Rimworld 四天王の軌跡 (壺大好き大佐)
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1話目その1

それは季節にして春の出来事だった

 

真っ白な壁や天井と敷き詰められた抗菌タイルで、これ以上ない程の清潔感を醸し出す部屋に並べられた研究器材に埋もれる様に、頭を抱える男が呟く

 

「この襲撃が終われば…」

 

外の様子を伺う様に、部屋の出入り口へ目を遣る。そのドアの向こう、防壁の外では戦闘が起こっていた

 

乱立する木々の間から飛来する無数の銃弾、瓦解するバリケード、力尽きた者達の亡骸…此処リムワールドではよくある光景が広がっている

 

「もう保たない!依頼主を連れて離脱を!」

 

人型の鼠、ラットキン族の少女が、銃撃に晒される土嚢に身を屈めながら叫ぶ。その声は、隣で自動小銃を盲撃ちする人物に向けたものだ

 

「ダメだ!此処を死守が条件だぞ!」

 

同じく人型の兎、バン族の男が提案を却下する。約束の為か、逃げ切れないと踏んだか…そんな遣り取りも、銃撃に紛れ投擲された爆発物によって、土嚢ごと吹き飛ばされる

 

極僅かな時間、気を失っていたのだろう…身体中に走る痛みによって徐々に意識を取り戻した少女は、土埃が巻き上がる中、地面に突っ伏した男を見つける

 

何とか体を起こし、近付いて様子を見る。男は微動だにせず、弱々しい呼吸だけだ。少女は焦りをみせる、このままでは…

 

だが状況は待ってくれない。最後の砦が崩れたのを皮切りに、林から数人、銃を構えながら姿を現す。人間の容姿を持ちながら下半身が魚の様な、所謂人魚に酷似した種族…ゼノオーカだ

 

死神の手先かの様な邪悪さを感じさせるアーマーとヘルムで身を固めたそれら襲撃者は、オルキヌス旅団と呼ばれる強大で過激な派閥で知られる者達である

 

少女は絶望し、観念する。自身が身に着けていたラットキン族特有の鎧は、最早防具として機能しない状態であり、半包囲されているこの場から、自力で動けない男を連れて離脱も不可能…

 

「私達の悪運も、ここまでか…」

 

男に寄り添う様に少女は倒れる。仲間達は既に全滅、残った自分達も直に…少女は泣いた。死への恐怖か、はたまた己の無力さにか

 

襲撃者は2人に狙いをつける。その先に在る何かの為に、邪魔になる障害を確実に排除せんとした

 

無数の痛みの訪れを覚悟し、少女は身構える。しかし、鈍い様な鋭い様な音が響き、この場の空気が変わる

 

襲撃者達は音の出どころに目を向け、その光景に戸惑う。仲間の1人に、首の後ろから腹にかけて、剣が突き抜けていたのだ

 

すぐさま周囲の警戒を強め、事切れた仲間の死体から剣を引き抜こうとするも、身体を穿いたままの勢いで地面に深く突き刺さっており、3人掛かりでもびくともしない

 

その間に索敵係が、突如出現した生体反応を確認するも、それを伝達する前に反応の主が、仲間の上から勢い良く落ちてきた

 

剣に重なる様に落ちてきたそれを確認すべく、舞い上がる土煙に襲撃者達が包囲する。徐々に煙がはれ、落下地点の惨状を目の当たりにした

 

剣を引き抜こうとした3人が踏み潰され、その上には純白の鎧を身に着けたエルフが立っていた。そして剣を地面と死体から引き抜き、襲撃者達へと構えた

 

 

 

 

 

 

 



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1話目その2

姿を現したエルフに対し、すかさず狙いを定める襲撃者達。だが引き金に掛けた指を動かそうとした時には、既に仲間の1人に剣が突き刺さっていた

 

目にも留まらぬ速さで得物を投擲したエルフは、ぐっと脚に力を込め襲撃者達の陣形に飛び込む。その勢いのまま着地点に居た相手2人の頭を鷲掴みにし、飛来する銃弾から身を護る肉盾とした

 

同士討ちを恐れた襲撃者達がたじろぐのもお構い無しに、エルフは1番近い相手に右手で掴んだ仲間を押し付け、続けざまに蹴り飛ばす。爆風に巻き込まれたかの様に吹き飛ぶ襲撃者達は、その先の木にぶつかり、ぐったりと横たわる

 

続けて左手で掴んだ相手を真上に放り投げ、魚の様な尻尾へ掴み直す。そのまま目の前に居る仲間へと振り下ろし、相手ごと地面に叩きつけた

 

身体を捻り、掴んだままの相手を背後の襲撃者達へ放り投げる。そして思い出したかの様に、突き刺さったままの剣を取りに行く。それを逃すまいと襲撃者の1人が、剣を手に取る瞬間を狙う

 

しかし指を動かす前に、襲撃者の体が前のめりに倒れ込む。仲間が目を見遣ると、後頭部に銃弾が貫通した形跡が残っていた。それを確認した直後、上空から推進器が発する爆音が鳴り響く

 

空を覆う雲から宇宙船が姿を現す。その船体後部に有る格納庫のハッチから覗く人影、兎耳を生やした軍服姿のラビ族の少女が、スナイパーライフルで狙撃を行なっていた

 

さらなる襲来に襲撃者達の混乱が広がり、リーダー格がロケット砲持ちの攻城担当に宇宙船の撃墜を指示するも、担当者は仲間を次々と切り刻むエルフを優先すべきと意見が割れ、その攻城担当も狙撃され反撃もままならない状況となった

 

リーダー格が仲間達に退却を指示を促し、周囲の部隊がそれに続く。しかし前衛の者達は、移動を開始した部隊との間に位置する逃走経路のド真ん中で暴れ回るエルフに恐怖し、冷静さを欠いた残党が、当初の目的であった襲撃地点の建物へ突撃する

 

上空からの狙撃と背後から聞こえる斬撃音…先頭を駆ける者が振り向いた時には仲間が全員倒れており、息が乱れる様子も無いエルフが、最後の1人に笑みを浮かべながら迫りくる

 

不意に尾ひれを掴まれ、体勢を崩して頭を地面に打ち付ける。見るとラットキン族の少女が、残り僅かの力を振り絞って握り締めていた

 

「行かせ…ない…!」

 

少女もまた必死だった。捕まった襲撃者も振り解こうともがくが、掴まれた部分から少し離れた所に表れた鋭い痛みが、抵抗を止めさせる

 

襲撃者の傍には、尾ひれに剣を突き立てたエルフが見下ろしていた。そして笑みを崩さぬまま片脚を上げ、襲撃者の頭を踏みつける

 

ヘルムが陥没し、赤い液体が飛び散る。短い痙攣が断続的に繰り返された後、遂に動かなくなった襲撃者の頭から脚を退かし、エルフは辺りを見渡す

 

夥しい数の死体に、自分の直ぐ側の建物、その向こうに着陸する宇宙船を確認したエルフは安堵の表情を見せ、ラットキンの少女とバンの男を担いて建物へ向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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1話目その3

『いやぁ君達が来てくれて、本当に助かったよ』

 

宇宙船の通信室で最も大きなモニターに映る初老の男が愛想よく笑う。それと対面するラビ族の少女が話を切り出す

 

「襲撃の対応は、契約には無かったものよ。この件は当然_」

 

『勿論。例えそちらが望まなくとも、上乗せさせて頂く…これは感謝の印だ。君達が手を貸してくれなければ、此処は蹂躪されていただろう』

 

サングラス越しに睨みつける少女に対し、男はあくまで社交的に対応する。そして仕切り直しとばかりに軋む椅子と共に正面へ向き直り、口を静かに開いた

 

『では、契約内容の修正・再確認と行こう。サーニャ』

 

『こちらに』

 

呼び出されたスーツ姿の女性が、書類を数枚挟んだクリップボードと眼鏡ケースを男の手元に運び、ケースから取り出した眼鏡を手渡す

 

『ありがとう。さて…依頼内容は、我々ポラリス連合の新技術開発に伴う極秘テストへの協力要請。オプションとして、テストから得られたデータの収集・調整・反映を手伝う場合、ボーナスとして新技術の一部を提供する。付け加えて、今回の様な襲撃に対する護衛も行なってもらいたい…といったところか』

 

眼鏡を掛けてなお、目を凝らしながら読み上げた男が疲れた素振りを見せるも、直ぐに少女へと視線を移す。それに合わせて、少女が疑問を投げかける

 

「テスト内容は?」

 

『此方が指定する手段・手順で戦闘を行う…先程拝見した君達の戦闘力ならば、不自由はあっても不可能では無いと判断出来る』

 

そう答えながら男は手元のディスプレイを操作し、それを終えると同時に通信室のタッチパネルに文字が表示される。《フルネームでご署名を》という案内の下に点滅する入力欄に、少女は黙々と指を動かす

 

『問題無ければ、明日9時よりテストを行う。状況次第では何度か繰り返す事になるやも知れん。だが安心したまえ。これが終われば君達は多額のシルバーに加え、新たな可能性を目にするのだ』

 

少女が入力を終え、データが男のディスプレイに届く。それをじっと見つめ口から零れる様に呟いた

 

『ユミ・ベンソン…』

 

「何?」

 

『いや…良い名だな』

 

まるで取り繕う様に褒める男の態度に、少女・ユミは訝しむ。だがそんなユミの様子も余所に、男はニタリと笑う

 

『依頼主であり、此処ポラリス連合技術研究開発所責任者である私、ゴードン・ガネルが宣誓する。君達四天王は、この宇宙史に名を残す第一歩を踏み出した。ポラリス連合と共に、素晴らしい未来を見届けてくれたまえ。』

 

そう言い残し、男・ゴードンが通信を切る。ユミは真っ暗になったモニターから離れ、他の者達に今後の方針を伝えるべく、静かになった通信室を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 



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1話目その4

「ねーねー外行こーよー!」

 

「駄目ですよ。ユミさんが来てからです」

 

ユミが到着した宇宙船の後部デッキには2つの人影があった。外へ降り立つのを今か今かとはしゃぐ、人型の蟻のアンティ族の少女・コーゼズと、それを宥める犬耳と尻尾を備えた人工アンドロイド、パニエルの少女・サラである

 

「サラ、コーゼズは何もしてない?」

 

「ユミねーちゃん!…僕いい子にしてたもん」

 

「ホントかしらね」

 

悪戯っぽく笑うユミに、コーゼズはほっぺを膨らませる。そんな2人のやり取りに、サラがやんわりと仲裁に入る

 

「大丈夫ですよ、ちゃんと待っていましたから」

 

「ほらー!僕いっぱい我慢したんだよ、フフン!」

 

「10分も経ってないのに得意げになっちゃって…」

 

3人が他愛ない話を続けていると、背後から音も無く忍び寄る影が勢い良く飛び掛かる

 

「わっ!話は纏まった?」

 

「ひゃい!?お、おはようございます!」

 

「ビックリしたー!」

 

上半身は魅力的な女体、下半身は蛇の種族ラックルの女性・パンジーが、ユミとサラの間から肩越しに顔を出す。驚くユミとコーゼズをよそに、サラがパンジーへと尋ねる

 

「パンジーさん、お早う御座います。船体の軌道修正噴射装置の異常は如何でしたか」

 

「あぁアレ?ちゃんと直ってたでしょ?」

 

「えっと、みんな!とりあえず外出ましょう。モリアネンさんが待ってるだろうしね」

 

話が長引くのを察したユミが皆に移動を促す。エアロックを解除し、収納式梯子を降ろしてユミを先頭に次々と降りていく。その間もサラとパンジーの問答は続いていた

 

「大気圏突入前に実行したシステムチェックでは問題は解消されていましたが、異常正体と発生原因、修理作業の報告がありませんでした」

 

「書こうとは思ってたんだけど、眠くなっちゃって…」

 

「しっかりして下さい。この間も仮眠を取ると言って、そのまま半日過ごしていましたね。私とコーゼズさんで皿洗いしましたけど、あの日の当番はパンジーさんだったのですよ」

 

そこまで言い終えたサラが、自身が口を滑らせた事に気付く。見ればユミが此方へ振り返り、パンジーを笑顔で見つめていた。だが笑っていない目から降り注ぐ視線が、パンジーの顔をみるみる青ざめさせる

 

「パンジーさん?」

 

「いや、あの…」

 

言い訳を考えながら船に逃げ込もうと背を向けるパンジーに、逃すまいとユミが後ろから抱き着いて食い止める

 

「お皿の汚れが落ちなくなるからちゃんと洗って下さいって言ったのに!罰として1食減らしますからね!」

 

「ゴメン!ゴメンってばぁ!」

 

「僕もするー!」

 

「あっちょっアハハハハ!コーゼズ!ダメ、ダメだってハハハ!」

 

騒ぎに乗じてコーゼズが、身動きが取れないパンジーの脇をくすぐり遊び始める。そうして3人がへとへとになって喧騒が収まり、呆れたサラが3人を軽く説教した後、最後の1人を迎えに向かった

 

 

 

 



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1話目その5

「そうか、ではこのまま協力するのだな?」

 

「えぇ、多分モリアネンさんにもお願いする事になると思うの」

 

「テスト内容次第ですが、私とパンジーさんでサポートすれば問題は無いかと」

 

純白の鎧に身を包んだエンシェントエルフの女性・モリアネンと合流したユミが、他4人に依頼を受託した事を説明する。…が、建物横にあり合わせの布等で作られた簡易的な休憩所に着くや否や、パンジーが空いているベッドへ横になり、コーゼズは建物内と敷地外へ行かない事を条件に周囲の探険を始めるのだった

 

「ごめんなさい…モリアネンさんにも負担が_」

 

「大丈夫だ!」

 

何かを言いかけたユミを遮る様に、自信満々な表情を見せるモリアネン。申し訳無さそうな顔をする彼女に近付き、互いの額を合わせ力説する

 

「私を見ろ!何があっても死なないし傷付かないぞ!お前達の為なら、どんな障害も斬り伏せてみせる!だから…1人で抱え込むな」

 

ユミを優しく力強く抱きしめ、頭を撫でる。突然の抱擁に驚きながらも、「今はまだ大丈夫ですよ…」と言いつつモリアネンの胸に蹲る

 

「サラ、お前もだ」

 

同様にサラも抱き寄せ頭を撫でる。しかし当のサラは不服の様子であった

 

「モリアネンさん、貴女の力と想いはよく知っています。ですが万が一という事もあります。貴女も四天王なのですから」

 

「分かっている。皆を悲しませるマネはしない」

 

「でしたら先ず、交戦区域上空に到達次第身一つで飛び込まないで下さい。突然エアロックの解除警報が鳴って驚きましたよ。」

 

段々と説教じみてきたサラの言い分に、モリアネンは苦笑いを浮かべる。此処へ降りてきた際の行動を咎められ、結局ユミ御手製のオヤツ抜きの罰が言い渡された。先程迄の毅然とした態度と打って変わって、酷く落ち込んでいた

 

「やぁ、君達が協力者かな?」

 

建物から出てきたラットキンの少女が声を掛ける。後から出てきたバンの男も、軽く会釈しつつ会話に入る

 

「先程は助かった。我々は護衛の依頼を中止して此処を離れる。後は任せた」

 

「そういえば、君達は何者だい?あれだけの戦闘力、名のある集まりと見た」

 

「私達は四天王、傭兵稼業をやってるわ」

 

少女に尋ねられユミが答えると、2人が顔を見合わせる。

 

「こんなにも仲睦まじいとは思わなかったな」

 

「実力は噂通りだが、いつも内輪揉めしているものかと…」

 

「そんな風に思われてたの!?」

 

どうやら第三者からの評価と実態が一部違っていた事に困惑した様子だった。そんな彼等も談笑を終え、四天王と別れを告げ沈む夕日に向け旅立った。一方のユミ達も、探険中のコーゼズを回収し船へと戻り、明日に備えた

 



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1話目その6

その夜…闇夜に紛れ、建物へと忍び寄る影が集う。頭から角を生やし、鬼の顔を模った赤い面頬を被るそれらは、鬼人族と呼ばれる者達だ

 

「行くぞ」

 

リーダー格と思われる青い面頬の男からの短い合図と共に、各々が行動を開始する。木造の倉庫に向かい、物資の略奪と放火の準備に入る者、目につく中で最も大きな建物への侵入を試みる者と別れた

 

「どうだ?」

 

「楽勝。先に行くんで、頭は後からどうぞ」

 

仲間が慣れた手つきで出入り口の鍵を外し、僅かに開けた隙間から中を覗くと、するりと入り込んでいく。頭と呼ばれた青い面頬の男は、今一度辺りを見回してから、一呼吸置いて素早く侵入した

 

入り込んだ先は、研究機材が並べられた唯の研究室に見えるが、頭は違和感を覚える。建物自体の外観に比べ、明らかに部屋が小さく、しかし他に繋がっていそうな扉が見当たらない

 

頭は窓から差し込む月明かりを頼りに、物音立てず部屋中を隈無く探る。暫くして何かのスイッチを見つけ、それを押してみると、巨大なモニターが取り付けられた壁が、音も無く一面丸ごと下へスライドし、清潔感のあるこの部屋と打って変わって、錆びついた鉄板が剥き出しの廊下が姿を現す

 

「何だこれは…」

 

物々しい雰囲気に気圧され、思わず息を呑む。いや、これは依頼を成す為だと頭は意を決して慎重に進んだ。寿命が近いのか不規則に明滅する灯りと、申し訳程度にマットが引かれている事から、入居者は此処を通っているのは間違い無いと推測すると同時に、未だ見えない先行した仲間の安否が気になった

 

木の板を打ち付け塞がれた扉を横切り、曲がり角に差し掛かる。警戒を強め角からその先を覗くと、突き当りにゴンドラの様なエレベーターが停められ、その手前に部屋の内側へ半開きになったドアが目を引いた…詳しく言えば、入口の足元から部屋の中へ伸びる赤黒い液体に、だ

 

まさかと思い頭は音を立てずにドアへ駆け寄り、腰に差した小太刀に手を掛け、取り出したクナイを構えながらゆっくりとドアを押し開く

 

「おい、居るのか!?」

 

近くに入れば聞こえるであろう、耳障りな音を立てて開くドアから顔を覗かせ、頭が小声で呼び掛ける。だが、通路から届く灯りに照らされたのは、面頬ごと顔を縦半分に落とされ、壁に凭れ掛かる仲間の死体であった

 

「くそっ!」

 

部屋の中をざっと見渡し、脅威となる存在や潜伏出来そうな場所が無い事を確認した頭は、死体に近付き遺品の回収を試みた。直後、背後から鳴る機械音に激しく動揺し、すかさず振り返る。タレットは無かった、小型メカノイドか?いや、此処に有ったのは_

 

彼の目に飛び込んで来たのは、電子的な赤い光を目に見立てた人型の何か、その右腕と思わしき部分から放たれた青い光の奔流だった

 

 

 

 

 



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2話目その1

「ご飯出来たー?」

 

「コーゼズ!戻って来なさいって!」

 

次の日の朝を迎え、四天王の面々が依頼の準備に掛かる。といっても、シャワーを浴びたり朝食の用意等、至って普通の日常サイクルの一部を行なっている程度であった

 

「ちゃんと拭いて着替えないと、いつものやつ減らしちゃうからね」

 

「むー!ユミねーちゃんのケチ!レストラン!NAOKI!」

 

「ほーら、足元水滴溜まってるじゃない。風邪引かれちゃ面倒なんだから…」

 

湯上がり後禄に拭き終えず、裸のままダイニングに飛び込んだコーゼズに、ユミは調理の手を止めず注意する。その後一緒にシャワーを浴びていたパンジーに抱きかかえられ、洗面所に連れ戻された

 

「朝から元気だな」

 

「おはようございます!」

 

「おはよう。いつもながら良い匂いだ、腹が減るなぁ」

 

木の実や果物を詰め込んだ籠を担ぎながら、モリアネンが部屋へ入って来る。誰よりも早く起きた彼女は、周囲の警戒を兼ねて食料になりうる物を採って帰ってきたのだ

 

「いつもありがとうございます!」

 

「私に出来るのはこれ位だからな」

 

「あっ!モリねーちゃんおはよー!」

 

「おはよ。シャワー空いたわよ」

 

「おはよう。後で入るとしよう」

 

着替え終わったコーゼズとパンジーが合流し、調理した料理を配膳する頃に、朝の挨拶と共にサラも入室する。全ての料理が並んだ所で皆が席に着き、食事を始めた

 

目の前の料理を食べ尽くす勢いで掻っ込むモリアネン、小動物の様に頬張るコーゼズ、茹で卵や肉団子を1つずつ呑み込むパンジー、上品にスープを啜るサラと、各々の様々な食べ方が見て取れるが、皆美味しそうに食べていた。それが嬉しかったのか、ユミの食べる手も嬉々と進んでいた

 

全員食べ終わり、モリアネンはシャワーを浴びに、ユミとコーゼズが片付け、パンジーが渋々皿洗いをこなす。そこへ、プラスチック製のケースを手にサラが戻って来た

 

「皆さん、小型通信機の調整が終わりましたので、渡しておきますね」

 

スパイスティーの容器を仕舞い込んでいたユミの元へ、ケースから小さな機器を取り出したサラが近寄り、彼女に手渡す。受け取った物をよく見ると、髪留めに近い形のクリップと一体化しており、耳に挟むようになっていた

 

テーブルの布巾掛けと皿洗いが終わったコーゼズとパンジーも通信機を受け取り、感度調整を行う。身を清めてきたモリアネンも後から参加し、順次装着を完了する

 

「うむ、付け心地も悪くない。流石の出来栄えだ!」

 

皆が外へ向かう中、機械音痴な為サラと2人で何とか調整を終わらせたモリアネンが誉める。素っ気なく流そうとするサラの頭に手を置き、優しく撫でる

 

「また無理をしたんじゃないか?その身体になっても、相変わらずだな。大丈夫、お前はお前だ」

 

行こうか、と部屋を出るモリアネンの背中を見つめるサラの目は、どこか戸惑いと寂しさを感じさせる雰囲気であった

 

 

 

 

 

 

 



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2話目その2

『お早う諸君、よく休めたかね?』

 

建物へと到着した一行は、ドローンのプロジェクターから空中に投影された映像に目を向けていた。そこには、昨日ユミがやり取りしていた男、ゴードンが映し出されていた

 

「いっぱい寝たよ!」

 

『はっはっは、元気でよろしい』

 

「もう……」

 

年相応の無邪気な返答をするコーゼズに呆れるユミとは対照に、ゴードンはおおらかな態度で接する。その後退屈しのぎにうろつき始めるコーゼズを、パンジーが抱きかかえて大人しくさせたのを見計らって、言葉を切り出す

 

『改めて、予定通りテストを行う。詳細はサーニャが説明する。倉庫横の試験場に集まってくれたまえ』

 

そう言ってゴードンが指を鳴らし、少し遅れて地鳴りが聞こえてくる。見れば、木造倉庫の横手に有る人工芝生で整地された区画が徐々に開き、地面の下から鉄製のステージが迫り上がる

 

「四天王の皆さん、お早う御座います。本テストの指揮を執るサーニャと申します」

 

突如、背後から声を掛けられすかさず振り向くと、ゴードンの女秘書、サーニャが此方へお辞儀をしていた。頭を上げ皆の前に出ると、ツアーガイドの様な振る舞いでステージに案内する

 

「今回は、あなた方の基本的な戦闘技能を計測し、それを元に限界性能を予測、その後模擬戦を行い、収集したデータと照合します。…彼は本プロジェクトの担当主任、ケンイチ・ムラタ氏です」

 

ステージの土台横に有るコンソールを一心不乱に操作し続ける白衣姿の男は、紹介されたにも関わらず、何一つ変わらず作業に没頭していた。代わりに、横付けされたデスクの上に点在する小物達が、爪の様な四つ脚を展開し目に見立てたセンサーを点滅させながら、踊るように自身を左右に揺らしてアピールする

 

「「可愛いー!」」

 

それを見たコーゼズとパンジーが声を上げ、デスクへ駆け寄りそれらを手に取る。流石に鷲掴みされるのは想定外だったのか、コーゼズに捕まったモノは脚をジタバタさせていた。パンジーの方は傷付けないよう、端を摘んで角度を変えながら眺める。ふと視線を感じたパンジーがそちらに目をやると、作業していたケンイチが横目で2人を見ていた事に気付く

 

「あ…ごめんなさいね」

 

「いえ……」

 

騒いでしまった事を謝罪するパンジーに素っ気なく返したケンイチは、再びコンソールへと視線を戻す。その後ユミとサラとで、コーゼズの腕とパンジーの首根っこを掴んでサーニャの所へ戻り、説明を再開してもらった

 

「…では、最初のテストを開始します。指定したテスター以外は、ステージの外へ移動して下さい」

 

ユミを残して皆がステージから降り、ケンイチがコンソールの操作を終わらせる。すると、ステージを取り囲むように十字形のドローンが出現し、ドーム状にスクリーンを形成してゆく。それと同時に、ユミの足元から様々な機器が配置されたテーブルが迫り上がり、指示通り準備を始める

 

 

 

 

 

 



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2話目その3

「流石と言う所ですね…」

 

ケンイチと共にデータを収集するパンジーの隣で、サーニャがタブレットの画面にペンを走らせる。恐らくゴードンへの報告書を作成しているのだろう

 

彼女が思わず口にする程、ユミのテストは満足のいく物であったのだ。ホログラム投影された人影を攻撃目標とした、数々の射撃テストを難なくこなし、ターゲットへの命中箇所も、頭部か胸部のどちらかといった具合である

 

「ふぅ…」

 

「テストを終了します。お疲れ様です」

 

使用した機材をテーブルの上に戻し、緊張感を和らげるように息を整えながら、ユミがステージから降りる。そこへ、コーゼズが興奮した様子で彼女の元へ駆け寄る。

 

「僕も!僕もやりたい!」

 

「駄目よ?これは遊びじゃないんだから」

 

「やーだー!やりたいやりたいやりたい!」

 

遊び感覚で射撃テストを始めようとするコーゼズを、ユミが制止するも駄々をこねるので困り顔でため息をつく。すると、ケンイチが机の小箱を手に、コーゼズへと近付いて声を掛ける

 

「君……」

 

「むーっ!ん?」

 

目線を合わせるように屈み、持ってきた箱の蓋を開け、個包装された飴玉を取り出して見せる。包みで分かるのか匂いで分かるのか、目の前に差し出された甘味に、コーゼズは目を輝かせる

 

「どうぞ」

 

「ありがとー!…ンフフ」

 

受け取った飴玉を頬張り、嬉しそうに口の中で転がす。無邪気な笑顔を向けるコーゼズの頭を、慣れた手つきで優しく撫でると、ゆっくりと立ち上がりユミにも勧める

 

「如何ですか?」

 

「あ…どうも、いただきます」

 

素直に頂いたユミも口に含む。最初こそついでで貰った程度に舐めていたが、心なしかリラックス出来た気がした

 

「次は重火器でのテストになります。準備をお願い致します」

 

タブレットの操作が終わったサーニャが案内し、パンジーの補助をしていたサラがステージへ上がる。先程まで配置されていたテーブルが床下へ格納され、代わりにミニガンやレールガン、バズーカ等が懸架されたラックが現れる

 

サラが準備する姿を見ていたユミが、またコーゼズがワガママを言い出すのではないかと考えたが、その心配は杞憂に終わる。休憩用の長机の上で、変形した小物達が劇を演じるように様々な動きを見せ、コーゼズとモリアネンの注目を引いていた

 

「すごいねコレ!」

 

「そうだな」

 

2人が仲良く眺めているのを確認し安堵したユミが、ふとパンジーへと目を見やると、正面のモニターに顔を向けたまま横目でコーゼズ達を凝視するケンイチの姿が見えた。ユミに怪訝な表情で見られている事に気付いたケンイチは、目線を正面へ戻す

 

疑問に思いつつ、作業の邪魔をする訳にもいかないと考え、サラの方を見る。準備を終えたサラがミニガンを引っ提げ、テストが開始される

 

 

 

 

 

 

 



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2話目その4

テスト開始から十数分経った頃、経過観察していたサーニャの手元のタブレットからCOLE音が鳴る。応対の表示をタップし、すぐさま通話を始める

 

「もしもし」

 

『サーニャ、進捗はどうだ?』

 

「現在、重火器でのテストが進行中。進捗は67%程度です」

 

発信相手のゴードンが、テストの監督役であるサーニャへ進行具合の確認を取る。サーニャからの報告を聞き、前屈みだった上体を背もたれに沈めるように下げ、ため息をつく

 

『……データの整理は?』

 

「予想以上に得られるモノが有る、との事で…」

 

『効率的なデータが、逆に滞らせるとは…』

 

ケンイチとパンジーがデータ収集に勤しむ姿をタブレット越しに見て、手の平で顔を覆う。その後、手元の引き出しからヘルメットの形状をした装置を取り出し、それを頭に装着しながら指示を出す

 

『今行っているテストを切り上げ、模擬戦を至急開始せよ。時間が押している』

 

「分かりました、直ぐ手配致します」

 

予定変更の旨を受け、タブレットを軽く操作した後、片耳タイプのイヤホンマイクから、テスト中のサラやデータ収集作業を行う2人が付けているヘッドセット越しに通達する

 

「皆様、現在のテストを中断し、模擬戦の準備をお願いします」

 

連絡を受けた3人の動きが一瞬止まる。最後の武器を準備していたサラはそのまま手を止めたが、パンジーは困惑した表情で、ケンイチは焦った様子でサーニャへと振り返る

 

「待ってくれ!次で最後なんだ!それに…もう動かすつもりか!?」

 

「時間がありません。残りの作業はまた後日に_」

 

「そもそも機体のOSが調整出来て…まさか、彼女を使ったのか!?だからこんな短時間に!」

 

彼女を問い詰めていたケンイチが1人で納得したかのように話を切り上げ、コンソール横に置かれたノートPCを操作し始めた。呆気に取られていたパンジーも、何事かと画面を覗き見ている

 

隣から見られている事に気にも留めず、慣れた手つきで次々とタブを開いていく。様々なグラフや羅列された数字で埋め尽くされたタブが画面に表示され、それらを一通り閲覧していたその時、ステージ横の地面が割れるように開き、ロッカーのようなコンテナが迫り上がる

 

厳重に閉ざされた扉が開き、格納されていたモノが姿を見せる。白い装甲を身に纏う、所謂人型ロボットが直立状態で鎮座していた。各部を固定していたロックが自動で解除され、目に相当するバイザーに青い光が灯り、ゆっくりと踏み出しコンテナから出てきた

 

 

 

 



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2話目その5

「コレすごい!着用スペース無し?完全自律!?よく観るとシンプルね、オプションパーツはどんな物!?」

 

稼働したロボットを見て興奮したパンジーが、作業を邪魔しない程度に周囲から観察する。舐め回すように機体各所を見ているパンジーを余所に、ケンイチが無線を繋げ通話を始めた

 

「どういうつもりだ、よりによってこんな時に………ふざけるな、アンタに情ってモノは無いのか…!?」

 

捲し立てるケンイチの表情は真剣な物で、会話に気付いたサーニャが、テストの準備を促すのを躊躇っていた。そんな空気も露知らず、パンジーが満足そうにして戻って来る

 

「もう一機有るけど、アッチがテスト機?」

 

見れば、稼働した方との色違いのロボットが休止状態でコンテナから運び出され、パンジーの疑問にサーニャが肯定する。パーツ各部の端を縁取るように塗られた、蛍光タイプの黄緑色が目立つライトグレーの機体が、ケンイチの前に用意された

 

「……一先ずテストを続ける。言い訳は後で聞く」

 

無線を切り作業に取り掛かるケンイチに、近寄って様子を見ていたパンジーも尽きぬ興味を抑えて眺めていた。配線を弄り、パーツの接続部位を点検し、モニタリングされた機体状況を示すバーが全て緑色に変わったのを確認したケンイチは、《起動プログラム入力》と表示された画面を映し、キーボードに手を掛ける

 

そこまで見ていたパンジーも、流石にキーワードを知るのは宜しくないと考え、機体を挟んで反対側へ移動する。彼女がそちらへ移るより少し早く入力を終えたケンイチが振り返り、ドローンに投影されたゴードンへ合図を送ると、頭に被せた装置の所々から発光し、彼は全身の力が抜けた様に背もたれに沈む

 

同時に、機体から起動音が発せられ各部のランプが点灯し、頭部のバイザー越しのアイカメラが稼働する。マニピュレーターを一つずつ動かし、各パーツの装甲が展開を繰り返す様子をパンジーは驚きつつも、新しい玩具を見せられた子供の如く目を輝かせていた

 

『ケンイチ君、正常にモニター出来ているかね?』

 

「ええ、問題無く」

 

機体に内蔵されたスピーカーからゴードンの声が響き、ケンイチと共同で点検を行う。一連の流れに着いていけなかったユミら4人に気付いたのか、フルフェイスヘルメットのような顔を彼女らに向け手を振る

 

『これが今回のプロジェクトの目玉、名は…そうだな、【PAINTER】と云う。ポラリスでは類を見ない試みでな。お気付きだと思うが、私の意識がこの機体に移っているのだ』

 

音声を発しながら脚を動かして芝の上へ立ち上がるソレは、両腕を広げ仰々しい格好で説明する。そのままステージへ上がると、寸分の狂い無くモリアネンに指を差し、彼女にステージへ上がるよう促した

 

 

 

 



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2話目その6

「何者だい?」

 

「昨日のゼノオーカ達を追い返したエルフです。四天王の最高戦力と評されています」

 

「…凄いんだね、彼女」

 

「エンシェントエルフ特有の身体能力に加え、装備も高水準との事です」

 

ステージ脇の階段を上がるモリアネンを見て、ケンイチとサーニャが質疑応答する。その2人の会話を尻目に、モリアネンは自分を呼び出したロボット…もとい、ゴードンの前に立つ

 

『グウェン君、だね?此方の都合で急な誘いを出した事を謝罪させて頂く』

 

「モリアネンでいい。何の用だ?」

 

『失礼、訂正しよう…モリアネン君、昨日の戦いぶりを見て君に興味が湧いた。今回の模擬戦は当初の予定には無かったので、予定に軋みが出てしまってな』

 

「御託は要らん。斬るぞ」

 

ゴードンに指名され、上がる時から腰に提げている剣の柄を握っていたモリアネンは、睨みを利かせながらその力を強める。しかしその威圧をも意に介さず、『そう、それだよ』と剣を指差す

 

『君と一戦交えたいのだ。その類稀な戦闘力は、このプロジェクトの完成度を高めてくれる。報酬も、色を付けさせてもらうよ』

 

先程から見せてくる言動と態度に腹を立てたのか、苦虫を噛み潰したような表情で不快感を露わにするモリアネンだが、外野から飛んできた野次が耳に入ると、意外そうな顔で声がした方へ振り返る

 

「アンタなら負けないでしょ、モリアネン!」

 

一触即発の雰囲気に固唾を呑むサラやユミ、喧騒の予感を察知しはしゃぐコーゼズの横から、パンジーが声高らかに焚きつける。食べて寝る事以外は知的好奇心を満たす物にしか興味を示さない彼女が、モリアネンにデータ収集の手伝いをさせようと声を上げたのだ

 

「…惚れたのか?」

 

「ゾッコンよ!」

 

そう返したパンジーは無邪気な笑顔を浮かべる。彼女がここまでして夢中になる何かがコイツには有ると察したモリアネンは、ゴードンへと向き直りいつもの笑みを浮かべながら剣を引き抜く

 

『…事情は判らないが、請けてくれるのかね?』

 

「そうだ。それと、貴様は私を測ると言ったか?訂正しろ、私が貴様を測ってやる。アイツの期待を裏切るなよ?」

 

柄を両の手でしっかりと握り締め、剣を構えるモリアネンに対し、ゴードンは左腕を盾のように構え、それを指差しながらモリアネンに案を出す

 

『先ずは君の一撃を受けてみようと思う。私は君の破壊力を学び、君は私の耐久力を知る…如何かね?』

 

「良いだろう。ヤワなテツクズとなれば、話にならんからな」

 

提案を承諾したモリアネンは、剣を空へ翳す様に振り上げ、構えられた左腕目掛けて勢いよく振り下ろした

 

 

 

 

 



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2話目その7

各々が見守る中、振り下ろされた剣と、構えられた腕が激しくぶつかり、金属音が大きく響く。腰を据え衝撃を一身に受けるゴードンと、反発する剣を離さんとばかりに力を掛け続けるモリアネンが、互いに感想を述べる

 

「硬いな」

 

『重い一撃だ』

 

モリアネンは笑みを浮かべるがそこに余裕は無く、対するゴードンは淡々とした声色で話す。見れば、刃を受けた部分に僅かな溝が出来た程度の損傷であった

 

『次は此方の番だ』

 

左腕で剣を受け止めたまま右腕を引くのを見たモリアネンは、やってくるであろう殴打に身構える。しかし、その右腕に起きた変化に目を見開いた

 

手首部分の装甲が展開し始め、握り拳の指を覆うように纏わる。同時に、右腕から低く唸る振動音を鳴らし、その腕を突き出してきた

 

現在の守りの体勢から繰り出されたパンチなど、大したダメージにはならなかったが、命中した直後に鳴り響く破裂音と共に、モリアネンの身体を後ろへ吹き飛ばした

 

「ぐっ!」

 

宙に浮いた僅かな時間で手足を動かし、何とか着地に成功したモリアネンは、追撃に備えすぐさま剣を構え直す。一方のゴードンはゆっくりと体勢を戻し、右腕を擦りだしたかと思えば、肘部分の装甲が開き、そこから小型の容器が排出された

 

『カートリッジのイジェクト・システムは正常に動作した。次はインファイト・スタイルのモーションチェックを…ん?』

 

「何をしている?」

 

独り言の様に見えるボイスレポートを取っていたゴードンが、ふとモリアネンに顔を向ける。追撃が来ない事に戸惑う彼女に気付き、彼は自身の胸部に手を当て説明する

 

『これはテストだ。意識とOSの同調具合や、この機体の機能テスト…実戦とは勝手が違うが、今暫く我儘に付き合ってくれたまえ』

 

相も変わらず淡々と話をされ、何とも調子が狂うとモリアネンは顔をしかめる。そこへゴードンの足元から、大型の刃がレールと連結された腕輪を乗せた台座が出現し、その腕輪に右腕を通す

 

輪が収縮し腕に装着され、滑るように刃が展開される。腕の長さを考慮しても、モリアネンの長剣に並ぶ長さの刃を携え、ゴードンが仕切り直しとばかりに声を掛けた

 

『次はコレの相手をお願いする。仕掛けさせてもらう』

 

その言葉と共に、機体の背中やふくらはぎ等に設置されているスラスターユニットが、爆音を轟かせ勢い良く噴射し、モリアネンの目前へと瞬時に迫る。この瞬発力に不意を突かれた彼女は、咄嗟に腕で剣を支えながら防御する体勢を取った

 

 

 

 



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2話目その8

防御の姿勢を取るモリアネンの剣目掛けて、突進してきたゴードンが刃を突き出す。その一瞬で見切った彼女は、刃を受け流すように逸らし、奥へ突っ込んで行く相手の背後を取った

 

ステージ端へと足を着けたゴードンの背中に、上段から斬り掛かったモリアネンだが、彼の右腕の刃が、振り下ろされた剣と斬り結ぶ。着地した瞬間に、高速で振り返りながらその勢いで横薙ぎに切り払ったのだ

 

ゴードンの右腕側に逸らされ、何も無い空間を斬っていく剣が、ステージの床へ打ち当たる。隙を晒してしまったモリアネンに、すかさず左腕が突き出された

 

「ぐぅ…!」

 

右の頬にめりこむ拳から、先程と同じ振動音が伝わる。身体を吹き飛ばせる程の衝撃波を、この至近距離で顔にぶつけられては…そう考え終わる前に、相手の動揺する声が聞こえた

 

『何…!?』

 

異常を知らせる警告音と、空気が勢い良く抜けていく音が響き、ゴードンの動きが止まる。好機と見たモリアネンが剣を手放し、彼の頭部に向け、右手で裏拳を叩き込んだ

 

『オノレッ……』

 

直撃したマスク部分からダメージが伝播し、バイザーにヒビが入る。硬い装甲に守られているとはいえ、精密部品が集中する頭部は、他の部位より相対的に脆いようだ

 

この反撃により、よろめいて姿勢を崩したゴードンに追撃を掛けるべく、モリアネンは剣を素早く拾い上げ、突きの構えをとりつつ相手に詰め寄る

 

右腕の刃を構え防御するゴードンへ剣を突き出し、刃を押し退け左肩の装甲を突き飛ばす。その衝撃で大きく後退るのだが此方もやられてばかりでは無く、仕返しとばかりに右腕を足元へ向け、圧縮された空気の塊を撃ち出す。

 

発生した衝撃でバランスを崩したモリアネンが、前のめりに倒れ込む寸前で、左手を地面に押し付ける。腕をバネにして素早く立ち上がった彼女に狙いを定める様に、ゴードンが刃を格納した右腕を突き出していた

 

止め金具が弾け飛ぶと同時に、瞬時に展開する勢いを利用して刃を射出する。すんでのところで上体を反らして躱すモリアネンに、スラスターを吹かして距離を詰めながら、腰のサイドアーマーから何かを取り出す動作を取ったところで、ゴードンの動きが止まった

 

「模擬戦を終了します。両者共に武器を納めて下さい」

 

サーニャからのアナウンスにより、肩で息をするモリアネンが、ゴードンを見据えたまま剣を仕舞う。一方で、彼は自身の両腕で展開していた装甲を戻しながら、彼女の目前へ歩み寄る

 

『価値の有る戦いだった』

 

手を差出し握手を求めたゴードンにつられて、モリアネンも手を伸ばす。しかし、握るかと思われたその手を払い除け、彼の肩を掴み身体を手繰り寄せ、互いの額を押し付け合う

 

「次は必ず勝つ。覚えておけ」

 

そのまま彼を突き放し、興が冷めたような表情を浮かべながらステージから降りる。そんな彼女の後ろ姿を、ゴードンは肩を竦めて見送り、自身も舞台から降りていった

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話目その9

『如何かね?』

 

「おいしーよ!」

 

「ホント、意外にやるわね」

 

「ユミの手料理には及ばないが、悪くない」

 

『それは何より』

 

模擬戦が終わり、ゴードンからの招待もあって、休憩を兼ねた昼食が始まった。当初はフードペーストかシル缶でも提供されるのかと懐疑的だった四天王の面々も、続々と出てくる料理に舌鼓を打つ

 

デミグラスソースの髭を生やしながら、ハンバーグステーキを頬張るコーゼズを気に掛けつつ、取り分けたシーザーサラダを口にしたユミが称賛する。クリームシチューを口に運ぶスプーンを止め、つられて感想を呟いたモリアネンも、満更でもない様子だった

 

「お堅い保安部隊の事だから、味気ない宇宙食しか無いと思ってたけど、ちゃんとした物も有るのね」

 

『食事は士気に関わる要素だからな。今回提供した料理に使用した材料は本物を用いているが、代替品による調理方法も研究されている。いずれは望んだ料理を、手軽に用意出来る様になる筈だ』

 

雑談を交わし食事を楽しむ一行を眺めていたサラが、名残惜しそうに振り返り、トレーに乗せた食べ物をパンジーに手渡す。受け取ったパンジーが礼を述べながら、タレに塗れた肉団子を連ねた串を手に取り齧り付く

 

その目線の先では、先程の模擬戦で使用された機体を、ケンイチがオーバーホールしていた。作業台に横付けされたコンソールからケーブルを伸ばし、機体背部に格納されているコネクタに接続した後、コマンドを入力する

 

「見た目以上のダメージだな…」

 

各部装甲が展開し、配線やフレームが露出する。その際、左腕から幾つかのパーツが零れ落ちてきたのを見て、ケンイチは肩を落とす。それらを拾い上げ、作業台へ乗せた所に、卓上で食器を器用に運ぶ小型メカ達の何体かが、彼の手元へと集まって来た

 

その内の一体が爪の脚を収納し、元の姿に戻る。美術品や宝石等を鑑定する時に用いる筒状のルーペとなったそれを手に取り、パーツを細かく見ていく

 

「固定爪が壊れて、センサーに連動する部分が食い込んでいたのか…。彼女の攻撃を左腕で受けた衝撃で、セーフティロックが掛かったんだな」

 

精査を続ける彼の横へ、最初に起動した白いロボットが近付く。手には、サンドイッチが並べられた皿を持っており、それに気付いたケンイチが一つ取る

 

「換装式だと強度が足りない…いっそ一体型にして、用途を絞るか…?外付けのオプションパーツで対応すれば…」

 

咀嚼と独白を交互に行いながら、彼の手は緩む事無く作業を続ける。皆の昼食が終わる頃には、作業は殆ど終わっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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