魔女保有国アトランタを目指して。 (ペジテ市民A)
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起動 1930年アトランタ

 こりゃ死んだな。今助けが来ても間に合わないだろう。

 

 観光客としてアメリカを訪れていた私は、現在火炎地獄にいた。そこら中であらゆる物が燃えている。壁に掛けられていた絵画が、廊下に敷かれた絨毯が、淡い緑の壁紙が、どれも燃えている。館内には何かが崩れ落ちたかの様な轟音が響いている。

 

 そんな地獄の日常風景が現出しているのは、アメリカ某所のホテルだ。何故燃えているのかと言えば、大統領選の結果に不満を持った市民が暴徒化して、私の泊まっていたホテルに火をつけたらしい。部屋の窓からホテルの玄関を包囲する群集が見えた。

 

 このホテルが燃やされたのは、昨日新大統領の選出記念のパーティーが開かれていたからだろうか。何にしても、アメリカ国民でない私からすれば理不尽でしかない。

 

 どうにか外に出ようとして、私は階段に辿り着いた。燃え盛っているが、辛うじて姿は残っている。私は勇気を出して階段の一段目に足を下ろす。

 

 途端、足元が崩れ私の身体は宙に投げ出された。

 

 ああ、まずい。こんな所で怪我したら、もう本当にお終いだ。

 

視界が回転する。階段に頭から落ち、どうにか受け身を取ろうと転がると、今度は崩れた階段の部材に足が引っ掛かり、踊り場に頭から突っ込む事になった。

 

 その時、焼け落ちた踊り場に突き出た、恐らく梁か何かだった部材が見えた。その嫌に尖った先端がこちらに迫って来る。

 

 くそ、まさか火事の中で失血死かよ。

 

 固定された視界で、燻る炎を消しながら広がる血溜まりを見ながらそう思った。これが、私の、佐藤渚としての最後の記憶である。

 

────────────────────────

 

 私は執務室で目を覚ました。あの時の夢を見るのは久しぶりだ。

 

 どうも、アトランタ合衆国上院議員のネヴィル・アーガスです。実は前世の記憶があったりします。前世で私は、こことは異なる世界の日本人でした。この世界でいうところのヤシマですね。

 

 その世界は、実に平和でした。まあ、私が死んだ頃にはきな臭くなってきていたけども。かなり平和だったのです。大国同士の戦争など、長い事起こっていませんでした。つい最近まで大戦争をやっていたこの世界とは違いますよね。

 

 ところで、何がその世界の平和を支えていたと思います?

 

 実はですね。爆弾なのですよ。それもとんでもない威力の。世界の国々はその爆弾にビビり散らかしてしまいまして、核と言うのですが、核の撃ち合いを始めると、世界が滅びると、みんな知っていたのです。

 

 そして、ここからが本題ですが、この世界にもそんな超兵器の素と言うべきものが存在します。そう! 魔法です。エイルシュタットの白き魔女なんかが割と有名ですよね。いや、アトランタならセイレムの方ですか?

 

 何? 科学の世紀に何言ってんだ? ええ、もちろんそう思われる事でしょう。しかし、魔法は実在します。この辺は私自身調査によって確認しましたとも。

 

 総括すると、我々が平和を掴むためには、魔女の力が必要という事です。本当なら私が魔法少女でもやって、合衆国大統領=抑止力の等式を打ち立てるところですが、生憎今世の私は魔法の使えない中年男性です。いや、前世でも魔法は使えませんでしたが。

 

 ここまで聞いて、こう思った合衆国国民の皆さんもいる事でしょう。

 

 魔女はどこにいるのか、と。

 

 もちろんお答えしましょう。確認出来ている魔女は2人です。両者ともアルプス地域を転々とする生活をしております。さあ! いざ欧州へ!

 

 残念ながら、そうも出来ない事情がアトランタにはあったりします。孤立主義ですね。なので私は原作開始まであと10年、アトランタの孤立主義をどうにかしないといけません。そうしないと介入が遅れてこの世から魔法が消失してしまいます。この世界だと核兵器の技術的ハードルが高そうなので、どうにか魔女方式でやりたい所です。

 

 うん? あら、言っていませんでしたっけ。ここは、「終末のイゼッタ」の世界ですよ?

 

────────────────────────

 

 どうにか私は正気を取り戻した。誰に向かって説明してるんだ。

 

 外宇宙の更に先からの視線を感じる。やっぱり、アーカムでの調査がまずかったのだろうか。

 

 これから、アトランタを改造し、私の支配下におく計画を立てる必要がある。精神を落ち着かせるため、コーヒーカップに手を伸ばした。一口含んで、冷めている事に気がついた。まあ、いい。私が望むのは冷戦だ。熱々の泥濘など、私の望むところではない。

 

 そう思いながら、私は秘書を呼びコーヒーを淹れてくれと頼んだ。



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同志 1932年アトランタ

 1932年、11月の某日。私は自宅の応接間で、次期大統領であるモーゼス・グレンと話し合っていた。

 

「まずは、大統領選の勝利に、乾杯」

 

 私たちはグラスを軽く掲げる。グラスに口を付けると、荒涼な空気が流れ込んでくるかの様な風味だった。確か、モーゼスの好みと合っているはず。

 

「おめでとう。確かな勝利だった。これから4年、やり易くなるだろう」

「いや、早い段階でネヴィルが私を支持してくれた事が有り難かった。お陰で補選から着実な勝利を収める事が出来たよ」

 

 モーゼスは機嫌良く笑いながら、ウイスキーをもう一口飲んだ。

 

「だけど、大変なのはこれからだ。ハベルもどうにか対策を取っているが、あれでは足りない。副大統領として、ネヴィルにも活躍してもらう事になる」

 

 私がアトランタに孤立主義を捨てさせる為にまずやった事は、政府の掌握である。それは順調に進み、この通り同志を大統領に、自身を副大統領にする事に成功している。副大統領となれば、上院議長を兼任する事になり議論への参加が禁止されるが、それとは別に上院への影響力は残している。

 

 私が大統領なる事も考えたが、それだと少々動きづらくなるし、1940年で2期目の任期が終わる事になる。それだと不都合だ。そこでモーゼスを1933年以降の大統領とし、1940年の選挙に私が出馬するという策を取った。こうすれば原作期間中の1940年はある程度自由に動け、それ以降はアトランタから全体の指揮を取れる。

 

 そう上手く行くかは分からないが、モーゼスを大統領に当選させた事で計画の土台を作る事ができた。

 

「ところで、欧州でも新たな指導者が生まれた様だな。確か、オットー・ルートヴィヒ・ヴィルヘルム・フォン・ゲルマニア、だったか」

「うむ、彼も苦労するだろう。まさかフェルディナントが崩御するなんてな。恐慌の直後だと言うのに」

「しかし、逆に好都合かもしれない。ゲルマニア国民にとってはな。フェルディナントは恐慌に対して上手く対処できていなかっただろう?」

 

 話題すぐに欧州の方へ移った。大統領と副大統領による今後の政策についての議論は、ホワイトハウスでするべきと言う了解からだろう。

 

「ああ、その為か、ゲルマニア国民はオットーに期待しているらしい。戴冠式の時にはベルリンに百万人が詰め掛けたと言う。どうだろう、私の就任演説にはどれだけ集まるかな?」

「心配なら、食糧でも配ろうか?」

「ツァーリの真似事はお断りだね。だが、ラジオや新聞で言及する様にしてくれ」

「その辺りは任せておけ」

 

 それにしても、あれがオットーか。ゲルマニア国民からすれば、ゲルマニアの真の後継者、と言う印象なのだろうな。エステルライヒから亡命してきて敗戦処理を押し付けられたフェルディナントとは違うと、期待されている様だ。

 

 一度会っておくか。

 

「そうだ、副大統領に就任したのち、欧州へ外遊をしようかと思う。オットーに挨拶しておきたい」

「なるほど、私たちの政権が欧州情勢に積極的に関与することを示す事になるな」

「ああ、そうしなければ、私は閑職を得る為に大統領になる機会を捨てた愚か者、と言う事になってしまう」

「確かに、副大統領を酷使する政権であると示す必要もありそうだ。だが、君に関しては影が薄くなる事を気にする必要は無いんじゃないか? そうしようと思えば、町中の広告に登場させる事も出来るだろう?」

 

 私が広告業界や各種メディアに強力なパイプを持っている事は、かなり有名な事らしい。その事を揶揄ってくる人物は珍しいが。

 

「そう言えば、魔女について新しい情報はあるかい。私も気になっているんだ」

 

 魔女。これがモーゼスが同志である理由だ。魔女について知り、私の理想に共感した者。その中でも最も信頼できるのがモーゼス・グレンと言う男だった。核兵器の威力を実際に見る事なく、核抑止の理論を理解する者が大統領を狙える立場にいた事は驚くべき事だろう。アトランタの人材の層の厚さを示しているとも言える。

 まあモーゼスは超兵器より、魔女の戦闘力に興味がある様だが。モーゼスの高祖父はセイレムからプロヴィデンスに移住した者達の1人だと言う。ならば魔女への興味も納得だ。

 

「最後の生き残りがアルプスに居る、という事は言っただろう。探偵社の者に追跡させていたが、エイルシュタットの近衛に拘束されたと報告を受けた。近衛は魔女とは関係無く、公女の護衛として行動していたらしいが、その後探偵社は魔女を見失っている。関係あると思うか」

「エイルシュタット、か。白き魔女の伝説、その舞台。エイルシュタット大公家には、伝説の時代から仕えている家が幾つかあるだろう。もしかすると、魔女について知っている人間もいるかも知らないが、判断は出来ないな。拘束された探偵社の者から君に辿り着く可能性はあるのかい?」

「まずないだろう。ヴェストリアの富豪を名乗ってブリタニアの探偵社に依頼している。もちろん探偵社の方も依頼主の情報を調査員に渡してはいないだろうが」

 

 それなら問題なさそうだ、とモーゼスは笑って言った。魔女の話をしている時、モーゼスは少年の様な顔をする。前に本人にそう言ったら、ネヴィルもそうだろうと言われた。

 

「うん? そうするともしかして、欧州に行く時、オットーに挨拶するついでにエイルシュタットにも寄るつもりかい」

「ああ、そうするつもりだ。公女殿下にも会っておきたい」

 

 むしろそちらが真の目的だ。原作前のフィーネ様だぜ。会うしかないだろう。10才のフィーネ様に。

 

 モーゼスには言わないが、調査して分かった事として、イゼッタとフィーネ様は歳の差カップルでもあるという事実がある。そりゃ原作時のフィーネ様が15才な訳ないが、そうか、なるほど、そういう事もあるのかと思ってしまった。3才も歳が違えば、姫様じゃなくてお姉様だった可能性も!

 いやーいいね。でもそうすると、フィーネ様はその割にむn、っと待て、前世の私がどちら側だったかを思い出せ。イゼッタがけしからんだけじゃないか!

 

「大丈夫か? ネヴィル。エイルシュタットが君の理想を実現する重要な支点である事は分かるが」

「大丈夫だ、問題ない。ちょっと、意識を持ってかれていた。ミスカトニック大から取り寄せた資料のせいだろう」

「ミスカトニック大か。確かに魔女の資料がありそうなものだが……。気をつけてくれよ。これからじゃないか」

「分かってるとも」

 

 

 




 フィーネ様の年齢は推定です。多分18才くらいかなー、と。
 あと人物名とか年齢とかの捏造は以降もたくさんあると思います。

 次回:欧州外遊編


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少年 1933年ゲルマニア

 どうも、アトランタ合衆国副大統領のネヴィル・アーガスです。現在私はゲルマニア帝国の首都、ベルリンに来ております。さて、新皇帝オットー・フォン・ゲルマニアがぶち上げたノイエ・ベルリン計画により改造の進むベルリンですが、やはり活気に満ちています。ノイエ・ベルリン計画は公共事業として首都の改造を行い、雇用問題と公衆衛生問題とインフラ問題を一石三鳥で片付ける名案だと、街の人々は我らが皇帝と称えています。私としましては、都市計画を見た所空襲対策が異様に厳重であるのが気になりましたが、それはそれ。

 

 ところで、私がベルリンを訪れている理由。これは何も労働の喜びを噛み締めている勤勉な労働者の働きぶりを観察する為では有りません。それはオットー、失礼皇帝陛下のお仕事です。

 私の目的は、ズバリ皇帝陛下に会う事! しかしまあ会談は明日の予定。今日は自由に観光という訳です。と言っても護衛付きでは有りますが。国務長官殿はホテルで報告書を書いている様なので、私はホテルが爆破されて一網打尽などと言う事態を避ける為、市中に繰り出しているのですね。

 

 しかし久しぶりに来てみると良い街ですね、ベルリンは。住んだ事はありませんが、街並みが変わってしまう事が少し残念に感じます。それ以上に完成した世界都市ゲルマニアを見てみたいと思っておりますが。

 ああ、もちろん世界都市なんて名乗らせませんよ。せいぜい廃墟都市とか、要塞都市とか。いや失礼。冗談ですとも。アトランタ人は皮肉を言いたがりですが、ブリタニア人程皮肉が上手くないので、この様に笑えない事を言ってしまう訳です。その辺り、皮肉など言うつもりがないゲルマニアの皆さんとは相性悪いかも知れませんね。

 

────────────────────────

 

 欧州に来てもアーカム病──私は何者かに話し始めてしまう事をこう呼ぶ事にした──が発症するとは。

 

 私は私とぶつかって転んでしまった少年に手を差し伸べながら、謎の持病について考えた。やはり前世の記憶が問題なのだろうか。それにしても、誰に話しかけているのだろうか。

 

「すみません。お怪我はありませんか」

 

 私がアーカム病について考えていると、起き上がった少年が話しかけて来た。この少年、よく見れば良家の者なのだろう。言葉使いや態度、服装などから分かる。こう言う能力は政治家をやっているとすぐに身につくものだ。それに、メイドを1人連れている。これは恐らく、貴族の子弟で間違いない。

 しかし、私は少年の顔を見て、そんな事を考察する以前に驚愕していた。

 

「ああ、私は大丈夫だ。そして前を見ていなかったのは私の方だ。ベルリンは久しぶりでね。つい街並みに目が行ってしまった。不注意を詫びよう」

 

 時計を見ると、昼頃だった。

 

「昼食はもう食べたのかい。まだ食べていないなら、ご馳走させて欲しい」

「いえ、気にしないでください」

「その様子だと、まだの様だね。何、遠慮しなくて良い。君と話したくてね。明日、然る方と会う予定があるのだが、この国の様子を聞いておきたい」

 

 私がそう言うと、少年はメイドと何か話し、すぐに応えた。

 

「分かりました。ご馳走になります。近くに良い店があるのですが、そこに案内しましょうか?」

「うむ、そこにしよう。そう言えば、名前を言っていなかったな。私はネヴィル・アミュクリオン・アーガスという」

 

 これには少年も驚いた様だ。しかし私が少年を見た時の驚きには及ばないだろう。

 

「これは失礼致しました。まさかアトランタ合衆国の副大統領その人とは」

「副大統領に同行する外交官の1人、くらいの予想はしていたんじゃないかな?」

「ええ、しかし護衛も見えませんでしたから、まさか副大統領ご本人とは思いも寄りませんでした」

 

 少年は気まずそうだ。まあ、そんなに気にしないで欲しい。目につかない様にと指示したのは私だから。

 

「失礼、私の方こそ名乗っておりませんでした。私はリッケルト・ツー・フェルトと申します」

 

 そう、この少年どう見てもリッケルトなのである。街中で突然原作キャラにあったら流石に驚くわ。よく見るとこのメイド、近衛のビアンカさんに似ている様な……。もしかしてリッケルトの初恋相手とか、そんな感じだろうか。

 まあ、という事で、リッケルト少年に昼食を奢る事になったのだ。

 

────────────────────────

 

 ゲルマニアやベルリンの最近の様子や皇帝の評判をひとしきり聞いた後、話題はリッケルトの方へ向かった。

 

「ふむ、とすると、秋からは士官学校へ?」

「ええ、ヴァイクセル軍の方へ。領地はバヴァリアなのですが、やはりヴァイクセル軍の方が主体ですから」

「確かに、特殊な機関や部隊はヴァイクセル軍に集中していると聞く。親衛隊もヴァイクセル軍だろう」

「そうですね。私は前線に出る普通の部隊に配属されたいのですが、きっと父が後方の部隊に配属される様に働きかけるでしょう。父は先の大戦で前線に出ていたので……」

 

 リッケルトは不満げな顔だ。安心したまえ、君は前線の向こう側に配属されるぞ。後方には間違いないが、自国の後方とは言ってない。そんな感じだ。

 

「それなら仕方ない。あの戦争は酷かった。私は従軍記者としてあの戦場にいた。だから突撃はしなかったが、それでも悲惨だった。お父上は兵士として出られたのだろう。貴族出身者の戦死率は特に高かったらしい。君はお父上の勇敢さを受け継いだのだろうな」

「父が勇敢、ですか。そんな感じではありませんけどね。戦友会に呼ばれても滅多に行きませんし」

「それは会うべき戦友を殆ど亡くされているからじゃないかね。これは想像だがね、数々の死線を乗り越え生き延びたお父上は、それがどんなに奇跡的にだったか実感されているんじゃないか。だからこそ、君にも同じ奇跡が起こるかは分からない。そんな想いが根底にあるのかも知れないね」

 

 リッケルトと神妙な顔をした。君の父は多分すごい人だぞ。私なんか火事の中喉に木材が刺さって死んだんだぜ。運が無さすぎるだろ。従軍記者だった時だって最前線って訳じゃないのに何回も爆撃を受けたし、包囲されかけるし。

 

「なるほど、そう言う観点は持っていませんでした。父には辛いかも知れませんが、入学前に戦場での事を聞いておきたいと思います」

「そうすると良い」

 

 リッケルトの上昇志向は父との確執にあったっぽいな。まあこれでそれ自体は解決しそうだけど、多分リッケルトの上昇志向自体に変わりは無さそうだね。特務に配属されるくらいだ。普通に優秀なのだろう。

 

「うむ、そろそろ解散としようか。国務長官と打ち合わせが必要だからな」

「分かりました。私の相談に乗っていただいて、ありがとうございました」

「いや、私は勝手に色々言っただけだ。あとはお父上と話し込まれると良い。それではな」

 

 そうして私は代金を支払い、店を出た。全く、運が良い。今回会えるのはオットー、そしてせいぜいエリオットくらいだと考えていた。ベルクマンやエリザベートと会ってしまったのなら逆に危ないだろう。そんな中原作キャラと会えたのはボーナスだ。

 

 よし、明日のオットー戦に備えて国務長官と打ち合わせするか。

 

 




 ゲルマニア帝国軍がヴァイクセル軍とバヴァリア軍に分かれているという設定にしたのは、軍服が2種類あるからです。
 ヴァイクセルはヴィスワのドイツ語名、バヴァリアはバイエルンの英語名。原作の捻った国名に倣っての命名してみました。


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皇帝 1933年ゲルマニア

 ジーク・ライヒ!!

 どうも、アトランタ合衆国副大統領、ネヴィル・アーガスです。私現在、国務長官のアーチボルト・トルートレン君と一緒にベルリン王宮に来ております。この世界では帝政が継続したので、皇帝の居城のままなのです。そして、これからこの王宮、そしてこの国の主人である、ゲルマニア帝国の皇帝陛下にお会いする訳です。

 

 彼、即位から半年ですが、かなりの強硬派だと認識されています。再軍備を主張している事が最も分かりやすい例でしょうか。これは先の大戦の講和条約であるコンコルド条約の破棄に他ならないのですがね。まあ、ヴォルガ連邦の脅威に立ち向かうという建前と、軍需産業で失業者問題を解決したいという本音があるのでしょうが、テルミドールは受け入れるでしょうか。共産主義と帝政、どちらへも反発が強そうですし。まあ、そこら辺の問題を解決したくて私と話す。そんな部分もあるのでしょう。

 

 はぁ、オットーさん割ととんでもない事をいきなり要求して来そうな感じがあります。チョビ髭にしろカイゼル髭にしろ、外交で相手にするのは面倒そうです。まあ、戦争で相手にするのはもっと大変なのですが。会うのが憂鬱だぜ。

 

 そんな事を考えていたら会議室の前まで案内されていました。

 

 この扉の向こうにオットーか。原作では核保有国の元首となる奴です。その面、拝ませて貰いますよ!

 

────────────────────────

 

 皇帝との会談前に正気を取り戻せた。あの状態で皇帝と顔を合わせたら、何をするか分かった物じゃない。

 

 扉が開かれ、豪奢な椅子に座った白い軍服の男と目が合った。

 

 男は立ち上がり、手を広げて私を出迎える。ウェーブの掛かった黒髪、鷹のような目、姿勢の良い長身。間違いなくオットーだ。

 

「ようこそ、アーガス副大統領。就任後初の訪問先に我がゲルマニアが選ばれた事、嬉しく思っておる」

「お初にお目にかかります。先ずは、御即位おめでとう御座います」

「ああ、そちらこそ就任おめでとう。新しく指導者となった我々が共に立って、恐慌の解決に乗り出そうではないか」

 

 そして我々は固く握手した。こうして対面して分かったが、オットーは指導者として魅力的過ぎる。ゲルマニア人で無い私でも、「強靭な指導者」と言う印象を植え付けられた。上手くやれば、大衆の指導者と帝国の皇帝を両立してしまえる天性の才能がある。……我々、か。私も大分毒されていたな。

 

「トルートレン国務長官、君も頼もしそうな男だ。この困難な情勢では、会談する事も多いだろう。貴国と我が国の間に良い関係を築きたいと考えている」

「ゲルマニア帝国は我が国にとって最も重要な国の一つです。こちらからも、より良い関係の構築を望んでおります」

 

 同じ様に、オットーと国務長官は握手した。

 

「グレン大統領に、『政権最初の外交で我が国へ副大統領と国務長官を派遣すると決断された事は我としても喜ばしく、大統領の熱意を受け取った』、この様に言っていた時伝えて欲しい」

「承知いたしました。貴国と我が国の協力について大統領もより一層の前向きになるでしょう」

 

 その後、一通りの国際問題について認識の確認をした。

 

「ルール地域の統治にテルミドールが主張する様な条約違反は無い。この認識はアトランタと共有出来ていると言う事で宜しいか」

「20年以降ルール地域の統治を主導している親衛隊が警察組織であると言う貴国の主張には同意します。しかし、親衛隊の前身が大戦中貴方の指揮下にあった第1近衛師団であることは事実であると言う認識です。また、近年重武装化しており、このままでは軍事組織に回帰するのでは無いかと危惧しております」

「では現状では条約違反とは考えていないが、将来的に違反となりうると」

「貴国次第です」

 

 オットーの名が知られる様になったのは大戦中に勇敢な軍指揮官としてである。だが、一躍全国に名を轟かせたのは親衛隊によりルール地域のゼネストを鎮圧した事件によってだ。軍備制限により解雇された軍人で構成された親衛隊を皇族が指揮すると言う構図によって、オットーは軍や右派の支持を受け、1920年以降国家の中の国家の指導者として君臨していた。

 そしてとうとう帝国全体の指導者になってしまった訳である。

 

「では、我が国の再軍備についてアトランタの立場を確認したい。我が国は共産主義の脅威を切実に感じている。現状の弱体な帝国軍では、防潮堤にはなり得ない。ヴォルガ連邦は思い立てば直ぐに大西洋まで到達する事が可能なのだぞ」

「『恐慌の影響を受けなかったヴォルガ連邦』ですか。現状それ程の戦力は無いでしょうが、ヴォルガの強大化は我々も警戒しています。しかし、再軍備により強化された軍がヴォルガに対してのみ使われる事を我々はどう信じれば良いのか。この不安が解決されなければ、認められないかと」

 

 再軍備と言えば、赤軍と一緒に訓練とかやっているのだろうか? それともこの世界では帝政のままだからやっていない?

 

「当然、再軍備された帝国軍は帝国の防衛それのみの為に行動する。ただ、自衛戦争を行う相手をヴォルガのみに限定する事は出来ない。帝国が攻撃を受けたのならば、自衛する。それは相手が何処であろうとも、だ」

「テルミドールが警戒しているのは、汎民族主義にあるとも言えます。貴国と合邦しようと言う動き、これを理由に貴国が軍事力を用いて合邦を強制するのでは無いか。それを危惧しています」

 

 結局ゲルマニアはオーストリアに該当する国とチェコに該当する国を併合してしまう。これは第3帝国と同様のルートによってだと思われる。原作劇中の地図をよく見ると、多分ズデーテンを剥がした上で保護国化した様な境界線なのだ。

 

「それらの地域が我が国との合邦を望むのであれば、受け入れよう。この時代、同胞で団結しなければ生存出来ないのは明らかだ。それについて、我が国の軍事的圧力による物だ、などと難癖を付けないでもらいたい。第一、我が民族を国境により引き裂いたのは貴国等では無いか」

「合邦は地域情勢に大きな影響を与えるものです。ある国からある国へ領土を割譲する様な形の場合は特に。領土が減少した国家の国力は低下し、恐慌からの脱出と言う本意から外れかねません。少なくとも、国際的な同意を得る為に、周辺諸国や我が国が参加する会談のは場が必要です」

 

 会議室はギスギスした雰囲気になっていた。国務長官は流石にキリッとしているが、一部の外交官はやめてくれよ、みたいな思いが滲み出ている。向こうの外交官もちょっと冷や汗をかいていた。

 

「周辺諸国に説明する必要がある事は良いだろう。だが無論、地域の住民の意思によってその地域の帰属する国家は決まる。住民による投票や、住民に選ばれた代表者が合邦を望むなら、我が国も受け入れる事を考える。そしてこれが大きな疑問だが、何故アトランタに説明する必要があるのか。欧州における国境の変化が貴国の安全に直ちに重大な影響を及ぼすとは思えない。我が国も大戦を起こすつもりは無いのだからな」

 

 本当かい? 

 そんな風に私が思っていると、国務長官が答えた。

 

「第3国としての役割を果たす事が出来ます。周辺諸国は貴国の強大化を恐れる余り、正当な合邦すら強硬に批判する可能性があり、第3国の視点は不可欠と考えております」

「仲裁者としてブリタニアの株を奪うつもりか? 確かにブリタニアは対岸と言うには近過ぎるが……。まあ良い。繰り返すが、住民の意思があるならば貴国とて合邦を妨害する事は出来ない」

 

 ブリタニアが没落する光景を想像したのか、オットーは薄らと笑みを浮かべている。しかしアンシュルスは絶対の様だ。だが、この言い方だと確認しておくべき事がある。

 

「では、独立心の強いヴェストリアやエイルシュタットを合邦する事はあり得ないと言う事で宜しいですか」

「国民が望まないのであれば。その2カ国は三十年戦争の終結以来独立している。エステルライヒなどとは事情が違う。住民が望めば話は違うが、その2カ国の指導者は合邦を望みそうに無い」

 

 ほう、そんな認識なのか。確かにエイルシュタットに対しては正面から侵攻している。また、合邦出来るならリヴォニアより先にエイルシュタットが併合されそうなものだから、オットーが戦争前にエイルシュタットを併合する気が無いのは確かだと、そう考えて良いのかもしれない。そうするとエイルシュタット合邦ルートは無さそうかな?

 

 因みに、エイルシュタットはヴェストリアの様に永世中立というは訳では無い。中世にはティロル地方を巡って周辺領邦と戦争を繰り返し、独立後もエステルライヒやロムルスと戦争した事もあった。

 ついでに言えば、ロムルス=エイルシュタット間の南ティロル戦争の結果、南ティロルがロムルスに併合され、それが遠因でロムルスの大戦参戦が遅れ、ゲルマニアにて帝政が続行される事に繋がるのだが、それは別の話。

 エイルシュタットがアルプスの平和な小国と言うのは、ここ最近だけの話なのだ。

 

「そうだ。ヴェストリアの軍縮会議で、我が国はこう提案する予定だ。『ブリタニアやテルミドールの軍縮、或いは我が国の再軍備によって、軍備を平等にするべきだ』とね。ヴォルガ連邦も賛成する可能性がある。貴国はどう考える?」

「その提案が軍縮によって遂行されるとすれば、我が国はそれを歓迎します。しかし、その平等とは植民地軍を含めた戦力が均衡する様に、と言う事ですか?」

「当然だ。テルミドールはヴォルガ内戦の折、植民地軍を派遣して内戦に干渉したでは無いか」

「植民地軍を含めて軍縮を行うとなると、テルミドールは特に反対するでしょう。軍縮会議の趣旨として、我が国も軍縮する方向へ交渉を行います。貴国の提案について、軍縮という主張についてのみ賛同し、テルミドールやブリタニアの軍縮について協力出来るでしょう」

 

 オットーは凶暴な笑みを浮かべた。その顔を見ていて気圧される様だ。

 

「植民地軍の軍縮。それによる植民地帝国の崩壊。孤立主義を脱却しようとする政権。全てが繋がるな」

「……、と申しますと?」

 

 国務長官がこちらをチラと見てくる。オットー、かなり感が鋭いな。

 

「アトランタ合衆国の覇権。君達は、これを確立しようとしているな」

 

────────────────────────

 

 そんなやり取りがあった後も、会談は続き、幾つか合意点を見つけた。我々はそれについて大統領に確認した上で、正式に合意を結ぶ事となった。

 

 そして2日後、私は列車でエイルシュタットへ向かっている。国務長官はリヴォニアに向かい、私には外交官や護衛が何名か付いているだけだ。

 

 列車が国境を越えエイルシュタットに入った時、私は美しいアルプスの渓谷を眺めながらぽつりと呟いた。

 

「世界の平和、或いは君が言うところのアトランタの覇権。これを確立する為の、必要不可欠なピース。それが何なのか、君はいつ気がつくのかな?」



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