異世界ギルド『あさかわ』 (ヘルメットのお兄さん)
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プロローグ

書きたくなったので書きました、他の作品は細々と書いてます。


 突然ですが、あなたは死んでしまいました────

 

 本当に突然だった、真っ白い空間で、見るからに天使の様な羽の生えた空を飛ぶ女からこんなことを言われて冷静でいられるだろうか? 仮に冷静な奴がいたとしたらそいつは現実逃避が得意だろう。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺が死んだって……嘘だろ?」

 

 残念ながら嘘ではありません、あなたは仕事として建設現場の視察中、事故により落下した鉄骨に貫かれ────―

 

「わ、わかったもういい……納得するから……」

 

 吐き気がした、いや、このよくわからない謎空間では五感が碌に働いていないが。

 

 とにかく状況を把握しなければ気が狂ってしまいそうだった。

 

 まず自分の名前、2010年生まれ 浅川 蓮司 41歳、妻に先立たれて無気力気味だったが当時まだ小学生だった娘の里香を育てるためにがむしゃらに働いていたがこの天使(仮)の言う通りならば仕事の視察中に死んだという事になる……待て────―

 

「一つ聞きたいが俺の娘は無事なのか、事と次第によっては俺は切れ散らかすぞ」

 

 俺の言葉に今まで表情の動かなかった天使が初めて揺らいだ、まるで言いにくい事を言おうか迷っているようだ。

 

 ────―あなたは真実を知りたいですか? 

 

「ああ、教えてくれ」

 

 では、こちらをご覧なさい────―

 

 そう言って天使は真っ白い空間に一滴の水を垂らした、すると地面──と呼んでいいのか、俺が踏みしめていた場所が突然波紋を広げ水面に映像が映し出された。

 

 映像に映し出されていたのは俺の娘、浅川里香だった。俺の記憶より一回り大きくなっていた里香は見た事がない学生服を身に纏い友達らしき人物と雑談しながら教室の椅子に座っていた。

 

「これは……高校生の里香か?」

 

 映像は続く、話の内容から登校中だとわかると映像の中の里香が──―いや、周りの学生たち含めた教室全体が光に包まれた。ざわめきだす教室で先生らしき女性が教室から避難するように警告しているが時既に遅く、次の瞬間には全員の姿が消え失せていた。

 

「────―は。なん、だ……? 今の……」

 

 ────―これは、召喚の魔術。地球と最も近い世界『アストラ』の魔術です

 

「ま、魔術? ……いや、それよりアストラ? ファンタジーや漫画じゃないんだぞ」

 

 ──―では、あなたの現状は説明できますか? 

 

 それを言われた俺は──―

 

「……クソっ、ああわかったよ! 俺は年食っても柔軟のつもりだからな!! 魔術ってのが実在して、アストラって世界も実在する! 納得する!!」

 

 やけくそ気味に放った一言は天使に届き、天使は無表情の顔を僅かに険しくした。

 

 これはアストラに存在する国家『グリード』の召喚魔術です、あなたの娘とその同級生は勇者として召喚されます────―

 

「勇者? 娘は高校生だぞ!? 少なくとも中学までは喧嘩も出来ない、花を愛でる様な優しい子だった!!」

 

 その事実はグリードにとっては関係など無いのです、グリードの目的は自軍の国力を消耗せず魔王を倒し、他国からの栄誉を受けようとしています。

 

「魔王? ……ますます信じられな……いや、納得する……続けてくれ」

 

 俺の言葉に天使は頷くと見た事のない地図を表示させ、二つの箇所を丸で囲った。ご丁寧に片方にグリード、片方をプライドと日本語で書いてくれる。

 

 魔と闇に愛された人間、魔人達が集い創り上げる国家『プライド』です。彼らは基本的に魔術への適性が高く、やや好戦的ではありますが基本的には平和よりの秩序だった国家です。しかし────―

 

 天使は一人の人物を映し出した、頭部に悪魔の様な角が生え、全身に禍々しいタトゥー……いや、紋様か。が刻まれた色白の美丈夫が映し出されていた。

 

 数百年に一人、極稀に邪神に愛された存在が生まれ、プライドに滞在している魔人達を支配します。そして世界そのものを邪神の生贄にしようとする……それが魔王です────―

 

 映像には魔王が、目の前の天使の羽をそのまま黒くした様な翼を生み出し角を生やした魔人達と共に他の国を滅ぼしている姿が映し出される。

 

「こんなの相手に子供達をぶつける気か……? グリードって国は」

 

 グリードでは勇者召喚の議と呼ばれている召喚魔術ですが、善なる神々が地球への召喚魔術に干渉し彼らを勇者に相応しい実力にまで加護を与えるのであなたが思うより危険は減るでしょう────―

 

「それで娘を戦争に駆り出す事に納得する親がいるかよ……! ────クソッ今だけは納得してやる、それでなんで回りくどい方法を取ってるんだ神ってのは。現地の人間に直接加護を与えればいいだろ」

 

 ────―神々はアストラに深く干渉する事は許されていません、現状唯一直接的な加護を付与できるのは召喚魔術に干渉し加護を与える事だけなのです。

 

「つくづくふざけてやがるな……神も、国も────―そうだ、どうして死んだ俺をここに呼び出したんだ」

 

 ────アストラは、非常に地球に近い場所にあり互いに転生者が昔から存在しています。そして神の管轄から外れたはぐれ魂が記憶を消す事なく転生する事があります。あなたには、この時代より過去に戻りアストラで初の転生者となりその後の転生者や、勇者として召喚されてしまった方達を保護して欲しいのです。

 

「何をしてほしいかはわかったが……何故俺なんだ? 俺より優れた功績を残した人間なんてごまんといるだろう?」

 

 その言葉に、天使は微笑んだ。

 

 ────―あなたが、最もこの頼みを実行できる意志を持っているからです。

 

「……はぁ? なんだか曖昧な答えだな」

 

 もちろん、神々もただあなたをアストラに送るわけではありません。アストラでも十全でいられるように加護を与えましょう、まずは……あなたの若さを取り戻しましょう、20代程まで肉体を戻せば──

 

「あぁ、待ってくれ……体はこのままにしてくれないか? 娘にとって、父親の姿は()()なんだよ」

 

 ────わかりました、それではまず言語能力、身体能力を向上させましょう。それと不老も付けて……

 

「カタログみたいな選び方してないか?」

 

 体感にして10分程だろうか、加護を選び終わった天使は俺に向き直る。

 

 ────―それでは転生を行いましょう、ですがその前に……一つだけ加護を先に伝えておきます。

 

「それは助かるが……何故一つだけなんだ?」

 

 あなたのそれぞれの眼に魔眼を付与します、右眼は転生者、そして召喚魔術によってアストラに呼ばれた地球人を感知することが出来ます────―

 

「成程な、それでもう片方は?」

 

 不変の魔眼、その目を起点にあなたの体は何物にも縛られる事はありません。精神汚染や狂気などに強くなると思ってください────―

 

 天使が簡潔な説明をすると突然眠気が襲って来る、耐えがたい衝動に意識を委ねると天使の声が薄っすらと聞こえてくる。

 

「浅川蓮司、貴方の人生は終わりません、それは時に苦しく、辛い物になりますが……どうかアストラ(われわれ)を救ってください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────―そうして転生してからはや200年、俺は未だに現れない娘をずっと待っている訳だ」

 

「マスターそれ100回は聞いてます」

 

 眼鏡をかけたスーツ姿のエルフが俺の隣からため息をついてくる。

 

 ここはアストラで一二を争う有名な冒険者ギルド『あさかわ』。日々存在する様々な人々の悩みを仲介する場所だ、200年ほど前は小さな酒屋レベルだったが今や小さな城並みに広くなっている。

 

「しかしギルドマスターであるあんたが簡単に酒場に来ていいのか? 俺ぁ馬鹿だからわかんねぇけど、あさかわで一番偉いんだから忙しいんじゃねぇのか?」

 

 俺は今あさかわの内部にある酒場で冒険者の皆と雑談をしている、情報収集も兼ねているがこの時間が今の俺にとっては楽しい時なのだ。

 

「なに、俺は堅苦しい書類の整理よりお前達と話す方が楽しいのさ」

 

「言うねぇ! だったらもっと飲もうぜ! 奢るからよ!」

 

 バシバシと笑いながら俺の背を叩いてくるのはゴードンという冒険者だ、燃える様な赤い髪と鍛え上げられた筋肉で30年前からこのギルドで一線を張ってくれているこの時代でのエースの一人だ。

 

「ハッ、ギルドマスター相手に奢るとは偉くなったな? お前ら100年も生きていない様な若造は大人しく奢られるんだな!」

 

 俺の声に周囲の冒険者たちが歓声を上げる、俺は時々こうして酒場の冒険者たちに奢っている、こうすれば情報と信頼の両方を得やすくなるしなにより何百年も生きていると人と関わる事が楽しみの一つになって来る。

 

「じゃあ俺はこのまま日本酒をもう一杯──―」

 

「駄目です」

 

 二本目の日本酒を貰おうとウェイトレスのミラに声をかけようとすると俺のコップは取り上げられてしまった。

 

「ああっ」

 

「マスターはこの後グラトニー王国と交渉の席があります、お酒は控えてください」

 

「ははっ! 天下のギルドマスター様も美人秘書には勝てねぇな!」

 

 ゴードンが俺をからかうので魔術で酒をただの炭酸水に置換してやるとスーツ姿のエルフは眼鏡のずれを直し厳しく言って来る。

 

「わかってるよレイン、ただ俺はちょいと英気を養おうと思って……」

 

「交渉が終わればしばらくは予定も無いので、我慢してください」

 

 レインはあさかわ創立当時の仲間だ、エルフだが俺より年下でずっと秘書として真面目に働いてくれている。

 

 俺はコップを取り返し、中身を飲み干すと立ち上がる。

 

「わかったよ、これで終わりだ。アル! 今日の0時までのお代は全部俺にツケといてくれ!!」

 

「ああ、わかった。後で請求書を用意しておこう」

 

 俺直属の部下でありこの酒場のマスターでもあるアルに後を任せると俺は酒場を後にしようとするが

 

「ギルドマスターはいるか!!」

 

「ふべっ!?」

 

 思い切り開かれた扉に顔を打ち付けられてしまった、とても鼻が痛い。

 

「マスター!? カナデさん、気を付けてください!」

 

 レインが悶絶する俺の代わりに怒ってくれるがカナデと呼ばれた冒険者は意に介さず俺に一枚の書類と絵を見せつけてくる。

 

「マスタ―見ろ! プライド王国で魔王が復活した!! それに合わせてグリード王国が勇者を召喚するらしい!!」

 

 その言葉に、俺は200年前の薄れた記憶が鮮明化する。

 

 ────―これはアストラに存在する国家『グリード』の召喚魔術です、あなたの娘とその同級生は勇者として召喚されます────―

 

 俺は跳ねる様に起き上がると陽気なギルドマスターから里香の父親、浅川蓮司として蘇る。

 

「────―依頼を貼ってくれ」

 

 その言葉に長命種の古参達は表情が変わり、若い冒険者たちはなんだなんだと顔を傾げた。

 

 レインは素早く俺の意図をくみ取ると、酒場の掲示板、そしてクエスト受付場の掲示板に一枚の紙を貼り付けた。

 

「とうとう来たか……」

 

「本当にあの日が来たんだねぇ!」

 

「な、何が起こってるんだ……?」

 

 酒場、そして隣接している受付場からも聞こえる古参達の熱気に困惑した若い冒険者の一人は、貼りだされたボロボロの紙を見る。

 

『娘を守って欲しい』

 

 それだけだった、詳細も、報酬も書かれておらず、ただ一枚少女の絵が描かれているだけだった。だというのに

 

「俺鍛冶屋行って来るわ! ヴィエッサ鎧頼んだ!」

 

「……儂も久々に杖を振るうとしようかね」

 

竜人(ドラゴニュート)ザザ! 今こそ恩義を返す時!!」

 

 冒険者たちは燃えていた、それは報酬ではなく、一人の恩義の為。

 

「レイン、悪いが交渉は中止だ。プライドへの扉を封鎖しろ、俺は出かけてくる」

 

「どちらへ?」

 

 分かり切ったことをレインは聞いてくる、本人もその上で聞いたようで俺は笑う。

 

「200年ぶりに娘に会いに行くんだ」

 

 これは、一人の父親が転生者を集めたギルドを創り、娘に会うまでの話。



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1 新米冒険者 カナデ 1年目

この作品は基本は1話完結のつもりで書いていきます。例外もあるだろうけど


 柊 かなでは転生者だ、生まれる前に父が死に、実の母親が新興宗教にハマり、当時学生だった自分を巻き込みやる必要性のない心中をさせられた。崖から海に落とされた時には走馬灯が浮かんだが家でも学校でも殴られた記憶しかなかった、もういいかなんて思っていると、次に目を覚ました時は見た事のない世界に居た。

 

 前世のかなでは死に、今世ではカナデ・ミストラルとして生まれ変わった。最初は何が何だかわからなかったし言葉もわからず何度も泣いたけど、赤子だったから両親があやしてくれた。

 

 前世では神に祈ったことなど碌に無いのにこれは神様の慈悲だなんて思い込み、自分の生まれたグラトニー王国の守護神であるベルゼバブに何度も祈った、今度こそいい人生にしてみよう。そうして年齢が2桁になりそうな時に気づいてしまった、自分の家は没落の危機にあったのだと。

 

 アストラというらしいこの世界では、苗字が付くのは貴族や王族位だそうで、私は男爵家の立派な貴族さまだったらしい。しかし領地の経営が上手くいかずこのままでは没落してしまう……10歳になったばかりの私では何ができる訳でもなく、成人したばかりの兄が政略結婚として遠国のお嬢様と結婚するのを黙って見ているしかなかった。

 

 居てもたってもいられず私は父に何かできる事は無いかと聞いた、しかし──

 

「大丈夫さ、君は何も心配する事は無い――――」

 

 そう言って優しく頭を撫でてくれた、今世で初めてできた父は優しかったけどその背中は辛そうで、子供の私では頼りないんだと思った。家の本を読み漁り自分に出来る事は無いかと調べたら、冒険者と言う職業があった。どんな依頼でも金次第で引き受ける何でも屋、力さえあれば誰でもなれると知りこれなら今の自分でもお金を稼げると思った。────けど

 

「冒険者になりたい? ごめんね、せめて14になってからじゃないと……」

 

「ガキがなれる訳ねぇだろ、帰ってパパの手伝いでもしてな」

 

「うーん……ごめんね、君はちょっと属性適性が無いみたいで……」

 

 駄目だった、どこのギルドに行っても門前払いがいい所、唯一面接を条件に許可してくれたギルドでも属性適性が無いからと落とされた。何度も呆れられもう無理なのだろうか、諦めてしまおうかなどと思ったその時────―私は出会った。

 

「うああああぁぁぁ!!? 目がああぁぁぁ!!?」

 

「マスター!? どうなってるんですかそれ!?」

 

 なんか右目が物理的に光っている人がいた。

 

 なんだあれは、スーツを着た中年の男が目を光らせ街中の人々をドン引きさせている、悪夢だろうか? 

 

「あっ! わかったぞ! これ魔眼だ!! という事はこの辺りに……」

 

 目が光ってるおっさんが突然周囲を探りだした、これ以上近くに居たら巻き込まれそうなのでその場を立ち去ろうとしたら

 

「見つけた! そこの君!!」

 

「ひゃいっっっっっ!!!??」

 

 目を付けられた、今世どころか前世含めてもここまで恐怖を感じた事は無い。逃げ出そうにも足がすくんで動けず、ああ──これから私はこの息の荒いおっさんに好き放題されてしまうんだ……と涙を流しせめて痛くない様にと神に祈りかけたその時

 

「『日本、知ってるか?』」

 

 私は絶句した、今世では絶対に聞くことが無いと思っていた日本語が私の耳に入って来たから。

 

「ど、どうして、それを……」

 

 私が息をするのも忘れて声を漏らすとおっさんは顔を満面の笑み一杯にし────―

 

「君、名前は?」

 

「え? カナデ・ミストラルです……」

 

「カナデね、ちょっと着いてきてくれ!」

 

「えっ……きゃあっ!?」

 

 私をお姫様抱っこの要領で抱えると街を走り出した、見た目からは似つかわしくない程の速さで動き、瞬く間に景色が後ろへ流れていく。そうして五分もしないうちに着いたのは、少し古そうな小さな酒場にしか見えない店だった。

 

「ここは……?」

 

「入ってみてくれ」

 

 言われるがままに入るとそこは──―

 

「薄暗い……」

 

「う……これでも頑張った方なんだ、他のギルドに行って雰囲気を模索したり……」

 

「マスター! 全力で走るのはやめてください!! ……はぁ……はぁ」

 

 おっさんをマスターと呼んでいた女性が遅れてやって来ると息を切らしおっさんの頬を抓っている、少しして息が整うと少女は姿勢を正して私に話しかける。

 

「突然ごめんなさい、私はレインと言います。貴女の前世がマスターと同じ生まれだと思うのですが……ええと……二ホンと言う場所はご存じですか?」

 

「知っています……でも、どうしてあなた達が?」

 

「詳しく話すと長いけど……簡単に話すとするなら、神様が教えてくれたってとこか」

 

 ……やっぱりヤバい人なのだろうか

 

「帰ります」

 

「ああ待て待て! 俺以外の転生者なんて君が初めてなんだよ……折角冒険者ギルドを始めたんだから見るだけでもどう?」

 

「そうですか……って、冒険者ギルドなんですかここ?」

 

 ただの古ぼけた酒場かと思ったがよく見れば受付場や掲示板、それにギルドに必須な道具は一式揃っていた。

 

「ああそうだ、昨日始めたばかりだけどな。名付けて冒険者ギルド『あさかわ』だ!」

 

「あさかわ……?」

 

「マスターの名前です、レンジ・アサカワ。まだ冒険者が居なくて……良ければギルドに入るとまではいかなくとも、適性試験だけでも受けていきませんか?」

 

 適性試験──―その言葉を聞いて私の心に陰が挿した、その適性試験に直前まで落ちていたのだから。

 

「私は……無理です、まだ10歳だし……属性適性も無いらしいし」

 

「属性適性?」

 

「マスター? 5年前も同じ説明をしたじゃないですか」

 

「いや5年も前の話なんて覚えてないぞ……えっと、確か体内に存在する魔力を火、水、土、風のいずれかの属性に変換する適性だったか」

 

「ちゃんと覚えてるじゃないですか、正確には光と闇もありますが取り敢えず良かったです」

 

「あはは……まぁとにかく、試験くらい受けてみなよ、今世10歳に金は取らないからさ」

 

「……私の話聞いてました? 属性適性が無いって……」

 

「じゃあ別のがあるんじゃないか? 絶対なんか貰ってるはずだし」

 

 貰ってる? 何の話だろう、力やそういったものを貰った覚えはないのだが

 

「……わかった、試験を受けるだけなら……」

 

「よしっ! レイン、頼む」

 

「わかりました、それではこちらへー」

 

 レインという綺麗な人から水晶玉の前まで案内される。

 

「それではこちらへ手を乗せてください、魔力を流せば属性の適性がわかりますので」

 

 私は聞いたことのある文言を流しつつ水晶玉に手を乗せ魔力を流す、しかし……

 

「……光りませんね」

 

「……やっぱり適性が無いのよ、受けさせてくれたのは嬉しいけど私に冒険者の資格なんて無かっ……」

 

 言葉を言い終わる前にレンジが私の腕を触ってきた。

 

「ひゃっ!?」

 

「……うん、ふむ……」

 

 私の腕を何度も揉み、ぐにぐにと触って来る、意外と優しい手つき……じゃなくて、ずっと触っているが凄く真剣な顔つきで振り払うべきか困惑していると。

 

「長いっ!」

 

「すいませんっっっ!!?」

 

 レインさんがレンジの頭に氷塊をぶつけ倒した、サラリとやっているが詠唱や魔法陣も無しに1m近い氷塊を作るのは相当な実力者なのでは無いのだろうか? 

 

「いったぁ……レイン、次は属性適正じゃなくて魔力密度を計ってくれ」

 

「全く……わかりました、次からちゃんと説明してからやってください」

 

「はい……」

 

 魔力密度? 働くためにそれなりに本は読んだつもりだったが魔力密度というものに覚えは無かった。

 

「あの、魔力密度って?」

 

「うん? 魔力密度ってのは、読んで字のごとく体内に溜め込める魔力の密度の事だよ。細かく言うと生物が魔力を溜め込める量はそいつの体積×魔力密度で決まる、前者は種族によってある程度決まってるけど後者はかなりムラがある。極端な話100mくらい大きい奴が居ても魔力密度が1だったら大して魔力を使えないって事だ」

 

「く、詳しいんですね」

 

「この世界来てからかなり勉強したからな、特に文明や各国の情勢は知っておかないと困るし」

 

「カナデさん、準備できましたよー」

 

 名前を呼ばれたのでレインの所へ行く、魔力適正を計るのは水晶玉だったが今度はテーブルの上に縁取りがされた金属の板一枚だった。

 

「ここに手を置いてください、少し時間は頂きますが精度は保証しますよ」

 

 言われるがままに手を置くと金属板が薄ら光り始め、光が私の手をすっぽりと覆ってしまった、思わず手を放しかけるが動かない。

 

「こっこれ、大丈夫なんですか?」

 

「説明書通りにやってるので大丈夫です!」

 

「えっ、これって資格とかいるんじゃないんですか?」

 

「資格?」

 

 あっ考えてみればこの世界に資格という概念があるかも怪しい!? 

 

「大丈夫だ、ちゃんとこの世界にも試験とか免許とかはある」

 

 レンジの言葉にほっと一息つく、言い方は不穏だったが信用して良いようだ。

 

「ただしこの世界の資格は証明書みたいなもので資格を持っていない=使用禁止ではないぞ」

 

「!?」

 

 やっぱり駄目かもしれない!? 

 

「ちょっ……本当に大丈夫なんですかこれ!?」

 

「多分大丈夫です!」

 

「多分を外して!!?」

 

 駄目だ! いくら暴れてもびくともしない、このまま爆発しても驚かないし大いにあり得る! 

 

「はい、計測が終わりましたよ」

 

 光が消え去り手が自由に動くことに私は安堵した、と言うかレインさんが怖い。このギルドに来た……というよりこの二人に出会ってしまったのは間違いだっただろうか、いやであったというよりは遭遇してしまったが正しいが……

 

「魔力密度は……ちょっと平均値調べますね」

 

 そう言って奥の部屋に引っ込んでしまった、私は疲れてしまいぼろぼろの椅子に座ると隣にレンジが座ってきた。

 

「お疲れ、一個聞きたいことがあるんだけど良いかな」

 

 私に水を手渡してくれるレンジは、質問があると言って来た。

 

「はい、答えられる事なら……」

 

「前世を聞くつもりは無いから安心しな、俺が聞きたいのはどうして試験を受けていたのかって事だ」

 

「それは……あなたが無理やり」

 

「違う違う、さっきカナデ言ってただろ? 属性適性が無いって」

 

「あ……」

 

「属性適性は基本的に冒険者ギルドか王族しか調べられない、必要が無いからな。だが適性が無いって知ってたって事は既に冒険者ギルドに行ってたって事だ、違うか?」

 

「……私が王族だった可能性は?」

 

「ちゃんと王族の名前は全員調べてる、隠し子の線も無いしな」

 

 ……なんというか、さっきまでの印象よりは良く人を見ている人だった、そんな印象を受けた。

 

「私、ミストラル家の末娘なんです。5つ上の兄が一人、2つ上の姉が一人……両親は皆を愛してくれました、でも……私の領地は貧しくて、税をそれ以上取るわけにも行かずギリギリでした。兄は経営難を助けるために政略結婚をしに、姉は家の負担にならないよう魔術学院に首席で受かり今は寮生活です。私だけ何もしないのは嫌で、でも10歳だとどこも雇ってくれなくて、それで冒険者を知ったんです」

 

「成程な、志は立派だがお前の父親は納得したのか?」

 

「父は、ずっと私を見て大丈夫としか言いませんでした。私は子供だから……」

 

「それは違うな」

 

きっぱりと言われ思わず目を丸くしてしまう、あんまりにもはっきりというものだから思わず反論してしまった。

 

「な、なんでわかるんですか。私の事何も知らないのに……」

 

「カナデの事はわかんないけど君の父親の事はわかる」

 

「え?」

 

「俺も父親だったからな、大事な娘が立派に成長してくれるだけで親ってのはどこまでも頑張れるし、意地を張れるんだよ」

 

「……娘さんがいたんですか?」

 

「ああ、俺が生きてた頃は中学生だったな、本当に俺には勿体ない娘だよ」

 

……この人が父親だという事に、今日一番驚いたかもしれない。そう言って背を向けたレンジの背中は、どことなく父に似ていた……気がする。

 

 「マスター!結果が出ました!凄いですよ見てください!」

 

「おっ、結果が出たみたいだな」

 

 私はレインに渡された紙を読む、するとそこには平均値と書かれた数字の横に私の名前に数字が書かれていた……

 

「いちじゅうひゃく……」

 

「すげぇな、文字通り桁違いの魔力密度じゃねぇか」

 

「凄いですよ! これはエルフ族よりも多いんじゃないですかね!」

 

 言われた通り私は凄い魔力を持っているようだった、しかし……

 

「でも、魔術は使えないし……」

 

「いいや! それだけの魔力があるならいい方法がある! これならすぐに冒険者として大成するだろ!」

 

 レンジがレインに目配せをすると彼女はすぐに察したみたいだった。

 

「あ、あれですね? 用意してきます」

 

 それから数分後、店のテーブルをどかしスペースを確保した後、私は一冊の本を渡された。

 

「『肉体強化の方法』……?」

 

「魔力を体外に出して攻撃する時は基本的に属性を付与してぶつけた方が強い、何故なら無属性の魔力は周囲の魔力に溶けやすくすぐに効果を失うからだ」

 

 レンジはいつのまにか用意していた板に文字を書いていた、なんだか小学校を思い出す。

 

「だが体内の魔力はむしろ無属性のまま動かした方が良い! 理由は簡単、もっとも溶けやすい無属性の魔力は血液の様に体内を循環しやすいから!」

 

 すると実演と言わんばかりにレンジの体が輝きだした。

 

「今回はわかりやすく光ってるが、魔力操作が上手くなると光らず肉体を強化できる。で……肉体強化を使えば……」

 

 レンジは片手でレインを持ち上げる、レインはこちらを見てピースしてきている。

 

「重い物を軽々持ったり、足を速くできる。魔術より優れた点は詠唱がいらないのと魔力のコスパが滅茶苦茶良い、何せ属性を変換するロスが無いからな。それと目立たない、正確には属性を変換した痕跡が残らないんだがまぁこれはいい」

 

「取り敢えずその本はやるよ、肉体強化が出来る様になったら依頼受けてみようか」

 

「は、はい。その……ありがとうございました」

 

 私が頭を下げるとレンジは笑っていた。

 

「何言ってんだ、これから初の『あさかわ』冒険者として活躍して貰うんだからな」

 

「……! はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが、私と『あさかわ』との初めての出会い。



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2 若き戦士 ゴードン 170年目

 冒険者ギルド『あさかわ』──―170年も前から存在している最も有名なギルドだ。どの国にも支部が存在し依頼するのも受けるのも困らず、あさかわの冒険者だと知れば誰もが安心して仕事を任せられる、それ程実力と信頼が高いギルドなのだ。

 

 俺、ゴードンは転生者だ。前世の名前などどうでもいい、俺はこの世界での主人公といってもいいだろう。

 

 俺は高校時代顔が醜く酷い肥満体系のせいで虐められていた、そしてある日学校の不良達のに鞄を道路に投げられ、その日偶然好きだったラノベを入れてて……それで慌てて取りに行ったもんだからそのまま異世界トラックに。

 

 正直なところ、マジで異世界転生するとは思ってなかったし魔法……じゃなくて魔術か、魔術があると聞いて俺は興奮した。だって正しくラノベの展開じゃないか! いじめられっ子が転生して無双、英雄として持て囃されハーレムを作る! その為に俺は鍛えに鍛えた。

 

 俺の家は騎士の家系で平民上がりだからか苗字は無かったが剣技を教えてくれた親父には感謝している。おかげで俺は村一番の戦士だった、幼馴染のカレンとも結婚する約束をしたり……俺は正に主人公だった。

 

 そうして俺はある日冒険者というものがあるのを知った、ますます興奮したぜ? 冒険者ギルドに入ってメキメキとランクを上げる! そして瞬く間にギルド一の冒険者になってハーレムが……とにかく、俺は冒険者になる事を決め、今日この『あさかわ』スロウス支部に来たのだった。

 

 俺は勢いよく扉を開ける、中は酒場になっていて若い俺を見てベテランが侮る! そしてベテランが「おいおい、ここはガキが来るところじゃねぇぞ?」と言ったところを俺がひと捻り、すると周りの冒険者が「あ、あいつゴールド級のAを!」「何者だあの小僧!?」となって俺の華やかなスタートを切る……と思っていたのだが

 

「いらっしゃいませ! ギルドの依頼受け付けはそちらの彼女に、冒険者登録はこちらです!」

 

 ……なんだか様子がおかしい、酒場かと思ったら皆長椅子に座って整理券の様なものを持って待っているしなんというか……市役所みたいだった。

 

「あ、あの……」

 

「はい! 冒険者登録ですね! それではこちらの履歴書にプロフィールを記入してください! 代筆も出来ますよ!」

 

「り、履歴書……」

 

 ますます役所っぽい……お爺さんもいるし……なんか違う……俺が予想してたのは酒場みたいな場所で荒くれ物と美人冒険者が居て……

 

「あのー……プロフィールを……」

 

「おい! どういう事だ!」

 

 俺が項垂れていると隣の受付から怒鳴り声が聞こえる、横を見ると大柄な斧を背負ったこれまた大柄な男が受付のお姉さんに怒鳴りつけている。

 

「なんで俺が不採用なんだよ!!」

 

「ですから、何度も申し上げた通り既定の審査の結果残念ながらあさかわでは貴方を冒険者として登録できないのです、他のギルドへの斡旋は行っているのでそちらへどうぞ」

 

「ふざけんなよ!! 俺はあのグリードギルドでBランクだったジーカ様だぞ!!?」

 

「そうですか……ごめんなさい私他のギルドには疎いので……」

 

「……っこんの……っ」

 

 ────―これだ! これだよ俺の求めていた展開は!! ここで俺が颯爽と割り込み受付のお姉さんを助ける、そして『ありがとうございます! 良かったらお食事でも行きませんか?』となってラノベ展開まっしぐら!! 

 

 俺はジーカと名乗った大柄な男を止めようと肩に手を置こうとした時

 

「おい、その手を「ただいま」」

 

 決して大きくない声で、しかしこの受付全体に響く声が全員の動きを止めた。

 

 声の主は槍を背負った男だった、一瞬女かと見間違うほどの美貌だったが体格とやや低めの声が男だと修正してくれた。

 

「リリ、今日の討伐記録、更新しておいて」

 

 男はジーカを対応していた受付のお姉さんにカードを投げ渡すとジーカに視線を移した。

 

「……? 誰?」

 

「……ッグ……ッガ……テメェこそ誰だよ!? 今俺が……話してる途中だろうが!!!!」

 

 怒り心頭といった様子のジーカは我慢の限界といったようでとうとう斧を取り出し男に振り下ろした。

 

 俺は思わず剣を抜いたが男はそれを片手で制した。

 

「大丈夫」

 

 男はそれだけ言うと余った片手で斧の刃先を掴むと────

 

 そのまま握り砕いた。

 

「「へっ?」」

 

 ジーカも、思わず俺も間抜けな声が出ると男はジーカの胸ぐらを掴むと軽々と持ち上げ地面に叩きつけた。

 

「ぐへあぁっっ!!?」

 

「僕はカイル・ミストラル、覚えておいた方が良いよ」

 

 一撃で気絶させたカイルの名前に俺は覚えがあった、いや、正確にはミストラルの方だ。確か……そうだ、昔の偉人が載っている本で読んだことがある、名前は……

 

「ホッホッホ、流石あのカナデ・ミストラルの子孫、カイル・ミストラルじゃの」

 

 そうだ! 100年前の魔王戦争で前線を張った英雄の一人、”剛弓”のカナデ・ミストラルだ。その子孫が今目の前にいる……これが有名人を見た気持ち……? 

 

「やめてよ爺さん、僕に弓は無理だし、ばあさんの名誉を借りたくない」

 

「そうじゃの、お主には槍が向いておろうて」

 

 爺さんとカイルの会話を聞いていると受付のお姉さんが咳払いと共に俺に一礼をしてきた。

 

「お騒がせしました、事態は収束致しましたので安心して記入してください」

 

「あぁ、はい……」

 

 なんというか、気力が削がれてしまった。それでも書けるだけ履歴を書くと最後に水晶玉に魔力を流させられた。

 

「それでは番号の書かれた紙をお持ちください、順番が回りましたら隣でお呼びいたしますので」

 

 俺は頷くと長椅子に座る、正直、受かる気がしなくなってきていた。最初は転生して初めてラノベの主人公らしい展開が出来ると思ったらギルドは役所みたいだし荒くれ物は本物の英雄が止めちゃったし、なんというかやる気も少し削がれていた。

 

 俺はため息と共に下を向いていると話しかけてくる人がいた。

 

「……君、少しいい?」

 

「えっ?」

 

 顔を上げると目の前に居たのはカイルだった、カイルは俺の返事を聞く前に隣に座ると何も言わずじっと俺を見てくる。

 

「あ……あの?」

 

「……君、名前は?」

 

「え、ゴ、ゴードン……」

 

「そう、どうしてここに?」

 

「どうしてって……冒険者になれば……その……モテると思って……

 

「? ……まぁいいや、君、きっと冒険者になれるよ」

 

「え……」

 

 カイルはそれだけ言うと立ち上がり、隣の部屋に行ってしまった。

 

「27番のゴードン様ー」

 

「あ、はい!」

 

 呼ばれた俺は慌てて立ち上がり受付まで行くと受付のお姉さんは笑顔だった。

 

「ゴードン様、このまま面接に移行致しますのでよろしければこのまま着いてきてください」

 

「面接? ……あ、はい」

 

 なんだか異世界に来て初めて前世の事を鮮明に思い出していた、俺は2分程廊下を歩くと執務室と書かれた部屋に着いた。

 

「こちらです」

 

 お姉さんが4回扉をノックすると中に入っていった、慌てて俺も入ると中には一人の男が居た。

 

 和風寄りのインテリアの中、今世では未だ見た事の無かったスーツを纏い、黒革の椅子に座る良い歳の取り方をしたと思えるような初老の男性が俺を待っていた。

 

「こんにちは、ゴードン君」

 

「は、はい」

 

 思わず背筋を伸ばす、緊張からか喉が渇いていく。

 

「単刀直入に聞こう、前世は高校生かな?」

 

「────―」

 

 声が、出なかった。

 

 途端、目の前の人物が酷く恐ろしい物に見えた。すべてを見透かすような……人間とは違う眼をしていると、思ってしまった。

 

「あぁ、説明不足だ……えーっと、このギルドは子孫とか身内を除いて基本的に転生者だけを冒険者にしてるんだ。で、一応年齢の齟齬を減らすために前世の事を聞ける限り聞いているんだが……悪いな」

 

 今度は別の意味で声が出なかった、転生者だけを集めている? というかなんか雰囲気が一気に変わったせいで情緒がぐらぐらしている。

 

「えっと……前世は17で、今は15です……」

 

「オーケー、17と15ね……戦闘経験とかは?」

 

「……父が騎士だったのでそれを習いました」

 

 ……いや、何で俺は真面目に面接をしているんだ。しかし今更引き下がるわけにも行かない……

 

「よしじゃあリリ、後は任せた」

 

「えっ」

 

「はい、かしこまりました。それではこれから冒険者カードの制作とギルド内の酒場へ案内しますね」

 

 言われ執務室を退出するとリリと呼ばれた受付のお姉さんは着いてくるように促す、道中ふと気になったことがあり俺は質問した。

 

「あの、貴女も転生者なんですか?」

 

「いえ、私は母が召喚された勇者だったんです。母もギルドのお世話になっていたのでそのご縁で職員になれたんです」

 

「……ここのギルドは何人の冒険者がいるんですか?」

 

「職員を除くと……今は200人程でしょうか、皆さん転生者かその身内なんですよ?」

 

「結構……いるんですね」

 

「いえいえ、他のギルドは普通に何千人もいるので私達はかなり人数が少ないですよ」

 

 特別感が薄れていくのを感じる、最初この世界に生まれたときはラノベの主人公みたいだと思っていたがたった半日で自分はモブではないかと思わされてきている。

 

 そうこうしていると酒場に着いたようで大きな扉の前に着いた、リリさんは俺に一枚のカードを渡して来た。

 

「これは……」

 

「冒険者カードです、これ一枚で依頼確認、ご自身の階級など幾つかの特典があるので無くさないでくださいね」

 

 そう言いリリさんは扉を開ける、そこで俺は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『そうして俺の冒険は始まったのだった……』まる」

 

「うおおぉぉ!! 放せカナデ二世!! 俺はあのマスターを殺さねぇといけねぇ!!!!」

 

「落ち着けゴードンさん!! あと二世はやめろ!!」

 

 俺は酒場の酒を一人で全滅させたゴードンにお仕置きとして冒険者たちの子供を呼び寄せて黒歴史を紙芝居形式で公開している、未来ある子供たちにこいつの黒歴史を晒すのだ。

 

「どうした、俺はお前の輝かしいデビューを子供たちに読み聞かせているだけだぞ? 40過ぎたお前にはきつかろう!!」

 

「ふんぬぅぉぉぉぉぉぉ!!!! 絶対殺す!!」

 

「落ち着け!! 私はその……カッコいいと思うぞ!!」

 

「その優しさが辛ぇよカナデ二世!! ていうかマスター他言無用って言ったよな!!! 絶対言うなって言ったじゃん!!!」

 

「俺の日本酒まで飲んだお前が悪い、大人しく第二章『初の任務で大失敗! カイルに助けられギャルゲーのヒロインみたいになる』編を聞くんだな」

 

「あああああああ!!!! マジで放せカナデ二世……っていうかマジで放れねぇな!! これだからミストラル家は!!!」

 

「なっ……人をゴリラの家系みたいに言うのはやめてくれないか!?」

 

「それじゃあ子供たち~、第二章の始まり始まりだ~」

 

「殺す!! 絶対殺す!!! っていうか……俺を殺せえぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」



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3 旧き竜人、ザザ 2年目

 冒険者ギルド『あさかわ』、早いものでもう一周年である。とはいえ未だに正式な冒険者はカナデ一人で、貰って来る依頼は俺とカナデで受けているのだが……

 

「どうして転生者が見つからねぇんだろうな」

 

「この一年、結構依頼を受けましたけど転生者に会いませんでしたね」

 

 レインが思わず言葉を溢すとカナデも続く。

 

「でも、こんなものじゃないんですか? マスターが言うには記憶を持って生まれ変わるのは神様の管轄から魂が外れてしまうからなんですよね」

 

「その筈なんだが……にしても全く会わないのはおかしいような……?」

 

「私しか冒険者がいないのでギルドもずっと酒場風のままですしね……」

 

 そう、いずれは大きくしていきたいが少なくとも今は改築する理由が無いのだ。そしてそんな余裕もない。

 

「今日は依頼も来ないし早いけどギルドを閉めるかな……」

 

 そうして俺が立ち上がると、突然俺の右眼が輝いた。

 

「うおっ!?」

 

「マスターの目が!!」

 

「という事は近くに転生者が……?」

 

 俺の目はすぐ近くに転生者がいる事を示していた、俺は思わず息を呑みあさかわの扉に注目しているとギルドに足を踏み入れる人が現れた。

 

「すまぬ、こちらで水は売っていないだろうか……某、長旅で水も飲んでおらぬので」

 

 それは、知識だけでは知っていた竜人(ドラゴニュート)という種族だった。全身は燃えるように赤く頑強な鱗に覆われ、竜の名に相応しい顔付きと角を持ち人間とは一線を画していた。……服は腰布一枚のようだが、これが普通なのだろうか。

 

「……もし、聞いておられるか?」

 

「あ、あぁ……レイン頼む」

 

「は、はい!」

 

 慌てて水を用意しにその場を離れるレインを見送ると俺は竜人に座るよう促した。

 

「はい、お水です」

 

「かたじけない……んぐっ……ふぅ……」

 

 一度に水を飲み干すと竜人は綺麗なお辞儀をしてきた。

 

「某は竜人、ザザと申す。酒場にてお代も払わぬまま頂けるとは、此度の恩、忘れのうござる」

 

「ああいいよ、うち酒場では無いけどな」

 

……マスター、マスター

 

 小声でカナデが俺に話しかけてくる、俺は首を傾け耳を貸すと

 

なんだか、凄くお侍さんみたいな喋り方ですね……

 

「なんと!? そこな御仁、侍を知ると申すか!?」

 

「ひゃいっ!?」

 

 喰ってかからん勢いにのけ反るカナデだったが俺が間に入る。

 

「あー、すまないがザザさん? あんたもしかして日本人?」

 

 俺の言葉にザザは口を大きく開け唖然──と言った表情をすると、大きな涙を溢した。

 

「うわっ!」

 

「おお────―おぉ!! まさかかような異国で同郷の者に出会うとは……」

 

「少し待ってくれ、違和感があるんだがあんた何時の生まれの人間だ?」

 

「某は天正8年に生まれ申した」

 

「天正……って何ですか?」

 

 レインは当然知らないとしてカナデも知らないか……というか待て、天正だと? 

 

「天正って言ったら安土桃山時代じゃねぇか!? っていう事はあんた本物の武士なのかよ?」

 

「うむ……しかし某は所謂商人の出……刀も未熟であるが……」

 

 

 まさか遥か過去の人間が転生するとは思わなかった……まさかカナデがイレギュラーでザザの方が良くあるなんてないよな……? 

 

「あー……ザザは驚くかもしれないけど、俺達が生まれたのは平成って言って……大体……400年くらい未来なんだよ、だから正直な所、生きた歴史にあった気分だ」

 

 その言葉にザザはより一層驚いた様子だった。

 

「なんと……! お主達は未来の人間だと申すのか……! で、では寛永13年からの出来事は知っておるか!?」

 

「寛永13年……ええと……1613年からか……確か次の年に島原の乱が……」

 

 それからしばらくの間、レインとカナデには悪いが俺とザザは日本の歴史話に花を咲かせた(というより時代の擦り合わせを行った)

 

「なんと……今の世は人を乗せ空を飛ぶ絡繰りがあるというのか……なんという技術……!!」

 

「そろそろいいか……?」

 

「はっ! ……すまぬ、つい。ここまで話し込んだのは今世では初めてやも知れぬ。出来る事ならばこの竜人のザザ、お主達に着いていきたい!」

 

「それなら、冒険者になってみないか?」

 

「冒険者……口入れ屋の事か」

 

「それより少し荒事に偏った感じか?」

 

「ふむ……ならば某も冒険者とやらになろうではないか!! このザザ、お主達の力になってみせよう!」

 

 熱い、熱い男だ……というか物理的に熱い。

 

「おっと……! すまぬ、興奮すると火を噴いてしまうのだ」

 

「竜人ってすげぇな……」

 

「でしたら折角ですので明日、この依頼を受けてみませんか?」

 

 レインは一枚の依頼書を持ってきた、内容はオークの巣の掃討。難易度は高いが最悪カナデが居れば大丈夫だろう。

 

「明日か! 行動が速いのは良きことよ! それでは某は町外にて休むのでまた」

 

 そう言ってギルドを出ようとするザザを思わず止める。

 

「待て待て、野宿するつもりか?」

 

「某、今世では刀国の生まれにて、この辺りの通貨は持ち合わせておらぬ」

 

「うーん……それなら今日は泊まるか? どうせ部屋は余っているし……」

 

「しかしそこまでしてもらう訳には」

 

「依頼で活躍してくれたら良いからさ、気にすんなよ」

 

「……あいやわかった、某、此度の依頼、確実に遂行してみせよう!」

 

 そして次の日、レインに見送られた俺達は依頼されたオークの巣喰う洞窟前に来ていた。巣の前では二体のオークが槍を持って門番をしている

 

「今回はここのオークの巣を潰す依頼だけど……」

 

「私は今日は待機ですか?」

 

 短弓を持ったカナデが構えているが手で制す。

 

「ああ、ザザの実力を知っておきたいからな」

 

「任されよ、真の剣客に劣れど某も一端の武士(もののふ)、面妖な魔物にももう慣れた!」

 

 意気揚々とオークたちの前に躍り出たザザだったが、何も持たずに出て行った。

 

「えっ!? おいザザ!?」

 

「そういえばザザさん、武器を持ってませんでした!」

 

 オークは分厚い脂肪のせいで見た目以上に頑丈だ、特に打撃とは相性が悪い。というか完全に丸腰で刀の話は何だったんだよ! 

 

 俺達の内心とは裏腹にザザはオーク二体の前に立ち、オーク達もそれに気づいた。オークは最低でも2m、大きい個体では3m近くはある魔物だ、ザザもかなり長身ではあったがあくまで人間の範囲内、オークからしたら子供と変わりがなかった。

 

「某はザザ。恨みはなけれどその命、貰い受ける」

 

 不遜な侵入者が現れた事にオーク達は憤り、槍を向けるがそれを意に介さずザザは、まるで見えない刀を構えているかのように手を腰に添えていた。

 

「『我が剣技────徒や疎かにしてならず────』」

 

「! あれは……詠唱!?」

 

「マスター、ザザさんの手の辺りから魔力が集まっています!」

 

「『我が剣技────決して咎を晴らす為に非ず──―』」

 

 ザザの周囲に膨大な魔力が集まり、本来物質として存在しない魔力に無理矢理形が作られていく。

 

 ザザの膨大な魔力に気づいたオーク達は今すぐ目の前の敵を止めなければならないと悟ったのかその巨体に似合わない速度で槍を突き出すが既に遅かった。

 

「『我が剣は────己を越える為に在り──―!!!』」

 

 既に刀は抜かれ、オーク達の体は自分の命が終わっていた事に気づく事は無かった。

 

「我が銘無き剣に偽り無し──―」

 

「かっけぇ」

 

「マスター語彙が……」

 

 いや、あれは凄いわ、宝〇じゃん。俺は門番のオーク達を倒し、魔力で出来た刀が霧散し始めたザザに近寄り肩を叩く。

 

「凄いなザザ! 昨日言ってた刀は未熟とか何だったんだよ!」

 

「凄いですザザさん! 刀がバシュンって出てかっこよかったです!」

 

「有難う、この刀は今世で学んだ創造魔術とやらを某なりに応用したものだ。……しかし、某の技はまだまだ未熟で前世では一度として木剣の打ち合いで勝てた事が無いのだ」

 

「いやだとしたらどんだけ魔境なんだよ桃山時代」

 

「嘘ではない、事実某は魔力を用いて今の動きが出来たが嘗て同氏だった男は今の某より優れた剣を振れたであろうな」

 

 流石に誇張だと信じたいが嘘を言っている様子も無かった、乱世が怖くなってきた。

 

「とりあえず……依頼を続けよう、巣を全滅させる事も依頼に入ってるからここからはカナデと俺も協力する」

 

「あいわかった、某が先陣を切ればいいのだな」

 

「そうだな、カナデなら誤射する事は無いだろうから安心してくれ」

 

「はい! 頑張ります!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ザザおじさーん」

 

「ザザおじいちゃんおんぶしてー」

 

「ははは、順番だぞ愛い子供たちよ」

 

「……なあレイン」

 

「なんでしょうマスター」

 

「ザザの奴、最近増々子煩悩になってきてないか?」

 

「そうですね、30年くらい前から依頼より冒険者の子供たちの世話をしている時間の方が長くなってますね。ご自身は結婚されてないのでどちらかと言えば託児所ですが」

 

「託児所と言うには雰囲気が酒臭いだろ、ここ酒場だし」

 

「む、カイルよ。カナデがぐずりだした、やはりこの子は其方の方が良いようだな」

 

「……わかった、おいで、カナデ」

 

「……」

 

「どうしたんですかマスター、カイルさんをじっと見て」

 

「いや、何……アイツの子孫がカナデって名前を付けられたのを本人が知ったらどんなリアクションをするのかなって」

 

「そうですね……カナデさんの事ですし相応しくないとか言って恥ずかしがりそうです」

 

「やっぱり?」

 

「ザザさん! 今日も来たぜ! 俺と打ち合いしてくれ!!」

 

「来たかゴードン、某の馬ごっこが終わったら相手しよう」

 

「ごーどんだ!」

 

「きょうもそらとんでー」

 

「あれは吹っ飛ばされただけだしちょっと油断しただけだ!! もう飛ばねぇ!!」

 

「子供相手にムキになるなよ……ザザ、俺が子守り変わるから行ってきてやれ」

 

「おおマスター、それならばお願いしよう。──ゴードンよ、次は10撃は耐えてもらおう」

 

「望むところだぜ!!」

 

「……賑やかになりましたね」



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4 吸血鬼、アルカディオス 30年目

書き過ぎました。


 冒険者ギルド『あさかわ』、もう気付けば30年目である。ギルドとしてはまだまだ小規模で未だに酒場のままだが随分と仲間が増えた、そんなある日酒場の奥で資料整理していた俺に不穏な依頼が舞い込んできたのだった。

 

「吸血鬼の討伐?」

 

「うん、グリード王国の近くに大規模な森林があるじゃない? あそこに突然大きな城が現れたんだって」

 

 俺に報告してくれるのはカナデの娘であるカエデだ、母親と違ってかなりお転婆で各地を旅しては度々戻ってきて特殊な依頼を取ってきたりもする、それが今回だ。

 

「しかしどうしてギルドはお前に依頼をしたんだ? 吸血鬼一人、他のギルドでもB級なら討伐できるだろうに」

 

 B級と言うのは他のギルドで一般的に使われているランクの事で、A~Eまであるらしい。因みに俺達は基本転生者しかいないのと酒の席のノリのせいでランクはB~SS級、トップがURになっている、ソシャゲかよ。

 

「それがね、もうすでに五回はA級の討伐隊が派遣されたんだけど全滅。唯一の情報が魔物使いが送ってきたペットからの情報だけなんだって」

 

「それ本当に吸血鬼か? A級が手も足も出ないなんて最早魔王とかだろ」

 

「私は魔王とか知らないし、それでそのペットからの情報が、銀色の髪を持った長髪の男で、可能性だけど恐らく血に関する魔法を使うみたい」

 

「魔法だと? 魔術じゃなくてか?」

 

 アストラでは魔術と魔法が存在する、魔術とは簡潔に言えば「属性の適性と必要な魔力さえあれば誰でも再現できる技術」の事、適性と手順さえ合っていれば老若男女問わず誰でも同じ結果がもたらされる。しかし魔法は違う、理論も過程も滅茶苦茶、理解できるのは起こった結果のみ。魔法使い以外誰も再現できない技術と呼んでいいのかすら怪しい規格外な技を魔法と言う。

 

 ギルドの中にも一人だけ魔法を使える奴はいる……そう、様々な加護を与えられている転生者達ですらたった一人しか魔法使いはいないのだ。それを使う吸血鬼という事は……

 

「それがマジだったらA級でも無理な訳だ」

 

「そう、このままだと森にいる魔物にも影響が出そうだから私を通してあさかわにも依頼が来たの」

 

 依頼を受けること自体は問題ではない、しかしやるなら本気で挑まなければならなさそうだ。

 

「……よし、俺がちょっと呼んでくる。少し待っていろ」

 

 俺は席を立ち現在ギルドで飲んでいる奴らに声をかけていく、そうして30分後……

 

「よし、もう一度確認するぞ? 今回の依頼はグリード王国付近の森に出現した城に棲む吸血鬼の討伐だ、どうやらそいつは魔法を使う可能性があるらしい」

 

「魔法? 魔術じゃないのか?」

 

「ユーフ、俺も同じ質問をしたから安心しろ。マジで魔法みたいだ」

 

 真っ先に疑問を放ったのは褐色の肌に銀色に輝く鎧を着た赤い髪の女性、ユーフ・リンダ。グラトニー王国の元騎士団長で転生者だと知ってからは色々あって引き抜いた、今は冒険者達の指南役をしてくれている。

 

「なんで僕まで……めんどくさい……」

 

「それはなサミュエル、お前が武器開発に勤しんで日光に当たらなすぎるからだよ。吸血鬼より引きこもってんじゃねえか」

 

 愚痴をこぼしながら人の前でポーションを飲む青白い顔をした細身の男がサミュエル、こいつは色々やらかしていて技術開発担当と称して実質ギルドに捕らえてる。おかげでギルド内の文明レベルが跳ね上がっているため少し心配だ。

 

「吸血鬼か……某の刀が通用する相手ならいいが」

 

 そして竜人武人のザザ、それとカエデを加えた四人が今回のメンバーだ。

 

「あれ? マスターは行かないの?」

 

「この前レインに大量の書類があるって怒られてな。その代わり……これを着けてくれ」

 

 俺はカエデにのある指輪を渡すとカエデは顔を赤くする。

 

「これってけっこ「先に言うけど俺、元とはいえ妻帯者だからダメ」……言ってみただけだし……」

 

「で、それはサミュエルに作らせた通信機器名付けて『リンクリング』だ、使い方は魔力を流して耳に近づけるだけ。だよな?」

 

「あぁ……理論上はグラトニーからエンヴィまでつながる筈だぜ……名前に不満はあるけどな……」

 

 カエデはリンクリングを薬指に嵌めると早速使ってみるようだ、俺のリングに反応がある。

 

「そう、そうやって使うんだ。それじゃあ全員に配るから明日の8時、俺がグリードまで転移術で送る。解散ー」

 

 

 

 

 

 

「マスターもつれないんだから、私だってもう大人なのに」

 

 私は街を歩きながら指輪を眺める、薬指に嵌めた指輪は装飾は無くてもとても綺麗で、それがなんだか本物の結婚指輪みたいに見えてくる。

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさい、カエデ」

 

 私はこの街に帰ると必ず一度は家に戻る、なにせおお母さんさんが最高の料理を作って待ってくれているのだから。

 

「カエデ、今度のお話を聞かせてくれる?」

 

「今度はね、グリード王国に行ってきたの。それでね……」

 

 お母さんは私の話をじっと聞いて頷いてくれる、冒険の話を聞いている時のお母さんはとても楽しそうでこの時間が今の私の一番好きな時間。

 

 でも今日は冒険の話をすると神妙な顔をしていた、私は何か気に障る事があったのかと顔を覗き込むがお母さんはすぐに笑顔を向けてくれる。

 

「お母さん、その……やっぱりもう結婚しないの? その……ずっとこの家に一人だと寂しくならない?」

 

 私はお母さんがギルドでの最古参だという事をマスターや他の冒険者から聞いていた、それは誇らしかったけど冒険者を辞めてしまったお母さんを私は……父のせいだと思っている。

 

 私は父親の顔を知らない、いや……正確には写真では見た事があるが私が産まれる前に亡くなったらしい、正直、私の中で父親と言う存在はザザさんやマスターのような人なんだろうと思っている、あとは……ギルドの皆とか……

 

「大丈夫よ、時々あなたが来てくれるだけでとっても嬉しいわ。それにギルドの皆も来てくれるしね」

 

 そう言っていたお母さんは、ほんの少しだけ寂しそうな顔だった。

 

 私は話を切り上げる様にお母さんの作るスープを食べ始めるとお母さんはまた笑顔になった、私はその笑顔が、なんだか少しだけ無理をしているように感じた。いつもと変わらない笑顔の筈なのに。

 

「そうだ、カエデに渡したいものがあるの」

 

 食後、食器を片付けている私にお母さんがそんな事を言って来た。

 

「渡したいもの?」

 

「ええ、少し待っていて」

 

 お母さんは自分の部屋に戻ると暫くしてから猫を模った髪飾りを渡して来た。

 

「可愛い……けどこれ、どうしたの?」

 

「おお母さんさんの手作りなの、レインさんから教わったのよ?」

 

 ────正直、驚いた。お母さんは決して器用ではない筈だ、しかしこの髪飾りは上手く私の特徴を捉えていた。

 

「作るときにお母さんの思いも込めたお守りでもあるの、きっと似合うわよ」

 

「ありがとう、……どう? 変じゃない?」

 

 私は早速髪飾りを着けてみる、着けてみても違和感は無い、鏡の前に移動して思わずポーズをとってみる。

 

「うん、とっても可愛い。皆も褒めてくれるんじゃないかしら?」

 

「……えへへ」

 

「さぁ、私はもう寝るわね、寝坊したら駄目よ?」

 

 私の額に口付けをするとお母さんは寝室へ行った。……最近のお母さんは寝るまでの時間が早くなっている、病気などではないらしいが……

 

 自室に入ると装備だけ外してベッドへ寝転ぶ、私は明日の討伐の事を考えている間に深い眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────―あー、あー、よし、繋がってるな。それではこれより依頼の開始だ、何かあったら報告してくれ』

 

「了解」

 

 私は通信を切ると改めて装備の点検をする、私はお母さんと違って弓は使えない。代わりにザザさんの魔術を組み込んだ手袋から投げナイフを生み出して投げる、これが私の武器だ。お母さんの血を継いだ私は肉体強化が向いているらしく、投げナイフ一本でワイバーンの鱗くらいなら無理矢理貫ける、基本的には中遠距離で立ち回るつもりだ。

 

「城までは僕の車で行くぞ……振り落とされんなよ……」

 

 サミュエルが手に持っていた鞄を置くと変形し始め一台の車になった、サミュエルの発明らしくこれが初めてお披露目された時は転生者の人達が特に興奮していた、なんでもとらんすふぉーむだとか。私は良く知らない。

 

 初めて乗るバンに私は内心興奮していると5分後、早くも気持ちは冷め始めていた。

 

「……おい、もっと安全に運転できないのか?」

 

 ユーフが額に青筋を浮かべていた、気持ちはわかる、とにかくこの車揺れるのである。おかげでお尻が痛くなってきた。

 

「仕方ねぇだろ……そもそも基本的な用途が舗装された道を走る為に在るんだ……こんな森の中走るように設計されてないんだよ……」

 

「だったら最初から悪路用のタイヤを造ればいいだろう!!!」

 

「ケースサイズまで抑えるのにこれが限界だったんだよ……グダグダ言うなよ……」

 

「ぐぎぎ……! ザザ殿? 貴方もこの揺れは嫌では無いですか!?」

 

「────―某、以前ろぼっとという絡繰りの話を聞いてから年甲斐もなく興奮していたが……幾つになっても夢は持つものだな、とても良い」

 

 ユーフは諦めたみたいだった、彼女は魔術属性が貴重な光属性だが、それでもこういった状況をどうにかする魔術はないらしい。

 

 お尻を痛めながら揺れる事30分、ようやく着いたお城は一言で言えば歪、だった。例えるならば幼い子供が小さな椅子の上で無理やり積み木のお城を作ったような……とにかくバランスが滅茶苦茶だった。

 

「痛た……ここからは私が先導する、カエデ、奇襲の警戒を頼んだ」

 

「わかった、任せて」

 

 ユーフを先頭に私達は城の入り口に突入した、入った所でサミュエルが通信を行った。

 

「あー……マスター……? 城ン中入ったぞ……」

 

『ああ、どんな様子だ?』

 

「まるでお伽噺の城みてぇだな……何もかんもが歪みまくってやがる……それか熱だしたときに見る夢みたいだぜ……」

 

『そうか……俺からは何とも言えん、しばらく判断は任せる。危険な状況になったら連絡を入れてくれ』

 

「あいよー……」

 

 サミュエルは通信を切った、そして私達にマスターの言葉を伝えると改めて前進を始めた。

 

「妙な気配がする……」

 

「ザザさん?」

 

「まだ断定はできぬが……とにかく不快な気配がする、ユーフ、そちらの扉だ」

 

「わかりました、入るぞ……」

 

 ザザさんが指した先の扉をユーフが開ける、私とザザさんが武器を構えながら入るとそこは倉庫の様な場所で、大量の樽が置かれていた。

 

「倉庫……? いや、どちらかというとこれは……」

 

「まるでワイナリーだな……僕も匂いでわかる……ここにある樽は殆どワインだ……」

 

「某の気配はこれだったか……?」

 

 ザザさんが納得がいっていない様な顔をして唸っている、私は警戒を僅かではあるが緩め倉庫の中を探索すると奥の方に樽ではなくガラスの瓶が置かれている事に気づいた。

 

「あれ、こっちは樽じゃないね……この辺りはみんなガラスにワインが入ってるみたい」

 

「樽が足りなかったのか? ……しかしワインなど久々に見たがこんなにどろどろとしていたか……?」

 

 ユーフも首を捻るがこれ以上探索しても何もなかったので私達は別の扉に移動する事にした、それから大体1時間程だろうか、かなり上層まで登った箇所にあった部屋で私達は5人の冒険者に出会った。

 

「おや? 君達も冒険者かい?」

 

「私達はあさかわの冒険者だ。その角の生えた熊の紋章、スロウスギルドの一団か」

 

「あさかわ? ……悪いけど浅識でね、聞いたことが無いな。それより僕たちは6回目だけど君達は7回目かい?」

 

「6とか……7とか……何の事だ……?」

 

 サミュエルの反応にあれ、と相手の冒険者は頭をかいた。そしてああと手を打つと

 

「その反応は別口みたいだね、既にこの城に五回の冒険者が挑戦したのは知っているかい?」

 

「うむ、某達は書類上ではあるが聞いている」

 

「この五回の冒険者は全員別のギルドなのさ、グリードギルド、ラストギルド、グラトニーギルド、ラスギルド、エンヴィーギルド……で、次は僕達スロウスギルドって訳さ」

 

「どうして順番に……? その、普通は一つのギルドで独占するものでは?」

 

「話すと長くなるけど良いかい?」

 

 私達は頷いた、聞いておいた方が良い気がする。

 

「そもそもの依頼は吸血鬼の討伐では無くただの城の調査だったんだ、突然現れたからね、この奇妙な城。だけど、最初にグリードギルドの精鋭達が全滅した時に他のギルド達は悟ったのさ、元から怪しかったがこれは唯の城では無いってね、それで他のギルド達と協力して何とか吸血鬼がいるって事だけはわかった。本来ならこのまま大規模な討伐隊を組む予定なんだけど……いくら何でも情報が無さすぎたんだ。少しでも討伐隊の編成を万全にする為にそれぞれのギルドが順番に調査隊を派遣して吸血鬼の情報を集めるのさ、つまり生贄って訳」

 

「い……生贄って、そんな」

 

 突然出された単語に私は思わず口が出てしまう。

 

「僕達を見てごらん、これが強そうな装備に見えるかい? 消耗を抑えた生贄だよ、だけど僕達が前に出ないとこれ以上の犠牲が出る。君は僕達の命と家族の命なら家族を取るべきだろう?」

 

「そ……れは……」

 

「それじゃあね、次は城の外で会おう」

 

 私は何も言えず彼らは先に進んでしまった。サミュエルが報告も含め一度休む提案を受け入れた私達はザザさんが持ってきたおにぎりを食べる、塩が効いていて美味しい。

 

「……思ったんだけど、私達、樽ばっかりの倉庫に行ったじゃない」

 

「? そうだな、確かガラスの瓶もあった」

 

「あのガラス、やっぱり違和感があるよ。ワインはマスターが飲んでるのを見た事あるけどもっとこう……水っぽかった」

 

 私の言葉にユーフは思う所があったのか考え込んでしまった。

 

「……血、かもしれないぜ……なんせ吸血鬼の城なんだからな……」

 

「……嫌な事を言うな、だとしたらあれだけの血が溜まるほど冒険者が殺されているという事になる」

 

「僕も嫌だけどあり得るんだから仕方がねぇだろう……? ま、確認する気は無いけどな……だるいし……」

 

「マスターも言っていたがお前は一度鍛えるべきだ、いつか歩く事すらできなくなるぞ」

 

「そん時は義足にでも変えるさ……」

 

 その時、扉の先で悲鳴が聞こえ私達は全員戦闘態勢に着いた。

 

「……お喋りは中止だ、サミュエル、マスターと連絡を」

 

「あいよ……」

 

 ユーフを先頭に扉を開け、先に進む、悲鳴が聞こえたのは二つ程の先の部屋だった。今までとは比べ物にならないくらい広く奥には大きな椅子がある……まるで玉座の間だ。そしてそこに居たのは────―

 

「おや……今日は客人が多い、君達も冒険者かな」

 

 銀色の長髪、そして僅かにしか洩れていない魔力が逆に実力の高さを感じさせる。間違いない、こいつが依頼の────

 

 ふと、血の臭いが鼻をつく。今まででも何度も嗅いだ臭い、だけどこれは凄く不快なにおい臭いだった。臭いのする方向に視線を移すとそこに居たのは見た事がある五つの肉と血の池だった。

 

「な────―貴様……殺したのか」

 

 私とほぼ同時に気づいたのかユーフが険しい顔で吸血鬼を睨みつける、奴は視線を死体に向けると私達に戻した。

 

「あぁ……突然襲われてね、私は争いごとは嫌いなのだが仕方がなかったのだよ」

 

「────―無造作に四肢をもぎ、一つ一つを槍に刺して!! 争いが嫌いだと!!??」

 

「あぁ、嫌いさ。彼らは私が一人殺しても決して闘志を収める事は無かった、なら無用な争いを避けるためには恐怖を与えるべきなのだよ。心を折ればそれ以上戦う事は無いのだから」

 

「外道が────貴様の様な奸物に慈悲は無い!! 今すぐ冥府に堕ち罪を悔いよ!!」

 

 最も先に動いたのはザザさんだった、無刀から不意を衝く様に接近し叩き切るように魔力の刀を振り下ろした。速度も威力も十分なはずだったが……

 

「何……血の長剣だと──―っ!」

 

「魔力で作った刀を使う竜人か、冒険者より見世物小屋で働いた方が稼げるのではないか?」

 

 吸血鬼が手に持っていたのは真紅に染まった武骨な長剣だった、吸血鬼は片手でザザさんの刀を防ぐと弾く様に蹴り飛ばし10m以上はあった筈の私達の所までザザさんは吹き飛ばされた。

 

「名乗るのが遅れたか、私はアルカディオス。気軽にアルとでも呼んでくれたまえ」

 

「ザザ殿!! くっ……カエデ、サミュエル!!」

 

「ああ……」

 

「わかってる!」

 

 吸血鬼……アルカディオスが油断している隙にユーフが囮となる為接近し始め、サミュエルが銃を取り出し構え、私が側面に回り投げナイフを構えるが私が走り出した瞬間目の前を高速で何かが貫いた。

 

「なっ……赤い槍……!?」

 

「ほう、君達は先ほどの犠牲者よりも実力がありそうだ。ならば敬意を表し教えてあげよう、私の戦い方を」

 

 そう言ったアルカディオスが指を鳴らすと血の池となっていた死体の傍に溜まっていた血が全て空に浮いていた、空の血は形を変え鋭い雨となり私達に降り注いだ。

 

「嘘っ……! これが魔法!?」

 

 私は全力で体を捻って床を蹴り柱の一つに身を隠した、僅かに見えた仲間を見るとユーフは盾でサミュエルを庇う様に防ぎ、ザザさんは血の雨を切り落としているようだった。このまま奴に一撃与える隙を伺っていると気づいてしまった、これは()()()()()()()()()事に。

 

「そこに盾など無いぞ?」

 

 突然、目の前にあった柱が()()()()()

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に身を投げ出す様に横に飛ぶと直前までいた場所に血の雨が刺さった、私は立ち上がりながらナイフを投げるが魔力で強化しているとはいえ半端な姿勢での投擲は奴の体に触れる事すら敵わなかった。

 

「サミュエル! 自衛できるな!!」

 

「はぁっ……!? おい……っ! 僕を置いてうわっ!」

 

 ユーフがしびれを切らし盾を構えたままアルカディオスに向かって突っ込むとアルカディオスは血の剣を振り下ろす、しかし

 

「む……魔力が途切れたか……魔術殺しの呪い(まじない)が組み込まれているな、その盾」

 

「あぁそうだ! 貴様の剣も血も効かないと思え!!」

 

 そのまま剣を横に振り奴の体を斬れると思ったが、刃は間に滑り込ませた腕を僅かに沈ませるだけに留まった。

 

「何だと……ぐあぁっ!?」

 

「太刀筋も良い、武器も優れたものだ……だが君の魔力が足りない、まるで幼子のようだ。不足している魔力を技術で補っているようだがそれでは私に剣は届かない」

 

「なんという膂力……ただ吸血鬼という名に胡坐をかいているだけでは無いな」

 

 アルカディオスは盾を強く殴りつけ、ユーフは響く衝撃に思わず盾を落としてしまう、膝を僅かだが曲げた瞬間顎を穿つ様なアッパーがユーフを吹き飛ばし追撃の血の雨がユーフを襲う。

 

「ユーフっ!」

 

「私はいい! ザザを軸に奴を倒せ!!」

 

 即座に転がるように雨を避けるユーフに私達は動きを変える、サミュエルが銃を乱射すると初めてアルカディオスが大きく避けた。

 

「チッ……予想はしてたけど音速だぞ……! 近距離で避けるかよ……」

 

「ザザさん! 援護します!」

 

 私が魔力を手袋に込めるとナイフが生み出される、その数同時に20本、落ちる前に全てを奴の体めがけて投擲する。

 

「手数は素晴らしい、だが直線的なのがいただけない」

 

 私の投げたナイフは横から殴るように血の雨が叩きつけられその勢いを殺されてしまった、しかし時間は稼いだ。

 

「はぁっ!!」

 

 ザザさんの刀がアルカディオスの剣とぶつかる度に砕け散る、だがその度新たな必殺の刀がザザさんの手から生み出される。

 

「手ごたえが無い斬り合いとは面倒な事、君の魔力もよく持つものだ」

 

「某の刃が貴様に届いた時、某は貴様の命を切り落としてやろうぞ!!!」

 

 下から上へと斬り上げた刀がついにアルカディオスの剣を飛ばし体制を大きく崩させた。

 

「むっ……!」

 

「覚悟っ!!」

 

 そのままザザさんの刀が奴の首を狙い……

 

「────―何?」

 

 ……外した? 刀を振り抜いた姿勢のザザさんは困惑の表情でアルカディオスを見ている、私も自分の目を疑った、明らかに距離が離れている。しかし奴は一切動いていなかった筈、しかし間合いが一つ分ほど離れている……

 

「ならば何度でも斬りつけるのみ!!」

 

 ザザさんは刀を振るう、振るう、振るう。全てが達人の一撃であるにも関わらず、前に踏み込みながら斬りつけているにも関わらず、届かない。僅かに疲れからか動きが鈍った瞬間、アルカディオスの一振りがザザさんの鱗を切り裂いた。

 

「がっ────」

 

「ザザさん!!」

 

 直前で飛び退いたおかげで浅く斬っただけだったが直後ザザさんの表情は険しいままだった。

 

「く……まるで地平線を走っているかのような……その場で足踏みをしているようだ」

 

「気づいたかね? そろそろ種明かしと行こうか」

 

 するとアルカディオスが一度柏手を打ったその瞬間、私達全員────アルカディオスを含め──の距離が密着と言っていい程まで近づいた。

 

「!? っ」

 

 思わず私とザザさん、ユーフが飛び退くがすぐに壁に背中を着ける事になった。いや、よく見たらなんだか部屋全体がかなり狭くなっている。

 

 一人動かなかったサミュエルは冷静に周りを見ると息を呑むように呟いた。

 

「そうか……お前……空間を弄ってるな……?」

 

「そこの男は察しが良いな、私の()()は空間を操る事が出来るのだよ、あの城の外見は魔術で作り出した幻影だがね……本来は唯の小屋さ」

 

 私は戦慄した。空間を操るだって? そんな技はどの文献でも聞いたことが無いし見た事も無い、正しく規格外の魔法使い……

 

 アルカディオスが手を打つと空間は先ほどと同じ広さにまで戻る、あまりの出来事に私達は動けずにいると奴は血の剣を生み出し私達の前まで悠々と歩いてくる、それはまるで勝者が行う凱旋を見ているようだった。

 

「さて……私の力を知れたのは君達が初めてだ、しかし残念ながら……ここで死んでもらおう」

 

 奴が歩いてくるのを止める事は出来る筈なのに、誰も動かない、いや、動けないのだ。私達の足元を絡めとるように血が纏わりついている。

 

「さらばだ冒険者達よ、その命を散らし歴史の欠片となるが良い」

 

 その時、アルカディオスの身体を吹き飛ばす様に魔術の奔流が放たれた。

 

「何……! まだ動ける者が居たか……!」

 

「やっと座標特定出来たぞおい、空間操作とかふざけやがって」

 

 そこにはスーツの上から白いローブを羽織り、甲部に水晶が埋め込まれた黒い革手袋を着けたマスターの姿があった、右眼は光り輝きいつものような飄々とした態度が抜けている。

 

「マスター!」

 

「マスター……? 成程、君が彼らの親玉か、しかし自ら現れていいのかね? 親玉なら玉座に座り彼らの首を待つのが良かっただろうに」

 

「はっ、そういう煽りは血気盛んな若いヤツにでも言うんだな。おっさんは常に冷静沈着なんだよ転生者」

 

「なっ……!? マスター、それは本当なのか!」

 

 ユーフが驚いたようにマスターに話しかけるが、マスターは右眼を指して答えた。

 

「あぁ、証拠はわかるな? それよりお前、なーんか怪しいんだよな?」

 

 マスターの言葉にアルカディオスはハッと笑う、マスターを見下しているかのような表情だ。

 

「怪しい? 私からしたらスーツにローブなど羽織っている君の方が怪しいがね……とにかく君に何が出来る? 見た所魔力量は少し優れた冒険者と変わらない、それでは私に勝てないよ」

 

 アルカディオスの挑発にマスターは鼻で笑う、そして手の動きで私達に指示をする。『突撃』のサインだ、いつでも動けるように構える。

 

「そうかな、なら俺の魔術……魔法もどき(pseudo magic)を見せてやるよ!」

 

 そしてマスターが両手を横に広げ、魔術陣が生まれた瞬間私達の足元を絡めとっていた血が消える。

 

 それに気づいた瞬間、私はナイフを投げ、サミュエルがハンドガンを構えユーフとザザさんがアルカディオスに斬りかかった。

 

「はあああぁぁぁ!!!」

 

「血の魔術が……!?」

 

 大きな動揺を見せたアルカディオスは血の剣を生み出そうとするが、剣は現れること無くザザさんに肩を斬られ奴は大きくのけ反った。

 

「がああぁぁッ……! 貴様……何をした!?」

 

「これ集中力いるんだよ! お前の質問には答えられん!」

 

 私は魔術が使えなくなりながらも吸血鬼としての身体能力で立ち回るアルカディオスを見ながらマスターの魔術を思い返す。

 

()()()()()()()()()()()……私も一度しか見せてもらった事がないマスターの切り札だった、マスター曰く理論上は全ての魔術属性の適正があり、且つそれなりの魔力量を持っている人間なら誰でも再現出来るから魔術として区分しているけど……マスターのこの魔術は難易度が桁違いに高く未だに誰も再現出来ていない、だから限りなく魔法に近い魔術。

 

 その効果は周囲のあらゆる魔力に干渉して発動を止める、更に言えば魔力を使おうとすると術者は相当な負荷がかかるらしく魔法すら妨害できるとか。

 

 アルカディオスはザザさんとユーフの連携にうっとおしそうに爪を振るう、剣を無くしても尚奴はしぶとく戦っていた。

 

「こいつ……まだこんな速さを隠してたか!」

 

「なに、某達が捕らえられん程ではあるまい!!」

 

「それもそうだな……そこだっ!」

 

 隙を見たユーフがアルカディオスの足を踏みつけると態勢が崩れた、そこに生まれた大きな隙を見逃す程ザザさんは優しくなかった。

 

「ぐああぁぁぁぁ!!!」

 

「やったか!?」

 

「「あっ」」

 

 ザザさんの言葉に思わずと言った感じでサミュエルとユーフが声を上げるが、袈裟斬りをまともに受け肩から大きな傷跡を残したアルカディオスは膝をついた。もう動けないのか魔力も操らず肩で息をしている。

 

「ふぅ……マスター、早急に止めを刺す。良いな?」

 

「いや待て、拘束にとどめてくれ」

 

 魔術を解いたマスターは妙な事を言い出した。

 

「何を、こいつは既に多くの冒険者の命を奪って来た。まさか転生者だからと言って罪を許す等とは言わないよな?」

 

 ユーフが鋭い目でマスターを睨む、その目に動じる事無くマスターはサミュエルに指示を出すとサミュエルはロープを取り出して拘束する。

 

「呪い付きの縄だぜ……無理に抜け出そうとすると強烈な痛覚が襲う……」

 

「良し、それでユーフの問いだが……奥の部屋に行くぞ」

 

 ザザさんがアルカディオスを担ぐと私達は奥の部屋に向かう、そこに居たのは真っ暗な部屋に一人佇む椅子に座った老婆だった。その姿は枯れ木の様にしわがれ、手を空に伸ばそうともがいていた。

 

「これは……」

 

「お前を操っていた黒幕だな、何者だ?」

 

「……」

 

「どうして……こんな状態なの?」

 

 私が聞いてもアルカディオスは何も答えず、マスターは何故か訝しげな表情をしていた。

 

「……」

 

「マスター? どうした、やけに渋い表情だ────―」

 

 サミュエルが顔を覗き込もうとした瞬間、マスターは老婆を光の魔術で首を貫いた。

 

「き……きさまっ!! がっ────」

 

 アルカディオスが激昂し縄を千切ろうと力を込めた瞬間サミュエルの縄の呪いが発動しアルカディオスは激痛により意識を失った。

 

 ユーフは突然のマスターに奇行に声を荒げていた。

 

「マスター一体何を!」

 

「落ち着け、アルカディオスの目を見てみろ」

 

 今にも胸ぐらに掴みかかりそうなユーフを抑えているとサミュエルが気を失ったアルカディオスの目を開いて見せた。

 

「目の色が変わっているな……確か赤色だった筈だぜ」

 

 見てみると確かに赤い目をしていたアルカディオスは今は青い目をしていた。

 

「こいつを操っていたのがこの老婆だったみたいだな」

 

 そう言いながら動かなくなった老婆の服を剥ぐと背中を見せて来た、そこにあったのは既に消えかけている魔術陣だった。

 

「これは……」

 

「こいつは……支配の魔術陣だな、本来は床とかに書いて風化なんかで削れたりしない限り対象を術者に従わせるものだが……自分自身に刻んだ事で魔術陣への魔力補給や隠蔽の手間を省いたんだろうな」

 

「よくわかるな……」

 

「魔術は使えなくても覚えておいて損はない、サミュエルも勉強ぐらいはしておきな」

 

「しかし……何故操っていたんだ? こいつは」

 

「ふむ……そういえばこいつずっとどこかに手を伸ばしていたな……」

 

 マスターは老婆が手を伸ばしていた先まで歩くと何やら箱を手に取ってきた。

 

「こんなものがあった、開けてみるか?」

 

「爆弾とかじゃないよな?」

 

 箱を開けると中には赤子が入っていた。

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまなかった」

 

 ここはギルドあさかわ、意識を取り戻したアルカディオスに起きた事を説明すると彼は物凄くショックを受けたようだった。

 

「あれは私の母だ……あの人の指示を聞くことが喜びだと感じていたが……私は、操られていたのだな」

 

「貴殿が数多くの冒険者を殺めたのは事実、しかし操られていた以上貴殿も被害者の一人であろうな」

 

「お前はこの赤子について何か知ってるか?」

 

 マスターが眠っている赤ん坊をアルカディオスに見せると彼は驚いた表情をした。

 

「な……この子は……私の妹だ」

 

「妹? はー、随分と若い……」

 

「いや……この子は生まれてすぐ父に捨てられていた筈……何故母が……」

 

「は? 待て、捨てられていただと?」

 

 ユーフの言葉にアルカディオスは頷く。

 

「あぁ……この子は光の魔術適性があったんだ、私達吸血鬼にとって光の魔術は忌むべき魔術……すぐ私の父は私と母が寝てる間に森の奥深くへ捨てたんだ」

 

「酷い……」

 

「……そういえば、妹が捨てられてから、私は母のいう事が正しく感じていたな……思えばあの時から私は支配を受けていたのか」

 

「……いや、若い理由と見つけられた理由はなんだよ……」

 

「ああ、それは……恐らく母の魔法だ。母は時を止める魔法を使っていた、この子を探すのもきっと何年も止まった時の中で探していたのかもしれない……」

 

「待て待て、時を止める魔法だと? お前らの家系魔法使いだらけなのか?」

 

「どうだろう、少なからず母は使っていたが……とにかく時を止められていたのだろう、昔見たままな姿だ」

 

 アルカディオスは赤子を抱いていると決心したような顔でマスターに向き直る。

 

「頼みがある、私はもう罪人だが君達は違う。どうかこの子を育ててはくれないだろうか……!」

 

「え、嫌だけど」

 

「ちょっマスター!?」

 

 私は思わずマスターに振り向いた、いくらなんでもノータイム過ぎる。

 

「その子はお前の家族だろうが、お前が育てなくてどうする」

 

「し、しかし私の手はもう汚れていて……罪人の妹などと言われては……」

 

「それはそうだ、だけどお前の手は償う事が出来るだろ」

 

 その言葉にアルカディオスはハッとなる。

 

「お前は冒険者を殺してしまったことを後悔してるし、第一お前も被害者側ではあるから俺は償っていいと思うぞ。あとな、家族がいないって辛いんだ。母も父もいないその子にはもうお前しかいないんだよ」

 

「私しか……」

 

 目が覚めた赤子はアルカディオスをじっと見るとその手をアルカディオスの鼻に触る、その手はとても柔らかく、何故だか彼には輝いて見えた。

 

「……()()()()、私をここに置いてくれないだろうか。何でもする、そして償わせてくれ」

 

「OK、転生者。ギルドあさかわはお前を歓迎しよう、トップが言うんだから間違いねぇさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルお兄さま、こちらをどうぞ」

 

「ありがとうアゼリア、しかしバレンタインに毎年等身大の私型チョコを作るのはやめてくれないか?」

 

 バレンタインデーの今日、アルの妹アゼリアのいつものチョコレート騒動を見ながらミルクチョコをかじる。

 

「駄目ですか……? お兄さまにたくさん食べて頂こうと作ったのですが……ごめんなさい、御迷惑をおかけしましたか……?」

 

「そんな事は無い! 是非食べさせてもらおう!!」

 

「……マスター、あの二人今年もやってるぜ」

 

「ああ、ゴードンか……昔はアゼリアも大人しかったんだけどなぁ……いつからあんな策士になったんだろうか……」

 

「昔っていつだよ」

 

「150年くらい前」

 

「昔過ぎないか?」

 

 バーカウンターに甘い香りのするアルが一人増えた今日、俺は出会った頃のアルを思い出して笑みを溢す。

 

「随分と笑えるようになったじゃねぇか、あいつも」

 

「マスター!! チョコを作ったから食べてくれ!!」

 

「カナデ、俺は実験台じゃあないんだ、だからその青色のチョコを置くんだ。待て、話せばわかる。待て、な?」



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5 ギルド拡張計画 40年目

文字数抑えられませんでした。


 ギルドあさかわ、40年目である。俺こと浅川蓮司は少し不満が溜まっていた。

 

「……狭い」

 

「マスター、どうしたんですか?」

 

 レインが机に倒れ伏している俺を心配そうな顔で覗き込んでくる、俺は顔を上げると酒場を見渡す。

 

「もう結構手狭になって来たなって」

 

「あぁ……そうですね、冒険者も随分と増えたので椅子が足りずに立たざるを得ない人たちも出ていますね」

 

 そうなのだ、ちらほらと立ちっぱなしで雑談したり飲んだりと不便そうな人が増えている。

 

「これは……改築が必要だな」

 

 という事で、今回呼んだのは以下四人。

 

「────という事で、今回の議題はギルドの改築です。意見は沢山応募中です」

 

 まずはレイン、まあ秘書なので当然だが。

 

「私がこの場にいていいのか?」

 

 最近酒造りが上手い事をしったので従業員にシフトしてもらったアルカディオスもといアル。

 

「僕寝ていいか……?」

 

 最近少しづつ筋肉が増えて来たサミュエル、運動出来て偉いぞ。建築や科学的知識はこいつが一番豊富なので参加。

 

「あの……どうして私も?」

 

 最古参且つ引退した元冒険者のカナデ、久しぶりに来てくれたのでそのまま連れてきた。

 

「よし、じゃあこの五人でギルドを広くしよう。何か意見ある人ー」

 

「ん……」

 

「はいサミュエルくん早かった」

 

「大喜利かよ……? まぁ、僕は研究室が欲しいね……もうあんな倉庫は嫌だし……」

 

「候補には入れといてやるが後回しだな、次」

 

「はい」

 

 次に手を上げたのはカナデだった、もう60近いというのに未だに40代みたいな顔してんのはなんなんだろう。

 

「はいカナデ」

 

「えっと、そもそも予算はどれくらいあるんですか? それがわからないとなんとも……」

 

「あ、そうだった。レインお願い」

 

「はい、今年度のあさかわの全予算が凡そ3000万、その内改築に回すとなると。限界まで引き上げて800万には抑えてほしいですね」

 

「800万……私は家など買ったこと無いが多いのか?」

 

 アルが疑問を口にしたので答えようとしたら、意外な事にサミュエルが答えてくれた。

 

「増築という点だけ見れば問題ねぇが……あくまでもちゃんとした業者に頼んで……部屋一つ分だけ頼む場合になる……ギルドである以上一部屋増やすだけじゃねぇだろうし……確実に足りなくなるな……」

 

「……意外だな、サミュエル建築詳しいのか?」

 

「前世じゃ親父が資格マニアだったんでな……それに当てられて僕も色んな資格を持ってんだ……建築にも少しは知識があるぜ……」

 

「人間、特技の一つや二つあるもんだな……あ、すささせの魔法で部屋を造れないのか?」

 

 俺が提案するとアルは難しそうな顔をする。

 

「出来なくはないが……私の魔法は発動中私の魔力を消費し続けるのだ、10年前は……その、冒険者の血があったから維持し続けられたが今は一月持てばいい方だ」

 

「それでも一月持つんですね……あ、でしたら魔力を供給し続けられる様にすればいいのですよね?」

 

「む? そうだな、例えば……魔法陣を作りそこに魔力を維持させれば私が不在でも空間は作れる筈だ」

 

「簡単に言いますが、アルさんの魔法をまともに維持し続けられる魔力持ちなんてこのギルドにはいませんよ? 仮にいた所で負担が大きいので任せられませんが」

 

 レインの言葉も最もだった、やはりこの案は却下か……と思った時、ある一つの案が思いついた。

 

「そうだ……龍脈はどうだ? そこに魔力転移の陣を俺が貼ってギルドに移せば……」

 

 龍脈、もとは風水用語だが俺達は魔力が異常に濃い地点をそう呼んでいる。アストラは各地に龍脈が存在しており、その内の場所の一つを数年前カエデが突き止めていたのだった。

 

「成程……龍脈の規模によるが、試してみる価値はある。マスター、依頼で龍脈の探索を派遣しよう」

 

「え? 龍脈の場所なら知ってるけど」

 

「一つだけだろう? もしかしたら維持には一つでは足りないかもしれないからな、龍脈は幾つ確保してもいいだろう」

 

「頼んでおいてなんだけどお前の魔法マジで燃費悪いな」

 

「我流な上に魔法だからな、効率化出来たらいいのだが」

 

 

 

 そして依頼を出した一週間後、早い事にもう一つ目の龍脈が見つかったらしい。

 

「で、見つけた奴は……あぁ、ユーフの弟子じゃないか。どこにあったんだ?」

 

「はい! ヴァインです! プライド王国の僻地にある湖で非常に魔力の濃い箇所を発見しました!!」

 

 元グラトニー王国の騎士団長ユーフの一番弟子、エルフのヴァイン、ユーフが引退したのを知ってから追いかけて来たらしい。このギルドで数少ない現地人でもある訳だが転生者などについては説明済みだった。

 

「プライド……よくそんな所まで行ったな」

 

「実は僕、騎士だった頃に一度任務で来た事がありまして……あそこにいると安らぐのでプライド王国に来たときはよく通っていたんです」

 

「よし、まずはそこに行くか」

 

 そしてヴァインの教えてくれた場所に俺とヴァイン、それとユーフと共に来たが……

 

「おいおい……水が無いじゃないか」

 

「ヴァイン? 本当にここが湖なのか?」

 

「は、はい。その筈なんですが……」

 

 ユーフが訝しげに湖だった場所を見ているが確かに空気中の魔力が濃い、しかし湖は完全に干からびていた。

 

「このまま陣だけ張って帰る事は出来るが……」

 

「流石にこの状況を放ってはおけないだろう、マスター」

 

「だよな」

 

 とはいえ情報も何も無い今は難しい、一度プライド王国で話でも聞こうかと思った時

 

「……あ、隊長、マスター! あそこで声が聞こえます!」

 

「声だって? 人の気配は無かったが ……いや、ヴァインはエルフだったな。噂に聞く精霊の声か?」

 

「多分……実際に聞いたのは初めてですが……」

 

 話に聞いた程度だがエルフは精霊の声を聞き力を借りる事で自然の力を発揮することが出来るという、自然を歪ませ現象を引き起こす俺達魔術師とは反りが合わないと聞くが……

 

「こっちです……あ、いました!」

 

 そこには何もいなかったが俺は分かった、水の属性を持った魔力そのものが形を成している存在がいる。魔力を操る力が弱いユーフは分からないようだが。

 

「あの……どうして泣いているんですか? ……あ、ここの湖が……はい、はい……ええっ? わかりました、聞いてみます」

 

「声が聞こえないから電話応対見てるみたいだな……で、精霊はなんだって?」

 

「えっと……なんでも大きなスライムが突然現れて、ここの湖を飲み干されてしまったそうです」

 

「スライムが? ここの湖を吸収出来るほどのスライムなんて、そんな話聞いた事がないな……」

 

「それでマスター、お願いがあるそうなんですが」

 

「なんだ? 出来る範囲ならいいぞ」

 

「精霊が貴方の事を脅威として認識してまして……この湖に水を戻して欲しいと」

 

 ふむ、俺が脅威に見えるが湖を戻して欲しいと? 

 

「待て、脅威と認識してる奴に依頼するのか? というかなんで俺が脅威だと思われなくちゃならないんだよ」

 

「ええっと……精霊は自然の化身で? 魔術で自然を捻じ曲げる魔術師達が嫌いな様で……それでマスターは全属性を操れる上に強いじゃないですか、精霊から見たらが不快そのもののようです」

 

「……不服だが脅威扱い理由はわかった、じゃあなんで俺に依頼するんだよ」

 

「脅威ではあるけどマスターは話が通じそうだから妥協するらしいです」

 

「言いたい放題だな精霊ってのは……とにかく水があればいいんだな」

 

 俺は湖だった場所の中心に立つとそこら辺の木の枝で魔術陣を描き始める、どうせ一時的なものなのですぐ消えてもいい。

 

「……よし、後は魔力を流せば……」

 

 俺が魔術陣に魔力を流した瞬間、陣は起動し「扉」を呼び出す。扉は大量の水を吐き出すと瞬く間に湖を満たしていった。

 

「こ……これがマスターの魔術……」

 

「マスター、あれはどんな魔術なんだ?」

 

「ああ、簡単に言えば海から水だけを引っ張ってきた。余計な要素を取り除いているからマジの純水になってるぞ。後は時間が経てば普通の湖程度に汚れるだろ」

 

「魔術ってそんなろ過みたいな事できるのか……」

 

「まあ、暇さえあれば魔術弄って改良してるからな。こんなのも出来る。ただ難易度の高い曲芸みたいな事だから舞踊とか詠唱でやろうとすると10分くらい息継ぎ無しで紡ぐ事になるからやめとけよ」

 

 俺の説明に二人はドン引きしていた、まぁこの魔術陣も細かく描きすぎてクソ太い線で描かれた丸に見えるし、魔術に精通してない反応は仕方ない。

 

 さて、これで湖は一旦元に戻せた訳だが精霊の反応は……

 

「あ、感謝はしてますが凄い吐き気を訴えてます」

 

「頼まなければいいのに……」

 

「なんというか精霊が人の世に出ない理由がわかるな」

 

 とにかく今日の目的はギルドの増築の延長なので、精霊に許可を取ってから龍脈に魔術の陣を張る。今回はしっかりと専用の道具で描く

 

「これでよし、後はアルが魔法陣を起動すれば魔力はこいつを通して龍脈から供給される筈だ」

 

「前にも思ったが、マスターは魔法は使えないのか?」

 

「無理無理、魔法使いって要は運に愛された奴の特権みたいなもんだから。そいつの体に合った専用の魔術()()()()()()が魔法なんだよ、少なくとも過程を大事にしたがる普通の魔術師ほど魔法は使えないだろうな……あ、でも転生者は加護貰ってるからまだ可能性があるかもな」

 

「しかしマスターは魔術の妨害までやってのけているんだからできそうなものだが……」

 

「いやぁ、たとえ俺がアルに魔法の使い方を完璧に教えてもらったとしても俺は空間を操ったりはできないだろうな。そもそもアルは魔法の使い方を説明なんてできないと思うぞ、教えられてもいない技術を他人に教えるって凄い難しいからな」

 

「そんなものか……少し魔法に憧れていたんだがな」

 

 なんだか少し残念そうなユーフの頭を撫でるとちょっと強めに振り払われた。

 

「やめてくれ、私はもうアラサーだぞ」

 

「そんなこと言ったら俺80だぞ、お前たちは孫だ、孫」

 

「なら孫は甘やかさないで自立を促してやれ、というかマスターは娘がいたんだろう? もしかしたら本当に孫がいたんじゃないか?」

 

 その言葉に俺は固まった、そしてすぐにそれは無い事を思い出す。

 

「……いや、いやいやそれは無い。遠い未来……かはわからないが娘もこっちに来る事はわかってるからな。学生だから孫は無い、絶対無い」

 

 俺は焦った焦ったと息を吐くがユーフの顔は反対に暗くなっていた。

 

「あ……マスターの娘も若くして亡くなっているのか……すまなかった」

 

「あぁ、違う違う。娘は転生じゃないくて転移らしい、昔転生する直前に天使から聞いたんだよ」

 

「……天使も気になるが、転移だと?」

 

「あぁ、魔王が現れる時、勇者を召喚する国がいる筈だ」

 

「だが……そんな魔術聞いたこともないぞ」

 

「俺も無い、秘匿された相当高度な儀式かこの時代にはまだ開発されてないか……」

 

「あの……お2人ともそろそろ行きませんか?」

 

 ヴァインの言葉に頷くと俺達はギルドに戻る……所だったが

 

「え? なんでしょう……はい……え? い、いえ。僕は良いですが……ちょっと聞いてみますね」

 

「どうしたヴァイン、早くマスターの陣に乗るぞ」

 

「す、すいません。精霊が僕に着いてきたいと……良いでしょうか」

 

「えぇ?」

 

 驚いた、先程まで俺は、というか魔術師はかなり嫌われてそうだったのにそんな奴らの巣について行きたいとは。

 

「理由は聞いたのか?」

 

「その……ずっと自然の中にいるのも退屈だそうで、それと魔術師は嫌いだけど慣れて人間の所にいる事が出来れば同族に自慢できるかも、と」

 

「要はマウント取りたいって事だろ、……まぁいいが魔術師は多い、文句は言うなよ」

 

「はい……お礼を言ってます、え? 僕に名付けを?」

 

 どうやら精霊はヴァインに名前をつけて欲しいらしい、そういえば精霊としか呼ばず名前は聞かなかったがそもそも無かったのか。

 

「隊長、マスターどうしましょう……僕良い名付けができる自信が無いです……」

 

「名付けを頼まれたのはお前なんだ、お前が決めるべきだろう」

 

「俺も同意だが……そうだな、水の精霊なら水にまつわる言葉から取るのはどうだ?」

 

「な、成程……それじゃあ……えっと……水だから……ディーネで!」

 

 ヴァインが名見つけた瞬間、精霊のいる位置から大量の魔力が収束するのを知覚する。その魔力量に思わず目を細めると収まった頃には手の平サイズの小さな人魚……の様な女の子が居た。

 

「うわぁっ!?」

 

 その様子に俺はある現象を思い出した。

 

()()()だと!?」

 

「しゅ、種族化? マスターどうなっているんだ?」

 

「……普通、一部の魔物とか肉体を構成する上で魔力が()()の生物は成長しないんだ。だが何か大きな出来事が起こると新たな種族として生まれ変わるのを種族化と言う……が、原因はわからんし誰もその瞬間を見ないせいかあくまで机上の空論だった。だが本当に起こるなんてな……」

 

「つ、つまり僕が名前をつけたらディーネは種族化したってことですか?」

 

「多分な、ディーネは精霊である事に変わりは無いだろうがかなり高位の存在になっていてもおかしくないぞ、なんせ魔力で構成されているのにこうして普通に見えるし触れるからな」

 

 俺がディーネの頬を触るとディーネは嫌そうに俺の指を押し退ける。

 

「私達は貴重な瞬間に立ち会えた、という事か」

 

「でも、精霊なのはわかりましたけどこうして見るとどちらかと言えば妖精みたいですね」

 

「あー……ヴァイン、それあんまり言わない方がいいぞ。ディーネが頬膨らませてキレてる」

 

「えっ!? ご、ごめんなさい! いててっ氷の粒が」

 

 精霊と妖精は仲が悪いと聞いた事がある、精霊側は知能も低く人間と馴れ合う妖精が嫌いで、妖精は妖精で肉体も持てない精霊を馬鹿にしているそうだ。あくまでそういう話と文献で読んでいるがディーネの様子から真実なのかもしれない。

 

「よし、それじゃあディーネ。これから俺達のギルド……巣に帰るけどもう一度言う、魔術師が多いからって吐いたりするなよ」

 

 ディーネは頷くとヴァインの服に潜り込むように隠れていった。

 

「あ、あの~これはちょっと……」

 

「よし、行くぞ」

 

 こうして俺達は一つ目の龍脈を確保した、そして数日後の夜中……

 

「どうだ、アル? あれから5つ龍脈を見つけたができそうか?」

 

「ああ、十分だ。これなら私が居なくなっても少なくとも100年は魔法を持続させられる」

 

「ちょっと集め過ぎたか……?」

 

「どうだろうな、私やマスターなんかは既に不老の身だ。100年は案外早く過ぎ去ってしまうかもしれんぞ」

 

「……確かに、もうこっちに来て50年は経ってるしな……」

 

「そうだろう? ……ではマスター、レイン殿から設計図も受け取っている。これから拡張を始めるからギルド内の者を退席させて欲しい」

 

「ああ、わかった」

 

 そうして夜にも関わらず入り浸っている奴らに事情を話し、ギルドから出る事になった。そして待っているとカエデがやって来た。

 

「あれ、どうしたの皆? こんな時間にギルドの外で」

 

「お! カエデじゃないか、随分ギルドに顔を出さなかったが……五年程か? 久しぶりだな」

 

「やっほーユーフ、ちょっとこっちに用事があってね。それよりマスター、どうして皆外にいるの?」

 

「あぁ、実はアルに頼んでギルドを拡張しようと思ってな、さっき始めるから飲んだくれ共と一緒に外に出てるんだよ」

 

「ふぅん……確かに狭かったしね、ここ」

 

「ま、随分とメンバーも増えたからな。いい加減広くしようと思ってたんだ」

 

 それからカエデと雑談を……2時間だろうか、その頃にアルがギルドから出てきた。

 

「マスター、終わったぞ。ここのギルドの長はマスターだ、最初に入るといい」

 

「お、そうか? それじゃあ早速……」

 

 意を決して俺が扉をくぐると、そこにあったのは今までの二倍ほどの広さになった酒場があった。

 

「おぉ、随分広くなったな! これなら椅子を増やしても大丈夫そうだ!」

 

「でも、何個も龍脈を探した割にはあまり広くなってないような気がします……あれ?」

 

 労力の割にはあまり広くなっていないと何となく感じているヴァインは、部屋の左の方に見た事がない扉があることに気がついた。

 

「隊長、ここに扉なんてありましたっけ?」

 

「何? 本当だ、確かにここに扉など無かった」

 

「開けてみるといい、貴殿たちも驚くだろう」

 

 言われた通り2人は扉を開けると、そこには複数の扉が存在する部屋となっていた。扉は6つあり、それぞれ扉のデザインが異なっていた。

 

「こ、この部屋は……?」

 

「……あ、これあれか! マジで作れたのかアル?」

 

「マスター、あれとは?」

 

「実はな、他の国にギルド支部を作ろうとしてたんだよ」

 

「何だって?」

 

「遠出の依頼を受けた時、毎回ここに帰ってくるのは大変だろう? カエデを見てて特に思ったしな。それでアルやレインと相談して、ギルドに支部を作ろうと思ったんだ」

 

「な、なるほど……だがそれとこの扉にどんな関係が?」

 

「支部を造ると言っても俺達は他のギルドより人数が多い訳じゃない、わざわざスタッフを増やしても今はしょうがないからな。だから場所を作るんじゃなくて、扉をここに繋げてそれぞれの国に移動できる様にしようって訳だ」

 

私達(転生者)らしい言い方をするならば、ワープポイントとでも言うべきかな」

 

「ワープポイント?」

 

「ヴァインは馴染みが無いからな、私は何となくわかったぞ」

 

「私もわかんないー、転生者の人達って相変わらず変な知識はあるよね」

 

「今はまだただの飾りだが、近い内に他の国にギルドを置くつもりだ」

 

「アルさん、他に部屋はあるの?」

 

 カエデの質問に代わりに俺が答える。

 

「いや、後はいつもの倉庫ぐらいだ。後は追々必要な部屋から増やしていこうって話だな、無理に部屋を増やしても使う事がなかったら意味が無い」

 

「そういう事だ、さて……時計も3時を回る、私は今日の所は寝るとしよう」

 

「アルさんって吸血鬼だよね……?」

 

「吸血鬼が昼に起きては不味いかね? 私は太陽には強いから心配する必要などない」

 

「知ってはいるけど……なんていうか、吸血鬼的には昼夜逆転生活なんだろうなって」

 

「……心は人間のつもりだからな」

 

 アルはそう言うと扉を潜り行ってしまった。

 

「私達も帰ろうか? ヴァイン、今日は私の家に泊まっていくといい」

 

「えぇ!? そ、そんな恐れ多い……!」

 

「嫌か?」

 

「い、いえ……そういう訳では……」

 

「ならいいだろう? さぁ帰るぞ」

 

「お前らも帰れよ、酒が抜けてるやつは酔っ払い連れて帰れよー」

 

 そうして人が掃けて俺とレインだけになった頃、俺は椅子に座ると改めて広くなった酒場を見渡す。

 

「……なぁレイン、随分と大所帯になったと思わないか?」

 

「えぇ、喜ばしい事ですね」

 

「そうだな……最初……俺は娘に会って、いつか勇者にさせられるあいつを助けられたらと思って始めたけど……今はもう一つやらなきゃいけない事ができちまった」

 

「そうですか、よければ教えて貰っても?」

 

「知ってる癖に…………このギルドをでっかくして、俺の手の届く範囲迄でもいい、娘だけじゃなくて、できる限りの奴らを助けたくなっちまったんだ。無理だと思うか?」

 

「いいえ、立派だと思います。とても貴方らしいかと」

 

 その時、随分と、随分と長い間薄れていた顔がレインと重なって見えた。

 

「……美里」

 

「はい?」

 

「……あ、ああいや……なんでも無い。忘れてくれ」

 

 俺は席を立つと自室に戻っていく、その時のレインの顔がずっとあいつと重なって見えた。



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6 七つの神と七人の転生者 ???年目

短くできました


 それは、ある日の事だった。

 

 蓮司は依頼の一環としてラス王国に訪れていた時の事だった。

 

「なんか早く依頼終わっちまったな、このまま転移で帰るのもな……かといってやる事があるかと言うと無い訳で……」

 

 ラスの街をぶらぶらと歩きまわっていると、蓮司は一つの建物に目が留まった。

 

「教会か……そう言えば、天使ってあれから見た事ないけど、教会に行けば何かあるかな」

 

 アストラに蓮司が来る前、最後に会話した天使と会う方法を密かに探していた蓮司は教会に何か手がかりがあるかもしれないと教会の扉を潜っていった。

 

「あら? こんにちは、日も高い内にここに訪れるとは……何かお悩みがあるのですか?」

 

 蓮司を出迎えたのは一人のシスターだった、見た目の年齢は20代だろうか。奥にちらほらといる修道女達よりも位が高そうに感じる。

 

「いや、俺は遠くから来たもんでね。ここでの仕事が早く終わって暇だったんだ」

 

「まあ、それでわざわざ教会にいらっしゃるとは、献身的ですね」

 

「いや、そういう訳じゃないんだが……ここではどんな神を信仰しているんだ?」

 

「はい、ラス王国では慈悲の神、サタン様を信仰しているのです」

 

「へー、慈悲の神か。そりゃあまた優しそうな神様だ事……って、あれが神像か?」

 

 蓮司が指した先には禍々しい角に悪魔の様な羽を生やした神像が奉られていた。

 

「はい、あの()()()()()()()()()姿()()()()()()が、サタン様です」

 

「……うん?」

 

 シスターの言葉に、蓮司は首を傾げた。自分から見た像は確実に悪魔の様な見た目をしていて、女性にはどう頑張っても見えないのだが……

 

「折角なので、貴方も祈ってみてはいかがでしょう?」

 

「あ、ああ……信徒じゃないがいいのか?」

 

「えぇ、祈る行為は平等ですから」

 

 そうして蓮司はシスターの見様見真似で目の前の像に祈ったが、どうにも真面目に祈る気になれなかった。

 

「……これでいいのか?」

 

「ええ、本来はもう少し形式があるのですが、そこまでやる必要も無いでしょうし」

 

「ま、何かご利益があればいいな、とりあえず俺はもう帰るよ」

 

「ええ、神のご加護がありますように」

 

 蓮司は背を伸ばすと出口に足を運ぶ、そして外に出てまだ日が高い事を確認すると欠伸をした。

 

「……まだ帰るには早かったか。……ん?」

 

 ふと、蓮司から見て右にある庭に妙な物が落ちている事に気づいた。

 

 蓮司は庭に近づくとその妙な物の正体に気づく。

 

「なんだこりゃ、人形……? いや、これも神像の一つか?」

 

 拾ったのは酷くボロボロになった女性の像だった、顔や体は風化しており姿が断定できない。

 

「……さっきのシスターに聞いてみるか?」

 

 手に取り軽く埃を払うと教会に戻るのだった。

 

「あら? 何か忘れ物でもありましたか?」

 

「忘れ物じゃないんだが、さっきそこでこんなものを見つけてな」

 

 先程拾った女性の像を見せるとシスターはああ、とすぐに分かった様だった。

 

「これは邪神サリエルの像ですね、ここにある()()()()()()()()()()()()

 

「え……角?」

 

 蓮司は自分の中にある違和感が強くなっているのを感じた、自分の目が正常だというなら、このシスターは何を言っているのだろうと。

 

「ええ、詳しく言いますとこの邪神サリエルの像は意図的に崩されているのです、災いや不幸を邪神に押し付けて悪い物を追い払おうというおまじないみたいなものですね」

 

「あぁ、だからボロボロなのかこれ……」

 

「なんでしたら壊してしまっても大丈夫ですよ? そういうおまじないなので」

 

 蓮司は少し無理な笑顔をしたまま受け取るとボロボロの像を手にしたままギルドに帰ってきた。そして自室にて

 

「……やっぱり女の像だよな……?」

 

 泥や汚れを落とし破損した部分以外は綺麗になった像を改めてみるが、仮に折れていたとしても角や羽があったようにはとても思えない。

 

「……祈ってみるか」

 

 根拠は無いが、なぜだかこの像に対しては本気で祈れそうな気がした蓮司は机に置くと自らは跪き、心から祈りを捧げてみた。

 

 すると景色が変わった。

 

「は……!?」

 

 先程まで自分の執務室だった筈なのにいつの間にか床も天井も真っ白い景色に変わっていた。余りにも突然な出来事に魔術を使い現在位置を把握しようとするが、魔術が発動しない……というより魔力そのものが動かせなくなっているのを理解した。

 

「な……なんだこれ、まるで転生する時みたいな……」

 

「初めまして、原初の転生者よ」

 

「っ誰だ!」

 

 声のした方向に振り向くとそこには見るだけで戦意や敵意と言ったものを失わせる、神秘的な女性の麗人が立っていた。顔は初めて見るがその姿には見覚えがあった。

 

「……あ、もしかして邪神サリエルとか言われてた神様か?」

 

「……はい、哀しい事ですが」

 

「なんで邪神とか言われてるんだ? 見た目はむしろあのサタンとかいう神の方がよっぽど禍々しかったが」

 

「その事について説明と、貴方への頼みがあるのです」

 

「頼み?」

 

「ええ、ですが立ちっぱなしもなんですから……座りませんか?」

 

 そう言うと白い空間に洋風の椅子と丸テーブルが出現し、ご丁寧に紅茶まで現れた。

 

「おぉ……なんか悪いな、お茶まで出して……」

 

「では、まず説明からします……」

 

 椅子に座った二人は向かい合うと真剣な顔でサリエルは語り始める。

 

「元々、私とサタンの役割は反対でした。私が人々に慈悲を与え、サタンが災いを受け人々から厄を受ける事で不安を遠ざける……」

 

「ああ、その方がそれっぽいな」

 

「ですが数百年前、サタンは人々から嫌われ続ける役割に怒り私の神の力を奪い、神の役割に姿までも奪ってしまったのです」

 

「サタンは自分の役割に不満があった訳か」

 

「恐らく……そして役割を奪ったサタンは信仰によって得られる力に慢心し、他の邪神たちをそそのかし始めました」

 

「うん? 他の邪神ってのは?」

 

「私達神は7つの国をそれぞれ守っているのです、私の守るラス王国、メタトロンの守るグリード王国……といった様に、そしてそれぞれにも邪神が居ます」

 

「神が違うのに信仰の仕方は似てるのか」

 

「まぁ……私達仲がいいので」

 

「……神様が急に身近に感じたよ」

 

「……そして、サタンにそそのかされた邪神たちは、水面下で私達の力を奪う算段をし、油断していた神々の役割を奪ってしまったのです」

 

「つまり今のサリエルの状況が他の国でも起きていると」

 

「はい」

 

「邪神が強かったのか神々の油断が大きかったのか……」

 

「う……申し訳ありません」

 

「そこまで聞いたら同情はするけどよ、客観的に見て人間たちに不都合はあるのか? 信仰した神が知らず知らずのうちに変わっていても特に影響がないなら問題ないと思うんだが」

 

「邪神達は魔王の復活を狙っています、と言ったらどうですか?」

 

 その言葉に蓮司の眉が動く、そしてその声色が低くなった。

 

「……本当か?」

 

「邪神達は基本的に混沌を好みます、世界さえ存続可能であれば娯楽を優先する様な者達です。魔王を復活させ、それによって起きる混沌を望んでいるでしょう」

 

「それが本当なら出来る限り助ける手伝いをしよう、娘に魔王討伐なんてさせる気は無いからな」

 

「有難うございます、私達が神へと戻れたら貴方も神の一員となれるように推薦しておきますね?」

 

「いや……神とか大変そうだからいいかな……」

 

 蓮司は紅茶を飲み干すと息を吐く。

 

「とは言ったが、具体的にどうすればいいんだ?」

 

「それについてですが、いいでしょうか?」

 

「うん?」

 

「私は邪神に奪われる直前、ある魂に渡せるだけの加護を渡しました。そして同じことを他の神々も行ってくれている筈です」

 

「魂?」

 

「善性の強い転生者に加護を与えました、その者と出会えれば魔王討伐、そして邪神から私の力を取り戻す際大きな助けとなってくれるはずです」

 

「はぁ……成程、だが他の神もやってくれているのか?」

 

「今は互いに連絡できませんが私が力を奪われた事を察して似たような行動をしてくれた筈です、長い付き合いなのでわかるんです」

 

「ああ、成程?」

 

「誰か特定するには貴方の魔眼を使えばわかる筈です、特に加護が強いので転生者の中でも見分けられるでしょう」

 

 そこまで言った時、サリエルの体が薄れている事に気づいた。

 

「え、ちょっと体が……」

 

「どうやら力が弱まってきたみたいです、やはり紅茶を出したのは痛かったですね……」

 

「え、そんな事で力消耗するの!? 出さなきゃよかったのに!?」

 

「浅川蓮司、各国にいるであろう……7人の転生者を見つけ出して……ください。そして願わくば…………邪神から私達を…………取り………………戻して………………」

 

 そして次に目が覚めたのは自室だった。

 

 眼を開けると目の前には呆れた表情で立っているレインの姿がいた。

 

「マスター、帰って来るなり床で寝るのは良くないですよ? ちゃんとベッドで寝てください」

 

「……」

 

「マスター、聞いてますか?」

 

「あ、あぁ。大丈夫だ、悪かったな」

 

 はっきりと覚えている夢の出来事を思い返し、蓮司は新たな目的に気合を入れ直すのだった。



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7 赤子の転生者、ユキノ 180年目

4月1日だけど嘘じゃないです


 その日は、なんとなく外を歩いていた。

 

 ギルドも大きくなり数日ぐらいは俺が居なくても問題なく運営が出来るようになってから俺の出番が減った、ゴードンもカイルも最近は忙しそうだから構ってくれないし正直暇してた。

 

「なんか面白い事無いかね、ヴァイン君よ」

 

「さ、さぁ……僕はなんとも」

 

 ヴァインはユーフが亡くなった後、思う所があったのか騎士に戻ったがこうして時々冒険者として新人の育成を手伝ってくれている。昔の仲間がいてくれるのは嬉しい事だが正直仕事とか良いのだろうか。

 

「そういえばお前の精霊たち、今日は姿が見えないけどどうしたんだ?」

 

「あぁ……ディーネはサミュエルさんの所で研究の見学をしてますしイフはギルドの女性陣とショッピングに行ってます。後の二人は騎士団で訓練中ですね」

 

「大分人間社会に馴染んでるな」

 

「そうですね、皆強かです」

 

「にしてもショッピングか、俺もたまには……」

 

 ヴァインと街をぶらついているとふと、薄暗い路地裏に視線が止まった。

 

「マスター? どうしました?」

 

「いや、今なんか……魔眼が反応した」

 

「え、では転生者ですか? しかし最近はあまり姿を見ませんでしたが……」

 

「とにかく行ってみるか、行くぞヴァイン」

 

 俺とヴァインが路地裏に行くと、幼い泣き声が奥の方で聞こえて来た。

 

 鳴き声の場所まで辿り着くと、籠の中にまだ産まれて間もないであろう銀の髪を持った赤子が大きな声で泣いているのがわかった。

 

「赤ん坊ですね……誰がこんな所に……」

 

「……転生者はこの子か、取り敢えずギルドまで連れて行こう。ケセドの奴に診せれば何とかなるだろ」

 

 そうしてギルドに戻ると少なくない人数がこの子に注目した。

 

「戻ったぞ、ケセドはいるか?」

 

「マスター、どうしたんだよその子供! まさか知らない間に結っこ!!?」

 

 かかと蹴りでゴードンを黙らせると医者のケセドのいる医務室まで連れて来た。

 

「どうしたマスター……赤子か。アンタの事だ、どこかで拾って来たんだろう? 診察をするからそこに座れ」

 

 ケセドはドワーフの医者で転生者だ、この世界では病気の治療は殆ど自然治癒に任せるしかなかったがこいつが来てから病気に対する対抗策が増えた。強力な人材の一人だ。

 

「ふむ……随分と健康だな、今は気温も低めだし赤子の体ではすぐに冷える筈だが……発見が早かったのか?」

 

「じゃあ取り敢えず大丈夫って事か?」

 

「ああ、すぐにどうにかなってしまう事はあるまい……それはそうと、転生者なのか?」

 

「ああ、目が反応したんだ。間違いない」

 

「ほう……しかしそれなら違和感があるな」

 

「違和感?」

 

「俺は数えられる程度ではあるが赤子の転生者を診てきた、そいつらは皆意識がはっきりしていて自分の現状を理解している……だが、この子の反応は赤子の反応そのものだ、転生者特有の聡明さを感じない」

 

 俺はその言葉に上手く返事が出来なかった、つまりケセドの言っていることが正しければこの子は転生者ではなく、本当にただの赤子という事になるが……魔眼では間違いなく転生者な訳で……

 

「……よし、久しぶりに神頼みでもするか」

 

「……神頼み?」

 

「まあ、ちょっと行って来るわ」

 

 そしてギルドの中にある部屋の一つ、サリエルの小さな像が奉られている小さな部屋で俺は膝をつき祈る。

 

 すると景色が変わり、真っ白い空間に現れる。

 

「久しぶりですね、レンジ」

 

「どーも、今日は聞きたい事があるんだ」

 

「あの赤子の事ですね」

 

 サリエルは椅子を生み出し座ると俺にも座るよう促す。

 

「よっと……そう、ちょっと気になるからな。ただ俺達を怖がって子供の振りをしているだけならいいんだがな」

 

「……あの赤子は、確かに転生者ですが……前世がほとんどありません」

 

「ほとんど?」

 

「あの子は、地球で生まれてすぐに事故で亡くなっています。前世と合わせても1歳にも満たないでしょう」

 

「…………そうか、あの子の親は? アストラと地球どっちもだ」

 

「地球の両親は共に亡くなってしまっています、アストラでは……性奴隷の子、ですね……ある奴隷が身ごもった後捨てさせられています。父親は処刑され、母親は……今はどこにいるかすらわかりません、少なくともラスにはいないですね」

 

「聞くんじゃなかった……はあ、あの子は、何か加護とかあるか?」

 

「そうですね……あ」

 

「どうした?」

 

「こちらを……親の意志というものは強いものですね」

 

 サリエルは俺に一枚の紙を渡す、そこには「縁の加護」とだけ書かれていた。

 

「縁……」

 

「この加護は私達が与えたものではありません、あの子の親が与えたものです」

 

「俺に会えたのも縁だって?」

 

「加護の力は本物みたいですね」

 

 ふふ、と俺を見て笑うサリエルに俺は頭をかくと椅子から立ち上がる。

 

「もし両親の魂を見つけたら伝えといてくれ、あんたらの子供は俺達が守ってやるってな」

 

 そして景色が切り替わると俺はギルドの酒場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 そして五年後、ユキノと名付けた赤子はぐんぐんと成長し……

 

「待つのだユキノ! 某の尻尾は尖っておる!! 触れてはならん!」

 

「ユキノちゃん! お兄さまの作ってるのはお酒です! 飲んじゃだめです!」

 

「待ちなさいユキノ!! アゼリアの髪は食べ物じゃない!」

 

 物凄くお転婆に育っていた。

 

「マスター、ユキノの奴またカナデ二世と喧嘩してるぞ……」

 

「またか……カイルがいるから怪我はしないだろうが……」

 

「ますたー!! かなでがゆきののおもちゃとった!!!」

 

「わたしのぬいぐるみをさきにとったゆきのがわるいんだ! わたしはわるくない!!」

 

「あーほらわかったから……ユキノはぬいぐるみを返しなさい、カナデはおもちゃを返してあげなさい」

 

 俺がユキノを、急いでこちらへきたカイルがカナデを抱き上げると二人は俺達に抱きかかえられながら手を伸ばし威嚇し合っている。

 

「ごめん……マスター、目を離した隙に……」

 

「謝るな……俺もちょっと油断してた」

 

「むー!!!」

 

「い──!!!」

 

 ユキノには勉強も教えている、とはいえまだ五歳、簡単な文字が読める程度に教えているがどうにも難しい。

 

「じゃあこれはなんて読むかな? ユキノちゃん?」

 

「いちご! ばいんのせーれーがよくたべてる!」

 

「よくできました、次はこれ、読めるかな」

 

「悪いなヴァイン、教師の真似事させて」

 

「いえ、これくらいなら大丈夫ですよ。しかしユキノちゃん、すくすく育ちますね。もう五年ですか」

 

「エルフの時間間隔で五年って短いだろうな」

 

「マスターももう同じくらいでしょう? もうお爺ちゃんじゃないですか」

 

「心はいつまでもおじさん止まりだよ」

 

「ばいん! まじゅつってなに!」

 

「おっと! 魔術はね……」

 

 

 

 時には身を守る為訓練もしていた。

 

「よし……まずはあそこの木まで走るよ……先に着いた方に飴あげる……」

 

「ゆきののほうがはやいからあめはゆきののね!」

 

「わたしのほうがはやい! あめはわたしのだ!」

 

「これって訓練か?」

 

「子供にとっては、毎日運動する事が訓練だ。最も、怪我をしたら本末転倒だがな、すぐに俺の所に連れて来いよ」

 

「ケセドも運動したらどうだ? ドワーフの癖に細い腕してんだからよ」

 

「悪いがマスター、これでも軽自動車程度なら持ち上げられる。それに手先の器用さは衰えやしない」

 

「はいはい、医者の不養生にはなるなよ」

 

 

 

 

 そうして更に五年が経とうとした時、事件は起きた。

 

「レイン! ユキノが居なくなったって!!?」

 

「は、はい……一緒に寝ていたんですが朝起きたら居なくなっていて……」

 

「アル! 夜中ユキノ見てないか!!?」

 

「私は見ていない、だがユキノがギルドから出る前資料室にいた痕跡を確認している」

 

「痕跡?」

 

「ああ、あの子の両親についての資料だ。恐らくだが……探しに出て行ったとしてもおかしくはない」

 

「お前ら!! ユキノを探せ! ()()を見たって事はプライドの可能性が高い、そこ中心に探すぞ!」

 

 そして俺達は行方不明のユキノを探す為、ギルド総出で出撃した。

 

 

 

 

 

 

 始めは、ともだちの発言が発端だった。

 

「ユキノのお母さんってだれなの?」

 

「え?」

 

「ユキノっていつもギルドにいて、お父さんやお母さんにあったことがないからどんなひとなのかなって」

 

 カナデがこう言ってから、ずっとあたしの頭の中には両親の存在が浮かんでいた。顔も知らない、あたしの両親。

 

 最初はギルドの皆が家族だっておもったけど、ケセド先生からきいた話だとかぞくとは別に「うみのおや」がいるらしかった。

 

 だから資料室にいった時、一枚の紙に目に留まった。

 

「ユキノの両親について……」

 

 その紙は普段使わない日本語で、それに漢字だらけでほとんど読めなかったけどこれだけはわかった。

 

『プライド王国で両親らしき存在を確認、ユキノには秘匿させる』

 

 プライド王国にあたしの両親がいる事、そしてどうしてかあたしに隠している事だけはわかった。

 

 行き方だけはギルドの扉で行けるから大変じゃなかった、でもそこからあたしの両親を探すのは大変だった。

 

「……? こっち、何かある……」

 

 あたしは時々、何かに引っ張られるように動く事がある。それはあたしが自分の意志で動いているのは確かだけど、無性にその方向が気になる事がある。

 

 そうして歩いていると、そこは薄暗い路地裏だった。怖い顔をした人や腕や足が骨ばって見える人が倒れていたり、体の奥底から嫌な感情が湧き出て来た。あたしはそれでも進んでいくと、路地の行き止まりにあたった。

 

 何もなくて、戻ろうかと思った時、隅の方で血を吐いて倒れている人がいた。その人は銀色の髪をしていて、くすむ前は綺麗な色だったんだろうなって思う。

 

「……あの……だいじょうぶですか?」

 

「……誰? ……ごめんなさい、もう眼も見えないの……」

 

「えっと……どうして……血を吐いてるんですか?」

 

「とっても若い声ね……私の体はね、沢山の病気に侵されていて、もう長く無いの……でも、お金も無いから治療も出来ないのよ」

 

「じゃ、じゃああたしの友達にお医者さんの先生がいるからその人に……」

 

「だめよ……迷惑をかけちゃうでしょう……? それにね、私は奴隷なの……奴隷はお店を利用する時は、所有者に請求がいくんだけど……あたしの主人は払う気が無かったみたいなの」

 

 倒れている人の顔色が段々と悪くなっていく、あたしが声をあげて体を揺するが反応も鈍くなっていく。あたしはなぜだかこの人を助けないといけないって感じてしまった、今助けないと後悔するってわかっていた。どうしてかはわからないけど街に飛び出そうと駆けだそうとすると目の前を怖い顔の人があたしを取り囲んだ。

 

「嬢ちゃんよ……ここはスラム街だぜ? 一人でいたら悪い奴らにさらわれちまうぜぇ?」

 

「あっ、そっか……ごめんなさい、教えてくれてありがと……きゃっ!?」

 

 わざわざ教えてくれた人にお礼を言って通り過ぎようとしたら腕を掴まれて持ち上げられた、あたしが暴れようとしてもびくともしない。

 

「びっくりした……お前どんだけ悪意を知らないんだよ……」

 

「兄貴ぃ、こいつ幾らで売るんですか?」

 

「銀髪は珍しい、裏の奴隷商にでも売れば数千万はくだらねぇぞ」

 

「はっ放して! 早く戻らないといけないのに!」

 

「あ? もう戻る必要なんてねぇよ、お前の居場所は地下になるんだからっ!!?」

 

「あっ兄貴ぃ!? 誰だてめぇ!!!」

 

 あまりにも急な出来事であたしは怖くて堪らなかった、これからどうなっちゃうんだろうなんて思い、目の前が滲んだ瞬間、あたしを持ち上げていた男は吹き飛ばされあたしは誰かに支えられた。

 

「全く……親を探す気持ちは結構だが一人で行くのは感心しないな、相変わらずお転婆な奴め」

 

「あ、先生……」

 

「何だお前!! ドワーフか!?」

 

「親じゃねぇが……保護者その一だ、この子を攫いたいなら俺を殺してから攫うんだな」

 

「あぁ!? ふざけやがって、俺様をただのチンピラだと思うなよ!!」

 

 怖い男は手から火の塊を作るとそれを先生に飛ばした、あれは基礎の魔術だった筈だ。

 

 先生はそれに対して避ける事もせず真正面から受け止めた、あたしは思わず目を瞑る。

 

「へへっ……避けもしないとは油断した……な!?」

 

 眼を開けたら先生はやけどの跡も無く、全くの無傷だった。

 

「ドワーフは特に火に対し頑強なのは知らないのか? まあ俺は他の同族と比べてもひ弱だが……」

 

 先生は素早く男に近づくと男の腹を強く殴った、先生の二倍はある男は体をくの字に曲げると白目を剥いて倒れてしまった。

 

「あ、兄貴! クソっ」

 

「えっ、きゃあっ」

 

 あたしはもう一人の男に手を取られるとそのまま捕まってしまった。

 

「動くなよ、少しでも動けばこいつの首かっ切ってやるからな!!」

 

「……人質をとるのは結構だが、その子はおすすめはしないぞ」

 

「はぁ? 何言ってやがる、さっさと両手を上げて膝をつけ……?」

 

 男は最後まで言葉を言う事が出来なかった、あたしが振り向くとそこには鬼の形相をしたマスターが笑顔で立っていた。

 

 マスターは男の手を掴み持ち上げていたが男の両腕はひしゃげいけない方向に曲がっていた。

 

「ユキノ……俺は何で怒ってるかわかるか……?」

 

「ご……ごめんなさい……あ、マスター! 先生! 後で沢山怒られるから、助けてほしい人がいるの!」

 

「……! 案内しろ」

 

 あたしがそう言うとマスターと先生は顔つきが変わりあたしを抱えておくに走り出した、あたしは案内をするとすぐにあの女の人の前にたどりついた。

 

「いたよ! 先生!」

 

「その声……戻ってきたの……? 駄目よ、私に関わったら……」

 

「患者は黙っていろ、診察するから安静にしていろ」

 

 先生はどこからか……確か、聴診器とか言うのを取り出すと女性に押し当てた。

 

「……心臓に異音は無い、血の色からして胃の方か……これ以上はギルドで治療するぞ、ここに居てもまともに治療などできん」

 

「よし、転移するぞ。直接医務室でいいか?」

 

「いや、一度消毒しておきたい、ギルド前にしてくれ」

 

「わかった」

 

 マスターが何か書かれた紙を地面に投げ捨てると紙は光り輝き次に目を開いた時はギルド前だった。

 

「よし……五秒待て」

 

 ケセドがポケットの中から一枚の紙を女性に貼り付けると紙に書かれた魔術陣は女性の体を淡い光で包み込んだ。

 

「いいぞ、このまま医務室に連れていく」

 

「ユキノ、安心しろ。この人はちゃんと助けてやるからな」

 

 そう言ってあたしの頭を撫でたマスターの顔は、凄く穏やかだった。

 

 

 

 

 

 結果だけ言うとあの女性は無事だった、ケセドが言うにはギルドで治療できる程度の病気しか持っておらず、十分対処できたそうだ。今は治療魔術をかけて安静にさせているらしい。

 

 その報告を聞いたあたしは安堵し、今ギルドの執務室で正座をさせられていた。

 

「さて……ユキノ、何故今正座させられているかわかるか?」

 

「あ、あたし子供だからわかんない……」

 

「確かにお前は子供だが同年代よりは賢いと思ってるんだがな?」

 

「な、なあマスター。ユキノも反省してるしもういいんじゃ……」

 

 ゴードンが助け舟を出してくれた、あたしはゴードンを見て顔を輝かせるとマスターがぴしゃりと止めた。

 

「駄目だ、ユキノが今回行った行為は間違いなく人助けと言える。だがそれは俺達がユキノを発見できて、その上でケセドが近くにいたからこそなんとかなった。それは決して褒められた事じゃない」

 

 マスターの言葉にゴードンは口をつぐみ、一歩下がると黙ってしまった。

 

「いいかユキノ、お前は力が無い、きっとお前はこれからも人を助けようとするだろうな、目の前に困った奴がいたらそれが誰だろうと助ける、だけどな、今のお前は助けちゃいけないんだ」

 

「ど、どうして」

 

「さっきも言ったが、お前には力が無い、それはお前が危険に巻き込まれるだけじゃなく、助けようとした人すら危なくなるかもしれないんだよ」

 

「……」

 

 その言葉がひどく胸に刺さり、あたしはマスターの顔が見れなくなった。

 

 その日の夜、あたしはギルドの屋根の上で星空を見ていた。

 

「よ……っと……ふぅ。全くこうも軽々と登れるのは血筋なのかね……よぉ、ユキノ」

 

「あ、ゴードン……」

 

「良い夜じゃねぇか、なのになんで泣いてるんだ?」

 

 言われてからあたしは、自分の頬が濡れている事に初めて気づいた。

 

「……あたしは、どうして弱いのかな」

 

「どうしてだって?」

 

「あたし、あの女の人が倒れてた時、何もできなかったの。治す方法も知らないし、助けを呼ぶこともできなかった……あたしは何が出来るんだろう」

 

「何も出来なくて当然じゃねぇか?」

 

 ゴードンがはっきりと言う、あんまりにもはっきりと言うからあたしは思わず睨みつけてしまった。

 

「いやいや、お前はまだ10歳なんだ、その頃は誰だって無力だよ。俺だって少しは剣が触れたけど、それだけだ。特に地球の方じゃお前の頃の歳の時は割り算も出来ない程に馬鹿だったからな」

 

「……」

 

「だが今の俺は誰かを守れる、その自信があるし実力も持ってる。それだけの時間と努力をしてきたからだ。お前は単純に、時間と努力の時間の部分が足りないだけだよ」

 

「じゃあ……あたしは大人になるまで何もできないの?」

 

「ちょっと違うな、出来る事はある」

 

 ゴードンはそう言うと何冊かの本を渡して来た、表紙には算数やら語学やら色々と書いてある。

 

「なにこれ」

 

「勉強だ、知識ってのは誰もが得られる平等な力だ。お前はまだ10歳だ、なら、今のうちに何でもいい。とにかく色んな事を覚えて知識で戦うんだ」

 

「知識で……?」

 

「そうだ、例えばケセド先生の医療も凄く多くの知識があるから人を治せる、マスターだって色んな知識があるからこのギルドを運営してくれているんだ。お前はそんな戦い方を覚えるんだ」

 

「でも……今更あたしが覚えても追いつく事なんて……」

 

「追いつけるさ、お前の周りには助けてくれるギルドの皆がいるだろ?」

 

「あ……」

 

 あたしがハッとしたように顔をあげるとゴードンは既に屋根から降りようとしていた。

 

「もう子供は寝る時間だ、夜空を見るのもほどほどにな」

 

「あっあのさ……」

 

「お前が助けた女が何者か知りたいのなら、それこそ勉強するんだな。少しだけなら手伝ってやるよ」

 

 そうしてゴードンは屋根から消え、あたしはしばらく星空を見た後、自室で本を読んでいたら気づけばベッドで泥の様に眠っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「マスター、これでよかったか?」

 

「ああ、ありがとう」

 

「しかしよマスター、こういうのはマスター直々に行くものじゃないか?」

 

「……いや、俺は飴と鞭の鞭だからな、甘やかすわけにはいかないからな。ほんと」

 

「あんた娘の話になると小心者になるよな」

 

 

 

 

 

 

 

 そうして凡そ10年後……エンヴィー国のある事務所にて

 

『──―はい、それじゃあこの資料を保存しておいて。そっちの書類はもうデータ化したから処分していいわ……え、連絡? ええわかったわ、5分以内に返事しておくから』

 

「……しかしなぁ、知識で戦えと言ったのは俺達だけど、まさか探偵になるとはな」

 

 俺とゴードンは独立したユキノの事務所を反対にある喫茶店から覗いていた。

 

「マスター、ユキノの仕事って儲かってるのか? 正直この世界で探偵業務なんてギルドの方に来そうな気もするが……」

 

「案外来ているらしいぞ、この前手紙が来たんだがコツコツ名を売ってそれなりに有名になれたらしい」

 

「へぇ……しかし大丈夫なのかね、未だに荒事は得意じゃないだろ?」

 

「時々ギルドに護衛依頼は来るし……それにカナデがいるさ、休日は頻繁にユキノに会いに行ってるしな」

 

「ふうん、カナデ二世、仲良かったしな」

 

「幼馴染ってのは貴重な存在だ、ずっと仲良しな事は喜ばしいよ」

 

「おっと……こっち見てないか?」

 

「マジか? だったらそろそろ帰るか……」

 

 

 

 

 

 そして同時刻、ユキノ探偵事務所では────

 

「あ、遊びに来たぞ。ユキノ」

 

「あら、カナデ。生憎今は粗茶しか出せないわよ?」

 

「構わないさ、私も今日は何も持ってきていないからな」

 

「そう、それなら少し話さない? 仕事も一段落したし、あた……私も消費しちゃいたいお菓子があるのよ」

 

「それなら頂こう……しかし、この事務所も随分と物が増えたな」

 

「誰かさんのお陰でね、それよりどう? お父……マスターは」

 

「素直にお父さんでいいんじゃないか? マスターも口では言わないが会ってユキノが言い間違える度に嬉しそうにしてるぞ」

 

「……マスターで良いわよ、あの人は相応の立場があるのだから」

 

「……何と言うか、親子共々似て来たな」

 

「何よ、そのお茶菓子没収するわよ」

 

「はは、悪かった。仕事は順調か?」

 

「そうね、失敗もあるけどなんとか暮らしているわ。それに……過保護な人もいるからね」

 

 ちらりと──―反対側の店を見たユキノはそのままお茶をすする。

 

「わ、私の事か?」

 

「そうね、貴方も含まれてるわね……そうだ、貴方の方こそ仕事はどうなのよ」

 

「ああ、最近は一人で依頼を受ける事もあるんだ。父上との訓練も1時間は耐えるようになった、少しは様になっている自信があるぞ」

 

「それってカイルさんに手加減されてるんじゃない?」

 

「そんな事は……無いぞ! 父上も最近は槍を使う様になってきたんだ。少なくともそれだけの実力はついたはずだ」

 

「そう、それなら私も守ってもらおうかしら」

 

「勿論、友達だからな! その代わり難しい事はユキノに任せる!」

 

「……私の方が負担が大きそうね」

 

「……あ、そうだ。今はどんな仕事をしているんだ?」

 

「依頼人の情報は無暗に公開するものじゃないわよ」

 

「う、それもそうだな……」

 

「そうね……大事な人探しとだけ言っておくわ、どうしてそんな事を聞くの?」

 

「じ、実はな? ユキノの仕事を手伝いたいんだ……」

 

「はぁ? ……いえ、それは嬉しいけど貴方はギルドがあるでしょ?」

 

「そ、それが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、そういやカナデ二世の事思い出したがこの前あいつ何したんだ?」

 

「何って?」

 

「いや、この前カイルに正座させられて凄い静かに怒られてたから」

 

「ああ、深くは言わないでおくが依頼でちょっと大きめの失敗してな。流石に危なかったから謹慎も兼ねてユキノの所に行かせた」

 

「そりゃ大変だな」

 

「ユキノの仕事はあまり暴れるような事は無いからな、それにカイルに依存してる所もあるから……自分で考えるって事を覚えた方が良い」

 

 

 

 

 

「────わかったわ、それならしばらくはここで働いていいわよ」

 

「ほ、本当か!」

 

「ただし、貴方も少しは事務仕事というものを覚えてもらうからね」

 

「え、わ……私はユキノを守る事が仕事だから……」

 

「そんな事そうそう来ないわよ、知識は力。私やマスター程とは言わないけど少しは勉強した方が良いわよ」

 

「お、お手柔らかに頼む……」

 

 ユキノにズバリと言われたカナデは、少し萎れていたそうな。



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8 危険人物記録:その1 複面のエゴ

 ある日、ゴードンが資料室で暇をつぶしている時、一冊の手書きの本を手に取った。

 

「なんだこれ、危険人物記録……?」

 

「あら、ゴードン。何を読んでいるの?」

 

「あ、ユキノか、久しぶりだな。この危険人物記録って何か知ってるか?」

 

「ええ、一応は知っているわ。一言で言えば、ギルドに関わりの深い問題児を纏めた本らしいわ」

 

「問題児……?」

 

「とはいっても私も詳しく知らないのよね、知っているのは人物の名前と何時いたのかくらいよ」

 

「ふうん……こういうのを見つけると気になるよな」

 

「ならザザさんに聞いてみる? あの人なら永く生きているし知っているかもしれないわ」

 

 

 

 

 

 ──―ザザの和室

 

「成程、それで某の所へ」

 

「気になったもので、良かったら教えてもらえませんか?」

 

「ふむ……それなら気になる名前を言えば某が答えようではないか」

 

「ありがとうございます、それじゃあ……このエゴという人の話を」

 

「奴か……ならばまずは奴との邂逅から話さなければならぬな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、あれはアル殿がギルドに入ってすぐの頃だったか……

 

 あの日は依頼があまり無く、皆暇を持て余していた。

 

「あ~~~~、依頼がこね~~~」

 

「何よもう、折角私が帰って来たのに皆ぐだぐだしちゃって」

 

「そう言ってやるなカエデ、マスターも他の皆も、この暑さに参っておるのだ」

 

「まあ確かに夏だからわかるけど……」

 

「むしろよくカエデは平気だな……熱くないのか?」

 

「実はこんなネックレスを貰ったのよ、首に下げてるだけで冷気が漂うから涼しいわよ」

 

 カエデは首に下げていた青いネックレスを見せびらかす。

 

「……なあレイン、うちに錬金術師とかいなかったっけ」

 

「いませんね、ついでに言うと細工師もいません」

 

「はぁ~人手不足は終わらないな……」

 

「もう、しょうがないな……道中に氷菓子を売ってるお店があったから私が買ってあげるよ」

 

 その言葉にぐでんぐでんになっている全員が起き上がった。

 

「待った待った! 流石にこの人数分は買えないよ、誰か一緒に来てくれない?」

 

「それなら私が行こう、私はまだ動けるからな」

 

 鎧を脱いでラフな格好になったユーフが立ち上がるとカエデとユーフは氷菓子を買いに外に言った。

 

「はぁ……つうかマジで暑いな、これだけ暑いと農家も不味いんじゃないか?」

 

「確かに……作物にも良くはなさそうだな」

 

「うわ、アルお前ちょっと灰になってるぞ……」

 

「ただいまー!」

 

「え、もう戻ってきた?」

 

 思ったよりも随分早く、カエデが帰ってきたことに多くのメンバーが驚いていた。

 

「あれ? お前ユーフはどうした?」

 

「なんか選ぶのに夢中になってたから先に戻ってきちゃった、はい皆の分!」

 

「お、ありがとう。じゃあこの赤い色のアイスを……苺かな?」

 

 各々がカエデの買って来た氷菓子を手に取り一様に口に含んだ、そして次の瞬間……

 

「かっっっっっらっっ!!!!???」

 

「うげぇ!! にっが……!!」

 

「こ……これ……舌に異常に張り付いて……!!」

 

「くひひひひっ!!!」

 

 まるでいたずらが成功した子供の様な笑い声をあげて転げ回るカエデにギルドの全員が怒りと困惑が混じった表情をしていた。そして突然玄関が開いたかと思うと

 

「ただいまー、結構時間かかっちゃった!」

 

「やはり一度に人数分買うのは悪手だったな……ん? お前達、何故固まっているんだ?」

 

()()()()()()()()がユーフと共に戻ってきた。

 

「は……?」

 

「か、カエデ殿が二人?」

 

「え? 二人って何……うぇ!? 私がいるぅ!?」

 

「あっ、バレちゃった?」

 

 転げ回っていたカエデ? は突然ぐにゃりと粘度の様に姿を変形させると中世的な顔をしたマジシャンの様な恰好をした少年……? 少女……? が立っていた。

 

「なっ……だ、誰だお前!」

 

「ぼく? ぼくはねぇ……エゴ! ドッペルゲンガーのエゴって呼んでいいよ? くひひっ!」

 

 変わった笑い声を出すエゴはまたぐにゃりと変形すると今度はユーフと瓜二つの姿になる。

 

「う、うわっ! 今度は私に!」

 

「ぼくはねぇ? なんにでもなれるんだ! 君にも……君にもね!」

 

 更に変形すると今度は蓮司の姿になった。

 

「うげっ……自分の顔が真似られるのって凄い嫌だな……じゃない、なんでそんな事してるんだよ」

 

「ぼくねー、誰かをいたずらするのが大好きなんだよね! ここに来たのはぐーぜん! 皆すっごい強そうだから遊びに来たんだー!」

 

「エゴとやら、人を欺き喜ぶとは感心せんな」

 

 ザザが前に出ると魔力の刀を創り出し構える。

 

「斬りはせん、痛い目を見たくなければ引くがいい」

 

「へー? 君強そうだね? じゃあ僕も……」

 

 ザザの姿に変形したエゴは動きを真似するように刀を創り出し、本物のザザに斬りかかった。

 

「なんとっ!?」

 

 ザザは刀を受け止め反撃に出るが奇妙な事にエゴもザザの斬撃を完璧に防いでいた。

 

「マジかよ、まさか力まで真似出来るってのか?」

 

「マスター! 私が援護しよう!」

 

 アルが水の入ったボトルを割るとそこから水が鋭利な武器となりエゴに襲い掛かる。

 

「お、おい! 殺すのは……!」

 

「くひひっ、それじゃ死なないよ?」

 

 エゴはザザと切り結びながらも最小限の動きでアルから繰り出される全ての水の刃を躱していた。

 

「くっ、これを躱すか!?」

 

「くひひ! それっ!」

 

「ぬおっ!?」

 

 突然エゴがザザを足払いで崩したかと思うとアルの姿に変形し、水の制御権を奪うと本物のアルを掠める様に水の刃を飛ばした。

 

「私の魔術を奪った……!? 一体何なんだ貴様は……」

 

「あ……アル! 服が!!」

 

「……む?」

 

 アルが反射的に取っていた防御姿勢を直すと、いつの間に切り裂かれていたのかはらりとアルの服が全て無残な姿にされ、下着以外何も着ていない状態にされてしまった。

 

「み……見るなっ! マスター! せめて、せめてアゼリアには見せないでくれ!!」

 

 一瞬で霧に変化するという初めて吸血鬼らしい力を見せたアルはエゴにまんまとやられたのだった。

 

「くひひひひっ!! あー面白い! やっぱりここに来たのは正解だったね! それじゃ皆、まったねー!」

 

 ひとしきり笑ったエゴは元のマジシャンの様な姿になるとギルドの外へ出て行ってしまった、後に残ったのはすっかり溶けたアイスと嵐が訪れたかのような困惑したギルドメンバーたちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──―それからも度々エゴは現れては某達に悪戯を仕掛けて来てな……どうにも奴も長寿な様で未だに古参のギルドメンバー達は困っているのだ」

 

「……あ!! もしかしてこの前俺が落とし穴に落ちたのってそのエゴのせいか!? 落とし穴にすっげぇぬるぬるする液体入ってて最悪だったんだが!」

 

「私は会いたくないわね……」

 

「まあ、奴も頻繁に顔を出すわけでは無い。喉も乾いたであろう、今茶でも出そうか」

 

「ありがとうございます」

 

 ザザは戸棚からお茶を取り出すと二人に振舞い、二人は何の迷いも無く飲んだ。

 

 次の瞬間()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

 

「待て! それを飲んではいかん!」

 

「くひひ……」

 

「うっ!? にっ苦い!?」

 

「ぶへぁっ!!? これ麵つゆじゃねぇか!?」

 

 吐き出す二人に目の前のザザは笑い出し、ぐにゃりと変形するとマジシャンの様な姿をしたエゴになった。

 

「くひひひひっ! 引っかかったねー! 二人とも!」

 

「あ、貴方がエゴ!?」

 

「嘘だろ全然気付けなかったぞ……!!」

 

「某の姿を真似おって、今度は何をしに来た!」

 

「そんな怒らないでよザザ~、マスターをからかいに来たついでなんだから大目に見てよー」

 

「待て!」

 

 ふわりと浮き上がるとエゴは和室から出て逃げ出しそれを追いかけるザザ、後に残された二人は口の中に残る後味に苦い顔をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────時は遡り、とある日

 

 今日もあさかわの人々をからかったエゴは満足そうに街を歩いていた。

 

「あー楽しかった、明日はマスターが寝てる隙に背中に氷を突っ込もう」

 

 すると複数人の男達がエゴを取り囲み、不敵な笑みを浮かべたまま接触してきた。

 

「お前がエゴか?」

 

「うん、そうだよ? 君達は誰だい?」

 

「俺達ぁちょいと悪戯好きな集まりでよ、お前さんが悪戯好きって聞いて俺達の悪戯を手伝って欲しいんだよ」

 

 エゴはうーんと首を捻るがにこりと屈託ない笑顔を見せると肯定した。

 

「うん! いいよ!」

 

「そうか、それじゃあ早速だが手伝ってもらうぜ」

 

 

 

 

 

 ────喫茶店、アゼリアとユーフは共にお茶を嗜んでいた。

 

「はぁ……酷い目に遭ったな……」

 

「た、大変でしたね。ユーフさん」

 

「あぁ、まあ慣れてしまったがな……アゼリアは特に何もされていないな?」

 

「はい、私は食べていた果物にレモン汁をかけられたくらいですし……」

 

「まあまあ悪質な事をされたな……それはそうとよくこんな店を知っていたな、何度も通った道だがこんなに旨い菓子があるとは知らなかったぞ」

 

「実はお兄さまと初めて来たお店なんです、思い出もありますが味もお気に入りなんですよ」

 

 すると、ウェイターが二人の目の前に一杯の紅茶を置いた。

 

「あの、私達は頼んでいませんが……」

 

「こちらサービスです、少々店内にトラブルがありまして。現在店内にいる皆さんにサービスをしているんですよ」

 

「そうか、それなら遠慮なく頂こう」

 

 二人は紅茶をゆっくりと味わい、しばらくした後アゼリアがくあと欠伸をした。

 

「あら、すみませんユーフさん……何だか眠くなってきてしまいました……」

 

「そうだな……日に当たって私も眠くなってきたな……」

 

 そして二人がすやすやと机に伏してしまった時、男たちが現れ二人を連れ出し馬車まで運んでしまった。その手際の良さに気づいたものは誰もおらず、あれよあれよという間に馬車は街から離れてしまった。

 

 

 

 ──―馬車の中

 

「はっはっは!! こんな簡単に行くとはな!!」

 

「やるじゃねえかエゴ! あの店員の演技完璧だったぜ!」

 

「まあね、ぼくドッペルゲンガーだから! それで次はどんな悪戯をするの? 二人の顔に落書きでもするの?」

 

「ああ? このまま奴隷商に売り飛ばすんだよ、あさかわの奴らは顔はいいからな。高くつくぜ!」

 

「売る?」

 

「ああ、あの色白のガキはずっと狙っててな、お前のお陰で簡単に攫えたぜ!!」

 

 男達は指名手配されている山賊だった。そして彼らは前々からあさかわの女性陣を狙った誘拐を企んでいた、彼女たちは能力も高く顔も良い事は有名だったのだ。しかし強い彼女たちを誘拐する手段をどうするか四苦八苦している時、エゴの噂を聞いた。

 

 そして馴染みの店員に変形したエゴが睡眠薬の入った紅茶を渡し眠らせた隙に攫うという簡単な作戦は驚くほど上手くいったのだった。

 

「お手柄だぜエゴ! お前がいりゃ国の宝さえ盗むのは容易だな!」

 

「いっそ本当にやっちまうか? 先にこいつらを売っぱらってからな!」

 

「……つまんないね、君達」

 

 次の瞬間、馬車を運転していた男の胸に小さな穴が空き、男が一瞬で絶命していた。

 

 御者を失った馬は暴れ出し、馬車を大きく倒し男達は馬車から放り出されてしまった。

 

「な、何しやがる!?」

 

「つまんないんだよねー、君達についていっても楽しくなさそうだし大体悪戯じゃないし」

 

「はあ!? 悪戯だろ! ちょいと女を攫って知り合いに売るだけだ! この程度なら犯罪じゃあねえし悪戯で済むだろ!!」

 

「はいはい、それじゃあね」

 

 極めて冷たくあしらうとエゴは両手をぱちぱち、と叩く。その瞬間、男たちの胸に小さな穴が空いた。

 

「あ……?何が……」

 

深い森の中で、彼らは何が起きたか気づく間もなく山賊たちはこの世界から命を捨て去った。

 

「今日はもう飽きちゃった、この子たちは戻しておこうっと」

 

 

 

 

 

 ────ユーフは喫茶店で目を覚ますと口からだらしなく涎を垂らしてしまっていたことに気づき、恥ずかしそうに口を拭った。

 

「わ、私とした事が…………いつの間にか夕方になってしまったな、アゼリア、そろそろ帰ろう」

 

「ふえ……? あ、私眠っちゃっていたんですね……」

 

「そうみたいだな、思わず私も眠っていたよ」

 

 外に出た二人は伸びをすると綺麗に映る夕日を少しだけ眺めていた。

 

「次はお兄さまと行きたいですね」

 

「私はヴァインでも呼ぶとするかな、あいつなら喜びそうだ」

 

 二人は手を繋ぐと仲良く帰路に着きました……っと」

 

 エゴはふわりと屋根から二人を見送ると欠伸をした。

 

「無駄な時間を過ごしちゃった、まあいいか……おや?」

 

 欠伸で出た涙を拭うとふと遠くに蓮司の姿が見えた。

 

「お……! マスターみーっけ、くひひっ」

 

 エゴは嬉しそうな表情をすると蓮司の方に向かって飛び出すのだった。




エゴは転生者ではありません、しかしエゴがアルやザザに変化した際転生者を見分ける魔眼を持つ蓮司は変化したエゴを見分ける事が出来ませんでした。


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9 救恤の医者、ケセド 50年目

 ある日、グリード王国でこんな噂が流れていた。

 

「ふーん、凄腕の治癒士ねぇ」

 

「通常の治癒魔術では治せない体の不調すら治してしまうと評判な様だ、アゼリアがこんなチラシを持ってきてな」

 

 俺はアルから1枚の紙を受け取るとそこには広告のような文面が書かれていた。

 

「『慈悲の神の生まれ変わり』『あらゆる傷を癒すグリードの救世主』……胡散臭いなぁ」

 

「私もそう思う、だがアゼリアがどうしても興味があると言っていてな。折角だからマスターもどうだ」

 

 俺は顎に手を当て考える、アストラでは医者は存在しない。というよりは外科医にあたる存在がいないというのが正しいか。

 

 基本的に切り傷などは治癒魔術で治せるし、毒などの中毒にかかってもそれに対抗できる薬草等が見つかっている為あまり医療技術が発展しなかったのだろう、だが病気などは魔術で治すことは出来ない(魔術で治癒する場合その部位に対するピンポイントな術式を作らなければならない為誰もやらない)。

 

 その為アストラで癌のような病にかかったら基本的に呪いと認識され俺達から見れば余り意味の無い祈祷をされる。

 

「治癒士の仕事を否定はしないが、正直誰がやっても似たようなものだと思うがな」

 

「どうにも、その治癒士と言うのは治療中の姿を他者に一切見せないらしい。そのせいか噂も加速しているのだろうな」

 

「じゃあ……行ってみるか? どうせ暇だし」

 

「そうか、それでは日取りを決めておいてくれ。私はアゼリアに伝えてこよう」

 

 

 そうして大体1週間後……昼のグリードの街

 

 俺とアル、アゼリアは街の住人に聞いて噂の治癒士のいる場所まで来たのだが

 

「……治癒士って言うから教会所属かと思ったが、ただの家だな」

 

「でもマスター見て下さい、沢山人が並んでいます」

 

 ザザが作った編笠を被るアゼリアが指を指す先には10人以上の列が扉の前で待機していた。

 

「本当だ、しかし……思ったより並んでいるな」

 

「うーむ……マスター、この人数だ。怪我がある訳でも無いのに私達が並ぶのはどうだろう……」

 

「流石に迷惑だよな、アゼリア……悪いかもしれないが……」

 

「はい、お医者様の邪魔をしてはいけませんよね」

 

 急遽俺達はグリードの街巡りに予定を変更し、それなりに楽しんだのだが……夕方頃に事件は起きた。

 

「アイスとか何年ぶりに食ったかな」

 

「マスターはアイスは嫌いなんですか?」

 

「最近甘い物への執着が減ってな……」

 

「ふむ、この世界にもバニラの様な物があるんだな……今度探してみ……マスター、あそこを見ろ」

 

 アルが指を指した先を見ると、一人の男性が胸を押さえて苦しんでいた。

 

 俺達は男に近寄ると肩を支え話しかける。

 

「おいあんた、大丈夫か?」

 

「だ……大丈夫です……いつもの事なので……少し待っていれば収まります……」

 

 そう言う男は尋常ではない表情をして苦しそうにしている。

 

「でも苦しそうですよ、治癒士の所に行けばいいんじゃ……」

 

「いえ……これくらいで先生に迷惑はかけられません……」

 

「先生?」

 

「私に医療技術を教えてくれる先生です……見習いとは言え医者が病気にかかる訳にも行きませんから……」

 

 その言葉に俺とアルは違和感を覚えた、この世界で医療や医者と言う言葉は馴染みが無い。この世界での通称は治癒士だ、なのにこの男ははっきりと()()と言った。……という事は

 

「あんたの言う医者の所に連れていけ、俺達も用があるんだよ」

 

「え……し、しかし……」

 

「お前を助けるのではない、お前の言う先生とやらに会ってみたくなったのだ」

 

 苦しそうな顔をしながらも悩む男を二人で担ぎ上げると男も諦めたのか場所を指定してくれる、そしてその場所まで行くと……

 

「なんだ、噂の治癒士の所じゃねぇか」

 

「という事は、治癒士は本当は医者だという事か」

 

 幸い並んでいる人はいなくなっているようで、割り込みする必要なく入ることが出来た。

 

「医者はいるかぁ!」

 

「患者を連れて来た、先生とやらはここにいるのか」

 

 中に入ると規模の小さい待合室の様な部屋だった、受付の女性も俺達が男を担ぎ上げて入って来るのに驚いたようで、しかし男の顔を見ると直ぐに顔を青ざめた。

 

「リディ君!? 一体どうしたの!?」

 

「街で胸を押さえていたからな、ここにこいつの言う医者を呼んできてくれ……いや、俺達から行った方がいいのか?」

 

「その必要は無い」

 

 すると、奥の部屋から現れたのは────

 

「ドワーフ?」

 

「なんだ? ドワーフが治癒士やってちゃ悪いのかよ」

 

 ドワーフだった、立派な髭を蓄えた背丈の低い種族。本来は鍛冶だったり工芸品だったりと物作りの印象が強いのだが……このドワーフは髭が無い、恐らく剃っているのだろう。

 

「リディ、お前自分が病気なのを黙ってたな」

 

「す、すみません……病気を治す側が病気だと思われたら恥ずかしく……っ!?」

 

 ドワーフの医者は男に平手打ちすると胸ぐらを掴み上げて静かに怒鳴った。

 

「恥ずかしいで治るなら医者はいらねぇんだよ、お前もよくわかってるだろうが」

 

 そのまま引きずると一度俺達の方を見た。

 

「俺はケセド、アホ弟子を連れて来たのには礼を言う」

 

 それだけ言うとケセドは奥の部屋に引っ込んでしまった。

 

「……ケセドか」

 

 俺が思わず呟くとアルは俺の考えを悟った様で神妙な顔をしていた。

 

「マスター、どちらにせよ今日の所は帰ろう。もう日が傾き始めている」

 

「ああ、それじゃ。俺は蓮司、何かあったら今度は患者としてくるよ」

 

「ありがとうございました!」

 

 受付の女性がお礼を言ったのを聞くと俺達は一度ギルドに帰る事になった。

 

 そしてその日の夜、ギルドの酒場でアルは俺に話をしていた。

 

「マスター、昼の反応だが……」

 

「ああ、あいつは間違いなく転生者なんだが……確信が持てない」

 

「何? マスターがそんな事を言うとはな」

 

「確かに俺の眼は反応した……だが何というか、今までとは違うんだ。例えるなら今までの転生者は暗闇の中に光る蝋燭みたいなものだ、ほのかに輝いてそれを見分けられる……それがあのケセドとか言う男の光は、太陽だ。今までの転生者とは比べ物にならないくらい強力な光を放っていたんだ」

 

 俺が主観的ではあるがあの男の反応を話すとアルは何かを思い出したようだった。

 

「そう言えば以前、マスターは神の話をしていたな」

 

「うん? ああ、サリエルの事か……」

 

「そうだ、その時確か……ああ、その神達が一部の転生者に強い加護を与えたと言っていたな?」

 

 その言葉に俺はハッとなり、おもむろに立ち上がると外へ向かった。

 

「マスター!? もう夜だぞ!」

 

「気になった事が出来たからな! ありがとうなアル!」

 

 そして改めてグリード王国、俺は魔術を使って街中を探索していた。

 

「これじゃない……この像も違う……これか!」

 

 俺はある物を発見するとその場所へ降り立つ、そこは街の隅に存在するボロボロになった羽の欠けた女性の像だった。

 

 俺はそこに本気で祈る、すると景色が変わった。

 

「──―あれ? どこだここ」

 

 俺はてっきり真っ白い空間だと思ったがそこは小さな森の小屋だった。周囲を見渡すと小さな小道具が置かれており素人目に見てもセンスが良く温かみを感じる。

 

「あらぁ? 人の子がどうしてここにいるのかしらぁ」

 

 声のした方向を見ると女性が立っていた。銀色の髪を一つに纏め所謂ナース服に身を包んだ……その、胸部の大きい女性が立っていた。

 

「グリード王国の神、メタトロンか?」

 

「そうよぉ、元だけどねぇ」

 

 メタトロンはゆったりとした話し方をし、椅子を用意すると俺に座るようにジェスチャーをしてくる。

 

「貴方は誰かしらぁ? マモンの手の者かと思ったけど悪意を感じないしぃ」

 

「簡単に説明すると……」

 

 俺はサリエルと会い、そこで各自が転生者に特別な加護を与えた事を把握している事を伝えた。

 

「良かったぁ、サリエルちゃんも無事なのねぇ」

 

「あぁ、邪神に立場奪われてるから無事とは言い難いだろうけど……あんたもそうなんだろ?」

 

「そうなのよねぇ、サリエルちゃんに話は聞いていたんだけど、寝てる間に奪われちゃってぇ」

 

「……寝てる間?」

 

「まぁまぁ、その話は後でしましょう。他の用事があって来たのよねぇ?」

 

 俺は喉まで出た言葉を呑み込んでケセドの話をした、するとメタトロンは顎に手を当てて考える。

 

「うーん……多分その子で合ってるとは思うけどぉ……魂の時の顔しか見てないから何とも言えないわねぇ、加護はどんなのだったぁ?」

 

「いや、まだ……ただ医者をやってるみたいだった」

 

「あらぁ、素晴らしいわねぇ……あ! それならきっとその子だと思おうわぁ」

 

「急に断定したな、何かあるのか?」

 

「実はねぇ……あの子が地球に居た頃、とっても悔やんでたのよぉ」

 

「悔やんでた?」

 

「そうなのぉ、あの子地球でも医者をやってたみたいなんだけどねぇ、患者を一人死なせちゃったみたいなの」

 

「……」

 

「勿論あの子は頑張ったわぁ、難病だった子だけどしっかり治したみたいなのぉ。でもねぇ……それから退院した後に全く別の病気で亡くなっちゃったの」

 

 メタトロンは俺の手を撫でると愛おしそうに遠くを見ていた。

 

「治療して誰もが喜んで、気づかなかったんでしょうねぇ。潜伏し続けた感染症が、患者だった子の弱った体を蝕んだの。あの子はその時別の病院に居て、最後に会う事も出来なかったのよぉ。それからあの子は苦しんで悔やんで、ずぅっと人々を治していたら自分の体に気づかずに過労で死んじゃったの」

 

「私があの子を選んだのはねぇ、優しい子だからなの。魂だけの状態で、ふわふわとした意識の中でもずぅっと人を救う事だけ考えていたのぉ。そんなの、助けたくなるでしょう?」

 

「そうだな……」

 

 俺は立ち上がるとそっとメタトロンの手を退ける。

 

「ありがとう、メタトロン」

 

「それは何のありがとうかしらぁ?」

 

「……色々意味があると思ってくれ、それじゃあ俺は戻るよ」

 

 そうして景色が切り替わると、俺はボロボロの神像を担いでギルドに戻るのだった。

 

「……はぁ? ウチ(ギルド)に来て欲しい?」

 

 翌朝、俺は一人でケセドの下にやって来ていた。

 

「あぁ、俺のギルドは医者が居ないからな。怪我した時に詳しい人間がいるってのは頼もしいもんだ」

 

「断る」

 

 キッパリと断られてしまった、俺が何か言う前にケセドは続けて語る。

 

「今までも他のギルドからそういう誘いは来たが……俺は金が欲しくてやってる訳じゃない。他の治癒士でも充分だろう」

 

「治癒士じゃなくて医者が欲しいんだよ」

 

 その時、ケセドは眉をピクリと動かした。

 

「そうか、医者か……お前、治癒士と医者の違いがわかった上で言ってんのか?」

 

 ケセドは恐らくハッタリ……というより自分以外に転生者が居ないと思った上で医者を使っていたのだろう、だが生憎こちらも転生者だ。

 

「あぁ、悪い……そう言えばあんたが何科の医者か聞いてなかったな、外科医か? 内科医か? それとも元は産婦人科だったりするのか……」

 

 直後、俺の喉元にメスが突きつけられていた。患者を治す道具が、今一歩でも動けば人を殺す道具となっている。

 

「お前……どこでその言葉を知った?」

 

「何だ……日本人なら医者には一度はお世話になるだろ? 前世は腰痛が酷くてな」

 

 ケセドは周りを見渡すと受付にまで聞こえる声で叫んだ。

 

「ユナ! 扉の札裏返しとけ! 今日はもう閉めるぞ!」

 

 そして慌ただしく扉の音が聞こえると、受付の女性が入ってきた。

 

「どうしたんですか先生?」

 

「悪いな、ちょっとこの男と話がある。少し外で時間潰して来てくれ」

 

「は、はぁ……わかりました」

 

 受付の女性は不思議そうな顔で引っ込むとケセドは改めてこちらを見た。

 

「さぁ、話せる事全部話してもらおうか」

 

 

 

 

 

「マジかよ……転生者って俺だけじゃなかったのか……」

 

「まぁ、そんな言いふらすことでも無いしな」

 

 ケセドは俺のギルド周りの話をすると手で顔を覆い絶句していた。

 

「で? 転生者は皆それぞれ加護……能力みたいなのを持ってるって?」

 

「そうそう、俺は事情があってな、他の転生者を見分けられる眼を貰ってるんだ」

 

「成程な……それじゃ俺の()()も能力……加護って奴なのか」

 

 ケセドが虚空を視るので俺は質問した。

 

「これ?」

 

「あぁ、見えないんだよな。簡単に言うと俺は目の前の人間の健康状態が見えるんだ、名前、身長体重、血圧なんかもな……ただ一度は調べないと情報は表示されないが」

 

「医者にうってつけの能力じゃないか」

 

「そうでも無い、今も言ったが患者の健康状態は調べないと表示されない……この世界にCTスキャンがある訳でもないしな」

 

「CTスキャンねぇ……」

 

「話を戻すが、俺はやっぱりここから離れるつもりは無いな。弟子もまだまだ未熟だし、俺がいないと困る奴も多いからな」

 

 これ以上の説得は難しいと悟ると俺は立ち上がった。

 

「そうか、今日の所は諦めるよ」

 

「あぁ、だが勧誘は今までで一番惜しかったぞ」

 

「慰めか? 受け取っとくよ」

 

 扉に向かい帰ろうとすると突然勢い良く開き、俺の鼻を打ち付けるとグリード王国の兵士が入り込んできた。

 

「だ、大丈夫か? おい、ノックくらいしろよ! それに今日はもう閉めてるんだ」

 

「す、すいません……ですが貴方の力を貸してほしいんです!」

 

 俺とケセドは顔を見合わせると兵士の話を聞く事にした。

 そしてグリードの街、門の外壁の上にて俺とケセドは外にいる魔物達を見ていた。

 

「……マジで一斉に来てるな、500匹はいるぞ」

 

スタンピード(暴走)って奴か、しかし何でまたこんな事が起こるんだ?」

 

 兵士がやってくると10名程度の治癒士を連れてきた。

 

「そいつらが俺の指揮下に入る奴らか?」

 

「はっ! 現在あの魔物達に対処する人数は冒険者36名、兵士51名、治癒士が10名です!」

 

 ケセドがその言葉に頷くと俺は思わず声を上げる

 

「は? たったそんだけしか集まってないのかよ、あの群れが全部ゴブリンならまだしも色んなもんが混合してんだぞ? しかも見る限り上位の魔物も居るっぽいし」

 

「はっ……恥ずかしながら、あの魔物の群れを見て多くの冒険者は逃げました、我々兵士達も半ば全滅する覚悟できています」

 

 ケセドはそれを聞くと俺の方を向き、険しい顔付きで答えた。

 

「お前は逃げた方がいい、無駄に怪我人を増やす必要も無いしな」

 

「何言ってんだ、俺だって戦うぞ」

 

「お前はギルドのトップなんだろ?お前は俺と違って待っている奴らが沢山いる筈だ。わかったら避難しな」

 

 その言葉に俺は、こいつは色んな感情が混ざった表情をし、頭をかき、悩んだ末に溜め息を吐くとケセドに言い放つ。

 

「もうめんどくさい。決めた、俺が全部終わらせればお前はウチのギルドに入ってくれるな?」

 

「は? 何言って……」

 

 言うやいなや俺は外壁から飛び降りると魔力を固めて魔術陣を描き始めた。

 

「おい!? 何やってんだ戻ってこい!」

 

「俺さぁ! こういう真面目な雰囲気嫌いなんだよ!」

 

「はぁ?」

 

「誰かが命をかけて何を守ろうとか! 何のために何を犠牲にするとか! 何歳になってもそういう真面目なの本当耐えらんねぇ! だから!」

 

 最後に俺は言い放つと魔術陣と並行して詠唱を開始する。

 

「一回だけ無茶してやるよ! お前らのその話全部茶番にする為にな! 『詠唱開始!』」

 

「な……何だあれは……」

 

 門の傍にいた兵士の一人が思わず呟く、目の前の男が突然幾つもの魔術陣を浮かせながら詠唱を始めたのだから

 

「『一に詠むは宙ノ唄、天を支配し悲哀を読む。

  二に詠むは星ノ唄、地を支配し義憤を読む。』」

 

 魔術陣は不規則に動きながら少しづつ一つの方向に重なっていく。

 

「『これより起こすは神の説法、跡に残るは塵も無し。

  これより視えるは天変地異、僅か数瞬の地獄なり。』」

 

魔術に乏しい人間でもわかる程の魔力の奔流が、たった一人の男に集まっていくのを感じている。

 

 「『有象無象は無に還り、古強者は敗者也。』

 

 見せてやるよ陣と詠唱の混合魔術!! 

 

『森羅万象は我が手中、全部纏めてぶっ飛ばせ!!』

 

『アナイアレイト!!』」

 

 直後、魔術陣は砕け散り、迫り来る魔物達に異変が現れる。

 

 動きが鈍ったかと思いきや、突如地面が拳の如くせり上がり全ての魔物は上空へと放り出された。

 そして息付く暇も無く、空は曇り始め天からの罰だと言わんばかりに激しい雷が無防備な魔物達を襲った。

 魔物の中には雷に耐性がある魔物も居ただろうに、悲しいかな大地に吹き飛ばされた衝撃で殆どの魔物は備える事も出来なかった。

 

 そして静寂を取り戻すと、そこは地獄の様だった。全ての魔物は炭と化し、生きている者は誰一人居なかった。

 

「お前……一体何者なんだ?」

 

「言ったろ、ギルドのマスターだって。じゃ、考えといてくれよ、ケセド」

 

 そう言うと俺は凱旋の様にギルドに戻るのだった。

 

 

 後日、ケセドはギルドにやって来ていた。

 

「あれから大変だったんだぞ」

 

「そりゃ大変だ、どんな風に?」

 

「兵士や冒険者達がお前の事を誰だ誰だって俺に聞きやがって! まるで警察の事情聴取みたいだったわ! 俺に後始末丸投げしやがって!」

 

「まぁまぁ、誰も怪我せず終わったんだから良いじゃない」

 

「……はぁ、それはそうだが」

 

 そしてケセドは表情を引き締めると改めて本題に入る。

 

「……あれからリディ……俺の弟子の所に戻ったんだ、そしたらよ、あいつに怒られた。ここの事は心配しなくてもいいってよ、俺がいない間立て札戻して患者を診てたみたいなんだ。結果はどうだったと思う?完璧だったんだ。あいつは未熟だと思ってたが、ずっと成長してたんだな」

 

「人は自分の知らない所で強くなってるもんだ、俺は何度も見てきたよ」

 

「俺はここから離れたくないとずっと街医者をしてたが……どうも本心は違ったみたいでな」

 

 ケセドは立ち上がると俺に手を差し出した。

 

「入るよ、アンタのギルドに。世界中駆け巡ってどんな奴でも治してやるさ」

 

「そりゃ頼もしい限りだな、ようこそギルドあさかわへ」

 

 俺は手を握り返すとケセドは笑った、この日新たな仲間がギルドに加わった。

 

 

 

 

 

 

 

「はい次、ゴードン……172cm体重71kg……筋肉量が落ちてるな、任務サボったか?」

 

「あー、最近朝メシ食ってねぇからかな……」

 

「ダイエット目的なら何も言わんが不摂生で痩せるのは許さん、暫く早起きして飯増やせ。それ以外は問題なし、次」

 

「よ、よろしく頼む」

 

「カナデか、158cm体重59kg……まぁ問題ない、強いて言うなら足周りが太いか、まぁ冒険者なら普通だな。次」

 

「ふ、太いとか言わないでくれないか……!?」

 

「よ、ケセド」

 

「マスターか、アンタ朝健康診断受けただろ……いや、カナデで最後って事か」

 

 ケセドはカルテを書く手を止めると椅子にもたれ掛かる。

 

「お疲れ、水飲むか?」

 

「あぁ、助かる……ふぅ、今月はアル中もヤニカス患者も無し。毎月こうだといいんだが」

 

「……そろそろ100年近く経つが、どうだ?」

 

「もうそんなに経ったか、ドワーフの体になってからは時間が緩慢に感じるな」

 

「グリードの病院もかなり立派になったじゃないか、わざわざ他国から治療しに人が来るらしいぞ」

 

「確かにリディに技術を教えたのは俺だが、それだけだ。俺が居なくなってからあそこまで大きくしたのは紛れもなくあいつの力さ」

 

「謙遜だな、病気って概念が広く伝わったのは確実にお前の力だぜ」

 

 ケセドは誤魔化すように水を飲み干す

 

「それで? 用はそれだけか?」

 

「サミュエルの奴が医療装置のメンテナンスをするらしいから、要望があるなら早めに聞けってよ」

 

「そうか、ならまずCTからだが───」



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