束さんがやっつけちゃうぜ! (かきごおり)
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爆誕編
束、爆誕!


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 うーん、案外ゆりかごというのも寝心地がいいというのをこの年齢になって再確認するとは、否。肉体的には当たり前か。ともあれ瞼を擦って意識を覚醒させる。

 

「束ちゃーん、起きたの?」

 

 目の前には若い人妻美人さんが目の前に。これ…母さんです。コクリと頷きたかったが、首が座ってなかったわ。抱きかかえられて胸元に抱えられる。これが母の温もりか。

 父は居ないようだ。剣道場にでも行ったのであろうか。とはいえ、お腹が空いたのでグズっておこう。意思表示の手段の少なさは問題である。意図的に泣かなければならないのは少々骨だ。涙腺を動かし、声を出す。

 

 ほーら『私』はお腹が空きましたよー。おぎゃあ。

 

「あらあら、ミルクの時間かしら」

 

 ひとしきり『私』を抱き締め、揺りかごに戻すと台所に母は向かって行った。不味い脱脂粉乳入りの哺乳瓶を取りに行ったのだろう。味覚が乳幼児相応だったら嬉しかったけど、そこまで甘くない。ミルクのように。

 

 見ての通り、『俺』は赤ん坊である。名前は束。由来は知らない。ともかくそれは『俺』の新たな名前である事には違いはない。

 

 ふと、気付けば生まれていて、『俺』は『私』になっていた。いや、正確に言えば混ざったというのが正しいか。

 

 この身体を操る精神の根幹、つまり『俺』であるがその精神には人間生活は二度目だと理解できていた。転生、生まれ変わり、来世に期待。様々な言葉がぐるぐるしているが擦り切れた記憶には前世の『俺』は男であって成人して少しして死んだことしか記憶になく勿論、名前も忘れていた。

 知ってるか?生まれる時の痛みってとんでもねぇんだ。それで大体欠落したっぽい。

 

 そこに入ってきたのは『私』という記憶というよりは魂とか本質である。これは恐らくはこの肉体、本来の人格であろう。その精神は幼稚であったが今は違う。

 

 『俺』の成熟した精神に()()()()()()のだろう。空のコップを水で満たした桶の中にでも突っ込めばその中に水が溜まるように、その幼稚な性格は瞬く間に、そして歪に成長を遂げた。本来、ミネラルウォーターでも入る所に泥水(おれ)を流しこんだのだから当然ともいえるが。

 

 そんなこんなで『私』は『俺』と混ざり合った。二重人格とでも言うべきか。あるいは精神の同居とも言える。

 

 歪な歪な精神はこの後、この篠ノ之束という存在にどう影響を与えるのかは分からない。言い切れるのは腹が減った事と、『俺』の精神は普通じゃないって事だけ。2ポンド掛けてもいいよ。

 

■■■

 

 やっとこさ自由に動き回れるようになった。成長するという素晴らしさは二度目ではないと味わえないな。

 などと言いつつも、二足歩行が可能になった我が身体は現在、2歳である。

 やっぱり、一回目があるからか肉体の同調は簡単だった。親が天才だの神童だの騒いでいるが些細な問題だ。頭のバランスが悪いのだけが難点。

 

 どうする?バク転でもやっておく?

 

 一週間後、『私』はバク転を習得した。化け物みたいな目で親に見られた。やっちゃったぜ!

 

■■■

 

 親から何か、経営している道場に入門させられた。なんか力の制御を云々らしい。そんな怪物でしたっけね、『私』。

 

 『私』としては肉体労働は嫌いなんだが、『俺』としては吝かではない。つーか、拒否権ないしさ。どうせ、自立するまでは脛を齧らなければならないというのもある。『私』を心配しての事だろうし。

 

 篠ノ之流剣道は生前みたような剣道の基本は同じだが、父親がやった抜刀術は化け物染みた剣速だった。動体視力がまるで追いつかない。なんだよ、あれ。親もハイスペックなのん?

 

 木刀を握らされて素振りさせられたが、腕が糞痛い。あのクソおやじめ、何時かは叩き潰してくれよう。と心に誓う。

 いや、待て。3歳の娘に本物の刀を持たせようとするなよ。危ないって、母も止めるべきだろ、なあ!

 

 暫くは剣道に身をやつす羽目に成りそうだ…勝てる気しねぇ!

 

■■■

 

 時は流れて数年後、小学校に入学である。ピッカピカのランドセルに女の子らしい制服。まっきっきの帽子は実にキュート。自画自賛出来るくらいには可愛い。将来有望だななんつって。

 『俺』としては何とも言えないが『私』にとっては結構、嬉しい事らしい。浮かれるのも分かる。因みに幼稚園は入園しませんでした。近所にそういうの少なくて困るね、本当に。お陰で夕方の知育番組を完全記憶してしまった。い○い○ないば○!はもういいよ。

 後は剣道を極める事しかここ数年の記憶がない。手にタコが出来ている六歳ってどこにいるっていうんだ…なんか段位貰ったけどさ。もっと子供らしさってものがさー。

 

 これで『俺』にとって二度目、『私』にとっては最初の学校生活である。頑張って友達100人出来るかな?富士山には登る気はさらさらないけどさ。

 

■■■

 

 しまった、この『俺』の特異性を忘れていた。つーか、肉体スペック含めて可笑しいまでに化け物である。細胞レベルで天才か…我が身は。

 

 なんか大車輪を鉄棒で出来るわ、三回転バク宙出来てしまうやら、挙げ句の果てにソフトボール70mときた。小学生の範疇ではない。空気中にプロテインとかが含まれていたのかもしれない。

 家では木刀しか振るってなかったんだけどな。というより、門下生もなかなかアホみたいな性能の奴が居たりするので、違いが分からんかったんだ。平均が高すぎたとも言う。だから『私』は悪くない、多分ね。

 

 勉強面も似たり寄ったりだ。元々の地頭がそこそこの『俺』にブラックホールの如く、膨大な知識を吸い込む頭を持つ『私』に小学生はヌルすぎる。一応、起きてはいるがぶっちゃけ今すぐ高校に飛び級しても即応できると自負している。というより、理数系に限れば大学レベルに片足を沼に突っ込んでいる始末だ。

 これでは、学校はひどく詰まらない。海外に飛び級目当てに渡航しようかしら?剣道から離れたくてしょうがない。

 

 そういえば、同じクラスにスポーツに関しては『私』とどっこいどっこいなのがいた気がする。ぶっちゃけ、クラスメートやら担任の名前なんぞ覚える気は欠片も無かったが確か織斑ち、ち、ちーなんとかちゃんだったか。

 なんとなく、友達に成れそうな匂いがした。流石にボッチはキツいのだ。主に剣道、オメーの所為だよ!

 

■■■

 

 無事に織斑千冬とは友達になれた。これで天才ボッチからの卒業である。もう、学校来なくてもいいよね!

 

 そんな事が許される筈もなく、暇な生活を送っていたがある日織斑千冬、『ちーちゃん』が剣道に興味があると言ってきた。

 

「おまえのように強くなりたい」

 

 やだかっこいい。

 

 ちなみにちーちゃんというのは渾名である。単純であるがそれなりのセンスであると『私』は思っている。本人は心底嫌がっていたが。慣れてもらう他ない。

 

 そういえば、『私』の家は篠ノ之流というそこそこデカい道場をやっていた。人気もそれなりらしく、放課後にはある程度の上級生達が通っているのを目にしていた。どうでもいいけど。

 私の腕前が異常でゴ○ラ*1かなんかだと見られてはいないだろうか?目が畏怖混じりなんですけど…

 

 何?ちーちゃん。剣道をやりたいだって?仕方ない。心細いだろうから『私』の剣道場に入門してみないか。決して、決して寂しい訳でもない。

 

■■■

 

 剣道をやるのはいいが自分とちーちゃんのセンスの良さを忘れていた。

 なんだろうか、中学生に片手で勝てる小学二年生は『俺』とちーちゃんくらいだろう。というより、『俺』と幼い頃からの練習のお陰で運動面に関しては若干のアドバンテージがあるものの、ちーちゃんはそんなの関係なしにメキメキと実力を延ばしている。なんなのこの子、プロテインを空気中から摂取してんの?剣道歴の長い*2私に追いつくのはやっぱり頭おかしい。人の事は言えない。

 『俺』 の じょうしき が こわれる 。

 

 それはともかく、まともに闘えるのが『俺』とちーちゃんだけなのはどうも微妙だ。ちーちゃんは楽しいのか木刀をぶんぶん振り回しているけど。こっちは飽き飽きだ。他の趣味を探さないと。

 

 運動会なんやらがあったがクラス対抗系の大体は『私』が入った所は優勝した。ちーちゃんも入れば鬼に金棒。勝てる者は辛いのだ。友達はちーちゃん以外にいないけど。ま、いいか。必要ないし。

 割り切りも必要だと知った賢い小学生です。

 

■■■

 

 暇潰しに自作したパソコンはなかなかの趣味としては充分だ。性にあっている。両親は機械に疎いがこりゃ、時代の波が来ているのだ。乗るしかないね、このビックウェーブに。

 あと、機械工作も並行してやっている。具体的には電子レンジをバラして掃除してメンテナンスして戻したりとか。コツは深夜にやること。バレないように高速でやる*3ことが面白ポイント。後はプラモデルとかもちょちょっと。

 

 あと、ちーちゃんが小学生剣道全国大会を優勝した当然だね!因みに『私』は親から出禁にされている。*4。トラウマ植え付けマシーンだかららしい。『俺』なら同学年程度なら一太刀で木刀折れるから致し方ない。前世を考えるとイカレてるな。

 それはともかく、お祝いに二人でファミレスに行ったが楽しかったとだけ言っておこう。ささやかな祝福である。 

 

■■■

 

 妹が生まれた、篠ノ之家次女の名前は箒らしい。凛々しい眼がたれ目な『私』とは違ってカッコ良い印象を与える。*5

 

 はい、私がお姉ちゃんですよーっと。

 

 姉が束で妹が箒ってどういうネーミングセンスなんだろうか?と思いつつ。

 とはいえ、可愛いものは可愛いものだ。しっかりお姉ちゃんっ子に育成するべきである。うわへへへ。

 

 そういや、ちーちゃんとこも弟が出来たらしい。名前は確か、一夏くんだったけなぁ。きっとちーちゃんに似てイケメンになるだろうなぁ。因みにちーちゃんは女である。その事を言ったら殴られた。*6解せぬ。

 

■■■

 

 いやー、妹の成長を見るのはいいねぇ。『私』が一般的な子育てとは逸脱した人間だった為に両親はあっぷあっぷしている。それとなーく補助をするんだけど。子育てとは本来こういうものらしい。なんかごめん。

 箒ちゃんはすごい可愛い。なんなら寝てるだけでも可愛いし。今のうちから『私』の名前を刷り込んでいこう。

 

 来年で中学に入るが、このタイミングで免許皆伝を貰った。曰く、一人前らしい。マジで?これでともかく剣道とはおさらばだ。いやったー!

 なんて言ってたらちーちゃんにボコボコにされたの巻。理不尽。理由を問いただすと公式戦で闘いたかったらしい。いや、同じ中学行くなら公式戦無理じゃん。

 あと、そもそも『私』はもう剣を握らない。そう告げた後のちーちゃんの顔はよく見えなかった。

 

 

■■■

 

 晴れて中学生だ。変わり映えのしないクラス、友達は増える気配はなし。

 そして、小学生同様、暇な授業になるのは確定。なので、やっと形になってきたパソコン制作の方を進める。立ち読みで鍛えたPCスキルが光る。

 バキバキの体育会系思考の親からまだ、発展途上のパソコンを買ってと言えるはずもなく、参考書を買うと嘘をついて資金を貰う。後で古本屋で買った参考書で事実だけは作っておく。

 強制参加の部活動はちーちゃんは剣道部、『私』は美術部だったが、制作課題の絵を仕上げて、*7空いた時間にこっそり抜け出して自転車を漕ぐ。

 帰宅時間を合わせている都合上、ちーちゃんに見られると拙いからだ。親に連絡されると素振りが数時間も発生するのが嫌だからね。

 

 中学生になりパワーアップした『俺』の身体能力を見よ。中古屋まで自転車で往復30分のところを急いで駆け巡り、パーツを確保する。

 それを数ヶ月程度繰り返して工具がまるで足りないという事に気がつく。はんだすらない。というか資金が足りない。

 駆けずり回る最中、効率化を極めたおかげで美術部からは「3分間見える幽霊」のあだ名がついた。ウルト○マンか何か?後、今なら2分半で事足りますが??*8

 

 資金面をどうにかする必要が湧いてきた。さて、どうしようかなー!

 

 

 

*1
リかジかは人による

*2
人生の約7割に相当する

*3
平均5分

*4
当然の結果

*5
姉バカ

*6
彼女の拳は音を置き去りにしていた

*7
所要時間15分

*8
そこじゃない




続かない


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IS、爆誕!

続きました


■■■

 資金の問題だが、一体どうするべきなのか思案する。

 両親は恐らく反対すると思う。というか今の状態で見つかってもヤバい。剣道が手招きしている。

 

 簡単なのはネットオークション?けど、元手がないから仮にゲームとかでも転がすのは難しいか。

 

 となると。すっかり1分で絵を描けるようになった*1『私』。それと兼ねてから読んでいた宇宙工学の本が目に入った『俺』。これいけるんじゃね?

 

■■■

 絵を売ることにした。と言ってもただの絵ではない。図面だ。『俺』は図面を売ることにした。ペーパークラフトというものだ。

 

 紙を切って折り曲げてつくる模型。一番重要なのは元手がまるで掛からないということ。後、要求されるスペックも低いのがポイントだ。

 

 これで『私』の作った資金不足でポンコツPC*2でもなんとか売り出せる。

 

 初めての図面作りも分かる。要はサイコロを見て展開できるかどうかだ。それくらいなら特に計算しなくても直感で全部引ける。最初は強度問題で紙の糊代の計算もミスってたけどすぐに修正できた。

 

 インターネットは十二分に発達して目覚ましい分野だ。『私』の両親はそういうのにまるで疎かったがインターネット万歳。

 

 っと。そろそろ戻らないといけない。ちーちゃんとの帰宅時間に遅れる。

 

 脚力も上がって移動時間も向上しているからなんてことはないんだけど、どうしてもインターネットの時間っていうのは限られる。今だって無料の無線でやっている。今は問題ないが、この移動時間だって惜しいし。

 

 やりたいことが多いのに、憚られる。なんて面倒なのだろう。もっと、自由に飛び回りたいのに。手を伸ばしても届かない空が恋しくなった。

 

■■■

 ネットマーケティングの恐ろしさを身をもって体感している。いや元から市場が緩いブルーオーシャンだったとはいえこれほどまでとは。そこから連携して金属を組み立ててもらって作るジオラマの模型や業者に丸投げして裁縫してもらって売るアパレルなんかも売れ行きを伸ばしている。

 

 『私』のお気に入りは不思議の国のアリスをモチーフに製作特注したドレススーツだ。予算が潤沢に有り余ったので研究中だった素材なんかもふんだんに使った特注品だ。 

 『俺』の凝り性で防刃・防弾・静音性・耐久性などなどに優れていたので普段着として使える代物に仕上がった。

 『私』にとっておしゃれはどうでもいいものだったけど、どうせなら趣味にこだわりたいという奴だ。

 

 上々の出来だ。

 この資金で騒音被害と無縁なラボを設立する。権利関係も適切に金を積めばなんとかなる。金isパワー!!!必要な資格も30分勉強したら試験受かるし。

 機械工学で必要な重機もそこにおけるので『俺』の研究生活も捗るというものだ。有線で引いたピカピカのPCでプログラムを構築していると気分が良い。ワハハ。

 

■■■

 悲報。『俺』ちーちゃんにバレた。*3

 

 碌に部活動を参加していないことも私が校外に出てコソコソやっていることも。この前のコンクールも余裕で金賞を取ったので両親にはバレなかったというのに。なんなら、真面目にやってるなとか言われたまであるのに。箒ちゃんに「お姉ちゃんすごい!」とまで言われたのに!

 

 敗北感に打ちひしがれる中、理由を聞いてみたところ、

 

「お前だからじっとしてはいないだろうと思った」

 

 嘘。『私』、マグロかなんかだと思われてる?

 あわや両親にバラされる=剣道生活に舞い戻るところだったのをなんとか宥めた。

 

 いや、あの鬼気迫る顔は『俺』をして死の予感すら感じさせた。ちーちゃんの『私』に対する態度が日に日に酷くなっている。あの頃の健気なちーちゃんは一体どこに?

 

 そして口止め料として『俺』がやっている研究について協力してもらうことになった。運動データは非常に参考になる。如何に『私』に才能があるとはいえ手は2本しかない。できることは限られている。それにちーちゃんは運動系に関してはスペシャリストだ。どうやらちーちゃんは寂しかったようだ。

 

 目標は宇宙まで。『私』たち2人はどこまでもいけると漠然とただ思った。

 

■■■

 

 むしゃくしゃする。

 

 ちーちゃんの両親が行方を眩ましたらしい。まだ、小さいといういっくんを残して。親戚の類はいないという。たった2人で世の中に投げ出されたようなものだ。

 

 流石に温厚な『俺』も切れたので資金置き場としてペーパーカンパニーと化していた会社の従業員として雇用することにした。

 

 名目上は研究手伝いによるお駄賃みたいなものだ。それでも、ちーちゃんの才能がこんな風に捻じ曲げられていては敵わない。世の中はうまくいかない。

 

 早急に改善が必要だ。多少手荒になったとしても。『私』はやり遂げる。『俺』たちの夢を誰かに邪魔されたくはないから。

 

■■■

 

 兼ねてより開発していたマルチフォームパワードスーツの開発が難航している。技術面の問題だ。学校と開発の両立も難なくできるので開発時間はさほどでもない。

 

 最近開発した兎耳型に開発したデバイスで作業場所を選ばなくなったからだ。ピカピカのパソコンくんは割と埃を被ってる。授業時間中は『俺』はもっぱらこれと開発中のハイパーセンサーの合わせ技で網膜で作業をしている。

 

 開発始めたばかりのこれには名前はまだない。ただ、ちーちゃんと『俺』の間では便宜上、パワードスーツとだけ呼ばれている。

 

 全身を包み隠すパワードスーツは理論上、人間が宇宙活動しても耐えうる設計だ。シールドエネルギーやハイパーセンサーによって宇宙線の防護、天体観測などに使えるだろう。隕石の裁断や障害を取り除くためにブレードも一本開発した。将来的にはレーザーライフルとかかな。

 

 ただ、問題はいくつもある。

 

 第一に動力源。人に装備させることを考えたら重量を極力削らなきゃいけない。現に今のテスト環境だと直径60cm程度のパイプを背中に装着、それを軽自動車ほどはある発電機から通さなきゃ成り立たない。『俺』が全力で軽量化してこれだ。

 

 後は情報の取捨選択の面だ。言っちゃあなんだが、『私』は精神が二つ分混ざっているせいかその耐性が非常に強い。情報圧耐性とでもいうのだろうか、そういった並行で物事を考えるのが得意だ。なので普通にハイパーセンサーも最初からなんとなく使えていた。肉眼を動かさないため非常に不気味に映るが便利。

 

 が、肉体面では『俺』と同様、こと近接格闘術全般においては優れているまであるちーちゃんがテストをした際には情報量でダウンしていた。

 

 考えてほしいんだけど、ハイパーセンサーってのは360度を首を動かさずにカバーできるんだよ?目だけでもエグい疲れるよねって話。それが聴覚や望遠機能も足される。そりゃ疲弊する。

 

 あのいつも凛々しいかっこいいちーちゃんが青ざめている様子は滅多に見られない。

 

 非常に有益でかつ貴重なデータだった。永久保存版にしようとしたら開発中のブレードでぶった斬られた。一応そのブレード、パワーアシストなしだと重くて片手で持てない仕様にしたつもりなんですが???彼女はやはりゴリ!?*4

 

 ここで記憶は途切れている。

 

■■■

 

 いっくんと箒ちゃんが仲良くなっている。らしい。伝聞なのは『俺』たちは二人からして研究開発で忙しいのであまり目をかけていないからだ。ちーちゃんの世間話で発覚した。というか、ちーちゃん料理家事全般いっくん任せなのはどうかと思うよ。『私』?胃に入れば一緒だ!

 

 家か。確かに食卓には囲むようにしているけど、最近は帰っていない。

 

 両親には軽くバイトをしているということを言って銀行口座を見せると卒倒していた。金銭感覚が麻痺していたらしい。普段は機材購入に20倍くらい雑に消えちゃうからなぁ。それ以降はあまり私に強くは言ってこなくなった。まあよっぽど自立しているしね今の『俺』。

 

 それでパワードスーツの開発が忙しいからだ。ちーちゃんがいなくてもやることいっぱいなんだよね。構造材の研究とか、ウイングスラスターの考証とかセンサー類の感度調整とか。睡眠時間は30分が平均かな。隈がつかない体質で助かった。

 

 そんなこんなでいつの間にか箒ちゃんは『私』のことを「姉さん」と呼ぶようになってたし、いつの間にか剣道をはじめていた。いっくんと一緒に。『私』が手取り足取り教えるプランががが。

 

 箒ちゃんといっくん一緒にどうせなら『俺』が稽古をつけてもよかったけど、ちーちゃん曰く、

 

「お前は自分基準に物事を考えすぎている」

 

 だそうだ。そんなことはないって声を高らかに言いたいけど、否定し切れない。元を辿れば両親が遠因だと思うのだけど。『俺』を育児のテストケースとしては最適ではないとやっと気づいたらしい。

 

 だって、美術部とかもう置き提出してるし。息抜きにちょうどいいんだよね。ハイパーセンサーの調整がてら高速で描くの。もう私のあだ名は「事前提出」になっている。幽霊ですら無くなった。*5

 

 コンクールはもう出さなくなった。流石にズルをしている自覚はあるし。画材とは流石に言えないよね、ハイパーセンサー。

 

■■■

 

 そうそう、情報圧の対策だが、コンピューター側に一任した。というよりも教育コンピューターを乗せたAIというニュアンスに近いかな。これをコアと呼ぶことにする。

 

 動力問題もこのコアが出力を調整するリミッターにすることですごいエンジン*6を積めたので解決した。中身はちょっとここでは語れない。バラしたら国際条例に2ダースほど引っかかるものでして。ちーちゃんには言ったらまた記憶飛びそうだけど、さすがのちーちゃんもロケットパルスエンジンの動力供給方法に詳しくなくて助かった。

 

 で、件のちーちゃんは何をしているかと言うと。

 

「この感覚はすごいな。自分のしようとする行動を先読みしてデータをあらかじめおいてくれている」

 

 と、言いながらビュンビュンかっ飛ばしている。時速は250kmくらい?新幹線と同じくらいを辺りを飛び回っている。

 地下を買い取って作った演習空間だからいいけど、『俺』は直近で研究データを蓄積しているのですごい風が飛んでます。*7『私』の髪がえぐいことになっているが、天才細胞なので抜け毛一つない。強めのドライヤーかな?*8

 

 コア一号機はちーちゃんの生体データを獲得している。ちーちゃんの思考パターンや反射速度をラーニングして蓄積して最適化していくのだ。

 

 この発想はさすがに『俺』という他ない。イメージとしては子育てみたいな感じだ。自転車の乗り方を教えている感覚に近いかな。

 

 コアはその特性上本人一人用に合わせた蓄積が必要になってくるので本格的に実働データはちーちゃんに一任することとなった。『私』用のはちーちゃんの開発が一通り済んでからかなぁ。

 

 それに伴いちーちゃんのイメージに合わせて試作一号機は「白騎士」というコードネームになった。

 

 ちーちゃんの運動適性に合わせて装甲材を設計したから偶然だけど、見た目も白騎士っぽいからだ。「白騎士」ちゃんにはこれからガンガン頑張ってもらうことにしよう。じゃないと今最大12G、平均7G*9とか出てるから。

 

 『私』とちーちゃんじゃないと乗れないモンスターマシンになっちゃってるから。真面目に頑張ってほしい。もしかして、酷い無茶振りをしている『俺』?剣道の時の両親と一緒?

 

 ちなみにこの「白騎士」のデータを模型にしてこっそり売ることにする。売れ行き上々だ。我が商才が怖い。

 

■■■

 

 その後、開発は進み新年に差し迫るころにパワードスーツは完成の兆しを見せた。これなら通常の人間でも訓練が必要だが、想定としては300時間程度あればなんとかなると思う。

 ちなみに『私』は4分。ちーちゃんはほぼ即時乗れる。ちーちゃんも大概スペックお化けだ。

 

 名前は二人で決めた『無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)』。世界最小の宇宙船にして宇宙服。長いから頭文字をとってIS。これからISの登場で世界は震撼するだろう。そうしたら『私』は夢想する。

 

 宇宙にみんなにいける日が来るのだろうから。そうしたらこの狭い世界がどこまでも広がっていくだろうから。

*1
部員達は戦慄している

*2
予算780円税込

*3
ラボ設立から実に3日目

*4
その一太刀は光に差し迫る勢いだった

*5
怪奇現象の目で部員達は見ている

*6
とにかくすごい

*7
風速17m/s

*8
風速20m/s

*9
人間が生理的に耐えられるのが1〜6G。耐Gスーツ込みで6〜8G程度




続くのか


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社畜、爆誕!

1.2話もちょこちょこ誤字加筆修正してるので暇ならどうぞ
大筋は変わっていません


■■■

 ISの起動実験は正常に起動した。時速450kmを超す速度、そして飛行の安定性。ハイパーセンサーによる情報取集の多さ全てが『俺』の許容範囲で作動している。

 

「それで、これをどうするんだ?束。裏、ダイヤの3」

 

 ちーちゃんは完璧にIS「白騎士」に乗りこなしている中、そう聞いてきた。ちーちゃんの情報処理も完璧だ。

 私が適当に引いたトランプのスート、コインの裏表を曲芸飛行しつつ、正誤判定。迫り来るターゲットを斬り飛ばしている。正直、側から見たらかなり器用な行動をしている。まあ『俺』なら余裕なんですけどね!

 どう公開するのか。そこが問題なのだ。『私』の当初のプランではこれを大々的に発表する予定だったが、『俺』としては懸念が残っている。

 そもそも、中学2年生の発表を世間が受け入れるかどうかという点だ。

 

 仮定しよう。「宇宙活動用のマルチプラットフォームスーツ作ったから『私』参考に頑張ってね」と小娘が声明を発表するとする。良くていい出来の学生の自由研究。悪ければ良くできたCGで片付けられてしまうだろう。

 

 信頼が足りない。

 

 もっと大手の会社の研究室にでも取り組めばよかったけど、社会の仕組み的に『俺』が作ったものは性急すぎると思う。法整備や企業の規制などが混乱して遅々として進まないことが容易に想像できる。

 

 なんせ、現状のISだと宇宙活動はできないからだ。短期間ならシステムをハッキングして宇宙に飛び出すことはできるだろう。ただそれだけだ。

 

 長期的に活動するにはISというのは小さすぎる。結局どれほど優れていても宇宙服の領域でしかない。やはり、大規模な宇宙開発用の拠点は必要だ。それを実現させるには国との連携が必要だ。となると、やはり必要なのは信頼ということになってくるわけで。

 

 ちーちゃんにこのことを相談しても規模感がデカすぎるのか沈黙してしまった。それもそうだ『私』たちはまだ中学生なのだから。

 

■■■

 

 そうは言ったもの、この現状を変えるのはやはり無理やり物事を起こすしかないか。派手に事を起こして世界中に周知させる。ミサイルでも飛ばすかなぁ。

 

 そんな時だ、地味に広報活動として続けている8分の1「白騎士」プラモデルだった。『私』が実家でくつろいでいた時に何気なしに見ていたテレビで社会現象になっている。かなり現実によりながらも独創的なデザインがカッコよくて人気を博しているとのことだった。危うくお茶を吹きそうになった。おかげで箒ちゃんに「姉さん、ついに」とか言われた。ついにとはなんだついにとは。

 

 途中から制作会社に丸投げしていたけどすごいことになっている。

『俺』も認識していなかったのでこの現象には驚いた。

 

 これは使えるのではないか?丸投げしている制作会社に向けて『私』はメールを作成することにした。『買収されませんか?』と。

 

■■■

「おい、束。この資料の山はなんだ」

 

 メールを作成した二日後、『私』のラボは紙まみれになっていた。*1機材搬入もここで実験してるのをバレたくないから別のところに転送してもらってから運搬している。時間が余計にかかってしまった。

 ネットセキュリティは万全だけど、物理的に見られないようにだ。そもそも気取られないのも重要だ。

 

 それでちーちゃんも必要なんだから。さっさと準備をしてと促した。

 

「いや、何をするつもりだ。束!束ェ!」

 

 ドローンに牽引されて、ドナドナされていくちーちゃん。その気になれば素手で引きちぎれるはずなので『俺』が悪いことをしているとは思ってはいないようだ。

 

 そう作るのだ。アニメーションを。それとグッズ展開も色々やるつもりだ。片手間でやっていた資金繰り用の販売網も拡大させるつもりだ。

 

 映像は一部CGを利用して作ったアニメーション。作画『私』、編集『私』、作曲『俺』、SE『俺』。撮影補助にちーちゃん。ちーちゃんには実際にISで飛んでもらって作画の資料にする。豪華なメンバーだ。*2どこの零細企業だろう。

 流石に全部やると本気で辛いので細かい背景とかは買収したスタッフに丸投げする。ついでに各国に放映用のローカライズも丸投げ。いいよね、リモートワーク。時代の波に乗っている。

 

 そう、信頼がなければ作ればいい。それが『私』の打ち出した作戦だ。一般的な知名度は一切ない「インフィニット・ストラトス」を『俺』がセルフマーケティングしていくのだ。

 

 もちろん、作画は超美麗だ。練習して一枚のセル画を12秒フラットで描き上げられるようになってるし。ありがとう美術部の方々!*3後で今流行りの実寸大「白騎士」フィギィアを贈呈するから!デカすぎて部屋に入りきらないけど。

 

 それを追加増産したISコアに習熟、後はアームを備えつければ即席アシスタントの完成だ。名前は「八足」ちゃんに決定した。足の数は20本あるけど。誤差だよね。

 もちろん、「白騎士」ちゃんもラーニングのためにしっかり頑張ってもらう。貴重な労働力だし、そう告げると「白騎士」のコアは震えていた。

 いやぁ!人工知能に労働基準法がなくてよかったね!一緒にどんどん働こう!「白騎士」のコアはそれはもう信じらないくらいに振動していた。

 

 『私』の蓄積した絵の技術とハイパーセンサーのリンクで正確に『俺』の技量をコピーして作画を行えるようになったのだ。ついでに学習機構の強化にも使えるしね。ちょーっと鼻血が出るけど許容範囲だ。

 

 作品の内容は今流行りのハーレムものと行きたかったがそれだけだと全年齢受けていると言えない。なので、「○町ロケット」や「○宙兄弟」をモチーフにする。宇宙を目指すサクセスストーリーだ。朝ドラ風ともいう。

 もちろんモデルは『俺』たち。ちーちゃんはスタイルがいいから女性人気も目指せるね!ちょっとズボラなところとかもグッとくる。

 

 そして、ついでにちーちゃんに声の吹き替えも頼もうとしたら恥ずかしいのか「白騎士」のブレードで切り掛かってきた。ふふふ、甘い。『俺』も開発者だ。もうその動きは読み切っている。*4

 

 『私』は「白騎士」の脅威的な学習速度を発揮され、敗北を喫した。なんだか複雑な気分だ。*5

 

■■■

 

 アニメの制作は順調だ。ちょっと寝不足だけど。*6関連としてまだ私の脳内にしかないけど、実現可能なISを基にしたアニメオリジナルのISも登場し、ライバル機として出した。そして爆発的に増える人気。王道こそ正義だ。

 模型の売れ行きも良く、特にこの色を変更して武装を射撃仕様にした「黒騎士」は「白騎士」に並んで大人気だ。

 

「おい、束。この大量のチョコレートの数はなんだ」

 

 ちーちゃんは呆れた声で『私』に聞いてきた。何って普通にチョコレートだけど。大体、10キロくらいはあるかな。人気が出てきたので会社から送られてきているファンからの贈り物なのだ。

 

 今日はバレンタインデー、食費が浮くくらいには届いている。確か、2トントラックくらいはあったって聞いた。

 『俺』は作画の箸休めに一切れ齧り付く。うん、美味しい。

 

 『俺』の食の趣向はもはや栄養があって食べられたらいいの領域に到達している。

 理由は単純で燃費が悪いから。もちろん、細胞平均でいけばすごい燃費はいいと言えるんだけど、ここ一ヶ月くらいはずっと脳内労働をしているのだ。消費カロリーはとんでもないことになっている。

 側から見れば、『私』のどこにチョコレートが入るのか疑問視されることだろう。あ、このチョコレートのたくあんを添えたもの美味しい。この邪道感が堪らない。*7

 

 ちなみにちーちゃんにも2トントラックが届いていたことを告げる。それも私の5倍。いやー、人気者は羨ましいなぁ。

 

「ちょっと来い」

 

 私はちーちゃんのダイエットに付き合うことになった。ちーちゃんも私と負けず劣らずのスタイルなのだが、やはり気にするお年頃だ。

 内容はもちろん、模擬戦だ。『私』は何もなし、向こうは「白騎士」込み。理不尽。*8

 

 こんな運動しているとまた数キロ体重落ちそうだなとか言っているとより苛烈に攻め立ててきた。やばい、これは本当にふざけている場合じゃない!*9

 

■■■

 

 しばらくの間、『俺』の目には大量のチョコレートを3食食べているいっくんの姿が確認できた。合掌。おかげで箒ちゃんのチョコレートも渡せずじまいだったようだ。

 

 来年は気をつけようと思った。

 ところで箒ちゃん、『私』にはないのかなぁ!

 

「姉さんはたくさん貰っているからいらないだろう」

 

 そんなー。いっくんからは日頃のお礼にチョコレートを貰った。立場逆じゃない?

 それにファンからもらったものも含めてどの市販のものより美味しかった。ちーちゃんが堕落するのも頷ける。

 

■■■

 デスマーチは続くよどこまでも。「白騎士」ちゃんも「八足」ちゃんも『俺』も元気に頑張っています。もはや耐久実験と相違ないような気がしている。*10

 

 ちーちゃんにも軽く手伝ってもらおうと思ったけど、画才はなかった。本当にちーちゃんは才能を運動にオールインしている。

 

 この前も卵焼きを黒雲母に錬金していた。神秘の領域だ。美味しかったけども。*11一緒に同席していた箒ちゃんといっくんは『俺』に全部渡してきた。いいの?ありがたくいただきます。食感が面白いよね。*12

 

 そして、明らかに目減りしていく『私』の体重。そのために食品会社と連携して開発した「白騎士のホワイトチョコレートクッキー」*13を作らざるを得ないとは思わなかった。ちなみにすごい売れているらしい。造形に拘ったかいがあった。*14開発者権限で段ボールで5箱はキープしている。

 

 最近はこれが『私』の主食になりつつある。すごい「白騎士」ファンにしか見えないかも。製作者です、『俺』。

 箒ちゃんといっくんにお返しがてら渡してみると明らかに声が強張っていた。何故?ちょっと尖っているけど美味しいよ?

 

 ちーちゃんは悟ったような顔で渡したチョコレートを食べていた。そんな顔しなくても研究データの取得で消化できる範囲だと思うけど。

 

 

■■■

 春の頃合いを過ぎ去り、ISの知名度は鰻登りだ。明らかな世界でのISの風潮が広がっている。

 

 こうなれば世界は宇宙を目指す風潮になってきているのを如実に感じる。あともう一押しだろう。世界が宇宙開発に乗り気な時に「インフィニット・ストラトス」を大々的に発表すれば、世界に根強く浸透するはずだ。

 

 並行して進めていたISコアの生産数も300を越した。流石にこれは業者に丸投げできないから『私』が自らしている。じゃないとIS間で行っているネットワークの構築ができないんだよね。学習効果が著しく下がってしまう。

 目標は誰が乗ってもパフォーマンスを発揮するということだから。

 

 と、ここで予想だにしていない事実に『俺』は気がついた。男性は乗れないということだ。

 なんのバカなというと思うのは分かる。なんせ、『私』も気づいた時には仰天した。

 

 理由は分かった。開発のベースが『私』とちーちゃんしかいなかったからだ。少人数構成が仇となった。

 

 ISの学習プロトコルは人間が耐えられるようにマスターデータが作成されている。それがちーちゃんであったり、『俺』のデータで蓄積されている。要は強靭な人間から耐えられるように出力を見直して、リミッターを作成している。

 

 ISは作成段階の時点で男性のデータを獲得する機会がなかった。というか起動すらしない。作画データの獲得用にと称して装着の試験をラボとは別の場所で行った。被験者となった制作会社の男性にISを着て貰おうと画策した時、うんともすんとも言わなかった。

 それもそうなのだ、最初から男という辞書がISに仕込まれていないからだ。

 

 このISは女性専用機になってしまう。それは宇宙服という根幹に関わる設計からの欠点だ。

 このデータを揃えるには必要なのはイチから高いGに耐えられる優れた男性。ちーちゃんでも情報酔いする初期ISの理不尽さを一般人が耐えられるのか?答えは否だ。廃人と化してしまう。

 

 この男性問題をどうするべきかというのが今後の課題となっている。

 

 そうなってくるといよいよ世界も巻き込まなくちゃダメか。『私』の食べたチョコレートは苦い味がした。

*1
めいっぱい広げると東京ドーム一つ分

*2
総勢2名

*3
彼らは嵐が過ぎ去るのを待つだけだった

*4
束はハイパーセンサーを用いていない

*5
その太刀筋は光と同等だった

*6
睡眠時間平均10分

*7
束は混乱している!

*8
その太刀筋は光を越えようとしていた

*9
その太刀筋は光を超えた

*10
週休40分程度

*11
束の味覚は常人を逸していた

*12
束は混乱している!

*13
超圧縮したチョコレートの塊。一つ辺り3500calある

*14
ファンの間では芸術品として認知されている




白騎士のコアは遠い未来、「社畜は怖い」と一言だけを一夏に告げたという。


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独白

主人公視点ではありません


彼女の所感について

 

 篠ノ之束には二面性がある。

 

 そう気づいたのはつい最近だ。彼女のその二面性はかなり癒着しているので見分けがつき難い。一番接している私だから分かったことかもしれない。

 現に箒はまだ気づいてはいないようだしな。…一夏はあいつは他人の機敏に疎いからな。まだ2人とも幼いというのもあるだろうが…

 

 前提として彼女はあまり他人に興味を示さない。私や一夏、後は彼女の両親や妹の箒だろう。それと、同じ部活動の人間はある程度記憶に留めていると思う。

 

 それ以外の人間の名前を覚えようとすらしない。最初から興味を逸している。

 

 初めて会った時、忘れもしない。

 

 目だけ笑っていない物静かな少女だった束は私が自分と話すに能う人間であると一目見て判断すると、私の名前を訪ねてきたのだ。初めて記憶するに値したかのように。

 

 何が彼女の琴線に触れたのかは定かではない。小学生それも低学年の時だけだが、あれが束の本性の一つだろう。最近はうまく隠すようにしている。運動能力などが顕著だな。

 

 それに関連して私の弟の一夏も「いっくん」と呼んでいる。私の弟だからだろう。彼女のハードルは身内だと僅かに下がるらしい。

 

 それ以外で他人と接する束は冷たい。

 

 もちろん、彼女は学校での生活は至って真面目だし、積極的とは言えないが交流もしている。私の見ていないところでもバカをやっているが、あれは本人なりの欠点の演出にすぎないだろう。天才性を誤魔化すために。

 

 覚える気のない束は担任の教師のことを「先生」としか呼ばないし生徒も「君」だけでしか呼ばないことに気づいた時、末恐ろしささえ感じた。

 

 彼女の見えている世界は一体どれだけの名前があるのだろうか。いや、残っているのか。

 

 話が逸れたな。

 

 二面性の話だったか。彼女の一人称だが、基本的に「私」を使っている。

 私と一夏が路頭を迷いかけた時、「俺」が出てきたことがあった。あれが彼女のもう一つの、いや()()()()()()精神性だろう。あんな感情的な束はあの時が初めてだ。

 

 それ以来、彼女が私の両親の名前を口に出すことは無くなった。興味を逸しているのだろう。私に負い目を与えないようにふざけることが目に見えて増えたのも気のせいではないはずだ。

 

 冷徹・合理主義な「私」と温厚・非合理主義の「俺」とでもいうべきか。

 「私」と「俺」、普段はそれが絡み合っている。非常に目立たないくらいに。現にアイツの言動に破綻はほとんどない。

 

 本当に趣味趣向の僅かなブレでしかない。テンションが著しく上がっている時やほとんど寝ていない時、その境目が顕れる程度のものだが。

 

ISについて

 

 名前は私と束で決めた。決めさせられたというべきか。これが二人の研究だと定義したいのだろう。

 あいつはいつも突然に物事を進める。勝手に研究所をこしらえて遊んでいた姿には頭を抱えた。どこからその資金が出てくる。しかも、私以外にはバレずにだ。私が弁明をしていなければ、今頃奴は道場でひたすら木刀を振るだけの機械になっていただろう。

 

 そもそも、束は宇宙にこだわりはなかったはずだ。少なくとも小学生の頃は。私と共に剣道をしていたあの時、あいつはひどくつまらなそうな顔をしながらも剣道に打ち込んでいた。

 小学校を卒業する頃までそうだった。「剣道」を辞めると言ったあの頃時の奴の顔はどう見ても。

 それでも奴の手のタコは治っていない。完全に捨ててはないと思いたいが…

 

 中学に入ってからだな。あんなに宇宙に関心を持ち始めたのは。そこから奴の脱走癖は始まっている。

 

 ISの話だったな。あいつのことになるとすぐに話が逸れる。

 

 開発だが、ほとんど私はテストパイロットだった。それ以外の全てを束が独学で熟している。

 顔に出にくい体質だったが、アイツはほとんど寝ていないというのは流石に一回怒った。まだ、お前は13歳なんだぞと。

 

 それを言うとアイツは僅かに笑ってごめんとしか言わなかった。

 

 束はそれからもほとんど眠らなくなった。眠らないように体が最適化したのだと本人は言っていたが、無理矢理連れて行った健康診断で全て異常なしの健康体そのものと言われたら私も下手に口出しできなくなった。

 

 その代わり、模擬戦には全力で挑ませてもらう。気絶させるつもりじゃないと束はまとまって寝ない。アイツも対応してくるのでいい練習にはなっているな。

 

 食事量も増えたな。体が消耗に追いつかないらしい。大体なんでも好んで食べるな。

 流石にあの大量のチョコレートを一人で(むさぼ)るのは恐ろしかったな。どの程度のカロリーがあるのか。寒気がした。

 1つもらった一夏と箒がトンカチで叩き割りもって2週間かけて食べてたぐらいだ。味はいいんだがな。量が尋常じゃない。

 

 私か?私は、半ば諦めている。束に運動量を調整されている節すらあると感じている。

 

 流石に私の作ったものを躊躇なく食べるのには引いた。一夏ですら躊躇していたぞ。アイツは木の根を食べても美味いと言うんじゃないかとすら冗談抜きで思っている。極端に旨さの閾値というのが低いんだろう。

 

 ともかく。

 

 束は働きすぎる。定期的に見ておかないとすぐに徹夜もする。本人はあれで自制できていると思っているのがなんとも言えん。

 

 研究自体は私自身、楽しく感じている。最初は大変だったが、空を飛び回るというのは面白いものだ。アイツの夢を見るのもな。

 

 そう思っている。

 

アニメ「インフィニット・ストラトス」について

 

 ああ、私の悩みの種だ。

 

 が、アイツの夢であるISの布教に必要だと言うから渋々納得している。本当に渋々だがな。

 私モチーフのキャラクターは美化しすぎだとだけ言っておく。一緒に見ている一夏の羨望の視線が痛いんだ。

 

 目的はISの知名度向上、と言うよりは世論を掴むために行なっているそうだ。宇宙進出のための意識改善だな。

 国という森を動かすために国民という葉を動かす、アイツにしては考えている計画だ。

 

 日本での知名度はもちろんのこと、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシアなど幅広い層が見ているそうだ。

 特にドイツは軍の特殊部隊から熱烈なファンレターが来ていた。しかも練習した跡が見られる日本語で綴られた長大な手紙と日本語で感謝を伝えているDVD付きでな。束は珍しく笑っていたが、私は頭を抱えたぞ。

 いや、本当にな。

 

 グッズの売れ行きも好調だそうだ。この前、一夏と買い物に行った際にキャラクターのロゴ入りTシャツだったり、食玩なんかも売っていたし、店内BGMで束の作曲した曲も流れていた。

 歌に関しては束の声で歌っている。少々音痴だが、あれで受けているのは私がおかしいだけなのか?

 

 時々思うが、束の商魂逞しさには脱帽するな。

 

 一夏も自分の部屋に「白騎士」のプラモデルを飾ってあるからな。あれも正直私にはキツイものがある。

 言っておくが、私は「絶対に宇宙に行ってみせる」などというセリフは言ったことがない。脚本に関わったことはない。断じてな。

 

 実写化の話もあったが、私は本人役では絶対出ないぞ。土下座まではするつもりだ。そこは譲れん。

 

「白騎士」について

 

 なんだ、その質問は。

 

 そうだな。私もデータ作成を手がけているがよくやっているとは思う。束の無茶振りに対応している点でな。

 それをいうと「八足」の方もか。まさか、ISコアにアニメーション作成に駆り出すとは夢にも思っていなかった。

 束のことはよくわからない時がある。

 

Dr.束の弱点について

 

 お前も大分人間味がでてくるようになったな…誰に似たんだ?私か?束か?

 

 奴に弱点はない。こと戦闘面ではな。

 

 そもそもISの模擬戦でデータを取りながら十分な性能を引き出す生身の人間を束以外にいるとは思えん。初見の技術だけは少し動きが鈍るが、模擬戦だけだろう。瞬時加速(イグニッション・ブースト)とかな。見せると隙が出る。

 アイツの無茶振りに付き合ってやれ。それが子の責務だと思うぞ。

 

そこをなんとか

 

 よっぽど、あの時の映画の作成が身に沁みているようだな。確か2週間連続だったか。

 

 正直、同情もするが…

 

 強いて言うなら妹の箒だな。妹からチョコレートをもらえなかったのが、よっぽど堪えたらしい。

 

 珍しくふて寝を決め込んでいたし、慰めるのには苦労した。一夏がチョコレートを渡してなかったらもっと尾を引いていたと思う。我が弟ながらそこは尊敬している。あれでもっと他人の機微が分かればな。

 

では、対処法は?

 

 ない。

 

 美術部の連中曰く「自然災害に抗おうと思うのが間違い」だそうだ。そういう意味なら奴は「天災」ということになるな。本人に言うと心外だとでも言うだろうがな。

 

ところでこの研究初期の映像データですが

 

 おい!どこでそのデータを発見した。ログを全て開示しろ。

 

 今すぐにだ。

 

この後、20分程度回答者が暴れたため強制終了

 

データ再生終了。尚、この記録データは秘匿領域に保管して、ISネットワークにアップロードすることにする。




裏で「八足」ちゃんは今日も束と一緒にアニメ作りに勤しんでいる


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IS協定、爆誕!

本日、番外編も投稿しているので注意してください


■■■

 

 ISの女性限定問題は今後の科学の発展に期待して一旦棚上げするしかない。『私』としては正直かなり断腸の思いだけど。

 

 今の開発環境だとISの初期環境を耐えられる人間を発見する。人材問題の解決はほぼ実現不可能だろうと『俺』の中で結論付けている。実際問題、砂漠から一匹の強靭な蟻を見つけるくらいの難易度だ。それも『俺』同等のレベルの。

 

 じゃあ、どうするのって話だけど、『人間(ソフトウェア)』じゃなくて、『IS(ハードウェア)』を改良するという話だ。ハード側の難易度を落とすってこと。

 

 つまり、現状の第一世代「白騎士」や「八足」より扱いやすい第二世代を開発しちゃおうってのが『私』の作戦だ。そうすれば適性のある男の子が、出ればいいなぁ!こればっかりはどうしようもない。

 

 ってなると、いよいよ国との連携が必須になってくる。当初から政府との連携は宇宙に開発拠点を置くという目標のために必要だった。

 

 それが少し早くなったってだけだ。

 

 展開している布教活動も映画が興行収入歴代3位*1になったようで何よりだ。記念にちーちゃんや『私』もちょい役でセリフをもらって出演している。ちーちゃんはすごい棒読みだった。よっぽど緊張していたらしい。『俺』としても中々珍しい体験だった。

 

 少々、荒い手も使わなくちゃならないけどね。悪いけど、ちーちゃんには少し苦労してもらうことになる。

 

 そういう外面というか『俺』は向いていない自覚がある。

 

■■■

 

 各国に話を通して回る。

 

 学校は夏休みの時なのでセーフだ。『私』にかかれば、宿題なんて30分で全て終わるから。自由研究はちょっと困った。ちーちゃん観察日記*2は本人即却下されちゃいました。

 

 なんなら即座に破かれた。そのために「白騎士」のブレードは作ってないんですけど。

 

 布教活動と動力問題、後はマニュアルも現状では難易度がまだ高いけどクリアはしている。想定だとオリンピックのメダリストが半分くらいは脱落するくらいかな。分かってるめっちゃ高いよね。そこも課題だ。

 

 それはともかく、目の前にいる人間が欲しいものはわかる。

 

 ほら、この限定20個しかない限定もののIS「白騎士」フィギュア*3、ちーちゃんのブロマイド*4付きもあるよー。今なら直筆のサイン*5付きだ。

 

 各国首脳はこぞって食いついてきた。なんだか中学生の写真に群がっている大人という絵面が酷い。ちーちゃん、本当ごめん。

 

 本当にごめん!

 

 そう、ちーちゃんは広告塔だ。アニメまんまの存在が現実にいるんだからそりゃすごい人気だ。全世界初公開です。いっくん、君の姉は世界の女になったのだ。*6

 

 ちーちゃんの関連グッズの売れ行きは女性を中心に物凄い利益になっている。

 本人に言ったらすごい顰めっ面されたけど。あはは。

 

 この広告塔が国民に通すための表の面。裏の面は実際に見てもらったほうが早いか。

 

 そう、アニメの再現シーンのPVだ。

 

 実を言うと状況は逆だ。撮影したものを「八足」ちゃんが全力で再現したものになる。三回転撚りからの急制動、それをアクロバティックに。何回もリテイクした回があった。ついでに『私』が作成した臨場感ある音楽付き。無駄に凝り性になった。『俺』の悪い癖。

 

 どうかな、これがISだ。しかも、それを分け隔てなく提供するつもりだ。現実味はないとは言わせない。

 

■■■

 

 おおむね信用された。

 

 作戦成功!グッズ展開様様だ。これからは世界が事業提携先になる。もちろん無制限に展開されると『俺』は困るから制限を貸させてもらう。

 

 まずは兵器利用の制限だ。宇宙開発を主軸にしたいからね。物質運搬などにも使えるからそこは多少目を瞑るけど、独自で戦争鎮圧に使われて下手に開発戦争されると困る。流石にそれで滞るのは勘弁だ。

 

 これは『私』側でも制限をこっそりつける。ISコアのラーニングに指向性をつける。あまりに暴力的だと情報開示、研究が進みにくいという仕様、所謂(いわゆる)コアの反発だ。

 

 それに従わないとハイパーセンサーの情報処理の負荷軽減が行われなくなる。最近実用に耐えうると判断した量子化技術もだ。この二つを抑えておけば、開発はもどかしいことになるだろうね。事前公開はしない。どうせどの国も試すだろうし。真っ先に。

 

 ISコアは安定供給はしばらく、大体十数年程度は流通制限をさせてもらう。

 これは各国から分かりやすく難色を示されたけど理由がある。表向きは制作時間がかかるのと物理的に工作難易度からのブラックボックス化ということにしている。実際、下手に弄られたくないのも事実だし。多分、現行の解析技術だと追いついてないしね。向こう十年は。

 

 本音はISネットワークのパンク防止だ。今までは『俺』の目の届く範囲でしか動かしていたけど、そうはいかない。

 情報集積量が十数倍いや数百倍以上になることは容易に想像できるからだ。情報共有の時間も掛かる見込みだし。自己進化プロトコル*7もそれに耐えうるかはぶっつけ本番の未知の領域だ。

 

 その代わり、毎年一定数を各国に供給するつもりだ。キャップ解放という形だ。

 ひとまずは世界で467機。他に研究用に随時生産自体はするつもりだ。集合知という力って素晴らしい。

 ISの生産工場は深海に敷設したからISじゃないと到達できないと思う。その為に大量の金を稼いでいたのだ。易々と私以外から作られても今は困る。

 ノウハウは決して取られないとは言わないけどしばらくは宇宙だけを目指して欲しい。

 

 それに武力で押さえつけるのは反発が大きい。なるべく、国を乗り気にさせるべきだ。

 

 目先の武力より、宇宙開発のアドバンテージを獲得する遠い目標に現実味を帯びさせる。『私』の目的の邪魔をする奴は『俺』というより、世界に対処してもらおう。各国同士で宇宙へよーいどんだ!

 

 それでもダメな時は、その時は考えを改めよう。

 

■■■

 

 思ったより各国でのすり合わせ*8、国連との連携*9、条約の修正*10なんかで時間を食った。特にISコア開発に必要な2ダース引っ掛かってる条例をそれとなく改変するのが一番大変だった。これでちーちゃんが急にロケット工学に目覚めても大丈夫だ。

 それでも数ヶ月で世界でIS条約を可決させた。私でも骨が折れる。手が足りない!後、物理的に時間も足りない!

 

 まさか、自分用のプライベートロケットを開発することになったのは内緒だ。管制官の人に話を通すのが一番めんどくさいのが難点。航空法はねー。寝る暇ないや。

 人参カラーにしているのがせめての女子力だろう。*11

 

 流石にちーちゃんは門外漢すぎるから私だけでやらざるを得ない。チョコレートを食べる暇も惜しい。最近はもう原料を一気飲みの方が建設的だ。量子空間の格納難易度も低いし。『私』ながら名案だ。

 

 ちーちゃんもISの教導というかISを教える人を育成している。元の元を作っているってことだ。

 『俺』のようにはいかないがちーちゃんも頭がいい。何か国語は大体喋れるし今頃、電話帳並みに分厚いマニュアルを構築しているだろう。今度、差し入れを持って行こう。チョコレートかな。

 いっくんに会えない日々が続いているけど、一ヶ月くらいで終わると予想しているからこの時期だけ我慢してほしい。ちーちゃんには頼りきりだ。私も箒ちゃんに会いたい。

 

 アニメーションは流石に手が追えないので開発会社に丸投げせざるを得なかった。IS自体は公表されているので試験導入の形で「八足」の方に出向してもらっている。適宜指示は出しているけど。

 

 実写化もするらしいし、継続的にイメージアップはしていくべきだ。本人役は流石に時間が足りなかった。本物の「白騎士」レプリカを渡しているからなんとかして欲しい。

 

 「白騎士」は一旦、国連に預けて解体。研究材料になっている。一旦、お疲れ様。返却されたらまた第二世代開発用に頑張ってもらうけど。

 中に膨大な絵の資料が眠っているけど仕方ないんだ。あの頃は若かった。『俺』は反省はしない。各国の第一世代開発に必要だ。多分。*12

 

 そういえば、研究といえばメインは国が主導している。けど、ハイパーセンサーの親和性が悪いのかあまりいい研究成果が上がっていない。年齢層の問題かもしれない。『俺』とちーちゃんの性能が高すぎるのかも。

 それでもイギリス、ドイツあたりは起動実験に成功したという報告も上がっている。それでも数例だ。まだ普及しているとは言い難い。

 

 それにまだ親和性のある研究の下地がある男性も見つかっていない。市井に流石にいると信じたいけど。これは本腰を入れて『私』も精査しないと。

 

■■■

 

 年が明ける頃に研究所を移設した。元々、ひっそりやるという目的で制作したラボだったんだ。世界の認可が下りて、派手にやれるんなら大きいところに引っ越すべきだ。

 

 春先だったので肩書きは中卒になっちゃうけど。高校は行く意味があんまりない。なんだかんだ美術部のみんな*13にはお世話になった。ので、「白騎士」の原寸大のフィギュアの他に「黒騎士」のフィギュア*14を贈呈した。「黒騎士」グッズはレアだから後輩たちは自慢してもらっていいよ。

 

 ISの研究と副次研究で博士号はもらったしね。

 

 これからは「束博士」と呼んでもらってもいいよ。ただし、箒ちゃん以外。流石に家族だしね。しばらくあってないなぁ。数ヶ月?半年くらいかな。メールではやり取りしている。いっくんとの関係は進展なし。

 

 研究所は人工島を建設して機材搬入用にモノレールも敷設。費用は国連持ちなのですごいことになっている。所属も最寄りの日本じゃなくて国連扱いだ。その代わり研究成果は公開する手筈になっている。

 

 『私』の夢もここまできた。けど、『俺』の夢はまだ終わらない。やっと、スタート地点だ。

 

 けど、現状の人材というハードルが高すぎるのは問題だ。女性だけというのは正式発表されたけど、それも課題だ。

 まだ、研究機関は国が主導だし、会社も大企業じゃないとできていない。窮屈な現状だ。

 

 それに各国が勝手に開発しているというのも良くない。私はこっそりISのネットワークで進捗を確認しているけど、やはりライバルというのは必要だと思う。もっと大手を振って争ってもらおう。

 

 だったら、『私』用の研究用の土地より必要なのは。

 

■■■

 

 大会を開きます。それも世界大会を。

 

「束、なんの大会だ」

 

 ちーちゃんだ。久しぶり、こっちの生活に慣れたようで何よりだ。まだ、名前もない人工島だからコンビニとかないし、まだモノレールもないからドローンの空輸頼りだけど。『俺』が食べているのカップ麺*15もそれはそれで美味しいよね。

 

 けたたましく重機の音が鳴り響いてなければ。この人工島*16の風物詩だ。

 

「また、変なことを企んでないだろうな」

 

 またって何さ。確かにこの前のインタビューで肩書きが『時代の風雲児』とか『クールビューティー』とかじゃなくて『天災』だったのはちょっと嫌だった。

 そのテレビ局に電撃で殴り込みをかけてお話をさせてもらったけどさ。ISの放映権を決めてるのは『俺』だというのに。

 

 それを伝えるとちーちゃんはどこか遠い目をしていた。なんだ、その態度は。ちーちゃんだって炊事洗濯もろくすっぽできてない癖になんならいっくんがいないとゴミ屋敷になるの知っているんだけど。

 

「それはお前もだろ」

 

 『私』はそれでもなんとかなっているからいいんですぅ。缶パン*17もおいしいし。

 

 いっくんはまだ学校があるから本島にいるけど。ちーちゃんはこっちに引っ越している。と言ってもいっくんがいるから日中はこっちで夕方は本島に帰っているけど。

 

 モノレールもないのにどうやって往復できるのかって?そりゃもうプライベートロケット*18よ。量子格納のゴリ押しで成立しております。

 『俺』はこっちに大体居る。必要な機材は優先的にもらったから、第二世代の開発もしなくちゃいけないし。まだ実証段階だからちーちゃんの出番はもう少し先だ。

 

 私の研究所は少し趣向を変えて建設している。

 

 大会を開くためのIS用のトラックやスタジアムの設立だ。競技種は『俺』が適当に。

 初回だから危険になりすぎないように派手なものを選ぶつもりだ。一対一は外せないよね。ロマンだ。後はドラッグレースとかかな。

 

 ちーちゃんにはこの大会に出場してもらう。アニメの主人公のモデルでもあるちーちゃんが出るのは世論もよろこぶだろう。

 

『私』は主催者なので出るのは自粛する。流石に違うし。

 

「その話、初耳なんだが」

 

 だって今言ったもん。どうしたの近づいてって痛い痛い、頭が割れる!*19

 

 最近ちーちゃんのスペックも進化していて『俺』の領域というか生身でISと戦える領域に到達しているように思う。一体、彼女と渡り合える人類はいるのだろうか。*20

 

 流石に『私』のお願いだからなんとか通った。よかった。これで国連に話が通しやすくなる。まだ、企画書私の中にしかないけど!これはちーちゃんには言わなかった。目に見えてるし。

 

 大会名は「モンド・グロッソ」世界初めてのISオンリーの大会だ。おっと、各国の予選の会場も抑えないと。審査基準も細かいルールの整備も必要だ。

 

 さて、忙しくなるぞ!

*1
千冬の表情はとても複雑だった

*2
20000字、挿絵有りの傑作。一夏のお墨付き

*3
アニメ限定のオリジナルカラーバージョン。非売品

*4
許可は事後承諾

*5
事後承諾

*6
一夏は流石に驚いた

*7
IS自身が提案し、改善する機構。大量のデータ習熟が必要

*8
政府の説得、技術提供

*9
国際協定の制定、および委員会の設立

*10
航空法やら沢山

*11
この飛翔体は非常に目立ってメディアで報道されるに至る

*12
各国の開発機関は頭を悩ませた

*13
彼らは安堵していた

*14
非売品

*15
ポテトチップス納豆味

*16
開発されてから二ヶ月

*17
ネギ塩味噌豚骨しょうゆ味

*18
往復20分

*19
リンゴを余裕でジュースにできる握力

*20
おまいう




次回、大会編へ


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ブリュンヒルデ、爆誕!

大会編、決着!

3/20
年齢の計算間違ってたので束が年を取りました。冒頭の年齢も差し替えました


 世界初のISの大会「モンド・グロッソ」発表は瞬く間に世間を震撼させた。

 

 開発者である篠ノ之束は自身を「天才・クールビューティー」「世紀の大発明家」「妹大好き束ちゃん」などを自称する奇人ではあるもののその才覚は折り紙付き。ISを発表する以前でも現在実写ドラマ版が人気を博している「インフィニット・ストラトス」シリーズの原案や自身がプロデュースする独創的な服装のブランドやグッズ展開などIS以外の業界の貢献に事欠かない女性だ。

 

 弱冠18歳の彼女の動向には世界の全てが注目せざるを得ない。

 

 今回は独占インタビューで彼女の素顔について迫りつつも、この秋に公開が決定した実写映画「インフィニット・ストラトス」最新情報についても紹介していく。

 

週刊誌『この人にズバリ!』の一面記事より。一部抜粋

 

■■■

 

 記事にとやかく書かれたりもしたりしつつ、現状「モンド・グロッソ」の計画進行は順調だ。国にも連携してもらって予選を現在進行してもらっている。各国で実用的な第一世代も仕上がっているので子供のお遊戯会にはならないことだけは確定している。

 

 『私』は広告塔として世界各地に飛び回っていろんな記者や番組に出ている。ついでにグッズの布教、スポンサーの協力もお願いする。国家予算もタダじゃないからね。大会するのに食事処とか宿泊施設とかないと困るし。

 ちーちゃんはお休みだ。『私』と違って勉学にも頑張ってもらわないと。箒ちゃんといっくんも剣道や学業で大忙しだ。

 

 ISも会社で独自開発しているところもちらほらと出つつある。

 国との顔繋ぎや同業者の顔を直接見るってのもいい刺激になるはずだ。想像力を掻き立てる起爆剤になってくれることを期待しよう。

 

 やっぱり、アニメの文化ってすごいね。ドイツとか『俺』のサインもらって号泣している人もいたし、久しぶりに笑顔になった。

 ファングッズも軒並み揃えていると聞いてちょっと引いたけど。

 最初の方は管理していたけど今のISグッズの監修は7割くらいは色々会社を買収して合併して総合商社となっているウチの会社が勝手に出しているから相当数あったはず。

 

 下手したら日本円にして4桁万円は掛かってそう。ファンの熱意ってすごい。

 

 唯一の楽しみは土産屋で買うお土産を家族やちーちゃんのところに輸送するところだ。この鰻ゼリー羊羹*1とか、エスカルゴパンケーキ*2とか、錠剤カレー*3とか。世界の食文化は広いぞ。

 『私』は食べる暇ないので、適当に大体なんでも食べてるけど。

 

 海外旅行と言えるほどお気楽なものじゃないのだけが残念だ。他に色々やることあるしね。

 

■■■

 

 大会の目的は主に二つ。

 

 一つ目はさっきも言った企業と政府の顔繋ぎ。それによる技術力強化。『俺』は宇宙のことしか考えていないから開発方面も実直なものも多い。飛行能力や装甲関連とかね。

 時々、プライベートロケットとかふざけているけども。あれも必要に駆られてだ。デザインはかなり趣味だけど。

 企業連中には突飛な発想に期待している。使えるかどうかはともかく。

 

 二つ目はISの搭乗者人口を増やそうってこと。現状、女性しか乗れないし、空を飛ぶということしか分からない曖昧なイメージ、あと普通に操作難易度の高さからなかなか搭乗者希望という女性は揃わない。

 

 ここでオリンピック的な祭典をやることで知名度を上げるし、こういった活躍の場もあるんだぞってアピールできる。あと、あんまり言いたくないけど男性の出資も見込める。ISスーツはね、結構スタイルはっきりわかっちゃうからね。うん。

 

 三つ目は、って二つしか目的ないって言ったって?それはそうなんだけど、あくまでそれは『俺』のIS発展のために重要な目的なんだ。最後の三つ目は『私』の個人的な感想。

 

 『俺』の友人が活躍するところを見たいじゃないか。

 

■■■

 

 やっと返却された「白騎士」だったが、コア以外は一旦廃棄、新規造形する。最初はこれが『私』のベストだったと思っていたけど、構造材やハイパーセンサーとの連携に使用していたバイザーも省略できるようになったし、いくつか改良点が見つかった。スラスターの配置なんかもそうだ。ちーちゃんの開発したテクニック、瞬時加速に対応した新型のスラスターに変更も必要だし。あれってスラスターの負荷大きいんだよね。

 

 せっかく大会もするんだからニューモデルお披露目したい。ド派手にいこう。

 

 けど、結構イジるから開発時間が結構掛かる見込みだ。大体三ヶ月?あと、人工島でやっている作業の監修もしなくちゃいけないから意外と時間はぎりぎりになるかもしれない。後は取材*4とか取材*5とか取材*6とか。人気者は辛いね、全く。

 

 ひとまず、ちーちゃんの現在の肉体スペックも測り直して万全と行こう。ちーちゃんの意見も聞きたいから、早速これから会議だ。

 

■■■

 

「姉さん、一体何をしているんだ」

 

 おっ、箒ちゃんじゃん、久しぶり。定期的にビデオメッセージを送ってるけど生で会うのは本当に久しぶりだ。

 今は夏休みだから『私』の家に来てもらっている。大会を間近で見てもらおうと関係者席で用意している。いっくんももうじき来るんじゃないかな。一緒にちーちゃんの勇姿を見てもらおうって魂胆だ。

 

 成長期ってやつだろうか、身長も伸びてきている。荷物はドローンに預けてもらって勝手に運んでおくから。売店も最近できているから荷物に不備があってもなんとかなるけどね。刺激的なラインナップじゃないのが不満だけど。

 

「姉さんが押し付けてくる食品や、シャツやなんやらなんやらで私は常にいたような気がすらするぞ」

 

 美味しいものを厳選して送っているからね。『俺』の慧眼に狂いはなかった。今、食べているカップヌードル*7もそうだ。

 

「後で送ってきたカップヌードルの箱は姉さんのとこに送り返しておくぞ」

 

 箒ちゃんの目は険しかった。あれぇ?

 

 ともかく、『私』の今の服装はちょこっとマイナーチェンジした不思議のアリス風コーデに安全防止用のヘルメットからうさ耳型ガジェットが突き抜けている服装だ。工事バージョンの『俺』ってところか。まあ、ISコアのシールドがあるから見た目なんてオマケだけど。気分ってやつだよ。

 

 箒ちゃんが来たのでささっと食べ切る。

 

 ちょっと失礼。

 

「うおっ」

 

 箒ちゃんの体を抱えて『私』は飛ぶ。

 

 と言っても『俺』もISに抱えられているという入れ子状態だ。試験導入している無人機「ゴーレム」ちゃんだ。

 『俺』の個人的な趣味で作られた機体で私が75%程度操作を預からないといけない。人形を全力疾走しつつ両手両足を使って動かしているみたいな理屈だ。

 

 ISネットワークには接続していない。この「ゴーレム」はまだ世界に発表できるほどの性能は獲得していない。『私』以外がこれをやろうとすると「八足」見たくパンクするから。

 「八足」達も元気にしているのだろうか。*8「ゴーレム」も見習って腕ももっと増やした方がいいのかも。やることが満載だ。

 

 そうして上空500m程の高さまで飛翔するとスタジアムの全貌が明らかになる。

 

 箒ちゃんは怖がっていないようだ。まあ、このぐらいの高さなら『俺』でも生身で降りられるし、*9いらない心配だったか。

 

 明日には一般観客も入れて行う大規模大会「モンド・グロッソ」いよいよ開幕だ。

 

■■■

 

 開会宣言も無事終わり、順当に試合に移る。『俺』が主催者なので喋ることもいっぱいだ。

 

 要約すると「『私』と一緒に宇宙を目指そうぜ!けど、こうやってお披露目する場もいるよね!今日は楽しもう!」みたいなことを手短に喋って壇上を去った。こういう儀礼的なやつ面倒だよね。失言してないといいけど。

 

 各国から厳選された21カ国が堂々と飛び回る開会式は圧巻と言えるだろう。余興もここまでだ。5つあるスタジアムで同時並行して大会は行われる。スケジュールの兼ね合いとか同時開催されている技術エキスポ*10が開かれるのもあるから三日間行われる。まさしく祭典だ。

 

 『俺』も解説や挨拶回りで目まぐるしく移動だ。本当に『私』じゃないと無理な過密スケジュールだ。食事を摂る暇もない。

 

 秘書を雇うことも検討しなくちゃいけないかも。耐えられる秘書を探すのは今こうして出てるどの各国の代表選手よりハードル高いだろうけどさ。

 

 落ち着いて見られるのは決勝戦だけ。それも終わったら優勝者発表のセレモニーがあるからそれにも出なくちゃいけない。大立ち回りが必要だ。

 

 「ゴーレム」ちゃんには足として駆け回ってもらわないといけない。

 

 部門はいくつかあって、代表的なのは格闘・射撃・近接・飛行技術。これらの部門で勝ち上がって優勝すると「ヴァルキリー」。順位ごとにポイントが割り振られているのでその総数が最も多い総合優勝者には「ブリュンヒルデ」の座が与えられる。『私』が思いつきで考えている割にはうまいネーミングセンスだと思う。

 

 ちーちゃん用に用意したのは「白騎士」だ。

 名前が変わっていないのは「千冬=白騎士」というネームバリューもあったから。けど、中身は割と別物だ。世代で言うと1.5世代か1.7世代相当くらいかな。

 

 機動力は従来比170%向上。武装も二振りのブレードの他にレーザーライフルを搭載。スラスターも新規設計により加速度は瞬間的に2倍以上になる。ハイパーセンサーを始めとした機体の各セッティングもちーちゃん用に合わせた。一般度外視の専用構成だ。『俺』でも乗りこなすにはコツがいる。

 

 時間がなくて練習期間が三日しかなかったけどちーちゃんならやり遂げるだろうという確信がある。

 

「行ってくる」

 

 ちーちゃんなら問題はないだろう。だって、ちーちゃんだぜ?

 

■■■

 

格闘部門優勝。

射撃部門2位。

近接部門優勝。

飛行部門3位タイ。

その他部門いずれもトップ4以上確定。

総合部門優勝『ブリュンヒルデ』

 

 嘘、ちーちゃん強すぎ。『私』の久々の傑作機とはいえ、ここまで活躍するとは。少々ちーちゃんを見誤ってたかもしれない。

 

 これまでの「白騎士」をはじめとする、ISは後の人間に合わせることを考慮している。よって、機体性能は抑えめ、というかそうでもしないと耐えられない設計をしていた。プログラムもそれ基準で構築、反射速度も一般人相応で加味している。

 

 それを解き放ったちーちゃんのIS適性はとんでもないことになっている。銃弾を見てから切り裂いている。*11格ゲーだと小足をしようかなと思ったら昇竜余裕レベルの反射速度なんですけど。ほとんど相手になってなかった。*12

 

 強いて言うなら、準決勝で当たってたアメリカ代表がちょっと粘ってたくらい?*13機体性能差もあるとはいえ中々頑張ったと思う。ちーちゃんが大会荒らししてなければ優勝候補だったと思う。現に射撃部門は一位だったし。

 

 『俺』の幼馴染ヤバくね?

 

 そうして優勝旗を『私』がちーちゃんに手渡す。

 

 結局、身内で渡すのってどうなんだと思わなくもないけど。まあいいか、めでたい事だし。

 これも彼女の実力がなければ到達できない領域だ。花吹雪も大量に舞っている。カメラが眩しいのももう慣れたけど。

 

 おめでとう、ちーちゃん。

 

「私は…お前とも闘いたかったがな。お前が作った舞台、ISでな」

 

 ちーちゃんは『私』にしか聞こえない言葉でつぶやいた。集音カメラもあるからほとんど口も動かしてないし、聞こえない。本当に『俺』だけにしか伝わらないセリフだった。

 

 あの時も聞いた言葉に『私』は考えて、『俺』は悩んで、出そうとしたはずの声は巻き起こる大歓声に消えて誰にも届かなかった。

 

 付けっぱなしにしているうさ耳型のガジェットのログを漁る。

 

 あーあ、そうなるか。仕方ない。

 

▲▲▲

 

 『あの圧倒的なブリュンヒルデ「織斑千冬」の優勝によって幕を閉じたIS初の世界大会「モンド・グロッソ」ですが、その主催者であり、ISの生みの親でもある「篠ノ之束」は突然の失踪を遂げてから数日、その足取りは掴めません。これを受けて関係各所は対応に追われています。また、この自由奔放さに疑問視する人々も』

 

 テレビを消した。どうせ、どこも同じような話題ばかりだ。あの大会から一ヶ月経つというのに。

 

 部屋の片付けを済ます。

 

 引っ越しの準備は大方終わっている。後は姉が押し付けてきた大量の荷物だが、持ってはいけまい。食料だけは日が長いので冷凍保存できるものは持っていけるとは思うが。今日には発たなければならない。

 

「姉さん」

 

 政府から通達された「重要人物保護プログラム」。

 それに姉からたった一つだけ来たメールには『ちょっと疲れたので消えます。何かあったらここまで』とだけあった。説明もなしだ。姉らしいとも言える。

 

 彼女の部屋と言っても最近はほとんど使われていなかった空間は綺麗さっぱり片付けられている。まるで、最初から何もなかったかのように。

 

 家族は離散し、気軽に会えなくなるというこんな時に。

 

 姉は一体何をしているのかという疑問がある。姉ならあっさりと解決できるのかもしれないという漠然とした期待があった。妹の私の事になれば、すぐに駆けつけるだろう確信も。「天災」とさえ呼ばれた姉ならば。

 

 一夏に聞いてもわからずじまいだった。「千冬姉も分からなくて、各所をしらみ潰ししているらしい」と言うのだけは聞けた。一夏にもしばらく会えなくなるのか。思わず携帯に力が入ってしまう。

 

 姉が本気を出せば、世界を欺くのも造作もないという事なのだろう。傍迷惑な姉だ。

 

「どこに行ったんだ、姉さん」

 

 私は打ちかけたメールを消した。漠然とただ、空を睨んだ。

 

 窓から見える風景は、星も見えない澱んだ夜空だ。

*1
なんとも言えない風味が広がる一品

*2
魚介をこれでもかと堪能できる一品

*3
人気のカレーをまさかの錠剤に!?味はビタミンと同じ

*4
大会普及用の宣伝のため

*5
関係各所用に周知するため

*6
週刊誌などのインタビュー記事作成のため

*7
明太ツナマヨたこ焼きカレーコンソメ味

*8
アニメ制作のため3機追加されている

*9
千冬でも可

*10
IS本体だけではなく、スーツや新技術など関連するものが展示、公開されている

*11
猶予時間はコンマ2秒を下回る

*12
対戦系種目の平均戦闘時間43秒

*13
今大会最長の2分35秒を記録




続きます

誤字報告ありがとうございます


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逃亡編
銀世界より


新章突入

3/22
北極に大陸はなかったので一部表現を変更しました


■■■

 

 絶賛国際逃亡犯と化して世界から狙われている世界の女。どうも、『私』です。人気者になりすぎたね『俺』も。まさか、変装必須になるとは。空港経由では入国できません。

 

 いや、寒すぎ。炬燵に入ろ。

 

 『俺』の長いまつ毛もこの外気温に晒されて凍りついている。なんなら、周囲は吹雪いている。お手元の気温計は-10.2°、風込みなら体感温度は−20°は固いか。

 まあ、『私』の細胞スペックに限れば凍るだけで抜け落ちたりはしないんだけど。つくづく肉体スペックが凄まじいね『俺』。

 

 ISスーツの技術の進化と『俺』の研究によって耐寒性能も獲得した不思議の国のアリス風ドレスなのであった。どうしてもデザイン上、露出してる部分があるって?そりゃもう気合いです。お洒落は戦争なんだ。

 

 そう、ここは北極。見渡す限りの銀世界。後、ペンギン。あれ?シロクマじゃなくて?

 

 まあいいや、『私』がなんでこんな人の居住権でもないところにいますかといえばもちろんお分かりでしょう。

 

 そう、IS開発だ。ラボをここに設立しているのだ。この前にISじゃないといけない深海にある開発拠点があると言ったけどそれがここだ。北極の地下深くに建造している。全て水の大陸の地下だ。

 

 こんな辺鄙な場所に建設するのは大変だった。「ゴーレム」ちゃんもまだ自動で制御できないから『俺』が常に監督しなきゃいけなかった。

 量子格納の発展で運搬技術が飛躍的効率化したおかげでなんとか間に合った。

 

 エネルギーは地殻が近いので熱エネルギーでそこから貰う。水分は北極の氷をちょちょっと貰う。うーん、このエコ生活。食事は栽培すればいいしね。苔とかしか生えないけど。寒すぎて微生物すらいないんだよねここら辺。

 

 この建設工事を並行してると流石に『俺』はISに乗れなかった。ISは『私』の容量を使いすぎる。「ゴーレム」も二機運用が精一杯だった。一人じゃんけんをずっとしている感覚が近いかな。

 

 『俺』の苦労話はここまででなぜ『私』が行方を眩ましたのかについて。みかんでも食べながらと思ったけど冷凍通り越してた。釘打てるって本当だったんだ。

 

■■■

 

 あのISの世界大会「モンド・グロッソ」だったけど、明らかにきな臭かった。『私』やちーちゃんの血液や毛髪のDNAデータなんかを掠め取ろうしたり、酷いのは睡眠薬*1や自白剤*2を仕込んでたりしてた。

 

 精神が二つ分の『俺』からすればそんな薬なんてわけない。強靭すぎる細胞込みで即座に解毒したので効かなかった。味も変だったし、テトロドトキシン*3もイボテン酸*4なども入っていたかも知れない。取材の時とかが顕著だった。

 

 おかげで大会期間中の私の大体の食事は「ゴーレム」に仕込んだカップ麺だけだった。ちーちゃんの分は選手故に監査が入ってたけど『私』の分はそうはいかないよね。

 

 企業、政府、後は裏の界隈なんかが執拗にやってくるものだからしつこい。ISの開発データや『私』自体が狙いだろうなのが見え見えだけど。

 それに取材や挨拶回りで時間を取られて、宇宙を目指すという目標も遅々として進まない。学校の時はちゃんと一日の半分くらいは開発に使えたけど、移動時間だけでおじゃんになる。最初の数年間は我慢してたけども。大会も区切ったし丁度いいかなって。

 

 いいかげん、フラストレーションというものが『俺』の中で高まってきた。ので、少し放浪の旅に出ようと思う。

 

 研究施設や1.5世代版「白騎士」はそのまま国連に献上だ。第二世代開発に役立てて欲しい。コアだけは差し替えておいたけど。データ的には同じものを詰めている。

 後、「モンド・グロッソ」の会場跡地になった人工島の利用プランだ。あれだけの興行収入があったんだ。次はウチの国でってなるはず。連続で人工島が会場にはならない。

 これは『俺』の総合商社に投げたのでなんとかなるはずだ。IS普及には必要な施設だから。

 

 この数年間で地球周辺に浮かぶ人工衛星を始めとする監視網や防空圏の手薄な場所もシミュレーションできた。そのためにプライベートロケットなんか使って世界を飛び回っていたんだ。

 

 そう思うと取材も悪くはないなと思う。毒を盛ってくること以外はね!

 

■■■

 

 これからはより実践的な研究データを取得していく。

 

 大気圏の熱の壁の実験データ、及び大気圏外での短期的宇宙活動。軌道計算の習熟。後は宇宙空間でも効率の良いスラスター開発などなどやることは山積みだ。他に構ってはいられない!

 大凡、国連の許可が必須だけどここは条例を押し通した甲斐があった。

 

・ISの開発において、極めて重要な研究や発明と判断された場合、国境関係なく平等とする。

 

 本来は国家間での共同訓練などに使われる想定だったんだろうけど、『私』がやっているのは間違いなく重要な研究で、かつコストの関係からまだどこもやりたがらない研究だ。

 なら、率先してやってしまおう。こっそりやるしバレてもとやかく言われない。5万フィート以上でやるつもりだし。

 まあ平等なのは国境じゃなくて大気の境だけどさ。

 

 『私』のしばらくのスケジュール的に6割地上、4割宇宙くらいの頻度のペースになると思われる。精々、『俺』を探し回ってくれたまえ。ワハハ。

 現行のISだと無理だし、仮に到達できてもすぐに感知できる。ハイパーセンサーの強化は抜かっていないのだ。

 

 ついでのサブプランで『私』の秘書探しと男性搭乗者探し。おまけで怪しい奴は叩きのめすことにしよう。暗躍の『俺』をすることにする。仮面でも作ろうかしら。

 

 ちーちゃんや箒ちゃんには書き置きと連絡先を残してあるし。なんかあったら『俺』に掛けてくるだろう。

 

 けど、一ヶ月経っても二人ともから掛けてこないのは少し不思議。ちょっと寂しいかも。

 

 それとも『私』って頼りない?

 

■■■

 

 ひたすら燃え続ける「ゴーレム」ちゃんのデータを監視しながら、『私』は成層圏に佇んでいる。

 

 戻ってきたところでありったけの冷却材をぶちまけ、燃料を積み替える。

 タイムは5秒縮んだね、よし。「ゴーレム」を再び宇宙へと飛ばす、後12セットだ。飲もうとしたジュースも当然外気でカチコチなのでかき氷感覚で食べることになる。−8°だと適当に放置してても凍りつく。みんなも成層圏に行った時に試してみると良いよ。

 

 現在、『俺』がやっているのは耐久試験だ。ついでに効率のいい燃料の配合のテスト。

 全身装甲型(フルスキン)のISだとパーツ単位での搭乗者のセッティングの難しさ、後はメンテナンスの難しさも向上する欠点があった。

 そこでシールドエネルギーを開発した。開発というよりは強化が正しいか。

 ISコアから出力する非実体の防御壁。今までは装甲に重ねがけして機能させてたけど、出力が向上した今なら単体でも機能すると踏んでいる。

 ISスーツの防御性能向上も一役買っているね。

 

 今ではISの半分くらいは生身でも機能する。肩・胸・腰・腹部・アーム・レッグ。後はスラスターで完了だ。

 人体関節の方が柔軟性があって色々便利だ。『俺』の装備しているISも同じ理念の元、設計している。

 名前は「紫舞機(しぶき)」。観測と堅牢性、拡張領域を強化したISだ。「白騎士」に比べると結構無骨。

 

 現在やっているのは「ゴーレム」を意図的に強度を落として人体相応のものにしてからのシールドエネルギーの効果実験。

 大気圏を離脱しては突入を繰り返す耐久試験を延々と行なってもらう。まさしくこれが宇宙往復(シャトルラン)。もしくは宇宙から地球への反復横跳びだ。

 

 あっ、燃え尽きた。しかもパーツも爆発四散だ。

 

 流石にこれらを地上にばら撒いたら流星群どころの話じゃない。『私』が回収用に待機させている「ゴーレム・多腕仕様」*5を起動させて、『俺』も唯一残ったISコアを回収に向かう。

 

 記録は連続154回か。結果としては微妙だし、シールドエネルギーが無くなった瞬間に燃え尽きたのは不味い。

 対策を練らないと。非常用の防御システムとかISコアのネットワークにいいのないかな。「絶対防御」システム?なるほど、良いアイディアだ。

 

 そんなことを繰り返しながら『私』のここ一年間はこんな感じ。結構、充実している。男性搭乗者は見つかっていません。ISの進化に応じて男性も進化してくれると良いのに。こう目立ってくれると探しやすいのに。光ってくれないかな、今も流れている「ゴーレム」みたいに。

 

■■■

 

 『私』に秘書が出来ました。

 

 良い拾い物をしたと思う。某国であった実験施設。規模の割には設備も良かった。あそこの周囲一部だけ不自然に地域一帯の哨戒ルートが怪しかったので研究の箸休めに襲撃してみたらこれだった。この為に作った隠蔽用マスクが光って唸る!

 

 少し嫌な気持ちになったけど。暴れたのでセーフだ。

 

 『俺』が研究員の人にお話を伺うと肝心の研究テーマはデザインベイビー。どうも『俺』がISを研究する前からやっていたみたいで「人間を超える人間」というコンセプトだった。世間がIS一色に染まったせいで研究が滞っていたようだけど。

 

 もちろん、非合法だったので『俺』は地元の警察署に匿名で連絡入れておいた。きつく縛っているし、手早くやったせいで荒いところもあるから、早めに寄越さないと鬱血でアザが酷いことになるかもしれない。気絶してるから自力で助けを呼べないしね。*6

 

 そこでの唯一の研究成果が銀髪美少女のクロエ・クロニクル。折角なので保護した。『私』は愛称で「くーちゃん」と呼ぶことにする。

 

 くーちゃんは色覚系の強化の為にDNA改造を受けていた。変質しているのか黒い眼球と金色の虹彩に変化していた。一度だけ診察のために見たけど、個人的にはなかなかキュートだ。身体能力も現段階でちーちゃんの三分の一くらいの出力がある。

 ちーちゃんがバグすぎるから弱く見えちゃうけど、一般基準だとオリンピックで世界記録狙えるくらいかな。

 

 彼女はコンプレックスのようで滅多に瞼を開かないし、そのせいで色々*7なものにぶつかったりするドジっ子ちゃんになっていた。

 ちーちゃんなら目を瞑ってもいけるだろうけど、*8研究所から出たことのない女の子がいきなりは無理だよね。

 

 そこで『私』は少し考えた後にISをくーちゃんに渡すことにした。ちょっとくすぐったいけど我慢してね。

 

 名前は「黒鍵」。『私』謹製のくーちゃんの身の回りのサポートをするために開発した生体同期型のISだ。

 ISを展開しなくとも常にハイパーセンサーを常時起動。目を瞑っても使えるように調整した機体だ。

 物理的な装備やISの装甲を排除している異例な構成だけど、空いた枠に電脳戦ができるように内部を弄り回した結果完成した歪な試験機。

 

 異常反応はなし、良かった。

 

 こういったふうに医療技術の応用にもISが使える。『私』の前にいくつか作った論文にも可能性としてあるかもね程度の示唆だったんだけど、まさか『俺』が実証することになるとは思わなかった。

 

 こうなった以上はIS、しかも『私』オリジナル機体を渡した以上はここで、『さよなら』とはいかない。『俺』の逃亡生活に付き合ってもらう。

 

「黒鍵」の使用感や、日常的にハイパーセンサーを使用する際の違和感の修正。後は電脳戦というおまけの性能試験などをやってもらうことにする。こうなった以上は『私』の実験の糧になってもらう。

 

 後は部屋の掃除とか出来たら食事とかもお願いできると嬉しい。自分で作るとどうしても栄養価でしか見ないし。掃除も自分一人と「ゴーレム」数機だとする気が失せるというか。

 

 そう告げるとくーちゃんは泣き崩れた。

 

 いや、あんまりハードだと大変だから徐々に慣らしていこうといったらもっと泣き始めた。『私』の告げたのってそんな大変な業務内容だっけ。

 

 箒ちゃん以外に年下の女の子と接したことがないから、何もわからない。助けていっくん!!

 

■■■

 

 くーちゃんの事務能力がかけ離れている件について。

 

『俺』が頭の中にあるからと適当に放置してあった資料とかも整理整頓とかしているし、面倒臭くて放置していた掃除もいつの間にかピカピカになっている。

 なんなら、地上活動なら自立行動可能になった「ゴーレム」に指示を出して効率的に作業している。下手したら『私』より「ゴーレム」の扱い上手いんじゃないかとすら思える。

 

 『俺』が大量にストックしていたカップ麺は、賞味期限が切れてたものは片っ端から捨てられるのが難点だけど、まだ食べられるのに。*9

 

 『私』の服装に合わせて製作した白と青のゴスロリ風のドレスも合わせてどこぞの貴族かってくらいの立ち振る舞いだ。

 しかし、似合っている。「ゴーレム」にもああいう服装を着せて統一感を出した方がいいのかもしれない。『俺』としてはメイド服とか?*10

 

 後、料理も美味い。このゲル状になったアメーバ系のピンク色の食べ物*11とか。ほぼ炭みたいな味がするカレー*12とかも感触が面白い。栄養素は今後の課題かな!ちーちゃんよりは才能あると思う。

 

 そういうとすごい複雑な顔をするくーちゃんなのであった。いや、気にしなくてもいいよ。一時期、『私』の食生活チョコレートだけだったから!

 

 そういうとくーちゃんは『俺』に説教をし始めた。逃げようとしても「ゴーレム」に囲まれる『私』、こういう時だけ連携するの誰に似たんだ。

 

 もしかして、『俺』のせいか?

*1
象でも半日は眠る

*2
赤裸々に喋りすぎてしまうくらいには過剰

*3
フグに含まれる。猛毒

*4
ベニテングダケに含まれる。猛毒

*5
通常の「ゴーレム」に非固定浮遊部位(アンロックユニット)として腕を6対と回収用ネットを組み合わせた機体、半自立式IS

*6
保護された研究員はうわ言のように「ウサギが跳ねた」とだけ繰り返したという

*7
「ゴーレム」5回、束に15回以上。なお、誰も怪我はなかった

*8
束でも可

*9
束基準

*10
「ゴーレム」たちの猛抗議によりこの話は末梢された

*11
味のしなくなったガムのような味が広がる

*12
カレーの材料で構築してあるがカレーではない




料理スキルは一夏>>箒>おいしい料理>束>料理の壁>>材料単品>>>千冬≧クロエ

・束の評価基準は栄養価>味なので大体なんでも美味しいと言う。自分で料理をする場合、栄養価を重視するので味はまともだけど高カロリーなものになる
・某未来のイギリス代表候補生のサンドイッチも束なら美味しいと言って完食する。栄養価はあるため

本当ならここらへんまでを3話にまとめる予定でした
アンケートありがとうございました


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金の境界

主人公最強タグが泣いている気がしたので

3/22 15:51
間違って最新話公開していたので一時削除しました
お騒がせしましたことお詫び申し上げます


■■■

 

 今、休暇中の『私』です。国境を越えるのに弾丸軌道を取る必要があること以外は楽しいね。

 

 北極の開発拠点も頻繁に立ち寄ってると国連なりに勘付かれる場合があるので、極力頻度を減らしている。

 

 何よりあんななんもないとこにずっといるとくーちゃんの精神衛生上良くないと判断したので慰安旅行に出向いたのだった。いろんな所を転々としている。

 

 ISコアのネットワーク以外ネット環境がなかった環境にいたから外の情報を得るのも実は久しぶり。ISの開発環境だけは最新情報は入れてたけどどうしてもね。

 

 ISの開発環境は第二世代に突入した。ドイツの射撃重視型「シュヴァルツェア・ヴォルケ」。フランスの扱いやすさと武装の多さの「ラファール・リヴァイヴ」。日本の装甲と速度に長けた「打鉄」などなど。多種多様に開発されている。いい傾向だ。方向性がそれぞれ変化しているため強みができている。

 

 第二世代の最大の特徴「後付武装(イコライザ)」だ。

 用途の多様化に対応するための機能で、文字通り後付けで装備を変更することで対応力を強化している。これで機体のパラメータを変動できる。

 

 『私』個人の感想としては、ISには一つ特化したコンセプトがある方が個性が強くなると感じている。ISコアの強化方向もそれに特化したものに適応するので研究に幅がつくのだ。『俺』としては1から作った方が良いと思うのは贅沢な悩みか。

 

 後は普段は仕入れない地元のニュースを新聞で読み流して紅茶を啜る。良い風味だ。くーちゃんの腕前も向上している。紅茶だけだけど。

 

 各国の空気感を味わいたかったけど、偵察中の「ゴーレム」から連絡が入る。少し憂鬱な気分になった。

 

 どうして、技術の発展には暗い利権や争いが生まれるだろうか。誰か偉い人にご教授願いたいね。

 

■■■

 

 やはりISかと『俺』は嘆息する。どうも、人間に投薬や精神操作をすることで「暴力行為を行なっていない」という判定にして誤魔化しているようだ。面白い試みだけど、『私』には通用しない。

 

 小隊を組んで、IS反応を出している『私』に向かってレーザーライフルやマシンガンなどで襲いかかってくるものの、精神が混濁しているせいで機体性能はガタガタ。『俺』が操作する『ゴーレム』一機にしてやられている始末だ。

 

 後でISコアネットワークに展開前に搭乗者の精神状態を診断して基準値以下の脳波指数なら動かせないといった制約をつけた方が良いだろう。

 こういったケースが判明するから組織狩りも手を抜けない要因になっている。しかも、最近は組織だっているのか曲がりなりにも連携をしてくるのだから煩わしい。

 

 コア自体も盗品だ。研究施設から強奪されたもののようだ。一旦回収して折を見て返すとしよう。いつ返すかは未定だけど。結構溜まってきている。

 

 後方待機させているくーちゃんにも連絡を入れて回収だ。肉体的にはさほどでもやはり精神的にはくたびれる。今夜はカレーをお願いしようかな。

 

 はい、「ゴーレム」ちゃんも撤収準備です。残った兵士はどうしようか。国に連絡?でもなぁ、緊急回線(ホットライン)を使うとなんでここにいたか国に弁明しなくちゃいけなくなるから嫌だな。

 元はと言えば国が完全に対応していないのが原因でこっちが尻をふいているのに!

 

 とかなんとか考えている『私』に標的警告(ロックオンアラート)が鳴り響く。

 

「そこか!」

 

 砲撃。

 

 別働隊か。この速度なら「ゴーレム」の防御範囲だ。ガードするも、その破片でつけていた隠蔽用の仮面の一部が剥がれる。

 隠蔽機能がいまの衝撃でイカれたらしい。野暮用が一つ増えた。

 

 全くもって争いごとに縁を事欠かない。と思っていたが、認識圏内に入って判明したのはドイツ軍の反応だ。

 まだ、『私』連絡入れてないけど?

 

 上を見ると赤い目と眼帯をした銀髪の少女。彼女が部隊長か。随分若い。腕からはレールガンが握られている。生身の人間に撃っていいものじゃないと『俺』は思うなー。

 

 他にも三機同型機の「シュヴァルツェア・ヴォルケ」が浮遊している。先ほど戦闘していた第一世代擬きとは違うドイツが誇る最新鋭機だ。

 

 どう対応したものかと、その隊長らしき彼女を見やる『私』だったが。背後から迫るもう一人には気づかなかった。

 

「もしかして、篠ノ之束様ですか!!サインください!!」

 

 眼帯をつけた短髪の女性が滑り込んできた。それも土下座の形で。流石に『私』も困惑をせざるを得なかった。

 

 しかもその顔は見たことがあるというのがまたどうしようもない。

 

 世界って狭いよね。

 

●●●

 

 束様の要請を受けて現地に急行した(クロエ)の前にいたのはドイツ軍の方々、部隊名はもちろん知っています。

 「シュヴァルツェ・ハーゼ」。ドイツ軍で最近新設された特殊部隊。

 

 ISの仕様上、国防にしか使用できないという制約があるものの、その活躍は目覚ましいとか。ISの欠点の関係で全隊員が女性というのも目立つ要因にもなっているそうですが。

 

 そんな部隊の副隊長でしょうか、女性が束様に縋り付いています。

 

「やめろクラリッサ!相手は不法入国にして世界指名手配中なんだぞ!何をしているのかわからないのか!」

「いやでも隊長!生束様ですよ!この機会にサインもらわないと何をするっていうんですか!『ヴォルケ』にもサインしてもらいましょう!隊長もほら!」

 

 それを隊長が咎めながらも全力で引っ張っているのにテコでも動いていないクラリッサなる副隊長。

 隊長以外の隊員も止めに入るべき状況だと思われるのですが、談笑ムードのご様子。よくあることなのでしょうか。束様も苦笑いを浮かべています。

 

 見ているだけのこっちが頭が痛くなります。

 

 それに隊長の少女、あれはラウラ・ボーデヴィッヒ、私の。いえ、今は語るべき時ではないでしょう。

 

 私の出自も特殊なため、束様からも基本的に公ではこの認識妨害機能を取り付けられた仮面を被るように仰せ使ってますし。

 

 束様のは先の戦闘で故障した様子です。

 

「そろそろ状況を整理した方がよろしいかと」

 

 喋りながらも乗っていた「ゴーレム」から降りる。ラウラの方は私を見ても無反応。やはり仮面があるからでしょうが、少々思わないところもないです。

 

 促したところで漸くひっぺがしたクラリッサを前にお互いの張り詰めた空気がすっかりと抜け落ちた気配を感じました。

 

 それにしても束様は何故()()()()の攻撃を避けられなかったのでしょうか。

 

●●●

 

 ラウラは自分達の部隊の目的、『国内に存在している非正規ISの回収』を明かすと我々に謝辞をしてきました。

 

 束様が定期的に行われている仕事というか気分転換の一つですね。それがたまたま鉢合わせになったという形でしょう。

 

 そうなってくると軍の業務を勝手に手助けした束様。それを本来は拿捕しなくてはならないというラウラ率いる部隊という構図になっています。

 

 問答無用になってもたかが5機のISの包囲網を破るのは束様には造作もないはず。それを知っているのもあってラウラ達は判断を決めあぐねているようです。

 

 そこで束様は提案しました。模擬戦です。折角、ここまで来て帰るだけじゃもったいない。武装も用意しているんだしと付け加えながら。

 

「では、今回の模擬戦のルールをご紹介させていただきます。審判は私クロ、いえくーちゃんが務めさせていただきます」

 

 『勝った方がなんでも言う事を一つ聞く』という束様の能力からすれば神にも迫れるかというような要求を突きつけて。

 

「勝敗条件は単純。『シュヴァルツェ・ハーゼ』の皆様は全員がシールドエネルギーの全損、及び戦闘行動不可能。束様は一撃でも本体に攻撃を食らったら敗北となります。その代わり、束様はゴーレムの使用を2機まで使用を許可します。ただし、武装はそれぞれ一種類までです」

「あの、束さんって生身ですよね。実質2対5でISと勝負になるはずが」

「なります」

 

 そう言い切った私に質問をした隊員の一人の表情が凍りつきます。

 

「寧ろ、舐めてかからない方がよろしいかと。束様はあの『ブリュンヒルデ』の練習相手を務めていたほどなのですから」

 

 実際、ISネットワークに挙げられているものは初期のものしか残っていませんが、閲覧した衝撃は忘れられません。

 

「他にご質問は?では、これから作戦会議を5分間取ります。束様はハイパーセンサーの接続を解除して地に伏せて何もしないでください。相手の方に目線を送ってもダメですよ。口の形を読んじゃいますから」

 

 「そこまでする?」という非難の表情をしていた束様でしたが、声には出さずに従ってくれました。

 

 私は丸腰に見えるのですが、装備している「黒鍵」のハイパーセンサーでシュヴァルツェ・ハーゼ隊の音声が聞き取れます。

 もちろん、束様に送るような無粋な真似はしませんが。束様の沽券に関わりますので。

 

「では、どうする。『ブリュンヒルデ』のデータは公開されているが、あれと同等の動きをすると思うか?」

「いや、流石にあれほどはないでしょう」

「隊長、アニメ『インフィニット・ストラトス』によれば第七話で登場した束様の動きは防御寄りの万能型。それを参考に組み立ててはいかがです?他にも12話や23話などもあります」

「流石、クラリッサ副隊長。詳しい」

「クラリッサ。あれはあくまでISのプロモーションのための映像作品だと聞いているが?」

「いいえ、隊長。モンド・グロッソで見せた『ブリュンヒルデ』の行動パターンと映像での類似性があってですね。例えば13話のこのシーンなんか」

「…わかった。クラリッサ、お前の意見を参考にする。この中でアニメを視聴したものはいるか?」

 

 とラウラが言うと全員の手が勢いよく上がりました。人気ですね「インフィニット・ストラトス」。

 「黒鍵」を通して見ているとなぜかISネットワークには映像作品の全データが残っている*1ので閲覧したことがあるのですが、さすが束様の手腕といったところでしょう。

 

 というか、ラウラも地味に手が上がっています。クラリッサは隊員に丁寧に布教活動をしているようです。

 

 その後、シュヴァルツェ・ハーゼ隊の皆様は映像作品を参考に作戦を立案したご様子。束様が千冬様と違って本職ではないと言う認識があるのでこれぐらいが妥当かもしれません。実際、公の場で束様がISを装備したことはほとんど無いはず。

 

 果たして何分持つのでしょうか。

 

 私の見解からすると持って3分くらいかなとは思っているのですが。やや手ぬるいかもしれないです。

 

●●●

 

 模擬戦の空間は樹海が広がる平野になりました。出力をお互いに落としているので被害は軽微でしょう。その分、シールドエネルギーの配分は事前に調整して落としてあります。

 

「時間ですね。では。このコインが地面に落ちた瞬間から試合開始ということで」

 

 両者が肯定したのを確認しました。いよいよ、始まります。

 

 私は手元からコインを出して指で弾きます。ハイパーセンサーで感知するときっかり24回転。5秒ほどで地面に落ちた瞬間。

 

 閃光と異音とともに黒いISは崩れ落ちていきます。

 

 束様の「ゴーレム」の射撃で早速一機撃墜ですね。空中で制御を取れず墜落していきます。

 

「な!?各自散開だ。数の有利を活かせ!」

 

 動揺は僅かですか。さすがに軍の特殊部隊といったところ。

 

 束様の「ゴーレム」が装備しているのは荷電粒子砲。束様が「白騎士」に搭載した世界初の技術。それを大型化したものが右腕を潰して取り付けられています。「ゴーレム」の特性を活かした武装選択ですね。

 

 再びの荷電粒子砲の射撃を回避していく「シュヴァルツェア・ヴォルケ」達。大型砲なので弾速は目を見張るものですが重量増加が祟って飛行する気配がない「ゴーレム」。ここだけですが「ガンナーゴーレム」とでも呼称しましょうか。旋回能力もさほどない、射撃機能に特化させた機体です。

 

 「ガンナーゴーレム」の緩慢な動きに注目したのか。練習したかと思われる息ぴったりの飛行を見せつつ、マシンガンを構えて十字砲火。同時に煙幕弾も投下。

 その位置だと確かに「ガンナーゴーレム」は死角になりますね。

 

 それを防ぐのは突如出現させた2m50cmの円形盾(ラウンドシールド)を両手に構えて防御型に調整した「ゴーレム」、「シールダーゴーレム」とこちらは呼びましょう。煙幕を諸共せず的確にマシンガンの攻撃を防いでいきます。

 

 「ガンナー」の隙を「シールダー」で埋める。矛と盾をそれぞれ分散したのが今回の束様のISの編成のようです。動きも先ほど適当にあしらっていた非正規IS達とは違って鋭敏に動いています。

 

 両方ともを()()に操作しているのです。

 束様の操縦技術は私では理解し難いですね。本当に。

 

 そうやって盾を見せられた以上、皆様は攻めあぐねている様子。ですが、そんなに動きがないと隙になりますよ。

 

「ぐあっ!?」

 

 このように。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)。千冬様が発見されて多くのISに標準搭載された加速テクニック。この機能の特筆すべきはゼロからの急制動。

 

 人体では耐えられないようなGも「ゴーレム」なら難なく耐えます。その加速した運動エネルギーをそのままに「シールダー」はその持っている盾で殴りつけました。シールドバッシュです。

 

 勢いそのままに殴られ、大きく隙を晒した「ヴォルケ」に「ガンナー」からの射撃が突き刺さり、そこに再びのシールドでの殴打。敵機は沈黙。

 これで2機撃墜。見事なお手並です。

 

「だったらこっちが!」

 

 防御役が不在、「ガンナー」も射撃直後で動けないとなれば無防備になる束様。確かにいい選択ですが。

 

 一手遅い。その程度なら束様は避けられるに決まっています。

 

「嘘!?」

 

 純粋な脚力を持って弾幕を鮮やかに掻い潜る束様。あれでISの強化は一切無いのですから驚きです。

 

 そして十分に時間を稼いだので「シールダー」は相手の妨害も無視して帰還。

 

「あぐ!?」

 

 と見せかけての再びの瞬時加速。焦った相手には視覚外の攻撃。ハイパーセンサーがあるとはいえ人間は常に100%警戒できているわけではない。その盲点を活かした攻撃力をもろに喰らって3機目撃墜。

 

 戦況は2対2。ですが、束様健在なので実質は3対2といったところ。

 

 追い詰められたであろうラウラは呟きます。

 

「クラリッサ。使う予定はなかったが()()を使う」

「ですが!?」

「時間稼ぎを頼む」

 

 聞こえてきたのは「奥の手」でしょうか。ただ、早々に使わなかった以上何らかの欠点があるのでしょう。時間の制約かコントロールが効かないのかといったような。

 

 その鬼札は苦し紛れか、あるいは諸刃の剣か。

 

 突貫するクラリッサの「ヴォルケ」を2機の「ゴーレム」であしらう束様。

 

 あー。悪い癖が出てますね。本当なら15秒あれば行動不能にできるところをジリジリとシールドエネルギーを削り取っています。綿で締めるように緩慢にそれでも徐々に。

 

 初見の技術を観察しようとする悪癖です。

 

「どこまで通用するかは分からんが、胸を借りさせてもらう」

 

 ラウラが眼帯を取り外します。片方が赤の目に対して、明かされたこちらの虹彩は金。

 あれは「越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)」ナノマシンによって付与された動体反射能力の強化。なるほどアレは制御に苦労する。そのための眼帯。

 

 それに機体から漏れ出すこの靄は一体。

 

 「ヴォルケ」はマシンガンを捨ててワイヤーブレードを展開。そして牽制にかかる「ガンナー」の荷電粒子砲を()()()()()()()

 

 あの動きはまるで。

 

「ぐぅっ」

 

 ラウラの表情は苦悶に浮かんでいます。

 

 あれは、映像記録に残っている織斑千冬様。

 

 その人の動きをコピーいや、そのものように感じられました。威圧感すらも映像越しでも伝わる本人さながらで。

 

「『地上最強(ブリュンヒルデ)』の動き、今の私でどれくらい持つか」

 

 その姿を見た束様の表情。こちらからは伺えません。

*1
IS「八足」経由




黒兎隊のIS保持数が5機に強化。その代わり隊員が1人少ないです
時期的に全員揃っていないのでしょう


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白の幻覚

それは騎士ではない


 通常、ISのハイパーセンサーを持ってすれば銃弾を斬る事は特段難しくはない。強化された感覚によって擬似的に伸ばされた感覚時間。それを持ってすれば習熟された人間なら可能だと言える。

 

 しかし、それは銃を撃ってくるタイミングを()()に知っているという大前提が存在する。

 常にハイパーセンサーを最大出力で維持しておくだけでも人間の脳に負担が大きいとされているためだ。

 

 なので、実戦では斬ることよりも回避が優先される。タイミングを合わせて斬るそのものに大きな負担が生じる。

 

 あまりにも現実的ではない。それを当たり前に行える制御技術。

 

『VTシステム』ヴァルキリー・トレース・システム。

 後の時代にあまりに非人道的すぎるとして国際条約によって開発・研究・使用の全てが禁じられた劇物。

 「モンド・グロッソ」の優秀な成績を残した選手のデータを参考に作られたシステム。「ヴァルキリー」の動きを無理矢理再現させる、ISの闇の一つ。

 

 本来ならば、搭乗者の保護のために最大30秒という時間しか保たないというリミッターは何故か解除されている。

 

 銀髪の異なる目を持つ少女が駆けるISは依然動き続ける。そこに打破しなければならない標的がいると幻視しているかのように。

 

●●●

 

 あれはまさしく千冬様の動き。銃弾よりも尚も早い荷電粒子砲を切り伏せるのは大凡千冬様を置いて他に存在しないだろう絶技。

 

 それをラウラは再現している。しかし、相応のリスクがあるはず。『ブリュンヒルデ』の動きを模倣どころではなく、再現しているとなれば。

 

 ワイヤーブレードを片手にラウラは束様に迫ります。

 

 瞬時加速を用いて一瞬で迫ると、ワイヤーブレードを振るう。束様を狙った攻撃は「シールダー」が割り込んで防御。

 

「ぐぅうぁああ!!!」

 

 そこに蹴りを連打。無理矢理にカチ上げて「シールダー」の防御を抜ける。もう片手に持ったワイヤーブレードは「シールダー」では間に合わない!

 

 「ガンナー」の左腕を割り込ませて時間を作ってその隙に距離を取ります。

 至近距離でこちらも誘爆しかねない荷電粒子砲を持つ「ガンナー」で捨て身の防御。確かにこれなら防御は足りますが攻め手には欠いてしまう。ただでさえラウラは接近戦に興じているのだから。

 

 両断される左腕。それをラウラは意にも留めない。口からは血がこぼれているのに拭うことすらしない。

 

 ラウラのバイタルデータはどんどん悪化していきます。人体を無視した行動。『ブリュンヒルデ』の再現はこれほどまでに負荷が大きいというのでしょうか。私と同じ生まれでも『地上最強(ブリュンヒルデ)』は隔絶しているというのでしょう。

 

「隊長!」

 

 止めに入ったのはクラリッサ。だが、それを敵影と判断したラウラは二つのワイヤーブレードを持って迫りかかります。

 咄嗟に防御を取りますが装甲が斬り裂かれていくクラリッサのIS。そこに割り込んでいく「シールダー」。

 

「まずいですね。出力が模擬戦用を超過しています。人殺しをするつもりですか」

 

 無論ISには絶対防御というセーフティが備え付けられている。しかし「絶対」という名がついている防御機構でも何度も致命傷になる攻撃ならば決して貫通できないわけではない。

 

 私の護衛用として置かれた「ゴーレム」を出すべき?通常装備のこれは束様の模擬戦用に武装を減らした「ガンナー」と「シールダー」に比べて装備も充実している。

 

 けど、相手を無力化させるにはあまりにも強大。束様の連携は特に練習していませんでした。基本的に後方待機なのが仇となっている。

 

 歯痒い思いです。ですが、束様の表情は恐ろしいほど無表情です。あれは何を思考しているのか私にはとても判断できない。

 

 束様は蹴飛ばしてクラリッサを攻撃範囲から追い出しました。あくまで一人で叩くつもりなのでしょう。確かに今の私では足手まといです。迅速に「ゴーレム」で回収に入る。安全圏へと移動させていきます。

 

 なら、私のやるべきこととは。

 

「意識を失っている方々を救出しにいかなければ」

 

 しかし相手に攻撃されないように、束様の行動を邪魔しないように、私は行動を開始します。

 

「どうか、ご武運を」

 

 束様の付き合いは長くはありませんがとても濃い。

 少し不安がよぎりました。

 

 まるで束様が遠くに行ってしまわれるようで。

 

■■■

 

 ()()()()()()()が攻撃を仕掛けてくる。横の振り、右肩への刺突。回し蹴り。

 

 回避は間に合う。「ゴーレム」を操作させて攻撃を試みるが、思った段階で既に回避行動に取られている。さっきまでの戦闘データもサンプリングされていると見るべきか。

 

「うぁあああ!!!」

 

 攻撃は円形盾で凌ぐ。金属同士が擦れる音が木霊する。

 

 理性のない攻撃だ。それで再現しているつもりなのだろうか?

 あくまでもプログラミングされた動きということか。

 

 吐き気がする。

 

「ゴーレム」二機は既に虫の息だ。

 シールドエネルギーを一部カットして駆動に回さざるをえないから少なからず機体にダメージが入っている。

 

 くーちゃんにコントロールを預けている「ゴーレム」を奪い取ってもよかったが、救助に使っている以上期待できないと思考を切る。

 今、戻すとくーちゃんの自衛能力が大きく落ちてしまう。

 

 曲がりなりにもちーちゃん擬き。だが、再現しようとしていてもまるで程遠い。それを完膚なきまでに壊すべきだとも思ってもできない『俺』がもどかしい。

 

 ああ、腹が煮えくりかえる。アレは友を侮辱する存在だ。

 

 相手の表情を見るに決して領域ではない。仲間の女が止めに入ったのを見るに制御できていない技術だ。

 技術の検討はつく。「白騎士」に蓄積されたちーちゃんの動きを搭乗者の肉体面を度外視にして動かす。全くもってくだらない技術だと『俺』は思考する。

 

 「ゴーレム」を組みつかせてみるが効果は薄い。目の前の障害を打破しようとしている。

 

 猶予はあまり無いが、くーちゃんのISの反応的にあと何分かは凌ぐ必要がある。本気でやるにはここは狭すぎる。

 

 人命には変えられないか。仮にあのプログラムが動ける人間の完全排除だと仮定したら。

 最寄りの人里は数十キロは先、ISなら決して遠い距離ではない。そうなれば被害は甚大になる。

 

 ここで仕留める他ない。最悪のケースも考慮した上で。

 

 『俺』の頭は怒り狂っていたが、『私』の思考は至って冷静だ。それが容易く分かる。感情的になりつつも、合理的思考。

 これが『俺』の精神が混ざっているのか。それとも肉体が許容できてしまえるのか定かではない。

 

 『自分』の中の精神(こころ)がドロドロに混ざり合っていく音が幻聴(きこ)えた。それは絡みついて離れなそうにもない。

 

 その音はどこか懐かしくもあり。

 

■■■

 

 鬼気迫る斬り合い。無論、こちらは盾で向こうはワイヤーブレードという歪な斬り合いだ。

 

「ああぁああ!!」

 

 相手の声が響く。こちらの方が劣勢だというのに。相手の損傷は比べるまでもなく軽微だというのに。相手の優勢だというのに、喉を潰す勢いで彼女は悲鳴をあげる。盾が弾き飛ばされる。「ゴーレム」諸共だ。

 

 くーちゃんの避難は済んだか。けど、くーちゃんに付けた「ゴーレム」を引っ張るには時間が足りない。やや遠いか。

 

 血で霞む視界を『私』が拭う隙を見逃さずにワイヤーブレードの攻撃。盾の削りで多少は短くなったもののそれでも脅威は変わりなく。

 

 『私』の体はボロボロだ。流石にちーちゃんクラスの猛攻を碌に反撃をせずに返すには負担が大きい。血も流している。

 『俺』の思考は纏まらずに精細を欠いた「ゴーレム」はスラスターを砕かれて身動きが取れなくなった。武装はもう「ゴーレム」では使えそうにない。 

 

 残されたのは、腕を斬り飛ばされて半壊した一機だけ。これで凌ぐには操作の遅延が大きい。脳波で動かすにも飛ばす分の時間差が操作において致命的だった。

 怪我とは別の理由で鼻から鮮血が溢れる。口の中は鉄の味でいっぱいだ。

 

 けど、これでパターンは読み切った。後はこのちーちゃんに見せたことのない「奥の手」が通用するかどうか。

 

 相手のワイヤーブレードを掻い潜るために発射した荷電粒子砲に対しての返しはもう何度も見た斬り飛ばし。

 今までは盾役が健在だったから行動が複雑に分岐していた。行動不能で『俺』の手持ちは片腕の荷電粒子砲持ちだけ。

 

 となれば、やはり。

 

 最短距離、最速の瞬時加速において他ならない。『私』の息の根を止める為に一直線で迫り。

 

 ワイヤーブレードの一閃は突如出現した盾に食い止められる。

 

 「高速切替(ラピッド・スイッチ)」拡張領域から瞬間的に武装を切り替える高等技術。倒れている盾役の円形盾を遠隔で回収して矢継ぎ早に『私』の目の前に出力した。

 『俺』が今の今まで隠しておいたとっておきだ。弾くように攻撃を受け流す。加速を目一杯したせいで急制動はできまい。これでお前はガラ空きだ!

 

 再びの高速切替で荷電粒子砲を『俺』に持たせる。臨界寸前にチャージしたおまけつき。『私』もただじゃすまないがこの距離の最大出力だ。流石に絶対防御まで行けば機能停止は免れない!

 

「ああぁ!!」

 

 相手もまだ手を隠していたというのか。右腕から放出したプラズマ手刀だ。今まで使ってこなかった新手。

 

 こっちが撃つよりも向こうが僅かに一手早いか。

 

 覚悟を決めろ。

 

 手刀が腹に突き刺さる。シールドエネルギーを容易く食い破る威力。

 

 視界が大きく歪む。体が燃えるように痛い。

 

「束様!!!」

 

 誰かの声が僅かに聞こえる。多分くーちゃんかな。それを見る余裕はもうないけど。

 

 けど、()()()()。サブプランのつもりだったけどこの距離なら使える。

 

 同時に『私』の意識が遠のいていくのが分かる。

 

 そういえばまとまって眠るなんて久しぶり。ちーちゃんとの模擬戦を思い出す。懐かしいや。

 

 なんてね。冗談を言えるくらいには余裕があ…

 

 『俺』の意識はぶっつりと途切れた。

 

●●●

 

「束様!!!」

 

 全速力で駆けつけた私の目の前にはラウラのプラズマ手刀が、束様の腹部を貫通している姿。血の気が一気に引いた。

 

 貫かれながらも束様の指先はラウラのIS「シュヴァルツェア・ヴォルケ」の胸、ISコアに触れている。

 

 そうして出現した四本の足を持った機械。それが装甲に突き刺さり電流を光を放ちます。

 

「まさか、あれは」

 

 『剥離剤(リムーバー)』束様が開発していた試作品。まだ、どこにも公表していないISを()()()()させる兵器。

 試作段階な上に至近距離ではないとまともに使えない。そう束様がおっしゃられていたはず。

 

 それが発動できる位置まで自らの体を囮に接近させた。

 

 ラウラは強制解除されて生身に戻る。ISのコアが転がりました。やはり、あの暴走と呼べるシステムはISと人間が揃わないとならない技術なようです。

 

「『ゴーレム』!ラウラを任せます。私が束様を」

 

 私は駆け寄ります。

 

 幸い、ラウラは極度の疲労状態で意識を失っていますが命に別状はないようです。私と同じデザインベイビーならば数時間もあれば復帰できる程度。

 

 問題は。

 

「出血が酷い。意識もない、心拍がどんどん下がっています」

 

 本来ならショックと失血で気絶していてもおかしくなかったはずの怪我、それも全力で戦闘状態が維持してという暴挙。本来なら病院で集中治療室に叩き込むレベルの大怪我。

 

 止血のために抑える手が震えます。完全無欠に思われた主人の状態は私を動揺させている。生暖かい血がまざまざと死を実感させるようで。

 

 目を開いても、その現状は変わりなく。

 

「死なせません。ここで助けなければ、なぜ生かしてもらったのか私の存在意義がないのですから」

 

 血が足りない。

 私と束様の血液型は違う。

 輸血できない。搬送は?この状態で?一刻の予断も許さない。とても動かせない。

 これではとても間に合わない。

 

 束様の胸元が光り輝く。中を確認するとISのコアが懐にありました。

 

「これは『白騎士』のコアですか。なぜ、束様が持って」

 

 目を疑う光景が広がる、私は慌てて「黒鍵」の自己診断機能を束様に使用します。束様の顔色が僅かに赤らむ。

 

「バイタルが正常値に向かっているこれは」

 

 「白騎士」のコアが微かに鳴動すると束様の肉体は徐々にですが再生していきます。

 

 それはまるで意志を持ち合わせているかのように。




原作とは違って万全のラウラですがVTシステムが未完成なのと千冬本人に師事をしてもらってないので出力的には原作よりかは落ちています


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灰の目覚め

彼女は何から逃亡しているのか


■■■

 

 夢を見ていた。夢を見ることはとても珍しい。本当に熟睡することなんてここ数年間はなかったからだとも言えるけど。

 

 既視感(デジャブ)があった夢だった。夢の大半は記憶を整理するものだと聞いたことがあったが、そのせいなのだろうか。

 

 『俺』が居て、『私』が居た。他には何もない。

 

 今の『自分』というアイデンティティが形成される前の記憶なのだろうか。

 『私』は小さい頃の自分だった。幼いながらもまだ見ぬ世界を追い求めた『私』だ。

 『俺』は靄がかかっていた。男のようにも見えるが唯の靄だ。灰色の。いや色があるという表現すら可笑しいか。

 

 『自分』達はいくつか会話をしたはずだ。何を話していたっけ。

 

 おかしい。記憶力はいいはずなのにどうしても思い出せない。そもそも、生まれてからこんな場所には来たことがないはずだ。

 

 なのに、覚えている。ただ、二人が居ただけのことを。

 

■■■

 

 目を覚ますとくーちゃんがいた。体の至る所が痛いし、頭痛も酷い。そういや『私』って大怪我をしていたんだっけと思い出した。

 

 死にかけていたとも言う。

 

「束様」

 

 くーちゃんの仮面が外れている。付けておいてと頼んでいたはずなのにと思案していると、頬から大粒の涙がこぼれている。

 

 これは随分と心配させてしまったようだ。

 

「よかった」

 

 そういって『俺』に抱きついてくるくーちゃん。いや、痛い痛い痛い!こっち怪我人だから!感極まって制御が曖昧になっているから!

 

 こんなに抱き締められたらまたどこかしらから出血がって、あれ。軽傷すぎやしないか『私』。

 

「束様、実はですね」

 

■■■

 

 ふぅん、「白騎士」のコアがねぇ。確かに「白騎士」には肉体再生用のプロトコルを実装していた。筋繊維や皮膚などを治す役割を担っている。

 殆ど使われた事ないけど、ちーちゃんも『俺』も頑丈だったし。後、システム自体が過剰だなと思って後続のISコアには実装していなかった。

 ただ、それは自発的ではなくあくまで使用権限を搭乗者に譲渡しているものであって今回のケースには当てはまらないはずだけど。

 

 今はそれよりもだ。血が足りない。

 

「篠ノ之博士。その食事は一体」

 

 ラウラちゃんもなんとか復帰したようだ。顔色は少し悪い。まだ疲労感も抜けきっていないようで気だるい表情を浮かべている。眼帯も付け直している。

 

 『私』は絶賛食事中だ。ゴーレムに備蓄していたチョコレートやカップ麺。あと、くーちゃんに作ってもらった料理の数々を手当たり次第に胃袋に収めている。

 

 食い合わせ?中に入ったら一緒だよ。

 

 くーちゃんのIS「黒鍵」には余った拡張領域があるのでそこに料理機材やらティーセットが収納させている。ぱっと見は随伴機の「ゴーレム」から取り出しているように見えるはずなのでくーちゃんがISを持っているとは気づかれていないはずだ。残った大破したゴーレム2機も格納済み。北極の拠点で治すから我慢してほしい。

 

 仮面の方もラウラちゃんが起きる前に既に付け直している。頑なにくーちゃんが無言で料理を作っているのもそのあたりの事情があるのだろう。『俺』からしてもあの二人はまだ早いように感じるし。お互いに話しにくそうだ。

 

 お腹が空いているなら少し分けてあげようか?このオムライス*1とかが風味が変わってて面白い*2と思うけど。

 

「いや遠慮す、遠慮させていただきます」

 

 礼儀正しく断られてしまった。

 

 ラウラちゃんに搭載されていた「VTシステム」は私の独断と偏見で解除・封印させてもらった。

 どう考えてもあのシステムは搭乗者の負担が大きい。『私』は搭乗者の技量をコピーまではいい案だと思うけど。どう考えても厄ネタだ。人体の負荷を計算に入れていないシステムなんて特に。

 

 無理矢理動かすのは当然ながらストレスが大きい。

 

 『俺』くらいになれば「ヴァルキリー」の行動パターンくらいは追いつくだろうけど、それでも普通に『私』が操作した方が早い。

 ちーちゃんクラスでもなければ「ゴーレム」の遠隔操作で事足りる。負担が大きくてまだ実用化できてないけどね。なんなら集中すると『俺』でも鼻血が出る。

 

 本当はシステムの介入する余地を作っておいて、各国で研究しやすくするための試みだった。ちーちゃんの運動データも政府に提出済みだからサンプルはいくらでもあった。あくまでISの機動補助のためのつもりだったんだけど。

 いわば、『私』の遊びの部分。その甘えを突かれたという形になる。

 

 この状況になるならISネットワークの管理をもっと引き締めた方がいいか。少なくとも「VTシステム」に関連する技術は受け付けないように改変をしておこう。薬物による人間側からの変更といい、想定外が多い。

 人の悍ましさというやつは簡単に『俺』を凌駕していく。

 

 模擬戦の結果的には『私』の反則負けだ。想定外の「剥離剤(リムーバー)」を使ってしまったわけだし。いや、本当にちーちゃん擬きには疲れさせられた。構える前に避けに入られてたからね。身を切らざるを得なかった。

 

 まあ向こうもフレンドリーファイアとかあったと言って先にこちらの負けだとか言ってきたけどそれはそれだ。反省会もほどほどに。特に副隊長の人頭擦りすぎて火が出そうになってるし。

 

 間を取って引き分けってことにしよう。「VTシステム」のログは消させてもらうけどと言ったら了承も貰えた。悪用厳禁だ。

 

 とりあえず、お詫びとして戦利品で奪い取ってきたISコアを贈呈しよう。正直、国に返すの面倒だからラウラちゃん達に押し付けたといった方が『俺』としては正しいけど。Win-Winの関係だと思う。きっと、多分。後はうまいことよろしく!

 特殊部隊ならそれぐらいのコネはあるだろう。機材の補修材も適当に付けておいた。ラウラ機のやつとか状態ひどかったし、オーバーホール必須だろう。

 

 これでこの場であったことはなかったことにしてもらおう。『私』達は出会わなかった。この押し付けたISもまだ伸びている奴らが何故か持っていたということにしてしまおう。

 元はといえば向こうの管理責任なわけだし。公にはしにくいはずさ。

 

 折角だからサインだけはしてもいいだろう。

 ISには流石にダメだけど私物を持っていたら記念に何か書いちゃおうかな。

 グッズとかにもたまに書いてたりしてたけどアレは「八足」とリンクして作ったものだ。

 

 実は『俺』の直筆サインは案外レアものだったりする。流石に記念品として8000枚*3とか書かされていた時期もあったから全部手書きは無理だったよ。「八足」越しの手書きなのでセーフ!

 ご飯食べながらなのは許して。

 

 そういうとシュヴァルツェ・ハーゼ隊は全員こぞって帽子や眼帯、果ては背中にサインを要求してきた。いや、すごい人気。

 

 薄暗いことばかりが渦巻いてくる世の中だと知っている。それでも、少しばかりの善性があることも知っている。

 

 『私』は少し諦めかけているけど。

 

===

 

 定議会とは名ばかりの会議を終え、部屋から出ると酷く自身の肩を凝っていることに気がついた。自販機でコーヒーを購入し一口飲むと苦味が広がる。

 

 『ブリュンヒルデ』などという肩書きだけで参加させられている私にまともな発言権などあってないようなものだが。

 

 先ほどのことを思い出すと、知らずの内に缶を握りつぶしそうになった自分に少し呆れながら。

 

「先輩、会議の方はいかがでしたか?」

「…前々から決まっていたことを再確認しただけだ。何も変わらん」

「では、あの話も」

 

 話しかけてきたのは山田真耶だ。先の「モンド・グロッソ」の日本代表候補として名があがったほどの操縦技術を誇る女性だ。少々ドジなところと緊張すると極端に動きが変わるというところが偶に傷だが。模擬戦なら私とそれなりの勝負ができるのだがな。

 

 束が「モンド・グロッソ」開催のために奔走していて少し暇になっていた時期があった。

 が、束の友人ということで敬遠されていた。萎縮とも言う。そこを問答無用で突っ切ってきたのが彼女ということになる。

 その図太さは少し羨ましくもなる。

 

「束謹製のISは性能過多と見做され次回の『モンド・グロッソ』では使用禁止だそうだ。世間にはどう説明するかは知らんがな」

「それでは、また篠ノ之博士がまた除け者に」

「ああ。連中は『ブリュンヒルデ(わたし)』の強さの秘訣が束にあると思っているらしい」

 

 もっと言えば束に連なる私も鬱陶しいということなのかもしれないが。彼女の前でいうことではないな。

 

 「モンド・グロッソ」後に起きた束の突如の失踪。最初は政府も捜索という扱いになっていた。

 事実、世間では捜索扱いになっているはずだが、現在の国連の通達内容は国際指名手配だ。束本人は何もしてないというのに。

 

 国連は篠ノ之束を危険視している。

 

 それはもう言うまでもない事実だ。「モンド・グロッソ」を通したのも利権のためというのもあるが、束を政府の監視下におきたかったための交換条件だったのだろうと今更ながらに思う。

 

 ほとんど立場もない小娘がいきなり世界を震撼させる開発を行い、しかも世間に浸透させる手段も抜かりなく持っていた。

 もし、仮に束が兵器を作り出したのなら?

 誰にも気づかれずに成せる女が本気を出した時に止められる人間は果たしてこの世にいるのか?

 

 私なら束が決してそんなことをしないと断言できる。

 

 しかし、他の人間からすればどうだろう。明らかに天才という言葉では形容できないほどの才能を秘めた彼女が何もしないと無償で信頼できるのだろうか。子が親を無条件で信頼するかのように。

 

「先輩はこれから学園の建設予定地に参りますよね。一緒に行きませんか?私もISの実動データを届けにいく必要があるので」

「そうだな。一緒に行こう」

 

 屋外に出て数分後、設立されていたモノレールに乗る。「モンド・グロッソ」に合わせて開発された路線に乗ってあの人工島へと向かう。

 

 束を最後に見たあの場所へと。

 いつのまにか飲み干していたコーヒーはゴミ箱に捨てた。

 

===

 

「随分、様変わりしたなここも」

「ええ。スタジアム自体はほとんどそのまま。客席だけは少し改装するだけで済みますけど、校舎は完全に新規で作りますからね」

 

 相変わらず工事の音だけは盛大に響く場所だった。人工島なので近隣住民の騒音被害も関係なく思い切りやっているのが理由だ。

 

 目の前にそびえ立つ校舎が見えた。正確には完成度は7割程度か。工事車両やドローンが至る所に見える。

 

『IS学園』計画。

 ISの操縦者育成用の学園施設。現状ではまだ少ないISの操縦者を育成、それに伴う開発やメカニックなどといった関連の技術職も一手に担う国際教育機関。

 

 束の計画書には大会の開催地となった人工島をそのまま転換。技術漏洩対策に防衛設備を更に強化を施している徹底ぶりだ。本当に教育機関か?軍事施設の方がまだ手ぬるいぞ。

 

「モンド・グロッソ」の発案直後にこの計画書を押し通しているので国連も止められない状態だ。事実、後進育成は重要だしな。

 少々規模が大きいが。

 

 久しぶりに見た印象は要塞だった。下手なIS部隊の一つや二つものともせずに跳ね返せると私は漠然と思っている。私でも突破に手こずるだろうな。

 

「ここから更なる増築もしていきます」と少し話した開発担当は息巻いていた。束の興した会社の人間だったがあの熱狂は社風によるものなのだろうか。

 

 彼は常人の目つきではなかった。

 

「確か来年度から試験的に学生を入れて授業を行うんだったな」

 

 分類としては日本預かりの国立高等学校という括りになるか。出資元は国だけではなく、国連からも予算が支給される見込みだ。事実上の国際機関だ。

 

「ええ、ISの操縦者のハードルは高いですから。現状だと軍属上がりとかオリンピック代表でも弾かれているのが現状ですね」

 

 ISの搭乗者問題の少なさは常々懸念されていた事項だった。

 なにしろ第一線が政府の開発機関だ。まだ、発展途上で操縦者の育成は現場でじっくりとなんて言ってはられない。元から適正の高かったものが優先的に乗っている始末だ。

 

「入学申し込み者数は現状でも100倍超えです。問題がなければ枠もどんどん増やしていきたいですね。国際教育機関ですから寮も完備していますし」

「そうだな」

 

 そう息巻く彼女は確か教員を担当するんだったな。代表候補生になっている彼女なら心配することは殆どないだろう。

 私も政府から打診が来ていたが一度、断っている。束の件もあるし、一夏も心配だしな。

 

 それに箒も気になる。

 

 『要人保護プログラム』は束に用意された楔の一つと言える。家族はそれぞれ離れて生活を余儀なくされ政府の監視下に置かれる。

 束の人質としての価値があると判断されているために私でも所在が掴めない。人質はどっちだという話だがな。

 事実、私が調べようとしたら国連から注意勧告を受けた。精々が私の緊急連絡先を渡すだけだった。直接の接触は禁じられている。

 渡した連絡先がまだ使われていないのは窮地には陥ってはいないと信じたいが…

 

 よっぽど、束を警戒しているらしい。私も束が残していた連絡先があるにはあるが使っていない。政府から警戒されているというのもあるが、別な理由の方が主だ。

 

「本当に『モンド・グロッソ』の人気は凄まじいですね。これがなかったら今のIS人気は続いていないと思います」

「そこだ。そこも私が気にかかっている」

「え?」

 

 こうやって時間ができるようになってから考えていた。

 皮肉にも束から離れてから気がついたことがある。

 

「束は、奴は何故『モンド・グロッソ』なんてものを開いたのかということがな」

*1
ピンク色のゲル状物質に青色のゲル状物質が掛かっている

*2
個人の感想

*3
ピーク時、平均3000枚




割と束は重症を負っている(本人感覚では軽症)


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紫外線の向こう

■■■

 

 拠点に戻って「ゴーレム」のオーバーホールを行う。くーちゃんは疲れからか眠っている。『俺』も疲れてはいたが、少し眠ったおかげか眠くはない。

 最近はイルカのように半分ずつ脳を休めるというコツが出来たからというのもあるだろうけど。24時間営業の『私』なのでした。やること盛り沢山だしね。

 

 ドイツ本国でラウラちゃん率いる部隊が表彰されている大規模非合法組織の掃討に成功したとかなんとか。うーん、間違ってはないか。主語に『私』が抜けているけど。今更、名声もこれ以上欲しいってわけでもないし。

 

 解析に回している「VTシステム」の中身を見ながら『私』は嘆息する。人類ってまだこのへんをうろちょろしているってことに。薬物投与や人体改造によるISの適正を向上させる方法もナンセンスだ。誰でも乗れる仕組みが『俺』の求めているものだ。ISに擦り寄ってどうする。

 

 こんなシステムなんてものは3年前には『俺』は()()()()()

 人体の負担の軽減方法も優れた挙動プログラムも行動ルーチンも『俺』が作り直せばすぐに改善できる。なんのために国防限定とはいえ軍にもISが使えるようにしていると思っているんだ。屈強な男性搭乗者も出ると見込んでいたのにちっとも出やしない。

 

 期待はずれだ。

 

 思い返す。

 

 確かに他人よりも優れている自覚はずっとあった。それこそ生まれた時から。

 剣道を習っていたあの日から。本気で『俺』が修練したら何もかも凌駕するだろうという自覚があった。

 

 それこそ、人に言われた『天災』ってやつなんだろうと。それが自然の摂理だとすら思っていた。

 あまりにも世界が『私』には矮小だってことに。

 

 ちーちゃんはすごかった。けど、『俺』と同等なのは戦闘能力だけで惜しいと思った。それが全般に出来れば『私』と並び立つことも出来たのにとさえ。ちょっと悲しいことだけど。それでも親友だ。たった一人の。

 強さだけが親友の条件じゃないのだから。

 

 もっと、わがままになればとっくに宇宙に到達できたのだろうか?

 誰も気にせず研究に没頭して、人でなしになっていたのなら一人で宇宙を彷徨うことができたのだろうか?

 

 出来てただろうなー。こういう予想はよく当たる。

 

 この家を出れば、剣道以外には学校以外には世界に目を向ければ『私』と同じことを考えている人が現れるのだろうか。と思いつつ過ごしてきた。

 宇宙には存在しているはずだ。きっと。

 

 だから、苦心して宇宙に平等に立てるようにと色々考えていたというのに!

 

 これで数年経ってもまだ地上に世界は足をつけているのなら考えなくちゃいけないかもな。

 

 考えを放置していたミサイルを発射するとか?それもいいかもしれない。『私』が人類の敵に回れば、いくらか死に物狂いで技術が発展するのかもしれないし!

 実現可能、でもやる気のないアイデアばかりが浮かんでは消えていく。本当にくだらないものばかりだけど。

 

 けど、そうすると『俺』はなんのために頑張っているのだろうか?

 しばらく世界を放浪してもあまり変わる気のない世界を『私』は見て思う。

 

 逃避行はここらでおしまいかもしれない。

 国連に顔を出して研究を『私』一人だけでやるように進言するか。

 それともISコア全部停止させるのもいいかも。まだ、人の手に余るというやつだ。

 箒ちゃんに何言われるかわからないな。「姉さんはいつも勝手に物事を決める!」とか?

 仕方ないな、箒ちゃんは。

 

 なら、あともう少しだけ耐えてみよう。

 

 耐えてみてダメだなと思ったら、その時はくーちゃんと遊ぼうかな。研究ばっかりでろくなことしてあげられてないしさ。遊んだ後は思いついてないけど、まあなんとかなるか。最悪一人でもなんとかなるし。

 

 ちーちゃんとの約束は少し無理そうかも。『私』はちーちゃんみたいに強くないしさ。

 

■■■

 

 とはいっても、やること自体はあるわけで。研究・改造後は実験、実験、実験だ。

 

 宇宙の短期的な目標は完了した材質の調整や効率的なエネルギーの消費。おおよその計算は完了した。ISをもってすれば比較的安全に実証実験ができるのだ。「ゴーレム」様様だ。4桁回は試行しているからね。その度に数えきれないゴーレムのフレームは爆発四散しているけど。

 

 今度は長期的な宇宙活動を見据えての活動拠点の構築だ。

 建材や電力の獲得方法、長期的な食糧の調達及び飼育や栽培なんかも視野になる。

 数ヶ月単位になると『私』の手で育成環境を作る必要が出てくる。正直、飼育関連とか手付かずだったんだけど、そこは並行して勉強するしかないだろう。

 

 『俺』の見込みだと、時間はかなり掛かる。10年単位の長大な計画だ。

 

 具体的なプランだとISに開発拠点用の組み立て式機材を小分けに持たせて大気圏突破。宇宙空間で組み立ててそのまま母船にする。みたいなのがざっくりとしたプランだ。

 持たせる機材の量やISの数はその都度計算してみないと分からないけどね。

 

 ここら辺は当初のプランだと国連や大規模研究機関をあてにしたんだけど、最悪のケースを見越して行動しないといけないかも。宇宙服以外も全部自分で作らないといけない。ハンドメイド『私』オール電化『俺』ということだ。

 

 開発中だった「紫舞機(しぶき)」の出番ももっと早くなりそうだ。本来は宇宙長期活動用に機能を調整する予定だった。計画変更して、機体構成プランの変更を決定する。

 くーちゃんには内緒で話を進めないといけないが別にどうとでもなる。活動時間の差があるのだから。流石に24時間起きてる人間には勝てっこないだろう。ハハハ。

 

 期限はISが調整終了する3ヶ月くらいかな。その時には宇宙船もテスト機が並行して仕上がりそうだし。そうなったら、そうなった時考えよう。この10数年という計画概要も概算だし、伸びるかもしれないし、短くなるかもしれない。

 

 夜空が広がる。北極は排気ガスが少ない。星空はくっきりと見えた。

 

 幾星霜に広がる全てを自分一人だけなら届きそうな気がした。

 

 それは酷く孤独なのは分かっていても。

 

===

 

「『モンド・グロッソ』の開催の理由?何故ってそれはISの普及のためだって本人の発表会見で」

「そう、あいつは束の目的は広くISを認知させることにあった。多少、本人の目指した方向を螺子曲げるのも許容してな」

 

 あいつの目的は「ISによる宇宙進出」だった。だが、それだけだっただろうか。「モンド・グロッソ」はよく見るとあいつの主張とは違う派手な要素、格闘や射撃のような民衆にとてもわかりやすいものが入っている。

 

 いくら人気を獲得するためとは言ってもな。

 

「『宇宙を目指すこと』と『ISを普及させること』、二つは密接に関わっているようで必ずしも噛み合っていない」

「ですが、国際社会と連携しないと宇宙に進出はできないのでは」

「ここまで大規模にやらなくても実現可能の範囲だと思わないか?少なくとも政府の高官を納得させるだけでよかった。ハードルは高いができないことではない。事実、現物はあの段階で出来ていたからな」

 

 宇宙を目指すという方針で直接、政府に掛け合えばよかった。「白騎士」を少し改良する範疇で宇宙進出は可能だった。あの段階の「白騎士」はかなりじゃじゃ馬だ。人はかなり選ぶだろうが、乗りこなせる女性もゼロではない。

 

 彼女は時期尚早だと思っていたが、現状のISの発展をもってしても彼女に追いつく技術者は残念ながら未だ存在しない。

 私の個人の感想だが、まだどんぐりの背比べといったような具合だ。

 最初から完全に束主導でコントロールすれば宇宙開発という一点においてもっと進んでいるはずだ。多少の障害なら踏み潰せる力もある。

 

 アニメーションも効果的だった。宇宙を目指すという目的を世界に広く知らしめるというために。

 だが、「モンド・グロッソ」は軸が違う。ISにはこういう使い方もあると世間に教えているように。わざわざ寄り道をしている。人の興味を引こうとしている。

 

 自身は決して争いごとにISを身に纏わないというのに。あの頃、毎日のように繰り返していた模擬戦のただ一つたりとも。

 

「簡単なことだ。束は、あいつは、一人で宇宙を目指したいんじゃない。()()()の人間と宇宙を目指したいんだ」

 

 束は人の為す力を信じている。それはかつて私と共に「インフィニット・ストラトス」という名前をつけたように。

 

 一人では夢を見るつもりはないのだろう。

 

「それは…すごい夢ですね!みんなが宇宙を目指すという夢」

「酷いロマンチストだ。その無謀なまでに人の善性を信じている愚直さにな」

 

 ただ、現状は男性が乗れないという欠点。あれは束にもまだ解決できていない根本的な問題。

 

 あれでは世界の人間を連れていける宇宙服としては落第点だ。あの問題を一人では無理だと判断してISを世界に預けている。力を合わせれば解決できると踏んで。

 

 その結果、世界から異端だと思われていても。自由に研究できずに身を隠すという選択をすることになってしまった私の親友。

 

「山田先生」

「急にどうしたんですか、それとまだ私、先生じゃないですし…」

「少し頼まれてくれないか?未来の生徒の夢を守るという仕事だ」

「それはどういう?」

 

 流石に彼女も急なことに驚いているようだ。いくつかやってもらいたいことを話すと少し逡巡した後に快諾してくれた。

 

「では、先輩は?」

「私は今からそうだな『天災』と呼ばれた女を人間に戻すつもりだ。教師を目指すのは悪くないが、まだ私には早い」

 

 彼女が絶望するにはまだ早いと、世界はまだ捨てたもんじゃないと証明するために。

 

 

===

 

「なんでアンタがいるの?織斑さん、いや『ブリュンヒルデ』って言った方が通りがいいかしら」

「まあ、お前と私の仲じゃないか。客人に茶もないのかここは」

「あのねぇ」

 

 目の前にいるのはスクール水着を着た女性だ。

 こんなんでも歴とした開発者なのだから世界は残酷だと私は思う。

 

「なんで研究区画の中枢にズケズケと入ってきてるわけ?そこの君、私は誰も通すなって言ってなかったっけ」

「彼は悪くないぞ。私が中に入りたいと言ったら率先して開けてくれただけだからな」

「はぁ…彼は減俸ね。有名人が過ぎるとセキュリティが壊れるわ」

「ところでお茶をだな」

「ああ!分かってるわよ!もってきて!」

 

 怒鳴ると先ほどまで私を取り次いでくれていた男性研究員は蜘蛛の子を散らすように去っていた。

 

「問題。この世で2番目に会いたくない女ってだーれだ?ヒントは私の目の前」

「そうか?私はそうでもないが、篝火(かがりび)。同級生のよしみだ」

「第2ヒントは()()()()人の話を聞かないってところよ。織斑」

 

 篝火ヒカルノ。私と束の同級生にして自称『天災の被害者』だ。束とは同じ部活動の人間でもあった。関係性はご覧の通りだが。

 

 切長の瞳が私を睨みつけた。

 

===

 

 持って来て貰ったお茶を啜る。私が世間話をするつもりではないことを彼女は勘付いているのか露骨に嫌な表情をしている。

 

「で、要件は?アンタのことだから話聞かないと酷い目に遭いそう」

「そんなことはない。精々、嫌な気持ち程度だろう」

「…アンタと篠ノ之の馬が合う訳よねぇ」

 

 観念した様子で私を見つめる。普段ならもっと愛想がいいのだろうが、私や特に束を見ると反応が変わる。思っていることはわからんでもない。

 

「今度、開催予定の『モンド・グロッソ』だが、倉持技研でも現在何かISを開発しているのか?第二研究所所長殿」

「そりゃないわ。日本代表のISなんて国が作るなんて決まっているし。ウチだって研究自体はしてるけど開発なんてまだ先のことで」

「私は前回大会優勝者でな。本戦出場が確定している」

 

 そのセリフに篝火はなんでもなさそうに髪の毛を弄りながら呟いた。

 

「それはおめでとうございます。アンタのところの篠ノ之博士がなんとでも作ってくれるでしょう」

「そこで倉持技研に私のISの開発をお願いしたいのだが」

「いやいやいや!篠ノ之束がいるでしょ!あの『天災』が!現在、行方不明でもアンタなら連絡取れるでしょ!」

「私は束の親友ではあるが、流石におんぶに抱っこというのもな。そもそも、規約で束のISは使用禁止だそうだ」

「初めて聞いたんですけど」

「まだ公表されていないからな」

「はぁあ!?」

 

 束には頼らない。これは証明の問題だ。彼女の自身の手にもよらず彼女の目に叶うものはあるという証明だ。

 

「それに私の乗るISともなれば世間も注目するだろうな。ここの技術力は素晴らしい。それを世に広めるチャンスだと思わないか?」

「…脅しよね、ソレ。もしかしなくても」

「なんのことだ?」

 

 国からの支援も期待できる。尤も、出来が不十分なISを作りでもすれば世間からのバッシングもやむを得ないだろうが。そんな柔な作りはしないだろう。

 

「ああ!わかったわよ!『白騎士』でもなんでも作ってやろうじゃない!オーダーは何?アンタに合わせて作ってやるわよ」

「そうだな。ひとまずは篠ノ之束を倒せるISが欲しいところだ」

 

 そう私が告げると篝火は頭に手を置いて深くため息をついた。

 

「自然災害に勝とうとしてる?」

 

 そんなに無理難題だとは私は思わないが。

 案外、私も束に毒されているという奴らしい。



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再誕編
アライバル・ライバル(上)


▲▲▲

 

 学校の暮らしにも慣れてきた。苗字も名前も変わったがそれにも慣れてしまった。

 剣道だけはなんとか続けているが、友達は作れそうにない。名前すら違うというのにどうやればいいのかという問題もある。小学生の途中で転校してきた私に居場所はなかった。

 

 それに監視の目もある。護衛のためにという名目らしいが、実際はどうなんだろうなとも思っている。姉に会わせないようにしているだけとも思わなくもない。

 

 その姉は現在、行方不明なままだが。

 

 借りている家にも一人で住むには広過ぎる。料理はしているが、味気ないと感じる。この生活はいつまで続くのだろうか。もしくはずっとこのまま?

 

 それは嫌だ。だが、それを変える力が私には。

 

「貴方が篠ノ之箒さんでしょうか?篠ノ之博士の妹ですよね」

 

 女性に話しかけられた。ぱっと見では私より年下のような気配すら感じられる童顔の女だった。

 

 私の本名を知っている?政府関係者かもしくは姉に対して人質にするための誘拐犯なのだろうか。

 

 それにしては帰宅時間の真っ只中の白昼堂々と襲いかかってくるものなのだろうか?奇妙な誘拐犯だ。

 

「申し遅れました。私は山田真弥です。所属は日本政府預かりのISの代表候補生ですかね?せんぱ、織斑千冬さんの後輩です」

「千冬さんの?」

 

 確か私と千冬さんは接触禁止命令が出ていたはず。それを回避するために別の人に頼んだ?

 

「ちょっと千冬さんに頼まれてまして。一緒に来てもらえませんか?」

「それはいいですけど。あの護衛の人はどうしました?」

「少し眠ってもらっています。夜が明ける前には目を覚ましますし、ああ大丈夫です!私も貴方の護衛はできますから」

 

 そういって力瘤を作った山田さん、代表候補生の話が本当なら頼もしい限りだが。

 

「もしかして全員をですか?誰にも気づかれずに?護衛対象の私からも?」

「そうですけど。それが何か?」

 

 なんだか千冬さんの後輩なのがよく分かる。さも当然のごとく話を進めているのに結構力押しな所とか。

 

▲▲▲

 

 ISで飛行して30分程度経った。正直、乗り心地は悪かった。鍛えていてよかったと思う。

 着いたのはなんの変哲もない場所。というか見覚えがない。私の生家からほど近いというだけで来たことはないはずだ。

 

「着きました」

「ありがとうございます。ここは?」

「ちょっと待ってくださいね。確かこのへんに」

 

 山田さんは緑色にカラーリングがついたIS「ラファール・リヴァイヴ」に乗ったまま目の前の家の倉庫を漁り出した。わざわざISに乗ったままで。

 

「よいしょ」

 

 地面が割れた。というかISの力で引っこ抜いた。埃が舞う。その床を引っこ抜いた先には階段が広がっていた。周りとは違う。なんというか新しい。

 

「さあ、この先へ向かいましょう。足元に気をつけて」

「地下空間か?これは」

 

 山田さんの先導で下に降りていく。山田さんはISは解除していた。先が見えない。これは長いな。

 

 しばらく歩いて5分ほどだろうか。結構な長さの地下に降っている気がする。階段の数は500から先は数えるのを止めた。少し冷える気がする。

 

「おっ、箒か久しぶりじゃないか」

「一夏か!?」

 

 知らない場所に居た知り合いに出会えてホッとする。しばらく見ないうちに一夏も男らしくなったというか。

 

「箒は変わらないな!」

 

 前言撤回だ。このアホは何も変わっていない。ため息が思わず出た。

 

「それで何故一夏がここに?」

「あぁ。俺もよく分からないんだよ。千冬姉に呼び出されたけどここがどこか見当も付かないしさ」

「ここは研究所ですよ。篠ノ之博士の」

 

 山田さんはそう告げた。

 研究所だと。目が慣れてきたので周りを見渡すと確かに見たことのないような高価そうな機材やだだっ広い空間が地下なのに広がっている。ここが姉さんが使っていた施設。

 

 それはいつの日か見たISのスタジアムと似たような構成だった。見下ろすように中央の空間を囲むように作られた観客席。尤も、他に私たち以外の人はこの観客席にはいないようだ。

 

「けど、姉さんは今は行方不明では」

「ええ。現在も行方不明。日本以外の国家では国際指名手配犯とさえ扱われています」

「そんな!?」

 

 政府はそんなことまでやっているのか!?

 

「けど、それは今は関係ないと思います。あるのは2人の中にしかないものだけ」

 

 人は私たちだけだと思っていたが、違う。ISスーツを纏い、目を瞑り、瞑想をしている女性。彼女はそこで立って待っている。

 

 織斑千冬。先の「モンド・グロッソ」で優勝した「地上最強(ブリュンヒルデ)」。

 

「来たか」

 

 千冬さんはそう呟いてこちらを見た。

 

「あれ?随分と物々しい感じだね」

 

 そう飄々と語る女性。それは私の背後に立っていた。

 

 忘れもしない私の姉。いつの間にか足音もなく私たちの背後、階段からやってきていた。長い髪、ウサギの耳を模したガジェット。独特なファンタジー要素溢れる服装。

 

「ちーちゃん。ティータイムにしてはコーディネートがなってないと思うなァ『束さん』としては」

「そうか?お前と語り合うにはこの服装だと私は思っていたがな」

 

 「天災」篠ノ之束が私の後ろに居た。行方不明のはずの姉は確かにいる。それも待ち合わせに着いたばかりの乙女のような口調で。笑顔なのに酷く不機嫌そうな顔で。

 

■■■

 

「箒ちゃん。久しぶり元気にしてた?」

「姉さん。私は貴方に」

「んー。麗しい姉妹仲もいいけどさ。『束さん』ってば用事があってね。後で話そうよ。そんなに掛からないと思うしさ」

 

 いっくんもいるじゃん。はろはろ〜。

 なんでいるのかと思ったけど、理由はもう知っている。ちーちゃんの差金だろうってことは。後なんか知らないメガネをかけた女性の人。記憶にないや。

 

 本当は中央の演習エリアへ続く階段があるけれど、時間がかかってしょうがないから横着しよう。

 

「ちょっ!?」

 

 箒ちゃんが驚く声が聞こえるけど無視無視。だってそんなことで一々驚いてたら時間が足りないよ?

 15mほどあるフロアへジャンプ。衝撃もさほどなのでゆっくりと降り立った。そうしてちーちゃんと向き合う。

 

「『束さん』に用事があるって。どういうことかな?ちーちゃん。これでも忙しい身なんだよ?わかってる?」

 

 急に連絡をよこしてこんな辺鄙な研究施設に呼び出されたので来てみればこれだ。長話したいなら電話でもいいと思うし、そもそも研究もまだ中途も中途だ。帰って計算と実験の準備をしなくちゃいけないのに。

 

 言葉通りに『私』は忙しい。

 

「何、ちょっとした野暮用だ。小学生の時、お前に言ったこと忘れてはいないだろう?」

 

 「お前のように強くなりたい」って奴?

 そんなものとっくにちーちゃんは『私』より強いって。あの後、『俺』は剣道でボコボコにされたんだからさ。

 

「さぁ?『束さん』はちょっと覚えてないかなー。ごめんね」

「あの後、お前は剣道から逃げてISを作り始めたな」

「…ふーん。まあそういうことにしておいてもいいよ」

 

 なーんか、棘のある言い方だな。別に『俺』は剣道はもういいと思って辞めただけであってちーちゃんに負けたからでは。

 

「最近はそうだな『モンド・グロッソ』だな。親友に優勝させておいてお前はずっと見ているだけだった」

「そーれはどうなのかなぁ?ちーちゃん?」

 

 あの時の『俺』は開催宣言をする側だったから自主的に出場を取りやめていただけだ。流石に無法だと判断したから。

 ちーちゃんだって最後らへんは割とノリノリだっただろう。

 

「そして優勝した時のことだ。私はお前と戦いたいと言った。そうしたら今度はどうだ。お前は全ての責任から逃げ出して逃走した」

「流石にひどい言種だね。流石に『私』も堪忍袋ってものがね」

 

 明らかな挑発だ。分かっている。冷静な『私』はそう判断しているし『俺』も分かっているはずだ。

 

 けど、どうしてだろうか。ヒートアップしていく感覚を抑える気がなくなってきている。

 

「だから、仕方ないから私が準備することにした」

 

 ちーちゃんがISを装備する。「白騎士」に似た、でも明らかに違う。なんなら見たことのない装備だ。

 

「知り合いに頼んで作ってもらったIS『暮桜(くれざくら)』だ。流石に全てお前にお膳立てされた状態で戦うのもなと思ってな」

 

 なんだそのIS。知らない。というかちーちゃんが頼んで他の人に作ってもらったって言うの!?

 いや『私』なら、『俺』ならいくらでもそれより良いやつなんて作れるんだけど!?

 

「最初はお前の力抜きで証明をしようと思っていた。お前の力がなくとも、()()()()はできるぞとな。束、お前の苦悩も理解しているつもりだった」

 

 ちーちゃんはブレードを展開する。「白騎士」とは似ても似つかないレーザーブレード。だってそうだ「白騎士」のコアは『私』が持っているのだから。

 

 どう足掻いてもちーちゃんが使うISは「白騎士」擬きであって「白騎士」には絶対なれない。

 

「つもりだったが、私もだんだん腹が立ってきてな。これはもう殴り合いしかないとしか思えなくてな」

 

 そうしてちーちゃんは気取ったふうに、にやついて観客席を指し示した。それは箒ちゃんやいっくんがいる場所だ。

 

「後は妹のいる場所だ。尻尾を巻いて逃げ出すわけにもいかないだろう?束」

 

 その言葉で『私』は、『俺』は。

 

▲▲▲

 

 千冬さんの話は完全な屁理屈だった。子供のようなわがままだった。彼女らの口論はそんな幼稚なものでしかなくて。

 

 完璧な姉ならそんなものは冷静に論破するだろうとさえ私は思っていた。取り付く島もないほどにあしらうだろうと。

 

 思っていたはずなのに。姉は大きく笑った。

 

「あはははははっはははっ!!!」

 

 転げるように笑う彼女は私の今までのイメージとは違う。公で披露していたような「天災」とさえ呼ばれているような彼女がその言いがかりにすぎないそれを笑った。

 

 一頻り笑い疲れたのか姉は目元に付いた涙を拭いながら高らかに告げた。

 

「いいよ、乗ってあげる。ちーちゃん、後悔させてあげるよ!今まで『俺』がISに乗らなかったのは『私』が乗らなかったのは、ただの手加減でしかないってことを!『紫舞機(しぶき)』ィ!出番だ!」

 

 そういって姉さんはISを装備する。機体装甲は紫色。それは彼女の髪色のようだが、所々マーブル塗装をしているように赤や青の濃淡が強く艶やかにされている箇所が見られる。

 千冬さんの「暮桜」に比べると歪に肥大化しているし、ISの基本的な姿を比べてもかなり外れた機体設計をしていると素人目ながらに思った。

 

 左右非対称のIS。それが姉さんが開発していた機体だった。

 

「ようやくか。まあ、勝つのは私だが。いくぞ『暮桜』!」

「言うねぇ!開発者で『天災』たる『束さん』が負けるわけないんですけど!泣いても怒んないでよ!」

 

 今までの姉なら不自然だと思っただろう。その色使いは完璧な姉ではないと思ったからだ。

 けど、今の姉にはなぜかとても似合っている。

 

「ふふふ」

「ははは」

「「あーはっはっはっはっはっは!!!」」

 

 大笑いしながら彼女たちはぶつかり合う。

 それが彼女たちのたった一つの語る術なのだと。

 

 私は思った。




次回投稿、18:00予定


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アライバル・ライバル(下)

本日2話投稿しています。お気をつけください


■■■

 

ちーちゃんの駆けるIS「暮桜」。このISが装備している武器は右手に握られたレーザーブレード。その一振りしかないという潔さだった。

 

 その代わりにとんでもない切れ味を誇っている。恐らく、拡張領域もほとんどないのだろう。高出力のブレードとちーちゃんに合わせた機動力それらに焦点を当てて他の悉くを切り捨てている。

 

 これが実際の戦闘ならそうはいかないだろう。だが、今回の戦闘はよーいどんで始まったものだから最初から距離は詰められている。

 

 なら、距離というアドバンテージは向こうにある。

 

「大体、連絡の一つもなしに失踪とはどういうことだ!猫かお前は!こっちがどれだけ心配したと思ってる!」

「言ってたら無理やり縛り付けて止めるでしょ、ちーちゃんなら!『俺』はそれが嫌だったんだよ!」

「当たり前だ!」

 

 剣戟の素早さは格段に向上している。「VTシステム」に搭載されてた「ブリュンヒルデ」なんてものは目じゃない。

 「紫舞機」に搭載されている半思考誘導型ミサイル「紫電」の悉くを切り伏せられている。それも『俺』が即興で仕込んだパターンもすぐに読み切って当たるものだけだ。他のブラフは全部無視してくる。

 

 これだからちーちゃんは!

 

「お前はいつもそうだ!いつもこちらを巻き込んでおきながら、自分から手放している。辛抱強さってやつを分かれ!」

「みんなが遅すぎるんだよ!『私』が懇切丁寧に教えても何も変わりやしない!」

 

 構えた荷電粒子砲の掃射も瞬時加速を駆使して掻い潜ってくる。ちーちゃんは超接近戦をご所望のようだ。なら、付き合ってやる。とことんだ。

 

「『赤陽(しゃくよう)』起きろ!」

 

 『私』の右肩部に搭載された装備が飛び出る。変形したのは二振りの刀を持った軽装の小型IS。女性型の意匠をあしらえた小型の機械人形。

 

「奏でろ!『青陰(せいおん)』!」

 

 『俺』の左肩部から射出され形を成したのは両腕に荷電粒子砲を搭載した重装のIS。男性型の意匠がある男性のような機械人形。

 

 これらは先の「ゴーレム」二機の反省点も含めて強化した完全個別操作型(オールマニュアル)のビットだ。小型にしつつ高出力化した装備。

 通常のビット兵器がレーザーやミサイル単品を発射する移動砲台でしかないのを発展させた機体。ミニISというものだ。

 脳の負荷が大きすぎて『私』にしか扱えないという特大の欠点を抱えた失敗作。けど、『俺』にはこれでちょうど良いくらいだ!

 

 思考制御しながら本体も操作する。頭で早口言葉とフラッシュ暗算をしながら、全力でマラソンをするという混乱具合だが、『私』ならできる!『俺』ならやれる!

 

「止められるもんなら!」

 

 「赤陽」で切り掛かり距離を作る。「青陰」でその攻撃の合間を縫うように弾幕を貼る。流石にちーちゃんも物理的に空間を弾幕で埋められると自慢のスピードも剣速も十全に使えなくなる。

 一人十字砲火だ。そこに『私』の展開したブレードで情報の負荷を与える!こっちは手数は多いが、そっちはブレード一本だ。剣で鍔迫り合いをするならそれでもいい。だが、他を回避する用意はあるかな?

 

 さあ、どう凌ぐちーちゃん。

 

===

 

 束のISは彼女の二面性を象徴するかのような歪さだった。冷静だが感情的。合理的だが理想家。矛盾したようで同居しているのが束だ。自身の手だけなら人智を超えられると分かっていながら周りを信じようとした親友だ。

 

 それの本気はやはり凄まじく。

 

「ちーちゃんだって派手に優勝しすぎなんだよ!おかげで『私』が作ったからみたいな印象になっちゃったじゃん!ちょっとは苦戦してよ!」

「うるさい!そもそも出場権を寄越したのはお前だ!」

「『俺』だって勝ってほしかった!けど、あそこまでやる!?会場の半分冷え切ってたよ!もう冷え冷え!」

 

 ハイパーセンサーで確認する限りミサイルが25発、その間を縫うように荷電粒子砲が14発、それを足止めするためのブレードの剣戟が6、いや7回。

 

 ミサイルの半分を薙ぎ倒し、空いたスペースに瞬時加速でねじ込んでレーザーを回避、そこを邪魔しようとする赤い小型機を蹴飛ばした。

 

 息の合ったコンビネーションだ。三機同時に行っている束の操作技術は他の操縦者と比較して隔絶している。模擬戦では猫をかぶっていたわけだ。

 

 僅かに空いた射撃の隙間そこをついて加速、目の前には青い砲撃仕様の小型機。

 腕の一本でも取ろうとするが束が割り込んできて大盾を構える。支援機を本体でカバーか。なるほど、そうきたか。

 

 だが、甘いな。その程度は読めている。

 

「ちゃんと寝ろ!お前はできるからって無茶を平気で押し通す!食生活もだ!食えれば良いってもんじゃないバランスも考えろ!」

「はぁー!?できるから起きてるだけですけど!?10徹しても他の人に20倍は動けますし!それに好きなもんくらい食べさせてよ!」

「量を!加減!しろ!」

 

 「雪片(ゆきひら)」が盾に当たる寸前に格納、腕が盾を通過した後に再度ブレードを展開する。「高速切替」の応用のようなものこれで腕はもらった。

 

 束も左手に持っていた盾を咄嗟に右手に切り替えてガードのタイミングを合わせてきた。

 

「やるな、束!」

「ちーちゃんこそ、しぶといねぇ!」

 

 今までにないほど頭が冴え渡っている。思考が加速している。瞬きのような刹那、ハイパーセンサーでも加速しきれない時間の隙間を縫うように考え、実行し、阻まれる。

 

 これが束の全力か!

 

▲▲▲

 

「すげぇ、束さんも三機同時に動かしてるし、それを互角に凌いでいる千冬姉も」

「先輩って『モンド・グロッソ』でも全力じゃなかったんですね…」

 

 一夏と山田さんの台詞に私も同意する。

 ただ、聞こえてくる話題はもはやISの話題ではなくもはや口論ですらない。愚痴のぶつけ合いだ。それを喋りながらもお互いの剣戟は続く。

 

 いや、続いているのではないこれは。

 

「加速している…?この状況から」

「やっと束様も千冬様もお互いに小手調べを終えたということでしょう」

「うぉっ!?」「うわっ!?」

 

 私の座っていた座席の隣に目を瞑ったままの銀髪の少女が腰掛けていた。私と同年代だろうか?恐らく姉さんの知り合いなのだろうが。

 

「お初にお目にかかります。私はしがない従者、くーちゃんとお呼びいただければ今は結構です。一夏様、箒様、そして山田様」

「く、くーちゃん?姉さんらしいあだ名だ」

「これでも気に入ってますので悪しからず」

 

 くーちゃんと名乗った少女は目を瞑ったままでも周りを認識しているの姉さんと千冬さんの攻防に首を向けている。

 

「束様は常に自分を抑えて生きてきました」

「えぇ…?」「今でもだいぶ振り回されている気がするが」

「あれでも人の迷惑をかけないギリギリを攻めていたのです。きっと」

「篠ノ之博士ってあれでも自重してたんですか?」

「そうですね。多分」

 

 その語尾は不安しか残らないのだが。

 

「束様は全力を出すのを恐れています。出せば人類史に並び立つものはいないのではないかという恐怖に。常に晒されている。孤独を酷く嫌っているお方です。それはまるでウサギのように」

「姉さんがウサギなのかはともかく、恐れているのはなんとなくわかるな」

 

 姉さんは熱中することはあっても全力を出すことはほとんどない。かなり昔のことだが、美術コンクールで優勝して賞状を貰って帰ってきたことがあった。本当は嬉しいはずのことなのに姉さんは「あんまり努力してないからなぁ」と嘯いていた。

 あれ以来、コンクールに出ることは辞めていた。家に帰るのも減っていった。

 

「でも今は全力をぶつけられる千冬様がいます」

「そうだな。千冬姉も束さんも楽しそうだ」

「ああ」

 

 一夏に同意する。

 昔の姉さんは完璧で私とはやることなすこと全てが桁違い。私とは違う人間なんだなと漠然と思っていた。テレビで見る芸能人のように遠い人間。ニュースで見る姉さんはどれもが輝いていて、それでいて窮屈そうにしていた。

 

「今の姉さんはとても自由で、とても楽しそうだ」

 

 あれが篠ノ之束。少し人より才覚があって寂しがりやの傍迷惑なところもある私の姉。

 

 そう思うと少し気が楽になった。私の姉は人間だとそう思えた。

 

「はーっ!?分かんないかなぁ!?箒ちゃんが一番可愛いんですけど!?剣道もできて私譲りだし、*1才色兼備の自慢の妹なんですけど!?」

「だが、一夏よりは劣るな!!あいつの作る料理はうまい。*2誰にも渡したくないほどだ!箒も素晴らしいが一夏には勝てんな!!」

「ちーちゃん、ブラコンすぎ!!!」*3

「なんだと、このシスコンが!!!」*4

 

 ただ本人たちがいるのに弟妹自慢というのはいかがなものだとは思う。

 

「姉さん…」

「千冬姉…」

 

 すごく恥ずかしいし、くーちゃんと山田さんの生暖かい目線も痛い。

 上がったはずの姉の株がまた静かに下落する音を確かに私は聞いた。

 

■■■

 

「ぜぇ…ぜぇ…」

 

 『俺』の息が上がる。『私』の心臓は脈打つ。鼻血はとめどなく。

 頭が痛い!疲れた!喋る元気もない!

 

 もうやめても良いかと体は問いかけてくるが無視して酷使する。

 

 こんな楽しいひと時を自分の体を言い訳にやめてたまるか!!

 

 ミサイルはとっくの昔に尽きていた。「赤陽」のブレードは二本ともへし折られて途中から近接格闘に切り替えざるを得なかったし、「青陰」も持たせていたライフルは一本がお釈迦でもう一本はエネルギー切れで投げ捨てた。今は予備の実弾マシンガンとシールドで応戦している。

 

 本体である「紫舞機」もフレームのあちこちが変形してるし一部は肉に突き刺さっているのか体が燃えるように痛む。右腕には感覚がなかった。どこかで骨が折れているのだろう。

 

 ちーちゃんも似たり寄ったりだ。スラスターの半分は削り取って片肺飛行になっているし、ブレードも予備すらないのか半分のところで寸断されたままだ。頭もどこからか出血しているのか拭う余裕もない。右目は開かない。左腕はだらりと下がっている。

 

 シールドエネルギーは残り僅かだ。ちーちゃんも似たり寄ったりだろう。

 

「次の一撃が…最後か」

「楽しかったけど…ね。まあ、なんにせよ」

 

「「ちーちゃん()に勝つ!!」

 

 「赤陽」と「青陰」はもう使えない。ほとんどスクラップ状態だ。

 なら、使えるところだけは再回収する。再度の合体。残ったのはブレード一本いや。

 

「いくぞ『零落白夜(れいらくびゃくや)』!!」

「ここで本邦初公開!『輪廻紫神(りんねしじん)』!」

 

 「単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)」ISと操縦者の練度が最大になった時に発現する、その機体だけに許された特殊能力。理論上は存在すると判断していた空論だ。それを今まさに発現させた。

 この局面で二人同時なのは偶然かそれとも運命なのか。

 

 ()()()()()はもうどうでも良いことで。

 

 「輪廻紫神」は近くにあったものを改造してその場で最適化する能力だ。

 このバラバラで制御すらおぼつかない「紫舞機」を出力を最適化し、ブレードも修復し、勝つための一手を用意する。あらゆる状況下に対応するための腕の能力。

 赤と青は混ざって紫になった。

 

 ちーちゃんのはブレードから閃光が噴き出している。あれはシールドエネルギーの塊だ。

 なるほど「暮桜」の剣とスラスター特化の仕様なら目指すべき姿はこうもなるか。ハイパーセンサーで観測不能なエネルギーは究極の一だ。

 白の光はどこまでいっても眩いままだ。

 

 万能の「紫舞機」に対する、一撃の「暮桜」。後はどちらの矛が優れているか。雌雄を決するのみだ。

 

「束ぇええええええ!!!」

「ちぃちゃああああ!!!」

 

 叫びなんてものは精神論に過ぎない。けど、叫ばずにいられなかった。お互いにボロボロで体力なんてものはとっくの昔に消し飛んでいたけど。

 それだけは譲れなかった。

 

 剣と剣は加速してゆく。

 ちーちゃんとの距離は近づいていく。

 刃と刃はぶつかり合って。

 

 そして。

*1
姉バカ

*2
姉バカ

*3
おまいう

*4
おまいう



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IS、再誕!

間に合った


 緊急会見の場所となったのはIS学園。今年度から正式に学園として運営、今後のISの未来の卵たちを創出する場所。

 

「えー、皆さん今日はお日柄もよく…ってそんなのいらない?だよね。どうも『天災』こと束さんだよ!」

 

 壇上に白衣とシンボルマークとなった青いドレスを纏った篠ノ之束、登壇。きっちり15秒間ポーズを決めた後に手元の資料を読み出す。

 

「今回のIS学園の設立にあたってはいろんな方々のご支援をいただきました。感謝いたします」

 

 束、深々と一礼。

 

「そこで開発者である、この篠ノ之束が感謝の意を示してプレゼントを用意させていただきました。はい、拍手ぅ」

 

 会場内まばらな拍手。

 

 束は気にせず資料を読み上げつつ、会場内に設置された赤い布に手をかけて取り去った。

 

「『私』が今回提供させていただくのはISコア500個と宇宙開発のために必要なIS用のマスドライバーを寄贈させていただきます。あっ!もちろんマスドライバーは実証実験済みだよ」

 

 会見場内騒然。そしてIS学園の校舎の背後に突如出現した大規模ターミナルとマスドライバー出現に困惑する。

 

「『IS学園は世界情勢や民族など関係なく平等・公平であるべき』という理念に深く感銘を受けましたのでこれを寄贈させていただきました。まあ、要は国のしがらみとか面倒だからIS学園で訓練や研究用にたくさん持っておこうぜ!ってこと」

 

 束、資料を破り、指を一本上げて空を指し示す。

 

「私が掲げるのは自由な宇宙開発!みんなも宇宙を目指そうぜ!IS学園は広くあなたを迎えます!」

「ISは今はまだ女性だけだけど、男性も必ず宇宙に連れていくよ!もちろんエンジニア部門や開発部門の学部もあるので一足早く目指したい人はこっちでもOK!」

 

 ISをフル装備した織斑千冬の乱入。束は額に汗を浮かべながら早口で喋り出す。

 

うわー、もう来たぁ。はい!名残惜しいですが今回はここまで。質問があったら動画サイトで配信しているのでコメントよろしくぅ!」

 

 その後、束は逃走。花火や爆竹を盛大にばら撒きながら千冬と乱闘。15分やりあった後に領空外を抜けて忽然と姿を消した。関係各所はこの暴挙に対応を追われるが束本人は「必要なことだった」と後にコメントを残した。千冬は「あの時ちゃんと仕留めとけばよかった」との声明を発表。

 

 

後に報道された全国ニュース番組で放映されたものの一部始終より一部抜粋。

 なお、この日IS関連の企業の株価は軒並み鰻登りとなり『束旋風』を巻き起こした。

 

■■■

 

 第二の「ブリュンヒルデ」を決める「モンド・グロッソ」が開催されている。

 

 レギュレーションで『私』の作ったISは()()()出禁だったので完全に観戦ムード。現場で観戦しようかと思ったけど、この前のIS学園の騒ぎがあったから『俺』そのものも出禁になったのでした。「今度、爆発騒ぎがあったらぶちのめすからな」と委員会から言われましたとさ。*1怒らせると怖いねー。次しないかっていうとすると思うけど。

 開発者なのになんか雑じゃない?とは思わなくもない。

 

 まあ、現地にはいるのでくーちゃんにお土産を頼んで中継映像を見ることにする。本命は限定「ブリュンヒルデ」グッズだ。大会限定の2分の1織斑千冬フィギュア*2とかが狙い目。大会公式どうやってちーちゃんを口説き落としたんだろうね。

 

 いやぁ、違うんだよ。自社製品って自分で融通効いちゃうから味気ないと思ったりするんだよ。こう見えても社長だし?意見通っちゃうんだよね。なんか最近変に熱い社員が増えてきたし。その熱量は一体どこから?

 

 だから、公式が出すちーちゃんグッズって案外少なくて今回の複製サイン入りTシャツとか頼めば直筆のやつを渋々やってくれるとは思うけどさ。

 

 ここ数日は適当な廃工場に潜伏しつつ観戦を開始。味気ないから「ゴーレム」も出して一緒に応援だ。完全に気分だけど。そうは言っても一人は嫌なんだよなー。くーちゃん、早く帰ってこないかなー。

 

「この場所ならバレないだろう。なんせ、地元でも知ってる奴なんて皆無な場所だ」

「ああ。これで天下の『ブリュンヒルデ』もいうことを聞かざるを得ないだろう」

「面白い話してるね『束さん』も混ぜてよ」

 

 そうしてはいってきたのは黒いスーツを着た怪しい風貌の女性の二人組。ずた袋*3を2人がかりで抱えている。重そうだね。

 

 中身は…まあ言わなくてもわかるよね。

 

「なぜここに!?」

「篠ノ之束だと!?」

「うん。そうだよー」

 

 やっておしまい「ゴーレム」。なんか知らないけど、とりあえず気絶させておこう。こういう時に暴力は便利だなと思わざるを得ない。

 

 ISを展開しそうにしてたけど、近所迷惑になるので没収させていただきました。これが噂の「亡国企業(ファントム・タスク)」ってやつ?後で話を聞かせてもらうね。

 袋の中身は予想がつくけど、そろそろ決勝だ。先に連絡を入れといた方がいいだろう。

 

 と思ったらかかってきた。宛先はもちろんちーちゃん。

 

「もしもし『俺』『俺』。あー、いっくんが行方不明?いっくんなら『私』の隣で寝てるよ!って冗談だってば、ちゃんと救出したとこ。いや、目の前に来たからつい反射で。これで万が一いい人だったら一緒に謝ってよ。多分その心配はないけどさ」

 

 ちなみに決勝戦は速攻でちーちゃんがもぎ取って2連覇でしたとさ。心配事がないとこの程度です。

 多分、次の「モンド・グロッソ」の項目にちーちゃん出禁が追加される日も近いな。

 

 とりあえずお祝いの準備をしなきゃ。研究室で開発してた砂糖の原材料がだだ余ってるから50号くらいのホールケーキ*4にしようかな。

 今から作るとして3時間もあればできるか。「紫舞機」と「ゴーレム」を並行利用すればいけるいける。味はウェブサイトで見た奴を利用して作ろう。味見はいっくんに任せよう。

 

 伊達に『天災』とは呼ばれていないのだ。うわはは。

 

■■■

 

「世界最強になる方法を知りたい?」

「そうだ。あなたはISの開発者だと聞いた。ならば、できるはずだ」

「えー、そうは言われてもなぁ」

 

 ちーちゃんに似た少女が『私』の研究所の表層部分にいた。似ているけど体つきは幼いというかまんま中学生の頃のちーちゃんにそっくり。

 くーちゃんが『俺』の目の前に割り込む。

 

「束様、明らかに外敵では?そもそもここの基地が露呈した可能性が高いかと」

「研究所はまあ移転するとしてさ、だったらわざわざ一人では来なくない?せっかくだから第一訪問者の話を聞いてみてもいいかなって」

「そうおっしゃられるのなら、私はここまでです」

「悪いね」

 

 「織斑計画(プロジェクト・モザイカ)」って奴だろう。ちーちゃんの身体計測をしていた時に異常なパラメータがあったことがある。いっくんは調べてないけど、多分ちーちゃんと同じく成功例って奴だろうね。

 検証の最中、某国がこの研究をやっていたと発覚したんだけど、どうも『俺』のせいで頓挫したらしい。世界中を放浪していたときになんか潰してたみたい。才能が怖い。

 くーちゃんやラウラちゃんと同じ理屈というか着想でいえば「織斑計画」の方がが先だ。人間の考えることは変わらないよねという。

 

 ちーちゃんに聞いてみたけど、そんなに気にしてなさそうだったので『私』も気にしないことにした。そんな程度で親友が歪んだりするものじゃないし、友情が偽りだったわけじゃないしね!ナチュラルボーンファイターじゃないし、ちーちゃんも修練の積み重ねをしてきた。努力って大事だよ。

 

「マドカちゃんだっけ?最強になる方法は生憎ご存じないね。なにしろこの『天災』でも負けることはあるし」

「なんだと」

「たとえば、箒ちゃんとか怒ったちーちゃんとかちーちゃんとかちーちゃんとかね!」

「ほとんど、織斑千冬のことではないか」

「まあ、怒らせてるの『俺』からだし」

「それはどうなんだ」

 

 最近はこれでも調子がいい方だ。連敗記録はストップしてなんとか巻き返ししつつあるし。料理対決は絶対勝てるのでそこで差を埋めている。

 IS使えって?なんでも使って勝つというのも大事なんです!

 

「最強になる方法は思いつかないけど、『私』はとりあえず強くなる方法があるのは知ってるよ」

「…それはなんだ?」

「気の合う友達を作って切磋琢磨するってことさ」

 

 今ならIS学園という場所もあるし。国籍なんてなくても大丈夫。この場所がわかるくらいには優秀なんだし。

 

 そもそもISってのは平等だ。誰にでもチャンスは与えられるべきだ。君も宇宙を目指すんだよ!

 

「じゃあ、ちょっと早い入学祝いにこの作るだけ作っておいて出しどころがなかったこの『黒騎士』をマドカちゃんにあげよう。いいでしょ?束謹製のISなんて滅多にないよ」

 

 アニメオリジナルだったから参考資料用に作って放置してた幻の機体だ。

 後はちびちび最新仕様にバージョンアップしていたから問題はないはず。それにちーちゃんと同じ遺伝子ならこのISも乗りこなせるはず。

 

「後は入学試験だけど、こう見えても『私』はISの権威だからね。なんとでもなるはずさ」

「おい、待て!私は了承したつもりはないぞ!」

「くーちゃん、IS学園のパンフレットは?」

「既にご用意しています」

 

 さっすが、くーちゃん。気がきくね。

 

「おい!聞け!」

「制服の寸法も見ないとねー。教科書も一人分用意しないと」

「束様、『黒騎士』の連盟への申請手続きの方が先では?」

「なんなんだこいつらは!!」

 

 後はIS学園に電話を入れてっと。最悪、爆発したくなけりゃこっちのいうことを聞けって脅そう。そのくらいは許されるはずだ。改築費用出したのほぼ『俺』だし。

 

■■■

 

「おひさおひさ。この前の同窓会以来だね。2ヶ月ぶりくらい?ちょーっとお願いしたいことがあってさ」

「君んところで作った奴に『暮桜』ってあったじゃん。あれってすごいよねって『束さん』思ったんだよね」

「あれを参考に第3世代IS作って欲しいんだけど。えっ、無理?いやー、そんなことないよ。出来る出来る。断ったらちょっと嫌な気持ちになるだけで。どうしたの?ため息なんかついて。幸せが逃げるよ?」

「そうそう!ISの構築方法でちょっと面白い研究があってね。ついでに装甲に組み込んでほしいんだけど。自分でやれって?これから忙しくなるから無理だね」

「あー、ISコア?なら先に送っといたから。すぐに開発ができると思うよ。『白騎士』のコアだから大事にしてね」

 

 色々怒鳴ってきたから切ってしまおう。

 

 よし。あれでも真面目だし研究者だから餌には食いつくと思う。

 

 おっと。そろそろ目が覚める頃合いかな。

 

「あのー、束さん。なんで俺、縛られているんですかね」

「おはよう、いっくん。卒業おめでとう!そして入学おめでとう!」

 

 クラッカーを鳴らす。『俺』特性のスペシャルクラッカー*5だ。くーちゃんも花吹雪を散らして貰っている。

 箒ちゃんに同じことをしたら普通に竹刀で斬りかかってくるとは思わなかった。*6結構力作なのに。

 

「あ…ありがとうございます*7

「いやー、灯台下暗しって奴?ちーちゃんの弟だからなのか。元々適性があったのか。そこらへんもおいおい検証していくとして」

 

 まさか、いっくんがISに乗れるとはね。偶々偶然ISの適性試験会場にあったものを起動させた。世界初の男性IS搭乗者だ。

 今までは屈強な男ばかり目を向けていたけど、持つべきものは友だね。それも「ブリュンヒルデ」の!

 

「縛られている理由がまだなんですが。あと、すごい束さんテンション高いし」

「そりゃ世界初だよ?放っておいたらいっくんがモルモット*8になっちゃうから事前に確保しただけだけど」

 

 いっくんが短く息を吐いた。半分は嘘で、そうなったら『天災』と『ブリュンヒルデ』が世界中のミサイルを切って回ることになるだろうけどね!それはそれで確保はさせてもらう。重要な実験た…いや、操縦者なんだし。

 

「実動データはIS学園に入学してもらっていくらでも取れるからいいとして、まずは座学だね。とりあえず一年分くらいは叩き込んでおかないと研究データがろくに取れやしないからね!2週間ぶっ続けだ!」

「それって俺、寝る暇ありますか!?」

 

 いっくんの懸念は正しい。常人なら無理だろう。あと、物理的に不可能だろう。カリキュラム形成とか。

 けど、開発者だからね。詰め込みかたってのも熟知している。2週間あれば時間の余裕ができるまである。箒ちゃんもそれで受かったんだし!*9

 

 後、ちーちゃんの弟だ。なんとかなる。

 

「大丈夫!『束さん』がいるから!」

「根拠になってねぇ!!」

 

 とりあえず身体能力測定と現在の学力を測ってしまおう。縛ってるうちに。

 

「一夏ァ!!」

「千冬姉ェ!!」

 

 扉を切り飛ばしてちーちゃんが颯爽と登場した。

 

 すごい感動の再会みたい。そしてすごい悪者みたいだ『私』。*10『俺』としても否定はできないけど!

 

「どうしてこの隠し研究所が分かったのかは一旦、置いておこう。けど、流石に初の男性搭乗者のいっくんは渡せないよ!」

「一夏は譲らん!この際だ。日頃の恨みも晴らさせてもらおう。最近、お前のせいで禁酒せざるを得ないんだ。*11ついでに束にも大人しくしてもらおう!*12

「望むところだ!」

 

 ちーちゃんがISを展開したので『俺』も負けじとISを展開する。

 前回の反省点を活かした最新型だ。『私』が負けるはずがない!*13

 

「あの盛り上がっているところ悪いんだけど!ここ狭いし、まだ縛られているままなんだけど!?聞いてる、千冬姉ェ!?*14束さん!?*15

「あきらめましょう。この二人が揃うということはそういうことです。強く生きましょう*16

「そんなァ!?」

 

 いろんなことがあったけど、宇宙はみんなで目指した方が面白い。

 それ以外にもいろんなものはある。世界はまだ広い。そして宇宙もまた格別に広い。

 

 そこに至るまでにはいろんな障害があるだろう。けど、『私』は諦めないし、『俺』は進み続けるだろう。この宇宙に広がる『無限の成層圏』を突き進むために!

 

 ちーちゃんのISからブレードが展開される。噂の新型だろう。けど、こっちにも負けられない理由がある。

 

「束さんがやっつけちゃうぜ!」

*1
残念でもなく当然

*2
会場内限定照れ顔パーツ付き

*3
ちょうど人1人が入りそうな大きさ

*4
直径150cm

*5
無駄に凝った装飾が辺り一面に散らばる。まあまあ五月蝿い

*6
衆人環境でやったため

*7
一夏は混乱している!

*8
実験台

*9
半分くらい強制されていた。効果は絶大

*10
それはそう

*11
仕事量に忙殺されるため

*12
主に自身の安寧のため

*13
フラグ

*14
聞いてない

*15
聞く気がない

*16
その眼は開いていないにも関わらず穏やかだった




ここまで読んでくださりありがとうございました
これにて「束さんはやっつけちゃうぜ!」完結とさせていただきます
この作品は単発予定だったのでここまで続くと思ってませんでした
また、機会があれば読んでいただけると幸いです
それでは


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