【NL-R18】聖女様の休暇 (えもと)
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聖女様の休暇
上記内容の冒頭部分を書かせていただきました。
好きシチュだったので、とても楽しかったです。
「ユウキ。そろそろ着くけど、気分はどうだ?」
うつらうつらとしていた意識が、耳心地の良い穏やかな声で呼び起こされる。そのまま甘えてしまいたくなる、無条件に安心感を与える低い声は馴染みのあるものだ。馬車の振動に誘われて、いつの間にかうとうとしていたらしい。
「すみません。大丈夫です」
「……ミサ、本当?」
心配そうに覗き込むナギの青い瞳に、どきりとした。タンザナイトみたいな鮮やかで美しい色合いにじっと見つめられると、なんだか心の中まで全て見透かされてしまいそうでさりげなくそっと目をそらした。
「本当に大丈夫。少し、眠かっただけですよ」
ふわりと、潮の香りが鼻腔を擽る。どこか懐かしいような香りに、こちらの世界でも海はやっぱりしょっぱいんだろうな、と思った。
やがて、目的地に着いた馬車が緩やかに動きを止める。
馬車の扉を開き、私に向かって美しい男が手を差し伸べた。端正なだけではなく、どこか危うい雰囲気を纏っている人は、金の瞳を煌めかせている。
「おいで、ミサト」
「一人で降りれるんだけど……」
「僕、御者してたんだよ。ミサトと離れて頑張ってたんだからご褒美くれてもいいっしょ?」
私の手を取って、無邪気に笑うからつられて笑ってしまった。
「私をエスコートすることって、ご褒美になるかな?」
「なるよ! 僕にとってはね」
「リュシアン、ずるい……ナギだって、さっきまで走らせてたっ」
そういえば最初に隣に座っていたのはリュシアンで、ナギは前の席に座していた。ここに来るまで、持ち回りで御者をこなしていたのだろう。ちらりとジェイクを見ると、困った奴らだとでも言いたげな表情を浮かべて、けれど何も口にしなかった。
恭しく手を取られて馬車を降りて、目の前の光景に息を飲む。
「綺麗……」
凪いだ海と澄んだ空の境がくっきりと映しだされている。
澄み切った青が徐々に赤みを帯びて、黄昏時の柔らかな光へとその色を変えていた。海の色が橙に光る中、時折波間が揺れてきらきらと銀が走るのは魚の群れがいるからだろうか。
オーシャンビューで有名なホテルに泊まったことはあるし、海が綺麗だと言われている海岸を歩いたこともあるけれど、これだけ透明度の高い海を見るのは初めてだ。
「ユウキ、すまないが少し歩いてもらう」
「ここからはあまり道がよくないから、馬車だとちょっとね」
申し訳なさそうなアルベルトの言葉に、リュシアンが重ねる。
リュシアンが取った手と別の手を、ナギにぎゅっと握られた。
「疲れたら、言って。ナギがミサを運ぶ」
拗ねた声が少し愛おしい。ふたりと手を繋ぐような形で、先に立つジェイクの後ろをついて歩いた。
五分ほど歩いただろうか。少し気後れしそうなくらい豪奢な建物が現れる。近付くにつれ、漏れてくる音楽や騒ぐ人の声が耳に届いた。思った以上に明るく楽しそうな雰囲気にわくわくする。
「正直、聖女様にはどうかと思うが、俺達が普段行くような店に行ってみたいってご所望だったからな」
「……ダメでした?」
「いや、そんなことはない。庶民の生活を知っておきたいんだろう? 素晴らしい心がけだと思う」
アルベルトからしてみると嫌味でも何でもないセリフだろうけど、私にとっては重くのしかかる言葉だ。
聖女様……そう呼ばれるようになったのは、ここ一年程のことだ。その前の私は、単なる一般庶民でしかない。大仰な呼び方は性に合わなかった。
自室で眠っていたはずなのに突然見知らぬ場所で目覚め、あなたこそが聖女と祭り上げられた日を思い出す。よくよく話を聞けば、あなたは聖女なのだと告げられた。異世界から聖女を召喚することに成功したと言うのだ。何を馬鹿なと一蹴したいのは山々だけれど、目にした景色や多彩な人種、科学と相反する魔術を示されて、納得するしかなかった。
幸いにも……というべきか。すぐに私が持つ聖女の力が目覚め、下にも置かない扱いを受けている。けれど、自分たちの都合で異世界から人間を攫うことに、何の疑問も抱かない人たちだ。私という道具が、もしも聖女としての力に目覚めていなかったらと思うとぞっとする。だからこそ、巨大な猫をかぶって過ごしていた。
自分で言うのもなんだけど、私は清楚で可憐な見た目をしている。庇護欲をそそる見た目だということを、充分意識して味方を増やしながら、聖女としての仕事に邁進してきた。
仕事ぶりが評価されて、しばらくの休暇が認められた。私の味方の中でも、信頼できると見定めた相手だけを連れてやってきたのがこの場所だ。
アルベルトは、腕の立つ傭兵だ。まだ私が海のものとも山のものともつかぬ時、万が一があれば始末することも含めて依頼を受けたという。なぜそれを私が知っているかといえば、初日にふたりで過ごした時、あっさりそう告げられたからだ。どうして教えてくれたのか問えば、無理やり連れてこられた貴方がもし誰かに危険を及ぼしたとして、それはむしろ正当な行為だろうと言われた。
リュシアンは淫魔という種族で、護衛としてだけではなく、淫魔として培ってきた手練手管で、私の心をこの世界に帰属させるため遣わされたらしい。聖女の力を失う可能性を考え純潔を奪うことは許されず、危害が及びかねない行為はしないと約束しているらしい。触れずとも、確かに甘く囁かれたら心を奪われそうな容姿だ。でも、口説くなら普通に口説きたいからと早々にネタバラシされた。あの時は口説いてくれることを期待しつつ、純潔じゃないんだよねぇと思ったりもした。
ナギは狼の獣人。彼だけは、聖女として冒険をしているときに出会った相手で、国や教会の息がかかっていない。元々、酷い怪我をしていたところを見つけて、治したのがはじまりだ。そのことを恩義と感じているのか、とてもなついてくれた。獣人の里で育ったという彼は、人間の世界や言葉に疎く、どこか子供っぽくて、格好良いのにとても可愛い。私に傅いて、ミサを守ると強く誓った凛々しい姿を、今も覚えている。
この三人が、絶対に信じることができる私の味方だ。
私の休息に付き合わせてしまう申し訳なさはあったけれど、ついてきてくれるか尋ねるとみんな了承してくれた。
海が好きだと告げた私に、美しい景色と美味しい料理や酒が楽しめると囁いたのは、護衛の一人であるアルベルトだった。もともと傭兵稼業に精を出していた彼は、職業柄様々な土地に精通している。
「ミサトはビール飲める? ワインなんかもあるけど」
「大丈夫! ビール飲みたい‼」
店の外まで人が溢れていたが、予約でもしていたのか、海の見える窓際の席に通される。
アイリッシュパブみたいな雰囲気、といえばわかりやすいだろうか。楽器の生演奏をしている人たちが、リクエストを受けながら明るい曲を流している。盛り上がるけれど会話を妨げることはない絶妙な演奏に、気分が上向いた。
みんな、琥珀色の液体を満たした大きなジョッキを手にして、どのテーブルも美味しそうな料理で埋められている。
「ご注文は?」
「ユウキ、何が食べたい?」
「よくわからないのでお任せします」
早速注文を取りに来た店員に、アルベルトが慣れた様子で注文をする。ほどなくして、ジョッキが4つ運ばれてきた。大ジョッキと呼ばれていたそれより大きく見える。1リットルくらい入ってるんじゃない?
「乾杯!」
そう言ってジョッキを合わせると、アルベルトが驚いたように目を丸くした。ナギもきょとんとしている。リュシアンだけ、少しニヤニヤ楽しげだった。
もしかして、こちらでは乾杯とかはしないんだろうか。
「あ……元いた場所では、お酒を飲む前こうするんです」
「ふぅん。カンパイ?」
「……ナギも、カンパイする」
ふたりともジョッキを合わせる。周りを見てもそうしている人はいないから、彼らにとっては異文化のはずなのに、私に気を使ってくれたんだろう。ついついはしゃいでしまったことに気付いて顔が熱くなった。
「飲みましょう!」
恥ずかしさを誤魔化すようにビールを飲む。ぶわっとフルーティーな香りが広がってするする飲めてしまうけれど、いつも日本で飲んでいたビールよりも苦味が強い。それと、少し度数が高いような気がした。ラガービールじゃなくて、エールビールなのかもしれない。
「ん、美味しい……」
吐息交じりに呟くと、リュシアンが楽しそうに顔を覗き込んでくる。
「いい飲みっぷりじゃん。結構イケる口なんだ?」
「ワイン以外も飲むんだな」
「お酒はなんでも好き!」
そういえば、食事の時はワインやリキュールベースで飲むことが多かった。雰囲気や料理に合わせて飲むことが多いから自然とそうなっていただけでビールも好きだ。
いくつか小皿が運ばれてくる。目にも楽しい鮮やかな色彩に心が躍った。
「美味しそう! どれから食べようかな」
ナッツやチーズ、素揚げした野菜のチップス、燻製肉を皮切りに、様々な料理が運ばれてきた。
「いただきます!」
ひょいっとスモークチーズをつまんで口の中へ放り込む。ほんのり焙られて色付いた外皮を歯で割り開くと、中からとろりとチーズが溶け出した。燻製の良い香りと丁度良い塩気が相俟って、途端にビールが欲しくなる。
「んっ、幸せ……」
のどごしスッキリな日本のビールとは違い、あまりゴクゴク飲める感じじゃないけれど、柑橘系に似た爽やかな香りが好きだなあって思う。
少し時間を置いて、酒の肴だけではなく大皿料理も運ばれてきた。どれも美味しそうで目移りしてしまう。中でも目を引いたのは、殻付きの真っ赤で大きい海老やぷっくりと身が詰まった貝、肉厚のイカに大粒のホタテが並んだ皿だ。近海で採りたての海鮮を軽く塩茹でにしただけのシンプルな料理らしい。味付けは色々選べるそうだけどあえて何もつけずに、周りに倣って手掴みで殻を外した海老へとかぶりつく。
「甘くてプリプリしてる……最高!」
食事はいつも美味しいけれど、こうやってその土地のものを食べるのは格別だ。特に、海産物はなかなか内地にやってこないらしく、私を召喚した城内ではほとんど出なかった。
「すっごい豪快に食べるじゃん!」
「えっ……ダメ、だった?」
周りの人が手掴みだったし、フォークはあるけどナイフはないから、てっきりこうやって食べるものだと思っていた。マナーを気にするべきだったかと少し慌てた私に、アルベルトの笑みを含んだ声がかかる。
「ダメじゃないさ。意外だけどな」
「ミサ、こっちも美味しいよ。あーん、して」
勧められた腸詰肉は、随分と大きくて目を丸くする。フランクフルトどころか、アメリカンドッグくらいありそうだ。ちょっと恥ずかしかったけれど、ナギの差し出したフォークから一口齧った。ぷつんと歯で嚙み切った場所からじゅわりと肉汁が沁みだして、唇の端から染み出した。慌てて舌先で唇をちろりと舐める。目の前のナギがこくりと喉を鳴らした。泳いだ視線の先で、他のふたりにも口元をじぃっと見つめられて、みっともないことをしたかなと恥ずかしくなる。
「本当においしいですね、ナギ君」
でも、今更おしとやかにしても意味はないだろうし、こういう場所なのだからとジョッキをあおる。
「ユウキ、これも食っておけ」
アルベルトがいくつかの料理を小皿に取り分けてくれた。色々な種類を少しずつ、彩り鮮やかに盛られている。
「あとは、好きだと思ったものだけ食べればいい」
「ありがとうございます!」
心遣いに感謝しながら、美味しい料理に舌鼓を打ち、ビールで流し込む。焼いただけ、茹でただけ、というような料理が多いけれど、素材が良いからそれで充分だ。
一杯目が空になるころには、なんとなくふわふわした気分になっていた。それなりにアルコールは強いほうだと自負しているけど、酔ってるのが自分でもわかる。やっぱり日本のビールより、度数が高いのかもしれない。
「それにしても意外だな。いつもそんなに食べないだろう?」
「あー、それ僕も思った!」
新しいジョッキが届く。たっぷり満たされた琥珀色に、思わず口元が綻んだ。
「だって、美味しいものいっぱいだからねぇ」
「もっと豪華な食事にも慣れているだろう」
「ああいうのもいいけど、ずっと食べてると飽きちゃうよ。私、元々普通の学生だし」
しっかり香辛料で味付けされたジャーキーを噛み締める。ビーフジャーキーとは少し味わいが違うけど、何の干し肉なんだろう。
「学校に通えるなんて、裕福な家庭だけだろう?」
「うーん……私の生まれた国では普通なんだよ。家が特別お金持ちだったわけじゃないなぁ」
教育を受けるのが義務なんて、彼らには信じられないようだった。教育は特権階級でなければ受けられないものと認識しているようだ。確かに、私が元いた場所でも国が違えばそういう地域がないわけじゃない。為政者にとって、民は無知な方が都合良いからだ。
「お酒も、ワインが好きなのかと思ってた」
「ワインも好きだけど、ビールのほうが好きかなぁ。よく元カレとか友達と、地ビール飲み比べできるお店とか行ったし……」
「元彼?」
「そう、前に付き合ってた人」
告白されたり、友達の紹介だったり。
付き合って別れてを繰り返す中、恋人としてはうまくいかなかったけれど友達で落ち着いた相手がいる。その中の何人かは飲み友達で、お互いに付き合っている相手がいない時だけ飲みにいくこともあった。店の前で別れることもあれば、夜を共に過ごすこともある、そんな仲だ。気を遣わなくていいやりとりが懐かしい。
リュシアンが色っぽい流し目で、少し楽し気に言葉を綴る。
「付き合ってない相手とも飲みに行くんだ? そのまま誘われたりしない?」
「そういうこともあるよ。……私だって、エッチしたいときあるし」
「ええっ!?」
大きな声を上げたのはナギだ。ふかふかの耳がピンと立っている。そんなに驚くようなことかなぁ、と思ってくすくす笑いが零れた。なんだか気持ちがふわふわしている。
「エッチしたいときって、まるで経験があるような口ぶりだな」
アルベルトの言葉が僅かに熱をはらんでいるように聞こえるのは、私の気のせいかな。ううん、多分そんなことはないはず。
「エッチなことはしたことあるよ、人並みにね。私の年齢知ってるじゃない」
アルベルトは特に私を子ども扱いしがちだけれど、こちらの世界で二十歳を超えた女性が処女性を求められることは少ないと聞いている。むしろ貞操観念は薄く、身体の相性を確かめてから結婚するのが一般的らしい。
「気持ちいいことが好きなのって悪いことじゃないと思うなぁ」
視線を投げると、ちょっと面白くなってきたとでも言いたげに、リュシアンの唇が綺麗な弧を描く。嫉妬しそうなほど艶やかな口元だ。キスしたらきっと柔らかくて気持ち良いに違いなかった。
「みんなだってそうだよね?」
お酒をがぶ飲みしてても全く顔色が変わらなかったナギが、今は真っ赤になっていて可愛らしい。薄手のシャツ一枚だから、広い肩や厚い胸についた筋肉がよくわかる。しなやかな身体を私の前で従順に明け渡してほしい。
「ねえ、違う? 気持ちいいこと、嫌いかな?」
アルベルトと目を合わせると、苦み走った男ぶりが戸惑ったように瞳を揺らしている。けれど、その目の奥にじわりと欲が覗いているのを私は見逃さない。
いつも保護者のように私を守ってくれる人が、ベッドの上でどんな顔を見せるのか興味がある。
「例えばどんなこと?」
まるで歌うように軽やかに、リュシアンが囁く。喧騒の中で、密やかな言葉はこのテーブルの人以外伝わらない。
「例えば、かぁ。色々あるけど、私、口が感じるんだよねぇ」
「くち……?」
「私、舌が薄いからかなぁ。分厚い舌で口の中かきまぜられたり擦り合わせて舐め合ったり、指で挟まれたりして弄られると、すぐに濡れちゃう」
ナギは顔を赤くしたまま、ぼうっと私を見つめている。他の二人の視線も、私に向いていることを見なくてもわかっていた。皮膚がピリピリするくらい視線を感じる。
「キスしながらするのが一番イイけど、後ろから激しく突かれるのも好きかなぁ。あとはぁ」
口をあけて、舌を見せつけるように下唇に沿わせた。
三人の反応に、女性として見られていると強く感じる。身体の芯がじんじんと疼いて、顔が少し火照って熱くなってきた。もしかしたら赤くなっているかもしれない。周りに聞こえてしまわないように、吐息に近い声音で続ける。
「舐めてあげるのも好き。フェラすると私も気持ちいいんだよね」
酔いに任せたあけすけな言葉に、ごくりと喉を鳴らしたのは誰だったんだろう。
少しだけ恥ずかしくなって、ジョッキをあおった。
「別に誰でもいいってわけじゃないよ。たまに寂しいときがあるっていうだけ」
「そっかぁ。今も寂しいなら僕なんてどう?」
「リュシアン? もちろん大歓迎」
淫魔らしいと言えばいいのか。艶めいた視線と甘い声が、私の裡に燻りはじめていた官能を揺らす。
軽口に笑って返せば、切羽詰まった声が耳に届いた。
「ナギはっ……ナギは、だめ?」
「ダメじゃないよ、ナギが慰めてくれるの?」
「……うんっ」
コクコクと一所懸命頷く姿が愛らしい。体格の良い護衛の中でも群を抜いて長身なのに、彼はどこか幼くて危うい。
そっとアルベルトに視線を流すと、困ったような顔をして溜息をつく。でも、その瞳はやっぱり情欲に濡れてギラギラと私を見ていた。
「……あー、俺も立候補したい」
「嬉しいな、アルベルト」
正直なところ、三人とも日本じゃ滅多にお目にかかれない美丈夫だ。顔も、声も、身体も、最上級と言っていい。
そんな人たちが他でもない私自身に欲を向けていることにゾクゾクした。せっかく異世界に来たんだから、こういうの期待してたんだよね。
「ミサト、じゃあ今日は誰がいい?」
伸びてきた手が、するりと頬を優しく撫でる。酔って熱くなった身体に、リュシアンの冷えた手が心地良い。スリスリと頬摺りすると、楽しそうな含み笑いが耳朶をくすぐる。
「んん……選ばなきゃダメ? みんな好きだし選べないなぁ」
その場の雰囲気はとろりとした蜜を垂らしたように甘くて淫らだ。周りと隔絶するものは何もない中で、誘い誘われている状況に興奮していたのかもしれない。
「いっそ4人で……なんて、」
冗談、と続けようとしたのに。
「僕は構わないよ」
「ミサがいいなら、ナギは……」
「よし、わかった」
そんなこと言われるなんて、思わないじゃない?
ふわふわとした夢見心地のまま、連れてこられたのは宿の最上階だ。ワンフロアすべて貸し切ったというその場所で、リュシアンがソファに腰かけた私の前に傅いて靴を脱がせる。
「ん……」
結局あの後、冗談だったなんていう言葉は口にすることもできないままお開きになった。会計はいつの間にか済んでいて、連れ出された先はこのあたりで一番大きな建物だ。
観光地として有名なこの土地で、貴族御用達らしい。王族がお忍びで使うこともあるとか。
少し気後れしながらエントランスを抜けて案内された先は、五つ星もかくやというくらい豪華な一室だ。
「浴室がすごく広いらしいよ。一緒に入ろうね」
「うん、一緒に入りたい!」
「酔っぱらったミサトかわいすぎるっ!」
可愛いと言ってもらえることは素直に嬉しくてクスクス笑っていたら、ソファの後ろから手が伸びてきてぎゅっと抱きしめられた。柔らかな長い髪が頬をくすぐる。癖の強いグレーの髪は見た目通りにふわふわしていた。
「ナギと入ろう」
甘えてくるナギが可愛くて、私を抱きしめる手をぎゅっと抱きしめた。大きな腕に包まれていると、なんだかとても安心する。
「3人で入って来ればいいだろ」
「アルベルトも一緒がいいなぁ」
「……ユウキのご指名じゃしかたないな」
「やったぁ」
するすると果実の皮をはぐように、丁寧に服を脱がされていく。リュシアンの長くて形の良いうつくしい指先が時折素肌に滑る度、じわりと体温が上がった。思ったよりも酔っているみたいで、ずっと頭はふわふわしている。
「ミサトのおっぱい、おっきいね」
簡素な下着に包まれた胸元に軽いリップ音を弾かせながら口付けられる。着痩せするほうだから思ったよりボリュームがあると言われるし、小柄だから谷間は深く見える。
楽しそうに指を滑らせると下着から胸がまろび出る。白い肌にぽつりとインクを落としたように色を変えた部分をいたずらにつままれて、微かな声が漏れ出た。乳首を少し触れられただけでひくりと肩が揺れる。
「ミサ、きれい」
「ありがと。でも、私だけ脱いでるのさみしいなぁ」
そう言うと、ナギが慌てて自分の服を脱ぎ捨てる。惜しげもなく晒されたしなやかな筋肉で覆われた肢体に息を飲む。しっかりと厚みのある身体だけれど、武骨には見えない。野生の獣みたいに、戦うために研ぎ澄まされた身体だ。何より、僅かに頭を擡げはじめた性器の大きさに驚かされる。まだ完全に勃ちあがってはいないはずなのに、今まで見たことのある誰よりも大きい。これが入るのかと思うと、じんわり下腹が疼いた。
「ユウキの顔が蕩けてるな。ナギの身体に欲情したか?」
「あ、だって……」
「聖女様がこんなに奔放とはなぁ。洗ってやろう」
「あっ」
ひょいっと片手で腰を抱え、そのまま持ち上げられる。背中に感じる弾力のある筋肉質な身体は、私よりずっと熱いように思えた。無理をしている様子は全くないのに、まるで人形か何かのように扱われてドキドキする。アルベルトは私を抱えたまま、浴槽のふちに腰かけた。
かけ流しの湯を汲んで、温かな湯を足先からかけられる。不安定な態勢なのに、アルベルトに支えられてる安心感で身体から力が抜けてしまった。くったり身体を預けたわたしを、ナギとリュシアンが見下ろしている。
「僕達も洗ってあげる」
「ナギがミサを綺麗にするよ」
「っ、ん……ぁ……うぅ」
ボディソープを泡立てた三人の手が、縦横無尽に動き回る。ぬるぬるした感触で撫で回されて思わずくぐもった声が上がるけれど、肝心な場所は触れるか触れないかくらいに掠めるばかりで、じわじわと炙られるように高められていた。
達することはないままに、ざばりと湯がかかり泡を落とされた。にやにやと楽し気なリュシアンが気に食わなくて睨み据える。
「ん、私、も……洗ってあげる。リュシアンから、ね」
支えられたまま手を伸ばすと、ボディソープがとろりと手に落とされる。足がガクガクしているから、アルベルトが抱きしめてくれていて良かった。
「ミサトから触ってくれるんだ。すげぇ嬉しい」
余計なものをすべて削ぎ落したような肢体にそっと触れる。ふたりに比べれば薄い肉付きだけれど貧相なわけじゃない。服を着ているときは細い腰だと思っていたのに、脱ぐとくっきりと分かれた腹筋は固くてしっかり男の人だ。
「うわ、いたずらっこだ」
リュシアンの乳首に触れて、くにくにと弄ぶ。暗い色の肌をしているのに、その場所だけ綺麗な桜色をしていて、触れてほしいと言わんばかりに見えた。つつましやかに小指の爪の先ほどもなかったそれが、ぷっくりと立ち上がって存在を主張しはじめる。
「っ……ミサトは、こういう風に触られるのが好きなんだね~。覚えとこっと」
余裕ありげだけれど、微かに漏れた息は色がついていないのが不思議なくらい艶めいていた。リュシアン、乳首感じるのかなぁ。淫魔だし、気持ちよくなるのは得意そう。
「ナギもきて」
声をかけただけで、毛並みの良いグレーの尻尾がぶんぶんと振られる。あっという間に目の前に現れたナギの首に手を回して引き寄せた。
「ね、キスしよう。気持ちいいのしたい」
「ナギ、キスしたこと……ない」
「それじゃあ教えてあげるから。ね?」
唇を合わせると、ナギが身体をびくりと震わせた。こんなに大きくて強くて格好良い男性が、私に口づけられたくらいでこんなにうろたえていることに嬉しくなってしまう。
舌先で唇をつついて、おずおずと開いた唇の隙間を割り開く。肉厚の舌を宥めるようにやさしく撫ぜると、覚束ないながらもゆっくりと動きを合わせて、粘着質な水音を立て始めた。
「ユウキ……」
耳元にアルベルトの低い声が流れ込む。おしりにあたる固い熱がなんなのか、もちろんわかっていた。腰を揺らして刺激を与えると、大きさも硬さも際限を知らないように増していく。熱を埋め込まれることを想像するだけで、身体の芯がじんと痺れた。
徐々に激しくなっていく腰遣いは、ほとんど疑似的にセックスしているようなものだ。
「……ふ、は……」
ナギはとても覚えが良くて、私が教えていたはずなのにいつの間にか攻守が入れ替わっていた。ただ気持ち良さだけで埋め尽くされるようなキスを与えてくれる。
ゾクゾクと背筋を駆け上がるような快感に、喘ぐように息をした。呼吸が苦しいと思ったのかナギが離れる。代わりに、泡を流したばかりのリュシアンが私の前に立った。
「食事中からめちゃめちゃ煽ってくれたんだから、すぐにへばっちゃダメだよミサト~」
「あおって、なんて」
「こぉんな小さい口を、はしたなく大きく開けて食材にかぶりついて」
「う……だって、おいしそうだったから」
「唇を舐めてる小さくて可愛い舌がエッチだったね」
カリカリと爪の先で下唇を軽く引っかかれる。引っ張られるまま緩く口を開けると、するりと潜り込んだ節くれだった指がざらりと上顎を撫ぜた。たったそれだけで、ざわりと身の裡から快感が引き出されていく。
「ん、ぐぅ……ぅ」
咥内を搔きまわされて、喉奥近くを探られる。苦しいのに、それ以上の歓びを与えられていた。思わず、甘えねだるように指へ舌を添わせてしまったことを気付かれただろうか。
「う、ぅう……」
指を増やされて、舌先を軽く挟まれる。味蕾に感じる僅かにかさついた男の指に、私は確かに興奮していた。
「本当に口の中感じちゃうんだね。ナギのキス気持ち良かった? 涎でべとべとになっちゃってるじゃん。腰もそんなに揺れちゃって、欲しいんでしょ?」
わかってるなら、早くして。
口にしたわけじゃないけど、視線が伝えていたのかも。
「ね、僕にもサービスして?」
「ん……」
優しく支えてくれた手をそっと外して、浴室の床に膝をつく。
ペニスなんて生々しくてグロテスクなはずなのに、リュシアンのそれは先端がつるりとして綺麗な形に見えた。地肌より濃い色の性器に唇を寄せると、ぷにっとした感触が伝わる。
「言ってみるもんだね、可愛いお口でしてくれるんだ?」
大きく口をあけてできる限り飲み込むと、咥内の感じる部分を張ったエラが擦り上げていく。気持ち良くて苦しくて、思わず喉をしめれば、びくんと咥内で陰茎が跳ねた。素直な反応が嬉しくて懸命に口淫を続ける中、四方から手が伸びてくる。頭を優しく撫でられながら、乳首をきつく摘ままれて、膣を節くれだった指で穿たれたまま、太腿の内側をやんわり擽られ、背中に幾つもの口付けが落とされて――口の中、一番奥で弾けた精液が喉に流し込まれた、その時。
「んっ、う……ひぁ、あ、あああ――っ‼」
達した瞬間、床に崩れ落ちそうになったところをアルベルトに抱き留められる。
瘧のように震える身体を抱き締めるアルベルトの腕の中は、とても心地が良い。三人の手で再び綺麗に清められた私は、ナギにだっこされてぬるめの湯を張った浴槽に一緒に入った。
「無理させちゃったね、ゆっくり浸かっていいよ」
「先に出て、準備しておく」
そう言い置いて先に浴室を出るふたりの背中をぼうっと眺める。「準備」という言葉に今の行為がほんの始まりでしかないことを思い知らされて、まださっきの余韻が残ったままの身体がずくりと疼いた。
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