【第一章完】凸込笑美はツッコまざるを得ない……! (阿弥陀乃トンマージ)
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第1笑
ツカミ


                   ツカミ

 

「待ってや! 何がアカンねん!」

 

 真っ金々の金髪を振り乱しながら女の子が叫ぶ。その叫びを受けて歩いていた男の子が立ち止まり、振り返って口を開く。

 

「……ねん」

 

「え? なんやって?」

 

「……んや」

 

「だからなんやねん! よう聞こえへんねん!」

 

「ほなな……」

 

 男の子がまた正面を向いて歩き出す。

 

「ちょ、ちょっと待てって!」

 

 女の子が走って追いかける。運動神経は悪くない方だ。しかし、どれほど走っても、歩いている男の子の背中に追いつかない。むしろ、遠ざかっているような感じだ。

 

「……」

 

「ウチら、うまくいってたやん! 何が気に入らんかったんや⁉ ウチが悪いんか⁉ それやったら教えてくれ! 直すから!」

 

「………」

 

 女の子が再び叫ぶ。男の子はその声が聞こえているはずなのに、振り向こうとしない。女の子は段々と腹が立ってきた。

 

「ああ、そうか! せやったらええわ! 好きにしたらエエがな!」

 

「…………」

 

 男の子はどんどんと歩いていく。女の子は慌てる。

 

「ちょ、ちょっと待て! ホンマに好きにするやつがおるか、アホ!」

 

「……はあ」

 

 男の子が振り返る。顔は霞がかかっていて、女の子からはその表情はよく見えない。

 

「な、なんや……」

 

「……もうお終いや。元気でな……」

 

「ま、待てって! ウチらええコンビやったやん!」

 

「……………………」

 

 男の子がまた離れていく。どんどんとその背中が見えなくなっていく。

 

「はっ!」

 

 女の子がバッと目を覚ます。

 

「……またこの夢か」

 

 女の子はボサボサの黒い髪を手で撫でながら、眼鏡をかけて、小声で自らに言い聞かす。

 

「アホかウチは……もう忘れろ……」

 

 女の子は起き上がると、テキパキと準備を終え、朝食を食べ、家を出る。

 

「行ってきます~」

 

 女の子は近くの港へと向かう、港には中型のフェリーが停泊していた。女の子はそのフェリーに乗る。やや時間が空いてから、フェリーが出航する。女の子は窓際の席に座る。

 

 女の子は窓から穏やかな瀬戸内海をぼうっと眺める。既に数度、フェリーに乗っての通学は経験しているので、新鮮味はもう薄れていた。ただ、この海の眺めは好きになれそうなのは幸いだなと思った。目覚めに見た悪い夢のことも頭の片隅へと追いやった。

 

 アナウンスとともに、フェリーがある島の港に停泊する。女の子は降りる。そこからしばらく歩いていき、小高い丘を登ると大きな学校が目の前に現れる。『私立瀬戸内海学院(しりつせとないかいがくいん)』と記された銘板が校門に設置されている。引っ越してくる前までもネットで地図を眺めながらこの辺ではかなり大きな島だということは認識していたが、まさかここまで大きな高校まであるとまでは知らなかった。通っている生徒もかなり多い。

 

「……まあ、目立たんかったら大丈夫やろ」

 

 女の子は小声で呟き、校門に向かう。校門まわりが何やら騒がしい。

 

「新入生はサッカー部へ!」

 

「柔道部でともに鍛え上げよう!」

 

「軽音楽部入ろうぜ!」

 

「吹奏楽部入りませんか~」

 

 昨日入学式を終えた新入生に対し、部活やサークルの勧誘合戦が早速始まっている。この女の子は自らのことは2年生だとアピールしつつ、その勧誘の輪を潜り抜けていく。

 

「……もっともこんな女には誰も声かけへんわな……」

 

 女の子は自嘲気味に笑う。女の子はさっきの夢とはうって変わって、黒い髪を三つ編みにし、眼鏡をかけている。オブラートに包んだ言い方をすれば、『地味』な恰好だ。ただ、それで良かった。卒業までの二年、何事もなく、平穏無事に過ごすことさえ出来れば……ただそれだけが望みであった。女の子は輪を通り抜けていく。背中に声が聞こえたが気にしない。

 

「ふう……」

 

 女の子は輪を抜けた、これでいい。面倒な部やサークルなどの活動はまっぴら御免だ。丘の上から綺麗な海が見える。女の子は思い切り両手を伸ばす。花のJKライフの始まりだ。

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

 振り返ると、ビラを持った眼鏡の男子が息を切らし、追いかけてきた。嫌な予感が……。

 

「はあ……はあ……『ツインスマイル』の突込笑美さんですよね?」

 

「ツッコミちゃう凸込(とつこみ)や! 凸込笑美(とつこみえみ)や!」

 

 名前を呼ばれた笑美は校門付近にも響き渡るようなエエ声でツッコミを入れてしまった。笑美は頭を抱える。JKライフ、早々と終了のお知らせである。



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1本目(1)慎重に検討

                  1

 

「や、やっぱり、あの『ツイスマ』の……」

 

「人違いです……」

 

 笑美はその場を立ち去ろうとする。眼鏡の男の子が慌てて声をかける。

 

「い、いや、ちょっと待って下さい! 斜め90度からの顔でピンときたんです!」

 

「気持ち悪いな! どこでピンときてんねん! ほぼ横顔でええやろ!」

 

 笑美は思わず立ち止まってしまう。男の子は頷く。

 

「そのよく通る声、キレの良いツッコミ……そしてネイティブ関西弁!」

 

「ネイティブとか、エエかっこしてるみたいに言わんでええねん! ……!」

 

 ハッとした笑美は前を向く。男の子が再び頷く。

 

「やっぱりそうですよ……『ツイスマ』の突っ込み担当……」

 

「た、他人の空似です……」

 

 笑美は再び歩き出そうとする。男の子は構わず尋ねてくる。

 

「ツインスマイルには衝撃を受けました! 高校生でこんな漫才が出来るんだって……」

 

「……」

 

「あの良く言えば『自由奔放なボケ』に柔軟に対応する『七色のツッコミ』……プロでもあのレベルのコンビネーションはなかなか見られなかったと思います……」

 

「………」

 

「たった数ヶ月の活動で、伝説になったコンビ……映像や画像の類もほとんど出回っていないミステリアスさが、またそのカリスマ性を大いに高めている……」

 

「…………」

 

「何故こんな田舎の島に?」

 

「……他人の空似です」

 

「そもそもなんでツイスマを辞めちゃったんですか?」

 

「そんなことアンタには関係ないやろ!」

 

 笑美は立ち止まって振り向き、大声を上げる。男の子はビックリして、頭を下げる。

 

「す、すみません……」

 

「い、いえ、こちらこそ……」

 

 笑美はズレた眼鏡を直して、また歩き出そうとする。

 

「あ、あの……将来を嘱望されていた方に対して、大変恐縮なのですが……」

 

「はあ……」

 

 笑美はため息をつく。この男の子はまだ自分に話しかけてくる。

 

「うちのサークルに……」

 

「お断りします。ウチはサークル活動をするつもりはありません」

 

「え……」

 

「失礼します」

 

 笑美は頭を下げて、その場からスタスタと離れる。残された男の子は後頭部をポリポリとかきながら呟く。

 

「失敗した……でもまさか、こんな田舎の高校で見かけるなんて思わなかったからな、ついつい興奮してしまった……オタクの悪い癖だ……」

 

「や、やめて下さい!」

 

「!」

 

 笑美の声が聞こえてきたので、男の子は視線をそちらに向ける。笑美が屈強な体つきをした男たち三人に囲まれて、片腕を掴まれている。

 

「へへっ、お姉ちゃん、ワシらの部に入ってくれよ……」

 

「先輩、眼鏡っ子好きでしたっけ?」

 

「マニアックなやっちゃな~」

 

「アホ、こういう子ほど磨けば光るもんじゃ」

 

「は、離して下さい……」

 

 笑美が困惑気味に呟く。腕を掴む男は太い首を左右に振る。

 

「いいや、離さん」

 

「ウ、ウチは運動部には入るつもりはありません……」

 

「ウチだってよ!」

 

「おおっ、関西弁! これはエエかも⁉」

 

「じゃから最初からそう言うてるじゃろう……」

 

 笑美の反応に興奮する取り巻きに対し、男は自分の目利きが正しかったということを何故か誇らしげにする。笑美が呟く。

 

「あ、あんまりしつこいと、大声出しますよ……」

 

「それじゃ、その大声。さっきも聞こえてきた良く通る声……マネージャーにピッタリじゃ」

 

「マ、マネージャー……?」

 

「そうじゃ」

 

「おおっ、ついにウチにも女子マネージャーが!」

 

「楽しみが増えますねえ!」

 

「お前らちょっと黙っとけ……どうじゃ?」

 

 男は取り巻きを注意した後、笑美に問う。笑美は戸惑いながらも自分の考えを伝える。

 

「どうじゃもなにも……お断りします。離して下さい」

 

「いいや、エエというまで離さんぞ」

 

「⁉ な、なにをふざけたことを……くっ!」

 

 笑美は腕を振りほどこうとするが、ビクともしない。男は笑う。

 

「アッハッハッハ! 無駄じゃ、無駄。アンタの細腕じゃどうにもならん……と言いたいところじゃが、意外と筋肉がついとるの……」

 

 男が不思議そうに笑美の手首を見る。

 

「ひゃ、ひゃめなさい!」

 

「あん?」

 

 男と笑美たちが視線を向けると、そこには眼鏡の男子が立っていた。声も足も情けなく震えてしまっている。それでも懸命に二の句を継ぐ。

 

「い、嫌がっているじゃないですか!」

 

「ちょっと話し合いがエキサイトしとるだけじゃ……」

 

「ど、どこが話し合いですか⁉」

 

「やかましいのう……なんやキサンは?」

 

「か、彼女には僕らが先に声をかけていました! 横取りはダメですよ!」

 

 男の子は手に持った大量のビラを振りかざす。

 

「ああん? 寄越せ!」

 

「あ……」

 

 男の取り巻きがビラを一枚取って読み上げる。

 

「瀬戸内海学院お笑い研究サークル……?」

 

「ぷっ、部活でもないやん……」

 

「もやしっ子の文化系なんぞお呼びじゃないんじゃ。さっさと消えろ……」

 

 取り巻きの話を聞き、男は睨みをきかす。

 

「そ、そういうわけにはいきません! 彼女はうちのサークルへ入るんですから!」

 

「⁉」

 

 笑美が驚くが、男の子は構わず話を進める。

 

「さっきそう言ってくれました!」

 

「ああ? そんな口約束、クソくらえじゃ……」

 

 男は片腕をぐるぐると回す。男の子は怯みながら叫ぶ。

 

「ぼ、暴力反対!」

 

「人聞きの悪いことを言うな」

 

「だ、だって、絶対殴る前振りでしょ⁉」

 

「アホか、んなことしたら部活動停止じゃ……」

 

「……と思わせて~?」

 

「せえへんって言っとるやろ!」

 

「油断させてからの~?」

 

「するか! なんでキサンみたいなもやしっ子を不意打ちせないかんのじゃ!」

 

 男は声を荒げる。

 

「と、とにかく、彼女はこちらのサークルのメンバーです!」

 

「……この子はそんなこと言うた覚えはなさそうじゃが……?」

 

 男が笑美の顔を覗き込む。

 

「い、意外と鋭い……」

 

「ん?」

 

「サークルに入ることを慎重に、前向きに、検討すると言ってくれました!」

 

「さっきと言っていること違うじゃろう!」

 

「ぐっ……」

 

「……まあ、ええわ。笑わせてみろ」

 

「は?」

 

「お笑いサークルなら、ワシらを笑わせてみろ……それが出来たら引いてやるわ」

 

「え、えっと……」

 

「早よせえ!」

 

「せ、瀬戸内海お笑い研究サークル! ネ、ネタやりま~す!」

 

 男の子がビラを床に投げつけて右手を上げる。

 

「む……」

 

「セトウチで~す!」

 

「!」

 

「セトナイで~す!」

 

「‼」

 

「二人合わせて、セトセトで~す♪ いや~トナイくんね~? 最近……」

 

「こ、こいつ……一人で漫才する気か?」

 

「マ、マジか……」

 

「……くん」

 

「うん?」

 

「ちょっと待てや! トウチくん!」

 

「⁉」

 

 笑美が腕を強引に振り払い、男の子の方へ駆け寄る。男の子も男たちも驚く。

 

「何を自然に世間話入ろうとしてんねん!」

 

「え……」

 

「セトセトってコンビ名やのに、芸名がトウチ、トナイって! セ、どこいった!」

 

「セ、セにはここはぐっと我慢してもらって……」

 

「いらんねん、そんな我慢! それにトナイって、東京都内みたいでややこしいやろ!」

 

「シティ感出るかなって思って……」

 

「なんや、そのシティ感って! なにをちょっとキラキラしよう思うてんの⁉」

 

「駄目かな~」

 

「アカンがな!」

 

「……お、お前ら行くぞ……」

 

 男たちがいなくなったことに男の子が気づく。

 

「……あ、いなくなった。ネタが良かったのかな?」

 

「呆れたんやろ……それか関わったらアカン連中と思ったのか」

 

「あ、そっちですか……」

 

 男の子が苦笑する。笑美が呟く。

 

「おおきに……」

 

「はい?」

 

「助かったわ。お礼代わりに……」

 

 笑美が地面に散らばっているビラを拾い、男の子の顔に突きつける。

 

「……⁉」

 

「慎重に検討だけならしてあげてもええで」



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1本目(2)セトワラ、爆誕

「……よ、ようこそ、こちらです!」

 

「部室あるんやね、結構広いやん……」

 

 男の子の案内で、笑美は部室に入る。

 

「まあ、無駄に校舎がデカいですから。意外と教室が余っているんですよ」

 

「……なんやったけ?」

 

「え?」

 

「サークル名」

 

「ああ、瀬戸内海学院お笑い研究サークル……」

 

「長いな」

 

「へ?」

 

「長すぎるわ、名前。いちいちそれを言うんか? 噛んで噛んでしょうがないわ。舌がなんぼあっても足らへんで」

 

「や、やっぱりそうですかね……」

 

「いの一番に気付くところやろ……」

 

 笑美が呆れ気味に呟く。男の子が感心する。

 

「ちょっとネタを見ただけで、問題点に気が付くとは……さすがプロ……」

 

「プロちゃう、プロ志望やっただけや……」

 

「し、失礼しました……」

 

「略したら?」

 

「はい?」

 

「サークル名、例えば……『セトワラ』とか……」

 

「おおっ!」

 

 男の子がグイっと笑美に顔を近づける。笑美が戸惑う。

 

「な、なんやねん……」

 

「一気に親しみやすさが増しました! さすがです!」

 

「こんなん誰でも思いつくやろ……」

 

「いや~それが、相談出来る相手がいないとなかなか……」

 

「……さて、そろそろ失礼しようかな」

 

 笑美がそそくさと部屋を出ようとする。男の子が慌てて止める。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! 検討終えるの早すぎません⁉」

 

「嫌な予感がしたからや」

 

「嫌な予感?」

 

「ああ、このサークル……会員、キミ一人ってオチやろ?」

 

「ギクッ」

 

「古臭いリアクションすんな、まあ、一応見学はしたからな、義理は果たしたで。ほな……」

 

 笑美が出ていこうとする。男の子が声を上げる。

 

「6人います!」

 

「ええ?」

 

「僕を除いて、会員は6人です!」

 

「へえ……」

 

「僕を合わせると、7人ですね」

 

「分かっとる。義務教育受けとるわ」

 

「すみません……」

 

「なんや、結構人数おるやん」

 

「あ、ちなみに壁に名前が……」

 

 男の子が壁を指し示す。会員の名前が書かれた木の札が掛けてある。

 

「ほう、大学の落研みたいな……それならさ」

 

「はい?」

 

「別に無理に勧誘せんでもええんちゃう? サークルなら十分な人数やろ?」

 

「いや、やっぱり1年生には入ってもらった方がいいじゃないですか」

 

「そういうもんかね」

 

「そういうもんです」

 

「それに……」

 

「それに?」

 

「い、いや、なんでもないです」

 

 男の子が手を左右に振る。笑美が首を傾げる。

 

「? まあ、ええわ。他にも気になることがあるんやけど……」

 

「なんですか?」

 

「相談出来る相手がいないって言ってたやん?」

 

「ああ、はい……」

 

「おるやん」

 

 笑美が壁を指し示す。男の子が苦笑する。

 

「いやあ~なんというか……」

 

「幽霊会員なんか?」

 

「いや、皆さん、ちょくちょく顔は出してくれますよ。ただ、他の部などとの兼ね合いもあるので、こちらに全面的に時間を割けるわけではないんですが……」

 

「やる気はあるんかいな」

 

「やる気だけはね……」

 

「どういうことやねん?」

 

「ネタを考える担当が僕だけで……」

 

「うん?」

 

「後は全員ボケなんです……」

 

「アホなん⁉」

 

 笑美が声を上げる。男の子が間を空けてから呟く。

 

「そう……このお笑いサークル、『ツッコミ』がいないんです!」

 

「ああそう……」

 

「そこで!」

 

 男の子が笑美の両手をガシッと取る。笑美は首をブンブンと振る。

 

「いやいや!」

 

「このゴッドハンドで!」

 

「ダサいな!」

 

「我々をビシバシベシとシバキ回して欲しいのです!」

 

「大声で誤解を招きそうなこと言うのやめてくれる⁉」

 

「失礼、突っ込んで欲しいのです!」

 

「……断る」

 

「ええっ⁉」

 

 男の子が驚く。笑美が耳を抑えながら呟く。

 

「そんなに驚くことかいな……」

 

「な、なんでですか⁉」

 

「ウチはもうお笑いはやらんねん……」

 

「どうしてですか?」

 

「どうしてもや……」

 

 笑美は部室を出ようとする。

 

「でもさっき、僕に助け舟を出してくれたのは……」

 

「!」

 

「お笑い好きの心が疼いたからですよね?」

 

「……見てられへんかったからや」

 

「いいえ、違います」

 

「?」

 

「貴女のお笑いへの燃える思いがまだ消えてないということです」

 

「分かったようなことを言うな……!」

 

 笑美が振り返って男の子を静かに睨みつける。男の子も怯まずに話を続ける。

 

「その才能を朽ち果てさせてしまうのは余りにも惜しい……!」

 

「……」

 

「このサークルでその才能を再び輝かせませんか? プロ一歩手前まで行った貴女にとっては、僕たちのレベルは低いかもしれませんが……あっ!」

 

 部室の片隅に積み重ねられた大学ノートの束が崩れる。笑美が拾ってやるついでにノートをパラパラとめくる。

 

「これは……ネタ帳か」

 

「え、ええ……僕が書きました」

 

「キミ、何年生?」

 

「あ、2年生です……」

 

「ほな、一年でこの量を書いたんか……」

 

 笑美が大学ノートの束を見て感心する。男の子が首を左右に振る。

 

「いいえ、これは大体、直近三ヶ月分です」

 

「は⁉」

 

「古いのは家に持ち帰っています」

 

「こ、この量を三か月で……?」

 

「ネタを考えるの好きなんで……粗製濫造のきらいがありますが……」

 

「いや、考えることが出来るのは大したもんやで……」

 

「はあ……」

 

「ふむ……」

 

 笑美がノートをまじまじと見つめる。男の子が苦笑する。

 

「いや、汚い字でお恥ずかしい……清書はパソコンでやりますけど……」

 

「……やろうか」

 

「え?」

 

「セトワラ、ウチがツッコミやったるわ」

 

「ええっ⁉ ほ、本当ですか⁉」

 

「ここでウソついてもしゃあないやろ」

 

「ど、どうして……?」

 

「こんなに一生懸命ネタ考えたんや、案外悪くないし。せっかくやから世に出さんと」

 

「そ、そうですか……」

 

「ネタ披露ライブとかやってんの?」

 

「い、いえ……」

 

 男の子が首を振る。笑美が苦笑する。

 

「まあ、ツッコミもおらんところでやっても大事故か……」

 

「こ、今度……」

 

「ん?」

 

「新入生歓迎会があります」

 

「そういや、そんなんあったな……」

 

「そこで、部活動サークル活動説明会というのがあります」

 

「ほう……」

 

「その場でサークルをアピールしようとは考えていたんですが……」

 

「ちょうどええやん」

 

「え?」

 

 男の子が首を捻る。

 

「そこでネタをやろうや」

 

「うええっ⁉」

 

「なんでそこで驚くねん、人にツッコミやってくれって言うてたくせに」

 

「そ、そうですけど……急な話だなと……」

 

「人生なんて基本待ったなしやで」

 

「じ、時間が足りなくありませんか? 三日後ですよ?」

 

「そんだけあれば十分や」

 

「は、はあ……」

 

「ほな、決まりやな」

 

 ノートを拾うため屈んでいた笑美が立ち上がる。

 

「し、しかし……」

 

「なんやねん?」

 

「その日のステージに立てるボケがいません。皆予定があって……」

 

「……キミ、名前は?」

 

「え? 細羽司(ほそはねつかさ)です……」

 

「司くん、キミとウチで漫才やったらええやん」

 

「え、ええっ⁉」

 

 司と名乗った男の子は素っ頓狂な声を上げる。

 

「ネタが頭に入っているなら稽古も少ない時間で済むな」

 

「い、いや、僕は放送作家志望でして……」

 

「演者の気持ちを理解しておくのも大事なことやで?」

 

「そうかもしれませんけど……」

 

「よっしゃ、それじゃあ三日後、『セトワラ』初舞台や!」

 

 笑美が満面の笑みを浮かべる。



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1本目(3)ネタ『サークル活動説明会』

「はいどうも~♪」

 

「は、はいどうも……」

 

「ウチら、瀬戸内海学院お笑い研究サークル、略して……」

 

「「『セトワラ』で~す」」

 

「よろしくお願いしま~す」

 

 笑美の元気の良い挨拶にまばらではあるが、拍手が起こる。

 

「えっと……」

 

「……自己紹介」

 

 尚も緊張気味の司に笑美が囁く。

 

「あ、ぼ、僕は2年の細羽司です」

 

「ウチは2年の凸込笑美で~す。いや~司くんさ~」

 

「え?」

 

 司が戸惑う。笑美がいきなり台本にないことをやってきたからだ。

 

「袖からステージに出てくるまでの動きがぎこちないって!」

 

「そ、そうですか?」

 

「そうよ、アタシ、『生まれたての進撃の巨人かな?』って思ったもん」

 

「生まれたてって! せめて出来たてでしょう?」

 

「そんなんどっちでも一緒や!」

 

 一つ笑いが起こったことで、司にもわずかではあるが余裕が生まれた。

 

「い、一緒かな~?」

 

「まあ、そんなんはどうでもええんですよ! 今日は大事な日なんでしょ?」

 

「あ~近所の福田トメさんのお誕生日です」

 

「違う! アニバーサリーやけれども!」

 

「違うんですか?」

 

「違うでしょ。新入生歓迎会の部活動サークル活動説明会です! 君、なんていうサークルやったっけ?」

 

「セトワラです!」

 

「そう、そのセトワラ、ここに入るとね……なんや良いことがあるんやって?」

 

「そうなんですよ」

 

「ちょっとそれ、皆さんに教えてあげてよ」

 

「はい、こんな僕でもね、セトワラに入ったことによって……」

 

「よって?」

 

 司がピースサインをつくる。

 

「……2ミリ垢抜けたんです」

 

「たったの2ミリ⁉」

 

「『司の2ミリ』って、僕の島ではバズっています」

 

「それはバズるって言わんねん! ただの噂話や! まあまあ、こちらの1年生諸君に入ってきて欲しいんやろ?」

 

「それはそうですよ」

 

「だ~れも入らんかったら?」

 

「サークル存続の危機です!」

 

「あ~こりゃあ大変や!」

 

「大変なんですよ! でもね、皆さん考えてみて下さい」

 

「はい?」

 

 司がボソッと呟く。

 

「……今ならレギュラー確実ですよ」

 

「レギュラーってなんやねん⁉」

 

「なにもしなくてもこうしてステージ立てますよ」

 

「なんもせんのはマズいがな!」

 

「だって僕も現になにも覚えてきてないですからね」

 

「覚えてこいや! まあええわ、どんな人に入ってきて欲しいとかあるの?」

 

「え……まあ、面白い人」

 

「漠然としてるな……他には?」

 

「センスある人」

 

「その時点でセンスない気がするけど……他には?」

 

「えっと……僕とお付き合いしてもいいよって女子生徒の方、大歓迎です」

 

「そんなんおるか!」

 

「応募者多数の場合、厳正なオーディションを行います」

 

「行うな! 何様のつもりやねん!」

 

「なんですか、さっきから!」

 

 司が大声を出す。

 

「おっ、びっくりした……」

 

「誰も入ってこなかったらどうしてくれるんですか⁉」

 

「……どうなるの?」

 

「え?」

 

「サークルに誰も入らんかったらどうなるの?」

 

「そ、それはさっきも言ったように、サークル存続の危機ですよ!」

 

「そりゃ、エラいこっちゃ!」

 

「エラいことですよ。新鮮味が売りのウチのサークルが……」

 

「え? 今なんていうた?」

 

「はい? 新鮮味が売りの……」

 

「え、ちょっと待って、ちょっと待って……サークルが出来て何年目?」

 

「1年目ですよ」

 

「いや、生まれたてやん!」

 

 笑美が後方に下がりながら司の胸をビシっと指差す。

 

「伝統を受け継いでいかないと……」

 

「伝統ゼロやん!」

 

「で、でも、盛り上げていきたいんですよ! この瀬戸内海の小さな島から! 大きな笑いのムーブメントを巻き起こしていきたいんですよ!」

 

「ふ~ん、それじゃあ、なにか目標をここで言うてみてよ」

 

「え? 目標?」

 

「そう、セトワラとしての目標をブチ上げちゃってよ~」

 

「えっと……毎年夏に行われる『笑いの甲子園』……」

 

「あ~ありますね~」

 

「そこで優勝を目指します!」

 

「お~大きく出たね~」

 

「ブチ上げろって言ったじゃないですか」

 

「司くんは笑いの甲子園に出たいんや?」

 

「それは出たいですよ! 応援団で」

 

「いやいや、レギュラー落ちとるがな!」

 

「ちょっと髪の毛が長かかったかな~」

 

 司は髪の毛を触る。

 

「そこだけ昭和の高校球児⁉」

 

「『司の0.5ミリ』って言われて、島でバズって……」

 

「だから、それは噂話やねん!」

 

「ブオオオ~ン♪」

 

 司がサイレンの口真似をする。

 

「あ、これは笑いの甲子園の開幕を知らせるサイレンや! 皆さん! この夏、ウチらとともに夢を追いかけませんか?」

 

「え~福田さんのお宅のトメさん、祠の入り口のつっかえ棒を返して下さい……それは杖ではありませんよ……」

 

「しょうもない島内放送やった!」

 

「つっかえ棒を返して頂かないと……」

 

「頂かないと?」

 

「……島の結界が破られます」

 

「エラいことになる! 島存続の危機⁉ って話変わっているやんけ! もうええわ!」

 

「「どうも、ありがとうございました!」」

 

 笑美と司がステージ中央で揃って頭を下げる。



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1本目(4)そして翌日

「はあ……」

 

「どうやった?」

 

 袖に下がった司に笑美が声をかける。

 

「む、むちゃくちゃ緊張しました!」

 

「そらそうやろうな」

 

 笑美が笑う。

 

「凸込さんは……」

 

「笑美でええって言うてるやん」

 

「え、笑美さんは緊張してないですよね、さすがに……」

 

「いや、緊張しまくりよ」

 

「え?」

 

「見てみ、このペットボトルを持っている手」

 

 笑美は小刻みに震える手を見せる。

 

「あ……アルコールは二十歳になってからですよ」

 

「人をアル中にすんな。これは緊張からくる震えや。出番が終わってもまだ収まらん」

 

「そんなに緊張されていたんですか?」

 

「そら、するよ。人間やもん」

 

 笑美はペットボトルの水を一口飲む。

 

「で、でも、笑いの本場、大阪で活動されていたじゃないですか」

 

「場所とかそんなん関係あらへんよ。人前に立つというのはそれだけでかなりの覚悟がいるし、エネルギーも消費する……分かったやろ?」

 

「は、はい……身に染みて……」

 

「でも、そういうひりひりする緊張感っていうのも、良いパフォーマンスをする上では必要な要素やと思うんや」

 

「た、確かに……」

 

「この経験が今後のネタづくりに生きてくるかな?」

 

 笑美が笑みを浮かべる。

 

「そ、それはもう、確実に……」

 

「ほうか。それは期待やな。今後も頑張りや」

 

「はい……え?」

 

 司が笑美の顔を見る。笑美が頭をポリポリとかく。

 

「今更やけど、やっぱり極力目立ちたくないねん……何のためにこの学校来たのか忘れるところやったわ。舞台は今日限りにさせてもらうで。お疲れさん」

 

「そ、そんな……」

 

「凸込笑美は普通の女の子に戻りま~す」

 

 笑美が手をヒラヒラと振って、ステージ袖から去る。

 

「ねえ、あの人……」

 

「あ、本当だ……」

 

 新入生歓迎会の明くる日、廊下を歩いている笑美を見て、ひそひそ話をする女子生徒たちがいる。笑美は内心苦笑しながら、一人言を呟く。

 

「目立ってもうたか……まあ、今後大人しくしてたら、どうせ皆すぐ忘れるやろ」

 

 笑美は忘れ物を取りに、セトワラの部室に向かう。

 

「~~!」

 

「ん? なにか騒がしいな……まあええか、失礼します……」

 

「あっ! 笑美さん!」

 

 司が笑美を見て声を上げる。笑美が視線を向けると、複数の生徒に詰め寄られている。

 

「借りたお金はきちんと返さんとアカンで」

 

「借金まみれにしないで下さいよ!」

 

「キミが人に囲まれることなんて他にないやろ」

 

「決めつけないで下さい!」

 

「あ!」

 

「昨日の人だ!」

 

 司を囲んでいた生徒たちが今度は笑美の周りに集まる。笑美は面食らう。

 

「うおっ⁉ な、なんですか……?」

 

「昨日のライブ良かったです!」

 

「今度はいつやるんですか⁉」

 

「え、えっと……」

 

 笑美が視線を司に向ける。司が口を開く。

 

「昨日の反響が凄くて……」

 

「ほ、ほう、これは思ったより……」

 

「またライブ見たいです!」

 

「私も!」

 

「俺も!」

 

「あ、ああ、そうですか、分かりました……ライブはまた来週にでも行う予定です! その際は是非ともお越し下さい!」

 

「わあっ……!」

 

 笑美の宣言に生徒たちから歓声が上がる。司が笑美に近寄り、小声で尋ねる。

 

「え、笑美さん……?」

 

「こうでも言わないと収拾つかんやろ……」

 

「ということは……?」

 

「お客の期待には応えんとな……こうなったらセトワラ、盛り上げていくで!」

 

 笑美が力強く宣言する。



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2本目(1)プロ意識

                  2

 

「な~んて、この間は偉そうなこと言うたんやけれども……ゴホッ」

 

 部室でマスクを付けた笑美が申し訳なさそうにする。司が苦笑しながら尋ねる。

 

「大丈夫……ではないですよね?」

 

「ちょっとまだ熱っぽいかな……ピークは過ぎたから」

 

「無理に顔を出さなくても……」

 

「いや、ネタライブはもう週末やろ?」

 

「ええ、それで告知はしています」

 

 司は端末を操作しながら頷く。

 

「それなら一日も休んでられん……ゴホッゴホッ……」

 

 笑美が咳き込む。司が心配そうに声をかける。

 

「ああ、無理しないで下さい」

 

「こ、これくらいなんでもあらへん……」

 

「いや、見るからに辛そうですよ」

 

 何故か虚勢を張る笑美に司は困惑する。

 

「平気やって……」

 

「喋るのも辛そうじゃないですか。今日はもうお帰りになった方が……」

 

「ネタだけでも確認するわ」

 

「え?」

 

「どのネタで行くねん?」

 

 笑美が部室の脇に積み重なったネタ帳の山に目をやる。

 

「いや……」

 

「まだ決まってないんか? ネタ選びも大事やで、早う決めんと……」

 

「そうではなくて……」

 

 司が首を左右に振る。

 

「ん?」

 

 笑美が首を傾げる。

 

「今回も新ネタで行きます」

 

「えっ⁉ もう出来たん、新しいの……」

 

「はい」

 

「凄いスピードやな……」

 

「笑美さんをイメージすると、どんどん新ネタが浮かんでくるんです」

 

「ウチをイメージすると……」

 

「ええ、良い刺激を受けるんです」

 

「ええ刺激……」

 

 赤くなった顔で言葉を反芻する笑美を見て、司がハッとなって慌てる。

 

「あっ! へ、変な意味じゃないですよ⁉」

 

「! わ、分かっとるわ、そんなこと!」

 

「だって顔赤いし……」

 

「これは熱っぽいからや!」

 

「ああ、なんだ、熱か……」

 

「そうや、熱や……」

 

 ひと呼吸おいてから司が口を開く。

 

「って、また熱っぽくなってきたんですか?」

 

「ちょっとぼうっとしてきたかも……」

 

「もう今日は帰った方が良いですよ」

 

「だから、ネタだけ確認するって言うたやん」

 

「はあ……」

 

「どれや? 新ネタ?」

 

「この中から考えていまして……」

 

 司がまだ新しいノートを差し出す。笑美が受け取る。

 

「拝見します……」

 

「汚い字ですから、清書したやつを今晩にでもRANEで送りますよ」

 

「後で送って欲しいのはそうやけど……ウチ、こういうの見るの好きやねん」

 

「え?」

 

「作家さんの気持ちや魂がこもってるような気がしてな……」

 

「そんな……大げさですよ」

 

 司が照れくさそうにする。

 

「……この40ページまでのネタ……」

 

「も、もうそこまで読まれたんですか⁉」

 

「ああ」

 

「は、早い……もう半分……」

 

 感嘆とする司に対し、笑美がボソッと呟く。

 

「ボツな」

 

「え?」

 

 司が首を傾げる。

 

「せやからボツや、ボツ」

 

「ええっ、20個の新ネタ、ボツですか⁉」

 

「うん」

 

「な、何故?」

 

「おもろないもん」

 

「お、おもろない……」

 

 笑美のシンプルなダメ出しを受けて、司は肩を落とす。

 

「いちいち落ち込んでいる暇はないで~」

 

 笑美が笑う。

 

「え?」

 

「なんでアカンかというと……」

 

 笑美はノートを広げ、ボツネタの問題点を次々指摘していく。司がメモを取りながら頷く。

 

「な、なるほど……」

 

「分かった?」

 

「ええ、大変分かりやすい指摘です。そうか……演者側の視点が不足していたのか……」

 

「まあ、そうやね、独りよがりって感じが目立つっちゅうか……」

 

「一目見ただけで、こんなに問題点を見つけ出してしまうなんて……さすがプロです!」

 

「いやいや、プロ志望だっただけやから……」

 

「いや、プロ顔負けのプロ意識の高さですよ!」

 

「そ、そうかな~?」

 

 笑美が照れくさそうに後頭部を抑える。

 

「そうですよ!」

 

「ま、まあ、その辺はプロにも負けへんつもりだったからな……ゴホッゴホッゴホッ!」

 

 笑美が咳き込む。

 

「プロ意識が聞いて呆れるな……」

 

「ん?」

 

 部室のドアが開き、七三分けで眼鏡をかけた、見るからに真面目そうな風貌の男子生徒が入ってきた。司が挨拶をする。

 

「あ、おはようございます……」

 

「おはよう」

 

 男子生徒が司に挨拶を返す。

 

「えっと、今日は……」

 

「分かっている。窓際の席を借りるぞ」

 

「ええ、どうぞ」

 

 男子生徒が笑美の方を向く。

 

「……君、他の生徒に風邪を移したらどうするつもりだ? プロ云々は口だけか?」

 

 そう言って、男子生徒は席につく。笑美がムッとする。

 

「な、なんなん、あの人!」

 

屋代智(やしろさとし)さん、3年生……『セトワラ』の会員です……」

 

「ええっ⁉」

 

 司の言葉に笑美は驚く。



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2本目(2)風邪の治し方

「結構驚かれましたね……」

 

「い、いや、真面目を絵に描いたような人やん、なんでお笑いサークルに?」

 

「いや、屋代先輩は昨年の立ち上げとほぼ同時に入って下さいましたね」

 

「立ち上げとほぼ同時に……?」

 

「ええ、いわゆる初期メンです」

 

「アイドルグループみたいに言うな」

 

「……」

 

 屋代が机の上で分厚い本を広げる。笑美が首を傾げる。

 

「……何をしてんねん?」

 

「勉強です」

 

「は?」

 

「先輩はお医者さんになることを目指しておられるので……」

 

「お笑いサークル関係ないやん!」

 

「サークル活動は別に良いじゃないですか」

 

「そ、それはそうかもしれんけど……なんでわざわざここで勉強を?」

 

「図書室は結構人が多いから集中出来ないみたいです」

 

「いや、家に帰ったらええやん!」

 

「ここは人が少ないですから」

 

「稽古するとき、気を遣うやろ! ゴホッゴホッ!」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 笑美が再び咳き込む。司が心配そうに覗き込む。 屋代が眼鏡の縁を触りながら口を開く。

 

「……細羽、さっきから少しうるさいぞ」

 

「す、すみません……」

 

「いや、なんでアンタが謝んねん」

 

「うるさくしてしまったので……」

 

「そもそもここで勉強する方がおかしいやろ」

 

「君……凸込さんと言ったな……」

 

 屋代が笑美を見つめる。

 

「な、なんですか……?」

 

「風邪はこじらせると厄介だぞ、早く帰った方が良い」

 

「ライブでやるネタを決めたら帰りますよ……」

 

「……やはり君が今度のネタライブに出るのか?」

 

「そうですよ、だってウチしかツッコミがおらんでしょう? ……ゴホッ!」

 

「確かにな……ならばなおさら、その風邪を何とかしなくてはならないな」

 

「そ、そうですね……」

 

「ふむ……」

 

 屋代が立ち上がり、笑美たちに近づく。笑美が少し警戒する。

 

「な、なんでしょうか……?」

 

「風邪がすぐ直る方法を教えてやろう」

 

「ホ、ホンマですか!」

 

「ああ、僕は詳しいんだ」

 

 屋代が眼鏡をクイっと上げる。司が感心する。

 

「さ、さすが、医学部志望!」

 

「……ここにネギがある」

 

 屋代がネギを取り出す。笑美が驚く。

 

「ど、どこから取り出したんや……」

 

「マイネギだ」

 

「マイボウルみたいに言わんでください、持ち歩いてんですか」

 

「このネギを……」

 

「待て待て……」

 

「……尻の穴に挿せば治る」

 

「じっくりためてから予想通りのことを言うなや! あと、初対面の女子に対して堂々とセクハラかますな!」

 

「お気に召さないか……」

 

「当たり前でしょ」

 

「ならば、ラキを温めて飲むんだ」

 

「まずラキとは⁉」

 

「バルカン半島に伝わる強い酒だ」

 

「入手が困難そう! ここ瀬戸内海ですけど⁉ あと、未成年やから!」

 

「これも駄目か……」

 

「ラキの時点で気付いて下さいよ……」

 

「では、生ニンニクを……」

 

「ほう?」

 

「糸で数珠つなぎにして……」

 

「は?」

 

「首にかける」

 

「なんやそれ⁉」

 

「ブラジルに伝わる風邪の治し方だ」

 

「地球の裏側!」

 

「おすすめだ」

 

「面倒くさそう! そんな労力あったら風邪治ってますって!」

 

「ふむ、これも駄目か……」

 

「なんで有りやと思ったんですか……」

 

「それならば、これはどうだ?」

 

「……一応聞いておきますか」

 

「グアバの葉を額に貼る」

 

「グアバとは⁉」

 

「もしくは体にタイガーバウムを塗り、コインでこする」

 

「タイガーバウムって!」

 

「あるいは背中にオイルを塗って、ヘラでこする」

 

「こすらせるの好きやな! って、ちょっと待って下さい!」

 

「ん?」

 

「さっきから聞いていれば、それ全部民間療法の類でしょう⁉」

 

「ほう、よく分かったな……」

 

 屋代が感心したように頷く。

 

「ネギの時点で分かりますよ! なんなんですか⁉ 先輩、お医者さん志望なんでしょう⁉ ちゃんとした方法を教えて下さいよ!」

 

「薬を飲んで、暖かくして眠ることだな」

 

「結局それかい!」

 

「まあ、とにかく君には一刻も早く体を治してもらわなければならない……」

 

「はい?」

 

「今の一連のボケに対するツッコミで確信した……君はセンスがある」

 

「センスがある……それはどうもおおきに……って、やっぱりボケやったんか⁉」

 

「君となら良い思い出を残せそうだ……」

 

「え?」

 

「知っての通り、僕は医学部志望だ。これから勉強も忙しくなるし、無事に大学へ合格してからも、色々と大変なはずだ」

 

「はあ……」

 

「だからこの瀬戸内海学院お笑い研究サークル――今は『セトワラ』か?――での活動で、高校生活での思い出をひとつ作りたかったんだ……」

 

「そうやったんですか……って、先輩がライブ出るんですか⁉」

 

 笑美が司の方を見る。司が小さく頷く。

 

「ぼ、僕は作家志望ですから、せっかくですし、他の方々と組んでもらって……」

 

「ふむ……」

 

「よろしく頼む……」

 

 屋代が深々と頭を下げる。

 

「……よっしゃ、良い思い出作りに協力させてもらいます!」

 

 笑美が笑顔で頷く。



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2本目(3)ネタ『節度あるお付き合い』

「はい、どーも~2年の凸込笑美で~す」

 

「3年の屋代智です……」

 

「『セトワラ』、今回はこの二人でお届けします、よろしくお願いしま~す」

 

「お願いします……」

 

 借りた講堂内に拍手が起こる。ひと呼吸おいてから笑美が話し出す。

 

「いや~ウチもJKになって2年目を迎えまして……」

 

「ああ、折り返しの年だな」

 

「そうそう……って、4年通わんわ! 留年前提で話しすんなや!」

 

「未来は誰にも分からないだろう……」

 

「カッコええ感じで言うな! って、そんなことはどうでもええんですよ! JK2年目ですよ! 花の高校2年生!」

 

 笑美は右手でピースサインをつくる。

 

「ああ……」

 

「いやあ~高2にもなったならね? あれですよ……彼氏!」

 

「彼氏?」

 

「そう、彼氏の1人や2人も欲しいな~なんて」

 

 笑美は両手を組んで胸の前に置く。

 

「……2人いたら駄目だろう」

 

「え?」

 

「彼氏と彼女は1人ずつだ、どっちか2人いたら浮気になるだろう」

 

「いや、言葉の綾やないか……」

 

「1人に絞れ」

 

「は?」

 

「仮にA君とB君がいるとしよう、どっちだ?」

 

「はあ?」

 

「どっちを選ぶ?」

 

 屋代が笑美にグイっと迫る。

 

「え……じゃ、じゃあ、A君で……」

 

「A君で良いのか?」

 

「ええよ」

 

「……本当か?」

 

「ああ」

 

「……本当にA君で構わないのか?」

 

「なんなん、A君⁉ なんか訳あり? ほんならB君でええわ!」

 

「B君にするのか」

 

「うん」

 

「B君か……ああ見えて結構優柔不断だぞ?」

 

「ああ見えてってなんやねん! 仮の話やろ⁉ やっぱりA君でええわ!」

 

「……C君という選択肢もあるが?」

 

「ええねん、もうそれは! 早く話進めさせてや!」

 

「……まあいい」

 

 屋代が腕を組んで頷く。

 

「……やっぱりデートしたいな、デート」

 

「高校生らしい節度あるお付き合いをしろよ」

 

「父親か!」

 

「デートプランは? どこに行くんだ?」

 

「え? まあ、ベタにカラオケとかかな~?」

 

「カラオケか、1曲目は何にする?」

 

「え、ええ?」

 

「誰でも知っているような曲じゃないと盛り下がるぞ」

 

「そこまで決めなアカンの……?」

 

「ああ、大事なことだ」

 

「ほんなら……Aboの『ちっせえわ』!」

 

「ああ、あれか……」

 

「そうや、あれはみんな知っとるやろ?」

 

「でもあの曲……結構声を張るだろう?」

 

「え? ま、まあ、そうかもな……」

 

「まだ喉が温まっていない状態ではやめておけ」

 

「ええ? じゃ、じゃあ、ヒアソビの『昼に出かける』!」

 

「それも却下だ」

 

「却下⁉」

 

「A君には少しキーが高い。一緒に歌える曲にしておけ」

 

「ええ……じゃあ、定番のアニソンとかどうや?」

 

「アニメソングか、良いかもな」

 

「せやろ? 世代を超えて愛されているもんな」

 

「じゃあ、それを2曲くらい続けて……」

 

「そこで胸毛ダンディズムの『ミックスチーズ』や!」

 

「3曲目はバラードでしっとりさせないと……!」

 

「なんでガチの選曲せんといかんねん!」

 

「あともうちょっとB君の歌いやすそうな曲を選んでやれ」

 

 屋代が手振りでB君を指し示す。

 

「B君おんのかいな⁉ ま、まあ、ええわ、4曲目は『ミックスチーズ』でええな?」

 

「盛り上がっているところに店員さんが飲み物を持ってくるから気まずくなることを考慮して、どうでも良い曲にしておけ」

 

「もうカラオケええわ! 映画、映画見にいくわ!」

 

「映画か……」

 

「そう!」

 

「……どんな映画を見るんだ? ジャンルは?」

 

「え~ホラーとかかな?」

 

「怖いだろう」

 

「そら怖いよ、でも『キャー♡』とか言うて、密着出来るやん!」

 

「下心ダダ漏れだな」

 

「下心って言うな! ……ダダ漏れもしてへん!」

 

「あまりイチャイチャするなよ……」

 

 屋代が小声になる。

 

「なんで?」

 

「逆隣に座っているB君の気持ちも考えろ」

 

「なんでB君おんねん! もうええわ、カフェに行く!」

 

「カフェ?」

 

「せや、オシャレなカフェで、美味し~いパフェを一緒に食べんねん」

 

「……正気か?」

 

「なんやねん?」

 

「……B君、甘いの苦手なんだぞ!」

 

「だからなんでB君おんねん!」

 

「もっとB君のことを考えてやれ!」

 

「だから、なんでついてきてんねん、さっきから!」

 

「ああ、ちょっと待て……」

 

「ん?」

 

 屋代が端末を確認する。

 

「……そうか、分かった」

 

「どないしたん?」

 

「……C君は少し遅れて合流するらしい」

 

「C君も来るんかいな⁉」

 

 屋代が両腕を腰につけて告げる。

 

「……というわけで高校生らしい節度あるお付き合いをしろよ?」

 

「出来るか! もうええわ!」

 

「「どうも、ありがとうございました!」」

 

 笑美と屋代がステージ中央で揃って頭を下げる。



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2本目(4)これからも勉強させていただきます!

「お疲れ様でした!」

 

 講堂の舞台袖に司が入ってきて、二人に声をかける。笑美が問う。

 

「どやった?」

 

「いや、最高でしたよ!」

 

「そうか……」

 

「しかし、風邪が治って本当に良かったですね」

 

「ライブには間に合わせんとアカンからな、プロとして――」

 

 笑美がこれ以上ないほどのドヤ顔を見せる。

 

「……」

 

「屋代先輩もお疲れ様でした!」

 

「ああ……」

 

「いかがでした?」

 

「ふむ、実質初ライブだったわけだが……」

 

「ああ、そうですよね……」

 

「やはり緊張感が違ったな」

 

「緊張していたんですか?」

 

「ああ」

 

「全然そうは見えなかったですよ、ねえ?」

 

 司が笑美に尋ねる。

 

「ああ、堂々としたもんでしたよ」

 

「そうか?」

 

「ええ」

 

「そうだとしたら、それは君のお陰だな」

 

「え?」

 

 屋代の言葉に笑美は首を傾げる。

 

「稽古の時からそうだったが……君にうまく引っ張っていってもらえた。さすがは大阪で鳴らしただけはあるな」

 

「いや~それほどでも……ありますけど」

 

「ひ、否定しないんですね」

 

 司が苦笑する。

 

「“褒め言葉とギャランティーは素直にもろとけ“ウチの座右の銘や」

 

「どんな座右の銘ですか……」

 

「アホ、冗談や」

 

「冗談ですか」

 

「冗談に決まっとるやろう、どこの世界に『ギャランティー』というワードが入る座右の銘があんねん」

 

「お笑いの世界ではあるのかなあって……」

 

「お笑いの世界なんやと思うてんねん」

 

「金、金、金! ……って世界なのかなと」

 

「偏見がエグいな」

 

「違いますかね?」

 

「まあ、当たらずも遠からずやろうな」

 

「部分的には当たっているんですか?」

 

「いや、知らんけど」

 

「知らないんですか?」

 

「だって、言うてもアマチュアやったし……」

 

「プロ云々言っていたじゃないですか」

 

「意識だけは常に高く持っておこうっちゅう話や」

 

「ふふっ……」

 

 笑美と司のやりとりを見て屋代が笑う。笑美が問う。

 

「そういえばどうです?」

 

「どうって、何がだい?」

 

「良い思い出になりそうですか?」

 

「ああ……正直緊張で頭が一杯だったからな……」

 

 屋代が顎に手を当てる。笑美が鼻の頭をこする。

 

「あ~それどころやなかったですか……」

 

「いや……脳裏にはしっかりと焼き付いているよ」

 

「?」

 

「お客さんの笑顔と笑い声がね」

 

「それは良かった」

 

 笑美が笑顔になる。司が寂しそうに呟く。

 

「これで屋代先輩ともお別れか……」

 

「? なんでそうなんねん?」

 

「先輩は常々おっしゃっていたんですよ、思い出が作れたら、勉強に専念するって……」

 

 笑美の問いに司が答える。笑美が尋ねる。

 

「そうなんですか?」

 

「いや……もう少し続けるよ」

 

「えっ⁉ 良いんですか、試験勉強の方は……」

 

「『笑い』という感情の動きが心や体に良い影響をもたらすということは実証されつつある。僕も今しかできないアプローチで研究してみようと思ってね、これも勉強の一環だ」

 

「お先に勉強させていただきます!ならぬ、これからも勉強させていただきます!やな」

 

 笑美が笑顔を浮かべる。



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3本目(1)集中出来ない

                  3

 

「……ふん!」

 

「……」

 

「……ここなんですけど、ちょっとフリが弱いですかね?」

 

「…………」

 

「笑美さん?」

 

「あ、ああ、うん、もうちょっと強調してもええんちゃうかな?」

 

「なるほど……」

 

 笑美から指摘を受け、司がネタ帳に赤ペンで書き込んでいく。

 

「……ふんふん!」

 

「………」

 

「あと、ここなんですが……」

 

「……………」

 

「あの、笑美さん?」

 

「あ、ああ、そこはちょっと分かりにくいかな? ワードを変えた方がエエかも」

 

「確かに、言われてみるとそうですね……」

 

 司が書き込む。

 

「ふんふんふん!」

 

「………………」

 

「最後のこれなんですけど……」

 

「…………………」

 

「ちょっと! 笑美さん!」

 

「え?」

 

「いや、え?じゃないですよ! 書いてきた新ネタの相談に乗ってくれるって言っていたじゃないですか!」

 

「あ、ああ……」

 

「それで……」

 

「ふんふんふんふん!」

 

「……………………」

 

「もう言ったそばから! 集中して下さいよ!」

 

「集中出来るか! すぐ近くで知らんマッチョが一心不乱に筋トレしているんやぞ⁉」

 

 笑美が指を差した先には、上半身裸で筋骨隆々としたマッチョの青年が汗を流しながら筋トレに励んでいる。司がため息をつく。

 

「はあ……まあ、あの肉体美に目を奪われちゃうのも分かりますけど……」

 

「いやいや、そういうことちゃう!」

 

 笑美が手をぶんぶんと左右に振る。

 

「見ているだけで躍動感を感じちゃいますもんね」

 

「違和感しか覚えへんねん!」

 

「ふう……どうかしたっすか?」

 

 筋トレを止めて、青年が笑美たちに話しかけてくる。司が謝る。

 

「あ、す、すみません、邪魔をしてしまって……」

 

「なんでアンタが謝んねん!」

 

「構わないっす、ちょうど一息つこうと思っていたっすから……」

 

「ああ、それなら良かった……」

 

「良くないわ!」

 

「笑美さん、どうしたんですか?」

 

「アンタがどうした? 誰やねん、このマッチョは⁉」

 

「ちょ、ちょっと……」

 

 司が慌てる。笑美が首を傾げる。

 

「なんやねん?」

 

「こ、こちらの方、先輩ですよ……」

 

「先輩?」

 

「ええ、3年の江田健仁(えだたけひと)先輩です」

 

「もしかして……」

 

「はい、セトワラの会員です」

 

「どうも初めまして!」

 

 タオルで汗をさっと拭いた江田が挨拶をしてくる。精悍な顔をほころばせ、爽やかな笑顔を見せてくる。笑美は顔を覆う。

 

「うおっ!」

 

「え、笑美さん? どうしたんですか?」

 

「い、いや、爽やかオーラがまぶしく感じられて……」

 

「笑美さん、ザ・文化系って感じですもんね~」

 

「アンタには言われたくないわ!」

 

 笑美が司に反発する。

 

「いやいや、僕はこう見えても結構スポーツやりますよ?」

 

「アンタが? 嘘つけ」

 

「野球とかサッカーとか好きですよ」

 

「ホンマか~?」

 

「本当ですよ、パワ〇ロとか、ウイ〇レとか……」

 

「それはeスポーツやろ!」

 

「なかなかのコントローラーさばきですよ」

 

「コントローラーさばいている時点で違うねん、ボールをさばけ!」

 

「ふふっ……いや~見事っすね~」

 

 江田が二人のやり取りを見て、拍手を送る。笑美が戸惑い気味に首を捻る。

 

「うん?」

 

「二人により刺激を受けたっす」

 

「は、はあ……?」

 

「というわけで……」

 

「というわけで?」

 

「筋トレを再開するっす!」

 

「いや、なんでそうなんねん!」

 

 笑美が思わず立ち上がる。

 

「ちょっと笑美さん、邪魔になっちゃいますよ……」

 

「むしろこちらさんが邪魔やねん! ここはお笑いサークルの部室やろうが!」

 

「う~ん……やはり上腕二頭筋をもっと重点的に鍛えるっすか……それともインナーマッスルをもう少し苛め抜くとするっすか……」

 

「せ、先輩も無視せんといて下さいよ! 何をナチュラルに己の肉体と向き合おうとしているんですか⁉」

 

「体との対話は重要っすから」

 

「こちらとの対話を疎かにせんで下さい!」

 

「結構立派なトレーニングジムもこの学校にはあるんですけど……」

 

「ほな、そっち行ったらええやん!」

 

 司の言葉に笑美はもっともな言葉を返す。

 

「そっちだとなかなか集中出来ないみたいですよ。こっちは集中出来るみたいです」

 

「ウチの集中が乱れるわ!」

 

「正直ジムだと、色々と雑音が入ってきて……」

 

 江田が苦笑する。司が笑美に告げる。

 

「江田先輩は野球部のエースで四番なので、周囲からの期待も大きいんです」

 

「ああ、そうなんか……それならしゃあない……ってなるかい!」

 

 笑美が右手の甲をビシっと司に当てようとする。

 

「!」

 

「えっ⁉」

 

 江田が手を伸ばし、笑美の右腕をガシッと掴み、まじまじと見つめる。

 

「恐ろしく早い手の動き……自分じゃなかったら見逃していたっす……その動きを可能としているのは手首のスナップのしなやかさと細いながらもよく鍛えられた前腕緒筋……」

 

「あ、あの! 離してもらえます⁉」

 

 笑美が声を上げる。



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3本目(2)勝負強さ

「ああ、こいつは失礼、いい体だと思って……」

 

「誤解を招くような言い方!」

 

 手を離した江田に笑美が突っ込む。

 

「良い筋肉の付き方だとおもったっす」

 

「ああ、そうですか……」

 

「よく飲むプロテインはなんすか?」

 

「飲んでいる前提の質問!」

 

「参考までに聞いておきたいと思ったっす」

 

「飲んでませんよ、一口も」

 

「ええっ⁉」

 

 江田が後ずさりをする。

 

「えっ、そんなに驚くこと⁉ いつの間にか女子高生の間でプロテインがバズっている世界線にでも迷い込んだん、ウチは⁉」

 

「しかし、その腕の筋肉は一朝一夕では身に付かないものっす……」

 

 江田があらためてマジマジと笑美の腕を見る。

 

「あ、あんまりジロジロ見んといてもらえます?」

 

「笑美さんはお笑いのプロを目指していたんです」

 

「プロ!」

 

 司の言葉に江田は目を丸くする。笑美が訂正する。

 

「あ、あくまで目指していただけですよ……」

 

「その道では結構有名なコンビだったんです」

 

「ま、まあ、自分ではよく分からんけども……」

 

 笑美が後頭部をポリポリとかく。江田が尋ねる。

 

「関西弁ということは、この辺の出身ではないっすよね?」

 

「ええ、笑美さんは大阪で活動されていました」

 

「! 大阪の活躍がこの瀬戸内海まで届くとは……」

 

「いやいや、この情報化社会ならそう珍しいことでは……」

 

 笑美が手を振りながら謙遜する。

 

「野球部っぽく言えば、『プロ注』ってやつです」

 

「! プ、プロが注目するほどの逸材……」

 

「逸材って、そんな大げさな……」

 

 笑美が苦笑を浮かべる。

 

「あのスピード、腕の筋肉……プロの目に留まる人はやっぱり並大抵の鍛え方、努力はしていないってことっすね……」

 

「自分ではよう分かりませんけど……」

 

 笑美が首を捻る。

 

「よおっし!」

 

「⁉」

 

「大いに刺激を受けたっす!」

 

「そ、そうですか……」

 

「筋トレを再開するっす!」

 

「だからよそでやって下さい!」

 

「! そ、そんな……」

 

 江田がショックを受ける。司が口を開く。

 

「笑美さん、それはあまりに酷では……」

 

「こっちが悪いみたいに言うな!」

 

「しかし……」

 

「しかしもかかしもあるか! よく考えてみいや、ここはお笑いサークルの部室や! なんで筋トレをしとんねんっちゅう話や!」

 

「……百歩譲ってそうだとしましょう」

 

「譲る以前の話やねん!」

 

「……ちょっと良いかな?」

 

「あ、屋代先輩!」

 

 部屋の片隅の机に座っていた屋代が口を開く。笑美が目を細める。

 

「い、いつの間に……」

 

「勉強しに来たんだ」

 

「屋代先輩もうっとうしいでしょう⁉ 勉強している横で筋トレされたら!」

 

 屋代が眼鏡の縁を抑えながら話し始める。

 

「そもそもとして、ここは部室である前に教室だ……」

 

「はい?」

 

「教室というものは学生に使用する権利、出入りする自由がある……」

 

「は、はあ……」

 

「よって、この筋肉達磨……」

 

「なんちゅうあだ名や」

 

「もとい、江田健仁にもこの教室に出入りする自由がある……ということだ」

 

「そ、そうですかね⁉」

 

 笑美が首を傾げる。

 

「しかも、江田もこのサークル、『セトワラ』の一員だ、ここにいても何ら問題はない」

 

「筋トレは問題あるかと思いますけど⁉」

 

「適度な運動は脳の活性化に繋がる……」

 

「ええ……」

 

「よって、彼は笑いの筋トレをしているということになる!」

 

「ならへんでしょう!」

 

「ふむ、筋が通っている……」

 

「どこがや、無茶苦茶やろ!」

 

 頷く司に笑美はツッコミを入れる。

 

「……自分は1年の時から、エースで四番を任されてきたっす……」

 

「今度はこっちが語り出したよ⁉」

 

 笑美が江田の方を見る。

 

「しかし、いつも肝心なところで結果が出せなかったっす。ここぞというところで打たれたり、打てなかったり……」

 

「ま、まあ、そういうこともあるでしょう……」

 

「そこで自分なりに分析をしてみた結果……」

 

「結果?」

 

「自分にはここ一番での集中力と勝負に対する度胸が足りないという結論に至ったっす!」

 

「そ、そうですか……」

 

「ここなら、その欠点を克服出来ると思ったっす!」

 

「ん? ここなら?」

 

「そうっす! この『セトワラ』なら!」

 

 江田が力強く頷く。

 

「も、もしかしてやけど……司君?」

 

 笑美が司を見る。司が頷く。

 

「はい、今度のネタライブ、笑美さんと江田先輩に出てもらおうと思いまして……」

 

「マ、マジか……」

 

「不束者ですが、よろしくお願いするっす!」

 

「え、ええ……」

 

 勢いよく頭を下げてくる江田に対し、笑美が露骨に顔をしかめる。

 

「僕からもお願いします!」

 

司も頭を下げる。屋代が口を開く。

 

「この分厚い胸板……ツッコミの入れ甲斐があると思うが?」

 

「ちょっと黙っといてください……」

 

「もうこれ以上悔し涙は流したくないっす!」

 

「!」

 

「ここ一番での勝負強さを得て、最後の夏は笑いたいっす!」

 

「笑いたい……涙は流したくないか……」

 

「笑美さん?」

 

「……よっしゃ、ウチで良かったら協力させてもらいます!」

 

 笑美が笑顔で頷く。



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3本目(3)ネタ『マネージャーと先輩』

「はい、どーも~2年の凸込笑美で~す」

 

「3年の江田健仁っす!」

 

「『セトワラ』、今回はこの二人でお届けします、よろしくお願いしま~す」

 

「お願いします!」

 

 借りた講堂内に拍手が起こる。ひと呼吸おいてから江田が話し出す。

 

「マネージャーと先輩の関係に憧れるっす!」

 

「な、なんや、急に⁉ ビックリした」

 

「……憧れているっす」

 

「ああ、任せて、ウチそういうのいっちゃん得意やねん」

 

「やってくれるっすか?」

 

「ええよ」

 

 江田が少し後退して、小走りでステージ中央に戻ってくる。

 

「先輩、お疲れ様っす!」

 

「あ! ウチがマネージャーじゃないんや⁉」

 

「……何がっすか?」

 

「いやいやごめん、ちょっと面食らって……続けて」

 

「先輩お疲れ様っす! これ手作りのレモンジュースっす!」

 

「ああ、ありがとう……手作り?」

 

 江田が袖をまくって力こぶをつくる。

 

「レモンを握り潰して作りました!」

 

「握力エグいな!」

 

「気持ちを込めたいなと思って……」

 

「気持ちを込めたとてよ……」

 

「先輩!」

 

 江田が気を付けの姿勢をとる。

 

「おっ、なんやあらたまって?」

 

「今年こそ全日本カバディ選手権出場目指して頑張って下さい!」

 

「え⁉ ウチ、カバディ部なん⁉ 女子カバディって、マイナー過ぎひん? ラクロスとかじゃないの?」

 

「先輩のあの試合を見て、素敵だなと思って……」

 

「ああ、マネージャーになるきっかけの試合かな?」

 

「レイダーとしてキャントしながら、アンティにストラグルしたあの瞬間、痺れました!」

 

「何々⁉ なんて?」

 

 笑美が戸惑う。

 

「え?」

 

「も、もう一回言ってくれる?」

 

「レイダーとしてキャントしながら、アンティにストラグルしたあの瞬間、痺れました!」

 

 江田が早口でまくしたてる。

 

「なんで二回目ちょっと早口になんねん! 分からんねん!」

 

「あの時のストラグル……最高だったっす!」

 

「ストラグルした覚えがないのよ……」

 

「七人のアンティに囲まれて……」

 

「アンティって人なん⁉」

 

「はい」

 

「ちょっと待ってね、一つずつ確認させてくれる?」

 

「良いっすよ!」

 

 江田が右手の親指をサムズアップさせる。

 

「えらい気持ちのいい返事やな。えっと、カバディってあれよね? 確かインドの国民的スポーツよね?」

 

「違います!」

 

「え?」

 

「カバディは格闘技っす!」

 

「ガチ勢やった! めんどくさいな!」

 

「訂正してください!」

 

「ごめん、ごめん、『カバディ、カバディ、カバディ……』って連呼する格闘技よね?」

 

「ああ、キャントですね」

 

「キャント出た! キャントは声出すって意味なんかな?」

 

「レイダーがキャントします」

 

「ああ、ってことはレイダーも人なんやな、だんだんと分かってきたぞ……ちょっともう一回、ゆっくり確認させてもらってええかな?」

 

「う~ん……良いっすよ!」

 

「ちょっと溜めてからの良い返事!」

 

「まずレイダーが……」

 

「人がね」

 

「キャントして……」

 

「声出して」

 

「アンティに囲まれながらも……」

 

「あ、相手のことやな」

 

「ストラグルします!」

 

「あ~ストラグルが残っていたか!」

 

 笑美が頭を抱える。

 

「先輩!」

 

「なんや?」

 

「あの時のストラグル、もう一度見たいっす!」

 

 江田が胸の前で両手を組む。

 

「まず、ストラグルを教えて⁉」

 

「ストラグル、ストラグル……」

 

「ストラグルコール始まった!」

 

「ストラグル、ストラグル、ストラグル……」

 

「いよいよもって意味分からん!」

 

「……ストラグルしないんすか?」

 

「あ、ああ……」

 

「先輩もしかして……」

 

 江田が口元を抑える。

 

「うん?」

 

「ストラグル恐怖症に⁉」

 

「トラウマ抱えることなの⁉」

 

「あの時のアンティは確かにすごかったっす……」

 

「相手ね、強かったんかな?」

 

「でも、先輩!」

 

「うん⁉」

 

「諦めないで下さい! 一度の失敗で自信を失うなんて、先輩らしくないっすよ!」

 

「なんか励ましてくれてる……それっぽくはなってきたな!」

 

「もう一度私のハートにストラグルして下さい!」

 

「おおっと、これは大ヒントや!」

 

「お願い、ストラグル、ストラグル、ここにストラグル♪」

 

「! あ~分かった、皆まで言うな……」

 

「あなたから~♪」

 

「もうええって!」

 

「ストラグル!」

 

「語呂悪いな! タッチでしょ⁉ ストラグルはタッチのこと!」

 

「キャッチング!」

 

 江田が笑美の腕を突然掴む。

 

「えっ何⁉ 怖っ……」

 

「ストラグル、失敗です。よって……ローナです」

 

「新しい用語出てきた! もうええわ!」

 

「「どうも、ありがとうございました!」」

 

 笑美と江田がステージ中央で揃って頭を下げる。



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3本目(4)涙くんサヨナラ

「お疲れ様でした!」

 

 講堂の舞台袖に司が入ってきて、二人に声をかける。笑美が問う。

 

「どやった?」

 

「いや、今回も最高でしたよ!」

 

「そうか……」

 

「しかし、短い稽古期間とは思えないほど、息ピッタリでしたね?」

 

「それはまあ……」

 

「互いの筋肉が良い感じに共鳴したっす!」

 

「違います、断じて」

 

 江田の言葉を笑美は一刀両断する。

 

「と、とにかく、江田先輩もお疲れ様でした!」

 

「お疲れっす……」

 

「いかがでした?」

 

「ふむ、実質初ライブだったわけっすが……」

 

「ああ、そうですよね……」

 

「やはり緊張感が違ったっすね」

 

「そうですか?」

 

「野球の公式戦とはまた違う、独特の緊張感が漂っていたっす」

 

「しかし、随所に良いボケをかましていました」

 

「ありがとうございます」

 

「ちょっとネタを振り返っていただけますか?」

 

「第一声の『憧れるっす!』がちゃんと声が出ていたんで……」

 

「講堂中に響いていました」

 

「あれである程度緊張がほぐれたっすね」

 

「要所要所で良いボケが決まっていましたが……」

 

「タイミングが上手く取れたっすね」

 

「タイミングですか」

 

「そうっす」

 

「なるほど、それが良い結果に繋がったと」

 

「そういうことっす」

 

「ちなみにカバディのご経験は?」

 

「ないんすけど、これを機会に触れて……ストラグルしてみたいなと思ったっす」

 

「ああ、ストラグルを」

 

「ええ」

 

「最後にファンの皆様に一言お願い出来ますか?」

 

「これからも応援よろしくお願いします!」

 

「ありがとうございました!」

 

「何を長々とやっとんねん!」

 

 笑美が声を上げる。

 

「え? ネタを振り返ろうかなと……」

 

「そういうのは後でもええし、もっと真面目にやるもんやねん! 何を急にインタビューコントを始めとんねん! 横でやられる身にもなれや!」

 

「まあ、冗談はともかく、ありがとうっす、凸込選手」

 

 江田が笑美に頭を下げる。

 

「誰が選手や! ……なんですか、急に?」

 

「君との漫才で、集中力や度胸を磨くことが出来たっす」

 

「そうですか」

 

「さすがは勝負の世界で戦ってきた者……学ぶことが多かったっす」

 

「そんな、大げさですよ……」

 

 笑美が照れくさそうに自らの頭を撫でる。

 

「今日の経験は必ず活かしてみせるっす!」

 

「で、でも……活きるのかな?」

 

 司が遠慮がちに呟く。笑美が応える。

 

「人前に立つという意味では同じようなもんやろう、活きるはずや」

 

「随分広い意味じゃないですか」

 

「野球場も広いからちょうどええやろ」

 

「そ、そういうものですか?」

 

「そういうもんや」

 

「笑美さんも結構無茶苦茶なことを言いますね……」

 

「はははっ!」

 

 笑美と司のやりとりを見て江田が笑う。笑美が問う。

 

「そういえばどうなんです?」

 

「何がっすか?」

 

「さっきのインタビューでは、『これからも……』とおっしゃっていましたけど?」

 

「ああ、それは口が滑ったというか……でも、お客さんの笑顔と笑い声、あれを見聞きすると病みつきになるっすね!」

 

「ということは?」

 

 江田が頷く。

 

「もうしばらく、この『セトワラ』にお世話になるっす! 笑いは悲しみや涙を場外まで吹き飛ばしてくれるっすから!」

 

「ははっ、涙くんサヨナラ!やな」

 

 笑美が笑顔を浮かべる。



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4本目(1)廊下でボディビル実況

                  4

 

「あ~遅くなってもうたわ~」

 

 笑美が早足で廊下を歩く。担任の先生から頼まれた用事を片付けるのに少し時間がかかってしまったのである。

 

「ネタ選びの日か……さて、司くんは今回どれくらいのネタを書いてきたんやろうか?」

 

 笑美は微笑を浮かべつつ、部室の前に立ち、ドアに手をかけて開けようとしたその時……。

 

「いや~江田パイセン素敵~♪」

 

「そ、そうっすか?」

 

「ええ、もうたくましさが限界突破って感じです~」

 

「ほ、本当っすか?」

 

「ねえ、そう思わない~?」

 

「うん! 筋骨隆々って言葉がよく似合うわ~」

 

「お、お世辞でも嬉しいっすね……」

 

「お世辞じゃないですよ! ねえ~?」

 

「ええ、本心から言ってますよ~」

 

「て、照れるっすね~」

 

 江田に対して何やらきゃあきゃあと言っている声が聞こえる。声の主は恐らく二人。笑美が首を傾げる。

 

「……誰や?」

 

 笑美がドアにかけていた手を引っ込めて考え込む。会員に女子はいなかったはずだ。では、この黄色い声をあげているのは……。

 

(ファンか⁉)

 

 笑美は一つの結論に達する。さらに聞き耳を立ててみる。

 

「ねえ、先輩ちょっとポーズ取ってくれません?」

 

「ポ、ポーズっすか?」

 

「そうそう! バディーギルダーみたいに!」

 

(ボディービルダーやろ、なんや、そのB級ロボットアニメみたいなんは)

 

 笑美が心の中で突っ込む。

 

「ポーズって、恥ずかしいっすね……」

 

「ちょっとでいいから~」

 

「アタシたちが声援送るから~お願い~」

 

「ちょ、ちょっとだけっすよ?」

 

(江田先輩、ちょろいな。まあこういうのには縁がなさそうやし……)

 

 笑美が失礼なことを考える。

 

「こ、こんな感じっすかね……?」

 

「おおっ、ブレてる、ブレてるよー!」

 

(キレてるやろ、ブレてどないすねん)

 

「ライスバンク!」

 

(ナイスバルクやろ、なんやお米の銀行って)

 

「干上がっているよー!」

 

(仕上がっているやろ、干上がっていたらアカンやろ)

 

「……ふん!」

 

「おおっ! 胸がピクピクしてる!」

 

「それにしても……巨乳!」

 

(巨乳って、男にかける言葉ちゃうやろ)

 

「きょ、巨乳っすか? いや~巨乳は好きっすけど、自分がそう言われるのも案外悪い気はしないっすね~」

 

(アンタも何を言うとんねん)

 

 笑美は照れる江田の反応に冷ややかな表情を浮かべる。

 

「……むん!」

 

「おお、すごい腹筋!」

 

「この腹筋、すりおろし器みたい~!」

 

「そうね、これですりおろしたリンゴジュース飲みたい~」

 

(飲みたないやろ、そんなん)

 

「いつでも言ってくれれば喜んですりおろすっすよ」

 

(頼むわけないやろ……)

 

 江田の言葉に笑美が額を軽く抑える。

 

「……ぬん!」

 

「おおっ、すごい肩!」

 

「肩とは思えないわ~」

 

「肩にちっちゃいガ〇ダム乗せてんのかい!」

 

(ジープとかトラックやろ、そこは。ちっちゃいガン〇ムってプラモデルやんけ、逆にスケール小さく感じてまうやろ)

 

「ははっ、江田健仁、いっきまーす!」

 

(ア〇ロいっきまーすみたいに言わんでええねん)

 

 江田の決め台詞に笑美が苦笑する。

 

「……うん!」

 

「おおっ、すごい背筋!」

 

「背中に天使の羽生えてんのかい!」

 

(そこはシンプルに羽でええやろ、なんやランドセルしょってるみたいやん)

 

「背中に煉獄さんが見える!」

 

(背中に鬼が見えるやろ。煉獄さんは鬼を滅する方やろ)

 

「よもやよもやだ!」

 

(やかましいな、真似せんでええねん)

 

 江田の再度の決め台詞に笑美が若干だがイラっとする。

 

「しかし、本当に見事な肉体……」

 

「そこまで鍛え上げるには起きれない朝もあっただろう⁉」

 

(眠れない夜もあっただろう⁉やろう。ただのお寝坊さんやんけ)

 

「まあ、筋トレに夢中になり過ぎて、夜更かししてしまうときもあったっすね……」

 

(なにを真面目に答えとんねん……っていうか、ウチはなんでこんなボディービルの掛け声に詳しいんや……)

 

 笑美は自分で自分に突っ込む。

 

「ふん、まったくくだらないな……」

 

「おっ、屋代パイセン、参戦する感じですか~?」

 

「江田パイセン見て、火が点いちゃった系~?」

 

「なんでそうなるんだ、しょうもない……」

 

「あ~目を逸らした~」

 

「自信がないんじゃない?」

 

「そっか~それじゃあしょうがないか~」

 

「……待て」

 

「え?」

 

「自信がないだと? 聞き捨てならん……な!」

 

「おおっ!」

 

「これは意外、屋代パイセン、細マッチョってやつ~?」

 

「勉強の息抜きに鍛えているからな……」

 

(屋代先輩、自分もきゃあきゃあ言われたくなったんやな……)

 

 笑美が目を細める。

 

「ねえ~こうなったらさ~?」

 

「そうよね~」

 

(ん?)

 

「司ちゃんも脱いじゃおうよ~!」

 

「ええっ⁉ ぼ、僕もですか⁉」

 

「早く、早く~」

 

「ちょ、ちょっと待て! 男女でナニをしとるんや!」

 

 笑美が入ると、二人の男子に服を脱がされそうになる司の姿があった。

 

「え、笑美さん⁉」

 

「な、なんや、この状況は⁉」

 

 笑美が驚く。



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4本目(2)厳しさの反動

「え、えっと……笑美さん」

 

「お、男の子たち? 声を聴く限り女の子やと……」

 

 笑美が司の服を脱がそうとしていた男の子二人を指差す。

 

「え~女の子だって~嬉しい~」

 

 黒髪をおしゃれに右の七三分けにしている男の子が両手で自らの頬を抑える。

 

「ワタシらもなかなかやるわね~」

 

 こちらは左の七三分けにしている男の子が満足気な笑みを浮かべる。二人とも、髪型など細かい違いがあるが、顔がそっくりである。首を傾げる笑美に司が告げる。

 

「あ、紹介します。同じ2年生の能美兄弟のお二人です」

 

「兄の能美礼明(のうみれいめい)で~す」

 

 右の七三分けが右手を挙げる。

 

「弟の能美礼光(のうみれいこう)で~す」

 

 左の七三分けが左手を挙げる。二人が笑美に向かって手を振る。

 

「「よろしく~♪」」

 

「よ、よろしく……って、ふ、双子……?」

 

「そうよ~」

 

「初めて見た?」

 

「い、いや、初めてってことはないねんけど……」

 

「あ、関西弁だ~」

 

「ないねんけど……だって!」

 

「「かわいい~♪」」

 

 能美兄弟がお互いの顔を見合わせて声を上げる。笑美が戸惑う。

 

「か、かわいい……?」

 

「うん、かわいい!」

 

「と~ってもかわいい!」

 

「ああ、それはおおきに……」

 

「おおきにだって!」

 

「生で初めて聴いた~」

 

「やばい!」

 

「感動~!」

 

 能美兄弟のテンションがさらに上がる。

 

「ま、まあ、部室に名札がかけてあるから……存在はなんとなく知っとったけど……また、その、なんというか……」

 

「気持ち悪い?」

 

「えっ?」

 

「嫌?」

 

「ええっ?」

 

 礼明と礼光からいきなり迫られ、笑美は面食らう。司が間に入ろうとする。

 

「ふ、二人とも、初顔合わせなんですから……」

 

「……別に嫌ちゃうよ」

 

 笑美がぼそっと呟く。

 

「本当に?」

 

「ああ、ホンマや」

 

 首を傾げる礼明に対し、笑美が頷く。

 

「ホンマにホンマ?」

 

「ホンマにホンマや」

 

 礼光の問いに笑美は即答する。

 

「……」

 

「………」

 

 能美兄弟は再び顔を見合わせ、黙り込む。司が問う。

 

「ふ、二人とも……?」

 

「「良かった~!」」

 

「よ、良かった?」

 

「そうよ、司ちゃん!」

 

「ワタシらこんな感じじゃない?」

 

「は、はい……」

 

「初対面の段階で敬遠されちゃう場合が多いのよ~」

 

「それが彼女は嫌じゃないって!」

 

「本当に良かった~わたし、安心しちゃったわ~」

 

 礼明が胸をなで下ろす。

 

「昨日から緊張で眠れなかったものね~」

 

 礼光がうんうんと頷く。

 

「あ、緊張していたんですね……」

 

「そうよ、司ちゃん! だから江田パイセンをいじって緊張を紛らわせていたんだから~」

 

「ええっ! いじりだったんすか⁉」

 

 江田が愕然とする。

 

「いや、江田パイセンのボディは見事よ」

 

「それは別に嘘とかじゃないわ、安心して」

 

「あ、そ、そうすか、それは良かったっす……」

 

「……僕がつられて脱いだのは馬鹿みたいじゃないか?」

 

「あ~」

 

「それは若干否めないわね」

 

「若干⁉」

 

 屋代が上半身裸で愕然とする。笑美が司に問う。

 

「えっと……司くん?」

 

「なんでしょう?」

 

「もしかしてやけど……」

 

「はい、そのもしかしてです。今度のネタライブはこの二人と組んで欲しいんです」

 

「! ト、トリオかいな……?」

 

「そうなりますね」

 

「ほ、ほう……」

 

 笑美が腕を組む。礼明が首を捻る。

 

「やっぱり難しい感じ?」

 

「い、いや、そういうわけやないけども……気になることがあって……」

 

「気になること?」

 

「兄弟二人とも明るいやん、そのノリを敬遠する人も、そら中にはおるやろうけど、友達も結構多そうやん?」

 

「まあ、それは……」

 

「少なくはないわね」

 

「なんでまたお笑いサークルに?」

 

「う~ん……」

 

「それは……」

 

「それは?」

 

 能美兄弟は三度顔を見合わせてから、バッと笑美の方を見る。

 

「「弾けたいの!」」

 

「じゅ、十分弾けていると思うんやけど⁉」

 

「……この二人はこの辺の島々では一番大きい寺の生まれだ」

 

「て、寺⁉」

 

 服を着た屋代の言葉に笑美が驚く。

 

「そうなのよ~家のしつけがそれはもう厳しくて厳しくて……」

 

「いっつも抑圧されている感じがするのよね~」

 

「は、反動ってことかいな……」

 

「卒業したら本格的にお坊さんの修行に入っちゃうからさ……」

 

「それまでに高校生らしい思い出を刻みたいのよね~」

 

「……そうか、分かった、一緒に頑張ろう!」

 

 笑美が兄弟に向かって頷く。



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4本目(3)ネタ『女三人寄れば』

「はい、どーも~2年の凸込笑美で~す」

 

「2年の能美礼明で~す!」

 

「2年の能美礼光で~す!」

 

「『セトワラ』、今回はこの三人でお届けします、よろしくお願いしま~す」

 

「「お願いしま~す!」」

 

 双子の揃った挨拶に拍手が起こる。ひと呼吸おいて笑美の右隣に立った礼明が話し出す。

 

「いや~本当もうね……いきなりなんだけど」

 

「お、突然どうしたん? 礼明ちゃん?」

 

「かしましたい!」

 

「は?」

 

「かしましたいのよ!」

 

「な、何を言うてるの?」

 

 首を傾げる笑美の肩を左隣に立った礼光がドンドンと叩く。

 

「笑美ちゃん! 笑美ちゃん!」

 

「れ、礼光ちゃん、そ、そないドンドン叩かなくてもええから! 聞こえているから!」

 

「『女三人寄れば姦しい』とかって言うでしょ?」

 

「ああ……」

 

「礼明ちゃんは姦しい感じを味わいたいのよ!」

 

「あ、かしましたいってそういう意味⁉」

 

「そうよ~! 『姦しい』って形容詞と、『~たい』という希望・願望の表現を組み合わせた礼明ちゃんの造語よ、知らない?」

 

「造語やったら知る由もないがな!」

 

「かしましたいわ~! あ~かしましたい!」

 

 礼明が声を上げながら、シャドーボクシングを始める。それを見て笑美が戸惑う。

 

「身振り手振りが乱暴者のそれなんよ……なんかところ狭しと歩き始めたし……」

 

「礼明ちゃんがこう言うってことは、もうすっかりそういう時期なのね~」

 

「え? そんな季節恒例のことなん?」

 

「こうなったらね、笑美ちゃん」

 

 礼光が笑美の両手を握る。

 

「う、うん」

 

「礼明ちゃんのかしましたいって願望を叶えてあげないといけないわ」

 

「か、叶えてあげる?」

 

「そうよ、もし叶えてあげないと……これ以上は言えないわ」

 

「なんやそれ⁉ 気になるな……」

 

「とにかく、姦しい感じを出しましょう」

 

「姦しい感じって……」

 

「礼明ちゃん~!」

 

「なに? 礼光ちゃん?」

 

 礼光が礼明をステージ中央まで招き寄せる。

 

「こっちに来て、一緒にかしましりましょう!」

 

「ええっ⁉ かしましれるの⁉」

 

「ええもう! かしましまくりよ!」

 

「かしましり、かしましらせられるの?」

 

「そうよ~かしましるわよ~」

 

「造語変格活用のオンパレード! 全然わけが分からん!」

 

 二人に挟まれた笑美が思わず声を上げる。二人が黙る。

 

「……」

 

「………」

 

「あっ、ご、ごめん、いきなり大声出してもうて……」

 

「……良いかしましりね~」

 

「あ、合うてたんや⁉」

 

「え? 笑美ちゃん、中学とかでやってた?」

 

「やってない、やってない! そんな部活ないから! 『かしましい部』とか……」

 

「じゃあ、この三人で女子トーク、かしましって行きましょう!」

 

「イエーイ!」

 

 礼光の言葉に、礼明が反応する。笑美が戸惑いながら呟く。

 

「女子トークって言うたな……とりあえず女子っぽいトークをすればええんやな?」

 

「さば味噌がさ~」

 

「さ、さば味噌⁉ どんな話題⁉」

 

「あっ、ちょっとお手洗いに……」

 

 礼光がステージからはける。礼明が小声で笑美に語りかける。

 

「ねえ、笑美ちゃん、礼光ちゃんって、空気が読めないところあるわよね~?」

 

「え?」

 

 礼光が戻ってくる。

 

「お待たせ~なに話していたの?」

 

「いや、別に……あ、ちょっとお手洗いに……」

 

 今度は礼明がステージからはける。礼光が小声で笑美に語りかける。

 

「ねえ、笑美ちゃん、礼明ちゃんって、男子に媚びるところあるわよね~?」

 

「ええ?」

 

 礼明が戻ってくる。

 

「お待たせ~何を話していたの?」

 

「ううん、別になにもないわ……」

 

「……」

 

 両隣から礼明と礼光が笑美を見つめる。

 

「い、いや、ウチはいかへんよ、お手洗い! だって絶対悪口言うやん!」

 

「笑美ちゃん……」

 

「う~ん、全然かしませてないな~!」

 

 礼明が髪を激しくかきむしりながらステージを右往左往する。

 

「礼明ちゃん! 思う様にかしませないとああいう禁断症状が出るのよ~」

 

「禁断症状⁉」

 

「うあ~!」

 

「もうすぐ限界がくる! 私たちでなんとかしないと!」

 

「いや、しかるべき医療機関に相談しようや!」

 

「限界まであと一分!」

 

「急すぎる!」

 

「なにかかしましい感じを出さないと! 手遅れになるわ!」

 

「あ、そ、そういえばあそこの島にええ感じのカフェが出来たの知ってる⁉」

 

「!」

 

「礼明ちゃんの動きが止まった! いいわよ、笑美ちゃん!」

 

「そこのおすすめスイーツが絶品で、パティシエもすごいイケメンやねん!」

 

「そうそう、笑美ちゃんの言うとおりよ!」

 

「ス、スイーツ……パ、パティシエ……イ、イケメン……」

 

「礼明ちゃんの動きがかしましさを取り戻しつつあるわ!」

 

「かしましさって何?」

 

「ううっ……」

 

「ああ、でも礼明ちゃんまだ苦しんでいるわ! もっとかしましさパワーを送らないと!」

 

「かしましさパワー……?」

 

 礼光が両手を広げて念じる。

 

「かしまれ~かしまれ~……笑美ちゃんも一緒に!」

 

「ええっ⁉ かしまれ~かしまれ~……どういう状況なん! これは!」

 

「はっ!」

 

「あっ、良かった、正気を取り戻したみたいやわ、良かったね、礼光ちゃん?」

 

「あ~かまびすしたい!」

 

「えええっ⁉」

 

「礼光ちゃんのかまびすしたいって願望を叶えてあげないと! かまびすしいパワーを!」

 

「いや、こんどはこっちかいな! もうええわ!」

 

「「「どうも、ありがとうございました!」」」

 

 笑美と礼光と礼明がステージ中央で揃って頭を下げる。



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4本目(4)説法の訓練

「お疲れ様でした!」

 

 講堂の舞台袖に司が入ってきて、三人に声をかける。笑美が問う。

 

「どやった?」

 

「いやいや、今回も最高でしたよ!」

 

「ほうか……はあ~!」

 

 笑美がしゃがみ込む。司が驚く。

 

「ど、どうかしたんですか?」

 

「……」

 

「どこか具合でも悪いんですか?」

 

「いや、そういうわけやないよ……」

 

 笑美がゆっくりと立ち上がる。

 

「は、はあ……」

 

「緊張から解放されただけや……」

 

「? いつも緊張されているんじゃないですか?」

 

「それとはまた違う緊張感や……」

 

「違う緊張感?」

 

 司が首を傾げる。笑美が声を上げる。

 

「トリオ漫才なんて生まれて初めてやったっちゅうねん!」

 

「あ、そうか……」

 

「あ、そうか……ちゃうねん!」

 

「す、すみません……」

 

「い、いや、こっちも大声だして悪かった……」

 

 笑美が後頭部をポリポリとかく。

 

「で、でも、スムーズにこなしているように見えましたよ」

 

「そうか?」

 

「ええ!」

 

「そうか……それならまあ、別にええけど……」

 

「や、やっぱり勝手が違うものですか?」

 

「集中力がより必要になるって感じかな? 相方がもう一人おるわけやから。片方ばっかに注意を向けているわけにもいかん」

 

「な、なるほど……」

 

「まあ、勉強になったわ……」

 

「そ、それは良かったです……」

 

「ただな!」

 

 笑美がグイっと司に迫る。

 

「は、はい!」

 

「こういう形ならもうちょっと早く言うといてや……」

 

「そ、それはすみません。結構ギリギリでの思い付きだったので……双子のボケを笑美さんがどうさばくのか見てみたくなって……」

 

「確かに珍しい組み合わせではあるけどな……」

 

「ほ、本当にすみません……」

 

「まあええわ……」

 

「痴話げんか終わった~?」

 

「ど、どこが痴話げんかやねん!」

 

 礼明の言葉に笑美が突っ込む。

 

「いや~それにしても良かったわ~」

 

「いい経験をさせてもらったわよね~」

 

「それはなによりやったね」

 

「あの~お二人とも……」

 

「? なに、司ちゃん?」

 

「稽古のときにポロっとおっしゃっていたじゃないですか……」

 

「え? なにか言ってたっけ?」

 

「いや、家を手伝うことがいきなり増えてきたから、これからはほとんど顔を出せなくなりそうだって……」

 

「ああ、あれね……」

 

「そういえば言ってたわね……」

 

「……」

 

「………」

 

 能美兄弟が揃って腕を組んで黙り込む。司が戸惑う。

 

「あ、あの……?」

 

「「…………」」

 

 兄弟が顔を見合わせる。司が困惑する。

 

「えっと……」

 

「「辞めないわよ!」」

 

「ええっ⁉」

 

「家のことはなんとか都合をつけるわよ、それに……ねえ、礼光ちゃん?」

 

「ええ、礼明ちゃん、このセトワラは色々と勉強になるわ」

 

「勉強?」

 

「将来、説法を行うときの話術が養えるじゃない? 辞める手はないわよ♪」

 

 礼光がウインクする。

 

「ふふっ、上手な長話、高座の助けかな?」

 

 笑美が笑う。



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5本目(1)熱いトーク

                   5

 

「……やはり、『〇ラックジャック』だろう」

 

 屋代が眼鏡をクイっとさせながら答える。

 

「え~」

 

「え~とはなんだ、え~とは!」

 

 屋代が礼明を指差す。

 

「『ブラック〇ャック』って、タイトルは知っていますけど……ね~礼光ちゃん?」

 

「うん、さすがにちょっと古くないですか~?」

 

 礼明の問いに礼光が頷く。

 

「古いというのは大した問題ではない。あの作品は生命とは何かを我々読者に考えさせてくれる非常に意義深い作品だ」

 

 屋代が腕を組んで、自らの発言にうんうんと頷く。

 

「う~ん……」

 

「なんかねえ~」

 

 能美兄弟が揃って首を捻る。屋代が問う。

 

「ならば、君たちは何だと思うんだ?」

 

「やっぱり、『花男』でしょ!」

 

「はなだん?」

 

 屋代が首を傾げる。

 

「『〇より男子』ですよ~」

 

「F4が4人ともかっこいいしね~」

 

「エフフォー?」

 

 屋代がさらに首を傾げる。

 

「屋代パイセン、『花より〇子』知らないのヤバいですよ~」

 

「うん、マジあり得ない、人生損してる~」

 

「くっ……お、おい、江田はどう思う?」

 

「えっ? う~ん、『スラダン』っすかね~」

 

「スラダン? スライムより団子か?」

 

「『〇ラムダンク』っすよ、国民的バスケ漫画の!」

 

「君は野球部だろう! 野球漫画を読みたまえよ!」

 

「なんすか、その暴論は……」

 

 江田は冷ややかな視線を向ける。屋代は司に尋ねる。

 

「細羽! 君はなんだと思う⁉」

 

「えっ? ぼ、僕は……『〇撃の巨人』ですかね~」

 

「ふっ……」

 

「そうっすか……」

 

「ミーハーだね、司っちは……」

 

「ベタだよね~」

 

 四人が司の答えを鼻で笑う。司はムッとする。

 

「な、なんでそこで四人の息が合うんですか⁉ 『進撃の〇人』は良いでしょ! アニメもカッコ良かったし! 世界的な人気ですよ!」

 

「世界的人気を誇るアニメなら『〇ウボーイビバップ』だろう!」

 

 屋代が声を上げる。礼明が笑う。

 

「ははっ……」

 

「なにがおかしいんだ?」

 

「なんか、屋代パイセン、チョイスが古いんですよ……」

 

「古いだと⁉ あのスタイリッシュさは今もなお色褪せることはないぞ!」

 

「アニメならやっぱり、『あの花』っしょ~」

 

「あの花?」

 

「『あの日見た花の名前を〇たちはまだ知らない』ですよ~」

 

「あれはマジ泣けるよね~」

 

 礼光が礼明に同意する。

 

「何度見ても良いよね~」

 

「知らないが、お涙頂戴系か……」

 

「パイセン~『あの花』知らないのはどうかと……」

 

「ちょっとヤバいよね~」

 

 能美兄弟が冷めた視線を屋代に送る。

 

「くっ、え、江田はどうなんだ?」

 

「え、そうっすね……『〇―リ!!! on ICE』っすかね……」

 

「なんだそれは? 野球アニメか?」

 

「フィギュアスケートものっす!」

 

「野球を見ろ!」

 

「さっきからなんすか、その暴論は⁉」

 

 江田が困惑する。

 

「ちっ……細羽はどうだ? 『進撃』以外なら」

 

「え? ガ、『ガルパン』ですかね?」

 

「いやらしいものか?」

 

「ち、違いますよ! 『ガールズ&パンツ〇ー』、略して『ガルパン』です。戦車道という架空の競技を描いた傑作です! 舞台になった茨城県大洗町は聖地なんですよ!」

 

「あ~なんか、聞いたことあるかも……」

 

「聖地とか、やっぱミーハーだよね~司ちんは……」

 

 礼光が笑う。

 

「作家志望ならもっと通が好むものを観たらどうだ?」

 

「全くっすね」

 

 屋代の言葉に江田が頷く。司が再びムッとする。

 

「だからなんでそこだけ息が合うんですか⁉ ガルパンはゲームもヒットしていますよ!」

 

「ゲームならば、『〇長の野望』シリーズだな、戦国大名の気分を味わえる。歴史や地理の勉強にもなるしな……」

 

「いや~そこはやっぱり『スプラ』っしょ!」

 

「スプラ?」

 

「『スプラ〇ゥーン』シリーズ知らないんですか⁉」

 

「さすがにそれはヤバいですよ……」

 

 首を傾げる屋代に対し、礼明は驚き、礼光は引き気味で呟く。

 

「そ、そんなに引くことはないだろう⁉」

 

「だってヤバいんですもん……」

 

「ね~」

 

「むう……江田はどうだ、ゲームは……」

 

「『〇IFA』シリーズっすね」

 

「『FI〇A』?」

 

「サッカーゲームっす!」

 

「野球ゲームをやれ!」

 

「いや、別に良いじゃないっすか!」

 

「細羽は⁉」

 

「えっと、最近なら『〇マ娘』ですかね……」

 

「お前というやつは……」

 

「それっすか……」

 

「なんというか……」

 

「とことんベタだね~」

 

 四人が揃ってため息をつく。司が三度ムッとする。

 

「いや、なんで僕だけはダメみたいな雰囲気出すんですか⁉ おかしいですよ!」

 

「それはこっちの台詞や!」

 

「あ! 笑美さん!」

 

 司が視線を向けると、笑美が部室に入ってくる。

 

「何を熱くオタクトークしとんねん……サークルの趣旨変えたんか?」

 

「えっと、どうしてだっけ……? そう、彼の話がきっかけで……」

 

「彼? うおっ⁉」

 

 司の指差した方を見ると、長い黒髪を後ろで一つしばりにした眼鏡の男子がぶつぶつと呟きながら、教室の隅にしゃがみ込んでいた。



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5本目(2)自ら積極的に

「……」

 

「び、びっくりした……」

 

 笑美が胸を抑える。

 

「………」

 

「こ、この人は?」

 

 笑美が司に問う。

 

「ああ、2年の因島晴義(いんのしまはるよし)くんです」

 

「この部屋におるっちゅうことは……?」

 

「ええ、セトワラの会員です」

 

 司が頷く。

 

「なんですみっこに座っとんねん」

 

「拗ねているんだと思います」

 

「拗ねている?」

 

「もしくは嘆いているのか……」

 

「嘆いている?」

 

 笑美が首を捻る。

 

「呟きに耳を傾けてみましょう」

 

 司が笑美を促し、因島に近づく。

 

「……せっかく話題を振ったのに、拙者をよそにみんなで楽しそうに盛り上がって……」

 

「ん?」

 

「ふっ、これも陰キャオタクの悲しい運命でござるか……」

 

「う、うん?」

 

「……嘆いている方でしたね」

 

「あ、嘆いているんや⁉」

 

「自分が色々話をしたかったのに、みんなが予想以上に盛り上がって、因島くんのことをほったらかしてしまったので……」

 

「そ、そうなんか……」

 

「拙者はいつもこうでござる……」

 

「……嘆いている暇あったら、もっと積極的にならんと」

 

「!」

 

 因島は驚いた顔で笑美を見る。

 

「とりあえず発言せんと、みんなも耳の傾けようがないやんか」

 

「な、なるほど……」

 

「ほら、こっち来て会話しようや」

 

 笑美が因島を教室の真ん中に手招きする。

 

「も、もうしわけないでござる……」

 

「初めて会うよね? ウチは凸込笑美」

 

「い、因島晴義でござる……」

 

「よろしくな、因島くん」

 

「よ、よろしく……」

 

「それで?」

 

「え?」

 

「因島くんの好きな漫画はなに?」

 

「あ、ああ、『〇生獣』でござる……」

 

「ああ、ミギーが出るやつやっけ?」

 

「そ、それでござる!」

 

 因島の顔が明るくなる。

 

「ちょっと気味悪い話なのかなと思ったら、ミギーと主人公のやりとりが面白いんよな?」

 

「そ、そうでござる! サスペンスものとしてだけでなく、いわゆるバディものとしても楽しめる側面を持っているのが、あの作品の魅力なのでござる!」

 

「ウチはあれが好きやな、『〇スノート』」

 

「ほう……」

 

「……の7巻までやな」

 

「ほうほう! 分かってらっしゃる!」

 

「まあ、第二部も悪くはないんやけどな……」

 

 笑美が腕を組む。因島が呟く。

 

「……『ジェバンニが一晩でやってくれました』」

 

「それやねん! ジェバンニ、漢字の筆跡を数十ページも真似出来るってなんやねん、それこそ新世界の神やろっちゅうねん」

 

「ははは!」

 

「アニメは何がええの?」

 

「やはり、『ま〇マギ』でござるな……」

 

「あ~『魔法少女まどか〇ギカ』?」

 

「そうでござる」

 

 因島が頷く。

 

「3話は衝撃的やったな~」

 

「あれは度肝を抜かれたでござる」

 

「ビビったな、あそこからグッと引き寄せられたもん」

 

「好きなアニメはなんでござるか?」

 

「ウチ? う~ん……『天元突破〇レンラガン』かな~」

 

「ほう、なかなか渋いチョイスでござるな!」

 

「『お前が信じる俺でもない』」

 

「『俺が信じるお前でもない』」

 

「「『お前が信じる、お前を信じろ!』」」

 

 二人が台詞をハモる。笑美が笑う。

 

「いや~あそこが燃えるねんな~」

 

「ふむ……では、ゲームは? 拙者は『〇ークソウル』シリーズでござるな~」

 

「ああ、あのヒリヒリとする緊張感がたまらんよな~」

 

「まったくもって」

 

「ウチはあれかな~『〇が如く』シリーズ!」

 

「ほ、ほう……」

 

 やや予想外な答えに因島が戸惑う。

 

「あの名台詞がええんよな~」

 

「名台詞?」

 

「『なにぃ?』」

 

「そ、それは名台詞でござるかな⁉」

 

「主役の声優さん、海外のイベントでそれを一番リクエストされたらしいで」

 

「そ、それは知らなかったでござる……」

 

 因島が呟く。

 

「……出来とるやん」

 

「え?」

 

「自分から積極的に会話出来とるやん」

 

「あ……」

 

「その調子でいったらええねん」

 

「いや、これはたまたまというか……」

 

「会話の頻度を上げたらええやん。そしたら上手くいく確率は上がるやろ」

 

「それはなかなか陰キャにはハードルが高いというか……」

 

 因島が頭を掻く。

 

「そうやって陰キャとか言って、自分を自分で型にはめたらしんどいやろ?」

 

「‼」

 

「もっと自由に生きようや」

 

 笑美が両手を大きく広げる。

 

「自由に……」

 

「司くん、今度のネタライブ……」

 

「え、ええ、因島くんと組んでもらおうかなと思いまして……」

 

「よっしゃ! 一緒に頑張ろうや!」

 

 笑美が笑顔で因島に語りかける。



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5本目(3)ネタ『新たな教科』

「はい、どーも~2年の凸込笑美で~す」

 

「2年の因島晴義でござる……」

 

「『セトワラ』、今回はこの二人でお届けします、よろしくお願いしま~す」

 

「お願いするでござる……」

 

 借りた講堂内に拍手が起こる。ひと呼吸おいてから笑美が話し出す。

 

「いや、因島くんね……」

 

「拙者になにか落ち度でもあったでござるか⁉」

 

「それ! 拙者とかござるとか、なんなん⁉ 忍者の末裔なん⁉」

 

「忍者というか侍のつもりでござったが……」

 

「ああ~そっち⁉」

 

「まあ、仕方ないでござる。どちらかと言えば所詮は日陰の者でござるからな……」

 

 因島が俯く。笑美が慌てる。

 

「ああ、悪かった、ウチが悪かったって! せっかくだから楽しい話をしようや」

 

「楽しい話?」

 

「せや、高校生らしくね?」

 

「ああ、それならばちょうどいい話が……」

 

 因島が姿勢を正す。笑美がポンと手を打つ。

 

「お、聞かせてもらいましょうか」

 

「……大学受験というものがあるでござるな」

 

「耳が痛い話やな!」

 

「ほとんどの方にとって避けては通れない話でありますから……」

 

「まあ、そうやけども……ウチらまだ高2やで、高2の春! ちょっと早すぎない⁉」

 

「次々回、つまり拙者らの代で、大学入学共通テストに新たな教科が追加されるのです」

 

「え⁉ ホンマに?」

 

「本当です」

 

「そ、それは全然知らんかったな~」

 

「今の内から対策を練っておいた方が良いと思いまして……」

 

「うん、うん、そういうのは早い方がええな!」

 

 笑美が頷く。

 

「今日は皆さんとその教科について共に学んでいければ良いかなと……」

 

「それはもう! 大いに学んでいきましょう! それで因島くん、その教科とは?」

 

「はい、『異世界』です……」

 

「はあっ⁉」

 

 笑美が大声を上げる。因島が左耳を抑えながら繰り返す。

 

「異世界です……」

 

「え? 異世界って転生とかするあの?」

 

「ええ、そうでござる」

 

「国語、数学、英語、理科、社会……」

 

「異世界でござる」

 

「おかしいやろ! なんやそれ! どういうことやねん……」

 

「このご時世、いつ異世界に転生しても良いように……」

 

「あれはフィクションや!」

 

「そうは言っても、もうほぼ追加されることは内定してるでござる……」

 

「世も末やな……何を勉強したらええねん、見当もつかんわ……」

 

「そこでオタクである拙者の出番でござる!」

 

 因島が胸を張る。笑美が再び手を打つ。

 

「なるほど!」

 

「拙者のオタ知識をフル動員すれば、出題される問題の傾向が大体つかめるでござる……」

 

「こりゃ頼もしいな!」

 

「まず国語!」

 

「国語?」

 

「サラリーマン、山田はトラックに轢かれ、異世界へ転生することになりました……」

 

「ああ、なんかよくある展開やな、知らんけど」

 

「……この時のトラック運転手の心情を答えなさい」

 

「重いな!」

 

「え?」

 

「なにを入試で反省と後悔の文章書かないとアカンのよ!」

 

「いや、登場人物の心情を答えよとかそういう問題はあるでござろう?」

 

「あるけれども、残された側の気持ちって……それはしんどいものがあるわ……」

 

「国語は一旦置いておくでござるか?」

 

「そやな、他の科目にしたいな」

 

「じゃあ、数学!」

 

「数学か、まあええよ」

 

 笑美が頷く。

 

「勇者は魔王を倒し、世界に平和をもたらしました……」

 

「うん」

 

「国王さまはお礼に姫を妻として迎えて欲しいと言ってきました……」

 

「まあ、それもよくある感じやな、知らんけど」

 

「しかし、勇者のパーティーには、恋人同然の女騎士、仲の良い女魔法使い、友達以上の関係である女武道家がいました……」

 

「あ、ああ……?」

 

「足して……良いものでしょうか?」

 

「知らんわ! なんやそれ! ハーレム作ってええかって相談か⁉ どこが数学やねん! 倫理の問題やろ!」

 

「数学も難しいでござるか?」

 

「むしろ気悪いな!」

 

「では英語!」

 

「英語?」

 

「以下の単語を日本語に訳しなさい」

 

「ああ、オーソドックスな感じやな……」

 

「まずは『スキル』」

 

「えっと……技術!」

 

「『ギルド』」

 

「組合とかそんなんやろ?」

 

「おお、全問正解でござるよ!」

 

「なんかクイズ大会みたいなノリやな……」

 

「では、以下の文章を日本語訳しなさい」

 

「文章問題か……」

 

「I who was worthless was ousted from the party, but became a ruler of this world by the unique skill "strongest". It is already late even if said that I come back 」

 

「え? え?」

 

「答えは……『役立たずの俺はパーティーから追放されたが、ユニークスキル“最強”でこの世界の支配者になりました。戻ってこいと言われてももう遅い』です」

 

「そんなもん分かるか! なんか翻訳とは別のセンスが求められているやろ!」

 

「じゃあ、社会!」

 

「社会ね……」

 

「多発する異世界転生を問題視した政府は……」

 

「現実とフィクションの区別がついていない問題文なんよ……」

 

「ある法律を定めました、次の三つの内どれでしょう?」

 

「設定がまずイカレているからな……三択問題か?」

 

「①不純異世界交遊の禁止」

 

「田舎の高校か!」

 

「②勇者の迷惑なナンパ禁止」

 

「地方の海水浴場の看板か!」

 

「③トラックの夜間のスピード制限」

 

「③だけ妙にリアル! 正解は③! って、トラック業界大変やな⁉ もうええわ!」

 

「「どうも、ありがとうございました!」」

 

 笑美と因島がステージ中央で揃って頭を下げる。



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5本目(4)増える笑顔

「お疲れ様でした!」

 

 講堂の舞台袖に司が入ってきて、二人に声をかける。笑美が問う。

 

「どうやった?」

 

「いやいや、今回も最高でしたよ!」

 

「ほうか……それは良かった」

 

「ふむ……」

 

 因島が座り込む。司が驚く。

 

「ど、どうかした?」

 

「……」

 

 因島の体が小刻みで震えている。司が慌てる。

 

「ぐ、具合でも悪いの?」

 

「……でござる」

 

「え?」

 

 俯いていた因島が顔を上げる。

 

「夢が叶ったでござる!」

 

「ゆ、夢⁉」

 

「そうでござる!」

 

「ど、どういう夢?」

 

「講堂でござるよ!」

 

「全然分からないよ!」

 

「『涼宮ハ〇ヒ』も『け〇おん』も講堂でライブを行っていたでござる!」

 

「あ、ああ……」

 

 司が分かったような分からなかったような曖昧な返事をする。

 

「ウチら楽器弾いてへんけど」

 

 笑美が笑う。

 

「こういうのは気分の問題でござる!」

 

「そうかい」

 

「そうでござる!」

 

「夢が叶ってよかったな」

 

「ありがとうでござる!」

 

 因島が笑美に向かって頭を下げる。

 

「お礼を言う相手を間違えてるで……」

 

 笑美は手を左右に振る。

 

「え?」

 

「お礼はそういうシーンを作ってくれた方々やろ?」

 

「あ、ああ……」

 

「つまり……」

 

「「京アニは神!」」

 

「ふふっ……」

 

「ははっ……」

 

 笑美と因島が顔を見合わせて笑う。司がそれを見てムッとする。

 

「なんだか随分と楽しそうですね!」

 

「お、なんや、ヤキモチかいな~」

 

「ち、違いますよ!」

 

「お、怒んなや……」

 

「あ、すみません……」

 

 司が慌てて頭を下げる。因島が首を傾げる。

 

「なにか、余計なことをしてしまったでござるか?」

 

「い、いや、因島くんは全然問題ないよ!」

 

「そ、そうでござるか……」

 

「でも……」

 

「うん?」

 

「因島くん稽古のときに言ってたじゃん……」

 

「え? なにか言っていたでござるか?」

 

「いや、高校生活の思い出としてコミケに参加したいから、その活動の為にセトワラの方にはあまり顔が出せなくなりそうだって……」

 

「ああ……そういえばそう言ってたでござるな……」

 

「あ、あの……?」

 

「色々と考えたのでござるが……」

 

「う、うん……」

 

「……今後もセトワラには積極的に顔を出したいと思っているでござる」

 

「え⁉ い、いいの?」

 

「拙者は今日の舞台で確信したでござる……」

 

「な、なにを?」

 

「こうして舞台に上がることによって、ライブやステージに上がる声優さんたちの気持ちが少し分かるようになったでござる」

 

「は、はあ……」

 

「これは今後のオタク活動……『オタ活』にきっと活きてくるでござる!」

 

「い、活きるかな~?」

 

 司が小声で首を傾げる。

 

「ふふっ、まわりまわって笑顔が増える、結構なことやな」

 

 笑美が笑いながら頷く。



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6本目(1)チャラい遭遇

                  6

 

「こんにちは~」

 

 笑美が部室に入る。

 

「ウェーイ!」

 

「え⁉」

 

 短すぎず長すぎずの茶髪で両耳にピアスをした派手な男子生徒が笑美にいきなり声をかけてきたため、笑美は面喰らう。

 

「噂のツッコミちゃん、カワイイね~♪」

 

「ウチは凸込ですけど……」

 

 男子の言葉に笑美はややムッとする。

 

「あれ~? ツッコミちゃんって呼び名、気に食わない系~?」

 

「そうですね」

 

「そう? 良い感じだと思うんだけどな~」

 

「良くないです」

 

「特徴をよく捉えているじゃん」

 

「……ウチはあくまでも役割としてツッコミをこなしているわけで、性格的特徴というわけではありません」

 

「それじゃあ身体的特徴?」

 

「……ツッコミの身体的特徴ってなんですか」

 

「例えば右手の手の甲が異様に発達しているとか……」

 

「仮に発達しとったらヤバいでしょ、ツッコミ食らうた人が」

 

「あ~それもそうか……」

 

「それもそうかって……」

 

「あれ? 右手の一振りでロウソクの火を消せるんだっけ?」

 

「武道の達人の域に到達しとるやないですか」

 

「え? 到達していないの?」

 

「目指してもいないです」

 

「……来いよ、高みへ」

 

 男子が手招きをする。

 

「お断りです」

 

「ノリ悪いな~」

 

「……っていうか、どちら様ですか?」

 

「あ、俺のこと?」

 

「他におらんでしょ」

 

「いや、名乗るほどのものでもないよ」

 

「ほんならいいです……」

 

「い、いや、ちょっと待ってよ!」

 

「なんですか?」

 

「興味失うの早すぎっしょ!」

 

「失ってはいないです」

 

「え?」

 

「もともと興味を持っていないですから」

 

「ひ、酷くない⁉」

 

「練習をしたいので、特に用事がないようでしたらお帰り下さい……」

 

 笑美がドアを指し示す。

 

「練習って何をするの?」

 

「……」

 

「いやいや、無視しないでよ」

 

「漫才の練習ですよ」

 

「あ~そうなんだ。やる気十分だね~」

 

「十分もなにも……それが目的のサークルですから」

 

「俺もなんだかテンション上がってきたよ!」

 

「え?」

 

「バイブスが爆アゲって感じ!」

 

「は、はあ……」

 

「ババッとやって、ガンガンと行こうぜ! その結果、ドカーンっしょ⁉」

 

「いや、擬音だらけで訳分からんねん!」

 

「まあ、その辺はさ、フィーリングでいこうよ」

 

「フィーリングが全然合うてへんねん」

 

 男子が自身の胸を右手の親指でつつく。

 

「……ソウル共鳴していこうよ」

 

「魂でええやろ」

 

「う~ん……」

 

「なんやねん、さっきから……」

 

「とりま……俺たち付き合っちゃう?」

 

「なんでやねん!」

 

 笑美が声を上げる。男子が笑みを浮かべる。

 

「……はい、『なんでやねん!』頂きました~」

 

「は?」

 

「ウォーミングアップはこんなもんかな~ツカサン」

 

 男子が司に声をかける。席に座り、ノートを眺めている司が応える。

 

「そう……」

 

「ちょ、ちょっと待って、司くん!」

 

「はい、なんですか?」

 

「なんですか?って、もしかしてこのチャラ男……」

 

「はい、セトワラの会員です。僕らと同じ2年生の倉橋孝太郎(くらはしこうたろう)くんです」

 

「あ、ああ、名前は知っておったけど……」

 

 笑美が倉橋に視線を戻す。倉橋はウインクしながら、右手の人差し指と中指を額につけて、軽く一振りする。

 

「シクヨロ~」

 

「……名は体を表さずって感じやな」

 

「え? それ酷くない?」

 

「素直な感想を述べたまでや」

 

「素直過ぎるのもどうかと……」

 

「……司くん、ひょっとして……」

 

「ええ、今度のネタライブは倉橋くんとやってもらおうかなと……」

 

「……嫌やな」

 

「ちょっと、ちょっと、そんな言い方ないっしょ~」

 

 笑美の反応に倉橋は苦笑する。司が尋ねる。

 

「どうしてですか?」

 

「なんか合わん気がすんねん」

 

「いやいや、俺が全然合わせるからさ~」

 

「なんでちょっと上からやねん」

 

 笑美が倉橋に対し冷めた視線を向ける。

 

「他の皆は一緒に漫才してたじゃん、俺だけやってくれないのは不公平だよ~」

 

「む……」

 

「笑美さん、なんとかお願い出来ませんか? 倉橋くんもずっとこのサークルのメンバーを続けてきてくれたので……せっかくならステージに立って欲しいんです」

 

「……しゃあないなあ」

 

 笑美が頭を掻く。倉橋が笑ってガッツポーズを取る。。

 

「ははっ、やった! 俺も笑いをとるぞ~」

 

「……まあ、場慣れはしてそうやな」

 

「そうでしょう? 今度は恐らく講堂も満杯になるでしょうから」

 

「え?」

 

 司の言葉に倉橋の動きが止まる。笑美が尋ねる。

 

「どないしたんや?」

 

「や、やっぱ俺、辞めようかな……」



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6本目(2)真のチャラ男へ

「は? なんやねん、急に?」

 

「いや、ちょっと都合が……」

 

「都合ってなんやねん」

 

「危篤で……」

 

「誰が?」

 

「俺が……」

 

「アンタかい!」

 

「と、とにかく、漫才はやっぱナシという方向で……」

 

「アンタから言い出したんやろ、今さらナシは無しやで」

 

「そ、そんな……」

 

 倉橋は困った顔になる。笑美が腕を組む。

 

「そない困った顔されても、こっちが困るっちゅうねん……」

 

「教えてあげようか?」

 

「!」

 

「その豹変の理由……」

 

「知っているんか、礼……明ちゃん⁉」

 

「知っているよ」

 

「よっしゃ、当たってた……」

 

 笑美が小声で呟く。礼明が声を上げる。

 

「いや、当てずっぽうだったの⁉」

 

「まだなかなか見分けが……」

 

「髪の分け目で覚えてよ!」

 

「難易度高いな」

 

「やれば出来る!」

 

「礼明ちゃん、それはとりあえず良いから、話を進めたら?」

 

 礼明に続いて部室に入ってきた礼光が呟く。

 

「それもそうね……あのね、笑美ちゃん」

 

「うん」

 

「倉橋ちゃんは極度のビビりなの」

 

「ビビり?」

 

「そうよ」

 

 礼明が頷く。

 

「お客さんが一杯になるだろうって司っちの言葉を聞いてビビったんでしょう? どうせお客は少ないはずだって舐めてたのよ」

 

「ぐっ……」

 

 礼光の言葉に倉橋が俯く。

 

「そうなんか?」

 

「まあ、当たってるよ……」

 

 笑美の問いかけに倉橋は頷く。礼光が冷ややかな視線を向ける。

 

「おいしいところだけちょっと持っていって、自分が人気者だって触れ回るつもりだったんでしょ? 話を大げさに膨らまして」

 

「……」

 

「ろくにサークルにも出ていないのに、調子良すぎじゃない?」

 

「そうよそうよ」

 

「……違う」

 

「ん?」

 

「違う!」

 

「!」

 

 倉橋の突然の大声に礼光たちが驚く。

 

「あ、わ、悪いね……大声出しちゃって……」

 

「……なにが違うんや?」

 

「え?」

 

 笑美が重ねて問う。

 

「なにが違うかを聞いているんや」

 

「あ、ああ……俺はこのビビりをなんとかしたいんだよ」

 

「ほう……」

 

「人前で漫才を一度でも成功させたらなんとかなるかなと思ってさ、最近はこのサークル結構評判が良いみたいだから……」

 

「ふむ……」

 

「そしたら、ツカサンが、講堂が一杯になりそうだって言うから、これはちょっと話が違うぞってなって……」

 

「人の入りはそこそこやろうと思ったんやな?」

 

「ああ」

 

「そういう段階から徐々に慣らしていこうと思ったと……」

 

「そ、そうだよ」

 

「なるほどね……礼明ちゃん、礼光ちゃん……」

 

「はい?」

 

「なに、笑美っち……?」

 

「そういう決めつけは良くないな。この子に謝り」

 

「え……ご、ごめんなさい」

 

「ごめんなさい……」

 

 礼明と礼光が揃って頭を下げる。倉橋が戸惑う。

 

「い、いや、俺も調子良いことを言ったから……」

 

 笑美が首を捻る。

 

「ビビりねえ……無理になんとかせんでもええんちゃうん?」

 

「ほら俺ってさ、こういうキャラじゃん、周囲からもなんというかこう……期待されているというかさ……」

 

「期待?」

 

 笑美が首を傾げる。

 

「いや、なんていうの、ムードメーカー的な役割?」

 

「なんやその役割……」

 

「体育祭とか文化祭でクラスを盛り上げる役割だよ」

 

「昨年度はどうしたんや?」

 

「知恵熱出して休みがちだった……」

 

「どんだけ悩んでねん……」

 

「大変なんだよ、キャラを維持するのも」

 

「キャラ変したら楽になるんちゃう?」

 

「そういうわけにはいかない」

 

「なんでや?」

 

「俺はチャラ男っていうことに誇りを持っている……!」

 

 倉橋は胸を張る。

 

「妙なところに誇りを持っているな……」

 

 笑美が目を細める。

 

「と、とにかく、なんとかしたいんだ! 力を貸してくれないかな?」

 

 倉橋が頭を下げる。

 

「僕の方からもよろしくお願いします。倉橋くんはサークルの勧誘ビラ配りの時も結構手伝ってくれたし……」

 

「司くん……そう言われてもな……」

 

 笑美が後頭部を掻く。

 

「笑美さんしかいないんです」

 

「ウチをセラピストかなんかと勘違いしとらんか?」

 

「……偽物を本物にする」

 

「! む……」

 

「それもまた舞台の持つ力であり、魅力なのかなって……」

 

 司の言葉に笑美が笑う。

 

「……ははっ、チャラ男を真のチャラ男にするってか……ええよ、倉橋くんとコンビを組んだろうやんけ!」

 

 笑美が頼もしい声を上げる。



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6本目(3)ネタ『チャラチャラ』

「はい、どーも~2年の凸込笑美で~す」

 

「2年の倉橋孝太郎で~す!」

 

「『セトワラ』、今回はこの二人でお届けします、よろしくお願いしま~す」

 

「よろしくお願いしま~す!」

 

 借りた講堂内に拍手が起こる。ひと呼吸おいてから笑美が話し出す。

 

「え~まあね……」

 

「へい! そこの彼女!」

 

 倉橋が客席を指差す。笑美が首を傾げる。

 

「おっ、なんやなんや……?」

 

「俺と一緒にパイレーツしない?」

 

「……ど、どういうこと⁉」

 

「めんご、めんご、瀬戸内海ジョーク出ちゃった」

 

「瀬戸内海ジョーク⁉」

 

「笑美ちゃん、話は変わるんだけどさ……」

 

 倉橋が真面目な顔つきになる。

 

「急やな!」

 

「俺さ~悩みあんのよ……」

 

「悩みとは無縁そうやけどね」

 

「俺、周りからチャラ男だと思われがちなんだよね~」

 

「……がちって言うか、実際ガチでそうやろ⁉」

 

「ええ?」

 

「いきなり女の子に対して瀬戸内海ジョークかます奴がチャラ男でなくてなんなのよ?」

 

「いや~俺って結構真面目なんだよ」

 

「そうなん?」

 

「マジよ、バイトとかちゃんとやるもん」

 

「ホンマ?」

 

「ホンマ、ホンマ」

 

「じゃあ、ちょっとやってみせてよ、ウチがお客やるから」

 

「ああ、いいよ」

 

 笑美が少し後退し、自動ドアが開く様子を手で再現する。

 

「ウィーン」

 

「あ、いらっチャラいませ~」

 

「チャラいませ⁉ な、なんか気になるけど、えっとこれとこれ下さい」

 

「あ、こちら、あチャラめますか?」

 

「チャ〇メラ買ったみたいになってるな! え、ええ、温めお願いします」

 

「ビニール袋、お付けしますか?」

 

「ああ、はい、一枚お願いします」

 

「はい、チャラ枚ですね」

 

「チャラ枚⁉ い、一枚で良いですから……」

 

「お会計……チャラで良いです」

 

「良くはないやろ! しかもその感じだとなんやこっちが悪いみたいやし!」

 

「ありがとうございました!」

 

「聞けや!」

 

「またお越しくだチャラいませ~」

 

「アカン! アカン!」

 

「え?」

 

「え?って、こっちの台詞やから」

 

「なんか問題あったかな?」

 

「問題しかないよ」

 

「ええ?」

 

「チャラをどれだけ挿し込めるか選手権みたいになってたやん」

 

「コンビニがちょっとあれだったかな~」

 

「他なら行けんの?」

 

「めんご、じゃあ、ファミレスで! ワンチャンお願い!」

 

 倉橋が両手を合わせて笑美に頼む。笑美がため息をついてから頷く。

 

「……ファミレスのお客さんをやればええんやな?」

 

「そうそう!」

 

「分かった」

 

「お願い」

 

「チャラーン! いや、自動ドアの音がもう……」

 

「お客様、何名でしょうか?」

 

「あ、三名です」

 

「あ~ちょっと今満席で……」

 

「あ~待ちますよ」

 

「あ、大丈夫っす! お客様、相席よろしいでしょうか?」

 

「え? ファミレスで相席ってあんま聞いたことないけど……」

 

「ここだけの話なんすけど……」

 

「急に小声になったな……」

 

「あっち、男の子三人、こっち、女の子三人……」

 

「はあ……」

 

「……恋芽生えちゃいましょうよ!」

 

「芽生えるか! 嫌やろ、出会いのきっかけ、ファミレスで相席って……」

 

「あ~でも、君カワイイね!」

 

「友達をナンパしようとすんな! 何を自分も参加しようとしてんねん!」

 

「あ~それじゃあ、ご注文は?」

 

「カレーライス下さい」

 

「辛さが調節できますが」

 

「ああ、そういうのがあんねや」

 

「はい、『甘口』、『普通』、『チャラ辛』から選べます!」

 

「チャラ辛? チャラ推してくるな~」

 

「どうします?」

 

「う、う~ん、チャラ辛頼んでみようかな~」

 

「はいよ、チャラ辛一丁!」

 

「ラーメン屋のノリなんよね……」

 

「はい、お待たせしました!」

 

「おっ、きた」

 

「どうぞお召し上がりください!」

 

「……うん」

 

「いかがでしょう?」

 

「こ、これは……」

 

「味よりもチャラい感じを再現することを優先したっす」

 

「味を優先しろや!」

 

 笑美が詰め寄る。

 

「あ、落ち着いて。お口直しにスイーツなんてどうでしょう?」

 

「スイーツ?」

 

「はい」

 

「……おススメとかあんの?」

 

「はい! 『ストロベリーとチャラレートパフェ』です!」

 

「チャラレートってなんやねん!」

 

「めぼしい、カワイイイチゴは皆、つまみ食いしちゃっていますね~ただのパフェです」

 

「そんなもん出すな!」

 

 笑美が激高する。

 

「あ、落ち着いて下さい、お客さん……」

 

「うん?」

 

「お詫びと言ってはなんですが、本日のお代……3800円です!」

 

「そこはチャラじゃないんかい! もうええわ!」

 

「「どうも、ありがとうございました!」」

 

 笑美と倉橋がステージ中央で揃って頭を下げる。



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6本目(4)シン・チャラ男

「お疲れ様でした!」

 

 講堂の舞台袖に司が入ってきて、二人に声をかける。笑美が問う。

 

「どうやったかな?」

 

「いやいやいや、今回も最高でしたよ!」

 

「ほうか……それは良かった」

 

「ふう……」

 

 倉橋が座り込む。司が尋ねる。

 

「ど、どうだった?」

 

「……」

 

 倉橋が無言で俯いている。司が慌てる。

 

「ぐ、具合でも悪いのかい?」

 

「……じゃん」

 

「え?」

 

 俯いていた倉橋がガバッと顔を上げる。

 

「マジで最高じゃん!」

 

「え、ええっ⁉」

 

「ギャグがハマったときの笑い声! ボケとツッコミが上手く行ったときに起こる爆笑! 終わった時の拍手と歓声の渦! あれはマジで……たまんねえよ!」

 

 倉橋が司の両肩をガシッと掴む。司が戸惑う。

 

「そ、そうなんだ……」

 

「マジでヤバい、もう~ほんとマジで! マジ鳥肌立ちっぱなしだったわ」

 

「あ、そ、そう……」

 

「語彙力が低下しとるで……元からか?」

 

 笑美が笑みを浮かべながら、倉橋たちの様子を見つめる。

 

「いや~本当に……あれ?」

 

 倉橋がしゃがみ込む。

 

「ど、どうしたの⁉」

 

「いや、なんか急に立てなくなって……ちょっと、ツカサン、肩貸してくれよ……」

 

「え、ええ……?」

 

 倉橋が司の肩にすがりついてなんとか立ち上がる。

 

「はあ、はあ……」

 

「大丈夫、倉橋くん?」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

「大丈夫ちゃうやろ」

 

「!」

 

 笑美が背後から膝カックンを仕掛け、倉橋は再び崩れ落ちる。司が慌てる。

 

「なにをするんですか⁉」

 

「下半身の力が抜けとんねん」

 

「! ど、どうして?」

 

「詳しくは知らんが極度の緊張からなるものやろ」

 

「そ、そうなんですか……それならこのまま休んでもらって……」

 

「いや、癖になるとマズい、治療すべきや」

 

「どこで?」

 

「僕の実家の病院だ……」

 

「屋代先輩!」

 

「フェリーまでは自分が運ぶっす!」

 

「江田先輩!」

 

 江田が倉橋を軽々とおんぶする。

 

「自分もよく言っている病院だから間違いはないっす!」

 

「そ、そうっすか……」

 

「まあ、様子見で1日入院かもな……」

 

「入院⁉」

 

「拙者のおすすめアニメ入りのタブレットを貸してあげるでござる」

 

「い、因島……」

 

「入院の退屈もそれで多少は紛れるでござろう」

 

「あ、ありがとう……」

 

「私たちは……ねえ、礼明ちゃん」

 

「ええ、祈ってあげるわ、怪我の快癒の為にね」

 

 礼明と礼光が目を閉じて両手を合わせる。倉橋が苦笑する。

 

「わ、悪気はないんだよな……」

 

「倉橋くん! これ、着替えのジャージ!」

 

「おおっ、ツカサン、気が利くなあ」

 

「……あの、こういうときにする話じゃないかもしれないけど……」

 

「ん?」

 

「今後もセトワラの一員として、活動を期待してもいいかな?」

 

「もち、いいぜ」

 

 倉橋のあっさりとした返答に司は目を丸くする。

 

「ほ、本当かい?」

 

「ああ、ここで俺は理想の『チャラ男』像に近づくことが出来そうなんだ。今後も頼むぜ」

 

 倉橋が江田におぶられながら、右手の親指をグッと立てる。

 

「ふふっ、『シン・チャラ男』の誕生かね?」

 

 笑美が笑いながら首を傾げる。



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7本目(1)浮足立つ

                   7

 

「六甲おろしに颯爽と~♪」

 

 笑美が歌を口ずさみながら廊下を歩く。歌を歌い終えるころにちょうど部室の前にたどり着いた。

 

「~~」

 

 何やら話し声が聞こえる。笑美は元気よくドアを開く。

 

「皆、おはようさん!」

 

「医学に興味はないかい?」

 

「……」

 

「かくいう僕は医者を志していてね……」

 

 屋代が眼鏡を外して髪をかき上げる。

 

「野球に興味は無いっすか⁉」

 

「………」

 

「実は自分は野球部で、しかおエースで4番を任されていまして……!」

 

 江田がボディビルダ―のようにポーズを決める。

 

「え、江田、割り込むな!」

 

 屋代が江田に対し声を上げる。

 

「いや、ちょっとポーズを取っただけっすよ?」

 

「人のことを突き飛ばしているじゃないか!」

 

「あ、それは申し訳ないっす……」

 

 江田が屋代に頭を下げる。

 

「わ、分かれば良い……」

 

「ふん!」

 

 再度江田がポーズを取る。

 

「い、いや、だから邪魔をするな!」

 

「ねえ、SNSやってる?」

 

「…………」

 

「これ、ワタシのRANEのID!」

 

 礼明が端末を差し出す。

 

「あ、礼明ちゃん、ズルい!」

 

「こういうのは早い者勝ちでしょ?」

 

「なによそれ」

 

「そういうものなのよ!」

 

「よく分からないけど……ねえ、一緒に写真を撮らない?」

 

「……………」

 

「映えるし、バズると思うのよね~」

 

「ちょっと礼光ちゃん、なにをダシにしようとしてんのよ!」

 

「だから許可を取っているじゃないの」

 

 礼明に対し、礼光が唇を尖らせる。

 

「二次元に興味はないでござるか⁉」

 

「……………」

 

「拙者の今季のおすすめアニメは……!」

 

 因島が端末を取り出す。

 

「因島~オタクの悪い所が思いっきり出ているぜ~?」

 

 倉橋が笑う。因島がムッとする。

 

「む……」

 

「ねえ? 俺と遊びに行かない? 隣の島で良い感じのカフェ知ってんだよね~」

 

 倉橋が右手の親指を窓の外に向ける。因島が声を上げる。

 

「く、倉橋殿! チャラ男の悪い所が出ているでござるぞ!」

 

「チャラ男に悪い所なんてねえよ。例え俺に仮にあったとしても……」

 

「あったとしても?」

 

「……それはむしろ長所だ」

 

「ど、どういう理屈でござるか⁉」

 

「……これはなんの騒ぎや?」

 

 笑美が司に尋ねる。

 

「あ、笑美さん、実は……」

 

「実は?」

 

「入部希望者が来てくれまして……」

 

「え! ホンマか⁉」

 

「ホンマです」

 

「はは~ん、それでその子を取り囲んでいるっていう状況やな……」

 

「さすが、その通りです。ただ……」

 

「ただ?」

 

「女子なので、皆浮足立ってしまって……」

 

「は⁉」

 

「どうかしましたか?」

 

「どうかしたも高架下もあるか! そもそもウチという者が居りながら、何をチヤホヤしとんねん! ええい、どけ、どけ! ……⁉」

 

「……あら?」

 

 部員たちをかき分けた先には窓際の席で優雅に紅茶を飲む女子がいた。

 

「だ、誰やねん⁉」

 

 笑美が驚く。



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7本目(2)入部希望

「貴女がツッコミ笑美さんね……」

 

 美しいルックスの女子は明るい髪色をした縦ロールの髪型を華麗にかき上げる。

 

「凸込です……」

 

「ああそう」

 

「ああそうって……」

 

「ふむ……」

 

 女子は窓の外に目を向ける。

 

「えっと……」

 

「なにか?」

 

 女子は再び笑美に視線を戻す。

 

「入部希望ということですが……」

 

「ええ」

 

「なにかの間違いでは?」

 

「あら? こちらが『ゲボダサ』の部室ではありませんの?」

 

「『セトワラ』です……」

 

「ああそれです」

 

「ああそれって……」

 

「ちょっと間違えて覚えておりました」

 

「ちょっとどころやないでしょ」

 

「そういうこともあるでしょう」

 

「ないですよ」

 

「もしもお気を悪くしたのなら……」

 

「のなら?」

 

 女子は椅子から立ち上がり、両手でスカートを持ち上げて一礼する。

 

「ごめんあそばせ」

 

「もしもじゃなくて完全に気を悪くしてますけど……」

 

「あらら……」

 

 女子が口元を片手で抑える。

 

「あららって……」

 

「まあ、それはともかくとして……」

 

「ともかくって」

 

「こちらはお笑いサークルなのでしょう?」

 

「……はい」

 

「先日の講堂でのおしゃべりを観させて頂きました」

 

「おしゃべりって……漫才ですね」

 

「犯罪?」

 

「漫才です」

 

「その漫才ですが、大変な盛り上がりでしたわね」

 

「……恐縮です」

 

 笑美は頭を軽く下げる。

 

「学院でもそれなりに話題ですわよ」

 

「それなりかい」

 

「まずまずのトレンドですわ」

 

「まずまずかい」

 

「とにかく……」

 

「とにかく?」

 

 笑美が首を傾げる。

 

「このサークルにわたくしも参加させていただこうと思いまして……」

 

「ほう……」

 

「いかがかしら?」

 

「……どうや?」

 

 笑美が司を見る。

 

「え?」

 

「え?やあらへんがな。司くんがこのサークルの代表やろ、アンタが判断せえや」

 

「い、いや、笑美さんが来てから決めようと思いまして……」

 

「ウチが来てから?」

 

「ええ、どうですか?」

 

「どうですかもこうですかもあらへんがな。せっかくの入部希望者……しかも女子を逃す手はないんちゃうの?」

 

「そ、そうですか……?」

 

「なんやねん?」

 

「い、いや、さっき、ウチという者が居りながら!とかなんとか言っていたじゃないですか」

 

「言うてへんよ」

 

「ええっ⁉」

 

 司は笑美の言葉に驚く。笑美は苦笑する。

 

「冗談や。そんなに驚かんでもええやん」

 

「か、変わり身が早いと思いまして……」

 

「ちょっと口が滑っただけや」

 

「……ではよろしいんですね?」

 

「かまへんよ」

 

「そうですか、分かりました。えっと……」

 

 司が女子の方に向き直る。

 

「なにかしら?」

 

「こちらにご記入をお願いします」

 

 司が机の上に紙を差し出す。それを見た女子が尋ねる。

 

「これは?」

 

「入部届です。学年とクラスと氏名を……」

 

「分かりましたわ……これでよろしいかしら?」

 

 記入を終えた女子は紙を司に渡す。

 

「はい。えっと1年A組の……」

 

厳島優美(いつくしまゆうび)ですわ」

 

「! も、もしかして……」

 

「……隠しても仕方のないことですからね。『厳島グループ』の家の者ですわ」

 

 司が笑美に出来る限り抑えた声で告げる。

 

「え、笑美さん、こちら、超のつくお嬢様ですよ!」

 

「大体、察しはついとったけど……」

 

「お、驚かないんですね……」

 

「この振る舞いで普通のお家のお嬢さんやったらちょっとイタい子やろ」

 

「そ、それもそうですね……」

 

「……お嬢様がなんでまたこのサークルに?」

 

「興味を持ちまして……」

 

「へえ……」

 

「いけませんか?」

 

「いいえ……」

 

 笑美が手を左右に振る。優美が問う。

 

「では、入部させていただけるのですね?」

 

「……司くん」

 

 笑美が司に視線をやる。

 

「は、はい」

 

「ええんやろ?」

 

「も、もちろんです」

 

「だそうです」

 

 笑美の言葉に優美が笑顔で頷く。

 

「良かった。それではよろしく……」

 

「お待ち下さい、優美お嬢様……」

 

「!」

 

 低く鋭い声が響く。笑美たちが視線を向けると執事服を着た端正な顔立ちの男性が教室の入口に立っていた。笑美が首を捻る。

 

「誰や?」

 

 男性がスタスタと歩み寄ってきて名乗る。

 

「……1年A組の小豆忠厚(あずきただあつ)と申します。優美お嬢様の執事を務めております」

 

「し、執事?」

 

「ええ……」

 

 小豆と名乗った男性が頷く。司が小声で呟く。

 

「執事さんをこんな近くで見るなんて初めてだ……」

 

「遠目ではあんのかい」

 

「いや、ないですけど」

 

「どないやねん」

 

 笑美が突っ込みを入れる。小豆が優美に向かって告げる。

 

「優美お嬢様、どうかお考え直し下さい」

 

「……どういうことかしら?」

 

「私は優美お嬢様を様々な意味でお守りするよう仰せつかっております」

 

「様々な意味?」

 

「はい。このようなサークル活動にうつつを抜かし、学業などが疎かになってしまっては大事です。優美お嬢様は未来の厳島グループをお支えする大切な存在なのですから」

 

「わたくしは自身の見聞を広めたいのです」

 

「だからと言ってこんな色物サークルでなくてもよろしいでしょう」

 

「‼」

 

「わたくしには自由がないの?」

 

「そうは申しておりません」

 

「わたくしは漫才というものをしてみたいのです」

 

「なにを馬鹿な……」

 

「おい、羊さん」

 

「! ……執事です」

 

 小豆が笑美の方に振り返る。

 

「どっちでもええわ」

 

「……口が滑りました。気に障ったのなら申し訳ありません」

 

「いや、ええわ。漫才ってのは色物の一種やからな……それより」

 

「?」

 

「アンタとお嬢様とウチでトリオ漫才をしようや。お嬢様に新たな世界を見せてやんで」

 

「⁉」

 

 笑美の言葉に小豆と優美が驚く。



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7本目(3)ネタ『メイドの適性』

「はい、どーも~2年の凸込笑美で~す」

 

「1年の厳島優美ですわ!」

 

「同じく1年の小豆忠厚です……」

 

「『セトワラ』、今回はこの三人でお届けします、よろしくお願いしま~す」

 

「よろしくお願いしますわ!」

 

「お願いします……」

 

 借りた講堂内に大きな拍手が起こる。ひと呼吸おいてから笑美が話し出す。

 

「え~二人は1年生っていうことやけれども……どう? 学校生活はもう慣れた?」

 

「そうですわね、まず通学が……」

 

「ああ、この島以外の人はフェリーで通学やもんな。なかなか慣れへんよな~」

 

「いえ、わたくしはヘリで通っていますわ」

 

「ヘリ⁉」

 

「ええ、厳島家所有のプライベートヘリです」

 

 驚く笑美に対し、小豆が頷く。

 

「プ、プライベートヘリか……スケールでかいな……お昼休みはどうかな?」

 

「お昼休みですか?」

 

 笑美の問いに優美が首を傾げる。

 

「そうそう、学食とか購買部とかいつも混んでるやん」

 

「ああ、食事はいつもこちらの小豆に用意してもらっておりますので」

 

「え⁉ そうなん⁉」

 

「僭越ながら……」

 

 小豆が頭を小さく下げる。

 

「よ、用意してもらうって、例えばどんなのを用意してもらってんの?」

 

「そうですね……もっぱらステーキですわね」

 

「ス、ステーキ⁉」

 

「ええ、小豆の焼くステーキは絶妙な味わいですわ」

 

「へ、へえ……そうおっしゃってるけど?」

 

「恐縮です」

 

 小豆が再び頭を下げる。

 

「なにかコツとかあんの?」

 

「そうですね、優美お嬢様はウェルダンがお好みなので……」

 

「ウェルダン? あ~わりとまんべんなく焼く感じやったっけ?」

 

「ええ、そうです」

 

「内面にもしっかりと火を通して……」

 

「そうですね」

 

「肉をひっくり返したりして……」

 

「はい、プライベートヘラで」

 

「なんやプライベートヘラって! オフィシャルのヘラあんのかい!」

 

「いつも美味しいですわよ」

 

「……お褒めに預かり光栄です」

 

 優美の言葉に小豆は微笑をたたえながら頭を下げる。

 

「ふ~ん……」

 

「どうかいたしまして?」

 

 腕を組む笑美に優美が尋ねる。

 

「……ウチもお昼にステーキ食べたいな」

 

「え?」

 

「お願い! ウチにもステーキちょうだい!」

 

「と、おっしゃっていますけど、小豆?」

 

「良いですよ」

 

「あ、ええんや? 言ってみるもんやな~」

 

「ただし条件があります」

 

「条件?」

 

「はい、我らが厳島家のメイドになっていただきます」

 

「メ、メイド⁉」

 

「そうです」

 

「……わ、分かった」

 

「適性があるかどうか見てみましょう。こちらへどうぞ」

 

「はいよ」

 

 笑美が優美と小豆の真ん中に立つ。小豆が口を開く。

 

「まず、お嬢様が朝お目覚めになられました……」

 

「? あ、ああ、シミュレーションかいな。え、えっと、お召し物をお取替え致します……」

 

「お願いね」

 

「はい……」

 

「駄目ですね」

 

「え、何が?」

 

「お嬢様は鉄製のコルセットを装着してお休みになられております。それではコルセットを落としてしまいますよ」

 

「どんなコルセットやねん! 余計負担かかるやろ!」

 

「姿勢を矯正するためですから」

 

「どんだけ姿勢悪いねん!」

 

「……朝食を終え、お出かけになられます」

 

「ああ、登校の準備やな……お嬢様こちら、お鞄になります……」

 

「また駄目ですね」

 

「え? ああ、忘れ物が無いよう、きちんとチェックせなアカンのやな?」

 

「その必要はありません、教科書類は全て学校に置いてありますから」

 

「そっちの方が駄目やろ!」

 

「通学の時間です」

 

「……お嬢様、ヘリにお乗りください」

 

「またまた駄目ですね」

 

「ええ?」

 

「ヘリは空中にいますから、そこから垂らした縄はしごに飛び乗って下さい」

 

「トム〇ルーズなん⁉ オタクのお嬢様⁉」

 

「エベレストに旗を立てますわ」

 

「『ミッション〇ンポッシブル』か! 通学でいちいち大げさやねん!」

 

 右手の親指をグッと突き立てる優美に対し、笑美が突っ込みを入れる。小豆が呟く。

 

「残念なお話ですが……」

 

「何よ?」

 

「このヘリは三人乗りなのです」

 

「ス〇夫みたいなこと言うな! え? ウチはどうやって学校に行ったらええの?」

 

「縄はしごは垂らしたままにしますから、それになんとかしがみついて……」

 

「アカン、死ぬ! メイド死んでまう! たかが通学で!」

 

「小豆!」

 

「は……」

 

 優美の合図に小豆は一旦袖に下がり、素早く戻ってくる。笑美が首を捻る。

 

「え? 何、何よ?」

 

「こちらをどうぞ……」

 

「わあ! こ、これはステーキ⁉」

 

「どうぞお召し上がりください」

 

「うわあ、美味しそう!」

 

「これが本当の……」

 

「「冥土の土産」」

 

 優美と小豆が妙なポーズを決める。笑美が声を上げる。

 

「やかましいわ! なにを上手いこと言っとんねん!」

 

「まあ、適性はあるようね。合格で良いのじゃないかしら?」

 

「優美お嬢様がそうおっしゃるのなら……こちらをどうぞ、オフィシャルのヘラです」

 

「オフィシャルのヘラあった! って、もうええわ!」

 

「「「どうも、ありがとうございました!」」」

 

 笑美と優美と小豆がステージ中央で揃って頭を下げる。



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7本目(4)色物の彩り

「お疲れ様でした!」

 

 講堂の舞台袖に司が入ってきて、三人に声をかける。笑美が問う。

 

「……どうやったかな?」

 

「いやいやいやいや、今回も最高でしたよ!」

 

「ほうか……それは良かった」

 

「ふう……」

 

 優美が椅子に座る。司が尋ねる。

 

「ど、どうだったかな?」

 

「……」

 

 優美が無言で俯いている。司が慌てる。

 

「つ、疲れたのかな? だ、大丈夫?」

 

「……でしたわ」

 

「え?」

 

 俯いていた優美がバッと顔を上げる。

 

「最高でしたわ!」

 

「え、ええっ⁉」

 

「ギャグが決まったときの笑い声! ボケとツッコミの掛け合いが上手く行ったときに巻き起こる爆笑! 終わった時の拍手と歓声の嵐! あれは本当に……たまりませんわ!」

 

 優美が興奮気味にまくし立てる。司が戸惑う。

 

「そ、そう……」

 

「まさに新世界を見たような気分でしたわ! ツッコミ先輩!」

 

 優美が笑美に視線を向ける。笑美が笑みを浮かべる。

 

「それは良かった……凸込やけどな。ってか、笑美でええよ……」

 

「笑美先輩! 次のステージは⁉」

 

「え?」

 

「次のステージはいつなのですか?」

 

「気が早いな、司くん……」

 

「え、ええ……えっと、厳島さん」

 

「はい」

 

「今後もセトワラの一員として、活動を期待しても良いのかな?」

 

「無論ですわ!」

 

 司の問いに優美が力強く頷く。司が笑顔になる。

 

「それは良かった……」

 

「ええんか?」

 

 笑美が優美の傍らに立つ小豆に尋ねる。

 

「……優美お嬢様がご満足されたのならそれで構いません」

 

「お許しが出たで」

 

「ふふっ、良かったですわ」

 

 目配せしてくる笑美に対し、優美が笑う。

 

「入部されるということで、漫画に興味はないでござるか⁉ 拙者のおすすめは……!」

 

 因島が端末を取り出す。

 

「だから因島~オタクの悪い所が思いっきり出ちゃっているぜ~?」

 

 倉橋が笑う。因島がムッとする。

 

「むう……」

 

「ねえ? 俺と遊びに行かない? 隣の島で良い感じの雑貨店知ってんだよね~」

 

 倉橋が右手の親指を外に向ける。因島が声を上げる。

 

「く、倉橋殿! それこそチャラ男の悪い所が出ているでござるぞ!」

 

「……優美お嬢様に必要以上に近づかないで下さい」

 

「むおっ⁉」

 

「な、なんだよ⁉」

 

 部屋に入ってくるなり、優美に迫ろうとする因島と倉橋を小豆が押し返す。

 

「また聞くけど、SNSやってる? これ、ワタシのRANEのID!」

 

 礼明が端末を差し出す。

 

「あ、礼明ちゃん、ズルい!」

 

「だから、こういうのは早い者勝ちでしょ?」

 

「ねえ、一緒に動画を撮らない? ステージ終わりなんて映えるし、バズると思うのよね~」

 

「……そういったことはまず執事である私を通して下さい」

 

「きゃっ!」

 

「な、なによ……」

 

 優美に近づく礼明と礼光の前に小豆が立ちはだかる。

 

「……ふむ、あらためて問うが、医学に興味はないかい?」

 

「野球に興味は無いっすか⁉」

 

「優美お嬢様の目下のご興味はお笑いですので……」

 

「ぬおっ⁉」

 

「な、何をするっすか⁉」

 

 優美に話しかける屋代と江田を小豆が静かに押しのける。笑美が笑う。

 

「ははっ、目下のご興味はお笑いか……」

 

「……凸込様、先日の失言、あらためてお詫びいたします」

 

「ん? ああ、色物うんぬんか?」

 

「ええ、お嬢様の学校生活を彩っていただければと。私も微力ながら尽力します」

 

「色物が彩りを添えるか……なかなかええやん」

 

 頭を下げてくる小豆に対し、笑美が笑いながら頷く。



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8本目(1)突然の訪問

                  8

 

「また遅くなってもうたな……」

 

 笑美が部室に向かう。部室に近づくとなにやら聞こえてくる。

 

「~~!」

 

「うん? 部室から声が……」

 

「~~~!」

 

「なんやヒートアップしとんな……」

 

 笑美は耳を傾ける。

 

「日本は低レベルデース!」

 

「!」

 

「まったく同意ダ……」

 

「‼」

 

「呆れて物も言えないわよネ~」

 

「⁉」

 

 聞き覚えのない声がいくつか笑美の耳に入る。

 

「くっ、言わせておけば……調子に乗るなよ……」

 

「屋代先輩?」

 

「こうなったら勝負だ!」

 

「ええっ⁉ ちょ、ちょっと待った!」

 

 笑美が慌てて部室に入る。

 

「笑美さん!」

 

 司が声を上げ、皆の視線が笑美に集まる。

 

「ム? ニューカマーの登場デスカ?」

 

 金髪で長髪のルックスの良い、長身の白人男子が立っている。

 

「だ、誰や?」

 

「ドーモ初めまして、ミーは1年生、アメリカからの留学生、オースティン=アイランドと申しマース!」

 

「お、おう……」

 

 テンションの高さに笑美はやや気圧されてしまう。

 

「どれだけ人を集めようと同じことダ……」

 

 眼鏡をかけた体格の良い黒人男子がその隣に立っている。

 

「だ、誰……?」

 

「お初にお目にかかる……オレも1年生、フランスからの留学生、エタン=イル……」

 

「は、はあ……」

 

 落ち着いた口調に笑美は頷く。

 

「アハハ! セニョリータは楽しませてくれるのカナ~?」

 

 ツインテールでスタイル抜群のヒスパニック系女子が笑う。

 

「セ、セニョリータ⁉」

 

「アレ? ひょっとしてセニョーラ?」

 

「ナニョーラでもあれへん! っていうか、誰やねん⁉」

 

「コンニチハ! アタシは1年生で、スペインからの留学生、マリサ=イスラ!」

 

「ほ、ほう……」

 

 笑美が司に視線を向ける。

 

「えっと……サークルの見学に来てくれたんですけど……」

 

「けど?」

 

「ちょっとした雑談からいきなりマウント合戦が始まっちゃって……」

 

「ああ、低レベル云々ってそういうことか……」

 

 笑美がなんとなくだが状況を理解する。屋代が声を上げる。

 

「気を取り直して勝負だ!」

 

「フフッ……望むところデース」

 

 オースティンが髪を優雅にかき上げる。

 

「僕は難関大学受験を志している!」

 

「フム?」

 

「志望は医学部だ! 偏差値は高いぞ!」

 

「オーウ、ドクターを目指しているのデスカ?」

 

 オースティンが大げさに両手を広げる。

 

「そうだ!」

 

「Wie geht es dir?」

 

「な、なんだ?」

 

 屋代が首を傾げる。

 

「おやおや、これは参りましたネ~」

 

 オースティンが両隣りに立つ、エタンとマリサと目を見合わせて苦笑する。

 

「な、なんだというのだ⁉」

 

「それはこっちの台詞ダ、まさかドイツ語も分からないのカ?」

 

「ド、ドイツ語?」

 

「これは驚きダ……」

 

 エタンが眼鏡のブリッジを抑えながら首を振る。

 

「ドイツ語も分からないんじゃ、カルテも読めませんネ~」

 

 マリサが両手で後頭部を抑えながら笑う。

 

「ぐっ……」

 

 屋代が跪く。司が驚く。

 

「屋代先輩がやられた!」

 

「やられたんか、あれは……」

 

 笑美が目を細める。江田が前に出る。

 

「次は自分が行くっす! うおおっ!」

 

「オウ!」

 

 江田が上半身裸になり、オースティンたちが面喰らう。江田はポーズを取る。

 

「ふふ、見るっす、この筋肉を!」

 

「……」

 

「ははっ、言葉もないっすか⁉」

 

「フン……」

 

 エタンが制服を脱ぎ、上半身裸になる。彫刻かと見紛うほどの立派なボディである。

 

「なっ⁉」

 

「……言っておきますけど、これが欧米ではあくまでスタンダードデース」

 

「ええっ⁉」

 

 オースティンの言葉に江田は愕然とする。マリサが悪戯っぽく笑う。

 

「フフッ、所詮は『井の中の蛙大海を知らず』よネ~」

 

「ま、負けたっす……」

 

 江田もガクッと両膝をつく。司が頭を抱える。

 

「江田先輩もやられた!」

 

「どうでもええけど、ことわざの発音、めっちゃ良かったな……」

 

 笑美が妙なところで感心する。能美兄弟が前に進み出る。

 

「行くわよ、礼光ちゃん!」

 

「ええ、礼明ちゃん!」

 

「ン……?」

 

 能美兄弟は端末を取り出して見せる。

 

「ワタシらは最近美を磨いているの!」

 

「メイク動画がバズったんだから」

 

「マリサ……」

 

「はいはい……」

 

 オースティンが目配せし、マリサが前に進み出ようとする。そこをエタンが制止する。

 

「マリサが出るまでもない……オレで十分ダ……オレは世界的化粧品メーカーと専属モデル契約を結んでいる……」

 

「な、なんですって⁉」

 

「ま、負けた……」

 

「能美兄弟もやられた!」

 

「何をもってやったやられたなんや……さじ加減ちゃうんか」

 

 笑美が再び目を細める。



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8本目(2)マウント合戦の末

「フッ、こんなもんデスカ?」

 

 因島が前に進み出る。

 

「次は拙者が参りまひゅ……!」

 

「……まひゅ?」

 

 オースティンたちが首を傾げる。

 

「……」

 

 因島は部室のすみっこに体育座りしてしまう。

 

「ああっ、因島くんの心が折れた!」

 

「いや、ちょっと噛んだくらいで折れんなや! ガラスのハートか!」

 

 頭を抱える司の横で笑美が声を上げる。

 

「………」

 

 因島は立ち上がり、オースティンたちの前に戻ってくる。司が頷く。

 

「復帰した!」

 

「手のかかるやっちゃな……」

 

 笑美が頭を軽く抑える。

 

「拙者はお主たちに勝てるでござる!」

 

「ふふっ、自信満々のところ申しわけありませんが、それは無理デース……」

 

「笑っていられるのも今の内でござる! 拙者は大人気ゲーム『スマ〇ラ』で国内優勝したことがあるでござる!」

 

「む……」

 

 オースティンは黙り込む。

 

「はははっ、驚いて声も出ないようでござるな……」

 

「……世界」

 

「え?」

 

 因島が首を傾げる。オースティンが話を続ける。

 

「『スマ〇シュ』……こちらで言う『ス〇ブラ』の世界大会で勝ったことがありマース」

 

「なっ⁉」

 

「日本と世界……比べるまでもないな」

 

「しかもメイドインジャパンのゲームで負けてるのが恥ずかしいネ~」

 

「ぐふっ⁉」

 

 エタンとマリサから追い打ちをかけられ、因島は派手に倒れ込む。

 

「い、因島くん!」

 

「なにを格闘ゲームで負けたみたいなモーションしとんねん……」

 

 心配そうに見つめる司の隣で笑美が冷めた視線を送る。

 

「次は俺が行くぜ!」

 

「倉橋くん!」

 

 倉橋が勢いよく前に進み出る。

 

「これは……少しは楽しめそうデース……」

 

 オースティンが笑みを浮かべる。

 

「俺はチャラ男!」

 

「? チャラオ?」

 

 オースティンたちが揃って首を傾げる。

 

「要はムードメーカーってことだ!」

 

「いまいち分からんナ……」

 

 エタンが腕を組む。

 

「盛り上げ役ってことだよ、どんなショボいパーティーだって、俺の手にかかりゃあ一大ムーブメントに早変わりさ!」

 

「あ~そういうことデスカ……うん?」

 

前に進み出ようとしたオースティンをマリサが制する。

 

「オースティンが出るまでもないネ……」

 

「おや、かわいい女の子だね~俺と遊ばない~?」

 

「……これくらい」

 

「ん?」

 

 マリサが端末に表示された画面を倉橋に突きつける。

 

「昨年行われたアブエラ……おばあちゃんの誕生日パーティーです……親戚・知人、ざっと千人は集まったネ……」

 

「せ、千人⁉」

 

「そして、このパーティーを仕切ったのは孫のアタシ……」

 

「ごはっ!」

 

 倉橋が奇声を発しながら後方に吹っ飛ぶ。マリサが退屈そうに呟く。

 

「ふん、おとといきやがれってやつですネ~」

 

「倉橋くんもやられた!」

 

「どこに吹っ飛ぶタイミングあったんや……」

 

 声を上げる司の横で笑美が冷めた口調で呟く。

 

「まったく、仕方ありませんわね……」

 

「優美お嬢様……」

 

「小豆、なにも心配はいりません……」

 

「はあ……」

 

 前に進み出る優美を小豆は心配そうに見つめる。

 

「これはまた……セレブのご登場デース」

 

「……貴女」

 

 優美はマリサに話しかける。

 

「え? アタシ?」

 

「さきほど、千名のホームパーティーを開いたとおっしゃっていましたわね?」

 

「あ、ああ……」

 

「わたくしの家では最低でも一万人規模のパーティーしか開いたことがありませんわ!」

 

「! ……」

 

「ふふっ、驚いて声も出ないかしら?」

 

「それは……大したものダナ」

 

「そうでしょう?」

 

 エタンの言葉に優美は頷く。オースティンが口を開く。

 

「……ただそれは貴女の手柄というわけではないデース」

 

「‼」

 

「そう、貴女の親の力や威光によるものダ」

 

「ぐっ……」

 

「親の七光りを誇るとは……セレブのわりに大した宝石は持ってないんだネ~」

 

「くっ!」

 

 オースティンとエタンの正論とマリサの煽りに対して優美はあっけなく屈し、小豆の下に駆け寄り、小豆の胸に顔を埋める。

 

「ゆ、優美お嬢様……」

 

「くぅーん……」

 

「厳島さんが子犬のような声を!」

 

「一番あっさり負けたんちゃうか?」

 

 驚く司の横で笑美は首を傾げる。

 

「ハハハ!」

 

「!」

 

 オースティンの高らかな笑い声に笑美はビクッとする。

 

「やはり日本は低レベルデース……さっさと国に帰るとしましょう……」

 

「待てや」

 

「! オウ、そう言えばまだあなたたちが残っていました……何を見せてくれマスカ?」

 

「……お笑いや」

 

「ぶっ! お、お笑い⁉ 日本のお笑いなど低レベルデース!」

 

「たかが知れているナ……」

 

「世界レベルじゃないよネ~」

 

「黙らっしゃい……」

 

「⁉」

 

「アンタらのその価値観をぶっ壊してやるで……ウチと一緒にマンザイしようや!」

 

 笑美が高らかに宣言する。



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8本目(3)ネタ『異文化交流』

「はい、どーも~2年の凸込笑美で~す」

 

「1年のオースティン=アイランドデース!」

 

「同じく1年のエタン=イルダ……」

 

「同じく1年のマリサ=イスラで~す♪」

 

「『セトワラ』、今回はこの四人でお届けします、よろしくお願いしま~す」

 

「よろしくお願いしマース!」

 

「お願いする……」

 

「お願いネ~」

 

 借りた講堂内に大きな拍手が起こる。ひと呼吸おいてから笑美が自らの隣に並ぶ三人に向かって話し出す。

 

「え~と、三人は1年生で留学生っていうことやけれども……どうかな? 日本の生活はどんな感じ?」

 

「どんな感じとはなんデスカ?」

 

「ずいぶんと曖昧な質問だナ……」

 

「どういう答えを求めているのかがさっぱり分からないわネ~」

 

 三人が笑美に対し、一斉に反応する。笑美が戸惑う。

 

「ふ、ふんわりとしたトークを許してくれへんのやな……」

 

「具体的には何を聞きたいのデスカ?」

 

「あ、ああ、日本の生活には慣れたかなって……」

 

「あ~そういうことデスカ……」

 

「そうそう、オースティンは?」

 

「まあまあ良い感じデスネ」

 

「ふんわりとした答えやな! エタンは?」

 

「普通ダ」

 

「なにをもって普通やねん! ……マリサは?」

 

「う~ん、ぼちぼちかナ~」

 

「馴染んでいるともとれる返答やな!」

 

「ア~真面目に答えるとデスネ……」

 

「いや、真面目ちゃうかったんか!」

 

「二人とも何かありマスカ?」

 

 オースティンが二人に問う。

 

「急に仕切り出した! あふれ出るUSA感!」

 

「制服がカワイイですネ~」

 

「お、マリサ、女の子らしいこと言うたね」

 

「……どうだろうカ?」

 

「ん? どないしたん、エタン?」

 

「制服によって半ば強引なまでの画一化を強いられ、個性が抑え込まれてイル……」

 

「あら? 個性の表現は何も服装だけでしか出来ないことではありませんヨ?」

 

「ちょっと待ってくれ二人とも、そもそもとして学校=個性を出す場なのだろうカ? もちろん個性は尊重されてしかるべきなのだけれどモ……」

 

「ディスカッション始まってもうた! ちょ、ちょっと待って!」

 

「……なんデスカ?」

 

「そこまでマジにならんでもええねん、ウチが悪かった……話題変えてええかな?」

 

「……どう思いマス?」

 

「異論はないわネ」

 

「……どうなるか様子を見てみよウ」

 

「だ、そうデース」

 

「ちょっと腹立つ感じやな! ま、まあええわ。日本の文化とかに興味あるの?」

 

「ええ、答えはイエスデース」

 

 オースティンは右手の親指をグッと立てる。

 

「はいでええやろ。やっぱり皆若いし、アニメとかゲームとか?」

 

「ハハハ!」

 

「フ……」

 

「アハハ」

 

 笑美の問いに三人が笑う。

 

「え、何? おかしなこと言うた?」

 

「浅いデスネ……」

 

「あ、浅い……?」

 

「若いからと言ってアニメやゲームに興味あるとは限りありませんヨ?」

 

「そ、そうなんか……じゃ、じゃあ、オースティンは何に興味があるの?」

 

「それはもちろん、サムライデース!」

 

「浅さの極地やないか!」

 

「いつか絶対ニンジャになりたいデース!」

 

「若いを通り越して純粋やんけ! エタンは?」

 

「変にアニメ化されて原作漫画の良さが損なわれることを憂慮している……手当たり次第のアニメ化は考え物ダ……」

 

「深いというか面倒くさいな! マリサはどう?」

 

「そうですネ……お弁当の……」

 

「お、日本のお弁当も結構話題みたいやからね……」

 

「中にあるバランの必要性について研究してみたいですネ~」

 

「浅い深いを突き抜けたところ来たな!」

 

「もしくハ……」

 

「もしくは?」

 

「やっぱりファッションですかネ~」

 

「お、若者のファッションとか?」

 

「どれくらいの距離まで部屋着で外出出来るかの境目を知りたいですネ~」

 

「ホンマに知りたいと思ってる⁉」

 

 オースティンが口を開く。

 

「……これで我々が浅くないということが理解出来たかと思いマス」

 

「君は浅かったけどな」

 

「逆に我々から質問よろしいデスカ?」

 

「お、ええよ、答えられることなら。なんでも聞いてや」

 

 笑美が両手を大きく広げる。

 

「……」

 

「いや、ないんかい!」

 

「ははっ、冗談デース」

 

「ちょいちょい腹立つんよな……」

 

「ではミーから」

 

「はい、オースティン」

 

「日本社会の失われた三十年についてはどう考えてマスカ?」

 

「え?」

 

「オレも良いカ」

 

「は、はい、エタン」

 

「何故日本人はもっとデモを行わないんダ?」

 

「え、えっと……」

 

「アタシも良い?」

 

「あ、はい、マリサ?」

 

「女性の社会進出の遅れについてはどうお考えですカ?」

 

「ことごとく答えられない質問やな!」

 

「答えられないのデスカ?」

 

「スラスラと答えられたらここにはおらん!」

 

「では最後に皆が共通して聞きたいことがあるんですが良いデスカ……」

 

「え、何? まあ、ええけど……」

 

「せーの……」

 

「「「今、心から笑えていますか?」」」

 

「怪しい勧誘みたいになってる! それも答えづらい! もうええわ!」

 

「「「「どうも、ありがとうございました!」」」」

 

 笑美とオースティンとエタンとマリサがステージ中央で揃って頭を下げる。



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8本目(4)ワールドワイド

「お疲れ様でした!」

 

 講堂の舞台袖に司が入ってきて、四人に声をかける。笑美が問う。

 

「……えっと……」

 

「はい?」

 

「どうやったかな?」

 

「いやいやいやいやいや、今回も最高でしたよ!」

 

「ほうか……それは良かった。ふう……」

 

 笑美が椅子に深々と座る。司が尋ねる。

 

「ど、どうされたんですか?」

 

「ん?」

 

「いつもよりお疲れのようでしたので……」

 

「そりゃあ決まっとるやろ……」

 

「?」

 

「トリオ漫才だってこないだほとんど初めてやったのに、カルテットって!」

 

「あ、ああ……」

 

 司が頷く。

 

「カ、カ、カルテットって!」

 

「……それ言いたいだけでしょう?」

 

「バレたか」

 

 笑美が笑みを浮かべる。

 

「でも……」

 

「うん?」

 

「元はと言えば、笑美さんが言い出したんですよ、アンタらの価値観をぶっ壊してやるって啖呵を切って……」

 

「あ、ああ、そうやったけな……」

 

 笑美が苦笑する。司がぼやく。

 

「ネタを考えるのも大変だったんですから……」

 

「いや~日本の笑いは低レベルだとか言われたらな~」

 

「ああ……」

 

「柄にもなく燃えるやろ、お互い?」

 

「まあ、それは……否定できないです」

 

「せやろ?」

 

 笑い合う笑美の下に、オースティンたち三人が近寄ってくる。司が声をかける。

 

「あ、あらためてお疲れ様。ど、どうだったかな?」

 

「……スティック」

 

「え?」

 

「ファンタスティック!」

 

「え、ええっ⁉」

 

「ギャグがビシっと決まったときの笑い声! ボケとツッコミ、それぞれの掛け合いが上手くハマったときに起こる爆笑という名の化学反応! そして終わった時のオーディエンスからの拍手と歓声と絶賛のハリケーン! あれは本当に……言葉にならないデース!」

 

 オースティンが興奮気味にまくし立てる。司が戸惑う。

 

「そ、そう……結構言語化していると思うけど……」

 

「……ミーはお二人に謝らなければならないことがあります」

 

「うん?」

 

「日本のお笑いが低レベルだと言ったこと、謝罪シマス……」

 

 オースティンは深々と頭を下げる。笑美が戸惑う。

 

「い、いや、そないなことせんでもええから……頭を上げて……」

 

「……まさしく新しい価値観を得たようで、生まれ変わったような気分デース!」

 

「また大げさなことを……」

 

「二人はどうでした? エタン?」

 

「日本のお笑い、恐るべし! ……ダ」

 

「マリサは?」

 

「とっても楽しかったネ~♪」

 

「それは良かった……」

 

 笑美が頷く。オースティンが話を続ける。

 

「実は、早期ではありますが、留学を切り上げようかと三人で話していたんデス……」

 

「え、そうなんや?」

 

「ですが、考えが変わりました。日本のお笑いをもっと深く学ぶため、留学を継続シマス!」

 

「そ、それは良かった……司くん」

 

 笑美が司に目配せする。司が頷く。

 

「そ、それじゃあ、今後もセトワラの一員として、活動を期待しても良いのかな?」

 

「オフコースデース!」

 

「無論ダ……」

 

「頑張っていきましょうネ~!」

 

 司の問いに三人が揃って頷く。司が笑顔になる。

 

「それは良かった……」

 

「ツッコミセンパイ……」

 

「いや、凸込やけど、なんや、オースティン?」

 

「マンザイは素晴らしいデース! 是非このコンテンツをワールドワイドにシマショウ!」

 

「ワ、ワールドワイドとはまた随分と大きく出たな……でも、面白そうやん」

 

 オースティンのスケールの大きい申し出に対し、笑美が笑いながら頷く。



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9本目(1)四字熟語

                  9

 

「さてと……」

 

「むう……」

 

「フム……」

 

 セトワラの部室に屋代と因島とオースティンの三人が集まっている。

 

「今日はお忙しいところ集まってもらって感謝する……」

 

「い、いえ……」

 

「別に構わないデスガ?」

 

 屋代の言葉に因島とオースティンが答える。

 

「……というわけで」

 

「はい」

 

「イエス」

 

「早速始めようか」

 

「い、いや、ちょっとお待ちあれ!」

 

「どうした因島?」

 

「それはこっちの台詞でござる! 何を始めるおつもりでござるか⁉」

 

「言ってなかったか?」

 

「何も聞いていないでござる!」

 

「ふむ……そうか、それは失礼した……」

 

「い、いえ……」

 

「では始めよう」

 

「説明は⁉」

 

「やっていくうちに分かる」

 

「大雑把!」

 

「ハハハ! 屋代パイセンはちょっとアバウトデース」

 

「ちょ、ちょっとどころではないでござろう……」

 

 笑うオースティンを因島が呆れた様子で見つめる。屋代が咳払いをひとつ入れる。

 

「こほん……では説明しよう」

 

「お、お願いするでござる」

 

「君たちは漫才をする上で大事なことはなんだと思う?」

 

「え?」

 

「大事なコト?」

 

「そうだ……因島?」

 

「え、えっと……活舌でござるか?」

 

「それも大事だな……オースティンはどう思う?」

 

「フィジカル?」

 

「え?」

 

 屋代が首を傾げる。

 

「ネタによってはステージを走り回りマスカラ……」

 

「ああ、なるほど、それも大事だな……因島、他にないか?」

 

「お、面白さでござるか?」

 

「まあ、それも大事だな……オースティン、他にはどうだ?」

 

「パッション!」

 

「ええ?」

 

 屋代が再び首を傾げる。

 

「何事も情熱が大事デース」

 

「ま、まあ、それもそうだな……だが、お前らは忘れているな」

 

「ホワット?」

 

 オースティンが両手を広げる。

 

「漫才をする上で大事なこと……それは『語彙力』だ!」

 

「ご、語彙力?」

 

「ああ、そうだ」

 

「それは分かったでござるが、どうして拙者らがここに……」

 

「僕とお前らで語彙力勝負をしようじゃないか!」

 

「な、何故に⁉」

 

 屋代の申し出に因島は困惑する。

 

「ハハハ! 面白そうデース! 是非ヤリマショウ!」

 

「ええっ⁉」

 

 あっさりと了承したオースティンに因島はさらに困惑する。屋代が声を上げる。

 

「では……四字熟語対決だ!」

 

「よ、四字熟語対決?」

 

「ああ、テーマに沿って、思い付いた四字熟語を言い、もっともテーマにふさわしい四字熟語を言った者の勝ちだ!」

 

「は、はあ……」

 

「では行くぞ……まずはカッコいい四字熟語!」

 

「ええ……」

 

「僕から行くぞ! 『電光石火』!」

 

「ならば、ミーは『一騎当千』!」

 

「あ、と、取られた! えっと、『生殺与奪』……」

 

「……因島、それはカッコいいか?」

 

「昨日、『〇滅の刃』を見返していたもので……パッと思い付いたのはこれだったでござる」

 

 因島が項垂れる。オースティンが口を開く。

 

「一人で千騎を相手にする……とっても勇ましいデース」

 

「ふむ、確かにな……ここはオースティンに譲ろう」

 

「イエス!」

 

 オースティンがガッツポーズを取る。

 

「では続いて……賢い四字熟語!」

 

「か、賢いでござるか?」

 

「僕から行くぞ! 『才気煥発』!」

 

「ム……『空前絶後』!」

 

「え⁉ えっと……て、『天元突破』!」

 

「……二人とも、賢いだぞ?」

 

「違いマスカ?」

 

「違うな」

 

「オーウ……」

 

「空前絶後でサ、サン〇ャイン〇崎殿が頭をよぎって、彼の好きなアニメのタイトルを言ってしまったでござる……」

 

 頭を抱えるオースティンの横で因島が膝に手を当てる。

 

「ふむ……ここは僕の勝ちで良いな?」

 

「ええ、問題アリマセン……」

 

「では次は……かわいい四字熟語!」

 

「か、かわいい⁉」

 

「僕から行くぞ! 『百花繚乱』!」

 

「『花鳥風月』!」

 

「え、えっと……『勇気凛凛』!」

 

「……オースティン、やはりそれは違うんじゃないか?」

 

「そうデスカ? でも、パイセンのも違う気がシマス」

 

「そうか?」

 

「ええ、それはどちらかと言えば、優れた人が沢山出るという意味デース」

 

「そう言われるとそうだな……では」

 

 屋代とオースティンが因島を見つめる。

 

「え?」

 

「勇気凛凛……リンリンの響きが良いデース」

 

「これは因島に軍配だな」

 

「『〇いかわ四字熟語』を読んでおいて良かったでござる……」

 

「続いて!」

 

「ま、まだやるでござるか⁉」

 

 よく分からない勝負は続く。



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9本目(2)笑いの筋肉

「さて……」

 

「フム……」

 

「え、えっと……」

 

 先の日とは別の日、セトワラの部室に江田とエタンと倉橋の三人が集まっている。

 

「本日はお忙しいところ集まってもらって感謝するっす」

 

「問題ナイ……」

 

「メルシーっす、エタン」

 

「あ、俺も別に良いんですけど……」

 

「あ、あ、あ……」

 

「ん?」

 

 倉橋が首を傾げる。

 

「ありがとぅーっす! 倉橋くん!」

 

「い、いや、江田パイセン、そこは無理にチャラ男に寄せなくても良いっすから!」

 

「ありあーっす!」

 

「今度は野球部に戻ってる!」

 

「……ダメっすか」

 

「ダ、ダメっていうか……その中間は無いんですか?」

 

「中間っすか? それはどうしてなかなか難しいことを言うっすね……」

 

「そんなに難しいことですか⁉」

 

「ちょっと、やってみてもらって良いっすか?」

 

「え? ま、まあ、良いですけど……行きますよ? ありがとうございまーす!」

 

 倉橋が元気よく頭を下げる。

 

「うわあ……」

 

「いや、うわあ……って! なんでちょっと引いているんすか?」

 

「こりゃあ無理っす……」

 

「いやいや! 全然無理じゃないっすから!」

 

 お手上げ状態の江田を倉橋がなだめる。

 

「野球ばっかやってきた自分には……チャラ男になるなんて無理っすよ!」

 

「そもそもならなくて良いんですよ、別に!」

 

「えっ⁉」

 

「いや、こっちがえっ⁉だわ……どうしたんすか、江田パイセン」

 

「ううむ……スランプかもしれないっす」

 

「挨拶でスランプって、色々手遅れって感じがするっすね……」

 

「やはりそう思うっすか⁉」

 

「あ~あ~この際それは忘れましょう」

 

 倉橋が江田をなだめ続ける。その甲斐もあってか、江田が落ち着きを取り戻す。

 

「……申し訳なかったっす、大分取り乱しましたっす」

 

「くり返しになるが、問題ナイ」

 

 椅子に座って傍観していたエタンが立ち上がり、江田に答える。

 

「それは頼もしいっす」

 

「江田センパイの復活がオオキイ……倉橋がいい仕事をしてくれタ」

 

「って、おおいっ!」

 

 エタンの言葉に倉橋が反応する。エタンが首を傾げる。

 

「……なにカ?」

 

「いや、あの、俺もさ、一応先輩なわけじゃん?」

 

「それが何カ?」

 

「お、俺にもさ、敬語を使うべきじゃね?って思うわけよ」

 

「ハア~」

 

 エタンがため息交じりで俯く。倉橋が驚く。

 

「えっ⁉ た、ため息⁉」

 

「逆に問うガ……貴方は尊敬されるに値する人物なのカ?」

 

「うおっ⁉」

 

 エタンからの質問に倉橋は思わず自身の胸を抑える。

 

「……どうなのダ?」

 

「そう言われると、自信がねえ……」

 

「フン、問答はこれで終わりダ……」

 

「くっ……」

 

「ふふん、エタンと倉橋くんもすっかり意気投合したみたいっすね」

 

「どこをどう見たらそうなるんすか⁉」

 

「ち、違うっすか?」

 

 突然大声を上げた倉橋に江田は驚く。エタンが口を開く。

 

「江田センパイ、そろそろ本題の方ヲ……」

 

「あ、ああ……二人は漫才をする上で大事なことって何だと思うっすか?」

 

「漫才をする上で大事なこと?」

 

「分からないナ……」

 

 倉橋とエタンが揃って首を傾げる。江田が笑って上半身裸になる。

 

「答えは『筋肉』っす!」

 

「ええっ⁉」

 

「さあっ!」

 

「い、いや、さあっ!じゃないっすよ! なにをわけわからんことを……なあ、エタン?」

 

「ウン?」

 

 倉橋が視線を向けると、エタンも既に上半身裸になっていた。

 

「ぬ、脱いでる⁉」

 

「ははっ! エタン! かなりの筋肉っすね!」

 

「と、当然ダ……トレーニングは欠かしてないからナ……」

 

「それでこそセトワラの部員っすよ!」

 

「どれでこそっすか⁉」

 

 倉橋が声を上げる。江田が首を傾げる。

 

「う~ん?」

 

「な、なんすか……?」

 

「倉橋くん、何故脱いでいないんすか?」

 

「い、いやいやいや! 俺なんかが脱いでもたかが知れてますから!」

 

 倉橋は右手を左右に素早く振る。

 

「そんなことを言うもんじゃないっす! さあ!」

 

「いや、さあ!じゃなくて!」

 

「サア!」

 

「エ、エタンまで⁉ あ~しょうがねえ、こうなりゃヤケだ!」

 

 倉橋も上半身裸になる。

 

「ほう……」

 

「フム……」

 

「ふ、二人で舐め回すように見るのやめてくんない⁉」

 

 倉橋は堪らず体を手で隠す。

 

「……悪くはないっすが、胸板が大分薄いっすね……それでは強烈なツッコミが来た時、肋骨が折れて、心の臓を圧迫されてしまうっすよ?」

 

「ど、どんなツッコミの持ち主っすか、そいつは⁉」

 

「腹筋も物足りなイ……これでは自分が面白過ぎるボケをかました時ニ、自分で自分の腹筋を崩壊させてしまう恐れがあル……」

 

「ど、どんな恐れだよ! そんなボケを思い付けるもんなら思い付きたいわ!」

 

「正直倉橋くんはまだまだっすね」

 

「だから言ったじゃないっすか!」

 

「しかし、その果敢なチャレンジ精神……良いと思ウ、倉橋センパイ……」

 

「! そ、それはどうも……」

 

 エタンの発言に倉橋は照れくさそうに鼻の頭をこする。

 

「じゃあ続いて行くっすよ! 今度は下半身、お尻まわりの筋肉っす!」

 

「ま、まだやるんすか⁉ お尻まわりが漫才にどう影響するんすか⁉」

 

「オーディエンスの爆笑を受け止め切れズ、尻モチをついてしまうことがあるからナ……」

 

「だからどんな状況だよ⁉ そんな爆笑取れるもんなら取ってみてえわ!」

 

 意外にも倉橋のツッコミが冴えわたる。それはそれとして、筋肉品評会は続く。



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9本目(3)ガールズトーク

「さてと……」

 

「うん……」

 

「ふむ……」

 

「……」

 

「……?」

 

 先々日と先の日とはまた別の日、セトワラの部室に能美兄弟と優美と小豆とマリサの五人が集まっている。礼明が口を開く。

 

「お忙しい中、集まってもらって恐縮だわ……」

 

「本当ですわ」

 

 優美が髪をかき上げる。

 

「え?」

 

「小豆……」

 

 優美に促され、小豆が端末を確認する。

 

「はい、この後、習い事と会食が三件ずつ入っておりますので用件は手短にお願いします」

 

「予定ビッシリ!」

 

「ってか、会食三件はやり過ぎでしょ⁉」

 

 能美兄弟が揃って驚く。マリサが尋ねる。

 

「それで、用件はなんなのですカ? スーパーノウミブラザーズ?」

 

「スーパー〇リオみたいに言わないでちょうだい!」

 

 マリサが悪戯っぽく笑う。

 

「フフッ、冗談ですヨ」

 

「まったく……一応先輩なんだけど……」

 

「……本当にご用件はなんなのでしょうか?」

 

 小豆が尋ねる。礼光が促す。

 

「礼明ちゃん……」

 

「ええ、本日皆に集まってもらったのは他でもないわ……皆……漫才をする上で大事なことってなんだと思う?」

 

「大事なこと?」

 

「ええ、そうよ、優美ちゃん」

 

「〇〇力と言い換えても良いかもしれないわね……」

 

 礼光が補足する。

 

「〇〇力……」

 

 マリサが顎に手を当てて考え込む。

 

「なんだと思いましたら……」

 

「え? 分かったの、優美ちゃん?」

 

「ええ、簡単ですわ」

 

「それじゃあ答えを聞こうかしら?」

 

「答えは……『経済力』ですわ!」

 

 優美は再び髪をかき上げながら答える。礼明が驚く。

 

「え⁉」

 

「……『財力』の方が良かったかしら?」

 

「もっとなんかエグい言い方!」

 

 礼明が戸惑う。

 

「違うのかしら? 漫才の会場を抑えるのにもお金が必要でしょう?」

 

 優美が首を傾げる。礼明が戸惑いながら頷く。

 

「ま、まあ、それはそうかもしれないけど……」

 

「必要とあれば、観客の方々も用意できます……」

 

「いや、それはダメだから!」

 

 小豆の言葉に礼光が反応する。

 

「フフッ、まるで見当外れですネ~」

 

「む……マリサ、貴女は答えが分かっているの?」

 

「当然ですヨ」

 

「それならば伺おうかしら?」

 

「答えは……『発信力』ですヨ!」

 

「発信力?」

 

 マリサの答えに優美は首を捻る。マリサは端末を取り出す。

 

「そう! 今の時代、SNSでの発信力が勝負を分けます! 違いますカ? 礼明チャン」

 

「当たらずも遠からずと言ったところだけど……」

 

「?」

 

 マリサが首を傾げる。礼光が礼明に告げる。

 

「礼明ちゃん、そういう回りくどい言い方は通用しないわよ……」

 

「あ、そっか……」

 

「とにかく! アタシのオンスタグラムのフォロワー数はスペイン語、英語、日本語のアカウントを全て合わせて、数千万人です!」

 

「ええっ⁉」

 

「こ、高校生離れしているわね……」

 

 礼明と礼光が揃って唖然とする。優美が口を開く。

 

「ふっ、マリサ、それこそ見当外れですわ」

 

「ム……」

 

「フォロワーなんて、その気になれば買えるというではありませんか。やはり……」

 

「いや、経済力もちょっと違うから……」

 

「いえ……『戦闘力』です!」

 

「は?」

 

 礼明が首を傾げる。優美が小豆を指し示す。

 

「例えば、この小豆……言っておやりなさい」

 

「はい、私の戦闘力は53万です」

 

「〇リーザか!」

 

「大体、何を以っての戦闘力よ!」

 

 礼明と礼光が揃って声を上げる。マリサが呟く。

 

「『戦闘力…たったの5か…ゴミめ…』」

 

「マリサ、そんな台詞を得意気に言わなくていいから!」

 

 礼明がマリサに注意する。優美が話す。

 

「……まあ、冗談はこれくらいにして……」

 

「あ、冗談だったの⁉」

 

「ええ、それで答えはなんですの?」

 

「こ、答えは……『女子力』よ!」

 

「女子力? 近年よく耳にしますけど、そもそも女子力とはなんですの?」

 

「色々と定義はあるけど……」

 

「色々ある時点でダメなのじゃありませんの?」

 

「ぐっ……礼光ちゃん、説明してあげて!」

 

「ええっ⁉ まさかの丸投げ⁉ しょ、しょうがないわね、女子力というものは確かに色々あるけど……家事が得意!」

 

「ふむ……」

 

「後は……香水のいい香りがする! 身だしなみがキッチリしている!」

 

「ほう……」

 

「他には……誰にでも気遣いが出来る!」

 

「はあ……」

 

「えっと、他には……言葉遣いが美しい!」

 

「へえ……」

 

「……とまあ、大体そんな感じよ!」

 

「なんのことはない、小豆のことではありませんか」

 

「はい?」

 

 小豆が若干戸惑いを見せる。

 

「はっ⁉」

 

「そ、そう言われると……ま、負けた……」

 

「おお、意外な伏兵ですネ~♪」

 

 マリサが笑顔を見せる横で礼明と礼光が揃って膝をつく。兄弟は放っておいてガールズトークがしばらく続いた。



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9本目(4)ちょっと振り返ってみる

「……そんなことがここ数日あったんですよ」

 

「……ちょっと待って。どういうこと?」

 

 笑美が司に問う。

 

「どういうことと言いますと?」

 

「順を追って説明してくれる?」

 

「ええっと、屋代先輩と因島くんとオースティンが語彙力勝負を始めたんですよ」

 

「語彙力って日本語?」

 

「ええ、それはもちろん」

 

 司が頷く。

 

「そんなん、屋代先輩の圧勝やんけ。まあ、そもそもどうやって勝ち負けをつけんのかよく分からんけれども」

 

「いや、これがどうしてなかなか……」

 

「違ったんか?」

 

「良い勝負だったんですよ」

 

「ほう……」

 

「母国語ではないということを差し引いても、オースティンの勝ちで良いんじゃないかな」

 

「へえ、それは意外やな……」

 

 笑美が腕を組む。

 

「そうだったんですよ」

 

「それで?」

 

「ん?」

 

「次はなんやったっけ?」

 

「ああ……江田先輩と倉橋くんとエタンが筋力勝負を始めたんですよ」

 

「筋力勝負?」

 

「いや、厳密に言うと、筋肉勝負だったかな?」

 

「どっちでもええわ」

 

「大事なことかなと思って」

 

「大事ちゃうよ。で? 何をしたん? 大体想像はつくけれども……」

 

「それがですね……」

 

 司が急に小声になる。笑美が耳をすませる。

 

「え? なに?」

 

「三人がおもむろに制服を脱ぎだして、各々の筋肉を比較し合ったんですよ」

 

「うん、おおむね予想通りやったわ」

 

 笑美が頷く。

 

「最終的には勝負そっちのけでお互いの筋肉についてああだこうだと品評会みたいになってしまって……」

 

「部室で何をしとんねん……」

 

 笑美が目を細める。

 

「最終的には和やかな雰囲気で終わったから良かったですけど」

 

「妙な雰囲気にならんで良かったな」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない……」

 

「ああ、そうですか……」

 

「って、あれやな……」

 

「はい?」

 

「倉橋くん、その組み合わせに馴染んでたんか?」

 

「ああ、それが意外と……」

 

「へえ、分からんもんやな……」

 

 司が右手の人差し指を立てる。

 

「ひとつ収穫というか、発見がありまして……」

 

「発見?」

 

「はい」

 

「何よ?」

 

「倉橋くん、ツッコミ適性がありそうですね」

 

「う~ん、それはどうかな?」

 

 笑美が首を傾げる。

 

「え、ダメですか?」

 

「ダメとは言わんけど、その組み合わせやったら、自然と誰かがツッコミに回ってしまうっていうのもあるんとちゃうんか?」

 

「ああ、そういう考え方もありますね……」

 

「せや、決めつけるのは早計やで」

 

「肝に銘じておきます……」

 

「で?」

 

「え、なんですか?」

 

「その次よ。なんやったっけ?」

 

「ああ、能美兄弟と厳島さんと小豆さんとマリサの五人で女子力勝負をしようということになりまして……」

 

「どうしてそうなったんや……」

 

「さあ……?」

 

「結果は? これも大体想像つくけれども」

 

「えっと、小豆さんの勝ちっぽい雰囲気になりましたね」

 

「そ、それはちょっと意外な展開やな」

 

「僕もそう思いました。でも女子力っていうのも結構曖昧ですからね」

 

「まあ、それはあるな……」

 

「その後はしばらくガールズトークに花を咲かせていました」

 

「ふ~ん……」

 

「楽しそうでしたよ」

 

「……それでさ」

 

「ええ」

 

「君はその横でひたすらネタ作りに勤しんでいたと……」

 

「そうです」

 

「いや、もっと存在感出せや!」

 

「えっ⁉」

 

 声を上げた笑美に対し、司が驚く。

 

「無視されているみたいで、他人事でもなんや悲しくなってくるやろ……」

 

「いや、あえてそっとしておいてくれたんだと思いますよ」

 

「そうなん?」

 

「ええ、お陰でネタ作りに集中出来ました」

 

「絡めや!」

 

「ええっ⁉」

 

「そんなん絡みに行った方がネタ作りのヒントに繋がるやろ!」

 

「そうですかね?」

 

「絶対そうやって! 筋肉品評会なんて滅多に遭遇出来へんで⁉」

 

「そう言われると……」

 

「まったくそういう気は起きなかったんか?」

 

「いえ、起こらなかったと言えば、嘘になりますね……」

 

「ほ~ん……」

 

 笑美が笑みを浮かべる。司が首を傾げる。

 

「え、なんですか?」

 

「いいや、なんでもあらへんよ……」

 

「いや、気になるじゃないですか……ん?」

 

 スピーカーからチャイムが鳴る。

 

「うん? チャイム?」

 

「これは校内放送ですね、なんだろう?」

 

「……お笑い研究サークルの細羽司くんと凸込笑美さん、至急生徒会室までお越しください。くり返します……」

 

「え? いきなり何やねん……」

 

 笑美が不思議そうに首を捻る。



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10本目(1)生徒会室へ向かう

                  10

 

「い、いきなり呼び出しを喰らうとは……」

 

 司が廊下を歩きながら困惑する。

 

「ウチ、生徒会室に行くの初めてやわ」

 

「そ、そんなの僕だってそうですよ……」

 

「こういうのはこの学院ではよくあることなん?」

 

「い、いや、他でもあまり覚えがないですね……」

 

 笑美の問いに司は腕を組んで首を傾げながら答える。

 

「そうやんな、普通呼び出されんなら職員室とかやんな?」

 

「ええ」

 

「司くん」

 

「はい」

 

「これは相当……」

 

 笑美が顎をさする。

 

「相当……なんですか?」

 

「……悪いことしたんちゃうの?」

 

「い、いや、そんなことしてないですよ!」

 

 司が首と手を左右に振る。

 

「ホンマに~?」

 

「ホンマです!」

 

 笑美が悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「な~んか怪しいなあ~?」

 

「怪しくないですよ!」

 

「ホンマに身に覚えないの?」

 

「え……」

 

「記憶辿ったらなんかあるやろ?」

 

「そんな……いや、待てよ……」

 

 司が顎に手を当てる。

 

「お?」

 

「本能寺の変、僕が黒幕ってバレた?」

 

「相当悪いことしてんな!」

 

「いや……『敵は本能寺にあり!』って言っただけなんですけどね」

 

「黒幕ちゃうやん、ええ台詞もろてるやん!」

 

「おかしいな、証拠は隠滅したはずなんだけどな……」

 

 司は首を傾げる。

 

「じゃあ、なにか他のことちゃうん?」

 

「他のこと……ひょっとして……」

 

「ひょっとして?」

 

「デスノートを使ってるのがバレた?」

 

「また悪いもんに手を出したな!」

 

「何故生徒会がそれを……?」

 

「もう生徒会で扱い切れる話じゃないのよ、FBIが出てくる話なんよ」

 

「でも、確かに僕って結構うっかりしてるから……」

 

「ああ、そうなん?」

 

「ええ、よくお母さんにデスノートを部屋の机の上に置かれているんですよ」

 

「オカン、息子のエロ本見つけたったみたいな感覚やんけ」

 

「もうしょっちゅうですよ」

 

「隠し場所考えろや」

 

「ベッドの下はマズかったか……」

 

 司が頭を抱える。

 

「……他にはなんかないの?」

 

「えっと……あれかなあ……」

 

「あれ?」

 

「あれです。いわゆる学校裏の……」

 

「う、裏サイトへの悪質な書き込みか? アカンでそれは」

 

「壁にバンクシーみたいな絵を描いちゃって……」

 

「ホンマの学校裏かい! 落書きはアカンけど、凄いなある意味……」

 

「なんでバレたんだろう?」

 

「目撃者でもおったんちゃうん?」

 

「いいえ、夜中ですから誰もいなかったはずです……」

 

「へえ、それならなんで?」

 

「……筆跡かな?」

 

「筆跡?」

 

「ひらがなで『ばんくし~』ってサインを書いたんですよ」

 

「アホか、自分は! あらゆる意味で!」

 

「う~ん……」

 

「……とまあ、冗談はさておき……逆にあれなんちゃうん?」

 

「逆に? なんですか?」

 

 司が尋ねる。

 

「褒められるとか」

 

「褒められる?」

 

「そうや」

 

「何を褒められることがあるんですか?」

 

「そりゃあるやろ、最近はライブで講堂を満杯にしとるし……」

 

「ああ……」

 

「なんや、違うんかいな?」

 

「そういうことで呼び出しますかね?」

 

「じゃあ、他になんか考えられるか?」

 

 笑美が尋ねる。

 

「……よく明智光秀を討ったねとか」

 

「いや自分黒幕ちゃうんかい。光秀裏切んなや」

 

「もう……土壇場で裏切ってやりましたよ」

 

「ドヤ顔すんな。最悪やんけ」

 

「『うわ、引くわー』って言われました」

 

「光秀も軽いな」

 

「それじゃあ、やっぱりあれかな?」

 

「なによ?」

 

「僕の地元の島での話なんですけど……」

 

「うん」

 

「おばあさんの原付が溝にハマっちゃったんですよ」

 

「ほう」

 

「それを引っ張り上げてあげたんですよ」

 

「それはええことやっとるやん。感謝されたやろ?」

 

「はい」

 

「良かったやん」

 

「おばあさんは素敵な笑顔で走り去って行きました……ノーヘルで」

 

「待て! ノーヘルを注意せえ!」

 

「時速60キロで」

 

「速度超過してる!」

 

「かなりの風を感じていました」

 

「かなりの恐怖を感じるわ!」

 

「……あ、着きましたよ。ここが生徒会室です」

 

 司が立派なドアを指し示す。笑美が少し緊張気味に頷く。

 

「う、うん……」

 

「入りましょう……お待たせしました、お笑い研究サークルの者です」

 

「……どうぞ」

 

「はい、失礼します……」

 

 女性の声に応じ、司と笑美は生徒会室に入る。



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10本目(2)生徒会長からの通告

「わざわざお呼びたてして申し訳ありません……」

 

 眼鏡がよく似合う、知的な雰囲気を漂わせる美人が立派な椅子からスッと立ち上がって頭を下げる。司が恐縮しながら応える。

 

「い、いえ、とんでもありません、生徒会長……」

 

「この人が生徒会長か、初めてちゃんと顔を見たけど、それっぽいな……」

 

 笑美が小声で呟く。

 

「細羽司さん」

 

「は、はい……」

 

「凸込笑美さん」

 

「はい……」

 

「お二人をお呼びしたのは他でもありません……」

 

 生徒会長は椅子に座り直す。

 

「……」

 

「瀬戸内海学院お笑い研究サークル……通称『セトワラ』……」

 

「はい……」

 

「貴サークルの廃部が検討されていることを通告します」

 

「は、はあ⁉」

 

 笑美が素っ頓狂な声を上げる。

 

「お話は以上です……」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 笑美が生徒会長に詰め寄る。

 

「なにか?」

 

「なにか?やないですよ! なんですか、いきなり廃部って!」

 

「……理由は簡単です」

 

「え?」

 

「貴サークルは活動実績に乏しいのです」

 

「む!」

 

「お分かりいただけましたね?」

 

「分かりません! 活動はちゃんとしているでしょう?」

 

「例えば?」

 

「例えばって……講堂でライブをやっているのをご存知ないですか⁉」

 

「ああ、それは知っていますよ」

 

「ほんなら!」

 

「しかし……」

 

「しかし?」

 

「開催頻度が少ないですね」

 

「ええ?」

 

「現状では開催が不定期過ぎます。週に一度は開催して欲しいところですね」

 

「無茶を言わんといて下さい! そうそう簡単に新作のネタが出来上がるわけがないやないですか! 練習期間も欲しいし!」

 

「ふむ……」

 

 生徒会長は眼鏡のフレームを触る。

 

「あまりにもなことを言うてますよ!」

 

「ですが……」

 

「ですが?」

 

「他の部やサークルはほとんど毎日なにかしらの活動を行っております」

 

「そ、そんなんウチらかて!」

 

「この間、部室の前を偶然通りかかったとき……」

 

「?」

 

「聞き耳を立てるのは良くないのですが……妙な話が聞こえてきまして……」

 

「妙な話?」

 

 笑美が首を傾げる。

 

「ええ、互いの筋肉を寸評するような……」

 

「!」

 

「私はお笑いに精通しているわけではありませんが、いわゆるネタ作りに関係があるとは思えません……そのような話をただダラダラとするのを活動と呼んで良いのでしょうか?」

 

 生徒会長が眼鏡を抑えながら、小首を傾げる。笑美は苦笑気味に答える。

 

「そ、それはたまたまです……」

 

「ほう、たまたま?」

 

「はい、多少の雑談くらい、どこの部やサークルだってするでしょう?」

 

「……いくつか報告は受けております」

 

「報告?」

 

「ええ、例えば好きなアニメや漫画の話を大声でしていたとか……」

 

「む……」

 

「アニメや漫画の話をするなら、漫研やアニ研でも良いですよね?」

 

「そ、それは……」

 

「わざわざ部室を割り当てるほどかという話も出ておりまして……」

 

「……はともかく……」

 

「はい?」

 

「運動部などはともかく! 文化部は定期的なライブなどを行っていますか⁉」

 

「軽音楽部などは毎週ライブを行っていますよ。ご存知ありませんか?」

 

「知っています! でもあれは部員が多いからローテーションで出来ることであって……」

 

「確かに部員・会員の多い少ないも活動への影響はありますね……」

 

 生徒会長が顎に手を当てる。

 

「そういう点ももっと考慮して頂けないと……!」

 

「ふむ……」

 

「ご再考をお願いします!」

 

「ですが、やはり活動実績がね……」

 

「部員や会員の少ない部活やサークルは他にもいっぱいいますよ! 茶道部や書道部、それこそ漫研やアニ研とか!」

 

「そうですね」

 

「彼女ら、彼らは、定期的にライブなどは行っていないでしょう⁉」

 

「……長年の積み重ねというものがあります」

 

「積み重ね?」

 

 笑美が首を捻る。

 

「ええ、毎年、文化祭では成果をきちんと発表してくれています」

 

「うっ……」

 

「それに……」

 

「それに?」

 

「何らかの結果を出していますね」

 

「! 結果?」

 

「はい。コンクールやコンテストで表彰されることが多いですね」

 

「ううむ……」

 

 笑美が腕を組む。

 

「ところが……セトワラにはそうした実績がない。創部したばかりということもありますが、少々寂しいのが正直なところですね……」

 

「はあ……」

 

 生徒会長は司に視線を向ける。司は俯く。

 

「部室が手狭だという部活も多いのです。我が学院が広い校舎だといえ、限度があります。廃部は極端かもしれませんが、現状なら最低でも部室は明け渡して欲しいところです」

 

「……を出せば」

 

「はい? なんですか、凸込さん?」

 

「結果を出せばええんやろ⁉」

 

「! ……ええ」

 

 大声にやや驚きながら、生徒会長は頷く。笑美は端末を操作し、表示された画面を見せる。

 

「それならば……これで優勝したる!」

 

「ほう……お手並み拝見といきましょうか。では、そこまで廃部云々は保留とします」

 

 生徒会長は微笑を浮かべながら淡々と告げる。

 

「こうして皆に集まってもらったのは他でもない……」

 

「どうしたんだ?」

 

「ただ事じゃない感じっすね……」

 

 笑美の様子に屋代と江田が緊張した面持ちになる。

 

「単刀直入に言うで……」

 

「うわ、ドキドキする~」

 

「ちょっと、礼明ちゃん、茶化さないの!」

 

 礼光が礼明の態度を注意する。

 

「その前に司くん……」

 

「あ、は、はい……先日生徒会長からこのままでは『セトワラ』の廃部は免れないといった趣旨の話をされまして……」

 

「な、なんと⁉ まことでござるか⁉」

 

「呼び出されていたのってそういうことだったのかよ⁉」

 

 因島と倉橋が驚く。

 

「ええ、そうなんです……」

 

 司が苦笑を浮かべる。

 

「廃部とはまた急な話ですわね。小豆、貴方はこれをどう見ます?」

 

「……恐らく活動実績の乏しさかと。この学院は、運動部は言うに及ばず、文化部も多方面でそれなりの結果を出しておりますので……」

 

「さ、さすが……概ねその通りです」

 

 司が感心する。

 

「ふむ……それでどうするのデース?」

 

「対策をせねバ……」

 

「続きをお願いします、センパイ」

 

 オースティンとエタンが首を傾げ、マリサが笑美を促す。笑美は頷いて口を開く。

 

「……毎年夏に行われる『笑いの甲子園』……そこでウチら、セトワラが優勝を目指すで!」

 

「「「「「「「「「「「‼」」」」」」」」」」」

 

 笑美の宣言に皆が揃って驚く。

 

「その為には、全員のレベルアップが必要不可欠や! レベルを上げるには、経験を積むものと相場が決まっとる! よって今度からのネタライブではこれまでとは違った組み合わせで勝負していくで!」

 

「「「「「「「「「「「⁉」」」」」」」」」」」

 

 笑美の説明に皆が揃って困惑気味な反応を示す。

 

「司くん!」

 

「は、はい! それではまず次回の組み合わせを発表します!」

 

 司が声を上げる。



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10本目(3)ネタ『青春とは』

「はい、どーも~2年の凸込笑美で~す」

 

「3年の江田健仁っす!」

 

「1年の厳島優美ですわ!」

 

「同じく1年のオースティン=アイランドデース!」

 

「『セトワラ』、今回はこの四人でお届けします、よろしくお願いしま~す」

 

「よろしくお願いするっす!」

 

「よろしくお願いしますわ!」

 

「よろしくお願いしマース!」

 

 借りた講堂内にひときわ大きな拍手が起こる。ひと呼吸おいてから笑美が話し出す。

 

「まあね、今日はなかなか意外な組み合わせってことやけれども……」

 

「そうデース! まさに『多士済済』と言った感じデース!」

 

「ああ、うん……」

 

「四人で『縦横無尽』にこのステージを駆け巡って、『気炎万丈』なマンザイを展開したら、お客さんは『呵呵大笑』間違いなしデース!」

 

「いや、開幕の四字熟語ラッシュエグいな!」

 

「え?」

 

「こっちがえ?って、なるのよ」

 

「スタートダッシュ決まりましたカ?」

 

「誰もそっちについていってないから……」

 

 笑美が手を左右に振る。オースティンが若干肩を落とす。

 

「そうデスカ……」

 

「そんなに落ち込まんでもええから。しかし、あれやね」

 

「はい?」

 

「オースティンも大分日本に馴染んできたんちゃう?」

 

「そうデスカ? 自分ではまだまだだと思いマスガ……」

 

「そうなん?」

 

「ええ、朝はいまだにコーヒーとパンデース」

 

「ああ、そうなんや。まあ、それはええと思うけど」

 

「強いて言うナラバ……」

 

「強いて言うなら?」

 

「パンに納豆を乗せて食べるくらいデスネ」

 

「だから誰も行っていない方向いくなや!」

 

「急いでいる時はパンに味噌汁をかけマース!」

 

「変なとこだけ馴染むなや! たまにご飯にかけるおっさんおるけど! せめてパンを味噌汁に浸せ、かけたらテーブルベチャベチャになるやろ!」

 

「あ、そうデスカ?」

 

「そうやがな」

 

 優美が髪を優雅にかき上げながら口を開く。

 

「……テーブルはその都度買い替えればよろしいのではなくて?」

 

「圧倒的財力……!」

 

 笑美がズッコケそうになる。優美が首を傾げる。

 

「あら、わたくし、なにかおかしなことを言いまして?」

 

「突然の財力カットインはやめてくれる?」

 

「ふむ……?」

 

「それにね、毎朝テーブル買い替えていたら忙しくてしゃあないわ」

 

「そうかしら?」

 

「そうよ、出入りする業者さんも大変や。持ち運びとか……」

 

「それならお任せ下さいっす!」

 

 江田がマッチョなポーズを決める。笑美が声を上げる。

 

「突然の筋肉カットインやめてくれる⁉」

 

「ああ、それじゃあいいっすか?」

 

「うん?」

 

「……ふん!」

 

 江田がステージの中央に移動し、そこで再びマッチョなポーズを決める。

 

「いや、許可を取れば良いってことじゃないんよ!」

 

「え、そうなんすか?」

 

「そりゃそうよ」

 

「とにかくパワーには自信があるっす!」

 

 優美が江田に尋ねる。

 

「それじゃあ、テーブルを運んで下さる?」

 

「お任せあれっす!」

 

「ええ、大理石入りのテーブルを」

 

「ここぞとばかりにマウント取るのやめてくれる⁉」

 

 笑美が再び声を上げる。優美が口元を抑える。

 

「そんなつもりは無かったのですけど……」

 

「自覚ないんか……」

 

「大理石入りはひっくり返すのが大変そうデース!」

 

「ちゃぶ台とちゃうねん! だから変なとこだけ馴染むなや!」

 

「自分で良ければ手伝うっす!」

 

「手伝うな! 共同作業でやるもんちゃうねん!」

 

 オースティンに近寄ろうとする江田を笑美が引き離す。江田が声を上げる。

 

「ああ!」

 

「ああ!とちゃうねん! 切なげな声を出すなや……いや、それよりもオースティン」

 

「なんデスカ?」

 

「高校生活っていうものは一度きりしかないねん」

 

「ハア……」

 

「どうや? 青春をエンジョイしてるか?」

 

「青春デスカ?」

 

「そうや、アオハルって言うてもええかな?」

 

「それは聞いたことがありますケド、具体的にはどういうものなんデスカ?」

 

「ええ?」

 

「春は季節デショ? それが青いってどういうことデスカ?」

 

「えっと……」

 

「ピンクだっていいデショ?」

 

「い、いや、ピンクはマズいな!」

 

 笑美が慌てて首を左右に振る。オースティンが両手を広げる。

 

「ナゼ? ニッポンの春と言えば桜デショウ? 違いマスカ?」

 

「う、うん、まあ、それはそうなんやけど……」

 

「なんでデスカ?」

 

 オースティンが両手を広げたまま笑美に近づく。笑美が遠ざける。

 

「う~ん、面倒くさいな、そんなんええねん! とにかく青春について教えたるわ!」

 

「ホ~ウ? お手並み拝見とイキマショウ……」

 

「なんか腹立つな……青春とはなにか、江田先輩、教えたって!」

 

「じ、自分がっすか⁉」

 

「そうや、いつも一生懸命打ち込んでいるやん……」

 

「ああ、Vtuberにチャットを……」

 

「ちゃうわ! ボールを打ち込んでいるでしょ! バットで!」

 

「ああ! なんだ、野球の話っすか?」

 

「他になにがあんねん!」

 

「……つまりどういうことデスカ?」

 

「一つの夢に向かって頑張るってことやねん」

 

「ウ~ン?」

 

「なんや?」

 

「ちょっと……汗臭くないデスカ?」

 

「多少はしゃあないやろ!」

 

「青春とは臭いものなんデスカ?」

 

「違うわ! ああもう、優美ちゃん、説明してあげて!」

 

「わたくしがですか?」

 

「そう、任せたで!」

 

「分かりましたわ。青春とは……恋愛です!」

 

「レンアイ?」

 

「そう! ラブです!」

 

 優美は両手の指でハートの形を作る。

 

「ラブ……」

 

「そうですわ、どなたか気になる方とかおりませんの? 胸をドキドキさせるようなことはありませんの?」

 

「ソウイエバ……」

 

 オースティンが顎に手を当てる。笑美が笑顔を浮かべる。

 

「おっ、おるんかいな?」

 

「いつも教室の片隅デ……」

 

「ふむふむ……」

 

「ブツブツと呟いている白いキモノの女性がいマース」

 

「それはアカンやつが見えてるやろ! 気になってしゃあないけど!」

 

「……ドキドキしマース」

 

「そりゃあそうやろな!」

 

「これが……青春デスカ?」

 

「違うわ!」

 

「じゃあなんなんデスカ?」

 

「う~ん……しゃあないな、ウチが説明したるか……」

 

「是非ともご教授お願いしマース」

 

「……友情やな。フレンドシップや」

 

「フレンドシップ? 具体的にはなんデスカ?」

 

「例えば文化祭を成功させるために一緒に知恵を出しあったり、体育祭で勝つためにお互いの力を合わせたり……」

 

「河原で殴り合ったりするんすよね?」

 

「そ、それはちょっと昭和臭いかな……」

 

 笑美が江田の言葉に首を傾げる。優美が尋ねる。

 

「殴り合う? わたくしは札束を使ってもよろしいのですか?」

 

「金持ちムーブやめろや!」

 

「電子マネーの時代に札束なんてナンセンスな……でもちょっと待ってクダサーイ……つまり青春には様々な形があるということデスネ?」

 

「奇跡的に結論へとたどり着くなや! もうええわ!」

 

「「「「どうも、ありがとうございました!」」」」

 

 笑美と江田と優美とオースティンがステージ中央で揃って頭を下げる。



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10本目(4)それぞれの手応え

「お疲れ様でした!」

 

 講堂の舞台袖に司がやってきて、四人に声をかける。笑美が問う。

 

「……えっと……」

 

「はい」

 

「どうやったかな?」

 

「いやいやいやいやいやいや、今回も最高でしたよ!」

 

「ほうか……それはなにより。ふう……」

 

 笑美が近くに置いてある椅子に深々と座る。司が尋ねる。

 

「や、やっぱり……」

 

「ん?」

 

「消耗が激しいですか?」

 

「そりゃあまあ、常に1対3で戦っているようなもんやからな……」

 

「はあ……」

 

「だがしかし!」

 

「!」

 

「こういう経験は必ずや皆の糧になる!」

 

 笑美は力強く拳を握る。

 

「は、はい……」

 

「もちろん……」

 

「え?」

 

「ウチにとってもな……」

 

「そ、そうですか?」

 

「そうや」

 

 笑美が頷く。

 

「では今後も……」

 

「ああ、ちょっと変わった組み合わせは続行や」

 

「ふむ……」

 

 司が顎に手を当てる。

 

「ネタ作りは大変やと思うけれども……」

 

「いえ……ん?」

 

「みんな、お疲れちゃ~ん♪」

 

 礼明を先頭にセトワラのメンバーが袖にやってくる。

 

「江田、なかなか良かったぞ」

 

「そうっすか? ありがとうっす」

 

 屋代の言葉に江田が礼を言う。

 

「良いマッチョポーズだった」

 

「……どっちが良かったっすか?」

 

「は?」

 

「いや、2回やったじゃないっすか、マッチョポーズ」

 

「あ、ああ……」

 

「どっちが良かったかなあって気になって……」

 

「……1回目だな」

 

「そうっすか?」

 

「ああ、2回目は少し力が入り過ぎたように感じるな……」

 

「なるほど……」

 

 屋代の答えに江田が頷く。

 

「……礼光ちゃん、違い、分かった?」

 

「……全然。分かるわけないでしょ……」

 

 礼明の問いに対し、礼光は首を左右に振る。

 

「そうよね~」

 

「まあ、本人が反省しているんなら別に良いじゃないの?」

 

「今後の成長につながるかしら?」

 

「伸ばすべきところ間違っているような気がするけど……」

 

「ん? なんか言ったっすか?」

 

「う、ううん!」

 

「な、なんでもないです! お気になさらず!」

 

 能美兄弟は江田に向かい、揃って首をブンブンと振る。

 

「……小豆」

 

「はっ」

 

 どこから持ち込んだのか、豪勢な椅子に腰かけた優美が声をかけると、小豆はすぐさま紅茶を用意して、ティーカップに注ぐ。優美は香りを楽しんだ後、紅茶を口に運び、呟く。

 

「やはり、ネタの後の紅茶こそ至高ですわ……」

 

「ごもっともでございます……」

 

 小豆が丁寧に頭を下げる。

 

「……何と比べて至高と言っているのでござろうか?」

 

「それよりもあの椅子だよ。どこから、いつの間に持ち込んだんだ?」

 

 因島と倉橋が揃って首を傾げる。

 

「……そこのあなた方」

 

「は、はい!」

 

「な、なんでござるか?」

 

 優美からいきなり声をかけられ、倉橋と因島は背筋をビシっと正す。

 

「わたくしの出来はどうだったかしら?」

 

「え?」

 

「えっと……」

 

「どうぞ忌憚なき意見を聞かせて下さるかしら?」

 

「さ、最高、だったでございます!」

 

「み、右に同じです!」

 

「はあ……」

 

 優美はため息をつく。因島は慌てる。

 

「い、いや、これは失敬! 至高の出来でございました!」

 

「右に同じです!」

 

「小豆……」

 

「はっ……」

 

「説明して差し上げて」

 

「はい。よろしいですか、お二人とも。お嬢様が至高というのは、今さら分かりきった事実です。そのうえで改善点はないだろうかとお尋ねになられているのです」

 

「……わたくしが目指しているのは究極の高みですから」

 

「そ、それはとんだ失礼を!」

 

「右に同じです! ……ってか、俺らって一応先輩じゃねえの?」

 

 因島とともに頭を下げながら、倉橋がぼそっと呟く。

 

「お疲れサン、オースティン、良かったよ♪」

 

「ああ、グラシアスデース、マリサ」

 

 マリサに対し、オースティンが笑顔を見せる。

 

「……」

 

 エタンが腕を組んで黙ってオースティンを見つめる。

 

「うん、エタンはなにやらご不満デスカ?」

 

「……そういう訳ではナイ」

 

「では、どうしてそんな不機嫌そうな顔を?」

 

 オースティンが首を傾げる。マリサが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「オースティン、それは元からですヨ」

 

「オイ、マリサ……」

 

「アハハ、ソーリー。冗談ですヨ」

 

 エタンに対し、マリサがウインクする。

 

「それで? なんデスカ?」

 

「言わなければならないカ?」

 

「言葉にしなければ伝わりマセン……」

 

「察しロ……」

 

「無理難題をオッシャル……」

 

 オースティンが両手を広げて、首をすくめる。

 

「フム……」

 

「ちょっと、エタン……」

 

 マリサがエタンに軽く肘打ちする。エタンは口を開く。

 

「……想像通りの姿ではなかッタ」

 

「ウン?」

 

「これまでにナイ組み合わせ、キャリアの浅サ……様々な条件を総合するト、もっとテンピュールものだと思っていタ……」

 

「……」

 

「………」

 

「アア、エタン……君が言いたいことはつまり……ミーが『テンパる』だろうと思っていたってことで合ってマスカ?」

 

「……それダ」

 

「テ、テンピュール……」

 

 少し恥ずかしそうにするエタンの横で、マリサが口元を手で抑える。

 

「マア、要は良かったってことデスネ?」

 

「アア、概ねナ」

 

「お褒めに預かり光栄デース」

 

 オースティンがエタンとハグを交わす。

 

「……皆、それぞれに手応えを得ているようですね」

 

「うんうん、結構なことやな」

 

 周囲を見回した司の呟きに笑美が頷く。

 

「でも……」

 

「ん?」

 

「これで満足しているわけではないですよね?」

 

「ああ、その通りや」

 

「お笑い甲子園優勝を目指すにはまだまだレベルアップする必要があると……」

 

「うん、もっと個々の力を伸ばさんといかんし、経験を出来る限り積む必要がある」

 

「そうですか……」

 

「だから司くん、あらためて、ネタ作り大変やと思うけれども……」

 

「大丈夫です!」

 

「お?」

 

「お笑い甲子園で優勝……いや、制覇出来るネタをきっと書いてみせます!」

 

 司が右の拳を高々と突き上げる。

 

「優勝と制覇を言い直した意味がいまいち分からんけれども……その意気やで!」

 

 笑美が腕を組んで深く頷く。



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11本目(1)予選前日

                  11

 

「皆さん、それくらいにしておきましょう。集まってもらえますか?」

 

 司が声をかける。部室でそれぞれトレーニングをしていたメンバーたちが集まる。

 

「……」

 

「皆さん、泣いても笑っても、明日からがいよいよ本番です……数日間にわたって『お笑い甲子園』の地区予選が行われます……」

 

「………」

 

「知っての通り、お笑い甲子園で優勝出来ないと、このサークル、『セトワラ』の存続はたいへん難しいものになってしまいます」

 

「…………」

 

「その為にも明日からの地区予選、絶対に負けられません……!」

 

「!」

 

 司の言葉で、皆の顔に緊張が走る。

 

「いや~司くん、決意は大事やけどさ~」

 

「え、笑美さん?」

 

「スポーツ中継の煽りとちゃうねんから、もっと気楽に行こうや~」

 

「し、しかしですね……」

 

「リラックスせんと、出せる力も出せへんで?」

 

「で、ですが……」

 

「人様を笑わせようっちゅうもんがそんなしかめっ面してどないすんねん……っと!」

 

 笑美が司の額を軽くデコピンする。

 

「うおっ⁉」

 

「いや、随分と大げさなリアクションやな、銃で撃たれたんかいな」

 

 司の反応に笑美が笑う。

 

「額を銃で撃たれたら、声は出せないと思います」

 

「マジで返すなや」

 

「リラックスすることは大事だな……」

 

 屋代が眼鏡のフレームを抑えながら呟く。

 

「おっ、先輩もそう思うでしょ?」

 

「ああ、緊張し過ぎていると良いことはない」

 

「そうでしょ、そうでしょ?」

 

「まあ、心理学に精通しているわけではないのだが……」

 

「そういうのは余計な一言ですよ」

 

 笑美がジト目で屋代を見つめる。

 

「む……これは失礼」

 

「……それはともかく、冷静さは頼りにさせてもらいます」

 

 笑美が笑顔を向ける。

 

「自分の筋肉は良い感じに引き締まっているっす!」

 

 屋代の横で江田がポーズを決める。笑美が頷く。

 

「それは結構なことですね」

 

「きっと明日はもっと引き締まっているっす!」

 

「ただ、残念ですが……」

 

「え?」

 

「江田先輩の筋肉を披露するネタをやる予定は今のところありません」

 

「ええっ⁉」

 

 笑美の言葉に江田が愕然となる。笑美は淡々と続ける。

 

「そもそもとして……服を脱いだりするのは、レギュレーション的に反則になってしまう可能性があります」

 

「そ、そんな……」

 

 江田が膝をつく。笑美がしゃがんで優しく語りかける。

 

「先輩は着衣のままでも充分魅力的ですから大丈夫ですよ」

 

「そ、そうっすか……」

 

 江田が笑顔を見せる。

 

「でも、どうしたって緊張するわよね~礼光ちゃん?」

 

「そうよね~礼明ちゃん、いつもの講堂より大きい会場でやるんでしょ?」

 

 能美兄弟が互いの顔を見合わせる。笑美がゆっくりと立ち上がる。

 

「これは古典的な考え方やけど……」

 

「なに?」

 

「お客さんをジャガイモか何かと思えばええねん、意外と緊張解けるもんやで」

 

「え~ジャガイモ?」

 

「そうや」

 

「う~ん、いまいち可愛くなくない?」

 

「……それなら、スイーツやと思えばええねん」

 

「あ、それいい!」

 

「SNS映えしそう~♪」

 

「客席を勝手に撮影せんといてな……」

 

 キャッキャッと騒ぐ能美兄弟を見て、笑美が苦笑する。

 

「ふむ……全国大会を目指す地区予選、燃える展開でござるな!」

 

 因島が腕を組んで頷く。笑美が反応する。

 

「あんまり気負わん方がええで」

 

「そう言われても無理な話! まだ見ぬライバルたち、ワクワクとが隠せないでござる!」

 

「まだ見ぬって、明日嫌でも顔を合わせると思うけどな……」

 

 笑美が鼻の頭をこする。因島の横で倉橋が拳を握る。

 

「俺よりチャラい奴に会いに行く!」

 

「目的変わっとるがな」

 

「え? 違った?」

 

 倉橋が首を傾げる。

 

「ああ、そないに力強く宣言することちゃうし」

 

「そ、そうか……」

 

「まあ、その意気込みや良し!って感じやな、因島くんも含めて」

 

 笑美が優しい笑みを浮かべる。

 

「地区予選……」

 

 優美が首を捻る。笑美が尋ねる。

 

「え? なにか気になるところあるか?」

 

「……わたくしには全国大会への無条件シードこそが相応しいと思うのですが?」

 

「……え?」

 

「ねえ、そうは思わない、小豆?」

 

「お嬢様のおっしゃる通りでございます」

 

 小豆が恭しく頭を下げる。

 

「ま、まあ、その自信はある意味頼もしいかもな……小豆くんも頼むで」

 

 笑美が若干顔を引きつらせながら笑う。小豆が頷く。

 

「精一杯尽力します」

 

「フフン! お笑いの猛者たちの集まり……『足に来る』デース!」

 

「『腕が鳴る』な。やる前からダメージ負っとるやないか」

 

「オ~これはミステイクデース!」

 

 笑美に訂正され、オースティンが大げさに頭を抱える。

 

「まさか、こういったコンテストに出るとはナ……」

 

「でも、なんだか楽しみヨネ~」

 

 エタンの呟きにマリサが応える。笑美が問いかける。

 

「緊張とは無縁そうやな」

 

「こういうのは楽しまないと損だからネ~」

 

「右に同じダ……」

 

「ふふっ、三人とも頼りにさせてもらうで……」

 

 司が笑美に声をかける。

 

「笑美さん、あらためて一言お願い出来ますか?」

 

「皆、まずは自分が楽しむことを心掛けて臨もうや、こういうもんは楽しんだもん勝ちや!」

 

「おおっ!」

 

 笑美の声に皆が力強く応じる。

 

 



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11本目(2)いやあ、予選は激戦でしたね

「……いやあ、予選リーグはなかなかの猛者揃いでしたね……」

 

「思うていた以上にレベルが高かったな……」

 

 司の言葉に笑美が頷く。

 

「それでも突破することが出来ましたね」

 

「ああ……」

 

「予選リーグ第一戦は江田先輩とエタンさんとのトリオ漫才でしたね」

 

「でしたねって、そういう風に自分が決めたんやないか……」

 

「あ、そうでしたっけ?」

 

 司が後頭部をポリポリと掻く。

 

「そうやがな、試したいネタがあるとかなんとか言って……」

 

「ええ、初戦はフィジカルで押そうと思って……」

 

「戦略の立て方がワールドカップとかのそれなんよ……」

 

 笑美が呆れ気味に腕を組む。

 

「でも、二人のパワフルさに観客の皆さんは圧倒されていましたよ!」

 

「一歩間違えば引かれるところやったけどな……」

 

「そこは笑美さんが上手くバランスを取ってくれましたよ」

 

「圧が凄かったから、柔らかさを意識したって感じかな……」

 

「なるほど……」

 

 司が頷く、

 

「あくまでもイメージやけどな」

 

「いや、なんとなくですが分かります」

 

「しかし、司くんもなかなかやるな」

 

「え? 僕がですか?」

 

「せや、もっと筋肉を前面に押し出すネタを作ってくるかと思ったで」

 

「そこは少し意外性を出してみたというか……」

 

「それにしてもまさかリズムネタで来るとはな……」

 

「リズムに合わせて力こぶがピクピクするところは面白かったですよ」

 

「タイミングがズレたらエラいことになるからな。ただ……」

 

「え?」

 

「リズムネタならもっとダイナミックにステージを使っても良かったんちゃうか? あの感じではもし大きなモニターが無かったら、何をやっとるかお客さんに今一つ伝わらんかった可能性があるで」

 

「ああ、そうか……」

 

「そういう意味ではもうちょっと見直す必要性があるかもな……」

 

「分かりました」

 

 司がノートにメモする。

 

「まあ、リズムネタはハマればなかなかの爆発力があると思うけどな」

 

「ふむ……第二戦は礼光さんとオースティンとのトリオ漫才でしたね」

 

「まさかステージで宗教論争をすることになるとは思ってなかったで……」

 

 笑美が両手を広げる。

 

「少しインテリジェンスな感じを出せればと思いまして……礼光さんは実家がお寺なわけですし、それを活かさない手はないかと」

 

「とはいっても結構デリケートな部分やからな、その辺は再考の余地ありやな」

 

「……やっぱりお蔵入りした方が良いですかね?」

 

 司が恐る恐る尋ねる。

 

「異なる文化を比較して、その違いで笑いを生み出すというアプローチ自体はそれほど悪いことではないと個人的には思っとるが……諸刃の剣って感じもするな」

 

 笑美が眼鏡の縁を触りながら答える。

 

「そうですか……」

 

「ネタ自体の出来は悪くは無かったで。根は真面目な礼光ちゃんと、真面目やけどアバウトなオースティンの対比も良かった」

 

「間に立つ笑美さんのバランス感覚に大いに助けられた部分もあります」

 

「あれはほとんど勘のようなもんやけどな」

 

 笑美が思い出しながら笑う。

 

「第三戦は優美さんとマリサとのトリオ漫才でした」

 

「……あの組み合わせの意図は?」

 

「お三方の華やかさで勝負したいと思いまして……」

 

「ほう、その割には……」

 

「はい?」

 

 司が首を傾げる。

 

「オーソドックスなしゃべくりネタやったな。言ってしまうと……」

 

「言ってしまうと?」

 

「少し地味な感じやったかな」

 

「華やかさとの対比というか、ギャップを狙ったんです」

 

「なるほどな……」

 

「……マズかったですかね?」

 

「いや、その狙いは決して悪くはないと思うで」

 

「……そうですか」

 

 司がホッと胸を撫で下ろす。

 

「せやけど……」

 

「せやけど?」

 

「う~ん、なんというのかな……」

 

 笑美が額を人差し指で抑えながら首を捻る。司が問う。

 

「なんでしょうか?」

 

「やっぱり、見るからにお嬢様な優美ちゃん、派手なマリサ、ウチは……ともかくとして、お客さんはもっとセレブリティ溢れる感じを求めていたんやないかと思うんや」

 

「ああ……」

 

「お客さんの予想を良い意味で裏切ることはええけど、寄せられている期待にはある程度応えた方がええんかなって……」

 

「ふむ……」

 

 司が顎に手を当てる。笑美が笑顔を見せる。

 

「まあ、これはあくまでウチの個人的な考えやけどな」

 

「いえ……たいへん参考になります」

 

 司がふむふむと頷きながらメモをする。

 

「しゃべくり漫才は王道って感じでやってて楽しかったけどな」

 

 笑美が笑顔を浮かべる。

 

「……結果として予選リーグは一位で通過出来ました」

 

「皆の力がいい方向に働いたな」

 

「そしてその次の日の決勝トーナメント一回戦です」

 

「ああ」

 

「ええ、小豆くんとのコンビ漫才でしたね」

 

「トリオ三連続で来てコンビとはな……」

 

「初心に戻ろうかと思いまして……」

 

「ネタはコント漫才やったな」

 

「お嬢様に憧れる女子高生とどこかズレた執事に憧れる男子高生のやり取り……」

 

「ツカミが良かったからな、あれで一気に波に乗れたわ」

 

「しかし、小豆くんは随分とまた落ち着いていましたね」

 

「一流の執事はなんでもこなすものです……とかサラリと言うてたで」

 

「まさかボケまで一流とは……」

 

「なんか、逆に面白くないな……」

 

 笑美がムッとした表情になる。司が慌てる。

 

「も、揉め事は困りますよ、大会は続いているんですから……!」

 

「分かっとる、冗談やがな、冗談……」

 

「いよいよ、来週は準決勝、決勝です。二日間に渡って行われます」

 

「それにしても……今度の準決勝、これはまた勝負に出たな?」

 

「普通のやり方では勝てないと思いまして……いけませんかね?」

 

「いや、そのチャレンジ精神、良しや! 決勝まで勝ち上がってやろうやないか!」

 

 笑美が力強く拳を突き上げる。



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11本目(3)ネタ『三者面談シミュレーション』

「はい、どーも~凸込笑美で~す」

 

「屋代智です」

 

「能美礼明で~す♡」

 

「因島晴義でござる……」

 

「倉橋孝太郎で~す!」

 

「はい、『セトワラ』、今回はこの五人でお届けします、よろしくお願いします~!」

 

「お願いします!」

 

 会場中に拍手が起こる。拍手が鳴り止んでから五人の真ん中に立つ笑美が話し出す。

 

「ね~我々高校生じゃないですか?」

 

「そうね」

 

 礼明が頷く。

 

「高校生活ってイベントが一杯あると思うんですよ」

 

「そうだな……」

 

 屋代が腕を組んで頷く。笑美が4人に尋ねる。

 

「皆は楽しみなイベントある? 屋代先輩は?」

 

「体育祭はなんだかんだで盛り上がるな……」

 

「ほう? 礼明ちゃんは?」

 

「やっぱ文化祭かな~」

 

「なるほどね~因島くんは?」

 

「修学旅行でござるな」

 

「ああ、倉橋くんは?」

 

「三者面談でしょ!」

 

「それは楽しんだらアカンやろ⁉」

 

「そう? もうエンジョイしまくりだよ」

 

「ホンマに?」

 

「ホンマ、ホンマ」

 

 倉橋がうんうんと頷く。屋代が眼鏡を触りながら呟く。

 

「どんなものか、実際にシミュレーションしてみれば良いんじゃないか?」

 

「シ、シミュレーション?」

 

「さすが、屋代パイセン!」

 

 倉橋が屋代をビシっと指差す。

 

「い、いや、ウチはどうせなら、他の学校行事をシミュレーションしたいな……」

 

「じゃあ、多数決取ればいいじゃない」

 

 礼明の提案に笑美が頷く。

 

「せやな。それじゃあ、体育祭したい人?」

 

「……」

 

「文化祭したい人?」

 

「………」

 

「修学旅行したい人? はい」

 

「…………」

 

 笑美だけが手を挙げる。笑美が目を細めながら続けて問う。

 

「……三者面談したい人」

 

「!」

 

 残りの4人がバッと手を挙げる。笑美が声を上げる。

 

「なんの人気やねん!」

 

「それでは三者面談のシミュレーションをするか。僕が担任で凸込が生徒の母親だな」

 

「先輩、勝手に進めてるし!」

 

「それじゃあ、拙者が生徒を……」

 

 因島が手を挙げる。礼明が続けて手を挙げる。

 

「ワタシは母親を……」

 

「母親二人になるやん!」

 

「いや、生みの母親だから」

 

「重い設定やな!」

 

「じゃあ俺はそれを撮影する奴やるわ」

 

 倉橋が端末を取り出す。

 

「もはやなんの関係もないやんけ!」

 

「今流行りのSNSで流出させちゃう奴だから」

 

「そんな流行りに乗るな!」

 

「よし、シミュレーション開始!」

 

 屋代が声を上げる。笑美が戸惑いながら口を開く。

 

「せ、先生、うちの晴義なんですが……」

 

「先日、進路希望調査を第三希望まで書いてもらいました」

 

「はい……」

 

「まず第三希望から発表します!」

 

「そういう形式⁉」

 

「第三希望、『声優と結婚したい』!」

 

「何を書いとんねん、アンタは!」

 

 笑美は隣の因島の肩を軽く叩く。屋代が顎をさする。

 

「ふむ……」

 

「す、すみません、先生……」

 

「因島はアニメが好きだったな。そこから声優に興味を持ったんだな?」

 

「は、はい……」

 

「それはあくまで声優への漠然とした憧れであって、結婚願望とは違うんじゃないか? 声優なら誰でも良いのか? 結婚とはそういうものじゃないぞ」

 

「結構マジなダメ出しやめてもらいます⁉」

 

「……どうしてもというなら、自分も声優になるか、アニメの原作者として成功するか、関連企業に勤めて出世するのが良いだろう……」

 

「リアルなアドバイスもやめてもらって良いですか⁉」

 

「良かったわね~晴義ちゃん……」

 

 礼明が涙を拭う。

 

「そこで生みの母親感出すな!」

 

「『晴義、声優と結婚を決意する』っと……」

 

 倉橋が端末をいじる。

 

「そこ! 変なタイトルで動画上げようとすんな!」

 

「続いて、第二希望! 『制服デートしたい』!」

 

「だから何を書いとんねん! アンタは!」

 

 笑美が因島の耳を引っ張る。

 

「や、やっぱり、高校生のうちにしておきたいことでござるから……」

 

「進路希望調査の意味分かってんのか⁉」

 

「どこに行きたいんだ?」

 

「先生、そこ掘り下げます⁉」

 

「コミケでござるかな……」

 

「なんかのコスプレみたいになるやろ!」

 

「制服は冠婚葬祭で使えるから良いわよね~」

 

「祭にコミケは含まれんやろ!」

 

 笑美が礼明に対し、声を上げる。

 

「『制服でコミケ行ってみた』っと……」

 

「だから、動画上げようとすんな!」

 

 端末をいじる倉橋を笑美は注意する。

 

「それでは、第一希望! ……の前に、『もうすぐ第三希望!』のコーナー!」

 

「なんやコーナーって!」

 

「これは今後の第三希望入りが期待される進路を紹介するコーナーです」

 

「面談の時点である程度絞っておくもんでしょ⁉」

 

「え~『大学進学』!」

 

「なんでそれが入ってへんねん!」

 

 笑美が因島の頬をつねる。

 

「お待たせしました……それでは第一希望! ドゥルドゥルドゥル……」

 

「口で効果音入れんな」

 

「ドキドキ……」

 

「そんなドキドキせんでええねん」

 

 笑美が胸を抑える礼明に呆れる。

 

「あ、先生、効果音は後で編集しときますから」

 

「編集とかすんな、そもそも撮影すんな!」

 

 倉橋に対し、笑美が声を上げる。

 

「『ユーチューバーになりたい』!」

 

「高校生やろ! アホなキッズか!」

 

 笑美が因島の側頭部を叩く。屋代がたしなめる。

 

「お母さん、あんまり暴力は良くないですよ……」

 

「引っぱたきたくもなるでしょう⁉」

 

「すみません~昔からカッとなると手が出ちゃう子で……」

 

 礼明が笑美の頭を優しく撫でる。

 

「生みの母親って、ウチの母親ってこと⁉」

 

 笑美が驚く。

 

「お母さん、過度の暴力はコンプラに引っかかる恐れがあるっす……」

 

「アンタはとにかく撮影をやめろ!」

 

 笑美が倉橋に対して叫ぶ。

 

「……母上殿!」

 

 因島が大きな声を上げる。笑美が戸惑う。

 

「な、なんや……」

 

「拙者、ユーチューバーとして成功する確固たるビジョンがあるでござる!」

 

「ええ……」

 

「これをやれば大バズり間違いなしな動画プランを聞いて欲しいでござる!」

 

「……一応、聞くだけ聞いておこうか」

 

「『初心者だけど、全財産をFX投資してみた』」

 

「破滅の匂いしかせえへんわ!」

 

「……うむ、やはりシミュレーションはしておくべきものだな」

 

「そうでござるな……危うく全財産溶かすところでござった……」

 

「シミュレーションするまでもないのよ!」

 

「やあ、笑美……」

 

「な、なんや、誰や?」

 

「笑美ちゃん、撮影してくれたのは貴女の実の父親よ」

 

「さらに重い設定になっとる! エンジョイというか炎上しそう! って、もうええわ!」

 

「「「「「どうも、ありがとうございました!」」」」」

 

 笑美と屋代と礼明と因島と倉橋がステージ中央で揃って頭を下げる。

 

 



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11本目(4)結果発表を前に

「お疲れ様でした!」

 

 控室に司がやってきて、五人に声をかける。笑美が問う。

 

「……ええっと……」

 

「はい」

 

「どうやったかな?」

 

「いやいやいやいやいやいやいや、今回も最高でしたよ!」

 

「ほうか……それはなにより。ふう……」

 

 笑美が椅子に深々と座る。司が尋ねる。

 

「や、やっぱり……」

 

「ん?」

 

「大変でしたよね?」

 

「いやあ、クインテット漫才は見かけたこともほぼないからな……」

 

「はあ……」

 

「この大事な場面でこの組み合わせをもってくる司くん、ホンマどうかしてるで」

 

「す、すみません……」

 

「せやけれども……」

 

「え、ええ……」

 

「セトワラの持つポテンシャルを示せたのは大きいと思うで」

 

「そ、そうですか……」

 

「これは前も言ったかもしれんけど……」

 

「は、はい……」

 

「こういう経験は必ずや皆の糧になってくるはずや!」

 

 笑美は力強く拳を握りしめる。

 

「はい……!」

 

「それはもちろん……」

 

「ええ……」

 

「ウチにとってもな……」

 

「はい!」

 

「ふふっ……」

 

 笑美が笑顔を浮かべる。

 

「それでは決勝なんですが……」

 

「結果発表はまだやろ。急ぎすぎやで」

 

「ああ、そうか……」

 

 司が頭を掻く。笑美が控室の天井を見ながら呟く。

 

「人事を尽くして天命を待つって感じやな」

 

「ふむ……ん?」

 

「みんな、お疲れ~♪」

 

 礼光を先頭にセトワラのメンバーが控室に入ってくる。

 

「屋代君、良かったっすよ」

 

「そうか? どうもありがとう」

 

 江田の言葉に屋代が素直に礼を言う。

 

「良い先生ぶりだったっす」

 

「ふむ、担任をイメージしてみたのだが……」

 

「……強いていうなら、マッチョっぷりがもうちょっとあった方が良かったっすね」

 

「は?」

 

「いや、その方がより頼りがいが生まれるというか……」

 

「頼りがい……」

 

「そうっす」

 

「……それは必要なのか?」

 

「それはそうっす、だってあの場は進路相談でもあるわけっすよね?」

 

「ああ、そうだな」

 

「それならその方がよりリアリティが出ると思うっす」

 

「そこまでのリアリティは求められていないと思うが、次回があったら検討しよう……」

 

 屋代が江田に告げる。

 

「礼明ちゃん、お疲れ~」

 

「ああ、礼光ちゃん」

 

「飲み物飲む?」

 

「うん」

 

「じゃあこれ、アイスコーヒー」

 

 礼光が礼明にペットボトルを渡す。

 

「ありがとう~♪」

 

 受け取った礼明が礼を言う。

 

「いや~でも、良い産みの母っぷりだったわよ」

 

「そ、そう……?」

 

「そうよ~」

 

「あんまり自分では分からないけどね」

 

「いや~ビンビンに伝わってきたわ」

 

「そ、それなら良かったわ……良かったのかしら?」

 

 礼明は首を傾げる。

 

「良かったに決まってるじゃない!」

 

「そ、そうね……」

 

 礼明はやや戸惑いながらも礼光に同意する。

 

「あなた……」

 

 優美が因島に声をかける。因島が自らを指差す。

 

「あ、拙者でござるか?」

 

「他に誰がいるの?」

 

「いや、こ、これは失敬……」

 

「……小豆」

 

「はっ」

 

「お願いしますわ」

 

「はっ……お嬢様は因島様の貢献ぶりを高く評価されております」

 

「そ、それはどうも……」

 

 因島が後頭部を抑える。

 

「それと……」

 

 優美が小豆に耳打ちする。小豆が頷く。

 

「あの如何にもうだつが上がらない感じが、舞台上でなんとも言えないいい味を醸し出していたとおっしゃっています」

 

「え……別に極々普通に振る舞ったつもりでござるが……」

 

「……」

 

「………」

 

「…………」

 

 三人の間に沈黙が流れる。優美が口を開く。

 

「と、とにかくよくやりましたわ!」

 

「あ、ありがたき幸せ……待てよ、拙者の方が先輩では……?」

 

 うやうやしく頭を下げながら因島は小声でぼそっと呟く。

 

「お疲れさまデース、チャラ男センパイ」

 

「あ、ああ、サンキューな、オースティン……」

 

 倉橋がオースティンに応える。

 

「相変わらず、良いチャラ男っぷりダッタ……」

 

「そ、そうか? メ、メルシー……」

 

 倉橋が困惑しながらエタンにも応える。

 

「欧米でもなかなか見ないレベルだったよ♪」

 

「欧米にチャラ男っていんのか?」

 

 マリサの言葉に倉橋が首を捻る。

 

「ン?」

 

「あ、ああ、グラシアス、マリサ」

 

 マリサに対し、倉橋が笑顔を見せる。

 

「タダ……」

 

 エタンが腕を組んで黙って倉橋を見つめる。

 

「ん? どうかしたのか?」

 

「なんでもかんでもSNSで発信するのは如何なものカ……」

 

「い、いや、それは役の上でのことだから! 勘違いしないでくれよ!」

 

 倉橋が慌てる。オースティンが笑う。

 

「オーウ、エタンは現実とフィクションの区別がごっちゃになってマース」

 

「ム……」

 

「そうそう……」

 

「まあ、それも無理ないヨ、オースティン」

 

「確かにそうデース……」

 

「ど、どういうこったよ、マリサ、オースティン?」

 

「センパイは如何にも炎上しそうデスカラ……」

 

「ど、どういうイメージなんだよ!」

 

「……皆、それぞれに準決勝の出来に手応えを得ているようですね」

 

「それは結構なことやで」

 

 周囲を見回した司の呟きに笑美がうんうんと頷く。

 

「後は……」

 

「ん?」

 

「決勝に進めるかどうか……」

 

「そろそろ結果発表の時間やろ……おっ、呼ばれたな、ほな皆行くで!」

 

 笑美が声をかけ、セトワラのメンバーが揃ってステージに向かう。ステージではセトワラの決勝進出が告げられた。終了後、メンバーは喜びながら控室に戻ってくる。司が興奮気味に笑美に対して声をかける。

 

「やりましたね!」

 

「ああ、やったな……」

 

「でも……緊張しましたね」

 

「お客さんの反応から十分に手応えはあったけどな……実際発表されるまでは正直分からんかった。ドキドキもんやったで」

 

 笑美が苦笑気味に振り返る。

 

「それでは……皆に一言よろしくお願いします。皆さん、笑美さんに注目して下さい!」

 

 司の言葉を聞いて、皆が笑美に注目する。

 

「えっと……泣いても笑っても、お笑い甲子園出場までは後一回の舞台を残すだけや。皆、人間やから緊張はすると思う。それはしゃーない。ただ、楽しむ気持ちだけは忘れずに! しっかりと体調を整えて、明日に臨もう!」

 

「おおっ!」

 

 笑美の言葉にセトワラのメンバーが力強く応える。



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12本目(1)決勝直前の検討

                  12

 

「おはようございます!」

 

 部室にやってきた笑美に司が元気よく挨拶する。

 

「おはよう……」

 

「すみません、わざわざ来てもらって……」

 

「学校で集合してから向かおうという話やったけど……さすがにちょっと早ない?」

 

 笑美が時計を確認しながら苦笑気味に尋ねる。

 

「……実は笑美さんには、一時間早く集合時間を伝えました」

 

「ええ?」

 

「どうしても確認しておきたいことがあって……」

 

「確認しときたいこと?」

 

「はい」

 

「……それはあれやな。今日の決勝をどの組み合わせで臨むかということやろ?」

 

「……そうです」

 

 司が深々と頷く。

 

「昨日も終わってから、この部室で散々やったやんけ。それで結論に至った……」

 

「そうですが……」

 

「……不安なんか?」

 

「はい、あらためて笑美さんのお考えを伺いたくて……」

 

「練習を含めてネタを一緒にやっとる屋代先輩とウチのコンビが鉄板! ……それでええんちゃうかと思うけどな」

 

「はあ……」

 

「本番でなにかアクシデントがあったとしても、経験あるウチと冷静な屋代先輩なら対応することが出来る……限りなくベストに近い人選やと思うけど」

 

「それは確かにそうだと思いますが……」

 

「不安は拭えんか?」

 

「皆さんが来るまでの一時間で、もう一度組み合わせを検討したいなと……」

 

「ふむ……」

 

 椅子に座った笑美が顎をさする。司が恐る恐る尋ねる。

 

「ダ、ダメでしょうか?」

 

「ダメって言うても、納得せえへんのやろ?」

 

「そ、それは……」

 

 笑美はフッと笑みを浮かべる。

 

「部長は司くんなんやから、司くんの気が済むようにしたらええがな」

 

「! そ、それでは!」

 

「ああ、検討し直そうか……」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 司が笑美と向かい合うように座る。

 

「まずは?」

 

「カルテットです!」

 

「カルテット?」

 

「この大会ではまだカルテットで漫才をしていません、審査員やお客さんの意表を突けるかなと……」

 

「……組み合わせは誰やったっけ?」

 

「屋代先輩と小豆くんとエタン、そして笑美さんです」

 

「あ~昨日やったな……真面目トリオとウチか」

 

「ええ、そうです」

 

「真面目な三人がそれぞれ、どこかちょっとズレたボケをして、それをウチが片っ端から突っ込んでいくっていうネタやったな……」

 

「はい、そうです……」

 

「う~ん……」

 

 笑美が腕を組む。

 

「ダメでしたか?」

 

「三人ともキッチリとし過ぎなんよね……」

 

「キッチリとし過ぎ……」

 

「ええんよ? ちゃんとやってくれんのはさ、ただ、型にハマり過ぎかなっていう感想を持ったな」

 

「ああ……」

 

「後、三人とも比較的寡黙な方やからな……どうしてもウチが一方的にまくし立てるような感じになってまうよな。かといって、三人のセリフを増やせばそれで良いのかって気もするし……」

 

「ふむ……」

 

 司がノートにメモを走らせる。

 

「やっぱり今回は見送りちゃうかな……」

 

「なるほど、それでは次の組み合わせですが……」

 

「なんやったっけ? 昨日のことやけど忘れてまうな……」

 

「次もカルテットです。笑美さんと因島くんと倉橋くんとマリサです」

 

「ああ、せやったな……」

 

「陰キャの因島くんと陽キャの倉橋くんの対比をしているところで真性の陽キャであるマリサに倉橋くんが次第に圧倒されていく……というようなネタです」

 

「黒船来航って感じやな」

 

「そういうイメージですね」

 

「うん……」

 

 笑美が首を傾げる。

 

「ダ、ダメでしたか?」

 

「これは昨日も似たようなことを言うた覚えがあるけど……」

 

「はい……」

 

「ネタの構成的な問題が生じるよね」

 

「構成的な問題……」

 

「どうしても因島くんの影がどんどん薄くなってまうよね?」

 

「ああ、はい……」

 

「因島くんも倉橋くんに対して、いわゆるカウンターをするけど、どうしてもパンチが弱いかなっと……」

 

「弱いですか……」

 

「極端な話、因島くんには外れてもらって、倉橋くんとマリサとウチのトリオでやった方がネタの収まりが良いちゃうんかな?」

 

「ああ、なるほど……」

 

「ただ、それはそれで、陽キャに偏り過ぎかなとも思うな……」

 

「ふむふむ……」

 

「これも今回は見送りちゃうかな……」

 

「……それでは次の組み合わせですが……」

 

「トリオやったっけ?」

 

「そうです。能美兄弟と」

 

「これも練習含めて何度もやった組み合わせやな……」

 

「ええ、コンビネーションなどは良かったと思いますが」

 

「前回講堂でやったときは、いわゆるしゃべくり漫才やったけど……」

 

「少し捻って、コント漫才をやってもらいました」

 

「ううん……」

 

 笑美が首を捻る。

 

「……ダメでしたか?」

 

「ダメというかな……」

 

「捻りは要らなかったですか?」

 

「捻り自体はええと思うけど、やっぱりあの兄弟のパーソナリティーを存分に活かすなら、しゃべくり漫才の方がしっくりと来るかなって……」

 

「ふむ、なるほど……」

 

「コントも悪くはないと思うけども、唐突な感じが多少あるかな」

 

「ふむふむふむ……」

 

「これも見送りやな……」

 

「それでは次の組み合わせなのですが……」

 

「次もトリオやったね」

 

「そうです、江田先輩とオースティンとのトリオです」

 

「肉体的なマッチョと精神的なマッチョのディベートか……」

 

「はい、そういうネタです」

 

「う、う~ん」

 

 笑美が天井を仰ぎ見る。

 

「ダメでしたか……?」

 

「……個人的には凄い好きな雰囲気のネタやけど、お客さんが置いてけぼりになってまうんやないかな?」

 

「置いてけぼりですか……」

 

「うん、理解する前にネタが終わってまうというか……」

 

「ふむふむ、ふむふむ……」

 

「これも見送りした方がええんちゃうかな?」

 

「それでは最後の組み合わせなのですが……」

 

「最後は……コンビやったっけ?」

 

「そうです。優美さんとコンビ漫才です」

 

「ああ、お嬢様とメイドのやり取りか……」

 

「正直悪くなかったと思うんですが……?」

 

「うん、極めてオーソドックスな感じやったね……」

 

「他の皆も笑っていました」

 

「うん……」

 

 笑美が今度は俯く。

 

「そんなにダメでしたか?」

 

「ダメというわけではないよ、ただ……」

 

「ただ?」

 

「あのネタなら完全にコントに振り切った方が良さそうやなって……」

 

「ふむふむ、ふむふむふむ……」

 

「今回は見送りでもええんちゃうかな?」

 

「……やはり、屋代先輩とのコンビですか」

 

「それがええと思うで……」

 

「そうですね、初心に帰るという意味でも……ん? RANEが……ええっ⁉」

 

「ど、どないしたんや?」

 

「み、皆さん、高熱が出て、インフルエンザの疑いで来られないって……」

 

「ええっ⁉」

 

 司の言葉に笑美が驚く。



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12本目(2)まだ君がいる

「ど、どうしましょう⁉」

 

「……」

 

「まさか僕ら以外全員なんて……」

 

「………」

 

「こんなことがあっていいのか……」

 

「…………」

 

「え、笑美さん! 黙ってないでなんとか言って下さいよ!」

 

「……アレやな」

 

「え?」

 

「バカは風邪ひかないっちゅうんはホンマなんやな」

 

「じょ、冗談を言っている場合じゃないんですよ!」

 

「しかし、すごい確率やで、ウチらだけ罹らへんって……」

 

「か、感心している場合でもないんですよ!」

 

 司は若干いら立ち気味に声を上げる。

 

「イライラしても、事態は好転せえへんで?」

 

「そ、それはそうかもしれないですけど!」

 

「まあ、ちょっと落ち着けや……」

 

「お、落ち着いてなんかいられないですよ!」

 

「水でも飲みや」

 

 笑美が水のペットボトルを手渡す。司はそれを受け取り、勢いよく飲む。

 

「ゴクゴク……ゲホッ、ゲホッ!」

 

 司がむせる。笑美は苦笑する。

 

「あらら、落ち着くために水渡したのに、落ち着いてないな~」

 

「ゲホッ……」

 

「待てよ……」

 

「?」

 

「ある意味“オチ”はついたか? ……な~んちゃって」

 

 笑美が後頭部に片手を添える。

 

「だ、だから!」

 

「ん?」

 

「そんなことを言っている場合じゃないんですよ!」

 

「まあまあ……」

 

「まあまあって……どうするんですか⁉」

 

「どうするって……そんなもん決まってるやないか」

 

「はい?」

 

「ウチと君のコンビで決勝に臨むしかないやんけ」

 

「ええっ⁉」

 

 司が驚く。

 

「そないに驚くことか?」

 

 笑美が首を傾げる。

 

「そ、それは驚きますよ! こ、ここに来てですか?」

 

「満を持してって感じやね?」

 

「い、いや、決してそういう感じでは……」

 

「なんや、もう忘れたんか?」

 

「は、はい?」

 

「春に自分とウチで漫才やったやん、なんたら説明会で」

 

「部活動サークル活動説明会」

 

「そう、それ」

 

 笑美が司を指差す。

 

「で、でも、その1回だけじゃないですか⁉」

 

「1回でもやってたら十分やろ」

 

「そ、そんな……」

 

「それに、ネタの読み合わせでは、司くんが何度も欠席者の代理を務めていたやん」

 

「そ、それはそうですけど……」

 

「な? 大丈夫やって」

 

「さ、さすがに……」

 

「……知っとるで」

 

「え? な、なにをですか?」

 

「膨大なネタ帳の中から、いつも必ず何冊だけ持ち歩いているよな?」

 

「よ、よく見ていますね……」

 

「観察眼が命やからな」

 

 笑美が自らの目元に右手の人差し指を添える。

 

「あ、あれは、メンバーの皆さんそれぞれのネタ帳ですよ……」

 

 司が自分の鞄に目をやる。

 

「その中に一冊だけ……!」

 

 笑美が司の鞄をビシっと指差す。

 

「!」

 

「他とはメーカーの違うノートが入っているよな?」

 

「そ、それが何か?」

 

「君専用のネタ帳やろ?」

 

「! え、えっと……」

 

「自分ももう一度演者として出てみたいという欲求が湧いてきたんとちゃう?」

 

「あ、憧れのようなものですよ! 僕はあくまでも作家志望ですから!」

 

「憧れさえあればどうとでもなる。それがいっちゃん大事なもんやからな……」

 

「し、しかし、地区予選決勝ですよ! 前回とはわけが違う!」

 

「それならウチが漫談するしかなくなるけど……」

 

「そ、それは規定に引っかかるかも……確認はしてませんけど」

 

「じゃあ、このまま不戦敗か?」

 

「⁉」

 

「……例えば地区予選準優勝でも、事情が事情やし、交渉次第ではセトワラの活動は継続出来るかもしれんけど……ウチは今のメンバーでもうちょっと続けたい!」

 

「……!」

 

「クソ真面目な屋代先輩」

 

「クソって……」

 

「ゴリマッチョな江田先輩」

 

「ゴリって……」

 

「いつもうるさ……明るい礼明ちゃん」

 

「今うるさいって……」

 

「いつもやかま……楽しい礼光ちゃん」

 

「今やかましいって……」

 

「オタクな……マニアックな因島くん」

 

「完全にオタクって言った……」

 

「チャラ男な……ムードメーカーな倉橋くん」

 

「完全にチャラ男って言った……」

 

「ワガママお嬢様な優美ちゃん」

 

「ワガママって……」

 

「キッチリ執事な小豆くん」

 

「キッチリって……」

 

「クレバーなオースティン」

 

「確かにわりと堅実ですよね……」

 

「クールなエタン」

 

「寡黙ですよね……」

 

「ハッピーなマリサ」

 

「朗らかですよね……」

 

「……この個性的なメンバーともっともっと思い出を作りたくはないか?」

 

「……作りたいです! やりましょう! 漫才!」

 

「……ネタ帳見せて。30分で仕上げるで」

 

 笑美が腕を組んでニヤリと笑う。



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12本目(3)ネタ『世界平和』

「はい、どーも~凸込笑美で~す」

 

「ほ、細羽司です!」

 

「はい、『セトワラ』、今回はこの二人でお届けします、よろしくお願いします~!」

 

「お願いします!」

 

 会場中に拍手が起こる。拍手が鳴り止んでから二人の右側に立つ笑美が軽く頭を下げる。

 

「え~たくさんの拍手ね、ありがとうございます……」

 

「『お笑いで世界を平和にしたい!』」

 

 司が大声で叫ぶ。笑美が戸惑う。

 

「おお、いきなりどないしたん?」

 

「ついでにもう一個、いいですか?」

 

「あ、ああ……」

 

「『可愛い女の子とお付き合いしたい!』」

 

 司がさきほどよりも大声で叫ぶ。笑美がさらに戸惑う。

 

「え、ええ?」

 

「すみません……ついつい平和への熱い思いが出てしまいました……」

 

「いや、平和より私欲が強いな!」

 

「僕は常々考えているんですよ、世界平和について」

 

「嘘やん! 女の子がどうとか言うてたやん!」

 

「常々は言い過ぎました。時々です」

 

「頻度が極端に下がったな!」

 

「まあ、とにかくですね、そういうことを言うと、『意識高いね~』とか言われるんですよ」

 

「ああ、人のことを馬鹿にしてくるような奴は放っておいたらええんですよ」

 

「そうですか?」

 

「そうや、アーティストも言うてるやん、『音楽で世界を平和に!』『ラブ&ピース!』って」

 

 司が鼻で笑う。

 

「……どだい、無理な話なのにね」

 

「馬鹿にすんなや!」

 

「え?」

 

「え?ちゃうねん、言ってるそばからディスんなや」

 

「ああ、はい……」

 

「頼むでホンマ……」

 

「とにかくですね、お笑いで世界を平和にしたいんです!」

 

「ふむ……」

 

「日本のお笑いにはそれだけのポテンシャルがあると思うんですよ 特に漫才には!」

 

「漫才が?」

 

「ええ、世界を見渡してみても、こういう形式の話芸は珍しいみたいですし……」

 

「ああ、そんな話は聞いたことあるな……」

 

 笑美が頷く。

 

「僕は『漫才』を『マンザイ』として、世界に通じる言葉として定着させたいんです!」

 

「お、大きく出たな……」

 

「ゆくゆくは『ヘンタイ』と並び立つほどに……」

 

「何と並んでんねん! 『サムライ』とか『マンガ』とかと並び立てや!」

 

「ああ、そっちもありますね……」

 

「そうやがな……『ヘンタイ』って定着してんの⁉」

 

 一度目線を外した笑美が驚いて司の顔を見る。

 

「はい、一部の界隈ですけど……」

 

「い、嫌やなそれ……」

 

「とにかく、漫才で世界に打って出たいんです!」

 

「う~ん……」

 

 笑美が腕を組む。司が尋ねる。

 

「駄目ですかね?」

 

「駄目ってことはないけど、まず理解出来るんかな?」

 

「理解出来るかとは?」

 

「『ボケ』と『ツッコミ』の違いとかさ……」

 

「ああ、『ヴォケ&トゥクォミー』とか言えば……」

 

「発音の問題ちゃうねん! 役割のことを言うてんねん!」

 

「役割ですか」

 

「そうや」

 

「片方が間違った言動をして、もう片方がその間違いを正すんですよね……」

 

「大体そんな感じやな」

 

「つまりは僕がヴィランで、笑美さんがヒーローということですね」

 

「アメコミ映画の構図にせんでもええやろ!」

 

「じゃあ、今度からはピッチピッチの全身タイツを着てもらって……」

 

「どんな羞恥プレイやねん!」

 

「デ〇ズニ―の海賊版を作る奴らと、それを取り締まるディ〇ニーの戦いみたいな……」

 

「ウチらが取り締まられるわ!」

 

「ここは思い切って、ボケとツッコミの概念を変えても良いかもしれませんね……」

 

 司が腕を組んで呟く。

 

「え? どういうこと?」

 

 笑美が首を傾げる。

 

「寿司がステイツに渡ってカリフォルニアロールを生み出したみたいなことです」

 

「あ、ああ……」

 

「世界に打って出るには、そういう柔軟性も求められると思うんですよ」

 

「例えば? ダブルボケみたいなんは日本にも既にあるで?」

 

「『ゼン&ツッコミ』……雑念が混じると、肩をビシっと叩かれるんです」

 

「ただの座禅やろ! 修学旅行やないか!」

 

「日本文化と言えば禅みたいなところあるじゃないですか、ステイツでは」

 

「いや、アカンやろ」

 

「『ボケ&ニンジャ』……ボケると、なにもない壁が回転してニンジャが現れるんです」

 

「お客さんの目が全部そっちに行ってまうやろ!」

 

「ニンジャは鉄板かなって、ステイツでは」

 

「アカンって」

 

「『テリヤキ&スキヤキ』」

 

「ボケとツッコミは⁉ それはそれでコンビっぽいけど!」

 

「ステイツでは両方馴染みありますよ」

 

「……アメリカのことステイツって言うなや! 腹立つな!」

 

「ああ、これは失敬、ついつい癖が……」

 

「自分、バリバリの瀬戸内海育ちやろ!」

 

「『サイモン&ガーファンクル』」

 

「コンドルが飛んでいきそうやな! 音楽で世界を変えられそう!」

 

「『リロ&ステ〇ッチ』」

 

「〇ィズニ―飛んでくるから止めて⁉」

 

「『ビーフオアチキン』」

 

「フィッシュプリーズ!」

 

「『デッドオアアライブ』」

 

「西部劇みたいになってる!」

 

「『キングコングⅤSゴジラ』」

 

「戦うな! &はどこ行ったんや!」

 

「漫才ってある種戦いみたいなもんじゃないですか」

 

「やかましいな! 平和にしたいんやろ⁉ 『ラブ&ピース』の精神やろ!」

 

「『ラブ&ピース』ならぬ『ラフ&ピース』……これだ、これですよ!」

 

「……どうすんねん?」

 

「笑っている僕の鼻の穴にピースした指を突っ込んで下さい」

 

「な、なんでそんなことせなアカンねん!」

 

「はははっ! さあ、早くツッコんで下さい! あはははっ!」

 

「立派なヘンタイになっとるやないか! もうええわ!」

 

「「どうも、ありがとうございました!」」

 

 笑美と司がステージ中央で揃って頭を下げる。

 

 



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12本目(4)結果発表

「お、お疲れ様でした!」

 

 控室に戻ってきた司が笑美に頭を下げる。

 

「ああ、お疲れ様……」

 

 笑美が応え、椅子に座る。

 

「はあ……み、水……ぷはあっ!」

 

 司も笑美と机を挟んだ席に座り、水を飲んでぐったりとなる。

 

「ふっ、大分お疲れの様やな……」

 

 笑美が司を見て笑う。

 

「そ、それは疲れますよ……」

 

「説明会でもやったやんか」

 

「だ、だから、あの時とは比べ物になりませんよ!」

 

「そうか?」

 

 飲み物を一口含んだ笑美が首を傾げる。

 

「そうですよ! 会場の大きさもそうですし……雰囲気がもう、全然違います!」

 

「雰囲気ね……」

 

「ええ、もうこの決勝に懸ける!っていう雰囲気が他の出場者の方からビシビシと伝わってきて……さらに……」

 

「さらに?」

 

「客席ですよ! もう一挙手一投足を見逃さんばかりに見つめてくるじゃないですか! 刺さるような視線っていうのを初めて体感しましたよ!」

 

「一挙手一投足って、野球選手やないんから」

 

「おかしいですか?」

 

「うん。投はおかしいやろ」

 

「え? 言葉のキャッチボールをしたじゃないですか」

 

「何を上手いこと言うてんねん。でも……」

 

「はい?」

 

「わりと余裕あるやんか」

 

 笑美が手に持っていたペットボトルを司に向ける。

 

「え?」

 

「大体は緊張でガチガチになってもうて、お客さんのことを気にする余裕なんてほとんどなくなるもんやで」

 

「そ、そういうものですか?」

 

「そういうもんや、まあ、逆に視線を意識し過ぎてもうてアカンことになるパターンもあるっちゃあるけど……」

 

「あれです、お客さんをカボチャだと思いました」

 

「そこはジャガイモとかやろ、なんでカボチャやねん」

 

「夢の時間が解けてしまわないように……」

 

「シンデレラか、なにをロマンチックなこと言うとんねん」

 

「あ~でも、不思議と客席の様子はよく見えましたね……」

 

「へ~」

 

「案外……大物かもしれませんね」

 

「自分で言うな」

 

 司が苦笑する。

 

「いやいや……良い意味で開き直ったのが良かったかもしれません」

 

「開き直った?」

 

「ええ、ネタを決めたのが直前だったじゃないですか」

 

「そうやな」

 

「結局、学校で一回、会場に移動中に一回、そこの廊下で一回……計三回しかネタ合わせ出来なかったじゃないですか」

 

「移動中も廊下もなんやかんやでバタバタしとったから……実質一回やな」

 

「ぶっかけそうめんだったじゃないですか」

 

「ぶっつけ本番やろ。なんやツルツルしとるやないか」

 

「とにかくもう、ええい、しょうがない!って思ったっていうか……」

 

「極端な話、トチらんかったらそれでエエわって感じ?」

 

「正直……そんな感じですね」

 

「ほうか……」

 

「す、すみません……」

 

 司が頭を下げる。笑美が手を振る。

 

「いや、エエよ。それがかえって良かったかもしれんな」

 

「よ、良かったですかね?」

 

 司がおそるおそる尋ねる。

 

「後で見返してみんことには細かいことは分からんけど……少なくとも舞台上では悪いとは思わなかったで」

 

「そ、そうですか……」

 

 司はホッと胸を撫で下ろす。

 

「だからといって、完璧に良かったかと言われると……」

 

「ええっ⁉」

 

 司が驚く。笑美が笑みを浮かべる。

 

「冗談やがな、結果はウチが決めることやないし……おっ、呼ばれたで」

 

「は、はい……」

 

 笑美と司は控室から出て、結果発表のステージに向かう。

 

「……優勝は、『セトワラ』!」

 

「!」

 

「おっしゃ!」

 

 優勝決定のアナウンスを聞いて、司は驚き、笑美は派手なガッツポーズを取る。

 

「セトワラのお二人、ステージ中央にどうぞ……」

 

 大きな拍手に包まれながら、笑美と司がステージ中央に移動する。

 

「……」

 

「……はい、それでは、お二人からコメントを頂けたらと思います。お願いします」

 

「はい、えっと……すみません……」

 

「いや、色々大変やったんですよ、他のメンバーがちょっと体調崩してしまったので、急遽この2人でネタやることになったので……」

 

 感極まる司を笑美がフォローする。司が鼻をすすり、前を向く。

 

「はい……」

 

「おっ、大丈夫?」

 

「ええ……」

 

「そんならリーダーからよろしく」

 

 笑美が促す。

 

「ええっと……まずは支えてくれた最愛の家族に感謝を……」

 

「ハリウッドセレブみたいに言うな!」

 

「なんて小粋なジョークを挟んじゃったりなんかしてね……」

 

「自分で言うてる時点で粋じゃないのよ」

 

「今日は残念ながら来られなかったメンバーに感謝したいです」

 

「ああ、それはちゃんと言うとかないとね」

 

「メガネの先輩、マッチョの先輩……」

 

「名前を言うたれ!」

 

「謎多き双子……」

 

「謎ではないやろ、同級生や!」

 

「メガネ2号、チャラ男1号……」

 

「ひどい言い草やな! チャラ男は2人もおらんし!」

 

「お嬢様と執事さん、外国からの留学生3人……」

 

「だから名前を言うたれよ」

 

「絶海の孤島……古びた館……そこで起こる事件とは……」

 

「なんのナレーションやねん!」

 

「冗談はさておき……メンバーの皆、審査員の方やお客さん、そしてこの大会に携わる全ての方々、応援してくれた皆さん……どうもありがとうございました!」

 

「おおきに!」

 

 司と笑美が頭を丁寧に下げる。会場を温かな拍手が包む。



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オチ

                  オチ

 

「あらためて……地区予選を無事に突破することが出来しました。これもひとえに皆さんそれぞれの弛まぬ努力があってこそだと思います。自分としても作家として色々と勉強させていただくことが多く……」

 

「司くん、司くん……」

 

「はい? なんですか、笑美さん?」

 

「長い。っていうか、単純にオモロない」

 

「ええっ⁉」

 

「ちゃっちゃとやろうや」

 

「え、えっと……地区予選突破です! かんぱーい!」

 

「かんぱーい!」

 

 地区予選決勝から数日後、部室にセトワラのメンバーが勢ぞろいして、ささやかながらも祝勝会を行うこととなった。

 

「いやあ、医学部志望がインフルエンザにかかるとはまったく情けない限りだ」

 

「まあしゃあないでしょ、そういうもんは……」

 

「自分もお役に立てなくて情けないっす!」

 

「野球部のメンバーにはうつらなかったから良かったやないですか」

 

 うなだれる屋代と江田を笑美がフォローする。

 

「全国大会ではこれぞ医学部志望!というところを見せたい」

 

「自分では打撃面でアピールしたいっす!」

 

「全国の皆さんに一体何を見せようとしてるんですか……」

 

「笑美ちゃん、ホントごめんね~」

 

「肝心なところで役に立たなくて~」

 

 礼明と礼光が手を合わせて笑美に謝ってくる。

 

「いやいや、気にせんでええよ」

 

「体をしっかりと鍛え直すから! まずは滝行よ!」

 

「そう! その次は火渡り!」

 

「いや、妙な時期に悟りを開かれても困るから……」

 

「あらためて申し訳なかったでござる……」

 

「マジでごめん!」

 

 因島と倉橋が揃って頭を下げてくる。笑美が手を振る。

 

「まあまあそういうこともあるって……」

 

「お詫びと言ってはなんでござるが、これはコミケのカタログでござる」

 

「いや、もらっても扱いに困るな……」

 

「これ、東京で人気あるカフェのクーポン券!」

 

「いやいや、東京への交通費がかかるがな」

 

「この度はご迷惑をおかけしましたわ……」

 

「誠に申し訳ございません」

 

 優美と小豆が笑美に謝罪してくる。

 

「あまり気にせんといてええから」

 

「お詫びに全国大会には我がグループ所有のクルーズ船で優雅に参りましょう」

 

「いや、そこは普通に行こうや」

 

「見事優勝した暁には、盛大に船上パーティーです。ねえ、小豆?」

 

「はい。僭越ながら料理に腕を振るわせていただきます」

 

「そ、それはちょっと気が早いかな……」

 

「ソーリーでした!」

 

「スマナイ……」

 

「ごめんネ~」

 

 オースティンとエタンとマリサが笑美に謝ってくる。

 

「いやいや、ドントマインドやで。ドンマイ、ドンマイ」

 

「全国大会ではUSAの威信をかけマース!」

 

「フランスの誇りを見せル……」

 

「スペインのコラソンを見せるネ~!」

 

「気負い過ぎっていうか、背負い過ぎやから……!」

 

 笑美は苦笑する。その後、笑美はベランダに出る。しばらくして司が声をかける。

 

「笑美さん、こっちにいたんですか。黙って帰ってしまったのかと」

 

「なんでやねん、感じ悪いやろ」

 

「あの……」

 

「ん?」

 

「ありがとうございました! 笑美さんのお陰でこういう結果を出せました!」

 

 司が頭を深々と下げる。笑美がふっと微笑む。

 

「お礼を言うのはこっちの方やで、ありがとうな」

 

「え? そ、そんな……」

 

 顔を上げた司が戸惑う。笑美が微笑みながら呟く。

 

「セトワラで活動して数ヶ月……またお笑いのことを好きになれたわ」

 

「そ、そうですか……」

 

「だから『お笑い甲子園』でも頑張ろうや! じゃんじゃん良いネタ書いてや!」

 

「任せて下さい。『怪人ボケ百面相』というネタを考えています!」

 

「なんやそれ。ツッコミ甲斐のありそうなネタやな……」

 

「演者だけではなく、会場のお客さんもみんなボケるネタです」

 

「百面相ってそういう意味⁉ そ、それはツッコまざるを得んなあ……!」

 

                  ~第一笑 完~




(23年7月31日現在)

これで第一笑が終了になります。第二笑以降の構想もあるので、再開の際はまたよろしくお願いします。


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