The Over rooms (美味しいラムネ)
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level0
あと、ある程度両作品の知識がある前提です
Q.人生の全てを費やすほどハマったMMOが明日サービス終了するとしたら?
A.発狂する。外なる神を直接見てしまった直後の探索者のように。
ここにも1人、そんな男がいた。
22世紀、地球の自然という自然は息絶え、一般人は社会の歯車として使い捨てられ、核汚染が進み監獄と化した終わった星。
そんな中で、フルダイブ式の仮想空間での遊びは一般家庭では唯一の娯楽であった。
その中でもVRMMOというジャンルの「Yggdrasil」。それにどハマりした男、鈴木悟。プレイヤー名モモンガ。一時期はランキング9位の勢力を誇ったギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のギルドマスター。
モモンガの頭の中は、言いようのしれない虚無感に支配されていた。
沢山の大切な友人と出会い、そして駆け抜けたユグドラシル。それが今日の0:00を持ってサービスを終了してしまうのだ。
コンソールを開き、現在時刻を確認する。
視界の端で、ワールドチャットがここ数年はなかった活気を見せている。反面、ギルドチャットには反応は何もない。
ただ一行、「ヘロヘロがログインしました」というシステムメッセージが数分前に流れただけ。
(58、9分………あぁ、結局、最後は俺1人、か…)
そして、現実と直面してしまう。
明日から、何を頼りに生きていけばいいんだ。虚無。虚無である。
「あ、あああああ゛!あ゛!糞、糞が!どうして、どうしてナザリックを、アインズ・ウール・ゴウンを、簡単に捨てることができるんだ、糞、糞!」
そして、モモンガはここで正史とは異なり、軽く発狂してしまう。
そして全力で体を地面に叩きつけ、地面に頭をガンガンと打ち付け───
体を浮遊間が包む。
「糞運営!最後の最後に、壁抜けバグかよおおおおおお!」
サーバーから強制ログアウトさせられる0:00の瞬間、モモンガの体が床のテクスチャをすり抜け、虚空へと落下してゆく。
そして、視界が暗く、暗く落ちていき──
(あぁ、糞。明日起きたくねぇ………)
とすん。
体が湿った床にあたった。
「ん?寝ている間にベットから落ちたか……?」
ゆっくりと起き上がる。
見慣れた自室の壁…ではない。
黄ばんだ壁。それが小部屋を形成し、その壁の途切れた間からは、この黄色い空間がどこまでも広がっていることが予感される。
どこかで見たことがある気がするし、実際にその場所に行ったことはない気もする。
記憶の中にある気がするけど、そこがどこだかわからない、「気持ちの悪い」空間が、広がっていた。
「…は?え、は?誘拐!?」
驚きのあまり、勢いよく立ち上がり、そして気づく。自分の体が、人間では無くなっている。骸骨の体に。それも見慣れた、ユグドラシルでの自分のアバター、「モモンガ」の姿に。
目が覚めて、予期していなかった場所に自分が居た。姿も人間ではなかった。その衝撃で精神が急激に緊張し──瞬時に抑制される。
(今のは…アンデッドとしての精神作用無効化、か?いやそれよりも…ここは、どこだ?)
まさかユグドラシルのサービス終了が延期されて、自分はまだその中なのか?とも思ったが、自分が知る限りこんな、悪趣味な黄色いだけのダンジョンなんてユグドラシルには無かったはず。まさか、ペロロンチーノさんが時々いっていた、異世界転生?ギルメンの幾人かが時々話していた、21世紀にはやったライトノベルのジャンルに、「ゲームをプレイしていたらアバターの姿で異世界に転生してしまった」というものがあったはず。
指を動かし、顎の骨を上げ下げし、周囲の匂いを嗅ごうとする。
匂いがある。ユグドラシルでは再現できなかった、アバターの口や、細部が動いている。
(ありえない。仮想空間で匂いを再現するのは電脳法で禁じられている…それに、死獣天朱雀さんが昔、ナノマシンの量がどうたらで、匂いや触覚を現実に等しいレベルで再現するのは不可能だとかいっていた記憶がある…つまり、ユグドラシルでは無い?)
「GMコール!《
システムコンソールがないのに、自然に《伝言》の魔法が使えてしまった。
「《第一位階不死者召喚》」
単純な、最下級モンスターの
地面から、乾いた音とともに骸骨が湧き出す。
「成功した……まさか本当に異世界転生?だったら、なんでったってこんな悪趣味な空間に?」
天井の蛍光灯から、耳障りなハム音が響く。
異様な黄色の狂気の空間と、蛍光灯から鳴り響く耳障りな音は、モモンガの心を乱す。強制的に沈静化させられるほどではない、じわじわとした恐怖心が心を乱す。
そんなこともあって、冷静さを少し欠いていたのだろうか。
一刻も早くこの場を離れたいと思ったモモンガは、一つの魔法を使用する。
「《
頭の中で、ナザリック大墳墓のあったグレンベラ沼地を思い浮かべて、そこへ転移しようとする。
視界が変わる。
モモンガの体は、黄色い狂気の空間から脱した。
そして、虚空へとその身が投げ出された。
何も見えない。何も聞こえない。何も「無い」。
完全な虚無の中へ。落ちて、落ちて、落ちてゆき──
「て、《転移》ッ!」
精神が強制的に沈静化される。
咄嗟に魔法を使い、再びモモンガの体が元の空間へ戻る。
先程の空間はなんだったのか。何も認識できない、虚無のような空間にいたような、そんな感覚があった。
「なんだ…なんなんだ…誰か、誰かいないんですか!?」
モモンガは叫び、そして沈静化させられる。
ここはどこだ。どこなんだ。悪夢のような空間。
ここはThe back rooms。地球をfrontとすれば、その裏側。地球の裏に広がる、狂気の空間。
そこへ、鈴木悟は、モモンガとして落ちてきた。
止まっていても埒があかない。
ユグドラシルの頃の経験に従い、盾役として死の騎士を2体召喚し、防御魔法と探知に対する結界を張り、防御を固めた上で、モモンガはこの黄色い空間の探索を開始した。
──────────────────────────────
「あぁ、
黄色い狂気の空間を、散弾銃を抱えた男が必死に走っていた。
そこそこ鍛えているであろう、浅黒い肌をした、安っぽいジーンズとシャツを着た男。
名前はマイケル。アメリカ合衆国の一般的な家庭に生まれた男は、手に持った瓶に入った液体─アーモンドウォーター─を飲み干し、瓶を後方へ投げ捨てる。
その男は、ぐちゃぐちゃに絡まった黒い針金のようなエイリアンから、必死に逃げていた。
激痛に苦しむ男性のような叫び声をあげる黒い化け物。それが2体。
雄叫びを上げながら迫る化け物に、こちらも負けじと28ゲージの弾丸をお見舞いするが、機敏な動きで避けられる。
彼は不幸な男だった。
階段を踏み外し、地面に落下しそのまま地面をすり抜けこの世界へ降りてきた。しかも、聞くものが聞けば震え上がる、level funへ落下してきた。
奇跡的に、空間ないでM.E.G. *1の構成員だという男と出会い、彼に助けてもらいながら、その悪夢の空間は突破できた。しかし、その後にたどり着いたlevelで構成員を名乗る男は死んでしまった。
この世界で生き残る術を教えてくれた恩人が死んだことに絶望しながらも、彼が残してくれた端末と、レミントンM870。それに、超希少なオブジェクトであるスーパーアーモンドウォーターを手に、なんとか比較的安全なこの黄色い空間へ辿り着き──そして運悪く2体のエンティティに捕捉され、追われていた。
「糞!ここで、ここで死んでたまるかよ!」
そして、男は終わりを予感した。
あの壁の向こうから、何かの気配を感じる。
端末から得た、この空間─「level 0」の情報によると、ここでは基本的に他者と出会うことはない、つまり、この空間で感じる気配は全て致命的存在であるエンティティ。
マイケルは、覚悟を決めた。壁の向こうの存在に気づかれる前に、なんとかして目の前の2体の化け物を殺す。
そして、さっさとこの場を去る!
そして、マイケルが引き金を引こうとした瞬間──
「伏せろ!《魔法二重化・
雷が、化け物の体を薙いだ。
───────────────────
化け物目掛けて、魔法を放つ。
モモンガの心は、歓喜に満ちていた。ようやく会えた生きた「人間」。後モンスター。
生物の影などどこにも無い、ただただ広いだけの空間を彷徨ううちに、不死者であるはずなのにモモンガの心は疲弊していたのだ。
そんな中、ようやく出会えた生きた存在。
魔法を使い、HPとMPを確認すれば、両者とも大した脅威では無い──だから、介入することにした。とりあえずは、会話ができそうな男の側として。
「一撃では沈まないか……行け!死の騎士ッ!」
漆黒のフランベルジュを振り上げた不死者の騎士が、黒い化け物目掛けて突撃する。
死の騎士の突撃を避けた化け物は、そのまま死の騎士の首を切り落とし、そしてもう一撃加えることで、食いしばりもろとも消滅させる。
「耐久は低い代わりに攻撃力が高いタイプか…だったら!《魔法三重化・魔法の矢》!」
ホーミング性能を持った魔法の矢弾が、黒い化け物の四肢を吹き飛ばす。
しかし、体のほかの部位が、失った四肢の代わりとなり、勢いよく伸びた黒い蔓が、モモンガの体に迫る。
バァン!
モモンガの体に迫った蔓が、男の放った弾丸によって迎撃される。
「《火球》…耐久は30レベル程度、攻撃力は50レベル近い…死の騎士とは、ちょうど真逆だな。」
驚いた黒い化け物が硬直したところへ、モモンガの放った火球が直撃する。
「おい、骨の兄ちゃん…誰だかはわからないけど、ひとまずは味方ってことでいいんだな!?」
同胞が炭化させられたのを見て、もう一体の化け物が後退りしたように感じた。
「あぁ。そうだ…さて、聞きたいことがいろいろあるが、ひとまずは残った一体を片付けるぞ!」
モモンガさんが若干弱体化していますが、まぁ原作ブレインvsコキュートスで仄めかされたように、オバロ現地世界にはシステムがありました。しかしバックルームにはそのシステムがない分弱体化してる、ということです。レベルって概念がないから攻撃無効系パッシブスキルが働かない、とかそんな感じです。
本作品ではウィキドット版、ファンダム版ともにいいとこ取り…というか私の好きなレベルが採用される感じです。
続くなら、ですが
今回行ったレベル
level0 「The Lobby」「Tutorial Level」
https://backrooms.fandom.com/wiki/Level_0
http://backrooms-wiki.wikidot.com/level-0
The void
https://backrooms.fandom.com/wiki/The_Void
参考
http://backrooms-wiki.wikidot.com/
https://backrooms.fandom.com/wiki/Backrooms_Wiki
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Level1
魔法の矢と弾丸を食らった化け物が後方へ飛び退き、様子を伺っていたもう一体の化け物と共に威嚇するように雄叫びをあげる。
(見たことのないモンスター…ユグドラシルで見たことのあるどのモンスターにも当てはまらない。未知は脅威だな…それに)
龍雷を食らった化け物のHPを《生命の精髄》で確認する。
明らかに減りが期待していた量よりも少ない。そしてあの男の放った銃で食らったダメージが自分の放った《魔法の矢》よりも大きい事も気になる。幾ら最低位階の魔法とはいえ、カンストプレイヤーの放った弾丸と、10レベルかそこらぐらいのHPの持ち主の放った弾丸だ。仮にあの散弾銃が特別に強力なものであったとしても、能力値ボーナスを考えるとこうはならないはずだ。
「なぁ、男。あの化け物の情報はあるか?」
暫定味方の男に、何かしらの情報がないか尋ねる。
「…信じるぜ、骸骨の兄貴。奴はハウラーとかバクテリアとか呼ばれているエンティティだ。精神を汚染したり幻覚を見せたりといった特殊能力はねえが、単純に身体能力が高けぇ。人間の首ぐらい簡単に引っこ抜いちまう。」
「モンスターでもエネミーでもなくエンティティ、か……そもそもここは何処なのか、だとか何故化け物の名前を知っているのだだとか、いろいろ聞きたいことが増えたな。答えるまで死ぬなよ、男。」
「そっちこそ」
その言葉をきっかけにした様に、2体の化け物が雄叫びを上げながら、その蔓の様にしなる腕を振り回しながら突撃してきた。
「《骸骨壁》《電撃》」
骸骨でできた壁にハウラーの腕が防がれ、同時に壁を構成する骸骨がその手に持つ槍でハウラーの腕を滅多刺しにする。
絶叫を上げたハウラーは自らの腕を切り捨て、電撃をギリギリで避ける。
(直線的な攻撃は避けるか…だが)
硝煙の匂いが鼻の奥をくすぐる。
電撃を受けた直後のハウラーの体を、男の放った弾丸が直撃した。そのままハウラーの体は墜落する。
その後、なんとか立ち上がるが、先程の勢いはない。
「aaaaaaaaaaaaaaaaa!」
相方がやられたのを見て、憤怒の感情でも覚えたのか、もう一体のハウラーが全身の蔓を使って男の体を滅多刺しにしようとする。
しかし、体の全てを攻撃に使うということは、防御を捨てると同義で。
「《魔法三重最強化・万雷の撃滅》」
先程の雷が子供騙しに見えるほどの威力の雷が束となってハウラーの体を穿つ。
その雷はハウラーの黒い体を完全に炭化させ、その命を刈り取った。
ひゅう、と誰かが息を呑んだ音がした。
(第五位階魔法に加えて、小規模な攻撃を少々、そして三重最強化された第九位階魔法で漸く、か…いや、初めから万雷の撃滅を使っていれば?)
相方が瞬殺され恐怖を覚えたのか、狂ったようにハウラーが自らの腕を振り回す。
そんな隙だらけな行動を見逃す筈もなく、男は弾丸を此れでもかとハウラーに浴びせる。そして、残弾を全て打ち切ったあたりで、ハウラーの体が一度震えたかと思うと、力なく倒れ伏し、そのまま二度と起き上がることはなかった。
「さて、終わった、な?」
ローブについた埃を払いながら、モモンガは腕を下ろす。
「…あー。骨の兄貴。まずはありがとう。おかげで死なずにすんだ。ここはやったなとでも言って、酒でも酌み交わせたらいいんだが…聞きたいことがあるんだろ?こんな血生臭い所で話すのもなんだが…とりあえず座る、か?」
「そうだな…とはいえ、地べたに座るのもなんだ。《中位道具創造》…ここにでも座って話そうか。」
木製のしっかりとした作りの椅子が2個、魔法により創造される。
「oh…物まで作れんのか。すげぇな、あんた。」
椅子に座った二者が向かい合う。
その周りには、辺りを警戒する様に、三体の死の騎士が立っていた。
「とりあえず…自己紹介でもしようか。俺はマイケル。アメリカの田舎町出身の、なんの因果かこのクソッタレな地獄に落ちてきた一般人さ。」
「アメリカ…ということはここはリアル、か?しかし田舎?どういうことだ?俺は…いや、こんな緊急事態にRPを続ける必要もないな。私はモモンガ。ユグドラシルをプレイしてたら、床抜けバグが発生して、そのままここに飛ばされてきた
「ユグドラシル?オーバーロード?床抜けバグ…noclipのことか?」
方や元22世紀人の現異形種、方や21世紀人。
前提条件の違う2人の会話は、しばらくすれ違うことになる─────────
数十分の後、お互いの状況を確認しあった2人は、深いため息を吐く。
「あー、で、モモンガの兄貴は俺より100年以上未来の人間で、フルダイブ式MMOをやってたらアバターの姿のまま、この世界に来ちまった、と。あー、俺もあのクソゲーのキャラで来れてたらもっと…そういやあれサ終してたわ」
「そして貴方は100年以上昔の人間で、ここはバックルームって言う、地球の裏側に広がるフロアの数が膨大な理不尽ダンジョンだ、と…」
頭が痛そうな様子で、モモンガが頭を抱える。
当然だろう。非日常に次ぐ非日常。つい先日まで社畜であった鈴木悟の精神の部分はもう限界である。
「俺たちはフロアじゃなくて「level」って呼んでるがな…あー、モモンガ。アーモンドウォーター一本余ってるが、飲むか?」
と言って差し出されたペットボトルに入った飲料を、モモンガは飲もうとして気づく。
「…そういえば、私骸骨になったから飲めないんでした」
気まずい沈黙が流れる。
「気配りが足りてなかったな。すまねぇ。」
「いえ、そんな謝らなくても…で、マイケルさん、貴方はこれからどうするんですか?」
「ひとまずは…『Level 4: "Abandoned Office"』を目指す。俺の恩人の残した端末によると、所謂安置的な場所らしい。とはいえ、今の装備でそこへ行くのはちと厳しい。今の戦いでこの銃も駄目になっちまったし、Level 1で物資を調達してからLevel2へ行って、目的地へ到達する予定だな。そして…ゆくゆくは現実世界へ帰還する。」
「帰還するアテは?」
「無い。彼が言っていたが、ゲームセンターみたいなとことで受注したクエストを達成すれば脱出できるだの、約束の地に辿り着けば脱出できるだの、色々な噂があるが…データベースに登録されていない以上、噂でしか無い。とはいえ、今はその噂にすら縋りてぇ状況だ。だからひとまずはLevel4という生存者の多い空間へ向かい、そこで情報を集める。そこで、だ」
一拍置いて、男がモモンガに言う。
「モモンガ、俺の用心棒にならないか?」
そう言って、男がニヤリと笑う。
はっ、とした様にモモンガの目の奥が光り、同じく笑ったあと、背中から黒の後光を出し、魔王然とした声色でモモンガはマイケルに問う。
「…マイケル。お前は私に何を差し出せる?」
「情報と、レアアイテム。モモンガ、俺が差し出せるのはこれだ。『スーパーアーモンドウォーター』。超希少なレアアイテムさ。お前もゲーマーなら、超希少アイテムはやっぱり欲しいんじゃねえか?」
「スーパーアーモンドウォーター…この世界にポーション代わりのアイテムのアーモンドウォーターの亜種か何かか?少し借りるぞ。《道具上位鑑定》…なっ!?」
差し出されたスーパーアーモンドウォーターというアイテム。
その効果は単純明快。あらゆる身体的欠損の完全治癒、精神の大幅な回復、全異常状態の回復、そして特定の敵への致命的な特攻効果。他にも様々な効能があり、しかもおそらくアンデットでも体に振りかければ回復効果は得られる。その効果はそれこそ第八位階魔法を超えていて、一部の点では第九…いや十位階魔法に匹敵するかもしれない。
何より、レアだ、と言うのがコレクター心をくすぐる。
「それに、情報、とは?」
「あぁ、あんた、話していて思ったが、さては英語読めねえな?解読魔法的なのがあるかもしれないが…俺がいればその手間も無くなる。俺の端末から得た各レベルの情報をモモンガに渡すことができる。それに、他の生存者とのコミュニケーションが円滑に進むぞ。俺の場合はタイミングがタイミングだったからトラブルにはならなかったが、冷静に考えてみると骸骨の体って割と怖いぞ」
「あ、そういえば俺骸骨になってたな…なるほど。十分なメリットもあるし、現品で出せる報酬もある、と…決まりだな。まぁ、元々ついて行くつもりではあったが。契約は成立だ。マイケル。改めてよろしく頼むぞ。」
「モモンガ、こちらこそ。」
硬く握手が結ばれる。
この瞬間、魂が結びついたかの様な、パーティが結成されたかの様な感触がした。
「パーティ結成、だな。まぁ初心者と廃人レベルの差はあるが」
───────────────
1人の男と骸骨は、足元にうっすらと霧の立ち込める空間を探索していた。
蛍光灯で照らされたコンクリートてできた大規模な倉庫。その中に、モモンガとマイケルの足音と、水溜まりが弾ける水音が残響する。
「随分と景色が変わりましたね…ここは、倉庫?」
手元のタブレット端末を操作しながら、マイケルが答える。
「あぁ、モモンガ。ここはlevel1『Habitable Zone』。ゲーム的にいえば、マップが変わったって感じだな。とりあえずは…モモンガ。何か光源は持ってたりするか?」
「それだったら…《第十位階不死者召喚》『
蛍光灯の仄かな光に照らされていた空間が、目が痛くなる様な4色の光に照らされる。
「ユグドラシルではゲーミング髑髏だとかあだ名が付けられていた、光源効果持ちのアンデッド。他にも松明とかならありますよ?」
「おお、凄えな。絶妙なセンスのインテリアみたいな見た目してるな、そいつ。まぁ、周囲を照らせるぐらいに明るいなら十分だ。光源が必要な理由は、エンティティ避けだな。時々蛍光灯の光が急に消えて、復旧するまでの間にわんさかエンティティが湧く。そしてそいつらは殆どが光に弱く、光源に照らされているうちは襲そってこない。まぁ、出てくる奴らはハウラーよりは弱い奴が多いがな。」
「一先ずの目標は、次のlevelへ移動できる出口と、物資の収集だな。ちょうどこんな感じの…」
地面に落ちていた段ボール箱を指さす。
「箱の中に物資が入ってる。これを探しつついく感じだな。」
周囲を警戒しながら、2人は探索を続ける。
先程までいた黄色い狂気の空間と比べれば、幾分情報量も多く、心理的負担は小さい。しかし、コンクリート剥き出しの壁は広いはずの部屋に拘束感や圧迫感を感じさせる。
ふと視線を外した隙に、壁に描かれていた奇妙な記号が別の記号へ変わった様な気がした。
「気味が悪いな…」
ボソリ、とモモンガが呟く。
(《妖精女王の祝福》もまともに機能しなかったし、この空間自体がおかしい…んだろうな。そもそも、ゲームの姿で現実世界と接してそうな世界にいる時点でおかしいか。)
言いようの知れない様な気味の悪さを掻き消すように、前方に見つけた段ボール箱を開ける。
中に詰まっているのは、窒息死したネズミの死体、束ねられた髪の毛、何に使うのかわからない工具、少し古い時代のファッション誌、萎びた大根。
「またハズレか…」
「あー、やっぱりモモンガ、お前運ねぇなぁ。ガシャとかやばかったんじゃねぇか?」
瞬間、モモンガの眼孔が暗く光る。
「沼りに沼ってボーナス全部溶かしたことならありますが?」
そこには、バックルームとはまた別の意味での狂気が灯っていた。
「はは。奇遇だな兄弟。俺もだ。」
マイケルとモモンガが熱い握手を交わす。そこにはゲーマーにしかわからない厚い友情が芽生えていた。多分。
こほん、と咳払いをしてモモンガがマイケルに問う。
「そういえば、マイケルさんは何かお目当ての物資は出たんですか?」
「サバイバルナイフが3本に、アーモンドウォーターが14本。まぁこれだけあれば次のlevelは何とかなるだろうな。あとは…名前が分からんアサルトライフルが一丁。というか、これ本当にどこの会社のだ?一瞬AK-12かな?とも思ったんだが…まぁ、バックルームだ、それこそ並行世界の銃が来ててもおかしくは無いだろ。」
「ユグドラシルの魔導銃っぽいな、と思いましたが、魔力で弾丸を生成できないのを見ると多分違う?…マイケルさん、これを」
そう言って、モモンガが長方形の小さいチップのようなものを差し出す。
「魔導銃に取り付けると、1日2発まで拘束弾を放てるようになる物です。あと単純に銃弾が第一位階相当の魔力を纏うので威力も上がります。この世界の銃器に効果があるかは不明ですがね。同じパーティメンバーなんですし、ある程度はいい武装を持ってもらわないと。」
「おお、そりゃありがて、ぇ………っ!?」
受け取ったパーツを銃器の側面に取り付けた瞬間、マイケルは気づく。
地面にメモ用紙が落ちていることに。
『Let's play together! =)』
『Won’t you stay for the afterparty ? =)』
それを拾い上げ、内容を読んだあと、マイケルの体が凍りつく。
視線の先には、黄色い服を着た少年のようなものが立ち尽くしていた。
感想、評価などありがとうございます、励みになります!
追記:非ログインユーザーからでも感想を送れるようにしました
今回行ったレベル
Level 1: "Habitable Zone"
https://backrooms.fandom.com/wiki/Level_1
こんなレベル行って欲しい、とかあったらメッセージか活動報告の方へいただけると、嬉しいです。
ただし現状記事が残っているか、(削除済みなら解説動画が)あるレベルでお願いします。基本fandom版かwikidot版だけです。ただnullとかREDACTEDとかTH3 SH4DY GR3Yみたいな詰みレベルは書くのは厳しいですが
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level2
黄色い服を着た少年。それと目が合う。
風船を持ち、その顔は黄色い袋に覆われている。
その目立つ警告色の体と、血で描かれた無邪気な笑顔は「この存在は危険である」ということを伝えてくる。
「パーティゴアー…いや、funの外なら凶暴性は低い筈だ…大丈夫、大丈夫だ…」
「マイケルさん…あれが、自己紹介の時に言っていた、貴方が初めに辿り着いたlevelの住民、パーティゴアー…と言うことですね。」
ぶつぶつ呟くマイケルを不審に思ったモモンガが声をかけてくるが、その黄色い悪魔からマイケルは視線を外すことができない。
「あぁ、そうだ。パーティホストの統括の元、ポータル生成能力を活かして探索者を刈り取る無慈悲な狩人…だが、例のlevelの外なら、パーティホストの影響化にないから凶暴性は低い、だから刺激しなければ大丈夫…」
体が震え、金属の擦れ合うかちゃかちゃという音が鳴る。
目があった。
確実に、あの悪魔と目があった。
自分の震える音は、まるであの悪魔の笑い声のようで。
「…っ!《生命の精髄》《魔力の精髄》…耐久はは大体30レベル前半の戦士職と同じ、魔力は無し、か。」
モモンガは魔法をいつでも放てるように構え、マイケルもアサルトライフルを構える。
パーティゴアーが腕を上げ、それに反応し、モモンガとマイケルの構えが深くなる。
「やる気か?いや、違うな…なんだ、学校の、廊下…?」
パーティゴアーは、地面に落ちていたアーモンドウォーターに酷似した容器を拾うと、此方への興味を無くしたかのように、空間に切れ目を作って、何処かへと消えていった。
切れ目が消える瞬間、その向こう側から悍ましい絶叫が漏れ、同時に二つに割れた悲しげな表情の青いお面がはらりと落ちてきた。
瞬間、モモンガの体が一瞬震えた気がしたが、マイケルは気の所為だと思い、パーティゴアーの消えた先を見つめ続ける。
気のせいでもなんでもなく、実際モモンガは絶叫に驚くあまり精神抑制が発動していたのだが。
絶叫が残響して消えると同時に、沈黙が空間を支配する。
そして、黄色い悪魔が消えて、数十秒がたった。
「ぷ…はぁ!………あぁ、あぁ…。あー、生きた心地がしなかったぜ、モモンガ。一体相手なら銃で穴だらけにして勝ちなんだが、やっぱり怖えわ。裂け目に落とされたらそれこそヤバいlevelに飛ばされて詰むかも知れないしな。」
対して動いてもいないのに、体力をごっそり持っていかれた。そんな様子でマイケルは肩で息をする。
そして、拾っていたアーモンドウォーターを一気に飲み干す。
「あー、蘇る。くっそ、二度と会いたくねえな。でも自在にワープできるから何処にいても急にばったり出会いかねねえんだよなぁ…。あ、そういやモモンガは転移魔法とか使えるのか?」
「習得はしているんですが、ここで使おうとすると何もない真っ暗な空間に飛ばされてしまうから使い物にならないんですよね。だから、さっきの裂け目を使ったワープを見た時は驚きましたよ。…それにしても、魔力も使わずに転移を使うとは。
「単純にMPじゃなくてSPとかTP的なエネルギー使ってるから感知できなかったんじゃないか?」
「あぁ、ありそうですね、それ。」
一刻も早く黄色い悪魔と出会ったこの場から離れたい、そんな様子でマイケルはバックパックを背負い直し、モモンガはローブを軽く払い、歩き始める。
再び、精霊髑髏の灯火を頼りに2人は探索を再開した。
──────────────────────────────
2日ほど探索しただろうか。
「あー、ダンボールの中身は…1セント硬貨に…なんだこりゃ、50ユーロ、しかも記念硬貨…なんでったってこんなもんがあるんだろうな。まぁ金が使える場所もあるらしいし貰っておくか。」
「ひょっとすると落として見つからないコインとか、失くしたものは全部こっちの世界に落ちてきているのかもしれませんね。…またネズミの死体だ…」
軽口を叩きながら、2人はコンクリート壁の空間を歩く。
視線を外すたびに変わる落書きや、急に消える電気にはもう慣れた。しかし、他の探索者には一切出会わなかった。
「にしても、随分と歩いた気がするなぁ…正面、曲がり角。…大丈夫そうだな」
曲がり角の前でマイケルが立ち止まり、向こう側の様子を伺う。
「感知にも反応はないので大丈夫そうですね。…おや?」
曲がり角の向こう側は、少し様子が違っていた。
突如として、壁に扉が出現していた。
防火扉のような、無地の金属質な扉だ。
「鍵は…かかってねえな。モモンガ、もう一度確認するぞ。」
そう言って、ここまでくるまでの間に何回かしてきた確認を再び行う。
「俺たちが次に向かうのは『level2 "Pipe Dreams"』。簡単に言うなら、滅茶苦茶熱くて急いで脱出しないとパイプに押し潰されて蒸し焼きになってしまう迷宮だ。それに、
「私は問題ないんですが、マイケルさんは生身ですからね…生憎、冷気対策の装備はあっても高熱対策は無いんですよね。アンデッドが対策する必要があるレベルの熱は高熱対策じゃなくて火炎耐性じゃなきゃ防げないものしかなかったもので。逆に火炎耐性で高熱耐性は得られませんし。」
「まぁだから熱対策に大量のアーモンドウォーターを用意したって訳だ。」
と、言いながらマイケルはリュックサックに取り付けられた荷袋を叩く。
無限の背負い袋。総重量500kgまで物体を入れることが可能な魔法の鞄だ。拾った道具や弾薬の持ち運びのために一時的にモモンガから貸し出されている。
その中にはかき集めた大量のアーモンドウォーターと弾薬が入っている。
「とりあえずこれがぶ飲みしてあとは気合と根性とやる気で乗り切るって訳だな!」
「マイケルさん、それ殆ど同じ意味じゃないですか?」
「細けえことはいいんだよ!」
そう言って、目の前の扉を開け放つ。
熱風が、扉の中から吹き付けてくる。
「よし、じゃあ『level2 "Pipe Dreams"』!行くぞ、モモンガの兄貴!」
「なんか、新発見されたダンジョンに挑む時みたいで少しワクワクしますね!じゃあ、行きましょうか!」
鼓舞するように、声を掛け合う。
一歩前へ踏み出す。高熱の蒸気を吹き出すパイプと、そこを徘徊する
─────────────────────────
「暑い、熱い!そしてエンティティの層も厚い!」
パイプの隙間から、汽笛のような音を立てて蒸気が漏れる。
そのせいもあって、空間全体の湿度が高く、余計に暑く感じてしまう。
(サウナ…スチームバス的な感じで熱くなってるんですかね?ああ、久しぶりに風呂に入りたいな…骸骨だけど、いやなんなら人間だった頃も湯船に浸かったことなんてなかったけど。マイケルさんがいうには、日本旅館風のlevelもあるらしいし、いつか行ってみたいなぁ。)
そんなことをモモンガは考えているが、マイケルの脳内は「さっさと此処から出たい」で埋め尽くされている。
少し歩けば敵に出会い、少し進めば蒸気が吹き荒れ、幾ら歩いても御目当ての出口──level4へ繋がるオフィスビル風のエレベーターは見つからない。
いや、出口が見つからなかった訳ではない。
「この出口は駄目なんですよね…」
目の前には何度目かの非常口が見つかる。
「あぁ、ここを通るともっと危険なlevelである「level3」に行っちまう。」
後ろでは倒したエンティティの死体から作った死の騎士がスキンスティーラーという人の皮を剥いで被る化け物の群れと激戦を繰り広げている。しかし、この光景も十数回目。モモンガもマイケルももう慣れた。
「で、この隣にある出口は?」
「もっと駄目だな。情報が一切ない。というか完全な暗闇が広がってるな。voidかnullかlevel6か…とにかく碌でも無いところに繋がってそうだな…あ、
「みたいですね。あ、じゃあこの隣の赤いランプのついた扉は…」
完全にどういう反応が来るか分かっている様子で悪戯っぽくモモンガは言う。
「もっと駄目だ!命をかけて走ることになるぞ!というかこの部屋ハズレ部屋に繋がってる扉しかないのかよ!次だ次!…というかあの扉が駄目なのはさっきのlevel探索している間に危ないlevelの情報は知ってる限り教えたから知ってるはずだろう…」
アーモンドウォーターのボトルを開けながらマイケルは再び扉とは反対側の方向へ歩き出す。
その側をスキンスティーラーの死体から生まれた従者の動死体が守るように固める。
「まぁ、確認は大事ですからね。」
モモンガも再び歩き出す。
少しの無言、その一瞬の間にモモンガはふと思う。
Level0の孤独や既視感からくる根源的恐怖や、Level1の恐怖とも違う、明確に「The back rooms」その物が悪意を向けてきた、そんな感覚。
とはいえ、こちらの方がモモンガにとっても、「やりやすい」。精神抑制に引っかからない量で少しづつ正気が削られていく感覚を味合わせてきたあれらのレベルよりは。
まぁ、マイケルにとっては暑さが辛そうだが。一度、「凍った骨」のような物理的に冷たいアンデットを召喚して涼ませようとしたが、一瞬でぬるくなってしまった。《第一位階怪物召喚》の籠った巻物で召喚した氷の小精霊は少し冷気を出しただけで蒸気となって消えてしまったし、我慢してもらうしか無いか。まぁ、まだ30度〜40度前後。摩訶不思議な飲料であるアーモンドウォーターがあれば多少は大丈夫だろう。いざと慣れば超位魔法で階層ごと凍らせればいい。それは脳筋がすぎるか。
「あー、確認といえば…やっぱり情報通り空間狭まってきてるよなぁ。」
「つい半日前までは天井と死の騎士の頭の間に握り拳が入りそうなぐらいには隙間がありましたが、今や天井に巡ったパイプと兜が擦れ合ってますからね。あ、ゾンビに蒸気が直撃して崩壊した。」
「………うへぇ、俺もああならないように気をつけなきゃな…っ!」
急に目の前に現れた黒い笑みを浮かべた非実体──スマイラーの体を撃ち抜く。モモンガの与えたパーツの効果で魔力を纏った弾丸は、本来ならすり抜けるはずのスマイラーの体を破壊した。
「oh!やっぱ兄貴のカスタムは最高だぜ!」
「
「モモンガの兄貴も大概だけどな。」
そう言って、もう一本アーモンドウォーターを飲み干そうとした瞬間、手に滲んだ汗で思わずボトルを落としてしまう。
そのボトルは放物線を描き、前方へ向けて落下した。
パシャ。
「あ、何かにかかっちまったな…なんだ、編み物…?」
感想、評価などありがとうございます、励みになります!
まだこの世界線ではlevel’fun’は消滅していませんしパーティゴアーもまだ生き生きしています。消されたlevelも登場することが今後多くなると思いますが、許していただきたいです…
あと此処で↓行って欲しいlevelなど募集しています
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=294487&uid=334264
今回(新たに)行ったlevel「Level2 Pipe Dreams」
https://backrooms.fandom.com/wiki/Level_2
http://backrooms-wiki.wikidot.com/level-2
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level2-2
「なんだ…編み物…?」
「人形…あみぐるみみたいですね。
目の前で、アーモンドウォーターが全身にかかって濡れた人形が、マイケルになにかを伝えようと必死にジェスチャーを繰り返す。
しかし、腕が短いこともあってか、側から見ると腕をブンブン振り回しているようにしか見えない。
「そもそも、だ。此処じゃ見た目は頼りになんねぇ。何かが擬態している可能性もあるし、幻覚かもしれない。迂闊に近寄らない方がいい…よな、多分これ」
必死に可愛らしく腕を振り回す様子からは危険さは一切感じられないが、逆にそれが怖い。
狂気に満ちたこの空間に、正常な物がいることが逆に恐ろしい。
「美しかったり、可愛かったりする物に擬態して接近した相手を襲うモンスターは定番ですからね。私のギルドにも、近寄るまでは普通の様子なのに近寄ったら「私の子ぉおおお!」って叫びながら半狂乱で人1人分の大きさの裁ち鋏を持って襲ってくるNPCいましたし。」
「おいなんだよそれだいぶクレイジーだな、でもそういうギミック嫌いじゃ無いぜ。とはいえ擬態はやっぱり怖えな。可愛い見た目のアバターのプレイヤーに貢いでたら普通にネカマで+10まで強化した装備普通にそのまま盗まれたこともあるからな、俺。」
「マイケルさん!?」
軽口を叩き合いながらも、警戒は緩めない。
とはいえ、ちょうどこの部屋の出口の位置に人形が居座っていて、この部屋を出るには人形の近くを通る必要があるのは事実。どこかのタイミングで腹を括って接近する必要がある。
いつまで経っても警戒を解かないマイケルとモモンガの様子にショックを受けたのか、人形は肩を落とし、いじけた様子で地面を指でなぞり始めた。
「…うーん。モモンガの兄貴。データベースで調べたところによると、目の前のそいつの特徴は、Entity 34”Dollface”と一致する。アーモンドウォーターをぶっかけると仲間になるエンティティらしい…んだがなぁ。本来のDollfaceは、会話が可能。でもこいつは話せない。しかも少し小さい。亜種か何かか?」
「先程から人形を観察していて気づいたんですが、どうもあれ、ユグドラシルでのテイム待機状態のモンスターの様子によく似てるんですよね。…テイム用アイテム何か持ってたかな…」
ゴソゴソと虚空に腕を突っ込み、そしてモモンガは一つのアイテムを取り出した。
「『カルカン・ハイグレード』!百獣の頂点だろうと誘い出せ、屈服させる伝説級アイテム!まぁ有り体に行っちゃえば超高級ペットフードですね。これの上位互換でカルカンプレミアムとかもありますが流石に希少すぎて…マイケルさん、試しにこれをあの人形に食べさせてみてください。」
「あー、テイム用アイテムってことか。…やべぇ、これ絶対俺が地球で食ってたものより質いいだろ。まあいいか。」
恐る恐ると言った様子でマイケルは人形に近寄り、カルカン・ハイグレードを人形に手渡すが、少し見た後、人形は不満げにそれをマイケルに返した。
「あー、やっぱりユグドラシルのシステムとは違うか…ってマイケルさんなにやってるんですか?」
「いや、アーモンドウォーターに浸したらこいつも気にいるかな、って。普通に情報にも「アーモンドウォーター」で手懐けられるって書いてあったしな」
と言いながら、マイケルはカルカンの山にアーモンドウォーターをドバドバとかけていた。
そして、山全体にアーモンドウォーターが染み渡った瞬間、人形は血相を変えて飛び出した。
「おい、なんだなんだ!?」
驚いたマイケルは背負っていたリュックにぶら下がっていたライフルを盾のように構え、モモンガも魔法を放とうと両手を前に翳す。
しかし、予想と反して人形は2人を襲うでもなく、カルカンの山に飛び込み、そのまま全て平らげてしまう。
げぷっ、とげっぷをしたかと思うと、満足げな様子で人形はマイケルに近寄り、その肩に飛び乗った。
「…!?マイケルさん!?」
咄嗟にモモンガはそれを振り払おうとしたが、マイケルがそれを手で制する。
「いや、なんとなくだけど…こいつは危険じゃ無い。むしろ…今のこいつは俺たちの味方になった。お前とパーティを結成した時と同じように、この目の前の人形と、魂の繋がり的なものが芽生えた気がするんだ。」
「…テイム成功、ということですか。」
「あぁ。『オイラは失敗作、ご主人も、骨のおじさんも、これからよろしくな』的なことを言おうとしてるっぽいな。」
「おじさっ…!?いや、まぁいいか。考えていることが分かるんですか?テイマーの基礎スキルに似ているな…」
モモンガはカルカンと同時に取り出した器具で目の前の人形が敵でないことを確認したのか、骨の指で人形の頭を撫でている。
くすぐったそうに身を捩らせる人形の様子は、人間のそれと比べても違和感は無かった。
「たしかに、パーティメンバーにしか使えないアイテムも使える…まぁ、この世界に来て誰にでも使えるようになっただけかも知れませんが。そのほかの探知魔法でも特に問題はない。…マイケルさん、これを使ってみてください。」
と言って、指輪をモモンガは差し出す。
「テイムモンスターと視界を同調できる指輪です。これが使えるなら確定でしょう。」
「おぉ、やってみるわ…。…出来るな、これ。じゃあ本当に安心、ってことか。」
指輪の力を引き出し、マイケルが効果の発動が可能であることを確認する。
指輪をモモンガに返そうとしたが、モモンガにそのまま持っているようにと促された。
「…OKわかったよ。じゃあこれからよろしくな…えぇと、こいつの名前どうしようか。」
「名付けですか…それなら」
「少し待ってくれ、予感だが、お前のネーミングセンスは壊滅している気がする。」
「失礼な!」
──────────────────────
「いやぁ、案内してくれて助かるぜ、ドーラ。ここら一体をしばらく歩き回ってたから出口を知ってる、ってのは最高だな。」
マイケルの背負うバックパックから上半身を覗かせる人形が、マイケルに自分の知っている出口の方向を伝える。
空間も徐々にパイプの数が増し、狭まる中でテイムした人形がたまたま出口を知っていたのは僥倖だった。
「いやぁ、いいと思ったんですけどね…ドルスケって名前。」
「いやそれはない。俺の付けたドーラって名前も大概だが、間違いなくその
ドーラも頭をブンブンと振り、肯定の意を必死に示している。
「…いいですよ、私にネーミングセンスがないのは知ってましたし!」
徐々に温度が上がってきた空間を進む。
とはいえ、今までと違い、明確に目的地がある分、足取りも軽い。
「前方、敵一体。推定、ハウンド。俺がやる」
「了解です。」
セミオートに切り替えられたアサルトライフルから放たれた弾丸が、正確にハウンドの脳天を貫き、絶命させる。
まだこの空間にたどり着いて1ヶ月も経っていないが、いつの間にやらこの空間に順応した放浪者の姿がそこにはあった。もちろんその側には骨の大魔法使いの姿も。
「…こうしていると、ユグドラシルでボスのレア泥狙いでダンジョンアタックを繰り返したあの頃を思い出すなぁ。」
ぼそっ、とモモンガが呟いた。
「で、周回を続けて慣れた頃に限ってトラップ踏み抜くんだよな」
「…此処ではやらかさないでくださいよ!?」
そんなフラグのような会話をしていながらも、そのまま大したエンティティにも会わずに、目的地まで辿り着いた。
魔法での感知に、危なそうな場所は霊体系のアンデッドに先行させるを徹底しているのだから、当然ではあるが。
迷宮のように複雑な通路を、ドーラの案内に従って進む。
パイプの量はさらに増し、ついにモモンガの頭と天井の間の隙間が精霊髑髏一体分にも満たなくなった頃だろうか。
パイプだらけだった壁面が突如として変わり、オフィスビル風のエレベーターホールのような空間へと到達した。
「あ゛あ゛あ゛!やっと着いた!おかげで漸くこの焦熱地獄から抜けられる!」
「…この、オフィスビル風のエレベーターからいけるのが、Level 4『The Abandoned Office』 。今回の目的地、という訳ですね。…今まで、一度もほかの放浪者には会いませんでしたが、本当に他の人間がいる、んですよね?」
「あぁ、情報が確かなら他のレベルと比べて見つけやすい大規模な集団が幾つもある…はずだ、ぜ?」
と、このタイミングでドーラがマイケルの頭をぽかぽかと叩き、なにかを伝える。
「『その骸骨の見た目で、他の放浪者に出会って、撃ち殺されないか…』、だって?あ、そういえば」
「…あまりにも馴染んでいてすっかり忘れてました。」
骸骨の赤い瞳がチカチカと点滅する。
顎を触りながら何かを思案した後、本当に嫌そうな雰囲気で、モモンガは独特の雰囲気の仮面を取り出した。
「あー、一応その下に幻術的な何かで顔作れたりしないか?ウォールマスクって言う、被った人間を攻撃的な狂人に変えるオブジェクトがあるから、仮面を外さないでいると怪しまれるからな、疑われたら一応仮面を外せるようにはしておいてくれ。」
「あー、そんなのもあるんですね…分かりました。一応低位ですが幻術は使えます。」
仮面を被り、骨が剥き出しの腕は小手で隠す。
「『嫉妬する者たちのマスク』…クソ運営がクリスマスイブにログインしてたプレイヤーたちに配布した曰く付きの仮面です。非リアはこれでも付けて嫉妬してろとでも言うんですかねあのクソ運営は…!しかも特殊効果とかは一切ないですし。」
特殊効果の無いはずのマスク。しかし、その背景を聞いた後だと、その背後に嫉妬の炎が燃え上がっている様子を幻視してしまう。
「すげえ事するなその運営、クリスマス特別ログインボーナスでそれって最高にcoolな運営だな。」
「ユグドラシルの運営ですから。ローブは…まぁ、コスプレイベント帰りにこの世界に来ちゃったってことで誤魔化すしか無さそうですね。ドーラは…実際に使役されてる実例のあるエンティティですしまぁ大丈夫…なんですよね?」
「あぁ、そう言う例はそこそこあるらしいからな。」
ドーラはバックパックから顔をひょっこりと覗かせて手を振る。
「さて、出口は見つかった、変装も終わった。これで準備万端。」
ポーチの中身や、銃器の調子、バックパックの中身を再度確認し、軽く服についた煤を払った後、マイケルは伸びをする用に立ち上がる。
「魔法でエレベーターを調べましたが、直接的な罠はありませんでした。行き先が予想していたレベルと違ったら困るので、動死体に先行させて見ましたが、即死したりはしてないので致命的なレベルである確率は低いです。距離の問題で視界共有は出来ませんでしたが。」
「おー、やっぱ魔法って便利だな、俺も使えねえかなぁ…ま、魔力なんてもん持ってないから無理か。じゃあ、行こうぜ。Level 4『The Abandoned Office』へ!」
おー、と叫んでいるような様子でドーラが腕を天に突き出し、それに釣られてモモンガとマイケルの2人も腕を突き出す。
「あー、後モモンガ…感謝してるぜ。お前がいなきゃ此処までこんなに順調に来れなかった。これからも、よろしくたのむぜ」
「…私も、本当に楽しかったから、お互い様ですよ。これからも、よろしくお願いします!」
握り拳をとん、とぶつけ合う。
超越者と人間、そして新たに加わった人形の奇妙な旅路。
互いの存在を確認するように視線を交わした後、2人と一体は目の前のエレベーターへと乗り込んだ。
ごぉ、とワイヤーがかごを吊り上げる音が密室に響き、エレベーターは急速な上昇を開始した。
感想、評価などありがとうございます!励みになります!
此処でチュートリアル終了、的な感じです。ここからが本当のバックルームです。
今回のエンティティ
Entity 34 - "Dollface"
http://backrooms-wiki.wikidot.com/entity-34
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Level4
エレベーターの扉が開く。
重々しい鉄の扉が横に徐々にスライドし、その隙間から光が漏れ出る。
その光は輝かしい未来を暗示──している訳ではなくすぐに薄れて消えてしまう。
「到着、level4、『Abandoned Office』…って寒っ!え、寒い寒い寒い寒いって寒い!さっきまで灼熱だったのに極寒っ!」
扉が開いた瞬間、身を裂くような冷気が吹き付けてくる。
エレベーターの扉の向こう側に広がるのは、家具ひとつない空っぽのオフィス。
薄暗い部屋は、窓から漏れ出る微かな光によって照らされている。
窓の外では、先も見えないほどの猛吹雪が吹き荒れていた。
エレベーターを出て、周囲を見回す。
単純な構造のオフィスビル。しかし、その内部は丸で外にいるかのような冷たさ。
それだけではない。部屋全体から薄気味悪さ、冷え冷えとした何かを感じる。
「おかしい、俺の知ってるlevel4と、違うぞ…」
情報によれば、放浪者によって形成された幾つかの集団がある筈。
しかし、人の気配はおろか、エンティティの気配さえ感じない。
「…おい、これやべえんじゃねえか」
肺に満たされた真冬の冷気が、体を震わせる。
「今のところ周囲に罠やエンティティの反応はありませんが…別のレベルに来てしまった?」
「いや、そんな筈は…部屋の構造自体は、そのまま俺の知ってるlevel4と同じなんだ。ただ、この寒さが、そして窓の外の吹雪が情報にはないんだ。…ドーラからも驚いてる感じの反応があるぜ。」
「うーん…探索しないことにはなにもわからない、ですね。『中位アンデッド創造』」
保存していたエンティティの死体を媒介に死の騎士を二体呼び出し、自分たちの周囲を守らせる。
死の騎士の全身鎧の表面には、薄らと霜が降りていた。
「とりあえず、離れない様にして、周囲を調べますか。」
「だな。」
エレベーターが視認できる範囲でオフィス内部を探索する。
先程までの灼熱の閉所とは違う、極寒の広々としか空間。
オフィスビルという、普段見慣れている筈の場所なのに、いやだからこそ空間の異常さが際立ち、それが精神を引っ掻く。
「あー、残業で日を跨いだあのデスマーチを思い出す。」
「やべえな、それ」
だだっ広い部屋の中には、ポツポツとコンクリート製の柱が数本。地面の所々に、かつてそこに家具が置かれていたであろう痕跡が見つかる。
「本当なら、アーモンドウォーターをはじめとしたオブジェクトが購入できる自販機とかある筈なんだけどなぁ、くっそ、ネットに転がるソシャゲの有象無象の攻略サイトとは違って超正確なのがM.E.Gが運営するデータベースの売りなんだがな…似たようなレベルの情報もないし、どうなってんだこれ」
床の凹みを撫でる。
明らかに、重量のある何かがそこにあったのは確実だ。
「ワザップじゃないんですから…」
「おい待てそのサイト100年後にも残ってるのかよ!?」
常に何時でも戦闘に入れるよう、そして逃走できるように常に構えながらも、気を張りすぎないように雑談しながらオフィスを調べる。
エレベーターが視認できる限界地点まで来たあたりで、突然ドーラがバックパックから飛び出し、駆け出す。
「おい、モモンガ、ドーラが何か見つけたみたいだぞ!『視界共有』…あ、なんだ?扉と…階段、か。」
ドーラの駆け出した方向。
そこにあったのは、なんの変哲もない、オフィス内部に普通にあるような扉と、床と同じ材質でできた階段。
「…level4にある階段は、登るlevel160か、level3に戻される…まぁ、此処が本当にlevel4なら、だがな。」
「《第一位階不死者召喚》。階段の先はアンデッドに先行させてどうなってるかを確認しましょう。で、問題は目の前の扉ですが…罠は無さそうですね。」
「開けるしかないよな…ヘクシュン!」
ドアノブを調べようとしたところ、急に寒気がしてマイケルは思わずくしゃみをしてしまう。
「あ、そういえば寒いですよね。大丈夫ですか?マイケルさん。」
「やっぱり寒かったり暑かったりが問題ないのはモモンガが羨ましいぜ…ま、まぁ俺は真冬のアラスカにいたこともあるからな、平気…やっぱ辛えわ。さみぃ。」
寒さに悶えている様子のマイケルに、モモンガはアイテムボックスから取り出した長袖のコートを渡す。
そして、今度は同じく震えているドーラに、真紅のマントを被しながら言う。
「まぁ、碌な魔法もかかっていないコートですが、多少は暖かくはなるでしょう。」
「いや、悪りぃ、本当に助かった。まじでなんでもあるな、そのモモンガのアイテムボックスの中には。日本の例の青狸みたいだ。」
モモンガになされるがままにマントをつけられていたドーラだったが、暫くじっと扉を眺めていたかと思うと、突然マイケルに向かって、『入らない方がいい』と言う思念を送り始める。身振り手振りも使って、必死に。
「『入らない方がいい』?エンティティでも探知したのか?違う、罠があるわけでもない、ただ、『なんとなく入らない方がいい気がした』か…」
「『上位アンデッド創造』
見ただけで作動する系統の罠があっても困るので、モモンガは内部に入った死霊たちに念話で内部の様子を伝えさせる。
伝えてきたのは、割れた窓、人間の集団が生活していた痕跡、そして英語と思わしき言語で書かれた折れた看板。
戦闘痕や、罠の形跡はなく、生命の反応も一切ない。
「人の痕跡…移住した?窓が割れたことで熱が保てなくなり部屋を放棄せざるを得なかった?ふむ…」
「つまりは、見た感じの危険はなさそう、ってことだな。これ以上此処で止まってても埒があかない。人の痕跡があるのなら、そこに此処の情報もあるかも知れねえ、突入する…ぞ?」
「えぇ、それしかないでしょうね。最大限の警戒は怠らず、にですがね。」
「はは、そりゃそうだ。」
死の騎士にドアを開けさせ、部屋全体に目を走らせながら突入する。
報告にあった通り、人の痕跡はあるが、生命の気配はない。既に放棄されてしまった、しかもそれほど日にちは立っていない、そんな印象を抱かせる。
まず、目に入ってきたのは、折れ曲がった看板のような物だった。
「The Deniers…『否定する者達』…か。モモンガ。どうやら此処は本当に俺たちの目指していた、『level4』と同一のものである可能性が高まってきたぜ。The Deniersは、このlevel4に拠点を構える放浪者の集団だったはずだ。そう、否定する…『自分たちはバックルームにいるという現実』から目を背けて、この狭いオフィスを現実世界と思い込む、脱出を諦めた連中の集まりさ…なぜ、その拠点が空になっているかは謎だけどな。」
「現実を、否定する…」
何か思うことがあったのか、拾った木片を眺めながら、モモンガはその向こう側を眺めるようにして目を細める。
「いや、関係ない、か…」
「ん、何か言ったか?モモンガ」
「いや、なにも…それよりも。殆どの設備が手付かずのまま残っていますね。まるでそこにいた人間だけが消え去ったかのような…。」
そばでは、ガラスの容器に腕を突っ込んで、抜けなくなったドーラがもがいていた。
腕を振り回すうちに、その容器は勢いよく抜けて、小さな丸机の上に置いてあった木箱に当たる。
地面に落ちた衝撃でその箱の蝶番は外れ、中にはいっていたものが露わになる。
「あー、なんだ?これは…日記?」
「日記帳、ですねえ…まぁ私読めないんですけどね」
「お手柄だぜ、ドーラ!盗み見るのもよくねえが、まぁ背に腹は変えられねえか、読ませてもらうぞ。」
ぺらり、と表紙を捲り、日記を読み進める。
Day:1890
そういや、この狂った世界に入ってもう5年近くになるのか。
M.E.Gの隊員としてそこそこいい生活は出来ているし、慣れれば此処も悪くないかも知れないな。
いい同僚も沢山いるし、エンティティも対処法がわかれば可愛い物だ。
Day:1902
同僚がスーパーアーモンドウォーターを入手したらしい。勿体無くて一生使えなさそうだと笑っていたがな。
俺はアーモンドの味がどうも苦手だからミルクの方が好きだな。バナナ味のあれを飲むようになってからここのところ幸運続きだ。
ホットミルクのおかげでよく眠れるようにもなったしな。
そこから先は、数十日以上にわたって、日々の何気ない話が綴られていた。
「バックルームに完全に順応してそうなやつがThe Deniersに?どういうことだ?」
疑問を持ちながらも、先に読み続ける。
そして200日分ほど立ったあたりで、気になる記述を発見する。
Day:2081
明日は、level3999突入作戦の日だ。
行き方、内部情報の正確性に難があったため、今までデータベースには記載されてこなかった、フロントルームに確実に帰還できるlevel、3999。そこへの行き方がようやく確立されて、明後日からデータベースに掲載のこのタイミングで、突如として内部からの救援信号、そのあと完全に内部との通信が絶たれたらしい。
同時期に、You win!に到達できたほんの一握りの放浪者から、「entity555」と未知のエンティティが交戦中、放浪者やcheatedのパーティゴアー達も協力して未知のエンティティに対処中、との情報がきた。
ここ数週間で起きた「フロントルーム」と繋がっているという噂や事実があるlevelが突如として通信不能になるこの一連の現象。
You win!の情報から、通信不能になったlevelには何かしらの敵性生物がいる可能性が高いと言える。
その為に、先行部隊として精鋭部隊がまずlevel3999に送られることになった。
まぁ、なんとかなるだろう。運良く書庫にたどり着いて魔術使いになった隊員や、銃の名手と呼ばれる隊員、霊感が強いとかで誰よりも早くエンティティを見つける隊員だっている。あの!を突破した隊員もいる。全員が全員精鋭中の精鋭だ。
とはいえ、予想外には気をつけなくてはな…
Day:
ああああああああああああああああああああああああ!!!!
なんだ、なんなんだ、なんなんだあれは!
あれは神だ?違う、あれは断じて女神などではない!
荒々しい怒りが、
レベルが歪んで、みんな死んだ、囚われた!
エンティティも、俺たちも!
真紅の騎士がいなければ俺は死んでいた、あれはバグだ、グリッチという概念だ、あれはなんだ、
そうだ、SHEに出会えば誰も生き残れない、
なんなんだ、なんなんだ!どうしてあんな化け物が存在しているんだ!
あれはフロントルームを目指している。バックルームも、フロントルームも、SHEが果たせば全て弄ばれる、壊される、
誰か、誰かあれを殺してくれ、
あれを、
なんなんだ、
たすけてくれ、
SHEは常に私たちを見ている
Day
ああ、逃げ切ったのか。
俺1人が。
たどり着いたのは廃オフィス。ここから本拠地に戻ることもできるが、もうそんな気も失せた。
放浪者の手助けをして、それで何になる?最後はどうせ苦しみの果てに死ぬだけだ。それが近いか遠いかの違いでしかない。
Day
否定する者達は、俺のことを優しく向かい入れてくれた。
かつては現実から目を背ける臆病者だと笑ったこともあったが、今ならわかる。
そうやって彼らは心を守ろうとしたんだ。
今は、この空間が心地よい。ここにいれば、アレのことも忘れられる。
Day
今日は特に何もない1日だった。
Day
今日は何もない1日だった。
Day
誰かに見られている気がした
Day
今日は何もなかった。
Day
何もなかった。
Day
この地獄は、この地獄は心の拠り所さえ奪うのか、ちっぽけな現実さえも奪うのか!
此処は別の何かに変わってしまった。
おそらく、安全性という面では大した違いはない…だが、バックルーム特有の超常現象そのものに、俺たちの心は耐えられなかった。
そうだ、簡単なことだったんだ
あの窓の外に、あそこへと落ちれば。
ここから消え去ってしまえば。
そうすれば、全てを忘れられる。
感想、評価などありがとうございます!励みになります!
次回は土日には出します
今回行ったレベル
level4『Abandoned Office』
https://backrooms.fandom.com/wiki/Level_4
かつてのlevel4
https://backrooms.fandom.com/ja/wiki/Level_4_(1)
参考
Press _Start
『REDACTED 』
https://backrooms.fandom.com/wiki/Press_Start
Level3999
『REDACTED』→
https://backrooms.fandom.com/wiki/Level_399
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level4-2
複数のlevelを作り出し、voidやREDACTEDへ対象を送る権限さえ有する、特級の力を持つ存在。
それは、激しく怒り、そして憔悴していた。
自分の力は何も通じなかった。REDACTEDさえSHEは破って出てきた。
間違いなくチーターだ、そして同時に敗北者だ。
しかし、罰を与えることは叶わなかった。
間違いなく、あれはエンティティにとっても、おそらくは人間にとっても敵だ。
痛む体に鞭を打ち、崩壊した勝者の部屋を後にする。
このことを、出来るだけ多くの存在に伝えなくては。
プレイヤーのいないゲームは成り立たない。勝者が失われるゲームはあってはならない。
Day
この地獄は、この地獄は心の拠り所さえ奪うのか、ちっぽけな現実さえも奪うのか!
此処は別の何かに変わってしまった。
おそらく、安全性という面では大した違いはない…だが、バックルーム特有の超常現象そのものに、俺たちの心は耐えられなかった。
そうだ、簡単なことだったんだ
あの窓の外に、あそこへと落ちれば。
ここから消え去ってしまえば。
そうすれば、全てを忘れられる。
そこから先の日記のページは、全てが白紙だった。
割れた窓を見る。
外から吹雪が吹き込むその割れ目が、悍ましい怪物のように感じてしまう。
まだ人の生活を感じさせるこの部屋が、異質な、死の気配に満ちたものに感じられる。
狂気に満ちたその記述に、頭が揺さぶられるような感覚がした。
「『SHE』……ッ!」
何もいない、何もいないのに、部屋の端の影に、何かが潜んでいるような感覚がしてしまう。
暗闇をじっと見つめる。
闇がこちらを見返しているような気がする。
影に触れる。
そこには確かな壁の感触があった。
間違いなく異様な記載を読んだことによる被害妄想。
しかし、それが治らない。
「…さん、マイケルさん!」
モモンガとドーラとに揺さぶられ、マイケルははっとし、意識を取り戻す。
「いけねぇ、…やべえな、この記述。マジなら絶対会敵しちゃいけねー部類のエンティティが相当アグレッシブに動き回ってることになるぞ。」
ボソリ、と呟いた。
「…これ以上は、ここにいても無意味な様ですね。早いところ、ここからは退散しましょう。…これが、諦めた放浪者の末路、か……」
モモンガは、自分の骸骨の掌を見つめ、開いたり閉じたりを繰り返す。
その指にはまった指輪を撫で、その掌を所在無さげにおろす。
かつて此処で生活していた者たちのことを思い、短い祈りを捧げた後、2人と一体は部屋から出る。
扉を丁寧に閉め、そこから半ば逃げる様にして2人はその場を離れる。
「…しかし、振り出しに戻っちまったな。放浪者のコミュニティを見つけられればよかったんだが、この調子だと見つかる気がしねぇ。それに、level4の内部構造が大幅に変わってるっーことは、この端末の他の情報も信用できねえ可能性が出てきた。」
「それに、SHEという謎の存在も気になりますね。…M.E.G。その精鋭集団が壊滅させられた、ということはどれぐらいの深刻さなんです…?」
ちょうど部屋のそばにあった階段に腰掛けて、先程読んだ日記の内容について話し合う。
マイケルと比べると比較的知識の浅いモモンガは、不思議そうに溢す。
「俺もそこまで詳しくはねえが、多分相当やべえ。基本的に軍隊とシステムは同じだから、最低でも現実の軍隊の精鋭部隊並みの実力、下手しなくてももっと上。日記に書かれていた限りでは魔術使い…つまりはモモンガみたいなやつもいたっぽいじゃねえか。まぁ、本当にモモンガクラスならもっと有名だろうから実際はそうじゃないんだろうが。なによりも、レベル丸ごと幾つか潰してそうなのがヤバい。そんなエンティティ聞いたことねえぞ。」
「この空間のスペシャリストでさえ対応が出来なかった、未知の脅威的なエンティティ…最低でもレイドボスぐらいは想定しておいた方がいいかもしれませんね。と、なるとマイケルさんには
「いや、流石にそこまで頼るわけにはいかねえよ。貰ってばかりじゃ申し訳ないからな。このコートだって、この銃のアタッチメントだって、モモンガから貰ったもんだ。」
「むぅ…いや、それでも。というか実利的な意味でもマイケルさんに死なれたら情報不足で詰みかねませんからね、わたし!?」
ドーラは我関せずと言った様子で、バックパックの中で暖をとっている。
そんな話をしていると、先程階段の上に登らせた
その内容は、「相変わらず同じオフィスの風景が続いている」というモノだった。
「あー、まぁとりあえず上の階に行くしかなさそうだな。ぶっちゃけこれ以上ここらへん探索しても何かが開けるとは思えねえ。」
「はぁ…でもいつかは何らかの手段で防御手段は受け取ってもらいますからね。どうやら未知の恐ろしい存在がいるようですし。」
幽霊に先導させ、階段を登る。
階段を登った先も同じようなオフィスが広がっていた。そして、同じような扉が幾つか並んでいる。
同じようにして、部屋の中を探索したが、大半が同じようなオフィスの空っぽの部屋で、特筆すべきものは見つからない。
しかし、そのうちの幾つかは違った。
「仕事部屋、って感じの家具の配置だな。ここには家具がちゃんと並んでいるのか。」
うすく埃を被ったオフィスチェアとデスクが、規則正しく並んでいた。
「うっわぁ、社畜の記憶が蘇りますねこれ。…うわ、この椅子の等級
嫌そうな声を出しながら、オフィスデスクの引き出しの中などを漁る。
古ぼけた手帳や、インクの切れたペン。アーモンドウォーターや、まだ新しく食べられそうなスナック菓子。
level1の箱に入っていた物資と似たような構成の物品が、僅かではあるがオフィスデスクの中から見つかる。
「あー、何だこれ、瓶?…真っ赤だな。絶対体に悪いぞこれ。少なくともアーモンドウォーターとかネオンウォーターではねえな。」
僅かな明かりに、手に持った小瓶を透かしながらマイケルは小瓶を眺める。
「《道具上位鑑定》…これポーションですね。第二位階の魔法が篭った。…ポーション!?え、最低等級ですけどこれユグドラシルのポーションですよ!?」
「ユグドラシルっつーとアレか、モモンガのやってたMMO…マジかよ。やっぱバックルームに何か起きてんのか?くっそ、気味が悪りぃ。」
モモンガは思案する。
この世界からは、どうも現実世界とゲーム、というより電脳の世界をごちゃ混ぜにしたような印象を感じる。
その基盤は現実世界でありながらも、おおよそ地球では存在できなさそうな性質を持ったエンティティ。
(…ゲームのような世界だから、ゲームの姿のままこの世界に飛ばされた?確かに、ユグドラシルでの最後の記憶は床抜けバグで地面をすり抜けた瞬間だな…そういや誰かの足を思わず掴んだ気もするが…まぁ気のせいだろうな)
──そして、ゲームのような世界だから、サービスが終了したユグドラシルのサーバーから残されたアイテムがこの世界に落下した。
赤いポーションを眺めながら、そう考えるがそれだとほかにもあったサービス終了したVRMMOはどうなるんだ、という謎が残る。
(ユグドラシルの仕組みも、中途半端に実装されている感覚もする。上位物理無効化は強さとしてのレベルの概念が無いからか息してないし。かと思えばマイケルさんはテイムスキルを習得しているし。)
予想するにも情報が足りない。
そう思い、モモンガは一旦思考を中断する。
「込められた魔法的にも、最序盤で入手できるような、それこそ価値つかないようなポーションですが…特に変質はしてなさそうですが、怖くて使えたもんじゃ無いですね。とりあえずアイテムボックスの中に隔離しておきましょう」
「おう、別に俺はアーモンドウォーターで間に合ってるしな。それにしても、ポーションなんて初めて見たし、データベースにも情報はねえな。」
引き出しの中から発見された出てきた薄い本をそっと再び引き出しの中に戻しながらマイケルはいう。
ドーラも手伝い、引き出しの中を片っ端から確認するが、ポーションや、ユグドラシルにあるアイテムは他には見つからなかった。
「……なぁ、怖い妄想したんだが、…いや、なんでもねえ」
「いやちょっと気になるじゃ無いですか。教えてくださいよ」
「根拠はないんだが、データベースに情報がないってことは、少なくとも昔からポーションがこの世界にあった訳ではないだろ。で、さっき読んだ日記だけど」
「うっわぁ……根拠もない日記の情報が元で、しかも根拠もないですけど、それが当たってたら…うわぁ。」
部屋の中身もあらかた調べ終え、部屋の外に出て廊下を歩きながらモモンガとマイケルは話す。
日記の内容や、何故か突然発見されたユグドラシルのアイテム。
そのせいもあってか、先ほど以上に寒く感じられる空のオフィスを歩く。
吐く息が白い。
「あー、こんなに寒いんだ。他の放浪者が見つからないのも納得だな。住みやすかったからここにいろんなグループがあったんだ。住みにくくなったらいなくなるのも当然だな。」
「一個前の灼熱地獄よりかは住みやすそうですけどね。ユグドラシルなら間違いなく凍った骨とかが出現しますけど。」
「それただの凍死体じゃねえか…」
人どころか、エンティティ1匹いない空間を進む。
いくつかの扉を見つけたが、次のレベルにつながる扉はひとつもなく、同じような空間や、仕事部屋が見つかるばかりであった。
そのうち、吹雪が吹き荒れている窓の外がほんのりと明るんでくる。
おそらく、朝が来たのだろうと2人は察する。
「やべえ、眠い。まだまだ耐えれるが、にしても眠い。でもこんな寒いとこで寝たら死ぬよな俺。」
明らかに耐えれていない足取りでマイケルがそう言う。
(──そういえば、俺アンデッドだからそう言うことには気づきませんでしたね。そうか、俺童貞卒業する前に人間卒業しちゃったのかぁ。)
あまりにも代わり映えのない景色に、思わず益体のないことを考えながら、モモンガはマイケルの体を揺さぶる。
「マイケルさん!?寝るな、寝たら死ぬぞ!…一応シェルター型のマジックアイテムもありますがいかんせん天井が低いですからねえ。とりあえず睡眠不要の装備はありますが。流石に命に関わるのでとりあえず受け取ってください。」
「いよいよなんでもありだなマジックアイテム…すげぇ、エナドリ限界まで決めた後みたいに頭が冴え渡ってるぜ。助かったぞ、モモンガ。」
眠気や疲労の問題は解決したとはいえ、そもそもここからどうやって現状を打破するかは見通せない。
「level4が半分死んでるなら、多分見つからない放浪者たちはlevel11って言うもう一つの安置に撤退したって考えるのが自然だが…こんな変わっちまったlevel4じゃ、従来通りの移動方法が通用するかわかんねえんだよなぁ。」
「本当、どんな化け物よりも情報不足が一番怖いですね。」
肉体的に疲労しないとはいえ、精神的な疲れは溜まる。
(これまじでモモンガがいなかったら俺レッチになってたんじゃねえか?いやその前にハウラーに食い殺されてるな。まじでモモンガの兄貴のおかげで俺生きてるな…)
完全にあてのない旅を続ける。
アーモンドウォーターの本数だけが増え、ほかに収穫は無い。
放浪者がいた痕跡すらもう見つからない。
まるでこの世界には2人と1匹しかいない、そんな感覚がする。
「あーまずい。幻覚が見えてきた。なんか廊下の向こうから光が見える。」
「奇遇ですね。わたしにも見えてます。というか探知魔法にビンビンに反応があります。なにかいますね。…なにかいますね!?」
突然のエンカウント。
まだ向こうはこちらを認識してはいないが、壁の向こうに、何かいる。
「おい、モモンガ…」
「えぇ。…多分大丈夫そう。ですね。」
じりじりと、光の方向へと滲みよる。
緊張が走る。
そして、ゆっくりと、ゆっくりと壁の向こう側へ向かい、そして──────────
「いやぁ、まさかこんなところでバックルームの有名人と出会えるとはな。『The Cameraman』さん……で、いいか?」
「カメラマンで構いません」
カメラマンと呼ばれた、18世紀初頭の英国人風の格好をした男は、オフィスの中なのに、焚き火をしていた。
漏れ出ていた光はこの焚き火の火だったという訳だ。
暖かな火にあたりながら、3人は話す。
──ゆっくりと火に近寄った後、最初に目に飛び込んできたのは、プロが使うような大規模な撮影設備を脇に置いた男だった。
顔を合わせた瞬間は、共に硬直し、何も話すことは出来なかった。少しの間の後、最初に口を開いたのは、男の方だった。
「不死者の王と、人間、それに人形…珍しい組み合わせですね。ここにはなんのようで?」と。
「にしても最初は驚いたぞ。まさか本当に誰かと出会えるとは思ってもなかったからな。」
「幻術を使ってはいましたが、いきなり正体バレましたしね。それで驚かないのも驚きですが。」
モモンガは、もう隠す必要もないと仮面を脇に置いていた。
「まぁ、私の友人には、植物で体ができた方や、紅蓮の鎧を纏った騎士とかもいますからね。今更ちょっと人間と違いぐらいじゃ驚きませんよ。放浪者なら知ってると思いますが、私自身ももう人間じゃありませんしね。」
魔法瓶に入った紅茶を飲みながら、カメラマンは言う。
バックルーム内部とは思えないような緩やかな時間がそこには流れていた。
『The Cameraman』。バックルーム内部の危険な場所や探索が困難なレベルの写真を撮影しては、放浪者に提供する、200年以上前から存在するとされる謎の存在。
間違いなくエンティティではあるが、ごく僅かな接触報告によれば、人類に友好的な存在ではあるようだ。
実際に、敵対する気配は微塵もしない。本能的に、モモンガもマイケルも感じていたのだろう。こちらから手を出さなければ、彼と自分が敵対する事はないと。
「それにしても…levelが変わってしまったタイミングでここにきてしまうとは…不憫なことです。」
心底気の毒そうな声色で、カメラマンはモモンガとマイケルに語りかける。
「あぁ、本当にな…なぁ、カメラマンさん。ここからlevel11に行く方法知らねえか?」
「えぇ。もちろん。私の目的地もそこですしね。友人に依頼されているのですよ。『突如として改変されたlevel4とlevel11の様子を偵察してきてくれ』と。」
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今回登場したエンティティ
The Cameraman
https://backrooms.fandom.com/wiki/The_Cameraman
Entity 555
『REDACTED』
https://backrooms.fandom.com/wiki/Entity_555
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level25
ドーラは喋れないので「ドーラが何かを伝えようとする」→「その中身をマイケルがなんとなく理解する」→「それをモモンガに伝える」っていう構造です
「えぇ。もちろん。私の目的地もそこですしね。友人に依頼されているのですよ。『突如として改変されたlevel4とlevel11の様子を偵察してきてくれ』と。」
「改変された……おい待てlevel11も、ここみたいに変わっちまってるのか!?」
想像していなかった返答に、マイケルは驚きの声を上げる。
「えぇ。かつての安置であったlevel11部分を囲むように、突如として廃墟で構成された都市が出現した…まぁ直接視認したわけではないのですが、そのような情報があります。その原因や、level11の状態を確認する為にlevel4の調査を切り上げて、向かう為に機材の調整をしていたタイミングで、ちょうど貴方達と出会った…まぁ、これはもう言いましたか。」
「つまり…level11もここみたいに放浪者が殆どいない状況、ということですか?」
「いいえ、あくまでlevel11はここと違って、「元のlevel11の外縁部を切り取り、残った部分を囲うようにして新しい空間が出現した」だけなので、大規模な放浪者コミュニティはそのまま残っているはずです」
「だ、そうですが…マイケルさん、どうしますか?私としては他に当てがないのなら、信じてlevel11に向かうしかないと思うのですが…」
骨の顎を触りながら、モモンガは問いかける。
──事実、これ以上この極寒の空間を彷徨ったところで打開策がないのも事実だ。
例えば、この友好的に見えるカメラマンが、巧妙に隠しているが本当は悪意ある存在で、自分たちを地獄に放り込もうとしている悪魔だったとしても、その情報を信じる以外に取れる手段がないのも事実。
あてもなく彷徨ったところで、このバックルームという世界が、自分たちに幸運をもたらしてくれる訳がない。
(
「同意だぜ、モモンガ。…なぁ、カメラマンさん。何度も聞くようで悪いが、level11への行き方を教えてもらったりできねえかな…?」
カメラマンの青い双眸を見つめる。
そのあまりにも透き通った青から、やはりこの人型も、人外の存在なのだと思い知らされる。
「えぇ、勿論。…と言いたいところですが、一つ、お願いを聞いてもらえるなら、ですが。」
「モモンガ?…あぁ。…内容によるな」
モモンガに問いかけ、頷いたのをみてマイケルが答える。
「簡単なことです。M.E.G。そのlevel11支部に、このディスクを渡して欲しいのです。内部には、こちらが放浪者に広く伝えなければならない情報が入っています………もし、level11支部が消失していたら、そのまま所持して、いつか何処かの支部に渡して貰えば構いません。」
勿体ぶって言った割には、簡単な内容だったことに肩の力をが抜ける感覚を覚えながら同時に違和感を覚え、口を開く。
「あぁ、と言いてえが…なぁ、カメラマンさん。確か、カメラマンさんってやつらのサーバーに侵入して写真を送りつけるぐらいの技術力は無かったか?だったらわざわざ俺らに任せなくても直接データを送ればよくねえか?いや待て、連絡が杜絶ってどういうことだ!?」
「本来ならそうしたいのですが…大規模な集団は私の好むところでもありませんしね。ただ…いつも写真を送りつけていた本部と
「え、なにそれ怖」
思わず口から溢れる。
「原因は全くの不明。…何か強力なエンティティの仕業かとも考えましたが、神々ですら直接的手段を持って攻め滅ぼすのは手間だと感じる彼らが、そう簡単に滅びるとも思えませんし…クラス7の存在への対処法さえ持っている彼らが。おそらくパーティゴアーか何かによるサーバーへの攻撃で一時的にデータベースの機能がダウンしているのでしょう。」
「そこであなた達と出会ったのです。物理的に直接会ってこのディスクを渡して欲しいのです。…彼らに直接会うのは気が進まないので、貴方達にお願いしたい。」
(M.E.Gとの連絡が途絶ねえ…通信障害?にしてはおかしいよな…こりゃあ本格的にさっさと情報収集できる場所に行かなきゃ不味くなってきてるな。)
少し考え込んだ後、目配せしあったのちに、答える。
「まぁ、それぐらいなら。」
「契約成立ですね。」
マイケルとカメラマンが握手をする。
「level11までの短い道のりですが、よろしくお願いします。」
「あぁ、こちらこそな。」
「よろしくお願いします。カメラマンさん」
ドーラがカメラマンの視線に入るよう、必死にジャンプをしながら手を振っているのをみて、モモンガはドーラの体を持ち上げるとカメラマンの目の前までドーラを持ち上げた。
「あぁ、小さいお友達も、よろしくね。」
ドーラの人間の腕と、カメラマンの腕がコツン、とぶつかった。
「…そうだ、折角ですし、カメラマンらしく写真でも撮りましょうか?」
目にも止まらぬ早技で、機材を組み立てたカメラマンがそう問いかける。
「お、いいな、それ。」
「パーティメンバーとのスクショは定番みたいなもんですね…まぁ私最近は殆どソロだったんですけどね。」
──僕を真ん中に!
「おお、なんかドーラがめっちゃ写真の真ん中に写りたがってるんだが…身長的に手で持たないと写れないよな?」
「これなら問題ないでしょう。《集団飛行》」
「おい、俺まで浮いてるんだが!?」
「じゃあ、取りますよー!はい、笑って───」
パシャリ、とシャッター音が鳴った。
極寒のオフィスを、今度は3人と一体で歩く。
マイケルとモモンガの首には、先程までは無かったロケットが下がっていた。勿論、ドーラにも。
ロケットが揺れ、きらりと光る。
「へぇ、level4から他のレベルへの行き方自体は殆ど変わってないのか。」
マイケルの吐く息は相変わらず白く──モモンガはそもそも息をしていないし、カメラマンの息はこの寒さにも関わらず凝結している様子がない──、寒さは一部の露出した肌を刺すが、目的地がある分、足取りは先程までと比べれば軽い。
「えぇ。ただ、その出口の出現率が極端に下がっているだけで、行き方は変わっていません。だから一度出口を捕捉しておけば移動は簡単。今目指しているのは、先ほども言った通り、level4の管理人室…『Level 25: "The Quarter Hub"』。ここから数キロ先ですが、出口は既に捕捉しています。」
「捕捉…実際に見たわけではないような物言いですね。《
「まぁ、そんな物ですね。占術というよりかは呪術に近いですが」
「うおぅ、魔法トーク。世界が違うぜ」
──王さまは、僕に魔法は与えてくれなかったからなぁ
「やっぱりドーラも魔法使えないのか。…そもそも存在自体が魔法みたいなもんだがな。つーかバックルーム自体がファンタジーみたいなもんか。ファンタジーにしては殺伐としてるがな!」
幾つかの部屋を通り抜け、曲がり角を曲がり、オフィスの中を進む。
案の定、他の放浪者と出会うこともない。
「そういえば、カメラマンさん…レベルをいくつも破壊したり、M.E.Gの精鋭部隊を壊滅させられる女性型のエンティティとか知らねえか?そんな存在がいるかもしれねえんだ。」
今まで何度か聞こうとしたが、きっかけが掴めず漸く言い出せたというような様子で、マイケルは言う。
「女性型の…?それが出来そうな能力を方は何人か知っていますが…全員、自分の家からは出ない出不精ですから、出来ても実行には移さないでしょう。急にこんなことを聞くとは、何か心当たりが?」
「モモンガ?」
「うーん、いいんじゃないですかね?この日記に、そんなエンティティの記述があったのですよ。」
隣を歩くモモンガが、そう言ってカメラマンに日記を手渡す。
「失礼。………いえ、やはり心当たりはないですね。だが…不味いな…内容は覚えたので日記はお返しします。字体から読み取れるに…嘘は殆ど感じませんでした。持ち帰らなければならない情報が増えましたね…申し訳ない。少々急がせてもらいます。」
そう言って、カメラマンは少々早足になる。
「嘘じゃない、か…急ぐようでしたら、魔法を使いましょうか。《
見えない力に押されたように、マイケルとカメラマンの駆ける速度が目に見えて増大する。
「なぁ、モモンガ…それ、最初から使えばよかったんじゃないか?」
「ま、まぁ目的地がない段階でこれを使っても効果は薄いので、魔力の無駄遣いになっていたかもしれませんし…いや、完全にプレミでした。」
魔法の後押しもあり、想定の半分ほどの時間で目的地近辺へ到着する。
「この近く、か…お、あれじゃねえか?『janitors room』…管理人室って書かれた扉だな。…このlevelに管理人なんているのか?」
周りの壁や扉と少し様子の違う木製の扉が、壁に
「いませんね。まぁ、いないからこそ他のレベルに繋がっているのでしょう。ちなみに扉はそれで正解ですね。」
マイケルが発見した扉をみて、カメラマンがそう答えた。
「で、隣には赤いランプの光る非常口、と。」
「「いやそこには絶対入らないでくださいね」なよ!?…というか、なんでこんなに例の逃げ部屋の入り口が見つかるんだよ…」
「世界からの逃げろという圧がすごい…」
ドアノブを触る。
鍵がかかっている様子もなく、ドアに耳を当ててみるが特に物音は聞こえない。
「じゃあ、行きますか。」
モモンガがそう言って、扉を開ける。
扉の先に広がっていたのは、荒廃したゲームセンター。
一言で表すなら、
一部塗装が剥げかけた茶色い壁。打ち捨てられ、その機能を失ったアーケードマシンの群れ。
床はうっすらと埃を被り、廃墟の様な印象を受ける。
level 25“The Quarter Hub”。
マイケルにとって最も馴染み深い硬貨の愛称を冠するそのlevelは、荒廃しているにも関わらず、どこか懐かしい気がした。
壊れ、横たわったアーケードマシン。
「ここが目的地のlevel25ですね。特定のアーケードマシンを使えばlevel11へ直接行くことができますが…それ以外だとlevel888やlevel29に飛ばされ兼ねませんので下手に周囲のマシンには触ることのなきようお願いしますね。…まぁ、あなた達なら案外平気で脱出してきそうですが。」
「ここが、level25、か…。」
筐体の前に立って、ゲームに興じる幼い自分の後ろ姿を幻視した気がした。
(いや、感傷、だな…)
─────────────────────────────
Level 25: "The Quarter Hub"。
危険なエンティティや、特筆すべき現象も存在しない。
初めは、このlevelを始めて発見した放浪者が「M.E.G」の規格に頑なに従おうとせずに、自身のオリジナルの形式でlevel情報を記載したことからなんらかの精神汚染効果があると予想されていたが、それすらも存在しないこのレベル。
「うおっと、普通に歩いてても残骸が邪魔で転びそうになるな。」
──そこ、危ないよ。マスター。
「危険…?お、ドーラすまねえ。危うく鉄片全力で踏み抜くところだった。」
「《
「おいおいモモンガ無言で魔法使うんじゃねえよビビるじゃねえか!」
「…?無詠唱化はしてませんけど。」
「いやそれはそうだけどなぁ…」
行手を阻む様に倒れている筐体を跨ぎ、前へ進む。
時折り壁に散弾銃か何かで開けられた様な穴が見つかることはあるが、命を脅かす何かがあるわけでもないこの部屋の唯一と言っていい特徴は、四方に10マイル以上広がる広大な空間の中に、無尽蔵と思えるほどの量のアーケードマシンが放置されていることだ。
「外敵が居ないのに、どうして拠点がないのか不思議でしたが…流石にここまで残骸で埋め尽くされていたら、物理的に住むスペースが無いですね。」
その殆どは修復不可なほどに壊れているが、数千個に一つの確率で使用可能なものもある。
少し先に、画面が光っている筐体を見つける。
「こういう、生きている筐体に触れれば転移できるんだったか?」
端末を見て情報を確認したマイケルの問いに、カメラマンが答える。
「えぇ。ですがこの筐体は目的のものでは無いですね。ほら。」
その画面からは、液体が漏れ出していた。
中からは、雨水のうちつけるような音が聞こえて来る。
「これに触れるとlevel10に飛ばされてしまいます。level10は一応目的のlevel11と繋がってはいますが、まぁ直接行ける筐体もあるのに使う必要はないでしょう。」
見つけた筐体を後にし、そのまま先へ進む。
そして数十分歩いただろうか。カメラマンが一つの筐体を指差して、「あれが目的地だ」と言う。
「お、割とすぐに着いたな」
「魔法でブーストしてこれなので実際は数マイル歩いたんじゃ無いですかね?」
カメラマンの先導の元、筐体に近づこうとした時、モモンガは一瞬嫌な予感のようなものを覚える。
その直後、モモンガの感知魔法に微弱な動体の反応──生命の反応では無い──が引っかかる。
「皆さん、警戒してください。──何か、います。」
「…他の放浪者か、エンティティか?」
「いえ、どちらでも…生命の反応ではありません。だが…場所が、わからない…?」
「私の眼にも…何も見当たりません。」
マイケル達は自然に背中を合わせるように近づき合い、周囲に目を光らせる。
数秒経っても何かが襲って来る気配はない。
また数秒が経った。
「いや…います。彼処。あの筐体に寄りかかるようにして何かが…いや…まさか、いや、何故彼がここに!?」
カメラマンは突然、弾かれるようにして少し遠くの筐体へ駆け出す。
丁度自分たちの位置からは死角になっていたその筐体の影。そこには、黒い靄のような、そして赤く光る球を二つ、眼の位置に持つ何かがいた。
「entity555…ここはあなたのいる場所ではない筈では………ッ!?その傷は…一体誰に!?」
カメラマンは、その靄の正体に気づく。
Press:Startの主人。エンティティの中でも上位に位置する能力を持つその存在は、自身の管理するいくつかのレベルからは出ない筈だ。
しかし、それがここにいる。
そして、その体は、今にも消えそうなほどに薄くなっていた。
黒い体が、弱々しく明滅を繰り返す。
そして、マイケル達に気付いたその靄は、震える体で、その手に持ったハードディスクをカメラマンに差し出す。
「a……… B…ca……she……trans……d…g… of RE…CT...」
もはやまともに言葉すら紡げない体で、なんとか何かを伝えようとする。
それをみたモモンガは、アイテムボックスから取り出したネックレスを自分にかけ、魔法を行使する。
「《
──だめ、マスター。あれは、もう魂が砕けてる。
「ドーラ、既に死んでるって、どう言うことだ…?あれは確かに彼処に存在して…」
「何が、何があったのですか!」
さらに近寄ったカメラマンの腕を、最後の力を振り絞って掴んだ靄は、叫ぶように言う。
──あれを、殺してくれ、と。
靄が、完全に消滅する。
モモンガは悟る。おそらく、あれには蘇生魔法ですら効果はないだろうと。
「一体、一体何があったのですか!…逝って、しまわれましたか…マイケルさん、モモンガさん。申し訳ありません。急用が出来てしまいました。level11に到着し次第、私は直ぐに離脱させていただきます。できる限り早く調査を終わらせて、友人の元へ戻らなければならない理由が増えてしまいました。…本来なら、安全区域まで送り届けたかったのですが…」
申し訳なさそうに言うカメラマンに、マイケルは気にしていなさそうに返す。
「いや、ここまで送ってもらっただけで十分ありがたかったわ。明らかに異常事態だろ?だったら自分のすることをしたらいいさ。俺たちは俺たちで、なんとかするさ。」
「まぁいざとなれば魔法でなんとかしますし、もとよりそのつもりでしたしね。」
(──それに、他人がいない方がいざと言うときの切り札も切りやすい。)
「…本当に、申し訳ありません。level11に行く方法は簡単です。先程までいた場所の目の前にある筐体に触れるだけです。…では、行きましょうか。」
そう言って、ほんの少し前までいた場所に戻り、筐体に触れる。
すると途端に目の前の景色が変わり───
───気づくと、近代的なビル群に囲まれた空間に立っていた。
コンクリートの道路はひび割れ、建物はどれも劣化していて、まるで人間が丸々いなくなった後の大都市のような雰囲気を放っていた。
コンクリートジャングルという言葉がこれほど似合う場所も無いだろうという様子の空間。
level11『Concrete Jungle』。突如として出現した無秩序な都市群。
「全員、はぐれてないな…よし、はぐれてないな。にしても…また廃墟かよ。」
互いに逸れていないかを確認する。
「では…モモンガさん、マイケルさん。短い間ですが、ありがとうございました。楽しかったですよ?では…彼方の方向、都市の中心部を目指せば、かつての” The Endless City”にたどり着きます。その筈です…私は、逆方向。このレベルの最果てを目指します。では、またいつかどこかで。幸運を。」
「あぁ、其方もな。」
「またどこかで会いましょう!カメラマンさん!」
そう言って、手を振り、互いに背を向けて、反対の方向へ歩き出した。
感想、評価、誤字報告など本当にありがとうございます!励みになります!
…急に評価とお気に入り数が爆増したけど何があったんだ?
level25の名称はThe Quarter Hubの方を採用したけど海外だとout of orderの方が主流なのかな?
今回行ったlevel
level25
http://backrooms-wiki.wikidot.com/level-25
活動報告で行ってほしいlevelも募集しているのでもしよかったら…まぁストーリーできに行くのが厳しい場合もあるので全てが採用されるわけではありませんのでそこはご了承ください。
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level11
少し短めです
カツン、カツンとアスファルトを叩く硬質な音がする。
地面はひび割れ、周囲を囲うのは廃墟同然の街並み。
人間だけがいなくなってしまった後の街は、こんな感じになるのだろうか、と益体もないことが頭に浮かぶ。
2人と一体が、並んで崩壊しかコンクリートのジャングルを歩いていた。
Level11。ほんの少し前までは、『無限の都市』が続いている筈だったセーフゾーンは、今や全くの別物へと姿を変えてしまっていた。
「情報通り、元々のlevel11とは変わっちまってるな。」
「アーコロジー外周部の、さらに外側にある放棄された都市群と似た雰囲気があるな…」
枯れた街路樹の枝が、風に吹かれ、カラカラと物悲しい声を上げる。
自分たち以外に、誰もいない街を歩く。
「雑草の一本すら生えてねえ、どうなってるんだここ?」
「探知範囲を広げてみても、一切の生態反応はないですね…《妖精女王の祝福》も不発。」
モモンガの手から現れた小さな妖精は、儚い光を残して消える。
「…なんとなくだが、元々ここにいた奴らは全員死んじまったんじゃねえか、そんな気がする。このまま進んだところでかつてのlevel11に辿り着けるとは思えねえ。道があまりにも狂いすぎてる。」
「ところどころ重力もおかしいところもありますね…ビルの壁からビルが生えてます。バグり散らかしてますね。それに、食料はおろか、植物一つない。」
「じゃあなんで呼吸できてるんだだとか疑問は残るが…」
──ここ、空間そのものがもう死んでる。
より建物が多く、高くなってゆく方向へ歩いてゆく。
密度が増すたびに、都市は現実感を失ってゆく。美意識や、生活感のかけらもない枯死した街を進む。
進めば進むほど、妙な圧迫感のような、焦燥感のような言いようの知れない悪感情が増す。
ふと後ろを振り返るが、何もいない。
「気づきましたか?マイケルさん」
モモンガが声をひそめながら言う。
「あぁ、もちろん。『何か』に見られてるな。」
──僕は、何も感じないけど。
「ドーラは感じてないっぽいな…」
胸元から双眼鏡を取り出し、視線を感じた方向を見るが、何もいない。
モモンガも、魔法を多数使い視線の主を探知しようとするが、何も見つからない。
「一応、専門職じゃないプレイヤーなら見つけられるレベルの探知はしてみたのですが…何もいない。物理的、魔法的アプローチでも見つからない…何か、専門職レベルで隠密に特化した存在がいる?」
(でも、だとしたら、視線を感じるのはおかしい、仮にそこまで優れているのなら気づかれないことなど容易い筈…)
脳裏には、『見つからなければどうということもない!』と豪語し、その装甲を極限まで削って火力に振った友人の忍者の姿が浮かぶ。
(時代に関わらず、人間が、それもゲームの世界から落ちてきてるなら、ひょっとしたら会えるかも…いや、こんな所には落ちてこないに越したことはない、ですね。ですね…)
その指には、未だに既に意味を失った心臓のように赤い宝石が蠢いていた。
「ちょっと考えてみたんだが、あれじゃねえか?このレベルのエフェクトとか。『誰かに見られてる』と感じるようにして、精神を圧迫して、判断力を鈍らせる、とか。」
「あ゛ー、ありそうですね。でも、本当に精神的影響なら、アンデッドの種族的特性で無効化される筈なんですよね…まぁ、効果が若干変わってる気もしますが。」
「というと?」
「今までのレベルでも、不安を感じるようなことはあったんですよね…それが心因性のもまだしも、フィールドエフェクト由来なら、特性が機能していないことになるんです。」
「まぁ、ゲームと現実じゃだいぶ変わってるだろうし、変質しててもおかしくはないわな。」
話しながらも、双眼鏡を使って周囲を見渡すが、特に何かこちらを見ているような存在を見つけることはできない。
「あー、くそ。多分いないんだろうな、視線の主とかは。でも見られてる感覚は消えねえ!
「私はそこまでではないですけど、見られてる、って感覚はあまりいいものではないですね。」
──多分、この空間の効果なんだと思う。『人の心』に直接影響するような。…だから、僕は大丈夫なんだと思う。
苛立たしげに、一本足を踏み出した途端、突如として頭上から、何かが折れるような、嫌な音がした。
ぱらり、と頭に何かが当たる。
「…あ、砂…」
頭上を見上げた瞬間、マイケルはすぐさまドーラを抱き上げ、そのあと弾かれたように後ろに跳び、叫ぶ。
「モモンガ、避けろ!ビルが落下してくる!クソ、こんな違法建築したら崩れるに決まってるだろ!」
ビルの最上階から下数階層が分裂し、轟音を立てながら大質量の隕石となって地上へ一直線に落下する。
間違いなくまともな人間が食らったら即死する圧倒的質量の暴力。
エンティティとはまた違った意味で命の危機を感じる事態に、逆に思考がクリアになる。
このまま走っても落下圏からの離脱は不可、だったら。
「モモンガっ!」
「マイケルさん、側へ!《魔法三重化・骸骨壁》《力の聖域》《魔法三重最強化・核……》」
モモンガが攻撃魔法で迎撃しようとした瞬間、マイケルの腕の中からドーラが勢いよく飛び出し、そのまま落下してくる瓦礫目掛けて跳躍する。
「ちょ、ドーラ!?」
──任せて、この程度、問題ない。
ドーラの、柔らかそうな腕が瓦礫に触れた瞬間、自身の体の数百倍はあろうビルの外壁が一瞬にして砕け散り、モモンガの手によって形成された壁に、既に小石ほどの大きさへ粉砕された瓦礫が落下してくる。
──ふぅ。
「ちょ、ドーラ…ドーラさん!?というかモモンガ今『nuclear』って言いかけてなかったか!?え、核!?」
混乱したのか、思わず敬語でマイケルが叫ぶ。
「き、気のせいですよ気のせい。にしても…跳躍力、火力…レベル50の純戦士職と同じぐらいはあるぞ…」
一瞬、誤魔化すようにモモンガの目が点滅した気がした。
──パイプが邪魔で、力が出せなかったあそことは違って、ここは広いから。これでも、弱い方だけどね…
「…なぁ、モモンガ。ちなみに、あの瓦礫、あのまま食らってたらどうなってた?」
「魔法で十分防げてたとは思いますが、防御魔法が間に合わなかったら、マイケルさんはまず間違いなく即死でしょうね。」
「oh、まじかよ…助かったぜ、ドーラ。くそ、いきなりなんなんだ、何かのトラップか?」
あたりを見渡すが、誰もいない。
空を見上げても、鳩の群れが空を飛んでいるだけだ。
「クソ、モモンガ。何かいたか?」
「いえ、何も………」
「ドーラ、お前は何か見つけたか?」
何も、と言った様子で首を振る。
誰かが悪意を持って罠を仕掛けたわけでなく、ただただ経年劣化でビルが崩壊しただけなのか。
(だったら今まで歩いてきた道は、もっと瓦礫に覆われててもおかしくねえと思うんだがな…)
落ちてきた瓦礫を拾うが、素人目には特におかしな点があるようには思えない。
だが、何かが引っかかる。
「なぁ、モモンガ───
いや待て。
何かがおかしい。
「鳩?いや待てここにはさっきまで生き物はいなかった筈…level11…鳩…不味い、エンティティだ!」
気づいた時には遅かった。
頭が、靄に包まれたように急にぼんやりとする。
(あ、まず…くそッ!)
二の腕をナイフで切りつけ、その痛みで無理矢理意識を覚醒させる。
ズキズキとした痛みで靄が晴れる。
「おいモモンガ!大丈夫か?………モモンガ?」
今までにないようなフラフラとした足取りで、鳩の群れへと歩んでいく、モモンガの姿を目撃する。
ぶつぶつと、魘されるように呟きながら。
「ペロロンチーノさん…?あぁ、ここにいたんですね」
フラフラと、幽鬼のような足取りで。
ある男は、デスクの前に座ると、端末を起動し、それを目の前のデスクトップPCに接続する。
「なるほど…null、voidでの封じ込め作戦も失敗。現実世界への執心を利用した『hope』への追放も失敗、かの存在は希望を抱いているのではなく、別の感情で動いている、か…仮にあの化け物が外へ放たれたとして、外の存在はあれをなんとかできるだろうか?いや、無理だろうな…」
報告書らしきものを読み進めながら、男は一人零す。
「はは、level532の神、そしてking of normalityとの突発的な邂逅による三つ巴の戦い、か。最終的に神は倒され、王も撤退したと、かの存在とはここまでなのか…」
そして、最後の行に記された言葉を見、ブラウザを閉じる。
「あぁ、わかっているさ。お前たちの犠牲は無駄にはしないよ。」
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今回行ったlevel
https://backrooms.fandom.com/wiki/Level_11
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