強化技と原理が似てただけですよ。人より身体が頑丈ってのもありますけど」

「なるほど、既に下積みが存在したと……ところで、ワン・フォー・オールは今どの程度扱える?」

「痛みを伴わなければ35%、怪我しない範囲なら45%ってとこですかね」

 

 グラントリノは感嘆を通り越して背筋が若干凍りそうな感覚に襲われた。ワン・フォー・オールは「力を蓄え、譲渡する」という性質上、継承された側は継承した側よりも更に強い力を発揮できる。オールマイトの100%は、おおよそだがアンジェラの90%ほどに換算されるのだ。アンジェラが気まぐれでマイペースとはいえ、少なくとも敵寄りの思考の持ち主でなくて心底よかったとグラントリノは思った。

 

 アンジェラは一度15%までワン・フォー・オールの出力を引き下げると、しきりに足を動かす。しばらくそのまま軽くジャンプしたりしていたが、うーん、と唸りながら足に纏ったワン・フォー・オールを解除した。

 

「あーでもやっぱり、足に振ると事故りそう……」

「なんだ、そんなことが心配なのか?」

「その身体強化技使った時点で制御不能なんですよ。それよりも出力が高いワン・フォー・オールだと、スピード出過ぎてこんな狭いとこじゃ曲がれなそうで……」

「そうか……素の身体能力が元々よくわからないレベルで高かったなお前さん。音速で走れるとか、それもう“個性”じゃないのか?」

「病院で検査してもらって、ちゃんとそれが“個性”じゃないって言われてんですよ。トレーニングの賜物だろうって。当時はソニックについて走ってた記憶しかないんですけど」

 

 十中八九そのせいだろ。

 

 グラントリノは5秒くらいそう思った。

 

「ま、事故りそうなら使わなきゃいいだけのカンタンなお話ですよ。オレって腕の力はそこまでないんで、足以外を常時展開するみたいな感じが基本形ですかね?」

「ふむ、そういう考え方もアリだな。スピード出し過ぎて事故って被害拡大ってのもシャレにならん。足にワン・フォー・オールを纏わせるのは攻撃する一瞬だけでいいっていうのはいい考えだな」

 

 グラントリノはそうアドバイスをすると、大きく息を吸い込んで足の裏の噴出孔から空気を勢いよく放出し宙を縦横無尽に飛び回る。壁に着地(?)したときにその部分が崩れていたがそこは気にしてはいけない。

 

「さて、ここからは実戦形式だ。お前さんが使っていいのはワン・フォー・オールだけ。それ以外の“個性”は使用禁止の組み手だ。いいな?」

「OK、よろしくお願いします」

「いい返事だ、行くぞ、受精卵小娘!」

 

 グラントリノは再び宙を飛び回る。四面に壁がある屋内だからこそ、こんなに立体的な動きが可能なのだろう。

 

「ふむ……」

 

 しかし、アンジェラの目はしっかりとグラントリノの姿を捉えていた。グラントリノのスピードは中々のものだが、アンジェラから言わせてしまえば、まだ遅い。

 

 アンジェラは構えを取る。グラントリノがアンジェラの背後を取り蹴りを入れた、その瞬間、

 

「……!?」

 

 アンジェラの姿は、そこにはなかった。

 

 そのことをグラントリノが認識した直後、グラントリノの背後から勢いよく風が吹く。その勢いは凄まじく、グラントリノは地面に叩きつけられた。

 

「……これは」

「風圧ですよ風圧」

 

 地面に叩きつけられる直前、“個性”で落下の勢いを殺したグラントリノは、高らかな声と共にその近くに綺麗に着地したアンジェラの姿を見やる。

 

「ワン・フォー・オールで風圧を発生させたんです。ちょっと勢い強かったですかね?」

「いや……というか、手ぇ抜いたろお前さん」

「生卵以外の御老体に無理はさせられませんので」

 

 その生卵とやらはいいのか。

 

 グラントリノは思わず呆れ返った。

 

 しかし、アンジェラが手を抜くのは予想の範囲内でもあった。なにせ、あのソニックとシャドウの妹だ。グラントリノを、いや、あの速すぎる男と呼ばれる日本のナンバースリーヒーローをも遥かに上回る速度で地を駆け抜ける兄達の姿をずっと見てきたアンジェラにとって、殆どのヒーローの動きは止まって見えることだろう。

 

「お前さん……まあ、力任せにワン・フォー・オールを使っていないことが分かればいい」

「そうですか」

 

 アンジェラはそう言うと無邪気に笑った。

 

 




というわけで、グラントリノにGUNの元エージェントという設定が生えました。今は引退して教官みたいなことをしています。


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それぞれの職場体験

更新します。


「ったく、朝飯タイヤキってなに考えてんですか」

「……いいだろ、俺は甘いのが好きなんだ」

「No way! ちゃんと食べないと身体に悪いですよ御老体」

 

 職場体験二日目の朝。アンジェラはグラントリノ宅のキッチンで朝ご飯を作っていた。最初、グラントリノは冷凍タイヤキを温めてそれを朝ご飯にしようとしていたが、それにアンジェラが待ったをかけたのだ。

 

 冷蔵庫の中を確認してみると、ほとんど冷凍食品、しかも甘いものしか入っていなかった。それに絶句したアンジェラはグラントリノを脅……いや、グラントリノにお願いをして、お駄賃を貰って早朝からやっているスーパーで材料を買ってきてこうして料理している次第だ。ちなみに今作っているのはメインディッシュのオムレツだ。

 

「冷蔵庫の中身全部甘味ってなに考えてんだこの爺さん」

「……それを言うなら、さっきのお前さんの気迫、やばかったぞ……一体どういう経験をしたらそうなるんだ」

「いや、あんた知ってるでしょう」

「まあ、大体はそうだがな……お前さん、どことなくあいつに似てるよ」

「あいつ? 誰のことです?」

「今は亡き俺の盟友、オールマイトの先代だ」

「あ、オールマイトの先代、お亡くなりになってたんですね」

 

 アンジェラはオムレツをひっくり返しながら言う。オールマイトから先代の話とかは何も聞いていない。そういう存在が居た、とはワン・フォー・オールの説明のときに聞いているが、先代ですら亡くなっていたとは。

 

 ふわふわのオムレツを皿に盛り付けながら、アンジェラはどういう人だったのだろうと漠然と考えた。

 

 グラントリノは思案に暮れた。いくら事故で本人の意志が伴わずに継承してしまった少女だからって、7代目のことを話していないのか、と。

 

 今度、叱っておいてやるか、とグラントリノは決めた。

 

《お姉ちゃーん、まだー?》

「もうすぐできるからな」

 

 机の上に乗っ朝ご飯ができるのを無邪気に待っているケテルの姿が、グラントリノには妙に眩しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで、他のクラスメイト達の職場体験の様子を覗いてみよう。

 

 ・CASE1 爆豪勝己

 

 アンジェラがグラントリノと仕事の話をしていたその時、爆豪はナンバーフォーヒーロー、ベストジーニストの事務所を訪れていた。理由は至極単純で、指名してきたヒーローの中で一番ランクが高かったから。ここでなら、更に強くなれる何かが手に入るはず。

 

 そう思っていた爆豪だったが、ベストジーニストは爆豪の戦闘力を見て指名を入れたわけではなかった。

 

 ベストジーニストは、爆豪の体育祭での活躍を見て、戦闘力や“個性”の応用力については、今すぐ事務所のサイドキックに選ばれてもおかしくないレベルの逸材であると認めていた。

 

 しかし、爆豪には致命的な欠陥がある。主に麗日戦で見せた、その凶暴な人間性だ。ベストジーニストは、爆豪をヒーローたる人格に矯正すべく指名を入れたのだ。

 

「しかし……彼女は来てくれなかったのか」

「彼女? 誰のことだ?」

「君の決勝の相手さ。アンジェラ・フーディルハインといったかな。彼女も君ほど酷くはないとはいえ、若干人間性に欠陥が見られたからね。特に、二回戦の言動とか。そこを矯正出来ればと、指名を入れておいたんだが……」

 

 ベストジーニストが言っているのは、轟に激励(当人たちから見れば余計な一言)をしたエンデヴァーに対してアンジェラが叫んだ拒絶の言葉のことだろう。他の会話はマイクの関係上聞こえなかったようだが、拡声魔法で放たれたその叫びは会場全体に響いていた。

 

 確かに、その言葉が捻り出された真相を、そこにある真の意味を知っていなければ、そこに行き着くまでの過程が示されず結果だけが示されてしまえば、アンジェラがそういう粗野な人物であるという認識を抱くのも納得がいく。もしアンジェラがこの場に居れば、それに関してはベストジーニストを責めたりはしないだろう。むしろ、勘違いされる言動をしたのはこっちだと言いそうだ。同時に、反省も後悔もしていない、むしろ清々しい気分だったとも爽やかな笑顔で言いそうだが。

 

 

 

 だが、偶然アンジェラと轟の会話を聞いてしまっていた爆豪は苦々しい顔で言い放った。

 

「あいつはそんなんじゃねえよ……」

 

 ベストジーニストは意外に思った。ベストジーニストが爆豪に抱いていた印象は、自分が強いと思い込み、なりふり構わずそれを実践しようとするような危険な思考を持つ人物。

 

 しかし、今爆豪はアンジェラを庇うような言動をした。爆豪のような思考の人物は、誰かを庇ったりするようなことはしないと思っていたのだが……。

 

「ほう……正直見直したよ。君のような人間でも、誰かを庇ったりするのかと」

「おま、馬鹿にしてんのか!?」

「いや、失礼。どうやら君のことを、そして彼女のことも少し誤解していたようだ」

 

 ベストジーニストはふむ、と少し考え込む。爆豪の言動や身だしなみは矯正する必要があるだろうが、彼の考え方自体はもう少し聞いてみないと分からない。やはり、人間の考え方は一枚岩ではないと、ベストジーニストはひとりごちた。

 

「ふむ……少し予定を変えよう。君のことを、もう少し知りたくなった」

「はぁ?」

「ヒーローたるもの、人々に安心を与えなくてはならない。今の君が人々に安心を与えられるかと言ったら、かなり怪しいが……それを教えるためにも、君のことをもっと知らなくてはね」

 

 爆豪は面倒なことになったなとため息をつく。幼馴染の分も夢を叶えるため、もっと強くなりたくてここに来たのに、どうやら来る場所を盛大に間違えてしまったらしい。

 

 こうなるのなら、フーディルハインも巻き込んでおけばよかった。

 

 爆豪はそう考えて、もう一度ため息をついた。

 

 

 

 

 ・CASE2 轟焦凍

 

 轟が職場体験先として選んだのは、轟が心の底から憎んでいるエンデヴァーの事務所であった。

 

 何故わざわざエンデヴァー事務所を選んだのかというと、見限った父親轟炎司とヒーローエンデヴァーを、轟は完全に別物として見ているからである。

 

 父親としてのエンデヴァーはただのクズだが、ヒーローとしてのエンデヴァーは確かにとても優秀だし、自身と“個性”の系統が同じだ。妙なプライドに引っ張られて別の事務所に行くよりも、得られるものは大きい。

 

 ならば、もういっそのこと轟炎司とエンデヴァーは別物としてしまおうというのが、轟が出した結論である。

 

「待っていたぞ、焦凍。ようやく覇道を進む気になったか」

 

 だから、こんなことを言われても、轟は何も感じなかった。

 

「あんたの決めた道を行く気はない。自分の道は自分で決める」

 

 エンデヴァーは面白くなさそうな表情をする。まだエンデヴァーは、轟のこの反応がただの反抗期だと思っているようだ。

 

 本当は、親としては家族全員に既に見限られているとは知らぬまま。

 

 轟はそれが可笑しくて、心の中で嘲笑う。エンデヴァーから盗める技術を全て盗んだら、姉兄と母親と一緒に絶縁状を叩きつけるつもりだ。その時のエンデヴァーの顔が、楽しみで仕方がない。

 

 こんな思考は敵のようだと思われてしまうだろう。轟も勿論それは承知の上だ。

 

 だが、血の繋がりがあるから必ず和解しなくてはならないという決まりがあるわけでもない。血の繋がりがあるからといって、必ず赦さなくてはならないという決まりなど、あるはずがない。

 

 轟はもう決して赦さないと決めた。姉兄を無視し続けたことを、母を傷付けたことを、一番上の兄を殺したことを。今後何をされようと、轟炎司を決して赦さないと、赦す価値もないと見限った。

 

 そんなことを露ほども知らぬエンデヴァーは、ヒーロー殺しステインを捕まえるために保須へ行くから準備しろと轟に命じた。

 

 

 

 

 ・CASE3 麗日お茶子

 

 麗日が訪れていたのは、バトルヒーローガンヘッドの事務所。数日前に教室でアンジェラに話していた通り、今の麗日に足りないものを見つけるためだ。

 

 初日はガンヘッドと市街パトロールをしながら、ヒーロー活動の詳しい内容について教わったり、事務所で基礎トレーニングをしてもらったりした。これだけでも、麗日にとっては大収穫と言えよう。

 

 そして今日は、基礎トレが終わったあとからガンヘッド考案の近接格闘術、ガンヘッド・マーシャル・アーツ、略してGMAを教わっていた。

 

「漫然とやるのではなく、一つ一つの動作に集中するんだよ。現場で最後に物を言うのは、基礎体力だからね」

 

 ガンヘッドのアドバイスに、サイドキック達は大きく返事をしていたが、麗日は喋り方かわいい……とついぷるぷる震えていた。

 

 

 

 

 ・CASE4 飯田天哉

 

 飯田が訪れていたのは、保須市を拠点とするノーマルヒーロー、マニュアルの事務所。マニュアルと共に市街パトロールをしたり、その道中でヒーロー業界について色々教わり、そのことも頭には入れていた飯田だったが、彼の脳は殆ど別のことを考えていた。

 

 一度休憩として事務所に戻ってきた二人。マニュアルはヘルメットを脱ぎながら飯田に話しかけてくる。

 

「まあ、こんだけ街中が警戒モードだと、敵も出てこれないよね」

「……そうでしょうか」

 

 実際、今保須市には平時よりもヒーローが多い。市民達もどことなく不安そうにしていた。その原因は言わずもがな、ヒーロー殺しステインである。

 

 ヒーロー殺しステインは、飯田の兄インゲニウムを再起不能にした張本人。飯田にとっては、ヒーローとしての兄を殺した憎き人物である。

 

 ステインは一度出現した街で、必ず四人以上のヒーローに危害を加えている。それがジンクスによるものなのか、何らかの目的のもと行われていることなのかは分からない。ただ一つ言えることは、保須ではまだインゲニウムしか被害にあっていないということ。

 

 つまり、ステインは再び保須に現れる可能性が高い。

 

 無駄なことかもしれない。死ぬかもしれない。それでも今は、追わずにはいられなかった。

 

 体育祭を早退し、駆けつけた病院。その一室にか細く響く、兄の懺悔の声が頭に焼き付いて離れない。あんな兄の姿を、飯田は今まで一度も見たことがなかった。

 

 物心つく前から一緒だった。その背中を見て育ってきた。規律を重んじ、人を導く愛すべきヒーロー、インゲニウム。飯田の強い憧れであり、最早二度と戻らない望郷の彼方に追いやられた光。

 

 仇討ちを願わずにはいられないのに、同時に脳裏に浮かぶのは、職場体験の初日、駅で見たアンジェラの姿だった。

 

『お前の怒りはご尤もだし、その感情を抱くのを止める権利は誰にもない』

『だけどさ、飯田。

 

 その怒りの使い方だけは、間違ったりするなよ』

 

 そう語ったアンジェラの瞳は綺麗なトパーズのようなものだったはずなのに、何故か自分のものと同じ、どうしようもないほどの憎しみが込められた、ドロドロに濁ったもののように見えた。

 

(怒りの使い方を間違えるな……か)

 

 ならば、この激情はどうすればいい? 

 

 飯田の目に映っていたのは、か細い光だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・CASE5 ???????、????? 

 

 東京国際空港国際線ターミナル。日本一のハブ空港であるこの場所に、また一便、飛行機が降り立った。

 

 ラフリオンのステーションスクエア国際空港発のその飛行機から降りてきたのは、灰色の無愛想な青年と、赤い利口そうなメガネの少年。

 

「さて、無事日本に到着したわけだが……」

「まず本部への報告が先ですよね! 大丈夫です、既にメールを送信済みですから!」

「相変わらず、そういう仕事は早いな……戦闘時は足手まといだが」

「ちょ、足手まといって流石に酷いですよ! 僕だってちょっとはお役に立ってるじゃないですか!」

「あーはいはい役に立ってる立ってる。騒がしいのでマイナスだがな」

「相変わらず手厳しいです……」

「何をしている、置いていくぞ」

「あ、待ってくださいよー!」

 

 青年にいくら邪険に扱われようが、もうそれなりに長い付き合いになる少年は慣れたものだ。

 

 メガネの少年は、置いていかれまいと急いで無愛想な青年を追いかけた。




さて、最後の二人組は誰でしょうね(すっとぼけ)。


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英雄殺し

更新します。いよいよあの敵が出てきます。


 職場体験三日目。

 アンジェラが今までやっていたのは、グラントリノとの軽いスパーリングとあとは仕事の話。空き時間は魔法の練習をしたり、レポートの続きをしたりと割と有意義に過ごしていたが、三日目の夕方ごろ、いきなりコスチュームに着替えろと言われて、首を傾げながらコスチュームに着替えて外に出ると、

 

「っつーわけで、いざ敵退治だ」

「いやいきなりすぎるだろっ!?」

 

 あまりに急すぎる発言に、アンジェラは思わず素でツッコんだ。

 

「お前さんはヒーローになるつもりはないだろうが、仕事の都合上ヒーローのような振る舞いを必要とされることもあるやもしれん」

「それに慣れるために……敵退治と?」

「そういうこった。そもそも職場体験だ、敵退治をするのは当たり前だろう」

「Ahー……I see……」

 

 確かに、今までは職場体験らしいことは組み手くらいしかしてこなかった。対外的にも、多少は職場体験っぽいことをしなくてはならないのだろう。学校に戻って話に詰まるのはアンジェラも避けたい。アンジェラは面白そうだし、まあいっか、とあまり深くは考えないことにした。

 

「ここいらは過疎化が進んで犯罪率も低い。都市部にヒーロー事務所が多いのは、犯罪が多いからだ。人口密度が高ければそれだけトラブルも増える。渋谷辺りは小さないざこざは日常茶飯事なわけよ」

「あ、行き先渋谷ですか。一回行ってみたかったんですよね」

 

 ラフリオンで言えばステーションスクエアのような街だと聞いている。渋谷までのルートをスマホで調べると、あることに気が付いた。

 

「あ、じゃあ甲府から新宿行き新幹線ですか?」

「ああ」

「また新幹線かぁ……まどろっこしいのやだなぁ……」

 

 アンジェラは口ではそんなことを言いつつ、頭の中では別のことを考えていた。

 

(……保須を横切る。飯田のやつ、大丈夫かな……)

 

 アンジェラはソルフェジオを握りしめて、ふぅ、と息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、アンジェラとグラントリノは新宿行き新幹線に乗っていた。渋谷に着くころには夜になるだろうが、その点を指摘するとグラントリノはそっちの方が小競り合いが増えて楽しいという。元来楽しいことが大好きなアンジェラは、それに同感した。

 

「……渋谷に行く目的はもう一つある」

 

 グラントリノが先程よりも小さな声で語る。仕事の話だろう。アンジェラは聞き逃さないように、耳を傾けた。

 

「GUNの日本支部が渋谷にあるのは知っているな?」

「はい……事前に説明されています」

「渋谷で敵退治をするついでに、そっちにも寄る。明日の朝だ。頭に入れておけ」

「Yes,sir」

 

 アンジェラは脳内の予定リストの明日の欄に、GUN日本支部に行くことを書き込んだ。

 

 それと同時に、アンジェラは懐からスマホを取り出す。グラントリノは座りスマホかとか言っていたが、じゃあいつスマホ使うんだよとアンジェラは頭の中でツッコんだ。

 

 それはともかく、アンジェラは飯田にもうすぐ保須を横切るという内容の文を送る。しかし、既読は付けど返信が来ない。いつもは既読後3分以内に返信をくれるのに、何かあったのかなと不安に苛まれる。

 

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

『お客様、座席にお掴まりください』

 

 そんな無機質なアナウンスと同時に、新幹線が音を立てて急停車し、新幹線の壁が何かによって破壊された。

 

 何が起こったのかと見てみると、そこには傷を負ったヒーローらしき人物と、脳みそ剥き出しの敵、脳無の姿があった。

 

「小娘、あのヒーローの保護を!」

「はっ、はい!」

 

 グラントリノの指示と同時にアンジェラは素早く傷を負ったヒーローを救助し、グラントリノは脳無に突撃してそのまま保須市へと突っ込んで行った。視界の端に写った保須市からは、大きな煙と炎の光が立ち昇っている。

 

 グラントリノのことは心配だが、今は自分に与えられた仕事をしなくてはならない。そう考えたアンジェラは、簡単な回復魔法を傷を負ったヒーローにかけた。

 

「Hey gentleman,are you OK?」

「ああ、ありがとう、助かったよ……」

 

 ヒーローの傷はある程度は治したが、急だったこともあり完治までは持っていけていない。アンジェラはヒーローにそう忠告すると、ソルフェジオをガントレットに変形させて装着した。

 

「なあ、相棒……こりゃ、ちょっとどころじゃなく、スリリングなことになってるな?」

『そうですね。お祭りですね』

「ああ……ある意味お祭りだろうな」

 

 アンジェラは一言そう残すと、保須市へと飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラが新幹線を飛び出していったのと同時刻、保須市内の路地裏にて。

 

 飯田は、ステインと遭遇してしまっていた。

 

 兄を、自分の憧れのヒーローを再起不能に陥れた相手が目の前に居る。飯田の頭の中は、憎しみでいっぱいになってしまった。兄が使ってくれと託してくれたヒーローネームを、あろうことか復讐のために使ってしまった。

 

 飯田はステインを捕らえようと攻撃をしかけるも、いともたやすく躱されてしまい、逆にステインの棘付きシューズで踏み抜かれてしまう。

 

「インゲニウムの弟か……奴は伝聞のために生かしたが、お前は……弱いな」

 

 ステインはその言葉と共に、手に持った刀で飯田の左肩を貫かれてしまう。飯田の苦悶の声が響く。

 

「お前も、お前の兄も弱い。偽物だからだ」

「黙れ悪党……! 脊髄損傷で下半身麻痺だそうだ……もうヒーロー活動は叶わないそうだ! 

 

 兄さんは……多くの人を助け、導いてきた、立派なヒーローだったんだ……お前が潰していい理由なんてないんだ!」

 

 飯田の脳裏に浮かぶのは、兄インゲニウムの姿。

 

 ヒーロー活動をしている時の兄はかっこよかった。

 家族として接した兄は色んなことを教えてくれた。

 

 そして、病院で寝たきりの兄は、悔しさに涙を零していた。

 

 想いが、感情が、全てが怒りを湧き上がらせる。眼の前に居る男が憎いと。憎くて憎くて、たまらないと。

 

 胸の内からドス黒いなにかが湧き上がる。それは、飯田が今まで持ったことがない、悪感情の極地。ヒーローが最も抱くべきではない感情にして、人間が本能に刷り込まれた絶対的な感情。

 

「僕のヒーローなんだ……僕に夢を抱かせてくれた、立派なヒーローだったんだ! 

 

 

 

 

 

 許さない……殺してやる!!」

 

 それは、強い憧れに呼応するかのように飯田の胸に沸き上がった、

 

 

 

 

 どこまでも強い、殺意だった。

 

 ステインは呆れたような声を出すと、ある場所を指差す。

 

「あいつをまず救けろよ」

 

 そこに居たのは、飯田がステインと遭遇する直前にステインに殺されそうになっていたヒーローだった。左脇から出血しており、とても無事とは思えない。

 

「……自らを顧みず他を救い出せ、己のために力を振るうな。目先の憎しみに囚われて、私欲を満たそうとするなど…………ヒーローから最も外れた行為」

 

 ステインはそう言うと、刀に付いた血を舐めた。すると、まるで重力に掴まれたかのような感覚が飯田の身体を駆け巡る。身体が、動かなくなってしまったのだ。

 

 なんとか動こうともがいてみても、飯田の身体は動かない。ステインは、刀を大きく振り上げた。

 

「じゃあな……正しき社会への供物」

「黙れ……黙れ! 何を言ったってお前は、兄を傷付けた犯罪者だ!」

 

 飯田の涙ながらの叫びも無視して、ステインが刀を振り下ろそうとした、

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、何しでかしてんですかっ!!」

 

 ステインの懐に、赤いなにかが突っ込んできた。ステインは吹き飛ばされ地面を音を立てて滑る。

 

「っち、誰だ!」

 

 ステインは立ち上がって刀を構える。ステインの眼の前に立っていたのは、赤い犬の耳と尻尾を持つ、メガネの少年だった。

 

「あ、あなたは……?」

「もう……日本に来て早々に、まさかこんな事態に遭遇するなんて……」

 

 少年は己の不運さに嘆きつつも、拳を構える。

 

「しかし……ある意味幸運かもしれませんね。

 

 ヒーロー殺しステイン……このヒトたちを殺させたりはしませんよ!」

「……貴様、何者だ……?」

 

 メガネの少年は飯田を庇うようにステインの前に立つ。

 

 自分はコミックやテレビの中に出てくるヒーローのようなヒトではないし、人のために己が“個性”を使えるような、出来たヒトでもない。憧れに近づきたいとは思っているが、ヒーローになりたいなどとは微塵も思っていない。

 

 だけど、刃物を携えた大人に今まさに襲われている血まみれのヒーローを、傷だらけの子供を見捨てるような、下衆にはなりたくない。かのヒーロー殺し相手に、自分の力がどれだけ通じるかは分からないけれど、やるだけやってみるしかないだろう。

 

「僕、僕は、ガジェット。ガジェット・ミザリー。

 

 

 ただの通りすがりの、GUNエージェントです!」

 

 メガネの少年……ガジェットは、その言葉と共に力強く地面を蹴り、ステインが振るってきた刃物を躱してステインの鳩尾に素早く蹴りを入れた。その衝撃で、ステインは軽く咳き込む。そのスキに、ガジェットはバックステップでステインから距離を取った。

 

「ハァ……小僧、お前、いいな……GUNのエージェント、だったか……」

「ヒーロー殺し……その悪名は、こっちでも耳にしました……何人もの罪のないヒーローを殺し、再起不能に追いやった連続殺人犯、ですよね」

 

 ガジェットは日本に来る前、上司から渡された資料の中にあった日本の情勢に関する資料の記憶を呼び起こす。ヒーロー殺しのように単独犯にも関わらず、ここまで罪状を積み上げてきた敵は中々いない。その能力を、もっと他に活かすことができれば、大成しただろうにとガジェットは思っていた。

 

 しかし、ガジェットは今までの経験から、ある違和感を覚えていた。

 

「何故、ヒーローを、いえ、罪なき人を殺すのです? 愉快犯ではないですよね。こうして対峙してみて、あなたは自分自身の快楽のために人を殺しているのではないと思ったんです」

 

 ガジェットは、ステインに自身の疑問をぶつけた。自分の快楽のために人を殺す愉快犯の目と、自身の信念、絶対に曲げられないもののために殺人を犯す人の目の違いを、ガジェットはよく知っている。

 

 ステインは目を見開き、地面に落ちた刀を拾い上げ、そこに付いていた少量の血液を舐め取った。

 

「なっ……!?」

 

 瞬間、ガジェットの身体は重りがついたように動かなくなってしまう。

 

(……そうか、奴の“個性”は血の経口摂取による拘束……! さっき、刀を弾き落としたときに血がついてしまっていたのか!)

 

 ガジェットは己の迂闊さに心の中で悪態をつく。ステインは一歩一歩確実に、刀を携えて飯田の方へと歩みを進めていた。

 

「小僧、質問に答えよう……ヒーローとは、自己犠牲の上に成り立つ称号。それを名乗る以上、そいつらはもう個人ではない。今の世は、ヒーローを名乗る拝金主義者が、贋物が多すぎる……取り戻さなければならない、誰かが血に染まらなくてはならないのだ!」

「っ、そんな犠牲の上に成り立つ平和なんて、すぐにあっけなく崩れ去ってしまう……! あなたが今のヒーローが間違っているのだと言うのなら、まずは言葉で訴えればいいじゃないですか! ヒーローだって、生きている一人の人間だ!」

「俺も、昔は言葉に訴えた時期があった……だが! 言葉に力はなかった! ならば、俺が気付かせなくてはならぬ、誰かがやらねばならぬのだ!」

 

 ステインは、かつて街頭演説で英雄回帰を訴えたのだという。ヒーローは、自己犠牲の上で成り立つ称号でなくてはならない。今のヒーローは間違っていると。

 

 しかし、誰もステインの話に耳を傾けることはなかった。誰も彼もが、英雄回帰など鼻で笑った。

 

 だからこそ、ステインは粛清という手段を選んだのだ。自分の手を汚してでも、本当のヒーローを取り戻して見せる、と。

 

 それは、ガジェットが、一番納得できない考え方だった。

 

「あなたがそれに気付いたというのなら、世の中にはまだ気付いてくれる人が、あなたに賛同してくれる人が居たはずです! あなたはそれに目を背けて、楽な手段に逃げ出しただけだ! 粛清という手段を選んだ時点で、あなたの主張に正当性など、なくなったんだ!」

 

 身体は未だに動かないが、ガジェットは力の限り叫ぶ。

 

「小僧……お前は口先だけの無能共よりいい……生かす価値がある……」

「っ……!!」

「こいつは、殺す」

 

 ステインは刀を飯田へと向ける。ガジェットは自身の無力さを痛感しながら、それでもなんとか動こうと必死に藻掻いて叫び続けた。

 

「やめろおおおおお!!!!」

 

 飯田に刀が振り下ろされた、その瞬間。

 

 

 

 

「……ビンゴだっ!!!」

 

 空色の風が吹き荒ぶ。認識の遥か外から攻撃を受けたステインは大きく吹き飛ばされた。

 

「今日は随分とよく邪魔が入る……」

 

 ステインの前に新たに立ちはだかっていたのは、ソルフェジオをガントレット形態にして装備している、空色の魔女、アンジェラ・フーディルハインだった。

 

「……アンジェラ、君……」

「アンジェラさんっ!!」

「よおガジェット、久しぶりだな。飯田も随分と傷だらけだが、まあ、大丈夫ではなさそうだな」

 

 アンジェラは軽口を叩くような声で、しかし鋭い眼光をステインに向ける。

 

「さっきの話はちょっとばかし聞かせてもらった……随分とまあ、オレの友達に好き勝手なコトしてくれたな?」

「いい台詞じゃないか小娘……だが、力なきは淘汰され、消されるのみだ。今なら見逃してやる……とっとと去れ」

 

 ステインは刀を構えて言う。よくもまぁ、好き勝手なことを言うものだと、アンジェラは苛立ちを一切隠すことなく言い放った。

 

「随分と言ってくれるじゃねえか。オレは友達のピンチに助太刀に来たんだ……この意味が分からねえとは、言わせねえよ?」

 

 アンジェラはそう言いながら飯田たちの方に手を向けて手早く3つの守護の幕(ディアスメイル)を貼り、同時にスマホを操作する。さしものアンジェラでも、3人を同時に抱えて逃げることは体格の問題で出来ないが故の苦肉の策だ。3つ目の守護の幕(ディアスメイル)を貼り終えた時、ガジェットが口を開いた。

 

「アンジェラさん、奴の“個性”は血の経口摂取による相手の拘束です……絶対に、血を見せちゃ駄目です!」

「OK。ガジェット、あとは任せろ」

「待て……アンジェラ君! 君たちには関係ないだろう……!」

 

 路地裏に飯田の悲痛な叫びが響く。飯田の瞳は憎悪に染まり上がっている。アンジェラはちらりと飯田の目を見ると、口角を上げた。

 

「関係ない? それこそ関係ないね。オレはオレのやりたいようにやるだけさ。

 

 さて、ヒーロー殺し。オレの友達を殺させはしねえぞ?」




Q. 何でアンジェラさんの到着が遅れたの?

A.単純に原作緑谷君とは違うルートを通ってきたからです。これでもタイムロスは最小限に抑えられている方です。


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昔日のファントム

今回、ホラー描写注意です。ソニックサイドの設定捏造もあります。


 数分前。

 

 アンジェラは保須市内を駆け回っていた。新幹線から確認した限り、保須市内は大炎上中。おまけに脳無も複数体現れているようで、街中が大パニックに陥っていた。

 

「こりゃ……凄まじいお祭り騒ぎだな」

 

 アンジェラは騒ぎの中心へと向かっていた。グラントリノがどこにいるのかは分からないが、騒ぎの中心に向かっていればいずれ合流できるだろう、という考えのもとだ。一応、探査魔法を使ってはいるものの、保須市はかなり大きい街だ。そんな中から一人の人間を探すなど、砂の中に紛れた落し物を探すと同義であった。

 

 そんな最中、アンジェラの耳にあるプロヒーローの声が聞こえてくる。

 

「天哉くーん!」

 

 飯田の名前を呼ぶその声は、おそらく飯田の職場体験先のヒーローのものだ。アンジェラはその声がした方へと走った。

 

 

 

 

 瞬間、アンジェラの眼の前でトラックが爆発し、炎上した。周囲を見渡すと、脳無のような化け物が複数体、ヒーローを襲っている。先程新幹線に現れた脳無らしき敵といい、アンジェラの中で嫌なパズルが完成しそうで思わず舌打ちが出てくる。

 

「もう、なんでこんなときに限ってどっか行っちゃうんだ、天哉くん!」

 

 

 

 

 

 

 

 何処かに行った? この状況で? あの真面目な飯田が? 

 

 アンジェラの頭の中にあった疑念が確信に変わる。

 

 脳無らしき敵、保須市、飯田、ヒーロー殺し……。

 

 おそらくは今この街で、アンジェラだけが考えられる最悪のケース。

 

 

 

 敵連合とヒーロー殺しが、繋がっているのではないか? 

 

 

 

「……ッチ!」

 

 アンジェラは踵を返さずその場を後にした。今自分が出せる最高速度で、保須市内の路地裏を虱潰しに駆け回る。

 

 飯田が今職場体験先のヒーローと共に居ないのは、飯田がヒーロー殺しを発見してしまったからではないのか。飯田は、自身の胸の内のドス黒い感情に、アンジェラが抱え続けているものと同じ、憎悪の感情に囚われて、周りが見えなくなってしまっているのではないか? 

 

 アンジェラは考える。自身の憎しみが一番強かったあの時期に、眼の前に恨みを抱く相手が居たとしたら、その相手がしでかしたことをしっかりと覚えていて、それでいて悪いと思う素振りも何も見せなかったのだとしたら。

 

 

 

 

 アンジェラであれば、十中八九、相手に手をかけているだろう。抱えた激情のまま、相手を殺すことに、一切の躊躇を抱かないだろう。

 

(……こりゃ、あいつのことをどうこう言える立場じゃねえな、オレは)

 

 恨みに囚われている人間の視野は総じて狭い。アンジェラの場合は、恨みを抱くそもそもの原因がなかったことになった(・・・・・・・・・・)から、それをハッキリ覚えてしまっているのが何故かアンジェラだけだったから、表立って何をすることもしていないだけだ。

 

 しかし、飯田の場合は違う。

 

 恨みを抱く相手が現存し、その理由も存在してしまっている。自分がもしその立場になったと考えるだけで、怒りが湧き上がってくる。

 

 アンジェラは飯田の怒りも嘆きも憎しみも、あの教室の誰よりも理解できてしまうから、強い言葉をかけることができなかった。同じ憎しみをずっと隠し続けているアンジェラに、飯田の行動を止めるなど、出来るはずもない。

 

 

 

 

 

 

 だが……

 

 失う悲しみを知っていたはずなのに、失ってからでは、全てが遅いことなど、とっくに分かっていたはずなのに、何故行動しなかったのかと、後悔の念がふつふつと燃えたぎる。

 

(……いや、そんなことを考えるのは後にしろ! 今なら、まだ間に合うかもしれない!)

 

 アンジェラは駆ける速度を更に上げた。ヒーロー殺しの被害者の六割が、人気のない路地裏などで発見されている。

 

 なれば、騒ぎの中心から飯田の体験先、ノーマルヒーローマニュアルの事務所辺りの路地裏を、虱潰しに探す。自身が持てる、最高速度で。

 

 そして、アンジェラは発見する。

 

 今まさに、飯田に手をかけようとしているヒーロー殺しと、そのヒーロー殺しと交戦したであろう懐かしい赤を。

 

 空色の風は吹き荒ぶ。

 

 友を助ける。そのどこまでも純粋な想いと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラに吹き飛ばされたステインは、口ではアンジェラを舐めたようなことを言いつつ、頭の中では真逆のことを考えていた。

 

 これまで、ヒーロー殺しとしてかなりの場数を踏んできたからこそ分かる。眼の前のちっこい小娘は、その見た目とは裏腹に「別格」であると。自身だけ(・・)の力では、到底敵うことがないと。

 

 彼女とは、戦いたくはない。しかし、自分には成さねばならぬ義務がある。そこにいる贋物達を、始末せねばならぬ。

 

 そのためには、眼の前の少女と戦わなくてはならないだろう。自身の感情と義務を天秤にかけ、ステインは後者を選び取り刀を構えた。

 

 刀を構えたステインを見て、アンジェラも構えを取る。一切の油断も隙きもない構えだ。

 

「やめろ、アンジェラ君! 言っただろう、君たちには関係ないって!」

 

 飯田の悲痛な叫びが路地裏に響く。しかし、アンジェラは構えを解こうとはしない。

 

「だから、言ったろ? It doesn't matter(関係ないね)って」

 

 アンジェラはそう言って、笑みを浮かべた。絶句している飯田の横で、ガジェットは困ったような笑みを浮かべる。

 

「飯田……っていうんですね、あなた。止めようとしても無駄ですよ。ああなったアンジェラさんは……梃子でも動かない」

 

 ガジェットはアンジェラとはそれなりに長い付き合いだ。だから、アンジェラ・フーディルハインがどういう人間であるのかは、それなりに理解はしているつもりだ。

 

 笑みを浮かべたアンジェラを見て、ステインは歓喜に包まれた。「別格」のあの少女は、その心までもが真のヒーロー足り得る、と。

 

「ハァ……良い」

 

 ステインとアンジェラは同時に動き出す。ステインは水平に刀を振るうが、その時既にアンジェラの姿はそこにはなかった。

 

「……!」

 

 この場で、ガジェットだけが認識できたアンジェラの残像。ステインの反応速度を遥かに上回るスピードで、アンジェラはステインに接近していたのだ。接近と同時に星の弾丸(ストライトベガ)を無詠唱で放ち、ステインが持っている刀を弾き落とす。ステインは逆の手で懐に仕込んだ刀を手に取ろうとするが、その手もアンジェラが放った星の弾丸(ストライトベガ)によって弾かれた。

 

「やはり……「別格」……!」

 

 アンジェラは上半身にワン・フォー・オールを纏い、思いっきりステインの頭部を殴ろうと音速で拳を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、アンジェラの拳はあと一歩というところでステインには届かなかった。

 

 

 

 赤く光るブロックのようなものが急に現れ、ステインを守ったのだ。

 

「なっ……!?」

 

 アンジェラは一瞬動揺してしまう。そして、その隙きを突いてステインは懐からナイフを取り出してアンジェラを切りつけようとした。寸でのところで天を駆る翼(ローリスウィング)を併用して回避したアンジェラだったが、ステインがそのナイフを舐めるとアンジェラの身体がまるで石のように動かなくなってしまった。よく見ると、アンジェラの足に薄く切り傷が付いている。

 

「ッチ……さっき切られたのか……!?」

『我が主、ヒーロー殺しステインの“個性”、解析しました。ガジェットの予測の通り、やはり血を舐めて相手を拘束する“個性”のようです。すぐに解除を……』

 

 ソルフェジオの言葉が頭の中に響く。解除してほしいのは山々なのだが、ステインを守ったあの赤いブロックの存在を考えると、それより先にやってほしいことがあった。アンジェラは小声でそのことを言うと、ソルフェジオは了解、と言わんばかりに輝いた。

 

「赤いブロック……どこからともなく現れ…………!!」

 

 ガジェットもステインが放った謎の攻撃の正体を掴んだようで、鋭くステインを睨みつける。

 

「ほう……コレを知っているか」

 

 ステインはそう言うと、更に赤いブロックをどこからともなく出現させる。アンジェラはステインが赤いブロックを出したと同時に、ステインの胸元からあるモノの力を感じ取った。

 

「小娘……コレを使ったのはお前が初めてだ。やはり貴様はいい……生かす価値がある。最初の発言を撤回しよう」

「そりゃどうも……嬉しかねえけど……」

 

 アンジェラは歯軋りをする。流石にこれは予測不能だった。

 

 赤いブロックをどこからともなく出したあの力は、“個性”由来などではない。“個性”なんかよりもっと危険で、悍しい力。何故ステインが持っているのかは知らないが、あんなやつに持たせていいモノなどでは決してない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、ガジェットがGUNに入る切っ掛けとなったある悍ましい事件を引き起こした元凶。ある敵によって創られ、数多の人間の人生をもめちゃくちゃに破壊した、幻想の兵器。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファントムルビー……仮想現実……!」

 

 ガジェットは叫ぶように、ソレに付けられた名を呼ぶ。ステインは正解だ、とでも言うように笑った。

 

「ファントム……ルビー……?」

 

 飯田は疑念と共にその名を復唱する。ガジェットはしまった、と言わんばかりの表情を浮かべた。そんなガジェットをフォローするかのように、アンジェラが口を開く。

 

「アレは……GUNの機密事項に分類される敵が開発した悍しい兵器だ」

「何故……そんなことをアンジェラ君が知っているんだ?」

「アレが関わる事件に昔巻き込まれたことがある。あの生卵……エッグマンでさえその危険性と副作用(・・・)から開発を中止した代物だっていうのに……」

 

 アンジェラは当時のことを思い出して苦い表情になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガジェットと出会う少し前のことだ。

 

 特に意味もなくステーションスクエアをぶらついていたある日のこと。ステーションスクエアに、敵が現れた。前もって言っておくがエッグマンではない。

 

 その敵は、赤いブロックのようなものをどこからともなく出現させ、街を破壊し、人々に危害を加えていた。近くに居たGUNのそれなりに偉い人の協力要請に応じて、アンジェラもその敵と交戦した。

 

 際限なく湧き上がってくる赤いブロックにそれなりに苦戦もしつつ、なんとか敵を白亜の鎖(フィアチェーレ)で拘束したアンジェラだったが、なんとその敵はどこからともなく赤い刀のようなものを出現させ、鎖を断ち切ろうとしたのだ。寸でのところで防壁魔法陣の展開が間に合い、鎖が実際に切られたりはしなかったものの、その敵は虚ろな表情で何かを呟いていた。

 

 アンジェラは敵のすぐ近くに居たので、その呟きが聞こえていた。

 

 

 

 

 

 否、聞こえてしまっていた。

 

 

 

 

赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い血を見たい血を見たい血を見たい血を見たい血を見たい血を見たい血を見たい血を見たい血を見たい血を見たい血を見たい血を見たい血を血を見たい血を見たい血を見たい血を見たい血を見たい血を見たい血を見たい肉を削ぎ落として皮を剥ぎ取って内蔵を引きずり出して血を吹き出させて犯して嬲って殴って切り裂いて喰らって抉ってもぎ取って藻掻き苦しむ様を見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たいアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいいアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…………!!!

 

 

 

 

 ただひたすらに呟かれる、意味がありそうで意味などこれっぽっちもない言葉の羅列は、その場ではアンジェラにしか聞こえなかったようだが、アンジェラに訳がわからぬものへの確かな恐怖を植え付けた。今思い出しても悪寒が走る。アンジェラはその後しばらく悪夢にコレが出てきた。

 

 その後、アンジェラが事情聴取ついでに文句を言いにGUN本部へと赴いたとき、アンジェラに救援要請を出したGUNのそれなりに偉い人から、あの敵が拘置所で自殺したと聞いた。

 

 その理由について、その偉い人はアンジェラになら、と緊急時以外の守秘義務契約と共にアンジェラに話してくれた。

 

 敵が自殺した原因は、その敵の体内に埋め込まれたファントムルビーという兵器による精神汚染だという。ファントムルビーは仮想現実を実体化させる兵器で、どこかの敵組織によって研究、開発が行われているらしい。使用者の体内に埋め込んで使うのだが、適合係数が低いと強力な精神汚染が発生し、終いにはヒトですらないナニカに変貌してしまう。その情報と、ファントムルビーの弱点についての情報、そしてGUNのあるエージェントがファントムルビーを無理矢理埋め込まれた被害者であること以外は公開権限がないと教えてくれなかったが、アンジェラはそれ以上深くに首を突っ込むつもりもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例え、アンジェラの友人にファントムルビーが根付いていたとしても、自分の対応は変わらない。

 

 

 

 

 つい、気味が悪いことを思い出してしまったアンジェラはあからさまに顔を顰める。守護の幕(ディアスメイル)はファントムルビーの攻撃でも難なく耐えられるはずだが、あまり長い時間は保たない。状況は依然として悪いままだった。

 

 ステインが一歩一歩と飯田に近づいてゆく。飯田に貼った防壁を突破しようと刀を振り上げたその瞬間、

 

 紅の美しい炎がステインめがけて迸った。

 

「フーディルハイン……こういうのはもっと分かりやすく書くべきだ。遅くなっちまっただろうが……」

 

 アンジェラたちがなんとか視線を後ろに向けると、スマホを見せながら左側から美しい炎を吹き出している轟の姿が、そこにあった。




まさかのステイン強化。驚かれた方も多いかと。

そして、ソニックフォースよりキーアイテムのファントムルビーが設定を結構変えての登場です。設定を変えたとは言っても大まかな能力は変わっていません。ただ、使用時の副作用が洒落にならないことになっています。分かりやすく説明すると、6層の呪い「死か人間性の喪失」みたいなものです。余計分かりにくいですねハイ。取り敢えず、この作品においてはファントムルビーを宿した人間はよほどの適性がない限り化け物になると思っていただければ……




コアなソニックファンの方は「大まかな能力が変わっていないのなら仮想現実を実体化はおかしくね?」とお思いでしょうが、切羽詰まった状況ならあの説明になってしまってもおかしくはないかなと……

一応こちらで明言しておくと、ファントムルビーの能力は仮想現実を実体化させるものではなく、「本物に限りなく近い幻を見せる」ものです。その場に存在はしていないけれど、受けた本人にとっては本物。しかもどこからともなく出せる……ソニックシリーズにおいても結構凶悪な能力ですよね。この作品においてはエッグマン様が作ったものではありませんが。

じゃあどこの誰が作ったの?となりますが、それはまた別の機会ということで……


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Execution

グロ、ホラー描写注意です。


 あの日のことは、あの地獄のような日のことは、今でもはっきりと覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世のものじゃないような、赤い仮想。されどそれは、その場にあったものにとっては現実で。それを纏った彼は、実に芸術的に、多くの人々を殺してみせた。

 

 血潮を絵の具のようにぶち撒けて、肉を粘土のように捏ねくり回して、肉や血液がこびり付いた骨を積み木のように積み上げて、出来上がったのは奇っ怪でグロテスクな芸術作品。腹の中からせり上がってくる気持ち悪さに耐えきれず、その場に吐瀉物を吐き出した。

 

 ああ、気持ち悪い。本当に気持ちが悪い。

 

 人の命をまるで画材道具のように浪費する彼も、ツンと鼻につくような、死体から放たれる金属のようなどこか甘い匂いも、

 

 

 

 眼の前で芸術作品に加工されて殺された両親を見て、悲しみよりも先に作品への称賛の感情がせり上がってきた自分自身も。

 

 

 

 

 ああ、本当に気持ち悪い。

 

 

 

 

 抉り出された心臓も、目玉も、脳味噌も、吐き気を催すほどのアカイロを、背筋をぞわりと凍らせるカタチを持っているはずなのに、実際に口から腹の中よりせり上がってきた吐瀉物を吐き出したはずなのに、どうしてこうも芸術的だと思ってしまうのか。

 

 気味が悪くて体中に悪寒が走る。赤い幻想に魅入られて、取り込まれてしまった狂人の思考回路は全くもって理解できないけれど、その赤い幻想の源さえなければ、あの人は優しいままだったことだけは分かる。

 

 

 

 

 

 自分の両親を、それ以外にもこの街の沢山の人を芸術的に殺した彼は、近所に住むごく普通の優しいお兄さんだった。

 

 血を見ることも怖がるような臆病な人だったけれど、お人好しで近所の人にもとても好かれていた。

 

 自分も、彼とよく遊んでもらった。子供の与太話を真剣に、興味深そうに聞いてくれる彼のような大人になりたいと、子供ながらに夢見ていた。

 

 

 

 

 それを、あの赤い幻想の源は一瞬にして破壊した。

 

 ふと、数日間、彼のことを見ない日があるなと思った矢先のことだった。

 

 数日振りに見た彼の瞳は、もう自分の話を聞いてくれた時のような優しさは消え失せ、ただただ深く暗く底のない狂気のみがのさばっていた。

 

 両親を芸術作品にされて、漠然と次は自分だと思った。次は自分が両親のように殺される番だと。

 

 抵抗するなど、考えてもいなかった。

 

 考えるつもりもなかったのだと、今なら分かる。

 

 彼の手が自分の首にかけられる。

 

 ああ、死ぬんだと、どこか他人事のように思った。

 

 手に力が込められる。

 

 意識がだんだんと遠ざかってゆく。

 

 もういいかな、とどことなく投げやりに考える。

 

 

 

 

 しかし、このままなくなると思っていた意識が、ふと大きく覚醒した。

 

 ああ、死なないのか、とやはり他人事のように思った。

 

 彼の顔を見る。

 

 その瞳には、狂気に混ざって狂う前の優しさが讃えられていた。

 

『あ…………俺は…………ごめ……アハハハハハハ………………!』

 

 まるで懺悔するかのように、ひたすらに笑う彼。気付けば、彼は刃物を手繰り寄せていた。自分はただただ、その様子を見ていた。

 

 刃物を手に持って、彼は彼自身の首にそれを宛てがう。

 

 

『ごめんな』

 

 それが、彼の最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、刃物が彼の首を掻っ切って、そこから吹き出た血潮が自分にかかってきた。

 

 最早、動くことさえ億劫になって、そのまま気味が悪いはずなのに心地いい香りに包まれて眠りに堕ちたくなる。

 

 ああ、何故自分は狂ってしまえないのだろう。この光景を地獄だと認識することはできるのに、怖いとは微塵も感じなかった。

 

 その時点で、自分がもう既に狂ってしまっているのだと気付くことができれば、少しでも何かが変わったのだろうか。

 

 否、例えそれに気付いたところで、何かが変わるはずもない。あの時の自分は、無力でしかなかったのだから。誰も彼も、あの理不尽に対しては無力でしかなかったのだから。

 

 

 

 まるで、この世界に自分しかいないような感覚だった。どこまでもふわふわと輪郭がなく、終わりの見えない迷路を彷徨い続けているような、そんな夢だと思いたかった。

 

 それでも、再び目を開いても、眼の前の状況は何一つとして変わっていない。

 

 両親が芸術的に殺され、仲良くしてくれた彼は狂った挙げ句に喉笛を掻っ切って自殺している。

 

 何もかもが気持ち悪い。乾いた血は赤黒く染まり、固まっている。肉塊が視界のあちこちに点在し、その存在を主張している。死体に虫が集って、最高に気持ちが悪い。吐き気を催しそうになっても、自分の腹の中にはもう吐くべきものが何もなくて声が漏れるだけ。

 

 

 

 

 こんな状況にあっても、動揺こそすれ、一切の恐怖心どころか、不快感すら抱いていない自分が、一番気持ち悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。凄惨な大量虐殺事件の唯一の生還者として、自分はGUNに保護されることとなる。その数年後、GUNのエージェントとして働くことになって、まず心に浮かんだことは──────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、自分は、誰のことも、とやかく言う資格などないのだ。

 

 

 

 ヒーローになんて、なれやしない。なってはいけない。

 

 そんな資格も、憧れも、塵となって何処かへと消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「轟……!? そうか、あのメッセージ……! っていうか、左を使って……!?」

 

 アンジェラは思わず声を漏らす。体育祭で見せたとはいえ、未だに葛藤も多いはずなのに、轟は左の炎を使ってみせた。他ならぬ、救うために。ステインはその軽い身のこなしで轟の炎を躱す。

 

「今日は……本当によく邪魔が入る」

 

 幾度にも渡って自らが成さねばならぬことを邪魔されたことによる苛立ちからか、ステインの声色が少し低くなった。

 

「何でって……こっちのセリフだ。数秒意味を考えたよ。一括送信で位置情報だけ送ってきたから、意味もなくそういうことする奴じゃないからな、お前は。ピンチだから応援呼べってことだろ! 大丈夫だ、数分もすればプロも現着する!」

 

 轟は言葉を紡ぎながら氷結でアンジェラ達を押し上げてステインを炎で牽制しながら熱で氷を溶かして退路を作る。アンジェラ達は坂になった氷の上を滑り落ちた。

 

「情報通りのナリだな……こいつらは殺させねえぞ……ヒーロー殺し!」

 

 動けないアンジェラ達に代わって轟がステインに対峙する。普通ならば頼もしいと思うような状況だが、アンジェラは、ガジェットは知っている。

 

 ファントムルビーが、どれほど恐ろしい代物なのかを。いくら強い“個性”を持っているとはいえ、いや、それだけの未だ学生の身分でしかない轟が、敵う相手などではないと。

 

 しかし、動けない以上轟に頼るしかあるまい。アンジェラは顔を歪ませ、せめてと声を上げた。

 

「轟! アイツに血を見せるな! アイツの“個性”は血の経口摂取による相手の拘束だ! そして、どこからともなく本物に限りなく近い仮想を実体化させる兵器を持ってる! 絶対に接近戦をしようとか考えるな!」

「そうか……俺の“個性”なら、距離を保ったままっ……!?」

 

 瞬間、轟の頬に小型のナイフが掠り、轟はステインに一瞬で間合いを詰められる。

 

「いい友人を持ったじゃないか、インゲニウム!」

 

 轟はステインが左手で振りかぶったナイフを氷結で防いだが、ナイフと同時に上空に投げられたであろう日本刀に気を取られている隙きに頬の血を舐められかかる。咄嗟に炎を噴出させることでステインを退けさせ、難を逃れることには成功した。

 

 その後も轟に攻撃を仕掛けようとするステイン。轟は氷結で防護膜を張ったり、炎で牽制したりしてなんとか距離を置き、背後で倒れ付しているアンジェラ達を守るべく立ち回る。

 

「何故だ……皆、やめてくれよ……兄さんの名を継いだんだ……僕がやらなきゃ、そいつは、僕が……!」

 

 飯田の声に怨念が籠もる。轟はステインと対峙したまま、不思議そうな声で問いかけた。

 

「継いだのか、おかしいな……。俺の見たことあるインゲニウムは、そんな顔じゃなかったけどな……お前んちも、裏じゃ色々あるんだな」

 

 飯田と轟は、二人ともヒーローの家で生まれ育った。しかし、その環境には雲泥の差があると言えよう。

 

 優しい両親、敬愛できる憧れの兄に囲まれ、家族を心から誇りに思うことができる飯田と、父親に家族というものを引き裂かれ、ヒーローであるはずの父親に憎悪の念を抱き続けた轟。

 

 同じはず、それなのに大きくかけ離れた二人の家庭環境。轟はだからこそ、意外に思った。

 

 飯田がその目に宿している色が、かつての自分、憎悪だけに囚われていた頃の自分とそっくりだったから。

 

「己より素早い相手に対し自ら視界を遮る……愚策だ!」 

「そりゃどうかなっ……!?」

 

 轟が炎で攻撃しようとする前に、ステインが放った二本のナイフが轟の左腕に突き刺さる。轟の動きが鈍った隙きをついて、ステインは上空から手負いのヒーローに向かって日本刀を突き刺そうとしていた。

 

 しかし。

 

「させねえって言ってんだろうがっ!」

「……!?」

 

 その瞬間、空色の風がステインを大きく吹き飛ばす。アンジェラにかけられた“個性”の効果が切れたのだ。

 

「時間制限か……?」

「いや、あの子が最後にやられたはずだ……俺はまだ動けない」

「それもあるけど、血液型だ。オレ確かO型」

「血液型……正解だが、どこで知った?」

 

 ステインは疑問に思った。何故あの規格外の少女は情報が少ない中で自身の“個性”が血液型によって効果に差異が生じるかがわかったのか。

 

「相棒に教えてもらった。O、A、AB、Bの順番で効果時間は短いみたいだな」

 

 答えは単純明快、ソルフェジオの解析の結果である。ソルフェジオはアンジェラからの指示を遂行したあと、ステインの“個性”の解析を行っていたのだ。“個性”にかけられた、という事実さえあれば、ソルフェジオにとって“個性”の解析は朝飯前であった。ソルフェジオは飯食わねえだろとかいうツッコミは受け付けない。

 

 が、しかし。“個性”がわかったところでどうにもならないのが現状。ステインの武器は刃物と“個性”だけではない。ファントムルビーによる仮想現実。これが一番警戒すべきものである。

 

 仮想現実には実物よりも脆いという弱点はあるが、それ以外に明確な弱点は一つだけ。出現させられる個数に制限はなく、所有者のイメージするものならどんなものでも出すことができる。

 

 そう、やろうと思えば、USJで現れた脳無の大量生産なんかも出来てしまうのだ。

 

 アンジェラが復活したからか、ステインはファントムルビーで赤いブロックを生成する。アンジェラと轟は構えをとり、同時にガジェットが立ち上がる。

 

「すみません、アンジェラさん。お手数おかけしました」

「問題ねえよ、ガジェット」

「そこの赤い人は復活したか……さっさと2人担いで撤退してぇが……そんなスキ、見せらんねえな」

「相手はファントムルビーを使ってきます。恐らく、撤退しようとしたら仮想現実で退路を塞いでくるでしょう」

「……っち、アイツ(・・・)が来るまで耐久戦がベスト、ってとこだな。轟、お前は後方支援に徹しろ。接近戦はお前の場合じゃ不利がすぎる。接近戦はオレがやる。ガジェット、お前は仮想現実の対処に専念しろ。オレらの中じゃ、仮想現実に一番慣れている(・・・・・・・)のはお前だ」

「はい、アンジェラさん!」

「相当危ねえ橋を渡ることになるが……フーディルハイン、大丈夫か?」

 

 轟の言葉には若干の不安が混じっている。先程までの戦闘で、ステインがいかに強いのかは理解した。そこに更なる武器が追加されるとあっては、いかにアンジェラが強かろうが対処が間に合わないのではないか。

 

 アンジェラはそんな轟の不安を一蹴するように、自信たっぷりに言い放つ。

 

「危ねえ橋? 上等だ!」

 

 瞬間、アンジェラは駆け出した。ステインの動きをアンジェラが誘導し、轟が炎と氷で遠距離攻撃、仮想現実はガジェットが体術を駆使して即座に砕く。

 

 3人が戦う中、飯田の頭の中に反響する言葉があった。

 

 ステインの言葉、助けに来てくれた見ず知らずのヒーローでもない少年とステインの会話、アンジェラの不敵な言葉、轟の守るという言葉、そして、自身の胸の内から湧き出る殺意の叫び。

 

 感情の整理が追いつかない。飯田は思わず涙を零す。

 

「止めてくれ…………もう、俺は……!」

「止めて欲しけりゃ立て!」

 

 轟は叫ぶ。同じ色を瞳に宿し、しかしその理由は正反対のクラスメイトに対して、異国の地からやってきた少女に救われた身として。

 

「なりてえもん、ちゃんと見ろ!!!」

 

 ステインは仮想現実でアンジェラとガジェットを吹き飛ばす。コンマ一秒の反応の遅れで壁に打ち付けられたアンジェラは、闇の中に赤を見た。

 

「氷に、炎。言われたことはないか? “個性”にかまけ、挙動が大雑把だと!」

 

 轟の氷を切り裂いたステインは、直後放たれた炎を回避し、轟の左腕に斬りかかる。

 

「レシプロ……バースト!!」

 

 しかし、その瞬間。立ち上がった飯田がレシプロバーストを用いてステインに蹴りかかる。轟に迫っていた日本刀は折られ、飯田はその勢いのままステインを蹴った。

 

「飯田!」

「解けたか、意外と大したことない“個性”だな」

「大丈夫ですか、えっと、飯田さん?」

「大丈夫です……轟君もアンジェラ君もガジェットさんも……関係ないことで、申し訳ない」

 

 飯田は自らの暴走によって被害を被った3人に謝罪する。

 

「だから、最初に言ったろ? 関係ないねって」

「それでも……もう3人に、血を流させるわけにはいかない!」

 

 飯田は自らの過ちに気付いた。その上で謝罪の言葉を、決意の言葉を口にした。友に、関係ない通りすがりの人に血を流させたこと、憎悪に囚われて、兄の名を復讐のために使ったこと、ヒーローらしからぬ行為に走ったこと。それを今一度正すために、飯田はステインに対峙する。

 

 しかし、ステインは静かな怒りを顕にする。

 

「感化され取繕おうとも無駄だ……人間の本質はそう易々と変わらない。お前は私欲を優先させる贋物にしかならない……ヒーローを歪ませる、社会の癌だ。誰かが正さねばならないんだ!」

 

 ステインにとって、一度でも道を踏み外した者は全てが粛清の対象。しかし、ガジェットは違うと口を開く。

 

「一度過ちに気付いて、憎悪に囚われて、そこから這い上がって来た者は、そうでない者よりずっと強い! 人はキッカケ一つで変わることができるんです、それを否定するお前こそ、社会の癌と呼ばれるに相応しい!」

 

 憎悪、いや、それよりも深い暗い感情に囚われていた人を知っているガジェットの言葉は、ステインの言葉よりも重く感じた。しかし飯田は、ステインの言葉も正しいと首を振る。

 

「僕にヒーローを名乗る資格など……確かに無い。

 

 それでも、それでも……折れるわけにはいかない、俺が折れればーインゲニウムは死んでしまう!」

「……………論外」

 

 飯田の言葉が逆鱗に触れたのであろう。ステインの様相が恐ろしいものに変わる。ステインが襲いかかってくるよりも早く、轟は飯田を突き飛ばして炎で牽制する。

 

 同時に、周囲に出現する多数の赤い仮想現実。先程までとは数が段違いだ。数多のブロックが、まるで流星群のように上空から押し寄せてくる。アンジェラは迎撃しようとソルフェジオを杖形態にして構えるが、如何せん数が多すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

「…………殺さねば………為さねば………………

 

 

 

 

 

 

ハハ、」

 

 

 

 と、突然アンジェラ達の耳をつんざくように声が突き抜けた。

 

「ハハハハ、アッハハハハハ!!」

 

 ステインは狂ったように笑い叫ぶ。先程までとは全く様子が違うステインにアンジェラ達は驚くも、同時に、ステインの胸に浮かび上がった赤い宝石を目にした。よく見ると、ステインの体を赤いオーラのようなものが覆っている。

 

「……食い潰されたか」

 

 アンジェラとガジェットは即座に理解した。してしまった。

 

 如何にしてステインが今までファントムルビーの精神汚染を受けながら、自らの正気を保っていたのかは分からない。しかし、飯田の言葉が逆鱗に触れ、その枷が外れてしまったのだろう。

 

 最早、アンジェラ達の眼の前にヒーロー殺しステインは存在しない。そこにあるのは、ステインの願望だけをわずかに残し、仮想現実を産む宝石に自我を、魂を食い潰された成れの果てであると、アンジェラとガジェットは気付いてしまった。

 

 アンジェラは舌打ちをしながらも上空から降ってくる仮想現実を機械的な熱線(テクノランチャー)で破壊する。もう、大した話を聞くこともできないだろう。アレは最早、抜け殻でしかない。

 

 ステインだったものは、自我を失いつつも飯田に向って仮想現実の刃を振りかざす。レシプロバーストの反動で動きが鈍っている飯田を守ろうと、轟は氷で防護壁を形成し、アンジェラは上空に砲撃を放ちつつ、遠隔から守りの意思(ディフェソート)を使った。

 

 仮想現実の刃が守りの意思(ディフェソート)に激突する。

 

 しかし、同時にステインが放った仮想現実は、一つ残らず霧のように消え失せた。

 

「なっ、消えた……!?」

「どうして……アンジェラ君、何かしたのかい?」

 

 轟と飯田は困惑する。飯田の命を狙っているステインが、そう簡単に刃を収めるとは思えない。

 

 反対にアンジェラは至極冷静だった。ガジェットも、ひと呼吸置いてこの状況を作り出した原因に思い当たる。

 

「アンジェラさん、呼んでくれたんですね」

「そうだな、ま、ガジェットが居るってことは、アイツも近くに居るんだろって思ったんだ」

 

 轟と飯田と手負いのヒーローの頭の上にクエスチョンマークが散乱する。アンジェラは路地裏の闇の中に目を向けて、言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来るのが遅えよ」

「間に合ったのだから文句を言うな」

 

 そこから現れたのは、胸元に赤い光を宿した黒いジャッカルの青年。

 

 ガジェットの上司たる、インフィニットだった。




…ここまで重くするつもりはなかったのに……何故だ……。


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Moonstruck

それはあなたに力を与える。

真の英雄ですら止められない力を。

あなたはその力を振るい、目的を果たせばいい。










ただし、その代償は………………………………







あなたの魂だ。


「インフィニットさん!」

 

 ガジェットの希望に満ちた声が路地裏に響く。インフィニットはガジェットに視線をちらりと向けると、一つため息を零して言った。

 

「ガジェット、独断専行とは関心しないな」

「うっ……スミマセン」

「まあ……無事でよかった」

「ツンデレか?」

「ツンデレ言うな!」

 

 立ち上がったアンジェラの指摘に反論するインフィニット。危機的状況だというのに元気なものである。轟と飯田は全く話についていけずに、再び頭の上にクエスチョンマークを乱立させていた。

 

「あ、アンジェラ君……この人は?」

「ああ、こいつインフィニット。ガジェットの上司で酒に弱いくせに飲みまくる上学習しないやつ」

 

 飯田の疑問に悪意とおフザケ増々で答えたのはアンジェラだ。当然、インフィニットは黙って見ているわけもなく。

 

「その紹介悪意ありすぎだ、ふざけんな隠れきれてない寧ろオープンなブラコン!」

「酔っ払うたびに止めてるの誰だとお思いで?」

「ゴメンナサイ」

「弱っ!?」

 

 反撃しようとして逆に痛いところを突かれて引き下がったインフィニット。これにはガジェットも思わずツッコむ。ここまでの一連の流れは3人にとってはいつものことなのだが、やはりというかなんというか、飯田と轟は更に頭の上にクエスチョンマークを発生させていた。

 

「え、えーっと…………アンジェラ君?」

「おっと、こんなことして遊んでる場合じゃねえや。インフィニット、状況は把握してるな?」

「ああ、ソルフェジオから連絡が入った」

 

 インフィニットはステインを見やる。

 

 いや、そこに居るのは確かに姿かたちはステインなのだが、胸元に赤く輝く宝石が覗き、赤い靄のようなオーラがその身を覆っている。その目からは先程まであった信念ある光は微塵も感じ取ることはできず、ただただ深い狂気だけが顔を出していた。

 

 完全にファントムルビーに自我を食い潰されている。もうあれは残骸、抜け殻でしかない。辛うじて人のカタチを保っているのがある意味奇跡とも言えよう。

 

 その人のカタチですら、指先から少しずつドロドロと崩れかかってしまっているのだが。このままでは、ステインが完全にヒトではない別のナニカになってしまうのは時間の問題であった。

 

「……よく今まで無事だったな、あの男」

 

 そう零したインフィニットの声には、ある意味の称賛にも似た呆れが込められていた。アンジェラもそれに同意するかのように首を縦に振る。

 

「それだけ、信念に生きていたってことだろ」

「でも、あのファントムルビーどうしましょう? このまま放置しておいたら、仮にステインを捕縛してもヒーロー殺しよりもたちの悪いことになっちゃいます……」

 

 ヒーロー殺しよりもたちの悪いこと? と飯田と轟は首を傾げる。その様子に気付いたアンジェラは、ここまで巻き込んじまったらもうそれ以上に踏み込ませても変わらないか、とファントムルビーに自我を食い潰された者の末路を簡単に語った。

 

 ファントムルビーに完全に自我を食い潰された者は、終いにはヒトですらないナニカに変貌してしまう、と。

 

「な……何だよ、それ……」

「酷い話だよな。ステインが自分で望んであの力を手に入れたのか、はたまた望まずに無理矢理植え付けられたのかは知らねえけど……どちらにしろ、アイツをこのまま放置しておいちまったら、ステインはもう、人として裁かれるというどんな人にも与えられて当たり前の権利すら行使出来なくなるんだ」

「そんな……」

 

 ヒーロー志望とはいえ、そして相手が連続殺人犯の敵とはいえ、まだ高校一年生という若い身分の飯田と轟には、この話は重すぎたらしい。ステインは確かに許されざる事をした。しかし、確かに彼も一人の人間なのだ。人として罪を裁かれなくてはならないはず。それすら出来なくなってしまうなんて、と。

 

 アンジェラはそんな二人の感情を汲んだのか、ウエストバッグからジュエリーケースを取り出して言った。

 

「あくまでこのままにしておいたら、だ。方法がないわけじゃない」

「……本当か、フーディルハイン!?」

「この状況で嘘ついてどうすんだよ」

 

 アンジェラはあくまでも冷静な表情で言い放つ。轟の表情にわずかに希望が宿った。

 

 アンジェラは冷静な表情のまま飯田に問う。

 

「飯田はそれでいいのか?」

「確かに奴は、俺の兄を傷付け、再起不能に追いやった……しかし、ヒーローとは何たるべきかを教えてくれたのも、他ならぬ奴だった……

 

 恩返しなんて言わないが、せめて、人として法の下で裁かれるという、当たり前の権利は手放させたくない……

 

 僕は奴に立ち向かう……今度は敵討ちなんかじゃなく、犯罪者として……ヒーローとして!」

 

 飯田の決意の言葉に、アンジェラはニヤリと笑みを返した。

 

「Hehe……乗った! 

 

 ガジェット、インフィニット! お前らも手ぇ貸せ!」

「勿論ですよ、アンジェラさん!」

「まぁ、乗りかかった船だ。協力してやらんこともない」

「轟もそれでいいか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 アンジェラの呼びかけに轟も力強く頷く。

 

 今ここに、空色の魔女とヒーローの卵、そしてGUNのエージェントによる共同戦線が締結された。

 

 

 

 

「とはいっても……どうするつもりだ?」

 

 インフィニットは根本的な問題を口に出す。ファントムルビーによる侵食は、もうファントムルビーとステインを物理的に切り離さなければどうにもならない。この場で、それが可能なのだとするならば……

 

「大丈夫だ。コレがある」

 

 アンジェラは手に持っていたジュエリーケースを開き中身を取り出す。そこに鎮座していたのは、青色の光を放つ美しい宝石。轟と飯田は全く持って見覚えがない代物だったが、ガジェットとインフィニットはその輝きをよく知っていた。

 

「カオスエメラルド……」

 

 そう、アンジェラが日本に来る前に拾って、そのまま持ってきた混沌の宝珠、カオスエメラルドである。

 

 ガジェットはアンジェラが考えていることが、どんなことなのかを一瞬で理解し、顔を青くした。

 

「まさか、カオスコントロールを使うつもりですか!?」

「それ以外の方法はないだろ?」

「確かにそうですけど……!」

 

 アンジェラには、ガジェットが言わんとしていることは分かる。しかし、現状他に解決策がないのであれば、コレに頼るしかあるまいと、ジュエリーケースを懐に仕舞った。

 

「カオスエメラルド?」

「悪い、説明は後でな」

 

 当然カオスエメラルドとかいう新しい単語に轟と飯田は疑問を持ったが、アンジェラは時間がないとその質問を一蹴した。轟も仕方がないか、と今は目の前のことに集中する。

 

「ケテル、お前の力も借りる」

《うん、任せてお姉ちゃん!》

 

 アンジェラの呼びかけに応えるかのごとく、ウエストバッグからケテルが現れてビシッと敬礼をする。

 

「ケテルの力を借りるって……前に言ってたパワーアップ技か?」

「Exactly.お前らには援護を頼みたい」

「分かった。任せろ」

「アンジェラ君、任せてしまっていいのか?」

「援護も立派な役割の一つだ。助かるよ」

 

 轟と飯田は痛む身体に鞭を打って構える。ガジェットは本当にやる気か、と未だ顔を青くしていたが。

 

「腹をくくれ、ガジェット。あいつが止めても聞かないタマなのはよくわかっているだろう」

「ですけど………………あー、もう! 知りませんからね!?」

 

 意を決したようにガジェットは拳を鳴らす。インフィニットはそんなガジェットを見て不敵な笑みを浮かべた。

 

「あ”……あ……殺す……」

 

 そうこうしている間にも、ステインの肉体の崩壊は少しずつとはいえ進んでいる。手に関して言えばもう原型を留めてはいない。それは肉の塊のような何かへと変わり果ててしまっている。

 

 アンジェラは驚いた。あそこまで崩壊が進むほど長い時間ファントムルビーを宿していたのに、今の今まで人間(……)を保ち続けていたことに。

 

 ステインは、やり方こそ間違っていたが、本気だったのだ。本気で、正しい社会を、正しいヒーローのあり方を取り戻そうとしていたのだ。

 

 それがもう、グズグズに溶け出した殺意しか宿していない人ですらないなにかでしかないとは、何たる皮肉であろうか。

 

「……いや、今考えても仕方ない、か」

「アンジェラさん?」

「気にしないでくれ。独り言だ」

 

 アンジェラは瞳を伏せ、カオスエメラルドを握りしめる。ソルフェジオを再びガントレットに変形させ、装着した。

 

「さて……行くぜ、Buddy!」

『了解です、我が主』

「ケテル! 来いっ!」

《うん!》

 

 アンジェラの合図で、ケテルはアンジェラの中に入り込む。身体の中から力が湧き上がってくるような感覚が、アンジェラの五感全てに伝わってくる。

 

 同時に、アンジェラはリミッターをセカンドリミットまで解除させ、駆け出した。

 

「アハハハ……!」

 

 ステインは不気味に笑い、手に持った刃物を手当たり次第に投げる。その全てが、アンジェラをめがけて飛んでくる。

 

「させるか!」

「させません!」

 

 その刃物の大群を、轟は炎で遠距離から、ガジェットはアンジェラほどではないにしろ凄まじいスピードを乗せた蹴りで近距離から弾き落とした。

 

 だが、その程度で止まるステインではない。彼は先程までとは明らかに次元の違うスピードで飯田に迫る。肉体が人間でなくなりかけているからか、身体能力がパワーアップしているのだろう。

 

「さっきまでよりも速い……

 

 しかし、アンジェラ君に比べれば、遅い!」

 

 一度アンジェラと正面を切って戦った飯田は、ステインの動きを捉えることに成功し、向かってくるステインにエンジンを吹かせた蹴りをお見舞いした。ステインはそのまま吹き飛ばされるも、変形しかかった両の手を複数本のロープのようなものにして伸ばしてくる。

 

拒絶する星の瞬き(ディレイアルタイル)っ!!」

 

 アンジェラは拒絶する星の瞬き(ディレイアルタイル)を現出させ、飛んできたロープのようなものめがけて発射する。が、どうやら撃ち漏らしがあったようで、内数本は未だにアンジェラめがけて伸びてきていた。

 

 そのロープのようなものを、インフィニットは纏めて掴んだ。

 

「撃ち漏らしがあるとは、お前らしくもない」

「だけどナイスアシストだぜ、インフィニット」

「……勝手に言ってろ!」

 

 インフィニットは投げやり気味にそう言いながら、ロープのようなものを思いっきり地面に向って投げた。ロープのようなものに繋がれていたステインは、その勢いのまま地面に激突する。

 

「アンジェラ、今だ!」

「おう、Thank you guys!」

 

 地面にめり込んで動きが止まった一瞬でアンジェラは凄まじいスピードでステインにのしかかり、カオスエメラルドを抱いた左手に更に力を込める。外からカオスエメラルドの力の、内からケテルのカラーパワーの力の奔流を感じる。それらを一つに練り上げ、アンジェラは開放した。

 

「カオス、コントロールッ!!」

 

 カオスエメラルドが青く強い光を放つ。アンジェラの身体から青白い光が溢れ出す。その光はアンジェラを、アンジェラが掴みかかっているステインを、果ては路地裏全体を包み込む。アンジェラは右手でステインの胸元に突き出てきたファントムルビーを引っ掴んだ。

 

「……ッ!!」

 

 力の濁流がアンジェラを包み込む。肉体が悲鳴を上げている。両手の皮膚が裂け、血が吹き出している。口からも血が零れ、ポタポタ、と口の端を伝って滴り落ちた。

 

 アンジェラがしようとしているのは、ステインの肉体を巻き戻すこと。ファントムルビーが植え付けられる直前の状態にすることができれば、ファントムルビーを完全に切り離すことができる。それは、巻き戻すことに特化したカオスコントロールの使い手であるアンジェラにしかできないことであった。

 

 しかし、いくら時間に干渉することができるカオスエメラルドだからといって、人間の肉体を巻き戻すなどという神の御業にも等しき行為は使用者の肉体に多大な負荷がかかる。しかも、本来は複数個のカオスエメラルドによってようやく為せる技であるところを、魔力とケテルのカラーパワーで補強させてまで一つだけでやろうとしているのだから、行使者であるアンジェラにかかる負荷は尋常ではない。

 

「まだっ……足りねえ……!!」

 

 そして、制御できるギリギリの己が魔力をカラーパワーで強化し、カオスエメラルドの力を補強させてもまだ足りないと判断したアンジェラは、ワン・フォー・オールまでもを限界まで開放した。身体がギシギシと悲鳴を上げている。腕の皮膚も裂け始め、血の涙はその量を増し、意識も若干朦朧としていた。

 

 力の奔流を送り込み続け、巻き戻し続けてようやくファントムルビーとステインが分離し始めた。アンジェラはあと一息だ、と言わんばかりに更に力を送り込む。身体全体から血が吹き出るが、アンジェラはそれでもやめようとはしなかった。

 

 その姿は、まさしく天からの使い。血に濡れた、されど何よりも美しき天使。

 

 そして、アンジェラは血まみれの右手で掴んだファントムルビーを、思いっきり引き抜いた。

 

「ッ!!!」

「アンジェラさん!」

「アンジェラ!」

「アンジェラ君!」

「フーディルハイン!」

 

 光が収まったと同時にケテルがアンジェラの内から出てきて力なくアンジェラの肩の上に倒れる。ガジェット達はすぐさまアンジェラ達に駆け寄った。アンジェラはなんとか立ち上がり、ふらふらとした足取りでビルの壁に寄りかかってそのまま座り込んでしまった。その衝撃でケテルが地面にポトリと落ちる。

 

「あー……なんとか、できた……」

「なんとかできた、じゃありませんよ!? こんなにボロボロになって……!」

「ガジェット……これ、GUNの管轄だろ……」

 

 朦朧とする意識の中、引き抜いたファントムルビーをガジェットに手渡すと、アンジェラは突然蹲った。どうしたのか、とガジェット達が慌てふためいていると、

 

「がっは……うっ……ぐぇ……」

 

 アンジェラは、その場に大量の血反吐を吐き出してそのまま気絶してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、肉体の崩壊が止まったステインは轟と飯田によって捕縛され、手負いのプロヒーロー改めネイティヴを含む全員が負った怪我はガジェットの応急処置と治癒の“個性”によって、動ける程度までには回復された。

 

 ただし、アンジェラだけは治癒が終わっても目を覚まさなかった。というか、ガジェットが治癒できなかった。

 

「アンジェラさん、力を使いすぎたうえに血を流しすぎたんです……早く輸血しなきゃ……!」

 

 ガジェットの治癒の“個性”はリカバリーガールの“個性”と違って治癒される対象の体力は消耗しないが、血を補充することはできない。血が足りない状態で治癒を施せば、最悪死の危険すらある。

 

 取り敢えず、止血だけをしておいて早急に救急車を呼んだ。保須市内の騒ぎで救急車が来るのは遅くなるかと思われたが、直後に現場に現れたグラントリノを始めとしたプロヒーローによって、アンジェラは早急に病院へと担ぎ込まれた。

 

「全く……確かに座ってろとは言ってないがな……まさかこんなに傷だらけになってくるとは思わなんだ」

「ごめんなさい、グラントリノ……僕らがアンジェラさんに頼り切ってしまったばかりに」

「いや、その点に関してはお前さんらに非はない。あの場ではあれしか方法がなかった。確かに小娘が無茶をして大怪我……しかも殆ど自損をしたのはいただけねえが、小娘の行動でまた(・・)ファントムルビーの犠牲者が救われたんだ……そこは、褒めてやらなくてはな」

「…………あいつの兄貴共がうるさそうだがな」

「あ、あはは……インフィニットさん、僕も一緒に怒られますから……」

 

 アンジェラの病室の前の廊下にて、ガジェットとインフィニットはグラントリノと話していた。グラントリノはガジェットとインフィニットにとっては、元がつくとはいえ上司に当たるエージェントである。そんな人の教え子に、頼り切って無茶をさせた挙げ句大怪我を負わせてしまったので、特にガジェットは内心ビクビクしていたが、グラントリノはその点に関してはガジェット達に非はないと慰めの言葉をかけた。インフィニットは後に起こるであろう事柄を思ってため息を吐き、ガジェットは苦笑いをしたが。

 

 アンジェラは輸血とガジェットの“個性”による迅速な治療のかいあって、今は落ち着き見せているらしい。命に別条もなく、じき目覚めるだろうとのことだ。

 

「時にガジェット……とか言ったか。お前さん、ヒーロー殺しが持ってたファントムルビーはどうした?」

「アンジェラさんから預かって……今はインフィニットさんが持っています」

「なるほど……ま、お前さんが持ってるのが一番だろうな。GUNの方から何らかの連絡が来るまでは任せていいか?」

「はい。大丈夫です」

 

 インフィニットはグラントリノに敬礼をした。

 

 

 

 

 

「しかし…………ヒーロー殺しはどこからファントムルビーなんて手に入れたのか」

 

 夜は更けてゆく。一抹の不安を残しながら。

 

 
















光が無数に舞い落ちる
眠りに咲く、狂騒の宝珠
すべからく願うこと許されず
刻まれたものも、忘れ去って




届くことはない
手を伸ばしても

何度でも夢を追いかけ
すり抜けてゆく

破滅へ導く
紅い瞬き

己がことも想い出さえも
零れ落ちて




死した魂で舞台に立ち舞う
そんなものに役目などない
意味などないと

狂おしいほどに
成し遂げたいことがある

あった………はず、だけど今は
もう思い出すことさえ出来ない







どれだけ深くまで沈んだか
目覚めの時、空想の宝珠
初めて願うことを赦されて
祈りは呪いへ、影に堕つ



手を伸ばそうとも
思ったことはない

何度でもほら、また夢を見て
氷空へ堕ちる

希望へ導く
淡すぎる光

己がことも想い出さえも
手放してでも




魂すら持たぬ生きた人形は
いつの日にか手に入れるだろう
導の灯火

全てが遅すぎた
そんなことは有り得ない

きっと、まだ、間に合うはずと
思わなきゃ、息すら出来ない









死した魂で舞台に立ち舞う




ああ、どれだけ愚かで
どれだけ愛おしいのだろう

本当は分かっていた
もう、何もかも、遅いこと






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兄妹のはなし

お気に入り100人突破、皆様ありがとうございます。
今までグロやらホラーやら鬱やら続いてきましたが、今回は小休止回。肩の力を抜いてどうぞ。






まだ、特大の爆弾が残っていますので。


 ヒーロー殺しステインが逮捕された日から一夜が明け、朝も通り越して昼。

 

「ん……ここは……」

 

 今の今まで気を失っていたアンジェラは、ようやく意識を取り戻した。最初に目に入ったのは、病院のものであろう無骨な天井。ジャパニメーションも踏襲済みのアンジェラは、あることを叫びたい衝動に駆られた。

 

「はっ、知らない天井!」

『ふざけてないでナースコール押してください』

「アッハイ」

 

 なんだか若干辛辣なソルフェジオに促されてアンジェラはナースコールを手に取り押した。ちなみにソルフェジオはペンダント形態に戻っている。

 

 枕元を見てみると、疲れ果てたのかウエストバッグを枕代わりにどべーっと寝そべって寝息をかいているケテルが居た。カラーパワーを無理に使わせたから疲れてしまっているのだろうか。

 

 それにしても、昨日はやべーことをしてしまった。文字通り血反吐をぶちまけた。多分後で怒られるんだろうなぁ……後悔も反省もしていないけど。

 

 そんなことをつらつらと考えながら、アンジェラは医者を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小娘、起きたか」

「グラントリノ」

 

 診察が終わった直後、アンジェラの病室にグラントリノがやってきた。診察の結果、アンジェラの身体は若干貧血気味なこと以外は異常なし。裂けた皮膚もガジェットの“個性”によって治され、もうほぼ完治に近い。暫くは経過観察のために入院しなければならないようだが、それは二、三日で済むらしい。

 

 そして、アンジェラがまだ気絶している間に、保須警察署署長の面構犬嗣さんが、別室に入院中の飯田と轟の元を訪れたとのことだ。

 

 面構署長は言ったそうだ。“個性”の武力行使、人を安易に殺められる力。本来であれば糾弾されるはずのそれらが容認されているのは、先人たちがモラルやルールをきちんと遵守してきたからだと。

 

 資格未取得者の保護管理者の指示なしでの“個性”使用及び他者へそれを振るうことは、例え相手が凶悪敵のヒーロー殺しステインであったとしても、立派な規則違反である。

 

 故に、飯田、轟、そして二人の現在の保護管理者であるプロヒーロー、エンデヴァー、マニュアルには然るべき処罰が下されることになった。インフィニットが合流してからのことは、インフィニットが上位国際エージェント免許を持っていたことと、そのインフィニットの監督下にあったことを踏まえて、処罰の範囲からは外れているそうだが、それ以前のことは庇いきれなかったらしい。

 

 しかし、処分云々はあくまでも公表すればの話。轟の炎によってわずかについた火傷痕から、エンデヴァーをステイン確保の立役者として擁立してしまおうと思えば擁立してしまえる。目撃者が限られていることもあって、この違反はここで握り潰してしまえるのだ。轟達には既にこの話が通っており、警察の方でも隠蔽の方向で動いているとのことだ。どちらにしろ、監督不行き届きということでエンデヴァーとマニュアルは責任を取らないといけないそうだが。

 

 ちなみに、これは大変余談であるが、GUNのエージェント免許はヒーロー専用のネットワークサービス、ヒーローネットワークを使えないこと以外はそこまでヒーロー免許と変わらないものである。ガジェットが持っているのは一般的なエージェント免許だが、インフィニットが持っているのは更に上位の権限を持つ上位エージェント免許である。

 

 そこまで話を聞いたアンジェラはふとある疑問を感じた。

 

「……あれ、オレは?」

 

 そう、そもそもの処罰の対象に、アンジェラと現在アンジェラの保護管理者であるグラントリノは含まれていなかったのだ。結構派手に暴れた、なんなら一番重傷だったはずなのだが。

 

「あー、お前さんの場合は、本部からアレが出たからな。タイミング的にギリギリセーフとのことだ」

「アレ? なんのことです?」

 

 グラントリノはアンジェラに茶色い封筒を手渡す。アンジェラは首を傾げながらそれを開けてみた。中には一枚の書類と免許証サイズのカードが入っていた。カードには、アンジェラの顔写真とフルネーム、何かのIDなどいくつかのアンジェラにまつわる個人情報が刻まれている。

 

「……えーっと……コレは?」

「お前さんの緊急エージェント免許証だ」

「なんすかそれ」

「要は、エージェントの仮免だな。GUN上位職員複数人の推薦がなきゃ得られない、ある意味普通のエージェント免許より貴重なもんだぞ?」

「へー……」

 

 GUNエージェントに仮免などは本来は存在しない。外部の者がエージェントと同等、とまではいかないにしろ、ほぼ同等の権限を得ることができるのがこのカードなのだろう。刻まれているIDはそのまま、仮とはいえGUNエージェントとしてのIDとのことだ。そしてこのカードは、発行されたその瞬間から効力を発揮する。そしてカードに刻まれていた発行日時は、丁度昨日の夕方。そう、アンジェラがステインと遭遇する、その直前である。

 

「なるほど、ギリギリセーフってそういうことか」

「天使の教会の案件に関わるんなら必要だろうって、本部司令その他上位職員複数人の推薦で発行された。それさえあればGUNの施設は上位クリアランスが必要な場所以外は大抵入れる。無くすんじゃないぞ? あと、大丈夫とは思うがくれぐれも不用意に他人に話さないようにな」

「はーい」

 

 アンジェラは取り敢えず、ケテルが枕代わりにしていたウエストバッグの中にエージェント免許証を仕舞った。後でカードケースでも買おうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、お前ら」

「アンジェラ君! 目を覚ましたんだな!」

「うん、元気そうだな」

 

 グラントリノとの会話の後、アンジェラは飯田と轟の病室に顔を出した。そこには昨日のことで話があったのであろうガジェットとインフィニットの姿もあった。

 

「もう動いても大丈夫なんですか?」

「ああ、お前のおかげでな。Thanks,ガジェット」

「いえ、むしろこれくらいのことしか出来なくて申し訳ないです……!」

 

 ガジェットは申し訳なさそうに頭を下げるが、アンジェラとしてはガジェットが居なければあやうく後遺症が残りかけたのだ。あの行動に後悔なんてものは微塵もないが、ガジェットのおかげで助かったという感情にも嘘偽りはない。

 

「いや、こうしてオレが五体満足で居られるのは間違いなくお前のおかげだよ、ガジェット」

「はぁ……本当はあんなことしてほしくなかったんですが」

「ガジェット、そこまで気に病む必要はない。俺達ではこのバカの行動を止めることなんて出来やしないのはとっくに分かっていたことだろう」

「バカとはなんだバカとは」

 

 なんだかんだ言って、インフィニットもアンジェラのことが心配だったのだろう。普段あまり素直にならないのに、珍しいこともあるものだとガジェットは苦笑いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの一件(・・・・)で懲りたかと思ったが、どうやら全然懲りていなかったらしいな」

 

 突如、扉の方から轟と飯田は全くもって知らないが、アンジェラ達にとっては聞き馴染みのありすぎるどことなく甘い声が響く。勘違いでもなんでもなく、怒気を含んでいるであろうその声にアンジェラはブリキ人形さながらに、ギギギ……という音が出そうな動きで扉の方を向く。

 

「アンジェラ」

「げっ、シャドウ!?」

「オレも居るぜ」

「ソニックまで!?」

 

 そこに居たのは、アンジェラの義兄たるソニックとシャドウであった。まさかの人物の登場に、アンジェラは思わず声を裏返してしまう。

 

「何でここに……?」

「ガジェットから連絡が入った。また相当無茶を押し通したらしいな?」

「うっ……き、昨日の今日でどうやってここまで……」

「No way! アンジェラならよくわかってるだろ?」

「……カオスコントロールか……」

 

 アンジェラは思わずこめかみに手を当てる。ガジェットから連絡を受けて、上司を脅してかどうかは知らないがどうにかしてカオスコントロールによる国境越えの許可をもぎ取りでもしたのだろう。シャドウは目的のためならば手段を選ばない所がある。ソニックまで交渉に参加していたのだとしたら、脅された上司哀れ、としか思えない。

 

「えっと……どちら様で?」

「お二人も話くらいは聞いたことがあるんじゃないですか? アンジェラさんのお兄さん達ですよ」

「ああ……そういえば、前にアンジェラ君からそんな話を聞いたな」

「俺も、話には聞いていたが……」

 

 飯田はUSJ事件の前に、轟は体育祭の時にちらっとそういう話は聞いていたが、詳しいことは聞いたことがなかった。アンジェラの話から、アンジェラが二人の義兄のことを慕っていることはなんとなく察しがついていたが。

 

「そんなお兄さん方がどうしてここに?」

「決まっている。無茶ばかりの妹に説教をしに来た」

 

 飯田の疑問に答えたのはシャドウだ。アンジェラは今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られた。逃げ出したところで、病み上がりのアンジェラが元々アンジェラよりも速く地を駆けるソニックとシャドウから逃げられる謂われはないのだが。

 

「あのー……見逃してくれたりは」

「「するわけないだろ」」

「ですよねぇ!!」

 

 駄目だ、逃げられない。

 いや、元から逃げられるわけがないのだが、ここで逃げようとする素振りを見せたら説教の時間が更に延びる。

 

 観念したアンジェラは、頬をもちもちとつねられながら小一時間ほど説教されましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通り説教が終わり、ようやく解放されたアンジェラは既に疲労困憊の状態だった。

 

「あー、痛かった」

「……全然反省していないように見えるんだが」

「ソンナコトナイデスハンセイシマシタ」

「棒読みがすごいぞアンジェラ君!?」

 

 ベッドの上で正座させられていたアンジェラは、飯田のツッコミを受けながら脚を伸ばしていた。

 

「まあ、オレたちがそれをどうこう言える立場じゃないのはわかってるけどさ……流石に血を吐くまで身体を酷使するのは、な」

「うっ……」

「こいつは昔からどうも他人を頼る、ってことが苦手なんだよ。飯田に轟、だっけ? そういうことだから、ちょっとばかしでも気をかけてやってくれ」

「ちょ、ソニック!?」

 

 アンジェラは心外だとでも言わんばかりの表情でソニックを睨む。が、ソニックはどこ吹く風であった。

 

「そりゃ、昔よりはマシにはなったけどな」

「え、血を吐いてぶっ倒れて、それが昔よりもマシ……?」

「いや、全然マシとは思えないのですが!?」

「普通はそう思うだろうな。だけど、本当にマシになった方なんだよ。そもそもアンジェラは自分の弱みを見せようとしない。限界になってからようやく表に出すからな」

 

 ソニックはそう言いながらため息をつく。アンジェラはこうと決めたら梃子でも動かない。それは重々承知の上だが、せめて大きな怪我を負ってほしくない、少し頼るくらいはしてほしいと思うのは、ただのエゴだろうか。

 

 アンジェラは自身のやりたいことを突き通さないと気が済まない質なのはよく分かっている。他ならぬ、ソニックが元々そうなのだから。

 

 が、それを加味しても、アンジェラは自身の弱い所を見せたがらない。そして、無茶を押し通す。例え、そのせいで自身がどれだけ傷付こうとも。

 

 人の痛みには敏感なくせに、自身の痛みには無頓着な妹。だからこそ、例え意味がないかもしれないとしても、二人は、いや、彼女に関わった人物達は心配し続ける。

 

「…………まぁ、心配かけて、悪かったよ」

 

 アンジェラは目を伏せがちに言う。アンジェラだって、分かっているのだ。どうしてここまで心配されるのか。

 

 だけど、飛び出さずにはいられない。ヒーローになりたいわけでは決してないのだが、何かができるのだと認識してしまえば、いや、しなくても、駆け出さずにはいられない。

 

 それはアンジェラの美点であり、欠点であり、精神の歪みであった。アンジェラはそれを、正しく認識している。認識こそしているが、治すことは出来ない。

 

 アンジェラは自身の心情を隠すように、曖昧に笑った。

 

 



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偽りの幸福論

 

 

 

 

   ──記憶のカケラ  魔法使いの御伽話──

 

 

 

 

 

 昔むかしあるところに、魔法使いの女の子がおりました。

 

 魔法使いの女の子は、魔法と科学が融合し、発展した大きな国で生まれ育ちました。

 

 少し大食いがすぎるところがありましたが、優しい両親や二人のかけがえのない友達に恵まれ、それなりに楽しく暮らしておりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………しかし、ある時、国に大きな戦争の火が襲いかかりました。複数の宗教観の存在を、他者が崇める神の存在を認められない馬鹿共が起こした、残酷で、冷酷で、意味などない戦争でした。

 

 魔法使いの女の子やその友人達も戦争に巻き込まれました。彼女たちの家族や身近な人々は敵によって捕まり、嬲られ、貶められ、痛めつけられ、傷つけられ、苦しめられ、泣かされ、最後には、異教徒であるというくだらなすぎる理由で殺されてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 身近な人々が一人、また一人と居なくなり、とうとう残ったのは魔法使いの女の子と二人の友達だけでした。

 

 魔法使いの女の子は深く悲しみました。そして、敵のことを強く憎みました。

 

 

 

 

 何故、自分たちはここまで傷付かなくてはならない? 

 

 

 

 

 何故、考え方が違うというだけで家族が殺されなくてはならない? 

 

 

 

 

 

 魔法使いの女の子は憎しみを募らせました。

 

 最初は敵のことを、次にこの戦争を起こした原因とも呼べる宗教の存在を、そして最後に、何もできなかった自分のことを、激しく憎みました。

 

 そして、その憎しみが魔法使いの女の子に一つの決心をさせました。

 

 

 

 

 

 

 くだらない価値観の違いなどに囚われて、その手で多くの人々を屠ってきた奴らを、皆殺しにしてやろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 女の子は必死になりました。必死に強くなろうとしました。

 

 必死になって、なって、なりすぎて……魔法使いの女の子は、とうとう見つけてしまいました。

 

 

 

 

 

 この戦争を終わらせ、失ったものを全て取り戻すことができるであろう、古代の兵器を。

 

 

 

 

 

 魔法使いの女の子は、その研究にのめり込みました。二人の友達も協力を惜しみませんでしたが、自身の身体も顧みない魔法使いの女の子を心配もしていました。

 

 それでも、二人の友達も魔法使いの女の子と心は一つでした。自分たちをこんな目に合わせた敵のことは、決して許さないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、愚かで愚直な魔法使いの女の子を、止めることができなかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、ごくごく自然なことでしょう。

 

 憎くて憎くてたまらない相手には、容赦もしたくなくなるでしょう。

 

 

 

 

 

 それでも、二人は魔法使いの女の子を止めなければならなかった。どんな手を使ってでも、魔法使いの女の子に手をかけようとも、止めなければならなかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神の力に手を伸ばそうと考えてしまった時点で、魔法使いの女の子は大きく道を踏み外してしまったのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……い、おい、アンジェラ?」

「ん……?」

 

 ソニックの呼び声に、アンジェラの意識がふわりと持ち上がる。病み上がりだからだろうか、アンジェラはいつの間にか座ったまま眠っていたらしい。

 

「あれ……オレ、寝てた?」

「はい、わりとグッスリと」

「座ったまま寝れるとは……器用なんだか、そうじゃないんだか」

 

 アンジェラは恥ずかしそうにたはは、と笑っている。

 

 眠っていたとき、何やら不可思議な夢を見たような気がするが、その記憶は霞がかったように思い出せない。まぁ、いつものことかとアンジェラはその夢のことを思考回路の隅の隅に追いやった。

 

 

 

 

 

 

「あの、聞きたいことがあるんですが、カオスエメラルドって何なんですか?」

 

 飯田は聞いてもいいのだろうか、と思いながら今までずっと胸の内に隠していた疑問を口に出す。それは、轟もずっと思っていたことだった。

 

 アンジェラはため息を一つ吐くと、扉に向かって手を翳し、扉に魔法陣を現出させた。部屋の外に音が漏れないようにする魔法だ。魔法をかけ終えると、アンジェラは自分の部屋にあるウエストバッグを魔法で取り寄せ、中身を漁る。ウエストバッグには特殊なセキュリティ魔法がかけられており、取り寄せる程度なら座標が分からなくても可能だ。また、アンジェラが許可を出した相手以外は開くことも叶わない。

 

 手元に出現させた魔法陣からケテルも一緒に転がり出てきたので、膝の上に乗せておく。ケテルは今だにグースカピーと眠っていた。呑気なものだ、とアンジェラは薄く笑う。

 

「カオスエメラルドってのは、まぁ、すっごいエネルギーの塊……みたいなもんだよ」

 

 ほら、これ。と言いながら、アンジェラはウエストバッグからジュエリーケースを取り出して開く。そこには、青い光を放つ奇跡の石が変わらず鎮座していた。

 

「全部で7つあって、これはそのうちの一つな。全部揃うと奇跡を呼ぶって言われている。その力を引き出せるのは、極々一部だけだけど。

 

 ステインに使ったのはカオスコントロール。カオスエメラルドの時間に干渉する力を使って、ステインの肉体の時間を巻き戻したんだ」

「へ、へぇ……。それって、ある種の“個性”なんじゃないか?」

「んー、“個性”とは多分違うな。あくまでもカオスコントロールはカオスエメラルドが元々持っている力を引き出すだけだから」

 

 アンジェラは一部の事実、カオスエメラルドの力を実は機械でも引き出せる(その為の機械を作れるのは本当に一握りの科学者のみとはいえ)ことや、カオスコントロールが元々ブラックドゥームという宇宙人の使う力であることは黙ったまま語る。嘘は言っていない。

 

「フーディルハイン以外にも、使える人が居るのか?」

「ソニックとシャドウは使える。オレの場合は一応使えるだけで、全然コントロール出来ないんだけど」

 

 カオスコントロールへの適性を持つ人物は本当に稀だ。使えるだけでも相当に凄い事なのだが、アンジェラは身近に自分以上にカオスコントロールを使いこなす人物が居るせいで無駄にへりくだっている。

 

「いや、確かにコントロールが少し甘い所はあるが、そこまで言うほどではないだろう」

「……そうか?」

「アンジェラの場合は「巻き戻し」に特化してるとこあるからなー、他のことはちょっと苦手なだけだって」

 

 そんなアンジェラに、ソニックとシャドウによるフォローが入る。実際、アンジェラは巻き戻し以外のカオスコントロールを失敗することはあれ、暴発させて大惨事にすることはほぼない。完全にないとも言い切れないが。

 

「そうなんですか…………では、ファントムルビー、って何なんですか?」

 

 アンジェラはあー……と声を漏らす。中途半端に知っていても後が怖いし、それならいっそ全部話した方がいいだろうか。一応、機密事項なので非常時でない今、非正規雇用、いわゆるアルバイトみたいな立場であるアンジェラにファントムルビーに関する情報を他者に勝手に公開する権限はない。

 

「ファントムルビーは、ある敵組織が開発したらしい本物に限りなく近い仮想現実を実体化させる兵器だ。適性がない者が使えば、自我を食い潰され人ではない怪物と化す」

 

 口を開いたのは、その権限を持つシャドウだった。いつもの仏頂面で淡々と、ファントムルビーについて語る。シャドウの話を聞いた轟は、どうしても疑問に思ったことをダメ元で聞いてみることにした。

 

「……一つ、質問していいですか?」

「答えられるかは分からない。それでもいいなら」

「答えられないのであれば構いません……インフィニットさんが現場に駆けつけたとき、ステインが放った赤いブロックのようなものが消えたんです。あれは、どういうことなんですか?」

 

 瞬間、病室内に沈黙が走る。轟は、何かマズイことを聞いてしまったのだろうか、とアンジェラを見やった。アンジェラは曖昧に笑うだけで、何も言おうとしない。

 

「……ファントムルビーの仮想現実には、仮想現実同士が力をぶつけあったときに反発しあって消え去る、という特性がある」

「つまり……あの場にステインが持っていた以外のファントムルビーがあった、と?」

「そうだ」

 

 轟の疑問に答えたのはインフィニットだった。

 

「……いいのか、話して」

「別に個人としては隠していることというわけでもない。ここまで話した以上、話さないわけにはいかないだろう」

「そうかい。ま、オレは止めやしないさ」

「えっと……それは、一体どういう?」

 

 飯田はアンジェラとインフィニットの話についていけず、つい声を漏らす。轟も声こそ出していないが、疑問を顔に滲ませていた。

 

「…………インフィニットが現場に来るまで仮想現実はそのままだった。そして、さっきシャドウが話したファントムルビーの性質。この二つがあれば、簡単に分かることさ」

 

 アンジェラはどこか悲壮感の漂う表情で言い放った。

 

「……………………まさか…………!? いや、でも、そんなことが……!?」

「………………!!」

 

 答えに辿り着いたらしい二人は、顔色を悪くする。取り込まれ、自我を失い人を棄てさせられた男の哀れな末路を間近で見てしまった少年たちには、重く感じられた事実。

 

 胸元に手を置いたインフィニットは、残酷なほど透き通るような声で、答えを口にした。

 

「……答え合わせをしようか。

 

 

 

 俺もまた、ファントムルビーを埋め込まれた者だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔の話をしよう。

 

 これは、ある子供のお話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供の両親は、揃って何らかの宗教にのめり込んでいるようだった。ようだった、というのは、子供は家において殆ど置物に近い状態であったがゆえに、ほとんど何も知らないのだ。

 

 世間体を気にしてか、食事は取らせてもらえるし学校にも行かせてもらえていたが、逆に言ってしまえば、それだけだ。食事は必要最低限だし、それ以外にまだ幼い子供の面倒を見るなんてことはしてくれなかった。わりと頻繁に暴力にも晒された。骨が何本か折れたこともあった。学校や外にバラしたら殺す、とも言われていたから、誰に何を言うこともできなかった。

 

 子供はもはや何も感じなかった。一般から見たら異常なことでも、生まれた時からこんな状況であった子供にとっては、疑問に感じることではなかった。当たり前に繰り返されていたことであったのだ。

 

 学校には行っていたから、普通のことではないという自覚はあった。ただ、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな日が十数年続いた続いたある日のこと。

 

 子供は、家を出ることになった。親に捨てられたのだ。

 

 最後に見た両親は、子供を白衣を着た人間に押し付けて、金を受け取っていた。彼らは子供には目もくれずに立ち去って行った。

 

 子供はすぐに理解した。

 自分は、何らかの施設に売り渡されたのだと。

 

 予感はあった。愛されていないという自覚はあった。だから、全く寂しくも悲しくもなかった。ただ、新しく自身の居場所になるであろう場所がどんな場所なのだろうかということしか考えていなかった。

 

 

 

 結論から言おう。

 

 売り飛ばされた先は、前の場所よりも遥かにマシではあった。

 

 暴力はない。学校には行けなくなったが、その代わりに実験とやらに協力すれば、3食温かい食事と寝床、そしておもちゃが与えられた。

 

 その実験とやらも、麻酔を打って眠った状態で参加していたので、恐怖もないし、痛みもない。施設を管理している人間は何かと子供を気遣って、話しかけてくれたりする。

 

 まさに、当時の子供にとっては破格の待遇だった。

 

 何の実験に参加していたのかは分からなかった。分かる必要もないのだと思っていた。子供は、産まれて初めて感じた、「幸福」の感情に酔いしれていた。

 

 

 それは、両親の元で幸せというものを知る由もなかった子供にとっては甘美なる蜜。飢餓状態のものがそんなものを与えられたらどうなるのか…………少しは、予想がつくだろう? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供が両親に捨てられて暫くが経ったある日のこと。

 

『やあ、調子はどうかな?』

『博士、特に問題はありません』

 

 白衣を着た男、子供が売り渡されたとき、子供を迎えに来た男がいつものように子供に話しかける。彼はこの研究所を一人で管理している人物で、よく子供を気をかけてくれていた。

 

『そうか、それはよかったよ。さて、今日の実験は少し特殊なものでね……実験後に激しい痛みを伴うかもしれない。だから君には普段よりも効果の高い鎮静剤を使う権利がある。……どうするかい?』

 

 博士は朗らかに笑う。いつも世話になっているこの人たっての頼みを、拒否するなんて子供には出来なかった。

 

『実験を受けます……鎮静剤は、お願いしたいです』

『そうか、ありがとう! 君のおかげで、また研究が一つ進むよ!』

 

 博士は、嬉しそうな声を上げる。

 

 人の役に立ちたいとは、こんな感情なのか、こんな心地なのかと、子供は本人でも気づかないほどに薄く、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛い。

 

 随分と久しぶりにここまでの痛みを感じたような気がして、子供は深い眠りから意識を取り戻す。子供は実験室の手術台に寝かされ、特に拘束などはされていなかった。

 

『……実験は、終わったのか?』

 

 子供はそう呟くが、その顔には疑問が残っていた。普段であれば、実験が終了したあと、自分は眠っている間に自室のベッドに戻されるはずなのに。

 

 疑問に応える者は居ない。実験室には、誰の姿もない。どうしたのだろうと思って、ふと胸元に手を置くと、彼は明らかな異常に気が付いた。

 

 

 

 

 子供の胸元に、なにか硬いものが埋め込まれていたのだ。

 

『………………っ!?』

 

 彼は慌てて立ち上がり、手術用の鏡を手繰り寄せる。そこに写っていたのは、逆三角形の赤い宝石。鈍い光を放つそれが、確かに子供の胸元に根付いている。

 

『これ、は…………』

 

 彼はそれの正体を知っている。確か、この研究所で研究されている、仮想現実兵器だったはず。それが、どうして自分に。

 

 そんなことをグルグルと考えていると、不意に実験室の扉が開く。

 

『やあ、目を覚ましたのかい?』

 

 そこに立っていたのは、いつもと同じ優しい目をした(狂気的な執着をにじませた瞳で)こちらを見つめる、博士だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに仮想現実同士が反発し合って消えるってのは公式設定です。


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幼き幻影のエーデルワイス

『……ひっ!』

 

 子供は、恐らく産まれて初めて「恐怖」というものを明確に感じた。

 

 いや、それは恐怖などという生ぬるいものではなかっただろう。胸の奥から侵食するような、何かが壊れてゆくような、そんな錯覚を覚えた。

 

『ありがとう、君のおかげだ』

『……あの、博士……これ、は?』

 

 子供はそう言いながら、自身の胸元を指差す。博士は笑みを絶やさないまま、声の調子を変えないまま、言葉を紡ぐ。

 

『ああ、君も知っているだろう? ファントムルビーだよ』

『…………なん、で……ファントムルビーは、埋め込んだ相手を殺す、って……俺を、殺すつもりだった……のか……?』

 

 信じたくなかった。

 

 実験体として売り払われた時点で、痛みは覚悟していた。しかし、この研究所で暮らしていくうちに、子供はある思いに、思い込みに囚われていた。

 

 この博士は、自分を実験体にすることはあっても、痛みを残したり、少なくとも殺したりはしないのではないか、と。

 

 それは、子供ゆえの甘い幻想。何の根拠もない、甘すぎる理想論。だけど、この施設で暮らすうちに「幸せ」を筆頭とした一般人が持つ感情を少しずつ手に入れていた子供にとっては、受け入れ難い現実だった。

 

『まさか! 殺すつもりはなかったよ! もしかしたら死んでしまうかもしれない、とは思っていたけどね!』

 

 博士の言葉に子供の背筋は凍りつく。今まで、こんなにも狂気を滲ませて話しかけてくることなんてなかったのに。

 

『君は本当に素晴らしいよ、ファントムルビーをその身に宿しているにも関わらず、高いレベルの自我を保ったままの状態で居る、これは本当に凄い事なんだよ? 

 

 今までの子たちは、肉体が変容しなくても自我を失ってしまうばかりだったからね……処分が大変だったんだ』

 

 そうして語られたのは、信じたくもない残酷な現実。眼の前の優しいと信じていた博士が行ってきた、非道。

 

 彼は元から慈愛の心なんて持ち合わせてはいなかった。誰も彼も、実験のための道具としか思っていなかった。心優しく接していたのも、より効率的に実験を行うためでしかなかった。

 

 子供以外にも、実験体となっていた子供はいた。皆、親に、はたまた孤児院に、金でこの施設へと売り払われていた、捨てられた子供だった。

 

 その子供たちは皆一様にファントムルビーを埋め込まれ、自我を失い、狂気に堕ちた獣と成り果てた。人の姿を捨てたものがいれば、姿かたちだけは人間と変わらぬものも居た。

 

 そんな子供たちを、博士たちは屠ってきた。ファントムルビーに呑まれた不良品はいらないとばかりに、壊して、殺して、捨ててきた。

 

『……今までの子供たちも、皆、お前たちのことを信じていたのか?』

 

 子供は問いかける。虚ろな目で、ファントムルビーに手を当てたまま。

 

『ああ、皆僕のことを慕ってくれていた…………あまりにも滑稽で、笑ってしまったよ。所詮は使い捨ての実験体でしかないのに。ああ、でも、だからこそ人間の感情というものは本当に興味深い…………君たちからはいいデータを取らせてもらったんだ、感謝しているよ。本当さ』

『………………ファントムルビーを埋め込む実験のとき、子供たちにはそのことを隠していたのか?』

『ああ、皆ファントムルビーのことは研究所の中に居たせいか、情報が漏れていたからねえ……教えたら、実験に参加してくれなくなるだろう? 

 

 まったく…………教会も無茶なことを言うよね、一刻も早くファントムルビーの適合者を発見しろって。ファントムルビーに適合できるかどうかは、埋め込んでみないと分からないってのに。

 

 ああ、でも、君のおかげでもう教会の奴らを心配する必要はないのか!』

『そうか………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、いい』

 

 子供は博士を見据える。もう、彼に対する親愛など湧かない。

 

 最初から、騙されていたのだ。利用されるために、使い捨てられるために。甘い蜜に浸されて、それに気付くことができなかった。なんて、滑稽なことだろう、なんて、無様なことだろう。

 

 だが、それは子供であれば当然の感情だ、当然の摂理だ、自然なことだ、当たり前のことだ。

 

 愛、今まで欠片たりとも与えられてこなかった愛という毒を、求めてしまうのは、自然なことだ。

 

『………………ははっ』

 

 子供はこのとき初めて、明確な殺意を、憎悪を、嫌悪を、

 

 そして、絶望を、抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はは、あっはははははははは!!!!!!!!!!!!!」

 

 子供の無垢な笑い声が響く。同時に、彼の周囲に仮想現実が現れる。博士は、何が起こっているのか理解するのに時間がかかり、立ちすくんでいた。

 

『な、何、を…………?』

『なぁ、お前が教えてくれたんだよな? 人間は、悪いことをしたら警察やヒーローってのに捕まるって』

 

 仮想現実はぐにゃり、とカタチを変える。それは、罪人を縛る赤い鎖。赤い鎖は主の望むがまま、博士をグルグルと縛り上げた。

 

 本当なら自分で手を下したい。だけど、それではすぐに楽にしてしまう。あいつには、できるだけ長く絶望してほしい。死にたいと思っても、死なせてやるものか、楽になど、させてたまるものか。

 

『や、やめろ! 今すぐに──────』

『……煩い』

 

 彼の煩わしい、忌まわしい、という感情に共鳴するかの如く、仮想現実が現れ、博士の口を塞ぐ猿轡となる。そのまま、主に耳障りな雑音を聞かせてたまるか、と、仮想現実は博士の声を封じた。博士は声を上げようと必死になって息を吸い込むが、猿轡に邪魔されて言葉を吐き出すことは叶わない。

 

『さて…………警察だかヒーローだかってのにコレを渡すには……どうしたらいいんだろうな?』

 

 現実を、社会を知らぬ子供にそんなことは分からない。取り敢えず、コレを引っ張りながら、外を歩いていればいいのだろうか? それとも、もっと情報を手に入れた方が、コレを絶望させられるだろうか? 

 

 子供は博士の鎖を引きずりながら机の上に置きっぱなしにしてある書類を持って、扉に手をかける。博士はやめろ、と言いたげな表情で子供を睨みつけていたが、あいにく子供は、それに付き合うほど優しくはない。

 

『…………幸せを教えられたあとに絶望に落とされた俺達の心なんて、お前には分からないだろう。

 

 なら…………俺も同じことをしてやる。姿かたちすら知らない同胞の分も、お前に復讐してやる。警察、とかなんかそんな奴らにここの情報をありったけ売り渡して、お前を絶望させてやる。その時のお前の顔が、楽しみで仕方がない。

 

 はは…………今までしてきたことが巡り巡って自分に返ってきただけだ。楽に死ねるとは思うなよ?』

 

 そう言うと、幸福を、絶望を打ち付けられた少年は、残酷なほど無邪気に、嗤った。

 

 

 

 

 

 その後、子供はありったけの資料を研究所から奪い、博士を鎖でグルグル巻きにしたまま研究所の外へと飛び出し、研究所から盗み出した地図を使って人里へと向かった。

 

 外はもう、夜の帳が下りていた。こんな時間に、子供が大の大人を鎖で引きずりながら歩いていたら、当然警察やヒーローが黙ってはいない。子供はすぐに保護された。

 

 博士を引き渡し、資料を全て渡し、研究所であったことを全て話した子供は、ファントムルビーについて追っていたというGUNに保護されることとなった。子供に植え付けられたファントムルビーは、無理に引き離したら逆に何が起こるのか分からないから危険であるということで、定期検査を受けることを条件にそのまま彼の胸に根付いている。

 

 後に分かったことなのだが、子供は元々ファントムルビーへの高い適合率を持つ特異体質であるらしい。だからファントムルビーを植え付けられても自我を食いつぶされなかったのだ。ただそれだけの理由で、子供は生き延びたのだ。

 

 また、件の博士は裁判を待たずして牢屋へと入れられることとなった。現在のGUNが持つファントムルビーに関する情報は、殆どがこの時子供が持ち込んだ情報であるという。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、この子供は、後にインフィニットと名乗ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

「……………………」

 

 語られたのは、想像もつかないほどの壮絶な過去。

 

 愛どころか関心もない家庭で産まれ、売り飛ばされた先で幸せを知ったと思ったらそれは全てまやかしで。最後には、自らを騙した男により深い絶望を与えるために、あえて殺したりせずに牢屋にぶち込んだ子供の物語。

 

 その、あまりにも現実離れしているのに自分が受けたものであると錯覚してしまうような話に、まだ子供の域を出ない飯田と轟の精神は軋む。

 

 前にこの話を聞いたことがあるアンジェラ達ですら、恐怖にも似た感情を抱かずにはいられなかった。いや、アンジェラの場合は、ファントムルビーに自我を呑まれた人物に、ファントムルビーによって無理矢理生み出された無垢なる狂気に、間近で触れたことがあるからこそ、戦慄するほどの恐怖を感じているのだろう。

 

「……ファントムルビーは、ただ敵の戦力を拡大させるために作られたわけではないらしい。というか、戦力拡大のために使うには、色々とリスクが大きすぎる」

 

 ファントムルビーを兵器として考えたとき、自我の喪失というのは決して無視出来ない欠点であった。確かに強力な力ではあるものの、下手をすれば味方にも大きな被害を及ぼす。自我を失っているので使用者は敵味方の区別もつかない。そのため、回収も困難を極め、実質使い切り状態。

 

 ファントムルビーを宿し、ファントムルビーに自我を呑まれずにその力を行使できるのはインフィニットだけ。

 それが、どれだけ特異なことであるだろうか。

 

「それは初耳なんだが……あんな危険物が元は兵器じゃないって? てっきり、何か似たようなモノを作ろうとした末の失敗作とばかり思っていたんだが」

「兵器としての用途よりも、「仮想現実」があること自体に意味があるらしいが……それ以上のことは分からない」

「確かに、仮想現実の力を使えばいくらでも兵器やら物品やらを量産できる……自我の問題さえ解決できてしまえば、今よりももっと危険な代物になりますね」

「いや、それはないな」

 

 飯田の言葉を否定したのはアンジェラだ。飯田はどういうことだ? と言わんばかりに首を傾げている。アンジェラがシャドウを見やると、シャドウは一つ軽いため息をついて口を開いた。

 

「ファントムルビーの能力は、厳密に言えば「仮想現実を実体化させる能力」ではなく、「本物に限りなく近い幻影を見せる能力」だ」

「本物に限りなく近い幻影? それって、映像みたいな?」

 

 轟の例えに、アンジェラはそれに近いものだ、と言葉を零して続ける。

 

「映像っちゃあ映像なんだが、見せられている本人にとっては本物だ。触れば触ったという感触が残るし、火の仮想現実を見せられてそれに触ったら火傷もする」

「……それって実体化と何が違うんだ?」

「実体化と違って、あくまでも映像だから実体としては「存在しない」。「存在しないものを存在していると、身体に誤認させている」んだ。だから実際にファントムルビーの力で干渉されているのは、生み出された仮想現実じゃなくてオレたちの身体の方、ってわけだ。理論的にはな」

「理論的には? 実際は違うのか?」

「それは……分からない」

 

 ファントムルビーはその殆どが正体不明の物質だ。何から造られ、何を目的としているのかすら分からない。GUNの技術部がファントムルビーの犠牲者の身体から取り出されたカケラを解析しているが、今のところ成果らしきものはあまりない。唯一判明したのは、ファントムルビーを埋め込まれた者からファントムルビーを無理に引きはがすと、その者は死に至るということだけ。アンジェラが行った、カオスコントロールを用いた肉体の巻き戻しくらいしか、犠牲者の身体からファントムルビーを引きはがす方法はない。

 

「だから、一概に物品がどうのこうの、って問題を解決できるとは限らないんだ。仮想現実はファントムルビーがなきゃ効果を発揮できないからな」

「なるほど……今更ですけど、その情報聞いちゃってよかったんですか?」

「いいわけないだろう」

 

 シャドウは冷たく言い放つ。先程までとは違い、僅かながら殺気を含ませたその声は、飯田と轟の背筋に薄ら寒いものを感じさせた。

 

「そもそも、ファントムルビーについてはGUNの機密事項だ。偶然とはいえ、その存在を知ってしまった君達をそのまま放っておくことはできない」

「あー、やっぱそうなる?」

 

 アンジェラはある程度は予想がついてたのか、特段慌てた様子もない。が、どことなく怯えた様子の飯田と轟の姿が目に入ったシャドウは、また一つ、ため息を吐いた。

 

「……別に取って食おうってわけでもない。飯田、君がステインに特攻を仕掛けたのは褒められたことではないが、ステインがファントムルビーを持っていたことは誰も予想ができなかったことだ。だから、君達がファントムルビーについて知ってしまったのは事故みたいなものだ……とはいえ、何もなし、と出来ないのも事実。箝口令は敷かせてもらうし、監視も付けることになる。それがGUNが出来る最大限の譲歩だ」

「ま、監視っつっても四六時中GUNのエージェントが張り付くわけじゃないさ。アンジェラ」

 

 ソニックに言われるまま、アンジェラははいはいと手のひらに魔力を集中させ、二つの青い宝石のようなものを作り出す。出来上がったそれを、アンジェラは轟と飯田に投げ渡した。

 

「これは?」

「エネルギーを練り固めて作った監視カメラ兼GPS、みたいなもんだ」

 

 アンジェラが作ったのは、魔力の結晶に各種探査魔法を組み込んだものである。ソルフェジオ経由でGUNのコンピューターへデータの送信が可能な代物だ。組み込んでいるのは探査魔法なので、ネット上の監視も可能である。ネット上の監視のときは、設定した特定のワードやそれに関わるワードに触れそうになったとき、自動でソルフェジオにデータが送信され、ソルフェジオの判断でGUNに送られる、という仕組みだ。

 

「それを肌見放さず持ち歩いておけ。勿論、プライバシーには最大限配慮するし、それ経由で手に入れた情報は許可がない限りファントムルビー関連の捜査にしか使わない」

「シャドウはこう言ってるけどな、お前らのためでもあるんだ。ステインにファントムルビーを渡した相手がどこの誰だか分からない以上、あの現場に居合わせたお前らが狙われないとも限らないからな」

「狙われないまでも、犯人やそれに連なる人物が接触を図ってくる可能性はあります。君達を守るためにも、それは大事に持っておいてください」

 

 口下手なシャドウの言葉をアンジェラとガジェットが補足する。轟と飯田もそういうことなら、と魔力の結晶を懐に仕舞った。

 

 

 

 

 

「そういや、色々ありすぎて聞くの忘れてたな……飯田、轟、お前ら診察結果どうだったんだ?」

「本来真っ先に聞くべきことですよね、それ」

 

 アンジェラの発言は今更感が漂うものだった。ガジェットのツッコミが的確で、どことなくどんよりとした空気の室内に爽やかな笑いがもたらされる。

 

「轟君はそこまで酷くない。数針縫ってもらって、ガジェットさんの“個性”も使ってもらって、もうすぐに完治するとのことだ。

 

 俺は……両腕ボロボロにされたが、中でも左腕の腕神経叢という箇所をやられたらしく、左腕に後遺症が残るそうだ。とはいっても、多少の動かしづらさと手指の痺れくらいなもので、手術で神経移植すれば治る可能性もあるらしい。

 

 だが……ヒーロー殺しが言った言葉は事実だった。俺はあのとき、マニュアルさんに指示を仰ぐべきだったんだ。だが、頭に血が上って……ヒーローにあるまじき行動をした。

 

 だから……俺が本当の「ヒーロー」になれるまで、この左腕は残そうと思う」

 

 飯田の瞳には、確かな決意が宿っていた。

 

「飯田さん、そのために僕の“個性”を使うことも遠慮したんです」

「そっか、ガジェットの“個性”使うと神経まで治っちゃうから……」

 

 ガジェットの“個性”の回復力は回復系“個性”の中でも群を抜いて高い。血を吐き、ボロボロになっていたアンジェラが輸血とガジェットの“個性”の合せ技でもう動けるようになっていることからも、その効力が分かるだろう。

 

「ったく……茨の道になるだろうが、その覚悟があるんならそれについては何も言わねえよ。オレが口出しすることじゃないだろうしな」

 

 アンジェラはだが、と前置きをして、鋭い光をその瞳に湛えて口を開く。

 

「言っておくが、ヒーローってのは神なんかじゃねえ。ヒーローもそこらに居る一人の人間で、出来ないことはあって当たり前だし、間違えることもある。だから周りの人間と助け合うんだ。手を取り合うんだ。

 

 いいか、本当のヒーローを間違っても「何でも一人で出来る存在」とだけは思うなよ。

 

 オールマイトがヒーローの理想像みたいなこと言われてるが、アレどっちかって言うとヒーローとして以前に人間として「やっちゃいけないやり方」代表みたいなもんだからな。

 

 別にオールマイトに憧れるなみたいな残酷なことを言いたいわけじゃないが……あの人のやり方を完コピしようとするのだけは止めとけ。あれはあの人だから出来てしまう(・・・・・・)だけで、お前らがアレ真似したら少なくとも(・・・・・)精神が壊れる」

「……下手したらじゃなくて、少なくともときたか。アンジェラ君にとってオールマイトのやり方は、そこまで言うほどのものなんだね」

「当たり前だ。ちょっと考えれば分かる……

 

 いや、オレが外人だからだろうな。日本から見たら外部の人間だから、あの人がどれほどの無茶を押し通しているのか分かる。お前らは身近にオールマイトが居るから、頭が麻痺してんだ。あの人に比べたら、オレの無茶なんてかわいいもんだろ」

 

 アンジェラの言葉に、ソニック達も同感の意を示す。諸外国でもオールマイトはナンバーワンヒーローとして扱われているが、日本ほど身近な存在というわけでもない。ということは、日本よりも冷静にオールマイトを見れる人が多いということでもある。アンジェラの言葉は、少なくともラフリオンでは共感者がわりと多い考え方であった。

 

「それには同感だが……アンジェラ、それは無茶をしていいと同義ではないからな?」

「へーへー、分かってますぁーな」

「それは分かってない奴の言葉だ」

「はぁい」

 

 アンジェラはテキトーな感じで返事をする。

 

「分かった……その忠告、心に刻んでおくよ」

 

 元々ヒーローとしての一番の憧れをオールマイトではなく実の兄に向けている飯田はすんなりとアンジェラの忠告を受け入れ、オールマイトを一番の憧れとして見ている轟は、少しだけ動揺した様子を見せたものの、意外とすぐに納得したようだ。曰く、

 

「俺はオールマイトに一番憧れているだけでオールマイトになりたいわけじゃない」

 

 とのことだ。轟らしいな、とアンジェラは苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




数話前のあとがきなどで、しつこく「適正があれば」と書いていたのはこのためです。“個性”と似たようなものです。偶然、彼にその適性があった。ただ、それだけなのです。


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第四章 FREE
特別講師


新章です。雄英に戻りますが、何やら変化が……


 保須市での動乱から四日後、アンジェラは経過観察期間を終え、退院した。ソニックとシャドウは退院するまで毎日アンジェラの病室に来ていたが、アンジェラが退院すると同時にカオスコントロールで帰っていった。ガジェットとインフィニットは、何やら仕事があると言ってアンジェラが怒られたその日にどこかへと行った。日本国内には居ると聞いたが……。

 

 アンジェラは以前来たGUNからの通信を思い出す。

 まさかな、と頭の中に浮かんだ可能性を排除した。

 

 そして退院する今日。職場体験も最終日ということで、グラントリノがグラントリノ宅に置いてきたアンジェラの荷物を持って病院まで来てくれた。

 

「短い間でしたが、お世話になりました」

「いや、むしろこっちが世話になった。色んな意味でな。それに職場体験もあんなになっちまったし、教えられたこともない」

「いえ、こういうのは礼儀ってのが大事なので」

「……お前さん、そういうとこあるよなぁ」

 

 アンジェラは首を傾げた。何か間違えただろうか? グラントリノは苦笑いしながら、ああ、そうだと懐から何か紙を取り出しアンジェラに手渡した。

 

「お前さんの兄さんたちからの預かりもんだ。家で(・・)読め、との言伝もある」

「……ほーん、I see.了解です」

 

 家で読め。その一言で、アンジェラはこの手紙がどういうものなのかを理解した。手紙を大事そうに懐に仕舞う。

 

「あ、そういえば、一つ聞きたいことが。グラントリノってちょっと調べてみたんですけど、情報が殆ど出てこなかったんですよ。強いのに。何で無名なんです? やっぱヒーローには興味なかったクチですか?」

「ああ、その件か……概ねお前さんの言う通りだ。昔、ある目的のために日本のヒーロー免許が必要でな、資格を取った理由はそれだけだ。GUNの免許が使えんこともなかったが、当時は周りにはGUNのエージェントだっつーことは隠してたもんで」

 

 アンジェラはなるほどな、とひとりごちた。聞きたいことも聞き終わったし、もう長居は無用。

 

「達者でな」

「See you,have a good day!」

 

 別れの挨拶を済ませ、手を振ったアンジェラは一人病院を後にした。

 

(あの小娘は確かにヒーローではない。敵寄りでもないが、お前のような平和の象徴としての器ではもっとない。

 

 だが……確かに「いい奴」、だな、アンジェラ・フーディルハイン……「空色の魔女」は)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に着き、預かった手紙を読んだアンジェラは、そこに書き記された数奇な運命に、思わず大笑いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、一週間ぶりの学校。

 

 クラスメイトたちの話題は、やはりというかなんというか、職場体験一色に染まり上がっていた。ベストジーニストの元へ赴いていた爆豪の髪が8:2になっていたり、女子達が職場体験先で○○したよ〜と盛り上がっていたり、ガンヘッドの元へ行っていた麗日が何かに目覚めて勢いよくジャブをしていたり、何か恐ろしいものを見てしまったらしい峰田がカタカタと震えていたり……。

 

 峰田に関しては普段のセクハラも相まってざまぁ、とか内心で思いながらアンジェラは飯田と轟と談笑していた。

 

「まぁ、一番変化っつーか大変だったのは、お前ら3人だな!」

 

 震える峰田を止めながら上鳴がアンジェラ達の方を向く。アンジェラが近くに居るかもしれないクラスメイトへと一括送信した位置情報という名のSOSとテレビなどで流れたニュース、そして3人からの連絡でアンジェラ達がヒーロー殺し逮捕の一件に巻き込まれてしまったのだとクラス中が知った。特にアンジェラは巻き込まれて救助が来るまでに大怪我を負って血反吐まで吐いたと聞き、皆が心配していた。

 

「そうそう、ヒーロー殺し!」

「命あって何よりだぜ、マジでさ」

「心配しましたわ……」

「エンデヴァーが救けてくれたんだってな!」

「すごいね、流石ナンバーツーヒーロー!」

 

 ヒーロー殺しはエンデヴァーが確保した。これが、警察が公式に発表した表向きの事実である。アンジェラの怪我は不幸にもそれに巻き込まれてしまったがための怪我として、轟と飯田の怪我は職場体験中の事故として処理された。アンジェラはエンデヴァーに恩を売ることが少々不服だったが、まあ仕方ないか、と受け入れた。

 

 轟はエンデヴァーとの関係が複雑なため、かなり複雑な心境……かと思いきや、特段何も思っていないらしい。強いて言えば、「エンデヴァーというヒーロー」に対する一般的な感謝くらいなものだ。轟は本格的に、ヒーロー、エンデヴァーと自身の父親、轟炎司を別物として見ているようだった。

 

「ああ、そうだな……救けられた」

 

 だから、轟炎司には絶対に言わないような言葉も口に出来る。恐らく、本人を前にすると無理なのだろうが、これは進歩と見るべきなのだろうか、それとも…………

 

「俺、ニュースとか見てたけどさ、ヒーロー殺し、敵連合とも繋がってたんだろ? もしあんな恐ろしい奴がUSJに来てたらと思うと……ゾッとするよ」

 

 尾白の言葉はもっともだ。もしUSJの場にステインが居たのならば、この場の数人はもう既に屍になっていたかもしれない。

 

「でもさ、確かに怖えけどさ、尾白、動画見た?」

「動画って、ヒーロー殺しの?」

「そう! アレ見ると、一本気っつーか執念っつーか、なんかぐぇっ!?」

「それ以上は言わせねぇよ?」

 

 巫山戯たことを抜かしかけた上鳴の口を、アンジェラが手で思いっきり塞いだ。スピードが速すぎて上鳴は若干えづく。アンジェラはすぐに手を離し、上鳴はアンジェラの殺気と飯田の兄がステインの犠牲者であったことを思い出したことによって即座に謝った。

 

 飯田は上鳴が言いかけたことに気付いたのか、顔色を変えずに口を開いた。

 

「奴は信念の男ではあった。クールだと思う人が居るのも、分かる。

 

 ただ奴は、信念の果てに粛清という手段を選んだ。例えどんな考えを持とうとも、それがどれだけ正しい考えでも、それだけは絶対に間違いなんだ。

 

 奴のことを許したわけではない。だが、俺のようなものをこれ以上出さないためにも、改めて、俺はヒーローへの道を歩む!」

 

 そうハッキリと大きな声で宣言してみせた飯田に、アンジェラは拍手を送った。

 

「ヒュ〜、カッコイイじゃねえか飯田。You can do it!」

「ありがとう、アンジェラ君。

 

 さぁ! そろそろ始業だ、皆、席につきたまえ!」

「煩い……」

「上鳴が余計なこと言おうとするから……」

「…………スイマセン」

 

 飯田は本日もフルスロットルで委員長としての責務を全うしようとしている。その様子を見ていたアンジェラは、これなら大丈夫そうだな、と朗らかな笑みを浮かべた。

 

「っつってもフーディルハインも勢い凄すぎ……痛かったんですけど」

 

 上鳴は席につこうとしたアンジェラにそう苦言を呈する。アンジェラは困ったような笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「それに関しては悪かったよ。でも、あの場であんなこと言わせるわけにはなぁ」

「うっ……そうですね……。でも殺気はちょっと……やり過ぎと違いますかね…………? いや全面的に悪いの俺だけど!」

「………………」

「ふ、フーディルハイン?」

 

 いきなり反応がなくなったアンジェラを心配した上鳴が、アンジェラの顔を覗き込む。

 

「…………っ!?」

 

 その顔は、どこまでもどこまでも深く根付いた絶望と、身を焦がすような憎悪と、ドロドロとした何かへの執着と、鋭く鋭利な殺意に満ち溢れていて、なのに、有り得ないほどに美しくて……

 

 端的に言って……とても恐ろしいものであった。

 

「……ああ、悪い。ぼーっとしてた。何かあったか?」

「…………イエ、ナニモ」

 

 次に瞬間には、アンジェラの顔は普段通りに戻っていた。

 

 上鳴は今の光景を忘れることにした。上鳴以外には見た者は居ないようだし、うん、忘れよう。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに結論から言うと、上鳴はたまにこのときのアンジェラの顔が悪夢に出てくるようになってしまったらしい。好奇心は猫を殺すのだ。南無。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食後、午後のヒーロー基礎学の時間。アンジェラ達はコスチュームを身に纏い、運動場γのゲート前に集まっていた。

 

「ハイ、私が来た。

 

 ってな感じでやっていくわけだけどもね。ハイ、ヒーロー基礎学ね。久しぶりだ、少年少女! 元気か!?」

 

 ゲートの前に立つオールマイトがヌルっと挨拶をする。

 

 が、アンジェラの顔はかなり引き攣っていた。

 

 クラスメイト達も視線がオールマイトではなく、オールマイトの横に立つ二人組に向いている。

 

「さて、今日は授業の前に、皆に紹介する人が居る! 皆は、国際警備機構「GUN」は知っているかい?」

「はい、一国だけでは対処できないような国際的な犯罪に対抗するために設立された国連直轄の組織ですわ」

 

 オールマイトの質問に答えたのは八百万だ。八百万の答えに満足したようにオールマイトは首を縦に振る。

 

「そう、日本ではあまり知名度はないが、特に欧州などでは組織的な敵が多いこともあって、かなり活躍している組織だね。ヒーローと同じように“個性”を戦闘や救助に用いることができる他、ヒーローと違って限定的とはいえ直接の逮捕権も持っている。

 

 まあ、細かい話はヒーロー情報学の時間に相澤君が教えてくれるだろうし、今はこのくらいにしておこうね。さて、そんなGUNだけど、実は雄英高校では毎年GUNの職員さんを特別講師として雇っているのさ! 今年は特別にGUNの本部があるラフリオンからお招きしたぞ!」

 

 オールマイトはクラスメイト達の視線が向く先に手を広げる。アンジェラの顔が更に引き攣った。だって、オールマイトが指し示す先に居るのは……

 

「えっと、自己紹介していい感じですかね?」

「勿論! どうぞどうぞ!」

「じゃ、えっと……ご紹介に預かりました、GUNエージェントのガジェットです。皆さんと歳は近いので、気楽に接してくれると嬉しいです……ほら、インフィニットさん」

「はぁ……ガジェットの上司のインフィニットだ。よろしくするつもりはないが、せいぜい失望はさせてくれるな……というか、

 

 

 

 

 

 

 何で最初にお前が居るクラスなんだアンジェラッ!」

「それはこっちのセリフだっつーの! 何でお前らがここに居るんだよインフィニットッ!」

「仕事だ、さっきそこのメリケン男が説明していただろう。まさか、最初にお前のクラスに当たるとはな……」

「んなことオレに言うな、カリキュラムを作ったやつに言え! つーか何であの時会ったついでに言わなかった!?」

「ふん、決まっているだろう、普段の仕返しだ」

「いやこっちはどっちかというと止めてる側だぜ、酔っ払い」

「すみません調子乗りました」

「弱ぁ……」

 

 いきなり、それも特別講師、先生に向ってタメ口で馴れ馴れしく話しかけるアンジェラに、轟と飯田以外のクラスメイト達は全員心底驚く。

 

「ちょ、アンジェラちゃん!? 相手は先生だよ!?」

 

 見かねた麗日がアンジェラを止める。麗日達から見たら、アンジェラがいきなり先生に喧嘩をふっかけた……いや、ふっかけられて乗ったように見える。ノリノリで。

 

「あー、止めなくていいですよ。いつものことなので」

 

 混乱しかけた場を収めたのはガジェットだ。ガジェット達と顔見知りでアンジェラとガジェット達の関係を知っている轟と飯田以外のクラスメイト全員の頭の上にクエスチョンマークが乱立する。

 

 そんな中、先程のガジェットの自己紹介から何かを思い出したのか、麗日が口を開いた。

 

「……あ、ラフリオンから来たって言ってましたよね? ひょっとして、お二人はアンジェラちゃんの地元のお知り合いか何かで……?」

「はい、そんなところですね。インフィニットさん、酒癖が悪いのにその自覚なくて呑みまくるから、すぐに酔っ払って、そういうときにアンジェラさんが駆り出されるんですよ。毎回」

「……んー? なんかちょっとその関係は予想外?」

「だからインフィニットさん、アンジェラさんには弱いんですよ。それを抜きにしても、お二人は元々お友達なので……」

「お友達!?」

「えっと……失礼なんすが、お二人はおいくつで……?」

 

 麗日の驚愕の声を継いでガジェットに疑問を投げかけたのは耳郎だった。ガジェットは一瞬考え込む素振りを見せる。

 

「うーん、僕は18……インフィニットさんは確か22ですね」

「若っ!?」

「いや若いなんてレベルじゃねーぞ、ガジェット先生に至っては2、3しか変わらないじゃん!?」

「インフィニット先生も22って……俺らと5、6しか変わらねえのか……」

 

 予想以上に低いガジェットとインフィニットの年齢に轟と飯田を含む全員が戸惑っていると、オールマイトがゴホン! と咳払いをした。

 

「そうだね、二人はかなり若いね。それに驚く気持ちは分かるよ。私でも驚いた。

 

 だけど、年齢で見くびっちゃいけないよ。どれだけ若くても二人はGUNのエージェント、もう実際に現場で働いていて成果を上げている、いわば君達の先輩だ」

「畑違いですけどね。僕らはヒーローとしてのあれこれは教えられませんが、戦い方や鍛え方みたいなことだったら、少しはアドバイス出来ると思います。なにかあったら、質問に来てくださいね」

 

 ガジェットはそう言うと、朗らかな笑みを浮かべた。アンジェラははぁ、とため息を吐く。先日、GUN本部からの通信で言われていた特別講師の皮を被った捜査官とはこの二人のことだろう。確かに、アンジェラと馴染みの人物であり、連携を取るにはうってつけだろう。

 

 うってつけだろうが…………ガジェットはともかく、どうしてよりにもよってインフィニットなのか。インフィニットは過去のこともあってか人見知りで、本人に悪意がなくても、その言動で勘違いされることが多々ある。ガジェットがインフィニットのバディになってからは、ガジェットがフォローに回っているおかげでトラブルの回数自体は減っているものの、学生と話す機会など皆無だったはずだ。しかも、今回関わるのはヒーロー科。嫌な予感しかしない。

 

 本部よ、何故こいつを選んだ。

 アンジェラは再びため息を吐いた。

 

「……オレ、ガジェットみたいにお前のお守りまでしたくねぇんだけど」

「お守りとはなんだお守りとは! まるで俺がガジェットが居なきゃ人とマトモに話せないみたいなことを言うのはやめろ!」

「いやだってそりゃ事実だろうが」

「ま、まあまあお二人共! 皆さん置いてけぼりですから!」

 

 またもや言い争いになりかけたアンジェラとインフィニットをガジェットが諫める。クラスメイト達は、ついていけなくて終始ぽかーんとしていた。

 




はい、というわけでフォース組が日本に滞在することになりました。雄英はUSJの件で警戒を強めてるはずだからなんかおかしくね?と思われるかもしれませんが、雄英はGUNと結構仲良くやっているので、信頼されているのです。信頼大事。

ただし、普段は国内から招いている講師をわざわざ国外から招いている辺り、警戒はしています。


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救助訓練レース

遅刻しました。更新します。


「さて! 最初からビッグなサプライズだったわけだけど、そろそろ授業を始めようか!」

 

 アンジェラとインフィニットの言い争い……というかじゃれ合い? が沈静化すると、オールマイトが本日のヒーロー基礎学の内容を説明し始めた。

 

「さて、今日のヒーロー基礎学だが、職場体験直後ってことで、遊びの要素を含んだ救助訓練レースを行うことにする!」

「救助訓練ならば、USJでやるべきなのではないでしょうか!?」

 

 大きく手を挙げて質問したのは、体操服姿の飯田だ。飯田のコスチュームはステインにボロボロにされてしまったようで、現在修復待ちである。

 

「あそこは災害時の訓練になるからな。私は何て言ったかな? そう! レース! 

 

 ここは運動場γ! 複雑に入り組んだ迷路のような密集工業地帯! 5人4組に分かれて、一組ずつ訓練を行う! 誰が一番に私を救けに来てくれるかの競争だ! 勿論、建物への被害は、最小限に、な!」

 

 オールマイトはそう言いながら爆豪を指差す。最初の戦闘訓練で、アンジェラに阻まれたとはいえ屋内で大規模攻撃を繰り出そうとしたからだろう。アンジェラはたはは、と笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 オールマイトの指示に従って、一組目の瀬呂、飯田、尾白、芦戸、そしてアンジェラは自身に割り当てられたスタート位置につく。他のクラスメイト達とガジェット達はゲート近くにある「OZASHIKI」とデカデカと書かれた待機場所にて、大きなモニターでVTR中継を見ていた。

 

「飯田まだ怪我完治してないんだろ、見学すりゃいいのに……」

「クラスでも機動力良い奴が固まったなぁ」

「うーん……しかし、この中ではアンジェラさんがダントツのトップでは?」

「確かに……“個性”無しでも運動神経凄すぎるもんなぁ……俺目で追えねえもん」

「ケロ、アンジェラちゃん、空も飛べるわよ」

「あー、そういや体力テストの時飛んでたね、ふわーって」

「じゃあやっぱアンジェラちゃんが一位かなぁ」

 

 クラスメイト達はわいのわいのと自身の意見を交換する。そんな中でも、やはりトップ予想は満場一致でアンジェラのようだ。

 

「ガジェット……先生はどう思います?」

「ああ、先生は付けなくていいですよ。本当に歳があまり変わらないので」

 

 ガジェットに聞いたのは麗日だ。クラス内でも特にアンジェラと仲がいいことも相まって、アンジェラの故郷から来たアンジェラと親しい人が気になるのだろう。

 

「うーん、僕は他の方の“個性”を基礎的な情報しか知らないので何とも言えないんですが……多分、すぐに終わるんじゃないですかね? ああ、ちゃんと見たければ瞬き厳禁ですよ。多分、あの距離なら……」

 

 ガジェットの発言に、麗日達は首を傾げた。

 

 直後、オールマイトによるスタートの合図がなされる。全員が一斉に飛び出した。やはり、こういうごちゃついた地形では上の方が安定して行けるのか、全員が上からオールマイトの元へ向かう。

 

 が、モニターで見ているクラスメイト達は、全員目が点になり口があんぐりと開いていた。スタート直後にモニターに映った水色の残像。それは他の走者達が動きやすい上へと辿り着いたときには、もう既にゴールに到着していた。

 

「…………嘘ぉ」

「あー……やっぱり」

「相変わらず冗談みたいな奴だな、アイツは」

 

 ガジェットは予想通りの結果に苦笑いをする。インフィニットに至っては呆れ顔だ。

 

「あーっと……フーディルハイン少女……流石、だね?」

「いやまだまだこんなもんじゃないですよ」

「それ以上速く走れるの!? 今だって全盛期の私以上だったよね多分!?」

「だってまだ光速の域に達してないし。身体強化技使わずに光速を出すのが今のオレの目標ですね」

「…………それはもはや人間を卒業した何かだよ……」

 

 オールマイトはそう言いながら、とんでもない爆弾発言をかました残像の正体、アンジェラに一位の証のタスキを手渡す。アンジェラは首を傾げながらもそれを巻いた。

 

「うちの兄さんたちは出来ますけど?」

「……まあ、目標を高く持つことはいいことだ、よ?」

「何故に疑問形?」

 

 オールマイトは噂話程度の知識しかないとはいえ、アンジェラの兄たちについて知っている。その知識と、アンジェラの考え方の根底に何があるのかを思い出し、肩をガックリと落とした。

 

「君は……頼もしいなぁ、本当に。

 

 ……授業が終わったら、私の元へ来なさい。話さなければならないことがある」

「……? わかりました?」

 

 アンジェラは首を傾げながら、他の走者たちが到着するのを待った。

 

 

 

 

 

 

 授業が終了し、アンジェラ達は女子更衣室で着替えながら先程の授業について話し合っていた。

 

「いやしかし、ガジェットさんのアドバイスは的確でしたわね。麗日さんが“個性”で浮かんだとき、姿勢を変えればもっと長い時間浮かんでいられるんじゃないかと仰られていましたのよ」

「あー、それ自分の番の後で本人から聞いた! 姿勢かー……ちょっと研究してみようかな?」

「アタシも、酸の粘性や溶解度を最大でどれだけのものにできるのか、ちゃんと調べた方がいいって言われたよ! 自分の中でなるべくわかりやすい段階をハッキリと決めたほうが、咄嗟に使わなきゃいけないときに役立つって」

「ケロ、私はインフィニットさんにアドバイスを貰ったわ。ガジェットさんとインフィニットさんって観察眼がいいのね」

「あー、フーディルハインが異常に戦闘強いのって、ひょっとして昔からインフィニットさんに鍛えられてたから?」

「なるほど、それならなんとなく納得がいくね!」

 

 やはり、会話の内容はガジェットとインフィニットについてが主立っている。アンジェラは微笑ましそうに笑いながら、大事なところを訂正しようと口を開いた。

 

「いや、違うぞ。オレが初めてインフィニットに会ったのは、あいつがまだGUNのエージェントになったばかりの頃だったからな」

「……ん? それって、どういうこと?」

「あー……オレとインフィニットって、元々はスパーリング相手だったんだよ。最初に会ってから暫くは、オレあいつがGUNのエージェントだって知らなかったし。あいつが担当してた事件に巻き込まれてようやく気付いたからな」

 

 アンジェラは当時を思い出してしみじみとした表情になる。話を聞いていた蛙吹は結論をはじき出したのか、ひょっとして、と前置きして口を開いた。

 

「アンジェラちゃんとインフィニットさんって、元々は対等な練習相手だったのかしら?」

「ま、そういうことだな。というか、アイツがGUNのエージェントだって知ってからも日本に来るまではたまにスパーリングしてたし。ついでに言うなら、ガジェットに基礎格闘術教えたのはオレ。いや、教えたっつーか、どっちかというとクセを直したの方が正しいけどな」

「……普通は驚くことなんだろうけど、フーディルハインなら有り得る、って思っちゃうな〜……」

「うんうん、アンジェラちゃんってなんでもありだもんね、かなり」

「アンジェラちゃん、“個性”なし縛りでも、全く勝てるビジョン見えへんもんなぁ……遠いなぁ」

 

 そんな感じで談笑していると、ふいにソルフェジオが何かを聞き取った。

 

『我が主、男子更衣室の方が何やら騒がしいです』

「ん? ……確かになんか賑やかだな……って何だコレ」

 

 アンジェラが男子更衣室の方を見ると、何やら壁に穴が開いている。同時に聞こえてくる、男子の声。

 

「見ろよこの穴ショーシャンク! 恐らく諸先輩方が頑張ったんだろう、隣のそうさ、分かるだろ? 女子更衣室!」

 

 ああ、あのセクハラ魔人(峰田)か。

 

 女子達の心は今、一つになった。

 

「峰田君止めたまえ! 覗きは立派な犯罪行為だ!」

「オイラのリトル峰田はもう立派なバンザイ行為なんだよぉ!!」

 

 何やら最低なことをしようとしている峰田を飯田が頑張って止めようとしているようだが、そんな程度で止まる峰田ではないだろう。ほら、何かを破る音が聞こえてきた。

 

「ウチがやる」

「オレも手伝うぜ、耳郎」

「助かる」

 

 耳郎は男子更衣室側の壁に左耳のイヤホンジャックを突き刺し、アンジェラは魔法で聴覚を強化して峰田の様子を伺う。同時にアンジェラは極小の魔力球を用意する。物理的なダメージはないが、痛みを擬似再現する魔法をぎゅっと濃縮した代物だ。覗いてくるのならばまずこれを放ち、それでも離れないのであれば耳郎の右耳のイヤホンジャックで目玉を潰す。

 

「オレが合図したらイヤホンジャックを突き刺してくれ。掠って千切れるほどの痛みに襲われたくはないだろ?」

「うわー、えっぐ……」

「セクハラ魔人に容赦は無用。ただでさえそれだけでムカつくのに、テイルスと声が似てるから余計に腹立つ」

 

 アンジェラの発言に、麗日たちはテイルスって誰? と一瞬思った。

 

「八百万のヤオヨロッパイ!! 

 芦戸の腰つき!! 

 葉隠の浮かぶ下着!! 

 フーディルハインのロリ巨乳!! 

 麗日のうららかボディに、蛙吹の意外おっぱァァアアア!!」

 

 セクハラ常習犯の覗き魔に慈悲をかける必要はない。アンジェラは容赦なく、痛覚を感じさせる魔法をぎゅっと濃縮した小さな魔力球を穴に向かって放った。直後、峰田の悲鳴が聞こえてくる。それでも離れていないようなので、アンジェラは耳郎に指示を出して、イヤホンジャックを峰田の目に突き刺させた。そのまま心音を眼球に直接響かせ、目玉から反省を促す。峰田の声が更に大きくなった。

 

「ありがとう、響香ちゃん、アンジェラちゃん」

「なんて卑劣……すぐに塞いでしまいましょう!」

「アイツ一回マジで処した方がいいんじゃねえかな……その程度でセクハラやめるかなぁ」

 

 覗き魔に女子全員が怒り心頭……一人だけものすごく物騒なことを呟いている中、耳郎だけは別のポイントで落ち込んでいた。

 

「……ウチだけ、何も言われてなかったな……

 

 ……というか、前々から疑問だったんだけどさ……何でフーディルハインはそんなに胸大きいの」

「うわ矛先がこっちに来た」

 

 耳郎の視線は、アンジェラの女子高生としては低すぎる身長には不釣り合いなほどにたわわに実った二つの果実に向けられている。その眼差しには、明らかに羨ましいとかそんな感じの感情が込められていた。

 

「んなもん知らねえって……特に何か特別なことしてた記憶はないし」

「ウッソだぁ! じゃあなんでその身長で八百万並のバストなのさ! ちょっと分けろください!」

「それじゃあ身長寄越せ! 15センチくらい! ついでに手足のリーチも寄越せ!」

「いやそれは欲張りすぎとちゃうんやない?」

「だってオレ身長伸びたこと一回もねぇんだもん! ちょっとくらい欲張ったっていいじゃねぇか!!」

 

 いいなー、羨ましいなー、とアンジェラは他の女子を見やる。アンジェラは身長が140センチとクラス全体で二番目に低く、女子の中では一番低い。格闘技をメインウェポンとするアンジェラにとって、手足のリーチの短さは課題でもある。大半の相手に対してはスピードと技術でゴリ押せるので、あってないような弱点だが。

 

「…………ん? 一回も(・・・)身長が伸びたことがない?」

 

 と、麗日がアンジェラの発言に違和感を感じる。身長が伸びたことがない? 一回も? 麗日は何か薄ら寒いものを感じながらアンジェラに問いかける。

 

「アンジェラちゃん、それってどういう……」

「どうって、言葉通りの意味だけど」

「……え?」

「だから、一回も身長伸びたことがないんだよ。1ミリも」

 

 アンジェラは、本当に何でもないように、まるで雑談を話すかのように言った。人として、異常なことを。

 

「……え? 成長期だよね? 15とかそこらへん……だよね?」

「あ、これも言ってなかったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレ、自分の年齢知らねぇよ?」

 

 ピシリ、と女子更衣室の空気にヒビが入る。

 

 アンジェラは、何でこいつらこんな反応しているんだろう? と、本当に意味がわからないと言わんばかりに首を傾げた。

 




スランプ気味です。幕間書き終わらねぇ、本編も進まねぇ。

更新が止まっても、まぁ、スランプだなとか思って気長にお待ち下さい。なるべく早く書き上げるようには頑張ります。


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象徴とは名ばかりの生贄でしかない

アンジェラさんが歪みを見せます。


 帰りのホームルーム前の教室、アンジェラは更衣室で女子たちにカミングアウトした件について、クラスメイトたちに問い詰められていた。

 

「年齢……15、じゃなかったのか?」

「見た目の年齢から推定年齢を出しただけだ。ソニックと会ったあの日から身長一ミリも伸びないどころか髪と……ああ、あと顔つきと身体付きは若干変わったかな……それ以外はろくな身体形状変化がないから若干詐欺じみてきてるけど」

「え……誕生日は?」

「テキトーな日を登録しているだけであって、本当の誕生日はあるのかすら知らん。そもそも記憶がないんだから知ってるわけないだろ」

 

 アンジェラは何言ってんだこいつら、と言わんばかりの視線を向けている。確かに人とは違うだろうが、それだけだろうと本気で思っている。人とは違うとは認識していても、それが世間一般で言う「異常」であるとは、これっぽっちも認識していない。

 

「どうしたお前ら? さっきから変だぞ」

 

 だから、アンジェラはどこまでも純真無垢な表情で首を傾げている。根本から考え方が違うので、アンジェラにはどうしても、クラスメイトたちが何でこんなに慌てていたり必死になっているのかが、理解が出来ない。

 

 逆にクラスメイトたちは、アンジェラのあまりの闇の深さに絶望感をも感じていた。記憶喪失であるとは聞いていたが、クラスでは中心的立ち位置で、皆よりも遥か先を行く天才で、危機に真っ先に立ち向かえる勇気の持ち主で。

 

 クラスメイトの誰も彼もが、形は違えどアンジェラに尊敬の念を向けていたのだ。

 

 そんなアンジェラが抱える闇、自身の年齢すら知らない、身長が伸びたことがない、誕生日も知らない……と、人として「異常なこと」を沢山抱えているという事実に、健常者であるクラスメイト達は恐怖を感じた。

 

 それを、本当に何でもないようなことのように語る、アンジェラ自身にも。

 

「……だけど、記憶喪失って時点で、年齢と誕生日の件は考えられることだったな……そこを騒ぎ立てるのは、配慮が足りなかったかもしれねぇ」

 

 口を開いたのは轟だ。轟自身もかなり複雑な家庭環境という、健常者から見たら「異常」とも言える環境に身を置いてきた。だからこそ、アンジェラの「歪み」の原因の一部に気が付くことが出来たのだろう。

 

 他のクラスメイト達も、確かに、と轟の意見に納得した。

 

 同時に、こんなに騒ぎ立てるのは、アンジェラに対して失礼なことだとも思った。

 

「ご、ゴメンね、アンジェラちゃん……こんなに騒いじゃって。そうだよね……年齢とか誕生日の話は、アンジェラちゃんの話を聞いてちょっと考えていればわかったことだよね」

「……? ま、解決したんならいいけど……気にしてないし」

 

 アンジェラはなんか面白いことになってるなー、と思いながらクラスメイト達を見ていた。アンジェラからしたら、どうでもいいことで何故かクラスメイト達が大盛りあがりしているようにしか見えなかった。

 

「盛り上がるのはいいけどさ、もうすぐホームルーム始まるんじゃねぇの?」

 

 アンジェラの一言で、クラスメイト達は我に返ったかのように一言アンジェラに謝ってから自身の席に着く。

 

 アンジェラは、なんで謝られているのか意味がわかんないなー、と思いながら相澤先生を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホームルームの後。アンジェラはオールマイトに呼びつけられて仮眠室を訪れていた。どことなく神妙な面持ちのオールマイトに、されどアンジェラは一切態度を変えずにオールマイトに促されるままに椅子に腰掛けた。

 

「色々大変だったな……近くに居てやれず済まなかった」

「いや、オールマイトは悪くないでしょう。アレは事故みたいなもんですよ。

 

 ……まどろっこしいのは嫌いなんで、さっさと本題に入りましょう。話って何ですか?」

 

 アンジェラは淹れられた緑茶を啜りながら言う。オールマイトの様子からして、かなり真面目な話であることは分かっていた。だからこそ、アンジェラはさっさと聞いてしまいたかった。

 

「そうだね……君はそういうヒトだものね。

 

 “個性”の……ワン・フォー・オールの話をしたとき、一緒に話したこと、オール・フォー・ワンのことは覚えているかい?」

 

 オール・フォー・ワン。アンジェラはその存在についてを、記憶から掘り起こす。確か……

 

「超常黎明期、他者の“個性”を奪ったり、他者に“個性”を与えたりできるチートな“個性”が発現した男が調子に乗って、裏社会の帝王になっちゃったって話ですか? 

 

 確か、無個性だと思われていた弟が居て、その弟に「力をストックする」“個性”を与えたら、その弟には実は「“個性”を与える」っていう意味のない“個性”が宿っていて、混ざってワン・フォー・オールになって、聖火形式で巡り巡ってオールマイトにそれが渡って、最終的にオール・フォー・ワンは自分の力が根本の原因で倒されたって」

「……間違ってはいないが、なんだいその解釈……間違ってはいないけどね」

「2回言いましたね」

 

 アンジェラの独特な解釈に、オールマイトがツッコミを入れる。

 

「まぁ、いいや。そのオール・フォー・ワンについての話なんだ。

 

 

 

 

 オール・フォー・ワンが、敵連合のブレーンとして再び動き出した」

「そっすか」

「あれ、思った以上にアッサリしてるね?」

 

 オールマイトとしては、もう少し驚かれるようなことだと思っていたのだが、アンジェラは、そっすかの一言で済ませてしまった。

 

「だって、よくよく考えてみてくださいよ。かつて裏社会の帝王と呼ばれていたような奴なんでしょう? 何でもアリだって言ったのはオールマイトじゃないですか。何で仕留めたとき死体……じゃないのか。オール・フォー・ワンを持って拘束してマリアナ海溝にでも沈めておかなかったんですか?」

「ちょちょちょ、それは流石にやり過ぎやり過ぎ! というか、それはマリアナ海溝とその周辺に住んでいる人とか魚とかに迷惑だから! 大迷惑だから!!」

「あ、そっか。

 

 でもオール・フォー・ワンがめちゃくちゃなやつで、死体だと思ってたものがどっか行っちゃってたんなら、生きている可能性くらい考えるべきだと思いますがね。そこんとこ、詰めが甘いんじゃないですか?」

 

 アンジェラの鋭い指摘にオールマイトはうっ、と息を詰まらせる。確かに、詰めが甘かったかもしれない。自身も極限状態だったとはいえ、せめて死体……だと思っていたものくらい回収すべきだったかもしれない。

 

「……そうだね、フーディルハイン少女の言う通りだ。私は詰めが甘かった。それが、オール・フォー・ワンをまたのさばらせる切っ掛けを与えるような結果を招いてしまった。そこは反省してもし足りないよ。

 

 ……ところで、ひょっとして知り合いにめちゃくちゃなやつでもいるのかい? 随分と経験した感があったけど」

「はい、どんだけ処してもどこからともなく現れる懲りない重油が」

 

 懲りない重油とは、それ即ちメフィレスのことである。

 

「そ、そうなんだ……フーディルハイン少女も大概めちゃくちゃだけどね……」

「オレはそんなでもないですよ。ちょっと脚が速いだけですって」

「うん、“個性”なし……というかありを含めても、音速で走れる脚をちょっと脚が速いだけとは言わないからね?」

「頑張れば出来ますって」

「……君が言うと重みが違うね」

「恐縮です」

 

 だんだんと話が脱線してきた。軌道修正を計るため、オールマイトはゴホン! と咳払いをする。

 

「さて……ワン・フォー・オールは、言わばオール・フォー・ワンを倒すために受け継がれてきた力。君はいつか奴と……巨悪と対決しなければならない、かもしれない。

 

 虫がいい話だということは重々承知している。偶発的に巻き込まれてしまった、部外者である君に言うことでもないということも理解している……。

 

 しかし、どうか、どうか頼めないだろうか! 

 

 せめて、せめてオール・フォー・ワンの企みを阻止するまでは……ワン・フォー・オールの継承者として、その力を貸してはもらえないだろうか!」

 

 オールマイトはそう言うと、深々と頭を下げた。

 

 オールマイトは本気なのだ。本気で、日本中に住む人々の幸せを願って、平和の象徴として自身が果たせなかったことをどうにか果たせないかと、偶発的に巻き込まれてしまっただけの部外者であるアンジェラに頭を下げて、頼み込んでいる。

 

 

 

 

 

 

「頭を上げてください」

 

 アンジェラの優しい声が、包み込むような声が仮眠室に響く。オールマイトが顔を上げると、その目に入ったのは、聖母の如き微笑みを携えた少女。

 

「オレは歴代の継承者のように、ワン・フォー・オールを継ぐものの運命をそのまま受け入れるなんて断固ゴメンです。平和の象徴なんて御大層なものを、引き受けるつもりも毛頭ありません。

 

 

 

 だけど、先代の尻拭い程度なら、手伝ってもいいです。

 

 結局はエッグマンの規模が小さくなって、残忍度が上がったバージョンみたいなものでしょう? それなら、いつものことですから」

「……! それじゃあ……!」

 

 アンジェラは瞳を伏せる。その口角は、自然と上がっていた。

 

「但し、タダで引き受けるわけでもありません。いくつか条件があります」

「……その、条件、とは?」

 

 アンジェラの瞳が開かれる。トパーズの輝きが、オールマイトの目に止まった。

 

「一つ、いつか、オール・フォー・ワンとオレが戦う前に、ソニック達にはワン・フォー・オールのことを含めて事情を話すのを許可してください。別に今すぐにじゃなくてもいいですけど、言っておかないと怒られるのはオレなので」

「……分かった。ただ、今すぐには流石に厳しい」

「分かりました。

 

 二つ、ソニック達にこのことを話して、手伝う、と言われたとき……というか、十中八九混ぜろとか言われるので、あなたの全権力を持って、許可をもぎ取ってください」

「少し厳しいが……なんとかしよう」

 

 アンジェラは聖母の如き微笑みを絶やさず、最後の条件を告げる。

 

「最後に、三つ……

 

 

 

 

 

 

 

 オール・フォー・ワンを倒して監獄に入れたら、それ以降世間がどんな状況であっても、あなたがどんなにまだ戦えると自分で思っていても、ヒーローを引退してください。引退して、後進の育成に取り組みながら、今度は自分の幸せのために、残りの命を使ってください」

「………………!!!」

 

 オールマイトは雷に打たれたような衝撃を受けた。目の前で聖母の如き微笑みを浮かべているトパーズの輝きをその瞳に湛えた少女は、今、何と言った? 

 

 オールマイト自身の、幸せのために、命を使えと、言ったのか? 

 

「……フーディルハイン少女、それは、私には」

「許されないこと、なんて巫山戯たことを言うな」

 

 オールマイトは目を見開く。アンジェラの言葉から敬語が抜け落ち、そのトパーズの輝きに鋭さが宿っている。

 

 今ここに居るのは、雄英高校ヒーロー科一年A組の生徒、アンジェラ・フーディルハインではない。ラフリオンが空色の魔女、アンジェラ・フーディルハインであった。

 

「人間、誰しもが幸せになる権利を持っている。あんたはそれを自ら手放して、何十年と世のため人のために尽くした。もう、十分だ。

 

 あとは、最後に残した大仕事を片付けて、後に託してもいいんじゃないか? 「平和の象徴」は、決して一人がなり続けるものじゃなくてもいいんじゃないか? 一人が限界をとうに超えてなおそれを続けるというのなら、それは、体のいい生贄と変わらない。オレは、決してそれだけは認められない」

「……しかし、皆が私を待っているんだ、オール・フォー・ワンと戦った後もそうだった」

「それはただ無責任なだけ。オールマイトを人間として見ていないのと同じだよ。オールマイトが幸せになることを認めようとしないだけ。そんなの、不条理でしかないだろう」

 

 少女はカラカラとした笑みを浮かべている。そこに込められたものは、これまで長い間戦ってきたオールマイトへの賛辞と、オールマイトが戦い続けることを求める人々への、嘲笑。

 

「オレはな、オールマイト。認められないことは認められないし、切り捨てられるものは切り捨てる。目的のためなら手段を選ぶようなこともしない。

 

 もし、あんたがオール・フォー・ワンを倒したあともヒーローを続けるってんなら……」

 

 アンジェラはソルフェジオを杖に変形させ、オールマイトの首に当てがった。そのトパーズの瞳に宿るは、強く鋭い決意と、殺意。

 

「あんたの両手両足もぎ取ってでも、無理矢理引退に追い込む」

 

 その言葉が本心からの言葉だと、声色から伝わってくる。彼女にならば出来てしまうと、何故か確信が持てる。

 

 同時に……その全てが、オールマイトが「みんなのため」に戦い続けることを憂いてのことだと、オールマイトは肌で感じた。

 

 だから、なにも言い返せなかった。

 

「あんたの戦いにはこれっぽっちも「自分のため」がない。少しだけオールマイトについて調べて、あんたとこうやって話して、そう思った。

 

 なぁ……それがどれだけ虚しい(・・・)ことなのか、あんた自覚してないだろ? 

 

「誰かのため」に戦えることは、そりゃ素晴らしいことだ。誰にだってできることじゃない。それは身体じゃなくて、精神的な話だ。

 

 だがな……戦いってのには、ひとつまみくらいは自分の、自分自身による自分自身のための理由も必要だ。それは誰かの幸せを願うなんていう理由じゃない。自分自身が幸せになるための理由。それがなきゃ……人の心は、壊れてしまう。あんたは異常なんだよ、その心が」

 

 アンジェラは微笑みをかなぐり捨てて、鋭いその瞳でオールマイトを射貫く。

 

「誰かの、見知らぬ誰かのためだけを思って戦って死ぬなんて…………オレはまっぴらゴメンだし、あんたがそうすることも、認めない。

 

 せめて、最後に残した大仕事を片付けたあとの、もう少しの人生は、自分のためだけに生きな」

 

 そう言うと、アンジェラはソルフェジオをオールマイトの首から離し、ペンダントに戻した。

 

 それはもはや提案などではない、脅しだった。オールマイトというヒーローへの最大の脅し。

 

 今までも、オールマイト自身の幸せを望む人は居た。そんな人々、かつての相棒の思いまでもを全て踏み躙って、オールマイトはここまで来てしまった。それしか、知らなかった。

 

 だが、眼の前の不敵な笑みを浮かべた少女は、オールマイトがオールマイト自身の幸せを掴もうとしないのであれば、両手両足をもぎ取ってでもヒーローを引退させようとしている。それは、他の人のようなオールマイトの幸せへの願いなどではない。明確な、脅迫であった。

 

「……私相手に、脅迫を仕掛けるつもりかい?」

「お生憎様、オレは気に食わないものは捻じ曲げないと気が済まない性分なもんで。直接関わったんなら尚更な。

 

 あんたがいくら平和の象徴と謳われていようと、オレは自分の考えを曲げるつもりはねぇよ。

 

 そもそも、たった一人が平和の象徴として長い長い時間生贄となり、立ち続けることで成り立つ日本の社会構造自体、オレは気に食わねえ。

 

 たった一人に責任を押し付け続けて、使い潰して、それが倒れればあっけなく崩れるような平和なら、オレはそもそもそれを平和とは認めない。

 

 人は、神なんかには成れないんだよ」

 

 少女の言葉には、確かな重みがあった。ゴールが見えたのなら、そこまでひた走ろうと覚悟を決めたオールマイトにとって、アンジェラの言葉は重苦しく、眩かった。

 

 彼女は本気だ。目がそう言っている。

 オールマイトがオール・フォー・ワンを倒してもヒーローを続けようとするならば、本気で手足をもぎ取りにかかってくるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ああ、負けた。負けたよ)

 

 何と勝負をしていたのかすら、分からないけれど。

 オールマイトはこの時、遥かに年下なはずの少女に、確かな敗北感を感じた。

 

「…………………………分かった。オール・フォー・ワンを倒したら、私はヒーローを引退する。

 

 だから、力を貸してくれ」

 

 オールマイトの言葉に、アンジェラはとても満足そうな表情で頷いた。

 

 

 




ヒロアカ世界の日本って、結構盲目な感じがするんですよね。一人に全てを背負わせていたら、それが崩れた時に全てがご破産になると、ちょっと考えれば分かるはずなのに、オールマイトが万能すぎるばかりに、それに気付くことができなかったんでしょうね。


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期末テストに向けて

更新します。テスト前のあれやこれです。


 職場体験から時は流れて、雄英高校の制服が夏服になった頃。アンジェラは蝉の声がうるさいなぁ、と頭の片隅で思いながら、相澤先生の話に耳を傾けていた。

 

「えー、そろそろ夏休みも近いが……勿論君らが、一ヶ月丸々休める道理はない」

「まさか〜……!?」

 

 クラスメイト達に緊張が走る。しかしそれは、どことなく期待が含まれたもの。それに応えてか否か、相澤先生がある言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏休み、林間合宿やるぞ」

「知ってたよ、やった〜!」

 

 直後、クラスメイト達はある種のお楽しみに沸き立ち、各々が林間合宿でやりたいことを口にした。

 

「肝試めそ〜!」

「風呂!」

「花火!」

「行水!」

「カレーだな」

「湯浴み!」

 

 峰田だけは言葉を変えて同じことを口走っているが、アンジェラも林間合宿はそれなりに楽しみにしていた。寝食をクラスメイト達と共に過ごすのは、それだけでテンションが上がるものだ。が、テンションが上がりすぎて若干収拾がつかなくなってきた。

 

「ただし!」

 

 そんな空気も、相澤先生の“個性”を使った睨みによって一掃される。教育が行き届いている何よりの証拠である。

 

「その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は……補習地獄だ!」

 

 補習地獄。つまり、皆が楽しく林間合宿している間、寂しく先生の授業を受けなくてはならないということである。

 

「皆! 頑張ろうぜー!」

 

 切島の呼びかけに、特に勉学に乏しいクラスメイト達が反応を見せる。アンジェラは元気だなー、と思いながら、中間にはなくて期末にはある、実技のテストは一体どうなるんだろう、と考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少し時は流れ、六月最終週、期末テスト一週間前。

 

「「全く勉強してねー!!」」

 

 上鳴と芦戸の危機感への叫びが教室内をこだまする。この二人、中間テストでも赤点こそ取っていないが、成績はクラスの中でも上鳴はビリで芦戸はその一個上の19位という、筆記で赤点を取るかもしれない筆頭なのだ。不安に駆られるのも無理はない。

 

 一応フォローを入れておくと、上鳴も芦戸も、他の勉強が苦手と自称している者たちも、勉強が出来ないわけではないのだ。単に雄英が勉学の面であっても求めるレベルが高いだけである。

 

「体育祭やら職場体験やらで、全く勉強してねー!!」

「確かに、行事続きではあったが……」

 

 上鳴の嘆きに同感したのは中間14位の常闇だ。確かに雄英高校は1学期にかなり行事が重なっている。また、ヒーロー科のスケジュールはかなりハード。そんな中で勉強のペースを保つのは、いくら倍率300を乗り越えて来た猛者共であっても難しいものがあるのだろう。

 

「中間は入学したてで範囲狭いし、特に苦労なかったんだけどな……行事が重なったのもあるけど、やっぱ期末は中間と違って……」

「演習試験があるのが辛ぇとこだよなー」

 

 中間12位の砂藤の言葉を引き継いで演習試験を嘆く峰田。何故か脚を組んで頬杖をついている。というのも峰田、普段はセクハラばかりが目立つがこう見えて中間テストでは9位。頭はそれなりにいい方なのだ。

 

「あんたは同族だと思ってたのにー!」

「お前みたいなのはバカで初めて愛嬌があるもんだろ……どこに需要あんだ!」

「「世界」、かな」

 

 芦戸と上鳴の嫉妬の叫びも余裕綽々の表情で流す峰田。セクハラさえなけりゃ女子ともそれなりに仲良く出来ただろうに、つくづく勿体ない奴である。

 

「まぁまぁ、芦戸、上鳴、オレのノート貸してやるから頑張れって」

「うむ! 俺もクラス委員長として、皆の奮起を期待する!」

「普通に授業受けてりゃ赤点は出ないだろ……」

「言葉には気を付けろ……!」

 

 中間1位のアンジェラ、3位の飯田、5位の轟の成績上位陣の言葉、特に轟の天然発言が上鳴のか弱いハートに傷を付ける。とは言いつつノートは借りたいのか、アンジェラが手に持っていた数学Ⅰのノートを受け取ってパラパラ捲った上鳴。

 

 

 

 

 

 

 

 

 が。

 

「おい、フーディルハイン、なんだこれ!? 全然読めないんだけど!?」

 

 そのノートは確かに綺麗に纒まってはいるものの、上鳴には全くもって読むことができない言語で書かれていた。アンジェラはそのノートを確認すると、テリーヌバッグからもう一冊ノートを取り出して一言。

 

「Oh,sorry,sorry.間違ってドイツ語で板書したやつ渡してた」

「何でわざわざドイツ語で板書した!?」

「いやー、だって暇だったし。あ、日本語で書いたノートこっち」

 

 アンジェラはそう言うと、手に持った日本語で書かれた数Ⅰのノートを上鳴に手渡し、ドイツ語で板書したノートを返してもらう。

 

「……ドイツ語? フーディルハイン、ドイツ語で板書してるの?」

「数学はな」

「つまり、他の教科は別の言語で板書していると?」

「Yes!」

 

 忘れがちだが、休学中とはいえアンジェラはこの歳で既に大学院生。つまり、高校の課程はとっくの昔に修了しているのだ。雄英高校がいくら難度が高い高校だからといっても所詮は高校。しかも一年の一学期。アンジェラにとって、雄英の授業は国語、公民、ヒーロー関連以外の授業は別腹どころかただのおかわりにしかなっていない。

 しかも、語学史専攻で元々文系な上に、おかわりじゃない教科が軒並み文系科目ということもあり、アンジェラは既に一年分の予習もとい復習はほぼ終わっている。

 

 そんなアンジェラが授業中退屈に狂うのも仕方がない話。何せ、雄英受験前の鬼門であった日本語の古典にももう既に慣れてしまったのだ。が、流石に授業中に教授からの課題をやるわけにもいかず、内職するのはなんとなく嫌だった。

 

 そんな中アンジェラが思いついた遊びが、「板書を他の言語でやる」、である。

 

 教科ごとに言語を決め、日本語の板書を取った上でもう一冊のノートに事前に決めた言語で板書し直す。頭の体操にもなるし、何より授業中退屈することがない。退屈を嫌うアンジェラにとって、それは何よりのことだった。

 

 ちなみに数学はドイツ語、理科はイタリア語、国語は中国語、英語はフランス語、歴史は英語、公民はギリシャ語、その他の科目はロシア語で板書を取っている。

 

「……天才ってやべー」

「頭のいいやつの考えることは分からんなぁ……」

 

 アンジェラの場合は、頭がいいんじゃなくて頭がやべーのである。特に語学に関しては。

 

 その後、中間2位の八百万が上鳴や芦戸、また、教えてほしいと頼んできた中間7位の耳郎、8位の尾白、17位の瀬呂の5人へ八百万の家で勉強会をしよう、と誘い、プリプリと可愛く張り切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の昼休み。アンジェラはケテル、飯田、麗日のいつもの三人に加えて、轟、葉隠、蛙吹と共に食堂で昼食をとっていた。ちなみに麗日は中間13位、蛙吹は6位、葉隠は16位である。

 

「期末……演習がやっぱ不透明だな」

「突飛なことはしないと思うがな……」

「筆記はまぁ授業範囲内から出るから大丈夫か」

「……大丈夫なんやな……やっぱアンジェラちゃんって頭いいよね。飯田君や轟君もだけど、アンジェラちゃんは突出してるっていうか……」

 

 先の教室での出来事を思い出しながら麗日は呟く。日本に来る上で日本語を勉強してここまで喋れるようになったのかと思いきや、他の複数の言語で正確なノートを纏めていたアンジェラ。国語と歴史のノートが辛うじて少し読めただけで、他のノートは全く読めなかったが、闇雲に言葉を書き込んでいるのではないことだけは分かった。

 

「…………ああ、オレって皆に言ってないこと結構あるみたいだな」

 

 アンジェラはそう言いながら大盛りオムライスを口に運ぶ。

 

「……正直、ガジェットさんやインフィニットさんの件でお腹いっぱいなんやけど」

「まだ隠していることがあるの?」

「隠してるっつーか、これに関しては言うタイミング逃してるっつーか……」

「じゃあこの場で言っちゃいなよ! スッキリするんじゃない?」

 

 葉隠の言葉にアンジェラもそうだな、と口を開く。皆、興味津々といった様子でアンジェラの言葉を待った。

 

「今までのと比べると大したことないんだが」

「うんうん」

「オレ、大卒なんだよな」

 

 瞬間、アンジェラの周囲だけ空気が凍りつく。アンジェラはそんなに変なこと言ったか? と一瞬思ったが、よくよく考えてみると、日本には飛び級制度がなかったことを思い出した。

 

「……え? 大卒?」

「ああ、語学史専攻な」

「そういえば、ラフリオンって飛び級制度があったわね。それを使ったの?」

「Exactly.だから雄英の授業内容、日本語と日本史にヒーロー関連以外、殆どとっくにやってるんだよなぁ」

「それで……自学のためか、はたまた退屈だったからか……フーディルハインの性格を考えると後者だろうな。他の言語でノートとってた、と?」

「まさしくその通りだ轟。景品にオムライスの付け合せのベーコンをやろう」

「いや、その気持ちだけ受け取っておく。蕎麦にベーコンは合わねぇ」

 

 一瞬、蕎麦+ベーコンという新種のダークマターが誕生しかけたが、麗日達はそのことは華麗にスルーしてなるほど、と納得する。語学の歴史を専門に学んでいたのなら、言語そのものについて詳しくても何ら不思議なことではないだろう。

 

 それにしては出来る言語の数が多い気がするが、それに関してはアンジェラが語学の天才なのだと納得するしかない。

 

「オレが大学時代に世話になった教授が精神科医なのに語学史学科に籍を置いてる変わり者で、結構無茶な課題を出してくることが多くてさ。それをこなしてるうちに自然と色々な言語が書けるようになった」

「なるほど……例えばさ、どんな課題が出たの?」

「んー……地中海の言語の変遷について調べて中国語とロシア語でレポートを書けとか、古代ギリシャ語とギリシャ周辺の歴史の関係性についての論文をドイツ語と英語で書けとか……」

 

 アンジェラは昔は苦労したなぁ、と当時を懐かしんで一人ごちる。厳密に言えば、今もその教授から定期的にレポートや論文を提出するように言われているので懐かしさを感じるようなものでもないのだが。

 

「……やっぱりアンジェラ君は凄いんだな」

「まぁ、語学には自信あるけど。理系は……まぁそこそこ?」

「中間1位……全教科においてほぼ満点だった人が何を言いますか!」

「だって高1の範囲だし」

 

 アンジェラはそんなことを言いながらコンソメスープを口にする。アンジェラの言葉には全くもって嫌味などは含まれていない。事実、アンジェラは理系は大卒基準でそこそこできるくらいであり、苦手というわけではないが突出して得意というわけでもない。アンジェラが雄英の理系科目を退屈だと感じるのは、単純にとっくの昔に履修済みの高校の範囲だからである。

 

「それに筆記はできても演習は分かんないぜ? 採点基準はおろか内容すら知らされてないからな」

「確かに……どう対策すればいいのか分からないよね。一学期でやったことの総合的な内容……」

「とだけしか教えてくれないんだもの、相澤先生」

「一学期でやったことといえば、戦闘訓練と救助訓練……あとは基礎トレ……」

 

 麗日が一学期のヒーロー基礎学でやった内容をざっくりとあげてみる。流石に基礎トレでテストをするのはおかしいので、テストするならば戦闘か救助のどちらかだろう。

 

 今までヒーロー基礎学でやった内容を思い返し、アンジェラは口を開く。

 

「戦闘か救助……救助は専門知識が多いことを考えると多分戦闘だろうけど、どっちにしろ頭だけじゃなくて体力面も………………!」

 

 ふと、敵意にも似た何かを感じたアンジェラは、反射的に頭部に防御魔法陣を展開する。ガキン! と音を立てて魔法陣にぶつかってきたのは物間。A組を妬んで突っかかってくる面倒なやつである。

 

「あ、ごめん。頭大きいからぶつかってしまっ…………」

「よぉ、随分な挨拶だな? オレ、背ぇ低いから狙わないと肘がぶつかったりしないはずなんだがなぁ。

 

 あと、あんた名前なんだっけ」

「「ぷっ……!」」

 

 威嚇の後、アンジェラが素で放った言葉に麗日と葉隠が吹き出した。他のメンツも笑いをこらえている。アンジェラ本人は本当に名前が分からなくて聞いただけなのだが、何やら皆の琴線に触れたらしい。

 

「……何なんだい君は……僕は物間寧人だ! 

 

 ったく、これだからA組は……」

 

 悪態をつきながらもなんだかんだで名前を教えてくれる物間も、ちょいと心がアレだが根っこの部分は悪い奴ではない。A組への妬みが酷すぎて台無しなのだが。

 

「んで、何の用だモノクル。この近くの席は空いてねぇぞ?」

「早速間違ってる! 物間だっつの!」

「ああ、悪い悪いモノクロ」

「わざとだよね!? それ絶対わざとだよね!? モノしか合ってない上に一文字多い!」

 

 アンジェラはバレたか、と言わんばかりにカラカラと笑う。最初に名前が分からなかったのは本当だが、その後の二つはわざとである。麗日と葉隠は大爆笑、他のメンツも笑いを堪えきれなくなっている。

 

「まったく……僕は君達にちょっと言いたいことがあってね」

「食事中だ、手短にな」

 

 一切調子を変えずにアンジェラはチリドッグに齧り付いた。物間は散々調子を崩されたものの、このままA組にやられっぱなしでも終われないという負けん気で物間は口を開く。

 

「君達、ヒーロー殺しに遭遇したんだって?」

 

 ピシリ、と場の空気が変わる。麗日達は額に流れる冷や汗を感じていたが、物間は気付いていないのか話を続けた。

 

「体育祭に続いて、注目浴びる要素ばかり増えていくよねA組って。ただその注目って、決して期待値とかじゃなくて、トラブルを引き付ける的なアレだよね。

 

 ああ、怖い。いつか君達が呼ぶトラブルに巻き込まれて、僕らにまで…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャリ。

 

 その言葉の先を物間の口が紡ぐことはなかった。

 

「……言いたいことは、それだけか?」

 

 アンジェラの冷たい声が響く。

 

 その手には、白地に青のラインが入った拳銃、拳銃の姿になったソルフェジオが、物間の眉間に向かって構えられていた。

 

「それ以上戯言を口にするな……その頭に、風穴開けられたくないんならな」

 

 アンジェラはそう言いながらソルフェジオに魔力を込める。頭に穴を開けるのは流石に脅し文句と言う名の冗談だが、物間がこれ以上余計なことを口走るのならば、本気で容赦なく引き金を引くつもりだった。

 

 麗日達は、自身に銃が向けられているわけではないと知っているのに、冷や汗が止まらない。アンジェラの顔を覗き込んで見ると、その顔からは何も表情が読み取れない。

 

 アンジェラが怒っていると、理解するにはそれだけの情報があれば十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょちょ、ストップA組! というかフーディルハイン!」

「かはっ!」

 

 と、アンジェラを諫める声と同時に手刀が容赦なく物間に浴びせられる。物間は声を上げてダウンした。

 

「物間、洒落にならん! 飯田の件知らないの? 

 

 ごめんな、A組。こいつ心がちょっとアレなんだよ。

 

 ……私からよく言って聞かせておくからさ、今は拳……というか銃を収めてくれない?」

 

 物間をダウンさせたのはB組のクラス委員長、拳藤だった。アンジェラは真顔のまま、拳藤をじっと見ている。自身に怒りの感情が向けられているわけではないと分かってはいるが、なんだか薄ら寒いものを感じている拳藤は、折衷案をアンジェラに提示した。

 

「次に物間が余計なこと言ったら、容赦なく発砲していいから」

「……………………っち、しゃあねぇな。

 

 今回だけだ。次はないとそいつに言っておいてくれ」

「うん、本当にごめんな?」

 

 アンジェラはその条件を呑んだのか、ようやく銃を収めてソルフェジオをペンダントに戻した。

 

「お詫びと言ったらなんだけどさ、あんたらさっき期末の演習、不透明だって言ってたじゃん? 入試のときみたいな対ロボットの実戦演習らしいよ」

「え、どこ情報だそれ?」

 

 ようやく真顔から戻ったアンジェラが疑問をぶつける。拳藤は温度差ヤバいな、と思いながら情報の出処を口にした。

 

「私先輩に知り合い居るからさ、聞いた。ちょっとズルだけど」

「いや、ズルじゃないと思うぜ? 情報の収集から戦いは始まってるってよく言うからな。

 

 ……そっか、先輩に聞けばよかったのか」

 

 普通の学校であればないだろうが、ここは雄英。有り得る話だ。アンジェラは一人納得したように頷いた。

 

「馬鹿なのかい、拳藤……せっかくの情報アドバンテージを……こここそ、憎きA組を出し抜……かはっ!」

「憎くはないし、フーディルハインを怒らせたのはあんたでしょうが!」

 

 また何かを口走ろうとした物間を、拳藤が再び手刀で黙らせて回収していった。

 

「……B組の、姉御的存在なんだな、拳藤って」

 

 アンジェラの言葉には、物間に対する呆れが存分に見受けられたとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「やったー!」」

 

 教室内で嬉しそうな声を上げているのは芦戸と上鳴。期末ちょっとヤバげな二人組である。

 

「なんだよ、ロボなら楽チンだぜ!」

「ホントホント!」

「お前らは対人だと、“個性”の調整大変そうだからなぁ」

 

 喜び合う二人に相槌を打つのは中間10位の障子だ。芦戸の「酸」も上鳴の「帯電」も、一歩間違えば相手を死に追いやる危険性が他の“個性”よりも高い。

 

「ああ! ロボならブッパで楽勝だ!」

「私は溶かして楽勝だ!」

「これであとは八百万に勉強教えてもらえば、期末はクリアだな!」

 

 なんだか早くも祝賀モードに入りかけている数名をよそに、アンジェラは考え込んでいた。確かに、今までは対ロボの実戦演習だっただろう。だがそれは、雄英が敵連合に襲撃される前のこと。

 

 ……果たして、雄英がカリキュラムをこのままにしておくだろうか。単純な鉄の塊相手の試験を、今も続けるのだろうか? 

 

 そこまで考えて、アンジェラは行き着いた。

 

 ……ひょっとしたら、期末の演習は先生相手の実戦になるかもな。

 

 が、これを言うつもりはない。不用意に不安を煽るようなことをすれば、筆記の方で躓く奴が出る可能性があるからだ。予想でしかないし、当たったらいいか、とアンジェラはその考えを片隅に追いやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラの予想は、後に当たっていたことが判明することになる。




飛び級制度は欧州だったら普通にあると思います。某汎用人型決戦兵器の弐号機パイロットさんも十四歳で大卒でしたし。












ブラコン怖い………初期設定じゃツンデレキャラだったのに、今やその影も形もない……。


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期末テスト

テストの話です。


 時は流れて、三日間の筆記試験終了日。

 

 アンジェラはケアレスミスさえなければ大丈夫だろ、と自信をもって言えた。芦戸と上鳴も取り敢えず全部埋めることは出来たと言っていたので、筆記試験は恐らく全員大丈夫そうだ。

 

 

 

 

 その翌日、演習試験本番。コスチュームに着替えて集まった試験会場の中央広場には、相澤先生を始め多くの先生が集まっていた。なんだか先生多いな、とクラスメイトたちは感じていたが、肩の上にケテルを乗っけたアンジェラはそれ以上にもしかして、という思いに駆られていた。

 

「それじゃあ、演習試験を始めていく。この試験でも、勿論赤点はある。林間合宿行きたけりゃ、みっともねぇヘマはするなよ。

 

 諸君なら事前に情報を仕入れて、何をするか薄々分かっていると思うが……」

「入試みてぇなロボ無双だろ〜!?」

「花火〜! カレー! 肝試し〜!」

 

 この状況に違和感を感じないのか、楽観的思考回路のままで騒ぎ立てる上鳴と芦戸。アンジェラはこいつら大丈夫か? と頭の片隅で思っていた。

 

「ノンノン! 諸事情あって、今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

 相澤先生の首元の捕縛布からひょこっと現れた根津校長がクラスメイト達、特に騒いでいた芦戸と上鳴に現実を叩きつける。芦戸と上鳴が白くなって動きがピタリと止まった。

 

『校長先生!』

「変更って……」

 

 上鳴と芦戸程ではないが、やはり動揺するクラスメイト達。根津校長は相澤先生から降りながら、変更された演習試験の内容を口にする。

 

「これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い教えを、重視するのさ! 

 

 というわけで……諸君らにはこれから二人一組となって、ここに居る教師一人と、戦闘を行ってもらう!」

「先…………生方と!?」

 

 先生、つまり、現役プロヒーローとの対人戦闘。その字面だけで分かる、あまりの高難易度試験にクラスメイト達が戦慄とする中、アンジェラは自身の予想が当たってしまい、違う意味でこめかみに手を当てる。

 

「ペアの組み合わせと対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度……諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから、発表していくぞ」

 

 相澤先生はそう言うと、淡々とペアと対戦相手を発表していく。次々と発表されていく中、アンジェラのペアは爆豪。そして、対戦相手は……

 

「私が、する!」

「「……オールマイト……!」」

 

 上空から颯爽と現れた、オールマイトであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日前の夜。雄英高校の会議室にて、期末の実技試験に関する会議が進んでいた。

 

 そもそも演習試験の内容が変更になったのは、アンジェラの予想通り敵連合から始まった、現状以上に激化するであろう敵との戦闘に備えるためである。入試などで使われる仮想敵ロボットは、入試という場で生徒に危害を加えるのか、というクレームを回避するための代物であり、あまり実戦的な物ではない。

 

 生徒を守るために、学校側はどうすればよいか。根津校長が出した結論は、「生徒自身に強くなってもらう」、である。他の先生もその考えに賛同した。その考えから、対先生の実戦演習という案が生まれたのだ。

 

 勿論、入学して3ヶ月余りの高校一年生が、例外中の例外を除いて本気の先生相手にまともに太刀打ち出来るはずもない。その辺を考慮して、教師側にはハンデを付ける。が、それでもロボとの戦闘訓練よりは格段に難易度が高いであろう。

 

 それから、先生達は生徒のチームアップとどの教師と対戦させるか、ということを話し合った。

 

 粗方A組の組み合わせが決まった頃、相澤先生が一番の難問を口にする。

 

「それでは最後に、フーディルハインですが……彼女に関しては、一対一でも、というかハンデなしでも難なく試験をクリアするでしょう。

 

 “個性”は「魔術」……体内のエネルギーを組み替えて魔術のような現象を引き起こすことが出来る“個性”。確認出来るだけでも砲撃や射撃、水や炎などを出現させ操るなどの攻撃以外にも、防御、バフ、移動、拘束、回復……などなど、多彩な技を持っていますね。また、“個性”としては一応発動型として分類されますが、異形型に近い性質を持つためか、俺の「抹消」などの“個性”に直接干渉する類の“個性”は効果がないと、“個性”届けにあります」

「おまけに、“個性”なしで音速以上のスピードで駆けることが出来て、マーシャルアーツ……近接格闘術も一戦級レベルで会得しているなど、“個性”を使わなくても並大抵のヒーローはおろか、トッププロですら軽く凌駕するであろう実力の持ち主……改めて見ると、凄まじいわね」

 

 教師陣のアンジェラへの評価は、「凄まじい」の一言に尽きる。戦闘能力で言えば、もう既にナンバーワンを狙えるほどだ。アンジェラに相澤先生の「抹消」が効かないのは、アンジェラの“個性”は“個性”ではなく魔法だからなのだが、それを教師陣が知る術はない。

 

「そして、最近GUNからの特別講師として赴任してきたインフィニットとガジェットが、一年を教える教師と校長にのみという条件で開示した情報があります。

 

 このことは他のヒーローやヒーロー公安委員会はおろか、警察などにも他言無用だそうですが……皆さんはコレ見て、どう思いました?」

 

 相澤先生は机の上にあった白い封筒を持って言う。

 

「……ある意味、納得しましたね。この資料を読んで思いましたが、体育祭でも恐らく手を抜いていたんでしょう……自分以外をなるべく目立たせるために」

「彼女の突出した戦闘センスはセンスだけでなく、経験に裏打ちされたもの、か……そりゃ、凄まじく強いわけだ」

「敵との戦闘、という経験では、数では俺たちに劣るだろうが……密度はフーディルハインの方がよっぽど濃いだろうよ。ある意味コウハイで、センパイだぜ」

「コレデ、フーディルハインサン自身ハ正規職員デハナク、アクマデモソノ場ソノ場デノ協力者トイウノダカラ驚キダ」

「……今回の来日も、何かしらのGUNにまつわる目的があってのことでしょうが……ガジェットにそのことを問い質したら、「それ以上の情報を開示する権限は自分たちにはない」、と返されましたよ」

「遠回しの肯定……だけど、その内容を話はしないのだろうね。フーディルハインさんがGUNと組織的に繋がっているとこちらに開示されただけでも、少なくとも僕ら雄英を信頼してくれている証さ。彼らの真の目的は、彼らが話してくれるまでこっちから聞くような無粋な真似はよそう。彼らが折角信頼してくれたんだ。その信頼には、応えなくてはね」

 

 根津校長の言葉に、全員が頷く。オールマイトはアンジェラ達の真の目的を知っているのだが、そのことを話すようなことはしない。オールマイト以外の教師も、アンジェラ達がどんな目的で日本に来ていようと、GUNという国際警備機構の看板を背負っているからには、何かしらの敵か何かに関わりがあることで、情報が不確定だからなのか、はたまた目標に気付かれたらまずいのか、どちらにせよ、おいそれと他者に話せない理由があるから、情報を開示しないのだろうと推測していた。

 

 また、ヒーロー公安委員会や警察には言わず、雄英だけに情報を開示した理由も、根津校長は予測がついている。ヒーロー公安委員会や警察の上層部のやっかみに、アンジェラを巻き込まないためだ。もし彼女がそんなやっかみに巻き込まれてどうにかなってしまったら、下手したら日本が滅びるだろうから。

 

 だからGUNは、現場のことを知り教師として多数の生徒を見てきて、尚且つアンジェラと直接関わり合いを持つ雄英の一年を教える教師と校長にだけ情報を開示し、現場に出ない口先だけの無能や出世欲の塊が紛れ込んでいる可能性がある委員会や警察には伝えなかったのだ。ガジェットやインフィニットは、例年通りの講師でもあるだろうが、雄英教師の監視なども兼ねているのだろう。彼らも大概強い。

 

 そして、根津校長の推測が大体当たっていたことは、当の本人たちは知る由もない。

 

「それでは、話を戻しますが……ぶっちゃけ、フーディルハインはどうするべきだと思います? というか、誰となら試験になると思います?」

「俺は……少なくともオールマイトさんじゃないと相手にもならないかと」

「私もそう思うわ……私じゃあ、眠り香の射程範囲外から狙撃されて接近もままならないでしょうし」

「ブラックホールの僅かな死角も貫かれそうですね」

「いっそ教師が束になってかかりますか?」

「いや、それだとフーディルハインさんとペアを組む生徒に不利すぎる。フーディルハインさんを一人で受験させるかとも考えたけど……それだと、一人余ってしまう。フーディルハインさんはともかく、余ったもう一人はとばっちりが過ぎるのさ。ただでさえ例年より難易度が高い試験なのに、更にそこだけ難易度を上げるのは……」

 

 教師陣は色んな意味で頭を抱える。これでは、どちらが試験される側なのかわかったものではない。

 

「……では、こうしましょう。

 

 フーディルハインは爆豪とペアを組ませて、対戦相手は……オールマイトさん、頼みます」

「分かったけど……一応、フーディルハイン少女を爆豪少年と組ませた理由を聞いていいかい?」

「我が強く、独断専行しがちな爆豪の手綱を、フーディルハインがどこまで握れるか……これを、フーディルハインの試験内容とします。また、フーディルハインだけは爆豪が気絶しているか爆豪に先導されていない限りゲートからの脱出(・・・・・・・・)を禁じます。

 ……流石にこうでもしないと、試験にならないでしょうから」

「分かったよ、私はフーディルハイン少女と爆豪少年が仲違いなどをしないように、誘導すればいいんだね?」

「そういうことです」

 

 こうして、アンジェラと爆豪の組み合わせが決定したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懐から黄色いハンドカフスを取り出した根津校長が、試験の詳しい内容について説明していく。

 

「試験の制限時間は30分! 君達の目的は、このハンドカフスを教師に掛ける、オア、どちらか一人がステージから脱出することさ!」

 

 先生を捕らえるか、ステージからの脱出。本当に逃げてもいいのかという疑問がどこからともなく湧き出たが、会敵したと仮定した場合、そこで捕縛できればそれが一番なのだが、実力差が大きすぎたり、相性が死ぬほど悪すぎたりした場合は、逃げて応援を呼ぶのも一手。逃げてはないが、アンジェラも保須での一件でファントムルビーに対して強く、近くに居るであろうインフィニットに救援を求めていた。最終的に被害者0でことを済ませられるのであれば、応援を呼ぶことは全然恥ずかしいことなどではないのだ。

 

「そう! 君らの判断力が試される! けどこんなルール逃げの一択じゃねって思っちゃいますよね? 

 

 そこで我々、サポート科にこんなの作ってもらいました!」

 

 コミカルな感じで懐をゴソゴソと漁るオールマイト。取り出したのは、黒い重りがついた輪っか状の物体。

 

「超圧縮おーもーりー!」

「……何故にどこぞの青い猫型ロボット風?」

 

 オールマイトのどこか聞き覚えがある口調にアンジェラがツッコミを入れる。ジャパニメーションを踏襲済みのアンジェラは、当然某猫型ロボットのアニメも見たことがある。閑話休題。

 

「体重の約半分の重量を装着する! ハンデってやつさ。古典だが、動き辛いし体力は削られる……あ、やっば、思ったより重っ……」

 

 超圧縮重りを手足に装着しながらオールマイトは言う。途中、あまりの重さにオールマイトが思わず声を漏らしていたが、オールマイトは体重が確か200kg以上あったはずなので、当たり前といえば当たり前か。

 

「……戦闘を視野に入れさせるためか……ナメてんな」

「HAHAHA……どうかな?」

 

 ぼそりと呟いた爆豪をオールマイトの眼光が射抜く。少なくとも、舐め腐っているわけではなさそうだ。

 

「それぞれ用意してあるステージで一斉スタート。移動は学内バスだ。分かったらはよ移動しろ」

 

 相澤先生に催促され、アンジェラ達はバスに乗って所定の試験会場へと赴く。

 

 その前に、アンジェラは相澤先生に呼び止められた。

 

「ああ、フーディルハイン、お前だけは爆豪が気絶しているか爆豪に先導されていない限り、ゲートからの脱出は禁止だ」

「別にいいですけど……理由を聞いても?」

「そうでもしなきゃお前が速すぎて試験にならん」

「……ま、それで納得しときますよ。爆豪にも伝えておけばいいんですね?」

「そういうことだ」

 

 アンジェラはまあいっか、と思いながらバスへと赴く。バスに乗車したとき、既に爆豪が座席でふんぞり返っていた。

 

「遅ぇ」

「悪い、ちょっと相澤先生に呼び止められたもんで」

 

 アンジェラはそう前置きして、相澤先生から言い渡されたアンジェラだけの禁止事項を爆豪に伝える。爆豪は悔しそうではあるが、納得はしたようだ。

 

「ま、お前デタラメなスピードしてるもんな……アレ、“個性”使ってないって何かの冗談だろ」

「いや、マジもマジ、大マジだって。オレ、“個性”結構遅咲きだったんだけどさ、“個性”が発現する前からマッハは出せたから」

「……お前が言うと冗談だと思うようなことでも冗談に聞こえん」

「It's not joke……信じてもらえるたぁ思ってねぇケド」

 

 そんな他愛もない話をしながらバスは進む。ある程度まで進んだ頃、アンジェラが切り出した。

 

「んで? 爆豪、お前どうするつもりなんだ?」

「どう、って……そりゃ、正面からブチ抜くに決まってんだろ」

「ヘェ……悪くねぇな。オールマイトが相手とはいえ、ハンデでどれだけ戦力が削がれているのかは分からんわけだし、オレがゲートを通り抜けられない以上、正面戦闘は避けられない、か。

 

 だがよ、爆豪。逃げの一手を打つってのも、結構大事なコトなんだぜ?」

「ケッ、誰が逃げるかよ誰が!」

 

 この反応が返ってくることは想定内である。アンジェラは全く臆することなく続ける。

 

「人の話は最後まで聞け。

 いくらお前に戦闘の才能があろうと、相手はオールマイト。何十年と……平和の象徴として君臨しているヒーローだ」

 

「平和の象徴」と口にした一瞬だけ、アンジェラの声が微かに歪む。爆豪はそれに気付きはしたが、それを指摘する前にアンジェラが再び口を開いた。

 

「雄英に入ってから数ヶ月ほどの子供が真正面から無策で突っ込んで行って勝てるほど、甘くはねぇんだよ」

「…………」

「だから、まずは作戦勝ちを狙え」

「……それって、どういうことだ?」

 

 爆豪がアンジェラの話に食い付いた。アンジェラはニヤリと笑みを浮かべながら言う。

 

「作戦勝ちすら出来ない奴が、真正面から突っ込むだけでオールマイトに勝てるわけないだろ。本気で勝ちたいのなら、まずは段階を踏むんだな。

 

 勝利の種類は、一つだけじゃねぇんだぞ」

 

 さて、爆豪はどう出るだろうか。自身よりも下と見下している相手には当たりが強い爆豪だが、体育祭の決勝で真正面から爆豪を打ち負かしたアンジェラに対しては結構普通に接してくる。ただ、自尊心の塊であることに変わりはないので、アンジェラとしては話に乗ってくるか、逆上されるかの五分五分だった。

 

 爆豪は少し考える素振りを見せて、口を開く。

 

「……フーディルハイン、お前、オールマイトの動きを制限出来るか?」

 

 冷静に言葉を放つ爆豪に、アンジェラは楽しげな笑みを浮かべる。

 

「そういうのにうってつけの技がいくつか……一つ、試したい新技がある」

「聞かせろ。そして、作戦は俺に考えさせろ……それが、逃げの一手を容認する条件だ」

 

 ガサツに見えるが、こいつ意外とクレバーだな。

 

 アンジェラは肩の上のケテルを撫でながら、ニヤリ、とあくどい笑みを浮かべて言った。

 

「Ok.Please give me instructions,sir」

 




ツッコミどころがあれば、どうぞ優しく指摘してやってください。転がりながら喜びます。


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勝利の種類

今更ですが、作者はアニメ勢で原作漫画は未読です。期末の方式は原作に寄せているつもりではありますが、読んでいないので一部妄想で補完しているところがあります。おかしなところがあれば容赦なく指摘してやってください。

え?何でアニメと原作で期末の方式が若干違うことを知っているのかって?

A.二次創作の知識


『一年A組、期末テスト、演習試験、レディ・ゴー!』

 

 試験会場に踏み込んだアンジェラと爆豪は、その放送を耳にした瞬間行動に移る。

 

「フーディルハイン、手筈通りまずは索敵だ!」

「OK,sir!」

 

 アンジェラはソルフェジオを杖に変形させると、足元に魔法陣を出現させ、数十基の索敵魔法……渡り鳥(サーチャー)を飛ばしながら、爆豪の飛ぶスピードに合わせて走る。

 

「……そのsirっての、何だ?」

「気分だよ気分。嫌なら止めるけど?」

「やめろ、むず痒い」

「ハイハイ」

 

 そんな会話をしつつ、アンジェラとソルフェジオはサーチャーから飛ばされてくる情報を捌く。と、一基の渡り鳥(サーチャー)がオールマイトの姿を捉えた。

 

『我が主、目標を発見しました』

「ああ、見えた。ゴール前で拳を構えてらぁ……爆豪、オレの後ろに来い、オールマイトと戦う前に無駄な怪我したくなけりゃ、な」

「ッチ、後ろに行くのは今回だけだぞ!」

「どうだか」

 

 軽口を叩き合いつつ、アンジェラは前面にソルフェジオを構え、防御魔法を展開する。しかし、守りの意思(ディフェソート)ではない。それよりも更に上位の防御魔法、確固たる拒絶(ディフェラドゥーム)だ。防御力は守りの意思(ディフェソート)の比ではないほどに高いが、消費魔力量も多く展開時に数秒タイムロスが出る。汎用性は守りの意思(ディフェソート)ほどではないが、今回のように大規模攻撃が来ると事前に分かっていれば、守りの意思(ディフェソート)よりも有用な魔法だ。

 

 水色の防壁が二人の前面に現れた瞬間、周囲の建物も道路も巻き込んだ衝撃波が二人を襲う。土煙が舞い、周囲が見えなくなってしまう。防壁のおかげで二人は足元の道路諸共飛ばされずに済んでいるが、直に食らっていたらひとたまりもないであろうことは予測できた。

 

「……面での攻撃、ビルを壊す程度の威力なら守りの意思(ディフェソート)でも十分だが……一点集中で放たれたら、確固たる拒絶(ディフェラドゥーム)でも保つか分からんな」

 

 アンジェラはオールマイトの一撃を冷静に推測する。アンジェラは特別防御魔法に秀でているわけではない。魔力量が多いがゆえに防御力は高いが、それだけだ。

 

 現に、確固たる拒絶(ディフェラドゥーム)はナックルズには一撃で簡単に破られてしまう。アンジェラは別に固定砲台ではない、むしろ戦闘スタイルはその真逆を地で行くので問題に上がったことはないのだが。

 

「……街への被害などくそくらえだ!」

 

 カツン、カツン、と靴の音。土煙は舞う中で、確かなプレッシャーを放ちながら、オールマイトが歩みを進めてくる。

 

「試験だなどと考えていると痛い目を見るぞ……私は敵だ。ヒーローよ、真心込めてかかってこい!」

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 オールマイトが放った風圧を凌いでから確固たる拒絶(ディフェラドゥーム)を解除したアンジェラは、生返事しか出来なかった。

 

「フーディルハイン少女、ちょっとノリが悪いんじゃないかい? 真面目にやってる?」

「いや真面目ですよ? 大真面目ですけどね? そんな殺気とも呼べない生ぬるいもん(・・・・・・・・・・・・・・)浴びせられちゃこんな反応になりますって」

 

 ケテルが乗っていない方の肩にソルフェジオをかけながら、アンジェラは呆れたような声を出す。

 

「……まるで本気の殺気を知っているような言い方だね」

「だってシャドウのやつ、最初はガチで殺しにかかってきましたもん」

 

 アンジェラの口から出た意外な人物の名前に、オールマイトは一瞬動揺した。

 

 オールマイトが個人で貰ったGUNの資料では、アンジェラ達とシャドウは出会った当初は敵同士であったと書かれていた。

 

 シャドウは色々あって記憶が改変され、騙されていたがゆえのこととはいえ、アンジェラ達を始末しにかかったとは知ってはいたが……シャドウのことを、兄として純粋に尊敬し、歪んだ愛情にも似た感情を向けているアンジェラの口から、ハッキリとそんなことを言われるとは思ってもいなかった。

 

「それよりもオールマイト……オレにだけ注目してていいんですか?」

「!?」

 

 アンジェラがニヤリ、と笑いながら言った一言にハッ、となり爆豪の姿を探すオールマイト。一瞬の動揺の隙に、爆豪の姿がオールマイトの視界から消えていたのだ。

 

「どこ見てんだオールマイトォ!」

「! 上か!?」

 

 爆豪の姿はオールマイトの直上にあった。アンジェラの言葉で動揺した一瞬で、爆破による跳躍を行い、オールマイトの真上に移動したのだ。

 

 爆豪はオールマイトに手を向け、手のひらから爆破を連続して叩き込む。体育祭の切島戦で見せた、怒涛の絨毯爆撃だ。

 

「痛っ……痛いけど、それだけだね爆豪少年!」

「フーディルハイン!」

 

 オールマイトが爆豪の腕を掴もうとした瞬間、オールマイトにも視覚できないスピードでアンジェラが爆豪を回収し、そのまま戦線を離脱する。

 

「はは……してやられた。相変わらず、私の目でも追えないなぁ……フーディルハイン少女」

 

 オールマイトはそんなことを言いながら、アンジェラ達を探して走り回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、作戦の第一段階は完了……本来なら、オレの射撃でオールマイトをこっちに誘導するつもりだったんだがなぁ。まさかあそこまで動揺されるとは……ま、結果オーライか。爆豪もナイスアドリブだったぜ」

「おい、フーディルハイン……それはそれとして、いつまで抱えているつもりだ! さっさと降ろせ!」

「いいのか? 降ろして。お前、こんな高さから落ちたら死ぬぞ?」

「……ッチ!」

 

 試験会場の上空、天を駆る翼(ローリスウィング)を使ったアンジェラが、爆豪を小脇に抱えながら渡り鳥(サーチャー)でオールマイトを監視していた。爆豪は心底嫌そうな顔をしているが、アンジェラの言うことも尤もなので暴れたりはせずに従っている。

 

「さて、実際にハンデありのオールマイトと対峙してみて、どう思ったよ、爆豪」

「…………半端な威力じゃダメージにもなりやしねぇ。あれじゃ、俺の最大威力でも動きを止めきれるか分からねぇ……

 

 

 

 予定通り、あの策で行くぞ」

「OK、任せな」

 

 アンジェラはそう言うと、ソルフェジオを一旦空中に浮かべてウエストバッグから幻夢の書を取り出す。そして、あるページを開き、ソルフェジオにデータを読み込ませた。

 

「オレはオールマイトの動きを止めるだけ……カフスをかけるのはお前だ」

「分かってらァ。まずはお前を使って勝たねぇと……オールマイトにタイマンで勝つなんて夢のまた夢でしかねえ」

「話が早いねェ、キライじゃないぜ、そういうの」

「勝手に言ってろ」

 

 アンジェラはニヤリと笑う。高い目標があるのなら、まずは一段ずつ登る。爆豪は今、それを成そうとしている。自分よりも遥かに高い壁が目の前に見えたとき、人は挫折するか成長するかの二択だ。

 

 アンジェラと爆豪は、そういった意味では似た者同士なのかもしれない。

 

 自身よりも先を行き続ける兄達の背中をずっと見てきたアンジェラと、幼い頃よりオールマイトのような「最後には必ず勝つヒーロー」に憧れてきた爆豪。

 

 両者とも、超えるにはとてつもなく厳しい壁。

 

 でも、だからこそ、本気で超えたくなる。

 少なくともこの二人は、今までずっとそうしてきた。

 そして、これからも。

 

「さて、探されてるみたいだし、読み込み終わったし、そろそろ行くか。

 

 

 

 ……ところで爆豪、お前、ジェットコースターは平気だよな?」

「……は?」

《ボクは大好きだよ!》

「うん知ってる」

 

 楽しげにアンジェラの肩の上でリズムを刻むケテルと、困惑気味の爆豪をよそに、ウエストバッグに幻夢の書を仕舞い、ソルフェジオを手に取ったアンジェラは、オールマイトめがけて事故らない程度に物凄い勢いで突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、オールマイトは今だにアンジェラ達を探して駆け回っていた。

 

(もしかしたら、もうゴールに向かったか? フーディルハイン少女にゲート前まで運んでもらえば、試験のクリアは楽々だが……爆豪少年が、そんな選択を取るだろうか? フーディルハイン少女もそんな選択しないだろうし……)

 

 オールマイトが悶々と考え込んでいると、上空から何やら物音がする。そちらを向くと、何やら物凄い勢いでオールマイトに突っ込んでくるアンジェラと、小脇に抱えられた爆豪の姿が。

 

「……そうだ! すっかり失念してた! フーディルハイン少女は飛べるんだった!」

 

 アンジェラといえば、音速で地を駆け抜けるイメージが強すぎて、オールマイトはアンジェラが飛行できることをすっかり失念してしまっていたようだ。

 

 アンジェラの頭の片隅に、少し疑念が残る。オールマイトほどの場数を踏んだヒーローならば、そういう大事なことは覚えていそうなもの。まして、生徒のことだ。データは取って、確認しているはずだが……

 

 そんな違和感を感じつつも、アンジェラはそれどころではないと思考を切り替えた。

 

「さて、爆豪。こっからが正念場だ。気張っていけよ!」

「ハッ、誰に向かってそんなこと言ってんだ!? 最初から気張ってるわ!」

「ははっ、そうこなくっちゃ!」

 

 アンジェラは笑いながら、オールマイト目がけて爆豪を思いっきり投げ飛ばす。一応、拒絶の幕(ディフェラソプト)という、他者の身体を包み込む防御膜を与える魔法はかけているので、例え着地にミスっても死にはしない。

 

「味方をぶん投げるとは、ちょっと雑じゃないかい!?」

「うるせェ、同意の上だわ! スタングレネード!」

 

 爆豪はオールマイトに食らいつくように両手を向け、光量多めの爆破を浴びせる。あまりの眩しさに、オールマイトは思わず目を伏せた。

 

 それこそが、爆豪の作戦通りとは知らずに。

 

「今だ! フーディルハイン!」

「OK!」

 

 上空に留まっていたアンジェラが、データを読み込ませたソルフェジオをオールマイトに向けて構える。爆豪が作り出したほんの一瞬の隙。それが、二人の作戦には必要だった。

 

 アンジェラはソルフェジオをバトンのようにクルクルと回転させながら構え、オールマイトの足元に魔法陣を展開し、魔法を発動させる。オールマイトの動きを止めることができる力を持った、マリオネットを呼び出す魔法を。

 

「舞い踊れ、生者の形をした死踏人形共。

 

舞踏人形と死に踊る(アンデスアーミー)」!」

 

 オールマイトの足元の魔法陣から、次々に現れたのはツギハギの少女のお人形たち。アンジェラが己が魔力を使って作り出した、愛らしく、麗しく、歪な形をしたアンジェラ自身の映しである、死に踊る人形ども。

 

 人間の姿という体裁こそ守っているが、歪に嵌められた目には光なんぞ宿ってはいないし、ただでさえ病的に白いアンジェラの肌を更に白くしたような色の肌は、もはや色というものを認識することすらできない。腕や脚も辛うじて人のものだと分かる程度の歪な形をしている。

 

 表情も一切変わらず、パワーとスピードだけはアンジェラと同等のものを備える人形共は、ゾンビのような動きでオールマイトの四肢を掴んで離さない。オールマイトは何とか動こうと藻掻くが、数の暴力で一切身体が動かない。

 

 舞踏人形と死に踊る(アンデスアーミー)。つい最近アンジェラが使えるようになった、魔力でもって自身の写しの人形を創り出すゴーレム創生系魔法だ。創り出した写しは魔法こそ使えず、姿かたちも歪なものだが、パワーとスピードは使用者本人と同等のものを備えている。幻夢の書がなければ使えず、発動までにタイムラグがあるのがネックだが、今回は爆豪の爆破による目眩ましで時間を稼いだ。

 

「…………怖っ」

 

 爆風で一時オールマイトの元から離脱した爆豪は、ついそんなことを口走った。それは、まるで本能に訴えかけてくるような、嫌悪感、醜さ、美しさ、儚さ……あらゆる矛盾を内包したような、芸術作品とも言うべきものどもだった。

 

 前にも、こんなものを見たことがあるような…………

 

 

 

 

 

「爆豪! 今だ!」

 

 アンジェラの叫びで一瞬トリップした思考が戻った爆豪は、爆風でオールマイトに接近して、手に持ったカフスを人形共が掴んでいるオールマイトの手首に嵌めた。

 

『爆豪・フーディルハインチーム、条件達成!』

 

 それと同時に、会場全体に響き渡る放送。

 

 アンジェラと爆豪の実技試験は、オールマイトの捕縛による二人の勝利で幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 試験終了の放送が流れた直後、オールマイトが二人に声をかける。

 

「いやぁ! 素晴らしかったよフーディルハイン少女に爆豪少年! 色々話したいことはあるけれど…………

 

 

 

 

 

 その前に、このおっかないお人形さんたち、早く退かしてくれないかな?」

 

 人形共に身体を押さえつけられた状態のままで。

 

「あ、すんませーん」

 

 アンジェラは生返事をしながら地面に降り立ち両手をパン! と叩く。すると、人形共は淡い白い光となって消えていった。人形共が完全に消滅すると、オールマイトはよっこらせ、と立ち上がる。

 

「いやぁ、完封されちゃったね! まんまとお二人さんの策にハマっちゃったよ! 爆豪少年の爆破で時間を稼ぎつつ、フーディルハイン少女が私の動きを止める……二人共、いい作戦とチームワークだ!」

「いやぁ、褒められて悪い気はしねぇな。

 

 ……だけどよ、オールマイト」

 

 アンジェラは一呼吸置いて、爆豪を見やる。

 

「この策は全部、爆豪が考えた。オレはその指示に従っただけさ」

 

 アンジェラはあくまでもクールにそう言い放つ。アンジェラの言葉通り、この作戦はアンジェラが口を出した部分がひとつやふたつはあれど、それ以外は全部爆豪が考えた。アンジェラが口を挟んだのだって、時間稼ぎに関するちょっとした話くらいなもの。作戦の大筋を全部考えたのは、爆豪である。

 

「やったな、爆豪」

「ケッ、今回はお前を使ってやったんだ、当然だろ」

「でも、悪くはねぇだろ?」

 

 アンジェラはそう言いながら爆豪に拳を突きだす。爆豪は少し困惑しながら、

 

「……ま、悪くはねぇな」

 

 突き出された拳に、自身の拳を突き合わせた。




お人形の見た目は……………あれです、ネクロニカのドールみたいなやつです。


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テスト明けのあれこれ

今回はちょっと短めです。


 期末実技試験の翌日。一年A組の教室には、どんとりとした雰囲気を背負い絶望的な表情を浮かべる人物が四人。

 

「皆……ぐすっ、合宿の土産話、楽しみにしてる……から……」

 

 その人物とは、芦戸、上鳴、切島、砂藤。彼らは、先日の実技試験をクリア出来なかった者たちだ。クリアが出来ていないということは、それ即ち不合格……赤点が決定しているも同然。採点基準は明かされていないが、クリア出来た者たちよりも絶望的なのは間違いないだろう。

 

「まーまー、まだどんでん返しがあるかもしれないぜ?」

「よせフーディルハイン、それ口にしたらなくなるパターンだ」

 

 アンジェラがおちゃらけたように放った言葉を、肩に手を置いて静止したのは瀬呂である。瀬呂も瀬呂で、峰田の作戦のおかげでクリアこそ出来たものの、試験官のミッドナイト先生の眠り香にあてられて殆ど眠っていただけという酷い有様。クリア出来ていない者たちよりも立場が不透明な状況であった。

 

「試験で赤点取ったら合宿行けずに補習地獄……そして俺たちは実技クリアならず。これでまだわからんのなら貴様の偏差値はサル以下だー!!」

 

 パシッ

 

 どこか悲壮感すら漂う表情でアンジェラに目潰しを食らわせようとした上鳴の右手を、アンジェラは涼しい顔で片手で掴んで受け止めた。

 

「やめろバカ」

 

 アンジェラはニコニコ笑いながらそう言い放つ。

 

「すみませんでした」

 

 上鳴は即座に謝った。決してニコニコとした笑みの中に般若のような何かを見たわけではない。微笑みから放たれた声に若干の威圧感を感じたわけでもない。単純にやめろと言われたから謝った。それだけ、のはずだ。

 

「予鈴が鳴ったら席に着け!」

 

 そんな感じのやり取りが繰り広げられた直後、前の方のドアから相澤先生が入ってきた。一斉にガタガタと席に着くアンジェラ達。

 

「おはよう。今回の期末テストだが……残念ながら赤点が出た。従って、林間合宿は……

 

 

 

 

 

 全員行きます!」

『どんでん返しだーーーーーーー!!!』

 

 ニッコニコと笑顔を浮かべながら放たれた相澤先生の言葉に、実技クリアならずの四人組は大声を張り上げた。アンジェラは相澤先生あの笑顔似合わねー、と、割とマジで結構失礼なことを考えていた。

 

「行っていいんスカ俺ら!」

「ほ、ホントに!?」

「ああ。赤点だが筆記の方はゼロ。実技で切島、砂藤、上鳴、芦戸、あと瀬呂が赤点だ」

「ゲッ……確かに、クリアしたら合格とは言ってなかったもんな……」

 

 赤点確実で林間合宿に行けないと思っていた四人の顔に希望の灯が宿る。瀬呂は逆に恥ずかしそうだ。殆ど他人の力だけ頼ってのクリアなのだから、当然といえば当然なのだが。

 

「今回我々敵側は、生徒に勝ち筋を残しつつどう課題を向き合うかを見るよう動いた。でなければ、課題云々の前に詰むやつばかりだっただろうからな」

「本気で叩き潰すと仰っていたのは……?」

「無論、追い込むためさ。そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点取った奴こそ、ここで力をつけてもらわなきゃならん。

 

 合理的虚偽ってやつさ」

『ゴウリテキキョギィィ──────!!!』

 

 どうやら、両手足の重りというハンデが課されていた状態で更に手心を加えられていたらしい。どうりでオールマイトの動きに何となく違和感を感じたわけだ。オールマイトは、アンジェラが空を飛べるということをわざと忘れたフリをしていたのだろう。

 

 ちなみにこれは大変余談であるが、後日オールマイト本人に確認してみたところ、確かにアンジェラが飛べるということは忘れたフリをしていたらしいが、アンジェラのスピードが速すぎて忘れていなくても対処は出来なかった、らしい。それが真実かどうかは定かではない。閑話休題。

 

 嬉しさのあまり狂喜乱舞する赤点5人組。

 

 しかし、それを容認できない……というか、虚偽を重ねられたことに憤りを感じる人物がここに一人。

 

「またしてもやられた……流石雄英! しかし! 2度も虚偽を重ねられると、信頼に揺らぎが生じるかと!!」

 

 そう、我らが委員長、飯田である。見事に水を差した飯田の主張だが、間違っているわけでもない。嘘で鼓舞することは確かに効果的だが、何度も繰り返されると「またか」、と耐性が付いてしまい、効果が薄くなるものだ。

 

 それを分かっているのか、相澤先生は口を開く。

 

「確かにそうだな、省みるよ。だが、全部が嘘ってわけじゃない」

 

 その言葉に、喜びの舞を踊っていた赤点5人組の動きがピタリ、と停止する。そんな5人に、相澤先生は鋭い眼差しでとどめを刺した。

 

「赤点は赤点だ。お前らには別途に補習時間を設けている。ぶっちゃけ学校に残っての補習よりキツイからな」

 

 赤点5人組は喜びから一転、悲しみの感情に包まれどよーんとした空気を身に纏いましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ……何はともあれ、全員で行けてよかったね」

 

 その日の放課後の教室。配られた林間合宿のしおりを手に尾白が言った言葉は、補習組の確かな救いになったかもしれない。

 

 それはともかく、教室内では林間合宿の持ち物の話題で盛り上がっていた。

 

「一週間の強化合宿か……」

「かなりの大荷物になるな」

「あ、俺とか水着持ってねーや。色々買いに行かねぇと」

「暗視ゴーグル」

 

 峰田の明らかに林間合宿に必要のなさそうで、しかもそれで思いっきりセクハラ……というか犯罪を働くつもりしかないであろうぼやきは全員でスルーを決め込んで、葉隠の一言がきっかけになって、休みでテスト明けの翌日にA組皆で買い物に行こう、という話になった。何気にそういうのは初めてのことである。

 

 切島は爆豪を、アンジェラは轟を誘ったが、前者は行く気がなし、後者は休日に用事があるとのことで不参加とのことだ。アンジェラは轟の用事って、もしかしたら母さんの見舞いかな、と思いながらスマホを弄っていた。

 

 

 

 

 

 

 翌日。やって来たのは県内最多の店舗数を誇る大型ショッピングモール。アンジェラもたまに買い物をしに来る。普通の人間にとっては遠出だが、アンジェラにとっては散歩も同然の距離である。閑話休題。

 

 そんなショッピングモールに集まった爆豪と轟を除くA組メンバー。途中、体育祭をまだ覚えている若者からの若い反応があった。テレビの力とは、侮れないものである。アンジェラは、数ヶ月前のことなのにまだ覚えてるのか……と一周回って関心していたとか。

 

 そんなこともありつつ、買わなきゃいけない物について会話が盛り上がるクラスメイト達。途中、峰田がピッキング用品や小型ドリルなど、明らかに不必要なものを求めていたような気がするが、今は気にしては負けである。

 

 実際に性犯罪に走りそうになったら地面の中に埋めてやろう、とアンジェラは決心した。

 

「皆、目的バラけてっし、時間決めて自由行動するか!」

「わー、賛成賛成ー!」

「じゃあ、3時にここ集合なー!」

『異議なーし!!』

 

 アンジェラがそんなくっだらないことを考えている間に、どうやら話がまとまってしまったらしい。クラスメイト達は我先にと自分が欲しい物を売っている場所へ向かって行った。置いてけぼりにされたのは、アンジェラと麗日のふたりだけだった。

 

「…………皆、元気だな」

「うん……アンジェラちゃんも行きそうな感じしたけど……どうしたん?」

「ん? いや、大したことじゃないぜ。ただ、峰田が実際に性犯罪に走ったらどう料理してやろうかなーって考えてただけだ」

「……………………へぇ…………」

 

 確かに、峰田君怪しいことは口にしていたけれども。

 

 アンジェラが出遅れた理由が思った以上にくだらなくて、麗日は愛想笑いしか出来なかった。

 

「麗日、お前はどうする? オレはまずスポーツシューズ見に行こうと思ってたんだが」

「私は虫除けが欲しいなって。……あ、でも逆方向だね……」

 

 アンジェラが欲しい物と麗日が欲しい物を売っている店は、このショッピングモールのちょうど反対方向にある。アンジェラはたはは、と笑いながら仕方ないか、と口を開いた。

 

「オレらも別行動するか。無理して一緒に行く必要はないだろ」

「そうだね……じゃあ、後でシャツ一緒に見に行かない?」

「お、いいなそれ。乗った。じゃ、See you later〜」

「うん、後でね!」

 

 麗日はそう言うと立ち去っていった。アンジェラもスポーツ用品店へと足を向けようとした、その時。

 

 

 

 

「おっ、雄英の人だ。サインくれよ。確か体育祭で優勝した奴だよな? それに、保須でヒーロー殺しと遭遇した人だ」

 

 どことなく聞き覚えのある声がアンジェラの耳に入ってきた。その声の主は、アンジェラの肩に腕を回してくる。

 

 アンジェラは、この声の主の情報を記憶の海から掘り起こし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうお前も元気そうじゃねえか、死柄木弔」

「…………バレるの早っ…………」

 

 ニヤリ、とあくどい笑みを浮かべて、回された腕を、正確に言えば手首をガシ、と掴んだ。

 

 



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Deep in

死柄木とアンジェラさんの話です。


『我が主なら大丈夫だとは思いますが、一応バレないように我が主の肉体を防壁で包んでおきます。これで死柄木弔の“個性”を使われたとて、我が主は無傷です』

(ああ、ありがとな、ソルフェジオ。頼む)

 

 アンジェラはソルフェジオと念話で会話しながら、死柄木の顔を見やる。死柄木は、悪戯がバレた子供のような表情を浮かべていた。

 

「……お前、これがどういう状況なのか分かってんのか? アンジェラ・フーディルハイン……お前の命は、俺が握っているも同義だぞ? 俺のことを覚えているってことは、雄英襲撃のとき、俺が最後に言い残した言葉も覚えているんだろ?」

 

 死柄木が雄英襲撃時に残した言葉。アンジェラへの、明確な宣戦布告であり、殺してやるとの意思表示。

 

 アンジェラはそのことを思い出して、澄ました笑みで言い放つ。

 

「そっちこそ。オレに手首掴まれちゃそのおっかない“個性”も使えねぇだろ。それに、オレはそういうスリルはむしろ好きな方なんでね。宣戦布告も好きなんだよ。するのも、されるのも。

 

 それが例え……命を賭けた勝負だとしてもな」

「とんだイカレ女だな……ヒーロー側にお前みたいな奴が居るとは思わなかった」

 

 死柄木の声には心からの驚愕が含まれていた。アンジェラは死柄木と目線を合わせて口を開く。

 

「ま、こんなとこで立ち話もなんだ。折角会えたんだからお茶でもしようぜ? アイスくらいなら奢るよ。近くに自販機あるし。何味がいい?」

「…………別に、何味でも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宣言通り、近くの自動販売機でアイスを買ったアンジェラは、死柄木が腰を掛けたベンチの隣に馴れ馴れしく腰掛け、死柄木にアイスを手渡す。

 

「買う所は見てただろ? まぁ、溶けないうちに食えよ。味の好み知らないからテキトーにバニラアイス買ったけど、それでいいか?」

「……味はそれでいいが、本当に何もしてないんだろうな?」

「オイオイ、オレがわざわざオレに名指しで宣戦布告してきた奴を毒殺なんて面白くない手で殺すような野蛮な人間だとでも思ってるのか? そりゃ心外ってもんだぜ」

 

 毒見が必要ならするけど、とアンジェラは死柄木に視線を向ける。アンジェラは毒の魔法は使えないので、アンジェラが死柄木が見ている中、開封されていないアイスに毒を仕込むなんてことは本当に不可能である。今は使えないだけで練習次第では使えるようになるかもしれないが、アンジェラに今のところその気はない。

 

「……いや、いい」

 

 アンジェラの言葉が真実だと思ったのか、死柄木は包み紙を独特な手付きで開封してバニラアイスにかじりつく。アンジェラも、自分用に買ったクリームソーダアイスの包み紙に手をかけた。

 

「お前……前はイレイザーヘッド……お前らの先生を庇って俺たちと戦ったじゃねえか。その時とは随分、キャラが違うというか……普通、敵だって分かってる人間にアイス奢ったりしねぇだろ」

 

 死柄木が自身が今感じた疑問を素直にアンジェラにぶつける。アンジェラはクリームソーダアイスをかじりながら苦笑いした。

 

「なんだ、そんなこと……別に、あのときは先生が殺されそうだったからお前らと戦っただけだし、先生を助けたのだってそうしたいとオレが思ったからだ。オレ個人はお前らに恨み辛みがあるわけでもないし、お前今、こんなとこで暴れるつもりはないんだろ?」

「そりゃないさ……だが」

「だったらオレとお前はヒーロー候補生と敵じゃなくて、この場でバッタリと出会った顔見知りの二人。ただそれだけだ」

 

 死柄木は何か深みに嵌りそうな感覚を覚えた。アンジェラの言う事は全てが紛れもない真実であり、アンジェラ自身が心の底から思うことである。死柄木は、何故かそういう確信を持つことが出来た。

 

 死柄木は、アンジェラの思考回路がまるで理解出来なかった。普通、一度殺されかけて、更に殺してやると宣戦布告までした相手と友人と話すように会話したり、ましてやアイスを奢ったりなどしないだろう。自分が破綻者であるという自覚はある死柄木でも、アンジェラの対応があまりにも異質なことは分かる。死柄木自身も、一度殺されそうになった相手に旧知の友人のように接する自信などない。

 

 だが、隣に座るひと回りも、下手したらふた回りも小さな少女は、あたかもそれが当然のことのようにこの異質で歪な行為を行っている。敵でもない、むしろヒーローサイドの人間が。

 

「……お前、どちらかといえば俺たち寄りの人間だろ」

「ま、ヒーロー寄りと言われたことはないな。敵寄りと言われたこともないけど。中立くらいだとは言われたことある」

「へぇ……お前、うちに来ないか?」

「いや、面倒だからそれは遠慮しとく」

 

 死柄木は最初、USJ事件の時に自身の計画を大いに捻じ曲げてくれやがったアンジェラ・フーディルハインという少女に、底しれない殺意を感じていた。この場では逃してやっても、いつかは必ず殺してやろうと思っていた。

 

 が、ここまでの会話で死柄木の中のアンジェラについてのイメージがバラバラと連続して崩れてゆく。最初に胸にあった殺意はアンジェラと話していくうちに段々と鳴りを潜め、いつの間にか、「邪魔をするなら殺すが、面白い人間」という認識に収まっていった。

 

「そうだな……お前に聞きたいことがある」

「ふぅん? ま、聞いてやるよ」

 

 アンジェラはクリームソーダアイスをかじりながら興味深そうに死柄木の話に耳を傾ける。死柄木は胸の内に秘めた苛立ちを隠すことなく口を開く。

 

「大体何でも気に入らないんだけどさ……今一番腹が立つのはヒーロー殺しだ」

「仲間じゃなかったのか……いや、一部の目的だけが上手い具合に噛み合ったから一緒に居ただけ、ってトコか」

「そうだ、問題はそこだよ。殆どの人間がヒーロー殺しに目が行ってる」

 

 死柄木はそこまで話すとバニラアイスを一口かじる。アンジェラは、保須で遭遇したヒーロー殺しを、ファントムルビーに自我を喰われた哀れで理想に生きようとした男のことを思い出した。

 

「雄英襲撃も、保須で放った脳無も、全部奴に喰われた。誰も俺を見ないんだ。いくら能書き垂れようと、結局奴も気に入らない物を壊そうとしていただけだろう? 

 

 俺と何が違うと思う? フーディルハイン……」

 

 死柄木になくて、ステインにあったもの。ステインが激昂するまでファントムルビーに飲み込まれずに居たのは、ひとえに死柄木にはないものをステインが持っていたから。

 

 アンジェラは後頭部を掻きながら口を開く。

 

「そりゃ、お前USJん時途中で投げ出したろ。少なくともヒーロー殺しは、自分の決めた信念に正直に生きようとした。最期まで信念を絶対に曲げようとしなかった。オレの知る傍迷惑な無駄に技術力の高いオッサンも、自分の理想に生きようとしてる。そういうとこなんじゃねえのか?」

 

 死柄木の中で、アンジェラの言葉が反響する。そして、思い出す。自分が何故、オールマイトを殺したいと思ったのか。自分が何故、ヒーロー殺しが気に食わないのか。

 

 自分の感情の、その根底にあるものが、一体何なのか。

 

「……ああ……そうか…………点と点が線で繋がった気がする。何でヒーロー殺しが気に食わないのか……分かった気がするよ……」

「へぇ、そりゃよかったな。差し支えなければ教えてくれないか?」

 

 死柄木はバニラアイスの最後の一口を頬張り、包み紙に五本の指で触れる。包み紙はバラバラと塵になってゆく。

 

「そうだな……アイスを奢ってもらった礼だ。教えてやるよ」

 

 死柄木は、その瞳に狂気的な光を宿していた。憎しみが、嫌悪感が、あらゆる負の感情が凝縮されたような鈍い光。

 

「全部……オールマイトだ。

 

 ああ、そうだ……何を悶々と悩んでいたんだろう俺は。こいつらがヘラヘラ笑って過ごしていられるのも、オールマイトが、あのゴミが救えなかった人間が一人も居なかったかのようにヘラヘラ笑っているからだよなぁ……!!」

 

 死柄木の視線はアンジェラからショッピングを楽しむ一般市民たちに向く。今この瞬間も理不尽の毒牙にかけられている人間が居るにも関わらず、そのことに気付いているのかいないのか、気付いていたとしても見向きもせずに何でもない日常を笑顔で謳歌する人々。

 

 死柄木の目には、その光景が酷く苛立たしいものに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を当たり前のことを」

 

 アンジェラはクリームソーダアイスの最後のかけらを口に放り込みながら、なんでもないように言い放った。死柄木は、そのあまりの衝撃に目を丸くする。

 

「……は? お前、自分が何言ってんのか分かってんのか?」

「分からずに言ってたらそれはそれで問題だろ……あと、一応言っておくけどオレが同意したのはオールマイトが悪いって点じゃなくて、オールマイトが救けられなかった人間が居ないって点だからな」

「いや、正直そっちでもお前が何でそんなこと言ったのか分かんねぇんだが」

 

 死柄木は不思議そうな視線をアンジェラに向ける。死柄木はてっきり、真正面から否定されるか、よくて興味なさそうな反応を返されると思っていた。考え方はヒーロー側でこそないが、中立、あくまでも表に組み込まれているこの少女は、裏の考え方を否定すると思っていた。

 

 それがまさか、一部とはいえ肯定されるとは思ってもみなかったのだ。そりゃあ驚きもするだろう。

 

「だって、オールマイトは人間だぜ? 神なんかじゃない」

「……」

「あと、オールマイトが笑ってるから民衆も笑ってるってのは、間違いたぁ言えないけど極論すぎな。オールマイトの存在がない他の国でも、笑って毎日楽しく暮らしている奴は大勢居る。そうじゃない奴も居る。オレはそれを、この目で見てきた」

 

 アンジェラは瞳を伏せる。

 

 ソニックに連れられて、様々な国を巡ったのが始まりだった。その後、一人で、はたまた誰かと、様々な国の様々な光景を、人の明るい部分も、暗い部分も、かつてあったかもしれない過去も、いつかあるかもしれなかった荒廃した未来も、あってはならない時間も、あらゆるものをそのトパーズの瞳に写して、アンジェラはここまで来た。その全てが、アンジェラの価値観を形作っている。

 

「自分が何かを出来る状況」にあると、アンジェラは自らを顧みない行動をとってしまう。しかし、それはよくあるヒーロー精神に基づくものなんかでは決してない。それは、一種の精神の病に近いものであり、ただのエゴでしかない。アンジェラはそれを、正しく理解している。そして、その上で動くのだ。

 

「後悔したくない」、ただそれだけの思いで。

 

「誰も彼もが自分のことをまず考えている。だけど、それはごくごく当たり前のことだ。だって、生き物なんだから。よく言うだろ? 命あっての物種って」

「……じゃあ、ヒーローって何なんだ? あいつらは敵と戦って、命を散らしている。暴力で平和なんていうものを守り、そのために死んでいく。あいつらは、何なんだ?」

「ヒーローっつっても、色んな考えの奴居るからなぁ。人間が寄って集まっている以上、ヒーローも一枚岩じゃない。本当に人のためになることをしたいと考える奴も居れば、自分の承認欲求を満たしたい奴や金を稼ぎたい奴も居る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ま、強いて言えば、「人間」、かな」

 

 アンジェラはそう言いながらアイスの包み紙を二つ折りにする。死柄木は、どことなくスッキリとした表情で立ち上がった。

 

「そうか……話せてよかった。アイス、ご馳走さま」

「いいって、押し付けたようなもんだし。

 

 

 

 

 

 

 あとな、」

 

 アンジェラが直後放った一言は、死柄木の耳にやけに明瞭に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死柄木はアンジェラの姿を一瞥すると、どこかへと立ち去って行った。

 

 その後、アンジェラはスマホでクラスメイト達に死柄木と遭遇したことを伝え、警察にも通報。ショッピングモールは一時閉鎖され、警察やヒーローによる死柄木の捜索が行われたが見つからず、アンジェラはその日のうちに警察署に連れられ、敵連合の捜索を行っており、オールマイトの秘密についても知っているという警察官の塚内さんに死柄木の人相と会話内容などを伝えた。

 

「いやしかし……君の胆力には恐れ入ったよ。まさか、あの敵連合の死柄木相手にアイスを奢って話をするとは……」

「あいつとは個人的にちょっと話がしてみたかったので。無理に引き止めたところで被害が拡大するだけでしょうし」

 

 塚内さんの称賛と呆れ入り混じった視線がアンジェラに刺さる。アンジェラはたはは、と愛想笑いをした。

 

「まあいずれにせよ、連合の目的がオールマイト打倒のままだと分かっただけでも収獲だ。ありがとう、フーディルハインさん」

「いえ、結構楽しかったのでお礼はいいですよ」

 

 一歩間違えば死ぬかもしれなかったのに、それを楽しかったで済ませるフーディルハインって、怖いものとか無いのでは? と、塚内さんは思ったとかなんとか。

 

 アンジェラが、正確にはソルフェジオが魔法で見えない防壁を貼っていたのは、他の誰にも知られることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 その後、アンジェラはGUN本部にもこの件を連絡し、あれやこれやでソニック達まで伝わっていった頃には、話がねじれにねじれて「アンジェラが死柄木と仲良くお茶をして溶けた」と、決定的に間違ってもいないが、特に最後3文字が正しくもない内容に改変されていたことは、後に笑い話となる。

 

 ちなみに、ここまで話を妙にコミカルに改変した犯人であるメフィレスは、シルバーによって一週間おやつ抜きの刑に処されましたとさ。




アンジェラさんは一般から逸脱した価値観を持っています。彼女に一般で言う「敵」や「ヒーロー」のような区切りは存在しません。一般の価値基準として認識はしていますが、それだけです。

今日はもう一話更新します。


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幕間 ガジェットのお悩み相談室

ちょいと時間は遡って、期末前のお話です。肩の力を抜いてどうぞ。


 GUNから特別講師として出向したガジェットの元には、連日多くの生徒が相談にやって来る。ガジェットの人当たりのいい性格や、若くとも確かな実力が皆の心を掴んだのだろう。特に一年A組の生徒は、クラスの中心人物とも言えるアンジェラの友人ということもあり、相談でなくてもガジェットに話しかける者が多い。同じく出向してきたインフィニットに聞きたいことがあるときのクッションのような役目もこなしている。

 

 そんなガジェットと生徒たちの交流を、少しだけ覗いてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 ・一年B組 拳藤一佳

「物間が不用意な発言をしてフーディルハインを怒らせたんですけど」

 

 ある日のB組のヒーロー基礎学の直前の時間。B組のクラス委員長であり、B組一の問題児物間のストッパーでもある拳藤は、少し早めにグラウンドに出たついでにガジェットにそう零した。

 

「はぁ……あの人、セクハラとかの直接的な行動ならともかく、発言じゃあ滅多なことでは本気で怒らないはずなんですけど……怒ったフリみたいなことはよくしますけどね、遊びで」

「あー……多分、アレは本気で怒ってたかもしれないです……」

 

 拳藤は、以前物間が食堂でアンジェラを怒らせた件のことを話した。物間が飯田に関するとてもデリケートな話題でA組をバカにしたこと、それに対するアンジェラの反応を。

 

 話を聞いたガジェットは、ああ、と納得したように頷いた。

 

「それ、結構本気で怒ってますね」

「やっぱり……ウチも背筋が寒くなったし……やっぱ、物間にちゃんと飯田とフーディルハインへ謝らせないと」

「……待ってください、ひょっとして物間さん、アンジェラさんや飯田さんに謝ってないんですか?」

 

 突然顔を顰めたガジェットに、拳藤は驚きつつも「そ、そうですね……多分、物間の性格上A組の人たちには謝ったりしないですから……」と返す。

 

「………………」

 

 ガジェットは更に顔を顰める。拳藤は、やっぱり何かマズいことでもあったのだろうか? と、ガジェットの少しオーバーとも言えるリアクションをちょっとだけ疑問に思った。

 

「あ、あの、ガジェットさん?」

「……物間さん、ものの見事にアンジェラさんの地雷を踏み抜きましたねぇ……」

「じ、地雷?」

 

 思った以上に物騒なワードが飛び出し、拳藤は冷や汗をかいた。

 

「アンジェラさんにお兄さんが居るって話は聞いたことありますか?」

「ありますけど……」

 

 そこまで言って、拳藤は思い至る。

 

「物間がアンジェラの地雷を踏み抜いた」、その言葉の真意を。

 

「えっと……つまり、フーディルハインは……」

「飯田さんの境遇を、もしも自分がこうだったら、と重ねていたんでしょうね。本人が意識しているかは分かりませんが」

 

 拳藤は頭を抱えた。

 そりゃ、フーディルハインが怒るわけだ、と。

 

 そして、どうにかして物間に謝らせなければ、とも思っていたが、あのA組を敵対視する物間がそうあっさりとA組である彼女らに謝るだろうか、という問題にぶち当たり、更に頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ・一年A組 峰田実

「ガジェット先生、モテるにはどうしたらいいですか」

「まずはセクハラをやめましょう」

 

 真顔で言い放つガジェットに、それでも女体触りたい……! と頭を抱える峰田。ガジェットは思う。本当に勿体ない、その度を越したセクハラさえなければ、峰田はそれなりにクラスメイトの女子達と仲良く出来ただろうに、と。まぁ、峰田本人が望む形かどうかは分からないが。

 

「どこの誰がセクハラなんかしてくるような人と仲良くしたいと思うんですか」

「じゃあオイラはどうすりゃいいってんですか先生!」

「セクハラをしないという選択肢は無いんですか?」

 

 ガジェットは呆れ顔で言い放った。ここまでくると、峰田のその女性の身体への執念には感心すら覚えてしまう。

 同じ男としては多少、本当に砂の一欠片くらいの多少、その気持ちが分からんでもない。ガジェットは決してそういう欲が無いわけではない。

 

 が、真似したいなどとは決して思わない。それとこれとは話が別である。

 

「百歩、いや、一億歩譲ってオイラが女体に拒絶されてるとしてもですよ? フーディルハインの報復はちょっと酷すぎないですか!?」

「そこは一歩も譲っちゃ駄目ですよ……で? 何やらかしたんです?」

 

 峰田は救助訓練レースの後に更衣室で起こった出来事をガジェットに話した。あのときの痛みはさしもの峰田もトラウマになっているらしく、背筋にゾワゾワとした悪寒が走った。

 

「……そりゃ、怒りますって」

「何で!」

「迷惑どうこう以前にそれはただの犯罪行為です。女性陣が抵抗するのは当たり前かと」

 

 ガジェットは冷静にツッコミを入れる。本当に、勿体無い。その執念をもっと別のことに活かせばいいのに。

 

「……別に、女性の身体に興味を持つなとか、そういうことを言いたいわけじゃないんですよ。それは男性としてごく当たり前のことで、悪いことではありません」

「そうでしょう!? だから女子更衣室を観ようとしたって……」

「しかし」

 

 ガジェットの言葉に何やら光を見出したらしい峰田が瞳を蘭々と輝かせて興奮しているところに、ガジェットが冷静な声で水を差す。

 

「それとこれとは話が別です。相手が嫌がることを無理矢理やっちゃいけません」

 

 まるで幼い子供に言い聞かせるかのような言葉を放つガジェット。峰田は目に涙を浮かべながらガジェットに縋りついた。

 

「じゃあ、オイラはどうすればいいんですか先生!」

「だから、セクハラをやめりゃあいいんですよ」




次回から劇場版編に突入します。序盤辺りの大筋自体は原作と一緒ですが、かなりのオリジナル展開が含まれます。


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第五章 With me
I・アイランド


劇場版編です。


 色んな意味で濃密だった雄英高校の一学期も終業式を迎え、夏休みに突入した、その数日後。

 

 

 

 

 

 

 太平洋上空を飛ぶプライベートジェット機の機内に、トゥルーフォームのオールマイトと、膝の上にケテルを乗せたアンジェラの姿があった。

 

「Hey,All Might,Wake up! 見えてきましたよ」

 

 アンジェラが視線をジェット機の窓に向けてそう言いながら隣で鼻提灯を膨らませながら眠りこけているオールマイトの肩を揺すり起こすと、鼻提灯はパアン、と気持ちいい音を鳴らしながら割れ、オールマイトは目を擦りながらアンジェラの視線の先を見やる。鼻提灯の割れる音で目を覚ましたケテルは、アンジェラの顎の下に入って窓に張り付いた。

 

 三人の目に飛び込んできたのは、円形の巨大な人工島、I・アイランド。世界中から科学者が集まり、日夜“個性”の研究に励んでいる“個性”研究のメッカである。

 

 ヒーローが使うサポートアイテムや、人々の生活を支える新素材など、様々なものがここで産まれ、人々の手に渡ってきた。それらを研究しているのは、世界中から選りすぐられた科学者たち。そんな科学者たちやその家族を守るために、I・アイランドにはかのタルタロスと同レベルのセキュリティが敷かれている。

 

 アンジェラの手には、現在Iアイランドで行われているIエキスポのプレオープンチケットと、レセプションパーティーへの招待状があった。

 

「いやー、まさかオールマイトもIエキスポのプレオープンに招待されていたとは。便乗して飛行機代タダになったのはラッキーでしたけど」

「フーディルハイン少女は体育祭で優勝したからね、体育祭の優勝者には、何年かに一度開かれるIエキスポのプレオープンチケットが貰えるんだよ」

「あ、そっちは爆豪にあげました」

「……ん?」

 

 オールマイトは首を傾げる。てっきり、体育祭優勝者への招待用チケットで来ていたのかと思っていたのだが、よくよく見ると、アンジェラの招待状はラフリオン語の文字が刻まれているではないか。

 

「オレは元々弟分……テイルスがIエキスポに招待されてて、今日本に居るオレ用に送られてきた招待状があったので、体育祭のやつが余っちゃって」

「それで、爆豪少年にあげた、と?」

「「世話は受けねえ!」とか言ってましたけど、Iエキスポがどれだけ有意義なものかをプレゼンして、極めつけにオレを助けると思って、とか言ったらわりとすんなり受け取ってくれましたよ」

 

 アンジェラはその時のことを思い出して苦笑いする。本来の爆豪は手を貸されると基本苛立つ性格のようだ。期末の時は例外だったらしい。今回は、手を貸されるのではなく、アンジェラもわりとマジで困っていたのでアンジェラに恩を売れると思って、最終的には受け取ってくれた。

 

 こいつ意外とチョロいな、とアンジェラが思ったのはここだけの話である。

 

「そっか……じゃあ、フーディルハイン少女のお兄さんたちも来てるのかな?」

「テイルスは科学者枠で招待されてるので、荷物運び役と言う名の同伴者も結構な人数居ると思いますよ。連絡じゃあテイルス含めて……5人は来るって」

「そっか、後で挨拶しなくちゃなぁ」

 

 オールマイトはそんなことを言いながらも、まだ見ぬテイルスと言う名の子供が一体どれほどの科学者なのかを想像して、いい意味で戦慄した。

 

 アンジェラの弟分であるならば、まだ10代かそこらの少年のはず。それほどの若さでIエキスポのプレオープンに招待されるとは、さぞ、優秀な科学者なのだろう。実際、アンジェラの両手足のリミッターはテイルスによって作られたものであると、以前オールマイトはアンジェラから聞いたことがある。

 

 アンジェラもこの歳で既に大学を卒業するほどだし、様々な分野で若い世代に優秀な子が多いのはいいことだ、とオールマイトは一人しみじみと思っていた。

 

『えー、当機はまもなくI・アイランドへの着陸態勢に入ります』

 

 と、着陸を告げるアナウンスが流れてきた。オールマイトは周囲を見渡して、人が居ないかを確認する。

 

「さて、中々にしんどくなるな……なにせ向こうに着いたら私は……マッスルフォームで居続けないといけないからね!」

 

 オールマイトから湯気のようなものが立ち上り、オールマイトは筋骨隆々のマッスルフォームへと変化する。ついでに服装がゴールデンエイジのコスチュームになった。

 

「フーディルハイン少女、ヒーローコスは持ってこなかったのかい?」

「はい、ぶっちゃけコスでもこの服でも性能変わりませんし……靴とかはどっちにしろ自前だし」

 

 そう、アンジェラの服装は、ラフリオンでよく着ていた青いノースリーブのパーカーとミニスカート、黒いスパッツに白い手袋と、いつもの赤いグラインドシューズに青のウエストバッグ、両手足のリミッターに黒のチョーカーとソルフェジオに黒いリボンという、ほぼほぼ普段着な服装だった。コスチュームを持ってこなかったのは、性能がほぼ同じなうえ持って来るには学校に申請をする必要があり、それがぶっちゃけ面倒だったからである。

 

「HAHAHA,フーディルハイン少女らしいね! それじゃあ、飛行機を降りる準備をしなさいね」

「はぁい」

 

 気の抜けるような返事をしたアンジェラは、ケテルを腕に抱きかかえてテーブルの上に広げていた荷物の整理を始めた。ちなみにほぼほぼお菓子のゴミである。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ただいまより、入国審査を開始します』

 

 アンジェラとオールマイトは動く歩道に乗りながら、機械による全自動での入国審査を受ける。便利なもんだなぁ、と、今までに訪れた国々の独特な入国審査を思い出してアンジェラは思わずくすり、と笑った。

 

「フーディルハイン少女、待ち合わせまで時間はあるかい?」

「んー、皆はお昼過ぎに来るって言ってました」

 

 今はIアイランドの時刻でおよそ11時頃。お昼まではまだ時間があった。

 

「そっか。実はフーディルハイン少女に紹介したい子が居てね。私を招待してくれた子で、私の古い友人の娘さんなんだけど、時間いいかな?」

「まぁ、ソニック達来るまで暇なんで……いいですよ、付き合います」

 

 オールマイトの古い友人の娘さん、どんな人なのだろうか。

 

 そんなこと考えている内に、再びアナウンスが流れる。

 

『入国審査が完了しました。現在I・アイランドでは様々な研究、開発の成果を展示した博覧会、I・エキスポのプレオープン中です。招待状をお持ちであれば、ぜひお立ち寄りください』

 

 アナウンスが終わると、ゲートが開く。アンジェラの目に映ったのは、遊園地もかくやというような華やかなエキスポ会場の景色であった。ウォーターアトラクションからは水が文字になって吹き出たり、楽器をモチーフにしたパビリオンからは音符が出現したりと、どれもこれもがとても楽しげであり手が込んでいる。

 

「I・アイランドは日本と違って“個性”の使用が自由だからね……っと、そういえばラフリオンもそうだったね」

「はい、ラフリオンの遊園地には“個性”を使ったアトラクションとかも多いんですけど……」

「ここのパビリオンにも、“個性”を使ったアトラクションが多いそうだ。後でお兄さん達と一緒に行ってみるといい」

 

 アンジェラは珍しく、年相応の笑顔をこぼして見せた。事前に調べてはいたが、やはり実際に目で見てみるとどれもこれもが楽しそうで目移りしてしまう。

 

「さて、ホテルの場所は……」

 

 まずは荷物を置いてしまおうと、オールマイトがスマホの地図アプリでホテルの場所を検索する。ちなみに、アンジェラ達が泊まるホテルもオールマイトが泊まるホテルと同じホテルだ。

 

 と、案内役のコンパニオンの女性が近付いてくる。

 

「I・エキスポへようこそ……って、オールマイト!?」

(あ、コレ面倒なやつだ)

 

 コンパニオンの女性は目の前の人物がかのオールマイトであることを認識すると、パァァ、と目を輝かせる。何となく嫌な予感がしたアンジェラは、一瞬でオールマイトから距離を取った。

 

 やはりというかなんというか、周囲の人々が全員オールマイトの方に吸い寄せられて、どのパビリオンよりも混雑した人集りが出来上がってしまった。背の低いアンジェラがあそこに巻き込まれでもしたら怪我だけでは済むまいし、ケテルともはぐれてしまうかもしれない。距離を取って正解だった。

 

《人気者って大変だね!》

「ケテル、笑顔で言うことじゃないぞ」

 

 人集りが散るまで、アンジェラは苦笑いしながらIエキスポのパンフレットを読んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、参った……あそこまで熱烈な歓迎をされるとは……約束の時間に遅れるところだったよ」

 

 顔中に歓迎のキスマークを付けたオールマイトが、手で顔を拭いながらぼやく。

 

「というか、フーディルハイン少女はちゃっかり回避してたねぇ……」

「オールマイト、オレの身長何センチか知ってます? 140ですよ? 巻き込まれて怪我したくないし、ケテルとはぐれるかもしれないし。あの場は距離をとって正解でしょうよ」

「まぁ、そうなんだけどね」

 

 アンジェラはオールマイトの人気っぷりに一周回って呆れ返っていた。流石は、世界のナンバーワンヒーローだ。その功績は、いくら平和の象徴と言う名の生贄を認められないアンジェラであってもケチを付けることはできない。実際、オールマイトは凄い人だ。そのことはアンジェラも正直に思っている。ただ、凄すぎて周囲がついていけなかったようだが。

 

 アンジェラが愛想笑いをしながらケテルを撫でていると、オールマイトが身を屈めてこそっと耳打ちしてくる。

 

「ああ、私の古い友人にはワン・フォー・オールの件やフーディルハイン少女に“個性”が渡ってしまったことについては話していないから、そのつもりで」

「古い友人にも話していないんですか」

「ワン・フォー・オールの秘密を知る人物には危険が付き纏うからね」

 

 “個性”を人に渡すことができる“個性”。確かに、そんな情報は、例えオール・フォー・ワンの存在がなくとも持っているだけで危険が付き纏うだろう。他者に力を明け渡せる特別な力など、いくらでも普通の“個性”とは違う悪用方法が思いつく。

 

 改めて、偶発的とはいえやべぇもん預かってしまったな、とアンジェラが思っていると、遠くからぴょーん、ぴょーん、という軽快な音と共に、赤いホッピングに乗ってジャンプしながらこちらに近付いてくる少女の姿が見えた。

 

「マイトおじさまー!」

「OH! メリッサ!」

 

 ホッピングから飛び降りた少女はオールマイトの胸に抱きつく。オールマイトも少女を満面の笑みで抱き返した。どうやら、この少女がオールマイトの言っていた、オールマイトをこの島に招待したオールマイトの古い友人の娘さん、のようだ。

 

「お久しぶりです。来てくださって嬉しい」

「こちらこそ、招待ありがとう。しかし見違えたな、すっかり大人の女性だ」

「十七歳になりました。昔と違って重いでしょ?」

「なんのなんの!」

 

 オールマイトはそう言うと、少女を軽々と高く持ち上げる。まるで久しぶりに再開した姪っ子と叔父のようだ。少女の話によると、少女の父親……オールマイトの古い友人の研究が一段落したお祝いに、オールマイトをこの島に招待したのだとか。ちなみにその研究については、少女も守秘義務があるとかで教えてもらえていないらしい。

 

「ああ、フーディルハイン少女。彼女がさっき話した私の親友の娘さんで……」

「メリッサ・シールドです、はじめまして!」

 

 少女……メリッサはアンジェラに近付いて手を差し伸べてくる。アンジェラはいつも通りの済ました笑顔を浮かべてその手を取った。

 

「オレはアンジェラ。アンジェラ・フーディルハインだ。Nice to meet you!」

「アンジェラ・フーディルハインって……もしかして、去年のライダーズカップ準優勝の!?」

 

 アンジェラはメリッサの予想の斜め上の発言に一瞬度肝を抜かれた。が、ここは科学のメッカ。日本とは違い、エクストリームギアのことが知られていないはずもない、と、考えて笑みを浮かべ直した。

 

「そうだ、そのアンジェラだよ」

「凄い! 私あんなふうにエクストリームギアを操る人初めて見たわ! それで、すっかりアンジェラのファンになっちゃったの! 雄英体育祭に出てたのを見たときは違う意味で驚いたけど……じゃあ、今はマイトおじさまの?」

「生徒だよ」

「将来有望な金の卵さ!」

 

 元来ファンだったアンジェラの登場とオールマイトの言葉の相乗効果で、メリッサはその目をものすごくキラキラと輝かせる。

 

「凄いわ! まさか本物のアンジェラ・フーディルハインに会えるなんて!」

「Haha……オレのことはアンジェラでいいよ。フルネーム長いだろ?」

「ええ、じゃあ遠慮なくそう呼ばせてもらうわ。

 

 ねえアンジェラ、どんな“個性”を持ってるの?」

「魔術っつって、魔術っぽいことができるんだ」

「カッコイイけど……オーソドックスなデザインね……」

「あ、コレはコスチュームじゃなくて私服だぜ」

「あれ、そうなの? てっきりコスチュームだと思った」

 

 メリッサはアンジェラの普段着をコスチュームだと勘違いしていたらしい。確かに、両手足のリミッターやグラインドシューズを見たらそう思うのも無理はないが。

 

「じゃあ、この両手足のリングは普段から着けてるの? 多分これ、何かのサポートアイテムよね……力を抑える系かしら?」

 

 アンジェラは目を丸くする。アンジェラのリミッターは一発でサポートアイテムだと見抜かれたことが殆どない。大体の人にはアクセサリーに見えるらしい。それを一発で見抜くとは、流石は科学者の卵といったところか。

 

「よく分かったな……その通りだ。体内のエネルギーを抑えるリミッターだよ。これがないと脳味噌がやられちまうんだ」

「なるほど……」

 

 メリッサは興味深そうにアンジェラのリミッターにそっと触れる。科学者の娘としては、何かしら気になるところがあるのだろうか。

 

 アンジェラはなんだかむず痒いような、不思議な感覚がしてちょっと困り顔になっている。そんなアンジェラに、オールマイトが咳払いで助け舟を出す。

 

「メリッサ、そろそろ……」

「あっ、ごめんなさい、つい夢中になって……」

 

 メリッサはぴょこりと立ち上がり恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。そして、乗ってきたホッピングを掴んでボタンを押すと、しゅるり、とホッピングが光って紐状になった。最新の圧縮技術が使われているようだ。

 

「早くパパを喜ばせてあげなくちゃ! こっちです、マイトおじさまー!」

 

 メリッサは待ちきれないとばかりに駆け出していく。父親の喜ぶ顔を見るのがそんなに楽しみなのか、メリッサはニコニコと笑っている。

 

 アンジェラは、「普通の父親と娘」の姿が見られる(・・・・)のかと、妙なところに意識を飛ばしていた。




劇場版編は劇場版と小説版を参考にしているので、所々小説版準拠の設定が出てくることがあります。


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エキスポ巡り

 メリッサに連れられるままにセントラルタワーにあるメリッサの父親の研究室にやって来たアンジェラとオールマイト。

 

 オールマイトは年単位振りの親友との再会に心を踊らせ、その親友……デヴィット・シールド博士とフィストバンプをした。デヴィット博士の助手らしき人は思わぬ大物の登場に目を丸くしている。ひとしきり再会の挨拶を済ませたオールマイトは、アンジェラに向き直った。

 

「フーディルハイン少女、紹介しよう。私の親友、デヴィット・シールド博士だ」

「あー、名前は聞いたことあります。“個性”研究のトップランナーで、ノーベル“個性”賞を受賞した人ですよね」

「私も君のことは知っているよ、今年の雄英体育祭一年の部の優勝者であり、去年のライダズーカップ準優勝のアンジェラ・フーディルハインさん」

「知られてましたか……ちょっと照れるな」

「メリッサ……娘が君のファンなんだ。ぜひ仲良くしてあげてくれ」

「はい」

 

 アンジェラは照れた笑みを浮かべながらも、内心では別のことを考えていた。

 

 メリッサに、娘にとても慕われていて、研究が一段落したお祝いに親友との再会という、ビッグなサプライズまで用意してもらって……

 

 特別な経歴や職は置いといて、「普通の父親」とはこんな感じの人なのだろうかと、アンジェラは考えざるを得ない。子供に将来を強制するでもなく、のびのびとやりたいことをやらせてあげる。本来、父親とはこんな感じの人なのだろうか。

 

 こういう父と子の関係が、本来は「普通」なのだろうか。

 

 産まれて、記憶を失くしてこの方、「親」というものにほぼ無縁な人生を歩んできたアンジェラには、さっぱり分からなかった。

 

 と、オールマイトが少し咳き込む。よくよく見たら湯気が立ち上がり始めている。どうやら、体力の限界のようだ。

 

 ワン・フォー・オールのことは知らなくても、オールマイトが弱体化していることは知っているのか、デヴィット博士が少しだけ顔を歪ませて口を開く。

 

「すまないが、オールマイトとは久しぶりの再会だ。色々と積もる話をしたい。メリッサ、フーディルハインさんにI・エキスポを案内して上げなさい」

「わかったわ、パパ」

「いいのか?」

「もちろん! 私、あなたのファンだもの、光栄だわ。行きましょ!」

「ああ、よろしくな」

 

 アンジェラは何か胸の内に引っかかるものを感じながらも、メリッサに連れられてデヴィット博士の研究室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デヴィット博士の研究室を出て広い廊下を歩きながら、メリッサはアンジェラが腕に抱えているふわふわしたかわいい生き物に視線を奪われていた。

 

「そういえば、さっきはアンジェラに夢中で気付かなかったけど、アンジェラが抱えているその生き物は?」

「ああ、こいつはケテル。うちの同居人でオレの“個性”の一部だよ」

 

 メリッサの興味深そうな視線に気付いたのか、ケテルはアンジェラの腕の中で腕のような触手をパタパタとさせる。

 

「“個性”の一部? 独立した意思を持っているなんて、珍しいのね」

「そうみたいだな」

 

 実際には、ケテルはアンジェラの“個性”でもなんでもないのだが、上手い具合に誤解してくれたらしい。

 

 道中、お互いの好きなものなどの話をしながら、アンジェラはメリッサの案内でエキスポ会場にやってきた。空港前のゲートでもこの場所は目に入っていたが、近くで見るとやはり迫力が違う。

 

「ここ、人工の島なんだろ? こうして見ると、とてもそうとは思えないや」

「大都市にある施設は一通り揃ってるわ。できないのは、旅行くらいね」

「そうなのか?」

「ここにいる科学者とその家族は、情報漏洩を防ぐ守秘義務があるから」

 

 I・アイランドは世界の科学の最先端を行く島だ。その技術や情報は、下手したら国を転覆させられるほどの絶大な力を持つものも少なくはない。故の守秘義務なのだろうが、アンジェラはそれがどことなく窮屈に感じた。それが若干顔に出ていたのか、メリッサは気を遣ってか話題を変える。

 

「最新アイテムの実演会とかサイン会とか、色々催し物があるみたい。夜には関係者を集めたパーティーも……って、アンジェラも出席するんだよね。マイトおじさまの同伴者なんだし」

「いや、パーティーには多分出席するけど、オレはオールマイトの同伴者じゃないぞ」

「え? そうなの?」

 

 メリッサは目を丸くしてアンジェラの顔を覗き込む。まぁ、オールマイトと一緒に居た時点でそう勘違いをするのも無理はないのだが。アンジェラは苦笑いをしながら訂正を入れる。

 

「オレは元々別口で招待状貰っててな、オールマイトもI・エキスポのプレオープンに招待されてるっていうから、プライベートジェットに便乗してきただけだ。話す機会が多いのは事実だけどな」

「あら、意外とちゃっかりしてるのね」

「飛行機代安く済むどころかタダになった」

 

 したたかだとは思っていたが、予想以上のアンジェラにメリッサは妙な関心を寄せる。アンジェラが別口で貰った招待状が、弟分の科学者が貰ったものだと伝えると、目をキラキラと輝かせた。

 

「アンジェラの弟分なら……かなり若いわよね? そんな年齢でI・エキスポに招待されてるなんて……とっても優秀な子なのね」

「まぁな、いつも助けられてるよ。後でテイルス……弟分のことだけど、そいつと同伴者達と待ち合わせしてるから、よかったら一緒に行かないか?」

「ええ、ぜひお願いするわ!」

 

 メリッサは楽しみが一つ増えた、と、口笛でも吹きそうなほどにテンションが上がっていた。その上がったテンションのまま、ガラス張りのスタジアムのようなパビリオンを指差す。

 

「アンジェラ、あそこのパビリオンもおすすめよ!」

 

 メリッサに連れられるままにそのパビリオンに足を踏み入れると、そこには様々なヒーローコスチュームやサポートアイテムなどが展示されていた。

 

 空水両用の多目的ビーグル、深海七千メートルにまで耐えられる宇宙人のようなデザインの潜水服、三十六種類のセンサーが内蔵されているヘルメット型のゴーグルなど……そのどれもが最先端の科学技術を駆使して作られたものだ。ゴーグルを試着させてもらったとき、アンジェラはあまりの視界の広さと情報の多さに少し酔ってしまった。

 

 そんなちょっとしたハプニングがありながらも、アンジェラは楽しそうだ。ケテルも最新鋭の対敵用捕縛銃を撃たせてもらったり、小さい身体を全力で駆使して楽しんでいた。

 

「実は……ほとんどのモノはパパが発明した特許を元に作られているの!」

 

 メリッサは誇らしげに言う。つまり、ここにあるサポートアイテムの殆どにデヴィット博士の技術が使われているというわけで。デヴィット博士は改めて凄い科学者なんだなと、アンジェラは関心した。

 

「ここにあるアイテムのひとつひとつが、世界中のヒーローたちの活躍を手助けするの」

 

 そう言うメリッサの瞳には、父デヴィット博士に対する憧れや尊敬の光が強く宿っている。メリッサが抱くその感情は、アンジェラがソニックやシャドウに抱くものと似ているのだろうか。それとも、似ているようで全くの別物なのだろうか。あいにく親というものに縁もゆかりもないアンジェラには分からなかったが、メリッサがデヴィット博士のことをとても尊敬していることだけは分かった。

 

「デヴィット博士のこと、尊敬してるんだな」

「パパのような科学者になるのが夢だから」

「メリッサって、ここのアカデミーの……」

「うん、今三年」

「Iアイランドのアカデミーといえば、全世界の科学者志望憧れの学校だろ?」

 

 世界中の科学者が集まるIアイランドには、科学者養成機関も存在する。当然、世界的に見ても最難関中の最難関だ。そこに入学しているということは、その時点でメリッサは将来有望な科学者のタマゴ、ということになる。

 

「憧れに向かって、頑張ってるんだな」

「ええ……でも、私なんかまだまだ。もっともっと、勉強しないと」

 

 メリッサは自分に言い聞かせるように口を開く。憧れに向かってがむしゃらにひた走るメリッサのような人の姿は、アンジェラも嫌いではなかった。メリッサに微笑ましそうな視線を向けるアンジェラと、無邪気にメリッサにじゃれつくケテル。

 

 と、そんな二人の横から、アンジェラには聞き馴染みの深い声がかかった。

 

「やっほー、アンジェラちゃん」

「Hello,麗日」

 

 ヒーローコスチュームを身に纏った、麗日の声である。アンジェラは驚くこともなく、普通に挨拶を返した。

 

「アンジェラ、お友達?」

「学校のクラスメイトだ。麗日がここにいるってことは……」

 

 アンジェラはキョロキョロと辺りを見渡す。すると、麗日と同じくコスチュームを身に纏った八百万と耳郎がこちらに近付いてくる姿を発見した。

 

「アンジェラさん、ごきげんよう」

「よっ、フーディルハイン。何やら楽しそうだね」

「おう、八百万に耳郎。楽しんでそうだな」

「ところでアンジェラさん、そちらの方は?」

 

 麗日達はケテルがじゃれ付いている見知らぬ少女に目を向ける。アンジェラはメリッサにエキスポを案内してもらっていることと、メリッサがここのアカデミーの生徒であることを簡潔に伝えた。

 

「そっかー、アンジェラちゃんってやっぱり人と打ち解け合うの得意だよね」

「ま、今回はたまたまみたいなとこあるけどな」

 

 そんな感じで意気投合し談笑し合う女子5人組。ふと、アンジェラが時計を見ると、もうすぐ12時過ぎだった。

 

「あ、やっべ、もうこんな時間か……」

「フーディルハイン、なにか用事でも?」

 

 麗日達3人は首を傾げる。そういえば、アンジェラは麗日達には別口でIエキスポの招待状を貰っていたことは話してあるが、それがテイルスから送られてきたものだとは言っていなかったな、と、ふと思い出した。

 

「アンジェラ、人と待ち合わせしてるらしいの」

「そうなん?」

「ああ、今から皆で一緒に行かないか? ここの近くのカフェを集合場所にしてるんだが」

 

 アンジェラからの提案に、麗日達は興味津々といった感じで賛成した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程のパビリオン会場の近くにある小洒落たカフェ。アンジェラ達はそこのテラス席で談笑しながら、アンジェラの待ち人を待っていた。ケテルは麗日達に可愛がられてご満悦だ。

 

「へぇ〜! お茶子さんたち、プロヒーローと一緒にヒーロー活動したことあるんだ!」

「訓練やパトロールくらいですけど」

「ウチは事件に関わったけど、避難誘導をしたくらいで」

「それでも凄いわ!」

「私は何故かテレビCMに出演するハメに……」

「普通じゃできないことね。素敵!」

 

 麗日達は順番にケテルを撫でくりまわしながら職場体験の内容で盛り上がっているようだ。八百万のシュンと落ち込みながら放たれた発言に、アンジェラは職場体験の一ヶ月後くらいから流れ始めた、八百万と拳藤がスネークヒーローウバウミと出演していたCMはそれか、と妙なところで納得を見せた。

 

「お待たせしました」

 

 と、アンジェラが頼んだソーダのグラスが目の前に置かれた時にした、これまた聞き覚えのある声にアンジェラが顔をあげると、そこにはウエイター姿の上鳴と峰田の姿が。

 

「あんたら何してんの?」

「エキスポの間だけ臨時バイトを募集してたから応募したんだよ、な」

「休み時間にエキスポ見学できるし給料もらえるし、来場したかわいい女の子と素敵な出会いがあるかもしれないしな!」

 

 何故か得意気な上鳴と峰田の品定めをするような視線は、突然現れたアンジェラ達のクラスメイトにきょとんとしているメリッサにロックオンされる。二人は下心丸出しでアンジェラに詰め寄る。

 

「おい、フーディルハイン、あんな美人とどこで知り合ったんだよ!?」

「紹介しろ、紹介!」

「いや、紹介はいいんだが……峰田、ドサクサに紛れてオレの胸触ろうとするのはやめろ」

 

 上鳴はアンジェラの身体に直接接触してはいないからまだいいが、峰田の手はあからさまにアンジェラの豊かな胸部装甲へと伸びていた。それに気付いたアンジェラは額に青筋を立てながら、峰田の頭にガシっと掴みかかりアイアンクローをお見舞いする。峰田の頭からギリギリ……と何かが潰れるような音がして、麗日達は少し引いた。あまりにもあからさまなセクハラを働こうとした峰田と、それに対するアンジェラの報復に上鳴は顔を青くしながら、

 

「すみません、フーディルハインさんあの人どちらさまですか、紹介してください」

 

 と、一歩下がって妙にへりくだっていた。アンジェラは峰田をそこいらにポイッと捨てると、頬杖をついて呆れたような視線を上鳴に向けた。

 

「別に上鳴にキレてるわけじゃないんだからそんなへりくだんなくても……」

「いや……なんとなく」

「えっと……あなたたちも雄英生?」

 

 メリッサの困惑したような声が後ろから聞こえてくる。上鳴と何故かわずか数秒で復活して立ち上がった峰田はメリッサの前にやってきてカッコつけたポーズを取る。

 

「そうです!」

「ヒーロー志望です!」

 

 峰田の復活速度にアンジェラがため息をつくと、またまた聞き慣れた声がアンジェラ達の耳に入ってきた。

 

「なにを油を売っているんだ!? バイトを引き受けた以上、労働に励みたまえー!!」

 

 “個性”を使いながらダッシュしてきたのは、コスチューム姿の委員長、飯田であった。飯田はアンジェラたちのテーブルを通り過ぎ上鳴と峰田に迫る。上鳴と峰田はその迫力に思わず叫び声を上げた。

 

「飯田!?」

「来てたん?」

 

 立ち止まった飯田は振り返り言う。

 

「うちはヒーロー一家だからね。Iエキスポから招待状をいただいたんだ。家族は予定が合わなくて、来たのは俺一人だが……」

「飯田さんもですの? 私も父がIエキスポのスポンサー企業の株を持っているものですから、招待状をいただきましたの」

「で、ヤオモモの招待状が2枚余ってたから、別口で招待状を貰ってたフーディルハインを除くA組女子による厳正な抽選の結果、ウチらが一緒に行くことになったってわけ」

 

 厳正な抽選(じゃんけん大会)である。

 

 アンジェラも参加こそしていないが、面白そうという理由でその場で見物していた。芦戸の「やっちまった〜!!」という絶叫はよく耳に残っている。

 

 ちなみに、そのじゃんけん大会が開かれる前にアンジェラは爆豪に招待状をあげていた。閑話休題。

 

「他の女子もこの島には来てて、明日からの一般公開日に全員で見学する予定なんだとよ。オレは一緒に行けるかびみょいけどな」

「それってさ、さっき話してたフーディルハインが待ってる人と関係あんの?」

「ああ、多分もうすぐ来るはず……」

 

 アンジェラがそうぼやいた瞬間、アンジェラ達の耳にアンジェラと飯田以外は聞き覚えのない、しかしなんとなく安心できるような声が入ってきた。

 

「悪い、遅くなった!」

「あっ、ソニック!」

 

 その声と共に現れたのはソニックだ。アンジェラがパァ、と瞳を輝かせる。保須の件で一度面識のある飯田は真っ先にソニックに向かって、

 

「お久しぶりです、ソニックさん!」

 

 と言いながら深々とお辞儀をした。

 

「おお、久しぶりだな飯田! と、お前たちとははじめましてか」

 

 ソニックは苦笑しながら飯田に返事をすると、麗日達に向き直った。

 

「オレはソニック。ソニック・ザ・ヘッジホッグだ。いつも妹が世話になってるな」

「い、いえ! アンジェラちゃんにはこっちが助けてもらいっぱなしで……あ、私、麗日お茶子です!」

「アンジェラさんのお兄さん……話には聞いていましたが、実際にお姿を拝見するのは初めてですね。私は八百万百と申します」

「ウチは耳郎響香です。フーディルハインは面白いやつで、一緒に居ると色々と楽しいです! それに、フーディルハインはどっちかというと世話を焼いてる方ですよ。特に上鳴がバカやらかしたりとか」

「ちょ、耳郎お前さ! いや間違いではないけど! ……その上鳴電気ッス。妹さんには色々ご迷惑をおかけしてまして……すんません」

「メリッサ・シールドです! ここのアカデミーの三年で、アンジェラとはついさっき友達になりました。去年のライダーズカップの決勝見ました、アンジェラと最後までデッドヒートを繰り広げていた人ですよね!」

 

 麗日達は朗らかな笑みを浮かべながら、メリッサだけはちょっとテンション高めにソニックに名乗る。ライダーズカップとはどういうことだという視線をビシビシと感じながら、アンジェラは後で説明するから、と麗日達に目で訴えかけた。

 

 そんな中、峰田だけは何故か目から血の涙を流していた。

 

「…………フーディルハインの兄貴っつーからちょっとは予想してたが……やっぱり凄まじいイケメンじゃねぇかよォ!!」

「何をしているんだ峰田君? 君はソニックさんとは初対面なのだから、まずは自己紹介をしないと!」

「チクショ────!! イケメンは爆ぜろォォォ!!!」

 

 飯田の指摘も無視して、峰田は崖際の手すりに掴まって叫ぶ。案の定峰田は、ソニックの顔面偏差値の高さに妬みを覚えていた。

 

「……お前の場合は顔とかじゃなくて態度の方が問題だろ」

《セクハラ、ダメ、絶対!》

 

 いつの間にかアンジェラの元へふわふわと戻ってきたケテルの頭を撫でながら、アンジェラは呆れたような視線を今だに嫉妬を叫び続ける峰田に向けた。

 




テイルス君の科学力って、ヒロアカ世界においてもかなりのチートだと思うんですよね。


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迷子のシルバー、保護される

なんかシルバーって平常時はちょっと抜けたとこあるイメージなんだよなぁ。


「……ところで、ソニック、シャドウ達は?」

 

 ひとしきり挨拶を終え、嫉妬を叫ぶ峰田を回収したあと、アンジェラはふとした疑問をソニックにぶつけた。

 

 事前に送られてきたメールでは、今回Iエキスポに来ているのはソニックと、あと4人居るはずなのだ。それなのに、この場に姿を現したのはソニックだけ。

 

 ソニックはアンジェラの疑問に、困ったように口を開く。

 

「ああ、それなんだけどさ……テイルスは学者さんたちに呼ばれてて、エミーはその付き添い。遅くともレセプションパーティーまでには戻ってくるってさ。

 

 それでさ……アンジェラ、シルバー見なかったか?」

「シルバー? いや、見てないけど……」

「実はさ……」

 

 ソニックの話は、実に単純明快であった。

 

 シルバーが迷子になった。

 

 その言葉を聞いたアンジェラは、またか、と言いたげに口を尖らせる。

 

「……シルバーのやつ、まぁたテンション上がってふらふらとどこか行きやがったな?」

「まさにその通りだ。気づいたときにはもう姿も見えなくてさ、シャドウとオレで探してて……」

「それで、こっちに来るのが遅れた、と。あいつ、前もそんな感じでクリームに保護されてなかったか?」

 

 シルバー、オレと同じくらいの歳のはずなんだがなぁ。

 

 ソニックのうんうんという相槌を受けて、アンジェラは深いため息をついた。

 

 シルバーは約200年後の世界から来た未来人だ。今は事情あって未来の世界に戻ることができなくなってしまっているがゆえにこの時代に留まっているが、そんなシルバーからしたら、200年前の技術や風景は逆に物珍しいものであるのだと、前にシルバーが言っていた。

 

 シルバー本人は方向音痴とかでは決してないのだが、若干天然な気質も相まって、気になったものがあるとそっちへふらふらとまるで蛍光灯に集う虫が如く引き寄せられてしまい、結果的に迷子になってしまうことがある。それは、シルバーにとって物珍しいものが多い現代ではわりと頻繁に見られる光景だ。

 

 また、シルバーから見たら古すぎるがゆえなのか、今だにこの時代の携帯電話を扱えないこともシルバーの現代限定の迷子癖に拍車をかけていた。

 

 今回もテイルス達と別れたあと、現代の最先端技術……シルバーからしたら骨董品もいいところなのだが、それゆえに興味を惹かれたのか、いつの間にかふらふらとどこかへ行ってしまい、そのままソニック達はシルバーを見失ってしまったらしい。

 

「あいつ、なんでこう変な迷子癖はナックルズに似てるんだ……?」

「血でも繋がってるんじゃね?」

「シルバーはハリネズミでナックルズはハリモグラだろうが……仮に繋がっていたとしても、そんなとこまで似なくていいのに」

 

 シルバーが未来人であることは様々な事情によりあまり知られたくない(わりと結構な人数に知られている気はするが)のでその辺りはてきとうにぼかしつつ、アンジェラは特定の状況下で迷子になりやすい、という意味でシルバーに似ているナックルズを引き合いに出してシルバーの迷子癖を愚痴る。

 

 シルバーが迷子になった場合、高確率で被害を被るのは何故かアンジェラだ。大体はシルバーの迷子に乗じて悪戯をする、シルバーに引っ付いて回っているあの重油のせいなのでシルバー自身はふらふらとどこかへ行ってしまうこと以外は悪くないのだが。

 

 先程からしきりにため息をついているアンジェラを心配してか、麗日達が声をかける。

 

「アンジェラちゃん、私達もそのシルバーさん? って人を探すの手伝おうか?」

「マジか、助かるよ。あいつほんっと興味を惹かれるとこにふっらふらふらふらと行きやがるから探すの大変で……」

「……随分と苦労してきたんだね」

「や、探すのはともかく苦労は大体メフィレスのアホのせいだけど……」

「メフィレスって誰だよ」

「いつの間にかシルバーの家に住み着いてた不審者」

 

 アンジェラはメフィレスがシルバーの迷子に乗じて行ってきた悪戯を思い出して、勘違いでもなんでもなく頭が痛くなって手でこめかみを押さえる。

 

 よし、やっぱりメフィレスはボコそう。

 

 今回は(・・・)まだ何もしていないメフィレスにいつか今までの悪戯の分も含めて八つ当たりしてやろうとアンジェラが一人決心していたそのとき、ズドン、という大きな破壊音が響いてきた。なんだなんだと破壊音がした方を見ると、近くのアトラクションから大きな土煙が立ち昇っているのが見えた。

 

「メリッサ、あっちは?」

「確か、ヴィラン・アタックっていうアトラクションがあったはずよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メリッサの案内でヴィラン・アタックの会場にやって来た、バイトの上鳴と峰田を除くアンジェラ達。そこに設置されているモニターに映し出されていたのは、コスチュームを身に纏った切島だった。

 

「切島!?」

「アンジェラ、あの人も……?」

「ああ、クラスメイトだ」

 

 どうして切島が? とアンジェラが疑問に思っていると、MCのお姉さんのコールで次のチャレンジャーが出てくる。そのチャレンジャーの姿を視界に入れた瞬間、アンジェラは「ああ、なるほどな」と零した。

 

「ば、爆豪君!?」

 

 そのチャレンジャーとは、悠然とした顔でコスチュームを身に纏いスタート位置につく爆豪であった。

 

「それでは、ヴィラン・アタック! レディ〜……ゴー!」

 

 スタートと同時に爆豪は爆破の“個性”を駆使して空中を移動し、素早く次々と的の敵ロボットを破壊していく。

 

「死ねぇ!」

「……なぁアンジェラ、なんで爆豪……だっけ? あいつはロボットに死ねとか言っているんだ?」

「そんなもん知らん」

 

 いつも通りだが青空が綺麗に広がる下ではいささか不釣り合いな爆豪の掛け声にソニックが疑問を呈し、アンジェラは苦笑いで答えにならない答えを口にした。

 

「これはすご~い! クリアタイム15秒、トップです!」

 

 トップに躍り出たにも関わらず、どことなく物足りなさそうな爆豪の耳に、切島の驚いたような声が聞こえてくる。

 

「あれ? あそこにいるのフーディルハインじゃね?」

「よっ」

 

 切島と爆豪の視線に気付いたアンジェラが片手を挙げて挨拶すると、爆豪が爆破による跳躍で観客席手前の手すりまで一気に飛び上がって手すりに掴みかかった。

 

「なんでお前がここにいるんだよ!?」

「お前に招待状やったの誰だと思ってんだよ、居るに決まってんじゃねえか」

「ぐっ……そりゃ、そうだけど……」

 

 図星をつかれて珍しく弱り気味の爆豪に、ソニックが興味深そうな声を出す。

 

「アンジェラ、こいつらも友達か?」

「そうだぜ」

「うっせぇ! 誰がこの水色女と友達だって!?」

「そっか、オレはアンジェラの兄のソニックだ。妹と仲良くしてくれてありがとよ」

「仲良しこよしじゃねえんだよ!」

「いい加減にしないか爆豪君! ソニックさんに失礼だろう!」

「テメーに用はねーんだよ! こんなとこでまで委員長ヅラしてんじゃねえ!」

「委員長はどこでも委員長だ!」

 

 吠える爆豪にどこ吹く風な音速兄妹。飯田が仲裁(?)に入るも言い争いになり、アンジェラとソニックは面白そうにそれを見ている。メリッサは何故爆豪が怒っているのか不思議そうにその光景を見ていた。

 

「切島さんもエキスポに招待受けたんですの?」

「いや、爆豪がフーディルハインの余った招待状貰って、俺はその付き添い。なに、これから皆でアレ挑戦すんの?」

 

 八百万の疑問に答える切島。爆豪は再びアンジェラに向かって吠える。

 

「ハッ、やれるもんならやってみな!」

「いや、こっちも今人探し中だし。

 

 …………ま、そんだけ煽られちゃやるけど。ソニック、ちょいと寄り道いいか?」

「Of course! シルバーならまぁ、迷子だけど無事だろうからな」

「Thanks!」

 

 アンジェラは笑顔で言うと、観客席から柵を越えてスタート位置へ飛び降りる。突然降ってきた威勢のいいチャレンジャーに、MCのお姉さんも元気にコールを入れた。

 

「さて、文字通り飛び入りで参加してくれたチャレンジャー。いったい、どんな記録を出してくれるのでしょうか!」

 

 アンジェラは軽くストレッチをする。射撃魔法で的を狙い撃つのは簡単だが、折角ソニックが直接見てくれているのだ。そんなつまらないことはしない。

 

「ヴィラン・アタック! レディーゴー!」

 

 スタートの合図と同時にアンジェラは駆け上がる。音速の数倍のスピードで。そして、文字通り瞬く間に全ての敵ロボットを瞬間的に身体強化魔法とワン・フォー・オールを纏わせた蹴りや拳で破壊してみせた。

 

「……す、す、凄い! クリアタイム2秒! ダントツトップに躍り出ました! スローモーションでもう一度見てみましょう!」

 

 アンジェラのスピードのデタラメさを知っている飯田たちはある意味予想通りの展開に関心していたが、観客たちはどよめきを見せる。ライダーズカップや雄英体育祭を見ていたメリッサも予想以上のスピードに驚愕していたが、スローモーションの映像を見ているとどこか引っかかるものを覚えた。

 

 そして、ソニックはというと、

 

「よーし、オレもやろ」

「……え? シルバーさん探しは?」

「No problem! すぐに終わらせる!」

 

 そんなことを言いながらスタート位置からジャンプして戻ってきたアンジェラと交代するかのように飛び降りる。戻ってきたアンジェラを称賛しつつ、麗日と飯田はアンジェラに問いかけた。

 

「アンジェラちゃん、お兄さん止めなくていいん?」

「あまりここで時間を使わない方が……」

「大丈夫だ、瞬きする間もなく終わるから」

 

 そう言いながら手すりに肘を乗せて頬杖をつくアンジェラに、麗日達は首を傾げる。爆豪はアンジェラの大記録に「……まぁ、あいつならそうか」と悔しそうにしていた。

 

「ヴィラン・アタック! レディーゴー!」

 

 MCのお姉さんのコールが響き渡る。

 

 が、次の瞬間、会場は驚きを通り越して無音状態になった。

 

「え、え、えっと……クリアタイム0.53秒……? 一秒の壁が破られました……?」

 

 MCのお姉さんですら、信じられない記録に懐疑的な声しか出すことができない。唯一会場の中でアンジェラだけが、「あー、また負けた」と悔しそうな、しかしどこか自慢気な声を上げ、ライダーズカップでアンジェラとソニックのデッドヒートを観て、その勝者がソニックであることを知っているメリッサは流石はアンジェラのお兄さん、と感心していた。

 

「す、スローモーションで見てみましょう!」

 

 MCのお姉さんの言葉でモニターに映し出されるスローモーションの映像。ソニックのしたことはワン・フォー・オールや魔法の有無以外はアンジェラとほぼ変わらない。

 

 ただ、アンジェラよりもそのスピードが速いだけである。

 

「あ、アンジェラちゃん! ソニックさんって何者なん!?」

「フーディルハインのお兄さんだっていうからかなりのもんだとは思ってたけど……」

「まさか、これほどとは……」

「…………」

 

 麗日達も驚きすぎて口をあんぐりと開けている。爆豪に至ってはあまりのショックに石化したかのように動かない。

 

「凄いだろ? オレの兄さん。オレ、ソニックとシャドウには一度も勝てたことないんだよ」

「……あのアンジェラちゃんが? って驚くとこなんだろうけど……あんなの見せられたら納得してまうわ」

「アンジェラさんのお兄さんというのは、伊達ではないということですね」

 

 八百万の一周回って納得したような声に、アンジェラは満足気な笑みを浮かべた。

 

 そして、戻ってきたソニックはおもむろにアンジェラの頭を撫でる。

 

「楽しそうだな」

「なんだよ急に」

 

 アンジェラは口ではそんなことを言いながらも、その緩みきった顔には拒絶の念など1ミクロンも感じ取れない。声もどことなく嬉しそうだった。

 

「いや、アンジェラがいい友達に恵まれたみたいで、兄貴としては嬉しいんだよ」

「そーかよ、こっちはまたその兄貴に負けて悔しいってのに」

「Haha,まだまだ妹には負けられねぇよ」

 

 そんな兄弟のじゃれ合いを微笑ましそうに見る麗日達と、今だに石化したままの爆豪。爆豪は切島によって回収された。

 

 そんな中、また挑戦者が現れたらしい。ガガガッという大きな音と共にアンジェラ達はどことなく肌寒さを感じた。会場には、巨大な氷の塊で会場もろとも敵ロボットの動きを封じる轟の姿があった。

 

「じゅ、14秒! 第3位です!」

「轟! 来てたのか!」

「フーディルハインたちも来てんのか……って、ソニックさんも。お久しぶりです」

 

 飯田と同じく、保須の一件でソニックと面識のある轟はペコリ、と会釈をする。ソニックも軽く片手を挙げてそれに応えた。

 

「でもどうして轟がここに?」

「招待受けたエンデヴァーの代理だ。正直エンデヴァーの代理なんて嫌だったが、Iエキスポには興味があったからな」

 

 サラリと答える轟。轟は体育祭以降、エンデヴァー嫌いを一切隠すことがなくなったが、今回はIエキスポへの興味でエンデヴァーを利用したらしい。したたかなことだ。アンジェラは二重の意味で轟に拍手を贈った。

 

 と、

 

「いやー、焦凍もスゲェな!」

 

 観客席の方から、ソニックとアンジェラには聞き馴染みのある声が聞こえてくる。バッと二人が後ろを振り向くと、そこにはいつの間にか観客席に紛れ込みながらポップコーンを食べている、シルバーの姿があった。

 

「し、シルバー!?」

「おま、いつからそこにいた!?」

「? 最初からだけど?」

 

 驚愕する二人にメリッサが「どうしたの?」と問いかける。

 

「ひょっとして、あの人が探し人のシルバー?」

「ああ、そうなんだが……どうしてここに?」

「道に迷ったらばったりと焦凍に出会ってな! それで今まで一緒だったんだ」

 

 つまり、シルバーは今の今まで轟に保護されていた、と。

 

 アンジェラは申し訳ないやら、ありがたいやら、色々と感情が混ざった顔で轟に言う。

 

「ありがとな、轟。シルバーを保護してくれて」

「? っていうか、シルバーって迷子だったのか?」

「いや、知らなかったのかよ!?」

 

 まさかの轟の発言に、アンジェラのツッコミが冴え渡った。

 



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ともだち

 シルバーを保護したあと、アンジェラたちはシャドウと合流した。そこでアンジェラが麗日たちにシャドウのことを紹介したり、逆にシャドウに麗日たちのことを紹介したりしたあと、ソニックが口を開く。

 

「シルバーはオレとシャドウで手綱握っておくから、アンジェラは友達とエキスポ見学してきな」

「え、いいのか?」

「テイルスたちは今日レセプションパーティー前まで合流出来ないそうだ。僕らだけアンジェラと周ったなんて知られたら面倒なことになる。それに、あまりに大人数だとかえってまたシルバーが迷子になりかねん」

「……ごめんなさい」

 

 そんなシャドウのツンデレな後押しもあり、アンジェラは遠慮なくシルバーをソニックたちに預け、麗日たちとエキスポを見学した。明日はテイルスたちも合流できるそうなので明日はソニックたちと回るつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして18時、閉園のアナウンスが鳴った頃。

 

 エンデヴァーの代わりに顔を出さなくてはならない場所があるらしく途中で別行動になった轟と、ヴィラン・アタックのアトラクションで早々に別れた爆豪とそれを追った切島を除くアンジェラたちは、閉店したカフェの入口で息絶え絶えになってドカリと座り込んでいるいる上鳴と峰田の元を訪れた。

 

「よっ、お疲れ」

「労働、よく頑張ったな!」

 

 飯田はそう言いながら疲れ果てている二人の前にレセプションパーティーへの招待状を差し出す。メリッサが余っていたので、せめて今日くらいは楽しんでほしいと譲ってくれたものである。

 

「上鳴……」

「峰田……」

「「俺たちの労働は報われた〜!!」」

 

 よかったな、とアンジェラは涙ながらに喜び合う二人に生暖かい目を向けた。

 

 パーティーに参加する人数が二人増えたところで、飯田が言う。

 

「パーティーにはプロヒーローたちも多数参加するほか、アンジェラ君のお兄さん方や友人たちも参加するそうだ! 雄英の名に恥じないためにも、正装に着替え、団体行動でパーティーに出席しよう! 

 

 18時30分にセントラルタワーの7番ロビーに集合! 時間厳守だ! 爆豪君や轟君には俺からメールしておく」

「ソニックたちにはオレからメールしとくよ。テイルスとエミーにも伝えるから、オレが着く前に会ったら仲良くしてやってくれ」

「ありがとう、アンジェラ君! では解散!」

 

 飯田は“個性”のエンジンでかっとばし、何処かへと去ってゆく。それをアンジェラは、相変わらずフルスロットルの方向性を間違ってるなー、と生暖かい目で見送った。

 

 

 

「また後でね!」

「See you later〜」

 

 麗日達が宿泊するホテルの前で別れたアンジェラはソニックたちにメールを送ると、自分もホテルに戻ろうとする。しかし、それはメリッサによって止められた。

 

「アンジェラ、ちょっと私に付き合ってくれないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メリッサに連れられてアンジェラがやって来たのは、アカデミーにあるメリッサの研究室だった。

 

 たくさんの機械と資料、テーブルの上に置かれた実験器具やノート、資料棚の上に所狭しと置かれたトロフィーを目にしたアンジェラは感嘆の声を漏らした。

 

「メリッサって、よっぽど優秀なんだな」

「実はね、私、そんなに成績よくなかったの。だから一生懸命勉強したわ。どうしてもヒーローになりたかったから」

 

 メリッサは倉庫を開けて探しものをしながら、少し恥ずかしそうに言う。アンジェラは少しだけ予想外だな、と思った。

 

「ヒーローに? プロヒーローじゃなくて?」

「ううん、それはすぐに諦めた。だって私、無個性だし」

「へぇ、そうだったのか」

 

 メリッサはなんでもないようにプロヒーローを諦めた理由たる先天的なハンディキャップを口にし、アンジェラもメリッサが無個性であること自体には然程興味なさそうに棚に飾られている写真を見る。そこに写っていたのは、今よりも若いデヴィット博士に抱っこされた幼い頃のメリッサだった。

 

「5歳になっても“個性”が発現しないから、お医者さんに調べてもらったの。そしたら発現しないタイプだって診断されたわ」

「確かに……ヒーローは“個性”があることが前提みたいなとこあるしな。GUNに就職するっていうのは考えなかったのか?」

 

 アンジェラは純粋な疑問を口にする。GUNのエージェントはその3割が無個性であり、その殆どがそんじょそこらのプロヒーロー顔負けの戦闘力を有している。ヒーローのような華があるとは決して言えないが、ヒーローのように人々の平和を守るために戦う仕事である。

 

 倉庫からなにやら箱を持ってきたメリッサは、あっけならかんとした様子で口を開く。

 

「それも少しは考えたけど……私にはそれ以上に、すぐ近くに目標があったから」

「目標?」

「私のパパ」

 

 棚に飾られている写真どれもこれもから、メリッサが愛されて育てられてきたのだということが分かる。特に写真のデヴィット博士の顔にはメリッサへの惜しみない愛情が見えていた。

 

 ソニックやシャドウという自慢できる二人の兄に愛されて、他にもたくさんの友人や張り合える人物に恵まれているという自覚はあるアンジェラだが、それでもやはり、親との想い出が何一つとしてないという事実は、少なからずアンジェラの胸を締め付ける。

 

 かつて、宇宙に浮かぶアークにいた頃のソニックやシャドウも、産みの親であるプロフェッサー・ジェラルドに愛されていたであろうことは、ジェラルドが残した記録や手記を見たアンジェラにはよく分かる。ソニックにその時の記憶があるのかどうかを聞いたことはないが、少なくとも「親に愛されていた」ということは知っている。

 

 それに反してアンジェラは、産みの親すら定かでなく、愛されていたかもわからない。ソニックに拾われたときの状況を考えると、そうでない可能性の方が高そうだが、真実が分からなければ割り切れるものも割り切れない。親を明確に憎む理由がある轟とも違い、アンジェラは、親になんの感情を抱くことすらも許されていないのだ。

 

「パパはヒーローになれるような“個性”を持っていなかったけれど、科学の力でマイトおじさまやヒーローたちのサポートをしている。間接的にだけど、平和のために戦っているの。

 

 それが、私の目指すヒーローのなり方」

 

 メリッサは誇らしげに自身の将来の夢を語る。直接ヒーローになれるような力はなくても、誰かのために戦うことはできる。メリッサは、そういうヒーローになろうとしている。

 

 それが、惜しみない愛情の中でメリッサが見つけた夢が、今のメリッサを形作っているのだ。

 

 メリッサは持ってきた箱をテーブルの上に置き、蓋を開ける。中に入っていたのは、赤いベルトのようなもの。

 

「このサポートアイテムね、前にマイトおじさまを参考に作ったものなの。アンジェラ、ちょっと手首のリミッター、外すか二の腕辺りまでズラせる?」

「ああ、ちょっと待ってろ」

 

 アンジェラはケテルを肩の上に乗せて、右手の手袋を外して右手首のリミッターを左手の人差し指でなぞる。すると、リミッターの隙間が広がった。アンジェラはリミッターを二の腕まで持っていって再び人差し指でなぞる。リミッターは二の腕に合わせてピタリ、と嵌まった。メリッサはそれを確認すると、アンジェラの右手首にベルトを巻く。

 

「ここのパネル、押してみて」

 

 アンジェラがメリッサに言われるままにパネルを押すと、青く光って蜂の巣状の模様がベルトに不規則に現れたかとおもいきや、変形して伸びたベルトが腕と手を覆い、装着される。

 

《すごーい!》

「これは……」

「名付けるなら、フルガントレット、かしら。アトラクションでアンジェラ、意図的に“個性”をセーブしているように感じて……それで思ったの。アンジェラって、強すぎる“個性”にリミッターを着けていてもなお、身体が追いつけてないんじゃないか、って」

 

 メリッサの言葉はいい得て妙だ。

 

 アンジェラのリミッターに作用しているのは、アンジェラの内に渦巻く強大な魔力であり、“個性”であるワン・フォー・オールには恐らくさほど作用していない。そして、アンジェラはワン・フォー・オールを100%で使えるというわけでもない。瞬間的にも最大で45%ほどが限界である。

 

「そのフルガントレット、マイトおじさま並のパワーで拳を放っても、3回はなら耐えられるくらいの強度があるわ。きっとアンジェラ本来の力を発揮できると思う」

「………………」

「それ、アンジェラが使って」

「……いいのか? 大事なものなんじゃ……」

「だから使ってほしいの! 困っている人たちを救けられる、素敵なヒーローになってね!」

 

 アンジェラは、笑顔で言うメリッサに、テイルスと似た何かを感じた。

 

 テイルスは昔、尻尾が二本あるという理由でいじめを受けて、目に見えて自信を喪失しており、今の勇敢なテイルスからは考えられないほど臆病だった。

 

 そんなテイルスは、ソニックやアンジェラとの出会いを契機に少しずつ自信をつけ、今やソニックの相棒とも呼ばれるほどに成長した。その成長をずっと傍で見守ってきたアンジェラだからこそ、メリッサとテイルスがどことなく似ていると感じたのだ。

 

 メリッサもテイルスも、誰かのためを一番の理由に掲げている。その、誰かを手助けできるような存在になりたいという夢を持った。

 

 アンジェラはフルガントレットを見つめる。オールマイト並のパワーで拳を放っても3回までなら耐えられるほどの強度と、最新の圧縮技術。これを作り出すメリッサの技術力がいかに凄いかが、身につけた肌を通して伝わってくる。

 

「……あのな、メリッサ」

 

 だから、アンジェラはメリッサには話さなくてはと思った。すべてを包み隠さずに話すことはできないが、せめて、根本的な違いは話さなくては、と。

 

 アンジェラは神妙な面持ちで、肩の上のケテルを撫でながら口を開く。

 

「オレ、ヒーローになりたくて雄英に居るわけじゃないんだ」

 

 メリッサは今までにないほど真面目なアンジェラの声音に、静かにアンジェラの話に耳を傾ける。

 

「ここだけの話なんだが……オレが雄英に居るのは、ある依頼を受けたからなんだ。その内容や依頼主が誰なのかとかは話せない。

 

 だけど、少なくともヒーローになりたいとは、一度も思ったことがない」

 

 アンジェラはフルガントレットを纏った右手を握りしめる。

 

「オレはソニックに拾われて、一緒に世界を巡っていくうちに……いつからか、言葉の歴史や遺跡に興味を持った。

 

 人々が産み出し、培い、使ってきた言葉と歴史の関係を紐解きたいと思った。人々が言葉の変化とともに営んで、歩んできた歴史を、もっと深くまで知りたくなった。

 

 強くなりたいっていう気持ちが弱いわけじゃない。むしろ、人よりも強いと思ってる。いつの日にか、ソニックとシャドウに勝ちたいと……ずっと、思い続けてる。

 

 誰かが困っているのを見かけたら、手を貸したいと何度も思って、実際に手を貸してきた。誰かを助けるっていう行為自体は好きだし、お礼とかを言われると心がぽかぽかした。

 

 

 

 

 

 だけど、ヒーローになりたい、って思ったことは、一度もない。

 

 

 

 

 

 

 誰かのために戦うことはあったし、その行為を否定するわけでもない。

 

 だけど、オレは、誰かのためだけに(……)戦って死ぬのは、真っ平ゴメンだ。オレが戦うのは基本自分のためだし、人に手を貸すのも自分がそうしたいっていう欲求を満たすためだ。自分が損しかしないと分かっているのなら、手を貸したりしないし戦ったりもしない。

 

 オレは、根本的に心がヒーローには向いてないんだよ」

 

 アンジェラはそこまで語ると一呼吸置いて、メリッサの顔を見やる。メリッサは意外と深刻そうな顔はしておらず、ただただ黙って話を聞いていた。

 

「……幻滅したか?」

 

 アンジェラは困ったような笑みを浮かべて薄く言葉を紡ぐ。メリッサは微笑んで、首を横に振った。

 

「ううん……むしろちょっと納得しちゃった。アンジェラは自分の心に正直に生きてるんだね。

 

 そういう人、かっこよくて私、好きよ」

「…………!」

 

 あまりにも予想外な言葉にアンジェラは口をつぐむ。メリッサは、アンジェラがどう生きたいのかを理解した上で、それをかっこいいと言ってのけた。それが、凄まじい衝撃で、言葉すら出てこない。

 

「幻滅する要素なんてどこにもないわ。私、もっとアンジェラのファンになっちゃった! 

 

 それに、その話ってあまり人にしちゃいけないんでしょ? 本当は依頼を受けて雄英に居るってことすらも、話しちゃいけないんでしょう? それなのに、アンジェラは私にそれを話してくれた。アンジェラの本当の気持ちを、話してくれた。

 

 都合のいいことを取り繕うのも、嘘を纏うのも簡単よ。誰にだってできる。時には、嘘をつかなくちゃいけないことだって、悲しいけれど生きている以上あるかもしれない。

 

 だけど、嘘をつかれた側は、本当に必要な嘘だったとしても裏切られたと感じるかもしれない。嘘をついた人を、罵倒してしまうかもしれない。

 

 そうかもしれないと分かった上で、アンジェラは真実の断片を見せてくれた。それは、誰にだってできることじゃない。とっても勇気がいることで、アンジェラがかっこいいことの、何よりの証だわ」

 

 ヒーローに憧れを抱くメリッサは、てっきり利己主義だと告白した自分を罵倒はしないまでも、少なくとも軽蔑するだろうと思っていたアンジェラは度肝を抜かれた。メリッサは確かな憧れの視線をアンジェラに向けて続ける。

 

「何に憧れるかなんて人それぞれの自由よ。アンジェラが凄い力を持っていて、だけどヒーローになりたいとは思っていなかったとしても、それを責める権利なんて誰にもないわ」

 

 一般論で言う強“個性”の持ち主は、ヒーローになるべき、なるであろうなどと言われる。どの国であってもトップチャートに名を連ねるヒーローの“個性”は派手で強いものが多い。

 

 例え、本人が別の憧れをその胸に抱いていたとしても、周囲の期待に押しつぶされてヒーローを目指さざるを得ない人間は、少ないながらも存在する。アンジェラが所属している大学の研究室の歳上の後輩の一人もそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が、一体どんな覚悟で自らの憧れを貫き通そうとしたのか、自分はよく知っている筈なのに。こんなことでクヨクヨと悩んでいるなんて、本当にらしくない。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ははっ、何をウジウジと……」

 

 アンジェラは、メリッサが正しく「学者」であると感じた。俗世の一般論に流されない柔軟な発想は、まさにその証とも言えよう。

 

 アンジェラは迷いを振り切ったような表情でフルガントレットを撫でた。

 

「ありがとな、メリッサ。おかげでスッキリした」

「友達だもの、当然よ!」

 

 メリッサは心底嬉しそうな表情で微笑む。友達の力になれたのが嬉しいという純粋な感情のみが湛えられたその瞳には、アンジェラを悪く思うような感情など一切感じない。

 

 アンジェラは、少しバツが悪そうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の話が盛り上がっていた、その時。アンジェラの携帯が音を立てた。発信相手は飯田だ。

 

「Hello?」

『何をしているんアンジェラ君! 集合時間はとっくに過ぎているぞ!?』

 

 電話に出た瞬間、鳴り響く怒号。時間を確認してみると、とっくのとうに18時30分など過ぎていた。




アンジェラさんは機密情報を全部はっきり吐くようなことはありませんが、状況によっては人を見てちょろっと秘密を暴露することはあります。暴露するときも内容によっては今回のように本当にぼんやりとしか話しません。口が軽いようでわりと固い………のか?


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レセプションパーティー

 セントラルタワーの7番ロビー。飯田を筆頭としたレセプションパーティーに参加するA組男子たちと、ソニックたちは既に正装に着替えて集まっている。元々レセプションパーティーに参加する予定などなかった峰田と上鳴は、カフェの制服に上着を羽織って正装の代用品としていた。

 

 ちなみに、シャドウと初めて対面した際、峰田は「もう一人の兄貴もイケメンかよ…………!!」と嫉妬の炎を纏っていたとか。閑話休題。

 

「悪い、遅くなった!」

 

 そう言いながらエレベーターから現れたのは、正装に身を包み肩にケテルを乗せたアンジェラだ。アンジェラはウエストバッグに荷物を全部詰め込んでいるので、飯田から電話を貰った後メリッサの研究室で着替えさせてもらい、先にセントラルタワーに向かったのだ。

 

 アンジェラの服装は、黒を基調としたゴシックなワンピースドレスだ。腹部に青のレースで飾られたコルセット、胸元に黒くフリルが控えめなジャボを着け、その中心には宝石代わりにソルフェジオがくっついている。

 膝上までのスカートの部分は一、二枚の生地で纏められていて、裾の部分にもフリルはない。スカートの後ろ部分にはベルト代わりの大きな青いリボンの結び目が前方からも見えるほどに主張している。

 ワンピースドレスの上に前を開けた黒の長袖ボレロを羽織っており、一気に引き締まるような雰囲気を醸し出している。靴は黒く光沢のあるパンプスで、普段ポニーテールにしている髪を解き、青い薔薇の装飾が施された黒いドレスハットを頭の上に乗せ、首には黒いチョーカーをつけている。両手足のリミッターの金の輝きが、アンジェラの色香を更に引き立たせていた。

 

 ちなみにソニックたちの服装はそれぞれ色が少し違うスーツとネクタイだ。スーツは、ソニックが紺色、シャドウが黒、シルバーが灰色、そしてこの場にまだ居ないテイルスが赤茶色であり、ネクタイの色はそれぞれのパーソナルカラーだ。このスーツとネクタイは、テイルスのもの以外は元々ソニックの所有物であり、シャドウとシルバーはソニックのものを借りている。テイルスはわざわざお店でソニックのスーツとおそろいのものを買ったそうだ。

 

 ちなみに何故ソニックがそんなにたくさんの正装を持っているのかというと、単純にソニックとお店両方の発注ミスが原因、とのことだ。閑話休題。

 

 少女らしさと大人らしさが混在し、妖しげな色香をも放つアンジェラの姿に、真っ先に上鳴と峰田が反応を見せる。

 

「おお〜!? いきなり真打ち!?」

「流石はフーディルハイン! A組でも指折りの美女! ちっこいけど!」

「上鳴、次ちっこいとか言ったら殴るぞ?」

「ゴメンナサイ!」

 

 アンジェラがいい笑顔で拳を構えると、余計なことを言った上鳴は即座に謝った。

 

「あれ? 他の奴らは?」

「まだ来ていない……団体行動を何だと思っているんだ!」

「まぁ、女っつーのはこういうとき男よりも身支度に時間がかかるもんだぜ飯田。ドレスって結構着づらいしな。オレは着やすいやつ持ってきてたからまだ早めに準備終わった方だけど。あとテイルスは多分エミーを待ってんだろ」

 

 規律を重んじる飯田は今だに集まらない他の面々に憤慨するが、その理由がなんとなく分かるアンジェラは今この場に居ない面々に代わって弁明する。テイルスは身支度はすぐに終わらせるだろうが、エミーを待って結果集合時間に遅れているのだろう。結局ホテルに行く時間もなかった二人は、学者サンたちの部屋を借りて着替えているのだと、さっきテイルスから来たメールにあった。ホテルのチェックイン自体はアンジェラたちが済ませているので問題ない。

 

「ごめんごめん、お待たせ!」

「ちょっとエミーが着替えに手間取っちゃって……」

 

 と、エレベーターから正装に着替えたテイルスとエミーが申し訳無さそうな顔をしながらやって来た。

 

 エミーの服装は、ピンクを基調としたガーリーなワンピースドレスだ。色以外の雰囲気は全体的にアンジェラのドレスと似ているが、上に白の長袖カーディガンを羽織っており、腰には小さめの白いリボンがベルト代わりに巻かれ、髪を白いリボンで下の方で纏めている。靴は白いパンプスであり、その上にタイツを履いている。両手に着けた白く上品な手袋と、両手首に着けた金色のブレスレット、そして首から下げた紅いガラス玉のペンダントのアクセサリーが、その魅力を更に引き立てていた。

 

 話には聞いていたが予想以上の美少女の登場に峰田と上鳴が盛り上がった。

 

「おお──! さらなる美少女! こりゃ盛り上がる〜!!」

「ねぇねぇ彼女、ラインやってる?」

「外国人だぞやってるわけねぇだろ」

「上鳴君、峰田君! まずは自己紹介をしないか! お二人が困惑しているだろう!」

 

 自己紹介そっちのけで騒ぐ峰田と上鳴を諫める飯田。上鳴のライン発言に至極冷静なツッコミを入れたのはアンジェラだ。上鳴の発言が何か引っかかったのか、シルバーが首を傾げながらアンジェラに問う。

 

「なーなーアンジェラ、らいん、ってなんだ?」

「スマホのアプリの一種。日本でメジャーなやつ」

 

 アンジェラはシルバーの質問に答えながら呆れたような笑みを見せる。こいつら(特に峰田)、こんなんでレセプションパーティー色々と大丈夫なのかな……と、ほんの少しだけレセプションパーティーに峰田と上鳴を誘ったことに早くも後悔しつつも、何か問題を起こしたら殴ればいいか、とすぐに思考を切り替えた。殴るのもそれはそれで別の問題であるとアンジェラの思考にツッコミを入れてくれる人物は残念ながら存在しない。

 

「あはは……楽しそうな人たちだね」

「ま、退屈はしてねぇかな」

 

 クラスメイトの様子を見ていたテイルスは、アンジェラの返答にそっか、と返す。アンジェラがひとっところに留まることが苦手であることを知っているテイルスは、仕事とはいえ、珍しいこともあるものだ、と妙な納得をした。

 

「ごめん! 遅刻してもうた」

 

 と、そんな中正装に着替えた麗日がやって来る。その直後、八百万と八百万の後ろに隠れて耳郎も遅れながら集合場所にたどり着いた。お嬢様な八百万はともかく、耳郎は正装なぞ着慣れていないようで少し恥ずかしそうだ。

 

「馬子にも衣装ってやつだな!」

「女の殺し屋みてー」

 

 耳郎の恰好を見てそんな失礼なことを言う上鳴と峰田。当然、耳郎が反応しないわけもなく、ふたりとも耳郎のイヤホンジャックを耳に突っ込まれて爆音を直接耳に叩き込まれていた。

 

「黙れ」

「なんだよ、俺褒めたじゃんかー!」

「褒めてない!」

 

 馬子にも衣装というのは、どんな人間でも身なりを整えれば立派に見える、といった意味の警句であり、決して褒め言葉などではない。むしろ罵倒の言葉である。上鳴の頭の弱さが垣間見えた瞬間だった。

 

「アンジェラちゃんもビッと決まってるね! カッコいいよ!」

「Thanks,麗日。麗日も似合ってるじゃないか。その服、八百万に借りたのか?」

「うん、正装なんて持ってないし……」

 

 麗日の家庭事情を知るアンジェラはああ、と納得する。耳郎がどうなのかは知らないが、麗日の実家の財力では、失礼なことだが正装なぞ滅多に買えるものではないだろう。

 

 とはいえ、これから楽しいパーティーってときにそんな話題を出すのは野暮どころかマナー違反。アンジェラは曖昧な返事を返すに留めた。

 

 と、エレベーターから眼鏡を外してドレスに身を包んだメリッサが駆けて来る。

 

「アンジェラたちまだここにいたの? パーティー始まってるわよ?」

 

 メリッサの大胆な恰好は上鳴と峰田のハートを直撃したのか、二人してまた騒いでいた。それを冷ややかな目で見る耳郎。

 

「メリッサ、それがな、爆豪と切島がまだ来てなくて」

「……駄目だ、爆豪君、切島君のどちらの携帯にも応答がない」

 

 爆豪と切島に連絡しようとスマホを片手に持った飯田が言う。ひょっとしたら、携帯をホテルに忘れてきてしまいでもしたのだろうか? その上で迷子にでもなってるんじゃ……

 

「……迷子はシルバーだけで十分だ」

「シャドウ、なにか言った?」

「…………いや」

 

 今日はもうこれ以上迷子の面倒を見たくないシャドウが、ついそうぼやいた。それを聞いていたらしいテイルスが聞き返すも、面倒を起こしたくないシャドウは曖昧に言葉を濁す。

 

 

 

 

 

 

 その瞬間。

 

『I・アイランド、管理システムよりお知らせします。警備システムにより、I・エキスポエリアに爆発物が仕掛けられたという情報を入手しました。I・アイランドは現時刻をもって厳重警戒モードに移行します。島内に住んでいる方は自宅または宿泊施設に、遠方からお越しの方は近くの指定避難施設に入り、待機してください。今から10分以降の外出者は、警告なく身柄を拘束されます。くれぐれも外出は控えてください。また、主な主要施設は警備システムによって、強制的に封鎖します』

 

 その緊急アナウンスとともに、窓の防火シャッターが次々と閉まり、入口が塞がれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「携帯が圏外だ。情報関係はすべて遮断されちまったらしい」

「マジかよ」

「エレベーターも反応ないよ!」

「マジかよ!」

 

 セントラルタワーの7番ロビーに閉じ込められたアンジェラたちは、まず状況を確認しようと各々動く。アンジェラが確認した限り、通話だけでなくインターネットも遮断されていた。

 

 この中でI・アイランドのセキュリティシステムに一番詳しいであろうメリッサは、どこか考え込むような素振りで口を開く。

 

「爆発物が設置されただけで、警備システムが厳戒モードになるなんて……」

 

 I・アイランドの警備システムはかのタルタロスと同等のもの。そんな警備システムをくぐり抜け、爆発物を仕掛けるなどそう簡単に出来るはずもない。出来たとて、このレベルの警戒には少々違和感を感じる。

 

 Iアイランドで初めて犯罪が起きたから? Iエキスポ中を狙われたから? 

 

 アンジェラの勘は、そのどれもが違うと言っていた。

 

「……とりあえず、パーティー会場の様子を確認したい。会場にオールマイトが居る。なんとか指示を仰げれば、この状況がどの程度悪いもんなのかも分かる」

 

 今この場で頼れる大人はオールマイトくらいだ。それはヒーローである以前に、彼が雄英教師であるから。親などの保護者がこの場に居ない以上、現状でアンジェラたちの一番の保護者たりえるのは教師であるオールマイトだ。

 

「オールマイトが!?」

「なんだ、それなら心配いらねえな」

 

 オールマイトの名前が出たことで安堵する麗日と峰田。アンジェラは嫌な予感をひしひしと感じながらメリッサに問う。

 

「メリッサ、どうにかしてパーティー会場まで……いや、会場そのものに行くのは危険か。その近くまで行けないか?」

「非常階段を使えば……」

 

 メリッサが指さしたのは、隅にある重厚なドアだった。

 

 

 

「ところでアンジェラ、オールマイトと一緒に来たのか?」

「んにゃ、偶然オールマイトがI・エキスポに招待されたって聞いて、便乗してプライベートジェットに乗せてもらっただけ」

「……だから電話で飛行機代はいらないとか言ってたのか」

「ちゃっかりしてるわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レセプションパーティーの会場は、銃で武装した敵によって占拠されていた。嫌な予感が的中したことに内心舌打ちをしつつ、アンジェラと耳郎は吹き抜けになっている会場の上の階からなんとか拘束されているオールマイトに指示を請おうと、耳郎はイヤホンジャックを床に刺し、アンジェラはスマホのライトでオールマイトの注意を引きつつ、いざとなったら耳郎を抱えて逃げられるように構える。

 

 スマホのライトに気が付いたのか、オールマイトが顔を上げる。そのことを視認したアンジェラは、耳郎に目きかせをし、オールマイトに耳を手に当てるジェスチャーを送る。

 

 その意図が通じたのか、オールマイトは小声で話す。耳郎のイヤホンジャックはオールマイトの小さな声を正確に聞き取り、その情報を正しく認識した耳郎は狼狽えた。

 

「……大変だよ、フーディルハイン……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳郎が聞き取ったオールマイトのメッセージはこうだ。

 

 敵がタワーを占拠し警備システムも掌握。Iアイランドに居る全ての人間が人質にとられた。オールマイトを含むヒーローも全員捕まっている。

 

 そして、オールマイトはアンジェラたちにすぐにここから逃げるように指示を出した。

 

 

 非常階段の踊り場に戻った二人は、全員にその情報を共有する。ことの重大さに、クラスメイトたちは言葉を失った。よもや、そんな事態になっているとは、彼らには想像もつかなかったのだ。

 

 ソニックたちは今まで巻き込まれた数ある事件の経験があるからか、なんとなく想像がついていたので特に驚きはせず、この状況をどうにかするために考えを巡らせる。

 

 そんな中、飯田が口火を切った。

 

「オールマイトからのメッセージは受け取った。俺は、雄英校教師であるオールマイトの言葉に従い、ここから脱出することを提案する」

「飯田さんの意見に賛成しますわ。私達はまだ学生。ヒーロー免許もないのに敵と戦うわけには……」

 

 飯田の意見に賛同したのは八百万だ。しかし、二人の声色には悔しさが滲み出ている。

 

「なら、脱出して外にいるヒーローに……」

「脱出は困難だと思う。ここは敵犯罪者を収容するタルタロスと同じレベルの防災設計で建てられているから」

「じゃあ救けが来るまで大人しく待つしか……」

 

 上鳴の言葉はある意味正しい。脱出が困難なのだとすれば、救けが来るまで大人しくが普通は得策である。状況がどう転ぼうが、アンジェラたちはまだ敵に見つかっていないのだ。

 

 しかし、それを聞いた耳郎が立ち上がって口を開く。

 

「上鳴、それでいいわけ?」

「どういう意味だよ」

「救けに行こうとか思わないわけ!?」

 

 実際にその目でレセプションパーティーの参加者たちが人質になっている姿を見た耳郎は、珍しく苛立ちを募らせている。

 

 と、轟がおもむろに口を開いた。

 

「俺たちはヒーローを目指してる……」

「ですから、私達はまだヒーロー活動を……」

「だからって、何もしないでいいのか?」

「それは……」

 

 轟に反論しようとした八百万も、真っ先に委員長として脱出を提案した飯田も、心の奥底では救けたいと思っていた。麗日も、上鳴もそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「許可があればいいんだな?」

 

 今まで話を黙って聞いていたアンジェラが、この状況を打開する言葉を口にした。当然、クラスメイトたちとメリッサは目を丸くする。

 

「……アンジェラちゃん、それってどういうこと?」

「お前らはヒーロー免許を持っていない。だから行動しようにも何も出来ない。だが……

 

 

 ヒーロー免許や、それに準ずる権限を持つ奴の許可さえあれば、お前らも堂々と“個性”が使える。救けに行けるってこった」

「それはそうですが……今この場にそんな権限を持つ人なんて……」

 

 八百万の沈んだ声に、アンジェラは得意気な表情を浮かべる。そして、シャドウに視線を向けると、一言放つ。

 

「いけるよな、シャドウ?」

「……彼らは役に立つのか?」

「まだまだ未熟だが、そんじょそこらの一般人よか遥かに役に立つことは保証するぜ。少なくとも、そんじょそこらの敵にゃ負けたりしねえよ。

 というか、オレらだけで行ってこいつらをここに残しておくのはかえって危険が増すだろ。オレたちはまだ見つかっていないだけで、ここに居続けて見つからないって保証はどこにもない」

「確かに……ここに残して敵に見つかって人質になったりされたら逆にこっちが不利になるわね」

「それに、連絡役と護衛兼ねて誰か残していても、敵が予想以上に厄介だった場合に色々面倒なことになる……だったら最初から一緒に来てもらう方がいいのか」

 

 アンジェラの言葉に自身の意見も乗せつつ同意するエミーとシルバー。麗日たちの頭の上には疑問符が浮かんでいたが、保須の一件でシャドウがGUNの機密事項を口にしていたことを思い出した飯田と轟は、アンジェラの考えに気付いたようでバッと顔を上げた。

 

「ま……まさか……シャドウさん……!?」

「……まあ、こんな状況だ。アンジェラの考えにも一理ある……仕方ない。

 

 

 

 

 

 GUNエージェントの権限において、君たちに戦闘と“個性”使用の許可を与えよう」

 

 シャドウの口から出された戦闘の許可。麗日たちの瞳に、一縷の希望の光が宿る。次いで、テイルスが口を開いた。

 

「メリッサさん、Iアイランドの警備システムって何処にあるんですか?」

「このタワーの最上階よ。……そうね、敵がシステムを掌握しているなら、認証プロテクトやパスワードは解除されているはず。私達にも、システムの再変更が可能だと思う」

「敵は恐らく、警備システムの扱いに不慣れ……だったら、これ以上警備システムを使って何かやらかされる前に、警備システムを元に戻せれば……状況は一気に逆転する!」

「予想ばっかだな、大丈夫か?」

 

 全てが予想でしかない作戦に、シルバーが大丈夫かと不安要素を口にする。

 

「もし仮に敵にシステムをうまいこと操れる奴が居たら、僕が警備システムを掌握し直すよ。流石に遠隔からのハッキングは設備もないし難しいけど、最上階にさえ行ければ何とか……!」

「ここでくよくよ悩んでいても何も始まらないわ。とにかく前進してみるしかない!」

 

 力強く宣言したエミーに、麗日たちもつられてか声を上げる。

 

「行こう、アンジェラちゃん! 私達にできることがあるのに、何もしないままなんて嫌だ!」

「フーディルハイン、ありがとな。許可があるのなら、心置きなく戦える」

「そういうことでしたら……私も当然行きますわ!」

「ウチも!」

「戦闘の許可をいただけたのなら、俺が反対する理由もない……しかし、皆! 俺たちが学生の身分であることには変わりないんだ。

 

 危なくなったらすぐに撤退する。それが守れるのであれば、俺もいこう!」

「だったら俺も行くぜ!」

「私も行くわ、警備システムを弄れる人は多い方がいいでしょ?」

 

 口々に宣言したクラスメイトたち。峰田は最後の最後まで渋っていたものの、最後には「ああ、わかったよ! 行きゃいいんだろ!?」と同行することにした。

 

「……いい仲間たちだな」

 

 ソニックは感慨深そうに呟く。まだ未熟とはいえ、妹がこんなにも頼もしい友人たちに恵まれているのは、兄として嬉しくもあり、少しだけ寂しくもあった。

 

「まだ危なっかしいとこもあるけど……そうだな。

 

 

 でも、オレはまだまだ兄離れは出来そうもないよ」

「……お前、ホントそういうとこだぞ」

 

 

 




やっと本題に突入します。


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作戦開始

途中ちょっと駆け足気味になってますが、そこはあまり原作と差異がないとこなんで気にしないでください。


「ところで、パーティー会場の人質はどうするんだ?」

 

 アンジェラたちが警備システム奪還に向けて決意を固めていると、不意にシルバーが気になったことを口にした。

 

「……あ、そうだよ。せめてパーティー会場の敵はどうにかしなきゃいけないじゃん」

「うーん、でも敵の正体が分からない状態で、あまり大人数でパーティー会場に行くのは……」

 

 そう、パーティー会場の人質をどうするか問題である。アンジェラがパーティー会場にあったモニターをちらりと目にしたとき、タワー以外の場所はコントロールが乗っ取られた警備ロボットに任されているようで、あのロボットは捕獲用の装備はあれど人に危害を加えることはできないとメリッサに確認したので、放置していても問題はないだろう。

 

 だが、パーティー会場の人質は違う。相手は銃で武装した敵。下手な手を打てば、人質が殺されてしまうかもしれない。かといって、アンジェラたちでは色んな意味で少々悪目立ちが過ぎる。

 

 人になるべく気付かれず、敵を一気に叩ける人物でも居れば……

 

 

 

 

 

 

 

「……だったら、ちょうどいい奴がいるじゃねぇか」

「え、何処に?」

 

 アンジェラは無言でスタスタとシルバーに近付く。その迫力にシルバーは若干たじろぐも、アンジェラはシルバー……ではなく、シルバーの影に向かって声を荒らげた。

 

「オラ、テメェ、どうせそこに居るんだろ!? 緊急事態だ、とっとと出て来い!!」

 

 麗日たちはアンジェラが一体何をしているのかよく分からなかったが、ソニックたちはアンジェラが誰に向かって声を荒らげているのかを即座に理解した。

 

「……なんだい? さっきから騒がしいけど」

 

 シルバーの影からぬるりと現れたのは、メフィレスだった。メフィレスには他人の影に潜り込む能力がある。シルバーが遠出をしていて、近くにメフィレスの姿が見えないときは、シルバーの影に潜り込んでいる可能性が非常に高いことを、アンジェラたちは知っていたのだ。

 

 そのことを知らない麗日たちは、いきなりシルバーの影から現れたシャドウに似たナニカを凝視している。

 

「……いいのか、アンジェラ? メフィレスを頼って」

「この状況だ、仕方ねえだろ」

「話が全く見えてこないんだけど」

「お前ちょっとパーティー会場に行って人質に危害を加えず気付かれずに敵とっちめてこい。さもなくば複雑骨折の痛みを体験してもらう」

「「それはただの脅迫だよ!?」」

 

 麗日と耳郎のツッコミが響き渡る。しかし、アンジェラとメフィレス、そしてそれを取り巻く周囲にとってはわりといつものやり取りなので、ソニックたちにはスルーされていた。

 

「おお、怖い怖い。

 

 

 

 で、報酬は?」

 

 メフィレスは口では怖いだなんだと言っておきながら、顔は全然怖がる素振りすら見せていない。メフィレスにものを頼むと必ず見返りを要求されることを知っているアンジェラだが、今はそんなことを気にしていられないし、出し惜しみもしてられない。

 

「ちっ…………ガトーショコラとレアチーズケーキ」

「ショートケーキも追加で」

「……OK、交渉成立だ」

 

 アンジェラは苦虫を噛み潰したような表情で言う。メフィレスが要求しているケーキはアンジェラ手製のものだ。意外と甘味を好むメフィレスは、アンジェラに頼み事をされる際、見返りとしてアンジェラ手製のケーキやスイーツなどを要求することが多い。

 

「ええっ、メフィレスだけずるい! 私イチゴムースケーキがいい!」

「僕シフォンケーキ!」

「俺アップルパイ!」

「そんなに違う種類のケーキを一度に作れるか! せめて種類を絞れ! そしてシルバー、何でお前だけパイを要求するんだ、そこはケーキを要求しとけ!」

 

 メフィレスだけずるいずるいと、テイルスとエミー、そしてシルバーも自身の食べたいケーキ(シルバーだけパイ)をアンジェラに要求する。全員が全員違う種類のものを要求してきたことに、アンジェラが物凄い勢いでツッコミを入れた。ついでにシルバーだけパイを要求してきたことにもツッコミを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中話が脱線したが、パーティー会場の敵はメフィレスが対処することとなった。が、流石にメフィレスを一人にしておくわけにもいかない。

 

 案内兼付き添い兼監視として、シルバーも一緒に着いていくことになった。麗日たちからは大丈夫なのか(特に迷子)という声があがったが、シルバーは真面目なときは真面目にやる男だし、戦闘力もメフィレスとほぼ互角。心配はいらないだろう。心配事があるとすれば、メフィレスが力加減を間違えて敵を殺したりしないかどうかくらいだが、それもシルバーが居れば問題はないだろう。なんだかんだ言いつつメフィレスはシルバーには甘い。

 

 

 

 

 シルバーとメフィレスと別れたアンジェラたちは、非常階段を使って最上階へと向かっていた。このタワーの最上階は200階。普通なら途方もない階数で、登るだけで疲れそうなものだが、アンジェラが翼を授ける(アーキウィング)を麗日たちに付与することでその問題は解決した。

 

「凄い……これ絶対普通に登ってたら疲れてたやつだ。あるがとね、アンジェラちゃん」

「いいか、その翼を授ける(アーキウィング)は飛べて普通よりも速く動けはするが、あまり高くまでは飛べないんだ。そこんとこ気を付けとけよ」

 

 翼を授ける(アーキウィング)は相手に一時的に飛行能力を付与する魔法なのだが、アンジェラ自身に飛行魔法と他者にかける補助魔法に対する適正があまりないせいか、このような微妙な効果にしかならなかった。これでは飛行(?)である。

 

 それでも「階段を疲れずに突破できる」という利点は今この状況において魅力的なのか、麗日たちはしきりにアンジェラを褒めちぎる。

 

「いや、そんなことはないぞ! アンジェラ君のおかげで体力が温存できる!」

「そうそう、それで十分だって」

「ならいいんだがなぁ」

 

 天を駆る翼(ローリスウィング)は使わずに(狭すぎて事故るから)走って麗日たちと並走しているアンジェラはそうぼやきながら、リミッターの通信機を繋ぐ。通信先はシャドウだ。

 

 ソニックとシャドウには先行してもらい、非常階段に何か異常がないかを見てもらっている。連絡はお互いのリミッターに仕込まれた通信機を使えば解決だ。

 

「シャドウ、聞こえるか?」

『ああ、こっちは80階まで到着したが……シャッターが閉まっている』

「マジか。80階ならそろそろ着くころだが……」

 

 アンジェラたちはかなり速いスピードで階段を登っている。まもなく80階の踊り場に到着すると、アンジェラたちの目に重厚なシャッターが入ってきた。

 

「Wow,硬そう」

 

 シャッターを目にしたアンジェラは、麗日たちが80階に到達したことを確認すると翼を授ける(アーキウィング)を解除させる。アンジェラから少し遅れてシャッターを目にした麗日たちは、どうしたものかと頭を抱えた。

 

「壊すか?」

「そんなことしたら、警備システムが反応して敵に気付かれるわ」

「なら、こっちから行けばいいんじゃねーの?」

 

 峰田が手を伸ばしたのは、シャッターの反対側にあるフロアへと続く非常用のドア。メリッサは静止しようとしたが間に合わず、峰田はハンドルを引いてしまった。なんてことを、とメリッサが呟くが、フロアの広さを目にしたアンジェラは、むしろこれで良かったのかもしれない、と言った。

 

「あの場じゃどうせシャッター壊すかあの扉を開けるかの二つに一つだったんだ。戦闘なら広い場所じゃないとかえって危険が増す」

「じゃあ、俺の判断は間違ってなかったんだな」

「あくまでも結果論だ。もう少し迂闊な行動は慎め」

 

 調子に乗りかけた峰田をアンジェラが諫める。

 

「他に上に行く方法は?」

「反対側に同じ構造の非常階段があるわ」

 

 走りながら問う轟にメリッサが答える。が、やはり敵に気付かれていたようで、行く手の通路のシャッターが次々に閉じられていく。即座に轟が氷壁閉まっていくシャッターを止め、飯田が“個性”を用いた蹴りで扉を破壊した。

 

 扉の中へと足を踏み入れると、その中を埋め尽くしていたのは様々な植物だった。メリッサ曰く、ここは植物プラントとのことだ。

 

「待って!」

 

 耳郎が全員に制止をかける。耳郎の視線の先には、空間の中央を貫くように設置されたエレベーター。その出入り口の上に表示された階数を示す数字がどんどん上がってきていた。

 

「敵が追ってきたんじゃ……」

 

 恐れおののく峰田だったが、幸いにもここは植物プラント。隠れられそうな茂みがあり、アンジェラたちはとりあえず茂みに隠れることにした。

 

「あのエレベーター使って、最上階まで行けねーかな」

「無理よ。エレベーターは認証を受けている人しか操作できないし、シェルター並みに頑丈に作られているから破壊もできない」

「使わせろよ文明の利器ィ!」

 

 峰田が悔しさのあまりに震えたその時、エレベーターがこの階に止まり、中からのっぽとちびの二人組が出てきた。その服装はパーティー会場に居た敵のものと酷似しており、彼らが敵の一味であることを示していた。

 

 どんどん近付いてくる男たち。アンジェラは星の弾丸(ストライトベガ)を放つ準備をし、タイミングを待つ。

 

「見つけたぞ、クソガキども!」

「あぁ? 今何つったテメー!」

 

 アンジェラが星の弾丸(ストライトベガ)を放とうとした瞬間、聞き覚えのある声がアンジェラたちの耳に入る。そこには、敵とは知らず男たちにガンを飛ばす爆豪と、それを諫め、道に迷ってしまったと敵たちに説明する切島の姿があった。

 

「……あいつら、まさか道に迷って80階まで来たのか……?」

 

 アンジェラは真顔でつい、といったふうにぼやく。

 

 当然、切島の言い分が敵に信じてもらえるわけもなく。

 

「見え透いた嘘ついてんじゃねえ!」

 

 苛立ったのっぽの男が、巨大化させた右手を振りかぶって衝撃波を発生させた。まさか攻撃されるとは思っても見なかった切島は動けない。

 

星の弾丸(ストライトベガ)守りの意思(ディフェソート)!」

 

 咄嗟にアンジェラは切島の前に行き、星の弾丸(ストライトベガ)を敵に放ちつつ守りの意思(ディフェソート)を展開する。次いで轟が氷結によって敵を拘束しようとするが、再び放たれた衝撃波をかき消すことしかできなかった。

 

「フーディルハイン、それに轟も!?」

「テメェら、何でここに……」

「放送聞いてねぇのかお前ら。タワーが敵に占拠されたんだよ!」

 

 アンジェラが爆豪と切島に向かって本当に簡潔に事情を説明すると同時に、轟が氷結を使って麗日たちをプラント上部の外周通路へと運んだ。

 

「フーディルハインも先に行ってくれ! ここは俺たちで時間を稼ぐ!」

「……確かに、あいつらならお前らでも相手できるか」

 

 先程受けた衝撃波の威力を見た感じ、あののっぽたちは轟たちでも十分に相手ができる。あいつらは偵察係であるだろうし、いきなり主力を引っ張り出すなんてこと、Iアイランドの警備システムを掌握するような狡猾な敵が行うはずもないだろう。

 

 が、不測の事態というのはあり得るので、アンジェラはソルフェジオを杖に変形させて構えると、3人に祈りの鐘(アーディベル)をかけた。

 

 祈りの鐘(アーディベル)は相手に身体能力の強化を施す魔法だ。祈りに導かれて(アンソーディア)の下位魔法だが、発動までにかかる時間はこちらのほうが断然短い。

 

「それで多少の無茶は大丈夫だ」

「ありがとな、フーディルハイン」

「っち、お前の救けなんざいらねーんだよ!」

「爆豪、そんなこと言うなって!」

 

 ある意味予想通りの爆豪の反応にアンジェラはくすり、と笑う。

 

「じゃ、先に行ってる!」

 

 そして、天を駆る翼(ローリスウィング)を使ってソニックたちと合流した。

 

「アンジェラ、置いてきてよかったのか?」

「轟と爆豪が居る。それに一応強化も付与してきた。何かあれば轟が持ってるアレが反応するだろうし大丈夫だよ」

「アンジェラ、あの二人を結構評価してるみたいね」

 

 轟の持つアレとは、保須事件の直後アンジェラが轟と飯田に渡した魔力の結晶である。常に肌身放さず持っておけとのアンジェラの言葉通り、轟と飯田はそれを今も手元に置いている。そのことは、結晶の大元であるアンジェラには手に取るように分かった。

 

 結晶の持ち主が危険に晒されれば、ソルフェジオ経由でアンジェラに連絡が行く。轟たちが危機にさらされるようであれば、結晶を媒介にアンジェラがワープして助太刀に入るつもりだ。

 

 エミーの言葉に、アンジェラは笑って言った。

 

「一回タイマン張ってるからな。まだ荒削りだけど……あいつらは強くなるよ、絶対」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、峰田の活躍によって日照システムのメンテナンスルームを通って、アンジェラたちは現在130階まで上がってきていた。100階を超えてからシャッターが開きっぱなしで、アンジェラたちは誘い込まれていると確信する。が、今は先に進むしかない。

 

 その予想は正しかったようで、最上階への通り道である実験場に、大量の警備マシンがウヨウヨと待ち構えていた。

 

 が、麗日たちはそれに反応することが出来ずにいた。

 

「…………何、アレ…………」

 

 麗日たちの目には、警備マシンに混じって数体、謎の物体が佇んでいるように見えた。

 

 その物体は警備マシンの2倍くらいの大きさの人間のような姿かたちをしているが、全身が黒く、腕は身体と同じくらいの長さであり、手の先に大きな黒い爪を2つ、両方の手を合わせると4つ持っている。身体を黒い布のようなもので覆っているが、その布は物体から生えているらしく、首元で物体と一体化している。

 

 が、アレを人間と呼ぶのはこの超人社会でも難しいであろう。

 

 何故なら、あの物体には頭がないのだから。

 

 本来頭部があるべきであろう場所には大きな切断面が見えるだけであり、頭部らしきパーツはどこにも見当たらない。

 

 あまりに悍ましいその物体に、メリッサが恐怖のあまり声を漏らす。

 

「どうしたんだ?」

 

 少し遅れてアンジェラが扉越しにその物体の姿を視認する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………ぁ」

 

 その存在を認識した瞬間、アンジェラの思考回路が「ある欲求」で満たされた。




本性出てきましたね。


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Never be end

■■■■は■■を■■し

その■■は■を■■し

■の■は■を■■し

やがて■■となるだろう

■■を■■■す、■■の■■■へ







あなたはきっと、■■であり■■ではない

だけどきっと、■■だ



 ──止める暇もなかったと、そんなことも出来なかったと、後に麗日たちは語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警備マシンに紛れたあの謎の物体をアンジェラが視認したその瞬間、アンジェラは物凄い勢いで、邪魔な警備マシンを蹴散らしながらその物体のひとつに掴みかかった。その衝撃でアンジェラの肩に乗っていたケテルが落っこち、地面に叩きつけられる寸でのところでテイルスにキャッチされる。

 

ウ"……ゥァ……

 

 物体に掴みかかったアンジェラは、物体の左の二の腕を掴むと、力づくで物体の大きな腕をもぎ取った。物体の左腕から黒い血のようなものがまるで噴水のように湧き出てくる。だくだく、だくだくと流れ、アンジェラの左頬を黒で汚し、床に黒く汚い水たまりを作り、噎せ返るような金属の匂いを周囲に漂わせた。

 

 物体は低い唸り声を上げながら右腕を振り上げてアンジェラを払いのけようとするが、

 

隔絶された流星群(オクサーハイデネヴ)

 

 普段よりも低い声の詠唱と共に放たれた隔絶された流星群(オクサーハイデネヴ)に阻まれる。アンジェラは物体の右腕を掴み、左腕と同じように引き千切った。

 

 隔絶された流星群(オクサーハイデネヴ)は物理ダメージの射撃魔法であり、アンジェラが使える射撃魔法の中では上位に位置するものだ。星の弾丸(ストライトベガ)拒絶する星の瞬き(ディレイアルタイル)よりも弾数が多く、威力も高い。物体の右腕を狙わなかった弾丸は、いとも容易く警備ロボの群れを破壊してみせた。

 

 物体に顔があれば、おそらくは痛みで悶えるような表情が見えただろう。しかし、感情を表に出すための部品を持たない物体は、まな板の上の魚のようにビチビチと跳ねることでしか痛みを表現することが叶わない。

 

 残された警備マシンがアンジェラに襲いかかるも、アンジェラは引き千切った物体の腕をまるで棍棒のように振り回し、投げ飛ばし、邪魔をする警備マシンを吹き飛ばした。

 

「……」

 

 邪魔するものが居なくなったアンジェラは、物体の胸に両手を沈めて肉を引き裂くと、おもむろに口を開く。普段は普通の、口に“個性”の影響がない人間と同じ構造をしているはずのアンジェラの口の中には、確かにギラリと光る鋭利な犬歯があった。

 

 そして、アンジェラは物体の引き裂かれた胸の肉に顔を近づけると、

 

……………グァ

 

 なんの躊躇いもなく、そのグロテスクな肉に噛み付いた。

 

 ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃぐちゃ、

 

 アンジェラが口を動かすたびに鳴り響く、肉が咀嚼される音。己の顔や衣服が物体の黒い血のようなもので汚れることも厭わず、アンジェラは物体を喰らい続ける。

 

 そんな隙だらけに見えるアンジェラに警備マシンや他の物体が攻撃を仕掛けようとするも、「食事」の邪魔をされて、彼女が黙っているはずもない。

 

「………………」

 

 物体の胸を喰い進めているうちにたどり着いた、小さな金平糖のようなパーツ。アンジェラがそのパーツを口に含んで噛み砕くと、両腕をもぎ取られた物体の姿が黒い霧のようにかき消える。アンジェラに投げ飛ばされていた両腕も同じように、黒い霧のようにかき消えた。

 

 警備マシンや他の物体がアンジェラに飛びかかる。

 

 

 

 

 しかし、はて、彼らは何を勘違いしているのだろうか。

 

 

 

 

 まだ、彼女の「狩り」は、「食事」は、終わっていないというのに。

 

「…………………………」

 

 物体のひとつを咀嚼しきったアンジェラが立ち上がり、鋭い眼光で警備マシンたちと他の物体を穿く。

 

 いや、穿くなどという生易しいものでは決してない。

 

 アンジェラの瞳は普段のトパーズの色ではなく、ソルフェジオが一時的にアンジェラの肉体を使っているときのようなサファイアの色でもなく、

 

 血に飢えた、グロテスクなアカイロをしていた。

 

……ハハっ

 

 もう数体の「獲物」を目にした少女は、笑う。歪に作られた笑みは、恍惚としていて、恐ろしいはずなのに、どことなく目を離せないような美しさもある。普段のアンジェラからはかけ離れた狂気的な笑みで、そこに理性など、一欠片もない。

 

 先程から、この黒い「獲物」を目にしたその瞬間から、腹が減って減って減って減って仕方がない。1体喰ったくらいでは、彼女の底知れぬ食欲が、収まることはない。

 

 それは、野性的で、しかし生きとし生けるものならば全てが持ちうる感情……否、「本能」。

 

アッハハハハハハハ!!!

 

 今宵は久方ぶりの「ごちそう」。その全てを喰らい尽くすまで、彼女は決して止まらない。止まれない。

 邪魔をする全てを破壊して、奴らの全てを喰らい尽くせと、本能が自我に、訴えかけてくる。揺さぶられる。飲み込まれる。

 

 アンジェラは狂ったように笑い、声を高鳴らせる。いや、狂ったように、ではなく、既に狂っているのかもしれない。

 

 はたまた…………彼女は、最初から狂っていたのか。

 

 そんなこと、この化け物と少女が織り成す奇妙な肉の宴の舞台では、関係のないことだけれど。

 

 アンジェラは自我を揺さぶる本能のまま、飛びかかってきた邪魔な警備マシンたちを身体強化魔法を纏わせた脚で蹴り抜き、物体のうち数体に音速の拳を打ち付け床に叩きつけ、物体のうち一体に掴みかかると、ぐちゃり、という音とともに再び物体の胸の肉を切り開き、そこに歯を突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

「ひっ……!」

 

 あまりにも凄惨な光景、噎せ返るような甘い香り、そして、友人の普段とはまるで別人のような悍ましい行動……そのどれを発端としたものかは、もはや定かではないが、本能に訴えかけるような恐怖に悲鳴を洩らしたのは、誰だったのか。

 

 少なくとも、ソニックたちではなく、クラスメイトたちかメリッサのどちらか、はたまた、その両方だったのは、間違いなかった。

 

「……あの、アンジェラちゃんを……止めないと……!」

 

 勇気を振り絞って声を出したのは麗日だった。しかし、ソニックは、震えてはいるが今にも飛び出しそうな麗日を、その肩を掴んで制止する。

 

「今のアンジェラを、止めちゃ駄目だ」

「どうしてっ!? だって、あんな……!」

 

 麗日はソニックにありえない、といったような視線を向ける。麗日には耐えられなかった。大切な友人が、あんな猟奇的な目をして、残忍な行動をすることが。それは飯田たちも同じこと。友人が間違った方向へと進んだときに引き戻すのも、ヒーローの役目と言わんばかりに、なんとか勇気を振り絞って飛び出そうとする。

 

 

 

 

 

 

「行くな!」

 

 そんな彼らを、ソニックは普段の飄々とした態度からは考えられないほどの声量で、引き止めた。

 

「……今のアンジェラは、何をされても、止まることができないんだ」

 

 ソニックの叫びを引き継ぎ、シャドウが口を開く。

 

「アンジェラが大学で世話になった教授の話を、聞いたことがあるか?」

「……うん。期末前の、お昼休みのときに。精神科医なのに語学部に籍を置く……変わり者、だって」

 

 麗日は恐怖に震えながらなんとか答える。同じ時にその話を聞いた飯田も頷きを返した。

 

「そうか……アンジェラも、あの人の過去そのものは知っている。まぁ、話せなかったんだろうな。今は、話す必要があるから話すが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの人は元々精神科医として大きな病院で働いていたんだ……“個性”を使ってな。

 

 あの人の“個性”は「相手の自我を読み取る」ものだった。あくまでも深層心理に抱える……いわゆる「心の闇」など、そういう類のものを読み取ることができるだけで、好きな情報を引き出せるようなものではなく読み取れる情報も少ないため、諜報に使えるようなものではなかったが……精神科医にはうってつけの“個性”だった。

 

 だけど、周囲はおろかあの人自身ですら知らなかったことがある。あの人の“個性”は……「使えば使うほど使い手の自我を蝕んでいく」ものだった。

 

 精神科医として“個性”を使い続けた結果、あの人の自我そのものが崩れかけた。そのことを真っ先に察知したあの人は、周囲のあの人を慕う人たちの勧めもあって精神科医の職から一度離れることにした。

 

 ……そして、大学時代の伝と元来の常軌を逸した言語好きを使って、アンジェラが通っていた大学の語学部の教授になった」

 

 麗日たちは絶句する。特にあの日、アンジェラから教授の存在を聞かされていた麗日と飯田のショックは大きい。

 

 アンジェラが何気なく話したその裏に、まさかこんな話が隠れているだなんて、夢にも思わなかったのだ。

 

「……アンジェラさんがお世話になった教授さんの過去の経緯はよく分かりましたが……どうして今、その話を?」

 

 八百万の疑問は麗日たちも持ったものだった。アンジェラが世話になった教授の過去と、現在のアンジェラの暴走。普通に考えれば共通点はない。

 

「…………その、教授の“個性”ね、教授が教授になったあと、一回だけ使われたことがあったんだ」

 

 シャドウの言葉を引き継ぎ、ケテルを腕に抱えたテイルスが話を紡ぐ。

 

「そのきっかけは、あの化け物……今も、アンジェラが喰べている、あいつら。

 

 ……GUNが、「ワルプルギス」とコードネームをつけた、あいつらだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、ブラック彗星事件から数週間後のこと。

 

 ステーションスクエアの郊外に突如として現れた、黒い歪な頭のないヒトガタの集団。

 

 アンジェラがソニックとテイルスを招いて、教授に着いてある史跡を訪れていたとき、偶然にもそれと遭遇してしまった。

 

『あっ……ああ……!』

 

 それを視認した瞬間、自我が大きく揺さぶられる。どこからともなく湧き上がる、渇きにも似た抗いがたい本能が、「奴らを喰らい尽くせ」と、アンジェラに訴えかけてくる。

 

 理性がガリガリと削られる。自分の意思がナニカに塗りつぶされるような感覚に、アンジェラは恐怖さえ覚えてその場に蹲った。

 

『アンジェラ!?』

『どうしたの!?』

 

 突如その場で蹲ったただならぬ様子のアンジェラに、ソニックたちが心配と共に駆け寄る。アンジェラの歯がガタガタと音を立て、汗か涙か分からない液体が絶えず頬を滴り続けている。どこからどう見ても大丈夫なんかではない。

 

ウ"ゥ……

 

 刹那、アンジェラの口から唸り声が響く。ソニックが本当にどうしたのか、と手を伸ばそうとしたが、バシン、という乾いた音と共に伸ばされた手は弾き落とされた。

 

ッ……! ア、ウァ……ッ

 

 唸り声が大きくなる。アンジェラの瞳の色が濁り、グロテスクなアカイロに染まる。その瞳が湛える鈍い光に込められていたのは、狂気、恐怖……そして、絶望。

 

 兄たるソニックは理解してしまった。この行動も、ソニックに対する拒絶も、アンジェラ自身の意思では、感情ではないと。アンジェラが操られているか、それか……アンジェラ自身も思いもよらぬ所から湧き出た衝動によるものだと。

 

 下手をすれば、邪魔をするならば、兄たるソニックですら殺そうと動きかねないほどの強い衝動に、アンジェラは必死に抗っているのだと。

 

『アンジェラっ……オレなら大丈夫だ……』

 

 だから、ソニックは自分なら大丈夫だと、アンジェラに言い聞かせることしか出来なかった。

 

アァ……グゥ……

『……危なくなったら、止めに入る』

……ッ、ア……

 

 アンジェラの理性が、本当にギリギリのところで保っていたのはその瞬間までだった。

 

 

 

 

 

 

ッ、グアァァァァァッッッ!!

 

 地を穿く咆哮。同時にアンジェラはヒトガタの集団に飛び掛かり、腕をもぎ取り、黒い血のような液体を周囲にぶちまけ、肉を貪り喰らった。ヒトガタが黒い霧となって掻き消えれば次へ、それが消えればまた次へ、少女の食欲は留まるところを知らない。

 

 それはまさしく獣の狩り。化け物と少女が舞い踊る肉の宴。人に似た姿をした滑稽な怪物が、絶対的な強者である人の姿をした、本能に自我を蝕まれた哀れな少女の血肉となり果てるための儀式。

 

 但し、それは神聖と言うにはあまりにも悍ましく、黒い液体に汚された少女は、「天使」は天使でも、「堕天使」のよう。人に似たナニカを蹂躙し続け、殺戮を繰り返す少女の瞳に、もはや正気など、どこにもありはしない。

 

 だが、その姿には、どこか儚く、そして、危険な魅惑的な何かがあって、ソニックたちは目を逸らすことが出来なかった。

 

フフ、アハハハッ

 

 正気を失った少女が笑う。今まで抑圧されていた……否、忘れ去られていた本能を想い出し、呑み込まれ、彼女は恍惚とした、狂気的な笑みを浮かべる。

 

 彼女の頭には、化け物どもを喰い尽くすことしかない。それが、自然の摂理、絶対的な捕食者として、当たり前のこと。化け物どもを喰らったアンジェラの舌は、確かにこの化け物どもの血肉を「美味い」と認識した。

 

アッハハハ、アハハハハハハハハッ!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………ァ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、彼女の「理性」は、この状況を良しとしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の一体の胸の肉を喰い散らかし、金平糖のような塊を噛み砕き、ヒトガタが霧と化したその瞬間、アンジェラは自我を飲み込もうとしていた本能から解放された。

 

 

 

 

 

 

 



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Rebellion

それは、叛逆だったのだろう。

本能と大切なものを天秤にかけて、後者を取った。

ただ、それだけで、




決して、彼女の心が強い証明にはならない。


 謎のヒトガタを相手に大立ち回りの虐殺を繰り広げていたアンジェラの頭脳は、明らかに正気ではなかった彼女の行動全て(・・)を、正しく記憶していた。

 

 アンジェラの瞳に理性が戻る。グロテスクなアカイロの瞳ではなく、トパーズの輝きが瞳に宿る。

 

『……………………』

 

 しかし、その輝きは普段のような強い光ではなく、暗く、鈍い光だった。

 

 ドサリ、とアンジェラがその場に膝を付く。ポタポタ、ポタポタと、黒く染まった彼女の髪からヒトガタの返り血が滴り落ちる。

 

『…………………………………………』

 

 アンジェラは膝をついたまま微動だにしない。明らかに様子が変わったアンジェラに、神妙な面持ちのソニックたちが駆け寄った。

 

『……アンジェラ?』

 

 ソニックは微塵も動こうとせず、一言も言葉を発しようともしないアンジェラの顔を心配そうに覗き込む。

 

『……………………ぅ』

『……?』

 

 ふいにアンジェラが口を開く。小さく、弱々しい声で何かを呟く。ソニックたちは、何を伝えたいのだろう、とよくよく耳を澄ます。

 

 その直後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違う、違う違う違う違う違う違う違う、こんなの、オレじゃないっ…………いや、嫌だ、こんなの、嫌っ…………まるで自分の意思がないみたいで、自分が自分じゃなくなるみたいで…………………………

 

 アンジェラの身体がガタガタと震える。アンジェラは反射的に両腕で自分の身体を抱く。普段でさえ病的なまでに白い彼女の肌が、更に青くなる。

 

 自分が自分ではなくなるようなあの悍ましい感覚、今まで知り得ることさえなかった本能に突然呑み込まれる感覚が、アンジェラに底知れぬ恐怖を与えていた。理解が及ばぬものに生物は本能的な恐怖を感じる。それは、普段豪胆なアンジェラも例外ではない。

 

『気持ち悪い……気持ち悪いっ、こんなの!』

 

 湧き上がるどす黒い感情のままに、アンジェラは叫ぶ。身体を抱く手に力を込めて、そのまま自身の骨を砕き折ろうとする。

 

 自分の意思で身体を動かすことすら出来ない。あの化け物どもを蹂躙し、喰らい尽くしていたとき、アンジェラは確かに「美味い」と、「楽しい」と感じていた。理性が本能に呑み込まれていなければ決して感じていないと断言できる感情を、それを確かに感じていたという、急に降って湧いてきた事実を、彼女の心は即座には認められなかった。

 

 ミシミシと、アンジェラの腕から嫌な音が響く。このままでは、本当に彼女の腕が砕け折れてしまうだろう。

 

 

 

 

『っ、アンジェラ!!』

 

 そんな妹の両肩を、ソニックが掴む。これ以上、大事な妹が自ら身体を壊そうとするのを止めるために。

 

『そに』

『もう、あいつらはいなくなった。お前がやっつけたじゃないか。何も怖がることなんてないだろ?』

『で、も……あんなの』

 

 アンジェラは身体を壊そうとすることは止めたものの、今だにガタガタと震えている。今にも泣き出しそうなその瞳は、ソニックを見ているようで、何も写してはいない。

 

 

 

 

『アンジェラ、オレは何があっても、アンジェラの存在を拒絶するようなことだけは絶対にしない。

 

 それに、さっきだってオレたちを守るために、必死でその衝動に抗ってたんだろ? お前は凄いよ』

 

 ソニックの優しい言葉は、アンジェラには福音のように聞こえたのだろう。アンジェラはいつの間にか、ボロボロと静かに泣き出してしまっていた。

 

『……ぁ』

『大丈夫、あの衝動に飲み込まれそうになっても、お前はお前を見失っていないんだ。それは、お前が少しでもあの衝動に打ち勝った、何よりの証だろ?』

『アンジェラ……僕さ、さっきのアンジェラ、確かにちょっと怖かったけど……凄く、勇敢だったと思うんだ! 自分でも良く分からない衝動に衝き動かされるのは、僕らが思う以上に怖いことだろうから』

『我が主は、我が主です。それは、永遠に変わることはありません』

 

 ソニックとテイルスの優しい言葉が、ソルフェジオの断言が、アンジェラの傷付いた心を癒やす。アンジェラはもう、涙を堪えることすら出来なかった。

 

『うぁぁぁぁぁっ!!』

『……好きなだけ泣いていいからな、それで、お前の気分が少しでも晴れるのなら』

 

 アンジェラはソニックに縋り付き、声を上げて泣き叫ぶ。そのトパーズの瞳からは絶えず涙がこぼれ落ちる。

 

 ソニックは、アンジェラが泣き疲れて電池が切れたかのように眠りに落ちるその瞬間まで、絶えずアンジェラの頭を撫で続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ソニックくん! 何かあったのか? さっき凄い破壊音が…………どういう状況だ、これ?』

 

 アンジェラが泣き疲れて眠ってからしばらくして、白衣を纏った白髪の女性が慌てた様子でソニックたちの元へと駆け寄ってきた。

 

 その女性は、ソニックに縋り付いたまま眠っている、何やら黒に汚れたアンジェラを見て首を傾げた。

 

『ソニックくん、テイルスくん、一体、アンジェラに何があったんだい?』

 

 状況をいまいち飲み込めていない女性は、ソニックたちにそう尋ねる。その表情には、アンジェラに対する心配が滲み出ていた。

 

『……ホクマー教授、実は……』

 

 ソニックはアンジェラを起こさないように声を抑えつつ、その女性――アンジェラによく目をかけている、精神科医であり語学史教授の、ホクマー教授に事情を説明した。

 

 突然、未知のヒトガタが現れたこと。

 

 アンジェラがそれを視認した瞬間、何らかの衝動に衝き動かされたようにそのヒトガタを喰らい尽くしたこと。

 

 それはアンジェラ自身の意思ではないようで、ヒトガタを全て倒したアンジェラが酷く動揺、恐怖していたこと。

 

 そして、アンジェラは今泣き疲れて眠っていること。

 

『………………私は、その現場を見ていないからハッキリとは言えないんだけど……アンジェラは、多分自分が自分じゃなくなるような感覚に酷く怯えていたんじゃないかな?』

 

 話を聞いたホクマー教授は、ソニックに倣いアンジェラを起こさないような声量で言う。

 

『……流石ですね教授、その通りですよ。今は僕らでなだめてなんとか落ち着いていますけど……』

『アンジェラの“個性”はこんな衝動が起こるようなものじゃないはず……じゃあ、一体どこから……』

 

 ソニックとテイルスが考え込む。アンジェラが言うには、魔法は変なことをやらかさなければ正気を失うようなことはないものだそうだ。そのうえ、アンジェラはあのヒトガタの群れを見る前に魔法を使ったりしていない。

 

 ますます何が原因でこんなことになってしまったのかが分からなくなってきた頃、ホクマー教授がふと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

『だったら、私の“個性”を使おうか?』

 

 その言葉に、ソニックとテイルスは心底驚く。

 

 ソニックたちはホクマー教授の“個性”について知っている。以前、アンジェラから話してもらったことがあった。ホクマー教授の“個性”であれば、確かに何がアンジェラを衝き動かしたのかを知れる可能性は高いだろう。

 

 しかし、ソニックたちはホクマー教授の“個性”の副作用についても知っている。その力は、使えば使うほど使い手であるホクマー教授の自我を蝕み、最終的には自我を壊してしまうような代物だ。その副作用によって、ホクマー教授は精神科医の職から離れざるを得ない状況にまで追い込まれている。

 

 そんなホクマー教授が、まさか自分から“個性”を使おうとするなんて、と、ソニックとテイルスはあっけにとられた。

 

『いいん、ですか? だって、次使ったら、教授がどうなってしまうか、教授自身でも分からないって…………』

『いいんだよ、それは精神科医から離れたばかりの頃の話。あれからもう何年も経ってるんだ。

 

 ……それに、私にとってアンジェラは優秀で大事な教え子だからね』

 

 ホクマー教授はアンジェラに慈しむような目を向けると、アンジェラの頭にそっと触れる。彼女の“個性”は、相手の頭部に“個性”を使おうとする意思を持って触れることで発動するものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、アンジェラの自我を読みとっていたホクマー教授は目を見開く。

 

『なん……だ、コレ………………』

 

 あまりにもショックなことを知ってしまったのか、彼女は口を手で抑える。額から、嫌な汗が止まらない。

 

『……教授? 何が見えたんですか?』

 

 ホクマー教授のただならぬ様子に、ソニックがいつもよりも数段低い声で問いかける。教授は、とても恐ろしいものを見てしまったかのような、いや、それよりも酷く、暗い瞳をしていた。

 

『……………………いい、落ち着いて聞いて。

 

 

 

 アンジェラの、アンジェラの自我には……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何者かに弄くり回された跡がある』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……教授がそう言ったときは、流石にショックだったな。

 

 そして……それが、アンジェラが持つワルプルギスに対する強烈な捕食本能の原因であると、教授は言った。というか、それしか考えられないんだ。あのあとも数回、ワルプルギスと遭遇したことがあったが……周囲に人が居ようと居まいと、アンジェラはワルプルギスを喰らうことを最優先に動こうとした。今でこそ、多少話が通じて融通が利くようにもなったが……その行動は、ワルプルギスを喰らうということに集約される」

「教授が言ってたらしいの……アンジェラのワルプルギスに対する行動は、本人にもどうしようもできない、弄くり回された自我から来るものだから……無理にアンジェラを止めようとしたら、アンジェラが壊れてしまうって。実際に、ワルプルギスと相対しているときのアンジェラは……とても、脆く見えてしまう。

 

 だから、今のアンジェラを止めちゃいけないの」

 

 アンジェラがワルプルギスの肉を喰らう音をBGMに語られた、アンジェラの秘密。その、あまりにも悲惨な内容に、麗日たちは絶句する。

 

「あの生物は、以降アンジェラ以外の人間にも大きな被害を及ぼした。人里に現れて猛威を振るい……死傷者が多数出る事態に陥ったこともある。どこからともなく現れて、人々に危害を加える危険生物……どこかの誰かがばら撒いているのか、はたまた本当に自然発生したものなのかすら分からない以上、下手に公表するわけにもいかなかった。

 

 それを受けてGUNは、あの生物に「ワルプルギス」というコードネームを与え、秘密裏に排除対象にした」

 

 淡々とした口調で語るシャドウ。しかし、その表情には妹に対する心配の念が浮き出ている。

 

「………………アンジェラちゃんは、大丈夫なんですか?」

 

 麗日は、やっとの思いで口を開く。アンジェラのあの行動の理由は、分かりたくないけれども分かった。しかし、アンジェラはその事実を、「自らの自我が何者かに弄くり回されていた」という事実を、どう受け止めたのか。

 

 豪胆なようでどこか繊細なあの友人は、どうして今まで普通に麗日たちと接することが出来たのか。下手をしたら、もう既に心が壊れてしまっていてもおかしくはないというのに。

 

「……あのあと、な、折を見て、アンジェラに事実を、教授の言葉も全部伝えたんだよ。最初は流石に動揺してたんだが……ちょっとすると、何事もなかったかのようにケロっとしてたんだ。教授から見ても、から元気じゃないってさ。不思議に思って、アンジェラに聞いてみたんだよ。

 

 そしたら……あいつ、何て言ったと思う?」

 

 麗日たちは首を傾げる。ソニックは当時のことを思い出しているのか、呆れたような笑みを浮かべて言った。

 

 

 

 

「『ショックはショックだけど…………

 

 あるもんはあるんだから、仕方ないか』、だとよ」

「…………はっ?」

 

 麗日は、思わず間の抜けた声を出す。てっきり、その植え付けられた本能を受け入れることを拒否し続けでもしていたのだとばかり思っていたのだが、まさか、「受け入れた」など、にわかには信じ難い。

 

「要は、究極の開き直りだよ。どれだけ否定しようとも、拒絶しようとも、あれは一生アンジェラについて回るもんだ。ワルプルギスと出逢ってしまえば、どうしても表に出てきてしまうものだ。

 

 だから、落ち着いてよくよく考えてみたらしいあいつは、あの衝動と上手く付き合うことにしたんだ。自分自身から湧き上がってくるものを拒絶し続けることは難しいし、アンジェラの心も無駄に擦り減り続けるだけ。

 

 そんな歪みも全部引っ括めて、「アンジェラ・フーディルハイン」だから、「自分」が歪むことはないから、だとよ」

 

 アンジェラは最後のワルプルギスの金平糖のようなパーツ……恐らくは、ワルプルギスの核の部分を喰らい尽くすと、汚れを除去する魔法で服や顔などにこびり着いたワルプルギスの返り血を消し去る。その瞳は、普段のトパーズの瞳に戻っていた。

 

 周囲は酷い有様だ。警備マシンは全て破壊され、ワルプルギスの肉体は残っていないものの、ワルプルギスの体内から湧き出た黒い液体が床に黒いカーペットをつくっている。

 

 ぴちゃり、と音を鳴らしながらアンジェラはその黒いカーペットの上を歩く。頭がズキズキ、と痛んでこめかみに手を当てる。もう何度目かのこととはいえ、この感覚に慣れることはない。

 

「……こいつらに、話したのか?」

「全部……な」

「そうか……」

 

 ソニックとアンジェラの間の僅かな会話。しかし、その内容はその場の全員が手に取るように理解することができた。

 

 アンジェラは顔を僅かに顰める。自分自身で本能を受け入れることと、他者に受け入れてもらうことは全く違う。自分自身では受け入れた……というか、開き直ったとはいえ、この歪みを、ヒーローに憧れを抱く友人たちが受け入れてくれるという保証は、どこにもない。

 

 アンジェラは俯いて、重々しく口を開く。

 

「…………今見てもらった通りだ……オレは、あの化け物……ワルプルギスを前にすると、無性に腹が減って仕方がなくなる……他のことが、目に入らなくなる。

 

 

 

 

 …………こんな、どうしようもないオレでもさ、まだ、友達でいてくれるか?」

 

 それは、懇願に近いものだった。人間からしたら、どうしたって歪なこの本能。怖がられるだけならいいのだが、アンジェラは、アンジェラという存在そのものを友人たちに拒絶されることを恐れていた。

 

 

 

 

 

「見くびらないで」

 

 麗日はそう低く声を上げ、アンジェラの手を取って、肉球に触れないように優しく包み込んだ。

 

「私は、私たちはアンジェラちゃんの友達。アンジェラちゃんがどんなに残酷な本能を抱えていようと、それを理由に拒絶するなんてことは絶対にしない」

「ああ! アンジェラ君は俺たちの大切な友人だ! むしろ、知られて怖かったろう、フォローすることはあれ、拒絶なんて考えもしないさ!」

 

 雄英で、アンジェラと特に仲がいい麗日と飯田が口々に言う。それに続くかのように、八百万たちも口を開いた。

 

「アンジェラさん、そんなことを抱えていらしたのですね……私たちでお役に立てることがあれば、微々たる力ではありますが、ご協力いたしますわ!」

「フーディルハインみたいな良い奴は早々居ない。それに、開き直ったとか言ってたけどさ、お兄さんたちを傷付けないように抗ってたんでしょ? それって、十分凄い事だと思う」

「……俺、ちょっと自分がもしそうだったらって考えてみたけど……早々に本能に負けてる気しかしねぇよ……フーディルハインは、十分本能に打ち勝ってる」

「ワルプルギス……だっけ? それに対してちょっと攻撃的になりやすいだけだろ? オイラたちはお前を邪魔しなきゃいいんだ、それ以外は、何も変わりやしない」

 

 クラスメイトたちの口からアンジェラに対する拒絶の意志は全くと言っていいほど出てこない。それどころか、アンジェラの力になりたいと、言ってくれていた。

 

「やっぱり、アンジェラは凄い人なんだね。抗いがたい本能に僅かでもちゃんと抗ってみせるなんて、誰にだって出来ることじゃないわ」

 

 クラスメイトたちの、メリッサの、大切な友人たちの優しい言葉に、アンジェラは目頭が熱くなるのを感じたが、それどころではないとぐっと堪えてみせた。

 

「……ありがとう。オレは、本当に恵まれてるな」

 

 アンジェラは、どこまでも美しく、朗らかに笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ソニックシリーズって結構いきなり謎の古代文明とか出てくるからこれくらい許されると思った(と供述しており)




えー、前回いきなりのオリジナル要素に驚かれた方も多いかと思います。でもタグにちゃんとオリジナル要素、オリジナル展開ってつけてたしおれは悪くね(殴

まぁこの時点だと何が何やら、って感じでしょうが、それはアンジェラ達も同様です。ただ、今後の物語に大きな影響を与えることだけは確かです。





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ソラリスの灯火

ソラリス………何のことだか、ソニックファンの皆様なら分かるかと。


 アンジェラたちは138階のサーバールームに辿り着き、そこで部屋中に溢れんばかりの数の警備マシンの妨害に遭っていた。ワルプルギスの姿は、そこにはない。先のワルプルギスは偶発的に出現したものだったのだろうか。

 

(…………それにしては、変な空気だ)

 

 先程、ワルプルギスと交戦……というか、アンジェラがワルプルギスを喰い荒らしてから感じる、奇妙な感覚。それは、アンジェラが魔法使いであるから感じるものなのか、それとも、別の何かか。それは、まだ分からない。

 

(今は、まだ気にするべきじゃない)

 

 アンジェラは今すべきことを頭の中で反芻し、そう己の中で結論付けた。今は、警備マシンの群れをどう切り抜けるかが最優先だ。

 

「こいつらも壊すか?」

「待って! ここのサーバーに被害が出たら、警備システムもどうなるか分からない!」

 

 アンジェラはメリッサの声を聞き、少しマズイかもな、と思っていた。こんな場所では砲撃魔法なぞ使えないし、射撃魔法も少しでも軌道をずらされたら恐らくはサーバーに被害を及ぼす。得意の格闘戦も、少しでもスピードを出し過ぎたら勢い余ってサーバーをぶっ壊す可能性が高い。

 

《お姉ちゃんたち、勢い余ってさーばー壊しそうだよね》

 

 一番最後の懸念は、ケテルの言及した通りソニックとシャドウにも言えることだった。3人のスピードが速すぎるからこその弱点とも言えよう。加えて、天井近くのタラップからも続々と警備マシンが降りてきているこの状況。峰田の「どんだけいんだよぉぉぉ〜!!」という絶望に満ちた叫びが響いた。

 

「ソニックたちは先へ進んで!」

 

 通路を埋め尽くす警備マシンを前に、エミーがどこからともなく大きなピコピコハンマーを出現させて力強く言う。それに続くかのように、飯田と八百万も口を開いた。

 

「ここは俺たちが引き受けます! アンジェラ君たちは一刻も早くメリッサさんとテイルス君を最上階へ!」

「アンジェラさんたちのスピードであれば、警備マシンを振り切ることなど造作もないでしょう!」

 

 八百万はしゃがみこんで、背中から武器を創り出す。八百万と飯田以外のクラスメイトたちもここに残る気満々だ。

 

「さっきのおっかない化け物と比べたら、警備マシンくらいお茶の子さいさいだぜ!」

「そうだな、本丸は一番強い人たちに任せる方がいいよな!」

「ウチらもヒーロー目指してるんです、警備マシンに遅れを取ったりはしません」

 

 クラスメイトたちもただの学生ではない。ヒーローになるべく日々切磋琢磨する、未来のヒーロー候補生である。

 

 その覚悟を受け取ったアンジェラは、ソニックとシャドウに向き直った。

 

「ソニック、シャドウ、ここはあいつらに任せよう」

「わかった。エミー、任せたぞ!」

「ええ、任せて!」

「……まあ、アンジェラが言うなら」

「シャドウ、もう少し信頼してあげてもいいんじゃないかな?」

 

 あくまでも「アンジェラが任せた」からこの場を彼らに託す、というスタンスを崩そうとしないシャドウに、テイルスが少し呆れながら言う。

 

「そうだ、お茶子さんも一緒に来て!」

「え、でも!」

 

 クラスメイトたちとともに警備マシンを迎え撃つ気満々だった麗日は、メリッサからの突然の指名に戸惑うも、飯田の迷い無き「頼む、麗日君!」の言葉とその判断を信じて頷いた。

 

「じゃあ、任せたぞ!」

「ああ、任された!」

 

 飯田の力強い宣言を聞き届けたアンジェラは麗日を、ソニックはテイルスを、そしてシャドウはメリッサを抱えて、音速のスピードで駆け抜け、警備マシンを振り切って行った。

 

「トルクオーバー……レシプロ、バースト!!」

 

 レシプロバーストを用いた飯田は、その勢いのまま蹴りをかまして警備マシンを壁へと叩きつける。

 

「砲手は任せます、私は弾を創ります!」

「了解!」

 

 八百万は創った砲台の砲手を耳郎に任せ、休む間もなくトリモチ弾の創造にとりかかる。耳郎は渡された弾を砲台に装填し、警備マシンに向かって放った。

 

「オイラだってやってやる!」

「俺は……直接触って放電だ!」

 

 上鳴の“個性”をただ闇雲にブッパしてしまえば、サーバーに被害が及ぶ可能性が高い。そのことは流石に分かっている上鳴は、警備マシンに捕縛されないように立ち回りながら警備マシンに直接電撃を流し込む。上鳴を狙う警備マシンは、峰田がもぎもぎを投げて動きを封じていた。

 

「皆、やるわね……あたしも負けてられないわ!」

 

 アンジェラのクラスメイトたちに負けじと、エミーは出現させたピコピコハンマーで警備マシンを叩く。その一撃は重く、ピコピコハンマーから出ているとは思えないズドン! という重い音と共に、警備マシンをスクラップに変えてゆく。

 

 エミーの“個性”は「ハンマー」。自身の体力を消費してピコピコハンマーを作り出すものだ。大きさはある程度操作可能。警備マシンを一撃でスクラップに変えるほどの威力は、ピコピコハンマーの強度もあるが、エミー自身の力でもある。

 

 誤ってサーバーに警備マシンをぶつけたりしないように、警備マシンの上をとって潰す。警備マシンから捕縛用のワイヤーが放たれたら、ハンマーを軸にした軽い身のこなしで避ける。ヒーロー志望でもないエミーの強さに、クラスメイトたちは脱帽していた。

 

「エミー、あんた強いね」

「ふふん、こう見えて私だって、ソニックたちにある程度は着いていけるくらいには強いんだから!」

「ああ、頼もしい限りだ!」

 

 エミーの存在はこの場においてとても心強い。流石はアンジェラの友人だなと、クラスメイトたちは頭の片隅で思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 180階まで駆け上がり、メリッサの案内である扉を蹴破ったアンジェラたち。そこは、タワーの空洞部分に作られた風力発電システムのあるエリアだった。アンジェラ、ソニック、シャドウは各々抱えていたメリッサたちを降ろす。

 

「メリッサ、どうしてここに?」

「タワーの中を昇れば、警備マシンが待ち構えているはず。だから、ここから一気に上層へ向かうの。あの非常口まで行ければ……」

 

 メリッサが指差した先にあったのは、おおよそ20階分の高さはあるような風力発電エリアの天井にある小さな非常口。

 

「お茶子さんの触れたものを無重力にする“個性”と、アンジェラの飛行能力なら、私とテイルス君の二人があそこまで行ける……」

 

 メリッサは毅然とした態度で言う。しかし、胸に置かれた拳は確かに震えていた。

 

 アンジェラはメリッサが麗日を指名した理由に納得する。アンジェラの翼を授ける(アーキウィング)ではあの高さまで飛ばせないし、アンジェラは小さいのでメリッサとテイルスの二人を同時に抱えて飛ぶなんてこともできない。

 

 

 

 

 ……しかし、メリッサと麗日には知らないこと、というか、知り得ないことがあった。

 

「……ああ、だから麗日を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、テイルスって自力で飛べるからなぁ…………」

「「………………え?」」

 

 アンジェラの口から出た衝撃的な発言に、麗日とメリッサは目が点になった。それは当然のことだろう。どこの誰が、狐が空を飛べると思うだろうか。

 

「……あのね、僕は尻尾を回転させて空を飛ぶことができるんだ」

「そんなに不思議なことか?」

「普通の狐は例え尻尾が二本あっても空は飛べん。君たちの困惑はよく分かる……僕も初めて見たとき驚いた」

 

 ほら、とテイルスが実演してみせる。テイルスの尻尾が回転し、確かにテイルスは空を飛んでいる。それを見た麗日は思わず華麗に崩れ落ちた。

 

「……私が、ここに来た意味とは……?」

「ほ、ほら! 戦力は多いに越したことないし……な?」

 

 アンジェラ、必死のフォローである。

 

「まあ、必ずしも無駄ってわけじゃないさ。オレとシャドウは迂回路を探す。そこで麗日の力が必要になるかもしれないだろ?」

「そ、ソニックさぁ〜ん…………」

 

 このとき麗日は、ソニックに確かな兄オーラを感じたとかなんとか。

 

 それはともかく、アンジェラはメリッサを抱えて天を駆る翼(ローリスウィング)を使い、テイルスはヘリテイルで非常口へと向かう。

 

 アンジェラたちがある程度の高さまで昇った、その時。奥の扉から警備マシンがぞろぞろと現れた。

 

「警備マシンが……!」

「大丈夫だ、メリッサ」

 

 不安がるメリッサ。しかし、アンジェラは大丈夫だと明言する。

 

「あそこに居るのを、誰だと思ってるんだ?」

 

 麗日は“個性”を使ってこの場を切り抜けようと構える。警備マシンが一斉に麗日たちに襲いかかってくる。

 

 

 

 

 しかし、次の瞬間、警備マシンの群れは粉砕された。

 

「ここはそこまで狭くもなければ、サーバーがあるわけでもない。

 

 

 

 ……つまり、ソニックとシャドウが本気で戦うのを妨げるもんが、何一つ無いってこった」

 

 警備マシンを破壊したのは、青と黒の閃光。警備マシンが襲いかかると同時に2色の閃光が奴らに向かって走り抜けていったのだ。

 

「Hey,Shadow! ちょっとばかし鈍ってるんじゃないか? お前が取り漏らすなんて」

「それはこちらの台詞だソニック、君こそ壊しきれていないのを何台か残しているじゃないか」

 

 その閃光の正体は、勿論ソニックとシャドウである。その圧倒的なスピードで、警備マシンの群れを破壊してみせたのだ。

 

「……凄い……」

「へへ、二人は凄いんだよ!」

「やっぱ、遠いなぁ……」

 

 その光景を見たメリッサは、その圧倒的なスピードに感嘆の息を漏らし、テイルスは得意気に笑い、アンジェラは、自分と兄達との差を改めて実感して声を漏らした。

 

 しかし、警備マシンはまだまだ残っている。ソニックとシャドウは構えを取り、麗日も何かアシストできることはないかと思考を巡らせた。

 

「よし、ここは3人に任せて行くぞ!」

「うん!」

「ええ!」

《わかった!》

 

 それを見届けたアンジェラたちは、なるべく速いスピードで非常口へと昇っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────一方その頃、パーティー会場の敵制圧に向かったシルバーとメフィレスは、吹き抜けに身を隠して敵の様子を伺っていた。

 

「……流石に、あのボスっぽいのとここで戦ったら目立つかな?」

「あんたなら勝てはするだろうが……確実に目立つな。というか、それ以前に被害が凄まじくなるから止めとけ」

 

 オールマイトを含むヒーローと思しき人物たちは皆青い拘束されており、会場のあちらこちらに銃を持った敵。へたりこんでいるヒーローではないパーティーの参加者たちの顔には、底知れぬ怯えが滲んでいる。

 

 そして、オールマイトが拘束されている壇上には、ドカリと座り込んでいる趣味の悪い仮面の男。先程、通信機で会話していたのだが、その時に命令口調だったことから、あの男がボスで間違いないだろう。

 

「あのボスっぽい男が部屋を出たら行動を開始しよう」

「ハイハイ、分かりましたよ」

 

 その後もしばらく身を隠していたシルバーとメフィレスだったが、ボスっぽい男が何やら苛立ちながら通信機で話すと、側近らしき白い仮面の男を連れてパーティー会場の外へと出て行った。辛うじて、最上階に行くらしいことは聞き取れたが、それ以外のことは分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、二人の今からの行動には然程関わりはないのだが。

 

 メフィレスは自分の頭を何度かひとつまみ分引きちぎる。引きちぎられたそれは、普段メフィレスがバラバラになるときに撒き散らされる重油のようなものではなく、黒いスライムのようにヌルヌルしていた。

 

「頼むよ」

「了解」

 

 メフィレスは言葉少なにそのスライムのようなものをシルバーに差し出すと、シルバーは自身のサイコキネシスでそれらを会場にある監視カメラに向かって飛ばした。べっちゃりと、黒いスライムのようなものがこびり着いた監視カメラは、暫くは暗闇しか映さないだろう。監視カメラが結構高い場所にあるのも手伝って、会場内の誰も気付いてはいないようだ。

 

 シルバーは間髪入れずに敵の持つ銃火器をサイコキネシスで取り上げ、ぐしゃり、とスクラップに変える。流石にそれには気付いた敵たちだが、銃火器も奪われ壊され、どこから攻撃されている状況では、困惑が伝播していたのもあって動こうにも動けない。

 

「流石だね」

「敵は任せていいか?」

「勿論。というか、そのためのご指名だろうしね」

 

 軽口を叩き合いながら、メフィレスはドロドロと重油のような姿に溶けてゆく。溶けたメフィレスは、敵の影に入り込んで影の中から一瞬だけ細い針のようなものを出し、それを敵の首元に刺す。すると、敵は一瞬のうちに眠ってしまった。

 

「な、何事だ!?」

「敵が……眠っている?」

「おい、起き────!」

 

 敵もヒーローも一般人も関係なく、混乱に包まれるパーティー会場。その混乱に乗じて、メフィレスは次から次へと敵の影を渡り歩き、細い針のようなものを敵の首元に突き刺す。周囲の人間から見たら、敵がなんだかよくわからないうちに次々と眠っているように見えるだろう。

 

 これは睡眠薬とか、睡眠を促す成分がメフィレスに含まれているとかそんなことではなく、信号化された催眠である。メフィレスの針から、相手の神経細胞を通して脳に信号として催眠を送り込んでいるのだ。一度かけられたら少なくとも6時間は何をされても起きなくなる。

 

 ちなみにメフィレスが移動に使っている影だが、実は影自体を攻撃すればメフィレスを外に放り出せる。地面を抉るくらいの威力は必要だが。また、信号そのものに抗う術を持っている場合は、催眠は効果がないそうだ。閑話休題。

 

 武器を失った敵たちは“個性”を使おうとするが、その前にメフィレスによって眠らされる。影から影へと移動するメフィレスの速度はかなりのもので、この場でその動きを捉えられたのはオールマイトだけだった。

 

「……さて、これで最後かな」

 

 最後の敵を手早く眠らせ、オールマイトの影に入り込むメフィレス。オールマイトが何かを喋りかける前に、彼の脳味噌に直接語りかけてくる声があった。

 

 

 

 

 

『やあ、ナンバーワンヒーロー。……ああ、声を出す必要はないよ。影を通して君の声が聞こえるからね』

 

 声の正体は、オールマイトの影に入り込んだメフィレスだった。影を通して、オールマイトの脳へと信号と言う名の声を送っていたのだ。

 

 それができるなら催眠も直接影から送ればいいのでは? と思うかもしれないが、世の中そう上手いこといかないのが常。

 

 メフィレスが影から直接できるのは声を送ることと、影の持ち主から流れ込む思考という信号の傍受だけであり、催眠などの別の信号を送りたい場合は肉体を介す必要がある。

 

『……君が、敵をやったのか?』

『ああ、心配せずとも眠っているだけだよ。神経細胞を通して催眠を仕掛けたからね、向こう6時間は何があっても起きない』

『そうか……敵の銃を破壊したのは?』

『それはシルバーだよ。今は吹き抜けに待機してる白い子のサイコキネシス』

『君たちは……一体?』

 

 オールマイトから流れ込んでくる思考は懐疑的なものだ。いきなり現れて敵を制圧した正体不明の人物。感謝もするが、同時に怪しむのは当然のことだろう。

 

 それは当然予想済みなメフィレスは弁解するような思考を流した。

 

『そんなに疑わないでくれよ、僕らはアンジェラに頼まれてここに居るってのに』

『フーディルハイン少女に……? 君たちがフーディルハイン少女が言っていた、少女の弟分の付き添いかい?』

『ま、そんなとこかな』

 

 そんなことを言っているが、メフィレスはシルバーの影に潜り込んで勝手に着いてきたようなもんである。傍から見たら不法侵入者でしかないが、アンジェラに頼まれた、という点は事実だし、メフィレスは今回のIアイランド占拠には一切関わりはないのでそっちの意味では無罪である。

 

『アンジェラたちは今、警備システムを取り返しに行っているよ』

『何……逃げなかったのか!?』

『施設が物理的に閉鎖されていてバレずに脱出するのは困難だったんだよ。それに、あそこにはシャドウが居たからね。彼が戦闘許可を出して、この状況を打開するために動いているよ』

 

『流石はヒーロー候補生、正義感も人一倍だねぇ。ま、彼らが一緒だから大抵のことは大丈夫だろうけど』とおちゃらけたような信号を送るメフィレス。オールマイトはマッスルフォームが解けないように身体に力を込めつつ、メフィレスに問いかけた。

 

『君たちは、この会場を制圧する係なのかい?』

『そんなとこだね。警備システムの奪還を目的に動いているのがバレて、人質が殺されでもしたらたまったものではないだろう?』

『随分と……信頼されているんだね』

『いや、シルバーはそうだろうけど、僕に関してはそれはないかな』

 

 オールマイトの思考を、メフィレスは一刀両断する。その言葉の意味を、オールマイトは図りかねていた。

 

 屋内という狭い空間、しかも、人質の居る銃で武装した敵の無力化は、プロヒーローでも難しい案件だ。それをこうも平然とこなすのだから、それは信頼されているということなのではないのか? 

 

 

 

 

 

 

 

『何せ僕は、アンジェラに嫌われているからねぇ』

 

 だから、この言葉の意味するところも、分からなかった。

 

 

 




ヒロアカ世界の人間であっても、二本の尻尾で空を飛ぶとは考えつかないと思う。


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蒼白の深夜

そろそろストックが尽きてきました。

あと、ここらへんから劇場版と展開が大きく変わります。


 無事に非常口に辿り着いたアンジェラたちは200階へと急ぐ。途中、腕を刃物に変形させた敵やライフルを持った敵が襲いかかってきたが、奴らが何かを言う前にアンジェラがそのスピードで黙らせた。

 

 そして、ついに200階に到着したアンジェラたち。目当ての場所に到着したということは、それだけ危険も大きいということ。周囲を十分に警戒しながら進む。

 

「メリッサ、制御ルームの場所は?」

「中央エレベーターの前よ」

 

 メリッサの言葉が示す場所を目指す途中、何かの部屋の扉が開け放たれていた。

 

「誰か、居るのかな?」

「確認するしかないだろ」

 

 通路に隠れながら、アンジェラたちは開け放たれている扉の先を伺う。その中の人影を、そしてその正体を見たメリッサが、ハッ、と声を上げた。

 

「パパ……!?」

「マジか……」

「メリッサさんのパパって……あの人、もしかしてデヴィット・シールド博士……!?」

 

 開け放たれていた部屋はアイテムの保管庫。そして、その部屋でデヴィット博士は、懸命にコンソールを操作していた。てっきり、パーティー会場に居るものだとばかり思っていたアンジェラたちは困惑に包まれる。

 

「どうして、最上階に……?」

「敵に連れてこられて、何かさせられてる……恐らくは、デヴィット博士が作った何かしらの装置を狙って、それを持ってこいと言われた、とかか?」

「敵がタワーを占拠したのも、それが理由かも……」

《敵は人質をとって、博士を脅したの?》

「とにかく、救けないと…………!」

 

 様々な憶測が飛び交う中、メリッサは心配のあまり顔を歪ませている。アンジェラとテイルスは顔を見合わせた。

 

「テイルス、警備システムを頼む。ケテル、テイルスに着いてってやれ」

「わかった、アンジェラたちも気を付けて」

《うん!》

 

 アンジェラの肩からテイルスの肩に乗ったケテルを連れて、テイルスは一足先に警備システムの方へと向かう。メリッサは不安そうな顔のまま、保管庫を睨みつけていた。

 

「パパ……」

「警備システムはテイルスに任せれば問題ない。メリッサ、行くぞ」

「……うん、パパを救けなきゃ!」

 

 二人は慎重に、保管庫へと近付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保管庫に入った二人の耳に、デヴィット博士とその助手サムの会話が聞こえてくる。

 

 その内容は、特にメリッサにとってはあまりにもショッキングなものであった。

 

 なんと、この事件はデヴィット博士が仕組んだものだと言うのだ。

 

 当然、愛する父が、ヒーローのためにサポートアイテムを作ることで、間接的にではあるが平和のために戦っている、メリッサにとってのヒーローがそんなことをするはずがないと、メリッサはデヴィット博士に、否定の言葉を望みながらも問いかける。

 

 しかし。

 

「…………そうだ…………」

 

 デヴィット博士から返ってきたのは、肯定の言葉であった。メリッサは震えながら、悲痛な叫びを上げる。

 

「なんで……どうして!?」

 

 メリッサの疑問に、デヴィット博士の代わりに答えたのはサムだった。

 

 

 

 曰く、デヴィット博士は奪われたものを取り返しただけ。今サムが持っているスーツケースに入っているのは、デヴィット博士が作った“個性”増幅装置の試作品である。それを使えば、薬品などとは違い人体に影響を与えることなく“個性”を増幅させることが可能だそうだ。

 

 しかし、この発明と研究データは、これが世間に公表されることで社会が混沌と化すことを恐れた各国の圧力を受けたスポンサーによって没収。研究そのものも凍結させられてしまった。

 

 ただの研究ならば、その時点で諦めもつくかもしれない。少なくとも、デヴィット博士ならばそうだろう。彼は本来、聡明で良識のある科学者だ。

 

 しかし、デヴィット博士にとってその研究はただの研究などではなく、使命にも似た大事なものであった。例え間違った道に突き進んでしまったとしても、何が何でも、取り返さなければならないものであった。

 

 そんな博士に、サムは提案した。「研究を敵に盗まれたことにすればいい」、と。敵を装った偽物を雇い、研究を盗ませ、別の場所で研究を続けるべきだ、と。

 

 それでも、最初は他の道がきっとあるはずだとデヴィット博士はその道を一生懸命探したが、結局、サムの提案に乗ることにした。してしまった。

 

 何故、デヴィット博士がそんな凶行に走ってしまったのか。

 

 それは、全てオールマイトのためであった。

 

「お前たちは知らないだろうが、彼の“個性”は消えかかっている…………」

 

 その瞬間、アンジェラはその理由に思い至った。

 

 アンジェラが、偶発的とはいえワン・フォー・オールを継いでしまったから、オールマイトから“個性”が移動してしまったから、彼がこんなことをしでかしてしまったのだ、と。

 

「だが、私の装置があれば元に戻せる。いや、それ以上の能力を彼に与えることができる。ナンバーワンヒーローが……平和の象徴が、再び光を取り戻すことができる! また多くの人たちを救けることができるんだ!!」

 

 平和のために戦うヒーローを、憧れのヒーローを、そして何よりかけがえのない親友の夢を、失うことを憂いて。

 

 アンジェラは瞳を伏せ、身体を震わせているメリッサの肩に手を置いた。

 

 デヴィット博士はサムの手からスーツケースを取り、懇願する。

 

「頼む! オールマイトにこの装置を渡させてくれ! もう作り直している時間はないんだ! その後でなら、私はどんな罰でも受ける覚悟も────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙れ」

 

 低く、おどろおどろしく放たれた声。そこに秘められた怒気と殺気に、その場の誰もが固まり、動けなくなった。

 

白亜の鎖(フィアチェーレ)

 

 アンジェラの足元に展開された魔法陣から、複数本の光の鎖が伸びる。それは、凄まじいスピードでデヴィット博士の手からスーツケースに絡みつき、奪い取ると、デヴィット博士たちでは手も届かないほど高くへとそれを持ち上げた。

 

「……隔絶された流星群(オクサーハイデネヴ)

 

 間髪入れずアンジェラはソルフェジオを手に取って拳銃に変形させ、天高く掲げ引き金を引く。銃口から魔法陣が展開され、そこからガトリングガンのように放たれるは無数の空色の魔力弾。まるで加速装置にかけられたかのようなスピードのそれらは、我先にとスーツケースへ向かって着弾した。

 

「な、何を…………!」

 

 デヴィット博士の悲痛そうな声が聞こえてこようが、メリッサが困惑の表情でこちらを見ていようが、サムが絶望に打ちひしがれたかのように膝をつこうが、アンジェラは攻撃の手を決して緩めない。持てる魔力を限界まで込めて、その存在を許すまじと、隔絶された流星群(オクサーハイデネヴ)を撃ち続ける。

 

 破壊力の高い魔力弾の直撃をモロに受けたスーツケースは、その中身である“個性”増幅装置やそのデータは粉々になる。もはや、元の形がどうであったかなど分からないほどに。

 

 しかし、それだけで済ますアンジェラではない。

 

 隔絶された流星群(オクサーハイデネヴ)を撃ち尽くしたアンジェラは、足元に更に大きな魔法陣を展開する。アンジェラが何をしようとしているのかを直感的に感じ取ったデヴィット博士は、なんとかアンジェラを止めようと駆け寄る。

 

「や、やめろ!」

「……っ、パパ! 駄目っ!」

 

 それを、身体を張って止めたのはメリッサであった。これ以上父が罪を重ねぬように、憧れたヒーローが堕ちるのを止めるために、救うために。

 

 目に入れても痛くないほどに愛している娘に止められ、デヴィット博士は立ち止まる。

 

「…………星羅を征く(カージュフォビィア)

 

 その瞬間、ソルフェジオの銃口から、特大の砲撃が放たれた。ギリギリ天井や壁に当たらないように放たれたそれは、残骸と化していたスーツケースを跡形もなく消し飛ばした。

 

「………………なんて、ことを…………」

 

 デヴィット博士は崩れ落ちた。自身の研究、オールマイトを救うための研究が、今や、ただの塵すら残さず消え去った。それは、彼を絶望させるには十分なことであった。

 

「っ君は! 自分が何をしたのか分かっているのか!?」

「パパ! やめて!」

 

 咆えるデヴィット博士をメリッサが止める。娘への愛が強いデヴィット博士は、例え自身の邪魔をしていようとも愛する娘へ手を挙げることなど出来ずに目を伏せた。

 

 

 

 

「……あんたが、何の研究をしていようが、オレには関係ない……」

 

 掲げていたソルフェジオを降ろしたアンジェラの口から放たれたのは、その見かけからは想像もつかないほどに低い声。

 

「名声が目的だろうが、金だろうが、平和を望むからだろうが、その全てがどうでもいい。目的が何であれ、長年続けてきたあんたにとって特別な研究が、変化を恐れたビビリな国からの圧力で凍結されたのは、正直同情する……悔しくてたまらない気持ちを抱くのは、分かる。それを取り戻すために目が眩むのも、凶行に走るのも、仕方ないといえば仕方ない………………。

 

 

 

 だが………………オールマイトをこれ以上戦わせるための研究は、オレは断じて認められない」

 

 アンジェラのトパーズの瞳は怒りに燃え、デヴィット博士を射抜いていた。まるで、首に刃物を宛行われたかのような錯覚がデヴィット博士を襲う。

 

「っ、オールマイトが、平和の象徴が倒れてしまえば、日本は平和ではなくなってしまう、彼の夢が、「人々が笑って暮らせる世の中を明るく照らし続ける平和の象徴になる」夢が、叶わなくなってしまう!! また多くの人々が、怯えなくてはならなくなってしまうんだ!!! そんなの、あってはならない!!!」

 

 デヴィット博士は悲痛に叫ぶ。大学時代からオールマイトのことを知っているから、彼の夢に対する姿勢を知っているから、それ以上に、敵に怯える人々の表情を知っているから。

 

「平和のために、誰かのためだけに自身の幸福も日常も何もかもを投げ捨てて、たった一人で生贄になり続けるような人間が居ていい理由にだって、なりはしない!!!! そんなもの、オレは平和などとは断じて認めない!!!!」

 

 しかし、それはアンジェラが決して認められないことであった。

 

「あんたは、顔も名も知らない人間の幸福を追求するために、親友の幸せですら手放していいとでも思っているのか!?」

 

 アンジェラの悲痛な叫び声が保管庫に木霊する。その場の誰もが、声を上げることすら赦されなくなってしまったかのような感覚に陥る。

 

「というか、偽物の敵とか言ってたけどな、普通に銃を撃ってこようとしたぞ! その件はどう申し開きするつもりなんだ!?」

「ど、どういうことだ? 敵は偽物、全ては芝居のはず……」

 

 激高したままデヴィット博士を問い詰めるアンジェラに、困惑の表情を浮かべサムの顔を見るデヴィット博士。サムは何を思ってか顔を逸らした。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勿論芝居をしていたぜ、偽物敵という芝居をな」

 

 保管庫の入口から、高圧的な口調の男がゴーグルの男と白い仮面の男を伴って入ってきた。パーティー会場に居た、敵のボスと思しき敵である。

 

「サム、装置は?」

 

 敵のボスの言葉にアンジェラは気付く。デヴィット博士が偽物の敵だと思っていたものは、実は本物の敵だったのだと。サムは、デヴィット博士を言葉巧みに利用し、本物の敵をこの島に招き入れたのだと。

 

 サムの顔が雪よりも白くなる。恐怖からか、息も絶え絶えになってゆく。

 

「す、すみません……ウォルフラム……破壊されてしまいました」

「…………何?」

 

 敵のボス……ウォルフラムはサムを鋭く睨みつけた。まるで蛇に睨まれたネズミのように、サムは身体を縮こませる。

 

「……なるほど、あんたは最初から装置を手に入れるのが目的だったのか。でも残念、装置はもう塵すら残さず消し去った」

「…………小娘……貴様、何をしでかしたのか分かっているのか?」

 

 ウォルフラムは扉に触れ、“個性”を使って金属を操り、手すりをまるで生物のように暴れさせアンジェラを拘束しようと試みる。

 

明けの空に舞う星屑(ヴエアハイドシリウス)っ!」

 

 暴れる金属の束は、アンジェラが背に展開した魔法陣から放った白色の魔力弾の束によって焼切られた。切断面は赤く溶けており、地面に重々しいガラン! という音が何度も響く。

 

 明けの空に舞う星屑(ヴエアハイドシリウス)は極限まで温度を上げた魔力弾を束で放つ炎属性射撃魔法である。金属は熱せば柔らかくなるという特性を利用することで、細い金属ならばいとも簡単に焼き切ることが可能だ。

 

 連続で放たれ部屋を縦横無尽に飛び回る明けの空に舞う星屑(ヴエアハイドシリウス)に、ウォルフラムが操作する金属の束は焼切られ続ける。ウォルフラムが段々と苛立ちを隠さなくなってきた、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、では貴方たちは用済みですね」

 

 白い仮面の男の声に、全員が疑問を抱く。

 

 

 

 次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 ザシュっ! 

 

 そんな音を響かせて、ウォルフラムとゴーグルの男の首が、ゴロンと落ちた。白い仮面の男は何もしていない(・・・・・・・)にも関わらず、ウォルフラムたちはその首を斬り落とされたのだ。切断面からは血潮が噴き出し、ウォルフラムたちの胴体はドサリ、と音を立てて床に倒れ伏す。

 

「もう少し役に立ってくれるものだとばかり思っていましたが…………まぁ、ここまで働いてくれたのですから感謝しましょう」

 

 白い仮面の男がごくごく普通にそう言うと、ウォルフラムとゴーグルの男の肉体がボコボコ! という肉々しい音を立てて、まるで泡をたてられたかのように膨らんで、破裂する。

 

「な……な……なんてことを…………!」

 

 あまりにも凄惨な光景に、メリッサは思わず口を手で抑えてその場にへたり込む。白い仮面の男はアンジェラ達に向き直ると、この場では不釣り合いなほど楽しげに言った。

 

「あなたは彼が憎くはないのですか? 父親を誑かし、悪の道に進ませた彼らが」

「っ、そうかもしれないけど、何もそんなことしなくても……!」

「なるほど……身体はともかく、心はヒーローですね」

 

 白い仮面の男は感心したようにメリッサを見やる。あれを放っておいてはマズいと直感的に感じたアンジェラは、踏み出してその男に接近し、一発入れようと拳を構え放つ。

 

 しかし、放たれた拳が男に命中する前に、アンジェラは腹部に鈍い痛みを感じた。

 

「あなたに今動かれては困るのですよ」

「っぁ………………」

『我が主!』

 

 アンジェラとソルフェジオでさえ直撃するまで気付くことができなかった痛みの発生源は、いつの間にか腹部に刺さった棘であった。あの男の“個性”だろうか、何もないところから急に出現した黒い棘。

 

「……がはっ……!」

「アンジェラっ!」

 

 瞬間、アンジェラは断続的に体内で栗が育ったかのような鋭い激痛を感じ、浅い呼吸を繰り返してその場で蹲ってしまう。手に力を込めることすら困難になり、ソルフェジオがアンジェラの手からガタン、と音を立てて落ちた。

 

 メリッサはあまりの痛みに顔が大きく歪んだアンジェラを心配し、駆け寄ってアンジェラの肩を擦った。

 

「大丈夫、死にはしません。もっとも、体内に強大なエネルギーを蓄えているであろう彼女にとっては死んだ方がマシなほどの激痛で、しばらくは立つことさえもままならないでしょうが」

「っ……あなたは、何者で、何が目的なの!? パパを誑して、自分の仲間を殺して、アンジェラをこんな目にあわせて……!!」

 

 メリッサは白い仮面の男を射殺さんばかりの視線で射抜く。

 

「ああ、そういえばまだ名乗りもしていませんでした……これは失敬」

 

 白い仮面の男は何を思ったのか、礼儀正しい佇まいでお辞儀をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はアトブリア。天使の教会と呼ばれている組織で研究者の職を頂いております」




原作劇場版のラスボスが死にました。
そして、オリジナルキャラクターが出てきました。


先に言っておくと、アトブリアの大元になったのは、かの黎明卿です。


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魂の黎明

在りし日の輝きは、

自ら手放したその輝きは、

もう二度と、戻ることはない。


 アトブリア……そう名乗った白い仮面の男の口から放たれた「天使の教会」というワードに、アンジェラは腹を裂かれるような激痛の中、目を見開いた。

 

 路地裏で待ち構えていたりだとか、道端でばったりだとか、どこかの人混みで、だとかは予想していた。どこかのイベントの会場などで、とかも有り得るだろうとは思っていた。

 

 しかし、まさかIアイランドに乗り込んで、あまつさえその正体をあっさりと明かしてくるとは、全く予想していなかったのだ。

 

 天使の教会は大きな事件を起こしはするが、自ら名乗ることはない。その、何か同一のものを信奉しているらしい言動と構成員の神職を思わせるような服装から便宜上そう呼ばれているだけだ。その目的には謎が多く、今まで警備が厳重な施設への攻撃なども確認されていない。まして、タルタロスと同等のセキュリティを誇るIアイランドであれば尚更。

 

 では、何故GUNは天使の教会を危険視しているのか。それは単純に、天使の教会によって引き起こされる事件は何故か大規模なものが多く、また、誘拐された中の誰一人として生還を果たしていないからである。おまけに、どこをアジトにしているのかすら不明。GUNの諜報部が辛うじて現在日本を拠点にしているらしいことは突き止めたが、それだけだ。

 

 一体、何が目的だ? 

 

 アンジェラは激痛に苛まれつつもそれだけは聞き逃すまいと、気合で今にも遠ざかりそうな意識を現界に繋ぎ留めていた。

 

「彼は……ウォルフラムはよくやってくれました。お陰でこうも簡単にIアイランドに侵入することができたのですから。デヴィット・シールド博士の“個性”増幅装置が手に入れば、それを使ってもっと暴れてもらうつもりでしたが……壊れてしまったものは仕方がありません」

 

 アトブリアは心底残念そうな言葉を吐くが、その声色は全然気にしていない者のそれである。ウォルフラムたちを殺したことに関して、特に何も思っていないのだろう。

 

「何で、殺したの……!」

「ああ、そういう話でしたね。簡単です、“個性”増幅装置の現物が手に入らないのであれば、彼らは用済みですから。我々は装置にはそこまで興味がないのですよ」

 

 アトブリアはそこまで言うと、アンジェラにその白い仮面で隠された顔を向ける。

 

「装置を破壊したのはあなただと言っていましたね……やはりあなたは素晴らしい。雄英体育祭見ましたよ、以前のあなたはそんな力持っていませんでしたよね?」

 

 仮面で顔が見えないはずなのに、探るような、舐め回すようにアンジェラへと向けられた視線は全くと言っていいほど隠れていない。その気味が悪い視線なき視線に、アンジェラの身体がビクっと震える。酷い身体の痛みに耐えながらなんとか喉を震わそうとするも、アンジェラの口からは小さな呻き声が捻りだされたのみであった。

 

「……ぅ……ぇ」

「おや、無理はいけませんよ。まだ声を出すことすらままならないでしょう」

 

 疑問は尽きないほどあった。

 

「以前のあなたはそんな力は持っていなかった」という言葉が示すのは、アトブリアがアーク事件までのアンジェラのことを知っているということ。

 

 仲間であったのか、はたまたただ利用していただけなのか、どちらにせよ、手を組んだ相手を無情に殺しておいて、あまつさえ愉悦も何もなく、ただ普通に「礼を言う」ような、頭のネジが外れている科学者の言葉は、いくらアンジェラでも流石に理解に苦しむ。

 

「ああ、そうだ、私の目的も聞きたいのでしたね。折角なのでお話いたしましょう」

 

 アトブリアは懐から何かを取り出して掌の上で弄ぶ。

 

 それは、鬼火のような形をした手のひらサイズの黒い塊であった。しかし、まるで子供の工作のような歪な突起があちこちに生えていて、鬼火の形そのものも大きく歪んでいる。鬼火の尾の部分に穴が空いており、まるでオカリナのようにも見えた。

 

「これは、魂の残響(ソウルオブティアーズ)と呼ばれているものです。しかし……残念ながら、これは不完全なもの。完全なものはもっと綺麗な形をしているはずなのです」

「……その完成品とやらを作るために、パパを利用しようってこと……?」

「ご明察。あなたは聡明ですね、流石はデヴィット・シールド博士の娘さんだ」

 

 怒りに震えながら言葉を放ったメリッサに、アトブリアが場に合わぬ朗らかな声で言う。

 

「この魂の残響(ソウルオブティアーズ)、物によって効果は様々なのですが、総じて「何かの力になる」という点は共通していましてね……我らの崇高なる目的のため、不完全版ではなく完成品が欲しい」

「あなた研究者なら、自分だけで勝手に作ってればいいじゃない! どうして……こんな………………」

 

 罪悪感の欠片も感じられないアトブリアの言葉に、メリッサは激昂し叫ぶ。未知の物質への探究心は少なからず分かるのだが、そのためにメリッサの愛する父を貶めたことは、決して赦せるようなことではない。

 

魂の残響(ソウルオブティアーズ)を作るためには、誰か他人の協力が不可欠なのですよ」

 

 メリッサの激昂は、アトブリアの普遍的な声で一刀両断された。メリッサはもはや、涙を流すことしか出来ない。

 

「さて、博士は私に着いてきてもらいましょうか」

 

 アトブリアが右手を翻すと、不可視の力によってデヴィット博士の身体が持ち上がり、そのままアトブリアの所へと運ばれていく。アンジェラはなんとか止めようと藻掻くが、死すら生ぬるいほどの激痛によって動きを遮られた。辛うじて意識があるのが、もはや奇跡と言えるような痛みであった。

 

 アトブリアはデヴィット博士を抱えると、保管庫から去ろうとする。

 

「待って!!」

 

 戦う力を持っていないにも関わらず、メリッサはその後を追おうとする。今、父にこの手が届かなければ、もう一生触れることすら叶わないというある種の直感めいたものを感じながら。

 

「元気なのはいいことですが、少々やんちゃが過ぎますね」

 

 駆寄ろうとしたメリッサの身体を、アトブリアの不可視の力が捕らえた。

 

「ちょうどいい、あなたにも着いて来てもらいましょう」

 

 アトブリアの言葉に困惑するメリッサとアンジェラ。次の瞬間、メリッサは何かに刺されたような痛みを感じ、そのまま意識を失ってしまった。

 

「……ぇぃ……ぁ…………っ……」

 

 瞳を閉じてしまったメリッサを何とか助けられないか藻掻くアンジェラだったが、断続的な内側からの激痛に、ずっと意識のあるまま無茶を通して耐え続けていた反動からか、電池が切れたかのように視界が暗闇に包まれてしまう。

 

 

 

 意識を失う直前にアンジェラの瞳に映った光景は、アトブリアに抱えられてメリッサとデヴィット博士が連れ攫われるという光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間は遡って、ウォルフラムが保管庫に入ってきた頃。テイルスとケテルは制御ルームに辿り着いた。そこを警備している敵は居ない。テイルスはケテルに周囲の警戒を頼み、自身は警備システムを奪還しようとキーボードを操作する。

 

 しかし、

 

「……なに、この強固なプロテクト……!」

 

 予想以上に強固なプロテクトがかかっており、その解除に少し手間取っていた。

 

 メリッサが立てた「犯人たちは警備システムの扱いに慣れていない」という予想は、ある意味犯人の中に機械類の扱いに長けている人物が居ないことが前提条件。プロテクトがかかっているということは、敵の中に機械類の扱いに長けた人物が居たということ。これを解除するのは、至難の業であろう。

 

「……でも、解けないほどじゃない……なら!」

 

 テイルスは手早くキーボードを操作する。その動きは正確で、迷いなど、全くと言っていいほど見えない。

 

 今はただ、アンジェラたちに託された役目を果たすため、自分に出来ることをするために、真剣な眼差しを画面に向けながら手を速く速くと動かす。そして、少し時間がかかりつつもようやくプロテクトを解除したテイルスは、すぐに警備システムを通常モードに再変更した。

 

「よし……これで……!」

 

 通常モードに戻った画面。各階の隔壁も開き、警備マシンもその動作を停止する。パーティー会場のヒーローの拘束も解除された。これで、形勢は逆転する。

 

「ケテル、行くよ!」

《うん!》

 

 テイルスはケテルを連れて、アンジェラたちと別れた保管庫に駆け足で戻る。そこで二人が目にした光景は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肉塊となってあちこちに飛び散った二人の敵らしきものと、腰が抜けているのか座り込んでいるサムと、地面に横たわって、苦悶の表情を浮かべながら気絶しているアンジェラの姿だった。

 

「っ……、アンジェラ!?」

《お姉ちゃん!》

 

 凄惨な光景に息を呑みつつも、すぐにアンジェラに駆け寄るテイルスとケテル。アンジェラの腹部には、黒い針のようなものが刺さっている。思ったよりも細く、深くは刺さっていないからか、血は少ししか流れていない。

 

《これ……こわい》

 

 しかし、ケテルは怯えたような表情でその針を差した。ウィスプの言葉を翻訳する装置は手元にはないものの、結構分かりやすいその表情でケテルがどんなことを思っているのかは大体把握できるテイルスは、ケテルがこの針に対して恐怖心を抱いていると察した。

 

 アンジェラの身体を傷付けないように注意を払いつつ、その針を抜くテイルス。針を抜くと、アンジェラの表情が少し柔らかいものになったような気がした。

 

「これは……一体……」

 

 かなり軽いそれは、見た感じ金属ではなさそうだった。それどころか、メカニックとして様々な素材を目にしてきたテイルスですら見たことのない物質でできていた。うっかり指に刺さりでもしたら危なそうなので慎重に持っていたハンカチで包む。

 

「テイルス!」

「あ、ソニック!」

 

 と、ちょうどテイルスが針を床に置いたその時、風力発電設備で別れたソニックたちが保管室に入ってきた。ソニックたちは床に倒れ付して気を失っているアンジェラを見つけると、一目散に駆け寄る。

 

「ちょうどいいところに……! 実は、アンジェラが目を覚まさなくて……! どうしたんだろうってちょっと診てみたら、アンジェラのお腹にこんなものが刺さってたんだ……」

 

 テイルスはソニックたちに、アンジェラの腹部に刺さっていた針を見せた。ハンカチに包まれた、おどろおどろしい黒い針を。

 

「なんなん、これ……」

「分かんない……僕でも見たことがない物質なのは間違いないんだけど……」

「テイルスが見たことないって、そりゃ未知の物質と同義だろ……てか、刺さってたのか?」

「うん……あのアンジェラがそうやすやすとこんな針お腹に刺させるわけないはず……なんだけど……」

アンジェラでさえ(・・・・・・・・)反応できないほどのスピードだったか……はたまた、別の何か……?」

「この部屋の惨状も気になるしな」

 

 ソニックはそう言いながら周囲を見渡す。複数人分であろう血肉が飛び散っているなど、明らかにこの部屋で何かがあったと言いたげなものだった。

 

「……そこでへたり込んでいる彼が、教えてくれるのではないか?」

 

 シャドウはギロリ、と鋭い視線を今だにへたり込んでいるサムに向ける。僅かながら殺気が込められた視線に、サムはビクリ、と肩を震わせた。

 

「わ、私は……」

「……僕は、話してくれなんて穏やかに頼んでいるんじゃない……話せ、と命令しているんだ。さっさと口を開け」

 

 更に向けられた威圧感に、サムは観念したかのように口を開いた。

 

 テイルスが来る数分前まで、この場所で起こっていたことを。

 

 凍結されてしまった自分たちの研究を取り戻すために、自分とデヴィット博士が敵を手引したこと。その際、サムがデヴィット博士を騙して本物の敵を招いたこと。

 

 アンジェラが、デヴィット博士がオールマイトがもっと戦えるようにと作った発明品を、その考えが認められないと破壊したこと。

 

 手引した敵が、敵の中に紛れていた「天使の教会の研究者」を名乗る男に殺され、周囲に飛び散っている肉片と血液は敵の首領と一人の仲間のものであること。

 

 アトブリアと名乗った天使の教会の研究者を名乗る男の目的は、魂の残響(ソウルオブティアーズ)という物であるらしいこと。

 

 デヴィット博士とメリッサがアトブリアに連れ去られたこと。

 

 アンジェラが気絶しているのは、アトブリアの攻撃によるものであるだろうということ。

 

 自分たちの犯した罪も、アンジェラとメリッサの悲痛な叫びも、アトブリアが言い放った狂気も、全て。

 

 

 

 麗日はあまりのショックに、思わず手で口を覆った。「オールマイトのための」研究をアンジェラが破壊したことが少なからずショックだったのもあるが、それ以前に、メリッサの父親たるデヴィット博士が、偽物であると騙されてのこととはいえ敵をIアイランドに招くなどという愚行を犯したことが、信じられなかったのだ。

 

 

 

 そんな最中、ソニックは静かに口を開く。

 

「……お前の話はよーーーく分かった。

 

 この事件がお前らのエゴや欲のために起きたことだってな。

 

 なぁ、デヴィット博士は、オールマイトにあの装置を作ってくれと、頼まれていたのか?」

「そ、それは…………」

 

 サムは口を噤む。その行動は、そうではないと言っているのと同義。ソニックはやっぱりな、と肩を落とした。

 

「アンジェラは、それが許せなかったんだろ。「平和の象徴」だとかなんとか言われ続けて、生贄になり続けるたった一人の存在を、親友であるにも関わらずそれを推し進める博士を、認められなかったんだ」

 

 ソニックはまるでその現場に居たかのように、そう断言する。それが、アンジェラが語った内容と同じで、サムは思わず目を丸くした。そして、同時に思い知ったのだ。

 

 自分の考えが、どれほど浅はかであったかを。

 

 

 

 

 アンジェラが目を覚ましたのは、その数分後である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この話には、ヒロアカ劇場版以外の元ネタがあります。黎明卿っぽいキャラ出した時点で、分かる人には分かるかと思いますが……


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OVERLOAD

生と死の境すら曖昧で、



微睡みの中、手を伸ばすことすら出来なかった。





ああ、私はもう、■■■■にはなれない。


 タワーの屋上にある、一台のヘリが停まっているヘリポート。何者かの肉片が転がっているそこに、デヴィット博士とメリッサを連れ去ったアトブリアが、一人悠々と佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……随分とお早い到着ですね。あれほどの痛みをその身に受けていながら……」

 

 アトブリアは何故か楽しげな表情でヘリポートの入口を見やる。

 

 そこには、腰にウエストバッグを身に着け、杖に変形させたソルフェジオを支えにしながら、なんとか立ち上がっているアンジェラの姿があった。息は絶え絶えで、とても戦えるような状態には見えない。

 

「やはり、ダメージはまだ身体に残っているようで……今はお休みしていたほうがよろしいのでは?」

「黙れ……オレは助けに来たんだ」

「それは、ヒーローとして?」

 

 アトブリアがこてん、と首を傾げながら放った言葉に、アンジェラは天を駆る翼(ローリスウィング)を発動させソルフェジオを振りかぶって飛びかかりながら叫ぶ。

 

「ヒーローなんかじゃない……友達を、助けに来たんだ!!」

 

 音速のスピードでアトブリアに近付き、身体強化魔法とワン・フォー・オールを併用しながら振りかぶったソルフェジオをアトブリアの腹部めがけてぶつけるアンジェラ。身体にダメージが残っているがゆえに思ったほどの出力は出ていないものの、それでもアトブリアを吹き飛ばすには十分だった。

 

 ガキィン!! という金属音と共に、アトブリアが吹き飛ばされる。

 

「なんと……人の意思とは恐ろしい。迎撃の隙さえ与えてくれはしないとは」

「うるさい……メリッサは何処だ!」

「ああ、あのお嬢さんなら今は眠っています。じきに解放しますよ」

 

 アトブリアはヘリポートの縁ギリギリまで弾き飛ばされ宙を舞ったが、なんと空中に留まることで落下を回避した。アンジェラはそれを確認すると、すぐさまアトブリアから距離をとる。

 

「その様子だと、私の力がどういうものなのかも理解しているようで」

 

 お見通しかよ……

 

 アトブリアの言葉に、アンジェラは思わず内心で舌を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分前。

 

 

『……アトブリアと名乗っていた男の能力が分かった』

 

 アンジェラは目覚めてすぐ、そう口にした。

 ソニックたちは静かにアンジェラの話に耳を傾ける。

 

『あいつは、多分亜空間のようなものに接続することができるんだ』

『亜空間?』

『四次元空間、とも言うかな。今オレたちが居る次元空間と隣り合わせに存在して、だけど自然に干渉はしない空間。オレたちが、普段感覚器官を通して感じることができない空間に、あいつは目に見えない裂け目みたいなものを形成して、通り道のようなものを作ることができるらしい』

 

 それは、実際に不意打ちのように攻撃を浴びたアンジェラと、その事象を解析したソルフェジオであるからこそたどり着くことができた結論。

 

 アトブリアの作った空間の裂け目が小さかったのであの場で気付くことはできなかったが、実際に受けてからソルフェジオが解析を行ったところ、保管庫の数カ所に、目には見えない空間の裂け目が見つかった。

 

『裂け目も目には見えない。しかも小さかったから、ソルフェジオの感知にもその場では引っ掛からなかった。だから、実際に攻撃を受けるまで攻撃されていることにさえ気付けなかった』

『なるほど……アンジェラちゃんの圧倒的なスピードでさえ、意味を無くしたってことか……』

『That's right……メリッサと博士を連れ去ったときに見せた不可視の力、メリッサと博士を持ち上げた力も、恐らくはその能力の応用だ』

『空間そのものを捻じ曲げて運んだ、ということか……聞いた限りでは、ワープのようなことは出来ないようだが』

『いや、アトブリアってやつが力を隠している、っていうのも考えられるだろ』

 

 麗日は色々と納得したかのように頷くも、途中でアレ? と疑問を抱いた。

 

『じゃあ、アンジェラちゃんのお腹に刺さっていたっていう、あの針は?』

『……問題はそこなんだよなぁ』

 

 アンジェラは忌々しげにテイルスの手にあるハンカチに包まれた針を睨みつける。アトブリアの言葉が真実なのだとするならば、「強大なエネルギーを内包している者に地獄の苦しみを与える針」。

 

 仮に、アトブリアの能力が亜空間にまつわるものなのだとするならば、この針は一体何なのだろうか。

 

『ただ、今はそんなことを考えていても仕方ない……「当たらないようにする」しかないだろ』

『それはそうだけどさ……ソニック、どうするつもりなの?』

 

 五人はどうしようかと考え込む。アンジェラが呼び出したウエストバッグの中から取り出したカオスエメラルドもあるにはあるのだが、たった一つだけでは空間そのものを捻じ曲げるには足りない。少なくとも、五つはカオスエメラルドが必要なのだが、今この場にカオスエメラルドは一つだけ。アトブリアの能力の限界が分からない以上、五つあっても足りないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ん? 空間を捻じ曲げる?』

 

 と、アンジェラが何かに思い至ったのか声を上げる。そして、ウエストバッグの中から瓶を取り出す。麗日はなんだろう、と首を傾げていたが、その中身を知っているソニックたちはアンジェラに詰め寄った。

 

『おい、アンジェラ!』

『……今は、これしか……』

 

 アンジェラは意を決したかのような表情でその瓶のフタに手をかけ、フタを捻ろうとする。

 

 

 

『待て』

 

 そう言いながらアンジェラの手を掴んで静止させたのは、シャドウであった。アンジェラを見るシャドウの目は、鋭さの中に確かな優しさが含まれている。

 

『アンジェラ、アレ(・・)を使うつもりなんだろう? でなければ、その薬を戦闘中に取り出したりしない』

『………………』

『薬?』

 

 瓶の中身を知らない麗日は状況についていけず混乱しかけるが、そんな麗日に瓶の中身について教えたのはテイルスであった。

 

『……あの瓶に入っているのはね、精神安定剤なんだ』

『せ、精神安定剤!?』

 

 まさかの中身に、麗日は思わず大声を上げて驚く。確かに繊細な所があったり、ワルプルギスへの捕食本能を抱えているアンジェラではあるが、まさか、精神安定剤を持っているとは思っていなかったのだ。

 

 ソニックが深刻そうな面持ちで口を開く。

 

『……アンジェラは、多分アレ(・・)を使うつもりなんだ。

 

 確かに空間を捻じ曲げることは出来るだろうが……代償として、アンジェラの精神を摩耗させることになる。酷ければ……自殺を図ろうとするほどには』

『そ、そんな……!』

 

 麗日は理解してしまった。だからこその精神安定剤なのだろうと。アンジェラが何をしようとしているのかは分からないが、その精神を摩耗させてでも、戦おうとしていると。

 

『アンジェラ、オレもシャドウに同意するぜ……その心をすり減らしてまで、戦おうとするのは……』

 

 ソニックは深刻そうな面持ちのまま、アンジェラに苦言を呈す。

 

 

 

 

『……大丈夫、とは言い切れないけどさ』

 

 アンジェラは俯いて口を開く。馬鹿なことを、と言われてもおかしくないことを、自分はやろうとしている。以前、コレを使った時のアンジェラの荒れ具合は、それはもう酷いものだった。それを間近で見て知っているからこそ、止められているのだと、知っている。

 

 

 

 だが。

 

 

『ここで動けなきゃ、オレは絶対に後悔する』

 

 それは、アンジェラの本心。

 

 この力が自身に牙を剥こうとも、今やらなければ後悔すると、確信に近い予感があった。

 

 

 

 

『また、自分に手をかけそうになったら、

 

 その時は、止めてくれよ』

 

 それは、どこまでもソニックたちを信じているからこその言葉。また自分が行き過ぎてしまっても、彼らなら必ず引き戻してくれると、確信を持って言えるからこその言葉。

 

 そうだ、アンジェラは一度決めたら曲がらない。そういうところは、自分に似ているのだと、ソニックはやれやれと言わんばかりに首を振った。

 

『…………無茶するなとは言わないけどさ……

 

 

 せめて、限界になる前に助けくらい求めてくれよ?』

 

 アンジェラの覚悟を、自分たちに向けられる信頼を受け取ったシャドウは、掴んでいたアンジェラの手を離す。

 

 アンジェラは、分かった、と言わんばかりに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………しかし、無策のまま挑んでも、先程よりも傷が増えるだけですよ?」

 

 アトブリアは手を翻し、不可視の力を発動させる。その力を感じることはできないが、ソルフェジオのおかげで近づいてきている、ということだけは分かった。

 

「誰が無策だって?」

 

 アンジェラはソルフェジオを持っていない左手でウエストバッグを漁り、精神安定剤が入った瓶を取り出すと、蓋を開け、まるでジュースを飲むかのように錠剤を思いっきり口の中に放り込み、瓶を投げ捨てた。そして、ウエストバッグの中からペットボトルのスポーツドリンクを取り出して飲み、錠剤を胃の中に全て収めペットボトルも投げ捨て、リミッターを両手足一段階は解除させ、セカンドリミット状態にする。ウエストバッグから飛び出したケテルも、即座にアンジェラの中に入りカラーパワーを発動させた。

 

「っ、ぷはっ……」

「おや、ポイ捨てはいけませんよ?」

「ごもっともだが、殺人・誘拐犯にゃ言われたかねぇな……」

 

 アンジェラはニヤリ、と笑う。ソルフェジオから送られてくるデータが、不可視の力がアンジェラに迫っていることを告げている。しかし、アンジェラは動かない。

 

「避けないのですか?」

「必要がない」

 

 アトブリアはヤケでも起こしたか、と思い、しかし攻撃の手は緩めない。不可視の力がアンジェラに触れそうになった、

 

 

 

 

 

 その時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ〜……

 

『彼方巡る

 歯車は刻む

 夢幻の旅路を…………』」

 

 大きく息を吸い込んだアンジェラの口から奏でられたのは、唄。どこまでも儚く、力強く奏でられるその唄が、アンジェラの心を蝕み、それを対価として力を与える。

 

 それは、アンジェラの魔法における切り札。

 

 確固たる意思を持って唄を唄うことによってその力を我が物とし振るう、「唄の魔法」。魔法使いの中でもほんの一握りしかその素質を持たぬそれは、アンジェラが使うものどころか現存するどの魔法よりも強力な力を持ち、時空そのものを捻じ曲げることすら可能にしているものの、その代償として精神を大きく摩耗させ、それが酷ければ自我の崩壊を招く。

 

「『手を伸ばし

 救いを差し伸べる英雄』」

 

 アンジェラの足元に、巨大な魔法陣が形成される。それは、アトブリアの亜空間に不可視の扉を開く力を捻じ曲げるもの。アンジェラの周囲の空間が不規則に歪み、魔法陣があちこちに展開され、光が溢れ出す。空中に浮くための力を阻害されたアトブリアは、寸でのところでヘリポートの縁に着地した。

 

「『盲目白痴

 その痛みも悲しみも知らずに』」

 

 身体に残った痛みからか、調子外れのステップを踏みながら唄うアンジェラの瞳には、何も映されてはいない。ただただ虚空だけが宿ったその瞳が、アトブリアを捉える。

 

「……これは、これは……空間をも捻じ曲げるほどの唄……よもや、こんな隠し玉を持っていたとは」

 

 自身の能力を封じられ、危険が迫っているはずなのに、アトブリアは楽しげな声を出した。

 

 その瞬間、魔法陣から溢れ出した閃光が形となって、アトブリアに襲いかかる。確かな質量を持つそれを、アトブリアは軽やかな動きで躱した。

 

「『眩しいほどの光は照らし出す

 光は焼き焦がすいつか全てを』」

 

 アンジェラは手を翻し、魔法陣から次々と閃光を発射する。無詠唱で放たれた流星砲(スターストリングス)の束である。アトブリアの退路を塞ぐかのように軌道を描く光の束は、時間とともにその数を増してゆく。

 

「『正義と悪の

 境目は何処にある?』」

 

 激しさを増した流星砲(スターストリングス)の一部が、ウォルフラムかアトブリアが逃走用に用意していたのであろうヘリのプロペラを破壊した。

 

「プロペラだけを破壊しヘリによる逃走経路を絶ちましたか……これは、してやられましたね」

 

 アトブリアは仮面で感情を隠しながら、プロペラを破壊されて使えなくなったはずのヘリに乗り込む。アンジェラは更に魔法陣を展開し、瞳を伏せる。この場に居るはずのメリッサとデヴィット博士を探しているのだ。

 

「『胸に抱く

 唯一つの真実を』」

 

 少しして、アンジェラはヘリの中に、デヴィット博士の存在を発見した。

 

 オールマイトの親友という立場から不用意にヘリを破壊することができないことに内心舌打ちをするも、それ以上にヘリの中に巨大なエネルギー反応を発見したアンジェラは、メリッサの姿が見えないことに疑問を抱きつつ、流星咆(スターストリングス)の斉射を止め、それを迎え撃つべく準備を進める。

 

 アンジェラはソルフェジオを構え、ウエストバッグから幻夢の書を取り出しその場で浮遊させる。すると、幻夢の書のページがひとりでにパラパラとめくれてゆき、あるページになるとピタリ、とその動きが止まった。

 

「『夢、幻それらの総て』」

 

 数多展開された魔法陣に魔力が集約される。光となったそれらは一点に集約し、巨大な二つの手を形作った。

 

「『一つ一つ重なる嘘』」

 

 まるで麗人のような白い手袋をしたように見えるスラリとしたそれは、人二人を握りつぶせるであろうほどの大きさであり、本来手首があるべき所に一つずつ内部に何やら文字が刻まれた円形に、6つの三角形が外側に均等にくっついているような、アンジェラの魔法陣とは異なる形をした魔法陣が展開されていた。その二つの巨大な手はアンジェラを包み込むように現れ、開かれるように宙に浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それとほぼ同時に、ヘリが内側から破壊された。

 

 

 

 

 

「『馬鹿なことだと言われようとも

 愚かなことだと分かっていようとも』」

 

 ヘリを破壊したのは、その内側からヘリを食いつぶすように破壊して現れた、巨大な一体の骸であった。

 

 上半身だけしか存在しないそれは、まるで夜がそのまま布になったかのような半透明のレースで骨だけの身体を着飾り、頭に黄金に煌めく赤い宝石があしらわれた王冠を乗せ、背中から赤黒い彼岸花のような歪な翼を生やし、その躯体全体からは黒いドロドロとしたスライムのような半透明の液体を溜らせている。アトブリアは、デヴィット博士を抱えてその巨大な骸の肩の上に佇んでいた。

 

「ッッ────────!!」

 

 意思など見えぬ、何も入っていないはずの骸の眼窩が、確かにアンジェラを射抜く。アンジェラの唄に対抗してか、肺腑などないその身体から声にならない声を上げた。

 

「『もう二度と立ち止まることは

 赦されない』」

 

 アンジェラの自我に植え付けられた本能は理解する。眼の前の歪な骸は、形は違えどかのワルプルギスと同じ……いや、その粗悪品に過ぎない。普通のワルプルギスよりも強い力を持つワルプルギスを更に強化せんと改造しようとしたのか、ワルプルギスの力を取り込んだ生物なのか、はたまたどちらでもない別の何かなのかどうかは知らないが、何かをしようと弄り回してその末に産み落とされた失敗作。その力こそ、今のオールマイトでは全く太刀打ち出来ないほどには脅威であろうが、その末にコアが別物になってしまっては仕様がない。

 

 喰らうだけの価値も持たぬのなら、食指も動くことはない。

 

「『どれだけ待ち続けていようとも

 願い信じ祈り続けていようとも』」

 

 しかし、アンジェラの深層意識の奥の奥から響く声音は言う。それはアンジェラの意思と、決意となって唄にさらなる力を与える。

 

 深層意識から反響する声。それは、アンジェラ自身の意思となる。

 

 

 

 

 

 彼の存在を赦してはならぬ、認めてはならぬ。壊し尽くせ、燃やし尽くせ、解放はそれでしか訪れぬ、と。

 

「『その手に二度と戻ることはない

 カケラさえも』」

 

 巨大な骸……アンジェラとソルフェジオが便宜上、「ニアワルプルギス・コア」と呼ぶことにしたそれは、黒い液体を溜らせながらその巨大な両腕をヘリポートに振り下ろした。その一撃で、ヘリポートは粉々に砕かれる。足の踏み場もなくなるところだったが、アンジェラは上空に展開した魔法陣の上に乗ることによって足の文場を確保した。

 

「『憐れな幼子の魂』」

 

 ニアワルプルギス・コアは暗闇しかないはずの眼窩をピカッ! と光らせた。その光は確かな熱を持ってアンジェラを狙い撃つ。

 

「『惑い彷徨い眠りに堕ちる』」

 

 アンジェラは眼前に手を伸ばし、無詠唱で守りの意志(ディフェソート)を発動させる。普段であれば確固たる拒絶(ディフェラドゥーム)であっても焼き貫かれるであろう威力の光は、唄の力によって強化された白銀に輝く防壁によって阻まれた。

 

「『遥かな世界を生き

 星羅を巡った先』」

 

 巨大な両の手それぞれに足元の魔法陣から現出した青白い光が集う。すると、その光は西洋風で柄が水色の巨大な剣へと姿を変えた。現れた二本の巨大な剣を、麗人のような巨大な手は一本ずつ掴み構える。

 

 唄の魔力によって限定解除された、アンジェラが普段幻夢の書を使っても使うことができない魔法、遙華魔術(ウルティ・マギア)の一つ、黎明を裂く剣(ウルトラソード)である。

 

「ッ──────────────!」

 

 ニアワルプルギス・コアは声にならぬ咆哮を轟かせる。まるで、威嚇するかのように。

 

 アンジェラが右手を空をなぞるようにして上から下へと振り下ろすと、巨大な両の手はそれに呼応するかのようにその手に携えた黎明を裂く剣(ウルトラソード)の切っ先をニアワルプルギス・コアへと振りかざした。

 

「『夢見続く子供たちの

 お伽噺』」

 

 ニアワルプルギス・コアは骨の両腕で二振りの大剣を受け止める。ガキン!! という、金属同士がぶつかり合ったかのような音がヘリポートの残骸に響き渡り、接触面から火花が散った。

 

「『楽園はある 

 そんな

 チンケなものでいいから』」

 

 剣と骨の腕は競り合う。ニアワルプルギス・コアは肩に乗っているアトブリアを護るかのように、剣の切っ先を遠ざけようとする。

 

 しかし、その動きに一瞬、迷いのようなものが見えた。

 

「『ただ嘘に深く溺れさせてよ』」

 

 アンジェラはその隙を逃さず、黎明を裂く剣(ウルトラソード)に魔力を集中させ、ニアワルプルギス・コアへ向かって振り下ろす。

 

 

 

 

 それと同時に、ヘリポートの入口から青と黒の閃光が駆け抜けた。

 

「『総てが灰塵に帰して

 両の手から零れて』」

 

 空間に干渉する能力を封じられたアトブリアには、二つの閃光に反応する術などなく、そのままニアワルプルギス・コアの肩の上からガンッ! という音と共に弾き落とされ、デヴィット博士を奪還された。

 

「……なるほど、私の力を封じたのはこのためですか」

 

 アトブリアは納得したような、追い詰められているのにも関わらずどこか楽しそうな声を発する。重力に縛られるまま落ちてゆく彼は、その視線を彼をニアワルプルギス・コアから弾き落としデヴィット博士を奪還した張本人である二つの閃光……ソニックとシャドウに向けていた。ソニックがアトブリアをニアワルプルギス・コアの肩の上から弾き落とし、シャドウがその衝撃で空中に放り出されたデヴィット博士をキャッチしたのだ。

 

 そう、それこそがアンジェラ達の作戦。アンジェラが唄でアトブリアの力を封じ、ソニックとシャドウがデヴィット博士とメリッサを奪還するという、単純明快な作戦。ニアワルプルギス・コアという思わぬ大物の出現や見えないメリッサの姿に少々狂いが生じはしたが、デヴィット博士を奪還することはできた。

 

「『落ちても 

 変わらず

 世界は廻り続く』」

 

 ソニックとシャドウはヘリポートの残骸の上に着地すると、アトブリアとニアワルプルギス・コアを睨みながら唄を紡ぎ続けるアンジェラの傍に駆け寄り、シャドウは抱えていたデヴィット博士をヘリポートの入口へ雑に放り投げた。

 

 アンジェラがその決して強いとは言えない心をすり減らしてまで唄う決意をしなければならなくなったのは、元はと言えばデヴィット博士の恐怖心から産まれた発明品のせいだ。雑な扱いとはいえ、ちゃんとアトブリアから引き剥がされているだけまだマシと言えよう。

 

「アンジェラ、まだ行けるか?」

「今は……アレを仕留めるぞ」

 

 アンジェラは力強く頷き、唄にさらなる力を込めた。黎明を裂く剣(ウルトラソード)は光となって消え去り、巨大な両の手に、手首にあるものと同じ魔法陣が浮かび上がる。

 

「『そのいつかは、いつ? と

 無邪気なあの日も』」

 

 出現した魔法陣が大きくなると同時に、ソニックとシャドウも動き出した。

 

 ニアワルプルギス・コアはその巨躯に見合わぬほどのスピードでその骨の剛腕を振り下ろしたが、ソニックとシャドウにとっては遅すぎるその動きは、最小限の動きで簡単に避けられた。

 

「────────ッ!!!」

 

 次の瞬間、ニアワルプルギス・コアが声にならない悲鳴を上げて大きく仰け反る。ソニックとシャドウがほぼ同時にニアワルプルギス・コアの懐へホーミングアタックを放ったのだ。

 

「『もう二度と帰らない

 戻れやしない』」

 

 大きく広がった魔法陣から蒼い炎が吹き出る。まるで指揮をとるかのようなアンジェラの手の動きに合わせて、炎は竜のような形になり、ニアワルプルギス・コアへ睨みをきかせた。遙華魔術(ウルティ・マギア)の一つ、焔抱く龍槍(ドラゴストーム)である。

 

「『遥か、星の瞬き

 舞い落つ星の光は』」

 

 ソニックとシャドウがニアワルプルギス・コアの傍から離脱したことを確認したアンジェラは、焔抱く龍槍(ドラゴストーム)へ更に魔力を込める。

 

 眼の前に座す歪なものを、灼き尽くす。

 ただそれだけのために。

 

「『確かに触れられたはず

 でも届きはしない』」

 

 焔抱く龍槍(ドラゴストーム)がニアワルプルギス・コアめがけて放たれる。ニアワルプルギス・コアは焔抱く龍槍(ドラゴストーム)を受け止めようとしたのか、腕を前に突き出して骨の手を広げた。

 

 二つの力がぶつかり合う。拮抗していると思われていた両者であったが、ニアワルプルギス・コアの腕は少しずつ、しかし確かに焼け落ちていた。

 

「『闇に隠された希望も

 絶望すら砕き壊すまで』」

 

 唄の終わりと共に、焔抱く龍槍(ドラゴストーム)は咆哮を奏でる。ニアワルプルギス・コアも受け止めようとはしていたが、遂に限界が訪れた。

 

 

 

 

 

「────────────────ー!!!」

 

 焔抱く龍槍(ドラゴストーム)が、ニアワルプルギス・コアの防御を突破し、その胸に突き刺さった。声にならぬ甲高い悲鳴がIアイランドに響き渡る。骨が焼け焦げる匂いと、パチパチ、という焚き火のような音とともに、ニアワルプルギス・コアはその身を焼かれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《……!!》

 

 アンジェラの身体からケテルが力なく出てきて、フラフラとウエストバッグに戻る。限界を超えたカラーパワーの使用で、体力が尽きてしまったのだろう。その浮く様はフラフラだ。

 

 しかし、それ以上に限界なのはアンジェラだろう。

 

 アトブリアから受けた攻撃に始まり、唄の魔法による精神汚染を抑えるためのオーバードーズ、本来使えるはずのない遙華魔術(ウルティ・マギア)を唄によって無理矢理使用したことによるバックファイア、そして、オーバードーズしてなお抑えきれなかった唄の魔法の精神汚染が、巨大な両の手が光となって消えると同時に容赦なくアンジェラを心体共に蝕む。

 

「ッ…………!!」

 

 アンジェラは唄によって作られた結界を消さないようになんとか気を保たせ、力なく地面に着地した。

 

「アンジェラっ!」

「大丈夫か……!?」

「なん……とか……」

 

 駆け寄ってきたソニックとシャドウに、アンジェラはそう返す。口ではそう言いつつも、アンジェラはもはや戦えるような状態ではなかった。唄の副作用で発狂していないだけまだマシと言えよう。

 

 それでも、まだ元凶をぶちのめしていない、と、アンジェラはソルフェジオを支えにしながら立ち上がる。

 

「まだ、だ……まだ、終わってない……」

 

 アンジェラは身体こそボロボロであったが、そのトパーズの瞳にはまだ強い闘志が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおやおや……これはこれは」

 

 ヘリポートだった場所に、この場には不釣り合いすぎる声が響き渡る。アンジェラ達は警戒を強めた。

 

「まさかアレを倒すとは……いやはや、驚きました。あなたたちは本当に優秀ですね」

 

 声の主は、ニアワルプルギス・コアの肩の上から落とされたアトブリアであった。アトブリアは虎の子のニアワルプルギス・コアが倒されたというのに、どこまでも楽しげに言葉を紡ぐ。

 

「うるさい……言え、メリッサは何処だ……!!」

 

 アンジェラは怒りをトパーズの瞳に滲ませてアトブリアを睨み、ソニックとシャドウも臨戦態勢をとる。

 

 多勢に無勢のこの状況。

 

 しかし、アトブリアは一切焦りなど見せなかった。

 

「ああ、あのお嬢さんのことでしたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女なら、今燃えているじゃありませんか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はっ?」

 

 ごうごう、ぱちぱち。

 

 炎が立ち昇る音だけが、その静寂を切り裂いていた。

 



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Victim

「…………」

 

 あまりのショックに、アンジェラ達は言葉を紡ぐことすら出来なかった。

 

 

 

 

 燃えている? 

 

 何が? 

 

 彼女………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………メリッサが? 

 

「ああ、燃えているとは言っても、その前にもう死んでいたようなものですがね。いやはや、もしやとは思いましたが、本当に驚きましたよ……そして、助かりました。アレをどう処分しようか、悩んでいたところだったので」

「何……を……」

 

 無機質な声色で、ただただ事実と感謝だけを紡ぐアトブリアが、アンジェラには酷く歪んで見えた。

 

「どういうことだ……貴様、彼女に何をした!?」

 

 酷く動揺してしまい口を動かすことすら出来ないアンジェラに代わり、シャドウがアトブリアを睨み問いかける。アトブリアは一切調子を変えぬまま、口を開いた。

 

「簡単なことです、少し実験にお付き合いいただいただけのこと。まさか、あんな大物が発生するとは思いもしていなかったのですが……彼女は、よほどの虚弱体質だったのですかね? 

 

 

 

 

 GUNはアレを……ワルプルギス、と呼んでいると聞きます。アレは本物ではなく、そのレプリカのようなものですが」

「ッ……!!」

 

 アンジェラは、あまりのショックで動くことすら出来なくなった。

 

 冷静に考えれば、真っ先に唄でアトブリアの能力を封じなければならなかったアンジェラが、ニアワルプルギス・コアの正体を、メリッサの成れの果てがあの骨の巨人であることを知る由はなかった。ニアワルプルギス・コアを処分したかったと言っていたアトブリアが、アンジェラ達がニアワルプルギス・コアを仕留める前にその正体を明かしていたとも考えられない。

 

 しかし……知る由もなかったとはいえ、「友人をその手にかけた」という事実は、アンジェラの心に重いしこりとなって深く伸し掛かってくる。精神安定剤のオーバードーズがなければ、即座に発狂していてもおかしくはないだろう。

 

「あっ……オレ、は…………」

「っ、……」

 

 あのソニックですら、今のアンジェラに対してかけるべき言葉が見つからなくて、カタカタと震えるアンジェラの肩にそっと手を乗せることしか出来なかった。

 

 アンジェラの眼は、完全に光を失っている。

 

 メリッサ、真実の断片を見せて、それでもなおアンジェラのことを友達だと言ってくれたヒトをこの手にかけてしまったのであれば、自分の唄には、力には、一体何の意味があるというのか。

 

「そこの彼女から聞いているでしょう……魂の残響(ソウルオブティアーズ)の完成品を手に入れることが、私の目的であると、それを手に入れるためには、他人の協力が不可欠であると」

「っ、ああ、聞いている………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………!」

 

 アンジェラの言葉とアトブリアの言葉、そしてメリッサの成れの果てであるという骨の巨人の存在が、パズルのピースを埋めるが如くシャドウの頭の中で一つに収束し、ある結論を出す。

 

 それは、決して認めたくはない、しかし、今の状況を考えれば、そうとしか考えられないこと。

 

 どこまでも残酷で、非道な結論。

 

 ソニックもシャドウと同じ考えに辿り着いたのか、目に見えて怒りをその表情に滲ませ、ギリッ、と歯軋りして、普段よりも低い声で言う。

 

「……今のでようやく分かったぜ……アトブリア、お前は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魂の残響(ソウルオブティアーズ)を手に入れるために、メリッサを殺したんだな!?」

 

 それは、決して認めたくはない事実。

 しかし、この状況を考えればそうとしか思えない事実。

 

 ソニックの叫びを受けたアトブリアは、全く調子を変えぬまま言い放った。

 

「ええ、その通りです。

 

 魂の残響(ソウルオブティアーズ)は人間の魂が凝結しその形を変えたもの。魂を肉体と分離させるには、肉体には絶えていただかなくてはなりませんから」

「っ、それなら、仲間内で勝手にやってろ……何故、彼女達を巻き込んだ!」

 

 かつて大切な人を眼の前で亡くした記憶がリフレインしているのか、シャドウが感情を抑えずに声を荒げる。アトブリアはそんな状況下であっても、平常を保ったまま説明を続けた。

 

魂の残響(ソウルオブティアーズ)は、ただ人が死ぬだけでは手に入りません。死した人間が、所有者となる人間に対して強い感情を抱かなければ魂が上手く凝結しないのですよ。

 

 その感情の種類は問われませんが、魂の残響(ソウルオブティアーズ)を産み出すほどの強い感情を持つ人間は早々居ません。

 

 そんな感情ならば、探すよりも作る方が手っ取り早いでしょう? 

 

 それに、どんな人間でもいいわけではないのですよ。俗に言う異形型や生まれついての強“個性”持ちの人間では、その強い“個性”因子が魂の凝結を遮ってしまうのです。

 

 何の役にも立たない弱“個性”……とりわけ、“個性”因子そのものを持たない無個性の人間が、一番適性が高い。

 

 しかし、今の世の中私の言うような弱“個性”の持ち主はほぼ居らず……無個性は尚更。

 

 そんな中、デヴィット・シールド博士とその娘さんを見つけたのです」

 

 アトブリアはそう言うと、骸の巨人へと顔を向ける。

 

 さも当然のことを語るが如く、どこまでも悍ましいことを口走るアトブリアに、ソニックとシャドウですら、言葉を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 いや、

 

 人間の皮を被った化け物に、かける言葉など最初から存在しないのだ。

 

 奴に、人間の言葉は、情は、何一つとして通じなどしない、理解を求めることは、時間の無駄でしかない。

 

 人間の常識で測ってはいけない異常性の塊、精神の怪物。

 それが、アトブリアなのだと、ソニックとシャドウは正しく理解した。

 

「しかし……この結界は厄介だ。デヴィッド博士にはもう少し、ご協力いただきたいのですが……奪還されて、力を封じられてしまっては、それも難しい……」

 

 何やら考え込むような素振りを見せるアトブリア。ソニックとシャドウは奴が何を仕出かしても対応出来るように構えをとる。

 

 アトブリアは懐から黒く長い針を取り出し、まるでレイピアを振るうかのように構える。その針がアンジェラの腹に突き立てられていたものと同じモノであると、ソニック達はすぐに気が付いた。

 

『っ、我が主……!』

《お姉、ちゃん……!》

「ぁ……っ……」

 

 巨大な骸がぱちぱち、ぱちぱちと燃え盛る音と、ソルフェジオとフラフラとアンジェラの肩の上に乗ったケテルの心配を孕んだ声が、今だに眼に光が戻らぬアンジェラの耳に、やけに鮮明に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……メリッサって、この島から出たことないのか?』

 

 レセプションパーティーの直前のこと。フルガントレットを受け取ったアンジェラは、メリッサにこう質問をした。

 

『小さい頃は外で暮らしていた時期もあったけれど……大体小学生になるくらいの歳から、この島で過ごしているわ』

『……それって、窮屈じゃないか? 旅行とかもできないんだろ?』

 

 メリッサは今十七歳。小学生になる年齢からこの島で暮らしているということは、メリッサは大体十年ほどの時間をこの島で暮らしていることになる。

 

 もしも自分がそうだったら、とても耐えきれそうにもないなと思ったからか、アンジェラは思わずそう口にしてしまい、すぐにはっとして口を噤んだ。

 

『気にしないで。今でこそ目標があって、充実した毎日を送れているとはいえ、小さい頃にそう思ってたことは事実だし…………今でも、ほんのちょっとだけ、そう思ってるし』

『……』

『そう思うってことは……アンジェラって、一所に留まるの、苦手だったりする?』

『ああ……その通りだよ』

 

 アンジェラは困ったような笑みを浮かべる。メリッサはやはり、頭がいいらしい。アンジェラのふとした呟きから彼女の質を読み取ることなど、誰にだって出来るようなことではない。

 

 そのメリッサの姿に、教授の姿が重なったように見えた。なんだかいたたまれなくなって、アンジェラは話題を変えようと口を開く。

 

『あー……そうだ、外のこと知らないんだったら、観光地とかも知らないんだよな?』

『ええ……あまり……ちょっとは知ってるけど……』

『じゃあ、アポトスはどうだ? あの港町の景色は絶景だぞ』

『アポトス……?』

 

 メリッサの目に、輝きが宿る。それは、アンジェラが観てきた風景という名の、メリッサにとっての未知への憧れからくるものだった。

 

 アンジェラは、メリッサに話して聞かせた。彼女が観てきた世界のことを。

 

 聞いたこともない景色、食べ物、文化、そこに暮らす人々……

 

 アンジェラの楽しげな声で紡がれる様々な「未知」は、メリッサの胸に小さな、しかし眩い火を灯した。

 

 まるで、絵本を読んでいるかのようにワクワクが止まらない。知れば知るほど、もっと色々なことを知りたくなる。自分が見てきた世界が、どれだけ小さかったのかを思い知らされたような感覚が、メリッサの心を包み込む。

 

 いつしか、メリッサの胸の内には「父のような立派な科学者になって、ヒーローをサポートしたい」という夢以外にも、ある憧れが産まれていた。

 

 それは、霞のように掴めず、朧気で、そのままにしておけばやがて消えてしまいそうな儚い光。

 

 しかし、アンジェラがワルプルギスを喰い散らかすという、悍ましくも美しい光景を目にした時、そして、強いと思っていたアンジェラが、儚く脆い一面を見せたその時、それはメリッサの心に形となって残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アトブリアに連れ攫われ、それ以降の記憶は曖昧だった。

 

 意識すら朧気で、まるで夢の中で揺蕩っているかのようだった。

 

 身体を自由に動かすことすらままならず、自分が何処に居るのかすらも、彼女には認識できなかった。

 

『……………………』

 

 身体が張り裂けそうな痛みと、ぼんやりとした意識の中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 唄が、聞こえてきた。

 

 

『………………』

 

 美しく、しかし苦しそうに奏でられる旋律に、思わず手を伸ばそうとした。

 

 彼女は、正しく認識していた。

 

 自分が、人ならざるものへと堕ちてしまったこと。

 

 もう、人間に戻ることは、出来ないということ。

 

 そして、この唄の主が、自身の友達だということ。

 

 

 

 

 

 絶望は、感じなかった。

 

 それを感じるだけの感情すら、失われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体を動かすことも出来なかった。

 

 唄の主を排除しようと、勝手に動かされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は、ぼんやりと感じていた。

 

 自分はこのまま、死ぬのだと。

 

 

 

 

 

 それでもいいと思った。

 

 

 

 

 

 人に戻れないのであれば、このまま友達を傷付けてしまうのであれば、友達の手にかけられた方が、何倍もマシだと。

 

 このまま生きていても、誰かを傷付けるだけなのだから。

 

 どうせ死ぬなら、友達に看取られての方がいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………本当に? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガキィン……!! 

 

 金属がぶつかり合うような音を響かせて、黒い針がアトブリアの手から離れて宙を舞い、ヘリポートの残骸の上に深く突き刺さる。

 

 それを為したのは、いつの間にやらアトブリアに接近し、その手に金色に光り輝くカオスエメラルドの力の結晶……カオススピアを携えた、シャドウであった。

 

「おや……それは、混沌の宝珠…………ですか」

「……カオスエメラルドのことも知っているのか」

 

 カオスエメラルドそのものを見せていないというのに、カオススピアがカオスエメラルド由来の技であると見抜いたアトブリアの腹に、シャドウは思いっきり蹴りを入れる。ガコッ、という重々しい音と共に放たれた音速の蹴りは、アトブリアの身体を吹き飛ばしたものの、アトブリアは動じることもなく砂埃を上げながら着地した。

 

アレ(・・)は貴重なものなのですが……おやおや、嫌われてしまいましたかねぇ」

 

 アトブリアはヘリポートに突き刺さった針を抜きながら言う。しかし、声色は先程から全く変わっていない。ここまで変化がないと、こいつにはそもそも感情というものがないのではないかという疑問がふつふつと湧き上がる。

 

 ヴォルフラム達を肉塊に、メリッサを異形に変え、それでも平然とした態度を保っている。

 

 奴は、オールマイトとベクトルは全く違えど、同じように精神が欠落している。オールマイトと違い、一語一句全てにその欠落が垣間見えるのは、流石としか言いようがない。

 オールマイトと違い、奴の言葉は毒が過ぎる。それが故に、聞き続けていたら耳が腐ってしまいそうな感覚に陥る。

 

 

 

 

 

 

 毒ではあるのだが。

 

 

 

 

 奴の言葉には、一切の虚偽すらも感じ取ることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 アトブリアは引き抜いた針をシャドウに向ける。アンジェラの話によれば、それはエネルギーを蓄えているものに地獄の苦しみを与える針。究極生命体であり、リミッターが必要なほどのエネルギーを持つシャドウがその毒牙にかかれば、恐らくはアンジェラと同じように体内から引き裂かれるような激しい痛みに襲われるはずだ。

 

 それを思い出したシャドウはバックステップでアトブリアから距離を取る。それと入れ替わるかのように、ソニックがアトブリアへ、常人には認識することすら不可能なスピードで接近し、音速の拳を見舞った。アトブリアは反応する間もなく宙を舞う。

 

「……………………」

 

 アンジェラは、音もなくソルフェジオをアトブリアに向ける。

 

「ふふ……はははは」

 

 少女の笑い声が響く。それに呼応するかのように、周囲の空気に変化が起こる。

 

 唄の魔力が、主の感情と共鳴を起こす。

 

 

 

 

 

 彼女の心は、既にボロボロだった。

 

 アンジェラはそもそも、精神がタフなわけでは決してない。寧ろ、彼女の精神は何かをかけ違えば容易く壊れてしまうほどには脆い。アンジェラが戦闘面以外で強く見えるのは、単にその勝ち気で男勝りな性格と言動によるものでしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでもなお、彼女が戦う理由があるのだとするならば、

 

 それはきっと、ヒーロー精神などという曖昧なものではなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隔絶された流星群(オクサーハイデネヴ)

 

 

 

 

 彼女自身のわがまま(憎悪)だろう。











………………例え、この身が異型に成り果てようとも、









私の魂、憧れは、貴方と共にある。


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空虚なる人形

私はそもそもこの作品をヒロアカのノリで書いてないんですよね。特にこの章は。

この章、メイドインアビスとネクロニカを足して二で割ったようなノリなんです。何で私はこうもエグいもんばっか好きになるんだか………



 アトブリアへと向けられたソルフェジオの先端に魔法陣が展開され、ものすごいスピードで魔力弾の群れが放たれる。マシンガンもかくやという勢いの弾幕は、寸分の狂いもなくアトブリアへと一直線に押し寄せ、その身体を貫かんとばかりに襲いかかった。

 

「なるほど……やはり、素晴らしい……」

 

 アトブリアは笑う。こんなにも危機的な状況下だというのに、奴は一切焦っていなかった。

 

 アトブリアは隔絶された流星群(オクサーハイデネヴ)の直撃を受ける直前、手に持った黒い針を振るう。針に触れた魔力弾は、まるでシャボン玉が割れるかのようにパァン! と弾けた。

 

 しかし、全ての弾を弾くことが出来たわけではない。

 

 黒い針の毒牙から逃れた魔力弾が、アトブリアに直撃する。まるで怒りや憎悪など、アンジェラが抱えるあらゆる負の感情が込められたかのようなその弾幕は、アトブリアの身体を容赦なく貫いた。

 

 普通ならば、肉体に風穴が開けられた時点で無事では済まないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「感情によって力も強くなる……いいですね、いいですよ、

 

 もっと見せてください……あなた達の力を」

 

 奴が、普通の人間であるのならば。

 

 

 

 

 アンジェラ達は、アトブリアに直接攻撃を仕掛けたその時に気付いていた。

 

 奴が、そもそも生身の肉体を持つ人間などではないことを。

 

 この超人社会においても、心体共に「異常」としか言い表すことができない、異常性の塊であることを。

 

 

 

 

 

 アトブリアが、アンジェラの魔力弾に貫かれた箇所から、ブチブチと火花が散っていた。血肉や臓物が溢れているわけでもなく、その代わりに露出しているのは、パチパチと電気が迸る配線と、無機質な金属のパーツ。血液の代わりに溢れ落ちているのは、ツン、と鼻につく臭いを放つオイル。

 

 アトブリアという存在が人間、いや、そもそも生物ですらないと断定するためには、それだけの情報があれば十分だった。

 

「しかし、困りましたねぇ。パーツも無制限にあるわけではないのですよ」

「……とても、困っているようには見えないが」

「いえいえ、困っていますよ……そして同時に、感動しているのです」

 

 アトブリアはそう言いながらヘリポートの残骸に着地し、両腕を広げる。

 

「私には、憧れがあるのですよ」

 

 アトブリアはその声に憧憬を染み込ませながら、針を持っていない左腕をアンジェラ達の方へと向ける。

 

 瞬間、その腕が弾けたかと思うと、シュルシュル、シュルシュルと金属製のパイプの束が現れる。チューブの束はそれぞれが不規則に動き回っており、どれもが先端に銃口のようなものを着けている。その動きはミミズが集まって動く様を思い出させて、気味が悪い。

 

「人の身では辿り着くことが出来ぬ深淵。人の身があっては触れることすら叶わぬものに近付きたい。私は、そのために研究を重ねています」

「……それに辿り着くために、人の身を捨てた、と?」

 

 敵意、否、殺意を一切隠さぬアンジェラのドスの効いた声に、しかしアトブリアは臆することもなく続ける。

 

「いえいえ、身体を機械で代用することはできても、自我をそのまま完全に機械化することは私の技術では出来ませんから。この身体は変えが効く代用品です」

「……本体は別のとこにあると? 何でわざわざオレたちにそんなこと教えるんだ?」

「それは……簡単なことですよ」

 

 ソニックが懐疑的に放った疑問に、アトブリアは何も取り繕うこともなく答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた達が、なんとも素晴らしいからですよ」

 

 

 

 

 

 

 瞬間、アトブリアの左腕に光が灯る。それぞれのパイプにある銃口のようなパーツに、光が集っている。

 

 アンジェラ達はそれが、高密度のエネルギー体であると、即座に認識した。

 

「この躯体を破棄しなくてはならないのは甚だ残念ですが……それ以上に、私は今感動しているのです。

 

 ヒトの感情には、心には、まだそれほどの力があったのですね。私一人では、気付くことすら出来ませんでした」

 

 ワシャワシャ、ワシャワシャと、チューブが蠢き、広がってゆく。銃口に込められた弾の光が、アンジェラ達を捉える。

 

「っ、アンジェラっ!」

「っ、確固たる拒絶(ディフェラドゥーム)守護の幕(ディアスメイル)!」

 

 ソニックとシャドウがアンジェラの傍に行き、アンジェラが右手に構えたソルフェジオをアトブリアへ向けて確固たる拒絶(ディフェラドゥーム)を、左腕をデヴィット博士に向けて守護の幕(ディアスメイル)を貼った、次の瞬間。

 

 

 アトブリアの左腕から、紫色のレーザーが何本も束となって発射された。

 

 それはまるで降り注ぐ流星のように、ヘリポートの残骸へと注がれ、ただでさえ酷く壊れているヘリポートを更に破壊する。唄の残骸で強化された防壁で防ぐことは出来ているが、それもいつまで保つか分からない。

 

 唄の力にだって限界や時間制限はある。特にアンジェラは、場数こそ踏んでいるが魔法が使えるようになってまだ数年ほどしか経っていない。まだ数えるほどしか唄を使ったことがないこともあり、唄の力を掌握しきれていないのだ。完全に掌握したらしたで、今度は発狂する未来しか待っていないのだが。

 

「ヒトの感情は、意思は、こんなにも強い力を産み出すものなのだと、改めて思い知らされました。目的は邪魔されてしまいましたが……これはこれで大きな収穫です」

「……」

 

 恐らくアトブリアには、罪悪感というものが存在しない。

 

 アトブリアの精神は、根本から人間と違う。

 

 モラルや常識などの一般的な感情の一切を捨てた好奇心が、服を着て歩いているようなものだ。

 

 ……アトブリアの言葉から推察するに、恐らく魂の残響(ソウルオブティアーズ)を手に入れるためにメリッサとデヴィット博士両方を使うつもりだったのだろう。

 

 しかし、デヴィット博士はシャドウの手によって奪還され、放り投げられた先であるヘリポートの入口もアンジェラ達が立つ先にある。防壁までもがあっては、さしものアトブリアでも手の出しようがない。

 

「あれも崇高なる目的に必要なものではありますが……今はそれよりも、あなた達の力が見たい」

 

 その上、アトブリア本人にデヴィット博士を奪おうとするような行動や言動が見られない。というか、今は興味を失っているようだ。逆に、アンジェラ達にはそのドロドロとした興味の視線が向けられている。

 

 やがて、レーザーの雨が止む。アンジェラが確固たる拒絶(ディフェラドゥーム)を展開していた場所以外は、元々見るも無惨な状況であったが、それに更に拍車がかかったかのような状態になっていた。もはや、足の踏み場もないほどには荒れ放題であった。

 

 アンジェラは確固たる拒絶(ディフェラドゥーム)を解除する。唄の効力や残りの魔力にはまだ余裕があるが、アンジェラ自身は心身共にかなり消耗している。今のアンジェラでは、ソニックとシャドウのサポート、後方からの射撃支援が精一杯であろう。

 

 それでも、例え意味がないことだとしても、眼の前の機械は破壊せねばなるまいと、アンジェラはソルフェジオを握る手になけなしの力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく持ち堪えてくれた、少年少女!」

 

 その声と共に、タワーの中から弾丸のように何かがヘリポートへと飛んで来る。その勢いは凄まじく、上昇気流までもが発生した。

 

「もう大丈夫! 何故って!? 

 

 私が来た!!」

 

 お馴染みの決め台詞と共に、上空より威風堂々と現れたのは、日本が誇るナンバーワンヒーロー、オールマイトであった。

 

「おやおや、ナンバーワンの御登場ですか。今宵は随分と賑やかですねぇ」

 

 かの平和の象徴がその姿を現したというのに、アトブリアの声には一切の恐怖心すらも感じ取れない。機械だから当然と言えば当然なのだろうが、ほんの少しくらいは動揺するものではないだろうか。

 

 オールマイトはアンジェラ達とアトブリアの間に着地し、アトブリアを睨む。今ここで初めてアトブリアと対峙したオールマイトだが、直感的にアトブリアの異常性を感じ取ったのか少し身震いした。

 

「平和の象徴、オールマイト……確か、デヴィット・シールド博士のご友人でしたか。ご友人ならもう助け出されていますよ、彼らの手によってね」

 

 デヴィット博士が救出されているということは、オールマイトも既に空中から確認済みだ。ヘリポートの入口辺りに貼ってある防壁の中で雑に放置されている姿を見た。

 

「親切にどうも。だが、ここでお縄になってもらうぞ、敵よ!」

 

 オールマイトはアトブリアに向かって拳を構え、放つ。目も開けていられないほどの凄まじい風圧を乗せた一撃だ。その勢いで、砂煙と火花が舞い散る。普通ならば、その一撃を喰らっては立つこともままならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや……流石はナンバーワンヒーロー。ただの拳の一振りだけでも、桁違いの威力ですねぇ」

 

 しかし、砂煙が晴れた時にそんな呑気なことを口走って佇んでいたアトブリアは、纏う服に多少の汚れは付いていても、それ以外に損傷箇所は殆ど見受けられなかった。

 

 いや、アトブリア自身が攻撃を受けたのではない。奴の前に立ち、その攻撃を受けた者が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ぁ」

 

 アンジェラは、その姿を確認すると小さく呻く。

 

 アンジェラの脳髄を、自我を、感情を、抗い難い本能的な衝動が掻き乱し、犯し、侵食する。彼女の瞳がアカイロに染まってゆく。理性がグズグズと崩れ、どうしようもない空腹感が、殺意が、憎悪が、あらゆる暴力的な感情が彼女を支配してゆく。

 

「………………………………」

 

 本能に呑まれてゆく理性の中で、アンジェラは辛うじて総動員できた理性を振り絞り、それでも念話でソルフェジオに結界の維持に全機能を割くよう命令を下すことが精一杯であった。

 

「ふ、フーディルハイン少女? いきなりどうしたんだい? なんだか調子が悪そうじゃないか」

 

 アレ(……)を目にした時のアンジェラのことを知らないオールマイトは、いきなり虚ろな目になって、ゴトリ、とソルフェジオを落としてしまったアンジェラを心配して駆け寄るが、アンジェラの目はオールマイトを写してはいない。

 

 そのアカイロの目に写るのは、アトブリア………………の前に悠然と陣取る、名状しがたき獲物だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アトブリアの前には、ぐしゃり、と全身が潰れ、腸に穴を開け、そこから黒い液体と肉をまき散らし、それでもアトブリアを守るかの如く仁王立ちをする、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔なしの異形(ワルプルギス)の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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憎悪と狂気のディナーテーブル

       其れが■■だと言うのなら
      
      其の■■への疑問に意味はない

        もし、その■■が
    
    ■■■■が残したものだと言うのならば

      その■■は本当に■■なのか

          


もし■■■■が生まれついての■■■■であるのならば
     
       その■に、意味などない



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内からズクズクと迸る痛みも、唄による精神汚染も、今のアンジェラを止める要因にはなり得なかった。

 

 恍惚とした、悍ましい笑みを浮かべ、グロテスクなアカイロに染まった瞳を爛々と輝かせ、アンジェラは半死半生状態のワルプルギスへ容赦なく音速の蹴りを入れる。グシャリ、という肉を抉る音が、ヘリポートの残骸に嫌なほどに響いた。

 

 スタリ、と着地したアンジェラは、その猟奇的な瞳にワルプルギスを写したまま、右手に魔力を収束させ、光の刃でその華奢な手を覆う。相手の命を刈り取るかのような形をした光の刃だ。

 

 輝きの刃(シェーヴァ)。使用者の指定した場所に鋭利な魔力刃を発生させる物理ダメージ近接魔法。近接武器に使うことでその武器の攻撃力を上げることも可能な魔法だが、その殺傷性の高さゆえにそこまで汎用性が高いわけではない。

 

 アンジェラはその脅威的なスピードでワルプルギスに接近すると、輝きの刃(シェーヴァ)を纏った右手を、ワルプルギスの腹部の抉れた箇所に突き刺し、腹を両断するように切り裂いた。まだ辛うじて繋がった肉がワルプルギスの形を保っている。

 

 オールマイトの一撃の影響か、アンジェラによる切断の影響か、はたまたその両方か。もはや動くことすら出来ないワルプルギスの両腕両脚を、その虚ろな目からは想像もつかないほど器用に輝きの刃(シェーヴァ)を操り切り捌く。ぐちゃり、ぐちゃりと肉を裂く音がその場に響く。

 

 首無しの達磨になったワルプルギスの胸元に輝きの刃(シェーヴァ)で切れ込みを入れたアンジェラは、その切れ込みを引き裂いてワルプルギスの肉に喰らいついた。甘ったるく、生臭い香りのその肉は、しかしアンジェラにとってはこれ以上とないほどのごちそうであった。

 

 鋭い犬歯がワルプルギスの肉に食い込む。顔が、髪が、黒に汚れることもお構いなしに、アンジェラはその肉を貪り食った。

 

「おや、おやおやおや…………あなたは…………」

 

 一連の凄惨な光景を静観していたアトブリアは、何か興味深い物を見つけたかのように感嘆の声を漏らす。眼前に控える平和の象徴(オールマイト)には興味をなくしたようで、その仮面は常にアンジェラの方のみを向いている。

 

 ワルプルギスを視認し、本能に呑まれ冒涜的な行為を繰り返すアンジェラを初めて知覚したオールマイトは、反射的にそれを止めようとした。ヒーローとして、教師として、ヒーローを目指してはいないとはいえ教え子が間違った道に進もうとしているのであれば、それを正すのも自身の役目であると言わんばかりに。

 

 その姿は、先程80階で麗日達が怯え混じりに見せた表情から、恐怖心を拭い取ったかのようだった。

 

 今のアンジェラを止めようとすれば、アンジェラの心が壊れてしまう。そう確信していたソニックとシャドウは、アンジェラの元へ駆けようとしているオールマイトを止めようとする。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……色々と、気になることはあるが……」

 

 ワルプルギスのコアと思しき金平糖のような物体を噛み砕いたアンジェラが、そう言いながらむくり、と立ち上がった。心臓部を破壊されたのであろうワルプルギスは、既に溢れて地面を濡らしていた黒い液体を残して霧散する。

 

 アンジェラの右手には、今だに輝きの刃(シェーヴァ)が纏われたままであった。

 

「あんたが、見た目通りの機械なんだったら」

 

 靴が汚れることも厭わず、黒い液体に汚れた地面を踏み、アンジェラはアトブリアへ一歩、一歩と、少しふらついた足取りで近付いていく。彼女の瞳は、アカイロに染まったままだったが、その声は理性的なものであった。

 

 アンジェラは右腕をゆっくりと、見せつけるかのように振り上げる。口角が上がり、瞳のアカイロに紅が混ざる。

 

 本能と理性の狭間で揺れ動く自我。

 

 それでもなお、彼女は忘れていなかった。

 

「その身体が、代用品(スペア)でしかないのなら」

 

 

 

 

 それを目にした者の身を穿つほどの憎悪と狂気、そして、何よりも深い殺意をその美しい顔に滲ませて、アンジェラは至って冷静に口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………今、ここで、

 

 ()したところで、誰も文句言わねぇよな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あれは……」

「あそこまでキレたアンジェラは、結構久々に見たかもな……」

 

 その一連の流れを静観していたソニックとシャドウは、オールマイトを止めようと伸ばした手を引っ込めて言った。オールマイトは幾度にも渡るアンジェラの突然の変貌に、もはや反応することすら出来ず固まっている。

 

 アンジェラは本気で怒ると一周回って逆に冷静になる質のようで、静かに、しかしその目には確かな怒りを滲ませて、確実に相手を追い詰める。

 

 今のアンジェラは、理性から来た大きな怒りと本能から来た衝動が、上手い具合に混ざり合っているような状態なのだろう。本来ならばぐちゃぐちゃに混ざり、自分が一体何を思っているのかが分からなくなってしまうような、似ているようで全く違う二つの違うところから来る感情が、どういうわけか同時に存在できている。どれだけ強い怒り、憎悪であれば、本能から侵食してくる狂気と並び立つことが出来るのであろうか。

 

 ……いや、恐らく既に彼女は発狂してしまっているのだろう。

 

 アトブリアが全ての元凶であるとはいえ、アンジェラ自身に非があるわけではないとはいえ、友人を自ら手にかけたという事実が変わることはない。それは、彼女の理性を狂気で塗りつぶすのには十分すぎる理由だ。

 

 狂気に塗りつぶされている自我が思考能力を保つことができているのは、ひとえに精神安定剤のオーバードーズがあったから。怒りと薬が、彼女を現界へ辛うじて繋ぎ止める糸になっているのだ。

 

 ソニックはアンジェラが落としていった杖形態のソルフェジオを拾い上げる。アンジェラが本能に呑まれつつとはいえあそこまでキレ散らかしているのだから、その相棒が抱く怒りも相当なものだろう。

 

 そう予想はしていたが、やはりというかなんというか。ソニックがソルフェジオに触れた時、その先端部分が赤い光を放った。

 

 その光が意味するのは、彼女もまた、抑えきれない怒りを抱えているということだと、彼らは知っていた。

 

「……やはり、素晴らしい……人を真に強く大きくするのは、内から湧き出る激しい感情……どれだけボロボロな身体であっても、その感情を貫き穿とうとする者が、一番強いのですね……」

 

 アトブリアは、ボロボロな身体でしかしその瞳には確かな殺意を滲ませてしっかりとアトブリアを写すアンジェラを見てそう呟き、遙か上空に浮かび上がると懐から何か小さなカプセルのようなものをいくつか取り出して周囲に投げる。

 

 そのカプセルのようなものは重力に従いヘリポートの残骸に落下すると、パリン、と音を立てて割れ、カプセルの質量を無視した大量の黒い粘性の液体が発生した。

 

 その黒い粘性の液体はボコボコ、と音を立てながら膨張し、黒い煙を蒔き散らしながら人のような形へと成ってゆく。

 

 そのシルエットを視認したアンジェラは、痛みに軋む身体を引き摺り音速でその物体の1つに接近すると、湧き上がる衝動と共に、アトブリアへと向けていた輝きの刃(シェーヴァ)を纏った右手で横に一刀両断した。

 

 その物体、アトブリアが放った物体は、ワルプルギスであった。恐らくだが、80階に居たワルプルギスもアトブリアによって持ち込まれたものだったのだろう。

 

 噴水のように黒い液体を吹き出しながらヘリポートに落ちたワルプルギスの上断面に左手を突っ込んで、黒に汚れた肉を、コアと思しきパーツを引き摺り出して貪り食い、他のワルプルギスを斬り、喰らいを繰り返すアンジェラは、しかしその視線はアトブリアへと向けていた。

 

 そのアカイロの瞳に、憎悪と狂気を湛えながら。

 

「本能に呑まれても、理性から来る感情を忘れない……いい、いいですよ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒュ〜………………ガンッ!! 

 

「ッ!?」

 

 風切り音と、金属を殴りつける音がヘリポートに響き渡る。

 

 アトブリアがそれに反応する前に、アトブリアの身体はソニックブームと共にヘリポートへと叩きつけられ、オイルを撒き散らしながら二、三回バウンドすると燃え盛る骸の巨人の前に転がり落ちた。

 

「っ、DETROIT SMASHっ!!」

 

 それを好機とばかりに、今の今までショックが大きすぎて動けなかったオールマイトがアトブリアへ拳を放つ。凄まじい勢いのストレートパンチは、アトブリアを骸の巨人を焼く炎へ吹き飛ばした。焔抱く龍槍(ドラゴストーム)由来の炎が風圧で掻き消えることはなかったが、アトブリアは炎に包まれる。

 

 その直後、スタン、とソニックがヘリポートに着地する。上空のアトブリアを殴りつけ、ヘリポートへと落としたのはソニックだ。ソルフェジオの怒りを感じ取った彼は、アトブリアがワルプルギスを喰うアンジェラに注目している隙に上空にジャンプし、後ろからアトブリアを強襲したのだ。

 

「……これで……」

「いや、まだだ」

 

 オールマイトが紡ぎかけた言葉をシャドウが否定する。

 

 彼の視線の先にあったのは、炎の中で揺らめく影。

 

 ワルプルギスを全て喰い殺したアンジェラの瞳が焔を写し、紅を湛えてゆらり、と揺れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや……話には聞いていましたが、やはり衰えましたねぇ、平和の象徴。全盛期であれば、この躯体を一撃で葬る可能性すらあったというのに……」

 

 彼らの視線の先には、身体中から火花を散らすアトブリアの姿があった。

 

 ゆらめく炎を抜け、アトブリアは歩みを進める。

 

 奴が纏っていた服が炎に呑まれて焼け焦げ、今まで一部しか垣間見えなかったアトブリアの本来の姿が露わになった。

 

 火花散る配線と金属のパーツまみれの身体。腕や脚は幾本もの配線と銃口の付いたパイプの塊であり、オールマイトの拳とアンジェラの隔絶された流星群(オクサーハイデネヴ)で穿かれた箇所からはオイルが流れている。

 

「しかし、これは流石に弱りましたねぇ。先の一撃で亜空間との接続機構を破壊されてしまいました。ピンポイントにこの機能を破壊するとは、流石は平和の象徴」

 

 パイプの右手で器用に黒い針を玩びながら、アトブリアはそう呟く。

 

 自ら弱点を公言するなど、普通の敵であれば愚の骨頂であろう。しかし、奴のこの身体は代用品(スペア)。ここで破壊されたところでアトブリア本体に直接的なダメージが行くわけでもないのであれば、戦闘を続行させるような選択を取るのも何らおかしな話ではない。

 

「………………お喋りはこの位にして……この躯体最後の花火でも上げましょうか」

 

 アトブリアは全身のパイプを震わせ、ヘリポート全体へ勢いよく伸ばし、叩きつける。母体の質量を無視した巨大なパイプの群れが、アンジェラ達へと襲いかかってきた。

 

 パイプの動きは、かの伝承上の怪物クラーケンが暴れる様を思い出させるようなものであり、無遠慮に、狙いすら曖昧に、ただただヘリポートを破壊する。

 

 曖昧な狙いの攻撃は、一周回って厄介なものだ。それは、戦い慣れている者ほど感じやすい。自分の予想を外れた動きは、対応がし難いものである。

 

 重い振動が周囲に響く。その振動で、パイプを躱すソニック達の動きが僅かに鈍る。

 

 しかし、アンジェラだけは、あのパイプに、ないはずの記憶が呼び起こされるような感覚を受けて、そのアカイロの瞳を揺らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 アンジェラの右手から輝きの刃(シェーヴァ)が掻き消える。自分が覚えていないはずの記憶、知らないはずの記憶が、彼女に語りかけてくる。

 

 

 

 

 

『奴を殺せ、その存在を赦すな、その怒りはお前のものだ。

 

 

 

 

 ■■■■、お前には、お前だけには、それが赦されているのだから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………最初から、そのつもりだ…………」

 

 この狂気に身を委ねることが、本当に正解なのかは、誰にも分からない。

 

 だが、アンジェラは、今度は自分自身の意思で、自我で、決意した。

 

 狂気が狂気を塗りつぶす。ぐちゃぐちゃになって溶けかけていた自我が、「彼女」という存在に戻る。瞳のアカイロは、右がトパーズ、左が紅へと染まってゆく。

 

 その瞳は、今だに狂気に塗れている。しかし、確かな彼女自身の「意思」をも映し出していた。

 

「っ、アンジェラ!」

 

 アンジェラの瞳を垣間見たソニックは、手に持っていたソルフェジオをアンジェラに投げ渡す。アンジェラは右手でソルフェジオをキャッチすると、杖からサブマシンガンへと変形させ、構え、引き金に指を置いた。

 

明けの空に舞う星屑(ヴエアハイドシリウス)

 

 虚ろな、しかし確かな意思を宿した瞳でアンジェラが引き金を引くと、超高温の魔力弾が銃口から放たれた。その弾幕は凄まじい速度で宙を舞い、アトブリアのパイプを切断する。しかし、手負いのアンジェラでは断続的に発生し続けるパイプの全てを切断することはできない。

 

 無論、アンジェラもそれは承知の上だ。

 

 そして彼女は、一人ではない。

 

「カオススピア!」

 

 アンジェラが撃ち洩らしたパイプに、光の槍が突き刺さり爆発を起こす。アンジェラが光の槍が飛んできた方向に一瞬目をやると、そこには左手で青いカオスエメラルドを握り締め、右手をアトブリアへと向けているシャドウの姿があった。

 

 シャドウが今持っているカオスエメラルドは、元々アンジェラが持っていたものだ。今ここに居るメンバーの中で、カオスエメラルドの扱いに最も長けているのはシャドウ。なのでアンジェラは、事前にシャドウにカオスエメラルドを手渡していた。

 

 アンジェラとシャドウの攻撃で、パイプの動きが一瞬鈍る。そして、それを見逃すソニックではなかった。

 

「もう、オマエには何もさせない……!」

 

 ソニックはパイプの隙間を縫うように駆け抜け、アトブリア本体へ音速の蹴りを落とす。妹を狂気の淵に叩き落したアトブリアへの激しい怒りも相まって、力を増したその蹴りによって、アトブリアはソニックブームを発生させながら地に落ちた。グシャァっ、と、機械の潰れる音がアンジェラ達の聴覚に響いた。

 

「ふ、フふ……素晴ラしい、素晴ラシい……」

 

 アトブリアの声にノイズが混ざる。最後の花火だとばかりにアトブリアの両腕のパイプの群れの銃口に光が集う。

 

「……ふふ」

 

 アンジェラは笑みを浮かべ、足元に魔法陣を展開する。

 

 それは、一介の少女には過ぎたる(魔法)。唄の魔力すらも吸い上げて、少女は狂気に満ちた悍ましい笑みを作る。それは、この狂気と憎悪が支配する舞台を彩る華に相応しい、美しく、恐ろしい笑みだった。

 

 アンジェラが何かをやろうとしていると、アトブリアも悟ったのだろう。銃口を全てアンジェラへ向け、右手のパイプで弄んでいた黒い針をアンジェラへ向かって投擲する。

 

 しかし、そんなことを彼らが赦すはずもない。

 

「……させるか」

「大人しくしていろ」

 

 ソニックは投擲された針を蹴りで叩き落し、シャドウはアトブリアが伸ばしていたパイプを掴んで、上空へと投げ飛ばした。

 

 しかし、最後の悪あがきとばかりにアトブリアからパイプが伸ばされる。

 

「子供たちばかりに、任せるわけにはいかないなっ!」

 

 そのパイプを拳で破壊したのは、オールマイトだった。オールマイトはパイプを破壊すると、即座にその場から離れる。

 

 それを確認した……のかは分からないが、アンジェラはソルフェジオをサブマシンガンから再び杖に変形させ、アトブリアへと向けて構える。足元の魔法陣が光を増し、ソルフェジオの先端にも魔法陣が展開される。そして、その魔法陣に空色の光が集ってゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……消えろ。

 

 星羅を征く(カージュフォビィア)

 

 低く、おどろおどろしい、しかしどこか美しい声の詠唱によって放たれた砲撃が、アトブリアの躯体を飲み込んだ。凄まじい破壊力を持つその砲撃はアトブリアの躯体をみるみるうちに解体していく。

 

 そして。

 

 

 ボカァン!!! 

 

 

 

 と、大きな音を立てながら、アトブリアの躯体は爆発した。

 

 

 

 

 

 




伸びに伸びまくったI・アイランド編も次回が最後です。


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魂の残響

儚くも確かな憧れは、確固たるものになった。

「世界」を語る彼女はとても楽しそうで、聞いているこっちも楽しくて。

いつの間にか、彼女と同じ世界を観たくなった。

科学者に、ヒーローになるという憧れと同じくらいに、確固たる憧れ。

私では、届かないと思っていた憧れ。

ヒーローになるのであれば、諦めなければならない、憧れ。






だけど、

もう、人には戻れないのであれば、

もう、ヒーローにはなれないのであれば。






………………ねぇ、パパ。

一つだけ、一つだけわがままを言っていいかな。

私ね、人には、もう戻れないの。

だけど、それでも出来る、やりたいことが見つかったの。

だから―――――――――――――――――――


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはやガラクタ以下の燃え滓と化したアトブリアの欠片が降ってくる音と、骸の巨人を包む炎が燃え盛る音が、ヘリポートに響き渡る。

 

 無惨にも瓦礫の山と化したヘリポートに、アンジェラは力なく座り込んでしまった。力が抜けたその手から、杖の姿のソルフェジオがペンダントへ形を変えながら落ちてゆく。

 

「……………………」

 

 両方ともトパーズの色に戻ったその瞳は、しかし完全に濁り切ってしまっている。その表情からは、何の感情も読み取ることができない。

 

 ぽたり、ぽたり、と、彼女の瞳から涙が零れ落ちる。静かに、ただただ頬を伝って雫が落ちていく。その視線は、燃え盛る骸の巨人に向けられていた。

 

 ……戦闘時には怒りと脳が分泌していたアドレナリンによって繋ぎ止められていた彼女の心が、緊張の糸と共に緩やかに解れてゆく。薬の効果でまだ辛うじて壊れてはいないそれは、このままでは儚く崩れ去ってしまうことは、誰が見ても明白であった。

 

「アンジェラ……アンジェラ、終わったぞ」

 

 ソニックはその腕に妹を優しく抱き締める。今にも掻き消えてしまいそうな、儚い妹。背を預けられて、自分と並び立つことができて、そして…………自分以上に無茶ばかりする、妹。

 

「…………」

 

 シャドウは無言で、妹の頭を撫でる。最初に会った時は豪胆な奴だという印象を持った。

 

 ……しかし実際には、彼女は「強い」訳では無い。いや、この世に「強い」者など存在しない。誰であっても、どれだけ心が「強い」と言われている人間であっても、必ず心の強さには限界がある。

 

 現に二人の視線の先に居る二人の妹は、感情を表に出すことすらままならないほどに、心が疲弊してしまっている。アトブリアの策略によるものとはいえ、彼女自身には全く非がないとはいえ、友人の成れの果てに意図せず手をかけてしまったのだ、当然と言えば当然だろう。

 

 彼女は言った。

 自分が自分に手をかけそうになったら、その時は止めてくれ、と。

 

 それは、彼らを、どこまでも信頼していることの、何よりの証。彼らなら、アンジェラがこの世の誰よりも信頼し、敬愛する彼らであれば、必ず引き戻してくれると、彼女は一遍の狂いもなく、信じていた。

 

 ならば………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アンジェラ」

 

 ソニックの優しい声がアンジェラの鼓膜を震わす。今まで無反応を貫いていたアンジェラは、少しだけ、本当に僅かに、首を上げた。

 

「メリッサは、お前にとって、何だ?」

「………………とも、だち………………」

 

 小さく、本当に小さく呟かれたその4文字は、アンジェラにあって、ソニックとシャドウにはない、メリッサとの繫がり。

 

 一日にも満たない、ほんの短い時間。それでも、アンジェラとメリッサの間には、確かな友愛が、存在している。それは決して一方通行の慈愛なんかではなく、互いが互いを想い合う、確かな感情。

 

「そうだ、繫がりの薄いオレとシャドウじゃ駄目なんだ。……お前が、精一杯泣いてやってくれ。

 悲しみも、怒りも、憎悪も……それは、メリッサの友達のお前だからこそ持ち得る感情だ」

「その怒りも後悔も悲しみも、後で奴らに好きなだけぶつけてやればいい。その機会は、これから幾らでもある。

 

 だが……肝心の君が、壊れてしまっては、その感情は消えてしまうんだ」

 

 ソニックとシャドウの、どこまでも妹を想う優しい声。それはアンジェラの脳髄に響き渡り、彼女の瞳に光が戻る。解れかけていた心が、繋ぎ止められてゆく。

 

 ぽたぽた、ぽたぽたと滴り落ちていた雫が数を増す。堰き止められていたそれは、彼女の理性を、感情を、自我を、あるべき形へと直してゆく。

 

「ぁ、ぁ…………うぁああああああああああっ!!!」

 

 骸の巨人からは目を離さず、少女は恥も外聞もかなぐり捨てて泣き崩れた。懺悔が、後悔が、怒りが、悲しみが、様々な感情が雫となって、とめどなく溢れて零れ落ちる。そんな儚い妹の悲痛な叫びを、二人の兄は、ただただ受け止め慰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラがひとしきり涙を流し終えた、その時。

 

 骸の巨人の身体が崩れて落ちた。

 

 ドスン、と音を立てて原形をなくしたその巨体から、何かが月光に照らされて宙に飛び出し、火の粉を振り払いながらアンジェラのすぐ横に落ちてきた。カラン、と軽い音を立てて弾んだそれを、アンジェラはおもむろに手に取る。

 

「…………っ」

 

 それは、手のひらほどの大きさをした、蔦のような白い装飾が全面に施された黒い立体的なハートの形をした物体。ハートの左上、右上、そして下の頂点の部分に、リコーダーの吹き口のような形の細長いものが突き刺さっていて、ハートの割れ目の上には、糸を通すことのできそうな穴がついている。ハートの真ん中の部分には花弁が5つある花を模した大きな白い宝石が嵌め込まれており、その宝石を囲むように左右に3つずつ穴が開いている。

 

 その物体を手に取った瞬間、アンジェラは直感的に口を開いた。

 

「…………メリッサ…………?」

 

 アンジェラの声は、あり得ないものを見たかのような、しかし、それを確信したかのような声だった。アンジェラの不可思議な発言に、ソニックとシャドウは首を傾げる。

 

「……? どういうことだ?」

「自分でもよく分かんないけど……そう感じるんだ……どうして……」

 

 アンジェラはその物体に付いた砂埃を払う。すると、笛の音と共に花を模した白い宝石の中心から光が溢れ出た。熱量など持たないほどの淡い光だったが、それに触れたアンジェラ達は、錯覚でもなんでもなく「暖かい」と感じる。

 

 不可思議な現象に戸惑う三人。しかし、不意に先の戦いの中でアトブリアが口走っていた言葉を思い出したソニックは、驚きを隠さずに口を開く。

 

「……それってもしかして、魂の残響(ソウルオブティアーズ)……なのか?」

 

 魂の残響(ソウルオブティアーズ)。人の魂が、肉体が滅んでもなお抱き続けた強い感情によって凝結したもの。天使の教会にとって、必要らしいもの。

 

 アトブリアの言葉を鵜呑みにするつもりなど毛頭ないが、状況を考えれば考えるほど、そうとしか思えなかった。

 

 感情の種類は問われないとアトブリアは語ったが、先程の暖かい光は、とても負の感情から成ったものとは思えない。第一、アンジェラが触れたことで光が溢れたのであれば、これの所有者はアンジェラ、ということになる。

 

 アンジェラの本能を垣間見て、それでもなお、彼女を拒絶しなかったメリッサ。彼女がアンジェラへの感情で魂を現し世に留めたのだと言うのなら、それは決して悪感情などではない。

 

 しかし、アトブリアの言葉が正しいのであれば、魂の残響(ソウルオブティアーズ)と成るほどの感情を持つ人間はそうそう居ないのだという。それも、こんなにも短い時間で……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

 シャドウの脳裏に、かつての記憶が蘇る。

 

 それは、かつてアークで暮らしていた頃の、最後の記憶。

 一月にも満たない短い時間の付き合いだったというのに、マリアは自らの身を呈してシャドウを逃した。

 

 その記憶と今の状況に、シャドウは近しい何かを感じた。

 

 

 

「……アンジェラ、少しいいか、それ」

 

 シャドウはアンジェラから魂の残響(ソウルオブティアーズ)を受け取ると、ソルフェジオを拾い上げ、彼女の糸を一度切り、魂の残響(ソウルオブティアーズ)に通した。

 

「……分からないことだらけではあるが、これだけは言える。これが君に託されたのは、間違いなくメリッサ自身の意思だ」

 

 シャドウはそう言うと、魂の残響(ソウルオブティアーズ)をアンジェラの首にかけた。月明かりに照らされて、ソルフェジオと花を模した宝石がきらり、と光る。

 

「……奴の言葉が真実なら、それは君にしか使えない。彼女自身が、君と共に居ることを選んだんだ。

 

 中々、似合うじゃないか」

 

 シャドウはそう言うと、アンジェラの頭を撫でた。

 

「……シャドウ…………」

 

 アンジェラの心の中で、感情が決壊する。とめどなく溢れるそれは、もう、彼女自身では、止められない。一度止まったかと思われていた雫が、また瞳から溢れ出す。

 

「ぁ……うぁぁあああっ、ああああああっ!!!」

 

 少女の慟哭が響き渡る。心を剥き出しに、感情のままに溢れ出す雫は、やがて彼女に力を与えるだろう。狂気から遠ざけられたその心は、その涙を糧に決意を宿すだろう。

 

「……今は、好きなだけ泣け。誰もお前の、邪魔はしないさ」

 

 だから、今は、妹の邪魔など、誰にもさせない。させては、ならない。

 

 その想いと共に、ソニックは再びその腕に、妹を抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その光景を、オールマイトとデヴィット博士は遠くから眺めていた。うら若き少女の慟哭は、彼らの鼓膜を震わせる。

 

「……私は、愚かだった」

 

 デヴィット博士は語る。自分が敵に“個性”増幅装置を盗まれたことにするという、サムの言葉に惑わされなければ、いや、そもそもあの装置を作らなければ、愛する一人娘を失うことはなかった、と。

 

 彼には大局が見えていなかった。I・アイランドのサポートアイテムが敵に横流しされるという事案が無いわけでは決してないのに、“個性”増幅装置だけは例外であるとは、決して言えないのに、全ては、現状維持の産物でしかないというのに、オールマイトの親友であれば、彼の幸せを願わなければならないはずなのに。

 

 憧れが消えることが恐ろしくて、ただそれだけのために、二度も過ちを犯してしまった。

 

 世界が変わることそのものを恐れたスポンサーが大半だったのだろう。しかし、恐らくだがその中には、敵に装置が奪われる、という最悪のケースを想定して、デヴィット博士に圧力をかけてきたスポンサーも居たのではないか。

 

 前は分からなかったが、今なら分かる。

 

 憧れが消えることを恐れ、親友に不幸になることを強いようとしていたのだと。

 

 その結果、彼が築き上げた全てを、台無しにしようとしていたのだと。

 

 

 

 

 ……あの時、保管庫で装置を破壊した時の、アンジェラの射抜くような怒りの訳も。

 

 

 

 

 

 ああ、なんて愚かなことだろう。

 

 憧れを失いたくない。その心が、巡り巡って愛する娘を殺したのだ。

 

 メリッサは、自分の手で殺したも同然なのだ。

 

 もう、今の自分に、彼女の父親を名乗る資格など、無い。

 

「デイヴ、それは……」

「……慰めないでくれ、トシ。これは、私の罪だ。一生、贖うことの出来ない罪。

 

 …………決して、あの子が被るべきものじゃない」

 

 デヴィット博士の視線の先には、泣き疲れて、ソニックの腕の中で気絶するように眠りに落ちた、アンジェラの姿があった。

 

「ああ、あの巨人に止めを刺したのは彼女だ……しかし、彼女達があれと戦わなければ、恐らく、I・アイランドは海に沈んでいた。何万人という人が、犠牲になるかもしれなかった。

 

 この事件の責任は、全て私にある……メリッサを殺したのは、私だ」

 

 デヴィット博士は決意を宿した瞳でそう語る。彼はもう、逃げないと決めた。この惨劇から、悲劇から、娘を喪ったという、事実から、決して、目を背けはしないと決めたのだ。

 

「……デイヴ……しかし、彼らの話が本当なら……」

「ああ、メリッサは今でもあそこに居るのだろう……だがな、トシ。あれはあの子が持つべきだ」

 

 デヴィット博士の言葉を、オールマイトは驚愕と納得が入り混じった感情で受け止める。

 

「私にはもう、メリッサの父親で居る資格などない……あの子になら、こんな愚かな私の代わりに、メリッサを解放してくれたあの子になら、預けられる」

「デイヴ…………」

「それに、あれがメリッサの最後の我儘なんだ。ずっと、この狭い箱庭に閉じ込めてしまったからね。こんなことを言うのは烏滸がましいかもしれないが、叶えてやりたい」

 

 デヴィット博士は、名残惜しそうな、愛おしそうな表情で、アンジェラの首にかけられた魂の残響(ソウルオブティアーズ)を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。

 

 下の階で戦っていた面々と合流していたテイルスと麗日が屋上へやって来た。二人は下の階から来た面々を、決してアトブリアの元へは行かせないようにアンジェラ達に頼まれていたのだ。あのアンジェラですら手負いにまで追い込んだアトブリア相手では、テイルス達はともかく、A組のクラスメイト達では正直足手まといにしかならない。アンジェラが唄を使おうとしていたのも相まって、クラスメイト達に無駄死にされては困ると、シャドウが考えたためである。実際、アトブリアだけではなく更にヤバいやつが出現したため、シャドウの考えは正しかった。爆豪は結構荒れたそうだが、テイルスが踵落としで黙らせたのだという。

 

 そして、戦闘音が聞こえなくなったため、テイルス達は屋上にやって来たのだ。ちなみに、シルバーとメフィレスはパーティー会場の見張りを買って出たそうでこの場には居ない。

 

 彼らは泣き腫らして気絶するように眠っているアンジェラを見て、そして、ソニック達から事の顛末(メリッサが魂の残響(ソウルオブティアーズ)と成ったことなど、一部の情報についてはシャドウの指示で秘匿した)を聞いて驚愕し、狼狽えたが、オールマイトの指示に従ってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 アンジェラは、湖のテラスの近くにある公園へと足を運んでいた。ここからなら、屋上がボロボロになったセントラルタワーがよく見える。

 

「………………」

 

 アンジェラの首には、ソルフェジオと魂の残響(ソウルオブティアーズ)がかけられている。最終的にはメリッサ自身が選んだこととはいえ、アンジェラの胸の内にはある感情が燻っていた。

 

 アンジェラはそっと、魂の残響(ソウルオブティアーズ)に触れる。無機質な物体とは思えないほどに、それは暖かい。

 

「…………正しいか、正しくないかは、関係ない。元々、そのために日本に来たんだ。そこに、自分の目的が加わるだけ……ただ、それだけだ」

 

 彼女の瞳に、決意が宿る。

 

 天使の教会。アンジェラが日本へ来るきっかけとなった組織であり、人としてのメリッサを殺した組織。

 

 ここまでの憎悪を感じるのは、随分と久しぶりだ。かつて、なかったことになった、あの事件以来のことだ。

 

「……ああ、やっぱオレは、ヒーロー向いてねぇな」

 

 自分の感情を再認識したアンジェラはそう呟き、自嘲気味に笑った。

 

 

 

 

 

 その時。

 

「……ああ、ここに居たか」

 

 アンジェラの背後から、よく通る甘い声が響き渡る。彼女には、振り返らなくても声だけでそこに誰が居るのかが分かった。

 

「……ソニック。言っとくけど、オレは……」

「ああ、分かってる。今のアンジェラを止めるほど、オレは不粋なんかじゃない」

 

 ソニックはそう言うと、何かをアンジェラに投げ渡し、アンジェラはそれを見ずにキャッチする。

 

「シャドウからだ。奴らに落とし前つけてこい、だってさ」

 

 投げ渡されたそれは、アンジェラが持ち込みシャドウに手渡していた、青のカオスエメラルドだった。先日の一件でGUNへの報告書につきっきりになっているシャドウから、預かったものなのだろう。アンジェラは思わず口角を上げる。

 

「悪いこと、だとか言わないのか?」

「その感情で動くことの、一体何が悪いんだ? 重要なのは方法だろ? 大丈夫、お前はそのやり方を、間違ったりしないさ」

「…………はは、そりゃそうか」

 

 アンジェラはカオスエメラルドを握る手に力を込める。太陽の光が反射を起こし、カオスエメラルドがきらり、と輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、ようやく序曲(プロローグ)が終わったね。

 あの人が愛した、私達の愛する■。

 

 ……ようやく、この時が来た。

 

 何度壊れて砕かれても、貴女には引き戻してくれるお兄さんたちと仲間たちが居る。立ち止まることは、もう赦されない。

 

 私達の時間が続く限り、私達は貴女を待ち続ける。覚悟なら、とうの昔にできている。

 

 さぁ、どれだけ残酷な真実を目の当たりにしようとも、■■の■をもぎ取って、狂気に満ちたこの世界を踏みしめてここまでおいで。私達の名前を呼んで。

 

 そして、どうか、願わくば………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの人を、殺して。

 

 

 




えきねこです。よろしくおねがいします。

皆様、いつも「音速の妹のヒーローアカデミア」のご観覧、ありがとうございます。この場をお借りして、少しこの作品の今後についてご報告をさせてください。

今までなんやかんやと毎日投稿が続いてきましたが、これから先の投稿は不定期となります。理由は大きく分けて二つありますが、一つはストックが完全に尽きたから、もう一つはリアルの方がこれから多忙になるからです。

ただ、不定期にはなりますが失踪するつもりは毛頭ありません。どうぞ、気長に待ってやってください。えきねこでした。


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第六章 Find Your Flame
強化合宿


二度とその手に宿すことも、

二度とその目に写すこともない。

その憧れは、

彼方へと消えた。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が壊れている。

 

 少なくともその少女には、そう見えた。

 

 

『ゃ…………! ぃゃ……!!』

 

 小枝のような手足で、力を込めればいとも簡単に手折られそうな身体で、幼い少女は突然伸びてきた魔の手から、どうにか逃れようと身をよじる。圧倒的な恐怖が胸の内から湧き上がり、身体を支配する。声を上げようと腹に力を込めたつもりであっても、その小さな口からは掠れたような音しか出すことが叶わなかった。

 

『っ………………』

 

 幼い少女は、掠れたその声で救いを求める。行き過ぎた恐怖で、もはや涙すら流れてはいない。

 

 幼い少女に伸ばされた魔の手は、まるで触手のように彼女に絡み付いて離れない。どれだけもがこうとも、抗おうと身体に力を込めようとも、まるで現実を突きつけるかのように。

 

 極度の緊張と疲れからか、朦朧としてくる意識の中、幼い少女は最後に二つの光景をその目に焼き付ける。

 

 

 

 一つは、ある少年が最後まで少女を救おうと抗う光景。

 

 

 

 そして、もう一つは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の憧れが、少女を視認し、しかし手を伸ばそうとは決してしなかった光景。

 

 

 

 

 

 

 憧れは怒りへ、怒りは憎悪へと、時と共に形を変えて、言葉を失っても、誰に悟られることもないまま、ひた隠しに、ひた隠しにし続けた。

 

 血肉を捧げ、揺蕩う存在に成り果てても、ひた隠しにし続けた。

 

 

 

 そしてそれは、確かに託された。

 

 

 彼女に連なる者たちに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………っ!!!」

 

 身体を掴まれるような感覚を覚えると同時に、アンジェラは勢いよく身体を起こした。今だに日の影も見えず、月の光が地を照らす時間帯のことだった。

 

「……はぁ、はぁ…………」

 

 乱れた心臓の鼓動と息を整えながら、アンジェラはスマホの電源を入れ時間を確認する。表示された時刻は、午前3時過ぎだった。

 

 悪夢を見て、妙に早い時間に目を覚ますことは、アンジェラにとってはよくあることだ。

 

 しかし、今回は今までとは決定的に違う点が一つ存在していた。

 

「…………あれは、夢? 

 

 ……にしては、妙にリアル……そもそも、内容を覚えてる……? 普段は何も覚えてないってのに……」

 

 そう、アンジェラははっきりと、夢の内容を覚えている。それはもう、一から十までの全てを覚えている。

 

 普段はただ「悪夢を見た」という感覚と不快感があるだけで、夢の内容など一欠片も覚えていないというのに。まるで、ブラック彗星事件の時のように、深層意識がアンジェラの自我に、「忘れるな」と言っているかのようだった。

 

「……ったく……目覚めから気分悪い……」

 

 午前三時という日も昇らない早すぎる時間だが、二度寝をする気にもなれなかったアンジェラは、足取り重くキッチンに赴きコーヒーを煎れ、精神安定剤と共にコーヒーを喉に流し込む。口の中に広がる苦味が、僅かにアンジェラの心を落ち着けた。

 

「……荷物の確認でもするか」

 

 アンジェラはカップを洗うと、溜息をつきながら自室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の午前8時頃。二台のバスが停まっている、雄英高校敷地内のバス乗り場。

 

「雄英高は一学期を終え、現在、夏休み期間中に入っている。

 

 だが、

 

 ヒーローを目指す諸君らに、安息の日々は訪れない。この林間合宿で更なる高みへ……Puls Ultraを目指してもらう」

『はい!』

 

 相澤先生の言葉に、A組全員が元気の良い返事を返した。

 

 そう、今日から雄英高校の学校行事の一つ、林間合宿が始まるのだ。普通の学校の林間学校などとは違い、ヒーロー免許取得のための“個性”強化合宿なのだが、クラスメイト達と寝食を共にするという点では共通している。クラスメイト達……特に、期末実技で赤点を取ってしまい、合宿中に補習が決まっている芦戸と上鳴が過去小学校や中学校で行ってきたであろう林間学校や修学旅行を思い出しテンションを上げている中、アンジェラだけは少しだけ難しげな顔で、肩の上に乗せたケテルを撫でていた。

 

「アンジェラちゃん、ついに林間合宿の始まりだね……って、どうしたの?」

「……いや、ちょっと朝目覚めが悪かっただけだ」

 

 林間学校や修学旅行に参加したことはない、というか、そもそもラフリオンの学校に林間学校や修学旅行は存在しないが、旅行自体は好きなアンジェラはクラスメイト達のテンションが上がる理由はなんとなく分かるし、共感も出来る。

 

 しかし、今のアンジェラは、テンションを上げる気には到底なれなかった。

 

「そっか……無理はしちゃ駄目だよ」

「ああ、肝に銘じとくよ」

 

 アンジェラはそう言いながら、手をひらひらとさせる。

 

 彼女の首にかけられたソルフェジオと魂の残響(ソウルオブティアーズ)が、強い陽の光を浴びてきらり、と光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ? なになにA組補習居るの? つまり期末で赤点取った人が居るってこと? ええ? おかしくないおかしくない? A組はB組よりずっと優秀な筈なのに? あれれれれれぇ?」

「自分の立場を顧みてから物を言えよお前」

 

 いざバスに乗り込もうという時に、A組に突っかかるような発言をしたのはB組の物間。A組とB組の組分けは別に優秀かどうかで決められているわけではないし、何よりそんな発言をしている物間本人が補習対象者である。一体どういう精神構造をしているのか、アンジェラは呆れを通り越してもはや興味が湧いてきていた。

 

 そうやってA組を煽り散らかしていた物間だったが、お約束というかなんというか、拳藤の手刀を浴びせられて気絶。

 

「ごめんな」

 

 拳藤はA組に向けて放ったその言葉と共に、気絶した物間のシャツを掴んでB組のバスへと運んで行った。

 

「物間、怖っ…………」

 

 このB組お約束とも言える物間と拳藤の流れをジト目で見ていたのは、B組の女性陣。

 

「体育祭じゃなんやかんやあったけど、まぁ、よろしくねA組!」

「ん」

 

 物間以外のB組の生徒は、A組に対していい意味でのライバル意識は持っているものの、物間のように過剰にA組を嫌っているわけではない。同じヒーロー科の学生として、廊下ですれ違ったら挨拶をする程度の交流しかないのも事実だが、基本的に物間以外のB組生徒はA組を好意的に見てくれているようだ。というか、物間がA組を敵視しすぎなだけである。物間をスタンダードとして見ることは、B組の他の生徒に対して大変失礼なことである。

 

「バス乗るよ〜」

 

 B組の生徒たちは、物間を引き摺ったままバスに乗り込んでいった拳藤の声に返事をし、B組のバスへと移動していく。

 

 そんなB組女性陣を見て、涎を垂らしながら変な方向へとテンションを上げている峰田が一言呟く。

 

「A組だけじゃなくB組女子まで……よりどりみどりかよ!」

 

 敢えて言おう、完全なセクハラである。

 

「お前駄目だぞ、そろそろ」

 

 切島が一応苦言を呈するが、峰田に届いているかは不明であった。

 

「A組のバスはこっちだ! 席順に並びたまえ!」

 

 飯田のこの提案に、芦戸と上鳴が自由に座りたいと言い出し、全員が右往左往している間に相澤先生の鶴の一声がかかり、即座に全員が着席した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……バスが雄英を出発して、暫く経った頃。

 

「お前ら、一時間後に一回バスを停車させる。その後しばら……く…………」

 

 相澤先生が生徒たちに声をかけようとしたが、その声は喧騒にかき消された。

 

「音楽流そうぜ! チューブだチューブ!」

「バッカ、夏といや、キャロルの夏の終わりだぜ」

「終わるのかよ」

 

「席は立つべからず! べからずなんだ皆!」

 

「しりとりの「り」!」

「りそな銀行! 「う」!」

「ウン十万円!」

 

 若さ溢れる高校生のエネルギッシュなテンションに、相澤先生は注意をする気もなくし目を閉じ仮眠の体制に入った。これから一週間、そんな高校生達と寝食を共にするのだ。休めるうちに休んでおかねば体力が保たない。

 

「まぁいいか……ワイワイできるのも、今のうちだけだ」

 

 相澤先生がそんな不穏な発言をしていることなど露知らず、クラスメイト達の会話は盛り上がっていく。

 

 そんな中、飯田の隣、通路側の席に座っているアンジェラは、一人膝の上に乗せたノートパソコンとにらめっこをしていた。ケテルはアンジェラの肩の上でグミをむしゃむしゃと食べている。

 

 それを疑問に思った飯田は、立ち上がってはいけないと注意をするために立ち上がるという矛盾した行為を止め、席に座ってアンジェラに問いかける。

 

「アンジェラ君、さっきから何をしているんだい?」

「論文書いてる」

 

 よほど集中しているのか、アンジェラの返事は簡素かつ短いものだった。飯田がアンジェラの膝の上のノートパソコンをちらりと見てみると、パソコンの画面には、飯田ですら難しいと思うような単語まみれで、辛うじて英語であるということだけは分かる言語で書き途中の論文と、その横にはラフリオン語で既に完成された論文が映し出されている。どうやら、ラフリオン語で書かれた論文を、英語に翻訳する作業の真っ最中のようだ。

 

 飯田はアンジェラの作業の邪魔をしてはいけないと、窓の外の景色を眺めることにした。

 

 

 

 

 

 

 アンジェラがある程度キリの良い所まで翻訳作業を終わらせ、一息つこうとデータを保存してからパソコンをシャットダウンしたその時、飯田から声をかけられた。

 

「あ、アンジェラ君、作業が終わったのならしりとりに参加してくれないかい?」

「しりとり? なんだそれ」

 

 そもそもしりとりという遊びの存在自体を知らないアンジェラは、パソコンをテリーヌバッグに仕舞いながら首を傾げる。

 

「……ひょっとしてアンジェラちゃん、しりとりをご存知ない?」

「ご存知ないな」

「体育祭のときも騎馬戦のこと知らなかったよね、これがカルチャーショックってやつ?」

 

 麗日はそう苦笑すると、アンジェラにしりとりのルールと、しりとりをすることになった経緯を説明する。どうやら、鏡を見続けたせいで乗り物酔いをしてしまった青山の気を紛らわすために行うらしい。

 

「なるほど……つまり、最後の音を取って言葉を次にパスすりゃいいんだな? で、「ん」が最後についたら負けと」

「そういうこと!」

「俺の「くるぶし」からだから、アンジェラ君は「し」で始まって「ん」で終わらない言葉を言ってくれ!」

「し……し……んー、これ知ってる奴居ないと思うけど、「シャートレン・アストファイ」」

 

 アンジェラが放った言葉に、バス内のほぼ全員が頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。それは流石に予想内だったのか、アンジェラが解説を始めた。

 

「ラフリオンの古ーい書物さ。大昔の人が書いた詩や御伽話や神話なんかが載ってる本。ラフリオンの古い言葉でシャートは「価値あるもの、かけがえのないもの」、レンは「物語、御伽話」、アストファイは「集合、結集、凝結」を意味するから、このタイトルを訳すと「価値ある物語の結集」になる。わりとまんまだな」

「……フーディルハイン、よくそんなこと知ってるなぁ……」

「んにゃ、さっきまでそれに関する論文書いてたから、頭の中に残っててな」

「論文……そういえば、期末前に論文を書いたことがあるって言ってたわね。また例の教授さんに出された課題なのかしら?」

「いんや、教授経由で学会に提出するやつ」

 

 アンジェラの思わぬ発言に、バス車内は一瞬しん……と静まり返った。

 

「……え? フーディルハインさん、今、なんと……?」

「? そんな変なこと言ったか……って、ああ、そういやこの国飛び級制度なかったな。そりゃ意外か」

「意外どころの騒ぎじゃねーよ!?」

 

 上鳴の渾身のツッコミが炸裂した。もはやしりとりどころの騒ぎではない。クラスメイト達は口々に、アンジェラへと疑問をぶつけてゆく。

 

「えっ、フーディルハイン、学会に論文提出するの!?」

「教授の押しが強すぎて渋々引き受けたんだよ……曰く、「この分野でアンジェラ君の論文が無いとか何事だ!」……だとよ」

「……論文って、書くのにどれくらいかかるの?」

「オレは語学史学の論文しか書かないから、そういう類の論文なら、早けりゃ調べて書いてで4日ちょいで終わるぜ。一番時間かかった卒論でも、調べるのに1週間、書き上げるのに5日くらいだったかな」

「ああ、そっか。大卒資格は持ってるんだもんね。そりゃ卒論は書いてるか……にしても、早ない?」

「教授から「君、論文書くの早すぎ」って言われたことはある。グラフとかの資料部分の作成はソルフェジオにも手伝ってもらってるけどな」

「これが“個性”の有効活用……」

「無駄遣いの間違いだろ」

 

 そんな会話で盛り上がる中でも、バスはエンジン音を轟かせて進んでいく。青山の気を紛らわすために、忘れ去られたしりとりの代わりに峰田が小学生の頃出会ったホームレスとのいい話なのかよく分からない話をしたり、蛙吹が子供の頃に体験した怖い話をしたりした。

 

 それでも青山の気が紛れないので、蛙吹はアンジェラへ次の話のパスを繋ぐ。パスを受けたアンジェラは、どうしたもんかと唸った。

 

「Hum,いきなり話せって言われてもなぁ……あ、御伽話でもいいか? お前らが絶対に知らないやつ」

「さっきの峰田の話よりは全然いいと思うぜ。俺らが知らないやつなら尚更な!」

「アレと比べんな」

 

 切島の言葉にツッコミを入れると、アンジェラは一度咳払いをして、ある御伽話を語りだした。

 

「じゃあ……「天使と貴族」

 昔々あるところに、貴族の男が居りました。貴族の男が受け持つ領地は貧しい土地でしたが、人々の笑顔が絶えない場所でした」

「導入はわりと普通だな」

「ある時、その領地に天から何かが降ってきました。貴族の男が領地を代表して降ってきたものを確認してみると、そこに居たのは薄い水色の美しい髪と、金色の宝石のような瞳を持つ、この世のものとは思えないほど美しい天使でした」

「……ん?」

 

 どこか聞いたことのあるような特徴に、麗日が首を傾げる。アンジェラはそれに気付いているのかいないのか、そのまま語り続けた。

 

「天使は、「おさわがせしてしまってごめんなさい、しかし、この地上の国に落ちてきてしまったときに、天使の力を失ってしまい、天の国へ帰れないのです、どうかしばらくこの地にとどまらせてください」と、困った顔で言いました。それを聞いた貴族の男は、「それならば、私の屋敷におとまりください、あなたが力を取り戻すその時まで、あなたのめんどうは私が見ましょう」と言いました。貴族の男は言葉の通り、天使に自らの屋敷の部屋を一つ貸し、ふかふかの寝床と温かい食事を用意してやりました。天使は「ありがとうございます、このお礼は必ずいたします」と貴族の男に約束をしました。貴族の男の献身的な介護のおかげで、天使は日に日にその力を取り戻してゆきました」

 

 ここまでの話で、よくあるタイプの童話かな? と思いつつあるクラスメイト達。

 

 しかし、アンジェラが御伽話の続きを語ると、彼らの表情が一気に変わった。

 

「しかし、天使がその力を取り戻してゆくほどに、貴族の男の心の中には不安が渦巻いていきました。貴族の男は、美しい天使のことを痛く気に入っていたのです。そして、貴族の男は思いました。(このまま天使が力を取り戻してしまえば、彼女とはお別れになってしまう)、と。

 

 貴族の男はその不安に耐えかね、とうとう天使を地下に閉じ込めてしまいました。今まで優しかった貴族の男がいきなり変わってしまったように思えて、天使は酷く怯えて泣きながら、「なぜ、こんなことをするのですか、わたしの存在がめいわくなのですか」と言いました。貴族の男は悍ましい顔をしながら、「きみとお別れをしたくないんだ、分かっておくれ」と言い、天使の背に生えたきれいな白い翼を、右手に持ったナイフで切り落としてしまいました。天使の翼も、貴族の男にとっては邪魔なものでしかなかったのです」

「…………え?」

 

 そう声を漏らしたのは、果たして一体誰だったのか。アンジェラはそんなことなどお構いなしに、淡々と御伽話の続きを語り続ける。

 

「貴族の男はその白い翼をよその金持ちの領主に売り渡し、たくさんのお金を手に入れました。貴族の男はそのお金で天使を閉じ込めた地下の部屋を作り替え、残りは領民のために使いました。

 

 貴族の男は毎晩天使の元を訪れ、天使の美しい髪を梳きながら、「きみの髪は本当に美しい。まるで宝石のようだ」と言いました。天使は貴族の男が部屋に来ない昼の間、ずっと祈り続けていました。「ああ、わたしはなにを間違えてしまったのでしょう、主よ、どうか哀れなわたしをお助けください」

 

 天使の祈りは、天の国に住まう神様に届き、貴族の男の領地に天罰が下りました。雷が空から降り注ぎ、領民は皆焼け焦げた死体へと変わり、貴族の男はその心臓を神様のお付きの蛇に食べられ、その魂は神様によって握りつぶされました。

 

 貴族の男から解放された天使は、しかし翼を失ってしまい天に帰ることは叶いませんでした。そのまま天使は、地上の国を彷徨い続けたと言います…………」

 

 バスに乗り込んだ当初のエネルギッシュな雰囲気は何処へやら。皆一様に、御伽話とは思えないほどの胸糞悪さに震え上がる。

 

「……どうだ?」

『恐ろしいわ!!!』

 

 クラスメイトのほぼ全員、爆豪にまでツッコミを入れられたアンジェラ。アンジェラのいまだに幼さが残る声で、しかし淡々と紡がれる悲惨な物語は、クラスメイト達に恐怖を与えるのには十分すぎる威力を宿していたものの、当のアンジェラ本人はあまり反省した様子は見せないまま、「気は紛れたろ」と笑っている。

 

「御伽話っつーからもっとワクワクとか、ほのぼのとかするようなもんを予想してたのに! 何だその胸糞話は!」

 

 瀬呂のごもっともなツッコミに、しかしアンジェラは首を傾げながらさも当然かのように口を開く。

 

「そうか? 御伽話って普通こういうもんだろ」

「シンデレラ系の話かと思ったら……」

「何もしてない領民も死んだぞ、天使は結局天の国に帰れてないし」

「シンデレラも結構エグくね?」

『え?』

「…………?」

 

 アンジェラは基本、童話や御伽話は原典派である。というか、原典しか読まない。ゆえに、一般的に子供向けとして市場に出回っているような童話や御伽話は、子供向けに内容が改変されている事自体は知っているものの、その内容までは知らないのだ。単純に興味がないだけとも言う。

 

 ちなみに、アンジェラが御伽話や童話を原典しか読まないのは、本人の好みでもあるが、それ以上にまず最初に原典を読ませた教授のせいである。

 

 一時はアンジェラのせいで違う意味で騒然となったバス車内だが、お構いなしにバスは進む。そして、アンジェラの語りが終了した少し後、ようやくバスが停車した。

 

 バスが停まったことにより青山の乗り物酔いも改善されたようで、相澤先生の指示の下、アンジェラ達はバスを降りていった。

 

 




というわけで、林間合宿編が始まりました。ちなみにアンジェラさんが語った御伽話は私が勝手に作ったものです。グリム童話を読みながら書きました。

今更ですが、章のタイトルにも明確な共通点があります。分かる人には分かると思います。


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ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ

ちょいと短めですが、キリいいので投稿します。


 A組の面々を乗せたバスが停車したのは、サービスエリアや道の駅などのパーキングエリアではなく、山々の景色を一望出来る広めの展望台のような場所だった。近くにB組のバスの姿もない。

 

「ようやく休憩かぁ……」

「つか、なにここ、パーキングじゃなくね?」

「あれ、B組は?」

「トト、トイレは……?」

 

 クラスメイト達が口々に疑問を語る中、バスを降りてきた相澤先生が一言放つ。

 

「何の目的も無くでは、意味が薄いからな」

 

 その言葉の意味が理解出来ず、頭の上に疑問符を浮かべるクラスメイト達。

 

 その時。

 

「よう、イレイザー!」

 

 クラスメイト達にとっては聞き馴染みのない、しかしアンジェラにとっては聞き馴染みのある女性の声が響くと同時に、駐車場に停められていた黒い乗用車のドアが勢いよく開かれる。

 

「ご無沙汰してます」

 

 相澤先生はそう言うと、黒い乗用車の方へと頭を下げた。

 

「煌めく眼で、ロックオン!」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

 乗用車から降りてきた二人のヒーローと思しき女性が、お約束なのか掛け声に合わせてビシッとポーズを取る。猫をモチーフにしたアイドルのようなお揃いで色違いのコスチュームに身を纏った二人のヒーローの内の一人に、アンジェラは見覚えがあった。その近くには、5歳程度の小さい子供の姿もあった。

 

「今回お世話になるプロヒーロー、プッシーキャッツの皆さんだ」

 

 彼女らは連名事務所を構える4名一チームのヒーロー集団、「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ」。山岳救助などを得意とするチームである。

 

 水色のコスチュームに身を纏っているのが「ピクシーボブ」。「土流」という“個性”を持つヒーロー。

 

 そして、赤色のコスチュームに身を纏っているのは。

 

「信乃? 信乃じゃないか!」

 

 誰が反応するよりも先に、アンジェラはその瞳を輝かせて赤いコスチュームを纏うヒーローの元へと駆け寄る。

 

「アンジェラ!」

 

 そして、アンジェラに信乃と呼ばれた赤いコスチュームに身を纏う女性も、これまた嬉しそうな表情でアンジェラの名を呼んだ。

 

「え、ちょ、え?」

 

 一体何が起こっているのか分からず、混乱状態のクラスメイト達と相澤先生を余所に、アンジェラは久方ぶりに再会した友人に話しかけるかのように、赤いコスチュームの女性に声をかける。

 

「Hi,信乃。Long time no see!」

「ふふ、久しぶりだね、ビャクヤヒメ」

「そのあだ名はやめろって言ったろ? にしても、手紙でお互い近況は知ってたけど、こうして会うのは何年振りだ?」

「大体二年くらいかな。忙しくて会う機会なかったものねぇ」

「あー、そっか、もうそんなに経つのかぁ」

 

 赤いコスチュームの女性と話を交わすアンジェラは、本当に楽しそうだ。邪魔をしてはいけないような雰囲気まで漂っている。

 

 しかし、このままでは話が進まないのもまた事実。そして教師として、歳上の、しかもこれから世話になるヒーロー相手に下の名前で呼び捨て&タメ口なアンジェラのこの状態は看過出来ないと、相澤先生が口を開く。

 

「あー、マンダレイ、すみません、フーディルハインが……」

「いや、このままでいいんだよイレイザー。アンジェラに今更他人行儀に話しかけられたくはないし」

「えっと、どういう……?」

 

 赤いコスチュームの女性、マンダレイこと送崎信乃は、アンジェラの頭をポフポフと撫でながら言った。

 

「だって、友達だもの」

『……え────っ!?』

 

 クラスメイト達の驚きに満ちた声が、周囲に広がる山々に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、つまりフーディルハインとマンダレイはレターフレンド、と……」

「そうそう、年齢とか関係なく対等な友達。だから、教師としてはちょっとアレかもしれないけど、アンジェラの私への態度は逆に注意とかしないでほしいんだ」

「……まぁ、そういうことでしたら……先に言っておいて欲しかったですけど」

「……ごめん、てっきり伝えたかと思ってた」

 

 マンダレイがアンジェラとマンダレイの関係性を相澤先生に説明すると、相澤先生は納得したように頷き、その後本音をぼそりと漏らす。その点に関してはマンダレイの既に教えていたという思い込みが原因なので、マンダレイは申し訳無さそうに頭を下げた。

 

「……フーディルハイン、お前の交友関係は一体どうなっているんだ」

「そんなこと言われましても」

 

 相澤先生は呆れ混じりの視線をマンダレイの隣に陣取ったアンジェラに向けた。その特異な経歴から、歳上の知り合いや友人が普通より格段に多いであろうことは容易に想像がつくが、まさか彼女にとっては遠く離れた島国のヒーローと友人関係にあるなど、一体誰が予想出来るだろうか。

 

 それはクラスメイト達も同様であるようで、麗日なんかはポカンとした様子でアンジェラへと視線を向けていた。当のアンジェラは苦笑いだ。

 

「フーディルハインも、そういうことは事前に……」

「いや先生、合宿場所は来るまで公表されてなかったから、言えるもんも言えませんって」

「それはすまなかった」

 

 合宿場所を公表しないというのは、生徒の安全を考えたが故の学校側の措置。相澤先生は事前にアンジェラからはアンジェラとマンダレイの友人関係を聞くことがほぼ不可能だったと悟り、反射的に謝罪を口にした。

 

「……お前ら、挨拶しろ」

『よ、よろしくお願いします』

 

 相澤先生にせっつかれ、クラスメイト達は困惑混じりにプッシーキャッツへ挨拶をする。マンダレイは流石に仕方がないか、と苦笑いしながら説明を始めた。

 

「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね、あんたらの宿泊施設は、あの山の麓ね」

 

 そう言いマンダレイが指さした先は、展望台から一望できる山々の中で、一番手前にある山。一番手前とはいえかなりの距離があるのか、宿泊施設の屋根の色すら伺うことが出来ない。

 

『遠っ!?』

 

 あまりの遠さにリアクションを見せるクラスメイト達。そんな中、一部のクラスメイト達はなんだか嫌な予感を感じ取ったのか、口々に不安を紡ぐ。

 

「……え、じゃあなんでこんな半端な場所に……」

「これってもしかして……」

「いやいや……」

「あはは……バス、戻ろうか……な? 早く……」

「……そうだな、そうすっか」

 

 一人、また一人とクラスメイト達が後退していく。アンジェラもこの後何が起こるのかをなんとなく予想した。

 

 と、ピクシーボブがアンジェラに声をかけてきた。

 

「おっと、ヒメはここに居てね」

「?」

 

 アンジェラの頭の上に疑問符が浮かぶ。アンジェラが頭の中でピクシーボブの言葉の意味を考察していると、マンダレイがニヤリ、と笑いながら口を開いた。

 

「今は午前9時30分……早ければ、12時前後かしらん」

 

 その言葉に、クラスメイト達の不安が一気に爆発した。

 

「ダメだ……おい……」

「戻ろう!」

「バスに戻れ! 早くー!」

 

 クラスメイト達は我先にとバスに向かって走り出す。

 

「12時半までかかったキティは、お昼抜きね」

 

 マンダレイの言葉で、これから起こるであろうことを完全に理解したアンジェラが、しかしピクシーボブの言葉の意味は分からずマンダレイの傍でどうしようかなと考えていると、バスに向かって走っていたクラスメイト達の方から地響きのような音が響く。

 

「悪いな諸君。合宿はもう、始まっている」

 

 相澤先生の言葉とほぼ同時に、クラスメイト達の前に立ち塞がったピクシーボブの“個性”によって土が大きく盛り上がり、クラスメイト達は土流に飲み込まれて崖の下へと落とされてしまった。

 

 しかし、アンジェラだけは土に飲み込まれることなく展望台の上に居たままであった。

 

「………………???」

 

 この状況に、アンジェラが頭の上に更に大量の疑問符を飛ばしている最中、マンダレイが崖の下に落とされたクラスメイト達に声をかける。

 

「おーい! 私有地につき、“個性”の使用は自由だよ! 今から3時間、自分の足で施設までおいでませ! 

 

 この……「魔獣の森」を抜けて!」

 

 なんだそのRPGっぽい名称。

 アンジェラは、5秒くらいそう思った。

 

 どういうこっちゃとアンジェラが崖の下を見やる。どうやらクラスメイト達は土で汚れはついているものの、全員怪我はしていないようだ。

 

「なぁ信乃、オレはあっちに行かなくていいのか?」

「アンジェラはあの程度の距離、ハイキングどころか散歩にもならないでしょ」

「うん」

 

 ここから施設が視認できないとはいえ、せいぜい数十キロ程度の距離。確かに超音速で地を駆けるアンジェラにとっては、散歩にもならない短い距離だ。

 

「あと、砲撃ブッパされたら流石に困るから」

 

 マンダレイはそう言いながら、崖の下の方を指差す。アンジェラがそちらを見ると、そこにはクラスメイト達の前に立ち塞がる、魔獣のような生き物が居た。アンジェラは以前にマンダレイから送られてきた手紙の一つに、あの魔獣のようなもののことが書いてあったな、と過去の記憶を掘り起こす。

 

「ああ、あれがピクシーボブの「土魔獣」か」

「そう。土くれだから、流石にアンジェラの砲撃は耐えなくて一撃で何体も消し飛ぶんだよね。動きもアンジェラからしたら止まって見えるだろうし」

「…………I see」

 

 アンジェラは、自身がここに残された理由をようやく理解した。もしアンジェラがあっちに行ってしまったら、クラスメイト達の訓練にならないからだ。

 

「それに、仕事の話をするなら今のうちでしょ?」

「…………そうだな」

 

 アンジェラは魂の残響(ソウルオブティアーズ)にそっと指先で触れる。アンジェラが日本に来た理由も、I・アイランドで起こったことも、マンダレイは正しく知っていた。

 

「全部、お兄さん達やGUNから聞いてるよ。やりすぎだったらそれは流石に止めるけど、それ以外なら、私はあなたの力になるから」

「そうか…………悪いな、オレのわがままに付き合わせて」

 

 アンジェラは申し訳無さそうにケテルを撫でながら言う。自分の選択に、これからやろうとしていることに、彼女は躊躇いなど微塵もないが、流石に関係のない友人を巻き込むこと、いざというときのストッパーを任せることには負い目を感じている。

 

「いいのよ、友達だもの」

 

 それは、立場も年齢も国籍も、何にも関係のない、ただの友人の言葉だった。

 

 アンジェラは、酷く曖昧に、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なお、これは大変余談だが、尿意を我慢していた峰田は色々な意味で手遅れだったとかなんとか。

 

 まあ、アンジェラには何の関係もない話である。



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ビャクヤカスミ

その怒りも憎悪も悲しみも、私はもう、捨ててしまったけれど。

あなたはそのまま、宿して進め。

その感情は、いつかきっと力と変わるから。


 雄英の洗礼をモロに浴び、魔獣の森を徒歩で攻略するはめになったクラスメイト達を遠く展望台から見守っていた(マンダレイに手を出すなと言われ大人しく従っていた)アンジェラだったが、しばらく経つとマンダレイに促され、プッシーキャッツの車に乗って宿泊施設へと一足先に向かって行った。ちなみに相澤先生は人数の関係でバスの方に乗っている。

 

 

 

 

 

「おっ! 来たね、ヒメちゃん!」

「話はよくマンダレイから聞いている……歓迎しよう」

 

 宿泊施設にてアンジェラを出迎えたのは、プッシーキャッツのもう二人のメンバー、黄色いコスチュームの女性ラグドールと、茶色のコスチュームの男性、虎だった。ちなみに、虎は元女性で、チームを守れる強さを求めて、タイに行って性別を変えたそうだ。閑話休題。

 

「どうも……ってか、ピクシーボブも言ってたけどヒメって……そんなキャラじゃないんすけど」

「まあまあ、そのあだ名が付いたのもほぼほぼ成り行きみたいなものだし、それだけアンジェラがかわいいってことだよ」

「……はぁ」

 

 アンジェラはマンダレイの言葉に気の抜けたような返事をしながら、大学時代のことを思い出す。

 

「ビャクヤヒメ」とは、アンジェラの大学におけるあだ名のことである。

 

 アンジェラはかわいいと言われるよりもかっこいいと言われる方が好きなので、「ビャクヤヒメ」というあだ名はそこまで好きというわけではない。かと言って嫌いなわけでもないので、その名前で呼ばれても別段気にしない。嬉しいわけでもなく、心中複雑なことに変わりはないが。

 

「……ところで、イレイザー。アンジェラが日本に来た理由は知ってる?」

「…………いえ、知りません」

 

 マンダレイの問いかけに、相澤先生はその意味を思考しながら答える。彼女がGUNと何かしらの関わりを持ち、今回の日本への来訪も恐らくGUNが関わっているのであろうということは、予想していた。

 

「そっか、まだ話してないのか」

「要請来たとはいえ、タイミングなかったし」

 

 アンジェラの言葉に、相澤先生は自身の……いや、正しくは校長の予想が正しいのではないかと思う。彼にとってアンジェラ・フーディルハインという生徒は、異常なまでに戦い慣れした、他の生徒たちの何歩も先を行く生徒。それは、精神的な面でもそうだと、今までは思っていた。

 

 しかし、一学期の終業式の日までのアンジェラと、今日のアンジェラとでは、何かが違う。相澤先生は、そう思わずにはいられなかった。アンジェラを含むA組の生徒たちの約半数がI・アイランドで大きな事件に巻き込まれたという情報は学校側も把握しているが、そこで学校側が把握していない何かがあったとしか思えない。

 

 何故って、彼女の纏う空気のようなものが、今までと今日とでは、何かが違うのだ。それが精神的な成長であれば相澤先生もそこまで気にはしなかっただろうが、彼の教師としての、ヒーローとしての勘は、そうではないと告げている。

 

「……フーディルハイン、I・アイランドで、何があった?」

「………………」

 

 アンジェラは、何も語ろうとはしない。そのトパーズの瞳に宿った鋭さが、言外に「何かがあった」ことを告げてはいるものの、それ以上のことは、彼女の口から聞き出すことは出来ないだろう。

 

「……その信念が、その言葉を紡ぐことを許さない、か……」

「……?」

「いや……何でもない。アンジェラは、そういう類のことは絶対に自分の口から話そうとはしないよ」

 

 マンダレイの口から意味深に告げられたその言葉は、相澤先生の胸の内に鉛のように沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿泊施設の食堂。長テーブルがいくつか並ぶそこに、ピクシーボブを除くプッシーキャッツと相澤先生、そしてアンジェラが集まっていた。ピクシーボブは、展望台にて彼女らと一緒に居た5歳くらいの男の子……マンダレイの話では、出水洸汰と言うらしい彼と一緒に居るようで、ブラドキング先生は部屋で細々とした仕事を片付けるために席を外している。

 

「……この花、ひょっとして……」

 

 アンジェラの視線の先にあったのは、真ん中に位置する長テーブルの上に飾られた花瓶と、そこに生けられた花弁が5つある薄い水色の花。ちょうど、魂の残響(ソウルオブティアーズ)の中央に位置する花の宝石と同じような形をしたその花は、アンジェラにとって馴染み深いものであった。

 

「……ビャクヤカスミ」

「ホームセンターで見かけたって、マンダレイが買ってきたの」

 

 可愛い花だよねぇ、と言いながら、ラグドールはキッチンから紅茶の入ったカップをこの場に居る人数分持ってきた。席に着いていたアンジェラはラグドールからカップを受け取ると、それに口をつける。

 

「……アールグレイか?」

 

 その味は、教授によく振る舞われていた紅茶と同じ味だった。マンダレイは笑みを浮かべながら頷く。

 

「そ。ホクマー教授がアールグレイ好きだって前手紙に書いてたでしょ? それを思い出して、この前買ってきたんだ」

「ああ……そういや書いたな、そんなこと……」

 

 記憶の海に沈みそうになったアンジェラの意識であったが、相澤先生の咳払いにより現実へと引き戻される。早く話を始めろという、催促なのだろう。

 

「……話を始める前に確認したいことがある。イレイザーは、彼女……アンジェラ・フーディルハインについて、どこまで知っている?」

「どこまで……」

 

 虎の言葉に、相澤先生は言葉に詰まってしまった。

 

 言われてみれば、自分は彼女について、どこまで知っているのだろう。

 

「……書類上のことであれば、これに書かれたことくらい……ですかね」

 

 相澤先生はそう言うと、懐からある書類を取り出す。期末試験前に、ガジェットとインフィニットから提示された書類だ。それに書かれた内容は、主にGUNが関わった過去のソニック達によって解決された事件について。それが、GUNから雄英の教師陣に提示された情報であった。その内容については、アンジェラもGUNから開示するという連絡が入っていたため知っている。

 

「……フーディルハイン、本当にこんな大事件に何度も関わったのか?」

「はい、そうですけど」

 

 アンジェラはさも何でもないことのように言うが、アンジェラ達が関わってきた事件は普通の人間が一生をかけても関わる可能性が極端に低いであろう事件ばかり。荒唐無稽なおとぎ話と言われても、何ら不思議ではない。

 

 しかし、相澤先生はアンジェラが決して嘘をついているわけではないと、何故か確信を持って言えた。

 

 アンジェラはマンダレイを見やる。マンダレイは、アンジェラの視線の意味を感じ取り、頷いた。

 

「……結論から言いますけど」

 

 紅茶を一口飲み、アンジェラが口を開く。

 

「オレは、GUNの民間協力者です」

 

 そして、アンジェラは語る。

 

「天使の教会」という敵組織が、今日本を根城にしているという情報を、GUNの諜報部が掴んだこと。

 

 その「天使の教会」を拿捕する作戦に協力するために、日本に、雄英にやって来たこと。

 

 アンジェラの役目は、「天使の教会」を誘き寄せる餌であること。

 

 ガジェットとインフィニットも、その作戦に参加するために日本にやって来たこと。

 

 これらの情報を、相澤先生と根津校長に開示してほしいという要請が、GUNの上層部からアンジェラ達へ下りたこと。

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「オレは、ハナからヒーローになるつもりなんてありません。元は金で雇われただけですし、今は自分の目的もありますが、ヒーローになろうと思ったことは、一度もない」

 

 鋭い視線で、相澤先生に語るアンジェラからは、確固たる意志を感じ取ることができた。

 

「第一、オレはヒーローに不向きですから」

 

 アンジェラはそう言うと、紅茶を啜った。

 

「……ヒーローに、なるつもりはない、か……」

 

 GUNの民間協力者であるという事実よりも、彼女の役目が釣り餌であるということよりも、その事実が相澤先生の心を穿った。

 

 正直、アンジェラがヒーローになれば、あのオールマイトをも超えるナンバーワンヒーローになれるだろうと、相澤先生は確信している。戦闘力然り、“個性”の応用力然り、精神性然り、彼女は規格外が過ぎるのだ。その才能を埋もれさせるのは、勿体ないとさえ感じる。

 

 しかし、アンジェラは本当にヒーローになるつもりはないのだとも、確信を持って言えた。

 

「……それを話して、俺がフーディルハインを除籍しないのかと、思わなかったのか?」

「しないでしょう、GUNが直接関わっていると知った以上は」

 

 冷徹なトパーズの瞳が、相澤先生を射抜く。相澤先生は、アンジェラに自身の心の中までもが見透かされているような錯覚を覚えた。

 

 相澤先生は実際に、今まで何度も自分の受け持った生徒を除籍処分にしてきた。しかし、GUNという大きな組織がアンジェラのバックに居る以上、アンジェラの処遇は彼の一存では決められない。ヒーローと違い人手不足とはいえ、日本において普通のヒーローが手を付けようとしない影の仕事は、その殆どをGUNに任せている節もあり、彼らの機嫌を相澤先生の一存で損ねるわけにもいかないのだ。アンジェラが、GUNからの正式な依頼を受けてここに居るのであれば尚更。

 

「フーディルハイン……今は、自分の目的もあると言ったな。それは、何だ?」

「……ああ、簡単ですよ」

 

 じっと、動きのない冷たい視線を相澤先生へ向けて、アンジェラは口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天使の教会(奴ら)を、根絶やしにしてやるんです」

 

 その声色からは、表情からは、トパーズの輝きからは、何の感情を読み取ることも出来なかった。

 

 彼女がその胸に抱くあらゆる感情を、相澤先生に感じ取る術はない。事務的に、義務的に、機械的に、彼女はそれを告げている。

 

 相澤先生は、たった15、16歳ほどの、まだあどけなさが残る少女が、こんなにも無機質な表情が出来るものなのかと、どこか他人事のように思った。

 

「何故……根絶やしにしたい、と?」

「………………なんでもいいでしょう、オレがそうしたいと思ったからです」

 

 そう言いながら魂の残響(ソウルオブティアーズ)に指先で触れたアンジェラは、しかしその決定的な理由を話そうとはしない。相澤先生は聞き出そうと口を開きかけて、しかし言葉を紡ぐことはしなかった。

 

 決してそれを、相澤先生には話そうとはしないのだろうと、彼の教師としての勘は告げていた。

 

「……面倒だな」

 

 相澤先生は紅茶を啜る。アンジェラはヒーローになるつもりがなければ、彼の一存で除籍するわけにもいかない。アンジェラの目的は天使の教会を潰すという、ヒーローにとってもありがたいことではあるが、相澤先生にとっては面倒なことこの上ない。

 

「文句なら、そんな面倒なのを雇ったGUNにどうぞ」

「……言うわけがないだろう」

 

 相澤先生はそう言うと、至極面倒臭そうに溜息を吐いた。

 

 その最中、マンダレイが苦笑交じりに口を開く。

 

「アンジェラって確かにお人好しなところはあるけれど、根っこの部分は学者だもの。ヒーローは元から向いてないよ」

「確かに、マンダレイの話とマンダレイに来る手紙をちらっと見ただけのイメージだけど、ヒメちゃんってフリーダムそうだよね」

「なんというか……我の中で彼女は、ある程度わきまえている自分勝手な人間、のようなイメージだ。事件に首を突っ込んでいったりしているのも面白半分だと、マンダレイへの手紙に書いてあった。面白半分なりに色々と引き際や節度などはわきまえているようだがな」

 

 プッシーキャッツの面々、特に友人たるマンダレイの言葉は、的確にアンジェラの人格を言葉に表していた。

 

 アンジェラは確かにお人好しな面を持ち合わせてはいるが、決してヒーロー精神の持ち主などではない。寧ろ、彼女の心根はその逆だ。

 

 敵などの犯罪者を除き、ヒーローの対局に位置するもの。

 

 それ即ち、「学者」である。

 

 ヒーローがその力を他者のために使うというのなら、学者はその力……頭脳を、悪く言えば自分のために使う。ヒーローが自らの意見を封じて人を救う仕事なのだとすれば、学者は自らの意見を他者に押し付けるのが仕事である。

 

 そんな学者の気質を持つ人間は、総じて自分本位で自分勝手で、他者のことをあまり気にしない人間であることが多い。一々周囲の言動に反応していては、他者の心なき評価に常に晒されるこの世界において、折れずに自分だけの意見を確立させることが出来ないからだ。それが感情論であれ、論理的な結論であれ、社会の常識から外れたものであれ、自分の意見が多少批判されたくらいでは決してめげない、諦めの悪い心構えが、如何なる分野であろうとも、学者には必要なのである。

 

 アンジェラは、まさにその学者気質の持ち主であった。

 

「なるほど……フーディルハインの性根が、ヒーローとは程遠いものであるということは分かりました」

 

 相澤先生はマンダレイへと向けていた視線を、ゆっくりと、アンジェラへと向ける。

 

「だが、フーディルハイン、それはお前が天使の教会を根絶やしにしたいことの理由にはならないだろう」

「……」

「俺には、話せないことか?」

「…………………………」

 

 それは、無言の肯定だった。

 

 アンジェラは決して、その口を割ろうとはしなかった。

 

 彼女の信念、価値観が、その口を開くことを赦さない。

 

 それを人はただの意地だと言うだろう。感情に囚われ、自分の気持ちを縛っているのだと言うだろう。

 

 しかし。

 

 

 

 

 

「自分勝手で結構。言うつもりは毛頭ありませんから」

 

 アンジェラは、決してその心を曲げようとはしなかった。

 

 想像以上に頑固なアンジェラに、相澤先生は再び溜息をつく。彼では、どうあっても彼女の本音を聞き出すことなど出来やしない。マンダレイに意味有りげな視線を向けても、彼女は曖昧に笑うだけ。マンダレイもまた、アンジェラの本心を分かっていて、それを相澤先生に話そうとはしないのだ。

 

「……分かった。フーディルハイン、これ以上は追求しない。ただ、これだけは聞かせろ。

 

 お前は、誰の味方だ?」

 

 ヒーローではなく、教師としての目。相澤先生の教師としての視線が、アンジェラを射抜く。

 

 アンジェラは一切動揺せず、むしろ余裕綽々というような態度で、そのトパーズの瞳を輝かせて、笑った。

 

「さぁ。そんなもん、そっちが勝手に決めてくださいよ」

 

 

 

 



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憧憬

嫌うこと、憎むこと。

その感情を抱くことそのものの、

一体何が、悪いというのだろう。


「……」

 

 宿泊施設からほど近い場所にある、小高く見晴らしのいい崖の上。薄い水色のビャクヤカスミが植えてある鉢植えが一つポツンと置かれたそこに、訳あってマンダレイの元へ身を寄せているマンダレイの従甥、洸汰が佇んでいた。先程まではピクシーボブと一緒に居た彼だったが、頃合いを見計らって宿泊施設を抜け出してきた。ここは、彼にとっては秘密基地も同然の場所であった。

 

「……あいつが……」

 

 洸汰が思い出すのは、二年前、マンダレイに引き取られたばかりの頃のこと。

 

 

 

 

 

 

 洸汰の両親はヒーローだった。

 

 幼いながらに、両親のことが大好きだったのは、朧気であれ覚えている。

 

 しかし、平穏な日々は突如として崩れ去った。

 

 ヒーローとして戦った両親が、殉職してしまったのだ。

 

 敵から一般市民を守っての死だった。ヒーローとしてはこれ以上ないほどに立派な最期であり、名誉ある死だった。

 

 しかし、物心ついたばかりの洸汰には、そんなことは分からない。ただ、両親が自分を置いて逝ってしまったという事実だけが、まだ幼い子供でしかない洸汰に、理不尽にも伸し掛かってきた。

 

 これは、悪い夢だと思い込もうとした。両親が死んだというのは悪い夢で、きっと両親は帰ってきてくれると。

 

 しかし、時が経つにつれて、洸汰は夢だと思い込もうとしていた事実が現実であるということを、嫌でも認識することとなる。

 

 テレビで、新聞で、洸汰の両親の死が、ヒーローとしていい事、素晴らしいことだと褒め称えられ続けた。洸汰本人に、彼の両親の死が素晴らしいことだと告げてくる人間も居た。

 

 彼の周囲は洸汰を「市民をその命と引き換えに守ったヒーローの子供」としか見なかった。「両親を喪ったただの子供」として見てくれたのは、洸汰自身は当時は気付いてなかったが、マンダレイとプッシーキャッツの面々だけだった。

 

 洸汰はそんな周囲の心無い言葉に怒りを覚え、両親を奪った敵を憎み、両親が命を落とす結果を招いたヒーローという職業を憎み、ヒーローを産み出した“個性”を憎んだ。

 

 それは、当然のことだった。

 両親がヒーローでさえなければ、ヒーローという職業さえ存在しなければ、“個性”という異常な力さえなければ、両親は死ななかったかもしれない。幼い子供である洸汰がそう思うことは、至極当たり前のことであった。

 

 洸汰はヒーローへの、“個性”への憎しみを募らせていき、程なくしてヒーローであった両親のことも嫌うようになった。大人しくマンダレイの元に来たのも、他に身寄りがない、という理由でしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、そんな洸汰の転換期は、意外なところからやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マンダレイの元に身を寄せるようになって、数ヶ月が経ったある日のこと。

 

『洸汰、これ読みな』

 

 その短い言葉と共に、マンダレイから手渡されたのは二つ折りにされた一枚の紙。マンダレイにこれは何だと尋ねても、『まずは読んでみて』としか返ってこなかった。

 

 マンダレイの……ヒーローの言う事を聞くのは癪でしかないが、中身が気になった洸汰はおもむろに紙を広げた。

 

 

 

 

 

 

 

『自分の気持ちに嘘はつくな。その気持ちはお前のものだ』

 

 たったこれだけ、最後に、「Angela・Fudirhine」と筆記体でサインがされた、本当に短い手紙。しかし洸汰はその手紙に、何か胸を打たれたような感覚に陥った。まるで、今の自分の心が、見知らぬ誰かに見透かされているような気がした。

 

 洸汰は困惑の表情を隠さぬまま、この手紙は一体何なのかとマンダレイに問いかける。すると、マンダレイはこう言った。

 

『ラフリオンっていう海を越えた遠い国に住む、私の友達からだよ。お互いに手紙を送り合う仲で、前私が出した手紙に洸汰のことを書いたんだ』

 

 どうして、とか、なんで、とか、疑問は尽きないほどあって、それでも、この時の洸汰に、その疑問を纏め上げるほどの理性もなくて。

 

 気が付けば洸汰は、声を出さずに泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 その日から、洸汰に少しだけ変化が生じた。

 

 それまでと変わらずヒーローも敵も“個性”も憎んでいるが、両親のことが嫌いだという思い込みは無くなった。洸汰は、両親が「ヒーローだった」から憎いと思い込んでいただけで、本当は両親のことが大好きだったのだと思い出したのだ。

 

 そして、ヒーローはヒーローでも、マンダレイ達プッシーキャッツだけは憎まなかった。ヒーローであることが気に食わないのは変わりないが、少し視野が広くなった洸汰の心は、マンダレイ達が他の大人のように洸汰の両親が死んでよかった、と聞こえるようなことは決して言っていなかった、寧ろ、洸汰の両親の死をマンダレイ達は一緒に悲しんでくれたことに、そこに「ヒーロー」が関係ないことに、気が付いた。

 

 それでも、自分の両親を奪ったヒーローという職業に、洸汰が憧れを抱くことなどなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 ビャクヤカスミの鉢植えに、自身の“個性”で水をやる洸汰。

 

 いくらその存在が憎い“個性”であっても、洸汰にとっては唯一残された両親との直接的な繋がりでもあるのだ。“個性”を使う職業に就くなど死んでも御免被るが。

 

 このビャクヤカスミは、洸汰が自ら育てたものだ。なんてことはない、気まぐれだ。ホームセンターでビャクヤカスミの種を買ってきたマンダレイに、一つ分けてほしいと頼んだ。パッケージに描かれた花の色が、マンダレイに見せてもらった写真に写っていた、あの手紙の主の髪の色と、そっくりだったから。

 

 マンダレイは特に理由を聞くこともなく快諾し、洸汰用の小さな鉢植えも買ってくれて、花の育て方を教えてくれた。洸汰はマンダレイの教えを守り、時々プッシーキャッツの面々に手伝ってもらったりしながらも、基本は一人でビャクヤカスミの花を育ててみせた。洸汰が育てたビャクヤカスミは、薄い水色の美しい花を咲かせている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Hello,精が出るな」

「……!?」

 

 突如として、この場で聞こえるはずのない声がした。

 

 洸汰が驚いて振り向くと、そこに居たのは、金色のふわふわした不思議な生き物を肩の上に乗せた、洸汰の育てたビャクヤカスミと同じ薄い水色の長く美しい髪を持つ、美麗な少女。

 

 見間違うはずがない。マンダレイが持っていた写真に写っていた、あの少女だ。マンダレイの話では、遠く離れたラフリオンという国の、高校よりも上の学校である大学に通っているはずなのに、何故か雄英高校の生徒としてここに来た、あの少女だ。

 

 しかし洸汰の胸の内からは、バスが最初に展望台に停まり、雄英高校の生徒たちがぞろぞろと降りてきて、その中に彼女を見つけたとき、どうして、という疑問は浮かび上がってきたが、負の感情のようなものは、何故か一欠片たりとも湧いてこなかった。

 

 彼女の纏う空気のようなものが、自分と似ているような、そんな気がしたから。

 

「……あの」

「ああ、自己紹介はいらない。信乃の手紙で色々と事情は知ってるからな」

 

 少女……アンジェラは、たどたどしく自己紹介をしようとする洸汰を、笑みを浮かべて遮る。アンジェラがここに居る理由は至極簡単、マンダレイ達との話し合いが終わり、勝手に外に出てみたところ、偶然、この崖の上に足を運ぼうとしていた洸汰の姿を見かけたから、こっそりと後をつけてきただけだ。

 

「信乃……お前は、マンダレイをそう呼ぶんだ。どうして?」

「どうしてって……友達の名前を呼ぶのに、理由なんか要らないだろ」

「……ともだち」

 

 物心ついたばかりの頃に両親を亡くした洸汰には、友達という概念がよく分からなかった。ヒーローに憧れる人間ばかりの幼稚園は、ヒーローを憎む洸汰の精神衛生上行かない方がいいと、マンダレイ達と話し合って決めた。だから洸汰には、同年代の友人が居なかった。同年代の子供は、普通はヒーローに憧れるものだから。

 

「……お前は、大学っていう、高校よりも上のとこで勉強してたんだろ? それも、ヒーローに全く関係のない勉強を。

 

 どうして今更高校……それも、ヒーローになるために入る場所に居るんだ? お前がヒーローになりたいだなんて、マンダレイは一言も言ってなかったぞ」

 

 洸汰の口から飛び出たのは、一番聞きたかったこと。どうしてアンジェラが、雄英高校に居るのかということだった。

 

 アンジェラはケテルを腕に抱きかかえ、少し難しそうな顔をして口を開く。

 

「んー、始まりはあることを頼まれたから……だけど今は違うかな」

「あることって?」

「それは言えないな。守秘義務ってやつだ」

「……でも、今は違うんだ」

 

 洸汰がそう言うと、アンジェラは少し、本当に少しだけ、顔を顰めた。

 

「ああ……そうだな。明確な目的の上で、オレはここに居る」

「……それって、ヒーローになりたいから?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「No way!! 何を言い出すかと思えば!」

 

 アンジェラは吹き出し、笑った。

 

「ちょ、どうして笑うんだよ!」

「Oh,sorry.でも、そんなこと言われたことなかったからさぁ」

 

 洸汰は目を丸くした。いくら世間を知らぬ子供だからって、ヒーローを憎んでいるからって、流石に雄英高校が日本におけるヒーローの登竜門であることは知っている。雄英高校のヒーロー科に集うのは、全国から集まるエリートのヒーロー志望集団であることも。

 

 そんな学校に居るのだから、本人の意思はどうあれ、彼女はヒーローに向いていると言われ続けた人間であると、洸汰は思っていた。

 

「そもそも大学じゃヒーローの話題なんかほぼ皆無だったしな。ヒーローが好きってやつも殆ど居ないし、そもそも興味すらないって奴が大半だし、もっと極端な例だと、ヒーロー制度そのものを撤廃すべきだって大真面目に言う奴も居るし」

「……え?」

 

 洸汰は度肝を抜かれた。この世界はヒーローが好きな人間ばかりで、ヒーローが嫌い、ないし興味がない人間は自分を含めてごく僅かだとばかり思っていたのだ。

 

 特に、学生と呼ばれるような若い人々は、それが顕著だと思っていた。

 

「世の中にはさ、全員が好きだってものなんか無いんだよ。世間じゃあ、ヒーローをよく思わない人間も当然存在するし、興味がないってやつも居るさ。あのオールマイトでさえそうなんだ、例外はない。

 

 ……それにしたって、流石にうちの大学はそういう奴が集まりすぎてるとは思ったけど、ま、そういうこともあるか」

 

 しかし、彼女の言葉はその逆を行く。アンジェラの大学における知り合いがどれほどの人数なのかは定かではないが、少なくともアンジェラが知る限りでは、彼女が通っていた大学ではヒーローが好きな人間は限りなく少数派であることは確かである。

 

「んー、ただ、教授が言うには、「このご時世でここまでのレベルの大学まで来るような人間は、ヒーロー社会の歪みを、意識的か無意識かは人によるし、程度の差は大きいけれど、ある程度までは理解していることが多い」……だとよ」

 

 アンジェラは当時のことをしみじみと思い出す。

 

 まだ5歳の洸汰にこんなことを告げるのは、ひとえに洸汰がヒーローを心から憎んでいるからに他ならない。他の人間はヒーローが好きなのに、ヒーローを嫌っているのは自分だけ。洸汰はそう思い込んでいる。その理由はヒーローという職業のせいで親を失ったからという、どこまでも理不尽で、どこまでも残酷で、洸汰自身にはどうしようもない理由。

 

 そんな子供にヒーローを好きになるように言っても、逆効果どころか、最悪その心を病んでしまって自殺しかねない。

 

 マンダレイも他のプッシーキャッツの面々も、それを理解しているから、洸汰にヒーローを良く思うように、なんてことは一度も言ったことがない。洸汰を預かっているのも、マンダレイ以外の身寄りが居ないから、ヒーローではなく、ただただ従姉妹の子供として、洸汰が心配だからである。

 

 アンジェラは、世の中にはヒーローに興味がない人間も、ヒーローが嫌いな人間も、犯罪者でなくてもいくらでも居るのだと、まだ世界を知らない洸汰に教えているのだ。これは、ヒーローであるマンダレイには出来ないことだった。

 

 アンジェラはケテルを撫でながら、しかし少しだけ真剣な顔をして、口を開く。

 

「お前にとってヒーローは、両親を奪った最悪なお仕事だろうよ。憧れるなんてもってのほか、寧ろどこまでも憎いよな。

 

 ……ただ、ヒーローっていう職業があったおかげで、救われた命があることは、事実なんだ。

 

 洸汰、お前がヒーローをどれだけ憎もうが、嫌おうが、それはお前の自由だ。だけど、それだけは忘れちゃいけないと、オレは思う」

 

 引き取られたばかりの頃の洸汰であれば、アンジェラの話を受け止めることも出来なかっただろう。しかし、二年前と比べて自我がはっきりとし、手紙をきっかけとして少しだけ視野が広がった洸汰は、アンジェラの言葉をそのまま受け取ることが出来た。

 

「それに、子供が必ずヒーローに憧れなきゃいけないなんて決まりもないんだから。あんまりヒーローが憎いって感情だけに囚われてちゃ、勿体ないぞ」

「……勿体ない?」

「そ。世の中には、ヒーローじゃなくてもかっこいいものやすごいものが沢山あるんだから。

 

 ヒーローとそのフォロワーだけが、この世界を構成しているわけじゃないんだよ」

 

 アンジェラはそう言うと、月のような儚げな笑みを浮かべた。

 

 洸汰は少し考え込むような素振りを見せると、おもむろに口を開く。

 

「……じゃあさ、お前は、そういうヒーローじゃないすごいものとか、かっこいいものとかを、知っているのか?」

 

 洸汰の言葉に、アンジェラはニヤリと笑い、懐からスマホを取り出して操作する。そして、ある画像を表示させると、洸汰にスマホの画面を向けた。

 

「……これは?」

「オレの兄さん」

 

 スマホに写し出されていたのは、去年の大学の学祭でソニックとシャドウと共に撮った自撮り写真。学祭のイベントとして開催されたエクストリームギアのレースの直後に撮ったものなので、三人とも頭にゴーグルを着けている。

 

「二人共凄くかっこよくて、強くて……オレの憧れなんだ」

 

 そう語るアンジェラは、恍惚とした表情をしていた。その胸の内の、二人の兄に対する異常なまでの執着心と憧憬が、トパーズの瞳にドロドロと溢れ出す。まだ幼い洸汰から見ても、その瞳は異常なものでしかなかったが、同時にアンジェラが心の底から二人の兄を慕っていることも、手に取るように分かった。

 

「……憧れ」

 

 憧れという概念自体は、洸汰にも理解出来る。しかし、その感情は、洸汰が抱いたことのないものだった。普遍的な憧れを抱くその前に、深い絶望を味わったのだから当然といえば当然だろう。

 

 アンジェラはスマホを仕舞うと、その場に立ち上がった。彼女の視線は、洸汰が抱えているビャクヤカスミの鉢植えに向けられている。

 

「そうだ。だけど、それだけじゃない。この世界には、もっと面白いものに満ち溢れてるんだ。

 

 恨み憎しみを抱くのは大いに結構だが、憎いからって、復讐のために関係のない赤の他人にまで迷惑をかければ、その感情は「悪いもの」になってしまう。重要なのは、感情の種類じゃない。その感情をどう扱うかだ。

 

 それに、一つに囚われてたら見えるはずの世界も見えなくなっちまうからな。他のものにも目を向けてみるのも大事だぜ。

 

 大丈夫、お前は、無意識にでもそれが出来てるんだから」

 

 それは、世界を知る子供から、世界を知らぬ子供への、ちょっとしたアドバイスだった。洸汰は憎しみに目を奪われていた自身の視界が、ぐんと広くなるのを感じる。

 

 アンジェラが言う、無意識にそれが出来ているというのは、マンダレイ達だけは憎まなかったことと、ビャクヤカスミの花を育てたことを言っているのだろう。洸汰は、今まで気が付かなかった。

 

「……うん」

 

 見事な花を咲かせたビャクヤカスミが風に揺られる。

 

「普通」と違う価値観を抱いて生きるというのは、並大抵のことではない。「普通」は憧れの対象であるヒーローを憎み続けて、それをとやかく言う輩は必ず現れるだろう。それが、人間という生き物の性であり、人間の群れで生きる上では、決して避けては通れない道だ。

 

 しかし、それでも、洸汰は両親が大好きだから、それを奪った“個性”を、敵を、ヒーローという概念を、赦すことはない。その命尽き果てるまで、その憎しみを忘れることはない。

 

 だけど、彼はもう知った。自分が憎しみだけの人間ではないことを、世界は広く、自分は一人ではないことを。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうだ。オレがあることを頼まれたから雄英に居るってことは、信乃達と相澤先生以外……A組やB組の奴らにはナイショな」

 

 アンジェラは、ふと思い出したかのように口を開く。

 

「……それって、しゅひぎむ、ってやつがあるから?」

「そうそう。お前は元々オレがヒーローになりたいわけじゃないって知ってるし、そのせいであいつらの前とかで変に詮索されるのは困るからそのことを話したが、クラスメイトとかB組の奴らは知らないし、知られるわけにもいかないんだ」

 

「分かってくれな」、と、アンジェラは洸汰の頭をわしゃっと撫でる。洸汰は、アンジェラの目をちゃんと見て、頷いた。

 

「よし、そんないい子にはご褒美だ」

 

 アンジェラはそう言うと、右手に魔法陣を展開させ、ウエストバッグを取り寄せる。洸汰が不思議そうにその光景を眺めていると、アンジェラはウエストバッグの中からミルキーウェイとゴーグルを取り出した。

 

「ほら、鉢植えは離れたとこに置いてけ。落としたら危ないぞ」

「落としたら……?」

 

 ゴーグルを頭に着け、ミルキーウェイをひっくり返したりペタペタ触ったりしながらアンジェラが放った言葉に洸汰は疑問を感じながらも、言われた通りに鉢植えを洞穴の手前に仕舞った。

 

「置いてきたけど……」

「OK,これ着けな」

 

 そう言ってアンジェラが洸汰に手渡したのは、アンジェラが着けているゴーグルよりも一回りほど小さいサイズのゴーグル。洸汰は言われるままにゴーグルを頭に着けた。

 

「オレは別になくてもいいんだけど、洸汰は慣れてないからな」

 

 アンジェラは洸汰のゴーグルを目元に下げ、ベルトを締めてやった。ここまできて、洸汰はようやくアンジェラがやろうとしていることが一体何なのかに気が付いた。

 

「なくてもいいんなら、何で着けてるのさ」

「んー、なんとなく」

「なんだそれ」

 

 洸汰は初めて、アンジェラへと笑みを見せた。

 

「さて、ケテル、振り落とされんなよ?」

《だいじょーぶ!》

「ソルフェジオ」

『心得ております』

「よし……行こうぜ!」

 

 ケテルとソルフェジオへ一言かけたアンジェラは、洸汰の手を引き、ミルキーウェイを構えた。

 

 

 

 風が吹く。

 

 子供達の小さな夜明けを、祝福するかのように。

 

 

 

 




ソニックアドベンチャーとソニックアドベンチャー2には、ソニックさんのテーマとして「It doesn't matter」という曲があります。同じ名前の曲なんですが、アドとアド2では曲調がかなり異なる曲です。

当作品では、ソニアド2の「It doesn't matter」はソニックさんのテーマで、ソニアドの「It doesn't matter」はアンジェラさんのテーマだと設定しています。両方とも歌詞的にはほぼほぼ同じこと言ってるんですが、曲調を考えたらこうかなって。

アンジェラさんの執着心やブラコンなど、そういう根幹で狂ってる部分以外の価値観は、この曲を聞けば大まかなところは分かります。あくまでも大まかな部分であり、完全にその通りとはいきませんが。

〜追記〜
活動報告にて質問募集を始めました。詳しくは活動報告の方に載せています。


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宿泊施設

 ……午後五時四十分。A組のクラスメイト達が魔獣の森の攻略を開始して、およそ八時間ほどが経過した頃。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、やーっと来たニャー」

「随分と遅かったねぇ」

 

 森の中から、ボロボロ状態のA組の面々が、フラフラとした足取りで歩いて来る。全員息も絶え絶えで、“個性”に関係する部位は特に酷使されたのかその部分を押さえたり、引き摺ったりしている者も多い。A組の面々は宿泊施設の前、森が途切れた場所まで辿り着くと、体力が尽きたのかその場にドサリと座り込む者も現れた。

 

「何が三時間ですか〜!?」

「それ、私達ならって意味。悪いね」

「実力差自慢のためか……やらしいぜ……」

「腹減った〜、死ぬ〜!」

 

 ここまで朝から昼食も摂らずに土魔獣と戦いながら歩いて来たA組の面々の疲労度は相当なものだろう。しかも、舗装された道路ではなく山道を歩いていたのだ。ただ歩くだけでも、足腰にかかる負担は道路の比ではない。

 

「ねこねこねこ……でも、ヒメも居ないし正直もっとかかると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。いいよ、君ら。

 

 特に……そこ三人! 躊躇の無さは経験値によるものかしら?」

 

 ピクシーボブが指さしたのは、爆豪、轟、飯田の三人。“個性”の威力や扱いが他のクラスメイト達よりも長けていたこの三人が、A組の魔獣の森攻略における要だった。将来有望な男子に、ピクシーボブは舌舐めずりをする。

 

「三年後が楽しみ! 唾、つけとこー!」

 

 三人に飛びかかり、唾液を吐きつけるピクシーボブ。これでは唾を付ける(物理)である。さしもの相澤先生も、ピクシーボブの奇行に若干引き気味である。A組の面々は言わずもがな。

 

「マンダレイ……あの人、あんなんでしたっけ」

「彼女焦っているの。適齢期的なアレで」

 

 ヒーロー、特にアイドル的な面を持ち合わせる女性のヒーローは、総じて結婚がしにくい。それは世間のイメージによるものでもあるが、それ以上にヒーローが、華はあれど命の軽い仕事であることも関わっている。いつ何時何が起こってもおかしくないヒーローを嫁に貰おうなどという一般の男性は少なく、プッシーキャッツほどのベテランであればゴシップなどでぶっこ抜かれてもおかしくないがゆえに、男性ヒーローもあまりピクシーボブに寄り付かない。そもそも世間の目があり、ピクシーボブがプッシーキャッツという人気チームに属するヒーローである以上、チームに迷惑がかかる可能性が高いためあまり大っぴらに婚活など出来るはずもない。

 

 ヒーローの仕事はやりがいがあるし、充実した日々を送れているのは事実なのだが、それはそれとして、ピクシーボブは女としての幸せを掴みたいのだ。

 

 なお、今のピクシーボブの行動がそれに直結しないというツッコミを入れてくれる人は、この場には居なかった。アンジェラがここに居れば、それはそれはキレのあるツッコミを入れてくれただろう。

 

「あの……ずっと気になってたんですけど、どうしてアンジェラちゃんはこっちに来なかったんですか?」

 

 今の今までクラスメイト達が疑問に思っていたことを、麗日が代表して質問する。それに答えたのは、少し呆れた表情のマンダレイだった。

 

「だって、アンジェラにとってはあの程度の距離、ジョギングにもならない短い距離だもの。それに、アンジェラに参加させるとあなた達のためにはならないからね」

「それって、どういう……?」

「あの子、フルマラソン20週くらいの距離を全力疾走したくらいじゃ、一切息切らさずにケロッとしてるから」

 

 マンダレイのその言葉に、麗日はあることを思い出した。

 

「……そういえば、ヒーロー基礎学の時間でも、アンジェラちゃんが息切らしてるのって、一度も見たことないかも」

「確かに……フーディルハインってなんか体力有り余ってるイメージがあるな」

「ロリ巨乳体型なのにな」

 

 峰田の戯言はともかく、アンジェラが元々体力お化けなことを思い出し、同時にどうしてアンジェラを参加させなかったのかを悟ったクラスメイト達。あの程度の距離では一切疲れなど出ないアンジェラが参加してしまえば、後半になるにつれて、クラスメイト達がアンジェラに頼り切りになっていたことが目に見えていたからだ。終盤ではほぼアンジェラの独壇場になっていただろう。それでは他のクラスメイト達の成長の妨げになってしまう。   

 

 本当はそれ以外にも、仕事の話をするためという理由があるのだが、マンダレイ達はそのことは決して口にはしなかった。

 

「まぁ、アンジェラもお昼は食べてないからね。そこは公平にってことで」

「変なとこで公平だなオイ!」

 

 妙なところで保たれていた公平性に瀬呂がツッコむ。昼食抜きに関しては、クラスとしての連帯責任が働いたようだ。

 

 少し緩んだ空気を引き締めるかのように、相澤先生が今後の指示を伝える。

 

「茶番はいい。バスから荷物を降ろせ。部屋に荷物を運んだら食堂にて夕食、その後入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日から。さ、早くしろ」

「あの、先生、アンジェラちゃんの姿が見えないんですが……」

「……食堂に来れば分かる」

 

 相澤先生の言葉に、麗日達は疑問符を頭の上に浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、来たかお前ら」

 

 男子は大部屋、女子は八人用の部屋と、クラス毎に割り当てられた部屋に荷物を運び入れ、一階の食堂に集合したA組の面々は、長テーブルの上に、美味しそうな唐揚げを大量に乗せた皿を満足気に乗せるアンジェラの姿を発見した。アンジェラは制服の上に水色のエプロンを身に着けている。

 

「え、ちょ、アンジェラちゃん!? 何しとるん!?」

「見りゃ分かるだろ、夕飯作ってたんだよ」

「え……これ全部!?」

 

 そう言い芦戸が指さしたのは、長テーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々。一クラス2台、計4台の長テーブルの上には、先程一つの長テーブルに乗せられた唐揚げだけでなく、餃子、だし巻き卵、麻婆豆腐、チリドッグ、ローストビーフ、ポテトサラダにコロッケなどなど、そのどれもこれもが美味しそうな香りを放っており、腹を空かせたA組の面々には輝いて見える。その量はゆうに40人分を超えるだろう。

 

「まさか、全部なわけないだろ。せいぜい半分だよ。プッシーキャッツが事前にスーパーとかで買ってきた惣菜もあるし」

「いやいや、この料理の半分はフーディルハインが作ったってことだろそれ!?」

「まあな、それより早く席つけよ。オレも腹減っててさ」

 

 切島のツッコミを軽く受け流しつつ、アンジェラはクラスメイト達に席に着くように促す。クラスメイト達は困惑しつつも、生理的な欲求に抗うことはできずぞろぞろと出席番号順に席に着いた。アンジェラは移動を始めたクラスメイト達を確認すると、一度キッチンまで行ってエプロンを脱ぎ、チリドッグが他のテーブルのものよりも明らかに沢山乗せられた皿を持って席に着く。そして「いただきます」と号令がかかり、全員が一斉に食事に文字通り齧り付いた。

 

「美味しい! ねえ、フーディルハインが作ったのってどれ?」

「ローストビーフ以外の肉類と、コロッケにだし巻き卵に麻婆豆腐。あとチリドッグだな。味噌汁もちょっと手伝った」

「チリドッグは明らかに自分で食べたいから作ったんでしょ」

「まあな、辛さは控えめにしてあるからお前らでも食えるだろ」

 

 美味しい食事を肴に米も雑談も進む。アンジェラはそんなことを言いながら、チリドッグにハラペーニョソースをかけて齧り付いていた。ちなみに既に5本目である。肉類やサラダもかなりガッツリ食べている。その小さな身体のどこにそんなに入るのか、不思議でならないクラスメイト達であった。

 

「美味しい! 米美味しい!」

「五臓六腑にしみわたる……いつまでも噛んでいたい! ……土鍋!?」

「土鍋ですか!?」

「ああ……うん。っつーか、腹減りすぎて妙なテンションになってんね……」

 

 切島と上鳴の明らかに異様なテンションに、ピクシーボブが少し呆れ気味に笑みを浮かべながら口を開く。

 

「まぁ、色々世話焼くのは今日だけだし、ヒメにも感謝して食べれるだけ食べな」

「「ありがとなー、フーディルハイン!」」

「いや、オレ米は炊いてねぇぞ?」

 

 アンジェラが米を炊いていないのは、単純に土鍋の使い方が分からなかったのと、マンダレイに惣菜類を優先して作って欲しいと頼まれたからである。アンジェラは家庭料理ならあらかた作れるが、どちらかといえば惣菜類、もっと言えば肉料理が得意であった。逆に、日本特有の鍋というものは外国人であるアンジェラには馴染みが薄く、時期的な関係もあって使ったことがない。適材適所というやつである。

 

「ああ洸汰、そのお野菜、運んどいて」

 

 忙しなく料理の追加を運ぶマンダレイとピクシーボブ。マンダレイの言う事を聞いて、洸汰もダンボールに入った野菜を運んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食、そしてその片付けが終わり、次は入浴の時間。服を脱ぎ、髪をお団子結びにし、タオルを纏ったアンジェラは露天風呂の扉をガラガラと開いた。

 

「おー、これが日本の露天風呂ってやつか」

「アンジェラさん、露天風呂は初めてですの?」

「露天どころか温泉自体初めてだ。ローマの大浴場的なのを想像してたけど、結構違うなぁ」

 

 アンジェラは興味深そうにまじまじと露天風呂を見つめる。知識としてそういうものがあるということは知っていたが、それと実際に見るのとでは、やはり抱く感想が違うものだ。

 

「アンジェラちゃん、温泉のルールとか大丈夫?」

「Don't worry.そういうことは信乃から聞いてる」

「マンダレイから? それなら安心だね」

 

 そんなやり取りをしながら、各自髪と身体を洗ってから温泉につかる。アンジェラは初めてつかる温泉の心地よさにほぅ……と息を吐いた。

 

「Oh……feels good」

「お気に召したみたいだね」

「こんなにリラックスしてるフーディルハイン、なんか新鮮かも」

 

 ちゃぷちゃぷと湯船を揺らして初めての温泉を楽しむアンジェラ。彼女の低身長も相まって、その八百万並みの大きさを持つバストが湯にプカプカ浮かんでいる。病的なまでに白い肌に水滴が滴り、湯の中で細く力を込めれば折れそうな腕と脚をだらんとさせて完全にリラックスしているアンジェラは、同じ女性であるはずなのにクラっとくるような色香を放っていた。誰かが喉をごくりと鳴らしたのは、気の所為ではないだろう。

 

「〜♪」

 

 当のアンジェラ本人は、周囲のそんな様子など意に介さず、温泉の心地よさに気分をよくしたのか鼻歌を歌っている。アカペラではあるが、その英語らしき歌詞とアップテンポの曲調からユーロビートの類であることは分かる。お湯の揺れる音をバックミュージックに紡がれるその歌が異様に上手くて、麗日達は目を丸くした。

 

「……アンジェラちゃん、歌うまなんや……」

「……ここにレコーダー持ち込みたい……」

「ケロ、それは壊れちゃうわよ響香ちゃん。にしても……本当にお上手ね」

「鼻歌を歌うほど温泉が気に入ったのかな?」

「外国人なら温泉に新鮮さも感じるでしょ」

「アンジェラさん、楽しそうですわね」

 

 麗日達はアンジェラの歌を邪魔しないように小声で話す。まるで心に直接語りかけてくるようなアンジェラの歌は、少しでも長く聞いていたいという欲求を彼女らの内から呼び起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そんな最中、男湯にて。

 

 男子と女子の入浴場を隔てる壁に、峰田が耳を付けていた。

 

「……ほら、居るんすよ。今日日男女の入浴時間をズラさないなんて、事故、これはもう事故なんすよ」

「お前、まさか……!」

 

 男子陣の殆どが峰田のやろうとしていることを予測し顔を赤らめる。反応を見せていない一部の男子も、峰田のこれからの行動は予想出来ているだろう。

 

「峰田君、やめたまえ!」

 

 温泉につかっていた飯田が、そう声を張り上げながら立ち上がり峰田に迫る。

 

「君がしようとしているのは、己も女性陣も貶める、恥ずべき行為だ!」

 

 飯田の静止の声も、涎を垂れ流しながら壁の向こうへと思いを馳せる峰田には届かない。彼の脳内には、壁の向こうに存在するであろう天国をその目に焼き付けることで埋め尽くされていた。

 

 そう、峰田がしようとしていること、それ即ち、覗きである。

 

「やかましいんすよ」

 

 菩薩のような表情を浮かべ言った峰田は、頭のもぎもぎを一つ手に取る。

 

「壁とは…………

 

 越えるためにある! Puls Ultra!!」

 

 もぎもぎを取ってはくっつけ足場にし、それを繰り返すことで壁を勢いよく登る峰田。雄英の校訓を汚してまで女湯を覗こうとするその執念は凄まじいものがあり、彼の目は血走っている。それもこれも、女湯という名の天国をこの目に焼き付ける、ただそれだけのためだった。性欲魔人たる峰田にとって、飯田の静止も理性も常識も、意味を成さない。傍から見たらそれは単なる犯罪行為なのだが、峰田がそのことを意に介するはずもない。

 

 そして、あと一歩のところで至福の光景をこの目に焼き付けることが出来る───

 

 

 

 

 

 

 と、峰田が思った矢先のことであった。

 

 

 

 

 壁の向こう側から、洸汰が顔を出した。

 

 峰田の身体は、驚きのあまり硬直する。

 

「ヒーロー以前に、ヒトのあれこれから学び直せ」

 

 洸汰は峰田という一応ヒーロー志望の覗き魔に対して至極全うなことを告げると、その手を叩き壁から落とした。

 

「クソガキィイイイイイイイィィ!!!」

 

 現実は無情なり。峰田は女湯という天国を見ることなく重力に従い落ちていき、飯田の顔面と峰田の尻が正面衝突した。峰田に関しては果てしなく自業自得であり、この状況で一番虚しく割りを食っているのは、間違いなく飯田である。

 

「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」

「ありがと洸汰くーん!」

 

 洸汰はその名前を呼ばれてほぼ反射的に振り返る。誰だって、自分の名前が呼ばれれば振り返るだろう。それはごくごく自然なことである。洸汰ほどの子供であれば尚更。

 

 

 

 

 

 

 彼はこの一瞬だけ、すっかり頭から抜けていたのだろう。

 

 名前を呼ばれた先が女湯であり、A組の女性陣が入浴中であることが。

 

「うぇいうぇーい!」

「!?」

 

 洸汰の視線の先には、一糸纏わぬ高校生のお姉さん方の、世の男性にとっては天国とも言うべき光景。峰田が切望したその光景を見てしまった洸汰は、顔を真っ赤にして後退ろうとする。

 

 しかし、洸汰が居たのは女湯と男湯を隔てる壁の上にある狭いスペース。後退ろうにも後退れず、更に足がもつれてしまったのか、その場で一回転し洸汰は女湯の方へと落ちていってしまった。

 

 峰田が壁を駆け上がっていた辺りで鼻歌を止めてジト目で壁を睨みつけていたアンジェラは、洸汰が落ちてくると同時に右手を上げ、その先に魔法陣を展開させる。

 

蜘蛛の糸を手繰る(スパレーンホード)

 

 魔法陣から、光る糸の束が現れた。その糸の束は洸汰を優しく包み込むと蜘蛛の巣のような形となり、洸汰が地面と激突することを阻止した。アンジェラは温泉から出て、蜘蛛の糸を手繰る(スパレーンホード)に乗せられた洸汰を抱っこした。洸汰は見たところ、怪我はしていないようだが落下の恐怖か、はたまた違う何かか気を失っている。

 

「……オレは先に戻る」

「あ、アンジェラちゃん、洸汰君は大丈夫?」

「怪我はない。けど気絶してる。

 

 

 

 

 

 

 ……峰田のヤローは、一回処すか」

 

 最後にものすごく物騒なことを呟いて、アンジェラは浴場を後にした。

 

 

 

 

 

 ちなみに、このあと手早く着替えてから洸汰をマンダレイに診せたアンジェラは、本当に峰田を半殺しにしようとして相澤先生に止められたとかなんとか。

 

 流石に半殺しは止めた相澤先生だったが、その原因は完全に峰田の自業自得でありアンジェラ……というか女性陣の怒りは当然のものなので、峰田に反省文を百枚この合宿中に書かせるという案を提示し、アンジェラはそれで手打ちとしたそうだ。

 

「……やっぱ、一発は殴っていいかな」

『我が主、多分それだと彼の頭が更にパッパラパーになるかと』

「……」

 

 ソルフェジオにこう言われては、殴るのはやめとくかと思わずにはいられないアンジェラであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 













……7年。






 あの子が解き放たれて、私達が逃げ出して、7年という時間が経った。

 最初はとにかくがむしゃらに、この世界で生きる術を学んだ。一般には忌避されるようなことにも手を伸ばした。そうしなければならなかった。どんな悪事と言われるようなことに手を伸ばそうとも、生き続けなければならなかった。

 私自身は、自分の選択に微塵の後悔もないけれど、あなたはそんなことをしなくても生きていけているみたいだね。それを知って、少し安心したよ。



 ……残された時間はあと僅か。

 それまでに、また会えそうでよかった。

 あなたは私のことなんか、何一つ知らないだろうけど。





 私はね、ヒーローがどうなろうが、敵がどうなろうが、

 いや、この社会が、人間達がどうなろうが、どうでもいいんだ。










 ただ、あなたに渡さなければならないものがある。

 この身体が朽ち果てる、その前に。




















 天使に希望が攫われる、その前に、







 せめて、預かっていたものは、返さなくちゃ。

















 そのためであれば、どんな手段でも取る。





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“個性”強化特訓

ちょっと感想を見てて疑問に思ったことがあるのですが、ヒロアカ世界の全員が全員ヒーローに憧れているのでしょうか?

答えは否。

人の憧れが、全ての人間の憧れが、同一のものに向けられるわけがない。

それを世間が受け入れられなかったから、起こった悲劇もあるのではないでしょうか。

前置きが長くなりましたが、どうぞ。


 合宿二日目、午前五時三十分。夏であってもまだ太陽が登りかけでしかない、早朝の時間帯。

 

 

 

 

 

 

 そんな朝早くから、A組の面々は体操服で宿泊施設の前に集合していた。あまりにも早い時間帯だからか、ほぼ全員眠そうな顔を隠しもしていない。

 

「おはよう諸君。本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は、全員の強化及びそれによる「仮免」の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。心して臨むように」

 

 朝からシャキッとした相澤先生による合宿の目的の説明。眠たげな目を擦っていた者たちもその言葉を聞いて目が冴えてきたようだ。敵連合に実際に襲撃された経験があるからだろう、他の学生よりも、彼らは具体的な敵意がいかなるものかを知っている。

 

「というわけで爆豪、こいつを投げてみろ」

「これ、体力テストの……」

 

 そう言って相澤先生が爆豪に手渡したのは、体力テストの時に使用したソフトボール。前回の計測……つまり、入学したての頃の爆豪の成績は「705.2メートル」。どれだけ伸びているか、成長具合の確認だろう。

 

「おお! 成長具合か!」

「この3ヶ月、色々濃かったからな、1キロとか行くんじゃねえの!?」

「いったれ、バクゴー!」

 

 クラスメイト達も興奮し、爆豪に声援を送る。爆豪も腕を回し、やる気は十分だ。

 

「んじゃ……よっこら……

 

 くたばれ!!」

「……だから、why?」

 

 ボールという非生物にくたばれとはこれいかに。

 

 そんなことはともかく、爆豪はボールに爆風を乗せて遥か遠くまでぶん投げる。大きく弧を描いて飛んでいくボールに、クラスメイト達はどれだけ記録が伸びているかとワクワクが止まらない。

 

 しかしアンジェラは、入学直後の体力テストの光景をふと思い出し、そして悟った。

 

「……軌道が、ほぼ同じ」

「え?」

 

 アンジェラのぼやきに麗日が反応すると同時に、相澤先生の受信機に結果が表示された。

 

「────―709.6メートル」

「……なっ……!?」

「あれ、思ったより……」

 

 記録が伸びていない。爆豪もクラスメイト達も、この結果は予想外だった。この3ヶ月、クラスメイト達は成長してきた。さぞ記録も伸びているだろうと思いきや、実際にはたったの数メートルほどしか記録は変わっていない。

 

「入学からおよそ3ヶ月、様々な経験を経て、たしかに君らは成長している。

 

 だがそれは、あくまでも精神面や技術面、あとは多少の体力的な成長がメインで、“個性”そのものは、今見た通りでそこまで成長していない。

 

 だから今から君らの“個性”を伸ばす」

 

 “個性”も身体機能の一つ。酷使すればするほど成長する。しかし、一年生のヒーロー基礎学の内容では、“個性”はそこまで成長しない。これは、一年生のヒーロー基礎学が“個性”の強化ではなく基礎身体能力の強化を主軸に据えたカリキュラムになっているからだ。“個性”が使えない状況であっても、ある程度は動けるようにするため、また、“個性”強化は肉体の成長に合わせて行った方が効率がいいため、殆どのヒーロー科では一年次は身体能力の強化を優先させ、“個性”に関する指導は行われない。個人的な相談をすれば先生方は応えてくれるだろうが、全体としての“個性”強化授業などは行われない。

 

 本来であれば、二年生で行うはずの林間合宿。それが一年次に前倒しになっているのは、ひとえに情勢の変化が原因だろう。肉体の成長を待っていられない状況になりつつあるという、言外の警告である。

 

 相澤先生は不敵な笑みを浮かべ、口を開く。

 

「死ぬほどキツいがくれぐれも……死なないように」

 

 とても不安になる言葉である。クラスメイト達は背筋が凍るような感覚を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 A組が特訓を開始してから暫く。B組がブラドキング先生に引率されて訓練場にやって来た。

 

 そこで行われていたのは、傍目からは地獄絵図にしか見えないような、“個性”を酷使する特訓の数々。一部、「本当に効果あるのかこれ?」と疑問符が浮かぶような特訓を行っている生徒も居たが、その場に響き渡っていたのは悲鳴やら怒号やらの大合唱。

 

「……なんだ、この地獄絵図」

 

 訓練場の光景を目にしたB組の中には、口から魂が抜けかけている者も居た。

 

「許容上限のある発動型は、上限の底上げ。異形型、その他複合型は“個性”に由来する器官部位のさらなる鍛錬。本来であれば、肉体の成長に合わせて行うが……」

「ま、時間がないんでな」

 

 ブラドキング先生の説明を引き継ぐかのように、相澤先生がそう言いB組の方に近付いてくる。

 

「B組も早くしろ」

「でも、私たちも入ると四十人だよ? そんな人数の“個性”を、たった6名で管理できるの……?」

 

 拳藤の疑問はもっともだ。いくら生徒のことを知る担任の先生方が一緒に居るとはいえ、四十人の、一人ひとり異なる“個性”の底上げに6人は少ないのではないか。

 

 相澤先生もその疑問が浮かんでくるのは想定内なのか、しかし慌てずに口を開く。

 

「だから彼女らだ」

「そうなの! あちきら四位一体!」

 

 相澤先生の言葉に合わせるかのごとく、どこからともなくラグドールが現れた。

 

「煌めく眼で、ロックオン!」

「猫の手手助けやって来る!」

「どこからともなくやって来る……」

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

 マンダレイ、ラグドール、虎、そしてピクシーボブと、順番に決め台詞を言う。

 

「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ! フルバージョン!」」」」

 

 そして、全員でポーズを決めた、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ。なんか一人だけ世界観が違う気がするが、そのままのポーズで各々が自身の“個性”を解説する。

 

「あちきの“個性”、サーチ! この目で見た人の情報を百人まで丸わかり! 居場所も弱点も!」

「私の土流で、各々の鍛錬に見合う地形を形成!」

「そして私のテレパスで、一度に複数の人間へアドバイス!」

「そこを我が、殴る蹴るの暴行よ……」

「……色々駄目だろ」

 

 こうツッコミを入れたのは、果たして誰だったのだろうか。ただ、この四人の“個性”がこの強化合宿に合うものであることは確かである。

 

 と、ここである違和感を抱いた拳藤が口を開く。

 

「……あの、ちょっと気になったんですけど、A組、一人足りないような……具体的に言えば、フーディルハインの姿が見えないんですけど」

「そういえば……」

 

 拳藤の言葉で、その事実を認識したB組の面々。眼前に広がるだだっ広い訓練場には、確かにアンジェラの姿だけがどこにもなかった。

 

「ああ……アンジェラはちょっと離れたとこに居るんだ。私がちょくちょく様子を見に行ってるの」

「どうしてわざわざ離れたところに……?」

 

 当然といえば当然の疑問に、マンダレイはどことなく呆れたように笑った。

 

「ちょっと、事故ったら危ないからね」

 

 マンダレイの言葉に、B組の面々は首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れて、お昼も過ぎ夕方辺り。

 

 

 

 

 ズザザザザっ!! 

 

「Ouch!」

 

 訓練場から離れた場所にある、ピクシーボブによって作られた、訓練場よりは小さな、それでもそれなりの大きさはあるスペース。

 

 その地面に、光とともに突然空中から現れたアンジェラが、引き摺られるような音を立てて落ちた。その右手には、青い光を放つカオスエメラルドが握られている。

 

「あー、っててて……ソルフェジオ、さっきのはどうだった?」

『目標の位置から約1.3メートルのズレを確認』

「よし、さっきより0.3メートル近いな」

 

 少しずつ、しかし着実に上達している自身の腕前に、アンジェラは少し満足感を覚えた。

 

「しっかし、何でこうもズレとか出るかねぇ」

『それは、我が主の適性の問題かと思います。短距離ワープであれば、練習次第で上手く使いこなせる可能性は高いですよ』

《お姉ちゃんがんばれー》

 

 スペースの端っこの木陰で、アンジェラに声援を送るケテル。

 

 アンジェラはそんなケテルに微笑みかけながら、右手に携えたカオスエメラルドに力を込めた。

 

「お、捗ってるみたいだね」

「信乃」

 

 そんなアンジェラの様子を見に、マンダレイがやってきた。アンジェラは顔に付いた埃を手で拭い取りながら、マンダレイの近くへと歩いてゆく。

 

「さっきから失敗ばっかだけどな」

「アンジェラほどの天才でも、やっぱり失敗とかするんだ」

「失礼だな、これでも昔は教授に論文をダメ出しされることも多かったんだぜ?」

「ふふ、それは失礼。

 

 カオスコントロール、だっけ、今練習してるのは」

 

 マンダレイはアンジェラが持つカオスエメラルドへと視線を向ける。アンジェラはたはは、と笑いながら頷いた。

 

 

 

 そもそもの話をしよう。

 

 他の生徒たちはラグドールの“個性”サーチで各々の“個性”をサーチされ、その結果によって個々に特訓内容を指示される。

 

 しかしアンジェラは、その特訓内容の指示を受けていなかった。

 

 ラグドールがアンジェラをサーチしようとした時、激しい頭痛を感じてしまったのだ。

 

 幸い、アンジェラへのサーチを解除したらその頭痛はすぐに収まったようだが、サーチした内容も同時に飛んでいってしまったらしい。もう一度試しても結果は同じだった。

 

 頭痛の理由はアンジェラの身体に渦巻く強大な魔力であると推察されるが、実際のところは不明である。

 

 そんなわけで、アンジェラはラグドールから指示を受けることが出来なかったのだ。

 

 しかし、今のアンジェラにとって、それは大した問題にはならなかった。

 

 今のアンジェラには、何よりも優先して練習したいことがあったのだ。

 

 それが、カオスコントロール。

 

 もっと言えば、カオスコントロールによる短距離ワープの練習である。

 

 アンジェラのカオスコントロールは、巻き戻すことに特化しすぎてそれ以外の時間停止やワープなどには大きな制約がかかっている。時間停止に至っては、アンジェラ一人で使えた試しはない。ワープは使えないことはないのだが、長距離となると座標の認識が必須条件、座標の認識が必要ない短距離のワープであっても、目標地点からズレた場所に飛んでしまうことはザラにある。

 

 ただし、短距離でのワープであれば、練習をすれば十分使いこなせるようになる可能性が高いと、ソルフェジオが言った。

 

 アンジェラは一応空間魔法が使えないことはないのだが、その適性はかなり低い。空間魔法でワープをしようとすると、その適性の低さと空間魔法そのものの特性が合わさって必ず大きな隙を産んでしまうので、とても実戦的とは言えない。並大抵の速度の攻撃はマッハで動き回るアンジェラには当たらないのだが、それでもアトブリアの異空間攻撃のような例外はある。

 

 なので、アンジェラはカオスコントロールによる緊急回避が使えるようになれば、と練習を重ねていたのだが、これが中々上手くは行かない。

 

 アンジェラはそもそもカオスコントロールを短時間にそう何度もポンポン使えるわけではない。アンジェラが一度カオスコントロールを使えば、必ず暫くのインターバルを挟まなくてはならないのだ。

 

 その理由は定かではないが、アンジェラがカオスエメラルド7つの力に耐えられるとはいえ、ソニックやシャドウほど頑強な肉体を持っているわけではないことが理由の一つとして考えられている。

 

 しかし、インターバルの問題も短距離のワープ限定だが、練習すれば克服出来る可能性が高いと、ソルフェジオの解析で分かっている。流石にシャドウのようにとはいかないが、数回程度なら短時間に使えるようになると。

 

 なのでアンジェラは、合宿というまたとない機会を利用してカオスコントロールを練習していた次第である。

 

 ちなみにアンジェラがこんな離れた場所で一人で特訓している理由だが、カオスコントロールのワープであらぬ方向に飛ばされてしまった際に他の生徒とぶつかる、という事故を防ぐためである。

 

 大失敗したときなんかは、変な方向に100メートルほどの距離を飛ばされてしまうこともあるのだ。練習していたら、いつの間にか木の上に引っかかっていたこともあった。

 

 特に、大容量バッテリーと通電している上鳴や、手から酸をドバドバ出している芦戸とぶつかってしまえば、お互いに事故では済まない大怪我を負う可能性が高い。そう考えたアンジェラが、マンダレイ達に自ら進言したのである。

 

 カオスコントロールのインターバルの間は、ワン・フォー・オールの練習や各種魔法の練習をしていた。この時間でようやく実戦レベルまで仕上がった魔法もいくつかあるので、アンジェラは結構充実した時間を過ごしていたようだ。

 

 そのことをマンダレイに説明していたアンジェラ。マンダレイも、この小さな友人の努力を微笑ましそうに聞いていた。

 

「ふふ、充実してたみたいだね」

「そうだな……って、信乃はオレに用があるんじゃ?」

「ああそうだ、そろそろ夕飯の支度の時間になるよ」

「あー、もうそんな経ってたのか」

 

 林間合宿における2日目以降の夕食は、生徒たちが手作りすることになっている。なんだかキャンプのようだと、アンジェラは思った。

 

「分かった。ケテルー、行くぞー」

《はーい》

 

 アンジェラはカオスエメラルドをジュエリーケースに仕舞うと、ケテルに声をかける。ケテルはいい返事をしながらアンジェラの元へと飛んで来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、昨日言ったね! 世話焼くのは今日だけって!」

「己で食う飯くらい己で作れー! カレー!」

 

 机の上に並べられているのは、40人分にしては多めな野菜と肉と米、そしてカレーのルー。それを目にした殆どの生徒たちは、空腹で腹を鳴らしながら力なく口を開く。

 

『……イエッサー……』

「……お前ら大丈夫……ではないな」

 

 生徒たちの中でピンピンしているのは、規格外の体力を持つアンジェラだけであった。

 

 ただ、普段の比にならないほどにカオスコントロールを使ったからか、さしものアンジェラも全く疲れていない、というわけではないようで、何度か欠伸を繰り返している。

 

 それでも、他の生徒と比べると明らかに普段通りに立っていられるのは、流石というかなんというか。

 

「アハハハハ! ヒメちゃん以外全員全身ブッチブチ! だからって雑なねこまんまは作っちゃ駄目ね! ヒメちゃんに頼り切るのも禁止だぞ!」

 

 アンジェラの料理の腕前は昨日の夕食の一件で全員、A組だけでなくB組にも知れ渡っている。そして、今の状況で一番ピンピンしているのもそのアンジェラである。

 

 ラグドールはそんな料理上手で体力もかなり残っているアンジェラに頼り切りにならないように、生徒たちに釘を刺したのだ。

 

「確かに……災害時避難先で消耗した人々の腹と心を満たすのも救助の一環……流石雄英、無駄がない! 

 

 世界一旨いカレーを作ろう! 皆!!」

 

 ラグドールの言葉から些かおかしな方向に話を飛躍させた飯田が生徒たちを鼓舞する。

 

 アンジェラは絶対そこまで考えてねぇだろ、と5秒くらい思った。

 

 そして相澤先生はそんな飯田を見て、飯田、便利、と思った。

 

 飯田、まさかの担任からの便利道具扱いである。

 

 閑話休題。

 

 

 

 

 

 体操服からそれぞれの私服に着替えた生徒たちは、早速カレー作りに取り掛かる。アンジェラはあまり手を出しすぎないように、とマンダレイに言われているので、大人しく包丁でじゃがいもやにんじんを切ったり皮を剥いたりしていた。その手付きは迷いがなく、正確であった。

 

 たまたま近くを通りかかった麗日と耳郎は、アンジェラの包丁捌きに感嘆した。

 

「おおー、アンジェラちゃん、包丁使うの上手やね」

「昨日も思ったけど、フーディルハインって料理上手なんだね。誰に教わったの?」

「ソニック」

 

 耳郎の質問に、野菜を切るのに集中しているのかたった一言で答えるアンジェラ。耳郎と麗日は、I・アイランドで出会った、アンジェラの兄の姿を思い出した。

 

「ソニックさんか……凄まじいイケメンだったなぁ」

「確かに。もう一人のお兄さんはシャドウさん、やっけ。あの人も格好良かったよねぇ……」

 

 耳郎と麗日の敬愛する兄に対する賛辞にアンジェラは嬉しそうに笑みを浮かべながらも、野菜を切る手を止めることはない。

 

 二人はそんなアンジェラに、流石だな、と言いたげな視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 途中、爆豪が爆発で飯盒を炊くための火を点けようとして、飯盒をぶっ飛ばしたなどのハプニングはありつつも、程なくしてカレーが完成した。野外卓にそれぞれ座り、号令と共に出来上がったカレーを食べ始める。

 

「店とかで出したら微妙かもしれねーけど、この状況も相まってうめー!」

「言うな言うな、野暮だな!」

 

 “個性”伸ばしの訓練がかなりハードだったこともあり、全員が大盛りに盛り付けたカレーをガツガツと勢いよく食べている。アンジェラはさも当然かのように男子の数倍の量のカレーにタバスコをかけて食べていた。

 

 そんな中、アンジェラほどではないが女子でかなりがっついている人物が居た。八百万だ。その量は男子と互角という、普段のお嬢様っぷりからは想像もつかないほどの量だが、彼女の“個性”を考えると、何らおかしい話ではない。その何倍もの量を何食わぬで食べているアンジェラが少しおかしいだけだ。

 

「ヤオモモがっつくねー!」

「ええ、私の“個性”は脂質を様々な原子に変換して創造するので、沢山蓄えるほど沢山出せるのです」

「うんこみてぇ」

 

 瀬呂の食事中、よりにもよってカレーを食べている時、しかも女子に対して最も言ってはいけない言葉により、八百万、あえなく撃沈。

 

「謝れー!」

「すみませーん!」

 

 瀬呂は耳郎にビンタされながら謝りましたとさ。

 

 

 

「洸汰〜? 食事の時間よー、洸汰〜?」

 

 そんな最中、アンジェラは洸汰を呼ぶマンダレイの声を聞き、同時に森の方へと入っていく洸汰の姿を見た。よそったカレーの最後の一口を食べると、アンジェラは席を立つ。

 

「信乃、オレが洸汰にカレー持っていこうか?」

「アンジェラ……じゃあ、任せていいかな」

「Of cource!」

 

 アンジェラはマンダレイからカレーを受け取ると、洸汰の後をつけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洸汰が宿泊施設から抜け出してやって来たのは、彼が秘密基地と称する崖の上だった。

 

 マンダレイ達は憎んでいないし、彼女らの言うことは比較的よく聞く洸汰だが、よりにもよってヒーローを目指す人間とは同じ空間に居たくない。

 

 しかし、そうは思っても腹は減る。洸汰が腹を鳴らしながら、気晴らしに崖の上からの景色を眺めていると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Good evening,ここは星が綺麗だな」

「あ……お前……」

 

 マンダレイから受け取ったカレーを持ったアンジェラが現れた。昨日の一件でこの場所のことがバレているからか、そこまで洸汰は驚いた様子は見せない。

 

「ほら、カレー持ってきた。ちゃんと食べないと大きくなれないぞ。オレはちゃんと食べてても大きくなった試しないけどな」

「……なんだそれ」

 

 カラカラと笑いながら言うアンジェラの言動がどことなくおかしくて、洸汰も思わず吹き出した。

 

 アンジェラはカレーを洸汰に手渡すと、洸汰の隣に座る。

 

「お前は偉いよ。卵とはいえ、どこまでも憎いはずのヒーローを前にして、その憎しみを表に出さないで居るんだから」

 

 そう語るアンジェラは、聖母のような微笑みを湛えていた。

 

「……お前は、ヒーロー目指してないのに、あそこに居て辛くないのか?」

「んー、オレはヒーローになりたくないだけだし、ヒーローに関してどうこう思ってるわけではないし、友達も出来たしな」

 

 洸汰はカレーを食べながら、複雑そうにアンジェラの話を聞いている。

 

 洸汰にとってアンジェラは、マンダレイ達以外で唯一、自分の憎しみを分かってくれた人間であり、洸汰が初めて目にした「ヒーローに憧れていない」人間だ。彼女には彼女の考えがあるとはわかっているが、そんなアンジェラがヒーローの卵を「友達」だと称することが、色々と複雑なのだろう。

 

「……オレさ、思うんだよ。

 

 人の憧れは、他人がどうこうして止められるもんじゃないって」

「?」

 

 突然不思議なことを言い出したアンジェラに、洸汰が首を傾げる。

 

 アンジェラは少し考える素振りを見せ、そして口を開いた。

 

「……うん、やっぱ、お前には話しておいた方がいいな。

 

 いいか、洸汰。今から話す内容を、よく覚えておけ。

 

 

 

 

 

 少なくともお前は、知っておいた方がいい。

 

 

 

 ヒーローっていう職業の奴にも色々居て、ヒーロー向きと言われるような“個性”を持っていても、ヒーローにならなきゃいけないなんて決まりはない。ヒーローが、誰も彼もが憧れる職業というわけじゃない。

 

 

 

 ヒーローと呼ばれる奴らも、そうじゃない奴らも、等しく「人間」だって話だ」

 

 そして、アンジェラは語り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰に何を言われようと、どれだけ酷く罵られようと、それでも、憧れを貫き通すと心に決めた一人の少女と、その決意を支えた者たちの物語を。

 

 

 

 

 

 




というわけで、次回からしばらくアンジェラさんの過去回想「憧れに捧ぐ白百合」をやります。アンジェラさんの大学時代のお話です。I・アイランド編でちょっとだけ言及された、アンジェラさんの大学時代の後輩が主軸になります。言わずもがなオリキャラです。他にもオリキャラが出てくる他、ソニックサイドのキャラもガッツリ関わります。

5話6話はかかる気がしますが、少なくとも10話はやりません。

あと、アンジェラさんの価値観の形成に大きな影響を及ぼしている話の一つでもあるので、飛ばしたら多分アンジェラさんの考えがよく分からなくなると思います。元々サイコパスの思考を理解しろってのがどだい無理な話ですけど。



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憧れに捧ぐ白百合 ―アンジェラとカオティクス―

前回予告していた通り、アンジェラさんの過去回想編です。時系列的には、ワルアド後カラーズ前になります。よって、ケテルは居ません。

取り敢えずカオティクスの出番を作れたからそこは満ぞ(殴














 探究を、憧れと持つ者たちが居た。

 

 

 

 

 その憧れは、英雄に憧れを持つ大多数の者たちには、到底理解の及ばぬものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女たちは、それでもよかった。

 

 

 誰に理解してもらおうとも思っていなかった。

 

 

 ただ、途方もない憧れが、彼女らを突き動かしてきた。

 

 

 

 

 

 これからもそうなのだと、疑いすらしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、それを認めぬ者が居た。

 

 

 

 

 力を持つのなら、それを他者のために使うしか道はないのだと疑いすらしない者は、彼女の憧れを許さなかった。

 

 

 

 

 

 

 ああ、なんと愚かなことだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意志の伴わぬ善意を強制されることは、心を殺すと同義だというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……二年前、アンジェラがマンダレイとレターフレンドになり、ブラック彗星事件が発生して数ヶ月ほどの時が流れた頃のこと。

 

 

 

 

 

 

 ラフリオンはシーサイドヒル。潮風の心地いいこの場所に建つ一軒家。

 

 ここはベクターを所長とする探偵集団、カオティクス探偵団の事務所である。彼らは報酬さえ貰えるのであれば、悪事以外のどんな依頼も引き受ける。逆に言えば、悪事には決して加担しないというポリシーを持っている。ちなみに貧乏で、事務所の家賃を滞納している模様。

 

 そんなカオティクス探偵団の事務所のドアが軽快な音を立てる。所長であるベクターがノックに返事をする前に、ドアが開いた。

 

「Hello,邪魔するぜ」

「……何だ、アンジェラか」

 

 ドアをくぐって来たのは、アンジェラであった。依頼人かと思っていたベクターは明らかな落胆の声を漏らす。アンジェラはベクターのその反応は予想内なのか、おちゃらけたような態度で口を開く。

 

「オイオイ失礼だな、オレはちゃんと依頼人だぜ?」

「そちらのソファへおかけください」

「変わり身早っ」

 

 アンジェラが依頼を持ってきたと知るやいなや、一気に態度を変えたベクター。それもこれも、馴染みの相手だからこその軽口の叩き合いである。

 

「しかし、アンジェラが依頼を持って来るとは意外だ」

「たしかに、なにかこまったことがあっても自分で解決できそうだよね」

 

 書類の整理をしながら、エスピオとチャミーが口々にそう言う。アンジェラは少し恥ずかしそうに、頭を掻きながら口を開いた。

 

「いや……この一件に関しては、オレ達だけじゃどうにもならないというか……そういうんじゃないというか……」

 

 アンジェラの煮えきらない言葉にベクター達は首を傾げる。アンジェラがここまで物を言うのに詰まることも、中々に珍しい。

 

「取り敢えず、コレ見てくれ」

 

 アンジェラは懐からスマホを取り出し、操作するとベクター達に向けた。

 

 アンジェラのスマホに表示されていたのは、ある写真。

 

 アンジェラよりも歳は数段上だろう、白色のふんわりとした長髪とグレーとホワイトのオッドアイを持ち、こちらもどこかふんわりとした印象を持つ衣服を身に着けた、アンジェラとは違うベクトルで整った顔立ちの少女。

 背景は大学の研究室だろうか、あちらこちらに古そうな本が山積みになっている。

 

「こいつに関することなんだが」

「おや、このおなごは確か……」

 

 エスピオは写真の少女に見覚えがあった。具体的に言えば、1ヶ月前に開催されたアンリーゼ大学……アンジェラが通う大学の学祭に行った際、この少女を見かけた覚えがある。

 

「僕知ってる! リリィでしょ!」

「あー、そういや居たな、そんな子。アンジェラほどじゃないが、飛び級で大学に入ったっていう」

 

 チャミーとベクターも写真の少女に見覚えがあった。確か、アンジェラと同じようにホクマー教授に世話になったという少女だ。

 

 彼女の名前はリリィ・フェマーソン。16歳という若さでアンリーゼ大学語学部語学史学科に通う天才少女だ。ホクマー教授に世話になったという繋がりと、同じ学科の先輩後輩ということでアンジェラとも親しい。ちなみに、アンジェラの方が歳下ではあるが、大学においてはアンジェラの方が先輩である。閑話休題。

 

「それで……その子がどうかしたのか?」

「いや、実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日前。

 

 この日、アンジェラは英語の家庭教師のアルバイトで、ある家を訪ねていた。この家の家主がアンリーゼ大学の卒業生であり、ホクマー教授とも繋がりがあるため、その流れで、アンジェラがこのバイトを初めた当初から付き合いのある家だ。

 

 その家主の子供である、緑髪蒼瞳の9歳ほどの少年、ピラーに渡された答案を隅々までチェックすると、アンジェラは嬉しそうに微笑む。

 

『Congratulations! カンペキだ、やればできるじゃないか!』

『へへへ、だって、アンジェラが教えてくれたから。学校のせんせーより、アンジェラたちの授業の方が分かりやすいんだ』

『Hehe,そう言われると、教えた甲斐があるなぁ』

 

 ラフリオンでは、遅くとも小学一年生の時から日本で言うところの中学校であるような英語の授業が始まる。授業形態の違いと、同じラテン語圏の言葉であるということもあり、日本人と比べると英語に苦手意識を持つ子供は圧倒的に少ない。

 

 しかし、ピラーはラフリオンでは珍しい、英語に苦手意識を持つ子供だった。

 

 なんてことはない。人に得意不得意はあって然るべきであり、ピラーの場合は苦手なものが英語だった、それ以外の教科は軒並み得意だった、それだけの話だ。

 

 しかし、このままでは将来の受験に影響を及ぼしかねない。文系に行こうが理系に行こうが他の道に進もうが、英語は必ず必要になるのだ。せっかく他の教科が得意なのに、英語が出来ないがために進路が絞られてしまうのは勿体ない。

 

 そう考えたピラーの父親が、大学時代の伝でホクマー教授に相談したところ、週に一回ずつ、アンジェラとリリィが、家庭教師のバイトとして派遣されることになったのだ。

 

 アンリーゼ大学の学生とはいえ、最初はピラーとあまり歳が変わらないアンジェラとリリィを家庭教師としてつけることに少なからず不安を感じていたピラーの両親だったが、いざ二人がバイトを引き受けてみると、ピラーの英語の成績はぐんぐんと伸び、少しずつではあるがピラーの英語への苦手意識も改善されていった。

 

 これには彼の両親も大喜び。今では家庭教師などの立場も関係なく普通にお喋りしたりすることもよくあった。閑話休題。

 

『これだけ出来りゃ次のテストも大丈夫だろ。よく頑張ったな』

『うん!』

『アンジェラ、お疲れ様ね』

『おや、ミセス。珍しいですね、家に居るなんて』

 

 アンジェラがピラーに答案を返した時、赤混じりの緑のロングヘアに紅眼を持つ女性、ピラーの母親がやって来た。アンジェラは家ではあまり見かけたことがない彼女がここに居ることにどことなく新鮮さを覚える。

 

 ピラーの母親はプロヒーローだ。本名はローザ・カットラス。ヒーロー名はミセス・ローズ。デビュー当初はミス・ローズだったのだが、結婚を機にミセスに改名したそうだ。ちなみにイギリス出身とのこと。

 

 GUNの本拠地が置かれていることもあり、流石に本場アメリカや、平和の象徴が座する日本ほど熱狂的ではないが、ここラフリオンでもヒーローは人気の高い職業だった。小学生に対する職業人気ランキングをつければ、必ず上位にランクインするほどには。

 

 そんなヒーローの人気番付、ヒーロービルボードチャートは当然ラフリオンにも存在する。ミセス・ローズはチャートナンバー4と、ラフリオンでも五本の指に入るトップヒーローであった。ちなみに彼女の夫でありアンリーゼ大学のOBであるジャンク・カットラスは、ミセス・ローズの事務所の経営を担当している。

 

 しかし、トップヒーロー事務所であるがゆえに、ミセス・ローズとジャンクは中々休みが取れず、家にも帰れない。ヒーローというものはミセスの幼き日からの憧れであり、その道を進むことに何ら後悔は無いものの、やはり愛する人との愛の結晶たる我が子に構ってあげられる時間が取れないというのは、親として後ろめたい気分になる。

 

 だからこそ、ミセスはピラーに英語を教えてくれるのみならず、同じような目線に立って仲良くしてくれて、その様子を自分に伝えてくれるアンジェラとリリィには、本当に感謝しているのだ。閑話休題。

 

『ふふ、今日は珍しくオフなのよ』

『マミー、見てよこれ!』

『あらまぁ、全問正解! よくやったわね、偉いわ、ピラー』

『コツを掴むまでは時間がかかったけど、そこからは呑み込みが随分早かったんですよ。な?』

『えへへ〜。ねえマミー、僕ゲームしてていい?』

『ええ、もちろん』

『やったー! アンジェラ、またねー!』

『See you〜』

 

 ピラーは、そう言って自分の部屋へと向かって行った。それを見送ったアンジェラは、自身も家に帰ろうかと身支度を始める。

 

 

 

 

 

 

 

『……ちょっと待って頂戴、アンジェラ』

 

 それを、ミセスが引き止めた。普段の数倍真剣なミセスの声に、アンジェラは何か起こったのか、と身支度をしていた手を止める。

 

『どうしました、ミセス。何か話でも?』

『…………リリィのことで、少しね。

 

 

 

 

 グリフォンってヒーロー、居るでしょ?』

 

 グリフォン。ラフリオンのヒーロービルボードチャートナンバー2に君臨するトップヒーロー。アンジェラも過去に一度だけ、会ったことがある。

 

 彼にアンジェラが抱いた第一印象は、「いけ好かない野郎」だ。

 

 まるで品定めをするかのように、アンジェラを舐め回したあのねっとりとした視線は、今でも思い出すと悪寒が走る。

 

 確かにヒーローとしては優秀だろう。ナンバー2まで上り詰めた、その実力は確かなのだろう。

 

 だが、根本的な何かが腐っていると、アンジェラはその視線から確信していた。

 

『妙な話を聞いたのよ』

『妙な話?』

『ええ……「グリフォンが、リリィを後継者にしたがってる」って』

『…………は? いや、リリィはそもそもヒーローでもなんでもない、ただの大学生だろ。どうしてそんな話が……?』

 

 確かに、リリィの“個性”は強力なものだ。ヒーローに居たら、すぐにでもトップに躍り出ること間違いなし、と言い切れるほどには。

 

 しかし、それだけだ。

 

 リリィはヒーローを目指してなどおらず、語学史の研究に熱心だ。彼女が幼い頃から言葉の歴史を紐解くことに憧れを抱き、その憧れを糧にここまで来たのだということは、アンジェラもよく知っていた。

 

 だから、アンジェラにはミセスが話したその話が、奇っ怪なものとしか思えなかった。

 

『確かに、グリフォンはドラグ……リリィのお父様の弟だけれど』

 

 ドラグとは、リリィの父親であり、かつてラフリオンのヒーロービルボードチャートでナンバー3だったヒーローだ。

 

 しかし、数ヶ月前に殉職している。

 

 リリィは幼い頃に母親も亡くしているため、現在はドラグの弟であるグリフォンがリリィの後見人となっていた。

 

『グリフォンが、いくら兄の娘だからといって、なんの見返りもなく後見人を引き受けるとも思えないし……何か、裏があるとしか思えないのよ。対外的な理由で引き受けただけかもしれないけれど……』

『……それ以上の裏がある可能性がある、ってことか』

 

 アンジェラは、ズキリと痛むこめかみに、手を当てた。

 

 

 

 

 

 勘違いで済めば、それが一番いい。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、これがミセスの勘違いでなかったら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………本当にグリフォンが、ヒーローを目指してすらいないリリィを、後継者にしようとしているのなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リリィの憧れは、そこで潰える。

 

 

 

 

 

 

 

『……わかりました。教授達に話しておきます。

 

 あと、知り合いに腕利きの探偵が居るので、そいつらにも話をつけておきましょう』

『ええ、お願いね。

 

 

 ……本当、勘違いで済めばいいのだけど』

 

 ミセスはそう言いつつも、直感的に理解していた。

 

 アンジェラも、確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、勘違いでも何でもないということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、いうわけで、その噂の真偽を確かめて、真実だった場合は証拠を掴んできてほしい」

 

 そう語ったアンジェラの視線は、真剣そのものであり、激しい敵意に満ち溢れていた。普段、飄々とした態度の彼女がここまでの明確な敵意を見せることも、本当に珍しい。

 

「……教授には、もうその件を話したのか?」

「当然。そしたらさ、教授にこう言われたんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリィを手放せ、彼女はヒーローになるべき人間だ」って類の脅迫メールや電話が、ここ数日何件も来てるって」

 

 ベクター達は絶句した。それはつまり、ミセスの語った噂話が真実である可能性が高いということ。

 

 それがグリフォンであるとはまだ言い切れないが、何にせよ、誰かがリリィを無理矢理ヒーローに仕立て上げようとしているということに、他ならない。

 

「……胸糞悪い話だな。“個性”だけでヒーローが成り立つんなら、ヒーロー養成校なんて必要ないってのに」

「ああ、全くだ」

 

 人を救うことができる。それ自体は、確かに素晴らしいことだ。誰かのために力を使うことができる。それは、誰にだってできることじゃない。

 

 しかし、そこに「意志」が介在せず、ましてや、「憧れ」を手放してまで、それを強要されるのだとしたら。

 

 生きるためにやむを得ずその道を選ぶしかないのだとしたらともかく、そういうわけでもなく、頑張れば憧れに届くはずのその手を、押し付けがましい善意とやらで遮られてしまうのであれば。

 

 彼女の意志を全て無視した善意の押しつけは、やがて火となり毒となり、彼女の身体にそれが回りきってしまえば、周囲の全てを焼き焦がすまで、止まらないだろう。

 

 アンジェラには、そういう確信があった。

 

 

 

 

「……これはもう、オレたちに対する宣戦布告と変わらない。奴さんがその気なら、こっちもそれ相応の対応を取るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 だから、お前ら、手ぇ貸せ」

 

 アンジェラは力強くそう言うと、札束の入った封筒をベクターに押し付けた。

 

「それは前金だ。オレと教授、あとリゼから」

 

 かなり厚みのある封筒。結構な金額が入っていると一目で分かるそれは、アンジェラ達がどれだけ本気なのか、どれだけの怒りを抱えているのかを如実に表していた。裏を取って法的措置に走ろうとする辺り、まだ理性は残っているのだろう。

 

 しかし、その表情からは、隠しきれていない怒りが滲み出ている。リリィの憧れの灯火を消そうなどという行為は、アンジェラには到底許容出来ないことなのだろう。

 

 

 

 

 

「……わかった。その依頼、このカオティクス探偵団に任せな!」

 

 ベクターがそう宣言すると、エスピオとチャミーも頷く。

 

 アンジェラは、満足気に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでアンジェラさんよ、この話、教授の他に話したりしたのか?」

「ソニックとシャドウには話した。今頃、テイルス達とかルージュ達には伝わってるんじゃないかな」

 

 よりにもよって、一番敵に回してはいけない奴らを敵に回した脅迫犯に、ベクター達は1ミクロンだけ同情を覚えたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒーロー業って、当人の気持ちが伴っていなければすぐに心を壊してしまう職業だと思うんですよ。命の危険と隣り合わせですし、自分の命を優先したらバッシング受けるし。

また、ヒロアカの二次創作を読んでいると、「強い“個性”を持ったキャラクターが無理矢理ヒーローやらされる」ってことが多くて、結構モヤモヤするんですよ。そのモヤモヤを晴らすつもりで書いてます。

あと、カオティクス探偵団の事務所の場所は捏造です。うろ覚えですが、Xの描写的に海辺なのかなって……。


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憧れに捧ぐ白百合 ―リリィ・フェマーソン―

過去回想編その2です。細かいことは置いといてどうぞ。











GLタグの回収出来た……のか?


 アンジェラがカオティクス探偵団に依頼をした、その2日後。

 

 やはりホクマー教授の研究室には、脅迫メールや脅迫電話が一日に何件もかかってくる。

 

 いや、それだけではない。アンリーゼ大学の教務課や学生課、更には他の学部やキャンパスにも、同じ内容の脅迫が送られてきている。大学側もその対応に追われており、全キャンパスで講義が一時中断されている始末だ。

 

 しかし、アンリーゼ大学の総意としては、リリィを手放すつもりなど、毛頭なかった。

 

 リリィが脅迫文程度でみすみす手放そうと思わせることなど出来ないほどの、若くして語学の分野において既に様々な功績を残している天才であることももちろん関係しているが、それ以外に大学の上層部は、リリィを贄と捧げてしまえば、そのリリィ以上の天才であるアンジェラをも手放すことになると理解しているのだ。

 

 いや、手放すだけで済むはずがない。大学側がそんな決断をしてしまえば、決して敵に回してはいけない者達を敵に回すことになる。

 

 そんな決断が出来るような無能は、ラフリオンでも指折りの叡智を持つ者が集まるアンリーゼ大学には居なかった。

 

 最初はリリィを捧げてしまえばいいのではないかとのたまう者も居たようだが、その点を指摘されると面白いほどすぐに黙り込んだらしい。理由はどうあれ、自分の考えを曲げているだけ脅迫文を送り付けてくる奴らよりは確実に数十倍マシだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな最中、ステーションスクエアにあるマンションの一室。小洒落たインテリアのこの部屋に、アンジェラとリリィと、もう一人の女性の姿があった。

 

 彼女はリリィよりも幾分か歳上であろう、しかしまだ若い印象であり、紫と白のグラデーションカラーのセミショートヘアーの上に薄紫色の狐の耳を持ち、青い瞳を輝かせ、快活そうな印象と衣服の長身で、出るとこは出て引き締まるとこは引き締まっているグラマラスボディと、フサフサした薄紫色の狐の尻尾を持っている、整った顔立ちの女性。

 

 その女性は少し苛立ったような面持ちで尻尾を逆立て狐耳も伏せ、一人分にはかなり多すぎる量の食料が入った買い物袋を、少しばかり荒々しくシンクの上に乗せた。

 

「…………ふざけやがって……」

 

 その整った顔は、憤怒で恐ろしく歪んでしまっている。ボソボソと恨み辛みを吐くと、女性はギリぃ……と歯軋りをした。

 

「あの……ごめんなさい、私のせいで……」

「誰もお前のせいだなんて思っちゃいねえさ。少なくとも、オレ達はな」

 

 女性のあまりの豹変ぶりに、リリィは恐怖よりもその憤怒が自分由来であることに申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、アンジェラはそんなリリィに慰めの言葉……というよりも、彼女らの意思を伝えた。

 

「あああああっっ、今直ぐにでもぶっ殺してやる!!」

「おいリゼ、ここお前ん家じゃねえんだぞ」

 

 中々にご乱心なこの女性の名は、リゼラフィ・ザ・フォックス。アンリーゼ大学語学部語学史学科に通う、20歳の大学生である。

 

 そして、彼女らが今居るここはリリィの家、そのダイニングキッチンである。

 

 辛うじて理性がが働いているのか、リゼラフィはリリィの家の物品を壊すなんてことはしていないが、いつ物が壊れてもおかしくはないほどの荒れっぷりである。アンジェラは、リゼラフィの気持ちが分からないというわけではない、寧ろこの胸に燻る怒りをどうしようかと思案していたが、流石にこれは荒れ過ぎだと呆れ返った。

 

「これが落ち着いてられるかよセンパイ! リリィが、私のリリィが、ヒーローなんかになれと脅しを受けてるんだぞ!?」

「お前さぁ、一応言っとくけど本人の前だし、オレもここに居るんだが」

「……リゼ、アンジェラの前で……恥ずかしいのでやめてください」

「はいすみませんでした」

 

 少しばかり顔を赤らめたリリィが恥ずかしそうに言うと、面白いくらい直ぐにリゼラフィは落ち着きを取り戻した。

 

 半ば呆れ混じりの生暖かい目でその様子を見守っていたアンジェラだったが、同時にその頭の中では様々な考えが渦巻いていた。

 

 リリィの父親、ドラグが殉職し、そこから何故か数ヶ月の時を経て起きた今回の騒動。リリィが幼き日からその胸に宿し続けてきた憧れを、意味の無いものと断ずる愚か者共は、しかしどうしてこのタイミングで行動を開始したのだろうか。

 

「……どうして、今更」

 

 ふとした拍子にリリィの口から零れ出たその呟きに、しかしアンジェラとリゼラフィは返す言葉を持ち得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リリィに“個性”が芽生えたのは、他の子供達よりもかなり遅い、14歳頃のことだった。

 

 トップヒーローとして活躍していた父親、ドラグの帰りを待つ日々。“個性”の発現が遅れたせいで、周囲とも中々馴染めずにいた。この超人社会、“個性”を持たぬ人間は何かと不利になりがちだ。流石に日本ほど極端ではないが、学校に行けば周囲にはヒーローになりたいという人間も多数存在する。それ以外の者達も、“個性”を活かした仕事で活躍する自分を夢想してはワイワイとはしゃいでいた。その輪の中に、リリィの姿はない。「ヒーローの娘なのに無個性の可哀想な子」と蔑まれるのが常だった。

 

 しかし、リリィにそんなことは関係なかった。

 

 彼女が真に憧れたのは、本当に幼い頃、まだ周囲の子供達も“個性”が発現していない頃に生きていた母親と、その母親が教えてくれた、どこまでも広がる言葉の世界だ。無限に広がり続ける言葉を、丁寧に紐解く母親に憧れを抱き、母親のように言葉の海に沈み生きたいと、強く強く思った。父親であるドラグも、リリィの憧れを、夢を応援してくれていた。

 

 母親が亡くなった後も、リリィは周囲の蔑みを無視して言葉の勉強をし続けた。彼女にとって言葉の勉強は、まるでゲームでもしているかのように面白いものだった。ドラグも憧れを胸に頑張る娘の姿を微笑ましく思い、色々な言語に関する書物を買い与え、知り合いの、当時アンリーゼ大学の准教授であったホクマー教授と引き合わせたりした。

 

 それが、リリィがアンリーゼ大学に行きたいと思ったきっかけでもあった。

 

 理系の科目が苦手であったため何回かは不合格になったが、それでもラフリオンでも最たる叡智が集う国立大学であるアンリーゼ大学に14歳という若さで入学を果たした。大学から合格通知が来た時は、父親と一緒になって、涙を流して喜んだものだ。

 

 大学では、彼女をヒーローの娘なのに無個性だ、と蔑む者など居なかった。皆がリリィ自身の知性を、語学に対する知見を見てくれた。リリィはそれが、とても嬉しかった。

 

 リリィと同じくホクマー教授を恩師とする歳下の先輩であるアンジェラや、愉快な歳上同期であるリゼラフィなどとも巡り合うことが出来た。彼女にとっては、初めてできた友人だった。今まで味わうことができなかった子供らしい青春というものを、リリィは大学に入ってようやく手にすることが出来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その最中、リリィに“個性”が発現した。

 

 なんてことはない、アンジェラとリゼラフィと共に研究室で本を読んでいたときである。

 

 うっかり紙で指を切ってしまったリリィが垂れ流れてくる血を拭き取ろうにも、近くにティッシュもハンカチもなかったので、取り敢えず手で拭き取った、そのとき。

 

 

 

 

 リリィの身体から、百合のような香りがしたかと思うと、彼女の手先を百合のような形をした光が包み込み、その光が消え去るとリリィの傷も跡形もなく消え去っていた。

 

 これにはリゼラフィや、さしものアンジェラも混乱し、あれやこれやでなんとかドラグまで連絡が行った。

 

 最初はリリィに“個性”が発現したことを純粋に喜んでいたドラグだったが、その“個性”の概要を調べていくにつれてどんどんと顔色を悪くしていった。

 

『……お父様?』

 

 不思議に思い、父親の顔を覗き込むリリィ。ドラグは、娘に発現した力の強大さに、それによって彼女の未来が狭まってしまうのではないかと危惧した。

 

 リリィの“個性”は「白百合」。白百合と名を冠してはいるが、実際には白百合の形を模した、白百合の香りを放ち光るエネルギーを操る“個性”だ。

 

 そのエネルギーは様々なことに応用出来る。撃ち出しての高威力な攻撃は勿論、ちょっとやそっと、少なくともラフリオンのヒーローの中でも指折りの破壊力を持つドラグが全力を出しても突破できないような防御、こちらもドラグがフルパワーで抜け出せないような拘束、意識を乗せての広範囲の偵察も可能。

 更には、そのエネルギーを直接人体に注ぎ込めば、複雑骨折をしていようが、いや、手足が千切れていようが即座に完治させられる。しかも、ガジェットの回復と違い、血が足りない場合は自動で補填してくれる、と、まさしくチートと言っても過言ではない“個性”だった。

 

『………………リリィ、君は、ヒーローにはなりたいかい?』

『おかしなお父様。どうして私がヒーローになりたいだなんて言わなきゃいけないんですか? そんなものになりたくはありません。

 

 確かにお父様のことは大好きですが、それとこれとは話が別です。私は語学史の研究をしたいのだと、そのために大学に入ったのだと、それはこれからも曲がることはないのだと、お父様ならご存知でしょう。

 

 なら、そんな命が吹けば飛ぶように軽い仕事なんて、していられませんよ』

 

 リリィはまっすぐな、一欠片の曇りさえない瞳でドラグを射抜く。ドラグはやはりな、と言いたげな、どこか曖昧な表情でリリィの頭を撫でた。

 

『多くの富や名声が得られるとしても?』

『富はともかく、名声なんて欲しくありません。富だって、生きるため、語学史の研究のために必要な分だけあればいいです。私が一番欲しいものは、研究の先にしかありませんから』

『その力で、多くの人を救えるとしても?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『? 通りすがった眼の前で困っているのならともかく、何故顔も名も知らぬ遠い人間のために、わざわざ力を、時間を、私を、使わなくてはならないのですか? 私はそんなこと、したくありません』

 

 そう語るリリィは、ドラグが何を言っているのかが本当に分からないという、どこまでも悪意の無き眼差しをしていた。

 

 ドラグは、リリィがそう返事をすることを理解していた。リリィがそういう考え方の持ち主であること知っていた。だから、怒るつもりは毛頭なかった。

 

 考え方など千者万別。彼女の考え方が完全に間違っているとは、誰にも言えるはずがない。そんなこと、言ってはいけない。

 

 それに、リリィは「わざわざヒーローなんかをやる理由はないし、そうする人間の思考回路も分からない」だけであり、決して誰かを陥れようとするような悪い人間ではない。探究心と憧れが、人より強いだけだ。

 

 そして、幼い頃蔑まれていた経験から、リリィは意識しているかは不明だが、潜在的に人間を、“個性”を毛嫌いしているきらいがある。人のために力を役立てるなど、彼女にとっては以ての外なのだ。

 

『ああ、そうだね……おかしなことを聞いた』

『……本当に、おかしなお父様』

 

 リリィがヒーローになれば、きっとすぐさまトップヒーローに躍り出る。

 

 しかし、彼女はそれを決して望まない。

 

 ヒーローの娘でありながら、遅咲きながら、ヒーロー向きな強い“個性”を手に入れながら、ヒーローにはこれっぽっちも憧れを抱かぬ娘を少し勿体ないと思いながらも、彼女の憧れの強さとこれまでに彼女がどれだけの努力を重ねてきたかを考えたドラグは、これ以上リリィにヒーローになりたいかと、その力を人のために役立てるつもりはないかと聞くことを、止めた。

 

 リリィの未来はリリィ自身が決めるものであり、それをあれこれ横から口出しするのは親として、決してやってはいけないことだ。彼女がただ語学史学を研究したいと願っているだけであるのなら尚更。

 

 ドラグは、ヒーローとしては愚策だと分かっていながらも、ヒーローの道を強制すればリリィは決して幸せにはなれないと確信し、ただただ父親として、娘が幸せになれるように努めようと、決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PLLLLLL……

 

「あ、オレのだ……Hello?」

 

 リリィがふと、“個性”が発現したばかりの頃の父親との会話を思い出していると、アンジェラのスマホがベルを鳴らした。アンジェラは電話に出ながら、ダイニングの外へ出て行った。

 

 アンジェラが退出すると同時に、頭が冷えたらしいリゼラフィがリリィの近くに向かいながら口を開く。

 

「……リリィ、世の中の奴らは言うだろうさ。その力を人に役に立てないのは何事だー、って。手に入るはずの名声を手放すだなんて馬鹿なんじゃないか、って」

「…………」

 

 リリィの家にも、そういう類の手紙が届いていた。差出人の分からぬ手紙で、電話で、口汚く罵られた。そこまでの力を持っていながら、ヒーローにならないなど、一体何を考えているのかと。

 

「だけど、そんなもんじゃ貴女を止めることなんて出来やしない。名声なんて、私達には必要ないもの手放したってそりゃ、自分の勝手だよ」

「……ふふ、そうですね、名声なんて生きる上で無駄でしかないものを欲する人間の気持ちは、分かりたくもありません。お父様の思考回路で、それだけは唯一分かりませんでしたし、私は、これからも理解しようとはしないでしょう」

 

 彼女らの考え方は、一般人には到底理解の及ばぬものだろう。ヒーローに憧れ、名声を欲する一般人には、理解など一生出来ない。

 

 だが、彼女らは、それでいい。誰に理解してもらおうなどとも思っていない。

 

 それでも、邪魔をしてくる奴らが居るのだとしたら…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人共、グッドニュースとバッドニュース、どっちが先に聞きたい? ちなみにグッドニュースは二つあって、バッドニュースは一つだけ」

 

 電話を終えてダイニングに戻ってきたアンジェラは、開口一番にそう言った。

 

「いきなりですね……」

「ここはいいニュースからでしょ」

 

 少し困惑気味のリリィと、面白がっているリゼラフィ。アンジェラはニヤリと不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「カオティクスから連絡が入った。証拠の入手出来たってさ。あと、ソニック達やシャドウ達の方も首尾よくいったってよ」

「あ、センパイ、いいニュース追加で。放送学部の協力も取り付けられた」

 

 アンジェラの話を遮り、リゼラフィが自身のスマホに流れてくるメールを流し読みながら言った。アンジェラはリゼラフィの仕事の速さに感嘆の声を漏らす。

 

「へぇ……やるじゃん」

「放送学部の友達に頼んだら、教授に掛け合ってくれたみたいで」

「放送学部でリゼの……ああ、あの人ですか。

 

 それでアンジェラ……悪いニュースとは?」

 

 アンジェラは一呼吸置くと、スマホの画面を二人に向ける。

 

 それは、先程ホクマー教授から送られてきたメールに添付されていたある画像だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリィ、お前直接呼び出されてる」

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、なんか次回終わりそうな気もしてきたけど、次回じゃ終わりません。早くてあと2回だと思います。多分。予定は未定。今回はオリキャラ回でしたが、次回はソニックさんかシャドウさんが出てくるはず。





百合設定は元々あったんですよ?ただ回収するタイミングがなかっただけで。


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憧れに捧ぐ白百合 ―Hedgehog―

過去回想編その3にして、主人公不在回です。ソニックファンならご存知かもしれない、あのキャラも出てきます。どうぞ。


 リリィの家でリゼラフィが恨み辛みを叫んでいた、その数時間前。

 

 ステーションスクエアに存在する、国際警備機構GUNの本部。全世界に支部を置くGUNの、いわゆる総本山である。

 

 

 

 

 

 

 

 その資料室で、シャドウは普段の仏頂面のまま、片っ端からある出来事に関する資料を読み漁っていた。

 

「……」

「あらシャドウ、ここに居たの?」

 

 資料室の扉を開けて入ってきたのはルージュだ。必要な資料はあらかた運び出した後であり、あとは新たに入ってきた譲歩共に洗い出しを行うだけである。ガジェットやインフィニットなどの一部のエージェントも、その洗い出し作業に駆り出されていた。

 

 そんな最中でシャドウが資料室に籠もっていることが、ルージュには不可思議だった。

 

「少し……気になることがある」

「気になること? ……って、あんたが読んでるそれって……」

 

 シャドウが読んでいたファイルは、ドラグというプロヒーローに関する資料。数ヶ月前、突如として殉職した、元ラフリオンのナンバー3ヒーロー。その殉職時の状況などを纏めたものだ。

 

「今回の件、被害者となっているのはアンジェラの大学の後輩だが……このドラグというヒーローの娘だそうだ」

「ええ、アンジェラちゃんってば、あのカオティクス探偵団にも依頼をしたそうよ。GUNが大々的な調査で動くと相手に警戒されるからって。相当お怒りみたいね、あなたの妹ちゃん」

 

 ルージュの言葉に、シャドウはソニックと共に、家でアンジェラから今回の一件について語られた時のことを思い出す。

 

 表情こそ「無」そのものだったが、その瞳には普段のアンジェラからは想像もつかないほどの憤怒で塗れていた。普段は本気で怒ることは少なく、ましてや、怒りを覚えても逆に冷静になるタチのアンジェラが、あそこまで怒りの感情を剥き出しにしている所をシャドウは初めて見たし、ソニックでさえ久方ぶりに見たと語っていた。

 

「妙な話だ。ドラグの殉職から、数ヶ月が経ってから今回の騒動が起こったというのは」

「……そうね、普通、そんなに時間が経たないうちに接触を図ろうとしそうなものだけれど……」

 

 ルージュはそう言いながら首を傾げる。そういう類の話であれば、まだ傷が深い直後などにした方が効果的なはずだ。あの強い憧れを持つリリィでさえ、父親の死の直後は相当堪えたようなのだと、アンジェラが言っていたのだから。

 

 その点を不審に思ったシャドウが、個人的に調べていたのだ。もしかしたら、ドラグの死の裏側にはなにかの陰謀が働いているのではないか、と。

 

 それは、あまりにも直感的で、信じるには不十分で、しかし、無視することなど出来なかった。時にはそういう類の直感が、思わぬ収穫を運んでくることもあるのだから。

 

「それで調べていたのね……で、収穫はあったの?」

「ああ、不審な点がいくつか見つかった」

 

 いつもの仏頂面で、しかし確信を持った声色でそう語ったシャドウ。ルージュは相変わらず仕事が早い男ね、と関心した。

 

「まず、ドラグの死因だが……彼の“個性”と当時の状況を考えると、不可解だ」

 

 ドラグの“個性”は「竜」。その名の通り、竜の姿になれる“個性”だ。日本にも同じような“個性”を持つヒーロー、リューキュウが居るが、彼女の“個性”と比べるとかなりの違いがある。リューキュウの“個性”は巨大な竜に変身するものだが、ドラグの“個性”は変身しても人並みの大きさのままだ。しかし、驚異的な攻撃力と防御力、更には使用回数に制限があるが、エネルギー弾を発射することもできる。

 

 シャドウが不審に感じたドラグの死因は、腹部を包丁か何かに貫かれての失血性ショックだ。しかも、“個性”を発動させている限り有り得ないほどに、腹部に空いた穴は広く、大きかったそうだ。

 

 これでドラグが殉職することとなった事件の犯人が、彼の防御を突破するほどの“個性”や武器の持ち主であれば、シャドウも不審には思わなかっただろう。

 

 しかし、件の事件の犯人は破壊力などない“個性”とごく一般的な武器しか持たない、ただの立てこもり犯だ。警察がくまなく立てこもり先や犯人の住居などを調べ尽くして、普通の武器……少なくとも、ドラグの装甲には傷ひとつ付けることすら叶わない武器しか出てこなかった。

 

 しかも、ドラグの遺体が発見された場所の状況も不可思議だ。当時ナンバー3であったドラグを殺したとは思えないほどに、その場所は荒れてはいなかったし、近隣住民の話では、聞こえたのは一度きりの発砲音のみ(・・・・・・・・・・)であり、暴れるような音も聞こえてこなかったという。

 

「そして、ドラグの死を通報したのは、何故か(・・・)当時合同捜査などしていなかったはずの、グリフォンだった」

「それは私も不思議に思ってたわ。どうして救援要請も来ていないはずなのに、わざわざグリフォンが通報してきたのかしら、って。活動範囲も違うはずだし、出張してたなんて話も聞いてないし……」

「そもそもグリフォンは表向きこそナンバー2だが、裏ではいい噂を聞かない。これでは、怪しんでくれと言っているようなものだ」

「色々と不祥事を起こしているのを、ナンバー2の権力で揉み消している、って聞くわ。しかもあちこちで。あくまでも噂とはいえ、ここまで話が広がっていてよく今までヒーローのままで居られたわね。逆に関心しちゃうわ」

 

 ルージュがシャドウから受け取った資料を流し読みながらそう零した、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 PLLLLL……

 

 シャドウのスマホがベルを鳴らす。画面を見ずとも、シャドウは電話をかけてきた相手が誰なのかを直感的に理解し、一つ溜息を零す。

 

「……ソニックか」

 

 画面を確認し、自身の直感が正しかったことにまた一つ溜息を零すと、シャドウは鳴り続けるベルを多少鬱陶しく思いながら電話に出た。

 

『Hello,Shadow? そっちは捗ってるか?』

 

 思った通りのハスキーボイスがスマホのスピーカーから流れてくる。シャドウはその仏頂面に少しだけ不機嫌さを混ぜたかのような表情で口を開いた。その表情の変化が乏し過ぎて、ルージュが面白いわね、と思ったのはここだけの話だ。

 

「作業を中断させたのは君だ」

『Oh,そいつは失礼』

「何の用だ、そもそも仕事中にかけてくるなと言った筈だが」

『その仕事に関わる話だ。じゃなきゃわざわざ電話なんかせずメールとかで済ますって』

 

 確かに、ソニックはスマホがあっても殆ど通話機能を使わない。連絡があればメールやSNSで済ます。そのことはシャドウも知っていた。だからこそ、シャドウは彼が前にした仕事中に電話してくるな、という発言をソニックが忘れていたものだとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。

 

「……それで、用件は?」

『可愛げのないヤツ……ま、いっか。

 

 今クリスん家に居るんだけどさ……あ、ちょっと待て』

 

 ソニックにしてはかなり珍しい発言が飛び出したかと思うと、スピーカーから何やら物音が聞こえてくる。ノイズ混じりの物音が止んだ次の瞬間、シャドウにとっては少しばかり懐かしい声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、シャドウ久し振り、元気にしてた?』

「変わりはない。君も変わりはなさそうだな、クリストファー・ソーンダイク」

 

 現在、ソニックのスマホからシャドウに話しかけてきている彼は、クリストファー・ソーンダイク、通称クリス。ヒーローのサポートアイテムも手掛ける世界的な電子メーカーの社長である父親と、欧州では特に人気が高い女優の母親を持つセレブ一家の一人息子であり、ソニックの友人である。歳は14歳で、去年のアンリーゼ大学の学祭を訪れた際に意気投合したようで、リリィとも結構仲がいい。

 

『クリスでいいのに……まあ、それは置いといて、パパからある話を聞いたんだ。今回の事件に関わる話で、信憑性は結構高いんだけどまだ完全に確証があるとは言えない。

 

 けれど、調べて見る価値は十分にあると思う』

「……聞こう」

『あのね……………………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……伝えたけど、これでいいのかな」

「Thanks! あとはシャドウ達が調べてくれるさ。これで真実じゃなけりゃそれはそれ、真実だったら…………

 

 

 

 

 アイツを堕とす、いい一撃になるな」

 

 ソファに腰掛けたソニックはそう言うと、ニヤリ、とあくどい笑みを浮かべた。

 

 クリスは明らかにこの状況を楽しむと同時に、怒りも露わにしているソニックを珍しく思った。

 

「にしても、ソニックがここまで徹底的にやるだなんて、ちょっと意外かも……」

「オレにだって、生きてりゃ赦せないことの1つや2つくらいはあるさ。

 

 それに、オレ達の中で一番キてんのはうちの妹だからな」

「その、アンジェラが感情を剥き出しにして怒ってる、っていうのが、イマイチ想像出来ないというかなんというか」

 

 怒ると逆に顔から感情が引っ込むアンジェラの姿は、クリスも見たことがある。去年の学祭の時、アンジェラが、何らかのどさくさに紛れて彼女にセクハラをしかけようとした不届き者を伸した時、彼女の表情が消え去っていたことを覚えている。

 

 あの時は、世の中にこれほどまでに「無」という言葉が似合う表情が存在するのか、とすら思った。

 

「それほどまでに、アンジェラも今回の一件は赦せない、ってことだ。あいつは友達思いだからな」

「ソニックを通じてうちのパパとママにも協力を頼むほどだもんね……ま、かくいう僕も許せないし、パパとママも、電話越しに怒りながら「協力は惜しまない」って言ってくれたけど」

 

 クリスも幼い頃には無邪気にヒーローに憧れていた時期もあったが、今は、応援はしつつも憧れてはいない。発明家である祖父と、ソニックを通じて出会ったテイルスの影響を受け、現在は科学者を目指しているのもあるが、同時にセレブの子供ということで、否が応でもヒーローというものの「現実的」な側面を早くから見てきたからでもあるだろう。

 

 ヒーローは決して、メディアで伝わってくるような綺麗な側面ばかりの仕事ではない。

 ある意味では当たり前のことだが、幼き日のクリスにヒーローへの憧れを失わせるには、十分なことであった。

 

「うーん、他所の国の話とか聞いてて思うんだけど、皆ヒーローに盲目的というか……ラフリオンって珍しい部類なんだね」

「ヒーローも人気あるとはいえ、ここにはGUNの本拠地があるからな。他所の国よりヒーローの人気は低いだろうよ。場所にもよるが、GUNはヒーローの不祥事とか容赦なく摘発するからな。他所の国でもGUNの活動が活発な地域は、それに反比例するかの如くヒーローの人気度は他国と比較して低くなる傾向にあるらしいぜ」

「逆にヒーローが人気の地域……アメリカとか日本とかは、GUNの活動は控えめみたいだね。前にリゼが話してたよ」

 

 記憶から掘り起こしたグラフを比べながら、クリスはふむふむ、と頷く。客観的に各国におけるヒーローの違いなんかを見比べてみるのはそこそこ面白いが、それは彼らがヒーローに憧れる動機にはなり得ない。鉄道好きの全員が全員、駅員や運転手などになりたいと思うわけではないのと同じだ。

 

「……にしても、どうしてアイツはこんなことしたんだろう」

「リリィの“個性”は強力だからな、何としても手中に収めたいんだろ。

 

 例え、リリィがヒーローになりたくないと思っていても、そういう奴らには関係ない。あいつの憧れも意思もその全てを踏み躙って、ただただ利益を得たいのか、それか……

 

 そもそも、そういう自覚すら無いか、だな」

 

 クリスは首を傾げる。「自覚が無い」とはどういうことなのだろう。世の中の全員がヒーローに憧れているわけではない、それは、特にこのラフリオンで暮らしているのであれば分かるはずなのに。

 

 ソニックは少し難しげな表情で、口を開いた。

 

「世の中には一定数は居るんだよ、自分の考え方が世界の全てだって、根本から勘違いしているような奴らが。

 

 確かに、考え方の違いで争いが起こることはよくある。自分の考えを押し通すことは間違いなんかじゃない。生きてりゃ多かれ少なかれ、価値観の違いによる対立や争いが起こる、そんな状況に陥るものさ。それは間違ったことなんかじゃない、むしろ人間が感情を持つ生き物である以上、当たり前のことだ。

 

 だけど、それはどれだけ正しい考え方であろうと、他者にそれを強制していい理由にはならない」

「……」

 

 クリスの表情が曇る。ソニック達との出会いから大きく広い世界を知ったとはいえ、クリスはソニック達のように達観したわけでもない、ただの子供なのだ。表情が曇る方が正常である。

 

 ソニックは少し喋りすぎたか、と頭を掻きながら息を一つ吐いた。

 

「……っと、ガラにもなく長々と喋っちまったが……要はこういうことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、オレ達に対する宣戦布告だ、ってね」

 

 ソニックの視線は、表情から陰りの取れたクリスから、スマホへと移される。

 

 その画面には、カオティクス探偵団から送られてきたある資料が映し出されていた。

 

 

 

 

 




というわけで、ソニックXよりクリスの登場です。ソニックとクリスの出会いの経緯は、流石にクリスの家のプールに落ちた、とかじゃありませんが、ソニックが溺れかけたところをクリスに助けられた、というのは同じです。場所は………海か何かなんじゃないですかね。単に決めてないだ(殴





思った以上に過去回想編が長引きそう。


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憧れに捧ぐ白百合 ―英雄を拒む者―

過去回想編その………何だっけ?まあいいや、何回目だかの過去回想編であり、序章からの伏線回収回であり、過去一のカオス回です。特に後半。

今回はガッツリGL描写があります。後半に。


「今回の一件ってつまり、ヒーロー中毒者が酔狂な理論をリリィに押し付けてる、ってことだろ?」

「……間違いとは言わないけどさ、もっとこう、言い方ってものが……」

 

 ミスティックルーインにある、テイルスのラボ。現在ここには、ある客人が来訪していた。明るい茶色のショートヘアーに白の瞳を持つ、気の良さそうな青年だ。

 

 そんな青年が吐いた毒に、テイルスは苦笑いしながら紅茶を差し出す。彼がヒーローに対して辛口なのはいつものことなのだが、今回は友人たるリリィに直接被害が及ぼうとしているからか、輪をかけてそれが酷い。

 

「ねーちゃんも変な奴だよな、好き好んでヒーローなんかやっちゃってさ。洸汰の件然り、ヒーローが居ても良いことないじゃん」

「流石にそこまで極端ではないと思うよ。ヒーローのおかげで、災害現場の死傷確率は超常以前よりグッと減ったし」

「それヒーローじゃなくてGUNでいいだろ」

「……それ言っちゃおしまいなんだけどね。GUNができる前にヒーローが台頭しちゃったから……」

 

 青年の放った正論に、テイルスは溜息を一つ零した。

 

 この青年の名前は彩芽信。遠路はるばる日本からアンリーゼ大学へと留学している大学生だ。放送学部放送理論学科に通っており、友人であるリゼラフィから連絡を受けて放送学部の教授に声をかけ、放送学部の協力を取り付けたのも彼だ。彩芽の言う「ねーちゃん」とは彼の姉のことではなく、彼の親戚の送崎信乃……マンダレイのことである。

 

 彩芽は昨今、このラフリオンでもそれなりに珍しい、ヒーロー排斥派だ。あくまでもそれなりにであり、全体で見れば少数派とはいえ、ラフリオンは他国に比べてヒーロー排斥派は結構幅を利かせている方である。

 

「そもそもさぁ、超常黎明期の警察もバカなんだよ。何で警察は“個性”使用OKにしなかったのかね?」

「当時はそれだけ社会情勢が混乱してた、ってことでしょ」

「それでその穴を埋めたのがよりにもよってヒーローだろ? 日本なんかじゃヒーローは絶対に正しい、なんて人間としてどうかと思うような考えが、さも当たり前のように横行しててさぁ。息苦しいったりゃありゃしない」

 

 彩芽はそう言うと、テイルスから出された紅茶を一気飲みする。その声には彩芽の苦労のようなものが垣間見えた。

 

 テイルスは、彩芽がその頭の良さと物心ついて時間が経たない頃に起こった、ヒーローをしていた友人の父親が殉職したという出来事と、それに連なるある悲劇を知っているがゆえに、幼い頃からヒーローというものに疑念を抱き、そのせいでかなり凄惨ないじめを受け続けていたこと、周囲の大人がそれを庇ってくれないどころか、いじめを助長し続けたこと、両親すら庇ってくれず、彩芽を庇ってくれたのは、何の因果かヒーローであるマンダレイとプッシーキャッツだけであったことを知っているからこそ、彩芽の発言を止めようなどとは思えなかった。

 

「その点、ラフリオンは、特にアンリーゼ大学は居心地がいい。ヒーロー排斥派は珍しくないし、俺がヒーローに疑念を抱いているってどこからか悟られても嫌な顔をされたりしないし。

 

 日本に居た頃は小学校の時にボロだしちまったせいで、結構長い間苦労したからなぁ」

「喜べばいいのかそうじゃないのか、ちょっと微妙……」

 

 テイルスはそう言うと、本当に微妙そうな顔をする。彩芽もテイルスのその反応は予想内なのか、特に気にすることなくテーブルの上に置かれたパソコンのキーボードを叩いている。

 

「大体さぁ、ヒーローを職業にしよう、って考え自体がおかしいんだよ。大昔のコミックにおけるヒーローは概念的なもので、決して職業で置き換えられないようなものだ。

 

 それを無理矢理職業にして、あまつさえ社会の基盤にしちゃったんだから、そりゃ不安定な社会が出来上がりますよねって話だよ」

「それは……確かに」

 

 普段、彩芽の考えに反対はせずとも賛成もあまりしていないテイルスも、これには流石に同意せざるを得なかった。

 

 ある一定水準、それこそ、アンリーゼ大学に通うような優れた頭脳を持つ人物が冷静になって俯瞰してみれば、今の世界全体の社会構造は「歪」としか言いようがない。「ヒーローはどんな時も絶対に正しい」という、人間としては絶対に有り得ない盲目的な信頼が根底に置かれた社会構造など、なにか一つが崩れれば連鎖的に崩壊する。

 

 ヒーローを職業として選ぶ人間には、必ず必要なものがある。しかしそれは、“個性”ではない。

 

 それは、世間一般では大なり小なり誰もが抱えていることが当たり前のものであり、リリィやアンジェラ達には、欠片たりとも存在し得ないもの。

 

 それは、「ヒーローへの憧れ」である。

 

 ヒーローへの憧れを持たぬ者が無理にヒーロー活動を続ければ、その先に待つのはありとあらゆる破滅のみ。強すぎる憧れをヒーローでないものに向けているリリィであれば、確実に一週間も保たない。

 

 そうなれば、リリィは敵になるか自殺を図り、それが世間に晒されれば世間のヒーローに対する信頼そのものも大きく揺らぐ。テイルス達には、そういう確信があった。

 

「別にヒーローに対する信頼が揺らぐのはいいんだけどさ、リリィが憧れを捨てて、死んだほうがマシ、みたいな状況に晒されるのは許せん。ヒーローになりたくない奴をそういう風に巻き込むなっての。

 

 ホント、ヒーローってクソだな。今すぐ滅んでGUNとか警察にでも統合されりゃいいのに」

 

 彩芽はヒーローに対する悪態を付き続けながらも、キーボードを叩く手は止めない。その正確無比な手捌きに、テイルスは尊敬の念を覚えた。

 

「やっぱり、信ってこういうの得意だよね」

「教えてやろうか? 格安で」

「いや、まずは自分で勉強するよ。分からないところがあったら聞く」

「おうそうしな少年……あ、紅茶のおかわりくれ」

「はーい」

 

 テイルスがキッチンに赴き、紅茶を淹れようとしたその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピンポーン

 

 呼び鈴が鳴った。彩芽もキーボードを叩く手は止めないままちらり、と玄関の方を見る。

 

「? 誰だろう」

 

 テイルスは紅茶を淹れようとしていた手を止めて、インターホンを覗き込む。そこには、2つの見知った姿があった。インターホンのボタンを押すと、見知った姿のうちの一人の声が響く。

 

『テイルス、差し入れにクッキー持ってきたわ! ついでに途中で教授も拾ってきたの』

『ちょ、私は落とし物かい?』

「あはは……今出るよ」

 

 落とし物と同じ扱いの教授に苦笑いしながら、テイルスは玄関のドアを開ける。

 

「ハーイ、テイルス」

「やあテイルス君、お邪魔するよ」

「エミー! それにホクマー教授も、いらっしゃい!」

 

 玄関先に立っていたのは、エミーとホクマー教授だった。テイルスは二人をラボの中に案内し、キッチンに戻り彩芽と自分の分も含めた四人分の紅茶を淹れた。

 

「信君、お疲れ様。こっちとしても色々助かったよ」

「いえ、リゼたっての頼みですし、何より俺としてもアイツは許せないので。これでヒーローの信頼が完全に失墜してくれれば万々歳なんですがね」

「うんうん、それはやりすぎ。ミセスとか職なくなって困っちゃうから」

「あ、そっか。まあミセスならGUNでも活躍できそうですけどね」

「ま、あの人はそれくらい柔軟な人だけどね、それでも、ヒーローに憧れた人なんだから。それやったら、リリィを付け狙う奴らと一緒だぞ?」

「……確かに」

 

 信は何やら納得したかのような表情をしながら、今の今までカタカタと音を鳴らしていたキーボードから手を離した。

 

「それで、教授は何故ここに? というか、何でエミーと一緒なんですか?」

「いやー、道に迷ってしまってね。エミー君にここまで連れてきてもらったってわけさ」

「ホントに落とし物じゃないですか」

 

 テイルスは呆れたようにそう言いながらホクマー教授に紅茶を渡す。エミーに至っては苦笑いだ。

 

「教授、変な方向にあちこち行くから……ここまで来るのに随分とかかったわ」

「それは……お疲れ」

 

 彩芽がエミーを労るように言う。エミーは紅茶を飲みながら、あはは、と曖昧に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れて、その日の夕飯時。ステーションスクエアにある、リリィの家にて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~~~~~、もう滅んでしまえヒーローなんがぁあぁああああ!!!」

「あいつ、自分が酒に弱いって分かってるくせに……なんでウイスキーなんか買ってきたんだか」

 

 大きな丸い氷が入ったグラスに、溢れんばかりにウイスキーをドボドボと注いで、わんわんと泣き喚きながらテーブルに伏すリゼラフィを、アンジェラは呆れ混じりの視線で見つめている。テーブルに並べられている料理は、基本酒のつまみになりそうなものばかりだった。どうせリゼラフィが飲酒をするだろうと思ったアンジェラが、酒のつまみになるものばかり作ったからである。

 

「もぉーーーーーーーーー!!! あんのクソヒーローがぁああああ!!! 

 

 リリィ、いっそのこと駆け落ちしようよぉ〜、私が一生養うからさぁ〜、結婚しようよぉ」

「おい酔っ払い、お前らもう既にくっついてんじゃんか」

「えっ……駆け落ち……ですか?」

「リリィ? いや、酔っ払いの戯言は気にしない方が……」

「私はぁ、本気だってのー」

「あの……不束者ですが……」

 

 頭痛い。

 

 アンジェラは、こめかみを手で押さえながらそう思った。

 

 恐らく、リリィは飲酒こそしていないが場酔いしているのだろう。でなければ、恥ずかしがり屋のきらいがあるリリィが、アンジェラが居るこの状況でリゼラフィの口説きを受け止めたりしない。

 

 リゼラフィとリリィがくっついていることは、アンジェラは知っている。というか、当人達から教えられた。

 

 最初はリゼラフィが酒に酔った勢いで自分はバイセクシャルであり、リリィが好きなのだとアンジェラに零し、また別の日、アンジェラはリリィに恋愛相談を受けた。内容は、リリィが実はレズビアンであるということと、リリィがリゼラフィのことが気になっている、というものだった。

 

 アンジェラは確かに学内では先輩だが、実際の人生経験は二人の方が豊富だ。自分の感情に素直になってみればいいのでは? とだけそれぞれに言ったその数日後、二人にくっつきましたと報告を受けた。

 

「何故オレに言うんや」

 と、アンジェラは思った。

 

 アンジェラは別段同性愛に対する偏見などは無いし、友人達がそれで幸せなのならそれを見守ろうとは思っている。傍目から見ても二人はお似合いだ。友人代表スピーチの枠は誰にも譲らないと周囲に牽制もしている。教授もやりたがっていたが、それだけはいくら教授であっても譲らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、リリィぃぃぃ、愛してるよぉ、クソヒーローなんかにわだじだりじないがらぁあああ!」

「うう、私も大好きですよ……」

 

 しかし、それとこれとは話が別である。

 

 眼の前で堂々といちゃつかれるのは正直勘弁願いたい。五月蝿い酔っ払いとの相乗効果で大変目に毒である。

 

 不幸中の幸いか、二人共ベクトルは違えど結構整った容姿をしているため、その点では目の保養……いや、酔っ払いのせいで台無しである。しかもリゼラフィは泣き上戸。酔っ払いの五月蝿さに更に拍車がかかっている。

 

「あーもー、リリィはかっわいいなあー、うりうりー」

「ちょ、頬突っつくのはやめ……リゼ!」

「こーんなかわいい子をヒーローにしようとか、アイツはアホなんじゃねーのー? ヒーローなんて血なまぐさい仕事、リリィには似合わないんだよぉぉぉぉ! ヒーローなんかになっでリリィがしんじゃっだらどうぜきにんどるづもりなんだクソったれがおまえがしんじまええええええええ!!! ヒーローなんがごのよがらぎえざっでじまええええええええええ!!! リリィは、リリィはいっじょうわだじのもんだあああああああああ!!! てめぇらなんがにわだじでやるわげねえだろバーーーーーーーーーーーーーーーカ!!! ヒック、ヒック……」

 

 更にヒートアップしたリゼラフィは、更にウイスキーをガブ飲みし、更に酔いが回ったのかリリィに抱き着いて大声で叫んでいる。言っている内容の一部、「アイツ」にリリィを渡してなるものかというのはアンジェラも同意するが、いかんせん五月蝿い。兎にも角にも五月蝿い。これでは近所迷惑である。深夜じゃなくてよかったと、アンジェラは思った。

 

 そんな五月蝿い酔っ払いを鎮めたのは、リリィだった。

 

「リゼ、私はヒーローになんかにはなりませんし、ずっとあなたの傍に居ますから」

「……ぐすん、ほんとぉ?」

「はい、一生をあなたと添い遂げます」

 

 なんと熱烈な告白であろうか。アンジェラは自分が言われたわけでもないのに、顔が熱くなるのを感じた。

 

 リゼラフィは一瞬落ち着いたかと思うと、リリィを抱き寄せて口を開いた。

 

「……リリィーーーーーーー!! あーもー、一生じあわぜにずるーーーーーーー!! リリィを付け狙うアホどもも、私がやっづけでやるがらぁーーーーーーー!!」

 

 前言撤回。リゼラフィは落ち着いてなんかいなかった。

 

 そして、それを受けたリリィは幸せそうな笑顔で一言。

 

「はい、私も、あなたを愛していますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………こいつら、オレがここにいるってコト忘れてるよな、絶対」

 

 もはや二人に生暖かい目を向けていたアンジェラは、スマホに視線を移す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、アンリーゼ大学へ「グリフォン」から送られてきた、ある書類が表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







おらよイチャイチャさせたぜこれで満足かっ!

酒の勢いとは恐ろしいものですが、実はリゼは酒なくても状況が許せば普通にリリィを口説いてます。ちょっと前のアレはほんと、状況が状況だったんで……酒入ってぶっ壊れたけど。


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憧れに捧ぐ白百合 ―誰ガ為ニ―

 さあ、宵の幕は開かれた。

 証明してやれ、偽りの英雄に。

 怒りも、嘆きも、なにもかも。

 その力で何かができると、囁かれた。







 たったその程度では、
 
 果てなき憧れは止められやしない。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……二日後、メガロポリスに存在する、あるヒーローの事務所。

 

「やあ、よく来てくれたね。リリィ・フェマーソン」

「……」

 

 わざわざ、わざわざこの場所まで出向いてやったリリィは、果てしなく不機嫌な顔で、眼の前の所長席に座し胡散臭い笑みを浮かべる、この事務所の主……ラフリオンのナンバーツーヒーロー、グリフォンを睨み付けた。

 

「……ナンバーツーヒーローって、暇なんですか?」

「まさか、君を迎えるために時間を取ったんだよ」

 

 グリフォンはそう言うと、ニヤリ、と笑みを浮かべる。アンジェラが気味が悪いと評した、舐め回すような視線だ。“個性”が発現したばかりの頃にも向けられた、リリィのことを、「物」としか見ていないような、気持ちの悪い視線だ。

 

 そんなリリィの不機嫌さなどお構いなしとばかりに、グリフォンはニヤニヤと笑いながら口を開いた。

 

 

 

 

 

「リリィ・フェマーソン……その圧倒的に強力な“個性”は、多くの人々を救うことができる力だ。私の後継者になりなさい」

「お断りします」

 

 即断。リリィの表情からは、拒絶しか読み取れなかった。

 

 グリフォンは少しばかり顔を歪めるが、即座に余所行きの表情に戻す。その歪みを、そこに宿った真意を、リリィは決して見逃さなかった。

 

「何故? 君は多くの人々を救える力を持っているんだよ? ヒーローになるのは当たり前だろう?」

「私にはやりたいことがあります。それを為すためにも、ヒーローにはなりたくありません。何処の誰とも知らぬ赤の他人のために、わざわざ力を、労力を、私を、使いたくはありません。

 

 あなたの勝手な妄想で、私の未来を決めないでください」

 

 

 

 

 

 

 グリフォンは、今度は隠すこともなく表情を大きく歪めた。バンっ!! という大きな音と共に、所長席の机が割れる。

 

「何故っ!? 弱きを守るのは、強い力を持つ者の義務だ! 多くの富と名声も得られる、これ以上にいい仕事はないんだぞ!?」

「まず、勝手に義務を捏造しないでいただきたい。強い力を持っているからって必ずしもそれを社会に役立てなくてはいけないなんていう法律は、少なくともこの国にはありません。

 

 私は別に“個性”を悪用しようとか、そういうことを考えているんじゃないんですよ? ただただ、語学史の研究にこの人生を捧げたいだけなんです。

 

 どの仕事が一番いいのかは自分で決めます。富はともかく、名声なんぞいりません。あなたの勝手な理論を、私に押し付けて、周囲に迷惑をかけないでください」

 

 普通の人間であれば屈服してしまうであろう威圧と怒号を放つグリフォンに、全く屈した姿勢を見せないどころか拒絶の姿勢を崩さぬリリィに、グリフォンの堪忍袋の緒が切れる。

 

「そんな下らないもの研究して何になるというんだっ!!! 

 

 君一人の命で数多の人間が救えるんだぞ!!? 貴様はヒーローにならなくてはいけない人間なんだ!!! かのオールマイトのように、ヒーローとなって世のため人のために全てを捧げなくてはいけないんだ!!!」

 

 激情のままに、グリフォンは叫ぶ。

 

 何故、眼の前の少女はヒーローになろうとしない? 

 

 何故、眼の前の少女は人命よりもくだらない研究なんぞに命を賭けようとする? 

 

 何故、眼の前の少女はその身に宿った力の「価値」を、無駄にしようとする? 

 

 何故、眼の前の少女は、自分という素晴らしいヒーローのスカウトを真っ向から蹴ろうとする? 

 

 その全てが、グリフォンには理解ができないものだった。

 

 グリフォンにとって、強い力を、“個性”を持つ人間は必ずヒーローになるべき人間であり、周囲もそう思っているのだと疑いすらしていなかった。

 

 だから、彼は兄であったドラグが、遅咲きながら強力な“個性”が発現した一人娘をヒーローにしない理由がさっぱり分からなかった。理由を説明されても、理解することができなかった。

 

 自分は正しいことをしているんだ。父親に、周囲にかどわかされ、研究者などという力を持つ者として間違った方向へと進もうとしている少女に、ヒーローという正しい方向を指し示し、導いているだけなんだ。

 

 彼女の命一つあれば、また多くの人々が幸せになれる。例えヒーロー活動で命を散らそうが、多くの人々を救えるのだからリリィもそれで幸せのはずだ。

 

 だから、これは正しいことなのだと、疑いすらしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、ここまで清々しいクズは久々に見たわ」

「っ……!?」

 

 瞬間、所長室に光が満ちる。グリフォンは思わず目を瞑った。

 

「ここまで来ると、絶滅危惧種か何かなんじゃねえの? ま、あんたが死んでも別段困りゃしないけど」

 

 おちゃらけたような、馬鹿にしたような、幼さの残る、しかし、確かな怒気を含ませた声。

 

 グリフォンが目を開けると、いつの間にかリリィの隣には、薄く笑みを浮かべた……しかし、目は一切笑っていない、アンジェラの姿があった。グリフォンは当然の如く驚愕する。

 

「なっ、アンジェラ・フーディルハイン……!? どうしてここに……!?」

「そりゃ、友達を助けに来たんだよ。

 

 いやしかし、アレだな……グリフォン、あんたやっぱ、度し難いほどのクズだな。こんなのがヒーローやってるのかと思うと……一周回って、思わず笑えてくるね」

「クズ……だと!?」

「そ、自分がやってることがちゃんと悪事だって分かってるエッグマンの方がいくらか……いや、比べることすら烏滸がましいか」

 

 そう語るアンジェラの表情からは、明らかなグリフォンへの嘲笑が見て取れた。

 

 グリフォンは自分がクズだと言われたことに心底腹を立て、大声で叫ぶ。

 

「わ、私がクズだと!? それを言うのなら、社会のためにその力を役立てようともしないリリィの方がよっぽどクズではないか!!」

「まずさぁ、社会のために必ず持って生まれた力を役立てなきゃいけない、って前提がそもそもおかしいんだよ。リリィの生き方はリリィのもんだ、力を使わない生き方を選択をしたってそれはオレたちの勝手だ。外野が好き勝手にピーチクパーチク騒ぎ立てるようなことじゃない」

 

 アンジェラはまたも逆上して何かを言おうとするグリフォンを、手加減なしの殺意が込められた瞳で睨み付ける。グリフォンは心臓が鷲掴みにされたような錯覚を覚え、呼吸の方法も忘れる。

 

 そんなグリフォンを放っておいて、アンジェラは口を開いた。

 

「それに、ヒーローみたいな危険の多い仕事をするんだったら、少なからずヒーローに対する「憧れ」とか「動機」が必要だろ? なあ、リリィ」

「ええ、かつてお父様もそう仰っていました。強い“個性”がゆえに周囲の期待に押し潰されて無理矢理にヒーローにされてしまった人間は、ヒーロー稼業の命の軽さがゆえに精神病になってしまったり、自殺してしまったりすることがかなり多いと。

 

 お父様の元相棒(サイドキック)の方も、ヒーローじゃないものになりたかったのに、強い“個性”を持って生まれてしまったがゆえにヒーローになることを周囲に強制されて、結果、最後には自殺してしまったそうです。お父様はずっと、そのことを悔やんでおいででした」

 

 リリィはかつて父親が話してくれたことを思い出しながら言う。父親は、黄泉の国でその元相棒(サイドキック)に出会うことは出来たのだろうか。

 

 謝ることは、出来たのであろうか。

 

「ヒーローになることを強制するなど、大昔の戦争への徴兵と何ら変わりない……いえ、戦争に勝つという明確な目的があり、一応生き残って戦争が終われば退役できる徴兵と違って、平和を維持するという曖昧すぎる目的のために酷使させられ、その平和を維持しなければならない期間が全く決められていない以上、徴兵よりもよっぽど質が悪い」

「徴兵……? 私は、社会のために……」

 

 まだ、何故こんなにも責め立てられているのかが分かっていないグリフォンに、アンジェラは呆れ顔で溜息をつきながら、絶対零度の瞳で決定打を突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その社会のためとか言って、あんたはただただ真摯にヒーローやってただけのドラグを殺したのか、クズが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よく、短時間でここまで調べ上げたな」

「アンジェラの顔がマジだったからな」

 

 あん時はちょっと怖かった……とシャドウに零すベクター。シャドウは少し呆れながらも、アンジェラの怒りがどれほどのものであったかを理解しているから何も言わなかった。

 

「いやー、リリィって結構なチート“個性”の持ち主だろ? それに、ドラグの娘だ。遅咲きなこともあって、普通は既にあちこちからスカウトが来てる方が自然なんだよな。なのに、“個性”が発現してから数年が経った今になって迫られるようになった……ま、不思議だよな」

 

 ベクターはそう言いながら、仮想ディスプレイに目を向ける。

 

 そこには、グリフォンの事務所の所長室の現在の様子が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が……兄を殺した? ははは、何の冗談……」

「はっ、しらばっくれんなよ。証拠もある」

 

 そう低く言い放ち、アンジェラがウエストバッグから取り出したのは、一丁の拳銃。

 

「この拳銃が……何か?」

「カオティクスがドラグの殺害現場に隠されていたのを発見して、GUNが入手経路を探った。

 

 そしたらまあびっくり。これは、別の事件であんたが捕縛した敵が持っていて、紛失したと報告されていた銃と同じ物であることが分かったんだよ。しかも、あんたの指紋が検出された……引き金からな」

 

 拳銃を手で弄びながら、アンジェラは言った。グリフォンは心臓の鼓動が早まるのを感じた。冷や汗がダクダクと流れ出て、止まらない。

 

 そんなグリフォンの様子を横目に、リリィがアンジェラの言葉を継ぐ。

 

「この時点であなたが報告書偽造などの罪に問われることは確実ですが……まだ、お話には続きがあります。

 

 この拳銃、実は一発だけ弾丸が入っていたんですよ」

「なっ……そ、それが何だというんだい……!?」

 

 明らかに動揺した様子のグリフォン。これでは何かを知っていると言っているようなもの。その裏も取れている以上意味のないことだが、あまりに滑稽な姿にアンジェラは思わず口角を上げる。

 

「その弾丸を解析した結果……こちらも同じくあんたが参加した作戦によって潰された敵組織によって作られた、「一時的に“個性”を使用できなくする弾丸」であると分かった。

 

 なぁ……本当に、これって偶然か?」

 

 凍りつくような視線がグリフォンを射抜く。グリフォンは冷や汗をダラダラと流しながらも、反論をしようと口を開いた。

 

「ぐ……偶然に決まっているだろう! 何だ、私が兄を殺したという決定的な証拠でもあるのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、警察に賄賂渡してドラグの司法解剖の結果を捏造したろ? 

 

 確かにドラグの死因が失血性ショックなのは間違いないが……ドラグの死体から、件の銃弾と同じ成分と、あんたの“個性”因子が検出されてたんだよ。

 

 その事実を揉み消すために、色々裏で工作してくれちゃったみたいだが……カオティクスとGUNが、その事実を明らかにしてくれたよ」

 

 ただただ淡々と、しかし怒りに塗れた瞳をドラグに向けて、拳銃をクルクルと弄びながらアンジェラは語る。

 

 グリフォンは、眼の前が真っ暗になったかのような錯覚に囚われた。理想とはまるで異なる訪れた現実に、怒りと絶望の感情が沸々と湧き上がる。

 

 それでもグリフォンは、醜く反論を続けた。

 

「っ、しかし動機がないだろう! 私が兄を殺す動機など……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャリ。

 

「動機ならあります。

 

 邪魔だったのでしょう? リリィの父親であるドラグが」

 

 そう、冷たい声を発しながら所長室に入ってきたのは、ヒーローコスチュームを身に纏ったミセス・ローズだった。グリフォンは突然の、しかも思いもよらない来客に思わず声を上げかける。

 

「っ……邪魔……私が、兄を、邪魔だ、と?」

「ええ、あなたにとっては邪魔者以外の何でもなかったのでしょう」

 

 ミセスはリリィを庇うように彼女の前に仁王立ちし、グリフォンを鋭く睨み付ける。

 

 ミセスの表情からは、憤怒が読み取れた。

 

「は、はは……何を根拠、に……」

「遅咲きながら強力な“個性”が発現して、しかしヒーローではない将来の夢を、憧れを抱いていたリリィを守るため、ドラグはヒーロー公安委員会や他のヒーローがリリィに手を出せないように、裏で根回しを行っていたんですよ。

 

 リリィに手を出せば、自分は即座にヒーロー免許を返納すると。

 

 現ナンバースリーを手放したくない公安委員会はこの提案を受け入れた。

 

 敵に誘拐などされないように、彼女には秘密裏にGUNの護衛もつけられた。ドラグからの依頼でね。

 

 ……表立ってリリィを確保することもできず、しかしGUNの護衛があっては裏での干渉も不可能。それをすれば、あなたはヒーローを辞めざるを得なくなる。

 

 リリィに目を付けていたあなたにとって、これ以上とないほどに邪魔な存在だったんですよ、ドラグは。

 

 

 

 

 

 だから、殺したんでしょう?」

「…………………………」

 

 グリフォンは最早、何を言うことも出来なかった。言葉を失い、絶望に堕ちた。しかし、これは果てしなく自業自得なのだ。もう誰も、グリフォンの味方などしない。

 

 そしてそんな絶望しきったグリフォンに、アンジェラは容赦なく追撃を加える。

 

 大事な大事な友人を、後輩を、仲間を、脅し貶め絶望の道を歩ませようとした外道に、かける情けなどないとばかりに。

 

「ドラグの葬式でリリィにヒーローになれとか言わなかったのは、怪しまれると思ったからだろ? だけど、工作に思った以上の時間がかかり、焦ったあんたは、公安委員会の一部に賄賂を渡して、脅迫という手段に踏み切った。

 

 ま、その公安委員会の役員も、今頃GUNに摘発されている頃だろうがな」

 

 アンジェラはクスクスと嘲笑う。絶望に堕ちたグリフォンを、愉快だとでも言うかのように。

 

「脅しがあれば、私が素直にヒーローになるとでも思いましたか? 脅迫に屈服するとでも、思いましたか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死ね、私利私欲のためにお父様を殺した、ヒーローの皮を被ったクズが。

 

 脅迫程度で、私の憧れが止められると思うなよ」

 

 リリィはそう言うと、まるでゴミを見るかのような視線でグリフォンを射抜いた。

 

 グリフォンはこの現実を受け入れられないのか、また吠える。

 

「っ、ミセス・ローズ! 貴様は何故こいつらの味方をする!!? リリィの力があれば、多くの人々を救えるというのに!!!」

 

 グリフォンは、理解が出来なかった。

 ヒーローでありながら、リリィをヒーローにしようとしない兄も、ミセス・ローズも。

 

 ヒーローなら、平和のためにあらゆるものを犠牲にするべきだ。平和のために、手段など選んではいけない。

 

 多くの人々を救える力を持つ者をヒーローにしないという選択肢は、ヒーローには存在しない。

 

 グリフォンは、本気でそう思っていた。

 

 歯ぎしりして声を上げようとしたアンジェラを静止し、ミセスは口を開く。

 

「……私には、息子が居ます。他の何にも代えがたい、大事な大事な息子が。

 

 しかし、ヒーローであるがゆえに、息子には寂しい思いを沢山させてきました。母親としては、私は失格でしょうね」

「フン、そんなの、ヒーローの子供なら当たり前だろう!」

「テメェ黙れよ。ミセスが話してる途中だろうが」

 

 余計な口を挟んだグリフォンを、アンジェラが殺意を込めた瞳で睨み付ける。先程本気の殺気を受けたことをグリフォンの身体は覚えているのか、グリフォンは面白いほどに縮こまった。

 

「……しかし、そんな息子に、リリィとアンジェラは家庭教師として英語を教えるのみならず、同じ目線に立って仲良くしてくれた。息子の寂しさを、埋めてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我が子の恩師たる、前途ある若者の、「憧れ」一つ守れずに………………

 

 

 ………………誰が、ヒーローなんて名乗れますかッ!!!

 

 ミセスは叫ぶ。

 

 ヒーローではなく、一人の息子の母親として、息子の恩師の「憧れ」を、守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………認めるか、ヒーローに向けられない憧れなど、下らないものを、認めてはいけない………………!!」

 

 グリフォンは吼えながら、“個性”を発動させる。

 

 グリフォンの身体はみるみるうちに、体長4メートルはあろうかという、上半身が猛禽類、下半身が獅子の伝説上の怪物、グリフォンと姿を変えた。

 

 グリフォンの“個性”は「グリフォン」。グリフォンに変身することができる“個性”だ。

 

「ヒーローにならぬなら………………今、ここで、殺す!!」

 

 グリフォンの大きな翼がはためき、風が巻き起こる。

 

「……外道が……ミセス、リリィを頼みます」

「……分かったわ」

 

 こうなることは予想していた。グリフォンが、武力行使に出ることは。だから、アンジェラは広範囲防御が可能なミセスにリリィを託した。GUNからも事前に、グリフォンに対する戦闘許可をもぎ取った。

 

 アンジェラは一歩も引きはしない。

 

 リリィに奴の相手をさせてはいけない。それが付け入る隙になってしまうから。

 

 そして、アンジェラにとって、グリフォンなぞ、恐るるに足りない小物でしかないのだから。

 

 ペンダント形態のソルフェジオを指でなぞり、声を上げた。

 

「Hey,bad boy……Let's dancing!!」

 




よし、多分次回で過去回想編終わる!予定は未定!素晴らしい言葉だね!!

………はい、落ち着きます。結構長々とやってきた「憧れに捧ぐ白百合」、次回か次々回で終わります。ただし、予定は未定。

取り敢えず次回は戦闘ですが…多分、体育祭よりも盛り上がりにはかけるかなぁ、と。


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憧れに捧ぐ白百合 ―フーディルハイン―

ヒーローだ敵だと区分を作っても、

“個性”というものが存在していようと、

ヒーローというものは存在しない。





人間は、人間以外の何者にもなれない。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ……あはははははは! リリィ、その力が社会のために役立てないというのなら、ここで殺す!!」

「っ……! 殺す、って……!」

「そこまで墜ちたか、グリフォン!」

 

 グリフォンはリリィとミセスの叫びを無視して笑いながら、アンジェラへ爪を振りかざす。グリフォンのパワーは、コンクリートを砕き岩盤にヒビを入れられるほど。ラフリオンのヒーローの中では、かなりのパワーを誇る。

 

 しかし、逆に言ってしまえば、それだけだ。

 

 そして、アンジェラが奴に手を抜いて相手をする理由など、微塵もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドゴォッ

 

「おい、今ので攻撃のつもりか? 大道芸かと思ったんだが」

「なっ……何が……」

 

 一般的な人間よりも、速い速度で動く物体を認識できるグリフォンでさえ、アンジェラの動きを認識することは出来なかった。離れた場所に移動したリリィとミセスも、認識出来なかった。

 

 振り下ろされたグリフォンの爪は、文字通り粉々に砕け散った。血管にまでその傷は到達していたようで、ドロドロと血が流れる。

 

 伝説上の生物「グリフォン」に変身することはできても、再生力は人並みしかなく爪を即座に再生させる手段など持たないグリフォンは、猛禽類の鋭い眼でアンジェラを睨む。

 

「き、貴様……何をした……!!?」

「何って、攻撃されたからそれを弾いただけなんだが……分からなかったのか?」

 

 アンジェラは拳銃を手で弄びながら、眼の前の愚かな獣を嘲笑う。先程の爪を弾いた攻撃……マッハ以上の速度でかましてやった蹴りも、彼女にとってはまだまだ本気とは言い難い。確かにアンジェラの最高速度はこの時点ではマッハ3程度だが、蹴りなどの一瞬の動きに関して言えばそれ以上の速度でかましてやることができる。

 

 人間の認識外の速度で蹴りを入れることなど、アンジェラには朝飯前なのだ。

 

「貴様……よくもっ!」

 

 グリフォンは室内だというのに翼を広げ、アンジェラ達の方へと飛んでくる。その速度は、日本で有名な若手実力派ヒーロー、ホークスにも引けを取らないほどのものだった。

 

 しかし、それだけである。ソニックやシャドウの動きを、魔法がなくてもその目で捉えることができるアンジェラには、グリフォンの突進など止まって見えた。

 

「……ま、致命傷さえ与えなければ何してもいい、ってお墨付きも貰ってるし…………オラッ!!」

「ガハッ…………!?」

 

 マッハでグリフォンの懐に潜り込んだアンジェラは、凄まじい勢いでグリフォンを蹴り上げる。驚異的な速度とアンジェラの元々の脚力の相乗効果でパワーアップしたその蹴りは、4メートルほどの巨体を持つグリフォンを天井へと叩きつけた。

 

 パラパラと崩れた天井の瓦礫と共に、グリフォンが天井から落ちてくる。彼の瞳に映るのは、薄ら寒い嘲笑と共にこちらを見下す、トパーズの瞳の少女。

 

 グリフォンは、自分の力に自信を持っていた。

 

 それは、驕り高ぶっていたというわけでは決してなく、ナンバーツーヒーローという座に登り詰めればどんなに謙虚な人間であっても、誰でも必ず抱くだろう自信。

 

 グリフォンの“個性”であれば、ごく一般的な敵であれば相手にもならない。ネームド敵であっても早々に負けはしないだろう。それは、客観的な事実である。事実、先程の突進攻撃も並大抵の敵であれば躱すことができなかっただろう。

 

 彼は、喧嘩を売る相手を果てしなく間違えてしまったのだ。

 

 その身の振り方を間違えたのだ。

 

 決して目覚めさせてはならないものを目覚めさせてしまった。

 

 決して怒らせてはならないものを、怒らせてしまったのだ。

 

「はぁ……弱っ。これならエッグマンのメカの方が、よっぽど面白いし遊び甲斐がある。

 

 こんな弱いのが、リリィを狙ってたって?」

 

 アンジェラは呆れたかのように溜息をつく。

 

 確かに、攻撃力を防御に転用できるようなパワータイプの相手は、アンジェラの苦手な部類だ。

 

 しかし、それはナックルズやオールマイトのように極端にパワーに振り切れている相手限定であり、グリフォンはアンジェラにとって、パワーもスピードもそこまでない中途半端な相手でしかない。

 

 こんなのでもナンバーツーヒーローになれるのかと、アンジェラは逆に感心し、そんな中途半端な奴がリリィを狙っていたのだという事実を、心底腹立たしく思う。

 

「弱い……だと……!?」

「だってあんた、オレの動きをまるで見切れてないじゃないか。言っておくけど、オレは“個性”使ってないぜ」

「なっ……こ、“個性”を使ってない……そ、そんなわけが……! う、嘘を付くな!!」

「残念、オレは欠片も嘘なんぞついてねぇよ。第一、こんな嘘ついてオレに何のメリットがあるんだ?」

「認めない……そんなの、認めるか!!」

 

 グリフォンは翼を広げ、血が吹き出していない方の爪を振りかぶる。その猛禽類の瞳には、アンジェラに対する憤怒が宿っていた。きっかけをばら撒いたのは自分であろうに、逆ギレもいいところだと、アンジェラは呆れ返った。

 

 グリフォンの動きは火事場の馬鹿力が発揮されているのか、先程よりも速い。その巨体と四足歩行という体型故にアクロバティックな飛行は不可能だが、それでも一般的な敵であれば、反応こそすれ対処は不可能だろう。

 

「はぁ……もういい加減、終わりにしよう」

 

 しかし、アンジェラは一切焦らない。

 

 彼女にとってこの程度、焦る必要もない事象なのだから。

 

「ミセス」

「おおっと……我ながらナイスキャッチ」

 

 今の今まで手に持っていた拳銃をリリィとミセスの居る方向に投げる。ミセスは手から薔薇を生やしてそれを見事キャッチした。

 

 ミセス・ローズの“個性”は「薔薇」。身体から薔薇を生やし、自在に操ることができる“個性”である。ミセスの練度により、生やされる薔薇はそんじょそこらの物体よりも断然強度が高く生やされる速度も早く、その形もある程度自由自在である。

 

 だからこそアンジェラは、ミセスにリリィを託したのだ。

 

「アンジェラ……蹴散らしてやってください」

「言われなくてもそうするさ」

 

 リリィとアンジェラの視線が一瞬合う。アンジェラは無表情のまま、頷いた。

 

「ははは、貫いて殺す! 強い“個性”を持ちながら、ヒーローにならない者など、この世界には必要ない!!」

「…………そう、それがあんたの答えか。

 

 

 

 

 

 

 

 なら、死ね」

 

 アンジェラは冷たくそう言い放つと、グリフォンの認識を遥かに超えた速度でグリフォンに接近しその巨体を空中へと蹴り上げる。

 

 グリフォンは、アンジェラに何をされたのかも認識出来なかった。

 

 否、認識する隙すら、与えられなかった。

 

 蹴り上げられ空中に放り出されたグリフォンの巨体へ、アンジェラは追撃をかける。

 

 嘴と爪の全てを血が出るまで叩き割り、胴体に何度も蹴りを入れ、撲りつけ。その全てが音速を超えた認識外のスピードで行われ、アンジェラの元々の力と、スピードの相乗効果で凄まじい威力……とても人間へ向けるような威力ではないそれを、アンジェラは冷徹な瞳で、何度も何度も執拗に、グリフォンの身体へと叩き込む。

 

 バキッ、ドガっ、バキャっ!! と、およそ人間の身体から聞こえていいものではない音が周囲に響き渡る。確実に、いくつか骨も折れているだろう。いや、アンジェラは折るつもりでやっている。

 

 大事な大事な友人を絶望の底に追いやろうとした輩に、与える慈悲などアンジェラには存在しない。

 

 これぞまさしく、ファントムラッシュ。グリフォンには、何度も何度もソニックブームが発生したかと思ったら、途切れ途切れにアンジェラが姿を現していたように見えただろう。

 

「ッ、オラッ!!」

 

 ドゴォォッ!!! 

 

 最後の一撃とばかりに、アンジェラは今までで一番の速度を乗せた踵落としを、グリフォンの背に叩き落した。ソニックブームを発生させながら与えられたその一撃は、グリフォンを床へと叩きつけた。床に大きくヒビが入る。ここまでのことをしていても床が崩れて崩落していないのは、ソルフェジオが事前に魔法で床の強度を補強していたからだ。上の階への衝撃は瓦礫が落ちるだけで済むが、下の階は色々とそうもいかない。

 

 それはともかく、アンジェラはグリフォンの近くに着地する。

 

 グリフォンの眼に映っていたのは、まるでゴミを見るかのような視線をこちらに向ける、空色の魔女。

 

「…………この、ゲス外道が。生かしてもらえてるだけ有り難いと思え」

 

 アンジェラがそう低く言い放つと、グリフォンの意識は遠くなり、“個性”が解除された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。

 グリフォンは令状を持って駆けつけたGUNによって逮捕された。

 

 グリフォンは死んではいないが全身骨折まみれで、アンジェラは流石にやり過ぎだとお偉いさんに怒られたが、元々GUNはアンジェラに「殺しさえしなければ何をしても、どれだけ怪我をさせてもいい」と自分達で先に言っていたため、怒られる以外の大々的なお咎めは無かった。

 

 そしてこの一連の件に加担した、一部のグリフォンのシンパ達や、GUNの追跡を逃れた公安委員数名は、ソニック達の手で事前に潰されていた。潰された側は少しばかり怪我が多かったような気がしたが、きっと気の所為だろう。気の所為だと思う。

 

 また、程なくしてグリフォンのシンパではなくてもリリィをヒーローにしようと付け狙っていたヒーロー達の情報が、ネット上や週刊誌、テレビなどで晒されるという事態が発生した。中には、賄賂などの不正を晒された者も居たそうで、そういう者達は数日と経たずヒーローを辞めていった。

 

 この情報開示の裏でミセス・ローズとアンリーゼ大学が動いていたという事実を知る者は、ごく僅かしか居ない。

 

 

 脅しには参加していなくとも、リリィの力を欲した公安委員も多く居たが、GUNと警察によって公安委員の不正を多く暴かれ、あるサポートアイテムも手掛ける世界的な電子メーカーの社長に「リリィから手を引かなければ、今後一切ラフリオンのヒーローにはサポートアイテムを提供しない」と宣言され、極めつけにミセス・ローズから、「リリィから手を引かないのであれば、即座にヒーロー免許を返納……いや、粉々にして使い物にならなくする。ちなみにうちの相棒(サイドキック)達も同様の結論を出した」と脅しをかけられ、ラフリオンのヒーロー公安委員会は、「今後一切リリィに干渉しない」という誓約書を書かされるハメになった。

 

 

 まぁ、アンジェラには関係のない話だ。

 

 一番大事なのは、これからもリリィが憧れを追い続けられるということだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一連の事後処理が終わり、此度の一件から一週間が過ぎた頃。ミセスは、グリーンヒルの小高い丘を訪れていた。周囲に咲き誇る空色のビャクヤカスミの花々が、夜風に揺れて花弁を散らす。

 

「……あなたの忘れ形見は、憧れを望んで、追いかける道を選んだ。それを邪魔しようとした奴らは、あの子の友達が追い払った。

 

 これで少しは、あなたも枕を高くして眠れるわよね」

 

 ここは、彼女にとって思い入れの深い場所。かつての親友と出会い、そして永遠に別れた場所。

 

 彼女がここに埋まっているわけではない。

 

 しかし、ミセスの脚は自然とこちらに向いていた。

 

 

 

 

 

 

『ローザ。あなたがヒーローになりたいと思ったように、私は言葉の歴史を紐解きたいと思ったの。

 

 それって、普通のことだと思わない?』

『流石に、語学史は割とマイナーだと思う』

『あはは、そうだけど、そうじゃないよ』

 

 今でも思い出す、彼女とのある会話。

 

 ここに来れば、何度だって鮮明に思い出せる。

 

 あの時も、空色のビャクヤカスミが大輪の花を咲かせていた。

 

『あなたはヒーローに、私は語学史の世界に。

 

 世界は違えど、その始まりの感情は同じ。人間であれば誰しもが普遍的に持つ。

 

 ねぇ、ローザ。知ってる?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ、ミセスじゃないですか。どうしたんです、こんな時間に」

 

 物思いにふっけていたミセスだったが、聞き覚えのある幼い声に振り返ると、そこにはよく見知った姿があった。

 

「アンジェラ? どうして……」

「どうしてって、オレは夜風に当たりに来ただけですけど」

「……そっか、この近くに住んでるんだものね。そもそもあなたに距離なんてもの、あってないようなものでしょうけど」

 

 ミセスは呆れたかのように笑う。

 

「ここはいいですよね、オレもたまに来ますけど……いやー、それにしても見事に咲いたもんだ」

 

 アンジェラはそう言いながら、咲き誇るビャクヤカスミに目を向けた。風で飛ばされた花びらが、月光に照らされて輝きを放つ。

 

「……アンジェラは知ってる? 空色のビャクヤカスミのもう一つの名前と、花言葉を」

「そりゃ、知ってますよ。当然でしょう?」

「あはは、そうだ、そうだったわね。よく考えなくても当然だったわね」

 

 ミセスは失念していたとばかりに笑う。そうだ、彼女が知っているのは、至極当然のことなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、自分の名前なんですから」

 

 

 

 

 空色のビャクヤカスミのもう一つの名は、「フーディルハイン」。

 

 その花言葉は、「私の旅路はあなたと共にある」、「残酷な真実」、「偽りの幸福論」、

 

 

 

 

 

 そして、「何よりも輝かしい憧れ」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 かの事件の全てを語り終え、アンジェラはゆっくりと口を閉ざす。

 

 洸汰に渡された皿に盛られたカレーは、もう既になくなっていた。

 

「そりゃ、世の中のヒーロー全てがグリフォンみたいなのとは、口が裂けても言えないさ。事実、あの時手を貸してくれたミセスも、またヒーローだ。

 

 だけど、職業としてのヒーローはあっても本当の「概念的なヒーロー」は存在しない。ヒーローなんて名乗ってても、結局は利己的だったり自分の思想を相手に押し付けたり、なんてことはままある話だ。

 

 ……この世界でヒーローって名乗ってる奴らは、皆「人間」でしかないんだよ」

「……じゃあ、パパとママは、なんで、ヒーローなんてやってたのさ」

 

 洸汰は涙目になりながらアンジェラの顔を覗き込む。アンジェラはうーん、と考える素振りを見せた。

 

「流石にそれは分からん。オレはその人達のことよく知らないからな。

 

 

 

 

 

 ……でも」

 

 アンジェラは魂の残響(ソウルオブティアーズ)に指先でそっと触れて、口を開いた。

 

「リリィも、お前の両親も、始まりの感情は多分一緒だ。

 

 命の危険や脅迫……」

 

 ふわり、と風が吹き、アンジェラの髪が浮き上がる。その月光に照らされた姿がまるで天使のようで、洸汰は思わず見惚れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんな程度じゃ、

 

ヒトの「憧れ」は、止められないし、終わらないんだ」

「憧れ………」

 

洸汰は、残酷でさえあるアンジェラのその言葉が、何故かスッ……と胸の内に収まったような気がした。

 

「憧れを追うことも、親であることも、何も間違ったことじゃない。子供に手を挙げたりせず、ちゃんと愛情を与えてやれるのならな。

 

 

 

お前の両親も、そうだったんだろ?」

 

アンジェラはそう言うと、優しく洸汰に微笑みかける。

 

洸汰は物心ついたばかりの頃の両親を思い出して、

 

「……………うん」

 

力強く、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







どうも、えきねこです。よろしくおねがいします。

「憧れに捧ぐ白百合」、アンジェラさんの過去回想編いかがでしたでしょうか。とりあえず、私的にはカオティクスとルージュさんの出番作れたから満ぞ(殴




こらそこ、戦闘があっさりすぎとか言わない。流石にこれ以上過去回想編を伸ばしたくないんや。


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第七章 Undefeatable
女子会


GWってスゲェ!連日投稿できる!
というわけで、新章です。


 洸汰と話をしたあと、アンジェラはクラスメイトの女子陣と共に風呂に入った。

 

 ちなみに昨日覗き未遂なぞやらかした峰田は相澤先生とアンジェラ主導の元持ち物検査を受け、明らかに合宿に必要のない、というか、犯罪を企んでいそうな小型ドリルなどの物品はあえなく没収……いや、恐ろしい笑みを浮かべたアンジェラの手で粉々に破壊された。ちなみに勇敢にも文句を言おうとした峰田は、首元に輝きの刃(シェーヴァ)をあてがわれ、アンジェラに無言の圧力をかけられて恐怖で気絶した。

 

 あの時のフーディルハインは目がマジだったと、後にその現場に居合わせていた瀬呂は語る。

 

 また、両クラスの女子の入浴時間の間、峰田は相澤先生の監視の元、ひたすらに反省文を書かされていた。峰田は唸っていたが、果てしなく自業自得なのでクラスの誰も峰田を庇わなかった。女性陣は相澤先生お疲れ様です、と労っていた。

 

 この中で一番割りを食っているのは、明らかに相澤先生である。

 

 

 

 

 

 

 そして現在。

 

 A組の女子部屋では、女子会が開催されていた。

 

 峰田の蛮行を事前に止めてくれたお礼として、B組の拳藤、小大、塩崎、そして柳が持ってきたお菓子とA組女子がそれぞれで持って来ていたお菓子を布団が敷かれた部屋の真ん中に広げ、自動販売機で買ってきたジュースを片手に乾杯し、気分はいっそう盛り上がる。アンジェラは取り敢えず楽しけりゃいいやというスタンスだ。

 

 そして盛り上がった女子が集まってする話といえば。

 

「女子会といえば……恋バナでしょうがー!」

 

 テンションの上がった芦戸の言葉に、周囲はテンションを上げたり消極的だったりと様々な反応を見せた。ちなみに、就寝前ということでポニーテールのリボンを解いていたアンジェラは、恋バナにはかなり消極的である。

 

 ……しかし、いざ恋バナをしてみようと思っても、A組女子にもB組の四人にも、付き合っている人が居るわけでもなければ片思いの相手が居るわけでもない。なので、話が思ったように出てこない。ヒーロー科は月曜から土曜までギッチリ授業が入っているので、当たり前といえば当たり前なのだが。

 

 恋バナの発案者の芦戸も、別に今恋がしたいわけではない。ただ、キュンキュンしたいだけなのだ。心臓が切なく縮こまるようなあの感覚を、少しでも味わいたいだけなのだ。

 

 妄想でどうにかしようにも最後には恋バナでもない別の話に帰結してしまい、このあと補習が待っている芦戸はキュンキュン不足で唸る。

 

「……あ、そうだ。アンジェラちゃんはどうかな? 女子の中でも男子と仲いい方だし、すっごい美人だし!」

「そうだ、まだフーディルハインが居た!」

 

 葉隠と芦戸の言葉に、今の今まで煎餅を貪りながらひたすらに無反応を貫いていたアンジェラに全員の視線が向く。当のアンジェラは、煎餅を口の中でバリボリと砕き、飲み込んでいた。

 

「というか、さっきからフーディルハイン何一つ喋ってないし。こりゃ、何かネタがあるな?」

「ケロ、まだアンジェラちゃんに好きな人が居ると決まったわけじゃないわよ」

「そうです、あまり迫ったりしてはいけませんよ」

「でもフーディルハインの好きな人とかの話は気にならない?」

 

 拳藤の問いかけに、蛙吹と八百万は思わず頷く。芦戸のように熱狂的というのも珍しいが、やはり蛙吹や八百万も気にはなるのだろう。そういう類の話も、アンジェラの話も。

 

「で、フーディルハイン、そこんとこどうなの!?」

 

 先の八百万の話をもう忘れたのか、芦戸がグイっと物理的な意味でアンジェラに迫る。

 

 アンジェラは、一度手元の缶コーラを飲み干した。

 

「…………っつっても、オレもそんなネタ持ってるわけじゃないんだけど」

「ウッソだぁ! クラス一の美少女なのに!」

「まぁ、フーディルハインってクラスの男子と仲いいって言っても、何か男同士の会話をしてる感じで、そこに恋愛感情とかは無さそうだよね」

「うんうん、口調だけじゃなくて男子の「熱血」とかの考え方もちゃんと理解してる感じがする」

「なんか、こうして話してても女友達じゃなくて男友達と話してる、って感じがするよね」

 

 クラスメイトの男子とアンジェラの会話を思い出して、麗日達はうんうんと頷く。

 

 アンジェラはその生い立ちや性格、口調がゆえに、男子と割と波長が合いやすいのか、他の女子陣であれば共感しにくいような話題……例えば、切島の熱血話や常闇の厨ニ的な話などのような話題にも、一定以上の共感を見せる。お昼休みに男子の会話にアンジェラが混ざっているのはよくあることだ。最初はクラスの男子陣は戸惑っていたようだが、今となっては慣れたものである。

 

 まあ流石に、アンジェラは男子の下世話な話に混ざったりはしないし、「峰田を除く」男子陣もアンジェラとの会話の中で下世話な話をしたりはしないが。

 

 ちなみに、一度セクハラじみた下世話な、それも女子にしてはいけない類の話を峰田がアンジェラにしかけたときは、峰田は世にも恐ろしいものを見て、しばらくそれが夢に出たとかなんとか。

 

 ただし、アンジェラは峰田とも「セクハラや性犯罪が絡みさえしなければ」普通に会話していることも多い。前後の席ということもあり、峰田が純粋に授業で分からなかった所をアンジェラに聞く、というのもたまにあることだ。しかも、峰田はアンジェラが説明している間はセクハラに走ったりはせず、真面目に話を聞いている。

 

 ただし、説明が終わった途端に峰田がセクハラに走ることはあり、その度にアンジェラが色々と制裁している。それはセクハラをする峰田が全面的に悪いうえに、峰田のそれは善意で勉強を教えてやってるアンジェラへの恩を仇で返す行動でしかないので、クラスの誰も峰田の心配をしたりはしない。特に女子にとっては、セクハラ犯は粛清の対象なのである。それでも、何度制裁されても懲りない峰田は、将来色んな意味で大物になりそうである。

 閑話休題。

 

「うーん、確かにそうなんだけどさ……やっぱ、フーディルハインの恋愛話聞きたい聞きたい! これだけの美少女だもん、絶対にネタがあるはず……!」

「でも、フーディルハインの浮いた話とか聞いたことないし……あったら多分B組まで噂がくるでしょ」

「ん」

「確かに……」

「諦めた方がいいと思うわ。詮索のしすぎは良くないわよ、三奈ちゃん」

「う────ーっ……」

 

 皆に口々に言われ、唸る芦戸。

 

 このままでは、キュンキュンすることなく相澤先生の補習を受けることになってしまう。それだけは、絶対に阻止せねばなるまい。

 

「……………………じゃあ、フーディルハインの好きなタイプってどんな人?」

「無理矢理恋バナを続けようとすんな」

「だってだってー! これだけ! これだけだから!!」

 

 どうしても、本当にどうしても恋愛成分を摂取したい芦戸がキラキラした目をアンジェラに向ける。他の皆も、芦戸のあまりの必死さには呆れつつも、アンジェラの好みは気になるのかじーっとアンジェラを見ていた。

 

「とは言っても、オレはそういうのよく分かんないし、考えたこともないんだが…………」

「この際顔でも性格でも何でもヨシ! フーディルハインが将来こういう人とだったら付き合ったりしてもいいかなー、って人の特徴教えてよ」

 

 ふむ、とアンジェラは考え込む。

 

 ソニックにアプローチを仕掛けるエミーや、リリィとリゼラフィなんかが身近に居たためそういう概念自体は理解しているのだが、いざ自分がその対象に誰を選ぶのかと問われると、これがなかなか難しい。そもそもアンジェラは、自分が対象に入る恋愛というものを、今まで一切考えたことがなかった。単純に興味がなかっただけ、とも言う。

 

 ……一瞬だけ、脳裏にちらついた影を、アンジェラは意図して無視した。

 

「…………」

「……え、そこまで熟考する?」

「本当に考えたことなかったんだ……」

 

 あまりに長い間考え込んでいるアンジェラの様子に、葉隠と拳藤がそう零す。

 

「じゃあさ、じゃあさ! フーディルハインの好きそうなタイプをこっちで予想してみようよ!」

 

 芦戸の言葉に、考えを巡らせる一同。芦戸は特に必死である。そんなに恋バナをしたいのかと、アンジェラは色々な意味で呆れ返った。

 

「うーん、フーディルハインって意外と包容力ある人とか好きそう。ほら、男勝りだからこそ、気兼ねなく甘えられる人に惹かれたり、ってあるじゃん?」

「なるほどなるほど……でもアンジェラちゃん自由なとこあるし、生真面目な人とは合わないかも」

「いいえ、意外とそうでもないかもしれないわ。自由だからこそ、生真面目な人に背中を預けられるかも」

「強さはどうでしょう? 肉体的なものはなくても、精神的な支えとなってくれるような強さがある殿方は、アンジェラさんの好みかもしれませんわ」

「フーディルハインは頭いいし、相方は熱い人の方がバランス取れそうだよね。突っ走るくらいがいいかも。いや、冷静な人でもいいかも……」

「これは私の勝手なイメージだけど、欧州の人なら紳士的な人が好みだったりしそう。本当に勝手なイメージだけど」

「うーん、分野はどうあれ、アンジェラちゃんと張り合える人、とか?」

「ん」

 

 わいのわいのと話は盛り上がる。アンジェラは周囲の話を聞きながら、サクサクとクッキーをつまんでいた。

 

「……で、フーディルハイン、どう!? さっき出た中で、ビビっと来るようなタイプあった!?」

「……あのさ、お前らひょっとしてわざとやってるのか?」

 

 その可能性が低いことはわかっていたが、アンジェラはそう言わずにはいられなかった。芦戸達は当然といえば当然だが、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。

 

「……なんか……その条件に心当たりが……」

「えっ、嘘!? 本当に!? 教えて教えて!!」

「ちょちょ、襟首掴むなって」

 

 興奮してアンジェラの襟首に縋りついた芦戸を落ち着かせ、アンジェラはクッキーを一口齧った。

 

「で、それって誰!? クラスメイト? それとも学外!?」

「いやだから落ち着けって……クラスメイトでは、ない」

「じゃあ学外か……で、誰!?」

「…………」

 

 アンジェラはその名前を声にして紡ごうとして…………口を閉ざした。

 

「…………………………」

 

 直感的なものだった。

 

 しかし、確信出来た。

 

 

 

 

 

 

 言葉にしてはいけない。

 

 認めてはいけない。

 

 口にしたら、戻れなくなる。

 

 二度と、戻れなくなる。

 

 

 

 

 ……そうだ、自分には関係がない。理解が及ばない。それでいいじゃないか。

 

 それでいい……はずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『その先に溺れ、より深く絶望するくらいなら、せめて、見ることをやめなさい。

 

 せめて、その絶望を知らぬまま、無垢なままで、崩れ行くまでは…………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ………………」

 

 アンジェラは、手で震える口を押さえる。何かに恐怖しているかのように、身体を震わせる。やがて、呼吸も少しばかり荒くなって、額から汗が流れ、顔色もどことなく悪くなっていく。

 

 アンジェラの様子がおかしくなったことにいち早く気付いた蛙吹が、アンジェラの背中を擦りながら口を開いた。

 

「…………三奈ちゃん、やっぱり、無理強いはよくないわ。アンジェラちゃんも話したくないみたいだし」

「そっか……ごめん、フーディルハイン」

「……いや、いいよ……」

 

 アンジェラはそう言いながらも、やはり顔色が悪い。そんなアンジェラを気遣ってか、八百万が口を開いた。

 

「アンジェラさん、少し休んだ方がいいかと思います。歯を磨いて、もう寝てしまった方が……」

「そうだな……そうさせてもらうよ」

「じゃ、じゃあ私が洗面所まで一緒に行く! 私も、ちょっとお腹いっぱいなんだ!」

「…………ありがとう」

 

 アンジェラのその声は、今にも消え入りそうなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




女子会ですら暗くなっちまう。何でだろうね。


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氷像

 其れは、人が触れていいものではなかった。

 人が手を伸ばしていいものではなかった。

 人は人以外の何者にもなれぬというのに。

 ましてや、神になどなれやしないのに。

 遣いを騙る愚か者共は、手を伸ばそうとした。

 届くはずがないと分かっているのに。

 数えることも億劫になるほどの魂を捧げて。




 卵を奪われ、薬物を投与され、身体に手を加えられ。

 少女はひたすらに、汲み上げ、産み落とし続けることを強要された。

 逃げ道など、どこにもなかった。

 救いの手など、差し伸べられなかった。

 時間の感覚がなくなっていく。

 身体の感覚もなくなっていく。

 人としてあったものすべてが、抗う術なく消え去っていく。




 憧れがまず消えた。

 その次に幸福が消えた。

 祈りが消え、

 喜びが消え、

 楽しさが消え、

 正義が消え、

 不屈の精神が消え、

 優しさが消え、

 最後に、想い出が消えた。




 積層していく憤怒、恐怖、悲哀、憎悪、絶望、呪咀、嫌悪。

 新たに産まれた復讐心と、殺意。






 憧れは憎悪に変わった。

 憎悪は殺意となり、研ぎ澄まされる。

 ただひたすらに、ひた隠し、ひた隠しにして。

 奴らの喉元を掻っ切ることを、夢に見て。





 許しを請う時間すらも赦さない。

 英雄なんて、この世界には存在しない。

 天使も英雄も何もかも、全てが血に沈んでしまえばいい。




 残されたのは、音のない悲痛な叫びだけ。





 肉を、脊髄を、魂を喰らい尽くし、





 彼の地にいつの日か与えよう、





 終焉を、永久に。


















 

 

 

 林間合宿三日目。

 

 今日も今日とて、“個性”を伸ばすための訓練が行われている。夜中の二時まで補習があった補習組が動きが鈍いと相澤先生に叱咤されたり、青山と麗日が期末で赤点ギリギリだったと相澤先生に言われたり、全員に向けて相澤先生が「原点を常に意識しろ」と言ったりしていたようだが、その全てがアンジェラの耳には入っていない。まあアンジェラは離れた場所に居るのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。

 

 アンジェラは昨日と同じように、カオスコントロールによる短距離ワープの練習は勿論、それ以外にも魔法の練習やワン・フォー・オールの練習なんかをしている。今日は昨日あまり注力していなかった、属性魔法の練習が主だ。

 

 アンジェラの魔法使いとしての実力は、まだまだ荒削りと言わざるを得ない。属性魔法で特に必要となる綿密な魔力コントロールの技術なんかはまだまだ発展途上である。

 

 なのでアンジェラはカオスコントロールのインターバルの間、魔力を細かくコントロールする練習をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、エネルギーをコントロールする練習で…………

 

 

 

 

 

 何で氷像が出来上がってるの?」

 

 マンダレイの眼前に堂々と鎮座しているのは、翼をモチーフにしたように見える、人間サイズの氷像だった。近くで見るとかなり精巧な造りであることが分かるそれは、離れた場所からも感じる、心地よい冷気を放っている。

 

「綿密なコントロールの練習なら、何かを精巧に作ってみたらどうかって、ソルフェジオが」

「それで氷像を造った、と……」

「氷像が一番難易度低いからな。まずは簡単なところからコツコツと、ってね」

 

 そう、この氷像はソルフェジオの提案を受けたアンジェラが、氷の魔法で造り出したものである。属性魔法のプロセスの一つである魔力の変換と、魔力の微細なコントロールを同時に練習出来る、かなり理に適った手法なのだ。

 

「こんなのも造れるぞ」

 

 そう言ってアンジェラは地面に手を翳す。すると、その先に魔法陣が現れ、空色の魔力光が魔法陣から溢れ出し、その光が収束して氷でできた美しい樹木へと成った。無詠唱の氷魔法だ。マンダレイはおおー、とアンジェラに拍手を送る。

 

「形は自由自在なの?」

「ある程度はな。大きすぎるとただ氷出すだけになっちゃうし、ちょっとコントロールミスると形崩れるけど」

「でも人間サイズの氷像が造れるってことは、氷で相手を足止めしたりとかには十分使えるんじゃない?」

「まあな、発動までに時間がちょっとかかるのがネックだけどな」

 

 魔法陣の展開から魔法を発動させるまでの発動時間の短縮は、もちろん鍛錬や工夫でどうこうできるものではあるのだが、それには限度がある。最低限の魔法発動までにかかる時間というものが存在するのだ。スマートフォンの電源を入れても、すぐにスマートフォンの機能が使えるようになるわけではないように。特に、変換のプロセスが必要な属性魔法は発動までに時間がかかりやすいタイプの魔法だ。

 

 魔法陣の展開から氷像の生成までには10秒ほどかかっているが、これでも練習を繰り返し、工夫を織り交ぜたりして大分早く発動できるようになったほうなのである。まあ、魔力コントロールの練習のために精巧な作りにしている以上、どうしても時間はかかってしまうものなのだが。普通に人間サイズの氷を出すだけであれば、今のアンジェラであれば4秒ほどで可能だろう。

 

 しかし、まだ実戦で使うと考えると、遅い。

 

 アンジェラが発動時間の短縮にはどうすればいいのかをつらつらと考えていると、ふと、マンダレイが口を開いた。

 

「……昨日の夜、女子会してたらいきなり顔色を悪くした、って聞いたけど、もう大丈夫なの?」

「…………」

 

 麗日達にその話を聞いていたのだろう。マンダレイは心配げにアンジェラの顔を覗き込む。

 

「それで、オレが大丈夫って言ったとして……お前は、それを信用するのか?」

「しないね。こういう時のアンジェラの大丈夫ほど、当てにならない大丈夫はこの世に存在しないもの」

 

 即答。

 しかし、アンジェラの「脆さ」や「危うさ」を知る者からすれば、当然の解答だった。

 

 アンジェラは木の氷像にそっと触れて、口を開く。

 

「……正直、話せることは何も無いぞ。あの時のことは、本当に自分でもよく分からなかった。ただただ、理解しちゃいけないような気がした……本当に、それだけだ」

「そっか…………恋バナをしてたらしいけど、アンジェラが失っている記憶の中に、恋バナとかがトラウマのスイッチになるような出来事があって、それを無意識に思い出しちゃったのかもね。一種の防衛反応、みたいなものなのかな」

「………………」

 

 確かに、仮説としてはそれが一番納得し得るものだろう。自我では失っていても、身体がその記憶を残しているのなら、あの時の反応もあり得るものだろう。

 

 

 

 

 

 

 しかし。

 

 しかし、アンジェラは「違う」と、何故か確信を持って言えた。

 

 その確信がどこから来たものなのか、彼女には全く分からない。失われた彼女自身の記憶がトリガーとなっているのか、はたまた記憶にもない何かか。

 

 しかし、アンジェラは「前からそうだとわかっていたかのように」、そう言い切れた。

 

 氷像に触れたアンジェラの指に力が入る。

 

 ピシリ……とヒビが入った樹木の氷像は、次の瞬間には粉々に崩れ落ちていた。

 

「……オレの記憶は、こうやって粉々になったのかな。崩れて、散らばって、自分でも分からない場所にひっそりとその残骸だけが残って、歯車に挟まってその動きを乱して……」

 

 冷たい瞳、無機質な声。感情の一欠片すらも見えない瞳で、アンジェラは氷像の残骸を見下す。魔力で造られた氷の欠片は、瞬く間に淡い光となって霧散していった。

 

「……自分でも、理解の及ばぬものに自我を掻き乱されるのは、本当に、癪に障る……

 

 ……でも、なんだかな……どうしても、無視できないんだ。無視したら、自分の心が壊れてしまうような気がして」

 

 彼女自身も、理解していない。自分が何者で、どこから来たのか、何故「魔法」という力が使えるのか、ワルプルギスへの捕食本能は誰によって植え付けられたものなのか……

 

 分かっているのは、自我を掻き乱す「何か」が、アンジェラの自我を、守っているのだということだけ。

 

「……知らないままの方が、幸せなのかもな。忘れ去った過去なんて」

 

 アンジェラはそう言うと、自嘲気味に、曖昧に、笑った。

 

「……そうかもね。無理に思い出そうとする必要はない。

 

 だけどさ、アンジェラ……

 

 

 

 そういう記憶ほど、いつの日か、否が応でも思い出さざるを得なくなるものだよ」

 

 マンダレイの言葉、ヒーローなどではなく、ただただ友人として、人生の先輩として紡がれたその言葉が、アンジェラの頭蓋に染み付いていく。

 

「別に無理して思い出せ、なんて言うつもりはない。思い出さないままであなたが幸せで居られるなら、それでいいと私は思う。無理に思い出そうとして、その心にヒビが入るくらいなら、いっそのこと、忘れたままでいいと思う。

 

 だけど、覚悟はしておいた方がいい。

 

 不意に、失われた記憶が戻る、その時のための覚悟を」

「……肝に、銘じとくよ」

 

 アンジェラが捻り出した言葉も、生徒などではなく、ただただ友人としての言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 アンジェラとマンダレイのその会話を、通話状態の携帯を通して相澤先生が聞いていたことは、マンダレイと、ソルフェジオだけが知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れて、夕食とその片付けが終わり、太陽が完全に沈みきった頃。

 

「さて! 腹も膨れた、皿も洗った! 

 

 お次はー……」

「肝を試す時間だー!」

『試すぜ──ー!』

 

 異様にテンションが高い芦戸達補習組。ハードが過ぎる合宿の中にご褒美を見出したと言わんばかりのテンションだ。

 

 しかし、相澤先生は容赦がなかった。

 

「その前に。大変心苦しいが、補習連中はこれから俺と授業だ」

「…………ウソだろ!!!?」

 

 補習組の顔が絶望に染まる。皆が楽しく肝試ししている間、相澤先生の補習を受けなければならないのだから高校生としては当たり前といえば当たり前だ。

 

 相澤先生は逃がすつもりはないとばかりに、捕縛布で補修組を拘束する。

 

「すまんな、日中の訓練が思ったより疎かになってたんで、こっちを削る」

 

 相澤先生の言葉には、すまないなんて感情は一切込められていなかった。

 

「うわー、勘弁してくれー!」

「試させてくれー!」

 

 そんな5人の嘆きと抗議の声もまるっと無視して、相澤先生は補修組を捕縛布で引きずって行った。その声をBGMに、プッシーキャッツが肝試しのルールを説明し始める。

 

「はい! というわけで、脅かす側先行はB組。A組は二人一組で3分おきに出発。ルートの真ん中に名前を書いた御札があるから、それを持って帰ること! 脅かす側は直接接触禁止で、“個性”を使った脅かしネタを披露してくるよ!」

「創意工夫で、より多くの人数を失禁させたクラスが勝者だ!」

「やめてください、汚い」

「もっと他に判別方法なかったのかよ」

「なるほど、競争させることでアイデアを推敲させ、その結果“個性”にさらなる幅が生まれるというわけか、流石雄英!」

「いや、絶対にコレそこまで考えてない」

 

 わいのわいのと盛り上がったり、汚いルールにツッコミを入れたり、深読みしたり、その深読みにツッコミを入れたり、と、生徒たちが盛り上がってきたところで、パートナーを決めるためのくじ引きが行われた。

 

 

 その結果。

 

「わー、一人だ」

「マジか……アンジェラがそれ引く?」

 

 クラスの人数は20人。そして、5人が補習で引きずられて行った。この場に居るのは15人。奇数。

 

 つまり、どうあがいても一人余る。

 

 そして、よりにもよって一人になったのは、アンジェラだった。

 

「ひょっとしてフーディルハイン、怖いの苦手だったり……?」

「いや、逆逆。アンジェラはホーンテッドハウス……日本で言うお化け屋敷に入っても、ず────っと真顔なの」

「真顔!?」

 

 マンダレイの予想外すぎる言葉に、耳郎は肩をビクっ! と震わせて驚いた。というか、クラスの全員が驚いた。マンダレイは昔のことを思い出しながら続ける。

 

「真顔も真顔、どれだけ驚かしても無反応。むしろお化け役が、あまりの怖さで泣くくらい。話によれば、ホラー映画を見る時も真顔でひたすらポップコーンを貪ってるらしいし……」

「なにそれ……っていうか、マンダレイは何でそんなこと知ってるんですか?」

「成り行きで、アンリーゼ大学の学祭の出し物にあったホーンテッドハウスに一緒に入ったことがあって……あの時は正直、生きた心地がしなかった」

「なるほど……」

「え、そこまで言う?」

 

 アンジェラは心外だと言わんばかりの顔でマンダレイをじーっと見るが、マンダレイは曖昧に笑っていた。

 

「だからアンジェラには是非とも誰かと組んでもらいたかったんだけど……」

「ま、くじ引きの結果なら仕方ないさ」

「それもそうだね」

「「あっはっは」」

「…………フーディルハインとじゃなくてよかった」

 

 耳郎の声は、それはそれは切実なものだったとかなんとか。

 

 他にも、裏で峰田が何やら不吉なオーラを放ちながら八百万と組んだ青山に交代をせがんだりといったことがあったが、そんなこんなで肝試しがスタートした。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、五組目! ケロケロキティ、ウララカキティ、GO!」

 

 何やら悲鳴が響く森の中へ、蛙吹と麗日が立ち入って行く。悲鳴の主はおそらく葉隠と耳郎のものだ。耳郎はともかく、葉隠の悲鳴と思しき声は微妙に楽しそうである。そういえば、葉隠はこういうのが好きだと前に聞いたなと、アンジェラは頭の片隅で思った。

 

 このままいけば、楽しい行事となるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 突然、アンジェラ達の嗅覚に焦げ臭い匂いがかすめる。

 

「何、この焦げ臭いの……」

「信乃、あっちに黒煙が見える」

「あれって……まさか、山火事!?」

 

 明らかな異常事態。プッシーキャッツとその場に残っていた面々は周囲を警戒する。

 

 と、突然、ピクシーボブの身体が茂みの方へと引き寄せられるかにように飛んでいってしまう。アンジェラは急ぎ手に魔法陣を展開させ振り向くが、それと同時に何かを殴ったような音が響いた。

 

「飼い猫ちゃんはジャマね」

 

 

 その音の方向には、トカゲの姿にステインと似た装備を身に着けた男と、布を巻かれた大きな柱のような物体を持った男。彼らの足元には、頭から血を流したピクシーボブ。

 

「何で……万全を期したはずじゃあ…………

 

 

 

 何で敵が居るんだよぉ!!!?」

 

 恐怖と困惑で峰田が叫ぶ。しかし、ここに現れた事実は覆らない。

 

 悪意が再び、牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵連合……まあ、利用させてもらうわ。

 

 

 

 

 私に残された時間は、あと僅か……それまでに…………」

 

 

 

 

 

 




はい、開闢行動隊が出てきましたね。先に言っておくと、原作通りにはいきません。じゃあどうなるん?って話ですが…………まー、どうなるんでしょうね。


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会敵

襲撃編じゃあー!色々変化があるぞ!というわけで、どうぞ。


 ヒーロー。

 

 人を不条理から救うことを生業とする者達。

 

 かつてあの人が憧れて、あの人を裏切った者達。

 

 あの人を、さらなる絶望へと叩き落した者達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が、二番目にこの世から滅するべき、憎き敵。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……だけど、卵は、まだ違う……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご機嫌よろしゅう雄英高校! 我ら敵連合、開闢行動隊!!」

「敵連合……!? 何でここに……!」

 

 月明かりが照らす中、トカゲの男が両腕を広げて意気揚々と名乗りを上げる。その団体名に、その場の全員が警戒を強めた。

 

「この子の頭……潰しちゃおうかしら、どうかしら? ねえ、どう思う?」

 

 オネエ口調のサングラスの男は、そう言いながら手に持った柱のような物体をピクシーボブの頭に乗せた。やろうと思えば、サングラスの男は今すぐにピクシーボブの頭を潰せるだろう。

 

「させぬわ、この……!」

 

 当然チームメイトの危機に虎が拳を構えるが、サングラスの男と虎を静止したのは、敵であるはずのトカゲの男だった。

 

「待て待て、早まるなマグ姉! 虎もだ、落ち着け! 

 

 

 生殺与奪は全て…………ステインの仰る主張に、沿うか否か!」

 

 ステイン。彼の因縁深きヒーロー殺しの名前に、飯田が目を見開く。

 

「奴の思想にあてられた連中か……!」

「ああ、そう、俺は……そうお前、君だよメガネ君! 保須市にて、ステインの終焉を招いた人物……! 

 

 申し遅れた、俺はスピナー。彼の夢を紡ぐ者だ!」

 

 スピナーと名乗ったトカゲの男は、背負った大剣を手に持ち構えた。その大剣は、いくつもの刃物を無理矢理固定したかのような、異様な形をしていた。

 

 他のクラスメイト達がその異様な刃物を前に一歩下がる中、アンジェラはソルフェジオを杖に変形させ構えた。

 

 今の飯田への発言内容。「飯田が直接ステインと接触したこと」を、スピナーという男は知っている。そして、ステインと敵連合に繋がりがあったということを、アンジェラは死柄木から直接聞いている。

 

 ここから推察できるのは、スピナーらが模倣犯などではなく、本当に敵連合と繋がりを持っている、ということだ。

 

「何でもいいがなぁ……貴様ら……その倒れてる女……ピクシーボブは、最近婚期を気にし始めててなぁ……女の幸せ掴もうって、いい歳して頑張ってたんだよ………………

 

 そんな女の顔傷物にして、男がヘラヘラ語ってんじゃないよ!!!」

「ヒーローが人並みの幸せを夢見るか!」

 

 ヒーローを人間として見ていないスピナーの発言にアンジェラは一瞬頭に血がのぼりかけるが、今の状況を鑑みて抑えた。

 

「虎、「指示」は出した。他の生徒の安否はラグドールに任せよう! 私らは、二人(・・)でここを抑える! 

 

 皆行って! いい、決して戦闘はしないこと! 委員長、引率!」

「承知しました!」

 

 非常時だからこそ、テキパキと指示を出すマンダレイ。しかし、彼女は「彼」が今何処にいるのかが皆目検討もつかない。仮にここを抑えて救けに行きたくても、救けに行けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、彼女は「友達」に託す。

 

「アンジェラ! 洸汰のことを頼みたい! アンジェラなら知ってるでしょ、洸汰の居そうな場所を!」

「……ヒーローとして、いいのか、それ」

「ヒーローじゃない、友達としてのお願い! アンジェラのスピードなら、洸汰を迎えに行ってそのまま委員長達と合流できるでしょう!」

「そういうことなら、よっしゃ任せろ!」

 

 アンジェラはマンダレイにニヤリ、と笑いかけると、天を駆る翼(ローリスウィング)を発動させて空を飛んだ。

 

「飯田、そういうわけだ! 先に行け、後から合流する!」

「……わかった、アンジェラ君、気を付けて!」

「You too!」

「行くぞ皆!」

 

 飯田達は宿泊施設へと走る。アンジェラもその場を離脱しようとしたが、何かに引っ張られるような感覚を覚えた。

 

 しかし、それくらいで慌てるアンジェラではない。

 

「ソルフェジオ!」

『出力増大』

 

 ソルフェジオの宝石部分が光を放つと、引っ張られるような感覚がなくなった。なんてことはない、引力を振り切るほどの出力を出しただけのことだ。アンジェラの圧倒的な魔力量が為せる技である。

 

 この“個性”を仕掛けたらしいサングラスの男は驚愕する。その隙に、アンジェラはマンダレイと虎に祈りの鐘(アーディベル)による身体強化を施すと、即座にその場から飛び去っていった。

 

「行かせないわよ、仔猫ちゃん! あなたは特に!」

「それはこっちの台詞よ!」

 

 どうにかアンジェラへ攻撃しようとしたサングラスの男を、マンダレイが祈りの鐘(アーディベル)で強化された渾身の蹴りで吹き飛ばす。

 

「そう……アンジェラが、狙いの一つなの。

 

 だったら尚更……貴方達を今ここで抑える! 

 私の友達に、手を出させたりなんかしない!!」

「マンダレイの友は我が友と同義! 傷付けられたピクシーボブの分も、ここで返してくれよう!!」

 

 マンダレイと虎は、眼の前の二人の敵を見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洸汰の両親はヒーローだった。

 敵から市民を守って、死んだ。

 

 そのことを知った時のことを、そして、そのことを報じるニュースのことを、洸汰は忘れない。

 

 

 

 両親を殺した、敵のことも。

 

 

 

 

 

 

「あ…………」

 

 秘密基地である崖の上に居た洸汰の眼の前に、今、敵が居る。

 

 恐らくは敵連合の手の者だろうが、洸汰にそんなことは分からない。

 

 分かっているのは、命の危険が迫っているということと、

 

 

 

 

 その敵が、かつて自らの両親を殺した、マスキュラーという敵であるということ。

 

「景気づけに、一杯やらせろや!」

 

 マスキュラーの拳が振り上げられる。洸汰は自らの死を予感した。力なき子供でしかない洸汰には、マスキュラーに抗う術などない。

 

「パパ…………ママ…………!!」

 

 洸汰には、そうやって声を絞って両親を喚ぶことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『洸汰…………ごめんね……』

『だけど、まだお前は……こっちに来ちゃ、駄目だ』

 

 

 

 

 洸汰の耳に懐かしい声が聞こえたような気がした、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拒絶する星の瞬き(ディレイアルタイル)!!」

「っ!!?」

 

 空色の光弾がマスキュラーに音速を超えるスピードで激突する。不意打ちだったこともあり、マスキュラーはそのまま岩壁へと吹き飛ばされた。

 

「あ……お前……何で……!」

 

 瞬きの間に、洸汰の前で浮かんでいる影が一つ。その影は地面に降り立つと、マスキュラーに向けて杖を構える。

 

「助けに来たんだよ。ピンポイントで敵に出くわしたか……今年分の悪運を早くも使い切ったんじゃないか?」

「……かも」

「ふっ、なら上々。さっき使い切ったんなら、もうこれ以上悪いことは起きないさ」

 

 洸汰は先程まで死ぬかもしれない状況だったのに、何故かふふ、と笑みをこぼした。こんな状況であっても、眼の前の彼女は余裕一つ崩していない。

 

 それが洸汰を安心させるための虚勢などではなく、自然体であるということがなんとなく分かったから。

 

 洸汰の前に立ち、岩壁にめり込んだマスキュラーを見据える影……アンジェラは、左手を洸汰に向けて守護の幕(ディアスメイル)の強化版である、紺碧の護り(ディアスフェヴォード)を張った。

 

 アンジェラの記憶が正しければ、今眼の前に居る敵は血狂い「マスキュラー」。何がしかの増強型の“個性”の持ち主だ。紺碧の護り(ディアスフェヴォード)であれば、計算上はナックルズの一撃であっても一回は耐える。実際に試した訳ではないし、実戦使用はこれが初めてだが、守護の幕(ディアスメイル)では破られる可能性が高い。

 

「今すぐお前を担いで逃げたいところだが……あの敵をここで放置すれば、間違いなく死人が出る。お前の両親……訓練と経験を積んだプロヒーローを二人同時に殺した輩だ、ヒーローの卵が相手をしていい奴じゃない。次襲いかかられても、プロヒーロー含めて誰にもお前を守ってやれる保証がない。

 

 だから、こいつは今ここで、抑えなきゃならない。

 

 洸汰、少しの間、怖いの我慢できるか?」

「うん……でも、お前は……」

「大丈夫だ」

 

 アンジェラは不安気に言う洸汰に向かって、笑いかけた。

 

「オレは、勝算がゼロの戦いはしない主義なんでね」

 

 そう言うと、アンジェラは自身のスマホを洸汰に預けて再びマスキュラーを見据える。

 

「話し合いは終わったか?」

 

 マスキュラーは岩壁から抜け出し、右腕が筋肉のようなもので覆われていった。恐らく、あの肉の筋がマスキュラーの“個性”なのだろう。

 

「お前、知ってるぞ。リストにあったフーディルハイン、ってやつだろ? 面倒だが、お前は生け捕りにせにゃならんらしい」

「へぇ、じゃあ尚の事、あんたを今ここで潰さにゃならんわけだ」

 

 アンジェラは挑発的な笑みを浮かべて、ソルフェジオをガントレットに変形させて構えを取る。それを見たマスキュラーは、どことなく嬉しそうな、好戦的な表情になった。

 

「はは、まあ、殺さなければ何してもいいって話でもある。

 

 なぁ、死なねえ程度に甚振ってやるから……」

 

 マスキュラーはマントのように羽織っていた黒い布を取っ払い捨て去る。そして、心底楽しそうに言った。

 

「血を見せろ!!」

 

 マスキュラーの拳がアンジェラへと飛んでくる。アンジェラは身体強化魔法をかけた上に、上半身にワン・フォー・オールを35%纏わせ、最小限の動きでマスキュラーの拳を躱してマスキュラーの懐に潜り込むと、思いっきり音速を超えるスピードの拳を入れた。

 

「ガハッ……!」

 

 マスキュラーは咳き込みながら、地面を転がっていく。“個性”の筋がクッションにはなったものの、それでもダメージを抑えることは出来なかったようだ。身体強化魔法にワン・フォー・オール35%でただでさえ高威力な拳に音速以上のスピードまで乗せられていたから、当然といえば当然だが。

 

「ははっ……げほっ、強いな、ちっこいのに超強いな、お前!」

「ちっこい言うな、割と気にしてんだよ」

「あはは、そいつはすまねえ! でもさ、褒めてるんだよ。俺を殴り飛ばしたヒーローなんか今まで一人も居なかった、お前は凄えや! 

 

 凄えから……本気の目で相手してやる」

 

 マスキュラーは立ち上がると、懐から何かを取り出した。落ちた物を見るに、どうやら義眼らしい。取り出した義眼を左目のものと付け替えたマスキュラー。アンジェラは、マスキュラーの纏う空気のようなものが変わったことを察知して警戒心を強め、洸汰の足元の地面の強度を強化する魔法をかけた。

 

 マスキュラーは上半身の服を脱ぎ捨てると、上半身に筋を纏わせる。先程までとは比べ物にならないほどに高密度だ。

 

「俺の“個性”は「筋肉増強」! 皮下に納まんねえほどの筋繊維で底上げされる速さ、力! 

 

 何が言いてえかって!? これでフェアだろ!? 俺はお前のことを少しは知ってる、けどお前は俺のこと知らねえもんなあ!」

「これはこれは、ご親切にどうも」

 

 わざわざ“個性”について教えたマスキュラー。その真意はアンジェラにはさっぱり分からないが、マスキュラーが戦いを純粋に楽しみたいタチであることは分かった。

 

「さあ、殺し合おう! お前はいい、俺を楽しませてくれる!」

 

 マスキュラーはそう叫ぶと、アンジェラへ殴りかかった。アンジェラはジャンプでマスキュラーの拳を躱す。マスキュラーの拳は地面へと突き刺さり、崖にヒビを入れた。アンジェラは洸汰の居る地面の強度を強化しておいてよかったと、内心少しばかり冷や汗をかく。

 

 マスキュラーは跳び上がり、再びアンジェラに向かって拳を飛ばした。当たればいくらアンジェラでもひとたまりもないだろう。

 

 しかし、ソニックの動きを視認出来るアンジェラにとって、マスキュラーの拳は、遅い。

 

 またも紙一重の動きで拳を躱したアンジェラ。マスキュラーは勢い余って岩壁に激突し、拳が抜けなくなってしまう。

 

暁に落ちる(フェクトフェージュ)!」

 

 アンジェラは両腕をマスキュラーに向けて、砲撃を放った。腕を引き抜いた途端に砲撃が直撃したマスキュラーは悲鳴を上げることすらままならず、マスキュラーの“個性”である筋繊維が、バラバラと剥がれていく。どうやら、マスキュラーは気を失ったようだ。

 

 暁に落ちる(フェクトフェージュ)。人体に傷を付けずに蓄積する負荷ダメージを与え、その意識を刈り取ることに特化した魔力ダメージ砲撃だ。その負荷は、骨折をした時のものに匹敵する。負荷の強さはピンからキリまで調整可能。ただし、収束までにかかる時間が割と長めで、高威力の場合はアンジェラ本人へかかる負担も大きいと、使い所は限られる魔法だ。アンジェラはマスキュラーの攻撃を避けながら、ずっと魔力を収束させていた。

 

「はぁ……白亜の鎖(フィアチェーレ)

 

 アンジェラは暁に落ちる(フェクトフェージュ)の負荷による独特の疲労感に苛まれつつも、間髪入れずに白亜の鎖(フィアチェーレ)でマスキュラーをぐるぐる巻きに拘束すると、洸汰の元へと駆け寄り紺碧の護り(ディアスフェヴォード)を解除した。

 

「……あんなに、あっさりと……」

「ま、あいつ本人のミスがなきゃ、もうちょい苦戦してたかな」

 

 アンジェラはさも何でもないことのように言っているが、マスキュラーはネームド敵。ウォーターホース夫妻の他にも多くの人々を屠り、傷付けてきた敵だ。当然、敵としての経験もそんじょそこらのチンピラよりは遥かに豊富。

 

 そんな敵を相手にして、ほぼほぼ無傷で制圧してみせたアンジェラが、どれほど規格外なことか。まだ幼い洸汰でさえ、アンジェラがしでかしたことがとんでもないことだということは分かった。

 

「なあ……何で、助けに来てくれたんだ?」

「なんだ、今更そんなこと」

 

 アンジェラは洸汰の頭を撫でて、いたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。

 

「お前にもしものことがあったら信乃が悲しむし、オレもへこむ。それが嫌なのさ。

 

 それに、

 

 友達の頼みは、どうにも断れない性分でね」

 

 

 

 

 




アンジェラさん、無傷でマスキュラーを撃破する。

まあ作中アンジェラさんが言ってた通り、マスキュラー本人のミスもあってのことですが。ま、マスキュラー戦はこの作品じゃあんま重要じゃないんで。



最近Limbus Company始めました。プロムンは、いいぞ。


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明けぬ夜

「しっかし……こりゃ、予想以上にヤバい事態かもな」

 

 洸汰からスマホを受け取りウエストバッグに仕舞い、崖の上から周囲を見渡したアンジェラは、そう呟いた。洸汰も崖の上から見える景色に嫌な予感をひしひしと感じていたのか、こくり、と頷く。

 

「マスキュラーはあのまま放置しておいていいとして……森に火を放たれた。青い炎……かなりの高温だな。まず連中の仕業と見て、間違いはないだろう」

「……? 確かに、この状況での山火事ならあいつの仲間の仕業なんだろうけど……炎を見ただけで分かるの?」

「普通のライターの温度はだいたい1000℃辺り、それに対して青い炎は10000℃……おおよそ十倍だ。市販の着火剤とはまず考えられない。それに、あそこまで大規模な山火事なら……“個性”による意図的な放火だと考えた方が自然だ」

 

 今の状況を冷静に分析するアンジェラの姿を見て、洸汰は少しばかり心を落ち着けた。今のこの混沌とした状況であっても、彼女について行けば大丈夫だと、洸汰の心は認識した。

 

「施設に戻るぞ。施設には、相澤先生とブラドキング先生が居るはず。飯田達とも合流しなきゃだし、マスキュラーのことも報告しなきゃだけど、

 

 何よりも、まずはお前を先生達に預けなきゃならない」

 

 アンジェラは膝立ちになり、洸汰と視線を合わせて言った。洸汰はアンジェラの真剣な声色に、ゆっくりと頷く。

 

「さて、そうと決まれば早く戻るぞ……よっと」

 

 アンジェラはそう言うと、洸汰を腕に抱える。洸汰は場違いなことだと分かっていながらも、絶世の美少女であるアンジェラの顔を間近に目にして少しばかりどぎまぎしていた。

 

 そして、そのどぎまぎが、なんの因果か、洸汰に思い出させる。

 

 

 

 

 

 

 そうだ、自分は、まだ一言も、言っていない。

 言わなきゃ、だって、彼女は自分を、救ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……あの! た、助けてくれて、ありがとう!」

 

 洸汰の口から出たのは、感謝の言葉。

 

 アンジェラはそのことに一瞬驚きつつも、すぐに朗らかな笑みを浮かべて言った。

 

「You're welcome……さて、しっかり掴まってろよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その頃、相澤先生は施設に到着した飯田達に施設の中に入るように伝え、生徒たちを保護しようと、森の中を走っていた。

 

 飯田達が施設に到着する直前、ツギハギの男が施設を襲撃しに来た。相澤先生はその男を捕縛布で拘束し、情報を聞き出そうとしたが、男は泥のように溶けて消えてしまった。

 

 何を判断するにしても、圧倒的に情報が足りない。

 しかし、施設の外に居る生徒たちは、敵の襲撃を受けている可能性が高い。

 

 それなら、今自分が取るべき選択は………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「居た、相澤先生!」

「フーディルハイン!?」

 

 頭の中で決意を固めた相澤先生の元に、洸汰を抱っこしたアンジェラが現れた。二人共、目立った外傷は無い。相澤先生は、ひとまずその事実に安堵する。

 

「フーディルハイン、無事だったか……何があった?」

 

 アンジェラは、肝試しの待機場所に敵が二人現れたこと、マンダレイに頼まれて、洸汰の保護をしたこと、その際、ピンポイントで敵と遭遇し、放置すれば死人が出ると確信したがゆえに交戦、撃破したことを、端的に、全て伝えた。

 

 自分が、敵の狙いらしいことも。

 

「相澤先生、洸汰の保護を頼みます」

「おい、保護を頼むって……お前、どこ行くつもりだ!」

「……ここに来る途中で、ソルフェジオが強大なエネルギー反応を拾った……エネルギーパターンとその強さからして、常闇のダークシャドウが暴走した可能性が高い。

 

 常闇が……最悪、クラスメイトの誰かを、その手にかけてしまうかもしれないんです。もし、そうなってしまえば…………取り返しのつかないことになる。

 

 オレも……暴走して、暴力性に呑まれて……大事な人を、この手に掛けようとしたことが、あったから」

 

 アンジェラは、その瞳に覚悟を湛えていた。

 

 別に、ヒーロー精神に則った行動なんかではない。

 

 暴走する常闇を、ワルプルギスへの捕食本能に呑まれた自分と重ねている。一瞬、本当に一瞬のことだったが、アンジェラは確かに、ソニックを傷付けようとした。

 

 その事実が覆ることは、ない。

 

 だから、アンジェラは友人に自分と同じ目にあってほしくはない。自分以上に悲惨な目には、もっとあってほしくない。

 

 ただ、それだけだ。

 

「……こうなれば、梃子でも動かない、か……仕方ない。

 

 ……フーディルハイン、マンダレイにこう伝えてこい」

 

 相澤先生からの伝言を受け取ったアンジェラは、天を駆る翼(ローリスウィング)を発動させて飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肝試しのスタート地点の広場。スピナーが振り回してきた大剣を、マンダレイは祈りの鐘(アーディベル)で強化された蹴りで破壊した。困惑するスピナーに、マンダレイは思いっきり蹴りを浴びせる。サングラスの男も、虎が相手をしている。

 

 と、そこに。

 

『信乃! 聞こえるか!?』

「アンジェラ!?」

 

 上空から響き渡る、アンジェラの声。サングラスの男の“個性”を受けないように、上空から拡声魔法を使っているのだ。

 

『時間がないから、要点だけ手短に言う! 

 まず、洸汰は無事だ! 相澤先生に預けた! 

 

 そして、その相澤先生からの伝言だ! 

 

 

 

 

「A組B組総員、プロヒーロー「イレイザーヘッド」の名において、戦闘を許可する」!』

 

 マンダレイは相澤先生の真意を見抜き頷くと、即座にテレパスで生徒たちにその内容を伝えた。

 

 アンジェラはマンダレイがテレパスを送信したことを確認すると、森の中へと飛び込んでいった。

 

 向かう先は、ソルフェジオが高エネルギー反応を検知し、空に舞い上がった際アンジェラも目視で確認した、黒い塊のある方向だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、肝試しで常闇とペアだった障子は、窮地に追いやられていた。

 

 マンダレイのテレパスで、敵の襲来と戦闘の禁止を知った常闇と障子は、すぐさま厳戒態勢を取り、宿泊施設に戻ろうとした。

 

 しかし、その直後に敵の奇襲を受け、障子は常闇を庇い腕を切られてしまう。切られたのは複製の腕だったのだが、

 

 それが、常闇が必死に抑えていた“個性”のトリガーとなってしまった。

 

 結果、常闇の怒りの感情を受けたダークシャドウは暴走。動くものや音へ反応して、無差別に攻撃をしている。攻撃力も普段のダークシャドウよりよっぽど高くなっており、迂闊に手が出せない。ダークシャドウの弱点は光だが、障子は光を発する類の物品を持っていない。

 

 それでも、苦しむ友を見捨ててはおけないと、障子はこの状況をどうにか打開できないか考えを巡らせていた。

 

 

 

 

 

 その時。

 

 

 

 

「障子! 伏せろ!」

「っ!?」

 

 響いたのは幼さの残る声音と、遠くから聞こえる誰かの走る音。障子はその声の言うままにその場に伏せる。

 

 常闇の制御を離れたダークシャドウは、本能のまま声のした方向へと腕を伸ばす。

 

耳障りな光の絶叫(イアフルスメイス)!!」

 

 そのダークシャドウを呑み込む、空色の眩い光。弱点である光を一身に受け、常闇を呑み込まんとする巨大なモンスターと化していたダークシャドウは、弱体化して小さくなっていった。同時に、ダークシャドウに捕らわれていた常闇も解放される。

 

「間に合った……お前ら、無事だな」

「フーディルハイン!」

 

 二人の前に現れたのは、杖に変形させたソルフェジオを構えたアンジェラだった。本来は衝撃波を伴う耳障りな光の絶叫(イアフルスメイス)を、衝撃波の分の魔力リソースも全て光量に割いて放ったのだ。攻撃力はほぼ皆無だが、暴走したダークシャドウにとっては特効の一撃。

 

「はぁ……はぁ……今の、光は……」

 

 解放された常闇は、荒く呼吸を繰り返す。その視界の中に障子とこの場に居るはずのないアンジェラの姿を見つけると、先程までの顛末を悟ったのか、震えながら口を開く。

 

「障子……悪かった……! 俺の心が未熟だった……怒りに任せ、ダークシャドウを解き放ってしまった……闇の深さ、そして俺の怒りが影響され……奴の凶暴性に拍車をかけた。結果、収容も出来ぬほどに増長し……障子を、傷付けてしまった……!」

 

 常闇の口から放たれたのは、謝罪。自らの未熟さにより、友を傷付けた。常闇にとって、それはとても詫切れることではなかった。

 

「いや、俺も……友が苦しんでいたというのに、何も出来なかった。決断することさえ、出来なかった……俺の心もまた、未熟だったんだ。すまなかった、常闇」

 

 障子はそう言うと、常闇に向かって頭を下げた。

 

「フーディルハイン、先の光はお前が放ったものだろう。礼を言わせてくれ……ありがとう、俺は、一歩間違えれば障子を、友を、傷付けるのみならず、殺してしまっていたかもしれない……」

「俺からも礼を言う、フーディルハイン、本当にありがとう。フーディルハインのおかげで、俺は常闇を友殺しになどさせずに済んだ」

「……礼なら、ソルフェジオに言ってくれ」

 

 アンジェラはそう言うと、頭を下げる二人の視線に入るように杖形態のソルフェジオを持ち上げる。

 

「相棒が常闇の暴走を感知してくれたから、オレはここまで来られたんだ」

「そうか……ソルフェジオ、と言ったな。ありがとう」

「ありがとう……俺と常闇を、救ってくれて」

 

 ソルフェジオの宝石の部分が、淡く光を放つ。アンジェラはそれが、主以外には塩対応なソルフェジオが見せる最大限の返答だと知っているから、くすり、と笑った。

 

「本当に、間に合ってよかった…………

 

 それに、オレと同じじゃなかっただけでも、常闇は十分に強いと思うぜ」

「それは……どういう……?」

 

 常闇が、アンジェラの発言に首を傾げた、

 

 

 

 

 まさに、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドガアアアン!! 

 

「っ、何だ!?」

 

 大きな地鳴りのような破壊音が、周囲に響き渡る。ここからそう遠く離れてはいない場所からだ。

 

 三人は、一体何が起きたのかと警戒を強める。ただでさえ敵の襲撃という異常事態の真っ只中であるにも関わらず、それ以上の尋常ではない事態に陥っていることだけは、確かだった。

 

 すると。

 

 

 

 

 ガサッ、ドサッ。

 

 近くの茂みに、何かが落ちた音がした。三人は警戒を強めながら、その茂みに駆け寄ってみる。

 

 

 

 

「なっ……爆豪に、轟!?」

 

 茂みに落ちた何かの正体は、意識のない爆豪と轟だった。二人共、全身に擦り傷と打撲跡がおびただしく残っている。幸い、骨は折れていないようだ。

 

 ひとまずアンジェラが回復魔法を使用し、二人の怪我を治療する。癒やしの鈴蘭(ヒールベル)も使用したことにより、二人の怪我は完治するも、それは意識を取り戻すと同義ではない。アンジェラは念の為、解析魔法も用いて二人の容態をチェックした。

 

「爆豪と轟が……先程の破壊音か……?」

「フーディルハイン、二人の容態は?」

「怪我は治した。意識はまだ戻ってない。茂みがうまいことクッションになったらしく、脳震盪とかも起こしてない。安静にしていれば、じきに意識も回復する。

 

 しっかし……一体何が……」

 

 今の状況を考えると、二人は十中八九、敵と交戦したのだろう。それも、この近くで。

 

 三人の警戒心が更に高まる。どうしようかと常闇が口を開きかけた、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガサガサ……と、茂みが揺れる音と共に、アンジェラ達の前に、人影が現れた。

 

「……ああ……やっと……見つけた…………」

 

 その声は、影は、幼い少女のものだった。常闇と障子は、敵の手の者かと、少女を見据える。

 

 しかし、アンジェラだけは違う理由で、目を見開いていた。

 

「……嘘、だろ……あいつ、は……」

 

 常闇にも、障子にも感じることが出来なかった、アンジェラだからこそ感じることが出来た、少女の異質さ。

 

 アンジェラ達の前に現れた少女の身体から、溢れ出していたのだ。

 

 それは、この世界の人間が、先天的に“個性”を持つ人間が宿すことを、決して赦されない力。

 

 “個性”以上に不可思議な超常現象を、技術として引き起こすために使われる燃料。

 

 アンジェラが、今まで自分以外に宿しているのを見たことすらない、力。

 

 だから、アンジェラは自身の感覚が、信じられなかった。

 

 しかし、信じるしかなかった。

 

 その感覚は、自分がいつも感じているものと、全く同じなのだから。

 

 

 

 

 

 

「魔力」だ。

 

 あの少女が垂れ流しているのは、「魔力」だ。

 

「……ああ……その子達……ごめんね…………」

 

 少女は、謝罪の言葉を口にしながらこちらへ一歩一歩と近付いてくる。少女が歩みを進める度に、ぐちゃり、ぐちゃり、という、不快な音が響き渡る。

 

「信じてもらえないとは思うけど……私……卵達を傷付けようとは、思ってなかったの……」

「轟と爆豪を吹き飛ばしたのは、お前か!?」

 

 障子と常闇は、意識のない爆豪と轟を庇うように彼らの前に立つ。少女は歩みを、止めようとしない。

 

「そう……その二人には、本当に申し訳ないって思ってる……私の心が、頑強にできていないから……いらない怪我を、させてしまった……」

 

 少女は謝罪を口にしながら、歩みを進める。その言葉が本心からのものであると、何故か三人は、確信出来た。

 

 しかし、だからといって警戒を弱めるわけではない。

 

「……私は、確かにヒーローが憎い。ヒーローは、いくらでも殺せる。ヒーローを皆殺しにすれば、どれだけ気分が晴れるだろうと、いつも考えてる。あの人を裏切り……要らぬ絶望を与えたヒーローを、私は一生赦さない。

 

 だけど、ヒーローの卵は憎くない……関係が、ないから……」

「関係がない……? 君は、何を言っているんだ……?」

 

 べちゃり、べちゃり。何かが落ちるような音が響く中、少女の言葉に障子が疑問を呈する。

 

「卵は無垢……卵は殺せない……私達と、一緒だから……卵は、殺したくない……

 

 なのに、怪我をさせてしまって、ごめんなさい……

 

 そして、もう一つ………………」

 

 月光に照らされて、今まで影でしかなかった少女の姿が露わになる。

 

 

 

「なっ……!」

「……!」

「っ…………」

 

 その姿を目視した三人は、一様に固唾を呑んだ。

 

 

 

 少女は、アンジェラとほぼ同等の身長に、薄い桃色の長い髪を無造作に伸ばし、病的なまでに白い肌を黒いゴシックロリータ風の半袖のワンピースドレスで包んでいる。トパーズを思わせる金色の瞳は美しく、顔の造形も整っていたのだと、一目で分かる。

 

 

 

 

 しかし。

 

 少女の左腕は、右目は、顔の右半分は、その原型が分からないほどに、溶けて、ぐちゃぐちゃになっていた。

 

 肉の塊がボコボコと不定形に揺れ動き、泡立ちと収縮を繰り返しながら、時折肉の塊が血液と共に定期的に地面に向かって零れ落ち、べしゃり、と音を立てている。薄い桃色の髪も、ゴシックロリータ風のワンピースドレスも、よく見れば血痕のようなものが大量に付いていた。

 

 まるで、ゾンビのような……いや、ゾンビの方がまだ原型を留めているだろう。あの少女は、この超人社会であっても生物と呼ぶことすら難しい。そんな風体の、少女だった。

 

「私ね……ヒーローを見ると……卵であっても、殺さなくちゃいけなくなるの……あの人の怒りは、私の意志よりも強かった……時間がないのに、卵は殺しちゃいけないのに……」

 

 少女がそう口にすると、少女の足がみるみるうちに溶けてゆく。原型を失った足は泡立つように肥大化していき、ついには少女の全身を包み込んで、少女の体躯の何倍はあろうかという大きさの蕾のような形になった。

 

 かと思えば、蕾があちこちから血液を吹き出しながら割れる。蕾の中から現れたのは、人間の腕で形作られた肉の大樹。葉のように手を大量に付け、樹液のように血液を垂れ流し、ピクピクと痙攣する腕でできた幹の中央から、少女の頭と両の腕が生えていた。

 

 少女が、幹に生えた頭を上げる。

 

 少女の瞳は、トパーズからグロテスクなアカイロに、染まっていた。

 

「私……私は、フォニイ。失われし時間の偶像(フェイタル・マギア)の、四女……

 

 はははっ……ヒーローは、殺す。

 

 殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!! 

 

 ヒーローの概念を赦さない。人に希望を与えるだけ与え、さらなる絶望に叩き落とす、ヒーローの存在を赦さない。

 

 塵芥の一つ残らず、この世から、消し去ってしまえ…………

 

 

 アッハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 狂ったような、嘆きのような絶叫が、森の中へと響き渡った。










今までの物語は、言わば長くて壮大な前フリ。
ここからようやく、物語が本筋に入ります。オリジナル要素てんこ盛りです。まあタグにオリジナル展開ってあるから俺は悪くね(殴

さて、今回登場したヒーローに殺意を抱く、一人の少女。人の形を保つことすら出来ていない、魔力を纏う彼女は、

一体何を、見つけたのでしょうね。

それは希望か、それとも絶望か。

儚く歪な狂ったこの物語を、どうぞごゆるりとお楽しみください。


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追憶の大樹

 一人目は抗い、

 二人目は壊れ、

 三人目は惑い、

 四人目は逃し、

 五人目は恐れ、

 六人目は嘆き、

 七人目は迷い、

 八人目は失い、







 最後の一人は、何も残さなかった。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フォニイと名乗った桃色の髪の少女は、その姿を肉の大樹へと変え、アカイロに染まった瞳をアンジェラ達へと向け、狂ったように笑い叫ぶ。

 

「ふふふあはははははは殺す殺すヒーローは殺すこの世界から概念ごと消え去ってしまえあははははははは!!!」

 

 肉の大樹がフォニイの笑い声に合わせて血液を噴出する。嫌に甘い香りを放つその液体に、常闇は思わず口を手で抑えた。

 

「……なんと、冒涜的な……」

「どうする、轟と爆豪を担いで逃げるか?」

「……そうしたいのは山々だが、どうやら奴さんは逃しちゃくれねえみたいだぜ?」

 

 アンジェラ達の視線の先で、肉の大樹が、葉のようにつけた大量の手を揺らす。その手に魔力が収束されていることにアンジェラが気付いてそう零した、次の瞬間。

 

 その手の一つ一つから、大量の桃色の光弾が、物凄いスピードで発射された。

 

「っ、触れる境界線(エスディーアベント)!」

 

 アンジェラは咄嗟にソルフェジオを肉の大樹へと向け、触れる境界線(エスディーアベント)を展開する。アンジェラだけであれば光弾を躱し続けることも出来ただろうが、この場には障子と常闇、そして意識のない爆豪と轟も居る。さしものアンジェラも、四人を同時に避難させることなど出来ない。

 

 フォニイが放った光弾は、恐らくは星の弾丸(ストライトベガ)と同質の魔力弾だろう。アンジェラ自身がその魔法の使い手であるからこそ分かること。だから、触れる境界線(エスディーアベント)で防いだのだ。

 

「逃げちゃ、駄目……はははははっ!!」

「っ!?」

 

 フォニイのアカイロの瞳が光を放ったかと思うと、肉の大樹を中心として巨大な魔法陣が展開され、その周囲に巨大な桃色の半透明のドームのようなものが形成された。アンジェラはその半透明のドームが空間を隔絶させる結界の魔法であると、すぐに見抜く。

 

 桃色の光弾の応酬を抑えながら、ソルフェジオにこの結界を解除できるか念話で問いかけたアンジェラだったが、ソルフェジオから返ってきた返答は、否だった。

 

『申し訳ありません、我が主。私の能力では、この結界の解除が出来ません。どうやら、相当に高位の結界魔法のようです』

 

 どうやらアンジェラ達は、結界の内側に閉じ込められてしまったらしい。結界の内側からワープで逃げることも不可能だと、ソルフェジオの試算が出た。アンジェラの魔法の技量では結界の解除も破壊も不可能。物理的な破壊もかなり難しい。通信も遮断され、外部に助けを求めることもできない。

 

 しかし、希望がないわけではない。

 

 結界魔法は総じて、術者からの魔力供給がなくなればその効果が消失する。アンジェラの魔法の一つ、時を止める境界(アンハードサークル)もそうだ。

 

 そして、その魔力供給を断ち切る方法は、術者の魔力を空にするか、術者の意識を失わせるか。基本はそのいずれかだ。

 

 つまり、今はどうあがいても眼の前にそびえる肉の大樹と戦い、勝たなければならない。

 

 そうすれば、魔力供給が絶たれた結界は消失する。ソルフェジオの試算でも、その方法が一番効率的であり安全だと出た。

 

「唄」を使った結界の破壊も考えたが、アンジェラの技量では逆に常闇達をさらなる危険にさらしてしまう可能性が非常に高い。結界を無事に破壊出来ても、メンタルが万全ではないアンジェラが「唄」を使ってしまえば、精神安定剤があっても発狂してしまう可能性がかなり高いことを考えると、「唄」は本当にどうしようもなくなったときの最後の切り札として取っておくべきだ。

 

 アンジェラは一つ小さな溜息と吐き、口を開く。

 

「……二人共、落ち着いて聞けよ。オレ達はあのグロい肉の木を倒さなきゃならなくなった」

「……理由を聞いても?」

 

 桃色の光弾の応酬が収まる。アンジェラは触れる境界線(エスディーアベント)を解除し、肉の大樹を睨みつけながら障子の疑問へ返答を出した。

 

「あの半透明のドームな、どうやら結界みたいなんだ。その結界が、オレ達をここに閉じ込めてる。あれの破壊はオレらじゃ難しいと、ソルフェジオのお墨付きが出た。しかも、通信も遮断されてるからこっちから助けを呼ぶことも出来ない。

 

 ただ、あの肉の木をどうにか倒せれば、あのドームも消失するらしい。

 

 というか、脱出のための一番安全な手段はあの肉の木と交戦して勝つことだ。あの肉の木がドームへエネルギーを供給してるから、その大本を伐採すりゃいいって話だ。

 

 一応……もう一つ手立てがないことはないんだが……」

「その言い草だと、その方法には交戦以上のリスクがある、と……?」

「お前らが轟と爆豪を庇いながら、発狂したオレ相手に逃げ切れるか勝てるんだったら、そっちでもよかったんだがな」

 

 アンジェラは苦笑いしながら言う。常闇と障子は発狂とはどういうことだとか色々とアンジェラに聞きたいことがあったが、今はそれどころではないと思考を切り替えた。

 

「……まあ、本当にどうしようもなくなったらその手を使うが……その前に、やれる事は全部やっとくべきだろ?」

「勝てるのか?」

「…………」

 

 アンジェラは、障子のその疑問にすぐに答えることが出来なかった。

 

 フォニイの技量やその能力は、まだ未知数で不明瞭な部分が多い。

 

 しかし、魔法使いとしての技量は、確実にアンジェラよりもフォニイの方が上だ。適性の問題もあるだろうが、アンジェラには扱うことが出来ない結界の魔法を操っていることからも、それは明白だった。

 

「さぁね。勝利の女神サマのみぞ知る、ってところかな」

 

 だが、脱出のための一番安全な方策が戦うことである以上、そして、他のクラスメイト達や先生達に危険が及ぶ可能性を考えると、ここで戦わないという選択肢は、アンジェラ達には用意されていないも同然だった。

 

 そしてアンジェラも、負けるつもりなどなかった。

 

 技量は相手のほうが上、しかしそれは魔法の技術に限定した話。アンジェラの武器は魔法だけではない。

 

 勝算も、ないわけではない。フォニイの頭が生えた場所、狙い目はあそこだろう。

 

 勝算が少しでもあるのならそれで結構。何せ、ゼロではないのだから。

 

 アンジェラは、勝算がゼロの戦いはしない。

 

 それは裏を返せば、勝算が少しでもあるのなら、それは十分彼女が戦う理由になるのだということ。

 

 ゼロではないということは、無ではないということ。

 つまり、勝てる可能性が少しでもあるということ。

 

 その状況で、戦うことが最善の策なのであれば、アンジェラは戦うことになんのためらいも持たない。

 

「まあ、やれるだけのことはやるさ。簡単にくたばってやるつもりも毛頭ない」

 

 アンジェラは障子と常闇の方へ顔を向け、決意を込めた声で言った。

 

「……ならば、爆豪と轟のことは俺と常闇に任せておいてくれ。フーディルハインが、心置きなく戦えるように」

「ああ、先の攻撃を見きれなかった俺達では、足手まといにしかならないだろうからな……フーディルハイン、

 

 俺達のことはいい……その代わり、俺達の分も、爆豪と轟の分も、あの冒涜的な樹木とその主に礼をしてやってくれ」

「……ははっ。ああ、任せろ。ケテル!」

《うん!》

 

 障子と常闇のエールに、アンジェラはソルフェジオを肩の上に乗せ、二人に向かって紺碧の護り(ディアスフェヴォード)を張りながら応えた。そして、両手足のリミッターをそれぞれ一段階解除させ、ウエストバッグから飛び出たケテルがアンジェラの身体に入り、カラーパワーを発揮させると、アンジェラはソルフェジオを振り下ろしてフォニイの頭部に向けて構える。

 

「Hey,フォニイ、とか言ったか。

 

 オレと、遊ぼうぜ!」

 

 フォニイのアカイロの瞳が、魔力光を立ち上らせながら大声でそう宣言したアンジェラを捉える。肉の大樹の幹に生えたフォニイ自身の両腕が広げられ、手の葉に光が宿る。

 

「……琥珀の黎明(テレジア)

 

 フォニイがそう呟いた瞬間、手の葉から黄色の魔力弾が無数に発射された。その全てが、アンジェラを狙ったものだった。

 

 アンジェラはその軽い身のこなしで魔力弾の群れを躱しながら、ソルフェジオに魔力を収束させる。狙うは、幹から露出した頭部。

 

流星砲(スターストリングス)!」

 

 ソルフェジオを振るい、アンジェラが放ったのは空色の魔力砲。アンジェラに迫っていた魔力弾を巻き込み、フォニイの頭部へ目掛けて放たれたその一撃は、

 

 

 

 

 

 

 しかし、桃色の障壁によって阻まれた。

 

「……だよな」

 

 魔法を使う相手であれば、当然防御魔法を使ってくることは予測できる。

 

 しかし、様子見で威力が低めの魔法を使ったとはいえ、それでも莫大な魔力量を誇る、しかもセカンドリミット状態でその上カラーパワーまで使っているアンジェラの砲撃で、まさか障壁に傷一つ付けられないとは。フォニイの防御力は、かなり高いらしい。

 

『結界魔法は防御魔法からの派生なので、結界魔法が得意な魔法使いは総じて防御魔法が得意でもあります』

 

 ソルフェジオの補足を聞きながら、アンジェラは身体強化魔法を使用しワン・フォー・オールを45%ほど全身に纏わせる。

 

「防壁があるのなら……壊せばいい話だ」

 

 今はまず、フォニイの頭部を守る障壁を突破せねばなるまい。流星砲(スターストリングス)が効かないのであれば、それ以上の火力を直接ぶち込むまで。

 

 どこかの誰かを馬鹿に出来ないほどの清々しいまでの脳筋戦法だが、砲撃魔法は収束までに時間がかかること考慮すると、これが最善の策だろう。

 

深紅の白昼(シャーデンフロイデ)

 

 肉の大樹が再び手の葉から魔力弾を繰り出す。今度の魔力弾は紅色で、それぞれが複雑な軌道を持ち、さしものアンジェラであっても、その軌道を読み切ることは難しい。

 

「ソルフェジオ、弾道計算は任せた」

『かしこまりました、我が主』

 

 それを即座に理解したアンジェラは、ソルフェジオに弾道計算を任せた。この合宿中の特訓で、身体強化魔法とワン・フォー・オールを併用して移動してもすぐには事故らなくなったアンジェラは、ソルフェジオから送られてくる弾着予測に従い、複雑な軌道の魔力弾を躱し、肉の大樹に接近する。

 

 そして、障壁が展開されているフォニイの頭部に向かってジャンプし、全力の蹴りをぶつけた。

 

「っ、ラァッ!!」

 

 ガキィンッ!! 

 

 障壁とアンジェラの脚が衝突し、火花が散る。されど、障壁に傷は付かない。

 

「っ、一度で傷付かないんなら、何度でもやるだけ、だっ!」

 

 アンジェラはその表情に驚愕を見せつつも、何度も何度も、身体強化魔法とワン・フォー・オール45%が乗った蹴りを障壁に浴びせる。その度に桃色の障壁からは火花が散り、金属同士がぶつかるような音が周囲に響く。アンジェラは上限ギリギリの出力のワン・フォー・オールを発揮した影響である鈍い痛みに耐えながら、ひたすらに蹴りを繰り出す。

 

 そして、ついにピシリ、と防壁にヒビが入った。このまま押し切れば破壊出来そうだ。アンジェラは一層力を込め、脚を振り上げ、その脚を障壁に叩きつけようとした、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫の夕暮れ(アルリウネ)

「なっ……!?」

 

 幹から生えたフォニイの両腕がアンジェラへ向けられ、魔法陣が展開されたかと思うと、そこから紫色の砲撃が放たれた。ソルフェジオが反応を見せなかった所を見ると、どうやら速射砲の類らしい。

 

 障壁の破壊に気を取られていたアンジェラは反応が遅れモロに直撃を受けてしまい、そのまま勢いよく吹き飛ばされて近くの木に激突した。

 

「「フーディルハイン!」」

 

 障子と常闇の叫びが木霊する。二人はアンジェラに駆け寄ろうとするが、防壁に阻まれ行くことが叶わない。

 

 アンジェラは何度か咳き込むと、ソルフェジオを支えにしながら立ち上がる。

 

「いっつつ……やってくれた、なぁ……げほっ!」

「フーディルハイン、大丈夫なのか!?」

「ああ、なんとかな」

 

 常闇の声にそう応えながらも、アンジェラは内心で少し焦りを見せていた。

 

(速射砲……しかも、ソルフェジオにすら感知させないほどのスピードでの収束と発射……その分威力は低いようだが、厄介だな……)

 

 アンジェラはそう考えながら、ソルフェジオを構える。そうこうしている間にも、障壁のヒビは修復されていく。障壁がフォニイの頭部に展開されている所を見ると、やはりフォニイの頭部は弱点のようだ。そうでなければ、ああやって守ったりはしないだろう。

 

 しかし、この状況を打開しようにも先の連撃を超える威力の攻撃は少々難しい。砲撃魔法は威力が分散するがゆえに一点集中の一撃が必要な今は不向きであり、先のもの以上の一撃となると、ワン・フォー・オールの出力を上げるしかない。

 

 だが、これ以上ワン・フォー・オールの出力を上げると、いくら頑丈なアンジェラといえど耐えられるかは分からない。下手に出力を上げ過ぎれば、骨折の危険がある。

 

 アンジェラの脳裏に「唄」を使うという選択肢が浮かぶ。しかし、今のアンジェラの精神状態では精神安定剤をオーバードーズしても発狂する可能性が非常に高い。

 

 と、肉の大樹が光を放つ。

 

 その光は段々と強くなっていき、幹の線を伝ってフォニイの頭部と両の腕へと注ぎ込まれてゆく。その光の正体を直感的に理解すると、アンジェラは目を見開いた。

 

 その光は、臨界状態に達したフォニイの魔力だった。

 

 それが今、一点に注ぎ込まれている。

 

 

 

 

 

 

 それが意味するのは、

 

 

 

 

 じきに、大規模な魔力爆発が起こるということ。

 

「なっ……まさか、諸共に……!?」

 

 アンジェラはそれを阻止すべく、再びフォニイの頭部へ身体強化魔法とワン・フォー・オール45%を乗せた蹴りをおみまいしようとする。

 

 

 

 

 

 しかし。

 

 ガキィンッ!! 

 

「っ、やっぱりか……!」

 

 案の定、ヒビが治った障壁に拒まれる。しかも、臨界状態の魔力を用いているからか、先程までよりも硬度が高く、何度蹴りを加えても傷一つ付かない。

 

 

 

 

 

 

 アンジェラは必死に頭を回転させる。

 

 この状況を切り抜けるには、どうすれば……

 

 

 

 

(いや……むしろ……)

 

 ふと、アンジェラの脳裏に、ある考えが浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

「唄」を使って発狂して、常闇達を危険に晒すくらいなら、

 

 

 

 

 

 

 

 いっそのこと、

 

 

 

 

 先に、この手足を潰しておいた方がいいのではないか。

 

 

 

 

 

 

『っ、我が主! いけません、それは……!』

 

 主を最優先にするソルフェジオは、当然の如くアンジェラの考えに反対の意を示す。アンジェラだって、これが本来であれば愚策も愚策であることは理解している。

 

 しかし、事態は一刻を争う。臨界状態の魔力が爆発すれば、紺碧の護り(ディアスフェヴォード)も突破され、常闇達は恐らく、なすすべなく死ぬ。アンジェラだって、無事で済むはずがない。

 

「……悪いな、ソルフェジオ、ケテル」

 

 もはや、迷っている時間はない。今は一刻も早く、フォニイへの魔力供給を絶たなければならない。

 

 アンジェラが意を決してワン・フォー・オールを100%発揮させようとした、

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アンジェラ』

 

 その場でアンジェラだけに聞こえた、確かな声。柔らかく、自分を呼ぶその声にアンジェラが振り返る。

 

 後ろには、常闇と障子、そして意識を失った爆豪と轟しか居ないはずなのに、

 

 

 

 

 

 

 アンジェラの目には、確かに、メリッサの姿があった。

 

『私を………………私を呼んで』

 

 幻聴ではなかった。

 

 幻覚ではなかった。

 

 それは、人間としての肉体を失いながらも、魂だけは現界に残ったメリッサの、確かな声だった。

 

 アンジェラの力になりたいと、アンジェラと同じ世界を共に見たいと、切に願ったメリッサの魂が、届けた声。

 

 もはや、迷いなどなかった。

 

 アンジェラは、そのトパーズの瞳に一筋の涙を浮かべながら、魂の残響(ソウルオブティアーズ)を手に取り、

 

 

 

 一番下の吹き口に口をつけ、息を吹き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピイイイイイィィィッ!! 

 

 笛の音が、魂の残響が響き渡る。

 

 瞬間、魂の残響(ソウルオブティアーズ)の花の宝石が眩い光を放つ。力が、暖かい力が、アンジェラの身体へと流れ込んでゆく。ケテルはそれに驚いて、思わずアンジェラの中から出てきてしまった。

 

 魂の残響(ソウルオブティアーズ)から溢れた光はアンジェラとソルフェジオを包み込み、花の蕾のような形へと成る。

 

 そして、光の花が開き、空色の魔力光と共に粒子となって散り、周囲一帯に広がっていった。

 

 その粒子の広がりの中心に居たアンジェラの姿は、変わっていた。

 

 青いノースリーブのパーカーは、裾が左前の白い和装に、腕には白い袂が現れ、肩は露出しているがよく見ると脇の部分で和装と繋がっている。手袋は青い装甲を持つ指ぬきの手甲になり、腕のリミッターは手甲と一体化している。青いミニスカートは空色のインナースカートと白いオーバースカートになり、ウエストバッグは麗日のコスチュームのものと似た、留め具に赤と青の陰陽玉のような宝石が嵌め込まれたベルトに、赤い靴は白地に赤のバッテンラインが入った、足の部分が青い装甲で覆われたブーツへと変わり、黒のスパッツは消え、代わりに太もも辺りまで空色の靴下が覆い、足のリミッターはブーツの装甲部分と同化し、髪を結いていた黒いリボンは解けて消え、魂の残響(ソウルオブティアーズ)はブローチのように、和装の胸元に着いている。そして、アンジェラの背に背負われるように、金色のリングのようなものが浮かんでいた。機械的な杖だったソルフェジオには、青い宝石の周りに刃のような装甲が追加され、まるで刃の広い槍のような形になっていた。

 

 まるで、物語に出てくる天使のように神々しいその姿に、障子と常闇は思わず息を呑む。

 

「……そうか、そういうことだったのか……」

 

 アンジェラは胸元の魂の残響(ソウルオブティアーズ)に手を添える。メリッサの魂の残響が、鼓動のように響いているような気がした。

 

「……ありがとう、メリッサ」

 

 アンジェラはまた一筋涙を零すと、フォニイに向き直る。今だに臨界状態の魔力が注ぎ込まれ、爆発するのは時間の問題。

 

 だが、アンジェラの胸の内には、先程まであった焦りなど、微塵もなかった。

 

 今はただ、眼の前にそびえる肉の大樹を、伐採するのみ。

 

「……さあ、第二ラウンドと行こうじゃないか」

 

 アンジェラはそう言いソルフェジオを構えると、不敵に笑ってみせた。

 

 




魂の残響、まさかの変身アイテムでした。アンジェラさんの。変身シーンは成れ果て村編のオオガスミ戦をもろパ………参考にしております。

今回アンジェラさんが前半で苦戦していたのは、魔法使いとしての技量不足が最大の原因です。魔法使い相手にするのはこれが初めてだからね仕方ないね。


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祝福

 意識が、混ざり合ってゆく。

 私が、私じゃなくなってゆく。




 それでも、その光だけは、この目に見えた。


 

 

 

 

 ……障子と常闇は、自分達があの肉の大樹と戦っても、なすすべなく殺されるだけであると確信していた。それこそ、最初から。

 

 だから、二人は爆豪と轟の警護を買って出たのだ。

 

 それは、ヒーローとしては決して褒められたことではないかもしれないが、生物としては当然の生存本能に則った判断だ。生きることを望むことの、一体何が悪いというのか。

 

 しかし、二人は一度飛び出しかけた。アンジェラが紫の夕暮れ(アルリウネ)の直撃を受け、木に激突したとき、二人は生存本能を忘れ、飛び出そうとした。

 

 それが出来なかったのは、紺碧の護り(ディアスフェヴォード)があったから。本来であれば内から外に出ることは出来る防壁の魔法に、アンジェラが内から出られないように細工をしていたからだ。

 

 アンジェラは、分かっていたのだ。

 勝算はあっても、無傷では済まないこと。

 そして、もし自分が攻撃を受けて吹き飛ばされるようなことがあれば、二人は飛び出してしまうことを。

 

 それがヒーローだ、ヒーロー志望生なら当然のことだ。ヒーロー精神に則った、彼らにとっては理想とも言うべき行動だ。

 

 しかし、友人が自分を心配して飛び出した挙げ句になすすべなく殺されでもしたら……

 

 アンジェラの心は、壊れる。

 

 アンジェラはそれを理解していた、二人ではあの肉の大樹に勝てないと、今までの経験則から分かっていた。

 

 ……結局は、エゴでしかない。

 

 アンジェラの、友人を失いたくないというエゴでしか。

 

 そんなものは百も承知、アンジェラは自身がエゴでしか動かないことなど、自分で一番よく分かっている。

 

 分かっているからこそ、アンジェラは開き直って行動することが出来るのだ。

 

 その結果、自身の身体がボロボロになったとしても、その心が狂ったように絶叫したとしても、アンジェラは反省こそすれ、後悔などしないだろう。

 

 ソルフェジオが、ケテルが、守られた四人がどんなに悲しむかもちゃんと分かっていながら、それでも後悔だけはしたくないというエゴまみれの人間こそが、アンジェラ・フーディルハインという少女なのだから。

 

 

 

(……その決意が、信念が、エゴが、眠っていた私を目覚めさせた。

 

 その魂の叫びが、私の魂の残響と共鳴した。

 

 だから、私はあなたの力になれる。

 

 

 

 

 

 

 大丈夫……

 

 あなたには、頼れる相棒も、あなたを姉と慕うかわいい子も付いている。

 

 

 

 

 

 

 そこに、友達()が加われば……

 

 

 

 

 無敵(Undefeatable)だから)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魂の残響が響き渡り、まるで翼と光輪の無い天使のような姿へと変わったアンジェラは、槍のような姿になったソルフェジオを構えてフォニイを見据えていた。

 

 それを間近で見ていた常闇と障子はその美しさに息を呑むが、同時にあの姿は一体何なのかとか、そもそもあの笛は何なのかとか、様々な疑問が浮かんでいた。彼女の“個性”にあんな能力があるなど聞いたことなかったし、アンジェラ自身も今気付いたかのような物言いをしていた。

 

 ……しかし、それ以上に、

 

「……障子、感じたか?」

「ああ……あれは、感情か、思考か……何にせよ、フーディルハイン以外の誰か(・・)が、あそこに居る……」

 

 二人は、感じ取っていた。

 

 二人の知らぬ誰かの、思考が、感情が、あの笛の音色に乗って響き渡ったことを。

 

 その誰かがどんな人物なのかなど、常闇と障子には知る由もない。

 

 しかし、これだけは断言出来た。

 

 

 

 

 

 

 名も姿も知らぬ誰か(・・)は、アンジェラの味方であると。

 

「っ……蒼白の、深夜(ホワイト、ナイト)

 

 フォニイは臨界状態の魔力を解き放とうと、虚ろな瞳でそう唱える。フォニイが幹から生えた両の腕を突き出した先に、臨界状態の桃色の魔力の塊が現れ大きくなり、結界内に爆風となって広がろうとしていた。漏れ出た魔力の塊の一部が、射撃となってアンジェラに襲いかかる。

 

 だがアンジェラは、一切の焦りを見せない。

 

「……なあ、ソルフェジオ。不思議なんだ。さっきまでどうしようかと、この身体を壊してでもって、焦ってたはずなのに……

 

 今は、そんなの微塵も感じない」

『そういう迷いが無い方が、我が主らしいかと』

《お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ!》

「はは、確かにな!」

 

 そんな軽口を叩き合いながら、アンジェラはソルフェジオの切先をフォニイに向けて魔力を収束させ、襲ってきた魔力弾をソルフェジオを持っていない方の手で弾いた。アンジェラが今身に纏う装束は、防護服の役割を担っていると、アンジェラは本能的に理解出来ていた。だから、普段であれば躱そうとするほどの威力を持つだろう魔力弾を、「弾く」なんて芸当が出来たのだ。

 

 今のアンジェラに、迷いなどなかった。

 

 この力、メリッサがくれた力の扱い方も、手に取るように分かる。

 

 ケテルのカラーパワーは魔力を増幅する……つまり、「同じ魔力量でもカラーパワーを使うとその数倍分と同等になる、エネルギー効率が良くなる」というものだが、魂の残響(ソウルオブティアーズ)が、メリッサがアンジェラに与えたのは、それとはまた別質の魔法面での強化。

 

 アンジェラの魔力そのものの強さ、魔力の質とも言うべきものが強化されているのを、アンジェラはその肌で感じていた。

 

 魔力の質の強化というのは、純然たる魔力そのものの強さの強化にほかならない。ケテルのカラーパワーによる強化に似ているような気がするが、実は全く違う。両者共強化されればエネルギー効率が良くなる点は同じだが、魔力そのものの強さというのは時に魔力の量に勝る。その逆もまた然り。

 

 そしてアンジェラの場合、元々莫大な量の魔力をその身体に溜め込んでいる。言わば、カラーパワーはエンジンそのものを強化し、魂の残響(ソウルオブティアーズ)はエンジンに注ぎ込まれる燃料を強化した、と言えば分かりやすいか。

 

 アンジェラはソルフェジオへ魔力を込め、襲い来る魔力弾の群れを蹴りやソルフェジオを持っていない方の手で弾きながら、爆発寸前の魔力の塊へジャンプで接近する。純粋な魔力の塊は、鼓動を放つように爆発する機会を伺っている。

 

 ……生半可な力では、この魔力の塊に傷を入れることなど出来ないだろう。それは先の一連の流れでもう分かっていることだ。

 

 そして、この魔力の塊を物理的に破壊してしまえば、その場で爆発することも目に見えている。臨界状態の魔力の塊は、言わば巨大な爆弾のようなものだ。

 

 ならば、どうするべきか。

 

 アンジェラは、眼前に巨大な魔法陣とそれを取り囲む六つの魔法陣を現出させ、魔力を込めて、ソルフェジオを振るった。

 

天を穿つ咆哮(ディアスフォーウェイ)!」

 

 巨大な魔法陣から極太の砲撃が、それに沿うように六つの魔法陣から砲撃がそれぞれ放たれ、臨界状態の魔力の塊に激突した。メリッサの力で強化された天を穿つ咆哮(ディアスフォーウェイ)は、魔力の塊とそのエネルギーを食いつぶし合い、そして、魔力の塊を呑み込み、消し去り、フォニイの頭部へと迫った。

 

「……!?」

 

 フォニイは先の狂気的な笑みをかなぐり捨てて、明らかな焦りの表情を見せながら眼前に障壁を展開した。

 

 しかしその障壁は、パリィン、という音を立てて割れた。強化された天を穿つ咆哮(ディアスフォーウェイ)の威力に、耐えられなかったのだ。

 

「っ……!!」

 

 フォニイは、モロに砲撃の直撃を受ける。空色の砲撃が、フォニイの頭部を包み込み、塵煙が発生した。

 

「っ、はぁ……」

 

 砲撃を撃ち尽くしたアンジェラは、地面に降り立ち肉の大樹と少し距離を取る。まるで、まだ警戒しているかのように。

 

 少しして、煙が晴れる。肉の大樹の幹を視認することが可能になっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ、この程度じゃ気絶しねえか……」

「……」

 

 肉の大樹の幹には、少しボロボロになりながらも鋭い視線をアンジェラに向ける、トパーズの瞳のフォニイの顔があった。

 

 アンジェラもフォニイが気絶しないことは予想の内。特に慌てた様子もなく再びフォニイにソルフェジオの切先を向けて構える。

 

 すると、突然、フォニイが口を開いた。

 

「…………ああ、強くなったんだね……」

「……?」

 

 それは、先程までの狂気が籠もった声などではなく、どこか、慈しむような声だった。普段のアンジェラであれば、戦っている相手のそんな声など、無視しただろう。

 

「よかった、本当に…………ずっと(・・・)、心配してたんだ」

 

 

 

 しかし、今この時だけは、無視することが出来なかった。

 

 フォニイの言葉を、虚事だと断言することが出来なかった。

 

 

 

 

 失われた筈の記憶のどこかに、彼女の声が、あった。そんなような気がして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……いや、今は……!」

 

 アンジェラはそれどころではないと、頭を横に振って「それ」を遠ざける。決して無視してはいけないと、本能が叫ぶそれを、今は、この場を切り抜けるのが最優先だとばかりに。

 

「うん……そうだよね、あなたは私のことなんて、知らないもの。

 

 それに……」

 

 フォニイは肉の大樹の幹に生えた右腕を幹につけて、力を込める。ミシミシ、ミシミシと、肉の大樹から血肉を抉るような不快な音が響き、血液が溢れ出る。

 

「決着はまだ、ついてないから」

 

 ズリュっ! 

 

 大量の血肉と共に、肉の大樹からフォニイが剥がれ落ちる。肉の大樹は光と血肉を放ち、どこかグロテスクな剣に姿を変えると地面に突き刺さった。

 

 フォニイは地面に軽やかに着地して、その血がほとばしる剣を地面から引き抜いて右手に携えると、今度は理性的で好戦的な笑みを浮かべる。そして、足元に魔法陣を出現させた。

 

「ああ、こういうとき、「わるもの」はこう言うんだっけ……

 

 ここから出たければ、私を倒してみな」

「…………どういう心境の変化なのかは分からんが……

 

 そうだな、決着をつけようか」

 

 アンジェラはその声色に疑問を含ませながらも、好戦的な笑みを浮かべて足元に魔法陣を展開した。

 

「「さあ、Face-offだ」」

 

 奇しくもハモったその言葉を合図に、アンジェラとフォニイは、同時に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……ここ、は……」

「轟、目が覚めたか!?」

「……障子と、常闇……?」

 

 轟は意識を取り戻してまず目に入ってきたのが、共に行動などしていなかったはずのクラスメイトであったことに疑問を抱く。まだ朦朧とする意識の中、一体何があったのかを思い出そうとして、そして、目を見開いた。

 

「そうだ、爆豪は!?」

「爆豪は、打ち所が悪かったのかまだ目を覚まさない。しかし、フーディルハインのおかげで命に別条はない」

 

 焦りとともに口を開いた轟の疑問に答えたのは障子だ。障子はその背に、爆豪を背負っている。その姿を目にした轟は、安堵の息を吐いた。

 

「そうか……とりあえず、よかった…………

 

 ところで、そのフーディルハインは……?」

「…………」

 

 常闇は、ある方向を指差す。轟が懐疑を含ませた表情でそちらを見ると、

 

 

 

 

 

 

 

 キィンっ……! 

 

「っ、なんて、パワー……!」

「こっちは、あんまモタモタしてられないんで、ねっ!」

 

 アンジェラはそう言いながら、フォニイの片手剣と鍔迫り合いを繰り広げているソルフェジオの切先に更に魔力と力を込めて弾く。右腕が浮き上がったフォニイは、即座にバックステップで距離を取る。そして、肉の塊である左腕を上げて、そこに魔法陣を展開した。

 

碧の白昼(オールアラウンドヘルパー)

 

 魔法陣から碧の魔力弾が一つ、上空に放たれたかと思うと、それは一際輝きを放ち、いくつもの魔力弾となってアンジェラに襲いかかる。

 

星の弾丸(ストライトベガ)

 

 アンジェラは左手を前に突き出し、魔法陣を展開するとそこから魔力弾の群れを発射した。強化された星の弾丸(ストライトベガ)は襲い来る魔力弾と衝突し、少し勢いを押し留められながらも打ち破り、フォニイに迫る。

 

「……!」

 

 フォニイはグロテスクな片手剣を振るい星の弾丸(ストライトベガ)を斬り裂こうとする。しかし、威力だけでなく強度も強化されたその魔力弾の群れは、斬り裂かれることなくその片手剣を弾いた。

 

「っ!」

 

 寸でのところで魔力弾の群れを回避したフォニイは、しかしどこか満足気な笑みを浮かべている。そのまま落とした剣を拾って振るい、アンジェラに迫った。身体強化魔法でも使っているのか、それとも元々のものか。そのスピードは、アンジェラが身構えるほどのものだった。

 

「……こんな状況じゃなければなぁ」

 

 アンジェラはどこか残念そうに一言そう零すと、迫ってくるフォニイの剣をソルフェジオの柄の部分で受け止める。そのまま繰り出される、音速もかくやという速度の連続した斬撃に、アンジェラは慌てることもなくソルフェジオを振るい、対抗した。

 

 ガキィン、という、金属同士がぶつかる大きな音が何度も響く。受け止め、受け流し、鍔迫り合いが起こり……それが、轟達には知覚することも困難なほどのスピードで繰り返される。アンジェラの音速を超えた動きにも、フォニイは対応してくる。グロテスクな片手剣とソルフェジオがぶつかり合う度に、周囲には衝撃波が伝わり、重々しい音が周囲に響き渡る。

 

 

 

 

「………………」

 

 その光景を見ていた轟は、もはや言葉を失っていた。眼の前で繰り広げられている戦闘のレベルがあまりにも高すぎて、軽く目眩すら感じる。これはとても、自分が助力を申し出られる戦いではない、今の自分では、例え混ざっても足手まといにしかならないと、轟は確信した。

 

「……フーディルハインは、俺達を守ろうと……?」

「俺達では……悔しいが、あの敵になすすべなく殺されるだけだ。今ここで、あの敵に対抗出来るのは、フーディルハインしか居ない」

 

 常闇のどこか確信したような声に、轟も薄ら笑いで同意した。

 

 自分達では、あの戦いで一体何が起こっているのかすら、分からないのだから。

 

 

 

 

 

 

 永遠とも感じられる、刹那の時間。時間に換算すれば、数分も経っていないだろう。

 

 ガキィッ!! 

 

 一際大きな金属音が響き渡ると、アンジェラとフォニイはお互いに距離を置いた。そして、それぞれの武器を構える。アンジェラは身体に、ソルフェジオに魔力を纏わせ、空色のオーラのようなものに包まれる。またフォニイも、その身体と片手剣に魔力を纏わせているのか、桃色のオーラを纏っていた。

 

 お互いに、言葉はなくとも考えていることは同じ。

 

 次の一撃で、決める。

 

 

 もはや、言葉など必要なかった。

 

 アンジェラとフォニイは同時に駆け出し、跳び上がり、お互いの武器を振り上げ、ぶつけ合った。

 

 ドゴォッッ!! 

 

 それは、破壊音だった。

 

 先程までとは比べ物にならないほどの衝撃波が吹き荒れ、結界内全体へと広がっていく。紺碧の護り(ディアスフェヴォード)の中に居る三人でさえ、その衝撃波を受けたかのような錯覚に囚われる。その衝撃波で地面が深く抉れ、土煙が舞い散った。

 

 ……と、フォニイはある違和感を覚える。

 

 アンジェラの背に背負われた、金色のリング。彼女の背丈と同じくらいの大きさはあろうかというそのリングに、魔力が収束されているのを、感じた。

 

 そして、そのリングに重なるような形で、円形に六つの三角形がくっついたような魔法陣が展開されると、フォニイは目を見開く。

 

「まさかっ……!」

 

 フォニイがそう声を漏らした、直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

彼方征く光の弾丸(ミラクルビーム)ッッ!!」

 

 二人の間に光球が現れたかと思うと、その場で閃光を伴う大きな爆発が起きた。その光は結界全体を満たし、轟達は思わず目を瞑る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、本当に、強くなったんだね……私なんかじゃ、勝てないほどに……」

 

 閃光がグロテスクな片手剣を焼き焦がし消し去る中、フォニイが口を開く。その場だけが、スローモーションで動いているかのような錯覚がアンジェラを襲う。

 

「「王」の魔法を使ったのには驚いたけど……それは、まだ未覚醒の力。でも、あなたならきっと…………

 

 

 これで、安心して任せられる」

 

 フォニイの右手がアンジェラの頬に添えられる。抵抗しようと思えば出来たはずなのに、アンジェラは、抵抗することそのものを、拒んだ(・・・)

 

「母に、あなたに、預かったものを守り、いつの日にか、あなたに渡すことこそが私の役目……そのために、今の今まで生き抜いてきた」

「なに、を…………」

 

 アンジェラが困惑の中、そう零した瞬間。

 

 

 

 

 

 

「どうか……どうか、受け取って欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フォニイは、アンジェラの額に口付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッッッ!!!!!」

 

 瞬間、アンジェラの頭の中で、何かが暴れる。今まで断片でしかなかった欠片、アンジェラが、その存在を知ることすらなかった欠片が、一つの形に成るような。

 

 アンジェラの脳裏に、いくつもの光景が映し出される。

 

 

 

 

 

 其れは、大いなる光への憧れだった。

 

 其れは、身近な小さき光への憧れだった。

 

 其れは、世界に満ちた光への憧れだった。

 

 

 

 

 

 其れは、眩い炎に見捨てられたことへの落胆だった。

 

 其れは、白い翼への恐怖だった。

 

 其れは、光に紛れた闇への絶望だった。

 

 其れは、小さき身体に受け続けた苦痛だった。

 

 其れは、形すら失った感情だった。

 

 

 

 其れは、世界に蔓延る光のフリをした病への、憎悪だった。

 

 其れは、神の遣いの名を騙る者共への、殺意だった。

 

 

 

 

 其れは、この世界へ終焉をという、願いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 九つ。

 

 九つの小さな種火が、それがどこから、どうやって、どうして生み出されたのか。

 

 

 

 

 

 

 そして………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……っ……」

 

 

 言葉にしようがない感覚と自我を呑み込む「何か」の濁流に、アンジェラはいつの間にか、涙を零していた。

 

「私の時間が尽きるその瞬間に……あなたに逢うことが出来て、役目を果たすことが出来て、よかった』

「これ……は……お前、は…………っ!!」

 

 その言葉を絞り出すことが精一杯だった。

 

 アンジェラの視界に映るフォニイは、身体の端から黒い霞となって、まるで最初からそこに居なかったかのように消えてゆく。

 

『……私達の命は……本当に、短すぎる…………本当は、もう少し生きたかった…………

 

 

 だけど、あなたは……あなたになら、奇跡は微笑んでくれる。絶対に、私と同じ末路を、辿ったりはしない。運命だって……振り切れる。

 

 ああ……私という存在の最後に、あなたが居てくれて、よかった』

 

 フォニイの身体は、光の中で黒い霞になってゆく。アンジェラには、どうすることも出来ない。それは、彼女達の辿る、運命で決定付けられた、末路。

 

ああああああああっ!!

 

 アンジェラは、湧き上がる激情のままに、泣き叫ぶことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

『砕けて、散らばっていた欠片は、私が繫ぎ合わせて、元の形に戻した。これが、私が出来る最初で最後の、「姉」らしいこと。

 

 いつの日か、「世界」をあなたの手で選び取らなくてはいけない時が来る。

 

 

 

 

 

 

 

 恐れ、惑い、憂い、嘆き……それでも、進め。

 

 

 

 

 

 あなた達の旅路に、溢れんばかりの祝福が在らんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さようなら、「アンジェラ・フーディルハイン(■■■■)」』

 

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に、フォニイの身体は黒い霞となって消え失せた。

 

 

 

 



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奪われたもの

人に清廉潔白を求めることそのものが間違っていることなんて分かってる。




だけど、それでも、その罪咎が消えることはない。


 私は、四人目として生み出された。

 

 私の「役目」は、天使を、ヒーローを根絶やしにすることだと知っていた。産まれたときから、母にはそう望まれていたのだと知っていた。

 

 

 

 

 

 

 私は、私達は、殺すべき相手である、憎悪の対象である天使の画策によって産み出されたのだということも、知っていた。

 

 

 

 

 

 

 母は、私が産まれたときには既に人としての総てを失っていた。

 

 ただただ、汲み上げ、呼び寄せ、産み出すための装置としてそこに置かれていた。

 

 言葉を交わしたことも、終ぞなかった。

 

 ただ一人、一番上の姉だけは、母の言葉を聞いたことがあるという。

 

 その言葉もたった一つ、

 

『ごめんね』

 

 これだけだったそうだ。

 

 その言葉を一番上の姉が聞いた次の日には、母は言葉を紡ぐことすら出来なくなっていたと聞く。身体はそれよりも前に、動かなくなっていたそうだ。

 

 話に聞いただけなのだが。

 

 それでも、それが真実であることは知っている。

 

 

 どこまでも、許せないことであるとも知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達姉妹は、淡麗な容姿をしていた。

 

 それは、母がそうあれと願ったがゆえのものだった。もう、愛を感じることすら叶わなくなった母の代わりに、愛されなさいと。

 

 

 しかし、その母の思いは裏切られる結果となった。

 

 この容姿が原因で、私達姉妹は慰み物にされ続けた。私達が「子供」を作れない身体であることも、それに拍車をかけたらしい。殴られ、蹴られ、鞭を打たれ、嬲られ、時には、切り傷を付けられたこともあった。

 

 母を責めるつもりはない。母は私達がこうなることなんて、考えられるはずがないのだから。それが、普通なのだから。

 

「いい」となんて、一度も感じたことがない。

 ただただ不愉快で、不快で、気持ちが悪かった。

 

 触れられることを拒んでも、奴らは当然の如く無視をした。私達の意思なんて、関係がないとばかりに。

 

 

 

 

 ……母が「幸福」を私達の中に残したことを、少しだけ恨めしく思った。

 

 それを知らなければ、あそこまで苦しい思いをしないで、いや、そもそも「苦しい」なんて感じずに済んだはずだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九人目が産み出された。

 

 それより前に産み出された妹達は、天使の手によってその自我を弄くり回された。天使に刃向かえないように、その自我を犯された。

 

 九人目の妹も自我に干渉を受けていたが、どうにも彼女への自我調整は上手く行かなかったようだ。他の妹達は行動を大きく制限されるような調整を受けていたが、九人目の妹はせいぜい、一つの本能を植え付けられた、ただそれだけだった。

 

 

 

 ……好機だと、思った。

 

 それは、姉達も、妹達も同様だったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 末の妹から預かり物をした。

 

 バラバラになった断片だけを残して、その一部を預かって、それをいつかまた一つに繋げる役目を、私が引き受けた。

 

 

 

 

 

 

 彼女はもう、「何も知らない」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天使に抗った。

 

 自我調整を受けながら、何故抗えたのかは、分からない。

 

 そんなこと、どうでもよかった。

 

 殺した。

 

 殺した。

 

 

 殺して、殺して、殺して、殺した。

 

 その場に居た天使も、天使に与するヒーローも。

 

 やれるだけを、殺した。

 

 何度も何度もその手を折って、足を曲げて、腸を抉り取って、内蔵を引き摺り出して、脳味噌を潰して、心臓を斬り裂いた。

 

 

 手が血で汚れた。

 

 身体も汚れた。

 

 ああ、汚い、汚いなぁ……。

 

 

 

 

 

 妹達を散り散りに逃した。

 

 一人、完全に心を折られた妹を除いて。

 

 あの子は母に似て、優しすぎたから、この現状に、耐えることが出来なかった。

 

 あの子は母のかつての憧れを強く受け継いでいたから、その母の憧れが居なければ、私達が生まれてきて、苦しむこともなかったという事実を受け入れられなかった。ただ、それだけだった。

 

 

 

 

 姉達も散り散りに逃げた。

 

 ただ一人、母をこれ以上冒涜されるのを止めたがったあの人を除いて。

 

 彼女は母を一人にしたくなかった。既に総てを奪われた母から、これ以上を奪われたくはなかった。彼女は、かつての母に一番似ていたから。ただ、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 天使から逃げた。

 

 そこで「産まれて初めて」、人を見た。

 

 何も感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 表では生きていけない。表には、ヒーローがのさばっているから。

 

 裏で息を潜めた。

 

 生存の邪魔になるものは、なるべく無力化して記憶を抜き取った。

 

 ヒーローは、殺した。

 

 その死体も、綺麗に綺麗に掃除した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体が崩れ始めた。

 

 分かっていた、いつかこうなることくらい。

 

 それが、私達の抗えない運命であることも、とっくの昔に知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あなた、血まみれ……カァイイねぇ』

 

 ある日、私を見てそう語る女の子に出会った。“個性”という能力の影響を受けて表に否定され続け、裏で生きることを決意した子だった。

 

『血まみれの人が好きなの?』

『血の香りがして、ボロボロな人が大好きなんです。血も大好きです』

『私は……ちょっと違うけど、血まみれの天使とヒーローを見るのは好き。私達の大事な人からその総てを奪った奴らと、その人を必要以上の絶望に貶した奴らが死に絶える姿を見るのは……まさに愉悦だね』

『そうなんですか! 私達、気が合いますねぇ! お友達になりましょう!』

『…………お友達って、何?』

 

 その日、私に産まれて初めて「友達」ができた。

 

 

 

 その「友達」は、私に世間一般的な常識、というものを教えてくれた。彼女はその常識を知りながら、それに縛られる表の世界を捨てたのだということも。

 

『私、友達が出来るのこれで二人目です! 嬉しいですねぇ』

『二人目……一人目は、どんな子だったの?』

 

 それを聞くと、彼女は俯いて、ぽつぽつと語り始めた。

 

 

 彼女の友達は、両親さえも拒んだ彼女のその「異常」を、唯一受け入れてくれた存在であったこと。

 

 気兼ねなく話すことができる、大親友だったこと。

 

 その子は、“個性”を持たない、所謂無個性というやつだったこと。

 

 

 

 

 

 ある日、彼女の眼の前で、その友達が連れ攫われてしまったこと。

 

 それが、白いローブを纏い、天使の翼のようなブローチを身に着けた、宗教団体のような風体の集団であったこと。

 

 彼女が周囲に救けを求めても、誰も相手にしなかったこと。

 

 

 彼女はそんな窮屈で生きづらくて、友達を見捨てた表から逃げ出すと同時に、その宗教団体っぽい集団を殺してやるために、裏の世界で生きることを決めたこと。

 

 

 

 

 ……心当たりがありすぎる。

 

 その集団は、ほぼ間違いなくあの天使達だ。

 

 

 

 経緯は全く違えど、私達は同じだった。

 

 天使に、大切なものを奪われた。

 

 

 彼女にそれを伝えた。

 

 私が、天使達の画策で生み出されたものだということも伝えた。

 

 そして、私は天使を皆殺しにしてやりたい、ということも、伝えた。

 

 

 

『……私達は同じです、同じ奴らに総てを奪われた。

 

 だから、奪い返してやりましょう。

 

 奴らの命、成果、その総てを、一緒に(・・・)

 

 彼女は私が奴らに生み出されたことを知った上で、そう言ってくれた。

 

 

 

 

 ああ、でも、ごめんね。

 

 

 

 

 

 私は、あなたと一緒には生けないの。

 

 

 

 それを、この声で伝えられたことは、終ぞなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵連合という組織があることを、友達に聞いた。

 

 

 その組織が雄英高校の合宿先を襲撃する計画を立てているらしいことを知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが、最初で最後のチャンスだと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 連合にも、雄英にも気付かれぬようにその場所に息を潜めた。

 

 

 

 連合の誰かとヒーローの卵達が戦っているところを見かけた。

 

 ヒーローとはいえ、私達と同じ卵。

 無垢な卵は殺せないと、私はその場を離れようとした。

 

 

 

 

 だけど。

 

 

 

 

 […………………………せ]

 

 

 

 ……ああ、そうだったね。

 

 

 [……せ]

 

 

 

 

 

 [殺せ]

 

 

 

 [その存在を、決して赦すな。

 

 許しを請う時間すら与えるな。

 

 

 

 

 殺せ]

 

 

 

 

 

 あなたは、何一つ。何一つとして、決して赦すことはないんだった。

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

 私は、その感情そのものだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……無垢な卵達には、恨み辛みもないうえに、本当に、申し訳ないけれど。

 

 本当は、ヒーローでもない卵達を傷つけたくはないけれど。

 

 それが、母の意志だから。

 

 私の意志よりも強い、激情だから。

 

 

 どんな光でも照らすことの叶わない、絶望だから。

 

 

 

 これが、私にできる母への弔いだから。

 

 

 

 

 

 ごめんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母よ、どうか全てをお忘れください。その全てがもう手遅れであると、そのなけなしの自我で知ってしまう前に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲痛、いや、何とも形容し難い叫びは、三人の鼓膜に響き留まっていた。

 

 

 結界が消失すると同時に、光が収まる。アンジェラは、その身に纏っていた装束が光とともに元の服装へ戻り、ソルフェジオが煙を吹き出しながらペンダントへと戻されながら、アンジェラとフォニイの衝突によって発生した衝撃波でできた、土煙の舞うクレーターの中へと落ちていった。

 

 ケテルがなんとかアンジェラを支えようとしいていたが、その奮闘虚しくアンジェラはクレーターに落ちた。土煙が更に舞い、クレーターの中の様子を窺い知ることは叶わない。

 

「っ、フーディルハインっ……!」

 

 轟は、真っ先にアンジェラの元へ駆け寄ろうとする。

 

 しかし、アンジェラが四人の安全のためにと張った紺碧の護り(ディアスフェヴォード)によって、阻まれてしまった。

 

 轟がいくら拳を打ち付けようと、その防壁が破られることはない。計算上はオールマイトの一撃でさえ耐える防壁だ、当たり前といえば当たり前のことだろう。

 

 彼らでは、この防壁を突破することは不可能である。

 それは、三人共理解していた。

 

「……これは、フーディルハインが張った防壁だ。フーディルハインなら、解除できるはずだが……」

「一体、何が……?」

 

 障子と常闇は、首を傾げた。戦闘が終わったのであれば、この防壁はもう必要がないだろう。少なくとも、早急には。

 

 しかし、紺碧の護り(ディアスフェヴォード)は解除されず、残ったままだ。何故か。

 

 何故、アンジェラはこれを解除しないのだろう。

 

 彼らの疑問は、当然のものだった。

 

 

 

 

 

 そして彼らには、知る由もなかった。

 

 その場では、ケテルだけが理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本来であれば「唄」がなければ使えないはずの彼方征く光の弾丸(ミラクルビーム)…………遥華魔術(ウルティ・マギア)を無理に使用した反動は、杖であるソルフェジオにも跳ね返り、ソルフェジオがオーバーヒートを起こしてその機能を停止していたこと。

 

 

 

 

 今のアンジェラは、思考が、自我が、感覚が、濁流に呑まれたかのような「流れ」に囚われて、そもそも「思考すること」が、

 

 

 

 

 

 

 いや、

 

 

 

 

 

 

「外を知覚すること」すら、不可能な状態であったこと。

 

 

 

 

 

 

 ゆえに、その防壁を消すことが出来る者が、この場には誰一人として居なかったこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 これは、ケテルですら理解していなかった。

 

 

 

 

 いや、出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が経つにつれて、夜風に乗って土煙が晴れてゆく。

 

 そこには、ただただ呆然と立ち尽くすアンジェラの姿が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なかった。

 

「おおっと、彼女なら、俺のマジックで貰っちゃったよ?」

 

 三人は、目を見開く。

 

 クレーターの上に人の影はなく、代わりに声をかけてきたのは、すぐ近くの木の上に立つ、黄色いコートにシルクハット、道化のようなマスクをつけ、杖を持った男。その男は、右手でビー玉のようなものを弄んでいる。

 

「この子は元々(・・)表の人間じゃない。彼女自身がそれを知っているかどうかは話が別だけどね」

「っ、どういうことだ!」

「さあね、我々も良くは知らない。

 

 それにしても……さっきまでこの子が戦っていたあの芸術的なんだかそうじゃないんだかよくわからないお肉の木の女の子が居ただろう? ヒーローに本能的な殺意と敵意を抱く子だ。

 

 彼女、何故か連合入りは拒否したんだけど、どこから情報を仕入れたのかこんな所まで自力で来て……ムーンフィッシュ、ああ、轟君と爆豪君が戦っていた歯刃の男ね。

 

 まさか、彼ごと君らをここまでふっ飛ばしちゃうなんて。

 

 まあ、色々と結果論とはいえ、お陰で俺の仕事は楽になったけどね」

「わざわざ話しかけてくるたぁ、舐めてんな……!」

 

 轟は怒りに滲んだ声で氷結を繰り出そうとするも、それは紺碧の護り(ディアスフェヴォード)によって阻まれる。アンジェラが、友を守ろうと設置した防壁に。

 

「元々エンターテイナーでね、悪い癖さ。

 

 それにしても、皮肉なもんだ。友達を守ろうとしたこの子の純粋な思いが、却ってこの子を救おうとする友達の足枷になってしまうとはね。

 

 喜劇とするには……あまりにも呆気ない。

 

 まあ、元々の難易度を考えると数段マシなんだろうけど。

 

 

『開闢行動隊、目標回収達成だ! 短い間だったがこれにて幕引き。予定通り、この通信の5分後に回収地点に向かえ!』」

 

 シルクハットの男はビー玉のようなものをポケットに仕舞うと、そのまま、木から木へと跳び移りながら大きな声でそう言った。通信機器のようなものを持っているのだろうか。男はそのまま、どこかへと飛び去っていった。

 

「待て!! フーディルハインを返せ!!!」

 

 轟達は悲痛な叫び声を上げながら防壁を叩く。それっぽっちで、その壁が破られることはないと分かっていながら、彼らは、そうするしかなかった。

 

 

 それが、己が無力から産まれた結果であると、理解しながら、ただ叫ぶことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………こうして、敵の襲来を超えて、夜は明けてゆく。

 

 

 

 

 

 生徒の拉致という、雄英最大の失態と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アンジェラさん、連れ攫われる。

……えー、はい。アンジェラさんが捕まりました。連合は原作とは違い爆豪君は狙っていませんでした。まあ体育祭の結果が違うからね。当然といえば当然ですね。




………え?ここからどうするのかって?







さあね。


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第八章 I'm here
不安定(Aiyatsbus)


信念なき子供の憧れなんて、絶望一つで簡単に崩れ去る。






信念があれば、憎悪にだって打ち勝てる。





その心、折り砕けぬ限り。



 ……十五分後、警察や消防が現場に駆け付け、消火活動や救助が行われた。

 

 その数分前、効果時間が切れたのか、紺碧の護り(ディアスフェヴォード)が解除され、轟達は外に出ることができた。

 

 しかし、その手が届かなかった事実は変わらない。

 

 そのショックが大き過ぎたのか、はたまた、まだ万全の状態ではなかったからか、それとも、その両方か。

 

 轟は、それを知覚した直後に意識を失いその場に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、警察が三名の敵を現行犯逮捕。それ以外の敵達は、跡形もなく姿を消していた。

 

 被害状況は、プロヒーロー六名のうち一名が頭を強く打ち意識不明の重体、一名が血痕を残して行方不明。

 

 生徒は四十名のうち、敵のガスによって昏睡状態に陥ったのが十五名、治療を施されたものの、意識不明の生徒が二名、重軽傷者九名、無傷で済んだのが十三名。

 

 そして、行方不明が一名。

 

 雄英高校一年生の林間合宿は、生徒たちに多大な被害を及ぼし、あまつさえ拉致されるという、最悪の結果で幕を下ろす事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……元々、アンジェラさんの役は釣り餌だったとはいえ…………まさか、天使の教会ではなく、敵連合に掻っ攫われていくなんて…………流石にこれは、予想外ですね」

「USJ事件と続いて、一年に二度も同じ組織に襲撃を許す、か……これはもう、雄英の中に連合の内通者が居ることは確定しているだろう」

「…………無理を言ってでも、僕らもついて行くべきだった」

「それはもう完全な結果論でしかない。お前は、俺達GUNが雄英にとって完全なシロであるという証明が出来るのか?」

「………………」

 

 インフィニットの厳しい指摘に、ガジェットは悔しそうに歯噛みする。彼だって、当然分かっていた。完全なシロの証明というのは、どんな天才であっても不可能であることくらい。

 

 一つでも怪しいと思う部分があれば、それがどんなに些細な事であろうとも、どんなに小さなことであろうとも、人はその部分だけを注視する。疑心暗鬼になり続ける。信じようともしなくなっていく。そうして、内側からグズグズに腐ってゆく。今の状況であれば、尚更。

 

「……あいつが、そう簡単にくたばるはずがないだろう」

 

 あくまでも普段通りを装っているインフィニットだったが、ガジェットの目は誤魔化せない。それなりに長い付き合いになるのだ、このコミュ症上司の感情の起伏くらいは読み取れる。

 

「……そこまで心配してるのなら、素直にそう言えばいいのに」

「煩いぞ、ガジェット」

 

 あまりにも素直にならない上司に、その右手で手のひらサイズの白い宝石を握り締めながら、ガジェットは苦笑いした。

 

「しかし……死者が出なかったのは不幸中の幸いとはいえ、襲撃を許し、生徒に被害が及び、あまつさえ拉致されているわけですからね……暫く、雄英は大変でしょうね、色々と」

「大変なのはこちらもだ。これから忙しくなるぞ」

「そうですね」

 

 ツカツカ、ツカツカと、二人が廊下を歩く音がその場に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英高校には、ひっきりなしに報道陣が詰めかけていた。その全員が、今回の事件に関する疑問を、雄英に対する疑念を、雄英バリアーの前で叫んでいた。責め立てるような、糾弾するかのような声が、反響し、鳴り止まない。

 

 そんな雄英の会議室。根津校長は何時になく真剣な、どことなく後悔の念を含ませた声で口を開く。

 

「敵との戦闘に備えるための合宿で襲来……

 

 恥を承知でのたまおう。敵活性化の恐れ、という我々の認識が甘すぎた。奴らは既に戦争を始めていた。ヒーロー社会を壊す戦争をさ」

「認識できていたとしても防げていたかどうか……これほど執拗で矢継ぎ早な展開……オールマイト以降、日本では組織立った犯罪がほぼ淘汰されていましたからね」

「要は知らず知らずのうちに平和ボケしてたんだ俺らは。備える時間があるっつー認識だった時点で」

 

 プレゼント・マイク先生の指摘は、日本のヒーロー全体が抱える問題でもあった。オールマイトという平和の象徴が座するこの国は安泰だと、全員が心のどこかで思い込み続けていた。

 

 その平和がいつ崩れてもおかしくないような、たった一人の犠牲の上で成り立つことを知ろうともせずに。

 

「己の不甲斐なさに心底腹が立つ……彼らが必死に戦っていた頃私は……半身浴に興じていた……!」

 

 オールマイトは自身への苛立ちからか、額に筋を浮かべてそう言った。生徒たちも守れずに、何が平和の象徴か、何が、ヒーローか。

 

「襲撃の直後に体育祭を行うなどの今までの屈さぬ姿勢は、もう取れません。生徒の拉致……雄英最大の失態だ。奴らはフーディルハインだけでなく、我々ヒーローへの信頼も奪ったんだ……!」

 

 スナイプ先生はそう言うと、机の上に拳を置いた。

 

 根津校長は新聞ネットニュースを表示させたタブレットを見ながら言う。

 

「現にメディアは、雄英への批難でもちきりさ。

 

 ……何故フーディルハインさんが狙われたのかは、我々ではなく、彼ら(・・)の方が分かっているのではないかな」

 

 根津校長が顔を上げる。

 

 

 

 

 

 

 その視線の先には、扉の前に立つガジェットとインフィニットの姿があった。

 

「……一応言っておきますが、僕らもアンジェラさんが何故敵連合に狙われたのかは分かりません。思い当たる節がないわけではないんですが」

「それを話してもらうことはできるかい?」

「……」

 

 ガジェットは無言でインフィニットを見やる。インフィニットの手の中には、書類の束があった。

 

「雄英に対する開示許可は降りた。これが開示されるのは、ある種GUNから雄英への信頼の賜物であるとは理解しておけ」

「……見せてくれ」

 

 インフィニットは根津校長に書類を手渡す。その書類に目を通していた根津校長は、段々と目を見開き、そして、静かに書類を机の上に置いた。

 

「…………保護者の許可は、あるのかい?」

「あいつに保護管理者はそもそも存在しない(・・・・・)。兄貴とかの仲間内にはこちらから伝えてあるがな。それが、ある意味許可の代わりだろう」

「……君は、彼女が今抱いているであろう感情を、どう思っているんだい?」

「どうもなにも、正当なものとしか言いようがない。その感情を抱くことの、一体何が問題だというんだ? 問題とされるのは、その手段でしかないだろう。あいつは聖人君子でもヒーローでもない、ただの人間だ。それは、世の中の人間全てに言えることだろう」

「…………彼女は、フーディルハインさんは、その感情につけ込まれて、敵に懐柔されると思うかい?」

 

 その質問に、インフィニットはただでさえ普段から不機嫌に見える表情をあからさまに歪めて、口を開いた。

 

「あいつに、アンジェラに、敵やヒーローという概念はそもそも存在しない。一般論として頭に入っているだけだ。だからそもそも懐柔されることはない。

 

 それに、仮に連合に勧誘を受けたとしても、あいつは確実に断るだろうな」

「…………その心は?」

 

 根津校長の視線がインフィニットを射抜く。インフィニットは少しだけ口角を上げて、言った。

 

 

 

 

 

「懐柔とは違うが……あいつは、そういう(・・・・)奴に説教をかましてやったことがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲撃事件から2日。テレビや新聞、ネットニュースで、ひっきりなしに敵連合の話題が上がっている。世間の関心が、雄英高校と、敵連合に集中している。

 

 そんな状況に、死柄木は満足そうな顔をしていた。

 

「俺らのこと盛大に宣伝してくれてホント助かるよ。

 

 

 

 

 ……あとは、あいつが目を覚ましてくれれば完璧なんだけどなぁ」

 

 死柄木の視線はテレビから、アジト内のソファの上に向けられる。

 

 そのソファの上には、今だに一度も目を覚ましていないアンジェラが寝かされていた。多少だが熱があるらしく、顔が赤く吐く息も熱く荒い。

 

「これじゃあ話をするのもままならない……しかも、この子に“個性”を使おうとしたり持ち物を盗ろうとしたりすると……」

 

 そう言いながらシルクハットの男……Mr.コンプレスは、アンジェラの腰に着いているウエストバッグに手を触れようとする。

 

 すると、寸でのところでアンジェラの全身を包み込むように防壁が発生し、コンプレスの手は弾かれてしまった。コンプレスの手が一定まで離れると、防壁は綺麗サッパリ消え去る。

 

「……やっぱり、触ることも出来やしねえ」

「でも、トガちゃんが水飲ませてあげた時は平気だったんだろ? 弾かれたけどな!」

「はい、持ち物に触った瞬間さっきみたいになりましたけどね」

「……やっぱり、寝たフリなんじゃないか?」

「でも、この子の具合は本当に悪そうよ。これは流石に演技には見えないわ」

「第一、彼女はステインをお救いしてくださった人間だ、そんな小手先の騙し討ちなどするはずがないだろう」

 

 連合のメンバーは、アンジェラを視界に入れながら口々に言う。死柄木は、何かを思い出したかのように口を開いた。

 

「……フォニイが前に言ってたことも気になるが……コンプレス、あいつは本当に死んだのか?」

「ああ……あの子がワープとかの能力を持っていない限りは、ほぼ間違いなく死んだんだろうね。塵すら残さずに」

「………………」

 

 Mr.コンプレスのその言葉に、小さなピンクの宝石のペンダントを身に着けた女子高生……トガヒミコは顔を歪める。Mr.コンプレスは流石に言い方が悪かったかとトガヒミコに謝罪の言葉をかけた。

 

「おっと……ごめんよ、トガちゃん」

「……いえ、構いません。

 

 本当は、なんとなく分かっていたんです。

 近いうちに、必ずお別れをしなくちゃいけないって。

 どうしてそれを伝えてくれなかったの、とか、言いたいことは山程ありますが……それでも、今泣いたり、あっちに行ったりしたら、ふぉーちゃんに怒られちゃいます。

 

 だから、お別れする時は笑顔、って決めてたんです」

 

 そう言ってトガヒミコは、笑顔を作った。

 

 それは、狂気を感じる、しかし、どこまでも友達を想った、涙混じりの笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはまるで、水面のように。広がっては、消えてゆく。

 

 揺蕩う意識の中で、記憶が、感情が、流れ込んでくる。

 

 自分であって、自分じゃない誰か。言わば、オリジナルとも、母とも言える、声を交わしたこともない、誰か。

 

 まるで、自分が体感したかのように、伝わってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に伝わってきたのは、「憧れ」だった。

 

 どんな状況からであっても、どんな困難からであっても、笑顔で人々を救い出す「スーパーヒーロー」が居た。

 

 幼心に、格好良いと。

 

 自分もいつか、ああなりたいと。

 

 いつか、誰かを救い出すヒーローに、と。

 

 

 

 

 

 次に伝わってきたのは、「挫折」だった。

 

 齢四歳、この世界の人間の大多数が持っているものが、彼女にはないと言われた。

 

 生きる上では、別になくてもよかった。

 

 しかし、ヒーローには必ず必要な力だった。

 

 彼女は暫く、現実を受け止められなかった。

 

 力が、自分にも備わっているはずだと、力を使う訓練をした。

 

 無意味だった。

 

 

 憧れの動画を前に、母の謝罪を前に、大粒の涙を流した。

 

 

 

 

 

 3番目に伝わってきたのは、「小さな憧れ」だった。

 

 彼女には幼馴染が居た。

 

 強い力に賢い頭を持つ、スーパーヒーローに憧れる少年だった。

 

 力が無いがゆえに、少女は虐めを受けた。

 

 少年は不器用ながらも、少女を救けた。

 

 彼が居たから、少女はからかい以上の虐めを受けなかった。

 

 少女は少年に、小さな憧れを抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平穏が崩れ去るのは、いつも唐突だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、少年の眼の前で天使に連れ去られてしまった。

 

 その時、少女が拐われていくのを目にしていたヒーローが居た。スーパーヒーローではなかったが、この国で最もそれに近い位置に居るヒーローだった。

 

 少女は救けを求めた。声を出すことは叶わなかったが、その視線で訴えた。

 

 少女の訴えを、そのヒーローも理解していた。少女と、視線が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、そのヒーローは少女を見捨てた。

 

 少女の視線に気付いていながら、何もしなかった。

 

 動こうとすら、しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして? 

 

 

 

 ヒーローなのにどうして? 

 

 

 

 

 どうして救けてくれなかったの? 

 

 

 

 

 

 

 手を伸ばそうともしてくれなかったの? 

 

 

 

 虐めが生ぬるいとさえ感じるような地獄、自分が文字通り自分ではなくなっていくような感覚に、少女の心が狂ったように悲鳴を上げる。

 

 

 今まで築き上げてきた彼女の「常識」、「価値観」、「憧れ」が、全てバラバラと崩れ去ってゆく。

 

 

 

 

 

 苦痛は疑念に。

 

 

 疑念は怒りに。

 

 

 怒りは絶望に。

 

 

 絶望は憎悪に。

 

 

 憎悪は殺意に。

 

 

 

 

 

 塗り替えられてゆく。

 

 

 崩れてゆく。

 

 

 変わってゆく。

 

 

 

 

 

 他の誰でもない、少女自身の手によって。

 

 

 

 

 

 そして、その身体そのものが「人間」でなくなった頃、

 

 

 

 

 

 

 無理矢理殺人に手を染めさせられて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「子供」を、産まされた。

 

 

 

 



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愚者(Aleph)

 失ったものを数え続けた。

 いつの間にか、自分の中を彼女が占める割合が随分と大きくなっていて、自嘲気味に笑った。






 1から10まで、数え続けた。









 終ぞ、9が埋まることはなかった。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿泊施設からほど近い病院。先日の襲撃事件で重体に陥った者達は、ここに入院していた。主にガスで意識不明になったB組の面々が。A組でも、敵のガスにやられた耳郎と葉隠、頭部を負傷した八百万、そして、アンジェラに治癒は施されたものの意識不明だった爆豪と轟の5人が入院している。他の生徒たちも、大なり小なり怪我をした者は、この病院で検査を受けた。

 

「…………」

 

 その病院の、ある病室のベッドの上。そこには、先程ようやく意識は取り戻したものの、普段の姿からは考えられないような呆然とした表情で、窓の外を見つめている爆豪の姿があった。

 

「………………」

 

 声は、ない。

 

 爆豪は、窓の外を見ているようで、見ていない。窓から見える景色など、今の彼の脳に刻まれるはずもない。

 

 自分を助けるために、アンジェラが戦い、結果敵に連れ去られていった。意識を取り戻して、最初に耳に入った情報はそれだった。

 

「………………………………」

 

 意識を失っていた間、かつての記憶を夢に見た。

 

 あまりのショックで、一部を無意識に改竄してしまっていた、かつての記憶のあるべき姿。それが、思い出せ、と言わんばかりに爆豪の脳裏にフラッシュバックし、焼き付いて離れない。

 

 昨日の夜に意識が戻り、同じ病室に入院している轟も、ベッドに座り込みながら後悔の念を顔に滲ませながら俯いている。

 

 二人の間に、言葉はない。

 

 ……そんな病室に、ノック音が響き渡った。

 

「あっ、爆豪に轟! 目ぇ覚めてんじゃん! テレビ見たか? 学校今マスコミやべーぞ!」

「春の比じゃねぇ」

「メロンあるぞ、皆で買ったんだ、デカメロン!」

 

 入ってきたのは、A組のクラスメイト達だった。扉を開いた上鳴を先頭に、ぞろぞろと病室に入ってくる。彼らの表情には、少しばかりの安堵が見えた。俯いていた轟は顔を上げるも、爆豪は窓の外を眺めたままだった。

 

「わざわざ悪いな……A組全員で来てくれたのか?」

 

 轟の言葉に、クラスメイト達は俯く。意を決して、口を開いたのは飯田だった。

 

「いや……耳郎君葉隠君は、敵のガスによって今だに意識が戻っていない。そして、八百万君も頭を酷くやられ、ここに入院している。昨日丁度意識が戻ったそうだ。

 

 だから、来ているのは……」

「……14人、だよ」

「…………そうか、フーディルハインが、居ねぇのか」

 

 轟は、自分の力不足がゆえに、その手を煩わせ、あまつさえ眼の前で連れ去られてしまったアンジェラのことを頭に浮かべ、薄く、涙を零す。

 

「……フーディルハインは、救けてくれたんだ。俺達の怪我も、フーディルハインが治してくれた。その上、俺達では絶対に太刀打ち出来ないような敵とも……あいつは、一人で戦った。

 

 そうせざる、を得ない状況だったってことは分かってる……俺達が一緒になって戦ったところで、足手まといにしかならないってことは、分かってる……

 

 だけど…………あいつ、は…………」

 

 静かに、悔しそうに涙を流す轟。眼の前でアンジェラが連れ攫われ、壁を叩くことしか出来なかった自分が酷く無力に思えた。その上、轟にとってアンジェラは、自分の視野を広げ、踏み出せなかった一歩を踏み出す勇気をくれた人だ。恩義すら感じている。そんな人物が連れ攫われ、挙げ句何も出来なかったという事実は、深い深い傷となって轟の心に突き刺さる。

 

 ……と、今まで無言を貫いていた爆豪が口を開く。

 

「……あいつが、フーディルハインが攫われたって聞いて、ガキの頃のことを思い出した。

 

 あの時も、俺は何も出来なかった。二度と同じ轍を踏むことだけはしないと、誓っていたはずなのに……結果は、このザマだ。半分野郎と違って、俺は動こうとすることすら出来なかった。目を覚ますことすら、出来なかった」

 

 爆豪はぽつり、ぽつりと自責の念を語る。轟と違い、あの戦いの時に目を覚ますことすら出来なかったのだから、尚更その感情は強い。

 

「そうか……

 

 

 

 

 

 なら、今度は救けよう」

 

 切島が何でもないように言い放ったその一言に、病室内は静まり返った。

 

「実は俺さ……昨日も来ててよぉ……」

 

 

 

 

 

 昨日。切島は家でじっとしては居られずに、一人この病院を訪れていた。そのまま一人でクラスメイト達の病室を見舞っていくが、ほぼ全員が意識がない状態だった。

 

 最後に八百万の病室を訪れようとした切島。すると、オールマイトと警察が、意識を取り戻した八百万と話している場面に遭遇した。

 

『B組の泡瀬さんに協力頂き、敵の一人に発信機を取り付けました。これがその信号を受信するデバイスです。捜査にお使いください』

 

 八百万はそう言うと、オールマイトに手に持っていたデバイスを手渡す。

 

『……期末試験の前、相澤君は君を「咄嗟の判断力に欠ける」と評していた。

 

 素晴らしい成長ぶりだ! ありがとう、八百万少女!』

『……アンジェラさんの危機に、こんな形でしか協力出来ず、悔しいです』

『その気持ちこそが、君がヒーロー足り得る証だよ』

 

 悔しそうに俯く八百万に、オールマイトはそう声をかける。そして、拳を握り力強く宣言した。

 

『あとは、私達に任せなさい!!』

 

 

 

 

 

 この会話を聞いた切島は、思った。

 

 

 八百万に、そのデバイスを作ってもらえれば………………

 

 

「……」

 

 飯田は歯を食いしばって、保須での出来事を思い出していた。

 

 憎悪の感情に振り回されて、独断先行した挙げ句にガジェットやアンジェラ達に救われて、職場体験先のヒーローであるマニュアルに迷惑をかけた。一度、大きな過ちを犯し、もう間違えないとその心に誓った。

 

 そんな飯田だからこそ、切島の言い分は全く賛成出来るものではなかった。

 

「っ、オールマイトの仰る通りだ!! プロに任せるべき案件だ、俺達が出ていい舞台ではないんだ、馬鹿者!!!」

「んなこと分かってるよ!! でもさぁ、あの状況で俺は何にも出来なかった、しなかった!!! 

 

 ここで動けなきゃ俺は、ヒーローでも漢でもなくなっちまうんだよ!!!」

 

 襲撃時、補習対象者だった切島は、敵と交戦するのはおろか、最初から最後まで宿泊施設に待機していただけだった。友人達が必死になって戦っているという時に、彼は何も出来なかったのだ。

 

 その事実は、切島に己の無力さを突き付けてくる。

 

 だから叫んだ。感情のままに。

 

「切島、ここ病院だぞ落ち着けよ! こだわりもいいけど今回は……」

「……飯田ちゃんが、正しいわ」

 

 当然の如く、切島に反対の意を示すクラスメイト達。それは、切島だって分かっていることで。

 

「飯田が、皆が正しいよ!! でも、なあ、爆豪、轟!! 

 

 まだ手は届くんだよ、救けに行けるんだよ!!!」

 

 切島はそう言い、二人に向かって手を差し伸べる。

 

「えっと……要するに、ヤオモモから発信機のやつ貰って、それ辿って自分らでフーディルハインの救出に行く、ってこと……!?」

 

 切島の突拍子も無い提案を、困惑の声を隠さずに整理したのは芦戸だ。切島は静かに頷いた。

 

「ふっ…………巫山戯るのも大概にしたまえ!!」

「待て、落ち着け。

 

 切島の何も出来なかった悔しさも、分かる。俺だって、フーディルハインに救われておきながら、何も出来ずに眼の前で攫われた。悔しくて悔しくて……たまらないさ。

 

 だが、これは感情で動いていい話じゃない。そうだろう?」

「お……オールマイトに任せようよ……林間合宿で相澤先生が出した戦闘許可は解除されてるし」

「青山の言う通りだ……フーディルハインに何度も救われてばかりで、結局何一つとして返せなかった俺達には、あまり強く言えんが……」

 

 激情に駆られて大声を上げた飯田を障子が諌め、同時に感情だけで動こうとする切島に、青山と常闇も一緒になって注意を促す。障子と常闇は、あの時アンジェラに二度も救われておきながら、攫われていくのを見ていることしか出来なかったことに無力感をひしひしと感じていたが、それをなんとか抑えて表情には出さないように努力した。

 

「皆、アンジェラちゃんが攫われてショックなのよ。でも、冷静になりましょう。

 

 どれほど正当な感情であろうと、また戦闘を行うというのなら…………ルールを破るというのなら、その行為は、敵のそれと同じなのよ」

 

 蛙吹の言葉は、まさに的を射ていた。心を鬼にして、キツい言い方をした蛙吹のその勇気は計り知れない。

 

 ヒーローを目指す者が、尊ぶべき社会のルールを破るということは、それこそ本末転倒なのだから。

 

「っ……でも…………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ガラッ

 

 

「……一応、様子を見に来てみれば……やっぱりですか」

「が、ガジェットさん……!?」

 

 病室の扉を開いて入ってきたのは、ガジェットだった。これには、A組の面々は驚愕の表情を浮かべるしかない。

 

「切島さん、あなたのその感情は確かに尊ぶべきものです。友達のことを想えるその優しい感情は、大切にするべきです。

 

 しかし、それとこれとは話が別です」

 

 ガジェットの鋭い眼光が切島を射抜く。切島は今まで感じた事もないような冷たい視線にうっ、と萎縮しかけるが、尚も口を開こうとする。

 

「でもっ……!」

「でももだってもありません。巻き込まれた、とかなら兎も角、実力が足りていない人に勝手に現場に来られても、正直言って、邪魔でしかありません」

「なっ、邪魔って……!」

「じゃああなたは、アンジェラさんが連れ去られたという現場に居て、何かを出来たと言い切れますか?」

 

 ガジェットの容赦ない一言に、切島は黙り込む。あの場には、轟も居た。A組でも、アンジェラに次ぐ実力者の一人と言われている轟が。

 

 その轟が、「あの場で自分は足手まといにしかならない」と言い切ったような状況だ。轟よりも実力が劣る切島が居ても、結果は変わらなかったことは想像に難くない。

 

「……その反応が答えです。それに、あなた達が動こうとすれば、今ただでさえ大変な状況に居る雄英に、さらなる迷惑がかかります。

 

 感情もいいですが、状況を見なさい。まだまだ未熟なあなた達が行ったところで、逆に犠牲者を増やすだけです。

 

 切島さん、あなたがアンジェラさんの友達だと言うのなら、本当にアンジェラさんのことを心配に想っているのだと言うのなら、決して現場に行こうなどとはせず、家で大人しくしておきなさい。もう少し、大人を信用しなさい」

 

 ガジェットの冷たい言葉は、切島の熱されていた心を冷ます。そして、自分がやろうとしていたことがどれだけ愚かなことだったのかをようやく自覚し、頭を下げた。

 

「……ごめんなさい」

「はい、未遂なのでこれ以上は言いませんが、お見舞いが終わったらちゃんと家に帰るんですよ。もちろん、他の皆も。

 

 轟さんと爆豪さんも、今はちゃんとここで休養していなさい」

 

 A組の面々は、ガジェットのその言葉に静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初はまだ、人としての意識は残したままだった。

 

 身体を穿かれるような痛みと共に、中から「何か」を取り出された。女性の体のその部分に穴が空いていると、少女はその時初めて知った。

 

 

 

 度重なる、激しい苦痛を伴う投薬と執刀。

 

 少女を攫った天使に与する者の中に、多数のヒーローが居た。

 

 最初は信じられなかったが、自身の知識の中にあるヒーローも数多く居たという事実があったから、信じる以外の選択肢はなかった。

 

 救けを求めてみても、ヒーロー達は天使と同じように嘲笑うだけだった。

 

 

 

 

 段々と、人としての形が崩れてゆく。

 

 動くことすらままならなくなってゆく。

 

 憧れの存在が、傷付き苦しむ少女を放置して天使に味方をしている。

 

 

 

 

 

 

 その事実に、幼い少女の幼い心が耐えられるはずもなかった。

 

 少女はその心をガリガリと削り続け、段々と、思考を行うことすら困難になっていった。

 

 

 

 

 それでも、深い深い絶望と、沸々と燃えたぎる怒りとそこから来る殺意と憎悪だけは、忘れなかった。

 

 

 

 

 

 

 自分が一体、何を考えているのかすら、曖昧になってきた頃。

 

 この時には、少女は既に人としての身体を失っていた。

 

 辛うじてその頭だけを残して、他の部位は肥大化し、血と緑色の液体をその全身から噴き出しながら、ボコボコと泡立ちと収縮を繰り返す肉の塊に成っていた。

 

 肉の塊の中に人間を突っ込まれた。

 

 その人間は、もれなく死んだ。

 

 死んで、汲み上げ抽出するための燃料にされた。

 

 残されたのは、魂の残滓だけ。

 

 

 

 

 

 

 少女は理解していた。

 

 

 もう、人の姿に戻ることは出来ないのだと。

 

 そして、意図していたことではないとはいえ、

 

 

 

 

 この手で人を、殺したのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その後、何が起こっていたのかは、少女には分からない。

 

 もう、理解するだけの自我も失われていた。

 

 

 

 

 

 辛うじて知覚出来たのは、天使に抜き取られた「卵」を胎内に戻されて、その「卵」が、汲み上げられた「緑色の液体」と混ざり合い、少女の「子供」が産まれたのだということと、

 

 

 

 

 

 

 その「子供」に、少女が内で燻らせ、燃え滾らせていた怒り、嘆き、悲しみ、憎悪、殺意…………

 

 

 そして、少しの幸福の感情が、受け継がれてしまったこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめんね』

 

 少女が自責と後悔の念と共に、産まれた「子供」にそう伝えた直後。

 

 

 

 

 

 

 

 少女の人としての自我は、死に絶えた。

 












ども、えきねこです。よろしくおねがいします。

というわけで、ガジェットのお説教効果で、原作と違い切島達が現場に飛び入りの未来はなくなりました。ここまで強く言われてたら踏みとどまったんやないかなぁ、切島君も雄英来てるんだし頭はいいはずだし、と思いながら書いてました。まる。




お気に入り200人突破、皆様御礼申し上げます。これからも「音速の妹のヒーローアカデミア」、どうかよろしくお願いします。


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王国(Malchut)

 

 

「……それで? 許可はもぎ取れたってことか?」

「ああ、脅……いや、快く許可してくれたよ」

「お前今「脅した」って言おうとしたろ」

「さーて、何のことだか」

「……調子のいいやつ……」

 

 天に浮かぶ絶空の孤島に、二人の少年の話し声が響き渡る。うち一人の青の少年の声色は、いつものように飄々としたように見せかけて、明らかに隠しきれない怒気を含ませていた。

 

「……で? 俺にも協力しろって?」

「Of course」

 

 さも当たり前かのように言う青の少年に、赤の少年は溜息をつく。しかしそれは、呆れたからではない。

 

「居場所は分かってるのか? ソルフェジオも、リミッターのGPSも機能してなかったんだろ?」

「警察とGUNが特定済み。あとは乗り込むだけ、ってこった」

「それはそれは……相手側がなんか可哀想に思えてくるな」

 

 赤い少年は、青い少年が先程から片手でジャグリングしている赤い宝石と紫の宝石に目をやって、ほんの少しだけ相手側に同情する素振りを見せる。

 

 しかし、内心では彼は相手側に同情なんか欠片もしていない。

 

 赤い少年は、ニヤリ、と笑って立ち上がる。

 

「よし……乗った」

「そう言ってくれると思ったぜ」

 

 瞬間、二人の姿は、光とともに忽然と消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうですか、ガジェットさんが切島さんを説得してくれたんですね」

「ええ、少しお説教臭くなってしまいましたが……八百万さんは念の為、今日は病室でゆっくりと休んでいてくださいね」

「はい、お手数おかけしました、ガジェットさん」

 

 八百万はそう言って、ベッドに腰掛けたまま頭を下げた。ガジェットは曖昧に、「謝らなくていいんですよ」と笑う。

 

「切島さんの悔しさも、僕は分からないでもないんです。親しい人が奪われて、何も出来なかった、しなかった。

 

 それを為すには、あのときの僕はあまりにも……無力だったんです。

 

 ……実を言うとですね、僕がGUNに入隊したのも、復讐のためなんです」

「……何……を……?」

 

 突然、復讐などという物騒なことを口走り始めたガジェットに、八百万は思わず目を丸くした。ヒーローではなくGUNのエージェントであるガジェットだが、その根っこの部分はヒーローと変わらない、平和を望むものだと、八百万は勝手に思い込んでいた。

 

 其れは、八百万のような「健常者」であれば、「ヒーロー」に無邪気に憧れる子供であれば、当然の如く持つ思い込みだ。それをとやかく言う資格など、誰にもない。普通に生きて、普通にヒーローを目指す彼女にとっては、本来であれば、今はまだ、知ることすらないはずなのだから。

 

「……まあ、無邪気にヒーローに憧れられる(・・・)あなた達からしたら、異質で、幻滅するには十分でしょうね。別にそれは構いません。誰に何を言われようが、僕は奴ら(・・)をこの手で捕まえて、復讐すると決めた。それが曲がることはない」

「……」

 

「その感情は間違っている」と、八百万は言いたかった。一般論として、ヒーローとして、例えどんな理由があろうとも、自分から「復讐」なんて、してはいけない(・・・・・・・)と。

 

 しかし、言えなかった。

 

「奴らは僕から総てを奪った。それを憎く思い、復讐したいと思うことそのものは、当たり前(・・・・)でしょう? 

 

 問題なのは、その手段ですよ。

 

 復讐が世間一般で悪い事とされるのは、大概の場合でその手段が悪いからです。創作物の復讐者タイプの悪役なんかがいい例ですね。彼らは憎悪が故に眼の前が曇り、周りのことが見えなくなっているだけなんですよ。

 

 裏を返せば、ちゃあんと周囲に目を向けられるのであれば、関係ない人に要らない迷惑をかけないのであれば、復讐をすることは悪い事などではないんです」

 

 それを語るガジェットの声色が、あまりにも、平然と、自然としたものだったから。

 

「…………ガジェットさんは、復讐が正しい事(・・・・)だと、そう仰りたいのですか?」

 

 八百万の声は震えていた。自分のそれとは根本から異なる価値観に、怯えるような声だった。怯えつつも、どこか受け入れなくては、という強迫観念に駆られているような、そんな声だった。

 

 ガジェットはあくまでも、平静なままで言う。

 

「別に、そうとは言っていません。

 

 正しい事と言い切る事は出来ませんし、間違った事と言い切る事も出来ない。其れが正しいかなんて人によって違う。あなたが復讐を「悪」とするように、僕は、条件付きとはいえ復讐を「是」としている。

 

 ただ、それだけですよ」

 

 まるで、八百万の怯えと、その根幹にある常識で凝り固まった「価値観」を見抜いていたかのような眼差しで、ガジェットはあくまでも、淡々と言葉を繋げていく。

 

「……………………そう……ですか…………」

「別に、あなたの価値観を変えろだなんて言いません。受け入れろとも言いません。そういうのは人に強制するものではありませんし、どういう価値観を選択するかはあなたの自由です。

 

 しかし、世の中には一般には反対されるような意見を持つ人が、犯罪者でなくても大勢居るということは、覚えておいてください。

 

 例えば……これは、僕ではなく知り合いの話ですが、「ヒーロー制度」を完全撤廃すべきだと大真面目に言い続けている人も居ます」

「っ!?」

 

 八百万にとって、それは有り得ないことだった。このヒーロー社会の基盤であるヒーローの制度を撤廃すべきなどという意見は、ヒーローに憧れ続けた彼女にとって、到底受け入れられるものではなかった。

 

 受け入れられはしないが……そういう価値観があるのだということは、理解せざるを得なかった。

 

「……それは……悲しい(・・・)こと、ですね」

「あなたからすればそうなのでしょうね。僕は別に何とも思いませんが。

 

 人間は、そう簡単に善悪に振り分けることなんて出来ないんですよ」

 

 ガジェットの言葉に、八百万は何かに気づいたかのように目を見開き、どこか悲しそうに、しかし、何かを納得したかのように口を開いた。

 

「……そうですね、人間には一人ひとりにそれぞれの価値観がある。私の考えなど、氷山の一角でしかない。それは、極々当たり前のこと、ですね」

 

 其れは、当たり前の、しかし、忘れられがちなこと。八百万はそれを再認識し、どこか納得したかのような瞳になる。

 

「……自分の価値観を考え直す、有意義な時間でした。ありがとうございます」

「いえ……元はと言えば、僕が口を滑らせてしまったせいですから。病み上がりなのにこんな話に付き合わせてしまって、すみません。本当……そこまで深くは考えなくていいですからね、ちょっとだけ歳上の人の与太話、くらいに思ってもらえれば」

 

 苦笑いしながら頭を下げたガジェットに、八百万はある確信を抱いた。

 

 彼は、復讐をしようとはしていても、ルールを破ることは、関係ない人に迷惑をかけるようなことはしない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふわふわと、揺蕩う意識の中。自分ではない誰かの感情が流れ込み続ける感覚が、ようやく収まった。

 

「…………」

 

 目を開く……いや、彼女はまだ、目を覚ましてはいない。

 

 まるで宇宙空間のような、闇と星の輝きが広がる空間。彼女の、アンジェラの深層心理の世界。彼女はまだ、夢の中に居る。

 

「……」

 

 その空間を漂う、光がいくつかあった。そのうちの一つ、金色に輝く光におもむろに手を伸ばしてみると、その光は大きくなり、その中に映像が映し出され、声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

『■■、お前何も出来ねえんだな』

 

『■■って、■■って読めるんだぜ。そんで、■■っていうのは「何にも出来ねえ」やつのことなんだぜ!』

 

『オールマイトって凄えよな! どんなにピンチだって思うような状況でも、最後には必ず勝つんだよなぁ!』

 

 

 

 

 

 

 

 其れは、自分のものではない。

 しかし、確かにアンジェラに託された記憶だった。

 

 其れは、小さな憧れだった。小さな子供にはありがちな、小さな小さな、確かな形を持つ憧れ。

 

 

 

 

 

 そうだ、自分はずっと、それを封じられていただけで、「知っていた」。バラバラになって、ずっと、バラバラにされて眠らされていただけで、本当は知っていたのだ。

 

「…………これって、嘘付いたことになるのかなぁ」

 

 そうぼやきながら、違う光に手を伸ばす。先程とは違い、翡翠色の光だ。それが大きくなり、映像が映し出される。

 

 

 

 

『ごめんね、■■……ごめんね……ごめんね……!』

 

 

 其れは、憧れを否定されて涙を流した記憶だった。力がなければ、憧れには届かないと。

 

 力がないゆえに憐れまれた。

 

 力がないゆえに虐けられた。

 

 力がないゆえに下に見られた。

 

 力がないゆえに、憧れには届かない。

 

 

 それが、最初で最後の挫折だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 白い光に手を伸ばす。

 

 オールマイトのカードを引き当てて、笑い合う二人の姿を見た。

 

 桃色の光に手を伸ばす。

 

 何気ないことで笑い合う、三人家族の姿を見た。

 

 黄色の光に手を伸ばす。

 

 何でもやれば出来てしまう、ガキ大将の乱暴者とその背中を格好良いものだと追いかける一人の姿を見た。

 

 黄緑の光に手を伸ばす。

 

 画面の向こうで敵を打ち倒すヒーローと、それに憧れの視線を向ける子供の姿を見た。

 

 灰色の光に手を伸ばす。

 

 不器用ながらに、虐められている少女を守る少年の姿を見た。

 

 

 

 

 

 橙色の光に手を伸ばす。

 

 天使に拐われていく少女に手を伸ばそうとする少年と、少女を認識していながら、ただただ息を荒らげて動こうとすらしなかった、ヒーローのはずの男の姿を見た。

 

 

 

 

 

 ……八つの光が忽然と消え、現れたのは、一際大きな緑色の光。

 

 アンジェラは、その光に手を伸ばそうとする。

 

 すると、その光は、6歳から7歳ほどの、小さな子供の姿になった。

 

 緑色のモジャモジャヘアーで、そばかすのある女の子。

 

 その女の子は、アンジェラと視線を合わせたかと思うと、光に包まれて消えてしまった。

 

 その場に残されたのは、少しだけ紫が混ざった、水色の光。

 

 しばらく眺めていると、突然その光から色が抜け落ちていき、うっすらと水色のオーラを纏い、少しだけ紫色が混ざった透明な光に成った。

 

「…………あれが…………」

 

 アンジェラは理解していた。

 

 あれが、あの光こそが、「自分」であると。

 

 アンジェラが、その光に手を伸ばそうとする。

 

 しかし、それよりも前にその光に近づくものがあった。

 

 

 透明な光よりも大きな、虹色の光……いや、あれは、炎だ。虹色に輝く、炎。

 

 その炎は、透明な光の中に入り込み……

 

 

 

 

 透明な光に、大きなひびが入った。

 

 みるみるうちに大きくなっていくひびは、透明な光の全体を包み込み、そこから虹色の炎が溢れ出す。

 

 そして、眩い輝きが溢れ出し、アンジェラは思わず目を塞いだ。

 

 

 

 

 

 

 

『我が主』

 

 不意に、声がかかった。アンジェラにとっては、聞き馴染みのありすぎる声。目を開いてゆっくりと振り向くと、そこに浮かんでいたのは、ひび割れた杖の姿のソルフェジオ。

 

「……お前、は……」

『……架け橋となる魔力が目覚めたのが、あの(・・)タイミングであったことは、間違いありません。それまで、私の声が我が主に届かなかったことも。

 

 ……最初は、制作者(マイスター)の命令があったからあなたの傍に居たということは、疑いようのない事実です。制作者(マイスター)の命令があったから、あなたにずっと真実を隠していたことも。

 

 

 

 

 

 しかし、今では、あなた以外の我が主(マスター)など御免だということも、また事実です。

 

 今、我が主(マスター)制作者(マイスター)に同時に命令を下されれば、私は迷いなく我が主(マスター)の命令に従うでしょう。

 

 その結果、制作者(マイスター)と敵対したとしても』

 

 その声は、機械音声のはずなのに、いつになく確信を感じさせるような声だった。アンジェラを真に主とする、従者に相応しい声だった。

 

「……そうか。なら、いいや」

 

 アンジェラは薄く笑い、ソルフェジオをその手に掴む。ひび割れて半壊状態だったソルフェジオは、一瞬で修復されていった。

 

「お前はこれからも変わらず、オレの相棒だ。

 それが覆らないのなら、いい」

『……ありがとうございます、マスター(・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その命に、魂に隠された、残酷な真実。

 

 その事実に気付いて尚、

 

 あなたはあなたのままで居られるというのなら。

 

 

 運命を知って尚、

 

 その運命に抗おうというのなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……最後の奇跡は、あなたのためにあるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あのアンジェラが、ワシ以外にそう易々と捕まるはずはない……何かあったと、考えるのが自然じゃ。

 

 

 ……これは心配だからじゃないぞ、宿敵に喝を入れに行くんじゃ、ワシ以外にとっ捕まるとは何事じゃ、とな! 

 

 ホーッホッホッホ!!」

 

 

 

 

 

 




ティアキン楽しい。


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(Tsadi)

 ……ヒーローも、天使も、“個性”も、この世界の全てが憎たらしい。



 母を絶望に叩き落した、その全て、









 壊してしまえば、全て終わる。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 意識が一気に浮上する。

 

 まずは触覚が、次に聴覚が、周囲の状況を拾う。どうやら、ソファの上にでも寝かされているらしい。複数人の話し声が聞こえてくる。そして、明瞭になった聴覚と、開かれ光を取り込んだ視覚で、情報が完結した。

 

 

 

 

 

 

「あ、目が覚めたみたいですよ!」

 

 最初に彼女の目に飛び込んできたのは、自分の顔を覗き込む女子高生らしき少女の姿。どことなくふわふわとした意識の中、アンジェラは取り敢えずソファの上に起き上がることにした。ものすごくだるくて目眩もする上に頭痛も酷い。吐く息も若干熱く感じる。どうやら、リミッターが壊れているらしい。

 

「ようやくか、待ちくたびれたぜ! 早っ!」

「あら、まだ意識がハッキリしたわけじゃないみたい。どこかぽわぽわしてるわ」

「まさか、2日も眠り続けるとはなあ……まあ、これでようやく話ができるわけだ」

 

 まだしょぼしょぼとする視界で、ここが自分の知らない場所であることと、周囲に居る人間達の中にアンジェラが遭遇した敵が混ざっていたことから、彼らが敵連合であることを認識する。

 

「ようやくか……寝坊助だな」

 

 そして、アンジェラの視覚と聴覚が敵連合のリーダーである死柄木弔を認識したその瞬間、アンジェラは自分が敵連合に拉致られたことをようやく認識し、そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お茶くれ。なければ水道水でも可」

「拉致られて目を覚ましてからの第一声がそれかよ」

 

 耐えきれないほどの喉の渇きを感じたアンジェラは、何をするよりもまず水分を要求した。死柄木は思わずツッコミを入れ、トガヒミコと全身タイツの男……トゥワイスは思わず吹き出す。

 

「あとお腹空いた」

「流石に厚かましいぞお前」

 

 二日間寝込み続けていたとはいえ、いきなり言外に「飯よこせ」と言ったアンジェラに、死柄木はつい真顔になって言う。しかし、今度はアンジェラが真顔になって、口を開いた。

 

「いきなり襲ってきて、あまつさえ拉致りやがった奴らにだけは言われたくない」

「確かに、それは正論だ」

 

 犯罪者なのに、アンジェラのド正論についつい同意してしまった死柄木。一連の漫才のようなやり取りを見せられた連合のメンバーの半分は、堪えきれずに笑っている。それ以外のメンバーも、反応をせずにはいられなかった。

 

「あらあら、随分と図太い子ね」

「自分の立場が分かってて言ってるのだとしたら……相当なイカれ女だぞこいつ」

「如何なる状況であろうとも、平静を保つ姿……やはり、ステインが見初めた者に相応しい!」

 

 スピナーはどこか特別なものを見るかのような眼差しでアンジェラを見ている。襲撃時や先の言動から察するに、ヒーロー殺しステインの熱狂的なファンか何からしい。同時に、アンジェラがステインと接触したことがあることを知っているらしい言動から、単なる模倣犯ではないこともわかる。良し悪しはともかく、ステインと繋がっていた敵連合に所属していることからもそれは明らかだ。

 

「まあいいや……黒霧、あいつに茶と軽食、出してやれ」

「良いのですか?」

「あいつは客人だ。客人はもてなすものだろ? それに、前に奢られたアイスの分を返す」

「なるほど……?」

 

 黒霧は少々困惑しながらも、今ある食料品で一体何が作れるかという思案に暮れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カメラのフラッシュがたかれ、瞬きすることすら億劫になるような一室。

 

 ここで、雄英高校一年担任のイレイザーヘッド、ブラドキング、そして、雄英高校校長の根津校長による謝罪会見が行われていた。全員がスーツを身に着け、相澤先生に至っては普段生やしっぱなしの無精髭が綺麗に手入れされ、無造作に降ろされている髪もまとめ上げられている。

 

『この度……我々の不備から、ヒーロー科一年生二十七名に被害が及んでしまったこと、ヒーロー育成の場でありながら、敵意への防御を怠り社会に不安を与えてしまったこと、謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした』

 

 そう言い、三人は深々と頭を下げた。カメラのフラッシュがたかれる音が重なる。

 

『JHNテレビです。雄英高校は今年に入って4回、生徒が敵と接触していますが、今回生徒に被害が出るまで、各ご家庭にはどのような説明をされていたのか、また、具体的にどのような対策を行ってきたのかお聞かせください』

『周辺地域の警備強化。校内の防犯システム再検討。「強い姿勢」で、生徒の安全を保証する……と、説明しておりました』

 

 JHNテレビの記者の質問に、根津校長が答える。これまだ、ありがちな質問だ。情報を発信することが仕事である彼らにとっては、雄英高校の基本姿勢を再確認する上で必要な質問であり、雄英高校としても来ることは当然予測出来る質問だ。

 

 

 

「不思議な話だよなぁ、何故ヒーローが責められてる? 奴らは少ーし対応がズレてて、その上、こっちがちょっと同情するくらいに間と運が悪かっただけだ。

 

 守るのが仕事だから? お前らは完璧で居ろって? 誰にだってミスのひとつやふたつはあるし、時には運が悪い事もあるだろ。現代ヒーローってのはかたっ苦しいねぇ」

「税金で暮らしてるようなもんだからな。多少はそういう不満が出るのも仕方ない所はある。

 

 ま、完璧で居ろ、は人間として流石に理不尽な話だとは思うが……それを言うなら、あんたは一度もミスのない人生を歩んで来られたのか、って話だ。

 

 そんな人間、存在できるはずがないのに」

 

 テレビに流れる記者会見の様子を真顔で見てそう言うと、アンジェラは出されたサンドイッチを少しずつ頬張る。ハムにキュウリとレタスが挟まれた、シンプルなサンドイッチだ。普段よりも食べるスピードは遅いところを見ると、食欲はあれど、流石に普段通りとはいかないようだ。

 

「守るという行為に対価が発生した時点で、ヒーローはヒーローでなくなった。これが、ステインのご教示!」

 

 スピナーが放った主張に、アンジェラはお茶をごくごくと飲み干すと、口を開いた。

 

 

 

 

「じゃああんたは、命を懸けて誰かを守った人に、「何も求めるな」と……そう言いたいのか? 

 

 自分が死ぬかもしれない状況で、それでも他者を救い出してみせた人間に……ただ、ヒーローを名乗っているから、というだけの理由で?」

 

 どこまでも純真無垢。しかし、確かな狂気と殺意が垣間見えるその瞳が、スピナーを射抜く。心臓を鷲掴みにされたかのような奇妙な感覚が、スピナーを襲う。スピナーはあまりの恐怖で動けなくなり、他の面々も、アンジェラの並々ならぬ様子に無意識に身震いした。

 

「…………一つ、言っておいてやる。

 

 あんたの言うようなヒーローは、そもそも存在し得ない(・・・・・・)

 人間が人間である以上、存在することそのものが不可能だ」

 

 どこまでも、冷徹に、冷淡に、機械的に、無機質に。

 まるで生気を感じさせない瞳で、アンジェラは淡々と述べる。

 

「……やっぱ、お前イカれてるよ」

「褒め言葉として受け取っとく」

「うちに来ないか?」

「それは面倒だから遠慮しとくぜ」

「残念、断られたか」

 

 スピナーから目を離したアンジェラは、死柄木とそんな会話を繰り広げながらサンドイッチに齧り付いた。

 

 

 

 

 

 テレビの中では、根津校長の答弁が終わり、今度は別の記者が立ち上がり質問する。

 

『生徒の安全……と仰りましたが、イレイザーヘッドさん、事件の最中、生徒に戦うように促したそうですね。意図をお聞かせください』

『私共が状況を把握出来なかったため、最悪の事態を避けるべく、そう判断しました』

 

 相澤先生の返答に、記者は求めた答えではなかったのか若干顔を歪ませて言う。

 

『最悪の事態とは? 二十六名もの被害者と、一名の拉致は最悪と言えませんか?』

『私があの場で想定した最悪は……生徒がなすすべなく敵に殺害されることでした』

『被害の大半を占めるガス攻撃……敵の“個性”から催涙ガスの類であると判明しております。拳藤さん鉄哲君の迅速な対応のおかげで、全員命に別条はなく、生徒らのメンタルケアも行っておりますが、深刻な心的外傷などは今のところ見受けられません』

 

 相澤先生と根津校長の返答は、やはりその記者の求める答えではなかった。望むような答えが返ってくるまで徹底的に洗い出そうとでもしているのか、その記者は顔を歪ませ敵意を隠さずに口を開いた。

 

『不幸中の幸い、だとでも?』

『未来を侵されることが、最悪だと考えております』

『攫われたフーディルハインさんについても、同じことが言えますか?』

 

 その質問に、相澤先生は身構えた。

 

『体育祭優勝、あの歳で既に大卒資格持ちなど、経歴や“個性”こそ素晴らしいものです。体育祭におけるエンデヴァーへの問題発言はありますが、それだけでは連合が彼女を攫う理由には少々心もとない。

 

 ……理由があるとすれば、彼女の過去に、何かがあった、としか考えられません。

 

 これはあくまでも噂なのですが……彼女には、7年前以前の経歴が一切存在しないとか。

 

 私としましては、彼女が元々裏の世界の人間であり、周囲にそれを隠しており、今回の襲撃事件を手引きしたと考えるのですが……そこの所は、どうなのでしょうか?』

 

 攻撃的な記者の発言を、アンジェラはテレビ越しに耳に入れ、溜息を吐く。

 

『我々は、フーディルハインさんが襲撃事件の手引きをしたとは考えておりません。彼女は襲撃時、ウォーターホースのお子さんを救おうと、クラスメイトの被害を抑えようと行動し、敵と戦いました。

 

 その行動は彼女の信念ゆえであると、友を思う純粋な心がゆえであると、彼女は「友」を裏切るようなことはしないと、私は確信しております』

『根拠になっておりませんが? 感情論ではなく、彼女の経歴を含めてちゃんとした証拠を提示していただきたい』

 

 

 

「あの記者も馬鹿だなぁ」

 

 

 嘲笑が込められた視線が、テレビの中の記者に向けられる。

 

『彼女の経歴についてはプライバシーの問題もあるので、ここでの発言は控えさせていただきます。

 

 しかし、我々は彼女が敵と繋がっているとは考えておりません』

『我々も手をこまねいているわけではありません。現在、警察と共に捜査を進めております。我が校の生徒は、必ず取り戻します』

 

 

 

 

 

 

 

 

存在しないもの(・・・・・・・)を血眼になって探したって、見つかることは絶対にないのに」

 

 

 

 

 

 

 

「……それ、どういう…………」

「どうもなにも……言葉通りの、意味でしかないんだが」

 

 死柄木がアンジェラの発言について問い質そうとする前に、アンジェラが「ああ、そうだ」とけだるげに口を開いた。

 

 その視線は、テレビからトガヒミコへと移されていた。

 

「トガヒミコ……って、お前だよな?」

「? はい、そうですが」

「フォニイから、言伝を預かってる」

 

 トガヒミコは、目を見開いた。まさか、アンジェラの口からその名前が出てくるとは、思っていなかったからだ。

 

 お別れを言うことすら出来なかった友達であり、アンジェラにとっては単なる敵でしかないはずの、彼女の名前を。

 

 アンジェラはそんなトガヒミコの様子は放っておいて続ける。

 

「一字一句、そのまま伝えるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……まず、何も伝えることが出来なくて、ごめんなさい。

 私があなたと出会ったあの時、いや、私が産まれたあの時からもう、私は自分が十年と生きることが出来ないと分かっていたのに、それを伝えることが出来なかった。悲しませたくなかった。伝えられていれば、あなたとの時間をもっと大切に過ごせたはずなのに。

 

 後の祭りだということは、分かってる。本当に、ごめんなさい。

 

 そして、私の友達になってくれて、今まで仲良くしてくれて、ありがとう。ふぉーちゃんってあだ名で呼んでくれて、嬉しかった。私の短すぎる一生の中で、あなたと過ごした時間が一番楽しくて、幸せだった。今なら分かる、どうして、母が私に「幸福」を残したのかが。

 

 ……ありがとう、トガちゃん。今まで、一緒に居てくれて。

 

 そして、どうか、天使達の翼を切り裂いて、もぎ取ってほしい。

 

 私の分も、どうか……』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「オレは、お前らのしていることについてどうこう言うつもりはない。それは、オレの仕事じゃないからな。

 

 だけど……トガヒミコ、オレが言うのもなんだが、フォニイのことを、どうか、悲しんでやってくれないか。

 

 それは、友達のお前にしかできないことだから」

 

 そう語るアンジェラは、聖母のような表情をしていた。トガヒミコはその目に涙を浮かべている。どこか、嬉しそうに、そして、友達の死を、心の底から悲しむように。

 

 かくいうアンジェラは、ズキン、と酷い頭痛を感じ、こめかみを手で押さえて座り込みながら、荒く息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どーもぉ、ピザーラ神野店ですー」

「……誰だよ、わざわざピザなんか頼んだの」

 

 と、突然、外から気の抜けるような声が響き渡る。アンジェラが頭痛に耐えながらついついツッコミを入れた、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「SMAAASH!!!」

 

 丁度、スピナーが背にしていた壁を拳一つでぶち抜いて、オールマイトが姿を現した。完全に不意をつかれた連合のメンバー達は動揺を隠せずに居たが、いち早く動揺から回復した死柄木は声を張り上げる。

 

「黒霧、ゲート!」

 

 しかし、黒霧がゲートを発動させるその前に、シンリンカムイが壊れた壁から現れる。

 

「先制必縛……ウルシ鎖牢!」

 

 そして、“個性”で左腕を樹木のように枝分かれさせて伸ばし、連合のメンバー達を拘束した。

 

「木ぃ!? んなもん……」

 

 ツギハギの男……荼毘は、彼らを拘束する樹木を焼き切ろうとする。

 

 しかし、その瞬間、バーの中を青と赤の風が吹き抜けた。荼毘は反応する間もなく、その意識を刈り取られる。

 

「っ……」

 

 その風の正体を視認出来たのは、その場ではアンジェラだけであった。頭痛が限界に近付き、ふらり、と倒れそうになった彼女の身体を、支える手があった。

 

 

 

 

 

 

「おっと、大丈夫か? アンジェラ」

「……ソニック」

「目ぇ虚ろじゃねえか……どれだけリミッター外してたらそうなるんだ?」

「ナックルズまで……」

 

 目眩のせいでどことなく虚ろな、しかし、真っ直ぐな瞳が捉えたのは、何にも代え難き兄と、兄貴分の姿だった。

 

「流石若手実力派だ、シンリンカムイ! そして、目にも止まらぬ、少年達! 

 

 もう逃げられないぞ、敵連合! 

 

 なぜって? 

 

 

 

 

 

 我々が来た!!」

 

 オールマイトは死柄木の姿をその目で捉え、力強く言い放った。

 

「攻勢時ほど、守りが疎かになるものだ。ピザーラ神野店は、俺達だけじゃない。外はあのエンデヴァーを始め、手練のヒーローと警察とGUNが包囲している」

 

 そう言いながら“個性”を使って扉からニュルっと現れたエッジショットがその扉を開けると、そこには警察とGUNの機動部隊が居た。

 

「フーディルハイン少女、大丈夫……では、なさそうだね」

「予想はしていたが、リミッターが完全にオーバーヒートして使い物にならなくなってる。この様子だと、目眩と頭痛の症状が、ってとこだな」

「……見ただけで分かるんだね! 流石はお兄さん!」

「いや普通は分からねぇだろ」

「……なぁ、替えのリミッターはあるか?」

「あるにはあるが、装甲強化が間に合わなくてここには持ってこれなかった。アンジェラ、ちょっとの間だけ、目眩と頭痛、我慢しててくれ」

「わかった……」

 

 アンジェラは、こめかみに添えた手に力を込めた。

 

「……折角色々こねくり回したのに、何そっちから来てんだよラスボスゥ……! 

 

 ……俺達だけじゃない? そりゃこっちもだ。

 

 

 黒霧!! 持ってこれるだけ持ってこい!!」

 

 死柄木は叫び、この状況を打開できる切り札を出せと黒霧に命令する。

 

 

 しかし、黒霧の“個性”が発動されることはなかった。

 

 

 

 

 

「すみません、死柄木弔……所定の位置にあるはずの脳無が……ない?」

「……は?」

 

 死柄木は動揺する。所定の位置にあるはずの脳無がない。それすなわち、脳無格納庫が制圧されたということを意味する。

 

「やはり君はまだまだ青二才だな、死柄木。敵連合よ、君らはナメ過ぎた。少女の魂を、警察とGUNのたゆまぬ努力を、そして、我々の、彼らの怒りを! 

 

 おいたが過ぎたな、ここで終わりだ、死柄木弔!」

 

 それは、平和の象徴。日本のトップに君臨する、ヒーローの姿。その平和の象徴の鋭い眼光に、連合のメンバー達は思わず萎縮する。特にスピナーは、これがステインが求めたヒーローなのか、と、驚愕に包まれていた。

 

「……ま、そういうことだ。オレ達も妹に手ぇ出されてちょいとキてるんでね……大人しくしておいたほうが身のためだぜ?」

「お前らは、狙う相手を完全に間違えたってことだ……覚悟する間も、あると思うなよ?」

 

 明らかな怒気を含ませた瞳で、ソニックとナックルズは連合を睨み付けた。アンジェラは頭痛が響く頭で、特にソニックがここまで感情を剥き出しにするのも珍しいなぁ、と思っていた。

 

「…………終わりだと? ふざけるな……正義だの平和だの、あやふやなもんで蓋された、この掃き溜めをぶっ壊す。そのために、オールマイトを取り除く。仲間も集まり始めた。ここからなんだよ………………黒霧ッ!!」

 

 死柄木の叫びに呼応するかのように黒霧が何かをしようとした、その時。

 

 

 

 

 パンっ!! 

 

 

 

 

 一発の銃声が響き渡ったかと思うと、黒霧はその意識を失っていた。

 

 銃声の方を振り返ると、そこには一丁の拳銃を構えたシャドウの姿があった。相当キレているのか、いつにも増して仏頂面に磨きがかかっている。

 

「……ただの麻酔弾だ。頭に、相当に強力な、が付くがな。

 ……死んではいない。眠っているだけだ」

「殺すのを我慢した、の間違いなんじゃねえの?」

「結構な殺意を感じたんだが」

「そこ二人、煩いぞ」

 

 そんなふうにくっちゃべる三人だが、その瞳には隠し切れぬ怒りが滲んでいる。

 

 死柄木は、明らかな苛立ちを感じていた。ようやく、始まるところなのに、この掃き溜めのような世界を変えるはずなのに。

 

 ヒーローが、そのうちヒーローがと、見て見ぬふりをされた。「先生」に救われていなければ、死柄木は今を生きることもなかった。

 

 ヒーローが憎い、ヒーロー社会の基盤たるオールマイトが憎い。その全てが、何もかもが!! 

 

 

 

 

 

 そして、死柄木の怒りは、限界を超えた。

 

「ここまでだ、死柄木!!」

「お前が、嫌いだ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死柄木の叫びは、一体何に、届いてしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「……!!」

 

 その予兆をわずかでも感じ取れたのは、アンジェラだけだった。

 

 

 

 

 瞬間、周囲が目を開くことすら出来ないほどの閃光に包まれた。その場の全員、ヒーローも敵も何も関係なしに、全員が反射的に目を瞑る。

 

 

 

 そして、光が消え去ると…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なっ!?」

 

 アンジェラと敵連合の姿が、その場から忽然と消えていた。



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教皇(Waw)

 願いは時に、心を縛る呪縛となる。




 託されたものは時に、未来を強制する鎖となる。






 もし、もしも……









 あなたがそれを、振り切ることが出来るのであれば……






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……時は遡り、脳無格納庫。

 

 この場所を、ベストジーニストを主体にMt.レディやギャングオルカ、虎といったヒーロー陣や、警察やGUNの機動隊、そして、ガジェットとインフィニットが制圧していた。あまりにあっさりと仕事が完了したので、巨大化して脳無を両手に持ったMt.レディが「オールマイトの方行くべきだったんじゃないですかね?」とぼやくと、ベストジーニストは厳しい口調で言う。

 

「難易度と重要性は切り離して考えろ、新人!」

 

 それは、日本で五本の指に入るヒーローにまで登り詰めたベストジーニストだからこその言葉だった。ベストジーニストはすぐさま機動隊に移動式牢(メイデン)を用意するように頼む。

 

 その最中、虎が誘拐されていたラグドールを抱えてきた。

 

「虎さん、その人が誘拐されていたというチームメイトですか?」

「生きてはいるようだな……不幸中の幸い、か」

「ああ、しかし、様子がおかしい……何をされたのだ、

 ラグドール……!」

 

 ラグドールは虚ろな瞳をしており、意識があるのかも分からない状態だった。チームメイトでなくても、彼女の様子がおかしいのは明らかだ。そんな様子を見たギャングオルカが口を開く。

 

「取り敢えず……ガジェット君、彼女に回復を頼む」

「効果があるかはわかりませんが……やってみます」

 

 ガジェットは“個性”を行使するも、ラグドールの様子はおかしいままだった。ガジェットは首を傾げながら「効果がないみたいです……ごめんなさい」と、謝罪を口にする。

 

「いや、ガジェットが責任を感じる必要は無いだろう。ガジェットの“個性”で干渉出来ない何かが弄られた、と考えるのが妥当だ」

「ふむ……彼の回復はかなり万能だと聞き及んでいたが……」

 

 虎がそう言い首を傾げた、

 

 

 

 

 

 その直後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「済まない、虎……前々からいい“個性”だと……ちょうどいいから、「貰うこと」にしたんだ。こんな身体になってから、ストックも随分と減ってしまってね」

 

 くぐもった声が、暗闇から聞こえてくる。どことなく楽しげな、男の声だった。

 

「止まれ! 動くな!」

 

 警戒心を強めたギャングオルカがそう静止の言葉をかけるも、声の主は止まろうとはしない。ベストジーニストは“個性”を使い繊維を操り、男を拘束した。

 

「ちょ、ベストジーニストさん! もし民間人だったら……!」

「状況を考えろ新人……その一瞬の迷いが現場を左右する。敵には何もさせるな……!」

 

 ベストジーニストはMt.レディにそう言うと、拘束を更に強める。

 

 しかし、次の瞬間、ベストジーニストの拘束が破られたかと思うと、

 

 

 

 

 

 

 

 凄まじい爆発音と、微かな肉を抉る音がその場に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、痛たた……一体、何が……」

「まさか、敵連合のブレーン、とやらが、動いた……?」

 

 ベストジーニストの“個性”によるものか、いつの間にか服の繊維を操作されて、ガジェットとインフィニットは瓦礫の影に移動していた。

 

 敵連合にブレーンらしき存在が居るということは、事前に聞かされていた。同時に、そいつはオールマイトに匹敵する強者でありながら狡猾で用心深く、自分の安全が確保されなければ表に出てくることはない、とも聞かされていた。

 

 しかし、今のこの状況……少し周囲を見渡して見る限り、かなりの広範囲に届いたらしい衝撃波と破壊の跡は、状況がひっくり返ったことを如実に表していた。

 

 この状況を一瞬にして作り出すことが出来るのは、オールマイトクラスのパワーを持つ者だけであると、二人は直感的に理解していた。

 

「……何にせよ、まずは状況を確認しないと……」

 

 一度深呼吸をしたガジェットがそーっと、瓦礫の外を覗き見る。

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 そして、そこに見えた光景に、言葉すら失った。

 

「どうした、ガジェット」

「………………」

 

 問いかけても返答が無いガジェットに、インフィニットは疑問を抱きながら瓦礫の外に目を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 そして、ガジェットと同じように、言葉すら失い、動くとことさえ出来なくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 二人が、瓦礫の外に見た光景。

 

 それは、

 

 

 

 

 

 

 

 翡翠色の長髪に緑色の瞳を持つ、学ラン姿で右目を包帯で覆った7歳ほどの両脚がない小さな少女が、空中に出現していた緑色の魔法陣のようなものの上から、赤黒く光りを放つ、ボコボコとした長く太い棘のような形状になった右腕で、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 工業地帯のようなマスクを着けたスーツ姿の男を串刺しにしている、光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初から、

 

 生まれた時から、

 

 もう、全てが手遅れだった。

 

 もはや、何もかもが取り返しの付かない状態だった。

 

 それを象徴するものが、自分達であると、知っていた。

 

 

 

 

「教会」は、とっくの昔に狂っていた。

 

「崇高なる目的」のためならば、手段を選ばなかった。

 

 その「崇高なる目的」が何なのかは、分からない。

 

 

 

 

 

 ただ、分かっていることは、

 

「幻惑の宝珠」も、

 

「魂の残滓」も、

 

「永久の夜」も、

 

「失われし時間の偶像」も。

 

 

 

 

 

 

 

 その全てが、その「崇高なる目的」を達成するために必要な素材を産み出そうとした結果産まれた、副産物でしかないことと、

 

「母」が一体、どんな目にあってきたのかということと、

 

 この身体が、10年と保たないという確信。

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

 母が抱いていた、ありとあらゆる負の感情。

 

 

 

 

 

 

 

 絶望の中で、狂気の中で産まれて、長らえることすら赦されない命。

 

 運良く外に出られても、表に溶け込むことなんて出来なかった。

 

 その方法を、知る術なんかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを為すには、自分はあまりにも、幼かった(・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガハッ…………!! き、君は…………!!!」

「…………」

 

 ぐしゃり。

 

 少女は無言で、棘をより深く突き刺す。スーツ姿の男は口から血を吐き出しているのか、マスクの縁から赤い液体がドバドバと垂れていた。

 

「…………」

 

 グサッ!!! 

 

 棘が更に深く突き刺さり、男の背中から腹にかけて、大きな穴を空けた。大量の血液が月光に照らされながら、男の腹から溢れ出して止まらない。よく見ると、棘の赤黒い光は男から少女へと流れているように見える。まるで、エネルギーを補給するかのように。

 

 それに呼応するかのように、男がどんどんと痩せ細って、干乾びたミイラのような姿になっていく。最初は抵抗していた男の身体から、どんどんと力が失われていく。

 

「ぁ……ぁ………………」

 

 少女はただただ、無機質な瞳を男に向けていた。そこからは、何の感情を読み取ることさえ出来ない。その幼い風体とあまりにも不釣り合いなその瞳は、見る者に死すら錯覚させるような本能的な恐怖を与える。

 

 そして、数秒も経たないうちに、男は完全に干からび切り、スーツとマスクだけを残して、身体は塵となって朽ち果てた。

 

「…………紛い物、だけど、これは……」

 

 少女はそう呟きながら、左腕を空中に向ける。その先に緑色の魔法陣のようなものが展開され、地面にも同じものが現れる。そして、それらが目を開けられないほどに眩い光を放った。ガジェットとインフィニットも思わず目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 数秒して、光が収まる。

 

 ガジェットとインフィニットは急いで外の状況を確認し、再び目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程まで、魔法陣があった場所には、

 

 

 

 ふらついた様子のアンジェラが、立っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 思考をすることすら億劫になるほどの目眩と頭痛の中で、アンジェラは何が起こったのかを理解した。

 

 先のワープ、アンジェラを敵連合の元からこの瓦礫の山に移動させたのは、空間転移の魔法だ。その証拠に、アンジェラは自身の周囲から、使いそびれたであろう魔力が漂っているのを感じる。

 

 そして、目には見えない魔力を辿った先に、両足がなく、右目を包帯で覆い、右腕が腕と呼ぶことすらはばかられるほどに歪な形になった、翡翠色の長髪に緑色の瞳の学ラン姿の少女を発見した。その右腕は棘のような形で地面に突き刺さっていたが、程なくしてシュルシュルと巻き戻されるように縮み、普通の腕のサイズになる。普通になったのはサイズだけで、形は未だに歪なままだ。

 

 アンジェラが虚ろな目で学ラン姿の少女の方を見ていると、少女はアンジェラの方を向いて、先程までの無表情とは程遠い柔らかい表情で口を開く。

 

「やあ、久し振り(・・・・)

 

 ……いや、君にとっては始めまして、かな。

 

 何にせよ、またこうして会えるとは思ってなかったよ。会う前に、僕は死ぬものとばかり思ってた」

「…………」

 

 アンジェラは、何も答えない。

 

 答えるだけの体力が残されていないのか、はたまた、答えるための言葉を持ち得なかった(・・・・・・・・・・・・・・・・)のか、それは、本人にしか分からない。

 

 少女はそんなアンジェラの様子を少し怪訝に思いながら、視線を別の方向に向ける。

 

 そこには、仰向けで地に伏した、ベストジーニストの姿があった。

 

「言っておくけど、僕は彼女が誘拐されたことなんてニュースを見るまで知らなかったし、少なくとも7年(・・)は、書面口頭ネット全部含めて一切言葉を交わしてもいない。そもそも彼女は僕のことなんて知らないだろうしね。彼女は敵連合の事件の発生そのものとは無関係だよ」

「君は……敵連合の手の者、か……?」

「それが敵連合と僕に組織的な繫がりがあるのかという問いかけなら、答えは「否」だね。「妹」の友達がお世話になったらしいから、そういう意味では繫がりはあるけど、手の者かと言われると違うかなぁ。妹の友達含めて、直接メンバーに会ったことはないし、

 

 そもそも、さっきのマスクの男、敵連合のブレーンらしいし。どうでもいいけど」

 

 世間話を語るかのように話をする少女に、ベストジーニストは本能的な恐怖を覚えた。こうして話をする姿は、その容姿にさえ目を瞑ればごくごく普通の、どこにでも居る小学生の少女にしか見えない。その声音も、小学生が休み時間にクラスメイトと駄弁る時の声に聞こえる。

 

 そんな、無垢とも思えるような少女が、平然と、何でもないように、人を殺した(・・・・・)。その相手が例え敵連合のブレーンであったとしても、ベストジーニストはショックを隠しきれない。

 

 ベストジーニストには、視線の先で浮かぶ少女が、とてつもなく恐ろしいものに見えた。それは、「健常者」としては、当然の思考回路であった。あんな幼い子供が、人殺しをするなんて、と。

 

 

 

 だからだろう。

 

「どうして、殺した……!?」

 

 ベストジーニストの口から、そんな発言が出てきたのは。

 

 

 

 

 

「どうしてって、君らにとっても邪魔な存在だったんでしょ? そんなふうに非難される謂れは無いはずだよ」

「っ……そうではない! 君が、君のような子供が、殺人に手を染めてはいけないと、言いたいんだ!!!」

 

 少女はひたすらにきょとんと、ベストジーニストが何を言っているのかが分からないと言わんばかりの表情で首を傾げながら、口を開いた。

 

 

 

 

 

「どうして? 「母」を冒涜することは赦したのに、敵を殺すことは赦さないの? いや、そもそも…………

 

 

 

 

 僕、人間じゃないし」

 












AFOさんは死にました。オリジナルのAFOさんの出番はもう終わりです。

神野編の構想を練り始めた時から、元々オリジナルのAFOさんにはここでご退場いただく予定ではありましたが、どうやってご退場いただこうか直前まで色々と考えまくった結果、もう余計なことは喋らないでもらおうと思い、こんな展開になりまちた。苦情は受け付けません。


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審判(Sin)

 不条理に嘆き、理不尽に絶望し、身勝手に怒り。

 そうすることしか、知る由もなかった。

 知る術なんか、分かるはずもなかった。

 分かったところで、受け入れられるわけがない。




 母を、僕らを、傷付け苦しめ絶望させ続けた奴らを信仰しろ、だなんて。






「僕達は死んで生きる。生きて死ぬ。当たり前を知らぬまま。知るは母と同胞たちの怒りと絶望だけ」










 灰色(偽りの平和)で塗り固められた与太話(英雄譚)を終わらせて、





 さあ、幕を上げよう。








 愚かな子供()を称え、冒涜者(天使)狂信者(ヒーロー)を裁くための、血に彩られた舞台(審判)の幕を。








 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりにも平然と、訳の分からないことを口走る少女に、ベストジーニストは一瞬、言葉を失った。彼は、眼の前の少女が自分の、普通の人間の価値観が全く通用しない相手なのだと、直感的に理解したのだ。

 

「……っ、予想外に次ぐ予想外……だが、一流はこの程度を失敗の理由になど…………っ!!?」

「うるさい」

 

 ベストジーニストは少女を拘束するべく、“個性”を発動させ自身の衣服の裾を伸ばし少女へと向けたが、少女がベストジーニストに向けた左手に展開された魔法陣から放たれた魔力弾の直撃を受け、その腹を抉られ血を撒き散らし、意識を刈り取られた。

 

「ジーニストさん!!」

「おい、ガジェット!」

 

 ガジェットは咄嗟に飛び出して“個性”で治療を施そうとするも、何故か、一向に傷が塞がらない。ベストジーニストの腹の穴からは、赤い液体と共に、緑色のモヤのようなものが溢れ出ている。ガジェットはそのことに困惑するも、インフィニットに肩を叩かれ、平静を取り戻した。

 

「こういう状況だからこそ、平静を保て。“個性”が効かなくても、できることはある」

「……はい、すみません」

 

 ガジェットはポーチから包帯を取り出し、ベストジーニストの腹に巻いていった。

 

 

 

「この世界は……狂信者(ヒーロー)がのさばりすぎている。そうは思わない?」

 

 少女は再びアンジェラの方を向いて、口を開く。

 

 

 

 

 

 その直後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!!」

 

 少女は咄嗟に空中へ魔法陣を展開する。

 

 その空中から、月を背に、日本が誇る平和の象徴、オールマイトが飛来し、魔法陣に向かって拳を放った。凄まじい衝撃波と破壊音が周囲に響き渡り、魔法陣はピキピキ……と音を立ててひび割れていく。

 

 このままでは保たないことを確信を抱いた少女は、浮遊しながら拳の軌道上から逸れた。オールマイトは勢い余って地面に激突し、砂煙が舞い起こる。

 

「……オールマイト……平和の、象徴…………」

 

 少女がオールマイトを見るその瞳には、溢れんばかりの憎悪と怒りと殺意が込められていた。少女にとって、オールマイトは決して許せぬ敵の親玉の一人。そんな人物を見る視線が敵意で染まり上がっているのは、当然のことであった。

 

 砂煙が晴れ、その中からオールマイトが姿を現す。オールマイトは空中に浮かぶ少女を目にすると、口を開いた。

 

「……やあ、少女。敵連合のブレーンの男を知らないかい?」

「殺した」

「殺した……君、が?」

 

 少女はどこまでも無垢な表情で頷いた。それのどこが悪いのかと言わんばかりの目だった。

 

「ああ、殺して、中身(こせい)を食べた。

 ……それが、何か?」

「……君は、人を殺して罪悪感を感じたりはしないのかい?」

「不思議なことを言うなぁ、諸悪の根源(オールマイト)狂信者(ヒーロー)は、物分りが悪い生き物だね。そんな生き物で溢れてるこの世界は……実に、くだらない」

 

 そう語る少女の顔には、ヒーローというものに、この世界に対する嘲笑が見て取れた。ヒーローという生き物と、そのフォロワーで溢れ返るこの世界が、汚らわしいとでも言わんばかりの表情だった。

 

 ヒーローに、この世界に対する嫌悪も、怒りも、憎悪も、何もかも、少女は隠すことなく曝け出している。

 

「母は……最初は救けを求めていたよ。きっと、自分が憧れた、ヒーローが救けてくれると、希望を持ち続けていた。

 

 ……母を見捨て、母の全てを奪ったのは、そのヒーローだというのに、

 

 ただでさえ絶望に塗れていた母を、更なる絶望の底へ叩き落したのは、そのヒーローへの強すぎる「憧れ」だというのに」

「……それは、どういう……?」

 

 オールマイトが少女へそう問いかけた、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビュオオオオっ!! 

 

 その場に荒々しい風が2つ、吹き荒んだ。

 

「……次から次へと……」

 

 少女はそうぼやくと空を切り、自身の周囲に緑色の障壁を作り出す。吹き荒れた2つの風は、少女が展開した障壁に衝突し、火花を散らし、障壁を破壊した。

 

「っ……!」

 

 その衝撃で、少女は地面に叩き落される。地面に衝突する寸前のところでふわり、と浮遊し、衝突による大ダメージは回避したようだ。

 

 少女が一つ、息を吐いた、その瞬間。

 

 上空から赤い閃光のようなものが、少女めがけて落ちてくる。

 

 それに気が付いた少女は、急いでその落下物を回避する。それが落ちてきた……否、叩きつけられた場所には、大きなクレーターが出来上がり、砂埃が舞い上がっていた。翡翠色の髪が、衝撃波に揺られてたなびく。

 

「……今宵は……随分と、客が多いことで……」

 

 少女は思わず、そうぼやいた。彼女にとって、これほど予想出来て、予想外なことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂埃が晴れていく。視界が段々と、クリアになっていく。

 

 そして、周囲の様子が視認出来るようになり、最初に少女の視界に飛び込んできたのは、

 

 

 

 

 

「Hey,girl.随分とまぁ、派手に暴れたな?」

「街を破壊したのは僕じゃないよ。街を破壊した奴を殺したのは僕だけど」

「おおっと、そいつは失礼」

 

 アンジェラを背に庇い、少女の視線の先に立つ、ソニック達の姿だった。

 

「あいつは……連合の親玉か?」

「いや、連合のブレーンは男性らしい。同時に、あの女のような敵の情報は一切無かった」

「何にせよ、オレ達がやることは変わらないさ。

 

 うちの妹は返してもらうぜ、girl?」

 

 ソニックはそう言って、挑発的に笑った。

 

「……「うちの妹」……ね…………

 

 取り敢えず、ガール呼ばわりはやめてほしいんだけど」

「Sorry.だけどオレ達は君の名前を知らないもんで」

「……ああそっか、挨拶もしてなかったのか。これは失敬」

 

 少女は再び空中に浮かぶ。冒涜的なその姿が、月光で照らされる。

 

「僕はトゥーレシア。

 失われし時間の偶像(フェイタル・マギア)の、次女さ」

 

 そう言って、少女……トゥーレシアは、丁寧にお辞儀をしてみせた。

 

失われし時間の偶像(フェイタル・マギア)……?」

「そう、天使に時間という概念すら奪われた母の無念と、天使の画策が組み合わさった結果産まれた、人のかたちをした人ならざるもの。それが僕ら。

 

 僕らは言葉すらもとうの昔に失った母の代弁者であり、母が抱き続けた憎悪と絶望の、代行者」

 

 トゥーレシアは翡翠色の髪を夜風で揺らしながら、その背に大きな魔法陣を展開した。翡翠色に輝く魔法陣に、淡い魔力の光が収束していく。

 

「“個性”を持たぬがゆえに、母は虐けられ冒涜し続けられ……終には、人としての総てを失い絶望の底へと叩き落された。

 

 その結果を産み出した、天使とヒーロー……そして、それらを生み出し続けたこの世界そのものも……僕は、その存在を赦さぬ」

 

 トゥーレシアはその瞳を緑色の輝かせながら、威圧感のある低くドスの効いた声でそう言うと、背の魔法陣を更に巨大化させる。

 

「せめて、せめて母がヒーローなどに憧れていなければ……ヒーローが、存在していなければ。

 

 母は要らぬ絶望を抱くこともなく、失意の果てに貴様らを憎むこともなかった。

 

 総て……総て、ヒーローという存在の傲慢が、この結果を産み出した。憎み続けることは、憎悪を抱き続けることは、母の幼く優しい心を深く深く、傷付けた………………

 

 

 

 

 

 その罪は、例え天使とヒーローを根絶やしにしても贖えぬ。

 

 総てを壊し、天使を皆殺し、ヒーロー社会そのものを瓦解させ、冒涜者(ヒーロー)共が失意の果てに絶望することでしか、贖罪は果たされない」

 

 魔法陣が更なる光を放つ。トゥーレシアが、彼女の言う「母」が抱き続けた怒り、嘆き、悲しみ、絶望、憎悪、その全てを、照らし示すように。

 

「この火はもはや、誰にも止められない。止めることなど、赦さない。

 

 諸悪の根源(平和の象徴)……まずは、貴様だ」

 

 次の瞬間、眩いばかりの光が周囲に放たれた。攻撃力は皆無のようだが、目を開くことが困難なほどの光だった。その場の全員が、思わず瞳を伏せる。

 

 

 

 ……たった一人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 ガキィッ…………!! 

 

 コンマ数秒後、金属がぶつかるような音が周囲に響き渡ると同時に、光が消える。まるで、そこに光などなかったかのように、さっぱりと。

 

 そして、そこに見えたのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何のつもり?」

「…………」

 

 杖に変形させたソルフェジオの柄で、槍のように変形したトゥーレシアの右腕を受け止める、アンジェラの姿だった。

 

 その場の誰もが、動けずにいた。

 

 アンジェラが、意識が朦朧としているはずの彼女が、息が詰まるほどの威圧を、放っていたから。

 

 トゥーレシアは、懐疑そうな顔をアンジェラに向ける。キリキリ、キリキリと、金属同士が擦れる音が周囲に響いていた。

 

「君は何一つ覚えちゃいないだろうけど……そいつは、諸悪の根源なんだ、母を、何も罪など犯していない母が、望まぬ人殺しを強制されているのは、元はと言えばその男がヒーローの頂点に君臨してしまっていたからだ。

 

 ……邪魔しないで、くれる?」

 

 

 

 

 

 

 

 トゥーレシアの言葉に、アンジェラはゆっくりと、首を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………「知ってる」よ……自分が一体何者だったのか、「母」が一体誰だったのか、自分が何を望まれていたのかも……全部」

「……………………は?」

 

 トゥーレシアにとって、その言葉は想定外も想定外だった。予想することが、できるはずもなかった。彼女には、いや、この場の全員が、知る由もなかったのだ。

 

 林間合宿の襲撃時、フォニイがアンジェラと接触した、その本当の理由。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラから失われていたと思われていた、バラバラに砕けた記憶が、フォニイの手によって元の形に戻されていたことなど。

 

「っ……記憶を……取り戻していた、ってことか……!? でも、何で今……!?」

「さあね。フォニイの考えは分からない。未来永劫、答えが返ってくることはない。

 

 ただ……時間がなかったのは、大きな要因なんじゃないか、とは思うけどな」

 

 アンジェラはそう言いながら、トゥーレシアの腕を弾く。弾き飛ばされたトゥーレシアは、その場で浮遊しアンジェラに右腕を向けた。

 

「っ……思い出したのだと言うのなら、何で! 何で、僕の邪魔をするんだっ!!」

 

 まるで子供の癇癪のように、涙を浮かべながら叫ぶトゥーレシア。アンジェラも、その怒りも嘆きも悲しみも、理解することは出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………そう、理解すること、()

 

 

 

 

「その感情は正論でしかないし、オレにはそれを否定することなんで出来やしない。

 

 だけどさ……関係ない奴らも纏めて消す、は、なんか違くないか? 

 世の中の全てがそうやって善悪簡単に決められるようなものなのなら、誰も苦労しないっての」

「………………だけど…………これは、「母」が望み……僕が望んだことだ……今更、止められるわけがないだろうっ!!!」

 

 トゥーレシアは泣き叫びながら、刃のような形に変形させた右腕をアンジェラに向かって振るう。無茶をした反動か、アンジェラはふらり、とよろけた。

 

「アンジェラっ!」

「来ないで」

 

 ソニック達はアンジェラの元へ駆け寄ろうとしたが、それは、儚げな笑みを浮かべたアンジェラ本人に遮られた。ソニック達がアンジェラの思わぬ表情と言葉に一瞬動きを止めてしまった、その瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザシュッ

 

 舞い散り、滴り落ちる、赤い液体。

 

 重力に従って、落ちる物体があった。

 

 

 

 

 

 

「……あ……何、で………………」

 

 

 それを斬り落とした張本人であるトゥーレシアですら、いや、その場の誰にだって、声を上げることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 重力に従って落ちた物体、

 

 

 

 それは、斬り落とされたアンジェラの、左腕だった。

 

「アンジェラっ……!」

 

 ソニック達は脇目も振らず、アンジェラに駆け寄った。左腕があった場所からは、未だにドロドロと血が流れ出ている。

 

「っ、ガジェット、直ぐに治療を……」

「……いや、このままでいい」

 

 アンジェラの言葉に、当然ソニック達は驚愕する。明らかに、今のアンジェラは治療が必要な状態なのに、彼女はそれを拒んだ。

 

「なに言ってんだよ、そのままで平気なわけないだろ……!!」

「アンジェラさん……」

「……」

 

 ナックルズとガジェットが、心配をその表情の全面に押し出して声を上げる。しかし、アンジェラの意志は硬い。

 

 

 

 

 

 

 

「どう……して……何で……受け止めることも、しなかったんだよ……その気になれば、避けることだって、受け流すことだって、出来ただろ……なあ、「ナーディ」!!」

 

 トゥーレシアは涙ながらに叫ぶ。アンジェラであれば、あの攻撃を避けることは今は難しくとも、受け流すことは容易であった。それは、トゥーレシアも分かっていた。

 

 なれば、何故それをせず、無抵抗に自分から、左腕を斬り落とさせたのか、と、

 

 

 

 

 アンジェラの本来の名前(ナーディ)と、共に。

 

 

 

 

 

「其れが、オレの答えだ」

 

 アンジェラは斬り落とされ激痛が走るはずの左腕があった場所には見向きもせず、トゥーレシアに向き直る。

 

「確かに、オレは記憶を取り戻した、何があったのかを、思い出した。……それで、ヒーローに対する悪感情が生まれなかったと言えば、間違いなく嘘になる。

 

 だけど……

 

 

 

 

 それだけが、「世界」じゃない、「人間」じゃない」

 

 アンジェラは、残された右腕と右手に携えたソルフェジオをトゥーレシアに向けて構える。

 

 彼女の表情には、確かな決意が、垣間見えた。

 

「トゥーレシア……お前の感情はご尤もだが……オレは、そのやり方に賛同しようとは思わない。

 

 それがオレだ、「アンジェラ・フーディルハイン」だ、

 

 

 

 

 

 

 文句があるなら、掛かってこいッ!!!

 

 

 

 

 咆哮のような、寸分の狂いも迷いもない叫びは、その場に居た全員の魂までもを震わせた。

 














原作緑谷君がアンジェラさんに出会って、その力と価値観を知ったらどうなるのか気になる今日このごろ。逆のパターンはすぐに結論出たんですけどね。





…とか書いたら、誰か意見くれないかしら|д゚)


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末の妹

 この世界は、独善に塗れている。  

 誰が、抜き去ることが幸福に繋がると考えたのか、

 どうすることが正解だったのか、

 一体何が真実だったのか、


 この不条理だらけの世界では、判別することすら難しい。






 この世界に、本当の「善意」など存在しない。




 そして、






 誰も彼もが、結局は同じ穴の狢でしかない。












 誰かが言った。

「エゴは、押し付けと何ら変わりない」と。











 ……別に、いいじゃないか。エゴであったとしても。







 その方が、純度100%の善意よりも、









 よっぽど、人間らしいだろう。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魂が揺さぶられるような叫びが木霊する。アンジェラの左腕の切断面からは、今だに血液が垂れ流れ、緑色の靄のようなものが纏わり付いていた。

 

 肉体の一部を失って、絶え間なく走っているであろう想像を絶するほどの激痛の中で、それでもアンジェラは、真っ直ぐにトゥーレシアを見据えていた。その視線に、どこかトゥーレシアを憐れむような何かが混ざっていることに気が付いた誰かが声をかける前に、アンジェラが口を開く。

 

「あいつも、可哀想な奴だ」

「……腕を斬り落とされた人間の言う事とは思えないな。何を持って、奴を可哀想だと?」

「仕方ないんだ、そうすることしか知り得なかったんだから。……オレは、ちょっとばかし運が良かっただけ。あいつらは、その機会すらも持ち得なかっただけ。本当に、それだけなんだよ。

 

 その点じゃ、昔のお前と似てるかもな、あいつらは」

「…………どうしてそんなことを知っているのかとか、色々と聞きたいことはある……何故、腕の治療を拒否したのか、ということも」

「……」

 

 シャドウの言葉に、アンジェラは一瞬言葉を詰まらせる。誰がどう見たって、今のアンジェラの姿はあまりにも痛々しく、見ていられないようなものであることは明白。普通の人間であれば、泣き叫ぶか気絶するか、如何なるものであっても、何らかの反応を見せるはずの、大きな傷。

 

「そうですよ、どうして……」

 

 しかし、アンジェラは今だに、その瞳に光を宿していた。泣き叫ぶことも、気を失うこともせず、ただただ、空に浮かぶ翡翠の少女を見据えていた。

 

「……まだ、何も伝えてなかった。

 ただの一言も、届くことはなかった。

 返すだけ返して、与えるだけ与えて、オレだけじゃなく、トモダチにすら、なぁんにも言わずに、勝手に満足して、勝手に、消えて………………」

 

 その声に込められていたのは、この場に、いや、もうこの世には存在しない者に対する、確かな怒りだった。

 

 誰かが何かを言う前に、アンジェラの足元に魔法陣が展開される。その魔法陣から放出される魔力がとてつもない規模のものであることを最初に察知したのは、物心つく前の頃から人知を超えた力(マスターエメラルド)に触れ続けてきた、ナックルズだった。

 

「おい、アンジェラ! そんな状態で、何考えて……! リミッターだって、壊れてるんだろ!?」

「……贖罪は、果たそうとする意思がなければ意味がない。特にお前はよく分かっているはずだぜ、ナックルズ」

「……アンジェラ、まさかお前に、原罪があるとでも?」

 

 ナックルズの問いかけに、アンジェラは不敵な笑みを浮かべながら、ソルフェジオを振り回した。

 

「原罪か……言い得て妙だが、その通りかもしれない。

 

 ……本当は、生きることさえ赦されてはいない(・・・・・・・・・・・・・・・・)のがオレ達だった。

 

 正当に与えられた命ではなかった。

 

 

 

 数多の罪咎なき犠牲の果てに、

 

 人知を超えた力に意味もなく手を伸ばそうとした愚か者たちの業の果てに、

 

 ただただ、居もしない「神」の座に手を伸ばそうとした人間の傲慢の果てに。

 

 

 …………そうして産み出されたのがオレ達だ。

 

 

 少女(ヒト)のカタチをした、人間(ヒト)ならざるヒトのなり損ない。

 

 

 それが、オレ達の正体だ。

 

 

 

 

 

 元より生を赦されているわけではなかった。

 

 生きることそのものが、母へ対する冒涜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………それが、何だというんだ?」

 

 魔法陣に更なる魔力が収束される。アンジェラ自身のものだけではなく、トゥーレシアが使いそこねて周囲にばら撒いてしまっていた魔力ですら、アンジェラは貪欲に吸収していく。

 

「いきさつはどうあれ、オレはこうして生を受けた。盗られていた記憶を取り戻したところで、今更、オレの生き方を変えることなんざ出来ねえよ。

 

 ヒトのなり損ないが、自分らしく生きちゃいけないって決まりもないだろ?」

 

 アンジェラの言葉には、一切の嫌味も自嘲も込められていなかった。

 

 ただ、自分がヒトのなり損ないであるという事実をありのままに受け入れて、その事実を語っているだけだ。

 

 その証拠に、アンジェラの瞳には、一切の陰りすら見えなかった。

 

 

 

 

 

「………………はぁ〜……」

 

 ソニックは、深く溜息を吐いて、呆れたように、しかし、どこか愛おしげな視線をアンジェラに向けた。自らを「ヒトのなり損ない」と評したこの少女は、その言葉とは真逆の、誰よりも人間らしい笑みを湛えている。

 

 一体これのどこが、「ヒトのなり損ない」だと言うのだろうか。

 

「アンジェラがヒトのなり損ないなら……オレとシャドウはさしずめ、生き物のなり損ない、ってトコか?」

「いや……そういう意味で言ったわけじゃ……」

「いいじゃないか、おそろいで」

 

 ソニックが放った何気ない一言に、アンジェラは思わず口角を上げる。

 

 そうだ、おそろい。

 

 ソニックとシャドウと、おそろい。

 

 別に血縁なんぞは求めてはいないが、その響きは悪くない。

 

「……お前ら、相変わらずぶっ飛んだこと考えるよなぁ」

「なに言ってんだ、お前らも共犯だよ。それこそ、最初から。

 まァオレは、自慢じゃねえが今まともにゃ動けねえからな。色んな意味で」

「本当に自慢じゃないな。まともに動けないような状態で、あれだけの啖呵を切ったのか?」

 

 インフィニットは呆れたように言う。実際、今のアンジェラはボロボロもいいところだ。左腕の喪失とリミッターを外しっぱなしにしての大規模な魔力行使は、ただでさえボロボロなアンジェラの身体に多大な負荷をかけている。

 

「だからこそ、だよ。オレは元より一人じゃ何も出来ない。自分の魔力を抑えておくことも、ままならない。

 

 

 

 

 ……ああいや、つまらない御託は、やめにしよう。

 

 今の(・・)トゥーレシアを放置しておくのが、目覚めが悪い……理由なんて、それで十分だろ」

 

 アンジェラがトパーズの輝きでもって射抜く視線の先には、酷く動揺して、まるで迷子のような表情をしながら、その背に魔法陣を展開している、トゥーレシアの姿があった。

 

「……まさか、左腕を斬り落とさせたのも、治療を拒んだのも……全て、」

ただの自己満足(・・・・・・・)だよ、いつものことだろ。元よりもう(・・)まともには動かない身体だ、腕の一つくらいなくなったって、差異はない」

 

 何かを察したシャドウの言葉を、アンジェラはその言葉が完全に紡がれる前に遮った。あくまでも自己満足を押し通そうとするアンジェラの態度に、ソニック達は思わず呆れ返る。

 

「無茶苦茶というよりは……イカれてるな、本当に」

「それも、元からだろ? 

 

 オレは誰よりもエゴイスト。

 

 磔にされた、雁字搦めで自由の無い押し付けられた「正義」だなんてお断り。

 

 オレはオレのやりたいようにやる。

 

 それは、昔からずっとそう。

 

 これからも、変わることはない。

 

 

 

 

 …………違うか?」

 

 そんな余裕など、欠片たりともないくせに、アンジェラは得意気にウインクしてみせた。その表情には、一切の無理を感じなかった。

 

「……相変わらずですね、本当に」

「だけど、下手に取り繕われるよりも、こっちのがアンジェラらしい」

 

 アンジェラの足元の魔法陣に、更に魔力が収束されていく。アンジェラが右手に携えた杖形態のソルフェジオにも、光が集まっていく。 

 

「そういうわけだ、トゥーレシア」

「……ははは、僕は君が羨ましいよ。ちゃんと自分の意思を持っている君が。

 

 

 だけど……僕はもう、止まれない」

 

 トゥーレシアの背に背負われている魔法陣が巨大化して、翡翠色の膜のようなものを周囲に広げていく。遠目に、爆発に包まれて落下していく何かの姿が映ったような気がした。

 

「奴らを……英雄を、天使を、その全てを焼き尽くすまで、僕は止まれない……止まらないと、自分で決めた!」

「なぁんだ、ちゃんと自分の意思持ってんじゃん」

 

 アンジェラはまるで悪戯っ子のような笑みを浮かべると、ソルフェジオをトゥーレシアに向けて構える。足元の魔法陣も、更なる輝きを放っていた。

 

「ちょ、フーディルハイン少女……もしかして、戦うつもりかい!?」

「逆に聞くがな、オールマイト。トゥーレシアと戦って、今のあんたに勝ち目があるとでも?」

「それは……」

 

 未知の力であの日本の裏社会の帝王たるオール・フォー・ワンを一方的に殺してみせたトゥーレシアに、衰え切ったオールマイトが敵う道理はない。このまま戦ったところで、徒に蹂躙されて終わるだけだと、オールマイトは断言出来た。

 

「厳しいこと言うようだけどなオールマイト、トゥーレシアはやろうとしてることこそ斜め上にぶっ飛んじまってるが、その根幹の感情は、誰に断ずることも出来ない、正当なものなんだよ。

 

 ……あんたが平和の象徴として君臨してしまっていたから起きた悲劇だということも、事実なんだよ」

「……「母」とやらの、絶望……君は、彼女の言葉を信じるのかい?」

 

 オールマイトは、鋭い視線をアンジェラに向けた。オールマイトは、否、ヒーローであれば、トゥーレシアの言葉の全てを鵜呑みにするようなことはまずない。言葉巧みに人々を拐かし、罠に嵌めるための発言であるとオールマイトが警戒することは、至極当たり前のことだ。オールマイトがトゥーレシアの話を信用しようとしないのも、至極真っ当な事である。

 

 

 

 

 

 

 ……其れは、知る由もない真実を知らぬから発せられた言葉であるのだと、アンジェラは理解していた。責めるつもりも、毛頭なかった。

 

 

 

 

 ただ、アンジェラは真実のみを口にする。

 

 

 

 

 

 

 其れが、どんなに残酷で、今更どうしようもない真実だとしても。

 

「「母とやら」、か…………オールマイト、母は昔、あんたに無邪気に憧れていた。どんな人でも笑顔で救い出す、最高のヒーローであるあんたに。

 

 信じる信じないって話じゃない、オレは最初から知っていた(・・・・・)んだ。今の今まで、記憶が封じられていたってだけで。せめてオレだけは、全てを忘れて幸せになりなさい、って。

 

 

 

 

 

 ……せめて、せめてそんな曖昧で不明瞭な呼び名じゃなくて、ちゃんと名前で呼んでやってくれよ。もう、母の耳には届かないとしても、魂へのせめてもの手向けとして、かつての憧れからの手向けだ、ほんの少しは、天使の呪いに縛られ続けている母の魂も、浮かばれるだろうさ」

「……お生憎様だけどねフーディルハイン少女。私、その人の名前を知らないんだ」

「おおっと、そうだったな。それは失敬。知らない名前を呼ぶことなんて、出来やしないもんな」

 

 アンジェラはうっかりしていた、とでも言わんばかりの表情で、紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、誰よりも素晴らしい平和の象徴(スーパーヒーロー)に憧れて、

 

 力が無いがゆえにその憧れへの道を断ち切られ、

 

 

 

 天使に攫われ、英雄に見捨てられ、

 

 

 

 世界の全てに裏切られて、

 

 

 

 深い深い絶望に突き落とされて、

 

 

 

 

 人としての全てを捨てさせられて尚、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 組み上げ、顕現させる舞台装置として生かされ、魂を縛られ続けている、一人の哀れで幼い少女の、名前を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「緑谷出久」

 

 

 

 

















なんやかんや100話いきました。ありがとうございます。

そして、記念すべき100話目で最大級のサプライズの投下である。










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You can not Redo

Face the sin,Save your Ego


『お主は、その力に疑問を持ったことはないのか?』

 

 いつものように、けしかけられたエッグマンのロボットを蹴散らした後唐突に振られた話に、アンジェラは困惑と呆れをその瞳に含ませて、エッグマンを睨み付けた。

 

『……どういう意味だよ』

『どういうもなにも、そのままの意味じゃ。ブラック彗星の件で唐突に目覚めたその力、リミッターがなければ扱うことすらままならないようじゃの』

 

 一体、どこからそんな情報を仕入れて来たのか……否、これも所謂、「腐れ縁の勘」、というやつなのだろうか。

 

 はたまた、世界征服などという大きな理想(馬鹿げた野望)を抱いてはいても、曲がりなりにもアンジェラの何倍も年季と人生経験を積んだ大人、だからだろうか。

 

 なんにせよ、図星を突かれたアンジェラは、不機嫌を一切隠すことなく溜息をついた。

 

『さあ、使えるようになったもんは使えるようになった。

 ……少なくとも今は、それで十分だと思うけどな』

『行き当たりばったりじゃのう。まあ、分からないことが多い内は、それでいいのかもしれんがの』

『…………………………結局、何が言いたいんだよ』

 

 じっと、アンジェラはエッグマンを見据えた。

 

 返ってくるであろう言葉の予想はついている。伊達に付き合いは長くはない。

 

 しかし、いや、だからこそ、アンジェラは聞き返した。

 

 別に、深い意味はない。

 

 ただ、確証が欲しかった。

 

 

 

 

 

 

『生まれ持った力には、善悪問わず何らかの意味があるものじゃからな』

『……肝心なことは、言わねえんだな』

 

 

 

 別に、宿敵にそれを望むわけではないけれど。

 

 欲しい答えのスレスレを通り、しかし肝心なところには何一つとして触れはしないエッグマンの物言いに、アンジェラは怒るでも呆れるでもなく、ただただそう呟いた。

 

『儂が言わずとも、お前さんなら既に答えにたどり着いておるのじゃろう?』

 

 質問の体を借りた断言に、アンジェラは曖昧な顔で『どうだかな』、とだけ返した。

 

 

 

 アンジェラのその態度が、遠回しの肯定であることは、当然の如く宿敵には見抜かれていたし、アンジェラ自身もそれを承知していた。

 

 答えなんて、最初から分かり切っている。

 

 なれど、口にはしないだけだ。

 

 迷子でもあるまいし、と、アンジェラは苦笑いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはははっ、そうやって母の名前を聞いたのは、初めてかもなぁ!!」

 

 突然、空を切り裂くように、周囲に響き渡った幼い笑い声の主は、トゥーレシアだった。その笑い声に呼応するかのように、トゥーレシアに纏わり付いていた高密度の魔力が何かのカタチを成していくのに、同じ力を持つアンジェラだけが気付くことを赦されていた。

 

「冥土の土産にいい思いしたよ、それだけは礼を言ってもいいかもなぁ、諸悪の根源(オールマイト)

「冥土の土産……? まるで、自分が今から死ぬような物言いだな?」

「そうだよ? 僕は今から死ぬ」

 

 まるで、世間話をするかのようなトーンで放たれた言葉は、その場の全員に、アンジェラにさえ、困惑を与えた。トゥーレシアは、そんな周囲の様子など全く気にせず再び言葉を発する。

 

「僕は今から死ぬ、それはもう、避けようのない、どうしようもない運命さ。天使の定めた運命だなんて御免だけど、これだけは、これだけはどうしても受け入れざるを得ない。僕らが生き延びるだなんて、それこそ奇跡でも起きない限り無理だし、僕は奇跡には縋らないと決めた」

「まるで、生きることには執着がないような物言いだな」

 

 シャドウが出した言葉は皮肉でも何でもなく、ただの単純な、トゥーレシアの言葉を聞いた感想だった。

 

「奇跡に縋らない」と言えば聞こえがいいが、言ってしまえば自分の命には価値がないのだと、いつ死んだとてどうでもいいのだと自嘲しているのと同じ事。

 

「だって、僕らは本来は生れるはずがない(・・・・・・・・)存在なんだもの」

 

 そして、シャドウの言葉がまさに的を射ていると、トゥーレシアは遠回しに肯定した。

 

「別に、他の姉妹が生を望むことを、否定しようとは思ってない。僕はもう、いつ死んでもどうだっていい。それだけだ。

 

 ……ナーディの考えと覚悟は、十全に理解した。それを示す方法が、中々にぶっ飛んでいるとは思ったけどね……全く、ただでさえ脆い躰なんだから、もう少し大事にしなきゃ……思わず、取り乱しちゃったじゃないか」

 

 トゥーレシアは呆れたかのように、笑う。その表情は、物理的に壊れていることを除けば、人間のそれと同じだった。

 

 彼女もまた、少女の形をした人ならざる人間の、なり損ない。下手な異形系“個性”の持ち主よりも人間に近い見た目を持ちながら、生物学的には、現存するどの生物にも……人間にすら当て嵌まらない、ナニカ。種としての彼女らを示す言葉は無い。生き物であるかどうかすら、定かではない。

 

 彼女らが定めた自分達の呼び名は、「失われし時間の偶像(フェイタル・マギア)」。

 

 英雄に見捨てられ、天使に犯されて、人としての時間を失った緑谷出久()が、天使の策略にかかりその身に宿して産み落とした、彼女の娘であり、写しである、偶像の少女たち。

 

 少女たちに与えられた時間は人間よりも遥かに短く……されど、その与えられた時間は、普通の人間(ヒーロー)には傷ひとつ負わせることが出来ぬほどの力を与えられている。この世界では圧倒的に力なきもの(無個性)とされた母親から、それほどの(魔力)を内包する娘たちが産み出されたのは、皮肉としか言いようがないだろう。

 

「紅く、紅く、花は咲き誇り……そして、散りゆく」

 

 周囲に充満したトゥーレシアの魔力が、翡翠色の魔力光となって視覚化される。鈍く輝くその光が、形を為すのに時間がかかることはなかった。

 

 瓦礫の山を覆い隠すように、真紅のビャクヤカスミの花畑が現れる。まるで血に染められたカーペットのように広がり、瓦礫の山を、周囲のビルを侵食していく花畑から、ボコン、ボコンと、幾本もの腕が生え、まるでゾンビ映画のワンシーンのように、その身体を顕にした。

 

「……舞踏人形と死に踊る(アンデスアーミー)、か」

 

 そう、現れたのは、脚代わりに荊棘のようなものを生やした、トゥーレシアの映したるマリオネット達。ひと目見ただけではトゥーレシアの映しであると理解することすら困難なほどに歪んだ形をした、自らの意思など持たない悍ましく愛らしいお人形共。それが、パッと見、数十体ほど並べられている。何体かは、これまた悍ましく、その形を口にすることすらはばかられるような形の武器を手にしている。その武器について言えることと言えば、長大である、ということと、切っ先の部分に心臓のようなものが括り付けられ、柄には血管のようなものが巻き付いている、ということくらいだろう。

 

「あはは、おいで!」

 

 主の声に共鳴するように、トゥーレシアが浮いている場所の真下に魔法陣が現れる。翡翠色の魔力光と真紅のビャクヤカスミの花弁が舞い散る中で魔法陣から出現したのは、体長3メートルほどの四足歩行の……見方によっては、生物にも見えるナニカ。

 

 其れを生物と断言することが出来ないのは、単純に其れの見た目が原因である。

 

 犬のような胴体と四本の脚を持ち、背中や尻尾のある場所などに、人間の手足が何本も突き刺さり、内蔵や血管のようなものが巻き付いた、ツギハギのナニカ。その顔はもはや生物とは呼べないような、首にくっついた四角形の物体になり果てており、不揃い、しかし鋭い牙が生えた、開きっぱなしの口と目される穴からは、絶えず赤い液体が流れ出ている。目と目される何かは一切瞬きなどすることはなく……いや、そもそも、瞬きが出来るような顔の造りをしていないのだろう。ドス黒い眼球のような物体が嵌め込まれており、その物体は絶えず脈動を続けている。

 

 そんな悍ましい生物とは決して言い切れないナニカは、腹から捻り出したうめき声のような不協和音を奏でながら、血染めの花畑を踏み荒らしていた。

 

「……悪趣味ですね」

 

 かつての凄惨な光景が頭の中に過るのか、ガジェットはいつになく低い声でそう吐き捨てた。トゥーレシアは心外だ、とでも言わんばかりの視線を向ける。

 

「これを悪趣味と言うのなら……君たちは、母を見た時にどういう反応をするのかな。

 

 戸惑う? 喚く? 嘆く? 怒る? 壊れる? それとも、同情でもするのかな? 

 

 意味などないと知っていながら、壊れて狂う危険があると知っていながら、それでも、それでも感情を抱かずにはいられないのが………………「人間」だもん、ねぇ」

 

 トゥーレシアは嘲笑と共に背負った魔法陣に魔力を込めたかと思うと、自らを中心に翡翠色の弾幕を放った。無差別に放たれたように見えるそれは、しかし、一発一発がその場に居る者達を狙った誘導弾である。見ただけでは威力は分からないが、当たればひとたまりもないことは素人目でも判別出来た。そんな誘導魔力弾の弾幕が、速度もさることながら凄まじい密度で迫る。

 

 そんな状況にあって、アンジェラは右腕に構えた杖形態のソルフェジオを天へと掲げ、足元の魔法陣を更に光り輝かせた。

 

「……生ある死者に対する手向けには、あまりにも不釣り合いだと思わないか?」

「言い得て妙だな、アンジェラ。お前の中で、既にその人は死んでいるのか」

 

 軽口を叩き合うソニックとアンジェラ。二人に、いや、彼らにとってはいつものこと。

 

 ……眼前の、これまでにないほどの冒涜的な光景の一切を、棚に上げるとするならば。

 

「いいや、生きてる。

 

 ……これ以上ないってほどに、最悪な形でな」 

 

 瞬間、ソルフェジオの先端に魔法陣が展開され、そこから空色の魔力弾が真上に向かって発射されたかと思うと、ある程度の高さまで飛ばされたそれは、まるで花火のような爆発を起こしてトゥーレシアが放った弾幕を尽く潰していった。トゥーレシアは予想外も予想外の結果に、思わず笑みを零す。

 

「……分かっているとは思うが、アンジェラ。その身体で肉弾戦が出来るとは思うな」

「……ああ」

 

 シャドウの指摘にアンジェラは一拍置いてから相槌を打つ。彼女自身が一番良く分かっているのだ、その身体がいかに、ボロボロであるかなんて。

 

「まぁ、こっちは遠距離攻撃手段の半分以上をアンジェラに頼るしかないからな、適材適所、ってこういうことを言うんだろ?」

「……本当に、腕を治さなくていいんですか?」

「それは本当にいいんだ、ガジェットの“個性”でも、治そうとしても治せない(・・・・)だろうし、仮に治るとしても、オレはそれを拒む」

「アンジェラって、変な所で頑固だよな」

「ナックルズだけには、言われたくない」

 

 彼女達が紡ぐ会話の声色は、ここが戦場であることをついつい忘れるような、日常の会話を繰り広げているかのようなものだった。その異様さにオールマイトは一瞬戦慄して、言葉を忘れる。

 

「……色々と聞きたいことは山程あるが……」

「悪いな……だけど」

 

 アンジェラの視線の先には、四足歩行の生物とは断定し難い何かの真上で楽しげに漂う、トゥーレシアの姿があった。真紅のビャクヤカスミの花畑は瞬きの間に広がり続け、悍ましく歪なトゥーレシアの映しも現れ続けている。

 

「ふふふ……今日は、本当に良い日だ。月が微笑み、紅い花が咲き誇る。

 

 諸悪の根源(オールマイト)を地獄に叩き落とすには……最高の日だとは思わない?」

 

 それは、どこまでも純真無垢で、狂気など微塵も感じないような笑顔だった。オールマイトを、平和の象徴をその手にかけようとしているはずなのに、悪意や邪悪さなどを一切感じることが出来なかった。

 

 彼女は、トゥーレシアは世間一般に言う敵とは違う、彼女は「悪い事」をしようとしているのではない、純粋に、「オールマイトを殺そう」としているのだ。悪意などなく、ただ、それを為そうとしているだけなのだ。

 

 だからこそ、トゥーレシアは止まらないし、力づくでないと止められない。

 

「君たちにはナーディが世話になったっていう計り知れない恩義があるけどさ……邪魔するのなら、容赦はしない。

 例え、ナーディ自身であっても、ね」

「……その名前で呼ぶの、やめてくれないか?」

「あっと、君にはもう、新しい名前があったんだったね!」

 

 トゥーレシアは笑う。其の笑みが一体何を意味するのかなど、アンジェラには分からない。それを理解するには、彼女はあまりにも狂気を理解しすぎてしまっていた。行き過ぎた狂気への理解がもたらすのは、一周回った不理解と、それでも、トゥーレシアを止めなくてはという確信だけ。

 

「さあ、狂信者(ヒーロー)の罪咎を裁く審判の、幕開けといこうか!」

 

 血塗れの花園の舞台の上で、トゥーレシアはどこまでも純真無垢に、笑った。

 








失われし時間の偶像(フェイタル・マギア)がどういう存在なのか分からないって時は、綾波レイとファプタを足して2で割ったものが九人に分裂したようなもんだと思ってください。各個にちゃんとしたパーソナルがある点など細かいとこは違いますが、大体そんな感じです。

あと、アンケートを設置しました。ご協力いただけると幸いです。また、投票先への理由等ありましたら、ぜひ教えていただけると幸いです。ただし、規約違反に引っかかる可能性があるので、その際は感想欄ではなくメッセージボックスにお願いします。
アンケート期間は、次回が投稿される時までとします。ただし、予想以上に結果が拮抗した場合などは期間を延長させて頂く場合がございます。予めご了承ください。


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Don't close your eyes,Break it now

 誰にだって、もう、時計を巻き戻すことは出来ない。
 
 死すら生温い地獄を自我もなくただ揺蕩った先には、何もない。



 死を望むことだけが救いだった。


 それでも、今日も死ぬことは赦されない。



 望むことすら、もはや赦されてはいなかった。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報道のヘリが撃墜されたと最初に理解したのは、ヘリに乗っていた、今や物言わぬ肉塊と化したマスコミだろう。

 

 

 

 

 

 

 攻撃された様子はなかった。

 

 ただ一瞬、翡翠色の膜のようなものが、ヘリに乗っていた彼らの眼前に迫ったように見えた。それは、翡翠色の膜とは言いつつほぼほぼ透明で、少なくとも、ヘリを破壊できるようなものには到底見えなかった。実際に、膜にヘリが激突した瞬間は、誰も何の違和感も感じなかった。

 

 そして、カメラマンは少しの違和感を抱えながら再びカメラを地上に向けようとし、リポーターもまた、自らの仕事、今、神野区で一体何が起こっているのか、そこで戦うヒーローの様子を市民に伝えようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……しかし、彼らが再び仕事をすることは、叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として、爆発音が響き渡った。

 

 ヘリが爆発した、音だった。

 

 

 

 

 その音は、神野の現場よりもお茶の間の方に広く響き渡ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 空に投げ出された時点では辛うじて息があったリポーターは、その生の最後の最後に気が付いた。

 

 

 ……否、気付かされた。

 

 魂に、刻み込まれたのだ。

 

 

 

 

 

 あの翡翠色の膜を放った、両足のない翡翠色の髪の少女。

 

 彼女の怒りが向けられるのは、狂信者(ヒーロー)だけではなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狂信者を囃し立てる愚か者(マスコミ)も、同じくらいの怒りと、憎悪と、殺意を、向けられていたのだと。

 

 

 

 

 

 

 そして、自分達は、決して赦されることはないのだと。

 

 

 

 その魂が消滅するまで、永遠に、何度輪廻を巡ろうと、

 

 

 

 

 

 

 

 その罪咎が消えることはないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 最後に、彼らのカメラに映り、世間様に晒されたのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空に投げ出されたリポーターの首が、翡翠色の光の糸のようなものに捩じ切られ、血潮を空中にぶち撒けるという光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狂信者(ヒーロー)を囃し立て、人々を踊らせて、挙句の果てに母を深く深く絶望させる大きな要因を作り出した愚か者(マスコミ)も、狂信者(ヒーロー)と同じように、審判の対象だ。

 

 

 

 

 だけどそれは……僕の役目じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月光が照らす瓦礫の山の上に、悍ましいまでに美しく咲き誇った真紅の花畑の上で、戦いの幕が上がる。

 

「邪魔するならまずは君たちからだ、ふふ、こりゃ殺す気で行かなきゃ殺されるのは、こっちかもね!」

 

 先陣を切ったのは、赤黒い液体を撒き散らし、ボコボコとその右腕を刃へと変形させた、トゥーレシアだった。脚がない代わりに浮遊の魔法で移動する彼女の速度は、一般のヒーローには速すぎるだろうが、アンジェラ達には別段速くは見えない。

 

 だが、その刃の右腕から発生している翡翠色の靄のようなもの、アンジェラの左腕の切断面や、ベストジーニストの腹部に纏わり付いているものと同質のものであろうそれに、アンジェラ達は警戒心を強める。

 

「ボスが先陣を切るのか? ハッ、好都合なこった!」

 

 その刃が向けられた先にはソニックの姿。しかし、刃が自分に向けられていると認識した瞬間、ソニックはその場から姿を消した。しかし、トゥーレシアは全くと言っていいほど驚いた様子は見せず、右腕を虚空へ向かって振り上げた。

 

「おっと!」

 

 否、虚空ではない。そこには姿を消していた、正確に言えば認識することすら困難なスピードでトゥーレシアの死角に移動していた、ソニックの姿があった。トゥーレシアは、まるでソニックがそこにやって来ることを分かっていたかのように迷いなく刃の右腕を振り上げたのだ。幸い、その化け物じみた反射神経で刃の直撃を危なげなく回避したソニックだったが、トゥーレシアが腕を振るう際に一切ソニックの方を見ていなかったことにも、気が付いた。

 

「未来予知でも使えるのか? さっきはそんな様子、一切見せていなかったが」

「あはは、どうだろうねぇ。今はそれよりも……周りを気にしたほうがいいんじゃない?」

 

 主の意思に呼応するかのように、マリオネット共が荊棘の脚を伸ばして、滑るようにして器用に地面を移動し散開した。その中の、冒涜的な武器を携えたマリオネットの一体は、焦点の一切合わない瞳で、一度トゥーレシアから距離を取ろうとしたソニックに向かってそれを振るう。着地の寸前を狙われたからか、一度は紙一重のところで身体捩って回避したソニックだったが、連続で振るわれた一閃には反応こそすれ、その時には既に切っ先が眼前に迫っていた。

 

星の弾丸(ストライトベガ)

 

 切っ先が彼の肌に触れる直前に、マリオネットに空色の魔力弾が襲いかかる。マリオネットの腹部に風穴が開き、マリオネットは腸部分の欠片を撒き散らしながら弾き飛ばされた。言わずもがな、アンジェラが放ったものだ。

 

 リミッターが外れた状態で放たれたそれは、普段のアンジェラの魔法とは隔絶した威力を持つ。魔力由来の成分で構成されたマリオネットであるとはいえ、星の弾丸(ストライトベガ)であってもその身体の一部を欠けさせることが出来たのは、リミッターが外れているが故だろう。それを放ったアンジェラ自身が、思わぬ威力に一瞬驚くも、今の状況を考え直して一瞬にも満たない時間で冷静を取り戻した。しかし、弾き飛ばされながらもマリオネットは立ち上がる。その程度の、身体に風穴が空くくらいの損傷など、彼女らが踊りを止める理由にはなり得ない。

 

 それとほぼ同じタイミングで、散開した武器を持たぬマリオネットの一群がガジェットとインフィニットに迫る。一瞬、それらがどうやって攻撃してくるのかと疑問を抱いた二人だったが、マリオネット共がその奥歯をガチガチと鳴らす音が耳に入ってきた。どうやら原始的に、二人の肉を噛みちぎるつもりのようだ。それこそまるで、獣のように。

 

 ガジェットは迫ってきたマリオネットの一体を蹴るが、予想以上の耐久力でマリオネットはその場に留まる。それに戸惑うガジェットだったが、足に力を込めてその場で跳び上がるとほぼ反射的に腰のベルトからショットガンを取り出し、構える暇もなくマリオネットへ銃口を向け引き金を引いた。マリオネットの身体を貫き花園に着弾したそれは、しかしマリオネットの動きを止める要因にはなり得ない。

 

「腹に穴を空けたはずですが……」

「風穴を空ける程度では、こいつらは止められないようだな」

「そりゃそうさ、オレの使う魔法と同じものだとするなら、あれらは自らの意志を持たぬ、主の映したるマリオネット。主の意志が続くか、その身体が朽ち果てない限り、止まることはないはずだ」

 

 回し蹴りで接近してきたマリオネットを遠くに弾き飛ばしながらインフィニットがぼやいた言葉に答えを与えたのは、アンジェラだ。同じ魔法を使うからこそ分かる、あのマリオネット共はトゥーレシアの魔力を受けて、本来のトゥーレシアの身体能力以上の力を持っていることを。そして、例え腸を抉り取られようが、心臓に風穴を空けられようが、頭が吹き飛ぼうが、その身体が動く限り、マリオネット共は踊り続ける。それも、観客を死へ誘う、狩りという名の原初の踊りだ。

 

 そして、マリオネット共が真にその標的とするのは、オールマイトである。そのオールマイトは、先程から突き付けられた自らの罪咎に動揺し続け、本来の力を発揮することが出来ないでいた。衰退も加わったオールマイトには、マリオネット共を弾き飛ばすのが関の山だった。

 

「つまり、あの人形共は全部ぶっ壊しゃいいんだ、ろっ!!」

 

 マリオネットの一体に向かって、ナックルズの拳が振り抜かれる。一点に力を集中し放たれたそれは、いともたやすくマリオネットの身体をいくつかの欠片に分解しながら弾き飛ばした。流石にここまでされるとマリオネットも動きを止める……かと思われていたが、マリオネットの足代わりとなっていた荊棘が身体の仇と言わんばかりに伸び、ナックルズに襲いかかる。

 

「っち、あの荊棘、脚じゃなかったのかよ!?」

「脚は脚でも、それ単独での攻撃も可能ってことだろ、明けの空に舞う星屑(ヴエアハイドシリウス)!」

 

 困惑の中でも的確に荊棘を回避して見せるナックルズの背後から、アンジェラが放った高温の白い魔力弾が飛び交い、瞬きの間に伸ばされた荊棘を焼き切った。流石にここまでされると動けなくなるのか、ナックルズが弾き飛ばしたマリオネットの欠片は砂となって消えた。

 

「あはは、人形が一体やられちゃったかぁ。なんって馬鹿力。

 

 でも、お楽しみはまだまだこれから!」

 

 トゥーレシアの号令と同時に、四足歩行の生物と言い切れないナニカが跳び上がる。花園を縦断するように空を駆け、シャドウの眼前に現れたそれは、前脚の爪を猫のように伸ばし、落下の勢いのまま振り下ろす。その巨体からは考えられないほどに、一連の動きは素早い。

 

「……フン、この程度か?」

 

 しかし、彼にとってはその程度のスピードなど脅威にはなり得ない。最小限の動きで振り下ろされた爪を躱し、後隙だらけの横っ腹を蹴り抜いた。蹴り抜かれたナニカは腸を空中に撒き散らしながら吹き飛び、ただでさえ紅い花園を更に紅く染めていく。

 

「……?」

 

 しかし、蹴り抜いた時の感覚にシャドウは違和感を覚える。「手応えがない」のだ。シャドウの力の強さを差し引いても、不自然なほどに、あの巨体を蹴り抜いたにしては軽すぎる。

 

「ミミック、君が壊れる未来を、僕は認めない」

「………………」

 

 宙を舞い、腸を撒き散らしながら地面に着地したナニカ……ミミックと呼ばれたそれは、うめき声とも泣き声とも取れる不協和音を奏でる。すると、紅いビャクヤカスミの花弁と花園に転がっていたマリオネットの成れの果てたる砂がミミックの腸に吸い込まれていき、ボコボコと不快な音を立てながら腸が再生されていった。

 

「自己再生……いや、やはりこの花園に何かがあるのか?」

「どうする、焼くか?」

「いや」

 

 兄達の思案を妹の声が遮る。アンジェラはそのトパーズの瞳を物理的に爛々と輝かせ、花園を睨み付けていた。

 

「恐らくだが、焼いても無駄だ。この花園はトゥーレシアの魔力の結晶、そもそも焼き払える保証はないし、仮に焼き払ってもトゥーレシアが魔力供給を止めない限りは咲き続ける」

「人形とあの生き物っぽい何かはどうだ?」

「生き物っぽい何かに関してはよく分からない。使い魔か何か……らしいけど。

 

 人形……舞踏人形と死に踊る(アンデスアーミー)は一度に発生させられる人形の数に制限がある。様子を見るに……今のが、トゥーレシアの最大限なんだろ」

 

 アンジェラの視線の先は、トゥーレシアの映したるマリオネット共が這い出てきていた場所。今はもう、マリオネットの発生は収まっている。自身も同じ魔法を使えるからこそ知っている、それが、トゥーレシアの自我の限界であるのだと。

 

 例え彼女らが人のカタチをした人ならざる何かであろうと、自我を持つ限りその自我には必ず限界がある。舞踏人形と死に踊る(アンデスアーミー)は、正確に言えば魔力でもって作り出した人形に、術者本人の自我の欠片を埋め込み、それでもって操作する魔法だ。ただ操作するだけではない、自我の欠片を埋め込むからこそ、より複雑な行動を、より多くの個体にさせることが可能である。自我の欠片を与えるからこそ、創り出された人形は真の意味で術者の映しとなる。

 

 しかし、いや、だからこそというべきか、舞踏人形と死に踊る(アンデスアーミー)で生み出せるマリオネットの数は限られている。加えて、明け渡した自我の欠片はマリオネットが破壊されればすぐに戻ってくるわけでもなく、回復にはそれなりの時間を要し、使い過ぎれば文字通り自我の崩壊を招く。

 

 だからこそ、アンジェラは確信を持って言えた、トゥーレシアは、あれ以上マリオネットを創り出すことはないと。

 

「まず、あの人形さんたちをどうにかした方がいいんじゃないですか?」

「一体一体はそこまで強くないが、何せ数が多い。このままじゃジリ貧だぞ」

 

 襲い来るマリオネット共を蹴り、殴り飛ばしながら、ガジェットとインフィニットは言う。魔力でもって作られたものは、そもそも物理攻撃があまり効果的ではない。それはアンジェラを通じて、彼らの知る所ではある。ミミックへの攻撃の手応えのなさの理由は不明だが、少なくともマリオネット共には通づる共通事項だ。あくまでも効きにくいだけで、物理攻撃が無効化されるわけではないので物理で押していくことも可能と言えば可能だが、如何せん数が多い。

 

「……ケテル、起きてるか?」

《………………》

 

 アンジェラの呼びかけに、彼女のウエストバッグからケテルがふわふわと出てくる。しかし、彼の普段の元気の良さは、すっかり鳴りを潜めていた。

 

「……その状態で、カラーパワーでも使うつもりか?」

「使えねぇよ、リミッターが外れた状態で使ったら死ぬっての」

「じゃあ、どうして……?」

 

 アンジェラは薄く笑みを浮かべ、ソルフェジオをケテルに差し出す。ケテルは迷いなく、ソルフェジオの中へと入っていった。ソルフェジオは光に包まれ、その先端に魔法陣が展開される。

 

「オレの身体が限界なんなら……ソルフェジオの方を強化してやればいい。ただまあ、結構無理矢理やってるし、狙いがブレる可能性が高いから、打ち漏らしたやつ頼むぜ」

「そういうことか、相変わらず無茶なことを考える」

 

 シャドウの呆れたような声もそのまま受け止めて、アンジェラはソルフェジオを掲げ、その先端に魔法陣を展開させる。

 

 トゥーレシアの憎悪も怒りも嘆きも悲しみも、彼女が抱く殺意の大本も、アンジェラには理解出来る、出来てしまう。アンジェラ自身がその狂気とも呼べる絶望の果てに産み出されたのだということを、思い出したのだから。

 

 なれど、其れはアンジェラを「曲げる」には至らない、理解は出来ても、共感し同調するとは限らない。

 

 アンジェラはトゥーレシアの知らぬ事を知っている。オールマイトがどれほどの地獄に自ら堕ち続けていたのかを、その覚悟の重さも、トゥーレシアの言う事が全て間違っているというわけではないが、ヒーローを囃し立て母が絶望の淵に落とされたのは、オールマイトよりも彼一人に凭れ掛かり続けたヒーローの上層部の責任であることを。

 

 だから、アンジェラはオールマイトに罪咎があったとしても、もうとっくの昔に贖罪されたものだと思っている。命を、自らの幸せを賭し続けたことで、もう既に罪の対価は支払われている。

 

 それで、トゥーレシアが、姉妹達が、ひいては母が、納得するとも思っていないが。

 

「オレはオールマイトが悪い、だなんて言うつもりはない。彼に責任がないとも言い切れないけれど、少なくとも、オールマイトが悪いとは口が裂けても言えないよ」

「……そう。だけど僕は、止まらないよ」

「ああ、知ってる」

 

 魔力の奔流がアンジェラを包み込む。今まで栓をされて封じられていた魔力が、今は抑えられることなく、とめどなく溢れている。それを御しきれているのは、ソルフェジオのサポートとアンジェラ自身の決意によるもの。

 

 魔力とは、“個性”以上に感情に左右されるものだ。術者がその胸に抱いた決意が固ければ、普段は操れない量の魔力であっても主の意志に従う。

 

 今はただ、眼前の敵を滅しろと。

 

隔絶された流星群(オクサーハイデネヴ)!」

 

 アンジェラの瞳が、確かな決意の光を灯して爛々と輝いた。

 

 








戦闘描写、大変だけど楽しい。致命的な破綻がないことを祈る。

タグに関して少々。主人公成り代わりタグにくっついていた(?)ですが、あれはアンジェラさんが「完全な緑谷出久の別人」とは決して言い切れないがゆえのものです。本人がどう思っていようが、アンジェラさんに「緑谷出久のクローンのようなもの」という一面がある事実が覆ることはありません。それは客観的な事実であり、決して無視することが出来ないものです。





アンケートを終了しました。ご協力頂いた方々、この場をお借りして御礼申し上げます。


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Who Killed Cock Robin?

 死ぬことも、生きることも赦されないって、一体どんな感覚なんだろうか。

 願うことも、諦めることも赦されないって、一体どんな絶望なんだろうか。

 人としての総てを(なげう)たせて、そうして手に入れさせられた身体には、一体どんな価値があるというのだろう。







 いや、価値など望むべくもないのだろう。


 結局、其れはありもしない「神」への狂信でしかないのだから。




 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………アンジェラに、偶発的に宿ってしまった正義の灯火、ワン・フォー・オール。

 

 膨大な量の魔力と規格外の身体能力を持つ彼女に後天的に宿った“個性”は、カオスエメラルドの力を受けても耐えう得る頑強さと、“個性”という枠組みにおいては力を持たぬ彼女の身体にわりとすんなりと馴染んだ。逆に、“個性”の方が魔力に染められて、その性質を変化させてしまった。

 

 魔力のせいで今までとは比べ物にならないほどに他者には明け渡せない力になってしまったのは事実だが、魔力の件を差し引いても、アンジェラの身体能力は規格外もいいところであり、その身体能力が凝縮されたワン・フォー・オールなど、もうどれだけ鍛えた人間であっても、適合することは不可能だろう。

 

 きっかけは巻き込まれ事故とはいえ、オールマイトのヒーロー引退を条件にアンジェラがワン・フォー・オールの本懐であるオール・フォー・ワン討伐に手を貸すことを約束したこともあり、ワン・フォー・オールのオリジン、ワン・フォー・オールに宿った死柄木与一の魂は、アンジェラ・フーディルハインが最後のワン・フォー・オール継承者になるだろうと思っていた。寧ろ、そうなるべきとさえ思っていた。これ以上力が凝縮されたところで、行き着く果ては不幸だけ。なれば、いっそのこと、これ以上の継承者は不要とさえ、彼は思っていた。巻き込まれただけの少女には、申し訳ないとも思っていたようだが、今更彼らにはどうすることも出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワン・フォー・オールに宿っていた歴代達の魂は、知る由もなかった。

 

 誰も、誰一人として、悪くはないのだ。

 

 オールマイトがアンジェラを後継者に相応しいと、無意識に思っていたことも、ちょうどその時にアンジェラが完全な善意でオールマイトの傷を治療していたことも、その時はまだ力が足りずに意識がぼんやりとし過ぎていて、オールマイトが無意識で思ったことを彼の本意と受け取り、アンジェラに力を明け渡して移動してしまった歴代達も、

 誰も、悪くなどない。

 

 全ては善意と無意識の巡り巡った空回りと、度重なった多大なる不運が引き起こした、取り返しのつかない事故。誰に責任を求めることも間違いであり筋違いな、強いて言うなら、その決定的なきっかけを作った敵連合が悪いと言うべき、事故。

 

 ……いや、幸運だったのかもしれない。

 皮肉なことに、其の事実はワン・フォー・オールがアンジェラで完遂されることを完全に決定付けた。其れを、もはや覆しようがない事実に塗り固めた。これ以上の継承が、不幸しか産み出さないという事実を完璧なまでに決定させた。

 

 正史における九代目継承者(緑谷出久)が既にその自我を失った世界において、緑谷出久の成れの果てが産み出したもの(アンジェラ・フーディルハイン)が、この世界におけるワン・フォー・オールの九代目継承者となることは、因果から決定付けられた宿命だったのかもしれないし、本当の意味での奇跡なのかもしれない。

 

 いずれにせよ、アンジェラにワン・フォー・オールが渡ってしまったことで、渡すことが本質なはずのワン・フォー・オールがもう決して人に渡せない力になってしまったのは、紛れもない事実。

 そして、それはアンジェラにワン・フォー・オールが渡ったその瞬間から、もう決して変えようのない事実として、そこに君臨していた。

 

 もし、アンジェラがオールマイトからワン・フォー・オールの事実を聞いたあの時にワン・フォー・オールを返そうとしていれば、オールマイトは人としての総てを失った怪物へと成り果てていただろう。

 

 いや、怪物に成り果てるだけであれば、まだマシなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歴代は、アンジェラ本人でさえ、その時は、否、今になるまで、知る由もなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラ・フーディルハインという少女が、そもそも人間でさえなかったことなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その力の完遂のされ方も、誰にも予想など出来るわけがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソルフェジオの先端に展開された魔法陣から、空色の魔力弾の軍勢が発射され、マリオネット共へと襲い掛かった。花園を焼き尽くさんばかりの勢いのそれは、マリオネット共の躰と脚代わりの荊棘を的確に撃ち抜き、灼き尽くし、一瞬で灰燼に帰す。

 

 しかし、一部のマリオネット共には掠りもしなかった。狙いが外れたことも理由の一つだが、魔力弾が当たらなかったマリオネット共はその殆どが冒涜的な武器を携えた踊り子達。彼女らはその手に携えた武器でアンジェラが放った魔力弾を弾いていたのだ。その数は、武器を携えていないマリオネットを含めて六体ほど。

 

 そして、トゥーレシアがミミックと呼んでいた四足歩行の生物と形容することもはばかられるナニカは、その巨体を利用し主たるトゥーレシアを庇っていた。その身体を構成するパーツが何箇所も抉り取られ、弾き飛ばされたが、真紅のビャクヤカスミの花弁とマリオネットの残滓を取り込み、思わず耳を塞ぎたくなるような冒涜的な音と共にその傷を癒やした。

 

「ハァ、ハァ……大分、減らせたか?」

 

 周囲を見渡しながら、アンジェラは肩を上下させながら荒い呼吸を繰り返す。リミッターという名の栓が外れている状態でここまでの規模のことをしたのだ、アンジェラの身体に掛かる負担は相当なものだろう。現に今、アンジェラは酷い頭痛と目眩に耐えながらフラフラと、ギリギリのラインで立っているような状態だ。立っていることが、文字通り奇跡に近いのだ。

 

「ああ、十分だ、アンジェラは少し休んでろ」

「っ……いや、まだ……」

「……」

 

 ふらり、と、ソニックの身体に倒れかけ、凭れ掛かりながらも、アンジェラの瞳には、決意の炎が一切消えることなく灯り続けていた。かなり頑固なところがあるのはわりといつものことだが、今回に限っては、ソニックですら、口を出すことも躊躇わずにはいられない。

 

 アンジェラが失っていた記憶を取り戻したことは、先程からの彼女の言動から分かり切っている。というか、彼女自身が「記憶を取り戻した」と高らかに宣言してみせた。

 

 アンジェラがアンジェラ・フーディルハインという名前を与えられる前、呼ばれていたらしき名前(ナーディ)を知っており、アンジェラがそれを否定しなかったことからも、トゥーレシアがアンジェラと並々ならぬ関係を持つことも確かだろう。

 

 ……いや、それどころの話ではない。アンジェラが口にした、緑谷出久という名前を、トゥーレシアは母の名前だと言った。アンジェラも、それを否定しなかったどころか、肯定した。と言うよりも、それが母の名前だと先に言及したのはアンジェラだ。

 

 これらが示すはただ一つ、アンジェラとトゥーレシアが、真に血の繋がった姉妹である、という事実。

 

 そして、ソニックには、いや、彼らには、その事実の是非をアンジェラに問いかけたところで、肯定しか返ってこないのだろうという確信があった。肯定しか返さず、それ以上の部分にはこちらから踏み込まなければ、立ち入らせることもないのだと。ソニック達以外の人間であれば、例え麗日や飯田(友達)であっても、立ち入らせはしないのだと。

 

 アンジェラの頑固な部分は、一体誰に似たがゆえのものなのだろうか、はたまた、アンジェラ自身が誰から受け継いだでもなく生まれ持った性質なのか、ソニックは以前から気になっていた。もしかしたら、その産みの母親から受け継いだものなのかもしれない。遺伝子レベルで受け継がれたものなのだとしたら、母とやらも相当な頑固者だったに違いない。

 

 もう既に母とやら、もとい緑谷出久という少女は、その自我を失っているという話なので、それを確かめる術は彼らにはないのだが。

 

「…………それが、「責任感」から来るものなのだとしたら、気絶させてでも止めてやる」

 

 長兄の、いつになく低い声。其れが、自身の身を、心を案じているからこその言葉だということが分かり切っているから、だからこそ、アンジェラは驚くこともなく、口を開いた。

 

「そんないい子ちゃんな理由じゃないさ。ただ………………

 

 

 

 

 

 今の(・・)トゥーレシアがやろうとしていることが、どうにも気に食わないだけだ」

 

 アンジェラの言葉からは、一切の嘘偽りを感じなかった。

 

 実際に、アンジェラは嘘などついていない。つく理由がない。アンジェラは、気に食わないことは捻じ曲げないと気が済まない質だ。オールマイトに脅しを仕掛けた時と、デヴィット博士の“個性”増幅装置を破壊した時と、同じように。

 

「誰に強制されている、わけでもないか?」

「自分でそうあれかしと定めた。いつものことだよ」

 

 朦朧とした、しかし明瞭な意識の中で、もう一人の兄に投げかけられた問いかけにアンジェラはハッキリとした声音でそう告げた。

 

 そうだ、彼女は自分で決めた道をひたすらに突き進む、そういう質なのだ。周囲の言葉に決して耳を傾けないような意固地な面があるわけではないが、その根底はそれと似通ったものがある。

 

 そして、彼女のそんな一面を、一番良く理解しているのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………わかった」

「おい、ソニック」

「ただし、アンジェラはこれ以上大規模な攻撃をしようとするな、支援に徹しろ……いいな?」

 

 シャドウが何かを指摘しようとする前に、ソニックがアンジェラへと提示した折衷案。アンジェラは迷うことなく、何を言うでもなく、頷いた。

 それが、最大限の譲歩であることを知っているから、何よりも、彼らの力を知っているから。だから彼女は、迷うことなどなく、背中を預けていられる。

 

「……はぁ、ガジェット、アンジェラを頼む」

「はい。しっかし……毎度毎度、無茶苦茶言いますね」

「いつものことっちゃいつものことだが……今回のは酷いな」

 

 アンジェラの無茶苦茶はいつものこと。しかし、今回は輪をかけてそれが酷いと感じたナックルズとガジェットは、間違ってはいない。

 

 間違ってはいない、が。

 

 人ならざるものの憎悪と絶望と狂気でかたち造られた、この真紅の舞台において、人間の価値基準とルールを持ち込むことそのものが間違いなのだということにも、彼らは気が付いていた。

 

 立っていることですらもう限界だったのか、ソニックからガジェットへと預けられたアンジェラは、その瞬間に真紅の花園にどさり、と座り込む。

 

「よく、その状態で意識を保っていられるものだな」

 

 そのことにとやかく言う者などここには存在しない。寧ろ、リミッターが壊れ、片腕を失っていながら今だに意識を保っていられることに呆れ混じりに驚愕の声を漏らす方が正常だろう。

 

 その対象が、そもそも一般から逸脱した価値基準と精神性の持ち主なので、口を出すことそのものが意味を成さないのだが。

 

 ただでさえ酷い頭痛と目眩に襲われて、おまけに片腕を失いその激痛もその身に受けて、それでもなおその瞳に決意の炎を灯している者を、常人などとは決して言えないのだから。

 

「……「仲間」、かぁ……母の絶望を知らなければ、僕も作れたのかなぁ」

 

 ミミックの影に隠れていた花園の主は、ボコボコという不快な音を立てながらその右腕を鞭のような形状へと変化させる。その瞳に垣間見えたのは、どうあがいても自分には決して手に入れられないものへの、羨望。

 

 狂信者(ヒーロー)への審判を役目とするトゥーレシアが、「人間」の仲間を作れるわけもないのだから、それはないものねだりにしかならないのだけど。

 

 だけど、もしも、を想像せずにはいられなかった。

 

 それが、決して赦されないことだとは、分かっていたけれど。

 

「……だけど、もう、止まれない」

 

 主の感情に、羨望と憎悪が混ざった複雑な感情に共鳴してか、マリオネット共が動き出す。武器を持つマリオネット共はその武器を掲げて、まるで、主たる審判者の少女のかたちをしたなにかを、崇め護るように。

 

「どれだけ愚かなことだと言われようと……母の絶望を、怒りを、憎悪を、決してなかったことにすることなんて出来ない、そんなこと、赦さない」

 

 荊棘を滑らせて、審判の邪魔をするものは、例え主がその「感情の一部」を賭して守り通そうと、逃がそうとした末の妹であっても、赦さないとばかりにマリオネット共は踊り狂う。

 

 其の審判の矢尻に立つ者であるオールマイトは、その拳を果たしてトゥーレシアに向けていいものなのかどうか、迷ってしまった。ヒーローとしては、平和の象徴としては、今すぐにトゥーレシアを捕らえるべきなのだということは分かり切っているはずなのに、自らの正義が巡り巡って一人の少女を絶望の底へと突き落としたという事実が、拳を握ろうとするオールマイトの思考回路を阻む。

 

 それが覆しようのない事実であると肯定したのが、トゥーレシアではなくアンジェラであったから、尚更。

 

「……迷いがあるのなら、拳を握ろうとしないでいい。

「約束」、覚えているだろ。本当なら、もうこれ以上あんたが戦うことを、オレは許さない。そういう約束だったはずだぜ」

「ああ、覚えているよ……だけど、だけど………………」

 

 オールマイトは揺れ動く。オール・フォー・ワンはトゥーレシアによって殺され、予想とは違う形であるとはいえ、もう当初の条件は満たされているとみなしていいだろう。なれば、これ以上オールマイトが戦うことは、ヒーローとして立つことは、「約束」に反する行為であるということは、分かっていた。

 

「…………ただ、オレもこんなんだし、結構な無茶言ってるって自覚はあるし、今に関してだけは例外ってことにしといてやるよ。

 

 戦うも、戦わないも、あんた自身が決めな」

「ほーん、アンジェラがオールマイトと「約束」……ねぇ?」

「………………後で話す」

「絶対だぞ」

 

 アンジェラがソニックに諌められている声を背景に、オールマイトは思案する。ヒーローとして、トゥーレシアを止めなくてはいけないという感情も事実ではある。敵の頭とはいえ、人を殺した彼女を放置することは出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし。

 

「フーディルハイン少女、君は前に、私の戦いにはこれっぽっちも自分のためがないと、そう言ったね」

「…………言いましたけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の、自らの罪咎を嫌というほどに自覚させられたオールマイトが拳を握るのだとしたら、それは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後の最後の戦いで、私が自分のためだけに拳を握ることを、君はどう思う?」

「いいんじゃないですか、最後くらい。

 そっちの方が、人間らしくてよっぽど健康的だとオレは思いますけどね」

「健康的と来たか……フーディルハイン少女らしいね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 他ならぬ、自分自身のためだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほどのう、これが事実だとすると……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、貸し一つと考えるとするかのう。

 決着をつける権利を持っているのは、あやつだけじゃ」

 

 黄色の光を放つ宝珠を手に、火花が散る何処かの研究施設で、恰幅のいい老人がキーボードを操作していた。

 




オールマイトが自分自身のために拳を握る。最後くらい、別にいいんじゃないでしょうか。彼だって人間ですから。


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トゥーレシア∶神樂忌憚

 祈りも、嘆きも、この世界では意味を成さない。

 だというのに……君はまだ、祈ること、嘆くことを、続けるというのかい? 





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トゥーレシアの魔力から産み出された真紅のビャクヤカスミの花園は、アンジェラ達がトゥーレシアと戦っている間にも神野区全体へと拡がり続けていた。建物を、道路を巻き込み侵食しながら、主の感情に共鳴してその領域は凄まじい勢いで拡がっていく。まるで、狂信者(ヒーロー)を信仰するもの総てが断罪の対象であると、示すかのように。

 

 花園の一群は、当然敵連合の潜伏地であったバーの近くも侵食していた。光と共に幾体かの脳無が現れ、ヒーローや警察、GUNがその対処に追われている最中のことだった。

 

 ……いや、ここは、他の場所よりも被害が大きいと言わざるを得ないだろう。脳無の出現もあったとはいえ、他の場所ではせいぜい花園の侵食で建物の倒壊や破損が発生したり、避難しようとした一般市民や一般市民を救助しようとしたヒーローがビャクヤカスミに足を取られて行動を抑制されたり等の被害しか発生していない。トゥーレシアの昂り荒ぶった感情と魔力が共鳴した結果拡がった花園は、しかし攻撃性を持つには至らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………否、ある一点に攻撃性を集約させていた、の方が、結果としても、彼女達の意思としても、正しいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っち、何だこの大量の巨大な荊棘は!?」

 

 オールマイトが飛び去って一、二分ほどの時間が経過し、出現した脳無の半分ほどが制圧され、真紅のビャクヤカスミの花園が、全く予想もつかなかった事態に混乱の真っ只中にあったバーの周辺まで到達した、その時。

 

 今まで無秩序にその頒図を拡大させるばかりだった花園から、幾本もの太い荊棘が勢いよく伸ばされた。荊棘の群れは周囲に及ぼす被害など度外視して、その巨躯からは想像もつかないほど物凄いスピードで、ある一点へと向かっていく。

 

 その一点から吹き出した、荒々しいオレンジ色の炎。その炎は荊棘と激突するも、強大な魔力から産み出された荊棘を灼き尽くすことは出来ず、せいぜいその勢いを幾ばくか相殺することしか出来ない。

 そもそも、その荊棘が本当は荊棘のかたちをした別の何かであることなど、魔力を感知する術を持たない彼らの知る所ではない。

 

 その炎の主……エンデヴァーとバーの周囲を張っていた警察、GUN、そしてヒーロー達は、荊棘の処理に追われていた。荊棘が狙っているのはエンデヴァーだけであることは分かっているのだが、荊棘の群れは周囲の被害など度外視で暴れまわるのだ。その過程で、周囲の警察達や一般市民に被害が及ぶのは言うまでもなく、また、巻き添えをくらいかけた者が荊棘に対して攻撃を仕掛けると、荊棘の群れはその者も攻撃対象として狙いを定める。

 

 そして、意図しているのかいないのか、荊棘の進路を妨害した脳無たちは……その脳味噌部分を貫かれ、何かを吸い出され、物すら言わぬ肉塊へと変えられた。皮肉なことに、荊棘の脅威が脳無という別の脅威を排したのだ。

 

 バーの周囲は、真紅の花園と暴れまわる荊棘の群れで、阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 

「っエンデヴァー! 何故そいつらは執拗に君を狙うんだ!?」

「そんなこと、俺が知るわけもないだろう!?」

 

 エンデヴァーが荊棘の攻撃を捌きながら塚内警部に向かって叫んだその言葉は、正体不明の物体にたった一人明確な攻撃の対象とされているエンデヴァーとしては、なるほど、確かに真っ当な主張に他ならない。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし……今この場に限っては、その言葉を紡ぐべきではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────────────────―ッッッ!!!!!」

「……!?」

 

 其れは、言葉にならない叫び。

 怒り、憎悪、絶望、恐怖、嫉妬……いっそ激しいまでの、ありとあらゆる負の感情を凝縮したかのような、壊れた自我の断末魔から成る、不協和音としか取れぬ鎮魂唄(レクイエム)

 

 人間の聴覚には不快な雑音にしか聞こえないその唄は、しかし、確かにその場に居る人間の自我を聴覚から犯し、甚ぶり、幻想的なまでに華蓮に、そして無慈悲なまでに一方的に、崩していく。

 

 ある程度タフな精神性が担保されているヒーローや警察、GUNの面々ですら、その唄の前に動くことができなくなった。身体に力が、入らなくなった。

 いや、動けなくなる程度、まだマシだと言う他にないだろう。唄の範囲内に運悪く入ってしまい、自我を犯された一般市民など……もう、その結末を語ることすら、憚られるものだ。まともな末路を辿ることはなかったとだけ、語っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その唄の最たる標的となったのは。

 

 

 

 

「ッッッッ────―!!!???」

 

 荊棘の群れが執拗なまでに狙い続けていた、エンデヴァーであった。

 

 

 

 何故自分が標的とされているかも分からないまま、紡がれる崩壊の旋律をその身に、その自我に受けたエンデヴァーは、呼吸をすることすら忘れてその場に蹲る。

 

 聴覚からエンデヴァーの自我を抉り、引き裂いたのは、どこまでもどこまでも深い、絶望の唄。今更贖うことが許されぬ罪を、忘れることは決して赦さないと唄うその声は、明確にエンデヴァーにのみ向けられたもの。他のヒーローも警察やGUNも一般市民も、本来エンデヴァーにのみ向けられたそれの巻き添えを食っているに他ならない。

 

 例え、罪咎を認識し、自責の念に駆られたとしても、もう遅い。

 その罪は、もはや贖えぬ段階まで、とっくの昔に達している。

 

 まるで、行き場を失った子供のようにガタガタと震えるエンデヴァーに、荊棘の群れが取り付き、その鋭い棘で肉を抉り、血を流させ、長く長く苦しみが続くように、その痛みが、苦しみが途切れぬように、荊棘の群れはエンデヴァーを追い詰める。簡単に楽になることすら、赦さないと言わんばかりに。

 

 

 

 

 

 荊棘の群れは、まるで罪人の冠のようにエンデヴァーの頭に巻き付き、多くの市民やヒーローたちがただ花園の上で呆然とその光景を眺めることしか出来ない中で、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンデヴァーの右腕を、捻り、裂き、もぎ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真紅の花弁が夜風に揺れて舞う様は、まるで宙にぶち撒けられた血潮のよう。人としての正気が一切意味を成さないこの花園において、主たるのは審判者も兼ねる少女のかたちをしたヒトならざるもの。

 

 そう、この花園では、人間の価値基準を持ち込むことそのものが間違いなのだ。たとえ、この花園の主たるトゥーレシアが従えるのが、冒涜的なマリオネット共と生物と呼ぶのも烏滸がましいナニカであっても、それをどうこう言う資格など、誰も持ち得ない。そんなものに、意味などない。

 

「ふふふ…………あっははははははははは!!! 

 僕らの生に意味がなかったとしても、今ここで意味を刻み込んでしまえばいい!! それが僕の、「役割」だ、意味だ、現実だ!!! 

 

 だから………………!!!」

 

 花園の主が嘆き、笑い、狂い、舞い踊る。調子外れのステップと共にトゥーレシアの足元に翡翠色の魔法陣が展開され、武器を持たぬマリオネットはその奥歯をガチガチと鳴らし、武器を携えたマリオネット共は血液のような赤い液体を滴らせた武器を振るい、荊棘の脚を伸ばして、ソニック達めがけて動き出した

 

「本番はここからってか……」

「はっ、上等!」

 

 先程までとは、明らかに様子が変わったトゥーレシア。しかしそれは彼らが怯む理由になど、なり得ない。トゥーレシアが狂っていることなど、とっくのとうに分かり切っている。

 ……彼女はもう、そうでもしなければ自分自身の心を保つことすら、出来ないのだということも。

 

「……」

 

 花園に座り込んでいたアンジェラは、ガジェットに支えられながら、杖形態のソルフェジオをついて立ち上がる。身体はボロボロ、なれど、彼女の瞳に宿った決意の炎は、それを消える理由になどしない、させない。

 

 今はただ、トゥーレシアがやろうとしていることが、とことん気に食わない。それだけだ。

 

「……無茶するな、とはもう言いませんけど……せめて、限界以上の無理だけは、しないでくださいよ」

「悪いけど、確約は出来ないな」

「でしょうね、言ってみただけです」

 

 武器を携えた五体のマリオネット達は、それぞれが標的を定めて冒涜的な肉の塊としか呼べぬ武器を振るう。身の丈ほどもあるそれは、しかし風を凪ぐように軽々と振るわれ、的確にそれぞれの標的の頸をめがけて線を描く。少なくとも、切断系の武器には見えないそれだが、本能的な何かで、その一撃を喰らうと不味いことだけは分かった。

 

「人形本体を壊しても、性懲りも無く脚代わりの荊棘が攻撃してくるんだよな?」

「フン、荊棘ごと、人形を破壊すればいいだけの話だろう」

「簡単に言うなぁ……ま、その通りなんだろうけどよ」

 

 しかし、彼らにとっては、そうやって会話ができる猶予があるほどに、遅い。マリオネット共が、ひいてはトゥーレシアがどんな隠し玉を持っているか分からない以上、油断が出来るわけではないが。

 

 四体のマリオネットによって振るわれた冒涜的な武器を軽々と躱し、ソニックは認識することすら困難なほどのスピードを乗せた回し蹴りでマリオネットの腹部を文字通り横向きに一刀両断し、シャドウはカオススピアを現出させ振るい、マリオネットを文字通り細切れにし、ナックルズは回避の勢いを利用した拳をマリオネットの腹部に叩き込み粉々に破壊し、すぐ近くに居たもう一体のマリオネットをそのままの勢いで脳天から叩き潰した。

 

 しかし、それでも脚代わりの荊棘が暴れていたので、ソニックは三日月状の衝撃波(ソニックブーム)を放ち、シャドウはカオススピアを投擲し、それぞれ2体ずつマリオネットの荊棘の脚を切り裂いてみせた。

 

 ……が、その内上半身が残されたマリオネットは、なんと驚くことにそのままの状態で這いずり回り、武器を地面に叩きつけ、その衝撃波で跳び上がった。

 

「Hum……マジで、文字通り「壊し尽くさなきゃ」駄目、ってことか。その執念、逆に感心するぜ。

 ……いや、マリオネットに対して「執念」は、おかしな話か?」

 

 そんなことをぼやきながら、ソニックは自身を狙い向かってきたマリオネットの武器を音速以上のスピードで蹴り落とし、マリオネットの胸部を蹴り抜いて粉々にし、残された頭部は、ソニックが何かをする前にアンジェラが放った魔力弾によって消し去られ、そのマリオネットは砂へと変わり消えた。

 

「……インフィニット、あの人形共はトゥーレシアの自我の欠片を与えられて操作されている」

「何が言いたい?」

「恐らくだが、「自我」に干渉する能力が有効である可能性が高い」

「そういうことか」

 

 外野が聞いたら頭の上に? を大量発生させるだろう、本当に要点のみを抜き出した会話。しかし、それで意味が通じるのは、二人の間だけではなかった。

 

「っと!」

 

 マリオネットのどれかが破壊される刹那の瞬間に、投擲でもしていたのだろうか。突如として空から落ちてきた冒涜的な武器を、誰かの頭にそれが突き刺さる前にガジェットは咄嗟に蹴り飛ばした。弾き飛ばされたそれは、回転しながら花園の地面へと転がり落ちる。

 

「助かった、ガジェット」

「……インフィニットさんにそうやってお礼を言われるのは、なんだかこそばゆいですね」

「俺は事実を言ったまでだ」

「はいはい」

 

 適当にあしらったつもりが、何故か適当にあしらわれたようなちぐはぐな感覚を感じ取りながら、インフィニットは埋め込まれたチカラを解放させ、彼に向かって武器を振るい襲い掛かって来たマリオネットの動きを赤色のブロックの群れで封じる。赤色のブロックに封じ込められたマリオネットはブロックを破壊しようと携えた武器を叩きつけるが、上手く身体を動かせないのかその動きは先程までよりも機械的で、時折止まっているように見える。その隙を逃さず、インフィニットはブロックの群れでマリオネットを押し潰した。その場に実在するわけではなく、しかし受けた本人にとっては本物も同然なファントムルビーによる一撃は、自我の欠片を埋め込まれたマリオネットにとってもやはり本物同然のチカラだったようだ。押し潰されたマリオネットは荊棘の脚を残して風化し、荊棘の脚もファントムルビーのチカラに捕らわれて動くことが叶わない。

 

「それはっ……いや、どこで…………!!」

 

 その様相を目に焼き付けていたトゥーレシアは、明らかに動揺した様子を見せる。インフィニットを一瞬だけ親の仇とばかりの視線で睨み付けたかと思うと、何を思ったのかその後すぐにその視線の色を変えた。

 

「……そっか、君も………………」

 

 どこか慈悲深さをも感じるその眼が何を思ってその光を宿していたのか。

 

 それを知るは、アンジェラただ一人だけだった。

 

 トゥーレシアは首を振り、今度はオールマイトを睨み付ける。

 

「審判は、まだ終わらない……終わらせない……!!」

 

 翡翠色の瞳からボロボロと涙を零しながら、鞭のようなかたちに変形させた右腕を、風切り音を立てながらしならせるトゥーレシアに呼応するかのように、武器を持たぬマリオネットがオールマイトの肉を噛み千切ろうと襲い掛かって来た。荊棘に巻き込まれて、真紅の花弁が周囲に舞い散る様は、審判者としての役目を果たそうとしながらも、しかしどこかで情を捨てきれない、ちぐはぐなトゥーレシア自身の心を写し取ったかのようだった。

 

「……恐らくだが、謝罪をすることも間違いなんだろう。君の言う審判は……贖うことすら、不可能なものなんだろう」

 

 オールマイトはもう、眼の前で暴れ狂う少女を敵とは認識出来ずにいた。ヒーローが、光が眩すぎたがゆえに産まれてしまった、産まれながらに光の中では生きられない幼子を、ただの敵と断ずることなど、オールマイトには出来なかった。

 

「それでもね、私は私の生きてきた道を、平和の象徴としてひた走ってきた道を、後悔はしていないんだよ。その結果、君達と君達の母上を絶望の底に堕としてしまったのだとしても」

「ならっ……!」

 

 荊棘を伸ばして走るマリオネットを、オールマイトはその拳で打ち砕く。ただの一言も、口から発することはなく。

 

「……死すればこの魂は、必ず罰を受けると約束しよう。

 だから、今は自分のために戦わせてもらう、生きるために」

「っ、あああああああっ!!!!」

 

 半狂乱状態になったトゥーレシアが、オールマイトに向かって鞭と化した右腕を振るう。ブゥン、という風切り音と共に右腕から放たれた風圧と、オールマイトが拳を振り抜き放った風圧が激突し、真紅の花園から花弁が舞い散った。

 

 

 

 

 

 

 …………その花園に舞うは、花弁のみにあらず。

 

 

 

 

「っ!!?」

 

 トゥーレシアは咄嗟に、右腕を背後に向かって振るう。

 しかし、咄嗟だったからか、ミミックがトゥーレシアを庇うことも、トゥーレシアが其れを受け流し切ることも、出来なかった。

 

「っ…………!!」

 

 突如としてトゥーレシアに襲い掛かったのは、空色の魔力弾。空色の魔力光を持つ者など、この中には一人しか居ない。

 

 

 

 

 

 

 

「トゥーレシア……」

 

 どこか複雑そうな表情で、右手に携えたソルフェジオをトゥーレシアに向かって構えているのは、他ならぬアンジェラだった。ソルフェジオの先端には、魔法陣が展開されている。

 

「…………」

 

 腹から不協和音を奏で主に仇なすものを威嚇するミミックを、トゥーレシアは鞭の形状から歪な腕の形に戻した右腕で諫める。そして、アンジェラが何かを言おうとした、その瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、ナーディっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グサッ!! 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場で其れを認識することができたのは、花園の主たるトゥーレシアだけだった。其れは、花園に落ちるまで感覚器官にも、魔力の揺れにも反応しないものだった。だから、反応出来たのも、トゥーレシアだけだった。それは、どこまでも仕方のないことだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………トゥーレシアは、狂信者への審判を、緑谷出久()から望まれて産まれてきた。審判こそが、彼女がその短い一生を賭して果たすべき、役割だった。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、最期の最期にトゥーレシアが選んだのは、審判者としての役割ではなく、「姉」としての、妹への情だったことは、間違いないだろう。

 彼女は、母の絶望を知って産まれてきてしまったがゆえにヒーローを、人を憎悪していただけで、普通の、ただの、心優しい少女だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラがぐらりと揺れた視界の中で辛うじて認識出来たのは、自分を真紅の花園に押し倒し、今までそこになかったはずの黒く巨大な針にその腹を貫かれ、口から血をボトボトと吐き出している、トゥーレシアの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 









あ、エンデヴァーはまだ死んでません。右腕が取れただけだ大したことナイヨ。

ついでに言うと、この作品じゃまだあまり出番がない荼毘君に、私はささやかながらプレゼントをご用意しております。ある意味ファザコンな荼毘君は、きっと喜んでくださるでしょう。
その詳細は……まだ内緒です。

〜追記〜
活動報告で裏設定を語ってます。興味があればどうぞ。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=299168&uid=419034


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混沌の奇跡

 ウタ ヲ ウタ イ マショ ウ

 アイ ヲ カ タル

 キセ キ ヲ ヤ ドス





 ウタ ガ キ コエ ル




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポタリ、ポタリ、赤黒い液体が滴り落ちる。誰も彼もが、言葉を失った。押し倒されたアンジェラは、上手いこと受け身を取れずに真紅の花園に尻もちをつく。

 

「………………どう、して……?」

「なんで……だろうねぇ…………がはっ」

 

 また一つ、トゥーレシアの口から血反吐が吐き出される。腹部に巨大な針が突き刺さり、そこからも大量の血液が溢れ出ていた。もはや浮遊するだけのチカラも残されていないのか、トゥーレシアの脚のない身体はそのまま地面へと転がり落ちた。腹から、そして口から断続的に大量の血が流れ続けている、こんな状態になってしまっては、いくらガジェットの“個性”でも治せる可能性は、限りなくゼロに近い。

 

「………………」

 

 もはや風前の灯火しか宿していないトゥーレシアに、ミミックが近寄ろうとする。しかし、その行動は、トゥーレシア自身が首を横に振ったことで実行に移されることはなかった。

 

「……ああ、最後まで、気が付かなかった」

「へ……?」

 

 言葉を取り戻した誰かが何かを言おうとしたその瞬間、トゥーレシアは血反吐を口からぶち撒けて、その緑色の瞳に涙を浮べ零して、そして、

 

 

 

 

 

 

 どこまでも純真無垢に、そして、いっそ美しいほどに狂気的に、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「崩壊こそが愛だったなんて、ああ、全く、気付きすらしなかったッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パリンッ

 

 

 

 

 何かが割れるような、不快な音が響く。

 

 次いで、そんな力など残されていないはずなのに、トゥーレシアの身体が宙に浮かんだ、

 

 

 

 

 その瞬間。

 

 

 

 トゥーレシアの黒い針が刺さった部分から、赤黒い液体と黒い靄のようなものが勢いよく噴出され、瞬きのうちに、トゥーレシアの身体全体を包み込んで、肉の塊のような質感の繭の形になった。

 これまた赤黒い液体と黒い靄のようなものが形を変えたものである、周囲にあったであろうビルと同じくらいか、はたまたそれを越すほどの高さまで伸びた黒く太い枝木の上に乗せられた形をとったその繭は、母体の質量を無視した大きさにまで肥大化し、鈍い光を放ちながら脈動を繰り返している。本体と思しきそれに、どこからか現れた黒い鎖が巻き付いて浮き上がったかと思うと、空間を歪め破壊して、空にガラスが割れたかのような穴を開けてそこに突き刺さった。

 

 あまりにもグロテスクな、しかしどこか神聖さを孕んでいるそれは、目を逸らしたくなるような様相をしているはずなのに、誰も目を離せなかった。

 

「…………」

 

 アンジェラは、ソルフェジオを握る手にグググ……と力を込める。

 

 眼の前の黒い繭のようななにかは、その実、卵と言うべきものだ。

 力を、命を使い果たし、近いうちに崩壊して消え去るはずだったトゥーレシアの身体に突き刺さった……否、アンジェラを庇いトゥーレシアが受け、貫かれた黒い針を触媒に、魂の崩壊と力の侵食によって産み出された、うまれなおしのための卵。

 

 あの黒い針を、アンジェラは、アンジェラ達は見たことがある、知っている。それも、最近のことだ。

 

 アンジェラは、一度あの針に貫かれたことがある。

 

 そして、あれが一体何であったかも、今は知っている、思い出した。

 

 アンジェラの視線は、黒い卵からミミックへと移る。主が主ではなくなったのか、自分が何ものであるのか、その全てが曖昧になったミミックは、どこか苦しそうに蹲っている。このままでは、すぐ来たるであろう卵の孵化に合わせてミミックもまた、その存在を無理矢理に変えさせられてしまうことは、アンジェラには容易に想像出来た。

 

「……この世界は……矛盾だらけだ……本当に……」

 

 矛盾だらけというのが一体何に向けられた言葉であるのかなど、本人にしか分からない。しかし、トゥーレシアの行動は、傍から見れば完全な矛盾でしかなかったわけで。

 

 それでも、崩壊こそが愛だったという言葉は、あながち間違いでもない。

 

「……空間の歪みが酷い。空間そのものを破壊するほどのエネルギーを持つ卵……こりゃ、迂闊に手が出せねぇな」

「下手に破壊しようとしても、あちら側(……)に引き込まれるだけだ。あの強大な力に抗うためには……」

 

 ソニックとシャドウは感覚的に空間が歪んでいるという事実を理解した。それは直感ではなく、カオスエメラルドという時空間を歪める力に触れてきたからこその感覚。

 

 黒い卵の周囲から、恐らくは神野区全域を包むように空間の歪みが発生している。そう時間が経たないうちに、神野区は空間ごと切り離され、世界から隔離された、だだっ広い密室へと変わるだろう。卵の孵化が先か、空間が切り離されるのが先かは分からないが、今卵に攻撃をすればどうなるかは分からない。しかし、中途半端に歪んだままの空間を無理矢理破壊してしまえば、少なくとも歪みが更に酷くなることは想像に難くないだろう。

 

「……私が……」

「いやあんたが無策に突っ込んでいくのが一番無意味な行為なのでやめてください」

 

 拳を握って卵に突っ込んで行こうとしたオールマイトをガジェットが嗜めた。状況が状況だということもあるが、かなり棘のあるガジェットの言葉にオールマイトはうっ、と詰まって立ち止まる。言ってしまえば、ただ闇雲に力があるだけのオールマイトに、あの卵が起こしている時空間の歪みに抗う術などない。

 

 だが、かくいう彼らに抗う術があるかと言うと…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……居るのは分かってるんだ、さっさと出てきたらどうだ?」

「相も変わらず、目聡いハリネズミじゃわい」

 

 吐き捨てられたソニックの言葉にオールマイトが首を傾げる前に、彼らに近付いてきた半球形の金属の物体。それに乗るはた迷惑な老人がエッグモービルと名付けている、I・アイランドの技術者が結集しても作れるかどうか怪しい代物。

 

 そんな代物を、いや、それ以上のものでさえ山のようにたった一人で作り上げ、しかしその才能を世界征服という野望のために使っている自称・悪の天才科学者(あながち自称というわけでもない。特に後者)、Dr.エッグマンが、いつもの高笑いはなしに現れた。

 

「っ、こんな時に……!」

 

 その悪名を知るオールマイトは当然のことながら警戒を強めるが、エッグマンは無視を決め込みアンジェラの方を向く。

 

「喝を入れてやろうと思ってこんな所まで来たら、まさか隻腕になっとるとはのぉ」

「自分でそう決めた。あとから来たやつにあれこれ言われたくはないね」

「相変わらず、頭のネジが数個は飛んどる小娘じゃわい」

「……ドクター、世間話はその程度にしてくれ。あなたの目的はそれだけではないだろう」

「そう話を急かすでない」

 

 オールマイトは混乱した。相手は世界征服を掲げて活動している敵なのに、それと相対するアンジェラ達からは、少なくともエッグマンに対する緊張感など感じない。

 

「あー……オッサン、アンジェラはエッグマンのことを「技術力が凄くてよく遊んでくれるオッサン」くらいにしか思ってないから」

「はい? どういうこと?」

「どういうこともなにも、そのままの意味でしかない。アンジェラはどこかぶっ飛んでいるところがあるからな」

「要するに……エッグマンのことを遊び相手だと、アンジェラさんは思っているんですよ」

「………………」

 

 オールマイトは気が遠くなるような感覚に苛まれた。元々アンジェラは人と違う変わった感性の持ち主だとは思っていたが、まさか、あのDr.エッグマンを遊び相手くらいにしか思っていなかったとは、予想外にも程がある。

 

「……それで? わざわざこんな島国まで来たのはオレに喝を入れてくれるため……だけじゃないよな?」

「そうじゃな、オール・フォー・ワンとかいう大物敵の仲間連中がここ最近怪しい動きを見せておったからの。ついでにオール・フォー・ワンの動向を探っておったんじゃ」

「そっちがついでなのか」

 

 アンジェラは内心、普通逆じゃね? と思いながら苦笑いした。オール・フォー・ワンの動向探りとアンジェラへの説教、宿敵であるということを加味しても、重要視されるべきがどちらであるかなど一般人でも分かる。

 

 しかし、エッグマンにそんなことは関係がなかった。

 

「当たり前じゃ! ワシ以外においそれととっ捕まりおって!」

「まーまー、エッグマン。アンジェラにも色々と事情があったらしいし、ここは落ち着かないと話が進まないぜ」

「……その事情というのは、あの黒い物体に関係があるんじゃな?」

 

 そう言ってエッグマンが指さしたのは、膨張と収縮を続ける黒い卵。白い光を断続的に放つそれを背に、アンジェラはゆっくりと頷いた。

 

「時空間を切り離し、歪め、神野区そのものを巨大な密室とするほどのエネルギーを持つ物体……流石に予想外の事態じゃの」

「……あんなの、予想出来てたまるか」

 

 苦々しい声と共に、アンジェラはソルフェジオをペンダントに戻して、ウエストバッグから青のカオスエメラルドを取り出す。空間の歪みで曲げられた月光が、カオスエメラルドの光と混ざり合い、溶け合った。

 

「……どうするつもりだ?」

「孵化したと同時に、卵の中身を破壊する。空間がどういう形であれ固着されれば、大元を排して上から書き換えられる。

 

 ……ほぼほぼ博打みたいなもんだし……だけど、他に方法があるかと言われると……」

 

 アンジェラには、他に方法が思いつかなかった。いや、誰にだって思い付くことなど不可能なのだ。偽王の眠る卵を今破壊したところで、その先に待つのがただ無慈悲な死である可能性が高い以上、孵化した直後に叩いて砕くしかない。それが一番確実で、安全な方法だ。

 

 ……それは、トゥーレシアを殺すと同義であり、アンジェラは多少の躊躇いはあれど、それを成そうとしていた。

 

 アンジェラの身体は、僅かに震えていた。

 

 それを、大きな脅威と対さねばならぬ恐怖ゆえと捉える者は、この場には一人も居ない。

 

 

 

 

 

「結局、行動を起こさなきゃそこで終わりなんだろ? なら、一人で戦おうとするなっての」

 

 そう言いながらソニックが取り出したのは、赤と紫のカオスエメラルド。奇跡を呼ぶ混沌の宝珠は共鳴し、その輝きを増す。

 

 ソニックはシャドウに目をやった。シャドウは一つため息をつきながら、水色と緑のカオスエメラルドを取り出し、アンジェラに渡す。ガジェットも懐から白いカオスエメラルドを取り出して、同じようにアンジェラに手渡した。

 

「あれが、君が決着をつけるべきものであることはなんとなくだが分かる。だが、誰かの手を借りてはいけない、なんていう決まりはないだろう?」

「……意外ですね、あなたがそんなことを言うなんて」

「シャドウの奴は、アンジェラにはどこか甘いとこあるからな」

「後処理をするのが一体誰だと……まあ、今はそんな事言っていられない状況だが」

 

 彼らの視線の先には、白い光を放ちながら脈動を続ける黒い卵。その動きと光が放出される間隔は徐々に短くなっており、あの卵が間もなく孵ることを如実に表しているかのよう。

 

 その最中、アンジェラに投げつけられた物体があった。

 

 黄色の光を放つ、カオスエメラルドである。

 

「……貸一つじゃ、しくじるでないぞ」

 

 それを投げつけた張本人、エッグマンはそう吐き捨てるとそっぽを向いた。それが彼なりのエールのようなものであると知っているアンジェラは、思わず苦笑いする。

 

 アンジェラの元に7つのカオスエメラルドが揃った。これならば、目覚めた偽王に対抗することも出来る。

 

 その偽王が目覚めようとしている卵の周囲からは、断続的に異形のものたちが湧き上がってきていた。空を舞うもの、地を這うものと、様々な在り方を示すそれらだが、一様に言えることは、人の言葉には決して言い表せないようなグロテスクな様相をしていることと、数えることも億劫になるほどに大量に湧き上がってきているということ。

 空中には二体ほど、他の異形よりも巨大で、明らかに膨大な力を蓄えているであろう個体も現れ、偽王の眠る卵を護るかのようにその周囲を旋回していた。

 

「邪魔してくる奴らはオレ達に任せろ。アンジェラは自分のやりたいようにやればいいさ」

 

 ソニックの言葉にアンジェラは静かに頷くと、瞳を閉じた。

 7つのカオスエメラルドが光を放ちながら浮き上がり、アンジェラの周囲を旋回しその輝きを増し、その光がアンジェラを包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リィン……

 

 カオスエメラルドの力に共鳴した魂の残響(ソウルオブティアーズ)が一際眩い光を放ちながら、魂が癒えるような音を奏でる。まるで、奏でてくれと言わんばかりに。

 

『マスター、奇跡は起こらぬから奇跡と呼ぶのではありません。さる時にあるべき者へと舞い降りるからこそ、奇跡と呼ぶのです』

「……そうだな……思えば、オレは奇跡の塊みたいなものだ。なにか一つでも欠けていたら、こうしてここに居ることもなかった」

 

 アンジェラは魂の残響(ソウルオブティアーズ)を手に取った。心臓の鼓動のような振動が、人に触れた時のような暖かさが、伝わってくる。

 

「お前達と一緒なら……もう一つくらい、奇跡を起こして見せるさ」

『ええ、そしてその奇跡は、紛れもなくマスターのためのものです』

《僕も! 僕も一緒!》

 

 アンジェラは朗らかな笑みを浮かべながら、魂の残響(ソウルオブティアーズ)の一番下の吹き口に口を付けて、息を吹き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魂の残響が響き渡り、周囲に眩い光が舞い踊る。その場の全員が思わず瞳を伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、光が晴れた先には。

 

 

 

 

「…………」

 

 魂の残響(ソウルオブティアーズ)を吹いた時と同じような衣だが、更に動きやすく裾の部分などが改良され、背中のリングの内側にもう一つ、一回り小さいリングを、カオスエメラルドの色と同じ色をした7つの宝玉をその外側に浮かべている。空色の髪は黄金色に輝いており、髪留めのリボンはなくなって髪が身長ほどに伸ばされている。

 

 そして、何よりも特筆すべきは、左腕があるはずの部分にこれ見よがしに装着された、黒いプロテクターだろう。空色の光が電撃のように迸るそれが左腕の代わりをしているのだと分かる。

 

 アンジェラは静かに瞳を開ける。その瞳は、咲き誇るビャクヤカスミと同じような美しい真紅の色に染まっていた。

 

 カオスエメラルドの力を引き出し、その力で変身するスーパー化に、魂の残響(ソウルオブティアーズ)の力が重なったことで、アンジェラに偽王に対する力を与えたのだ。

 

 いや……これは、それだけで片付けられる現象ではない。

 

 金色のオーラと空色の魔力光が混ざった光に身を包まれながら、アンジェラは両腕を広げた。それが何を意味するのか、彼らには手に取るように分かったのだろう。ソニックとシャドウは、アンジェラに近付き手を取った。アンジェラから伝ったカオスエメラルドの力が、光となって二人にも宿る。

 

 すると、ソニックとシャドウの身体が黄金の光に包まれ、髪と衣服が金色に染まり上がり、髪が逆立った。ソニックの瞳は普段のエメラルドのような緑色から真紅の色に変化している。アンジェラに宿ったカオスエメラルドの力で、二人もスーパー化したのだ。

 

 ……それに共鳴してか、はたまた偶然か。

 黒い卵が割れて、中から如何とも形容し難い何かが生まれ落ちた。

 

 黒い球体の中心に巨大な一つ目。その球体を鷲掴みにするかのように不出来な黒ずんだ王冠のようなものが取り付けられており、王冠のようなものの中心には緑色の宝玉が嵌り光を放っている。王冠のようなものの左右からは天使の翼のようなものが生えており、それに蔓のようなもの纏わりついている。球体の前面にはアンジェラが遙華魔術(ウルティ・マギア)を使う時に展開される、円形に6つの三角が付いたような魔法陣が浮かび上がっており、そこから巨大な麗人のような手が生えている。

 

 偽王の生誕に、其れに追従する異形共もまた新たなる生誕を迎え、自らの、偽王の障害になる者共を排しようと行動を始める。

 

 ……その中で、ミミックだけはどこか苦しそうに藻掻き続けていた。まるで、自分が自分ではなくなることを恐怖しているかのように、アンジェラの近くにただただ近付き、抗い続けている。

 

「……あいつは……」

 

 アンジェラは浮き上がってミミックに近付くと、その身体に触れ、力を流し込んだ。ミミックの身体が光に包まれ、黒い霧のようなものが体外に放出されていく。

 

 みるみるうちにミミックは小さくなっていき、その様相もグロテスクな生物とすら呼べないナニカから、紅い犬のような姿へと変わり、最終的には緑色の粒子となってアンジェラの左腕代わりのプロテクターに宿った。

 

「大丈夫なのか?」

「ああ、あいつはまだ(・・)変わり切ってはいなかった。

 

 ……これが手向けになるとも、思わないけど」

「さしずめ、忘れ形見といったところか」

 

 アンジェラは頷き、左手を握る。目覚めた偽王は咆哮とも呼べない声を上げ、緑色の魔力光の粒子をばら撒いている。

 

 あの偽王こそ、トゥーレシアの成れの果て。本来であればただ消えるだけだったトゥーレシアの命は、今や魂に呑まれて偽王として新たなる生誕を迎えた。そこにトゥーレシアの遺志は介在せず、あるのは彼女の感情の根幹のみ。

 

 

 

 その偽王を止めるために、否、偽王を失墜させるために。

 

 金の光をばら撒いて、三人は空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 










スーパー化、これがやりたかった!
なんとかスーパー化のための舞台を整えられて一安心です。


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御霊亡き偽王のファウスト

 旅の終わり……には、まだ早い。

 救い出す、なんてカッコつけたことを言うつもりはない。

 ただ、自分のやりたいように。



 そうさ、いつも通りだ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────────!!」

 

 もはや人間の聴覚では音として聞き取ることすら出来ない偽王の叫びが大気を振動させる。偽王の周囲を旋回していた二体の巨大な異形の眼なき視線が、金色の光を纏い空を舞う三人を捉え、定まった形を持たないその肉体を震わせる。産み出され持たされた本能のままそれらが標的と選んだのは、偽王にとって最大の障害になるであろう強大な魔力の塊。

 

 小型の空を舞う異形を従え、二体の強大な異形は目覚めたばかりの偽王のまどろみを邪魔する者は許さぬとばかりに、ぐにゃり、と身体の一部を歪ませ、アンジェラに狙いを定めて、飛ばした。なかなかの速度で放たれたそれは、躱すことが困難なほどの密度を持っている、母体の質量を無視した何とも形容出来ぬ物体だった。

 

「……呪い、というには、些か自我が足りないな」

「流石だな、そんなことまで分かるのか」

「あれが何であるのか……君は、もう見当がついているのか?」

 

 三人はそんなことを話しながら、亜光速以上のスピードを出して、異形が放ってきた物体を真正面から打ち破った。飛び散った物体はまるで絵の具のようにべちゃり、と地面に落ちる。

 

「あれは、禁忌中の禁忌だ。決して手を出してはいけない禁術……にも関わらず、発動させるのは実に簡単で、意図せぬままその引き金を引くことがザラにある。意図せぬまま、その引き金を引かされることも、な。

 

 発動条件は様々あるが、一貫していることは、大きな力を術者に与える代わりに、その魂が術者の自我を飲み込み、よほど力のある術者でない限り魂の叛逆に抗うことなど出来ずに、術者の意志など関係なく暴れまわるということ。骸に宿り、その骸を動かしたこともあるそうだ。

 

 

 

 

 ヒトはあれを……確か、「ソウル化」って呼ぶんだったかな」

 

 あれは、かの「唄の魔法」をも上回る禁術。理論上は、アンジェラでも容易く発動させることは出来る。

 

 ……そう、発動させることは簡単なのだ。その点だけを見れば、何ら難しい魔術でもない。ある程度の力量がある術者には、そのためのトリガーが複数見えている。

 

 其れが死神の微笑みであることを認識している術者がどれほどの割合であるのか、アンジェラには知る由もないのだが。

 

 少なくとも、トゥーレシアはそのトリガーが地獄への片道切符であることは理解していたように見えた。そうでなければ、あんな言葉が飛び出すはずがない。

 

 偽王……ソウル化したトゥーレシアは、自らの周囲に複数の魔法陣を展開する。トゥーレシアの魔力がソウル化する前よりも遥かに増幅されているのが、アンジェラには手に取るように分かった。

 

 偽王のやろうとしていることを理解しているのかしていないのか、二体の巨大な異形は身体をうねらせて、周囲の小さな異形共は三人めがけて飛び掛かってくる。

 

「ここは任せていいか? オレは……」

「分かってる、あれはアンジェラが片付けるべきやつだろ?」

「……昔とは、逆になったな」

 

 ソニックとシャドウはそう言うと、二体の巨大な異形めがけて亜光速のスピードで空を駆け抜け、それぞれ狙いを定めた異形をそのまま突き飛ばし、間髪入れずに連撃を入れた。その余波で小型の異形共の約半数は黒い霞となって消し飛び、もう半数もその殆どが風圧に負け吹き飛ばされ、一部は地面に叩きつけられる。

 

 二人が厄介そうな異形共を引き付けてくれたおかげで、アンジェラは難無く偽王の元へと近付くことができた。生誕のまどろみを振り払ったであろう偽王は、その背に魔法陣を展開させ、アンジェラをめがけて黒ずんだ針のようなものを飛ばしてくる。

 

『マスター、あれは』

「分かってる」

 

 アンジェラは左腕の義手に魔力を込める。その義手はソルフェジオを経由した精神リンクによって、まるで本物の左腕のように動かせるだけでなく、杖と同等の魔法の発動体も兼ねているらしい。義手を握り、円形に6つの三角形がついた形の魔法陣を展開させ、偽王に向けた。

 

「灼熱の飛龍、かの永劫を灼き尽くせ。

 

 焔抱く龍槍(ドラゴストーム)!」

 

 カオスエメラルドの力で拡大されたアンジェラの力は、遥華魔術(ウルティ・マギア)を発動させるに至る。スーパー化していることが条件と唄の魔法を使った時よりも発動条件は厳しく、短くは済むが詠唱も必要になり、しかも唄の魔法で発動させたときよりも威力は控えめになってしまうが、その分精神汚染のリスクは格段に低い。

 

 魔法陣から放たれた炎の龍は偽王が放った黒ずんだ針を灼き尽くし、そのまま偽王へと差し迫る。

 

 しかし、そのまま仕留めさせてくれるほど、偽王は甘くはない。

 

 偽王の背に展開されていた魔法陣から勢いよく波のような形をした水の塊が放たれ、焔抱く龍槍(ドラゴストーム)を搔き消した。その水の塊はまるで意思を持っているかのように縦横無尽に動き回り、津波のように押し寄せる。

 

 異空裂く荒波(タイダロスウェイブ)。あらゆるものを飲み込む荒波を放ち操る、遥華魔術(ウルティ・マギア)の一種である。

 

 偽王が遥華魔術(ウルティ・マギア)を使ってきたことにアンジェラは一瞬驚くも、ソウル化の力があれば可能かと納得した。炎の龍がいとも簡単に消火されてしまったのは誤算だったが、なれば別の手段を取ればいいだけの話。アンジェラは再び義手に魔力を込めて魔法陣を展開した。

 

「吹雪き凍て付け、絶対零度の白亜の中で。

 

 彗星奏づ白亜の氷結(スノーボウル)

 

 魔法陣から放たれたのは、巨大な白い雪の玉。アンジェラはそれを、まるでサッカーボールにするかのように蹴り飛ばし、偽王の操る異空裂く荒波(タイダロスウェイブ)に激突させた。荒波は凍りつき、ピシピシ、と音を立て割れて地面に落ちる。

 

 彗星奏づ白亜の氷結(スノーボウル)。絶対零度もかくやと云う雪の玉を形成する、遥華魔術(ウルティ・マギア)の一種である。

 

「────────────────ー!!」

 

 偽王は最上級魔法である遥華魔術(ウルティ・マギア)を操るアンジェラが一番の脅威であると本能で察知したのか、声にならない声を上げて異形共を向かわせようとする。

 

「っと、させるかっての!」

「大人しくしていろ……!」

 

 しかし、異形共の動きはそれらを抑えているソニックとシャドウによって止められた。縦横無尽な彼らの動きに異形共がついてこれるわけもなく、小型の異形は為すすべもなく黒い霞となって消え失せ、巨大な二体の異形も二人の猛攻に耐えきれず、ソニックブームを散らしながらその身を花園に沈めその姿を消した。

 

 アンジェラ達の動きを異形を使って阻止することが不可能であると悟ったらしい偽王は、宙に浮かぶ両の手を広げ、魔法陣を展開させ、そこから蒼色の炎の球を3つずつ放つ。クルクルと回転しながら迫ってきたそれをアンジェラは軽い身のこなしで躱した。しかし、炎の球には追尾性能があったらしく、しつこくアンジェラを追いかけ続けている。

 

 なれば、とアンジェラは義手を炎の球の群れに向けた。

 

風振りの惑い人(ウィードエヴェス)!」

 

 義手の先に展開された魔法陣から、空色の魔力光を纏った風が吹き荒び、炎球の群れを跡形もなく消し去り、その延長線上に居た偽王の眼に激突した。

 

 風振りの惑い人(ウィードエヴェス)。魔法陣から魔力を纏った突風を吹かす風属性魔法であり、燃ゆる風振り(ファイウィード)はこの魔法の派生形である。

 

 炎球をかき消された偽王はその単眼を見開き、いくつも展開されていた魔法陣から黒い魔力弾を次々と放った。アンジェラ達はそれを軽々と躱すが、偽王の本命はそれではない。

 

 偽王の両の手に魔力が収束されている。

 それを察知したアンジェラは、ほぼ条件反射的に掌に魔法陣を展開し、魔法陣を通して幻夢の書を呼び出し空中に浮遊させた。幻夢の書はひとりでにページをパラパラと捲り、とあるページに行き着くとピタリ、と止まる。

 

 すると、アンジェラの身体から空色の魔力光が溢れ出し、一箇所に集まっていく。収束された魔力光は、巨大な一対の麗人のような白い手へとその姿を変えた。偽王の手と同じような姿かたちをしているそれは、しかし偽王に仇なす者の両の手である。

 

 偽王を鷲掴みにしている偽りの王冠が、キラリ、と光を放つと、偽王の眼前に五芒星形の防壁が現れた。一見するとただの防壁に見えるそれは、しかし実際には最上級の防御魔法、覇王守幕(リフバリア)である。

 

 無詠唱で何度か砲撃を偽王に向けて放ったアンジェラだったが、覇王守幕(リフバリア)は傷の一つもつかない。その守りが何であるかを悟ったアンジェラは、義手を偽王へと向けた。

 

「っ……咎人に鉄槌を、機械仕掛けの業苦を打ち砕け、

 

 彼方宙人の鉄槌(ギガトンハンマー)!」

 

 空色の魔力光に包まれて、巨大な金色の鎚がその姿を現し、白い両の手がそれを掴み取る。遥華魔術(ウルティ・マギア)の一つ、彼方宙人の鉄槌(ギガトンハンマー)である。

 

 覇王守幕(リフバリア)を破壊するためには、遥華魔術(ウルティ・マギア)か其れに準ずる力が必要だ。それ以外の攻撃では、如何なるものであっても覇王の守りを突破することは出来ない。それが、ソウル化した魔法使いが操るものであるのなら尚更。

 

 しかし、スーパー化を切っ掛けとして発動する遥華魔術(ウルティ・マギア)覇王守幕(リフバリア)を破壊できるとは限らない。

 

 本来必要な過程をカオスエメラルドという奇跡の宝珠の力ですっ飛ばして無理矢理発動し形にしているにすぎないその力は、本来の力と比べれば程遠く淡い。普通に使う分には気にもならないが、この状況に限って言えばそれは死活問題となる。

 

「アンジェラ、あのバリアを破壊する手立ては……ありはする、みたいだな」

「あるっちゃある。でも多分、魔力溜め込んでる間、オレめっちゃ狙われる」

「奴の攻撃は僕らが捌く。君は力の収束に集中しろ」

「……ああ、任せた!」

 

 ソニックとシャドウの言葉に、アンジェラは頷いて、足元に巨大な魔法陣を展開し、彼方宙人の鉄槌(ギガトンハンマー)に魔力を収束させ始めた。魔法陣が光り輝き、立ち昇った空色の魔力光が白い巨大な両の手が携える金色の槌に注がれてゆく。

 

 アンジェラがやろうとしていることを理解したのか、偽王はアンジェラ目掛けて、数えるのも億劫なほど大量の魔力弾を放った。彼方宙人の鉄槌(ギガトンハンマー)に魔力を収束させているアンジェラは、その場から動くことを許されていない。ここで魔力の収束を途切れさせてしまえば、偽王を包む覇王守幕(リフバリア)を破壊することは出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……しかし、アンジェラの胸には、焦りの感情など、湧き上がりすらしなかった。

 

 代わりにその胸に抱くのは、二人の兄への、絶対的な信頼。

 

 盲目的とも云うだろう。

 狂気的な執着だと云う者も居るだろう。

 その感情が向けられる相手が相手であれば、恐怖されることもあっただろう。

 

 それは、アンジェラ自身も理解している。

 自分がその胸に抱く執着が、依存が、どれほど一般からかけ離れたものであるかなんて、言われなくとも分かっている。

 

 

 

 

 だが、アンジェラはその感情を捨てるつもりなど、毛頭ない。

 

 元より人間とは全く違う構造の精神だ。今更異常だなんだと言われようが、その全てがどうでもいい。価値を持たない問いに、意味など無いのだから。

 

 

 

 黒い魔力弾の群れが、アンジェラ目掛けて押し寄せてくる。

 

 それを前に、彼方宙人の鉄槌(ギガトンハンマー)に魔力を注ぎ続けるアンジェラの口角は、上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ゴォォォ、と金色の風が吹き荒ぶ。本来であれば風の影響を受けないはずの魔力弾が、あまりの強風に煽られて一箇所に固まってしまう。偽王が何かをする前に、魔力弾の群れは金色の風とは違う方角から放たれた砲撃によって掻き消えた。

 

「────────────────ー!」

 

 偽王が声にならない叫びを上げ、その両の手をアンジェラに向けて黒い砲撃を放つ。その砲撃がアンジェラに激突する前に、その場に割り込んできたのは金色の風。

 

「ソニック!」

「アンジェラはそっちに集中しろ、こっちは任せとけ……って!!」

 

 アンジェラと砲撃の間に割り込み、砲撃を手で受け止めたソニックは、力づくで砲撃を偽王に向けて弾き返した。偽王の両の手の片割れが壊れ、力なく空中に留まる。

 

 偽王は残されたもう片手をアンジェラに向けて魔力を収束させる。片手しかないからか、その収束はどこか覚束ない。

 

 そして、その隙は、やすやすと逃されるはずがなかった。

 

「カオスブラストっ!!」

 

 シャドウが放ったカオスエメラルドの力が、砲撃となって偽王の手に襲い掛かる。魔力を溜め込んでいたその手はカオスブラストの直撃を受け、溜め込んでいた魔力ごと大きな爆発を起こした。

 

「……これで……」

 

 白い両の手が携える金色の槌が、空色に光り輝く。アンジェラが背負う金色のリングから、円形に6つの三角形がついた形の魔法陣が展開され、アンジェラの周囲から衝撃波と空色の魔力光が溢れ出す。

 

 アンジェラはソニックブームを散らしながら空を駆け抜け、偽王の懐に近付き、偽王を護る覇王守幕(リフバリア)めがけて、彼方宙人の鉄槌(ギガトンハンマー)を振り下ろした。

 

 

 

 

 パリィィィィィンッ!!! 

 

 

 

 膨大な魔力を込められた金色の槌は、偽王の護りを粉々に破壊せしめる。その対価として金色の槌も同時に消え去ってしまったが、重要なのは覇王守幕(リフバリア)を破壊できたということ。

 

 覇王守幕(リフバリア)は連続使用が出来ない魔法であるはず。そして、偽王は大きく体勢を崩した。

 

 つまり、今の偽王に、アンジェラの攻撃を止めることは出来ない。

 

 アンジェラは全身から魔力を集め、白い両の手へと注ぎ込んだ。

 

「彼方の虚言を真実に、現し世と絵空を繋ぐ剣をここに、

 

 ……偽りの王を切り裂き堕とす、夢幻異界の刃となれ!! 

 

 黎明を裂く剣(ウルトラソード)ッ!!!」

 

 金色の槌の代わりに白の両の手が携えたのは、白刃の剣。アンジェラの両腕と同じ動きをするその両の手は、白刃の刃をしっかりと握り込み、振り上げて、

 

 

 

 

 

 偽王を縦に、一刀両断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────────────ー!!!!!!」

 

 偽王の断末魔が響き渡る。切り口から黒い液体のようなものが吹き出し、偽王の身体が崩れ去ってゆく。偽王の魔力から産み出されていた真紅の花園と、異形の怪物達もまた、黒い霞となって消えてゆく。

 そして、偽王の力で切り離されていたこの空間もまた、偽王の支配下から解脱した。

 

 今なら、アンジェラの力で書き換えることが出来る。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、『彼方楽園の地に終焉を、永久に』…………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1小節だけ刻まれた唄の力が、膨大なエネルギーとなって偽王に切り離されていた空間全体を包みこむ。その場の誰もが、あまりの眩しさにその眼を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、光が晴れると…………

 

 

 現世から切り離されていた神野区は、元の位置へと戻されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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アンジェラ・フーディルハイン∶Regeneration

 言ったでしょう?奇跡はあなたのためにあると。


 深い深い、微睡みの中。

 

 暗闇に星のような光が散りばめられた、深層意識の奥底の世界。

 

 今までは、ただただ宇宙空間のような景色が拡がっていただけのそこに、どういうわけか、切り抜かれた部屋のようなものが存在していた。扉が一つに、誰も座っていない椅子が八つ置かれた、殺風景で無機質な部屋……いや、本来あるはずの壁が半分以上取り払われて、外から中の様子が丸見えのそれを、果たして部屋と呼んでいいのかどうか。

 

 現世から切り離されていた神野区をもとに戻した後、あれ程のことをしたのだから当然と言えば当然なのだが、いつの間にやら気を失っていたらしいアンジェラは、深層意識の世界で意識を取り戻した(実際には意識を取り戻したわけではなく、アンジェラの身体は今だに眠りについているのだが、便宜上こう記す)。

 

 今まで何度かこの深層意識の世界を目にしたことはあるが、その時とは明らかに様子が違う。自身の深層意識の世界の変貌ぶりに驚くべきなのか、それ以外に目を向けるべきなのか、アンジェラは少しばかり悩んでいた。

 

「……誰だ? オレをここに呼び出したのは」

 

 アンジェラの怪訝そうな声が、どこまでも拡がっているように見えるこの空間に響き渡る。この深層意識の世界がアンジェラの意識を招く時は、大抵の場合何かしらの干渉があった時だ。それが自分由来であるのか、はたまた別の何かであるのか。それはまだ分からない。もしかしたらどちらでもないかもしれないし、その両方かもしれない。

 

 何にせよ、このまま文字通り宙ぶらりんな状態は如何ともし難い。アンジェラはそういう中途半端な状況が好ましく思えるような性格はしていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんにちは。はじめまして、とも言うべきかな、アンジェラ・フーディルハインさん」

 

 ちょうど、アンジェラの眼の前にあった空の椅子に白い光が現れ、収束し、人の形と成った。白髪で病弱そうな、小柄な男性。椅子に腰掛けた彼は、人の良さそうな笑みを浮かべている。

 

 確かにこの状況を作り出した誰かを呼びはしたが、その登場方法と男性が自分自身の記憶の中(アンジェラのこれまで)にも受け継いだ記憶の中(母親の昔)にも存在しない、本当の意味で見知らぬ人間であったことにアンジェラが呆気に取られていると、男性は苦笑いをしながら口を開く。

 

「まずは自己紹介をするべきだね。僕は死柄木与一。君が偶発的に受け継いでしまった“個性”、ワン・フォー・オールのオリジンだ」

「ワン・フォー・オールのオリジン……オール・フォー・ワンの、弟さん……でしたっけ?」

「まあ、概ねその認識で合っているよ」

 

 男性……与一はアンジェラの返答にこれまた苦笑いしながら肯定の意を示す。アンジェラはなるほど、と頷きかけて、ある重要なことに思い至って首を傾げた。

 

「……あれ? じゃあ、とっくの昔にお亡くなりになっているはず……地縛霊か何かですか?」

「九割くらいは正解かな」

「合ってるんかい」

 

 冗談のつもりで言ったのに、それが合っていると返されてアンジェラは素でツッコミを入れた。

 

「僕だけじゃない……八代目の八木君……オールマイトを含めた歴代のワン・フォー・オールの継承者達も居る。まだ存命の八木君は大分曖昧な輪郭しか持っていないけれど、他の継承者達は、今僕がしているように君に語りかけることも出来る筈だよ」

「オールマイトも……生霊かよ」

「在り方としてはまさにその通りだね。他の皆はまだ目覚めていなくて、実際に今こうして君と話が出来るのは、僕だけなのだけれど」

「…………目覚めて……いない?」

「……そうだね。それだけじゃない、色々と説明が必要だ。とはいっても、僕も完全に状況を把握しきれているわけではないんだけどね」

 

 そう前置きをすると、与一は語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 与一はまず、偽王が倒され、アンジェラが隔絶されていた神野区の空間をあるべき形に戻した後の話をした。

 

 アンジェラが意識を失ったのは、神野区の空間があるべき形を取り戻し、定着された直後のことである。

 

 まるで解けるようにスーパー化……と言い切ってしまっていいのか分からない変身形態が解除され、アンジェラに力を与えていたカオスエメラルドは7つそれぞれがバラバラの方角へと飛び去っていった。

 カオスエメラルドは一度7つ揃い力を発揮させると、バラバラに飛び去っていくという特性を持っていることくらい、アンジェラは知っている。なんなら、何度もその光景を目にしている。カオスエメラルドが飛び去って大丈夫なのか心配していた与一だったが、アンジェラからカオスエメラルドの特性を聞くと大丈夫なのか、と納得したようだ。

 

 重力に従って地上に落ちてゆくところだったアンジェラを、まだ少し余力を残しスーパー化したままだったソニックとシャドウが支え、地上まで降ろした。それと同時に、二人のスーパー化も解除された。

 

 その様子を見届けたエッグマンは、ソニックに「何か」を渡すとエッグモービルを駆りどこかへと去っていった。状況が状況だったので、誰も追いかけようとはしなかったそうだ。まぁ、今回はエッグマンが手を貸してくれたみたいなもんだし、貸し作っちゃったしなぁ、とアンジェラは思った。

 

 エッグマンは去る前に何か言伝を残していったそうだが、与一は「それは目覚めてからお兄さん達に聞いた方がいいと思う」と、この場で語ることはしなかった。

 

 そして、一向に目覚める気配のなかったアンジェラはGUN日本支部に併設された病院へと担ぎ込まれ、今に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……かなり端折ったところも多いけれど、これが大まかな君が気絶してからの経緯だよ」

「I see……つまり、今オレは病院のベッドの上、ってことですか」

「そうだね。もう丸三日は眠り続けているかな」

「……は? 三日? そんなに?」

 

 まさかの日数眠り続けているという事実に、アンジェラは唖然とする。与一はアンジェラの反応が予想内らしく、苦笑しながら口を開いた。

 

「仕方ない……といえば仕方ないのかな。僕が把握し得る君の現状を鑑みるに……正直、今こうして話が出来るようになっているのも、想定よりも随分と早いと言わざるを得ないんだよ」

「それは……どういう……?」

 

 与一がアンジェラの疑問を晴らす決定的な言葉を発しようとした、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生まれ変わり、再誕、生まれ直し。

 色々と言い方はあるけれど、一番分かりやすくて近いのは……

 

「肉体の再構成」、かしら」

 

 突如として与一の言葉を遮った、第三者の声。

 

 聞き紛うはずがない、友達の声。

 

 不思議なことではあるが、何らおかしな事ではない。

 だって彼女は、ずっとアンジェラの傍に居たのだ。

 人としての姿かたちを失っても、それでも尚、彼女の傍に。

 

 

 

 

 

「再構成……つまり、オレの身体は丸々別のものに置き換わったと、そう言いたいのか? 

 

 

 

 

 

 

 

 メリッサ」

 

 アンジェラはそう言いながら、声がした方に振り向く。

 

 そこには、確かにメリッサの姿があった。

 

「アンジェラの感覚器官を通して、外の様子を見てきたわ。そして、あの時……アンジェラがカオスエメラルドの力と私の力を同時に使ったあの時、一瞬、そう、ほんの一瞬だけ、それが途切れた。

 

 それに、今までは数瞬、それも感覚的に「声」を届けることしか出来なかったけれど、今はこうやって深層意識の世界で会話をすることが出来ている。「私」は「あの時」から変わっていないから、要因があるとすれば……」

「オレ自身の変化……か」

 

 呟くように放たれたアンジェラの言葉に、メリッサは頷いた。聡明なメリッサをもってしても、何故メリッサがアンジェラと会話出来るようになったのか確定的な事は言えないが、あるだけの判断材料を掻き集め、推察した結果なのだろう。

 

「そう、君の変化、論点はそこだ。そしてそれが、僕以外の歴代ワン・フォー・オール継承者達が今眠りについている要因にも繋がっている」

「それが、肉体の再構成……?」

「そう、結論から言ってしまえば、今の君の身体は今まで君が使っていた肉体(・・・・・・・・・・・・)ではない、新しい肉体なんだよ。

 

 ……いや、肉体と呼べるかは分からない(・・・・・・・・・・・・・)、かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 前提として、アンジェラ・フーディルハインは元々人間ではない。部分的に人間の遺伝子を宿してはいたが、その遺伝子構造は人間のそれとは根本から異なるものである。

 

 汲み上げ、顕現させる生きた舞台装置に改造された緑谷出久が、天使の策略によって産み出すことを強制された娘たち。人間だったものから産まれた、人の形をした人ならざるもの、失われし時間の偶像(フェイタル・マギア)の九女、ナーディこそが、アンジェラの正体だった(・・・)

 

 失われし時間の偶像(フェイタル・マギア)はいわゆるプロトタイプ、と言うべきものらしく、その肉体構造に致命的な欠陥を抱えていた。

 具体的に言えば、彼女らは10の歳を重ねることを赦されていない。10に至るどこかの段階で、その肉体は崩れて死に至る。個人差はあるようだが、10の年までその肉体で生きることは不可能である。

 

 それは、当然アンジェラも例外ではなかった。本来であれば、アンジェラも死なないまでも、もう既に肉体の崩壊が始まっていてもおかしくはない。

 

 それでも、アンジェラの肉体が崩壊の兆しすら見せていなかったのは、ひとえにカオスエメラルドの加護のおかげである。定期的にアンジェラの肉体に注がれていたカオスエメラルドの力が、アンジェラの肉体の崩壊を食い止めていたのだ。それが、数少ない「契約者」を失わんとしたカオスエメラルドの「意思」によるものなのか、はたまたただの偶然でしかないのか、確認する術などない。

 

 しかし、カオスエメラルドの力があっても、それは時間稼ぎにしかならない。アンジェラの肉体が10の歳を重ねるまで保たないという決定的な事実は覆らない。事実、神野区の事件の時点で、アンジェラの肉体は限界に差し掛かっていた。

 

「……あの時、君がカオスエメラルドの力と魂の残響(ソウルオブティアーズ)……メリッサさんの力で変身した時。君は注ぎ込まれたカオスエメラルドの力、古い肉体、それに宿っていた強大な魔力、そして、ワン・フォー・オールを礎とし、それがメリッサさんの力と反応したことで……新しい肉体を産み出し、自我と魂をそこに移したんだよ」

「……なんって、壮大な「引っ越し」だよ、それ」

「そうだね、自我と魂という点で言えば、引っ越しとも言える。古くなって崩れかけていた古い物件(肉体)から、新しく作った物件(肉体)に引っ越しをしたんだ、君は。

 それが、全て無意識で行われていた」

「………………今の、オレの肉体は……何と、言えます?」

 

 与一は少し考える素振りを見せる。今のアンジェラの肉体を何と形容していいものか、与一は答えあぐねていた。

 

「膨大なエネルギー……魔力の塊みたいなものね。姿かたちは前とそこまで変わらないけれど、その構造は根本から違う。いわば……エネルギー生命体、かしら?」

 

 口ごもった与一の代わりに答えたのはメリッサだ。アンジェラはふむ、と納得しかけて、ある重要な見落としに気がついて口を開く。

 

「えーっと、それと、歴代が眠っていることの何処に関係が……?」

「…………先に、これだけ言っておこう。少なくとも僕は、君に責任を問うつもりは全く無い。君が人間ですらないことは誰にも知る由なんてなかったし、君にワン・フォー・オールが宿ったことも、誰が意図したものでもない。この件に関して、君が責任を感じる必要は、一切無いんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………ワン・フォー・オールという“個性”は、君が新しく肉体を作り出した時に、その力の全てが魔力に書き換えられ、消失した。その時に、ワン・フォー・オールに宿っていた、僕を含む歴代継承者の自我と魂の欠片はワン・フォー・オールから切り離され、君の深層意識の世界に根付いたんだ。その負荷で、僕以外の継承者達の意識は眠りについてしまったんだ」

 

 アンジェラは、無言で与一の話を受け止めた。

 ワン・フォー・オールの消失。それが重大な事であるというのは言われなくとも分かる。しかし、そのオリジンがアンジェラに責任を問うつもりがないと言うのであれば、責任を感じるのはお門違いだ。

 

 そもそもアンジェラは、意図して新たな肉体を作り出した訳でもなければ、意図してワン・フォー・オールをその材料として使った訳でもない。全てはアンジェラの意思が関わらぬところで起きた事。強いて言うならば、アンジェラの生存本能によるものなのだろうが、生存本能など生物であれば誰もが持っているものであり、アンジェラ自身の意思がワン・フォー・オールの消失に関わっているわけではないことに変わりはない。

 

 そんなアンジェラにワン・フォー・オールが消失したことに対する責任を突き付けるのは、果てしなく間違っている。

 

「これも一つの完遂だ。これで良かったのだとすら思う。オール・フォー・ワンを討つために培われ、継がれてきたこの力の本懐はもう無い。これ以上の継承は、例え君が魔力も持たない普通の人間であったとしても、破滅しか産み出さなかっただろう。そして、「あの時」、あの場にあったなにか一つでも欠けていたら、君は10の歳を迎えることすら出来なかっただろう。

 

 君の母上を絶望の奥底に落としてしまった遠因となったワン・フォー・オールが、最後の最後で君を救い出した一端となった。

 

 僕はそれを、誇りに思うよ」

 

 与一はそう言うと、本当に誇らしげに、笑った。

 

 アンジェラはとても複雑な気分だった。アンジェラは母を本当の意味で母として見ていない。産んでくれた恩義こそ感じる。その運命と現在の姿に同情や憐れみは感じるが、それだけだ。思い出したかつての記憶の中でも、母親と話なぞ出来るわけがなかったので当たり前といえば当たり前なのだが。

 

 だから、母親を絶望に突き落とす遠因が自分を救ったのだと言われても、いまいちピンとこなかった。

 

「それに、本来であればワン・フォー・オールと共に消失するはずだった僕らの意識も、何の因果かこうして君の新しい肉体そのものに宿っている。これ以上の贅沢は、望む気にもなれないよ」

「……まあ、あなたがそれで納得しているのなら……それでいいんでしょうけど」

「……ああ、だけど、どこかに行ってしまった死柄木達はどうにかしてほしいかな。君の本懐のついでくらいに思ってもらって構わないから」

 

 与一はそう言い、困ったように笑う。死柄木達は恐らく、トゥーレシアの魔法で逃されたのだろう。(フォニイ)の友人への、せめてもの恩返しとして。

 

 しかし、アンジェラはトゥーレシアやフォニイを憐れみはしても、その遺志に従うつもりは毛頭ない。例えフォニイの友人だとしても、敵対するのであればそれまでだ。

 

「つまり、アフターケア、ってことか。まあ、引き受けてもいいけど」

「大丈夫よ、マイトおじさまは一人だったけれど、アンジェラには私達がついてるもの!」

「そうだ、今までの継承者達にはなかったものを、君は持っている。君はワン・フォー・オールの継承者として振る舞う必要は無い。これは僕個人からの依頼だと思ってくれればいい。

 

 だって、もうこの世界にワン・フォー・オールは存在しないんだから」

 

 与一はどこか微笑ましげに、そして懐かしそうに頷いた。彼が思い出しているのは、オール・フォー・ワンの元から救い出してくれた、彼のヒーロー達のこと。ワン・フォー・オールが消え去り、自分も消え去る運命にあったはずなのに、今こうしてアンジェラの深層意識の世界に存在できていることは、奇跡というべきなのだろうか。それとも、アンジェラが持つ無意識な優しさが作用したのだろうか。

 

 どちらにせよ、与一の考えは変わらない。ワン・フォー・オールそのものが消え去ったこともまた、覆しようのない事実に他ならない。なれば、最後の継承者たる幼子の行く末を、たまにアドバイスを送りつつ見守ることこそが自分の、自分達過去の亡霊の役割なのだと、与一は思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、八木君によろしく伝えておいてくれ。

 

 

 少し遅れてしまったけれど、お誕生日おめでとう、アンジェラ・フーディルハインさん」

 

 

 

 

 与一が放った言葉に聞き返す間もなく、アンジェラの意識は強制的に、深層意識の世界から引き上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……少し、いじわるなこと言ったかな」

「大丈夫ですよ、アンジェラは賢いですから」

「そうだね。それに、深い意味はないし……次に会った時にでも、答え合わせをしようかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








ワン・フォー・オールがこの時点で消失することは、最初期から決定していました。アンジェラさんの意思はそこに関係ありません。この件に関してアンジェラさんに責任を問うことは、果てしない間違いなのです。そもそも、10にも満たない子供にそんな責任を押し付けるのもどうかしているわけですが。


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願いのかたち

 薬品の匂いが、嗅覚を刺激する。この場所が、勝手知ったる場所ではないことが分かった。

 

 うっすらと、開けられるようになっていた瞳を開く。見知らぬ白い天井、そっと周りを見渡してみると、白を基調としたレイアウトが目に入る。ここはどうやら、病室のようだ。

 

 今だにどこか朧げな意識のまま、アンジェラはおもむろに左腕を上げる。そこにあったのは人間味を感じる腕ではなく、黒いプロテクターのような義手。握り込むようにイメージしてみると、まるで左腕そのもののように動く。右腕と比べると若干鈍いながらも、触覚もある。

 この義手がどうして残っているのか、そもそも何由来ものであるのかは分からない。しかし、アンジェラはこの義手が自分ものであると、何故か言い切ることが出来た。

 

 だるいながらもなんとか身体を起こす。サイドテーブルの上に目を向けると、そこにおもむろに置かれたウエストバッグと幻夢の書、そしてペンダント状態のソルフェジオと魂の残響(ソウルオブティアーズ)が目に入り、枕元からケテルがふわり、と浮かんだ。

 

『おはようございます、マスター』

《お姉ちゃん、おはよう!》

 

 アンジェラへの呼称だけを変えてそれ以外はいつも通りを貫くソルフェジオと、満面の笑みを浮かべてアンジェラの頬にすり寄るケテル。アンジェラは右手でケテルを撫でながら、薄く笑みを浮かべた。

 

「……ああ、おはよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、君という奴は毎度毎度……」

「……返す言葉もございません……」

 

 くどくどくどくどと、ベッドの上の住人と化しているアンジェラに説教するシャドウ。ソニックは見舞い品として持ってきたらしいりんごの皮を剥きながら、時に相槌を打ち説教に加わっている。流石に今回は怒られて当然だと頭の片隅でずっと思っていたアンジェラは、大人しく説教を受け止めた。

 

「まぁ、あの状況じゃある程度の無茶は仕方ないとは思うけどさ……お前、オレ達に隠し事があるんだって?」

「うっ……それに関しては半ば巻き込まれ事故みたいなもので……オレだけが悪いわけじゃないし……」

「それについては分かっている。既にオールマイト当人を尋も……いや、問い詰め済みだ」

「今尋問って言いかけたよな!? 一体何やらかしたんだよ!?」

「あのジャパニーズ土下座は見事だったな〜」

「ちょっとその光景に興味湧いてきた」

 

 目的のためならば手段を選ばないシャドウと、普段は飄々としているが、いや、だからこそ怒気を放った時は一際恐ろしく感じるソニックによる尋問だ。さぞ恐ろしいを通り越してカオスな光景が広がっていたことだろうと、アンジェラは苦笑した。ワン・フォー・オールの事故継承についてはオールマイトが悪いとは決して言えないし、そのことをソニック達に黙っていたのは……いつか話すと確約はしていたとはいえ、今の今まで隠していたことに変わりはないので何とも言えない。

 

「……まあ、そういう話は……当事者を交えてした方がいいかな。

 

 

 

 

 

 

 なぁ、オールマイトさん?」

 

 ギラリ、とエメラルドの鋭い眼光がドアに向けられる。そこに居るのは分かっていると言わんばかりの無言の威圧に観念したのか、ゆっくりとドアが開かれた。

 

「……何で居るって分かったの……」

「オッサン、あいつら相手に気配を消そうとしても無駄だ。特にオッサンは目立つから……」

「怖い、やっぱり最近の若者怖い!」

 

 戦慄しながらおずおずと病室に入ってきたトゥルーフォームのオールマイトと、そんなオールマイトに呆れ返るナックルズ。何とも異色な組み合わせである。

 

「えーっと……フーディルハイン少女……まずは、無事……で、何より……?」

「何でそんな疑問形なんですか」

「左腕だろ」

「なるほど」

 

 ナックルズが一言だけ放った単語と、オールマイトの視線がアンジェラの左腕、二の腕の中腹辺りからごっそりと切り落とされ、黒い義手に変わっているそこに向いていることで、アンジェラはオールマイトが言わんとしていることを理解した。なるほど、確かに左腕をごっそりと失くして、それを「無事」の言葉で片付けていいのかは悩ましい。先の状況を鑑みても、それは変わらないだろう。

 

 普通なら。

 

 しかし、アンジェラは左腕が失われただけであることが、まだマシな状態であることを客観的に知っている。長期的に肉体が少しずつ崩れ去ってゆく恐怖を感じるよりは、一気に切り落とされた方がまだマシだと、本気で思っている。実際にどちらの方がいいのかは分からないが、あの時点でアンジェラが自分が辿るはずだった末路について知っていたことを鑑みれば、少なくとも、アンジェラにとってはどちらの方がいいかということは、火を見るより明らかだろう。

 

「その件含めて、色々話したいことがあるんですけど……その前に、一つ聞いてもいいですか」

「……なんだい?」

「その姿で大丈夫なんですか? 今更かもしれませんが」

 

 アンジェラがオールマイトに問うたのは、オールマイトの姿のこと。トゥルーフォームのことは重大な秘密として隠し通していたはずなのに、今のオールマイトがトゥルーフォームを晒していることを疑問に思ったのだ。

 

「ああ、そのことか……いいんだよ、フーディルハイン少女。思っていたかたちとは大分違うが、オール・フォー・ワンは死に絶えた。最後の最後で、自分のためだけに拳を握った。余力は残っているが……これ以上は、君に両手両足をもがれてしまうからね。

 

 

 

 

 

 

 

 約束通り、私はヒーローを引退したよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラが意識を失っていた3日の間で、日本の情勢は大きく動いていた。

 

 神野区の事件による被害は大きく、死者90名強、負傷者は1500名以上の数となったそうだ。また、原因不明の精神疾患を患った者も多く、その数は200名にもなるという。廃人状態になってしまった者も中には居るそうだ。

 ただ、それだけの被害がありながら、あの事件に関する媒体記録は一つも確認されなかったという。あの状況で回されたであろう記録機器のデータは、写真映像音声と、一つ残らず壊れていて確認はおろか、修復することも不可能だった。ネット上に上げられていたものも例外ではない。警察やGUNはその不可解さに首を傾げていたが、無いものは無いのだから仕方がないと割り切るしかなかった。存在しないものを嘆いた所で、何かが変わるわけでもないのだから。

 

 オール・フォー・ワンの市街地破壊に始まり、トゥーレシアの出現と暴動、そして、ソウル化しての暴走。アンジェラに言わせてみれば、ここまでの条件が揃っていた中で死者が100にも届かぬ数であるならば、この被害は軽微なものであると言わざるを得ない。ソウル化という禁術は、過去に一国はおろか1文明を滅ぼしたこともあるのだから。其れに比べれば、何たる幸運か。

 

 

 

 

 そして、オールマイトは先の戦いを最後に、アンジェラとの約束通り引退を表明した。

 

 当然ながら、世間は混乱した。その前に、ヒーロー公安委員会から猛烈な反対を受けた。平和の象徴が失くなってしまえば、敵をのさばらせることになる、どうか辞めないでくれ、と。

 

 その声でオールマイトが揺れなかったと言えば嘘になる。しかし、まだ余力はあるとはいえ、近いうちにその余力……ワン・フォー・オールの残り火が消え去り、本当に戦えない身体になってしまうことは事実。

 

 そして、オールマイトの脳裏にはそれ以上に、あの時、オール・フォー・ワンを倒したらヒーローを引退することをアンジェラと約束した時のアンジェラの表情、オールマイトただ一人を生贄にし続ける日本という国への憂いと嘲笑が、焼き付いて離れていなかった。

 オールマイトの存在が、平和の象徴の存在が、ある一人の少女を深淵よりも深い絶望に突き落とし、その魂を縛り続ける遠因になったことも知ってしまった。

 

 だから、オールマイトは尚も平和の象徴(磔の生贄)に縋ろうとするヒーロー公安委員会に言ってやったのだ。

 

『これは受け売りですが……人は神には成れない、いつか終わる生き物です。いよいよその時が来たというだけですよ』

 

 六年前であれば絶対に口にしなかった言葉だった。オールマイトを引き留めようと交渉をしていた公安委員が、膝から崩れ落ちる様が、どうにも滑稽に見えた。

 

 ……ヒーロー公安委員会の無様な悪あがきも意味を成さず、オールマイトの引退は受理された。

 

 オールマイトは記者会見の場で自らトゥルーフォームを晒し、とうの昔に自らが憔悴しきっていたことを伝えた。これからは雄英高校の教師として、後進の育成に励んでいくことも。

 好意的な意見と批判意見の割合は半々、といったところだ。元はと言えばオールマイトが雄英高校に赴任したのが悪かったのでは、という意見もある。オールマイトが引退した今、今度こそ子どもたちが狙われるのではないかという意見には、反論することも出来なかった。

 

 しかし、中には「がっかりだ」、だとか、「失望した」だとかいう意見もあった。オールマイトは当たり障りのない返答をしながらも、内心「これがフーディルハイン少女の言っていた、私自身の幸福を認めないということなのだろうか」と思っていた。自惚れでもなんでもなく、オールマイトはあらゆるものを犠牲にひた走ってきた。そんなオールマイトに対してそんな言葉を吐き捨てられるとは、なるほど、ただの理不尽に他ならない。

 

 そして、一連の後処理の前にアンジェラの見舞いにこの病院を訪れたオールマイトを待ち受けていたのが…………ソニックとシャドウによる、尋問、もとい問い詰めである。

 

 

 

 

 

「元々話すつもりであったとはいえ、本当に洗いざらいぜーんぶ吐かされたよ……最近の若者って怖いね…………」

 

 オールマイトはその時のことを思い出しているのか、肩をガタガタと震わせながら言う。その件に関して、アンジェラはオールマイトを庇うことも同情することも出来ない。

 

「まあ、ワン・フォー・オールってやつの件は事故みたいなもんだってことも分かったから、それに関しては必要以上に問い詰めたりはしないさ」

「それにしては、なんだか敵意が見え隠れしているような……」

 

 ソニックは曖昧に笑うだけ。言葉なき肯定だった。問い詰めないこととそれとは、また別問題である。

 

 

 

 

「それで? アンジェラ、話したいことって何だ?」

 

 ソニックの言葉に、アンジェラは左腕の義手を右手で撫でて、語り始めた。

 

 

 林間合宿で遭遇したフォニイが、アンジェラの失われた記憶を戻したこと。

 

 彼女の正体が、失われし時間の偶像(フェイタル・マギア)という人間ですらないものであったこと。

 

 失われし時間の偶像(フェイタル・マギア)は10の歳を迎えられず、その前の肉体が崩壊していくこと。

 

 アンジェラは定期的に流れ込んできていたカオスエメラルドの力でそれが抑えられていただけで、あのままであれば、いずれ来たであろう肉体の崩壊は避けられなかったこと。

 

 今のアンジェラは失われし時間の偶像(フェイタル・マギア)ですらなく、様々な条件が複雑に絡み合うことで生れた、何とも言えないエネルギー生命体であること。

 

 アンジェラがエネルギー生命体となったことで10の歳を迎えられないという縛りこそなくなったが、その対価としてワン・フォー・オールが消失したこと。

 

 

 

 

 

「……あと……そうだ、母についてだ。

 

 ……だけど、これは……一番、伝えなきゃいけない奴が居る……」

「伝えなきゃいけない奴……? 誰のことだ?」

 

 ぽつり、ぽつりと語り続けていたアンジェラが告げた、アンジェラ知り得る中で一番母のことを伝えなくてはいけない者、母のことを知らなければならない者。ソニック達は当然ながら予想がつかないので首を傾げた。

 

 アンジェラは口にする。彼女を、彼女たちをこの世に産み落とした人物のことを、真っ先に伝えなくてはいけないと、彼女自身が判断した人物の名前を。

 

 

 

 

 

「……オールマイト。爆豪を、呼んでくれませんか」

 

 






アンジェラさんはファプタなんです。立ち位置的に。
リコとファプタを足して二で割ると多分こうなる。


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価値あるもの

 何でも無い日常に、途方もない価値を見出した。

 ありふれた憧れが、その価値を上乗せした。




 かつて焦がれたその日々は、

 二度とは戻らない。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、オールマイトから電話で直々に呼び出された爆豪は、呼び出された理由も何だかよく分からないまま、道筋を同じくしているらしい相澤先生の運転する車に乗っていた。彼に分かっていることは、彼を呼んでいるのはオールマイトではなくアンジェラであるということだけだ。

 

 同じ車にはガジェットとインフィニットも乗っていたが、車内は驚くほどに静かだった。ガジェットはなんだか居心地悪そうにしてはいるものの、彼もまた、この場で発するべき言葉を持ち得なかった。

 

「…………フーディルハインは、無事なんだよな?」

 

 ようやっとの思いで言葉を捻り出した爆豪は、しかし当たり障りのないことを聞くことしか出来なかった。誰に問われたわけでもないその問いかけに、インフィニットが口を開く。

 

「……つい昨日、意識が戻った。左腕の二の腕の中腹から先が丸々失くなっていたが、それ以外には目立った外傷も無い。記憶の混濁や精神病の類も見られないそうだ」

「それを無事と言い切っていいのかは疑問ですけどね。それに……」

 

 ガジェットは何かを言いかけて、口淀む。相澤先生はハンドルを握る手に気持ち力を込めて、どこか不機嫌そうに顔を歪めた。

 

「言いたいことがあるのなら、言葉にしたらどうだ」

「そうなんですけどね……こればっかりは、僕の口から話せるような内容じゃない。真実は、彼女自身から聞いてくださいよ」

 

 これは、どう聞こうがガジェットは口を割らないだろうなと相澤先生は判断し、これ以上今言及することをやめた。どうせ、間もなく知ることになるのなら、今無理して聞く必要もない。

 

 それ以降、目的地に到着するまでの間、車内に言葉が発せられることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なるほど……取り敢えず、まずは無事で何よりだよ。無事と言い切っていいのかは疑問が残る状態ではあるけれどね』

「それ、色んな人に言われるんですけど。言いません? 命あっての物種って」

「にしても限度というものがあるだろう」

「……はは……」

 

 飾り気のない無骨な会議室に、シャドウのため息と車椅子に座したアンジェラの愛想笑いが響く。この会議室は、GUNの日本支部の一室である。

 

 テーブルの上に表示された仮想ディスプレイに写っているGUNの司令官は、腕一本なくしたというのに相変わらずの飄々とした態度で居るアンジェラに何か薄ら寒いものを感じた。が、事前に聞いた彼女の身の上話と合わせて、そもそもアンジェラが人間ですらなく、人間の物差しで測ろうとすることが間違っていることも分かっているので、とやかく言うつもりもなかった。

 

「不明瞭な点や分からないことも多いですが、オレから提供出来る情報は全て開示しましょう。協力も惜しみません。目的は同じですから。纏めるのにちょいとばかし時間をいただけると助かります。

 あと、情報料として……」

『ああ、分かっている。その件はこちらで処理しておこう。後ろ盾一つで奴らの情報を得られるとは、割安と言わざるを得ないけれど……いいのかい?』

「価値は立ち向ける目線によって違いますから」

 

 GUNの司令官はなるほど、と相槌を打つ。彼らにとっては割安と思っていても、アンジェラにとってはそうではないらしい。

 

 仮想ディスプレイの通話が切れる。アンジェラは車椅子の背もたれに寄りかかって息を吐きながら背伸びをした。

 

「はぁ〜、結構な無茶を言ったつもりだったんだがなぁ」

「それだけ君が齎す情報はGUNにとって有益なものだ。その条件ではお釣りが発生しかねないほどにはな。

 

 ……にしても、いきなり「犬を飼いたい」と言い出した時は驚いたが……アレは、犬なのか?」

「犬だろ? 元から普通のとは違うみたいだし、今は使い魔化してるけど」

「アレは……普通のとは違う、で済ませていいものなのか」

 

 シャドウは思わず頭を抱えた。どうやらアンジェラは「アレ」のことを最初に見た時からごくごく自然に犬だと思っていたようで、そのことを知ったシャドウやソニック達を大いに混乱させた。アンジェラはそういう感性も人間の常識で推し量れるようなものを持っていない。それは分かっているつもりではあったが、今回のは流石に驚くな、と言われても無理がある。

 

「犬だよ。元々のすがたも、その在り方も」

 

 アンジェラがそこまで確信したように言うのなら、「アレ」は一応は犬に分類されるのだろうと、シャドウは一人ごちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 本日2度目の何とも言えない居心地の悪さに、爆豪は段々と自分が場違いなのではないかと思い始めていた。促されるままに着席した会議室の椅子も、ある程度の品質は担保されているはずなのに、どことなく座り心地が悪く感じる。

 

 それもこれも、眼の前で車椅子に乗り、ケテルと犬にも見える謎の四足歩行の生物とも言い辛いナニカを膝の上に乗せて右手で撫でているアンジェラが、爆豪をこの場に呼ぶことを望んだからだ。オールマイトや相澤先生がこの場に居るのは分かるし、アンジェラと関わりの深いソニック達がこの場に居るのも分かる。

 

 爆豪だけが、アンジェラとはクラスメイト以上の繋がりを持っていないにも関わらず、ここに居る。

 

 その理由を想像しようとしてみても、爆豪は何一つとして心当たりが無く、分からない、と投げ出すことしか出来ない。

 だが、彼女が意味もなく自分をこんな重要そうな場に呼んだりしないことも分かっているから、自分から何かを言うことも出来なかった。

 

 ケテルと犬のようなナニカを撫でるアンジェラの目付きは、しかし、今まで見たこともないほどに真剣そのものだった。特に何かをされたわけでもないのに、心臓を抉られるような錯覚を覚えるほどに息が詰まる。爆豪は、こんな空気の中で無邪気にアンジェラに甘える二匹? 二体? に、ある意味関心を覚えた。

 

「フーディルハイン、何で……何で、俺を呼んだ?」

「無理を言った自覚はあるさ。でも、一番関わりが深かった人物の一人がお前だったから。それを言ったら、開示してもいいってさ」

 

「ま、許可が降りずともお前には言うつもりだったけど」と、アンジェラは言った。爆豪がその言葉が意味するところを聞き返そうとする前に、相澤先生が苛立ちを隠さぬ声を上げた。

 

「……フーディルハイン、何がどうしてそんな状態になった?」

「自ら斬り落とされに行き、呪いを浴びました。反省はしますが後悔はしません。後悔することは、あいつの魂に無礼なことだ」

「左腕を失って、車椅子が必要な身体になって、どうしてそんな風に飄々としていられるんだ。いくら雄英生で、その中でも飛び抜けて優秀だとはいえ、お前はまだ」

「子供だと。ええ、正論ですね。全く反論する余地はない。反論する気にもなりません。

 

 

 

 

 

 

 それをぶつける相手が、人間であれば、ですが」

「……は?」

 

 相澤先生は、爆豪は、自分の耳を疑った。アンジェラは凍りつくような冷たい視線を二人に向けている。そこに感情などは無く、ただ無機質な声が彼らの脳内で反響する。

 

 ……まるで、アンジェラが自分は人間ではないと言っているようだと相澤先生と爆豪は冷や汗を流した。

 そして、アンジェラの言葉には何一つとして嘘偽りなど存在しない。

 嘘をつく理由など無いのだ。彼女には、何一つとして。

 

「人間だったものの成れの果てから生れた、人間のすがたをした人間のなり損ない……だったもの。それが、今のオレです」

「それは……どういう……フーディルハインは、人間じゃなくなった、と?」

「違います、元々人間じゃなかったんです。人間だったものの成れの果てから生れた人間じゃなかったものが、生き物かも分からないものに成れ果てた。それだけのことです」

「それだけって……どうして、そう言えるんだ!?」

 

 まるで、懇願するかのような叫びだった。相澤先生がそんな風に感情を剥き出しにして何かを言う所など始めて見たな、とアンジェラは場違いなことを考えながら口を開く。

 

「そうやって嘆いても、事実が変わる事はない。そもそも、「人間でないこと」はオレにとってはさしたる問題じゃないんです。人間でなくたって、オレはオレだという事実が変わらないのであれば、それはどうでもいいことだ。

 

 人間ですらないものが、人間と同じ精神構造をしているわけがないじゃないですか」

 

 相澤先生は、閉口するしかなかった。アンジェラは全て、真実と事実を語っているだけだ。そこに感情など存在しない。

 

 アンジェラは、人間であることそのものに価値を全くと言っていいほど見出していない。それは恐らく、アンジェラにとっては自分だけでなく他人にも適用されることなのだろう。接した者が人間であるかどうかなど、アンジェラにとっては気にするにも値しない事象なのだ。

 

 価値観の根底が、人間のそれではない。そしてそれは、外野が何を言おうが変わらないものであり、無理に変えさせようとすれば最悪、その心を壊しかねない。

 

 相澤先生は教師としての経験と勘から、そう判断を下し、同時に虚無感と絶望感すら感じた。

 

 本当は、相澤先生が考えるほど深刻でどうしようもない問題、というわけでもないのだが。

 

 アンジェラが元々人間ですらないから、その精神構造の根幹が人間のそれとは乖離しているというのは覆しようのない事実だが、それと同じくらい、周囲に「人間」ですらないものが溢れ返っていたというのもアンジェラが「人間であること」に価値を見出していない理由となっている。宇宙人やら星の意思やらと交流したり戦ったりしていれば、そりゃあ人間がちっぽけな存在に見えても不思議ではない、という話だ。

 

「アンジェラ、その言い方は誤解を生みかねないぞ?」

「別に、誤解されたとて大して間違って伝わるわけでもないだろ」

「そうじゃなくてな……今の表情と言い方だと、まるでアンジェラが「人間を恨んでいる」ようにも聞こえるかもしれないんだよ。いや、それはちょっと極端だけどさ」

「……お前、今の自分の顔を一回鏡で見てみろよ。キレた時の何倍も冷たい顔してるぞ」

 

 ソニックの指摘とナックルズの呆れたような声に、アンジェラはその表情を一切変えぬまま相槌を打つ。一応、アンジェラは「……別に、そういう意図は無いですからね」と弁明はしたものの、その変わらぬままの表情でその発言を信じろと言う方が無理があるのではないかと、ガジェットは思っていた。

 

「……そろそろ、聞かせてくれないか。フーディルハインが、俺をここに呼んだ理由である本題を」

「ああ、そうだ。どうでもいいことに時間使っちゃったな」

「君にとってはどうでもいいことでも、「先生」にとっては見逃せなかったらしいな」

「おいお前ら、これ以上先生を責めてやるなって。教師としては当たり前のことだと思うぜ? アンジェラにとっては気にする必要もないことでもさ」

「原因の半分ほどを占める奴が何を言うか……」

 

 インフィニットがぽつり、と呟いたその言葉は、明らかにソニックに向けられたものであった。反論できるようなものではないな、と、ソニックは愛想笑いを浮かべる。実際、アンジェラは半ばソニックに育てられたようなものなので、インフィニットの言葉は間違っていない。

 

 アンジェラは一つ息を吐くと、瞳を伏せる。

 

 其れを話す権利を選ぶことが出来るのは、アンジェラだけだ。ソニック達は既に大まかな概要はアンジェラから聞かされているが、それ以上のことは知らないし、其の中の誰もこのことについて話すことは出来ない。それは、アンジェラが話すなと言ったからではない。「自分にそれを話す権利はない」と、直感的に判るのだ。

 

 金色の、トパーズを思わせる瞳が開かれる。

 それが映し出しているのは、この場所であってこの場所ではない。

 

「……オレはそもそも人間じゃないけれど、オレ達をこの世に産み落とした母は、元々は人間として生きていた。人間ですらないものとして生れるオレ達に、母は感情と記憶の一部を受け継がせた。

 それが意図されたものだったのかは分からないし、不明瞭なことも多いけれど。それでも、母に何があったのかは、ある程度なら説明できる。

 それを聞いてもらうために、呼んだ。ようやく思い出した、お思い出させてもらえた、真実だ。

 

 

 

 

 

 ……そう、あれは……」

 

 

 

 

 そして、左手の義手で髪を結わう黒いリボンを解いたアンジェラは、空色の髪をふわり、と重力に従い落として、幼い声で語り始める。

 

 

 

 

 それは、ある一人の少女の終着点。

 天使の策略とヒーローの傲慢が招き引き起こした悲劇。

 

 

 そして、少女の娘たちの生れた、物語。



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緑谷出久∶Abyss

 舞台装置は廻り続ける。

 その自我が、本当は何を望んでいたのかすらも忘れて、闇より深き深淵に墜ちてゆく。

 引き上げる方法など無い。


 其の魂に手を伸ばすというのなら、魂を捧ぐ覚悟を示せ。
 其の魂を救い出したくば、殺してでも止めてみせろ。
 其の魂への救いは、死をもってのみ成立する。



 其れは無垢な子供であり、憧憬であり、絶望であり、無であり、聖母であり、殺戮者であり、舞台装置であり、















 そして、■■■■■■■■である。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑谷出久という、“個性”を持たないこと以外は普通の少女が居た。

 ごく普通にオールマイトに、ヒーローに憧れた少女だった。

 

 普通の無個性の人間に比べれば、恐らく彼女は恵まれていたのだろう。親に、無個性でありながらヒーローに憧れたことを肯定こそされなかったが酷く否定されることもなく、ネグレクトを受けても居ない。寧ろ、母親に存分に愛されて育つことが出来た。無個性の人間を身内に抱えることは恥であると認識する人間が諸外国に比べて一際多い日本において、彼女の母親は完璧とは決して言えないが、しかしそれにほど近い子育ては出来ていたと言えよう。

 

 彼女にはもう一つ、幸運なことがあった。幼馴染みの少年の存在だ。

 

 一般に、無個性の人間は周囲の人間に蔑ろにされることが多い。周囲と同一であることを不用意なまでに望む日本という国において、それは顕著だ。無個性の人間は産まれながらに“個性”を持っていないだけであり、人体に必要な部位や器官は揃っているにも関わらず、“個性”がない、という一点のみで蔑まれ、気味悪がられ、虐められる。時に、自ら命を絶つ者が現れるのも珍しいことではない。たった一つ、それも、本人もその親もどうしようもないことで心無き悪意に蝕まれ、蔑まれるのだ。相当芯があるか、確固たる憧れがなければ、一人で耐えられるはずもない。人間の心は脆く、すぐに壊れてしまうのだから。

 

 緑谷も例外ではなく、“個性”がないと発覚した直後から、周囲に気味悪がられ、遠ざけられた。それだけでも、幼い少女の心を深く傷付けるには十分だった。

 

 しかし、緑谷にはそれ以上のことは起こらなかった。幼馴染みの少年が近くに居たからだ。その少年は「爆破」という強い“個性”を持っており、それ以外の才能も突出した天才少年だった。名を、爆豪勝己といった。

 

 少しでも歯車が狂っていたのなら、爆豪は周囲と共に幼馴染みを蔑んだだろう。しかし、そうはならなかった。緑谷が無個性だと知った爆豪の母親が、『ヒーローになりたいのなら、まずは出久ちゃんを守ってやんな』と言ったからだ。

 

 爆豪は緑谷に「デク」といういい意味ではないあだ名をつけはしたものの、それ以外の緑谷に降り掛かる無邪気な悪意や心無き言葉から少女を守る、防波堤のような存在になった。うっとおしくは思いながらも、同時に守らなければ、とも思っていた。

 不器用ながら、彼は幼馴染みの少女を守ろうとしたのだ。緑谷も爆豪にある種憧れのような感情を抱いていた。

 

 

 

 

 ……そのような状態が一年ほど続いたある日。

 二人で歩いていた、公園からの帰り道のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

『っ!?』

『デク!?』

 

 どこからともなく白いローブを身に纏い仮面で顔を隠した誰かが現れ、その誰かが袖を翻すと、そこから触手のような黒い手のようなものが飛び出し、緑谷を捕らえた。

 

『子供か……器になればよいが』

『てっめ、デクを離せ!』

『おや、ここにも子供が……使えない奴か』

 

 爆豪は爆破の“個性”をその誰かに向けた。しかし、相手にされることはなく。何らかの手段で爆風を相殺すると黒い手を爆豪に向け、壁に投げ飛ばした。

 

『かっちゃ…………!!』

 

 恐怖。自分たちではどうしようもない圧倒的な恐怖が、緑谷の心を蝕んでいく。抵抗しようとしても、子供の力では藻掻くことすらも出来ない。爆豪はなんとか緑谷を助けようとしたが、壁に激突した衝撃で身体が動かず、辛うじて手を伸ばそうとすることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 其の最中、空から炎が舞い降りた。仮面の人物は炎が来ることが分かっていたのか、慌てることもなく軽々とその炎を躱す。

 

『ようやく追い付いたぞ、敵め!』

『随分と遅かったな。生憎、こちらはもう貴様と遊んでいる暇はないんだが』

 

 其の炎の正体は、ナンバーツーヒーロー、エンデヴァーだった。

 爆豪と緑谷は当然の如く希望を見出す。この国において、一番平和の象徴に近いヒーロー。希望を感じるのは当然のことだった。

 

 エンデヴァーはその期待に答えてかどうかは分からないが、仮面の人物をその炎で焼こうとして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………しかし、不意にその動きを止めた。

 

 困惑しかなかった。恐らくだが、仮面の人物ですら疑問を抱いたことだろう。あとから分かったことだが、仮面の人物はエンデヴァーに一切の干渉を行っていなかったのだから。

 

 エンデヴァーは何もされていないにも関わらず、膝を付き、顔を青くして息を荒げた。その視線が緑谷の瞳を捉え、しかし、何かに囚われたかのように、彼女を救おうとはしなかった。

 

 仮面の人物はコレ幸いと、黒い手に囚われた緑谷を連れ、ワープゲートのようなものを開き消えていった。

 

 緑谷は最後までエンデヴァーが助けてくれるのだと信じていたが、その期待に反し、エンデヴァーは決して最後の最後まで、動こうとすることはなかった。

 

 

 

 

 エンデヴァーにどんな事情があったのかなど、緑谷には分からない。

 エンデヴァーが動いていたとしても、助かったかどうかなんて分からない。

 

 

 

 

 

 

 だが、現実に、エンデヴァーは緑谷を見捨てた。

 手を伸ばそうとも、しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 これが、決定的な分岐点だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑谷が連れ攫われた先は、何かの研究施設のような場所だった。無機質で、温かみなど一切ない檻の中に閉じ込められ、彼女は日々苦痛に苛まれ続けた。

 

 思いつく限りの苦痛を、拷問を味わわされて。何らかの薬物を注入され、両腕両足を引き千切られ、穴を開けずに体内から「何か」を奪われて、ついでとばかりに「欲」の捌け口に使われて。狂ったような笑い声と背筋が凍り付くような言葉を吐き捨てられて。

 

 死にたくなるような苦痛と恐怖と凌辱の中、それでも、死ぬことは、楽になることは赦されず。手足を失ったに留まらず、人としての形すら失っていく日々。

 

 しかし、真に緑谷の心を抉ったのは。

 

 

 

 

 

『え……うそ、だ……あなた、は……』

『おや、僕のことを知っているのか。なら分かっているとは思うけどね……ヒーロー稼業(・・・・・・)もストレスが溜まるんだよ。

 

 

 

 

 だから、ストレス発散に付き合ってよ?』

 

 緑谷の眼の前で欲望の塊のような顔をして、緑谷の腹部を殴りつけたのは、彼女が応援していた、ヒーローの一人だった。

 

 信じられなかった。

 

 だけど、否が応でも思い知らされた。

 

 他にも緑谷に悪意を、欲望を向けるヒーローは居た。それも、一人二人ではなかった。大勢のヒーローが、彼女にとっての憧れ……だったものが、彼女を痛めつけ、苦しめ、犯した。拒絶の言葉を叫んでも止まることはなく、寧ろ、更なる苦痛を味わわされた。

 その全てを、手足のなくなった身体で受け止めた緑谷の幼い心は、既に折られていた。

 

 

 

 

 

 

 まるで、無個性でありながら恵まれていた環境に居たことに対する罰のように、悶え苦しむ日々が続く中、絶望の奥底へと落とされた緑谷はどうしてこうなってしまったのかをずっと考え続けていた。日数の経過など分からない檻の中で、考え続けていた。

 

 一体どうして、自分はこんな目に合っているのか。

 一体どうして、自分はこんな目に合わなくてはいけないのか。

 

 正常な思考能力など、既に失われていたのかもしれない。

 的外れなことばかり、頭に過っていたのかもしれない。

 

 それでも、考えずにはいられなかった。

 地獄すらも生ぬるいこの状況が、どうして自分に降り掛かってきたのかを。

 

 ひたすらに考えて、来る日も来る日も考えて考えて、長い時間をかけて考えて考えて考えて、考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて…………………………

 

 

 

 

 

 

 そうして、人間としての姿かたちをも失った緑谷()は、一つの答えに辿り着く。

 

 全ての始まり、あの日あの時、自分を攫い、ここに閉じ込めた「天使の教会」が、

 

 

 

 

 そして、自分が救けを求めていることを認識しながら、しかし一切手を伸ばそうともしなかった「エンデヴァー」が、

 

 

 

 

 天使の教会に与する「ヒーロー」が、

 

 

 

 

 

 ……ただひたすらに、憎い。

 

 憎くて、憎くて、憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて、たまらない。

 

 自分をこの地獄に拐い、身体を造り変えた天使の教会が憎い。

 自分を認識しながら見捨てたエンデヴァーが憎い。

 自分を苦しめ、愉悦に浸るヒーロー共が憎い。

 

 

 

 

 

 …………ヒーローの本性を知らず、それを囃し立て、のうのうと生きている奴らが、憎い。

 

 

 

 

 無垢な心は天使の教会とヒーローと、ヒーローを囃し立てる人間に対する憎悪と怒りで染め上げられ、しかし、彼女にそれを成すための力などなく。

 

 母は程なくして、完全に人間としての形を失った。

 人では決して触れられぬ領域に目には見えぬ力で接続され、母の体内からは緑色の液体が溢れ出していた。

 

 液状化した自我、コギト。母は異空間からそれを汲み上げる生きた舞台装置、「コギトの泉」として改造されていた。

 

『自我の源泉、「コギトの泉」……これで、ようやくスタートライン(・・・・・・・)だ。

 

 さて、まずは実験をしなくては。大丈夫、「材料」ならいくらでもある』

 

 母の胎内に押し込まれたのは、生きた人間だった。救いを求める眼を持った人間だった。

 押し込まれたその人間は胎内で溶け出して、骨すら残さず消えてゆく。そして、黒いなにかが胎内から押し出され、床に落ちた。

 

 

 

 人を殺したのだと、数刻経ってから母は気が付いてしまった。

 

 

 

 

 

 それが、最期の一線だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母はその時点で、人としての思考能力を失ってしまった。

 その心は狂気に呑まれ、絶望に染まり、完全に粉々に砕けて散った。

 

 微睡みに沈み、人を殺し原液とし、黒いなにかを産み落としたことだけを毎度毎度明確に認識し、其の度になけなしの自我を削り続け、それでも、たった一つの願いを抱いて、それだけをなけなしの自我の寄る辺として、生ある舞台装置として、生きていた。

 

 

 

 

 ある時、母の腹の中に何かが埋め込まれた。

 それは、人間ではない何か。人間の目には見えないもの。

 

 

 それが胎内に取り込まれた時、母は理解した。

 

 これは、元々自分のものなのだと。

 自分が腹の中から奪われた、卵なのだと。

 

 

 

 そして、母は願った。

 願ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 母の身体から、金髪の少女が吐き出された。

 

 母の恨みも、憎悪も、嘆きも、怒りも、絶望も、その少女に注がれてしまった。その感情から、彼女は生れた。生みだした。不完全な生き物とも言えない何かを、いずれ、人間よりも圧倒的に早い時期に、身体が崩れてしまうであろう娘を。

 

 

 

 

 

 ああ、世界はいっそ、美しいほどに残酷だ。

 

 彼女は、これから生れるであろう娘たちは、きっと、幸せになどなれない。自分が無個性でありながら与えられた幸せすら、彼女たちには与えられない。

 

 偽りの幸福など知っているだけで苦しいだけだというのに、それすらも自分は彼女に与えてしまった。そしてきっと、これから生まされるであろう娘たちにも。

 

 なんてことを、なんてことをしてしまったのだろう。

 

 

 

 

 

 どうしてせかいは、ぼくにこんなにもきびしいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼくは、いいおかあさんにすらなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………ごめんね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、母の人としての最期の言葉だった。

 

 その瞬間、母の人間としての自我は死に絶え、母はその魂を縛られて、コギトを汲み上げ、黒いなにかを産み出すだけの肉塊と成り果てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、母の予想通り、教会は母に人間を喰わせ、黒いなにかを吐き出させ、娘を産ませ続けた。

 

 生み出された娘たちは、しかしプロトタイプと言うべきものだったらしく、教会に刃向かえないような自我調整を施され、実験体や慰み物として使われた。地獄すらも生ぬるいその場所で、しかし娘たちは抱え、共有し、燻ぶらせ続けていた。

 

 母を連れ去り人間ですらなくした冒涜者(天使の教会)への憤怒を。

 母を嬲り、苦しめ、犯し続けた狂信者(ヒーロー)への怨恨を。

 母を見捨て、この地獄すらも生温い絶望に叩き落とした執行者(エンデヴァー)への憎悪を。

 

 母から受け継いだあらゆる負の感情を、ただ只管にひた隠しにし続けて、好機を待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、末の妹が生れた。

 

 末の妹に触れた姉たちは、少しの間だけ教会に抗う事ができた。

 

 

 

 

 

 ……それが、最初で最後の好機なのだと、姉たちは直感した。

 

 

 

 微睡みの中、微かに聞こえた。

 

 姉の一人からの、『せめて、あなただけでも幸せになりなさい』という声が。

 

 

 

 

 …………そして、朧げな視界が光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その後、オレは誰かからソルフェジオを託されて、記憶を封じられて、遠く遠くに……ソニックと出逢ったグリーンヒルに飛ばされた。生まれてからの記憶は大分曖昧だけど……多分、2週間も経ってねえんじゃねぇかな」

 

 どこか虚ろな瞳でケテルと犬のような何かを抱き締めながら、アンジェラはそうやって話を締めた。その場がしん……と静まり返る。ソニック達も、ここまで詳細な内容はまだ聞いていなかったがゆえに声を上げることも出来なかった。

 

 其の最中、話の途中から俯向いていた爆豪が口を開く。

 

「……そうか、お前は、デクの……」

「母は最期の最期まで、ヒーローへの憧れが憎悪に塗り固められても、爆豪への憧れだけは捨てなかった。捨てられなかったんだろうな、それだけは。

 

 オレはちょっと特別製で、血の繋がった姉たちと違って母の感情そのものはあまり継いでいない。感情の殆どは、姉たちを生み出す時に使われたから、もうあまり残っていなかったんだ。言わば、オレは無色透明に少しだけ色が付いたような状態だった。

 

 その無色透明と少しの色の元になったのが、母がずっと大切に持っていた、最期に残された小さな憧れ。

 

 

 

 ……つまり、オレは母がお前由来で生み出した存在なんだよ、爆豪」

 

 アンジェラはそう言うと、風の魔法で身に着けていた黒いリボンを爆豪のところまでふわり、と飛ばした。それを危なげなくキャッチした爆豪は、困惑の表情を浮かべている。

 

「それ、返すよ。オレが持ってても意味ないし」

「…………」

 

 爆豪はただただ無言で、リボンを握り締めた。

 

「……エンデヴァーが、要救助者を認識しながら救けようともしなかった上、天使の教会にヒーローが所属しているとは……フーディルハインが天使の教会に作られた存在だということ含めて、にわかには信じられんことばかりだ……」

「全部真実ですよ。決定的な証拠を出せるわけではないですが。

 それでも…………母が今この瞬間も、天使に、ヒーローに冒涜され続けているということは、紛れもない真実で、現実です」

 

 相澤先生は頭を抱えた。アンジェラがこんなたちの悪いジョークを言うような性格ではないことは分かっているし、爆豪の反応を見るに、緑谷出久の存在も真実なのだろう。

 

 アンジェラが語ることが、真実なのだとしたら。

 

 …………その先は、考えることすら億劫になる。

 

「なぁ、アンジェラ。アンジェラの母親の話は分かったけどさ……お前自身は、これからどうするつもりなんだ?」

 

 ソニックはどこか疲れた様子のアンジェラの頭をそっと撫でながら、優しい声でそう問いかけた。アンジェラは少し、悩む素振りを見せる。

 

 

 

 

 母の天使の教会とヒーローへの怒りを、憎悪を、絶望を思い出した。

 地獄で生れた姉たちが、それでも藻掻き足掻こうとしていたことを思い出した。

 

 自分だけでも、せめて幸せになってほしいと、記憶を封じたフォニイを知った。

 母の感情に呑まれ、それでも最後には自分の意思で自分の終わり方を決めたトゥーレシアを知った。

 

 人間にも、ヒーローにも、色々居るのだと知った。

 助けてくれる仲間を知った。

 世界は決して一言では表せないことを知った。

 自分の意思を知った。

 

 かけがえのない、数え切れないことを知った。

 

 まだまだ世界には、知らぬことが沢山あるのだと知った。

 

 

 

 

 

 

 

 その全てが始まったのは、きっと、母に産み落とされた時ではなく………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……オレは、母の代弁者でもなければ、姉たちの代行者でもない。

 ヒーローをよくは思わないが、憎いとも思わない。

 

 

 ただ…………天使を、根絶やしにしてやるだけだ。

 其の道は、自分で決めた。

 

 誰にも…………文句なんか言わせない」

 

 其れが、母が願ったことだとしても。

 其れが、姉たちも託され、自分も託されたものだとしても。

 

 

 選び取り、決めたのは、アンジェラ自身だ。

 

 

 黒鉄の義手が、蛍光灯の光を反射し輝いた。

 

 

 











※補足
アンジェラさんが入院しているのはGUNの日本支部に併設された病院です。うっかり描写忘れてましたすません。おいおい本文も直します。
今までの話のいくつかもちょっと手直ししてます。ちょっと誤字や描写ミスを直した程度なので、気になる人はどうぞ。これからもちょいちょい無言で過去話を修正することがあります。大きな変更はしないので、ご承知おきくださいませ。


ついでに、私は別に緑谷くんが嫌いなわけじゃありません。寧ろ好きな部類のキャラです。爆豪くんも同じく。


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第九章 Reach for the stars
全寮制とエトセトラ


「……じゃあ、フーディルハインは雄英に残る、と……?」

「はい、奴らが日本に居る可能性が高いのは事実ですし、オレ自身とGUNの目的が一致している以上、協力を惜しむつもりはありません。

 

 それに、雄英もなるべく今は生徒を外にやりたくないでしょう?」

 

 見透かされていると、相澤先生は思った。

 それが何らかの能力によるものなのか、それとも彼女自身の類稀なる才能なのかは分からないが。

 それと同時に、アンジェラの判断が雄英にとっても都合がいいものであることも、また事実であった。

 

「……事前に連絡行っているとは思うが、雄英は全寮制になる。今回の見舞いはその件の話も兼ねているが……それ以前に、フーディルハインはその身体で動けるのか?」

 

 相澤先生の視線はアンジェラが座する車椅子に向いている。アンジェラは少しばかり相澤先生の言葉の意味を考えて、ああ、と納得したように口を開いた。

 

「大丈夫です、一時的に歩けなくなっているだけなので。いずれ足の機能も回復すると」

「そうか……」

「ただ、まだ暫くはリハビリ、な?」

「…………はーい…………」

 

 アンジェラは不服そうに声を上げた。根っからのアウトドア派のアンジェラにとって、動きを制限されるのは結構辛いものがあるらしい。「アンジェラさんならすぐに杖で歩けるようになりますよ」とガジェットが苦笑いしながらなんとかフォローを入れようとしていた。

 

 アンジェラが今歩けなくなっている理由は単純だ。アンジェラはまだ、新しい肉体を掌握しきれていないのだ。肉体面だけで言えば、今のアンジェラは生まれたての赤ん坊のような状態なので当然といえば当然なのだが、それでも上半身は既に動かせる状態になっているのは、それだけアンジェラの魂と新しい肉体が馴染んでいるということ。この調子であれば一月もかからず自在に身体を動かせるようになると、ソルフェジオのお墨付きだ。

 ただし、それまでは車椅子か杖が手放せないうえにリハビリも必要になってくるが。そこはアンジェラの頑張り次第だろう。

 

「そうか……全寮制の件、お兄さん方はどうですか?」

「とは言っても、アンジェラの意思がこう固まってる以上は、僕らが反対するわけにもいかないだろう」

「そうだな。始まりが何であれ、それがアンジェラ自身の望みなんだったら、戦うんだって自分自身で決めたのなら。

 あとはとことん、突き進むしかないからな」

「…………」

 

 相澤先生は無言で居ることしか出来なかった。

 きっと、アンジェラは天使の教会を根絶やしにするまで、歩みを遅めることはあっても止まることはない。断言できる。そして、ヒーローを良くは思わないが憎いとも思わないというのもまた、事実なのだろう。

 

 教え子がヒーローを志すこともなく、心に渦巻く憎悪を糧に、社会に仇なすものたちと戦おうとしている。それは、ヒーローとして見れば凄まじく都合がいいことで、しかし担任の教師として見た時にそれを看過できるかと言われれば、相澤先生は否と答える。

 

「…………」

 

 ……だが、何故か、アンジェラが憎悪だけに囚われることはないと、相澤先生は言い切ることが出来た。

 彼女の眼は、憎悪だけに囚われた者達とはまるっきり違うものだったから。

 

 当然、完全に放任出来るというわけではない。他の生徒たちと同じように、教え導くことには変わりない。例え、彼女が決してヒーローにはならないだろうとしても、雄英高校に、一年A組に在籍している以上は、相澤が先生として教え導くべき、一人の生徒なのだ。

 

 やりきれなさと、呆れと。

 相澤先生は一つ、ため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日後。

 

 

 

「……」

 

 病室のベッドに立て掛けられた二本の松葉杖。この数日で、すっかり見慣れたもの。

 

 それを手に取り握り締め、恐る恐る床に足をつける。両脚がプルプルと震えたものの、なんとか立ち上がることが出来た。そのまま一歩、杖をつきながら踏み出す。

 

 アンジェラの脚は、確かに床を踏みしめた。

 

「…………ふぅ」

「Congratulations! それで何とか日常生活は送れそうだな」

「うわっ……なんか凄い違和感ある……」

「そこは慣れるしかないだろ。しっかし、生まれたばっかの子鹿みてぇだな」

「うっさい、そこに触れるな」

 

 少しばかり、松葉杖をついて病室内をうろちょろと歩いてみたアンジェラは、ナックルズの指摘に若干顔を赤くしながら反論した。

 まだまだ違和感は凄まじいし傍から見てもフラフラしているが、この調子であれば、アンジェラはすぐに杖を使った歩行に慣れることだろう。杖での歩行にある程度慣れれば、次は普通に歩く訓練である。

 

 が、アンジェラの目下の悩みはそれではない。リハビリについても考えるべきではあるが、まずその前に考えなくてはならないことがある。

 

「とはいっても、引っ越しの準備はこれじゃ出来ないけどな……寮に着いた後の荷解きも……どーすっかなぁ……」

 

 流石に松葉杖をついたままでは荷造りと荷解きなど出来ない。辛うじて、衣服を纏められるかどうかといったところだ。衣服を纏めるのも、普段とは比べ物にならないほどの重労働になることには変わりないだろう。アンジェラはどうしようかと頭を悩ませた。

 

「荷造りならオレとナックルズでやるよ。アンジェラは服の類いを袋に詰めるとかだけしてくれればいいから。荷解きに関しては学校で先生に相談しな」

「おい待て、何で俺が手伝う前提なんだよ! シャドウとか、他にも居るだろうが」

「いやシャドウ達は後始末やらなんやらで暫く手が離せないんだって。

 それに、てっきりそのつもりで残ってたのかと」

「……うっ……」

 

 図星。ソニックは即座にそう判断した。

 ナックルズは誰かと張り合ったり素直じゃなかったりすることが多いが、アンジェラに対してはなんとなく甘いと、ソニックは常日頃から思っていた。

 

 思っているだけで口にはしない。こんな面白そうなネタ、すぐに摘み上げてしまうのは勿体無い。本心がどうかは実際に確認してみないと分からないが、ソニックは然るべき時にこの話題でいじってやろうと画策していた。

 

 ……と、アンジェラがどことなくぼーっとしているのに、ソニックは気が付いた。久し振りに立ち上がって疲れでもしたのだろうか、と声をかける。

 

「アンジェラ、どうかしたか?」

「……ああ、いや、なんでもない」

 

 アンジェラの返答がどことなく歯切れが悪いなと思いつつ、恐らくだがあまりつっついてはいけない事なのだろうとも思ったソニックは、「そうか、病み上がりなんだからあまり無理はするなよ」とだけ言うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……それからも、松葉杖を使った歩行の訓練やリハビリをしつつ、GUNや雄英高校と協議や日程の調整などを行う日々が続いていた。

 

 アンジェラの入寮日は他のクラスメイト、並びに雄英生徒と同様の日程となる。雄英高校でも歩行リハビリのための設備を比較的早めに整えられるため、アンジェラの入寮日を遅らせる必要がないとの判断がされた、とのことだ。それに伴い、アンジェラの退院日も決定し、以降の検診やリハビリの管理はリカバリーガールに引き継がれる。ただ、アンジェラの場合は足を怪我したわけではなく、新しい肉体を掌握しきれていないから歩行機能が低下しているのであって、医学的知見がどこまで役に立つかは分からないが。少なくとも、普通のリハビリよりは短い期間でリハビリを終えることが出来るだろうというのはソルフェジオの見解だ。

 

 また、入院中に仕事の合間を縫って見舞いに訪れたシャドウから、新しいリミッターを渡された。渡された瞬間はもうリミッターは必要ないかもと一瞬思ったアンジェラだったが、実際には、目眩などの症状は軽くなるだろうが、力に振り回されやすくはなっているからどっちみちリミッターは必要だとソルフェジオに提言された。

 ただ、抑える魔力は今までよりは少なくていいとのことなので、リミッターの数は一つ、ちょうど義手になった左腕分減った。一瞬、右腕にガッチャガチャと2個もリミッターを着けなければいけないのかと思っていたアンジェラは安堵の息を吐いたとかなんとか。

 

 

 

 

 そんなこんなで時間は過ぎ、退院日。

 

 アンジェラは退院した後、自室で荷造りをしていた。

 とはいっても、松葉杖をつきながら荷造りなど出来ないので、アンジェラは衣服の整理に尽力し他の荷物を纏めているのはソニックとナックルズとケテルと、そして……

 

 

 

 

「…………」

「うん、傷付けずに入れろよな〜」

 

 頭の上に教科書を乗せた犬のようななにか……ミミックが、ダンボールの中に教科書を詰め込む。その眼から知性など感じないというのに、器用なものだ。

 

 ミミックは、元はトゥーレシアが使役していた使い魔である。使い魔になる前は赤みがかった野良犬だったらしい。トゥーレシアがソウル化した時、主だったトゥーレシアの自我の境界線が曖昧になったことでトゥーレシアの使い魔としてのミミックの存在も曖昧となっていたが、ミミックがそれに抗おうとしていた所を見たアンジェラがミミックに刻まれた主従を書き換え、現在はアンジェラの使い魔となっている。使い魔とその主という関係性になったからか、アンジェラはミミックが伝えようとしていることがなんとなく分かるらしい。閑話休題。

 

《お姉ちゃーん、コレはどこに入れればいいのー?》

「あ、それはテリーヌバッグん中でいいぜ」

 

 ミミックに負けじとお手伝いを頑張るケテルに指示を出しながら、衣服の整理を進めるアンジェラ。張り切るケテルを微笑ましく思いながら、しかし彼女の思考回路は別の事に傾いていた。

 

 

 

 違和感があるのだ。

 勿論、古い身体と今の身体の勝手が違うことは当たり前だ。勝手が同じなのなら、今アンジェラが歩く時に松葉杖を必要とすることもない。それも、違和感と言えば違和感だろう。

 しかし、アンジェラの思考が傾いているのは、そのことについてではない。

 

 目覚めてから、心がすっと軽くなったような気がするのだ。まるで、今までは重石のようなものがアンジェラの心に巣食っていて、それがぽっかりとなくなったかのような感覚。

 

 不都合があるわけではない。寧ろ、心に巣食っていた気味の悪い何かが失くなって気分がいいとさえ言える。

 

 

 

 

 

 

 

 ……しかし、何故かアンジェラは、素直に喜べずにいた。

 例え気に食わなかったものだとしても、それがアンジェラの心を守っていたと気付いていたからだろうか。

 

 

 

 

 いや、思い出したからだろう。

 その()を仕掛けたのが、誰なのか。

 

 

「…………せめて、一目会うときまでに、死んでなきゃいいけど」

 

 アンジェラはそう呟くと、作業に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荷造り作業が一段落し、アンジェラ達は紅茶を飲んで一息ついていた。アンジェラが好きなアールグレイを淹れたのだが、味覚の違和感にアンジェラは思わず苦い顔をする。肉体を掌握しきれていない弊害は、こんなところにも現れるらしい。慣れてしまえばどうということはないだろうが、慣れるまでが大変だとアンジェラはひとりごちた。

 

「……お前もヒトが悪いことするなぁ」

「ヒトが悪いこと、って?」

「分かってるくせに」

 

 おちゃらけたように言うソニックに、アンジェラはしかし否定をすることはなかった。ソニックが言わんとしていることの心当たりなど、一つしか無い。

 

「ああ、あれか……確かに、先生には言っておいてもよかったんじゃないか?」

 

 コンマ1秒置いて、ナックルズもソニックの言わんとしていることを理解したらしい。意味ありげな視線をアンジェラに向けてきた。

 

 それは、アンジェラがソニック達にのみ伝えた、彼女が日本に残る、本当の目的。

 

 別に、それが母親だからではない。同情や哀れみは大いに抱えているが、それ以上の感情ではない。例え、アンジェラがその願いを母から託されていたのだとしても、それは揺るがない。

 

 

 

 天使の教会に打撃を与えるのに一番効果的なのがそれ、というだけだ。

 

 

 

 

 

 

 アンジェラはアールグレイを一口飲む。やはり、味覚に違和感があると思った。

 

「だって、先生達に言ったら止められるだろ? 

 例え、人の形も人としての自我もとうに失っているとしても、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母を殺す、なんてさ」

 















私は、デク君は嫌いではありません。寧ろ好きな部類のキャラです。(信じてもらえるわけ無い弁明)


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入寮と、アンジェラの決意

決意と狂気は表裏一体、


死すらも厭わぬ決意は、狂気と何が違うというのか。


 

 時は流れて、入寮当日。

 雄英高校敷地内、校舎から徒歩五分の場所に建築された、築三日の学生寮、ハイツアライアンス。クラス毎に建てられているらしく、今アンジェラの眼の前にある建物にはでかでかと1-Aという文字が刻まれていた。

 

 ただ、クラスメイト達は新生活に対して素直にはしゃげるような状態ではないらしい。原因が明らかに自分にあるという自覚があるアンジェラには、何かを言うことなど出来ないのだが。

 

「……取り敢えず一年A組、無事にまた集まれて何よりだ。若干一名、無事とは言い切れない奴が居るがな」

「いやあの……すんません…………」

 

 相澤先生の刺すような視線に、アンジェラは言い返そうとも思わず、歯切れ悪そうに謝罪を口にした。クラスメイト達がなんだかソワソワしているのを見て、相澤先生は先に伝達しなければならないことを告げようと手を叩いて口を開く。

 

「さて、これから寮について軽く説明するが、その前に、今後の動きについて。当面は合宿で取る予定だった仮免取得に向けて動いていく」

「そういやあったな、そんな話」

「色々起こりすぎて頭から抜けてたわ」

 

 林間合宿の襲撃事件に始まり、神野の悪夢と呼ばれている先日の事件やオールマイトの引退など、この短期間で様々なことが起こっている。仮免について忘れていた者が現れても仕方ないだろう。相澤先生もそれを認識しているのか、忘れていた者に対して流石に今年度は仕方ないか、と言わんばかりの視線を向けた。

 

「仮免についてはまた明日、詳しい説明を行う。今まで忘れてた奴も、もう一度頭に入れ直しておけ。

 

 色々、主にフーディルハインに聞きたいこと言いたいこと色々あるだろうが、取り敢えず寮に入って説明聞いてからにしろ」

 

 恐らく、というか十中八九質問攻めにされるなぁ、とアンジェラはどこか遠い目で空を見上げた。質問攻めにされても守秘義務や緘口令などで答えられないことの方が圧倒的に多い。

 

 だが、答えられる限りのことは答えよう、と、アンジェラは覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 相澤先生に先導され、アンジェラ達は寮に入る。ドアが開かれると、そこには黄緑が基調の落ち着いた空間が広がっていた。

 

「学生寮は1棟1クラス。右が女子、左が男子と分かれている。ただし一階は共同スペースだ。食堂や風呂、洗濯などはここで行う。

 部屋は二階から1フロアに男女各四部屋の五階建て。一人一部屋、エアコン、トイレ、冷蔵庫にクローゼット付きの贅沢空間だ」

 

 各部屋にはベランダもあった。ここまで良条件の物件もそうそう無いだろう。しかも、寮制になった経緯が経緯なので、引っ越し費用は殆ど雄英持ち、寮費も他の全寮制の高校と比べて格段に安い。寮費に関しては雄英が国立校ということも大いに関係しているが、それでも安いことには変わりない。

 

「部屋割りはこちらで決めた通り。各自、事前に送ってもらった荷物が部屋に入っているから、取り敢えず今日は部屋作ってろ。仮免試験の事も含め、明日また今後の動きを説明する。

 

 ああ、質問攻めにするのはいいが、荷解きは今日中に終わらせとけよ。以上、解散」

 

 相澤先生はそう言いながら飯田に部屋割り表を渡すと何処かへ行ってしまった。

 

 全員の視線がアンジェラに向けられる。アンジェラは逃げるつもりもなく、その視線を受け止めた。

 

「先に言っておく。緘口令が敷かれてるから、話せないことがかなりある。それでもいいか、と聞くことすら出来ない。悪いな」

「……緘口令はアンジェラちゃんがどうこうって出来るようなものじゃないし、それは仕方ない。

 

 裏を返せば、アンジェラちゃん。答えられることには、ちゃんと答えてくれるんだよね?」

 

 麗日の言葉に、アンジェラは真剣な眼で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラが話をすると確約したこともあり、飯田がまず先に荷解きを終わらせてしまおうと言った。なるべく早く荷解きを終わらせられれば、それだけアンジェラの話を聞ける時間が増える、という考えのようだ。話に注力しすぎて荷解きが今日中に終わらなくなる可能性も考慮したのだろう。荷解きを終えたら共同スペースに集合しよう、という取り決めがなされると、クラスメイト達は各々の部屋に向かって行った。

 

 逃げるつもりは毛頭ないが、こりゃ逃げられんなとアンジェラはひとりごちた。

 

 

 アンジェラの部屋は麗日の隣だ。同じ階には芦戸も住んでいる。松葉杖をつきながら歩くアンジェラの歩調に合わせて、麗日と芦戸が歩いていた。

 

「あ、そうだ。二人とも、自分の部屋のが終わってからでいいからさ、ちょっと荷解き手伝ってくれないか? 一人じゃどうも今日中に終わりそうもなくてさ」

「わかった……さっき、結構びっくりしちゃったんだ。フーディルハインが松葉杖つきながら歩いて来たの見てさ。神野で何があったのかなって」

「………………」

 

 普段よりも芦戸の声のトーンが低い。アンジェラは罪悪感で顔を俯かせてしまった。あの状況、自分の肉体だったものの状態を鑑みれば、今の状態がどれだけ恵まれたものかということは分かっているはずなのに。

 

「アンジェラちゃん……脚、治るの?」

「ああ、今もリハビリ中。ちゃんと完治するってさ」

「そうなんだ、よかった…………」

 

 麗日は少し安堵したかのように見えて、その視線はアンジェラの左腕の義手に向いている。恐らくだが、クラスメイト達は既に気付いているのだろう。

 そこに、もう肉が存在しないことに。

 

 アンジェラは左腕の義手に、少しばかり力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやっと荷解きが終わったのは、もう既に日が沈みきった時間帯だった。他のクラスメイト達はもう少し早く荷解きを終えていたようで、既にラフな格好で共同スペースに集まっている。

 

「……全員、もう居るのか」

「皆、時間を確保するために手早く荷解きを終わらせたそうだ。かくいう俺もそうだ」

 

 アンジェラは「そうか」と一言告げると、ソファに腰掛け松葉杖を立て掛ける。クラスメイト達が向けてくる視線が痛いが、なんとか顔には出さないようにした。

 

「まずは、心配かけて悪かったな」

「本当だよ! すっごい心配してたんだからね!? しかも、戻ってきたと思ったらそんな……ボロボロになってて!!」

 

 麗日がクラスメイト達を代表して悲痛な声を上げた。アンジェラは反論することもなく、真っ直ぐにそれを受け止める。色々状況的に仕方なかったところも多いうえ、アンジェラにして言わせてみれば、死ぬかもしれなかったところを、腕一本だけで済ませられた上棚ぼた的に、気が付いた時にはかなり差し迫っていた寿命の問題も解決してしまったのだから、こうやって心配される謂れはないのだが、緘口令やら諸々の問題の関係上、そんなことを言うわけにもいかないので黙っていた。

 

「事件のことを聞こうとは思わない。あれほどの大事件だ、緘口令が敷かれていないと逆におかしいからな。

 

 ……ただ、これだけは聞かせてくれないか。

 その左腕と脚は、どうしたんだ?」

 

 アンジェラの左腕を覆う、生気など感じさせない黒鉄のプロテクター。それについて問う飯田の声は、しかし大方の予想がついているような、どちらかといえば確認をするかのような声だった。

 

 アンジェラも隠しておく必要もないとばかりに、右腕を義手の付け根に添えた。アンジェラの不可解な行動に首を傾げたクラスメイト達だったが、次の瞬間、息を呑んだ。

 

 

 

 パキ、と。小枝でも折れるかのような小さな音を鳴らして、義手がアンジェラの肉体から外れたのだ。アンジェラは外した義手を膝の上に置く。

 

 当然ながら、義手があった場所に肉はない。

 

「っ、何、を……!?」

「言葉にするより、実際に見せた方が早いと思ってな。何があったかは話せないが、見ての通り、オレは先の事件で左腕を失った。脚の方は一時的に機能が低下しているだけで、リハビリすればちゃんと治る」

 

 クラスメイト達は、うまく言葉を繋ぐことすら出来なかった。事実をただ淡々と伝えるだけのアンジェラに、恐怖すらも感じた。この中で唯一そのこと、それ以上のことさえも事前に知っていた爆豪でさえ、アンジェラから全くと言っていいほど感情の起伏を感じられないことに恐れを抱いた。

 

 アンジェラ自身は、必要以上にクラスメイト達に恐怖を与えるであろう自分が抱く一般から見れば異常な思考、「片腕だけで済んだと本気で思っている」ことを悟らせないために、極力感情を押し殺しているのだが、そのことが逆にクラスメイト達を恐怖させる原因になってしまっている。

 

 クラスメイト達の反応からそれに気が付いたアンジェラが、しかし何を言うべきか迷っていると、俯向きながら轟が口を開いた。

 

「それは……俺達のせい、なのか? フーディルハインに救われておきながら、眼の前で連れ去られていくのを見ていることしか出来なかった、俺達が……」

「絶対に違う」

 

 罪悪感を声に滲ませた轟と、彼に同調するかのように更に暗い顔になった障子と常闇を、アンジェラは強い口調で擁護する。そんな言葉をかけられるとは思っていなかった三人は、ぽかん、と固まってしまった。

 

「言うべきかどうか分からないし、言ったところで納得されるとも思わない、納得させられるだけの説明を出来るわけでもないけれど。

 

 この腕は、半ば自分でやったようなもんだ。きっと、過去に戻れたとしても、オレは同じ決断をする。同じように、腕を斬り落とさせる。その行動に、決断に、後悔をすることは決して無い」

 

 アンジェラは、自分が納得できるように行動しただけだ。その結果がどうあれ、それが覆ることはない。

 あまりにも堂々と語るアンジェラに、クラスメイト達は一周回って心配よりも呆れが全面に出ていた。彼女の言葉には微塵も嘘など感じることはなく、事実アンジェラは真実しか話していないのだ。

 

「……その結果、腕を一つ失ってしまうとわかっていても、アンジェラちゃんは同じ決断を下すの?」

「梅雨ちゃん、ちょっとちがうかな。腕を失くすことそのものが、オレの決断なんだ。誰に何を言われようが、そこは曲げられないね」

「どうしてかって、聞いてもいいかしら?」

 

 蛙吹の問いかけにアンジェラは少し考える素振りを見せる。蛙吹は聞いてはいけない事だったのかと少し焦るが、アンジェラは義手を左腕に装着すると、薄く笑みを浮かべ口を開いた。

 

「んー、色々あるけど、強いて言うなら…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プライド、かな」

「…………はぁ?」

 

 予想だにしない発言に、蛙吹はついつい首を傾げ普段は出さないような呆れた声を出した。

 

「くだらないと思うか? たかだかそんなもののために腕一本を犠牲にするのは愚かなことだと思うか? 

 ……それは概ね正しいぜ、人間として正常な思考だ。傷付くことは痛いし、オレだって出来れば回避したいと思う。

 

 だけどな」

 

 アンジェラは義手を握り込むと、晴れ晴れとした笑みを浮かべた

 

 

 

 

 

「そんなこと滅多にないことだけどな、それでも、生きてりゃあるわけよ、

 

 その行動が身を滅ぼすと分かっていても、覚悟を示さにゃならん時がな。

 

 オレの場合は、其れがあの時だった。覚悟の対価として差し出したのが左腕(コレ)だった。ただ、それだけだ」

 

 トパーズの眼に宿っていたのは、確固たる決意だった。誰に何を言われようが曲がることはない、決して折れ曲がることはないとすら錯覚させるような、強い強い決意。

 

 滲むような狂気すらも感じるそれを、しかし麗日達は直視することしか出来なかった。決して、目を逸らすことなど出来なかった。

 

 目を逸らしたら、それこそヒーロー、いや、アンジェラの友人として失格だと、なんとなく感じていた。

 

「……それは、誰の、何の為の決意なの?」

 

 震える声で麗日が尋ねる。せめてという懇願すらも感じるそれに、アンジェラは本心から、麗日達が望む答えを与えた。

 

 

 

 

 

 

「他ならぬ、オレ自身の我儘を貫き通す為の決意さ。それを、あの場で示す必要があった。

 

 我儘を貫き通すためには、それを手放さない決意が必要だろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なるほど、よーくわかったよ。

 ……よかった。いや、何もよくはないけれど、それでも、アンジェラちゃんが他人の為じゃなくて自分自身のために自分の身体を賭したんなら……まだ、いいと思う。

 

 ……だけどそれは、心配しないと同義じゃないんだからね」

「あー、その節につきましては……うん。ごめん」

 

 流石にアンジェラも心配をかけたことに罪悪感は感じているのか素直に頭を下げる。麗日はため息をついて呆れたように笑うと、アンジェラの頭を撫でた。

 

「なにすんだよ」

「心配かけた罰! 皆〜!」

「?」

 

 アンジェラが疑問符を浮かべた次の瞬間、まるで示し合わせていたかのように、女子達にもみくちゃにされた。男子達は離れた場所に移動してどこか微笑ましそうにもみくちゃにされているアンジェラを眺めている。

 

「うわっ!? ちょ、お前らやめろって!」

「アンジェラさん、私に何かお手伝い出来ることがありましたら言ってくださいまし! アンジェラさんの決意が何に向けられたものなのかを聞くつもりはありませんが、微力ながらお力添えをしたく!」

「決意示すのに腕一本って! フーディルハイン、ぶっ飛びすぎ! もうこんな無茶苦茶すぎることしないでよ!?」

「ケロ、アンジェラちゃんは強いけれど、私達にもう少し頼ってほしいわ。お友達がこんなにボロボロになって帰ってきたら、悲しいもの」

「そうだよ! アンジェラちゃんは友達だもん! 力になれることがあれば遠慮なく言ってね!」

「フーディルハインはもう少し、周りに頼ってよ。ウチもさ、協力出来ることがあれば協力するからさ」

 

 女子陣にもみくちゃにされながら心配の言葉を投げかけられたアンジェラは、よっぽど恥ずかしかったのか頬を赤く染めている。それに萌でも感じた女子陣が更にアンジェラをもみくちゃにするという循環が発生し、アンジェラは割と本気で潰れるんじゃないかと思った。

 

「……示す手順はぶっ飛んでるけど、その決意は漢らしいな! 俺も協力するぜ!」

「うむ。しかしアンジェラ君、ここまで過ぎた無茶苦茶はもうよしてくれ……兄のように取り返しのつかないことにならないよう、俺も力を尽くさせてもらうからな!」

「フーディルハイン、先の件の借りは、いつか必ず返す」

「俺もだ、些細なことでも構わない、なにか力になれるのなら言ってくれ」

 

 アンジェラはもみくちゃにされながら、それでもなんとか言葉をひねり出そうと口を開いた。

 

 

 

「ああ、その時になって、オレがそう決断したら。

 その時は、頼む」

 

 

 

 

 

 クラスメイト達はアンジェラが抱える狂気を理解できたわけではないし、アンジェラも理解させるつもりは毛頭ない。

 それでも、アンジェラの言葉には本心しか無いことは事実。だからこそ、クラスメイト達はアンジェラの言葉にある程度の理解を見せたのだ。

 

 

 

 

 

 その後も、女子陣にもみくちゃにされながら、しばらくクラスメイト達から無茶苦茶をしたお説教を受けていたアンジェラであった。

 









えきねこです、よろしくおねがいします。
この挨拶の元ネタを知っている人がどれくらい居るのか気になるこの頃。

そんなことはさておき。アンジェラさんについて少々。
アンジェラさんが狂人なのは既にお気づきかと思われますが、原作緑谷くんとは結構ベクトルが違うんですよね。アンジェラさんはどっちかというと自分本位な人なので。人じゃないけど。
実は、アンジェラさんは多くの点で緑谷くんとは逆の性質を持ってます。どこなのかは探してみてね。


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圧縮訓練

 入寮の翌日、アンジェラ達は朝食後、教室で自分の席についていた。時期的にはまだ夏休み期間中なので座学の授業があるわけではない。

 

 では、何をするのかというと。

 

「昨日話したと思うが、ヒーロー科一年A組は、仮免取得を当面の目標とする」

『はい!』

 

 そう、ヒーロー仮免試験に関わることである。昨日、相澤先生がポロッと話していた。

 

「ヒーロー免許ってのは、人命に直接関わる責任重大な資格だ。当然、取得のための試験はとても厳しい。仮免といえど、その合格率は例年5割を切る」

「……仮免でそんなキツイのかよ……」

 

 相澤先生が提示した仮免試験の合格率の低さに恐れおののく峰田。受験者の半分を切る人数が毎回不合格となっているというのは、確かにかなりキツいように感じる人も居るだろう。雄英では、峰田のように恐れを全面に押し出してくる者の方が珍しいが。

 

「そこで今日から君等には、一人最低でも二つ……必殺技を作ってもらう」

 

 事前に打ち合わせでもしていたのだろうか、相澤先生の言葉に合わせて教室のドアが開かれ、エクトプラズム先生、セメントス先生、そしてミッドナイト先生の三人が入ってきた。

 

「「学校っぽくってそれでいて」」

「「ヒーローっぽいのキター!!」」

 

「必殺技」という言葉の響きに、クラスメイト達は湧き上がる。間髪入れずに、エクトプラズム先生達が話し始めた。

 

「必殺、コレスナワチ必勝ノ型・技ノコトナリ!」

「その身に染み付かせた技・型は他の追随を許さない! 戦闘とは、いかに自分の得意を押し付けるか!」

「技は己を象徴する! 今日日必殺技を持たぬプロヒーローなど、絶滅危惧種よ!」

 

 裏を返せば、必殺技を持たないプロヒーローが極稀に居るのか。

 アンジェラは5秒くらいそう思った。

 

「詳しい話は実演を交えて合理的に行いたい。コスチュームに着替えて、体育館γへ集合だ」

 

 相澤先生の号令を皮切りに、クラスメイト達はいそいそと準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育館γ。ガワは普通にありそうな体育館だったが、内部は一般のそれとは異なる、床が石材でできた建物。

 

「体育館γ……通称、トレーニングの台所ランド、略してTDL」

 

 いや、その名称は流石にマズいのでは? 

 あまりにも危なくツッコミどころ満載の名称に、アンジェラは真顔でそう思った。

 

 ただ、理由もなくこんな危ない名前をしているわけではないらしく。

 セメントス先生が床に手をついて“個性”で地形を変えてみせた。

 

「ここは俺考案の施設生徒一人ひとりに合わせた地形やモノを用意できる。台所ってのはそういうことだよ」

 

 じゃあランドどっから来たんだよ。

 アンジェラは5秒くらいそう思った。

 

 さっきから思考があちこちに飛んでいるような感覚に陥ったアンジェラだが、それもこれも危ない名称のこの体育館のせいだと頭の中で開き直っていた。

 

 そんな風にアンジェラの思考が若干トリップしていると、飯田が手を挙げて発言した。

 

「質問をお許しください! 何故仮免許の取得に必殺技が必要なのか、意図をお聞かせ願います!」

 

 真面目なのだが、どこかせっかちな飯田らしい質問だ。その疑問に答えるべく、相澤先生は口を開く。

 

「順を追って話すよ。ヒーローってのは、事件、事故、人災、天災、あらゆるトラブルから人々を救い出すのが仕事だ。取得試験では当然その適性を見られることになる。情報力、判断力、機動力、戦闘力、他にも、コミュニケーション能力、魅力、統率力など……別の適性を毎年違う試験内容で試される」

「その中でも戦闘力は、これからのヒーローにとって極めて重視される項目になります。備えあれば憂いなし、技の有無は合否に大きく影響する」

「状況に左右されることなく安定行動を取れれば、それは高い戦闘力を有していることになるんだよ」

「技ハ必ズシモ攻撃デアル必要ハナイ……例エバ、飯田君ノレシプロバースト。一時的ナ超速移動、ソレ自体ガ脅威デアルタメ、必殺技ト呼ブニ値スル」

 

 前、アンジェラは飯田から「レシプロバーストは“個性”の間違った使用方法」だと聞いたことがある。飯田の中では滅多に使わないようなものだったようだが、先生方の話では、レシプロバーストは十分に必殺技と呼べるものらしい。レシプロバーストを必殺技とは思っていなかった飯田はジーン、と感動している。

 

「なるほど、自分の中にこれさえやれば有利、勝てるって型を作ろうってことか……」

「その通り! シンリンカムイのウルシ鎖牢なんか、模範的な必殺技よ。相手が何かする前に縛っちゃう」

 

 確かに、初手で拘束されたりしたら、下手な敵ではテンパったまま警察のお世話になるだろう。それを考えてみると、シンリンカムイの技は必殺技の例としてかなり分かりやすいと言える。

 

「中断されてしまったが、林間合宿での“個性”を伸ばす訓練は、必殺技を作り上げるためのプロセスだった。

 

 つまり、これから後期始業まで、残り10日余りの夏休みは、“個性”を伸ばしつつ必殺技を編み出す……圧縮訓練となる」

 

 セメントス先生が作ったいくつかの岩山の上に、エクトプラズム先生の分身がスタンバイしている。どうやら、一人ひとりにエクトプラズム先生の分身が個人授業をしてくれるようだ。

 

「なお、“個性”の伸びや技の性質に合わせて、コスチュームの改良も並行して考えていくように。Puls Ultraの精神で乗り越えろ、準備はいいか!」

『はい!』

 

 こうして、仮免試験に向けた必殺技を作り上げる訓練が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……が、アンジェラには必殺技以前の問題があった。

 

「……ソモソモ、君ハ仮免試験ニ参加出来ルノカ?」

 

 今のアンジェラは、新しい肉体を掌握しきれておらず歩行機能が低下している。松葉杖を使ってやっと動けるような状態だ。このままでは、仮免試験までに松葉杖を一本減らすことは出来ても松葉杖なしでの歩行は間に合いそうもない。

 

 が、アンジェラもただ無為に入院生活を送っていたわけではない。考え事やソルフェジオと相談をする時間だけは大量にあったのだ。当然、策は考えてある。流石に入院中に試すわけにもいかなかったので、まだ机上の空論でしかないのだが。

 

「考えはあります。万が一それがうまくいかなかったら……最悪、犬に乗ります」

「…………犬ニ乗ル?」

「はい、犬に乗ります」

 

 アンジェラの意味不明な発言にエクトプラズム先生の分身が首を傾げる。流石のアンジェラにも自分が意味不明なことを言った自覚はあった。苦笑いしながら左腕の義手を地面に翳す。

 すると、義手から緑色の粒子のようなものが溢れ出し、其れがアンジェラの足元で形となって現れる。

 

 姿を見せたのは、生物とすら形容出来ない四足歩行のナニカ、アンジェラの使い魔となったミミックである。

 

 ミミックの如何ともし難い見た目にエクトプラズム先生は思わずマスクの下で顔を顰めるが、同時にアンジェラが言った「犬に乗る」とはこういうことか、と納得した。ミミックの背に跨りその背を義手で撫でたアンジェラは、苦笑いしながら口を開く。

 

「まあ、乗るのは最終手段ですけど。乗ったままでいなきゃいけなくなりますし。乗らなくても色々とこいつが活躍できそうなシチュエーションは思いついてます」

「ソ、ソウカ……トコロデ、ソレハ犬ナノカ?」

「? 犬でしょ?」

「…………犬、トハ…………?」

 

 エクトプラズム先生は自身の持つ犬の定義が崩れるような音を聞いた気がした。アンジェラは本気でミミックを使い魔化しただけの、見た目がちょっと変わっているだけの犬だと思っているようで、どこまでも純真無垢でエクトプラズム先生の疑問を理解できない、といった顔をしている。

 

「……ソノ犬? ノ見タ目ハドウニカ……出来ナイノカ?」

「? できますけど……」

 

 アンジェラが義手に魔力を込めると、義手から伝わった魔力がミミックに届き、ミミックの身体が空色の魔力光で包まれる。魔力光が晴れると、ミミックの見た目は赤みがかった普通の犬のような姿に変わっていた。使い魔の主は使い魔の身体をある程度自由に弄くり回せる。これはその応用だ。

 

「ウム……仮免試験ニ限ラズ人前デソノ犬……ヲ使役スルノデアレバ、ソノ見タ目ニシナサイ。元ノ姿デハ、恐怖シカ与エナイ」

「……ウ"ゥ…………」

「分かりました」

 

 エクトプラズム先生に唸り声を浴びせるミミックを撫で諌めながらアンジェラは頷く。エクトプラズム先生の言う事は、アンジェラには完全に理解出来るわけではないが、ミミックの元の見た目が恐怖心を煽ることはなんとなく分かる。アンジェラはちょっと変わった犬と思っているが、他人から見たらそうではないという意味だろうと、アンジェラは受け取っていた。間違ってはいないが致命的なところを理解出来ていない。ただ、アンジェラはエクトプラズム先生の言葉の意図そのものは正しく認識していたからまだいいだろう。

 

 ……が、ミミックはその姿を与えた元の主、トゥーレシアを馬鹿にされたと受け取ってしまったのか、エクトプラズム先生を威嚇していた。

 それを感じ取ったアンジェラは、優しい声で語りかける。

 

「落ち着け、エクトプラズム先生はお前の元の姿は他の人をびっくりさせちゃうって言っただけだ。アイツを馬鹿にしたわけじゃないさ」

 

 主の言葉を受けたミミックは、威嚇することをやめた。アンジェラは威嚇をやめたミミックの背を撫でてやる。

 

「………………」

「OK,puppy」

 

 その光景を見たセメントス先生は、ミミックは犬だなと思い始めていた。元の見た目はともかく、アンジェラからの扱いは完全に愛犬に対するそれだ。

 

「やあ、フーディルハイン少女!」

「オールマイト、療養してなくていいんですか?」

「それ、君が言うのかい?」

「確かに」

 

 と、アンジェラの元にオールマイトがやって来た。どうやら、各個にアドバイスをして回っているらしい。

 

 オールマイトのズボンのポケットに入っている栞まみれのハウツー本については、アンジェラは触れないことにした。本から入るのも大事なことだ。

 

「この大きな犬は……」

「オールマイトは知っているでしょう、アイツですよ」

「ああ……随分見た目が様変わりしたね。大きな可愛いワンちゃんじゃないか。

 

 ところで、フーディルハイン少女はそもそも仮免試験に参加出来るのかい?」

「ああ、その件ですが。ちょっと考えがあるんですよ」

 

 アンジェラは浮遊魔法でミミックの背からゆっくりと降りると、その場で浮遊する。オールマイトとエクトプラズム先生は浮かぶことが策なのかと思ったが、それは見当違いである。浮遊魔法はあくまでもその場で浮遊するだけの魔法であり、飛行魔法のように空中機動戦が出来るわけではないのだ。そして、アンジェラは飛行魔法を使った空中機動戦は不得手である。というか、そもそもの飛行魔法への適性自体がほぼ無いのだ。練習したところで、スーパー化のような機動力は得られない以前に、あっちこっちで事故を起こす可能性が極めて高い。

 

 それよりも、アンジェラには試したい事があった。机上の空論とは言うが、ソルフェジオと相談して試算は既に完了しており、あとは実行してみるだけである。

 

 アンジェラが義手を握り込むと、アンジェラの足元に魔法陣が展開され、そこから空色の魔力光と花弁のような光が溢れ出した。その奔流はアンジェラの身体を包み込む。

 

 そして、花弁が舞い散るように光が晴れると、アンジェラの右手はリミッターと一体化した青い装甲の指ぬき手甲に覆われ、黒くフリルのあったヒーローコスチュームは白基調にフリルとリボンを取っ払ったようなものに変わり、半袖のジャケットは胸元部分まで丈が縮まり、追加された巫女服のような袖とは脇の部分で繋がっている。腰のリボン型のベルトは細めの空色の帯に、グラインドシューズはリミッターと一体化した、足の部分が青い装甲で覆われた白いブーツに変化した。

 また、目を引くのは脚部全体を上から覆う包帯のようなパーツだ。幾重にも折り重なったそれは覆うとはいってもブーツとはくっついてはおらず、腰の辺りで帯と繋がっていた。

 

 和洋折衷、といったような様相になったアンジェラは、恐る恐る浮遊魔法を解除し、地に足を付けてみる。

 

「…………!」

 

 アンジェラとソルフェジオの予想通り、アンジェラは転ぶこともなくその場に立つことが出来た。

 

 この姿は魂の残響(ソウルオブティアーズ)を使った時に纏う防護服を参考にしたものであり、あれの廉価版、といったイメージだ。林間合宿や神野では気付きようもなかったが、魂の残響(ソウルオブティアーズ)での変身は一度使うとインターバルが発生し、その日のうちにもう一度使うことは出来ないことをソルフェジオが突き止めた。それを聞かされたアンジェラが提案し、入院中にソルフェジオと共に術式を完成させたのだ。机上の空論というのは、入院中はリハビリに専念していたため試せなかったという意味である。

 

「フーディルハイン少女、あ、歩けるのかい!?」

「歩行機能そのものが回復したわけじゃありませんよ。脚に巻き付いてるコレが補助具になっているんです。ただ、元の身体能力を発揮できるわけではないんですけど。いやー、上手く行ってよかった」

「ナルホド、“個性”デ脚ノ機能ヲ補助スルノカ……」

「そういえば、合宿の襲撃時に変身したと報告があったね。その時とは姿が違うようだけど……」

「あっちは一日一回しか使えない切り札で、こっちは汎用性に特化させたマイナーチェンジ版みたいなものです。その変身を元に作ってみました」

 

 試しにサマーソルトキックを始めとした蹴り技をエアで繰り出してみるアンジェラ。重石が乗ったような感覚があり、流石に元の身体能力からは程遠いが、それでも脚が使えるのと使えないのとでは大きな差がある。

 但し、脚の機能をこの補助具に頼り切っていると、脚の機能の回復を逆に阻害してしまうという欠点もある。アンジェラとしては、この補助具を使うのは仮免試験とその慣らしの時のみに限定するつもりでいた。アンジェラはその旨をエクトプラズム先生とオールマイトに伝える。

 

「フム、ソレナラソノ補助具を使ウノハ日ヲ置イタ方ガヨサソウダナ」

「フーディルハイン少女は多種多芸だし、他にも色々と磨けることがある。ただ、慣らしとはいっても直前だけってのもそれはそれで問題が出てくるから、数日に一度はその補助具で身体を動かした方がいいと思うよ」

「分かりました。じゃあ今日は近接に重きを置くことにします」

 

 オールマイトはアンジェラに「頑張ってね」と伝え、他の生徒の元に向かて行った。次は切島にアドバイスをするつもりのようだ。

 

「トコロデ、ソノ姿ヤ元ニナッタトイウ姿ノ名前ハ決メテイルノカ?」

「名前……」

 

 エクトプラズム先生の問いかけに、アンジェラは少し悩むような素振りを見せる。単純に、考えるのを忘れていたのだ。

 

「うーん、こっちは霊沌装束(フェクト・ミディル)、元になった方は魂華装束(ソウル・ブルーム)、なんてどうでしょう?」

「フム、悪クナイ。デハ、今日ハソノ霊沌装束(フェクト・ミディル)デ動ク訓練ヲメインニシヨウ」

「はい」

 

 無事に変身形態の名前も決まり、その後体育館γの使用時間ギリギリまで、アンジェラはエクトプラズム先生相手に組手のリハビリを行った。

 

 

 

 

 




ヒーローコスチューム→洋
霊沌装束→和洋折衷
魂華装束→和

形態のグレードが上がる度に、アンジェラさん和風になっていきますね。


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部屋王

「……はい、今日のリハビリはここまでにしておこうかね。随分と回復が早いもんだ。あと数日もすれば、松葉杖は一本減らしてよさそうさね」

「はい、ありがとうございました」

 

 圧縮訓練の後、アンジェラはリカバリーガールの指導の元、歩行リハビリを行っていた。途中、どこか遠くはない場所から二回くらい爆発音が聞こえたような気がしたが、気の所為だと思いたい。

 

 今日の分のリハビリも終わり、アンジェラは松葉杖を手に寮への道を歩く。こうやってゆっくりと景色を眺めながら歩くのもたまには悪くないと思ったアンジェラだったが、それ以上に早く自由に駆け回れるようになりたかった。リハビリは根気が大事だと分かっているので、仕方ないかと肩を落とす。

 

『マスター、明日の訓練はどうしましょう?』

「なー、どうしよっかなぁ。魔法の練習にはなるだろうけど、何に注力すべきか……」

 

 そんな会話をソルフェジオとしながら寮に戻ると、クラスメイト達が共同スペースに集まっていた。どうやら、爆豪以外の全員が居るようで、女子陣が男子陣に何かを提案しようとした丁度そのところに、アンジェラが帰ってきたらしい。

 

「何してんだ?」

「あ、アンジェラちゃんお帰り!」

「ちょうどアンジェラちゃんも帰ってきたし、提案なんだけど!」

「お部屋披露大会しませんか?」

 

 芦戸がそう提案した瞬間、ソファに座っていた男子達が固まってしまった。突然過ぎて固まることしか出来なかったのだろうか。

 

 そんなこんなで、唐突に始まった部屋探訪。最初の標的となったのは、男子棟二階に住む常闇だった。

 

「フン、下らん……」

 

 部屋の近くまでやって来られて、最後の抵抗とばかりに扉の前に立ち部屋に入られないようにしていた常闇を押し退けて、芦戸と葉隠は常闇の部屋に踏み入る。

 

「「黒っ、怖!」」

 

 常闇の部屋は一言で言えば真っ暗だった。髑髏の装飾とか剣とかが置いてある。ここまで暗いのはダークシャドウへの配慮もあるのだろうが、常闇自身の趣味でもあるのだろう。

 

「このキーホルダー、俺中学の時買ってたな」

「男子ってこういうの好きなんね」

「出ていけ……」

「まーまー、目には悪そうだけど、オレは普通にカッコイイと思うぜ? イカしてるな!」

「……それくらいにしてくれ……」

 

 常闇が本当に出て行ってほしそうな顔をしていたので、次の部屋を探訪することにした一行。

 次の部屋は常闇の隣の青山の部屋。

 彼の部屋を一言で言うのなら、

 

『眩しい!!』

 

 そう、眩しかった。物理的に。

 そして何故か設置されたミラーボール。何故自室にミラーボールなぞ飾っているのだろうか。

 

「ノンノン! 眩しいじゃなくて、ま・ば・ゆ」

「思ってた通りだ」

「想定の範疇を出ない」

 

 アンジェラは、青山はどうやってこの部屋で生活するつもりなのだろうと5秒くらい思った。

 

「楽しくなってきたぞ〜、あと二階の人は……」

 

 麗日が振り向くと、そこには何だか禍々しいオーラを背負った峰田の姿が。顔も大分怪しい上に荒い息まで吐いている。

 

「入れよ……スゲェの見せてやんよ……」

「やだ」

 

 アンジェラはまるでゴミを見るかのような目でそう吐き捨て、そそくさとその場を後にした。

 

「……入れよ……なぁ……」

 

 

 

 

 男子棟3階。

 尾白の部屋は普通だった。普通過ぎてコメントに困るほどだった。皆普通としか言わないので、尾白は苦笑いで、

 

「……言うこと無いならいいんだよ……」

 

 としか言えなかった。哀れ尾白。

 

 

 飯田の部屋には難しそうな本がズラーッと並んだ本棚と、メガネが大量に置かれた棚があった。飯田曰く「激しい訓練での破損を想定してだな……」とのことだが、それにしてもメガネを野ざらしはナンセンスではなかろうか。アンジェラはもうちょっといいメガネの保管方法あっただろと思った。

 

 上鳴の部屋はゴチャゴチャしていてチャラかった。手当たり次第に気になったものを集めたような印象だ。

 

 口田の部屋にはウサギが居た。(ゆわい)ちゃんという名前らしい。麗日や芦戸に可愛い可愛いと愛でられている。アンジェラも右手で撫でさせてもらった。とてもふわふわしていた。

 

 

 

「……ていうかよ、釈然としねぇ」

「ああ、奇遇だね。俺もしないんだ……釈然」

「そうだな」

「僕も☆」

 

 今まで言われっぱなしだった面々が不満を溢し始めた。それに便乗するかのように、峰田が口を開く。

 

「男子だけが言われっぱなしってのは変だよなぁ……お部屋披露大会っつったよなぁ……なら当然! 女子の部屋も見て決めるべきじゃねぇのか!? 誰がクラス一のインテリアセンスの持ち主か……全体で決めるべきなんじゃねぇのか!!?」

 

 峰田の提案そのものは、もっともらしいものだった。納得せざるを得なかった。

 ただ、提案したのが峰田であるという時点で……峰田がマトモなことを考えていないということは、なんとなく分かる。

 

「いいじゃん!」

「……え?」

 

 だが、その思考を読み取れなかったらしい芦戸は、峰田の提案を受け入れてしまった。

 

「えーっとじゃあ、誰がクラス一のインテリアセンスの持ち主か、部屋王を決めるってことで!」

「部屋王?」

「別に決めなくていいけどさ……」

 

 そんなこんなで、部屋王なるものを決めることになってしまった。

 ちなみに爆豪は既に寝たらしい。

 

 

 

 

 男子棟4階。寝ている爆豪を除く切島と障子の部屋を見ることになる。

 

「どーでもいいけど、多分女子には分かんねぇぞ」

 

 そう言いながら切島は自室の扉を開く。

 

「この漢らしさは!」

 

 その部屋には、大漁旗、サンドバッグ等などの、所謂「漢」を感じるようなグッズで溢れていた。漢らしさに拘っている切島らしい部屋だ。

 ただ、女子受けは悪い。

 

「うん」

「彼氏にやって欲しくない部屋ランキング2位くらいにありそう」

「アツいね、アツくるしい!」

「中々いいんじゃないか? 大漁旗だけは意味分かんないけど」

「……ホラな」

 

 麗日とアンジェラにはそこそこ好印象だったようだが、それ以外の女子陣への受けはすこぶる悪い。

 現実を突きつけられて、切島は若干涙目になった。

 

「何も面白いものは無いぞ」と前置きされて見せてもらった障子の部屋には、小さな机と布団以外何も無かった。曰く、障子はミニマリストで幼い頃からあまり物欲が無かったそうだが、これはソレで済ませていいものなのだろうか。ここまで物欲が無い、否、産まれないような幼少期となると、本当に、奇跡的な確立で産まれながらに無欲だっただけなのか、或いは……

 

 アンジェラはある可能性に思い至ったが、なんとかそれを表に出さないようにポーカーフェイスを貼り付けて、「こういうのに限ってドスケベなんだぜ」とか言いながら布団を漁る峰田に魔力弾をぶつけて白亜の鎖(フィアチェーレ)でズルズルと引き摺って行った。

 

 

 

 

 男子棟5階に住んでいるのは瀬呂、轟、砂藤だ。

 

 瀬呂の部屋はアジアンテイストでハンモックまである。意外にこういうインテリアに拘るタイプだったようだ。センスもかなり高い。これは得点高そうだなとアンジェラは思った。

 

 次は轟の部屋だ。「ねみぃ」と言いながら開けられたその扉の先は……

 

 

 

 

 

 

「「和室だ!?」」

「造りが違くね!?」

 

 なんと、畳に襖と、完全な和室だった。襖はともかく、畳なぞどうやって持ってきた……もとい、敷いたのだろうか。

 

「実家が日本家屋だからよ、フローリングは落ち着かねぇ」

「理由はいいわ!」

「この短期間で即リフォームってどうやったんだお前!?」

 

 峰田のごもっともなツッコミに対する轟の返答は、

 

「頑張った」

 

 である。何をどう頑張ったらこうなるのか、アンジェラは真剣に気になった。

 

 後日、轟から畳を入手した経緯を聞いたアンジェラは、しかしどう頑張ったらフローリングを畳にリフォーム出来たのかはわからず、逆に謎が増える結果となり変に頭を抱えることとなるが、それは別のお話。

 

 そして、男子最後は砂藤。オーブンがあったりすること以外は見た目は普通の部屋だ。

 だが、その部屋から漂う香りは普通ではない。食欲をそそる甘い匂いがアンジェラ達の鼻を擽る。

 

「ああいけね、忘れてた! シフォンケーキ焼いてたんだ! 皆食うかと思ってよ。ホイップがあるともっと美味いんだが……食う?」

『食う〜!!』

「「模範的意外な一面かよ!?」」

 

 そして唐突に始まるケーキの試食会。フォーク付きで一切れずつ渡されたシフォンケーキを各々口に運ぶ。

 

「あんまぁい、ふわふわ〜!」

「Oh,it's so delicious!」

「ボーノボーノ!」

「ケロ、とっても美味しいわ」

「瀬呂のギャップを軽く凌駕した!」

「素敵なご趣味をお持ちですのね砂藤さん。今度私の紅茶と合わせてみません?」

 

 女子陣から大絶賛の嵐。砂藤はこんな反応されるとは思っていなかったようで、少し照れながら“個性”の訓練がてら作るのだと語った。これはケーキ屋だけで食べていけるレベルなのではとアンジェラは思った。

 

 

 

 

 男子の部屋見せが終わり、次は女子の番だ。二階に住んでいる女子は居ないので、3階の耳郎からだ。

 

「恥ずいんだけど……」と耳郎が扉を開けた先の部屋には、アンジェラ達が思っていた以上に楽器が沢山あった。楽器だけでなく、棚にはCDや音楽関連の書籍が所狭しと並べられている。部屋に置かれた楽器はただ飾っているわけではなく、一通り弾けるらしい。

 

「女っ気のねぇ部屋だ」

「ノン淑女☆」

 

 失礼極まりないことを口走った上鳴と青山は耳郎のイヤホンジャックを耳に突っ込まれ、爆音に身悶えていた。

 

 次に訪れた葉隠の部屋は、ピンクが基調の可愛いが全面に押し出された部屋だった。ぬいぐるみやクッションなどがバランス良く配置されており、葉隠のセンスの良さを伺わせる。

 

 正面突破で何やら匂いを嗅ごうとした峰田をアンジェラが松葉杖で殴ってから訪れた4階の芦戸の部屋は、葉隠とは別ベクトルの可愛いが全面に押し出された部屋だった。一言で纏めるのであればギャルっぽい、だろうか。

 

 そして、次はアンジェラの部屋だ。特段隠しておくものも無いアンジェラは、一度右手の松葉杖を壁に立て掛け扉を開く。

 

 空色のカーテンにヨーロピアンテイストなラグ、扉から見て右側に配置されたベッドのヘッドボードは大きめに作られており、そこにケテルの寝床である空色の猫用ベッドが置かれている。布団やまくらも空色を基調としたものである。

 ベッドの逆側には、他のクラスメイトのものよりもかなり大きめの学習机が配置されており、そこには何冊かのノートが立て掛けられ、デスクトップと二つの写真立てが置いてある。学習机の手前には、本と資料が詰まったクリアファイルが収納された本棚があるが、飯田の部屋の本棚と比べると乱雑な印象を抱く。本そのものも大きさ、分厚さ、ジャンルも様々であり、難しそうな本から表紙からインパクトのある本まで揃っている。まるで小さな本屋のようだ。

 

「おおー、なんというか……」

「本多いなー。飯田も難しそうな本沢山持ってたけど、フーディルハインのは興味を惹かれるのもチラホラと……」

「荷解き手伝った時も、本の多さにびっくりしたんよ。しかも、コレ全部日本に来てから買った本なんだって」

「うっそ、マジで!? フーディルハインって案外活字中毒だったりするのか?」

「かもな。読書の時は実際に本を手にとって読みたい派だ。電子書籍はあんま読まねぇな」

「意外や意外……あ、写真がある!」

 

 興味深そうにアンジェラの部屋を散策していた葉隠が、写真立てに食い付いた。

 内一つはアンリーゼ大学の学祭で開かれたエクストリームギアのレースの時にソニックとシャドウと共に撮った写真、もう一つは、アンジェラとソニックとテイルスと、何やら赤紫色の空飛ぶ小さな熊のような生き物が映った写真だった。

 

「アンジェラちゃん、この写真は?」

「そっちは学祭の写真。こっちは……ソニックと友達と、ちょっと世界旅行に行った時の写真だよ」

「世界旅行!? すごーい!」

「ケロケロ、楽しそうな写真ね」

 

 アンジェラの世界旅行という言葉は間違ってはいない。アンジェラもソニックも、結構楽しんでいたことも間違いなどでは決してない。それに比例するかの如く、結構大変だった(大体エッグマンのせい)わけだが、それすらも今となっては良い思い出だ。

 

 だが、アンジェラがその写真を見る視線は、どことなく悲しそうだった。その視線が写真の中の赤紫色の生き物に向いていると思った麗日は、写真の中のその生き物を指さして、思い切ってアンジェラに聞いてみる。

 

「アンジェラちゃん、この子は?」

「ああ……旅先で出逢った、友達だよ」

 

 アンジェラはそれ以上、口を開こうとはしなかった。麗日はなんとなく何があったのか予想したのか、それ以上の質問をしようとはしなかった。

 

 麗日の予想は当たらずとも遠からず。彼は居なくなったわけではない。

 ただ、長い眠りについているだけだ。目覚めた時には、あらゆるものが変わっているであろう長い眠りに。

 

 彼は、せめて安らかに眠れているのだろうか。

 せめて、幸せな夢を見ていてほしい。

 

 アンジェラには、遠くからそう祈ることしか出来なかった。

 

 

 

 少ししんみりとしてしまったが、気を取り直して次は麗日の部屋。生活感と少しのレトロ感を漂わせる部屋だった。ちゃぶ台の上の急須とその隣にある扇風機がいい味を出している。

 

 5階に移動し蛙吹の部屋は、全体的に可愛いカエルのデザインが押し出されている部屋だった。蛙が“個性”な蛙吹らしい部屋だ。

 

 そして最後は八百万。「見当違いをしてしまいまして……」と八百万が扉を開けると、そこにはお高そうなベッドがデデーンと設置されていた。ベッドが大き過ぎて部屋が狭くなってしまっている。

 

「私の使っていた家具……なのですが、まさかお部屋の広さがこれだけとは思っておらず……」

 

 つまり、部屋がもう少しは広いものだと思っていたらしい。お嬢様な八百万らしい理由だった。

 

 

 

 

 

 爆豪を除くクラス全員の部屋見せが終わり、共同スペースに戻った一同。スムーズに投票も終わり、いよいよ開示の時である。開示するのは言い出しっぺの芦戸だ。

 

「それでは、爆豪を除いた第一回部屋王暫定1位の発表です! 

 

 得票数7票! 圧倒的独走単独首位を叩き出したその部屋は…………

 

 

 

 砂藤力道!」

「はああああ!?」

 

 まさか勝てるだなって思っていなかったのか、砂藤が一番驚いている。

 

「ちなみに全て女子票! 理由は、「ケーキ美味しかった〜」だそうです!」

「部屋は!?」

 

 そして勝った理由も部屋は関係ないものであり、砂藤は思わずツッコミを入れた。直後に上鳴と峰田に「ヒーロー志望が贈賄してんじゃねぇ〜!」と絡まれていたが、なんだかんだ嬉しそうな砂藤であった。

 




圧縮訓練初日の夜に部屋王ねじ込みました。流石に入寮日のあの空気で部屋王はやらないだろと思った次第でございます。
そして唐突に明かされるアンジェラさんの活字中毒設定。アンジェラさん意外なことに読書が趣味の一つなんですよね。まぁ、あの人一応言語学者と史学者の端くれなので……。




アンジェラさんの部屋にあった写真のうち、一つは前にも作中に出てきた写真です。洸汰君に見せてたアレ。





そして、もう一つは…


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特訓と日常

 仮免試験に向けての特訓の日々が過ぎていく。

 体育館γは1日中使えるというわけではない。B組もA組と同じ日に仮免試験を受けるから、当然といえば当然のことだ。日によって1日中使えたり、途中でB組と交代したりするらしい。体育館γが使えない時間は、他のトレーニング室や運動場などで“個性”伸ばしや出来るものは各自で必殺技の考案から完成までを行っている。また、各々コスチュームの改良を行っている者も多く、クラスメイト達のコスチュームにも変化が見られた。

 

 アンジェラはというと、魔法の修練に重きを置くことにした。というか、そうせざるを得なかった。魔法で作り出した補助具を長時間使用していると、歩行機能そのものの回復を阻害してしまうことが分かったからだ。補助具は音速のスピードに耐えられるほど頑丈には出来ておらず、補助具を用いて発揮できる身体能力は元のものとは程遠い。一応、ある工夫をすれば蹴り技を使えないことはないのだが、常に脚に重石が乗ったような感覚が付き纏い、普段よりも格段に動きは鈍くなる。

 だが、慣らしはしておかないと仮免試験本番で逆に動きが鈍くなってしまうという問題が発生する。そうなってしまえば本末転倒だ。

 

 そんなわけで、アンジェラは霊沌装束(フェクト・ミディル)の慣らしは数日に一度行うこととし、それ以外の日は魔法の練習と歩行リハビリに励むことにした。主に射撃と砲撃、属性魔法の練習を行っているが、一つ、そのいずれにも属さないあるコトができないか試行錯誤しているところだ。

 

 ちなみに、補助具は霊沌装束(フェクト・ミディル)に付随するものであり、補助具だけを切り離して使うことは出来ない。霊沌装束(フェクト・ミディル)の機能の一部として補助具の術式を組み上げたからだ。他にも方法がないか一応探りはしたものの、霊沌装束(フェクト・ミディル)を介さなければ補助具の存在を保つことが出来なかった。歩行機能が回復すれば補助具の部分の術式をカットするつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時は流れて圧縮訓練五日目。この日は午前中はA組が、午後はB組が体育館γを使う日だ。アンジェラは、午前中の訓練で一度に複数種類の射撃魔法を使う訓練をしていた。また、新たな射撃魔法や属性魔法の練習も行っている。砲撃魔法はこんな狭い場所でぶっ放したら危ないので、基本グラウンドで練習するようにしている。

 

 途中、爆豪が新たに習得した徹甲弾(A・P・ショット)で撃ち抜かれたコンクリートの破片がオールマイトめがけて落ちてくるというトラブルはあったが、アンジェラが咄嗟に射撃魔法で破片を粉々に破壊したことで難を逃れた。

 

「爆豪少年、すまなかった」

「気ぃつけろや、オールマイト!」

 

 爆豪がどこかイラつきながら発した言葉は、しかし正論と言わざるを得ないものであった。オールマイトは既にヒーローを引退し、守られる側になっているのだから。

 

 オールマイトの無事を確認したアンジェラは、再び射撃魔法の練習をしようと魔法陣を展開し魔力を込める。

 

「そこまでだ、A組! 今日は午後からB組がここを使わせてもらう予定だ!」

 

 と、その瞬間、ブラドキング先生の声が入口から響き渡る。その方向を確認すると、ブラドキング先生に率いられたB組の面々と目があった。アンジェラはもうそんな時間かと魔法陣を消してスマホを確認したが、まだ十分弱は交代の時間まで残っていた。

 

「イレイザー、さっさと退くがいい」

「まだ十分弱ある。時間の使い方がなってないな、ブラド」

 

 教師間で何か対抗意識のようなものでもあるのだろうか、妙に張り合っているように見える。

 

「ねぇ知ってる? 仮免試験って半数が落ちるんだって。君ら全員落ちてよ!」

 

 ドストレートに感情をぶつけて高笑いをする物間。半数が落ちる=雄英の半分が落ちるというわけではないはずなのだが、物間にそんなことは関係ないらしい。いっそ清々しいというか、物間らしいというか。

 

「しかし、彼の意見はもっともだ。同じ試験を受ける以上俺達は蠱毒……潰し合う運命にある」

 

 物間の言葉に常闇が一定の共感を見せる。確かに物間の言葉は致命的に間違っているわけではない。席が一定数しかないのであれば、奪い合わなければならない。

 

「だからA組とB組は、別会場で申し込みしてあるぞ」

「ヒーロー資格試験は毎年6月9月に、全国三箇所で一律に行われる。同校生徒での潰し合いを避けるため、どの学校でも時期や場所を分けて受験させるのがセオリーになっている」

 

 高校だって商売だ。顧客となる生徒が入ってこなければ仕事にならない。そして、その生徒がどうやって入る高校を決めるか、ヒーロー科の場合、その大きな基準の一つが「資格が取れるか」どうかだ。確かに、潰し合いが発生してしまえば資格が取れる生徒の総数が減ってしまう。このセオリーは、それを避けるためのものなのだろう。

 

 相澤先生とブラドキング先生の説明を受けた物間は、明らかにホッと安堵の息を吐き、口を開いた。

 

「直接手を下せないのが残念だ! アハハハ……!」

「「ホッ」っつったな」

「病名のある精神状態なんじゃないかな」

 

 明らかに安堵した様子なのにも関わらず、煽りはする物間。情緒が不安定過ぎて心配になるレベルだ。

 

「どの学校でも……か。そうだよな、普通にスルーしてたけど、他校と合格を奪い合うんだ」

「そして、一年の時点で仮免取るのは全国でも少数派だ。つまり、君たちより訓練期間の長い者……未知の“個性”を持ち、洗練してきた者達が集うわけだ。試験内容は不明だが、明確な逆境であることは間違いない。意識しすぎるのも良くないが、忘れないようにな」

 

 相澤先生の言葉にクラスメイト達が威勢よく返事をする中、アンジェラは相澤先生の言い回しの一部にどうにも引っ掛かりを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 A組の体育館γの使用時間が終わり、昼食を取った後からは各々“個性”伸ばしや必殺技の開発を行うことになっている。先日まではクラスメイト達はこういう時間、もっとバラけた場所で自主トレをしていたのだが、この日はA組の全員がグラウンドに集まっていた。こういう団体行動をあまり取ろうとしない爆豪でさえグラウンドに来ている。A組がここに集まることがわかっていたのか、相澤先生もここに居る。

 

 彼らはトレーニングをするでもなく、グラウンドのある一点を眺めていた。その表情から読み取れるのは感嘆か、はたまた畏怖か。少なくとも、ただならぬ感情であることは間違いないだろう。

 

 A組の面々が固唾を呑みながら見守る先からは、断続的に衝撃波が吹き荒れ、打撃音が響き渡っている。

 

「……あの人達が格闘だけで勝負すると……決着、中々つかないんですよねぇ」

 

 言葉を失ったA組の面々にそう補足するのはガジェットだ。彼にとっては見慣れた光景なのか、A組の面々と違い狼狽えたような様子はない。

 

 相澤先生を含むA組の面々を大いに混乱させ、同時に感嘆させている光景の正体というのが、これだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブゥン、という風切り音と共に振り下ろされた踵落としを、インフィニットが両腕で受け止める。包帯のようなものに包まれたブーツと腕がぶつかり合い、一歩遅れて衝撃波が発生し、空色の花弁のような光が散らばった。

 

「……軽いな」

 

 包帯のようなものに包まれた脚をインフィニットに振り下ろした人物……アンジェラは、しかし、予想以上の手応えのなさに思わず歯噛みをする。蹴りを叩き込む瞬間にのみ脚を防御魔法で包み込むことで、補助具が壊れることを防いでいるが、それで元々あった重石が乗っているような感覚が消えるわけではなく、寧ろ防御魔法を瞬間的に併用しなければならないため、余計に神経を使う。だが、常に防御魔法を足に纏おうとすると、ただでさえ鈍くなっている動きが更に鈍くなってしまうのだ。そうなれば、動きに支障が出る。それでは本末転倒だ。

 

「わぁってんだよ、んなことはッ!」

 

 苛つきを滲ませた声と共にインフィニットの腕を蹴って跳び上がり、少し離れた場所に着地したアンジェラは、しかしその顔に隠しきれぬ笑みを湛えている。

 

 どちらともなく踏み込み距離を詰め、先に拳を突き出したのはアンジェラの方だった。青い手甲に覆われた、風切り音を鳴らしながら迫る右の拳。風を纏ったそれを、インフィニットは左腕で受け止め、返しとばかりに拳を撃ち込むも、その一撃はアンジェラの左腕の義手で防がれる。拳と義手がぶつかり、ガキィン、という音と共に火花が散った。

 

「普段よりもキレが無いんじゃないか?」

「言ってろ」

 

 衝突していた拳と義手が離れ、間髪入れずにアンジェラは右脚で回し蹴りを仕掛ける。A組の面々にして見れば、風切り音を伴い放たれたそれは十全に速すぎるものだったが、インフィニットとガジェットに言わせてみれば、いつものアンジェラの蹴りよりも軽く読み易い。

 

 回し蹴りを最小限の動きで躱したインフィニットは、即座に返しの蹴りを繰り出す。アンジェラはそれを知覚するよりも前にバク宙で回避し、少し離れた場所に滑るように着地した。

 

「オイオイ、病み上がりに加える手心もねぇのかよ?」

「お前相手に手心など必要無いだろう。大体、そんなものを用意したらキレるのはどっちなんだか」

「まぁな」

 

 二人の間にピリピリとした空気が漂う。殺気でも放ち合っているのかと勘違いするかのようなそれは、二人の攻防を見守るA組の面々にとっては恐怖を抱かせ、しかし当の本人達にとっては心地良いものであった。ガジェットは慣れたものなのか、特段変わった様子はない。

 

 まるで、狩るべき獲物を眼の前にしたかのような獰猛な笑みを滲ませて、アンジェラとインフィニットは再びどちらともなく駆け出し、拳を撃ち出した。

 

 

 

 

 

 ……そもそも、何故こんな光景が広がっているか、という話をしよう。

 

 とはいっても、難しい話ではない。昨日、アンジェラがインフィニットに、霊沌装束(フェクト・ミディル)の慣らしがてらにスパーリングに付き合えと言って、インフィニットがそれを快諾しただけのことだ。

 

 と、起きたことだけを書き出せば単純で、アンジェラ達にとっては少し色が付いているだけでいつものことなのだが、それが起こった状況はいつもと違い、少しばかり複雑だった。

 

 アンジェラがインフィニットにスパーリングを申し入れたのが、クラスメイト達が揃っていた寮の共同スペースだったのだ。ちなみに、インフィニットがA組の寮に居た理由は単純で、その時たまたま寮に居た相澤先生に、急ぎで渡す書類があったからである。

 

 クラスメイト達、正確に言えばアンジェラとインフィニットが元々対等な練習相手であることを知らない男子陣は驚愕し、女子陣や相澤先生、更にはガジェットまでもを巻き込んであれやこれやと話が大きくなり、アンジェラとインフィニットのスパーリングを見物しよう、という話になってしまったのだ。普段は鎮め役であるはずの相澤先生ですら、「他人の戦いを見ることで得られるものもある」とこの話に乗ってきたのだから始末が悪い。

 

 話の中心であるはずの自分たちが蚊帳の外になって勝手に話が進んでいく様に、インフィニットは軽くドン引きしたとかなんとか。

 

 

 

 

 そして、軽々しい気持ちでアンジェラとインフィニットのスパーリングを目にした結果が……スパーリングをする二人の近くで固唾を呑むクラスメイト達、という図である。

 

「おいガジェット……あれ、止めなくていいのか?」

 

 どうしようかという悩みを顔に滲ませて捕縛布を構えながら、相澤先生はガジェットにそう問いかける。格闘だけの戦いとはいえ、流石にヒートアップし過ぎではないか。傍目からは二人が殺し合いをしているようにも見える。

 

「大丈夫ですよ、いつものことなので。寧ろ、今は邪魔しない方がいいかと」

「……そうか」

 

 相澤先生は捕縛布から手を放し、アンジェラに目をやる。

 

 他所様には見せられないような恐ろしい表情をして、サマーソルトキックを繰り出すアンジェラは、しかし心からこの戦いを楽しんでいるように見える。久しぶりに思う存分身体を動かせるのが楽しいのも多分に含まれているだろうが。

 

 彼女は、戦うことそのものを楽しんでいる。

 

 ヒーローとしては多少いかがなものかと相澤先生は思いつつも、アンジェラはそもそも性根の部分からヒーローではないことを思い出し、何かを紡ぎかけた口を閉じた。

 

「アンジェラさん言ってましたよ。「戦いでも何でも、楽しんだもの勝ちだ」って」

「……単純……だが、真理を突いてるかもな」

「ややこしく考えすぎるのは有事の時だけでいいんですよ。普段からフルスロットルだと、いざって時に逆に動けなくなってしまうでしょう?」

「……そうだな」

 

 アンジェラもインフィニットも、周りに目を向けられなくなっているように見えて、実際にはA組の面々に被害が及ばないように立ち回っている。闘争心が膨れ上がっても、理性を失っているわけではない。寧ろ、普段よりも冷静になっている節すら感じる。

 

 節度をちゃんと守れるのなら、戦いを楽しむことも悪くないのかもしれない。インフィニット相手に万全でない状態で互角に渡り合えるのなら、アンジェラの本来の実力は……

 ガジェット曰く、あの二人の勝率はほぼ五分五分で、若干アンジェラの方が高いらしい。

 

 ……アンジェラの調子が戻ったら、トレーニングがてら自分も相手してもらおうか。

 

 相澤先生の顔に滲んだその考えに気が付いたのか、ガジェットは「トレーニングも、楽しんでやった方が効率がよくて合理的でしょう?」と告げた。

 

 




一回書きたかった、アンジェラさんとインフィニットが殺し合いみたいなスパーリングするトコ。
あの二人はこれが平常運転です。競い合うライバルとかではなく、単純な練習相手。傍から見たらそうは見えないけど。アンジェラさんは手を抜いてほしくないだけで、インフィニットも手を抜くつもりがないだけです。


ちなみに、霊沌装束は身体能力を向上させる効果はありません。防御力やらを強化する効果はありますが、身体能力は据え置きです。まぁ、防護服纏って身体能力向上ってよくよく考えたら意味分からないし、アンジェラさんの場合は身体能力向上させる意味無いし……元からヤバい身体能力してるし。


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家族などでは決してない

 その日の訓練やリハビリも終わり、夜もふけてきた時。寮の共同スペースのソファで、風呂上がりの女子陣がくつろぎながら駄弁っていた。

 

「ふへ〜、毎日毎日大変だぁ」

「圧縮訓練の名は伊達じゃないね」

「とはいえ、仮免試験まで一週間も無いですわ」

「ヤオモモは、必殺技どう?」

「うーん……やりたいことはあるのですが……まだ身体が追いつかないので、少しでも“個性”を伸ばしておく必要がありますわ」

「梅雨ちゃんは?」

「私は蛙らしい技が完成しつつあるわ。きっと透ちゃんもびっくりよ」

「お茶子ちゃんは?」

「ウチは短時間なら自分を浮かせても酔わなくなってきたんよ。これなら職場体験で習った格闘術ももっと活かせる!」

 

 やはりというかなんというか、話題は仮免試験、ひいては必殺技に関わるものだ。皆、自分の必殺技の方向性が、少なくとも一つは定まってきたようで、後は身体や技術が構想に追いつくか、といった段階に入ってきている。

 

 アンジェラが牛乳を飲みながら友人達の必殺技開発報告を聞いていると、芦戸がアンジェラへと視線を向け口を開いた。

 

「そうだ、格闘術といえば……フーディルハイン! 昼のアレ、何だったの!?」

「昼……?」

「分からないとは言わせないよ! インフィニットさんとスパーリングしてた時のアレ! チョー怖かったんだけど!」

「……怖い?」

 

 芦戸の言葉に、それに対する女子陣の芦戸に同意するかのような反応に、アンジェラは首を傾げた。霊沌装束(フェクト・ミディル)のことを聞かれたのだと一瞬思っていたが、それと「怖い」という感想はどうにも結びつかない。単に自分の感性が周囲と噛み合っていないという可能性も考えたが、ソルフェジオに目をやっても『そっちじゃないかと』、と返されただけだった。

 

 アンジェラがいつまで経っても首を傾げたままなので、芦戸達はアンジェラと自分達との間にある認識の違いに気が付いたらしい。上手くそれを言葉に出来ない芦戸が頭を抱えていると、蛙吹が代わりに言葉に表した。

 

「アンジェラちゃんがインフィニットさんと戦ってた時の雰囲気が、いつもと違いすぎて私達には怖いものにも感じたのよ。もちろん、その体術や格闘術が凄いものだと関心もしたのだけれど……アンジェラちゃんとインフィニットさんが、殺気を放ち合っているように見えて」

 

 蛙吹の説明で、アンジェラはようやく芦戸が言いたかったことに気が付いた。アンジェラにとっては心地良いとすら感じるあの感覚が、傍から見たら恐怖を伴うものだ、ということだろう、と。

 

「あー……そういうことか……なんか、ごめん?」

「いや、見るって言ったのはこっちの方だし、謝る必要はないけど……」

「というか、普通に考えて病み上がりでまだ万全じゃないうえ、ただでさえ体格で不利なアンジェラちゃんがインフィニットさんと格闘で互角ってのも凄い通り越して怖いけどね……」

 

 葉隠の呆れたような物言いに、アンジェラは何処か遠くを見るような表情で口を開く。

 

「ま、オレ昔から身体動かすの好きだし、万全な状態でもソニックとシャドウからは一本も取れたこと無いし……

 

 でも、いつか絶対に勝ってやるけどな。

 

 だから、戦うことも嫌いじゃないし、寧ろ好きな方なんだ。戦ってる時に感じる緊張感とか特に。スリルは楽しんだもん勝ちだろ?」

「なるほど……アンジェラちゃんは殺気みたいなものすら楽しんでたんやね」

「そーいうこと。

 

 ……言っとくけど、アレは殺気ではないからな?」

 

 そう弁明するアンジェラに、麗日はどこか微笑ましそうな笑みを浮かべ、芦戸は安心したような表情をした。

 

 

 

 

 

 

 その後も世間話を続けていた女子陣だったが、不意にアンジェラが少し深刻そうな表情で口を開く。

 

「……ちょっと、お前らに聞きたいことがあるんだが」

「何なに、相談?」

「相談……何かお困り事ですか?」

「……ある意味……そうかな」

 

 八百万の言葉にどことなく儚い表情と声で返したアンジェラに、麗日達は真剣な面持ちになる。アンジェラから相談を受けることなど滅多にない。まして、あんなことがあった直後だ。力になれるのであれば、友達として力を貸そうと彼女らは思っていた。

 

 そんな友人達の視線の中、アンジェラは口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

「……今の今まで知らなかったルーツの断片を知って、今までは興味ない、必要すらないって突っぱねてたそれを、今更になって知りたいって思うのは、お門違いだと思うか?」

 

 

 

 

 

 

 麗日達に、その言葉の意味の全てを理解することは出来なかった。

 

 アンジェラが記憶喪失であったことは皆知っている。恐らく、神野の一件絡みで何かがあり、自分にまつわる何かをアンジェラは知ったのだと、麗日達は直感的に理解した。

 そして彼女らの理解は、大きく外れているわけではない。アンジェラが自分にまつわることを神野絡みで知ったことは事実である。

 

「……一応、確認だけど……そのルーツっていうのが何を指すのか、話せる?」

 

 麗日の問いかけに、アンジェラは申し訳なさそうな顔で首を横に振る。それが意味することは、「話せない」という、言外の否定。

 

「そっか……今まではいらないって思ってたそれが、ひっくり返るようなことがあったんだね」

「今でも必要だとは思ってないけどな……だけど、要りはしなくても、知りたいとは思うようなことがあったのは事実だ」

 

 アンジェラはそう言うと、俯向きながら牛乳を飲み干す。

 

 

 

 

 

 アンジェラは神野の一件があるまで、正確に言えばフォニイに記憶を戻されるまで、自分の失っていた記憶を、自分のルーツ、本当の親を、知りたいとすら思っていなかった。記憶を失くしたアンジェラを拾い、ここまで育て上げたのは兄であるソニックであり、記憶にすらない親では決して無い。それは覆しようのない事実であり、アンジェラの中で決して曲げられないことであった。

 

 しかし……アンジェラは知った。

 

 人の形すら失った母の絶望を、血の繋がった姉達がアンジェラのことを思っていたこと。記憶の喪失は、愛ゆえのものであったことを。

 

 アンジェラにとっての家族は、兄であるソニックとシャドウだ。それは、記憶を取り戻した今でも変わらない。血の繋がった姉達も、母も、家族だとは決して思っていない。それは、恐らくは曲がることはないのだ。母は人間としての自我を、アンジェラが生れる前に失っている。

 アンジェラは、母に母親らしいことを求めることは、生れた時から出来ないのだ。

 そんな人物を、家族だと思うことなど出来ない。

 

 

 

 ……それでも、決して母を家族と思うことなど出来ないのだと知っていても、知りたいと思ってしまうのだ。

 

 母が、どんな人物であったのか。

 ほんの短い平和な時を、どう生きていたのかを。

 

 

 それを、明瞭に語れる人物がすぐ近くに居るのだから、尚更。

 

 

「……好奇心ってのは、時に理不尽だよな……今までいらないって突っぱねて、今でもいらないって思ってるもんですら、時に知りたいって思っちまう。今更何をって、自分で自分に言いたくなる。

 

 でも…………それでも…………」

 

 アンジェラの心を苛むのは、自責の念。

 

 最初からどうしようもないなんてことは分かっている。最初から知りたいと思っていても、何も変わりはしなかったなんてことは、誰に言われずとも分かっている。

 

 しかし、母を知りたいと同時に思うのだ。

 

 今更、今更母を知りたいなど、と。

 

 

 

 

 

 

「別に、おかしなことじゃないんじゃないの? それって、今まで興味なかったことに興味が湧くようなきっかけがあったってことでしょ」

 

 アンジェラの問いに、真っ先に答えたのは耳郎だった。慰めるような口調ではない、断言するような口調が、その言葉が、霧がかっていたアンジェラの心に光を灯す。

 

「アンジェラさんのことですから、突っぱねていたのにも、それを今になって知りたいと思ったことにも、相応の理由がおありなのでしょう? であれば、その好奇心は誰かがケチを付けられるようなものでは無いかと」

 

 八百万の言葉は概ね正しい。アンジェラが血縁を求めていなかったのにも、母を今になって知りたいと思ったことにも、相応過ぎる理由がある。それを知ってなお、ケチを付けられるのだとしたら、それは相当な性悪か、アンジェラの苦悩を理解しようともしない輩だ。

 

「フーディルハイン、そういうのはややこしく考えすぎない方がいいんだよ。知りたいものは知りたい、もしそれが訳あって知れないことでも、せめて知れない理由は知りたい。これでいいでしょ?」

「それは単純に考え過ぎな気もするけど……アンジェラちゃんは頭いいし、そういうのちょっとややこしく考えすぎちゃうのかもね」

 

 芦戸と葉隠はそう言いながら、アンジェラの頭をわしゃわしゃと撫でる。アンジェラは「なにすんだよ」と口では言いつつも、抵抗しようとはしなかった。

 

「ケロ、アンジェラちゃん、もっとフラットに考えていいのよ。今まで知りたいと思わなかったことを知りたくなった。それにイチャモンを付けるような人はここには居ないわ」

「そうだよ、それに、アンジェラちゃんはそれに対して「申し訳ない」って思ってるんでしょ?」

 

 麗日はアンジェラの顔を覗き込みそう言った。アンジェラは少し考える素振りを見せると、俯向きながら頷く。

 

 そう、アンジェラがここまで苦悩している理由は、母への申し訳なさ。今まで突っぱねてたくせに、今も家族と見れないことは分かりきっているくせに、それでも、今更になって母を知りたいと思っていることに、アンジェラは負い目を感じている。その負い目が、アンジェラの心を蝕んでいるのだ。

 

 アンジェラは、麗日達にこの感情を罰するか、認めてほしかった。そのどちらかが欲しかった。そうすれば、少なくとも心に巣食ったモヤモヤした何かは失くなるだろうから。

 

 麗日は少しでもアンジェラの心に取り憑いているであろうモヤモヤを晴らそうと、笑顔で言った。

 

「それなら、尚更アンジェラちゃんの気持ちにケチをつけようなんて人はここには居ないよ。っていうか、寧ろそんな人が居たらウチがやっつけたる!」

 

 麗日の言葉に、アンジェラは自分が考えすぎていたのか、と気が付いた。飲み干した牛乳のパックをテーブルの上に置き、どこかスッキリとした表情で口を開いた。

 

「……ああ、ありがとう。おかげでようやく踏ん切りが付いた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、訓練が終了し、夕食を取った後。

 

 アンジェラは、寮から少し離れた場所にある小高い丘へ、松葉杖を一本つきながら歩みを進めていた。そこは、誰が植えたのか、はたまた元から自生しているのか、色とりどりのビャクヤカスミが咲き乱れる花園だった。

 

 その花園に座り込んでいる人物が居る。アンジェラが、スマホを通じてここに呼び出した。

 

「……オレは、母の怒りを、絶望を、憎悪を、客観的に知っている。

 だけど、母が束の間の平和を享受していた時のことは……ほんの断片の感情と情報しか知らないんだ。

 

 今更何をって、罵ってもらって構わない。寧ろ、お前にはそうする権利があるとすら思ってる。今も母を家族とは決して思えないオレを……蔑んだところで、それは正当だとも思う。

 

 だけど……それでも…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぁ、教えてくれ、爆豪。

 

 オレの知らない、母のこと」

 

 トパーズの輝きが、花園に座り込んでいる影を射抜く。その影の主……爆豪は、ため息を一つ溢して立ち上がった。

 

「……蔑みやしねぇよ。どんな理由があろうと、それがどれだけアイツにとってもテメェにとってもどうしようもないことだったとしても、テメェにとってデクは、ただの一度たりとも母親らしいことをしてやれなかった上に、アイツの憎悪をテメェに無理矢理押し付けた、ある種最低な母親であることに変わりはねぇ。

 

 それでも……テメェは、知りたいのか?」

 

 爆豪の言葉に、アンジェラは頷いた。

 アンジェラが爆豪の言葉を、否定することもなかった。

 母が、緑谷出久が、母親としてはある種最低な部類であったことも含めて。

 

 それは、事実なのだ。緑谷出久に責任は一切無い。責任や贖罪を求めることすら果てしない間違いであるが、それでも、アンジェラに、アンジェラ達にとって緑谷出久が最低な母親であったということは、もはや覆しようのない事実でしかない。アンジェラはそれを、さらさら否定する気にはなれなかった。

 

「……なら、教えてやるよ。俺の知る限りのデク……緑谷出久、アンジェラ・フーディルハインを生んだ母親のこと。

 

 その代わり……あー、なんだ、今度、組手付き合ってくれねぇか」

「別にいいけど……そんなんでいいのか?」

「うっせぇ、俺がいいっつってんだからいいんだよ」

 

 爆豪が吐き捨てた言葉に、アンジェラはそういうものなのか、と苦笑した。

 

 

 

 

 

 

「俺はデクのことを、「何も出来ねぇやつ」だと思ってた。オールマイトに憧れて、ヒーローになりてぇって言い続けてて、でも、無個性で雑魚で出来損ないで、そのくせ泣き虫で……なのに、俺より弱えくせに、俺を心配なんかして……

 

 そして……狂気じみたものを感じてた」

「……狂気?」

 

 花園に腰掛けたアンジェラは、爆豪の言葉の意味を理解出来ずに首を傾げた。同じく花園に座り込んでいる爆豪は、何処か遠くを見やるかのように星空をその眼に映していた。

 

「アイツは……デクは、頭がイカれてた。これは確認だが……デクの自我が死んだ最後の引き金になったのは、デクが自分の絶望を娘に継がせてしまったことへの自責……なんだよな」

「……ああ、それ以前にされたことへの憎悪や絶望が積層していたことも大きな要因だが……最後のトリガーになったのは、母の自分で自分を赦せないという、自罰だ」

「そうか……その心が憎悪に呑まれてもなお、娘とはいえ他人を思いやって、それで……やっぱり、デクはイカれてる。心のどこかで自分を勘定に入れてねぇんだ、アイツは。ババアに言われなきゃ、俺もアイツを虐めてたかもしれねぇ」

 

 アンジェラは、ただただ黙って爆豪の話を聞いていた。爆豪が母を、緑谷出久を守っていたとはいえ、うっとおしくも思っていたことは知っていた。だが、爆豪から緑谷出久へ「イカれてる」という感想が出てくることは、完全に予想外だった。

 

「最初の戦闘訓練……俺はお前に「デクに似た何か」を感じた。今にして思えば、それはお前がデクの娘だったがゆえのものなのかもな」

「……オレは、そんなに母に似てるのか?」

 

 アンジェラは、純粋な疑問を爆豪に投げかけた。傍から見れば、どこか祈っているようにも見えるだろう。彼女が求める答えを爆豪が出すとは思えないが、それでも、聞かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや…………そこまで似てねぇ。強いて言えば、目に若干面影があるくらいだ」

 

 爆豪の返答に、アンジェラは思わず目を見開く。

 予想外だった。似ている、と言われると思って身構えていた。

 爆豪の言葉からは、慰めやお世辞など一切感じない。

 

 ……彼の中では、事実なのだろう。

 

 緑谷出久とアンジェラ・フーディルハインが、似ていないということは。

 

「……そっか…………そっか」

 

 その言葉が、どれほどアンジェラにとって救いとなったか、爆豪には分からないだろう。分かる必要もないと、アンジェラは思っていた。

 

 それでも、アンジェラが零した一筋の涙に思う所があったのか、爆豪は口を開く。

 

「俺は……事実がどうあれ、今更お前の父親になろうだなんて言うつもりは無ぇ。俺の中でのお前は、クラスメイトで、ナンバーワンになるために越えるべき壁だってのは変わらねぇ。

 

 だけど……もし、デク関連で俺に力になれることがあるのだとしたら、言ってくれ。その時は手を貸す、俺自身の為にも」

「……なんだ、それ。責任感ってやつか? 似合わねぇな」

「けっ、言ってろ」

 

 素っ気ない態度はいつもの爆豪と何ら変わりないもので、その眼差しにほんの少し、ほんの少しだけ、アンジェラを案ずる感情が含まれていることを何となく悟ったアンジェラは、ポロポロと涙を零しながら、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




言っておきます。アンジェラさんに恋愛させるとしても、爆豪は相手にはなりません。設定上、それやると近親相姦になっちゃうから…まあ、それがなんだって話ですが、私の中でこの二人の恋愛はちょっと解釈違いでして。やっぱないかなと。

フロンティアのアプデまだかなー。アプデの内容によっては、この作品のストーリーにも手を加えにゃ…


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仮免試験

 訓練の日々は流れ、仮免試験当日。

 

 A組一同は、バスで試験会場である国立多古場競技場にやって来た。試験本番ということもあって、会場付近は緊張感に包まれている。

 

「うぅ〜、緊張してきた……」

「試験って何やるんだろ……はぁ〜、仮免取れっかなぁ」

 

 緊張のあまりそんなことを呟いた峰田に、相澤先生は言った。

 

「峰田、「取れるか」じゃない、取ってこい」

「ももも、もろちんだぜ!」

 

 緊張感は全然隠せていないものの、峰田はそう言い切ることが出来た。それは、特訓による自信のお陰だろうか。

 

「この試験に合格し、仮免許を取得出来れば、お前ら卵は晴れてヒヨッコ……セミプロへと孵化できる。頑張ってこい」

 

 滅多にない、相澤先生からの激励であった。それに触発され、熱が出てきたのか、緊張感に包まれているクラスメイト達の眼に、確かな火が灯った。

 

「しゃあ、なってやろうぜヒヨッコによぉ!」

「いつもの一発決めていこうぜ! せーの、

 

 Plus「Ultra」!」

 

 切島が雄英の校訓を景気付けに叫ぼうとしたその時、他校の生徒であろう見知らぬ男子が混ざってきた。テンションとやる気が高めに見える人だ。

 

 突然過ぎる出来事にアンジェラ達が困惑していると、同校の生徒らしき男子が混ざってきた男子に注意をする。

 

「勝手に他所様の円陣へ加わるのはよくないよ、イナサ」

「あっ、しまった! どうも、大変、失礼いたしました!」

 

 同校の生徒らしき人にイナサと呼ばれていた、混ざってきた男子は飯田以上にオーバー過ぎる動きで頭を下げ、謝罪をした。勢いが凄すぎて頭と地面が激突してしまっている。

 

「何だ、このテンションだけで乗り切る感じの人は!」

「待って、あの制服!」

「あれか……西の有名な……」

「東の雄英、西の士傑……」

 

 制服と制帽から察するに、彼らは日本において雄英高校に匹敵する難関校である士傑高校の生徒のようだ。クラスメイトからコンマ一秒遅れてそのことを理解したアンジェラは、しかしあまりの衝撃に微妙な顔をすることしか出来なかった。

 

「一度言ってみたかったっす、Puls Ultra! 自分、雄英高校大好きっす! 雄英の皆さんと競えるなんて、光栄の極みっす! よろしくお願いします!」

 

 額から血をダラダラ流しながら、混ざってきた男子は元気よく言った。いい人そうだが、試験よりまず先に病院に行くべきなのではないかとアンジェラは5秒くらい思った。同じ士傑生の反応はオーバーでも何でも無い、どこか慣れたようなものなので、心配するだけ無駄のような気もするが。

 

 混ざってきた男子を止めた男子を先頭に、士傑生達は一足先に会場へと向かっていった。

 

「夜嵐イナサ……」

「先生、知ってる人ですか?」

「ありゃ、強いぞ」

 

 意味ありげな視線を混ざってきた男子……夜嵐に向け、口を開いた相澤先生の言葉に、クラスメイト達は困惑する。

 

「夜嵐……昨年度、つまりお前らの年の推薦入試、トップの成績で合格したにも関わらず、何故か入学を辞退した男だ」

「じゃあ、一年ってことですか」

 

 推薦入試トップの成績ということは、少なくとも入試時点での実力は轟以上。しかも一年で仮免試験を受けに来ている。一年生の時点で仮免試験を受けるのは全国でも少数派であることを考えると、その実力は高そうだ。

 

「夜嵐イナサ……だっけ。雄英大好きとか言ってた割に、入学は蹴るってよく分かんねえな」

「ねぇ、変なの」

「変だが本物だ、マークしとけ」

 

 相澤先生の警告をクラスメイト達が耳に入れたその直後、相澤先生に話しかけてくる声があった。

 

「イレイザー? イレイザーじゃないか! テレビや体育祭で姿は見てたけど、こうして直で会うのは久しぶりだな!」

 

 その女性の声が耳に入った瞬間、相澤先生は露骨に嫌そうな顔をしていた。相澤先生がここまで感情を表に出すのも珍しいとアンジェラが興味深そうにその光景を眺めていると、相澤先生に近付いてきた女性が相澤先生にちょっかいを掛け始める。

 

「結婚しようぜ?」

「しない」

 

 そのやり取りに芦戸はキュン、とした感覚を覚えたらしいが、アンジェラは女性の態度が結婚を申し込む女性のそれではなく、相澤先生をおちょくっているだけであると気付いており、さっき微妙になった表情が更に微妙そうになった。

 

「プハッ、しないのかよ、ウケる!」

「相変わらず絡みづらいな、ジョーク」

 

 どうやら、彼女はヒーローのようだ。ここに来ているということは、どこかのヒーロー科の先生なのだろう。

 

「私と結婚したら、笑いの絶えない幸せな家庭が築けるんだぞ?」

「その家庭幸せじゃないだろ」

「仲が良いんですね」

「昔、事務所が近くでな! 助け、助けられを繰り返すうちに、相思相愛の仲へと……」

「なってない」

「いいな、その速攻のツッコミ! いじりがいがあるんだよなイレイザーは」

 

 なんだかアンジェラは、漫才を見せられている気分になってきた。どうやらこれは、あの二人のお決まりのやり取りらしい。

 

「ジョーク、お前がここに居るってことは……」

「そうそう! おいで皆、雄英だよ」

 

 ジョークの視線の先には、どこかの制服に身を包んだ高校生達が居た。彼女は彼ら、傑物学園高校2年2組の受け持ち……つまりは、担任教師とのことだ。

 

 そのジョークの生徒の中でも、一見爽やかな印象を抱く黒髪の男の人がクラスメイト達の手を握り、挨拶を始めた。

 

「俺は真堂! 今年の雄英は、トラブル続きで大変だったね。しかし君たちは、こうしてヒーローを志し続けているんだね、素晴らしいよ! 不屈の心こそ、これからのヒーローが持つべき素養だと思う!」

 

 見た目や言葉こそ爽やかなイケメンだと感じる人も多いだろうが、アンジェラはどうにも彼……真堂からは胡散臭さしか感じなかった。これは、外面と内面が全く違うタイプの人間だと、アンジェラは直感的に理解した。

 

「その中でも、神野事件を中心で経験したフーディルハインさん。君は特別に強い心を持っている……とその前に、君はそもそも試験に参加出来るのかい?」

 

 真堂の視線はアンジェラがついている一本の松葉杖に向けられている。リハビリのかいあって松葉杖一本で動けるようにはなったものの、仮免試験までに松葉杖なしでの歩行をするのは間に合わなかったのだ。

 

 彼の内面と外面の差はともかく、これに関しては疑問に思われて当然だと思ったアンジェラは、当たり障りのない顔で答えた。

 

「ああ、試験中は動けるように策は用意してるから、ご心配なく」

「そっか、やっぱり君は強い心の持ち主だね! 今日は君たちの胸を借りるつもりで、頑張らせてもらうよ」

 

 真堂はそう言うと手を差し伸べてくる。どうやら握手を求めているようだ。

 

 アンジェラはどうすべきか一瞬考えて、愛想笑いを浮かべて握手に応じることにした。今は無理に話を大きくする必要はない。

 

「おい、コスチュームに着替えてから説明会だぞ。時間を無駄にするな」

『はい!』

 

 相澤先生の指示に従い、アンジェラ達は移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 ……その最中、ジョークがした意味深な発言を、アンジェラは聞き逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 説明会の会場。コスチュームに着替えた学生でぎゅうぎゅう詰めになったこの場所で、アンジェラは既に霊沌装束(フェクト・ミディル)に身を包み待機していた。

 

 少し待っていると、説明が始まる。

 

「えー、ではアレ……仮免のやつをやります……あー、僕、ヒーロー公安委員会の目良です。好きな睡眠はノンレム睡眠……よろしく……仕事が忙しくてろくに寝れない……人手が足りてなーい、眠たーい! 

 ……そんな心情の下、ご説明させていただきます」

 

 疲れ一切隠さないな、この人大丈夫か? 

 アンジェラは、5秒くらいそう思った。

 

「仮免のやつの内容ですが……ずばり、この場に居る受験者1540人一斉に、勝ち抜けの演習を行ってもらいます。

 

 現代はヒーロー飽和社会と言われ、ステイン逮捕以降、ヒーローの在り方に、疑問を呈する動きも少なくありません。

 まぁ、一個人としては、動機がどうであれ、命懸けで人助けしている人間に、何も求めるなは、現代社会において、無慈悲な話だと思うわけですが……」

 

 目良は、ヒーローに対してアンジェラと似たような価値観を持っているらしい。ヒーローは、自己犠牲の果てに得る称号でなければならないと言えば聞こえはいいが、要はヒーローを名乗る者を人間と見做していないと同じ事。自己犠牲の果てに得る称号がヒーローであるならば、其れは生贄と何が違うというのか。

 

 ヒーローを職とする者達は、今を生きようとする人間であって、無情に捧げられた人柱ではない。アンジェラは、その考えを認めることは出来ない。誰かがそうあることも、自分がそうなることも、認めない。

 

「あー、とにかく、対価にしろ義勇にしろ、多くのヒーローが救助、敵退治に切磋琢磨してきた結果、事件発生から解決に至るまでの時間は今、引くくらい迅速になっています。君たちは、仮免許を取得しいよいよその激流の中に身を投じる。そのスピードについていけない者、ハッキリ言って厳しい。

 

 よって試されるはスピード。

 条件達成者先着100名を通過とします」

 

 受験者の総数は1540人。つまり、例年は5割を切る人数の合格者が、今回は1割を切る人数である、ということにほかならない。

 当然、会場はざわつく。目良曰く、社会で色々あったのが理由らしい。要は、運がなかったということだ。

 

「……で、その条件というのがこれです」

 

 目良はボールと丸い装置を取り出し、一次試験のルールを説明し始めた。

 

 纏めると、受験者は丸い装置、もといターゲットを身体の好きな場所、但し、常に晒されている場所に取り付ける。足裏や脇にターゲットを取り付けてはいけない。ターゲットは受験者が六つずつ携帯するボールが当たった場所のみ発光する仕組みになっており、三つ発光した時点で脱落。三つ目のターゲットを発光させた人が倒したこととし、二人倒した者から勝ち抜け。

 

 つまりは、受験者同士での潰し合いである。

 

「えー、では、展開後ターゲットとボール配るんで、全員に行き渡ってから一分後にスタートします」

 

「展開」という謎の言葉にアンジェラが疑問を抱いた、その時。

 大きな振動音と受験者達のどよめきと共に、説明会会場の壁や天井が倒れ、地面に埋まった。無駄に大掛かりな仕掛けである。

 

 そしてその外側に広がっていたのは、様々な地形が組み合わさった試験会場。

 

「各々、苦手な地形好きな地形、あると思います。自分の“個性”を活かして、頑張ってください……

 一応、地形公開をアレするって配慮です。ま無駄です。こんなもののせいで睡眠が……

 

 私がなるべく早く休めるよう、スピーディーな展開を、期待してまーす……」

 

 説明の最後まで疲れを一切隠さない目良に苦笑しつつ、アンジェラは配られたターゲットを腹部に二つ、胸に一つ取り付けた。

 

 

 

 

 

 ルールが発表された瞬間、アンジェラは気が付いた。これは、学校単位での対抗戦になると。

 

 そして……

 

「これ、あんま離れずに塊で動いたほうがいいな」

「うん!」

「遠足じゃねぇんだぞ、俺は抜けさせてもらう」

「バッカ、待て!」

 

 アンジェラがその理由を説明する前に、爆豪はそそくさと行ってしまった。切島も爆豪について行くようだ。爆豪が単独行動をしようとするのは予想できたことなので、アンジェラはそこまで驚きはしない。

 

「俺も抜けさせてもらう。大所帯じゃ、却って力が発揮できねぇ」

 

 そう言うと、轟も何処かへ行ってしまった。轟は“個性”の関係上、それがベターな選択かと察したアンジェラは、他のクラスメイト達に呼びかけ固まって移動を開始する。

 

「っつっても、単独行動はあんま良くないと思うが……まぁ、あいつらならなんとかするか」

「何で?」

「そりゃ、オレ等はもう手の内バレてるようなもんだろ。“個性”不明っつーアドバンテージも失くしてる」

「それって……」

「そうか、体育祭か!」

 

 アンジェラは頷き、それと同時に感じていた。

 ピリピリとした、自分たちに向けられた敵意を。

 

「先着で合格なら、同校同士での潰し合いは無い。寧ろ、これは学校単位の対抗戦になる。

 

 そうすると、次はまずどの学校を狙うかって話になる。

 ……そしてその中に、手の内が既にバレた学校があるなら、

 

 オレなら、真っ先に狙いに行くね。

 

 さて、お客様方は、既にスタンバイしてるらしいぜ?」

 

 アンジェラが不敵な笑みを浮かべ、クラスメイト達に警告した直後。

 

『第一次試験、スタート』

 

 開始の合図が、鳴り響いた。

 

 



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一次試験

今日は連投します。ぶっちゃけて言うと仮免試験ははよ終わらせた(殴


 機械音声による開始の合図が鳴り響いた瞬間、アンジェラ達の周囲に現れた他校生達が四方八方からボールを投げてきた。その中には傑物学園高校の生徒達の姿もある。

 

 アンジェラは義手を突き出し魔法陣を展開すると、自身へと投げつけられたボールめがけて無詠唱の魔力弾の群れを発射し弾き飛ばした。クラスメイト達も各々の方法で投げつけられるボールを迎撃、回避、ないし防御している。

 

 いつの間にやら、最初のボールの嵐は止んでいた。どうやら、防ぎ切れたらしい。

 

「この調子だ、締まってくぞ!」

『おう!』

 

 アンジェラが気合いを入れるように叫ぶと、クラスメイト達も応え気合いを入れ直した。

 

「ほぼ弾く、か……」

「やはり、こんなものでは、雄英の人はやられないな」

「けどまぁ、見えてきた(・・・・・)……」

 

 と、真堂が同じく傑物学園高校の生徒と話しているのが見えた。ガタイのいい彼はこねたボールを硬質化させ、それを同じく傑物学園高校の生徒である忍者のような位で立ちの男に渡す。

 

「任せた」

「任された。

 これうっかり、僕から1抜けすることになるかもだけど……そこは敵が減るってことで、大目に見てもらえるとありがたいな……

 

 ターゲット、ロックオン! シュワッ!」

 

 忍者のような位で立ちの男が投げたボールが、地中に潜りアンジェラ達に迫る。どこから来るのかと焦るクラスメイト達に、アンジェラは地面を指さして告げる。

 

「地面ごと割れ。オレがやるとうっかり死人が出かねないから頼む」

「了解、皆下がって、ウチがやる!」

 

 アンジェラの指示で動いたのは耳郎だった。耳郎は両手に取り付けたスピーカーにイヤホンジャックを挿し、地面に手の甲を付け大規模な高周波で地面を砕き割る。割られた地面から硬質化されたボールが飛び出し峰田に迫ったものの、芦戸が張った酸の壁、アシッドベールに溶かされた。

 

深淵闇駆(ブラックアンク)、宵闇よりし穿つ爪!」

 

 ダークシャドウを纏い傑物学園生に攻撃を仕掛ける常闇。しかし、常闇が狙いを定めた女子は“個性”で自分の身体を折りたたみ、攻撃を回避した。

 

『んー、現在まだどこも膠着状態……通過0人です。あ、情報が入り次第私がこちらの放送席から逐一アナウンスさせられます……』

 

 目良の眠そうなアナウンスが会場に響く。させられるとは、やらされている感が強い。

 

 と、アンジェラの身体を悪寒が走る。直感に従い目をやると、真堂が地面に手を当てて何かをしようとしていた。

 

「最大威力、振電動地!」

星の弾丸(ストライトベガ)!」

 

 この状況で敵に接近するのは危険だと判断したアンジェラは射撃魔法で真堂を食い止めようとしたが、星の弾丸(ストライトベガ)が真堂に命中すると同時に周囲が大きく振動させられ、地面がバックリと割られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……分断はされたけど、身は隠せたか。ソルフェジオ、警戒を怠るな」

『かしこまりました、マスター』

 

 先の真堂の攻撃の合間を縫い、アンジェラは岩陰に身を隠していた。あの騒ぎに乗じて攻撃を仕掛けなかったのは、アンジェラがあの場はまだ様子見の段階であると判断したからだ。力量も分からず、決定的な隙を見せない敵相手に無策で突っ込んでいくのは愚策。ましてや、今のアンジェラは本調子ではない。無茶苦茶をすれば身体に負荷がかかる。アンジェラは、いつも以上に慎重に動いていた。

 

 が、アンジェラの顔には、焦りなど微塵もなかった。

 アンジェラにとってこの状況は、焦るほどのことでもないのだ。クラスメイトと分断されようが、アンジェラは一人ではないのだから。

 

「さて、お前達の初陣といこうか。派手なパーティーにしてやろうぜ?」

 

 アンジェラが義手を掲げると、そこから緑と空色の粒子が湧き出し、緑色の粒子は子犬ほどのサイズの赤い犬……ミミックに、空色の粒子は二つに分かれ、片方は所々黄色く発光している黒いヒト型に、もう片方は全身を青や紫に輝く宝石のようなトゲに包まれた白いヒト型に、それぞれ形を成した。それに便乗するような形で、どこからともなくケテルが姿を現す。

 

 黒いヒト型はオブシディアス、白いヒト型はクリスタラック。この2体は、ミミックを参考にアンジェラが作り出した、アンジェラ自身の使い魔である。

 

『マスター、近くに瀬呂範太、及び麗日お茶子の生体反応を確認しました』

「よくやった。麗日と瀬呂か……よし」

 

 アンジェラはある策を思い付き、ケテル達に指示を与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 麗日は、真堂に地面を割られクラスメイト達と分断された後、多対一を避けるべく、他校の生徒達に見つからないようにクラスメイト達を探していた。

 

(こういう時こそ、冷静に、慎重に……アンジェラちゃんなら、分断されたくらいじゃ慌てたりせん! 

 

 ……逆に、この状況を楽しんでそうでもあるけど……)

 

 麗日は内心で苦笑しながら、しかし一切の油断も隙も見せずに、隠れながらクラスメイトを探して移動する。恐らくだが、そこまで遠くに離れているわけではないはずだ。近くに、きっと誰かが……

 

 そう思考を巡らせながら麗日が静かに駆けていると、物陰から何かが飛び出してきた。麗日は警戒し、ボールを手に構える。

 

 ……しかし、彼女の心配は、端的に言ってしまえば無用の長物であった。

 

《居た!》

「えっ、ケテルちゃん?」

 

 麗日の眼の前に現れたのは、ケテルだったのだ。敵に見つかったわけではないと分かった麗日は安堵の息を吐く。

 

「ケテルちゃんが居るってことは、近くにアンジェラちゃんが?」

 

 麗日はケテルと視線を合わせてそう問いかけると、ケテルは麗日の腕をその小さな身体で一生懸命引っ張ろうとした。一瞬、ケテルの行動に疑問を抱いた麗日だったが、即座にケテルはついて来てほしいのではないか、と思考を巡らせる。

 

「ケテルちゃん、ついて来てほしいの?」

《うん!》

 

 ケテルは麗日の言葉に元気よく頷くと、麗日を先導するように何処かへと飛び去って行く。麗日が慌ててその後を追いかけると、そこには赤い子犬と、その子犬を前に疑問符が大量に飛んでいそうな顔をした瀬呂が居た。

 

「瀬呂君!」

「麗日!? ……と、フーディルハインと一緒に居る……」

「ケテルちゃん、だよ……そっか、ケテルちゃんは瀬呂君がここに居るって伝えたかったんだ」

『んにゃ、どっちかっつーとお前らに合流してもらいたかった』

 

 突然、この場には居ないはずの人物の声が響く。麗日と瀬呂が驚いていると、赤い子犬の前に仮想ディスプレイが出現し、そこに声の主……アンジェラが映った。

 

『よっす。無事で良かった』

「あ、アンジェラちゃん!? じゃあ、この子犬もアンジェラちゃんの……?」

「そういや、特訓の時犬出してたな……大きさが全然違うけど、もしかしてこいつか?」

『That's right! そいつはミミックってんだ。今はコイツを通して通信してる』

「ミミックちゃんか……よろしくね」

 

 麗日はそう言うと、ミミックの頭を撫でた。相手が主の友人であることは分かっているミミックは、特段抵抗することもなく麗日に撫でられている。

 

「それで、わざわざミミックを通して通信してきたのは何でだ? ケテルがここに居るってことは、フーディルハインも俺達の居場所は特定してるんだろ?」

『まぁな、でも、ちょっと思いついた策があって。お前らにはそれを手伝ってもらいたいんだ』

「……策?」

 

 アンジェラは、簡潔に麗日と瀬呂に自分の策を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

『……ってわけだ。いけるか?』

「ラジャ」

「なるほど……分かった。でも大丈夫か? それ、お前が一番リスクを背負うことになるぜ?」

 

 瀬呂の言い分はもっともらしい。アンジェラが提示した方法では、アンジェラが一番危険に晒されるだろう。

 

 だが、アンジェラは一切の余裕も崩れていない笑みで、自信満々に口を開いた。

 

『オイオイ、誰に向かってんなこと言ってんだ? 確かに本調子ではないけどな……オレは、そう簡単に捕まったりしねぇよ』

 

 アンジェラの顔に油断はなく、しかし、その顔に浮かべている見る者を大丈夫だと思わせるような不敵な笑みは、瀬呂の中にあった僅かな不安をも搔き消した。

 

「……こういうのを、カリスマとかって言うのかね」

「確かに、アンジェラちゃんはカリスマあるよね」

『? どうした?』

「いや、何でも無い、こっちも準備するぜ!」

「そっちは任せたよ、アンジェラちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程まで岩陰に身を隠していたアンジェラが、今は他校の生徒を相手に姿を現し大立ち回りを繰り広げている。他校の生徒たちは獲物がノコノコと表に出てきたとでも思っているのか、アンジェラに狙いを定めてボールを投げたり、“個性”を駆使して攻撃を仕掛けたりしているが、その全てがアンジェラの身体に掠りすらしなかった。取った、と思っても、紙一重のところで躱されたり、防壁で防がれる。他校生達は苛立ちを覚え、攻撃がどんどん単調に、雑になっていく。

 

白亜の鎖(フィアチェーレ)!」

 

 アンジェラは今が好機とばかりに背後に魔法陣を展開し、魔力の鎖を何本も現出させた。他校生達は拘束されると考えたのか、一転して逃げに転じる。

 

「ははっ、そう簡単に逃がしゃしねぇよ!」

 

 アンジェラは瓦礫の上を、まるで舞い踊っているかのように縦横無尽に駆け回りながら、他校生達へ白亜の鎖(フィアチェーレ)を投げつける。直線的な白亜の鎖(フィアチェーレ)の動きは当然読まれ、捕まる者は居ない。

 

 時に、アンジェラの背後から攻撃を仕掛けてくる輩も居た。しかし、アンジェラは一切慌てはしない。

 

「グアアアッ!」

「な、なんだコイツ……!?」

「け、結晶が飛んできて……!?」

 

 主の背後を取った者に掴みかかり、蹴落としたのはオブシディアス、周囲から結晶のようなものを生やして飛ばし、他校生の進路を塞いだのはクリスタラックだ。アンジェラの死角となっている場所をカバーするかのように動き、死角からアンジェラを狙おうと画策する者達を一掃することがオブシディアスとクリスタラックの仕事である。2体の猛攻を掻い潜り、アンジェラに死角から攻撃出来た者は居なかった。

 

 そして、他校生が意識してか無意識か、1箇所に集まった。

 

 他校生はアンジェラがノーコンだとでも思ったのだろう。ボールを構えている。

 

 

 

 

 今の状況こそが、アンジェラの狙いであると気付かぬまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今だ!」

 

 アンジェラはニヤリと笑い、叫んだ。

 

 他校生達が困惑に包まれる暇もなく、近くの岩陰から瀬呂が飛び出し、テープで他校生達を拘束した。一部、瀬呂のテープを避けた他校生も居たが、直後岩陰から現れた麗日に触れられて無重力にされ、その隙にアンジェラの白亜の鎖(フィアチェーレ)で拘束される。

 

「バカ正直に鎖なんか出してたら、そりゃ拘束を警戒するよな。飛ばしてたんなら尚更……その心理を突かせてもらった。オレは囮だよ」

 

 そう、アンジェラの立てた作戦は、アンジェラが白亜の鎖(フィアチェーレ)を見せつけながら他校生達を1箇所に集め、それを瀬呂と麗日で拘束する、というもの。早い話が囮作戦だ。

 

「よし……これでオレたちが突破できる分は確保したな」

「流石だぜ……これほどの数相手に、一回も攻撃を喰らわないとか……」

「アンジェラちゃんの囮作戦、大成功だね! ……ところで、なんか居るんだけど」

「それは後でな。まずは……」

 

 アンジェラは手にしたボールを他校生のターゲットに当てる。麗日と瀬呂も、自身のボールを他校生のターゲットに当てた。

 

 3人がそれぞれ二人ずつ脱落させると、3人が身につけているターゲットが青く発光した。それから程なくして、アナウンスが鳴り響く。

 

『現在42名通過、テンポ上がってきましたねぇ』

「レスポンス早っ」

 

 レスポンスの早さにツッコミを入れつつ、ターゲットから控室への移動を催促するようなアナウンスが流れてきたのでアンジェラ達は足早に控室へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オブシディアスとクリスタラックの元ネタを知る人とは是非仲良くしたいものです。原作絡みで関連性があるわけではありませんが、要素としてはちょっとだけ関連があるかも。


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二次試験

切りどころが分かんなくて妙に長くなっちまいました。


「お、轟。通過してたのか」

 

 使い魔達を一度戻して移動していたアンジェラと、アンジェラと行動を共にした麗日、瀬呂が控室に辿り着くと、轟がソファ座っていた。控室には、他のA組の面々の姿は見えない。

 

「フーディルハイン、麗日に瀬呂も……そうか、通過できたのか」

「うん。他の皆は……」

「まだ来てない。俺が最初で、その次がお前らだ……一緒に行動してたんじゃなかったのか?」

「傑物学園の奴の“個性”で分断された。俺達はフーディルハインのおかげで合流出来たんだが……」

「そうか……」

 

 轟は少し心配そうに、控室にあるモニターに目を移す。そのモニターは試験会場の様子を中継していた。他のA組の面々が通過出来るか心配なのだろう。

 

 ほんの気休めにしかならないかもしれないが、アンジェラは笑みを浮かべて口を開く。

 

「大丈夫だ、こういう時は仲間を信じてやれよ」

「……そうだな」

 

 轟は、どこか安心したような表情で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 その後、ターゲットとボールを返却し、麗日にオブシディアスとクリスタラックのことを聞かれ、「“個性”で作った使い魔」だと説明しながら、控室に用意された軽食をつまみつつ他のクラスメイト達が来るのを待っていたアンジェラ。

 待てども中々クラスメイト達が通過することはなかったものの、残席数が27になったところで八百万、耳郎、障子、蛙吹が、21名のところで爆豪、切島、上鳴が控室にやって来た。

 

「A組はこれで11人か」

「アナウンスでは、残席は18人……」

「あと9人、か……」

 

 さしものアンジェラも心配を顔に滲ませていたが、最終盤、青山のレーザーをきっかけに集まった残りの9人がコンボを決めて通っていく。そして、最後の最後で飯田と青山が同時に通過し、A組が全員通過したと同時に一次選考が終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えー、一次選考を通過した100人の皆さん、これをご覧下さい』

 

 通過者が全員控室に到着し、落ちた人の撤収が終わると、アナウンスが流れ、モニターにフィールドが映し出される。何だろうとアンジェラと麗日が首を傾げていると、突然、フィールドのあちこちが爆発した。

 

『次の試験でラストになります。皆さんには今からこの被災現場で、バイスタンダーとして救助演習を行ってもらいます』

「「……パイスライダー?」」

「バイスタンダー。現場に居合わせた人のことだよ、授業でやったでしょ?」

「一般市民を指す意味でも使われたりしますが……」

 

 上鳴と峰田の謎な言い間違いに葉隠がツッコミを入れ、八百万が補足を加える。アンジェラが頭の中で呆れていると、アナウンスで二次試験の内容の説明が開始された。

 

 一次選考を通過した者達を仮免を取得済みと仮定し、どれだけ適切な救助を行えるかを試す、という内容のようだ。モニターには老人や子供のような人々が瓦礫の中を歩いている様子が映されていたが、彼らは要救助者のプロ、「Help.us.company」略してHucの皆さん。彼らが被災現場と化したフィールド全域に傷病者に扮してスタンバイしており、彼らの救助を行い、それをポイント式で採点される。演習終了時に基準値を満たしていれば合格となる。

 

 二次試験の内容が説明された直後、アンジェラは足早に近くに居た職員の元へ向かう。彼女には、どうしても事前に確認しなくてはならないことがあった。

 

「あの、質問いいですか」

「どうぞ、内容によっては答えられませんが」

「……オレの技の一つに骨折くらいなら治せる回復技があるんですけど、Hucの人達って実際に怪我しているわけじゃないですよね」

「はい、あくまで血糊などで傷病者に扮しているだけであって、実際に怪我をしているわけではありませんが……」

「その回復技……怪我がない人に使おうとすると逆に危険なんです。下手したら、死の可能性が……」

 

 アンジェラの回復技……もとい、回復魔法を健康体の人間に使おうとすると、回復魔法のグレードにもよるが、少なくとも人体に悪影響を及ぼし、酷い時には腕が骨から変形し戻らなくなったり、身体から結晶が生えたり……と、碌な事にならない。下手をすれば逆に命の危険もある。傷を治す力を傷のない者に使おうとしているのだから、それが逆に悪影響しか及ぼさないのは想像に難くないだろう。

 

 しかし、救助演習で回復魔法を使わないのは行動的に不自然。採点基準は不明で、試験官側がどれほど受験者のデータを持っているかは分からないが、回復が使えるのに使わなかったからと落とされてはたまったものではない。

 

 職員はアンジェラに少し待つように指示し、スマホを取り出して何処かへ連絡をする。そして、何らかの指示を受けたのか、通話を終了させないまま口を開いた。

 

「分かりました。何か目印になるような行動は可能ですか?」

「あ、それなら回復技を使うと判断した時、手に緑色の光を出します。これでどうでしょう?」

 

 アンジェラはそういうと右手に小さめの魔法陣を展開し、緑色の小さな光を放つ。それを確認した職員は再びスマホで何処かへと連絡をし、通話を終了させるとスマホを仕舞った。

 

「試験官の許可が下りました。この試験中に回復技を使う際は、代替としてその行動をお願いします」

「ありがとうございます」

 

 アンジェラは一礼すると、その場を離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、申し訳ないっすけど、エンデヴァーの息子さん。俺はあんたらが嫌いだ。あの時よりいくらか雰囲気かわったみたいっすけど、あんたの目はエンデヴァー同じっす」

「……!」

 

 アンジェラが職員の元から戻ってくると、彼女の耳にちょうど夜嵐が轟に向けて放った一言が入ってきた。夜嵐はどうやら轟のことを敵視しているらしく、彼の目は試験会場に入る前にアンジェラ達に見せた、やり過ぎな熱血人のものと同じとは思えないほどに、冷たかった。

 

 轟が呆気に取られていると、夜嵐は士傑生に呼ばれそそくさとその場を離れていく。それと入れ替わるように、アンジェラはどこかショックを受けたような表情をしている轟に近付き、彼に声をかけた。

 

「轟、気にするな……ってのは無理な話かもだけどよ、今が試験中だってことは、ゆめゆめ忘れるなよ」

「……ああ。エンデヴァーの目と同じ……か。他人に言われて、ここまでショックを受けるものなんだな。断ち切ったと、思ってたんだが……」

「自分じゃそう思ってても、周りがそう見てくれるとは限らない。こればっかりは仕方ないさ。自分で断ち切ったと強く思うからこそ、余計に強く受けたショックなんだと、オレは思うぜ」

 

 アンジェラはそう言うと、どこか儚げな、朗らかな笑みを見せた。

 

「断ち切るってのも、すぐに全部を、じゃなくていい。寧ろ、曲りなりにも産みの親で、産まれたときからの呪縛なんだ。少しずつ、少しずつでもいいんだよ。すぐに捨てられないからって、お前を責める奴なんか誰も居ない。

 

 断ち切るっていう選択をするのと同じくらい、いや、それ以上に、実行するのには勇気と時間が必要なんだから」

 

 それは、人の心が儚く脆く、砕けやすいことをよく知っているアンジェラだからこその言葉。今にして思えば、轟がエンデヴァーという呪縛に心を縛られ続け、どれほど苦しんできたかを、その幼さ故の感受性で理解出来てしまっていたことが、アンジェラは体育祭で轟に、エンデヴァーを切り捨ててはどうか、と提案をした理由の一つなのかもしれない。

 

 そんなアンジェラだからこそ、轟がエンデヴァーを切り捨てるという選択をした時に、一体どれほどの勇気をその胸に抱いていたのかが、轟の家族以外の他の人間よりも理解出来る。夜嵐の言葉に轟がショックを受けたことを責めるなど言語道断。寧ろ、轟を責めるような人間が居れば、アンジェラはお礼参りにでも行くのだろう。

 

「……その勇気をくれたのはフーディルハインだ。フーディルハインの言葉が無かったら、俺は切り捨てるっていう決意を抱くことすら出来なかった」

「よせやい、オレはエンデヴァーが、自分の野望のために家族を贄にする人間が気に食わなかっただけだ。オレはオレのやりたいようにやっただけさ。

 

 それに、最後にその決断をしたのはお前自身だ。

 ま、その助力の一端を担えたのだとしたら……それは、素直に誇らしいかな」

 

 アンジェラがそう言って、誇らしげな笑みを轟に見せた、その時。

 

 

 

 

 

 

 控室に、ベルの音が響き渡る。

 

『敵により大規模テロが発生、規模は〇〇市全域。建物倒壊により傷病者多数。道路の損壊が激しく救急先着隊の到着に著しい遅れ。到着するまでの救助活動は、その場に居るヒーロー達が指揮を執り行う。一人でも多くの命を救い出すこと』

 

 控室の壁が倒れると同時に、演習のシナリオがアナウンスされた。そして、ブザー音と共に「スタート!」というアナウンスが流れる。

 

 これが意味するものはただ一つ、二次試験の始まりである。

 

 

 

 

 

「取り敢えず、一番近くの都市部ゾーンへ行こう。なるべくチームで動くぞ!」

 

 飯田の主導の下、A組の面々は塊となって都市部ゾーンへ向かう。救助演習でなるべくチームで動こうとするのは、運用効率を考えても妥当な判断だろう。

 

 だが、爆豪は独断で別方向へと向かって行く。アンジェラは爆豪らしいな、と苦笑いしながらも、これは伝えねばと口を開いた。

 

「爆豪! 最低限、傷病者に対する対応くらいは心がけろよ!」

「っち……俺に命令すんな!」

「いや、命令とかじゃなくて親切心! じゃねぇと、多分お前落ちるから!」

「……善処する」

「爆豪がそんなこと言うとかレア過ぎじゃね?」

「流石フーディルハインだな!」

「うっせぇ、黙ってろ! っつーか、何で着いてくんだテメェら!」

「「なんとなく!」」

 

 本当に大丈夫なのだろうか。

 アンジェラは一抹の不安を抱えながらも、爆豪となんとなくと言って爆豪について行った上鳴と切島を横目にA組の塊について行った。

 

 

 

 被災現場を走っていると、アンジェラの耳が子供の泣き声を聞き取った。要救助者に扮したHucが近くに居るのだろう。

 

「どうした、アンジェラ君!」

「子供の泣き声がする」

 

 アンジェラ達が声の方へと向かうと、そこには泣き叫ぶ子供が居た。

 

「ううっ……助けて……おじいちゃんが潰されて……」

「そうか、お前も怖かったろうに、良く頑張ったな」

『マスター、このHucの想定であれば、回復魔法で十分に治癒可能です』

「傷が深くないなら……オレが治せるか」

 

 アンジェラは優しげな笑みを浮かべ、その子供を抱きかかえると義手から淡く小さな緑色の光を発した。回復魔法を使うと判断した時のサインである。

 

「ボウヤ、おじいちゃんが何処に居るか教えてくれ。オレ達が助ける」

「うう、あっち……」

「よし、ありがとな。

 オレはこの子を救護所に運ぶ。お前らは先に行け」

「よし」

「頑張っぞ!」

 

 このエリアの救助活動をクラスメイト達に任せ、アンジェラは子供を抱えて救護所まで駆けていった。道中、痛みは引いているだろうが不安と恐怖はまだ残っているであろう子供にケテルを見せてあやしつつ、アンジェラ達は救護所に辿り着いた。もう既に救助された人がかなり集まっている。

 

「君、そのボウヤ見せて!」

 

 と、受験者の女性から声がかかった。アンジェラは子供を下ろして口を開く。

 

「頭を怪我してるのをオレの“個性”で治しました。出血は多いけど、受け答えはハッキリしてます」

「……うん、大丈夫そうね。じゃあ、右のスペースに運んで」

「はい、運んだ後、オレも治療を手伝います。骨折程度までならオレの“個性”で治せます」

「ありがとう、助かるわ」

 

 受験者の指示通り、アンジェラは子供を指定されたスペースへと運び、その後骨折程度までの怪我だとソルフェジオが判断を下したHucに、回復魔法代わりの緑色の光を灯す。

 

 ……その最中、アンジェラの背筋に悪寒が走った。

 

「っ、何か来る……!」

 

 

 

 

 アンジェラがそう叫んだ刹那、試験会場の壁が爆発され吹き飛んだ。そして、アナウンスが鳴り響く。

 

『敵により大規模テロが発生』

「これって、演習のシナリオ……!」

「マジか!?」

「おい、あれ!」

 

 誰かの叫びにつられて爆発が起きた場所を見ると、そこには日本のナンバー10ヒーロー、ギャングオルカとその相棒達の姿があった。

 ちなみに、ギャングオルカは敵っぽい見た目のヒーローランキング第三位である。閑話休題。

 

『敵が姿を現し追撃を開始。現場のヒーロー候補生は敵を制圧しつつ、救助を続行してください』

 

 敵の制圧と救助の並行処理、しかも敵役はナンバー10のギャングオルカ。これは、仮免試験にしては中々にハードルが高い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、アンジェラはやらねばならぬ。

 

 ヒーローになる気なぞさらさら無くとも、母を解放()し、天使を根絶やしにしてやるために、やらねばならぬのだ。

 そのためならば、なりたくないヒーローの仮面を被ることすら、アンジェラは厭わない。それは彼女にとって、耐えることですらない。

 

 其れを成すために必要とあらば、ヒーローでも何でも、幾らでも完璧に演じてみせる。その程度の覚悟、母を殺す覚悟に比べれば、なんと小さきものだろう。

 

 ……その覚悟の決まり方が、どうあがいても10にも満たない幼子のものではないとツッコミを入れる者は、当然ながら居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆を避難させろ! 奥へ! 敵から出来るだけ距離を置け!」

「ミミック、オブシディアス、クリスタラック!」

 

 アンジェラと真堂が同時に飛び出し、アンジェラは義手から使い魔達を召喚し、即座に指示を与える。

 

「ミミックとケテルは救助者の護衛を、オブシディアスとクリスタラックは敵の迎撃に入れ!」

 

 簡潔に告げられた主の命を受け、使い魔達は各々の役割を実行せんと動き始める。ミミックについて行くような形で、ケテルも救助者の方へと向かって行った。

 

「キュウウウ!」

 

 クリスタラックは軽い身のこなしでギャングオルカの相棒の群れの中に飛び込むと、地面からクリスタルのような輝きを放つ結晶を生やして、そこから光線を発射しギャングオルカの相棒達をなぎ倒していく。

 

「あの生き物を狙え!」

「撃て撃てー!」

 

 ギャングオルカの相棒達は腕に取り付けた装置からトリモチのようなものを発射し、クリスタラックを狙う。しかし、クリスタラックは飛んできたそれらを、地面から生やしたクリスタルも活かした軽い身のこなしで躱し、そのついでにギャングオルカの相棒数人に手刀を入れ、昏倒させていった。

 

 クリスタラックはクリスタルを使ったトリッキーな戦い方が特徴の使い魔だ。アンジェラの魔力によって構成されたクリスタルを生み出し、その力を自在に操る。力はそれほど無いが、その分軽い身のこなしを得意としている。

 

「インターバル一秒ほどの振動で畳み掛ける!」

 

 ちょうどその頃、真堂は地面に手を当てて、“個性”で地面を割った。その判断そのものは悪くない。実際にギャングオルカの相棒達は足を取られ、動きが鈍る。

 

「近付かせない……っ!?」

「ぬるい」

 

 だが、流石はナンバー10。この程度では足止めにもならず、真堂は間近への接近を許してしまう。そのままギャングオルカが超音波での攻撃をしようとした、その瞬間。

 

「グルアアッ!!」

「なっ!?」

 

 オブシディアスが隙だらけとばかりにギャングオルカの横っ腹に突進を喰らわせ、その巨体を壁へと吹き飛ばした。

 

 オブシディアスはパワー特化型の使い魔だ。その攻撃の瞬間的な威力は、時にアンジェラの打撃をも上回る。その分スピードは控えめだが、それはアンジェラ達を基準に考えた時の話であり、至近距離から即座に加勢に入れるくらいのスピードは保持している。

 

「今のは……」

「真堂さん、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……お蔭で助かった」

 

 それが心からの感謝だと理解したアンジェラは、真堂は表裏は激しいが悪い人ではない、と彼への評価を改めた。

 

 その直後、壁に叩きつけられたギャングオルカが立ち上がる。

 

「まさか、俺が不意を突かれるとはな……」

「ま、この程度じゃやられちゃくれねぇか」

 

 アンジェラはニヤリと笑い、迫りくるギャングオルカに義手を突き出して魔法陣を展開した、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギャングオルカに、氷結が襲いかかった。

 

「轟!」

 

 アンジェラが氷結の出処へと目をやると、そこには轟の姿があった。その氷結は轟が放ったものだったのだ。広がる氷結はギャングオルカの相棒達の足を奪っていく。ギャングオルカも負けじと超音波アタックで氷結を砕くが、轟は砕かれたそばから氷結を迫らせていった。

 

 と、突然、風が吹く。何だと思いアンジェラが上空を見ると、そこには夜嵐の姿があった。

 

「吹ーきー飛ーべー!」

 

 その掛け声と共に、夜嵐は突風を地面へと叩きつけ、ギャングオルカの相棒達を吹き飛ばした。クリスタラックも危うく巻き込まれかけたが、その軽い身のこなしで範囲外へと脱出した。

 

「敵乱入とか、中々熱い展開にしてくれるじゃないすか! 

 

 …………!」

 

 熱い展開にやる気を滾らせていた夜嵐だが、その目が轟を捉えると途端にその表情に陰りが見える。轟が夜嵐のその態度につられかけていることを直感的に理解したアンジェラは、義手の魔法陣は仕舞わずに、今出せる限りの最大速度で轟に近付き、右手でその肩に手を置いた。

 

「轟」

「フーディルハイン……」

 

 アンジェラは、黙って首を横に振る。

 

 そこに込められた意味を理解したのか、轟は一言「……悪い」とだけ呟くと、ギャングオルカを見据えた。

 ヒーローとして、敵を倒すのだという決意をその眼に宿して。改めて、試験に集中するために。

 

 アンジェラは息をつく間もなく天を駆る翼(ローリスウィング)を展開し、夜嵐の下へと向かった。彼の顔には今だに、轟に、エンデヴァーに対する敵意が見える。

 

「よっ、士傑の、夜嵐、だっけ?」

「あんたは……」

 

 突然自身の隣に現れた雄英生に夜嵐は当然ながら困惑する。アンジェラは義手と魔法陣をギャングオルカの相棒達に向けて、無詠唱の射撃魔法を連発しながら口を開いた。

 

「お前が控室で轟に言った言葉、オレにも聞こえちゃっててさ。悪いな、盗み聞きするつもりはなかったんだが」

「い、いや、あんたが謝るようなことじゃないっすよ!」

「そうか。

 

 でもそれは、轟だって同じことだ」

 

 射撃魔法の弾道操作をソルフェジオに任せ、アンジェラは夜嵐に目を向ける。

 

「轟にも色々あったんだよ。その色々を言いふらすつもりはないし、お前が轟を目の敵にする理由を聞くつもりもない……なんとなく、予想はつくけどさ。

 

 だけどな、夜嵐。この場が試験の場であることは忘れるなよ。

 余計なお世話かもしれないが、あのままだとお前、試験のことも忘れて轟に突っかかりそうだったから。そしたら、二人とも落ちちゃうだろ?」

「……!」

 

 夜嵐は、目を覚まされたような感覚に陥る。

 ほんの数瞬、控室と今の状況だけで、彼女は夜嵐の目が曇った理由を暴き、その結果起きるであろう事態を予測し、しかしその答え合わせをするでもなく、夜嵐にただただ試験に集中するように声をかけたのだ。それだけでも、夜嵐にとっては凄まじい衝撃だった。

 

「意地を張り合うのも怒りをぶつけるのも、後でなら幾らでも出来る。

 まぁ、すぐに轟と協力し合えって言うのもお前は納得しないだろうから、こう言わせてもらうわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレ(・・)に、手を貸してくれ」

 

 アンジェラはそう言うと射撃魔法の斉射を止め、不敵な笑みを浮かべて右手を夜嵐に差し出した。

 

 アンジェラは、分かっているのだ。

 夜嵐が轟に突っかかろうとする理由が、エンデヴァーにあることを。

 其れはとかく根深く、いきなり現れた第三者に轟と協力し合えと言われても、例え試験だとしても夜嵐は応じないだろうということを。

 

 だからこそ、アンジェラは言ったのだ。

 轟と協力し合え、ではなく、自分に協力しろ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あいつのことは、正直好かん。

 

 だが、ありがとう雄英の人! お蔭で目が覚めたっす! 

 

 轟! お前のことは好かんが、ここは協力するっすよ、この人に!」

 

 轟に向かってそう叫ぶ夜嵐の顔からは、轟に対する嫌悪感が消えたわけではない。

 

 だが、それ以上に、彼の本質であろう熱血が、ヒーローになってやろうという熱い思いが、その表情の全面に現れていた。

 

「……」

 

 轟はどういう気遣いだと内心苦笑しながら、頷く。

 

 もうこの二人は大丈夫だと確信したアンジェラは、無粋にもトリモチのようなものを撃とうとしたギャングオルカの相棒達に向かって魔法陣を展開した。

 

星の弾丸(ストライトベガ)明けの空に舞う星屑(ヴエアハイドシリウス)!!」

 

 魔法陣から放たれたのは、二種の魔力弾の群れ。一目見たらただばら撒いているようにも見える無数の魔力弾は、しかし、計算され尽くした動きでトリモチのようなものを焼き、ギャングオルカの相棒達の武器を破壊していった。

 

「オブシディアス、クリスタラック!」

「グゥルッ!」

「キュル!」

 

 アンジェラは間髪入れずに、使い魔達へ指示を与える。彼らに与えた名前だけを呼ぶその声に乗せられた、使い魔達のみが理解るアンジェラの指示は、「雑魚共を掃討しろ」という、実に単純明快なもの。

 

 主の命令に従い、オブシディアスとクリスタラックはギャングオルカの相棒達を相手取り……いや、一方的な蹂躙を見せる。彼らは主に与えられた力を存分に披露し、ギャングオルカの相棒達の武器を破壊し、時には完全にその意識を刈り取っていった。ギャングオルカの相棒達はオブシディアスとクリスタラックの対応に追われ、ギャングオルカに加勢をする暇すらない。

 

 そして、かくいうギャングオルカは、轟と夜嵐が力を合わせて作り上げた熱風牢獄に閉じ込められていた。一部の動けるギャングオルカの相棒達は轟を優先して止めようとしたようだが、轟は氷結で防壁を築きトリモチのようなものを防いでいた。

 

「へぇ、いいアイデアじゃん」

「あんたも、あのペットさん達も……轟も! すっげぇイカしてるっす!」

「Hehe,そう褒められると悪い気はしねぇなぁ。あいつらはペットではないけどな」

「それは失礼したっす!」

 

 アンジェラは苦笑しながら義手を突き出して魔法陣を展開し、魔力を収束させる。

 

 あの熱風牢獄は確かに強力だ。だが、相手は日本のナンバー10ヒーロー。破られると考える方が自然だろう。

 二人に協力させるよう動いたのはアンジェラだ。なれば、次の手を打つのは彼女の役目だろう。

 

 アンジェラは横目でギャングオルカの相棒達の方を見る。オブシディアスとクリスタラックだけでなく、尾白や芦戸、常闇などA組のクラスメイトの一部や士傑の受験者など、救助者の避難を終わらせた者が続々と加勢しに来ている。あの分だと、ギャングオルカの相棒達への対処は彼らで十分事足りるだろう。

 

 と、ギャングオルカが超音波を発して熱風牢獄を破った。

 それと同時に、アンジェラは魔法陣をギャングオルカへと向けて、収束した魔力を解き放つ。

 

暁に落ちる(フェクトフェージュ)!」

「なっ……!?」

 

 ギャングオルカは咄嗟に放たれた砲撃へと超音波を向けようとしたが、それよりも前に意識を刈り取ることに特化した砲撃がギャングオルカに命中する。アンジェラが思ってたよりも早く破られたがゆえに収束は十全とはいかなかったが、熱風牢獄のダメージも合わさって、ギャングオルカはなんとか意識を保っているような状態だ。

 

 

 その時、会場全体にサイレンが鳴り響いた。

 

『えー、ただいまをもちまして、配置された全てのHucが危険区域より救助されました。誠に勝手ではございますが、これにて仮免試験全工程終了となります』

 

 それは、試験終了のアナウンスだった。そのアナウンスを耳にしたアンジェラはゆっくりと地面に降り立ち、天を駆る翼(ローリスウィング)を解除した。

 

『集計の後、この場で合否の発表を行います。怪我をされた方は医務室へ、他の方は着替えて、しばし待機でお願いします』

 

 

 

 

 

 



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試験結果

「っと、わっ……」

 

 アナウンスが終わったと同時に、アンジェラが身に纏っていた霊沌装束(フェクト・ミディル)が解除されてしまい、空色の粒子となって消え去った。制服姿になったアンジェラは、霊沌装束(フェクト・ミディル)と共に足の補助具が消えたせいで足がもつれてしまい、その場に尻もちをつく。

 

「フーディルハイン、大丈夫か!?」

 

 轟は一目散に地面に座り込んでしまったアンジェラに駆け寄り、そう声をかけた。アンジェラは少し疲れた様子で苦笑いをして口を開く。

 

「はは……Don't worry.ちょっと気が抜けちまっただけさ」

「そうか……立てそうか?」

「大丈夫だいじょ……わっ!」

 

 アンジェラはなんとか立ち上がろうとしたが、足に上手く力が入らずふらついてまた転びそうになる。轟は咄嗟にアンジェラの肩を支え、彼女の転倒を阻止した。

 

「……まだ駄目か。脚に力が上手く入らない」

「その状態でよくギャングオルカと戦えたな……フーディルハインのことだから、今更疑問に思ったりはしねぇが」

「あ、あの! 大丈夫っすか!?」

 

 “個性”で飛んでいた夜嵐が地上に降り立ち、アンジェラ達に駆け寄ってきた。彼は純粋にアンジェラのことを心配しているようで、目の敵にしているはずの轟への嫌悪が、今の夜嵐の顔からは読み取れない。

 

「ああ、元々歩行機能が一時的に低下してたんだ。試験中は“個性”でなんとか動けるようにはしてたんだが……なんか、試験が終わったら力抜けちゃってさ」

「あ、そういえば朝……」

 

 夜嵐は朝、自分が勝手に雄英の円陣に入った時、アンジェラが松葉杖をつきながら歩いていたことを思い出した。あの時は一瞬目に入っただけだった上、控室で見かけた時、アンジェラは普通に歩いていたので気にならなかったが、夜嵐はアンジェラがかなり無理を通して仮免試験に参加していたと思い立ち、朝にも見せたオーバーアクションで頭を下げた。地面に頭が激突してしまっている。

 

「ごめん! あんたがそんな無理をして、それでも真剣にこの試験に挑んでいたのに、俺は、自分の都合であんたの手を煩わせてしまって……!」

「ちょ、気にしなくていいって! こうなったのは自業自得だし、自分で無理してるって意識もなかったし……それに、手を煩わせたって言っても、それはオレが勝手にやったことだし、寧ろ、変なこと蒸し返したりしなかったか?」

「大丈夫っす! あんたのおかげで曇ってた目が晴れたっす! あんたは俺の大恩人っすよ!」

「んな大袈裟な……」

 

 アンジェラは苦笑いしながら、集まってきた使い魔達とケテルの頭を順番に撫でた。頭を撫でられたオブシディアスとクリスタラックは順番にアンジェラの義手に吸い込まれるようにして戻っていき、ケテルはアンジェラの頭の上に乗っかる。ミミックは外に出たままだ。

 

霊沌装束(フェクト・ミディル)はどうやら、着用時に魔力と同時に活力も消耗するようです。マスターだから仮免試験中ずっと発動させてても保ったようなものですね』

 

 冷静にそう分析するソルフェジオに苦笑いしながら、浮遊魔法でミミックの背に乗った。松葉杖は更衣室に置いてきたので、取りに戻らなくてはならない。

 

「じゃ、オレは先に行くわ。

 あと夜嵐、お前頭拭いとけよ」

 

 アンジェラはそう言うと、ミミックを更衣室の方向へと走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミミックを義手に戻し、待機中にフィールドに用意された広場に二次試験の受験者全員が集まっている。目を引く巨大なモニターの前に用意された壇上に上がった目良が、今か今かと発表の時を待ち侘びている受験者達に向けてアナウンスを始めた。

 

「えー、皆さん、長いことお疲れ様でした。これより発表を行いますが、その前に一言、採点方式についてです。

 我々ヒーロー公安委員会とHucの皆さんによる二重の減点方式であなた方を見させてもらいました。つまり、危機的状況でどれだけ間違いのない行動を取れたかを、審査しています。

 

 取り敢えず、合格者の方は五十音順で名前が載っています。今の言葉を踏まえた上でご確認ください」

 

 目良のアナウンスが終わると同時に、巨大なモニターにズラーッと合格者達の名前が表示された。パッと見、かなりの人数が受かっているように見える。

 

 アンジェラは出席番号では後ろの方だが、五十音順では前の方となる。名前が出るとなるとやはり最初の方だろうか、と頭の片隅で思いながらモニターを見ると、アンジェラの予想通り、アンジェラの名前は最初の方にしっかりと表示されていた。

 

「……」

 

 それを確認したアンジェラはクラスメイト達の顔を伺う。どうやら皆も無事に合格したようで、彼らの表情には安堵や喜びが見て取れた。多少の不安要素だった爆豪も、どうやらちゃんと合格出来たようだ。

 

 アンジェラが再びモニターに目を移すと、轟がやって来て口を開いた。

 

「フーディルハイン、俺が合格出来たのは、お前のおかげだ。ありがとう」

「大したことは。お前の実力だろ?」

「それでも、あの時お前が止めてくれなかったら、俺は落ちてただろうから。ありがとう」

 

 ここまで真っ直ぐに伝えられた感謝を受け取らないのは、逆に轟に失礼だと感じ、アンジェラは苦笑いしながら言った。

 

「……You're welcome」

 

 

 

 

「えー、続きましてプリントをお配りします。採点内容が詳しく記載されてますので、しっかり目を通しておいてください。ボーダーラインは50点、減点方式で採点しております。どの行動が何点引かれたなど、下記にズラーッと並んでいます」

 

 目良のアナウンスと共に、職員によって配られ始めたプリント。アンジェラはそれを受け取ると、さっと目を通す。

 

「飯田、どうだった?」

「80点だ。全体的に応用が利かないといった感じだったな。アンジェラ君は?」

「オレは95点。戦闘の前、ちょっと敵の前で止まってたとこで引かれてた」

「こうして至らなかった点を補足してくれるのはありがたいな!」

「そうだな」

 

 戦闘の前に止まっていた……十中八九、轟と夜嵐の説得に入っていた時のことだろう。敵を前にしてやるようなことではないというのは確かにその通りなのだが、アンジェラはあの行動を後悔するつもりなどない。アンジェラは、自分のやりたいようにやった。それが減点対象になったところで、アンジェラは何も感じない。

 

「フーディルハイン、引かれたのそこなのか?」

「あ、轟。お前は何点だった?」

「俺は82点……それより、フーディルハインが点数引かれたのって俺のせい……」

「ああ、いいよ別に気にしなくて。オレはやりたいようにやっただけ。それが試験の減点対象になったってだけさ」

「……そうか」

「?」

 

 飯田は何が何やら、と、アンジェラと轟の会話を不思議そうに眺めていた。

 

 ちなみに、どこからか聞こえてきたのだが、爆豪は59点だったらしい。行動自体は完璧だったのだが、所々発作のように飛び出す暴言で点数が引かれていたとのことだ。

 

「心がけてればそのうち身体に馴染む。これ、教授の教えな」

「……チッ、言われなくてもやってやらぁ」

「頑張れ頑張れ、You can do it……mayby」

「おい、今何か余計なこと言ったか!?」

「やっべつい本音が」

 

 アンジェラは、思わず出た本音に苦笑いをするしかなかった。

 

 

「えー、合格した皆さんは、これから緊急時に限り、ヒーローと同等の権利を行使できる立場となります。すなわち、敵との戦闘、事件、事故からの救助など……ヒーローの指示がなくとも君たちの判断で動けるようになります。

 

 しかしそれは、君たちの行動一つ一つにより大きな社会的責任が生じるということでもあります」

 

 目良は続ける。

 オールマイトというグレイトフルヒーローが引退し、心のブレーキが消え去った今、増長する者はこれから必ず現れる。いずれ社会の中心になっていく若者に、規範となり、抑制出来るような存在にならなければならない、と。

 

 そして、二次試験に落ちてしまった者達も、3ヶ月の特別講習の後の個別テストで結果を出せば、仮免を得られると目良は発表した。その発表に、特に不合格者から安堵の息が洩れる。再試験ということは当然本試験よりも難易度は高くなるだろうが、それでも来年に再受験するよりはずっと合格率が高いはずだ。目良曰く、これからは質の高いヒーローがなるべく多くほしい、のだとか。

 

 アンジェラは、ただただ黙って目良の話を聞いていた。

 その表情からは、如何なる感情をも感じ取ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、おーい!」

 

 帰りのバスに乗る前、夜嵐が大声を出しながらアンジェラ達の方へと走ってきた。

 

「フーディルハイン! 俺達が合格出来たのは、あんたのおかげっす! ありがとう! 

 

 そして轟! また何処かで会うかもしれないから言っとく! 

 正直まだ好かん! 先に謝っとく! ごめん! 

 でも、絶対に今回みたいに他の人の手を煩わるようなことにはならないよう、俺は全力で努力するっす! 

 

 そんだけー!」

「……どんな気遣いだよ」

 

 アンジェラは苦笑いしながらも、夜嵐に向かって手を振った。

 

 夜嵐は、大胆と繊細、両方を持っている人物なのだろう。大胆に自分が求めるヒーロー像を目指して突き進むかと思えば、過去のことを繊細に引きずってしまう。

 

 だが、今回の一件を通して、彼は変わっていくのだろう。

 

 そしてそれは、轟も同じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの空が若人達を淡く照らす。

 ヒーローという憧れへの一歩を踏みしめた高校生達を、祝福するかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ただ一人、本懐の為にヒーローの仮面を被っているだけの幼子を除いて。

 

 彼女は、爆豪以外のクラスメイトの誰にも悟られぬように、夕暮れの空を眺めながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その眼に、憎悪とも嫌悪とも取れるような、しかしそのどちらとも取れないような光を湛えて。

 

 

「ああ……全くもって……嬉しくないな」

 

 



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二学期始業

 仮免試験の翌日、雄英高校の二学期始業式。

 

 校庭に向かう途中、物間がB組在籍の留学生角取ポニーに妙な言葉を教えて煽ってきたが、即座に拳藤に手刀で気絶させられた。相変わらず、学習しない男である。アンジェラは、ジト目で物間を睨み付けていた。

 

 そして校庭に整列すると、校長の話が始まった。前置き代わりに校長が語ったのは毛並みの話。日本の始業式における校長の話は死ぬほどどうでもよくてあり得ないほど長いとアンジェラも噂には聞き及んでいたものの、これほどとは思っていなかった。苦笑いでなんとか耐え忍ぶ。

 

 と、途中から根津校長の話がライフスタイルの乱れから社会の混乱へ言及する内容へと変わる。毛並みの話からよくこんな真面目な話に繋げられるなと、アンジェラは妙に関心した。

 

「……あの事件の影響は、予想を超えた速度で現れ始めている。これから社会には、大きな困難が待ち受けているだろう。特に、ヒーロー科諸君にとっては、顕著に表れる。2、3年生の多くが取り組んでいる郊外活動、「ヒーローインターン」も、これまで以上に危機意識を持って考える必要がある」

 

 インターンとは、一般に職の経験を積むために企業や組織で労働に従事することを指す。早い話が本格的になった職場体験だ。大学時代、アンジェラはかなり変則的な形でインターンに参加したことがある。

 

 アンジェラの中でインターンは、主に大学生がやるものだというイメージがあるが、高校生のうちに仮とはいえ資格を取れるヒーローは、高校生からインターンをするのだろうか。まぁ、その辺りは相澤先生からいずれ説明があるのだろう。

 

「暗い話はどうしたって空気が重くなるねぇ。大人たちは今その重い空気をどうにかしようと頑張っているんだ。君たちはぜひともその頑張りを受け継ぎ、発展させられる人材になってほしい。

 経営科も普通科もサポート科もヒーロー科も、みんな社会の後継者であることを忘れないでくれたまえ」

「根津校長、ありがとうございました」

 

 最初の毛並みの話はともかく、蓋を開けてみれば根津校長の話はためになるいいスピーチだったと、アンジェラは思った。

 

 その後、生活指導のハウンドドッグ先生から寮生活における注意事項を伝達され、始業式はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあまあ、今日からまた通常通り授業を続けていく。かつてないほどに色々あったが、上手く切り替えて、学生の本分を全うするように。今日は座学のみだが、後期はより厳しい訓練になっていくからな」

 

 教室に戻り、相澤先生が話をする。色々あった、の部分で一瞬、自分に視線が向けられたような気がしたアンジェラだが、彼女の直感は間違っていない。

 

 途中、芦戸が何やら蛙吹に声をかけたのか、相澤先生は“個性”も使って芦戸を睨みつける。芦戸が「久々の感覚〜」と冷や汗をかいていると、蛙吹が手を挙げて質問をした。

 

「さっき始業式でお話に出たヒーローインターンってどういうものか聞かせてもらえないかしら」

「そういや校長がなんか言ってたな」

「俺も気になっていた」

「先輩方の多くが取り組んでいらっしゃるとか……」

「インターンって、職場実地研修のことですよね?」

 

 わいのわいのとクラスメイト達からも質問の声が出る。やはり皆気になるのだろう。アンジェラもこの機に乗じるように疑問を口に出す。相澤先生は「それについては後日やるつもりだったが……」と多少面倒臭そうに、だが生徒らの質問に答えてくれた。

 

「平たく言うと、校外でのヒーロー活動。以前行ったプロヒーローの下での職場体験、その本格版だ。フーディルハインの言う、職場実地研修の方が意味合いとしては近い」

「…………体育祭の頑張りは何だったんですかぁ!?」

 

 麗日が突然、そう叫びながら立ち上がり手を挙げた。飯田も麗日と同じ疑問を抱いたようだが、それはそれとして麗日には何か引っかかることでもあったのだろうか。顔が全然麗らかではない。

 

「ヒーローインターンは、体育祭で得たスカウトをコネクションとして使うんだ。これは授業の一環ではなく、生徒の任意で行う活動だ。むしろ体育祭で指名を頂けなかった者は、活動自体難しいんだよ。元々は各事務所が募集する形だったが、雄英生徒引き入れのためにいざこざが多発し、このような形になったそうだ。

 分かったら座れ」

「……早とちりしてすみませんでした……」

 

 麗日は申し訳無さそうな顔で席につく。

 雄英高校のインターン生というものは、それだけでかなりの泊だろう。そりゃ、事務所が募集してたらいざこざも起こるかとアンジェラは思った。

 

「仮免を取得したことで、より本格的、長期的に活動に加担できる。ただ一年生での仮免取得はあまり例がないこと、敵の活性化も相まって、お前らの参加は慎重に考えているのが現状だ。

 まぁ体験談なども含め、後日ちゃんとした説明と今後の方針を話す。こっちも都合があるんでな」

 

 相澤先生はそう話を締めくくり、外で待っていたマイク先生にバトンを渡した。一限はテンションが異常に高いことを除けば普通な、マイク先生の英語だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方と夜の境目、空の色がオレンジと黒のグラデーションカラーに彩られた時間帯。今日の分のリハビリを終え、クラスメイト達よりも一足遅く寮に戻ったアンジェラは、晩御飯や着替えの時間もそこそこに、共同スペースでパソコンを操作しながら、今日の授業で躓いたというクラスメイト達に英語を教えていた。

 

「うぅ……神様仏様フーディルハイン様……フーディルハインの教え方、すっごい分かり易い……」

「なんか、本職の先生みたいだ……まず真っ先に日本の英語教育にダメ出ししたのには驚いたけど……」

「しかもこの問題、フーディルハインが作ったんでしょ? 今日やった文法全部入った長文を一日足らずで作るとか、どういう天才よこのー!」

「あのなぁ、オレはそもそもヨーロッパ圏の出身だぜ? 英語は日常的に使うんだよ。まー、それでも英語が苦手なやつはたまに居るけどさ。それに、論文も英語で書くこと多いし、それくらいの文章なら、題材決めりゃ10分もあれば……」

「「「ああ、ありがたや、ありがたや……」」」

「はいはい、拝むな拝むな。拝む前にまずは解け」

 

 アンジェラがルーズリーフに手書きした問題を手に、アンジェラを拝んでいるのは芦戸、切島、砂藤の3人だ。砂藤はともかく、切島と芦戸はA組の中でも座学面の成績がよろしく無い部類になる。アンジェラは時折、そんな座学成績のよろしくないクラスメイト達に勉強を教えていた。切島や芦戸はその常連である。特に英語。

 

「でもさ、やけに手慣れてるよな。特に英語を教える時」

「あ、それ思った! 問題も作り慣れてる感じがするよね」

「そりゃ、前はバイトで英語の家庭教師してたしな。実際に慣れてる」

「あー、そういう……なんか普通じゃ驚くことも、フーディルハインだと驚きにはならねぇなあ……」

「ま、教授の推薦あってのことさ。相手も教授の知り合いの家の子だったし。

 

 ……それより、解き終わったのか?」

「「「はいバッチリ!」」」

 

 3人に威勢のいい掛け声と共に差し出されたルーズリーフを受け取ると、アンジェラはいつも通りに添削を始める。問題を作るというのは存外勉強になる行為で頭も使う。アンジェラは、そういうことは嫌いではない。どちらかというと調べていたい派ではあるが。

 

「ん、添削終わったぞ。ほいこれ」

 

 アンジェラは赤のボールペンで色々と書き込みをしたルーズリーフを切島達に手渡す。単純な正誤だけでなく、注意事項なども記載されたそれは……

 

「お、サンキュー……って、注意事項も全部英語で書いてある!?」

「読み解ければ理解も増すぜ?」

 

 と語るアンジェラは、ニヤーっといたずらっ子のような笑みを浮かべている。完全な確信犯である。

 

「もー、たまに出るこういうとこは意地悪というか、いたずらっ子だよね、フーディルハインって!」

「コレもある意味勉強……って言えば聞こえはいいけど……子供みたいなイタズラすんなぁ……」

「まーまー、難しい単語やら言い回しやらは使ってないから大目に見てくれよ」

 

 そう、アンジェラは問題を添削すると、時折、補足事項などを全部英語で書くというイタズラをするのである。こういう時のアンジェラは、本当の意味で年相応な笑みを浮かべている。周囲からは子供っぽいと評されるような笑みだ。

 

 だが、クラスメイト達は授業料だと思っているそうで、その場で文句は言われるがそれ以上は言われない。普段はクールなアンジェラが見せる可愛い一面として、ギャップを感じている人も居るのだとか居ないのだとか。

 

 そうして、夜はふけていく。

 寮生活をクラスメイト達と共に過ごす、ごくありふれた日常が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カタカタ、カタカタ。

 

 寮内のアンジェラの自室に、キーボードを叩く音が響き渡る。

 デスクトップの画面が光とともに映し出しているのは、古ぼけた石板や何処かの遺跡の多角的な写真とその位置情報。そして、石板に記された内容を翻訳したテキスト。

 

「……やっぱ、現物が欲しくなるな。寮生活はこういうときに辛いね」

『今度、輸送出来そうなもんは纏めて送っといてやるさ。お前の好きな小説と一緒にな』

「お、Thanks」

 

 通信を繋げているソニックへの感謝もそこそこに、アンジェラはデスクトップの画面とにらめっこを続け、キーボードを叩く。

 

 

 

 

「魔法」という力は“個性”よりもよっぽど「技術」に近く、であれば、それを作り出した存在が必ず居る。失った記憶を取り戻し、血の繋がった姉たちが魔法を操る姿を目にしてから、アンジェラは確信に至った。

 

 天使の教会が、魔法にまつわる技術を持っている、と。

 

 

 

 

 

 魔法とは、危険な力だ。順当に使うことが出来れば便利で強力な武器となるが、一歩間違えば術者はおろか周囲すらも取り返しの付かない事態に陥れる。「唄の魔法」や「ソウル化」などは、その骨頂と言えるだろう。

 

 なれば、アンジェラも無知のままではいられない。何の意味もないことだとしても、奴らの根首を掻っ切るために、やれることは全てやっておかねばならない。

 

 そう考えたアンジェラは、ソニックに頼んで世界中に点在する遺跡の写真を送ってもらっているのだ。ほんの少しの前進しか得られないとしても、やらずにはいられなかった。

 

『……にしても、何でお前はこの石碑の文字を読めるんだ? 軽く洗ってみただけだけど、世界中のどの古代文明の文字でもなかったぞ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

「さあ……」

『お前の母親……緑谷だっけ? そいつは別に、普通の人間だったんだろ?』

「ああ、ごく普通にこの星で生まれ育った人間だった。それは確かだ」

 

『まぁ、選別楽で助かるけどさ……』と、デスクトップのスピーカーからソニックの呆れたような声が聞こえてくる。

 

 アンジェラは何故か、魔法関連の遺跡に刻まれた文字を読むことが出来る。アンジェラ本人には、そんな文字を学んだ覚えなどない。本来の記憶を取り戻してもその理由は分からないままだったが、アンジェラが石碑に刻まれた文字を見ればそれが魔法関連の遺跡かどうか分かるので、ある種の便利能力扱いをされていた。

 

「うーん……こうなると、色々とデータ欲しくなってくるな……あいつらにも協力……いや、ナックルズはともかく、あいつらはそういうタマじゃねぇか……」

 

 アンジェラがこの作業を始めてそれなりに経つが、各所の石碑や石板の文章を読み解いて、段々と分かってきたことがある。まだ仮説の段階でしかないそれを立証するには、まだまだ情報が必要だ。

 

 頭の中で自分が知り得る範囲での情報ソースとなりそうな場所やものを洗い出していると、ソニックの声がスピーカーから響き渡る。

 

『やっぱり、お前の本質は学者なんだな』

「ん? それ、どういうことだ?」

『調べ始めた理由はかなり暗いはずなのに、今のアンジェラ、すっごく楽しそうな声してる』

 

 アンジェラはこの時、ようやく自分の口角が上がりっぱなしであることに気が付いた。

 

 ……そうだ、未知を知ることに、「魔法」という未知を紐解くことに、アンジェラは確かな喜びを感じている。紐解くことを、心から楽しんでいる。

 

 始まりとなる、天使の教会の根首を掻っ切るという目的を忘れているわけでは決してないものの、それはそれとして、アンジェラは「楽しんでいる」のだ。未知を知り、紐解くことを楽しむ者は、なるほど、「学者」なのだろう。

 

「いいじゃん、何事も楽しんだもん勝ちだって、言ったのはソニックだろ?」

『ああ、そうだな。頼りにしてるぜ、アンジェラ先生?』

 

 喜びと似ているが違う、どこかドロリとした感情が、アンジェラの心に染み渡る。

 

 

 人はこれを、「愉悦」とでも呼ぶのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

『……ところで、何か欲しい情報でもあるのか?』

「ああ、ちょっとな……エンジェルアイランドの方はそこまで心配いらないだろうけど……

 

 

 

 

 

 ジェット達に情報を求めるとして……どんくらい請求されると思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
















えきねこです、よろしくおねがいします。

前回の補足になりますが、原作と違い、爆豪と轟、ついでに夜嵐が仮免に受かりました。轟と夜嵐については前回、前々回をご覧いただければ理由は明白ですが、爆豪君に関して少々補足をば。

まず、原作で爆豪君が仮免に落ちたのは、元々暴言を吐きまくっていることもそうですが、それと同じかそれ以上に、緑谷君へのコンプレックスやオールマイトを終わらせてしまったことへの罪悪感を抱え、肥大化させまくった状態で仮免試験に臨んだ事も原因なのだと私は考えています。少なくとも、コンプレックスや罪悪感をちゃんとケアすることが出来ていれば、爆豪君は原作でも仮免試験に受かっていた可能性があるのではないでしょうか。その場合、暴言のせいで結構ギリギリにはなるでしょうが。

この作品で爆豪君が仮免試験に受かったのは、ひとえに緑谷君へのコンプレックスもオールマイトへの罪悪感も無い状態だったからです。その上、仮免試験前にアンジェラさんとタイマン張って話せたことも要因の一つです。暴言のせいで結構点数は引かれてますが、これでもまだマシな方です。


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第十章 What I'm made of
ビッグ3


 始業式から数日後、慌ただしくも平和な日常が過ぎていたある日のこと。

 

 この日は朝から少しアンジェラの様子がおかしかった。朝から浮ついたような顔ばかりしていたのだ。朝食の時に麗日がその理由を聞いてもアンジェラは「まだ内緒」と言って笑うだけ。ただ、その笑みが本当に嬉しそうな笑みだったので、麗日達もなにかいいことがあったのかな、程度に考えていた。

 

 朝食後、クラスメイト達が登校の準備をする中、アンジェラは一足早く校舎へと向かって行った。だが、ホームルームが始まる直前になっても、教室にアンジェラの姿はない。麗日達は何故だろうと首を傾げていた。

 

 その時……

 

 

 

 

 

 

 

 タッタッタッタ……

 

 ガラッ

 

「Good morning,everybody!」

 

 走りはしていないが、勢いよく。いつもよりもテンションが高いアンジェラが教室に飛び込んできた。彼女の手は、両手共フリー。脚もしっかり床についている。

 

 それに、いの一番に反応したのは麗日だった。

 

「アンジェラちゃん、もう大丈夫なん!?」

「まだ元通りとはいかないけど、さっきリカバリーガールが、もう松葉杖は必要ないってさ!」

「そっか……よかった!」

 

 嬉しそうな満面の笑みを浮かべる麗日に、アンジェラは楽しそうな笑みで返す。元の身体能力に戻すには今暫く時間がかかるだろうが、アンジェラはようやく松葉杖が要らないくらいに身体を掌握してみせたのだ。身体を動かすことが好きな彼女のテンションが上がらないわけがない。

 

 後で霊沌装束(フェクト・ミディル)に取り付けた補助具の術式を外しておかなければと頭の片隅で考えながら、アンジェラはスキップでもしているんじゃないかというような軽い足取りで席についた。相澤先生は呆れたように口を開く。

 

「……フーディルハイン、足が使えるようになってはしゃぐのはいいが、はしゃぎすぎて怪我したりすんなよ」

「No problemです相澤先生、そこら辺は弁えてます。廊下も走ってません」

「ならいいが……

 

 じゃあフーディルハインも無事に歩けるようになったところで、本格的にインターンの話をしていこう。

 入っておいで」

 

 相澤先生に呼ばれて教室に現れたのは、同じ雄英高校の制服に身を纏った3人の生徒。男子が二人に女子が一人だ。相澤先生の口振りから察するに、インターンを行っている上級生なのだろう。

 

「職場体験とどういう違いがあるのか、直に経験している人間から話してもらおう。心して聞くように。

 

 現雄英生の中でも、トップに君臨する三年生三名、通称、ビッグ3の皆だ」

 

 なんと、上級生は上級生でも、雄英生のトップのお出ましである。なんというビッグなサプライズ。

 

「じゃ、手短に自己紹介よろしいか。まず、天喰から」

 

 相澤先生に自己紹介を頼まれた天喰という人物は、返事をする代わりに鋭い眼光でアンジェラ達を睨み付けた。クラスメイト達は冷や汗をかくほどの緊張感に包まれるが、アンジェラはなんとなく気付いていた。天喰が、震えていることに。

 

「……ダメだ。ミリオ、波動さん。ジャガイモだと思って臨んでも、頭部以外が人間のまま、依然人間にしか見えない……どうしたらいい……言葉が出てこない……頭が真っ白だ、辛い……帰りたい!」

 

 ついに、天喰は背を向けてしまった。流石にここまでのあがり症だとは予想していなかったアンジェラも困惑してしまう。クラスメイト達が困惑しているのは言わずもがな。

 

 アンジェラ達が困惑していると、ビッグ3の紅一点の女子が無邪気な顔で口を開いた。

 

「あっ、聞いて天喰君! そういうのを「ノミの心臓」っていうんだって。ねー、人間なのにねー、ふっしぎ〜。

 彼はノミの天喰環。そして私は波動ねじれ。今日はインターンについて、皆にお話して欲しいと頼まれて来ました」

 

 ちょっと子供っぽいが、あがってしまった天喰の分も含めて自己紹介はしっかり行った波動。

 

 が。

 

 

 

「けどしかし……ねぇねぇ、ところで君は何でマスクを? 風邪? おしゃれ? 

 

 あら、あとあなた轟君だよね? ねえ、何でそんなところを火傷したの? 

 

 芦戸さんはその角、折れちゃったら生えてくる? 動くの? ねぇ! 

 

 あっ、峰田君のボールみたいなのは髪の毛? 散髪はどうやるの? 

 

 蛙吹さんはアマガエル? ヒキガエルじゃないよね? 

 

 んー、どの子も皆気になる所ばっかり、ふっしぎ〜!」

 

 答える隙すら与えないマシンガントーク。目についたもの全てに疑問を抱くその様はまるで幼稚園児のようだ。波動はどうやら、言動がかなり幼いらしい。刺さる人にはぶっ刺さるだろう、多分。

 

 後ろの席で峰田が何やら騒いでいたが、アンジェラは気付かないフリをした。

 

「ねぇねぇ、尾白君は尻尾で身体を支えられる? ねぇねぇ答えて、気になるの!」

「……合理性に欠くね……」

 

 波動の止まらない質問攻めに、相澤先生は我慢の限界になってしまったらしい。最後の一人である男子は慌てながら大トリは自分だとアピールする。

 

「前途〜?」

 

 その言葉の指す所は、アンジェラ達には分からなかった。

 

「……ゼント?」

「多難! っつってね! よーし、掴みは大失敗だ!」

 

 その掴み、一瞬で理解出来る人居るのか? 

 アンジェラは、5秒くらいそう思った。

 

 それはそれとして、クラスメイト達の中にはビッグ3の実力に懐疑的な声を洩らす者も居た。まぁ、先程までの流れで彼らから風格が感じられないと思うのは無理のない話だ。

 

 だが……アンジェラは、風格はともかく、彼らから醸し出される雰囲気が、実力者のそれであることを見抜いていた。流石に“個性”周りのことは分からないが、あれは結構な場数を踏んでいる者の雰囲気だ。

 

「俺は通形ミリオ、今日は皆にインターンの説明会をしに来たんだよね。

 

 まぁ……皆何が何やらって顔してるよね。必修ってわけでもないインターンの説明に、突如現れた三年生だ、そりゃわけもないよね。

 

 ……一年から仮免取得だよね……今年の一年って凄く……元気があるよね。そうだね、何やら滑り倒してしまったようだし……」

 

 と、通形が何やら思いついたように言う。それにいち早く気付いた波動と天喰が反応を見せた。

 

「君たちまとめて俺と戦ってみようよ!」

『えっ……えええええええ!?』

 

 突発的に放たれた通形の提案は、相澤先生の承認を経て実行に移される運びとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体操服に着替え、体育館γで通形とA組の面々が対峙している。

 

「あの……マジっすか?」

「マジだよね!」

 

 一部を除いて困惑気味のA組の面々とは対照に、通形は準備運動をしている。どこからどう見てもやる気満々である。

 

「ミリオ……止めたほうがいい。インターンについては形式的に、こういう具合でとても有意義ですと、語るだけで十分だ……皆が皆、上昇志向に満ち満ちているわけじゃない。立ち直れなくなる子が出てはいけない……」

 

 天喰の言葉は決してA組の面々を舐めているから出た言葉ではない。寧ろ彼は、A組の面々が一年生から仮免を取得したことを凄いことだと純粋に思っているようだが、それも加味した上で、通形が戦うことで自信を失ってしまう人が出るのでは、と考えての発言である。

 

 それはそれとして、壁に向かって話しては聞き取りにくいと、アンジェラは思った。

 

「立ち直れなくなる……って……?」

「あー、聞いて知ってる〜。昔挫折しちゃってヒーロー諦めちゃって、問題起こしちゃった子がいたんだよ、知ってた? 大変だよね通形……ちゃんと考えないと、辛いよ〜、これは辛いよ〜」

「おやめください〜……」

 

 芦戸の角を弄り回しながらそう言う波動の無邪気さは、少しだけ鳴りを潜めていた。波動のこの発言も、一年生を心配してのもの。

 

 

 

 

 だが。

 

「待ってください、我々はハンデありとはいえ、プロとも戦っている」

「そして、敵との戦闘も経験しています! そんな心配されるほど、俺ら雑魚に見えますか!?」

「そんなら、あんたの目は節穴だなぁ、センパイ! 雄英トップとの手合わせなんてチャンス、棒に振る方が心配されるべきだっつーの!」

 

 常闇、切島、そして爆豪は力強く言葉を紡ぐ。通形は少し楽しそうに笑いながら、「いつどっから来てもいいよね!」と返した。

 

「一番手は誰だ?」

「当然、俺だ!」

 

 爆豪は掌で爆発を起こしながら、好戦的な笑みを浮かべて構えを取る。他のクラスメイト達も戦闘の構えを取る中、アンジェラは通形をじっと見ていた。

 

「お前ら、いい機会だ。しっかりもんでもらえ」

「おお、君いいな、元気があるね!」

「近接隊は一斉に囲んだろうぜ!」

「よっしゃ、そいじゃ先輩、折角のご厚意ですんでご指導、よろしくお願いしまーす!」

 

 切島の掛け声に合わせるように、爆豪が真っ先に飛び出して右手の大振りを仕掛ける。

 

 

 

 ……が、次の瞬間、通形の服が地面に向かって落ちた。

 

「うわああああああっ!!」

 

 耳郎は顔を真っ赤にして叫ぶ。耳郎は存外、乙女なところがあるのだ。

 

「今服が落ちたぞ!?」

「ああ、失礼。調整が難しくてね」

 

 まごまごとズボンを履き直そうとする通形の顔面に、爆豪は容赦なく爆撃を浴びせた。黒い煙幕が周囲に飛び散る。

 

 

 が、煙が晴れた時、そこに通形の姿はなかった。

 

「まずは遠距離持ちからだよね!」

「いやあああああっ!!」

 

 と思ったら、全裸の通形が耳郎の真後ろから現れた。クラスメイト達は通形の“個性”の強さに戸惑いつつも、各々攻撃を仕掛ける。

 

 が、通形は向けられた攻撃をことごとくすり抜けさせ、挙げ句にはワープのような移動を使って、クラスメイト達の腹を殴りつける。

 

 瞬く間に、クラスメイトの半数以上、アンジェラ以外の遠距離攻撃を得意とする者達は腹パンで無力化させられていた。

 

「あとは……一人を除いて、近接主体ばかりだよね!」

「何したのかさっぱり分かんねぇ!」

「すり抜けるだけでも強いのに、ワープとか……!」

「それってもう、無敵じゃないですか!」

「よせやい!」

 

 通形のあまりの強さにそんな感想を呟いた尾白。他の残った者達も、大半がそんな感想を抱く。

 

 が、アンジェラはもう気が付いていた。

 だが、言うつもりはなかった。

 これは先輩のご厚意による模擬戦。なれば、せめてこの模擬戦中は、自分で気が付かなければ意味がないのだ。

 

 だから、アンジェラはヒントを出すに留める。

 

「からくりがあるもんだ、こういうのは。直接攻撃されんなら、カウンター狙いで動けば、こっちも触れる」

「わぁってんだよ、余計なこと言うなフーディルハイン!」

「爆豪、そんな事言うなって! サンキューなフーディルハイン!」

「だったらやってみなよ!」

 

 通形はアンジェラ達の方へと駆けていき、その途中、ズボンを置き去りに地中に沈んでいった。

 

「はっ、簡単なんだよ。来るとしたらここだ!」

 

 爆豪は、通形が現れるであろう場所へ爆破を向けた。それは反応ではなく、通形がそこへ現れるであろうことを予測した動き。

 

 しかし、それは通形の予測の範囲だった。

 

「必殺、ブラインドタッチ目潰し!」

「なっ!?」

 

 通形は爆豪の攻撃をすり抜けさせ、目潰しをする、と見せかけそれをすり抜けさせて腹に重い一撃を食らわせる。

 

「殆どがそうやってカウンターを画策するよね! ならば当然、そいつを狩る訓練、するさ!」

 

 通形はその勢いのまま他のクラスメイト達にも重い腹パンを食らわせ、無力化する。

 

 そしてとうとう、残ったのはアンジェラだけとなった。

 通形は先の勢いのままアンジェラにも腹パンを仕掛けようとするが、アンジェラはまるでその手が分かっているかのようにバク宙で躱し、空中に魔法陣を出してそこに降り立つ。

 

「残ったのは、君だけだよね! 

 分かるよ……君は、他の一年生はおろか、三年生とも訳が違うよね! 君とは是非、一対一で戦いたいと思ってたんだ」

「へぇ、やっぱりさっき狙われなかったのはそういう……面白い」

 

 アンジェラはニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、魔法陣の上で軽くストレッチをする。通形は武者震いしながら、楽しそうに笑った。

 

「今の俺が君に勝てるとは思わない……君の空気は、かなりの場数を踏んできた者のそれだ。その顔を見るに、俺の戦法のからくりも、君はもうとっくに見抜いてるんだろ?」

「どうだかな」

 

 アンジェラは素っ気なくそう言いつつも、好戦的な笑みで通形を睨むその顔は、どう足掻いても図星だった。別にソルフェジオが何かをしたわけではない。アンジェラ自身が見抜いたのだ。どちらも結果としては同じようなことだが。

 

 それが分かったところで、通形にはそれを頭に入れることしか出来ない。先の攻撃だって易々と躱された。

 

 だが、その程度で諦めるようなこと、通形の選択肢にはそもそも存在すらしない。勝てるヴィジョンは見えないが、それならそれで精一杯をぶつけるだけだ。

 

「折角だ、存分に君の胸を貸してもらうことにするよ!」

「Come on boy,let's dance together!」

 

 通形はニヤリと笑い、再びズボンを置き去りに地中に落ちる。アンジェラは一切慌てることなどなく、床に降り立つと、首だけを後ろに向けた。

 

 アンジェラの予測通り、通形はアンジェラの背後に飛び上がったような状態で現れる。

 

 

 

 

 

 その瞬間。

 

 

「がっ!?」

 

 通形は、自身の腹部に鈍器で殴られたような鋭い痛みを感じ、地面に落ちてその場で蹲った。

 

 単純な話だ。アンジェラが、今出せる最大速度で通形の腹に蹴りを入れただけのこと。

 

「ミリオ!?」

「通形が……負けた……あの子、すっご~い!」

「通形ミリオ……プロも含め、俺の知る限り最もナンバーワンに近い男……だが、やはり近接戦闘だとフーディルハインの方が上手か……あれでまだ調子を戻し始めたばかりだというんだから……本当に、末恐ろしい」

 

 天喰と波動が驚愕に包まれ、相澤先生が一周回って呆れ返っていると、アンジェラはふとしたふらつきに襲われ、なんとか立ったままの状態を維持する。

 

「おっとっと……なんか、最高速度上がったか……?」

 

 そんな疑問を感じながらも、アンジェラはクラスメイト達と通形へ回復魔法を使った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギリギリ見えないよう努めたけど、すみませんね、女性陣! 

 ……とまぁ、こんな感じなんだよね」

「……訳わからず、アンジェラちゃん以外の全員が腹パンされただけなんですが……」

 

 アンジェラの回復魔法のおかげで痛みこそないものの、違和感は残っているのか腹を手で抑えながら麗日が言う。

 

「俺の“個性”、強かった?」

「強すぎっす!」

「ズルいや、私のことも考えて!」

「すり抜けるしワープだし、轟みたいなハイブリッドですか!?」

「いや、一つ!」

 

 通形の言葉に、アンジェラは「やっぱりか」、と声を洩らす。アンジェラがそのまま答え合わせをしようとすると、波動が元気よく手を挙げた。

 

「はーい、私知ってるよ、“個性”! ねぇねぇ言っていい? 言っていい? 

 

「透過」!」

「波動さん……今はミリオの時間だ」

「そう、俺の“個性”は「透過」なんだよね。君たちがワープというあの移動は、その応用さ! 

 ……ごめんて」

 

 波動に体操服を引っ張られながら、通形は自身の“個性”、「透過」とその応用であるワープのような移動の原理を説明した。

 

 通形が全身に“個性”を発動すると、彼の身体は地面を含むあらゆるものをすり抜ける。地面をすり抜けるので、通形はそのまま地中に落っこちる。そして、そのまま“個性”を解除すると、地上へと弾かれてしまうのだとか。

 これがワープの原理。落ちる際の身体の向きやポーズで角度を調整し、弾かれた先を狙っていたのだ。

 

「……ゲームのバグみたい」

「イーエテミョー!」

 

 芦戸の呟きに通形はそう言いながら吹き出す。笑いのツボにでも引っかかったのだろうか。

 

「攻撃は全て透かせて自由に瞬時に動けるのね……やっぱりとても強い“個性”」

「いいや、強い“個性”にしたんだよね」

 

 通形はそう言うと、自分の“個性”のデメリットを話し出す。

 

 “個性”発動中は肺が酸素を取り込めず、鼓膜は振動を、網膜は光を透過する。あらゆるものを透過するとは、それ即ち何も感じることが出来ずに落下の感覚だけがある、ということ。ゆえに、簡単な行動にもいくつか工程が必要とされる。

 

「……それに、これはあくまでも発動型の“個性”。発動するのは自分の意志だ。つまり、認識外や予測外の攻撃は透過させられないし、仮に予測出来ていたとしても、発動するまでのほんの僅かなタイムラグを突かれてしまえば、俺は何も出来ない。

 

 その、ほんの僅かなタイムラグを突かれるのはすごいレアケースだけど……君はそれを突いてきた、ある種の確信を持ってね」

 

 通形の視線がアンジェラへと向けられる。アンジェラ自身は大したことをしたつもりはないのだが、彼にとっては違ったらしい。

 

「まぁ……スピードそのものは常人の域をギリギリ出てはいませんでしたし。

 

 音速以上で動き回ってこっちを狙ってくる人の攻撃を躱しながら反撃するのと、どっちが難易度高いと思います?」

「はははっ! その口振り、君はそっちも出来るってことだね! そりゃ、俺じゃあ負けるよね!」

「そっちに勝てた試しはないですけどね。それに、あれはある種の博打でしたから」

 

 アンジェラの言葉は紛れもない本心だ。通形の“個性”発動が少しでも早ければ、アンジェラの蹴りは透かされていただろう。

 その後、アンジェラが易々通形の攻撃を受けるとも、考え難いのだが。

 

「……そんな使いづらい“個性”だった俺は案の定遅れた。ビリッけつまであっという間に落っこちた。服も落ちた。

 この“個性”で上に行くには、遅れだけは取っちゃ駄目だった。

 

 予測! 周囲よりも早く、時に欺く! 何より予測が必要だった! そして、その予測を可能にするのは経験。経験則から予測を立てる! 

 

 長くなったけど、これが手合わせの理由。言葉よりも経験で伝えたかった。インターンにおいて我々は、お客ではなく一人の相棒……プロとして扱われるんだよね。それはとても恐ろしいよ。プロの現場では、時に人の死にも立ち会う。けれども、怖い思いも辛い思いも、全てが学校じゃ手に入らない一線級の経験! 

 

 俺はインターンで得た経験を力に変えた! 

 ので! 怖くてもやるべきだと思うよ、一年生!」

 

 通形の話に、アンジェラ達は拍手を贈る。通形達はインターンという実戦の場で力を積んだ。そういう意味では、アンジェラは通形達と似ているのかもしれない。

 

 その後、教室に戻ったアンジェラ達は、相澤先生から一年生はインターンに行けるかどうかまだ分からないと告げられた。職員会議で是非を決めたりする必要があるそうだ。

 

 全寮制になった経緯から考えて、アンジェラは一年生がインターンに行ける可能性は低く、もし行けたとしても条件付きだろうな、と頭の片隅で思っていた。

 そもそも、アンジェラは自分からインターンに行くつもりは無いのだが。

 

 

 








というわけで、アンジェラさんが杖なしで歩けるようになりました。ついでに通形先輩をKOしました。以上、解散。


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サー・ナイトアイ

 インターンの説明会の翌日、朝のホームルームにて。

 

「えー、ヒーローインターンですが、昨日職員会議で協議した結果、校長を始め多くの先生が、

 

「やめとけ」という意見でした」

『……えええええええええっ!?』

「あんな説明会までして!?」

「でも、全寮制になった経緯から考えると……そりゃそっか……」

「クソがッ、先生達も敵にビビってんじゃねぇよ!!」

「別にそういう意味じゃないと思うぞ……」

 

 教室内は若干荒れ気味だ。クラスメイト達がわいのわいのと口を挟む。しかし、相澤先生の話はまだ終わってはいない。

 

「……が、今の保護下方針では、強いヒーローは育たないという意見もあり、方針として、インターンの受け入れ実績が多い事務所に限り、一年生の実施を許可する、という結論に至りました」

「よかったな爆豪、行ける可能性出てきて」

「……ならそうと先に言えや……!」

 

 アンジェラは、爆豪の素直じゃない態度に思わず苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、更に時は流れて週末。

 

 雄英から電車に一時間ガタンゴトンと揺られ、アンジェラはサー・ナイトアイの事務所の前にやって来ていた。

 

「ここがサーの事務所だよね!」

「……一体、オレに何の用なんでしょうか?」

「さぁ、俺にも分かんないけど……サーが、フーディルハインさんと直接会って話をしたいって」

 

 通形の言葉に、アンジェラはナイトアイが自分と話をしたいという理由が、何度考えてもやっぱり回目検討もつかず、首を傾げた。

 

 そもそもの話をしよう。

 まず前提として、通形は現在、サー・ナイトアイの事務所でヒーローインターンを行っている。アンジェラがそのことを知ったのはつい二日前のことだ。

 

 二日前の放課後、アンジェラは通形から「サー・ナイトアイが君に会いたがってるんだよね」と告げられた。インターン絡みでプロ側から指名が来ることもあるのかと聞いたら、通形はインターンでナイトアイからの指名を受けたが、今回のことがインターン絡みの話かどうかは分からない、と言われた。ただ、サー・ナイトアイがアンジェラと直接会って話をしたいらしい、と。

 

 アンジェラは何故だろうと疑問を抱きながらも、特段急ぐ予定もなかったので通形の話を了承し、今に至る。

 

 疑問は尽きないが、それも呼び出したナイトアイに問いただせば分かるのだろう。

 

 アンジェラはそう思いながら、通形の案内でナイトアイの事務所を進み、執務室であろう部屋の扉を開いた。

 

「失礼しま…………」

 

 ……が、アンジェラはその先に見えた光景に、固まった。

 

 

 

 

 

 

 

「アハハハっ、やめ、やめてください、許してください、アハハハッ!」

「全く、大きな声出るじゃないか」

 

 車輪付きの拘束具に下乳丸だしの際どいコスチュームを着たヒーローが拘束され、猫じゃらしのようなものでくすぐられて強制的に笑わされていたのだ。その拘束具の前に立つ人物が、恐らくこの事務所の主、サー・ナイトアイだろう。

 

 アンジェラは顔をひきつらせながら、通形に問いかける。

 

「……なんすかこれ」

「相棒のバブルガール。ユーモアが足りなかったようだね。

 ああ、言ってなかったけど、サーはああ見えてユーモアを最も尊重してるんだよね」

 

 アンジェラは一瞬、母たちの忌まわしい記憶が脳裏に浮かびかけたが、どうにもバブルガールからはサー・ナイトアイに対する悪感情は感じない。寧ろ、ナイトアイを尊敬もしているように感じる。奴らのように、ナイトアイが我欲を満たしているようにも感じない。奴らと同一視するのは流石に失礼というものだろう。

 

 アンジェラが自分でそう無理矢理納得していると、ナイトアイがアンジェラの訪問に気が付いて近付いてきた。

 

「サー、ご指名の一年生、連れてきましたよね」

「うむ、ミリオ、ご苦労だった。アンジェラ・フーディルハインさん、ご足労頂き感謝する。サー・ナイトアイだ」

「アンジェラ・フーディルハインです。それで、オレに何の用事でしょうか? 

 ……まさか、アレを見せつけるために呼び出したとか?」

 

 アンジェラがジト目で指さしたのは、拘束されてくすぐられているバブルガール。奴らと同一ではないとは無理矢理だが納得したアンジェラだが、やはりそれとこれとは話が別である。

 

「白昼堂々と教育的指導とはいえあんなもの持ち出すとか……あ、ひょっとして、そういう趣味(・・・・・・)がおありで?」

「ふふふ……」

「いやどっちだよ!?」

 

 ナイトアイの意味ありげな笑いに、アンジェラは思わず素でツッコミを入れた。直後、アンジェラはこれが明らかに日本語での目上の人に対する言葉遣いでないことに遅れて気が付いたが、元はと言えばナイトアイのせいなので態度を変えることはしない。

 

「君は面白い子だな……私に対してそんな言葉遣いをするとは。ああ、別に怒っているわけではないよ。随分とキレのあるツッコミをするんだね」

「ついついやっちゃいまして……謝りはしませんけど」

「はははっ! 構わないさ。大元になったのは私の行動だ。それに、元気なツッコミはユーモアをより引き立たせるスパイスとなる。その謝りません、と開きなおるところも、ユーモアがあっていいじゃないか」

 

 なんだかよくわからないが、アンジェラのツッコミはナイトアイに好印象を与えたらしい。ユーモア……というより、ナイトアイはお笑い好きなのだろうか。少なくとも、アンジェラはそう思った。

 

「ミリオとバブルガールは退室を」

「「あっ……はい」」

「元気がないな」

「「イエッサー!」」

 

 通形と、いつの間にやら通形に拘束具を外されていたバブルガールはそう返事をすると、部屋を出ていった。この部屋に、アンジェラとナイトアイだけが残される。

 

「あの……それで、オレに何の用で?」

 

 アンジェラはそもそもの疑問をナイトアイにぶつけ、首を傾げた。アンジェラには、ナイトアイにわざわざ呼び出される理由が分からない。先のインターン説明会で通形を破ったことが一応理由としては考えられるが、それでは忙しい時間を縫ってまでアンジェラを呼び出し話をする理由としては少し薄い。

 

「……君にはいまいちピンとこないかもしれないが、私にはあるんだよ。君を呼び出し、直接言わねばならぬことが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ありがとう」

「……えっ?」

 

 全く予測すらしていなかった言葉、心からの感謝を述べられて、アンジェラは先の比ではないほどに困惑した。アンジェラには、ナイトアイからお礼を言われるような心当たりが全くない。

 

 そんなアンジェラに、ナイトアイは説明した。

 ナイトアイはなんと、オールマイトの元相棒なのだということを。

 ナイトアイは元々オールマイトの大ファンだった。それはアンジェラにも、事務室内にナイトアイが集めたであろうオールマイトグッズが沢山飾られていることから分かる。相棒を取らない主義だったオールマイトだが、根負けするような形でナイトアイを迎え入れたそうだ。

 

 ……だが、六年前。コンビは解消された。原因は、価値観の違いだった。

 

「オール・フォー・ワン……君も、オールマイトから聞かされているだろう。奴との戦いで、オールマイトが大怪我を負ったことも」

「……はい」

「私は、ボロボロになった身体で、それでも平和の象徴として立とうとするオールマイトに言ったんだ……「引退すべきだ」、と。もう、ふかふかのベッドで安眠を取って良いんだと。

 

 だが、オールマイトはそうはしなかった……私には、理解出来なかった。象徴論は分かる。彼のことを、今でも敬服している……だが、あの時のオールマイトが、私には……

 

「平和の象徴」という、狂った舞台装置のように見えた」

「……」

 

 アンジェラは、ただただ黙ってナイトアイの話を聞いている。そのトパーズの瞳に、感情を映さぬまま。

 

「私は、オールマイトのためになりたかった……だが、彼は「平和の象徴」として、みんなのために戦い続ける道を選んだ。

 そのまま私達はコンビを解消した。ケンカ別れのようなものだ。あのまま、自らを人柱にし続けるオールマイトを、私は手伝いたくなかったんだ。

 

 ……だが、ある時。オールマイトから電話がかかってきたんだ。

 

 内容は、彼の持つ“個性”……ワン・フォー・オールが、事故で君に渡ってしまったこと。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が、生き延びていたオール・フォー・ワンを始末したら……ヒーローを引退する、という報告だった」

 

 アンジェラはこの時ようやく、ナイトアイがわざわざアンジェラをここに呼び出した理由を理解した。

 

「突然、どういう心変わりだと。当然私はオールマイトに尋ねた……そしたら、オールマイトは、

 

「意図せずワン・フォー・オールの継承者になってしまった少女から、オール・フォー・ワンを始末してもヒーローを続けるというのなら、私の両手足をもぎ取ると脅されてしまってね」……と答えたよ。彼女であれば、オールマイトの両手足をもぎ取ることが可能だとも」

 

 ナイトアイが言う脅しとは、十中八九アンジェラがオールマイトを脅したあの時のことだ。あの時のことをオールマイトはナイトアイに伝えていたのだ。

 

「……私は、あの時そうすればよかったのだ。真にオールマイトのためになりたいと思うなら、彼を脅してでも止めなければならなかった。それは、彼がこのままでは死ぬという予知を伝えるのでは足りなかったのだと。

 

 私では成し得なかったことを……君は、成し遂げてくれた。

 だから、ずっとお礼を言いたかったんだ」

 

 アンジェラは思う。

 ナイトアイは、本当に、真の意味でオールマイトを尊敬しているのだと。

 尊敬しているからこそ、今まで自分を生贄に平和の象徴として君臨し続けてきたオールマイトを、休ませたかった。もう、後に託して良いんだと、オールマイトは戦わなくていいんだと、ナイトアイは言ったのだ。

 

 このお礼も、ナイトアイがオールマイトを真に尊敬しているが故のもの。彼がアンジェラに心からの感謝を述べているのだということは、痛いほど理解した。

 

 

 

 

 

 ……だが。

 

 

 

 

 

「……ワン・フォー・オールのことを知っているんですよね……オレが、偶発的に継いでしまったことも」

「ああ、オールマイトから聞いた」

「……なら、オレが、ワン・フォー・オールを消失させたことは? 消失させて、事実上私物化したことは、聞かされているんでしょうか?」

 

 ナイトアイとオールマイトを引き合わせ、コンビ解消の遠因となった力、ワン・フォー・オールは既にこの世に無い。意図したことではないとはいえ、アンジェラがワン・フォー・オールを触媒の一部として、新たな肉体を作り出した……つまり、アンジェラがワン・フォー・オールを私物化したことは、覆しようのない事実だ。

 

 そのことに、罪悪感を抱かなかったわけでは決して無い。

 だが、アンジェラはオールマイト以外の誰に責め立てられようと、そのことに対して罰を受けるつもりはなかった。元はと言えば、ヒーローの傲慢が招いたことだ。アンジェラはただ、本能から、魂から生きたいと叫び、その対価として意図せぬままワン・フォー・オールが支払われただけのこと。その力の元の持ち主であったオールマイト以外の誰にも、アンジェラを責める権利は無い。アンジェラを責めようというのなら、それはただの傲慢でしかない。そもそも、ワン・フォー・オールを手にした事自体、アンジェラの意図したことではないのだ。

 

 ……アンジェラが、オールマイトにワン・フォー・オールが消失したことを話した時。オールマイトは彼女に言った。

 

『オール・フォー・ワンが討たれた今、ワン・フォー・オールはその役目を終えた。これでよかったんだよ。それに、ワン・フォー・オールは最後の最後に、君を死の運命から救い出したのだろう? 

 

 ……それは、とても誇らしいことだ。オール・フォー・ワンという巨悪から生まれた力は、しかし最後まで、人のためになり続けたんだから。

 私は君を、決して責めたりしないよ』

 

 アンジェラの頭をポンポンと撫でながらそう言ったオールマイトがアンジェラを責めないというのなら、ワン・フォー・オールの件でアンジェラを罰することなど誰にも出来ないと、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 ……だが、アンジェラは、見つけてしまった。

 アンジェラが、ワン・フォー・オールをこの世から消し去ったことを、責める権利を持つ人物を。

 

「……他のヒーローや一般人に何を言われようが、オレはこのことに対して罰を受けるつもりなんかない……オールマイトだけが、このことに対してオレを罰する権利を持つのだと、ずっと思っていました。

 

 だけど………………

 

 

 

 

 ……幻滅しますか? オレはナイトアイが出来なかったことを確かに成し遂げましたが、同時に、ワン・フォー・オールという灯を消したんですよ。オレはそうとは思ってませんが……一般には、平和の火とも呼ばれるであろう灯を。

 

 しかも、それを消して尚……オールマイト以外への罪悪感が、一欠片たりとて湧き上がってこない。それが異常だということは分かってます。だけど、仕方ないんですよ。無いものは無いんだから」

 

 虚ろな眼がナイトアイを射抜く。

 

 こういう時、アンジェラは自分がそもそも人間ではないのだと再確認する。

 

 罪悪感はあれど、それはあくまでもオールマイトやその周囲に立ち、支えてきた者達に対する罪悪感。

 

 当たり前といえば、当たり前のことだが。

 アンジェラは、自分が俗に言う民衆……一般市民からワン・フォー・オールという灯火を取り上げたということに、一欠片たりとも罪悪感を抱いていないのだと、再認識した。

 

「……でも、オレは少なくとも、あなたにはオレを罰する権利があると思っている。あなたがオレを咎めたいというのなら、オレはそれを甘んじて受け入れましょう。

 

 だけどっ……」

 

 アンジェラが次いで紡ごうとした、「オレは、生贄にはなりたくない」という言葉は、ナイトアイが席を立つ音にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

「……聞かされているよ、ワン・フォー・オールの顛末も、オールマイトがそれを咎めるつもりがないことも。

 

 オールマイトに責めるつもりがないことを、私に責めることなど出来やしない。それに君は、わざとワン・フォー・オールを消し去ったわけではないのだろう」

「……誓って、わざとでは」

「なら、余計に私は君を責めることなんて出来やしない」

 

 アンジェラは、目を見開いた。

 ナイトアイがアンジェラを責めるつもりがないと言い切ったことに、驚いた。ナイトアイは咎めて当然だと、思っていたから。

 

 

 だが。

 

「……私は、ヒーローであると同時にGUNの協力者でね。君がはなからヒーローになるつもりで雄英に居るわけではないことも知っているんだよ。君がGUNの民間協力者で、天使の教会を拿捕する作戦の下、日本に来たということも、君は、ヒーローにはなりたくないのだということも。

 

 ……私はそれでも良いと、今は思う。昔の私なら受け入れなかっただろうがね……君のことを詳しく聞かされたわけではないが、君が、ヒーローの傲慢の果てに生れたのだということは知っている。本当なら、ヒーローを恨んでも当然だというほどの過去の持ち主であることも。

 

 GUNからヒーローを恨んで当然だと断言されるほどの子にヒーローになれ、だなんて言うのは、ヒーロー以前に大人のやることじゃない」

 

 すとん、と。

 ナイトアイの言葉は、思いの外あっさりと、アンジェラの心に収まった。

 

 そうだ、罪悪感があろうが、アンジェラは根本からヒーローには向いていない。雄英高校に居るのだって、天使を根絶やしにしてやるためだ。それ以外の意義など無い。

 

 母を母と見ていないとはいえ、それでも、母を苦しめ続けたヒーローになど、なれるわけがないのだ。

 

 それは、考えなくても彼女にとっては極々当たり前のことで。

 それでも、ナイトアイというオールマイトを心から慕い、思ってきた人の存在を知り、その思いを知り、その前に立って、アンジェラの感情が暴走した。自分が何をしたいのかもわからなくなるその様は、まるで本当の子供のようで。

 

 いや、ようで、ではなく、実際にアンジェラは「子供」なのだ。

 

 幾ら達観していようが、肝が座っていようが。

 アンジェラが、クラスメイト達よりも断然幼い子供だという事実は、覆らないのだ。

 

 今まで認識しようとすらしていなかったそれを、アンジェラは今になってようやく自覚した。

 

 

 

「……さて、それも踏まえて、君に提案がある。天使の教会に繋がるかもしれない事案があるんだ。これに、うちのインターン生として参加しないか? 無論、この事案が解決した後でインターンを継続するかは、君の判断に委ねる。私からは決して強制しないと誓おう」

「……」

 

 アンジェラは少し、考える素振りを見せる。

 傍から見たら、ナイトアイがアンジェラの外堀を埋めようとしているようにも見えるだろう。

 

 だが、アンジェラはナイトアイはそんなことはしないだろうと、断言出来た。

 

「……もし、外堀を埋めようとする言動を少しでも見せたら、その手ぇもぎ取りますよ」

「はははっ、本気なのかジョークなのか、全くもって分からないな」

 

 もちろん、ニヤリと笑いながらそう言ったアンジェラの内心は、ジョーク半分本気半分である。

 

 

 



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冴えたやり方

 あの後、アンジェラはナイトアイに契約内容を詳しく聞いた。

 

 どうやら、ナイトアイが言う「事案」は、GUNからナイトアイに依頼された、というものではなく、ナイトアイが独自に調査を進めているものらしい。天使の教会と繋がるかもしれないというのは、あくまでもナイトアイの憶測に過ぎず、しかし、そこそこ可能性が高いのだという。

 

 実際、ナイトアイ事務所が現在本格マークをしている、件の「事案」の主犯と思しき組織が、天使の教会の構成員らしき人物と接触を図ったことは事実らしい。その顛末は不明だが。

 

 とはいえ、全てがあくまでもナイトアイの憶測に過ぎないので、慢性的人手不足なGUN日本支部からは人を回せないらしい。情報共有はしているらしいが、基本はナイトアイ達ヒーローが事を片付けることになる、とのことだ。故のインターンへの誘いなのだろう。

 

 そのことをナイトアイから直々に聞かされたアンジェラは、「この事案の後はインターン続けませんけど、いいんですね?」と少しばかり挑発的にナイトアイに問うた。

 

「問題ない。相棒二人、インターン生一人で基本この事務所は滞り無く回っている。君にはこの事案の間、一時的に力を貸して欲しいだけだ」

「……なら、引き受けます。あなたが人に道を強制するような人じゃないことは、痛いほど分かった。

 ま、せいぜい上手く使って見せてくださいよ」

 

 アンジェラは通形から念のために持ってくるようにと言われていた、インターン用の書類をナイトアイに手渡す。

 

 可能性があるのなら、天使の根首を掻っ切るチャンスがあるというのなら。

 

 アンジェラに、迷いなど無かった。

 

「やはり君は、面白い子だな」

 

 ナイトアイはそんな事を言いながら、その書類に判を押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「インターン先、決まったんだ! よかったね、アンジェラちゃん!」

「すごいじゃん!」

「おめでとう、アンジェラ君! 俺も、うかうかしていられないな」

 

 寮に戻ったアンジェラがクラスメイト達にインターン先が決まったと報告すると、クラスメイト達は口々にアンジェラを褒めた。

 実際には、インターンというよりも一時的な協力関係を敷いた、という方が正しいのだが、アンジェラはそのことはおくびにも出さずクラスメイト達からの賛辞を素直に受け取った。

 

「けど、ホントすげぇよフーディルハイン」

「ああ、なんてったってあのサー・ナイトアイの事務所だもんな」

「通形先輩の推薦だって?」

「よくやったな!」

「へへ、Thanks」

 

 インターンが決まったこと自体はなんとも思っていないアンジェラだが、クラスメイト達からの賛辞は悪い気はしない。

 

 麗日達もインターン先を探しているようだが、受け入れの実績が少ないと学校側からNGが出たり、そもそも募集していなかったりと中々に苦労しているようだ。

 

 爆豪もベストジーニストの元でのインターンを考えていたようだが、ベストジーニスト側から現在インターン生の面倒を見れる状態ではないと断られてしまったらしい。

 

 轟は、まだインターンを考えていないようだ。もう少し地力を鍛えてからインターンは考えることにする、らしい。だが、一年生中には始めたいとも言っていた。

 

「つうか、元から敷居が高いんだよ……」

「インターンの受け入れ実績があるプロにしか頼めないからなぁ」

「仕方ないよ。職場体験と違って、インターンは実戦。もし何か合った場合……」

「プロ側の責任問題に発展する」

 

 いつの間にやら共同スペースに来ていた相澤先生が、尾白の言葉を引き継いでそう言った。相澤先生はそのまま続ける。

 

「リスクを承知の上でインターンを受け入れるプロこそ本物。常闇、その本物からインターンへの誘いが来てる。九州で活動するホークスだ」

 

 ホークス。日本のヒーローランキング三位のトップヒーロー。確か、常闇の職場体験先でもあったはずだ。その縁を辿って指名が来たのだろう。中々のビッグネームからの誘いにクラスメイト達は驚愕する。

 

「どうする、常闇?」

「謹んで受諾を」

「分かった。後でインターン手続き用の書類を渡す。九州に行く日が決まったら教えろ、公欠扱いにしておく」

「よかったな、常闇」

「恐悦至極」

 

 常闇は表情を変えぬまま障子からの祝いの言葉に返したが、アンジェラにはなんとなく常闇のテンションが高いことが分かった。

 

「それから、切島。ビッグ3の天喰がお前に会いたいそうだ。麗日と蛙吹にも、波動から話があるらしい。明日にでも会って話を聞いてこい。以上だ」

 

 相澤先生は伝えることを伝え終わったのか、去って行った。ビッグ3の話とは、この流れで行くとやはりインターン絡みの話なのだろうか。

 

 切島に麗日、蛙吹は明日まで待てないと、すぐに三年生の寮へと飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、インターン活動一日目。

 

 コスチュームに身を包んだアンジェラと通形、そしてバブルガールが、執務室でナイトアイに今日の指示を聞いていた。

 

「本日はパトロール兼監視。私とバブルガール、ミリオとフーディルハインの二手に分かれて行う」

「ナイトアイ事務所は、今秘密の捜査中なんだよ」

 

 バブルガールがインターン初日のアンジェラにそう補足を入れた。この秘密の捜査とやらが、ナイトアイの言っていた事案なのだろう。

 

「死穢八斎會という小さな指定敵団体だ。ここの若頭……いわゆるナンバー2である治崎という男が、妙な動きを見せ始めた。ペストマスクがトレードマークだ」

 

 ナイトアイはそう言いながら、アンジェラ達に治崎という男の写真を見せる。ペストマスクを身に着けた男の写真だ。

 アンジェラは、まず最初に何故にペストマスク? と思った。

 

「もっと他になかったんですかね、マスク。

 でも、指定敵団体って警察の監視下にありますよね? 特に日本のは大人しいイメージありますけど」

「過去に大解体されてるからね。でもこの治崎ってやつは、そんな連中をどういうわけか集め始めてる。最近、あの敵連合とも接触を図ったわ。顛末は不明だけど」

 

 敵連合。林間合宿を襲撃し、アンジェラを攫って行った奴ら。

 

 アンジェラは正直、敵連合に微妙な感情しか抱いていなかった。死柄木以外を自分からどうこうしようとは、どうしても思えなかった。特にトガヒミコは。

 

 確かに、彼らは友人達の命を狙った。しかし、それと同時にアンジェラにとっては、記憶を取り戻し、肉体を再編させるきっかけとなった奴らでもあるのだ。

 

 ただし、敵対するのならそれまでだが。

 

「ただ、奴が何か悪事を企んでいるという証拠を掴めない。そのために八斎會は黒に近いグレー。敵扱いができない。

 我がナイトアイ事務所が狙うのは奴らの尻尾。くれぐれも、向こうに気取られぬように」

「「「イエッサー!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コスチューム姿で、街を闊歩するアンジェラと通形。途中、通形がアンジェラに話しかけてきた。

 

「パトロールくらい職場体験でもやってるよね?」

「いや、色々あって基本活動未経験なんですよ」

「へぇ、変わってんね。でも大丈夫。今回実際にホシを監視するのはサー達で、俺達はパトロール。色々教えるよ。着いておいでよ!」

 

 頼もしいことだがその動きは明らかに変だと、アンジェラは5秒くらい思った。

 

「そういやさ、ヒーロー名聞いてなかったよね、お互い」

「ああ、そっか。アンジェラです」

「それ、名前……いいの?」

「いいんです。これは、大事な大事な名前なので」

「俺はルミリオン。全てとまではいかないが、100万……オールではなく、ミリオンを救う人間になれるようにルミリオンと命名した」

 

 通形ミリオのミリオとミリオンを掛け合わせた、中々に洒落たネーミングだ。オールではなくミリオンを救う人間とは、オールマイトよりもよっぽど「人間」らしい。

 

「コスチュームを纏って街に出れば俺達はヒーローだ。油断はするなよアンジェラさん」

「……はい、ルミリオン」

 

 アンジェラがなんとも言い難い微妙な感情をその胸に隠しながら返事をし、二人はパトロールを続けようと歩き出そうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっ!」

「おっと」

 

 と、突然、アンジェラは路地裏から飛び出してきた女の子とぶつかってしまった。白い長髪に、額に一本の角がある幼い女の子だ。何故か、両手足に夥しく包帯が巻かれている。アンジェラはその女の子と目線を合わせるように屈むと口を開いた。

 

「すまなかったな、Lady。大丈夫かい?」

「……!」

 

 その女の子はアンジェラの存在に気が付くと、その赤い瞳を一瞬だが輝かせる。アンジェラがどうしたのだろう、と疑問に思い、ひとまずその子の服についてしまったであろう埃を落とそうと右手をその子に近付けた、その時。

 

 

 

 

 

 

 

「駄目じゃないか壊理。ヒーローに迷惑かけちゃ」

 

 路地裏から現れたのは、ペストマスクの男。

 死穢八斎會の若頭、治崎だった。

 

「うちの娘がすみませんね、ヒーロー。遊び盛りで怪我が多いんですよ、困ったものです」

 

 どうやら、壊理と呼ばれたこの女の子は、治崎の子供らしい。アンジェラはいきなりの事態に胸に迫った困惑を隠しながら、愛想笑いをする。

 

「こちらこそ、ぶつかってしまってすみません」

「その素敵なマスクは八斎會の方ですよね? ここらじゃ有名ですよね」

「ええ、マスクはお気になさらず。汚れに敏感でして。

 お二人共初めて見るヒーローだ」

「そうです、まだ新人なんで緊張しちゃって。さ、立てよ相棒。まだ見ぬ未来に向かおうぜ?」

 

 アンジェラと通形の会話に当たり障りない顔で答える治崎は、しかし明らかに警戒している。ピリピリとした空気が周囲に伝わっていく。

 

「どこの事務所所属なんです?」

「学生ですよ! 所属だなんて烏滸がましいくらいのぴよっこでして。職場体験で色々回らせてもらってるんです。では我々、昼までにこの区画を回らないといかんので。行くよ」

「はーい」

 

 アンジェラが愛想笑いのまま通形に着いて行こうとした、その時。

 

 壊理がアンジェラの耳元に口を近づけて、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってるから、絶対来てね。「王様」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 アンジェラが困惑を隠しきれずにいると、壊理はアンジェラから離れて治崎に着いていく。

 

「なんだ、もう駄々は済んだのか?」

「……」

 

 壊理は怯えたように頷き、治崎は「ご迷惑をおかけしました。お二人共お仕事頑張って」とアンジェラと通形に告げると、路地裏の闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、通形はバブルガールを通じてナイトアイに連絡を取り、四人は合流した。ポタリ、ポタリと、雨が降り始めていた。

 

「すみません、事故りました。まさかあんな、転校生と四角でばったりみたいな感じになるとは……」

「いや、これは私の失態。事前にお前達を見ていれば防げた」

「取り敢えず無事でよかったよ。下手に動いて怪しまれたら危なかったかも」

 

 例えばだが、あそこで治崎を捕らえようとした場合、事前に聞いていた治崎の“個性”と合わせて考えると、どう転ぼうが建物一軒は倒壊していただろう。そもそも、こちらはまだ調査中の身。下手に動いて怪しまれでもしたら本末顛倒である。

 

「あっ、そうだサー。怪我の功名というか……新しい情報を得ましたよね。治崎には娘がいます」

「……娘?」

「壊理と呼ばれてました。手足に包帯が巻かれてて、普通なら(・・・・)、虐待を疑うようないで立ちの子供で…………」

 

 アンジェラはそこまで言うと、何か深く考え込むような素振りを見せる。まるで、パズルのピースそのものが間違っているような、何かが食い違っているような、そんな違和感を感じる。

 

「どうした、フーディルハイン」

「……うーん、にしては、違和感があったんですよね……なんか、こう根本がひっくり返るような……なにかがあるような……言ってたことも気になるし………」

 

 アンジェラは違和感にうーん、と頭を悩ませる。どうにも言語化が難しいが、先の会話の中、アンジェラは違和感を感じっぱなしだった。

 

 特に、壊理がアンジェラにだけこっそりと告げた言葉が、その違和感を加速させた。その声色にも、怯えなど見えなかった。寧ろ、まるで希望が見えたかのような喜びすら感じた。

 

 そして何より、アンジェラには、壊理が自分を助けて欲しいと思っているようには、どうしても見えなかった。

 寧ろ、誰か別の人を助けて欲しいようにも見えた。

 

 

 

 ……その、助けて欲しい人の中に、何故か治崎も含まれているように感じたことが、アンジェラの頭を最も悩ませる要因となっていた。

 

「うーん……分からねぇ……何を判断するにしても、ピースが足りない……」

「……取り敢えず、今日の所は二人共事務所に戻っていろ。バブル、行くぞ」

「は、はい!」

 

 こうして、インターン一日目が終了した。

 

 アンジェラの中に、もどかしい疑問を残したまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死穢八斎會の屋敷の地下に作られた、巨大な空間。

 治崎と壊理は、ある場所を目指して歩いていた。

 

「ねぇ、廻さん。これで、よかったんだよね? これで、皆助かるんだよね?」

「……ああ、壊理のおかげだ。ありがとう」

 

 壊理は、本当に嬉しそうに笑う。

 その笑顔からは、治崎への怯えなど一切感じない。

 

「皆……お姉ちゃん(・・・・・)も、助かるよね?」

「………………」

 

 その問いに、治崎は明確な答えを返すことが出来なかった。

 彼は、壊理に肯定を返したかった。自分がそう、信じたかった。

 

 

 

 親父……死穢八斎會の組長と、自分との間にいつの間にか開いていた溝を埋めてくれた彼女には、感謝しか無い。自分が抱えていた大きな野望は、しかし彼女が言う「敵」の前ではあまりにも小さく。

 

 たかが人の裏を牛耳る程度では、「神」には抗おうとすることすら出来やしないのだ。

 

 そんな野望など、いとも簡単に粉々になって消えるくらいには、彼女が与えた衝撃は大きかった。

 

「……奴らは英雄症候群の病人だが……「神」の狂信者共よりは、何倍もマシだ。お前の存在が知れれば、奴らは救けに行こうと動く」

「私はいいの……廻さんや、組の皆は……?」

「…………お前が口添えしてくれれば、少しはマシな結末になるかもな。奴らに目を付けられた時点で、命があるまま終われるんならまだマシだと、思うようになっちまったよ」

「……お姉ちゃんは……?」

「…………あいつ、は…………」

 

 本当は、分かってる。

 分かっているのだ。

 彼女はどう足掻いても、助かりはしないのだと。

 そんな奇跡、起きやしないのだと。

 

 何より、彼女が、生きることを望んでいないのだと。

 本人がそう認めてしまえば、自分たちにはどうすることも出来ない。

 

 せめて、彼女の望みを、叶えてやることしか彼らには出来ない。

 

「……ねぇ、廻さん。今日、ヒーローに会ったでしょ?」

「ああ、あの学生だっていう……奴らから、アイツの言う奴に情報が行けば…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「居たよ、「王様」」

 

 治崎は、目を見開いた。

 

 壊理はどこまでも嬉しそうに、笑っている。

 その喜びが嘘偽りのものとするならば、一体何なら喜びになれるのかというような笑みだった。

 

「王様、来てくれるよ。そしたら、お姉ちゃんも、王様に直接会ってお話してくれるよね」

「……本当……よくやったな、壊理……」

「お姉ちゃんのためだもん」

 

 二人はある扉の前に立つ。子供が書いたような拙い字で、「おねえちゃんのへや」と書かれた張り紙が貼ってある扉だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん! 居たよ、王様が居たんだよ!」

 

 治崎が扉を開くと、壊理は真っ先にその部屋の主の下へ駆け寄る。

 

「「王様」……そっか、やっぱりあの子が王様なんだね」

 

 金髪に赤い瞳を輝かせた少女は、飛び込んできた壊理に優しげなほほ笑みを見せる。

 

「加減良さそうだな、ワプト」

「ついに目も腐り始めたの? 治崎」

 

 若頭たる治崎にも臆さず挑発する少女は、あちこち点滴まみれでベッドの上に腰掛けている。

 

 その背後では、緑色の液体に満たされた肉の塊が、脈動を繰り返していた。

 

 



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憶測の話

 その後、麗日と蛙吹、切島もインターン先が決まり、3人が公欠になることがある学校生活を送って数日が経過した頃。

 

 アンジェラがインターンへ行こうと寮の玄関の扉を開けると、そこには切島の姿があった。

 

「おっフーディルハイン、おはよう! お前も今日インターン行くんだ、奇遇だな」

「ああ、コスチュームはいらないって言われたが……」

 

 アンジェラの言葉を遮るように、再び玄関の扉が開かれる。

 

「あれ? おはよう、二人共今日?」

「ああ」

「偶然ね、私達もよ」

 

 そこには、二人で同じインターン先でインターンを行っている麗日と蛙吹の姿が。アンジェラは奇遇なこともあるもんだと思いながら、四人で駅に向かっていった。

 

 だが、全員が同じ改札を通った時点で、アンジェラはこれがただの奇遇なことだとは思えなかった。

 

「ん? 全員こっち? 切島関西じゃなかったっけ?」

「なんか、集合場所がいつもと違くてさ」

「私達もそうなの」

 

 その後も、全員が同じ電車に乗り、同じ駅で降りた。駅から向かう方向も同じ、曲がる角も同じ、ナイトアイ事務所への道筋だ。事務所の前にビッグ3もお揃いで、指定された会議室へと入ると、そこには各インターン先のヒーローや相澤先生、グラントリノ、それ以外にも沢山のヒーローが集まっていた。アンジェラが状況をいまいち掴めず困惑していると、ナイトアイが声を上げる。

 

「あなた方に提供していただいた情報のおかげで、調査が大幅に進みました。死穢八斎會という小さな組織が何を企んでいるのか、知り得た情報の共有とともに、協議を行わせていただきます」

 

 アンジェラはこの時ようやく、状況を理解した。これは、八斎會に関する会議の時間なのだと。

 促されるまま全員が席につくと、バブルガールのたどたどしい声で会議が始まった。

 

「えー、それでは始めてまいります。我々ナイトアイ事務所は、約2週間ほど前から、死穢八斎會という指定敵団体について、独自調査を進めて……います!」

 

 そのきっかけは、レザボアドッグスと名乗る強盗団の事故。治崎ら八斎會が巻き込まれたが、死傷者は0。しかも、レザボアドッグスらは持病すらも綺麗に治っていた。治崎の“個性”によるものと考えられるが、怪我人なしの敵逮捕となったため、八斎會が罪に問われることはなかった。だが、盗まれた金だけはきれいに燃えてなくなっていた。警察は事件性無しという結論を出したが、これがナイトアイ事務所が死穢八斎會を本格マークすることとなったきっかけである。

 

 バブルガールの言葉を引き継ぎ、ナイトアイ事務所のもう一人の相棒、センチピーダーが説明を始める。

 

「私、センチピーダーがナイトアイの指示の下、追跡調査を進めておりました。調べた所、死穢八斎會はここ一年の間に全国の組織外の人間や同じく裏稼業団体との接触が急増しており、組織の拡大、金集めを目的に動いているものと見ています。

 

 そして調査開始からすぐに、敵連合の一人、分倍河原仁、敵名トゥワイスと接触。尾行を警戒され、追跡はかないませんでしたが、警察に協力していただき、組織間で何らかの争いがあったことを確認」

「連合が関わる話ならということで、俺や塚内にも声がかかったんだ」

「その塚内さんは?」

「他で目撃情報があってな、そっちへ行ってる」

 

 グラントリノがここに居るのは、連合が関わるかもしれない案件だったかららしい。アンジェラはなんとなく納得した。

 

「えー、このような過程があり、HNで皆さんに協力を求めたわけで……」

「そこ、飛ばしていいよ」

「うん」

 

 HNとはヒーローネットワーク、プロ免許を持った人だけが使えるネットワークサービスのことである。全国のヒーローの活動報告が見れたり、便利な“個性”のヒーローに協力を申請したりできるのだと、麗日と蛙吹に波動が説明した。その結果、話が止まった。

 

 そのことに思うことがあるのか、アンジェラの隣に座っている褐色肌のヒーローがふてぶてしく口を開く。

 

「雄英生とはいえガキがこの場に居るのはどうなんだ? 話が進まねぇや。本題の企みに辿り着く頃にゃ日が暮れてるぜ」

「抜かせ! この二人はスーパー重要参考人やぞ!」

 

 褐色肌のヒーローの言い草に腹を立たせたのか、丸くて存在感のあるヒーローが立ち上がって切島と天喰を指して言った。切島はいまいちピンときていないようで首を傾げている。天喰はノリがキツいと零していた。このヒーローが、切島のインターン先のようだ。

 

「取り敢えず、初対面の方も多い思いますんで、ファットガムです、よろしくね」

「「丸くて可愛い」」

「おっ、飴やろなぁ!」

 

 ノリがいわゆる大阪のおばちゃんのようだ。麗日と蛙吹にファットガムは飴を渡していた。

 

 ファットガムは違法薬物に詳しいヒーローとして、ナイトアイから協力を要請されたらしい。昔はそういうのをゴリゴリに潰していたのだとか。

 だが、そんなファットガムでさえ知らない種類の弾が、先日の烈怒頼雄斗……切島のデビュー戦の時、天喰に撃ち込まれた。それは、“個性”を壊すクスリだった。

 

「ええっ!? 環、大丈夫なんだろ!?」

「ああ、寝たら回復したよ。見てくれ、この立派な牛の蹄」

「朝食は牛丼かな?」

 

 天喰は食べたものを再現するという“個性”の持ち主だ。右手が立派な牛の蹄になっていることから見ても、今は自然治癒で元通りになっていることが分かるが、撃ち込まれた直後は“個性”が発動出来なかったらしい。病院で見てもらったら、“個性”因子が傷付いていたとのこと。相澤先生の抹消とは違い、その銃弾は“個性”因子を傷付け、“個性”を使えなくするクスリであった。

 

「その撃ち込まれた物の解析は?」

「それが環の身体は他に異常ナシ、ただただ“個性”だけが攻撃された。撃った連中はだんまり、銃はバラバラ、弾も撃ったきりしか所持してなかった。

 

 ……ただ、切島君が身を挺して弾いたおかげで、中身の入った一発が手に入ったっちゅうわけや」

「……うおっ、俺っすか! びっくりした、急に来た!」

 

 突然話を振られた切島は驚愕する。自分がそんな重要なことをしたと理解した、というわけではなく、話が難しくて何言っているのかよく分かっていないようだ。だが、切島がかなりの手柄を上げているのは事実だろう。

 

「そしてその中身を調べた結果、むっちゃ気色悪いもんが出てきた。

 

 

 ……人の血ぃや細胞が入っとった」

 

 つまり、その効果は“個性”によるもの。“個性”を破壊する“個性”でも持った人間が居るのだろうか、と、アンジェラは至極冷静に考えた。

 

 それを気味が悪いと、アンジェラはどうしても思えなかった。

 

 人を生きたまま人ではない姿に作り替え、その自我を殺してなお、舞台装置として生かし続ける狂気を知ってしまったら、人間の細胞を銃弾にしているくらい、狂気でも何でも無い。

 

 

 ……その思考に辿り着いてしまったアンジェラは、その胸に抱いた感情を仮面で覆い隠しながら、内心で苦笑する。

 

 普通の人なら嫌悪を感じるだろう、そして恐らくだが、その銃弾に使われた細胞の持ち主は壊理だ。

 

 それが事実なら、邪悪なことだとは思う。許してはならない行いだとも思う。

 

 だが、アンジェラは、壊理と治崎の間に感じた違和感を差し引いても、どうしても、どう足掻いても、それが狂気であると認識することは、出来なかった。

 

 ……これが、自分が人間でないことの証明でなくて、何だというのだろうか。

 

 

 

 その間にも、会議は進む。最近多発している組織的犯行の多くが、八斎會に繋げようと思えば繋がるらしい。八斎會をどうにか黒にしたくてこじつけているようにも感じる。だが、治崎の“個性”「オーバーホール」……対象を一度分解し治す“個性”と、出生届のない壊理という娘が発見され、その時彼女には手足に夥しく包帯が巻かれていたとなれば……その後に予想できることは、一つだろう。最初は理解出来ていなかった麗日達も、褐色肌のヒーローの、無慈悲なほど分かりやすい解説にようやく状況を理解した。

 

 つまり、治崎は娘……壊理の身体を銃弾にして捌いているのでは、ということである。

 

 現段階では性能としてあまりに半端、八斎會が薬物を捌いていた証拠もないが、もしそれが試作品で、弾の完成品が完全に“個性”を破壊するものであれば……悪事のアイデアが幾らでも湧いてくる。これにはアンジェラも心から同意する。

 

「想像しただけで腸煮えくり返る……今すぐガサ入れじゃあ!!」

「……けっ、こいつらが子供保護してりゃ一発解決だったんじゃねぇの?」

 

 褐色肌のヒーローが、責めるようにアンジェラと通形に視線を向けて言

 う。確かに、ここまでの状況を聞けば、壊理を保護すべきだったと言われるのも無理はない。

 

 だが、アンジェラはどうにも違和感を感じていた。まるで、根本からなにかが間違っているような感覚だ。言語化が果てしなく難しく、思考がそっちへと引っ張られて反応を返すことすら出来ない。

 

「全て私の責任だ。二人を責めないでいただきたい。知らなかったこととはいえ、二人共先を考えより確実に保護出来るように動いたのです。今この場で、一番悔しいのはこの二人です」

 

 ナイトアイの擁護も、今のアンジェラには遠いように聞こえた。それだけ、アンジェラが思考に引っ張られているということなのだが。

 

 ガタッ。

 

 通形は居ても立っても居られなくなって、椅子を倒しながら勢いよく立ち上がった。

 

「今度こそ必ず壊理ちゃんを……保護する!」

「そう、それが私達の目的となります」

 

 ナイトアイが通形の言葉を引き継ぎ、締めくくる。だが、その直後褐色肌のヒーローが疑問を口にした。

 

「ケッ、ガキが粋がるのもいいけどよ、推測通りだとして、若頭にとっちゃその子は隠しておきたかった「核」なんだろ? それが何らかのトラブルで外に出ちまってだ、あまつさえガキンチョヒーローに見られちまった。素直に本拠地に置いとくかを俺なら置かない。攻め入るにしても、その子が「いませんでした」じゃ話にならねぇぞ。どこにいるのか特定できてんのか?」

 

 彼の言い分はもっともだ。そして、人の思考を突いたいい発発言だともアンジェラは思った。ナイトアイも問題はそこだと考えているようだ。何をどこまで計画しているのか不透明な以上、一度で確実に叩かなければ尾を引くのみ。

 

「そこで、八斎會と接点のある組織、グループ、及び八斎會の持つ土地、可能な限り洗い出しましリストアップしました。皆さんには各自その箇所を探っていただき、拠点となり得るポイントを絞っていただきたい」

 

 スクリーンに表示されたリストと呼ばれたヒーローの活動地区がリンクしている。どうやら、土地勘のあるヒーローが選ばれているらしいとは、マイナーヒーローの一人が発した言葉だ。

 

 その後も会議が進む中、相澤先生が挙手をしてナイトアイに質問をした。

 

「あのー、一ついいですか。どういう性能かは存じませんが、サー・ナイトアイ、未来を予知できるなら、俺達の行く末を見ればいいじゃないですか。このままでは少々、合理性に欠ける」

 

 ナイトアイの“個性”は予知。条件は社外秘だが、未来を予知することが出来るそうだ。その“個性”をオールマイトに使ったことが、ナイトアイがオールマイトとケンカ別れをするきっかけになってしまったと、アンジェラはナイトアイ本人から聞いた。

 

 相澤先生の言い分も分かるが、ナイトアイにはそれが出来ない理由があった。

 

 まず前提として、ナイトアイの予知は発動後二十四時間のインターバルを挟む。一日一時間、一人しか見ることが出来ない。そして、フラッシュバックのように一コマ一コマが脳裏に映される。発動してから一時間、他人の生涯を記録したフィルムを見ることが出来るようなものだ。ただし、そのフィルムは全編人物の近くからの視点のもの。視えるのはあくまでも個人の行動と僅かな周辺環境。

 

 それだけでも十分過ぎるほど色々分かるが、ナイトアイが他人の行く末を見ることが出来ないのは、

 

「……例えば……その人物に近い将来……死……ただ、無慈悲な死が待っていたら、どうします?」

 

 そう、ナイトアイは恐れている。

 自分が未来を視ることで、他人の未来を決定づけてしまうことを。

 占いとは違い、それは未来を予知する力。回避できる確証はない。だからこそナイトアイは、自身の“個性”を行動の成功率を最大まで引き上げた後に勝利のダメ押しで使うものだと称した。

 

「……取り敢えずやりましょう。困ってる子が居る、これが最も重要よ」

 

 静まり返ってしまった会議室に、リューキュウの声が響く。そう、違和感は拭えないにせよ、壊理が困っているというのは変わらないのだ。

 

「娘の居場所の特定、保護、可能な限り確度を高め、早期解決を目指します。ご協力……よろしくお願いします」

 

 ナイトアイはそう言うと、深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、アンジェラ達インターン生はナイトアイ事務所の一角に集まっていた。アンジェラが麗日達の心配の視線にすら気が付かないほどに深々と思考の海に沈んでいると、相澤先生がこの場に現れた。

 

「通夜でもしてんのか?」

「ケロ、先生……」

「ああ、学外ではイレイザーヘッドで通せ。

 いやしかし……今日は君たちのインターン中止を提言する予定だったんだがな」

 

 相澤先生の発言に今更何で、と納得できない切島達が口を挟むも、相澤先生の「敵連合が関わってくる可能性があると聞かされたろう、話は変わってくる」という発言に切島達も反論出来ずに黙り込んでしまった。

 

「……フーディルハイン、会議の時から何か考え込んでるようだが……どうした?」

 

 相澤先生がアンジェラと目線を合わせて放った言葉に、アンジェラはようやっと視線を上げた。

 

「……なんか、違和感があるというか……言葉にするのが難しいんですけど……それに、壊理の態度も、虐待を受けている子供にしてはおかしかった気が……うーん…………でも、やっぱりパズルのピースが足りないというか……もどかしいというか………………

 

 ……それに、あいつオレに対して「絶対来てね」って言ってきて……でも……う────ん…………」

「アンジェラちゃん……」

 

 再び考え込んでしまったアンジェラの頭を、相澤先生はポンポンと撫でた。まるで、落ち着かせるように。

 

「フーディルハイン、そういうのは気にしなさすぎるのも問題だが、気にしすぎるのもまた問題だ。事実がどうあれ、本人に直接確かめるのが一番合理的だろう」

「相澤先生……」

「俺はお前を止めるつもりはない。会議で出た憶測が事実だとしても、違う事実があったとしても、恐らくだが、お前はそれを確かめなきゃならんだろう。あの子がお前に言ったという言葉は、そういう意味があってのものなのだと、俺は思う」

 

 そう、何が真実であれ、確かめようと動かねば話は始まらない。

 本当は壊理が何を望んでいるのかも、そうしなければ分からないままだ。

 

「ミリオ、顔を上げてくれ」

「ねえ、私知ってるの。ねえ通形、後悔して、落ち込んでも、仕方ないんだよ。知ってた?」

「……ああ」

 

 落ち込む通形に、天喰と波動が励ましの声をかける。通形も顔を上げ、その眼に決意を宿した。

 

「兎にも角にも、まずは前、向いて行こう」

「はい!」

「相澤先生……」

「ここではイレイザーだ」

「俺、イレイザーヘッドに一生ついていきます!」

「一生はやめてくれ」

「すんません!」

「切島君、声デカイ……」

 

 感動して大きな声を出した切島に、アンジェラは苦笑いをした。

 少しだけ空気が軽くなった空間に、相澤先生は少し口を挟む。

 

「とはいってもだ。プロと同等か、それ以上の実力を持つビッグ3と、明確な目的もあれば、調子戻り始めとはいえそれを補って余りある高い実力も持ち合わせているフーディルハインはともかく、蛙吹、麗日、切島、お前らは自分の意思でここに居るわけでもなければ、もし実際に参加したとしても役割は薄くなると思う。どうしたい?」

 

 これは、麗日達への確認だ。もし麗日達がNGを出せば、相澤先生は麗日達が作戦に参加しないように取り計らってくれるだろう。

 

 勢いよく立ち上がり口を開いた麗日を皮切りに、彼女らは自分たちの意思を示す。

 

「せっ……イレイザーヘッド! あんな話聞かされてもう、やめときましょとはいきません!」

「イレイザーがダメと言わないのなら、お力添えさせてほしいわ」

 

 麗日と蛙吹の瞳には、確かな決意が宿っていた。そんな一年生を後押しするように、天喰が口を開く。

 

「会議に参加させている以上、ヒーロー達は一年生の実力を認めていると思う。現に、俺なんかよりも一年の方がよっぽど輝かしい」

「天喰君隙あらばだねぇ!」

 

 隙あらばとは、隙あらば自分を卑下する、ということだろう。卑屈にも程があるのではと、アンジェラは一瞬思った。

 

「俺等の力が少しでもその子んためになるなら、やるぜ、イレイザーヘッド!」

 

 クラスメイト達の、この作戦に自分から参加したいという意思表明を聞き、相澤先生は納得したように頷いた。

 

「分かってるならいい。今回はあくまで、壊理ちゃんという子の保護が目的。それ以上は踏み込まない。警察やナイトアイの見解では、敵連合と死穢八斎會は良好な協力関係にはなく、今回のガサ入れで、奴らも同じ場に居る可能性は低いと見ている。だが、万が一見当違いで連合にまで目的が及ぶ場合は、それまでだ」

『了解です!』

 

 そして、夕日は落ちていく。

 

 

 アンジェラの心の中に、違和感と疑問を残したまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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壊れた運命

 絶望の中を藻掻き、たった一つの灯火に繋ぐ。

 其れは善意でも悪意でもない。

 天の使いを前にして、そんなものに意味など無い。

 其れは、原始的な感情。




 足掻き藻掻いて、それでも世界(地獄)を生きようとする、

 生存本能だ。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古来より、知性ある生き物達は自分達の住む世界の外側に、この世界を創り出したものが住んでいると信じていた。

 

 人には触れられぬ世界の外側から、この宇宙を観測し、時に干渉するものが存在するのだと信じて疑わなかった。

 

 真偽など、誰にもわからない。少なくとも人間には、それを確認する手立てなど存在しない。

 確認する手立てがないからこそ、人々はそれぞれで外の者を、外の概念を思い描いた。

 

 曰く、魂は幾度も輪廻を繰り返す。

 曰く、世界をお創りになったものが最後に作ったものが人である。

 曰く、外の御方は時に人にお告げをくださる。

 曰く、八百万のものが外の概念に通ずる。

 

 どれが正しいのかなど、誰にもわからない。

 確かめる手立てなど、人間が人間である以上存在しない。

 

 だが、それぞれの考えを信じる者達からすれば、他の考えは認められないものだった。

 他の外に対する考えを認められない者達は争い、その火種を最も被るのは、どこでだって、いつだって、争いには無関係な者達だった。

 

 無関係な者達も、奪われた憎悪と共に争いに乗り込んでいき、炎は益々大きくなっていく。

 

 譲れぬからこそ戦い、そして傷付き眠りについていく。星は血に汚れ、再生できないほど傷付くまで争いが繰り返されたこともあった。

 

 

 

 外の者が争いを繰り返す知性ある生き物に見切りをつけたのか、はたまた、これ以上傷付けられることを嫌った星の思し召しか。

 争いが起こる前に、はたまた争いが起きた後の文明を焼き払う裁定者が現れた。

 

 数多の文明を焼き尽くした裁定を振るう者は、外の者の導きの元にその力を振るう。

 

 それは、外の者が創り出した単一のものであれば、外の者の導きを受けたその文明の者であったことも、外の者がばら撒いた「病」であることもあった。

 

 

 

 

 

 ある文明、魔法と科学が発達したその星において、裁定者は一人の少女だった。

 

 宗教戦争で多くの大切な人を亡くし、憎悪に囚われた少女だった。

 

 少女は憎悪の念にその身を焦がしながら、あるものを発掘し、復元した。

 

 それは、全てを元に戻すため。

 違う考えを認められなかった奴らが起こした争いに、無慈悲に奪われた大切なものを取り戻すため。

 たった2つだけ残された、大切な人を守るため。

 そして、争いの大元となった奴らを皆殺しにするため。

 

 少女はそのために、禁忌に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 少女の願った通り、争いの大元となった奴らは皆死んだ。

 

 

 

 

 

 

 だが、失われたものは、決してその手に戻ることはなかった。

 

 

 

 

 守りたかったものも、一つは無惨な姿へと成り果て、少女自身がその手にかけた。

 何度も、何度も、炎の中で、肉の塊へと刃を振るった。

 

 少女の心は、既に壊れていた。

 

 

 

 

 

 迷いと共に振るわれた槍に、首を切り落とされる。

 

 

 

 

 

 

 一体何が間違ってたのかと言われれば、こう答えるしかあるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 神の力に手を伸ばそうとした時点で、破滅の運命は決まっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、この星も、もう例外なんかではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ!? 壊理って子が本拠地に居る!?」

 

 数日後の早朝、ナイトアイ事務所にそんな声が響き渡った。八斎會の本拠地とは、トップ、組長の屋敷のことである。

 

「けっ、俺達の調査は無駄だったってわけか」

「いえ、新たな情報も得られました」

「どうやって、確信に?」

 

 ファットガムの疑問にナイトアイはどこからともなく、日本の女児向けアニメ「プリユア」のおもちゃを取り出す。

 

「八斎會の構成員が先日近くのデパートにて、女児向けの玩具を購入していました」

「は?」

「なんじゃそら」

 

 アンジェラは、その構成員はそういう趣味だっただけなのでは、と一瞬思った。ファットガムも同じことを思ったようで、「そういう趣味の人かもしれへんやろ! 世界は広いんやでナイトアイ!」とツッコミを入れていた。

 

「ちゅうか、何でお前も買うとんねん!」

「いえ、そういう趣味を持つ人間であれば確実に言わない台詞を吐いていた」

 

 ナイトアイは、このおもちゃを購入した八斎會の構成員が「めんど」と吐き捨てていたところを目撃し、彼に予知を使った。その予知に、壊理の姿が映っていたとのことだ。予知使うのかよとツッコミが入ったが、ともかくこれで決まりというわけだ。

 

「フーディルハインさん……やるぞー!」

 

 通形はいつもの明るい雰囲気の中に真剣さが混ざったような空気で、腕をとにかく上下させてやる気を表現していた。やる気があるのは大変よろしいことなのだが、その動きは絶対に変だとアンジェラは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前8時、警察署前にヒーローと警察が集まった。アンジェラ達もコスチュームを身に纏い、警察署前で刑事の話を聞きながら、渡された八斎會構成員の“個性”リストを読み込んでいた。麗日達は緊張しているが、プロは落ち着いて事に当たっている。

 

「プロは皆落ち着いてんな……慣れか!」

「あれ? そういえばグラントリノが今朝から見えないけど……」

「あの人は来られなくなったそうだ」

 

 アンジェラがふと零した疑問に答えたのはナイトアイだった。それを引き継ぎ、刑事が口を開く。

 

「塚内が行っている連合の件に大きな動きがあったみたいでな。だがまぁ、こちらも人手は十分、支障はない」

 

 確かに、これだけ多くの人員が居れば、余程のことがない限り(・・・・・・・・・・)人手不足に陥ることはないだろう。グラントリノが連合の方を優先させたのも納得がいく。

 

「八斎會と敵連合、一気に捕まったりしてな!」

「かもな」

 

 アンジェラは切島の言葉に返事をしながら、左腕の義手の掌を開いたり閉じたりして動作確認をする。

 そこへ、相澤先生……いや、イレイザーヘッドがやって来て口を開いた。

 

「俺はナイトアイ事務所と動く。意味、分かるな」

「はい」

 

 アンジェラはその意図を即座に理解し、短く返事をした。

 イレイザーヘッドがアンジェラに確かめるように促したのだから、それを近くで支えるべきだと、「相澤先生」が考えたがゆえだろう。

 

「ヒーロー、多少手荒になっても仕方ない。少しでも怪しい素振りや反抗の意思が見えたら、すぐ対応を頼むよ。相手は仮にも、今日まで生き延びてきた極道者。くれぐれも気を緩めずに、各員の仕事を全うしてほしい。

 

 突入開始時刻は、0830とする! 総員、出動!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前8時半、死穢八斎會組長宅前。

 ヒーローと警察の機動隊が包囲する中、捜索令状を持った刑事がインターホンの前で最終確認とばかりに口を開く。

 

「令状読み上げたら、ダーッと行くんで。速やかによろしくお願いします」

「しつこいな、信用されてねえのか」

「そういう意味やないやろ、意地悪やな」

 

 この褐色肌のヒーロー……アンジェラが調べた所によるとロックロックというヒーローらしい、は、何だか毒を吐く事が多い。ファットガムの言うように、少し意地悪だ。

 

 ……そんなことを頭の片隅で考えているアンジェラは、やはり違和感は拭えなかった。

 

 何か、根本的なものを見落としているような、そんな気がしてならない。

 

 ……壊理に再び会えさえすれば、この違和感の正体が分かるのだろうか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああああっ!!」

 

 と、刑事がインターホンを押す直前、何人かの八斎會の組員と思しき男たちが門扉を勢いよく開けて出てきた。服はボロボロ、手足や顔にも怪我を負っている。中には、片腕が失くなってしまっている者も居て、全員が何かに怯えているような色を顔に出していた。

 

「って、ヒーローに、警察……!? こんな時に……!」

「いや、この際国家権力でも何でもいい! 頼む、助けてくれ!!」

「助けてくれって……」

 

 ヒーローや警察達は酷く困惑した。八斎會を包囲しに来たというのに、その八斎會の組員から頭を下げられて助けを求められたのだから無理もない。

 

 だが、そのボロボロな身なりに声に滲む恐怖心は、嘘偽りのものにはとても見えなかった。それが嘘だというのなら、一体何なら恐怖と呼べるのか、というような表情だった。

 

「屋敷の中にいきなり化け物が現れて……もう何十人も組員が殺されてる……あいつは……本物の化け物だ……!!」

 

 ガタガタと震えながら声を絞り出す八斎會の組員は、取り敢えず警察の機動隊が保護することとなった。彼らは涙ながらに、「ありがてぇ……あんたらは命の恩人だ……!」と、本音としか思えない感謝を口にする。

 

 ……と、アンジェラは開け放たれた門扉から、わずかながらに流れ出てきた魔力を、その肌で感じ取る。それが、八斎會の屋敷を荒らしているという化け物が出しているのかはまだ分からないが。

 

 とにかく、中を確認しないことには何をすることも出来ない。あまりにも予想外のことが起こりすぎてしまったため、念のためにとマイナーヒーロー達と機動隊の一部を残して、アンジェラ達は八斎會の屋敷へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

 

 玄関には、少しばかり血の跡があるだけで、異常はなかった。

 

 だが、ナイトアイが予知で見た通りの道筋を進み始めて少しすると、変化はすぐに現れた。

 

「……」

「うっ……」

 

 漂ってきたのは、この緊張感には到底似合わない甘い香り。甘い、甘い、しかし、食欲を煽るようなものではなく、寧ろ吐き気を催すような、死を思わせる甘い香りが、進めば進むほど強くなる。麗日と切島は走る足は止めないまま、思わず手で口を塞いだ。

 

 そして、変化というのは当然ながら匂いだけではない。

 壁や床には赤い液体が、まるでカーペットのようにぶちまけられており、時には人の腕や脚、腸や血肉などが転がっているところにすれ違うこともあった。甘い香りの正体はこれか、と、アンジェラはどこか他人事のように思った。

 

「これ……人の……うっ」

「一体、何が起こったっちゅうねん……あんま、仏さんの一部分見たらあかんで、特にインターン生!」

「……いえ、大丈夫ですファット! それより、こんな所に小さな女の子が居るって、余計に早く助けないと……!」

 

 ファットガムがアンジェラ達インターン生に注意を促しながらも、アンジェラ達はナイトアイの先導の元進む。

 

 と、壁の一部が無くなっている場所でナイトアイが立ち止まった。本来なら、ここに隠し通路を開く仕掛けがあったのだが、無惨にもそれは破壊され、粉々になっている。

 

 そして、その通路の中には、腹に大きな穴を空け、そこから血を垂れ流している八斎會の組員が転がっていた。息はないが、血がまだ固まっていないことから、その組員が死んでまだ時間が経っていないことが分かる。

 

「酷い……」

「誰が、こんなこと……」

 

 麗日と蛙吹は、自分の精神がガリガリと削られていくような感覚に囚われていた。仮免持ちヒーローとはいえ、まだ高校一年生なのだ。死体を前にして精神が抉られるのも無理はないだろう。切島も、先はファットガムの言葉に啖呵を切ってみせたが、実際に人の死体を目にしてしまうとその精神を摩耗させてしまう。

 

 ただ、アンジェラはこんな中でも平常心を保っていた。ショックを受けていないわけでは決して無いが、せいぜい人間が小動物の死体に抱く程度のものでしかない。「同族」でも何でも無いものの死体に、大きなショックを受けることはない、それと同じだ。

 

 平常心を保ってはいたが、今まで心の中に渦巻いていた疑念は、何とも形容し難い違和感は消えることなく、寧ろその勢いを増していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を下り、アンジェラ達は地下通路に辿り着く。道は、ナイトアイが予知で見た通りに続いていた。

 

 そう、道筋そのものは。

 

 壁や床のみならず、天井からまるで雨漏りのように甘い香りを放つ赤い液体が滴り落ち、あちこちに肉の塊や死体が転がっている。中には、首がどこにもない死体もいくつかあった。

 

 アンジェラ自身は平気だが、こんな凄惨が過ぎる場所、プロヒーローでも正気を保つので精一杯なはずだ。アンジェラは周囲の状況を冷静に把握すると、口を開く。

 

「ナイトアイ。やることやって、さっさとこんなトコおさらばしましょう」

「……とは言うが、どうするつもりだ?」

「ダッシュで」

 

 有無を言わせる気など、アンジェラには微塵もなかった。平気なだけで、アンジェラもこんな気味悪い場所に長居したいとは思わない。

 

「君なら可能だろうが……平気、なのか?」

「大丈夫です」

「……そうか。なら、任せる。道筋は……」

「既に頭に入ってます」

 

 アンジェラは短く告げると、赤い液体で彩られた地下通路を音速で駆け抜けていった。

 

 ソニックブームを撒き散らしていったアンジェラを見送ると、ナイトアイ達もまた壊理が居るであろう場所へ向かって走り出す。先行していったアンジェラが壊理を保護し戻ってきたらそれでよし、その前に合流出来れば出来たで、戦力が多いに越したことはない。ここで一体何があったのかも、突き止めねばならない。

 

 ナイトアイ達は赤い液体をピシャリ、ピシャリと跳ねさせながら、アンジェラの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラがその道筋を辿り切るまで、恐らく一分もかかっていない。

 時折、道のど真ん中に転がっている死体を躱しながら、アンジェラはナイトアイに教えられた道を風圧を発生させ駆け抜ける。

 

 走れば走るほど、壊理が居るであろう場所に近付くほど、周囲に漂っている魔力もより濃くなっていくのを肌で感じる。魔力の大元が、近くにある証だ。

 

 何故、と考えるよりも先に、アンジェラは確信を持って足を動かしていた。

 

 確かに、作戦上自分が真っ先に行くべきだと思ったことも事実だ。アンジェラのスピードならば、それが可能だ。

 

 だが、それ以上に、アンジェラは、ソルフェジオは、この地下通路に入った瞬間、確信を持った。有無を言わせる気がなかったのは、100%私情だ。

 

 確かめなければならない。

 だが、それは壊理のことではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……やがて、アンジェラは一つの部屋の前に辿り着いた。

 赤に濡れた、辛うじて子供が書いたであろうことだけが分かる張り紙がある扉だ。

 

 ナイトアイに言われた部屋はここではない。

 

 だが、アンジェラは、その部屋の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶり。血の繋がったおねーちゃん。

 

 そして、制作者(マイスター)

 

 右目はトパーズの、左目にはサファイアの輝きを宿し、アンジェラはその部屋に足を踏み入れる。

 

 その部屋の主は、点滴まみれでベッドに腰掛けている金髪赤目の少女。

 

 

 

 

 

 アンジェラは、この時生れて初めて、自分から血の繋がった姉に会いに来た。

 



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そして幼子は火を焚べた

 希望なんか、どこにも見えはしなかった。

 ただただ無我夢中に、駆け出しただけだった。

 その先に見えた希望が、自分に向けられはしないと分かっていても、

 私は、手を伸ばし続ける。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カコン、カコン。

 時計の振り子が振れるような音と、心臓の鼓動のような音が奇妙なコントラストを作り出す部屋。切れかけの蛍光灯と、ベッドの背後にある、緑色の液体のようなもので満たされ鼓動を繰り返す肉の塊が、この部屋の光源になっていた。

 

「……私のことを、そう呼ぶんだ」

「生物学的な話で言えば、矛盾してるわけじゃないだろ? 

 それに、真実かと」

「あっはっは、どっちが話してるんだか……いや、両方か。どちらも聞きたいことが一致しているからこそのそれか。いやはや随分と、欲張りなことで」

 

 金髪の少女はその赤目を鈍く輝かせて笑う。一体何がそんなにおかしいのか、二人(・・)には分からないが、自分たちが欲張りだということには心の底から同意する。

 

「色々と聞きたいことはあるが、まー、まずは仕事上、これから先に聞かせてもらうよ。壊理はどこに居る?」

「ああ、一応ヒーローとして来たんだっけ。そっちを優先するのは当然だよなぁ。

 

 

 

 

 

 ……本当は、もう、気付いているんでしょ? 今までは、確信に至れなかっただけだ」

「まぁな。でも、オレ個人としても、あいつと直接会って話をしたいんだよ」

 

 トパーズとサファイアのオッドアイが、病床に腰掛ける少女のルビーの瞳をじっと映して揺らめく。少女の眼に嘘は欠片も含まれていない。そもそも少女は、彼女らに隠し事をするつもりはない。

 

「長い話になる。その前に、最初の質問に答えようか。

 

 ……壊理、おいで」

 

 ベッドの後ろからひょこり、と顔を見せた壊理は、何か箱のようなものを抱えながらてってこと少女の元に駆け寄る。少女は壊理から箱のようなものを受け取ると、彼女の頭を撫でた。

 

 壊理からは、少女に対する怯えを感じないどころか、壊理は少女にとても懐いているようにすら思う。先に出逢った時に巻いていた包帯は、今は左腕の一部分にしか巻いていない。

 前は裸足に柄すら無い一枚のワンピースに身を包んでいた壊理だったが、今は少女の見立てだろうか、頭巾が下ろされた、童話の赤ずきんのような格好をしている。

 

「ワプト……ちゃんと1から……説明してくださいよ、制作者(マイスター)

「それは確約するさ。ただ、さっきも言ったけど長い話だ。話だけじゃあ退屈だろう? 

 

 

 

 ……ナーディ、チェスは出来る?」

「その名前で呼ばないのなら、付き合っても良いぜ」

「失礼、アンジェラ」

 

 少女……ワプトが指を鳴らすと、ワプトが腰掛けるベッドとアンジェラとの間にチェス盤と駒を乗せたガーデンテーブルが、アンジェラの背後には、ガーデンチェアが現れる。

 

 一度瞳を伏せ、再び開く。トパーズの両目を光らせながら、アンジェラはワプトに促されるままに、ガーデンチェアに腰掛け足を組んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血塗れの地下通路を駆け抜けるナイトアイ達だが、途中からある違和感に襲われていた。

 

「……なぁ、ここ、さっきも通った場所な気ぃすんねんけど……俺の気の所為か?」

「いや……さっきから同じ場所を何度も何度もグルグルとしているような……」

 

 曲がり角を走り抜ける。

 肉の塊が四方に転がった場所に辿り着く。

 

 もう一度、曲がり角を走り抜ける。

 また、同じ場所に辿り着く。

 

 ナイトアイ達は、この時確信に至った。

 自分たちが、同じ場所をただひたすらにグルグルと走っていると。

 

「本部長の入中か? 

 ……いや、違う、逸脱してる! 八斎會にこんな“個性”の持ち主が居るとは、情報にないぞ!?」

「先行したフーディルハインと合流出来ないのも気がかりだ……一体、何が起きて……」

 

 焦りは人の視野を狭くする。それは、人間の原始的な感情だ。意図して抑えられるものでもない。そして、人の血肉があちこちに転がっているというこの極限の状況は、プロヒーローの精神でさえガリガリと蝕んでいく。

 

 だからこそ、彼らは気付くのに遅れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと待ちぃ、烈怒が居ないやんけ!?」

「リューキュウ! いつの間にかウラビティとフロッピーが居なくなっちゃった!」

「イレイザーヘッドまで……!?」

 

 特に前触れがあったわけではない。

 景色に違和感はおろか、僅かな変化もなかった。

 そして、地下通路の異常過ぎる状況にガリガリと削られていった精神が、彼らの反応を遅らせた。

 

 ナイトアイ達の視界の中から、一年のインターン生とその担任教師の姿が、いつの間にやら消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らがそれに気が付いたのは、ナイトアイ達が彼らが姿を消したと気付く少し前のことだった。

 

「……あれっ、ファット、先輩!?」

「えっ、リューキュウが……ねじれちゃんも!」

「ケロッ……何が、どうなって……」

 

 麗日達は酷く狼狽える。ヒーローらしからぬというような言葉は、彼らの置かれた状況を見てないから言えるものだ。

 

 プロヒーローでも精神をガリガリと削られる血肉に彩られた地下通路、そこで何の心構えもなしに、突然インターン先のヒーロー達と分断された。子供達が恐怖を抱くには、それだけの条件があれば十分だろう。彼らが気心の知れるクラスメイト達と、頼れる担任教師と一緒だということが、辛うじて救いだろうか。

 

「……一体、何が……

 いや、今はそれよりも……」

 

 相澤先生は思案を巡らせる。このまま進むべきか、それとも戻るべきか。どちらにせよ、分断された方法すら分からない中で、これ以上の分断は避けるべきだ。

 

「……お前ら、取り敢えず、これ以上分断されないようになるべく塊になって動け。そして、進むか戻るかだが……お前達は、どうしたい?」

 

 イレイザーヘッドとしては、このまま進むべきだと思考する。彼らの目的は壊理の保護。壊理がこの先に居る可能性が非常に高い以上、進まないという選択肢は無いに等しい。

 

 だが、相澤先生は、それで麗日達の精神は持つのか、という不安に駆られていた。相澤先生でさえ、この場所に居ることが精神的にキツいと感じているのだ。子供達が感じている精神負荷は計り知れない。

 

 だからこそ、相澤先生は彼らに問うた。ここで子供達が「戻りたい」と弱音を吐いても、相澤先生は責めるつもりはなかった。教師として、彼らを真に思うなら、選択肢は一つだった。ヒーローとしても、選択肢は一つだった。

 その2つが決定的に矛盾しているからこその、問いかけだった。

 

 

 

 

 

「……確かに、怖いです。でも、ここで立ち止まったら、ヒーロー、じゃない……」

 

 そう言う麗日の身体は、震えていた。有り余る恐怖を、精神を抉られるような感覚を必死に抑えた彼女の本音だった。

 

「そうだぜ、先生! 俺達は自分の意志でここに来たんだ。今ここで引き返したりしたら、漢らしくねぇ!」

「ケロッ、私達、覚悟は出来てるわ。進みましょう、先生」

 

 切島と蛙吹も、震えながらも覚悟を示す。先に進み、壊理を救い出そうという、まさしくヒーローらしい覚悟だ。

 

 相澤先生は、生徒たちがいつの間にやら精神的に成長していることに、場違いだということは分かっていながらも、感慨深さを感じていた。

 

「それに、アンジェラちゃんが先に行ってるんです。私達も頑張らなきゃ!」

「………………そうだな」

 

 相澤先生はなんとか、脳裏に浮かんだ考えを顔に出さないように当たり障りのないことを言う。

 

 彼の教師としての勘は言っていた。

 アンジェラは、血塗れの地下通路に困惑こそすれ、彼らのように恐怖を感じることは、精神を抉られることはなかったと。彼女の有無を言わせぬ物言いは、人の死体に対する恐怖心が無いからこそのものでもあると。

 

 今この場で、彼女の真実を知るのは相澤先生のみ。

 相澤先生は、アンジェラ・フーディルハインという少女が本当に人間ではないのだと、この時初めて思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モノクロの盤上に、駒を弾く音。黒い駒を一つ一つ、アンジェラはその黒い義手で踊らせる。

 

「……中々に強いね」

「教授によく付き合わされてただけだ。場数が多いだけだよ」

「それはそれは。わざわざ利き手ですらないそっちで駒を動かすのは、私に対するあてつけか何かかな?」

「どうだかな」

 

 白のキングが追い詰められる。点滴まみれの手で手駒を掴んだワプトは、手駒を操り黒の駒を倒す。

 

「私は所詮、キングにもなれなかったコレでしかない。星にとっても奴らにとっても……母にとってもね」

 

 病的なまでに白い手が掴んでいたのは、白のクイーン。キングが居る盤上の世界において、所詮クイーンは使い捨ての駒、キングのなり損ないでしかない。

 

「キング……ねぇ。そういえば、壊理と初めて会ったとき、オレのことを「王様」だとか言ってたけど」

「だって、王様は王様だもん」

 

 今の今まで口を挟まなかった壊理が口を開いた。ワプトの肩の後ろから二人の盤上遊戯を眺めるもう一対のルビーの瞳は、まるで確信を持ったかのように煌めく。

 

 今の壊理からは纏わりついたような魔力を感じる。恐らくは、ワプトからこびりついたものだろう。アンジェラは黒のビショップを動かしながら、壊理に目をやった。

 

「前に会ったときは、魔力の欠片も感じなかったが……払いでもしてたか?」

「ああ、あの時ならギリギリ払えたんだけどねぇ……今はもう、隠すことすら出来やしない」

「難儀なもんだな、その身体」

「ああ、本当に。壊理と治崎の“個性”のおかげでしぶとく生き延びてるけど……ま、長くはないだろうね」

 

 呆れたような声。自分の本来の限界を知っているからこその声だった。

 白のルークが倒される。残された白の駒は、いくつかのポーンとナイト、クイーン、そしてキング。

 

「壊理は生まれながらにして特別だった。それは“個性”じゃなくて、魂の話だ。確かに“個性”も特別といえば特別だけどね」

「……“個性”を壊す弾を、八斎會がばら撒いてるって噂があるんだが。それは、人間の血や細胞を原材料にしてるって話だ。

 

 まぁ……酷い博打を打ったもんだな、お前ら」

 

 倒された黒のクイーンを横目に、アンジェラはガーデンチェアに頬杖をつく。お返しとばかりに黒の駒を動かし、白のポーンを弾いた。

 

「返す言葉も見つからないね。実際、間に合ったかどうかは微妙なところだし。

 

 血肉まみれの屋敷を見ただろう? 現れたんだよ、常世の夜が」

「ふーん…………それにしては、その姿を見なかったが」

「なんとかかんとか閉じ込めたからね。まあ、その過程で沢山犠牲が出ちゃったんだけど……

 

 しかも、溢れ出した魔力が地下通路に作用して微弱な結界になってるときたもんだ……ほんと、ままならないなぁ」

 

 白い手が壊理の頭を撫でる。ワプトは一つため息をつくと、白のキングを動かした。

 

「……結界? そんなの、感じなかったけど……」

「ああ、君じゃあ逆に感じ取れないと思うよ。魔力にほんの少しでも耐性があれば、簡単にスルー出来るほど微弱なものだから。ソルフェジオの感知にも、多分引っかかってないんじゃないかな。

 ま、この星の人間には、中々スルー出来るような奴は居ないけどね。強いて可能性を上げるなら……ちょっとでも魔力に慣れてる人間、くらいかな?」

「……操作不能の微弱な結界……か。確かに、“個性”持ちの人間には中々居ないだろうな、突破できる奴」

 

 コトン、と駒を置く音が響く。白のナイトが倒したのは、黒のビショップ。

 

「もちろん、結界を解除すること自体は簡単さ。でも、私はそうしなかった。したくなかった。その理由、もう君なら分かってるんじゃないかな、アンジェラ?」

「……これで、ただオレとチェス打ちたかっただけとか言ったら、この場でぶっ飛ばしてた。

 ただ……ああ、なるほどな」

 

 アンジェラは納得したように、黒のポーンを踊らせる。ワプトのルビーの瞳が挑発的な光を宿し、アンジェラのトパーズの瞳を射抜いた。

 

「大方、結界を解除してしまえば道連れでヤツも解放されちまう、ってとこか」

「せいかーい、お姉ちゃん花丸あげちゃう」

「いらねぇ」

 

 黒のルークで白のポーンを飛ばす。ため息をつきたいのはこちらの方だというのに、アンジェラにはそれすら出来なかった。

 

 理解してしまった。ワプトのルビーの瞳に宿るのは、命すら厭わぬ覚悟。記憶通りならば、戦うことには決して長けてはいない彼女が、その命と引き換えにしてでも殺そうとしている。自分の大切なものを土足で踏み荒らした奴を、例え相打ちになったとしても、その手で始末しようとしている。

 

 ああ、本当に。

 憎たらしいことだが。

 似ていると、言わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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やくそく

 ああ、ヒーローというものは不可解だ。

 人間は人間以外の何者にも成れないというのに、

 人間が人間である以上、間違いなど腐る程犯すというのに。

 それでも、ヒーローは間違うことを許されない。
 後で取り返したとしても、それが間違っていなかったとしても、外野から間違いだと思われれば、それは間違いになってしまう。


 ああ、なんて不自由な生き物だろう。

 雁字搦めの正義とやらは、本当に正義なのだろうか。





 そして彼らは、人間には決して手出し出来ないようなものに直面したその時に、まだヒーローを出来るのだろうか。






 そうじゃなければ、





 赦さない。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピシャリ、ピシャリと赤い液体を跳ねさせながら、赤で彩られた通路を走る。

 

 心がガラガラと、音を立てて崩れていくのを感じながら、それでも、ヒーローとして救けるために、麗日達は走り続けていた。

 

「どこもかしこも真っ赤……ほんと一体、何があったんでしょうか?」

「分からん、ナイトアイ達と逸れてしまったことも含めて、イレギュラーなことが起こりすぎている」

「アンジェラちゃん……大丈夫かしら……」

「梅雨ちゃん、フーディルハインなら大丈夫だぜ、きっと。そう信じよう」

「……ええ、そうね」

 

 走る足は止めぬまま、彼らは少しでも己の心を誤魔化すために会話を繰り広げる。それはある意味当然のことだ。異常な空間で異常な事態に陥って、それでもある程度の心の平静を保とうとしたがゆえの、本能的な行動だ。少しでも平静を保っていなければ、彼らの心は容易く崩れ去る。どんなに心を強く持っていても、彼らが人間である以上、心の強さには必ず限界がある。

 

 彼らはただひたすらに、走る。

 迷いも、恐怖も、狂気すらも、振り切るように。

 

 

 

 

 

 ……そうして、走り続けること暫く。周囲の景色が彼らの精神を抉り続けること以外は特に何の障害もなく……それどころか、誰とすれ違うこともなく、麗日達は目的地へと近付くことが出来た。

 

 そう、いっそ恐ろしいほどに、順調に。

 

「……ヒーローや警察に人員を回すことができないほど、八斎會は疲弊してるってことなのか?」

「相澤先生……?」

「いや……それだけじゃない、入口で構成員が言った、「化け物が出た」という言葉……

 

 

 

 

 

 ………………まさか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒーロー……醜い現代病の患者、か。

 ま、居るかどうかも定かじゃない「神」を狂信する奴らよりかは、数段マシかもな」

 

 カツ、カツ、と、誰かがゆっくりと近付いてくる音が周囲に響く。麗日達は、ここに来てようやくお出まししたらしい八斎會の構成員か、と、いつ戦闘になってもいいように構えた。

 

「警戒されてるな……当然か。お前達にとって俺達は……敵予備軍、だもんなぁ」

「っ、お前は……!」

 

 麗日達の前に姿を現したのは、ペストマスクの男。見間違えるはずがない、死穢八斎會の若頭。

 

「治崎……!」

 

 ヒーロー達がこの事案に関する大ボスと踏んでいた男、治崎だった。

 

 麗日達は最大限に警戒を強める。まさか、こんなところで出くわすとは思っていなかったが、元より八斎會と事を構えるつもりだった。自分の娘を銃弾にして売り捌くような男に、かける情けはない。

 

「……ああ、ヒーローが四人。どうやってここまで辿り着いたんだか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………なるほど、分かった」

 

 ……だが、彼らの予想に反して、治崎は麗日達に攻撃を仕掛けようとすることはなかった。それどころか、スマホを取り出してどこかへ電話をかける始末。麗日達は予想外も予想外の事態に、思わず状況を忘れてポカン、となってしまう。

 

「まあ、信じてくれるとは微塵も思わないが、敢えて言わせてもらう。

 

 そっちから仕掛けてこないのなら、俺はお前達と戦うつもりはない。

 そもそも、俺は壊理を虐待していないし、“個性”を壊す銃弾もばら撒いていない」

「……はっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそもね、事の始まりは壊理の“個性”に纏わる情報が……奴らに渡ってしまったことだった。

 

 ま、どこから情報が漏れたかはもう分かってるんだけど……壊理の母親さ」

 

 白のナイトが彼らのキングを追い詰めた黒のルークを弾き飛ばす。お互いに、手駒は残り少ない。

 

「壊理はね、治崎の子供じゃなくて、この八斎會の組長の孫娘なんだ。母親が組長の娘で、ごく普通の父親と駆け落ちしていって組長とは絶縁状態だった。壊理が産まれたばっかの頃は上手くやってたらしいよ。

 

 ただ……壊理は、ほどなくして母親に捨てられた」

 

 黒のナイトを動かす黒鉄の義手が、少しの間動きを止めた。手駒の動きをどうするか長考しているのか、あるいは、別の何かか。

 

 トパーズの輝きが鈍く怒りを宿して揺らめいたことから、ワプトにはアンジェラの内心が手に取るように分かった。語る口を止めぬまま、ワプトは白のポーンを弾く。

 

「原因は、壊理の“個性”だった。なんでも、壊理に触れようとした父親が消えちゃったんだって。母親は壊理のことを「呪われた子」だなんだと罵り……最後には捨てていった。それを、組長が引き取ったのさ」

「……私が、お父さんを殺しちゃったから……お母さんは……」

「おっと、壊理、前にも言ったでしょ? 君は悪くない。“個性”の使い方が分からないなんて、小さな子供にとっては極々当たり前のことだよ。ましてやそれが、母方でも父方でもない、全く未知の力なんだったら尚更」

 

 病的なまでに白い手で壊理の頭を撫でながら、ワプトは白のポーンを動かして黒のポーンを蹂躙する。カタン、と音を立てて置かれたのは、黒のナイト。

 

「ただ……愛する夫を失った母親は、壊理のことを酷く憎んでいた。その気持ち自体はわからなくはない。まぁ、たった4歳余りの子供にそのまま向けていいような感情ではないとも思ったけど。

 

 ……捨てただけじゃあ、その憎悪が収まらなかったんだろうねぇ。

 あの女は、どこから繋がったのかは知らないけど、天使の教会に壊理の“個性”の情報を渡したんだ。見てたのかなぁ、壊理が父親を「巻き戻す」とこ」

「巻き戻し……そうか、“個性”を壊すって、正確に言えば「人間を“個性”が発現する前の状態に戻す」、ってことか」

「そゆこと。

 何かに縋りたい気持ちは分からないでもないけれど、あの女は縋るものを果てしなく間違えた。自分で間違えて、後からそれに気付いたところでもう遅かった。

 次に会った時……あの女は、既に人としての知性を失っていたよ。奴らが信仰と呼ぶ狂気に、心が耐えられなかったんだろうね。

 

 理を壊すほどの力が奴らに知れた。しかもそれが表じゃなくて裏社会で匿われてるとなれば、格好の餌だ。ただ、八斎會が裏社会でそれなりに力のある方だったのが幸いしたのかな」

 

 勝負はついた。黒の駒に追い詰められた白のキング。白の駒が彼らの王を次の一手で救い出す方法は、ない。

 

「「八斎會を見逃す代わりに定期的に壊理の血液を寄越せ」……だってさ。その“個性”を壊す弾は、天使の教会が作って裏社会に流したものだよ」

「血を渡して良いって言ったのは私なの……そうじゃないと、おじいちゃんが……皆が……」

 

 幼いルビーの瞳が不安気に揺らめく。元よりワプトを疑うつもりはないが、アンジェラは先程から一度も、彼女らから嘘を感じなかった。

 

「……必要分のサンプルを集め終わったのかどうなのかは知らないけれど、奴らは突然、常世の夜を放った。確かにアレなら、警察にもヒーローにも足がつかないまま、八斎會を皆殺しに出来る。要は、八斎會はもう用済みってこと。

 

 奴らが何かを仕掛けてくるって占いの魔術で見て、私達は壊理にヒーローや警察を呼んでもらおうとした。こっちから言ってもどうせヒーローや警察は疑うだけだから、自分達からこっちに来るよう仕向けた、ってわけ。

 

 ……君の言う通り、博打も博打さ。それに関しては、返す言葉もないよ。ただ、賭けた結果、君が来てくれた。その直前に常世の夜も放たれたけど。想定よりも早かったんだよね……どっちも。

 

 にしても、強いねぇ。負けたのは久々だ」

「別に、特別強いわけじゃない」

 

 モノクロの盤上を興味深そうに眺める2対のルビーの瞳。ワプトが指を鳴らすと、モノクロの遊戯盤と手駒達は瞬く間に金色の粒子になって霧散した。

 

「いやぁ、見事なゲームだった。勝者にはなにかボーナスがなくっちゃね。

 

 例えば…………」

 

 ワプトが次いで何かを口にしようとした、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PLLL……

 

 無機質な着信音が、部屋に響いた。

 

「……ああ、私のか。ちょっと待ってて……

 

 ……ふーん、そんな人間が居たんだ

 

 …………!」

 

 ワプトは通話状態のまま、こめかみに手を置いて「はぁ〜……」とため息をついた。

 

 それとほぼ同時に、アンジェラは「何か」が動き出した気配を感じる。今の今まで大人しくしていたその「何か」が、突如として活動を再開したような、そんな「流れ」のようなものを肌で感じた。

 

 そして、その何かが一体何であるのかも、アンジェラは理解していた。

 

「……タイミング悪っ……」

「……一応聞こう、何が?」

「分かってるくせに」

「状況のすり合わせは大事だぜ。

 

 それに……他人事じゃないし」

「……そうだね、君は、ねじれ曲がった末に、そういう性を持ってしまったんだもんね。

 

 ……意趣返ししてやろうぜ、運命とやらに」

 

 ワプトは仕方なし、と言わんばかりに点滴を抜いてベッドから降り立つ。長らく床に伏せていたせいで若干足元がふらついたものの、倒れることはなかった。

 

「お姉ちゃん……」

 

 壊理は心底不安そうに、ワプトに目をやる。その幼いルビーの輝きが心配の色に染まっていたのを見て、ワプトは穏やかな笑みを浮かべながら壊理の頭をそっと撫でた。

 

「壊理、私達は今から、おじいちゃん達を殺したやつにお返しに行ってくる」

「でもっ……あいつは、お姉ちゃんでも……」

「確かに、私じゃあ勝てない。治崎も、ここに来ているヒーロー達も、誰にもあいつを止めることすら出来ない。

 

 

 

 

 ……でもね、ここには、君が選んだ「王様」が居る」

「……!」

 

 壊理の瞳に光が宿る。決して差し込まないと思っていた光が、眼の前に照らし出されたような光だ。

 

「私は王様のサポートをしなきゃ。例え、認められていなくても、曲りなりにも「長女」なんだから。

 

 最期くらい、カッコつけさせてよ」

 

 其れは、確固たる決意。死すら厭わぬ狂気。アンジェラに、それをとやかく言うことなど出来ない。その資格は、とうの昔に捨て去った。

 

「……せめて、あいつをやっつけて……その後、少しくらいお話してよ……私、まだ伝えたいことが……それに、私……

 

「           」……!」

 

 壊理はその幼いルビーの瞳からポロポロと涙を零しながら、それでも笑顔でワプトに近寄る。本心を上手く隠せないまま、それでも、取り繕ってみせようという顔だ。

 

「ああ、約束だ」

「……うん、約束!」

 

 指切りは呪いの一種。

 ワプトが壊理にかけたのは、二人が前々からかけると約束していた呪い。

 

 

 

 角が折れ落ちてなくなった顔(・・・・・・・・・・・・・)を涙で腫らしながら、壊理は精一杯に笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ヒーロー共には、この世界の本質が見えていない。その甘ったれた正義感とやらで立ち向かえるのは、せいぜい人間だけだ」

「何が言いたい、治崎……」

 

 相澤先生は捕縛布を構えながら、どこかへと歩みを進める治崎を一定の距離を保ちながら追いかける。麗日達も、治崎に対する警戒を怠ったりはしない。極道の若頭に対する態度と思えば、決して間違いなどではない。

 

「近い将来、人間同士でヒーローだの敵だのとやっていたのが、お遊びだったと思えるようになる。人間が人間である以上、もはやその流れに抗うことは出来ない。

 

 ……これは言わば、その予兆だ」

「八斎會はそんなことを企んでいる、ってこと……?」

「……今の話の流れでどうしてそうなる。俺達もその被害者だ。親父は宿願を果たせぬまま、孫娘を庇って逝った。八斎會の組員も、数え切れないほど死んだ。

 

 あいつからそういう話は聞いていたが……あれは、人間にどうこう出来るようなものじゃない」

 

 治崎がそう話していると、突然、壁にヒビが入る。麗日達が警戒していると、治崎が急に立ち止まった。

 

「自分の理解が及ばぬものを、人間は本能的に避ける傾向にある。親父はそんなふうに世間からはみ出した奴らに、居場所を作ってくれた。俺も、あいつも、壊理も、そんな親父に救われた。

 

 

 

 

 ……ヒーロー、向き合う時だ」

 

 ピシリ、ピシリと、瞬く間にひび割れが大きくなっていく。空間全体にヒビが入り、崩れていく。隠されていた真実が、少しずつその姿を現すように。

 

「理解出来ないような恐怖に、真正面から対峙した時。

 

 その時お前らは、まだ「ヒーロー」を名乗れるか? 

 

 

 

 狂気を振りまく幼子を、罵倒せずにいられるか? 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その覚悟とやらを、せいぜい示してみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相澤先生がどういう意味だと治崎に聞き返そうとした、その時。

 

 ビシャンッ! と大きな音を立てて、壁が、地下通路が、いや、空間そのものが崩れる。形成されていた「囲い」が解除され、地下通路が本来の姿を現した。

 

「あっぶなあ、ギリギリセーフッ!」

 

 その「囲い」の向こうから、壁が崩れるのとほぼ同時に壊理を抱えたワプトが滑り込んできた。ここまで相当走ってきたのだろうか、彼女の息は荒い。

 

「お姉ちゃん……大丈夫?」

「平気……こんなところでへばってはいられないもん。

 

 しっかし……理性を簡単に失うほどの強い衝動だとは思ってたけど、ありゃ理性を失うというより……完全に別物じゃん」

 

「あやうく巻き込まれかけた」と悪態をつくワプトの視線は、崩れた壁の向こうに向いている。彼女が抱える女の子が保護対象の壊理だということは分かっていた麗日達は、それでも、目を離すことが出来なかった。

 

「……あれって…………まさか…………」

 

 ここに居るヒーローの中で、麗日だけが知っていた。

 その眼前に広がる光景を、前に一度だけ、その目に焼き付けたことがあったから。

 

 

 だから、彼女がどれだけその決して抗えぬ本能に迷い、苦しんできたかも、知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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夜を焦がす烈日

 それは、光と呼ぶにはあまりにも熱く、

 闇と呼ぶにはあまりにも深い。

 自我の濁流に呑まれ、それでも抗いそして狂え。




 狂気も憎悪も憤怒も悲劇も、全部飲み込んでここまでお出で。


 彼の身を焼き焦がす、その場所へ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウゥゥ゙……シャアアァァッ!!」

 

 白の装束に身を包んだ少女が、黒い顔なしの異形の化け物の群れをグロテスクなアカイロの眼光で射抜く。咆哮を上げ、異形の内の一体に掴みかかると、息をつく間もなくその腹を左腕の義手で抉り取り、ただひたすらに喰らい尽くす。正義も、悪すらもそこにはない。

 

 ただ、自我の奥底に刻み込まれた本能が、霊沌装束(フェクト・ミディル)をその身に纏ったアンジェラに叫ぶ。

 

 喰らい尽くせ、と。

 殺し尽くせ、と。

 

 眼の前に群れる常世の夜……ワルプルギスを、蹂躙せよと。

 

「……ああ、足りない。この昂ぶりを止めるには、この程度じゃあ、全然足りねぇッ!」

 

 だが、少しだけいつもと違った。

 少しだけ、理性でもって周囲の状況を図ることが出来た。

 少しだけ、理性でもって言葉を紡ぐことが出来た。

 身体が変わって、自我にも多少なりとも変化が起きたからだろうか。

 理由は、定かではない。

 

 だが、ワルプルギスを前にして、アンジェラがやることは変わらない。

 ワルプルギスを目に映して、奴らを喰らい尽くさないという選択肢は、どの道アンジェラには存在しない。ほんの少しだけ、周囲に目をやることが出来るようになっただけだ。

 

 大きく開けた部屋の中央に突き刺さったレリーフのようなもの。ワルプルギスと同じような、しかし明らかに別格の威圧感を持つそれを守るように、二足歩行だったり、四足歩行だったり、無駄にバリエーション豊かなワルプルギス共がわらわらと湧いてくる。

 その一体一体が、アンジェラには酷く美味そうに見えた。

 

「ああ……腹が立つ。本ッ当に……腹が立つ……」

 

 理性を完全に手放せず、それでも本能に引っ張られてしまう感覚というのは、こんなにも腹立たしいものなのか。

 それでも、ワルプルギスを前にしたアンジェラは、狩人にならざるを得ない。そうあれかしと、本能が叫ぶ。抗えば、心はいとも容易く砕ける。その確信が、アンジェラにはあった。

 

「ッ、シャアアアアァッ!!!」

 

 咆哮。狩る者から狩られる者への威嚇の叫びが、ワルプルギス共の動きを数瞬止める。主を突き動かす衝動に呼応するかのように、アンジェラの左手の義手から光が溢れ、使い魔達が現れた。特にミミックは、取り繕った犬の姿ではなく、真の姿たるグロテスクな四足歩行の生物のような何かの姿をしている。

 

「仕事だ、蹴散らせ」

 

 低く、短く発せられた主の命令に、使い魔達は咆哮を上げる。ミミックはその巨体でワルプルギスの群れに突進し打ち上げ、クリスタラックは生成した結晶でワルプルギスを串刺しにし、オブシディアスはその腕力でワルプルギスの手足をもぎ取る。ワルプルギス共も使い魔達の攻撃に抵抗を見せ、使い魔達とワルプルギスは互角の勝負を繰り広げていた。

 

 ミミックに打ち上げられたワルプルギスの一体に狙いを定め、アンジェラは飛び掛かり、黒い液体をぶち撒けながらその黒い肉に鋭い歯を突き立て、噛み千切り、咀嚼し、飲み込み、腹に詰めていく。

 やがて辿り着いたワルプルギスのコアを噛み砕くと、ワルプルギスの身体は黒い霞のように掻き消えた。一体喰らい、顔を上げたアンジェラは、どこまでも恍惚とした表情で、アカイロの瞳に底なしの狂気を孕ませていた。

 

「ふふふっ……アッハハハハハハッ! 

 ああ、まだまだ……腹が減って、仕方ねぇ!」

 

 アンジェラは次の獲物をその視界の中心に入れると舌なめずりをして、ギラリ、と鋭い犬歯を光らせながら飛び掛かった。

 

 ほんの少しだけ理性が残されているとはいえ、その様はまるで獣の狩りだ。獲物を喰らい、掻き消えたらまた次へ。勇敢にも狩人の首をへし折ろうとその手を伸ばしたワルプルギスの腕を逆に掴み、一切の情け容赦もなしにもぎ取り、そして胸部の肉に齧り付く。黒い返り血を浴びることも一切厭わず、アンジェラと使い魔達は狩りを続ける。ワルプルギスを、喰い続ける。

 彼女の腹が満ち足りることはない。喰らい尽くすまで、終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

「果てぬ憧れをその身に宿し、呪いと共に其れは生れた。

 その光は、見る者はおろか、常世の夜すらも焼き尽くす……烈日だ」

 

 二対のルビーの瞳が麗日達を射貫く。

 

「時は来た。真実と向き合え。この世界には、最初から善も悪も無い。

 

 ヒーローだの敵だの、人間が作り出した善悪の概念に、意味はない。

 本当の敵と向き合え。善悪などではなく、人間が人間として有り続けるために戦わなければならないものだ。

 

 

 お前達が人間で有り続けたいのであれば、真にヒーローだと云うのなら、彼の烈日を受け入れてみせろ」

 

 ぐちゃり、ぐちゃり。

 狩人と化したアンジェラが黒い肉を咀嚼する音を背景に、ワプトはヒーロー達へ皮肉をたんまりと込めた視線を向けながら告げる。

 

 ワプトはヒーローを、心の底から憎んでいる。恨んでいる。蔑んでいる。

 母を苦しめ、絶望させ、人間としての全てを失わせたヒーローを、天使を、ワプトは生涯、いや、何度生まれ変わろうが、赦すことは決して無い。其れが、彼女ら失われし時間の偶像(フェイタル・マギア)が生まれ持った性だ。

 

 ただ一人、末の妹を除いて。

 

 末の妹は、運命に導かれて、いずれ天使を焼き尽くすためにその力を振るうだろう。そして、真の意味で母から継いだ呪いが解けたその時、彼女は彼女の望むまま、自由にこの世界を駆け抜けるだろう。

 

 ワプトの命はまもなく尽きるが、そうであって欲しいと心から願う。

 

「王様……凄い。組の皆、あいつらに殺されちゃったのに……」

 

 壊理はワプトの腕の中から、彼女が選んだ王が猟奇的に狩りを行う様をまじまじと見つめている。そこに畏怖の念はあれど、彼女は決して目を逸らそうとはしない。

 

「あんなの……フーディルハインは、何で、あんな事……」

「何故か……ね。あれは、人間でも何でもない化け物だ。放っておけば、人間はいとも容易く殺される。それを処理してくれているのだから、怖がるのは百歩譲っていいとして、その言い方は無いんじゃない?」

「……あなたは、アンジェラちゃんが何故あの黒い化け物を食べているのか、知っているの?」

「ああ、知ってる。そこのヒーロー見習いも知ってるみたいだけどね」

 

 ワプトの視線は、麗日に向けられている。その視線には、ヒーローに対する蔑みが隠されることなく現れていた。

 

「……前に、見たことがある。あの黒い化け物を食べるのは、アンジェラちゃんにとっては制御不可能な本能……あの黒い化け物を視認したアンジェラちゃんは、黒い化け物を食べることにしか意識を向けられなくなってしまう。抗えば、私達が邪魔をすれば、アンジェラちゃんの心は容易く壊れてしまう……だから、止めちゃいけない。

 

 ……あなたは何故、知っているの?」

 

 麗日はワプトに疑念の眼差しを向ける。ワプトは曖昧な笑みを零すと、壊理を下ろして口を開いた。

 

「「昔」のあの子を知っているから……私は、あの子がその自我を弄くられているところを、この目で見ていた」

「アンジェラちゃんのなくした記憶……その中で、あなたはアンジェラちゃんと出逢っていた、ってこと?」

「当たらずも遠からず。これ以上はあの子から聞けることを願うんだね。ああ、そこの引率のヒーローも、知っているのかな」

 

 ルビーの瞳が揺らめく。本能からヒーローを憎悪しているワプトだが、今そのルビーの瞳に宿った殺意が向いているのは、彼女が「囲い」になんとか閉じ込めていた、常世の夜(ワルプルギス)

 

「雁字搦めで偽りだらけの正義とやらを振りかざす、愚か者共。私は母から全てを奪う一端となった貴様らを、決して赦さない。母を見捨て、冒涜し続けた貴様らを赦さない。知る知らないの話じゃない……私は幾度生まれ変わろうと、ヒーローと天使だけは、決して赦さない。

 

 だが、今はそれ以上に……」

 

 ワプトは右腕を真横に突き出しながら、常世の夜(ワルプルギス)の方へと歩みを進める。突き出された右手の先に金色の魔法陣が展開され、ワプトはそこから、死神が持つような鎌を取り出して構えた。

 

 それとほぼ同時に、アンジェラが思い切り跳び上がり、麗日達の近くに着地した。その手には常世の夜(ワルプルギス)のコアを含む黒い肉が握られており、アンジェラは脇目も振らずその肉を貪り食う。

 

「ッチ、ムカつくほどに美味いんだよな……コレ」

「……驚いたな……その状態で、理性でもって言葉を紡げるのか」

「自分でも驚いてるよ。まー、あいつらを喰いたい衝動そのものがどうにかなったわけじゃない。最終的に喰らい尽くすのなら、他の行動も少しだけ取れるようになったってだけだ」

 

 アンジェラの瞳はグロテスクなアカイロのまま。本能が自我の奥底から叫び続ける。奴らを喰らえ、と。本人にとっては大変不本意なことだが、常世の夜(ワルプルギス)はアンジェラにとっては最上級のごちそう。それを目前に、人と会話ができるようになっただけで凄まじい進歩だ。

 

「先生、事後承諾になりましたけど。オレは、あいつらを喰わなきゃいけない」

「フーディルハイン……お前……」

「アンジェラちゃん、私達に出来ることはある?」

 

 相澤先生が何かを言おうとする前に、麗日がアンジェラへ問いかけた。その瞳に、決して逃げ出さないという覚悟を宿して。

 

「……最低限、無事で居てくれれば……いや、そんな答えを望んでいるわけじゃないか」

「言ったでしょ、見くびらないでって」

「……だな。

 

 壊理を頼む。言われるまでもないだろうけど」

 

 アンジェラは麗日にそう告げると、再びワルプルギスの方へ向かおうとする。

 

「……フーディルハイン!」

「アンジェラちゃん!」

 

 それを呼び止めたのは、切島と蛙吹だった。

 

「ごめんっ、俺、お前のこと怖ぇって思っちまった! 恐ろしいって、一瞬、ダチなのに、悍ましいとすら思っちまった!! ごめんッ! 

 

 だけど! 今はそれ以上に、フーディルハインがかっけえって思う! 凄えって思う! 湧き上がる抗うことすら難しい本能を一瞬でも耐えられるなんて、オメェが凄え奴だっていう何よりの証だ!」

「ケロ、壊理ちゃんのことは私達に任せて。アンジェラちゃんはあの怪物を……やっつけて頂戴。どんなに恐ろしい面が垣間見えたって、私達はそれ以上に、アンジェラちゃんがとっても優しい子だって知ってるわ!!」

 

 それは、決意の叫び。友人の恐ろしい一面を垣間見て、それでも、自分達は友達であり続けるという、宣言でもあった。少なくとも、アンジェラにはそう聞こえた。

 

「……フーディルハイン、頑張ってこい」

 

 相澤先生は不器用なエールをアンジェラへと贈る。そういうことが元来苦手な相澤先生にとっては、これが精一杯なのだろう。

 

 アンジェラは顔だけを蛙吹達に向け、グロテスクなアカイロの瞳のまま微笑むと、常世の夜(ワルプルギス)の群れへその鋭く悍ましい眼光を向ける。その横に立つのは、鎌を常世の夜(ワルプルギス)の群れへと向けたワプト。

 

「今は、ヒーローへの憎悪がどうでもよくなるほど、あの夜共をぶちのめしたくて仕方ない……」

「ああ……全くだ」

 

 二人の衝動が殺せと命じるのは、アンジェラの使い魔達と互角の戦いを繰り広げている常世の夜(ワルプルギス)の群れ。ミミックはまだ余裕がありそうだが、オブシディアスとクリスタラックはそれぞれ腕を一本持っていかれてしまっている。

 

「……奴らの肉、その全てを、喰らいつくしてやる」

「じゃあ私はそのサポートを。

 まさか、死の間際に君と一緒に戦えるだなんて思わなかったよ」

「……そうだな」

 

 アンジェラは義手をオブシディアスとクリスタラックへと向ける。そこから空色の魔力光が輝き、2体の使い魔へと注がれると、オブシディアスとクリスタラックのもぎ取られていた腕が再生した。2体がアンジェラの使い魔、アンジェラの魔力で構成された存在だからこその芸当だ。

 

 ……と、突如、常世の夜(ワルプルギス)の群れがアンジェラとワプトへと、音速に迫る速度で近付いてきた。そのままその内の一体が、その剛腕をアンジェラの首をへし折ろうと差し向ける。

 

 

 

 

 

 

 グシャッ!! 

 

 瞬間、アンジェラは差し向けられた腕を引っ掴み、一切の情け容赦もなく引き千切ると、そのまま胸部の肉に食い付き、噛み千切り、咀嚼していった。

 

 四足歩行型の常世の夜(ワルプルギス)の一体が同胞を咀嚼するアンジェラへ牙を剝く。普通の人間であれば、貫かれれば命を落とすようなドス黒い牙だ。

 

 だが、その牙がアンジェラに突き立てられることはなかった。

 

「私のこと……忘れてるんじゃない?」

 

 ザシュッ!! 

 

 まるで、踊るように。携えた鎌を振るい、ワプトはアンジェラに牙を剝いた常世の夜(ワルプルギス)を胴体から真っ二つにする。わらわらと湧いてくる雑魚であれば、ワプトにも相手が出来る。そのままワプトは鎌を振るい、雑魚どもを解体していく。解体された獲物のコアを、アンジェラが次々と喰らい尽くしていく。今ここで初めて連携するとは思えぬほど二人の息はピッタリだが、如何せん数が多い。

 

「私の魔法は攻撃には殆ど使えないけれど、コレは得意なんだよね。

 

 空を仰ぐ(ファーカレス)……閉じろ」

 

 ワプトが虚空で鎌を振るうと、そこに魔法陣がいくつか展開される。魔法陣から放たれたのは、金色に輝くアメーバ状の光。それは何体かの常世の夜(ワルプルギス)を絡め取ると、地面に押し付けて雑魚どもの動きを封じた。

 

 ワプトが取り纏めた常世の夜(ワルプルギス)を仕留めようとしたアンジェラだったが、妙な力の流れを感じてその動きを止める。

 

 その中心に座すのは、部屋の中央に突き刺さったレリーフのようなもの。湧いてきていた常世の夜(ワルプルギス)は次々と黒い霞に変わり、レリーフに吸収されていく。レリーフは……いや、そこにワプトが封じ込めた常世の夜(ワルプルギス)の親玉は、熱を持ったかのように発光していた。あといくばくも無い内に、大規模な爆発をするだろう。

 

「……チッ、あンの、ゲス外道共がァ!!」

「アンジェラ!」

「分かってる!! ソルフェジオ!」

 

 ワプトはレリーフを覆うように魔力で防御幕を形成する。アンジェラは義手に使い魔達を戻すと、義手をその防御幕に向け、魔力を注ぎ込む。少しでも、爆発の威力を抑えるために。出来る限りを。

 

「まさか……」

「っち、病人共、下がっていろ!!」

 

 相澤先生が爆発が起きると気付いたと同時に、治崎は床に“個性”を使い、治崎達の前面に分厚い壁を出現させる。

 

 直後、噴き上がるような光の柱が、天井を突き破り上空へと立ち昇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ワプト∶操演破譚

 完成されたように見えるものが実は壊れていることを、生まれた時から知っていた。
(かくいう自分達が一番壊れているのだとも、生まれた時から知っていた)




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁の隙間から漏れた閃光が麗日達の視界から失せると、治崎は“個性”を使って分厚い壁を取り除く。

 

 その先にあっただだっ広い部屋は、先の何倍も広い、天井すらない大穴になっていた。

 

 大穴の中央には、黒い液体を零しながら収縮を繰り返す、不定形の物体が浮かんでいた。この物体こそ、ワプトがレリーフの中に封じ込めていた、常世の夜(ワルプルギス)の親玉。わらわらと現れていた常世の夜(ワルプルギス)を取り纏めていた、所謂、群れのリーダーだ。爆発の途中からだろうか、黒い物体はある一方向に向かって触手のようなものを伸ばしており、緑色の液体のようなものが物凄い勢いで吸い出されている。その液体を、黒い物体は取り込んでいた。

 

「っ……無茶苦茶しやがって……けほっ」

 

 咄嗟にソルフェジオが展開した防壁と霊沌装束(フェクト・ミディル)の防御性能、そして、ワプトと共に爆発の威力を可能な限り抑えたおかげで、そこそこ消耗こそしているものの、アンジェラには目立ったダメージはなかった。

 

 ふと、ワプトの方へと目をやる。アンジェラは手を貸しただけで、あの爆発を主体になって抑えたのはワプトだ。ソルフェジオが軽く試算した結果、少なくとも町一つは吹っ飛ばす規模だったという爆発の規模を限りなく小さくした。主体となったワプトへの負荷はアンジェラの比ではない。

 

 

 

 

 

 ……実際には、それだけで済む話ではなかったのだが。

 

 

 

 

 

「あ……ぁ…………」

「……ッ!」

 

 ワプトを視界に入れた瞬間、アンジェラは息を呑み、即座にワプトを抱えて麗日達の元へと運び、そっと寝かせる。ワプトの姿を見た麗日達の顔色が悪くなった。特に、治崎と壊理の狼狽えようは、それはそれは酷いものだった。

 

「お姉……ちゃん……?」

「ワプト……お前、まさか……」

「……覚悟は、していた。いよいよ来たって、だけだ」

 

 元々、治崎と壊理の“個性”で騙し騙し生きているようなものだった。一度始まれば、彼女らの身体は“個性”による干渉を受け付けなくなる。それは、腹がグズグズと崩れた時に、分かっていたことだった。

 タイムリミットは近かった。それが、更に早まっただけだった。

 

 ワプトの左目は爛れ落ち、全身からは出血が絶えない。点々と身体が溶け落ち、口から血反吐を吐き出している。

 

 そう、失われし時間の偶像(フェイタル・マギア)が辿る終焉、肉体の崩壊が始まったのだ。

 

「お姉ちゃん……死んじゃ、駄目!!」

「っ、おい、どうにか出来ないのか! お前は、回避出来たんだろう!?」

 

 治崎はアンジェラに縋り付く。本心から、ワプトのことを案じている顔だった。疑う余地もないほどに。

 

 だが、そんなふうに縋り付かれても、アンジェラにはどうしようもない。様々な条件が複雑に絡み合った末の、本当の意味での奇跡を意図的に再現出来るのなら、最初から肉体の崩壊に怯える必要はない。

 

 そもそも、あれはカオスエメラルドの力と親和性が高いアンジェラだからこそ、形となった奇跡なのだ。カオスエメラルドの器たり得ないワプトには、どう足掻いても出来ない手段である。それ以外にも、足りないものが多すぎる。ワプトの命が尽きるまでに、集まりようのないものが、多すぎる。

 

「……期待に添えなくて悪いが、出来るなら、とっくにしてる」

 

 だから、アンジェラには、首を横に振って懺悔を告げることしか出来なかった。自分の本心と共に、否定を告げることしか。

 

「王様……お姉ちゃんは……お姉ちゃんはっ……!」

 

 壊理は涙ながらにワプトの服を掴む。自身の手が血に汚れることも厭わずに。

 

 

 

 

 

 

「……まだ……まだ、終わってない……」

 

 ワプトは鎌を杖代わりに、肉の欠片を落としながらなんとか立ち上がろうとする。その右目は、大切なものを幾度となくぐちゃぐちゃにした、あの黒い物体への殺意で溢れていた。黒い物体は緑色の液体のようなものを吸い取り終わったのか、緑の光と共に脈動を繰り返している。

 

 まだ彼女は、戦おうとしている。この戦いの果てに、彼女に残されるものは何もないと、他の誰よりも分かっていながら。

 

「……痛く、ないんですか……怖くは、ないんですか……?」

 

 言葉を失ってしまったクラスメイト達と先生の代わりに、麗日がワプトへ問いかける。普通に生きてきた人間であれば当たり前の、いや、彼女の死期が近いということを知っていた治崎と壊理でさえ、心の何処かで思っていたことだ。今のワプトの心境を僅かながらでも理解出来るのは、アンジェラだけだった。

 

 ワプトは鎌を杖代わりになんとか立ち上がると、口を開く。

 

「……ヒーローにしては……おかしなことを……って、言いたいけど……そういうことじゃ、ないか…………

 

 …………でも、さ…………やっと、やっと…………奴らに、直接牙を突き立てることが出来たんだ…………母から、全てを奪った奴らから、少しだけでも、奪い返すことが…………

 

 ふふっ……ヒーローには、救えなかったという後悔を与え、天使からは、手駒を奪う……

 

 私はヒーローと天使を、何度生まれ変わろうが、決して赦さない。

 これは、お前達への復讐であり、あいつらへの復讐だ」

 

 ごぽり。

 

 血を吐き出し、とぽとぽと溶けた肉を腹から落とし、ワプトはそれでもしっかりとした足取りで黒い物体へ向かう。

 

 その言葉は、治崎と壊理からワプトを止めまいと思わせるには、十分過ぎるほどの威力を持っていた。ワプトが本心からその言葉を発しているのが痛いほど伝わってくるのだから、尚更。

 

「おい、あれ……」

 

 ふと、黒い物体へ目をやった切島が、物体を指差しながら口を開く。苦しげに脈動した物体は地面に落ち、黒い液体を撒き散らしながら分裂していく。分裂体は腕が肥大化した常世の夜(ワルプルギス)に、大元の物体だったものは、巨大な麒麟のような姿に、それぞれ変わっていった。物体だったものやその分裂体は、皆一様に苦しんでいるように見える。まるで、毒に犯されたかのように。

 

 アンジェラはグロテスクなアカイロの瞳のまま、しかし今度は完全な理性でもって、麒麟のような姿に変化した物体へと殺意を向けた。

 

「……あれは……」

「……まさか、アレが、あんな形で役に立つなんてね……捨てるわけにもいかないから、置いといてただけなんだけど……」

 

 黒い物体が吸い出していたのは、ワプトの部屋にあった脈動する肉の塊……に、詰め込まれていた緑色の液体。ワプトが、醜く諦め悪く、生にしがみついて抗い続けたことの証。

 

 身体が崩れかける度に、ワプトは治崎と、最近では壊理の“個性”で肉体を一度壊して修復、あるいは巻き戻していた。だが、既に崩れた場所には効果がなく、ワプトの身体から分離した肉塊となった。そしてその肉塊は、時間が経つと、母体を無視した量の緑色の液体になった。

 その液体は、ワプトは触れても大丈夫だったが、人間にとっては毒でしかない。ワプトは自身の血肉の一部を使って液体を決して通さないタンクを作り、その中に液体……コギトを封じ込めた。ワプトはコギトの泉から生れた存在。コギトを生み出すことが出来ても、何らおかしなことではない。意図して生み出すようなことが出来る訳でもないが。

 

「いくら常世の夜でも、コギトを直接取り込むと無事じゃ済まないのか……最期の最期に、いい事知れたな」

 

 ぐちゃり、ぐちゃり。

 腹から血肉を零しながら、ワプトはどこか嬉しそうに口を開く。

 

 黒い物体は、それを餌とでも思い込んだのだろう。コギトはそれ単体で強大なエネルギーとなり得る。

 だが、それを上手く使えるような方法は、ない。少なくとも、人間が人間である以上は、そんな方法、見つかりはしない。

 

 取り込んだものが毒だと気が付いた頃にはもう遅い。常世の夜(ワルプルギス)は、毒餌に気付かずそれを直接取り込んだ結果、不定形だった肉体を無理矢理実体へと固着させられた。

 

 ワプトは少しずつ、しかし確実に人としての形をドロドロと失い続けている手でしっかりと鎌を握ると、その身体から血肉を撒き散らしながら構える。

 

「……おい、あんた。事情は分からんが、その身体じゃ……」

「…………死に方すら、ヒーローは選ばせてくれないのか。それはそれは、酷く残酷な、正義だことで……

 

 そういうのは単なる善意の押し付けでしかないと、言われないと気付けないのかな」

 

 ワプトの蔑みの視線が、一切の容赦もなく麗日達を射貫く。

 

 麗日はクラスメイト達とお互いに顔を見合わせると、崩れかけていながら、それでも強い光を宿すワプトのルビーの瞳をじっと見つめて、口を開いた。

 

「……私は……私達は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八斎會の屋敷の地下から光の柱が立ち昇った時、ナイトアイ達はループする箇所を抜け、地下通路を先へ先へと進んでいた。精神を抉るような光景を極力認識しないようにして、進んでいた時にそれは起こった。

 

「うわっ、なんやなんや!?」

「振動……地震……?」

「いや、八斎會の“個性”か……?」

 

 情報が足りず憶測が飛び交い、全員の意識が散り散りになってしまう。抉られないようにと意識はしていても、精神はガリガリと削れていたことも要因だろう。

 

 転がっている血肉が、いつか自分が辿る姿かもしれないと一度思ってしまえば、人間の脆い心など、いとも簡単に砕け散る。そこに、強大な力を持つ存在の影が匂えば、普通の人間は簡単に、抗うことをやめてしまう。

 

「……もう、おしまいだ……」

 

 がたん、と、一人の機動隊員がその場にしゃがみ込む。それを皮切りに、次々と機動隊員が諦めの言葉を口にする。行き場を失った迷子のように、つらつらと意味のない言葉の羅列を繰り返す。

 

 仕事柄……というよりも、役割上比較的実戦慣れ、戦場慣れしているヒーロー達はともかく、役割上、現場に出てくることがどうしてもヒーローより少なくなってしまう警察達は、既に正気を失いかけている者が殆どだった。刑事はなんとか正気を保ってはいたが、それ以外の機動隊は、もはや動けるような状態ではない。

 

 それをいち早く察知したナイトアイが、口を開く。

 

「皆さん、先に外に戻っていてください。ロックロック、彼らの護衛を」

「……分かった」

 

 名指しされ、正気を失った機動隊を託されたロックロックは何処か不満げに、しかし、この役割の大事さはしっかり理解したように答え、正気を失った機動隊を連れて来た道を戻っていった。

 

 この場に残ったのは、ナイトアイとリューキュウ、ファットガムと彼らの相棒達、そして、インターン生と刑事。

 彼らはなんとか正気を保ちながら、先へ進む。

 

 

 

 

 

 ……機動隊が彼らに付いていかなかったのは、正解だろう。

 恐らくは、彼らが先の光景を目にしたら、身体よりも先に心が死んでいただろう。そして、無惨に殺されるどころか、自ら命を捧げていたはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 自分の理解を超えたものに直面した時。

 人間は、本能的に恐怖する。

 壊れかけの心に恐怖が伸し掛かれば、其れは儚く無情に崩れ壊れる。

 

 

 

 心が死んだ肉の塊は、果たして人間と呼べるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトアイ達が狂気に呑まれまいとなんとか進み、たどり着いた、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 グシャッ! 

 

 肉を内側から切り裂く、鈍い音が響く。

 黒い麒麟のような生き物が、苦しげに嘶く。

 

 直後、麒麟のような生き物が、黒い液体に包まれた何かを吐き出した。麒麟のような生き物は、それを威嚇するように身体を振る。

 

 吐き出された何かはナイトアイ達の近くに落ちると、風を纏い身体に纏わりついた黒い液体を弾き飛ばした。

 

「内側から、かなりの範囲を裂いたはず……それでも、まだ向かってくるか」

「なっ……フーディルハイン……!?」

 

 ナイトアイの近くに落ちてきたものは、アンジェラだった。近くに居るのに、アンジェラはナイトアイ達の存在には気付いていない。アンジェラの視線は、麒麟のような生き物にのみ向いている。

 

 ナイトアイは周囲を見渡す。

 少しだけ離れた場所では、一年生のインターン生とイレイザーヘッド、アンジェラの使い魔達、そして、何故か治崎が共に黒い化け物の群れと戦っており、その主軸となっているのはそのいずれでもない、身体から血肉を撒き散らしながら、ドロドロの手に携えた鎌で黒い化け物達を切り裂いていく、ナイトアイも全く情報を持たない少女。

 

「……! 壊理ちゃん……!」

 

 通形はイレイザーヘッドの腕に抱かれた壊理の姿を発見し、場違いとは分かっていながら安堵の息を吐いた。無事で良かった、と。

 

 ナイトアイはアンジェラに現状を聞こうとするが、それより前にアンジェラが口を開く。

 

「いくら再生するとはいえ、痛みはあるはずなのに……いや、生まれながらの性、か。

 ……分かっちゃうん、だよなぁ」

「おい、フーディルハ……」

 

 ナイトアイの呼びかけにも気付いた様子すら見せず、アンジェラは麒麟のような生き物……無理矢理実体を手に入れさせられた常世の夜(ワルプルギス)の親玉へと、その音速を超えた脚で迫ると、義手に輝きの刃(シェーヴァ)を纏わせて、常世の夜(ワルプルギス)の腹の肉を切り裂いた。黒い液体が切り口からポトポトと零れ落ちる。

 

 だが、常世の夜(ワルプルギス)は闘争心を失ってはおらず、地面に着地したところを狙いアンジェラを踏み潰そうとする。アンジェラはそれがわかっているかのように義手を常世の夜(ワルプルギス)の脚に向け、無詠唱で流星砲(スターストリングス)を放った。カラーパワーで強化されたその砲撃は牽制にはなったものの、常世の夜(ワルプルギス)の親玉に対する決定打とはならない。切り裂いた箇所も既に修復され、このままではジリ貧である。

 

「……ケテル、負担がかかるだろうが、いけるか?」

 

 アンジェラは体内に宿ったケテルに語りかける。

 

《だいじょーぶ、がんばるよ!》

 

 身体の内側から聞こえてきたのは、無邪気な声。アンジェラは無意識に笑みを零すと、魂の残響(ソウルオブティアーズ)を吹き、魂華装束(ソウル・ブルーム)を身に纏う。眩い光の花が花弁となって、周囲に降り注ぐ。

 

「フーディルハイン……何が、どうなっている……」

「…………ナイトアイ」

 

 刃の広い槍のような形になったソルフェジオを手に取ったアンジェラは、ようやっとナイトアイ達を認識し、振り向いた。

 

 その瞳を、アカイロに染め上げたまま。

 

 それは、本能に満ちた食欲ではなく、本能と理性がせめぎ合い、混ざり合った果ての、猟奇的な殺意の現れだった。

 

「丁度よかった、麗日達に加勢してやってください。あいつもそろそろ限界だ」

「おい、質問に……」

「簡潔に言うと、化け物退治中です。あと、八斎會は元々被害者側でした」

「はっ……? それは、どういうこと……」

「詳しくは壊理と先生から聞いてください。もう本当に時間が無いんで」

 

 ナイトアイ達はアンジェラを呼び止めようとするも、アンジェラはこれ以上は時間が惜しいとばかりに飛び出す。常世の夜(ワルプルギス)の親玉もアンジェラの力が増したことを理解したのか、威嚇するように嘶く。

 

「いくぞ……メリッサ」

 

 アンジェラはソルフェジオを握る手に力を込めると、背に魔法陣を展開させ、無詠唱で隔絶された流星群(オクサーハイデネヴ)を放った。カラーパワーと魂の残響(ソウルオブティアーズ)の力で二重に強化された空色の弾幕が常世の夜(ワルプルギス)に襲い掛かり、確かなダメージを与えていく。

 

 だが、その程度のダメージでは、常世の夜(ワルプルギス)は即座に修復出来てしまう。射撃魔法では大した時間稼ぎにもならない。

 

「……まずは、脚から潰す」

 

 アンジェラはソルフェジオの切っ先を常世の夜(ワルプルギス)の親玉の脚部に向けると、魔法陣を展開し、魔力を収束させる。一度に奴の脚を全て破壊するには、範囲が広い砲撃が有効だろう。

 

 なれば、アンジェラが放つ魔法は。

 

星羅を往く(カージュフォビィア)

 

 ソルフェジオの切っ先から、空色の広範囲砲撃が放たれる。二重に強化されたそれは、周囲の雑魚どもも巻き込んで常世の夜(ワルプルギス)の親玉の四足をぐちゃぐちゃに折り、常世の夜(ワルプルギス)は地へ伏せた。再生も同時に始まっているようだが、四本の脚を同時に潰されたせいか、その進みは先程よりも遅い。

 

 アンジェラはソルフェジオの刃に輝きの刃(シェーヴァ)を纒わせ、意識を、本能を集中させる。狙うは、常世の夜(ワルプルギス)のコア。不定形だった先程はあるかどうかも怪しかったそれだが、実体を持ったとなれば話は別。

 

「……見えた!」

 

 麒麟のようなその身体の頭部に、それを感じた。アンジェラは即座にソルフェジオを振るい、常世の夜(ワルプルギス)の頭部を解体しようとする。

 

 だが、想像以上に硬い。奴もここが弱点であるということは分かっているのか、他の部位よりも遥かに硬い。かといって悠長に砲撃を撃とうと魔力を収束させていては、脚部の再生が追いついてしまい、逆にやられてしまうだろう。

 

 そう、砲撃を撃てるのが、アンジェラ一人なら。

 

「っワプト、手ぇ貸せ!!」

「おーよ!」

 

 その身体から肉を撒き散らしながら、ワプトは上空に魔法陣を展開し陣取ったアンジェラの隣に赴き、アンジェラが差し出してきた右手を取った。アンジェラは自身の前面に巨大な魔法陣を展開し、魔力を収束させる。常世の夜(ワルプルギス)の親玉が、その脚を修復させるよりも前に、それは放たれた。

 

流星砲(スターストリングス)!!」

 

 彗星のような空色の砲撃が、常世の夜(ワルプルギス)の親玉の頭部を貫く。コアを的確に撃ち抜かれ、砕かれた常世の夜(ワルプルギス)の親玉は、その身体を黒い霞へと変え、母体が失くなった分裂体もまた、黒い霞となり掻き消えた。

 

 

 

 

 

 










フロンティアのアプデ情報見ました。
多分、ストーリーに手を加える可能性が高いと悟りました。まる。


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赦さない

 
 私達はそうあれかしと作られた。

 あの子はそれを認めず、それにばかり従おうとはしないだろうけど。

 私は従う。




 だから、私はヒーローを、



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伝えることを伝え終えれば、後は話をするつもりがないようにしか見えないアンジェラに困惑しつつも、ナイトアイ達は麗日達に加勢していた。

 

 治崎が化け物と戦っている理由も、壊理が身体から血肉を撒き散らす、情報はないが八斎會の一員と目される少女に心配そうな視線を向けている理由も、そもそも、黒い化け物が何なのかすら、分からないまま。

 

 ただ、本能と理性がぐちゃぐちゃに混ざり合った果ての殺意に呑まれ、それでも理性でもって言葉を紡いでみせたアンジェラの言葉が嘘だとはとても思えず。混乱と疑念を胸に抱えたまま、彼らは黒い化け物……常世の夜(ワルプルギス)と戦っていた。ヒーローがどうとかではなく、戦わなければ、死ぬとさえ思った。

 

 出現していた常世の夜(ワルプルギス)と、対抗する者達の数はおおよそ互角。プロヒーロー達は最初、一切の容赦もなく常世の夜(ワルプルギス)を切り裂き続けるワプトと、串刺しにし続ける治崎に苦言を呈しようとしていたが、それを察知したのかしていないのか、イレイザーヘッドに守られていた壊理が口を開く。

 

「ヒーロー……あれは、化け物なの。敵っていう人間じゃないの。拘束しただけじゃ無力化は出来ない。話が通じる相手でもない。だから、殺すしかない」

「殺すしか……どうして、そう言い切れるの?」

「組の皆、あいつらに殺された。おじいちゃんも、殺された」

 

 鈍い光を宿したルビーの眼がヒーロー達を射貫く。常世の夜(ワルプルギス)と応戦しながら、プロヒーロー達は息を呑んだ。

 こんなにも幼い子供が、ここまで感情を感じさせないような表情が出来るものなのか。

 

 事実を理解する時間もなく、そこに先入観が合わさって疑心暗鬼となり、何が正解なのかわからなくなっていった時。麗日が、覚悟を決めたような光をその眼に宿して言った。

 

「……リューキュウ、私達は、救けに来たんです。本当に救けを求めていたのは、壊理ちゃんだけじゃなかったってだけなんです。

 別に、治崎を信じたってわけじゃないですけど……アンジェラちゃんのことを、私は、私達は信じているから」

 

 攻撃を掻い潜りなんとか常世の夜(ワルプルギス)を浮かせた彼女の視線が一瞬、親玉と戦うアンジェラに向けられる。

 別に、極道を信じたわけではない。

 だが、麗日はアンジェラが、治崎やワプトに敵対心を持っていないことが分かっているから。

 

 大切な友達で、信頼できる人だから。アンジェラのことを信じているだけだ。

 そしてそれは、蛙吹と切島も同じ。

 

「……ナイトアイ、俺も、救けるためにヒーローになろうと思いました。事情も謎も、まずはあの化け物を倒してから聞けばいいんじゃないですか。今のままじゃ、聞くことさえままならない」

「ファット、俺も、ミリオに賛成です。まずは、眼の前の事態を解決しなきゃ……真実を確認することさえ、出来なくなる気がするんです」

 

 通形と天喰が口々に告げた言葉に、プロヒーロー達は口を閉ざすことしか出来なくなる。

 

 極めつけは、波動の無邪気な、しかし的を射た言葉。

 

「ねえリューキュウ、壊理ちゃん、治崎に怯えてるようには見えないの。それに、ボロボロな女の子のことを、とっても心配しているように見えるの。

 

 ……あの化け物は、人間じゃないんだよね。だったら、捕縛じゃなくて、駆除をした方がいいんじゃない?」

 

 その時点で、ヒーロー達が治崎とワプトを責めることは出来なくなった。

 

 本当は彼らも最初から分かっていたのだ。常世の夜(ワルプルギス)を解体し続けるワプトの方が正しいことなど。奴らが知性も理性も一切持たない害獣であることなど。駆除が一番正しい選択であることなど、分かっていた。

 

 だが、それを為していたのが「極道」だったから。

 

 彼らが苦言を呈しようとしていた理由は、それだけだ。

 

 先入観とは恐ろしい。本来は正しいことだと分かっていても、行っている人間が「普遍」に組み込まれないだけで、人間は無意識にそれが間違っていると決めつける。ここに至るまでに随分と精神を擦り減らし続けていたことも要因だろうから、一概に彼らが悪いと決めつけることは出来ないが。

 

 だが、子供達が本当に正しい選択をした。

 それに応えず、何がヒーロー……いや、大人だろうか。

 

「……そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彗星が駆け抜けたかと思うと、化け物達が黒い霞となって消え去った。アンジェラの使い魔達を除き、途中から防戦一方となっていたナイトアイ達は首を傾げるも、直後に彼らの近くに飛び降りて来たアンジェラが抱える者を見て、息を呑んだ。

 

「……っ、お姉ちゃん!!」

 

 イレイザーヘッドの腕から抜け出して、壊理は一目散にアンジェラに……いや、アンジェラが抱えるワプトへと駆け寄って行った。

 

 その身体は、今や辛うじてヒトの形だと分かるほど、ドロドロに崩れていた。絶えず血肉が零れ落ち、左目は完全に溶けてしまっている。全身から溢れ出る血は見ていてとても痛々しい。

 

 アンジェラは地面から少しばかり離れた場所に人ひとり分の広さの魔法陣を展開すると、そこにワプトを寝かせた。装束や手に血が付くことなど、塵ほども気にもならなかった。

 

「がはっ……最期の……花火とばかりに……ちょっと……力入りすぎた……かな……」

「……お姉ちゃん……」

「………………ごめんね。辛い目に、合わせてばっかで……壊理、王様のこと、お願いね……」

「……うん」

 

 崩れ行く身体に、全身から走る激痛。それでもワプトは、声を振り絞る。刻々と零れ落ち、終わりゆく自らの命を、なんとか繋ぎ止めながら。傍らで壊理が零す涙に濡れることすら、彼女は気にもならなかった。

 

「ワプト…………これでもう、俺には何も残らなくなる…………」

「……悪いなぁ、とは……思ってるよ…………でも、八斎會が消えた今、私にはこの世界への未練なんか……無い」

「……………………そうか」

 

 治崎は、それ以上かける言葉が見つからないとばかりに口を閉ざした。

 悟ったのだ、彼女が生きることを、もう望んでいないことを。

 

「……愚か者共、こっちも誘導してのこととはいえ……被害者でしかない私達を…………追い詰めていくのは……楽しかったかい?」

 

 ワプトの視線が呆然と立ち尽くすナイトアイ達に向けられる。

 どうしようもないほどの怒りと、身を焦がす程の嫌悪と、溢れんばかりの失望が籠もった視線だ。

 

「あははっ……いい気味だ……愚か者共…………貴様らは、何一つとして救えなかった…………八斎會も……壊理も………………私も。

 

 ……忘れていたとか……知らなかったとかじゃない…………思わないようにしてた、んだろう? 思い込んで……それを、全く疑いすら……しなかったんだろう? そうじゃなきゃ…………少なくとも、八斎會の組員の半分は……極道になったりしていない………………。

 

 ヒーローが…………敵だと定義する者の中には……本当に、自分のことしか考えていない奴も居る……それは、事実だ……。

 だけどね……愚か者共…………それは、稀なことだ。敵とされた者達には……世間一般の「普遍」から……弾き出されたり……「普遍」に染まった者に…………傷付けられたりした者も多い………………ヒーローやそれを支持する愚か者が…………勝手に決めた、息苦しい「普遍」に……ね。

 

 弾き出された者達は……まるで…………生きていることが罪だと言わんばかりの扱いを受ける…………何も、していなくとも…………それが例え、生まれ持った性だったとしても…………貴様らは……理解しようとすら、しない。しようとした果てに理解できなかったのならまだしも、理解することそのものを…………貴様らは、ずっと放棄し続けている。

 

 ……「普遍」に染まらない者は……生きていることさえ、悪いことなのか? 

 ヒーローは、「普遍」に染まらない者は……救けない、のか? 

「普遍」に染まらない奴らだから…………それだけで……確証もないことを……事実と、決めつけるのか? 

 壊理がここに居るってだけで……私達を、「悪」と、決めつけるのか? 

 

 別に、怪しむなとは言わないけどさ……確たる証が一切ないのに……完全に「事実」と決めつけるのは……私達のことを……「敵」だと決めつけるのは…………あんまり、じゃないか?」

 

 言葉は刃。

 ワプトは今、ナイトアイ達に刃を振りかざしている。

 一つ一つの言葉が、明確な憎悪と殺意を持って紡がれる。

 その事実こそがナイトアイ達の心を傷付けると分かっているからこそ、ワプトは刃を振りかざすことを止めはしない。

 

 アンジェラは、一切止めようとしなかった。

 ワプトの言葉に心が動くようなことも、なかった。

 

「…………それ、は………………」

 

 ナイトアイは反論しようとした。

 だが、出来なかった。

 最初から、八斎會がクロだと決めつけていたから。

 アンジェラと通形から聞いた話を加味した上だとはいえ、その最たる理由は、「八斎會が極道だから」。

 確たる証がないという自覚はあったが、それでも、八斎會がクロだと、決めつけていた。

 

 それこそ、証拠も何もない思い込みで。

 

 そういうふうに誘導したのはワプトの方だが、それでも、いや、だからこそ、ワプトは心底軽蔑したかのような声で、振りかざし続ける。極論だということは分かっていながら、ヒーローへの激しい憎悪をもって。振りかざすことを、止めはしない。

 

 こうしてヒーロー達がここに来たことこそが、全ての答えだ。

 

 挙げ句の果てに、ヒーロー達は何も成していないのだ。全ての業を背負うのは、何時だって、まだ十にも満たない幼子で。

 

 ああ、なんて、笑える話だろうか。

 くだらない話だろうか。

 惨めな話だろうか。

 

「気付け、自覚しろ、理解しろ。

 愚か者共、貴様らがここに来た理由こそ、答えであり、心理であり…………

 

 …………世界でもっともふざけた、事実だ」

 

 

 

 

 

 

 

 本当に…………笑えない話だ。

 

 母は、全くもって無意味な憧れのせいで、果てのない絶望の中、その魂を囚われ続けているのだから。

 

 本当に、笑える話で、笑えない話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世界に、「ヒーロー」なんぞ存在しない。

 存在出来るはずがない。

 

 人間が、人間である限り、絶対に。

 

 

 

 

 

 

 だって、もしこの世界にヒーローが存在していたのなら………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達は、生れることも、絶望することも、憎むことも、怒ることも、苦しむことも、死ぬことも、なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーローは……いつだって、本当の意味で救いを求める奴のことは…………救けちゃくれない。

 それどころか……本当の意味で救いを求める奴のことは…………周囲に混ざって、蔑ろにし、嘲笑うのさ。お前らだってそうだから、ここに来たんだろう? 先生とお友達はどうやら、違うらしいけど……少なくとも…………お前らはそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 …………そんな奴らの……どこが、「ヒーロー」だと言うんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 心に棘を突き付けられ、穿たれて。ナイトアイは思わず膝をついた。

 溶け出すような憎悪と絶望を存分に乗せて放たれた言葉は、彼らが信じていたものが全くの嘘偽りだと思わせるには十分だった。元々蝕まれていた心に振り下ろされた憎悪に満ちた言葉の刃は、人間の心に消えない傷を付けるには、十分過ぎた。そうしようと、ワプトは言葉を紡いでいるのだから。

 

 母が望んだことではない。

 妹達が望んだことでもない。

 組の皆が望んだことでもない。

 

 ただの、私怨だ。

 ワプト自身の、憎悪だ。

 

「返す言葉もない……か。

 

 はははっ! 傑作だなっ!! あんたらは認めたってわけだ!! あんたらは「ヒーロー」なんかじゃない!! どこまでも人間は「人間」でしかなく、「人間」にしか、なれない!!! 

 

 がはっ……ごほっ…………母が、救いを求めたヒーローってやつは、やっぱり、存在すらしていなかった!!! 

 

 母の絶望は、憎悪は、怒りは!!! やっぱり、正しかった!!!」

 

 血反吐を吐き出しながら、狂ったように幼子は嗤う。どこまでも楽しそうに、ナイトアイ達の心を蝕んでいく。崩れ行き血液が吹き出す身体を意に介さず、幼子は嘲笑う。ヒーローを名乗る愚か者共を、心の底から。

 

 ナイトアイ達に、言葉を返すことなど出来ない。

 表面上で取り繕いたくても、出来ない。

 

 だって、本心から、ワプトの言葉は真実だと、思ってしまっているのだから。反論することなど、出来なかった。

 

「どこまでもッ! この世界は、狂ってるッ!!」

 

 べちゃり、べちゃり。

 

 血肉が落ちる音が響く。

 

「愚か者共、時が経たない内に思い知ることになるだろう、今まで自分達がやってきた「人間同士の争い」は、単なるお遊びでしかなかったと!! 

 

 突きつけられた絶望は、お前らじゃあどうすることも出来ない!! 人間には、抗うことすら出来やしないッ!!! 

 

 せいぜい、その意味のないヒーロー精神とやらで抗って、抗って、抗って………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、絶望しろ。

 

 

 

 自分達が結局、「人間」でしかなかったという事実に。

 

 そして、あくまでも人間として生き延びたいというのなら、せいぜい、あの子達の機嫌を損ねないことだな。

 

 

 

 

 

 ……なあに、難しい話じゃない。下手に利用しようとか、あの子達のことを、道具のように考えたりしなければいい。あの子達から、自由を奪わなければ、それでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………そうすれば、少なくとも、君は、友達のためには戦うんだろう?」

 

 ルビーの瞳が射貫くのは、トパーズの瞳。アンジェラは少しばかり、ワプトの言葉の意味を考えるような素振りを見せて、頷いた。

 

「……ふふっ……あはっ……………………………………あはははは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 狂った笑い声が鼓膜を震わせ、心を抉る。

 肉塊は黒い霞となって、血肉の一片さえも残さず霧散する。

 

 

 

 

 

 今ここに、事件は終わりを告げた。

 

 ヒーロー達が、何も成し遂げはしないままに。

 

 

 

 

 その場には、本当の姉のように慕っていた者を亡くした壊理の、狂ったような慟哭だけが、徒に響いていた。

 










えきねこです、よろしくおねがいします。
ちょっと前からpixivでも活動を始めました。別の作品を投稿していますが、無関係ではない……かも?気になる方はどうぞ。
https://www.pixiv.net/users/50130813




これからも、この狂い壊れた御伽噺を、よろしくお願いします。


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 何よりも軽くて。
 何よりも重かった。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。

 ナイトアイ達は一度撤収し、警察の主導で八斎會の屋敷の捜索と被害状況の確認が行われた。屋敷の中は血塗れだった。生存者は最初に外に飛び出してきた者たちを含め僅か数名だった。拳銃やナイフ、毒薬などを使って自殺をしている者も少なくなかった。肉体よりも先に、心が壊れてしまったのだろう。生存者達も、その殆どが正気を失っていた。

 

 そして、屋敷の隅から隅まで捜索は行われたが、八斎會が薬物を捌いていたという証拠が見つかることは、終ぞなかった。

 

 ヒーロー、警察側の身体的な被害はほぼ無いに等しいが、特に警察から深刻な心的外傷を負い、今の仕事を続けられなくなってしまった者が続出した。そういう意味では、ヒーロー、警察側も深刻な被害を受けたと言っても過言ではないだろう。

 

 治崎はというと、事情聴取のために暫く警察に身柄を置くこととなった。だが、治崎が何かをしていたという証拠は無い上に彼も被害者であるということを加味して現時点では敵扱いはされず、何らかの罪が出てきても内容によっては情状酌量されたり、無罪になる可能性も十分にあるとのことだ。

 

 そして、壊理は………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……壊理を、雄英で?」

「ああ、壊理ちゃんたっての望みだ。正確には、お前と一緒に居たいらしい。あの子の精神状態を鑑みても受け入れた方がいいと、担当医さんのお墨付きが出た」

 

 相澤先生の話によると、壊理は病院の先生達に対して酷く拒絶の意を示したのだという。既に父親も祖父も亡く、母親にも捨てられ、姉のように慕っていたヒトも先程逝った。壊理の心は酷く傷付いている。他人を信用しようとしないほどに。

 

 対話に応じようともしない壊理に困り果てた医者先生が、壊理に何か望みはないかと聞いてみたところ、酷く遠慮がちに『……王様と、一緒に居たい。他はいらない』と言ったそうだ。壊理の言う王様が=アンジェラと繋がったのは、壊理から王様とやらの特徴を聞き、それがアンジェラと見事なまでに合致したからだという。

 

「それに、あの子の“個性”が今回の件の発端となった可能性があるそうだ。もしそうなら、養護施設に預けるのは却って危険が増す可能性がある。最終決定は職員会議を通してからにはなるが……悪いようにはならないとは、言っておく」

 

 病院で検査を受けたアンジェラに、相澤先生は告げた。検査の結果は特に異常なしと太鼓判を押された。それは他のクラスメイト達やナイトアイ達も同様らしい。

 

「……そうですか」

 

 アンジェラは、無茶を通したせいかぐったりと眠っているケテルを腕に抱き締めながら相槌を打つ。その可能性が低いと思っていたからこその反応だった。

 

 相澤先生はアンジェラにかけるべき言葉を見つけることが出来ず、アンジェラも自分から口を開こうとはせず。今回の1件でヒーロー側で死者はおろか重傷者すら出なかったにも関わらず、二人の間には通夜のような沈黙が流れていた。

 

 二人の足は同じ方向に向きながらも、互いに言葉を発しようとすることはしない。カツカツ、と、病院の廊下を歩く音だけが響く。

 

 

 

 

 

 

 

「……相澤先生……アンジェラちゃん……」

 

 そのまま二人の脚が向かった先では、制服姿の麗日達が一つのテーブルを囲んでいた。三人は先の事件で受けた精神的な負荷が抜け切っていないのか、どこか呆然と天井を見つめていた。

 

「…………私達…………何も、してない………………何も…………出来なかった」

 

 麗日は無力感のまま呟く。声色に後悔を滲ませて、身に過ぎる無力感のままに。

 

「…………救け、られなかった」

 

 蛙吹と切島も、顔を伏せる。彼女らの脳裏に、壊理の狂ったような慟哭が繰り返し過ぎる。「何も為せなかった」という事実が、麗日達の心に絡み付いていく。相澤先生でさえ、麗日達にかける言葉を見つけられずに逡巡を繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

「………………それは……なんとも「傲慢」、だな」

「……っえ?」

 

 その言葉は、誰の予想にも無いものだった。声色こそおどけたようなものだったが、その発言をかましたアンジェラの顔は真剣そのもので。麗日は目を丸くして、アンジェラのトパーズの瞳を覗き込む。

 

「どういう……こと?」

「…………あいつは、「ヒーロー」に救われることなんぞ、望んじゃいなかった。オレには、そうとしか見えなかった。他の奴らについてどう思ってたのかは知らないが、少なくともワプトは、自分自身がヒーローに救われることそのものを…………「屈辱」としか、思わなかったろうさ。

 それはお前らも、なんとなく察してるだろ? それを分かっていながら「救けられなかった」は……傲慢だ」

 

 麗日達の脳裏に、どこまでもヒーローを憎みその心を抉ろうとする狂った笑い声が反響する。その笑い声は、なるほど、確かにヒーローに救われることを望んでいるとは、口が裂けても言えないようなもので。

 

「厳しい話になるが…………求めてもいないのに押し付けられる「救いの手」は、差し伸べられた相手を追い詰めるだけになることもある。勿論、本当に救いになることもあるし、あそこまで極端なのは滅多に無いが…………救いの手がその相手を大小問わずに傷つけるってのは、特段珍しい話じゃない。その後の対応とかによっても色々と変わりはするけど……とにかく、救いだと自分では思っていたそれは、相手に望まれていない時点で「傲慢」に成り下る」

 

 トパーズの瞳が鈍く輝く。麗日はもはや、乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。

 

「傲慢……か。そうだよね、望まれていないのに、自分勝手に都合や自分の考えを押し付けて……

 

 

 

 ……ねえ、アンジェラちゃん。それでも救けたいって思うことは、悪いことなのかな?」

 

 迷子だ。自分の憧れが見えなくなった迷子の声だ。

 幼子の狂った嗤いは(のろ)いとなって子どもたちを縛り付ける。

 

 救いを求めるような視線が向けられて、幼子は少し考える素振りを見せ口を開いた。

 

 

 

 

「……そうだな、個人的に傲慢だって自覚は持つべきだと思うが…………

 

 ……別に、悪いことじゃないんじゃないか?」

 

 迷子にかけるような声で、幼子は語る。

 

「あいつが「救われたくない」と思ったように、お前らは「救いたい」と思った。あいつにとっては、ヒーローに救われないことこそが救いだった。

 

 そうやって考えが対立して、あいつが押し通した。ただ、それだけさ。そこに正しい間違いは関係ない。お互いが後悔しないようにって動いた結果だ。

 …………残酷な話だけどな」

「………………後悔……しない、ように…………」

 

 迷子にとっては残酷極まりない話で。しかし、それは現実に起こった話で。

 

 ただただ、受け入れるしかなかった。受け入れなければ、先に進めないような気がした。

 

「それでも救けたいというのなら、救われたくないと願う人の心を踏み躙らなきゃならない。救われたくなかったのに、と糾弾される覚悟は必要だ。なんで一緒に死なせてくれなかったの、救われたくなんかなかったのに、って。

 

 ……本当に、世界ってのは矛盾だらけだな」

 

 呆れたように、アンジェラは笑みを浮かべた。

 常人が救わなくては、と思うような立場にあっても、人によっては救いなど必要としない者も存在する。そんな者たちにとっては、救いこそが煩わしいものである可能性もある。

 

 救うということは、ある意味、自分の考えを押し付けているのと同じことなのだと。嫌でも、自覚させられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それでも、救けたい」

「俺も、守りたい」

「ケロ……そうね。例え傲慢だったとしても、救けたい」

 

 麗日達が受けたショックは一日二日でどうにか出来るものでは決してない。だが、三人は曲がりはしなかった。自分の夢、憧れを、手放そうとはしなかった。

 そんな友人たちに、アンジェラは薄い笑みを浮かべて言う。

 

「なら、それを貫き通せ。傲慢だってことは頭の片隅にでも入れながら、それでも譲れないというのなら。あとはとことん、突っ走るしかないんだから」

 

 トパーズの瞳が輝く。

 麗日達はまだどこか暗い顔のまま、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フーディルハイン、ちょっといいか」

 

 その後、病院内の適用な場所でコーラを買おうとしたアンジェラ。だが、そんな彼女を呼び止める声があった。アンジェラが声の方を見ると、そこに居たのはナイトアイだった。

 

「どうぞ。何か御用で?」

「ああ、用というほどじゃない。少し、聞きたいことがあってね」

 

 カシュッ

 炭酸の音が、その場の重苦しい空気を無視して軽快に響く。ナイトアイの意味ありげな視線が向けられる中、アンジェラは特に気にする様子もなくコーラを喉に流し込む。

 

 

 ナイトアイが口を開いたのは、少し時間が経ってからのことだった。

 

 

 

「……君は、一体誰の味方なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何を言うのかと思ったら」

 

 疑いの眼を跳ね除けるトパーズの瞳。その瞳が言外に語る。

 どこまでも、ただただ、「くだらない」、と。トパーズの眼が鈍く輝く。

 

「誰の味方……ねぇ。それを決めるのはあんたらだって、分かっているはずでしょう」

 

 ナイトアイは返す言葉を見つけることが出来なかった。分かっているのだ。最初に会ってから彼女は一言も、「自分がヒーローの味方だ」なんて言っていない。アンジェラがその言葉を紡ぐ未来は、決して来ない。

 

 アンジェラは「自分や仲間達と敵対する者の敵」だ。

 世界全てが彼女の敵に回ったとしても、アンジェラは何も躊躇うことなく戦うだろう。ヒーローに手を貸しているのだって、ただ利害が一致したからだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 もし、ヒーローが彼女に何らかの敵対行為を見せたのなら。

 ヒーロー達が彼女の大切なものに傷を付けようものなら。

 

 

 

 

 

 

 アンジェラは何を躊躇うこともなく、ヒーローにその刃を向けるだろう。

 

 

 

 

 

「まぁ、強いて言うのなら、「友達」の味方ですね」

 

 アンジェラが浮かべているのは、見る者を安心させるような朗らかな笑み。

 

 そのはずなのに。

 

 ナイトアイは、背筋が凍るような感覚に苛まれた。

 

 その笑みの裏側に隠された狂気に呑まれるような錯覚を、本能的な死をも連想させるような恐怖を覚えた。

 

「……そうか、なら、利害が一致している間は、よろしく頼むよ」

「ええ、せいぜい「仲良く」しましょう? 

 

 ……「お互い」が幸せな結末を迎えられるように、ね」

 

 アンジェラの言葉の真意が分からぬほど、ナイトアイは鈍感ではない。

 背筋に伝った寒気を隠すように、生返事をすることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【事案104 聴取ログ001──3】

 

 [記録開始]

 

『……まだ何かあるのか? 話せることは全部話したと思うが……

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、あいつのことか。とはいっても、話せることは…………

 

 

 

 

 ………………なるほど、そういうことか。とは言っても、俺も詳しい訳じゃない。期待外れか。それはお気の毒だな。

 

 詳しい訳じゃないが…………一つ、忠告しておくことは出来る。

 

 

 

 

 

 あのガキを……権力を使って縛り上げようだなんて、考えないことだな。さもなくば、あんたらは死ぬ。

 

 ……ああ、俺はあいつのことを信用しているわけじゃない。というか、あいつのことを信用出来るわけないだろ。ある意味じゃあ、誰よりも信用ならん奴だ。ま、そっちが下手なことをしなければ、悪いようにはならないだろう。あんたらにとっての目の上のたん瘤は一つ、除去されるだろうさ。そこだけは信用していい。

 

 その時に生きているか死んでいるか、決めるのはそっちの方だ。

 せいぜい、あいつの琴線に触れないことだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………なぁ、俺も一つ、聞いていいか。そっちばかり質問するってのは狡いだろう。

 

 

 ……じゃあ、聞くけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生れた時から狂うことを確約されている子供を、あんたは哀れだと思うか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そうかい、健常者の理屈だな。

 

 

 

 

 

 

 その理屈が狂人に通じるとは、ゆめゆめ思わないことだ。

 せいぜい、その健常者の頭で考えておくんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……居るかどうかも定かじゃない「  」を狂信する奴ほど、信用ならない奴も居ないんだよ』

 

 [記録終了]

 

 

 

 



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明星は立ちぬ

 どうしてと、声高に叫んだ。

 されど死人に口はなし。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラがコーラを買いにその場を離れた後。

 麗日達の間には、沈黙が走っていた。皆、自分の中で考えるだけで精一杯だった。自分の信じていたものを狂気と共に否定され、何を信じればいいのか分からなくなって。アンジェラの言葉で、後悔しないように、を信じれば良いのだと理性では分かることが出来ても、どうにも今度は感情が追いつかない。

 

 彼女の狂気は、子供はおろか、人間が受け止めるにはあまりにも、重すぎる。

 

「……相澤先生、一つ、いいですか」

 

 ようやっとの思いで言葉をひねり出したのは、麗日だった。

 

「アンジェラちゃんは……あの、ワプトと呼ばれていた人と、どういう関係なんですか。先生は知っていると……その人は言っていた。“個性”も、その人はアンジェラちゃんと似ているように感じました。

 

 先生……それは、私達が聞いていいことなのか。それだけでも、教えてください」

「…………」

 

 予想は出来ていた。

 相澤先生も、確証を得ているわけじゃなければ、アンジェラ本人に確認したわけでもない。そんな時間など、取れなかった。

 

 だが、ある種の確信を持っている。

 その確信が正しいのであれば、彼の答えは決まっていた。

 

「聞いていいのかと問われたら、答えは否だ」

「……何故かは、教えてもらってもいいかしら?」

「理由は二つ……一つ、その情報はある種の機密扱いだ。少なくとも、今の状況が変わらない限り、教えることは出来ない。

 

 そして、もう一つは……今のお前達がそれを聞けば、心が壊れかねない。それだけ重いんだ。傷心した今のお前達に聞かせて良いものじゃない。これは、担任教師としての判断だ」

 

 相澤先生はそこまで言うと口を閉ざした。

 先の言葉に嘘はないが、一つ、彼は理由を隠していた。

 

 彼の口から言えるわけがない。

 言ってはいけないのだと、本能が叫ぶ。

 それを口にする権利を持つのは、アンジェラだけなのだと。

 

 

 

 

 

 

「……分かりました。なら、私もこれ以上は聞きません。今は。

 

 その代わり、教えてもらった時に……思いっきり、文句を言ってやりますよ」

 

 麗日は不器用な笑みを浮かべる。それは、笑みになりきれていない笑みだった。

 

「そうね……」

「…………ああ」

 

 蛙吹と切島も、麗日に同意を示す。

 相澤先生は、遠回しにアンジェラの秘密を知っているのだと肯定した。それが、相澤先生なりの最大限の譲歩であることも、麗日達はなんとなく悟っていた。

 

 なら、自分たちは今まで通り、彼女の友達として振る舞おう。

 自分たちはまだ、ヒーローのひよっこでしかない。それを知ることが出来る程の立場にはない。ただ、彼女の友達であるというだけ。

 彼女になにか秘密があるのだと、教えてもらえたことが例外なだけだ。

 

 そう、自分たちの中で納得をつけた。

 

 そんな生徒たちに、相澤先生は呆れたように一言呟く。

 

「……ああ、是非、そうしてやってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一連の身体検査やカウンセリング、警察での事情聴取や各事務所での手続きなどを経て、アンジェラ達が雄英高校に帰って来られたのは次の日の夜だった。

 

「なんだか……久しぶりに帰ってきた感じがするね」

 

 しみじみと、麗日は言った。実際に寮を離れていた時間は二日足らずのはずなのに、あまりにも短時間に濃密な出来事が詰め込まれていたせいだろう。

 

 四人は寮の扉を開く。

 すると。

 

「帰ってきた……奴らが帰ってきた!!」

「皆心配してましたのよ」

「ニュース見たぞおい!」

「ホントホント!」

「大変だったな!?」

「大丈夫だったかよ!?」

「お騒がせさんたち☆」

 

 クラスメイト達の熱烈な歓迎がアンジェラ達を迎えた。皆、ニュースを見てアンジェラ達のことを心配してくれていたようだ。砂藤はお手製ガトーショコラをアンジェラ達に差し出してきた。

 

 クラスメイト達がわいのわいのとアンジェラ達の無事を喜んでいると、飯田が手を挙げ口を開いた。

 

「皆! 心配だったのは分かるが、四人共心身共に疲れが溜まっているはずだ。級友だというのなら、彼らを労って静かに休ませてあげるべきだ!」

 

 飯田の言葉は概ね正しい。事件のショックはまだ抜け切っておらず、手続きが相次いだこともあって疲労も溜まっていることは事実である。

 

 そんな中、麗日達に目を配ると、アンジェラが口を開いた。

 

「飯田、ありがとな。

 でも……心配なら心配だって、はっきり言ってくれる方がいい」

「……じゃあ、いいかい。

 

 

 

 とっっても心配だったんだぞ!! 俺はもう!! 君達がもう!!!」

 

 飯田に肩を掴まれ、思いっきりシェイクされるアンジェラ。どうやら、とてつもなく心配していたようだ。瀬呂に「おめぇがいっちゃん激しい」とツッコミを入れられていた。

 

 その後、砂藤の作ったガトーショコラと八百万が「心が安らぎますの!」と淹れたラベンダーのハーブティーで夜の静かなティータイムが催され、それが終わると飯田達の計らいで、アンジェラ達インターン組は早めに部屋に戻り、それぞれが一人の時間を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜、他のクラスメイト達が寝静まった頃。

 アンジェラは自室の学習机に腰掛け、ウエストバッグから箱のようなものを取り出してコトリ、と置いた。八斎會の屋敷で、壊理がワプトに手渡したものだ。

 

 箱を開けると、中に入っていたのは一本の白いナイフと一つのUSBメモリ。ナイフは柄の部分にひし形のくぼみがある以外に変わった所はない。USBメモリも同様に、見た目は普通のものだ。

 

 ナイフを机に置き、デスクトップを起動させUSBメモリを差し込む。画面に表示されたのは、いくつかのファイル。そのうちのテキストファイルの一つ、シンプルに「記録001」と名付けられたそれを、アンジェラはおもむろにクリックした。

 

 

 

 

『人間の記憶を魔法で操作することが可能なのであれば、壊れた人間の自我を魔法を使って治すことも可能なのではないかと色々試してみたが、不可能であるという結論に達した。魔法では、人体における自我を構成する根幹の部分には手を出せないからだ。一度完全に自我を壊した者を魔法で治そうとしても、当人の行動パターンを真似ただけの生きた人形になるだけ。同様の理由で、一度何らかの干渉による改変を受けた自我を魔法で元に戻すことも不可能である。

 

 ……であれば、奴らの持つ「自我操作技術」は、一体何由来のものなのだろうか。妹達の自我を弄り回したあの忌まわしい技術……魔法由来でないことはハッキリしたが。それ以外に心当たりがあるとすれば…………

 

 ……………………考えられる可能性は二つ。

 一つは、単純に自我に干渉する技術を奴らが保有している可能性。古代文明には自我を丸々写し取り記録する技術があると聞くし、その可能性も捨てきれない。

 

 もう一つは…………

 

 …………なんとも、胸糞悪い話だが。

 

 こちらの方が、可能性が高いだろう。

 母が、私達にそうしたように。

 奴らも、妹達にそうしたのだ』

 

 

 

 ワプトが綴ったと思われるそれは、記録と日記の両方の側面があるように見えた。表情を一つも変えぬまま。アンジェラは他のファイルを開き、そこにワプトが残した記録を読み漁る。

 

 

 

 

 

『自我の移植自体は魔法でも可能である。かなり特殊なケースにはなるが、私は実際にそれを為したことがある。ただ、あの時は十全な設備や術式が無かったがために自我を抜き取った方の肉体は魂なき抜け殻に成り果ててしまった上に、深刻な影響も残されてしまった。おまけに、彼女の還るべき肉体は、既に…………

 

 全く、事前に人間には戻れなくなるとあれだけ警告したのに。あの場で朽ちるだけなら、肉体を捨てるというリスクを背負おうとも外に出たいという気持ちは分からなくはないが、一体彼女の何がそうさせたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、それらを承知の上で引き受けた私も私か。あの場所では正気な人間の方が変人だったということを、うっかり忘れていた。

 

 今の私に出来るのは、いつか彼女らに届くことを願って「本体」を完成させることか。起動しているかも定かではないが、生きているうちに後一度くらいは会えるかな。

 

 もう人間には二度と戻れないと承知の上で、導き手となってくれた名も知らぬ彼女に、最大の敬意を』

 

 

 

 

『この世界の八割が保有する特殊能力、“個性”。千手万別なこの力だが、どうやら共通して魔力と反発し合う性質を持っているらしい。“個性”の大元である“個性”因子と魔力は相性が悪いようだ。その上、“個性”因子を持つ者が総じて魔力への耐性が低いこともそれに拍車をかけている。

 

 だが、研究と試算を重ねた結果、一定の条件が揃うと“個性”因子と魔力が体内で共存することが可能であるかもしれないということが分かった。魔力を帯びた自分の細胞と八斎會の組員からちょいと拝借した“個性”因子を接触させてみたところ、なんと、魔力が“個性”因子に作用し“個性”因子が変質したのだ。元の“個性”の形そのものは残しつつ、魔力に寄った性質へと変わったらしい。魔力が“個性”因子を侵食した、とでも言うべきだろうか。

 

 これが人体レベルで可能なら……後から“個性”を付与出来る何かがあると仮定した場合、元々魔力を持つ者に“個性”を付与させれば、“個性”因子が魔力に侵食され、魔法と“個性”の双方を操ることが出来るかもしれない。

 まぁ、机上の空論でしかないわけだが。

 そこまで試したいとも思わない』

 

 

 

 

 

『試しておかなければならないこと、確かめておかなければならないことは色々あるが、そのための時間が少なすぎる。少しでも時間を稼ぐ方法が無いか手探りで探っていたところ、治崎の“個性”が「一度分解し治す“個性”」だと知り、ダメ元で使って欲しいと頼んでみた。

 

 結果、私の肉体組織の劣化を、多少だが抑えることに成功した。一度分解し治すというプロセスが、肉体の劣化の進行を一時的に停止させる効果をもたらしたようだ。

 

 だが、やはり完全とはいかない。回数を重ねるほどに、肉体の劣化を抑えることが出来なくなっている。壊理の巻き戻す“個性”も同様に、最初は一時的とはいえ高い効果があるが、回数を重ねるほど効き目が薄くなっていく。まるで、薬品に慣れた人体のように。

 

 ……結局、肉体の崩壊を食い止める方法は見つからなかった。

 だが、今となってはもうその心配もいらない。

 私が生き続ける理由も、あと少しで無くなる。

 

 最後に、あの子に贈り物を用意しておこう。私のエゴのために。あの子が奴らを屠れる手助けを、少しでも残しておこう。あの子は生きることを望んだ。そのために、奴らを殺すだろうから。

 

 

 

 

 

 ああ、早く、早く見つけて』

 

 

 

 

 中には、説明もなしにただ術式を書きなぐっただけのファイルや、何らかの設計図らしき画像が何枚か入っただけのファイルも存在していた。それら全てに雑なナンバリングがされていたが、一つだけ、奇妙な名前のファイルがあった。いや、名前すら付けられていない。更新された日付が一番新しい、無名のファイル。

 

 そのファイルを、アンジェラは開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

『最初は、其れを人のものだと思っていた。

 人間が、手を伸ばした果ての産物だと。

 何の疑問を持つこともなく。

 

「其れ」を人間であると。

「其れ」を人間が操るものだと。

 

 

 

 違う。

 ただの思い込みだった。

 最初から、疑問に思うべきだった。

 

 今更、何を。

 遅すぎる。

 

 

 

 奴らは「王」を再現しようとした。

 如何なる犠牲を払おうとも。

 如何なる手段に手を染めようとも。

 

 

 

 

 何の為に? 

 

 奴らは結局、「王」を自分たちの手で顕現させることは叶わなかった。

 

 なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奴らの手で作られたものに、都合好く「王」が宿るものなのか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………いや。

 

 

 

 

 

 そうじゃない。

 

 天使じゃない。

 天使であって、天使じゃない。

 

 

 

 

 

 ……もはや、これは人間にどうこう出来るものじゃなくなった。

 人間は結局、神の裁きを甘んじて受け入れることしか出来ない。

 

 なれば。

 私はもう、抗わない。

 

 抗えない。

 

 その権利は、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明星を、見つけた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





















ナイトアイが生存しました。
原作死亡キャラ生存タグを回収しました。まる。以上、解散。





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第十一章 Can you fell the sunshine?
Little knight


 その後。雄英高校と各ヒーロー事務所との間でインターンの自粛が取り決められ、元々八斎會の事件の後ナイトアイ事務所でインターンを継続する気がなかったアンジェラ以外のクラスメイト達もインターンが中止と決定したのは、八斎會への押入りの二日後のことだった。

 

 その日の朝、アンジェラは相澤先生に連れられて、壊理が一時的に身を寄せていた病院に足を運んでいた。職員会議やら何やらで許可が降りたということで、壊理を雄英で預かることになったからだ。

 

 書類やらのやり取りは相澤先生に任せて、アンジェラは一足先に壊理の病室を訪れていたのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……あのな、いつまでそうやって引っ付いてるつもりなんだ?」

「…………」

 

 病室に着いた途端、壊理がアンジェラの脚にしがみついて離れなくなってしまった。寂しかった、と彼女の顔が物語っている。

 

「あー……わかったわかった。後でアップルパイ作ってやる」

「うん」

 

 ワプトの話によれば、アンジェラと壊理はほぼ同い年らしい。壊理の方が一応歳下らしいが。

 だが、見た目からはそうとは見えない。アンジェラは生れた時から成長していないし、壊理はこれから成長するだろうし、いつか逆転する日が来るのだろう。その事実から目を逸らしたい衝動に駆られそうになる。ただでさえ低い身長が、今後一切伸びることがないと分かりきっているというのは、結構辛いものがあった。

 

「これからは、淋しくはないさ」

「淋しくは……ね」

 

 壊理は、赤いフードで顔を隠した。

 

「王様、私、強くなりたい」

「……「ソレ」は、呪縛……いや、呪いを呪いで解いたのか」

「そうだって、お姉ちゃんは言ってた。私の魂が特別だから、自我を保てているって」

「言っとくけど、オレも教えられるほど熟達してるわけじゃねぇぞ」

「………………」

「後悔、してるか?」

 

 少しの間が歯痒く感じた。ふと唐突に降りかかる喪失に、壊理は慣れていて、慣れていない。ぽっかり空いた穴の埋め方など、誰も教えてはくれない。教えてくれたのは、何時だって自分自身だった。

 

「これは、何度も、何度も、形を変えて繰り返されてきたこと。ねぇ、王様。私、「王様」のことは王様よりも知っているんだよ」

「……らしいな」

 

 素直に認めざるを得なかった。壊理とアンジェラは根幹の部分で同類だ。分かっていたつもりではいたが。

 壊理は、アンジェラよりも「王様」のことを知っている。それこそ、産まれた時から。

 

「だから、後悔って感覚が、分からない」

「……それでいい、それが正常だ」

「どの口が」

「まぁな」

 

 減らず口を叩くアンジェラに、壊理は苦笑いをする。ふたりとも、全くの別人のはずなのに、こういうところは「変わらない」らしい。

 魂が、覚えているのだろうか。

 いや、覚えているとしたら、魂か、それか…………

 

「さて、先生の話も終わる頃かな……そろそろ行くか。エスコート頼むぜ、小さな騎士様(Little knight)?」

「畏まりました、王様」

 

 二人はまるで、戯曲を演じるように手を繋いで、病室を後にする。

 

 これも、永い時の中で、幾度となく繰り返されてきたことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壊理の着替えや日用品を揃えた後、相澤先生の車でアンジェラ達は雄英高校に戻ってきた。壊理は流石に少し緊張しているのか、車から降りると、またもやアンジェラの脚に引っ付いて離れなくなってしまった。

 

「あー、連絡行き届いていると思うが、雄英で……というよりも、このクラスで預かることになった子だ。皆、仲良くするように」

 

 寮の共同スペースに集まっていたクラスメイト達の視線に、壊理は咄嗟にアンジェラの背に隠れ、顔だけを覗かせる。単純に視線というものに慣れていないだけだろう。クラスメイト達に対して興味自体はあるようだと、アンジェラは思った。

 

「あの……壊理、です」

「うん、よろしくね、壊理ちゃん」

 

 おずおずと自己紹介をした壊理に、クラスメイトを代表して麗日が手を差し伸べる。壊理は一度アンジェラを見やり、恐る恐るその手を取った。

 

「フーディルハイン、授業外では基本お前に壊理ちゃんの面倒を見てもらうことになるとは言ったが……大丈夫か?」

「大丈夫です。授業中は先生方が見てくれるんですよね?」

「ああ、そうだが……何かあれば、遠慮なく言えよ?」

「大丈夫ですってー」

 

 アンジェラの軽い物言いに本当に大丈夫なのか心配になってきた相澤先生だったが、壊理は今のところアンジェラに一番懐いてるし、何より、アンジェラ本人が積極的に壊理の面倒を見ようとしているので、止めようにも止められない。とりあえずはアンジェラに任せて、クラスメイト達や教師達に壊理を慣らしていくのが、壊理の精神的にも正解だろう。

 

「よろしく、おねがいします」

 

 壊理はアンジェラの背の後ろからぺこり、と頭を下げる。これなら、割りと直ぐに慣れそうだなとアンジェラは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい、私……というよりも、ミラーソード「ソルフェジオ」は、制作者(マイスター)・ワプトが教会からくすねてきたものです。そこに後から搭載された魔導演算用の人工知能が「私」です』

「だから、ワプトが制作者(マイスター)ね……」

 

 ワプトからの贈り物の一つである、ひし形のくぼみのあるナイフを手で玩びながら、アンジェラは相棒の声に耳を傾ける。青いひし形の宝石は、ナイフのくぼみにピッタリと嵌りそうだ。

 いや、元々そうあるべきなのだ。あるべき所になかっただけである。

 

「お姉ちゃんは、ソルフェジオをコアユニットとミラーソードとしての本体に分離させて、コアユニットの方にあなたを搭載して、王様に託した。私はそう聞かされてる」

『コアユニットに残された機能は「私」以外は必要最低限のものでした。恐らく、目を逸らさせるために、でしょう。万が一、マスターが戦う術を知らない状態で奴らに見つかっても、そのまま目をつけられないように』

「……あれで、最低限……?」

 

 最低限にしては機能が満載だったような気がする。後付けのAIはともかく、各種武器への変形など最たるものだ。アンジェラが首を傾げるのも当然だった。

 

『最低限ですよ……「神」にその刃を向けるのなら、対人性能がいくら高かろうが意味はありません』

「……」

 

 相棒が語る「神」が何を指すのか、気付けないほどアンジェラは鈍くはなかった。「本体」に戻ろうが、ソルフェジオの対人性能は大して変わらない。演算性能や耐久度が増すくらいだ。

 

「なるほど……そりゃ、意味ないわな」

 

 いくら人間に対して強かろうが、アンジェラにはさしたる意味がない。

 こちらを覗く深淵を穿つための力でなければ、意味がない。

 

「ま、今のオレじゃあまだまだ使いこなせないだろうけど……」

「大丈夫、それは元々「王様」のものだったから。王様なら、使いこなせるようになる。というか、今の王様の状況が異質すぎるだけ。魔法は少なくとも百年単位はかけて熟させていくもの……王様の成長スピードはハッキリ言って異常」

「そうは言っていられない状況だけどな」

 

 ナイフ……ミラーソードのくぼみにソルフェジオのコアユニットを嵌め込む。柄から刃に空色の光が迸り、やがてひし形の宝石へと収束された。

 

「ああ、使いこなせないって言えば……壊理」

 

 アンジェラはウエストバッグから幻夢の書と指輪型の魔導演算装置を取り出すと、壊理に差し出した。突然のことに、壊理は目をパチクリとさせる。

 

「それ、やる」

「えっ……王様の魔導書を?」

「オレじゃあソレの性能を100%活かすことが出来ないからなぁ。使える奴が持ってた方がいいだろ? 

 

 それに、ソレは元々お前のものだったはずだし。適材適所ってやつだよ」

 

 アンジェラの魔法の適性と近距離を中心とする戦闘スタイルでは、幻夢の書の性能を活かしきれないというのは紛うことなき事実である。その戦闘スタイルが魔法を得る前に既に確立されてしまっているのだから、尚更だ。

 

「そりゃ、そうだけど……王様、これ人前で使ったりしたこと……」

「……外装変えて、オレと“個性”が似てるって主張すれば、なんとか……?」

「あるんだ」

「仕方ないだろ、まさかこの星であいつら以外に魔法を使える奴に会うとも、ワプトがあんな細工をするとも思ってなかったんだから! 特に、ワプトの細工を予想出来た奴が居たら拍手喝采してやるよ!」

 

 アンジェラは思いっきり開き直った。壊理は苦笑いしながら、差し出された幻夢の書を受け取り指輪型の魔導演算装置を左手の薬指に嵌める。

 

 ふと、アンジェラは魂の残響(ソウルオブティアーズ)に右手を添えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……マスター、どうされましたか?』

「いや……

 

 魂だけって、どういう状況なのかなって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、そういうのは私よりもアンジェラの方が詳しいんじゃないかしら」

「知識じゃなくて、感覚の話だよ。肉体が無いって感覚が分からないわけじゃないが……あの時は、ソルフェジオの中に押し込まれてたからなぁ」

「……それ、私と会う前の話よね。何がどうしたら、肉体と魂が分離するなんて経験するのかしら」

「文句はエッグマンに言ってくれ」

 

 暗闇に星のような光が散りばめられた空間で、メリッサは呆れたようにため息をついた。これまでも何度か彼女らが巡ってきた奇想天外でスリル満点な旅路の話は聞いていたものの、毎度毎度、アンジェラの話は予想の斜め上をかっ飛んでいくものばかりで、飽きることがない。

 

「でも……多分、私のはあまり宛にならないかも。私はアンジェラの感覚器官から外を観測出来るから」

「そういや……それってさ、どんな感覚なんだ?」

「そうね……例えるなら、4Dの映画を見ているかのような感じかしら。

 

 ……どの感覚を私に流すかは、アンジェラの方に決定権があるみたいだけど」

 

 アンジェラは苦笑いする。メリッサの言葉の意味が分からないほど、アンジェラは鈍くはない。寧ろ、「上手くいってたか」と言葉を紡ぐタイプだ。全く悪びれても、反省してもいない。

 

 自分自身を容赦なく実験体にするその様は儚く、しかし強かなものだ。呆れるしかなかった。

 

「おっと、お説教は勘弁してくれよ。痛くもないし、あってもなくても正直変わらない。誰も不利益は被らないだろ?」

「そういうことじゃ……いや、その通りなんだけどさ……

 やっぱりアンジェラって……「人間」じゃないんだね」

「今更だろ?」

「そうだね、今更だ」

 

 お互いにお互いが発した言葉がなんだかおかしなものに思えてきて、どちらともなく笑い出す。アンジェラが人間ではないなんて、生れた時からそうだっただけだ。それを知ったのがつい最近というだけで。

 

 本当に、今更だ。

 

「そうだ、最近はアンジェラ、昼だけじゃなくて朝も夜も学食でしょ? 明日は休みだし、アンジェラの手料理が食べたいわ」

「食うのはオレだけどな……いいぜ、何がいい?」

「そうね……アンジェラの一番得意な料理、とか?」

「せっかくなら、クラスの奴らにも振る舞ってやるか」

 

 他愛のない話は、微睡みが醒めるまで続いた。

 

 

 

 

 




かなり分かりづらいですが、アンジェラさんが言及した「肉体と魂の分離を経験した」というのはソニック本編の話です。


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文化祭の知らせ

 一年A組の日常に壊理が加わって暫くの間は、忙しなくも極々平凡な日常が過ぎていた。さして語ることのない、平凡で平和な高校生らしい毎日だ。壊理もアンジェラ以外の人に少しずつ慣れていっている。このままであれば何も問題はないだろうと、アンジェラは確信を持って言えた。

 

 そんなある日のこと。

 

「見て見て、見ててー!」

 

 教室の後方で何やら準備運動を終えた芦戸が、ツーステップからのバク宙を決め、片手で逆立ちしそこから流れるような動作でブレイクダンスを披露した。瀬呂と葉隠が囃し立てる中踊る芦戸は楽しそうだ。

 

「下履くならスカート脱げよなぁ……!」

「峰田、目を潰されるか口を噤むか、どっちがいい?」

「すみませんでした」

 

 またもやセクハラじみた発言をかました峰田だったが、アンジェラが決して笑っていない笑顔で放った気味が悪いくらいに明るい声に本能的な恐怖を感じ、脊髄反射的に冷や汗ダラダラで謝罪を口にした。後ろを振り返ってはいけないと思ったと、後に峰田は語る。

 

「芦戸は動きがダンス由来なとこあるよな。一つ一つの挙動に全身を使う感じ」

「初めての戦闘訓練、マント焼かれたこと、忘れない」

「アンジェラちゃんもダンスやってるんだよね? 確か、お兄さんの影響だっけ」

「ああ。だけど、芦戸ほど動きの根幹になってるわけじゃないかな……多分」

「でも、インフィニットさんとの練習試合の時とか、ダンスっぽいアクロバティックな動きしてたじゃん。やっぱり、多少は影響されてるんじゃない?」

「それは否定しない」

 

 芦戸は幼い頃からダンスを趣味としていたと、アンジェラは以前本人から聞いたことがある。アンジェラの動きが芦戸ほどダンスに影響されていないのは、アンジェラの動きの根幹が独学のマーシャルアーツだからだろう。「ソニックがよくやっているから」という単純な理由でアンジェラもダンスを嗜んでいるため、影響されてる面がないわけではないが。

 

「フーディルハインは踊らんの?」

「じゃあ軽く踊るかぁ。流石に教室の後方で二人もブレイクダンスしたら危ないし」

「……ブレイクダンス、出来るのね」

 

 上鳴の生暖かい目をまるっと無視して、アンジェラは軽くステップを披露した。軽く、とは言っても、素人には真似出来ないようなキレのあるステップだ。それに触発されたのか、青山が見様見真似でツーステップを踏み始めたが、動き方が間違っている上ギクシャクして目茶苦茶なものだった。素人なのだから仕方ない。

 

「砂藤のスイーツとかもそうだけどさ、ヒーロー活動にそのまま活きる趣味はいいよなぁ……強い! 

 

 趣味といえば、耳郎のもすげぇよな」

「ちょ、やめてよ」

 

 耳郎はまさか自分に話が飛び火するとは思わなかったのか、拒否を口にする。が、上鳴はそのまま口を閉ざさず語り続けた。

 

「ほら、寮の部屋、楽器屋みてぇだったもんなぁ。ありゃ趣味の域超えてる!」

「もう、やめてってば! 部屋王忘れてくんない!?」

「いや、ありゃプロの部屋だね。何つーか、正直かっけ……」

 

 いつまで経っても喋り続ける上鳴の眼前に、イヤホンジャックが突き付けられた。突きつけた本人である耳郎は心底恥ずかしそうに「……マジで」と告げると、そそくさと席に戻っていった。

 

「何で……」

「上鳴、お前はデリカシーってもんを学べ。早急に」

 

 耳郎の反応を見れば嫌がっていることは直ぐに分かりそうなものだが、上鳴はそういう空気を察する能力に欠けているらしい。アンジェラは一つ、ため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日のロングホームルーム。いつもの如く寝袋にくるまった相澤先生から、10月の末に行われるある行事のことが告げられた。日本のあらゆる高校が行うであろう行事だ。

 

「えー、文化祭があります」

『ガッポオオォイ!!』

 

 クラスメイト達は一斉に沸き立つ。ちなみにガッポイとは学校っぽいの略らしい。何でもかんでも略せば良いというもんではないと、アンジェラは5秒くらい思った。

 

 だが、無条件にテンションが上がる者ばかりではないようで。切島が立ち上がって声を上げた。

 

「先生、いいんですか!? この時勢にお気楽じゃあ……」

「切島、変わっちまったな……」

「でもそうだろ!? 敵隆盛のこの時期に!」

 

 体育祭の時は真っ先にテンションを上げていた切島の変化に上鳴が戸惑いの声を上げるも、切島は自身の意見を曲げることはなかった。

 そんな中、相澤先生は説明をする。

 

「もっともな意見だ。しかし、雄英もヒーロー科だけで回ってるわけじゃない。体育祭がヒーロー科の晴れ舞台だとしたら、文化祭は他の……サポート科、普通科、経営科の生徒たちが主役。注目度は体育祭の比にならんが、彼らにとって楽しみな催しなんだ。そして現状、全寮制を始めとしたヒーロー科主体の動きにストレスを感じている者も少なからず居る」

「……そう考えると、申し訳が立たないな」

「ああ、だからそう簡単に自粛とするわけにもいかないんだ」

 

 切島の言葉にアンジェラの眉がピクリ、と動く。すぐさまアンジェラは偽りの笑顔(ポーカーフェイス)を顔に貼り付けた。そのガワと内心が全くもって一致していないことに気付ける者は、少なくともここには居ない。気付けるとしたら、ソニック達くらいだ。

 

「今年は例年と異なり、ごく一部の関係者を除き、学内だけでの文化祭になる。主役じゃないとは言ったが、決まりとして、一クラス一つ出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう……」

 

 その発言の直後、相澤先生は微睡みの中へと旅立っていった。進行は学級委員二人に丸投げである。

 

「ここからはA組委員長、飯田天哉が進行を務めさせていただきます! スムーズにまとめられるよう、頑張ります! 

 では、まず出し物の候補を挙げていこう! 希望のある者は挙手を!」

 

 瞬間、クラスメイト達が勢いよく手を挙げる。やれると分かったらやりたいことが沢山あるのだろう。にしても、変わり身が早い。

 

「ぐっ……なんという変わり身の早さだ。ええい、必ずまとめてやる!」

 

 飯田がそう意気込んでいると、耳に残る幼い声が響いた。

 

「委員長! その前に一つ質問いいですか!」

「はい、アンジェラ君!」

「文化祭って何ですか!」

 

 しん……と教室が静まり返った。質問者であるアンジェラは、そんなにおかしなこと聞いたか? と首を傾げている。

 

「え……アンジェラちゃん、文化祭、知らないの?」

「ああ、知らねぇ」

 

 アンジェラは純粋な眼で首を傾げている。本当に文化祭が何なのかが分からないのだ。これが所謂カルチャーショックかとどこか間違った感想を抱きながら、麗日が説明をする。

 

「大学で学祭やったんでしょ? 言っちゃえばその高校版だよ」

「I see」

 

 アンジェラが文化祭が何なのかを理解したところで、気を取り直して出し物の候補を挙げる時間となった。最初に飯田が当てたのは上鳴だ。

 

「メイド喫茶にしようぜ!」

「メイド……奉仕か、悪くない!」

「何でメイドと喫茶を合体させたんだ?」

「アンジェラちゃん、とりあえず一旦カルチャーショックは置いとこ?」

「はーい」

 

 一々アンジェラのカルチャーショックに付き合っていたら時間が無くなると察知した麗日がアンジェラを宥めた。アンジェラは素直に返事をする。

 

「ぬるいわ上鳴!」

「峰田君!」

「オッパ……」

 

 瞬間、アンジェラは峰田の顔面に裏拳をお見舞いし、白亜の鎖(フィアチェーレ)でグルグル巻きにして天井から吊るした。ニッコニコと笑っているはずなのに、その笑顔は恐ろしいものにしか見えない。般若のような何かがアンジェラの後ろに見えるような気がすると、クラスメイトの殆どが思った。

 

 その後も、クラスメイト達が続々と意見を出す。途中、殺し合い(デスマッチ)に暗黒学徒の宴やら僕のキラメキショーとよくわからないものが出てきたが、一通り皆の意見が出揃う。ちなみにアンジェラはライブを提案した。

 

「一通り、皆からの意見は出揃ったな」

「不適切、実現不可、よくわからないものは消去させていただきますわ」

 

 八百万が消したのは峰田、爆豪、常闇、青山の意見だ。常闇の意見は無理やりお化け屋敷っぽい何かと解釈することは可能だが、青山に至っては完全に意味不明である。峰田と爆豪の意見は不適切に他ならない。

 

「郷土史研究発表もなー、地味よねぇ」

「確かに」

「別にいいけど、ほかが楽しそうだし」

「学祭……じゃなかった、文化祭で研究発表は雰囲気違くね?」

「総意には逆らうまい……!」

 

「勉強会はいつもやってるし……」

「お役に立てればと……つい……」

 

「食いもん系は一つにまとめられるくね?」

「そばとクレープはガチャガチャしねぇか?」

「だーから、オリエンタル系にクレープは違うでしょ」

 

 ワイワイガヤガヤと意見ばかりが錯綜し、全くもって纏まらない。終いには誰が何を言っているのかもわからないほどに声が溢れていた。

 

「静かに、静かにぃ!!」

「……まとまりませんでしたわね」

 

 飯田がなんとかしようと頑張るも収拾がつく様子は全くなく、ついにホームルーム終わりのチャイムが鳴った。相澤先生が苛立ちを隠さず立ち上がる。

 

「実に非合理的な会だった……お前ら、明日朝までに決めておけ。決まらなかった場合、公開座学にする」

 

 学祭で公開座学……なんだそれめっちゃシュール。

 アンジェラは苦笑いでそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ? それ、本気で言ってんのか?」

 

 その声に含まれていたのは、底なしの呆れだった。

 

 インターンの補習を終え、寮に戻ってきたアンジェラが、クラスメイト達が出した意見を聞いて発した第一声である。

 よもやそんなことを言われるとは思っておらず、クラスメイト達は目をパチクリさせた。

 

「ああ、別に出し物そのものに文句があるわけじゃない。補習で話し合いに参加出来ないから決定に従う、って言ったのはこっちだし」

「じゃあ、何で……」

「何でって……「他の科のストレスを発散させる」ことが第一目的になってるじゃねぇか。そりゃ単なる八つ当たりなんだから、気にしちゃ駄目だろ」

 

 他の科におけるヒーロー科への……特に、A組に対するやっかみがあるのは事実だ。のこのこと林間合宿に行ったせいで襲撃され、あまつさえ生徒が一人拉致られて。そこに様々な理由が重なったことなどつゆ知らぬ者達が、ヒーロー科を叩いているのは事実である。

 

 あの場で拐われていなければ、今頃アンジェラが死んでいたなんて、誰の思考にも無い。そこをわーぎゃーと責め立てるつもりは毛頭ないが、何も知らない者達のやっかみを発散させてやろうと思えるほど、アンジェラは聖人ではない。

 

「根本的に、他の科のストレスを発散させようなんて考えなくていいんだよ。自分達だけが楽しい? 学祭なんだから大いに結構。逆恨みややっかみなんて気にするだけ時間の無駄だ。そもそもお前ら、何か迷惑になるようなことしたか?」

「……確かに……」

「ただ真面目に授業受けてただけだよね」

 

 そう、ヒーロー科の生徒たちは、ただ真面目に学生生活を送っていただけだ。様々な偶然が重なった結果がこれだ。これからに備えろと言われるのならいざ知らず、彼らに全寮制になった責任があるはずがない。

 まして、社会を混乱させた責任など、ただの高校生にあるはずもない。

 

「その場合、矢尻に立つのはオレか? 悪いが、オレは赤の他人の逆恨みを発散させてやろうと思えるほどお人好しじゃねぇ。責任なんて、誰にもない」

 

 あるとすれば、あいつらが全部あの世に持ってっちまったよ。

 口から出かけたその言葉を、アンジェラはなんとか飲み込んだ。

 

「……アンジェラ君……」

「ま、決定には従うさ。けどな、他科じゃなくて、自分たちが楽しむことを第一に考えてくれよ。振り回されてるのはお前らの方なんだからさ」

 

 クラスメイト達が何かを言う前に、アンジェラは自分の部屋へと戻っていった。

 

 

 A組の文化祭の出し物は、ダンスとライブである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけ過去を漁っても、具体的な対策が見つかるわけではない。

 壊理にしたってそうだ。記憶は記録よりもよっぽど移ろいやすい。

 だが、そこに確かなものがあるとすれば。それを掬い取るしかないのだとしたら。

 

 選択肢なんて、何時だって用意されていないも同然だった。

 

「……なぁ。滑稽だとは思わないか? 過去を断ち切るために、過去の(よすが)を手繰り寄せるだなんて」

 

 アンジェラは自嘲気味に笑う。カーテンの隙間から割って入ってきた月光が空色の髪を照らす。トパーズの瞳とルビーの瞳が、視線を合わせて揺れた。

 

「それも、何度も繰り返されてきたこと。だけど、工夫は出来る」

「そうだな」

 

 この巡り合わせが一体何度繰り返されてきたことなのか、アンジェラには検討もつかない。壊理も本能的に、繰り返されてきたと認識しているに過ぎない。曖昧で、不明瞭な繋がりだった。

 

 それでも、彼女はその不明瞭な繋がりに賭けてみせた。文字通り、その命ごと。

 

 なれば、アンジェラのやることは決まっている。最初から、かの天の傀儡共を根絶やしにするために。それが、より強固なものになっただけだ。

 

「そうだ……せいぜい、足掻いてみせようか」

 

 空色の髪を揺らして、少女は悍ましい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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文化祭準備

 次の日の夜、補習の穴が埋まったアンジェラ達は寮に戻ると、クラスメイト達から役割決めの話し合いの途中経過を聞いた。音楽はニューレイヴ系のクラブロック、耳郎がベース、八百万がキーボード、そして、爆豪がドラムを担当する、と決まったらしい。耳郎は言わずもがな、幼い頃からピアノを嗜んでいた八百万がキーボードというのはなんとなくしっくりくるが。

 

「……爆豪君がドラムっていうのは、なんていうか」

「意外!」

「なんか文句あっか!?」

 

 爆豪がキレ気味に発した言葉に麗日達は首を横に振る。意外なだけで文句があるわけでは決して無いのである。

 

「それで、肝心のボーカルは誰が担当するの?」

「いや、まだ決まってなくて……ウチとしては、是非フーディルハインを推薦したいところなんだけど」

「……え、オレ?」

 

 突然話が飛んできた。アンジェラは思わず素っ頓狂な声を出す。

 

「だって、フーディルハイン歌凄く上手いから……魂を震わせる歌声、っていうのかな、アレ」

「んな、流石にそれは買いかぶり過ぎだっての。それだったら、耳郎も歌上手いじゃねぇか」

「いやいや」

「いやいや」

 

 お互いがお互いに譲り合って一向に決まりそうになくなってきた。そんな中、ボーカルをやりたいらしい切島と峰田と青山が主張を始めるが、切島は上手いといえば上手かったがジャンル違い、峰田はがなってるだけ、青山は裏声と、とてもライブでボーカルを任せられるような感じではなかった。

 

 と、葉隠が何かを思いついたように声を上げる。

 

「それだったらさ、アンジェラちゃんと耳郎ちゃんのダブルボーカル、っていうのはどうかな!」

「ダブルボーカル?」

「とりあえず、ふたりとも歌ってみて歌ってみて! 二人の歌、どっちもすっごくカッコいいし!」

「……どうする、耳郎?」

「うーん……分かったよ」

 

 そんなこんなで、アンジェラと耳郎が順番に軽く歌って見せることになった。まずは耳郎だが、歌いたいと主張をしていた三人を打ちのめすほどの歌を披露してみせた。耳が幸せだと観客に思わせるようなハスキーボイスで、夢と希望について歌い紡ぐ耳郎の声は、口が裂けても素人のものとは言えない。

 

 そして、耳郎に続いてアンジェラが歌を披露する。アンジェラは少し気恥ずかしそうにマイクを耳郎から受け取った。

 

「……耳郎の後とか、やりにくいことこの上ないなぁ」

「いいからいいから! フーディルハインの歌の上手さはウチが保証する!」

「そうかい。

 

 すぅ……「In the white light, we're praying for the lost

 For our grief, for our pain

 To the white light we're praying for the lost

 So we try to find solace, empty hands together」」

 

 儚く魂の髄をも揺らす幼い声が、喪失と祈りの夜明けを歌い上げる。クラスメイト達は声を出すことはおろか、呼吸すら忘れてアンジェラの歌に聞き惚れた。筆舌に尽くし難い感情を湧き上がらせるような歌声がその場を支配するかのような錯覚に囚われる。空色の美しい髪が一呼吸毎に揺れ、まるで天女の衣のようだ。

 

「「In the white light, we're going down this road

 For our hope, for our fate

 To the white light, we're going down this road

 My journey has to go on with you」」

 

 終わりなき旅路で歌を締め括ると、アンジェラはトパーズの瞳を開く。クラスメイト達はあまりの歌声に言葉を失い、何をするでもなく、その場に立ち尽くしていた。心臓の鼓動がやけに煩く聞こえる。その場を支配していた歌声が、残響となって脳内に響くような錯覚は、しかし決して気の所為などではないと、麗日達は自信をもって言えた。

 

「……これ、は……」

「上手い、なんて次元の話じゃねぇ……打ちのめされた」

「感想が出てこない……言葉にすることすら烏滸がましいって、このことを言うのかぁ」

「こりゃ、満場一致で決定だな! 歌は耳郎とフーディルハインのダブルボーカルだ!」

 

 決まってしまった。アンジェラは麗日に困惑の視線を向けるが、麗日は「当然だ」と言わんばかりのいい笑顔でサムズアップした。

 

「まぁ……決まったなら決まったでいいんだけどさ。オレ、ダンスもやりたい」

「確かに、フーディルハインってダンスも上手い……って、あれ? 「も」ってことは、まさか、歌いながら踊る気?」

「そうだけど」

 

 なんでもないようにアンジェラはこくり、と首を傾げる。芦戸と耳郎はいやいや、と首を横に振ろうとして、アンジェラの超人的な身体能力とちょっとやそっとじゃ息すら切れない無尽蔵の体力を思い出し、アンジェラなら可能かと思い直した。

 

「フーディルハインがそうしたいのならいいんだけどさ……負担大きくない? 大丈夫?」

「踊りながら歌うくらい大した負担にならないさ。耳郎だってベース弾きながら歌うだろ? 寧ろ、歌う時はもう一つ何かを関連付けてやってた方が歌詞とかを間違わなくて済むんだ」

「な、なるほど?」

 

 アンジェラにとって、歌いながら踊るくらいは大した運動にもならない。というか、アンジェラが歌う時は大抵手やら身体を動かしていたりするので、実はただ歌うよりもダンスしながら歌う方がアンジェラにとってはやりやすかったりするのだ。

 

 その後、他の役割も立て続けに決め、使用楽曲を含め全てが決定したのは深夜一時を過ぎた頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。放課後からは各々、文化祭の練習をしている。アンジェラはバンド隊とダンス隊の練習に半々で加わることになり、今はバンド隊と一緒だ。

 

「参考になるかは分からないんだけどさ。オレ、実は前にバンドしてたんだよ。ソニック達と一緒にな」

「え、そうなの!? じゃあ、昨日そう言ってくれればよかったのに」

「あー、オレ、楽器はあんまし出来ねぇのよ」

「……バンドやってたんだよね?」

「見れば分かる」

 

 アンジェラはそう言うと、スマホでテイルスに録画してもらったライブの動画を流し、耳郎達に見せる。ソニックとアンジェラ、そしてベクター達カオティクスと共にやったライブの映像だ。ハイテンポなユーロビートがアンジェラ達の手によって奏でられているが、耳郎達が着目したのはそこではない。動画の中で、ヘッドセットを身に着けたアンジェラが操作する機械に目がいっていた。

 

「ええっと……一応聞くけど、フーディルハイン、お前の役割って……」

「DJ兼サブボーカル」

 

 動画の中のアンジェラは、ベース兼メインボーカルのソニックに合わせるようにサブボーカルとして声を上げながら、迷いない手付きでDJ台を操作している。曲と曲の繋ぎ目にサウンドエフェクトやパーカッションを滑り込ませ、違和感なく次の曲に移行させていた。

 

「なるほど……だから、楽器はあまり出来ない、って言ってたんだ」

「お前ら、DJ使うつもり最初からなさそうだったし、別にいっかなって。一応シンセは使えないことないけど、昔からピアノやってたっていう八百万の方が適任だろうし。

 

 あと踊りたかったし」

「そっちがメインの理由だよね?」

「うん」

「ところで、ソニックさんはともかく、この人たち誰?」

「カオティクスっつー地元の探偵団。バンドはこいつらと組んでる。あくまで趣味程度のもんだけどな」

 

 その後、耳郎達はいくつかアンジェラ達のライブの映像を見た。耳郎達にはいい刺激になったようで、動画を見ながらあーでもないこーでもないと相談を繰り返している。

 

「そうですわ、アンジェラさん、この動画、クラス全体で共有してもかまいませんか?」

「別にいいけど……演出隊はともかく、ダンス隊はあまり参考にならないんじゃ……」

「いや、良いアイデアだよヤオモモ! きっといい刺激になる!」

 

 アンジェラはあまりピンとこなかったようだが、耳郎が言うならそうなのだろうと動画データをクラスメイト達に送った。

 

 バンド隊との歌い合わせの後、ダンス隊に合流したと同時にアンジェラが麗日達に詰め寄られたのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭までのおよそ一月の間、放課後は殆どが文化祭の練習に充てられることになる。特段大きなトラブルもなく順調に練習を重ねて訪れたある日の教室でのこと。

 

「フーディルハイン、オブシディアス貸して!」

「まずは理由を述べてくれ」

 

 何の脈絡もなく眼の前で手を合わせてアンジェラに頼み込んできた芦戸に、アンジェラは困惑気味にそう言った。

 

「ええっと、演出隊からの提案で、フロア全体に青山が行き渡るようにしたいんだけどさ」

「青山が行き渡るって何だよ」

「そんな大掛かりな装置もないし、人力で動かせるパワー担当が欲しいんだって。砂藤だと時間制限があって危ないってことで、フーディルハインのオブシディアスを借りられたらって思って……」

「なるほど、理解した」

 

 確かに、オブシディアスはパワー特化型の使い魔だ。青山一人を運ぶくらいなら大したことではない。

 

 それ自体は大したことではないが、アンジェラにはある懸念があった。そして、それを払拭するための方法も、既に思いついている。

 

「僕、ステージ序盤でダンサーからミラーボールに変身するんだ。僕のためにある職☆是非、協力して欲しい」

「あー、いいけど、ちょっと調整に時間をくれ」

「うん、ありがとね、フーディルハイン!」

「メルシィ!」

 

 そんなこんなで、青山にオブシディアスを貸し出すことが決まり、アンジェラは急ピッチで調整に取り掛かった。一日二日では調整が終わらないと青山に伝えると、「早いに越したことはないけど、それよりも調整とやらを完璧に済ませてほしい。タイミングの練習なら地面に立ってでも出来るさ☆」と言われた。元気なやつだな、とアンジェラは思った。

 

 オブシディアスの調整が終わったのは、それから丁度4日後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日曜のダンス練習。

 ミスコンがどうのこうのと騒いでいる峰田と休憩中にも関わらずそれに巻き込まれている切島達を横目に、アンジェラ達ガールズダンサーズは峰田ご所望のハーレムパートの段取りを確認していた。

 

「峰田、油売ってないで練習するよ!」

「峰田君の見せ場なんやから!」

 

 女子陣での段取りチェックが終わると、芦戸と麗日が峰田を呼んだ。ミスコンやおもらしがどうのこうのと憤慨していたはずの峰田は、一転してどこか満足そうな笑みを浮かべる。

 

「まずは見本を見せてくれよ、オイラのハーレムダンサーズ。まずは全体像を把握しねーとな」

「……内容自体はマトモなはずなのに、言い方一つでむかつくのは何でだ……」

 

 中心に来る者が全体像を把握しなければならない、という理屈自体は、いたって自然でマトモなものである。それを理解しているアンジェラは一つため息をつくと、所定の位置についた。

 

「じゃあ見ててよ?」

 

 芦戸の号令でアンジェラ達は踊り始める。峰田を中心に円を書くように分散し、中央に来る峰田を崇拝するかのように手を上げ、峰田を引き立たせる可愛らしいダンスだ。切島達は「いいじゃん」と声を上げたが、峰田は何が気に食わないのか、不服そうに声を上げた。

 

「まだまだ甘い! ハーレムだぞ? もっとハーレムっぽい振り付けにしろよ!」

「ハーレムっぽい振り付け?」

 

 今のでも十分ハーレムっぽいとアンジェラ達は思うのだが、峰田の頭の中にはこれ以上のものがあるらしい。絶対ろくなもんじゃないと思いながら、アンジェラは峰田の声に耳を傾ける。

 

「全員オイラに惚れてる感じでうねうねと身体をこすりつけるような振り付けだよ! もちろん本番の衣装はきわどいスケスケだ! ようし、オイラが今から見本を……」

「キモいわ」

 

 血走った眼でうねうねと迫ってくる峰田に、アンジェラは魔力を纏わせた回し蹴りをお見舞いする。宙に浮いた峰田に魔法陣を向け、無言で砲撃を食らわせ撃墜するアンジェラの顔は、どこまでも虚無だった。

 

「もう! 隙あらばだね!」

「エロばっか考えてるなら、ハーレムパート削っちゃうよ!?」

「モウニドトエロイコトハカンガエマセン」

「棒読みの見本!」

 

 麗日が棒読みな峰田に吹き出す中、アンジェラはどこまでも冷たい瞳で峰田を睨みつける。大学時代に結構な頻度で自分や友人たちがセクハラ被害に遭ったり遭いかけたりしていた彼女は、人一倍峰田のするようなセクハラに嫌悪感を抱いていた。

 

「峰田、せめてその妄想を口にするな外に出すな。妄想は妄想のままにしておけば、オレたちが怒ることもお前が怒られることもない。

 

 わ か っ た な ?」

「ハイ、ワカリマシタ」

 

 峰田は思わず正座する。アンジェラの背後に白い化け物が見えた気がしたと、後に切島達は語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。練習を終え、共同スペースでくつろいでいたアンジェラ達に、八百万が実家からの仕送りだという幻の紅茶「ゴールドティップスインペリアル」をご馳走してくれた。いつも八百万が淹れてくれる紅茶も中々いい香りをしているが、今回の紅茶はいつも以上にいい香りがする。

 

 ソファに腰掛け、動画でもつまみにお茶を飲もうかとスマホを操作していると、間違えて謎の動画をタップしてしまった。せっかくなので見てみると、それは紅茶の動画だった。

 

「紅茶の動画? タイムリー!」

 

 八百万からもらった紅茶を片手に、麗日がソファの後ろからアンジェラのスマホを覗き見る。だが、その動画は十数秒程度の短さで、その上動画タイトルに「犯行予告」と書かれている。

 

「……」

「有名な人? 評価の割合エグいけど……」

「いや……噂を聞いたことがある程度だ。迷惑動画で一部じゃ有名な敵らしいぜ。やってることは小物のソレらしいけど」

 

 そう言うアンジェラの表情は、しかし何かを懸念しているかのようなものだった。この時期に「社会全体に警鐘を鳴らす」となれば、真っ先に思い浮かぶ標的は……

 

 その考えが正しければ。

 

 芽は、早めに摘んでおくに限るだろう。

 

 アンジェラはそう考えながら、紅茶を口に含んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PLLLLL……

 

 

「……はい……ああ、お前か。で、こんな時間に一体何の用……

 

 ……ああ、あの。なんだかんだ捕まってないっていう。知ってるぜ。どうやら優秀なハッカーがついてるらしい。警察の目を何度も欺いてるんだと。

 

 ……愚問だ、楽勝よ。送り先はGUNでいいんだよな? 

 

 ああ、ああ……んで、お前が頼むってことは、それなりの理由でも? 

 

 ……はっはっは! そりゃ、学生にとっては重大な理由だわな!」

 

 

 

 

 

 

 

『御託はいい。頼まれてくれるな? 彩芽』

「その言い方、頼むじゃなくて命令じゃねぇか! 

 

 ……了解したぜ、お姫サマ」

 

 

 

 



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月光

 数日後、深夜、某所にて。

 

 とある迷惑動画投稿者がGUNによって逮捕された。自らを「ジェントル・クリミナル」と名乗る敵だ。一応、六年間警察の目を欺き続けたということで、ある程度のレベルの警戒の中、突入作戦は決行されたが、完全な不意打ちだったこと、共犯者と思しき女性を先に抑えられたからか、かなりあっさりと逮捕することが出来た。

 

「……私の、夢が……」

「恨むなら、アイツの逆鱗に触れた己を恨むんだな」

 

 拘束具を取り付けられ、連行されていくジェントルに、インフィニットはため息をつきそう言った。ジェントル・クリミナルの情報を提供したハッカーもそうだが、あの犯行予告と題された動画だけでジェントルの次の狙いを予測し、そのハッカーに調査を依頼した「彼女」には、ほとほと呆れるしか無い。

 

 最初の段階では五分五分くらいの確立に見ていたようだが、その段階でインフィニットが知る限り一番のスーパーハッカーを動かして見せるのだから、「彼女」の人脈の広さと行動力の高さには恐れ入る。

 

 ルビーの瞳が写すのは、今ここには無いトパーズに射竦められた夢追い人の成れの果て。子供らしい夢を見る暇など全くないまま、先に大きな絶望と憎悪をその心に刻みつけられたインフィニットには、ジェントルの「歴史に名を刻みたい」という夢も、そこにかける情熱も、全くもって理解出来ない。理解するにも値しない。

 

 理由が何であれ、あろうことか「彼女」の逆鱗に触れようとしたこいつに、同情の余地は全くない。

 

 自然とそう思ってしまう自分に、インフィニットは思わず苦笑いする。

 仕方がないと自嘲する。

 

 瞳の宝石に囚われ、抜け出せなくなってしまった者は数知れず。

 いくら兄妹だからって、そんな所まで似なくていいのにと、ひとりごちた。

 

『寄りかかった船だ、文化祭の警備も協力してやろうか?』

「珍しいこともあるものだ。貴様が「ヒーロー」に手を貸そうとするなんて」

『別に、ヒーローに手を貸すつもりはこれっぽっちもない。ただ、ヒーローの卵とはいえ、ただ純粋に青春するのを邪魔されようとした高校生に手を貸すのはやぶさかではない、っつー話だよ。

 

 それに、お姫サマのクラスのライブの映像と引き換えだ。中止にされでもしたら溜まったもんじゃない』

「……そういうことにしておいてやる」

 

 通信機から聞こえる声の主は、ヒーローやヒーロー公安委員会に声をかけられても、決して協力しようとはしない。過去に何度か公安委員会に勧誘されたらしいが、それを思いつく限りの罵倒と共に全て蹴り、今ではGUNが協力者として雇い入れている。正当な報酬と身分の保証を引き換えに、ハッカーとしてその力を貸すことが条件だ。ヒーロー公安委員会が提示しても決して首を縦に振らないであろうその条件も、GUNであればと快諾したらしい。

 

 何故か。それは彼が、ヒーローを心の底から嫌っているからだ。本人曰く、憎むとは若干違うものであるらしいが、その嫌いようは、憎んでいると他人に勘違いされても可笑しくはないものだった。

 

 ……だから、酒の肴にハッキングをするようなイカれた感性の持ち主になってしまったのだろうか。いや、これは恐らく関係ないなと、インフィニットは自己完結させた。

 

『それに、お姫サマの頼みは、どうにも断れなくてね。正常を取り繕って無駄だぜ。どうせ、お前もそういうタチなんだろ?』

「……」

『気持ちは分からんでもないぜ。俺も同類だからな。

 

 リゼもそうなんだけどさ、今まで頭ごなしに否定されるだけだった俺の理論に、アイツ、真剣な顔して耳傾けてさ。他の奴らみたく、そんな考えしてるなら敵だって言わずに、真剣にディベートしてくれて。その上、そういう議論が好きな連中を紹介してくれたんだよ。アイツからしてみれば、単に面白いってだけの時間だったんだろうが、その時間で、一体俺がどれだけ救われたことか』

 

 彼が、「彼女」とその友人に救われたタチであることは知っていた。初めて出会った時……まだ彼がアンリーゼ大学に留学していた頃に、うっすらとそういう話をされたことがあったと、インフィニットはふと思い出す。

 

 ああ、だから、彼は自分を「同類」と評したのか。

 インフィニットは一人、そう納得した。

 

「……お前のそれは、恩義と友情の域を出ていないだろう。ある種の崇拝の域には達していそうだが」

『崇拝ねぇ……仮にしてたとしても、アイツはそういうの嫌がるだろ。俺は、友達の嫌がることはしない主義だっつーの』

「それは当たり前だ。

 ……そうか、友達、か」

 

 彼は、あくまでも大学時代の友人として、そして自分を救ってくれたという大きな恩義に報いるため、「彼女」に手を貸しているだけだ。大学時代に「彼女」以外にもリリィやリゼラフィ、それ以外にも同じ学科の友人たちが居たから、というのも大きいだろうが、彼の持つ感情は言わば、「崇拝混じりの恩義ある友情」である。リゼラフィに対しては恩義の方が強いだろうが、恐らく、「彼女」に対しては、崇拝の方が度合いが高いだろうと、インフィニットは何となく思った。

 

『? お前もそうなんじゃ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………テメェ、まさか……』

「そのまさか、だと言ったら、お前はどうする?」

 

 通信機から、ノイズ混じりにため息が聞こえる。その程度の反応は、インフィニットにとって予測するまでもないものだった。

 

『どうもしねぇよ。嫌なら嫌って、お姫サマならはっきりと言うだろうし。アイツ、そっち方面にはとことん疎いしお前もどーせおくびにも出さないだろうしで、そもそも全く気付いてないだろうけど』

「違いない」

 

 自分でもわかっている。不毛だと。

 だが、無視してしまうには、あの一対のインペリアルトパーズは、あまりにも輝かし過ぎた。

 あの瞬間を、インペリアルトパーズの輝きを真の意味で見つけてしまったあの瞬間を、忘れることなど出来やしない。

 ある意味、麻薬よりもよっぽど質が悪い。

 

『……見物だな』

「何か言ったか」

『いんや、何にも?』

 

 彼……彩芽の声は、まるでいたずらっ子のような声だったと、後にインフィニットは述懐する。

 ともかく、これで「彼女」……アンジェラの懸念も払拭された。彩芽の協力が取り付けられるのであれば、文化祭もまず間違いなく滞りないまま終えられるだろう。

 

『あ、報酬は雄英高校の方に請求しといてくれな。話もつけといてくれ。俺から話しに行きたくない』

「分かっている、事務処理はこちらで済ませておこう」

『毎度あり〜』

 

 月の光が雲に隠れる。

 鈴虫の鳴き声だけが、夜の静寂を切り裂いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れて、文化祭前日の夜。

 アンジェラ達は体育館で最後の通し練習を行っていた。

 

「始める前は素人芸がって不安だったけど……バンド隊もダンス隊も、素人以上のもんになっちまったな。芦戸も意外と鬼コーチだったし」

「ああ、好きだからこそガチでやれるんだろうな。フーディルハインが昔やったっていうバンドの映像見せられてから、それまで以上に皆気合入ってたし」

 

 ダンス隊が芦戸の指導の下最終確認をしている間、演出隊の瀬呂と切島がしみじみと言う。アンジェラがクラスメイト達に提供した動画も、彼らにとっていい刺激になっていた。

 

 これなら、本番も大丈夫。切島達にはそういう確信があった。

 

「モウ、9時ダロぉぉ!! 生徒は、9時までダロぉぉォ!!」

「やっべ、帰りまーす……」

 

 と、オブシディアスが青山をロープで釣り上げたところで、ドガァン、と大きな音を立てて体育館の扉が開け放たれ、ハウンドドッグ先生が大声でアンジェラ達に退室を促してきた。どうやら、体育館の使用時間を過ぎてしまったらしい。本番前日の夜にお説教は勘弁と、アンジェラ達は慌てて寮へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。クラスメイトの半分は、既にベッドに入り寝息を立てている頃。

 

「わー、眠れねぇぇぇ!!」

「興奮マックス────!!」

 

 やかましい。

 ケテルと小さくなったクリスタラックを肩の上に、小さくなったオブシディアスと子犬モードのミミックを膝の上に乗せながら、青山と共に道具の最終点検をしていたアンジェラはそう思った。

 本番を明日に控えて興奮するのは大変結構だが、大変やかましい。そのやかましい奴ら……峰田と上鳴は共同スペースを走り回りながらワイワイと騒いでいた。

 

「静かに! 寝てる人もいるから!」

 

 芦戸の注意で峰田と上鳴は騒ぐことは止めたものの、走り回ることは止めはしなかった。ああでもしないと興奮を消化しきれないのだろう。何でもいいけど明日に響かないようにしてほしいと、アンジェラは呆れた。

 

「皆、盛り上がってくれるだろうか」

「そういうのはもう考えない方がいいよ。恥ずかしがったり、おっかなびっくりやんのが一番良くない。舞台に上がったら、あとはもう、楽しむ」

「そうそう、折角のステージだ。まずは自分たちが楽しまなきゃ」

「耳郎、お前めっちゃてれってれだったじゃねぇか」

「あれはまた違う話でしょ!」

 

 先の峰田と上鳴ほど騒がしくはないが、夜ふかし組も明日のステージを前に興奮しているのは同じだ。興奮して眠れないから、クラスメイトとおしゃべりして気を紛らわそうとしているのだ。

 アンジェラはおしゃべりに参加しながら、ロープを手に取る。

 

「……っと、ロープ解れてる」

「ワオ☆ずっと練習で酷使してたもんね。僕らの友情の証じゃないか☆」

 

 青山はアンジェラの膝の上からテーブルに飛び乗ったオブシディアスを撫でながら嬉しそうに言ったが、それはそれとしてほつれたままのロープを本番で使うわけにもいかない。

 

「いや、危ないって。悪いな、気付かなかった」

「八百万に作ってもらえば? ですわ」

「ヤオモモもう寝てるよ。便利道具扱いしないの」

 

 流石に夢の中のクラスメイトを叩き起こしてロープを作ってもらうわけにもいかない。明日も八百万は朝からシンセの最終確認で忙しいだろう。芦戸の言葉はそういう意図あってのものだったが、上鳴は自分と八百万の扱いの違いに納得がいかないらしい。

 

「俺のことは充電器扱いするじゃん……」

「これが男性蔑視」

 

 いや、人徳の差だろ、とは、武士の情けで言わないでおいたアンジェラだった。

 

 そんなことはともかく、アンジェラはほつれたロープを片手に思案する。

 

「オレが明日朝イチで買ってくる。気付かなかったのオレだし、ぶっつけ本番で青山を白亜の鎖(フィアチェーレ)で吊るすわけにもいかないしな」

「いやいや、本番朝10時からだぞ。店って大体9時からじゃん」

「雄英から15分くらいの所にあるホームセンターなら、朝8時からやってるんだよ」

「けっこーギリじゃん。ま、フーディルハインなら大丈夫か」

 

 上鳴はアンジェラのスピードなら問題はないだろうと、ひとりごちた。

 その後もおしゃべりや道具の点検、などをしていると、芦戸が口を開いた。時計を見ると、0時を回ろうとしている。流石に何人かの夜ふかし組の顔にも睡魔の気配が漂ってきた。

 

「さーて、そろそろガチで寝なきゃ」

「そんじゃ、また明日やると思うけど、夜ふかし組、一足お先に……

 

 

 絶対成功させるぞ──!」

『おーっ!』

 

 切島の号令に、腕を突き上げ応える夜ふかし組。

 久方ぶりの目一杯楽しめるお祭りに、アンジェラのテンションも心なしか上がっていた。

 

 

 

 

 

 




えきねこです、よろしくおねがいします。
ちょっと今後の予定をば。

文化祭編が終わったら、原作ではビルボードチャートからのA組B組対抗戦ですが、この作品では色々前倒しして先に劇場版第二弾編をやります。理由は、劇場版第二弾をそのまま時系列に組み込もうとすると、色々と齟齬が生じてしまうからです。あーでもないこーでもないと色々考えた結果、この作品なら12月じゃなくて11月でもよくねと思い前倒しすることにしました。バタフライエフェクトってことで許してちょ。

そして内容ですが、先に予告しておきます。「フロンティアベースのオリジナルストーリー、回想で新ソニ(ダイジェスト)」になる予定です。恐らく、いや絶対に今までで一番の長丁場になります。流石に真幌ちゃんと活真くんは出します。お暇な時にでもお付き合いくださいませ。


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文化祭

 当日、朝。

 アンジェラはホームセンターの開店と同時にロープを買いに出て、特に何のトラブルもなく雄英に戻り、最後の準備に取り掛かる。壊理も通形と共にライブを見に来ると言っていた。なれば、余計に無様を晒すわけにはいかない。

 

 器具のチェックは素早く、完璧に。ストレッチも発声練習も問題なし。手早くステージ衣装に着替え、インカムを装着し、義手からオブシディアスを召喚して体育館の天井へスタンバイさせる。オブシディアスの調整も問題なし。

 

 体育館は満員御礼。非日常の熱気にわずかばかりの品定めをするかのような視線が混ざった会場が終幕後、どうなっているかは、一年A組の手腕にかかっている。

 

 クラスメイトの殆どが品定めするかのような視線には気付かない中、アンジェラだけは舞台袖から観客席を見つめて、挑発的な笑みを浮かべて一言小さく言い放った。

 

「……上等だ」

「アンジェラちゃん、どしたん?」

「何でもない。ほら、もうすぐ開演だぜ」

 

 

 

 

 

 10時丁度。体育館の電灯が消え、定刻通りにブザーが鳴る。幕が開き、スタンバイを終えたA組の生徒たちが姿を現す。会場に声援や野次が飛び、熱気が満ちていく。

 

 一度バックライトが消え、写るのはA組のシルエットだけ。

 耳郎は父の言葉を思い出し、深呼吸をして前だけを見据えた。

 

「行くぞコラァアアア!! 

 

 雄英全員、音で()るぞォオオオオ!!!」

 

 爆豪の啖呵と大爆発をつかみに演奏が始まり、そして。

 

「よろしくお願いしま──っす!!」

 

 耳郎の挨拶と共に、ステージが始まった。

 一曲目は「Hero too」。耳郎がメインボーカルを務める、ポップな曲調の曲だ。アンジェラはダンスと同時に、サブボーカルとしてハモリパートを担当している。

 一番は演出控えめに、しかしサビが終わりに差し掛かったところで、アンジェラが青山を上空に投げ飛ばし、青山がネビルビュッフェレーザーを放った。会場に青色の光が降り注ぎ、観客達も大いに盛り上がる。

 

「レーザーだ!」

「人間花火かよ!」

 

 落ちてきた青山を尾白がキャッチし、青山は舞台袖から体育館の天井に移動した。

 

 その後、峰田のハーレムパート、飯田のロボットダンスを経て、轟が氷を張り巡らし、八百万がクラッカーを鳴らし、2番のサビに入った。ここからはダンス隊が氷の上でダンスを披露し始める。2番のサビはメインボーカルとサブボーカルを交代し、アンジェラがメロディラインを歌い上げる。勿論、氷の上でキレッキレのダンスをしながら。

 

 切島によるダイヤモンドダストと青山とオブシディアスによる動く人間ミラーボールが会場を盛り上げ、曲は一度落ち着いたパートに入る。ここからはメインボーカルとサブボーカルが元に戻り、耳郎がメロディラインの担当だ。

 

 会場が熱気に包みこまれる中、耳郎の叫びと共にラスサビに入った。蛙吹の舌で操作された麗日が観客を浮かせ、葉隠は衣装ごとキラキラに光り、会場のテンションは最高潮だ。飯田とアンジェラ以外のダンス隊が氷の上で最後の盛り上げどころと踊る。

 

 やがて、ダンスと共に演奏も終わる。会場には、溢れんばかりの拍手が湧いた。品定めをするかのような視線も、もう感じない。

 

 ライブの余韻が残ったまま、バックライトが消える。だが、体育館のライトはまだ点かない。

 

 ここまでが耳郎のターンだとするならば。

 次は、アンジェラのターンだ。

 

 インカムをヘッドセットに交換し、舞台袖からDJブースを持ち出し、慣れた手付きで素早くセッティングを終えたアンジェラは、耳郎達バンド隊に被らないように陣取り、息を吸った。

 

「……I'm hanging on to the other side

 I won't give up'til the end of me」

 

 アンジェラがアカペラで最初のパートを歌い上げると、バックライトが赤く点灯し、バンド隊による演奏とダンス隊のダンスが始まる。先程までよりも重々しく、ロック調なメロディが会場を包み込み、観客に思い知らせる。

 

 まだ終わりなどではない、と。

 

 2曲目は「Undefeatable」。アンジェラがメインボーカルを、耳郎がサブボーカルを担当する。また、アンジェラはダンサーからDJになっている。

 

 一曲目よりも演出やダンスが力強いものになり、重厚な音に会場が更に盛り上がる。芦戸が氷の上でブレイクダンスを披露すると、会場からは自然と拍手が沸き起こった。

 

 青山のレーザーと切島と轟のダイヤモンドダストに混ざり、アンジェラが足元に展開した魔法陣から放たれた七色の光が会場中を駆け巡る。カオスエメラルドの色と同じそれらは、ダンス隊の間を駆け抜けると上空に舞いキラキラとした光を舞い散らせた。

 

「It's time to face your fear!」

 

 アンジェラの力強い歌声と共にライトが煌めき、青山がネビルビュッフェレーザーを放ち、曲はサビに突入する。口田が動物たちと共に動かすライトが氷の上でステップを踏むダンス隊を照らす。麗日と蛙吹が協力し、観客達を無重力にしていく。会場の熱気は、それはそれは凄まじいものだ。

 

「I'm hanging on to the other side

 I won't give up'til the end of me

 I'm what you get when the stars collide

 Now face it, you're just an enemy!」

 

 本来は男性ボーカルが歌うこの歌を、アンジェラは力強く歌い上げる。その歌声は魂の髄まで響き渡り、観客の心臓を高鳴らせる程のものだった。それほどまでにアンジェラの歌は圧倒的で、引き込まれるものがあった。

 

 その場の誰もが時間を忘れてこの熱気を楽しむ中、ついに終わりの時が来る。一曲目と同じく、ダンス隊はずっとロボットダンスをしていた飯田以外氷の上で最後のパートを踊り切る。

 

 そして、バックライトが消え、曲が最後の静かなパートになると、ライトがアンジェラと耳郎だけを照らし出す。

 

「「Welcome to the mind of a different kind

 Where we've been groving slowly

 Think I'm on eleven, but I'm on a nine

 Guess you don't really know me

 Running from the past is a losing game

 In never brings you glory

 Been down this road before

 Already know this story」」

 

 最後の静かなパートは二人でメロディラインを歌い上げ、静けさと余韻を残してステージは終わった。

 会場から溢れるのは、割れんばかりの大歓声。

 ライブは大成功だと、誰の目から見ても明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王様〜!!」

 

 クラス総出でライブの後片付け(主に轟が出した氷の撤去や機材などの片付け)をしていると、通形に連れられた壊理が満面の笑みを浮かべて、アンジェラへと駆け寄った。

 

「あのねあのね! ダンスでぴょんぴょんしてね、冷たくてキラキラして、グルグルってなってね……凄かった! 王様の歌、とってもカッコよかったよ!」

「壊理ちゃん、ライブの始まりからずっと興奮しっぱなしだったもんね。勿論、俺も楽しませてもらったぜ!」

「そうですか、それはなにより」

 

 アンジェラはそう言いながら微笑む。壊理はA組のステージを目一杯楽しんでくれたようだ。色々と(・・・)準備を重ねた甲斐がある。

 

 外野で峰田がなんだかソワソワしているような気がするが、片付けが早く済むのならそれに越したことはない。理由は大方見当がつくが。

 

 峰田のことは放っておいて、壊理と通形との会話もほどほどに、アンジェラはクラスメイト達と共に後片付けに戻った。何せ、片付けるものが山のようにあるのだ。テキパキと終わらせなければ文化祭を十分に楽しめない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片付けを済ませたアンジェラ達は、まずミスコンを観に行った。

 B組の拳藤は青のマーメイドドレスを纏い、ステージに大きな板を何枚か並べ、中華風の演舞を披露した。かなりの大きさ、厚さの板を手刀で砕く。

 

 3年サポート科ミスコン女王と司会者に煽られた絢爛崎美々美は、その技術力を活かして作り上げた自分の顔を模した巨大な金ピカのマシンに振袖姿で搭乗し、ステージをグルグルした。あれほどの規模、しかも変形までするマシンを造れる技術力は素直に凄いし、これならインパクトは抜群だろうと思ったアンジェラだったが、これはミスコン。通形に抱っこされてステージを見ていた壊理が、不思議そうな声で一言。

 

「これは何する出し物?」

「ちょうど今、分からなくなったところだよね」

 

 観客にインパクトと困惑を残し、絢爛崎は高笑いしながらマシンと共に舞台裏へと消えていった。

 

 次にパフォーマンスを見せたのは波動。波動は昨年のミスコンの準グランプリであり、今年は絢爛崎へのリベンジに燃えていると通形が語っていた。

 

 そんな波動は、青色の可愛らしいフリフリなドレスに身を包み、“個性”を使って宙を舞う。まるで、純真無垢な妖精のように幻想的な舞う波動に、観客達は引き込まれていった。

 

 ミスコンの結果発表は夕方5時。波動に投票したアンジェラは、ステージ上で堂々と不正をそそのかし拳藤に手刀を浴びせられている物間を無視して、壊理にパンフレットを見せてどこに行きたいかを聞いた。

 

 いっぱいあって選べない、とのことなので、テキトーにあちこちブラブラと歩きながら、気になった所に行くことにしたアンジェラ達。途中でクレープを買って食べ歩いたり、サポート科の技術展示会を覗いたり、ミニ遊園地に行ってみたり、爆豪がオールマイトの在学中の記録を抜けないとキレ散らかしていたアトラクションをアンジェラがやってみたところ、いとも簡単にオールマイトの記録を抜いてしまったり。

 

 締めのイベントであるミスコンの結果発表では、リベンジを果たした波動がグランプリに輝いていた。

 

「王様、今日は楽しかった!」

「ああ、そうだな」

 

 文化祭という非日常を、目一杯楽しんだアンジェラ達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 めぐり ねをはる 母なる泉よ

 かざし はいよる 忌むべきものよ

 はらみ はきだす 忌むべき母よ

 ねがい のろいて そしていね

 

 てんへと還る翼をうばい

 されど宇宙(そら)を舞うことゆるされず

 

 意思なしその所業を何と申すか

 届かぬものへ伸ばし続けた手すらも食む

 その傲慢ちきを何と申すか

 

 彼方、煌めきの先より来たりしは

 楽園へ導く天駆ける方舟

 此方、此岸の縁から彼岸の果てへ

 それを死と呼ばずに何と申すか

 

 

 

 

 忌むべき母は未だ来ず、されど時の流れは止まらず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十二章 I'm with you
那歩島


「ねぇ、もうすぐこの島に沢山のヒーローが来るんだって」

 

 離れ小島の森に囲まれた遺跡に、少女の声が響き渡る。不満や不安を一切隠すことなく曝け出す少女の服の袖を、少女の弟は掴んで少女の垂れ流す不平不満をなんとか抑えようとした。

 

「この島にヒーローなんか必要ないのに……」

「で、でも……来てくれるのは、いいことだと思うよ、お姉ちゃん……」

「フンっ、活真はわかってないわね。この島にはヒーローなんかよりもよっぽど頼りになる「守り神様」が居るのよ。ヒーローの出番なんかないわ」

「そうだけど……ヒーローも、救けてくれるよ」

「……そうね、事故が起きた時は、頼りにはしていいかもね。

 でも、あなたよりはよっぽど弱いでしょうね。まだ高校生らしいし」

 

 少女と少女が「活真」と呼んだ彼女の弟の視線の先に居るのは、まるで水が人に近い形をとったような見た目の生き物。エメラルドグリーンの瞳が揺らめき、常人には水の音としか聞こえないゴポゴポ、という音を立てる。少女と活真はその音に反応を見せる。

 まるで、その生き物の音を、「言葉」を、理解しているかのように。

 

「……えー……きっと、すぐに化けの皮が剥がれるわよ。活真ったら、「こんとんさま」というものがありながらヒーローなんかに憧れちゃって!」

「お、お姉ちゃん……だって、テレビで見るヒーロー、かっこいいし……前に島に居た、おじいちゃんだって……」

「あのおじいちゃんヒーローでも、大災害のときはこんとんさまに頼り切りだったじゃない。それに、あのおじいちゃんヒーローはこの島に長く居たからいいけど、今度来るのは余所者の、しかも高校生なのよ。そんな奴らにこんとんさまのことが知れてみなさい? 

 

 今みたいにこんとんさまと一緒に遊んだりすることも、できなくなっちゃうかもしれないのよ」

 

 活真は姉の言い分が分からないでもない。この島にとっては守り神でも、余所者にとっては不安分子で極めて珍しい生物。もしその存在が島の外に伝承以上のものとして知られでもしたら、薄汚い大人に連れて行かれてしまうかもしれない。そんな不安は、活真にも確かにあった。

 

「……そうだけど……でも……」

 

 ゴポゴポ。

 水の音が揺らめく。

 

「……もう、こんとんさままでそいつらの肩を持つつもり? いいわ、だったら私がヒーローの化けの皮を剥いでやるんだから!」

「お姉ちゃん、流石にお仕事の邪魔をするのはよくないよ……」

「……ふーんだ!」

 

 少女はふくれっ面でその場を後にする。活真はそんな姉を追いかけて、急いで遺跡を飛び出した。

 

 残された水の生き物、少女が「こんとんさま」と呼んだそれは、幼い子供達を見送ると、森の奥へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭が滞りなく終わった数日後、間もなく11月に入ろうかというある日のホームルーム。事前の予定にはなかった、ある行事の予定が相澤先生によって伝えられた。

 

「ヒーロー活動推奨プロジェクト。お前らの勤務地は、遥か南にある那歩島だ。駐在していたプロヒーローが高齢で引退。後任が来るまでの間、お前らが代理でヒーロー活動を行う」

『ものすごくヒーローっぽいのキターッ!!』

 

 クラスメイトの殆どが立ち上がって叫ぶ。せり上がる幼い頃からの憧れに一時でもなれるという興奮が抑えられないのだろう。何せ、職場体験でもインターンでもない、本物のヒーロー活動が出来るのだ。アンジェラはどこか微笑ましげにクラスメイト達の様子を眺めていた。

 この後の展開を予想しながら。

 

「話を最後まで聞け」

 

 アンジェラの予想通り、教室に響き渡る相澤先生の低い声。その声に、騒然となっていた教室は一気に静まり返る。相澤先生は大人しく席についたクラスメイト達を確認すると、資料を配り、プロジェクトに関する説明を開始した。

 

 この「実務的ヒーロー活動推奨プロジェクト」は国家主体で行われるものであり、ヒーロー科生徒がプロヒーロー不在地区で実際にヒーロー活動を行うものだ。期間は正式に駐在するヒーローが来るまでとのことだが、短くて二週間、長くて一ヶ月はあるという。

 

 アンジェラ達1年A組の勤務地は、沖縄県に位置する人口1000人程度の小さな離島、那歩島である。1年を通して温暖な気候であり、本州では秋風が冬風に変わりつつあるこの時期であっても、海で泳げるほどには暖かい、というか暑い。

 

「このプロジェクトは規定により、俺たち教師やプロヒーローのバックアップはない。当然、何かあった場合、責任はお前らが負うことになる。その事を肝に銘じ、ヒーローとしてあるべき行動をしろ。いいな?」

 

 全て自分たちだけでヒーロー活動を行う。その責任の重さが分からない者はここには居ない。

 その上でクラスメイト達はやる気を漲らせる。夢が叶うという奮い立つような思いを胸に秘めたクラスメイト達に、アンジェラは本心を隠しながら苦笑いをすることしが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、飛行機とフェリーを乗り継ぎ、1年A組の面々と壊理は那歩島にやって来た。

 

 壊理がついて来た理由は簡単なもので、今の壊理の精神状態で長期間アンジェラと引き離すことは危険であると判断されたからだ。A組の面倒以外にも、相澤先生や通形などにも少しずつ心を開いているものの、壊理本人もアンジェラと長期間離れることを嫌がった。数日や一週間ならまだしも、最低二週間はキツいらしい。

 ならいっそ連れて行ってしまえば良いと、相澤先生の許可が下りたのだ。那歩島がここ30年ほど大きな事件も起きていない平和な島だからというのもあるだろう。

 

 そんなこんなで那歩島にやって来たアンジェラ達は、島の役人たちと話し合った末、廃業していた旅館「いおぎ荘」を借り上げ、一階のラウンジを臨時のヒーロー事務所とすることにした。クラス単位で来ると聞いて、事前にある程度準備を整えてくれていたらしい。寝泊まりは二階の大部屋を男女に分けて行う。

 

 学校側から支給された機材をセッティングし、その日はクラス総出で事務所の整理を行い、本格的な活動は翌日からになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日より始まったA組の面々によるヒーロー活動。大きな事件はなく、ヒーローというよりも何でも屋に近い活動だったが、クラスメイト達は真摯に活動と向き合っていた。壊理も事務所で書類整理や洗濯など、出来ることをお手伝いしている。

 

 そうして那歩島でヒーロー活動をしていると、島のあちこちに目をやる機会がある。弟とはぐれたという姉からの通報を受けて、麗日と耳郎と共にその弟、島乃活真を探しに出たアンジェラは、渡り鳥(サーチャー)をあちこちに飛ばしながら、近くにある石造りのモニュメントに目をやった。

 

「……やっぱり、どっかで見たことあるんだよなぁ……」

「きっと、旅の何処かで見たりしたんじゃない? アンジェラちゃん、世界のあちこちに行ったことあるんでしょ?」

 

 那歩島にはあちこちに、こういう石造りのモニュメントがある。島民たちはこれらを待ち合わせ場所や目印に利用しているが、いつから、何の為にあるのかは知らないらしい。

 

「昔からの伝承に従って、取り壊されも移設されることも、これまで一度もなかったんだと。要は、街と融合した遺跡だな」

「へぇ……っていうかフーディルハイン、よく知ってるね」

「調べたんだよ。こういうの見ると血が騒いでね」

 

 隙間時間や寝る前などに、アンジェラは図書館で借りたこの島の歴史書を読み漁っている。遺跡に目がないアンジェラが、この島の謎のモニュメントに目をつけないわけがなかった。

 だが、いくら調べても既視感は拭えない。頂点に黒い三角錐型の石が取り付けられているそれにも、アンジェラは凄まじいデジャブを感じている。

 

 こりゃ、本だけじゃなくて現物を調べてみるかなぁ……

 

 アンジェラは頭の片隅でそんなことを考えながら、麗日と耳郎と共に迷子探しを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷子、活真はその後、程なくして港を見下ろす公園で見つかった。アンジェラは活真に怪我がないことを確認する。どうやら、すっ転んだりはしていないらしい。

 

「……ヒーロー……」

 

 カバンにエッジショットのストラップを付けている所を見ると、活真はヒーロー好きらしい。アンジェラは活真の憧れるような視線を筋違いだな、と思いながら受け取ると、近くの滑り台に目を向ける。

 

「隠れてないで、出てきたらどうだ?」

 

 実際に怒っているわけではないが、少しだけ声に怒気を含ませると、観念したかのように帽子を被った女の子が滑り台を滑り降りてきた。

 

「島乃活真君のお姉さん、島乃真幌ちゃんだな? 大方、余所者ヒヨッコヒーローを試そうとでもして、嘘の通報をして活真と一緒に待機してたってとこか。ひょっとしたら、タイムも計測してたり」

「うっ……その通りだけど……何よ!」

 

 アンジェラは苦笑いしながら、ふくれっ面になった女の子と視線を合わせる。彼女からは悪意を感じない。寧ろ、多少の申し訳無さが声に含まれているようにアンジェラは思いながら、なるべく優しい声色を心がけて口を開く。

 

「弟のことが心配なんだろ? この嘘通報も、悪戯目的じゃなくて弟のためにヒーローを試そうとしたから。違うか?」

「……その、通り……です」

 

 その優しい声色で逆に怒られていると思わせてしまったのか、女の子……真幌はカチコチに固まって萎縮する。アンジェラはそれに気付いて苦笑いをした。

 

「安心しろ、オレは怒っちゃいないさ。タイムアタックは生き甲斐なんだ。

 だけどな、いくら弟が心配だからって、嘘の通報をしていいってわけじゃない。理由は分かるな?」

「……繰り返していると、いつか誰も、信じてくれなくなる……」

「いい子だ、それが分かってるのなら上々」

 

 アンジェラはそう言って、帽子越しに真幌の頭を撫でる。

 

「これっきりにしてくれよ? 今回のことは、弟を心配するお前に免じて上手く誤魔化しておくからさ」

「……うん、ごめんなさい」

「謝れて偉いな。ほら、この場を見つかる前に」

「うん……行くよ、活真」

「えっ……うん。あの……ありがとう……」

 

 真幌は活真を引き連れてその場を離れていく。それと入れ違いになるように公園にやって来た麗日と耳郎に、それとなく誤魔化しを入れたアンジェラだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方になると、ようやく依頼も落ち着いてくる。ひっきりなしに入ってくる依頼に疲れ切ったクラスメイト達が、各々ジュースを片手に椅子に座ってぐったりとしていた。

 

「疲れた……」

「労働基準法プルスウルトラしてるし……」

「委員長、ちょっと細かい仕事受けすぎじゃね……?」

 

 数日同じような状況が続き、疲弊し切った瀬呂が飯田に思わずそうぼやく。迷子や落とし物探しはともかく、小間使いのような仕事まで見境なく引き受けていては疲れ切っても無理はない。

 

「事件に細かいも大きいもないだろう」

「ヒーロー活動をしているとはいえ、私達はまだ学生……誠実にこなし、島の皆様からの信頼を得なくては」

 

 確かに、国からの要請でここに居るとはいえ、A組の面々がこの島の人々から見て余所者であることは変わらない。まずは信頼を得なければならないという八百万の意見に反対する者はいなかった。寧ろ、皆が賛成していたのだが、峰田が手を挙げて言う。

 

「はーい! ここに来て一度もヒーロー活動してないやつが居るんですけど……」

 

 峰田の視線の先には爆豪の姿。爆豪はこの島に来てから、何だかんだ一度もヒーロー活動をしていない。そんな彼にもどうやら彼なりの持論はあるらしく、爆豪は威嚇するように顎を上げ口を開いた。

 

「わざと事務所に残ってんだよ、お前らが出払ってる時に敵が出たらそうすんだ、あァ!?」

「この島に敵はいねーだろ」

 

 切島がぐったりしながらそう言った時、ドアの開く音がした。

 

「お邪魔するよ」

「村長さん!」

 

 やって来たのは、島民たちを引き連れた那歩島の村長だった。

 

「さっきは、ばあちゃんを病院にまで運んでくれてありがとね」

「バイクの修理助かったわ!」

「うちのバッテリーも!」

「ビーチの安全ありがとー!」

「捕れたての魚やで!」

 

 島民たちは次から次へと、豪勢な料理を運んでくる。所狭しと机の上に並べられた沢山の料理は、どれもこれも美味しそうだ。

 

「お礼というわけじゃないけど、よかったら食べとくれ」

 

 皆、ご馳走の数々に目を輝かせる。何せ、働き詰めで腹ペコだったのだ。

 

『いっただっきま────す!!』

「君たち、少しは遠慮したまえ!」

 

 飯田がクラスメイト達を注意するも、空腹の高校生達はどこ吹く風。皆、がっつくようにご馳走の数々に舌鼓を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ご馳走を胃袋に収め、歯磨きをして風呂にも入ったアンジェラは、寝る前に少し散歩してくると八百万に告げて外に出た。目的は勿論、この島のあちこちに点在する古代のものと思しき遺跡の調査である。

 

 昼間よりもよっぽど生き生きとした表情でアンジェラが向かったのは、那歩島と海を挟んで細い道で繋がっている離れ小島。昨日、図書館から借りてきた本によると、そこには本島に遺されているものより大きな遺跡があるらしい。

 

 その遺跡はいつ、誰が、何の為に造ったのか、その一切が不明なものだった。那歩島の伝承にも、「壊してはいけない、動かしてはいけない」とだけ記載されている、謎の遺跡。

 

 アンジェラの知的好奇心を刺激するには、それだけの材料があれば十分だった。

 

「中々のアドベンチャーが待ってると思わないか、相棒?」

『明日への支障が無い範囲にしておいてくださいよ、マスター』

 

 ソルフェジオの呆れたような声を耳に入れながら、アンジェラはケテルを腕に抱き離れ小島を目指す。事務所から離れ小島まではかなり距離があったが、アンジェラにとっては近所も同然だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの青い軽装と赤い靴で、草木に覆われた離れ小島を駆け回る。所々にある石造りのモニュメントに既視感を抱きながら駆けていると、開けた場所に辿り着いた。7つの柱に囲まれた、石でできた円形の祭壇のような場所。祭壇は小高い丘に隣接しており、その小高い丘には大きな黒い円形の扉のようなものがある。

 

 月が天高く微笑んでいるというのに、その場所には先客が居た。

 

 白髪のショートヘアに黒いドレスの、アンジェラよりも見た目は少し幼いであろう少女。アンジェラに背を向けて、黒い扉に触れている。水色の電脳的なモヤのようなものを纏わりつかせた彼女がここに居ることに、アンジェラは心底驚いた。

 

「まさか、こんなところで会うとはなぁ。お前も遺跡に興味あったりするのか?」

「……アンジェラ・フーディルハイン……何故、ここに」

「遺跡巡りはオレのバイブルなんでね。

 

 それよりも、Dadは一緒じゃないのか?」

 

 少女は黒い扉から手を離し、振り向いた。

 アクアマリンの光が鈍く輝く。

 

「ドクターはここには居ない。この島に来たのは私の独断」

 

 この遺跡に来たのは「正解」かもな。

 

 少女……セージの言葉に、アンジェラは自然と口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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星降

この章は多分今までで一番熱い展開になると思われ(当社比)。


 人工的な明かりが少なく、澄んだ空気も相まって満天に輝く星空の下。何の偶然かはたまた必然か。まさかこんな離島で知り合いに会うとは、お互い思っていなかった。

 

「お前の独断ね……エッグマンにちゃんとその事伝えてるのか?」

「……暫く出かける、とだけ」

「行き先や目的は言ってない、と。前から思ってたけどさ、セージって言葉足らずなとこあるよな」

「必要だと思ったことは口にしている。報告は仮説が立ってからでも遅くはない」

「せめて行き先くらい……って、オレが言えた義理じゃねぇな」

 

 セージはアンジェラを一瞥すると、すぐにまた黒い円形の扉と向き合う。彼女と最初に出会ったのはスターフォール諸島だったか、と思い至り、アンジェラはようやく既視感の正体に気が付いた。

 

「ようやく気が付いた。スターフォール諸島だ。この島のあちこちにある史跡の多くは、スターフォール諸島のものとよく似てる。お前はそれを調べに来たのか?」

「あの島からアクセスした電脳空間の片隅に、万が一に備えて遠くの島に記録と一部の機能のバックアップを保存しておく、という内容の記録が存在した。古代人はスターフォール諸島そのものが破壊される可能性も考慮に入れていたの」

「それで、電脳空間に漂うログの情報を辿ってこの島に辿り着いた、と」

 

 電脳空間にまつわることで一番優秀な人物を一人挙げろと言われたら、アンジェラは間違いなくセージを指名する。元々、エッグマンが古代人の電脳空間とそこに眠る未知なる技術を我が物にしようとして創り上げた人工知能だ。そこから身体を得た経緯をアンジェラは知らないが、少なくとも古代人の技術が何らかの形で影響したのだろうとは思う。

 

 そうして、電脳空間に漂う情報をかき集めて、この島に、那歩島に辿り着いて。それだけでもセージの力がどれほどのものかを窺い知るには十分だろう。

 

 しかし、セージの顔にはどこか陰りが見えた。

 

「杞憂に済めばそれでいい。だけど、私だとこの島の電脳空間に接続出来ないことを考えると……万が一、また……」

 

 セージでも接続出来ないシステムの存在に内心驚きながらも、アンジェラはそれ以上に彼女の動機を茶化さずにはいられなかった。

 

「あー、ハイハイ。Dad思いの娘さんですこと」

 

 親を持たないアンジェラに、セージの気持ちは理解出来ない。アンジェラが成そうとしていることはセージとは真逆だ。アンジェラは恐らく一生、セージの気持ちが理解出来ない。

 

 それを理解するよりも先に、アンジェラはそれを理解する権利すら奪われていた。

 

「……Dad思いなのもいいけどさ、お客だぜ」

 

 トパーズの眼光が森の中を射抜く。

 

「居るのは分かってるんだ。そろそろ顔を見せて欲しいところだな」

 

 意図して低く放たれた幼い声。茂みがかさり、と音を立てた。腕の中でケテルが威嚇するのを義手で抑えていると、音の主は観念したのか、ガサガサと音をかき鳴らしながら茂みの向こうから姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気配だけで分かっちゃうんだ。最近の若い子って怖いねぇ」

 

 現れたのは、アンジェラと同年代くらいの少女だった。肩よりも少し下まで伸ばした金色の髪を持ち、白いインナーと黒いハーフパンツ、黒い運動靴、くるぶし辺りまでの長い丈の黒い長袖のジャケットを身に着けた、かなり整った顔立ちだと思しき少女。

 彼女の異様な点を挙げるとするなら、その服装で露出するであろう肌の殆どに巻かれた包帯だ。露出しているのは左の瞳と口だけで、それ以外の肌は包帯に覆い隠されている。

 

 アメジストともサファイアとも取れる瞳がアンジェラ達を見据える。少女の身体から放たれた威圧にも似た何かがピリリ、と身体を駆け巡った。

 

「この島の電脳空間に接続しようと試みても、突破出来ない障壁があった。それを設置したのは、あなた?」

「ド直球だな」

 

 オブラートに包むようなことも一切なく、ストレートにセージがぶつけてきた疑問に金髪の少女は「あはは」と笑う。

 

「三分の一正解、ってとこかな。ボクは必要に駆られてちょこっと手を付けただけだし」

「ほーん、電脳空間に手を付けられるだけの何かを持っているか……

 

 

 

 

 はたまた、その身体から垂れ流している「魔力」のお陰かな」

 

 ピシリ、と空気が凍った。少女から流れ出る魔力が強まる。

 暫しそのまま睨み合いが続いたが、唐突にアンジェラが降参と言わんばかりに手をひらひらとさせて口を開いた。

 

「やめだ、やめ。ここで争ったって何の益にもならんし、そもそも争う理由もない。

 

 それに、今のオレじゃ勝ち目なさそうだし」

 

 アンジェラからしてみれば、感じ取れるだけの相手の力量と自分の力量を冷静に比べたうえで口にした言葉だったのだが、セージとケテルは驚いたようにアンジェラを見やった。

 

「何だ、そんなに意外か?」

「いや……あなたがそんな事を言うだなんて、思ってもみなかった」

《意外だよね》

「失ッ礼だな、勝算の無い相手に無策無謀で挑みに行くほど、オレはバカじゃねぇっての! そもそも、戦いはおろか、争う理由も無いだろうが。無益な殺生は好みじゃねぇよ」

 

「ヒトのことを何だと思ってんだ」と、アンジェラはぼやく。ケテルはともかく、セージの自分に対する印象が一体どうなっているのか、真剣に気になったアンジェラだった。

 

「あははっ、キミ、面白いねぇ。その身体から染み出した魔力も中々のものだ……あともう百年ちょい経ったら、ボクでも勝てるか分かんないかも」

「褒め言葉として受け取っとくぜ。えっと……」

 

 アンジェラが言い淀んだのを見て、少女は「ああ、そういえば」と苦笑いをする。

 

「名前言ってなかったね。ボクはアテネ。しがない魔法使いさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一度ピリついた空気を払い、落ち着いて話をしてみると、アテネは存外話しやすい部類の人物だった。敵意と魔力を纏ってアンジェラとセージの前に現れたのも、二人を遺跡荒らしか何かだと思ったかららしい。

 

 セージは遺跡荒らしと言えなくもない(とはいえ、物理的に荒そうとしたわけでは決して無い)微妙な立ち位置だが、アンジェラに関しては完全に冤罪である。単に興味深い遺跡を見に来ただけだ。荒らすだなんてとんでもない。彼女はこれでも史学者の端くれである。よほどのことが無い限り、自分から遺跡を荒らしたりはしない。

 

「遺跡荒らしって失礼な。オレは寧ろ遺跡とかを保全する側だっつーの」

「だからごめんって。永く生きてると妙に疑り深くなっちゃうんだよねぇ」

「永く……あなたは、そこまで言うほど年老いたようには見えない」

「セージ、一ついい事を教えてやろう。見た目と実年齢が一致しないなんてこと、この世にはザラにある」

 

 かくいうアンジェラも、中学生辺りの見た目で齢7つの幼子だ。見た目と年齢が全く一致していない。アンジェラの場合、実年齢と一致していないのは見た目だけではなく精神もなのだが、そこは華麗にスルーを決め込んだ。

 

 そんなことあってもザラにはないと、アンジェラにツッコミを入れる者はこの場には居なかった。

 

「それで、結局アテネは何者なんだ? 観光客ってナリじゃあないよな」

「この島に住んでるよ。結構長いこと、それこそ、今この島に住んでいる誰よりも長く、ね」

 

 懐から取り出したタバコを口に咥え、小さな魔法陣を指先に展開してマッチ程度の火を灯したアテネは、そのままタバコに火をつける。煙を吐き出す時にアンジェラ達の方を向かないのは、彼女なりの気遣いだろうか。

 

「ボクは那歩島の遺跡の管理者……とはいっても、壊されたりしないように見張ってるだけなんだけど。電脳空間に自由に接続できるわけでもないし、雀の涙ほどだけど、魔法でプロテクターを張る程度しかしてないよ。魔法由来のプロテクターだったら、この星のコンピューターじゃまず突破出来ないからね」

「それが、私が電脳空間に接続出来なかった理由……?」

「の、一つだね。ボクは機械関係に特別秀でていたわけじゃないからなぁ。アイツが居たら別だったんだろうけど……ま、無いもの強請りをしても、仕方ないか。

 

 ああ、セージは電脳空間の情報を見たいんだっけ?」

 

 咥えていたタバコを手に取り、アメジストが揺れる。

 

「今更だけど、初対面の奴にそんなにベラベラ喋っていいのか? 余所者に知られちゃヤバいもんとかあるんじゃ」

「キミたちはスターフォール諸島に行ったことあるんでしょ? あまつさえ、電脳空間の存在まで知ってるわけだ。だったら隠すだけ無駄かなぁと。

 

 というよりも、そういうヒトたちにこそ、知ってもらいたくてね」

「その情報を、世界征服か何かに悪用されても構わない、と?」

「うーん、悪用したくても出来ないんじゃない?」

 

 アテネはカラカラと笑い、再びタバコを口にする。夜の潮風が森を揺らし、小さな煙が立ち昇る。

 

「それ以前に知ることになるからね。それどころじゃないって。

 ま、ソレに辿り着くまでに自我が保てば、の話だけど」

「……深淵を覗く時、深淵もまた人を覗いている、ってやつか? ま、古代人の記録ならあり得ない話じゃないか」

「知りたいのなら調べればいい。プロテクターも部分的に解除してあげる。アレ、この島の外側からの接続を跳ね除けて覆い隠すためのものだし、この島の中で電脳空間に接続する程度なら好きにすればいいさ。

 

 ま、自我を保てるって保証はしかねるけど。何せ、ボクも表面上のとこしか見れないから」

「ご親切にどうも」

 

 アンジェラは義手をひらひらとさせながらセージを見やる。アテネの話を聞くのもそこそこに、遺跡のあちこちを見始めた彼女がどこまでアテネの話を聞いていたのかは彼女自身にしか分からない。セージなら下手なことはしないだろうとは思いながらも、彼女のことは実の娘のように思っている宿敵が脳裏を過り、一つため息を零してアンジェラは口を開いた。

 

「おーい、あまり下手なことはするなよ。じゃねぇとオレがエッグマンに怒られる」

「危険だと判断したら直ぐに中断する。心配は無用」

「あっそ。ならいいけど」

 

 のめり込みすぎるなというのは、流石にお節介が過ぎるだろうから言わないでおいた。セージは言葉足らずで無表情だが、踏み越えてはいけないラインを判別出来ない者ではない。そこまでの心配は、寧ろ余計なお世話になる。

 

「……とはいえ、そういうアレコレはまた明日にしてくれないかな。流石にもう夜遅くなってきたし。子供は寝る時間だよ」

「子供……ねぇ。どこまで見抜いていることやら」

 

 スマホを確認すると、間もなく11時を回る頃だった。

 

「また明日来なよ。老人の与太話も、キミたちにとっては価値ある話かもよ」

「……ま、考えとく」

 

 そう言って、遺跡の外に足を向けたアンジェラは、しかしそのまま駆け出す前にアテネに顔を向けて、「そういえば」と口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレ達、前に何処かで会ったこと……無い、はず、だよな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてそう思ったのかは分からない。

 何故、そんな問いかけをしようと思ったのかすら分からない。

 

 ただ、何となく。

 

 何となく、アテネの姿を前に何処かで見たことがあったような気がした。

 前に何処かで出逢ったことがある、ような気がした。

 

 それがどこから来る感情なのかすら分からない。

 そもそも、アンジェラの記憶には、アテネと出逢った記憶など無い。

 確証も何もない、言ってしまえばただの感覚だ。

 

 

 だが。

 

 それは、最早意識をする前に。

 自然と、アンジェラ口から吐き出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェラにしては珍しく、酷く曖昧で不明瞭な声色で紡がれたその言葉に、アテネは数秒置いて答える。

 

 その顔に、誰に向けられたものとも本人ですら分からない、慈愛のような色を乗せて。

 

「…………キミとは、はじめましてだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水平線の彼方から、朝陽が昇る。海をキラキラと照らし出し、暗闇に覆われていた空に光を灯す。

 

 潮風が吹く海岸線の崖の上、空色のビャクヤカスミが何輪か咲いているその場所に、古ぼけた槍が一本、突き刺さっていた。古ぼけてはいるものの、錆び一つない槍だ。

 

 その槍の前にしゃがみ込み、タバコを吹かす影が一つ。包帯が服を着て歩いているような風体のその影は、突き刺さった槍にアメジストともサファイアとも取れる眼光を向けている。

 

「……あれからもう、どれくらい経ったか……長生きもしてみるもんだね」

 

 その影の主は立ち上がり、水平線の彼方へと目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の今まで止まっていたキミの時間が、ようやく動き出したみたいだよ」

 

 

 

 



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まつり

 翌日も、雄英ヒーロー事務所ではひっきりなしに依頼の電話が鳴る。落とし物探しや怪我をした人の救助など、細々とした依頼を一つ一つ片付ける代わり映えのしない日常に、ある一つの電話が変化を呼んだ。

 

「はい、雄英ヒーロー事務所です。

 ……お祭り、ですか?」

 

 電話に出た麗日が首を傾げる。電話をかけてきたのは村長だった。この那歩島でこの時期に祭りが開かれるなど、事前に呼んだパンフレットには書いていなかったのだが。

 

『お祭りといっても、若い人が楽しめるようなものじゃなくて、もっと厳格なものなんですけどね。その準備の手伝いをお願いしたいんですよ。何せ老人ばかりの島でして、祭りの準備の力仕事に駆り出せる若い者が少なくて。ぜひ、お手伝いをお願いしたいのです』

「なるほど……」

『引き受けてくださるのであれば、今日の午後一時に村役場にお越しください』

 

 がちゃん、ツー、ツー……。

 

 通話が切れた。麗日も受話器を戻し、このことをまず委員長に報告しようと立ち上がる。午前11時過ぎのことであった。

 

 

 

 

 

 

 委員長と副委員長と麗日が話し合った結果、事務所を完全に開けるわけにもいかないので、クラスを代表した数人で村役場に行って話を聞くことになった。あまり多すぎても事務所に回す人手が足りなくなるので、三、四人ほどで。

 

 各々が昼食を取った後の正午過ぎ。その時事務所に居たメンバーから選抜されたアンジェラ、飯田、麗日と壊理が談笑しながら村役場までの道を歩いていた。

 

「この島にお祭りがあったとは……その設営に携わらせてもらえるなんて、とても光栄なことだ」

「飯田君真面目やねぇ」

「お祭り……この間の文化祭みたいなのが、この島でも開かれるの?」

「いや、多分儀式的な祭りだろうな。そういう類の「楽しめるもの」はあんま無いと思うぜ。図書館で借りた本にはその祭り、かなり厳格なものだって書いてあったし」

 

 壊理は少しだけ残念そうに「そっか……」と呟く。この前の文化祭がよほど楽しかったらしい。こればっかりは仕方がないと、アンジェラは壊理の頭をポンポンと撫でた。

 

「どんなお祭りなんだろう」

「詳しいことは村役場でって村長さんは言ってたけど……あ、ここやね」

 

 事務所から村役場はそこまで離れているわけではなく、少し話しているとあっという間に辿り着いた。村役場の前では村長が四人を出迎え、挨拶もそこそこに役場の中へと案内された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔々、この世に“個性”なるものが生まれるよりも、人が那歩の島に住み始めるよりずっと昔。那歩の島には、水の化身が居た。いつの頃からか、同族と共に離れ小島の遺跡に住み着いていた。

 

 やがて、人が那歩の島に流れ着いた。水の化身はこれまでと変わらず離れ小島の遺跡に住み着いていたが、人が不用意に離れ小島の遺跡に近付くと、同族を守るために人を驚かせて追い払うようになった。那歩の島に流れ着いた人々は水の化身を恐れ、やがて離れ小島に近付かないようになった。

 

 それから幾年月が流れた頃、那歩の島に災禍が降りかかった。人は災禍に怯え、死を覚悟することしか出来なかった。災禍に対するには、人はあまりにも無力であった。

 

 誰も彼もが絶望し、抗うことすら考えなかったが、水の化身はただ一人、災禍に立ち向かった。離れ小島の遺跡に暮らす同族を守るために、ただ一人災禍と戦った。

 

 長く激しい戦いの末、水の化身は災禍を封じ、那歩の島に再び平和が訪れた。

 

 那歩の島に暮らす人々は水の化身に大変感謝し、「こんとんさま」と呼び、守り神として崇め奉り、時折離れ小島の遺跡の近くにお供え物をしたり、年に一度、こんとんさまに感謝を示す舞と唄を披露するようになった。

 

 こんとんさまとその同族たちはそれまでと変わらず離れ小島の遺跡に暮らしているが、那歩の島の住人の前には、稀に姿を現すことがあるのだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これが、この島に伝わる古い伝承の一部です。今度開かれるお祭りは、この島の守り神である「こんとんさま」に感謝を伝えるための舞と唄を披露する場が原型となった、と言われています」

 

 公民館の待合室にて、お祭りの準備に携わるのならまずはその成り立ちを知ってもらおうと、紙芝居形式で村長より語られた那歩島の伝承。紙芝居の絵柄が何故かカートゥーン調だったものの、内容自体はよくあるタイプの昔話や伝承だった。アンジェラが図書館で借りた本にも、似たような内容の伝承が載っていた。

 

 次いで、村長から雄英ヒーロー事務所への依頼内容が告げられた。

 基本、祭りの準備の手伝いと、当日の警備協力。厳格な祭りとはいえ、毎年小さな子供の迷子や落とし物などはどうしても出てきてしまう。そのため、駐在警察官と協力して、迷子などの対応をお願いしたいそうだ。

 

「それと、祭りの間はヒーローコスチュームは着ないでほしいんです」

「ええっと、理由をお伺いしても?」

「この祭りはこんとんさまへの感謝を伝えるものであると同時に、災禍によって亡くなった方々を弔うためのものでもありました。今では解釈が拡大され、事故や災害、特に海難事故で亡くなった方々へ対する慰霊祭としても執り行われております。故人を弔うのに、ヒーローコスチュームは些か場違いかと思ったので」

 

 ヒーローコスチュームは、悪く言ってしまえば超高性能なコスプレ衣装だ。魂を弔う場には些か、いや、間違いなく不釣り合いだろう。コスチュームによっては、そういう場に着てくるべきではない巫山戯た格好とも言えるものも多い。

 いくらヒーロー社会でも、葬式にコスチュームなんぞを着てくる阿呆は居ない。居たとしたら、すぐに葬式場を締め出される。村長の話も、とどのつまりはそういうことだ。

 

「そういうことでしたか。確かに、慰霊祭でコスチュームを着るわけにもいきませんからね」

「ご理解いただけたようで何よりです。まぁ、厳格なのは当日だけで、後夜祭はごく普通の楽しいお祭りです。ただ、一応そちらでもコスチュームの着用は自粛していただけると……」

「一応、当日も後夜祭も「感謝祭」であると同時に「慰霊祭」であることには変わりないってことですか」

 

 飯田が村長の話に相槌を打っていると、壊理がふと、口を開く。

 

「……楽しいだけじゃ、駄目なんだ」

「ま、ご冥福をお祈りする場だからな。多少堅苦しくても仕方ないさ」

 

 意外だ、と言わんばかりの視線が突き刺さってくる。昨日もこんな感じの視線受けたなと思いながらも、アンジェラは反論をしようなどとは思わなかった。

 

 村長から手渡された慰霊祭の資料を元に、アンジェラ達は当日までの段取りを決めていく。若干1名、素直に参加してくれなさそうな奴が居るが、那歩島に来てから特に何もしていないことを餌におど……お話をすれば何とかなるだろう。

 

 話が粗方固まった頃、ある資料が麗日の目に留まる。

 

 それは、村長が倉庫の奥の方から引っ張り出してきたという古文書のコピーだった。こういう古文書もありますよ、というサンプルのために持ってきたそうだ。翻訳されているというわけでもなく、古代に使われていたであろう言葉がそのまま記されている。

 

 案の定、麗日達はちんぷんかんぷんといった感じで首を傾げていた。内容が全く分からないのだから当たり前だ。

 

「……アンジェラちゃん、これ読める?」

 

 アンジェラは苦笑いをしながら麗日から資料を受け取る。麗日達は頭はいいが、あくまでもヒーロー志望。古文書が読めるはずがない。こういうのは専門家の仕事だ。そして、アンジェラはその専門家である。

 

 受け取ったのは、古文書のコピーの1ページ。それに目を通し始めたアンジェラだったが、その内容を理解していくにつれて彼女の顔から笑みが消えていく。驚愕が感情の全てを追い越し、周りの音が聞こえなくなっていく。

 

「あ、アンジェラちゃ……」

 

 明らかに様子の変わったアンジェラに、麗日が声をかけようとした、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……「行うもの 其は7つの混沌 混沌は力 力は心によりて力たり

 抑えるもの 其は混沌を統べるもの」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 歌うように、縋るように。

 ある種の確信を持ってして紡がれた祝詞(のりと)の意味を、麗日達は知らなかった。知る由もなかった。

 

 ただ、アンジェラが隠しきれないほどの動揺を見せていることだけは、確かだった。ぶつぶつと「これは……いや、だとしたら……」と意味があるのかないのかすら分からない言葉の羅列を紡ぎ続けるアンジェラには、ある種の狂気すら感じる。

 

 ゆらり、とトパーズの瞳が揺れる。その眼光に薄ら寒い何かを宿しながら、アンジェラははた、と口を開いた。

 

「……なぁ、村長サン。この古文書、どこで発掘されたもんだ?」

「えっ!? あー……は、離れ小島の遺跡……です」

 

 アンジェラは心ここにあらず、といったふうに「……そうか」と一言呟くと、再び古文書のコピーに視線を落とした。

 その後、何事も無かったかのように振る舞うアンジェラに違和感を覚えながらも話し合いは滞りなく進み、アンジェラ達は事務所へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……空色の髪にトパーズの瞳……やはり、彼女は……「あの方」の仰る……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が沈みかけた森の中。セージはアテネにプロテクターの一部を解除してもらった上で、遺跡から電脳空間への接続を試みていた。

 

「……どう、君が望むデータは見つかった?」

「…………表層には無さそう」

「そっか。でも、深層に潜るのは本当にオススメ出来ないよ。ボクですら、自我を保てる自信が無いもん」

「そう。あなたの言う自我を破壊する要因は、電脳空間に接続した時に侵食してくる気配があった、「アレ」のこと?」

 

 アテネの口から紫煙が吐き出される。

 

「キミの言う「アレ」がボクの思い描く奴と同じであれば、答えは「是」だね」

「……そう」

 

 セージは遺跡の一部から手を離し、電脳空間との接続を解除する。

 

 

 

 

 

 それとほぼ同時に、空色の風が吹き荒んだ。

 

 

 

 

 

「やぁ、老人の与太話に付き合ってくれでもするのかい?」

「…………当たらずとも遠からず。あんたに聞きたいことがあって来た」

 

 トパーズの瞳がアテネを見据える。あらゆる感情を押し込めたような眼光に、アテネは思わず喉の奥からふふっ、と声を洩らした。

 

「へぇ。ちょうどよかった。ボクもキミに聞きたいことがあったんだ」

「何から何まで奇遇だな」

「ホント……奇遇、だよね」

 

 カツカツと靴音を鳴らしながら、アテネはアンジェラに近付いていく。アメジストともサファイアとも取れる瞳が妖しく煌めく。

 

「そう……例えば、その義手はどこで手に入れたの、とか」

 

 包帯まみれの手が、黒鉄の義手をそっと持ち上げた。

 

「知らね。いつの間にか着いてた」

「いつの間にか……ねぇ」

 

 義手をくまなく見たアテネは、手に持っていたタバコをくしゃり、と握り潰し吸い殻をジャケットのポケットに突っ込むと、アンジェラの頬に手を添えた。

 

「じゃあ、ホントに贈り物なんだね。キミの何がそうさせたのか……興味深いなぁ」

「意味分からん」

「いつか、否が応でも知る時が来るさ」

 

 妖しく煌めく混色の瞳、妖艶な笑みに、むず痒く感じる包帯越しの手付き。どこか歯がゆさすら感じるそれらを、アンジェラは知らない筈だ。

 

 だが、同時にどこか懐かしさを感じずにはいられなかった。

 

「……ふむ、なるほど。キミ、やっぱり面白いね」

「何が」

「さぁて、何がかな」

 

 アテネはくつくつと笑いながらアンジェラの頭を撫でた。のらりくらりとした様に居心地が悪く感じるも、アンジェラは特に抵抗することもなく受け入れている。

 

「それで、ボクに聞きたいことって何かな。老人の見識で役立てるといいけど」

 

 見た目はアンジェラより少しばかり歳上程度の少女だが、アテネがアンジェラに向ける瞳は祖母が孫に向けるもののそれだ。アテネがどこまで事情を察しているかはアンジェラの知る所ではないが、自分とは違う意味で見た目と中身が一致しない幼子を面白がっているようにも見える。

 

「……この島で発掘された、古文書のコピーを目にする機会があってな。

 

 単刀直入に聞く。

 

 

 

 

 マスターエメラルドって、知ってるか?」

 

 

 

 

 

 

 アメジストの瞳に、鈍い光が宿った。

 



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Chao

コロナにかかって喉が死んでました。皆さんは日々の予防をしっかりしましょう。マジでつらいぞ。


 数刻前、麗日と壊理はクラスメイト達への報告もそこそこに、散歩と言って出ていってしまったアンジェラを追いかけて、離れ小島に向かっていた。村役場でアンジェラが見せた隠しきれない動揺の意味を、麗日達は知らない。だからこそ、友人として放ってはおけなかった。

 

「アンジェラちゃん、どうしたんだろう……気丈に振る舞ってはいたけど……大丈夫かな……」

 

 ついつい壊理の前でそんな弱音を吐いてしまったことに麗日は後から気付いて、思わず口を手で塞いだ。

 

「王様のこと、心配なの?」

「そりゃ、友達だもん。壊理ちゃんも、アンジェラちゃんのことが心配だから私に着いてきてくれてるんでしょ?」

「…………」

 

 友達という概念がよくわからない壊理は、曖昧に笑うことしか出来なかった。彼女に分かったことは、麗日がアンジェラを心配しているということだけ。

 

 それだけ分かればまぁ上出来だ、と、空耳が聞こえたような気がした。

 

「……そういえば、前々から聞きたかったんだけどさ、壊理ちゃんはどうしてアンジェラちゃんのことを「王様」って呼んでるの?」

 

 壊理は基本、アンジェラに引っ付いているか寮で絵本を読んでいるか、時々通形と遊んでいるかなので、こうして麗日と二人きりで行動するのは、実は初めてだったりする。

 だからこそ、麗日は聞いてきたのだろう。彼女の友人を「王様」と呼ぶ壊理に、その理由を。

 

 その質問そのものはごく自然なものだと、壊理も理解していた。いつか聞かれるだろうとは思っていた。

 それらを加味した上で、答えづらい質問だと、壊理は思った。

 

「王様は王様だから……って言って、あなたは納得する?」

「あ、いや……答えたくないのならいいんだよ、無理して答えなくても。ただちょっと気になっただけだから……いや、本当に」

「それは分かってる。ただ、言葉にするのが難しいってだけ。王様は、私にとっては王様なの」

 

 壊理の言葉は、彼女にとっては紛れもない真実でしかない。彼女にとって、アンジェラは「王様」である。テレビ中継された体育祭で見たアンジェラを一目見た時に魂がそうだと叫び、八斎戒捜査のあの時に、自らの意思でそうだと決めた。彼女こそ、自らの王であると。

 

「……そっか。壊理ちゃんは、アンジェラちゃんのことが大好きなんだね」

 

 要は、麗日の言葉の通りなのだ。

 アンジェラと一緒に居たいという理由で雄英に来たということが、全てを物語っている。

 

 永い時の流れの中で繰り返さえる逢瀬と離別。巡り合う度に、生まれ落ちる度に、見つける度に、胸を締め付けるこの感情。

 

 人間の言葉にするのなら…………恋煩いか、はたまた、依存か。

 

 まだまだ子供なのに、普通ならそんなこと分かりやしないだろうと、壊理は自嘲気味に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 麗日と壊理が離れ小島に辿り着いた時、日は水平線へと吸い込まれそうになっていた。だが、来た道でアンジェラとすれ違うこともなければ、クラスメイトからアンジェラが事務所に帰ってきた等という連絡も入っていない。アンジェラに連絡を入れようにも、そもそもアンジェラはスマホを事務所に置いて行っている。

 

 つまり、アンジェラはここに居る可能性が高い。麗日と壊理は顔を見合わせると、森の中へと入っていった。

 

「こんな森の中に遺跡なんてあるのかな……」

「本にはあるって書いてあった」

 

 離れ小島は那歩島本島よりは格段に狭いが、それでもそれなりに広い。暗くなる前にアンジェラを見つけないと、と麗日がキョロキョロと辺りを見渡していると、一際大きな木が目に留まる。

 

 ……いや、正確には、その木の影に隠れてこちらを伺う、一匹の生き物に。

 

「あれって……」

 

 雫のような可愛らしいフォルムに水色の身体、頭の上に浮かんだ黄色いボール。主に欧州で人気が高い生き物、チャオだ。野生とは、何とも珍しい。

 

 チャオは麗日達に気が付くと、てこてこと近寄ってくる。そのまま麗日の足にしがみついてきたので、麗日は“個性”を使わないように注意しながらそのチャオを撫でた。

 

「わぁ、可愛い。それに、随分と人懐っこい。

 にしても、野生のチャオなんて珍しいなぁ。私、初めて見た」

 

 チャオをびっくりさせないように小声で、麗日は嬉しそうに言う。壊理も興味津々とばかりにチャオをじーっと見つめていた。

 

 少しの間そうやってチャオと戯れていると、突然にチャオが麗日の足から離れて森の中へと飛んで行った。あちらに巣でもあるのだろうか。

 

「開けた場所があるかも。チャオが暮らしていくには、キレイな水辺が必要らしいし。着いていってみようか」

「うん」

 

 先程のチャオを追いかけて、二人は森の中を進む。鬱蒼としているわけではなく、小学生が入っても問題はないであろう森だが、道が舗装されているわけでは決してない。所々にある苔まみれの石造りのモニュメントが、ここにかつてあったであろう文明の名残を感じさせる。

 

 歩きづらさを感じながらもチャオを見失わないように進んでいると、やがて拓けた場所に出た。澄んだ水が溜まった池に蓮の花が浮かんでおり、たくさんのチャオ達が無邪気に遊んでいる。恐らく、ここがチャオの住処なのだろう。

 

 そんなチャオの住処に、2つほど異質な影があった。麗日が昨日、傍目に見たことがある人影だった。真幌と活真だ。間もなく日が暮れようとしているというのに、小さな子供だけでこんな場所に居ることを不審に思う、その前に。

 

「なんなのよ、あんた。島民でもないのにこんな所に来て!」

「えっ、その……アンジェラちゃんを、探しに……」

「あっそ! ここには私と活真以外のヒトは居ないわよ。わかったらさっさと出て行って!」

 

 真幌は麗日を威嚇するかのようにそう叫ぶ。いきなりの大声に、チャオ達はびっくりして木陰に隠れてしまったが、今の真幌にそれを気にしているだけの余裕はなかった。

 

「お、お姉ちゃん、よくないよ……いきなり大声を出したりしたら……チャオ達もびっくりしちゃうよ……」

「活真は黙ってて! こんな所まで来る余所者ヒーローが一番信用ならないって、あなたもよく分かってるでしょ!?」

「それは……その……」

 

 活真は言葉に詰まってしまう。真幌が余所者ヒーローを信用出来ない理由を知っているからこそ、活真は真幌に言い返すことが出来なかった。

 

 真幌からひしひしと伝わるヒーローへの拒絶に麗日は言葉を失ってしまう。真幌は完全に頭に血が上ってしまっているらしく、麗日の言葉を聞くつもりが全くない。活真はそんな姉の様子にオロオロしっぱなしだ。麗日もどんな言葉をかけていいのか分からずに頭を悩ませている。

 

 

 

 

 

 ……そんなぴりついた空気の中、不意に茂みがガサガサと音を立てた。

 

 

「っ、何……?」

「……!」

 

 麗日達が反射的に音のした方を見ると、そこには青い液体で形作られたヒトガタが居た。エメラルドの光を抱く瞳と思しき器官が妖しく煌めき、麗日達を射抜く。

 

「何なん、この、生き物……」

「っ、近付くなっ!!」

 

 麗日がヒトガタに近づこうとする素振りを見せると、血相を変えた真幌がそのヒトガタを庇うように麗日の前に立ちはだかる。身体を震わせ、その眼から涙を流しているその様は、何か大きな恐怖に勇気を振り絞って立ち向かっているようで。麗日は「ご、ごめんね!」と言って、歩みを止めることしか出来なかった。

 

 ごぽごぽと、ヒトガタが水の音を発する。真幌は呆気に取られたように、ヒトガタに声をかけた。

 

「「その人間は大丈夫」……って、何を根拠にそんなこと……また、あの時(……)みたいなことになったら、私……もう、どうしたら……!」

「お姉ちゃん……えっと……まずは、落ち着いて……」

「活真、あなたはあの時みたいになっていいっていうの!?」

「そんなことないよ! でも、一方的に決めつけるのもよくないよ、お姉ちゃん!」

「あの時もそんなこと言って、あと少しで取り返しのつかないことになりかけたじゃない! 私はもう、あんな思いをするのはこりごりよ!」

「そうだけど、でも……」

 

 真幌と活真の言い争いは段々とヒートアップしていく。その全てが液体のヒトガタを心配してのことだと何となく悟った麗日は、そのヒトガタが真幌と活真にとって大切な存在なのだと理解した。その上で声をかけようとしたが、その前に壊理に止められた。

 

「あなたが声をかけても、多分、余計にヒートアップさせてしまうだけ。ここは私に任せて」

「……そう、だね。じゃあ、お願いしてもいいかな」

 

 麗日にサムズアップした壊理は、真幌と活真に声をかける。

 

「ねぇ、ひょっとして、さっき私達に出て行ってって言ったのはその……水の生き物を守るため?」

 

 ヒーローへ警戒することに集中し過ぎて視界にすら入っていなかった同年代の子供の声に、真幌は驚き壊理に視線を移した。

 

「そうよ……余所者ヒーローは私達の声なんか聞いてくれやしない。勝手に勘違いして、盛り上がって、あまつさえ「こんとんさま」をどこかに連れて行こうとしたのよ。私達がいくらこんとんさまがそんなことを望んでいないって話しても、聞く耳すら持ってくれなかった。終いには、私達が操られてるって妄言を吐き始めて……そんなことないってのに」

 

 麗日を睨んでそう吐き捨てた真幌を庇うように、活真が口を開く。

 

「でも、そのヒーローを止めてくれた人の一人も、同じ余所者のヒーローだったんだよ……お姉ちゃんは、そのことをトラウマに思ってて、特に余所者のヒーローに対してピリピリしちゃってただけで……あの、だから……」

「その水の生き物が、こんとんさまなんだね」

 

 活真は首を縦に振る。水のヒトガタ……もとい、こんとんさまは壊理に近付いて、ごぽごぽと水の音を発した。

 

「……「様付けされるほど偉い存在でもない」? でも、守り神なんでしょ?」

「驚いた……あなた、こんとんさまの言葉が分かるの?」

「どうやらそうみたい」

 

 壊理はそっと、水の生き物に手を伸ばす。ゼリーのような感触がどこか不思議で、心地よかった。

 

 水が揺れる音がする。それが水の生き物が放つ「言葉」なのだと、壊理はどこか他人事のように思う。

 

「この島でも、こんとんさまの言葉が分かるのは私達だけなの。私達は小さな頃からこんとんさまと一緒に遊んだりしてきたのよ。早くにお母さんを亡くした私達にとって、こんとんさまは寄り添ってくれる存在。

 

 ……そんな大切な存在を脅かそうとした余所者のヒーローを、信用なんか出来るわけないでしょう」

 

 真幌の視線が麗日を射抜く。心の底からヒーローを信じることなど出来ない、という瞳を向けられて、麗日は自分が信じていたものが壊れるような錯覚を覚えた。

 

「……もう、見られてしまったものは仕方ないけれど。他言するんじゃないわよ」

「分かった、誰にも言わない……そう言えば、あなたは私を信じてくれる?」

「無理ね」

 

 そう一蹴されることも、もはや麗日の予想の範囲内でしかなかった。彼女は、真幌はヒーローを、信用することはない。大切なものを脅かしたものを信用することなど、出来るわけがない。

 

 それが悲しいことだと思ってしまう自分は果たして傲慢なのか、麗日は答えを出すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンジェラもそうだけど、キミも随分と不思議な子だよね。人工知能がスターフォール諸島の電脳空間に接続したことによって実体を得た……か。巨神を扱うことも出来るの?」

「完璧なコントロールは不可能。信号を送り、ある程度意のままに動かすことなら」

「それだけでも十分凄いよ。ボクは巨神を起動させることすら出来なかったのに」

 

 いやー、最近の若い子って凄いねぇ、と若干年寄り臭く自分を褒めちぎるアテネに、セージは産まれて初めて苦笑い、という感情を覚えた。見た目と口調の節々に含まれる年寄り臭さのギャップに慣れることは、多分一生無いだろう。

 

「キミなら、ひょっとしたらこの島の巨神も動かせるかもね」

「この島の巨神……存在するの?」

「うん。ただ、深層の方で眠ってるけど。いや、眠らせている、の方が近いかな。昔々にね、ボクが押し込んだのさ。こう、ぐぐーっと」

「何故?」

 

 セージがそう問いかけると、アテネは包帯で分かりにくいが少し困った顔をした。

 

「色々あったのさ、この島にもね」

 

 電脳空間の表層に現れては過ぎていく情報を捌きながら、セージは「そう」と生返事をした。

 

 電脳空間を探るというのは、思考の海に沈んでいく感覚に近いものがある。故郷の星を追いやられた古代人が、その技術、記録、記憶、感情の全てを情報化したのが電脳空間だ。思考の海に沈むような、という例えも、あながち間違いではないのかもしれない。

 

「あなたにも、遺したいものがあったの?」

「……さあね」

 

 夕焼けの鈍い光の下で、花弁が5つのピンク色の花が揺れる。

 

 アテネはゆらり、と森の奥を見やる。

 

 丁度、麗日達と真幌達が遭遇した、その時のことだった。

 



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古代の残滓と前途ある若者

 

 

 

 

 

 

混沌(カオス)は人の心に過ぎず、だからこそ、不明瞭で理解に及ぶことがない。

 

 ……キミは、「契約者」なんだろう。疑問に思わなかったのかい? 何故、奇跡を呼ぶ宝珠に「混沌」の名が付いているのか、って」

 

 アメジストの光がサファイアへと移ろう様は、まるで時間によって変わりゆく空のようだと、アンジェラは思った。

 

「マスターエメラルドはただの制御装置じゃない。カオスエメラルドを引き寄せたのさ。電脳空間に漂う古代人のログを見れば、その可能性が高いことくらいすぐに分かる。

 

 その上で言おうか……マスターエメラルドは、制御装置であると同時に、起爆装置だよ」

 

 カオスエメラルドを引き寄せ、その奇跡とも呼ばれる大いなる力を引き出させるための、起爆装置。

 

 言い得て妙だが、どこか納得出来るような気もした。実際に、アンジェラは古代人の記憶で見たのだ。カオスエメラルドを動力源として動いていた方舟が、何かに引き寄せられるように地球に墜落した場面を。

 

「だから、古代人は神として祀り上げたのさ。カオスエメラルドを引き寄せる力を持った、恐るべきそれを」

「恐ろしいものなのに、神として祀り上げたの?」

「恐るべきもんだから、畏怖の念が昂ぶって信仰の対象になったのか」

「ま、そういうことかな」

 

 純粋な疑問を打ち立てるセージと、あくまでも見識という形で口を開いたアンジェラ。アテネは遺跡の壁面に手をつけて、アンジェラの言葉を肯定した。

 

「彼らは知っていたのか、はたまた、単なる偶然か……いや、そこはさしたる問題にはならない。

 重要なのは、古代人が祝詞を作り……それが、現代に至るまで継承されてきた、ってことさ。マスターエメラルド……一時期は古代人が管理していたようだけど、それ以降の所在はさっぱりだった。

 

 キミは、その祝詞を知っているだけじゃない……マスターエメラルドの在処も知っているね?」

「……流石にその所在は黙秘させてもらう」

「いいんだよ、それが正解さ。ボクもマスターエメラルドの在処まで知りたいとは思わない。今もどこかで管理されている、という事実が確認できればそれでいいさ。

 ……キミが聞きたかったのは、そういうことだろう?」

「まあな」

 

 恐らく、アテネはマスターエメラルドの現在の所在までは知らなくとも、エキドゥナ族(ナックルズの先祖)の元にあったことは知っているのだろう。過去の遺物が多く残されているこの島のことだ、それくらいのことであれば、アテネの力なら調べることなど容易い。

 

 彼女が知りたいわけではないというのなら、アンジェラもマスターエメラルドの在処を話したりはしない。知りたいと思っていないことを無為に話してしまうなど、無遠慮に他ならない。

 

 アンジェラが再び口を開こうとした、その時。

 

 

 

 

 

「長老様っ!」

「ま、待ってよ……お姉ちゃん……」

 

 森の茂みの奥から、真幌と活真、そして水の生き物が駆け込んできた。アンジェラとセージの姿には目もくれず(というか恐らく視界にすら入っていない)、二人はアテネの方へと一直線に向かっていく。

 

 その水の生き物を目にしたアンジェラの眉がぴくり、と動いたことには、誰も気が付かなかった。

 

「どうしたの、そんなに慌てて」

「こんとんさまが、ヒーローに……それで……」

「お姉ちゃん、でも、こんとんさまはあの人たちは大丈夫だって言ってたよ!」

「うんうん、真幌、一回落ち着こうか。はい、息吸って、吐いて」

 

 アテネに促されるままに真幌は深呼吸をした。駆け込んできた様子から見ても、かなり慌てているようだ。

 

「それで、何があったの? この子がこの島に来てるヒーローのヒヨッコの誰かに見つかりでもした?」

「そう、そうなのよ、長老様! まさか、ここにヒーローが来るなんて……あいつはこんとんさまのことを他のヒーローには話さないとか言ってたけど、信用ならないわ」

「うーん、キミの気持ちは分からなくもないけど……そういう発言をする時は、周りにもう少し気を遣おうね」

 

 幼子を諭すようにアテネは真幌の頭をぽふぽふと撫でる。真幌はどういうことだ、と疑問を一切隠すことなく顔に出していたが、アテネの影からアンジェラとセージの姿を見つけると、しまった、と言わんばかりに口を手で抑えた。

 

「あ、あんた……なんで、ここに……!」

「ただの趣味……と言えたらよかったんだけどな。ま、ヒーローとかは関係ない、個人的な興味であることに変わりはないか」

「…………」

「心配すんな、オレは何も聞いちゃいない。見ちゃいない。そう、なんにも、な」

 

 そう言って、アンジェラはそっぽを向く。見なかった、聞かなかったことにしておいてやるという、彼女なりの遠回しなメッセージだ。まだ幼い真幌がそれに気が付けるかどうかは分からないが。

 

「……いや、あんたは……なんか、信用……うん、余所者ヒーローでも、あんただけなら、信用して、あげてもいい」

「珍しいなぁ、真幌がそんなことを言うなんて。明日は槍でも降るのかな」

「長老様、茶化さないでよ!」

 

 頬をぷっくりと膨らませて講義する真幌だったが、アテネはどこ吹く風で紫煙を吐き出す。重ねた年齢が違いすぎるのだ。軽くあしらわれて当然だろう。

 

 アンジェラはそんな二人の様子を面白そうに眺めながら、活真に声をかけた。

 

「よっ、昨日ぶり。ここらが遊び場だったりするのか?」

「うん、お母さんが死んじゃってから、長老様に面倒を見てもらってるんだ。島の人たちも色々世話を焼いてくれてるけど、お仕事があるから僕らにばっかり時間を使っている、ってわけにもいかないし……」

「小さいのに達観してるなぁ。人を思いやれるのは大変結構だが、小さいうちは駄々をこねるのも仕事のうちだぞ」

「心配しなくても、長老様には結構我儘を言ってる自信はあるよ」

 

 様付けなのに我儘を言ってる自信はあるのか、という考えがアンジェラの頭を一瞬過った。しかし、そういう人物に限って我儘の程度が低いことが多いことを思い出し、微妙な顔を隠して頷くことしか出来なかった。

 

 活真へ告げた言葉の半分はブーメランで自分に突き刺さるということに、アンジェラは全く気がついていない。自分のことにはてんで鈍感な主に、ソルフェジオはこっそりと呆れ返った。

 

 真幌は一応落ち着きを取り戻したのか、アンジェラから視線を外してセージの方を向く。

 

「まったく……そこのあんた」

「……私のこと?」

「他に誰が居るのよ……いい、遺跡に妙なことをしたり、こんとんさまのことを少しでも余所者に……特に、ヒーローに告げ口してみなさい? その時は、容赦しないわよ」

「……心配しなくても、この島で得た情報をヒーローに共有してやるつもりはない」

「…………嘘だったら承知しないからね」

 

 刺々しい真幌の態度に、世間知らずのセージは不思議そうな顔でアンジェラの方を向いていた。そんな顔をされても困る、とアンジェラは思った。セージ自身、どこか不思議ちゃんみたいな性格をしている。アンジェラの眼は、こういう時に扱いに困るのはこっちの方だ、と言わんばかりの眼だった。

 

「それに、この子達は大丈夫だよ。寧ろ、彼女はボクらと秘密を共有する側さ」

 

 アテネはタバコの吸い殻をアンジェラに向けると、ぐしゃり、と握りつぶしてジャケットのポケットに入れる。

 

「……長老様がそう言うんなら、そうなんだろうけど……」

「それで、この子のことがバレたっていうヒーローはどうしたの?」

「え? 

 

 …………………………あっ!」

 

 真幌が自分の犯した致命的なミスに気が付いた、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、アンジェラちゃん見つけた!」

「王様……と、誰?」

 

 茂みの向こうから、麗日と壊理がその姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……ごめん、追いかけるつもりは、なくて…………」

「……ふんっ、どうやってその戯言を信用しろって?」

「いや、信用しろ、とは……言わない、よ」

「…………その発言そのものが信用ならないわね」

 

 セージに向けたものよりも遥かに刺々しい……寧ろ、毒々しいとまで言えそうな態度で麗日をぐさり、と責め立てる真幌。アンジェラは流石に見ているだけでは居られず、真幌に声をかけた。

 

「真幌、そのくらいで勘弁してやってくれないか。麗日は多分……オレを探しに来ただけだから」

「……私は、もう失うのは、こりごりよ」

「そうか……なら、責めるのならオレにしてくれ」

「っ!?」

 

 その場の空気が凍り付く。真幌なんか、その目を零れ落ちるのではないか、というほどに見開いている。アテネは、無表情で新たなタバコを咥えて火をつけていた。セージはそもそも気に留めていない。

 

「だって、麗日がお前の隠しておきたいものに触れる要因を作ったのはオレだからな。元はと言えば、オレが動揺を隠しきれなかったせいだ。麗日はオレを心配してくれただけだよ」

「…………それでも、あなたを責める気にはなれない」

「なら、麗日に変につっかかるのもナシだ。事情も知らないし、信用してやれとは言わないけどさ、せめて、少しくらい話は聞いてやってくれ」

 

 真幌は考えるような素振りを見せる。そして、渋々、と言った感情を一切隠すことなく、頷いた。

 

「…………あのね、真幌ちゃん。私、あなたがヒーローを信用出来なくても、それでいいと思う」

「…………」

「だけど、私はこんとんさまのこと、誰にも言いふらしたりしない。信用しなくてもいい。ヒーローじゃない、ただの高校生の言葉だよ。あっ……いや、まだ仮免だし、ヒーローってわけでもないんだけど、えっと、だから、その、つまり…………」

 

 伝えたいこと自体は頭の中にあるのに、それを上手く言語化出来ずに四苦八苦している麗日に、真幌ははぁ、とため息をついた。

 

「………………その言葉、嘘だったら許さないから」

「……! じゃあ……!」

「勘違いしないで。ヒーローは信用しない。ただ、その言葉だけなら、信用してやってもいいって話よ」

「うん、それだけでも凄く嬉しいよ、ありがとう」

 

 麗日はそう言うと真幌に手を差し出す。真幌は戸惑いつつも、その手を取った。

 

 その様子を、タバコを咥えながら微笑ましそうに眺めていたアテネが、タバコを一度手に持ち直して口を開く。

 

「……麗日って言ったっけ? あの子も随分と面白い子だね。キミのお友達?」

「ああ、クラスメイトで……日本に来て、最初にできた友達だ」

「王様が忙しい時、A組の人たちと一緒に遊んでくれる人……」

「仲良きことはいいことだねぇ」

 

 ごぽごぽと、水の音が揺れた。

 

 

 

 

「ところで……あの、あなた達は……?」

 

 麗日の視線が初対面の二人に向けられる。アテネは努めて朗らかな顔をしようとするが、やはり包帯のせいで分かりにくい。セージに至っては麗日の視線に気が付いてすらいない。

 

「ボクはアテネ。現地住民だよ、ヒヨッコヒーローちゃん。ああ、包帯についてはお気になさらず。怪我してるわけじゃないから」

「は、はぁ……えっと、未成年の喫煙は、よくないんじゃ……」

「大丈夫大丈夫。こう見えて、キミ達よりも遥かに歳上だから」

「えっ!? あの、失礼ですがおいくつで……?」

「数えたことないけど、確実にこの島で一番歳食ってるのはボクだよね」

 

 麗日は信じられないものを見るかのような視線をアテネに向ける。彼女の見た目はいくら高く見積もっても中学生以上には見えない。一瞬混乱しかけた麗日だったが、アテネがそういう“個性”の持ち主であると無理やり自分の中で納得をつけた。

 

「それで、そっちの子は……」

「…………」

「…………あの……」

 

 麗日の言葉を丸っとスルーして、電脳空間と再び接続したセージ。興味がないことにはとことん興味ねぇなこいつ、と呆れながら、アンジェラは口を開いた。

 

「そいつはセージ。オレの知り合いだ。遺跡の調査に来たんだと」

「あ、そうなんだ……えっと……」

「悪く思わないでやってくれ。アイツ、世間知らずでマイペースなんだ」

「そうなんだ……」

 

 麗日は苦笑いをするしかなかった。確かに、周りの空気を丸っと無視して自分の目的を優先する様は、マイペースとしか言えない。

 

「せめて、もう少し視野を広げてくれたらなあって、アイツに愚痴られるオレの身にもなれっての」

 

 アンジェラは愉快な宿敵が時たま零す愚痴を思い出しながら、はぁ、とため息をついた。

 

 

 



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流転

 残骸は、意味を紐解かれるからこそ意味がある。
 紐解かれすらしない残骸は、壊れたガラクタ以外の何物でもない。

 崩れた残滓は、残骸にすらなれなかった骸は、今も眠り続けている。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンジェラちゃん、本当に大丈夫なの?」

「だ、大丈夫だって……あの時はちょっとびっくりしちゃっただけで……」

「びっくりって、何に?」

「それは……うん、色々と……とにかく、大丈夫だから」

「アンジェラちゃんがこういう時に言う大丈夫ほど、信用ならない大丈夫も珍しいと思うの」

「おいそれ誰に聞いた」

「インフィニットさん」

 

 麗日に詰め寄られ、大丈夫という言葉も信用ならないと言われてしまい、アンジェラは観念して事の経緯を麗日に語った。

 

 とはいえ、マスターエメラルドのことをベラベラと話してしまうわけにもいかない。麗日を信用していないわけでは勿論ないものの、それとこれとは話が別だ。信用しているからといって、何でもかんでも話してしまえるかと問われたら、アンジェラは間違いなく「否」と答える。

 

「昔……そう、昔、別の場所で聞いた呪文と全く同じものが、この島の古文書に書いてあってな」

「それって、村役場で呟いてたアレ? 確か、行うもの、から始まるやつ」

「そうそう。よもやこんな場所で見つけることになるとは思ってなくて。心配かけて悪かったな」

 

 アンジェラの言葉には、何一つ嘘は含まれていない。ただ、語っていないことが多くあるだけで。それは、あまりおいそれと語りたくないことであるというだけで。

 

 あまり納得はしていないようだが、ひとまず詰め寄ることはやめた麗日が、アンジェラの瞳を見ていい笑顔で一言。

 

「……そっか。でも、無理はしちゃ駄目だからね」

「ああ、分かってるよ」

「ほんとに?」

「疑り深いなぁ」

 

 麗日にそうさせる要因が自分にあると自覚しているアンジェラには、それ以上の言葉をかけることなど出来なかった。

 

「王様、調べたいことがあるのなら私もお手伝いする」

「あはは、ありがとな、壊理」

 

 アンジェラの服の袖を掴んでそう宣言してみせた壊理に、アンジェラと麗日は微笑ましげな視線を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 それに混ざって、アテネが麗日にどこか難しげな視線を向けていることに、アンジェラだけが気が付いていた。

 

 

 

 

 

 

「………………言いたいことがあるのなら、言葉にしたらどうだ、婆さん」

 

 ゆらり、と顔を上げたアンジェラは、アテネを見据えて、皮肉をたっぷりと込めて口を開いた。アテネの視線がどこか難しいものであることに、一拍おいてから気が付いた真幌と活真は、不思議そうな顔をして首を傾げている。

 

 アテネはサファイアの隻眼を麗日に向け、咥えていたタバコを手に取った。

 

「ああ……ま、いっか。

 

 ねぇ、麗日。それに、壊理。

 単刀直入に聞くけど、キミ達、人間ですらない黒い化け物と遭遇したこと、あるでしょ?」

「っ!?」

 

 麗日は、思わず息を呑んだ。

 アテネが何を持ってその発言をしたのか、麗日には全く持って推し量ることなど出来やしない。サファイアからアメジストへと移ろうその眼が、一体何を考えているのかなど、分かるはずもない。

 

 黒い化け物……十中八九、常世の夜(ワルプルギス)のことだろう。I・アイランドで何をしていたかは分からないが、八斎會を虐殺し尽くした、黒に塗られた人ならざる化け物。麗日達では束になって、雑魚に抵抗することで精一杯だった。親玉と思しき個体を打ち倒したのは、アンジェラと、八斎會に居たボロボロな少女だった。

 

 アテネがどこまで事情を察しているかは分からない。麗日達が常世の夜(ワルプルギス)と遭遇したこと以上のことを察することは、いくら洞察力が高くても不可能だろうということは分かる。

 

 ただ、この時麗日は初めて、アテネが自分よりも圧倒的に歳上なのだと感じた。

 

「ああ、返答はいらないよ。事情を知ろうとも思わない」

「……じゃあ、何で……」

「麗日、その化け物にキミ達が対抗出来るようになる力があるとしたら、キミはどうする?」

 

 ああ、試されていると、麗日は思った。

 

 本能に揺さぶられ、荒れ狂うことしか出来ずに化け物を喰らい尽くしたアンジェラの姿が瞼に浮かぶ。肉体が溶け出して死の間際に居た少女に頼ることしか出来なかった自分が、酷く情けなく思えたことを思い出す。ヒーローに救われることを屈辱としか思わない少女が最期に放った、狂ったような笑い声が頭の中で木霊する。

 

 本当に、どこまで察しているかなんて分からないが。

 アメジストの瞳が、自分の全てを見透かしているような気がしてならない。

 

「…………あるん、ですか?」

「子供に勧めるようなものじゃないんだけど」

「じゃあ、そんなもん麗日に勧めようとするな」

 

 冷たい光がトパーズの瞳に宿る。麗日はそれが自分に向けられたわけではないと分かっていながら、背筋が冷たくなるような錯覚を覚えた。

 

 かくいうアテネはそんな視線など意に介さず、タバコを咥えた。

 

「そうも言っていられなくなるんだよ。一度狂った歯車は、もう元には戻らない。理解の外側から襲い来る濁流に、ただただ呑まれたくはないだろう? 抗うために力を望むことは、自然なことだよ。ボクに出来ることは「鍵を外す」ことだけで、手に入れるかどうかを決めるのは彼女自身さ」

「そういうことを言ってんじゃねぇ」

「……ああ、そうか。強い力にリスクはあって然るべき。キミはそういうことを言いたいんだね?」

 

 リスクを隠して麗日を騙すつもりだったのかとアンジェラは思っていたが、どうやらそういうわけではないらしい。そもそも、子供に勧めるようなものではないと暴露している時点でそう言っているも同然なのだが。

 

「あの、そのリスクって何ですか?」

「それはね……………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………!」

 

 先程まで朗らかな様子で話していたアテネだったが、突然目を見開いて森の外に目をやった。明らかに様子の変わったアテネに、アンジェラ達はなにかがあったのかと身構える。

 

「長老様?」

 

 あまりに突然の変化に真幌と活真も戸惑うが、アテネは「大丈夫」、と言って、二人の頭を順番に撫でた。

 

「……事故か何かだったら、まだよかったかな……」

「あの、何があったんですか?」

「単刀直入に言えば……ああ、キミ達は(ヴィラン)って言うんだっけ? それが島に来たみたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、那歩島本島の各地に敵が出没していた。

 通信基地局は敵の攻撃により破壊され、漁港に停泊していた船も無惨な姿に解体されていた。商店街では赤い包帯に身を包んだ男が、海岸では青い二足歩行の犬のような男が暴れまわり、それぞれA組の面々と交戦していた。

 

 多対一と数だけ見ればA組の面々に有利な状況だったが、相手はそれを覆せるほどの実力を持っていた。守らなければならない一般市民を背負い、数人は避難に専念しながらの戦いであったことも相まって、A組の面々は防戦一方に陥っていた。通信基地局を破壊されてしまい、外部に助けを求めることも非常に難しい。

 

 唯一、赤い包帯の男は、爆豪の機転によりその場で倒すことに成功したが、海岸に現れた敵は轟達を軽くあしらい、現れた敵の親玉の男、そしてその男と行動を共にしていた女はヒーローに見つかることなく目的地へ足を進めることに成功していた。

 

 親玉の男が向かっていたのは、真幌と活真の家だった。いや、家そのものは邪魔だと言わんばかりに、指先から爪を放ち粉々に破壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 ……それが、運命の分かれ道であると、知らぬまま。

 

 

 

 

 

 

 

「……ここには居ない、か」

 

「目的」がそこに存在しないことに多少の落胆を見せつつも、この島のどこかには居るのだから探せば良い、と踵を返して「目的」を探そうとした親玉の男。

 

 

 

 だが、次の瞬間。

 

 親玉の男の足元に、大量の黒い手のようなものが現れた。

 ヒーローの“個性”かと思った親玉の男は、慌てることもなく空気の壁で自身を保護する。

 

 しかし、無意味だった。

 

「……っ!?」

 

 空気の壁をすり抜けて(…………)、黒い手は男を捕えた。何とか逃れようと男は複数の“個性”を乱発し抗おうとするが、男の攻撃は地面を陥没させただけで、黒い手はびくともしない。

 いや、男の攻撃もすり抜けていたのだ。奇妙なことに、この黒い手からの攻撃は受け付けるのに、黒い手への攻撃は全てすり抜けてしまうらしい。

 

 それに男が気が付いたかどうかは分からない。

 ただ、どうにかしようともがき続けて、そこに意味などなくて。

 

 気付いた時には、男は黒い手に飲み込まれ、その場から消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最悪だ」

 

 アテネは思わず舌打ちをした。この辺境の離島に、何故敵が現れたのかは彼女の知る所ではないが。現れた敵そのものがまずかった。

 

「おい、何が起きた? 敵が出たって、どこに……」

「……もう、行く必要はない。せき止めていた歯車は再び回り始めた」

 

 アンジェラ達がその言葉の意味を理解する前に、アテネは遺跡の壁に手を当てた。瞬間、遺跡の黒い部分から赤い光が放たれ、周囲に凄まじい速度で広がっていく。

 

「「彼女」を今……この島から出すわけにはいかない」

「おい、それってどういう……」

「ごめん、説明は後でね」

 

 アンジェラが再び問い返す、その前に。

 

 那歩島全域が、赤い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 那歩の島の遺跡を壊してはならない。

 那歩の島の遺跡を動かしてはならない。

 那歩の島の遺跡を傷付けてはならない。

 

 遺跡を壊してしまったのなら、すぐにその場を離れなされ。

 遺跡を動かそうと宣う者が居たのなら、何としてでもそれを止めなされ。

 遺跡を傷付けた者を目にしたのなら、こんとんさまに助けを求めなされ。

 

 もしも、遺跡が壊れてしまったのなら、目覚めないことを祈りなされ。

 

 那歩はゆりかご。

 那歩は檻。

 那歩は鎖。

 

 眠りを妨げてはならない。

 開け放ってはならない。

 解き放ってはならない。

 

 微睡んでいる間は、微睡みさえ妨げなければ、何を案ずる必要もない。

 器がないのなら、地面が赤く染まらないことを祈りなされ。

 

 もしも、器足り得る者が遺跡を壊してしまったのなら、その時は。

 

 

 

 

 

 

 

 …………せいぜい、居もしない「神」とやらに祈ってみたらどうだい? 

 

 

 

 

 

 






長い長い導入が終わりました。那歩島編はここからが本番です。



あと、勘違いされてそうなので、これは言っておきます。
ナインは死んでません。


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電脳空間

 実を咀嚼し、皮をすり潰し、赤黒いそれを飲み干した。
 黒を黒で塗り固めたそれを、知らずのうちに手にしていた。
 ……そう、知らずに、ね。







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……ん……ここ、は……?」

 

 頭が釘で打たれたかのような鋭い痛みと共に、麗日は目を覚ました。先ほどまで居た遺跡ではなく、緑色の光を放つ石造りの廊下に彼女は倒れ伏していた。

 

 立ち上がり、ガンガンと痛む頭を抱えながら、先ほどまで自分がしていたことを思い出そうとする。

 

(そうだ、アンジェラちゃんを探しに離れ小島の遺跡に行って……包帯の女の子が、敵が来たって……それで……)

 

 視界を埋め尽くす赤い光。アテネが遺跡に触れた瞬間広がったそれが何の光だったのかは分からない。アテネが言っていた「彼女」というのが誰なのか、島に来たという敵はどうしたのか、そもそもここはどこなのか。考えても、分からないことだらけ。

 

(……アンジェラちゃんなら、こんな状況ですら楽しむんだろうなぁ)

 

 取り敢えず、今の状況を把握しないことには始まらない。

 そう考えた麗日は、石造りの廊下を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終着点は、割とすぐ近くにあった。

 

 廊下を歩いて行った先にあった、一際広い石室。奥の壁に大きな黒い石版のようなものが鎮座し、緑色の光で満たされた部屋。

 そこから響いてきたのは、聞き覚えのありすぎる爆発音に混ざった怒声だった。

 

「テメェ、いい加減に口を割らないと殺すぞ!!」

「今どきの子って怖ぁ……さっきから言ってるじゃないか、島に来た敵とボクは無関係だって。信じてもらえるとは思ってないけど……今のままじゃ、話すら出来ないよ」

「ハッ、現状、一番怪しいのはテメェなんだよ。敵が現れたかと思ったら、突然赤い光に包まれた。んで、気ぃ失って、目ぇ覚めたらこの状況で、しかもあの赤い光は自分がやったとご丁寧に自白しやがった。疑うな、っつー方が無理があるだろ」

「うーん、確かにその通りなんだけどさぁ、それにしたってもう少し対話を試みようとか思わないの? 言葉の通じない化け物相手でも、トチ狂った狂人相手でもあるまいし……」

 

 困り顔のアテネに詰め寄る爆豪。包帯まみれのアテネが胡散臭いと思わないと言えば嘘になるが、流石に弁明も満足に聞き入れられないのはあんまりだと思う。

 

「おい爆豪、この状況で敵って決めつけることねぇだろ! ただ全身に大怪我してるだけかもしれねえじゃん!」

「爆豪君、対話の意思がある相手にそこまで食ってかかるのはやめないか!」

 

 切島と飯田を筆頭に男子陣はなんとか爆豪を諌めようとしているが、爆豪がその程度で引き止められるはずもなく。アテネはどうしたものか、と思案に暮れた。

 

「あっ、お茶子ちゃん!」

「麗日、無事だったんだね」

「皆!」

 

 石室には、クラスメイト達が集まっていた。麗日を出迎えたのは葉隠と耳郎だ。麗日は頭の上に疑問符を飛ばしながら、石室に入る。

 

「どうしてここに? それに、敵は?」

「分からない。目が覚めたら皆この石室に居て……あの包帯まみれの人が、あの石版みたいなものを操作? してた」

「それで、私達が気を失う直前、視界を埋め尽くした赤い光は自分がやったと包帯の方が仰り……あの状況です。包帯の方は、他にも何かを言おうとしていたようなのですが……」

 

 八百万は呆れたように言った。爆豪のあの喧嘩っ早さはどうにかならないものか。対話の選択肢を自分からかなぐり捨てているように見えてならない。

 だが、彼の言い分も理解できる。特に、アテネと全く関わりのない爆豪が、包帯まみれを筆頭に怪しい要素まみれの彼女を疑うのは無理もない話だ。

 

 ……それにしたって、少しは対話をするという選択肢を持つべきだとは思うが。

 

 麗日は膠着状態をどうにかするべく、爆豪に声をかけた。

 

「爆豪君、その人は敵とは関係ないと思うよ」

「あぁ? 何の根拠があってンな事……」

「赤い光が視界を埋め尽くす前、私はその人と一緒に居た。真幌ちゃんと活真君……島の子達とも仲が良かった。それに、敵と繋がっているのなら、敵の存在に気付いていなかった私達にわざわざ敵が来たことを知らせたりしないはずなのに、その人は敵が出たことを教えてくれた。

 ……これだけじゃ、確かに根拠としては弱いかもしれないけど」

「…………私達……その場に、お前の他に誰か居たのか?」

「アンジェラちゃんと一緒だった」

「……ちっ」

 

 爆豪は一応引き下がりはしたが、その視線はまだアテネを疑っていた。だが、彼女の話を聞く気にはなったらしい。アテネは若干ジト目で呟いた。

 

「……今時の子って、ここまで疑り深いものなの?」

「単に爆豪君が喧嘩っ早いだけだと思います」

「ンだとコラ!!」

「そういうトコだぞ爆豪!」

 

 また爆豪が騒ぎかけたが、瀬呂の言葉に一応は口を閉ざす。話しを聞く態勢が整ったことを確認したアテネは、大きな石版のようなものに手を置いて口を開いた。

 

「……まずは、さっき言おうとしたことだけど……確かに、赤い光はボクがやった。だけど、それは最悪の事態を防ぐためであって、ボクは島に来た敵のことは何も知らない。そもそも、あいつらのせいで遺跡を起動させる羽目になったのさ」

「遺跡を起動……?」

「此処から先の話は荒唐無稽が過ぎる。だから、信じるか信じないかはキミたちに任せるけど、ボクは真実しか話さないことを先に宣言しておく。

 

 ……繰り返しになるけど、信じるか信じないかは任せるよ。取り敢えず、まずはボクの話を聞いてくれ」

 

 そして、アテネは語り出した。

 

 

 

 

 大前提として、スターフォール諸島という忘れ去られた島々があり、そこに文明を築いた古代人が居たこと。

 宇宙の彼方から来た古代人は、「裁定者」と呼ばれる存在に襲われ、故郷の星を捨ててこの星にやって来たこと。

 現代の科学でも明かせない高い技術力を持った彼らは、しかし「裁定者」に再び滅ぼされたこと。

 その古代人がいざという時のために、スターフォール諸島から遠く離れた島に遺跡とそこから繋がる「電脳空間」のバックアップを取ったこと。

 

 その島こそが、那歩島であること。

 

 今、麗日達が居る空間は元居た空間ではなく、遺跡を起動させたことによって顕現した「電脳空間」にアテネの力が混ざった特殊な空間であり、那歩島の各地に散らばっていた1年A組の面々が「一人を除いて」この場に集まっているのは、電脳空間に取り込まれた彼らをアテネがここに呼び出したからである。

 

 

 

 

「那歩島の本来の名前は「イカロス島」。古代人がその軌跡を遺し、その末裔たちが守り続けた島。

 

 ……そして、「あの子」のゆりかごとなった島。

 

 

 

 

 

 

 …………自己紹介をしておこうか。

 ボクはアテネ。アテネ・ローナスフィア。

 

 

 

 

 スターフォール諸島の古代人ともまた違う……キミたちが言うところの、「宇宙人」だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アテネは元々、この星とも古代人の故郷とも違う星の産まれだった。

 物心ついたばかりの時は、友達と外を駆け回れるような平和な星だった。

 

 だが、その星にあった文明は、滅んだ。

 その発端となったのは、宗教戦争。

 その星に住む人々は、それぞれ神を信仰していたり、しなかったりした。アテネやその近くに居た人々は、神を信仰していない人々だった。

 

 だが、一部の信者……この星で言うところの狂信者達は、神を信仰しない者たちも、自分たちが信じる神とは違う神を信仰する者たちも、認めることが出来なかった。

 

 最初は酒の席での言い争いだったそれは、いつの間にか会議の席での罵声に変わり、武器を取った争いへとなっていった。

 

「自分たちの正義が絶対」だという根幹から間違った前提の大義を振りかざす戦いの炎は、全く関わりのない者たちにも苛烈に降りかかる。

 少し前の穏やかな日常など影も形もない炎の中、積み上がるのは、元は誰のものだったのかも分からなくなった死体ばかり。

 

 次の日に肉塊の一部でも残っていればマシと言える地獄の中。アテネは狂信者共に、家族を殺された。死体すら、見るも無惨に壊された。

 

 涙は出なかった。

 涙が出るほど、正気ではなかった。

 正気ではいられなかった。

 正気な奴から先に殺されることが、分かっていたから。

 

 

 あの時、アテネは「終わらせること」しか考えられなかったのだろう。命がまるで紙屑のように燃え盛っていたあの場所では、別段おかしな話でもあるまい。

 

 後のことを考える余裕なんかなかった。

 そうするだけの理性は、かなぐり捨てる他なかった。

 そうするだけの正気を保っている者など、あの星には残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ……戦争の終わりは、その星の生命の灯が燃やし尽くされたことによって訪れた。

 たった一人を除いて、その星で起こった惨劇を語れる者は残らなかった。

 

 そのたった一人の者こそ、アテネである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、肝心のポータルギアは何処にあるんだ?」

「村役場とか私達の家とか、色んな場所に居るって長老様が」

「いや……この状態で村役場とか家とか言われても」

 

 アンジェラは辺りを見渡す。人間が建てた建物は一つとしてなく、自然と古代の遺跡が見事なコントラストを奏でるここは、間違いなく那歩島本島である。

 

 別に、現れた敵の攻撃によってこうなったわけではない。遺跡から放たれた赤い光が無情にも文明を消し飛ばしたわけでもない。

 

 これが、この島の本来の姿。人間が那歩島と名付け、人間の文明という皮で覆い隠し続けていた島の、あるべき姿なのだ。

 

 ただし、古代人も想定していなかった力の介入によって、多少形が変わり、境目が曖昧になったりしてはいるが。

 

「ポータルギア自体は現実に存在するものなんだろ? 電脳空間と混ざったこの状態で、本当に実体を保ってるのか? 生き物でもあるまいし」

「ええっとね、長老様は「半分電脳化してるだろうけど、手に持つことは出来るはず」って言ってたよ」

「半分電脳化……ねぇ。元々、電脳空間と跨って存在してるものなのか?」

「古代人の技術にはまだまだ謎が多い。電脳空間に存在していたものに実体を与える技術の産物が、神兵や守護神、巨神なのかもしれない」

 

 この状況には不釣り合いな子供たちと水の化身の守り神という一風変わった面子と共に、道なき道を行きながら、アンジェラは思案する。

 

 アテネには、例え不都合な事実だとしても全て包み隠さず教えてやってくれと頼んだ。そこにはアンジェラがまだ知らないことも含まれているだろうが、それは「お使い」が終わったあとに教えてもらえばいい。

 

 …………電脳空間を通じて、彼らに流されることになってしまうであろう「真実」も、一切包み隠さないように、とも言った。

 

 自分もその場に居るべきだということは重々承知している。

 しかし、今はそれどころではない。

 言うだろう、命あっての物種、と。

 

「……って、おい待てセージ、お前何処行くつもりだ?」

「ちょっと……気になるものが多すぎて」

「うん、その気持ちはすっごく分かるけど後にしてくれマジで。この状況で好き勝手出歩かれて何かあったら、オレがエッグマンにどやされるんだよ!」

「問題はない。守護神になら対抗できる」

「そういう問題じゃねーし! ケテル、セージに引っ付いててやれ!」

《はーい》

 

 セージは何かを言いたげにしていたが、そんなことは無視してセージの頭の上にケテルが乗っかる。真幌と活真はどういう反応をすればいいのか分からず苦笑いだ。

 

「はぁ〜……まだ何もしてないのに気疲れが……」

「王様、あれ」

 

 壊理が指差した先には、巨大な白い水筒のような何かが鎮座していた。スターフォール諸島で同じような物体をよく目撃したものだ。セージが言うには、あれは「SHILVER HAMMER」と言うらしい。古代人達はあれと同じようにそれなりの大きさの神兵を総じて「守護神」と呼んでいたか。

 

 それが巨神と同じく「裁定」への対抗策だったのか、はたまたただの防衛システムなのかはアンジェラの知るところではない。

 

 何にせよ、アンジェラのやるべきことは。

 

「オラァッ!!」

 

 SHILVER HAMMERの壁面を駆け上がり、その頭部を魔力を纏わせた脚で蹴り飛ばす。守護神は赤い靄となって掻き消え、その場には白い光を放つ歯車が落ちていた。それを回収し、アンジェラは一つ息を吐く。

 

「よし、一つ目」

「……強い……」

「確かに、これなら護衛としては合格も合格ね……」

 

 歯車を回収した子供たちは、道なき道を再び歩み出す。

 ごぽごぽと響く水の音が、どこか呆れたような声に聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時の全てを、間違いだったと断ずるつもりはない。

 あの地獄を終わらせたかった。

 

 それでも、今にして思えば。

 

 もう少しだけ、考えて、話し合うべきだったのかもしれない。

 

 あの時に、そう行動できたかは別の話だが。

 

 

 

 少なくとも、ボクは彼女に言うべきだった。

 うっすらとだけど、あの時に気が付いていたボクは。

 

 

 

 

 

 

 神の力に手を伸ばすな、と。

 




















ココだけの話、アテネのキャラはアンジェラさんよりも先に完成していたり。アテネは元々、別作品の主人公として作ったキャラだったりします。


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望まれない

 正義と悪が戦うお伽噺と、
 血で血を洗う地獄のような戦争

 この二つの違いは、一体何処にあるというの? 

 どちらも同じ、「大義」と「大義」の殺し合いだというのに。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石室に巡った静寂を破ったのは、どこか疑心暗鬼な爆豪の声だった。

 

「……それで? その話が今回の件にどう関係するってんだ?」

「もしかして、単なる不幸自慢だと思ってる? 心外だなぁ、関係ないなら話したりしないよ。ま、前半の話はともかく、後半のボクの過去の話はする必要自体は薄かったってのは認めるけど」

 

 爆豪の視線など意に介さず、アテネはクスクスと笑う。自分の故郷の話までする必要は確かになかったかもしれないが、それは、「情報」という論点だけに絞って目を向けた時の話。

 

「ただ、そういうものがあるって知っておいた方が、キミたちの心の負担が減るかと思ってね」

「はぁ?」

「人間の心は脆すぎるからねぇ。自分の常識外のことがあるとすーぐ発狂しちゃう。

 

 ……特に、自分達の常識が崩れた時なんか、絶対に認めようとしないんだから。意固地なもんだよ、ホント」

 

 心底呆れたような声。もはや嘲笑とも取れるであろうそれは、再び反論しようとした爆豪の口すらも塞いだ。

 

「キミたちは、文明がこの星だけで完結していると、本気で思ってるわけ? 

 広大がすぎる宇宙に別の文明がある可能性なんてありえないと、本気で思ってるわけ? 

 

 ……だとしたら、酷く想像力が足りないねぇ。

 

 “個性”なんてチンケな力より強力で危険な力なんて、この宇宙にはごまんと存在する。

 

 そもそも、キミたちが“個性”と呼ぶその力。この星の人間に、突然現れたその力。世代を経るにつれて強力になっていく、生まれ持った力。

 

 おかしいとは思わなかったの? 

 

 “個性”と呼ばれる力がどうして、人間に発現したのか。

 “個性”は本当に、人間の意思に従うものなのか」

「……あの、何が……言いたいんですか……」

 

 麗日の声は、震えていて、しかし、真実を受け止めようとする覚悟が確かに混ざっていた。アテネは関心したかのように麗日に視線をやる。

 

「へぇ、子供だと思ってたけど、ちゃんと真実を見つめようとすることが出来るなんてね……いや、「子供だから」、かな。

 

 …………過程をすっ飛ばして結論を先に言わせてもらおうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “個性”とは、この星の人間が発症した「病気」であり、この星の人間をいずれ滅亡に追いやる、「呪い」だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へぇ、それじゃあ、長老様が言ってた「裁定者」を倒したんだ」

「ソニックが、な。

 ……オレは、近くに居ることしか出来なかったから」

《でも、お姉ちゃんも頑張ってたよね?》

「…………」

 

 セージの頭の上にしがみついてゆらゆらと揺れながら、ケテルは無邪気に言う。

 

 胸にちくり、と針が刺さったような痛みを隠しながら、アンジェラは曖昧に笑って話を変えるしかなかった。

 

「ところで……あれか? 起動させなきゃならないポータルって」

 

 アンジェラが指を指した先には、石造りの台座のようなモニュメントが鎮座していた。鍵穴のような形をしており、赤い光のラインが走っている。スターフォール諸島にも、似たようなモニュメントがあったとアンジェラは記憶を脳の片隅から引っ張った。

 

「そう。万が一にも島の外の人間が遺跡を本当の意味で起動出来ないように、ポータルを起動させるにはポータルギアの他に私と活真の生体認証が必要なように、長老様がちょっとだけ手を加えたそうよ」

「どうして子供のあなた達が?」

「島の大人達じゃ負荷に耐えられないから。こんとんさまと会話が出来る私達じゃないといけないんだって」

「……鍵の役目は、代々こんとんさまと会話が出来る人間が受け継いできたんだ。島に眠る災厄を目覚めさせないために……遺跡を本当の意味で、起動させてはいけなかったから」

 

 活真の言葉が真実なのだとしたら、おかしな話だとは思う。アンジェラ達がやっているのは、その遺跡を起動させる行為なのだ。

 

 だが……

 

「起動させてはいけなかった……それは、過去の話。災厄が封印の中で目覚めたのなら、封印し続ける方が危険なの」

「それは、その災厄とやらが電脳空間に眠る巨神を乗っ取ってしまうから……違う?」

 

 セージは疑問を投げかけながら、ポータルに手を触れる。真幌と活真は、音もなく頷いた。

 

「……この島の伝承には、対外的に伝えられるものと此処で生まれ育った人間だけが知る「本当の伝承」がある。

 

 対外的な伝承も、全てが間違っているわけじゃないけれど、本当の真実を覆い隠すための「ブラフ」でしかない」

 

 アンジェラは台座に立ち、ポータルギアをポータルに嵌め込む。赤い光が滲み出た石造りのそれに、真幌と活真が手を触れた。

 

「……対外的な伝承は、最低限のことしか書かれていない。水の化身……こんとんさまが災厄を封印したとしか。

 それは、間違っているわけじゃない。こんとんさまがその時から存在していたことは事実だし、災厄を封印するために戦ったということも事実。

 

 だけど、実際には他にも災厄と戦った者達が居た。

 実際に災厄を封印したのは、長老様なの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“個性”が……病気で、呪い? はは……最近、似たようなことを言う人を見かけましたけど……冗談、ですよね?」

「へぇ、ボクと同じような結論にたどり着いた人間が居たんだ。どんな人?」

「……極道の、若頭……」

「……やっぱり、そっち系なのか」

 

 呆れたようなため息が一つ。アメジストの瞳が鈍く光を灯す。口を開いた当人である麗日は、どこかいたたまれない感情を抱いた。

 

「その極道君がどういう環境に身を置いていて、どういう状況でその結論にたどり着いたのかは知らないけど……その人が“個性”を病気であると言ったのなら、その言葉自体は何ら間違ったものじゃない。

 

 例え、社会の片隅に追いやられて、肩身の狭い思いをして……その感情の出した結論なのだとしても。その結論にたどり着いた極道君とお話してみたいくらいだね」

 

 包帯で包まれたその顔からは感情が読み取りにくいが、軽蔑の色が滲み出ていることは麗日達にも分かる。

 

「ボクは社会からはみ出されたわけでも、追いやられたわけでもない。自分からこの島に引き籠もってるだけだし、そもそもボクはこの島を出るわけにはいかないんだ。島の人達とも仲いいし。

 

 だから、ボクがはみ出しものだからその結論にたどり着いた……っていう考えは間違っているにも程がある。研究に基づく結論がそれだったってだけさ」

 

 爆豪を筆頭に数人がぎくり、と肩を揺らす。自分の考えを読まれているような奇妙な感覚が身体を伝い、痺れとなって神経を巡った。

 

「……ちなみに、研究ってどんなことをしていたか、とか……教えてもらうことは……」

「そんなに怯えなくても。

 

 研究って言っても大したことはしてないよ。息抜きがてらの手遊(てすさ)びのようなものさ。“個性”がこの島の人間に発現するようになってから、島の人達の身体を調べて……その記録が、積み重なったってだけだから。あんなテキトーな調べ方、学会にはとても出せたもんじゃないよ」

「……“個性”が世界に現れる前に自分は生きていた、と?」

「そうだよ? この島に来て……もう500年にはなるかなぁ」

 

 連続して、自分達の常識の外側のことを至極当たり前のことのように語るアテネに、A組の面々は脳みそがパンクしそうな気分になった。

 

 アテネはそんなA組の面々のことは全く意に介さず、石版に手を当てて再び口を開く。

 

「人間は、最初からその事実には気が付いていたはずさ。超常黎明期とキミたちが呼ぶ時期でも、人間の技術力があれば“個性”=病気という結論には容易く辿り着けたはずだよ。実際、その結論に辿り着けた学者も居たらしいしね。

 

 その結論が広まらなかった……いや、“個性”という病気が普遍なものになるだけに留まらず、人々がそれに陶酔するようになったのは、“個性”を誰が為に使う人々が「英雄(ヒーロー)」と定義付けられてしまったからだ。

 

 ……「英雄(ヒーロー)は決して間違わない」という、歪で狂っているとしか考えられない価値観を、世界中に根付かせてしまったからだ」

 

 石室に冷たい空気が伝う。誰のものとも知れない心臓の音がバクバクと響き渡る。

 

「確かに、ボクが見てきた他の星でも、自分の力を他の人のために役立てて、迫りくる災禍と戦って、英雄視される奴は居たさ。

 力を手にして、それを誰かのために役立てたいと思うことも、それを生業とすることも、決して間違っているわけじゃない。誰かのために手を伸ばすことを間違っているとは、とても言えたもんじゃない。

 

 だけど、それを加味しても、この星は異常だ。

 

 元々崩れやすい自我なくせして、その歪な価値観を元に社会を作り変えてしまった。オールマイト、とかいうヒーローが出てきてから、それは加速してしまった。

 少しでもヒーローを批判するような発言をすれば、敵予備軍と疎まれ、ヒーローの犯した不祥事も、何事もなかったかのようにもみ消される……。泣き寝入りするしかなくなって、辺境に身を潜めるだけならまだマシだったかもね。

 

 ……これじゃ、カルト宗教と何も変わりがないって、誰も気が付かなかったのかい? 

 

 ボクが知る英雄(ヒーロー)ってやつは、キミたちがヒーローと呼ぶものなんかよりよっぽど自由だった。自分の意思があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッキリ言わせてもらおうか。

 この星のヒーローがやっていることは、幾重にも折り重なった洗脳でしかない。

 

 下手な呪いなんかより、“個性”と呼ばれる呪いそのものよりもたちの悪い……積層された、「呪詛」でしかないのさ」

 

 麗日はその時ようやく、アテネの視線が終始「ヒーロー」を軽蔑するものであったと気が付いた。

 

 彼女から、家族も友も、故郷さえも奪い去った「信仰」を憎み、それとほぼ同じことしかしていない現代ヒーローを蔑視するものであると。

 

 気が付いたところで、何かを言えるわけでもないが。

 だって、こうして真正面から言われるまで、誰も気が付かなかったのだ。

 

 この社会が、ヒーロー社会がどこまでも、歪であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それとも……

 

 その歪な価値観こそが、人間を内側から締め上げ殺し滅びに導く、この星に齎された「裁定」なのかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歯車を差し込み、災禍の真実を聞いた空色の少女は言った。

 

 

 

「そうか、あれは、「裁定」の一つに過ぎなかったのか」

 

 

 

 

 

 

 鈍く光を放つ石版に手を置き、包帯まみれの少女は言った。

 

 

 

 

 

「もっとも、ボクにキミたちにどうこうしろと言える権利なんか無いんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 世界とは、選択の連続で形作られている。

 

 大きな選択を迫られつつある幼子と、大きな選択を誤った少女。

 

 どれだけ思考を繰り返そうが、その場における最善が何であったかなんて、これからどうすることが最善かなんて、誰にも分からない。

 

 

 誰にも分からないからこそ、今の状況が存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの子達が、ポータルを起動させたみたいだね」

 

 アテネは周囲の困惑の視線を全く気にしないまま、そっと口を開いた。まるで予定調和とでも言いたげなアテネの態度は、しかし、次の瞬間に崩れ去る。

 

「……あれ? この反応……妙だな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……っ! まさか」

 

 彼女が何かを理解した、次の瞬間。

 

 

 

 

 石版から赤い光が溢れ出し、あっという間に石室を満たしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電脳空間は、思考を電子化し、保存した空間だ。

 性質上、強い意思……とりわけ、後悔や執念、心に落とされた影と繋がりやすいのは、スターフォール諸島に点在していたココ(古代人の魂の容れ物)の存在から見ても明らかである。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、歯車を通して電脳空間と繋がった幼子には、その心に影を落とす大きな出来事があった。

 

 それは、決して母親のことでも、血の繋がった姉妹達に関わることでもない。

 否、それでもあるが、彼女にはそれ以上のものがあった。

 

 

 彼女が、誰にも告げずに墓場まで抱えて行こうと口を噤み続けたそれは、何の因果かはたまた偶然か、那歩島の電脳空間に拾い上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、現実と電脳空間が混ざり合い、溶け合った今この時。

 歯車を通して彼女と電脳空間が繋がったことは、彼女が胸の奥深くに隠し続けていたどす黒いものを伝播させ、電脳空間に顕現させられていた者達は、それに触れることになってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ああ、くそったれ。

 それは、それだけは見せたくなかったのに」

 

 

 

 

 














えきねこです。明けましておめでとうございます。2024年もマイペースにやっていく所存でございます。失踪するつもりは毛頭ありませんので、暇な時にでもお付き合いいただければ幸いにございます。よろしくお願いします。




ちなみに、投稿に間が空いたのは筆が進まなくなってしまったのと、風邪をひいたのと、Limbus Companyの5-30で詰まりまくってたからです。


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アンジェラ・フーディルハイン∶Absolute zero

 視界が光に覆われて、それと同時に脳髄に流し込まれたそれは、身を焼き焦がすほど熱くて、末端が凍えるほどに冷たかった。

 誰の身体も震えなかった。
 震わせることすら出来なかった。

 彼女が抱え続けていたという事実から目を背けたくなった。



 …………はて、彼女は恐らく、気付いてすらいないのだろう。


 痺れた感覚では気付きようもなかったのだろう。















 その心が、とっくの昔に狂ったように絶叫していたことすらも。 























 

 

 

 物心がついた時から、自分はどこか他人と違うと思っていた。

 他人よりも、存在がはっきりとしていないような、吹けば消えてしまうような。

 そんな感覚を、常に心の奥底に潜ませていたのだと思う。

 

 雲を掴むような話だと、自覚はしていた。

 誰も証人になどなれない話だ。

 自分でも、言葉にしようのない感覚だった。

 自問自答を繰り返し、結局答えなど出せないままだった。

 答えが出ないまま、しかしふとした時に湧き上がるそれは、確かに自分の自我を包み込もうとしてくる。

 

 

 

 自分と他者がどこか違うと、本格的に認識するようになったのは。

 奇しくも、「それ」を自分だけが認識出来た瞬間であり、

 

 自分の中の何かが、決定的に狂ってしまった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──2 years ago──

 

 ソレアナ公国。

 ヨーロッパの何処かに存在する小国に、その時足を運んでいたのは偶然だった。

 その国で「太陽の祭典」という大々的なお祭りが行われていたことも、ちょうどその時にエッグマンがソレアナ公国の公女、エリスの持つカオスエメラルドと「炎の災厄」の秘密とやらを狙っていたことも、その場に居合わせたことも、全てが偶然だった。

 

 エッグマンに攫われたエリスの救出に始まり、時間軸をも越えさせられ、わけの分からぬまま大きな流れに呑まれていった。

 まるで大きな渦に落ちていくかのような感覚だけが残った。

 

 エッグマンが作った装置で、カオスコントロールで、時間軸を移動する度に、心の奥底に何かが巣食っていった。

 明確な答えが出せないまま、ただただ呑み込まれないように足掻いていた。

 

 裏で何が起こっていたかなど、今更知る由もない。

 

 

 何故かソニックを「イブリース・トリガー」と呼び殺そうとする銀色のハリネズミに、エリスの抱えていた秘密、ソレアナ公国に祀られている太陽神「ソラリス」。不明瞭なことなら山程見つかって。

 

 

 その答えを探すことは、今となっては不可能になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シルバーと共に、堕ちていくエッグマンの空中戦艦からエリスを救け出して、エッグマンの追撃から逃げ切れた時。それが終わりだと、思っていた。

 

 そのはずだったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 世界が、突然光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……カオスコントロールで時間を遡り、一つ何かを是正する度、世界には歪みが生じるのだろう。それは、決して目には見えない歪みだが、確かに世界に波及し、染み付いていく。

 

 一つ良くした、と思っても、それ以上の対価を支払うことになる。

 世界はきっと、そういう風に創られている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が晴れて、過去・現在・未来の時間軸がめちゃくちゃに混ざり合って。全て、メフィレスの思い通りに事が運んだとエッグマンは語る。かつて分離した片割れ……イブリースと融合し、ソラリスとして再誕し、時間の意味そのものを消滅させるつもりなのだと。

 

 

 

 

 

 

 ……そんなこと、どうでもよかった。

 世界がどうにかなったことなど、どうでもよかった。

 

 鼻についたこの嫌に甘い香りを、自分はよく知っている。

 触れると妙に生暖く、生命(いのち)の鼓動を感じさせるはずのそれを、よく知っている。

 

 自分がそう望むのなら、自分の望みのためならば、流すことを厭わないものと同じはずのそれは。

 

 

 

 

 今までに感じたどの血飛沫よりも、冷たく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、これが絶望か、と泣き喚いた。

 肺腑に空気が上手く入らず、息が詰まった。

 怪我などしていないはずなのに、身体の至る所が酷く痛んだ。

 

 心の中に、どうしようもないほどのどす黒い何かが生まれた。

 それが自分の自我を満たし、染み込み、飲み込んでいく。

 抵抗する気になどさらさらなれなかった。

 

 その時、その瞬間から。

 自分の奥底に張り付いて、離れないそれは、いつか自分を覆い隠してしまうのだろうという予感があった。

 

 それなのに。

 それを捨てようとは、どうしても思えない。

 思えるものか。

 

 その時、彼の亡骸を前にして。

 残されたものを数える前に。

 

 全てを失った、とすら思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……カオスエメラルドの奇跡なら、とエリスとシルバーが声を上げて、躊躇うことなく頷いた。時空間が歪んだこの空間とカオスエメラルドの力が揃えば、まだ間に合うと。

 

 歪んだ世界を手分けして駆けずり回り、カオスエメラルドを集め、その奇跡に賭けて、超次元生命体に成ったソラリスを討って。そして、まだ灯火だった頃のソラリスをエリスが吹き消して、それで全てが無かったことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 ……そのはず、だったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今でも「無かったことになったはずの歴史」の記憶は、自分の記憶から消えないまま。

 

 

 

 

 

 あの時から胸に巣食った、どうしようもないほどの憎悪と共に、今でもこの心を蝕んでいる。

 忘れたくても、忘れようと思っても、頭から離れることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……忘れられようものか。

 忘れてたまるものか。

 

 あの深淵よりも深い絶望を、

 枯れ果てることのない慟哭を、

 実体のない張り裂けるような激痛を。

 

 例え数瞬たりのことだったとしても。

「無かったこと」になったとしても。

 今抱くには、お門違いだったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 …………ああ、

 憎々しい。

 忌々しい。

 煩わしい。

 

 ぐちゃぐちゃに、粉々に、思いつく限りの苦悶を思いつく限りの方法でぶつけても、きっとこの渇きは収まらない。

 肥大化した黒い塊は、どうやっても取り除けない。

 晴らすことも飲み込むことも出来ずに、いつかこの身を押し潰す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その前に。

 刻み付けられたそれを、覆い隠した。

 観えないように、観られないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日は何時(いつ)かはと望んでも、心の何処(いずこ)かでいつも思う。

「くだらない」、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガキィン……ッ! 

 

 金属同士がぶつかり合うような大きな音が、脳みそに流れ込んできた「それ」に呆気にとられていた麗日達の意識を現実に呼び起こした。

 

 驚いて一様にそちらを見ると、そこに見えたのは、黒鉄の義手と白銀のスナイパーライフルのようなものがぶつかり、火花を上げている光景だった。

 

「…………アン、ジェラ……ちゃん……?」

 

 鍔迫り合いを起こす空色の彼女の身体は、ノイズが入ったかのように半透明になっていた。

 

 空色の髪を揺らし、舞い散る火花をものともせず、アンジェラはアテネが何処からか取り出したスナイパーライフルを弾き飛ばそうと義手に力を込める。やがて義手とスナイパーライフルが一際大きな火花を散らしてお互いを弾くと、アンジェラは後ろに向かってジャンプして衝撃をやり過ごした。その胸元には、普段肌見放さず身に付けている相棒の姿も、夏頃からそこに加わった不思議な形の楽器の姿も無い。

 

 かた、とアンジェラが地に足を付ける音を最後に、石室の中から音が消え去る。その静寂を破ったのは、白銀のスナイパーライフルを肩にかけたアテネだった。

 

「……なるほどね。やっぱりキミは「こっち側」だったか。星も、どうしてこの子を選んだのか……」

「……それを、慈悲とでも呼ぶつもりか?」

「まさか」

 

 ぎらり、と鋭いトパーズの眼光が煌めく。

 場違いな話だが、絶望と呼ぶにはあまりにも眩く、希望と呼ぶにはあまりにも悍ましいそれを、麗日は下手な宝石よりもよっぽど美しいと思った。

 

「キミも、酷く残酷な星の下に生まれたもんだ」

 

 その声は、アンジェラに向けられているようで、違う誰かに向けられているような気がした。

 

「……どうでもいいんだよ。

 オレの正体が知られようが、オレがやろうとしてることを知られようが、オレ自身は気にもしない。周囲がそれでわーぎゃー騒ごうが、オレには関係のない話だ。

 

 だけどさァ…………それは、それだけは、駄目なんだよ」

 

 その声は、震えていた。

 恐怖でもなく、絶望でもなく。

 その声に宿っていたのは、どす黒い、憎悪。

 

「それは、もう無くなったはずのもんだ。

 誰にも知られちゃいけないもんだ。

 オレが誰にも気付かれないように抱えて、墓場まで持って行って、一緒に土に還さなきゃいけなかったんだ。

 

 ……だって、それは「無かった」んだから。

 もうオレの頭の中にある夢物語と区別がつかなくなったものなんだから。

 

 無いことが、正しいんだから」

 

 アンジェラは笑みを浮かべていた。

 しかし、その眼は、一切笑っていない。

 燦然と、黒く暗く輝くトパーズは、この世界の何処も映してはいなかった。

 

「……はは、それすら、もう意味を無くしたけど」

 

 冷たい声だった。

 峰田のセクハラに制裁を加える時とは比較にならない。その声が周囲の熱を吸い取っているのではないかとすら思う。

 

 その声が、どす黒い光を放つトパーズが垣間見せる色の一部に、ほんの少しだけ既視感を感じたのは、轟だけだった。

 

「フーディルハイン……体育祭の時に言ってた、「炎が嫌い」って、まさか……」

「……ああ、そうさ! 今や自分の中にある錯覚と区別がつかなくなった、だけどこの心に深く深く染み付いて離れないそれさ! 

 

 自分の使うそれも、轟や他の奴が使うそれも、「アレとは違う」と自分に言い聞かせてきた。

 そうじゃなきゃ、とても耐えられなかった。心の奥底から何かが溢れ出しそうで、自分で自分が恐ろしくなった!」

 

 瞬きの間にトパーズが赤黒く染まり、黒鉄の義手から光が溢れ出す。それに反応してか、石室全体がゴゴ……と大きな音を立てて揺れ動く。小さな石礫が天井から落ちてくると同時に、床から小さな赤黒い光のようなものが次々と湧き上がってきた。

 

「どうすればよかったとか、そんな次元はとっくに超えてる。意味のわからないものに雁字搦めにされて、操られているかのようで気味が悪い!」

 

 アンジェラが冷たい叫びを上げると同時に、石室が正方形の広い足場が宙に浮かぶ空間に変化した。かつてスターフォール諸島の古代人が試練のために用意した空間と同じものであるはずのそれは、アンジェラの煮え滾り昂って、終いには抑えが効かなくなった感情に揺さぶられてか、足場の外で炎の渦が舞い踊る。

 

「ふふっ、あははっ、あははははっ!!!」

 

 狂ったように笑う彼女の半透明な身体から、黒い靄のようなものが溢れている。その正体を知る者は、この中ではアテネだけだった。

 

「島に眠らせていた怨念が魂に……この状況は、ボクの責任か。

 

 しかし、キミも凄いんだかバカなんだか……あそこまでの憎悪、普通の人間だったら抱えているだけで狂って自我を食い潰されるだろうに」

 

 驚きを通り越した呆れが込められた声だった。アテネがスナイパーライフルを手に構える横で、麗日達は改めてアンジェラを見据えた。アンジェラが蒔き散らす黒い靄は突風のように荒れ狂い、麗日達を襲う。

 

「……これじゃ、まるで……」

 

 本能に揺さぶられている時のようだ、という言葉を麗日は必死に飲み込んで、自分自身の感情に呑み込まれてしまった親友の姿に目をやる。

 確かな狂気を孕んだその瞳は一体何処を見据えているのだろうか。自分たちの声が彼女の魂に届くかも分からない。理性などとうに失ってしまっているだろう。彼女が抱え続けていた苦しみを理解できようはずもない。

 

 

 

 

 

 

 それでも、自分を見失うほどの憎悪の中に、助けを求める色が見えて。

 赤黒い瞳から、一筋の涙が零れ出た。

 

 

 

「助けなきゃ……アンジェラちゃんを……助けなきゃ……!」

 

 それは、ヒーローとしてやらねばと口からまろび出た言葉なのだろうか。

 それとも、只々友を助けようと思う感情が呼び起こした言葉なのだろうか。

 

 どちらにせよ。

 今のアンジェラを放っておくなどという選択肢は、麗日達の中に存在しなかった。

 

「おい包帯女、フーディルハインのあの状態に、何か心当たりでもあるのか」

「完璧に確証があるわけじゃないけど、今のあの子は肉体と魂が分離して、魂に纏わりついてる黒靄(怨念)のせいで心の闇が増幅されて、魂が荒ぶっている状態だ。肉体は別の場所にあるはず。靄を引き剥がせば、魂は在るべき所に還るはずだよ」

「つまり、荒御魂を鎮めれば、フーディルハインを助け出せるのか」

「黒靄を引き剥がすって、どうやって!?」

「そりゃ、コレ(・・)でしょ」

 

 アテネはそう言いながら拳を握る。その仕草が示すモノを分からぬほど、麗日達は鈍感ではなかった。

 

「若人達、一つイイコト教えてあげる。

 操られたりした仲間は、殴れば大概なんとかなるんだよ」

「いや、そもそも魂だけの存在って物理攻撃効くもんなんですか!? さっきもだけど!」

「普通は効かないけど、ここは特殊な空間だから。説明は省くけど。

 キミたちは細かいことなんか気にしないで、ただやりたいようにやればいいさ。きっとそれは、ボクからじゃ意味がないことだから。

 詰めが甘かったボクの責任でもあるから、手伝いはするけどね」

 

 迷いが無いわけではない。

 戸惑いが無いわけでもない。

 今の状況を把握しきれたわけでもない。

 

 ……不安が無い、わけでもない。

 彼女の強さは知っている。

 

 

 それでも、眼の前で友達が助けを求めている。

 その事実さえあれば、彼らには十分だった。

 

「……アンジェラ君を助けよう。

 行くぞ、皆!」

『おう!!』

 

 委員長の号令に皆が構えを取る。

 

 空色の幼子の荒御魂は、その瞳を赤黒く濁らせ、周囲の熱を吸い上げるかのように冷たい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Absolute zero(アブソリュート ゼロ)──絶対温度の下限。理想気体のエントロピーとエンタルピーが最低値になった状態。物質の熱振動が小さくなり、エネルギーが最低になった状態。絶対零度。―









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幼き日に帰す赤炎のメフィストフェレス

 ずっと、一人で抱えていたかった。
 抱えて、抱えて、そして沈んで肺腑から空気が抜け落ちて、それでもよかった。
 強くなりたいと、人一倍思っていた。




 強くなることが、怖かった。








 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い光が、視界を埋め尽くした。

 と思ったら、石造りの台座の上で、アンジェラが倒れ伏していた。

 真っ先に壊理が駆け寄り様子を伺うも、アンジェラはぴくりとも動かない。辛うじて呼吸はしているようだが、それ以外の反応が返ってこない。

 

「王様っ……」

 

 何が起きたのか分からず混乱している壊理に続いて、真幌と活真が駆け寄る。心配気にじっとアンジェラのことを見ていた二人だったが、何かに気が付いたのか目を丸くした。

 

「……活真……あの人……」

「うん……魂が、ここに無い……きっと、電脳空間に囚われてしまったんだ……」

「……あなた達には、見えるって言うの」

 

 羨ましい、と壊理は漏らした。先天的に鍵が外れていた二人とは違い、彼女は後天的に壊したから。呪いをそれ以上の呪いでもってして、破壊せしめただけだから。

 

 それゆえに、壊理には見えない。不完全な形である彼女には、魂のかたちが見えないのだ。

 

「あなたは、私達と同じだけど、違うのね。生まれながらじゃなくて、人の手で捨てたのね」

「私が、そう願ったから……お姉ちゃんは、やくそくを守ってくれただけ。だから、あなた達が持てないものがあって、あなた達が持つモノが無い。「目」だってそう。私の目は、そうやって(・・・・・)隠す必要がないもの」

 

 真幌と活真の瞳には、アンジェラが時折使う円形の魔法陣のようなものが浮かび上がっていた。生まれながらに外れていた鍵穴と力を隠すためのものだと、壊理にはすぐに分かった。

 

「……どうして、呪いを打ち砕くために呪われようと思ったの」

 

 言いえて妙だ、と壊理は思う。

 傍から聞いたら、意味のないことだとも思う。

 

「……理由は、色々あるけれど……」

 

 “個性”(呪い)を捨てたかった。

 自分のせいで家族が傷付くことが耐えられなかった。

 姉のように慕っていた人の力になりたかった。

 

 いくつかの理由が頭を掠めていくが、一番の理由となるとどれもこれもしっくりこない。

 

「私は……生れてからずっと、王様のためになりたかった」

 

 ごぽごぽと、こんとんさまの水音が強くなる。警戒と威嚇がその音に乗せられていることは、こんとんさまの言葉が分からないセージにも理解出来た。

 

 いつの間にやら、黒い靄のようなものを纏わり付かせた神兵の群れが、台座の周囲を取り囲んでいた。自分たちに刃が向けられようとしていることはすぐに分かった。一足先にそれに気が付いたセージが、自分の力で神兵をコントロール下に置こうとするも、セージの力は黒い靄のようなものに遮られてしまう。

 

「っ、あの靄は、電脳由来じゃない……? 

 まさか、あれって……」

 

 どうするべきか演算しようとしたセージだったが、彼女の前に立つ影があった。

 

「戦うとか……抗うとか……そういうことじゃない。世のため人のためだなんて、こっちから願い下げよ。

 ただ、私は王様のためになりたい。

 何度も何度も繰り返されてきたことだけど……それでも、この気持ちは誰にも邪魔させない。

 

 だって、私は「私」……代わりなんて居ないもの」

 

 セージの前に立ったのは、光と共に現れた、分厚い本を携えた壊理だった。左手の薬指には、きらりと赤い光を放つ指輪が嵌められている。

 

「下がってて……その「目」に戦う力は無いんでしょ」

「そうだけど……もしかして、私達が持っていないあなたにあるモノって……」

 

 真幌が言い終わるより前に、強い風が吹く。

 それがアテネの力と同じものによって発生したものだと、真幌と活真にはすぐに分かった。

 

 壊理は左手を突き出し、声高に宣言する。

 

「……不躾(ぶしつけ)な、王の御前よ。

 

 星の弾丸(ストライトベガ)

 

 幼い手の先に五芒星の赤い魔法陣が浮かび、赤色の魔力光が迸る。

 魔法陣から放たれた赤い弾幕が、神兵達に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふっ……あはははははっ!!!」

 

 黒く哀しい笑い声と共に、アンジェラは黒く染まった魔力弾の群れを放つ。彼女が今まで包み隠してきたどす黒い感情を体現したかのようなそれは、無秩序に麗日達に襲い掛かって来た。

 

 その弾幕を各々なりの方法でなんとか躱し、防ぎ、反撃の隙を伺うも、黒い弾幕は止む気配がない。八百万が作った盾が限界を迎え始めた頃、このままでは防戦一方だと爆豪が飛び出した。

 

「っちぃ! 元々アイツの方が強えんだ! こっちは手数で押し切るしかねぇ!」

「らしくねぇけどごもっとも! 先陣は俺達に任せろ!」

 

 爆豪に続いて、切島、飯田などの近接“個性”持ちが駆け出す。アンジェラが放つ弾幕を躱しながらなんとか接近した爆豪が、爆破を纏った拳を放つも、見切っているとばかりに最小限の動きで躱されてしまった。切島の硬化された鉄拳も、飯田のエンジンがかかった蹴りも、アンジェラに届くことはない。

 

 また一筋、赤黒く染まった瞳から涙が零れ出た。

 

「っ、やっぱり、アンジェラちゃん、泣いてる……!」

「だが、このままでは近付くことすら……!」

 

 弾幕の嵐は止まらない。幼子が抱えていた闇を燃やし尽くさんとばかりに吹き荒れるそれは、麗日達が近付くことを許さない。

 

「だったら遠距離から……!」

 

 上鳴がポインターをアンジェラ目掛けて打ち出したが、魔力弾が軌道を変えてポインターを破壊する。芦戸が酸で、瀬呂がテープで、峰田がもぎもぎボールで、青山がネビルレーザーで、八百万が大砲を創造して多方向からアンジェラを狙うも、その全てが魔力弾に留められ、ないしアンジェラ自身に躱されてしまった。

 

「やっぱ、全部躱しちゃうかぁ……!」

「ボヤいてる暇があんなら手ぇ動かせアホ面! 攻め続けていれば、必ず何処かに隙が生じるはずだ!」

 

 魔力弾目掛けて徹甲弾 機関銃(A・P・ショット・オートカノン)を放ちながら、爆豪はとにかく素早く思考を巡らせる。僅かな隙をも見逃さないように、アンジェラの一挙手一投足に神経を尖らせ、活路を見出そうとする。

 

「フーディルハインっ……お願い、止まって! 話なら、いくらでも聞くからさ!」

「フーディルハインさん、頑張って、思い出して!!」

 

 その最中、ダークシャドウをその身に纏った常闇と、腕を幾重にも束ねた障子が、二人がかりでアンジェラに挑みかかった。

 

「合宿の時、お前は俺達を守って戦ってくれた……だが、俺達は、お前を助けることが出来なかった……!」

「あの時とは違う! 今度は俺達が、フーディルハインを助ける番だ!」

 

 何処も映さぬ赤黒い瞳のまま、アンジェラは常闇の黒き爪を、障子の拳をひらり、と避ける。

 

「っ、しま……!」

 

 気付いたときには、二人の眼の前に魔力弾が迫っていた。衝撃を最小限に留めようと、二人が防御姿勢を取った、その時。

 

 

 

 パァンッ! 

 

 耳を劈く発砲音。紫色の弾が、二人に迫っていた魔力弾を撃ち落とす。

 

「荒御魂に言葉の呼びかけは意味をなさない。あの子を助けたいんだったら、とにかくぶっ飛ばすことを考えな」

 

 射撃音の元は、アテネが構えているスナイパーライフルだった。銃口の先に円形の魔法陣を展開したそれは、アテネの魔力を受けてか紫色の魔力光を迸らせている。

 

「ボクに出来るのは、今みたいに攻撃を防ぐことだけだ。ボクの力じゃ、あの子の魂を消し飛ばしかねない。

 

 それに、あの子も今はキミたちの言葉を聞いている余裕なんて、無いんじゃない?」

「それって……」

 

 麗日達は魔力弾を躱しながら、アンジェラの様子を伺う。

 その目に光はなく、とても正気であるようには見えない。猟奇的な笑みを浮かべた彼女は、まるで暴力性に支配されてしまったかのよう。

 

 だが、よくよく見ると。

 彼女の顔は、時折歪んでいるように見える。

 まるで、抗うかのように。

 

「……ッ……」

 

 黒い瘴気が纏わりつく魂が、ほんの一瞬、動きを止めた。

 

「今だ!」

「ケロっ!」

 

 その一瞬の隙を突いて、蛙吹が舌でアンジェラを打ち上げて、轟が氷で拘束した。ノイズがかった魂が、冷たい氷に包まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、幼子の魂から赤い炎が吹き出し、その魂を包んでいた氷を壊し、溶かし尽くした。

 

「…………はは…………」

 

 憎き記憶の象徴たる赤炎は、冷たく笑う幼子の背に取り付くと、金色の火の粉を撒き散らしながらその形を変える。赤く長い、鳥の翼の骨のようなそれは、先端に3本ずつの鋭い爪を生やし、七色に煌めく宝石のような羽根を付け、アンジェラの背中に食い込んでいた。

 

「あ……はははっ……」

 

 逃さない、逃しはしないと、憎悪の翼はアンジェラの身体に食い込んでいく。彼女の最後の抵抗すらも呑み込むそれは、紛れもなく彼女自身が生み出したもの。

 

 抱え、隠し、覆い、育て続けたそれは、誰彼構わず見境なく、全てを焼き尽くす焔となる。

 

「あ……」

 

 近付くことすら困難なほどの熱が吹き荒れる。触れる者を焼き焦がし、その熱を奪う火の元が、眼の前にある。自分たちの友達がそれに呑まれ、その場の総てを焼き焦がそうとする。

 

 

 

 

 

 それを前にして。

 麗日は、驚くほどに冷静だった。

 

「……………………轟君、あの熱を冷気で相殺することは出来る?」

「わからねぇが……やってみる」

 

 心配でないわけではない。

 寧ろ、この場で一番アンジェラを心配しているのは麗日だ。

 心配しすぎて、一周回ってこの場で一番冷静になっているのも大きいが。

 

 麗日には、何故か、今自分がどうするべきなのかが、手に取るように分かる。

 言葉にすることが難しい感覚が、自分を突き動かそうとしている。

 心の奥底から、魂の根底から、何かが湧き出ようとしている。

 

 

 

 

 …………それに手を伸ばせば、二度と後戻りは出来ないことも、麗日はなんとなく悟っていた。

 

「っ、凄い、あっつい……!」

「このままミイラになっちまいそうだ……!」

 

 轟は自らに出来る最大限で、右半身から冷気を放出する。熱から生み出された明けの空に舞う星屑(ヴエアハイドシリウス)の弾幕が襲い来る中、麗日は意を決したかのようにアンジェラに向き直る。

 

「お茶子ちゃん……どうするの」

「勿論、アンジェラちゃんを助けるの」

 

 どうやって、と聞く時間はなかった。

 麗日が何かを確信していて、行動を起こそうとしているのなら、それに賭けてみる他なかった。

 疑問を抱く余裕すら、なかった。

 

 白い熱の魔力弾を躱しながら、麗日はアンジェラに向かって一直線に駆け出していく。アンジェラ自身はその場で動く気配がないが、代わりとばかりに白色の魔力弾が一斉に麗日に襲いかかってくる。

 

「……」

 

 パァン、と、銃声が響く。迫りくる白色の魔力弾に狙いを定め、アテネは無言で引き金を引き続けた。紫色と白色の光球がぶつかり合い、小規模な爆発を繰り返している。

 

「……っ、目を、覚まして!」

 

 麗日は、自らの近くまで迫っていた白色の魔力弾を躱し、ノイズがかったアンジェラに向かって重い右ストレートを入れた。熱の発生源に近付きすぎて身体が焼け焦げるように痛む。麗日の拳は黒鉄の義手によって遮られ、アンジェラ自身に届くことはない。

 

 届くことはなかったが。

 麗日の瞳は、確かに捉えていた。

 赤黒く染まりきったと思っていた彼女の瞳が、わずかながらにトパーズの輝きを取り戻していたことを。

 

 そして、麗日は自覚していた。

 誰に教えられたわけでもなく、彼女の魂が叫ぶ。

 自分が今、何をするべきなのかを。

 例え、二度と戻れなくなるとしても。

 

 …………魂の叫びに身を任せることが、本当に正しい選択なのかすら、分からなかったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 麗日は、人々が喜ぶ顔が好きだった。

 彼女が幼い頃、喜ぶ顔をした人の視線の先には、常にヒーローが居た。

 だから、麗日はヒーローを志した。

「人々を笑顔にできるヒーロー」になりたかった。

 

 

 だが、彼女は知ってしまった。

 本当の意味でのヒーローなど、この世界に存在し得ないのだと。

 ヒーローが笑顔にしてきた人の数だけ、ヒーローに傷付けられ、追いやられた人が存在するのだと。

 

 誰かを笑顔にしたいという夢は、今も麗日の心の奥底に根付いている。

 だが、それはヒーローである必要など何処にもないのだと、知ってしまった。

 ヒーローは、本当の意味で救いを求めていた人の手を突き放し続けてきたのだと、否が応でも思い知らされた。

 ヒーローという概念そのものが、たちの悪い「呪い」でしかないのだと思い知らされた。

 

 狂気に満ちた断末魔が、喪失ゆえの慟哭が、今も頭から離れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓の真上辺りに、ジクジクと痛みが生じる。

 悪魔が魂を売り渡せ、とでも言っているかのように、執拗に痛む。

 

 赤色の翼が麗日に向けられる。

 先端の爪が鋭く煌めき、麗日の肉を削ぎ落とそうとしてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼き日に夢見た憧れの思いを、今はもう、思い出すことすら出来ない。

 魂の叫びに手を伸ばせば、わずかに残された残滓ですら、手放すことになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ、構わない!! 

 アンジェラちゃんを、返して!!」

 

 ヒーロー精神などではない。

 ただ親友を想うその感情が、叫びが、麗日の魂を揺さぶらせた。

 

 心臓がどくん、と一際大きく脈打つと、その真上辺りから白い光のようなものが溢れ出て、麗日の右手で収束すると、不完全なガントレットのような形に成る。内なる激情が駆り立てるままに、麗日は右の拳を振りかぶり、アンジェラの魂へと突き出した。

 

 

 

 

 

 光を纏った麗日の拳は遮られることなく、幼子の荒御魂へと届く。半透明な魂のノイズが一際大きく歪み、食い込んでいた赤色の翼が萎れていく。

 

「……ッ……!」

 

 

 

 

 瞬間、視界が再び光に包まれた。

 

 

 



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イカロス島

 夢を夢のままで終わらせられたら、どれほどよかっただろうか
 在りし日の黄昏を
 今でもまだ、夢に見る




 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れ狂う赤色の魔力弾が神兵を一方的に破壊し尽くす。スターフォール諸島の護り人として造られたそれらの力を知っている真幌と活真は、眼の前で起きている光景がとても信じられなかった。

 

 神兵と対峙しているのがアンジェラであるのならば、まだ分かる。かの長老様からの直々のご指名だ。仮免とはいえヒーローとして那歩島に来ているのだから、それなりの戦闘力を有していることも予想がつく。

 

 しかし、実際に神兵と戦っているのはアンジェラではなく、彼女を「王」と呼んだ、二人と歳がそう変わらぬ少女である。二人は、自分の目を疑いたくなった。実際にはアンジェラも二人とそう歳が変わらぬ幼子なのだが、二人の知る所ではない。

 

 そんなことなど意にも介さず、壊理はルビーの瞳を好戦的に輝かせて、只管に魔力の塊を連射する。魔力弾の動きはアンジェラのものと比べると乱雑で、どこか力に振り回されている感は否めないが、完全な初心者と言ってしまうには統率が取れすぎている。少なくとも手綱は握れているようだ。

 

輝きの刃(シェーヴァ)

 

 弾幕の間を縫い、接近してきた神兵の一撃を魔法陣の防壁で防いだ壊理は、神兵の胸元を魔力の刃で串刺しにして投げ捨てた。一体、その幼い身体のどこに神兵を投げ飛ばせるほどの力があるのか疑問が湧く光景だった。

 

 しかし、壊理は決して戦闘慣れしているわけではない。

 撃ち漏らした神兵が飛び上がり、側面から壊理を斬りつけようとする。

 壊理に、対応するだけの時間はない。

 

「っ、しま──」

 

 壊理がそう声を漏らしたその時、水色の光に神兵が弾き飛ばされる。

 振り向くと、その右手に水色のデータ状の光を携えたセージの姿があった。

 

「黒い靄の解析が完了。コントロールは出来ないけれど、神兵を破壊するだけなら可能と判断。これより、殲滅を開始する」

「随分と手間取っていたようだけど、本当に大丈夫なんでしょうね?」

「あの靄は電脳由来のものではない。少し手荒くはなる」

「ふーん」

 

 興味なさげに壊理はそう返す。アンジェラと知り合いのようだが、壊理はセージのことをよく知らない。人間ではなく、電脳空間に詳しいということしか分からない。壊理から見たセージは、素性も分からぬ怪しい人物と言う他無い。いや、そもそも彼女は人ですらないが。

 

 だが、この状況で助太刀の手を振り払うほど、壊理は馬鹿ではなかった。

 

「しくじらないでよ」

「そちらこそ、足は引っ張らないでほしい」

 

 それ以上の言葉は必要なかった。

 魔導書を手に、赤色の魔力光をその身に纏った壊理は神兵の群れを見やる。

 セージもまた、翻した手に水色の光を纏わせ、神兵へ鋭い眼光を向ける。

 

 二人の眼に、不安の色など欠片もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遥かな昔。自分がまだ、本当に子供だった頃。

「彼女」は、朗らかな笑みを浮かべる少女だった。

 世間のことなんて、その年頃の子供には分からない。

 ただ、皆が心のどこかで不安を感じていた。

 そう遠くないうちに、何かとても悪いことが起こるのではないか。

 そんな不安を、誰であっても多かれ少なかれ、抱えていた。

 

『宇宙の果てにはさ、遥かなる約束の地があるんだって』

『……それって、願いを叶える機械仕掛けの大彗星とか、「夢」を生む泉を造ったっていう、古代文明のことでしょ。耳にタコができるくらいには聞いたよ』

『キミ、そういう現実なのか夢物語なのか分からない話、好きだよね。宇宙の片隅にある、この世で最も美しい星の話とかさ』

 

 そんな世界にあって、「彼女」はいつだって未来を見ていた。

 漠然とした不安を、希望で覆い隠していた人だった。

 自分ともう一人は、いつだって呆れながら、それでもどこかワクワクしながら、「彼女」の話を聞いていた。

 

『私、いつか探しに行きたいんだもの。願いを写す鏡とか、妖精が住む星とか、全部!』

『……相変わらず、楽観的だなぁ』

『まぁ、ポジティブなのはいいことじゃん? こっちも元気になるよ』

 

 自分も、もう一人も、彼女の話が好きだった。

 夢物語とも思えるそれが、自分たちの希望だったのは間違いないない。

 

 

 

 

 

 

 ……故郷の星で、その星の全てを巻き込む戦争が始まったのは、それから間もなくのことだった。

 

 身近な人が一人、また一人と死んでいく。命がそこら辺に落ちている塵と同じ価値しか持たなくなり、容易く失われていく狂った空間で、自分たちは身を寄せ合いながらなんとか生き抜いていた。

 

「彼女」は、希望を語らなくなっていった。それどころではなかったから。心に少しずつ余裕がなくなっていって、擦り減っていって。

 

「彼女」は、そこに在るにはあまりにも、純粋が過ぎた。

 

 

 

 

 

 

「彼女」が何かを抱えてきた。

「彼女」の母親の生首だった。

 眼を抉られ、頬の肉を削ぎ落とされたその生首を、「彼女」は壊れ物を扱うかのようにそっと、抱きしめていた。

 

 

 

 

『ふふ……お母さんったら、こぉんなに小さくなっちゃって……あはは、あはははは……

 

 

 ふふふふ……分かってる……殺さなきゃ……殺さなきゃ……全部、全部………………そしたら、全部が、元通りになる…………』

 

 

 

 ……「彼女」の心は、既に壊れてしまっていた。

 日が日がな、怪しい魔導書や古文書を漁るようになり、自分たちもそれを手伝うようになった。

 今にして思えば、自分たちもまた、その時には正気を失っていたのだろう。

 あの時のあの場所は、正気な奴から死んでいく場所だったから。

 生き延びるには、そうするしかなかった。

 そうすることしか、考えられなかった。

 

 

 

 

 

 そして、見つけてしまった。

「神」の力に、手を伸ばしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 ……その結果、どうなったと思う? 

 

 

 

 それはね、簡単なことさ。

 

 本当に、簡単で、愚かな話だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕を除いて、みーんな、死んじゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が神兵を倒し切るのに、そう時間はかからなかった。

 特別語ることもあるまい。一方的な蹂躙以外の何物でもなかったのだから。

 壊理が魔力弾の群れを放ち、セージが魔力弾を躱した神兵を薙ぎ払い、それの繰り返しだったのだから。これは力が云々というよりも、単純に相性の問題だろう。

 

「……それで、奴らに取り憑いていた黒い靄は何だったの?」

「それは、私よりも彼らの方が詳しいはず」

 

 セージはそう言うと、真幌と活真を見やる。活真は不安気な視線を真幌へ向けてオロオロしている。真幌は一度こんとんさまに視線を向け、一つため息を零した。

 

「私達だって、長老様から聞いただけよ」

「……長老様と同じ種族のとあるヒトの、成れの果てだよ。大まかにしか経緯は話してくれなかったけど……理由あって、肉体のない怨念の塊になっているんだって。

 それが、あの黒い靄の大元。昔々、この島に……いや、この星に降り注いだと伝えられている災厄の正体」

 

 日が沈み切った空に、光に満ちた月が顔を上げる。

 満天に広がる星々は、手を伸ばせば届きそうなほどに眩く淡い光を放つ。天球から零れ落ちそうな光が、魔法陣の刻み込まれた瞳に湛えられた。

 

「…………あなた達の言う長老様が、しくじった(・・・・・)末に倒しきれずに巨神に封印したっていうアレのことね」

「この島で、災厄を封じておける力を持っているのは長老様だけ。だけど同時に、長老様では災厄を……怨念を消し去ることは出来ない。長老様には、その力がないから。苦肉の策として巨神に封じて……500年もの間、他の方法がないか探し続けているみたい。封印がいつ解れてしまうか分からない以上、この島から動くことも許されずに」

 

 500年。

 それだけ長い時間があれば、人間の歴史は二転三転を繰り返すだけでは済まない。人間から見れば、気が遠くなるほどの長い時間、彼女は一人、この島から動くことも出来ずにいたというのか。

 

「長老様は、元はと言えば自分がまいた種だって言ってたけど……それって、あんまりだとは思わない? 

 だって、長老様は、身勝手な奴らに全てを奪われたのよ。家族も、故郷も、友達も、なにもかも!」

「お姉ちゃん、ちょっと落ち着いて……」

 

 酷く興奮してしまった真幌をなんとか諌めようとした活真だったが、その声に覇気はない。

 気の強い姉が相手だからか、それとも……

 

「私がもし長老様と同じ立場だったら……少なくとも、こんな世界とっととぶっ壊れてしまえ、くらいには思ってたわ」

 

 その言葉に、活真は反論することが出来なかった。

 それは間違った考えだと、思うことすら出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 声が消え、その場に沈黙が残った、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 ポータルが赤い光を帯び、周囲一帯に波及した。

 

 

 光が晴れると、そこにはアンジェラを除くA組の面々とアテネの姿があった。A組の面々は突然のことに、各々何が何やら、といった表情を浮かべている。

 

「真幌ちゃんに、活真君? 一体、何が……そうだ、アンジェラちゃんは!?」

 

 真っ先に我に返ったのは、麗日だった。台座の上に見慣れた空色を見つけた彼女は、足早にそちらへと駆け寄る。

 そこに居るのは、倒れ伏して呼吸以外の反応を見せる様子が一切ないままの、アンジェラだった。

 

「……大丈夫、眠ってるだけみたい。魂は確かに身体に戻っているよ」

 

 アメジストの隻眼を煌めかせて、アテネは言う。状況が上手く飲み込めていないA組の面々だが、アテネの言葉に皆安堵の息を吐いた。

 

「そっか……ひとまず、よかったのかな」

「いや、麗日君。まだ全ての問題が解決したわけではなさそうだ」

 

 飯田に言われて、麗日は改めて周囲を見渡す。

 そこに、麗日が知る那歩島の景色はなく、あるのは自然と遺跡が調和した島の景色だけ。

 

「……これが、この島の本来あるべき姿さ。古代人が「イカロス島」と呼んだこの島の、ね。

 確かに、そこの全身アーマー君が言う通り、まだ全ての問題が解決したわけじゃないんだけど。

 

 

 寧ろ、ここからが本題さ」

 

 どういうことだ、と誰かが聞き返そうとした、その時のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………来る」

 

 真幌と活真の瞳に刻まれた魔法陣が光を放つ。

 瞬間、ゴゴ……と大きな音を立てながら地面が揺れた。壊理とセージはその衝撃で地面に尻もちをついてしまう。

 

「な、何だ何だ!? 地震!?」

「いえ、地震というよりも……地面が、割れて……!?」

 

 彼らの視線は、赤黒い光を放ちながらばっくりと割れていく遠くの方の地面に向く。地面が揺れたから割れたのではなく、割れたから揺れたのだと彼らが理解するのに、そう時間はかからなかった。

 

「……『器たり得る者が遺跡を壊し、放ったその時、

 イカロス島を護る巨神と共に、「彼女」は目を覚ます。

 その時、各々の信じる「神」への祈りは、総てが意味なきものとなる。

 そもそも、神への祈りなど、いつだって無意味なものでしかないが』」

 

 地面の底から、何か巨大なものがせり上がってくる。

 赤黒い靄を纏いながら姿を見せる、機械的ながらどこか生物的にも見える四足のそれに、近いものを見たことがあるのはセージだけだった。

 

「あれは……災厄を……怨念を、封じていたという……イカロス島を護る……巨神……?」

 

 スターフォール諸島にも、同じようなものが存在した。

 かつて、古代人が「裁定」に対抗するために作り出したものと同一であると、セージだけが気が付くことが出来た。

 

「『「彼女」は世界を恨んで居る。

 そこに在る総てを憎んで居る。

 星降る島々に遺された鎖を壊し、

 行き道に在る文明を蹂躙し、総てを燃やし尽くすまで、止まらないだろう』」

 

 一つ、明らかに異常な点を挙げるとするならば。

 スターフォール諸島の巨神にはなかった、赤黒い靄のようなものが、あの巨神に纏わりついているということだろうか。

 

 それは、スターフォール諸島由来のものではない。

 後からこの島に封じられた災厄由来のものである。

 幾重にも積層された、怨念の塊が生み出したものである。

 

「『もしも、「目覚めの時」が来てしまったのなら、

「彼女」を再び、微睡みに戻さなければならなくなったのなら、

 するべきことは、ただ一つ。

 如何なる混沌に呑まれようとも、自分は今、死ぬ運命にないと信じることだけだ』」

 

 人間一人の大きさが豆粒のようにすら思えるほど巨大なそれは、背中から赤黒い靄を噴き出しながら大地を踏みしめる。

 人間であれば本能的に押し潰されるような恐怖を感じるそれを前に、A組の数人は腰が抜けかける。

 

「「「『混沌は力

 力は心によりて力たり』」」」

 

 それには絶対に勝てない、圧倒的な力の差があると、本能が警鐘を鳴らすのを感じながら、この絶望的な状況をどう打開するか、麗日は思案していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『……「彼女(NEMESIS)」を、お前如きで抑えられるとは思えないが』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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NEMESIS

 何を信じればいいのか分からなくなって
 かたちすら見失ったとしても
 消えてしまうまで、あなたの傍に居るから

 だから、また地獄で逢おう




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機械とも生物とも取れる四足歩行の巨神は、その長大な首を振りかぶりながら悠々と闊歩している。眼下に広がる遺跡を、ひいては、そこに命があろうとも、その巨神は気にも留めやしないだろう。

 

 その傍らに浮かぶ、背中に何かしらの機械を背負ったマスク姿の男が一人。アメジストの瞳にその姿を捉えたアテネは、どこからともなく白銀のスナイパーライフルを取り出して呆れたように一つため息をついた。

 

「皆、あの巨大なやつの近くに、誰か居るぞ!」

 

 アテネに次いで男の姿を捉えたのは障子だった。腕の先に複製された複数の目が注視する先に、その男は居た。

 赤黒い靄のようなものをその手に携え、黒いダイバースーツのようなものを身に纏ったその男は、確かな理性と知性をもってして視線を動かす。野望という名の欲に塗れたその眼の先には、真幌と活真の姿があった。

 

「……ようやく見つけた細胞活性B型も……今はもう、必要ない」

 

 男は興味を失ったかのように真幌と活真から目を離す。

 赤黒い靄に覆われたその手を翻し、何やら“個性”を発動させようとしたその男の行動は、

 

 

 

 

 パァンッ……! 

 

 

 

 

 

 しかし、紫色の弾丸に右肩を空気の壁ごと撃ち貫かれたことによって阻止された。

 

「……やっぱり理解出来ないなぁ、人間の価値観ってやつは」

 

 スコープ越しに男の姿を捉えてそう呟いたアテネの眼は、驚くほどに冷たい色を宿していた。

 

 伊達に永く生きてはいない。あの男がどういう目的を持っているのか、なんとなくであればアテネには分かる。

 流石に詳しいことはよく分からないが、人間にしては大きな野心……例えば、世界の王になりたいだとか、そういう類のものをあの男が持っていることくらいは容易に想像がつく。何せ、本人に隠すつもりが一切ないのだ。気が付くな、と言う方が無理があるだろうと、アテネは誰に対してでもなく言い訳じみたことを思った。

 

「貴様……邪魔立てするなら、例えキミデモ……容赦ハしない」

「……意識が呑まれかかってる。これじゃ、完全に乗っ取られるのは時間の問題だねぇ。ま、自業自得ってとこかな」

 

 憎悪と慈愛がごちゃ混ぜになった視線を跳ね除け、アテネは再びスナイパーライフルへと魔力を込める。

 

「さて、ひよっこヒーローの諸君。キミ達に一つ、依頼をしてもいいかな」

 

 アテネの視線が麗日達に向くことはない。返事を待たないまま、アテネは言葉を続ける。

 

「真幌と活真を護ってほしい。流れ弾から身を守るくらいなら、キミ達でも出来るだろう?」

「……なるほど、そのために俺達を呼び出した、ってわけか。ナメた真似すんじゃねぇか」

「ナメるだなんてとんでもない。子供扱いしてるだけさ」

「ハァ? ただナメるだけよりもよっぽど不愉快な扱いじゃねぇか」

 

 そう語る爆豪の表情は本当に不快そうなものだった。

 抗議の視線にも目を向けず、アテネはくすり、と笑う。

 

「だってキミ達は100にも届いてないんだろう? まだまだ全然子供じゃない。

 

 ボクにも、人間年齢に換算したらキミ達と同じか少し下くらいの子供が居てねぇ……」

 

 アテネの足元に円形の魔法陣が浮かぶ。紫色の淡い光が彼女の周囲を舞い踊る。

 アメジストの瞳が見据えるのは、赤黒い靄を纏わりつかせた男……ではなく、その男を「器」と為して顕現した、かつての親友の姿。

 

「親としては最低なことをしているって自覚はあるさ。

 だけどね、例えそうだとしても。

 時に、為さなければと魂が叫ぶのさ。

 自分でしたことのツケは、自分で払わなきゃね。

 そうでなきゃ、道理が通らないだろう?」

「……お子さんは、きっと寂しがってますよ」

「そうだろうねぇ、紅白君。

 だけどそれは、ボクに親友が苦しんでいるのを見て見ぬふりをしろと言っているのと同じだよ。血を分けた子供と天秤にかけるには、あまりにも大きすぎるものだった。大きすぎて……天秤が片方へと傾かなかった。

 

 だから、離れたんだ。

 自分のわがままを貫き通すだけの親なんて、子供にとってはいい迷惑だろうから」

 

 赤黒い靄は男の貫かれた傷に集い、その部分を修復していく。

 つむじ風のようにアテネの周囲を舞い踊る紫色の魔力光がその強さを増していく。

 

「それに、キミ達ヒーローだって似たようなものだろう? 

 正義という名の大義のために、その外側にあるものを犠牲にし続けてきた。

 そうして呼吸をし続けた。

 犠牲になったものを認識しようとすらしなかった。

 

 いいのさ、それで。

 魂がそう叫ぶのなら、それに従えば良い。

 何を選んだって、結末は誰にも分からない。

 誰かが助かって、誰かが犠牲になった。

 結局、世界はそういうふうに創られている。

 ボクらに出来ることは、出来得る限り荒波に抗うことだけさ。

 

 ただし、呑まれないようにだけは気を付けなよ。

 呑まれたが最期……(ソウル)は、キミ達を離しちゃくれないだろうから」

 

 どういう意味だ、と誰かが問いかける前に、

 アテネは懐から取り出した一本のタバコに火を着けて口に咥えると、地面を蹴り、宙に舞い上がって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それに、ボクはどうあがいても「善い人」になんてなれないもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機械仕掛けの神だなんて、最初は信じてすらいなかった。

 

 誰が、何時、何のために。

 造られたのか、最初からそこに在ったのか、誰かが持ち込んだのか。

 

 何もかもが分からないそれに、あの時は縋るしかなかった。

 

 後悔や懺悔は、その結末を知っているからこその感情だ。

 少なくともあの地獄を知らなければ、いや、知っていたとしても、あの地獄の中に在る限り、その力に手を伸ばしてしまうだろう。

 

 誰が悪い、と言われれば、自分達を含めた誰も彼もが悪かった。

 誰のせいでもない、と言われれば、自分達を含めた誰のせいでもない。

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

「彼女」が何処からか巨大な古代の機械を発掘して来た頃には、まともな者など一人として残ってはいなかった。

 ある者は人形よりも冷たい眼差しで虚空を見つめ、またある者はオルゴールよりも機械的な声で言葉にならない唄を唄っていた。

 

 まともな奴から腐っていく。

 捻じ曲げなければ自分を保つことすら出来やしない。

 自分達を覗き込む現実は、何時だって冷たかった。

 

『……』

 

 何が正しくて、何が間違っていたのか。

 それすらも曖昧なあの場所は、まさに「地獄」と呼ぶに相応しいのだろう。

 それでも自分を見失わずに居られたのは、この目で「希望」を捉えることが出来たからだった。

 

 それが例え、崩れかけの脆いハリボテだったとしても。

 故郷を地獄に作り変えた奴らを皆殺しに出来るのなら、自分の魂すらも捧げられると。

 

 あの時は、本気でそう思っていた。

 

 

 

 

 機械仕掛けの神を動かすためには、神の「器」が必要だった。

「器」として機械仕掛けの神と接続した者がどうなるか、そもそも、機械仕掛けの神が本当に救いとなってくれるのか、その全てが不透明なままだった。

 

 ただ、機械仕掛けの神が自分達では到達し得ないほどの絶大な力を持っていることだけは、確かだった。

 

 その適格者が、自分と「彼女」の親友だった。

 それが判った時、彼女は白髪にほど近い空色の長髪をかき上げて言った。

 

『……私の命が、魂が、この世界を元に戻す礎になるんでしょ? 

 私達の願いの源泉となるんでしょ? 

 何も躊躇う必要はない。

 きっと……きっと、上手くいくよ』

 

 エメラルドの瞳が煌めく。

 

『…………「イリス」』

 

 自分は、そうやって親友の名前を呼ぶことしか出来なかった。

 それが最後であることも、なんとなく分かったままで。

 

 ……もう、後戻りなんて出来なかった。

 そうすることを、考えることすら出来なかった。

 詐りだと分かったままで、それでも、目に見える「希望」に手を伸ばすことしか。

 あの場では、選べなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 断続的に鳴り響く爆発音と、視覚に残る光の塊が空に現れては消えていく。

 

 男がアテネへ腕を向けると、その先から赤黒い光を纏った爪が銃弾のように発射される。アテネは臆することなく右手だけでスナイパーライフルを構えて紫色の魔力弾を発射し、迫ってきた爪を撃ち砕いた。

 

「貴様……邪魔を、スルなァ!!」

流星砲(スターストリングス)

 

 男が背中から放った赤い鱗を纏った龍のような2匹の使い魔を、アテネは大した収束もしていない速射砲の一撃で消し飛ばした。怯んだ隙に男へと飛びかかろうとしたアテネだったが、巨神が放った赤色の光線に進路を阻まれてしまう。

 

「キエろ……俺の、ワタシの前から!」

 

 男が手を翻すと、アテネの頭上に雷雲が現れる。大きな音を轟かせながら落ちた雷は、

 

忘れじの世界樹(エヴァーワールドツリー)

 

 地上に現れた円形の魔法陣から凄まじい勢いで生えてきた巨大なツルのような樹木が、避雷針代わりに受け止めた。よほど強い電撃だったのか、ツルのような樹木は直後に灰となり、バラバラと崩れて消えていく。

 

 男は血走った眼をアテネへと向ける。

 何故、あの病人のような子供一人に攻撃を当てることすら敵わない? 

 自分は力を手に入れたはずだ。

 敵連合の被検体になってまで、あらゆる力を我が物に出来る力を手に入れたはずだ。

 島に眠っていた怨念に囚われ、憎悪、憤怒、殺意……一言では言い表せないような感情に満ち満ちた力を、授けられたはずだ。

 

 それなのに。

 

「俺の……ワタシノ! 道を、ネガイを! 阻むナァ!!」

 

 自身の思考が何かに塗りつぶされていくような感覚に気付くこともなく、男は怒りのままに“個性”を発動させる。

 指先から爪を飛ばし、背中から使い魔を召喚し、電撃の塊を撃ちつけた。

 

 白銀のスナイパーライフルに紫色の電光のような魔力光が迸る。アメジストの瞳は動じることなく、男が放った力の塊を見据えている。

 スナイパーライフルの先に円形の魔法陣が浮かび上がる。左手でタバコを取って紫煙を吐き出したアテネは、迷いなく銃口を男へと向けた。

 

虚ろなるものの爆炎(レボリューションフレイム)

 

 引き金が引かれる度に、三つずつの火炎弾が円となるようにくるくると回りながら放たれ、爪弾に、使い魔に、電撃の塊に激突して、光を伴う大きな爆発を起こした。あまりの眩しさに男は思わず瞳を伏せる。

 

 眼前に火炎弾が迫っていたことも知らずに。

 

「なッ──―」

 

 空気の壁を展開する暇もなく、魔力で練り上げられた火炎弾が男に襲いかかった。男は爆発に巻き込まれて大きく仰け反り、服やマスクに守られていなかった顔や指先の一部が焼け爛れて赤い鮮血が溢れ出す。

 

「がッ……き、貴様……!!」

 

 赤黒い霞が焼け爛れた男の皮膚に纏わりつく。ぐちゃり、ぐちゃり、と嫌な音を鳴らしながら、男の傷が治っていく。

 

 自分の力では、「彼女」に傷を付ける事は出来ない。

 例え腹を貫こうが、バラバラに切り裂こうが、赤黒い霞がある限り、何事もなかったかのようにあの男は再び動き出すだろう。

 

 ……そんなことなど、とっくのとうに分かっている。

 

 アテネは男に憐れみ混じりの冷たい視線を向けた。

 

「……」

「許される……赦サレタ? 何時のコトダ。何のことだ、誰の……記憶だ? 

 分からない、ワカラナイ、解ラナイ!!」

 

 脳髄を喰い潰されるような不快感を振り払うように男は手を翻す。

 それに呼応するように、巨神がその巨大な頭部をアテネへと向ける。

 巨神が大きく口を開き、そこに赤い光が収束されていく。

 

 

 

 巨神の力がアテネへと襲いかかろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 その時、何処からか幼い、しかしはっきりとした声が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「こんとんさま、こんとんさま。

 どうか我らをお救いください。

 ……あなたの力を、お見せください」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力を放出しようとした巨神へと襲いかかる波があった。

 

 巨神を覆い隠せるほどに巨大なその波は、その真下に巨大な魔法陣を展開したかと思うと、大きな水音を掻き鳴らしながら巨大な口のある生き物のような姿へと変わっていく。

 

 身体から水でできた触手のようなものを何本か生やしたその波は、腹の部分と思しき場所と背中から頭部にかけて生えた何本かの棘に紫色の眩い光を迸らせ、エメラルドグリーンに輝く瞳を巨神へと向けて咆えた。

 

「グォオオオオオッ!!!」

 

 それこそが、この島の護り神の真の姿。

 古代においてカオスエメラルドの守護神として存在した、チャオの突然変異体。

 

「……やはり、あれはカオスだったの。

 ドクターから聞いた話と様相は異なるけれど、データ上は98%一致している。

 ……別個体が居たなんて……いや、あり得ない話ではない」

 

 セージは一人そう結論をつけると、手を組んで祈りの言葉を口にした真幌と活真に目を向ける。二人の視線は護り神へと向けられており、その瞳からは一変の揺るぎもない信頼が見て取れる。

 

 御子達の祈りをトリガーに内に秘めた力を解放させたカオスは、今の那歩島の護り神として、嘗てイカロス島を守護していた巨神へと牙を剥いた。

 

 



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Face the Fear, Save your Future

 心に溶け込んで自我を侵すようなこの感覚を恐怖と呼ぶのなら、恐怖を振り払うことは然程難しくないだろう。
 魂の奥底から聞こゆる無垢なる叫びを恐怖と呼ぶのなら、立ち向かうことと呑まれることは同義であろう。

 光が明滅する方向へ、深く、深く。
 恐怖を導に舵を取り、先へ先へと歩みを進めろ。

 それが、恐怖に立ち向かうということだ。





 

 

 濁流のように唸り巨神を飲み込んで捕らえたカオスは翡翠色の瞳を爛々と輝かせながら、逃がすまいと不定形に姿を変えて巨神を抑えていた。

 

「あれは……一体……?」

「守り神とかなんとか、さっきから何が起きて……!」

「喧しいわね。今は疑問なんかどうでもいいでしょ」

 

 困惑を隠しきれぬヒーローのひよっこ達に軽蔑の言葉が向けられた。真幌は一切隠そうともせずにため息をつくと麗日達の方へと振り向く。活真も一拍置いてから顔を上げて瞳を開く。

 煌々と輝く魔法陣が刻まれた瞳からは翡翠色の光が涙のように溢れ出し、雫のように滴り落ちて消えていく。

 

 人間の常識を遥かに超えた状況に置かれていて、真幌と活真は誰よりも冷静だった。

 

「あなた達は、一体……」

「僕達は巫であり、伝達者であり、鍵を開く者達。

 イカロス島の虚神を器に封じ込められた災禍を、長老様と遺跡を楔として繋ぎ止め、厳重に掛けられた最後の鍵が巡り巡って僕らに預けられた」

「災禍ってあの赤黒い靄のこと? なんで君達みたいな小さな子にそんな重要な役目を……」

 

 巨神が放った赤い光線がカオスの身体を貫く。触手が何本か焼き落とされ、水の身体に落ちると再び一つに溶け合っていく。

 断続的に響き渡る銃声と轟音が波の音で掻き消されていく様は、まるで一つの無機質な音楽のように聞こえた。

 

「そういう運命だったからってだけよ。ヒーローみたいな崇高な意思なんかない。ただ、そうあれかしと生まれてきたってだけ」

 

 巨神は大きく頭を振りかぶりカオスの身体に穴を開けた。弾き飛ばされたカオスの身体は大きな水音を立てながら修復されていき、再び巨神を捉えようと水の触手が蠢く。

 

「……“個性”だってそうでしょう。

 ヒーロー向きな“個性”にそうじゃない“個性”、それは生れた時から決まっていることでしょう」

 

 突如、巨神が咆哮を上げた。隙間という隙間から赤黒い靄が溢れ出し、再び巨神の身体を拘束しようとしたカオスを近付けさせない。

 

 巨神の声に呼応するかのように周囲に円形のワープホールのようなものが現れ、そこから幾体もの神兵や守護神が姿を見せる。一様に赤黒い靄に取り憑かれたそれらは敵意を剥き出しに麗日達へと迫っていく。

 

 暫く何かを考え込んでいたセージは意を決したように飛び上がると、真幌に自身が持つ疑問を投げかけた。

 

「……真幌、電脳空間はまだ開かれている?」

「封印を解いた後だから開きっぱなしだと思うけど……あんた、何するつもり?」

「怨念を制御出来ずとも、巨神の動きを少しでも封じることは可能かもしれない。あの靄が巨神や神兵らに移ったのだとしたら、接続による侵食も起こらないはず」

「……長老様」

『安全性は保証しかねるけど、試す価値は十分にあるね』

 

 撃鉄を引く音が嫌に響き渡る。脳裏に直接響いた声にセージが驚いている最中にもワープホールからは神兵や守護神が溢れ出していた。

 

「何が何だかよく分からないが、この状況を打開出来る策があるのかい?」

「やれるだけやってみる。せめて、巨神の動きを封じることが出来れば……」

 

 そう言うと、セージは力強く頷いた。彼女の瞳に宿る強い意志を垣間見た飯田は一言「……そうか」と呟くと、意を決したかのように声を張り上げる。

 

 状況は芳しくない。

 敵の増援は無数に湧き出ている。あの巨大な敵に勝てるような算段も思いつかない。

 

 

 

 こんな時、彼女なら…………

 

 

 

 飯田は自我を揺さぶるような恐怖をなんとか脳裏に押し留めて息を吸った。

 

「皆! 疑問の解明は後回しだ! 

 今はヒーローとしての本分を全うするべき時だ! 

 このお嬢さんがあの巨神と言うらしい大きなやつの動きを封じている間、全力でここを死守するぞ!」

「そうですわ……生きてさえいれば、疑問は後からいくらでも解消出来る。今はこの場を全員無事に切り抜ける方が先決ですわ!」

 

 委員長と副委員長の号令がクラスメイト達の心に炎を灯した。

 根源的な恐怖で竦みそうになった足を奮い立たせ、拳に自然と力が入った。

 

 自分が何をするべきなのか。

 彼らにとっては全くの未知の存在である神兵と守護神の群れを前にして、湧き上がる恐怖を押さえつけることだ。

 それが、「立ち向かう」ということである。

 

 各々が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら構えを取る。刃状になった腕を振り上げた神兵の群れが、彼らのすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 筆舌に尽くし難い何かが段々と心の奥底に沈み込んでいく感覚があった。

 

 張り付いて深く深くに食い込んだそれを悟らせてはいけないという、確信めいた予感があった。

 

 生れながらにわずかばかり落ちていた欠片は芽を出して、炎を糧として少しずつ育ち、唄という名の慟哭が最後のトリガーとなって翼へと変わった。

 

 誰にも悟らせるつもりはなかった。

 偽りを貼り付けることは得意だった。

 悟らせたくはなかった。

 

 他の何を知られようとも、この心に食い込んだ黒い翼の存在を知られるよりは遥かにマシだと断言出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……そうしてひた隠しにし続けて、結果知られてこのザマか……はは、笑い話にもならねぇな』

 

 ふと気が付くと、アンジェラは光が全く見えない空間に立っていた。彼女の眼の前にはまるで鏡合わせのように黒い「自分」が立ち尽くしている。

 

 皮肉か同情か、ただならぬ感情を乗せた「自分」の言葉にアンジェラは睨みを返した。

 

 

 知られたくないことの二つや三つ、誰にだってあるだろう。

 触れられたくないものの四つや五つ、珍しいことでもあるまいし。

 だから、蓋をしていた。

 言うほどおかしなことじゃないだろう。

 

『いくら偽りの仮面で蓋をしていたって、魂そのものに触れられちゃ世話ないな』

 

 …………結局は、その程度だったってことだよ。

 外から入ってきた呪いに掻き回されて、乱されて、曝け出されてしまう程度の偽りなんて、虚言とも言えないだろう。

 乱雑に貼り付けられた偽りなんて、いつか剥がれて当然だった。

 

『ああそうだ。遅かれ早かれ、いつかはこうなる運命だった。

 ただ、自然に剥がれることはなかっただろうな。貼り付け直すことは得意らしいから。いくら綻んだところで、剥がれ切らなきゃそのままで居られたろうに』

 

 現実はもう手遅れだ。流石は古代人の技術。ヒトが知られたくないものですらお構い無しに全部拾い上げてくれやがる。まったく、ありがた迷惑って言葉を知らなかったのかね。

 

『その翼を恨めしいと思うか? お前の憎悪とも呼ぶべきではない何かの象徴であるその無骨な翼が』

 

 少なくとも、引っこ抜いて海に向かってぶん投げたいとは思う。

 そこに在るっていう事実を受け入れたくないほどには恨めしい。

 

 

 

 

 

 ……だけど、自分から引き抜こうとは思えない。

 

 

 

 

 

 

 

『……それが、腐ってもお前の一部だからか?』

 

 ……忘れられるはずがないんだから、捨てられるわけがないんだ。

 この翼を捨てるということは、あの忌まわしい記憶すらも捨てるということだから。

 

 出来事そのものが歴史から消え去って、それでもオレの記憶に留まっている理由は分からない。

 それでも、そこに何か理由があるのだとしたら。

 

 其処にあるものすらも見落としたくはない。

 あの時抱いたものを捨てるつもりも更々ない。

 それが苦痛を齎すものであったとしても、今なら痛みも含めて受け容れられそうだから。

 

 だから、オレはあの翼を捨てない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………ははっ、確かに手遅れだな。イカれてやがる。結局はあなたも「こちら側」だったてか!』

 

 黒い「自分」は腹を抱えて笑っていた。

 アンジェラのトパーズの瞳に宿っている狂気にも似た執着を。

 自ら茨の路へと足を突っ込もうとしている彼女を。

 

 そうすることが、自分が自分であるために必要なことだと理解している壊れた子供を。

 

 

 

 

 

 

 

「……というか、いい加減にしたらどうだ? 「オレのフリ」するの。正直言って不快なんだけど」

『あちゃー、バレてたか』

 

 黒い「自分」はまるでいたずらがバレた子供のように笑う。

 黒い「自分」の形が崩れて空色の髪とエメラルドの瞳を持つ少女の姿になっていく。

 

『いつから気付いていたの?』

「最初から。何してんだろうなこの知らない人って思いながら小芝居に付き合ってやってたんだ。感謝してほしいね」

『知らない人……知らない人かぁ。別人だと分かっていてもその顔で言われるとちょっとキツいなぁ』

 

 そういえば、アテネも自分を見て何処か懐かしさを感じている素振りを見せたことがある。

 自分もまた、アテネと出逢った時に前にも会ったことがあるような不思議な感覚に陥ったことがある。

 

 今しがた自分の眼の前で少しだけ残念そうに俯いているこの亡霊にも、アンジェラは似たような何かを感じていた。

 

「オレは誰かに似てるんだな。それも、アンタ達が昔一緒だったヒトに」

 

 電脳空間を通してアンジェラが隠し続けていた翼が曝されたのと同じように、アンジェラにもまた誰かが持っている何時かの何処かの記憶が流れ込んできていた。

 

 今眼の前に立っている亡霊が誰なのか、彼女たちがいかにしてその魂を燃やし尽くしたのか、アテネが一体何者だったのか。

 今のアンジェラは知っている。

 

『髪の色以外は生き写しと言っても過言じゃない。

 ここまで純粋な「器」なんて今まで見たことないよ』

「なりたくてなったわけじゃないんだけどなぁ」

『「器」は総じて皆そういうものだからね。あなたはどうやら人工的な手が加えられているみたいだけど。

 だからかな、あなたが「無かったことになった過去」の記憶を保持していられるのは。

 

 なんてことはない、そういう運命だったってだけかもね』

「……心の何処かでその言葉が聞きたかったのかもな、オレは」

 

 アンジェラは何処か晴れやかな笑みを浮かべた。

 心の何処かに引っかかっていた刺々しい何かを上手く飲み込めたような気がした。

 

『……そろそろ時間かな』

 

 少女の身体が薄れていく。

 視界が段々と掠れていく。

 微睡んでいく意識の中、少女は幼子に問いかけた。

 

『廻り始めた舞台は完遂されなければならない。

 途中で舞台を降りることは、役目を失いそのまま永久の眠りにつくことと同義。

 歯に衣着せず言うのなら、それは即ち「死」を意味する。

 

 ……誰よりも舞台を降りることを許されない立場に立たされたあなたは、この星という名の舞台の上で一体どうするつもりなの?』

 

 

 

 

 

 

 薄れゆく意識の中、アンジェラは口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……そっか。それなら、心配するだけ無駄かなぁ』

 

 

 

 

 

 

 その言葉を最期に残し、瞬きの間に亡霊はその姿を消した。

 まるで、最初からその場に居なかったかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……!」

 

 弾き飛ばされた体勢から麗日はなんとか受け身を取ってすぐに立ち上がる。

 

 セージがポータルから巨神にアクセス出来ないか試している間この場を死守する役目を引き受けた麗日達だったが、際限なく湧き出る神兵と守護神に苦戦を強いられていた。

 神兵だけならまだなんとかなったかもしれない。しかし、戦闘力の高い守護神も際限なく湧き出ることがそのまま苦戦へと繋がっていた。

 

「こいつら、倒しても倒してもすぐに別のが現れやがる!」

「このままじゃジリ貧だよ〜!」

「チッ! あの白黒女は何してやがるんだ!」

 

 一体倒したかと思えばすぐに次が現れる。終わりの見えない戦いに身を投じていた麗日もクラスメイト達も、体力と“個性”の限界がすぐそこまで差し迫っていた。

 

 蓄積された疲労と極度の緊張状態が長引いたことが重なった。

 それが、麗日の認知能力を僅かに鈍らせ彼女自身を危機に陥れる。

 

 麗日の身に、神兵が振り上げた腕が迫っていた。

 

「危ないっ!!」

 

 麗日の危機を真っ先に認識したのは壊理だった。咄嗟にケテルを呼び付けてカラーパワーを込めた魔法の弾丸を放ち、麗日に迫っていた神兵を弾き飛ばした。

 

 しかし、状況が好転したわけではなかった。

 

「壊理ちゃん!」

「お茶子さん、まだ近くに……!」

 

 車輪のような形をした別の神兵が麗日に迫る。今度は壊理が魔法を放ったところで間に合うこともなく、このままだと麗日は轢き飛ばされてしまうだろう。

 

 麗日がせめてダメージを減らそうと咄嗟に目を瞑って防御姿勢を取った、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒュオォォッ!! 

 

「うわっ!」

 

 空色の風が吹き荒ぶ。

 瞬きの間にその場に現れていた神兵は薙ぎ倒され、守護神すらも姿勢を崩した。

 

 麗日は恐る恐る目を開く。

 風に靡く空色の美しい髪が彼女の視界に映る。

 その背中からは赤い骨のような翼と七色に煌めく羽根が生えていた。先のように食い込んでいるわけではなく、自身の肉体の延長としてその翼は存在していた。

 

「アン……ジェラ……ちゃん……?」

「王……様……」

「……悪かったな、迷惑かけて」

 

 ソルフェジオを槍の形に変形させてその手に携え、幼子は見据えた。

 巨神から溢れ出す怨念の塊をトパーズの瞳に捉えた。

 

 七色の翼をはためかせたアンジェラは魂の残響(ソウルオブティアーズ)を義手で握り締めて周囲に空色の魔力光をまき散らす。

 

「……どいつもこいつも、勝手なもんだ。大人が遂げられなかった役目を押し付けられる子供の身にもなれっての。

 

 残念だったな、ご先祖さま。アンタ達が思い描くような閉幕は多分訪れない。祈りはやがて永遠の絶望となって締め括られ、失われたものも二度とは戻らない。

 

 アンタ達から始まったモノが幾星霜を巡り巡ってオレに押し付けられたことを、せいぜいあの世で後悔すればいいさ。

 

 だから……」

 

 魂の音色が響き渡る。

 アンジェラの魂に呼応するかのように残響は奏でられ、白い光と共に魂華装束(ソウル・ブルーム)は咲き誇った。

 彼女の純然たる意思の下に。

 七色の翼が煌めいた。

 

 

 

 

 

 

「いい加減、眠らせてやるよ」

 

 

 

 













あつ森とロボトミとリンバスとホロナイやってました。
別ジャンルを書いてました。
充実したゲームライフでした。
リンバス六章素晴らしかったでふ。

かしこ。


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Bon Voyage

 身体が解れて解けていく。
 もはや涙を流すことさえ出来ないのであれば。
 やがて其れは星となり、煌めきの彼方へと消えていく。

 消えゆくまでの僅かな旅路にどうか祝福があらんことを。



 

 

 

 

 

 

 マスクの男ことナインがイカロス島に眠る怨念に引きずり込まれたのは、ただの偶然ではなかった。

 理性と知性を失い本能のみが残った怨念は、永い時の中で探し続けていた。自身の器……代弁者たり得る存在を。

 

 ナインはその身体に人の手が加えられた存在だった。それによって生じた人間には感知できぬ綻びが、怨念がナインへと付け入る隙を与えた。

 

 力さえ流してしまえば後は簡単だ。甘美な蜜に偽装した毒が身体に回りきってしまえば、怨念は自身の肉体を得ることが出来る。元々存在したナインの自我を喰い潰し、呪いを振りまくだけの存在へと変貌させられる。

 

 しかし誤算だったのが、ナインが力に貪欲だったことである。

 

「新世界の王」となる。

 

 その目的のために敵連合に自身を実験体として差し出すほどの執念を、本能のみで動く怨念は予測することなど出来なかった。

 

 本来であれば呑み込まれて即座に喰い潰されるはずだったナインの自我が辛うじて残っているのは、ナインが持つ野望が原因であった。

 

 輪郭だけが残った自我と怨念が混ざり合い、しかし積層された怨念を塞き止めるには不十分だった。

 

「……哀れなもんだ」

 

 アテネは白銀のスナイパーライフルを構えて魔力を込めながらそう呟く。

 

 結局は、ほんの少しだけ寿命が伸びただけだ。

 中途半端に強い意志が、彼本人を苦しめているだけだ。

 怨念にそのまま呑まれていれば苦しみはなかった。

 ナインの自我が喰い潰されることは怨念に飲み込まれた時点で確定した変えようのない事実だ。

 

「彼女」の魂が囚われ続けている苦痛をただの人間が耐えられるなどと、アテネは全く考えてはいない。

 

「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ」

 

 顔が焼け爛れ肉体が内側から喰らいつくされるような苦痛にのたうち回りながらナインが放った突風の弾丸をアテネは魔力の障壁でもって抑え込む。

 

 やがて自我の境界線すら曖昧になったナインは、自分の自我を自分で殺すだろう。その時、彼は怨念の傀儡となる。

 

 巨神が脈打つ。

 赤黒い靄が噴き出される。

 靄はナインに取り憑いていき、彼が受けた傷がみるみるうちに治っていく。

 

「……まだ、心臓があっちにあるなら……」

 

 思案を巡らせるアテネの耳に音にならない魂の残響が届く。

 アテネはタバコを咥え直して薄く笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風鳴りと共に振り抜かれた蒼白の槍は、瞬きの間に神兵の群れをバラバラに解体した。

 

 間髪入れずにタワー型の守護神へとその音速の脚で迫ったアンジェラは守護神の頭上へと跳び上がり、弱点である頭部へとまっすぐに槍を突き立てる。赤黒いノイズのような靄となって消えていく守護神には目もくれず、槍の形態となったソルフェジオを構え直したアンジェラは次のターゲットをトパーズの瞳に捉えて力強く地を蹴った。

 

 荒れ狂う空色の風は、しかしその眼に確かな理性と決意を宿している。少なくとも、麗日の目にはそう映った。

 無尽蔵に湧き出る神兵と守護神をそのスピードと槍術で一方的に薙ぎ払うアンジェラの姿は、まるで神聖な舞を踊っているようにも見える。

 息を呑んでその姿を目に捉えていた麗日は、しかしこのままではこの状況を打開出来ないことを何となく悟っていた。

 

 この島を護る兵の頭目であるあの巨神を打破せねば、巨神に宿った怨念を鎮めねば、神兵や守護神も際限なく湧き上がり続ける。

 そういう確信が、麗日にはあった。

 

 だから、言わなければと思った。

 どれだけ肉体が限界を訴えていようとも。

 どれだけ精神が悲鳴を上げていようとも。

 

 今なら、限界を超えて立ち向かえると思ったから。

 

「ッ、アンジェラちゃん! こっちは大丈夫だから!! 

 だから……!!」

 

 空色の風がピタリと止む。

 近くに迫っていたヒト型の守護神を振り向きざまに貫いたアンジェラは麗日達の方へと義手を振るう。黒鉄の義手から放たれ零れ落ちた光が地面に落ちると、二体のヒト型の異形と一体の四足歩行の生物のような何かへと姿を変えた。

 

 アンジェラは口を開く。

 トパーズの瞳を煌めかせながら。

 

「ああ、そっちは任せる」

「……!」

 

 絶えず銃声が響き渡る中で、その幼い声はやけに明瞭に聞こえた。

 声音にクラスメイト達への信頼と使い魔達への命令を乗せたアンジェラは四足歩行の巨神をそのトパーズの瞳に映すと天を駆る翼(ローリスウィング)を脚に展開して飛び立って行く。

 

 主人の命を受けて地上に蔓延るヒト型の守護神の胴体に噛み付いたミミックはそのまま守護神の胴体へと牙を食い込ませて押さえつける。

 オブシディアスは片腕ずつにヒト型の神兵を掴んでクリスタラックが生成した結晶に向かって投げ飛ばした。串刺しにされた神兵は赤黒い靄となってその姿を消す。

 

 幼子の使い魔達が暴れる中、麗日はアンジェラの言葉を重く受け止めていた。

 

 自分達が限界などとうに振り切れていることを彼女が見抜いていないわけがないのに、それでもこの場を託してくれた。

 それを人は、信頼と呼ぶのだろう。

 

「……皆! あと一踏ん張り!」

 

 麗日の声に合わせてA組の面々は軋む身体に鞭を打って立ち上がる。

 再びワープホールから湧き出た神兵が腕を振るい上げたと同時に、周囲に爆音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 翼を広げ、アンジェラは巨神の前に向き直る。

 断続的に脈打ち赤黒い靄を放出し続けるその巨神は、スターフォール諸島のどの巨神よりも生き物に近いように見えた。

 

 巨神はカオスを引っ剥がそうとしてか空中に謎のユニットを複数個展開する。菱形のそれに集まる赤黒いエネルギーを見たアンジェラは、それが遠距離攻撃用のユニットであると見抜いた。

 

煌めきの刃(カノン・シェーヴァ)

 

 槍刃が空色の光を放つ。輝きの刃(シェーヴァ)の発展版である煌めきの刃(カノン・シェーヴァ)による魔力の刃だ。

 

 巨神の遠距離攻撃用ユニットと思しき物体を見据えるとアンジェラはソニックブームを撒き散らしながらユニットに接近し、ソルフェジオを振りかぶってユニットに斬り掛かった。瞬間、ユニットに防壁のようなものが発生し火花が散るが、アンジェラが更に魔力を込めるとユニットの防壁はひび割れて崩れていく。

 

「ッハァッ!!」

 

 その隙を逃すまいと、アンジェラはユニットへソルフェジオの刃を突き立てた。アンジェラがソルフェジオを引き抜いた直後、ユニットは赤い電光を走らせて爆発四散する。

 そのままの勢いでアンジェラは次のユニットへ目掛けてソルフェジオを投げ飛ばし、加速の勢いを乗せてユニットの障壁へと突き刺さったソルフェジオを更に深くへ貫かせる。後方で起きた爆発には目もくれず、ソルフェジオを構え直したアンジェラはまた次のユニットを破壊しに向かった。

 

「ジャマダジャマダジャマダジャマダジャマダジャマダジャマダジャマダアアアアアアアアアッ!!」

 

 もはや言葉にならない声しか出せなくなったナインは全身の神経を剥ぎ取られていくような痛みを叫びに乗せながら、アンジェラへ向かって雷を放とうとする。

 

 しかし、ナインがその手に電気を収束させようとした瞬間、一発の銃声が鈍く響き渡った。

 

「おっと、キミの相手はこっち」

 

 紫の魔力光を纏ったスナイパーライフルの銃口が寸分狂わずナインを狙っている。断続的に放たれる紫の魔弾はナインの両腕を貫き、血潮を噴かせ収束されていた電気を霧散させた。

 

「この男はボクが引き受ける。アンジェラ、キミは巨神を」

「言われなくても最初からそのつもりだ」

 

 再びソニックブームを撒き散らしてアンジェラは空を駆る。天を駆る翼(ローリスウィング)はその輝きを増し、ソルフェジオに空色の魔力光が迸る。

 

 突き出されたソルフェジオの刀身がユニットの一つを障壁ごと貫いた。アンジェラはそのままソルフェジオを力いっぱい振り回し、もう一つのユニットへ向けて突き刺さったユニットを投げ飛ばす。二つのユニットは接触して大きな爆発を起こした。

 

 生成した遠距離攻撃用ユニットを全て破壊された巨神は追い詰められたことを本能的に察知したのか、背中から幾つもの筒状の物体を飛び出させた。その物体からは赤い円形の光が断続的に放たれ、同時にその先端から赤黒い靄が噴出されている。

 

 スターフォール諸島の巨神達も追い詰められるとあのような行動をしていた。差異があるとすれば、怨念由来の赤黒い靄の有無くらいか。

 

 赤い光に焼かれ、カオスは巨神から弾き飛ばされる。カオスは威嚇するように幾本もの触手を伸ばして再び巨神へと飛び掛かろうとしていた。

 

 そこに響き渡るのは、幼子の叫び声。

 

「カオス! 巨神の脚を抑えろ!」

 

 背中に円形の魔法陣を展開したアンジェラは巨神に接近しながらカオスへとそう呼びかけた。翡翠色の瞳を輝かせたカオスは巨神の四本の脚へ向かって触手を伸ばし絡め取る。

 

 直後、魂を震わせる唄が響き渡った。

 

「『恐怖に直面し、未来を護れ』」

 

 円形の魔法陣から焔抱く龍槍(ドラゴストーム)が放たれた。炎の龍は巨神を焼き焦がさんと体当たりを繰り出し、巨神をよろめかせる。

 

「『地平線に向かって足掻き咆え』」

 

 巨神はその口に赤い光を収束させ、アンジェラに向かって放った。一直線に向かってくるそれをアンジェラは更なる魔力を込めたソルフェジオの刃で打ち返し逆に巨神にダメージを与える。

 

「『新たなフロンティアへと絶えず響いたその言の葉は』」

 

 巨神の背から先程までよりも大量に赤黒い靄が放出される。収束された赤い光が弾幕となってアンジェラに襲いかかる。

 

「『やがて、星となって睡りに落ちる』」

 

 縦横無尽に飛び回って光を回避したアンジェラは、そのままの速度を乗せた左の義拳を巨神へと撃ち付けた。唄の魔力と速度が乗った義拳は巨神の装甲を凹ませるほどの威力を見せる。

 

 巨神が威嚇するように咆えた、その時。

 

 ポータルから巨神に向かって光の鎖のようなものが放たれ、巨神を絡め取っていく。鎖に囚われた巨神はその動きを停止させ、脈動のみが残された。地上に出現していたワープホールも跡形も無く消え、残された神兵や守護神の動きも巨神と同じように停止した。セージが電脳空間から巨神らの動きを停止させたのだ。

 

「長くは保たない……今のうちに!」

 

 セージがポータルの内側からそう叫ぶ。渦巻く唄の魔力をソルフェジオに収束させながらアンジェラは地面に降り立つ。足元に魔法陣が拡がり、空色の魔力光が蛍のように飛び散っていく。

 

 まるで生き物の心臓のように脈動を続ける巨神の一点が肥大化していった。行き場を失った力が一点に収束され、巨神はその首を重力に従って力なく降ろした。

 

「……そうだ、アンタは何かを掛け違えたオレだ。

 心を何かに塗り潰されていく恐怖に必死に耐えて、耐えて……耐え切れなくなった時に、既に手遅れになっていたことに気が付かなかったオレだ」

 

 彼女は誰よりも自由を愛しておきながら、誰よりも因果に縛られている。

 絡み付いた糸を切り払う術も分からずに、雁字搦めにされたままに突き進むしかなかった。

 

「失われたはずの過去を識っているという事実が怖かった。

 無かったことを今になっても憎み続けている自分が堪らなく悍ましかった。

 自分の頭の中にある夢物語と区別がつかなくなっても、忘れることなんて出来なかった。

 

 ……だけど、剥がされた仮面は元には戻らない。

 あの時を偽りの記憶だと宣うつもりもない。

 失われたはずの過去はこれからも際限なく黒い感情を湧き上がらせる」

 

 ソルフェジオが蒼白い光に包まれ、その姿を変えていく。

 より突き刺すことに特化した鋭い槍へと。

 魔力の鎖が繋がったその槍を右手に携え、アンジェラはトパーズの瞳を煌々と輝かせた。

 

「今なら……それも全部、「自分」だと受け容れられる。

 

 …………アンタも、もうそうやって苦しみ続ける必要はない。

 そのための力がオレにあるんだとしたら、ちゃんと送り出してやるから。

 

 

 

 だから…………」

 

 脈打ち怨念をぶち撒け続ける巨神の肥大化した部分へと、アンジェラは槍を高く掲げて構えた。

 ぐぐ……と力強く握り締め、寸分の狂いもなく狙いをつけた。

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……Bon Voyage(良い旅を)

 

 

 

 

 

 ありったけの魔力と力を込めた槍を、投げ飛ばした。

 

 ソニックブームを撒き散らしながら飛んでいった槍は巨神の肥大化した部分に突き刺さり、深くに食い込んで「何か」に突き刺さった。

 アンジェラは魔力の鎖を力いっぱい引き、巨神の内側から突き刺さった「何か」を引き抜こうとする。

 

「うわっ!?」

 

 しかし、予想以上に強く引っ張られてしまい、危うく鎖から手を離してしまいそうになった。

 

 その最中、不意に鎖が軽くなる。アンジェラが振り向くと、そこには魔力の鎖を握り締めた麗日の姿があった。その後ろでは、麗日と同じように魔力の鎖を握り締めたクラスメイト達と使い魔達、そして真幌と活真、壊理の姿があった。

 

「アンジェラちゃん、手伝うよ!」

「麗日!」

「何だかよく分からんが、とにかくこれを引っ張ればいいんだよな!?」

「飯田……ああ、手ぇ貸してくれ!」

「よし、行くぞA組!」

『おー!!』

 

 皆の力も加わり、槍はその力を増していく。

 貫かれた巨神からは血潮のように赤黒い怨念の塊が噴き出され、荒れ狂う風となってアンジェラ達に襲いかかる。

 

 吹き荒ぶ怨念の風に逆らって、アンジェラ達は力いっぱいに鎖を引っ張った。

 

 

 

 

 

 

 

『……どうか、その旅路に祝福があらんことを』

 

 

 

 

 

 

 巨神から槍が引き抜かれる。

 先端に突き刺さっていた赤黒いヒト型の物体も同時に引き抜かれ、大気に混ざって霧散していく。

 怨念の核を失った巨神は大きな音を立てて崩れ落ち、ナインもまた地に伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よく見ろ。

 今でも、オレはアイツに似ていると言えるか」

「…………そうだね。ごめん、訂正する。

 

 あんまり、似てないね」

 

 

 



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