龍化術師 (天網恢恢)
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入学前
邂逅


処女作の初投稿です。評価・感想よろしくお願いします。


 あれはそう、呪術師に出戻って3年ほどした頃のことです。1級術師として任務でI県のとある山に発生した呪霊と戦闘を行っていた私は、その呪霊に対して違和感を感じていました。その呪霊は素早く、木々を利用して縦横無尽に動いていましたが、ある方向には絶対に向かって移動しようとしませんでした。最初は術式に関連した何らかの制約だと思いましたが、その呪霊の術式は水を操るもので方位に関係のあるものではありませんでした。また、その呪霊の様子からしても、その方向に移動できないのが歯痒いといったものではなく、その方向に進むのを恐れてるようでした。

 呪霊を倒した私は、一度帳を出て監督役に経過を報告し、その方向の先を探索する旨を伝えました。先に進むにつれて、空気が薄く澄んでいったように感じたことを覚えています。そして、進んだ先には巨大な樹木とそこに腰かけている少年を見つけました。その少年が藤宮くんです。

 

――――七海一級術師からの聴取より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……少年…か?見たところ年齢は10代前半、恐らくは中学生。目を瞑って巨木に背中を預けている。一級の呪霊が避けていた方向にいたということは一級を上回る脅威を持つということか?あるいはこの場所がそうなのであって少年はただいるだけということか。どうする、話しかけるか?……。

 

「こんにちは。」

 

 何かあっても即座に対応できる距離を保ち挨拶を行う。すると少年はゆっくりと瞼を持ち上げ、すこし困ったように微笑み、立ち上がって挨拶を返す。

 

「こんにちは、もしかして迷子ですか?」

「……いえ、違います。あなたこそ迷子なのでは。山奥に子供が一人でいるというのは感心できることではありませんが。」

「ふふっ、それはそうですね。でも大丈夫です。ここには昔からよく来ていますし、迷ったこともありません。それに私はこれでも結構強いので。心配ご無用です。」

「そうですか、失礼しました。お名前をうかがっても?」

「はい、私は藤宮(ふじみや)(りゅう)といいます。あなたの名前は?」

 

 会話は十分に成り立ち、周囲にも本人以外からは呪力は感じられない。まず人間として見て間違いない。身体を流れる呪力から見るに呪力も自覚的に扱えている。……問題はない…か。

 

「私の名前は七海建人、呪術師です。呪術師という職業は知っていますか?」

「いえ、知りません。ただ察しはつきます。おそらくはこの非科学的な力を扱う人たちのことですよね。呪術という名称がついているのは初めて知りました。」

 

 少年はそう言って、手のひらに呪力をボール状に集める。

 

「えぇ、概ねその認識で間違いありません。ということはあなたはその力についてある程度認識しているということですね。その件についてお話を伺いたいのですが、お時間を頂けますか。」

「えっとはい、夕方まででしたら大丈夫です。」

「ありがとうございます。それではまず共通認識から。呪力とは人間の感情から生み出されるエネルギーであり、利用することで超常現象であったり非科学的なことが起こせる。そしてそれを扱える人間はかなり希少である。ここまではいいですか?」

「この力が感情から生まれるっていうのは初めて知りましたが確かに納得できます。はい、大丈夫です。」

「では次に私の目的について。私はこの山に発生が確認された呪霊の討伐にやってきました。呪霊とは人々の負の感情から生まれる怪物のことで、呪力を伴わない攻撃では傷を負うことはなく、人に危害を加える。そのため、専門の呪霊討伐家が組まれます。それが呪術師です。ここまでに疑問は?」

「ありません。」

「では次に質問に移ります。あなたは呪力に関してどの程度の知識を持っていますか。また、あなた以外に呪力について知っている者はいますか?」

「このあたりで私の他にこの力を感じられる人はいません。なので知識に関しても手探りで殆ど知らないです。身体に流すと力が強くなる、人に依っては不思議な現象を起こせる、くらいですね。」

 

 独学ということか。それにしては随分呪力の操作が熟達している。他に知識がある人がいないというのは嘘か?

 

「それでは次の質問を。私はこの山に発生した呪霊を先ほど討伐しました。狼に類似した四足歩行の獣型の呪霊です。あなたはあの呪霊の存在を知っていましたか?」

「いいえ、普段は毎日ここにくるので呪霊?という怪物が現れたらすぐに倒すんですけど、最近、中学校の修学旅行で3日間いなかったので、その四足歩行の呪霊というのは知らないです。」

「!普段から呪霊と戦っていたということですか。」

「えぇ、はい。月に何度かですね。」

「なるほど。いつからですか?」

「小学4年生くらいからですね。」

 

 ……資料にあったこの地域の呪霊発生がなくなった時期と一致する。ということは6年の間この地域の呪霊をこの少年が一人で倒していたということか。出現する呪霊は低級だけではなかった筈。事実、今回は一級の呪霊が出現した。これまでも何度か一級相当の呪霊が出現していた筈。それを小学生時代から、独学で。信じがたい。

 

「それは本当ですか?今回私が倒した呪霊は一級に区分されるもので、通常の区分けでは最上級に分類されるものです。これまでも同程度の呪霊が何度か出現した筈ですが、それを小学生が倒してきたというのは俄かには信じがたいです。他の人と協力したのでは?」

「いえ、私一人でやってきました。さっきも言いましたけど私結構強いので」

 

 ……一級は結構では済まされない領域の筈だ。

 

「なるほど、失礼しました。では次の質問です。術式というものは知っていますか。術式とは呪術師が持つ固有の能力です。術式に呪力を込めることで初めて呪術師は、火を熾す、引力を生み出す、呪霊や式神を操る、霊を降ろすなどの様々な超常現象を起こすことが可能になります。この術式は呪術師ならば誰でも持っているというわけではなく、呪力は扱えるが術式は持っていない、術式はあるが呪力を扱えないという人もいます。」

「はい、わかります。私も持ってます。どんな術式か言った方がいいですか?」

「それは結構。術式は強みであると同時に弱みを抱える場合もあります。基本的には黙っている方が良いです。」

「そうですか、では黙っておきますね」

「先ほど人に依っては様々な現象が起こせると言っていましたが、他に術式を持っている人を見かけたことがあるということですか?」

「いえ、他にこの力を扱う人を見たことはありません。ただ、この山で出てくる怪物…すいません呪霊がいろいろ使ってくるので。あとはこの力を持っている人間が世界で自分だけってことはないだろうっていう感覚ですね」

「なるほど」

 

 術式を扱う呪霊。一級相当の呪霊が確かに出ていたということか。そしてそれを祓うことができるだけの能力も。証拠はないが、身体を自然に流れる呪力からだけでもかなりの実力は伺える。完全に放置しておくのは危険か?

 

「呪術師としての質問はとりあえず以上です。あなたから何か私たちに対して質問はありますか?」

「うーん、特に聞きたいことはないですけど。これからあなたはどうするんですか?」

「補助監督として待機してもらっている人員と合流して報告をおこないます」

「そうですか、それならこれでお別れですね」

「いえ、あなたに提案があります。」

「?なんです?」

「呪術師は万年人手不足、あなた程の能力を持つ人を一箇所に留めておくのは勿体ない。あなたも呪術師になりませんか。」

「えっ。僕がですか。知識もない人間が途中から入れるんですか?」

「ええ、この業界では素質のある人間をスカウトすることも珍しくはありません。私自身も一般出身です。また、知識に関しても問題はありません。呪術高等専門学校という教育機関があり、そこで知識も学ぶことができます。高等専門学校と名の付く通り国からも認可が下りている教育機関です」

「へー、そんなものがあるんですね。というか国は呪力について知ってるんですね」

「いえ、そういうわけではありません。少なくとも政治を行っている内閣などは呪力のことはしらないでしょう。ごく一部の人間のみが呪力について知っているのみです。そういった術師と社会との関係も高専では学びます」

「なるほど。高専ってことはその学校に通う必要があるんですよね」

「高専は呪術の教育機関であると同時に呪術師に対する任務の斡旋機関でもあります。すなわち成人した呪術師も高専に所属しています。したがって通常の高等学校に通いながら呪術師の任務を受けるということも可能です。しかし、任務はかなりの頻度で発生するので呪術師と学生を両立するのは困難です。その点、高専ではある程度柔軟な対応が可能です」

「うーん、地元の高校に進学予定だったんだけどなぁ。どうしよ」

「高専は全国に京都と東京の二校しかありませんから、呪術師になる場合は申し訳ありませんがその高校は諦めてもらうしかありません。ですが高専の卒業後であれば一通りの資格を取得することができ、高専が便宜を図ってくれます。先輩には大学に入るよりも早く医師免許を取得した人もいます」

「あ、そういう裏口的なものもあるんですね。結構至れり尽くせりですね」

「それだけ呪術師は過酷な仕事であるということでもあります。実際、任務の中で命を落とす人も珍しくはありません。なのであなたに呪術師となることを強制することはできません」

「うーん、うん。いいですよ、呪術師になります。特に将来の夢とかもないので」

「いいのですか、呪術師は暗い業界です。嫌なものを目にすることも数多くあります。もう少し考えたり、実際に高専を見てから判断することもできますよ」

「オープンスクールとかやってるんですか?」

「いえ、そういったものはありません。ただ、呪術界は陰惨とした業務や古い伝統に支配された体制であり、気持ちの良い業界ではありません。それを知らせずに勧誘するのはフェアではないので」

「まあ多分大丈夫です。私強いので」

「意思が固いようなら結構です。入校にも手続きがあるので後日また伺いたいと思います。ご家族にも説得が必要でしょう。住所を聞いてもよろしいですか」

「あぁ、はい。I県〇〇市□□町△-△△-△です。電話番号は〇〇〇-〇〇〇〇-○○○○です」

「ありがとうございます。これはあなたの携帯電話の番号ですか?」

「はい」

「人も待たせているのでこれで失礼します。後ほど連絡させていただきます」

「はい、さようなら」

 

 

 …高専に戻ったら忙しくなりそうだ。現時点で一級相当の能力を持つ後ろ盾のない子供。御三家を始めとした呪術の名家の魔の手が伸びることは想像に難くない。五条さんに目をかけてもらうようにお願いするべきか。ともあれ先ずは報告を行わなければ。




評価・感想よろしくお願いします。


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説得

オリ設定が幾つか入っています。これおかしくね、などと感じましたら感想欄等で指摘してくださると助かります。


「もしもし、七海です。はい、こんにちは颯くん。訪問の件なのですが明後日の13時に伺わせていただいても大丈夫でしょうか。えぇ、はい。入学手続きの書類と保護者への説明ですね。一般人からの入学志望を弾くために普通の方法では申請できないようになっているので。ご両親にもよろしくお伝えください。はぁ、なるほど。でしたらもう少し期日を置いた方が良いでしょうか。そうですか。では明後日の午後1時にご自宅に伺わせていただきます。ご両親にもよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 日差しがじりじりと窓からリビングを照らしている。二人の男がテーブル越しに椅子に腰かけ各々時間を潰していた。

 一人は年若い少年。日本人として平凡ともいえる黒髪黒目でありながら、しかし不思議な雰囲気を漂わせていた。今にも霞となって消えてしまいそうな儚げでありながらも、同時に遥かな過去から遥かな未来まで永遠に存在し続けるであろうという神秘性も感じさせられる。

 一人は気の弱そうな顔をした中年。少年と同様の黒髪黒目でありながら、少年とは違い平々凡々な雰囲気を持つ男であった。特筆すべきことも特にない、いたって普通の容姿の男だった。

 少年はスマートフォンで何か作業を、中年は本を読み、静かな時間が流れていた。インターフォンが鳴り、中年はびくりと身体を震わせた。どうやら緊張しているようだった。

 

「七海さんが来たね。出迎えてくるよ」

 

 少年はそう言うと、椅子から立ち上がり玄関へ向かって歩き出した。少年は玄関で二言三言ほど訪問者と会話し、家の中に招き入れた。訪問者はリビングに入り中年を見かけると挨拶をきりだした。

 

「どうも、こんにちは。呪術高等専門学校から参りました、七海建人と申します。本日は藤宮颯さんの入学に関するお話があって参りました。よろしくお願いします」

 

 七海が挨拶をすると、中年男性は慌てて返事を返す。

 

「こ、こちらこそよろしくお願いします。私は颯の父親の藤宮遊馬(ゆうま)です」

 

「さて、早速ですが本題に入らせていただきます。颯さんに呪術高専に入学していただきたいです。呪術高専については颯さんからある程度話を聞いていると伺っています。入学に際して円滑な対応のためにも保護者の同意が必要なため、本日はお話に参りました」

 

「は、はい」

 

 七海は持ってきていた鞄からファイルにを取り出すと、ファイルに挟まれていた書類をテーブルに並べた。

 

「颯さんの入学に同意していただけるのでしたら、こちらの書類に記入していただき高専まで郵送していただきます。そうすれば、正式に颯さんが高専に所属することになります。そして、中学校を卒業すると自動的に高専に入学することになります。ここまでで何か質問はありますか」

 

 

「あ、あの。私は、颯にはあまり危険な目にはあってはほしくありません。颯が望むなら、とも思いましたが、やはり命を失う可能性がある道には進ませたくありません」

 

「……、親としては当然の心境であると思います」

 

「颯が不思議な力を持っていてその力で怪物を退治していた、というのを恥ずかしながら私は先日颯に告白されるまで知りませんでした。そんな親失格な人間ですが、それでも私は颯を男手ひとつで育ててきました。颯には傷ついてほしくはないと思います。本日はお引き取りを!」

 

 そう激昂気味に拒絶すると遊馬は書類をファイルに戻し、それを七海に押し返す。普段は穏やかな気性なのだろう、遊馬の隣で座って二人の会話を傍観していた颯は目を見開いていた。

 

「お待ちください。少し話をさせてください。颯さんとも無関係ではない、呪術界についての話です」

 

 遊馬は怒鳴った手前、気まずいのか少しうつむく。

 

「……どうぞ」

 

「ありがとうございます。颯さんから聞いたでしょうが、呪術界というのは万年人手不足の業界です。それは、呪術というものの性質として一般市民に知られるのは望ましくないということに依ります。呪霊、怪物は、恐怖、怒り、悲しみ、そういった人間の負の感情が具現化したものであります。もし市民に呪術というものが存在すると知られた場合、呪術は社会に混乱を招きます。混乱の中で負の感情はより醸成され、呪霊はますます力を増すことになるでしょう。それを避けるために呪術は秘匿されています。少数の人間が特別な力を持つというのが、社会を構成するうえで不都合であるということもありますが。また、呪術の素養がある人間はあまり多くはありません。颯さんほど呪霊と戦える人間はとても希少であり、彼がいればより多くの人間を呪霊の被害から助けることができます」

 

 遊馬は理屈では納得しても感情では納得できないのか、絞り出すように反論する。

 

「でもそれは、颯が戦わなけれならない理由ではないはずです。この子は優秀です。運動も勉強も人一倍できます。消防士や警察、弁護士になってもたくさんの人を助けられるはずです」

 

「そしてもう一つ、高専に入らなくとも命の危機の可能性はあるということです」

 

 消防士や警察官になっても命を落とす可能性はあるし、普段の生活の中でも命の危険はあると言いたいのか、と遊馬は考える。

 

「それは詭弁です!それこそ颯が戦う理由にはなりえないじゃないですか。どうせ命の危機があるなら、呪術師とやらも消防士も一緒。なら後ろ暗い呪術師じゃない方がいいじゃないですか」

 

 遊馬は箍が外れたように捲し立てる。

 

「いえ、そういうことではありません。呪術師にならずとも呪霊と相対することはあるということです」

 

「あっ」

 

「今までも颯さんはあの山で呪霊と戦ってきました。それは確かに私たちの不手際です。もっと人材が充実していれば、颯さんが戦わずにすんでいたかもしれません。しかし、実際にはそうではない。残念ながら、今後もそうでしょう。颯さんが将来、普通の職業についたとしても、呪霊と戦うことになる可能性は十分にあります。呪霊は見られていると気づくと襲ってくる傾向にあります。呪霊が見える颯さんは呪霊に襲われる可能性は一般人よりも遥かに高いでしょう」

 

 遊馬に反論できることはない。

 

「颯さんは今のままでも十分に強い。恐らくは殆どの呪霊は返り討ちにできるでしょう。しかし、颯さんよりも強い呪霊が襲ってきた場合はその限りではない。呪霊に殺された人間の末路は悲惨です。まともな死体が帰ってくれば御の字でしょう」

 

 その未来を想像し、遊馬は臍を嚙む。

 

「高専に入れば、その可能性はぐっと下がります。颯さんは呪術を今は独学で扱っています。その練度は独学としてみれば驚愕するべき水準にあります。しかし、それでも拙いところはあります。呪霊に対する知識も足りていません。高専ではそれに対して十分なサポートが可能です。また、卒業後ならば呪術師を辞めて普通の会社に勤めることも可能です。どうでしょうか。颯さんの入学に同意していただけないでしょうか」

 

「……。七海さん、先ほど円滑な対応のために保護者の同意が必要だと仰いましたよね」

 

「はい」

 

「では、私の同意がなければ颯は高専に入学できないのですか?」

 

「…いえ、そういうわけではありません。口座や所在の手続きは煩雑になるだけで、颯さん単独でも入学は可能です」

 

「……、ではどうしてこんな説明をしたのですか。見知らぬ男に怒鳴られてまで説明する必要はありましたか。15年育てても気づけなかったのです、黙って颯を入学させることもできたんじゃないですか」

 

 七海は言葉を選ぶべきか逡巡して

 

「それでは不誠実だと思ったからです。私もまた一般から呪術師になりました。颯さんと同じようにです。そして同期にもう一人、一般の出から高専に入学した級友がいました。そして二人で向かった任務でその級友を喪いました。当時の自分たちは今の颯さんと比べても弱かったからです。そして彼の遺族に会った際、私には遺族に対して謝ることしかできませんでした。彼は家族に対して呪術のこと遠ざけており、呪術師が命を落とすこともある職業だと遺族は認識していませんでした。突然のことに彼の遺族は茫然としていたのを今でも覚えています。せめて、心構えだけでもできるように。そう考えて、今回の訪問を行いました」

 

 七海は努めて業務的に心情を吐露した。

 

「それはその、辛いことを話させてしまいすいませんでした」

 

「いえ結構。呪術師の世界ではありふれた話です」

 

 七海はそう言って、ファイルをまた遊馬の方へと差し出す。

 

「もう一度お聞きします。颯さんの高専入学に同意していただけないでしょうか」

 

「……、はい。あなたには負けました。颯が望むなら、高専への入学を認めます」

 

「ありがとうございます」

 

 七海はそう言って、頭を下げた。

 

「いいの。やったぁ」

 

 それまで黙って静観していた颯は、一触即発寸前だった場の空気が緩んだのを確認して声を上げた。

 

「あぁ、ただし勉強もしっかりするように。呪術にかまけて勉強をしないというのはいけないからね」

 

「うん、わかってる。大丈夫」

 

 七海は自分が邪魔になると考え、撤退の準備を行う。

 

「それでは本日はこれで帰らせていただきます。本日はありがとうございました」

 

 

 

 

「ほんとによかったの。命を落とすかもしれない職業なんでしょう」

 

 一度は了承したものの、親としてはやはりできればやめてほしいという気持ちは残っている。やっぱり止めるというのならば、頭を下げてでも止めさせるつもりだ。

 

「うん、いいんだよ。それにほら、呪術高専って学費ないし、呪術師には給料がでるらしいよ。やってることは防衛大学と一緒だよ。内容が少し危険ってだけで」

 

 中学校卒業まではあと1年もない。あの七海という人が持ってきた資料によれば、学生は寮に住んで学校に通うらしい。そうなれば、颯はこの家を出ていくことになる。妻に先立たれてから広く感じるようになったこの家は、さらに広くなりそうだ。少し寂しい気持ちもあるし、親離れにしても早すぎるんじゃないかとも思ってしまう。これは親バカというやつだろうか。この子は昔から手のかからない子供で、あまり構って欲しそうにすることもなかった。ならいっそ開き直って、たくさん構い倒してしまおうか。

 

「そうだね、じゃあ今日は進学先決定のお祝いしよっか。何が食べたい?」

 

「うーん、海老かな」

 

「それじゃあ、買い物にいこっか。エビフライとエビチリとあとなんだろ」

 

「海老ばっかりじゃなくてもいいよ。お父さんが好きなものも食べようよ。心配させちゃったみたいだし」

 

「ほんとだよ。それに呪術?についても秘密にされてたのはショックだったなぁ」

 

「それについてはごめんなさいだね。気味悪がられるかと思ってたから」

 

「そんなわけないよぉ。颯は楓さんと僕との子供だからね。もし悪魔だったとしても大切にするよ」

 

 

 そうして二人は車に乗り込み、買い物に出かける。離れ離れになるとしても心は離れないと信じて。




書いてから気づいたけど、主人公の独白とか一切ありませんでしたね。オリ主ものとしては論外では。
オリ主の家族は父のみです。母親は病気で他界しています。
身長は160㎝程度、中肉中背、黒髪黒目で容姿は中性的な感じですね。

評価・感想よろしくお願いします。


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入学

 自分の中でオリ主の心情が固まってないのでかなりの難産でした。後から編集して変えるかもしれないです。
 入学(入学自体はまだ)
 オリ主の好物は海老と鶏肉です。

追記
 ファンブックで夜蛾先生の面談・問答は入学後に行うものという記述がありますが、オリ主はまだ中学生の段階で面談を行っています。これはファンブックの記述を忘れていた私のガバです、どうぞお許しください。
 一応、入学自体は既に決定している、一級相当の能力に不十分な心構えの少年は虎杖と同様に入学前に面談しておきたい、などの言い訳は用意できます。各自で脳内で補正していただけると幸いです。


 七海さんの訪問が終わり、自分は入学手続きの書類を記入し、無事に郵送した。

 数日後に七海さんからメールが届いた。

 曰はく、七海さんは高専に所属はしているものの高専で教鞭をふるっているわけではない。したがって、入学に関することは別の人間が担当することになる。以降のことは添付のメールアドレスから担当の人間と行ってほしい。とのことだった。七海さんなら教師も似合いそうな気がする。

 同時に、そのメールアドレスからメールが届いた。そのメールによればどうやら担当は伊地知さんという人が行うらしかった。また、入居する寮の部屋、制服の採寸、学長との面会などを行うために入学前に一度上京してほしい、そのため都合のつく日を折り返し連絡してほしいとのことだった。予定は特になかったので何時でも大丈夫だと折り返すと、伊地知さんから指定があった。待ち合わせの時間や場所をGoogleマップ付きで丁寧に送ってくれた。いい人だなぁ。

 

 

 指定の日、僕は東京駅に居た。家から駅までは父さんが張り切って車で送ってくれた。東京駅までは伊地知さんがグリーン車を指定してくれたので快適な旅路だった。周囲を見渡すと指定通りの場所に連絡のあったとおりの車が停まっていた。その脇には黒スーツの細身の男の人が立っていた。近づくとあちらから挨拶があった。

 

「どうも、こんにちは。藤宮颯さんですね」

 

「はい」

 

「私、東京都立呪術高等専門学校の補助監督の伊地知潔高と申します。お迎えにあがりました」

 

「ありがとうございます」

 

「どうぞお乗りください」

 

 そういうと、伊地知さんはドアを開けて乗車を促した。すごい。VIP待遇みたいだ。軽く感動してしまった。

 車は発車したけれども揺れが殆どなく、動いていることを感じさせない。凄いなこの人、凄腕だぞ。

 

「何か流しましょうか?」

 

 スマホをいじるのも気が引けて手持ち無沙汰にしていると、伊地知さんが音楽を流す提案をしてくれた。運転しながら後部座席の方まで気を向けられるのか。気が行き届いてるなぁ。

 

「うーん、なにがありますか」

 

「一通りは。クラシック、ジャズ、ロック、ポップス、アニメソングなんかもありますよ」

 

 至れり尽くせりだ。

 

「うーん、やっぱりいいです。その代わり、お話しても大丈夫ですか」

 

「!……いいですよ。何か聞きたいことでもありましたか?」

 

「いえ、でも自分はこの業界のこと何もしらないので、いろいろ知りたいなぁと」

 

「そうですか。でしたらご質問をどうぞ。答えられる範囲でしたらなんでも答えますよ」

 

「じゃあまず、補助監督ってなんですか。名前からなんとなくは分かるんですが、具体的にはどんなことをするんですか」

 

「そうですねぇ。主なものとしては、呪術師を任務先まで送り迎えすること、帳を張ること、経過と結果を第三者視点で報告すること、などでしょうか。まぁ雑用係みたいなものですよ」

 

 …居ないと結構困んない?というか帳って何?

 

「帳って何ですか?」

 

「あぁ、失礼しました。簡易的な結界とでも言えばいいでしょうか。呪力が見える人間からは黒色に、見えない人間からは透明に見える膜のようなイメージです。これを張ると、一般人は帳の中で何が起こっても知覚できないようになるんです。それを任務地で張るんです。呪霊や人に依っては大きな音や爆発が起こったりするので、その対策ですね」

 

 なるほど。

 

「なるほど、重要ですね」

 

「ええ、はい。とはいえ。帳は術師なら大体の人は張れるのでそんな大層な仕事でもないんですよ」

 

「そうなんですか。じゃあ、えっと。七海さん、僕を勧誘した人が言うには、僕は一級相当の能力があ

るって聞いたんですけど、それってどのくらいのことなんですか?」

 

「えぇ、はい。七海さんからうかがっています。階級は下から四級、三級、二級、一級、特級と上がっていきます。これらは術師と呪霊の両方でそれぞれ設定されており、二級呪霊を祓えられれば二級術師として認められます」

 

「じゃあ、同じ階級なら呪術師の方が呪霊よりも強いんですね」

 

「はい、その認識で間違いありません。そして特級は一級とは隔絶した能力を以て認定されます。実際、呪術師で特級として認定されているのは僅か3人のみです。すなわち颯さんは、現時点でもトップクラスの実力を持つというわけです」

 

「おぉー、ありがとうございます。そしたら、一番強い人ってどんな人なんですか」

 

「……。五条悟という人です。御三家の一つ五条家の人で、現代における文句なしの最強です」

 

 ふむ、五条悟と。

 

「御三家というのは?」

 

「呪術師は常に人手不足です。それには色々理由があるのですが、その一つに呪術の素養のある人間の子どもに呪術の素養があるとは限らないということがあります。その中で子孫に素養が遺伝しやすい人たちがいます。それが呪術界における名家です。親族に呪術師が多いというのは身内に力を持つ人間が多いということでもありますからね。その中でも特に大きい3つの家門を御三家といいます。具体的には五条家、加茂家、禪院家の3つですね」

 

「なるほど。じゃあ特級の3人てどんな人なんですか?」

 

「大量の呪霊を意のままに操る夏油傑、謎に包まれた女性術師九十九由基。これに先ほど挙げた五条悟を足して3人です」

 

「あれ、御三家って一人しか入っていないんですね」

 

「そうですね。」

 

「ということは今は御三家の中では五条家が一番強いんですかね」

 

「そういうわけでもありません。五条家は五条悟のワンマンチームですので家の格としては今は少し弱いですし、禪院家は一級相当の術師を数多く抱えています。加茂家も上層部との繋がりがとても強いです。なので家としては互角といっていいでしょう。とはいっても最強の五条悟が暴れたら誰も止められないので五条家が一番強いというのも、強ち間違いとは言えないかもしれません」

 

 この人、説明が丁寧でわかりやすくていいな。仕事もできそう。というか現在進行形でできてるな。自分も任務に行くとしたら、伊地知さんに補助監督頼みたいな。

 そうして適当に伊地知さんに質問していると時間はあっという間に過ぎていった。何を質問しても打てば響くように返答が返ってくるので楽しくなってしまった。せっかく東京に来たんだから景色も楽しめばよかったかもしれない。いやどうせ高専に通えば毎日見る風景だからいいのか。

 気づけば車は森林の中を走っていた。東京にこんな自然豊かなところがあったんだ。

 車を駐車すると伊地知さんはハンドルの横のボタンを押した。するとドアが自動で開いた。

 車から降りると伊地知さんが先導してお寺みたいな?建物に向かっていく。まずは学長との面談らしい舗装された道を進むと一際大きい建物にたどり着いた。黒塗りのその扉を開けると中には。

 

「うむ、ご苦労。ようこそ東京都立呪術高等専門学校へ」

 

 体格の良い強面の男が可愛らしい人形を縫っていた。……なんで?

 僕が絶句しているのも意に介さず、その男は自己紹介を始めた。

 

「私は東京都立呪術高等専門学校の学長を務める夜蛾正道だ」

 

「あっ、初めまして。藤宮颯です。よろしくお願いします」

 

 何はともあれ挨拶は大事。古事記にもそう書かれている。

 

「さて、君に質問だ。君は何故呪術師になろうとしている」

 

 へ?

 

「七海さんに誘われたから?」

 

「それは単なる切っ掛けだ。君には呪術師を目指さない選択肢もあったはずだ。呪術師と一般人、その両者を天秤に掛け、何故前者を選んだ」

 

 ……。自分が呪術師を目指そうとした理由。七海さんに会って誘われた。適当な地元の進学校にでも進んで大学に入る選択肢もあった。それよりも七海さんの誘いを優先した理由。……元よりそれらにあまり興味がなかった。何故?分からない。興味が湧かない理由は分からない。そういうものじゃないのか。

 

「モチベーションの話だ。金を稼ぐためか、無辜の人々を助けるためか、力を振るいたいためか。何にせよ、この仕事を続けるためには明確な戦う理由が必要だ」

 

 ふむ。正直に言って、明確なモチベーションはまるでない。なんというか昔からそうなのだ。何にもあまり価値を感じない。金銭は生きるのと娯楽に足りればそれ以上を欲しいとは思わない。無関係の人間を助けたいとまでは思わない。力はどうだろうか。生きていて窮屈に思うことも稀にはあるが、だからといって暴れたいとまでは思わない。なら何のために?

 

「たぶん。それは、呪術の世界が、面白そうだったから、だと思う、思います」

 

「面白そう、だと。そう思うのは君がこの業界のことを知らないからだ。この業界は陰惨な世界だ。呪霊の被害者は碌な目に合わない。死体が帰ってくるなら上等な類だ、呪霊に殺された人を尻目に見捨て、呪霊を祓わねばならぬこともある。四六時中呪いに触れるのだ、性格が歪むこと大いにある。きみが想像するよりも遥かに悍ましいものを目にすることもある。それでも君は面白そうなどと言えるのか」

 

 それでも。

 

「それでも、はいと言えると思います。たぶん自分は人にあまり価値を見出していないと思います。価値があるのは人が生み出したものであって、人自体にはたぶん興味もないです。だから、どんなものを見たとしても自分は何も変わらずに戦えると思います」

 

「……いいだろう。君の入学を認める。幸い君は既に力を持っている。生半なことでは揺らぐこともないだろう。戦う理由はおいおい見つけていけばいい。伊地知、案内をしてやれ」

 

「はい」

 

「ありがとうございます」

 

 ん?伊地知さんさっきより緊張しているな。やっぱり学長の前ともなると緊張するのだろうか。やっぱり呪術師にも厳しい上下関係とかあるんだな。

 

「こちらです。ついてきてください」

 

「はい」

 

 伊地知さんの後をついていく。遠くの五重の塔みたいな建物から視線を感じた。誰かこっちを見てるな。まぁ、普段見かけない人がいたら気にもなるか。ここはかなり閉鎖的な場所らしいからね。

 

「こちらでは制服の採寸を行います。あそこで着替えてください」

 

「了解です」

 

 幾つか試着してみて丁度いいサイズを探す。

 

「何か制服に希望はありますか。要望があれば様々なカスタムができますが」

 

「じゃあ、パーカーください。あと肌はできるだけ隠せるように。それとサイズにはゆとりがほしいです。」

 

「わかりました。ではそれで発注しておきます」

 

「お願いします」

 

 無事に採寸も終わった。

 次は入寮の手続きだそうだ。部屋は大量に余っているので好きな部屋を選べるらしい。最上階の角部屋を希望した。

 

「あぁ、そういえばあなたの術式について聞いていませんでした」

 

 入学関係の書類を片付けていると伊地知さんからそう言われた。

 

「あれ、七海さんには、術式はあまり話さない方が良いって聞きましたけど」

 

「それはそうなのですが、管理する側としては知っておきたいことでもあるので。術式を知っていれば派遣する任務もより適したものを選びやすくなりますし」

 

「まぁ確かに、それはそうですね」

 

「あ、もちろん情報の秘匿は遵守しますよ」

 

「あーうん。えっと僕の術式は」

 

「口頭じゃなくてもいいですよ。書類とかで出してもらえれば」

 

「あー、じゃあ後で出しておきます」

 

 こうしてこの日の作業はこれで終わり、僕は帰宅した。帰りも伊地知さんが駅まで送ってくれて、新幹線もグリーン車だった。ふと思ったが、任務の際も移動はグリーン車を使えるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藤宮颯

術式:『龍化』

・自身を対象として肉体を龍に変じさせる

・他者への術式行使は現時点では不可

・その他詳細は不明、今後も経過観察を行う

  -伊地知潔高による報告書より抜粋-




3話目にしてタイトル回収です。

オリ主への印象
夜蛾「危ういな」
伊地知「真面目でいい子だと思ったけど、もしかしてかなりヤバい子?」
七海「将来有望な子」
??「面白い術式持ってんじゃん」

ここまでしかプロットできてないので以降の更新は遅れるかもです。

感想・評価よろしくお願いします。


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1年生
交流


4話にしてオリ主の術式の詳細も戦闘シーンもないとかこれマジ?


 今日から呪術高専1年生として僕の呪術師としての人生が始まるのである。そんなことを考えるとなんだか浮立って歩みも軽くなる。集合するように言われていた教室の前にたどり着くと、扉の前で息を整える。そうして、勢いよく扉を開けて大きな声で挨拶をするのだ。

 

 

「おはよう!」

 

 

 ……………………教室には誰もいなかった。恥ずかしい。

 

 

 教室に3つだけならんだ勉強机と椅子。その一つに腰かけて待つこと30分。誰も教室に入ってこないのである。確かに僕は指定された集合時間よりも少し早く教室にやってきた。だから僕が一番最初に到着して誰かを待つことになるのは分かる。しかし、それでも他の人が来るのは遅すぎではないだろうか。もう指定された時間は過ぎようとしている。

 もしや僕が教室を間違えたのだろうか。しかし、確かに伊地知さんから2号棟の11号室に8時に集合と聞いた。間違いはないはずだ。それに、教室が間違いだとしたらここに並んでいる机と椅子はなんだというのか。隣の教室には机も椅子もなく、この教室にはそれらがある。だからここが目的の教室ではあるはずなのだ。というか生徒が少なすぎるだろう、この学校。人手不足だ何だとは聞いていたがこれほどまでとは。

 益体もないことを考えていると、襖が静かに開き、様子をうかがうように顔が覗き込んできた。大人しそうな顔をした男の子だった。

 

「あの、集合場所の教室って、ここであってます?」

 

「はい、たぶん」

 

 どうやら彼も人が殆どいない教室を見て不安に感じたのか、僕が抱いたのと同じ疑問を僕に問いかけてくる。僕の返事を聞いて彼は、教室の中へ進んできた。3つの一列に並んだ机に対して、僕は一番奥の椅子に座っていたが、彼は一番手前の椅子に座った。真ん中の席が空いた形となった。まだ距離感を感じる座り方だった。とはいえ、一人ではなくなったのは嬉しい。

 彼と話そうとすると、今度は襖が勢いよく開かれ、ドレッドヘアーの男がずかずかと入ってきた。え、あれが同級生なの。

 

「うーす」

 

 うーす、て。初対面の挨拶がそれってどうなの。隣を見やると彼も目を見開いていた。そりゃそうだ真面目そうな容姿をしている彼からすれば、ピアスを開けて髪をあんな風にするというのは常識外れに見えるだろう。

 

「えっと、うん。おはよう。」

 

 言葉に詰まりながらもなんとか挨拶をする。彼は、それにおうと返すと、空いている席にドカッと座り込む。うわぁ。地元にはあんまりいなかった不良だ。ホントにこういう人っているんだ。

 そうして誰も会話をすることなく、沈黙が空間を支配する。大人しそうな彼は持ってきていた本を取り出しているし、強面の彼は頬杖をついて入口の方を睨んでいた。なんとも決まずい雰囲気が漂う。指定の時間はもう過ぎてしまっている。どうすんのこれ。

 集合の時間から5分ほど過ぎたころだった。襖が静かに開かれる。

 

「やぁみんな、おはよう。みんな大好き五条悟だよ」

 

 不思議な恰好をした男が入ってきた。身長は190㎝くらいか、全身黒づくめの服装で揃えていた。特筆すべきは真っ白な髪と視界を完全に覆った目隠しだろう。髪は染めたようには見えない。しかし老人のようなハリやツヤのないものではなく、神秘的な雰囲気を感じさせた。黒の目隠しは、何故か敢えて視界を閉すために着けているように思われた。あれは、目を病んでしまい痕を隠すためではなく、視界を制限するためのものだ、理由もなく僕はそう直観した。

 だがそれ以上に、彼そのものの存在感が異常だった。他の生物と比べても異質、生き物としての格が違う。僕はそれに呑まれて、言葉を紡げずにいた。あれが五条悟、現代最強の呪術師。

 

「おいおい皆暗いよ。元気だしてこー」

 

 僕のそんな状況にもお構いなしに、彼は声をかける。周りを見ると、他の二人は彼の存在感に呑まれてはいないようだった。大人しそうな彼は胡乱なものを見る目で、強面の彼はようやく身内を見つけて安心したような目で五条悟を見ていた。

 

「それじゃ、みんなにはまず自己紹介をしてもらいます。君たちからみて右側の君からお願い」

 

 パンパンと手を叩くと、彼はそんなことを言い出した。それで冷静に戻った僕は深呼吸をする。その間に大人しそうな彼は椅子から立ち上がって、挨拶をはじめた。

 

「初めまして。星綺羅羅です。まんまりこの名前は好きじゃないので苗字で読んでください。よろしくお願いします」

 

 なるほどキラキラネームというやつか。まぁ男に付ける名前ではないよな、きららって。名前で呼ばれたくないってのも分かる。

 

「うん、オッケー。それじゃ金次、つぎ挨拶お願い」

 

 どうやら強面の彼と五条悟はもう面識があるらしい。ゆっくりと気怠げに立ち上がった。

 

「あぁ。俺は秤金次。嫌いなのは熱の無ぇやつ。よろしく」

 

 挨拶が短く簡潔だ。不愛想な人なのか?

 

「よろしくねー。それじゃあ最後の君。自己紹介お願い」

 

 指を指されて指名されてしまった。彼に指を指されただけで、槍を突き付けられているように感じてしまう。彼の一挙手一投足が僕を殺し得るが故だろうか。

 

「初めまして、藤宮颯です。好きな食べ物は海老と鶏肉。趣味は特になし。皆と仲良くできればなと思います。よろしくお願いします」

 

「オッケー、丁寧な自己紹介ありがとう。それじゃ次は僕の番。僕は五条悟。好きな者は甘いもの、特技は全部、特徴は最強。これから1年間君たちの担任するからよろしくね」

 

 

 そうして自己紹介が終わり、五条先生からこの学校に関する説明が始まった。なんでも国数理社英などの一般科目は自主学習ということになるらしい。五条先生を始めとした教師陣が一般教養の授業を行わず、希望すれば補助監督や窓という部署の人員が学習をサポートしてくれるようだった。そして高専で行われる授業とは、呪術に対する座学と呪力の扱いや戦闘に関する訓練が主であるらしかった。

 

「それじゃあこれから庭に出て腕試ししよっか。僕と簡単な組み手だね。庭に出るよ」

 

 そういうと五条先生は有無を言わさず教室からでていった。僕たちは並んで五条先生の後ろをついていく。庭にでると白線で正方形に囲まれている場所があった。

 

「よし、始めよっか。ルールは簡単、僕に攻撃を当てるだけ。術式はなし。僕からは反撃しないから、好きなように攻撃してきて。一回でも攻撃をまともに当てられたらクリア。僕がもういいって言うまで続けるからね。それじゃ、まずは星から。二人は白線かれ出ててね」

 

「はい」

 

 五条先生に促されて白線の外に出る。僕は他の人が戦うところを見たことが無い。だから七海さんや伊地知さんにはかなり強いとお墨付きをもらっているが、実際のところは分からない。それでも星くんの身体付から普段からあまり運動してこなかったんだろうな、ということは分かる。その点、秤くんは分かりやすい。身体つきも頭髪もこれまで喧嘩して生きてきましたと主張する装いだ。

 

 星くんが五条先生に殴りかかった。やはりかなり素人丸出しの動きだ。俗に言うテレフォンパンチというやつだ。五条先生も簡単に避けてしまう。何度か拳を振るって当たらないことを確認すると、今度は蹴りによる攻撃も試し始めた。しかし、キックをするも足首を掴まれて止められてしまった。というかあの軌道だと足の甲で蹴ることになってします。サッカーとかならそれでいいのかもしれないが、威力を出そうとすると自分も足を痛めてしまう。脛で蹴るようにすべきだ。その後も星くんは攻撃しようとするがすべて五条先生に捌かれてしまった。

 横に座っていた秤くんが、だらしねぇな、などと呟いていたが仕方のないことだと思う。

 

「うん、全然ダメだね。攻撃に呪力があまり乗ってないし、そもそも身体の動かし方がなってないね。1から特訓だね。それじゃあ次、秤。いっちょ揉んであげる」

 

「おう」

 

 秤くんが待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がり、五条先生に向かっていく。一方で、星くんは疲れたのか少しふらつきながら木陰に歩いていき座り込んだ。彼を励ますべきかとも思ったが、秤くんの動きが気になってそちらに視線を戻した。

 

「いくぜ」

 

 秤くんはそう宣言すると、五条先生に向かって殴りかかった。

 速い。先の星くんと比べれば雲泥の差だ。一歩で2メートル以上前進し、その軌道は五条先生の顎を打ち据えようとしている。しかし、五条先生はあっさりと拳を掴むとそのままハンマー投げの要領で秤くんを投げ飛ばす。空中で体制を立て直した秤くんは滑るように着地し、また五条先生の方に向かって突撃する。秤くんは五条先生に衝突する直前でまた右手で殴りかける、今度は五条先生は拳を掴まずに上腕同士をぶつけて攻撃を逸らす。秤くんは腕が弾かれて身体が開いたのを利用して左足で前蹴りを入れる。五条先生はその蹴りを身体を横にずらすことで躱し、伸びた足を脇で挟もうとする。それでは堪らないと秤くんは残った足でバックステップを行う。

 この僅かな流れの中でも秤くんの戦闘能力はかなりのものだと分かる。だが気になるのは彼の呪力。今まで見てきたことのある呪力のどれとも違う雰囲気を感じる。鑢のようにざらついたイメージだ。あれは一体なんなのだろう。

 そんなことを考えている間にも二人の戦いはより激しくなっていく。牽制に放った左のジャブを五条先生が軽く受け流すと、秤くんは右足でローキックを行う。それを左足を下げて躱し、そのまま後ろに跳んだ五条先生を秤くんは飛び蹴りで追いかける。五条先生がそれを腕を並べて受け、着地する。

 秤くんは飛び蹴りで体制を崩してしまった。あれでは頭を地面にぶつけてしまうだろう。危ない、と思うがここからでは助けられない。その間にも秤くんの身体は落下していき、地面にぶつかろうとする直前。秤くんの身体は宙に浮いて静止した。そして一泊おいて落下は再開し、秤くんの身体は地面に触れた。

 今の現象は一体どういうことなのか。今のがどちらかの術式の効果ということなのか。僕は少し困惑する。

 

「うん、ここまで。成長したね、秤。ここまで強くなってるとは思わなかったよ」

 

「反撃なしっすからね。それでもあんだけ遊ばれたんだから、あんまり喜べねぇです」

 

 秤くんの言う通り、彼は防御を考えない捨て身の攻撃が多かったが、五条先生には常に余裕があった。秤くんを投げるにしても、遠くに放るのではなく、地面に叩きつければかなりのダメージになっていただろう。五条先生が攻撃しないという前提が故の結果だと言えるだろう。それでも最後に立ったいたのは相手なのだから、褒められたとしても男としては敗北感は否めないだろう。

 

「じゃあ、次。颯。君の番だよ」

 

 ついに自分の順番がやってきた。自分の力が最強に対してどの程度通用するのか少し楽しみだ。身体が僅かに震えるのは武者震いだろうか、それとも圧倒的な存在を前にして恐怖しているのか。自分でも分からない。しかし、今はただ、戦うのが楽しそうと、そう思うのだ。

 僕は立ち上がると、五条先生の方へと歩みを進める。白線を超えたところで、五条先生が僕をじっと見ていることに気づいた。この視線には覚えがある。確かそうだ。数か月前、高専に来た時に感じた視線と同じなのだ。そうか、そうだったのか。あのとき僕を見ていたのは五条悟だったのか。そんな感慨に耽りながらも歩みを進める。

 

「笑ってるね。いいね、そうこなくっちゃ」

 

 五条悟と数メートル離れたところで足を止めると、そう指摘された。口元に手を当てると確かに歪んでした。気付かなかった。自分は今笑っているのか。そうか、僕は今嬉しいのか。なんだか気分が愉快になってきた。肺に活力が漲る。さぁ戦おう。

 

「始め」

 

 戦いの火蓋は切って落とされた。




オリ主は六眼ほどではないですが眼が良く感受性が高いので、GTGの強さを理解できてしまいます。なのでその力に畏怖を抱いてしまうし、敏感に反応してしまうんですね。宿儺に会っても同様です。

18巻の描きおろしイラストから、綺羅羅は高専に入るまでは性自認に葛藤していたイメージで書いてます。心は女性なんだけど、それは認められないだろう環境にいて、自身を抑圧するために真面目な風を演じていた。そんなニュアンスです。この後、秤と合同任務に向かうことがあって、そこで絆を深めて原作のような恰好をするようになると想定しています。

3人は現時点ではあまり仲良くないです。初日だし仕方ないよね。

感想・評価よろしくお願いします。


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戦闘

ようやく主人公の術式と戦闘シーンのお披露目です。


「始め」

 

 僕は肺に力を溜め、炎を吐き出した。

 

 僕の術式は恐らく「竜化」。行使によって自身の肉体が竜に変身する。そしてそれは自分の肉体を上書きしていくように変わるのだ。この火を噴く肺は中学1年生の頃に呪霊に身体の中心をぶち抜かれたときに獲得したものだ。心臓と肺を失って死に瀕して僕は、薄れる意識の中で体の中心に術式を発動した。それによって僕は竜の肺と心臓を獲得したのだ。

 

 炎を凝縮させる。はじめは視界いっぱいに広がっていた炎を細く、濃く凝縮する。薄めた炎では五条悟を害することなどできやしない。吐いたそばから肺に炎を生成していく。そうして人一人を覆う程度まで凝縮させたところで違和感に気づく。焼ける匂いがしない。肉にせよ服にせよ、火がかかればものは焼けるはずだ。その匂いがしない。火を吐き出すのを止めるとそこには。無傷の五条悟が立っていた。先ほどまで火の海に居たことなどまるで感じさせない自然体で。

 戦慄を禁じ得ない。これが現代最強。これが五条悟。この程度では服にすらダメージを与えられないか。ならば接近戦。身体を動かすのに自信はあるが、五条悟に果たして届くか。

 

 僕は突撃する。勢いを乗せたまま貫手を行うと、五条悟は手首を掴みそれを止める。ここだ。指先に術式を行使する。指に急速に白い鱗が生え、竜の爪が伸びる。驚く気配を感じる。そして爪が五条悟の腹に刺さろうとして。

 服の直前で止まった。

 

「!」

 

 僕は驚きながらも、腰に術式を発動し尻尾を生やす。制服は破れてしまうが構うまい。そして尻尾で薙ぎ払おうとして。

 やはり服にぶつかる直前で止まった。

 

「!?」

 

 至近距離で炎を吐く。今度は放射型の炎ではなく礫のようにぶつけるタイプだ。

 それも当たる直前で空中で止まってしまう。

 

「なるほど、これがあなたの術式ですか。」

 

 五条悟に睨みながらそう言葉をかける。彼はそれに笑みを返して。

 

「ダメだよ、術式はなしでって言ったじゃん。罰としてこっちも反撃するよ」

 

 そう言って、僕は弾き飛ばされた。白線で区切られたエリアを越えて、建物の壁に激突する。

 

「!?!?!?!?」

 

 ダメージはない。しかし、何で攻撃されたのか分からなかった。透明な何かに殴られたわけではない。風でもない。突然斥力が発生したような感触。彼の術式は『停止』ではなかったのか。二つの術式?いや、術式は一人に付き一つの筈だ。……分からない。

 ふふっ。面白くなってきた。そうこなくては。そうでなくては。わざわざ上京してきた甲斐があったというものだ。

 

 背中に術式を行使し翼を生やす。翼で風を掴み、低空飛行で突撃する。頭部に術式を行使。角を生やす。後ろ向きに生える角を無理やり前に捻じ曲げる。助走は足りないが音速に迫る突撃。五条悟は避ける素振りを見せない。よほど防御に自信があると見える。衝突。

 やはり止まる。しかし今ならわかる。止まっているんじゃない。遅くなっている。ごく僅かに、極小だけ、少しずつ、動いているのが分かる。即ち、五条悟の術式は『減速』。

 

「ぐはっ!」

 

 止まったところを五条悟に打ち上げられる。腹に響くような一撃。掬い上げられるように腹にアッパーをくらった。いままで受けたどの呪霊の攻撃よりも重い。

 殴られた勢いを利用して空に飛び上がる。何か作戦を考える隙を。

 いないっ。地上を見下ろすと五条悟が先ほどいた場所にいない。どこに。

 とつぜん影がさす。

 

「ぐふっ」

 

 拳で地面に叩き落される。

 なるほど、敵わない。圧倒的だ。勝てる気がしない。それでも諦める気はしない。まだ戦いたい。

 全身に術式を発動する。身体中に鱗が生え、内臓も竜のそれに置き換わる。心臓を強引に鼓動させる。竜の炉心からエネルギーを全身に循環させる。血液が沸騰しているようだ。

 

 芸もなくまた突撃。反撃の手刀がとんでくる。しかし、今なら反応できる。翼でそれを受け、五条悟に抱き着く。そして上昇。高く、遠く、遥かに、(そら)へ飛翔する。雲を飛び越え、まだ飛ぶ。その間五条悟から反撃はとんでこない。むしろ逃がさないとばかりにこちらを掴んで離さない。お手並み拝見とでもいいたいのか。後悔させてやる。

 さらに上昇し続けていると、五条悟の力が少し弱まったのを感じた。これを待っていた。僕の目的は「高山病」だ。低気圧と酸素の欠乏により起こる、めまいや倦怠感。悪化すれば昏倒から死に至る。そうでなくても呼吸困難に至れば術式の行使は困難。そうすればこちらの攻撃も通る。五条悟といえども所詮は人間。こちらは竜。頑丈さ・生命力は折り紙付きだ。先に倒れるのはあちらの方だ。

 彼もこちらの意図を察したのか離れようともがく。しかし、絶対に離さない。逃せばチャンスはもうない。

 

「なめんな」

 

 絞り出すような声が聞こえた。五条悟が呪力を練る。先ほどの斥力で弾くつもりか。しかし、くると分かれば対応もできる。絶対に離さない。

 

「虚式:茈」

 

 何!、翼がもがれた。今のは何の攻撃だ!!。分からん!!。なら今はいい!!。翼はもう一度生やせばいい。く、翼の生え際を掴んで握り潰されている。これじゃ生やせない。

 なら、このまま落下して。

 

「うおおおおおお」

 

 

 そうして落下の速度は加速し続け、それはさながら彗星のように。隕石のように。

 

 

 地球に衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

「残念、君の負け」

 

 衝突に際して五条先生は例の減速術式を使ってダメージなく着地した。こちらはそれもなく衝突のダメージを受けてしまい、疲労困憊。もう同じ手は使えないとなれば勝ち筋はないだろう。

 

「はい、僕の負けです」

 

 そういって、僕は大人しく敗北を認めた。

 そもそも五条先生が空を飛ぶ最中、こちらの動きを見るために暴れなかったからこそ途中まではうまくいったのだ。もしあのまま先生が気絶したとしても僕はそれを勝利だとは認めなかっただろう。相手はこちらを倒す気はなくて、こちらは全力だった。秤くんの場合と同様だ。

 ……というか冷静になって考えると、組手ということで始めたのに盤外戦術に出たのはよくなかった気がする。他の二人を放置して天空旅行したの怒られそうだなぁ。どうしよ。

 

「うん、だいたい君の実力は分かったよ。七海が推薦するだけはあるね。ちゃんと知識つければ今すぐ一級でも通用するんじゃない」

 

「はぁ、ありがとうございます」

 

「というか、それ戻るの?」

 

 五条先生はそう言って僕の身体を指さす。…やっぱり指を指されていい気持ちはしない。

 

「はい、えっとまぁ。呪力をひっくり返して術式に流すと戻ります。完全に定着しちゃうと戻らなくなるんですけど」

 

「え、何。反転術式使えるの」

 

「反転術式っていうのは知らないですけど、あれですよね。身体に流すと傷が治ったり、術式に流すと逆の効果がでたりするやつ」

 

「うん、そうそう。え、すごいじゃん。その年で反転術式身に着けてんの」

 

 僕は裏返した呪力を術式に流し込み発動した。途中でもげていた翼も、角も、尻尾も、全身の鱗も霞にとけるように消えてなくなる。

 

「うわ、ホントだ。しっかり使えてる。マジで将来有望じゃん」

 

 何故かご機嫌になった五条先生。心なしか口調も軽くなっているように感じる。生徒が強いと教師の給料が上がったりするのだろうか。部下の手柄は上司の手柄みたいな。

 

「よーし、それじゃ3人の実力も分かったし、指導に移っていくよ。はーい、みんな集合」

 

 二人がこちらに集まってくる。星くんと心なしか距離を感じるのは気のせいだろうか。物理的にも精神的にも。

 

「まず星ね。星は身体の動かし方を覚えるのが最優先かな。呪力の扱いは結構できるっぽいし、動けるようになればできることも増えるよ。

秤はね、逆に呪力の扱いの勉強かな。呪力の流し方に無駄が多いからそれを直すべきだね。呪力の流れから次の動きが先読みされちゃうよ。颯はね、うーん」

 

 微妙な沈黙が流れる。二人の方を見るとそれぞれ対照的な目をしていた。秤くんは、やるじゃねぇかとでも言わんばかりの親しみを感じる目。星くんはまるで化け物でも見るような目をしていた。やりすぎたかもしれない。いやでもなぁ、楽しかったしなぁ。

 

「うん、領域展開できるようになろう。そのためにも結界術の勉強がんばろうね」

 

 領域展開?

 

「領域展開ってなんですか?」

 

「呪力で構成した生得領域に術式を付与する呪術の秘奥だよ。効果は色々だけど、領域内で発動した術式は絶対に当たるんだ。必殺の術式を必中必殺に昇華するってことだね」

 

「僕の術式に攻撃性はないんですけどどうなるんです?」

 

「それはまぁ人により色々だね。自分への強化に特化するとか、新たな性質を得るとか、術式対象が広がるとか。同じ術式でも同じ領域とは限らない。領域展開は呪術師の集大成にして、自らを映す鏡でもあるのさ」

 

「なるほど」

 

 僕の場合はどうなるのだろうか。相手も竜になったりするのだろうか。それだと相手を強化するだけでは?

 

「それじゃあ星の面倒は僕が見るから、残りの二人は組手をしてて。休憩は各々自由にとっていいよ。術式は禁止だからね。お昼までやったら今日の授業は終わりってことで」

 

「わかりました」

 

「うす」

 

「星は隣の武道場で練習だね、ついてきて」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

「改めて自己紹介だ。俺は秤金次、好きなやつは熱のあるやつ。いやぁ~、教室で最初に見たときはガッカリしたんだぜ、熱の無ぇつまんねぇ目をしたやつと4年間一緒なのかよって。でも五条さんと戦ってるときのお前はすげぇいい()をしててよぉ。気に入ったぜ」

 

「うん、自分でも驚いたんだ。僕のなかにあんな衝動があったなんて。高専に入るまでは全部がつまんなくて、でもきっと他の皆にとっては大事なことなんだろうなって思いながら生きてきたんだ。そしてそれに合わせなくちゃって。でもさ、絶対に届かない壁が目の前にあって、それと対峙したときに、これを越えてみたいって思ってさ全力でぶつかったんだ。それが今日」

 

「いいね、ますます。気に入った」

 

「ありがとう。ところでさ、失礼かもしれないんだけど、もしかして年上?同い年には見えないんだけど」

 

「あぁ、まあな。中学の時にダブっちまってよ。だからお前もダブってねぇなら一個上の筈だぜ」

 

「え、一個しか違わないの」

 

「おいてめぇ、幾つだと思ってたんだよ」

 

「てっきり5歳くらい上かと」

 

「俺が5年もダブったてか!」

 

「いやいや、そうじゃなく。中卒で働き始めて、数年経ってから入学みたいな」

 

「あぁ、なるほど」

 

 不愛想な人かと思ってたけど、かなり話しやすい人だな。仲良くできそうで良かった。

 

「そういやよ、お前の術式って何なんだよ。ドラゴンに変身するのは見て分かったけどよ」

 

「うーん、自分でもよくわかんないんだよね。竜に変身した後もそのまんまじゃ戻らないし」

 

「あぁ?あれ戻んねぇのか」

 

「うん、一回なっちゃうと反転術式?ってやつで人間の身体に戻さないといけないんだ。しかも竜のままでいすぎると定着しちゃって竜のまま戻んないの」

 

「面倒な術式だな」

 

「まあね、ほらここ。髪に隠れてるけど角が生えてそのまんまでしょ。これ治せないの」

 

「大丈夫かよそれ」

 

「平気、平気。散髪にいけないくらいしか困んないよ。それにほらパーカーで隠せるようにしてるし」

 

「いや結構困るだろ、自分で髪切るのかよ」

 

「うん、自分で切ってるよ。といっても短く揃えるくらいだけどね」

 

 父さんにも呪術については黙っていたので、自分で髪を切るようにし始めたときは心配されたけど。それ以外では特に困ったこともない。

 

「逆に聞くけど、そのドレッドヘアーってどこでセットしてもらってるの?」

 

・・・・・・・

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そんな他愛ない話を続けている間にも時間は過ぎ、お昼の時間になってしまった。

 

「やば、組手せずに終わっちまった」

 

「まぁ、初めてだしいいんじゃない?明日から頑張ればいいよ。それじゃあね」

 

「おう、またな」

 

 そう言って、僕たちは寮に帰っていった。




 鱗をビット・ファンネルにして遠距離攻撃!とかバルファルクを模倣して大気圏までゴー!とかも考えたんですが流石にやりすぎだなと思い断念しました。
 軽く調べたら、成層圏まで気球で昇ってスカイダイビングに成功した人がいるんですね。宇宙服を着て飛び降りたそうですよ。
 自然にオリ主の術式について説明しようとして長々と会話する形になってしまったのは反省です。

 感想・評価よろしくお願いします。


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任務

前回から半年ほど時系列が進んでいます。
また、補助監督にオリキャラが登場しています。今回はオリ主とオリキャラのみでお送りいたします。苦手な方はご注意ください。

私は上位種お姉さんとそれに翻弄される少年のおねショタが好きです。
性癖の開示。これによって作品の威力を高める。


 寮の自室でくつろいでいるとノックの音が響いた。誰だろう、秤くんと星くんは今合同任務で出かけているはず。五条先生は出張、というか彼ならノックもせずに無遠慮に入ってくる気がする。

 ベッドから立ち上がり扉を開ける。そこには筋肉質な大柄の女性が立っていた。彼女は確か、赤崎さん。補助監督の一人で任務でも何回か補助監督を担当してもらったことがある。座学でも呪術関係、一般教養を問わず指導してくれている頭の上がらない女性だ。黒いスーツと白いシャツ、明るい茶髪のコントラストが目に眩しい。

 補助監督が来たということは。嫌な予感がする。

 

「こんにちは、赤崎さん。何か御用ですか?」

 

 それを努めて表情に出さないように、にこやかに彼女を出迎える。

 

「えぇ、こんにちは、藤宮くん。仕事よ」

 

 嫌な予感が的中する。笑顔がピクリと痙攣する。

 赤崎さんの返事に僕は内心でげんなりした。先日二級術師に昇格してから、任務がひっきりなしにやってくるのだ。しかもそのどれもが退屈で、任務の時間より移動時間の長い有様。数時間かけて現地まで移動し、数分で討伐、また数時間かけて帰ってくるということが何度もあった。僕ですらそうなのだ、五条先生ともなればそれは猶更だろう。人間性はあまり尊敬しづらい先生ではあるが、こんな生活を送り続けているとなると僅かに畏敬の念が湧いてくるようにも思える。

 

「藤宮くんには任務の指令がでているわ。場所はМ県T市。廃トンネルに棲みついているとみられる呪霊の討伐ね。詳細についてはこの資料に出しておいたから目を通しておいて。出発は明日の朝5時、車を出すからいつもの場所に集合ね。はいどうぞ」

 

 僕の内心を露知らず、赤崎さんは概要を僕に説明する。そして、A4サイズの茶封筒を僕に受け取るように促す。受け取らない、という選択肢はない。任務だからだ。しかし、それでも気の進まないことだ。

 微妙な顔をして一向に受け取らない僕に、彼女は無理やり茶封筒を手に持たせる。その際、まるで恋人同士が睦み合うように指を絡ませるのだ。手元に視線をやっていた僕はビクりと彼女の顔を見る。

 彼女の瞳が僕の目を覗き込むようにし見つめていた。ひ、と小さな悲鳴がでる。そうなのだ、彼女はいつも僕をそんな目で見てくるのだ。まるで蛙を睨む蛇のように。

 180㎝にもわたる高身長な彼女と、男としては小柄な僕。その関係は通常の男女のそれとは逆だ。

 

「あ、ありがとございます。それじゃ」

 

 僕は逃げるように手を振り払い扉を閉める。がしん。

 扉が閉まらない。赤崎さんが足を隙間に差し込んだのだ。

 

「ま、まだ何かありますか?」

 

「いえ、何も。また明日、ね」

 

 僕の耳に息を吹き掛けるように囁くと、彼女は扉を閉めて去っていった。

 そのまま僕は閉まった扉の前で立ち尽くしていた。それは数秒だったかもしれないし、数分だったかもしれない。あるいは一時間以上もそのままだったかもしれない。

 ふと我に返った僕は受け取った封筒を机の上に放り投げると、ベッドに倒れこんだ。なんだか妙に疲れてしまった。

 頭の中には彼女の容姿が、言葉が、ずっと木霊していた。それを振り払おうと、先ほどおいた封筒を開き資料を読み込む。現場の位置、発見の経緯、状態。あまり多くない情報を頭に叩き込む。しかし、思考の隙間に彼女のことが紛れ込む。

 どうにも変だ。以前から思っていたが、彼女のことが何故か気にかかる。こんなことは初めてだ。

 気を紛らわそうといろんなことをやってみる。読書、ダメ。女性の描写が出る度にそれに彼女を重ねてしまう。題材が悪かった醸しれない。ゲーム、ダメ。美少女キャラが彼女を想起させてしまう。YouTube、ダメ。広告に女性が出てきては彼女のことを思い出してしまう。

 結局その日は、悶々としながら過ごすことになってしまった。

 

 

 

 次の朝、駐車場に向かうと車が停まっており、その傍らに赤崎さんが佇んでた。

 

「それでは行きましょうか」

 

 そう言うと彼女は僕に乗車を促す。最寄りの駅まで車で移動する。駅からは新幹線に乗り、目的地を目指す。目的地に着くまでも、やはり頭に過るのは彼女のことだ。会話はほとんどなかったが、バックミラー越しであったり、ふと彼女の方を見ると不思議と彼女と目が合うのだ。そうなると彼女は少し微笑んで、舌で唇をチロリと舐めるのだ。その赤が無性に綺麗に見えて、いけないものを見たように感じて僕は目を反らすのだ。

 

 

 到着した駅には窓の人員が車を用意しており、それに乗って目的地まで向かう。今回の任務は廃トンネルに棲みついたと見られる呪霊の討伐とあって、目的地は山奥だ。舗装がボロボロになってしまっていたり録に舗装されてない道路を通ることになる。ガタガタと揺られながら、任務の詳細を思い返していた。

 最初の発見は10年前。当時既に心霊スポットとしてマニアに認知されていた廃トンネル、そこに入った人間が誰一人帰ってこなくなったことから呪術案件だと認められたらしい。

 入り口の片方は山の崩落に巻き込まれ埋没。行き止まりとなってしまっている。窓の人員がトンネル内に侵入したところ、通信が途絶。数名が追加で派遣されるも帰還者は0名。これを受けて一級呪術師が調査、そして帰還。

 帰還した呪術師の報告によれば、トンネル内に入った瞬間に呪術師が外部からは消失したように観測されたらしい。これは生得領域に侵入した際によく見られるものである。また、トンネル内の環境は高い湿度と気温が観測され、常に風が吹いているのが感じられたらしい。

 そして最大の異常性として、トンネルの距離が異常に長いことが挙げられている。トンネル建築時の記録から予測されるトンネルの距離と呪術師が感じた距離が一致しなかったようだ。記録ではトンネルの長さは400メートル程であるとされていたが、呪術師は1kmはトンネル内を移動し、それでも奥はまだ続いていたように感じられたと報告している。

 1kmほど移動した時点で呪術師は報告を優先すべく撤退を開始。その際、進むときには交互に追い風と向かい風が吹いていたのに対して、戻るときにはずっと向かい風が吹いていたと報告がなされている。

 その後、再度同じ呪術師を派遣。トンネル内の最奥を確認、或いは内部に存在すると思われる呪霊の討伐を命令。その結果、呪術師は未帰還。

 以上のことから総督部は行方不明となった窓の人員及び術師を死亡と判定、この案件を放置することを決定した。そして10年の月日が経過したとのことだった。

 何故そんな案件が僕に降ってきたのかは知らないが、今回の命令はトンネル内の呪霊の討伐。特殊な空間を扱う呪霊は本体が弱い傾向にある。少しは手応えがあればいいが。

 脳内で情報の整理を終えると丁度、車が目的地に到着した。

 

「到着しましたよ、藤宮くん」

 

 赤崎さんから声がかかる。

 

「ありがとうございます。それじゃあ、いってきます」

 

 あまり彼女と目を合わせないようにして車から降りる。

 

「私はここで待機しているから、頑張ってね」

 

 彼女の言葉を最後に、僕はトンネル内へと足を踏み入れた。

 

 

 廃トンネルに入った瞬間、世界が切り替わったように感じた。報告どおり季節外れの暑さと湿度。振り替えると、さっきまであったはずの車は消えており、赤崎さんもいなくなっていた。

 廃トンネルの中を進む。湿った空気と黴の臭い。あまり気持ちのいい環境ではない。奥から生温い風が吹き、肌を舐める。気持ち悪く感じ、パーカーを深めに被る。もしこれが任務でなければ今すぐ帰っているだろう。そう思えるくらい不快な環境だった。

 入った瞬間からそうだったのだが、どこからか視線を感じる。赤崎さんが僕を見る視線と少しだけ似ていて、それでいて明確に異なった視線だった。

 似ているのは、僕を食べようとするような、獲物を睨む視線。違うのは、それ以外の全て。彼女のような妖しい魅力も震えるような冷たさもない、ひどく卑しい視線だ。

 

 ……というか、任務の最中ですら彼女のことが頭に過るのはまずいのではないだろうか。なんで彼女のことがこんなにも気にかかるのだろう。今まで生きていてこんなにも人に関心を持つのは初めてだ。クラス一の美少女やテレビのアイドルですらこんなにも心を乱されたことはない。

 自分は他人には興味も関心もなかったはずだ。実際、秤くんや星くんが任務で死んだとしても僕は何も感じない。父さんが死んだらどうだろう。それなら少しは悲しいかもしれない。それでもやっぱり彼らの死を、僕は簡単に受け入れられると思う。

 それなのに、もし彼女が傷ついたりしたら。などと想像するだけで胸は痛むし、助けたいと思う。まさかこれが初恋なのだろうか。自分がそんなに単純だったとは思いたくない。

 

 そんなことを考えながらも歩みは止めない。もう400メートル以上は絶対に歩いている。空間が拡張されているというのは確からしい。

 

 かつん。かつん。

 

 前方から足音がした。どこからでも対応できるように構えをとる。

 

 かつん。かつん。

 

 廃トンネルの中、視界は暗い。足音がいやに響く。

 

 かつん。かつん。

 

 全容はまだ見えない。しかし恐らくは人間。

 

 かつん。かつん。

 

 ようやく足音の正体がわかる。その正体はやはり人間だった。

 

「おい、あんたも術師か」

 

 現れたのは痩身の男だった。ジーンズに白いシャツ、その上に薄汚れたジャケットを羽織った男がそう僕に声をかけた。被っていたパーカーを脱いで、顔を曝す。

 

「えぇまぁはい。あなたは?」

 

「俺は(はざま)岳斗(がくと)。高専所属の術師だ。お前の所属は?」

 

 間岳斗、確か10年前の調査に派遣されて戻らなかった術師だ。生きていた、というのか?それなら出てくればよかったはず。10年もの期間、食料もない空間で生きていける筈はない。呪霊が化けて出たか?ひとまず意思疎通が可能であるため会話を試みる。

 

「僕は東京の高専1年の藤宮颯です。」

 

「藤宮?そんな生徒がいたか?すまないが記憶にない。嘘じゃないんだよな」

 

 そう言って彼は僕のことを怪しむ。彼が僕を知らないのは当然だろう。彼が活動していた10年前に僕は高専にはいない。

 

「今の東京の学生といえば五条悟と夏油傑、後は冥冥だったか。他にも何人か在籍していた筈だが君の名前は聞いたことがない。本当の所属はなんなんだ?」

 

 彼の前提から考えると、僕が嘘をついていると考えるのはまぁ妥当なところだろう。しかし、情報を多く持つ僕からすればまた違った推測が成り立つ。

 

「少し質問をしていいですか?」

 

「いいだろう、手短にな」

 

 僕を警戒しながらも彼は質問を受け入れる。

 

「今は何年ですか?」

 

「?、たしか今は2006年、平成18年だろう」

 

 何をそんな当たり前のことを、とでもいいたげな顔をして彼は答える。

 やはりそうか。この空間は時間が停まっている、あるいは進みが遅い。10年もの間彼が何もない空間で生きてこれたのもそれが理由だ。彼がここにいたのは10年間ではない。おそらくは数日程度のことなのだ。

 

「いえ、今は2016年です。あなたがここにいる間に、トンネルの外では10年の月日が流れているということです」

 

「なに!、そんな馬鹿な。いやしかし…」

 

 彼は信じたくないのか、言葉を発せずに黙り込む。しかし、こちらも彼が落ち着くのを待っている余裕はない。外で10年が経つ間にこのトンネル内でどれだけの時間が流れたのかは分からないが、ことによっては僕もこのトンネルで時に置いて行かれてしまう。

 

「あなたはこのトンネルでどれくらいの時間を過ごしましたか?」

 

「あ、あぁ。多分2日くらい、だと思う」

 

 なるほど、2日で10年。2日で3650日だから1825倍。1時間いれば1825時間。1日24時間だから1時間で76日くらいか。まだ入って10分も経っていないとはいえ、それでも12日ちょっと。や、やばいな。ちょっと焦ってきた。

 

「取り敢えず急いで出ましょう!討伐も後回しです」

 

「い、いや、それよりも奥にいる呪霊の討伐を優先しよう!。このトンネルの一番奥に呪霊いるのを確認したんだ。術式も解明してある!。2人なら直ぐに祓える!」

 

 僕が撤退を提案すると、彼は逆に討伐を強行しようとする。

 僕の訝しむ表情に気づいたのか、彼は言葉を継ぎ足す。

 

「奥にいるあいつは面倒な術式持ちで1人では絶対に倒せないが2人でなら簡単に攻略できる!。多少時間はかかるかもしれないが、10年も過ぎれば後数年は誤差だ!お前も付き合え!」

 

 彼はそう言ってトンネルの奥へ行こうとする。

 

「いえ、戻って報告するのが先決です。領域や結界が使える人を呼ぶなり、外部から空間自体を破壊した方が確実なはずです」

 

 僕はそう言って反論する。というか少しでも早くこの空間から脱出したい。彼にも自棄にならず冷静な判断をしてもらいた。

 

「いいや!それじゃ遅い!一刻も早くこの呪霊を倒すべきだ!いいからいくぞ!」

 

 ……違和感を覚える。いくらなんでも焦りすぎだ。当初彼が死亡判定が出されたのは内部にいる呪霊に敗北したと思われたからだ。だが実際には生きている。彼はここに2日程いると言っているが、それなら奥まで行って戻ってくるのにそのくらいの時間は必要ということになる。奥まで行って呪霊を倒すのと、たった数百メートル戻るだけ。後者の方が早いのは明白だ。一級術師ともあろう人間がそれに気づかないのはおかしい。判断能力を失うほどの極限状態とも思えない。

 ……奥の方で窓の人間が生きたまま捕らえられている、彼らを助けたい、それならまだ頷ける判断だ。

 

「…窓の人たちはいましたか?」

 

「そんなのを気にしてる場合か!?、さっさといくぞ!」

 

「…いましたか?」

 

「あぁ!奥の方で死んでたよ!」

 

「…そうですか」

 

 あぁ、やはりそうなのか。

 

「あぁ!」

 

「…そうですか。…では敵討ちをしなければいけませんね」

 

「そうだろ!急ぐぞ!」

 

 彼は僕が同意したのを見て嬉しそうにした。先ほどまでの切羽詰まった空気が少し弛緩したように感じる。

 緩んだその空気を裂くように、僕は手刀を振るった。油断していた彼はそれを避けることも防ぐこともままならず、手刀は直撃し首を捻じ曲げた。

 

「な、なンデぇ」

 

 その言葉を最後に彼は絶命する。いや機能を停止する。

 倒れこんだ死体の背中から鎌が飛び出す。それはぐぐっと動き、肌を縦に真っ直ぐ裂き始める。背中に1の字が描かれると、そこから異形の怪物が現れる。蜘蛛の下半身と蟷螂の上半身。ぎちぎちと気持ちの悪い音を鳴らす。

 あの鎌で肌を裂き中に入り込んだのだろうか。中からあの糸を使って操っていたのだろうか。

 呪霊に言っても仕方がないだろうが趣味の悪いやつだ。

 呪霊はこちらを攻撃しようと鎌を振るう。少し屈み薙ぎを交わすとバックステップで交代する。そうして距離が開いたら、僕は炎を吐きだした。トンネル内の空間全てを覆う炎の渦。

 炎を吐く。炎を吐く。炎を吐く。炎を吐く。炎を吐く。

 ざふっ、と呪霊の消失反応が起こった。火を噴くのを止める。

 火がすべて消える頃にはそこには何もなかった。びっしりと生えていた苔も、呪霊の肉体も、呪術師の死体も。と同時に蒸すような暑さはなくなり、嫌な雰囲気もなくなった。

 どうやら無事に呪霊を祓うことができたらしい。一応トンネルの奥まで進むとそこには黒いスーツと腐った肉、骨が落ちていた。スーツは穴だらけ、骨もボロボロ。どうやら彼らは呪霊に玩ばれたようだった。それらもすべて焼き払う。もうトンネル内には何もない。誰が見ても何があったかなど分からないだろう。

 窓の人たちは一瞬で殺され苦痛を感じることはなかった。術師も呪霊に一歩及ばず敗北するも呪霊に重傷を与える。そうしてできた隙を僕がついて倒した。それでいいじゃないか。何の役にも立たず、ただ弄られ、死体も玩ばれる。そんなのは誰が知っても嬉しくない。事実を知るのは僕一人。なら僕が語ったことが真実になる。それでいいじゃないか。

 

 僕は入口の方へ歩みを進める。直ぐに入口の方から光が差してくる。入口の傍には、乗ってきた車と赤崎さんが立っていた。

 

「お疲れ様です」

 

 赤崎さんはそう言って僕を労う。

 

「うん、ちょっと今回は疲れたかな」

 

 普段から任務は退屈だ、などと言っている僕だ。その言葉が面白かったのか彼女はまた、いつも通り微笑む。

 

「そうですか、それでは車でお休みください。着いたら起こすので、寝ても大丈夫ですよ」

 

 今回はそうさせてもらおうかな。

 僕は車に乗ると帰途についた。帰ったら報告書か、めんどくさいなぁと思いながら。

 




おねショタ成分は今回はあまりありませんでした。次回以降も多分ないです。
オリ補助監督の赤崎さんですが、彼女にも色々設定が存在しており、連載が続けばそれが明かされることもあるでしょう。その前にエタりそうですが。

読者の皆様のお陰でルーキー日間ランキングに入ることができました。ありがとございます。今後もお読みくださると嬉しいです。また、度重なる誤字報告に助けられています。重ねてお礼申し上げます。

評価・感想よろしくお願いします。


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