ナンバー1ヒーローの娘になった、悪の組織の改人系ヒロインのヒーローアカデミア (カゲムチャ(虎馬チキン))
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1 プロローグ

 超パワー、炎、氷、爆破、異形、無重力、透明人間、透過、波導、抹消、エトセトラエトセトラ。

 かつて『異能』と呼ばれ、現在では『個性』と呼ばれるようになった特異体質を持つことが当たり前となった超常社会。

 強力な個性を振り回して犯罪に走る『(ヴィラン)』が跋扈し、そのヴィランを捕まえるために個性を振るう者、職業としての『ヒーロー』が脚光を浴びていた。

 その裏で……。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「おお! 素晴らしい! さすがは、あのお方の因子から作られし愛し子!」

 

 とある大病院の地下にて、一人の老人が歓喜の声を上げた。

 今、彼が着手しているのは、友の夢見た悲願に向けた大いなる一歩。

 最終到達点『マスターピース』に至るための礎。

 より完璧な『魔王』を造るために、何度も何度も何度も何度も繰り返してきた実験の一つ。

 老人の注視する先にいるのは、試験管の中で眠る幼い白髪の少女。

 年齢は一桁前半。少女と言うより幼児だ。

 彼女は数え切れないほどの試作品の中で、最も優秀な数値を叩き出している逸材である。

 

「よーしよし。沢山食べて大きくなるんじゃぞぉ」

 

 老人は愛しげな視線を少女に送りながら、手元の端末を操作する。

 彼女には最も必要なピースが欠けているため、完成品に至ることは無い。

 しかし、この実験で取れたデータは確実に来たる日のための糧になるし、彼女自身も王にはなれずとも、あの巨人をも上回る優秀な兵となるだろう。

 そう思えば、やる気などいくらでも出てくるというものだ。

 

「ふむふむ。五つ目の『回復』も問題なく取り込んだのう。脳への負担もまだまだ余裕で許容範囲内。『個性を喰らう個性』、素晴らしい」

 

 老人は恍惚とした表情で測定結果に目を通す。

 胎児の頃から、否、生まれる前からじっくりと手間暇をかけて育ててきた。

 本命の研究からは少し外れているが、彼女の存在は彼の研究における全ての基本である人体の神秘を、そして何より因子の合成という最優先事項に関する有益なデータをポンポンと提供してくれる。

 有益なデータは科学者としてのインスピレーションを大いに刺激し、色々とやってみたいことのアイディアが脳内で踊り始め、彼は鼻唄を歌いながら実験を続けた。

 

 ……だが。

 

「うん?」

 

 その時、彼女の体に、創造主である老人ですら予想していなかったことが起きた。

 

「な、なんじゃ? 急に個性因子が、暴れて……ッ!?」

 

 老人の持つ端末が真っ赤に染まり、あらゆる項目の測定値が『Error』の表示に変わる。

 何が起きたのかと混乱し、すぐに混乱している暇すら無いことに気づいた。

 

 ピシリと、試験管にヒビが入る。

 

 見れば、少女の細い腕が歪に変形している。

 黒い外骨格のようなものを纏い、大人ほどの大きさにまで肥大化した黒腕。

 それが試験管に添えられており、内側から砕こうと力が込められていた。

 

「ひっ!?」

 

 少女の目が見開かれる。

 その目に見据えられた瞬間、老人は思わず漏らすほどの恐怖を覚えた。

 彼女の親とはまるで違う、剥き出しの闘争本能、殺戮本能を感じさせる、獣のような眼光。

 その瞬間、老人の脳裏に過ぎったのは『Error』と表示された項目の一つ……脳波。

 脳波が測定不能なほどに乱れている。

 それが意味するのは……。

 

「く、黒霧! 黒霧ぃぃぃ!! こいつをどこかへ飛ばせ!! できるだけ遠くへ!! 早く!!」

「了解しました」

 

 黒霧と呼ばれた、体のあちこちが黒い靄となっている人物が、老人の指示によって動き出す。

 体から伸ばした黒い靄で、砕かれる寸前の試験管ごと少女を包み込んだ。

 彼の体は『ワープゲート』。

 黒い靄の体を通ったものを、好きな場所に瞬間移動させることができる。

 それによって少女の姿は病院地下から消え、とある町へと送られた。

 

「うぉ!?」

「な、なんだ!?」

 

 町にいた人々は驚愕する。

 突然、交差点のド真ん中に何かが現れたからだ。

 その何かは、幼い少女は、体を黒く肥大化させながら、理性など欠片も感じさせない声で叫んだ。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!」

 

 その日、一つの町が丸ごと地図から消し飛んだ。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

『近年最悪のヴィラン犯罪と言われた『御乃巢(みのす)の大災害』から、早くも十年が経ちました。

 御乃巢という一つの町を消し飛ばし、万を越える犠牲者を生み、百を越えるヒーローを殉職させた最凶のヴィラン『デッドエンド』。

 駆けつけたオールマイトによって討伐されたものの、その爪痕は未だにこの超人社会に深く刻まれています』

「あー、どうしよう。何も感じないわー」

 

 テレビから流される大事件の追悼番組。

 自宅のソファーで寝そべりながらそれを見ていた金髪(・・)の少女は、ポケーっとした顔でそう呟いた。

 本当なら罪悪感に胸を痛め、サメザメと泣かなければいけないのだろうが、本当にそういう感情が毛ほども湧いてこないのだ。

 覚えていないからというのもあるだろうが、多分覚えていても自分は何も感じなかっただろうなという、嫌な確信がある。

 毎年やっている追悼番組の放送日を毎回忘れるくらいだし。

 今回だって、たまたまテレビをつけたらやっていて、他に面白い番組も無かったから見ていただけに過ぎない。

 

「いやー、私ってばマジで人でなしだにゃー」

 

 そんなことを呟きながら、机の上のポテチに手を伸ばす。

 寝そべりながら自堕落に貪るポテチは美味だった。

 

「ただいまー」

 

 その時、玄関から声が聞こえてきた。

 育ての父の声だ。

 只今の時刻、夜の11時半。

 このワーカーホリックがと、少女は顔をしかめた。

 

「HAHAHA! 今日も一日働いた!」 

 

 玄関を通ってリビングに現れたのは、ガリガリに痩せこけた骸骨のような金髪の大男。

 ヒーロー活動中は個性で無理矢理筋骨隆々だった昔の姿を再現しているが、家では当然、弱り果てた真の姿を晒している。

 

「って、また夜更かししていたのか魔美(マミ)ちゃん! ダメだぞ! 子供は夜10時までには寝なければ!」

「パパ、その考え方は古いよー。今時の女子中学生は余裕で深夜まで起きるという生態をしているのだよ」

「ムムム……しかしだな、寝なければ身長も伸びないぞ」

「これ以上はいらなーい」

 

 少女の身長は155センチ。

 平均より少しだけ下だ。

 高身長は血の繋がったクソの存在を思わせるので、少しとはいえ平均以下の今の身長は、数少ない相違点として気に入っている。

 しかし、高身長は目の前の育ての父も同じ。

 ファザコンの自覚がある彼女としては、育ての父との類似点として高身長も捨てがたい。

 この二つの感情は割とコロコロ入れ替わる。

 二律背反。

 思春期の面倒な悩みだ。

 

「それよりご飯作ってあるから、暖め直して一緒に食べよー」

「いつもありがとう。本当に助かるよ」

「ふっふっふ。なんなら嫁にでも貰うかね?」

「HAHAHA! それは無理な相談だ! 娘に手を出したら、一気に犯罪者(ヴィラン)になってしまう!」

「平和の象徴がロリコン近親相姦とか、積み上げてきたものが一瞬で崩れる予感しかしないねー。……いやでも、それでパパのワーカーホリックを解消できるなら悪くないのでは? よし」

「待って、魔美ちゃん。今の『よし』って何? もの凄く不穏な何かを感じるんだが!?」

「パパ、今日はシャワーをちゃんと浴びといてね」

「魔美ちゃん!?」

 

 そんな冗談を言い合いながら、温め直した食事を取る。

 宿敵との死闘で腹に風穴を空けられ、胃袋を全摘してしまった父でも食べられる消化に良いもの、それでいて味も良い料理を研鑽してきた。

 この分野であれば専門家にも負けないと、少女は自負している。

 その気づかいを父もわかっているので、毎回抱くのは感謝と温かい気持ちだ。

 

 ……本来なら、お互いにこういう温もりを得られないはずの人種だった。

 父は己で修羅の道を選び、娘は生まれた時から怪物であることを宿命づけられた。

 なのに、どんな運命のイタズラか、今はこうしている。

 こうしていられる。

 人でなしの怪物を自負する少女だが、この時間だけは素直に大切に思うことができた。

 

「そういえば、パパって明日はオフだよね?」

「え、あ、うむ! 明日は久しぶりに一日休みが取れたぞ!」 

「じゃあ、ショッピングに行きたいから付き合ってよ。休日デートしようぜ。そうしたら、エッチな下着で夜這いするのはやめてあげる」

「な、なんて斬新な脅迫なんだ……!?」

 

 父は戦慄した。

 ナンバー1ヒーローとして、悪党達にありとあらゆる悪辣な手段で追い詰められてきた彼だが、これは40年にも渡るヒーロー活動の中でも屈指の恐ろしさを感じる脅迫だ。

 何せ、対抗手段が全く思い浮かばないのだから。

 

「そんな脅迫しなくても普通に付き合うから! そういう冗談はやめてね!」

「うーん、信用ならない。どーせ、パパはいつもみたいにヴィランのお尻を追いかけていって、私は途中で放置されるような気がする」

「うっ……!?」

 

 多大なる前科があるので、父はその言葉を否定できなかった。

 

「だ、大丈夫! 奴を倒して5年、犯罪発生率もマシになってきているし、一日くらいヴィランが全く出ない日だってあるはずだ!」

「信用ならねー」

 

 娘はとてもジトッとした目で、自分の発言に自信が持てていない父を睨んだ。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 そして、その翌日。

 

「うん。知ってた!」

 

 父はコンビニ強盗をやらかしたヘドロのようなヴィランを追いかけて、マンホールの中へと消えた。

 娘の予言はものの見事に当たり、彼女は町中に一人ポツンと取り残された。



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2 遭遇

「もー! まったく! あのワーカーホリックが!」

 

 父に置き去りにされた少女は、せめてもの贖罪とばかりに渡された父のカードでやけ食いとやけ買いをした後、その父を探して町中をうろついた。

 そろそろヴィラン退治も終わっただろうと思って携帯にかけてみるも、繋がらない。

 多分どこかに落としたのだろう。

 父の超人的な身体能力で動き回れば、ポケットに入れた携帯くらい落としても不思議は無い。

 コスチュームを着ているならともかく、今日はオフだったので戦闘を一切想定していない私服だったし。

 

「おーい! そこの不良少年ー!」

「誰が不良少年だコラァ!!」

 

 というわけで、少女は父の情報を求めて、町行く人に声をかけた。

 

「ちょっと人を探してるんだけどさー。金髪で骸骨みたいにガリガリの人、知らない?」

「知らねえわ! つーかまず不良を撤回しろ! 俺はヒーロー志望だ!!」

「ああ、そういう冗談はいいから」 

「冗談じゃねえよ、クソが!!!」

 

 声をかけた相手、少女とは色合いの違う金髪をトゲトゲさせた不良っぽい少年が叫ぶ。

 ヒーロー志望を自称しているが、そんなわけねぇだろと少女は一笑に付した。

 これがヒーローになれるなら、自分だって胸を張ってヒーローを名乗るわ。

 

「とりあえず、あんまりヤンチャはしないようにね。今近くにオールマイトいるから、ヤンチャしたら一発逮捕だぜ?」

「だから不良じゃねぇ!! ……って、ちょっと待て! オールマイトが来てるのか!?」

「じゃ、そういうことで」

「聞けや!!」

 

 小走りで不良少年のもとを去る。

 父の情報を持っていないのなら、もうここに用は無い。

 不良は少女を追いかけようとしていたものの、小走りのくせにやたらと速い彼女の足には追いつけない。

 個性を使おうかとも思ったが、特別な許可が無い限り、個性の無断使用は禁じられている。

 信じがたいことにヒーロー志望という言葉に嘘はなく、内申点を気にする彼は、大っぴらに規則を破ることを良しとしなかった。

 

「なんだったんだ、クソが!!」

 

 彼のイラ立ちを表すように、彼の両掌が爆発を起こした。

 彼の個性だ。

 厳密に言えばこれも個性の無断使用に当たるが、このくらいでグチグチ言うほど社会の締めつけはキツくない。

 車の制限速度も10キロオーバーくらいなら大目に見てくれるあれだ。

 それをわかってやっているあたり、不良のくせにみみっちい。

 だが、

 

「良い個性の隠れ蓑♪」

 

 そのみみっちさが、彼の首を絞めた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「おーい! そこの地味めの少年ー!」

「……え?」

 

 不良のもとを去った少女は、その足で次の情報源を求めた。

 次に目をつけたのは、俯きがちに歩く地味めの少年。

 さっきの不良少年と同じで、自分と同年代くらいだろう。

 彼女は色々な事情で同年代との関わりが極端に薄いので、割と新鮮な気持ちだった。

 

「ちょっと人を探してるんだけど、金髪で骸骨みたいにガリガリの人、知らない?」

「金髪で、骸骨みたいにガリガリの人……」

 

 少年の脳裏に一人の人物がヒットした。

 ついさっき、自分の夢に引導を渡してくれた憧れの人だ。

 それを思い出した瞬間、少年の頬を涙が伝った。

 

「うぇぃ!? なんで泣くの!?」

「ご、ごめん。こっちの話。気にしないで」

「いや、気になるわ!」

 

 少女のツッコミが炸裂する。

 そりゃそうだ。

 人でなしを自覚している彼女なので、別に泣いている少年を見て「何か悩みがあるのかな? 可哀想に」とかは一切思わないが、それでも目の前でなんの脈絡もなく突然泣かれたらビックリくらいする。

 

「……悩みがあるなら聞こうか? 私もこう見えて、一応はヒーロー志望だからね」

 

 だが、彼女は自分の本音を隠して、優しく少年に語りかけた。

 彼女は別に、父のような立派なヒーローになりたいとは毛ほども思っていない。

 それでも、とある事情でヒーロー免許だけはどうしても必要だった。

 そして、ヒーローが人を助ける仕事である以上、困ってそうな人を見過ごすのは褒められたことではない。

 特に自分の立場は滅茶苦茶微妙で、何かあれば父に多大な迷惑がかかる。

 いつか自分の顔が売れた時、この少年に「泣いてる自分を見過ごした」とか言われてネガティブキャンペーンをされるのは面倒だ。

 少女はそんな打算100%の思考で、少年の悩みを聞くというコマンドを選択した。

 

「ヒーロー志望……」

 

 しかし、その言葉を聞いた瞬間、少年の涙腺は更に緩んだ。

 決壊したダムのように涙腺から涙が噴き出す。

 

「うぉい!? なんで更に泣くかなぁ!?」

「ご、ごめん。本当に、ごめん……!」

 

 情けない。

 彼の内心はその感情で埋め尽くされた。

 通りすがりの女の子の前で、この体たらくだ。

 少しでも自尊心というものを持っていれば、堪えないはずがない。

 それでも涙は止まってくれない。

 それくらい、彼の心身は限界に達していたから。

 

「ほれ。背中擦ってあげるから、話してみなさいよ、少年」

 

 少女は「めんどくせぇ」という内心を隠して、聖母のような顔で少年を宥めた。

 生粋の善人よりも、善人を演じなければならない詐欺師の方が、善人というものをより研究しているので、本物よりも本物っぽく見えるという話がある。

 今の彼女はまさにそれであり、父を参考にしてトレースした安心感を与える笑顔を、自前の美少女フェイスで繰り出すというコンボによって、少年には目の前の詐欺師が聖職者か何かのように見えていた。

 だからこそ、彼の口は滑った。

 

「ぼ、僕は……!」

 

 少年は語った。

 個性を持つことが当たり前のこの超常社会で、何の能力も持たない『無個性』に生まれてしまったこと。

 それでも、ナンバー1ヒーロー『オールマイト』への憧れを捨てられず、ヒーローになりたいという夢を捨てられず、苦悩し続けてきたこと。

 幼馴染にはずっと否定され続け、それどころか憧れた相手にまで「現実を見よう」と言われてしまったこと。

 夢と現実のギャップ。

 それが耐え切れないくらいに苦しい。

 ずっと溜め込んでしまっていた少年の思いが、詐欺師の微笑みをキッカケにして、堰を切ったようにあふれ出した。

 

「なるほど……」

 

 それを聞き終えて、少女は思う。

 

(やっべ。後半殆ど聞き流してた)

 

 一人の少年の人生を左右するような悩みを聞いておいて、抱いた感想がこれである。

 お前、マジでヒーロー向いてないよ。

 

「とりあえず、夢があるなら追いかければいいと思うよ」

「で、でも、僕には個性が……」

「関係ないさ」

 

 そんな状態で、少女は適当なアドバイスをする。

 

「自分で納得して選んだ道じゃないと、後で絶対に後悔する。

 人生ってのは苦しいんだ。納得して選んだ道でも大変なのに、自分の決断っていう芯まで無くなったら、絶対に途中で折れる」

 

 だが、適当なくせに、その言葉には重みがあった。

 少女は少年の言葉の大部分を聞き流した。

 ゆえに、自分の経験則100%で語っているのだ。

 相手の事情を一切考慮せず、自分の価値基準のみで語っているからこそ、逆に彼女の中にある『芯』が剥き出しのまま出てきていた。

 

「ま、要するに、やらずに後悔するより、やって後悔しろってことだよ。

 頑張れ、少年。私は応援してるぜ」

「ッ!?」

 

 応援している。

 背中をドンと叩かれながら言われた、その言葉。

 今まで誰にも言ってもらえなかった言葉。

 ずっと言ってほしかった言葉。

 わかっている。

 こんな通りすがりの少女の言葉だ。

 いくら親身になってくれているように見えても、そこには何の責任も乗っていない。

 現実を見ろと言ってくれた人の方が百倍優しいだろう。

 それでも……それでも、嬉しくて堪らなかった。

 

 ……と、その時。

 

 

 BOOOOM!!!

 

 

 そんな轟音が二人の耳に入ってきた。

 

「爆発音……。ヴィランかな? まったく、何が犯罪発生率もマシになってきてるだよ。パパの嘘つき」

 

 少女が毒づいた。

 本音を言えば色んな意味での鬱憤晴らしに殴りに行きたいが、ヒーロー免許を持っていない限り、個性で誰かを傷つけることは許されていない。

 たとえ、相手が犯罪者(ヴィラン)であろうともだ。

 面倒な社会。

 窮屈で仕方がない。

 

(あ、でも、ヴィランが出たなら、パパも引き寄せられてくるかも)

 

 ヒーローという職業に人生を捧げているあのワーカーホリックは、人々の安全を脅かすヴィランを絶対に無視できない。

 そんな行動予測をしながら、なんかさっきとは違う感じの涙を流す少年に「じゃ、私は行くから」と告げて、少女は騒ぎの現場へと向かう。

 そこで暴れていたヴィランは、ちょっと想定外の相手だった。

 

(さっき、パパが追いかけてた奴じゃん)

 

 暴れていたのは、本日のデートを邪魔してくれやがったヘドロのようなヴィラン。

 それが見覚えのある不良に絡みついて、不良少年の体を乗っ取るようにして暴れていた。

 

(マジか。パパから逃げ切ったんか。やるな、あのヘドロ)

 

 弱りに弱っているとはいえ、未だにヒーローの頂点に(騙し騙し)君臨し続ける男から逃げ切ったヘドロに、少女は拍手を送りたい気持ちになった。

 まあ、そんなことをしたら顰蹙を買うでは済まされなさそうな状況だが。

 この場には既に何人かのヒーローが駆けつけているものの、不良少年の個性と思われる爆発が激しくて、手を出せていない。

 見た感じ、不良少年は完全に乗っ取られているわけではなく、ヘドロに抗って暴れている感じだ。

 活きの良い人質とでも言えばいいのか。

 それが余計に状況をややこしくしているように見える。

 色んな意味で危ない。

 

(資格があればなー。さっと行って、ぶん殴って終わりなのに)

 

 少女は内心でほぞを噛む。

 彼女はかなり好戦的な性格だ。

 個性が戦いを欲している。

 むしろ、戦わないと副作用(・・・)でおかしくなってしまう。

 ゆえに、暴力許可証であるヒーロー免許があったのなら、あるいは今が変装中で、半ば黙認されている自警団(ヴィジランテ)活動中だったのなら、彼女が喜々としてヴィランに突撃をかましてハッピーエンドだっただろう。

 しかし、社会のシステムがそれを許さない。

 

「窮屈でござる」

 

 そう呟いて黄昏れた━━その時。

 

「ッ!!!」

 

 一人の少年が、野次馬の中から飛び出して、ヘドロと不良少年に向かって、一心不乱に走り出した。

 

「ありゃ? さっきの少年じゃん」

 

 その正体は、さっきお悩み相談のようなことをしていた地味めの少年だった。

 特別な力など持たない無個性であるはずの彼は、不良少年に向かって「かっちゃん!!」と叫びながら飛び出した。

 知り合いだったのだろう。

 その知り合いを助けるために、プロヒーローすら手をこまねいている事件の中に飛び込んだ。

 個性もなく、体も貧弱。

 勝算なんて欠片も無いはずなのに……。

 

「なんで、テメェが!?」

 

 当の不良少年からすら「なんで」と言われる状況下で。

 

「君が、救けを求める顔してた……!」

 

 そう言って、弱っちい少年は、いつも笑顔で人を助けるナンバー1ヒーローを真似るように、無理矢理ニカッと笑った。

 

「無理無茶無謀。自殺志願。全くもって理解に苦しむね」

 

 その光景を見て、少女は呆れたような顔で肩をすくめた。

 ヒーロー。

 誰かのために、我が身を顧みず救いの手を伸ばす者。

 やっぱり、自分には理解できない。

 

「けど、まあ」

 

 その時、視界にガリガリに痩せこけた金髪の骸骨の姿が見えた。

 傷跡を押さえて、明らかに無理して、彼もまた飛び出そうとしている。

 生粋のヒーロー。ヒーローの中のヒーロー。

 そんな人だから、この状況で我が身可愛さに大人しくしていられるわけがない。

 

「大切な人限定なら、その救済願望もわからないことはないかな」

 

 そうして……少女もまた飛び出した。

 無理をしようとしている父よりも早く。

 あのワーカーホリックが無理をする前に。

 後で色々めんどくさいことになるんだろうなぁと、諦めモードで足を動かした。

 

「もう大丈夫」

 

 そんな内心を、父を参考にした安心感を与える笑顔の仮面で隠して、少女はヴィランと相対する二人の少年に笑いかけた。

 

「私が来た!!」

 

 父の決め台詞を口にして、上っ面だけのヒーローもどきが、拳を握った。

 

「『デトロイト・スマッシュ』!!」

「「「!!?」」」

 

 繰り出したのは右ストレート。

 ただの拳が衝撃波を生み、不良少年に絡みつくヘドロを風圧で吹き飛ばそうとする。

 しかし、この状態(・・・・)では父よりも遥かに劣る威力しか出せない。

 それでも並のヒーローを上回る一撃ではあるのだが、さすがは父から逃げ切った大物と言うべきか、ヘドロはこれを耐えてみせた。

 

「あっちゃー。やっぱダメかー」

「今度はなんだ!?」

 

 そう叫びながら、ヘドロが不良少年の体を操り、掌を少女に向けてくる。

 さっきから見てる限り、この不良少年の個性は掌で爆破を起こすというもの。

 食らっても大したダメージを受けない自信はあったが、今着ているコスチュームでもなんでもない白のワンピースは消し飛んでしまいそうだ。

 さすがに、公衆の面前でストリップショーはやりたくない。

 

「できれば素の力だけで終わらせたかったけど……しょーがないか」

 

 少女はもう一度拳を握る。

 放つのは、照準を上空に向けたアッパーカット。

 だが、今回は先ほどと違い、自らの呪われた(・・・・)個性を解放する。

 

 個性解放部位『右腕』 出力70%

 

 その瞬間、少女の右腕が漆黒に染まり、バチバチと黒色のスパークを放ち始めた。

 同時に、常時感じている脳をシェイクするような衝動が加速する。

 それを制御し、狙いを定め、あと不良少年を左手で掴み、地味めの少年を足で踏んづけて固定。

 個性まで使っちゃって、後で色々言われるんだろうなぁという憂鬱を、脳内を駆け巡る暴力的な衝動で塗り潰して、放った。

 

「『デビル・スマッシュ』!!!」

「「「ッッッ!!?」」」

 

 父の模倣ではなく、自分の技。

 黒い腕から放たれたアッパーカット。

 それは先ほどとは比べ物にならない衝撃波を発生させ、ヘドロを容易く吹き飛ばし、風圧で天候すらも書き換えた。

 右手一本で上昇気流を発生させ、現場に雨が降り始める。

 呆然とする野次馬、マスコミ、ヒーロー。

 そして、無事救出された二人の少年。

 

(あーあ。やっちった)

 

 資格も無いのに、大っぴらにやらかしてしまった。

 後で怖い大人の皆さんに詰め寄られる未来を思い浮かべて、とてつもなく憂鬱な気持ちになる。

 とりあえず、味方にできそうなところだけでも味方につけておくかと、少女は個性を引っ込めた右腕を天に掲げた。

 勝利のスタンディングだ。

 

「「「う、うぉおおおおおおお!!!」」」

 

 それに興奮した野次馬とマスコミが騒ぎ出す。

 マスコミにもみくちゃにされ、現場のヒーロー達からは怒られ。

 せっかくのデート日和が散々なことになってため息を吐きたい気持ちを、マスコミの前だからと強引に飲み込んで、しおらしくする女の子の仮面を被った。

 やっぱり、ヒーローなんてロクなもんじゃない。

 そんな彼女の内心を見透かしていたのは、介入するタイミングを逃して、野次馬の中でオロオロする父だけだった。




・オールマイト
体力消耗『−1』


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3 緑谷出久

 『緑谷(みどりや) 出久(いずく)』。

 無個性のくせに、イジメてくる幼馴染をそれでも助けようと無理無茶無謀な突撃をし、結局なんの役にも立てず、謎の少女に助けられるだけだった地味めの少年の名前だ。

 その少女が個性無断使用、傷害罪(ヴィラン相手とはいえ)などの罪で警察に連行され、タイミングを逃してお礼も謝罪もできず、彼は失意のまま家路についていた。

 

「デク!!」

 

 そんな彼に、件の幼馴染『爆豪(ばくごう) 勝己(かつき)』が鬼のような形相で話しかけてくる。

 

「テメェに助けを求めてなんかねぇぞ……! 助けられてもねぇ! あ!? なぁ!? 一人でやれたんだ! あのクソ女の助けだっていらなかった!! 無個性の出来損ないが見下すんじゃねぇぞ! 恩売ろうってか!? 見下すなよ俺を!!」

 

 クソナードが!! と吐き捨てて、爆豪は言うだけ言って去っていった。

 ヘドロに体を乗っ取られかけ、あれだけ暴れさせられていたというのに、凄まじいタフネスとしか言いようがない。

 

「……凄い一日だったなぁ」

 

 思わず、そんな言葉が緑谷の口からこぼれ落ちた。

 学校でいつものようにヒーローになりたいという夢を爆豪に否定され。

 帰り道でヘドロに襲われ。

 そこを憧れのナンバー1ヒーローに助けられ。

 事故というか、自分のワガママの結果、オールマイトの秘密を知ることになり。

 無敵のスーパーヒーローだと思っていたオールマイトですら大怪我をしているというのを見せつけられて、個性(ちから)が無くてもヒーローになれるとは思えない「現実を見なくてはな」と言われ。

 

 失意の中、通りすがりの少女の前でみっともなく泣き、ついでに慰められ。

 今度は爆豪がヘドロに襲われている現場に出くわし。

 一度はオールマイトが倒したはずのヘドロが暴れているのは、自分がオールマイトに絡みついて、あのヘドロを逃してしまったからだと気づいて絶望し。

 爆豪が苦しんでいるのを見て、反射的に飛び出してしまい。

 結局は何もできず、慰めてくれたあの少女に助けられ、そのせいで彼女は警察に連れて行かれてしまった。

 

 ……改めて考えると、本当に迷惑しかかけていない。

 ズゥーンと気持ちが落ち込んでいく。

 こんな体たらくで、何がヒーローになりたいだ。

 彼女は応援してくれたが、緑谷自身が自分に見切りをつけてしまいそうだった。

 

「これからは、ちゃんと身の丈に合った将来を……」

「私が来た!!」

「わっ!?」

 

 その時、失意の少年の前に現れる筋骨隆々の人影。

 憧れのナンバー1ヒーロー。

 

「オールマイト!? なんでここに!?」

「……礼と訂正、そして提案をしに来たんだ」

 

 オールマイトはそう言って……勢いよく頭を下げた。

 90度。

 ついでにその衝撃で筋骨隆々の姿(マッスルフォーム)が崩れ、ガリガリの骸骨のような姿(トゥルーフォーム)に戻る。

 変身自体は昼間にも見たが、それでも色んな意味でインパクトのある光景に、緑谷は思わずビクッとした。

 

「私はあの時、君達が奮戦する現場に居た。しかし情けないことに、体力の限界を理由に手が出せなかった。私は君に諭しておいて、口先だけのニセ筋になってしまった! 本当にすまなかった!」

 

 オールマイトに謝られた。

 そう認識した瞬間、緑谷は慌てた。

 彼はオールマイトの熱烈なファンだ。信者と言ってもいい。

 そんな信者が、自分の信じる神のような存在に頭を下げられて慌てないはずがない。

 

「そ、そんな! 頭を上げてください! オールマイトは悪くない! そもそも僕が悪いんです!

 仕事の邪魔して、あのヘドロを逃しただけでも大迷惑をかけてるのに、その上、無個性のくせに出しゃばって、あの女の子に尻拭いまでさせて……」

「いいや、それは違うさ! 前半は全くもってその通りだが、最後の一つだけは違う!」

 

 サラッと今日の所業の大部分は迷惑だったと認めるオールマイト。

 しかし、緑谷の最後に取った行動、それだけは本質が違うと彼は言う。

 

「あの場の誰でもない、小心者で無個性の君だったから、私は動かされそうになった。

 そんな私を見たからこそ、あの子は動いたんだ。

 あの時、君が飛び出して行ったからこそ、あの爆破の少年は救われた。私はそう思っている」

 

 オールマイトは、確信を持ってそう語った。

 緑谷にはそんな風に見えた。

 

「トップヒーローは学生時代から逸話を残している。彼らの多くが話をこう結ぶ。『考えるより先に体が動いていた』と。君もそうだったんだろう!?」

 

 オールマイトの言葉が胸に、心に染み込んでくる。

 その時、何故か緑谷は、昔母に言われた言葉を思い出していた。

 彼に個性が無いと知った時、言われた言葉を。

 

『ごめんね出久……! ごめんね……!』

 

 違う。違うんだ、お母さん。

 あの時、僕が言ってほしかったのは……。

 

 

「君はヒーローになれる!!」

 

 

 目の前の憧れの人が言ってくれた、この一言だった。

 通りすがりの女の子の慰めじゃない。

 あれも凄く励まされたが、今回のこれは心の底から憧れた、そうなりたいと強く願った相手からの言葉。

 より強く心に響かないはずがない。

 

「君なら私の『力』、受け継ぐに値する!」

 

 そして、ここから彼の、緑谷出久の、最高のヒーローになるまでの物語が始まった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「で? デートを台無しにして、警察のお世話になった娘を放り出してどこかに行っちゃったお父様? 何か言うことがあるんじゃない?」

「大変申し訳ございませんでした!!」

 

 ヒーロー事務所近くの自宅にて、ガリガリの骸骨が女子中学生に土下座していた。

 あろうことかこの父親、警察に連行される直前の娘のところに顔を出したと思ったら、知り合いの警察官に電話をかけて後を任せ、「すぐに戻るから!」と言い残して、凄い勢いで立ち去りやがったのだ。

 現在は事情聴取その他諸々が終わり(というか、色んな事情で上から圧力がかかって強制終了させられ)無事自宅に戻ってきたところ。

 車の中で終始不機嫌そうに無言を貫いていた娘は、玄関を潜ったところで、ついに父をなじり始めた。

 

「しかも、明らかに活動限界越えてる感じだったのに無茶しようとしてたし。

 私、言ったよねぇ? 娘を持つ父親なら、責任を自覚して家族に迷惑をかけるような行動はやめてって言ったよねぇ?

 パパの無茶を止めようとした結果がおまわりさんに連行されるルートだったわけだけど、そんな私を塚内さんに丸投げするとか、お父様からの愛を疑っちゃうんだけどぉ?」

「返す言葉も無い……! 本当に、本当にすまなかった!!」

 

 父の頭がますます床にめり込んでいく。

 怖い。女子中学生の娘が滅茶苦茶怖い。

 額に浮かんだ青筋や、後頭部に降り注ぐゴミを見るような視線が恐ろしくて堪らない。

 基本的にいつもニコニコ笑っている子なので、たまに見せるこの激怒モードはことさら怖いのだ。

 ……しかし。

 

「……はぁ。私が重度のファザコンであることに感謝してよね」

 

 基本的に父に甘い娘は、ため息と共に怒気を引っ込めた。

 

「埋め合わせはしてよね」

「もちろんだとも!!」

「ん。とりあえずは、それで納得してあげる」

 

 父は安堵の息をついた。

 怖かった。

 恐らく、今回は未遂だったからこの程度で済んだのだ。

 彼女が一番怒っているのは、自分を放り出してどこかに行ったことではなく、活動限界を越えて無茶をしようとしたこと。

 この子の怒りの本質がわかるくらいには父親をやっている。

 

 前回、未遂ではなく本当に無茶をして、活動限界を一日3時間にまで縮めてしまった時は、一ヶ月くらい外のニュースが一切届かない部屋に監禁されて、強制的に休まされた。

 見張りをつけられ、ベッドに縛りつけられ、食事は「あーん」でしか与えられなかったあの生活は、もうトラウマだ。

 それでも、トラウマを刻まれてもなお、困っている人を見たら条件反射的に無茶をしてでも助けようとしてしまうのが(オールマイト)という人間なのだが。

 

「それで? 私を放置してまで、どこに行ってたの? 随分慌ててる感じだったけど」

「ああ、私の後継者足りうると思った子を見つけて、見失うわけにはいかないと焦ってしまったんだ」

「後継者? ああ、『ワンフォーオール』の。それってもしかして、あの地味めの少年?」

「その通り! 彼は無力で小心者なのに、誰かを助けるために反射的に動いた。動けた。そういう子にこそ、ワンフォーオールを受け継がせたい!」

「ふーん。ま、いいんじゃないの? 私としては、パパがようやく引き継ぎと引退に向けて動いてくれて嬉しい限りだし」

 

 オールマイトの個性『ワンフォーオール』。

 力を蓄え、それを譲渡する個性。

 超常黎明期から脈々と受け継がれてきた、聖火のごとく引き継がれてきた力の結晶。

 根っからの正義の味方以外に渡したら大変なことになる個性。

 だからこそ、一応は娘である自分にも後継者の資格が無い。

 自分の本質は、自分が一番よくわかっている。

 

「ワンフォーオールはいつ渡すつもりなの?」

「とりあえず、少年の体が出来上がってからになるかな。今の彼は器じゃないし」

「ああ、見るからにモヤシだったもんねー。それじゃあ、パパが手ずから鍛え上げる感じか」

「うむ! そうなるね!」

 

 父がメラメラと情熱を燃やしているのを見て、ちょっと心がザワッとした。

 これはあれだ。嫉妬ってやつだ。

 弟妹ができた兄姉によく見られる現象である。

 

「特訓には私もついていくね。お弁当作ってあげるよ」

「ありがとう! 助かるよ、魔美ちゃん!」

 

 小さな嫉妬心を笑顔の仮面で隠し、彼女は同行を申し出た。

 内心では稽古にかこつけてイビってやろうとか考えている。

 あらゆる悪意に立ち向かってきたナンバー1ヒーローは、そんな小姑の小さな悪意に気づくことはなかった。



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4 特訓

「やっほー。二日ぶりだね、少年」

「き、君は!?」

 

 ヘドロ事件の二日後。

 オールマイトが特訓場所に指定した海浜公園にて、緑谷は恩人である例の少女と再会を果たした。

 

「後継者に選ばれたって話だから、改めて自己紹介しておくよ。

 私の名前は『八木(やぎ)魔美子(まみこ)』。

 ナンバー1ヒーロー、オールマイトの娘です。どうぞよろしく」

「え……えぇぇぇええ!? オ、オールマイトの、む、むむむむむ、娘さん!!??」

 

 緑谷は大混乱した。

 プライベートが謎に包まれているナンバー1ヒーローに、まさかの娘がいた。

 しかも、ヘドロから助けてくれた恩人がそうだというのだ。

 頭の処理が追いつかない。

 

「あ、あの、その……こ、この前はありがとうございました!!」

「おー。これだけ混乱してて、最初に出てくるのがそれなんだ。確かに、後継者の資格ありなのかもね」

 

 魔美子は妙なところで納得した。

 まあ、だからといって、小姑の思考回路になんら変化は無いが。

 

「HAHAHA! 二人とも、仲良くやれそうで安心したよ!」

「ふふ。……そうだねぇ」

「!? な、なんか寒気が……?」

 

 その時、緑谷の背筋に謎の悪寒が走った。

 オールマイトも魔美子もニコニコしているので、気のせいだろうと判断したが。

 

「さて! 挨拶も済んだし、早速特訓を始めよう!」

 

 そんなオールマイトの一言により、今日の本題が始まった。

 

 

 

「ふんぬぅぅぅぅ!!」

「ヘイヘイヘイヘイ。なんて座り心地の良い冷蔵庫だよ」

 

 最初にやらされたのは、ロープをくくりつけた冷蔵庫の牽引。

 この海浜公園は海流的なあれで漂流物が多く、そこにつけ込んだ不法投棄もまかり通り、ゴミが多い。

 そんなゴミの一つである壊れた冷蔵庫にマッスルフォームのオールマイトが座り、それを緑谷が動かそうとしたのだが、ピクリともしない。

 

「ピクリとでも動けば、ちょっとは楽だったんだけどなー」

「アハハ! モヤシっ子だねー、緑谷少年」

「そりゃだって……オールマイト、274キロあるんでしょ……?」

「いーや。痩せちゃって、255キロ。この姿だと」

 

 必死に冷蔵庫+筋肉お化けを引きずろうとする緑谷と、それを見てユーモラスに笑うオールマイト親子。

 なお、娘の方の笑い方には、若干ほの暗いものが混ざっていた。

 

「というか、なんで僕は海浜公園でゴミ引っ張ってるんですか……?」

「それはあれさ。君、器じゃないもの」

「え!? 前と仰ってることが真逆!?」

「私が見初めたのは君の心意気! 今問題になってるのは身体だよ身体!」

 

 HAHAHA! と笑いながら、オールマイトは「器じゃない」と言われてショックを受ける緑谷をスマホでパシャパシャと撮影しながら、特訓の意義を語った。

 

「ワンフォーオールは、いわば何人もの極まりし身体能力が一つに集約されたもの。生半可な体では受け取り切れず、四肢がもげ爆散してしまうんだ」

「四肢が!?」

 

 オールマイトの力を貰うということは、決して生易しいもんじゃない。

 緑谷出久は、ようやくそのことに気づいた。

 

「そうだねー。パパの力を受け継ぎたいなら、せめてこのくらいはできるようになってもらいたいかな」

 

 そう言って、魔美子はさっき緑谷が全く動かせなかった冷蔵庫をヒョイっと持ち上げた。

 片手で。

 

「!?」

 

 いくらオールマイトが乗っていないとはいえ、見た目的には華奢な女の子が見せたあまりの怪力に、緑谷は絶句した。

 

「ちなみに、今のは個性使ってないよ。私の素の力」

「えぇ!?」

「ま、ちょっとばかしズルはしてるけどね」

 

 ドヤ顔でそんなことを言い出した魔美子に、今度こそ緑谷は空いた口が塞がらなくなる。

 一方、魔美子の方はマウントが取れて、小姑根性が少し満たされた。

 

「身体も凄いし、心意気だって立派、何より実の娘……」

 

 そして、緑谷は魔美子の力を見せつけられて、ブツブツと呟き始めた。

 

「あの、やっぱり僕なんかじゃなくて、八木さんにワンフォーオールを渡した方がいいんじゃ……」

 

 緑谷は、ちょっと泣きそうな顔で、それでもその言葉を吐き出した。

 自分の存在価値を無にしかねない言葉。

 せっかく掴んだチャンスをドブに捨てかねない言葉。

 飲み込んでおいた方が絶対に得になる言葉。

 それでも、緑谷は言った。

 損得勘定を放り投げて、自分ではない誰かのために。

 

「あ、それは無理。っていうか、いらない。私はワンフォーオールにも平和の象徴にも、なんならヒーローにも全く興味が無いからね」

「ええええええええ!?」

 

 しかし、魔美子の口から飛び出してきた、オールマイトの娘とは思えない発言によって、緑谷の割と覚悟を決めて放った台詞は一刀両断された。

 

「私はパパのことが大好きだけど、父親としては大いに失格だと思ってるんだ」

「はうっ!?」

「大怪我はするわ、無茶はするわ、無茶した状態で死地に飛び込むわ。

 世間の皆さんはその自己犠牲の精神を称賛するんだろうけど、娘の私からすれば、たった一人しかいない父親がいつ死んでもおかしくないとか発狂ものだぜ?

 可愛い娘が家でご飯を作りながら待ってるところに、父親の訃報が飛び込んできたらどうなるかとか考えないのか、このニセ筋めって日常的に思ってるよ」

「うぐっ!?」

「しかも、この前なんて久しぶりの親子水入らずだったのに、仕事に追われて私を放り出すわ、そんな父の尻拭いをして警察のお世話になったのに、私をほったらかして後継者の方に走るわ。ホント、いい加減にしてほしいぜ」

「ご、ごめんよぉ……。ダメな父親でごめんよぉ……」

「オールマイトが瀕死に!?」

 

 ここぞとばかりに不満の連続口撃を浴びせかけられ、ナンバー1ヒーローが大ダメージを受けていた。

 ノックアウトされて地面に崩れ落ちながら滂沱の涙を流す憧れの人の姿に、緑谷はあたふたとし始める。

 

「と、まあ、こんな考えの私であるからして、人助けと義勇の心とやらが紡いできたワンフォーオールを受け取る資格は無いのさ。

 ぶっちゃけ、社会が滅茶苦茶になっても、パパ一人が無事ならそれでいいって思考回路だからね」

「な、なるほど……」

 

 緑谷は納得させられた。

 

「だから、君には期待してるんだよ? さっさと身体を鍛え上げて、ワンフォーオールを受け取って、早いとここのニセ筋を引退させてあげてほしい。

 これはパパに見初められた君にしかできないんだ。

 ホント頼むぜ、緑谷少年」

「! は、はい!!」

 

 期待されている。

 期待してくれている。

 こんな凄い人が、こんな出来損ないに。

 誰にも期待してもらえなかった緑谷出久は、そのことが本当に死ぬほど嬉しい。

 

「じゃあ、特訓再開だ。パパは死んでるから、私が説明を引き継ぐよ」

「え、あの、オールマイトは……」

「しばらく反省させときなさい」

 

 有無を言わさぬ魔美子の威圧感により、涙を流しながら自責の念に押し潰されている哀れな屍は、しばらく放置されることと相なった。

 

「このゴミ掃除は身体を鍛え上げるため。さっきの冷蔵庫一つ取っても、筋トレには充分でしょ?

 けど、ゴミ掃除の目的はそれだけじゃない。

 ヒーローってのは本来奉仕活動。

 私は興味無いけど、ちゃんとしたヒーローになりたいなら、こういう地味な活動も嫌がってちゃいけないんだってさ」

「な、なるほど。確かに」

「ってなわけで、この区画一帯の水平線を蘇らせる。それがパパが君に与える第一の試練。君のヒーローへの第一歩だ」

「第一歩……! これを掃除……全部!?」

「そう。全部」

 

 ゴミの山は本当に広範囲に散らばっている。

 しかも、冷蔵庫だの洗濯機だのの粗大ゴミの比率もかなり高い。

 これを個性も重機も使わずに、人力で掃除し尽くすのは大変なんてもんじゃないだろう。

 

「それに加えて、これだ!」

「これは……」

 

 魔美子が屍のポケットを漁って取り出したもの。

 それは何枚かの紙束。

 

「パパ考案! 目指せ合格アメリカンドリームプラン! 食事から睡眠の時間まで徹底管理された地獄のトレーニングメニュー! これをやり遂げて、レッツ雄英合格! ……って、ん? 緑谷少年って雄英志望?」

 

 紙に書いてあった文言をそのまま読んでいたら、ちょっと気になる項目を見つけてしまった。

 

「あ、うん! 行くなら絶っっ対雄英だと思ってるんだ! オールマイトの母校だから!」

「へー。行動派オタクってやつかね?」

 

 奇妙な縁もあったものだ。

 (オールマイト)には、雄英の教師にならないかという話が来ている。

 体力の衰えをごまかすため、何より後継者を生徒の中から見つけるために。

 後継者に関しては大分先走って既に見つけてしまったが、それでも父が教師の話を蹴ることは無い。

 何故なら……。

 

「奇遇だね。私も来年、雄英受ける予定なんだよ」

「え!? ホントに!? あれ? でも、八木さんてヒーローに興味無いんじゃ……」

「まあ、色々と事情があってね」

 

 ヒーローになりたいのではなく、彼女はヒーロー免許が無ければ生きていけないのだ(・・・・・・・・・)

 それが呪われた個性の代償。

 圧倒的な力の致命的な副作用。

 今も脳内で暴れ回る悪魔の衝動に意識を向けてしまい、魔美子はちょっとアンニュイな顔になった。

 それを見て、緑谷はナンバー1ヒーローの娘ともなれば色々大変なんだろうと察した。

 同時に、何かあれば絶対に力になろうと誓った。

 彼女は恩人なのだから。

 

「何はともあれ、入試まであと十ヶ月。たった十ヶ月で器を完成させなきゃいけない。

 当然、めっちゃハードなトレーニングになるけど、ついて来られるかい?」

「もちろん……! 他の人より何倍も頑張らないと、僕はダメなんだ……!」

「よろしい。その意気だ。それじゃあ、まずはゴミ掃除! 気張っていこう!」

「はい!!」

 

 そうして、緑谷出久の地獄の十ヶ月が幕を開けた。

 

「あ、今日の分のノルマが終わったら、私と組手ね。ゲロ吐くまでシゴイてやるから、覚悟しとけい」

「………………ふぁ?」



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5 入試

「オェエエエエ……!」

 

「ハァ……ハァ……うぐっ!?」

 

「ゼェ……ゼェ……うううう!!」

 

「まだ……まだぁ……!!」

 

「オロロロロロロ……」

 

 ゲロを吐き散らし、オーバーワークで死にかけ、小姑の嫉妬の拳に打ち抜かれて生死の境をさまよい。

 そんな地獄の十ヶ月をどうにか乗り切り、最低限の器を完成させた緑谷は、入試当日の朝にようやくゴミ掃除を終え、試練を乗り越え、オールマイトからワンフォーオールを受け取るに至った。

 

 その足で家に帰って、シャワーを浴びて、ご飯を食べて、入試へ直行。

 夢への第一歩を踏み出そうとして盛大に足をもつれさせ、良い人に助けられるという一幕があったりしつつ、入試会場の席へと辿り着いた。

 

「およ? お隣とは奇遇だね、緑谷少年」

「八木さん!」

 

 そして、驚いたことに、入試会場での隣の席は魔美子だった。

 この席順は受験番号順なので、何気にかなり低い確率を引き当てたことになる。

 知り合いを見つけてホッとして、緑谷は少しだけ肩の力が抜けた。

 

「おい」

 

 と、その時、緑谷のもう片方の隣の席から、地を這うような低い声が聞こえてきた。

 不機嫌という感情を煮詰めたような、殺気すら感じる声が。

 緑谷は思わずビクッとする。

 

「おお、不良少年! 君も奇遇だね!」

「だから不良じゃねぇ!!」

 

 不良少年、爆豪勝己。

 緑谷と同じくオールマイトに憧れ、雄英入学を目指すヒーロー志望。

 彼は約一年ぶりに見る不愉快な恩人に向かって、一年前と同じように怒鳴った。

 ただし、入試会場という時と場合を考えて、小声で怒鳴るという器用なことをやった。

 相変わらずみみっちい。

 

「…………礼は言わねぇからな」

 

 だが、次の瞬間。

 爆豪はさっきの怒鳴り声が嘘のように小声でボソッと、そんな台詞を呟いた。

 

「ふむ」

 

 それを見て、魔美子は察する。

 そういえば、自分は彼にとっても命の恩人。

 しかし、プライドやら何やらが邪魔して素直にお礼を言えず、さりとて恩人に向かって突き放すような台詞を自信満々で言うこともできず、結果としてあんなボソッとした感じになったのだろう。

 

「思春期だねー」

「妙な目で見てんじゃねぇ……! ぶっ殺すぞ……!」

「かっちゃん……」

 

 顔面が凄まじいことになっている幼馴染と、そんな幼馴染に懐かない野良猫でも見るような目を向ける恩人を見て、緑谷はなんとも言えない気持ちになった。

 

「今日は俺のライブにようこそー!! エヴィバディセイヘイ!!」

 

 と、ここで入試の説明が始まった。

 説明を務めるのは、全員がプロヒーローの資格を持つ雄英教師の一人、ボイスヒーロー『プレゼント・マイク』。

 

「入試要項通り! リスナーはこの後、10分間の『模擬市街地演習』を行ってもらうぜ!!」

 

 彼の説明によると、入試の内容はヒーロー科最高峰である雄英高校ご自慢のお金のかかった施設、模擬市街地での戦闘。

 『仮想ヴィラン』のロボットが三種類配置してあり、攻略難易度に応じて1〜3ポイントが設けられているロボを行動不能にするのが、受験生に課せられた試験。

 そして、倒した仮想ヴィランの合計ポイントで成績がつけられる。

 

「質問よろしいでしょうか!?」

 

 そこで真面目そうな眼鏡の少年から質問が飛んだ。

 入試要項のプリントに記載されている仮想ヴィランは四種類。

 最後の一つはなんなんだという質問に対するプレゼント・マイクの回答は『お邪魔虫』というものだった。

 

「四種目のヴィランは0ポイント! 各会場に一体! ところ狭しと大暴れしている『避けて通るステージギミック』よ!」

「ありがとうございます! 失礼いたしました!」

 

 疑問が解消され、眼鏡の少年は90度に頭を下げた。

 眼鏡のイメージに違わない真面目さのようだ。

 

「俺からは以上だ! 最後にリスナーへ、我が校の『校訓』をプレゼントしよう!

 かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った! 真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者と!

 『プルス・ウルトラ(更に向こうへ)』! それでは皆、良い受難を!」

 

 そうして説明は終わり、試験会場への移動が始まった。

 緑谷、爆豪、魔美子は全員がバラバラの会場なので、ここで一旦お別れだ。

 

「八木さん! 頑張ろうね!」

「そだねー。特待生の話がダメになっちゃったんだから、こっちは本気(・・)でやらないと」

「え? 特待生?」

「ヘドロの一件で、ほぼ決まってた特待生の資格を剥奪されちゃったのさ。個性無断使用に傷害罪だし。忖度で一般入試の受験資格が残ってただけ奇跡だね! ハッハッハ!」

「その節は大変申し訳ございませんでした!!」

 

 緑谷は90度に頭を下げた。

 魔美子は気にすんなって感じで緑谷の肩をポンポンと叩き、全く気負いしてない様子で試験会場へ。

 彼女なら絶対に受かるだろう。

 ヘドロの一件だけでなく、この地獄の十ヶ月で、魔美子の実力はゲロのトラウマと共に骨身に刻まれている。

 

(僕も絶対に受かって、オールマイトと八木さんに報いないと!)

 

 そうして気合いを入れ直し、緑谷もまた自分の試験会場へと向かった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 教師陣が勢揃いした採点ルーム。

 ヒーローの頂点にして、教師としてはピッカピカの一年生であるオールマイトは、その一席に座りながら落ち着かない様子でソワソワしていた。

 

「ふぅー……」

 

 もうすぐ、雄英高校一般入試が始まる。

 気になるのは当然、ワンフォーオールを譲渡した後継者である緑谷出久。

 そして、血の繋がらない大切な娘である八木魔美子。

 両方とも違う意味でハラハラさせられる。

 

「やぁ、オールマイト! 落ち着かない様子だね!」

「校長先生……」

 

 そんなオールマイトに声をかけてきたのは、二足歩行の白いネズミ。

 この雄英高校の校長を務める『根津』だった。

 

「ええ。例の少年のこともそうですが、それ以上に娘のことが気になりまして」

「ハハ! 天下のナンバー1も人の子だね!」

 

 校長はそんなオールマイトの様子を笑い飛ばした。

 大丈夫だと、安心させるような笑顔で。

 

「十ヶ月前のヴィランの一件で、ほぼ確定していた特待生の話が消えた時は驚いた! しかし、私はあれを良い傾向だと考えているのさ!

 理由はどうあれ、彼女はリスクを承知で君以外の誰かを助けるために力を振るった! あの時の彼女は間違いなくヒーローだった!

 あの子はヒーローとしての成長を始めている! だから、今回も大丈夫さ!」

「……そうですね。父親の私が信じてあげなくてどうするという話でした」

 

 オールマイトはコケた頬を両手でパンパンと叩いて、顔を上げた。

 正直、この一般入試と魔美子の相性は良すぎる(・・・・)

 だからこそ心配だった。

 もし万が一、勢い余ってしまったらと思うと。

 

 あの子の個性には、とんでもない爆弾が眠っている。

 

 奴に刻みつけられた呪い。人生を縛りつける呪い。

 あらゆる者達から危険視され、タルタロスに入れるべきだという意見まで飛び出し、オールマイトが強引に保護してからも、何度も暗殺されかけた。

 ヴィランにだけでなく、ヒーローにまで殺されかけた。

 何もわからぬ幼児だった頃の魔美子を、この社会は受け入れなかった。

 

 だが、そうなる理由もわかってしまう。

 魔美子の個性に潜み、今も内からあの子を蝕み続けている悪魔。

 それが勢い余って出てきてしまったら、未曾有の危機だ。

 だからといって、戦わせないという選択肢も無い。

 悪魔の衝動は何もしなくても蓄積され、暴れることでしか発散できない。

 我慢の限界まで衝動を溜め込んでしまえば、待っているのは暴走だ。

 あの子が普通に生きていくためには、暴力許可証であるヒーロー免許を取得し、悪魔の衝動を小出しにして発散し続けるしかない。

 

「魔美ちゃん……」

 

 衝動に身を任せるのではなく、呪われた力をヒーローとして振るうことを選んでくれた愛娘。

 修羅の道を選んだ自分に温もりをくれた子のことを信じて、オールマイトはモニターに目を向け続けた。



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6 入試 パート2

「ハイ、スタート」

 

 試験会場となった模擬市街地に、いきなりプレゼント・マイクの声が響く。

 

「どうしたぁ! 実戦じゃカウントなんざねぇんだよ! 走れ走れぇ! 賽は投げられてんぞ!?」

「あー。そういう感じね」

 

 予兆も何もないスタートの合図に、魔美子を含めた会場の全員が一斉に動き出す。

 彼女はまず真上に跳んで、上着を脱ぎ捨てる。

 

「さーて。緑谷少年に言った通り、ちょっと本気出しちゃおうか!」

 

 個性解放部位『翼』 出力50%

 

「『デビル・ウィング』!」

 

 魔美子の背中からコウモリのような漆黒の翼が生える。

 性能は良いが、移動用のくせに出すと破壊衝動が強まってしまう欠陥技なので、普段はあまり使わない翼。

 しかし、すぐに暴れて発散させられることが確定しているのなら遠慮なく使える。

 

「とう!」

 

 翼を羽ばたかせての高速飛行。

 50%ほどの出力だというのに、そのスピードは時速500キロをゆうに超えていた。

 プロヒーローでもそうそう出せない速度。

 それによって他の受験生達を簡単に追い抜き、発見した仮想ヴィランのロボットに向けて、今度こそ攻撃技を使う。

 

 個性解放部位『掌』 出力70%

 

「『ダークネス・スマッシュ』!!」

 

 魔美子の掌から、闇のレーザービームが飛び出す。

 上空からの狙い撃ち。

 仮想ヴィラン達が簡単に粉砕されていき、数を潰したことで少しスッキリした。

 

「まだまだぁ!」

 

 しかし、本気を出すと決めた以上、目に見える敵を潰しただけで終わるはずがない。

 更に暴れ回るのはもちろん、本来なら手の届かない場所にあるポイントにも手を伸ばさせてもらおう。

 

「『クリエイト・サモンゲート』!」

 

 今度は掌を上空に向ける。

 すると、先ほどはレーザービームになった闇が、今度は靄のように腕から噴き出して暗雲を作り、そこからノッペラボウのようにツルリとした、無数の漆黒の人影が現れた。

 魔美子の個性に宿った機能の一つ、使い魔。

 翼以上に暴れることに直結しないのに、破壊衝動だけは加速してしまう欠陥技。

 彼女はそれを使ってでも、貪欲に1ポイントでも多く手に入れる道を選んだ。

 

「散開!」

 

 ある程度の戦闘力を持たせた上で作り出せる限界数、十体の使い魔が試験会場の各地へ散らばる。

 使い魔達は翼を持っているので、それなりに機動力は高い。

 そこそこのポイントを献上してくれるだろう。

 

本体(わたし)も行く!」

 

 使い魔召喚で溜まってしまった衝動を発散するべく、魔美子本体も試験会場を飛び回る。

 使い魔とは比べ物にならないスピードで飛翔し、仮想ヴィランを闇レーザーで狙撃し、わざわざ降下して拳で殴り倒し、存分に暴れに暴れ回る。

 最低限、他の受験者を巻き込まないようには気をつけてはいるが、それだけだ。

 

「アハハハハハハ!!」

 

 殴る! 撃つ! 壊す! 快感!

 魔美子の思考回路が破壊に染まる。

 もっとだ! もっとおかわりを持ってこい!

 

「━━━━━━━━!」

 

 そんな魔美子に応えるように、全長数十メートルはある巨大ロボットが姿を現した。

 説明会で話題に出た、0ポイントのお邪魔虫というやつだろう。

 しかし、魔美子にとってはデカいサンドバッグにしか見えない。

 

「アハッ!」

 

 個性解放部位『右腕』 出力70%!

 

「『デビル・スマッシュ』!!!」

「━━━━━━━━!?」

 

 巨大ロボットに必殺の右ストレートが放たれる。

 轟音。爆音。

 拳から発生する衝撃波だけで吹き飛ばしたヘドロの時とは違い、衝撃波を発生させるほどの拳で直接殴りつけたことによる破壊の力は尋常ではなく、一撃で超巨大ロボットが粉砕されて沈黙した。

 稼働時間、僅か2秒。

 巨大ロボットくん、まさかの出落ちであった。

 

「ん〜〜〜!! 気持ち良いーーー!!」

 

 久しぶりに満足のいく大暴れ。

 だが、足りない。

 もっと、もっと……!

 

「おっとっと。これ以上はやばい」

 

 自分の思考が危険域(レッドゾーン)に達する前に、魔美子は個性を全て解除した。

 

「やり過ぎ注意。暴走したら洒落にならないもんね」

 

 自分の個性はダムに似ている。

 何もしなくても破壊衝動が蓄積していき、個性を解放して暴れることで発散しなければ、いずれ我慢の限界に達して決壊し、暴走する。

 しかし、個性を使うとダムの堰が緩み、表面上の破壊衝動が加速してしまう。

 緩め過ぎて堰を閉じられなくなれば、これまた待っているのは暴走だ。

 緩め過ぎても、溜め込み過ぎてもいけない。

 この社会で生きていくためには、調節をミスるわけにはいかないのだ。

 

「残り時間は、素の力でほどほどにやろうか」

 

 そうして、魔美子は個性を使わない素の身体能力で戦闘を続行した。

 彼女の身体能力は素でも、父の全盛期の20%に匹敵する。

 ぶっちゃけ、そこらのプロヒーローが束になっても、素の彼女にすら勝てない。

 

「終了ーーー!」

 

 やがて時間が過ぎ去り、試験は終了した。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「……あれがオールマイトの娘さんか」

「……なんというか、やばいな。やばいとしか言えん」

 

 採点ルーム。

 予想通りというか、予想以上というか。

 ナンバー1ヒーローの娘という肩書に恥じない大立ち回り(大暴れ)をしてみせた八木魔美子に、教師一同絶句していた。

 

「実技総合出ました。八木魔美子、ヴィランポイント『351』。レスキューポイント『0』。言うまでもなく、ぶっちぎりの1位です。というか、会場のヴィランポイントをほぼ独占してます……」

「大怪獣め!」

「やっぱり、一般入試に交ぜちゃダメだったろ……」

「仕方ないだろ。特待生の話がポシャっちゃったんだから」

「同じ会場だった子は気の毒にとしか言えないわね……」

「俺的には、レスキューポイント0ってのが引っかかるな」

 

 教師陣は魔美子の感想を語り合う。

 この試験で見ていた二つの基礎能力。

 プレゼント・マイクが説明した、仮想ヴィランの撃破数で集計される『ヴィランポイント』。

 そして、受験生には伏せられていた、自分の合格がかかった場面で、どれだけ人助けのために動けるかという『レスキューポイント』。

 この二つの合計で順位が決まるのだが、魔美子の成績は実に極端だった。

 平和の象徴、ヒーローの中のヒーローと呼ばれるオールマイトの娘のくせに、レスキューポイント0というのも話題をさらっている。

 

「レスキューポイント0と言えば、2位もだな。

 爆豪勝己、ヴィランポイント『77』。レスキューポイント『0』。

 ヒーロー科のワンツーフィニッシュがこれってどうなんだ?」

「その代わりというかなんというか、対照的なのが8位にいるな。

 緑谷出久、ヴィランポイント『0』、レスキューポイント『60』。

 今年の受験生は両極端なのが揃ってやがる」

 

 なおも喧喧囂囂と語り合う教師陣を尻目に、オールマイトはこっそりと安堵の息を吐いた。

 

「ふぅ。良かった……」

「ほらね、大丈夫だったろう?」

「はい。ですが、心配なものは心配だったので」

「ハハ! 立派に父親をやれているね!」

 

 全ての事情を知っている校長に、ポンポンと背中を叩かれた。

 他の受験生の活躍を奪う形になったのはあれだが、懸念していた最悪の事態は発生する兆候すら無いまま終わった。

 魔美子はちゃんと自らの個性を制御できている。

 元々、医師のお墨付きまで貰っていたとはいえ、それでも口にした通り心配なものは心配だった。

 その心配が杞憂に終わってくれてひと安心だ。

 

「これで、これでようやく、あの子に普通の学校生活を送らせてあげることができる……!」

 

 オールマイトは万感の思いでそう呟いた。

 中学までは危険人物として、学校とは名ばかりの隔離施設に通わされていた。

 同年代との関わりも極端に少なく、灰色の青春だったろう。

 だが、これからは雄英による監視(事情を知らされているのは一部の教師達だが)こそ続けられるとはいえ、基本的には『まとも』と言って差し支えない学校生活を送れるはずだ。

 呪われた生まれに、呪われた半生。

 そこから、ようやく一歩抜け出せる。

 

(緑谷少年の方もどうにか合格をもぎ取ったし、運が向いてきたかもしれない)

 

 まだまだ問題は山積みだ。

 特に緑谷の方は、まだまだ未熟もいいところ。

 今回の試験も、授かりたてのワンフォーオールで0ポイントの巨大ロボをぶっ飛ばし、躊躇なく人助けに走った姿勢が評価されて合格になったが、そこ以外は緊張してしまって何もできずに良いとこ無し。

 肉体も強すぎる力の反動でぶっ壊れてしまった。

 魔美子の方だって、ヒーローを目指すならレスキューポイント0というのはいただけない。

 

 教えなければならないことが山ほどある。

 今まで辿ってきた血生臭い苦難ではなく、未来へ繋げるための明るい苦難に、オールマイトは頭を悩ませた。




・八木魔美子
個性『悪魔(仮称)』
悪魔っぽいことができる。
例:悪魔の身体能力獲得、闇の魔法っぽいものの発動、使い魔の召喚など。

副作用として、その力を何かに向けて思いっきりぶっ放したいという強烈な破壊衝動に常時襲われる。


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7 入学!

 時は流れ、4月になった。

 春。それは出会いの季節。

 青春の学園生活というものをコミックの中でしか知らない魔美子は、柄にもなく新生活の始まりにワクワクしてソワソワしていた。

 

 入学式の朝。

 父の運転する車に乗り込み、生徒の通学時間よりよほど早い教師の通勤時間に学校入りした魔美子は、とりあえず余った時間で校内をうろついてみた。

 

「イモムシ……?」

「久しぶりだな、八木」

「あ、なんだ。イレイザーさんか」

 

 校内で最初に発見した人は、イモムシのような寝袋に入った中年男性。

 抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』。

 メディアへの露出を嫌うマイナーなヒーローだ。

 しかし、魔美子とは面識があった。

 

「……久しぶりなんて言っておいてなんだが、よくわかったな。10年ぶりくらいだろうに」

「記憶力にはそこそこ自信がありますからね。さすがに最初の暴走以前の記憶は殆ど無いけど」

「……そうか」

 

 短いやり取りで、早速イレイザーの顔が曇った。

 彼との出会いは父に保護された直後にまで遡る。

 抹消ヒーローと呼ばれた彼の個性で、魔美子の暴走を抑えられないかという試みで引き合わされたのだ。

 結果は半分成功、半分失敗。

 発動前であれば抑えられるが、発動中のものを強制停止させることはできなかった。

 魔美子の個性は発動に1秒とかからないので、抑止力としては微妙という判断を下され、それ以降は会う機会が無かった。

 しかし、そういう繋がりがあったので、彼は魔美子の事情を全て知らされている。

 

「まあ、とにかく。お前の担任は俺になった。あと、俺の本名は『相澤消太』だ。相澤先生とでも呼んでくれ」

「了解! よろしくね、相澤先生!」

「ああ」

 

(あの人形みたいだった奴が、随分変わったな)

 

 テンション高めに「先生とか学校っぽい!」と口走っている魔美子を見て、イレイザー改め相澤は少し優しい目になった。

 前に会った時は、まともな教育など受けておらず、約4歳くらいなのに言葉すら話せない、物心すらついていない、空っぽの幼い人形だった。

 それが今では、ちゃんと感情豊かな女子高生になっている。

 個性と心に抱えている問題もオールマイトから聞いているが、とりあえず表面上はまともな人間になっているのを見て、あの時、自分の力では助けられなかったという後悔が少しはマシになるのを感じた。

 まあ、だからと言って贔屓はしないが。

 

「校内を歩き回るのは勝手だが、ホームルームが始まるまでには教室に戻れよ。遅刻は容赦なく厳罰に処すからな」

「はーい!」

 

 そうして相澤と別れ、魔美子は学校探検を続ける。

 さすがはヒーロー科の最高峰である雄英と言うべきか、広い。

 朝の探検だけでは、到底全部を見て回ることはできないだろう。

 ガイダンスというものに期待だ。

 いや、毎朝少しずつ、自分の足で開拓していくというのも面白いかもしれない。

 

 そんな開拓し甲斐のある校舎を回っているうちに、いい時間になってきた。

 自分の教室、1年A組に向かう。

 中にはもう結構人の気配があって、クラスメイト達は集結してきているようだ。

 こんにちは青春!

 そんな気持ちで、魔美子は教室のドアを潜った。

 

「おはようございまーす!」

「死ねェ!!」

 

 魔美子に真っ先に反応したのは、不良だった。

 見覚えのある不良だった。

 もはや条件反射のように、魔美子の声に反応して威嚇してきた。

 どうやら彼も合格していたらしい。

 そして、同じクラスだったらしい。

 

「私のワクワクを返せ!!」

 

 期待していた青春を一瞬にして粉砕され、魔美子は思わず叫んだ。

 しかし、すぐに「いや、これはこれで青春なのかな?」と思い直した。

 不良なんて青春コミックの彩りみたいなものだろう。

 そう思えば粉砕された期待感も修復されていく。

 

「あ! あんた、ヘドロ事件の人だよな!?」

「わぁ! ホントだ! あれカッコ良かったよ!」

「お会いできて光栄だね、マドモアゼル☆」

 

 そして、修復された期待感を更に満たしてくれるように、好意的な感じのクラスメイト達が寄ってきた。

 魔美子の機嫌が上向いていく。

 逆に、黒歴史とも言えるヘドロ事件の話が出て、不良こと爆豪の機嫌は急降下していった。

 

「あ! 八木さん!」

「お、緑谷少年。君も同じクラスか」

 

 次いで、父の後継者である緑谷も出現。

 その後に入ってきた麗らかな感じの少女を入れて、席の数と同数の人数が教室に揃った。

 自分を含めて、合計21人。

 それが、これから一年間を共にするクラスメイト達だ。

 必要ではあっても興味の無いヒーロー免許を取る作業は面倒そうだが、彼らと共に青春を謳歌できるなら、悪くない学校生活になりそ……。

 

「お友達ごっこがしたいならよそへ行け」

 

 そんな気分は、現れた担任教師(相澤)によってぶっ壊された。

 

「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」

 

 そして、有無を言わさず教室から連れ出される。

 連れ出された先のグラウンドで告げられたのは……。

 

「「「個性把握テスト!?」」」

「入学式は!? ガイダンスは!?」

「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事に出る時間無いよ」

「おっふ……」

 

 容赦の無い相澤に、魔美子は乾いた笑いを浮かべるしかない。

 そうだった。

 ここは滅茶苦茶なシステムで有名な、雄英高校ヒーロー科だった。

 せめて全教師がプロヒーローで構成されている雄英の管理下でないと、ヒーローという表舞台への進出を許さんとか言って、この学校以外の進路を潰してくれやがったヒーロー公安委員会め、許さん。

 

「爆豪、中学の時、個性無しのソフトボール投げ、何メートルだった?」

「67メートル」

「じゃあ、個性ありでやってみろ」

 

 魔美子が黄昏れている間にも、話は進んでいた。

 ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50メートル走、持久走、握力、反復横飛び、上体起こし、長座体前屈。

 中学までは個性禁止でやっていた体力テストを、ここでは個性ありでやる。

 先発は不良少年こと、爆豪のソフトボール投げから。

 

「死ねえ!!」

 

 物騒な掛け声と共に、掌から発生させた大爆発によって吹き飛んでいくソフトボール。

 記録は、705.2メートル。

 

「まずは自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

「なんだこれ! すげー面白そう!」

「705メートルってマジかよ!」

「個性思いっきり使えるんだ! さすがヒーロー科!」

 

 生徒達は大盛り上がりだ。

 基本的に、個性の無断使用を禁じて回っている超常社会。

 魔美子のような、縛りつけることで明確なデメリットが生じる個性でなくとも、生まれついての自分の力を使うなと言われて育てばストレスを感じる。

 それを思いっきり解放できるとあって、生徒達のテンションは高いのだ。

 

「……面白そう、か」

 

 ただ、それは相澤の気に障ったようで。

 

「ヒーローになるための3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 

 顔が中々に怖いことになっていた。

 

「よし。トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

「「「はぁああああ!?」」」

 

 そして、大分滅茶苦茶なことを言い出した。

 

「自然災害、大事故、身勝手なヴィラン達。いつどこから来るかわからない厄災。日本は理不尽にまみれている。

 そういうピンチを覆していくのがヒーロー。

 放課後マックで談笑したかったならお生憎。これから三年間、雄英は全力で君達に苦難を与え続ける。

 プルス・ウルトラさ。全力で乗り越えてこい」

 

 ニヤリと笑う相澤。

 最初の苦難を前に、魔美子は弟弟子のような存在である少年に目を向けて「緑谷少年、大丈夫かなー」と思った。

 

 現状100か0かでしか個性を使えず、100を使えば体がぶっ壊れてしまう未熟な緑谷少年。

 怪我自体は優秀な看護教諭の個性で治せるとはいえ、一回使ったらぶっ倒れるような体たらくを、この厳しい先生が許してくれるわけがない。

 案の定、緑谷はそれを察して冷や汗をかいていた。

 彼にとっては、いきなりドデカい受難である。

 

「ようこそ。これが雄英高校ヒーロー科だ」



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8 個性把握テスト

 個性把握テスト。

 第一種目:50メートル走。

 

「3秒04」

「5秒58」

「4秒13」

 

 1年A組の生徒達は、個性を活かして常人以上の記録を出していた。

 種目に個性が合わない生徒も当然いるが、8種目のうちのどれかでは活かせるだろう。

 活かせなさそうなのは『透明人間』という、このテストには一切関係ない個性を持っている女の子と、あとは……。

 

「緑谷出久、7秒02」

 

 体をぶっ壊さなければ元の無個性と変わらない緑谷だけだ。

 

(こりゃ、透明の子と最下位争いかなー。頼むぜ、緑谷少年。パパを早く引退させるためにも、こんなところで落ちてくれるなよ)

 

 大分焦っている緑谷を見ながら、魔美子は心の中でエールを送った。

 いつものごとく、別に緑谷のことを気づかったわけではない、自分本位な理由による応援だったが。

 

「次、八木」

「はーい」

 

 そんなことを考えている間に、魔美子の順番が回ってきた。

 

「八木、お前もちゃんと個性使えよ」

「……戦闘で発散できないと溜まっていくんですけど」

「もちろん、発散は後でさせてやる。だが、それはそれとして、お前も自分の最大限を知らなければならない」

「最大限を引き出したら暴走しますよ?」

「暴走しないと自分で確信できる範囲での話だ。そこがお前の『ヒーローとしての最大限』だからな」

「あ、なるほど」

 

 ヒーローとしての最大限。

 中々に言い得て妙だ。

 

「それじゃ、遠慮なく」

 

 スタートラインに立ち、魔美子は個性を使った。

 8種目もやるのなら、色々と温存しなければならない。

 安全マージンを考えれば、数日はそのままでも問題なく我慢できる範疇での力の解放に留めておくのが良いだろう。

 

 個性解放部位『左足』 出力60%

 

「『デビル・ダッシュ』!!」

 

 スターティングブロックを破壊するほどの踏み込みでダッシュ!

 50メートルなど、悪魔の身体能力なら一歩で踏み越えられる。

 記録は……。

 

「0秒28」

「「「0秒台!?」」」

 

 クラスメイトの中でも頭一つ抜けているどころではない異次元の記録に、驚愕の視線が魔美子に集中した。

 

「さすが、ヘドロ事件の英雄にして入試一位……! この分野ですら足下にも及ばないとは……!」

「やば過ぎだろ、八木!? オールマイト並みの身体能力なんじゃね!?」

「クソがぁぁ!!」

「…………」

 

 集まる視線の種類は様々。

 驚愕、畏怖、称賛、憧憬、憤怒。

 特に不良少年と、紅白に分かれた髪の少年の視線が強い。

 なお、緑谷や相澤に関しては「知ってた」って感じの反応だ。

 

 

 第二種目:握力

 

 個性解放部位『右手』 出力60%

 

「あ……」

 

 バキッという音がして、握力計が砕け散った。

 

「「「壊れたぁ!?」」」

 

 八木魔美子。

 記録:計測不能。

 

 

 第三種目:立ち幅跳び

 

「ふぉおおおおおおお!!」

 

 クラスの中でもひときわ小柄な男子が歓声を上げた。

 何故か?

 この種目のために、魔美子が体操服の上を脱いだからだ。

 

「平均的な身長に実る、黄金比のナイスおっぱ……ぶげっ!?」

 

 エロい視線の感想には、デコピンによる衝撃波の遠距離攻撃で制裁した。

 なお、体操服の下は下着ではなく、背中(というより肩甲骨)を露出するデザインのちゃんとした服だ。

 それでも、体操服に比べれば体のラインがハッキリ出ているので、服を脱ぐという仕草と合わせてイケるという男子は、制裁された男子一人ではなかった。

 それはともかく。

 

 個性解放部位『翼』 出力1%

 

「「「飛んだぁ!?」」」

 

 八木魔美子。

 記録:計測不能

 

 

 第四種目:ボール投げ

 

 個性解放部位『右腕』 出力60%

 

「せいやぁ!」

 

 ボールは雄英の敷地外にまで飛んでいった。

 八木魔美子。

 記録:5600メートル

 しかし、この種目では魔美子以上の記録を出す猛者がいた。

 

「せい!」

 

 麗日お茶子。

 記録:∞

 

(むげん)!?」

「すげぇ! ∞が出たぞ!」

「初めて八木の記録を超えたぁ!!」

 

 麗日お茶子

 個性『無重力(ゼログラビティ)』。

 触れたものを無重力状態にできる。

 それによってボールを無重力状態にして投げた結果が、記録∞だ。

 これには魔美子も驚いた。

 驚いたついでに、初めて自分を打ち負かしたライバルに握手をしに行った。

 

「やるな! 麗日少女!」

「え!? あ、その!?」

 

 ぶっちぎりの超人から握手を求められ、麗日は慌てた。

 慌てたが、最終的には普通に握手に応じて照れていた。

 ここに女同士の友情のようなナニカが生まれたような気がする。

 一方、

 

(ダメだ……! 調整ができない……!)

 

 緑谷はワンフォーオールを体を壊さない程度の出力で使おうとするも、まるでできずに焦っていた。

 

(皆一つは大記録を出してるのに……! もう後が無い!)

 

 緑谷は覚悟を決めた。

 我が身を傷つけてでも、ここで勝負をかけるしかないと。

 そして、

 

「46メートル」

「なっ!?」

 

 自爆覚悟で個性を使おうとしたのに、発動しなかった。

 

「個性を消した」

 

 それをやったのは担任教師、相澤消太こと、抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』。

 個性『抹消』

 凝視している間、視た者の個性を抹消する。

 その力を使って、緑谷のワンフォーオールを一時的に使用不能にしたのだ。

 

「見たとこ、個性を制御できないんだろ? また行動不能になって誰かに助けてもらうつもりだったか?」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「どういうつもりでも、周りはそうせざるを得なくなるって話だ」

 

 相澤は緑谷に厳しい言葉を投げかけた。

 一人を助けてデクの坊になるだけの個性。

 緑谷出久。お前の力じゃ……。

 

「ヒーローにはなれないよ」

 

 視線を外して瞬きし、相澤は抹消を解除した。

 ボール投げは2回。早く済ませろと言う。

 

(やばいんじゃないの? 緑谷少年)

 

 絶対絶命。

 玉砕覚悟で全力を出しても、萎縮して最下位に収まってもダメ。

 どっちに転んでも見込み無し。

 調整して体に合った出力が出せれば万事解決だが、ここまでそれをやろうとしてできなかったからこその今だ。

 そんな中、緑谷が選んだ道は……。

 

「スマッシュ!!!」

 

 指一本だけでワンフォーオールを発動し、指一本の犠牲で超人に相応しい記録を出した。

 緑谷出久。

 記録:705.3メートル。

 

「まだ、動けます……!」

「こいつ……!」

 

 相澤の顔が変わる。

 見込みなしと判断する冷たい目から、多少なり光るところを見つけたような表情に。

 それを見て、魔美子はホッと息を吐いた。

 そして、今のを見て顔色を変えた者がもう一人。

 

「!!? どーいうことだコラ!! わけを言えデクてめぇ!!」

「うわぁああああ!?」

 

 顔色変えるどころか、掌を爆発させながら緑谷に突撃する不良が1名。

 すぐに相澤によって捕縛された。

 

「ったく、何度も個性使わすなよ。俺はドライアイなんだ」

 

 そんなことを言う相澤によって制圧されるも、心の荒ぶりまでは沈められず、凄い目で緑谷を睨みつける爆豪。

 またひと波乱ありそうだなぁと、魔美子は興味を失った様子でアクビをしながらそう思った。

 青春イベントに興味はあるが、他人のイベントにそこまでの興味は抱けない。

 彼女の興味はいつだって、父か自分のことだけだ。

 

 

 

 その後、普通に全種目を終了。

 魔美子は相変わらず規格外の記録を連発し、一方で緑谷は指の痛みで酷い記録を出してしまった。

 全部見ていた魔美子の計算では、トータル最下位は緑谷だ。

 

「ちなみに、除籍は嘘な」

「「「…………は!?」」」

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

「「「はぁーーーーー!?」」」

 

 ということで、緑谷除籍の危機は去った。

 相澤が途中で態度を変えたのを見て大丈夫そうだとは思っていたが、ちゃんと言質も取れてホッとする魔美子。

 これで父の引退遠退きの危機も去った。

 

 そんな感じで、入学初日のしょっぱなから訪れたドデカい試練、個性把握テストは幕を閉じた。



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9 コスチューム

「わーたーしーがー!! 普通にドアから来た!!」

 

 入学2日目。

 午前は普通の授業をして、午後のヒーロー基礎学の時間。

 新米教師の父が、とうとう教壇に立つ日がやってきた。

 

「オールマイトだ! すげぇや! 本当に先生やってるんだな!」

「シルバーエイジのコスチュームだ! 画風が違いすぎて鳥肌が!」

 

 生徒達は大興奮だ。

 皆の憧れ、国民的英雄であるナンバー1ヒーローが目の前にいて、しかも教えを授けてくれるのだから、そうなるのも無理はないだろう。

 娘である魔美子は、そんな父の雄姿を見てドヤ顔を……することなく、父が無事に授業をやり切れるのかどうか、ハラハラしながら見守っていた。

 娘というより、保護者の思考回路だ。

 

 なお、魔美子がオールマイトの娘だというのは秘密である。

 自分の過去や本性が、平和の象徴への信頼に影を落としてしまうだろうことはよくわかっているから。

 

「ヒーロー基礎学! ヒーローの素地を作るため、様々な訓練を行う課目だ!」

 

 そんな魔美子の前で、心なしか力の入ったオールマイトが説明を続ける。

 娘に良いところを見せたいのかもしれない。

 

「早速だが、今日はこれ! 戦闘訓練!」

「戦闘……訓練……!」

「そして、そいつに伴って、こちら! 入学前に送ってもらった個性届と要望に沿ってあつらえた、戦闘服(コスチューム)!」

「「「おおお!」」」

 

 コスチュームと戦闘訓練。

 入学2日目にして、早速ヒーローっぽいこと筆頭が出てきた。

 ヒーローに憧れて入学してきた生徒達のテンションはうなぎ登りである。

 

「格好から入るってのも大切なことだぜ、少年少女! 自覚するのだ! 今日から自分はヒーローなんだと!」

 

 各々がコスチュームに着替え、グラウンドに出る。

 格好だけならプロと大して変わらない、機能とカッコよさを両立した服装。

 

「さあ、始めようか! 有精卵ども! 戦闘訓練のお時間だ!」

 

 そうして、オールマイトの初授業は始まった。

 

「あ、デクくんカッコイイね! 地に足ついた感じ!」

「麗日さ……うぉぉ……!?」

 

 少し遅れて来た緑谷が、体のラインがハッキリ出るスーツに身を包んだ麗日を見て目を見開いた。

 健全な男子の反応だ。

 

「デクくん? いつの間にあだ名で呼ばれるようになったんだい、緑谷少年?」

「八木さ……おぉぉ……!?」

 

 今度は魔美子のコスチュームが目に入ってしまった緑谷。

 胸の周辺のみを隠す黒いチューブトップ。

 腰回りにはショートパンツ。

 あとは頑丈そうな靴と、いつも着けているチョーカーくらいしか身に着けていない。

 肌の露出がクラスで1、2を争うほど多い。

 

 背中から翼だの尻尾だのが生えてくるから後ろ側は露出している必要があり、かといって前だけ完全に隠すというのもバランスが悪いし、そもそも肉体がバカみたいに頑丈なので、修復とかが面倒なコスチュームは最低限の方が良いという、魔美子なりに考えた格好なのだが、健全な男の子の目には悪い。

 ついでに、お父さんにとっては気が気ではない。

 要望は割と適当そうにサラサラ書いていたからシンプルなデザインなのかなと思いきや、まさかの露出度マックスだ。

 

(変な虫がついたらどうするの!?)

 

 それがお父さんの胸中を締める感情の全てである。

 

「ヒーロー科最高!」

「峰田少年……! それはヒーローとして褒められた態度ではないなぁ……!」

「ひっ!?」

 

 個性把握テストの時も魔美子にエロい視線を送っていた小柄な男子に、最強の男の殺気が突き刺さった。

 下手したら宿敵を前にした時以上の殺気に、峰田の膝はガタガタと震え始め、おしっこを漏らしそうになる。

 が、そこでオールマイトはハッとした。

 ちょっとおいたが過ぎるとはいえ、それでも今のところは無罪な少年を再起不能にするわけにはいかない。

 

「んっんん! 良いじゃないか、皆! コスチューム、カッコイイぜ!」

 

 オールマイトは話を戻した。

 それと、後で絶対に娘を説得してコスチュームを変えさせようと誓った。

 

「先生! ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!」

「いいや! もう二歩先に踏み込む! 屋内での対人戦闘訓練さ!」

 

 入試でも質問をぶつけていた眼鏡の男子(今はフルフェイスのアーマーで眼鏡が見えない)がぶつけてきた質問に、オールマイトはハキハキと答える。

 ヴィラン退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば屋内の方が凶悪ヴィラン発生率は高い。

 真に賢しいヴィランは屋内(やみ)に潜む。

 それと戦う術を身につけるための、屋内戦の授業。

 

「基礎訓練も無しにですか?」

「その基礎を知るための実践さ! ただし、今度はぶっ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ!」

 

 そこでオールマイトはチラッと魔美子の方を見た。

 娘はわかってるとばかりに軽く頷く。

 もう既に、かなりめんどくさそうな顔をしていたが。

 窮屈な授業になると見て、やる気を失ったらしい。

 もうちょっと頑張ってくれ。

 

「いいかい? 状況設定はヴィランがアジトに『核兵器』を隠している。ヒーローはそれを処理しようとしている。

 ヒーローは制限時間内にヴィランを捕まえるか、核兵器を回収すること。

 ヴィランは制限時間まで核兵器を守るか、ヒーローを捕まえること」

 

 長かったのでカンニングペーパーを見ながらアメリカンな設定を説明するオールマイト。

 カンペに頼る父の様子を見て娘が緊張感を取り戻し、ハラハラとした様子に戻った。

 こんなことで気合いを入れ直されても……。

 

「形式は2対2のチーム戦! コンビ及び対戦相手はクジだ!」

「適当なのですか!? ……って、2対2? A組は21人なので、一人余るのでは!?」

「大丈夫! そこは考えてある!」

 

 フルフェイス眼鏡の質問ラッシュ。

 だが、これは大分重要なところだったので、カンペに頼らずとも答えられる。

 

「1チームは魔美ちゃ……げふん! 八木少女の単独チームだ! そして、対戦相手は2チーム! 八木少女には合計4人を一度に相手してもらう!」

「「「なっ!?」」」

 

 とんでもない解決方法を提示されて、クラス一同に激震が走った。

 特に魔美子に対して最も敵愾心というか、劣等感を持っている爆豪の表情がもうやばい。

 

「オ、オールマイト先生! それはさすがに特別扱いが過ぎるのでは!?」

「私もそう思う! しかし、彼女はそれくらいに特別なのだ!」

 

 今度は高校生とは思えない発育の、しかも魔美子と並んで露出度の高い女子からの質問。

 これにもオールマイトはちゃんと答えた。

 

「ヘドロヴィランの一件による個性無断使用と傷害罪で立ち消えになってしまったが、彼女は元々『特待生』として入学する予定だった。

 昨日の相澤くんの個性把握テストを見てもわかるように、彼女の単純な基礎スペックは学生レベルどころか、プロのトップレベルに匹敵する。

 もちろん、現状は基礎スペック頼りで、足りないところが山のようにあるから君達と共に学ぶわけだが、こういう生徒同士のバトルにおいては特別扱いしなければならないのさ!

 何故なら、普通に授業に組み込んだらパワーバランスが崩壊してしまうからね!」

「「「ッ!?」」」

 

 凄まじい回答にクラス一同は絶句し、同時に昨日のイカれた記録の数々を思い出して納得した。

 確かに、普通に戦ってあれを打倒するヴィジョンは全く浮かばない。

 しかし、理屈はわかっても感情は別。

 特に自尊心の塊である爆豪あたりは爆発しかけていた。

 

「思うところも言いたいこともあるだろうが、そこは先生側も『自由』な校風を売り文句とする雄英だからで納得してほしい!」

 

 ちなみに、この台詞は校長からの受け売りである。

 新米教師に、この状況で生徒達を黙らせる言い方を考えろというのは、さすがに無理だった。

 

「で、では、元気良く行ってみよう! レッツくじ引きタイム!」

 

 生徒の何人かが放つ不穏な様子にビクビクしつつ、無理矢理テンションを上げてくじ引きを始めるオールマイト。

 結果、チーム分けはこんな感じになった。

 

Aコンビ 緑谷、麗日

Bコンビ 轟、障子

Cコンビ 八百万、峰田

Dコンビ 爆豪、飯田

Eコンビ 芦戸、青山

Fコンビ 口田、佐藤

Gコンビ 耳郎、上鳴

Hコンビ 常闇、蛙吹

Iコンビ 葉隠、尾白

Jコンビ 切島、瀬呂

Kコンビ(?) 八木

 

「続いて最初の対戦相手はこいつらだ!

 『Bコンビ』がヒーロー! 『Kコンビ』がヴィラン! って、いきなり魔美ちゃん来たな。

 というわけで、ヒーローにもう1チーム! 『Dコンビ』だ!」

 

 ヒーローと書かれた箱と、ヴィランと書かれた箱に手を突っ込み、そこからオールマイトがアルファベットの書かれたボールを取り出して対戦相手を決定した。

 なお、サラッと魔美ちゃん呼びが飛び出したところで、魔美子は天を仰ぎたくなった。

 無事に卒業するまで秘密を守れる気がしない。

 

「クソ女ぁ!!」

「特待生のお手並み拝見させてもらうぜ……!」

 

 そして、対戦相手となった2チームにも大分問題がありそうだった。

 爆豪のいるDコンビは言うまでもなく、Bコンビの紅白の髪の少年『(とどろき) 焦凍(しょうと)』も、何やら粘ついた殺気のようなものを向けてきている。

 壊すのもダメ、大怪我させるのもダメ、衝動発散のサンドバッグにするのは絶対ご法度なクラスメイトにそんな目を向けられても困るだけだ。

 

「爆豪くん! 昨日から思っていたが、女性をそんな呼び方してはダメだ!」

「轟も落ち着け。訓練で出す殺気じゃないぞ」

「……悪ぃ。気をつける」

 

 救いはお互いのパートナーはまともっぽいところか。

 爆豪のパートナー、フルフェイス眼鏡の『飯田(いいだ) 天哉(てんや)』は必死に爆豪を宥めようとしてくれているし。

 轟のパートナー、マスクで口元を隠した異形型個性の巨体男子『障子(しょうじ) 目蔵(めぞう)』は冷静に轟を諌めている。

 爆豪は聞く耳を持っていないが、轟の方はまだ忠言を聞き入れる余地があったようで、対戦前に少しは頭を冷やした様子だった。

 

「ヴィランチームは先に入ってセッティングを! 5分後にヒーローチームが潜入でスタートする! 他の皆はモニターで観察するぞ!

 ぶっちゃけ、不穏な空気でおじさん怖いけど、無理にでもテンション上げてけ!」

 

 オールマイトが頑張って場の空気を明るくしようとする中、戦闘訓練はスタートした。



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10 戦闘訓練!

(あー、ダルい)

 

 たった一人のヴィランチームとして対戦場所のビルに入った魔美子は、対戦相手の様子を思い浮かべて、あまりのめんどくささに顔をしかめた。

 爆豪のあれも、日常で相手をする分にはいい。

 不良に絡まれるのは青春のスパイスだ。多分。

 だが、相手に大怪我をさせないように気を使いながらの戦闘訓練で向き合うのなら、面倒なことこの上ない。

 彼女が戦闘に求めているのは、破壊衝動を気持ち良く発散できるサンドバッグだけなのだ。

 

(でも授業だし、真面目にやらなきゃダメか。嫌いな勉強を頑張るのも青春の醍醐味って、どこかのコミックに書いてあったし)

 

 パンパンと頬を叩いて、魔美子は気合いを入れ直した。

 そして、与えられた5分の猶予時間の間に準備を開始。

 とはいえ、究極の脳筋の娘として育った彼女だ。

 小細工に頼るような戦闘は好みじゃないので、今回も事前にやることなど殆ど無い。

 

「『クリエイト・サモンゲート』」

 

 せいぜい、核兵器(ハリボテ)の護衛として使い魔を出しておくくらいが関の山。

 使い魔は数と質を高めるほど、溜まっていく破壊衝動も増える。

 今回はそれを最低限に抑えるべく、一般人に毛が生えた程度の身体能力の使い魔を、敵チームと同数の4体召喚するに留めた。

 この程度なら、うっかり殺さないように手加減する時の支障にはならないだろう。多分。

 

『屋内対人戦闘訓練、開始!!』

 

 耳に装着した小型無線を通して父の声が聞こえてきた。

 次の瞬間、ビル全体を冷気が包み込んでいく。

 轟の個性だ。昨日の個性把握テストで見た。

 一瞬にしてビル全体を凍りつかせるとは、かなり強力な個性。

 

「おお」

 

 魔美子は思わず感嘆の声を上げた。

 出力だけなら下手なヴィランより、よっぽど強い。

 彼が壊していいヴィランだったら、さぞ張り合いがあったことだろう。

 

(普通の人なら、足が凍りついて行動不能。これだけで試合終了だったね)

 

 そんなことを思いながら、魔美子は凍りついた足を強引に動かして氷を割る。

 使い魔達も足が損傷するのを全く厭わずに、魔美子と同じように足下の氷を割る。

 常人なら足の皮が剥がれているところだが、エネルギーの塊に過ぎない使い魔に痛覚なんて無いので問題ない。

 

(ここで待ち構えてもいいけど……)

 

「いいや。行っちゃえ」

 

 魔美子は使い魔達を核兵器の部屋に残して、行動開始。

 確実に勝ちたいのなら、最高戦力(じぶん)が核兵器から離れた隙を狙われないように待ち伏せするのが上策だが、寒い中で敵が来るまで待つのが嫌だった。

 この程度の寒さで不調をきたすような体ではないとはいえ、それでも寒いもんは寒い。

 

「よっと」

 

 部屋の窓から飛び出して、階下へと落下。

 まずは一階に降りて、恐らくは侵入してきたばかりで一階にいると思われる侵入達を探す。

 そう思っていたが、落下中に運良く二人も発見できた

 

「飯田少年に障子少年だったっけ? 外にいたんだね」

「「ッ!?」」

 

 魔美子はワンフォーオール20%に匹敵する力でビルの壁を蹴り、ビルの外にいた二人へ急接近。

 そのまま、まずはフルフェイス眼鏡こと飯田に接近し、彼に向けて拳を放った。

 万が一にも殺さないように気を使った手加減パンチだ。

 

「ぬぉぉ!!」

 

 だが、これを割り込んできた巨体の異形、障子が止めてみせた。

 握力500キロ越えの怪力を誇る彼は、手加減パンチごときでは倒れない。

 それどころか、障子は突き出した魔美子の右腕を掴み、拘束して封じ込めようとする。

 

「飯田!!」

「ああ! トルクオーバー! 『レシプロバースト』!!」

 

 障子が抑え、飯田が反撃。

 敵は圧倒的格上。

 それを相手に出し惜しみしている余裕は無いと見て、飯田は初手から奥の手を使い、障子が押さえてくれている魔美子に蹴りを放つ。

 

「ハァアアアアアアア!!」

 

 飯田天哉。

 個性『エンジン』。

 ふくらはぎに搭載されたエンジンによって、超スピードでの走行を可能とする。

 その個性の全力全開を無理矢理に引き出し、数秒後にエンストすることと引き換えに得た超スピードを威力に変換した蹴りが魔美子を襲う。

 

「重っ……!?」

 

 その予想外の速度と威力に、ガードに使った左腕が痺れる。

 これには魔美子も驚いた。

 初撃を受け止めた上に拘束までしてきた障子といい、所詮は学生、それも入学したてのヒーロー科1年生と相手を侮り過ぎていたかもしれない。

 宿敵の放ってきた刺客との戦いや、社会の裏側でこっそりとサンドバッグを探し歩いた経験から、ちょっと相手を下に見過ぎていた。

 これは反省しなければならないだろう。

 

「さすがは雄英。ヒーロー科の最高峰。優秀な人材が集まって当然ってことか」

 

 反省して相手の評価を上方修正し……まずは目の前の障子の腕を振り払った。

 

「!?」

 

 怪力による拘束を更なる怪力で強引に引き剥がし、自由になった右腕を腰だめに構える。

 

「君の頑丈さを見込んで強めにいくよ。防いでね!」

「ッ!?」

 

 そして、今度は手加減抜き(個性を使わない範疇で)の一撃が放たれる。

 

「『テキサス・スマッシュ』!!」

「かはっ……!?」

 

 ガードに使った両腕がへし折れ、そのまま突き進んだ拳が、障子の腹部に突き刺さった。

 内臓をシェイクされるような痛みに彼は膝をつき、立ち上がれない。

 その光景を見て、残った飯田も動揺してしまった。

 

「障子くん!?」

「つーかまーえた!」

「!?」

 

 動揺で動きが乱れた隙に、魔美子は飯田の肩に両手を置いて拘束。

 ニコッと笑いながら、コスチュームのアーマーに守られた飯田の腹に膝を叩き込んだ。

 

「ごふっ!?」

 

 その一撃で飯田も戦闘不能。

 魔美子は崩れ落ちた二人に、確保証明のテープを巻きつけた。

 これで二人はゲームオーバーで脱落だ。

 

「……思わず腕とか折っちゃったけど、大丈夫かなこれ」

 

 遅れてちょっと心配になる魔美子。

 雄英には治癒系の個性を持った優秀な看護教諭がいるし、父も戦闘が始まる前に「怪我を恐れず、思いっきりな!」と言っていたから大丈夫だとは思うが……やり過ぎ判定をされる可能性もある。

 

「ま、怒られたらその時だ。次行こう」

 

 倒れ伏す二人に背を向けて、魔美子はダッシュでビルの中へ。

 身体能力に任せて一階を高速で走り回り、そこで次の獲物を探した。

 まだバトル開始から1分程度しか経っていない。

 残る二人はまだ一階にいるだろう。

 その予想は当たり、数分としないうちに三人目を見つけた。

 

「来たな……! 八木……!」

「轟少年かー」

 

 見つけたのは紅白の髪をしていて、コスチュームで左側の赤髪をすっぽりと覆って見えなくしている少年、轟。

 彼は魔美子を見た瞬間、右半身から冷気を放出してきた。

 冷気は瞬く間に氷に変わり、避ける隙間の無いビルの通路を氷が埋め尽くす。

 

「『デトロイト・スマッシュ』!!」

 

 それを衝撃波の拳で粉砕。

 魔美子は氷壁をものともせず、速度を緩めずに轟に迫る。

 

「ッ……! まるでオールマイトだな……!」

 

 その言葉に少しドキリとした。

 超パワーが被ったのは偶然だが、戦法が似通っているのは、戦い方を教えてくれた師の一人が(オールマイト)だからだ。

 父のうっかりもあったし、早くもバレたかと疑った魔美子だが、轟の様子を見て、別にそういう感じではなさそうだと思い直した。

 

「凄い顔してるね」

 

 轟の顔は何故か、まるで親の仇でも見るような凄い形相だった。

 もしや、親子疑惑よりよっぽどヤバい秘密の方がバレてるんじゃないかと思わされる。

 

「私、君に何かしたかな?」

「……違ぇよ。これは俺の問題だ」

「そっか。安心した」

 

 質問をぶつけた時の轟の様子は、激昂して魔美子に怒りをぶつける感じではなかった。

 そういう反応になるということは、知らない間に彼の親の仇になっていたとかではないのだろう。

 冗談では済まないくらいにはその可能性があったので、割と本気でホッとした。

 これなら遠慮はいらないだろう。

 

「おおおおおおおお!!」

「『テキサス・スマッシュ』!!」

「ごはっ!?」

 

 氷の出力を上げてきた轟に対して、魔美子は凄い勢いで分厚くなり続ける氷の壁を力技で突破し、距離を詰めて、氷壁越しに轟に腹パンを放った。

 氷壁でかなり威力を削がれたが、それでも彼は障子と違って、耐久力に秀でているわけではない個性。

 ガード越しでも超パワーによる腹パンは効き、轟はゲロを吐きながら膝をついた。

 

「確保っと……おぉ!?」

「ま、だだ……!」

 

 しかし、その状態でも轟は氷の個性を使い、動かない体を無視して攻撃してきた。

 確保テープを巻く前に、氷結攻撃が魔美子を襲う。

 ゼロ距離にまで接近していた彼女は、避けられずに氷の中に閉じ込められた。

 

「ふん!」

 

 だが、魔美子はすぐに身じろぎして内側から氷を突き破る。

 そのまま伸ばした手で、轟のアーマーに守られた左の肩に手刀を叩き込み、今度こそ轟を戦闘不能にした。

 

「ちく、しょう……!」

 

 轟焦凍が倒れ伏す。

 彼は最後の最後まで負の感情に満ちたような顔をしたまま、痛みに耐えかねて気絶した。

 

「なんだったんだろう、この子。……というか」

 

 魔美子は己の露出した肌に意識を向ける。

 凍傷になっていて痛かった。

 氷に閉じ込められた時のダメージだ。

 傷はすぐに再生していく(・・・・・・)が、ダメージを食らったことに変わりはない。

 

「やっぱ、雄英舐めちゃいけないわー」

 

 そう呟きながら、轟に確保テープを巻く。

 これで三人。

 残るは不良ただ一人。

 

「お?」

 

 と、その時、魔美子はとある電波をキャッチした。

 魔美子が感じ取れる電波など一つしかない。

 それは……使い魔が倒された時の信号。

 

「マジかよ、不良少年。もう核兵器の部屋に辿り着いたんか」

 

 あの不良、思ったより遥かに優秀なようだ。

 彼の幼馴染である緑谷から多少は話を聞いていたが、才能マンという彼の言葉に間違いは無かったらしい。

 

「よっと!」

 

 魔美子は天井をぶち破って、最短距離で核兵器の部屋までダッシュした。

 戻った時には既に、使い魔は残り一体にまで減っていた。

 一般人程度の身体能力で生み出したとはいえ、痛みも疲労も感じずに襲いかかってくる使い魔は、下手なプロヒーローの手くらい煩わせられる自信があったというのに、この少年は。

 

「拍手でも贈ろうか? 見事なり、不良少年」

「クソ女ぁあああ!!」

 

 魔美子の姿を見た瞬間、爆豪は咆哮を上げながら、核兵器そっちのけで向かってきた。

 掌の爆破を推進力にして、結構なスピードで突撃してくる。

 

「それはちょっと無謀なんじゃないかな?」

「うるせぇえええ!!」

 

 爆豪は冷静さを欠いた様子で突撃を続け……腕に装着した巨大な手榴弾のような籠手を魔美子に向けた。

 もう片方の手で籠手に付いたピンを外した瞬間、凄まじい大爆発が魔美子を襲う。

 

「ッ!? な、なんじゃこりゃあ!?」

 

 今のは洒落にならなかった。

 咄嗟に拳を放って相殺したのに、個性無しの一撃では相殺し切れていない。

 魔美子の体に多少の火傷が刻まれた。

 おまけに、爆豪の体は今の大爆発の反動で後ろに吹っ飛び、核兵器に向かって一直線だ。

 

「うっわ、マジかよ。君、めっちゃクレバーじゃん」

 

 こっちを油断させてあの大爆発を叩き込むために、冷静さを失ったふりをした。

 その大爆発にしても、魔美子を倒すのが目的ではなく、一瞬でもこちらの動きを止めるのと、反動で吹っ飛ぶ超スピードを利用して、最後の使い魔の守りを振り切るのが狙い。

 爆豪勝己。

 中々どうして策士である。

 

「……このまま負けるのはシャクだな」

 

 まんまと相手の掌の上で踊ったまま終わるのは気に食わない。

 存外子供っぽい部分が色濃く残っていた魔美子は、使うつもりの無かった力に手を出した。

 

 個性解放部位『右足』 出力60%

 

「『デビル・ダッシュ』!!」

 

 個性把握テストでも見せた技。

 片足だけ個性を解放して、足場を粉砕するほどの踏み込みで一気に加速する。

 50メートル走を0秒台で走り抜けた超スピード。

 それを使ってもなおギリギリだったが……追いついた。

 

「クソが……!?」

 

 核兵器まであと少しというところで、爆豪は顔面を魔美子に掴まれた。

 彼女はそのまま爆豪の頭を地面に叩きつける。

 もちろん殺さないように、超加速の勢いも何もかも殺した上でだ。

 これがヴィランなら、そのまま全力で叩きつけてフィニッシュだったのだが。

 

「確保っと。いや本当に素晴らしかったよ、爆豪少年(・・・・)

 

 気絶する爆豪に、魔美子は心からの称賛を贈った。

 敗北まで、あと一歩だった。

 相手を舐めてかかって「寒いから」なんて理由で最善手を選ばず、個性も殆ど使わない舐めプと言われても仕方ない戦い方だったとはいえ、それでもここまで追い詰められるとは思わなかった。

 殺さないように、大怪我もさせないように気を使ったので、破壊衝動なんて欠片も発散できていない。

 なのに、結構楽しかった。

 サンドバッグにできない彼らとぶつかり合うなんて面倒なだけだと思っていたが、存外こういう青春も捨てたもんじゃないかもしれない。

 

「とりあえず、勝ったどー!」

 

 何はともあれ、ヒーローチームは全滅し、ヴィランチーム(一人)の勝利だ。

 凍りついたビルの中で、魔美子は勝利のスタンディングを決めた。



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11 振り返りの時間だ!

「さあ、振り返りの時間だ! ヒーローチームの最大の敗因が何か、わかる人!?」

「はい。オールマイト先生」

 

 魔美子が戻り、気絶した三人が保健室に運ばれた後。

 モニタールームにて振り返りが行われ、オールマイトの質問に発育の良い少女『八百万(やおよろず) (もも)』が解答した。

 

「最序盤にて爆豪さんが独断専行で突出し、轟さんも彼に続くように別行動を取ってしまったこと。

 あそこでバラバラにならず、バラバラになるにしても、ちゃんとした作戦を立てた上での行動をしていれば、いくら八木さんでも、もっと苦戦したはずです。

 彼女の動きにも粗が多く、直接戦闘はともかく、作戦は決して満点と呼べるものではなかった。

 正直、能力に任せたゴリ押しでした。つけ入る隙はいくらでもあったはずですわ」

「う、うん……。正解だよ、八百万少女」

「手厳しいー。でも、返す言葉も無いぜ」

 

 言いたいことを全部言われたオールマイトと、雑な戦い方をした自覚のある魔美子は揃って苦笑した。

 

「と、とりあえず、戦いは全て録画するから、保健室送りになっても後でちゃんと確認して反省すること!

 勝ったにせよ負けたにせよ、振り返ってこそ反省ってのは活きるんだ!

 魔美ちゃんも勝ったからといって慢心しないこと! 八百万少女の言う通り、反省点の多い戦いだったということを自覚してね!」

「はい。わかりました、オールマイト『先生』」

「あ……」

 

 態度が完全に父親モードになっていたことを自覚して、オールマイトは冷や汗をかいた。

 しかし、時既に遅し。

 生徒達は好奇心に満ちた目で、オールマイトと魔美子を見ていた。

 

「『魔美ちゃん』! 名前呼びの上に、ちゃん付け!」

「もしかしなくても、二人って昔からの知り合いだったりするんすか!?」

「ケロ。超パワーの個性も似てるし、親戚とか?」

「デクくん! 八木さんと仲良かったよね? 何か知らない?」

「え、えぇっと……」

 

 マズい。

 緑谷にまで追求が及び始めた。

 ワンフォーオールの秘密の重要性は魔美子とて理解している。

 そして、緑谷とは約1年、父とは10年以上の付き合いがある魔美子は、こいつらの嘘の下手さをよく知っていた。

 よく今まで秘密を守ってこれたなってくらい、全部顔と態度に出るのだ。

 

(……仕方ない)

 

 魔美子は覚悟を決めた。

 ポンコツ✕2が口を滑らせる前に、せめて被害を最小限にしておかなくては。

 ここにクラスメイト達しかいなくて良かった。

 バレてもここで情報を遮断できる。

 誰かが口を滑らせたとしても、自分達や学校側が徹底して否定すれば、ただの噂として処理できる……はずだと信じて。

 

「バレてしまっては仕方がない。真実を話そう」

「魔美ちゃん!?」

「パパ、残念ながら、もう手遅れなんだよ」

「「「パパ!?」」」

 

 クラスメイト達が驚愕の視線をオールマイトと魔美子に向ける。

 半ば予想していたとはいえ、やはりこの情報のインパクトは凄まじい。

 プライベートの一切が謎に包まれたナチュラルボーンな平和の象徴に、娘がいたなんて大ニュースは。

 

「そう。私こそがオールマイトの娘、八木魔美子だよ。この情報はここだけの秘密にしといてね。マスコミに騒がれるのは嫌だから」

「お、おう! わかった!」

「ケロ。追求しておいてなんだけど、二人が嫌がるようなことは絶対にしないから安心して」

「俺達、ヒーローだからな!」

 

 よし。

 これでワンフォーオールや魔美子の過去の方に追求の手が伸びることは無いだろう。

 隠したい秘密があるのなら、他のビッグニュースで覆い隠してしまうというのは有効な手だ。

 ついでに、魔美子↔緑谷の繋がりはヘドロ事件のおかげでクラスメイト達に知られているので、緑谷↔オールマイトの繋がりを上手いこと自然に見せてくれるカモフラージュになるだろう。

 災い転じてなんとやら。転んでもタダでは起きない。

 

「魔美ちゃ……」

「学校では教師と一生徒ですよ、オールマイト先生」

「あ、はい」

 

 しゅんとなるオールマイト。

 それを見て、生徒達はこの親子の力関係をなんとなく悟った。

 

「さ、さーて! 気を取り直して第二戦に行くぞー!」

「「「おおー!」」」

 

 ビッグニュースを掴んでテンションが上がったおかげで、第一試合前に漂っていた不穏な空気は完全に払拭された。

 まあ、不穏な空気を放っていた筆頭の二人が保健室に隔離されただけとも言うが。 

 この後の授業は特に何事もなく進み……授業が終了した後、オールマイトは不穏二人組のケアのために保健室へと向かう。

 しかし、その時には不穏の片割れである爆豪の姿が、保健室のベッドから忽然と消えていた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「かっちゃん!!」

 

 放課後。

 校門に向けて歩く爆豪の姿を、たまたま教室の窓から見つけることに成功した緑谷は、反射的に駆け出して、その背中に声をかけていた。

 彼をイジメていた頃の、自尊心に満ちていた頃とはまるで違う、少し俯いた背中に。

 

「……なんだよ、デク。俺を笑いに来たのか?」

 

 振り返った爆豪が緑谷を睨む。

 だが、その目にいつもほどの黒い覇気は無かった。

 

「ああ、そうだ。テメェも個性を隠してやがったな。殆ど個性使わなかった、あのクソ女みてぇに」

 

 爆豪の声は……震えていた。

 

「なんなんだよ、あいつは。ヘドロの時といい、今回といい……俺はあいつの足下にも及ばなかった。

 あのオールマイトみてぇなパンチも使わせられなかった。

 直接対決じゃ勝てねぇってビビって、プライド捨ててルール勝ちなんざ狙って、それでも簡単に踏み潰された。

 なんなんだよ。ホントに、なんなんだよ、クソが」

 

 歪んだ天才に刻み込まれた、初めての完全敗北。

 悔しかった。

 いや、悔しいなんてもんじゃなかった。

 あれだけ嫌って蔑んでいた緑谷(デク)相手に、こんな弱音みたいな台詞を吐いてしまうほどに、情緒がバグっているのを感じる。

 

「なぁ、デク。テメェの個性も派手だったよな。指一本でとんでもねぇパワー。出力だけなら、あのクソ女に匹敵するんじゃねぇか?」

 

 そして、爆豪の意識は緑谷にも向いた。

 

「なぁおい。俺を騙してたのか? 無個性なんて言って、俺をコケにして楽しかったか?」

「違う!!」

 

 その言葉に、緑谷は強く反発した。

 そんな風に思ってほしくなかった。

 見下されて、イジメられて、踏みつけられて……それでも、ずっと凄いと思って見上げていた彼にだけは。

 

「……人から授かった個性なんだ」

 

 緑谷出久は、爆豪勝己を嫌な奴だと思っている。

 嫌な奴だけど、凄い人だと思っている。

 目標も、自信も、体力も、個性も、自分なんかより何倍も凄い。

 昔から、その背中をずっと見てきた。

 ずっとずっと、嫌でも見せつけられてきた。

 長年に渡って熟成されてきたその思いが、彼の口を滑らせた。

 

「まだロクに扱えもしない、全然ものにできてない『借り物』の個性。

 でも、いつかちゃんと自分のものにして『僕の力』で君を超えたい」

 

 凄い爆豪勝己に勝ちたい。

 それが今の緑谷出久の願い。

 追いつくことを諦めてしまっていた相手に、今度こそ追いついきたい。

 だから、

 

「だから、そんな顔しないでよ!! 君は嫌な奴で、それでも認めざるを得ない凄い奴のままでいてほしい! 僕は、そんな君に勝ちたい!!」

 

 弱ってる爆豪なんて驚天動地のものを見たからか、いつもならビビって言えないような挑戦的な言葉が、スルッと口から出てきた。

 スルッと出てきた、緑谷出久の本心だった。

 それを聞いて、爆豪勝己は……。

 

「ッ……!」

 

 情けなくも弱り切った己に活を入れるように、自分で自分の頬を殴り飛ばした。

 

「クソッ……! クソが……! デクのくせに、クソ生意気なこと言いやがって……!」

 

 口の中で血の味がする。

 今のパンチで、口の中を切ってしまったのだろう。

 最悪の味だ。

 憤死しそうなほどの悔しさの味だ。

 

「言われるまでもねぇんだよ!! 俺がいつ諦めるっつった!? こっからだ!! いいか!? 俺はここで、一番になってやる(・・・・・)!!

 あのクソ女も超える!! オールマイトも超える!! テメェになんざ影も踏ませねぇ!!」

 

 爆豪は緑谷から視線を外し、前を向いた。

 校門の方角という意味ではない。

 乱暴に涙を拭って、折れそうな心を奮い立たせて、未来(まえ)を向いたのだ。

 

「勝てるもんなら勝ってみろ!! 振り払って駆け抜けてやるよ!!!」

「……うん!!」

 

 そうして、爆豪勝己は立ち直った。

 急いで保健室を飛び出し、二人のやり取りを見つけるも介入するタイミングを逃し、ひっそりと息を殺して眺めていたオールマイトは、それを見て一言。

 

「…………教師って難しい」

 

 爆豪をどう導いて立ち直らせればいいのかわからずに苦悩していたのに、子供達は自分が何もしなくても勝手に前を向いてみせた。

 何もしないのが最善なんてパターンもあるとは、教師道は奥が深すぎて、新米教師の頭をパンクさせるばかりだ。

 

「轟少年の方はどうしよう……」

 

 まだ目を覚ましていない、もう一人のこじらせオーラの持ち主。

 多分、というか間違いなく、爆豪と同じ方法で立ち直らせることは不可能なんだろうなということはわかる。

 生徒は一人一人違う人間で、過去も人間関係も全く違うのだから、接し方に普遍的な正解など存在しないのだ。

 

「ホント、教師って難しい……」

 

 緑谷がワンフォーオールの秘密の一端を爆豪に話してしまったのも頭が痛い。

 幸い、彼らにとってはそれ以上の話題で上書きされた感じになっているが、それは結果論だ。

 ワンフォーオールの秘密が知れ渡れば、力を奪わんとする輩があふれかえることは自明の理。

 この秘密は社会の混乱を防ぐためであり、緑谷のためでもある。

 今回は誠実さが裏目に出た。

 次を生じさせないためにはどうしたらいいのか。

 

 新米教師の奮闘はまだまだ続く。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「なぁ、どうなると思う? ━━平和の象徴が、ヴィランに殺されたら」

 

 そして、その裏で。

 ヒーローが真に戦うべき相手が、社会の闇の中で生きる者達が動き出す。




・緑谷出久
肉体損傷『−1』
精神成長『−1』
腕を破裂させたりしてないで、健全な学生時代を送ってくれ。

・轟焦凍
焦り『+1』


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12 USJ

「追ってきたら、この裕福な家族ぶっ殺してやるからな! いいかぁ! 俺を追うなよ、ヒーローども!」

「ヒーロー! 助けてぇ!! せめて娘だけでも!!」

 

 とある朝の通学時間中。

 今日も今日とてヴィランが現れた。

 本日のは一家族を丸ごと抱きかかえて人質にしている、異形型の大男だ。

 犯罪発生率がマシになっているのという話はなんだったんだろうか。

 

「行かなくては!」

「行ってらっしゃーい」

 

 車から飛び出してからマッスルフォームに変身し、そのヴィランを退治しに向かう父。

 他のヒーローが少し苦戦していたが、ナンバー1の敵になるようなレベルではなく、首筋に手刀を叩き込まれてあっさりと気絶した。

 

「キャアア! 轢き逃げー!!」

「むむ!?」

 

 が、次の瞬間に飛び込んでくる、更なる事件の情報。

 オールマイトは躊躇なく、そっちの現場へと跳んだ。

 

「ごめん、魔美ちゃん! 先に行ってて!」

「いや、行っててじゃないよ」

 

 通話でそんなことを言われた瞬間、魔美子は長年の付き合いで察した。

 あ、これは次から次へと事件が連鎖して、全部に首を突っ込むパターンだなと。

 今日だって生徒の前ではマッスルフォームを維持して授業をしなくちゃいけないのに、いつもの調子だと活動限界を迎えるまで人助けに走りかねない。

 オールマイトとは、そういう人間だ。

 

「やっぱり、車に積んでおいて良かった」

 

 ヘドロ事件の反省を踏まえ、用意しておいた装備一式。

 歴戦を感じさせる傷だらけの厳ついヘルメット。

 肩幅をかなり大きく見せる上に、絶対にめくれないような工夫が施されたブカブカのローブ。

 靴底30センチもあるスーパーシークレットブーツ。

 魔美子のもう一つのコスチューム。

 車から降りて物陰でそれらを身に着ければ、彼女はあっという間に身長180センチを超える巨漢の男に変身した。

 

「隣町で立て籠もり事件があったらしいぞ!」

「むむ!?」

 

 その状態で父を追いかけてみれば、轢き逃げ犯を車ごと捕まえたところで、案の定次の事件に首を突っ込もうとしていた。

 

「私が行く!!」

「行かなくてよろしい」

「!?」

 

 次の現場に向かって飛び立った父に空中で追いつき、足で押して進路を変更。

 短時間なら人目を遮断できそうな、目立たないビルの屋上に強制着陸させた。

 

「オールマイト。貴様は己の現状を自覚せよ」

「ま、魔美ちゃ……」

「我が名は、Mr.キックブレイクだ」

「あ、はい……」

 

 Mr.キックブレイク。

 最低限人命を気にかけてこそくれるが、建造物等への被害は全く考慮せず、相対したヴィランに大怪我を負わせることも多い過激派自警団(ヴィジランテ)

 ヴィジランテとは、資格を持たない無免許の身でヒーロー活動を行うイリーガルヒーローのこと。

 魔美子の破壊衝動は、とてもではないが資格獲得まで我慢し続けることなどできるはずのない強烈なものであり、隔離施設(学校)で定期的にロボットとかを生贄に捧げても全然足りなかったため、大人達は苦渋の決断で、勝手に始めたこのヴィジランテ活動を黙認したのだ。

 

 ヘドロの時は変装する時間が無くて、顔出しでやらかしてしまったから大事になった。

 ならば、正体不明の男として暴れればいい。

 バレなきゃ犯罪じゃないのだ。

 

「貴様は早く車に戻って学校へ行け。放置できない事件を見かけたら我に連絡を入れろ。間違っても一人で突っ走り、活動可能時間を使い果たすような真似は許さん」

「そ、そこまでやる気は……」

「黙れ。前科が何件あると思っている?」

「……はい」

 

 己の過去の所業の数々を思い出してみれば、ぐうの音も出ない。

 オールマイトはうなだれた。

 

「で、でも、その格好での活動は、あまり褒められたことじゃ……」

「貴様を疲弊させるよりは遥かにマシだ。そうだろう? 平和の象徴?」

「……はい」

 

 自分が倒れることによる影響はよくわかっているオールマイト。

 やっぱり、ぐうの音も出なかった。

 

「車には服を着せた使い魔を監視役として残している。妙な真似をしたら……わかっているな?」

「ひぇ……!? は、はい!!」

 

 口調を変え、ヘルメットに搭載されたボイスチェンジャーによって改変された、威圧感たっぷりの厳格な老人のような声でオールマイトを恫喝するMr.キックブレイク(魔美子)

 オールマイトはその圧力に震え上がった。

 ヤンデレな娘に監禁されて寝るしかない生活のトラウマが蘇り、全身から冷や汗が噴き出してくる。

 

「よろしい。ではまず立てこもり事件とやらを終わらせてくるとしよう」

 

 そうして、Mr.キックブレイクは蹴りで生み出した衝撃波によって宙を駆け、隣町へと消えていった。

 

「魔美ちゃん、演技上手いんだよなぁ……」

 

 一方、オールマイトはそんなことを呟きながら、トボトボと車に戻っていった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「おはよー」

「あ、おはよう、魔美ちゃん!」

 

 父の代わりに事件を解決し、どうにかホームルームまでに登校することに成功した魔美子。

 本当に、犯罪発生率がマシになっているという話はなんだったんだろうか。

 朝からどっと疲れた。

 

「あれ? なんかお疲れ?」

「パパが朝からやらかして、その尻拭いをね」

「そ、そうなんだ……。オールマイトもやらかしたりするんやね」

「ナンバー1ヒーローなんて呼ばれてても、家ではただのおっさんだからねー。ワーカーホリックで家族サービスが少ないし、しょっちゅう何かやらかすし、父親としては正直微妙」

「あ、憧れが崩れてく……」

 

 魔美子と会話を弾ませているのは、ボール投げで負けた無重力女子こと麗日お茶子だ。

 入学から一週間以上が過ぎ、委員長決めなどいくつかのイベントを経た今、仲良くなったクラスメイトも何人かいる。

 初めての『友達』というやつに、地味に喜んでいる魔美子だったりするのだ。

 

「で? 緑谷少年は何あれ?」

「あ、なんか今朝のニュースで珍しいヒーローが出たとかで、オタクモード入っとる」

「Mr.キックブレイク。蹴り技オンリーの過激派ヴィジランテ。個性は多分脚力強化系。たまに見せる最高火力はオールマイトに準じるとまで言われてる超人。普段はヴィジランテらしく表舞台には滅多に出てこないのに、今回は立て籠もり事件なんて目立つ事件に正面から首を突っ込んだ。方針転換したのかな? いや、そっちも気になるけど、今は動画。滅多に出回らないイリーガルヒーローの戦闘シーンだ。脚力系とはいえ同じ超パワーの個性として参考にできる部分が必ずあるはず……」

 

 緑谷は凄いスピードをスマホを操作しながら、ブツブツブツブツと小声で呟き続けていた。

 地獄の修行編の時も割とよく見せていたオタクモードだ。

 ぶっちゃけ、かなり不気味である。

 爆豪にクソナード呼ばわりされるのもわかる圧倒的不気味さ。

 

 あと、彼は勘違いしている。

 Mr.キックブレイクが蹴り技オンリーで戦っているのは、纏っているローブから腕を出すと、見せかけの体格との違いで子供だとバレるからだ。

 だからこそ、スーパーシークレットブーツでごまかしの効く足技しか使わない。

 それが良い感じに魔美子本来の戦闘スタイルとの乖離になり、お偉いさん以外に正体がバレずに済んでいたりするのだが、まあ、そんなことを言うつもりもない。

 存分に的外れな考察をしてくれ。

 

「静かにして席につけ。ホームルームを始める」

 

 そうこうしている間に相澤が現れ、緑谷のオタクモードも強制解除。

 本日の授業が始まった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 午後。

 ヒーロー基礎学の時間。

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」

 

 つい先日に発生した、マスコミが雄英の敷地内にまで突撃してきた事件と、それを手引きした可能性の高いヴィランの存在。

 そのヴィランが何かしてくる可能性があるとして、念のための三人体制。

 

「はーい! 何するんですか?」

「災害水難なんでもござれ、人命救助(レスキュー)訓練だ」

 

(うげぇ)

 

 一番嫌いな課目がきて、魔美子は内心でテンションを下げた。

 しかし、授業である以上はやらねばならない。

 それに救助の技術は、魔美子に最も足りていないものの一つであることも確かなのだから。

 

 

 ということで、各自コスチュームに着替えて本日の訓練場へ。

 ただ、何人かコスチュームではなく体操着を着ているのがいた。

 

「ん? デクくん、飯田くん、轟くん、魔美ちゃんまで体操服?」

「うん。僕のはこの前の戦闘訓練でボロボロになっちゃったから……」

「俺のも八木くんに破壊されてしまったからな。あの膝蹴りは効いた!」

 

 麗日の疑問に、この一週間ちょっとで仲良し三人組的な感じに纏まった緑谷と飯田が答えた。

 緑谷のコスチュームは、母が入学祝いにと買ってくれたジャンプスーツを改造したものだった。

 決して悪い品ではないのだが、他のクラスメイト達が雄英の『被服控除』というシステムを利用し、プロに制作を依頼した最新鋭のコスチュームに比べれば当然劣る。

 残念ながら、優れた個性が飛び交う雄英の戦闘訓練には耐えられずに破損し、現在は修理に出している。

 

 飯田のコスチュームはそのプロ作の最新鋭のものだったが、魔美子の膝蹴りがクリティカルヒットしてしまったせいで、一部が破損してしまった。

 轟も同様の理由である。

 同じく魔美子の餌食になった爆豪と障子は、運が良いのか悪いのか、体はボロボロでもコスチュームへのダメージは少なかったため、今も着てきている。

 

「魔美ちゃんはなんで?」

「露出が多すぎるって、パパにダメ出し食らった。今は全然違うデザインを依頼中」

「あー。確かに親御さん目線だと、あれはダメか」

 

 殆ど水着みたいなもんだったもんなーと、麗日は前回の魔美子のコスチュームを思い出して呟いた。

 近くで話していた緑谷と飯田も思い出してしまい、肌色を思い浮かべて慌てて脳内からかき消した。

 もう記憶の中にしか存在しないと思うと、思い出補正で逆にエロい。

 クラスには前回の魔美子と似たり寄ったりな露出度を誇る八百万もいるのだが、発育の暴力で殴ってくるあっちとはまた違う方向性で怖い。

 

「と、雑談をしている場合ではなかった! バスの席順でスムーズにいくよう、番号順に二列で並ぼう!」

 

 飯田がそこで離脱し、この前のホームルームで学級委員長に就任した責務に従って、移動用バスに乗り込むための順番整理に奔走し出した。

 というか、学校内をバスで移動して訓練場に行くとは、さすが最高峰。金のかけ方が違う。

 他のヒーロー科ではこうはいかないだろう。

 雄英出身者と他のヒーローで実力差が生じるのも無理からぬことだ。

 

 そうして、バスは突き進み、お喋りしてる間に目的地へ到着した。

 

「ようこそ、僕が作った演習場へ。水難事故、土砂災害、火事、etc.……。あらゆる災害を想定した、その名も━━USJ(嘘の災害や事故ルーム)!」

 

 どこかのアミューズメントパークと同じ名前を堂々と演習場につけて紹介したのは、宇宙服のようなコスチュームを身に纏ったヒーロー。

 全員がプロヒーローの雄英教師の一人。

 

「スペースヒーロー『13号』だ! 災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」

「わー! 私好きなの13号!」

 

 彼女こそが今回の授業の担当。

 そして、事前に相澤が言っていた通り、今日は相澤と13号ともう一人による三人体制。

 

「わーたーしーがー!! 倒壊ゾーンから飛び降りてきた!!」

 

 娘の露出度を心配していた父こと、平和の象徴オールマイトが本日も現れた。

 

「さて、教師陣も出揃ったことですし。えー、始める前にお小言を一つ、二つ、三つ、四つ……」

(((増える)))

 

 授業開始前に、13号がちょっとした心構えの話をした。

 

「僕の個性は『ブラックホール』。あらゆるものを吸い込み、塵にしてしまう個性です」

 

 13号はその強力な力を、災害現場から要救助者を引っ張り上げるための力として使っている。

 だが、本来の使い方をすれば簡単に人を殺せる力だと、彼は生徒達に諭した。

 

「超人社会は個性の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。

 しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せる『いき過ぎた個性』を個々が持っていることを忘れないでください」

 

 その時、オールマイトがチラッと魔美子の方を見てきた。

 心配そうな目で。

 

(わかってるよ)

 

 魔美子はそんな父に、真剣な顔で頷きを返す。

 彼女の力は、いき過ぎた個性筆頭。

 しかも、勝手に暴れ出すリスク大ときたもんだ。

 それを持つということ、持って生きるということの意味を、軽く考えているつもりはない。

 人を殺そうとも何も思わないが、やれば父が悲しむことは理解している。

 社会のためでも、不特定多数のためでもなく、父のために彼女は己を律する窮屈な人生を許容したのだ。

 

「相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘で、それを人に向ける危うさを体験したかと思います。

 この授業では心機一転! 人命のために個性をどう活用するかを学んでいきましょう!

 君達の力は人を傷つけるためにあるのではない。助けるためにあるのだと心得て帰ってください。

 以上、ご静聴、ありがとうございました!」

「13号……カッコイイ……!」

「ステキー!」

「ブラボー! ブラーボー!」

 

 ヒーロー足るものかくあれみたいな素敵な演説に、生徒達は歓声を上げた。

 オールマイトは喝采を浴びる先輩教師の姿を見て、必死にメモを取っている。

 活かせるといいね、今の経験。

 なお、魔美子は皆にバレないように、こっそりとアクビをした。

 己を律する努力をする気はあるが、人助けはめんどくせぇとしか思わないのだから仕方がない。

 

「さて、そんじゃあ、まずは……」

 

 そうして、相澤が改めて授業を始めようと口を開いた━━次の瞬間。

 

「「「ッ!?」」」

「!」

 

 教師三人と魔美子が、バッと、とある方向を向いた。

 すぐ近くに発生した、黒い靄。

 魔美子が使い魔を出す時のサモンゲートによく似た靄が、突然USJの中に発生し、みるみるうちに大きくなっていき。

 そこから、無数の武装した集団が現れた。

 

「二人とも!!」

「ひとかたまりになって動くな!! 13号! 生徒を守れ!!」

 

 オールマイトと相澤が即座に声を上げ、13号が生徒達の盾になるような位置に陣取る。

 魔美子を目を細めて、黒い靄の中から出てくる集団、その一部に強い視線をぶつけた。

 全身に人の手のような装備を身に着けた、灰色の髪の男。

 それと、脳ミソが剥き出しになった異様な外見の三人組(・・・)

 このあたりがヤバそうだと見て、狙いをつける。

 

「なんだありゃ? また入試ん時みたいな、もう始まってんぞパターン?」

「動くな!! あれはヴィランだ!!」

「オールマイト……」

 

 手のヴィランがオールマイトに視線を向けて……。

 

「会えて嬉しいぜ、平和の象徴(社会のゴミ)

 

 彼を盛大に罵倒しながら、ニヤリと笑った。

 魔美子(ファザコン)はイラッとした。

 

「俺達は(ヴィラン)連合。お前を殺しに来たんだ。さあ、息絶えろよ、平和の象徴」

 

 そうして、ヴィランがヒーローに襲いかかった。




・オールマイト
体力消耗『−1』


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13 USJ パート2

「脳無」

 

 最初に動いたのは、三人の脳ミソ剥き出しヴィラン。

 オールマイト以上に筋骨隆々の巨漢。

 武道家のような洗練された筋肉を持つ細マッチョ。

 力士のような脂肪を蓄えた肉弾戦車。

 その三人が凄まじい速度でヒーロー達に突撃してきた。

 

(((速い!?))) 

 

 その三人のとてつもないスピードを見て、教師陣は驚愕する。

 多分、生徒達では目で追うことすらできないだろう。

 しかも、相澤こと抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』が視ているのにこれだ。

 すなわち、個性無しの素の力でこの身体能力ということ。

 素の力だけなら魔美子をも遥かに超えている。

 

「行くよ!」

「ッ! 致し方ない!」

 

 その迎撃のために、オールマイトと魔美子が飛び出した。

 ヒーロー免許を持っていない魔美子の不用意な戦闘はマズいが、これは正当防衛の範疇だろう。

 許可を貰った彼女は、イキイキとしながら個性を解放する。

 ヴィランが相手なら手加減は無用。

 それに今回の相手は、随分と歯ごたえがありそうだ。

 

 個性解放部位『右腕』 出力70%

 個性解放部位『左足』 出力70%

 

 左足の踏み込みで距離を詰め、右腕の拳を……。

 

「思い通りにはさせませんよ」

 

 その時、脳ミソヴィラン三人を囮に、もう一人の強敵が動く。

 黒い靄のヴィラン。

 敵軍をこの場に連れてきた、恐らくは『ワープ』の個性を持つ敵。

 それが己自身をワープさせ、ワープゲートである黒い靄を、飛び出したオールマイト&魔美子と他の者達の間に展開した。

 

 相澤の『抹消』により、ワープの効果は消える。

 しかし、相澤の視線が黒い靄に遮られたことにより、封じられていた脳ミソヴィラン三人の個性が解放された。

 

「んん!?」

 

 魔美子の右ストレートが、巨大ロボットを一撃で粉砕した拳が、自分の前に来た脳ミソヴィランに突き刺さる。

 捉えたのは、仲間の盾になるように動いた肥満体の肉弾戦車。

 だが、その一撃を肥満体は耐えた。

 力士のような肉に包まれた体が、まるで衝撃を吸収するように更に膨れ、次の瞬間、一気に萎む。

 空気の抜けた風船のように。

 吸収した衝撃が漏れ出したのではない。

 そのままの勢いで、放ってきた相手に返したのだ。

 

「『ショック吸収』+『衝撃反転』♪」

「ぬわぁ!?」

「魔美ちゃん!?」

 

 自分の一撃を跳ね返されて、魔美子が凄い勢いで吹き飛んでいく。

 USJの外壁を突き破り、かなり遠くまで。

 それを追って、肥満体の脳ミソヴィランもUSJを飛び出していった。

 

「くっ……!」

 

 オールマイトの攻撃も、巨漢の脳ミソヴィランに防がれる。

 クリーンヒットしたのに、まるで効いていない。

 肥満体と違って攻撃を跳ね返しこそしなかったが、頑丈さは似たようなものだろう。

 しかも、巨漢の脳ミソヴィランが反撃に繰り出してきた拳は、弱った今のオールマイトに匹敵する。

 

「シット!!」

 

 オールマイトは思わず叫んだ。

 本音を言えば、すぐにでも魔美子を助けに行きたい。

 助けに行きたいが、目の前のこいつらを放置することはできない。

 それは他の生徒や後輩達を見捨てるのと同義だ。

 オールマイトは板挟みの葛藤を飲み下し、魔美子より戦闘力で大きく劣る生徒達の守りを優先という判断を瞬時に下した。

 ここは、単純な戦闘力だけなら既に今の自分を超えている娘を信じるしかない。

 

「八木さん!?」

「嘘だろ!? クラス最強がこんなあっさり!?」

「魔美ちゃん!!」

「アハハ! あいつは邪魔って聞いてたからな。ご退場願ったよ!」

 

 一瞬の攻防の結果だけを見て、生徒達は悲鳴を上げ、敵の主犯格と思われる手のヴィランは高笑いを上げた。

 だが、悪夢はまだ終わらない。

 魔美子と肥満体がぶつかり、オールマイトと巨漢がぶつかり、残った細マッチョが後方の生徒達に向かってくる。

 雑兵の敵集団も、次元違いの攻防を見せつけられて腰が引けながらも、「お前らも行け」という死柄木の言葉に従って、生徒達に狙いを定めて走り出した。

 

「相澤くん!!」

「くそっ……! 13号! 合わせろ!」

「はい!」

 

 その迎撃をするのは相澤と13号。

 相澤が斜め前に飛び出し、13号が自らの個性であるブラックホールを発動する。

 13号の指先にあるブラックホールの入口に向かって、凄い力で脳ミソヴィランが吸い寄せられた。

 同時に、相澤が武器である捕縛用の凄まじく頑丈な布を操り、吸引力と自分の速度のせいで、勢い良く前にしか進めない脳ミソヴィランの手足を縛りつける。

 

 相澤の個性『抹消』は、生まれつき肉体が変異しているタイプの個性、いわゆる『異形型』に分類される個性は消せない。

 異形型を含む複合型である魔美子の個性も、発動前であれば封じられるが、解放して肉体が変異してしまった後では消せない。

 その手のタイプを相手取るための装備、怪力自慢の異形型すら封殺する、イレイザーヘッドの捕縛布。

 ……しかし。

 

「オオオオオオオ!!」

「馬鹿力が……!?」

 

 脳ミソヴィランは、そんな捕縛布を引きちぎった。

 そのまま吸い寄せられる方向に加速し、13号に向かって拳を放つ。

 

「かはっ!?」

「13号!!」

 

 スペースヒーロー『13号』。

 彼女は災害救助をメインとするヒーローだ。

 その分、戦闘技能は他のヒーローに比べて半歩劣る。

 そんな彼女では、この尋常ならざる身体能力を持つヴィランに対抗できず、モロに拳を食らってしまった。

 分厚い装甲のコスチュームのおかげで致命傷は負っていないが、大ダメージを受けたことに変わりはない。

 

(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!!)

 

 プロヒーローが目の前でやられた。

 その光景を見せつけられて、緑谷が内心でテンパりながら動いた。

 オールマイトや魔美子が苦戦するような相手。

 13号はやられ、相澤の個性では相性が悪い。

 この状況で彼が咄嗟にワンフォーオール(オールマイトの力)に頼ってしまったのは、無理からぬことだろう。

 

「スマッシュ!!!」

 

 緑谷の拳が、13号を沈めた攻撃の直後で動きの止まった脳ミソヴィランに突き刺さった。

 まだ制御できない借り物の力。

 その代償に緑谷の腕は、入試の時のようにバッキバキに……ならない。

 

(折れてない!? 力のコントロール! この土壇場で!)

 

 直近の課題だった力のコントロール。

 火事場の馬鹿力の亜種とでも言うべきなのか、緑谷はこの土壇場でそれを成功させた。

 だが、腕が折れない程度の出力にコントロールできたということは、当然威力は自損覚悟の100%より遥かに劣るわけで……。

 

「?」

「ッ!?」

 

 脳ミソヴィランは「蚊でも止まったか?」とばかりに、微動だにしなかった。

 

「そんな……」

「緑谷! どけ!!」

「!」

 

 次に動いたのは、氷の個性を持つ轟焦凍。

 右半身から凄まじい冷気を発生させ、その冷気が脳ミソヴィランを襲う。

 パワーでダメなら別種の攻撃!

 しかし、脳ミソヴィランは軽やかに跳躍して、その攻撃を簡単に避けた。

 

「死ねぇ!!」

 

 そこに爆豪が踊りかかる。

 空中の脳ミソヴィランに両腕を向け、爆破を発動。

 敵の拳が届く範囲に入るようなバカな真似はしない。

 爆豪はキレやすいが、決してバカではない。

 プロを瞬殺するような相手に接近したら、死あるのみだとちゃんとわかっていた。

 

 ゆえに、遠距離からの大爆発を攻撃手段として選んだ。

 戦闘訓練で魔美子に向けて放った技。

 あの時は、これより遥かにヤバい攻撃をヘドロとの戦いで見せたあいつなら普通に相殺するだろうと踏んで放ったが、今は頼むから効いてくれという気持ちが心のどこかにあった。

 サポートアイテムの使用条件を満たせず、無理して放ったから手が痛い。

 そんな渾身の一撃も……当然ながら、脳ミソヴィランには効かない。

 プロのトップレベルと与する相手に、学生の全力程度が効くはずがない。

 

「この化け物……!?」

「爆豪!!」

「爆豪少年!!」

「かっちゃん!!」

 

 爆豪への反撃の動きを見せた脳ミソヴィラン。

 相澤が命と引き換えにする覚悟で爆豪を守ろうとし、オールマイトも目の前の相手を振り切って駆けつけようとする。

 しかし、相澤の身体能力では間に合わず、オールマイトももう一体の脳ミソヴィランがどうしても振り切れない。

 緑谷は叫ぶことしかできない。

 

「ハハハ! 一人目だ!」

 

 主犯格の手のヴィランが嗤った。

 まだ成長を始めたばかりのヒーローの卵に、悪の魔の手は容赦なく迫って……。

 

「━━━━!!」

「なっ!?」

「!?」

「…………は?」

 

 突如、どこかから飛来した真っ黒な影に殴り飛ばされた。

 ノッペリとした顔に、角と翼と尻尾を付けたような影法師。

 この中では相澤とオールマイトだけが、その正体を知っていた。

 

「魔美ちゃん!」

「八木の使い魔か!」

 

 入試において見せた魔美子の個性の機能の一つ、使い魔。

 数はたった一体。

 しかし、その一体に力を集約したのか、この使い魔は入試で見せたやつよりも、なんというか、逞しい。

 具体的に言うと、オールマイト以上の巨体と筋肉ムッキムキの見た目だ。

 

 そんなマッスル使い魔は、個性無しの魔美子と同等くらいの動きを見せた。

 当然、その程度の力で脳ミソヴィランに大したダメージは入らない。

 だが、奴を吹き飛ばして爆豪への攻撃をキャンセルさせることはできた。

 

「マジかよ。オールマイトより厄介ってのは本当だったな」

 

 手のヴィランが不機嫌そうな声を出す。

 そして、

 

「やっぱ、舐めプはダメだな。ちゃんとプレイしよう。黒霧」

「了解です、死柄木(しがらき) (とむら)

 

 死柄木と呼ばれた手のヴィランの指示により、黒霧と呼ばれた黒い靄のヴィランが動き出す。

 

「散らして、なぶり殺す」

 

 黒霧がワープゲートを広げる。

 個性を封じてなお圧倒的な脳ミソヴィランから視線を外すわけにはいかない相澤は、この攻撃を抹消できない。

 広がった黒い靄のワープゲートが生徒達の半分以上を飲み込み、USJの各エリアへと飛ばした。

 転移した先で待ち構えるのは、無数の雑兵達。

 この場に残った半分も、脳ミソヴィランを避けながら突撃してきた雑兵達とぶつかる。

 

「ああ、大変だ、オールマイト! 大事な生徒達が大ピンチだぞ! さあ、どうする?」

「ッッッ!!!」

 

 煽るような死柄木の言葉。

 腹が立つ。

 全くもって腹が立つ。

 癒えぬ怪我を負い、力も譲渡してしまって、長年の行使で体に染みついたワンフォーオールの残滓(残り火)だけで戦っているとはいえ、それにしたって無様に過ぎる己の不甲斐なさに腹が立つ!

 

 目の前の敵は強い。

 だが、それが眼前の状況を招いていい理由にはならない。

 自分は『平和の象徴』。

 悪に屈することなど許されないのだから。

 

「おおおおおおおお!!」

 

 その瞬間、オールマイトは己の限界を超える覚悟をした。




・巨漢脳無
原作通り。
サンドバッグパワーファイター。

・細マッチョ脳無
素の身体能力特化。やばいぞ!

・肥満体脳無
足止め特化。うざいぞ!


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14 USJ パート3

「『デビル・スマッシュ』!!」

 

 ぶよん。

 そんな音を立てて、魔美子の必殺の拳は肥満体の脳ミソヴィランの体に威力を吸収された。

 脳ミソヴィランの体が膨れ上がり、次の瞬間には一気に萎んで衝撃が返ってくる。

 さっきから、この繰り返しだ。

 今の出力と解放率では、どれだけ打ち込んでも結果は変わらない。

 

「『ダークネス・スマッシュ』!!」

 

 ならばと、闇のレーザービームに切り替えてみるが、脳ミソヴィランはこれすら防ぐ。

 闇を撃ち込んだ瞬間に、脳ミソヴィランはまるで原初の個性である『発光する赤子』のように光り輝き、闇が相殺されて威力を大きく削がれてしまう。

 この技の明確な弱点だ。

 当然、対策を打たれてしまった攻撃では、大したダメージは入らない。

 その少ないダメージですら、すぐに再生していく。

 

「あああ!! うっざい!!」

 

 魔美子はイライラして大声を上げた。

 普段ならこれだけ自分の力を受け止めてくれる存在は大歓迎だが、これと同格と思われる奴を二人も父の前に置いてきてしまっている現状では焦りしか感じない。

 

「おまけに……!」

 

 彼女は忌々しそうに周囲を見渡した。

 魔美子と脳ミソヴィランが戦っている一帯は、半透明のバリアによって覆われている。

 これでは、こいつを無視して父達のところに戻ることもできない。

 バリアが展開される前に使い魔だけは送れたが、あの程度の戦力がどこまで役に立つか……。

 

(……衝撃を吸収して返す個性に、発光、再生、バリア。最低でも個性四つの複数持ちか。嫌な予感しかしねー)

 

 個性複数持ち。

 それは6年前に殺したはずの宿敵の尖兵の特徴。

 あのクソが生きているとは思いたくないが、そうであれば今の状況は大変にマズい。

 

(私はパパと分断されて、向こうには大量のお荷物(生徒)がいる。

 目の前の奴は攻撃力クソザコなくせに防御力だけは腐れ高い、しかも私対策万全の足止め特化。

 ……向こうの掌の上で踊らされてる)

 

 破壊衝撃に苛まれる頭を必死に冷やして、魔美子は戦況を分析した。

 敵は恐らく、ゴキブリのごとくしぶとく生き延びたと思われるクソ野郎。

 あれの性格の悪さはよく知っている。

 術中に嵌ったのなら一刻も早く打ち破らないと、最悪の結果になりかねない。

 後手に回り続けてはダメだ。

 

「……しょーがない。やるか」

 

 できれば、これは使いたくなかった。

 リスクも大きいし、単純に嫌いな技でもある。

 しかし、それと父の安全を天秤にかけたら、迷う余地は一切無い。

 

 個性解放部位『全身』 出力80%

 

 本気で暴走を心配しなければならない危険域(レッドゾーン)のギリギリ手前までの力を解放する。

 頭が破壊衝動に支配され、それを強引に抑えようとすれば酷い頭痛に襲われる。

 それだけでも最悪の気分なのに、肉体に起こった変異も見逃せない。

 

 両手両足が普段より濃い漆黒に染まり、悪魔のような翼が生え、尻尾が生え、角が生え、瞳は血のような真紅に、手足以外の白かった肌は褐色に染まっていく。

 それだけなら良かった。

 むしろ、カッコイイ変化だとさえ思っている。

 だが、最後の一点だけは許容できない。

 

 鮮やかな金色の染髪剤(・・・)が剥がれ落ち、髪色が地毛である白髪に戻っていく。

 別に白髪自体が嫌いなわけではない。

 自分が白髪になるのが嫌なのだ。

 血の繋がったクソとお揃いの髪色は、嫌でも奴との繋がりを感じてしまうから。

 しかも、せっかく父とお揃いにした金髪が剥がれてそうなるというのは耐え難い。

 

「『ディザスター・モード』」

 

 破壊衝動と嫌悪に染まった顔で、魔美子はその技の名前を口にする。

 そして、目の前の嫌がらせ特化を睨みつけた。

 

「これを使った以上は、即行で終わらせる。━━行くよ」

「!!?」

 

 普段の足だけダッシュとは違う、全身を連動させた驚異の踏み込みに、翼による推進力まで上乗せして、魔美子はとんでもない速度で脳ミソヴィランに突撃した。

 これまた全身を連動させ、音速を超えるスピードを余さず威力に変換して拳に伝える。

 その状態で、目の前の敵を殴った。

 

「『サタナエル・スマッシュ』!!」

「!!!!!」

 

 脳ミソヴィランが大きく膨らむ。

 先ほどよりも遥かに大きく膨張した。

 衝撃を受け止め切れず、体のアチコチが破裂して、本来なら跳ね返すはずの衝撃が漏れ出ていた。

 しかし、破裂箇所は即座に再生していく。

 

「これも耐えるんだ。なら!」

 

 魔美子はもう片方の腕を振るった。

 地面を踏みしめ、腰の入った連続パンチ。

 

「ふん!!」

「!!!?」

 

 脳ミソヴィランが萎む前に更に膨らみ、破裂箇所が増えた。

 

「まだまだぁ!!」

「!!!!????」

 

 連打連打連打!

 魔美子のラッシュが肥満体を襲う。

 再生速度を破壊が上回っていく。

 

「『ソロモン・スマッシュ』!!!」

 

 悪魔の連撃。

 しかも、禁じ手の超出力を解放している状態での無慈悲の攻撃だ。

 百発を越える悪魔の拳に打ち据えられて……肥満体の脳ミソヴィランは「パァン!」という派手な音を立てて、破裂した風船のように爆発四散した。

 それと同時に、脳ミソヴィランの個性によって維持されていたバリアが解除される。

 

「次ぃ!!」

 

 散々イラつかされた相手を仕留めても、まだまだ満足してくれない破壊衝動を抱えたまま、魔美子は超高速飛翔でUSJへと舞い戻った。

 黒霧によって生徒達が各エリアに飛ばされ、オールマイトが覚悟を決めて暴れ出そうとした、その瞬間に。

 

(やらねばならない! 私は平和の象徴なのだか……)

「『ベルゼブブ・スマッシュ』!!!」

「えっ!?」

 

 超スピードで空から落ちてきた魔美子が、オールマイトの対峙していた巨漢の脳ミソヴィランの脳天に、落下の勢いを全て乗せたギロチンのようなカカト落としを叩き込んだ。

 USJに巨大なクレーターが出来上がり、脳ミソヴィランは地面に埋まった。

 しかし、驚異的なタフネスで今の一撃を耐えた脳ミソヴィランは、折れた首を再生させながら、魔美子の足をガシッと掴む。

 

「煩わしい!!」

 

 そんな脳ミソヴィランの顔面に向けて、サッカーボールでも蹴り飛ばすようなキック。

 オールマイトの攻撃すら完全吸収していたサンドバッグ人間は、その蹴りの威力を吸収し切れずに吹っ飛んだ。

 ただし、与えたダメージは肥満体も持っていた超再生で即座に全快している。

 

「ま、魔美ちゃん!! 無事で良かっ……」

「パパ。相澤先生達の方に行ってて。ちょっと今、会話とかしてる余裕ないから」

 

 魔美子の無事を確認して反射的に喜んだオールマイトは、絶大な殺気を撒き散らし、暴走まで待った無しの状態に見える娘の姿に絶句した。

 

「大丈夫。大丈夫なラインは見極めてるから安心して」

 

 だが、その状態でも、彼女は父を安心させるようにニコッと笑った。

 自分を参考にしたと言っていた、外行き用の笑顔の仮面。

 しかし、オールマイトに向ける時だけは、笑顔は仮面ではなく本物になる。

 彼は長いこと生活を共にしてきた父親だ。そのくらいのことはわかる。

 

「わかった! 信じる!」

 

 オールマイトは魔美子の負担を最小限に留めるべく、それだけ言って相澤達の救援に向かった。

 残ったのは巨漢の脳ミソヴィランと、唖然とした様子で魔美子を見る手のヴィラン、死柄木弔。

 

「おい。おいおいおい。いくらなんでも早すぎだろ。いいとこだったのに……!」

 

 死柄木が忌々しそうに魔美子を睨み、脳ミソヴィランに命令を発した。

 

「脳無、やれ。そいつを殺せ。とっととラスボス(オールマイト)戦に戻るぞ」

「━━━━━!!!」

 

 主の命令を受け、脳無と呼ばれた脳ミソヴィランが動き出す。

 愚直に突撃し、愚直に拳を振りかぶる。

 技術も何も無い、それどころか知性や理性すら感じない、身体能力に任せた単調な攻撃。

 それに対する魔美子の行動は決まっている。

 

「らぁあああああああああ!!!」

「!!?」

 

 肥満体の脳ミソヴィラン、脳無にやったのと同じ、真っ向からの連打による粉砕!

 

「『ソロモン・スマッシュ』!!!」

 

 連打。

 連打連打。

 連打連打連打連打連打!

 脳無と魔美子の拳が何度も、何度も何度も何度も何度もぶつかる。

 形勢は、魔美子の圧倒的優勢。

 技量は天と地の差、身体能力でも彼女が上を行っている。

 脳無の攻撃は全て打ち落され、逆に魔美子の攻撃は何発も脳無にクリーンヒットしていた。

 ぶつかる度に脳無が吹き飛ばされ、父達のところからどんどん離れていく。

 

「こ、わ、れ、ろーーーーー!!!」

 

 魔美子の拳の回転数が更に上がる。

 

『壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ!!』

 

 脳を侵食していく破壊衝動を、ひたすらに吐き出して脳無にぶつける!

 脳無の腕が折れ、腹がえぐれ、顔面が陥没し、再生が追いつかないほどに壊れていくのを見て、彼女の内に住まう悪魔の愉悦の声が聞こえてきた。

 

『ヒャーッハハッハッハッハ!! 最ッッッ高だなぁ!!!』

 

 飛び出して自分で暴れようとする悪魔の手綱を引き、魔美子は悪魔の代わりに殴って殴って殴りまくって衝動を発散していく。

 そして、

 

「『サタナエル・スマッシュ』!!!」

「!!?」

 

 ついに決定的な一撃が放たれた。

 魔美子の渾身の右ストレートが、脳無の顔面を破裂させる。

 さすがに頭を失えば止まるようで、途端に肉体の再生も停止して無抵抗になった脳無に追い打ちの一撃を浴びせ、その衝撃でUSJの外にまで吹き飛ばした。

 死んだ。殺した。壊した。

 それを見届けて、ひとまず悪魔は満足したようだ。

 

 破壊衝動が完全に収まる。

 ずっと脳を蝕み続けていた衝動が近年稀に見るレベルで落ち着き、それを感じながら魔美子は個性を完全に解除する。

 このまま個性を使い続けるのはダメだ。

 表面上の衝動は消えても、深層心理の部分には無限の破壊衝動が眠っている。

 ディザスター・モードの使用によって、それを封じ込めている精神が消耗し、ダムの堰の調整が怪しくなってきた今、無理をするべきではない。

 うっかり開きっぱなしになったまま閉じなくなったりすれば、目も当てられないのだから。

 

「ふぅ。これで一件落着かな!」

 

 やばそうな脳ミソヴィラン二人を撃破した。

 急いで戻ってみれば、最後の一人もオールマイトと相澤のコンビに追い詰められている。

 生徒達を襲っていた雑兵達も既に全滅。

 なんかその生徒の数が減ってる上に、緑谷の姿まで無いのは不思議だが、父さえ無事なら問題なし!

 ヴィランを二人ほど殺してしまったが、正当防衛だから問題なし!

 疲れて難しいことを考えるのがダルくなった魔美子は、やったぜ! 大団円だ! と言わんばかりの清々しい笑顔を浮かべた。

 

「ふざけんな……。ふざけんなよ!!」

 

 しかし、その大団円に水を差す叫び声がUSJに響き渡る。

 見れば、死柄木が魔美子を指差して喚き散らしていた。

 

「オールマイトすら追い詰めた脳無を瞬殺だと!? ふざけんな、このチートが!! ラスボスより強い中ボスとかどうなってんだ!?」

 

 ガリガリと首筋を搔きむしりながら、凄まじい形相で魔美子を睨みつけてくる死柄木。

 それを見た魔美子の感想は、「ああ、まだチンピラが残ってたわ」だ。

 多分、あのクソ野郎にいいように利用された使いっぱしりか何かだろう。

 

 とはいえ、あれもヴィランである以上、ヒーロー候補生としては捕縛しておくべき。

 あと、あの野郎が現れた時に口にしやがった父への罵倒を、ファザコンは忘れていない。

 結論、ぶっ飛ばす。

 

「『デトロイト・スマッシュ』!!」

「ぐぁ!?」

「死柄木弔!?」

 

 個性無しで放った拳によって発生した衝撃波が、死柄木を吹き飛ばして派手に地面をバウンドさせる。

 今のは牽制。

 ここから近づいてボコボコにして捕縛する。

 

「くっ……!」

 

 そうして、魔美子に狙いを定められた彼を守るように、最後の脳無と共に相澤とオールマイトの二人を相手にしていた黒い靄のヴィラン、黒霧が動いた。

 脳無を盾にして強引に二人を振り払い、死柄木のところにワープして、彼と自分をワープゲートで包み込む。

 

「撤退です! 今の戦力では彼女とオールマイトには勝てません!」

「くそっ!! くそぉ!! 次は殺すぞ!! 平和の象徴とチートのクソガキ!!」

 

 憎悪に満ちた捨て台詞を残して消えていく二人。

 これ以上の個性使用は危ないと思っている魔美子では追いつけない。

 最後の脳無に足止めされているオールマイトと相澤は言わずもがなだ。

 クラスメイト達?

 彼らは雑兵達を倒した安堵で弛緩することもできず、眼前で繰り広げられる脳無とオールマイト&相澤の戦いの余波から我が身を守るのに精一杯で、こちらに目を向ける余裕すら無い。

 

 そうして、死柄木弔と黒霧は消え、襲撃事件の主犯格二名を取り逃がすという結果で今回の事件は幕を閉じた。

 パパ不敬罪の不届き者を仕留められなかったファザコンは舌打ちした。




・オールマイト
体力消耗『−1』

・イレイザーヘッド
肉体損傷『−1』

・緑谷出久
肉体損傷『−1』


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15 事件後

「くそっ!! くそぉ!!」

 

 黒霧のワープで拠点に帰った後も、死柄木は喚き散らし、ガリガリと首筋を掻きむしっていた。

 その様子を見て、拠点に設置されたモニターの向こう側から声がする。

 

『ああ、弔。可哀想に。よほど腹に据えかねているんだね』

「当たり前だ!! 先生、あれはなんだ!? なんなんだ、あのチートのクソガキは!? オールマイトより強かった!! 脳無が二体も瞬殺された!!」

『そうだね。僕の言った通り、とても厄介な子だったろう?』

「あそこまでとは聞いてない!!」

 

 ガリガリ、ガリガリと、血が出るほどに首筋を掻きむしりながら死柄木は喚く。

 まるで子供の癇癪。

 見た目は二十歳ほどだというのに、彼の精神は年齢不相応なほどに幼かった。

 

 だが、今の彼はこれで良い。

 モニターの向こう側にいる男は、内心でそう呟いて笑う。

 今は何よりも、己でも制御できないほどのヒーローへの強い強い『憎しみ』を絶やさないことこそが重要。

 憎しみを効率良く力に変える方法は、これからゆっくり教えてあげればいい。

 ……とはいえ。

 

『君の言うことももっともだ。僕もまさか、あの子がそれほど成長しているとは思わなかった。

 ハイエンド一歩手前の脳無三体は、目的に対して少し過剰だったかなとさえ思っていたんだけどね』

 

 今回の目的はオールマイトの削りと、ヴィラン連合という組織のお披露。

 おまけでオールマイトと死柄木弔の接点を作ること。

 後者二つの目的は遂げたが、死柄木が喚いている間に行われた黒霧の報告を聞く限り、オールマイトの削りは殆ど達成できていない。

 

(さすがは僕らの最高傑作(最凶の失敗作)。もう下手な後続じゃ歯が立たないか)

 

 戦闘においては、弱ったオールマイトよりもよほど厄介。

 つくづく11年前の計算ミスが悔やまれる。

 あれさえ無ければ、彼女は今頃、頼れる最強の味方だったろうに。

 男の後ろでは、誰よりもその思いの強い老人が『ぬぅぅ! もったいない! 実にもったいないことをしてしまったぁ!』と騒いでいる。

 11年経った今でも、悔やんでも悔やみ切れないのだろう。

 何せ、彼女が残してくれた研究データだけでも、脳無を始めとした研究が大きく進み、今回だってあのレベルの脳無を一度に三体も用意できたのだ。

 本人が残ってくれていたのなら、得られたはずの恩恵は計り知れない。

 

『でも、大丈夫。君はいつか必ずあの子を超えられる』

 

 最高傑作とは言ったが、それは現時点での話だ。

 どこまで行っても、あれは試作品。

 完成品には勝てない。

 そして、彼女に欠けていた『憎悪』という最も重要なピースを持ち、いつの日か完成品に至りうる器こそが、死柄木弔なのだ。

 

『前を向こう、弔。精鋭を集めよう。じっくり時間をかけて攻略していこう。正義(ヒーロー)は勝たなきゃいけないけど、(僕ら)は何度負けたってやり直せるんだ』

 

 『先生』と呼ばれた男は、そう言って死柄木を諭していく。

 本当に教えを授ける教師のように、彼の憎しみを育み、ヒーローへの敵対行為を後押ししていく。

 

(全ては、僕のために)

 

 そうして、悪の支配者はニヤリと笑った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「とりあえず、皆無事で良かったのさ」

 

 襲撃事件の翌日。

 臨時休校となった雄英の会議室にて。

 一堂に会した教師達を前に、校長がホッとした様子でそう言った。

 

 今回の事件における、こちら側の被害は殆ど無し。

 黒霧によってUSJの各エリアへ散らされてしまった生徒達も、待ち受けていた雑兵ヴィランが本当に雑兵としか言いようのない、そこらへんのゴロツキレベルだったおかげで、問題なく対処して無事に生還した。

 重傷者は脳無の攻撃をモロに食らってしまった13号だけだ。

 それも頑丈なコスチュームのおかげで致命傷には届かず、看護教諭の手によってあっという間に完治し、今も元気に会議に参加している。

 戦闘の結果だけ見れば、雄英の完全勝利と言えるだろう。

 ……しかし。

 

「とはいえ、『雄英バリア』なんて呼ばれてるウチのセキュリティーを突破され、生徒達への攻撃を許してしまった時点で大問題だ。

 ヴィラン側にとはいえ、死者(・・)が出てしまったという点も看過できない」

 

 校長の次の言葉に、教師一同の顔が曇る。

 今回の事件、脳無と呼ばれたヴィラン二名が、魔美子の手によって殺害されている。

 色んな意味で頭が痛い。

 

「……担任として、現場にいた者として、あの状況では致し方なかったと進言しておきます。

 オールマイトと対等に渡り合うレベルのヴィランが三人。

 八木が手加減を考えずに本気を出してくれなければ、他の生徒が殺されるという最悪の事態も充分に起こり得た」

「校長先生! 責任があるとすれば私です!! 私が責務を果たせていれば、こんなことには……!!」

「もちろん、わかっているさ。彼女の責任がどうこう言うつもりは無い。オールマイトの言う通りってわけじゃないけど、責任があるのは子供にそれをやらせてしまう状況を招いてしまった、私達全員なのさ」

 

 相澤とオールマイトの擁護を校長が肯定し、他の教師達も「うんうん」と頷いた。

 彼らは全員がプロヒーローにして教員という聖職者。

 子供に責任を押しつけてギャーギャー騒ぐような輩は一人もいない。

 

「彼女の心が心配ね。思い詰めてないといいけど……」

「ヒーローならやむを得ず殺す場合もあるが、プロでも大抵は引きずるからなぁ」

 

 それどころか、加害者である魔美子への心配の言葉すら飛び出した。

 ヒーローという荒事の世界に身を置いている者達だからこそ、人死にに対しても冷静に判断できる。

 一般の教職員だったら、こうはいかないだろう。

 

「おまけに、彼女はヘドロ事件で一回物議を醸し出してる。マスコミがこの件を知ったら、喜々として彼女の傷口をえぐりながら無責任な記事を書くだろうね」

「だから、あいつらは嫌なんだ」

 

 マスコミ嫌いで有名な相澤が、露骨に顔をしかめた。

 

「けれど、不幸中の幸いとでも言うべきか、近くにいた他の生徒達は、眼前のヴィランが強すぎて我が身を守るので精一杯だったのが逆に幸いして、殺害の瞬間を目撃していない。

 ヴィランを殺したのが彼女であることを知っているのは我々のみ。

 ヴィラン側に死者が出たことを知っているのも我々と警察関係者、あとは逃した主犯格のみ。

 奴らがカメラの類を持ち込んでいたとしても、逃した二人はオールマイトか八木くんの衝撃波を食らっていたようだし、隠せるサイズの小型カメラなら破損しているだろう。

 通信妨害まで仕掛けられていたのも逆に幸いして、撮影データを送られた可能性も低い。

 つまり……隠蔽は可能だ」

 

 校長の提示した選択肢に、反発する者は誰もいなかった。

 都合の悪い部分の隠蔽。

 正義のヒーローなら、やってはいけない所業。

 しかし、彼らの正義は普遍的な正しさではなく、誰かを助けること。

 まして、助けるべき対象が守り育てなければならない生徒であるのなら、汚い手段を使うことすら躊躇しない。

 

「あまり褒められた話ではないが、彼女に関しては警察の方でもかなりの忖度が発生する」

「校長の仰る通りです。あの子の立場は、警察としても下手に扱えませんからね」

 

 ひとまずの捜査結果を共有するために会議に参加していた警察官『塚内(つかうち) 直正(なおまさ)』が校長の言葉を肯定した。

 上層部は頭を抱えそうだが、出てくる結論は結局、ヘドロの時と同じだろう。

 すなわち、全力の忖度だ。

 

「そういうわけだよ。私も可能な限り調整するし、必ずや事件の真相を闇に葬ってみせるのさ!」

 

 努めて明るい様子で不正行為の完遂を誓う校長。

 教師陣は彼の気づかいに乗っかった。

 

「まあ、だからと言ってお咎めなしというのもダメでしょう。

 表沙汰にはできないとはいえ、八木には担任である俺の方で特別指導をしておきます。メンタルケアも兼ねてね」

「ヘイヘイ、イレイザー! これだけのことになって、お前が除籍だなんだって言い出さないのは珍しいなー!」

「茶化すなよ、山田」

 

 プレゼント・マイク、本名『山田(やまだ) ひざし』が学生時代からの仲である相澤にテンション高く絡んだ。

 校長と同じように、暗い空気を払拭するように明るく。

 

「オールマイトさん。あなたも親として、言うべきことはしっかり言っておいてくださいね」

「もちろん。わかっているさ」

「間違っても、我が子可愛さに口ごもらないでくださいよ」

「うっ……! が、頑張るよ」

「心配だな。君は子煩悩だから」

「塚内くん!?」

 

 うろたえるオールマイトの様子に、会議室は笑いに包まれた。

 一度暗い空気を吹き飛ばし、改めて次の議題へ。

 そうして、雄英の会議は踊った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「ただいまー」

「おかえりー」

 

 会議を終えて帰宅したオールマイト。

 家では髪を金色に染め直した魔美子が、その髪をポニーテールにしてエプロンを付け、料理に勤しんでいた。

 圧倒的新妻感。

 いや、手際は新妻というより熟練主婦の域なのだが。

 

「「いただきます」」

 

 料理が完成したら、いつも通り二人で食べる。

 教師になってからは帰りが深夜になることも随分減ったので、よく出来たてを食べられるようになった。

 

「魔美ちゃん。大事な話があるんだ」

「USJの件でしょ? 先に言っておくけど、殺したことに後悔なんてしてないから。もう何人目かもわからないしね」

 

 魔美子はサラッとそう言った。

 しかし、決して軽い口調ではなかった。

 別に殺人の業に苦しんでたりするわけでは全然全くこれっぽっちもない。  

 ただ、

 

「……で、どのくらいの騒ぎになりそう?」

「校長と塚内くんが全力の隠蔽をしてくれることになったよ。色々と幸運が重なったおかげで、どうにか隠蔽が可能な範囲に収まってくれた」

「へ? あ、そうなの?」

 

 魔美子は肩透かしを食らったような顔になった。

 色々と覚悟していたのだが、どうやらその覚悟は無駄に終わったようだ。

 

「そっかー。いやー、ラッキーだった」

「魔美ちゃん」

「わかってるよ。大丈夫。ちゃんとわかってる。今回はラッキーだっただけだって」

 

 父の真剣な目を、魔美子もまた真剣な目で見詰め返す。

 

「ヒーロー免許も持たないうちに殺人が表沙汰になったら大問題。

 免許を手に入れてからでも、殺しは最悪の場合にしかしちゃいけない。

 やらかせばパパに迷惑がかかるし、何よりパパが悲しむ。

 ……私は誰かを殺しても傷つけても何も感じない人でなしだけどさ。

 そこだけは絶対に違えないから、安心してよ」

 

 そう言って、魔美子は笑った。

 珍しく無理したような笑顔で、少しだけ悲しそうな微笑みで。

 

「!」

 

 そんな魔美子を、オールマイトは強く抱きしめた。

 

「パパ?」

「違うんだ。怒ってるわけじゃないし、疑ってるわけでもないんだ。

 私が何かを言わなくても、君はちゃんと歩み寄ってくれた」

 

 この子の心には生まれつきの欠落がある。

 個性のせいか、生い立ちのせいか、彼女は他人を大切に思えない。

 個性を思いっきり使いたい。その個性を何かに向けてぶっ放したいという衝動に脳を侵されている彼女は、他人のことをまず力をぶつける対象として見てしまう。

 しかも、そのことに恐怖や罪悪感など一切感じない。

 肉食動物が生肉を慈しめるか? というレベルの話だ。

 学校で仲良くしている友達にしたって、本心では玩具の人形くらいにしか思っていない。

 今は青春ごっこという人形遊びで楽しんでいるが、止められていなければ、無邪気な子供のように、玩具を壊して遊ぶことに一切の抵抗を覚えないだろう。

 むしろ、破壊衝動を堪えながら笑顔を浮かべて、獲物を玩具に見立てて壊すのを自制しているだけでも奇跡。

 

 彼女は、怪物なのだ。

 人を人とも思わない、生まれついての怪物なのだ。

 

 そんな彼女の価値観の中で、唯一の例外が(オールマイト)だった。

 自分の異常性とずっとずっと向き合い続けてくれた父に、いつの間にか絆されていた。

 この人だけは壊したくないと思った。

 だから、怪物は人を真似て、どうにか人間社会に溶け込もうとしている。

 

 オールマイトはその努力も、その大変さも知っている。

 肉食動物が餓えを堪えながら、見様見真似で草食動物の暮らしに交ざるくらい大変というのは昔の魔美子の言葉。

 その例えが冗談では済まないくらい的を射ているというのを、ずっと見てきた父は知っている。

 それでも、彼女はそれを生涯に渡ってやり通そうとしてくれている。

 今回だって、決して自分の衝動を優先したわけではなく、オールマイトを助けるために禁を破ったのだ。

 それなのに、彼女はこうして怒られることを覚悟して、悲しそうな顔をしている。

 この表情が外行き用の仮面じゃないことくらい、10年以上を共に過ごした父にはわかる。

 

「私が君に言うべき言葉は、たった一つだ。

 魔美ちゃん。━━(たす)けてくれて、ありがとう」

「!」

 

 その時、怪物(魔美子)は、嬉しそうに目を細めた。

 

「……まったく。パパはどれだけ私をファザコンにさせれば気が済むのさ。ホントに夜這いしちゃうぞ」

「ハハハ。それだけは勘弁してね。お願い」

「もー!」

 

 夜這いの代わりに、魔美子はオールマイトの胸に思いっきり顔を埋めて甘え始めた。

 傷跡のある左胸ではなく、無事な右胸の方に顔をこすりつける。

 猫のような様子になった愛娘の頭を、オールマイトもまた愛おしそうに撫でた。




・魔美子の怪物性
魔王の血筋×悪魔の個性×脳への負荷×4歳まで道徳教育ゼロの生い立ち


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16 体育祭に向けて

「うへぇ」

「どうした、八木。まだレポートは半分もできてないぞ」

 

 今回の事件を受けて開催の運びとなった、相澤による放課後の特別指導。

 その内容は、人を殺すことによる社会的デメリットを、ひたすらにレポートに纏めるという作業だった。

 下手に倫理だの道徳だの言ってこないあたり、相澤の魔美子への理解度を感じる。

 担任になるに当たって、父とかなり保護者面談を重ねたと聞いているし、この特別指導で最初にやったことも、

 

『俺はお前がどれだけ世間様に醜悪と言われるような本性を持っていようが気にしない。

 それを制御しようと頑張っている限り、お前は立派なヒーロー科だ』

 

 と前置きした上で、魔美子の本音を知ろうとする個人面談から始めた。

 相澤は魔美子の怪物の本性を否定せず、性格を矯正させようともせず、自分の『普通』を押しつけたりせずに、ただただ社会に溶け込むための方法を丁寧に教えようとしてくれた。

 それは魔美子の求める形と合致している。

 歩み寄りの姿勢を感じた。

 彼が担任で良かったと心から思う。

 ただし、レポートの山がキツいことに変わりはない。

 

「うげぇぇ」

「そら、じゃんじゃん書け。体育祭に出られなくなるぞ。お前の大好きな青春イベントを逃してもいいのか」

 

 相澤はそう言って、魔美子の尻を叩く。

 操縦の仕方が上手い。

 今の魔美子にそれは効く。

 友達との時間を人形遊び程度にしか思っていない彼女だが、大きなイベントともなれば、新作ゲームの発売くらいには楽しみだ。

 飴と鞭の使い方が上手い。教師の鑑と言えよう。

 

(体育祭)

 

 その単語で、魔美子は今朝のホームルームの様子を思い出した。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「雄英体育祭が迫っている」

「「「クソ学校っぽいのキターーー!!」」」

 

 雄英体育祭。

 個性によって人間の規格が失われ、形骸化したオリンピックに取って代わるほどのスポーツの祭典。

 ヒーロー科の最高峰、全国でも屈指の優れた個性達が全力でぶつかり合うお祭り騒ぎ。

 プロヒーローも多くが観戦し、青田買いのためのスカウトに奔走する。

 つまり、ここで目立ってプロに見込まれれば、その場で将来が拓ける。

 年に一回、計三回だけのチャンス。

 これで奮起しないヒーローの卵は稀だろう。

 

 ヴィランに侵入された直後にやるのは色々と危険だが、逆に堂々と開催することで『雄英の危機管理体制は盤石』だと示すことも狙いらしい。

 これも魔美子の殺人罪が公になっていればできなかっただろう。

 隠蔽万歳。

 

「とはいえ、普通にやったら八木の一人舞台になるだろう。普段の授業なら露骨な特別扱いもできるが、全国放送される体育祭でそれはさすがにマズい」

「あああ! そうだったぁあああ!」

「あれに勝てる光景とか想像できねぇよぉぉ!」

「あぁん!? 俺は勝つぞコラァ!!」

「すげぇな、爆豪!」

 

 生徒達は何人かの例外を除いて、悲惨な未来予想に絶望した。

 大怪獣に全てを蹂躙される光景。

 恐る恐るといった様子で、何人かが魔美子の方に視線を向ける。

 笑顔でVサインを送られた。

 ダメそうですね、これは。

 

「よって、露骨ではない特別扱いをすることにした。

 八木、お前は体育祭において、全面的に個性の使用禁止だ」

「はーい」

「「「チャンスきたーーー!!」」」

「使ってこいやぁぁ!! 全力のテメェを潰さねぇと意味がねぇぇぇ!!」

「凄いや、かっちゃん……!」

 

 一部例外を除いて、希望の存在に湧き上がるクラスメイト達。

 それも仕方ないだろう。

 トップヒーロー達ですら、圧倒的頂点であるオールマイトを超えようなんて気概のある者は殆どいない。

 魔美子は肩書もあって、A組にとってのオールマイトのようなものだ。

 それにハンデ無しで挑もうなんて思える爆豪の方が凄いのだ。

 

教師(おれ)としては、本気の八木を追い抜こうっていう爆豪みたいな気概が全員に欲しいところだが……自分達(プロ)ですら実践できてないことは言えんか)

 

 相澤はひっそりとため息を吐いた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 そんな感じのホームルームを経て一日が始まり、授業を消化して放課後を迎え。

 B組や普通科の生徒が敵情視察に来て、爆豪が条件反射のように喧嘩を売って宣戦布告みたいになってるのを尻目に、魔美子は相澤に拉致されて特別指導の時間となったわけだ。

 

 宣戦布告してきた普通科の生徒やB組の闘志は悪くなかった。

 A組も爆豪ほど燃えてるのは、同じく戦闘訓練の時にコテンパンにした轟くらいだが、ハンデありならやれるんじゃないかと気合いが入った者も多い。

 楽しい体育祭になりそうだ。

 それを憂いなく楽しむためにも、なんとかこのレポートの山を終わらせなくては!

 

「よっしゃー! やったどー!」

「ご苦労さん。体育祭までの2週間、特別指導は毎日行うからそのつもりで」

「そんな!?」

 

 この悪魔! と魔美子は叫んだ。

 悪魔に悪魔呼ばわりされるとは、相澤消太、恐ろしい男である。

 

「うぅ……。せめて息抜きが欲しい……」

 

 そんなことを呟きながら、疲労困憊で帰路についていた時。

 ピロンという音がして、スマホにメッセージが来た。

 

「緑谷少年?」

 

 わざわざメッセージを送ってくるとは珍しい。

 彼に関しては『父の後継者』としての興味しかないし、向こうもなんとなくそれを察しているのか、プライベートで何かを相談してきたことはない。

 一応は交換しておいた連絡先が活かされたのは、今日が初めてだ。

 

「なになに?」

 

『八木さんへ。

 個性の出力調整のヒントを掴んだので、特訓に付き合ってほしいです。

 出力調整に関しては八木さんの方が上手だから相談してみなさいってオールマイトに言われました。

 どうぞ、よろしくお願いします』

 

「かしこまった文章!」

 

 修行中にゲロ吐かされまくったことを思い出したのだろうか?

 そういえば、しばいた後はいつも怯えた様子で敬語になっていたような気がする。

 なんにしても、父が相談してみろと言ったのなら、魔美子に断るという選択肢は無い。

 ファザコン舐めんな。

 

「よし、息抜きはサンドバッグ緑谷で決定だ!」

 

 緑谷からの連絡が無ければMr.キックブレイクをやろうかと思っていたのだが、まあ、こっちでもいいだろう。

 個性を使ったガス抜きは、USJで存分にした。

 たまには修行編の続きというのも悪くはない。

 

「さーて、今日は何リバースまでいくかなー」

 

 その瞬間、緑谷の背筋に強烈な悪寒が走った。



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17 体育祭

 魔美子が毎日の特別指導で死にかけ、そのストレスを修行という名目でぶつけられ続けた緑谷も死にかけている間に、あっという間に2週間が過ぎ去り。

 雄英体育祭開催の日がやってきた。

 

「皆、準備はできてるか!? もうじき入場だ!」

 

 控室にて、委員長である飯田がいつも通りに声を上げる。

 クラスメイト達の様子は、緊張か高揚の二通りだ。

 緑谷、麗日などは緊張。爆豪、轟などは高揚している。

 ……いや、後者二名のそれは、もはや高揚などというレベルではないが。

 

「殺す!!」

 

 爆豪はもう安心感すら覚えるレベルで殺気立っている。

 そして、

 

「八木」

 

 轟の方は、静かに燃えていた。

 ただし、他のクラスメイト達とは根本的なところが違う燃え方で。

 

「お前には、勝つぞ」

 

 轟の宣戦布告。

 その瞳の奥で炎が燃えている。

 爆豪のような健全(?)な闘志ではなく、もっと粘り気を帯びたドロドロとした炎が。

 戦闘訓練の時に感じたのと同じだ。

 相変わらず、ちょっと怖い。

 

「あー、うん。よろしくー」

「おお! 宣戦布告か!」

「爆豪も燃えてるし、戦闘訓練の時のリベンジだな!」

 

 あまり好印象が抱けずにそっけない態度になる魔美子に反して、クラスメイト達は勝手に盛り上がった。

 というより、盛り上げてくれたと言うべきか。

 轟の危うさを他の皆もなんとなく感じ、暗いオーラを陽気なお祭り騒ぎのオーラで打ち消そうとしてくれているのだ。

 

「さあ、時間だ! 行こう!」

 

 飯田が声をかけ、全員が動き出す。

 入場の時間だ。

 

『雄英体育祭! ヒーローの卵達が我こそはとシノギを削る、年に一度の大バトル!

 どうせ、テメーらあれだろ! こいつらだろ!

 ヴィランの襲撃を受けたにも関わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!

 ━━ヒーロー科! 1年A組だろぉぉぉ!?』

 

 プレゼント・マイク先生が、盛大にA組を持ち上げるような実況で会場を盛り上げる。

 しかし、マイクの言っていることは別に誇張でもなんでもない。

 1年A組がやたらと注目されているのは事実だ。

 魔美子のショッキングなあれを隠蔽してもなお、襲撃事件の話題は良くも悪くも世間を賑わせている。

 中には「オールマイトが雄英に就任したからヴィランの標的になったんじゃないか!?」という、事実ではあるものの完全に叩き目的なマスゴミもいて、魔美子は大変イラついているので、命が惜しければマスメディアは彼女に近づかない方がいい。

 

「わぁぁぁ……。人がすんごい……」

「大人数に見られる中で最大のパフォーマンスを発揮できるか……! これもまたヒーローとしての素養を身につける一環なんだな」

「めっちゃ持ち上げられてんな! なんか緊張すんな! なぁ、爆豪!」

「しねぇよ。ただただアガるわ」

 

 大観衆に呑まれかけ、高揚から緊張に変わる者が何人か。

 ヒーローの卵として、緊張を跳ね除ける者も多い。

 

「緑谷少年。あれだけ付き合ってあげたのに情けない真似したら……わかってるよね?」

「ひっ!? は、はい!」

 

 緊張に呑まれそうになっていた緑谷は魔美子に活を入れられ、胃から酸っぱいものがせり上がってくるのと引き換えに、大観衆など気にならなくなった。

 彼はオールマイトに言われている。

 (ワンフォーオール)を授けたのは、緑谷に平和の象徴を継いでほしいから。

 雄英体育祭、全国が注目しているこのビッグイベントで、次世代のオールマイト、象徴の卵……。

 

『君が来た!! ってことを、世の中に知らしめてほしい!』

 

 憧れのヒーローにそう言われた。

 ライバル達の熱気にも当てられ、闘志を燃やしていたところに、その話を知った魔美子(ファザコン)との修行だ。

 彼女は相澤の特別指導によるストレスを熱意に変換し、そりゃもうトラウマになるレベルでしごいてくれた。

 

『調整のコツはイメージと肉体の完全な合致! 一回は成功したんでしょ? なら、その感覚を死ぬ気で反芻して繰り返せ!』

 

『一回一回が雑になってる! 失敗しても次があるとか考えるな! 失敗する度にコブラツイストだ!』

 

『っていうか、なんで全身で個性使わないの? 私のはリスクが大きすぎるから普段使いできないけど、君の場合はむしろ使わなきゃダメでしょ。素の力じゃクソザコなんだから』

 

『練習でできても、実戦でできなきゃ意味が無い! 君を殴るから、個性使って避けまくれ! 避けられなきゃ当たって死ぬぞ!』

 

『ヘイヘイ! 今日も胃液しか出せないようになるつもりかい? そろそろ内容物を残した状態で帰宅してみせろ!』

 

 ……うん。

 あの地獄を乗り越えた今なら、どんな困難にも立ち向かえる気がする。

 自信をつける何よりの方法は、いつだって自信に変えられるほどの経験を積み上げることだ。

 

『まあ、及第点は行ったんじゃない?』

『ありがとうございます!!!』

 

 様子を見に来たオールマイトが「イ、イジメ!? やめるんだ魔美ちゃん!!」と言って、慌てて止めに入るほどの鬼教官から言われたその一言が、緑谷の何よりの自信になった。

 一方、オールマイトはすっかり調教されてしまった様子の緑谷に頬を引つらせるしかなかった。

 いずれは魔美子の抑止力という役割も緑谷に受け継がせなければならないので、その第一歩として出力コントロールの特訓にかこつけて仲良くなってほしかったのだが、結果は中学時代に刻まれた上下関係が更に決定的になるという形で終わった。

 

 果たして、いざという時、緑谷は魔美子と戦えるのだろうか……。

 自分で例えるなら、師の盟友であるあの方に正面切って歯向かうようなものだ。

 想像しただけで膝が震えてくる。

 これは緑谷と魔美子のファーストコンタクトを盛大に間違えたかもしれない。

 オールマイトは今さらそんなことに気づいて頭を抱えた。

 

 そんな大人の悩みはともかく、今は体育祭だ。

 

「選手宣誓!!」

 

 ヒーロー科、普通科、サポート科などが勢揃いした会場にて。

 1年主審の先生、18禁ヒーロー『ミッドナイト』が壇上で宣言した。

 

「1年A組! 八木魔美子!」

「はーい!」

 

 選手代表に選ばれたのは、入試1位通過だった魔美子。

 彼女も大勢の前という状況は慣れていないのだが、生来の気質か、欠片も緊張していない様子で、実に堂々と壇上に上がった。

 

「宣誓! 私は最強である!」

「「「はぁあああああああああ!?」」」

 

 魔美子の発言に、選手達全員が目を剥いた。

 同じA組のクラスメイト達も同様だ。

 彼女はたまに授業態度があれになることもあったが、それでもテンションを下げながらも、やるべきことはちゃんと真面目にやっていたので、こういう場で変なことを言い出す問題児ではないと思われていた。

 なので、これはとんだ不意打ちだった。

 

「私はぶっちぎりの入試1位! 入学してからの戦闘訓練でも誰にも負けたことが無い! 正直、体育祭っていう枠組みの勝負で私に勝てる子がいるとは思えない!」

 

 ビキビキッ。

 魔美子の発言に、彼女の実力をよく知らないA組以外の敵意が強まっていく。

 ついでに、爆豪の敵意も強まっていく。

 調子に乗ってんじゃねぇぞ、おぉん? という感じだ。

 しかし、これが決して大言壮語ではないと知っているA組や、入試会場が同じで蹴落され、ヒーロー科に落ちて他の科に行った者達、ヘドロ事件でのパンチを克明に記憶している者達などは、彼女の圧倒的な強者の風格に、もはや清々しさすら覚えてしまった。

 

「私は体育祭に君臨する最強の魔王! 少年少女は、そんな魔王を倒す勇者になってやるって覚悟で向かってこい! 以上!」

「う〜〜〜ん! 大胆不敵! そういうの嫌いじゃないわ!」

 

 ミッドナイト先生は、実に良い笑顔で魔美子にサムズアップを送った。

 USJでのヴィラン殺害に心を痛めていないかと心配していたので、こうもわかりやすく元気な姿を見ると、ことさら安心感があった。

 

(やるわね、相澤くん!)

 

 ミッドナイトは魔美子のメンタルケアを担当した相澤に、内心で称賛を送った。

 なお、彼女は魔美子の生い立ちと心の闇を知らされていない側の教師である。

 ワンフォーオールの秘密と同じく、魔美子の秘密も伝えられる人間は厳選されているのだ。

 

「さーて! それじゃあ早速、第一競技行きましょう!

 いわゆる予選よ! 毎年ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)

 運命の第一種目! 今年は……これ!!」

 

 ミッドナイトの声に合わせて、ドラムロールと共に回転していたモニターに表示された文字が止まり、『障害物競争』という文字がモニターに映し出された。

 

「障害物競争……!」

「計11クラスでの総当りレースよ! コースはこのスタジアムの外周、約4キロ!

 我が校は自由さが売り文句! コースさえ守れば何をしたって構わないわ!」

 

 ウフフフと笑いながら、ミッドナイトが「何をしても構わない」という部分を強調する。

 まあ、さすがに殺したりすれば一発アウトなのだが。

 

「さあさあ、位置につきまくりなさい!」

 

 スタートゲートで点灯する三つのランプが、一つずつ消えていく。

 カウントダウンだ。

 3、2、1……。

 

「スタート!!」

 

 そうして、雄英体育祭の第一種目が開始された。




・緑谷出久
技術促進『+1』
精神成長(?)『+1』

・???
魔美子の前で『魔王』を名乗ったことは無い。


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18 体育祭 パート2

『さぁて! 狭ぁいスタートゲートから真っ先に飛び出したのは、大胆不敵な宣誓をかましてくれた八木だぁ!

 とんでもねぇ身体能力で、ガンガン後続を引き離していくぅ!』

 

 実況席からプレゼント・マイクの声が聞こえてくる。

 彼の言う通り、一抜けしたのは魔美子。

 個性禁止縛りをものともせず、素の身体能力だけで先頭をひた走る。

 

「速っ!?」

「あれで個性使ってないとかマジかよ!?」

「解除できない異形型が混ざっているとは聞いていましたが……!」

 

 魔美子が縛りプレイをしていることを知っているクラスメイト達は、大きな大きなハンデがあってもなお圧倒的な魔美子の姿に、いっそ憧憬すら覚えた。

 しかし、爆豪を筆頭とした例外ももちろんいる。

 

「行かせねぇよ……!」

『二番手は轟ぃ! 生み出した氷で自らを押し出す滑走で八木を追う! ついでに、氷は後続への妨害にもなってんぞ! 一挙両得だぁ!』

 

 最も近い距離から魔美子を追うのは、開始前に宣戦布告してきた轟焦凍。

 右半身から生み出した氷で自らを押し出し、冷気で後続の足を凍らせて止める。

 マイクの言う通り、一手両得の好手だ。

 それでも、轟のスピードは素の魔美子にすら及ばない。

 

「くそっ……!」

「何をしている焦凍。左を使え」

 

 観客席にて、焦った様子の轟にそんな声をかける存在がいた。

 しかし、遠く離れた場所からの声だ。届くはずがない。

 たとえ届いたとしても、彼がその主張を受け入れることは無いだろう。

 今も轟は右半身から繰り出す氷の力だけを使って、必死に魔美子を追っていた。

 

「……くだらん反抗期を。そんなだから後ろ(・・)にまで追いつかれるのだ」

『おおっとぉ! 轟の氷結を避けて、A組が続々と飛び出してきやがったぁ!』

 

 必死に前だけを見る轟に、後ろから多くの者達が迫る。

 観客席の男は、歯がゆそうな様子でそれを見ていた。

 

『三番手につけたのは入試2位の爆豪! 加速系の個性を持つ飯田! そして……こいつはとんだダークホース! 全くのノーマークだった無名野郎! 緑谷だぁ!』

「デク、テメェ!?」

「僕だって負けない! 負けられないんだよ、かっちゃん!!」

「俺のことも無視しないでもらいたい!!」

 

 爆豪、緑谷、飯田が三番手の位置で争いながら、轟との距離を詰めていった。

 掌の爆破を推進力にする爆豪、轟の氷結のせいで不安定な足場に苦戦しているが、それでも充分に速い飯田。

 そんな二人に、緑谷は食らいついていた。

 

(ワンフォーオール・フルカウル! 出力5%!)

 

 ワンフォーオール・フルカウル。

 魔美子との特訓で身に着けた技。

 調整に成功したワンフォーオールの力を全身に巡らせ、身体能力を強化する。

 とはいえ、まだ未完成にもほどがある緑谷の体が無理なく耐えられる出力は、たったの5%。

 それでも、あると無いとでは大違いだ。

 

「あああああああ!!」

「この……! クソナードがぁああああ!!」

 

 その力は爆豪と互角……とまでは行かない。

 引き離されそうなのを、必死に足を動かして、必死に爆豪の攻撃を防いで、必死に置いて行かれないようにしているだけ。

 互角には今一歩届かず。

 だが、かつては見上げるだけだった相手の足下に手が届いた。

 緑谷にとってそれは、大きな大きな成長だった。

 

『さあさあ、そろそろ障害物(・・・)競走の本番だぜ! 第一関門『ロボ・インフェルノ』!!』

「おお」

 

 最初の障害物として配置されていたのは、入試の時の仮想ヴィランこと、ロボット達だった。

 あの0ポイントの巨大ロボットまでいる。

 しかも、かなりの数が。

 

「……個性禁止じゃなかったら据え膳だったのに」

 

 ちょっと嘆きながら、魔美子は走り続けた加速の力を跳躍力に変えてかっ飛ぶ。

 狙いは先頭の巨大ロボット。

 個性無しだと破壊はできないが、どかすことくらいはできる。

 

「『デトロイト・スマッシュ』!!」

 

 魔美子の拳が巨大ロボットに突き刺さる。

 腕の力だけじゃなく、超加速した体を弾丸のように射出して放った一撃だ。

 巨大ロボットの装甲がヘコみ、ズシィィン!! という凄い音を立てて尻もちをついた。

 魔美子は倒れた巨大ロボを足場にして更に跳躍し、ビルの間を駆けるように、他の巨大ロボの頭上を悠々と飛び越していく。

 

『先頭、八木! やべぇパワーでロボ・インフェルノを突破! やっぱ、とんでもねぇ!』

「どけよ……! 邪魔だ!」

 

 続いて、轟がロボの群れと会敵。

 広範囲氷結で直線上のロボの動きを止めて突っ切った。

 

『二番手、轟もあっさり抜けたぁ! どうなってんだA組! 化け物だらけかよ!?』

「……チッ!」

 

 熱狂するマイクとは裏腹に、轟は余裕なさげに舌打ちをした。

 もう体が冷え始めている。

 個性の反動による体温低下。

 魔美子に食らいつくために、かなりの速度で氷を生み出し続け、今も最短経路の確保を優先して大技を使ってしまった。

 反動が大きくなれば、低体温症で動けなくなる。

 その前に走り抜け、逆転しなければ。

 

『オイオイ! 第一関門チョロいってよ! んじゃ、第二はどうさ!? 落ちればアウト! それが嫌なら這いずりな! 『ザ・フォール』!』

 

 続いて現れた関門は、無数の岩の塔のような足場にロープがかかった、大袈裟な綱渡りだった。

 

「いや、これ飛べる個性が有利すぎるでしょ」

 

 魔美子はそうツッコミを入れながら、宙に向かってダイブ。

 個性禁止縛りなので翼は使えない。

 だが、別に翼が無くても多少の飛行は可能だ。

 

「『ニューハンプシャー・スマッシュ』!」

 

 衝撃波の反動で空中を跳躍する技。

 それを足で使って連続発動し、文字通り宙を駆けていく。

 翼に比べれば大きく劣る移動速度だが、制空権を有するというのはそれだけで強い。

 

『こいつ、とうとう空まで飛びやがったぁ! 八木! 空中二段ジャンプでザ・フォールを完全無視! ゲームの裏技じゃねぇんだぞ!?』

「くっ……!?」

 

 跳んでいく魔美子を見て、轟は本格的に焦った。

 氷の個性で空中移動はできない。

 置いて行かれる。振り切られる。個性も使っていない相手に。

 左を使えば追いすがることも可能だろうが……彼はその選択肢を断じて認めなかった。

 

「ここは俺の独壇場だぁ!!」

「あっ!?」

 

 続いて現れた爆豪が、爆破の反動で魔美子と同じように宙を駆け、緑谷との距離を引き離した。

 やっぱりこの関門、空を飛べる奴が有利すぎる。

 

「俺も先に行かせてもらうぞ、緑谷くん!」

 

 更に、飯田も爆豪に続く。

 彼は別に空を飛べるわけではない。

 しかし、彼の個性『エンジン』はふくらはぎに車のマフラーのようなものが生えており、そこから推進エネルギーを噴射することで、足を動かさずに滑走することが可能だ。

 ロープの上という足場は走行には向かないが、滑走ならかなりの速度を維持できる。

 

「置いてかれた!?」

「くそっ……!?」

『おおっと! ここで二番手三番手が変わったぁ! 爆豪と飯田が轟を追い抜いたぜぇ!』

 

 ここで轟に対する更なる追い打ち。

 真面目にロープを渡るしかない轟を、後ろから猛追してきた爆豪と飯田が追い抜いてしまった。

 原因は、巨大ロボットを轟が纏めて氷結させ、後続に道を作ってしまったことだ。

 魔美子に追いつこうと焦るあまり、後ろを気にしている余裕が無かった。

 その結果、当然の帰結として後ろから追い抜かれた。

 

「はぁ」

 

 観客席の男がため息を吐いた。

 

『八木が早くも最終関門に辿り着いたぁ! 一面地雷原! 『怒りのアフガン』だぁ! けど、これも空飛ぶ奴には意味がねぇ!』

『完全に設置する障害物を間違えたな』

 

 解説としてマイクに呼ばれた相澤が、至極ごもっともなツッコミをようやく入れてくれた。

 

「待てや、クソ女ぁ!!」

 

 最終関門まで来て、ようやく爆豪が魔美子の背中が見える位置まで辿り着いた。

 だが、辿り着いただけだ。

 爆豪は最終関門の入口、魔美子は既にゴール間近。

 

「敢闘賞ってところかな。頑張ったね、爆豪少年」

『ゴォォォーーール!! 圧倒的!! 1年A組、八木魔美子! 宣言通りの圧倒的な実力で予選1位通過!! こいつを倒せる勇者は現れるのかぁ!?』

 

 必死に追いすがった爆豪を尻目に、魔美子は悠々とゴールであるスタジアムへと帰ってきた。

 息一つ乱していないその姿に、多くの観衆が彼女の底知れなさに息を呑む。

 

『そうして、巻き起こるは熾烈な2位争い! 今んとこ、飛べる爆豪が圧倒的有利だ! 誰だよこの障害物考えた奴!?』

 

 大分実況が荒れてきている。

 それはそれとして2位争い。

 このまま爆豪が行くかと多くの者が思ったが、轟が最終関門に到達したところで流れが変わる。

 彼は白い息を吐きながら足下を凍結させ、自分の走る範囲の地雷を完全無力化したのだ。

 

『轟の猛追!! 地雷に捕まりまくってた飯田を抜いたぁ!! このまま爆豪に届くか!?』

「届かねぇんだよ!!」

『ゴーーール!! 轟の猛追から逃げ切り、爆豪が2位だぁ!! 入試1位2位のワンツーフィニッシュ!!』

「クソがぁあああああ!!!」

 

 2位という優秀な成績でも、爆豪は息を切らしながらブチ切れた。

 その上昇志向の高さと、圧倒的頂点に本気で挑む姿勢に、多くの観客が魅入られる。

 性格はクソで悪役寄りなのに、今の彼は勇者候補筆頭だった。

 

『そして、3位に轟……んん!? 緑谷! 緑谷だぁ!! 轟の作った道を踏み越え、最後は大ジャンプで轟の頭上を飛び越えて、転げ回りながらスタジアムに帰ってきたぁ!! 嫌いじゃないぜ、その泥臭さ!!』

「ハァ……ハァ……」

 

 ゴールしたところで完全に体力を使い切り、大の字に寝そべって荒い息を吐く緑谷。

 3位。

 本来なら充分に胸を張れる順位だが、オールマイトの継承者としては足りない。

 魔美子だけならまだしも、爆豪にも負けた。

 

「まだまだだ……! 頑張らないと……!」

『そして、4位に轟がやって来たぁ! 上位何名が予選通過するかは公表してねぇから、他の奴らは安心せずに突き進め!』

「……ああ、くそっ」

 

 4位の轟は、右半身に霜を張りつけながら、疲労と低体温症で苦しげな様子を見せる。

 宣戦布告しておきながら、この体たらく。

 壁は想像以上に分厚く、自分の力は想像以上に通用しない。

 焦る。焦る。

 15歳の未熟な少年の心を、焦りが侵食していく。

 

『俺の血を持って俺を超えていき、俺の野望をお前が果たせ』

「うるせぇ……!」

 

 脳裏に声が響く。

 憎くて憎くて堪らない男の声が。

 

『私、変なの……。もうダメ……。子供達が日に日にあの人に似てくる。焦凍の、あの子の左側が、時折とても醜く見えてしまうの……。私、もう育てられない……。育てちゃダメなの……』

 

 脳裏に声が蘇る。

 大切な母の絶望の声が。

 お母さんをあんなに苦しめた男を、彼は許さない。許せない。

 だから、彼は……。

 

『さあ、続々とゴールインだ!』

 

 上位が色々と思い悩んでいるうちに、中位〜下位もゴールしてくる。

 そして、全員がスタジアムに戻ってきたところで。

 

「ようやく終了ね。それじゃあ、結果をご覧なさい」

 

 モニターに予選通過者の順位が映し出される。

 その人数は、43名。

 

「予選通過は43名! 残念ながら落ちちゃった子も安心しなさい! まだ見せ場は用意されてるわ!

 そして、次からいよいよ本戦! ここからは取材陣も白熱してくるわよ! 気張りなさい!」

 

 ミッドナイトが激励の言葉を贈り、再びモニターの映像が変わる。

 障害物競走に続く第二種目の名が、そこに表示された。

 その競技の名は『騎馬戦』。

 

「参加者は2〜4人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ!

 基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど、一つ違うのが、先ほどの結果に従い、各自にポイントが振り当てられること!」

 

 ミッドナイトの説明が始まる。

 与えられるポイントは、下から5ずつ。

 43位が5ポイント。42位が10ポイント。

 しかし、1位だけは例外。

 

「1位に与えられるポイントは、1000万!!」

「おー」

 

 桁がいくつも違った。

 1000万なんて大層なポイントを持たされることになる魔美子は、そのあまりのぶっ飛び具合に、いっそ感心したような声を出した。

 

「上位の奴ほど狙われちゃう! 下剋上サバイバルよ!」

 

 そうして、体育祭は次のステージへと移行する。 




・轟焦凍
焦り『+1』


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19 体育祭 パート3

「制限時間は15分。振り当てられたポイントの合計が騎馬のポイントとなり、騎手はそのポイント数が表示されたハチマキを装着!

 終了までにハチマキを奪い合い、最終保持ポイントの上位4チームが最終種目に進出よ!」

 

 そして、とミッドナイトは続け。

 

「重要なのはハチマキを取られても、また騎馬が崩れても、アウトにはならないというところ!」

 

 つまり、43名からなる、おおよそ10組くらいになるであろう騎馬が、ずっとフィールドに残り続けることになる。

 その特殊ルールを、ミッドナイトは続けて説明した。

 

「個性発動ありの残虐ファイト! でも、あくまでも騎馬戦! 悪質な崩し目的での攻撃などはレッドカード! 一発退場とします!」

「うげっ」

 

 魔美子が嫌そうに顔を歪めた。

 そういう手加減系の制約は常日頃からかけられているので、大分うんざりしているのだ。

 

「それじゃ、これより15分! チーム決めの交渉タイムスタートよ!」

「八木! 私と組もう!」

「僕でしょ? ねぇ?」

「おお。人気だ」

 

 交渉タイムがスタートした瞬間、即行で魔美子の周りに人が集まり出した。

 特にその実力をよく知っているクラスメイト達が。

 そりゃそうだ。

 ポイント数ゆえに狙われはするだろうが、それ以上に魔美子と組むことのメリットは大きい。

 

「うーむ」

 

 寄ってきたクラスメイト達を見ながら、魔美子はちょっと真剣に頭を使った。

 崩しプレイ禁止の更なる縛りプレイ状態となると、チームメンバーをちゃんと考えておかないと負けるかもしれないからだ。

 まして騎馬戦ともなれば、ワンマンプレーで全てを解決することもできない。

 彼女は数秒ほど頭を回した後、

 

「よし、決めた」

 

 チームメンバー候補を見定め、彼らに声をかけに行った。

 

「緑谷少年、飯田少年、麗日少女。私と組まないかい?」

「え? 僕?」

「む?」

「わ、私も!?」

 

 声をかけられた三人は、飯田以外、意外そうな顔をした。

 緑谷は上下関係を叩き込まれたあの超人が、自分ごときの力を必要とするのが予想外だったから。

 麗日は個性把握テストのボール投げで勝って以来、そこそこ仲良くしているという自覚はあったが、やはり緑谷同様、この重要な局面で彼女に頼られるというのは想定していなかった。

 

「えっと……忖度で選んだわけじゃないよね?」

「違うわ」

 

 魔美子のファザコンを知っているだけに、もしや後継者である自分を勝たせるために声をかけてきたのではと疑った緑谷。

 そういう気持ちも無いとは言わないが、この三人を選んだのにはちゃんとした理由がある。

 

「私は騎手やりたいから、緑谷少年は支えるの担当。パワーのある騎馬じゃないと、衝撃波打った時に反動で崩れそうだし。

 麗日少女は機動力補助兼、いざって時のための保険。私は衝撃波で空中移動できるから、麗日少女の個性で浮いちゃえば、落ちる心配もなく無限に空中を逃げていられる。

 飯田少年は機動力と牽引力。さすがに無限空中逃げ戦法は反則食らう可能性が高いし、あくまでも万が一の時の逃げ道としてだけ使って、すぐに安全地帯で騎馬を再構成したい。そのためには、即座に安全地帯まで他二人を連れて移動できる飯田少年の機動力と牽引力がいる」

 

 理路騒然とした回答が飛び出してきた。

 脳筋の力押しを好む魔美子だが、別に頭が悪いわけでも、物事を考えられないわけでもない。

 むしろ、演技力一つで怪物の本性を隠し、感性の違いを思考で埋め、クラスに上手く溶け込めるくらいには頭が回る。

 その回る頭で考えたベストな布陣が、この三人だったのだ。

 

「あ、えと、支える担当は僕でいいの? 障子くんとか砂藤くんの方が体格もパワーもあるけど……」

「それも考えた。でも、私の挙動を一番理解してるのは緑谷少年でしょ? 衝撃波打った時の反動がどれくらいかも知ってるし、今回はそっちを優先した」

「私の無重力なくても、魔美ちゃんなら自力で空中逃げ回れると思うけど……」

「衝撃波移動だけだと、空中を自由自在に動き回るとかは無理なんだ。

 爆豪少年と違って、私のこれはあくまでも翼が使えない時限定のサブウェポンだから熟練度も低いし。

 だから、無重力で自然落下を気にしなくて済むようになるっていうのはデカいよ」

「そ、そっか」

 

 自分達の力の必要性を説かれて、緑谷と麗日は照れた。

 最強に認められて頼りにされるというのは、思ったより嬉しかった。

 

「なるほど。作戦の有用性はわかった。勝てる確率が高いことも理解した。……だが、すまない。断る」

 

 しかし、飯田だけは魔美子の申し出を断った。

 

「初めての戦闘訓練で君に完膚なきまでに叩きのめされた時、誓ったんだ。

 いつの日か、必ずや再挑戦すると。

 この体育祭は一つの機会。━━俺は君に挑戦させてもらう」

 

 そうして、飯田は魔美子のもとを去っていった。

 向かった先は轟のチーム。

 騎馬戦という種目で飯田の機動力なら引っ張りだこだろう。

 これは中々に手強いライバルになりそうだ。

 

「あーあ、振られちゃった。残念」

「飯田くん……」

 

 作戦に必要不可欠な人材を獲得し損ねた。

 割と冗談抜きで痛い。

 魔美子は再び頭を回して飯田の代わり、もしくは違う形でこのチームを活かせる人物を考える。

 

「八木さん、常闇くんはどうかな?」

 

 と、そこで緑谷が意見を出した。

 

「常闇少年?」

「うん。機動力に優れたタイプじゃないから飯田くんの代わりにはならないけど、最低限で良いなら僕が飯田くんの代わりを兼任できるし、個性を知ってるクラスメイトの中に、僕以上に飯田くんの代わりをやれそうな人もいない。だったら、機動力は最低限(ぼく)で我慢して、代わりに別の強みを手に入れるべきだと思うんだ」

「そこで常闇くんなん?」

「そう。八木さんの衝撃波で牽制、それを抜けてきた相手には常闇くんの力で対処して、その隙に麗日さんの無重力で軽くした皆を僕が引っ張って逃げる。どうかな?

 他の候補だと八百万さんの『創造』で不測の事態に備えたりとかしたいけど、八百万さんは轟くんのチームに入っちゃったし、耳郎さんや障子くんの索敵能力も捨てがたいけど、全ての騎馬がフィールド内にいて見えてる状態なら、常闇くんの視野の広さで充分に対処可能。加えて物理的な中距離防御ができるって点はかなりの魅力だ。ああでも、八木さんのパワーで制圧して、峰田くんの拘束で一つずつ騎馬を制圧していくって手も……」

「OK。常闇少年でいこう」

 

 ちょっと生理的にチームを組みたくないエロ小僧の名前が出てきたので、それを遮る意味でも即決即断。

 急いてはことを仕損じるとは言うが、先んずれば人を制すとも言う。

 今の状況は後者を優先すべきだろう。

 モタモタしていたら、他のチームに引き抜かれるだけなのだから。

 

「おーい、常闇少年! 私達と組まないかい?」

「む?」

 

 常闇(とこやみ) 踏陰(ふみかげ)

 個性『黒影(ダークシャドウ)』。

 伸縮自在の影のようなモンスターを身に宿し、操作しての戦闘が可能。

 モンスターは知性を持ち会話もできる。

 

 彼の勧誘に成功し、魔美子のチームは出来上がった。

 前騎馬は飯田が抜けたことで、牽引力担当も兼任することになった緑谷。

 右が麗日で、左が常闇。

 他のチームも続々と出来上がっていき、合計12チームの騎馬が出揃った。

 

『さぁ、上げてけ鬨の声! 血で血を洗う雄英の合戦が今、狼煙を上げる!!』

 

 雄英体育祭第二種目『騎馬戦』。

 開幕。



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20 体育祭 パート4

『スタート!!』

 

 開始の合図の直後、早速複数の騎馬が魔美子達に突っ込んでくる。

 

「実質1000万(それ)の争奪戦だ!」

「怖いけど、行くよー!」

 

 B組は威勢よく、A組(クラスメイト)は及び腰ながらも奮起して向かってきた。

 個人戦なら勝ち目が見えなくとも、チームプレイ前提である騎馬戦ならという考え方は正しい。

 実際、魔美子は確実に一人で戦う時より弱体化している。

 

「打つよ! 緑谷少年、踏ん張って!」

「了解!」

 

 魔美子は足で挟むように緑谷の体に自らを固定し、普段は自力でやれている踏ん張りを緑谷に肩代わりしてもらう形を取った。

 

(ふ、太もも!?)

 

 が、ここで誤算が一つ。

 クソナード緑谷は、強い力でギュウギュウと締めつけてくる魔美子の太ももに意識を持っていかれそうになった。

 しかし、彼は脳裏にオールマイトの顔を思い浮かべ、かつて峰田(エロガキ)に見せた親バカの殺気を思い出すことで煩悩を鎮め、支え役に徹する。

 

「『デトロイト・スマッシュ』!!」

「ぬわっ!?」

「うわぁぁ!?」

 

 魔美子の放った風圧が、向かってきた騎馬を牽制する。

 崩し目的の攻撃はレッドカードと言われているので、かなりもどかしい思いをしながら調整した一撃だ。

 騎手が騎馬に抱きつきでもすれば普通に耐えられる。

 ただし、そうすると確実に隙ができる。

 

「今だ! ダークシャドウ!」

「アイヨッ!」

 

 その隙を狙って、常闇の個性であるダークシャドウが伸縮自在の体を伸ばし、硬直する騎手からハチマキをかすめ取ってきた。

 常闇は迎撃役としてスカウトしたのだが、作戦会議中に思ったよりもダークシャドウが動けるということを知って、あわよくば攻撃もしちゃってくれという作戦に変更してみたのだが、早速上手くハマったようだ。

 

「おお。思ったより相性良さげだね、私達」

「どうやら、そのようだな」

「衝撃波食らって硬直した相手に、ダークシャドウの伸縮自在で速い攻撃は刺さる! 凄いや!」

「じゃあ、次は私の番! 浮かせたから逃げよう! デクくん!」

「了解!」

 

 攻撃の直後。

 相手が体勢を立て直す前に麗日が魔美子と常闇にタッチし、二人を浮かせて重量を消す。

 麗日自身も軽くできればなお良いのだが、自分を浮かせるのは消耗が激しく、許容限界を越えてしまうと強烈な酔いに襲われて吐いてしまう。

 なので、ここは緑谷に麗日一人分の重さを引っぱって逃げてもらうしかない。

 とはいえ、フルカウルを会得した今の緑谷なら、そのくらい余裕だ。

 

『八木チーム! いきなり鉄哲チームと葉隠チームからハチマキをぶん取った上に逃げた! 1000万持ってるくせに、まだ欲しがるか!?』

『取れそうなら取るだろ、普通に考えて。保険は大事だ』

 

 実況のマイクと解説の相澤は第二種目でも健在。

 そして……。

 

「八木……!」

『おおっと! ここで早くも、轟が八木に仕掛けたぁ!』

 

 轟の謎の執着も健在。

 飯田、八百万、上鳴の三人で構成された騎馬に乗って向かってきた。

 

「1000万!」

「行けぇ! 障子!」

「さっきのお返しだー!」

「ぜやぁ!」

 

 更に、他の騎馬も群がってくる。

 狙いは魔美子チームと轟チームの両方だ。

 1000万目がけて突っ込んでくる者もいれば、攻撃態勢に入った轟の隙を突こうとしている者もいる。

 

「八百万! 上鳴!」

「ええ!」

「わかってる!」

 

 群がる騎馬に対処したのは轟チーム。

 まず八百万が特殊な棒と布を体から創り出した。

 八百万(やおよろず) (もも)

 個性『創造』。

 脂質を消費して、有機物以外の大抵のものを創り出せる。

 その個性で創り出された布で、轟チームは上鳴以外の三人を覆う。

 何をやってくるかは一発でわかった。

 

「ありゃヤバいね。常闇少年!」

「ああ! ダークシャドウ!」

「無差別放電! 130万ボルト!!」

 

 轟チームの一人、上鳴の個性が放たれる。

 上鳴(かみなり) 電気(でんき)

 個性『帯電』。

 体に電気を纏わせて放出することができる。

 電撃を操れるわけじゃないので無差別攻撃になるが、さっき八百万が出して轟チームが纏った布は、間違いなく電気を遮断する絶縁体だ。

 あれで味方を守っている。

 

「悪いが、我慢しろ」

「ぐっ!?」

「冷たっ!?」

 

 更に、轟は布と一緒に八百万が創った棒を地面に突き立て、それを通して自分の冷気を地面に伝え、群がっていた他の騎馬の足下を凍りつかせた。

 あれでは大抵の騎馬は、試合終了まで動けないだろう。

 エグいことをする。

 

「衝撃波じゃ電撃は相殺できないし、あれに巻き込まれてたらヤバかったね。助かったぜ、常闇少年」

「ふっ。勝利のために当然のことをしただけだ」

「フミカゲぇ……」

 

 他の騎馬がやられる中、魔美子チームはダークシャドウを盾にして電撃を防ぎ、氷結の効果範囲外にまで逃げていた。

 盾に使われたダークシャドウが哀れだが、勝利のためには仕方あるまい。

 

「逃がすか……!」

『轟! 他のハチマキには目もくれず、八木を追いかけて攻める攻める! まるでヤンデレ彼氏のようだ!』

『もっと言い方あるだろ』

 

(いや、意外と的を射てるかも)

 

 轟に粘ついた暗い感情を向けられている魔美子は、多分ウケ狙いなんだろう実況解説の言葉に内心で同意しそうになった。

 

「魔美ちゃん! どうするん!?」

「倒していいルールじゃないし、行動不能にできる拘束担当もいないんだから逃げる。……と言いたいところだけど、せっかくだから、もうちょっと捻ったことをしようか」

 

 そう言って、魔美子はチラリと轟に凍らされた無数の騎馬の方を見た。

 

「皆、轟少年から逃げつつ、あそこのハチマキを回収するよ。ゴー!」

「まだ欲するか。貪欲だな」

「違うって。作戦があるんだよ」

 

 魔美子チームは轟を避けながら、凍らされて動けずに据え膳状態のハチマキに接近し、あっさりと奪った。

 

「あー! ハチマキ! くっそぉぉ!」

「待て、八木! 逃げんな!」

「轟くん! 少し落ち着きたまえ!」

「そうですわ! 必ずしも八木さんに固執する必要はありません!」

「ってか、電撃すら防がれるんじゃ、あの化け物はどうしようもねぇよ!」

「くそっ……!」

 

 逃げる魔美子チームを追いかけようとした轟だったが、チームメイトの進言で思い留まった。

 騎馬戦である以上、チームの同意を得なければ動けない。

 轟の足が止まった。

 

「ありゃ? ちょっと意外。来なかったか」

 

 引きつけて、他の騎馬を轟の攻撃に巻き込んで次々と脱落させるつもりだったのだが、企画倒れに終わってしまった。

 

「意外と言えば、爆豪少年も来ないね」

「……確かに、変だ。かっちゃんなら、真っ先に突っ込んできそうなのに」

『さぁて! 早くも5分が経過し、残り時間は10分! 現在の保持ポイントはどうなっているのか!? ……あら?』

 

 実況のマイクが、何やら予想外のものを見たような声を上げた。

 

『ちょっと待てよ、これ。A組、八木以外パッとしてねぇ……ってか、爆豪0ポイント!?』

「え!?」

 

 爆豪の現状に、緑谷が思わずといった様子で声を上げた。

 逃げながら大きく順位の表示されたモニターを見てみれば、1位が魔美子チーム。

 2位が物間チーム、3位は鉄哲チームというB組のチームで、4位にようやく初期ポイントだけを持っている轟チーム。

 他は全員0ポイントだ。

 

「これまた意外だねー。お隣さん(B組)は思ったより強いみたいだ」

「かっちゃん……!」

 

 少し離れたところでは、爆豪が盛大に暴れているものの、B組に上手くあしらわれている。

 緑谷はライバルのピンチに心配そうな視線を向けるが、こっちもよその心配をしている余裕は無い。

 

「「「1000万(それ)よこせぇ!!」」」

 

 0ポイントのチームが、群れを成して魔美子チームに襲いかかってきた。

 失うものが無いからこその捨て身の特攻。

 これはちょっと厄介だ。

 

「じゃあ、作戦通りにいこうか。撒き餌作戦だ」

 

 魔美子は首に巻いていた、いくつかのハチマキを外した。

 現在、魔美子チームが持っているハチマキは1000万が一つ、最初に狙ってきたチームからかすめ取ったのが二つ、轟に凍らされたチームから回収したのが三つ。

 合計で六つも持っている。

 獲物が一点集中すれば、狙ってくる狩人も一点集中してしまう。

 ゆえに、魔美子は持っているハチマキの中で、ポイントの低い三つを手放すことに決めた。

 

「そーれ!」

「「「あ!?」」」

 

 丸めて3方向に投げたハチマキが飛んでいく。

 麗日の無重力をかけてフワフワと浮かぶようになったハチマキだ。

 群がっていた騎馬の全てが、撒き餌(ハチマキ)の方に釣られて3方向に散る。

 そのまま、無重力状態のせいで、ちょっとした風圧ですぐ外れそうになるハチマキの奪い合いに発展した。

 こちらに来る騎馬は皆無。

 誰だって、こんな化け物に挑むよりは、楽にポイントが手に入りそうな方へ行きたいだろう。

 

「ハッハッハ! 醜い争いだ!」

「エグい……」

「魔王を名乗るのも頷ける悪辣さ」

「でも、有効な戦略だよ。獲物が分散すれば狙う側も分散する。敵同士で潰し合ってくれれば、僕らが狙われる確率も下げられる。ハチマキを贅沢に使える八木さんだからこその戦法だ。エグいけど」

 

 仲間にすら微妙な顔をされる戦法により、魔美子チームは敵の数を減らすことに成功した。

 爆豪チームはB組と、轟チームはもう少し順位を上げておくために魔美子チーム以外を狙い、2位と3位のチームは防戦に徹しているので、こっちに来る敵は適当にあしらうだけでどうにでもなるレベル。

 そして、

 

『そらそら、15分なんざあっという間だぞ! 残り時間30秒!』

「クソ女ぁ!!」

「八木!!」

 

 最終盤。

 ここでようやく、爆豪チームと轟チームが一度に向かってきた。

 爆豪は奮戦の末、B組からハチマキを奪い返して利子までぶん取り。

 轟も決勝トーナメント進出は確実なくらいのポイントを得た上で、完全勝利のために1000万を狙う。

 

「ラスト一発! 無差別放電! 130万ボルト!!」

「ッ!」

「「「あばばばばばば!?」」」

 

 上鳴の電撃で、爆豪チームが痺れて動けなくなる。

 だが、爆豪だけは爆破の反動で上空に飛び上がって避け、そのまま空を飛んで魔美子に向かってきた。

 騎馬戦なのに単独行動だ。

 あと、上鳴は個性を使い過ぎて許容限界を超過し、反動で「ウェーイ」としか言わないアホになった。

 

「フッ……!」

 

 続いて、轟による足下凍結攻撃。

 さっきは逃げることで避けた。

 なら今回も……。

 

「麗日さ……」

「違う! 衝撃波で迎撃! 『デトロイト・スマッシュ』!!」

「ッ!?」

 

 麗日に軽くしてもらって逃げようとした緑谷の言葉を遮り、魔美子は緑谷に飛び乗って拳を放った。

 氷結していく地面を衝撃波で砕いて、冷気を遮断。

 咄嗟だったが、緑谷はどうにか踏ん張りを合わせた。

 

 今回は爆豪も来ていたので、下手な高速移動は騎馬のバランスを崩し、爆豪につけ入られる隙を作りかねないと判断して迎撃を選んだのだ。

 その爆豪が爆破の反動で空を飛び、接近してくる。

 下手に動かなかったおかげで、万全の体勢での迎撃が可能。

 

「常闇少年!」

「ダークシャドウ!」

「アイヨッ!」

 

 ダークシャドウが爆豪の前に飛び出し、彼の攻撃に対する盾になる。

 だが、

 

「邪魔だぁ!!」

「くっ!?」

 

 爆豪は空中で爆破を繊細に使い、ほぼ直角の軌道で曲がってダークシャドウの盾を避けた。

 

「やはり、こやつもセンスの塊……!」

『残り時間10秒!!』

 

 最終局面。

 最後の脅威は爆豪。

 それと、

 

「トルクオーバー! 『レシプロバースト』!!」

 

 飯田のエンストと引き換えの超加速によって急接近してくる轟チーム。

 戦闘訓練の時、魔美子に一撃を当ててみせた飯田の奥の手。

 爆豪も、轟チームも、渾身の力で魔美子チームに追いすがる。

 その健闘は……。

 

「麗日少女!」

「うん!」

 

 魔美子の用意していた保険によって打ち砕かれた。

 麗日が魔美子にタッチして無重力状態に変え、魔美子は緑谷の肩を蹴って騎馬から緊急脱出。

 ライバル達の手の届かない上空へと去った。

 

「ロボットアニメでたまに見るやつ。一回やってみたかったんだよねー」

「クソがぁああああ!!!」

「ぐっ……!!」

『タイムアップ!!』

 

 ここで試合終了。

 爆豪は地面に降りて地団駄を踏み、轟は天を仰ぐ。

 魔美子は麗日に個性を解除してもらって地面に降り、チームメイトのところへと戻ってハイタッチした。

 

『早速、結果を発表していくぜ! 1位、八木チーム! 2位、爆豪チーム! 3位、轟チーム! 4位、鉄哲……アレェ!? 心操チーム!? いつの間に逆転してたんだよオイオイ!!』

 

 マイクがめっちゃ驚いている。

 いつの間にかB組のチームがハチマキを奪われ、逆転を許していた。 

 しかも、やったのは普通科の生徒だ。

 最後の最後まで何が起こるかわからない競技だった。

 

『以上4組が最終種目へ進出だぁぁーーー!! 一時間ほど昼休憩挟んでから午後の部だぜ!』

 

 第二種目『騎馬戦』終了。

 

「楽しかったー!」

 

 破壊衝動発散のための戦闘ではなく、あくまでもスポーツとしての競技は想像以上に楽しいゲームだった。

 魔美子は珍しく、父も衝動発散も関係ないところでかなりの上機嫌になり、鼻唄を歌いながらスタジアムを後にした。




・轟焦凍
焦り『+1』


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21 体育祭 昼休憩

「で? 話って何かな?」

 

 昼休憩の時間。

 魔美子はとある人物に呼び出されて、人気の無い場所まで来ていた。

 その人物とは、魔美子に暗い感情を向けてくる少年こと、轟焦凍。

 ちなみに、この場には偶然緑谷と爆豪も居合わせ、出ていくタイミングも立ち去るタイミングも逃して、物陰で気配を消しながら会話を聞いていたりするのだが。

 轟は二人に気づく精神的余裕がなく、魔美子は二人がいようがいまいがどうでもよかったので指摘していない。

 

「お前には、言っておかなきゃダメだと思ったんだ。俺の事情。理由もわからずに睨まれ続けるのは迷惑だろ」

「理由があっても迷惑だけどね」

「……すまねぇ」

 

 轟がシュンとした。

 この子、恐らく、根は真面目なのだろう。

 

「まあ、青春気分を損ねるくらいしか実害ないし、そこまで気にしてないから安心して話していいよ」

「……悪ぃな」

 

 轟はそれを魔美子の気づかいと受け取った。

 実際は九割本音である。

 轟の事情も、あの感情を向けられる意味も、正直あまり興味はない。

 むしろ、一割だけでも父以外の人間の事情に興味を持っただけ、彼女にしては奇跡だ。

 

「……俺の親父はエンデヴァー。万年ナンバー2のヒーローだ。知ってるだろう?」

「まあ、さすがにね」

 

 ナンバー2ヒーロー、フレイムヒーロー『エンデヴァー』。

 テレビでもよく、父に次ぐ不動のナンバー2として紹介されているので知っている。

 それどころか、11年前には実際に会ったことがある。

 まあ、魔美子は覚えていないが。

 昔ちょっと会っただけの相澤のことすら覚えていた彼女が覚えていないということは、そういうことである。

 

「親父は極めて上昇志向の強い奴だ。ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたが、それだけに生ける伝説オールマイトが目障りで仕方なかったらしい。

 自分ではオールマイトを超えられねぇ親父は、次の策に出た」

 

 轟の瞳が憎悪に染まる。

 ああ、自分に向けてきていた視線の源泉はこれかと、魔美子はようやく理解を得た。

 

「━━『個性婚』。自身の個性をより強化して継がせるためだけに配偶者を選び、結婚を強いる。倫理観の欠落した前時代的発想。

 実績と金だけはある男だ。親父は母の親族を丸め込み、母の個性を手に入れた」

 

(ああ、なるほどね)

 

 魔美子はもう一つの納得を得た。

 彼女が多少なり轟に興味を持った理由。

 それは彼の個性の強さだ。

 

 (とどろき) 焦凍(しょうと)

 個性『半冷半燃』。

 右で凍らせ、左で燃やす。

 その出力は、戦闘訓練でビル一棟丸ごと凍りつかせたり、障害物競走であの巨大ロボ複数を纏めて凍りつかせたりしたのを見れば、どれほどのものかよくわかる。

 それに加えて、左の炎まで同等の出力を誇っているのなら、彼の潜在的なスペックは、素の魔美子など軽く超えるだろう。

 

 なのに、彼はここまで、戦闘において右の冷気しか使っていない。

 徹底的に左の炎を封印するその姿勢。

 少しだけもどかしく思っていたのだが、そういう事情か。

 

「俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで、自身の欲求を満たそうってこった。

 鬱陶しい。そんなクズの道具にはならねぇ。

 ……記憶の中の母は、いつも泣いている。

 『お前の左側が醜い』と、母は俺に煮え湯を浴びせた」

 

 轟が顔の左側にある火傷の跡を押さえながら、憎しみに満ちた声を出した。

 物陰で聞いてしまった緑谷はゾッとし、爆豪ですら顔色が悪くなる。

 

「ざっと話したが、俺がお前につっかかんのは見返すためだ。

 クソ親父の個性なんざ無くたって……いや、使わず『1番』になることで、奴を完全否定する」

「……なるほど」

 

 魔美子は神妙な顔を浮かべた。

 まあ、共感はできる。

 彼女もまた血の繋がった親の醜い悪意で生み出された存在だ。

 自分だってあのクソのことは大嫌いだし、ある意味、彼女は誰よりも轟の気持ちがよくわかる立場にいる。

 だが、その上で。

 

(どうでもいいな!)

 

 自分と同じ立場にいる者が、自分と同じ苦しみを抱えていようと、それがどうしたと思ってしまう人でなしこそが彼女だ。

 魔美子が大切に感じることができる存在は(オールマイト)だけ。

 それ以外は同類だろうが同族だろうが等しく塵芥、良くて玩具。

 父が必死で守ろうとしているから壊さないだけの、いわば父の付属品に過ぎない。

 轟の身の上話を聞いて浮かべた神妙な顔も、もちろん父のイメージを傷つけないための仮面でしかない。

 

1番(オールマイト)の娘であるお前には、なおさら負けられねぇ。

 俺は必ず、右だけでお前の上に行く。

 ……時間取らせたな」

 

 言うべきことを言い終え、轟は去っていった。

 その背中が遠ざかっていく。

 

「轟少年」

 

 酷く悲しげな背中に、魔美子はなんとなく言葉をかけていた。

 

「一つだけ言っておくよ。━━ナンバー1ヒ(1番)ーローを舐めんな」

 

 それだけ言って、魔美子も撤収。

 彼女の言葉を聞いた轟がどんな顔をしていたのか、見てもいないし、興味も無い。

 そして、二人が去ったことで、隠れていた緑谷と爆豪も、なんとも言えない顔でコソコソと立ち去った。

 

 昼休憩が終わる。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

『最終種目発表前に、予選落ちの皆へ朗報だ! あくまで体育祭! ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ! 本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ……って、どうしたA組!?』

 

 轟との話で時間を使い、混雑していた食堂で更に時間を使い。

 先に食べ終わっていたクラスメイト達とは、今この瞬間まで合流できなかった魔美子は、僅かな時間で変わり果てた自分以外のA組女子の姿を見て絶句した。

 

「どうしたのさ、それ?」

「峰田さんと上鳴さんに騙されましたわ!!」

 

 魔美子以外のA組女子は、全員がチアガールの格好をしていた。

 なんでも、昼休憩中にエロガキ二人組が考えた『午後は女子全員応援合戦しなければならない』という嘘に騙されて、こんなことになってしまったらしい。

 これを避けられたことに関してだけは轟に感謝だ。

 

「まあ、最終課目まで時間空くし、張り詰めててもシンドイしさ。いいんじゃない! やったろ!」

「魔美ちゃんもやらへん? 旅は道連れって言うやろ?」

「目が怖いぞ、麗日少女」

 

 魔美子もチアガールの沼に引きずり込まれそうになった。

 しかし、まあ、お祭りは楽しんでなんぼだ。

 エロガキどもの目の保養になるのは気に食わないが、エロガキを気にして楽しまないというのも、なんか違う。

 

「よし、いいだろう! 私もやる!」

「「いよっしゃああああ!!」」

 

 エロガキどもが歓声を上げ、それを尻目に魔美子は控室で八百万が出した衣装に着替えてきた。

 そして、持ち前の身体能力とセンスで、キレッキレの動きを披露する。

 初めてのお祭りではしゃぐ娘を見て、父が観客席で涙したという。

 

『まあ、何はともあれ、皆楽しく競えよレクリエーション! それが終われば最終種目! 進出4チーム、総勢16名からなるトーナメント形式! 一対一のガチバトルだ!』



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22 体育祭 パート5

「それじゃあ、組み合わせ決めのくじ引きしちゃうわよ!

 組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります!」

「あの、すみません……。俺、辞退します」

「尾白くん!?」

 

 最終種目の組み合わせ決めの前に、ひと悶着あった。

 4位通過チームにいたA組の尾白、及びB組の庄田が棄権を申し出たのだ。

 理由は騎馬戦において何もしていない(・・・・・・・)、どころか騎馬戦中の記憶が殆ど無いから。

 原因は恐らく、騎手を務めていた選手の個性。

 

 1年C組、心操(しんそう) 人使(ひとし)

 最終種目、いや第二種目まで残った中で唯一の普通科生徒。

 見た感じ、身体能力は普通。

 ヒーロー科に比べれば下の下だろう。

 派手な動きが無かったことから、個性はどう考えても絡め手系。

 恐らく、魔美子が最も苦手なタイプ。

 それだけで警戒する理由としては充分すぎた。

 

 結局、主審ミッドナイトの判断により、尾白と庄田の棄権は認められた。

 繰り上がりで終了直前まで4位をキープしていたB組の鉄哲と塩崎が最終種目に参戦し、組み合わせが決定する。

 

 第一試合 八木VS上鳴

 第二試合 轟VS瀬呂

 第三試合 塩崎VS芦戸

 第四試合 常闇VS八百万

 第五試合 心操VS緑谷

 第六試合 飯田VS青山

 第七試合 切島VS鉄哲

 第八試合 麗日VS爆豪

 

「よろしく、上鳴少年!」

「終わったぁあああああああ!?」

 

 運悪く最初の生贄に選ばれた電撃ぶっ放しボーイ、上鳴電気が悲鳴を上げた。

 しかし、電撃は衝撃波で相殺できない攻撃の一つだ。

 相性自体は悪くない……と言えないこともないかもしれない。

 

「二回戦か。思ったより早かったな」

 

 一方、順当に勝ち上がれば二回戦で魔美子とぶつかる轟は、諦めモードの上鳴と対称的に暗い闘志を燃やした。

 

「緑谷出久ってあんただよな?」

「!」

「麗日?」

「ひっ!?」

 

 他の者達も自分の対戦相手を意識し始める。

 その後、レクリエーションを挟むも、選手達からすれば緊張と共に時間は一瞬にして過ぎ去り。

 雄英体育祭最終種目が幕を開けた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

『第一試合! 自称『体育祭の魔王』! その名乗りに相応しい圧倒的トップ! 八木魔美子!

 

 (バーサス)!!

 

 電気系個性の勝ち組! その雷撃は魔王を撃ち貫くか!? 上鳴電気!』

 

「だ、大丈夫。大丈夫だ。よく考えりゃ俺にだって勝機はあるんだ。衝撃波じゃ電撃は防げねぇ。貰うぜ、大金星!」

「ハハハ! いいぞ、上鳴少年! その意気だ! お祭りにはそういう健全な闘志が一番似合う!」

 

 レクリエーションで存分に遊んだ後だからか、より一層お祭り気分が強化されてテンションが上がっている魔美子。

 一方、上鳴の膝はガクガクと震えていた。

 

『スタート!!』

「初手全力! 無差別放電! 200万ボル……」

「『デトロイト・スマッシュ』!!」

「ウェーーーイ!?」

 

 上鳴が電撃を放つ前に、魔美子のフルスイング衝撃波が上鳴を襲った。

 個性をコンマ1秒でも早く発動させることに躍起になっていた彼は踏ん張ることもできず、電撃を撒き散らしながら場外へと吹っ飛んでいく。

 

「上鳴くん、場外! 八木さん、二回戦進出!」

『瞬殺! あえてもう一度言おう! 瞬殺! 試合時間、僅か1秒足らず! こいつマジでどうにもならねぇ!』

「ふぅー。さすがに痺れたー」

 

 勝者となった魔美子は、スタスタとスタジアムを去った。

 上鳴が吹っ飛ばされながらもぶっ放した電撃に打たれたというのに、何事もなかったかのように歩いているその姿に、観客一同絶句していた。

 電撃すら効かないのかよ、あいつホントに人間か、という声まで聞こえる。

 

「いや、電撃を食らった瞬間はさすがの八木さんも一瞬硬直してた。そこからの回復はやっぱりバカみたいに早かったけど。

 でも、一瞬でも電撃が効いたってことは、あの人だって絶対無敵ってわけじゃないんだ。

 どこかに必ず攻略法が……攻略法が……あるのかなぁ」

 

 観客席でブツブツ呟いていた分析厨(緑谷)は、今の一瞬でわかったことを余さず分析ノートに書き込みながら、自分の発言に自信が持てなくなってきていた。

 ペンを進める手が重くなる。

 憧れが行き過ぎて神のように思ってしまっているオールマイトの娘という肩書。

 本気を出せば、そのオールマイトに匹敵するパワー。

 翼や使い魔などの変化球も持っている。

 加えて、特訓によって骨身にまで刻み込まれた上下関係。

 それが緑谷の中に『あの人には一生勝てないんじゃないか』という弱気を生んでいた。

 しかし、緑谷は頭を振って弱気を振り払い、胸を借りるつもりで全力でぶつかろうと、ノートに書き込むペンに再び力を込める。

 

「おい、クソデク! クソ女の対策なんざ考えてる場合かぁ!? テメェは最高でも準決勝敗退が確定してんのによぉ!!」

「か、かか、かっちゃん……!?」

 

 お互いに勝ち進めば準決勝で緑谷とぶつかることになる爆豪が、いつもより五割増しくらいの殺気を緑谷にぶつける。

 昔からの癖で彼はビビり……すぐに、ビビりながらも爆豪を睨み返した。

 

「……勝つよ。僕は君にだって勝つよ! 絶対に負けない!!」

「あぁ!? 言うようになったじゃねぇか、クソナード!! いいぜ、準決勝で当たったらぶっ殺してやる!!」

 

 バチバチと火花を散らす二人。

 迫力の差によって、中型犬とライオンが威嚇し合ってる感じの格の違いを感じてしまうが、それでも、かつてのイジメっ子とイジメられっ子は、ライバルと言えなくもないような関係へと発展していた。

 

「私も、負けてられん……!」

「おいおい! 二回戦で当たる俺を忘れんなよ、爆豪!!」

「緑谷くんも、俺のことを忘れないでもらおう!」

「わっ!? ご、ごめん! 飯田くん達のことを侮ってるわけでは全然なくて!」

「ケッ!」

 

 二人に触発されて、彼らが激突するまでに戦うことになる者達にも気合いが入った。

 熱い体育祭になりそうだ。

 そして、

 

「次の試合、始まる」

 

 別の意味合いの熱量を持った男が、ステージに上がった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「醜態ばかりだな、焦凍」

 

 第二試合開始前。

 入場ゲートの前で、轟はその人物に待ち伏せされていた。

 憎くて憎くて堪らない相手、実の父親、ナンバー2ヒーロー『エンデヴァー』と。

 

「くだらん拘りを持つから、あの娘どころか他の者達にすら負けるのだ。

 最高傑作のお前が、俺の完全な上位互換であるはずのお前が、俺と同じナンバー2にすらなれないのは何故だ?

 左を使え、焦凍。そうすればお前は、あの娘にも……」

「黙れ。それしか言えねぇのか、テメェは」

 

 神経を逆なですることしか言わないクソ親父に、轟は心をざわつかせながら、足を止めることなく入場ゲートへ向かう。

 ……クソ親父の言葉に、威勢の良い台詞を返せなかった。

 右だけじゃ個性禁止の魔美子にすら勝てないんじゃないか。

 この先どれだけ成長できたとしても、右だけじゃ個性を解禁した魔美子には一生勝てないんじゃないか。

 そんな焦りが心を蝕んでいたから、轟は立ち止まることなく足を動かすことしかできなかった。

 

「悪ぃな……!」

 

 そして、第二試合。

 相手は騎馬戦で爆豪チームにいたA組のクラスメイト、瀬呂(せろ) 範太(はんた)

 決して弱くはなく、むしろ優秀と言える生徒。

 そんな瀬呂を━━轟は瞬殺した。

 スタジアムよりも大きい氷塊を生み出し、その氷塊の中に瀬呂を閉じ込めて行動不能にするというオーバーキルで。

 

「瀬呂くん……動ける?」

「動けるはずないでしょ……痛ぇぇ……」

「瀬呂くん行動不能! 轟くん、二回戦進出!」

「……すまねぇ、やり過ぎた。イラついてた」

 

 瀬呂の埋まった氷を、左の熱で溶かして救出する。

 それをやった轟の姿は、勝者であるはずなのに、酷く悲しく見えた。



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23 体育祭 パート6

 試合は続く。

 第三試合、塩崎VS芦戸の戦いは。

 頭から生えた植物のツタを伸ばしたり切り離したりして自由自在に操る塩崎と、その植物を酸で片っ端から溶かせる芦戸という、瞬殺で終わった先の二試合と違って拮抗した見応えのあるものとなり。

 最終的には地力で勝る塩崎が、物量と技術で押し切って二回戦への切符を手にした。

 

 第四試合、常闇VS八百万。

 こちらは相性がモロに出た。

 個性の使用に少し時間がかかる八百万と、素早い速攻を得意とする常闇。

 機先を制した常闇が、八百万に何もさせずに完封。

 

 第五試合、心操VS緑谷。

 自分と口を利いたものを問答無用で洗脳するという心操の強力な個性にハマり、絶体絶命のピンチに陥った緑谷だったが。

 奇跡的に個性(ワンフォーオール)の暴発みたいな形に持っていくことに成功し、衝撃を受ければ解ける洗脳を指の破壊と引き換えに破って、どうにか勝利した。

 

 第六試合、飯田VS青山。

 ヘソから高威力のレーザーを出せる個性の青山を、飯田は例の超加速を使って、開幕速攻で場外に押し出した。

 

 第七試合、切島VS鉄哲

 個性『硬化』と、個性『スティール』。

 互いに肉体を硬くするという似たような個性同士で、実力まで完全に互角の殴り合いを繰り広げた末、両者ともにダウン。

 回復後に行われた簡単な勝負を切島が制し、互いの健闘を讃え合いながら二回戦進出。

 

 第八試合、麗日VS爆豪。

 実力差は明白。

 それでも凄まじい気迫で食らいついた麗日を、爆豪が油断も慢心も完全に捨てた試合運びで徹底的に攻略し、二回戦進出。

 

 そうして、体育祭最終種目は二回戦第一試合。

 一部で『事実上の決勝戦』とまで言われ始めた、八木魔美子VS轟焦凍の戦いを迎えた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

『さあさあ! 早くもやってきたぜ、序盤の天王山! 互いにもう学生のレベルを大きく逸脱した者同士!

 八木 (バーサス) 轟!!』

 

「勝たせてもらうぞ、八木……!」

「やれるもんならやってみなよ、轟少年」

 

 二人の間でバチバチと火花が散る。

 だが、その闘志はクソを下水で煮込んだような性格と称される爆豪と比べてもなお、圧倒的に濁っている。

 轟だけでなく、魔美子が放つ闘志までも。

 悪い意味で当てられたのかもしれない。

 

『スタート!!』

「フッ……!」

 

 轟は開幕速攻。

 一回戦の時のような大規模氷結で魔美子を捕まえにいく。

 だが、これが効かないのは轟とてわかっているだろう。

 

「『デトロイト・スマッシュ』!!」

 

 魔美子のフルスイングの一撃が、押し寄せる氷の壁を粉砕した。

 戦闘訓練の時の焼き増しのような光景。

 しかし、A組以外にとっては初見だ。

 

『超火力同士のぶつかり合い!! あれだな! ひたすらに派手だな! 観客席からもどよめきの声が聞こえてくるぜ!』

「ホントに、学生のレベルじゃねぇよ……」

「下手なプロ以上っていうか、個性の馬力だけならビルボードチャートに載るレベルなんじゃ……」

 

 特にプロヒーロー達の注目度が凄い。

 雄英体育祭を見に来るプロの目的は、将来のヒーロー事務所の助手『相棒(サイドキック)』へのスカウト目的だ。

 生徒達の大半もスカウトされることを目的に戦うのだが、この二人に関してはもう、これ以上勝ち進むまでもなく注目の的。

 絶対に後で指名が殺到するだろう。

 しかし、この二人はスカウト目的で戦っていない数少ない例外なので、プロの視線など本気でどうでもよかった。

 

「シッ……!」

「む……!」

 

 大規模氷結を目くらましにして、轟は距離を詰めた。

 身体能力の化身である魔美子相手に接近戦など正気の沙汰ではない。

 だが、遠距離攻撃だけでは仕留められないというのは、戦闘訓練の時に嫌というほど思い知らされている。

 あの時だって、魔美子は個性なんて使っていなかった。

 

 それでも、戦闘訓練で唯一通じた攻撃がある。

 近距離からの凍結。

 迎撃の衝撃波を打てない距離からの攻撃。

 すぐに破られはしたが、あの一撃だけは直撃させて魔美子に手傷を負わせることができた。

 ゆえに、轟はその成功体験にすがった。

 

「ハァァ!!」

 

 接近し、近距離からの氷結攻撃を仕掛ける。

 凍結させての拘束ではなく、轟が普段高速移動に使っている技、氷で自らを押し出す滑走を応用した攻撃。

 氷で魔美子を押し出し、場外へ叩き出す!

 戦闘不能による完全勝利ではなく、ルールによる勝利を轟は狙った。

 なりふり構わず、手段を選ばず、この場限りのものだとしても勝利に執着した。

 ……だが。

 

「ぬるい!」

「くっ!?」

 

 魔美子は轟の左側、封印している炎の方に踏み込んで、あっさりと氷を避けた。

 そのまま轟の左腕を掴んでひねり上げながら、彼を地面に押し倒して拘束する。

 

「この……! 離せ……!」

「離してほしければ抗ってみせろよ。(こっち)を使えば簡単だぜ?」

「ふざけんな……! ぐっ!?」

 

 今の魔美子は、轟の右半身を下にして地面に押さえつけ、左腕を自分の左腕で、首を右腕で、足を足で拘束し、動けなくしている。

 彼女の馬鹿力を轟のパワーで振り払うことはできない。

 頼みの氷を体の下に発生させて、その勢いで拘束を抜け出そうとしたが、魔美子のパワーはそれすら上から完全に封殺した。

 

「呆気ないなぁ、轟少年。左を使わない限り、君にもう勝ち目は無いよ。降参するかい?」

「くそっ……! くそぉ……!!」

 

 轟は悪あがきのように、体の下敷きになった右側から冷気を噴射する。

 それが魔美子を捉えることはなく、ただただ無意味にフィールドの温度を下げるだけの結果に終わった。

 

「ねぇ、轟少年。ナンバー1ヒーローってなんだと思う?」

「あぁ!?」

 

 生殺与奪を握っているような状況で、魔美子は轟に話しかけた。

 密着するゼロ距離で、耳元でささやいた言葉だ。

 主審のミッドナイトにすら、この会話は聞こえていない。

 なお、耳元で魔美子が囁いてくれるという状況に、峰田(エロガキ)は「なんて羨ましい! 轟、そこ代われ!!」と血の涙を流していたが、それはどうでもいい。

 

「ナンバー1ヒーローっていうのはね、最強のヒーローなんだよ。

 絶対に敗北は許されない。最強が敗北した瞬間、世界は絶望に包まれるから。

 パパはいつだって、そんな重圧の中で戦ってるんだ。

 なのに、君は……」

 

 ギュッと、轟の腕と首を掴む魔美子の手に力が入った。

 うぐっ!? と、轟は悲鳴を上げる。

 

「せっかくの強力な力があるのに、それを使わずに1番になる?

 半分の力で1番になることでお父さんを完全否定?

 それはナンバー1ヒーローって立場への、ひいてはパパへの侮辱だよ。

 私は重度のファザコンでね。パパ侮辱罪は死刑って決めてるんだ。

 正直、パパに止められてなかったら、本気で君を殺してるところだよ」

 

 ギリギリと、轟を押さえつける魔美子の力がどんどん強くなっていく。

 腕にヒビが入り、首が締まり、足が砕けていく。

 

「ッ!?」

 

 そんな魔美子を見て、痛みを感じて……轟は怯えた。

 彼女は今だけ仮面を脱ぎ捨て、本物の殺気を彼にぶつけている。

 人を人とも思わぬ怪物の殺気を。

 近年最悪と呼ばれた『ヴィラン』の殺気を。

 

「どうした、轟少年。冷や汗が出てるよ。私が怖いのかな?」

 

 魔美子はニッコリと笑う。

 いつもの父を参考にした仮面の笑みではなく、彼女の血縁上の父にそっくりな、底知れぬ悪意と恐ろしさを感じる悪魔の笑みで。

 

「私はね、これでも君に期待してるんだ。君の力は素晴らしい。

 ナンバー2に登り詰めるほどのヒーローが、更なる力を求めて作った子供。

 君ならもしかしたら、私達の戦いに足を踏み入れる資格があるかもしれないって」

「なんの話だ……!」

「ナンバー1ヒーローが戦わなきゃいけない相手の話さ。

 君はパパのことも舐めてるけど、それと相対するヴィランのことも舐め腐ってる。

 例えば私がヴィランで、君にこう言ったとしよう」

 

 魔美子は更に唇を轟の耳に近づけ、鼓膜を通して脳髄に直接突き刺すような言葉を放った。

 

「君を殺した後は、君のお母さんを殺そう」

「ッ!!!」

 

 その言葉には、冗談では済まないほどの悪意が乗っていた。

 玩具を壊して遊ぶ子供のような、愉悦を感じさせる無邪気な悪意が。

 血に刻まれた宿命なのか、耳責めがちょっと楽しくなってきた魔美子の声は真に迫っており、本物の魔王の存在を轟に感じさせる。

 

「可哀想に。君がつまらない拘りに固執したせいで、君のお母さんは私の玩具にされて死ぬんだ。

 どんな殺し方がいいかな? ああ、そうだ。君が忌み嫌った炎で焼いてあげよう。

 君の炎がお母さんを焼くんだ。きっと、とても素敵な声が天国の君にまで届くことだろう」

「て、テメェ……!!!」

「私に怒るのは筋違いだよ。そうだろう? 力があるのに振るわず負けた、救けられたのに見捨てて逃げた、愚かで無様な轟焦凍♪」

「ッッッ!!!」

 

 その瞬間━━轟の左半身から炎が噴き出した。

 観客席のエンデヴァーが凄い顔になり、魔美子は「熱っ」と言いながら轟を解放して距離を取る。

 そして、

 

「……ありがとよ、八木。目ぇ覚めた」

 

 轟は凄まじく複雑な顔で、そう言った。

 母を殺すと言われた時、母との思い出が彼の脳裏を駆け巡った。

 忘れてしまっていた母の言葉を思い出した。

 

『嫌だよ、お母さん……! 僕、お父さんみたいになりたくない……! お母さんをイジメる人になんてなりたくない……!』

『……でも、ヒーローにはなりたいんでしょう?』

 

 そうだ。

 最初にヒーローを目指した理由は、父の完全否定なんて暗い情念ではなかった。

 テレビに映ったオールマイト、目の前の少女の父に憧れたからだった。

 

『個性というものは親から子へと受け継がれていきます。

 しかし、本当に大切なのは血の繋がりではなく、自分の血肉、自分である! と認識すること。

 そういう意味もあって、私はこう言うのさ! 『私が来た!』ってね』

 

 その言葉に憧れた。

 ナチュラルボーンヒーロー。

 血筋も何も関係ない、あるべくしてヒーローであるオールマイトに憧れた。

 

『いいのよ、お前は。血に囚われることなんかない。なりたい自分になっていいんだよ』

 

 忘れてしまっていた母の言葉。

 大好きだった母の言葉。

 その母を失うかもしれないというリアルな恐怖を突きつけられて、轟焦凍は強引に叩き起こされた。

 

「俺は、どんな敵からでも、お母さんを守れるようなヒーローになりたい……!」

「ハハハ! 満点だ! 轟少年!」

 

 魔美子は笑う。

 さっきのような悪魔の笑みではなく、いつもの仮面の笑みでもなく、本心からの満面の笑みを。

 素晴らしい力。素晴らしい火力。

 これなら本当に、生きているかもしれないあのクソ野郎との戦いで大きな戦力になってくれると期待して。

 

「さあ、来い、ヒーロー! この魔王(わたし)を倒してみせろ!」

「お前……それ本当にハマり役だな……!」

 

 轟が力を解放する。

 右の冷気と、左の炎。

 両方を同時に魔美子に向ける。

 これは個性無しではヤバいと、歴戦の戦闘経験で培われた勘が言っている。

 それでも、律儀に相澤に言われたルールを守って、魔美子は素の力で迎撃した。

 

「おおおおおおおおおお!!!」

「ハァアアアアアアアア!!!」

 

 二人の攻撃がぶつかる。

 轟の冷気で散々に冷やされた空気が、炎で一気に膨張し、大爆発を引き起こす。

 今の今まで氷のみを使い、冷やされに冷やされ切ったステージの上という限定条件下でのみ放てる、ワンフォーオール100%にすら匹敵する超超超火力。

 

 対して、魔美子が選んだのは衝撃波の連打。

 一撃じゃ簡単に押し負ける。

 だから、ひたすらに拳を繰り出し続ける。

 一発目の衝撃波で僅かに相殺できた部分に、間髪入れずに二発目、三発目の衝撃波を叩き込み続けていく。

 その、結果は……。

 

「あ、危なぁ……!」

 

 魔美子の上半身の体操服が完全に吹っ飛び、頑丈なスポブラがエロい感じで露出してしまっている。

 体の方は服どころの騒ぎではなく、大爆発に打ち込み続けた両腕がズタボロ。

 踏ん張るために地面をえぐり続けた両足もズタズタ。

 靴も完全にぶっ壊れ、足の皮なんてモミジおろし状態だ。

 

 それでも、魔美子はギリギリステージの上に体を残していた。

 おまけに、負ったダメージもみるみるうちに回復していく。

 あっという間に、服以外は戦闘開始前と変わらない姿に戻った。

 

「回復までするのかよ……。化け物だな……」

「うーん、これは個性禁止縛りに違反するのかな? いや、素の身体能力と同じで解除できない力だし、ノーカンだよね、うん」

 

 魔美子は試合に勝って勝負に負けたような微妙な顔をした。

 そう。

 試合はもう終わっている。

 今の大爆発を撃ち終えた後、轟が崩れ落ちた。

 拘束している時に大分力を込めてしまったので、もう体はガタガタだったのだろう。

 最後の一撃は根性で放ったと思われる。

 

「轟くん、動ける?」

「いいえ。俺の負けです」

「轟くん戦闘不能! 八木さん、三回戦進出!」

「「「わぁあああああああああ!!!」」」

 

 凄まじい戦いを見届けて、観客席が大いに湧き上がった。

 それを尻目に、魔美子は倒れる轟に近づいていき、優しく抱き起こしながら声をかけた。

 

「これは試合だから負けても歓声が聞こえる。本番じゃこうはいかない。

 いつか本番を迎えた時はちゃんと勝ってね。期待してるぜ、ヒーロー」

「ああ。……ホントに、ありがとな、八木」

「うむ。よろしい」

 

 この一戦で、魔美子の轟に対する好感度は、緑谷と同じくらいに上がった。

 父のために必要不可欠な後継者と同じくらいのレベル。

 ファザコン怪獣にそれだけの評価をされるのは凄まじいことである。

 光栄かどうかはさておき。

 

 なお、現在半裸の魔美子がイケメンの轟くんに寄り添っているわけだが、これを見て心穏やかでいられなかったのは峰田(エロガキ)だけではなかったそうな。




・緑谷出久
肉体損傷『−2』
轟との繋がり『−1』


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24 体育祭 パート7

 轟との激闘を終え、彼を搬送用ロボに託し、魔美子がステージを降りると、出口ゲートの先に待ち構えている人がいた。

 炎を纏った、マッスルフォームの父と同じくらいに筋骨隆々の中年男性。

 ナンバー2ヒーロー、フレイムヒーロー『エンデヴァー』。

 轟の父親である。

 

 魔美子は彼に向かって、ペコリとお辞儀をした。

 社会に溶け込むのに礼節は大切だ。

 この人相手なら特に。

 

「焦凍は貴様を超えるぞ」

 

 エンデヴァーは、お辞儀をした魔美子に対して、ただそう言った。

 

「焦凍は必ず貴様を超える。俺が超えさせる。貴様もオールマイトも超える最強のヒーローに育て上げてやる。首を洗って待っていろ」

 

 それだけ言って、エンデヴァーは去っていった。

 イラ立ったような背中が完全に見えなくなってから、魔美子はポツリと一言。

 

「それだけなんだ」

 

 そう呟いた。

 エンデヴァー。彼は11年前の事件の対処に当たったヒーローの一人である。

 その事件において、引き連れていた当時の相棒(サイドキック)を全員殺されている。

 なのに、仇を前にして出てきた言葉が、恨み言ではなく息子のことだけとは。

 

「轟少年曰くクソ親父らしいけど、根っこのところはちゃんとヒーローってことかね」

 

 魔美子はエンデヴァーに関して少し考えた。

 彼女はエンデヴァーにも興味があるのだ。

 ナンバー2ヒーロー、つまり父に次ぐ実力者。

 彼が頑張ってくれればくれるほど、父の負担が軽くなる。

 直接的に父の助けになってくれている人なのだから、そりゃ興味くらい湧くというものだ。

 オールマイトコンプレックスをこじらせた彼にこの話をしたら、多分キレるだろうが。

 

「ま、とりあえず今は、次の試合のことを考えよう」

 

 途中で替えの体操服を貰いながら、魔美子は観客席へと戻っていく。

 そして、轟への耳責め&半裸で密着なんかしたせいで、クラスの女子達から大変面倒な絡まれ方をされるのだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 体育祭は続く。

 二回戦第二試合、塩崎VS常闇。

 相性では塩崎が有利。

 常闇の攻撃力では、塩崎の無数のツタによる防御を中々貫けない。

 条件を満たせばガードの上から叩き潰せたかもしれないが、会場や時間帯の都合から考えて難しい。

 

 それでも、常闇は先のA組同士の頂上決戦を見て「負けていられるか!」と奮起し、ガムシャラに塩崎に食らいついた。

 結果、粘りに粘った末に塩崎の僅かな隙を突き、ダークシャドウが塩崎を押し出して、場外に片足を出させることに成功し、勝利をもぎ取った。

 魔美子の次の相手は常闇だ。

 騎馬戦で助けられた仲間が、今度は強力なライバルとなる。

 青春っぽい! と魔美子はテンションを上げた。

 

 

 二回戦第三試合、緑谷VS飯田。

 単純なスピードでは飯田が、小回りでは緑谷が有利。

 開幕速攻では捉えられないと判断した飯田は超加速を温存し、どのタイミングでその切り札を使うかの読み合いが発生した。

 結果、その読み合い勝負を、分析厨ヒーローオタク緑谷が制して、準決勝進出。

 

 

 二回戦第四試合、切島VS爆豪。

 相性では切島が有利。

 硬化の前に爆破ではダメージが通らない。

 これは爆豪の天敵なんじゃないかと思ったが、爆豪は切島の硬化が緩むまでひたすら爆破を連打し続けるという力技でねじ伏せた。

 全身を硬化させ続けるということは、全身に力を入れて気張り続けるということ。

 切島はその状態で、スロースターターの爆豪が調子を上げる前に勝負を決めるべく速攻を仕掛けた。

 結果、無理が生じて硬化が緩み、そこを爆豪に突かれて敗退。

 

 

 これにてベスト4が出揃った。

 魔美子、常闇、緑谷、爆豪。

 まずは準決勝第一試合、魔美子VS常闇。

 その後にとうとう、緑谷VS爆豪の因縁の対決だ。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

『爆豪、切島戦と同じく、こちらも騎馬戦での頼れる仲間が敵に回った!

 八木 (バーサス) 常闇!!』

 

「八木。全力で挑ませてもらうぞ」

「いいね。君のが今までで一番綺麗な闘志だ。張り合いがある」

 

 奮い立ちこそしたが、完全に腰が引けていた上鳴。

 終盤で一気に印象が変わったとはいえ、序盤は暗くて粘ついた殺気をぶつけてきていた轟。

 あの二人に見習わせたいくらい、常闇は健全な闘志を燃やしている。

 体育祭らしく、立派にスポーツマンしていた。

 

『スタート!!』

「『デトロイト・スマッシュ』!!」

 

 もはやお決まりとなった、初手衝撃波。

 これを防げないのなら、魔美子の前に立つ資格すら無い。

 

「ダークシャドウ!」

「アイヨッ!」

 

 常闇はしっかりとそれを防いだ。

 騎馬戦では大変お世話になった、常闇のヘソのあたりから飛び出している影みたいなモンスター、ダークシャドウが盾になって衝撃波を防ぐ。

 だが、これは第一関門に過ぎない。

 魔美子の恐ろしさが発揮されるのは遠距離戦ではない。

 接近戦だ。

 

「行っくよー!」

『八木が前に出る! どう見ても肉弾戦は不得手な個性の常闇! 凌げるか!?』

「ダークシャドウ!」

「アイヨッ!」

 

 常闇はダークシャドウを前に押し出し、近づかせずに迎撃の構えを取った。

 確かに、他の者達相手なら、ダークシャドウの盾は堅固で厄介な壁だろう。

 しかし、

 

「それ、私相手には悪手じゃないかな! 『テキサス・スマッシュ』!!」

「うぉ!?」

 

 パンチ一発の盾を吹き飛ばす。

 盾が無くなってしまえば、もうどうにもならない。

 

「『デトロイト・スマッシュ』!!」

「くっ!?」

 

 衝撃波で常闇が吹き飛ぶ。

 場外に向かって一直線だ。

 これで終わりだと、会場中の誰もがそう思った。

 ……だが。

 

「む!?」

 

 魔美子の足を何かが掴む。

 ダークシャドウの腕。

 吹き飛ばしたはずのダークシャドウが、どこかのゴム人間のように腕だけ大きく伸ばして、魔美子の足を掴んだのだ。

 突撃と攻撃の直後で、多少なりとも体勢の崩れている魔美子の足を。

 

「ぬぉぉ!?」

 

 そして、その足が凄い力で引っ張られる。

 ダークシャドウは常闇のヘソと繋がっている。

 つまり、衝撃波で常闇が吹っ飛ばされているのなら、ダークシャドウも引っ張られて吹っ飛んでいくのだ。

 そのダークシャドウが掴んだ魔美子も、一緒に場外へと飛んでいった。

 

(これが狙いか!)

 

 衝撃波を、魔美子自身の攻撃力を利用して、そこにダークシャドウの引っ張る力もプラスした、相打ち覚悟の場外狙い。

 実際の戦闘なら吹き飛ばすなんて悠長なことはやらず、拳で肉体を破壊していた。

 場外負けなんてものがある競技だからこそ見い出せる勝ち筋。

 実戦に慣れ過ぎた魔美子だからこそ晒した隙。

 常闇は彼女が衝撃波を打ってくれる可能性に一点賭けしたのだろう。

 素晴らしい勝負根性。

 

『お、おおお!? 常闇と一緒に八木も場外へ吹っ飛んでいく! これはもしかするか!? もしかするのかぁ!?』

 

 実況席のマイクが大興奮していた。

 観客も息を呑む。

 まさかまさかの大金星なのか。

 その期待と共に、常闇踏影という選手の存在がプロヒーロー達の中に刻まれた。

 

「でも、残念!」

 

 それでもやはり、この魔王はスペックが違う。

 

「『ニューハンプシャー・スマッシュ』!!」

 

 魔美子は崩れ切った体勢で、掴まれていない方の足を使って連続蹴りを繰り出した。

 一発一発が衝撃波を発生させる蹴りの連打。

 Mr.キックブレイクとして磨いた足技。

 その反動で彼女は場外へと引きずられる力を相殺し、それどころか蹴りに耐えられなかったダークシャドウの腕を引き剥がし、飛んでいく常闇を尻目に、自分だけステージの上に戻った。

 

「……無念」

「常闇くん、場外! 八木さん、決勝戦進出!」

 

 常闇の健闘を退け、魔美子がまずは決勝戦へのキップを手にした。

 一年生の頂点を賭けて彼女と戦えるのは、この後に控える因縁の対決の勝者のみ。

 緑谷か、爆豪か。

 因縁の準決勝第二試合が始まる。



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25 体育祭 パート8

『互いに同じ中学出身! なんの変哲もない市立中学から雄英へのキップを掴み取った男達が今、最高の舞台で雌雄を決する!

 緑谷 (バーサス) 爆豪!!』

 

「デクゥ……! ホントに上がってきやがったなぁ……!」

「かっちゃん……!」

 

 準決勝の舞台で向かい合う幼馴染達。

 かつては呑まれるだけだった緑谷が、未だにビビりながらとはいえ、爆豪を正面から睨み返している。

 その姿が気に障る。

 ずっと下に見ていた相手。なんでもできた自分とは真逆の、何もできない路傍の石ころ(無個性のザコ)

 そのくせ、ヘドロの時には我が身を顧みずに真っ先に飛び出してくるような、自分を勘定に含めない、気味の悪いほどの自己犠牲と救済願望の持ち主。

 

 気味の悪さによる嫌悪感と、ずっと見下していた相手が個性まで得て同じ舞台まで上がってきたという、追いかけられる側の焦燥のダブルパンチで、爆豪の戦意が歪に膨れ上がっていく。

 それでも、今の彼は魔美子によって伸びに伸びた鼻っ柱をへし折られ、肥大化し過ぎた自尊心をえぐり取られて成長を始めた状態だ。

 これが入学直後であれば冷静さを完全に失っていただろうが、今ならイラ立ちながらも冷静に立ち回れる。

 

『スタート!!』

「『爆速ターボ』!!」

 

 開幕速攻、爆豪が動く。

 両手を後ろに構え、掌の爆破を推進力にして加速。

 身体能力では多少なり個性を使いこなせるようになった緑谷の方が上回っているが、戦闘技能を含めた総合能力値であれば、まだ自分の方が上回っている。

 障害物競走でぶつかった時に、それを確信した。

 だからこそ、爆豪は自信を持って距離を詰める。

 

(ワンフォーオール・フルカウル! 出力5%!)

 

 対して、緑谷もまた身体強化(ワンフォーオール)を全身に纏って、向かってくる爆豪に対して正面から突進。

 真っ向勝負だ。

 爆豪は「舐めんなぁ!!」と叫びながら、最初の攻撃を繰り出す。

 

(来る! かっちゃんは大抵最初は……右の大振り!)

「あぁ!?」

 

 緑谷が爆豪の動きを読み切った。

 凄いと思ったヒーローの分析は、全部ノートに纏めてあるから。

 特に爆豪は、緑谷にとって最も身近な凄い人だったから。

 彼に対しては、特に分析が深い。

 振りかざされた爆豪の右腕の攻撃に対し、緑谷は加速して懐に踏み込み、背中を向けながら右腕を取って一本背負い。

 見事な背負投げが決まった。

 

「がっ!?」

「らぁああああああ!!!」

「ッ!! このぉおおおおお!!!」

 

 投げられて地面に倒れた爆豪を、緑谷が力の限り横に振り回してぶん投げる。

 場外狙い。

 しかし、爆豪は空すら飛べる繊細な爆破のコントロールによって勢いを殺し、踏みとどまる。

 

「『テキサス・スマッシュ』!!」

「ぐっ!?」

『クリーンヒットォ! 生々しいの入ったあ!』

 

 それでも体勢を大きく崩すことは避けられず、隙を晒した爆豪に、緑谷が渾身の腹パン。

 爆豪は痛みにうめき、緑谷は更にその隙を突こうとして、

 

「舐めんなぁあああああ!!!」

「うっ……!?」

 

 持ち前のタフネスで痛みを堪えた爆豪が、大爆発で反撃。

 緑谷は吹っ飛ばされて距離ができ、仕切り直しとなった。

 

「痛ぇ……! デク、てめぇえええええ!!!」

「言ったはずだぞ、かっちゃん。君に勝ちたい。絶対に負けないって!」

 

 緑谷はグッと拳を握り、幼少期から刷り込まれ続けてきた恐怖で歪みそうになる顔を無理矢理ぎこちない笑顔に変えて、憧れの人(オールマイト)のように笑って困難(爆豪)に立ち向かった。

 

「いつまでも出来損ないのデクじゃないぞ!

 今の僕は『頑張れって感じのデク』だ!!」

 

 雄英入学直後に、友達になった麗日に言ってもらった言葉。

 爆豪に付けられた蔑称だった『デク』の、意味を変えてくれた言葉。

 己を奮い立たせるようにそれを口にしながら、緑谷出久(デク)は自分に活を入れた。

 

「ムカツクなぁあああああ!!!」

 

 そんな緑谷の姿にイラつきながら、爆豪は再度突撃を開始。

 キレてはいるが、冷静さを失ってはいない。

 その証拠に、彼が次の手に選んだのは、体育祭に向けた準備期間中に思いつき、まだ緑谷に見せていない初見の技。

 

「『閃光弾(スタングレネード)』!!」

「!?」

 

 爆破による威力ではなく、強い光を発生させるように調整した技。

 あの化け物(魔美子)と張り合うにはこういう絡め手、小技の類がいると思ったのだ。

 圧倒的な肉体と個性のスペック差に叩き潰された爆豪には「どんな手を使ってでも勝つ!!」という、勝利への強い執念が生まれていた。

 それが元々のみみっちさと合わさり、格上をぶっ殺すための絡め手という選択肢が彼の中に根づいた。

 

「おらよ!!」

「ッ!?」

『今度は爆豪がクリーンヒットォ! エグいの入ったぁ!』

 

 光による目潰しを食らって硬直した緑谷の腹に、先ほどの腹パンの意趣返しのような掌底が突き刺さった。

 おまけに、掌からの爆破もセットだ。

 衝撃と爆撃の二重攻撃に、緑谷は大ダメージを受けた。

 

「まだ、まだぁ!!」

 

 それでも緑谷はすぐに立ち上がって、未だに眩む目を凝らして戦闘を継続した。

 だが、そんな状態で勝負になるほど、爆撃は甘い相手ではない。

 

「死ねぇ!!」

「!!?」

 

 前から後ろから、右から左から、時には上から。

 爆豪は爆破の推進力で縦横無尽に動き回り、あらゆる方向から緑谷を滅多打ちにした。

 一回戦の麗日戦を思わせるようなリンチ状態。

 それを見て、観客席のクラスメイト達は意見を交わし合う。

 

「いや、凄まじいね、爆豪少年。小技一つ覚えただけで、あんな強くなるんだ」

「魔美ちゃんから見ても凄いって思うん?」

「そりゃね。私の予想では緑谷少年にも三割くらい勝ち目があると思ってた。予想を覆されれば、そりゃ凄いって思うさ」

 

 麗日と話しながら、爆豪を称賛する魔美子。

 正直、個性を含めた肉体のスペックなら、フルカウルを覚えた緑谷は既に爆豪に追いついている。

 技量とセンスの差は明白だが、分析厨のあれを上手く活かせれば、その差を埋めることも不可能ではないだろうと思っていた。

 

 ところが、蓋を開けてみれば、結果は一方的なリンチ。

 

「『大爆竹』!!」

「ッ!?」

 

 目潰しのダメージが少し抜けてきた頃に、爆豪はまた一つ小技を使った。

 爆発でも閃光でもなく、凄まじい爆音を鳴らす技。

 顔の近くに来た攻撃を、緑谷はいつもの通常爆破だと思って腕でガードしてしまい、結果顔の近くで大音量を聞かされるハメになってふらつき、そこに爆豪の攻撃がクリーンヒット。

 

「前までの爆豪少年の強みは、個性の強さとセンスに任せた正面戦闘だった。

 下手にその強みを更に伸ばそうとするんじゃなく、ああいう絡め手を覚えたのは正解だよ」

 

 例えるなら前の爆豪は、150キロの高速ストレートを見事にコントロールする怪物ピッチャーだった。

 だが、魔美子という化け物バッターにストレートだけでは通用せずにボッコボコにされた。

 そこで球速を更に上げて160キロを目指すのではなく、カーブやチェンジアップなどの変化球を覚える道を選んだのだ。

 攻撃パターンに変化と緩急がつけば、正面戦闘(ストレート)の通りも格段に良くなる。

 まさに強くなる最適解と言えるだろう。

 

「とはいえ、付け焼き刃の小技の練度はまだまだ。緑谷少年には通用しても、私には通じない。

 けど、あれは新しく覚えたレベル1のスキルだ。

 これからぐんぐんレベルは上がっていく。

 彼は、もっともっと強くなるよ」

 

 爆豪の潜在的な成長性の高さに、轟ほどとは言わないまでも、魔美子の興味が少しだけ疼いた。

 一方、魔美子の言葉を聞いて、麗日を始めとしたクラスメイト達は「ごくり」と息を呑む。

 今でも魔美子を除けばA組トップレベルの爆豪に、まだまだ伸び代が残っているというのは脅威だ。

 気を抜けば追いつくどころか置いて行かれ、永遠に追いつけなくなる。

 そんなことを許して堪るかと、彼らは気合いを入れ直した。

 これが共に高め合うというやつだろう。

 

「っていうか魔美ちゃん、こんな解説もできたんやね」

「ねー! いっつもゴリ押ししかしないから、脳筋さんだと思ってたよ!」

「お父さんも究極の脳筋だしね!」

「失礼な。私は力押しが好きなだけで、やろうと思えば、ちゃんと頭も使えるんだぜ?」

 

 知らない間に、クラスメイト達にバスターゴリラだと思われていた件。

 まあ、間違ってはいない。

 間違ってはいないが、魔美子は頭も使えるゴリラである。

 森の賢人である。

 それは(オールマイト)だって同じだ。

 

「死ぃぃぃねぇぇぇぇ!!!」

「うわっ!? 爆豪の奴、ますます速くなりやがった!?」

「あいつの個性、スロースターターだからなぁ」

 

 爆豪勝己。

 個性『爆破』

 掌の汗腺からニトロのような汗を出して爆発させる。

 動けば動くほど汗をかき、爆破の威力はどんどん上昇していく。

 彼は長期戦に強いのだ。

 勝ちたいのなら、緑谷は短期決戦で終わらせなければならなかった。

 これで勝ち目は更に減った。

 ……それでも。

 

「ああああああああああ!!!」

 

 緑谷は、まだ倒れない。

 分析できていない爆豪の新しい動きについて行けず、最初の攻防以降全く反撃ができない。

 リンチというか、もうサンドバッグ状態だ。

 体はボロボロ。

 体操服はとっくの昔に破損し、上半身は全裸だ。

 なのに、倒れない。

 気力と根性、あとは執念だけで立っていた。

 

「くそっ!? なんで倒れねぇ!?」

 

 その姿に、とうとう爆豪の方が少しだけ気圧された。

 緑谷は痛む体を引きずり、霞む目で爆豪を見据えて、

 

「君が凄い奴だってことは、最初から知ってる。嫌ってほど知ってる」

 

 オールマイトから授かった力を、魔美子との特訓でほんの少しでも使いこなせるようになって、それでもまるで届かない。

 爆豪勝己は、強い。凄い。

 

「君が凄い人だから、勝ちたいんじゃないか……! 勝って、超えたいんじゃないか!! バカヤロー!!」

「ッ!!」

 

 緑谷の気迫に、爆豪は怯んだ。

 そして、すぐにハッとしたように怯んだ自分に気づき、クソナード相手に何やってんだと自分を叱責した。

 

「だったら!! 完膚なきまで叩き潰してやる!! くたばれ、クソナード!!!」

 

 爆豪が飛び跳ねた。

 左右の手で爆破を使い、空中で体をキリモミ回転。

 落下の力と回転力を力に変え、渾身の大爆発を、渾身の力で叩きつけた。

 

「『榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)』!!!」

 

 爆豪の最高火力。

 当てたら多分死ぬので、緑谷の前方の地面に斜めに叩きつけて、指向性を持った爆風で吹き飛ばそうとする。

 そんな爆豪の必殺技に対して、緑谷は……。

 

(ワンフォーオール 100%!!!)

 

 どうしても勝ちたいという思いが先行し、相澤に滅茶苦茶怒られた我が身を顧みない力にすがってしまった。

 

「『デトロイト・スマッシュ』!!!」

 

 緑谷の拳が放たれる。

 こちらもまた当たれば死ぬので、衝撃波という形で放つ。

 二人の間で凄まじい爆風と衝撃波が激突した。

 轟と魔美子の戦いにも劣らない超火力。

 その、結末は……。

 

「嘘、だろ……!?」

 

 爆豪が呆然とした声を上げる。

 ステージの外で(・・・・・・)

 彼の体は観客席の壁に叩きつけられており、すなわち場外に叩き出されたということだ。

 そして━━緑谷は、ステージの上にいた。

 

「爆豪くん、場外! 緑谷くん、決勝戦進出!」

「ッッッ〜〜〜〜〜!!!」

 

 己の敗北を実感し、爆豪の心を憤死しそうなほどの感情の嵐が襲った。

 一方、勝ったはずの緑谷は、自損ダメージと爆豪にサンドバッグにされたダメージが合わさり、勝利のスタンディングを決めることもできずに崩れ落ちる。

 彼には既に、意識が無かった。

 

「ッ!? 酷いわね……。すぐにリカバリーガールのところへ!」

 

 主審のミッドナイトが駆け寄り、状態を確認された緑谷は、即座に雄英が誇る看護教諭のもとへと搬送された。

 雄英の看護教諭『リカバリーガール』。

 個性『癒し』

 患者の体力と引き換えに治癒力を活性化させ、どんな怪我でも立ちどころに治す。

 ただし、今の緑谷には治癒に耐えられるだけの体力が残っておらず、最低限の治療と、意識を取り戻すことしかできなかった。

 当然、戦闘などできるはずがない。

 

 結果、決勝戦は前代未聞の不戦勝となり、魔美子は戦わずして雄英体育祭の頂点に立った。

 

「えぇ……」

 

 この結果は予想外であり、決勝戦という最高のイベントステージを楽しみにしていた魔美子は、とてもとても微妙そうな顔をするしかなかった。




・緑谷出久
肉体損傷『+1』 やっちまったな!
精神成長『+1』

・爆豪勝己
技術促進『+1』
焦り『+1』


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26 体育祭 終結

「それではこれより、表彰式に移ります!」

「んんーーーーー!!!!!」

 

 雄英体育祭は全ての対戦を終え、表彰式の時間。

 表彰台の上に約一名、凄まじい形相のモンスターがいた。

 3位の台の上に設置されたセメントの柱に拘束ベルトで縛りつけられ、腕には手枷、口には口枷を付けられた爆豪だ。

 彼はその状態で暴れに暴れており、ギプスで腕を固定されながら2位の台の上にいる緑谷は冷や汗を流すしかない。

 どうやら、諸々の感情がまだ消化できていないようだ。

 

「もはや、悪鬼羅刹」

 

 同じく3位の台の上に立つ常闇が、凶暴な隣人にちょっと引いていた。

 

「さあ、メダル授与よ! 今年メダルを贈呈するのは、もちろんこの人!」

「私がメダルを持ってき……」

「我らがヒーロー、オールマイト!!」

 

 ドームの上から降ってきたオールマイトの台詞と、ミッドナイトの紹介の言葉が被った。

 ちょっとグダグダになるところも、オールマイトのチャームポイントである。

 

「こほん! 気を取り直して。

 まずは常闇少年、おめでとう! 強いな君は! 準決勝での戦いも見事だった!

 格上相手に試行錯誤する気持ちを忘れず、加えてもっと地力を伸ばせば、君はまだまだ強くなれるだろう!」

「……ありがたきお言葉」

 

 オールマイトはまず常闇に銅メダルを授与しながら、ハグと共に称賛の言葉を贈った。

 次に向かうのは当然、同じく3位の爆豪のところ。

 

「爆豪少年! っと、こりゃあんまりだ」

 

 とりあえず、このままでは言葉も交わせないので、オールマイトは爆豪の口枷を取った。

 すると、唸り声は咆哮に変わる。

 

「オールマイトォ!! 離せや!! 帰らせろ!! 負けて3位なんざ何の価値もねぇ!!」

 

((顔すげぇ))

 

 その時、オールマイトと1位の台の上にいる魔美子の気持ちは一つになった。

 爆豪は顔面の構造を無視するくらいに目を吊り上げており、その角度は実に90度。

 異形型でもない人間の姿ではない。

 

「まあまあ。受け取っとけよ、銅メダル。傷として忘れぬように」

「ッ!! ぐぅぅぅ〜〜〜〜〜!!!」

 

 爆豪は実に、実に悔しそうな顔をしながら、オールマイトのその言葉を否定できずに、大人しくメダルを受け取った。

 目が更に吊り上がっていく。

 右目の端と左目の端が繋がりそうだ。やべぇ。

 

「大丈夫。君はちゃんと強くなってる。入学当初からは見違えるほどにね。

 準決勝で見せた変化球を磨きつつ、それに頼りすぎずに地力や真っ向勝負の技術も磨いていきなさい。そうすれば、君はまだまだ強くなれる」

「言われるまでもねぇ!!」

 

 爆豪は歯ぎしりしながらも、ちょっとだけ、本当にほんのちょっとだけ表情に喜色が混じった。

 彼もまたオールマイトに憧れる者だ。

 憧れの人から成長を認められ、伸び代が残っていると言われるのは、やっぱり嬉しいものだった。

 そんな彼にもオールマイトは常闇と同じようにハグをしたのだが、拘束のせいでとてもやりづらかった。

 

「緑谷少年! おめでとう!」

「は、はい! ありがとうございます!!」

 

 緑谷は90度に頭を下げた。

 準優勝者の態度ではない。

 

「とはいえ、準決勝でのあれは見過ごせんぞ。

 せっかくコントロールができるようになったのに、それを投げ捨てて自傷に走った。

 気持ちはわかるし、あの戦いが、あの勝利が、君にとってどれだけ重要だったのかもわかっているつもりだ。

 それでも言わせてほしい。もうあんな戦い方はしないでくれと」

「……はい。ごめんなさい、オールマイト」

 

 緑谷はシュンとした。

 言われずともわかっている。

 爆豪との戦いの最後の最後、緑谷は制御できない力にすがった。

 『僕の力で君を超えたい』と言っておいて、借り物の力にすがってしまった。

 しかも、それは色んな人を心配させ、迷惑をかけるやり方だ。

 これから受け取る銀メダルは、爆豪の銅メダルと同じく、傷の象徴。

 緑谷はそれを見る度に、こんなやり方に頼っていてはいけないのだという今の気持ちを思い出すだろう。

 

「しかし、それでも2位! 準優勝だ! 反省すべきところは大いに反省するべきだが、誇るべきところは誇っていい!

 おめでとう! よくやってくれた!!」

「ッ……!」

 

 緑谷の目から涙が出てきた。

 体育祭の前、オールマイトに言われた言葉を思い出す。

 

『君が来た!! ってことを、世の中に知らしめてほしい!』

 

 完璧な形からはほど遠い。

 決勝戦を戦うことすらできず、腕をバッキバキにし、体中が傷だらけで、ギプスを付けた状態での表彰台。

 皆に安心感を与えるオールマイトの後継者としては失格だろう。

 それでも、それでも雄英体育祭準優勝だ。

 緑谷出久という存在を知らしめるという、最低限の課題だけは達成できた。

 

「オ、オールマイト〜〜〜!!」

「よしよし! 本当によく頑張った!」

 

 そうして、オールマイトは緑谷に銀メダルを渡しながら、常闇と爆豪にもそうしたように、けれど贔屓とわかっていても、自分の無茶ぶりをプルス・ウルトラで乗り越えてくれた後継者により強い気持ちを込めて、涙腺が決壊した緑谷にハグを贈った。

 

「さて、魔美ちゃ……」

「オールマイト『先生』。こんなところに鼻水がついてますよ」

「あ、その……ありがとう、八木少女」

 

 魔美子はオールマイトの台詞に被せるように口を開きながら、緑谷が付着させた鼻水をハンカチで拭き取った。

 とても怖い目をしていた。

 

「こ、こほん! 改めて、優勝おめでとう! 楽しかったかい?」

「はい。凄く楽しかったですよ」

 

 魔美子は自然な笑顔を浮かべた。

 外行き用の笑顔の仮面じゃない、心からの笑顔を。

 それはきっと、面白いゲームをクリアしたとか、そんな程度の喜びなのだろう。

 間違ってもこの体育祭を通して、力をぶつけ合ったライバル達を大切な存在と思えるようになったとか、そんなことは無いのだろう。

 それでも、オールマイトは嬉しかった。

 

「そうか。楽しかったか。それは何よりだ。君が青春を楽しめていることが、私は何よりも嬉しい」

「!」

 

 オールマイトの目尻に涙が浮かんだ。

 ずっと学校とは名ばかりの隔離施設に通わされていた娘が、他の皆と感性は違うとはいえ、同年代の子供達とのお祭りを楽しむことができた。

 抑圧された、呪われた人生の中で、それでも楽しかったと笑ってくれた。

 父親として、嬉しくないわけがない。

 二回戦で娘の半裸が全国放送されてしまったことを除けば最高だ。

 魔王名乗りは……まあ、あれくらいなら可愛いものだろう。

 

「さあ、メダル授与だ! この金メダルが、君にとって輝かしい思い出となることを祈っている!」

 

 父の手で、娘の首に金メダルがかけられる。

 魔美子はそれを手に取って眺めて、次に父の顔を見て、目尻に溜まった涙を見て、このメダルにどれだけの父の思いが詰まっているかを理解して……重度のファザコンの情緒は振り切れた。

 他の人間が獲物か玩具にしか見えない中で、唯一父からの愛情だけを頼りに『人』としての生を送ってきた少女は、その父からの愛情の過剰摂取によって、頭がボンッてなった。

 

「わ!?」

 

 魔美子は他三人と違って、自分からオールマイトの胸に飛び込んでハグをした。

 そして、花が咲くような満面の笑みを浮かべながら、

 

「ありがとう! パパ、大好き!」

 

 幼い子供のように大声でそう言って、猫のようにスリスリと父に顔をこすりつけ始めた。

 

「「「……………………パパ!?」」」

「あっ……!?」

 

 観客席から綺麗にハモったそんな声が聞こえてくる。

 オールマイトは冷や汗を流し、事情を知っていた者達は苦笑を浮かべ、魔美子は未だにゴロにゃんモードから戻ってこない。

 

「オールマイトに娘!? 隠し子!?」

「確かに、同じ超パワーの個性だったわね!」

「大ニュース! 大ニュースだ!!」

 

 マスメディアの動きが凄いことになった。

 マイクを手に観客席からあふれ出し、オールマイト親子に殺到してきそうな勢いだ。

 というか、実際にそれをやろうとして、警備のヒーロー達に押さえ込まれていた。

 このままでは収集がつかなくなる。

 

「さ、さあ! 今回は彼らだった! しかし、皆さん! この場の誰にもここに立つ可能性はあった! ご覧いただいた通りだ! 競い、高め合い、更に先へと登っていくその姿! 次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!」

 

 オールマイトは焦りながら、早口で事前に考えていた締めの言葉を口にしていく。

 マスゴミどもは「そんなことどうでもいいんだよぉ!」とばかりの勢いで突撃を継続中だ。

 

「てな感じで最後に一言! お疲れ様でした!! 撤収!!」

「「「あっ!?」」」

 

 そうして、オールマイトはゴロにゃんモードの魔美子を抱っこしながら、凄い勢いで会場から走り去った。

 逃げたのだ。

 後始末を押しつけられた者達は「あのおっさん、後で覚えてろ……!」と怒りを燃やすも。

 この場にオールマイトが残っていたらもっと酷いことになっていただろうということがわかっているので、非難することもできずに舌打ちをした。

 

 こうして、最後の最後にとんでもないカオスを発生させつつ、今年の雄英体育祭は終わりを迎えた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「ハァ……お前達はヒーローじゃない」

 

 全身に刃物を携帯したヴィランの前で、一人のヒーローが血の海に沈む。

 ターボヒーロー『インゲニウム』。

 本名、飯田 天晴(てんせい)

 雄英高校1年A組のクラス委員長、飯田天哉の兄だ。

 

「誰かが、血に染まらねば。ヒーローを、取り戻さねば……!」

 

 彼を倒したヴィランは、静かに燃ゆる信念を瞳に宿しながら、闇へと消えた。

 

「俺を殺していいのは、本物の英雄(オールマイト)だけだ……!」

 

 次の戦いが、すぐにまたやってくる。



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27 ヒーローネーム

「この度は大変お騒がせしました……」

「「「ホントだよ!!」」」

 

 体育祭の二日後。

 通常授業が再開された雄英にて、謝る魔美子にクラス一同が総ツッコミを入れていた。

 雄英体育祭はかなりのビッグイベントなので、当然その直後の雄英生徒は注目の的になる。

 全員が予選を突破したA組など、通学中に多くの人達に声をかけられまくった。

 しかし、そんな人達は二言目にはこう言うのだ。

 『オールマイトの娘さんってどんな感じ?』と。

 

「注目全部食われてんじゃん!?」

「俺達はなんのために体育祭を戦ったのかと……!」

 

 一部の目立ちたがり屋達というか、一瞬だけチヤホヤされて、次の瞬間には魔美子と同じ学校の子としか見られなくなり、上げて落とされたような扱いに納得がいかない者達が憤り始めた。

 ドンマイ。

 

「でも、表彰式のあれはちょっと意外だったわ。魔美子ちゃん、思ったよりオールマイトが好きだったのね」

「ねー! 学校ではいっつも辛辣だからビックリだよ!」

「魔美ちゃん、好感度マックスの猫みたいやった」

「めっちゃ可愛かったよ、ゴロにゃんモード!」

「忘れろ!!」

 

 あの日の醜態は、魔美子にとって大分黒歴史だ。

 父に注意しておいて、まさか己が最悪の形で秘密をバラすことになろうとは思わなかった。

 猛省せねば。

 ファザコンも仮面の下に隠せるようにならなければ。

 

「おはよう」

 

 そんなかしましい騒ぎも、相澤がやってきた時にはピタリと止まって、全員が席につく。

 教育(調教)の成果が出ていた。

 

「さて、今日のヒーロー情報学、ちょっと特別だぞ。

 コードネーム。ヒーロー名の考案だ」

「「「胸ふくらむやつきたぁあああ!!!」」」

 

 ヒーローを語る上で欠かせないもの、ヒーロー名。

 今日び、本名で活動しているヒーローなど殆どいない。

 それを決めるとあって、クラスメイト達のテンションはマックスだった。

 

「というのも、先日話したプロからのドラフト指名(スカウト)に関係してくる。

 指名が本格化してくるのは、経験を積み、即戦力として判断される2、3年生から。

 つまり、今回の指名は将来性に対する興味に近い。

 卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんてことはよくある」

「大人は勝手だ……!」

 

 峰田(エロガキ)が憤慨していた。

 こればかりは魔美子も同意である。

 

「で、その指名の集計結果がこうだ」

 

 八木『7000』

 轟『1051』

 爆豪『741』

 常闇『290』

 緑谷『256』

 飯田『201』

 八百万『100』

 上鳴『88』

 切島『39』

 芦戸『22』

 麗日『10』

 

「例年はもっとバラけるんだが、今年は八木に注目が集まった。まあ、どう考えても最後のあれのせいだな」

「「「ちっくしょーーー!!!」」」

 

 主に指名を貰えなかった者達が嘆きの声を上げた。

 一方、爆豪は圧倒的トップの魔美子にイラつき、轟にまで上を行かれた事実に「クソがぁあああ!!」と叫びながらも。

 指名数で緑谷には圧勝しているのを見て、少しだけ、ほんの少しだけ溜飲を下げた。

 まあ、準決勝は最後の一撃以外緑谷の完敗だったし、こういう評価になるのは妥当だろう。

 

「これを踏まえ、指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう。

 お前らはUSJで一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験して、より実りある訓練をしようってこった」

「「「!」」」

 

 続く相澤の言葉に、嘆いていた者達の注目もそっちへ逸れた。

 

「それでヒーロー名だ。まあ、仮ではあるが適当なもんは……」

「付けたら地獄を見ちゃうわよ!」

 

 と、そこで教室に入ってきた一人の教師が、相澤の言葉を奪うように話を続けた。

 

「ミッドナイト!」

 

 それは体育祭の1年主審を務めたエロいコスチュームの18禁ヒーロー、ミッドナイトだった。

 

「この時の名が世に認知され、そのままプロ名になってる人多いからね!」

「まあ、そういうことだ。そのへんのセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのできん」

 

 相澤は完全にミッドナイトに投げるつもりのようで、ゴソゴソと寝袋を準備し出した。

 

「将来自分がどうなるのか。名を付けることでイメージが固まり、そこに近づいていく。それが『名は体を表す』ってことだ。オールマイトとかな」

 

 相澤が寝袋に入り、生徒達はシンキングタイムに入った。

 そして、15分後。

 

「じゃあ、そろそろ。できた人から発表してね!」

「行くよ」

 

 一番手、青山(あおやま) 優雅(ゆうが)

 ヒーロー名『I Can't stop twinkling.』

 長い。

 

「じゃあ、次あたしね!」

 

 二番手、芦戸(あしど) 三奈(みな)

 ヒーロー名『エイリアンクイーン』

 昔の映画にそんな感じの悪役がいた。

 ヒーローじゃなくてヴィランの名前なのでボツ。

 最初に変なのが続いたせいで、教室内には大喜利のような空気が漂ってしまった。

 

「じゃあ、次私いいかしら」

 

 三番手、蛙吹(あすい) 梅雨(つゆ)

 ヒーロー名『フロッピー』

 

「可愛い! 親しみやすくていいわ! 皆から愛されるお手本のようなネーミングね!」

 

(((ありがとう、梅雨ちゃん(フロッピー)。空気が変わった)))

 

 一人のヒーローの活躍により、多くの者達が救われた。

 早速大活躍のフロッピーであった。

 

「んじゃ、俺!」

 

 四番手、切島(きりしま) 鋭児郎(えいじろう)

 ヒーロー名『烈怒頼雄斗(レッドライオット)

 

「赤の狂騒! これはあれね! 漢気ヒーロー『紅頼雄斗(クリムゾンライオット)』」リスペクトね!」

「そっす! 大分古いけど、俺の目指すヒーロー像は(クリムゾン)そのものなんす!」

「ふふ。憧れの名を背負うってからには、相応の重圧がついて回るわよ」

「覚悟の上っす!」

 

 切島鋭児郎、中々にカッコイイことを言っていた。

 魔美子はチラリと緑谷の方を見る。

 後継者としてオールマイトリスペクトの名前をつけるんじゃないかと思ったが、弱気な顔をしていた。

 どうやら無理そうだ。

 クソナードめと、魔美子は珍しく爆豪みたいな感想を抱いた。

 

 その後、クラスメイト達のヒーロー名はどんどん決まっていった。

 

 耳郎(じろう) 響香(きょうか)

 ヒーロー名『イヤホンジャック』

 

 障子(しょうじ) 目蔵(めぞう)

 ヒーロー名『テンタコル』

 

 瀬呂(せろ) 範太(はんた)

 ヒーロー名『セロファン』

 

 尾白(おじろ) 猿夫(ましらお)

 ヒーロー名『テイルマン』

 

 砂藤(さとう) 力道(りきどう)

 ヒーロー名『シュガーマン』

 

 芦戸 三奈。

 再考ヒーロー名『ピンキー』

 

 上鳴(かみなり) 電気(でんき)

 ヒーロー名『チャージズマ』

 

 葉隠(はがくれ) (とおる)

 ヒーロー名『インビジブルガール』

 

 八百万(やおよろず) (もも)

 ヒーロー名『クリエティ』

 

 常闇(とこやみ) 踏影(ふみかげ)

 ヒーロー名『ツクヨミ』

 

 峰田(みねた) (みのる)

 ヒーロー名『グレープジュース』

 

 口田(こうだ) 甲司(こうじ)

 ヒーロー名『アニマ』

 

 麗日(うららか) お茶子(ちゃこ)

 ヒーロー名『ウラビティ』

 

 爆豪(ばくごう) 勝己(かつき)

 ヒーロー名『爆殺王』(ボツ)

 

 (とどろき) 焦凍(しょうと)

 ヒーロー名『ショート』(本名)

 

「え? 緑谷、いいのかそれ!?」

「うん。今まで好きじゃなかったけど、ある人に意味を変えられて、僕には結構衝撃で、嬉しかったんだ」

「ああ、そういや体育祭でも叫んでたな」

 

 緑谷(みどりや) 出久(いずく)

 ヒーロー名『デク』

 

「これが僕のヒーロー名です」

 

 そうして、緑谷も決定。

 残るはボツを食らった爆豪と、随分思い悩んでいる飯田。

 それと魔美子だけだ。

 

「じゃあ、そろそろ私もいこうか」

 

 八木(やぎ) 魔美子(まみこ)

 ヒーロー名『チャーミーデビル』

 

「あら? オールマイト要素が入ってないけど、いいの?」

「いいんですよ。パパのことは大好きだけど、ああなろうとは思えないので」

 

 ミッドナイトの質問に、魔美子はそう答える。

 そっちの方針は挫折したのだ。

 とうの昔に。

 

「私は全てを救うスーパーヒーローじゃなくて、チャーミングな悪魔になりたいんです」

 

 それが偽り100%の姿だったとしても、キュートでポップでチャーミングで、世間様に受け入れられる悪魔でありたい。

 父が心配しなくて済む悪魔になりたい。

 理想を追って挫折し、開き直った末に辿り着いた結論。

 これが自分にできる最大限の譲歩。

 

「そう。血筋に縛られず、己の望む姿を名に込める。とっても良いと思うわ!」

 

 ミッドナイトはサムズアップで称賛してくれた。

 轟がそんな魔美子を眩しそうな目で見ていた。

 

「……では、俺も」

 

 ラスト二人となり、飯田がヒーロー名を発表する。

 飯田(いいだ) 天哉(てんや)

 ヒーロー名『天哉』(本名)

 

「あなたも名前ね」

「……はい」

 

 飯田は大分苦悩している様子だった。

 その理由はなんとなくわかる。

 あのニュースが原因だろう。

 魔美子は一切興味ないが。

 

「『爆殺卿』!!」

「違う。そうじゃない」

 

 で、最後に残った爆豪はボツを食らいまくって結局決まらないまま、ヒーロー名考案の授業は終わった。



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28 職場体験に向けて

「え? 僕に新しく指名ですか?」

「ああ。その方の名は『グラントリノ』。私の先代の盟友であり、かつて1年間だけ雄英で教師を務めていた、私の担任だったお方だ」

「!」

「ああ、おじいちゃんか。懐かしい」

 

 ヒーロー名決定後。

 何やら挙動不審な様子で教室に現れ、緑谷と魔美子を呼び出したオールマイトは、教室から充分に離れたところで、その話を始めた。

 

「ワンフォーオールのこともご存知だ。むしろ、その件で君に声をかけたのだろう」

「子供の頃の私のお世話をしてくれた人だよ。めっちゃ強いぜ」

「そんな凄い人が!」

 

 緑谷の目がキラキラと輝いた。

 逆に、オールマイトはガタガタと震え始め、冷や汗を流し始める。

 

「もしや、魔美ちゃんに頼るばかりで、私がロクな指導ができていないことがバレたのでは……! あえてかつての名を出して指名してきたということは……。怖ぇ、怖ぇよ。震えるなこの足め」

「オールマイトがガチ震いしてる!?」

「パパにとってのおじいちゃんは、君にとっての私だからね」

「……納得しました」

 

 魔美子にゲロを吐き散らかされた緑谷が、それそれは深い納得の表情になった。

 

「で、でも、どうしようか。緑谷少年は他の指名も沢山貰ってるし、も、もし嫌なら私が、い、命を懸けてでも、せ、せせせ説得するがががが……!!」

「あ、いえ、行きます! 行かせてください! そんな凄い人の職場なら、きっとためになりますし! ワンフォーオールのことを知ってるなら、他の職場より具体的なアドバイスを貰えそうですし!」

 

 バイブレーション機能でも搭載したのかというほど震えるオールマイトを見ていられなかったのか、緑谷は二つ返事でグラントリノのもとへ行くことを決めた。

 まあ、後付けのように聞こえた理由も、決して嘘ではないのだろう。

 

「私には来てないの? おじいちゃんからの指名」

「いや、魔美ちゃんは『もう教えることは無い』って言われてたでしょ……。久しぶりに会いたいなら、休みの日に車出すよ?」

「ううん。おじいちゃんの職場でダラダラしたい。私は免許さえ取れればいいんだから、つまんない授業はサボりたいし」

「そんなこと言わないの! ちゃんと勉強しなさい!」

「うへぇ」

「八木さん……」

 

 勉強を嫌がる娘と、勉強しなさいと言う父。

 実に親子っぽいやり取りだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

(とはいえ、どうしたもんかなー)

 

 帰宅後。

 魔美子は渡された死ぬほど分厚い紙の束(指名してきたヒーロー事務所一覧)を見ながら、頭を悩ませていた。

 

(できれぱ、私の事情を知ってるヒーローの方が良いよね。色々とやりやすいし)

 

 普通のヒーローと魔美子では、求めているものが全く違う。

 普通のヒーローが求めているのは活躍と名声とお金、もしくは純粋な正義の執行。

 魔美子が求めているのは気持ち良く殴れるサンドバッグと、殴っても世間と父に怒られない方法。

 ぶっちゃけ、やりたいことは殆どヴィランのそれだ。

 彼女は社会に受け入れてもらえる、合法的なヴィランになりたいのだ。

 王下七武海的なあれである。

 一時期は本気で父の後継を目指したこともあったのだが、どうしても人助けに興味が持てず、己のあまりの適性の無さに絶望して諦めて開き直ったのが今となっては懐かしい。

 なので、どうせ行くなら、その事情を汲んで適切なアドバイスをしてくれるヒーローのところへ行きたかった。

 

(ナイトアイのおじさん……ダメだ。あの人は厳し過ぎて無理)

 

 かつて、父の相棒(サイドキック)を務めていたヒーロー『サー・ナイトアイ』。

 魔美子はどうしても彼とソリが合わなかった。

 ナイトアイは拾われたばかりの魔美子に対して、仕事の傍ら道徳教育を徹底した。

 いっそ洗脳と言ってもいいくらいに、正義というものを徹底的に魔美子に刷り込もうとした。

 信者(オールマイトガチ勢)が布教をするように。

 

 が、結果は失敗。

 何をどうしても魔美子の生まれついての悪性を塗り替えることはできなかった。

 そりゃそうだ。

 彼女は破壊に餓える悪魔を身のうちに飼う怪物であり、普通の人間とは前提となる思考回路も感性もまるで異なる。

 

 他の人間が獲物にしか見えない、しかも常時強烈な破壊衝動に襲われている魔美子に人を傷つけるなと言うのは、餓えた人に目の前のご馳走を食べるなと言っているに等しい。

 暴れるな、壊すなと言うのは絶食を強要することと同じであり、定期的にロボを壊させてもらったり、自警団(ヴィジランテ)活動をある程度黙認されるようになった今でも、一日ゼリー一個生活くらいキツい。

 そんな魔美子に他者を慈しめというのは、ご飯抜きにされた子供の前に食事を置いて、これは大切なものなので食べてはいけませんとのたまうようなもの。

 端的に言って虐待である。

 

 そこらへんの認識の齟齬をどうにかすべく、ナイトアイも滅茶苦茶頑張ってはいた。

 インテリキャラを投げ捨て、『凄いバカでもわかる子育て』だの『猿でもわかる猛獣の飼い方』だのの本を大真面目な顔で隅から隅まで読み込んで、魔美子に向き合おうとした。

 しかし、結局は心から彼女を理解してあげることはできなかった。

 別にナイトアイが悪いわけでもおかしいわけでもない。

 むしろ、狂気的な救済願望によって、常人には理解できない魔美子の感性を会話を重ねることで強引に理解しようとし、幼少期の拙い言葉を必死に解読し、表面上だけとはいえ、彼女を人間の枠に当てはめてみせたオールマイトが凄すぎるのだ。

 そのオールマイトの橋渡しにより、ナイトアイとの関係が『ソリが合わない』程度で済んだのは奇跡だろう。

 

(……考えが逸れた)

 

 今は職場体験に行くヒーロー事務所を決める時間だ。

 ナイトアイはダメ。

 他に魔美子の事情を知っていて、できれば彼女の望む教えを授けてくれるヒーローとなると……。

 

(やっぱり、そんな都合の良いヒーローがいるわけ…………あ)

 

 と、そこで魔美子は気づいた。

 そんな都合の良いヒーローがいることに。

 昔、何度も襲撃をかけてきて、その度にミンチにした人達。

 情緒が未発達だった幼少期、今より遥かに破壊衝動の制御が下手だった魔美子の生贄になってくれた親切な人達。

 4歳児を暗殺することすら厭わないダークヒーローズ。

 

(公安)

 

 ヒーロー公安委員会。

 社会秩序を守るため、人気者のヒーロー達ではできない、裏の汚れ仕事を請け負う組織。

 

 誰もが簡単に人を殺すことができる行き過ぎた個性(ちから)を持つこの超人社会が、曲りなりにも体裁を整えて回っているのは、ヒーロー達が民衆に『信頼』されているからだ。

 メディアに積極的に顔を見せ、芸能人のようにファンの人気を大切にし、好かれ、憧れられ、『この人達になら、個性の行使を委ねられる』と信頼されているからこそ、超人社会はギリギリ安定している。

 ヒーローが信頼を失い、人々が自分の身を自分で守ろうと考えた時、世の中は行き過ぎた個性を他者に向けて振るう者達であふれ返り、崩壊するだろう。

 

 ヒーローは清廉潔白でなければならない。

 民衆に信頼してもらえる人格者でなければならない。

 たとえ、それがどれだけ嘘偽りに満ちた薄っぺらい仮面であろうとも『平和』を守るにはそれしかないのだ。

 

 だからこそ、清廉潔白な者達ではできない汚れ仕事を請け負う者達がいる。

 例えば、ものの道理もわからない、創造主(おや)に呪われた力を植えつけられてしまっただけの幼子を、危険だからという理由で抹殺できるような者達が。

 表沙汰にもせず、法のもとに裁くこともせず、都合の悪い真実を犯人や被害者ごと闇に葬る。

 ヒーローが大事にする『正義』や『救済』とは相入れない『必要悪』に染まる者達が必要なのだ。

 

 そんな必要悪(ダークヒーロー)の元締めのような組織が、ヒーロー公安委員会。

 当然、その活動が世間に知られることはないが、ターゲットとして何度も公安に狙われ、ヴィランの仕業に見せかけて殺されそうになった魔美子は、多少なりその内情を知っている。

 あの超絶強かったスナイパーの人は元気だろうか?

 魔美子が唯一仕留められなかった刺客。

 いや、何年か前に彼女が逮捕されたというニュースを見た記憶がある。

 何かヘマでもやらかしたのか、彼女もまた闇に葬り去られてしまったのだろう。

 

 だが、そんな彼女の表向きの肩書はヒーローだった。

 公安直属、子飼いのヒーローだった。

 バレた時のリスクは大きいが、やはり公的な暴力許可証であるヒーロー資格を持ち、表社会でも信用されている者が動いた方が色々と便利なことも多いのだろう。

 表の顔と裏の顔を使い分けられる器用なヒーローが、今でも絶対公安にはいるはずだ。

 

(あれ? もしかして公安って、私の天職?)

 

 必要とあらば殺しもしていい職場。

 やはり殺さないように手加減しながら暴れるより、相手のことを気にせず思いっきり殴れる方が、遥かに破壊衝動を満たしてくれる。

 公安に就職するなら色々と制約は厳しいだろうが、魔美子の場合は普通にヒーローをやった場合でも充分に窮屈だ。

 そう考えると、悪くないような気がしてくる。

 

(……でも、ダメだよね)

 

 殺しをしたら、父が悲しむ。

 それが合法であろうと、闇のとはいえ正義のための行いだろうと、誰かを殺せば父が悲しむ。

 あの人は『正義』と『救済』の化身のような存在だ。

 魔美子が公安に殺されかけたと知った時も、烈火のように怒って、ブチ切れながら公安に突撃をかましてくれた。

 父にキレられた奴らと同類にはなりたくない。 

 だって、嫌われたくないから。

 

「はぁ。良い思いつきかなと思ったんだけどなー」

 

 魔美子は大分未練を感じながら公安への思いを断ち切った。  

 まあ、そもそも自分はあそこに所属する者達を結構殺してしまったのだから、こっちが就職を望んでも、向こうに「ふざけんな!」と言われてお断りされるのが落ちだろう。

 最初から実現不能な夢だったのだ。

 

(もう考えるのもめんどくさいし、適当にランキングが一番上の人のところにでも行こうかな)

 

 それなら父に勉強してますと言えるだろう。

 ペラペラとリストをめくりながら、魔美子はヒーローランキングで見かけた名前を探していく。

 その結果、一つの名前がヒットした。

 

「うん。ここでいいや」

 

 『ホークスヒーロー事務所』。

 オールマイト、エンデヴァーに次ぐナンバー3ヒーローの経営する事務所。

 指名された中では一番上の事務所だ。

 魔美子は軽い気持ちで、職場体験先をここに決めた。




・魔美子の子育て
オールマイトの稼ぎで、事務所の地下に核シェルター並みの強度を誇る『まみちゃんのおへや』を作る。
ナイトアイが『予知』で、魔美子の暴れるタイミングを把握。
その時間までにオールマイトが帰宅して、まみちゃんのおへやで暴れる魔美子を落ち着かせる。
どうしても間に合わない時は、グラントリノが足止め。
大真面目に余裕が無い時はスターの力を借りる。

多分、世界一子育てが難しい子だと思います。


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29 行きの新幹線の中

「今回はよろしくお願いします、常闇くん」

「ああ、よろしく頼む」

 

 職場体験当日。

 駅前でクラスメイト達と別れ、相澤の監督下を離れ、魔美子は新幹線に乗り込んでホークスヒーロー事務所を目指す。

 同じ場所を職場体験先に選んだ常闇と一緒に。

 騎馬戦でチームを組んだだけの相手と、意外なところで縁が繋がった。

 

「……しかし、そうしていると随分と印象が変わるな」

「変装は得意だから」

 

 今の魔美子は体育祭ラストのあれのせいで随分と顔が売れてしまったため、素顔でうろつけば即行で人が寄ってくるだろう。

 ヘドロ事件の後も似たような状態になったので、そのめんどくささは嫌というほど知っている。

 しかも、今回はオールマイトの娘なんて特大の爆弾が炸裂したので、想定されるめんどくささはヘドロの時の比ではない。

 なので、現在の魔美子は髪を地味な三つ編みにした上にダサい伊達眼鏡をかけて変装している。

 内気な文学少女モードだ。

 

「あ! お兄さん、雄英の人だろ? 体育祭見たよ!」

「うお、マジじゃん! 3位の常闇くん!」

「準決勝良かったぜ! あのリトル・オールマイト相手によく頑張った!」

「……どうも」

 

 実際、常闇が他の乗客にガンガン話しかけられても、隣の席に座っているのが当のリトル・オールマイトだとは誰も気づかない。

 仕草や言葉遣い、纏う雰囲気までガラリと変えた変装の完成度は高く、下手に常闇といつものテンションで会話したりしない限り、バレない自信があった。

 Mr.キックブレイクを続けてきた経験が活きている。

 

「そっちのお嬢さんは、えーと……」

「あ、見覚え、無いと思います。私は、予選で落ちちゃったので……」

「そ、そうか。なんか、ごめんな」

 

 暗い雰囲気を醸し出すことで、自分から人を遠ざけるのもお手のものだ。

 

「「…………」」

 

 そして、常闇が握手をせがまれたり、少し気の早いサインを頼まれたりする時間が終わると、無言が二人の間を支配した。

 常闇は寡黙な性格だし、魔美子は常闇に興味が無いので、お互いに話しかけられない限り会話が発生しない。

 周りの乗客は、思わぬところで有名人に会ったみたいな興奮がまだ続いているのに、二人の間だけは無言。圧倒的無言。

 これがホークスの事務所がある九州まで続くのだと思うと、さすがの常闇でも気まずさを感じ始めた。

 

「八木は……」

「魔森」

「……すまん」

 

 本日の偽名として、その名前で呼んでくれと言われていたのを思い出し、常闇は謝った。

 沈黙に耐えかねて、ついミスをしてしまった。

 

「魔森は、もっと話す奴だと思っていた。今の状態を他の皆が見たら驚くだろうな」

「あれは演技ですからね」

「……………………は?」

「冗談です」

 

 変装しているのにかこつけて、ちょっとしたイタズラをしてみた魔美子。

 しかし、今の冗談も全くの嘘というわけではない。

 普段クラスメイト達と接している時の態度は、青春ごっこを楽しむため、及び余計な軋轢を生まないために取り繕ったものだ。

 父と接する時の自分をロールプレイで演じているとでも言えばいいのか。

 興味と必要性が無くなれば、魔美子はたちまち、さっきまで常闇にしていたような無関心の状態に変わるだろう。

 だって、彼女が玩具として以外の価値を見出しているクラスメイトなど、緑谷、轟、おまけして爆豪くらいなのだから。

 あとは、ちょっと特別感のある玩具として、ボール投げで自分に勝った麗日が入るくらいか。

 

「あ、そうだ。少し気になってたんですけど」

 

 とはいえ、今のところは興味と必要性が無くなっていないので、話しかけられれば変装状態でも普通に対応する。

 

「常闇くんの個性は、暗い場所だと暴走のリスクがあると言っていましたよね?」

「あ、ああ」

 

 騎馬戦でチームを組んだ時に聞いた話。

 常闇の個性『闇影(ダークシャドウ)』は、影のようなモンスターを身のうちに飼う個性。

 しかし、そのモンスターは闇が深まるほど強力になる代わりに、獰猛になり制御が難しくなる。

 魔美子はその話を聞いた時、少し自分の『悪魔』と似ていると思ったのだ。

 

「どんな感じですか? 個性が勝手に暴れ出すというのは?」

「……例えるなら、とんでもない暴れ馬に引きずられる感覚、とでも言えばいいのか。あまり体験したくはない状態だな」

 

 常闇は個性を暴走させてしまった時のことを思い出し、顔をしかめた。

 そこで件の個性(モンスター)、ダークシャドウが常闇の体の中から現われ「ごめんな、フミカゲ……」と謝ってきた。

 常闇は気にするなと言うように、ダークシャドウの頭を撫でる。

 

「個性と良好な関係が築けていて何よりです。……羨ましいなぁ」

「む……」

 

 その時、魔美子の仮面(ロールプレイ)が少し外れて、素の感情が出てきた。

 常闇はそれを目撃して、普段は圧倒的強者として君臨する少女が痛みを堪えるような顔をしているのを見て、驚いた。

 

「……お前の個性も、暴走の危険を孕んでいるのか?」

 

 確かに、魔美子の個性にはリスクがあると聞いてはいた。

 しかし、具体的にどんなリスクがあるのかは聞いていなかった。

 常闇とて体育祭で勝つために、個性の弱点をさらけ出すことに繋がる情報を隠していたりしたので、話したがらないことを不思議には思わなかったが……。

 

「……口が滑りましたね」

 

 ゴロにゃんモードといい、失態が続くなぁと魔美子は苦笑した。

 所詮、彼女もまた15歳の小娘ということだ。

 なまじ強くてなんでもできてしまうがゆえに、本人には自分が子供であるという自覚があまり無いのも問題だった。

 

「安心してください。相澤先生の抹消を始め、対抗手段はいくつもあります。

 万が一の場合でも、このチョーカーにはパパの携帯に常に位置情報とバイタルを送信する機能があって、暴走すればすぐに最強のヒーローが駆けつけてくるようになっているので、安心してください」

 

 魔美子は半分嘘を吐いた。

 いつも着けているチョーカーにそういう機能があるのは本当だが、相澤の抹消は暴走状態に入ってからでは効かないし、父も既に暴走した自分を止められないくらい弱体化している。

 対抗手段など殆ど存在しない。

 せいぜい、生きているかもしれないあのクソとぶつかってくれることを祈るか、少し交流のあるアメリカナンバー1ヒーローに応援を要請するくらいだろう。

 

 正直、危険性を考えるなら、今すぐアメリカ留学して、新しい抑止力のもとに身を寄せるのが正しい選択だ。

 だが、魔美子は世のため人のために、自分の唯一の執着(あい)と離れる選択肢を取れるような善人ではない。

 日本政府としても、オールマイト以上の戦力をみすみすアメリカに渡していいのかという意見が強いため、無理矢理引き離される事態にはなっていないのが幸いだった。

 各国は自国のヴィランとの戦いに必死で戦争なんてしている余裕が無いとはいえ、それでも国同士の戦争が勃発する可能性はゼロではない。

 ただでさえ巨大で強大なアメリカに最悪の戦力を引き渡すのは、それはそれで凄まじいリスクなのだ。

 

「魔森、お前は……」

『○○駅。○○駅。降車のお客様は━━』

「乗り換えですね。行きましょう、常闇くん」

「……ああ」

 

 会話が中断され、魔美子もそれ以上は踏み込んでほしくなさそうにしているのを見て、常闇は口にしかけた言葉を飲み込んだ。



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30 職場体験

「やあ、よく来てくれたね、お二人さん」

「お世話になります、ホークス」

「よろしくお願いしまーす!」

 

 辿り着いた九州にて。

 常闇と変装を解いていつもの口調に戻った魔美子は、目的の人物と顔を合わせていた。

 

 ナンバー3ヒーロー、ウィングヒーロー『ホークス』

 

 背中から大きな翼を生やした若い男だ。

 歳はなんと22歳。

 18歳でプロデビュー、その年の下半期にはトップ10入りを果たし、現在ではナンバー3にまで駆け上がったスーパーヒーロー。

 十代でトップ10に食い込んだヒーローは史上初であり、人は彼を『速すぎる男』と呼ぶ。

 

「いやー、体育祭の1位と3位が来てくれるとか、なんか贅沢な光景だね。

 体育祭の指名に参加したのは初めてだったのに、まさか指名できる二票が両方とも当たるとか、ツイてた」

 

 ホークスはヘラっとした笑みを浮かべながら、魔美子と常闇を歓迎した。

 ちなみに、ここは彼の事務所ではない。

 路上で偶然パトロール中の彼を見つけ、声をかけたのだ。

 しかし、ホークスは二人を見つけても事務所に帰る様子を見せず、

 

「んじゃ、俺はこのままパトロール続けるから、そこらへんでコスチュームに着替えてついてくるか、事務所に行ってまったりしてるか、好きに選んでくれ」

 

 そう言って、大きな翼をはためかせて大空に飛び立った。

 速い。

 これでは着替えて戻ってきた頃には見失っているだろう。

 指導する気があるのかと言いたくなるほどの置き去りっぷりだった。

 

「よし! 事務所に行ってまったりしようか、常闇少年!」

「待て、魔森。職場体験だぞ? 学ばなくてどうする?」

「だって、ホークスが好きにしろって言ってるんだし。あと、変装はやめたんだから、もう八木でいいよ?」

 

 そうして、魔美子は一切の躊躇なくサボタージュを選んだ。

 普段からそういう傾向はあったが、職場体験でもブレない彼女の様子に、常闇は頬をひくつかせる。

 だが、魔美子の思惑も上手くはいかなかった。

 ホークスを見つけて変装を解いてしまったことが災いして、通行人達が集まってくる。

 

「なあなあ! あんた、リトル・オールマイトやろ!? なして、ここにおると!?」

「あ、職場体験! 職場体験か! そうやろ!?」

「サインくれー! あと、オールマイトのプライベートとか教えてくれー!」

「でゅふふ。二回戦のあれは素晴らしかったでござる」

「ぬわぁああああ!?」

 

 民衆に飲み込まれる魔美子。

 ウザい。ひたすらにウザい。

 全てダークネス・スマッシュで消し飛ばしてしまいたい。

 しかし、ヒーローをやるなら民衆を蔑ろにしてはならない。

 そんなことをすれば、色んなところを敵に回してめんどくさいことになる。

 

(おのれ……! これが職場体験か!)

 

 確かに学べた。プロの大変さを体験することができた。

 

(だから、もう帰っちゃダメ?)

 

 魔美子は本気でそんなことを考え、将来は絶対に活動内容を表に出さない、相澤のようなアングラヒーロー路線で行こうと心に決めた。

 

「ふぅ」

 

 人気の無い場所で変装を施し直し、着ていた制服も着替えとして持ってきた私服に変えてから、魔美子は改めてホークスのヒーロー事務所を目指した。

 常闇はついてきていない。

 どうやら、彼は律儀にホークスを追いかけることを決めたようだ。

 真面目さんである。

 

「こんにちはー! 職場体験に来ました、八木魔美子です!」

「あ、来た! はーい! 待ってました!」

 

 辿り着いた事務所のチャイムを鳴らせば、スーツ姿の人が出迎えてくれた。

 コスチュームではないということは相棒(サイドキック)ではなく、事務員か何かなのだろう。

 

「ごめんなさい! ホークスは今、パトロールに行ってまして……」

「知ってます。駅前で遭遇したので。そのホークスに事務所でまったりしてるように言われたので、まったりさせてもらいますね」

「そ、そうでしたか。いや、ホントに申し訳ないです」

 

 事務員の人はペコペコしながら、魔美子を休憩スペースのような場所に案内してくれた。

 常闇のことも聞かれたので、ホークスを追いかけようとして、多分そのまま置いて行かれてることも伝えておいた。

 

「えぇ……。置いてきて良かったんですか?」

「頑張ろうとしてる人を止めるつもりはありませんから」

「そ、そうですか。さすが、オールマイトの娘さん。あの、サイン貰っても……?」

 

 事務員、貴様もか。

 授業で軽く習っただけのサインが、この数時間で異様に上達してしまった魔美子だった。

 

 

 

 数時間後。

 

「ただいま戻りましたー」

「あ、やっと帰ってきた」

 

 休憩スペースで事務員の人とゲームをやっていたところに、ホークスが帰還。

 常闇はまだ帰ってきていない。

 そろそろ日が暮れるのだが……。

 

「常闇少年、じゃなかった。ツクヨミはいないんですか?」

「ん? あの子、追いかけてきてたの? 見かけなかったから、てっきり事務所(ここ)に行ったもんだとばかり……」

 

 哀れ、常闇。

 追いかけたはいいが、やっぱり追いつけなかったらしい。

 しかも、気づいてもらえないほどの距離を引き離されたようだ。

 まあ、速すぎる男相手なら当然の帰結である。

 

「今メッセージ送ったんで、しばらくすれば来ると思いますよ」

「サンキュー。君くらい柔軟な子の方がやり易いね」

 

 ホークスはそう言いながら、事務員の人に本日の活動内容を報告していった。

 傍で聞いているだけでも凄まじい仕事量だ。

 全盛の頃の(オールマイト)に匹敵するかもしれない。

 この人もワーカーホリックか。

 

「お待たせ。八木魔美子ちゃん、ヒーロー名はチャーミーデビルだったね。よろしく」

「よろしくお願いします。って、これはさっきも言いましたね」

「ホントだ。で、それ何やってんの?」

「モ○ハンです」

「お、いいね。俺にもやらせて」

 

 ホークスがゲームに参加した。

 なお、散々付き合ってくれた(というか、接待してくれた)事務員の人は、ホークスの活動内容を纏める作業のために別室へ出動したので、休憩スペースに残されたのは魔美子とホークスだけだ。

 成人男性と女子高生がカチャカチャとゲームに興じる音だけが休憩スペースに響いた。

 シュールな絵面だ。

 

「あちゃー、またやられた。全然役に立てない」

「弱いですね。仕事ばっかりしてるから、そうなるんですよ」

「これは耳が痛い。本当は20〜30位くらいでのんびりしたいんだけどね」

「じゃあ、そうすればいいのに」

「ま、これでもヒーローの端くれなんで、仕事があるなら働かないといけないんだよ。

 いつかはヒーローが暇を持て余す世の中にしたいと思ってるから、ゲームはその時にゆっくりやろうかな」

「それは素敵な夢ですね」

 

 反吐が出るくらいに。

 魔美子は内心でそう吐き捨てた。

 ヒーローが暇を持て余したら、魔美子は破壊衝動を持て余して暴走してしまう。

 この人とは相入れないなと、魔美子は早くも悟った。

 

「実はね、今回の指名、最初は君と轟くんにするつもりだったんだ。

 でも、トップ2のジュニアは競争率高そうだし、指名は二票しか入れられないから、断腸の思いで片方変えたんだよね」

「……それ、常闇少年には言わないでくださいね」

 

 魔美子は仲間思いの良い子の仮面を被り、少し責めるような声でホークスに告げた。

 しかし、

 

「咄嗟のことで声音も表情も少し崩れてる。まだまだだね」

 

 ホークスはあっさりと仮面を被ったことを見抜いて、指摘してきた。

 

「俺、そういうのわかっちゃうタイプなんだ。この職場体験ではガンガン指摘するから、是非ともより効果的な仮面の被り方を覚えて帰ってほしい」

「……あなた、やりづらい人ですね」

「はい、減点。ブラフかもしれないんだから、そこはシレッと嘘を吐き通そう。

 コツは演じるキャラ設定を細部まで詰めておくことと、素の自分から流用できる部分は流用することだよ。

 嘘は本当に混ぜといた方がバレづらいんだ」

 

 ホークスはゲーム画面から一切目を離さないまま、先ほどまでと一切態度を変えないまま、平和の象徴の暗部に食い込みそうな話をサラッと続けてみせた。

 

(……なるほど。これがプロか)

 

 どうやら、思っていたより遥かにためになる職場体験になりそうだ。

 

「ツクヨミ、帰還しました……」

「うおっ! またやられた! 八木ちゃん、仇取ってくれー!」

「任せてください! あなたの屍を越えて、立派に責務を果たしてみせます!」

「……随分と仲良くなったようだな」

 

 疲れ切った常闇の目には、ホークスと魔美子は既に、十年来の友のように打ち解けているように見えた。

 職場体験初日。

 魔美子は有意義な教えを授けられ、逆に常闇は一切何も掴めないまま、その日は終わった。



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31 職場体験 パート2

「んじゃ、次。亜衣刷(あいずり)の路地裏でヴィラン同士の抗争発生。行くよ、チャーミーデビル」

「はーい!」

 

 ホークスが飛び立つ。

 常闇も他の相棒(サイドキック)も置き去りにして、凄まじいスピードで。

 魔美子ですら、素の状態では影も踏めない。

 

 個性解放部位『翼』 出力70%

 

「そい!」

 

 新しいコスチューム、悪魔っぽい黒のゴスロリドレスから翼を出して(翼や尻尾を出すスペースを確保しつつ、上手いこと露出を無くしてくれた)ホークスを追う。

 なお、スカートは父の強い要望でMr.キックブレイクのローブと同じくめくれない工夫が施されており、万が一の場合でも下にあるのは夢も希望も無いスパッツである。

 

「速いなー」

 

 前を飛ぶホークスを見て、魔美子は思わずそう呟く。

 翼を普段使いできるパーセンテージギリギリまで解放して、ようやく同速。

 それでいて、小回りは圧倒的にホークスの方が上。

 

「あれだね」

 

 現場に到着して目標を発見した瞬間、ホークスの翼が細かく飛び散った。

 個性『剛翼』

 羽根の一枚一枚を分割して飛翔させ、自由自在に操る。

 その精密性は他の個性の追随を許さないほど凄まじく、一枚の羽根で人一人を簡単に担ぎ上げ、数百数千の羽根を同時並行処理することで、ビルが倒壊するような現場からでも、膨大な数の人々を瞬時に全員救い出す。

 おまけに、羽根には周囲の僅かな振動で音や空間を正確に把握する機能があり、ホークスは羽根が飛び散っている範囲の全てを、己の目と耳で見て聞いているかのように感知できる。

 

 凄まじい速度で飛翔する目耳の機能を搭載した数千の手足を自由自在に操っているようなものだ。

 脳筋スタイルを好む魔美子には真似できないし、真似したくない。

 ただでさえ破壊衝動の抑制に神経を削られているというのに、あんな細々とした作業をしたら死んでしまう。

 

「『大雨覆』」

「うおっ!?」

「なんじゃぁ!?」

 

 そんなホークスの無数の羽根が抗争中のヴィラン達の周囲をドーム状に囲い、凄いスピードで攻撃を加えていく。

 耐久力に秀でていない個性の者は、それだけで戦闘不能になり、

 

「うぉおおお! こんな豆鉄砲がなんぼのもん……」

「『デビル・スマッシュ』!」

「ぐっはぁ!?」

 

 耐久力に秀でている者は、魔美子の拳の餌食となって沈黙した。

 戦闘時間、僅か1秒。

 速すぎる決着である。

 

「イエーイ。結構相性良いよね、俺達。卒業後は俺のサイドキックにならない?」

「ふふ。口説いてるつもりなら、未成年淫行罪で訴えますよ」

「いいね、その感じ。ユーモラスに返してくるのはポイント高いよ」

「いえ、本気ですけど」

「え?」

 

 ニッコリと笑顔で告げる魔美子に、ホークスはちょっと冷や汗を流した。

 たった一日で随分と上達した笑顔の仮面は、もう彼ですら真意を測りづらい。

 

「ホークス! チャーミーデビル!」

「やっと追いついた……」

「遅いですって。俺達は次のデートに行きますんで、いつも通り後処理お願いします」

「淫行罪」

「デートじゃなくて仕事に行きます」

 

 ホークスと魔美子が飛び去る。

 職場体験二日目。

 ホークスはいつも通りだというパトロールを開始し、魔美子と常闇にはついてきて手伝えとだけ言った。

 ついていけるだけのスピードを持つ魔美子は言われた通り仕事を手伝い、ついてこれない常闇はサイドキック達と後処理に奔走する。

 そんな状況に、常闇は不満を溜めているようだ。

 時間が経過するほどに、表情が険しくなっていっている。

 

「おっと、緊急事態。差場理(さばり)で大型ヴィラン発生だって。

 現地のヒーローが随分手こずってるみたいで、応援要請が来た。

 俺はパワーに欠けるから、今回はよろしく頼むよ、チャーミーデビル」

「お任せを!」

 

 ホークスは魔美子の事情を知っているかのように、本日はヴィラン退治の仕事を優先して引き受けてくれる。

 圧倒的機動力を活かして、一日で九州全土を股にかけ、下手すれば本州の事件にまで首を突っ込む。

 速すぎるコンビだからこその活動範囲と事件解決数だ。

 これを処理する事務員は死ねると思うが、そんなことは知ったことではない。

 

「うん。今日はこのへんにしておこうか。明日は本州の方に呼ばれてるから、朝も早いしね」

「はーい」

 

 という感じで、本日の職場体験は終了。

 沢山ヴィランを殴れたし、ホークスのファンやメディアへの対応は大変勉強になった。

 後者に関してはとても疲れたけど。

 

 

 そして、事務所に帰還した後。

 

「ホークス」

「ん? 何かな、ツクヨミくん?」

 

 サイドキック達と共に後処理だけ任されていた常闇が、とうとう我慢の限界に達した感じでホークスに声をかけた。

 

「八木はまだわかる。彼女はあなたのスピードについていける稀有な人材だ。

 だが、何故俺を指名した? 何故、指名したにも関わらず放置する? 教えてほしい」

 

 常闇の主張は真っ当だった。

 ホークスの行動は、あからさまに魔美子を贔屓していると言われても仕方のないものだ。

 対して、常闇の方はほったらかし。

 これでは文句くらい言われるだろう。

 

「鳥仲間」

「は?」

「いや、だから君を指名した理由だよ」

 

 ホークスは自分の羽をつまみながら、そんなことをのたまった。

 常闇は個性とは別に、普通の人間とは違う体をしていて、カラスのような頭部をしている。

 恐らく、異形型個性の先祖の血が出ているのだろう。

 そういう人間は、この超人社会では珍しくもない。

 

 一方、ホークスは剛翼という鳥っぽい個性を持っている。

 鳥仲間。

 まあ、わからなくはない。 

 それが指名の理由というのはふざけた話だが。

 

「……お巫山戯で?」

「いーや、二割本音。半分は1年A組の子から話を聞きたくて。君達を襲ったヴィラン連合とかいうチンピラのね」

「それなら八木だけで良かったのでは?」

「彼女は競争率半端ないでしょ? 確実に来てくれるなんて保証は無かったから、他にもう一人、体育祭の順位が上の方の子を適当にね」

 

 ビキビキと、常闇の額に青筋が浮かんだ。

 

「ヴィラン連合の話ももう八木ちゃんから聞いちゃったし、今んとこ君にやってほしいのは、ウチのサイドキックの手伝いくらいかな」

「ッ!! 失礼する!!」

 

 常闇は怒りに支配されながら、ホークスの前から立ち去った。

 あそこまでコケにされれば、常闇でなくとも怒る。

 だが、怒った後に泣き寝入りするのではなく「必ずや見返してやる!」と決意して自主練に精を出し始めたのは、さすが雄英体育祭3位と言うべきか。

 

「常闇少年」

「……八木」

 

 そうして自主練を始めた常闇のところに魔美子が現れた。

 時刻は夜。

 都会の明かりが照らしているとはいえ、太陽に照らされた日中よりはよほど闇の濃い時間帯。

 その分獰猛になり、制御が難しくなったダークシャドウの手綱を握りながら、常闇は自主練をしている。

 

「ヌォオオオオオ! 滾ルゾォオオオオ!!」

「ダークシャドウくん、昼間とはまるで違うね。でも……」

 

 夜でもそんなもんか。

 魔美子はそんな言葉を仮面の下で飲み込んだ。

 同じ暴走個性ということで感じていたシンパシーが消えていき、元々無いに等しかった常闇への興味が完全に失せていく。

 

「常闇少年、ちょっと試してみたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 けれど、最後に一つだけ、ダメ元で試してみよう。

 そんなことを思いながら、魔美子は常闇に声をかけた理由であるそれを使った。

 

 個性解放部位『掌』 出力10%

 

 魔美子の掌の上に、靄のように立ち昇る『闇』が発生した。

 

「闇ィィィィイイイイイ!!!」

「ぐっ!? 静まれダークシャドウ!! 八木! 早くそれを消してくれ!!」

「ああ、やっぱり、これに反応するんだね」

 

 それを確認してから闇を消すと、ダークシャドウは「アッ……」と、目の前でオヤツを他の奴に食べられた犬のような、しょぼんとした反応を見せた。

 ちょっと可愛い。

 

「ハァ……ハァ……。い、今のは……?」

「あれ? 見せたことなかったっけ? 私の個性の一部なんだけど」

「初見だぞ……」

 

 常闇の言葉に、魔美子はちょっと驚いた。

 これに関しては特に隠しているつもりはなかったのだが、言われてみれば確かに、学校では一度も見せていなかったかもしれない。

 戦闘訓練においても、個性で生徒を直接攻撃することは、教師一同に固く禁じられている。

 そして、この技は攻撃にしか使えない技だ。

 そう考えると、常闇がこの技を知らないのも不思議ではないのか。

 

「まあ、いいや。今のを取り込んだりすれば、ダークシャドウくんはもっと強くなると思う?」

「……ああ。なるだろうな。ダークシャドウは闇を活力や体力に変換している。

 お前のそれを取り込めば、昼間ですら最高出力を出すことも可能かもしれない」

「ふむふむ」

 

 魔美子は常闇の言葉に頷き、

 

「じゃあ、今から練習してみようぜ。行っくよー」

「ま、待て八木!? こんな市街地でやったら、制御不能になって町ごと破壊してしまう!!」

「え? ダークシャドウくんの最高出力って、町を破壊できるくらい凄いの?」

「ああ。かつて、探検と称して森に入って遭難し、新月の夜に不安からダークシャドウを出して暴走させてしまった時は、その森を丸ごと吹き飛ばしてしまった」

「ほほう」

 

 その話を聞いて、常闇への興味が少し回復していくのを感じた。

 森を吹き飛ばすほどの力。是非とも見てみたい。

 ダークシャドウはあのクソとも相性が良いのだ。

 その上でそれだけの力があるのなら、もしかしたら轟に次ぐ第二の武器になってくれるかもしれない。

 

「よし! それじゃあ、人を巻き込まないところでやろう!」

 

 個性解放部位『翼』 出力50%

 

「ここが福岡で良かった。無人島が割と近くにある」

「無人島!?」

「さあ! 人も都会の光も無い最高のトレーニング場にレッツゴーだ!」

「待っ……!?」

 

 魔美子は有無を言わさず常闇を拉致した。

 そして、次の日から、彼女の常闇に対する態度は緑谷や轟に対するそれと同じになっていた。




・常闇踏影
技術促進『+1』


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32 職場体験 パート3

ピクルーの『こあくまめーかー2nd』で作ってみた、魔美子イメージ画像です。

【挿絵表示】

こっちはディザスター・モード

【挿絵表示】



「ハァ……信念無き殺意に何の意義がある?」

 

 隠れ家的な雰囲気を醸し出すバーにて。

 全身に刃物を携帯した一人の男が、ナイフを手に一人の青年の肩を刃で貫いて押さえつけていた。

 刃で貫かれている青年の名は、死柄木弔。

 雄英を襲撃した組織、ヴィラン連合の主犯格である。

 

「ハハッ。強すぎだろ。黒霧、こいつ帰せ。早くしろ」

「体が、動かない……! 恐らく『ヒーロー殺し』の個性……!」

 

 守るべき者である死柄木が凶刃に晒され、そんな状況で自らが動けないことに、黒い靄のヴィラン、黒霧が焦ったような声を上げた。

 

「何を成し遂げるにも信念、強い想いがいる。無い者、弱い者が淘汰される。当然だ。

 『英雄(ヒーロー)』が本来の意味を失い、偽物がはびこるこの社会も、イタズラに力を振りまく犯罪者も、粛清対象だ」

 

 ヒーロー殺しと呼ばれた男が、ナイフを粛清対象の首に近づける。

 首筋に刃が近づき、死柄木の顔に装着されている手のような装備に近づき……。

 

「ちょっと待て待て。この掌はダメだ。━━殺すぞ」

「ッ!」

 

 その時、殺されるのを待つばかりだったはずの死柄木の眼に、明確な殺意が宿った。

 その眼で、死柄木はヒーロー殺しを睨みつける。

 

「口数が多いなぁ。信念? そんな仰々しいもの無いね。

 強いて言えば、そう、オールマイトだな。

 あんなゴミが祀り上げられてるこの社会を、滅茶苦茶にぶっ壊したいなぁとは思ってるよ」

 

 死柄木の眼に宿る、異質な想い。

 歪な信念の芽。

 現在(いま)を壊そうという、その強い想いを目の当たりにして、ヒーロー殺しは……。

 

 

 

 ◆◆◆ 

 

 

 

 ヒーロー殺し『ステイン』。

 判明しているだけでも、これまでに17人ものヒーローを殺害し、23人ものヒーローを再起不能に追い込んでいる。

 オールマイトが平和の象徴と呼ばれるようになり、犯罪率が低下して以降では、あの最悪のヴィラン『デッドエンド』に次ぐ殺人数を誇る凶悪犯だ。

 

 そんなステインに兄を再起不能にされた少年、雄英高校1年A組クラス委員長の飯田天哉は。

 今までのステインの傾向から見て、奴が再び兄が襲われた町『保須(ほす)市』に現れると考えて、この地のヒーロー事務所を職場体験先に選んだ。

 

 普通に考えれば無駄な行いだ。

 相手は現代の包囲網を掻い潜って逃げ続ける凶悪ヴィラン。

 捜査のノウハウも無い一学生の飯田がちょっと探したところで見つかるようなら、とっくの昔にプロの誰かが捕らえている。

 

 しかし、飯田は持っている(・・・・・)人間だったようで。

 職場体験三日目の夕方、とてつもなく低い可能性を引き当ててしまった。

 

「スーツを着た子供……? 何者だ?」

 

 町中に突如轟音が響き渡り、その騒ぎに乗じるような形で職場体験先のヒーローの監督下から抜け出し、見つけてしまった光景目掛けて走った。

 そこにいたのが、全身に刃物を携帯したヴィランと、体を動かせない様子で拘束されているヒーロー。

 それは紛れもなく、

 

「血のように赤い巻物に、全身に携帯した刃物……! ヒーロー殺しステインだな!? そうだな!?」

 

 立派なヒーローだった、彼にとっての憧れだった兄を再起不能にした、憎い憎い仇の特徴。

 

「僕は、お前にやられたヒーローの弟だ! 最高に立派な兄さん(ヒーロー)の弟だ!

 僕の名前を生涯忘れるな!

 ━━『インゲニウム』!! お前を倒すヒーローの名だ!!」

 

 怒りと憎しみの炎を瞳に宿らせて叫ぶ飯田。

 ヒーロー殺しは、そんな飯田にゾッとするほどの殺意に満ちた目を向けて。

 

「そうか。死ね」

 

 死刑宣告を下した。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「ふぃー。終わったー」

「お疲れ様」

 

 職場体験三日目の夕方。

 朝から動きっぱなしで解決に当たった事件が終わり、魔美子はホークスから労われていた。

 

「まさか九州に職場体験に行って、東京まで足を運ぶことになるとは思いませんでしたよ」

「さすがに俺も君のスピードを見てなかったら断ろうと思ってたよ。職場体験に来てる子をほったらかすわけにはいかないしね」

「それ、常闇少年の前でも同じことが言えますか?」

「彼には君がアドバイスしたみたいだから大丈夫。昨日何かしたんでしょ? 今日はその時の感覚をひたすら反芻する時間ってことで」

 

 いけしゃあしゃあと、そんなことをのたまうホークス。

 教育者としては失格もいいところである。

 まあ、魔美子としては東京の大物ヴィランを殴れたので文句は無い。

 数日がかりの大掛かりな作戦になると思われていたところを、魔美子が敵組織の幹部を瞬殺して回ったことで、日帰りで戻れるわけだし。

 

 ピロン♪

 

「ん?」

 

 と、そこで魔美子の携帯がメッセージの受信を報せた。

 送信者は緑谷。

 内容は位置情報。

 なんの言葉も添えられておらず、ただ位置情報だけが一括送信で送られてきた。

 

「なんじゃこりゃ?」

 

 数秒意味を考えた後、魔美子はハッとした。

 これもしかして、ピンチだから救援呼べとかそういうことではなかろうか?

 いやいや、そんなバカな。

 緑谷は今、グラントリノ(おじいちゃん)の監督下にいるはずだ。

 

 魔美子が勝手にMr.キックブレイクの前身になる活動をやり始めた時も激怒して「勝手なことすな!!」と叫びながら愛の拳を振るってきたあの人が。

 父の青年期にも、先走り過ぎる救済願望を殴って矯正することを試みたという(失敗に終わったが)あの人が。

 ロクに情報を送ってる余裕すら無いような死地に、未熟も未熟な緑谷を送り出すはずがない。

 

(ということは、まさか……!?)

 

 グラントリノがいてもなお、こんなメッセージを送ることしかできない窮地に陥ったということか?

 ありえる。

 ワンフォーオールに固執しているあのクソが生きている可能性が浮上したのだ。

 何かしらの手段で継承者が緑谷であることを突き止め、このタイミングで刺客を放ったのだとしてもおかしくない。

 なんてこった。

 

「ん? どうかした?」

「ホークス、戦闘許可は貰ってたってことでお願いします」

「は? って、ちょ……!?」

 

 個性解放部位『翼』 出力80%

 

 東京まで出向いていたのが吉と出た。

 送られてきた位置情報の場所まで、本気で飛べば数分とかからない。

 緑谷は父の引退と平穏な老後のために絶対に欠かせないピースだ。

 万が一にも失うわけにはいかない。

 

「『デビル・ウィング』!!」

 

 そうして、魔美子は弟弟子の救援のために飛び立った。

 時速1000キロオーバー。

 速すぎる男すら置き去りにするスピードで。



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33 保須市襲撃事件

「なりてぇもん、ちゃんと見ろ!!」

 

 助けに来てくれた轟に一喝されて、飯田はハッと目が覚めるような思いがした。

 

 ヒーロー殺しに挑むも、歴戦のヴィラン相手にヒーロー科1年生の飯田ごときでは為す術もなく、いとも簡単に打ち倒され、殺されかけた時、緑谷が助けに来た。

 その緑谷が力及ばず窮地に陥った時、今度は轟が助けに来た。

 そして二人は今、飯田を守る為にヒーロー殺しと戦っている。

 傷つき、血を流しながら。

 あの怪物を相手に必死で戦っている。

 

(何がヒーロー……!)

 

 飯田は己を責めた。

 復讐のためだけに勝手に動いて。

 その結果不様に敗れ、倒れ。

 友に守られて。血を流させて。

 こんな自分のどこがヒーローだというのか。

 

『あいつをまず助けろよ』

 

 殺してやると叫んだ飯田に、ヒーロー殺しが言った言葉。

 奴に体の自由を奪われていた、復讐に走る飯田の目に入らなかったプロヒーローを指差しながら言った言葉。

 

『自らを省みず他を救い出せ。己のために力を振るうな。目先の憎しみに捉われ『私欲』を満たそうなど……ヒーローから最も遠い行いだ』

 

(ああ。そうだよ……! お前の言う通りだヒーロー殺し……!)

 

 罪を思い知らせんがために、復讐のために飯田は兄の名を使った。

 目の前のことだけ、自分のことだけしか見れていなかった。

 

(僕は彼らとは違う……!)

 

 緑谷や轟にはまるで及ばない未熟者だ。

 立派なヒーローだった兄とは似ても似つかない未熟者だ。

 

(それでも!!)

 

 今ここで立たなくては、もう二度と彼らや兄に追いつけなくなってしまう!!

 

「『レシプロ・バースト』!!!」

 

 その思いが強く心を支配した瞬間、ヒーロー殺しの個性に奪われていた体の自由が戻った。

 飯田は立ち上がり、二人に襲いかかるヒーロー殺しに蹴りかかる。

 あの魔美子すらも一度は捉えた超スピードで。

 

「む……!」

 

 それがヒーロー殺しの持つ刀を蹴り砕き、追撃で奴を吹き飛ばす。

 ガードされたし、ダメージも殆ど入っていないが、轟を斬る寸前だったヒーロー殺しを吹っ飛ばして距離を空けることはできた。

 そして━━

 

「『ダークネス・スマッシュ』!!」

「ぬっ!?」

 

 上空から降ってきた闇のレーザービームが、それを避けたヒーロー殺しを更に後退させた。

 

「なんだ……?」

「この個性は!」

 

 ヒーロー殺し、飯田、緑谷、轟、殺されかけていたプロの人。

 この中で唯一、緑谷だけがその攻撃の正体に気づいた。

 学校では何故か一度も見せていないが、修行中に「遠距離タイプ想定訓練」と称して弱めのビームを撃たれまくった緑谷だけが。

 彼にとっての恩人で、憧れの人の娘で、トラウマ上下関係を刻み込まれた鬼教官で。

 そして何より、誰より頼れるスーパーヒーローである彼女が応援に来てくれたことを悟った。

 

「嫌な予感を覚えて急いで来たけど、案の定だったね」

 

 空の上から、一人の少女が舞い降りる。

 父にダメ出しを食らって作り直してもらったという新しいコスチューム、悪魔っぽい黒のドレスに身を包み、悪魔のような翼をはためかせた金髪の少女が。

 重力を感じさせないフワリとした着地で、ヒーロー殺しと少年達の間に舞い降りた。

 

「状況がイマイチよくわかんないけど……」

 

 その少女、魔美子は血を流している飯田や轟を見て、なんでこんなところにいるのかと首を傾げ、逆にいるはずのグラントリノがいないことにも首を傾げた。

 ここに来る途中で『騒ぎ』を目撃したので、そっちに対処するために離れてしまった隙を狙われたとかだろうか?

 まあ、なんにせよ。

 

「もう大丈夫」

 

 ここで自分が言うべき言葉は決まっている。

 守られる相手に安心感を与え、大人しく守られておけばいいんだと思わせて、余計なことをさせないための言葉。

 父の模倣で、そこに込められた想いまでは継げないからと全部捨て去り、ただ実益のみを求めた薄っぺらい偽物。

 それでも、せめて父が安心して後を託せる後継がちゃんと育つまでは、こんな偽物でどうにかなる範囲くらいは受け持って、少しでも父の負担を軽くしようと決意して。

 彼女は、平和の象徴の仮面を被ってこう言うのだ。

 

「私が来た!!」

「「「!」」」

 

 威風堂々と笑顔でそう告げる魔美子に、守られる者達は感じていた恐怖と重圧が軽くなるのを確かに感じた。

 一方、

 

「私が来た、だと……!!」

 

 そんな彼女と対峙する男は。

 本物の英雄(オールマイト)に誰よりも強い憧れと崇拝を抱くがゆえに血に染まった男は。

 目の前で不出来な物真似を見せられて、信じる神を冒涜された狂信者のように、ビキビキと額に凄まじい青筋を浮かべた。



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34 保須市襲撃事件 パート2

「八木さん! 気をつけて! そいつは血の経口摂取で相手の体の自由を奪う個性を持ってる! それに肉体的な戦闘能力もかなり高い! 油断しないで!」

「ありがとう、緑谷少年。後は私に任せときなさい。こいつは学生が相手にするレベルじゃない。健全な学生時代を送りたまえよ」

「それを言ったら、お前もなんじゃ……」

 

 轟の至極真っ当な意見を黙殺しつつ、魔美子は片手を前に構える。

 轟が炎を使う時と同じ動作。

 対峙するヒーロー殺しは歴戦であり、その動作から先ほどの闇のレーザービームを即座に連想。

 避けながら距離を詰めるべく、体を屈めながら魔美子の掌の直線上から斜め下の位置、レーザービームの軌道を最も避けやすい位置をキープしながら走る。

 

 獣のような前傾姿勢で襲いくるヒーロー殺し。

 それに対して、魔美子は闇レーザーを放つことは無かった。

 突き出した手を後ろに引き、腰を捻って反対側の手で拳を打ち出す。

 拳を振るう腕が、一瞬にして漆黒に染まっていった。

 

 個性解放部位『右腕』 出力30%

 

「『デビル・スマッシュ』!!」

「ッ!?」

 

 闇レーザーを囮にして、本命の衝撃波を放つ。

 魔美子は力押しの脳筋戦法を好むが、やろうと思えばこういう駆け引きだってちゃんとできるのだ。

 そこらの個性が強いだけのチンピラ相手ならともかく、あのクソの刺客と思われる奴を相手に油断はしない。

 まして、今は絶対に失えない足手まといを抱えているのだから、なおのこと。

 

 直線の攻撃が来ると思っていたところに範囲攻撃が来て、ヒーロー殺しは避けられずに吹っ飛ばされた。

 ただし、直前で気づいてガードを固めながら後ろ受け身を取っている上に、魔美子が周囲の被害を気にして衝撃波の威力を抑えたので、大したダメージは入っていない。

 

(チッ!)

 

 彼女は内心で舌打ちした。

 今の自分の立場が悔やまれる。

 これがMr.キックブレイクなら、周辺被害なんて気にせず、いつもの70%を打っていた。

 近場の騒ぎのおかげで避難は終わっていて、巻き込むとしても建造物くらいだし。

 

 しかし、今の魔美子は資格未取得者のチャーミーデビルだ。

 戦闘許可は取ったということにしてあるとはいえ、下手に町並みをぶっ壊したらまた雄英が、ひいては父が色々言われる。

 いざという時はなりふり構っていられないだろうが、できる限りは被害を気にして戦わなければならない。

 ストレスが溜まる。

 

「『クリエイト・サモンゲート』!」

 

 そんなイライラを不敵な笑顔の仮面の下に押し込めて、魔美子は次の一手を打つ。

 5体の使い魔を召喚し、緑谷達の護衛に当てた。

 数を絞って力を集中したので、それぞれがワンフォーオール10%くらいの身体能力を持つ使い魔が5体だ。

 前回の脳無クラスが追加で現れたとしても、最悪緑谷一人を逃がすことくらいはできるだろう。

 

「よっ!」

 

 使い魔が配置につくのを見届けることなく、魔美子は大通りの方に吹っ飛ばしたヒーロー殺しを追う。

 翼の出力を下げて温存し、高速飛翔ではなく宙に留まることだけに集中。

 敵の攻撃が届かない空の上から、闇レーザーの雨を放った。

 

「『デスレイン・スマッシュ』!」

「……チッ」

 

 小分けにして数を増した機関銃のような攻撃。

 『レーザーの雨』という表現が比喩ではなくなるような連続攻撃。

 緑谷から聞いた情報で、敵の個性は近接必須と割れている。

 なら、近接攻撃の届かない上空から一方的に攻撃して仕留める。

 もっとも、あのクソの刺客ならいくらでも隠し球が出てくるだろうが、とりあえずわかっている武器だけでも対策しておくのは大事だ。

 代償として、レーザーの雨でアスファルトがボロボロになっていくが、水平に撃つよりは遥かにマシなので妥協するしかない。

 

「ハァ……守るべき者達から即座に俺を遠ざけ、護衛をつけ、自分は俺の攻撃の届かない空の上に陣取る。

 おまけに、大通りでの戦いに持ち込まれたせいで、壁を蹴っての立体機動でお前に到達するという方法まで封じられた。

 これがテストだったら100点だろうな」

 

 ヒーロー殺しは、なんと飯田に折られた刀とナイフの二刀流でレーザーの雨を斬り払いながら、魔美子を称賛するような言葉を口にした。

 さすが大物ヴィラン。化け物じみている。

 

「だが!!」

 

 と、そこでヒーロー殺しの口調が荒くなった。

 

「貴様にはヒーローとしての大前提が欠けている!! 他者をなんとしてでも救けるという心だ!!

 あの連中を救けに来たようだが俺の目はごまかせん!!

 お前は奴らを大切になど思っていなかった!! お前の眼は奴らを救うべき他者としてではなく、ただの足手まといとして見ていた!!

 お前の救済は英雄的な精神によるものではなく、打算まみれの偽善だ!!

 その醜悪な性根!! 理想(オールマイト)のガワだけ真似た不快な笑顔の仮面の下に隠そうとも、俺にはわかる!!」

 

(バレテーラ)

 

 魔美子は内心でヒーロー殺しを称賛した。

 ここ数日でホークスに粗を指摘されまくり、かなり精度が上がったと自分では思っている仮面に全く騙されていない。

 どんな洞察力してるんだ。

 塚内の妹さんのような、嘘発見の個性でも持っているのだろうか?

 

「そりゃ、パパに比べれば私のヒーロー精神なんてちっぽけなもんだろうさ!

 でも、ちっぽけな娘はちっぽけなりに頑張ってるんだから、頭ごなしに否定しないでほしいね!」

 

 魔美子はシレッと嘘を吐き続ける。

 彼女のヒーロー精神はちっぽけどころかゼロだ。

 しかし、敵の発言はブラフかもしれないのだから、図星を指されたとしても慌てず騒がず嘘を吐き通すべし。

 ホークスの教えが活きていた。

 

「黙れ!! 貴様がリトル・オールマイトだと!? ふざけるな!! 本物の英雄を愚弄するのも大概にしろ!!」

 

 それでもヒーロー殺しの主張はぶれない。

 どうやら、ブラフとかそういうのではないらしい。

 何かしらの根拠があるのか、彼は確信を持って魔美子を糾弾してくる。

 

「貴様は見せかけだけオールマイトを真似た、ただの偽物!! あまりに不快な粛清対象だ!!」

 

 両手の刃物を握るヒーロー殺しの手に力が入る。

 

「正しき社会のための供物となれッッッ!!!」

 

 目を血走らせ、喉が枯れんばかりに叫び、尋常ならざる殺意を魔美子に向けるヒーロー殺し。

 その時、ほんの僅かに━━魔美子の背筋に「ゾクリ」とした悪寒が走った。

 

「え?」

 

 なんだ、今のは?

 まさか、怯えた?

 人でなしの怪物が、今さらこの程度の相手に?

 

(ありえない)

 

 今まで数え切れないほどの敵と戦ってきた。

 あのクソの刺客、公安の刺客、Mr.キックブレイクとして戦ったヴィラン達。

 何より、明確な格上だったあのクソ本人とすら戦っている。

 それでも戦いで恐怖を感じたことなど無かった。

 いつだって、恐怖なんかより破壊衝動の方が強かった。

 なのに、なんでこいつだけ、見ているだけで心臓が嫌な音を立てるのか。

 いや、でも、この悪寒を覚えるほどの異様な威圧感、いつかどこかで……。

 

(いや、今はそんなことどうでもいい!)

 

 最優先は緑谷の安全。

 次点でこいつの確保。あのクソの情報を洗いざらい吐かせてやる。

 今回に関してだけは、破壊衝動の発散など二の次だ。

 このまま上空から確実に攻める!

 

「おおおおおおおおお!!!」

 

 だが、ヒーロー殺しは闇レーザーの雨を掻い潜り、大通りに面するビルの窓を叩き割って、その中に逃げ込んでしまった。

 一番されたくなかった動きだ。

 闇レーザーは最優先で今のを妨害するように撃っていたのに、それでも突破されてしまった。

 やはり、遠距離戦なんて使い慣れていない戦法だと粗が出るか。

 

「……これ、行かなきゃダメ?」

 

 なりふり構わなければビルごとぶっ壊すところなのだが、立場上、被害は抑えなければならない。

 しかも、あのビルの中に人が残っていたりすると最悪だ。

 近場の騒ぎのおかげで避難しているとは思うが、どこにでも避難指示を甘く見て逃げない輩はいる。

 そういうのを人質にでもされたら最悪。

 避難指示を無視した奴を見捨てた場合でもヒーローが叩かれるのだから、本当にやってられない。

 

「……しょーがない。行くか」

 

 被害とか最低限しか考えなくていいヴィジランテ一本で生きていけたらいいのにと嘆きながら、魔美子はビルの中に飛び込んだ。

 まあ、あっちはあっちでままならないことが多いので、上手いこと二つの顔を使い分けて良いとこどりを目指すのが最善なのだろう。

 

「なんか、パパの戦闘訓練を思い出すなー……」

 

 翼を仕舞ってビルの中を駆け回りながら、そんなことを呟く魔美子。

 ここだと翼も闇レーザーも殆ど使えない。

 本当に、爆豪、轟、飯田、障子を相手にしたあの時と似たような状況だ。

 まあ、相手に大怪我くらい負わせていい分、あの時よりはマシか。

 

「……!」

「おっと、来たね!」

 

 ヒーロー殺しが、右手側にあったガラス張りの壁をぶち破って襲撃してくる。

 右手に持つ折れた刀を、魔美子の首筋に向けて振るってきた。

 彼女は個性を解放して迎撃。

 

 個性解放部位『両手足』 出力70%

 

「そい!」

 

 腕を薙いだ。

 面倒だが致命的な欠損を与えないように、個性の出力は上げても攻撃の打ち方には注意して。

 魔美子はヒーロー殺しが反応できないほどの超スピードで腕を振るい、されど振り抜きはせず、当たって弾いた時点でピタリと止める。

 結果、ヒーロー殺しの右腕はひしゃげて砕けたが、根本から消し飛びはしなかった。

 内心でガッツポーズするほどの完璧な調整。

 

「正さねば……!!」

 

 しかし、ヒーロー殺しはひしゃげた右腕にまるで頓着せず、左手のナイフで魔美子の眼球を狙ってきた。

 再生系の個性は持っていないのか、ひしゃげた右腕が治る様子は無い。

 にも関わらず、己の体の損傷を度外視とは。

 

「イカれてるね!」

 

 首を横に倒して眼球狙いのナイフを回避し、お返しに今度は右脚でヒーロー殺しの脇腹を蹴り飛ばす。

 肋骨をへし折ったという確かな手応え、いや、足応えがあった。

 その蹴りの勢いでヒーロー殺しは横に飛んでいき、ビルの外に叩き出された。

 しかし、奴はすぐに体勢を立て直し、狂気的な形相を浮かべながら再突撃してくる。

 

「誰かが、血に染まらねば……!!」

 

 突っ込んできたヒーロー殺しを右拳で迎撃。 

 残った左腕で振るってきたナイフを、腕ごとぶっ壊す。

 ヒーロー殺しはそれにすら頓着せず、痛みを感じていないかのように、流れるような動きで魔美子の首筋に噛みつこうとしてきたので、その顔に頭突きをお見舞いしておいた。

 

「ふん!」

「ッ!?」

 

 脳を揺らされて動きが止まったヒーロー殺しに、左のボディブローを叩き込む。

 これも拳が体を貫通する前に止めることで加減した一撃だが、それでも腹筋や内臓にかなりのダメージが入ったはずだ。

 ボディブローの衝撃で、ヒーロー殺しがまたしても吹き飛ばされる。

 突撃する度に弾き返され、ダメージのみをその身に蓄積していく。

 

 ヒーロー殺しは決して弱くはない。

 むしろ、かなり強い。

 だが、魔美子とは相性が悪い。

 血の経口摂取で相手の体の自由を奪う個性。

 それはつまり、相手が血を見せてくれなければ、ただの無個性だ。

 

 今の魔美子は諸々のリスク覚悟で個性の出力を上げ、衰えたオールマイトと同等以上の身体能力で動いている。

 拳も蹴りも速すぎて、油断さえしていなければ、ヒーロー殺しの攻撃を見てから余裕で後出しの迎撃ができてしまう。

 これでは斬りつけて血を舐めることなどできるはずがない。

 個性が使えない状況でオールマイトを相手にしているようなものと考えれば、いかにこの戦いが無謀かわかるだろう。

 

 とはいえ、その欠点を克服するような個性をあのクソに与えられている(・・・・・・・)と思っていたのだが……。

 今のところ変な技を使ってくる様子が無い。

 もしかしたら、こいつは刺客ではなく、あのクソに掌の上で踊らされて緑谷にぶつけさせられただけの、ただの一般通過ヴィランだったのかもしれない。

 

「ねぇ、もう終わりにしようよ、ヒーロー殺し」

「ハァ……ハァ……!」

 

 大通りにまで吹っ飛ばされ、両腕、胴体に深刻なダメージを負い、頭突きを叩き込まれた顔からも血をダラダラと流しながら、それでもまだヒーロー殺しは立っていた。

 

「力の差は歴然。君と私じゃ相性が悪すぎる。勝ち目なんか無いよ?」

「黙れ、偽物!!」

 

 ヒーロー殺しが叫ぶ。

 ゴホゴホと咳き込み、その度に血を吐き、なおも折れないまっすぐな殺意を魔美子にぶつけてくる。

 ━━ゾクリ。

 また魔美子の背筋に悪寒が走った。

 

(こんな死に損ない相手に……!)

 

 魔美子は頭を振って、ありうべからざる感情を振り払った。

 

「えーと……これ、どういう状況?」

「なっ!? 何故、貴様がここに!?」

「小娘!?」

 

 と、ここで新たな乱入者が現れた。

 大きな翼を生やした若い男。

 炎を纏った筋骨隆々の巨漢。

 黄色のコスチュームを着た、随分と背の縮んでしまった老人。

 

「ホークスにおじいちゃん!」

「グラントリノ!」

「エンデヴァー……」

 

 魔美子、緑谷、轟がその三人に反応した。

 ナンバー3ヒーロー『ホークス』

 ナンバー2ヒーロー『エンデヴァー』

 ナンバー1ヒーローを育てた男『グラントリノ』

 とんでもない顔ぶれだ。

 大抵のヴィランは泣いて逃げ出すだろう。

 

「ハァ……エンデヴァー……!!」

 

 だが、このヴィランは。ヒーロー殺しは。

 三人の中でも特にエンデヴァーに強い強い殺意を送って、睨みつけた。

 もう焦点の合っていない目で、魔美子とエンデヴァーを睨みつけた。

 

「偽物……!!」

「「「ッ!?」」」

 

 ここにきて一層強まったヒーロー殺しの威圧感に、この場の全員が息を呑んだ。

 近くにいてくれた方が守りやすいという理由で使い魔に連れていかせなかった学生達はもちろん、プロの頂点や怪物(魔美子)すらも、その男の気迫に押された。

 

「正さねば……! 誰かが血に染まらねば……! ヒーローを取り戻さねば……!!」

 

 ヒーロー殺しが歩を進める。

 我が身を己の血に染めながら、必ず殺すと決めた粛清対象達に向かって。

 

「来い……! 来てみろ偽物ども……! 俺を殺していいのは!! 本物の英雄(オールマイト)だけだ!!!」

 

 学生達が腰を抜かす。

 トップヒーロー達ですら冷や汗を流す。

 魔美子は……反射的に足が一步後ろに下がっていた。

 そんな己に驚愕した。

 

 しかし、ヒーロー殺しが、それ以上歩を進めることは無かった。

 

「…………気を、失っている」

 

 誰かがポツリとそう呟く。

 ヒーロー殺し『ステイン』は、凄まじい形相を浮かべたまま、敵に立ち向かったまま、倒れることなく、立ったまま気を失っていた。

 

 病院に搬送された時にわかった事実だが、この時、ヒーロー殺しは両腕粉砕骨折。

 肋骨も折れ、それが肺に突き刺さり、内臓もいくつか潰れ、頭部や全身も強く打ちつけていた。

 まさに満身創痍。

 そんな状態で、彼は最後まで倒れなかったのだ。

 

 不屈の闘志なんてチンケな言葉では言い表せないほどの、絶対的な意志の力。

 それは魔美子の記憶に深く刻まれ、この先の未来に大きな影響を及ぼすこととなる。




・緑谷出久、轟焦凍、飯田天哉
精神成長『−1』

・八木魔美子
精神成長『+1』


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35 職場体験 終了

「おい。おいおいおいおい。どうなってんだ? あんだけ苦労してゲットしたパーティーメンバーが、なんでこんな簡単にやられてる?」

 

 とあるビルの屋上にて双眼鏡を構える男が、首筋をガリガリと掻きながらイラ立たしげに声を上げた。

 双眼鏡越しに見える景色は、ヒーロー殺しが捕まって連行されていく様子。

 まあ、奴は自分に刃を突き立ててきたクソ野郎だ。

 利害の一致と、なんか歪んだ信念の芽? とやらを見込まれて一応の協力関係を結んだが、やられたのなら「ざまぁ見ろ」としか思わない。

 ただし、それをやったのが、もっとイラつく奴でなければだ。

 

「なんで、あのチートのクソガキがここにいるんだよ? あれがいたら、どんなゲームもクソゲーだろうが!」

 

 ガリガリ、ガリガリと掻きむしり、首筋から血が出てきた。

 USJでオールマイト抹殺をあと一歩のところで邪魔し、自慢の脳無を二体も瞬殺し、おまけに衝撃波の拳でぶっ飛ばしてくれやがったクソガキ。

 しかも、雄英体育祭を『先生』に言われて見ていたから知ったが、あいつまさかのオールマイト(最悪のゴミ)の娘だった。

 それが一応とはいえ人様のパーティーメンバーを潰し、こっちの戦力を削ぎやがった。

 腹の立つことのオンパレード。役満だ。

 

「おまけに、今回の脳無も瞬殺とか、マジふざけんな……!」

 

 ヒーロー殺しは「ヒーローとは見返りを求めてはならない。自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない」という信念に基づき、「ヒーローを騙る偽物の粛清を繰り返すことで、世間にそれを気づかせる」という理念のもとに行動していた。

 

 死柄木はスカウトしようとしたら刺された腹いせのように、ヒーロー殺しの粛清を霞ませるほどの大事件を起こして、彼の面子と矜持を潰してやろうと企んだ。

 そのために先生から借りた脳無三体を保須市に放った。

 しかし、脳無達はヒーロー殺しを追ってきたのかなんなのか、現場に居合わせたナンバー2とナンバー3によって瞬殺されてしまった。

 USJで使った脳無に比べれば遥かに弱い、先生からすれば死柄木の授業料として完全に捨てた駒だったとはいえ、この結果はますます死柄木をイラ立たせる。

 おまけに……。

 

「クソッ……!」

 

 翌日の新聞。

 そこに載るのはヒーロー殺しの逮捕と、彼の思想に対する熱い議論。

 そして、それを成したのが最近話題沸騰中のリトル・オールマイトだという記事ばかり。

 

『ハハハハ! 夜が明ければ、世間はあんたのことなんか忘れてるぜ!』

 

 脳無を放った時、死柄木が高笑いしながら口にした言葉。

 忘れるどころか、ヒーロー殺しの存在はリトル・オールマイトの話題すら食いかねないほどに世間に深く刻まれた。

 一方、自分の放った脳無は完全にオマケ扱い。

 

「なんで、思い通りにならない……!」

 

 強いストレスが死柄木弔を苛む。

 その様子をモニター越しに見て、『先生』と呼ばれた男がニヤリと笑った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「歯ぁ食いしばれ! この腐れ豚野郎がぁ!!」

「ぐっはぁ!?」

「「緑谷(くん)!?」」

 

 とある病院にて。

 ヒーロー殺しにやられた怪我が原因で入院した緑谷が、魔美子の強烈なパンチを頬に貰って吹っ飛んだ。

 同室の轟と飯田が突然の凶行に慌てふためき、魔美子を羽交い締めにして止めようとするも、怪我人二人でこの馬鹿力を止められるはずもなく、魔美子は吹っ飛んだ緑谷に方に近づいていって、病院服の胸ぐらを掴み上げた。

 

「てっきり襲撃されたから応戦してたのかと思ったら、自分からヒーロー殺しに向かって行きましただぁ?

 君、自分の立場わかってんの? 自分のザコっぷりをわかってんの? 自分が死んだらどうなるかわかってんの? ねぇねぇねぇ?」

「す、すすすすす、すみません!!」

 

 完全に仮面が剥がれ落ち、ゴミを見るような目を隠そうともしなくなった魔美子が緑谷をなじる。

 ヒーロー殺しが連行された後、相手がヴィランとはいえ資格未取得者が個性で人に大怪我を負わせたということで、魔美子はヘドロの時のように警察のお世話になった。

 しかし幸い、今回はちゃんと話を合わせてくれたホークスによって「戦闘許可は出ていた」という話になり。

 職場体験二日目三日目で、既にホークスと共に多数のヴィランを殴り倒して事件解決した実績があったので、今回もその延長ということで処理された。

 

 だが、問題はその事情聴取で知り得た情報と、その後で合流したグラントリノ(おじいちゃん)との話で聞いた緑谷の行動だ。

 なんとこのアホ、グラントリノの待機命令を無視して突っ走り、脳無が派手に暴れていた現場に突入。

 保須市という場所、担当ヒーローの隣にいなかった飯田、そこからヒーロー殺しの存在を連想し、可能性のありそうな場所を片っ端から走り回って奴を捕捉。

 体の自由を奪われていた飯田ともう一人を助けるため、例の位置情報の一斉送信をした後に交戦したという話だ。

 

 ヒーロー殺しは、あのクソの刺客なんかじゃなかった。

 緑谷が狙われたわけでもなかった。

 ただただ自分から危険に首を突っ込んで死にかけただけだった。

 

「歯ぁ食いしばれ!」

「ぐへぇ!?」

 

 もう一発いった。

 本当にこのバカはもう、ワンフォーオール継承者という立場をわかっているのだろうか?

 死ねばワンフォーオールが、オールマイトの力が途絶えるんだぞ?

 せめて出力50%は出せる半人前になってからじゃないと、あんな強敵に向かっていっちゃダメだろう。

 今の緑谷は「戦闘力たったの5%か。ゴミめ」状態なのだから。

 

「や、八木、落ち着いてくれ。緑谷が突っ走らなかったら、飯田もネイティブさん(もう一人の被害者)も死んでた。だから……」

「それは結果論だよ、轟少年」

 

 魔美子は轟に目を向けないまま、冷たい声で言った。

 轟は体育祭の耳責めで体験したゾッとする感覚を思い出し、背筋が冷えた。

 

「ヒーロー殺し、強かったよ。相性が良かったから圧倒できたけど、リスク覚悟で個性の出力を上げ続けてなかったら負けてたと思う。

 で? 君達は個性を使った私どころか、個性無しの私にすら勝ったことある? 無いよね?

 向こうがその気だったら、君達はとっくにあいつの刃の錆になってた」

「「「…………」」」

 

 その言葉に何も返せず、三人は黙る。

 ヒーロー殺しは明らかに手を抜いていた。

 友を救けに来た緑谷と轟を見て「良い」と呟き、徹底して二人を殺すような攻撃はしなかった。

 悪の矜持に救われた。

 それがわかっているからこそ何も言えない。

 

「今回は運が良かっただけ。私に殴られたくないなら、一刻も早く強くなること。心配無用なくらい強くなった後なら、私だって何も言わないよ」

 

 魔美子は緑谷と轟にそう告げる。

 緑谷は父の老後の安泰のために必要不可欠であり、轟は成長すればあのクソの領域を脅かしてくれるかもしれない強力な駒だ。

 こんな弱いうちに死んでもらっては困るなんてものじゃない。

 だからこそ、本来他人なんかどうでもいいはずの魔美子が、こんなに本気で叱っている。

 しかし、彼女の叱責に一番反応したのは二人ではなかった。

 

「八木くんの言う通りだ……! だが、一番悪いのは緑谷くんではない! 俺だ! 彼を殴るのなら、その十倍は俺を殴ってくれ!!」

 

 そう言い出したのは眼鏡委員長、もとい飯田。

 兄の復讐のために先走り、真っ先にヒーロー殺しに挑みかかった男。

 

「ああ。確かにその通りだね。じゃあ、覚悟はいいかな? 飯田少年?」 

「いつでも来……ぐはぁっ!?」

 

 魔美子のラッシュが飯田を襲う!

 正直、魔美子からすれば飯田がどうなろうが知ったことではないので、死にたければ勝手に死んでればいいんじゃないかなと個人的には思っているが。

 これの尻ぬぐいのために緑谷(父の後継)(強い駒)が死にかけたというのなら、殴っておかなければならないだろう。

 飯田が死んだ場合でも、絶対に雄英(父の職場)は猛バッシングを受けるだろうし、なおさら殴る理由がある。

 結果、飯田のトレードマークである眼鏡は殉職し、彼の顔面は二倍くらいの大きさに腫れ上がった。

 見た目的には、ヒーロー殺しにやられた怪我より酷い。

 

「八木。俺も同罪だ。殴ってくれ」

「よし。良い度胸だ」

「ぐっ!?」

 

 一人だけ罰を逃れる気にはなれなかった真面目な轟くんも殴られ、三人仲良く顔を腫れ上がらせて反省した。

 なお、魔美子に続いてお見舞いに現れたエンデヴァーはそれを見て「焦凍ぉおおおお!? おのれ貴様ぁああああ!!」と荒ぶっていた。

 なんだ意外と子供思いじゃないかと、魔美子は轟から聞いていたエンデヴァーのイメージを再び更新した。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「お世話になりました、ホークス!」

「いや、ホントにね。急に飛んでいったと思ったら、次に見た時にはヒーロー殺しをボコボコにしてるんだもん。

 さすがの俺も事情説明の口裏合わせとか、マスコミへの対応とかで疲れちゃったよ」

「因果応報。……と言いたいところだが、さすがに哀れ」

 

 職場体験最終日。

 最後の挨拶に来た魔美子と常闇を、心なしかゲッソリとしたホークスが出迎えた。

 常闇が気の毒そうな視線をホークスに送っているのに対して、魔美子はあえて申し訳ないという顔の仮面を被らず、学校にいる時のようにニコニコと笑っている。

 ごめーんね☆ って感じの小悪魔という感じだ。

 仮面を被るなら、素の自分から流用できる部分は流用した方が良い。

 ホークスの教えが変な方向に作用していた。

 

「しかし、よくこんな危ない橋を渡ったね。もし俺がルールを遵守して、口裏合わせを断ってたらどうする気だったの?」

「ホークスは頭が柔らかいタイプでしょ? しかも、パパにも匹敵するようなワーカーホリック。

 あれだけ働けるのは情熱がある証拠だし、そこまでして平和の維持に奔走してる人なら、ナンバー1の娘がナンバー3のところで問題行動なんて、ヒーローへの信頼と社会の安寧を揺るがしかねない状況を招くわけがない。

 ちゃんと上手いことやってくれるって信じてましたよ!」

 

 嘘くさい(あざとい)笑顔で感謝を告げるチャーミーデビル。

 そんな彼女にホークスは苦笑して、

 

「悪びれないなぁ、確信犯め」

「悪びれない私でいいって言ってくれたのはホークスなので」

「あれ、そういう意味じゃないから。何よりケースバイケースだからね?」

「ふふ。わかってますよ」

 

 にこやかに(表面上は)笑い合う魔美子とホークス。

 二人とも美男美女なので実に絵になる。

 そんな絵になる仮面の下は、すぐ傍にいる常闇にすらわからない。

 

「本当に仲良くなったものだな……」

 

 常闇は二人の表面だけを見て、そんな感情を抱いた。

 放置され、ヒーロー殺しの件も完全に蚊帳の外だった身としては、あまり面白くない。

 特にホークスだ。

 次の機会があったら、絶対にギャフンと言わせてやると心に誓った。

 

「それじゃ改めて……お世話になりました、ホークスさん」

 

 そこで魔美子は既に変装済みだった外見(三つ編み&ダサ眼鏡)に合わせた態度に変えた。

 ボソボソとした口調で、丁寧に頭を下げる。

 常闇は「やはり調子が狂うな……」と呟き、ホークスは、

 

「うん。お疲れー」

 

 最初に会った時と同じ、ヘラっとした笑顔で二人に別れを告げ、自分は本日のパトロールのために飛び去った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「ええ。終わりましたよ」

 

 福岡の上空。

 盗み聞きされる可能性が極めて低い空の上にて、ホークスは携帯で誰かと通話していた。

 こちらも盗聴対策が施された秘匿回線だ。

 通話の繋がった先は━━ヒーロー公安委員会。

 

『ご苦労様。それで、どうでした? 例の少女は?』

「表面上は上手く隠してましたね。まだまだ脇は甘いし、別の意味で危ないことはしてくれましたけど」

 

 ホークスはそう言って肩をすくめる。

 彼は公安直属のヒーロー、つまり魔美子の事情を全て聞かされている側だ。

 今回の職場体験、ホークスは公安に依頼されて魔美子の見極めを行った。

 ついにオールマイトの娘と公表されてしまった以上、もう下手なことはできない。

 死んだとしても、何かやらかしたとしても、過去が明らかになったとしても、ヒーローへの信頼と社会の安寧が揺らぐ。

 『平和の象徴』の娘という肩書は、それほどに重い。

 

 だからこそ、もはや公安は魔美子をヒーローとして活用するしか道が無い。

 とはいえ、11年前の事件と、彼女の怪物としか思えない破壊衝動と精神構造を知っている身としては、不安で不安で仕方がない。

 ゆえに、公安はホークスに魔美子の見極めを依頼して、可能な限りあれをヒーローとして使えるようにするために、アドバイスとサポートを頼んだのだ。

 何より、ここで接点を持っておくことで、あれの行動に少しでも口を出せる立場を獲得しておきたかった。 

 ヴィランの仕業に見せかけて暗殺者を送り続けたことが露見してしまった公安は、オールマイトからの信頼をほぼ完全に失っているので、そういう立場は喉から手が出るほど欲しい。

 まあ、職場体験先にホークスを選ぶかどうかすらわからなかったのだから、他にやれることが無いからやった悪あがき感は否めないが……。

 

『あなたの結論を聞きましょう』

「たった一週間弱の観察じゃ確たることは言えませんが……現時点での情報で判断するなら『大丈夫』だと思いますよ。

 仮面の被り方は上手くなりましたし、何より彼女は思ったよりもずっと『人間』に近づくための努力をしていた。

 たとえ、表面上しか真似られない偽物にしかなれないとわかっていても」

 

 本性を隠す仮面の改善点を指摘すれば、ビックリするほど意欲的に学んでくれた。

 ズレた仮面の下から垣間見えたのは、ひたすらのオールマイトへの愛(ファザコン)だった。

 とりあえず、オールマイトが生きている間は大丈夫かもしれないと思えた。

 何かしらの不測の事態が起こらない限りはだが。

 

「怖いのは10年後くらいですね。果たして想いの芯を失った状態で、それでも人間であろうとしてくれるかどうか……」

『頭が痛いわね。もうずっとだけれど』

「ハハハ。まあ、本人はアングラ路線に進んで、徐々に表舞台からフェードアウトしたいって言ってましたし、なんとかなるんじゃないですか?」

『表舞台から消えても、暴走して這い出してきてしまえば意味が無いわ』

「そこはほら。彼女を止められるほどの優秀な後続が出てきてくれることを期待して」

 

 ホークスは努めて楽観的にそう振る舞う。

 公安(この仕事)は楽観的でないと、やってられないのだ。



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36 ありがとう

「まったく! 緑谷出久! とりあえず体が動いちまうところはお前そっくりだよ、俊典(としのり)!」

『申し訳ございません……! 私の教育が至らぬばかりで……!』

 

 ナンバー1ヒーローを育てた男、グラントリノは今。

 その教え子であるオールマイト、本名『八木(やぎ) 俊典(としのり)』と久方ぶりの通話をしてした。

 

 最初の話題は、職場体験に来させたワンフォーオール当代継承者、緑谷出久について。

 実力が足りないのももちろんだが、ヒーロー免許も仮免も、まして保護管理者(グラントリノ)の許可すら無いのに飛び出して、犯罪史に残るようなヴィランに挑みかかりやがった。

 自分の実力も、社会のルールも、そんなことを考えるより先に体が動いてしまう、尋常ならざる救済精神の持ち主。

 良くも悪くもオールマイトそっくりだ。

 そして、今回の場合は『悪くも』の割合が相当大きい。

 

「説教は俺と小娘でしたが、ありゃ多分またやるぞ! あのイカレ具合はお前の時に散々見たからな!」

『申し訳ございません! 申し訳ございません! 私の方からもキツく言って聞かせますので!』

「ふん! そのやり方で平和の象徴なんて呼ばれるようになったお前が、どこまで自分のことを棚に上げられるか見物だな」

『うっ!?』

 

 痛いところを突かれて、オールマイトが呻いた。

 

「緑谷もそうだが、小娘もだ。あの状況なら致し方なかったかもしれんが、それでも戦闘許可を事後承諾に回して突っ込んでくるとか、相変わらずヤンチャしてんな!」 

『申し訳ありません!!』

 

 それからしばらく、グラントリノのネチネチ口撃が始まった。

 孫の教育に口出しする面倒な爺みたいだった。

 

「でだ。グチグチ言っちまったが、ガキどものことは本題じゃねぇのよ。本題はヒーロー殺しだ。

 ……相対した時間は短かったが、それでも戦慄させられた」

『! グラントリノともあろう者を戦慄させるとは……!』

 

 この老人にトラウマを刻まれたオールマイトは、ヒーロー殺しというヴィランへの認識を大きく変えた。

 

「俺が気圧されたのは恐らく、強い思想、あるいは強迫観念からくる威圧感だ。

 絶対に引けない、絶対に成し遂げるという強い強い信念から生じる気迫。

 誉めそやすわけじゃねぇが、俊典、お前が持つ『平和の象徴観念』と同質のそれだよ」

 

 オールマイトもまた、平和の象徴にはどんな状況でも絶対に敗北は許されない。決して人々を不安にさせてはならない。

 そんな強い強い信念を持ち、それを支えにして、どんなに強い悪にでも立ち向かってきた男だ。

 その気迫は、その威圧感は、オールマイトが『いる』というだけで犯罪発生率の大幅な低下に繋がるほど。

 オールマイトにビビって犯罪に走れないなんて輩は山のようにいる。

 逆に、オールマイトに憧れ、感化されてヒーローを目指した若者達もまた数え切れない。

 

「人は強い想いに惹かれる。感化される。そうして人を変えちまう奴が、安い話『カリスマ』っつー呼ばれ方されるわけだ。

 今後取り調べが進めば、奴の思想、主張がネットニュース、テレビ、雑誌、あらゆるメディアで垂れ流される。

 良くも悪くも抑圧されたこの時代、奴に感化される人間は必ず現れる」

 

 思想というものは、何を言ったかよりも、誰が言ったかだ。

 極端な話、思想なんてそれっぽく聞こえれば何でもいい。

 重要なのは、ヒーロー殺しという一人の男が、その思想を叶えるために、あれほどの逆境に正面から立ち向かい、強い強い信念を見せつけてしまったこと。

 オールマイトの信念に感化されてヒーローを目指した者がいるのなら、ヒーロー殺しの信念に感化されて血に染まる者も必ず現れる。

 時代に抑圧されて衝動を持て余し、暴れる口実を探しているような奴には、特に強く刺さるだろう。

 

『しかし、個々で現れたところで、各地のヒーローが各個撃破を……』

「そこでヴィラン連合だ」

 

 グラントリノは言う。

 今回の事件、ヒーロー殺しの近くに投入された三体の脳無に加え、戦いの様子を見ていた死柄木と黒霧もマスコミが見つけてしまった。

 ヒーロー殺しとヴィラン連合の関わりが示唆されたのだ。

 そうなればヴィラン連合は、ヒーロー殺しのような『思想ある集団』だったと認知される。

 

「つまり、受け皿は整えられていた。個々の悪意は小さくとも、一つの意志のもと集まることで、何倍にも何十倍にも膨れ上がる。

 ……ハナからこの流れを想定してたとしたら、敵の大将はよくやるぜ。

 着実に外堀を埋めて、己の思惑通りに状況を動かそうとするやり方」

『……嫌な予感はしていましたが』

 

 二人の脳裏に、ある宿敵の顔が浮かんだ。

 やり方だけの話ではない。

 何よりの証拠は、脳無などという、複数の個性を与えられた手駒の存在。

 あんなものを用意できるような奴に、他に心当たりは無い。

 

「俺の盟友であり、先代ワンフォーオール継承者である志村を殺し、お前の腹に穴を空け、小娘に呪いを背負わせた男。

 ━━『オールフォーワン』が再び動き始めたと見ていい」

『……あの怪我でよもや生きていたとは。信じたくない事実です』

 

 6年前に倒したはずの相手。

 100年以上に渡る長き因縁にケリをつけたはずの相手。

 やっと大元を絶てたはずの、愛娘の呪いの根源。

 それがまだ生きていたなど悪夢でしかない。

 

「お前のことを健気に憧れているあの子にも、折を見て話した方がいい。お前とワンフォーオールにまつわる全てを。……小娘のことに関してもな」

『……気が進みませんね。特に魔美ちゃんのことに関しては』

 

 話してしまえば、元の関係のままではいられない。

 果たして、真実を知った時、緑谷はそれでも魔美子を受け入れてくれるだろうか。

 いつかは話さなければならない。それが避けられない未来なのはわかっている。

 けれど、せめて学校を卒業するまで、魔美子の学生時代が楽しい思い出として終わってくれた後まで先延ばしにしてもいいのではないか。

 そうして、オールマイトは日和ってしまう。

 

「まあ、お前の気持ちもわかる。どこまで話すかはお前と小娘で決めろ。

 ただ、未熟も未熟な状態でヒーロー殺しなんつう強敵とぶつかっちまったことといい、いつだってヴィランはこっちの都合なんざ考えちゃくれねぇし、待ってもくれねぇぞ」

『……ご忠告、痛み入ります』

 

 その忠言を最後に、グラントリノは電話を切った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「アッハッハッハ!! マジか! マジか爆豪!」

「笑うな……! クセついちまって、洗っても直んねぇんだ……!」

 

 職場体験から戻ってきたら、爆豪が8:2分けになっていた。

 教室に入った瞬間にそれを目撃して、魔美子は思わず目を剥いた。

 

「ぷっ!」

 

 そして、すぐに笑いが込み上げてきた。

 

「アハハハハハ!! ヒーッ! ヒーッ!」

「クソ女ぁああああああ!!!」

 

 ツボに入って素で大笑いする魔美子に、爆豪がキレて爆発した。

 爆発した拍子に、8:2分けがいつものトゲトゲヘアーに戻った。

 あまりの珍現象がなおのこと笑いのツボを直撃し、魔美子は呼吸困難に陥りそうになる。

 

「ダメ、これ、ツボ……! 上鳴少年を見てる時の耳郎少女の気持ちがよくわか、ぶふっ!」

「死ねぇえええええええ!!!」

 

 爆豪が襲いかかってきた。

 それを捕まえて関節技をかけながら拘束し、笑い続ける魔美子。

 笑顔あふれる素敵な学生時代を送っていた。

 

「……つーか、こうしてると身近に感じるけど、ニュースじゃ凄ぇことになってたよな、八木」

「リトル・オールマイト、ヒーロー殺しを逮捕! だもんね! そのニュース見た時、私めっちゃ驚いて叫んじゃったよ!」

「同意。急にホークスと共に本州に行ったと思ったら、まさかそんなことになっているとは思いもしなかった」

「常闇は同じ職場だったもんな。そりゃ一番驚くわ」

 

 クラスメイト達は「離せぇえええ!!」と叫ぶ爆豪を拘束しながら未だに笑っている魔美子を見て、共通のことを思った。

 やっぱり、こいつ化け物だと。

 

「皆はどうだったの?」

「私はトレーニングとパトロールばかりだったわ。一度隣国の密航者を捕まえたくらい」

「それ凄くない!?」

「お茶子ちゃんはどうだったの? この一週間」

「とても……有意義だったよ」

「目覚めたのね」

「バトルヒーローのとこ行ったんだっけ?」

「コォォォォ。デクくんは、どうだった?」

「麗日さん、オーラが凄い……! 僕はヒーロー殺しの事件に巻き込まれた時以外は、組手ぶっ通しで吐かされてただけだったよ」

「そ、そっか……」

 

 クラスメイト達も、自分の職場体験の経験を語り合う。

 魔美子のようにニュースを湧かせることはなくとも、彼らもまた有意義な体験をしてきたことに変わりはない。

 というか、緑谷、轟、飯田の3バカの暴走に引っ張られてセンセーショナルなことをしてしまった魔美子の方がダメな例なのであって、職場体験とは本来こうあるべきなのだ。

 

「うがぁあああああああ!!!」

 

 そんなクラスメイト達を尻目に、爆豪の鳴き声をBGMに、魔美子はようやく収まってきた笑いを深呼吸で落ち着けながら、少しもの思いに耽った。

 

(気圧されたのなんて、初めてだったな……)

 

 思い出すのはボロボロになっても一向に衰えない、どころかますます激しく、凄まじくなる気迫を放って迫ってきた男の姿。

 気圧された。ゾクリとさせられた。当日の夜なんか夢にまで出てきた。

 確かに強かったとはいえ、自分の前では無個性同然、負ける可能性なんてゼロに等しい相手だったのに。

 

 人は意志の力一つで、あそこまでやれるのか。

 意志の化身のような父を見てきた魔美子は、そのことをわかっているつもり(・・・)だった。

 けれど、実際は全然わかっていなかった。

 敵として相対して、正面からあの気迫を向けられて、ようやく実感が湧いた。

 

(ありがとう、ヒーロー殺し)

 

 本当に得るものの多い職場体験だった。

 ホークスといい、ヒーロー殺しといい、優秀な教師達が魔美子に足りないものを教え込んでくれた。

 緑谷に未熟だなんだと言ってしまったが、自分だってちょっと力が強いだけの未熟に過ぎる15歳の小娘なのだと、ようやく少し実感が湧いた。

 皆と少し形は違うが、ようやく『成長』という学生の本分を少しだけ達成できたような気がした。

 

(今度、タルタロス(刑務所)にお見舞いの花束を贈りつけてあげよう)

 

 実際にやったら激怒されそうなことを思い浮かべながら、魔美子は爆豪を解放して席に座る。

 解放された爆豪は戦闘を再開しようとして、廊下に相澤の気配を感じて舌打ちしながら席に戻った。

 調教(きょういく)の成果だ。

 

 そんなこんなで、今日も授業が始まる。



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37 大事なお話

「座りなさい」

「はい」

「は、はい……!」

 

 放課後。

 魔美子は緑谷と共に、オールマイトに呼び出された。

 要件はわかっている。

 職場体験から帰ってきた時に相談された件だろう。

 魔美子は父の様子を一切茶化さず、真面目な顔で席についた。

 そんな二人を見て、緑谷は緊張気味だ。

 

「今日呼んだのは、ワンフォーオールにまつわる話をするためだ。

 その成り立ち、そして何より、ワンフォーオールの『宿敵』についての話を」

「宿敵……」

 

 オールマイトが重々しい雰囲気で吐き出した言葉に、緑谷は息を呑む。

 魔美子の方も、ついにその話を緑谷にする時が来たかと、姿勢を正した。

 

「ワンフォーオールとは、元々ある一つの個性から派生したものだ」

 

 そうして、オールマイトは語り出す。

 遡ること100年以上前。

 個性、いや当時は『異能』と呼ばれていた力が人類に突如として発現した直後の『超常黎明期』と言われる時代の話。

 社会がその変化に対応し切れず、法は意味を失い、文明が歩みを止めた荒廃の時代。

 そこに一人の男が現れた。

 

 『オールフォーワン』。

 他者から個性を奪い、己がものとし、またそれを他者に与えることのできる個性を持った男。

 彼は人々から個性を奪い、圧倒的な力で勢力を拡げていった。

 計画的に人を動かし、思うがままに悪行を積んでいった彼は、瞬く間に悪の支配者として日本に君臨した。

 

「彼は奪った個性を配下に『与える』ことで信頼、あるいは屈服させていった。

 ただ、与えられた人の中にはその負荷に耐えられず、もの言わぬ人形のようになってしまう者も多かったそうだ。

 ……ちょうど、脳無のようにね」

「!」

 

 脳無。

 USJと保須に現れた脳ミソ剥き出しの異様な連中。

 彼らは意味のある言葉を発することなど一度もなく、ただただ死柄木の命令に従って暴れるだけだった。

 まさに、己の意思なき操り人形。

 ヒーロー殺しとは対極の存在だろう。

 

「一方、与えられたことで、個性が変異し混ざり合うケースもあったそうだ」

 

 オールマイトは言う。

 オールフォーワンには弟がいた。

 弟は無個性であり、体も小さくひ弱だったが、正義感の強い男だった。

 兄の所業に心を痛め、抗い続ける弟。

 そんな弟にオールフォーワンは『力をストックする個性』を無理矢理与えた。

 それが優しさゆえか、それとも屈服させるためかは今ではわからない。

 

 しかし、無個性だと思われていた弟にも、一応は個性が宿っていた。

 『個性を与えるだけの個性』という、それ単体では全く意味の無い、使うこともできない、それゆえに発覚しなかった個性が。

 そこに兄から与えられた『力をストックする個性』が混ざり合い、力を培って他者に譲渡する『ワンフォーオール』が生まれた。

 これがワンフォーオールの原点(オリジン)

 

「皮肉な話さ。正義はいつも悪より生まれ出ずる」

 

 個性を奪える人間は、なんでもありだ。

 『成長を止める個性』なんかを奪えば、寿命という抗いがたい破滅すらも避けることが可能。

 半永久的に生き続けるだろう悪の象徴に対し、覆しようのない戦力差と当時の社会情勢によって敗北を喫した弟は、ワンフォーオールによって後世に希望を託した。

 今は叶わずとも、少しずつその力を培って、いつか奴を止めうる力となってくれと。

 

「そして、私の代でついに奴を討ち取った……はずだったのだが。

 奴は生き延び、ヴィラン連合のブレーンとして、再び動き出している」

 

 そこで魔美子の顔が不快そうに歪んだ。

 暴走直後で気絶さえしていなければ、自分が粉微塵になるまで追撃を加えていたのにと。

 そうすれば、父が腹に穴を空けられることも無かったのにと。

 

「ワンフォーオールは言わば、オールフォーワンを倒すために受け継がれてきた力。

 君はいつか奴と、巨悪と対峙しなければならないかもしれない。

 酷な話になるが……」

「頑張ります!!」

 

 オールマイトの言葉に、緑谷は間髪入れずに答えた。

 

「オールマイトの頼み、何がなんでも応えます! あなたがいてくれれば、僕は何でもできる……できそうな感じですから!」

「……ありがとう」

 

 オールマイトは重圧を背負わせてしまう申し訳なさと、頼もしい後継の姿に、喜びと罪悪感が混ざり合った、なんとも言えない顔で感謝を告げた。

 次いで、その視線が魔美子の方を向く。

 実に頼りない目をしていた。

 この前、二人で話し合って「緑谷には話す」と覚悟を決めたはずなのに、この期に及んで思いっきり覚悟が揺らいでいた。

 魔美子はそんな父の様子に苦笑して、

 

「パパ。ここまで話したんだから、勢いに任せて私のことも言っちゃおう? 後に回すほど話せなくなるよ?」

「え? 八木さんのこと……?」

「………………わかった」

 

 オールマイトが覚悟を決めたような顔になる。

 さっきよりも百倍深刻そうな顔で深呼吸を繰り返す。

 緑谷はその尋常ならざる様子を見て戦慄し、どんな話が飛び出してきてもいいように身構えた。

 

「スー、ハー。スー、ハー。スー……」

「いや、深呼吸長いよ。もう私から話しちゃうよ」

「待っ……!? まだ心の準備が……!?」

「それは昨日の時点で固めたはずだけど?」

「うっ……!」

 

 自分のことでもないのに、むしろ自分のことではないからこそ往生際の悪い父に業を煮やして、魔美子は話を引き継ぐことを決めた。

 丸椅子に座りながら90度横に回転し、隣に座っていた緑谷に正面から向き合う。

 とても真面目な顔をしているが……クソナード緑谷のサガと言うべきか、女子に至近距離から見詰められて、別の意味でも緊張が高まっていく。

 

「緑谷少年。とりあえず、この前提だけ先に言っておくよ。

 ━━私とパパは血が繋がってない」

「…………………………………へぁ?」

 

 しょっぱなからぶち込まれた爆弾発言に、緑谷の思考回路は停止した。

 

「私はオールフォーワンが強い手駒を作るために始めた実験で産み出された実験体だ。

 私の個性も、この体も、奴が胎児の頃から手を加えて造ったものらしいよ。

 だから、これだけバカげた力を持ってるのさ」

「…………待って。待って待って待って!?」

 

 思考停止中にも容赦なく追加情報という名の爆弾の雨が降ってきて、緑谷は混乱状態に陥った。

 え? 実の娘じゃない? 実験体? 造られた?

 わけがわからな過ぎて大混乱するしかない。

 

「君は不思議に思ったことないかい? 私の個性、妙にできることが多いなとか。個性使ってない素の身体能力が、なんであんなおかしいんだとか」

「そ、それは……!」

 

 思っていた。

 緑谷は分析厨のヒーローオタクだ。

 凄いと思ったヒーローや個性に関しては、無意識に分析してノートに纏めてしまう。

 

 魔美子の個性『悪魔』。

 悪魔っぽいことができる個性と本人は言っていたが、超パワーに、超再生、使い魔の召喚、闇のレーザー、飛翔能力と、一つの個性にしては破格に過ぎると思っていた。

 素の身体能力にしたってそうだ。

 能力の多彩さはワンフォーオールと母方の個性が混ざったから、素の身体能力はクラスメイト達にも説明していた、解除できない異形型が混ざっているから。

 その説明で一応は納得していたが、それにしたっておかしいんじゃないかとは常々思っていた。

 

「その疑問の答えがこれだよ。個性が多彩なのは、オールフォーワンが与えたいくつもの個性が混ざり合って悪魔になったから。

 素の身体能力がおかしいのは、胎児の頃から体を弄り回された改造人間だから。

 ある意味、私もワンフォーオールと同じで、オールフォーワンから派生した存在ってわけさ」

「…………そんなこと。そんなことって!?」

 

 緑谷が凄まじい形相になった。

 生命を冒涜するかのごときオールフォーワンの所業に、怒りが沸き出して止まらないようだ。

 さすが、ヒーロー志望でオールマイトの後継者。

 

「落ち着きなさいよ、緑谷少年。本題すらまだなんだから、今から荒ぶってちゃ身が保たないぜ?」

「……………本、題?」

「そう。本題。私の個性のリスクの話だ」

「ッ!?」

 

 魔美子の個性のリスク。

 それが存在しているということだけは知っていた。

 本人もよく言っていたし、特に「使ってこいやぁあああ!!」と叫ぶ爆豪を宥める時とかに、よく理由として持ち出していた。

 しかし、具体的にどんなリスクなのかはずっとはぐらかされていて、今この瞬間まで教えてくれなかった。

 

「さっき、パパはこう言ったよね。オールフォーワンに個性を与えられた人の中には、その負荷に耐えられずに、脳無みたいなもの言わぬ人形になっちゃった人も多いって」

「!? ま、まさか……!?」

「そう。私もその負荷を受けてるんだ。個性に見合うように改造された肉体のおかげで人形にはなってないけど、私の個性がここまで膨張するのは奴にとっても想定外だったみたいで、肉体改造が個性に追いついてない」

 

 そうして、魔美子は緑谷にそれを明かす。

 オールフォーワンと同じように、オールマイトの後継者として、彼が戦わなければならない『敵』の存在を。

 

「私の個性はずっと内側で暴れてて、力を全解放しての暴走を望んでる。

 それが破壊衝動って形で常に私の脳を蝕んでて、個性を小出しにして衝動を発散しないと、決壊して暴れ出すんだ」

「なっ……!?」

「しかも、小出しにする時でも気をつけてないと、すぐにダムの堰を壊して全部が出てこようとする。難儀な個性だよ」

 

 魔美子はそう言って肩をすくめる。

 緑谷は絶句して何も言えない。

 なんだそれは? なんだその呪いのような個性は?

 そんなものを与えられた?

 生まれた時から、創造主の手で。

 そのあまりの悍ましさに、彼女のあまりの悲しさに、怒りと悲しみが湧き出してきて止まらない。

 

「私がオールフォーワンの手を離れてパパに拾われたのは4歳の頃。11年前だ。その時、私は人生初の暴走をしてた」

「魔美ちゃん……! それは……!」

「言わなきゃダメだよ。パパは緑谷少年に継いでほしいんでしょ? 私の抑止力って役割も」

「ぐっ……!」

 

 魔美子の言葉に、オールマイトは何も言えずに黙った。

 

「さて、ここで問題だ、緑谷少年。私の力は幼少期の頃から凄かった。そんな凄い力が11年前に暴れた。その頃に起こった大事件と言えば、なーんだ?」

「11年前の、大事件……ッ!?」

 

 今までの話で驚き、怒り、悲んでいた緑谷が……今度はついに顔色を失った。

 11年前の大事件と言えば、あまりにも有名だ。

 オールマイトの登場以降、最も多くの人が死んだ大災害。

 万を越える死者を出し、百を越えるヒーローが殉職した、近年最悪のヴィラン犯罪。

 

「『御乃巢(みのす)の大災害』……!?」

「正解」

 

 御乃巢の大災害。

 北海道御乃巢市という町を丸ごと吹き飛ばした最悪の人災。

 それを成したヴィランはオールマイトが討伐したと言われているが、その姿を知る者は殆どいない。

 記録が残っていないからだ。

 ヴィランは、オールマイトの到着前に周辺のあらゆるものを破壊し尽くし、記録映像や目撃者すらも根絶やしにした。

 報道ヘリですら、何かをカメラに映す前に、謎の攻撃で一機残らず撃墜された。

 真相を知るのはオールマイトと、彼と共に奮戦した数名のヒーローのみ。

 その数名のヒーロー達ですら「全てが謎だった」の一点張りで口を閉ざした。

 

 ただ一つ、間違いのない事実は。

 そのヴィランが己を目撃した人間の殆どを殺し尽くした『死の象徴』であるということ。

 出会えば死ぬ。

 ゆえに、そのヴィランはこう呼ばれるのだ。

 

「近年最悪のヴィラン『デッドエンド』。その正体は4歳の頃の私だよ。

 まあ、その4歳っていうのも体の発達具合から見て判断されただけで、本当のところは何歳なのかわかんないけど」

「ッッッ!!!」

 

 恐ろしい。あまりにも恐ろしい真実。

 僅かな目撃者達が口を閉ざした理由もわかってしまう。

 だって、こんなの、あまりにも……!

 

「酷すぎる……!!」

 

 ギリッと、緑谷は強く奥歯を噛みしめた。

 オールフォーワン。

 オールマイトの話だけでは漠然とし過ぎていて、イマイチどんな敵なのかイメージができなかったけれど。

 魔美子を、緑谷にとっての恩人を、鍛えてくれた教官を、身近な女の子の人生を弄んだ奴だと知って、明確な敵愾心が緑谷の心に宿った。

 

「八木さんは、その、大丈夫なの……?」

「大丈夫だよ。この際だから最後まで明かしちゃうけど、私は人でなしなんだ。

 11年前のことは覚えてないとはいえ、その後も個性を制御し切れずに何人も殺してるのに、何も感じない。

 大災害の追悼番組を見ても、つまんねーと思いながらポテチを貪れる。

 ヒーロー殺しの言う通り、私は君達のことだってなんとも思ってなかった」

 

 その時、魔美子はゾッとするほど冷たい目で緑谷のことを見た。

 仮面を外し、冷酷な素顔を見せた。

 緑谷の背筋に、体育祭で轟が感じたものと同じ怖気が走る。

 

「緑谷少年はパパが安心して引退するために必要なもの。

 轟少年はオールフォーワンに対抗できるかもしれない貴重な駒。

 飯田少年に至っては、死のうがどうなろうがどうでもいいと思ってた。

 せいぜい、死なれたら雄英(パパの職場)が大変なことになるから困るって程度」

 

 私は怪物なんだ。

 人を人とも思わない、オールフォーワンと大差ない怪物なんだよと、魔美子は言う。

 

「私の執着も、愛情も、『本当の私』と向き合い続けてくれたパパだけに向けられてる。

 それ以外は本当にどうでもいい、そう心から思うような悪魔が私。

 だから、緑谷少年。もし私が暴走した時は容赦なく……」

「!!」

「ん?」

 

 その時、反射的に緑谷は魔美子を抱きしめていた。

 考えるより先に体が動いていた。

 そんな緑谷を、魔美子は即座に引っ剥がして関節技をかける。

 

「痛だだだだだだッ!?」

「いきなりセクハラとは驚いた。まさか怪物相手にそれができるなんて、私はちょっと君を見くびってたかもしれないね」

「いや、その、違くて!! ただ、八木さんが凄く悲しそうな顔してたから……」

「は?」

 

 魔美子は本気で呆れたような声を出した。

 

「どうやら、いきなり過ぎて実感が湧いてないみたいだね。私はマジで何も感じてない悪魔だよ。君達のことも有用な道具くらいにしか思ってないようなね」

「えっと、その……それはわかったよ。

 さっきの八木さんの目、本当に僕のことを同じ人間として見てないんだなって感じの怖い目だった。

 前々からたまにそういう目をしてたから、滅茶苦茶驚きはしたけど、少しだけ納得しちゃったんだ」

「……隠し切れてなかったか」

 

 緑谷とはもう1年くらいになる付き合いだ。

 ホークスには一発で見抜かれたし、もしかしたら今の自分の仮面なんて、長い付き合いになってしまうと凡人ですら騙せない程度のものなのだろうか?

 ホークス監修のグレードアップで、少しでもマシになってくれていることを祈るしかない。

 とりあえず、これからは毎日鏡の前で表情の練習をしよう。

 

「だけど、なんていうか、こう、どう言ったらいいかわかんないんだけど……」

 

 関節技をかけられたままの緑谷は、しどろもどろになりながら、本当にどう言葉にしたらいいのかわからない感じでしばらく唸り、

 

「……八木さんは、頑張って僕らに合わせようとしてくれてるような気がしたんだ」

 

 普段の魔美子の様子を思い浮かべた。

 クラスの頂点に君臨し、爆豪をあしらい、麗日と笑い合い、轟をちょっと気にかけて、楽しそうなことには積極的に首を突っ込み、嫌な授業では結構露骨にテンションが下がる。

 たとえ、それが全部演技だったのだとしても、少なくとも表面上はA組の立派な仲間だった。

 

「本性が悪魔だったとしても、頑張って『人』でいようとしてくれてる、それも八木さんだと思うから」

「!」

「全部オールマイトのためでも、僕を救けてくれたのも、鍛えてくれたのも、皆と笑ってたのも、きっと無かったことにはならないよ」

「緑谷少年……」

 

 魔美子の素顔を見て、なおも拒絶しない緑谷の姿に、魔美子は少しだけ昔の父を重ねた。

 グラントリノにも、ナイトアイにも理解されず、人を殺す度に怒られて、怒られる理由が本気で理解できなくて、孤独を感じていた。

 そんな中で、父だけが正面から向き合い続けてくれた。

 衝動と感性を上手く言葉にできなかった幼い魔美子とずっと向かい合い、彼女を理解しようとし続けてくれた。

 こんな化け物を拒絶せず、ちゃんと見続けてくれたのが嬉しかった。

 だから魔美子も父を見て、理解しようと頑張ることができた。

 

 さすが父の見出した後継と言うべきか、緑谷はその頃の父と似たような目をしている気がした。

 もちろん、そこから相互理解にまで持っていった父には遠く遠く及ばない。

 千里の道の一歩目を踏み出した者と歩き切った者くらい違う。

 今の緑谷の歩みでは、魔美子の心に届くことはない。

 こんな程度で落ちてくれるチョロい悪魔ではない。

 

 それでも、緑谷が魔美子を拒絶しなかったというのは大きかった。

 魔美子ではなく、お父さんにとって。

 

「うっ、うぅ……! 緑谷少年ーーー!!」

「わっ!? オールマイト!?」

「あっ!?」

 

 オールマイトが号泣しながら、未だに関節技をかけられている緑谷に抱きついた。

 魔美子の顔が「この泥棒猫!」という感じの小姑根性に染まる。

 いや、自分のために泣いてくれているのはわかっているのだが、それでも面白くないものは面白くないのだ。

 緑谷、魔美子の心から一歩後退。

 

「むー!」

「ありがとう、緑谷少年……! 君が魔美ちゃんを拒絶しないでいてくれて、とても嬉しい……!

 そうなんだよ! 魔美ちゃんはとても健気で良い子なんだよ!

 どうか、今後ともこの子と仲良くしてあげてくれ!」

「あ、その、えっと……はい!」

 

 ヤキモチを焼いて、緑谷を手放しながらオールマイトの背中に抱きつく魔美子。

 涙腺を決壊させながら緑谷の手を握るオールマイト。

 反射的に元気良く頷く緑谷。

 中々にカオスな光景だったが、それでも、これはオールマイトが思い描いていた中で最高の未来だった。




・緑谷出久
決意『+1』


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38 期末テスト

「えー、そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが30日間、一ヶ月休める道理は無い」

「まさか……!?」

「夏休み、林間合宿やるぞ」

「知ってたよ! やったーーー!!」

 

 林間学校。

 クソ学校っぽいイベントがきた。

 魔美子も新規イベントは大歓迎だ。

 体育祭同様、ワクワクしている。

 

「ただし、その前の期末テストで合格点に満たなかった者は、学校で補習地獄だ」

「皆、頑張ろうぜ!!」

 

 というわけで、期末テストに向けて頑張ることが決定した。

 内容は普通科目と演習試験の二つ。

 当然、どちらか片方でも赤点が出たらアウトだ。

 体育祭、職場体験とイベントが重なったのもあって「全く勉強してねぇーーー!!」と焦る者も多かった。

 

「魔美ちゃんは大丈夫そう?」

「とりあえず、普通科目は問題なし。教科書見てれば大体解ける」

「チ、チートが過ぎるわ……!?」

 

 麗日、戦慄。

 

「実技は内容次第かねー。絶対に私だけ特別メニューだろうし」

 

 なんか入試のような対ロボット戦をやるなんて情報もあるが、仮にそれが本当だとしても、魔美子にとって楽勝にもほどがあるあの試験をそのままぶつけてくるなんて、そんな甘い話は無いだろう。

 一部のクラスメイト(魔美子ほどではないが、個性の対人使用に難がある)が「ぶっぱで楽勝だー!」と喜んでいるが、それがより一層フラグにしか見えない。

 そして、魔美子の予想は当たった。

 

「残念! 今年から諸事情で内容を変更しちゃうのさ!」

 

 試験会場にて放たれた校長の無慈悲な言葉によって、ぶっぱで楽勝だー! と喜んでいた組が笑顔のまま停止した。

 

「USJ、ヒーロー殺しとセンセーショナルな事件が続き、これからの世はヴィラン活性化の恐れがある。

 そうなると、ロボとの戦闘訓練は実践的ではない。

 これからは対人戦闘、活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するのさ!」

 

 というわけで! と校長は続け。

 

「諸君にはこれから、二人一組でここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」

 

 この場には結構な数の教師達が揃っていた。

 校長、イレイザーヘッド、13号、ミッドナイト、プレゼント・マイク、セメントス、エクトプラズム、パワーローダー、スナイプ。

 あと、物陰でオールマイトがスタンバっている。

 合計10人。

 A組は21人なので、特別枠の魔美子を除けば、ちょうど2対1が10組出来上がる。

 

「ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。

 動きの傾向や成績、親密度、諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表するぞ。

 まず轟と八百万がチームで、俺とだ」

 

 イレイザーヘッドこと、相澤が前に出てきて宣言した。

 我らが担任教師は、推薦入学コンビを相手にするらしい。

 

「そして、緑谷と爆豪がチーム」

「デッ……!?」

「かっ……!?」

「あと、今回は八木もここに入ってもらう」

「へ?」

 

 魔美子は驚いた。

 特別扱いされるだろうとは思っていたが、まさか三人目としてチームに組み込まれるとは。

 しかも、チームメイトはA組でもトップクラスの成績を誇る緑谷と爆豪。

 戦力が過剰に集中している。

 

「それと、今回は八木の個性による対戦相手への直接攻撃も許可する。リスクには細心の注意を払いながら遠慮なく使え」

「…………まさか」

 

 その上更に、こっちの戦力を格段に上げてくるような采配。

 気を使うこと前提とはいえ、個性ありの魔美子とまともにやり合える教師など、雄英の中で一人しか知らない。

 嫌な予感を覚えて、背筋が凍るような思いがした。

 ヒーロー殺しを前にした時とは比べ物にならない悪寒が背筋を走り抜け、冷や汗がダラダラと流れ始める。

 

「で、相手は……」

「私がする!!」

 

 嫌な予感はまたしても的中。

 そのタイミングで物陰でスタンバっていたオールマイトが出てきて、拳を握りながら緑谷、爆豪、魔美子の前に立ち塞がった。

 

「協力して勝ちに来いよ、お三方!」

 

 HAHAHA! と、いつものように笑いながら、今回は試練として相対する父。

 緑谷と爆豪は動揺し、それ以上にお互いがチームであることをまだ飲み込めていない様子。

 そして、魔美子はといえば……。

 

「ギブアーーーーーップ!!」

「「「…………は?」」」

 

 試験開始どころか、まだ説明も終わっていないのに、思いっきりそう叫んだ。

 

「パパと戦うくらいなら赤点でいい!!」

「いや、その、魔美ちゃん!? これ授業だから、そういうわけにはいかなくてだね? ほ、ほら! 林間合宿行きたいでしょ!?」

「行かなくていいもん!!」

 

 急に幼児退行したように、言葉遣いまで幼くなる魔美子。

 具体的には9歳くらいの頃まで戻っている。

 彼女は「やだやだ!」と駄々をこね始め、それを見てオールマイトはあたふたし始めた。

 

「「「えぇ……」」」

 

 それを目撃していたクラスメイト&教師一同は呆然とするしかない。

 魔美子のファザコンは知っていたが、こうなるとは誰も予想していなかった。

 対戦カードを決めた教師達ですらだ。

 

「渋られるかもとは思っていたけど……さすがに、ここまでとは思わなかったのさ」

 

 校長が苦笑しながらそう呟く。

 しかし、これも『冷静に戦えない相手との戦闘』を見越した訓練。

 彼女に与える期末テストの課題の一つだ。

 駄々をこねようとも、そこは覆らない。

 

「ファザコンって、行き過ぎるとああなるん……?」

「家族仲が良いこと自体は素晴らしいことだと思うが……」

「ああ、飯田の言う通りだ」

「しっかし、体育祭の表彰式の時といい、八木って案外子供っぽいのな」

「ゴロにゃんモードに続く、駄々っ子モードだ!」

「強者の仮面に隠した幼い素顔か」

 

 クラスメイト達はそれを見て好き勝手言っていた。

 体育祭に続いて完璧超人の(ユーモア)を見られてホッとしたが、それにしたってあれはちょっと……。

 総合すると「ああ、オールマイトの娘だな」と言ったところか。

 

「……それぞれステージを用意してある。10組一斉スタートだ。

 試験の概要については各々の対戦相手から説明される。

 移動は学内バスだ。時間がもったいない。速やかに乗れ」

「相澤先生!? 八木は無視ですか!?」

「あのままなら容赦なく赤点にするだけだ。とりあえず、オールマイトさん。連行してください」

「あ、うん……。ほら、魔美ちゃん。行こう?」

「やだぁ!! パパ戦っちゃダメーーー!!」

 

 オールマイトの腰にしがみつくも、そのまま抱っこされてバスの中に拉致られる魔美子。

 チームメンバーの二人、特に爆豪は、緑谷とのチームアップへの嫌悪やら、ぶっ倒すと誓った相手の醜態に対する怒りやら何やらが煮詰まったような顔面をしながら、凄まじく混沌とした心持ちでバスに乗り込む。

 

「むー!」

「よ、よーしよしよし! 大丈夫だから! パパ大丈夫だから! ね?」

「むー!」

 

 バス内では終始オールマイトにしがみついて離れない魔美子の唸り声と、それを宥めるオールマイトの、幼い子供に話しかけるような声だけが響き。

 緑谷と爆豪が一切ついていけないまま、何も解決しないままステージに到着してしまった。

 

「さ、さーて! これから期末テスト実技試験を始めたいわけなんだけど……その……」

「むー!」

 

 バスから降りても、魔美子はオールマイトの腰にしがみついたままである。

 

「あ、あの、オールマイト……。八木さんは、なんでこんなことに……?」

 

 さすがにもうスルーはできなかった緑谷が、意を決して質問を飛ばした。

 爆豪はもう、言いたいことが渋滞し過ぎて逆に停止している。

 

「……魔美ちゃんは、私が大怪我した時のことがトラウマなんだ。

 昔はよく個性全解放の戦闘訓練(衝動発散)とかやってたんだけど、それ以降は私に拳を向けることを絶対にしなくなってね。

 でもまさか、この子の中でこんなにトラウマが酷いことになっていたとは……」

 

 無茶をする度に言葉責めだの監禁だのの精神攻撃はよくやられていたので、直接攻撃への忌避感だけがこうも肥大化していることに気づけなかった。

 ぶっちゃけ、殴られるより数倍効く攻撃を、この子は躊躇なくやってくるから。

 

「……でも」

 

 オールマイトは心を鬼にして、しがみついてくる魔美子を引き剥がした。

 直接攻撃を忌避しているということは、個性を使っていないということなので、彼女がオールマイトのパワーに抗うことはできない。

 

「魔美ちゃん。よく聞くんだ。ヒーローをやるのなら、心が悲鳴を上げるような状況で戦わねばならないことも当然ある。これはそういう時のための備えなんだ」

「…………やだ。パパ、今度こそ死んじゃう」

「大丈夫! パパはまだまだ強い! 訓練ごときでどうこうなりはしないさ!」

「………………」

 

 魔美子は今度は無言になって、目尻に涙を溜めた。

 かと思ったら、次の瞬間、涙目で緑谷と爆豪の方を見た。

 そして、ツカツカと二人の方に歩いてくる。

 

「へ?」

「あ?」

 

 彼女は二人の全身を舐め回すように見て、次いで体を触ってきた。

 

「うわぁあああああ!?」

「ッ!? 何しやがるクソ女!?」

 

 突然の謎行動に緑谷は真っ赤になり、爆豪は気味の悪さにゾワゾワしながら怒鳴り散らした。

 一方、魔美子は二人の感触を思い出すように手をニギニギした後、

 

「…………わかった。やる。こいつら雑魚だから大丈夫。パパ、怪我しない」

「なんだとテメェェェェッッッ!?」

 

 とても失礼なもの言いに爆豪がキレた。

 いや、そりゃ衰えたとはいえナンバー1ヒーローと、入学してから僅か三ヶ月のヒーローの卵を比べたら当然の結論ではあるのだが、事実でも言い方というものがある。

 

「私が、抑えればいい。大丈夫。頑張る。頑張れる」

 

 魔美子はそんな爆豪に一切目を向けず、自分の内面にだけ目を向けていた。

 己の内側に潜む悪魔に、この場で唯一オールマイトを殺し得る『敵』だけに目を向けていた。

 オールマイトと、彼女の身の上話を聞かされた緑谷は魔美子の心情を察することができてしまい、痛ましげな視線を送ってしまう。

 

「やっぱり、試験内容の変更を……いや、いやいやダメだぞオールマイト……! 己が教え導く者であることを思い出せ……!」

 

 娘のそんな様子を見て決意が揺らいでいたお父さんは、必死で己に言い聞かせて、教師としての立場を全うすることを決意した。

 

「こほん! では、ルール説明をしよう!」

 

 そうして、オールマイトは期末テストの説明に入る。

 なお、他のチームに結構遅れての説明パートだった。

 

「君達にはこれから、この模擬市街地で私と戦ってもらう!

 勝利条件はこのハンドカフスを私に掛けるか、誰か一人が指定のゲートを潜ってステージを脱出すること!」

「私が逃げる!!」

「あ、その、ごめん……。魔美ちゃんの逃走だけは禁止だ。翼使われたりすると一瞬で終わるから」

「むーーー!」

 

 地獄に垂らされた蜘蛛の糸をあっさりと断ち切られ、魔美子は抗議のふくれっ面をした。

 

「他のチームはハンデとして、教師陣が体重の約半分を重りとして装着するんだけど、このチームには魔美ちゃんがいるから、そのハンデは無しだ!

 魔美ちゃんも、ちゃんと個性を使わないとクリアできない難易度になってるぞ!」

 

 今回の期末テストは、各々の課題と向き合わせるのが目的だ。

 緑谷と爆豪に関しては仲の悪さ、轟と八百万は強すぎる個性に頼り切れない状況への対処といった具合に。

 では魔美子はと言われると、全体的な成績は文句なし。

 興味の無い分野だとテンションが下がるが、それでも授業をサボるようなことはせず真面目にやっているので、超スペックの肉体や地頭の良さと合わせて、目に見える範囲には欠点らしい欠点が無い。

 目に見える範囲には。

 

 それでもあえて課題を出すとしたら、ヒーロー殺しとの戦いで『初めて』怯えたという事実から、冷静に戦えない相手への対処。

 USJでやらかしてしまったことから、強敵相手でもしっかりと殺さず制圧できるような出力制御。

 よって、このようなテスト内容と相なった。

 

「私をヴィランそのものだと思ってかかってきなさい! さあ、試験開始だ!」

 

 敵に回った憧れを前にビビる緑谷、荒ぶる爆豪、不安しかない魔美子。

 地獄の期末テストが幕を開ける。



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39 期末テスト パート2

「や、やっぱり、戦闘は何があっても避けるべきだと思う。万が一の場合は八木さんに足止めをお願いして、その隙に僕とかっちゃんが一目散にゲートに駆け込む。合格するにはそれしかない」

「はぁ!? ふざけんな!! ぶっ倒した方が良いに決まってんだろうが!!」

 

 試験開始直後。

 ステージ中央からスタートした三人組は、早速緑谷と爆豪による意見の食い違いが発生していた。

 

「終盤まで翻弄して、疲弊したとこ俺がぶっ倒す!!」

「オ、オールマイトをなんだと思ってるのさ……。かっちゃんがオールマイトに勝つなんて……ッ!?」

 

 その時、爆豪が緑谷を殴った。

 憎悪すら感じる凄い目で、彼は地面に倒れた緑谷を睨みつける。

 

「これ以上喋んな。体育祭でまぐれ勝ちしたからって調子乗んな。ムカツクんだよ」

「……! し、試験、ご、合格するために僕は言ってんだよ! 聞いてって、かっちゃん!!」

「だぁから!! テメェの力なんざ、合格に必要ねぇっつってんだ!!」

「怒鳴らないでよ!! それでいつも会話にならないんだよ!!」

 

 ……話にならないとは、まさにこのこと。

 こじれにこじれた二人の仲が、ここに至って致命的な爆発をした。

 長期的に見れば不発弾のまま眠らせておくより、取り返しのつく試験という場で爆発させてしまった方が良いのだろう。

 とはいえ、

 

「ねぇ、モジャモジャ」

「だから、かっちゃ……モジャモジャ!?」

 

 爆豪との言い合いの最中、緑谷の背中の服をくいくいと引っ張りながら、魔美子が普段とは全く違う呼び方で緑谷のことを呼んだ。

 彼女の顔は、激情に支配される二人とは真逆の、完全なる無表情。

 仮面を被る精神的余裕が無く、二人のことを父の後継だの、そこそこ強い駒だのという理屈的な要素で見ることすらできなくなり、『どうでもいいもの』として名前すら頭からすっぽ抜けた。

 父相手には駄々っ子で、それ以外には人形のよう。

 それが当然の幼児退行で表に出てきた、昔の魔美子だ。

 

「私はパパと戦うとか絶対やだ。足止めだけはしてやるから、そこのトゲトゲなんか見捨てて、一人で逃げろ。それで1秒でも早く試験終わらせろ」

「誰がトゲトゲだぁ!!」

 

 トゲトゲ呼ばわりされた爆豪が吠えた。

 魔美子は口調すらいつもと全然違っている。

 だが、もうそれを気にしている時間すら無い。

 

 前方から町並みを破壊しながら、凄まじい衝撃波が迫りくる。

 

「「ッ!?」」

「ハッ!」

 

 それを魔美子が個性無しの拳で繰り出した衝撃波で相殺。

 距離があったため、個性無しでもどうにか抗えた。

 

「町への被害などクソ食らえだ」

 

 一撃で大破壊を齎した男が、前方からゆっくりと歩いてくる。

 普段なら絶対に言わない台詞を口にしながら。

 

「私はヴィランだ、ヒーローよ。真心込めてかかってこい」

「行け! モジャモジャ!」

「は、はい!!」

 

 骨身に刻まれた上下関係により、反射的に魔美子の命令に従って出口ゲートの方向へと駆ける緑谷。

 そんな緑谷を援護するように、彼よりも素早く魔美子がオールマイトの前に飛び出す。

 ただし、いつもなら拳を握りしめているところを、今回は腕を広げたタックルの体勢だ。

 

「えい!」

「おっと!」

 

 オールマイトはそんな魔美子をあっさりと受け止め、高い高いをするように上空に放り投げた。

 

「ぬわーーー!」

「ダメだぞ、魔美ちゃん! しっかり個性使わないとクリアできない難易度だって言っただろう!」

 

 今の魔美子のタックルは、ビビって踏み込む足にすら個性を使っていなかった。

 そんな貧弱タックルがナンバー1ヒーローに通じる道理などあるはずもなく、魔美子は上空に打ち上げられる。

 

「さて、次は」

「オールマイト!!」

 

 打ち上げられる魔美子になど目もくれず、今度は爆豪が突っ込む。

 奇しくも、逃げる緑谷の時間を稼ぐ形になっていた。

 本当に偶然だが。

 

「『閃光弾(スタングレネード)』!!」

「!」

 

 爆豪は初手目潰しで視界を奪う。

 が、長年の経験でその手の相手にも慣れているオールマイトには通じず、伸びてきた手に顔面を掴まれる。

 

「らぁあああああ!!!」

「あ痛たたたたた!?」

 

 それでも、爆豪は顔を掴まれた状態のまま、引き剥がそうともせずにオールマイトに爆破の連打を浴びせた。

 マジでオールマイトを倒すつもりの動き。

 されど、それしか考えていない捨て身の行動。

 捨て身ということは当然、攻撃が通じなかった時、反撃に対処する術は無い。

 

「そんな弱連打じゃ、ちょい痛いだけだぞ!」

「ぐっ!?」

 

 爆豪は頭部を掴まれていた手をそのまま地面に叩きつけられ、呻いた。

 それなりに大きなダメージと痛み。

 爆豪の動きが止まった。

 

「君もだ、緑谷少年。魔美ちゃんの言うことは別に絶対じゃないぞ? チームを見捨てて逃げるのかい?」

「!?」

 

 その隙に、オールマイトは一目散に逃げていた緑谷に追いつく。

 圧倒的なスピードの差は、二人が稼いだ時間をあっさりと無に帰した。

 緑谷が現役のワンフォーオール継承者で、オールマイトは既に譲渡した後の残り火に過ぎないはずなのに、引退を待つばかりの先代の方が遥かに強い。

 大問題である。

 

「くっ!?」

 

 その威圧感に怯み、緑谷は全力で後ろに跳ぶことでオールマイトから逃げる。

 しかし、

 

「おっと、そいつは良くない」

「バッ……!? どけ!!」

「かっちゃ……!?」

 

 後ろに跳んだ緑谷と、根性で動いてオールマイトに再度突撃をかけていた爆豪が空中で衝突。

 チームプレイはおろか、完全にお互いの足を引っ張り合っている。

 おまけに、そこへ更なる不安要素。

 上空へ高い高いされていた魔美子が、衝撃波移動でもつれた二人の上に降ってきた。

 

「はよ行け!!」

「ッ!?」

「テメッ……!?」

 

 魔美子は空中で二人の腕を掴み、力の限りゲートに向けて投げ飛ばす。

 爆豪の意向を完全無視して逃がした。

 そして、魔美子はとっとと試験を終わらせるため、緑谷に言った通り、足止めとしてオールマイトの前に立ち塞がる。

 

「逃さんよ!」

「パパ……!」

 

 当然のごとく魔美子を突破して二人を追撃しようとするオールマイト。

 魔美子はまた個性を封印した状態で迎え撃とうとして、

 

『ダメだぞ、魔美ちゃん! しっかり個性使わないとクリアできない難易度だって言っただろう!』

 

 先ほど言われた父の言葉が脳裏を過ぎった。

 

『魔美ちゃん。よく聞くんだ。ヒーローをやるのなら、心が悲鳴を上げるような状況で戦わねばならないことも当然ある。これはそういう時のための備えなんだ』

 

 試験前に言われた言葉も蘇る。

 父の期待に応えたい。

 魔美子の心の中で、そんな感情が広がっていく。

 

『じゃあ、私がパパの代わりになる! 私が平和の象徴になる!』

 

 かつて、父に告げた言葉。

 あえなく挫折してしまった決意。

 裏切ってしまった期待。

 それを少しでも取り戻したいと、少女の心は叫んだ。

 

 個性解放部位『右腕』 出力70%

 

 魔美子の右腕が漆黒に染まり、黒色のスパークを放ち始める。

 この拳を父にぶち込むわけじゃない。

 70%の衝撃波で足止めするだけ。

 出力こそ違うが、体育祭の騎馬戦で衝撃波を牽制に使った時と同じだ。

 悪質な崩し目的の攻撃NGの競技で、普通に使用を認められた技。

 これなら……。

 

「え?」

 

 その時、魔美子の個性が勝手に動いた。

 出力が勝手に上がり、右腕がゴツゴツとした黒い外骨格に覆われる。

 解放部位が勝手に広がり、黒い外骨格が胸や顔を覆い始め、顔を覆うそれは、まるで仮面のようになった。

 悪魔の仮面に侵食された右眼に、過去の情景がフラッシュバックしてくる。

 すっぽ抜けていた暴走時の記憶。

 個性が制御できなかった幼少期、そして初めて父と出会った時の……。

 

『オールマイトォォォォッッッ!!!』

「ッ!?」

 

 頭の中で悪魔が叫ぶ。

 いつもの何でもいいから壊したい、暴れたいという破壊衝動ではなく、明確な殺意と憎悪を感じる咆哮。

 やばい。

 そう思った瞬間、魔美子は自分で自分を殴りつけていた。

 

「うぐっ!?」

「……え? ま、魔美ちゃん!?」

 

 個性を解放した右腕で、自分の右側頭部を思いっきり殴りつける。

 仮面が破れ、脳が揺れ、意識が遠退いていくのを感じた。

 呑まれる前に強制停止。

 何か考える前に、本能的にそうしていた。

 

『くそっ!! くそっ!! 折角のチャンスが!! オールマイト!! いつか、必ず、殺して……』

 

 自分の意識と共に、悪魔の声も遠退いていく。

 そのことにホッとして、魔美子は目を閉じた。

 

「魔美ちゃん! 魔美ちゃん! ッ!? 試験を一時中断する!! 緑谷少年と爆豪少年はこの場で待機だ!!」

 

 意識を失った魔美子をオールマイトが抱き上げ、お姫様抱っこで看護教諭のもとへ全力ダッシュした。

 看護教諭こと、リカバリーガールは校長や相澤と同じく、魔美子の事情を知っている。

 彼女の個性は外傷の治癒しかできないが、個性にかまけず様々な医療知識を頭に詰め込んでおられる方なので、魔美子の衝動を多少緩和する薬などもしょっちゅう調合してくれる。

 彼女に見せれば、きっとどうにかなるはずだ。

 

 オールマイトはそう信じて、今回の試験のために出張保健所を開いているリカバリーガールのもとへ走った。



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40 警鐘

「うぅん……」

「魔美ちゃん!!」

 

 目を覚ます。

 右手には骨ばった温かい手の感触があった。

 この6年ですっかり慣れ親しんだ、父の衰えを強く感じさせる手。

 それでも、温もりだけは昔と何一つ変わらない手。

 その手に引っ張られるようにして、魔美子は意識を浮上させた。

 

「ここは……」

「保健室だよ。さすがに、他の生徒でごった返す出張保健所には、あんたもあんたの父親も置いておけないからね」

「あ、おばあちゃん」

 

 室内にいたのは、父ともう一人。

 老齢により随分と縮んだ背丈の看護教諭、『リカバリーガール』。

 この雄英において、校長と同等の発言力を持つとまで言われる大物。

 オールマイトの学生時代から教師兼ヒーローをやっている大先輩だ。

 

「えぇっと……試験はどうなったんだっけ?」

「中断された緑谷、爆豪チームだけは後日に再テスト。他のチームはつつがなく終了したそうだよ」

 

 終了。

 そう聞いて窓の外を見てみれば、もう日が暮れようとしていた。

 どうやら、結構長いこと寝てしまったらしい。

 

「あんたに関しては、今回のことの詳細がわかるまで保留ってことになってる。

 とりあえず、記憶はどこまであるんだい?」

「うーんとね」

 

 ハラハラとした様子の父が見守る中、魔美子はリカバリーガールの質問に答えていく。

 

 記憶の有無について。

 自分で自分を殴りつけて強制停止したところまで、ちゃんと覚えている。

 

 今の体調は?

 寝てる間に打たれた薬の影響なのか、いつもの頭痛が大分マシになっていて絶好調。

 

 何故、自分を殴り飛ばすような真似をしたのか?

 個性が急に暴れ出したから。

 

 原因はわかるか?

 

「多分、私の個性(あくま)はパパを恨んでるんだと思う」

「「!」」

 

 その言葉に、オールマイトとリカバリーガールは息を呑んだ。

 

「暴走してる時の記憶は無くなっちゃうから気づかなかったけど、暴走の度に無理矢理押さえつけてきたパパが嫌だったのかな?

 それとも、パパのためにって6年も完全解放を封じちゃったから、それで怒ってるのかも」

 

 魔美子はあの時に感じた、脳と体を侵食してきた悪魔の感情からそう推察した。

 そして、言っているうちに気分が落ち込んでいく。

 今度こそ、少しでも期待に応えたかった。

 なのに、結局は前と同じようにこのザマか。

 

「……ごめんね、パパ。こんなダメな娘で」

「そんなことは無い!!」

 

 けれど、この父は落ち込んで自虐的になることを許してくれない。

 いつだって、こうなった時には強く優しく抱きしめてくれて、魔美子の心を温めてくれる。

 それが悪魔の暴走を抑えるのに必要なことだからではなく、善意と親愛100%でやっているとわかるからこそ、こんなにも温かい。

 

「魔美ちゃんは今回も抗ってくれた! ダメだったのは私の方だ! ごめん! 本当にごめん!!

 魔美ちゃんが私に個性を向けるということの意味を、もっと考えなければならなかった……!」

 

 そこはオールマイトだけでなく、事情を知っている教師一同猛省すべき点だった。

 この6年、どんなヴィランと戦っても暴走の兆候すらなく、先日のUSJでかなりの出力を出した時も問題なく個性を制御できていたからこそ油断した。

 あの時だってオールマイトの隣で戦っていたのだ。

 隣で戦うのは大丈夫なのに、たとえ試験でも敵として戦うのはダメだったとは……。

 駄々っ子モードをファザコンによるものだなんて思わず、危険信号として捉えるべきだった。

 

「……纏めると、暴走しかけたのは、父親に対して個性を使おうとしたからってことでいいかい?」

「うん」

「なら、他の奴に使う分には、今まで通り大丈夫なのかねぇ?」

「多分ね。パパ以外に例外があるとしたら……あのクソくらいかな。冷静になれないって意味で」

 

 あのクソ、オールフォーワン。

 悪魔が恨んでいるのがオールマイトだとすれば、魔美子が恨んでいるのがオールフォーワンだ。

 父の腹に風穴を空け、こんなガリガリの痛ましい姿に変え、脅威と抑止力という、父と自分が共にいて良い理由まで奪った仇敵。

 色々な都合と思惑が重なった結果、自分は今でも父の傍にいられているが、それでも人生で初めて『どうでもいい』ではなく、『イライラ』止まりでもなく、真に『憎悪』した相手。

 あれを前にした時、果たして冷静でいられるかどうか。

 

「でもまあ、個性じゃなくて私の問題なら、まだ何とかなると思う。目の前でパパを殺されたりしない限り」

「縁起でもないねぇ」

「そうだねー。だからさ、パパ。そうならないように、今すぐ引退しない?」

「…………ごめん。それはできない」

 

 魔美子の言葉を、オールマイトは凄まじい苦悩を感じる顔で否定した。

 まあ、魔美子やリカバリーガールからしたら「知ってた」という話だが。

 

「はぁ。そんなんだから、ナイトアイのおじさんに出て行かれるんだよ」

 

 娘のための平穏と、まだ平和の象徴として人々のために立っていなければならないという救済意志。

 二つの問題の板挟みとなり、結局オールマイトは『人々のために戦う。けれど、娘のために絶対に死なない』という、二兎追う者は一兎も得ずみたいな結論を出した。

 そこを捻じ曲げて、強引に二兎ともゲットするというのがオールマイトの決意だ。

 欲張りと言う他ない。

 

 とはいえ、魔美子も父のためを思うなら、抑止力のいるアメリカへ行けと言われた場合、今の父と全く同じ反応をするだろうから、人のことを言えた義理ではない。

 父のために絶対暴走はしない。けれど、父の傍にはいたい。

 彼女もまた、そんな二兎を追う者なのだから。

 

「とりあえず、私を暴走させたくないなら、パパと戦わせるのは絶対にやめてね」

「ああ。そこは根津(校長)の奴にも言っとくよ」

 

 とりあえず、そういうことになった。

 この証言だけを鵜呑みにするわけにもいかないので、魔美子はしばらく雄英に缶詰めで経過観察。

 その間に緑谷と爆豪の再テストも行われ、色々あって二人の仲はほんの少しだけマシになったとのことだ。

 

 ……あと、大変遺憾ながら、魔美子の経過観察を特別授業と偽ってごまかす大義名分として、彼女は期末テスト赤点扱いとなった。



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41 林間合宿

「さて、今回のテストだが、残念ながら赤点が出た。従って━━林間合宿は全員行きます」

「「「どんでん返しだぁ!!」」」

 

 赤点組は学校で補習地獄。

 そう告げられていたので、夏の思い出を涙ながらに諦めていた赤点組は、まさかの展開に歓喜の声を上げた。

 相澤曰く、林間合宿は強化合宿なのだから、むしろ赤点取った奴こそ参加してもらわないと困るそうだ。

 学校で補習地獄なんてのたまったのは、本気を出させるための合理的虚偽だそうです。

 

 なお、林間合宿は一ヶ月くらい先の話なので、経過観察に問題が無ければ魔美子も行って良いことになっている。

 その直前くらいに科学技術の集まる島に父が呼ばれており、ことのついでと言うわけではないが、そこで父の旧友に脳波やら何やらの最終チェックをされて、問題が無ければ林間合宿へゴーだ。

 

「まあ、何はともあれ、全員で行けて良かったね」

「一週間の強化合宿か!」

「結構な大荷物になるね」

「暗視ゴーグル」

「水着とか持ってねーや。色々買わねぇとなぁ」

「あ、じゃあさ! 明日休みだし、テスト明けだしってことで、A組皆で買い物行こうよ!」

 

 休み時間。

 クラスがワイワイとし始め、何やら明日ショッピングに行くことが決定したようだ。

 実に羨ましい。

 何故なら、

 

「魔美ちゃんも行こ!」

「すまん、麗日少女。私はしばらく特別授業で雄英に缶詰めだ」

「期末テストで何やらかしたん!?」

 

 というわけで、魔美子は涙の不参加。

 乗りの悪い爆豪や轟も断っていたので、一人だけ不参加じゃないだけまだマシか。

 なんてことを思っていたのだが……。

 

 後日。

 このショッピング中にとんでもない事態が発生したという報せが魔美子のもとへ飛び込んできた。

 

「はぁ? 死柄木(あのチンピラ)がショッピングモールに出たぁ?」

 

 USJで取り逃がしてしまったパパ不敬罪の不届き者、死柄木弔。

 それがショッピングモールに現れ、緑谷を脅して強引にお喋りだけして帰っていったそうだ。

 何がしたかったのだろうか。

 

 少し気になって、その時のことを緑谷に聞いてみたが、かなり複雑そうな顔で「よくわからなかった」としか言わなかった。

 まあ、あのチンピラのことなんてそこまで興味も無いし、わからないならわからないで別にいい。

 というか、そんなことよりも魔美子としては、またしても緑谷が生殺与奪をヴィランに握られたということの方が重要だ。

 

「緑谷少年」

「わかってます! お願いします!」

「よろしい」

「うぐっ!?」

 

 とりあえず、叱責の一撃として腹パンをお見舞いしておいた。

 ワンフォーオール継承者なら、日常でも気を抜いてはいかんのだ。

 

「……とまあ、そんなことがあって。ヴィランの動きを警戒し、例年使わせていただいている合宿先を急遽キャンセル。行き先は当日まで明かさない運びとなった」

 

 で、事件後に相澤からそんな説明があった。

 林間合宿自体を中止しないあたり、体育祭開催と同じく、雄英の強気の姿勢が見える。

 とはいえ、そろそろ本格的なテコ入れの一つでもしてきそうだ。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 そんなこんなで時間は過ぎ去り。

 科学の島での最終チェックも無事に終わり、都合の良いことに問題なしを証明するためのサンドバッグまでやってきてくれて。

 特に暴走の兆候を見せることもなく、うっかりミンチを生産することもなく、何事もなく殴り飛ばして制圧した結果、林間合宿参加のゴーサインを勝ち取った。

 

「じゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

「うん!」

 

 父に別れを告げ、一週間の旅行へ出発。

 クラスメイト達と共にバスに乗り、辿り着いたのは、どこかの山だった。

 

「よーう、イレイザー!」

「ご無沙汰してます」

 

 そこで現れたのは、猫っぽいコスチュームに身を包んだ三十路くらいの女性が二人と、よくわからない子供が一人。

 

「煌めく眼でロックオン!」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

 三十路二人がポーズを決めた。

 それを尻目に、相澤が彼女らの紹介を始める。

 

「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の皆さんだ」

「連名事務所を構える4名1チームのヒーロー集団! 山岳救助などを得意とするベテランチームだよ! キャリアは今年でもう12年にもなる……」

「心は18!!」

「へぶっ!?」

 

 オタク解説を始めた緑谷が、デリケートな部分に触れてしばかれた。

 三十路とか口に出さなくて良かったと魔美子は思った。

 

「さて、ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設は、あの山の麓ね」

「「「遠っ!?」」」

 

 緑谷をしばいているのとは別の女性が指さしたのは、軽く数キロは先の森の中。

 確かに遠い。

 空でも飛べなければ、普通に歩くだけで数時間はかかるだろう。

 

「じゃあ、なんでこんな中途半端なところでバスを……」

「いやいや、まさか……!?」

「今はAM9:30。早ければ12時前後かしらん♪」

「「「ッ!?」」」

 

 その一言で完全に今からやらされることを察し、生徒達は全力でバスに向かって逃げた。

 が、強化合宿でそんな真似が許されるはずもなく。

 

「12時半までに辿り着けなかったキティは、お昼抜きね」

「悪いね、諸君。合宿はもう始まっている」

「「「!?」」」

 

 緑谷をしばいていた女性が、地面に手をつく。

 その瞬間、地面が蠢き、津波のように流動しながら生徒達へ迫ってくる。

 ここは崖の上の広場。

 土流に飲み込まれた生徒達は、下の森へ向けて真っ逆さまだ。

 

「私有地につき、個性の使用は自由だよ! 今から2時間、自分の足で施設までおいでませ! この『魔獣の森』を抜けて!」

 

 落下した生徒達に向けて、良い笑顔で宣言するプッシーキャッツ。

 その後、ひと仕事終えたって感じで振り返り、バスの方を見てちょっと目を見開いた。

 

「さすが、噂のリトル・オールマイト。あれを避けるんだ」

「その呼ばれ方は、あんまり好きじゃないんですけどね」

「あ、ごめんね」

 

 土流をジャンプで飛び越え、バスの上に着地していた魔美子が、プッシーキャッツとそんな会話を交わす。

 体育祭における大失態から広まってしまった、リトル・オールマイトという呼び名。

 色んな意味でそう呼ばれる資格は無いと思っているし、何よりやらかした時が怖いので、早急に世間様に忘れていただきたいと常々思っているのだが、そう上手くはいかないようだ。

 ままならない。

 

「やっぱり、お前は避けるよな。ちょうどいい。八木、お前は空でも飛んで、早いとこ宿泊施設に行け」

「へ? いいんですか?」

 

 単に服が汚れるのが嫌だったから避けただけで、この後は下に降りて、ちゃんと授業に合流しようと思っていたのだが。

 相澤はまさかの、サボって良いよ発言をした。

 

「入試や障害物競走と同じく、今回のはお前にとって相性が良すぎる。

 お前が合流したら、他の奴らの成長を根こそぎ奪うヌルゲーにしかならん。

 なら、とっとと宿泊施設に行かせて、そこで待ってる残りの2人に見てもらうのが合理的だ」

「あー、なるほど」

 

 入試や障害物競走を引き合いに出すということは、魔獣の森とやらはロボ無双みたいなものなのだろう。

 確かに、それでは魔美子の一人舞台にしかならない。

 ここでも特別扱いというわけだ。

 

「それと……」

 

 その時、相澤が魔美子のいるバスの上にまで乗ってきて、他に聞こえないように彼女の耳元でコソコソと話し始めた。

 

「向こうにはお前の個性に関して『見抜く』人がいる」

「へ?」

「当然、デリケートな問題だから見ないでくれと頼んでいるし、その約束を破るような人でもない。

 だが、もしかしたら、その人の個性がお前にとって何かを掴むためのキッカケになる可能性もある」

 

 いきなりの話に魔美子はちょっと混乱した。

 だが、すぐに平静を取り戻す。

 多種多様な個性があふれる超人社会だ。

 そういうことができる個性だって、探せば当然ある。

 

「その人の、いやプッシーキャッツ全員の人柄は保証する。

 秘密を知っても喋るような人達じゃない。

 オールマイト、校長、リカバリーガールの許可も取ってある。

 最終的な判断はお前に任せるそうだ。どうする?」 

「……相澤先生、バレるのは個性の事情だけ(・・)ですか?」

「ああ。誓ってそれだけだ。彼女にわかるのは肉体的なスペックのデータのみ。別に記憶を覗けるような個性じゃない」

「ふーむ」

 

 そう言われ、魔美子は悩んだ。

 リスクを恐れるのなら、話さないのがベターな選択。

 だが、脳裏に浮かぶのは6年前の光景。

 管に繋がれ、生死の境をさまよう父の姿。

 ……あの時、自分がもっと強ければ、もっとこの力を使いこなせていればと何度も思った。

 それを思えば、せっかくのパワーアップイベントを見逃すというのも惜しい。

 しかし、やはりリスクが大きいのも確かで。

 

「……とりあえず、向こうに着いてから考えます」

「そうか」

 

 すぐには答えを出せず、魔美子は結論を先送りにした。

 その判断に、相澤は何も言わなかった。

 

「よっ」

 

 そうして、この場での内緒話を終え。

 魔美子はバスの中にあった自分の荷物を抱えて跳び上がり、衝撃波を使った空中二段ジャンプで、下でワチャワチャやっているクラスメイト達を飛び越し、宿泊施設へ向かった。

 当然、それを見たクラスメイト達は非難轟々。

 

「あ!? 八木ずりぃ!?」

「魔美ちゃんの裏切り者ぉ!!」

「なんで下にスパッツ履いてんだよぉぉぉぉ!!」

 

 最後の一人だけ非難の毛色が違った気がするが、気にしないことが大事だ。

 振り返らずに進むべし。

 

「ねこねこねこ! さすが、スーパーヒーローの秘蔵っ子! 将来有望なんてもんじゃないわね! ……女じゃなきゃツバつけてたのに」

「最後の一言、必死すぎて怖いわよ」

「……くだらん」

 

 空を駆けて行く魔美子を見送りながら、語り合うプッシーキャッツ。

 それを見て嫌悪に満ちた表情をする、謎の子供。

 一筋縄ではいかない林間合宿が幕を開けた。



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42 林間合宿 パート2

「猫の手、手助けやってくる!」

「どこからともなく、やってくる……」

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

「あ、どうもー」

 

 宿泊施設に辿り着いた魔美子は、プッシーキャッツの残りの2人と対面を果たしていた。

 黄色のコスチュームを着た四白眼の女性が『ラグドール』。

 茶色のコスチュームを着た、父をひと回り小さくしたような筋骨隆々の巨漢が『虎』。

 あと、さっき年齢の件で緑谷をしばいていた水色のコスチュームの人が『ピクシーボブ』。

 最後に赤色のコスチュームの黒髪の女性が『マンダレイ』。

 4人合わせて『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ』だ。

 

 ちなみに、全員がおヘソや太ももを出したスカート型のコスチュームなのだが、虎だけおっさんが無理に女装しているようにしか見えない。

 他の3人も年齢を考えれば、その格好はちょっと……。

 しかし、緑谷がしばかれる様子を見たというのに、そこから何も学ばず、率直な感想を口に出すような愚かな魔美子ではなかった。

 

「あちきの個性は『サーチ』! この目で見た人の情報、100人まで丸わかり! 居場所も弱点も!」

「ああ、なるほど。あなたがですか」

「その通り!」

 

 ラグドールがいきなり自分の個性の話をしてきた。

 魔美子のことを見抜く個性の持ち主は彼女ということだ。

 なんとも便利そうな、だからこそ知らなくていいことまで知ってしまいそうな個性である。

 

「とりあえず、今日のところはお客さんを待ってるだけで終わりそうだし、結論は明日の訓練以降に聞かせてね!」

「ん? 待ってるだけで終わる? 早ければ12時前後に来るって話じゃ?」

「アハハハハ! そんなこと言ったの誰!? それ、あちきらのタイムだよ!」

「性格悪いなー、マンダレイ」

 

 聞くところによると、下手するとクラスメイト達がここに辿り着くのは夜になるそうだ。

 早くても夕方。

 魔獣の森の攻略難易度は高めのようだ。

 思いがけず、結構長めの暇ができてしまった。

 

「じゃあ、私は適当にお部屋でゲームでも……」

「おっと、逃さんぞ。暇なら我が見てやろう。夕飯の支度と我との組手、どっちがいい?」

「うへぇ」

 

 逃げ道を虎に塞がれてしまった。

 まあ、魔美子は名目上は赤点組なのだし、強化合宿で暇な時間を与えてくれるはずもないか。

 料理か訓練か。

 どちらも得意分野ではあるが。

 

「ちなみに、虎さんの個性は?」

「我の個性は『軟体』! 体育祭で見せた程度の打撃なら、しなやかに全て受け流してやろう!」

「ふむ」

 

 少し違うが、感覚としてはUSJで戦った肥満体脳無のような受け方をされるのだろうか。

 あれは状況さえ違えば、最高のサンドバッグとして称賛していただろう敵だ。

 この瞬間、魔美子の中の天秤は訓練に傾いた。

 

「じゃあ、一手御指南願います!」

「いいだろう! プロの力を見せてやるぞ、小娘!」

 

 そうして、虎と魔美子のバトルが勃発した。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 30分後。

 

「いやー! 良い汗かいた! ご指導、ありがとうございました!」

「ゼェ……ハァ……オロロロロロ……」

 

 そこには妙にツヤツヤした様子の魔美子と、まるで修行中の緑谷のようにゲロを吐き散らす虎の姿があった。

 虎は強かった。

 ヒーロー殺しと違って、肉弾戦に限れば魔美子との相性は良好。

 60%スマッシュを普通に受け流された時はビックリした。

 個性自体が強いというよりは、その個性を磨き上げてきた虎が強いという感じだ。

 

 しかし、そのせいで魔美子のやる気スイッチを完全に押してしまい、気軽に使える上限である70%スマッシュのラッシュに虎は晒された。

 プロの意地で30分も戦い続けたのはさすがだが、受け流し切れなかった衝撃で体中がボロボロ。

 体力もカツカツ。

 もうフカフカのベッドで休まなきゃ動けない体となってしまった。

 

「うっひゃー! 強っ!! ウチで最強の虎が手も足も出ないとか、これあちきがアドバイスする余地ある!?」

「あるんですよね、これが。残念なことに」

 

 かなりのガス抜きができて賢者モードの魔美子は、穏やかにラグドールと会話をしながら、彼女の要請で虎に肩を貸してベッドを目指した。

 そこにバスが到着。

 マンダレイとピクシーボブ、相澤と子供が降りてきて、プッシーキャッツの2人はボロボロの虎にギョッとした様子で駆け寄ってきた。

 

「虎!? ちょっと、これどうしたの!?」

「わからせるつもりが……わからされた……ガクッ」

「虎ーーー!?」

 

 虎が意識を失った。

 まあ、本当に凄まじいことに重傷は一切負っていないので、ひと眠りしたら復活するだろう。

 

 しかし、その光景を見て過剰反応する者が一人いた。

 

「ッ……! ヒーローなんて……! ヒーローなんてやってるからそうなるんだ!!」

「あ!? 洸汰(こうた)!?」

 

 プッシーキャッツと一緒にいた謎の子供が、なんか凄く青い顔してどこかへ走り去ってしまった。

 マンダレイがそれを追おうとしたが、躊躇うように一歩を踏み出せないでいる。

 わけありの臭いがした。

 

「……あの子、なんかあるんですか?」

 

 相澤がマンダレイに問いかける。

 彼は魔美子と違ってちゃんとしたヒーローで、ちゃんとした善人だ。

 父のようになんにでも手を差し伸ばさないと気が済まないタイプではないが、ああいうのを見れば心配くらいはする。

 

「……うん。あの子、私のいとこの子供なんだけど、ヒーローやってた両親が殉職しちゃってね。複雑な感情を抱えてるんだ。

 今回は虎がボロボロでぶっ倒れてるのを見て、トラウマを思い起こさせちゃったのかも」

「あー、その……すみませんでした」

 

 魔美子は空気を読んで、神妙な顔でマンダレイに謝った。

 父が死にかけた時のことを思い出して、その時の感情を仮面として貼り付けながら。

 仮面を被る時は、素の自分から流用できる部分を流用し、嘘を本当で覆い隠すべし。

 ホークスの教えだ。

 

「いえ、あなたが謝る必要は無いわ。倒れるまで戦った虎とタイミングが悪かっただけだから」

 

 ここで「あ、そうですか」と神妙な顔を崩してはいけない。

 自分が悪くない時の謝罪ほど有効なのだ。

 こっちは映画から学んだ知識である。

 

「八木ちゃーん! 夕飯の支度手伝ってー! 虎が倒れちゃったから人手が足りない!」

「了解!」

 

 口から出かけた「うへぇ。めんどくせぇ」という言葉を飲み込み、神妙モードを維持しながら、魔美子は手伝いに尽力した。

 料理自体は嫌いではない。

 父でも美味しく食べられる料理を模索するのとかは、かなり好きだ。

 その父がいない以上、テンションは嫌でも下がるが。

 

 

 

 そして、そうこうしているうちに、夕方の5時半。

 

「やーっと来たにゃん!」

 

 実に8時間以上の時間をかけて、ようやくクラスメイト達が宿泊施設へと辿り着いた。

 

「疲れた……腹減った……死ぬ……」

「何が2時間ちょっとですか……」

「悪いね。そのタイムは私達ならって意味」

「実力自慢のためか……」

 

 お昼抜きで8時間もぶっ通しで戦い続けたクラスメイト達は、もはや文句の一つも言う気力が無さそうだ。

 

「お疲れさーん。ご飯できてるから、荷物運んだら食堂に来てね」

「ありがとうございます、八木様、魔美子様……」

「もう裏切り者ー! とか叫ぶ気力も無いわ……」

「制服エプロンッッッ!!」

「すげぇな、峰田。一瞬で気力回復しやがった……」

 

 そのままクラスメイト達は、約一名以外ゾンビのような足取りで荷物を運び、食堂で夕飯を胃袋に叩き込んだあたりで復活した。

 その後は入浴。

 案の定、峰田(エロガキ)がノゾキを企ててくれやがったが、虎に発散させてもらったおかげで余裕を持って召喚できた使い魔と、お腹が空いて戻ってきてから手持ち無沙汰にしていたため、気を紛らわせる意味で浴室の警備員を任されたマンダレイの親戚、洸汰の活躍により無事駆逐された。

 

 そんな感じで、林間合宿初日は過ぎ去った。



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43 林間合宿 パート3

 翌日。

 林間合宿二日目。

 本日は朝から地獄の光景が広がっていた。

 

「ぎゃああああああ!?」

「うわああああああ!?」

「痛ぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「クソがぁああああ!!!」

「ひーーー!?」

 

 プッシーキャッツプレゼンによる個性強化特訓によって悲鳴を上げる生徒諸君。

 やっていることはとっても簡単。

 ただひたすらに個性を使い続けるだけ。

 言葉にするとこんなに簡単なのに、当人達にとっては悲鳴を上げたくなるような苦行であった。

 

 例えば、上鳴の個性は電気を使いすぎると体がそれに耐え切れず、脳がショートして一時的に著しくアホになる。

 この許容上限を底上げするために、『大きな電力にも耐えられる体作り』を目指して大容量バッテリーと通電し、発電と充電を繰り返し続けていた。

 常人がやったら、電気椅子という名の極刑と同じだ。

 ただの拷問である。

 

 他にも、切島は硬化の個性でより硬くなれるように殴られ続けてサンドバッグになってるし。

 青山は使い過ぎると下痢になる個性を、下痢になろうともお構い無しとばかりに、オムツを穿かされて連続使用させられている。

 麗日は無重力にするものの重量がキャパを越えると平衡感覚に異常をきたして酔うため、球体の中に入って坂道を転がり落ちながら自分を浮かせて酔い耐性の獲得を目指している。

 

 サンドバッグ、お漏らし、嘔吐。

 どれも人間としての尊厳すら考慮してくれない可愛がりっぷりだ。

 他の皆も似たり寄ったり。

 途中からB組も合流して地獄の道連れとなり、結果として阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がっていた。

 

 そんな地獄を尻目に、魔美子は……。

 

「……よし」

 

 とうとう覚悟を決めた。

 一部とはいえ致命傷に繋がる秘密を他者に明かす覚悟を決め、ラグドールに声をかける。

 

「お待たせしました、ラグドール。見てください」

「……オッケー。あちきも覚悟決めて見るよ!」

 

 あのオールマイトから「見た場合は他言無用で頼む」とキツく言い含められた魔美子の個性と体質。

 ラグドールはその言葉の重みをしっかりと理解し、スーハーと深呼吸をしてから、魔美子に向かって自らの個性を行使した。

 

「……………………何これ」

 

 ラグドールは言葉を失った。

 魔美子の、たった15歳の少女の中に、尋常ならざる暴虐の化身が潜んでいる。

 『サーチ』によって見ているだけで冷や汗が止まらず、ヒーローランキングのそこそこ上位に位置する自分が、気を抜いたら腰を抜かしてしまいそうなほどの怪物が。

 

 そのインパクトに隠れてわかりづらいが、肉体の方も相当おかしい。

 一人一人が全く違う肉体を持つことが当たり前の超人社会においてなお、おかしいと断言できるくらいおかしい。

 骨、筋肉、血液、神経、臓器、全てがグチャグチャだ。

 グチャグチャなのに整っている。

 自然に成長した人間ではありえない異常。

 まるで全身を弄り回された改造人間。そう言い表す他にない。

 

「き、君は、いったい……!?」

「ラグドール、他言無用でお願いしますね」

 

 相澤やラグドールの配慮によって、ここは人目につかない物陰。

 だからこそ、声を潜めれば内緒話ができる。

 聴覚強化の個性を持つ障子や耳郎も、爆豪の特訓を筆頭に絶え間なく響いてくる轟音のせいで、この会話を聞き取ることはできないだろう。

 

「私とパパは血が繋がってません。私はとあるヴィランに人工的に造られ、パパに保護された人造人間です」

「ッ!?」

 

 にわかには信じがたい言葉。

 だが、それはラグドールが感じた印象と同じだったので、否定することはできなかった。

 そんな彼女に、魔美子は語る。

 

「私が求めてるのは、この個性をより完璧に制御する方法。力を貸してください」

 

 今回ばかりは本心から頭を下げ、頼み込む。

 ラグドールは……そんな魔美子を一切否定しなかった。

 怖いだろうに、魔美子のことをガシッと抱きしめて、安心させるように言った。

 

「任せて! あちきはヒーロー! 困ってる子がいたら見捨てない! 猫の手、手助け! それがあちきのモットーだからね!」

 

 ラグドールは、ヒーローだった。

 震える手を制して、乱れる心音を隠して、まるでオールマイトのようにニコッと笑って手を差し伸べる。

 魔美子にはなれなかった、諦めてしまった、ヒーローだった。

 

「助かります」

「なんのなんの! じゃあ、とりあえず最初は何から始めよっか?」

「今の私がどれくらいの出力に耐えられるかとかわかりますか?

 これ以上はやばいって危険域(レッドゾーン)はなんとなくわかるんですけど、具体的に何%を越えると我慢の限界に達するのかがわからなくて」

「ふむふむ。なるほど。あちきの見た感じだと━━」

 

 ラグドールとの会話は弾んだ。

 そのどれもが、魔美子にとって黄金にも勝る価値のある話だった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「八木さん」

「ん?」

 

 ラグドールのありがたいお話を聞けてホクホク気分のまま迎えた夕食の時間。

 何やら難しい顔をした緑谷が話しかけてきた。

 

「あの、八木さんはオールマイトが大怪我した時のことがトラウマなんだよね?」

「……パパから聞いたの?」

「うん。というか、期末テストの時に、八木さんの目の前で……」

「あー……」

 

 幼児退行でやらかした自覚のある魔美子は、今の緑谷にも負けず劣らずの複雑そうな顔になった。

 

「それで、オールマイトに早く引退してほしいとも言ってたよね? ヒーローをやってほしくないって」

「言ったね」

 

 確か、地獄の修行編を開始した頃。

 緑谷が冷蔵庫を引っ張っていたあたりで話した記憶がある。

 

「なんで、いきなりそんなことを……ああ、そっか。あのちっこい浴室警備員の件だね?」

「あ、八木さんも洸汰くんの事情知ってたの?」

「君達が魔獣の森でさまよってた時にちょっとね」

 

 洸汰。

 マンダレイの親族で、ヒーローをやっていた両親が殉職してしまったという子。

 そのせいで、何やらこじれた事情を抱えていそうな子。

 お人好しの化身のようなヒーロー精神を持つ緑谷だ。

 何かの拍子にその話を聞いて、力になれないかとか思ったのだろう。

 

「あの子のことを相談したいなら、君は盛大に人選を間違ってるぜ、緑谷少年」

「へ?」

「私の本性は話したでしょ? 私はパパ以外の人を人とも思わぬ『怪物』なんだよ。

 あの子の話を聞いて私が感じた嘘偽りの無い感想は『どうでもいい』だ」

「ッ!?」

 

 何か叫びそうだった緑谷の口を、魔美子は先手で塞いだ。

 そのまま顔を近づけて、冷酷な素顔が他に見えないようにしながら、冷たい声で話し続ける。

 

「パパは君と私が理解し合うことを望んでるから、本音で話す。

 皆が皆、良い奴だと思うな。正義を絶対の物差しにして人を測るな。押しつけるな。

 世の中には私みたいな、どう頑張っても他者を大切に思えない奴が案外沢山いる。

 生まれついての先天性か、道を踏み外した結果の後天性かの違いはあるけどね。

 そういう輩が『(ヴィラン)』になるのさ」

 

 魔美子は緑谷の口から手を離す。

 

「君があの子に余計なお世話を焼くのは勝手だし、私はそれを否定しない。

 だから、私があの子に興味を抱かないのも私の勝手で、君はそれを否定するな。

 パパ曰く、私の感性を知った上で向き合うのが、相互理解のコツらしいよ」

 

 そこで、魔美子はニッコリと笑った。

 外行き用の仮面をつけた。

 

「ま、そういうわけだ、緑谷少年! 存分に悩んで成長したまえ!」

 

 ポンと緑谷の肩を叩いて立ち去る魔美子。

 その背中に……緑谷は何も言えなかった。

 

『洸汰にとってヒーローは、理解できない気持ち悪い人種なんだよ』

 

 昨日、ふとした拍子に洸汰の事情を知った時、話してくれたマンダレイが言っていた言葉。

 

『救えなかった者などいなかったかのように、ヘラヘラ笑ってるからだよなぁ!』

 

 ショッピングモールで、死柄木がオールマイトを罵倒しながら、壮絶な笑顔で語っていた言葉。

 死柄木、洸汰、魔美子。

 ヒーローに憧れ続けてきた緑谷では考えもしなかった、ヒーローを否定する者達の思想。

 立て続けに聞く価値観の相違に、緑谷は何も言えなかった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「さて、もうじき揃いそうだな」

 

 雄英高校1年生達が林間合宿を満喫する宿泊施設を見下ろせる場所に、異様な風体の者達が集結しようとしていた。

 全身に火傷の跡がある男。

 ガスマスクを被った学生。

 ゴツいマスクと管だらけの装備を身に着けた女子高生。

 チャチな仮面とローブで全身を覆い隠した巨漢。

 魔美子が言うところの、どう頑張っても他者を大切に思えない者達。

 

「頑張ろう。虚にまみれた英雄達が地に墜ちる。その輝かしい未来のために」

 

 楽しかったはずの林間合宿に、長い夜がやってくる。




・緑谷出久
悪への向き合い『+1』


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44 林間合宿の夜

 林間合宿三日目。

 今日も今日とて限界突破の地獄の修行を続ける生徒達。

 そんな彼らにも、本日はご褒美が用意されていた。

 

「ねこねこねこ! 今日の晩はねぇ、クラス対抗肝試しを決行するよ!

 しっかり鍛錬した後は、しっかり楽しいことがある! ザ・飴と鞭!」

 

 ピクシーボブの言葉により、青春イベントを楽しみにしている一部の生徒達は気合いを入れ直した。

 それどころじゃないという生徒も、もちろん多かったが。

 

 そして、時間は過ぎ去り、夜。

 

「腹も膨れた、皿も洗った! 次は……」

「肝を試す時間だー!」

「その前に大変心苦しいが、赤点連中はこれから俺と補習授業だ」

「嘘だろ!?」

 

 というわけで、血も涙もない相澤(あくま)によって、赤点扱いになっている魔美子もまた連行された。

 青春イベント、楽しみにしてたのに……。

 そのあまりにも煤けた背中には、昨日の会話で気まずくなっていた緑谷でさえ、思わず同情の視線を送ってしまう。

 

 そうして、奇しくも最高戦力が隔離されたタイミングで━━事件は起きた。

 

「ん? なんかさっきから、微妙に焦げ臭くない?」

「あー、そういえば急に煙っぽい、の、が……」

「骨抜!?」

 

 最初に餌食になったのは、肝試しの驚かし役先行として離れた場所に散っていたB組。

 彼らのいた場所に煙が立ち込める。

 有毒ガスと、山火事で発生した黒煙。

 

「さぁ、始まりだ。地に堕とせ。(ヴィラン)連合『開闢行動隊』」

 

 個性の蒼い炎で森に火をつけながら、火傷だらけの男が呟く。

 それを合図としたかのように、各地にヴィラン達が現れた。

 

「飼い猫ちゃんは邪魔ね」

「ご機嫌よろしゅう! 雄英高校!」

「ピクシーボブ!?」

 

 虎、マンダレイ、ピクシーボブ、及び緑谷を始めとした、まだ肝試しに出発していなかったA組の何人かの前に、オカマ口調の男と、トカゲのような異形型の男。

 彼らは不意打ちでプロヒーローの一人、ピクシーボブを戦闘不能にしてしまった。

 

「アハハ! くたばれ高学歴!」

 

 森の奥に、B組を一瞬でほぼ全滅させた、ガス使いのヴィラン。

 

「ふふ。カアイイ♪」

「「ッ!?」」

 

 肝試しに向かっていたペア、麗日と蛙吹の前に、ゴツいマスクを付けた女子高生。

 

「肉!!」

「ぐっ!?」

「障子!?」

 

 障子、常闇ペアの前に、拘束衣で全身を包み、個性と思われる変幻自在の歯の刃だけで移動と戦闘を行うヴィラン。

 

「ネホヒャン!」

「にゃ!?」

「おーおー、驚いてるねぇ」

 

 中間地点にいたラグドールの前に、全身からチェンソーを生やした脳無と、隠れて様子を伺うシルクハットを被った仮面の男。

 

「センスの良い帽子だな、子供。俺のこのダセェマスクと交換してくれよ」

「うぁ……!?」

 

 保護者達のところから抜け出し、秘密基地に訪れていた洸汰の前に、チャチな仮面とローブを身に纏った巨漢。

 

「………………」

「こいつ全然動かねぇな! 働き者かよ!」

「大事に扱えよ、トゥワイス。そいつが今回の切り札らしいからな」

 

 妙な言い回しをするラバースーツの男と、そんな彼をトゥワイスを呼んだ火傷男の近くで沈黙する影。

 総数11名。

 だが、ヒーロー側はまだヴィランの正確な数すら把握していない。

 開戦直後に即座に共有できた情報は、ごく僅か。

 

『皆!! ヴィラン2名襲来!! 他にも複数いる可能性あり!!』

「「「ッ!?」」」

 

 マンダレイの個性『テレパス』によって、彼女達の前に現れたオカマとトカゲの情報だけが全員に伝わる。

 相澤によって補習地獄に連行された魔美子にもだ。

 その瞬間、即座に相澤と魔美子は動いた。

 

「ブラド、ここ頼んだ! 俺は生徒の保護に出る!」

 

 相澤がB組担任の『ブラドキング』に補習組を任せ、外に向かって走る。

 何故、秘密裏に決定したはずの合宿先がヴィランにバレているのか。

 その答えとなり得る最悪の可能性に頭を痛めながら。

 

「先生、私も行きます!」

「……教師としては断固として止めるべきなんだがな」

 

 魔美子のついてくる宣言。

 教師の立場としては、守るべき生徒であり、資格も持っていない魔美子を戦わせるわけにはいかない。

 しかし、合理的に考えれば、どれほどの規模かもわからない敵集団に対して、最高戦力を遊ばせておく余裕は無い。

 それで誰か一人でも生徒が殺されてしまえば『最悪』だ。

 

「……致し方ない。八木、戦闘許可を出す。

 ヒーローとして(・・・・・・・)最善を尽くせ」

「了解!」

 

 ヒーローとしての最善。

 すなわち、USJの時のような殺害などはできる限り避けねばならない。

 窮屈だが仕方ない。

 それもこれも父のためだ。

 

「『クリエイト・サモンゲート』!」

 

 魔美子は使い魔を出した。

 数は一度に出せる上限数である100。

 ただし、数を出せば質が下がるため、一体一体は一般人に毛が生えた程度の力しか持たない。

 だが、今回はこれで良い。

 最優先目標は、肝試しのせいでコースに散っている生徒達の回収であり、ヴィランの撃破は二の次。

 生徒が一人でも殺されてしまえば雄英の信頼は地に墜ち、父へのバッシングも凄いことになるだろうから。

 

 この場に父はいなかったにも関わらず『オールマイトが教師をやっていたのに、なんで生徒が殺されたんだ!』という無責任なことを言い出すマスゴミは必ず出てくる。

 そして、世間のクソどもはヴィランではなく、守れなかったヒーローの方を叩く。

 ふざけた話だが、社会はそういう風にできているのだ。

 

 平和の弊害。

 守られることに慣れ切り、救われて当然なんて意識を持ってしまった愚民どもの主張。

 父が死ぬ思いで築き上げた平和を穢す、ヘドが出るような社会の構造。

 それから父を守るためには、誰一人として犠牲を出さない完全勝利を成し遂げて、クソどもを黙らせるしかない。

 

「行け!!」

「「「━━━━!」」」

 

 そんな魔美子の意志を反映し、使い魔達が動き出す。

 使い魔は基本的に、ある程度の自律思考に基づいて動くオート操作だ。

 使い魔が見聞きした情報を魔美子が受信することはできないので、離れてしまうとその自律思考に任せるしかなくなるが、どうにか任務を成し遂げてくれ。

 

 個性解放部位『翼』 出力70%

 

 そして、魔美子自身も翼を出して、使い魔より早くやばそうな地点へ駆けつけようとして……。

 

「邪魔はよしてくれよ、リトル・オールマイト。今回は強い奴に用は無いんだ」

「ん!?」

「八木!!」

 

 宿泊施設を出たところで、いきなりヴィランに襲われた。

 黒いコートを着た火傷だらけの男が、掌から蒼い炎を出して魔美子を焼こうとしてくる。

 咄嗟にパンチで迎撃した。

 

「『デトロイト・スマッシュ』!!」

「ッ……! さすが、ナンバー1の娘。この程度の炎じゃビクともしねぇか」

 

 衝撃波で炎をかき消す。

 火傷男は追撃の構えを見せ……相澤によって即座に捕縛された。

 捕縛布で縛り、馬乗りになって身動きも封じる。

 抹消も既に発動しているので、個性を使った反撃もできない。

 

「目的、人数、配置を言え」

「なんで?」

「こうなるからだよ」

「ッ……!」

「おぉ」

 

 相澤が火傷男の腕を折った。

 あのくらいならいいのかと、魔美子に余計な知恵を与えた。

 

「次は右腕だ。合理的にいこう。足までかかると護送が面倒だ」

「焦ってんのかよ? イレイザー」

 

 もう片方の腕も逝った。

 それで殆ど顔色を変えない火傷男も凄い。

 

「なあ、ヒーロー。生徒が大事か?」

「!?」

 

 その時、火傷男の体が崩れた。

 泥みたいになって、ドロドロに崩れていく。

 相澤の抹消が発動中な以上、個性ではない。

 腕もちゃんと折れていたのだから、ヘドロヴィランのように、元々泥の体の異形型ということもないだろう。

 なんにせよ……。

 

「守り切れるといいな。また会おうぜ」

 

 完全に崩れて液状化する火傷男。

 水溜りみたいになったのを踏みつけてみたが、何も反応は無い。

 これでは情報を吐かせるのは不可能ということだ。

 

「余計な時間使っちゃいましたね……! 行ってきます!」

 

 情報に期待して足を止めていた魔美子は、火傷男に見切りをつけて、今度こそ翼を使って飛び立った。

 使い魔は火傷男の話など聞かずに出撃したので、致命的な遅れではないと思いたい。

 

「あれは……」

 

 空を飛んでまず目に入ったのは、ガスと山火事。

 特にガスの方は見るからに有毒そうだ。

 あれを放置するのは下策。

 

「吹き飛ばす!」

 

 個性解放部位『尻尾』 出力60%

 

 魔美子は普段あまり使わない悪魔の尻尾を出し、伸縮自在のそれを地面に向かって射出する。

 尻尾は地面に深く突き刺さり、地中でいくつもの木の根に絡まって固定。

 さながら凧揚げの凧のような状態になった魔美子は、尻尾を支えに、翼を大きく羽ばたかせた。

 

「『デスフェザー・スマッシュ』!!」

 

 出力70%の翼による全力の羽ばたき。

 それは拳で放つ衝撃波よりも遥かに凄まじい爆風を生み出し、一瞬にしてガスを吹き飛ばし、山火事を鎮火させる。

 雑なやり方にもほどがあるが、あのまま放置するよりはマシだったはずだ。

 

「よし! 次は……ッ!?」

 

 その瞬間、魔美子目がけて下から攻撃が来た。

 青山のネビルレーザーのような、されど威力は彼より遥かに上の光線。

 

「『デビル・スマッシュ』!!」

 

 咄嗟に個性を解放した拳で迎撃。

 問題なく相殺に成功したが、他の生徒に向けられたらヤバいと言わざるを得ない攻撃だった。

 そして、そんな攻撃を放った存在が、堂々と魔美子の前に姿を現す。

 

「脳無……!」

 

 それは、USJや保須で見たような、脳ミソ剥き出しの改造人間だった。

 まるで個性解放状態の魔美子を模しているかのような黒い肌に、戦闘機のような人間離れした体型。

 体の後ろ側には、飯田の太ももに生えているエンジンのマフラーのようなものが無数にあり、口はさっきのレーザーの残滓で淡く発光している。

 

「やっぱり、あのクソの手引きか……! いいぜ! 来なよ! 瞬殺してやる!!」

 

 魔美子は地面に突き刺さった尻尾を切り離し、代わりに両手両足の個性を解放。

 継続戦闘が困難になるディザスター・モードこそ温存しているが、それを差し引けば最高の状態で脳無に突撃をかます。

 しかし……脳無はクルリと反転して、魔美子とは別方向に飛び去った。

 

「…………は?」

 

 え? 逃げた?

 あれは前の肥満体のような自分対策ではないのか?

 魔美子は一瞬混乱し……すぐに敵の狙いに気づいた。

 

「ッ!?」

 

 戦闘機脳無の口が光り輝く。

 多分、レーザー発射の予備動作。

 照準が向いているのは地上。

 ガスにでもやられたのか、倒れて動けないでいるB組の生徒達。

 

「そういうことか……! 『デビル・スマッシュ』!!」

 

 魔美子は全力で拳を振り抜き、同時に羽ばたきで体を支え、空中でも一切の支障なく放った衝撃波を戦闘機脳無に叩きつける。

 しかし、戦闘機脳無は見事な飛行で衝撃波の攻撃範囲から逃れ、狙撃を敢行。

 高出力のレーザーがB組を襲う。

 

「らぁあああ!!」

 

 だが、戦闘機脳無が回避に専念している隙に、魔美子の飛翔も間に合った。

 B組の盾になれる位置に移動し、さっきと同じように、レーザーを拳で叩き落とす。

 

「『ダークネス・スマッシュ』!!」

 

 更に、レーザーにはレーザーとばかりに、闇のレーザービームを使って撃ち返した。

 衝撃波だとあっさり避けられる。

 そうなると、飛び道具はこっちに頼るしかない。

 しかし……。

 

「ああ、くっそ! やっぱり!」

 

 戦闘機脳無は突如眩く発光し、闇レーザーを完全に相殺した。

 前の肥満体にあって、今回の戦闘機に無いはずがない、魔美子対策。

 しかも、あのレーザーだって光の束だ。

 装甲も撃ち抜けず、レーザー同士でぶつけ合っても多分押し負ける。

 

「あ!?」

 

 しかも、戦闘機脳無はまた違う方向へ飛び去った。

 他の生徒を狙いに行ったのだろう。

 守るためには、奴にピッタリくっついていって、毎回生徒の盾になるしかない。

 遠距離から撃ち落とせない以上は、そうする他に方法が無い。

 

「嫌味な……!」

 

 普通に倒すだけなら、当たるまで衝撃波を乱射して、体勢を崩した隙に接近して仕留めればいい。

 だが、衝撃波の乱射に専念すれば、生徒に向けた狙撃を防げないタイミングが必ずできてしまう。

 生徒を見捨てれば勝てる。

 されど、ヒーローという立場が魔美子の勝ち筋を潰してしまう。

 結果、戦闘機脳無は前回の肥満体以上に、見事に魔美子の足止めという使命を全うしてみせた。

 

『ヒーローは多いよなぁ。守るものが』

「……チッ!!」

 

 憎い野郎の悪意に満ちた声が聞こえた気がして、魔美子は大きく舌打ちした。



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45 林間合宿の夜 パート2

 ヒーロー側の最高戦力が敵方の見事な戦略によって封じられる中。

 

「ハッハー! 血を見せろぉ!」

「ッ!?」

 

 洸汰の秘密基地にて、緑谷と巨漢のヴィランの戦いが始まっていた。

 秘密基地というだけあって、洸汰は保護者達にも場所を教えていない地点におり、そこにヴィランが現れてしまったのだ。

 ヒーロー達は場所もわからなければ余裕もなく、救けには来れない。

 だが、前日の夜に偶然にも洸汰の秘密基地の場所を知ることができた緑谷だけは、駆けつけることができた。

 

 とはいえ、それが幸運だったかどうかは疑問の余地がある。

 

「良いな、お前! まあまあ強いな! いたぶり甲斐がある!!」

「うっ……!?」

 

 巨漢のヴィランを相手に、洸汰を庇いながら戦う緑谷は防戦一方だ。

 フルカウルを使ってなお、スピードでもパワーでも完全に負けている。

 それも圧倒的な差をつけられて。

 敵の身体能力はどう考えても、個性無しの魔美子を凌駕している。

 

 血狂い『マスキュラー』。

 それがこのヴィランの名だ。

 ネームドと呼ばれる、通り名がつけられるほどの凶悪犯罪者。

 そこらのチンピラとは次元が違う。

 プロヒーローすら何人も殺している、ヒーロー殺しと同じ領域に立つ者。

 

「『デトロイト・スマッシュ』!!」

「おっと!」

 

 緑谷の拳を、マスキュラーは腕で簡単に受け止める。

 その腕は、筋のようなもので覆われていた。

 個性『筋肉増強』。

 皮下に収まらないほどの筋肉で、身体能力を劇的に向上させる個性。

 肉の鎧は防御力すらも跳ね上げ、緑谷のパワーがまるで通じない。

 

「そら!!」

「ッ……!」

 

 拳を受け止めた腕が、そのまま薙ぎ払われる。

 吹き飛ばされた緑谷に、マスキュラーは容赦なく追撃を行い、とうとう緑谷は被弾。

 お返しのように放たれた拳に対し、咄嗟に盾にした左腕にヒビが入るのを感じた。

 この強化合宿のおかげで出力が上がっていなければ(・・・・・・・・・・・・)、ヒビでは済まなかっただろう。

 

「くっ……!?」

 

 魔美子とグラントリノにしばかれまくったせいか、やたらと上達した受け身を取りながら、緑谷は痛感する。

 強い。

 本物のヴィランというのは、本当に強い。

 改めて、ヒーロー殺し相手に善戦できたのは、相当手加減されていたからなのだと思い知らされる。

 ……けれど。

 

「あ、あぁ……」

 

 ボロボロになっていく緑谷を見て、絶望したように涙を流す子がいる。

 あの子の両親を殺したヴィランに、あの子まで殺させるわけにはいかない。

 

「大、丈夫……!」

 

 だから、笑え。緑谷出久。

 憧れの人(オールマイト)のように、笑って他者を救い出せ。

 

「必ず、救けるから……!」

 

 そう言って、緑谷は切り札を使った。

 まだ短時間しか使えない奥の手。

 雄英に入学してからの3ヶ月半。

 入試と体育祭くらいでしか大怪我をせず、その分、頑強に鍛え上げることができた肉体。

 それが耐えられる上限まで個性を解放する。

 

 ワンフォーオール・フルカウル 出力20%!!

 

 この強化合宿中に至った領域。

 体が軋み、長くは保たない。

 それでも一時期に、体育祭で無双してみせた時の魔美子と同等の身体能力で動くことができる。

 これでダメなら……禁じ手をも使う覚悟だ。

 

「あああああああああ!!!」

「良いな! 遊ぼうぜ!!」

 

 雄叫びを上げながら突撃する緑谷と、笑って迎え撃つマスキュラー。

 ……人を殺そうとしておいて、なんでそんな楽しそうに笑える?

 命をなんだと思ってるんだ。

 

『皆が皆、良い奴だと思うな。正義を絶対の物差しにして人を測るな。押しつけるな』

 

 その時、緑谷の脳裏に魔美子の言葉が蘇った。

 

『世の中には私みたいな、どう頑張っても他者を大切に思えない奴が案外沢山いる』

 

 そう言った時の冷酷な彼女の顔が蘇る。

 冷たい顔で、冷たい声で……ほんの少しだけ悲しげだった彼女の姿が。

 

(……それでも、許せないんだ)

 

 理不尽に奪い、理不尽に奪われるのが、どうしても許せない。

 だから、今だけは彼女の言葉を振り払って。

 緑谷は、他者を壊して笑うマスキュラー(悪魔)に挑みかかった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「オオオオオオオオオオッッッ!!!」

「ぐぅぅぅぅぅ!!!」

 

 ところ変わって。

 強敵に挑む緑谷と同じように、常闇もまた強敵と戦っていた。

 ただし、相手はヴィランではない。

 己自身の個性だ。

 

「闇ィィィィィッッッ!!!」

「静まれ……! ダークシャドウ!!」

 

 都会の明かりからも離れた夜の森という最高(最悪)に近い条件下で、常闇は個性を使ってしまった。

 闇が深いほど獰猛になり、行き過ぎれば暴走して制御を失うダークシャドウを解放してしまった。

 

 原因は襲撃してきたヴィランだ。

 拘束衣を纏って、変幻自在の個性の歯の刃だけで戦う、異様な風体の男。

 あれに肝試しのペアだった障子を傷つけられ、怒りに任せてダークシャドウを解き放ってしまった。

 ただでさえ深い闇のせいで制御困難だったというのに、常闇の怒りに感応して更に凶暴になったダークシャドウ。

 もう目の前のヴィランに狙いを定めることすらできず、必死に手綱を握らんとする常闇を引きずって、ただただ暴走するのみだった。

 

 しかも、これまた運の悪いことに、進行方向上に魔美子の放った使い魔が結構いた。

 使い魔はノッペリとした黒い影法師の見た目通り、闇っぽいエネルギーでできている。

 魔美子の闇をダークシャドウがエネルギーに変えられてしまうのは職場体験で確認済み。

 結果、ダークシャドウはヘンゼルとグレーテルのごとく、道行く使い魔を食べながら移動してしまい、もう自分がどこにいるのかすら常闇にはわからない。

 暴走する自分から障子を引き離せたのだけは幸運と捉えるべきか、あのヴィランのところに障子一人残してきてしまって最悪と捉えるべきか。

 ダークシャドウが暴走して周囲を薙ぎ払った拍子に離脱してくれていることを祈るしかない。

 

「ネホヒャン!」

「うぐっ!?」

 

 そして、更なる受難がやってきた。

 進行方向上に誰かがいる。

 ラグドールと、もう一人。

 

「脳無、だと……!?」

 

 そこにいたのは、全身からチェンソーを生やした脳ミソ剥き出し人間。

 それがラグドールを襲っていた。

 彼女はチェンソーに脇腹を深く斬り裂かれ、見るからに重傷。

 

「オオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 そんな2人にダークシャドウが迫る。

 今のダークシャドウは、動くものや音に対して無差別に攻撃を仕掛けるだけのモンスターと化している。

 重傷のラグドールは、もはや自力では攻撃を避けられまい。

 使い魔を捕食したことで更に強くなっているダークシャドウの攻撃が掠りでもすれば殺してしまう。

 

「あああああああああああッッッ!!!」

 

 だからこそ、常闇は力を振り絞った。

 気力、体力、精神力、全て使ってダークシャドウの手綱を握る。

 脳裏に思い浮かべるのは、同じ暴走個性を抱える魔美子のアドバイス。

 

『暴走を抑えるコツ? そんなの根性一択だよ。

 絶対に守りたいものを思い浮かべて、その気持ちを『芯』にして、芯にしがみついて、流されそうな心と体を繋ぎ止める。

 わかったら、もう一回やってみよう!』

 

 職場体験の夜。

 毎日毎日無人島まで飛んで、ここと同じくらい光の無い場所で制御訓練をした。

 ダークシャドウが暴走する度に、魔美子はボコボコにして鎮めてくれた。

 一週間それを繰り返し、繰り返し、一応は暴れ馬を乗りこなす感覚を掴みかけはしたのだ。

 今のダークシャドウは使い魔を食った分、あの時よりも凶暴になっているが、ここでやれなければ、あれだけ付き合ってくれた彼女に顔向けできない!

 

「プルス・ウルトラァァァァーーーーー!!!」

 

 雄英の校訓、更に向こうへ(プルス・ウルトラ)

 人生の苦難を乗り越えて、更に向こうへ!

 そんな常闇の意志が、ダークシャドウの攻撃の矛先をラグドールから逸した。

 

「オオオオオオオオオオオッッッ!!!」

「ホネヒャン!?」

 

 攻撃は矛先を変え、ラグドールを襲っていた脳無を直撃する。

 個性を使った魔美子ですら無傷では制圧できなかったモンスターの一撃が脳無を襲う。

 今回の脳無はUSJに現れたような化け物ではなかったのか、その一撃で沈黙した。

 死んではいなさそうだが、全身粉砕骨折くらいはしているだろう。

 再生系の個性も無い。

 あったら、粉微塵になるまでダークシャドウになぶられていただろうが。

 

「ッ!?」

 

 その時、空が光った。

 見れば上空で、魔美子ともう一体の脳無が戦っている。

 今の光は、その脳無が放ったレーザービームだったようだ。

 光が弱点であるダークシャドウは、それによって一瞬怯んだ。

 使い魔捕食によって潤沢に体力()を補給した今なら、あの程度の光は耐えられる。

 

「おおおおおおおお!!!」

 

 しかし、その一瞬の怯みは、常闇がダークシャドウを体内に強制収容するには充分な隙だった。

 

「ヌ、グ……!! 暴レ足リンゾォォォォォ……!!」

 

 不満そうな叫び声と共に、ダークシャドウが常闇の中に吸い込まれていく。

 常闇は厳重にダークシャドウを押さえつけてから……膝をついて息を切らした。

 

「ハァ……ハァ……!」

「だ、大丈夫……!?」

 

 疲労困憊。

 そんな常闇に向かって、自分の方が遥かに重傷なのに、ラグドールが大丈夫かと語りかけてくる。

 ヒーローの鑑だった。

 

「俺は、大丈夫です……! ラグドールこそ、傷が深いように見える」

「アハハ。ぶっちゃけ超痛い。けど、救かったよ。ありがとう」

 

 ありがとう。

 その一言で救われたような気がした。

 ああ、やっぱりヒーローを志して良かった。

 

「「「━━━」」」

 

 そんな二人のところに、使い魔達が降りてきた。

 数はたったの3体。

 ダークシャドウに数を減らされたものの、創造主の命令を守って、常闇を保護すべく、上空でダークシャドウが鎮静化するのを待っていた3体だ。

 ある程度の自律思考能力がある使い魔達は、重傷のラグドールも保護対象に認定し、2体が2人をお姫様抱っこで持ち上げた。

 

「おお。ピクシーボブが、羨ましがりそう……ガクッ」

「ラグドール!?」

 

 青い顔で冗談を言った直後、ラグドールが気絶した。

 これはマズいと見て、使い魔は全速力で彼女と常闇を輸送する。

 B組担任ブラドキングが守る宿泊施設に向かって。

 

「あーあー、行っちゃった」

 

 そして、そんな2人と使い魔を物陰から見つめる怪しい影。

 シルクハットを被った仮面の男。

 

「サブターゲットを逃しちゃったぜ。あの少年、常闇くんだっけ? 彼の方もターゲットじゃなかったが、あの凶暴性は良い(・・)と思ったんだけどなぁ」

 

 帽子のツバを指で摘みながらため息を吐く男。

 

「仕方ない。メインターゲットだけでも確実にいただくか。

 おっと。こいつも回収しといた方が良いよな?」

 

 男が地面で倒れる脳無に手を触れた。

 一般人に毛が生えた程度の今の使い魔では持ち運べず、この場に放置された脳無。

 それが男の個性によってビー玉のような形に圧縮される。

 

「ラグドールのマーキングは付いてるだろうが、それはそれで囮なり捨て駒なり使い道はあるでしょ」

 

 脳無を圧縮したビー玉のような何かをポケットに入れて、男は走り出した。

 まずは合流地点に寄って脳無を託し、そこからメインターゲットの捜索に向かおう。

 ラグドールが気絶してくれている間に、脳無の引き渡しは済ませておきたい

 幸い、自分の足なら移動時間はそうかからない。

 

 ヴィランの暗躍はまだまだ続く。



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46 林間合宿の夜 パート3

「ハァ……ハァ……!」

 

 一人の少年が、ボロボロの体で息を切らして走る。

 緑谷だ。

 激戦の末、彼は血狂いマスキュラーを下した。

 奴の力任せに暴れる戦闘スタイルは魔美子に近くて慣れていたのが幸いし、それに対処するための動きはグラントリノの三次元的な機動を参考にできた。

 使える経験を使って、どうにか勝った。

 それでも禁じ手の100%スマッシュに頼ってしまい、しかもそれを一回耐えられて、もう片方の腕でもう一回打ったので、両腕はぶっ壊れてしまっている。

 

 なのに、そんな状態でも彼は走る。

 魔美子が上空で脳無相手に手こずっているのが見えた。

 最高戦力には頼れない。

 そんな状況で、もし現れた敵が全員マスキュラークラスだったら、皆が危ない。

 自分が動いて救けられるのなら、意地でも動いて救ける。

 

 背負っていた洸汰を途中で会った相澤に託し、その相澤の言葉を『テレパス』の個性を持つマンダレイに伝えた。

 相澤がマンダレイに頼んで発信したのは、『生徒全員の戦闘許可』。

 相澤にも魔美子が手こずっている様子は見えた。

 オールマイト級の戦力がいて、なおも苦戦する強敵がいる。

 使い魔が各地に散ってはいるが、数を出したために一体一体が相当弱くなっている使い魔では、他の強敵から全員を保護することはできないかもしれない。

 最悪を考えるなら、生徒にも自衛の術がいる。

 後で処罰されるのは自分だけでいい。

 その覚悟で発した戦闘許可。

 

 それと、もう一つ。

 こっちは緑谷がマンダレイに頼んで全員に伝えてもらった情報。

 

 爆豪が狙われている。

 

 マスキュラーが口を滑らせたのだ。

 どういう目的なのかはわからないが、敵の狙いの一つは爆豪。

 それを知って緑谷が止まるわけがない。

 ヘドロの時と同じだ。

 無力な身で後先考えず飛び出した時のように、両腕ぶっ壊れた重傷の身でも後先考えずに動く。

 救済意志の化身。それが緑谷出久なのだから。

 

 そして、彼は見つけた。

 

「かっちゃん!!」

「デク!! テメェ、さっきのテレパシーは……ッ!?」

 

 怒鳴りかけた爆豪の口が止まった。

 見るからにズタボロの緑谷を見て。

 次いで「チィッ!!」と舌打ち。

 個人的な事情で腹立たしいのもそうだが、何より……。

 

「肉!!」

「うわっ!?」

「このバカ!! 足手まといがテメェから来てどうすんだ!?」

 

 変幻自在の刃から、爆豪が緑谷を庇って、共に攻撃を避ける。

 相対するのは、拘束衣に身を包み、個性によって歯を変幻自在の刃に変えて操るヴィラン。

 脱獄死刑囚『ムーンフィッシュ』

 彼もまたマスキュラーと同じく、殺戮の場数を踏んできた大物だった。

 

「緑谷!」

「酷ぇ怪我だな……!」

「障子くん! 轟くんも!」

 

 そして、ムーンフィッシュと相対していたのは爆豪だけではなかった。

 轟が氷の盾を出して緑谷を守りつつ、もう激痛でロクに動けないだろう緑谷に障子が駆け寄り、皮膜のついた六本腕で覆って背負って守る。

 

「その重傷、もはや動いていい怪我じゃないな……! 友を救けたい一心か。呆れた男だ」

「けど、こっちも苦戦中だ……! 来てくれたのは嬉しいが、爆豪と同じことしか言えねぇぞ……!」

「ッ! ……ごめん」

 

 緑谷は無力感に苛まれた。

 爆豪と轟の言う通り、今の緑谷はただの足手まといだ。

 かつて、個性把握テストの時、相澤に言われた言葉を思い出す。

 

『お前のは一人を救けて木偶の坊になるだけ。緑谷出久。お前の力じゃヒーローにはなれないよ』

 

 その通りだった。

 今の緑谷はマスキュラーを倒して洸汰を救うために死力を尽くしてしまい、木偶の坊状態。

 本当に、相澤の言った通りになってしまっている。

 

『せめて出力50%は出せる半人前になってからじゃないと、あんな強敵に向かっていっちゃダメでしょうが!』

 

 今度はヒーロー殺しと戦った後に魔美子に言われた言葉が蘇る。

 本当に、仰る通りだ。

 50%を反動無しで使えていれば、マスキュラーを倒した後も戦えるだけの力を残せていたかもしれない。

 だからと言って、洸汰を救けるために走らなければ良かったとは欠片も思わないが、己の未熟さは痛感させられる。

 ……だが。

 

「皆!!」

 

 自分がダメな時は、仲間がいる。

 それもまたヒーロー。

 

「常闇! 無事だったか!」

「すまん! 心配をかけた、障子!」

 

 上空から常闇が降ってくる。

 気絶したラグドールと共に3体の使い魔に運ばれていた彼は、この戦場を発見し、使い魔に頼んで離してもらったのだ。

 その目に映るのは、追い詰められたクラスメイト達と、追い詰めるヴィランの姿。

 先ほど、共にいた障子を傷つけられ、ダークシャドウ暴走のキッカケとなった変幻自在の刃を操るヴィラン。

 

「今度は間違えん……!」

 

 同じ失敗を繰り返しはしない。

 常闇は己の『芯』を強く意識しながら、個性を解き放った。

 

「オオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 深い闇の中で獰猛になったダークシャドウが暴れようとする。

 それを精神力で押えつけ、さっきの脳無を相手にした時と同じように、その矛先をヴィランのみに向けさせる。

 

「『終焉(ラグナロク)・先触れ』!!」

「ッ!?」

 

 未完の奥義がムーンフィッシュを襲う。

 巨大化したダークシャドウの掌がムーンフィッシュを押し潰し、そのまま掴んで振り回して木や地面に叩きつけた。

 次元違いの怪力をモロに食らい、ムーンフィッシュは気絶。

 いくら山火事を恐れて炎や大爆発を使えなかったとはいえ、それでも轟と爆豪の2トップがいてもなお苦戦した相手が、まさかの瞬殺。

 

「なんだこりゃ……」

「ぐぅぅぅぅぅぅ!!?」

 

 爆豪が呆然と呟いた瞬間、常闇は苦しげな声を上げた。

 彼は別に劇的に成長したわけではない。

 依然として、この技の制御は困難だ。

 今の状態は、暴れ馬の手綱を辛うじて離さないでいる状態に過ぎない。

 

「光、を……!」

「! かっちゃん! 轟くん! ダークシャドウの弱点は光だ! 多分、炎と閃光弾で鎮静化させられる!」

 

 騎馬戦でチームを組んだ縁で弱点を教えてもらった緑谷が、即座に対抗手段のある爆豪と轟に声をかけた。

 

「そういうことなら任せろ!」

「命令してんじゃねぇ!」

 

 優秀なヒーロー候補生である二人は、それを聞いて即座に動く。

 ……しかし、その前に。

 

「━━━」

「ひゃん!?」

「え!?」

「は!?」

「ッ!?」

 

 上空から光のレーザービームが降り注ぎ、それに撃たれたダークシャドウが悲鳴を上げながら鎮静化した。

 見れば、そこにいたのは脳無と魔美子。

 レーザーを撃ったのは脳無だ。

 魔美子対策の光が、とばっちりでダークシャドウにもクリティカルしてしまったのだ。

 

「常闇少年!!」

「!」

 

 そして、常闇を呼ぶ魔美子の声。

 珍しく余裕の無い、必死そうな声。

 

あれ(・・)をやる! 死ぬ気で打ち落とせ!!」

「……了解!」

 

 頼られた。任された。

 これで奮い立たねば、男としてもヒーローとしても失格!

 そんな心意気で、常闇は消耗した精神力に鞭を打つ。

 更に向こうへだ。

 

「『ダークネス・スマッシュ』!!」

 

 魔美子の掌から、闇のレーザービームが放たれる。

 狙いは脳無ではなく、常闇。

 常闇はダークシャドウを解放して、闇のレーザービームを受け止めた。

 

「!! 力ガ!! 漲ルゥゥゥゥゥ!!!」

 

 さっきの光レーザーで「ひゃん!?」とか言っていたダークシャドウが、魔美子の闇をエネルギーとして捕食したことで、再び獰猛さと力強さを取り戻す。

 それを常闇が必死に制御し、ダークシャドウの伸縮自在の腕を大きく伸ばして、上空の脳無に強烈な一撃を浴びせた。

 

「ああああああああああ!!!」

 

 ダークシャドウの腕が振るわれる。

 潤沢な(エネルギー)の補給によって巨人サイズにまで膨れ上がった漆黒の影が、虫を叩き潰すように脳無に掌を叩きつける。

 

「━━━」

 

 しかし、脳無はこれを避けた。

 中々潰せない蚊のごとくウザい動きで避け、反撃のレーザーをダークシャドウに叩き込んだ。

 脳無は入力されたプログラム通り、全ての攻撃を避けて生徒を狙う。

 レーザーの強烈な光にやられ、再びダークシャドウが「ひゃん!?」と叫んで弱体化する。

 

「ナイス!!」

 

 だが、それは決して無駄ではなかった。

 ダークシャドウの強烈な一撃は風圧を生み、その風圧に煽られて脳無が空中でキリモミ回転する。

 その状態で放ったレーザービームも、ダークシャドウが弱体化と引き換えに完全ガードした。

 体勢崩しと生徒を守るための二手分、魔美子の手が空いた。

 

「『デビル・スマッシュ』!!」

「━━━!?」

 

 その二手分で、魔美子は脳無との距離を一気に詰めて、渾身のパンチを繰り出した。

 それが脳無の頭部を捉え、轟音が鳴り響く。

 

「よっしゃー! やっと良いの入ったぁ!!」

 

 ようやくクリティカルヒット。

 おまけに、距離まで詰められた。

 ここまで近づければ、もう完全に魔美子の土俵だ。

 

「助かったぜ、常闇少年! 『デビル・テイル』!!」

 

 魔美子の腰から、先端が三角形になった悪魔っぽい尻尾が生えてくる。

 それが凄い勢いで伸びて脳無の体に巻きつき、巻きついた尻尾ごと脳無を引き寄せて、もう一発。

 否、もう数十発。

 

「『ソロモン・スマッシュ』!!」

「!!?」

 

 魔美子の連打が脳無を追い詰めていく。

 趨勢は決した。

 数分としないうちに決着がつき、最高戦力がフリーになるだろう。

 そうなれば、残りのヴィランなど敵ではない。

 ムーンフィッシュに苦しめられていたところに緑谷が来てから、僅か1分程度。

 刹那の攻防が、この戦いのターニングポイントとなった。

 

「……急転直下ってやつだな」

「……チッ」

 

 轟が今起こったことを端的に言葉にし、爆豪は自分達が苦戦したムーンフィッシュをまるで端役のように退場させて繰り広げられた次元違いの戦いに、自分との差を感じて舌打ちした。

 

「とりあえず、移動しよう。早く施設へ……」

 

 そうして、ヴィランを退けた彼らは、宿泊施設に向けて移動を開始する。

 狙われている爆豪を中心にして隊列を組み、障子の索敵能力を頼りに奇襲を警戒しながら進む。

 ……しかし。

 

(お、さっきの化け物が見えたから来てみれば、メインターゲットまでいるとは。こいつはラッキー)

 

 そんな彼らを背後から付け狙う、シルクハットを被った仮面の男。

 その存在に、少年達は誰も気づけなかった。




・緑谷出久
肉体損傷『−3』


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47 林間合宿の夜 パート4

「らぁあああああ!!」

「!!?」

 

 殴る殴る殴る。

 魔美子の拳が脳無を滅多打ちにしていく。

 当然のように、相手は再生持ち。

 しかも、後のことを考えてディザスター・モードを使っていないので、仕留めるのに時間がかかる。

 また前みたいに殺人うんぬんで面倒なことになるのも嫌だし、なおさら手間がかかって嫌な感じだ。

 それでも、

 

「ほい、いっちょ上がり!」

 

 魔美子はやり遂げた。

 どうせ再生するんだからってことで手足を斬り落とし、悪魔の尻尾で全身を串刺しにして、縫いつけるように雁字搦めにして拘束した。

 尻尾を出しっぱなしにしていると破壊衝動の堰が緩んだままになってしまうので、切断して体に繋がっている方は引っ込める。

 トカゲでもないのに自切。

 彼女もまた再生持ちだからこそできる狂気の手法だ。

 

「くっそ、死ぬほど時間取られた! 使い魔も結構やられちゃってるし、これ一人くらい殺されててもおかしくないぞ」

 

 イライラした様子でそう呟きながら、魔美子は顔をしかめた。

 使い魔は見聞きした情報を本体に伝達するような便利機能こそ無いが、倒されたかどうかくらいはわかる。

 生徒の保護のために出した100体のうち、実に70体以上がやられていた。

 20体くらいは脳無レーザーでやられたのを確認したが、残りの50体は他のヴィランにやられたことになる。

 

(今回の連中は、少なくとも数の暴力じゃどうにもならない精鋭揃いか)

 

 なお、そのうちの30体くらいをヤッたのは常闇(暴走ダークシャドウ)だったりするのだが、彼女にそれを知る術は無い。

 

(最大数まで出しちゃったから、再使用まではインターバルがいるし……)

 

「こりゃ、のんびりしてる暇は無いね」

 

 魔美子は雁字搦め脳無を掴み上げ、翼を再展開して飛び立った。

 被害が出たら父が叩かれる。

 あと、緑谷、轟、常闇(替えの利かない駒)に万が一があっても困る。

 それを恐れて、魔美子は継戦を選択した。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「彼らなら、俺のマジックで貰っちゃったよ」

「返せ!!」

 

 一方、常闇の奮闘でムーンフィッシュと脳無を退けた緑谷サイド。

 敵の狙いの一つと思われる爆豪を護衛しながら宿泊施設を目指していたのだが、そこへ音もなく忍び寄ったヴィランによって、爆豪と、ついでに常闇が捕らわれてしまった。

 

「返せ? 妙な話だぜ。爆豪くんは誰のものでもねぇ。彼は彼自身のものだぞ、エゴイストめ!」

 

 それを成したヴィラン、シルクハットを被った仮面の男『Mr.コンプレス』がペラペラと語る。

 

「我々はただ、凝り固まってしまった価値観に対し、それだけじゃないよと道を示したいだけだ。

 今の子らは価値観に道を選ばされている。

 爆豪くんも常闇くんも気の毒にと思ってね。

 表彰台の上でガッチガチに拘束され、ムーンフィッシュを一方的に蹂躙するあの圧倒的な力を制御することを求められ、実に窮屈そうだ。

 彼らはこっち(ヴィラン)のステージの方が輝ける。そうは思わないか?」

「返せ!!」

 

 重傷によって脳内麻薬ドバドバ状態の緑谷は、返せとしか言わない。

 叫ぶしかできない無力な彼に代わって、轟がMr.コンプレスに向けて氷結攻撃を放った。

 みすみす逃がすつもりなど無い。

 

「おっと!」

 

 しかし、コンプレスはそれを簡単に避ける。

 

「悪いね! 俺は逃げ足と欺くのだけが取り柄でよ! ヒーロー候補生なんかと戦ってたまるか!」

 

 コンプレスはそう言いながら、耳につけた通信機に手を当て、

 

「開闢行動隊! 目標回収達成だ! 短い間だったが、これにて幕引き!

 予定通り、この通信後5分以内に回収地点へと向かえ!」

 

 迷いない逃走を開始。

 森の木の上をピョンピョンと跳ねて、凄い勢いで緑谷達との距離を離していった。

 

「待て!!」

 

 緑谷達はそれを追いかけて、追いかけて、追いかけた。

 合流できていた麗日の個性で無重力状態にしてもらい、『蛙』の個性によって人を投げ飛ばせるほどの力を持つ蛙吹の舌でぶん投げてもらい、緑谷、轟、障子の3人がコンプレスを追撃。

 人間砲弾でどうにか追いつき……。

 

「知ってるぜ、このガキども! 誰だ!?」

「ミスター。避けろ」

 

 既に集結していたヴィラン達に迎撃された。

 火傷男『荼毘』の放った蒼い炎が3人に襲いかかり、避け切れなかった緑谷と障子の腕を焼く。

 

「うあ“!?」

「トガです! さっき思ったんですけど、もっと血出てた方がカッコイイよ出久くん!」

「はぁ!?」

 

 理解不能なことを言い出した女子高生『渡我被身子(とがひみこ)』が、緑谷にナイフを振るう。

 学生3人、しかも一人は気絶していないのがおかしい重傷患者では、複数のヴィランを相手にどうにもできない。

 そして……。

 

「5分経ちました。行きますよ、荼毘」

「ワープの……!?」

 

 USJに出てきた黒い靄のヴィラン『黒霧』がヴィラン達を回収していく。

 爆豪と常闇を捕らえたままのコンプレスも、黒いワープゲートの中に消えていく。

 

「そんじゃー、お後がよろしいようで……ッ!?」

 

 だが、その顔面にレーザービームが炸裂した。

 震えながら隠れていた青山の攻撃。

 それによってコンプレスが口の中に隠していたビー玉のようなもの、彼の個性で圧縮された爆豪と常闇を吐き出させ、2人の入ったビー玉が宙を舞う。

 片方は障子が掴んだが、

 

「哀しいなぁ、轟焦凍」

「ッ!?」

 

 もう片方は、轟の目の前で荼毘が回収した。

 

「確認だ。解除しろ」

「っだよ、今のレーザー……! 俺のショウが台無しだ!」

 

 愚痴りながらも、コンプレスが個性を解除。

 障子の握っていたビー玉が常闇に変わり、荼毘の回収したビー玉が爆豪に変わる。

 

「問題なし」

「かっちゃん!!」

「来んな、デク……!」

 

 爆豪が闇の中に消えていく。

 緑谷の心を絶望が覆った。

 体が動かない。

 マスキュラー戦で無茶をした代償に、もう彼は動けない。

 救けるための(ワンフォーオール)を持っているのに、授けられたのに、何もできない。

 出てくるのは涙だけ……。

 

 

「もう大丈夫」

 

 

 そんな緑谷の耳に、そんな声が届いた。

 1年半前にも聞いた。

 あの時も今と同じで、爆豪がピンチで、緑谷は無力で。

 けれど、その人が全てをひっくり返してくれた。

 

「私が来た!!」

 

 父の台詞を真似た魔美子が。

 翼をはためかせてワープゲートに突撃し、爆豪の首根っこを掴んでいた荼毘の顔面をぶん殴った。

 

「『テキサス・スマッシュ』!!」

「かっ……!?」

 

 その一撃で荼毘は気絶。

 手の力が緩み、更に魔美子に背中を蹴られた爆豪はワープゲートの外へ。

 代わりに、突撃の勢いを殺し切れなかった魔美子がゲートの中に突っ込んで……黒い靄は消えた。

 

「さてと」

 

 ワープゲートを潜った先。

 小洒落たバーのような場所で、魔美子はその場に揃った面々を見渡した。

 たった今殴って気絶させた火傷男、荼毘。

 魔美子に興味ありげな視線を向けている女子高生、トガヒミコ。

 青山レーザーに仮面を砕かれた男、Mr.コンプレス。

 ラバースーツに身を包んだ男、トゥワイス。

 オカマ風の男、マグネ。

 トカゲのような男、スピナー。

 黒い靄のワープゲート、黒霧。

 そして、

 

「…………は?」

 

 目を丸くしている二十歳くらいの青年。

 トレードマークの手のようなものを顔に装備した灰色髪の男。

 USJで取り逃がしたチンピラ、死柄木弔。

 

「今回といい、前回といい、やってくれたね、ヴィラン連合。

 私のイライラは結構凄いことになってるよ」

 

 ヴィラン達を見渡して、魔美子は据わった目で告げた。

 

「覚悟はできてるんだろうね?」

 

 そうして、最強はポキポキと拳を鳴らした。



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48 再会

「チートのクソガキ……!? 黒霧!! なんで、こいつ連れてきた!?」

「申し訳ありません……! 凄まじいスピードでワープゲートに潜り込まれました……!」

「おいおいおいおい! リトル・オールマイトとかマジかよ!?」

「対抗戦力はどうしたのよ!?」

 

 魔美子を見てパニックに陥るヴィラン連合。

 所詮はチンピラの集まりかと、魔美子は目の前の集団の評価を定めた。

 だが、こいつらに使い魔の大多数がやられたのも事実。

 統率は取れていなくとも、個々の力は強いのだろうと油断を廃する。

 

「黒霧! トゥワイス! 脳無出せ!!」

「了解!」

「あ、そ、そうだった! 忘れてねーし!」

 

 死柄木の指示によって、黒霧とラバースーツの男、トゥワイスが動く。

 黒霧はワープゲートを広げ、トゥワイスは掌から泥のようなものを出して、それが合宿先を襲った戦闘機脳無の形を……。

 

 個性解放部位『両足』 出力70%

 

「ぐっ!?」

「ぶげっ!?」

 

 だが、2人が行動を終える前に、魔美子の拳が彼らを黙らせた。

 特別頑丈そうには見えなかったから腕に個性は使わなかったが、それを差し引けば手加減なしの腹パンを食らわせて。

 足には個性を使って加速したので、今の攻撃を目で追えた者はいない。

 

「黒い靄の方は、ワープゲートになれるのは手足と頭だけで実体部分がある。だから殴れる。

 ラバースーツの方は増やす個性か。施設を襲撃した火傷男を出したのは君だね」

 

 魔美子は冷静に、冷徹に沈めた2人の分析をした。

 黒霧の方は、USJで父と相澤が一度戦っていたから情報がある。

 トゥワイスは初見だったが、何かされる前に速攻で潰せた。

 仮に戦闘機脳無のコピーが完成していたとしても、足手まといがいないこの場なら問題無かっただろう。

 

「次」

「あぅ!?」

「ぐぇ!?」

「ごはっ!?」

「きゃ!?」

 

 魔美子が動く。目にも留まらぬスピードで動く。

 一度見失う度に誰かがやられた。

 マグネ、スピナー、コンプレス、トガ。

 圧倒的な速度差で結構な威力の拳を叩き込まれ、何もできずに次々と気絶していく。

 残るは死柄木ただ一人。

 

「ありゃ? 思ったより弱いね。でも使い魔……うーん、相性差かな?」

「ふざけんな……!」

 

 優勢のはずだった盤面が、チートで一気に覆っていく。

 まるでUSJの時の再演。

 トラウマを刺激する光景に、死柄木は血が出るほどに首筋を掻きむしる。

 

「塵になれ!!」

「おっと」

 

 死柄木が怒りのままに、両手を前に突き出して突撃してきた。

 拳は握らず、指を広げて掴みにくるような挙動。

 魔美子は死柄木の手首を掴んで攻撃を止め、個性を解除した足による蹴り上げで顎を捉えた。

 

「かっ……!?」

「掌か、あるいは指で触れて発動する個性と見た。塵になれって言ってたし、触れた部分を塵にする個性?」

「くそっ……!!」

 

 蹲る死柄木に対し、もがく虫でも観察するように分析をする魔美子。

 冷淡な目だった。

 ヒーローという枷が無ければ、なんの躊躇もなく死柄木を殺してしまいそうな冷たい目だった。

 

「さて、なんにしても、これでジ・エンドだぜ、ヴィラン連合。

 まあ、君らを潰したところで本丸までは遠いんだろうけど、せいぜいお巡りさんのところで、黒幕の情報をキビキビ吐いて……」

『その必要はないさ。僕ならここにいる』

「ッ!?」

 

 唐突に聞こえてきた男の声。

 聞いただけで心の底から憎悪が湧き出してくるような声。

 見れば、バーに設置されたモニターから、あのクソ野郎の声が聞こえてきていた。

 

『久しぶりだね、八木魔美子ちゃん。また会えて嬉しいよ』

「……私はちっとも嬉しくないよ。━━オールフォーワン」

 

 ドスの利いた声が出た。

 エンデヴァーのことを語る轟以上に怨嗟に満ちた声。

 それを聞いてモニターの先にいる男は、宿敵オールフォーワンは、何故か楽しそうに笑う。

 

『ハハハ。随分嫌われたものだ。やっぱり僕が憎いのかな?』

「憎いに決まってんでしょ。むしろ、なんで憎まれてないと思った?」

 

 魔美子に呪われた人生をプレゼントし、(オールマイト)の腹に風穴を空け、彼女にとって唯一の大切な存在を奪いかけた相手だ。

 憎んで当然。恨んで当然。

 なのに、

 

『いや、正直、君に憎悪が宿ったのは誤算だったよ。

 本来なら嬉しい誤算だ。君に唯一欠けていたピースが埋まった。

 これで憎悪の向き先が僕個人でさえなければ、あるいは、もう一人の君の衝動の大部分が獣同然のそれでさえなければ、君は次の僕足り得たかもしれないのにね』

「はぁ?」

 

 オールフォーワンは、そんな奇妙なことを言う。

 どういう意味だと一瞬思いかけ、すぐにこいつの言葉に聞く価値なんて無いと思い直した。

 こいつが口にするのは、大抵こっちの意識を乱してくる挑発だけだ。

 

「先生……!」

『ああ、弔。また失敗したね。可哀想に。でも大丈夫。

 決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい』

「ハッ! やり直し? 変なこと言うじゃん。この詰み状態からどうすると?」

 

 魔美子はオールフォーワンの言葉を嘲笑った。

 とはいえ、決して油断はしない。

 他はともかくとして、あの黒霧とかいうワープ個性だけは、向こうにとっても重要な駒だろう。

 損切りすることなく、取り返すために何かしら仕掛けてくる可能性は充分にあった。

 

『そうだね。まずはオールマイトに倣って、平和的に交渉でもしようか』

「あぁ? 交渉ぉ?」

 

 またお得意の口車だろうかと、魔美子は警戒を高めた。

 

『そこにいる弔は、僕の大切な教え子なんだ。

 君が彼を捕まえるというのなら、僕もなりふり構わず救けないといけない』

「教え子? ハッ! 冗談が下手になったね。使い捨ての駒の間違いでしょうが」

『いいや、彼は本当に大切な大切な教え子なんだ。

 弔達を連れていくというのなら、僕自身が出向いて全力で戦うことも辞さない』

「見え見えのブラフかましてんじゃねぇよ」

 

 こいつのやり口は知っている。

 いつだって部下を使い捨て、自分は安全圏でニヤニヤしてるような奴だ。

 自分の安全が保証されない限り、絶対に出てこない。

 そんな姑息野郎をどうにか追い詰めようとしていた父達の苦労を間近で見てきた。

 これで本当に出てくるようなら、昔あんなに苦労しなかっただろう。

 

『見え見えのブラフか。たとえ君がそう思っていたとしても、万が一の可能性がある限り、君は動けない。そうだろう?』

「何を根拠に……」

『わかるさ、チャーミーデビル(・・・・・・・・)。だって、君はヒーロー候補生だからね』

 

 その時、オールフォーワンはニヤリと笑った。

 

『立場が、規則が、君の行動を縛る。今の君の立場は、攫われた生徒だ。

 そんな君が独断で動いて僕とぶつかり、余波で周囲に被害が出たらどうなる?

 責任を問われるのは、世間から責められるのは誰だろうね?』

 

(…………チッ!)

 

 その言葉に、魔美子は内心で舌打ちをした。

 癪だが、本当に癪だが、今の言葉だけは無視できない。

 仮に本当にオールフォーワンが出てきて魔美子とぶつかった場合、周囲はまず間違いなく瓦礫の山と化す。

 ここがどこかはわからないが、バーなんて小洒落た場所である以上、まさか無人島なんてことは無いだろう。

 

 そして、被害が出ればマスコミが騒ぐ。

 責められるのは好き勝手してくれやがったヴィラン連合……ではなく、合宿への襲撃を許した雄英だ。

 ひいては雄英に勤める父にも非難の矛先は向かう。

 襲撃されたという事実があるだけでも頭が痛いのに、更に魔美子の浅慮のせいで大勢死んだなんてことになったら最悪も最悪だ。

 

 傷口をこれ以上広げないためには、可能な限り被害を抑えて事件を解決するしかない。

 しかし、現状孤立無援な上に、使い魔召喚のインターバルすら終わっていない今の魔美子に、そんなことは不可能。

 ヴィラン連合だけならどうとでもなるどころか既に制圧済みだが、オールフォーワンが出てくるなら絶対に無理だ。

 というか、勝てるかどうかすら怪しい。

 6年前に父が与えた大ダメージが、もし万が一完治していたりしたら、一か八かの個性全解放を使ったとしても敗色濃厚である。

 

(まあ、まず間違いなくブラフだとは思うけど)

 

 最終的に負けるにしても、魔美子なら相当の時間を稼いで、相当のダメージを与えることが可能だ。

 そこへ父やエンデヴァーやホークスが駆けつけてくれば、いくらオールフォーワンでもやられる可能性はそれなりに高い。

 安全が保証されない。

 すなわち、出てこない。

 

(でも、ワープ奪還のための戦力くらいは差し向けてきそう)

 

 どうせ秘蔵の脳無とかを隠し持っていたりするのだろう。

 それが大挙して押し寄せてきたら、洒落にならない被害が出る。

 せめて、Mr.キックブレイクのコスチュームがあれば色々とごまかせたかもしれないが、あんなものを合宿に持ってくるわけがなく、仮に持ってきていたとしても、ワープゲートの中にまで持ち込めるわけがない。

 正体不明のイリーガルヒーローには頼れない。

 なら、この状況で魔美子が取れる最善手は……。

 

「チッ!」

 

 魔美子は舌打ちしながら、バーのカウンターに音を立てて座った。

 

「不本意。本当に不本意だけど、乗ってやるよ一時休戦」

『ありがとう。きかん坊なオールマイトと違って、君が話の通じる子で助かるよ』

 

 遠回しに父と似ていないと言われて、魔美子のイライラカウンターが振り切れそうになった。

 その減らず口、いつか必ず永遠に封じてやると心に誓う。

 

「そこのチンピラ! お茶! コンビニでロイヤルミルクティー買ってこい!」

「は!? ふざけんな! 何様のつもりだ!?」

『弔。黒霧あたりを起こして、言う通りにご馳走してあげなさい。時には憎い相手と交渉で渡り合うことも大切だよ』

 

 そんなバカなやり取りの裏で、魔美子とオールフォーワンはお互いに準備を進めていく。

 この束の間の休戦状態は長続きしない。

 

(一応、このまま帰るっていうのも一つの手だけど……)

 

 魔美子はその選択肢を捨てる。

 今はチャンスなのだ。

 敵の懐に潜り込めた、千載一遇のチャンスなのだ。

 

(せめて、厄介すぎるワープだけでも、ここで仕留める)

 

 あれがいる限り襲撃されたい放題、スキャンダルが積み上がるばかりだ。

 いや、いずれ確実にスキャンダルでは済まなくなる。

 今回の襲撃も、USJも、下手しなくとも生徒が死んでいてもおかしくなかった。

 そんな危ない橋を何度も何度も渡ってられるか。

 

 奴だけは、どうにかしてオールフォーワンの裏をかいて潰しておきたい。

 そのためには、戦力が揃うのを待つしかない。

 

(壊れるような攻撃は受けてないし、チョーカーは多分正常に機能してる。

 電波妨害があったとしても、私はラグドールに見られてるから、居場所はわかるはず。

 救助隊はすぐにでも来る)

 

 位置情報とバイタルを常に父の携帯に送信し続けているチョーカーは健在。

 加えて、ラグドールも使い魔に運ばれて宿泊施設まで逃げ切っているのを見た。

 恐らく、一日としないうちに救助隊が駆けつけてくるだろう。

 魔美子が動けていないという状況を鑑みれば、かなりの精鋭部隊が送られてくるはず。

 その戦力があれば、どうにか。

 

(……多分、というか絶対、パパも来るよね)

 

 それだけが魔美子の懸念事項だ。

 できれば、父にはもうオールフォーワンと対峙してほしくない。

 最悪あと数年は野放しにしてもいいから、成長した緑谷にその役目をぶん投げたい。

 まあ、十中八九、今回の一件でオールフォーワン本人が出張ってくることは無いと思うので、杞憂で終わるとは思うが。

 

(パパ……)

 

 それでも万が一の事態を恐れて、魔美子は不安に思う心を仮面の下に封じ込めた。




ストック切れにつき、毎日更新はここまでとなります……。


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