仮面ライダー電王LYRICAL A’s ((MINA))
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再会 幕開け
第一話 「思い渦巻くは時の空間」


本日より第二部をスタートいたします。

第一部より長くなっていますのでお付き合いください。


時の列車デンライナー

 

次の停車駅は『過去』か『未来』かそれとも再び……

 

別世界の『過去』か?

 

 

モニュメントバレーを髣髴させる荒野。

そこは『時の空間』と呼ばれる空間であり、通常の方法では見ることはもちろんの事、行く事も出来ないという特殊な場所だ。

そんな空間を五輌編成の電車が一台、線路を敷設と撤去の工程を繰り返しながら走っていた。

この電車もただの電車ではない。

『時の列車』と呼ばれており現在、過去、未来を行くことが出来る電車の姿をしたタイムマシンだ。

『時の列車』は今、一直線にある場所に向かって走っていた。

それは別世界の『時の空間』に渡る事ができる『橋』に向かっていた。

「あれが『橋』か……」

『時の列車』の持ち主は先頭車輌に搭乗して、コントローラーであるバイクに跨っていた。

モニターごしにもハッキリとそれが『橋』だとわかっていた。

「ここを渡っていけば別世界に行ける、か」

彼は『橋』を見るのは今が初めてだ。

今まで自分が現在、操縦している『時の列車』を修復していたのだ。

この『時の列車』は実を言うと、以前に戦闘で大破している。

ほぼ修復不可能に近い状態にまで持ち込まれていたのを以前よりパワーアップさせたのだ。

「奴等がこの『橋』を渡っていったという話は聞いている……」

右手で右側の何かを触ろうとする仕種をするが、空気を掴むかたちになってしまう。

「………」

右手で拳を作り、ぷるぷると震わせている。

「今のままでは奴等に勝つ事は難しい……。だが!必ず必ず今度こそ葬ってやる!」

彼はバイクのグリップを回した。

『時の列車』が『橋』に向かって走っていった。

『時の列車』が走り抜けると、『橋』は最初からなかったかのように消え去った。

『時の列車』が向かった時間はというと、別世界の六月一日だった。

 

 

緑の牛の頭をした車輌を先頭にした二輌編成の『時の列車』が『時の空間』を線路を敷設しながら撤去するという工程を繰り返しながら走っていた。

ゼロライナーである。

「相変わらず変わらない景色だな」

ゼロライナー二輌目の『ナギナタ』の後部にあるデッキに二十歳前の青年がいた。

 

桜井侑斗。

 

それがこの青年の名前であり、仮面ライダーゼロノスに変身し、『時の運行』を守るために戦っている。

いわば野上良太郎の仲間、もしくは同業者である。ただ彼は良太郎とは違い、変身する際にはあるものを支払わなければならないため、良太郎のように頻繁には変身できないというデメリットを常に抱えていたりする。

「未来の俺とは別の時間を歩むことができる、か……」

彼と共に戦ってくれているイマジンが言ってくれた言葉だ。

そして、それに似たような事をとある人物にも言われた事がある。

その人物は自分の中ではできる限り言ってほしくなかった人物でもあったりする。

「……歩んでいるようには思えねぇよ」

一人でそう呟くと、侑斗は『時の空間』の空を見上げていた。

侑斗自身、消滅した未来の桜井侑斗(以後:桜井)とは違う時間を歩む事ができるといっても今ひとつピンと来ないものがあるのも確かだ。

自身が消滅した桜井と元が同一の存在だということは紛れもない事実だからだ。

自分と共に戦っているイマジンと似たような事を言ったのは桜井が愛し、自分も想いを寄せている女性---野上愛理だ。

正直な話、以前に会いに行った際に脈があるかもと侑斗も思ったが、桜井の後釜をちゃっかり乗るようなマネをしているような気がしたので侑斗としては納得できないものだった。

そして、現在に至るわけだ。

愛理への想いが自身のものなのか桜井の呪縛なのかはわからない。

自分の意思と公言しても自分が『桜井侑斗』である以上、説得力はないに等しい。

(考えても仕方ないか……。なるようにしかならないからな)

取り敢えず愛理のことや自身のこれからの身の振り方については保留する。

「侑斗ー。お菓子持ってきたよー」

全身を黒いローブのようなもので包んで、カラス顔のイマジン---デネブがお菓子が入っているバスケットを持って、客室からデッキに出てきた。

「おお」

侑斗はバスケットの中身を覗き見る。

デネブの顔がデフォルメされている絵柄の袋に包まれている飴---デネブキャンディだ。

「別世界、か……。野上達は一度行った事があるんだったよな……」

侑斗はバスケットからデネブキャンディを一つとって、袋を開いて口の中に放り込んだ。

空になった袋は丸めて客室にあるゴミ箱に向かって放り投げる。

見事に入った。

「うん。行く前に聞いておいたほうがよかったかも……」

デネブとしてはこれから向かう別世界に関しての唯一の情報源ともなる良太郎達に事前に聞いておいたほうがよかったと後悔していた。

「野上とは時間が逢わなかったんだから仕方ないだろ。それに俺達が顔を出せばそれだけで、あいつは事件だと勘付くからな」

二個目のデネブキャンディーを口に放り込む。

丸まった空袋はやっぱり、ゴミ箱の中に入った。

「……うん」

侑斗としても、できるなら良太郎達に今から向かう別世界の事は聞いておきたかったというのが本音だ。

全くの未知の世界---体験者の証言ほど有益なものはないだろう。

知識のあるなしで今後の行動に雲泥の差が出る事は間違いないことだ。

「オーナーさんは何も教えてくれなかったから……」

デネブも自作のキャンディーを口に放り込み、丸めた空袋をゴミ箱に向かって放り投げる。

角に当たって、ゴミ箱には入らなかった。

「肝心な事だけは教えてくれたけどな」

侑斗の表情が真剣なものになる。

「別世界の時間が破壊される……。まさか、カイみたいな奴が何かを企んでいるとか?」

デネブはゴミ箱に入らなかったゴミを入れるために、客室に戻っていく。

「さあな。オーナーも何が原因でそうなるかはわからないみたいだからな」

侑斗はそう言いながらも、オーナーの言葉を鵜呑みにしているわけではない。

現在の段階でも自分よりは何かを知っている事は確かだと睨んでいる。

知っているのならば聞きたいところだが、自分がオーナーと舌戦で勝てる確率はゼロに等しい。

つまり、体よくはぐらかされるのがオチというところだろう。

「……苦手なんだよな。何か見透かされている感じがしてよ」

それが侑斗のオーナーに対して抱く感情であり、デネブには聞こえないようにして呟いた。

「侑斗。もうすぐ、目的の時間に到着するよ」

「わかった」

客室からデネブがそう言うと、侑斗はデッキから客室へと移動した。

さらに客室から先頭車輌へと移動する。

先頭車輌は客室よりも殺風景で、中央にモニターとゼロライナーのコントローラーとなるバイク。マシンゼロホーンがあるだけだった。

ゼロライナーが『時の空間』を抜ける。

抜けた時間は別世界の十一月一日だった。

時間の破壊が行われるといわれる時間の一月以上前だった。

 

 

「やった!でも自動二輪って思ったより簡単に取れたような気がする……」

野上良太郎は本日取得した自動二輪の免許証を眺めて、笑みを浮かべていた。

ちなみに良太郎が取得したのは、大型の自動二輪免許である。

元来、大型自動二輪を取得するには小型自動二輪でのキャリアが前提となる場合が多い。

良太郎は小型でのキャリアはないに等しいが、マシンデンバードを操った経験がモノをいわせることができたのか、すんなりと取得できた。

(電王やみんなが憑いてる時もデンバードを操るけど、あれって、よく考えたら無免許運転だからね)

仮面ライダー電王(以後:電王)に変身している時はともかく、変身前の状態でイマジン達が憑いてデンバードに乗っている場合、いざという時に警察に出くわして免許の提示を言われた場合にはどう転んでも言い逃れができない。

道路交通法に触れ、1年以下の懲役又は30万円以下の罰金を食らうことになるだろう。

警察の世話になったことは何度かある(ほとんどが濡れ衣か事情聴取)が、いくらなんでもこれでお世話になるのは世間的にも『時の運行を守る者』としてもどうだろうということで、免許取得を決意したのだ。

別世界での冒険から既に三ヶ月が経過していた。

本来ならもっと早くに取得する事ができたのだが、色々と事件が起きてここまで時間がかかってしまったのだ。

「本当、元に戻ってよかった」

良太郎は確認するかのように自身の掌や身体を見る。

青年であり、十九歳の野上良太郎の身体だ。

実を言うと彼は別世界から戻って、すぐに身体が少年の身体になるという異変が生じた。

それに輪をかけるように鬼ヶ島でオニと戦ったり、侑斗と姉の愛理の問題や、自分の未来の孫である野上幸太郎と相棒ともいえるイマジンの問題、遂にはお宝を狙う仮面ライダーや時間警察直属の電王等との戦いなど、まるで自分に免許の取得をさせないかのように立て続けに事件が起こったのだ。

それでも何とか乗り越えて、現在に至るというわけだ。

「今日は姉さんが免許の取得のお祝いをしてくれるって言ってたから、早く帰ろうっと」

良太郎は小躍りしたい気持ちを抑え、早足で帰ろうとする。

だが彼は不幸の女神もしくは疫病神に愛された男、野上良太郎である。

一日が幸運ばかりで終わるわけがない。

その証拠に彼の眼前には囲むようにして、三人の不良少年が待ち構えていた。

彼等の目的は勿論、良太郎が持っているお金である。

(あれ?何だろう……)

良太郎は絡まれているのに、特に恐怖心のようなものが全く出てこなかった。

「お兄さん。景気よさそうな顔してるじゃない?」

「だったらさぁ。恵まれない俺達にもお兄さんの幸せ、分けてくんないかなぁ?」

「俺達、懐寂しいんだ。頼むよぉ」

ニヤケ顔で三人が陳腐な台詞を吐く。

以前の、それこそ電王になる前の自分だったら、お金を支払っていただろう。

だが、今の良太郎は特に彼等が『怖い』とは思えなかった。

彼等以上に『怖い』相手と戦った事があるからだ。

そう、生きるか死ぬかの命がけの戦いを。

だからこそ、金銭目的だけで暴力を振るうというチャチな行動しか取れない彼等に恐怖心を抱かなくなっているのだ。

「あの、貴方達に渡すお金はありません。諦めてください」

良太郎はできる限り低姿勢で断った。

変に煽るような事を言えば、即取っ組み合いになることはわかっているからだ。

「俺、耳が悪くなったのかな。よく聞こえなかったなあ」

「俺もだよ」

「俺も俺も、お兄さん。もう一回言ってくれないかなぁ」

不良少年達は額に青筋立てながらも、温厚な口調で言う。

「悪いけど、渡すお金はないって言ったんだ」

今度は素に断った。

その直後に良太郎と不良少年を囲む空気が変わった。

常人ならそれだけで恐怖で身体全身が震えて動けなくなるだろう。

だが、良太郎にしてはたかが不良少年---小悪党中の小悪党だ。

イマジンや『時の運行』を乱そうとする人間達に比べれば本当に子猫のようにも見えた。

「それじゃ、僕は帰ります。こんなことばっかりしないで真面目に働いた方がいいと思いますよ」

良太郎はそう言いながら、何事もないようにその場から歩き出す。

だが、

「オイ?テメェ、調子に乗ってんじゃねぇよ」

「俺達が優しくしてりゃ、つけあがりやがって!」

「ぶっ殺してやる!」

三人がそれぞれの構えを取る。

(三人とも格闘技をかじってる……)

良太郎には三人の構えだけでそれを判断する事ができた。

三人とも、同じ構えを取っていた。

空手だろうと良太郎は判断した。

それでも良太郎は恐怖を感じない。

真ん中にいる男が右足を振りかぶっていた。

左足を踏み込んで、右足を頭部に狙いをつけているのがハッキリと見えた。

(あれ?)

良太郎はそれがハッキリ見えており、彼の攻撃が自分が思っている速度よりもはるかに遅い事に気づいた。

自分の『蹴り』においての特訓相手がウラタロスだから速度に差が出るのは当然といえば当然だ。

だがここまで差が生じるとは良太郎も思っていなかった。

(これって、当てていいんだよね?)

良太郎はそんなことを考えてから、右足を踏み込んで左足を中央の不良少年の頭部に狙いをつけて繰り出した。

相手が右ハイキックに対して、良太郎は左ハイキックだ。

相手の蹴りが自分の頭部に当たる事はなかった。

「ぐへぇ」

自分よりも速く蹴りのモーションを繰り出した不良少年が間抜けな声を上げて、倒れたからだ。

蹴りのモーションをすぐに解き、元の姿勢に戻る。

ただ立っているだけの姿勢だが。

「ヨッちゃん!」

「こいつ、相当やりやがる!」

不良少年達の目つきが変わった。

目的が『金銭』から『仲間をやられた報復』に切り替わったのだろう。

「あの、やっぱりやめません?」

良太郎は残った二人に辞めるように勧めてみる。

「ふざけんな!」

「絶対に潰す!」

逆鱗に触れる結果となった。

右側の男が右正拳を繰り出す。

コレもやっぱり、特訓相手であるモモタロスと比較すると雲泥の差が出てしまう。

良太郎は左フックを繰り出す。

相手の拳は自分の顔面スレスレで停まって、崩れ落ちていった。

繰り出した左フックはカウンターとなったのだ。

「ユウ君!」

最後に残った一人が動揺を隠さずにはいられなかった。

「やっぱりやめません?」

良太郎は最後に説得してみる。

「ふざけんな!俺達はこれでも黒帯の二段だぞ!そんな奴を二人も一撃でしとめて、もうやめません?だと!ふざけんな!」

説得は無駄に終わった。

三人目の空手は両脚をその場で軽くトントントンとリズムを取るように跳躍する。

そして、そのまま左右に翻弄するように動く。

だが、良太郎はそれをきちんと目で捉えていた。

リュウタロスの動きに比べればあまりにも稚拙なものだった。

(見えた!次で来る)

それだけハッキリわかると心構えができた。

「もらったぁ!!」

不良少年が左フックを繰り出す。

良太郎はそれを右手で弾いた後、左手を拳から開手にして、不良少年の右頬を張り飛ばした。

キンタロス程ではないが、それでも威力はあるだろう。

虚を突かれた一撃なので、恐らく脳はグラグラ揺れているはずだ。

「あ、あああ……」

不良少年の三人目も崩れ落ちた。

「すげぇ!」

「あの兄ちゃん!めちゃくちゃ強い!」

「カッコいい!!」

などという声がしたので後ろを振り向くと、

先程の喧嘩を見ていたのか、女子高生やサラリーマン、果ては現在気絶している不良少年達とは違う部類の不良少年達が拍手なり声援を送っていた。

良太郎は気を失わせた三人をガードレールにもたれさせてから、ギャラリーに適当な愛想笑いを浮かべてその場から離れた。

 

ミルクディッパーに戻ると、姉の愛理とその取り巻きである尾崎正義と三浦イッセーが笑顔で出迎えてくれた。

「良ちゃん、お帰りなさい」

「「お帰りぃ。良太郎君!!」」

「ただいま。やっと取れたよ」

良太郎はそう言いながら、三人に免許証を見せた。

「やったじゃない。良ちゃん!おめでとう!」

「「おめでとう!良太郎君!」」

「あ、ありがとう」

良太郎は笑みで応える。

「今日はご馳走作ったから、たくさん食べてね」

「ありがとう。姉さん」

和洋中色々とまざった夕飯だった。

夕飯を食べ終えると、良太郎は外に出て、夜空を見上げた。

満月となっていた。

「みんな、元気にしてるかな……」

良太郎がさす『みんな』とはデンライナーの面々だけでなく、別世界の仲間達も含まれていた。

三ヶ月も前のことなのに、昨日のように思い出せる。

といっても、電王になってからの自分の人生はまさに毎日が祭りのようなものだった。

休む暇もなければ、どうでもいい時間なんて一つもないくらいだ。

それでも、別世界で過ごした時間は新鮮であり、刺激的だったといってもいいだろう。

ズボンのポケットから着メロが鳴り出した。

ポケットから取り出すと、ケータロスだった。

通話ボタンを押す。

「もしもし」

「おう!良太郎!久しぶりだな!」

「モモタロス!久しぶり、どうしたの?」

「オッサン(オーナーの事)がオマエに話があるってよ。今からそっちに向かうぜ」

半ば一方的に伝え終えると、モモタロスの通話が切れた。

それから数秒後。空の空間の一部が歪み、線路が敷設されながら地上に向かっていく。

『時の列車』デンライナーがこちらに向かって走って、停車した。

デンライナーのドアが開く。

モモタロスがいた。そして、良太郎に向かって手を差し出す。

 

「乗れよ!良太郎、みんな待ってるぜ」

「わかった。今行くよ。モモタロス」

 

良太郎は迷うことなくモモタロスの手を握り、デンライナーへと乗り込んだ。

 




次回予告

第二話 「警告 別世界の時間が滅ぶ!?」


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第二話 「警告 別世界の時間が滅ぶ!?」

それでは第二話を投稿します。


『時の列車』デンライナーに野上良太郎が乗車すると、デンライナーは車輪を動かして線路を敷設と撤去の工程を繰り返しながら『時の空間』へと入っていった。

赤色のイマジン---モモタロスの案内でデンライナーの食堂車輌に野上良太郎が入ると、人間が三人、イマジンが三体待ち構えていた。

「久しぶり。良太郎」

青色のイマジン---ウラタロスが座席に座って、コーヒーをテーブルに置いて、右手を軽く挙げて挨拶する。

「元気そうで何よりや」

金色のイマジン---キンタロスが腕を組んで、良太郎の姿を見ると首を縦に振って満足そうに頷いていた。

「よかったぁ。良太郎、チビッこくなってないや!はははは!」

紫色のイマジン---リュウタロスが良太郎と自分の身長を比較してから、嬉しそうに良太郎の周りをくるくるとステップを踏みながら回る。

「ホント、その姿見てるとホッとするわよね」

イマジン討伐の際にオーナーと契約している少女---コハナだ。

髪も以前のショートヘアではなく、ロングヘアーになっている。

「良太郎ちゃん、お久しぶりですぅ」

食堂車輌にいるイマジン達のコーヒーを淹れている女性---ナオミが笑顔で手を振って迎えてくれた。

良太郎は全員に笑顔で軽く手を上げて答えた。

「お久しぶりですねぇ。良太郎君、元気そうで何よりです」

ステッキを突きながら、初老の男性が良太郎に歩み寄ってきた。

デンライナーのオーナーである。

「あ、お久しぶりです。あの、何か事件でも?」

良太郎はオーナーが自分を呼びつけた理由は『時の運行』関連だという事は目星をつけている。

「さすが良太郎君ですねぇ。話が早くて助かります。では早速本題に入りましょうか。ナオミ君」

「はーい」

オーナーの指示の元、ナオミがいつの間にか手にしていたリモコンのスイッチを押す。

押すと、天井から液晶テレビが降りてきた。

「まずはこの映像を見てもらいましょうか。ナオミ君」

「はーい」

ナオミは更にリモコンを操作する。

テレビに映像が映し出された。

『世界の車窓から、今日は○×■へと向かいます』

どこかで聞いた事があるようなBGMと、どこか外国とも思われる風景、そしてオーナーそっくりの声が流れた。

「「「「「「………」」」」」」

食堂車輌にいる全員が硬直した。

「あ、すみません。間違えました。こちらが見てもらいたいものです。ナオミ君」

その一言で、イマジン四体はずっこけた。

「はーい」

ナオミはオーナーから本題となるDVDを受け取って、レコーダーにセットする。

「オッサン、何ボケてんだよ!?」

「オーナーって、そんなキャラだっけ?」

「思いっきり、コケてもたやないか!」

「おじさんのバカー!」

イマジン達が起き上がりながら、ボケた?オーナーに文句をこぼす。

だが、いつもの仏頂面で彼等の抗議を右から左へと流していた。

ナオミはそれをレコーダーにセットしてからリモコンのスイッチを押す。

砂の山というか砂漠しか映っていなかった。

知らない人が見ると、環境映像のようにも見えた。

だが、知っているものがみればそれが何を意味するのか理解できた。

「オーナー、これってもしかして……」

良太郎は青ざめた表情をしていた。

「ええ、今の別世界の時間ですよ」

つまり、今自分達が生活している時間での別世界の姿という事だ。

通常は時間が破壊された場合、未来の時間(明日以降)に特異点(あらゆる時間に干渉されない存在)がいる場合、その特異点の記憶を中心に人々の記憶の力を持って復元される。

ただし、完璧なものではない。

特異点が記憶していない事や人々が完全に忘れてしまった事は復元されないという落とし穴もある。

また、時間の破壊が行われたとしても特異点だけは消滅を確実に免れる。

別世界の今の時間が破壊された後のままという事は、映像で見せた後の未来の別世界には特異点が存在しなかった、もしくは存在していたとしても時間が破壊される際に何者かに事前に殺害されたか、それ以前に病死、自殺したという事も考えられる。

そうなればこのままということも頷ける。

「これって、いつからこのまま何ですか?」

「十年前の十二月からですねぇ」

良太郎の質問にオーナーは答えた。

それは、自分達が初めて別世界で一仕事終えた時間から大体半年後の時間となる。

「その時間に特異点はいなかったんですか?」

尤もな事を良太郎は訊ねる。

「……良太郎君やハナ君のように生粋の特異点はいなかったと思います。ただ……」

「ただ……?」

 

「完全とまではいいませんが、特異点の力を持った者ならいましたよ」

 

「完全とはいえない特異点?」

良太郎はオーナーの言葉の意味が理解できない。

それは他のイマジン四体やコハナも同じ事だ。

「そうですねぇ。便宜上、『半特異点』とでも呼びましょうか。半特異点は特異点と同様に、時間の破壊で消滅はしませんが、破壊された時間を復元するという、いわば復元能力はないんですよ」

オーナーは半特異点についてわかっていることを良太郎達に知っておいてもらうように語る。

「それって誰かわからないワケ?」

ウラタロスが代表して、半特異点の力を持つものが誰なのか尋ねる。

「残念ながら……」

オーナーは首を横に振る。つまり、わからないということだ。

「あの映像には誰も映ってへんかったって事はその半特異点は死んでるわけやな」

「そうですねぇ。別世界の時間破壊を実行した者は相当用心深いんでしょうねぇ。時間の復元もできない半特異点をも葬っているわけですからね……」

キンタロスの推測にオーナーは相槌を打つ。

「良太郎君。十年前の十二月を起点にして別世界の時間が滅ぼうとしていることは確かです。既に侑斗君とデネブ君には一月前からの時間に行ってもらい、調査をしてもらっているのですが今のところ芳しい結果をえられていないのが現状なんですよ」

「侑斗とデネブが……」

それは初耳だった。

元の身体に戻ってからは一度も会っていないから、気にはなっていたのだが自分達より先に別世界に行っているとは思わなかった。

「良太郎、行かねぇなんて事はねぇよな?」

モモタロスが良太郎に確認するかのように訊ねる。

良太郎の心は決まっているので、モモタロスの台詞は今更ながら、というものだ。

「もちろん行くよ」

良太郎の言葉に食堂車輌にいる全員が頷く。

「では、良太郎君。今後の戦いに備えてコレをプレゼントします」

オーナーは良太郎の答えに満足すると、指をパチンと鳴らすとどういう原理かはわからないが何かを包んだと思われる物体を食堂車輌に呼び出した。

イマジン四体は物珍しそうに色々な角度で見ている。

「プレゼントって結構でけぇな」

モモタロスは飽きもせずにジロジロと見ている。

「まさか、チャーハン対決の巨大スプーンじゃないよね?」

ウラタロスはオーナーならやりかねない事を口に出す。

「カメの字。いくらなんでも、そりゃないやろ」

キンタロスはウラタロスの予想はいくらなんでもないだろうと突っ込む。

「何かな?何かな?良太郎、早く見ようよー」

リュウタロスは考える事はせず、良太郎に早く包んでいる布を剥がすように急かす。

「う、うん。わかったよ。リュウタロス」

良太郎は急かされながら布を取ると、そこにはデンライナーのコントローラーであるマシンデンバードと同じバイクがあった。

「今までの功績と運転免許を取得したお祝いを兼ねての私からのささやかな気持ちです。今後も私達の世界と別世界の『時の運行』をよろしくお願いしますよぉ」

「は、はい!ありがとうございます!」

良太郎はバイクを受け取ると、オーナーに頭を下げる。

「そのバイクはデンバードⅡで、基本的な性能はデンバードと差はありません。でも……」

オーナーはデンバードⅡのキーボックスに懐から取り出したライダーパス(以後:パス)を差し込んで起動させると、キーボックスの横にあるデンバードにはなかったボタンを押す。

すると、前輪と後輪が九十度回転してから、車体が滑るようにしてスライド変形した。

「「「「「「「おおおおおおおおおお!!」」」」」」」

九十度に回転した前輪と後輪がファンの役割をして浮揚しているのだ。

「ちなみに乗り方はこうです!」

そう言うと同時に、浮揚しているデンバードⅡの上に飛び乗る。

跨ぐのではなく、乗っかるかたちになっていた。

「場所が狭いので、動かす事はできませんがこれがデンバードⅡの能力です」

オーナーが降りると、デンバードⅡはバイクの状態に戻った。

「良太郎君。これを」

オーナーは懐から取り出した二枚の写真を良太郎に渡した。

「これは?」

写真に写っていたのはピンボケしてはいるが『時の列車』のようだ。

「ターミナルの駅長が『橋』の監視を行った際に写したものです。別世界

むこう

で侑斗君と逢った際には渡しておいてください」

「わかりました」

良太郎は写真を上着のポケットの中に入れる。

「では皆さん。よろしくお願いしますよ」

オーナーの言葉に全員が頷いた。

デンライナーは『時の空間』の『橋』を渡り、別世界へと向かって行った。

向かう先は別世界の十二月二日。

 

 

雨雲とも雷雲ともいえる雲らしきものが渦を巻いている次元空間。

時空管理局御用達の艦---次元航行艦アースラは航行していた。

「管理局本局へのドッキング準備すべて完了です」

「うん、予定は順調。いいことね」

男性オペレーターの報告に満足したアースラ艦長であるリンディ・ハラオウン提督は笑みを浮かべてメインモニターを見ていた。

相変わらず、変わり映えのない景色である。

彼女の後ろから靴音が聞こえてきた。

「失礼します。艦長、お茶のお代わりはいかがですか?」

急須とミルクをトレーに乗せて、エイミィ・リミエッタがリンディに勧めた。

「ありがとうエイミィ。いただくわ」

エイミィは急須を空になっている湯呑みに傾ける。

空になっている湯呑みが緑茶で満たされていく。

「本局にドッキングしてアースラも私達もやっと一休みね」

「ですね」

リンディの言葉にエイミィは笑顔で頷く。

「子供達は?」

リンディは角砂糖を六個緑茶に放り込み、その後ミルクを流し込んだ。

茶の道を歩く者ならば猛抗議をしたくなるような行動だ。

恐らく良太郎や海鳴に生活している高町なのはが見たらドン引きするだろう。

「今は三人で休憩中のはずですよ。クロノ執務官とフェイトちゃん、さっきまで戦闘訓練をしていましたし、ユーノ君はそれに付き合ってましたから……」

「そう。明日は裁判の最終日だっていうのに、マイペースねぇ」

リンディはスプーンで湯呑みの中身をかき混ぜてから口に含める。

「ん」

リンディはお菓子である羊羹の一切れを爪楊枝で刺してからエイミィに差し出す。

「まあ、勝利確定の裁判ですから」

エイミィは笑顔でそれを受け取った。

 

昼時なのかアースラの食堂は局員で賑わっていた。

雑談や食堂の食材について品評など、様々だがある一角だけは微妙に空気が違っていた。

時空管理局執務官クロノ・ハラオウンが対面に座っている三人と裁判の最終確認をしていた。

四人の手元には裁判についてのあらましが記載されている電子資料が置かれていた。

「さて、じゃあ最終確認だ」

対面に座っている右からユーノ・スクライア(人間)、フェイト・テスタロッサ、アルフ(人型)が座っていた。

「被告席のフェイトは裁判長の問いにその内容どおりに答えること」

「うん」

「今回はアルフも被告席にも入ってもらうから」

「わかった」

クロノの指示にフェイトとアルフは頷く。

「で、僕とそこのフェレットもどきは証人席に、設問に関する回答はそこのとおりに……」

「うん。わかった」

ユーノは頷き、電子資料に目を通す。

「て、おい!!」

目を通しながらユーノはクロノの先程の呼ばれ方を思い出し、テーブルを叩いてクロノを睨んだ。

「何だ?」

クロノはユーノが何故急に大声を張り上げたのかわかってはいるが、とぼけた表情をする。

「誰がフェレットもどきだ!誰が!!」

「君だが、何か?」

フェイトとアルフの頭ではユーノ=フェレットの図式が構築されていた。

「「おお」」

と納得していた。

ユーノの頭の中でもその図式が構築されていたらしく、理解してショックを受けた。

「そりゃ動物形態でいる事も多いけど、僕にはユーノ・スクライアっていう立派な名前が!!」

ユーノは力いっぱい自身がユーノ・スクライアであるという事を証明するように胸に手を当てて、クロノに抗議する。

「ユーノ。まあまあ」

アルフが苦笑いを浮かべながら落ち着くように宥める。

「クロノ、あんまり意地悪言っちゃ駄目だよ」

フェイトも苦笑しながらクロノに注意する。

「大丈夫。場を和ませる軽いジョークだ」

瞳を閉じて言っているものだからジョークか本気かは判別はつかない。

「だから、お前は黒いの、なんだよ」

ユーノがボソリとだが、クロノに聞こえる音量で呟いた。

「……誰が、黒いのだって」

クロノが席から立つ。

「聞こえませんでした?すいませんねぇ。クロイノ・ハラグロン執務官」

今度はハッキリとしかも、クロノの名前までわざと間違ってみせる。

「「ぷふぅぅぅ」」」

フェイトとアルフが涙目になって口元を押さえて必死で笑いをこらえる。

「……僕はクロノ・ハラオウンだが、フェレットもどき君!」

「お前の言い方はリュウタロスと違って悪意を感じるんだよ!」

「君のさっきの間違いこそ悪意がこもってるんじゃないのか!」

「何だよ!」

「何だ!」

互いに睨みあう始末だ。いつ手や魔法が出てもおかしくない状況になっている。

アルフが立ち上がり、ユーノの肩を叩いて落ち着かせようとする。

クロノはそれを見て、優先すべき事を思い出し平静に戻る。

「……事実上、判決無罪。数年間の保護観察は確実といったところだが、受け答えはしっかりと頭に入れておくように」

「「はい」」

フェイトとアルフは首を縦に振って返事する。

「……はい」

ユーノは口をひくつかせながらも返事した。

 

アースラメインモニタールームではリンディは艦長席にあるモニターに映っているレティ・ロウランと談話していた。

『お疲れ様、リンディ提督。予定は順調?』

「ええ、レティ。そっちは問題なぁい?」

リンディは笑みを浮かべて答えてからレティに訊ねる。

『ええ、ドッキング受け入れとアースラ整備の準備はね……』

「え?」

レティは何か問題があるかのような含みがかかった口調で言う。

『こっちの方では、あまり嬉しくない事態が起こっているのよ』

「嬉しくない事態って?」

リンディが訊ねる。

 

『ロストロギアよ。一級捜索指定がかかっている超危険物……』

 

レティの言葉にリンディも報告に来たクロノも目を丸くしていた。

『いくつかの世界で痕跡が発見されているみたいで、捜索担当班は大騒ぎよ』

「そう」

自分達の知らない所でそのような事が起こっていたことをリンディは理解すると同時に声を上げる。

『捜査員を派遣して、今はその子達の報告待ちね』

「そっかあ」

リンディは残念な表情を浮かべた。

羽を伸ばすのは当分先のことだと確信したからだ。

 

フェイトは私室に戻り、電子資料を机の上に置いた。

電子資料のほかに、なのはとその友達であるアリサ・バニングス、月村すずかが写っている写真とビデオレターであるDVD、そしてチェスの入門書とマグネット式のチェス盤が置かれていた。

写真を見てから、フェイトは小さく微笑む。

入門書とチェス盤を見てフェイトは別世界の青年を思い出した。

「良太郎、元気にしてるかな……」

彼とは、なのはと違ってコンタクトを取れる手段はないので待つしかない。

でも、大丈夫だろうと自身に言い聞かせた。

 

フェイトは知らない。

再会の時は既に迫っている事を。

良太郎は知らない。

彼自身の人生に影響を与える出来事がこの一件で起こることを。

 

 




次回予告

第三話 「宴の始まり」


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第三話 「宴の始まり」

第三話投稿します。


十二月一日海鳴市桜台。

時間にして午前六時三十五分。空は太陽が顔を出そうとしている頃。

高町なのはは私服で右手に空になった空き缶を持っていた。

十二月なので、空気はひんやりとしている。

「それじゃ今朝の練習の仕上げ。シュートコントロールやってみるね」

『わかりました』

なのはが今朝の仕上げの内容をベンチの上に丁寧に畳まれているコートの上に置かれている赤色の珠---レイジングハートに告げる。

レイジングハートは了承した。

なのはは目を閉じ、これからすることに専念する。

「リリカルマジカル……」

足元から桜色の魔法陣が展開される。

「福音たる輝き、この手に来たれ。導きのもと、鳴り響け……」

左手を前にかざし、右手に持っている空き缶を空に向かって軽く放り投げた。

空き缶は回転しながら宙を舞う。

「ディバインシューター!」

左人差し指に桜色の魔力球が収束されている。

空に人差し指をかかげる。

「シュートォォォ!!」

魔力球が生き物のようにクネクネと動く予備動作をしてから宙を舞っている空き缶に向かって上昇していった。

空き缶に一回触れた。

「コントロール……」

なのはは放たれたディバインシューターを瞳を閉じたまま先程より更に左に左手で操作する。

角度を変えて空き缶に右斜め下から左斜め上に向かって飛んでカンと音を立てながら一回触れ、八の字を描くようにしてもう一回左斜め下から右斜め上に向かって飛びながらカンと音を立ててから一回触れる。

『ⅩⅨ、ⅩⅩ、ⅩⅩⅠ……』

レイジングハートがカウントする。

「アクセル……!」

なのはは苦悶の表情を浮かべ始めて呟く。

ディバインシューターが先程よりも速く空き缶に触れていく。

カンカンカンカンカンとリズミカルに音を立てていく。

レイジングハートのカウントもどんどん増えていく。

『XCⅧ、XCIX、C!』

なのはの身体から緊張が解け、気持ちも安堵が支配しようとした瞬間。

「ラスト!」

なのはは大きく左腕を振って、ディバインシューターを操作する。

空中で生き物のように動きながら空き缶に向かっていく。

空き缶に触れたディバインシューターは消える。

空き缶はゴミ箱に向かって飛んでいく。

カコンという音を立てて、空き缶はゴミ箱の中には入らずに外に弾かれて地に落ちた。

「あーあー」

なのはの予想では空き缶はゴミ箱に入る予定だったのだが、現実はそんなに甘くはなかったようだ。

『よい出来ですよ。マスター』

レイジングハートは落胆する主に賛辞の言葉をかける。

「……にゃははは。ありがとうレイジングハート」

なのははデバイスの言葉を素直に受け止める。

なのははコートを羽織り、レイジングハートを首にかけてから、ゴミ箱の側に落ちている空き缶をゴミ箱の中に放り込んだ。

「今日の練習、採点すると何点?」

レイジングハートに訊ねる。

『約八十点です』

「そっか」

採点官の評価に満足したのか、なのはは笑顔になった。

 

なのはは家に戻り、聖祥学園へと行く準備をしていた。

彼女の机にはフェイト・テスタロッサの写真が飾られていた。

その隣にはユーノ・スクライア(フェレット)が寝床にしていたバスケットがあった。

机の側には七つの卒業証書を入れるような筒が立っていた。

ひとつは自分のものであり、残る六つは野上良太郎、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナのものだ。

ふと懐かしさがこみ上げてきた。

自室から一階に降りると、高町士郎、桃子、美由希がそれぞれ行動を取っていた。

士郎は椅子に座って新聞を読んでいる。

桃子と美由希は朝食の準備をしている。

なのははテーブルに食器を置いていく。

「なのはー、郵便が来てるぞ」

高町恭也が郵便受けからなのは宛に届いた包みを持ってきた。

「本当!?」

「海外郵便、差出人フェイト・テスタロッサ」

「ありがとう!お兄ちゃん」

なのはは喜色の声を上げて恭也から包みを受け取る。

「いつものあの子だね。また、ビデオメール?」

美由希の言葉に、なのはは包みを宝物を抱きしめるようにしながら頷く。

「うん!きっとそう!」

なのはは中身を見ずとも確信していた。

「その文通ももう半年以上になるんだな」

今まで新聞を読んでいた士郎が新聞を下ろす。

「フェイトちゃん。今度、遊びに来てくれるのよね。ウチに来てくれたら、お母さんうーんとご馳走しちゃう」

桃子は腕によりをかける気マンマンだ。

「ユーノも本当の飼い主が見つかったし、ハナちゃんやモモ君達もいなくなってめっきり寂しくなったね」

「お前は特にユーノを可愛がっていたからな。それにしてもアイツ等便りの一つも出してこないなんてな」

恭也は美由希がユーノを特別可愛がっていた事を知っている。

なのはを除く面々はモモタロス達が外国に行っていると聞かされているのだ。

「モモタロスさん達は案外近いうちに顔を出してくるかもしれないし、ユーノ君はまた預かるかもしれないかも、だよ。飼い主さん次第、かな」

なのははモモタロス達に関しては大嘘を、ユーノに関してはあくまで可能性なことを皆に告げた。

「だといいなぁ!」

「ほんとねぇ」

美由希と桃子は喜色の声を上げる。

(みんな、元気かなぁ)

なのはは魔導師となって得た仲間達を思い浮かべていた。

 

 

十二月二日、午前二時二十三分。海鳴市オフィス街

「「うわあああああああ」」

そんな悲鳴を上げながら、時空管理局の捜査員二名はバタバタっと地に伏した。

全身から煙がぶすぶすと出て、死に掛けのカエルのようにピクピクと痙攣していた。

その二名を倒したのはその二人よりも半分くらいの身長しかない少女だった。

赤の中にオレンジが混ざったとも思われる髪をふたつにおさげにしている。

赤をメインカラーにして黒がポイントカラーの装飾をしているゴシックロリータ風の衣装を纏っていた。

右手には自分の身長ほどあるハンマーのような武器。

左手には彼女の手よりはるかに大きいとも思われる分厚い本が握られていた。

 

「行ったよな?あたしはギィガァ強いってな」

 

少女は見下ろし、完全に戦闘不能になっている二人に言う。

「オマエ等ザコすぎ。こんなんじゃ大した足しにはならないだろうけど」

そう呟きながら少女は本を広げて、かかげる。

本はバラバラバラバラっとページを自動で捲っていく。

本の全体から禍々しい光を放つ。

捜査員二名の体から光輝く何かが浮かび上がっていく。

 

「オマエ等の魔力は『闇の書』のエサだ」

 

少女はそう淡々と語ると、闇の書と呼ばれた本が輝いた。

「「うわああああああああ」」

捜査員二名はさらに悲鳴を上げた。

 

 

十二月二日午後四時、風芽丘図書館。

既に夕方となっており、カラスが鳴くと絵になる頃だ。

「もう夕方か。日が暮れるのが早くなったな」

海鳴市の地理を知るために桜井侑斗は図書館にある書物で知識を得ようとしていたのだ。

ここにいるのは彼一人ではないのだが。

一冊の本を読み終えると、侑斗は本を閉じて軽く伸びをする。

隣を見ると、誰もいない。

同行者は本を読み終えて、また物色しているのだろう。

「ったく、世話のかかるヤツだ」

侑斗は立ち上がり、本を棚に置くと同時に同行者を捜す事にした。

侑斗は本を棚に戻してから、同行者を捜していた。

「アイツ、あんなところに……。お……」

侑斗が同行者を呼ぼうとしたが、恐らく同年代くらいの少女と仲良く話している姿を見て止めた。

「アイツが同年代の人間と話すところを見るのは初めてだな」

無理もないことだと侑斗は思った。

一日の大半を家で過ごしているような彼女だ。

こんな役得があってもいいだろうと思った。

「入口付近で待つか」

侑斗は同行者が気の済むまで好きにさせようと決め、図書館の入口付近へと向かった。

 

図書館の入口まで歩くと、見知った女性が立っていた。

コートを羽織っており、金髪のショートヘアでハッキリ言えば美人の部類に入る容姿をしていた。

「来るの早いな」

侑斗は声をかけて歩み寄る。

「はやてちゃんは?」

女性は侑斗の同行者である少女のことを訊ねる。

『はやて』というのが侑斗の同行者の名前である。

「友達と話をしている」

「友達?」

「ああ、さっきできたみたいだ」

「そう」

女性は笑みを浮かべる。

侑斗の耳に聞き覚えのある音が入った。

音のする方向に振り向くと、先程館内で知り合った少女に車椅子を押されている、はやてがいた。

「ありがとうすずかちゃん。ここでええよ」

すずかと呼ばれた少女は自分と隣にいる女性に軽く頭を下げた。

侑斗と女性も感謝を込めて軽く頭を下げる。

 

図書館を出た後、侑斗ははやてが乗っている車椅子を押していた。

女性はその横を歩いている。

「はやてちゃん、寒くはないですか?」

女性が優しくはやてを気遣う。

「うん平気。シャマルは寒くない?」

「私は全然」

女性---シャマルは笑顔で答える。

「侑斗さんは?」

「大丈夫だ」

侑斗は相も変わらずの愛想のない感じで答える。

「もう一ヶ月近くになるんですねぇ。侑斗君とデネブちゃんが来てから……」

「おかげでこのあたりの勝手はだいぶわかるようになったな」

シャマルがしみじみと思い出しながら、侑斗はこの一ヶ月で得た事を答えた。

図書館を出てからしばらくすると、白いコートを羽織って、紫色のマフラーをして、桃色の髪をポニーテールにした女性が侑斗達を待ち構えているようにして立っていた。

「シグナム!」

はやてが嬉しそうに女性の名を呼んだ。

「はい」

静かだが喜色が混じった声をシグナムは出した。

四人で何か会話をすることもなく歩くと、はやてが口を開いた。

「晩御飯、侑斗さん達は何食べたい?」

はやては今夜の献立を考えているようだ。

「そうですね。悩みます」

シグナムは秀でて好物というものがないのでそのように答えるしかない。

「俺は椎茸が入ってなかったら、何でもいい」

侑斗は自分が大嫌いな食材が入ってなかったら何でもいいとのことだ。

「「「ぷっ」」」

侑斗を除く三人が口元を押さえて笑いをこらえる。

「侑斗さん、好き嫌いはあかんよ」

「大きくなれませんよ」

「シャマル、桜井(シグナムは侑斗をこう読んでいる)は私達より大きいぞ」

はやてとシャマルが侑斗の好き嫌いを注意し、シグナムがシャマルの台詞に突っ込みを入れる。

「スーパーで材料を見ながら考えましょうか」

「うん、そやね」

シャマルの提案にはやては乗った。

「そういえばヴィータは今日もどこかへお出かけ?」

はやてはここには家族の一人の所在をシャマルに尋ねた。

「ああ、えと、そうですねぇ……」

シャマルはどう答えたらいいのか迷っている。

「外で遊び歩いているようですが、ザフィーラがついていますのであまり心配はいらないですよ」

「そか」

シグナムははやてを安心させるような言葉を選んだ。

「でも……」

シャマルはこう続けた。

 

「少し距離が離れても、私達はずっと貴女のそばにいますよ」

 

(距離が離れても、ずっとそばに……か)

シャマルの言葉は侑斗の胸にも刺さるようなものがあった。

「はい。我等はいつでも、貴女の側に……」

シグナムもまた念を押すように、はやてに告げた。

「うん。ありがとう」

はやては二人に感謝の言葉を述べてから車椅子を押している侑斗に顔を向ける。

「侑斗さん。デネブちゃんも呼んでええ?晩御飯の事で色々と話したいんよ」

「別に構わないぞ。八神(侑斗は、はやてをこう呼んでいる)、携帯貸してくれ」

「はい」

侑斗は八神家にいると思われる相棒のイマジンに向けて電話をかけた。

「デネブか、俺だ。八神が夕飯の事でお前の意見も聞きたいからこっちに来てくれだと。ああ、わかった。じゃあ十分後にな」

携帯電話を切ってから侑斗は、はやてに返した。

「十分後に来る」

「ありがとうな。侑斗さん」

「気にするな」

侑斗は、はやてに小さく微笑んだ。

 

 

十二月二日午後七時四十五分、海鳴市市街地。

月は出ておらず、雲が出ているどんよりとした空。

一人の少女と大きな獣がいた。

少女は深夜に時空管理局の捜査員を襲った少女で、獣は前後の脚に妙な鎧を纏っており、狼を思わせる姿をしていた。

少女は瞳を閉じて、あるものを捜すために意識を集中していた。

風が吹き、肌に触れるがそんなことを気にしてはいられない。

「どうだヴィータ。見つかりそうか?」

狼が少女---ヴィータに尋ねる。

「いるような……いないような……」

ヴィータは曖昧な答えしか出さなかった。

「こないだから急に出てくる巨大な魔力反応。あいつが捕まれば一気に二十ページくらいにはいきそうなんだもんな……」

ヴィータは右手に持っているハンマーを右肩にもたれさせるようにして持つ。

「別れて捜そう。闇の書は預ける」

狼はそう言うと、ヴィータと別行動を取るために背を向けた。

「オッケー、ザフィーラ。アンタもしっかり捜してよ」

「心得ている」

ザフィーラと呼ばれた狼はその場から消えるようして移動した。

ヴィータはハンマーを振り下ろすと、足元から赤色の魔法陣を展開させた。

魔法陣といっても円ではなく、三角形の魔法陣だ。

三角形の点となっている部分が小さな円形の魔法陣となっている。

「封鎖領域、展開……」

ハンマーの中心にある珠が輝きだす。

禍々しい空間が出現し、海鳴市全土を覆い始めた。

人はおろか車までそこには最初からなかったかのように消えていった。

 

高町なのはは自室で課題をしていた。

『警告。緊急事態です』

側に置いてある主より先に異変を感じたレイジングハートが主に告げた。

「え?」

何かが高町家を通り過ぎた。

その直後になのはは異変を感じて、椅子から立ち上がった。

「結界!?」

なのはは結界を発動させたのが誰なのかはわからなかったが、胸中にいいようのない不安がよぎった。

 

海鳴の夜空、封鎖領域を発動させたヴィータは目当てのものを捜すために集中していた。

彼女の頭の中では暗闇の中に一つの光が輝いている。

その輝きは大きくなった。

場所を特定できたという事だ。

「魔力反応。大物みっけ!」

ヴィータは展開した魔法陣を閉じると、闇の書を後ろにしまいこむ。

「行くよ。グラーフアイゼン!」

『了解』

右手に持ったハンマー---グラーフアイゼンに告げた直後、ヴィータは足並みをそろえて、一直線に目標に向かって飛んでいった。

赤い光跡を残しながら。

 

『対象、高速で接近中』

「近づいてきてる!?」

結界を発動させた者がこちらに向かっているのだ。

なのははしばらく考えたが、外に出る事を決意した。

外に出てからなのはは、人目がつかなく自分を狙っている者に目立つ場所---ビルの屋上へと移動した。

なのはは西へ東へとキョロキョロしているが、表情は真剣なものだった。

『来ます』

なのはの目にもそれが映った。

赤い小さな星がこちらに向かってきているのを。

なのはは構える。

向かってきているそれは魔力で構築された弾だった。

『誘導弾です』

レイジングハートがそう告げると、直後に左手をかざして掌から桜色の魔法陣を展開する。

ドォンと魔力の弾と魔法陣がぶつかり合う。

バチバチバチと音を立てている。

「ふうううぅ」

なのはは片目を閉じながらも精一杯防いでいる。

逆側からグラーフアイゼンを構えたヴィータが襲い掛かってきた。

 

「最初に言っとくぞ!あたしはギィガァ強い!!」

 

グラーフアイゼンをなのはに向けて右斜めに振り下ろす。

なのはは空いた右手をかざして掌から左手と同じ魔法陣を展開して防いだ。

なのはの両脚が地面にめり込み、なのはを中心に地面に亀裂が走り始める。

両サイドからの攻撃に耐え切れくなり、なのはは両手に魔法陣を展開したままビルの屋上から吹き飛ばされた。

地面へ落下していく中で、なのはは叫ぶ。

 

「レイジングハート!お願い!!」

『スタンバイレディ。セットアップ』

 

なのはは桜色の光に包まれ、私服姿から聖祥学園の制服がモデルになっているのかもしれないバリアジャケットへと変わった。

右手にはデバイスモードのレイジングハートが握られていた。

 

ヴィータはそれを見ながら次の手を考えていた。

左手には掌サイズの鉄球が出現し、頭上に放り投げる。

『シュワルベフリーゲン』

グラーフアイゼンが告げると、放り投げた鉄球をまるでテニスボールのようにしてグラーフアイゼンで放った。

ただの鉄球が魔力を帯びた弾となって、なのはに向かっていった。

 




次回予告

第四話 「乱戦!!俺達、参上!!」


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第四話 「乱戦!!俺達参上!!」

最新話を投稿します。


モニュメントバレーを髣髴させる荒野---『時の空間』

自分達の世界と別世界の時間を繋ぐ『橋』をデンライナーは走っていた。

「別世界の時間が滅ぶ」とオーナーから聞かされている野上良太郎、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナはプレッシャーで引き締まった表情をしていると誰もが思うだろう。

だが、

「良太郎、アイツ等元気していると思うか?」

モモタロスはオセロ盤に白の駒を置く。

「アイツ等って、フェイトちゃんやなのはちゃん達のこと?」

良太郎は黒の駒をモモタロスが置いた白駒の前に置く。

「おうよ」

「多分、元気してるんじゃないかな」

良太郎とモモタロスはオセロをしながら、別世界の仲間達の近況を気にしていた。

 

「ユノ助(ユーノ・スクライア)やアルフはどっちで生活しとるんやろなぁ」

キンタロスは二つの姿を持つ二人のことを思い出していた。

「人間か動物かってこと?」

ウラタロスがトランプをきりながら一枚一枚テーブルに置いていく。

「僕は動物の姿の方がいいなー。カワイイし」

リュウタロスが自身の希望を打ち明けながら、トランプがすべてテーブルに並べられていくのを見ている。

「カメの字はどう思う?」

キンタロスはウラタロスに訊ねる。

「そうだねぇ。あの姿はいわば世を欺く姿みたいなものだからさ。アースラの中にいるのなら人の姿じゃないかな」

「なーんだ。つまんなーい」

リュウタロスはウラタロスの言葉にガッカリしていた。

 

コハナはカウンターでナオミやオーナーと雑談をしていた。

「オーナー、良太郎が持ってた写真に写ってる時の列車ってわからないんですか?」

コハナは良太郎から写真を見せてもらっている。

だから、自分が知る中で一番『時の列車』に詳しいオーナーに訊ねたのだ。

「ターミナルの駅長にも聞いてみたのですがぁ、正規の手続きで作られた物ではないようですからねぇ。時の列車の登録記録にも写真に写ったような時の列車は載っていないのですよぉ」

「そうですか……」

「ただ私が思うに、『ガオウライナー』や『ネガデンライナー』や『幽霊列車』とは違う事だけは胸をはって言えますがねぇ」

ガオウライナーもネガデンライナーも既に破壊されている。

幽霊列車は破壊しようにも半透明なものを破壊できる術はないので、破壊しようがない。

「はーい。オーナー」

カウンターで作業をしているナオミが挙手をした。

「何ですか?ナオミ君」

 

「壊れちゃった列車って直せないんですか~?」

 

ナオミがある意味尤もな事をオーナーに尋ねる。

「「あ」」

オーナーとコハナは間抜けな声を出した。

盲点だった。

壊れたものは直す。確かに、誰もがやることだろう。

時の列車も恐らく『改修』というものにはあてはまるだろう。

「盲点でしたねぇ。そこまで目が行き届きませんでした。至急、そのセンで調べてみましょう」

「ナオミちゃん!ナイス!」

コハナは笑顔でナオミに賞賛の言葉を送った。

「はい!あ、皆さーん。間もなく別世界の時間の十二月二日に到着しまーす」

ナオミは笑顔で答えた。

 

 

海鳴市市街地は現在、封鎖領域で覆われている。

その空間の中はごく限られた者しか存在できない場所といってもいいだろう。

その中で現在、激しい戦闘が行われていた。

高町なのはとヴィータの戦闘である。

ヴィータの放った弾はなのはを覆っている結界に直撃する。

爆煙が立ち、なのははその中にいた。

煙越しだが、明らかにこちらに向かって攻撃を仕掛けてくる影は見えたので、その場から離れる。

既に両足首付近には桜色の翼である『フライヤー・フィン』が展開されていた。

「りやああああああああああ」

ヴィータがグラーフアイゼンを上段に振りかぶって突進しながら振り下ろす。

斬ったのは煙だけだ。

なのはは煙を突き抜けて、左斜め上空に退避する。

「いきなり、襲いかかられる憶えはないんだけど!」

なのはは奇襲を仕掛けてきたヴィータを睨みながら抗議する。

向きを変えて飛行を停め、宙に留まる。

「どこの子?一体なんでこんな事をするの!?」

自分より下の位置で浮揚しているヴィータに訊ねる。

ヴィータはそれに答えることなく、左手に小ぶりな鉄球を二個出現させる。

「教えてくれなきゃわからないってばぁ!!」

なのはは右手をかざす。

 

ヴィータはその仕種で眼前の敵が何かを仕掛けたのか推測する。

仕掛けるチャンスがあったのは自分がシュワルベフリーゲンを放った際に生じた爆煙の中にいたときだ。

(あん時に何かしかけたな……)

顔を動かし、右目で後ろを見ると桜色の魔力球が二つだけ自分の後ろに移動し、向かってきた。

桜色の魔力球が二発襲い掛かってきた。

一発は何とかその場から後ろにそらして避けたが、もう一発がヴィータの位置に向かってきている。

「くっ!」

魔法陣を展開して、防ぐ。

見てくれに反しては、威力は高く防ぐヴィータは苦悶の表情を浮かべている。

「このヤロォォォォォォ」

後ろから前に向きを変えて、ヴィータはなのはのいる位置に向かってグラーフアイゼンを構えて飛翔する。

距離を詰めて、ヴィータは上段からグラーフアイゼンを振り下ろした。

 

レイジングハートが電子音声で発して、なのはの両足首にある桜色の翼が大きく展開して左斜め後ろへと瞬時に後退させた。

半年前まではこの急速な速度に体が適応しなかっただろうが、今なら十分に順応できていた。

『シーリングモード』

レイジングハートがデバイスモードから形態変化をする。

先端から桜色の翼が展開される。

必殺技

とっておき

を放つときの形態へとなる。

レイジングハート先端をヴィータに向ける。

「話を……!!」

レイジングハートの周りに桜色の円が出現する。

なのははヴィータを見据えて放つ準備をする。

『ディバイン……』

問答無用で襲い掛かる相手を黙らせるのはこの手しかない。

「聞いてってばぁぁぁぁぁぁ!!」

ヴィータを睨む。

『バスター』

レイジングハート先端に桜色の魔力が収束されていく。

ズドォォォンという音を響かせて、魔力による大砲---魔力砲がヴィータに向かって一直線に放たれた。

ヴィータを直撃させる気はなく、あくまで威嚇射撃だが。

 

ヴィータは直撃ではなく、『威嚇』で放たれた一発だと理解して内心ホッとした。

ディバインバスター

あんなもの

を直撃したら無事ですむとは思えないからだ。

だが、そんな安堵は今空に舞っているものを見て一瞬で消えうせた。

「あ……」

彼女がかぶっていた帽子が飛び、一部分が煤けていた。

その帽子は重力に逆らうことなく、地上へと落ちていった。

「くうぅ!!」

ヴィータの全身に『理性』というものが弾け、『野生』が支配していた。

なのはを睨みつけて、向き直る。

その気迫になのはは一瞬怯んだ。

(許さねぇ!!)

ヴィータはグラーフアイゼンを右斜めに振り下ろしてから魔法陣を展開させる。

「グラーフアイゼン!!カートリッジロード!!」

ヴィータの命令に応えるようにして、グラーフアイゼンのハンマー部分がヴィータに向かってスライドする。

ガシュンという音を立てながら。

冷却処理をするための通気口から蒸気が噴出す。

グラーフアイゼンはハンマーから削岩機の先端のような状態になった。

(潰す!!)

彼女はこのとき『修羅』となった。

 

「えええっ!?」

なのはは大きく目を見開き、グラーフアイゼンの形態変化に驚いた。

自分のレイジングハートも形態変化はするが、目の前で映っているそれとは何か違うように感じた。

自分の形態変化はいわば状況に応じた変化だ。

そのため、形は変わってもデバイスからあふれ出す魔力そのものには変化はない。

だが、明らかに眼前の少女が持っているデバイスは違っていた。

(何かくるのはわかってるけど、何なんだろ……。こ、怖いよ)

全身から震えが襲ってきた。

いくら半年前に『P・T事件』の解決に貢献し、今まで訓練を重ねてきた才能ある魔導師でも一つだけ習得していないものがあった。

相手となる存在が『物言わぬ者』ばかりではないということと、『物言う者』が持つ独特の不可視の力である『意(心の中の気持ち)』に対する処世術である。

『敵意』はともかく、眼前の少女が放つ『殺意』に対しての免疫がないため処世術を知らない。

レイジングハートが唯一教えなかったこと、いや教えることが出来なかった事である。

「ラケーテン!!」

グラーフアイゼンの尖った部分とは違う明らかに噴出口の部分が点火される。

ブシュウウウという音を立てる。

ハンマー投げのようにして、その場でヴィータはグルグルと回る。

ロケットの推進力を高めているのだろう。

やがて回転を終えると、こっちに向かってきた。

ロケットの出力で、その速度は普通に向かってくるより遥かに速い。

上段に構えて振りかぶる。

初撃は推進力に振り回されて当たらなかったが、二撃目はレイジングハートを捉えた。

なのはは魔法陣を展開させて防ぐ。

だが、グラーフアイゼンはそれで勢いは停まらない。

むしろ、削岩機のようにしてガリガリガリガリと音を立てながら、魔法陣を破壊し、レイジングハートに直接のダメージを与えてきた。

「ええっ!?」

なのはは目の前の現実に驚き、目を丸くする。

「ハンマアアアアアアアアア!!」

最後に大きくグラーフアイゼンを振り回した。

「あああああぁぁぁぁ」

なのはは後方のビルへと吹き飛ばされた。

ビルの外壁をぶち破り、内壁に叩きつけられた。

「げほ、ごほ、げほ」

煙か埃を吸ってしまったのか、なのははビル内で咽ていた。

「レイジングハート、大丈夫?」

破損した相棒に容態を尋ねる。

『次にこれ以上の一撃を受けると、大破します』

最悪だという事はわかった。

ヴィータが眼前に現れた。

なのははグラーフアイゼンを見る。

先程と同じ技を繰り出すつもりだろう。

その証拠にロケット部分が噴射していた。

「やああああああああ」

ヴィータはグラーフアイゼンをその場でくるりと振り回してから、なのはに振り下ろす。

先程と同じ、ラケーテンハンマーだ。

『プロテクション』

レイジングハートが主を守るために身を挺するようなかたちで魔法を展開する。

だが、万全の状態で発動させたものではないので出力は不安定なものになっていた。

両者の魔法と魔法がぶつかり合う。

「くっ、ううううう」

なのはが懸命にこらえる。

ヴィータがありったけの力で押す。

「くうううううううう。ブチ抜けぇぇぇぇぇ!!」

『了解』

グラーフアイゼンの出力が更に増す。

プロテクションに亀裂が走る。

そして、プロテクションを破壊した後、なのはのバリアジャケット上半身にグラーフアイゼンの先端が触れた。

バリアジャケットは破壊され、なのはは後方へと弾き飛ばされた。

壁に直撃し、もはやボロボロの状態だった。

 

ヴィータの『野生』はそこで身を潜め、『理性』がまた彼女の全身のイニシアチブを握った。

「はあ……はあはあ……はあはあ」

グラーフアイゼンから蒸気が噴出し、一部分がスライドすると、薬莢のようなものが二個排出された。

「行ったよな?あたしはギィガァ強いってな」

ヴィータはグラーフアイゼンを振り上げる。

(アイツ等に比べればてんで弱ぇな)

ヴィータは最近知り合った二人のことを思い出す。

一人は無愛想に見えるが、思いやりのある男。

もう一人は明らかに強面だが、面白い奴。

(これが終わったら、アイツのキャンディ食べよっと)

表情には出さない。

後は振り下ろすだけで全てが終わる。

 

「はあ……はあはあ……はあ」

なのははレイジングハートをヴィータに向ける。

ほとんどボロボロなので、向けるレイジングハートもカタカタと震えている。

戦わなければならない。

でも、身体が震えて気持ちについていかない。

(こんなので……終わり?嫌だ。ユーノ君、クロノ君、フェイトちゃん!デンライナーのみなさん!)

なのはは敗北を覚悟し、瞳を閉じたときだった。

ガキンという音が響き、なのはは無事だった。

なのはは閉じていた瞳を開くと、金髪に黒衣の少女が自前のデバイスでグラーフアイゼンを受け止めていた。

「ごめん、なのは。遅くなった」

なのはの肩に優しく手を置いたのはユーノ・スクライア(人間)だ。

「仲間か!?」

ヴィータはこれ以上の鍔迫り合いを避けるために、後方へと飛び退く。

少女は追いかけない。

デバイスを前に構える。

『サイズフォーム』

金色の鎌が出現する。

 

「……友達だ」

 

少女---フェイト・テスタロッサはバルディッシュを構えて、ヴィータを睨んだ。

 

「民間人への魔法攻撃。軽犯罪では済まない罪だ」

フェイトは眼前の少女---ヴィータに告げた。

「何だぁ?テメェ、管理局の魔導師か?」

ヴィータは物怖じせずにフェイトに訊ねる。

「時空管理局嘱託魔導師。フェイト・テスタロッサ」

告げると同時に左足を半歩前に出す。

「抵抗しなければ弁護の機会が君にはある。同意するなら武装を解除して……」

フェイトはバルディッシュを構える。

「誰がするかよ!」

交渉決裂となった。

ヴィータは後ろを振り向かずにそのまま後退し、ビルから抜けた。

「ユーノ、なのはをお願い!」

「うん」

フェイトは後方にいるユーノになのはの事を任せると、ヴィータを追いかけるようにしてビルを抜けた。

 

ユーノはなのはとレイジングハートの状態を見て、内心信じられなかった。

レイジングハートは中破し、なのははバリアジャケットの上半身を破壊されている。

「正直、疑いたくなるよ。なのはをここまで追い詰めるなんて……」

「凄く強かったよ。あと……」

なのはは右手をユーノに向ける。

ぶるぶると震えていた。

「凄く怖かったんだ。わたし、あの子が怖くて途中で身体が思ったように動けなくなったんだ」

「なのは……」

ユーノには、なのはの言いたい事が理解できた。

彼女は相手の魔法でここまで追い詰められたものではない。

相手の放つ『意』に気圧されて負けたのだ。

どんなに、なのはが才ある魔導師でもまだ成り立てでキャリアは薄すぎる。

対人戦闘の経験にいたっては数えるほどしかない。

「とにかく、回復するよ」

ユーノはなのはに向かって翡翠色の魔力光を注いだ。

なのはの外傷は消えていくが、破壊されたバリアジャケットまでは回復しなかった。

「フェイトの裁判が終わって、皆でなのはに連絡しようとしたんだ。そしたら通信は繋がらないし、局の方で調べてみたら広域結界ができてるし、だから慌てて僕達が来たんだよ」

「そっかぁ、ごめんね。ありがとう」

なのははユーノの説明を理解し、謝罪と感謝の言葉を述べた。

「なのは。僕から聞いていいかな?なのはを襲ったあの子はだれ?」

「……わかんない。急に襲ってきたの」

ユーノはなのはが嘘を言っているようにも思えないし、嘘をつく理由もないので、それが真実なのだと受け止めた。

「でも、もう大丈夫。フェイトもいるしアルフもいるから」

ユーノは自分のことはアピールしなかった。

「アルフさんも?」

ユーノは力強い笑みで首を縦に振った。

 

フェイトはヴィータの姿を捉えていた。

魔法陣を展開しているが、何をしようとしているかはわからない。

「バルディッシュ!」

『アークセイバー』

大きく振りかぶって三日月状の魔力刃をヴィータに向かって放つ。

「グラーフアイゼン!!」

ヴィータは左手に小型鉄球を四個出現させ、放り投げる。

『シュワルベフリーゲン』

四個同時に打ち付けて、フェイトに向けて放つ。

アークセイバーを避けて、四個はこちらに向かってくる。

(アークセイバーを防ぐ!?)

ヴィータが「障壁!」と発したのをフェイトは聞き逃さなかった。

アークセイバーは回転しながらヴィータを攻めようとするが、障壁によって完全に押さえられていた。

やがて、アークセイバーは消滅した。

「くっ!!」

フェイトは鉄球四個をどう巻くかを考えながら飛行していた。

一直線で射出されてそれで終わりというわけではないようだ。

その証拠に誘導弾のようにして、しつこくついてくる。

右へ左へと夜空を駆け回る。

(キリがない!アルフ!)

フェイトは使い魔に念話を送った。

「バリアァァァァァブレイクゥゥゥゥ」

陸地にいたアルフ(人型)が飛翔して、ヴィータに魔力を帯びた右正拳を放とうとする。

フェイトは追尾してくる鉄球をアルフの技で生じた魔力の余波で鉄球を粉砕させるように移動した。

目論見通り、鉄球はすべて破壊された。

ヴィータの障壁とアルフの魔力を帯びた右拳がぶつかりあって、ひしめきあっている。

ヴィータの障壁に亀裂が生じたのか、彼女は間合いを開くようにして退がる。

アルフの勝ち、といったところだろう。

(アルフ、来るよ!)

(わかってる!)

アルフに襲い掛かってくるヴィータをみて、フェイトは念話を送って注意を促す。

アルフは了承して、左手をかざしてオレンジ色の魔法陣を展開する。

グラーフアイゼンを力任せに叩きつけてきたヴィータによって、アルフは魔法陣を消された上に、地上に向かって飛ばされた。

フェイトはコレを勝機と睨み、バルディッシュ(サイズモード)を振りかぶって、ヴィータと間合いを詰める。

ヴィータの足元に恐らく高速移動系の魔法とも思われる小ぶりな竜巻が生じていた。

斬りつけるが、ヴィータはあっさりと上昇して避ける。

(フェイト!あたしが足止めする!)

体勢を立て直したアルフがヴィータの足元を狙って魔法を発動する。

ヴィータの足元の竜巻は消滅した。

「はああああああ」

移動速度が落ちたと判断すると、フェイトは距離を詰めてバルディッシュを振り下ろす。

グラーフアイゼンでバルディッシュを受け止めるヴィータ。

火花が飛び散りながらも、鍔迫り合い状態に持ち込まれる。

フェイトはヴィータを見る。

苦悶に満ちていたが、こちらに余裕があるわけでもなかった。

 

(ぶっ潰すだけなら、楽なんだけどなぁ……)

バルディッシュを受け止めながらもヴィータは目当てのものを回収する事を考えていた。

相手を潰すか、自分が潰されるかの単純な勝負なら決着は簡単につけられるだろう。

(それじゃ意味がねぇんだよ。魔力を持って帰らないと!)

バルディッシュを受け止めているグラーフアイゼンを見る。

(カートリッジはあと二発。やれっかぁ!?)

残り少ない隠し玉でこの状況を打破するか火花が飛び散る中で考えていた。

 

ユーノとなのははビルの屋上に移動していた。

なのははユーノに支えられながらここまで来ていた。

「クロノ達も、アースラの整備を一旦保留にして動いてくれてるよ」

「そうなんだ……」

ユーノにはまだ、なのはが言い様のない不安につかれているのではないかと考えずにはいられなかった。

(クロノ達がまだこない。結界の解除に手間取っているとなると、一人とはいえ相当厄介だ)

支えているなのはを見る。

ユーノの拳が強く握り締められ、震えている。

(僕に……僕にあの人達程の力があれば……!!)

ユーノは渇望した、半年前に出会ったあのデタラメな連中が持つ力を。

 

 

次元空間を航行しているアースラではというと。

ユーノの言う通り、現在海鳴市を覆っている封鎖領域の解除を行っていた。

メインモニタールームでリンディ・ハラオウンが焦りと現状打破のための思案がないまぜになった表情を浮かべていた。

別室ではクロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタが難色の表情を浮かべていた。

「アレックス。結界の解析、まだできない?」

エイミィがアレックスという同僚オペレーターに対して情報の催促をする。

『解析完了まであと少し!』

二人が見ているモニターには幾多の文字が羅列していた。

「術式が違う……」

クロノはモニターに羅列されている文字を見て呟いた。

「ミッドチルダ式の結界じゃないな」

「そうなんだよ。どこの魔法なんだろ?コレ……」

解析されたからといって事態が好転したわけではない。

エイミィにいたっては難色の表情を浮かべる始末だ。

『結界内の空間の一部が歪み始めてます!』

アレックスがそう告げると、二人は顔を見合わせた。

「クロノ君!まさか……」

「そんなデタラメな事が出来る存在は僕等が知る限り彼等しかいないさ」

難色を浮かべていたエイミィが明るくなり、クロノも笑みを浮かべた。

 

 

フェイトとアルフ、そしてヴィータの戦闘はまだ続いていた。

互いにぶつかっては距離をとるという行為を繰り返していた。

フェイトが距離をとり、ヴィータが詰め寄ろうとしたときだ。

アルフが掌で展開した魔法陣を展開し、バインドでヴィータの四肢を封じたのだ。

ヴィータの四肢にはオレンジ色の輪が出現し、空に縫い付けられたようにしてその場で動きを封じた。

「うぐ、ううぅぅぅぅ」

必死でもがこうとするが、外れない。

「終わりだね。名前と出身世界、目的を教えてもらうよ」

バルディッシュを向けてフェイトは訊ねる。

訊ねるというよりは尋問もしくは詰問だろう。

アルフは魔法陣を閉じる。

「くううううう」

ヴィータは獣のような唸り声を上げる。

フェイトもアルフもこれで解決したと思った。

「何かヤバいよ!?フェイト!」

アルフは動物の本能のようなものが働き、主に警告した。

「え?」

フェイトの眼前に自分より遥かに身長の高い女性が現れ、バルディッシュを構えるが右手に持っている剣でバルディッシュごとフェイトを後方へと飛ばした。

「うあああぁぁぁ!!」

フェイトは自分を飛ばし、ヴィータを守るようにして立つ女性を見る。

騎士甲冑の衣装に長い桃色の髪をポニーテールにし、鋭い眼光を放つ。

八神はやてと共にいた女性---シグナムだった。

「ぬおおおおおおお」

女性ではなく、男性の声が獣のような叫びをしながらアルフに間合いを詰めてきた。

男は右回し蹴りを放つ。

アルフは左腕で防御をするが、それでも衝撃を完全に殺す事は出来ずに蹴り飛ばされた。

 

シグナムはヴィータを見ず、フェイトを見ていた。

ヴィータのバインドを解くにしても、フェイトは邪魔だ。

(まずは魔導師を片付けるか)

シグナムは手にした剣を斜め上に掲げる。

「レヴァンティン。カートリッジロード!」

紫色の魔法陣を足元に展開させている。

刀身の一部分が上下にスライドして薬莢を排出させながら蒸気を噴出させる。

剣---レヴァンティンを天に掲げる。

刀身に炎が灯ってから、振りかぶる。

「紫電一閃!!はあああああああ」

魔法陣から離れてフェイトへと間合いを詰める。

「!!」

フェイトはバルディッシュで防御を取るが、レヴァンティンはそんなバルディッシュをまるでチーズのようにスッパリと斬ってしまった。

シグナムは更にもう一回、レヴァンティンを振り下ろす。

『ディフェンサー』

バルディッシュがフェイトを覆うようにして防御魔法を発動させる。

しかし、

(甘い!!)

シグナムの一撃の方が上だった。

 

フェイトはシグナムの一撃に耐え切れず、地上に向かって落下していく。

(バルディッシュを一撃で、こんな状態に……)

いくら虚を突かれたといっても、ここまで見事にやられるとは思わなかった。

(駄目だ。いい案が浮かんでこない……)

瞳を閉じて、重力に逆らうことなく落下していく事を選んだ。

バリアジャケットを着ているとはいえ、相応のダメージは免れないだろう。

覚悟を決めて落下しようとしたときだ。

フェイトの耳に聞き覚えのある音楽が入ってきた。

でも、本来なら聞けないはずだ。

フェイトは閉じていた瞳を開く。

そこには『時の列車』デンライナーが結界内の一部の空間を歪めて現れていた。

デンライナーから誰かが降りて、こちらに向かってくる。

(良太郎だったらいいな……)

フェイトはそんな希望を持ってしまう。

どういう原理かはフェイトにはわからない。

自分が知る限り、チームデンライナーに単独飛行という能力はないはずだ。

それはどんどんこちらに向かってくる。

恐らく自分がビルに激突するのといいとこ勝負といった速度だ。

フェイトは、また瞳を閉じてビルに激突すると覚悟した。

だが、いつまで経ってもその衝撃が彼女に伝わる事はなかった。

瞳を開くと、ヘルメット(耳と後頭部を覆っているタイプ)をかぶった誰かに抱きかかえられていた。

 

「久しぶり。フェイトちゃん」

 

ヘルメット男の声がした。

聞き覚えのある優しい声。

自分が知る限り、優しくて強くて自分に生きる力を与えてくれた存在。

フェイトは抱きかかえられた状態で、ヘルメット男のシールドを開く。

 

「良太郎!」

 

フェイトを助けたのはデンバードⅡモード2(スライド変形した状態)に乗った野上良太郎だった。

 

デンライナーはなのはとユーノがいる方向へと走っていった。




次回予告

第五話 「誕生!仮面ライダー電王」


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第五話 「誕生!仮面ライダー電王」

デンライナーはビルの屋上にいる高町なのはとユーノ・スクライアの前に停車した。

ドアが開き、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナが降車した。

一人と四体が横一列に並ぶ。

「俺達!!」

モモタロスが右親指を立てて、自身を指す。

「「「「「参上!!」」」」」

そして一人と四体がモモタロスがいつもする歌舞伎のようなポーズを取る。

前に出されている左手がそれぞれの特徴を現していたりする。

ここに野上良太郎がいれば「みんな、何やってんの!?」というツッコミは確実に出るだろう。

そんないきなりの仕種をしてきた別世界の仲間達に対して、なのはとユーノは自然と笑みを浮かべていた。

「ぷっ……にゃははは!」

「は……ははははははは!」

今まで沈んでいたような表情は消し飛び、二人は声を出して笑い出した。

「バカヤロォ!ここは笑うところじゃねぇ!」

モモタロスは体制を元に戻して笑っている二人に文句を言う。

「おかしいなぁ。ツカミは完璧のはずなのに……」

ウラタロスは何故、ここで笑われるのかわからないらしく真剣に考える。

「モモの字、カメの字。俺等、笑いのツカミを完璧にしたんとちゃうか?」

キンタロスはモモタロスとウラタロスにもうひとつのツカミのことを告げてみる。

「なのはちゃん、フェレット君!久しぶりー!」

リュウタロスはなのはとユーノに歩み寄って二人の手を握って上下に振る。

「わっわっわっ!リュ、リュウタ君!?」

「リュ、リュウタロス!振りすぎ!振りすぎだって!」

なのはとユーノは両脚が地上から離れて、リュウタロスに振り回されているかたちになっていた。

「リュウタ!そろそろやめて。二人から今、どんな状態になってるかわからないじゃないの!」

コハナがリュウタロスに上下に振ることを止めるように言う。

「はぁーい」

リュウタロスは二人の手を握って振ることを止める。

なのはとユーノは口元を押さえている。

少々気分が悪くなったようだ。

「あ、その……久しぶり。なのはちゃん、ユーノ」

コハナが笑みを浮かべてチームデンライナーを代表して挨拶する。

「ハナさん。髪伸ばしたんですか?凄く似合ってます!」

なのはは同姓なのか以前とは違うコハナの変化に気づき、褒めた。

「ありがとう。なのはちゃん。ユーノは今回はフェレットじゃないの?」

「……はは。今のところは……ないです」

ユーノは苦笑しながら答えた。

「おい、今どうなってんだよ?」

モモタロスが二人に訊ねる。

「ええとですね……」

「なのはを襲った謎の女の子を今、フェイトとアルフが交戦中といったところです」

なのはの代わりにユーノが大まかに説明した。

「なのは、お前恨まれるようなことでもしたんか?」

キンタロスがなのはに恨みを買った憶えはないかと訊ねる。

「してないです」

なのはは首を横に振る。

「ねぇ、ユーノ。なのはちゃんって魔導師としての知名度ってどれくらいなんだい?」

ウラタロスがなのはより魔導師社会に詳しいと思われるユーノに訊ねる。

「半年前の事件の解決に貢献しただけですからね。魔導師の社会ではさほど名は通ってないと思いますよ」

『P・T事件』がいかに重犯罪といえども、一人の魔導師の名を魔導師社会で浸透させるには少々弱いだろう。

リュウタロスは会話には入らずに、夜空を舞台に繰り広げられている戦闘を見ていた。

「じゃあよ、何でなのはは襲われたんだよ?」

「うーん。その辺りがなのはちゃんを襲った動機かもしれないね」

モモタロスとウラタロスは夜空を睨みながら言う。

「あの、モモタロスさん」

「ん?何だよ」

「良太郎さんはどうしたんですか?もしかして前みたいに後から来るとか……ですか?」

なのははここにはいないチームデンライナーの中心人物である良太郎のことを訊ねる。

「アイツならフェイトを助けに行ってるぜ」

 

(仕留めそこなったか……。まあいい)

自分の想像とは違ったが、相手と距離をあけることが目的なのだから成功といえば成功だ。

シグナムは後ろにいるヴィータに向き直る。

「どうした?油断でもしたのか?」

シグナムはバインドで拘束されているヴィータに訊ねる。

「うるせぇよ!これから逆転するところだったんだ!」

ヴィータはシグナムを睨みながら言い返す。

それが強がりである事をシグナムはわかっている。

「そうか。それはすまなかった」

そう言ってから左手をかざして意識を集中する。

紫色の魔力球が出現する。

ヴィータの四肢を拘束していたバインドに亀裂が走り、やがて砕け散った。

「だがあんまり無茶はするな。お前が怪我でもしたら我等が主が心配する」

「わーってるよ!」

ヴィータはそっぽを向いて答える。

「それから、落し物だ」

シグナムはヴィータにあるものをかぶせた。

それはヴィータがかぶっていた帽子だった。

「破損は直しておいたぞ」

ポンポンと帽子を軽く叩くシグナム。

「……ありがと。シグナム」

ヴィータは両手で帽子に触れてから礼を言った。

「状況から言って、人数だけなら我々の方が不利だな」

こちらは三人。向こうは自分達の倍以上と推測できる。

「ああ。乱入してきた奴等は間違いなく、侑斗の言っていた奴等だ。どうすんだよ?」

「魔導師たちも厄介だが、もっと厄介なのは……」

シグナムが何を言おうとしているのかをヴィータには理解できた。

「「電王……」」

呟いた途端に二人の表情は引き締まった。

「だが一対一なら我等ベルカの騎士に……」

「負けはねぇ!!」

二人が同時に動き出す。

「電王は私がやる。後は任せたぞ」

「わーってるよ!」

シグナムとヴィータはそれぞれの標的に向かって夜空を駆けた。

「あれ?闇の書がない……」

ヴィータは後ろにしまっていた闇の書がいつの間にか消えていたことに驚いた。

 

良太郎はフェイト・テスタロッサを抱きかかえている状態のまま、スライド変形したデンバードⅡで夜空を駆けていた。

しばし無言だったが、良太郎から口を開いた。

「背、伸びた?」

「うん。少し……」

良太郎の問いにフェイトは頬を赤く染めながらも答える。

抱きかかえられている状態---お姫様だっこが恥ずかしいから生じたものだ。

「あの人は一体何なの?」

「なのはを襲った子の仲間だってことぐらいしか……」

フェイトも全てを知っているわけではないという事だ。

「何で、なのはちゃんが襲われるかっていう心当たりは?」

良太郎の問いにフェイトは首を横に振る。

心当たりもないということだ。

「そうなんだ……」

良太郎はフェイトを襲った人物の姿が見えなくなったことを確認すると、デンバードⅡをゆっくりとだが降下させていく。

ビルの屋上に到着すると、良太郎はフェイトを抱きかかえたままデンバードⅡから降りる。

地に足が着くと、同時のタイミングでデンバードⅡはモード2(スライド変形状態)からモード1(バイク状態)へと自動で変形していく。

「す、すごい……」

フェイトは変形していくデンバードⅡを目の当たりにして素直に驚く。

「デバイスの変形の方がよっぽど凄いと思うけど……」

良太郎にしてみればデンバードⅡの変形よりもデバイスの形態変化の方がよっぽどデタラメで凄いと思っていたりする。

「あ、あの良太郎。もういいよ。ありがとう」

「ん?ああ、ごめんごめん」

良太郎は抱きかかえたフェイトをゆっくりと下ろしていく。

「それでフェイトちゃん。これからどうする?」

フェイトは今後のことを考えるために周囲を見回す。

「この結界外に全員が転送できれば一番いいんだけど……」

「それって、すぐにできる?」

「ううん。結構時間がかかるよ。ユーノとアルフの力は絶対に必要だから……」

良太郎はその作業に要する時間を訊ねるが、フェイトの答えはある程度予測できるものだった。

「それを見過ごしてくれるわけはない……よね」

『敵』がいないのならば出来る事だが今現在、『敵』が存在している以上この方法は難しいことは魔法の素人である良太郎にもわかることだ。

ヘルメットを脱いで、デンバードⅡのグリップに引っ掛ける。

良太郎の表情が先程よりも険しくなっていた。

そこには先程フェイトを襲った女性---シグナムが立っていたからだ。

フェイトは自己修復したバルディッシュを構える。

良太郎はフェイトを遮るようにして右手を出す。

「良太郎?まさか戦うつもり!?だ、駄目だよ!」

「あの人は物凄く強いから止めた方がいいって言いたいんでしょ?」

「う……うん」

良太郎はフェイトが言わんとしていることをものの見事に当てて見せた。

「この結界を破るにしたって魔導師の力は必要でしょ?フェイトちゃんはいざって時にそれをやらなきゃいけないかもしれないから、魔力は温存するに越した事はないよ」

「良太郎……」

「それに、あの人。僕を狙ってここに来たみたいだしね」

良太郎の指摘にフェイトはシグナムが向けている視線を追う。

それは確かに自分ではなく、良太郎に向けられたものだった。

恐らく、この中で厄介な存在を潰すためにここに来たのだろう。

良太郎はズボンのポケットからライダーパス(以後:パス)を取り出す。

「証言と一致するな。お前が電王だな?」

「侑斗から聞いたんですね?」

シグナムの問いに良太郎は更なる問いで返した。

「………」

「………」

シグナムはレヴァンティンを構え、良太郎は身体エネルギーのひとつであるチャクラを利用してデンオウベルトを具現化させた。

「さっきより冷えてる……」

その原因は今から戦おうとする二人なのだとフェイトにはすぐにわかった。

 

「僕も行かないと……」

ユーノが戦場へと赴くような台詞を告げた。

「ユーノ君……」

なのはは何も言えない。

戦いに関するアドバイスが出来るほど、彼女は冷静に戦っていたわけではないのだ。

「フェレット君。大丈夫なの?」

リュウタロスがユーノに相手と戦って勝てる勝算があるのか訊ねる。

「ある程度、防御に徹してスキができたら攻撃するさ」

自分から攻めるような事はしないということだ。

(ユーノ。聞こえる?)

ユーノの頭にフェイトの声が入った。

念話の回線が開かれたのだ。

(フェイト、どうしたの?)

(今、そっちにデンライナーのみんなも来てる?)

(うん。良太郎さん以外は)

(良太郎は今、こっちにいるよ。ユーノ、アルフと一緒にみんなを結界の外へ転送する事できる?)

(アルフと一緒なら何とかできると思うけど……難しいね)

(そっか……。さっき戦っているアルフにも念話で聞いてみたけど、難しいって)

(相手がいるからね)

そう、全員を結界の外へと転送するという方法事態は難しくはないことだ。

ただ、作業に時間がかかるという欠点がある。

『邪魔』がいなければ時間さえかければ滞りなく完了するだろう。

(あ、そろそろ二人の戦いが始まるから切るね)

そう言うとフェイトと念話の回線が切れた。

「ユノ助。何かこっちに来よるで」

キンタロスがくいっと顎でユーノにこちらに向かっている何かを示す。

「え?」

それはなのはを襲った少女---ヴィータだった。

「何だ?あの赤いの」

モモタロスが身体的特徴のみを捉えて呼称する。

「何か妙に殺気立ってない?」

ウラタロスがヴィータが放っている殺気を察知する。

「みんな!来るわよ!」

コハナが全員に聞こえるように注意を促す。

ヴィータがグラーフアイゼンを構えてこちらに向かっている。

それはまさに戦闘機のような勢いで。

ヴィータはその場で留まり、鉄球を三個出現させる。

「みなさん!僕に集まって!」

ヴィータが何をするかわかっているユーノはその場にいる全員にこちらに来るように指示する。

グラーフアイゼンで鉄球を打ち付けて放つ。

シュワルベフリーゲンだ。

ユーノは翡翠色の魔法陣を掌に展開して、シュワルベフリーゲンを全て防ぐ。

バチンともバシンとも音を立てながらも防ぐ。

「くううう!」

掌に展開した魔法陣を解除する。

ヴィータが見下ろすかたちでこちらを見ていた。

ユーノは目を閉じて、手で印のようなものを結ぶ。

なのはが翡翠色のドーム状の入れ物のようなものに包まれた。

「回復と防御の結界魔法。なのはは絶対にここから出ないでね。あと皆さん、なのはの事をお願いします」

「空飛べない僕達としてはこれが精一杯だからね」

ウラタロスは自身が今出来る事を把握しているらしく、ユーノの頼みにすんなりと応じた。

「デンバードⅡがあればなー」

「あれは良太郎専用のバイクや。俺等が勝手に使ったらアカン」

リュウタロスの言葉にキンタロスがたしなめる。

「ああ、くそ!おいそこのテメェ!」

モモタロスがヴィータに向かって吠える。

「モモタロスさん?」

「モモ?」

モモタロスのいきなりの行動になのはとコハナは目を丸くする。

「さっきから見てりゃ、空ばっか飛んでやがるがよぉ。テメェ、俺達と同じ場所で戦うのが怖ぇんだろ!?」

誰から見てもわかるように明らかな挑発だった。

「オイ。今、何て言った?」

ヴィータがドスの聞いた声を上げる。

モモタロスの挑発に乗りつつある兆候といってもいい。

「だから怖ぇんだろって言ったんだよ!このア・カ・チ・ビ!!」

「チビだとぉ……」

更に低い声を上げるヴィータ。

「挑発に乗ったんでしょうか?」

「さあ、センパイ並に単純なら乗るかもしれないね」

ユーノとウラタロスはヴィータの態度に目を見張る。

「クマちゃん。あの子、怒ってる?」

「わからへん。モモの字並に単純なら乗るやろうけど、冷静な奴なら乗らんかもしれへんで」

人は見かけによるものではないという事をキンタロスは言う。

「でも、何かこっちにゆっくりとですが、近づいてきてません?」

「確かに言われてみれば……」

なのはの指摘通り、ヴィータはゆっくりとだがこちらに近寄っている。

コハナも言われて気づいた。

挑発に乗り始めているのでは?と誰もが思った。

「さっきから……」

ヴィータは顔を伏せたまま、言う。

「さっきから聞いてりゃ、勝手なことばっかり言いやがって!この……」

ヴィータがモモタロスを見て大声で言い放つ。

 

「赤鬼!!」

 

「「「「あ」」」」

ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナはヴィータの一言に間抜けた声を出した。

「え?え?」

「皆さん、どうしたんですか?」

なのはとユーノは何故、モモタロスを除くチームデンライナーのメンバーがこんな間抜けた声を上げたのかわからない。

「だ、誰が……」

モモタロスが拳を震わせている。

「リュウタ君。モモタロスさんどうしたの?」

なのはがリュウタロスに訊ねる。

「へへへ。あのねモモタロスはね……」

「鬼って呼ばれると怒るんだよ」

「鏡見てるのに、一向に認めへんねんからタチ悪いで」

「まあ、筋金入りのバカなのよね」

リュウタロスは含み笑いを浮かべ、ウラタロスが答え、キンタロスが自身の容姿を見てないことに呆れ、

コハナは苦笑しながら『バカ』の烙印を押した。

「なのは、オニってなに?」

日本の妖怪などの知識がないユーノはなのはに訊ねる。

「えーとね。頭に角が生えてて、牙がむき出しでギザギザの棍棒持ってて……」

「つまり、センパイのこと」

ウラタロスが付け足した。

「ウラタロスさん!!」

「ウラ!!」

なのはとコハナがユーノに誤った知識を植えつけようとするウラタロスに注意する。

「二人とも、怖いよ」

ウラタロスが二人の剣幕に圧された。

モモタロスは顔を上げ、ヴィータを睨む。

 

「誰が赤鬼だ!ごるあああああああ!!」

 

モモタロスは吠えた。

「絵本で読んだ事あるぞ!鬼ってのはオマエみたいなあからさまに人襲う奴で、正義の味方にやられる運命のやつだろ!?」

「テメェ!俺の顔よく見ろ!俺が人襲う顔に見えるか!?」

モモタロスが右人差し指で自分の顔を指しながらよくみるようにヴィータに言う。

その場の空気が止まった。

ここにいる誰もが、ユーノを除く誰もが言いたかったに違いない。

「見える」と。

「そこの魔導師が目的だけど、その前にオマエを真っ先に倒してやる!」

グラーフアイゼンをモモタロスに向ける。

「上等じゃねぇか!受けて立ってやるぜ!」

モモタロスもヴィータの言葉に乗った。

「おい!ユーノ!」

「は、はい!何ですか?モモタロスさん」

モモタロスはユーノの側まで歩み寄って、目線を合わせるためにしゃがむ。

 

「身体借りるぜ!」

 

「ええ!?」

ユーノが戸惑うよりも早く、モモタロスは自身の身体をエネルギー体にしてからユーノの中に入り込んだ。

モモタロスの咄嗟の行動にその場にいる誰もが目を丸くし、何もできず、それでいて何の言葉も発する事もできなかった。

身体全身が先程のユーノより逞しくなる。

髪が逆立ち、前髪の一本に赤色のメッシュが入る。

瞳の色は赤色になり、ユーノが放つ穏やかな雰囲気から荒々しい雰囲気へと変わる。

右親指を立て、自信を持って言い放つ。

 

「俺、別世界でも参上!!パート2!!」

 

モモタロスが憑依したユーノ(以後:Mユーノ)がその場に立った。

 

シグナムはこれから戦おうとしている青年---良太郎を見ていた。

(見た目からはとても幾多の修羅場を抜けた猛者には見えないな)

桜井侑斗も似たような部分があったが、それでもどこかそういった雰囲気のようなものはあった。

だが、眼前の青年にはそれがない。

(だが、桜井やデネブが一目置いている以上、強さは奴等と同等と見てもいいのかもしれん)

シグナムは良太郎の動きを逐一見張る。

現在、彼はその場にはなかったデンオウベルトを出現させて腰に巻いた。

それだけで、ベルトを巻いただけで彼が放つ雰囲気が変わった。

彼の隣にいる少女---フェイトを見る。

その瞳にはこれから戦おうとする青年に対しての強い『信頼』と勝利するという『確信』が宿っていた。

(この魔導師もまた、強いということか)

シグナムは小さく笑みを浮かべる。

自分は今日ほど幸せな日はないかもしれないと思った。

たった一日で二人の『強者』に出逢えたのだから。

「変身!」

良太郎はパスをデンオウベルトのターミナルバックルにセタッチする。

良太郎から黒と銀色が目立つ電王---プラットフォーム(以後:プラット電王)へと変身する。

それから、宙にケータロスを開いた状態のまま出現してデンオウベルトに装着された。

ケータロスから金色の線路(以後:オーラレール)が出現し、夜空へと向かっていく。

空間の一部が歪み、一振りの大型剣が滑るようにしてプラット電王へと向かう。

大型剣---デンカメンソードのグリップを握る。

デンカメンソードの刀身の峰部分にパスをセットするためのパススロットルがある。

パスを挿し込む。

『ライナーフォーム』

デンカメンソードが電子音声で発すると同時に空間が歪み、デンライナーが出現する。

「!?」

シグナムは迫り来るデンライナーを避けようとしないプラット電王に声をかけようとするが、躊躇した。

デンライナーは半透明状態(以後:オーラライナー)になり、プラット電王を透過しながら走り抜けていく。

銀色と黒色から赤色がメインで白と黒がポイントとなっているカラーへと変わり、キングライナーをモデルにしていると思われるオーラアーマーが出現し、装着される。

デンライナーをモデルにした電仮面が頭部に装着された。

仮面ライダー電王ライナーフォーム(以後:ライナー電王)の完成である。

(主が読んでいた本に出てくる正義の味方とは姿は違うが、似てはいるな)

彼女の『主』が読んでいた本はメジャーなものではなかった。

自費出版の本で著者は佐原茂。

本の題名は『太陽の王子は大いなる闇を切り裂く』だったはずだ。

そこに出てきた正義の味方の名称は『仮面ライダー』だった。

侑斗とデネブから聞いた名称は『電王』

(主は桜井のあの姿を仮面ライダーゼロノスと呼称した。ならば……)

シグナムは眼前のライナー電王をこう呼んだ。

 

「仮面ライダー……電王……」

 

と。

 

この時、仮面ライダー電王が誕生した。




次回予告

第六話 「宴の幕は閉じようと……」


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第六話 「宴の幕は閉じようと・・・・・・」

次からは新章です。




八神家では現在、夕飯の支度に取り掛かっていた。

取り掛かっているのは家主の八神はやてと居候のイマジン---デネブである。

「一ヶ月経つけど、デネブちゃんは謎やね」

はやては笑みを浮かべて器用に車椅子で移動しながら食事の支度をしていく。

「何が?八神」

デネブは自分が何故謎扱いされているのかわからない。

「だって、そんなゴツゴツした手であれだけ器用に料理できるんやもん」

「うーん」

はやてに指摘されてデネブは自分の両手を見てうなる。

「シャマルが不器用と同じ理屈だろ」

風呂場を掃除していた桜井侑斗がデネブに助け舟をよこした。

「そうかもしれへんね。あ、侑斗さん、ありがとうな」

はやては侑斗の一言で納得した。

「湯はまだいれてないぞ。いいのか?」

はやては壁時計を見る。

「まだみんな帰ってへんし、もうちょっと経ってからいれてな」

「わかった」

侑斗は頷くと、ソファに座ってテーブルに置いてある今日の新聞を手にして、テレビ欄を開く。

「さすがに年末になると、特番が増え始めてるな」

どの年代でも変わらないものだと侑斗はしみじみ思ってしまう。

「侑斗さんはどんな番組が好きなん?」

はやてはキッチンからこちらに移動してきた。

食事の準備を粗方済ませたか、デネブに任せたかのどちらかだろう。

「特にコレといって好きなものはないな」

侑斗はテレビ番組を見るとき、退屈しのぎを前提に見ているため特に好んでみるわけではない。

これはゼロノスカードを手にし、デネブと共に戦う以前から変わっていないものだ。

「お前はどうなんだ?八神」

今度は侑斗がはやてに訊ねる。

「わたし?」

「ああ、どうなんだ?」

「そうやね。まあ、お料理番組も好きやし、お笑いも嫌いやないし、ドラマやアニメも好きやな」

はやては指で数えながら言い始める。

「その割にはどれも見ているところをみたことないぞ」

侑斗は、はやてが述べた全てを彼女が見ているところをこの一ヶ月間、あまり見たことがない。

「あいつ等や俺達に気を遣ってるんだったら遠慮するな。お前は家主といっても子供なんだからな」

侑斗はそう言いながら、テレビのリモコンをはやてに渡す。

「夕飯はデネブがやるんだろ?お前はゆっくりとくつろいでろ」

侑斗はそう言いながら、テレビ欄から地方記事へと目を通していく。

「う、うん」

はやては侑斗の厚意に甘えながら見たい番組を見ることにした。

その直後、電話が鳴り出した。

「誰やろ?」

「俺が出る。必要なら代わる」

はやてが受話器を取ろうとするが、侑斗が遮る。

「もしもし……」

『侑斗君、シャマルです』

「どうした?八神に代わる必要があるなら代わるが……」

『実はですね……』

シャマルが言いたい事がわかったので、侑斗ははやての視線に自分の表情が入らないような体制で受話器を持つ。

「野上達がこっちに来た?それでシグナムとヴィータが戦っているってわけか……。ザフィーラは?」

侑斗は小声で訊ねる。

『今、似たようなタイプの女の子と交戦中です』

シャマルの言う似たようなタイプという言葉だけで侑斗には自ずと想像できた。

つまり、獣にも人にもなれるということだ。

「どちらが野上と戦ってるんだ?」

『多分、シグナムだと思います』

「どのタイプの電王で戦うかにもよるな。どんな電王かわかるか?」

『時間をかければ何とか……』

侑斗は、はやての目を気にしながら続ける。

はやてはテレビに夢中だった。

こちらの会話は聞こえていないだろう。

「とにかく無茶だけはするな。野上達の事は一応教えたが、それはあくまで俺が知る範囲でのことだからな」

『わかりました。なるべく早く帰ります』

そうシャマルが告げた直後に、侑斗は受話器を切った。

「侑斗さん。誰?」

「シャマルだ。オリーブオイルが見つからないから遠出したみたいだな。あと、他の連中も拾って帰ると言っていたぞ」

「そか。ありがとうな」

はやては笑みを浮かべて軽く頭を下げる。

「侑斗。さっきの電話は……」

デネブは夕飯の支度を終えたらしく、侑斗に電話の内容を尋ねる。

「おまえの予想通りだ」

侑斗がそう告げると、デネブは沈んだ表情となった。

「デネブ、八神の前でそんな顔をするな。いつも通りに振舞ってろ」

侑斗はデネブの心中を理解しながらも、非情な言葉を投げかけた。

 

 

封鎖領域が張られている海鳴市のとあるビルの屋上。

緑色をメインにした衣服を着用している女性---シャマルがいた。

彼女の足元には買い物袋が置かれていた。

彼女が見つめる空にはオレンジ色と青色の魔力光がぶつかり合っていた。

「……そう。なるべく早くに確実に済ませます」

シャマルは右手の人差し指と薬指にはめている指輪を見る。

「クラールヴィント。導いてね」

そう告げると、二つの指輪---クラールヴィントは応える様にして動き出した。

指輪型である『リンゲフォルム』から振り子型の『ペンダルフォルム』へと変形して、作業を開始した。

彼女の表情は真剣なものだった。

 

アルフとザフィーラは空中で激しい戦闘を繰り返していた。

「良太郎が電王になった!アンタの仲間は負けるよ」

アルフが構えを解かず、自信を持って対峙している男性---ザフィーラに告げる。

「負けるのは電王だ。シグナムが負けることなどない」

ザフィーラは拳を強く握り締めてシグナムが勝つ事が当然、電王が負ける事が当然というような口調で言う。

「そうかい。だったら言ってやるよ。良太郎はあたし達の常識が通じない奴だってね」

アルフは右拳を前に出して、笑みを浮かべてザフィーラに告げた。

 

ライナー電王がデンカメンソードを中段に構え、シグナムもレヴァンティンを中段に構えていた。

この膠着状態が続いてから、既に一分が経過していた。

(良太郎もあの人もさっきから全く動こうとしない……)

互いの出方、もしくは一瞬の隙をうかがっているのだろうとフェイト・テスタロッサは推測した。

二人から噴き出ている空気が更に重くなる。

(息が苦しい……。何て張り詰めた空気なの……)

シグナムの足がゆっくりと半歩、ライナー電王に近付く。

(動いた!良太郎は?)

フェイトはシグナムの行動を見てからライナー電王を見る。

ライナー電王も怯まずに一歩、シグナムに近付いた。

「行くぞ……」

「どうぞ……」

シグナムの宣言にライナー電王は応じた。

両者共に駆け出して、各々の得物を振り下ろす。

ガキィンという音を立てて、火花が飛び散る。

ライナー電王はデンカメンソードを右手で持ち、左手を離して拳を作って殴りかかる。

「なっ!?」

シグナムは咄嗟に後方へと退がる。

ライナー電王の左フックは空を切るかたちとなり空振りとなった。

「なるほど、剣を持ってはいるがそれを『主』とするわけではないようだな」

シグナムは笑みを浮かべていた。

「剣のぶつかり合いで勝てても、そこから先の乱撃で勝てるとは思いませんから」

フェイトはデンカメンソードとレヴァンティンを比べる。

デンカメンソードは剣としては大型で一撃の威力は大きいが、乱撃には向かない。

乱撃をするためには巧みに、そして素早く剣を操る必要があるからだ。

対してレヴァンティンは剣としてはごく一般的な長さであり、その一撃の威力はデンカメンソードよりは劣るだろう。

だが、乱撃の際には素早く操る利点がある。

乱撃に持ち込まれれば、ライナー電王が負ける可能性は高いだろう。

(初撃は良太郎の勝ち、でも問題はこれからだよ。良太郎)

フェイトは良太郎の勝利を信じながら、これからの戦いを観戦する事にした。

 

「レヴァンティン。私の甲冑を」

シグナムがレヴァンティンを何か儀式めいていた構えを取ってそう愛刀に指示を下した。

全身に紫色の魔力が纏われる。

「甲冑……、鎧……。防御系」

ライナー電王はシグナムの言葉をヒントにして彼女が何をしたのかを推理した。

デンカメンソードのターンテーブルを回転させるためのレバーであるデルタレバーを左手で握り、三回引く。

『ウラロッド、キンアックス、リュウガン』

デルタレバーを離してライナー電王は先程までとは違い、不規則なステップを踏みながら間合いを詰める。

片手で持ったデンカメンソードを右袈裟に振り下ろす。

バシィンという音を立てて、弾かれた。

その場でクルリとターンしてデンカメンソードでシグナムの胸元にに突きを入れる。

しかし、これもバシィンと音を立てて弾かれる。

弾かれた勢いで二、三歩退がる。重力に逆らえず正確には退がってしまったといったほうがいいだろう。

「悪くない一撃だ。さっきの突きも通常なら確実にダメージを与える事が出来るだろうな」

シグナムの全身を纏っていた紫色の魔力は消える。

(一時的なもので持続は出来ないんだ……)

ライナー電王はシグナムと間合いを開ける。

攻撃としては失敗だが、相手の手の内を得るという点では十分に成功だった。

「だが、ベルカの騎士に一対一を挑むには……まだ足りん!!」

そう告げたと同時に眼前のシグナムがライナー電王の視界から消えた。

「消えた?」

「良太郎!上!」

フェイトの言葉にライナー電王は頭上を見上げる。

「!!」

上段の構えを取ってレヴァンティンを振り下ろそうとしているシグナムがいた。

「遅い!」

(剣で防ぐか、でも次の乱撃に持ち込まれたら防ぎきれない!こうなったら!)

デルタレバーを素早く引く。

『モモソード』

そして、デンカメンソードをシグナムの眼前に向かって投げ、自身は後方へと飛び退いた。

「何っ!?」

「ええっ!?」

シグナムとフェイトは驚愕の声を上げた。

しゃがみ込む姿勢をとりながら、右手で下がる勢いを殺すために地面に付ける。

足の裏からコンクリートの粉塵が舞う。

デンカメンソードをシグナムは左手で払いのけて、地に足を着ける。

払いのけられたデンカメンソードはまるで伝説の勇者の剣のように地に刺さった。

「正気か?貴様……」

「良太郎……」

ライナー電王は立ち上がり、腰元にあるデンガッシャーのパーツを外していく。

四つのパーツは一つの形となり、赤いオーラソードが出現する。

デンガッシャーソードモード(以後:Dソード)となった。

何事もないようにライナー電王は八双の構えを取る。

「得物は一つではない、か。面白い」

シグナムは中段にレヴァンティンを構えながら言う。

(来る!)

ライナー電王がそう感じた時にはシグナムは逆袈裟を狙って刃を振り下ろす。

Dソードで受け止める。

チチチチと火花が飛び散る。

鍔迫り合いから離れると、間合いを開けずに右薙ぎに狙いをつけようとするのでDソードの柄となる部分でハンマーを振り下ろすようにレヴァンティンに叩きつける。

「くっ!」

レヴァンティンから伝わる衝撃がシグナムの両腕にまで来る。

一時的な麻痺だ。

「やああああああ!!」

そのままライナー電王の攻撃が始まる。

逆袈裟、袈裟、右切り上げと斬撃を繰り出していくが二撃をレヴァンティンで受け止められ、最後にいたっては半歩退がるだけで避けられてしまう。

「はあああああ!!」

シグナムが唐竹、左薙ぎと狙い、最後に刺突を繰り出してくるが、一撃目をDソードで受けて、二撃目も素早くDソードを運んでレヴァンティンを防いで三撃目は上半身を捻って避けた。

「はあ……はあはあ……はあ……」

ライナー電王が息を乱し始めた。

生きるか死ぬかの戦いは何度もやっているが、こうまで相手に決定打を与えさせずに、また与えずに長丁場になったケースはほとんどない。

「どうした?息切れか。ならば仕留めさせてもらうぞ」

シグナムがレヴァンティンを正眼に構える。

レヴァンティンの刀身の一部がスライドし、薬莢のようなものが排出されると蒸気が噴出される。

「良太郎!気をつけて!強力なのが来るよ!」

「わかってる!」

フェイトのアドバイスにライナー電王は頷いた。

 

「うらああああああ!!」

モモタロスが憑依したユーノ・スクライア---Mユーノがヴィータと空中戦を繰り広げていた。

振り下ろしたグラーフアイゼンを両手で受け止める、そのまま背負い投げのようにして投げ飛ばした。

「うわああああああ!」

ヴィータは上下逆さまになって後方へと飛ばされた。

「逃がしゃしねぇぞ!!」

Mユーノは後方へと飛んでいくヴィータを追うようにして空を翔ける。

(す、すごい。僕が飛んでる時よりずっと速い)

深層意識の中にいるユーノが自身と現在を比較した。

「へっ、そうかよ。ユーノ、身体借りといて何だけどよ。下手するとボロボロになるかもしれねぇぞ?」

(わかってます。あの子と戦うと決まったときから覚悟は決めてましたから)

「上出来だぜユーノ。じゃあ、行くぜぇぇぇぇ!」

二人の会話が終わると、Mユーノが拳を作って右腕を振りかぶってヴィータに狙いを付ける。

体勢を立て直したヴィータは逆さまから正位置に戻って左手に小型の鉄球を出現させる。

「食らえええ!!赤鬼ぃぃぃぃぃ!!」

シュワルベフリーゲンを放つ。

魔力を帯びた鉄球がMユーノを狙ってくる。

「ユーノ!魔法使うぜ!」

Mユーノは右拳を解いて開手にしてから翡翠色の魔法陣を展開させる。

バチィンと音を立てて鉄球の一個はそれで防ぐ事が出来たが、まだ二個ほどが後方へ移動して狙ってくる。

(後ろから来ます!)

ユーノのナビを聞きながらMユーノは方向を転換しながら左手を薙ぎ払うようにして空を掻く。

「よしっ!」

Mユーノは成功したことに喜びの声を上げる。

左掌には二個の鉄球が納まっていた。

(あの鉄球をキャッチしたんですか!?)

「避けるより楽だから……な!!」

そう言いながら鉄球二個を持ち主に向かって投げ返すMユーノ。

「直球だったのがまずかったなぁ!赤鬼ぃ!」

鉄球が射程内に入ると、グラーフアイゼンを振るヴィータ。

鉄球にまた魔力を帯びて、Mユーノに向かってくる。

(モモタロスさん、またさっきのやつできませんか?)

「無茶言うなよ。さっきのは完全にマグレだぞ」

(えええ!?自信満々だったじゃないですか!)

「うるせぇ!こうなったら赤チビに当てさせるしかねぇな!」

(あの鉄球はあの子の意思でコントロールしてると思います。自滅は無理ですよ)

ユーノの解説にMユーノは悔しがる。

「だったら!」

Mユーノはヴィータと間合いを詰める。

「これならどうだぁ!!」

ヴィータとの間合いが詰まると右足を突き出して蹴りの姿勢をとり、矢もしくはミサイルのようにヴィータに向かっていく。

空を切り裂くような勢いで真っ直ぐに向かっていく。

右脚には掌で展開する応用で翡翠色の魔法陣が展開される。

迫ってくる鉄球二個を破壊しても勢いはそのままだ。

「思ったより速い!?」

グラーフアイゼンの棒部分で受け止める。

「ぐっううううう!!」

勢いは凄まじいのかヴィータは踏ん張る。

だが、それでも後ろへと下がっていく。

Mユーノの蹴りの勢いが止まると、ヴィータも止まった。

「休んでる暇はねぇぜ!赤チビ!」

右フック、左フックと繰り出すがヴィータは一歩、二歩と下がって避ける。

「今度はこっちの番だああ!!」

グラーフアイゼンを上段に構えて、振り下ろす。

「甘ぇよ!」

その隙に乗じて、ヴィータとの間合いをゼロに右ボディブローをヴィータに叩き込む。

「ごほっ」

ヴィータはくの字になって身体を曲げていることを勝機と狙ったMユーノはグラーフアイゼンをひったくってから左足を軸足にして右回し蹴りを放つ。

「うわあああああああ!!」

防御も取れないヴィータはそのままビルに叩きつけられた。

ドコォンという音を立てて壊れたビルの壁がパラパラと地上に降っていく。

「ぐっ」

Mユーノは右手で胸元を押さえる。

「やべ。無茶しちまったからな。身体にガタがきだしたぜ」

(もしかして、この状態でいられる時間が……)

「オメェの予想通りだ。もうそんなに長くは憑けねぇ……」

ユーノの心配している事にMユーノは頷く。

その証拠に身体全身が急に悲鳴を上げるかのように震えていた。

その震えを強引に押さえるようにして、拳を作る。

「次でケリつけるぜ」

(はい!)

Mユーノは左手に握られているグラーフアイゼンを右手に持ち替えた。

更に、上下を逆にしてキャッチする。

ヴィータがいるビルまで来ると、Mユーノは素手でこちらを睨んでいるヴィータと対峙する。

「もう終わりかよ?赤チビ」

「言ったなぁ!赤鬼!!」

Mユーノの挑発に乗ったヴィータは両手で鉄球を四個出現させて、投げつけた。

「これで終わりだぁ!赤チビィ!」

Mユーノは上下逆のグラーフアイゼンを右薙ぎに振って、鉄球四個を全て、弾き飛ばしてからヴィータの喉元に突きつけた。

「はあ……はあはあはあ……。これまでだよな?赤チビ」

「ぐっ」

ヴィータは心底悔しい表情をしていた。

その直後、Mユーノからユーノとモモタロスに分離した。

 

「ユーノ君とモモタロスさん、どうしてるかな……」

ユーノが張ってくれた魔法陣の中で高町なのはは先程戦いにいった二人(正確には一人と一体)の安否が気になった。

「まあ、あの状態がどんなものかわかんないけどさ。センパイが憑いてるから無茶はしそうだね」

ウラタロスがモモタロスの性格を考えてありえそうなことを口に出す。

「しかし、カメの字。イマジンが魔導師に憑いたらどうなんねやろな?」

キンタロスは今まで憑依した中では未知ともいうべき存在に憑いた場合の事を考える。

「クマちゃんが珍しく考え事してるよ!」

リュウタロスが考え込んでいるキンタロスをはやし立てた。

「リュウタ。その内寝るからほっときなさい。ったくバカモモにも困ったものね」

コハナが予測できる展開を告げてから、モモタロスの行動に苦笑していた。

「にゃはは……」

『半年経ってもこの光景を見るのはいいですね』

なのははこの光景を見るたびに思う。

とても力強く、そして優しい空気が漂っていると。

彼等から噴出すこの空気に自分はどれだけ励まされ、どれだけ勇気付けられたか。

『マスター』

レイジングハートがなのはに呼びかけた。

「レイジングハート……」

なのはは自分同様に傷を負っているレイジングハートを見る。

レイジングハートは桜色の翼を展開する。

 

『撃ってください。スターライトブレイカーを』

 

「「「「ええええええ!!!!」」」」

レイジングハートの宣言に驚いたのは、なのはではなくイマジン三体だった。

「マジで撃つの!?」

「その状態で、なのはバージョンを撃つんか?やめとき!」

「そうだよ!なのはバージョンなんて撃ったら木っ端微塵になっちゃうよ!」

ウラタロス、キンタロス、リュウタロスがレイジングハートに止めに入ろうとする。

「なのはちゃん、レイジングハート。考え直した方が……」

コハナもレイジングハートの発言には反対のようだ。

「あの……、みなさん。どうしてスターライトブレイカーをなのはバージョンなんて言うんですか!?」

なのはは涙目で訴える。

『なのはバージョン』というのは彼女のトラウマにさえなりかねない単語だ。

三体のイマジンの反応はというと、

 

「「「え?アレってなのはバージョンじゃなかった(んか)の?」」」

 

「スターライトブレイカーですっ!!」

なのはは大声で三体にそう告げた。

「でも無理だよ。そんな状態じゃ……」

なのははレイジングハートの容態を気遣う。

『撃てます』

レイジングハートは短く告げた。

それはまるで撃つ事を急かしているかのように。

「本当にいいの?」

なのはは念を押すように訊ねる。

『私は貴女を信じています。だから貴女も私を信じてください』

「レイジングハートが信じてくれるなら、わたしもレイジングハートを信じるよ!」

ユーノが展開した魔法陣は消え、代わりに桜色の魔法陣が展開して、なのははレイジングハートを夜空に向かって掲げた。

「しょうがない。後の責任は僕等が持つよ」

ウラタロスは大人な態度でなのはに告げる。

「なのは、思いっきり撃ったれ!骨は俺等が拾ったる!」

キンタロスが右親指で首を捻ってから堂々と言う。

「なのはちゃん。やっちゃええ!」

リュウタロスは精一杯の台詞で別世界の友達を応援する。

「なのはちゃん。後のことは私たちに任せて、全力で撃っちゃって!」

コハナもなのはとレイジングハートの意思を尊重した。

別世界の仲間たちの声援を受けて、なのはは念話の回線を開く。

相手はユーノ、フェイト、アルフだ。

(ユーノ君、フェイトちゃん、アルフさん。わたしが結界を壊すからタイミングを合わせて転送を!)

((無理!))

(ええええ!?)

ユーノとフェイトから即答された。

なのはとしてみれば意外な返答だった。

(アンタ達、無理って何があったんだい!?)

即答した二人にアルフが訊ねる。

(僕は全身激痛が走って動けないんだ。とてもじゃないけど転送なんてデリケートな作業は出来ないよ)

(まだ良太郎が戦ってるんだ。転送するなら良太郎達も一緒じゃないと!)

二人の意見を聞き、なのはは考えてから確認するかのように三人に訊ねる。

(転送は無理でも、結界を破壊する事によってクロノ君達にこっちの状況を見せることは出来るんだよね?)

(そりゃ、まあそうだけど……)

(クロノ達の情報収集になるだけでも撃つ価値はあると僕は思うよ)

(なのは。わたし達の事は気にせずに、なのはの気の済むようにやっていいよ)

アルフ、ユーノ、フェイトがなのはの意見を後押しした。

「ありがとう。みんな!」

なのはは決意が篭った瞳で夜空を見上げながら、レイジングハートを夜空に向けた。

桜色の魔法陣が宙で展開された。

桜色の光が収束されていった。

 

シグナムが炎を纏っている状態のレヴァンティンでライナー電王へと切り込むために、間合いを詰めてきた。

(恐らく、あの状態の剣がフェイトちゃんのバルディッシュをあんな状態にしたんだ)

ライナー電王は再会して直後のフェイトが持っているバルディッシュを思い出した。

溶けたような切断面。

何か焼けるようなものでもない限り、あんな風になるはずがない。

(デンガッシャーで防げるかな……)

手にしているDソードを見てから、自分からして右に突き刺さっているデンカメンソードを見る。

目測して約五メートル。

(よし!チャンスは一回しかない!)

ライナー電王はDソードを構えて右に二歩ほど歩む。

「逃がさん!」

(かかった!)

シグナムの台詞でライナー電王はこちらの思惑には気づいていないと判断した。

紅蓮の炎を纏ったレヴァンティンとDソードがぶつかる。

「くっ!うううう」

Dソードで押さえている両腕にも炎の熱さが伝わる。

左手をDソードから離して、ケータロスのチャージアンドアップスイッチ(中央の銀色のボタン)を押す。

『フルチャージ』

電子音声で発すると同時にデンオウベルトからフリーエネルギーがDソードへと伝導されていく。

「やああああ!!」

Dソードが粉々になるのを覚悟して、鍔迫り合い状態のままにしながらゆっくりと右へと足を運ぶ。

Dソード全体に亀裂が走り、箇所から煙が立ち始める。

「今だ!」

「なにっ!?」

ライナー電王はDソードを離して、右へと飛ぶ。

Dソードは爆発し、シグナムの視界を奪うように爆煙が立った。

ライナー電王はそのまま前転してから起き上がり、突き刺さっているデンカメンソードを引き抜く。

「あの光は……、フェイトちゃん!なのはちゃん、何かする気!?」

ライナー電王は桜色の光を見ているフェイトに訊ねた。

「アレを撃つよ!」

フェイトはシグナムの手前を考えて『アレ』と称した。

ライナー電王にはそれだけで何を意味するのか理解できた。

「結界を壊すんだね」

「うん」

ライナー電王はDソードの爆発で生じた爆煙を払いのけたシグナムを見る。

「やってくれたな。武器の爆発を利用して目くらましにし、もう一振りの剣を手にしたか」

「その剣でやられたバルディッシュを見ましたからね」

見ていなかったらこの作戦を思いつき、実行など出来なかっただろう。

「なるほどな。どうやらお前は私の予想よりも遥かに強いようだな」

シグナムは笑みを浮かべる。

そして、レヴァンティンのグリップ部分に弾丸のようなものを放り込んだ。

「私はベルカの騎士ヴォルケンリッターの将、シグナム。そして我が剣レヴァンティン。お前達の名は?」

そしてレヴァンティンを構える。

「僕は、野上良太郎。この姿は電王で、これはデンカメンソードです」

ライナー電王はシグナムの自己紹介の真似をして、デンカメンソードを構える。

「ミッドチルダの魔導師。時空管理局嘱託フェイト・テスタロッサ。この子はバルディッシュ」

二人の戦いを観戦していたフェイトもまた同じ様に自己紹介をした。

「野上にテスタロッサ。そして、バルディッシュか……。その名は忘れん」

レヴァンティンは主の思いを察するかのように薬莢を排出させた。

それはまた、あの技の発動を意味する。

「そろそろ終わりにしよう。野上」

「そうですね」

この戦いを終わらせるような台詞をはくと同時にレヴァンティンの刀身に炎が纏われ、ライナー電王はデルタレバーを押し込んだ。

『モモソード』

デンカメンソードは電子音声でそう発した。

 

ヴィータは『死』を覚悟した。

生きるか死ぬかの戦いに身を投じた以上、それは当然の心構えだった。

(はやて、ごめん。おデブのキャンディー食べたかったなぁ)

ヴィータはそんなことを思いながら、モモタロスもしくはユーノのとどめの一撃を受け入れる事にした。

だが、その一撃はいつまで経っても来なかった。

目を開いてみると、グラーフアイゼンを持ったモモタロスが立っており、ユーノは仰向けになっていた。

「赤鬼……」

「よぉ、目ぇ閉じて死ぬ覚悟でもしたのかよ?」

モモタロスがヴィータの内心を読むかのような台詞を吐く。

「う、うるせぇ!やるんだったらさっさとやれよ!」

モモタロスはグラーフアイゼンを二回ほど宙に浮かせてから、ヴィータに向かって投げつけた。

それはヴィータには当たらずに、後ろにいるヴィータの壁に当たった。

「んな事、誰がするかよ。仮にやったとしたら俺が良太郎にどやされるぜ」

「りょうたろう?」

「ま、とにかくだ。俺はオメェを殺す気はねぇから安心しろ。赤チビ」

そう言いながら、モモタロスは仰向けになっているユーノを背に乗っける。

「すいません」

モモタロスの背に乗っかっているユーノが弱弱しく言う。

「気にすんなよ。それより戻ろうぜ」

「待てよ……」

ヴィータがユーノをおぶっているモモタロスを呼び止める。

「オマエ、マジで電王がシグナムに勝てると思ってるのかよ?」

モモタロスは振り返らずに告げる。

 

「当たり前ぇだろ。アイツ舐めんなよ」

 

と。

 

デンカメンソードの刃先からオーラレールが出現し、地面スレスレのところで敷かれる。

ライナー電王がオーラレールに飛び移り、滑るように走っていく。

その中で構えを取る。

刃先は袈裟を狙う位置となっている。

ライナー電王を覆うようにしてオーラライナーが出現する。

シグナムはレヴァンティンを上段に構えたままこちらに向かってくる。

正面から挑むということだ。

 

「電車斬りぃぃぃぃぃ!!」

「紫電一閃!!」

 

オーラライナーと紅蓮の炎がぶつかる。

「くっうううううう!!」

「ぬううううううう!!」

ライナー電王とシグナムが睨みあう。

互いに渾身の力を振り絞っての一撃。

目の前の相手を倒すための一撃だ。

勝てばいい。

その後のことはその後で考えればいい。

今二人の身体を支配しているのはそんな感情だ。

「うっ!」

ライナー電王が徐々に押されていく。

「桜井の予想は覆る事はないようだな!」

シグナムが押されているライナー電王を勝利宣言のような言葉をぶつける。

(侑斗の予想?)

恐らく自分がシグナムに勝つ事はないといったのだろう。

更にライナー電王は押されていく。

地面が抉れていく。

(このままじゃ……負ける!!)

敗北を予感したときだ。

 

「良太郎!」

 

フェイトの声がした。

ライナー電王はフェイトを見る。

自分の勝利を信じてくれている目だ。

フェイトは拳を作ってグッとする。

大丈夫。良太郎なら勝てるよ!と物語っていた。

ライナー電王は首を縦に振ってから、シグナムを睨む。

「やあああああああああ!!」

自分とて別世界

ここ

に来るまでの間、遊んでいたわけではない。

命ギリギリの出来事に何度も出くわし、それでも乗り越えてきたのだ。

その経験が今、彼の殻をひとつ破った。

「な、何!?」

シグナムが驚愕の表情を浮かべる。

ライナー電王がまた押しているのだ。

シグナムが押されていく。

「私とて負けられぬ理由がある!」

踏ん張るような台詞をはくが、それでも退がっていく。

「ああああああああ!!」

獣のような咆哮を挙げ、ライナー電王はあらん限りのフリーエネルギーを込めた一撃をデンカメンソード漉しにシグナムにぶつけた。

「ふ、防ぎきれん!?うわあああぁぁぁぁ」

シグナムはライナー電王が放った一撃をまともに受けて、後方へと吹き飛ばされた。

宙に舞い、何もしないシグナムをライナー電王は見る。

「はあ……はあはあはあ……。どうして、飛ばないの!?」

「多分、さっきのでシグナムの魔力は尽きたんだと思う……」

フェイトが良太郎の側に駆け寄ってから言う。

「助けないと……」

ライナー電王はデンカメンソードのデルタレバーを三回引く。

『ウラロッド、キンアックス、リュウガン』

デンカメンソードを左手に持ち替えて、右手で何がしかのサインをする。

デンバードⅡがひとりでにこちらに走って、停車した。

「シグナムさんを助けたら、多分僕もダウンすると思うから後は任せていい?」

「もちろん!任せてよ」

フェイトは笑顔で応じてくれた。

デンバードⅡをモード2(スライド変形状態)にすると、飛び乗り、落下していくシグナムより速く降下していく。

そして、フェイトを助けたときと同じ要領でシグナムを抱きかかえる事に成功した。

「ん……。野上……何故……」

「よかった……。てっきり空を飛ぶなりして対処すると思ったんですけど、まさか魔力がゼロになったなんて思いませんでしたから」

シグナムは先程の一撃で意識を失っていたらしく、ライナー電王に抱きかかえられ、先程の戦場となったビルの屋上に戻っていく中で意識を取り戻した。

「野上」

「ん?何です」

「すまないが、そろそろ降ろしてくれないか……。この状態はその……あまり……」

シグナムは自分が抱きかかえられている状態に羞恥心があるのか、頬を染めている。

「屋上に着いたら降ろします。それまでは我慢してください」

ライナー電王はシグナムの意見を流して、デンバードⅡの速度を速めた。

屋上に着くと、デンバードⅡから降りる。

シグナムをゆっくりと地面に寝かすと、フラフラな足取りでフェイトに歩み寄る。

デンオウベルトを外すと、野上良太郎に戻る。

「……もう限界」

膝に地を着け、そのまま良太郎は前のめりに倒れた。

「お疲れ様。ありがとう良太郎」

とフェイトの声が聞こえたような気がした。

 

「まさか……ヴィータに続いてシグナムまで……」

「言ったろ?良太郎はあたし達の常識なんて簡単に破るってさ!」

獣状態になっているアルフとザフィーラは睨みあい、互いの出方を窺いながらもそのような対話をする。

ザフィーラとしみてればヴィータの敗北はありえなさそうでありえるといったところだった。

感情的になりやすいという欠点を知っているからだ。

だが、シグナムが負けることに関しては万が一にもありえないことだった。

いくら電王が強いといっても侑斗から聞いた情報では負けることはないと思った。

それが覆された。眼前にいる自分と似たタイプの者の予言通りに。

「だが……、勝負に負けても戦いには勝つ!」

「はあ?何言ってんだい?アンタ」

ザフィーラの言葉にアルフはそれが何を意味するのかわからなかった。

 

なのはは空に向けて、レイジングハートを掲げている。

桜色の魔法陣が足元と、レイジングハートの前に展開されている。

更にその前には桜色の魔力が凝縮されている球が練り上げられている。

「レイジングハート!カウントを!」

『オーライ!カウント9』

球が更に大きくなる。

「威力は絶大だけど、時間もかかる。長所と欠点がもろにわかりやすい技だよね」

ウラタロスはスターライトブレイカーについて客観的な意見を述べる。

『8、7、6』

レイジングハートが更にカウントを数える。

「何かこの瞬間、好きかも……」

「あ、僕もー」

キンタロスとリュウタロスは今か今かと発射されるのを心待ちにしていた。

「アンタ達、お正月になるまでのカウントダウンじゃないんだから……」

コハナは呆れながらも無事に発射されることを祈るばかりだ。

『5、4、3……』

レイジングハートのカウントが停まる。

『3、3……』

さっきからカウントが進まない。

「レイジングハート、大丈夫?」

なのははが不安げな表情で相棒に気遣う。

『大丈夫です。カウント3、2……』

掲げていたレイジングハートを振りかぶる。

『1』

誰もが次でスターライトブレイカーが発射されると思ったときだ。

「!!」

なのはの身体が得体の知れないものが身体に入り込んだ感覚が支配された。

「あ……ああ……」

「ええ!?な、なのはちゃん!?」

ウラタロスがなのはの胸元から出ているそれを見て驚きを隠せない。

「な、何ソレー!?」

リュウタロスはあまりの出来事に腰が抜けたのか、へたり込んだ。やはりそれを見たからだろう。

「手品か何かか!?」

キンタロスはそれを見て驚くが、先の二体よりは冷静だった。

「魔法だと思うけど、どういう原理?」

コハナとしてみても、それをどうにかしてやりたいという気持ちが逸るばかりで、どうしたらいいのかわからないというのが本音だったりする。

三体と一人が見て驚いているそれとは……。

なのはの胸元から出ているシャマルの腕だった。

 

「しまった!外しちゃった」

シャマルはなのは達や良太郎達がいるビルとは違う場所で、緑色の空間に左手を突っ込んでいた。

一旦抜いてからもう一度左手を突っ込む。

シャマルの手に目当てのものを入手した感触があった。

(よし!)

「リンカーコア捕獲。蒐集開始!」

シャマルは開いた状態になっている闇の書に触れる。

『蒐集』

闇の書の真っ白になっていたページに文字が刻まれていく。

(まさか、この状態で撃つつもり!?)

シャマルは右手からくる感触でなのはが何をするのかなんとなく理解できた。

 

『カウント0!』

「スターライトブレイカァァァァァァァァ!!」

 

なのははふらつきながらも振りかぶったレイジングハートを完成された特大の桜色の魔力球にぶつけて、発射させる事に成功した。

一直線の柱のような光となって天に向かって飛ぶ。

やがて桜色の光は結界を貫き、消えた。

 

 

次元航行艦アースラではというと。

なのはがスターライトブレイカーを撃って、結界を破壊してくれたおかげで映像が映った。

なのはやフェイト、ユーノやアルフはもちろんのこと。

良太郎やイマジン四体にコハナといったチームデンライナー。

そして、正体不明の四人組。

などが映っていた。

エイミィ・リミエッタが超速でキーボードを叩きながら、逃げていく四つの光の検索を試みるが、焦るばかりだ。

「に、逃げる!ロック急いで!転送の索敵を!」

『やっています!』

それでもキーボードを叩く速度は落ちない。

映像の中に何か本のようなものが映った。

エイミィの横にいたクロノ・ハラオウンがそれをみて、驚きを隠せなかった。

「あれは……」

それから数分が経過し、エイミィの行動は失敗に終わった。

バンと叩きながらエイミィは突っ伏した。

「クロノ君、ごめん。クロノ君?」

エイミィはクロノを見る。

クロノは真剣な表情をしていた。

「第一級捜索指定遺失物ロストロギア……闇の書……」

クロノは拳を強く握り締めていた。

 

 

「なのはがやったみたいですね……」

「みてぇだな。ん?」

空を見上げながら、モモタロスとユーノはなのは達がいるビルまで戻る中で夜空を見上げた。

四つの光が空に昇ったのを一体と一人は見た。

「何だあの光?」

「……逃げたのかもしれません」

ユーノは四つの光が自分達を襲った連中だと推測している。

「どうやらまだまだ厄介事は起こりそうだぜ。良太郎」

モモタロスはユーノをおぶりながらもこれからのことを予感していた。

ここの時間が滅ぶこと。

なのは達を襲った連中たちのこと。

そして、良太郎が持っていた写真に写っている正体不明の『時の列車』

 

新たなる戦いの幕はこうして開いたのだ。




次回予告

第七話 「チームデンライナー、本局へ」


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海鳴巷説物語
第七話 「チームデンライナー本局へ」


今回から新章突入です。


結界が破壊され、海鳴市は無人の街---ゴーストタウンから人が溢れ、イルミネーションが輝く眠らない街へと戻ろうとする頃、海鳴市に一筋の光が走った。

光が消えると、ビルの屋上にいた野上良太郎、フェイト・テスタロッサや別のビルの屋上にいた高町なのは、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、そして、ユーノ・スクライアをおぶったモモタロスやソレに合流したアルフといった先程まで戦闘を繰り広げていた者達の姿はなかった。

 

 

次元空間の中で一際目立った建造物があった。

外観からしてSFチックな物だと言われても言い返せないだろう。

その中では次元航行艦アースラと同等の大きさの艦や小型の運送に使われる艦など種類様々な艦が行き来していた。

発着場ではアースラはメンテナンスを受けていた。

中にはエイミィ・リミエッタやリンディ・ハラオウンと似たような格好をしている者達があちこち行き来していた。

ここは時空管理局本局である。

「なのはちゃんとユーノ君の検査結果ですが、なのはちゃんもユーノ君も怪我そのものは大したことはないようです」

「そう。それはよかったわ」

エレベーターの中でエイミィは景色を眺めていると思われるリンディに報告する。

「ユーノ君は全身筋肉痛なので、血行を良くするためにストレッチを受けています」

「全身筋肉痛ってユーノ君、そんなに運動不足だったかしら……」

リンディが知る限り、ユーノはクロノ・ハラオウンとフェイトの模擬戦には何度も付き合っているため簡単にはならないはずだと思っている。

「ユーノ君個人ならば、そんなことにはならなかったんです。ユーノ君にモモタロス君が憑依した事が最大の原因かと思われます」

「憑依?」

「はい。映像に映ったユーノ君の魔力を測定してみると、明らかに以前測定した魔力よりも上がっていたことがわかったんです」

「魔力の向上はモモタロスさん、つまりイマジンの憑依が原因ってこと?」

「まず間違いないでしょう。憑依を解除した事による反動で全身筋肉痛というツケが来たんだと思われます。あと、なのはちゃんですが魔導師の魔力の源であるリンカーコアが異様なほど小さくなっているんです」

「そぉ。じゃあ、やっぱり一連の事件と同じ流れね」

リンディは変わりゆく景色を見ながら、状況を整理する。

「はい。間違いないみたいですね。休暇は延期ですかね……。流れ的にウチの担当になっちゃいそうですし……」

休暇を待ち望んでいたエイミィとしては残念で仕方がない。

「仕方ないわ。そういうお仕事だもの。それに……」

リンディも休暇を望んでいたわけなので、それが延期となるのは残念でならないが、自分の職業がどのようなものかわかっている以上、頭を切り替えるのは早い。

「良太郎さん達が来た理由も気になるわね」

「良太郎君達が来た理由ですか?」

「あの人達が旅行気分で来るとは思えないもの……」

エイミィはまだ休暇が延期したのを引きずっているのかため息をつく。

リンディはエイミィに顔を向けて、苦笑するしかなかった。

エレベーターは停まった。

 

「君の怪我も大した事なくてよかった」

別室でクロノはフェイトに応急処置を終えると、廊下に出ていた。

手に包帯を巻かれたフェイトもついていくように廊下に出る。

「クロノ、ごめんね。心配かけて」

「君となのはでもう慣れた。気にするな」

フェイトはその言葉にただ、笑みを浮かべるしかなかった。

「クロノ。良太郎は?」

「彼ならなのはやユーノと同じ部屋にいるよ。行ってみるか?」

「うん!」

フェイトはクロノの案内でなのは達がいる別室へと向かった。

 

「痛い!痛いです!」

別室では男性医師にストレッチを受けているユーノの悲鳴が聞こえた。

「すぐ動けるようになるには血行を良くしなければならないんだ。そのためにはストレッチが最適なんだよ」

男性医師はそう解説しながら、ユーノの右腕をほぐしていく。

ほぐしてもらっている側は涙目になっている。

「でも無茶苦茶痛いんですけど!」

「それだけ効いているということだよ」

ユーノの叫びは男性医師には届かない。今度は脚をほぐしていた。

「あだだだだだだ!!」

普段のユーノなら上げないような声を出す。

それからグッタリしたユーノをベッドに寝かせて、男性医師はなのはに目を向ける。

「ユーノ君。大丈夫なんですか?」

「ああ。さっき彼にも言ったように筋肉痛を治す方法として最適なのは安静にしたり入浴して筋肉を温めるか、ストレッチをして血行を良くしたりするのがいいんだよ」

男性医師がなのはの胸元に検知器のようなものを向けている。

「さすが若いね。もうリンカーコアの回復が始まっている。ただ、しばらくは魔法がほとんど使えないから気をつけるんだよ」

つまり、日常生活を送る上では何の支障もないということだ。

「はい!ありがとうございました」

なのはは男性医師に感謝の言葉を述べた。

「さて、最後の彼だが……」

男性医師はベッドで寝転がっているとしかいいようがない良太郎をみる。

「意識はハッキリしているようだね?」

「はい」

「正直言って『電王』という特殊な存在である君の容態を診療するというのは私個人としてはとても興味深かったんだよ」

「はあ……」

良太郎は身体を起こす。

良太郎は自分が実験動物にでもなったかのように感じた。

「でも……、正直ガッカリしたよ」

「え?」

「いくら調べても君は普通の人間と変わりがないんだからね。君が倒れたのは単純に体力が尽きただけで、それこそ食べ物でも食べていればすぐ元通りだよ」

「そうですか……」

ぐぎゅるるるるるぅぅぅぅと腹の虫が鳴った。

「では君に今必要な食事

とっこうやく

を持ってきてもらおう」

「ありがとうございます」

それから十分後に良太郎の前には、なのはからして見ただけで腹いっぱいになりそうなほどの量の料理が運ばれてきた。

 

イマジン四体とコハナは本局の中を案内人なしでうろついていた。

「しっかし、見たことのねぇもんばっかりだよなぁ」

モモタロスが外を眺めたり、周りを見たりしてそんなことをこぼした。

「これで十年前の時間のことだからねぇ。十年後

僕たちがいる時間

だとどうなってるんだろ……」

ウラタロスも冷静に装っているが、圧倒されていた。

「これより進歩しとるやろなぁ」

キンタロスが腕を組んで、ありえる事を想像して述べた。

「時間警察やターミナルより広いよねぇ。ここ」

リュウタロスは比べる対象が少ないのか、比べても仕方のないもの同士を比べる。

「ホント、正直この地図なかったら確実に迷子になってたわね」

コハナはエイミィが作ってくれた地図を広げて見ていた。

地図といっても紙面ではなく、立体映像のようなものでコハナも貰った時にはその技術ぶりに驚かずにはいられなかった。

「で、今俺達どこにいるんだよ?」

「ココよ」

コハナは地図に指差す。

近くに売店があるようだ。

「プリンでも買ってくか?良太郎やなのはやユーノも腹減ってるだろうしよ?」

「センパイ、冴えてるじゃない」

「モモの字も気配りができるようになったんやなぁ」

「モモタロスが賢くなってるぅ!」

「よせよ。照れるじゃねぇか」

モモタロスは褒められたと解釈し、照れている。

「アンタ達、盛り上がってるところ悪いけどね。無理よ」

「「「「は?」」」」

コハナの発言にイマジン四体は同時にコハナを見る。

「時空管理局では私達、食べる事はおろか何も買う事もできないのよ」

「何でだよ?オッサンから金貰ってるじゃねぇか?」

モモタロスはコハナがオーナーからお金を受け取っている事を知っている。

「まさかまた、ケチるつもり?」

ウラタロスはコハナならやりかねない事を口に出す。

「ハナ、頼むわ。少しぐらいええやないか?」

キンタロスはコハナに財布の紐を緩めるように頼む。

「ええやないかー」

リュウタロスはキンタロスの口真似をしていた。

イマジン四体の抗議にコハナは腹を立てるどころか、割と平静だった。

「あのね。私がオーナーから貰ったお金は海鳴市でしか使えないのよ」

つまり日本円という事だ。

「時空管理局本局は明らかに日本じゃないから、日本円は使えないの。わかった?」

コハナは締めくくるようにイマジン四体に語った。

「「「「うそぉぉぉぉぉ!!」」」」

イマジン四体は雄叫びを上げるしかなかった。

 

「みんな、どうしたの?」

「相変わらず騒がしいな。貴方達は……」

 

四体は後ろからする声に顔を向ける。

フェイトとクロノだ。

「フェイトとクロイノじゃねぇか」

モモタロスは二人の名前を口に出した。

「ちょっと待て」

クロノが平静を保ちながらもどこか低い声を出している。

「モモタロス、僕の名前をもう一度言ってくれないか?」

「オメェ、俺をバカだと思ってるだろ!?オメェの名前ぐらい言えらぁ!クロイノ・ハラキラレルンだろ?」

モモタロスは自信を持って言った。

フェイトは口元を押さえている。必死でこらえているのだ。

「センパイ違うよ。彼はクロイノ・ハラケラレルンだって」

ウラタロスも自信を持って言い張る。

クロノの額に青筋が増える。

フェイトは顔を俯きだした。

直視できないほどこらえているのだ。

笑いを。

「お前等、人の名前を間違えるなんてひどいで。こいつの名はクロイノ・ハリタオサレルンや」

キンタロスが我こそは正しいと思った名を言う。

クロノの青筋は更に増える。

フェイトは涙目にまでなっていた。

臨界点寸前である。

「みんなー、こいつの名はクロイノ・ハラウチヌカレルンだってば!」

リュウタロスが堂々と言い放つ。

「アンタ達、それくらいにしときなさいってば。フェイトちゃん、必死で笑いこらえてるんだから」

コハナが笑いをこらえるフェイトの背中を擦り、気持ちを楽にさせようとしている。

「あ、ありがとう。ハナ」

「ごめんね。でも気をつけたほうがいいわよ。あいつ等の笑いに取り込まれたら出られなくなるわよ」

「う、うん。気をつけるよ」

コハナのアドバイスを素直に聞くフェイト。

「「「「で、オマエ何て名前だっけ?」」」」

イマジン四体が揃ってクロノにぶつける。

「クロノ・ハラオウンだ!」

クロノは平静の仮面を脱ぎ捨てていた。

そのあと、コハナはクロノの案内で手持ちの金の一部を両替場で交換してから、売店でプリンやファーストフードなどを多量に買い込んだ。

 

良太郎達がいる部屋のドアが開いた。

クロノとフェイトそして、イマジン四体にコハナが入ってきた。

「みんな……」

良太郎が餃子を空にしてから、部屋に来た面々を見る。

「良太郎差し入れだ。分けて食えよ?」

モモタロスがファーストフードが入っている紙袋を良太郎に渡す。

「ありがとう!さっき食べただけじゃ、まだ足りなかったんだ」

「「ええ!?」」

良太郎の一言になのはとユーノが驚きの声を上げる。

「ふえええ!?まだ食べるんですか!?良太郎さん」

「よく食べれますね。餃子三人前にチャーハン三杯、酢豚にチャーシュー麺、シュウマイに鳥のから揚げにレバニラ炒めにゴマ団子に杏仁豆腐も食べてるのに……」

なのはは良太郎の異常な食欲に驚き、ユーノは良太郎が既に食べ終えた料理の名前を全て言いながらどこか恐ろしいものでも見るかのような顔をしていた。

「電王で戦ったり、みんなの特訓に付き合ううちに食欲旺盛になっちゃって……」

良太郎は苦笑いを浮かべながらも、モモタロスが渡してくれたファーストフードの中身を物色する。

「ユーノ、何か食べたいものある?」

良太郎が隣にいるユーノに好きなものは何か訊ねる。

「ではハンバーガーを」

「はい」

そう言ってユーノに向かって軽くハンバーガーを投げる。

「ありがとうございます。あれ?さっきのような激痛がほとんどないや……」

ユーノは確認するかのように拳を作ったり、手を回したり、首を動かしたりする。

あのストレッチが聞いたのだろうとユーノは解釈する事にしたようだ。

「なのはちゃん、フェイトちゃんは?」

「わたしもユーノ君と同じハンバーガーで」

なのはが言い、

「わたしはフライドポテトかな」

フェイトが言った。

良太郎はベッドから離れて、頼まれた二つの品を直に二人に渡した。

なのはの場合は距離が遠いので、直に渡した方が品に対するリスクはないと、フェイトの品は投げれば高確率で散乱すると判断したからだ。

イマジン四体はというと、買ってきたファーストフードやプリンを食べる事に集中していた。

コハナは静かにハンバーガーとジュースを手にして食事をしていた。

クロノは男性医師に呼ばれ、部屋を出ていた。

「良太郎、なのは。その……大丈夫?」

フェイトが良太郎となのはの容態を念を押して訊ねる。

「怪我とかなら僕はほとんどしてないから大丈夫だよ」

良太郎はそう言いながら、両手を軽く振っていた。

「わたしはちょっとまだ変な感じ、かな」

なのははベッドから離れずに身体に纏わりつく違和感を素直にフェイトに打ち明けた。

「それに、大丈夫ならフェイトちゃんの方だよ。手、大丈夫?」

「良太郎さんの言うとおりだよ。大丈夫?痛くない?」

フェイトは包帯に巻かれた手を背に隠す。

「う、うん。全然平気だよ」

フェイトは笑みを浮かべる。

なのはや良太郎も釣られて笑みを浮かべた。

「うん。わかった。ありがとうアルフ」

ハンバーガーを食べ終えたユーノはアルフと念話をしていたようだ。

「みなさん。ちょっと来てもらいたい所があるんですがいいですか?」

ユーノの申し出に室内にいる全員が頷いた。

 

ユーノの案内で、なのは、チームデンライナー、フェイトは別室へと向かっていた。

ちなみにユーノは大分よくなったとしても念を押して車椅子に乗り、なのはに押してもらっていた。

「なのは、ごめんね。なのはもまだ万全とはいえないのに」

「ううん。わたしのは魔法がしばらく使えないというだけで、普通に生活するには問題ないんだって」

なのはは笑みを浮かべてユーノの車椅子を押している。

「アルフ、入るよ」

「ユーノ、準備はできてるよ。良太郎、なのは、アンタ達。久しぶりじゃないか!」

アルフが笑顔で迎え入れてくれ、クロノが機械の起動させていた。

「「アルフさん……」」

良太郎となのはは声をそろえて名を呼ぶ。

「よぉ、獣女」

「アルフさんは変わってないね」

「元気やったか?」

「ワンちゃん、久しぶりー」

イマジン四体も彼等なりにアルフとの再会を喜ぶ。

「ユーノ。準備は粗方終わっている。始めてくれ」

「わかった」

クロノがその場から離れると、破損したレイジングハートとバルディッシュが置かれていた。

短い距離なので車椅子を押して、キーボードの前に立つ。

カチャカチャカチャと叩きながら、宙に浮かぶモニターに字が並んでいく。

「破損状況は?」

クロノがユーノに訊ねる。

「正直あんまりよくない。今は自動修復をかけているけど基礎構造の修復が完了したら、一度再起動して部品交換しないと……」

「そうか……」

クロノにしてみればある意味、予測の範囲内の回答だったらしい。

「オーバーホールしないと駄目って事?」

ウラタロスの言葉にユーノは首を縦に振る。

「それだけじゃ駄目だろ。バラして直したってまたアイツ等と戦っても結果はわかりきってるぜ」

モモタロスの言葉にその場にいる誰もが何も言えなかった。

完全修復したとしても、勝てるか否かと言われると答えは『否』だろう。

そもそもの性能が向こうの方が上なのだから。

「パワーアップしちゃえばいいんだよ!」

リュウタロスがレイジングハートとバルディッシュをなのはやフェイト同様に眺めながら言った。

「そうやな。今んところ、五分以下なんやから何とか五分五分にもちこまんとなあ」

キンタロスもリュウタロスの言葉に賛同していた。

「でも、デバイスってパワーアップできるのかしら……」

デバイスの知識はないに等しいコハナは呟く。

「そういえばさ、あの連中の魔法って何か変じゃなかった?」

アルフが尻尾を揺らしながらユーノとクロノに訊ねる。

「何か弾丸みたいなものを使ってたね。フェイトちゃんやなのはちゃんとは違うスタイルだと思ってるんだけど……」

良太郎は戦闘で見たことを思い出していた。

 

「あれは多分ベルカ式だ」

 

クロノが一番ありえることを口にした。

「ベルカ式?」

アルフが聞き返す。

「「「「ベルマーク式?」」」」

イマジン四体は間違って記憶した言葉で聞き返す。

「ベルカ式です」

ユーノはイマジン四体に憶えてもらうためにもう一度言った。

「その昔、ミッド式と魔法勢力を二分した魔法体系ですよ」

ユーノが大まかな事を告げた。

「遠距離や広範囲攻撃をある程度、度外視して対人戦闘に特化した魔法で優れた術者は『騎士』と呼ばれる」

クロノはそのスタイルについて語った。

「シグナムさんのことだね……」

「うん。あの人、ベルカの騎士って言ってた」

いちはやく頭が回転したのは良太郎とフェイトだった。

「最大の特徴はデバイスに組み込まれたカートリッジシステムと呼ばれる武装。儀式で圧縮して込めた弾丸をデバイスに組み込んで瞬間的に爆発的な破壊力を得る……」

「僕達でいうフルチャージみたいなものだね」

ウラタロスの解釈にユーノとクロノは頷く。

「相手もフルチャージ使うんやったら厄介やで」

キンタロスはカートリッジシステムをフルチャージとして受け止める事にしたようだ。

「だけどよ、ずっと使えるわけじゃねぇんだろ?それなら何とかなるんじゃねぇか」

モモタロスは割と気楽だった。

「何でさ?モモタロス」

リュウタロスが訊ねる。

「アイツ等がフルチャージするにはタマがいるんだろ?つまり回数が決まってるってことじゃねぇか」

「「「「「「「「「なるほどぉ」」」」」」」」」

クロノは目を丸くし、他の一同は感心していた。

弾丸が戦闘中にでも無限に作り出されるのならば厄介な事この上ないが、それが出来ないなら弾丸使用時にのみ気をつければ大した脅威にはならないということだ。

「フェイト。そろそろいいか?面接の時間だ」

クロノはキリがいいと判断したのか、フェイトに声をかけた。

「うん」

フェイトはクロノの言葉に頷く。

「なのは、良太郎。二人もちょっといいか?」

「「?」」

クロノの呼びかけに良太郎となのはは、?マークを頭に浮かべる事しか出来なかった。

 

レイジングハートとバルディッシュを修復にかけている中、イマジン四体、コハナ、ユーノ、アルフは休憩場に設置してある自販機でジュースを買って寛いでいた。

「あ、みんな!久しぶりー!」

エイミィが笑顔でイマジン四体とコハナに声をかけた。

「よぉ、クロイノの姉ちゃんじゃねぇか」

「エイミィさん、久しぶり」

「どないしたんや?クロイノの姉ちゃん」

「クロイノなら良太郎やなのはちゃん、フェイトちゃん連れてどこか行ったよ」

「面接とか言ってたわね……」

イマジン四体とコハナはそれぞれの反応をとる。

「クロイノって……、相変わらずだなぁ。ユーノ君、アルフ。レイジングハートとバルディッシュの部品、今発注してきたよ」

エイミィはウインクして完了したという合図をとる。

「今日明日中には揃えてくれるって」

「ありがとうございます」

ユーノはエイミィの働きに感謝の言葉を述べた。

「でね、今回の事件が正式にウチの担当になったの」

エイミィは今後の方針を述べた。

「え、でもアースラは整備中じゃ……」

アルフの言う事にその場にいる誰もが気になる部分だった。

「そうなんだよね……」

エイミィもどのように対策するかはわからないようだ。

「あ、そうだ。ちょうどいい機会だから君達に聞いていいかな?」

「何をだよ?」

モモタロスが代表して反応する。

「君達が今回ここにきた目的を、だよ」

エイミィの言葉にチームデンライナーは顔を見合わせ、やがて決意し、コハナが話し始めた。

目的を聞き、ユーノ、エイミィ、アルフは顔を青ざめるしかなかった。

 

「クロノ、今から会う人はどうして僕のことを?」

廊下を歩きながら、良太郎は先頭を歩くクロノに訊ねる。

「貴方達のことは書類や映像には残っていないが、噂話としては知れ渡っているからね」

「うん、良太郎達は凄く有名なんだよ」

クロノの意見を裏付けるようにフェイトが付け足す。

フェイトの口調はどこか我がごとのように喜んでいるようにもとれた。

「ごめんね。なのはちゃん、何かお株奪っちゃって……」

「にゃはは。いいですよ。モモタロスさん達が聞いたら大喜びしそうですね」

良太郎は謝るが、なのはは喜んでその立場を譲るとまで言い出した。

「着いた。ここだ」

クロノはドアを開く。

「失礼します」

そこには銀髪もしくは白髪の長身の男が一人いた。

「クロノ、久しぶりだな」

「ごぶさたしています」

クロノは普段とは違い、丁寧語を使っていた。

つまり、クロノが敬意を払う相手もしくはクロノより立場が上の存在という事は安易に推測できる。

時空管理局顧問官ギル・グレアムである。

紅茶が人数分出され、とても『面接』という厳かなものには思えなかった。

だが相手の気を削ぐという戦術ならばこれほど効果的なものはないだろう。

「保護監察官といっても、まあ形だけだよ。リンディ提督から先の事件や君の人柄についても聞かされたしね。とても優しい子だと」

グレアムは笑みを浮かべて語る。

「……ありがとうございます」

その言葉にフェイトは照れているのか、頬を染める。

グレアムは電子資料を見ながらなのはに視線を向ける。

「なのは君は日本人なのか。懐かしいな日本の風景は……」

「「え?」」

なのはと良太郎は声を上げる。

「私も君と同じ世界の出身だよ。イギリス人だ」

「ふえええ!?そうなんですか!?」

なのはは目を開いて驚く。

「あの世界の人間のほとんどは魔力を持たないんだ。稀にいるんだよ。君や私のように高い魔力資質を持つ者が……。ははは、魔法との出会い方まで私とそっくりだ」

良太郎はなのはが魔法とであった経緯はコハナやなのは当人から聞いている。眼前の老人も誰かを助ける事がきっかけで魔導師としての道を歩み始めたという事だろう。

(フェイトちゃんやなのはちゃんに用があるのなら、僕に用はないはずだが……)

「フェイト君、君はなのは君の友達なんだってね」

「はい」

グレアムが本題に入ろうと切り出してきた。

それだけの室内の空気が変わった。

「約束してほしいことはひとつだけだ。友達や自分のことを信頼してくれている人達のことは決して裏切ってはいけない。それが出来るなら私は君の行動について、何も制限しない事を約束しよう。できるかね?」

静かだが、どこか迫力のある声だ。

「はい。必ず」

フェイトは視線を外すことなく決意を込めて答えた。

「うん、いい返事だ」

グレアムは満足し、フェイトの左隣に座っているなのはは笑みを浮かべる。

良太郎も笑みを浮かべる。

「そして、君が別世界からきた電王、だね?」

グレアムは良太郎に視線を向けた。

「はい」

「名前は野上良太郎。世界は違えど、日本人だね?」

「はい」

探りを入れているような口調にも解釈できた。

「君や君の仲間達は、フェイト君やなのは君達から随分と信頼されているようだね」

「そうですね。前に来た時には僕も随分とお世話になりましたし、一緒にイマジンと戦ったりもしましたから……」

これは嘘偽りのない意見だ。

「そうか。これからもフェイト君やなのは君達をよろしく頼むよ」

「はい」

しばらく、グレアムと会話を続けたが良太郎は何故か警戒心を解くことはなかった。

なのはとフェイト、そして自分も会釈して退室しようとした時だ。

「提督。もうお聞き及びいただけていると思いますが、先程自分達がロストロギア闇の書の捜索捜査担当に決定しました」

「そうか……。君がか。言えた義理ではないかもしれんが、無理はするなよ」

グレアムとクロノの会話が続く。

(!!)

良太郎は先程の会話の時とグレアムが違うと感じた。

フェイトやなのは、そして自分と先程まで会話をしていた時には感情の色のようなものが瞳にはなかった。

だが、いま『闇の書』という言葉をクロノが発した時、明らかに違うものがあった。

「大丈夫です。急事にこそ冷静さが最大の友、提督の教え通りです」

「うむ、そうだったな」

二人の会話は続く。

自分が警戒を解かなかったのも納得できた。

彼は何かを隠しているのだ。

それも闇の書関連で。

「良太郎?どうしたの?怖い顔してるけど……」

隣にいたフェイトが不安げな表情をしている。

「え?そんな顔してた?」

「してましたよ。どうしたんですか?」

なのはも心配してくれているみたいだ。

「いや、何でもないよ」

首を横に振って良太郎は二人に笑みを浮かべて答えた。

二人は納得してくれた。

グレアムのいる部屋から離れても良太郎は何かが起こるという予感がしてならなかった。




次回予告

第八話 「ハラオウン家、海鳴へ」


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第八話 「ハラオウン家、海鳴へ」 

野上良太郎達が時空管理局本局であれやこれやとしている時間帯での八神家。

私服姿のヴィータと八神はやては獣姿のザフィーラにもたれてテレビを見ていた。

シグナムもまた私服姿であり、新聞を読んでいた。

デネブと私服姿のシャマルはキッチンで料理の談義をしていた。

談義といってもこの場合、シャマルがデネブに教えてもらっているというのが正しい。

「風呂沸いたぞ。入るヤツはさっさと入ってくれ」

先程まで風呂場にいた桜井侑斗がリビングに顔を出して、リビング内にいる者達全員に聞こえるように告げた。

「うん、ありがとう。侑斗さん」

はやては侑斗に感謝の言葉を送る。

「それじゃはやてちゃん、ヴィータちゃん。行きましょうか?」

シャマルがエプロンを外して、はやてとヴィータに呼びかける。

「はぁーい」

ヴィータは素直に返事した。

「明日は朝から病院です。あまり夜更かしされませんよう」

シグナムは新聞を畳みながら明日の事を告げる。

「はーい」

はやては笑顔で返事する。

「よいしょっと。シグナムはお風呂どうします?」

シャマルがはやてを抱きかかえる。

「私は後からでいい」

「そぉ」

「お風呂好きが珍しいじゃん。誰かに一番風呂許すなんてよ」

シャマルもヴィータもそのような会話をするが、シグナムが何故このような事を言うのかは理解できた。

「たまにはそういう日もあるさ」

「ほんならお先にー」

「はい」

はやて、シャマル、ヴィータが風呂場に向かうとシグナムは先程とは違って真剣な表情をしていた。

「桜井、デネブ。少しいいか?」

「何だよ?」

「どうした?シグナム」

シグナムに呼ばれた侑斗とデネブは彼女の近辺のソファに座る。

「今日、デンライナーの連中と交戦した」

「野上達が来たのか。でも、普通なら交戦するはずないんだが……」

侑斗はシグナムの報告に疑問を持つ。

良太郎は電王。つまり自分と同じ様に『時の運行』を守る者だ。

普通に考えるならばシグナム達と交戦する理由はない。

彼女達が『時の運行』を妨げる存在でない限りはだが。

「ヴィータが襲撃した魔導師とその魔導師を助けた管理局に縁のある者達と繋がりがあったみたいだ」

「そうか……。野上達が来るってのはわかっていたが、まさかこんなかたちになるとはな」

侑斗は後頭部に手を回して指を絡めて、支えを作ってから天井を見上げる。

「侑斗。どうしよう……」

デネブは侑斗に今後の方針を尋ねる。

「なるようにしかならないだろ。ただハッキリしている事は野上は俺達がお前達と繋がっていると考えている、それだけは確かだな」

「すまない」

シグナムは謝罪するが、侑斗は首を横に振る。

「気にするな。お前達が『時の運行』を乱すか野上の仲間と戦わない限りは、あいつから手を出すことはないさ。それにお前が野上個人と戦っても負けたりはしないだろ?」

侑斗は一度だけ、シグナムと手合わせをしたことがある。

竹刀を用いての手合わせだ。

勝敗はつかなかったが、侑斗自身は長引けば長引くほど自分が不利になることを直感していた。

ゼロノスに変身すれば勝てるかというと、確実に勝てるとは言いがたいだろう。

『運がよければ勝てる』に持ち込めるだけで、『絶対に勝てる』というわけではない。

それだけシグナムと戦う場合には相応のリスクを覚悟しなければならないということだ。

自分よりも個人としての戦闘能力が劣る良太郎が彼女と戦って勝てるはずがないというのが侑斗の持論だ。

「……いや、負けた」

シグナムの答えは侑斗とデネブを驚愕の表情に変えた。

「野上がお前に勝った?」

「そんなことって……」

「だが事実だ。私は電王いや野上と一対一で戦って負けた。お前の予想は覆されたという事だ」

シグナムが嘘を言う必要性はないのだから、本当の事だろう。

「野上個人の電王がシグナムに勝った……」

侑斗が知る限り、良太郎が主人格となる電王は二種類しかない。

電王の中では最低クラスのプラット電王。

そして、電王クライマックスフォーム(以後:クライマックス電王)と同等のスペックを持っているが、良太郎が主人格であることでクライマックス電王より戦闘力が下がってしまうライナー電王の二種類だ。

シグナムに勝つ可能性があるとすればライナー電王だろう。

(野上があの電王の力をモノにしつつあるということか……)

侑斗はライナー電王は全電王の中では最も未知数だと考えている。

モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスの力を使うことが出来る。

クライマックス電王と違い、純粋に能力のみを使用できるというのがライナー電王の最大の利点だ。

だが、使用者である良太郎はその能力を持て余している傾向がある。

それは、まだ誰もライナー電王の最大限の力というものを見たことがないということになる。

「桜井。今後の電王への対策とするならば何かあるか?」

ザフィーラが侑斗に助言を仰ごうとしている。

「………」

侑斗は今度は両腕を前に組んで考える。

「ひとつだけある」

そう切り出したのはデネブだった。

シグナムとザフィーラはデネブに視線を向ける。

「野上を怒らせてはいけない」

「「………」」

デネブの言葉は一人と一匹を黙らせる効力はあった。

それが有意義な情報かどうかは別としてだが。

侑斗はデネブの発言に呆れて、頭を押さえた。

シグナムは窓越しに夜空を見上げる。

そして、先の戦闘のことを思い出していた。

誰かに抱きかかえられた事は初めてのことだ、と。

 

 

時空管理局本局。

「養子?フェイトちゃんが?」

「うん。リンディ提督にね。そう言われたんだ。養子に来ないかって」

廊下を歩いていた良太郎とフェイトはそんな会話をしていた。

良太郎はフェイトの表情を見る。

考えが決まったわけではないようだ。

それで自分に相談してきたのだろう。

「良太郎はどう思う?」

「そうだね。僕個人の意見としては養子縁組の話はフェイトちゃんにとってはいい話だと思うよ」

良太郎はプレシア・テスタロッサの言葉を思い出していた。

 

「フェイトは別の所で養子に貰われ、幸せに暮らしているという未来も見たわ」

 

今がプレシアが見た未来が現実になり始めている瞬間ということだろう。

「急いでいるわけじゃないんでしょ?その話」

「うん。でも、先延ばしにしていいわけでもないから……」

「じっくり考えてさ。納得いく答えを出せばいいと思うよ。リンディさんもそう望んでると思うしね」

「うん。ありがとう良太郎」

フェイトは笑みで答えた。

「やっぱり、笑ってる方がいいね」

「え?」

「怒ったり、泣いたりよりさ。フェイトちゃんは笑顔が一番だと思ってね」

良太郎の嘘偽りのない言葉にフェイトは顔を真っ赤にして俯く。

「あ、ありがとう良太郎」

しばらくして、とある部屋のドアが開く。

「あらぁ、フェイトさんに良太郎さん」

「リンディさん」

「リンディ提督……」

三人はクロノのいる場所へと向かうことになった。

 

「ふえ!?親子ってリンディさんとフェイトちゃんが……」

「フェイトがハラキラレルンの養子になるってことかよ……」

「フェイトは天涯孤独の身やからなあ。そういう話が出ても不思議やないな」

エレベーターの中にはなのは、モモタロス、キンタロスはエイミィからフェイトの身の上の話を聞いている最中だった。

ちなみにユーノ・スクライア、アルフ、ウラタロス、リュウタロス、コハナは別に行動している。

「あ、ハラキラレルンじゃなくてハラオウンね。まだ本決まりじゃないんだけどね」

エイミィが笑いをこらえて、モモタロスに訂正する。

「プレシア事件でフェイトちゃん、キンタロス君の言うように天涯孤独になっちゃったし、艦長の方からウチの子になる?、て。フェイトちゃんもプレシアの事とか色々あるし、今は気持ちの整理がつくのを待っている状態だね」

「そうですか……」

なのはとしてみれば自分では手に余ることなので何とも言えない。

「………」

「………」

モモタロスとキンタロスも何も発さない。

「なのはちゃん達的にはどう?」

エイミィが切り出した。

「えと。何だか凄くいいと思います!」

なのはは少し考えてから自分の素直な意見を出した。

「オバサン(プレシア・テスタロッサのこと)もその方が喜んでるんじゃね?」

モモタロスも良太郎同様に『P・T事件』の真実を知っている身であり、無責任にプレシアの名を言ったわけではない。

「確かにな。ええかもしれんな」

キンタロスもモモタロス同様に知っているので首を縦に振って腕を組んで、エレベーターにもたれた。

「そっか」

一人と二体の回答にエイミィは笑みを浮かべた。

満足しているという事だ。

エレベータが指定の階に停まって全員降りる。

廊下を歩きながらもフェイトの養子縁組話は続いている。

「でも、そうなるとクロノ君。お兄ちゃんになるんですよね?」

なのはは、養子縁組した場合のごく当たり前のことを言う。

「何か想像つかねぇよな」

モモタロスはフェイトがクロノに対して、「お兄ちゃん」と呼ぶ姿を想像してみるがどこかぼやけた感じがする。

「養子縁組の話が成立したら、クロイノはフェイトの兄貴になる。てことはや、フェイトにとって良太郎は何になるんやろ?」

キンタロスは良太郎がフェイトの兄貴分というポジションだと今まで認識していたらしい。

そのポジションが養子縁組成立によって、良太郎からクロノに替わるのだ。

良太郎とフェイトの関係を危ぶんでいるのだ。

「フェイトちゃんは良太郎君のことをお兄さんとしては見てないと思うよ」

エイミィの言葉に、なのは、モモタロス、キンタロスが「え?」という顔をする。

「じゃあ、何だよ?」

「そうですよ。一体どういう風に見ているんですか!?」

モモタロスとなのはは興味深深にエイミィに詰め寄る。

「お前等、そんなに詰め寄るもんやないで。エイミィ、ビビってるやないか」

キンタロスが一体と一人に注意する。

「うーん、多分だけどね。フェイトちゃんは良太郎君のことを一人の男性として見てると思うよ」

イマジン二体と少女は?顔になった。

エイミィはそんな顔をしている二体と一人を見て、判断した。

ウラタロス君とハナちゃんとアルフ以外は色恋話には鈍いんだろうな、と。

 

「クロノ」

整備中のアースラを見ていたクロノはリンディの声に反応して、前を向いた。

「艦長。フェイトに良太郎も一緒か」

「うん」

「まあね」

フェイトと良太郎も返事する。

「今回の事件資料。もう見た?」

リンディがデータが入ってるパッドのようなものをクロノに見せる。

(資料が紙じゃない時点で進んでるよね……)

つくづく文明の差を見せ付けられているようだと良太郎は感じた。

「はい。さっき全部」

クロノは決意を持った表情で頷いた。

四人は近くの座席に座っていた。

席の位置としては良太郎とフェイトが同席で、その対面にリンディとクロノということになっている。

「なのはの世界を中心に起こっているんですよね?魔導師襲撃事件って……」

フェイトは確認するように訊ねる。

(魔導師まで襲われてるんだ。でも何のために……)

良太郎は黙って聞き、頭の中で情報を整理して自分なりに解釈しようとしている。

「そうね。なのはさんの世界から個人転送で行ける範囲にほぼ限られているわ」

リンディがこれまでのことで明らかになったことを打ち明けた。

「あの、個人転送って何ですか?」

良太郎が訊ねる。

「ええと、個人の転送魔法で行く事、かな」

隣にいるフェイトが解説してくれた。

「あの辺りは本局からだとかなり遠くなりますね。中継ポートを使わないと転送できない」

「遠いの?」

「貴方が距離感を感じないのも無理はない。なのはのいる世界と本局ではかなり距離があるんだ」

良太郎がそのように問うのも当然だとクロノは思い、説明してくれた。

「アースラが使えないの痛いですね」

「空いている艦船があればいいんですが……」

フェイトとクロノの証言から察するに、最速で対処する移動手段がないということだ。

「長期稼動できる艦は二ヶ月先まで空きがないって……」

「そうか」

「結構色々あるんだね」

クロノはフェイトの補足に頷くしかなく、良太郎としてはそんな感想しか出ない。

「フェイト、君はいいのか?」

「何が?」

フェイトはクロノが尋ねる意図がわからないらしい。

(ああ、なるほど……)

良太郎はクロノの意図が大まかにだが理解できた。

「嘱託とはいってもあくまで君は外部協力者だ。今回の件まで無理に付き合わなくても……」

「クロノやリンディ提督が大変なのに、のんきに遊んでなんかいられないよ。アルフも付き合ってくれるって言ってるし、それに……」

フェイトは良太郎を見る。

「良太郎達のお手伝いもしたいし……、お願い。手伝わせて」

良太郎もクロノもフェイトの本心の言葉に似たような表情をする。

「ありがたくはあるんだが……」

クロノのは渋っている。

「イマジンと出くわすかもしれないし、下手をすれば命の危険に直面する事もあるよ。それでもいい?」

対して良太郎はフェイトの覚悟を確認する。

「良太郎だって命がけで、わたしを助けてくれたんだ。その覚悟はできてるよ」

フェイトの決意は固い。

「わかった。クロノ、無理だよ。フェイトちゃんの決意は固い。僕達が下手な事を言っても動かないよ」

「……貴方がそう言うなら仕方がないな」

クロノは渋々承知した。

「良太郎さん。今度は貴方に訊ねてもいいかしら?」

今まで三人のやり取りを黙って聞いていたリンディが切り出した。

「はい。何でしょう」

「貴方が今回、ここに来た目的は何かしら?フェイトさんは貴方がこれからしようとすることを手伝うと言っている以上、聞いておきたいしね」

「そうですね。前回と違って今回は目的がハッキリしていますから、皆さんにもお伝えできますから……」

良太郎はその直後に、真剣な表情になる。

それはまぎれもなく、『時の運行』を守る使命を持った野上良太郎の面構えだった。

フェイトもリンディもクロノも良太郎が放つ雰囲気に呑まれていた。

 

「今月のいつになるかは、わかりませんが別世界の時間が滅ぶ事がわかったんです」

 

「「「………」」」

フェイト、リンディ、クロノは口をぽかんと開けてしまう。

あまりに突飛な話だからだ。

「まあ、そういう顔をするのも当然といえば当然かな」

良太郎は特に気にする様子はない。

自分だって、いきなり世界崩壊の宣告を聞けばそんな顔をすると思っているからだ。

「良太郎さん、その時間が滅ぶっていうのはどういうことかしら?」

リンディとて次元世界の崩壊というものは資料などで見たことがあるが、生でその手のモノを見たことがないため、ピンとこないのかもしれない。

「簡潔に言いますと、辺り一面が砂漠になるんです。何もないし誰もいない、本当にただの砂漠になるんです」

良太郎はその状態になった時間を見たことがある。

何度思い出しても、やりきれない気持ちが浮かび上がってくる。

「そうなったら、元には……」

クロノが対処方法を訊ねる。

「崩壊が起こった時間から翌日以降に特異点がいれば、その記憶を支点にして人々の記憶を使って修復する事が出来るんだ。でもね……、それは完璧に出来るわけじゃないんだよ」

「どういう事だ?」

良太郎は続ける。

「特異点や人々が記憶していない事は修復されないんだ。人の記憶って確実に見えて曖昧な部分があるからね」

「崩壊が起これば、そんなギャンブルに頼らなければならないのか……」

「普通ならね。でも、僕達は今から十年後の別世界

ここ

も見てるんだよ。どうなってたと思う?」

三人はごくりと喉を鳴らして、良太郎の答えを待つ。

「僕がさっき言ったとおりのまんまだったよ。つまり、ここには特異点がいなかったってことになるね。もしくは、いたとしても既に死んでいるのかもしれない……」

「良太郎、聞いていい?特異点って何なの?」

フェイトが良太郎の台詞の中で聞き覚えのない単語に質問する。

「あらゆる時間の干渉を受けない人間、かな。さっきで言えば時間が滅んでも、特異点となる人間は消滅する事はないんだ。でもね、物理的干渉を受けるから不死身とは意味合いが違うけどね」

「何か特徴はないのかしら?その人物も保護しておく必要はあるしね」

リンディは『特異点』と呼ばれる人間の特徴を訊ねるが、良太郎は首を横に振るだけだ。

「外見特徴は期待しない方がいいですよ。アザがどこかにあるから特異点とかいう、妙なものはないんですから」

「でも、良太郎はどうしてそんなに特異点に詳しいの?」

フェイトは良太郎に訊ねる。

「それはね、僕が特異点だからだよ。だから外見特徴で判断するのは無理って言ったんだ」

「「「なるほどぉ」」」

特異点本人が語るのだから三人は頷くしかない。

「で、これからどうするんですか?本局から海鳴までは距離がありすぎるし、アースラは整備中で使えない。代わりとなる艦は二ヶ月先までいっぱいとなってる、何か対処はあるんですか?」

良太郎は今後の活動の障害となる部分を全て語ってから、リンディに訊ねる。

リンディは笑みを浮かべて、左掌に右拳を打ちつける。

「やっぱり、あの手で行きましょうか」

「「「?」」」

良太郎、フェイト、クロノはリンディの意図がわからなかった。

 

休憩場にはアースラスタッフ(この場合、なのは、ユーノ、フェイト、アルフを含む)とチームデンライナーが揃っていた。

座れる席が少ないので、立てる者達は立っていた。

「さて、私達アースラスタッフは今回ロストロギア『闇の書』の捜索及び魔導師襲撃事件の捜査を担当する事になりました。また前回の事件で大変お世話になったチームデンライナーの方々の事件捜査にも尽力するという方針になりました。ただ肝心のアースラがしばらく使えない都合上、事件発生時の近隣に臨時作戦本部を置く事となります」

リンディの言葉に誰もが真剣に聞いている。

「分割は観測スタッフはアレックスとランディに」

リンディは二人に視線を向ける。

「「はい!」」

二人の青年は即座に返事をする。

「ギャレットをリーダーとした捜査スタッフ一同!」

リンディがさらに後ろにいる多数のスタッフに視線を向ける。

「「「「「「はい!」」」」」」

全員が揃って返事をする。

「そして、司令部は私とクロノ執務官、エイミィ執務官補佐、フェイトさん。以上三組に分かれて駐屯します。ちなみに司令部は、なのはさんの保護も兼ねてなのはさんのお家のすぐ近所になりまーす」

 

えええええええええええ!?

 

その場にいる誰もが驚きの声を上げた。

「では、良太郎さん。チームデンライナーのリーダーとして一言どうぞ」

リンディは立って今までのことを聞いている良太郎に視線を向けた。

良太郎はリンディが立っている場所まで移動してから、軽く会釈をしてから周囲を見回してから口を開く。

「どうも、こんにちは。野上良太郎です。今回僕達が来た目的はこの世界の時間の破壊を防ぐために来ました。僕達が追いかける事件が闇の書や魔導師襲撃とどのように繋がりがあるかはわかりません。もしかしたら、全く繋がりがないのかもしれません。でも、この世界の『今』と『未来』を守るために皆さんの力が必要です。どうかよろしくお願いします!」

良太郎はそう告げると、深々と頭を下げた。

フェイト、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナが拍手をしだした。

なのはがユーノがアルフがクロノがエイミィが拍手をしだした。

アースラスタッフが拍手をしだした。

アースラスタッフは今後の方針に向けて行動するため、散り散りになった。

休憩場に残ったのはチームデンライナーとフェイト、アルフ、なのは、ユーノだ。

「海鳴に行くってのは決まったけど……」

「俺達、住む場所ねーじゃん」

良太郎とモモタロスは海鳴での自分達の身の振り方を考えていた。

「オーナーがアジト、提供してくれてるはず……ないよね」

「そういう時はナオミが案内してくれるはずやからなあ」

ウラタロスとキンタロスも真剣に考え込む。

「なのはちゃんの家にお世話になるってのはぁ?」

「いくらなんでも図々しすぎるわよ。それ……」

リュウタロスが今のところ一番ベストの案を出すが、コハナがストップをかけた。

「あ、あの皆さん」

なのはが深刻に悩んでいるチームデンライナーの前におずおずと立つ。

「よかったら、また来ませんか?お父さんやお母さん、お兄ちゃんもお姉ちゃんも喜ぶと思いますよ。ユーノ君もウチに来るんだよね?」

「そうだね。またお世話になります」

「うん!」

ユーノはなのはの厚意に素直に甘える事にした。

「「「「なのは様!ありがとうございます!!」」」」

「ふえええ!?皆さん、どうしたんですか!?」

イマジン四体が土下座して、なのはに感謝の言葉を述べた。

なのはとしてみれば、感謝されるのは嬉しいが居心地の悪さを感じていたりする。

「何があったの?皆に……」

「さあ。時間警察に捕まった時にでも学んだんじゃない?感謝の仕方ってヤツを。なのはちゃん、本当にいいの?」

「はい!大丈夫です!」

なのはは笑顔で即答する。

「じゃあ、お言葉に甘えます。ありがとう」

コハナも頭を下げて、感謝の言葉を述べた。

「良太郎さんはどうするんですか?」

なのははまだ決まっていない良太郎に顔を向ける。

「さすがにこれ以上、居候の数を増やすのはね……」

高町家に居座る事は簡単だが、良太郎はそれを良しとはしなかった。

「そうですか。わかりました。皆さんの事は任せてください!」

「お願いします」

良太郎はなのはにイマジン四体とコハナを任せることにした。

時間が時間なので、なのは、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナは海鳴へと戻っていった。

良太郎、フェイト、アルフが休憩場に残っていた。

「どうすんだい?良太郎」

アルフは天井を見上げている良太郎に訊ねる。

「僕、どこで生活すればいいのかな……」

良太郎としても八方塞になっていた。

「だったらさ、わたし達と一緒に住めばいいよ」

フェイトが良太郎の前に立って言った。

フェイト達と住む。それはハラオウン家に厄介になるということだ。

「いいのかな……」

「大丈夫だよ。リンディ提督ならきっと受け入れてくれると思うよ」

フェイトは笑みを浮かべる。

良太郎にはこの時、フェイトが天使に見えた。




次回予告

第九話 「新結成!D・M・CwithR」


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第九話 「新結成 D・M・CwithR」

最新話を投稿します。


高町なのはとイマジン四体にコハナが海鳴市に転送される時間帯には人の姿もなければ道路を走っている車の姿もなかった。

『眠らない街』といっても、本当に眠らないわけではない。

そのように街を演出している人間達には睡眠が必要なのだから。

「これからどう言い訳したらいいのかなぁ」

なのはとしてみれば家族に嘘をついて誤魔化すのは良心が痛むのだ。

だが、魔導師の事を明かすわけにはいかないので誤魔化すしかないのだ。

「んなの、カメに任せとけばいいじゃねぇか」

「え?僕?何で?」

モモタロスに指名されたウラタロスは驚く。

「カメの字の専売特許でなのはの親御さん等を納得させるんや」

キンタロスはモモタロスの意図が理解できているようだ。

「カメちゃん。頑張れー」

リュウタロスもウラタロスに丸投げする気満々なので応援している。

「ま、この中で私達のことや、なのはちゃんの外出を納得させるように仕向けられるのはウラだけよね」

コハナもウラタロスの話術に期待しているのだ。

「しょうがない。やりますか」

ウラタロスは渋々承知した。

 

高町家に着くと、高町恭也と高町美由希が門前にいた。

「よぉ、バカ兄貴(恭也のこと)に美由希。久しぶりだな」

モモタロスが二人に向かって軽く手を挙げた。

「モモタロス!それにお前達まで!?」

恭也はモモタロスの声に反応すると同時に、他の面々も見る。

そこには半年前にいきなり現れ、去っていた謎のバンドマン集団(実情を知らない者達はこちらで認識している)がいた。

「ウラ君、キン君、リュウ君にハナちゃん。久しぶり」

「お久しぶり。美由希さん」

「元気しとったか?」

「美由希ちゃん、恭ちゃんも元気だった?」

「え?うん。元気してたよ」

リュウタロスの質問らしき台詞に美由希は正直に答えた。

「どうした恭也、美由希。騒がしいぞ」

「ご近所の迷惑になるわよ」

寝巻き姿の高町士郎と高町桃子が出てきた。

「なのは!それにモモタロス君達まで!?」

「なのは。どこに行ってたの?て、貴方達は……」

士郎と桃子もモモタロス達のいきなりの来訪に驚く。

「ここでは落ち着いて話すことも出来ない。みんな、中に入るんだ」

士郎の一声で門前にいた全員が中に入っていった。

高町家のリビングには半年振りに懐かしい顔ぶれがあった。

といっても、今は明るい話が出来るわけではない。

なのはがこんな時間に何故、外出したかという点をどうにかしなければならないのだ。

テーブルには高町夫妻になのは、そしてウラタロスが座っている。

ウラタロスが何かを言い始めている。

その内容が嘘だというのはイマジン達とコハナ、なのはにはすぐにわかることだった。

「ここから先はカメの出番だよな」

「うん。上手くやってくれるとは思うけどね」

モモタロスとコハナはソファから覗くような形でウラタロスと士郎の舌戦を見ていた。

「カメの字、頑張りや」

「カメちゃん。ファイトー」

キンタロスとリュウタロスもソファから覗くような形で見ていた。

「お前達、何をやっているんだ?」

そんなシュールな光景に恭也は呆れている。

「あ、お父さん。納得し始めているよ」

美由希が実況中継している。

「「「「よしっ!」」」」

大声を出さないようにしているが、小声で出てしまう。

三体と一人は『いける!』と予感した。

そして、それから五分後。

ウラタロスの話術によって士郎と桃子は納得したようだ。

「なのは、モモタロス君達に免じて今日の事は許そう。だが、彼等が帰ってきたのならば俺達にも教えてほしかったぞ」

「ごめんなさい。お父さん」

「今回はどのくらいまでいるつもりなの?」

桃子がウラタロスに訊ねる。

「えーと、十二月中はここにいると思うけど……」

その言葉に事情を知っている者達の雰囲気は変わった。

それはタイムリミットだ。

別世界の時間が破壊されるまでの。

「あ、そうだ。とっつあん、カミさん。明日によ、知り合いがこっちに来るぜ」

ソファから覗いていたモモタロスが顔を出して、明日確定となっている事項を簡潔に告げた。

「「知り合い?」」

士郎と桃子は首を傾げる。

「なのはの友達とその家族が来るんや」

キンタロスが付け足す。

「フェイトちゃんが来るんだよ!」

リュウタロスが更に付け足した。

「「「「!!」」」」

なのはを除く高町家の面々は目を丸くした。

 

 

時空管理局本局。

整備中のアースラの中で野上良太郎はフェイト・テスタロッサとアルフの私物をダンボールに詰め込む作業をしていた。

といっても、彼に任されているのは筆記用具や書物といったものばかりだ。

ダンボールに詰め終えると、ガムテープで封をする。

「こっちは粗方終わったよ」

良太郎は衣類をダンボールに詰めているフェイトとアルフに報告する。

「ありがとう。良太郎」

フェイトの方も粗方終わったようだ。

「うーん」

アルフ(人型)は胡坐をかいて、腕を組んで何かを考えているのか唸っていた。

「アルフ、どうしたの?」

フェイトが使い魔のいつもと違う態度が気になりだしたので、心配げな表情となる。

「ああ、いやね。あたしさぁ、この姿でいいのかなって思ってね……」

この姿というのは人型のことだ。

「どうして?その姿だと何か問題あるの?」

良太郎としてもアルフが何故そのことで悩んでいるのかがわからない。

「良太郎、あたし達が温泉に行ったの憶えてるかい?」

「うん。それがどうしたの?」

この三人が行った温泉というのは、半年前のジュエルシード捜しの際に赴いた『海鳴温泉街』のことだ。

「あん時ってさ。あたし達、なのはと敵対してたじゃないか。それでさ、その……なのはやその友達にさ。アヤつけたことがあってね……」

アルフは立ち上がって、苦笑いを浮かべながら語った。

「もしかして、人型でアヤつけたんだ……」

「うん。それでさ、通常の獣状態でいようかと思ったんだけどさ。あの姿も海鳴じゃかなり浮いているらしいし、あの姿でもさ、なのはの友達に助けられてるんだよねぇ」

人型だと悪印象。従来の獣型だと怪しまれる。

アルフは海鳴で問題なく生活するためには新たな姿をしなければならないと考えている。

「フェイトちゃん。新形態なんて出来るの?」

良太郎は使い魔の仕組みのようなものがわからないので、アルフを生み出したフェイトに訊ねる。

「アルフはね。大まかに分けると人型と獣型の二つに分かれるんだ。だから、その二つの枠内ならどんな姿にもなれると思うよ」

「アルフさんは決まった姿がないってこと?」

「うーん。アルフにとって動きやすい姿がアルフの姿だと思うよ」

フェイトの回答も曖昧なものだ。

「うーん」

アルフはまだ唸っている。

「一人にさせておこうか。もうやることも終わったしね」

「そうだね」

良太郎とフェイトはアルフを残して、部屋を出た。

 

廊下を歩いていると、聞き覚えのある声が飛び交っていた。

「エイミィ、これはこっちでいいのか?」

「ダメダメぇ。それはこっち!もう!」

クロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタが引越しの準備をしているようだ。

「クロノとエイミィさんの声がするね」

「でも、エイミィが仕切っているように感じるね」

良太郎とフェイトは飛び交う声からどういう状況なのか分析する。

気になったので、二人は覗いてみることにした。

そこにはあれやこれやと仕切っているエイミィと普段の威厳や毅然とした態度がどこにもなく、ひたすらこき使われているクロノがいた。

「クロノだよね?」

フェイトは同じく覗いている良太郎に訊ねる。

「クロノだよ……」

良太郎は即答した。

クロノが両手で抱えているダンボールを床に落としてしまい、中身をぶちまけてしまった。

ガムテープで封をしていなかったのかもしれない。

「もぉ!何やってるのクロノ君!」

エイミィが腰に手を当てて、怒っていた。

「す、すまない。エイミィ」

クロノがぶちまけた中身をダンボールの中に放り込み始めた。

日頃のクロノからは比べ物にならないくらいのドジっぷりだ。

「……行こっか」

「……そうだね」

良太郎とフェイトはその場から離れると同時に、今見たことは出来る限りクロノのために忘れようと思った。

この事をモモタロス達に話せばネタにされるのは明々白々だからである。

 

「あ、二人とも準備は終わったんですか?」

しばらく歩き休憩場に着くと、そこには自販機でジュースを飲んでいるユーノ・スクライア(人間)がいた。

「僕は荷物がないからね。フェイトちゃん達の手伝いだよ」

「ユーノはもう終わったの?」

「僕は向こうに住むわけじゃないかし、こちらには何度か戻るかもしれないので特に準備はいらないんだ」

ユーノはそう言いながら、ジュースを飲む。

「良太郎さんは、フェイト達と住むんですか?」

確認するように良太郎に訊ねるユーノ。

「うん。そうなるね」

良太郎は即答した。

「前と同じですね」

イマジン四体とコハナは高町家で、良太郎のみ別の場所で住む。確かに前と同じだ。

「違う所といえばハラオウン家の居候になったことかな」

「前は、わたし達の居候だったよね。でも、良太郎は家事が出来るから、わたし達にしてみれば本当に助かったんだよ」

フェイトが付け足す。

「姉さんが入院していた時もあったし、最低限のたしなみとしてね」

良太郎は特に自慢する事もなく答える。

「そういえばクロノは?」

ユーノはクロノの所在を訊ねる。

「えーと、引越しの準備してたよね」

フェイトは先程のクロノを思い出しながらも彼の尊厳を傷つけないように答えた。

「まあ、進んでるかどうかはわからないけど……。それよりユーノ、車椅子から離れているけど大丈夫?」

良太郎はユーノが全身筋肉痛の後遺症がないのか訊ねる。

「ええ。普通に動くくらいならもう平気です」

ユーノは笑顔で答える。

「明日からはフェレットなんですよねぇ……」

ユーノは椅子に座って、暗い表情を浮かべていた。

「もしかして、フェレットになるの辛いの?」

「そういうわけでもないんですよ。ただ……」

ユーノはフェレット時にされたことを思い出しているようだ。

「猫かわいがりされるのが耐えられないんです……」

「なるほどね……」

ユーノの告白に良太郎は納得した。

「どうして?フェレットのユーノ、可愛いのに」

フェイトは何故かは理解できないようだ。

「女の子に可愛いと言われて、心の底から喜べる男はいないってことだよ」

良太郎の言葉にユーノは首を縦に振ったが、フェイトは首を傾げている。

どうやら理解できないようだ。

 

 

天候は晴れであり、季節は冬でも太陽の暖かさが肌に伝わりやすい時間帯。

高町家の近くにある海鳴市のマンションに一台の運送トラックが停車し、荷物を中へと運んでいった。ちなみにこの運送トラックの運転手もアースラスタッフだったりする。

マンション内に持ち込まれた私物が入っているダンボールを力自慢のイマジン四体と良太郎が運んでいた。

「思ったより軽い物ばっかりでよかったぜ」

モモタロスがダンボール箱を二箱持って、ハラオウン家の新居に入れていく。

「でも、何で僕達手伝ってるわけ?クロイノがいれば大丈夫だと思うけど……」

ウラタロスもダンボールを二箱持って、新居に入れていくが住人であるクロノが手伝わない事に異議を唱える。

「カメの字の言うとおりや。クロイノはどうしたんや?」

キンタロスはダンボールを四箱持って新居に入りながら、クロノを捜す。

「僕達手伝ってるのに、アイツだけサボってるのはずるいよ!」

リュウタロスはダンボールを一箱持って新居に入り、クロノに対して文句を言う。

「あー、そのね。クロノ君はね、こういうのダメなんだよ」

エイミィは宙に現れている半透明のモニターを見ながら、キーボードじみたもので打ち込んで、セットアップしながら引越しの手伝いをしているイマジン達に申し訳なさそうに告げた。

「どういう事だよ?」

モモタロスがダンボールを床に置いてからエイミィに訊ねる。

「クロノは多分だけど、家事とかはまるっきり駄目なんだと思うよ」

良太郎がダンボール箱を一箱持ってエイミィの代わりに答えた。

あくまで口調は予想で言い当てたという風に。

決して昨日のあの現場を覗いてたなんて事は悟らせてはいけない。

「うわぁ、すごい!すごい近所だぁ!」

「本当」

なのはとフェイトは先程から新居のベランダで海鳴市を眺めていた。

「ほら、あそこがわたしん家!」

なのはが指差してフェイトに高町家の所在地を教えていた。

リンディがそんな二人を見て、微笑む。

いつもの制服ではなく私服である。

「ユーノ君とアルフはこっちではその姿かぁ」

エイミィの視線にはオレンジ色じみた子犬とフェレットがいた。

「新形態!こいぬフォーム!!」

アルフが前脚を上げて、自慢げに言う。

「なのはやフェイトの友達の前ではこっちの姿でないと……」

ユーノ(フェレット)が頭を掻きながら言う。

良太郎は二匹の前にしゃがむ。

「アルフさん。あれから考えて、この姿になったの?」

「うん!いやぁ。結構頭使ったからねぇ」

アルフは胸を張って言う。

「ユーノは覚悟決めたんだ……」

良太郎は昨日のユーノの告白を知っているので、腹を括ったのだと察する。

「はい。もう覚悟は出来てます」

フェレットの姿でいい事言っても締まらないものは締まらない。

「君等も色々と大変だねぇ」

エイミィは動物となっている二人の気苦労を察する。

「「わああ!!」」

ベランダで眺めていた、なのはとフェイトはリビングに戻っており、愛らしい二匹を見つけて黄色い声を上げた。

「アルフ、ちっちゃい。どうしたの?」

「ユーノ君もフェレットモード、久しぶりだぁ!」

二人は愛らしい二匹の側に寄って、抱きかかえる。

「フェレット君がフェレットになってるし、ワンちゃんもちっちゃくなってるぅぅ!」

動物好きのリュウタロスも側に寄ってきた。

「カワイイだろ~」

アルフが自身の愛らしさをアピールする。

「はははは……」

ユーノはなのはに頬ずりされ、ある意味拷問に懸命に耐えていた。

「おい小僧ぉ、サボってねぇで……」

モモタロスはフェイトが抱きかかえているモノを見て、手に抱えていたダンボール箱を床に落とした。

割れ物が入っていなかったのが、せめてもの幸いだろう。

「あ、皆も見てよ。アルフ、こんなに可愛くなったんだよ」

フェイトはアルフを抱きかかえて、モモタロス達の側まで寄る。

 

「やめろぉ!こっちに来るんじゃねぇ!」

 

モモタロスの異常なまでの大声に、そこにいた誰もがモモタロスに視線を向ける。

「モモタロス?」

フェイトは何故、モモタロスがそんな事を言うのかわからない。

「何でさぁ?モモタロォ」

アルフはフェイトから離れて、とてとてとモモタロスに歩み寄る。

モモタロスがそのたびに後ろに下がる。

「い、犬。いやあああああああ!!」

モモタロスがあらん限りの悲鳴を上げる。

バタンと気を失って倒れた。

「センパイ!何やってんのさ!?」

「モモの字!だらしなさ過ぎるで!」

ウラタロスとキンタロスが気絶して倒れたモモタロスを助け起こそうとしていた。

「無理もないけどね……」

良太郎はモモタロスの犬嫌いに拍車をかける原因が、あのホームレス生活時にあったのだろうと察しているので慌てていない。

モモタロスの事はウラタロス達に任せることにして、良太郎はトラックの中に荷物が残っていないかを確認しに行った。

「リュウタ君。モモタロスさん、どうして気を失ったの?」

「モモタロスは犬嫌いなんだよ。ワンちゃん、あんなに可愛いのにねぇ」

リュウタロスはそう言いながらユーノの頬をつついていた。

ウラタロスとキンタロスがモモタロスをソファで寝かせてから、しばらくして私服姿のクロノが自室となる部屋から出てきた。

「クロイノ。何やってたのさ?」

「お前、まさか今まで自分の部屋の整理しとったんか?」

「でも、ガッチャンとかグッシャンとか音がしてたよね?」

ウラタロス、キンタロス、リュウタロスは自分達に雑用して、姿をくらましていたクロノに文句を言いたくて仕方がない。

「……エイミィ、すまないが部屋の整理手伝ってくれないか?」

「だからクロノ君、何もするなって言ったのにぃ!」

エイミィにはクロノの部屋がどんな状態になっているのか、わかっているらしく額に手を当てて呆れていた。

「……すまない」

いつものクロノと違って、どこか立場がないような感じだ。

インターホンが鳴った。

「見てこよう」

毅然とした態度をとって、クロノはその場を離れるようにして玄関へと向かった。

「逃げたね」

「逃げよったな」

「アイツ、逃げたよね」

イマジン三体には、クロノの行動がそのように見えた。

「なのは、フェイト。友達だ」

その言葉に、なのはとフェイトは笑顔になった。

 

友達というのはアリサ・バニングスと月村すずかだった。

「こんにちはぁ」

「来たよぉ」

二人は本来、なのはとフェイトに会いに来たのだが意外な人物達の姿を見て目を丸くする。

「ウラタロスにキンタロスにリュウタロスじゃない。いつこっちに来てたのよ?」

アリサはこの面々とは面識がある。

「みなさん、お久しぶりです」

すずかも礼儀正しく、イマジン三体に頭を下げる。

「久しぶり。二人とも」

「元気そうで何よりや」

「アリサちゃんとすずかちゃんも久しぶり!」

イマジン三体も三者三様に挨拶する。

なのはとフェイトが玄関を出る。

「アリサちゃん、すずかちゃん」

なのはが二人の名を呼ぶ。

「初めまして……ていうのも変かな」

「ビデオメールでは何度も会っているもんね」

アリサとすずかはビデオメール内のフェイトは何度も見ているが生のフェイトは初めて見るため、どうしたら対処したらいいのか戸惑う。

「でも……、会えて嬉しいよ。アリサ、すずか」

フェイトの一言がその場のぎこちない空気を緩和した。

「うん!」

「わたしも!」

アリサとすずかも笑顔で答える。

「フェイトさん。お友達?」

奥にいたリンディがフェイトに声をかけると、なのは、アリサ、すずかも視線を向ける。

「「こんにちは」」

「こんにちは。すずかさんにアリサさんよね?」

アリサとすずかが挨拶したので、リンディも返す。そして、確認するかのように訊ねる。

「「は、はいっ!」」

アリサとすずかは何故、目の前の女性が自分の名前を知っているのかわからないようだ。

「ビデオメールを見せてもらったの」

「そうですかぁ」

リンディの答えにアリサとすずかは納得したようだ。

「よかったら、みんなでお茶でもしてらっしゃい」

「あ、それなら、わたしのお店で……」

リンディの提案に、なのはは翠屋にくるように勧める。

「あ、そうね。折角だから私もなのはさんのご両親にご挨拶を……、ちょっと待っててね」

リンディはそう言うと、支度をするために奥に戻っていった。

「きれいな人だね」

「フェイトのお母さん?」

すずかとアリサはリンディをフェイトの母親だと思っている。

「え、ええと。今はまだ……かな」

キンとエレベーターが停まる音が四人の耳に入った。

ドアが開くと、出てきたのは運送トラックに荷物の確認をしにいった良太郎だった。

「あ、良太郎だ。もう荷物はないのかな……」

フェイトは嬉しそうな表情をする。

「ほんとだ。手ぶらだし、きっとないんだよ」

アリサとすずかはこちらに向かってくる青年の顔を初めて見る。

「ねぇ、なのは。あの人誰?なのはもフェイトも知ってる感じだけど……」

「え?」

アリサが良太郎の事を訊ねる。

すずかも似たような顔をしている。

「フェイトちゃんのビデオメールにもあの人のことはほとんど出てこなかったよね」

すずかはビデオメールでフェイトが言った台詞の中に、こちらに向かってくる青年に関する事は一言も言っていないと記憶している。

「あ……ええと、それはね……」

フェイトとしてみれば自分の恩人とも言うべき存在である良太郎の事は色んな人に知ってほしいと思う事もある。

だが、それは叶わない事だ。良太郎は今から十年後の別世界から来た人間。過去に足跡を残すような真似は極力避ける必要があったのだ。

「あれ?二人とも何やってるの?そっちの二人は友達?」

良太郎が四人の前に立ち、アリサとすずかを見てから訊ねた。

良太郎にしてみても、この二人は初対面なのだ。

「うん。アリサ・バニングスさんと月村すずかさんだよ」

フェイトが二人を紹介してくれた。

「アリサ・バニングスです」

「月村すずかです」

「アリサちゃんにすずかちゃん、だね。僕は野上良太郎。モモタロス達の仲間だよ」

少女二人の名を憶えてから、良太郎は笑みを浮かべて自己紹介する。

「あ、そうだ。さっきトラックに荷物残ってないか見てきたけど、残ってなかったよ」

「そっか。ありがとう良太郎。モモタロス達にもお礼言っててくれる?」

「うん。わかったよ」

良太郎は頷くと、家の中へと入っていった。

「なのはのお兄さんと同い年くらいだけど、全然タイプが違うわよね。喧嘩とかできなそうな感じだし……」

アリサが良太郎の第一印象を告げるが、なのはとフェイトは苦笑いを浮かべるしかない。

喧嘩どころか命がけの戦いを経験しているとは言えない。

「でもフェイトちゃんとすごく仲良いよね。ひょっとしてお兄さん?」

そう言われても仕方がないくらいさっきのやり取りは自然だったので、すずかはもしかしたら異母兄妹などではないかと勘繰っていたりする。

「え、ち、違うよ」

フェイトはしどろもどろになりながらも否定した。

 

これから居候する家に入ると、良太郎はリンディと出くわす。

「あ、リンディさん」

「あら、良太郎さん。荷物運びご苦労様。あとは私達でするからもういいわよ」

リンディは笑みを浮かべて感謝の言葉を述べると、外に出ようとする。

「あの、どちらに?」

「なのはさんのご両親に挨拶しに、翠屋に行くのよ」

翠屋と聞いて、良太郎はイマジン四体やコハナを滞在させてくれることへの感謝を込めて挨拶をしておいた方がいいと考えた。

「僕も行きますよ。モモタロス達を居候させてくれてるんです。挨拶はしておかないと……」

「そうね。なら皆で行きましょうか」

「皆?」

良太郎はリンディの台詞に首を傾げる。

リンディは笑顔で顔を向ける。

そこには、なのは、フェイト、アリサ、すずかも含めてという事だ。

「わかりました。皆、モモタロスの事頼むね」

良太郎はそう言うと、翠屋に向かった。

 

翠屋に着くと、良太郎とリンディは士郎と桃子に挨拶をし、なのは、フェイト、アリサ、すずかはテラスで談話していた。

「良太郎君。やっぱり君も来ていたのか」

「ええ、まあ。またモモタロス達が厄介になりますけど、よろしくお願いします」

良太郎は高町夫妻に深々と頭を下げる。

「なあに、モモタロス君達がいない半年間は何か忘れ物したみたいで、変な感じだったんだよ」

「そうよ。良太郎君が気にする事じゃないわ。ところで良太郎君は今回はどこに住むの?」

「こちらのリンディさんのところで厄介になります」

良太郎はそう言いながら、リンディにバトンタッチする。

「そんなわけでこれからしばらくご近所になります。よろしくお願いします」

リンディは深々と頭を下げた。

「ああ、いえいえこちらこそ」

「どうぞ、ごひいきに」

士郎と桃子も頭を下げながらも翠屋へのアピールも忘れないところが強かなところだろう。

「フェイトちゃん、三年生ですよね?学校はどちらに?」

士郎がフェイトの転入先を訊ねる。

「はい。実は……」

リンディが士郎の質問に答えようとした時だ。

カランカランとドアが開き、何かが入っている箱を持ったフェイト達が入ってきた。

「リンディていと……、リンディさん」

フェイトが両手で持っている箱の事を訊ねようとする。

「なぁに?」

リンディの声色は明らかにフェイトが訊ねにくるだろうということを想定していたものだ。

「あ、あの……これ……これって……」

フェイトが持っていた箱の中には聖祥学園の制服が入っていた。

それでフェイトの転入先が良太郎にはわかった。

「転校手続きとっといたから、週明けからなのはさんのクラスメイトね」

リンディは笑顔で言ってのけた。

「まあ素敵!」

「聖祥小学校ですか。あそこはいい学校ですよ」

高町夫妻が娘が通っている学校を褒める。

皆から祝福の言葉が送られるフェイト。

フェイトは戸惑っている。

彼女にとってこういう時に頼れるのはただ一人。野上良太郎だ。

フェイトは良太郎を見る。

良太郎と目が合い、彼は笑みを浮かべて首を縦に振った。

その仕種が「自分に正直に、ワガママになっていいんだよ」と言っているように思えた。

「あの……えと、はい。ありがとうございます」

フェイトは顔を真っ赤にしながら制服が入っている箱を大切に抱きしめた。

「ところで、良太郎君」

士郎が良太郎に声をかける。

「はい。何ですか?」

「君はどうするんだい?居候というのも肩身が狭いだろ。どうだい?翠屋で働く気はないかい?」

「え?いいんですか?」

士郎の提案に良太郎は戸惑う。

「ああ。ちょうど人手もほしかったしね」

「良太郎君さえよければ、私達は歓迎するわよ」

良太郎としてみてもオーナーからいくらかお金は貰っているが、それだけに頼る気はないので翠屋への雇用はありがたいものだった。

「じゃあ、短い間ですけどよろしくお願いします」

良太郎は高町夫妻の厚意に甘える事にした。

 

新居ハラオウン家ではクロノとエイミィ、イマジン四体にコハナがいた。

コハナはある物を持ってくるために、一時デンライナーに戻っていたのだ。

ちなみにそのある物とは高町家の道場に置かれており、彼女は今後の動向を知るために全力でここまで走ってきたのだ。

宙に出現しているディスプレイにはシャマルが持っている一冊の書物がアップで映っていた。

『闇の書』である。

「あれが闇の書……」

「何か派手な百科事典だな」

「ジュエルシードもそうだけど、ロストロギアって結構小さいんだね」

「小さくてとんでもない力を秘めとる。武器に使うんならもってこいやな」

「でもさぁ。あの本持ってるのに何で、なのはちゃん襲ったの?」

コハナはもちろんの事、イマジン四体も初めて見るロストロギアにそれぞれの感想を口に出す。

「ロストロギア『闇の書』の最大の特徴はそのエネルギー源にある。闇の書は魔導師の魔力と魔法資質を奪うためにリンカーコアを食うんだ」

クロノはこの場にいる皆に告げるようにして語った。

「クロノ、リンカーコアって何?」

コハナは聞きなれない言葉を訊ねる。

「魔導師の魔力の源だと思ってくれればいいよ」

エイミィが簡潔に教えてくれた。

「なのはのリンリンコアってのもあの百科事典に食わせるためってことかよ?」

モモタロスが自分なりにリンカーコアと闇の書を定着させてから、クロノに訊ねる。

「ああ。間違いない。闇の書はリンカーコアを食うと、蒐集した魔力の資質に応じてページが増えていく。そして、最終ページすべてを埋める事で闇の書は完成する」

クロノは頷き、説明を続けた。

「でも随分と手間のかかる代物だよね。気の短いセンパイみたいな人にはまず無理なものだね」

ウラタロスはクロノの説明からモモタロスみたいなタイプは闇の書をもつことは出来ないと判断する。

「一ページ、二ページで完成ってわけではないやろし、カメの字の言うとおり手間のかかる代物やな」

キンタロスがクロノに訊ねる。

「あのお姉ちゃん達から盗って燃やしちゃえばいいんじゃない?」

リュウタロスは闇の書が本の姿をしているから、燃やせば丸く収まると思っている。

「リュウタロス君、あれ見てくれは本だけど、紙で出来てるわけじゃないから燃えないんだよ。クロノ君、もし闇の書が完成したらどうなるのかな?」

エイミィはリュウタロスに説明してからクロノに訊ねる。

「少なくとも、ロクなことにはならない……」

クロノの言葉をその場にいる誰もが静かに聞いた。

 

夜となり、高町家道場ではご馳走が広げられ、お酒やらジュースやらがたくさん置かれていた。

ハラオウン家とチームデンライナーの再会の宴である。

大人達は大人達で盛り上がり、子供達は子供達で盛り上がっていた。

ちなみに道場にいるのは高町家、ハラオウン家、月村家とお付のメイド達にアリサとチームデンライナーである。

「ねぇ、本当に僕もやるの?」

良太郎は自分がこれからする事をもう一度モモタロスに訊ねる。

「コハナクソ女の嘘を本当にするためなんだからよ。仕方ねぇだろ」

モモタロスは「観念しろ」という思いを込めた口調で言う。

「センパイ。良太郎が入る以上、僕達のバンド名も変えないといけないね」

ウラタロスは良太郎の加入で『D・M・C』を改名すべきだと言う。

「何でや?カメの字」

キンタロスはウラタロスが何故改名しようとするのか意図がわからない。

「D・M・Cってのはさ。僕達四人で構成されているわけじゃない?そこに良太郎が入るとさ、やっぱり今までの名前ってワケにはいかないわけだと思うんだよ」

「でも、何て名前にするの?カメちゃん」

リュウタロスは言いだしっぺのウラタロスに訊ねる。

 

「良太郎の頭文字って『R』だからさ。『D・M・CwithR』ってのはどう?」

 

「「「「おおおおお」」」」

一人と三体はウラタロスのセンスに素直に感心の声を上げた。

「じゃあ、早速初陣と行こうぜ!」

「うん。行こう」

モモタロスの一声に良太郎は皆の前にマイクを持って立つ。

大人も子供もその場にいる誰もが、視線を良太郎とモモタロスに向ける。

他の三体はそれぞれのパートとなる楽器を持つ。

コハナは既に音響の準備を終えていた。

「あ、始まるよ。今回は良太郎さんが歌うんだ」

なのははこれから起こる事を予測していた。

「え?良太郎が歌うってどういうこと?」

フェイトには何が起こるのかわからない。

「モモタロスさん達はこの辺りでは有名なバンドチームなんだよ」

すずかがフェイトに説明してくれた。

「さ、始まるわよ!」

アリサは身体をウズウズさせていた。

良太郎は深呼吸をしてから、閉じていた両目を開く。

音楽が流れ出す。

そして、モモタロスと同時に声を出す。

良太郎のパートとなったので彼が一人で声を出す。

次にモモタロスのパートなので良太郎と変わるようにして、一人で発する。

今度は二人で合わせた。

それだけで、道場内は興奮冷めやらぬ状態となった。

その後もD・M・CwithRの合唱は続いた。

その日、高町家の夜はそれはそれは大変賑やかだったという。

 

高町家とは違う場所で海鳴市の路上。

一人の男が正面から斬られ、血を噴出して崩れ落ちた。

噴き出る血が地面を侵食するように広がっていく。

そのような状態を引き起こしたのは明らかに異形の姿をしていた。

「これで、一人目だな……」

それはその場から一瞬にして姿を消した。

 




次回予告

第十話 「海鳴の夜を乱すもの」


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第十話 「海鳴の夜を乱すもの」

最新話を投稿します。


太陽は出ていないが時刻でいえば午前の時間帯。

辺りは薄暗く、正直肌に突き刺さるように寒さが襲い掛かってくる。

リビングのソファをベッド代わりにしている野上良太郎は卓に置き、目覚まし代わりとして使っているケータロスを手探りで掴む。

アラームを止めると、良太郎は起き上がって軽く伸びをしてから服を着替える。

「さぶ……」

自分のいた世界では夏ぐらいなのだが、こちらは冬。

オーナーに予め冬着を貰っていないと、風邪を引いて倒れていただろう。

「さて、朝ごはんの準備始めるか」

米をといでから、味噌汁の具を考える。

「ここはわかめと豆腐かな」

鍋の中にわかめとさいの目切りにした豆腐を放り込み、味噌を放り込んで強く煮立たせる。

小皿に少々入れてから、良太郎は味見をする。

「うん。これならいけるね」

良太郎は満足すると、点火していた火を止める。

「おかずは玉子焼きかな」

これは出来たての方がいいといえばいいので、皆が起きてからの方がいいだろう。

ミッドチルダの人間が和食を好むかどうかは半信半疑だ。

「リンディさんは多分大丈夫だろうし、フェイトちゃんとアルフさんも大丈夫。クロノとエイミィさんはどうかなってところだけど……」

ここまで作ったものは変えることはできない。

とりあえず今日はこれで通して、不満があるなら要望を聞こうと考えた。

既に届いた新聞を手にして、広げてみる。

「どれどれ……」

良太郎は大まかに新聞を通す。

『小学校教師。斬殺される』

と、地方欄に大きくなっていた。

「ええと昨日、海鳴市の市立小学校教師内山守氏が何者かによって斬殺された、か」

海鳴市の治安がどの程度のものかはわからない。

前の時は新聞を読んでいたわけではないが、少なくとも自分の身の回りには魔導師とイマジン絡み以外は特になかった。

「財布等を盗まれた形跡はなく犯行動機は怨恨の線が濃厚と思われる、か」

新聞を畳んでから、テレビをつける。

ニュース番組が始まっていた。

メインキャスターが寒いギャグをかましていた。

女子アナがどこか馬鹿そうなことを言っていた。

そんなどうでもいいやり取りが何分か続くと、メインキャスターが真剣な表情で新聞と同じ内容のことを語り始めた。

『海鳴市は比較的平和な街だというイメージがあるのに、こんな物騒な事件が起こると住民は不安になるでしょうねぇ』

『ほんとですねぇ』

メインキャスターと女子アナのそんなことを言っていた。

スリッパの音が複数しだしたので、良太郎はソファから立ち上がる。

炊飯器を見ると既に炊けており、味噌汁を温めなおして、人数分の玉子焼きの調理に取り掛かることにした。

全員がリビングに足を踏み入れてから、良太郎は言う。

「おはようございます。もうすぐ朝ごはん出来ますから」

と。

 

全員が卓に着き、朝食を食べていた。

席は良太郎、フェイト・テスタロッサ、アルフ(人型)となり、向かいにはリンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタとなっていた。

「良太郎が作ったごはん、食べるの久しぶりだよね」

「うん!」

フェイトとアルフは嬉しそうに食べていた。

「ミッドチルダでは中々食べれないから、和食が食べれるとわかると嬉しくなっちゃうわね♪」

リンディは満足そうに味噌汁をすすっていた。

「これ、全部良太郎君が作ったの?」

エイミィが玉子焼きを食べてから、良太郎に訊ねる。

「ええ。まあ」

良太郎は正直に答えた。

「すごいね。私の周りって家事の出来る男の人って中々いないから、ちょっと尊敬しちゃうなぁ」

エイミィの素直な評価に良太郎は誤魔化すようにして味噌汁をすする。

「良太郎、貴方は長いのか?その家事等をするようになって……」

「そうでもないよ。姉さんが入院した時にやるしかなかったから、やるようになっただけだからね」

良太郎はクロノの質問に正直に打ち明けた。

ハッキリ言って一年も満たないだろう。

どうやら、全員満足して食してくれているのがわかると良太郎は成功だと喜んだ。

朝食を終えると良太郎は皿を洗い、フェイトは皿を拭いて、アルフは皿を片付けていた。

三人の無駄ない動きにリンディ、クロノ、エイミィは目を丸くして驚いていた。

「ありがとう。二人ともこれで終わりだからテレビでも見てていいよ」

「うん」

「はーい」

フェイトとアルフはリンディ達とともに良太郎が見ていたニュース番組と違うニュース番組を見ることにした。

内容は新聞や良太郎が見ていたニュース番組と同じものだった。

海鳴市で起きた斬殺事件である。

「物騒な事件ねぇ」

リンディはエイミィが淹れてくれたお茶に独自のブレンドをしてすすりながら言った。

「斬殺って、剣でも使ったのかな?」

エイミィは斬殺と聞いて凶器が刀剣類ではないかと勘繰る。

「どうしたの?良太郎」

良太郎が真剣な表情でニュース番組を見ていると、フェイトが横に立って訊ねた。

「うん?いや何でもないよ」

フェイトに何もないと良太郎は答えるが、この事件が何故かはわからないが妙に気になっていたのは確かだった。

 

 

高町なのはとユーノ・スクライア(フェレット)、そしてモモタロスは海鳴市桜台にいた。

ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナは高町家で新聞読んだり、談話したりしていたりする。

「まだリンリンコア、回復してねぇのか?」

モモタロスはベンチに座って、両掌を見て浮かない表情をしているなのはを見て訊ねた。

「はい。魔法を使おうにも上手く発動してくれないんです……」

なのはは、そのことにもどかしさを感じている。

一日も早く、魔法を使えるようになって『闇の書』や『時間の崩壊』などを解決するための助けになりたいと考えているため、焦っているのだ。

「なのは。焦っても仕方ないよ。薬で回復が促進できるわけじゃないんだし、ゆっくり行こう」

ユーノは焦っても仕方がないと、なのはに諭す。

「うん。でも……」

なのははやっぱり、浮かない顔をしている。

「俺達の事で焦ってんじゃねぇだろうな?」

モモタロスの言葉に、なのはがびくっとしたのは言うまでもない。

「焦るじゃないですか!?今月のうちに、わたし達の住んでいる世界の時間が崩壊するなんて言われたら!」

これが、なのはの本音だろう。

「だがよ、何の手がかりもないんだぜ。どうすんだよ?」

モモタロスは対照的に落ち着いていた。

「それはその……」

なのはは答えるのに戸惑う。

「俺達も今までと違って、どうしようか戸惑ってんだよ。何せ、今までこの手のデカイ事しようとしているヤツ等は、オッサンが名前くらいは教えてくれたからな。今回はそれすらねぇからな」

モモタロスとしても、今後の成り行きを見守るという自身のスタイルに反する事をしなければならないことにもどかしさを感じている。

「とにかくだ。アカチビ達とやりあうにしたって、今のオメェじゃ足手まといになるのはわかりきってんだ。変な事考えてねぇでよ。リンリンコアを戻す事考えてろ」

モモタロスはそう言うと、両太ももを叩いてベンチから立ち上がる。

「帰ろうぜ。そろそろ朝メシだしな」

「「はい」」

モモタロスの一声に、なのはとユーノは返事をした。

モモタロス達はパトカーがやたらと走っている姿を見る。

「何だぁ?」

「パトカーが走ってますね」

「何か事件でもあったんでしょうか?」

そんなことを言いながら、一体と一人と一匹は高町家へと戻っていった。

 

 

「やけに騒がしいな」

桜井侑斗は首を鳴らしながら、八神家のリビングにゆっくりと歩いてきた。

「侑斗さん、おはよう。早いやん」

キッチンには家主の八神はやてが車椅子を器用に操りながら、朝食の準備に取り掛かっていた。

「外がやけに騒がしいな。どうしたんだ?」

「何か、この辺りで事件が起こったらしいで」

はやてはホットミルクを侑斗に渡した。

「事件?」

侑斗はホットミルクを受け取り、聞き返す。

「うん。ところで、シグナム達はまた夜更かしさんか?」

はやてはシグナム達がまだ、眠っている理由を侑斗に訊ねる。

「ああ、夜遅くまで色々やっていたんだろ……」

実情をはやてに話すわけにはいかない。

侑斗は新聞を取りに、玄関に向かっていった。

廊下で、バタバタとしているシャマルと出くわした。

「八神なら起きてるぞ」

そう言うと、「ええぇー、どうしましょう!?完全に寝坊しちゃったぁ!」と嘆きながらリビングへと向かっていく。

新聞ウケに入っている新聞を取り出して庭に向かうと、デネブが草むしりをしていた。

「侑斗おはよう。早いね」

デネブにしても侑斗がこの時間に起床して、行動しているのは珍しいようだ。

「そろそろ朝メシの時間だ。入るぞ」

「うん、わかった」

デネブは両手に着いた草をパンパンと払いながら、侑斗の後をついていった。

侑斗がデネブを連れて、リビングに入ると先程まで眠っていたはずのシグナムとザフィーラ、そして寝ぼけ眼のヴィータが起きていた。

シグナムは、ホットミルクをじっと見ており、ヴィータはテーブルで寝ぼけ状態でありながらも、ホットミルクを飲んでいた。

シャマルははやてに代わって、キッチンにいた。

「デネブ」

「了解!」

侑斗はキッチンにシャマル一人がいることを危険だと判断し、デネブに指示した。

その判断にシャマルを除く全員が「グッジョブ!」と心の中で思っていたのはいうまでもないことだろう。

 

 

私立聖祥学園。

フェイトは本日、転校初日だ。

正直、メチャクチャ緊張している。

なのは、アリサ・バニングス、月村すずかという友人がいなければ柱の陰にでも隠れるか、穴を掘ってどこかに入って事の成り行きを見守りたいと思っていたに違いない。

ちなみに現在、フェイトは廊下にいる。

もちろん、服装は私服ではなく聖祥学園の制服だ。

「さて皆さん。実は先週、急に決まったんですが今日から新しいお友達がやってきます。海外からの留学生さんです」

担任教師が自分のことを大まかに説明してくれてはいる。

(どどどどどど、どうしよう。昨日は練習しようと思ったけど全然出来なかったし、良太郎は変に緊張する事ないって言ってくれたけど、クロノやエイミィは転校初日の成功如何で今後の学生生活に影響するって言ってたし……、どどどどど、どうしよう)

だが、それがフェイトの緊張を和らげる効果を与えてくれているわけではないようだ。

(そ、そうだ。まずは深呼吸!)

すーはーすーはーとフェイトは深呼吸をする。

「フェイトさん、どうぞ」

担任教師が声をかけた。

(よし!行こう!)

フェイトは両手を拳にし、覚悟を決めてドアに手をかけた。

「し、失礼します」

フェイトが入ると、教室内で色んな声が出ていた。

正直、それらを全て聞き取れるほど彼女は豊聡耳ではない。

教師の近くまで歩み寄る。

「あの、フェイト・テスタロッサといいます。よろしくお願いします」

自己紹介を終えてから、頭を下げた。

教室内から拍手が送られた。

(よかった。上手くいったんだ!)

フェイトは自分の自己紹介が上手くいったことで心内では安堵の息を漏らした。

 

 

フェイトが初の学園生活を送っている頃。

良太郎は翠屋で店内のモップがけしていた。

壁時計にして午後十二時になりつつあった。

書き入れ時である。

良太郎はミルクディッパーでの経験を活かして、難なく接客をこなしていた。

イマジン四体は着ぐるみを着て、入口で客寄せをしていた。

ちなみに着ぐるみの種類はオオカミ、ペンギン、ゾウ、ドラゴンである。

コハナは厨房で食器洗いをしている。

OLや女子大生等が入ってきた。

ペンギンは大喜びだったりする。

良太郎としても接客で大忙しだった。

しかも、良太郎がなまじ顔立ちがよいため、接客のたびに男日照りの女性達の目がギラリと光っていたりする。

そういう視線などを良太郎は感じているのか、女性が相手となると少々尻込みしてしまう。

書き入れ時が過ぎると、翠屋店内はガラガラとまでは言わないが客の数は激減していた。

「良太郎君、少し遅いが昼休みにしようか」

高町士郎がカウンター席から良太郎に勧める。

「そうですね」

良太郎はカウンター席に着く。

外で客寄せをしていた着ぐるみ四体(以後:着ぐるみ4)もカウンター席に着く。

厨房にいたコハナと高町桃子が人数分の昼食を用意してくれた。

着ぐるみの頭部を外して食事するイマジン達。

コハナもカウンター席に座って食事をしている。

良太郎は昼食をとりながらも、気分転換がてらにニュース番組が映っているテレビを見ていた。

「小学校の教師が殺された事件だね。聖祥ではないにしても、他人事とは思えないね」

士郎が深刻な表情で感想をもらす。

「でも、こんな事件が起こると子供達の登下校なんかが心配になってくるわよね」

桃子が娘や友達が襲われたりしないか不安になる。

「士郎さん。事件が起こった場所ってここから近いんですか?」

「良太郎君、気になるのかい?」

「ええ、まあ……」

士郎は良太郎のいつもと違う雰囲気に何かを感じ、下手な追求はせずに住所を教えてくれた。

 

 

『小学校教師殺害事件』の現場から距離にして二、三キロ離れた場所にある一軒の家。

高町家ほどではないが、それなりに大きな家である。

しかし庭には雑草が茂っており、空き家っぽく見えなくもない。

時間にして夜になろうとしている段階なので、照明をつけないと暗くて何が何だかわからないのだが、家主は照明のスイッチを入れようとはしない。

むしろ、この状況を満足しているようにも思える。

家主---楠一朗太は壁に貼り付けてある写真の一枚に赤く×印を記していく。

その写真は殺害された内山守の写真だった。

楠は嬉しそうに笑っていた。

そして、仏壇に祭ってある遺影を手にする。

「これから始まるからな……」

遺影として写っているのは小学生くらいの男の子だった。

「今夜も行うんだろ?」

「ああ」

背後からする声に楠は振り返らずに答える。

「……あと三人だ」

「ああ、そうだな。任せておけ」

背後の声はその直後、なくなった。

 

 

良太郎はデンバードⅡを駆って殺害現場に来ていた。

デンバードⅡを停車させて、降りる。

現場周辺には『立ち入り禁止』という黄色いテープが張られていた。

夕方だが、今日一日は制服警官が門番のように立っていた。

覗き込むようにして見る。

地面に血が付着しており、チョークか何かで被害者の倒れた位置が描かれていた。

「ああ、君。ここは立ち入り禁止だ」

制服警官の一人が良太郎に注意する。

(現場に来たからといって、何かがわかるわけじゃないか……)

良太郎はこれ以上は何も収穫できないと判断すると、制服警官に頭を下げてデンバードⅡに乗り、アクセルを噴かせて、その場から去った。

 

 

 




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第十一話 「犯人捜しと遭遇」


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第十一話 「犯人捜しと遭遇」

最新話を投稿します。


野上良太郎が翠屋でのアルバイトを終えて『小学校教師殺害事件』の現場から去った頃。

ハラオウン家では、私室でクロノ・ハラオウンが宙に出現している水色の魔法陣の中央に映っているレティ・ロウランと現在の状況報告をしていた。

「クロノ君、駐屯所の様子はどう?」

「……機材の運び込みは済みました」

クロノはどこか安堵した表情になっていた。

「クロノ君?」

「あ、すみません。最近、本名で呼ばれなかったもので……」

「まあ、彼等は絶対に本名で言いそうにないわね」

レティは苦笑しながら、彼等---チームデンライナーの事を思い浮かべる。

「今は周辺探索のネットワークを……」

クロノは気を取り直して報告を続ける。

「そう。ご依頼の武装局員一個中隊はグレアム提督の口利きで指揮権をもらえたわよ」

レティは頷きながら、朗報をクロノに与えた。

「ありがとうございます。レティ提督」

クロノは席に着いている状態ではあるが、感謝を態度に示す。

「それから、グレアム提督のところの使い魔さん達が逢いたがっていたわよ。かわいい弟子に逢いたいって」

レティが追伸じみたことを言う。

「リーゼ達ですか……。その、適当にあしらっておいてくれますか」

クロノは複雑そうな顔をしてレティに打診する。

「それと、彼等が言った事は本当?」

レティがクロノに訊ねる。

「今月中に時間が滅ぶ、ですか?」

魔法陣に映るレティは首を縦に振る。

「ええ」

「彼等が来ている事が証明ですよ。伊達や酔狂や観光で彼等が来るわけありませんからね」

クロノは付き合いは短いが、チームデンライナーがどういう連中なのかはそれとなく理解している。

「では本当の事と考えていいわけね?」

「はい」

レティが確認するように訊ね、クロノは首を縦に振った。

 

クロノは私室を出ると、冷蔵庫の中身を物色しているエイミィ・リミエッタを見つけた。

「おおクロノ君。どうそっちは?」

「武装局員の中隊を借りられた。捜査を手伝ってもらうよ。そっちは?」

クロノは先程の事を報告すると、エイミィに訊ねながらリビングのソファに腰掛ける。

「よくないね。夕べもまたやられてる……」

エイミィは卓に置いてある端末を手にして、操作する。

「今までよりも遠くの世界で魔導師が十数人、野生動物が約四体……」

「野生動物?」

エイミィの報告にクロノは聞き返す。

「魔力の高い大型生物」

エイミィはクロノに視線を一瞬だけ向けて答えた。

宙に浮かぶ映像には大きな四速歩行の動物が映っていた。

その姿からして地球産の動物でない事は丸わかりである。

「リンカーコアさえあれば、人間でなくてもいいみたい」

その行動からしてエイミィはそのように判断する。

「まさに形振り構わずだな……」

クロノは映像を見ながら率直な感想を漏らす。

「でも、闇の書のデータを見たんだけど……。何なんだろうねコレ……」

映像が『闇の書』に切り替わる。

「魔力蓄積型のロストロギア。魔導師の魔力の根源となるリンカーコアを食って、そのページを増やしていく」

「全ページである六百六十六ページまでになると、その魔力を媒介に真の力を発揮する。次元干渉レベルの巨大な力をね」

クロノが卓に置かれているオレンジジュースに手を出そうとする。

エイミィがそれを妨害した。

「んで、本体が破壊されるか所有者が死ぬかすると、白紙に戻って別の世界で再生する、と」

エイミィは端末を操作する手を止めない。

「様々な世界を渡り歩き、自らが生み出した守護者に守られ魔力を食って永遠に生きる」

クロノは諦めて、冷蔵庫に向かう。

「破壊しても何度でも再生する。停止させる事の出来ない危険な魔道書」

冷蔵庫を開けて中身を物色して、ミネラルウオーターを取り出した。

「それが『闇の書』……。私達に出来るのは完成前の闇の書の捕獲……」

エイミィが締めくくって今後のプランを確認する。

「そう。あの守護騎士達を捕獲して、更に主を引きずり出さないといけない」

クロノは決意を込めて覚悟を秘めて言う。

「うん!」

エイミィは頷いた。

 

 

良太郎はデンバードⅡを駆って、高町家へと向かっていた。

仲間の一人にある事を頼むためだ。

既に仲間達の翠屋での勤務時間は終えている。

今の時間帯なら寄り道をしない限り、高町家にいるはずだ。

デンバードⅡを停車して降りる。

そして、インターホンを鳴らす。

「ごめんくださーい」

良太郎が訪問の際の常套句を言うと、物音がこちらに向かっていた。

「はいはーいって、良太郎君!」

黒髪おさげに眼鏡をかけた少女---高町美由希が迎えに出ていた。

「ええと、モモタロス達はもう帰って来てる?」

「モモ君達?うん、今リビングでなのはやその友達と一緒にいるけどいい?」

「構わないよ」

「わかった。じゃあついてきて」

「お邪魔します」

良太郎は美由希の案内で、高町家の中に入っていった。

外観は和風なのに、中身は洋風よりなのには流石に驚いた。

「モモ君達ー。お客さんだよー」

リビングに良太郎が入ると、誰もが視線を向けた。

「良太郎!」

フェイト・テスタロッサが嬉しそうに一番に声を上げた。

「フェイトちゃん。寄り道?」

「う、うん」

フェイトは良太郎の質問にどこか悪戯をばれた子供のような表情をしていた。

アリサ・バニングスと月村すずかがフェイトを守るようにして、良太郎の前に立つ。

「大丈夫だよ。怒ってないから」

「え、そうなんですか」

「よかったぁ」

良太郎はアリサとすずかが誤解していると判断すると釈明した。

フェイト、アリサ、すずかは安堵の息を漏らす。

「こんにちは。良太郎さん」

高町なのはは珍しい客人だと思ったが、素直に現状を受け入れた。

「どうしたんだよ?珍しいじゃねぇか」

モモタロスがなのは&ユーノ・スクライア(フェレット)とオセロをしながら訊ねた。

「僕達の顔を見にきたってわけじゃないよね?良太郎」

ババ抜きをしているウラタロスは良太郎が高町家に来た理由を察しているようだ。

キンタロスから一枚トランプを抜いて、数字が揃ったので山に捨てていく。

「うん。ちょっと頼み事があってね」

リビングに座りこんだ良太郎は真剣な表情になる。

「何かあったんか?良太郎」

キンタロスがリュウタロスからトランプを一枚引き抜いてから、訊ねる。

山に捨てない所から数字が揃わなかったのだろう。

「頼み事ってなーに?良太郎」

リュウタロスはウラタロスから一枚トランプを引き抜いた。

「あー、引いちゃったー」

落胆の声を漏らした。

どうやらババを引いてしまったらしい。

「モモタロス。明日仕事が終わったら時間空いてる?」

「ん?特に何もねぇけどよ。何だよ?」

モモタロスは良太郎が自分を使って何をしようとしているのかわからない。

「明日、一緒に来てほしい場所があるんだ」

「良太郎、センパイを使うって事はもしかして……」

ウラタロスが良太郎に確認するかのように訊ねる。

「うん。確認のために、ね」

良太郎は肯定するように答える。

「それって今日ニュースで言いよった事件か?」

キンタロスは良太郎が何にモモタロスの力を借りようとしているのか理解できた。

「絡んでたら何か情報が得られるかもしれないからね」

「だったら僕も行きたーい!」

リュウタロスは立候補をするかのように挙手をする。

「バカ!遠足じゃねぇんだぞ。いいぜ、良太郎。明日でいいんだよな?」

モモタロスはリュウタロスの頭を叩いて注意しながらも了承した。

「うん。明日でいいよ」

良太郎は明日の事が決まると、その場から立ち上がる。

「帰るの?」

フェイトが訊ねる。

「もっとゆっくりしてもいいのに……」

なのはは残念がっている。

「夕飯の支度しないといけないからね。フェイトちゃんはどうする?もう少し遊んでく?」

良太郎はフェイトにどうするか訊ねる。

今から帰るのならば自分が乗せて帰る事が出来るからだ。

「ううん、わたしも帰るよ。クロノに夕飯までには帰ってきなさいって言われたから」

フェイトは先程、なのはの携帯に届いたメールの内容を思い出しながら言う。

「わかった。じゃあ帰ろう」

「うん。あの、それじゃあ。なのは、アリサ、すずか。また明日」

フェイトはリビングにいる全員に手を振る。

なのは、アリサ、すずかは応える様にして手を振ってくれた。

イマジン四体と美由希は軽く手を上げて応えてくれた。

二人は高町家を出た。

高町家を出て、デンバードⅡはハラオウン家のあるマンションへと向かっていた。

「学校生活はどう?やっていける?」

良太郎は後ろで腰に手を回しているフェイトに訊ねる。

ちなみにヘルメットは一人分しかないので、良太郎はノーヘルになっている。

「うん!わからないことはたくさんあるけどね」

ヘルメットを被っているフェイトは自身を冷静に見ながら答えた。

口調からして『わからないことを知る楽しみ』のようなものを持っていることも確かだ。

「夕飯、何食べたい?」

良太郎はハラオウン家の代表としてフェイトに夕飯の献立を訊ねる。

「うーん。何でもいいってのは、やっぱりダメだよね」

フェイトとするなら特に嫌いな食べ物があるわけでもないので、何でもいいというのが一番ありがたい。

それに、良太郎の料理の腕は確かだと知っているので自分が不味いものを食べる事はないという事も確信している。

「作る側としてみれば決まってる方がいいんだけどね。冷蔵庫の中身と相談、だね」

デンバードⅡのアクセルを更に噴かせた。

マンションに着くと、良太郎はデンバードⅡを駐輪場に停める。

それからフェイトを降ろす。

「ありがとう。あ、コレ」

フェイトは被っていたヘルメットを脱いで、良太郎に渡した。

マンション内のエレベーターに入って、ハラオウン家がある階層のボタンを押す。

「明日モモタロスと何処に行くの?」

エレベーター内には良太郎とフェイトの二人しかいない。

「今日、ニュースで言ってた事件現場にね」

「イマジンと関係あるの?」

「わからない。ないならないでいいんだけどね」

良太郎も自信を持って答えることはできないようだ。

「良太郎、聞いていいかな。イマジンは殺人ってするの?」

「契約者次第ではやると思うよ」

良太郎は過去の経験上、そう答えた。

契約者がイマジンに対して『○○○を殺してほしい』と願ったならば、対象さえハッキリしていれば即座に実行するだろう。

「そのイマジンって『時間の破壊』と関係あるのかな……」

フェイトは起こってはならない未来を口に出す。

「わからない。だからこそ、調べてみる価値はあると思うんだ」

「そうだね」

粗方、話が終わるとそのタイミングを合わせたかのようにエレベーターが停まった。

「「ただいま」」

良太郎とフェイトがハラオウン家に入ると、アルフ(人型)が迎えてくれた。

「おかえりぃ。フェイト、良太郎」

「他の人達は?」

「何か資料見たり調査したりしてたねぇ。あの様子じゃ夕飯の事まで忘れそうな勢いだよ」

「矛盾してるなぁ」

リンディ達が仕事に没頭している事を聞くと、良太郎は冷蔵庫の中身を見る。

フェイトとアルフも同じ様にして覗く。

ちなみにフェイトはアルフに抱っこして覗いていた。

「何で、やたらとカロリー○イトや○イダーインゼリーがあるんだろ……」

簡易で栄養が摂れる物が野菜や肉などよりも幅を占めていた。

良太郎は更に覗くと、ドッグフードの缶詰が何個かあった。

「アルフさんだね……」

この中でドッグフードを食べる者は一人しかいない。

「いいじゃん!こいぬフォームになって食べるんだからさ!」

アルフは良太郎に意思を表明する。

「まぁ、人型で食べないんだったらいいけどね……」

良太郎は納得すると、冷蔵庫を閉じた。

「カツ丼って食べた事ある?」

良太郎はふっと脳裏によぎった料理名を口に出す。

フェイトとアルフは首を横に振る。

「わたし達、パン食がほとんどなんだ」

「ご飯系なんて良太郎が作ってくれた事以外はほとんど食べた事ないよ」

ミッドチルダの食文化は洋風よりなのだろうと良太郎は二人の言葉で推測した。

「よし!今日はカツ丼にしよう」

良太郎は夕飯を決めると、早速食材調達のために近所のスーパーへと出かけようとしていた。

「わたしもついていっていい?」

「あたしも行くー」

フェイトとアルフもついていこうとしている。

「そうだね。ここにいても暇になるしね」

良太郎は二人の同行を快く受けた。

 

リビングで話し合っていた三人はキッチンから溢れている匂いに釣られるようにして仕事を区切りにした。

「あら、いい匂いね」

「何だろう?」

「でも、お腹に刺激されるよねぇ」

リンディ・ハラオウン、クロノ、エイミィは鼻腔を刺激する匂いに興味が湧く。

「もうすぐできますから」

良太郎はそう言うと、人数分の丼を用意して炊飯器の側まで寄る。

フェイトは人数分の味噌汁をよそっていた。

良太郎はご飯の上に具を乗せていく。

「アルフさん。運んで」

「はーい」

アルフはトレーに載せた人数分のカツ丼をテーブルの上に置いていく。

良太郎は人数分の味噌汁をトレーに載せて、カツ丼の隣に置いていく。

「「「ご飯できましたぁ!」」」

良太郎、フェイト、アルフは声を合わせて言った。

それが合図となり、全員が食卓に着く。

「「「「「「いただきます」」」」」」

全員が箸を手にして、カツ丼を食べ始めた。

「良太郎さん」

「はい」

一口食べてからリンディは対面にいる良太郎に視線を向ける。

「よかったら作り方教えてくれないかしら?とっても美味しいわ」

笑顔で評価し、調理方法を教えてくれるように請う。

「いいですよ。確認するように訊ねますけど、本当にミッドチルダにはご飯ものってないんですか?」

調理方法を教えることに異議はないが、本当に知らないのか良太郎はリンディに訊ねる。

「うん。全くといっていいほどないんだよ。私も資料か何かでしか知らないくらいだし」

「実物はこうして見るのが初めてなくらいだからな」

エイミィとクロノが食べながら答えてくれた。

「そうなんだ……」

良太郎は食文化の違いに小さいが衝撃を食らった。

「おかわりないの?良太郎」

アルフが空になった丼を上に上げて、催促する。

「あ、ごめん。ご飯はあるけど具はないんだ。カツ丼の具って人数分ぐらいしか作らないから余分な量ってないんだ」

「なーんだ」

良太郎の言葉にアルフはガッカリする。

「美味しいよ。良太郎」

フェイトが頬にご飯粒をつけて、笑顔で評価する。

「ご飯粒ついてるよ」

良太郎はご飯粒が頬に付いていることを指摘する。

「え!?」

頬を赤くして、ご飯粒をとって口に入れるフェイト。

その仕種は自身の恥をすぐに消し去りたいという思いが強かったりする。

「クロノ君も良太郎君ほどじゃないにしろ、家事は出来るようにならないとねー」

エイミィがクロノをからかいながら、味噌汁をすする。

「……努力はするよ」

クロノは家事関連では本当に肩身が狭い。

仕事をしている時とは百八十度違い、とにかく『頼りない』というオーラが噴き出ていた。

「そうねぇ、クロノ。いい機会だから良太郎さんに教えてもらいなさい」

親ライオンは子ライオンを千尋の谷へと落とす事にした。

「か、母さん……」

クロノが狼狽していた。

ハラオウン家の夜は賑やかだった。

 

 

息を吐けば、ハッキリと白く見えるほど冷え込んだ夜。

「な、何なんだよ!?オマエ!?」

学習塾帰りの少年---高橋功が眼前に立つ異形の者を見て、震えながらも後退りする。

異形の者は右手を振り上げて、高橋の目では捉えられない速度で振り下ろした。

切り裂かれた高橋の身体から大量に血が噴き出る。

悲鳴を上げる間もなく、高橋は地に崩れ落ちた。

血がどくどくと地面を染めていく。

染まれば染まるほど高橋の寿命は縮んでいく。

「これで二人目。あと二人だな」

異形の者はそう言うと、その場から姿を消した。

 

 

翌朝、良太郎は朝食を作りながらテレビに映っているニュース番組の音声を聴いていた。

『昨夜、海鳴市で小学五年生の高橋功君が塾帰りに何者かに斬殺されました。警察は手口が昨日行われた教師殺害と似ているところから同一犯であると推測し、捜査をしている模様です』

手を止めて、良太郎はガスコンロを停める。

テレビを見ると、起こった現場は自分が昨日行った殺害現場からさほど差はなかった。

ケータロスの着メロが鳴り出す。

ポケットから取り出して、通話状態にする。

「もしもし」

『おう、良太郎。俺だ俺』

「モモタロス。どうしたの?」

『ニュース、見たか?』

「うん。見たよ」

『どうすんだよ?一昨日の現場に行くのかよ?』

「いや、今ニュースで流れている現場に行こう」

『わーったよ。んじゃあな』

必要最小限な会話が終わり、ケータロスを通話状態から待機状態に戻した。

「はあ……。さて、やるか」

良太郎は一息吐いてから、気持ちを切り替えて朝食を作る事にした。

 

夕方となり、ヴィータは私服姿でゲートボールのスティックを片手に八神家へと戻っていた。

『闇の書』のページ集めも大事だが、ご近所付き合いも大事だ。

変に消息を絶った状態が続くと怪しまれるので、このように日常生活を過ごしているわけだ。

自分が日常生活をしている間は、シグナム、シャマル、ザフィーラが次元世界に渡ってページを回収している手筈になっている。

「やっぱり、じーちゃん達とするゲートボールはスカッとするなー」

スカートのポケットから、デネブキャンディーを取り出して口の中に放り込む。

「うーん。しあわせー」

好きなスポーツをして好きな食べ物を食べる。

ヴィータにとって至福の瞬間だ。

だが、それは長くは持たない。

彼女の眼前に一人の青年を襲っていると思われる赤い怪人がいた。

「んでよ。良太郎、こんなところに俺を連れてきて何するつもりなんだよ?」

「モモタロスにしか出来ない事なんだよ」

という会話をしている事など彼女が知るはずもない。

「ああ、赤鬼!」

彼女がとるべき手段は一つしかない。

青年を助けるために、『赤鬼』と自分が呼んでいる赤い怪人を倒すしかない。

片手で持っていたスティックを両手で持って、上段に構える。

そして走り出した。

「ちぇすとぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

全力で走ったヴィータは赤い怪人めがけてスティックを勢いよく振り下ろした。

ガンともボコとも言いがたい人間なら確実に致命傷を負いかねない音を立てた。

 

「モモタロスゥゥゥゥ!!」

 

青年は赤い怪人の名を叫んだ。

モモタロスは全身をぴくぴくと痙攣しながら地面に突っ伏していた。

 




次回予告


第十二話 「契約者発見?」


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第十二話 「契約者発見?」

突如、ゲートボールのスティックを上段に振り下ろした少女の奇襲攻撃によってモモタロスは地面に突っ伏した。

一瞬の出来事といってもよかった。

「モモタロスゥゥゥゥゥゥ!!」

隣にいた青年---野上良太郎は突っ伏したイマジンの名を叫びながら、助け起こそうとする。

「オマエ!ソイツから離れろ!今、あたしがやっつけてやるからな!」

赤とオレンジが混ざったかのような髪をおさげにした少女はスティックを構えている。

「ちょ、ちょっと待って!」

良太郎は少女の前に立ちふさがる。

「ん?何だよ。そこどけよ!危ないぞ!」

少女は自分がモモタロスに襲われていると勘違いしているのだろう。

「ああ、いや大丈夫だから。僕はモモタロスの仲間だし……」

「赤鬼の仲間?あー、もしかしてオマエ、仮面ライダー電王か?」

おさげの少女は事態を理解してから、良太郎に確認するように訊ねる。

「確かに電王だけど、仮面ライダーって何?確かシグナムさんも似たような事を言ってたけど、君はシグナムさんの仲間?」

良太郎は一度戦った女騎士がそのように自分を呼んだことを思い出して、訊ね返した。

「えーっと……」

少女は口をつぐむ。

「テメェ……」

モモタロスは頭を擦りながら起き上がる。

「モモタロス、大丈夫?」

良太郎がモモタロスに労わりの言葉を送る。

「ああ、何とかな。まだちょっと痛ぇがよ」

そう言いながら、モモタロスは少女を睨む。

「赤チビぃ。テメェ、奇襲とはいい度胸じゃねぇか?」

指をパキポキと鳴らすモモタロス。

「あ、えーっと……」

少女は自分が勘違いして攻撃した事に気付く。

モモタロスは一発殴らないと気が済まないというような雰囲気を出している。

「モモタロス……、相手は女の子なんだし……」

モモタロスに非がないのは確かだが、何とか振り上げた拳を収めようと諫言する良太郎。

「……ごめんなさい」

少女が頭を下げて謝った。

良太郎はそれでホッとした。

自分の非を素直に認めて謝罪する。

出来そうで出来ない事を彼女はやってのけるのだから、彼女の保護者の教育はよいのだろうと良太郎は勝手に推測した。

「……わーったよ。たく、そんなツラすんな。文句も言えねぇだろうが」

モモタロスも少女の誠意を持った謝罪に免じて許す事にした。

「侑斗は君達のところにいるんでしょ?あとデネブも」

良太郎は少女がシグナムと繋がりがあり、ひいては桜井侑斗やデネブとも繋がっていると推測した上で少女に確認するかのように訊ねる。

「オメェ、ダンマリ決め込めば決め込むほど、それが本当だって言ってるようなもんだぜ?」

モモタロスが付け加える。

「うっ、ううう。わかったよ!確かに、あたしは侑斗とおデブからオマエ等に関する事は教えてもらってる!これでいいだろ!?」

少々キレ気味に答える少女。

そして、彼女はスティックを構える。

「ハンマー使わねぇのかよ?」

モモタロスが言うハンマーとはグラーフアイゼンのことだ。

「使ってほしいのかよ?」

少女は戦闘態勢をとり、モモタロスも応じるかのような姿勢をとる。

「モモタロス。それに君も、いい加減にしなよ」

いつまでも先が進展しないので良太郎が二人に割って入った。

「良太郎……」

「オマエ……」

良太郎が怒っていると感じ取るとモモタロスは後頭部に手を当て、少女は構えを解いた。

「僕達は、君と戦いに来たわけじゃない。今、この辺りの事件を調べるために来たんだ」

良太郎が少女に自分達の目的を話す。

「事件?もしかして、あの斬殺事件か?」

少女が確認するように聞き返し、良太郎は首を縦に振る。

「イマジンが絡んでるかどうか調べるんだとよ」

モモタロスはそう言いながら、事件現場の臭いを嗅ぎ始める。

「イマジンが絡んでるかどうかなんて、わかんのかよ?」

「モモタロスがいれば何とかなるよ。あ、そういえば自己紹介まだだったね。僕は野上良太郎」

「……ヴィータだ。ちゃんと憶えとけよな」

少女---ヴィータも素直に名乗った。

「モモタロス、どう?」

「弱ぇけど、イマジンの臭いがするぜ」

モモタロスはそう告げた。

「?、赤鬼。臭い嗅いだだけでわかるのかよ?」

ヴィータがモモタロスに疑惑の眼差しを持ちながら訊ねる。

「俺の鼻を舐めんなよ?イマジンの臭いを間違えるわけねぇだろ」

モモタロスの嗅覚は特別であり、イマジンが持つ臭いを嗅ぐことが出来る。

ただし、臭いだけでイマジンの区別ができるという域ではないが。

つまり敵イマジンとウラタロス達---身内イマジンが近い距離にいた場合は、総合して『イマジンがいる』と言う事は出来ても、『カメ達がイマジンと戦っている』と言う事は出来ないのだ。

「ヴィータちゃんは殺された二人と面識なんて……」

「言っとくがねぇぞ」

良太郎が訊ねようとした事をヴィータが先に答えた。

「そっか……」

「まぁ、この事件にイマジンが絡んでるってわかっただけでも十分じゃねぇか。そうだろ?良太郎」

「うん。後は契約者だね」

むしろ本題はここからといってもいい。

イマジンが契約者を持たずに実体化して行動する『はぐれイマジン』でない限り、イマジンと契約者はワンセットと考えられている。

今回の契約者の真の動機はわからない。

しかしイマジンが殺人を犯している以上、契約者の精神状態が正常を保っていられるとは思えなかった。

「なぁ」

「ん?」

「なんだよ?赤チビ」

ヴィータが良太郎とモモタロスに声をかけた。

「オマエ等、この手のプロなんだよな?だったら聞くけど、こんな事件を引き起こしているイマジンの契約者ってヤツは何をイマジンに望んだんだよ?」

ヴィータの問いに良太郎とモモタロスは顔を見合わせる。

「さぁな。そういうのは良太郎かカメの仕事だからなぁ」

モモタロスは良太郎に丸投げをした。

「今、思いつく限りでは復讐かな……」

良太郎は今自分が考え付く中で、もっとも信憑性の高い動機を口に出した。

「復讐?」

ヴィータは首を傾げる。

「うん。人間が復讐目的で殺人を犯したら犯罪だけど、イマジンがやっても罪にはならないしね」

イマジンは人間ではないので、法律が適用されないだろう。

それに目撃者が『得体の知れない怪人に殺された』と証言しても警察は取り合ってはくれないだろう。

常識外の現実を認めないことで成立する完全犯罪といってもいいだろう。

「何だよ?それ。それじゃやったもん勝ちになっちゃうじゃん!?」

ヴィータが憤りを感じる。

「そうだね」

良太郎はヴィータの言葉を否定しなかった。

「で、これからどうする?良太郎」

モモタロスとしては自身のやるべき事を終えたので、高町家に戻りたいというのが本音だ。

「被害者二人が殺される原因がわかればいいんだけどね……」

「原因って動機の事かよ?だったら……」

ヴィータが割り込んだ。

「心当たりあるの?」

「本当かよ?それなら教えろよ赤チビ」

良太郎とモモタロスが詰め寄る。

「前にじーちゃんやばーちゃんが言ってたんだけどよ。殺された教師の学校って何か問題があったらしいぜ」

「「問題?」」

一人と一体は声を揃える。

「どういう問題かは知んねーけどな」

ヴィータの口ぶりからして彼女はこれ以上の情報を持っているようには思えなかった。

「帰ろうぜ。良太郎」

「そうだね」

モモタロスはそう言うと、同時に自身をエネルギー化して良太郎に入り込む。

髪が逆立ち、体つきがよくなり、瞳の色が赤い。

髪の一本には赤いメッシュが入っている。

「じゃーな赤チビ。借りができたな」

モモタロスが憑依した良太郎(以後:M良太郎)がデンバードⅡに跨ってから、ヴィータに言う。

「借り?チャラにしてやるよ」

「何でだよ?」

「オマエ、あたしと戦って勝っただろ?あたしはオマエに借りがある状態だったんだよ。だけど、今のでチャラだ。文句ないよな?」

「じゃあ、次遭ったらまた遠慮なくいくぜ?」

M良太郎が挑戦的な瞳でヴィータに告げる。

「上等じゃん!赤鬼、あと白いヤツにもそう言っとけよな」

白いヤツというのは高町なのはの事だとM良太郎は判断する。

「わーったよ。じゃあな!」

そう言ってM良太郎はデンバードⅡのアクセルを噴かした。

 

モモタロスが高町家に入ると、夕飯とも思える良い匂いが鼻をくすぐる。

「今日はビーフシチューだな」

そう言いながら、リビングに向かうモモタロス。

「帰ったぜー」

モモタロスがリビングに入ると、全員が視線を向けた。

全員がそれぞれの言い方で「おかえり」と言ってくれた。

「で、モモ。何かわかったの?」

コハナが胡坐で座っているモモタロスに結果を訊ねるために横に座る。

「良太郎の勘が当たってな。今回の事件、イマジンが絡んでるぜ。事件現場にイマジンの臭いが残ってたからな」

モモタロスは得た情報をコハナに包み隠さず話した。

「契約者はどうなの?センパイ」

ウラタロスがイマジンとワンセットとなっている対象の事を訊ねる。

「それはまだわかんねぇんだよ。赤チビが言うには殺された二人の学校に何かあるんじゃねぇかとか言ってたなぁ」

モモタロスは自身の許容量で憶えていた事を口に出す。

『赤チビ』という単語が出た時、誰もが驚いた。

なのはを襲ったあの少女と遭遇したのだから。

「モモの字、アイツと遭って何かあったんか?」

「……奇襲で頭を殴られた」

キンタロスが皆が思っていることを代表してモモタロスに訊ねる。

ヴィータに殴られた部分を擦りながら、モモタロスは被害箇所を告げた。

「だ、大丈夫ですか!?モモタロスさん」

「キュキューキュキュキュー(手当てをしたほうがいいんじゃ……)」

なのはとユーノ・スクライア(フェレット)が心配する。

「二人とも、そんなに気にする事ないよ。センパイにとってはいつものことだしね」

ウラタロスは心配する一人と一匹とは逆に明るかった。

「「?」」

「モモタロスはね、あの顔だからよく襲われるんだよ。ぷぷ」

リュウタロスが怪訝な表情を浮かべている少女とフェレットに笑いながら話した。

「テメェに顔の事で言われる筋合いはねぇぞ。小僧」

モモタロスはリュウタロスの後頭部を叩く。

「何すんのさぁ!僕モモタロスみたいに顔だけで悪者になったことないしー」

リュウタロスもモモタロス並に凶悪な顔つきをしてはいるが、それで理不尽に襲われた事はなかったりする。

「あ、あのモモタロスさんもリュウタ君も落ち着いて」

なのはが喧嘩になりそうなモモタロスとリュウタロスを止めに入る。

「「………」」

なのはにそう言われてしまえば二体ともやめるしかない。

ちなみにコハナは拳を振り上げようとしたが、先手を取られたので慌てて引っ込めていた。

そのことを知るのは一匹のフェレットだけだったりする。

 

モモタロスと高町家で別れてから良太郎は速度を上げる事もなく、法定速度より+五キロの速度でデンバードⅡを操っていた。

その中で見知った少女が一人歩いているのを見かけた。

金色の髪をツインテールにした少女---フェイト・テスタロッサだ。

恐らく高町家からハラオウン家へと帰る途中なのだろう。

「フェイトちゃん」

良太郎が徐行運転からデンバードⅡを停車させてから少女に声をかける。

「良太郎」

呼び止められたフェイトは呼び止めた人物に顔を向けると、見知った相手なので表情が緩んだ。

「なのはちゃん家からの帰り?」

「うん。良太郎は?」

「僕は第二の事件現場に行っての帰り、かな」

「何か収穫はあった?」

「イマジンが絡んでる事は間違いないと思うよ。ただ契約者はサッパリ、かな」

「そうなんだ……」

フェイトはデンバードⅡの後部に腰掛ける。

良太郎は自分のヘルメットをフェイトに被せる。

これで準備は整った。後はアクセルを噴かして走らせればいいだけだ。

「それじゃ行くよ」

「うん。いいよ」

フェイトは良太郎の腰に両手を巻きつけるようにして持つ。

二人を乗せたデンバードⅡが走り出した。

走り出してから五百メートル程になっての事だ。

「良太郎」

フェイトが声をかけてきた。

「どうしたの?」

良太郎は前を向いたままだが対話しようとする。

「さっきの人、体から砂みたいなものが噴き出ていたよ」

「え、誰?どの人?」

良太郎はデンバードⅡを停車してからフェイトに捜してもらう。

「あ、あの人だよ」

フェイトは気を遣ってくれたのか小声で教えてくれた。

フェイトが指した人物は長身痩躯で身なりはどこか汚らしく、清潔感というものが全くない。

顔を見てみるが、髭は剃っておらず目の下に隈が出来ていたりとろくな生活を送っていないと思われる。

右手にはビニール袋が握られており、その中には色々入っていることは確かだろう。

「フェイトちゃん。時間ある?」

「尾行するんだね。うん、大丈夫だよ」

「ありがとう」

ターゲットを見失わないように、デンバードⅡを操りながら尾行する事にした。

良太郎とフェイトはターゲットとなる男に気取られないように、適度な距離を保ちながら尾行していた。

途中見落としそうになったが、男から噴き出ている砂が目印となって助かった。

「ここが終点、か」

二人はデンバードⅡから降りる。

ターゲットが入っていった家は高町家程ではないが、それなりに大きい家だった。

だが、とても人が住んでいるようには感じられなかった。

中庭も雑草で茂っており、手入れに行き届いていない事がよくわかる。

「人、住んでるんだよね?」

フェイトが確認するかのように良太郎に訊ねる。

「家の中に入ったんだから住んでる事になるね」

玄関前の壁にかかっている表札を見る。

表札には『楠』と記されていた。

「何て読むの?」

フェイトは日本語は堪能に話せるが、書いたり読んだりする力はまだ乏しい。

「くすのきって読むんだよ」

良太郎が難なく読み上げた。

冷たい風が二人にかかる。

「帰ろっか」

良太郎の言葉にフェイトは驚く。

「いいの?中に入ったら色々聞けるかもしれないよ?」

「そうだけどね……」

フェイトの言う事も尤もだ。

今から中に入ればイマジンの契約者に事件の真相を聞きだすことは可能だし、ベストとするならイマジンと戦う事も可能だ。

だが、良太郎は突入しようとは思わなかった。

今から突入したとして「貴方、イマジンと契約してるでしょ?」と訊ねる前に「住居不法侵入で訴えてやる」と言われてしまえばそれでお終いだからだ。

再度来るには契約者に弁解の余地を与えないほどの材料がもうひとつ必要になる。

それはイマジンと契約するための動機だろう。

すでに楠なる人物がイマジンと契約を交わしていることはこの玄関前に撒かれている砂が証拠になっている。

「今度ここに来る時は終わらせる時だよ」

良太郎はフェイトにそして、契約者に向けてそのように告げた。

一瞬だが、その場の温度が下がったように感じた。

フェイトは腕を組んで身を縮こませていた。

 

 

鈴木武は友人数名とともに空手道場の帰りだった。

その友人の中にはフェイトやなのはが通っている聖祥学園の者も含まれている。

明日の事や流行もののテレビ番組のことや今ハマっているテレビゲームの事など話すネタは尽きなかった。

「鈴木武だな?」

異形の者が鈴木の前にいきなり現れた。

影からにゅるると出てきたわけでもないし、上空から急降下してきたわけでもない。

本当にいきなり現れたのだ。

「そうだけど?」

空手の有段者である鈴木は怪人のコスプレ程度では怯まない。

「その命貰い受ける!」

そう言った直後に異形の者は手にしていた武器を振り下ろした。

「ぎゃあああああ!!」

振り下ろし終えると同時に鈴木の体から血が噴き出て、前のめりに崩れ落ちていく。

「「「ひ、人殺し!!」」」

鈴木の友人三人は恐怖のあまりにその場から逃げ出した。

異形の者は逃げた三人を追うことはしなかった。

「あと一人だな」

異形の者は武器に付着している鈴木の血を掃うとその場から去った。

 




次回予告

 第十三話 「濁りの末路」


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第十三話 「濁りの末路」

最新話を投稿します。


ハラオウン家では本日は、エイミィ・リミエッタが朝食を支度していた。

手際のよさをみて野上良太郎は驚きの声を上げた。

本日の朝食は洋食ものだ。

パンにベーコンエッグだ。

同時にエイミィの手伝い?をしているクロノ・ハラオウンを見る。

あまりの手際の悪さに良太郎はため息を吐いてしまう。

(クロノは主夫にはなれないなぁ)

クロノの性格上、一生無縁な職業だと思いながらもそんなことを考えてしまう。

良太郎はソファに腰掛けて本日の新聞を広げる。

『海鳴市連続斬殺事件。これで三件目。警察の対応に疑問視』

などと大きく書かれていた。

記事の内容を読む中で良太郎は難しい表情になっていく。

この事件にはイマジンが絡んでおり、契約者の名前は楠という。

動機は今日調べて、そのまま撃退へと向かいたいところだ。

新聞を読み終えると、良太郎はテーブル席に着く。

聖祥学園の制服を着たフェイト・テスタロッサとアルフ(人型)がリビングに入ってきた。

「おはよう。みんな」

「おはよー」

「「「おはよう」」」

とそれぞれ挨拶を交わす。

「エイミィさん。リンディさんは?」

ここにいない家主のリンディ・ハラオウンの姿がまだない。

「艦長なら朝の散歩に行ったと思うよ」

「散歩?」

「寝ぼけ眼を覚ますにはちょうどいいとか言ってね。多分そろそろ帰ってくると思うよ」

「そうなんだ」

良太郎はエイミィの言葉に納得する。

それから五分後にリンディが帰宅し、全員で朝食を取った。

 

 

私立聖祥学園。

本日も生徒達は希望と不安を胸に秘めて一日を送ろうと誰もが思うだろう。

「ねぇねぇ。昨日の事件って君の友達なんでしょ?」

「よく無事だったよね」

「でも、どうして君は狙われなかったんだろ?」

「わからないよ」

彼等のもっぱらの話題は昨日起こった殺人事件のことだ。

「やっぱり昨日の事よねぇ」

アリサ・バニングスは男子生徒達の話題を耳にして納得していた。

「物騒だよね。もう、立て続けに三人も亡くなってるもん」

月村すずかは不安げな声を上げる。

自身にも降りかかるのではと思っているのだろう。

「フェイトちゃん……」

「イマジンが絡んでることは間違いないから良太郎達が解決してくれるよ」

高町なのはを安心させるようにしてフェイトは言った。

「良太郎さんがどうかしたの?二人とも」

アリサが耳聡く聞いていた。

「ええとね。良太郎さんがこの事件の事を調べてるんだって」

なのはは上手く誤魔化そうとした。

「何のために?」

アリサが更に詰める。

「良太郎は困っている人を見たら放っておけないんだよ」

フェイトも何とか誤魔化そうとするが、もともと嘘が下手な彼女はこんな言い方しか出来ない。

 

「困っている人を見たら放っておけないって、まるで仮面ライダーみたいだね」

 

「「!!」」

ドキィっとなのはとフェイトはすずかの言葉に心臓が飛び出しそうな感覚に襲われる。

「すずか、何その、かめんらいだーって?」

「ええとね。わたし達が生まれる前にこの日本を救ったといわれている伝説のヒーローだよ」

「そんなの本当にいるの?」

アリサは仮面ライダーの存在に懐疑的な表情をしてすずかに訊ねる。

フェイトとなのははというと。

((いるんです。仮面ライダーとは名乗ってないけど、似たような人が……))

と心の中で肯定した。

「皆さん席に着いて。授業を始めますよ」

担任教師が入ってきた。

 

昼休みとなり、持参した弁当を持って屋上へと向かう四人組(なのは、フェイト、アリサ、すずか)。

その中で先客である男子達が会話をしていた。

内容はやはり話題となっている殺人事件だ。

「あれはだから何度も言うように、人間じゃないんだよ!」

「そんなことあるわけないだろ」

「警察にもそう言ったの?」

「言ったさ!でも第一の事件の目撃者も第二の事件の目撃者も同じ様なこと言ったから、すぐ否定されたけどね」

「でもさ、それってコスプレじゃないの?」

「違うよ!あれはコスプレじゃないよ!あれは本当に人間じゃない!あれは……」

 

「あれは怪人だよ!」

 

「本当に怪人なんているのかしら?」

そんな男子生徒達の会話を半信半疑で聞いているアリサは自分の弁当のウインナー(タコさん)を口に放り込む。

「仮面ライダーのことが記されていた本には怪人の事も書いてあったよ。たしか執筆者のご両親も怪人に殺害されたらしいし……」

「すずか。アンタ、随分と生々しいフィクション本読んでるわね」

アリサは若干引き気味にすずかに言う。

「違うよアリサちゃん。わたしが読んでいるのはフィクションじゃないよ」

「じゃあ、何よ?」

「ノンフィクションだよ」

すずかはさらりと告げた。

「目撃者いたんだ……」

「でもニュースでは報道されてないね。何でだろ?」

なのはは目撃者がいたことに驚き、フェイトは何故目撃者の証言をニュースで報道しないのか疑問に感じる。

「フェイトその答えは簡単よ。警察は常識範囲外のことは見てみぬ振りするのよ」

すずかと談話していたアリサが割り込んできた。

「アリサ……」

「というより認めたくないのかもしれないわね」

アリサはそう言うと、昼食を取る事に集中した。

「なのは、フェイト。アンタ達も早く食べちゃいなさいよ」

そして、箸が進んでいない二人の友人を促した。

 

 

良太郎は本日、翠屋でのバイトを休んだ。

言い訳はウラタロスが上手い事やってくれるので大丈夫だろう。

そして、彼は現在図書館にいる。

彼の机の前には過去の新聞を綴じてあるファイルが五冊以上ある。

どこから手を着けたらいいのかわからないので半年分持ってきている。

隅から隅まで目を通しているため、とにかく疲れる。

「はあ」

気分転換として天井を見上げる。

(ヴィータちゃんにもう少し詳しく聞いておけばよかったかな)

ヴィータは殺害された二人(今回の事件で三人)の学校には何がしかの問題があったと言っていた。

小学校が取り上げられている問題も半年になるとそれなりに色々ある。

契約者がイマジンと契約した動機はこの辺りにあると良太郎は確信している。

イマジンの契約執行方法が『殺人』になるにはどのような契約内容になるだろうともう一度考える。

そもそもイマジンの契約執行方法に平和的だったものはほとんどない。

プレシア・テスタロッサのようにイマジンの性格を読んで契約をしたのかもしれない。

そうだとしたら、今回の契約者は相当の切れ者だろう。

(学校に問題があって、イマジンの契約執行方法が殺人……)

良太郎は何かが閃いた。

(学校に問題があって契約者がイマジンに殺人をさせるとなると、経済面の問題じゃない。人間同士の問題だ)

もう一度ファイルを開いて、学校関連で人間同士の問題が取り上げられている記事を調べ始める。

(あった!)

「小学生飛び降り自殺……」

良太郎は小声で読み始める。

「市立小学校で小学五年生の男子が校舎から飛び降りて死亡。現場に遺書がなかった事から衝動的な自殺ではないかと考えられる、か」

良太郎は小声で続きを読む。

「死亡したのは海鳴市在住の楠始君十一歳。くすのき?」

契約者の名字はたしか『楠』だ。

良太郎は口を閉じて、もう一度考える。

(自殺した子供はクスノキハジメ。そしてイマジンの契約者もクスノキ……)

偶然と考えるつもりはない。

(もし、遺書があったとしたら……)

新聞には遺書はなかったと記されている。

しかし、警察や救急隊員が来る前に隠匿して処分する時間は十分にある。

その間に処分されていたとしたら。

その事を契約者であり、遺族である楠が何らかの方法で知る事になったとしたら。

そして、その遺書を処分したのが殺害された教師、内山守だったら。

(楠さんは間違いなく復讐する!)

良太郎はファイルを片付けて図書館を出た。

 

 

時間帯にして昼。

太陽が燦燦と照っており、空を見上げるとその眩しさに思わず目を細めてしまうだろう。

しかし、楠宅には無縁のものだった。

何故なら家主の楠一朗太は家の中に篭りっきりであり、窓は全てカーテンが敷かれて太陽の光はすべて遮られていた。

「あと一人、今夜だな」

「ああ。これで始の……いや俺の憂さ晴らしも終わる……」

楠は『息子の無念』とは言わず、自身の『憂さ晴らし』と言った。

彼は今、仏壇の前に立っており、仏壇の遺影には十一歳くらいの少年の写真---楠始が飾られていた。

楠の背後にいる異形の者---エイ型のイマジンであるレイイマジンは黙って聞いていた。

「コイツを殺した後、どうする?」

レイイマジンは楠に訊ねる。

イマジンを知る者にしてはその行動は奇妙なものだが、ここにはそんな人物はいない。

「お前と契約した代償を払うさ」

楠は感情を込めることなく淡々と告げた。

「そうか……」

レイイマジンはそれ以上は何も聞かなかった。

楠は仏壇の側に貼られている四枚の顔写真を見る。

その内、三枚は赤色で×印が記されていた。

×印がされている写真はすべてここ数日で殺害された三人だった。

インターホンが鳴った。

また、新聞の集金か水道光熱費の支払のどちらかだろうと思った。

まだ先月分払ってないから催促に来たのかもしれない。

どちらにしろ追い返そうと思った。

ドアを開けると、そこには見知らぬ青年が立っていた。

顔立ちは悪い方ではないし、身長は自分と同等くらいで年齢にして二十歳前だろうと推測した。

「楠さん、ですよね?初めまして、僕は野上良太郎です」

青年は軽く会釈してから自己紹介した。

 

良太郎は図書館から出た直後に、楠家へと来訪した。

意外だったのは門前払いを食らわずに家に入ることを許された事だ。

「お邪魔します」

良太郎は社交辞令でお決まりの台詞を述べる。

「散らかっていて申し訳ないね。客が来るなんて随分と久方ぶりの事だからね」

楠の言うように家の中はかなり散らかっていた。

ハッキリ言って客を呼べば確実にドン引きするだろう。

空になったビール缶や酒瓶などの残り香が良太郎の鼻をくすぐる。

リビングに連れられた良太郎は楠と向き合うかたちで座る。

「それで君は俺に何か用かい?」

楠は平静に良太郎がここに来た目的を訊ねる。

 

「貴方を止めに来ました。正確には貴方と契約を交わしたイマジンを、ですけど」

 

良太郎は下手なごまかしはせずに目的を告げた。

「君はレイを知っているのか?」

楠は特に否定することなく訊ね返した。

「レイ?それが貴方が契約をしたイマジンの名前ですね」

楠は首を縦に振る。

「それで何故、君はここに来た?レイの事を訊ねに来たわけではないだろう?」

良太郎は首を縦に振ってから、真っ直ぐ顔を楠に向ける。

「僕も今まで色んなイマジンの契約者を見てきました……。そう願いたくなるのも仕方ないと思えるものや、身から出たサビだろ、と言いたくなるようなものも含めてです。でもイマジンが積極的に殺人を犯し、その事で契約者が全く動揺もしなかったのは今回が初めてです」

楠は口を開く様子はない。

良太郎は続ける。上着の内ポケットからA4の紙を取り出して、楠に見せる。

「貴方がイマジンの行動に動揺しなかったのは、最初からイマジンに殺人をさせる事が目的だったからです。そして、これが動機です。違いますか?」

「………」

楠は良太郎が呈示した紙を一瞥してからテーブルの上に置く。

「ご名答だよ。よくわかったね」

楠は小さく笑みを浮かべた。

それは狂笑でも嘲笑でもない、純粋な笑みのように良太郎には思えた。

「ここからは僕の推測なんですが、多分遺書はあったんじゃないかと思います。それを教師である内山さんは隠匿し、処分したんじゃないかと思います。そして貴方は息子さんの遺書を何らかのかたちで知る事となり、今回の犯行に及んだんじゃないかと僕は思っています」

「まるで見てきたかのような推理だね」

楠は感心しているようだ。

良太郎は肯定と受け止める事にした。

「君の言うとおりだ。俺は遺書の下書きを始の部屋から見つけたんだ。それで全てを知ったのさ。始が同じクラスのある三人にいじめられていた事をね……」

「三人ということは、あと一人なんですね……」

良太郎の確認に楠は首肯する。

楠の体が震えている。

「楠さん?」

「君は俺にどうしてほしいと思う?」

楠は震えながらも良太郎に訊ねる。

「貴方自身が手を下したのならば警察へ自首する事を薦めます。でも、実行犯がイマジンである以上、僕達がイマジンを倒すしか、この事件を終わらせる方法はないと思っています」

良太郎は自分達---チームデンライナーに出来る最善の策を楠に告げる。

対して楠はというと、

 

「レイを倒したとしても変わりはしないよ」

 

身体を震わせながら言った。

良太郎は楠の震えが何なのかわからない。

『恐怖』ではないことはわかる。イマジンとの契約の際に殺人を要求する人物だ。

では何なのだろうかと良太郎は考えるが、今優先しなければならない事に頭を切り替えた。

「あと一人は誰ですか?」

自分の罪状をあっさりと認める楠に良太郎は賭けてみる事にした。

何せ自分は楠始の遺書の中身を見たことはないので、イマジンが誰を狙うかはわからないのだ。

「あの部屋に行けばわかるよ」

楠は指差す。

良太郎はその部屋に入る。

そこだけは廊下やリビングと違い、清潔感が漂っていた。

仏壇があり、側の柱には四枚の写真が貼られており、その内の三枚は赤色で×印がされていた。

それが何を意味するのかは良太郎にはすぐに理解できた。

「彼で最後なんですね……」

柱に貼られている×印がされていない写真を剥がす。

「ああ。そいつの名前は中谷友紀

なかたにとものり

。ピアノ教室の帰りに襲うようにレイと打ち合わせは済ませてある」

楠の言葉が全て本当ならばこれは『予告』だ。

「止めれるものなら止めてみろ」という挑発として受け止める事も出来る。

良太郎は仏壇に手を合わせて黙祷をしてから、楠と目が合う。

「止めてみせますよ。絶対に」

良太郎は静かにしかし強い意思を込めて告げた。

楠に会釈してから、良太郎は楠家を出た。

 

 

ハラオウン家ではエイミィが、夕飯の準備をしていた。

クロノは午前のように手伝い?をしていた。

リンディはそんな二人を微笑ましく見ていた。

フェイトは自室で学校の宿題をしており、アルフはテレビを観ていた。

良太郎は海鳴市の地図を見ていた。

ピアノ教室の数が少なかったというよりは、一つしかなかったのは幸いだろう。

楠の予告通りなら、中谷は稽古中は襲われる心配はないだろう。

これまでの三件のうち、いじめをした二人が殺害されている二件は両方とも稽古事が終わっての帰り道で襲われている。

ケータロスを開き、時間を見る。

地図を畳んで、良太郎はソファから立ち上がる。

「エイミィさん。僕は後で食べるから先に食べてて」

「うん、わかった。良太郎君気をつけてね」

良太郎はそうエイミィに告げる。

ここにいる誰もが良太郎が今からしようとしている事を知っている。

クロノもリンディも口には出さないが、思いとしてはエイミィの言葉と同じである。

「良太郎、負けんじゃないよ!」

アルフの激励に首を縦に振る。

「行ってきます」

そう言ってリビングを後にした。

 

リビングに通ずるドアを閉めて廊下に足を踏み込むと、そこには私服姿のフェイトがいた。

「良太郎、行くの?」

「うん。あと一人は守らないとね」

「あの……、わたしも行っていい……かな?」

フェイトの予想外の申し出に良太郎は目を丸くする。

「えと……、何で?」

良太郎はフェイトの真意を探る事にした。

好奇心で言っているのなら、即座に断りの言葉を送るつもりだ。

「良太郎がこれから戦おうとしているのに、わたし……夕飯を呑気に食べられないよ」

フェイトは申し出の時とは逆に決意を秘めた眼差しを良太郎に向ける。

「良太郎の無事をその場で見たいんだ。だからお願い。連れていって」

フェイトはもう一度良太郎に申し出る。

「……今から言う事を守れる?」

フェイトは見かけによらず頑固な部分がある。

一度言い出したら、余程の事がない限り考えを変えないだろう。

「うん。それで何なの?」

「僕がイマジンと戦っている間、どんなに僕が不利な状態に追いやられていたとしても絶対に手を出さないこと。守れる?」

「わかった。守るよ」

フェイトは良太郎が突きつけたあっさりと条件を呑んだ。

二人は舞台を海鳴の夜へと移した。

ちなみにこの廊下のやり取りを他の面々が聞いていた事を良太郎とフェイトが知る由もなかったりする。

 

 

満月は出ているが、それにも増してビルの電灯や街灯が輝いている海鳴市の夜。

良太郎とフェイトは中谷を尾行するかのようにして見張っていた。

「あの子が次の標的になるの?」

「うん。契約者はイマジンに彼を襲うように指示してるからね」

「でも、どうしてその契約者は良太郎にわざわざ襲撃予告なんてしたのかな?確実に実行したいなら隠しておくべきだと思うけど……」

フェイトの言っている事は良太郎にもよくわかる。

事を確実に成功させたいのならば敵対する側にわざわざ塩を送るような事はしなくていいはずだ。

「僕もそれは考えたんだよ。止めてほしいから僕に告げたのかなって。でも、それだと説明がつかないこともあるんだ」

中谷の前にはまだイマジンは現れない。

「説明がつかないこと?」

フェイトは訊ねながらも中谷の背中を視界に入れている。

「契約者は震えていたんだ。これだけの事をしてまるで動揺もしなかった人が、ね」

良太郎は答えながらも中谷を視界から離さない。

「怖くなったってことはないの?」

「どうなんだろう……」

人の心は移ろいやすいが、イマジンに三人も殺害させた復讐者がそう簡単に変わるものだろうかと考えてしまう。

それに楠が言ったあの一言が気になって仕方がない。

「良太郎、アレ見て」

フェイトが指差す方向にフリーエネルギー状の光球が中谷の近くに降りて、光りだす。

電柱の陰からレイイマジンがゆっくりと出現した。

「じゃあ、行ってくるよ!」

「うん!待ってるからね!」

フェイトの強い信頼の言葉を受け止めて、良太郎はデンオウベルトを出現させて右手にはパスが握られていた。

 

「中谷友紀だな?」

レイイマジンは確認するかのようにして目の前にいる中谷に訊ねる。

「そ、そうですけど……」

中谷は身体が震えながらも応答する。

「その命もらい……」

レイイマジンが中谷に命を奪うことを宣言しようとした時だ。

「誰だ?俺の邪魔をしようとしているヤツは?」

右手に握られていた剣をレイイマジンは振り下ろそうとはせず、自分の邪魔をこれからしようとしている者がいる方向に指す。

彼は自身に向けられた敵意を感じたのだ。

レイイマジンが剣で指した方向に現れたのは良太郎だった。

 

「悪いけど、君の思い通りにはさせない。モモタロス、行くよ!」

良太郎はレイイマジンにそう宣告してから、これから共に戦うイマジンの名を呼ぶ。

(おう!いつでもいいぜ!)

良太郎は魔導師でいう念話の状態で、高町家にいると思われるモモタロスと交信する。

デンオウベルトのフォームスイッチの赤色のボタンを押す。

 

「変身!!」

 

ミュージックフォーンが流れ出す。

パスをデンオウベルトのターミナルバックルにセタッチする。

良太郎からプラット電王へと姿が変わり、囲むようにして宙に赤色をメインカラーとしたオーラアーマーが出現し、その場で時計回りしてからそれぞれの部位に装着されていく。

頭部には桃がモチーフとなっている電仮面が走り出し、パカッと開いて仮面となっていく。

赤色のエネルギーが全身から噴出す。

右親指を立てて、自分を指して左手を前にして歌舞伎役者がやりそうな大仰なポーズを取る。

 

「俺、別世界でも参上!」

 

仮面ライダー電王ソードフォーム(以後:ソード電王)の完成である。

レイイマジンは中谷から離れて、ソード電王の前まで歩き出す。

ソード電王を倒さない限り、自分の仕事をさせてもらえないと判断したのだろう。

中谷はそのドサクサに紛れてその場から逃げ出した。

「貴様、もしかして電王か?」

レイイマジンはソード電王に確認する。

(半年前の時間の時は僕達のことを知らなかったはずなのに……)

深層意識の中にいる良太郎がレイイマジンの言葉に疑問を感じた。

「俺達が別世界で倒したイマジンの誰かから聞いたんじゃねぇのか?」

良太郎の疑問にソード電王は考えられる可能性を述べた。

(かもしれないね……)

デンガッシャーの左側パーツを二つ手にして、横連結させてから宙に放り投げる。

そして、素早く右側のデンガッシャーに手を付けて横連結させたパーツの上下に挟むように連結させる。

フリーエネルギーがデンガッシャーを纏い、武器としての大きさとなって先端から赤色のオーラソード

が出現する。

デンガッシャーをソードモード(以後:Dソード)にしてから、刃をレイイマジンに向ける。

「電王?違うぜ。いいか?耳の穴かっぽじってよーく憶えとけよ。俺は……」

ソード電王はレイイマジンから視線を離さずに言う。

 

「俺は仮面ライダー電王だ!!」

 

(モモタロス、どうして?)

「いいじゃねぇかよ。赤チビが考えたのかどうかはわかんねぇけどよ。センスは悪くねぇと思うぜ」

ソード電王(この場合、モモタロス)は今後もこの名前で通す気マンマンのようだ。

(しょうがないなぁ。もう……)

良太郎も承諾する事にした。

「テメェを倒してこの事件に幕閉じさせてもらうぜ!」

言うと同時にレイイマジンとの間合いを詰めてから、右手に握られているDソードを振り下ろす。

レイイマジンは避けようとはせず、自前の剣で受け止める。

互いの刃がぶつかり、パチパチと火花が散る。

空いている左腕で拳を作って、レイイマジンの顔面を狙う。

「!」

視界に入ったわけではないが、右側から何かが来ると直感したのか左足を膝蹴りの状態にして腹部を狙う。

「があっ」

「ぐうっ」

ソード電王の左拳がレイイマジンの右頬に、レイイマジンの左膝がソード電王の腹部に同じタイミングで入った。

互いに同タイミングで距離を開けるために後方へと退がる。

左手で食らった腹部を押さえるソード電王。

右手で殴られた右頬を押さえるレイイマジン。

「「………」」

両者共に刃を相手に向けている。

同時に駆け出す。

「うらああああああああ!!」

「はあああああああああ!!」

互いの刃がぶつかり、またも鍔迫り合い状態になる。

ソード電王がぶつかり合う、Dソードを強引に前に押し出す。

「なろぉ!」

鍔迫り合い状態が解き放たれ、レイイマジンは無防備状態になる。

Dソードを両手持ちから片手持ちにして、素早く胸部に袈裟、逆袈裟、左薙と素早く斬りつける。

斬られる度にレイイマジンの身体から火花が飛ぶ。

「ぐわああ!」

流石に今回のは顔面に殴られたのは比較にならないくらいのダメージがある。

「ぐっ……、うううううう」

胸部を左手で押さえながらもレイイマジンは剣を上段に構えて駆け出す。

振り下ろすギリギリでソード電王は後方へとバックステップして、上段振りの攻撃を避ける事には成功した。

だが、振り下ろした剣を構えなおして、更に間合いを詰めて右薙へと狙いを付けて斬りつけた。

「なに!?ぐわああああ!!」

下腹部を斬りつけられたソード電王からは火花が飛び散り、両脚で踏ん張る事も出来ずに仰向けになって倒れる。

背中に強烈な衝撃が走る。

「やるじゃねぇか。このエイ野郎!」

そう言いながら、ソード電王は器用に起き上がる。

「流石に幾多のイマジンを倒してきただけのことはあるな。電……いや、仮面ライダー電王」

レイイマジンは素直に評価の言葉を述べる。

 

ソード電王とレイイマジンの戦いをフェイトはじっと見ていた。

両者共に一進一退と分析している。

ソード電王が不利な状況に陥った時、声を出そうと思ったが勝つと信じるからこそ、声は出さなかった。

バルディッシュがない今の自分では無力といってもいい。

感情が先走って加勢と称して足を引っ張ってしまったらそれこそ、今戦っている良太郎やモモタロスに申し訳が立たない。

自分は良太郎の無事を見届けるためにここにいるのだ。

(受けたダメージは五分五分……、次にどちらかが致命的な攻撃を当てた方が勝つ!)

フェイトはそのように今後の戦闘の予想をする。

ソード電王とレイイマジンが同時に動き出した。

 

先に攻撃を繰り出したのはレイイマジンだった。

『斬る』という戦法から『突き』へと切り替えてきた。

「ヤロォ。戦い方変えやがって!」

(受けずに弾こう!その方が僕達が攻撃に移すチャンスが生まれやすいかもしれない!)

ソード電王はDソードで弾く事で突きの軌道を変えていく。

それでもレイイマジンの突きの猛攻はやまない。

「そろそろ決着をつけさせてもらうぞ!」

「ん?」

突きを辞めて距離を置く。

レイイマジンからフリーエネルギーが溢れ、それが刀身に充填されていく。

無形の構えから正眼へと構え直す。

「へっ。構えまで変えるからして大技ってか……」

ソード電王は正眼から無形へと構える。

「行くぞぉぉぉぉぉ!!」

上段へと構えなおして、そのままソード電王へと向かっていく。

道路が抉れているのが、先程までと比べ物にならない事を物語っていた。

「速えぇ!?」

上段から振り下ろすと思われる軌道を先読みして、Dソードで防御できる位置に構える。

ガキィンと音を立てて、受け止めるがレイイマジンの突進は終わらない。

「テメェ!このヤロ!離れやがれ!」

ソード電王は自分の後ろにあるものを見てみる。

突起物でないだけマシだった。何せ民家のコンクリート製の壁なのだから。

それでも食らいたくないので、両脚で踏ん張る。

足の裏と地面の摩擦によるものなのか足の裏から煙が出始める。

ドガシャアアアアンと音を立てて、コンクリート製の壁が破壊された。

瓦礫が飛び散って煙が立ち、先に出てきたのはレイイマジンだった。

「さて、仕事に戻るか」

中谷を追おうとするレイイマジン。

レイイマジンはフェイトと目が合う。

「電王なら倒したぞ」

淡々と告げる。

「まだ……良太郎達は倒れていません」

フェイトは荒げる事はないが、ハッキリとそう告げた。

「まだ、俺はくたばっちゃいねぇぞエイ野郎!」

ソード電王が煙から出てきた。

相応のダメージを負っているため、息を乱している。

その証拠に肩が上下していた。

「……アレを食らって生きていたのか」

レイイマジンの声には驚きが混じっていた。

「生憎だったなぁ。あのくらいの技

モン

なら何度か体験してんだよ!」

Dソードを右肩にもたれさせながらソード電王はゆっくりとだが、レイイマジンに恐れを抱かせるには十分なようにして歩く。

「今度こそ確実に葬ってやる!」

正眼に構えて、剣にフリーエネルギーを充填させる。

「言っておくが、俺に二度目はないぜ?」

挑発的に言い放つソード電王。

その証拠に左手でクイクイッと手招きする。

「言ったな!貴様!」

レイイマジンが走り出す。

同時にソード電王も走り出した。

しかも、確実にレイイマジンとぶつかる直線上に。

レイイマジンとの距離がほぼゼロになり出した時だ。

「今だ!」

そう言うと同時に、ソード電王の姿はレイイマジンの視界から消えた。

瞬間移動をしたわけではない。

素早くしゃがんでいたのだ。

「おらあああああ!!」

左足を軸にして右足を出して、そのままその場で脚払いを繰り出す。

レイイマジンの左足を捉えると、そのまま勢いを殺さずに振り切った。

「な、何!?しまった!」

ズシャっとそのままレイイマジンが倒れる。

「言ったろ?二度目はねぇってよ」

ソード電王は立ち上がる。

「立てよ。寝転がってるヤツに止めをさす趣味はねぇ」

レイイマジンは起き上がり、剣を正眼に構える。

「今度は俺の番だぜ」

ソード電王はパスを取り出して、ターミナルバックルにセタッチする。

『フルチャージ』

パスを右側に適当に放り投げる。

デンオウベルトからDソードの柄に向かってフリーエネルギーが伝導されていく。

オーラソードの刀身がバチバチバチと充填されていく。

「さあ、行くぜ!」

Dソードを片手から両手に持ち替える。

 

「俺の必殺技!パート1!!」

 

ソード電王は駆け出し、レイイマジンの懐手前に入り込んでDソードを下腹部へと狙いをつける。

レイイマジンは剣で防ごうとするが、フリーエネルギーが充填されているオーラソードの前ではチーズのようにあっさりと切断されて、右薙から左薙へと横一直線に斬られる事を許してしまう。

レイイマジンの切断された剣先が地面に刺さる。

「ここまで……か。だが忘れるな。俺を倒してもこの事件は終わらない!結果は何も変わらないんだよおおおおおおお!!」

まるで遺言か戦いに負けても勝負に勝ったと宣言するかのような台詞をはいてレイイマジンは爆発した。

爆煙が立ち込めると、その中からフェイトに向かって歩いている影が二つあった。

煙が晴れ、その正体が判明するとフェイトは笑顔になっていた。

良太郎とモモタロスだからだ。

「これでもう、殺人事件が起こることはないんだよね?」

フェイトが確認するかのように良太郎とモモタロスに訊ねる。

「当たり前ぇだろ!イマジン倒したんだからよ」

モモタロスは自信満々に言う。

「……うん」

対して良太郎はどこか浮かない表情をしていた。

楠と死ぬ間際のレイイマジンの言葉が妙に引っかかっていたのだ。

 

 

翌朝。

中谷友紀はいつも通り、小学校へと向かっていた。

彼は昨日、何故自分があのような異形の者に狙われるのかを考えていた。

ひとつだけ心当たりがあった。

(アレだ。アレしかない)

アレとは楠始のいじめ自殺だ。

あの二人が殺され、自分が狙われたとしたらそれ以外ないのだから。

「中谷友紀君だね?」

ボロボロのコートを着ていた長身の男がいた。

手には竹刀でも入っているかのような袋が握られていた。

「は、はい。そうですけど……」

中谷がそう答えると、男は手にしている袋の紐を解く。

袋の中には竹刀でも木刀でもない日本刀が入っていた。

それをみた瞬間、中谷の全身が強張る。

男は日本刀を抜き身にする。

 

「死ねぇ!!」

 

男はそう言うと同時に、日本刀を振り下ろした。

中谷は抵抗する間もなく斬られ、血を噴出して前のめりに倒れた。

「人殺し!」

「警察!警察だぁ!」

目撃者達は逃げたり、警察に通報したり救急車の手配などをする。

「やった……やったぞ。始、レイ。俺はやったぞ……。やったぞおおおおお!!」

長身の男---楠一朗太は逃げようともせず、高笑いをしていた。

 

ハラオウン家にいる良太郎がこの事を知るのに時間はかからなかった。

「そんな……、イマジンは良太郎が倒したはずなのに……、どうして……」

生中継で流れているニュースを見てフェイトは驚愕の表情を浮かべていた。

リビングにいるアルフ、リンディ、クロノ、エイミィも動揺の色を隠せないようだ。

「完全に読み違えてた……」

良太郎は拳を震わせていた。

そしてようやく理解した。

楠とレイイマジンの関係は従来の契約者と被契約者の関係ではないのだという事を。

例えるなら自分とイマジン四体の関係であり、桜井侑斗とデネブの関係に似ているのだ。

レイイマジンは楠一朗太の復讐心か何かに惹かれたのだろうと。

それは同時にレイイマジンが『別世界の時間の破壊』とは何の関係もない存在だという事もだ。

 

「俺を倒しても何も変わりはしない」

 

レイイマジンの言葉通りの現実が今そこにあった。

「………」

良太郎はやり切れない表情をしながらも一人の契約者とイマジンが全てを賭けて起こした結果を見ていた。

二度と忘れないために。




次回予告

第十四話 「命を救う手段 前編」


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第十四話 「命を救う手段 前編」

桜井侑斗の朝は規則的か不規則的かといわれると不規則的だ。

そもそも住処がゼロライナーであるため、規則正しく起きる必要がないのだが。

だが、今はそういうわけにはいかない。

自分はあくまで居候。立場的には一番低い。

それにグータラな生活をすると悪い見本になってしまいかねない年頃の少女もいるのだ。

前途有望な少女に悪影響を与えるような趣味は彼にはないのだ。

「ふぁーあ。流石に一ヶ月も繰り返すと慣れちまうな」

侑斗は新聞受けに入っている今朝の新聞を手にする。

彼の貴重な仕事の一つだ。

歩きながら読んでもいいのだが、マナーとしてはよくないためリビングに入るまでは読まないようにする。

「侑斗さん。おはよーさんや」

リビングに入り、キッチンから声がしたので見ると八神はやてが朝食の準備をしていた。

「相変わらず早いな。八神」

侑斗はそう言いながら、テーブル席に着いて新聞を開いて記事を読み始める。

「侑斗さん。コーヒー飲む?それともホットミルク?」

はやてが侑斗に飲む物のリクエストを訊ねる。

「ホットミルク」

侑斗は即答した。

彼は一度も、はやてが淹れたコーヒーを飲んだことがない。

元々、コーヒーを飲む時に砂糖を甘党なのでは?と疑われるくらいに入れてから飲むのだ。

コーヒーの味なんてわかるわけがない。

流石にはやてが淹れてくれたコーヒーもそのように無下に扱うわけにはいかないので、飲むことを避けている。

「はい。侑斗さん」

「おう」

侑斗は新聞をテーブルに置いて、ホットミルクが入っているカップを手にする。

「今日も検診だったな」

「うん。でもシグナムは剣道場に行かなアカンし、ヴィータはおじいさんやおばあさん達とゲートボールの紅白戦みたいやし、シャマルはデネブちゃんに料理を教わるって言ってたし……。完全に空いてるのは侑斗さんとザフィーラだけやねん。だから侑斗さん、お願いや!」

はやては両手を合わせて侑斗に同伴を求める。

身内がそれぞれの私用を持って行動する事は良い事だと思っている。

同時にちょっと寂しくもあるが。

「病院の同伴だろ?だったら俺も何度かしてるだろ。何を今更……」

侑斗はホットミルクを一口飲み、彼なりの了承の返事をする。

「ありがとうな。侑斗さん」

はやては笑顔で言う。

「で、検診は何時だ?」

「ええと、今日は午前十一時からや」

「そうか」

侑斗はもう一度テーブルに置いた新聞を手にとって広げる。

その中で昨日の事件が大きく記載されていた。

『海鳴市連続殺人事件犯人逮捕』という記事が載っていた。

卓に置かれているテレビのリモコンを取って、テレビの電源を入れる。

一人の身なりボロボロの男がスーツ姿の男達---私服警官達に囲まれてカメラのフラッシュを浴びながらパトカーに乗せられている映像が映った。

ニュースキャスターが説明する。

侑斗はその説明を真剣な表情で聞いていた。

「侑斗さん?」

はやては突如、表情を変えた侑斗に戸惑う。

「……いや、何でもない」

侑斗はまたいつもの無愛想な表情に戻る。

(この事件、イマジンが絡んだかどうかなんて結局わからずじまいだな……)

イマジンが絡んでいたとしてもそれをテレビが報道するわけがないし、『イマジンがいた』と証明できるものは目撃者の証言しかないのだ。

証言が真実ならば採用されるが、信憑性のない真実ならばまず聞き流されるだろう。

今回の証言は、後者として受け止められる可能性は極めて高い。

『民衆が知る真実』はテレビに映っている映像とニュースキャスターが言っている事で丸く収まるだろう。

だが侑斗が望んでいるのはそんな都合のいい真実ではなく、『本当の真実』だ。

(イマジンが絡んでいればあいつに聞けば済むか……)

あいつ---野上良太郎のことだ。

イマジンが絡んでいない場合。つまり只の殺人事件の場合は彼が真相に辿りつくどころか事件に関与する必要性がないので、永久に真実を知る事はできないわけだが。

「あの殺人事件、解決したんや……。怖い事件やったもんな」

はやては事件が解決した事を知り、安堵の息を漏らす。

「おはようございます」

二階で眠っていたシグナムが降りてきた。

ザフィーラ(獣)も一緒である。

「シグナム、ザフィーラ。おはよーさん」

「おう」

はやてと侑斗がそれぞれ挨拶を交わす。

一人と一匹は満足したかのように首を縦に小さく振った。

「シャマルとヴィータは?」

はやてがまだ起床していない二人のことを訊ねる。

「昨日は遅かったのでしょう。まだ眠っています」

シグナムは、はやてに疑われないように当たり障りなく答えた。

ドアが開き、パタパタと音を立ててリビングにやってきたのはデネブだった。

「みんな、おはよう!あら、シャマルとヴィータは?」

デネブは買い物袋を持って、リビングにはいない二名を捜す。

「デネブ、その買い物袋は何だ?」

「今日はシャマルに料理を教えるから、食材を買ってきたんだ」

「まだ、午前八時だぞ。開いてる店なんかあったのか?」

侑斗は食材の買い物に積極的に行くわけではないので、店の開店時間等に関しては疎い方だ。

「ここから三キロ程離れているところに行ったら、あった!」

デネブは何故か胸を張って言う。

「何で胸張って言うんだよ……」

侑斗は今更ではあるが、デネブのこのズレた部分に呆れてしまう。

シャマルとヴィータがリビングに来たのはそれから三十分後のことだった。

 

 

野上良太郎は翠屋でアルバイトをしていたが、どこか元気はなかった。

接客をする際には無理して笑みを浮かべていた。

それは高町夫妻はもちろん、彼と共に戦ってきたイマジン四体にコハナにもすぐにわかることだった。

「良太郎君、今日は元気がないな。モモタロス君達は何か心当たりはあるかい?」

「さあな……」

モモタロスが代表して高町士郎の質問に返答した。

今朝のニュースで流れた『海鳴市連続殺人事件』の結末は良太郎はもちろんのこと、イマジン四体にコハナ---『時の運行を守る者』にとっては大きな痛手となる出来事だった。

『イマジンを倒せば丸く収まる』という考えを完全に覆されたのだから。

「何があったかは知らないが、彼はつまずいたからといって誰かが手を貸すまで這いつくばっているわけではないのだろう?」

士郎はカウンター席に座っているモモタロスに確認するように訊ねる。

「当たり前ぇだろ。よくわかってるじゃねぇか。とっつあん」

モモタロスは良太郎の事がわかっている人物がまた増えた事が嬉しかった。

 

 

八神家では寝室に侑斗とシャマルがいた。

シャマルはベッドに腰掛けて、侑斗はその向かいに立っていた。

身なりは外出するために厚着をしていた。

「じゃあ、侑斗君。はやてちゃんのことお願いしますね」

「ああ。それは?」

シャマルの横に置いてある小さな箱を目にする。

箱の大きさは高級な腕時計や指輪を映えるために用いられるような箱くらいだ。

「これ?これはね」

シャマルは箱を開ける。

そこには弾丸らしきものがギッシリ詰まっていた。

四×四の計十六個だ。

「弾丸?シャマルが使うのか?」

侑斗はシャマルが用いるのだろうと思ってそのように訊ねるが、シャマルは首を横に振る。

「ううん、違うわ。シグナムやヴィータちゃんが使うのよ。それにこれは弾丸じゃなくてカートリッジって言うのよ」

シャマルはそう言いながらカートリッジのひとつを取り出して侑斗に見せてから渡す。

「カートリッジ?」

「これ自体は今は何の意味もないのよ。このカートリッジに魔力を注入する事で、このカートリッジを使用する者は様々な用途で使うわ。魔力の底上げに使ったり、デバイスの変形や魔法発動の補助に使ったりと、色々ね」

「ふーん」

侑斗はシャマルの説明を理解しながらカートリッジをシャマルに返す。

「侑斗さーん。そろそろ行くでー」

一階からはやての声がした。

「おう。わかった」

侑斗は短く返事した。

「侑斗君」

寝室を出ようとした侑斗をシャマルが呼び止める。

「ん?」

「その、気をつけてくださいね。はやてちゃんを守るためとはいえ、その……」

「カードを使うなって言いたいんだろ?心配するな。俺だってなるべくは使いたくはないからな。野上が何とかできるんだったら、あいつに任せるさ」

侑斗とて進んでカード---ゼロノスカードを使っているわけではない。

イマジンが自分の近辺に出現して良太郎がその近辺にいない場合や、自分でどうにかしなければならない状況下に陥った時にしか使わないようにしている。

ゼロノスカードによって消費される代価とは『桜井侑斗に関する記憶』なのだから。

桜井が存在していた時は、片面緑色と片面黄色のカラーリングが施されているゼロノスカードは『桜井に関する記憶の消去』で、片面緑色と片面赤色のカラーリングが施されているゼロノスカードには『侑斗に関する記憶の消去』という効力がある。

桜井が消失した現在はどちらのゼロノスカードを用いても、『侑斗に関する記憶』が消去されるようになっている。

効力はほぼ絶対といってもいいほどで、『時の列車』を使って時間遡行をして知らない限りは、ゼロノスカードで消去された部分を知る術はないだろう。

つまり、常人はどう頑張っても消去された部分を取り戻す事は出来ないという事だ。

「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい。お気をつけて」

侑斗は寝室のドアを閉めて、一階へと降りていった。

 

海鳴大学病院。

待ち受けやフロント等も人はさほど多くなかった。

病院の場合、人が多いと金になるがそれは決して喜ばしい事ではなかったりする。

通院者が多いという事はそれだけ病に苦しんでいる人間が多いという事だからだ。

『医は仁術なり』で心がけている医者ならばこの状況を喜ぶはずもなく、『医療は金儲け』と割り切っている医者ならば患者が多ければ多いほど自分の懐にお札が入ってくるので、よだれが止まらなくなるだろう。

現在、はやてを診察してカルテを睨むようにして見ている石田医師は前者だろう。

「うーん。やっぱりあんまり成果が出てないかな……」

石田医師は苦虫を潰したような表情をしながらカルテをピラピラと揺らしていた。

「でも副作用は出ていないようだし、もう少しこの治療を続けていきましょうか」

はやてと侑斗に笑顔を向ける。

「はい。えと……お任せします」

はやての一言に石田医師は目を丸くする。

「おまかせって……」

「お前なぁ……」

はやてのどこか投げやりに近い一言は石田医師と侑斗を呆れさせるには十分だった。

「自分のことなんだからもうちょっと真剣に取り組もうよ」

何とか笑みを作っている石田医師。

「えと……。わたし、先生を信じてますから」

はやては笑顔でそのように言う。

隣にいる侑斗としてはそれでも投げやりのように感じて仕方がなかった。

「桜井さん」

「はい」

石田医師がはやての隣にいる侑斗に視線を向けて声をかけてきた。

「少し、時間をいただけます?」

「わかりました。八神、少し外で待ってろ」

石田医師が自分に話を持ちかけてくる事は何度かある。

恐らく内容は似たようなものだろう。

「うん」

はやては診察室を後にした。

少女の姿が診察室からなくなると、侑斗は回転椅子に腰掛ける。

「はやてちゃん。日常生活はどうです?」

「足の麻痺を除けば至って健康です」

侑斗は、はやての日常生活を思い出しながら答えた。

「そうなんですよね。お辛いとは思いますが私達も全力を尽くしております」

「はあ……」

「今はなるべく、麻痺の進行を緩和させる方向ですすめています」

石田医師は今後の治療策を侑斗に告げる。

「これからだんだん、入院を含めた辛い治療になるかもしれません」

「そうですか……」

石田医師は、はやての今後で一番ありえる可能性を侑斗に話して侑斗はそれを受け止めた。

(この人の言い方からして、手術や投薬でどうにかなるような病気じゃないんだろうな……。あいつ等が夜な夜な行動しているのと関係があるのか……)

侑斗はヴォルケンリッターの行動に、はやての病状と何がしかの関係があるのかと思い始めた。

診察室を出て、侑斗とはやてと石田医師で入口までいた。

「それでは次の検診は一週間後に」

「「ありがとうございました」」

侑斗とはやては石田医師に頭を下げる。

「あら……」

石田医師は一組の夫婦を視界に入れた。

侑斗とはやても釣られるようにして見る。

「先生。どないしたんですか?」

はやてが石田医師に訊ねる。

「あの夫婦。また来てるわね」

石田医師は深刻な表情となる。

「あの夫婦?」

侑斗が訊ね返す。

「ええ。お子さんが重い病気なのよ」

侑斗はもう一度、その夫婦を見る。

身なりからして特別裕福というわけでもないが、ドがつくほどの貧乏というわけでもない。

いわゆる中流家庭といったところだろう。

あの夫婦の切羽詰ったような表情を侑斗は思い出す。

「保険外の治療が必要なんですか?」

侑斗が石田医師に思いついたことを告げてみる。

「ええ。恐らく数千万はかかるでしょうね」

「あの様子からして治療代のメドは立ってないんでしょうね……」

石田医師は侑斗の言葉に首を縦に振った。

 

八神家へと向かう帰路の中、侑斗は先程の夫婦の事が気になっていた。

「侑斗さん。お昼何にする?」

(あの夫婦。イマジンと契約を結ぶには最適な条件が整っているな……)

はやてが昼食の献立を訊ねるが、車椅子を押している侑斗の耳には入っていない。

「侑斗さん」

(俺の考えすぎってこともあるけどな……)

はやてが名を呼ぶが、やっぱり耳には入っていない。

「侑斗さん!」

「おわっ!?何だよ八神、大声出すなよ」

はやても堪忍袋の緒が切れたのか、今まで以上の大声で侑斗の名を呼んだ。

今まで考え込んでいた侑斗はその声に驚いて、はやてを見る。

「侑斗さんが無視するから悪いんや」

はやてが頬を膨らまして、いかにも『わたしは怒ってるで』という事をアピールしている。

「それは悪かったな」

侑斗は素直に謝罪した。

「で、何考え事してたん?」

「あの夫婦の事だ」

「何か気になることでもあったん?」

会話は進む。車椅子の車輪が規則正しく回っているのと同じ様に。

「俺の思い過ごし、かもしれないから気にするな」

侑斗ははやてに余計な心配をかけさせないように話題を打ち切ることにした。

「で、侑斗さん。話は戻すけどお昼何がええ?」

「そうだな……」

侑斗はこれといって食べたいものが浮かんでこない。

椎茸さえ入ってなければ何でも食べるからだ。

「あそこにするか」

侑斗は車椅子を押すことを止めて、ある場所を指差す。

それはファーストフード店だった。

「あそこで食べて帰ろうぜ。八神何が食べたい?」

「え?ええの?」

はやては何故か遠慮気味だ。

恐らく人にご馳走する事には慣れていても、ご馳走になることには慣れていないのだろう。

「遠慮するなよ」

侑斗は車椅子を押すことを再開した。

「うん。ならお言葉に甘えるわ。ありがとうな侑斗さん」

「だから遠慮するなって言ってるだろ」

侑斗はそう言いながら、はやての頭を撫でてからファーストフード店へと足を向けた。

 

 

海鳴市のとあるアパート。

「ようやく、これだけ集められたな」

「ええ。でも、全然足りないわ」

海鳴大学病院で切羽詰った表情をしていた夫婦---梅垣夫妻は床に広げた通帳と募金で募ったお金を数え終えていた。

現在、犯罪に抵触しない手段で集めた金額は合計五百万円だった。

この手段の中にはギャンブルは含まれていない。

梅垣はもちろん梅垣夫人も博打の才能である『博才』に恵まれているわけではないので、手は出していない。

手を出して失敗したら元も子もないからだ。

この夫婦が子供のために必要な費用は三千万円である。

保険が適用されていない治療であるため、費用は莫大なものになる。

借りれる所から借り尽くしている。金策をするにしても、もうどうしようもないのだ。

「あと二千五百万どうしたらいいか……」

「いっそ生命保険で!」

梅垣夫人が自身にかけられた生命保険で補おうと考える。

「それはダメだ!それではあの子に一生重い十字架を背負わせる事になる」

母親の命を代価にした金で自分の命が助かったという事実はいずれ知る事になる。

そうなった時、その子供は感謝どころか自責の念で苦しむ事になるのは確実だろう。

梅垣は顔を伏せて拳を揺らしており、梅垣夫人は自身の無力に涙を流してむせび泣いていた。

二人が八方塞な状況に陥った時だ。

二つの光球が二人の身体の中に入った。

梅垣夫妻の身体から砂が噴出し上半身と下半身が逆転した怪人が二体、現れた。

「あ、あなた……」

「な、何だ!?これは……」

梅垣夫妻は抱き合って目の前にいる怪人に恐れをなす。

怪人二体は梅垣夫妻に告げる。

 

「「お前達の望みを言え。どんな望みも叶えてやろう。お前達が支払わなければならないものはたったひとつ……」」

 

側から見ればそれは『悪魔の誘惑』そのものと言っていいほどだが、切羽詰った段階の梅垣夫妻には『救いの神』に見えた。

 




次回予告


第十五話 「命を救う手段 後編」


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第十五話 「命を救う手段 後編」

最新話を投稿します。


天候は晴れで青一色に済んだ空で時間にして正午。

桜井侑斗と八神はやてはファーストフード店で昼食を取っていた。

「ハンバーガーなんて久しぶりやな」

侑斗の向かいに座っているはやてがハンバーガーを頬張る。

「たまに食べると美味いよな。何でかわからないが」

侑斗はチキンナゲットをバーベキューソースにつけてから口の中に入れる。

「うん。そうやね」

はやてはフライドポテトを一つ摘んでサクサクとかじる。

食べるたびに幸せそうな表情を浮かべている。

「平和だな」

侑斗は窓から見える風景を見ながらそんな言葉を漏らす。

「どうしたん?侑斗さん。急にそんな事言い出して」

「何だよ。俺が言ったら変か?」

「ふふ。そうやね。いっつもムスッとしてるから意外やな」

はやては侑斗が別世界から来た存在だという事は知っている。

彼が『時の運行』を守るために戦っている事も知っている。

そして、彼が仮面ライダーゼロノスに変身できるという事も知っている。

そのために支払われる代価の事ももちろんだ。

全て居候になる条件として全て話したからだ。

「侑斗さん」

「ん?何だよ」

はやては急に真剣な表情になって侑斗の名を呼ぶ。

 

「わたしは絶対、侑斗さんのことを忘れたりなんかせぇへんからね」

 

侑斗としてはその言葉にどう返答したらいいのかわからない。

『時の運行を守る者』になってからは同業者ぐらいにしかそのような事は言われた事はない。

そういったことと全く関わりのない者に言われたのは初めてだ。

嬉しいと同時にその願いが叶う事はないと侑斗は今までの経験から判断した。

「そうか……」

そう答える事しか出来なかった。

 

 

梅垣夫妻は目の前にいる上半身と下半身が逆転して砂で出来ている怪人を見ていた。

「お前達の望みを早く言え。叶えてやるから」

「言ってもらわないと、俺達も行動できないからな」

怪人二体は梅垣夫妻に早く望みを言うように急かす。

「あ、あなた。この方達は……」

梅垣夫人が梅垣に眼前の怪人が何なのかを訊ねる。

「わ、わからない。ただどう見ても人間ではない事は確かだ。宇宙人か何かだろ……」

「「俺達はイマジンだ。宇宙人ではない」」

鯛型のイマジン二体---シー・ブリームイマジンが自身の正体を明かした。

梅垣夫妻は顔を見合わせる。

「望みを言え」と言われて、あっさりと鵜呑みする人間はまずいないだろう。

だが、二人の心の中には同じタイミングである望みが芽生えた。

そして、梅垣夫妻は同時にシー・ブリームイマジンに向かって試しに言う。

 

「「お金が欲しい」」

 

と。

「「その望み、確かに聞いた」」

シー・ブリームイマジンの上半身と下半身がきちんと正常な位置にくっつくと、また光球となって梅垣家から飛び立っていった。

その望みをかなえるために。

 

 

昼食を食べ終えた侑斗とはやては八神家への帰路を辿っていた。

「侑斗さん。今日の夕飯は何がええ?」

「今日はお前の当番じゃないだろ?確かデネブが作るはずだ」

「でも、メニューを決めるんはわたしやで」

八神家の台所事情の最高権力者は彼女、八神はやてである。

「椎茸が入ってないなら何でもいいけどな」

「もぉ!侑斗さんいっつもそない言うから、わたし悩むんやで!」

はやては頬を膨らませる。

「お前。俺がリクエストした料理にいつも椎茸入れてるだろ」

侑斗は、はやてが自分の分にだけ椎茸を放り込む事に不服を申し立てる。

「侑斗さんの好き嫌いをなくすためや。好き嫌いしたら大きくなれへんで」

はやてが振り向いて、お姉さんぶりながら侑斗に言う。

「お前より大きいから安心しろ」

侑斗がささやかな抵抗をする。

「うっ。侑斗さんの意地悪」

はやては悔しがりながら侑斗を睨んでから、そっぽを向いてしまった。

(またへそ曲げたな……)

はやては侑斗と二人きりの時にこのような仕種を取ることがある。

ヴォルケンリッターやデネブにも見せないはやての素顔だ。

侑斗は、そんな彼女が出会って一ヶ月くらいしか経過していない自分にそこまで心を許してくれる嬉しいと同時に怖かった。

「八神」

「ふーんだ。椎茸山ほど入れたるもん」

はやてはそっぽを向いてそんなことを言う。

「ったく、じゃあ洋食が食べたい」

侑斗は椎茸地獄に落とされてはたまらないので思いつく限りのもののを言う。

デネブが作ってくれるものは和食が多いので、知らず知らずに洋食や中華といったものには疎遠になっていた。

「洋食の何がええの?」

はやてが再びこっちに向いてきた。

「ロールキャベツかハンバーグ、オムライスもいいな」

「侑斗さん。オムライス好きなん?」

「今の状態になるまでは特に好きでも嫌いでもなかったんだよ。でも今は食べる機会がなくなったから、それでな」

今の状態---『時の運行を守る者』になる前の自分は十年前

自分

の時間でそれなりに好き勝手に生きていくことが出来ただろう。

だが、それはもう叶わない。何故なら自分のことを憶えている人間が何処にもいないのだから。

母親が作ってくれたオムライスのことは今でも憶えている。

二度と作ってもらえない上に、食べれないとわかると恋しくもなるものだ。

「ならオムライスにしよか」

はやては本日の夕飯をオムライスに決定した。

「ああ。頼む」

侑斗は笑みを浮かべていた。

一つの話題を締めくくった直後、パトカーがサイレンを鳴らして走っていた。

「また事件やろか……」

はやてが先程までとは違い不安そうな表情になる。

「検問と思いたいがな」

侑斗はなるべくはやてに事件から遠ざけようとパトカーが走る可能性を述べる。

「あっちの方にはたしか……」

「コンビニがあるで」

侑斗が言おうとした事をはやてが先に言った。

一瞬、梅垣夫妻が脳裏に過ぎった。

「まさか、な」

侑斗は自分の予想が外れて欲しいと願いながら、はやてが乗っている車椅子を押した。

 

 

とあるコンビニエンスストアでは、ATMとレジが破壊されて中に入っていた現金が根こそぎ強奪されていた。

パトカーが数台停車し、制服警官が野次馬を通さないように黄色い立ち入り禁止のテープの前に立っている。

海鳴警察署の私服警官達が破壊されたATMとレジを見ていた。

「明らかに強盗だな」

「それで犯人の特徴はわかりませんか?」

私服警官の一人が手帳を片手に目撃者である店員に事情を聴取していた。

「え、ええとですね。二本足で頭が鯛の怪人でした」

目撃者である女性店員は見た事を正直に話した。

「「………」」

私服警官二人は何とも言いようのない表情をしていた。

 

 

梅垣夫妻の目の前には一万円札が置かれている。

一枚ではなく数百枚だ。

しかもそれが、さらにどんどん増えていく。

正直数を数えるのが馬鹿らしくなるくらいに。

「お前達が望んだ金だぞぉ」

シー・ブリームイマジンが強奪したお金をシャワーのようにして梅垣夫妻に向けて浴びせる。

彼等がこんな短期間でこれだけの大金を持ってくる方法なんかひとつしかない。

それは梅垣夫妻が今まで手を出さなかった方法、つまり犯罪だ。

「違う!私達はこんな事を望んではいない!」

梅垣が一万円札を浴びせてくるシー・ブリームイマジンに抗議する。

「そうです!こんなお金で助けても、あの子は喜ばないわ!」

梅垣夫人も夫同様に抗議する。

「もうひとつ追加だぁ!」

ジェラルミンケースを五箱持ってきたもう一体のシー・ブリームイマジンがケースを開けて、花逆爺さんが灰を撒くかのごとく万札をばら撒いた。

「ほぉら金だぁ!」

梅垣夫妻はまたも万札のシャワーを浴びてしまう。

夫妻は自分のそばにある一万円札を一枚手に取る。

そして、部屋に散乱している紙幣という紙幣を見る。

最初にばら撒いたシー・ブリームイマジンが梅垣夫妻にしゃがみ込む。

「綺麗事を言うなよ。この金があればお前達の子供は助かるんだぜ?」

梅垣夫妻は眼前のイマジン二体の認識を改めた。

『救いの神』から『悪魔』へと。

 

 

侑斗は先程何者かに襲撃されたコンビニエンスストアの前にいた。

まだ制服警官が行く手を阻むかたちで立っていた。

一旦八神家に戻って単身ここに来たのだ。

はやては現在、デネブとシャマルに夕飯を何にするか教えているだろう。

(被害に遭ったのはATMとレジだけで他に被害はない、か)

明らかに金目当てのものだろう。

ATMの中に入っている金を狙う場合、ATMごと乱暴な手口で奪う方法が多い。

人間の力ではその場で破壊して強奪する事は不可能だからだ。

だが、この強盗はATMをその場で破壊している。

つまり、人では有り得ないという事だろう。

「イマジンが絡んでいる可能性は大だな」

侑斗は踵を返して、次なる目的地へと向かった。

石田医師がいる海鳴大学病院だ。

 

海鳴大学病院に到着すると、侑斗は迷うことなく受付嬢に石田医師を呼ぶように頼んだ。

五分後に石田医師がフロントにやってきた。

自分を呼び出した人間を見て石田医師は目を丸くする。

当然と言えば当然なのかもしれない。

「まさか貴方が呼び出し人とは……」

「急ぐ事なんで単刀直入に聞きます。昼間に病院に入っていった夫婦の住所を教えて欲しいんです」

「梅垣さんのこと?どうして?」

石田医師がそう訊ねるのも無理はない。

彼女は医師であり、『守秘義務』があるからだ。

業務上で知りえた情報を正当な理由もなく、口外してはならないというルールが取り決められている。

そして、今侑斗が訊ねようとしていることも医師の『守秘義務』に抵触している可能性は十分にあるのだ。

石田医師は侑斗の目を見る。

彼が自分が教えた情報を悪用するようには思えなかった。

しかし、自分から法を犯すわけにもいかない。

「桜井君。今から言う事は独り言だと思ってね……」

石田医師は独り言を始めた。

侑斗は石田医師に頭を下げて、更なる進路を変えた。

その中でまたパトカーが数台走っていた。

「さっきのコンビニと違う所か?ったく、今回のイマジンは一体じゃないのかよ!?」

二体いるなら一度に仕留められるが、それぞれが単独行動となると各個撃破しかない。

そうなると一体目と戦っている間はもう一体はフリーとなり、好き放題している事になる。

「これだけ騒ぎになってるなら、野上も気付いているはず……だよな」

侑斗は自分の近くにいるイマジンを倒す事を選ぶ事にした。

野上良太郎がこの騒動に気付いて戦う事を信じて。

 

 

夕方となり、学校帰りの中高生でごったがえしている翠屋。

「ん?」

外でチラシ配りをやっていたオオカミが顔を客がいない方向へと向ける。

正確にはオオカミの着ぐるみを着ているモモタロスが、そちらに顔を向けているのだが。

両手でオオカミの頭を自分の頭の方向に向けることも忘れない。

「どうしたの?センパイ」

チラシを配っているペンギンが配る手を止めて、オオカミを見る。

「イマジンの臭いがするぜ」

オオカミが早速行こうとする。

「駄目だって。センパイ、まだノルマ残ってるじゃん」

オオカミの手にはまだチラシがぎっしりとある。

ゾウとドラゴンもチラシがぎっしりとある。

ペンギンだけがノルマを達成したのだ。

「で、センパイ。イマジンの臭いはどっちから?」

「あっちだよ」

オオカミが指差す方向にペンギンは顔を向ける。

「なーるほど。今回は僕がやるから安心してよ」

ペンギンはオオカミの肩を軽く叩いてから翠屋の中に入っていった。

 

良太郎は中高生の客を接客していた。

ミルクディッパーでの経験が活かされているのか、難なくこなしている。

午前中に比べて表情はもちろんの事、身体から噴出している雰囲気もよくなっていた。

彼は立ち直ったのだ。

悔しさや自分への怒りをバネにして。

「良太郎。出たよ」

ペンギンが店内に入り、そう告げた。

「わかった。行こう」

良太郎はそう言うと、エプロンを外す。

「士郎さん、すいません。僕行かなきゃいけないんです」

良太郎は高町士郎を真っ直ぐ見る。

「わかった。今日はもうあがっていいよ」

「ありがとうございます」

良太郎は士郎に頭を下げてから、更衣室で上着を羽織って翠屋を出た。

ちなみに更衣室にはペンギンの着ぐるみが残っていた。

 

七三分けで青色のメッシュが入り、青い瞳をして伊達眼鏡をかけている良太郎(以後:U良太郎)がデンバードⅡに乗って、モモタロスが指差した方向へと走らせていた。

「今回のイマジンは何が目的なんだろうね?」

(わからないよ。でも、急に現れて行動したんだから前回のイマジンとは違う事だけは確かだけどね)

ウラタロスと深層意識の中にいる良太郎がやり取りをする。

風で揺られて一枚の紙がひらひらとU良太郎の眼前に現れる。

手にしてみると、それは一万円札だった。

「神様が僕達にサービス、じゃないよね」

U良太郎の表情に笑みが出てきた。

今度のイマジンの目的が何となく見えてきたからだ。

 

 

『時の列車』であるゼロライナーが海鳴の夕陽をバックに線路を敷設と撤去を繰り返しながら、空を走っていた。

侑斗は石田医師から教わった場所まで向かっていた。

正直、ゼロライナーのコントローラーとなっているバイク---マシンゼロホーン(以後:ゼロホーン)で乗ってもよかったのだが、道路を走らなければならないためどうしても目的地には時間がかかる。

梅垣家があるアパートの前でゼロライナーから降りる。

「確か二階だったな」

侑斗は階段を上っていく。

ドアの前に立って、深呼吸をしてからコンコンとノックする。

「ごめんください」

ドアノブを回して引っ張るとつっかえがかかったような感触がない。

つまり、開いているという事だ。

「これって……」

床一面に一万円札等の紙幣が散乱していた。

そして、現金輸送車から強奪したとも思われるジェラルミンケースの空があちこちに転がっていた。

梅垣夫妻がいた。

その表情はお金が手に入って喜んでいるようには思えなかった。

むしろ今日初めて見たときよりもひどくなっていた。

顔は俯き加減で、何かをブツブツ言っているようにも思えた。

侑斗は玄関から入ろうとはせず、ドアを閉めた。

「イマジンに何を頼んだのかは聞くまでもないな」

待機させているゼロライナーに乗り込む。

客席である二両目のナギナタに入ると、胸元を見るようなかたちで口を開き始める。

「デネブ。行けるか?」

契約関係であり、相棒でもあるデネブに語り始めた。

魔導師同士で行われる念話のようなものである。

 

八神家には現在、家主のはやて、居候のデネブ、そしてそのデネブに料理の教えを請うているシャマルの三人がいた。

今日はデネブが料理当番なので、はやてとシャマルは見学人兼サポートだ。

「じゃあ、今日は侑斗のリクエストに応えてオムライスだ」

「「はい!デネブちゃん!!」」

はやてとシャマルが教師に教えを請う生徒のように返事をした。

「……やっぱり慣れない」

デネブは二人の反応に戸惑っていた。

元々デネブは異性(女性)が苦手だ。

嫌いではないのだが同性(男性)とは違うので、対応に戸惑うのだ。

それでも八神家

ここ

で一ヶ月以上生活しているので、だいぶマシにはなっているのだが。

「侑斗!」

デネブが侑斗からの交信を受けた。

「デネブちゃん?」

「どうしたんですか?」

はやてとシャマルが普段とは違うデネブの様子に心配げな声を出す。

デネブは意を決した表情で、はやてとシャマルを見る。

「八神、シャマルごめん!侑斗がイマジンと戦おうとしてるんだ!」

デネブは深々と頭を下げた。

「えええっ!?」

「デネブちゃん、それって……」

『侑斗が戦う』と聞いて、はやてとシャマルが青ざめる。

「……カードを使う。覚悟をした方がいい」

そう言うとデネブはもう一度頭を下げて、八神家を出た。

 

 

デネブと侑斗がシー・ブリームイマジンの行方を追っている頃。

U良太郎はもう一体のシー・ブリームイマジン(以後:SBイマジンB)を発見した。

SBイマジンBはコンビニの前に立っていた。

外にいるということはまだ襲撃していないという事だろう。

「何だオマエ?」

「僕の事を知らないなんてねぇ。オマエもしかして時代遅れじゃない?」

U良太郎がパスをちらつかせながら挑発じみた台詞を吐く。

「仮面ライダー電王か!?」

パスを見たことでSBイマジンBは相手が誰なのか理解した。

「そういうこと。だったら僕がここに来た理由はわかってるよね?」

U良太郎はデンオウベルトを具現化させて、腰元に巻きつける。

青色のフォームスイッチを押す。

ミュージックフォーンが流れる。

「変身!」

パスをターミナルバックルにセタッチする。

『ロッドフォーム』

プラット電王となって、オーラアーマーが出現する。

黒がメインで金色がポイントカラーとなっているオーラアーマーが展開して、青色がメインのオーラアーマーとなって、それぞれの部位に装着されていく。

海亀をモチーフにした電仮面が頭部に走り、仮面としての形状をとっていく。

全身から青色のフリーエネルギーが放出される。

右手を曲げ、左掌を右肘を支えるように置いてインテリのようなポーズを取る。

 

「オマエ、僕に釣られてみる?」

 

仮面ライダー電王ロッドフォーム(以後:ロッド電王)が前に立った。

 

 

侑斗もまたロッド電王がSBイマジンBと対峙している時、もう一体のシー・ブリームイマジン(以後:SBイマジンA)と戦おうとしていた。

自らのオーラでゼロノスベルトを具現化させて腰元に巻きつける。

ゼロノスベルトの左側に装着されている黒いケースを開く。

緑色のカラーと黄色のカラーが施されているゼロノスカードを取り出した。

バックル上部にあるチェンジレバー右側へスライドさせる。

和風のミュージックフォーンが流れる。

「侑斗!」

デネブが全速力で来たのか、肩を上下にしてやってきた。

「デネブ遅いぞ!それよりもあのイマジン、さっさと片付けるぞ」

「了解!」

デネブは両手を構える。

その構えは独特で、専用武器というゴルドフィンガーからフリーエネルギーの弾丸を射出できる構えだ。

「変身!」

ゼロノスカードをゼロノスベルトのバックル部のクロスディスクにアプセット(挿入)した。

チェンジレバーは自動で左側へとスライドされる。

『アルタイルフォーム』

ゼロノスベルトが電子音声で発すると同時に、緑色の『A』という文字が浮かび上がった。

侑斗の姿からプラット電王のような状態からオーラアーマーが装着される。

頭部及び胸部のデンレールは銀色から金色へと変わり、頭部のデンレールに沿って左右からゼロライナーの頭部を髣髴させるものが走り、一定の位置になると停まって電仮面となっていく。

右手を天に掲げる。

青空だったのが曇りだして、近くの電柱に向かって雷が落ちた。

電柱は火花を上げて左右に倒れていく。

民家がなかったのがせめてもの幸いだろう。

右腰に収まっているゼロガッシャーの右パーツを左腰に収まっている左パーツに縦連結させてから、刀を

鞘から抜刀するようにして引き抜く。

上へ下へと振り回すと同時にフリーエネルギーで武器としての大きさになっていく。

最後に右手から左手へと持ち手を替えてからゼロガッシャーサーベルモード(以後:Zサーベル)を地に突き刺すようにしておく。

空いた右手でSBイマジンAを指差す。

 

「最初に言っておく。俺はかーなーり強い!」

 

仮面ライダーゼロノスアルタイルフォーム(以後:ゼロノス)の完成である。

「貴様!仮面ライダー電王か!?」

「今から倒されるお前に名乗る必要なんてねぇ!」

ゼロノスはZサーベルを左手から右手に持ち替えて、SBイマジンAへと駆け寄る。

デンガッシャーより武器としては巨大なため、両手で持って攻撃する。

そのまま袈裟斬りを繰り出す。

「ぐおわああああ!」

SBイマジンAの身体から火花が飛び散る。

弾みで後方に下がるところをゼロノスは逃さずに更に間合いを詰めて、右切り上げへとZサーベルで狙いをつけて斬りつける。

SBイマジンAは後方へ更に下がるが、Zサーベルの切先のみがかすった。

かすっただけだが、それなりにダメージはある。

「これでも食らえ!」

SBイマジンAは両腕を交差にしてから、広げる。

同時に全身の鱗が弾丸のようにゼロノスに向かって飛んでいく。

「デネブ!」

「了解!」

ゼロノスは捌ききれないと判断すると、デネブを呼ぶ。

デネブがゼロノスの前に立ち、ゴルドフィンガーから弾丸を射出させる。

ダンダンダンダンダンという音を立てながら、向かってくる鱗を破壊していく。

「おのれぇ!」

SBイマジンAは悔しげな声を上げる。

「侑斗、確実に倒すなら今だ!」

「ああ!」

ゼロノスはゼロノスベルトのクロスディスクからゼロノスカードを抜き取る。

デネブはゼロノスの背後に回る。そして、両腕を交差してゼロノスの肩辺りに置く。

ゼロノスベルトのチェンジレバーを右にスライドさせる。

ゼロノスカードを黄色が施されている面をゼロノスベルトのクロスディスクにアプセットする。

和風のミュージックフォーンが流れる。

『ベガフォーム』

背後にいたデネブはフリーエネルギーによってゼロノスの追加装甲へとなっていく。

オーラアーマーの上に黒いアーマーが出現し、胸部にデネブの顔が浮かび上がってからデネブの両手がゼロノスの肩にがっちりと覆われる。

そして、背後からマントのようなデネブローブが出現する。

ゼロノスの電仮面が消え、左右からドリルの半分が走って中央で一つとなってからその場で数回転してから、開いて電仮面となる。

「はっ!」

右手に握られているZサーベルを振ると、そのパワーによるものなのか、ゼロノスを中心に半径三十センチくらいはクレーターのように窪む。

仮面ライダーゼロノスベガフォーム(以後:Vゼロノス)へと変身した。

 

「最初に言っておく!早く帰って夕飯を作りたい!」

 

デネブの声でVゼロノスはそのように告げた。

「はあ!?」

SBイマジンAはあまりの台詞に呆気に取られた。

(お前、何言ってんの!?)

深層意識の中にいる侑斗もそれはないだろうという感じの声を出している。

「俺の本音だ!」

Vゼロノスは高らかと叫んだ。

(ったく。だったら早く片付けろ!)

「うむ!」

侑斗の言葉にVゼロノスは頷き、先程とは違いゆっくりと間合いを詰める。

鱗攻撃が繰り出されるが、Vゼロノスは両肩のデネブの指から『ゼロノスノヴァ』を発射させて、鱗を破壊しながらも堂々と前へ歩む。

「こ、こいつ!?」

「今度はこちらからだ!」

Vゼロノスはゼロノスベルトのバックル左上のフルチャージスイッチを押す。

『フルチャージ』

ゼロノスカードの黄色の部分が輝きだす。

抜き取って、Zサーベルのガッシャースロットにゼロノスカードを差し込む。

Zサーベルにフリーエネルギーが伝導されていき、バチバチバチと鳴り出す。

SBイマジンAとの距離がほぼゼロになると、VゼロノスはZサーベルを右側を狙うようにして構える。

「はああっ!!」

Zサーベルを右薙ぎを狙って横一直線に切り裂く。

「うおわあああああ!!」

SBイマジンAに許容量以上のフリーエネルギーが叩き込まれて、爆発した。

爆煙が立ちこめる中、Zサーベルのガッシャースロットからゼロノスカードを抜き取る。

ゼロノスカードは炭酸水の泡のようにしてシュウウウと消えてしまった。

Vゼロノスはゼロノスベルトを外すと、侑斗とデネブへと分離した。

「これで別世界に来て二枚目か……」

「……うん」

これでゼロノスカードは二枚消費した。

一枚目の消費の際には何とかはやて達は消費の対象にならずに済んだが、二枚目になるとどうかはわからない。

八神家に戻った際に、「誰?」と言われたら洒落にならない。

侑斗としてはこのままどこかに行こうかとさえ考えてしまう。

だが、そういうわけにも行かないので重い足取りでデネブと共に八神家への帰路へと辿る事にした。

 

 

「食らえ食らえ食らえええ!!」

SBイマジンBは鱗攻撃をロッド電王はデンガッシャーロッドモード(以後:Dロッド)で叩き落し、また時には受け止めていた。

「ネタはもしかして鱗攻撃

これ

だけ?」

頭上でDロッドを回して刺さっていた鱗を吹き飛ばす。

「だったら今から僕の番だ!」

ロッド電王はDロッドの後方部を握って、そのまま駆け出す。

SBイマジンBは右に避けるが、ロッド電王は後方部から中心部へと方向を転換する際に握る位置を替えて、細かい突きを何発も繰り出す。

一発のダメージは大した事ないが、それでも来るものはある。

Dロッドを右肩にもたれさせて、外側から大振りで叩きつけるようにして攻撃する。

左脇腹を狙い、直撃させた後はすぐさまDロッドを引いて突きを繰り出す。

「ぐっ。ぐっ。ぐううう!」

突かれるたびにSBイマジンBは後方へと下がっていく。

その場でDロッドを浮かせて、左手で後方部を握って右手で中心部を持つ姿勢に変わる。

それを隙だと狙いをつけるSBイマジンBだが、左脚に衝撃が走った。

「脚がガラ空きだよ!」

ロッド電王がDロッドを浮かせて姿勢を変えるのをえさにして、ローキックを食らわせていた。

SBイマジンBは迂闊に攻めようとはしない。

明らかにこちらを恐れているのだろうということは誰から見ても明らかな事だった。

「そろそろ釣り時だね」

パスを取り出して、ターミナルバックルにセタッチする。

『フルチャージ』

デンオウベルトからDロッドへとフリーエネルギーが伝導されていく。

フリーエネルギーが充填されているDロッドを標的の心臓部へと狙いをつける。

「はあっ!」

Dロッドを投げつける。

DロッドはSBイマジンBの心臓部へと溶け込み、フリーエネルギーの亀甲状の網であるオーラキャストが出現して、金縛り状態にさせる。

「ぐ、ぐうううう」

動けなくなるとSBイマジンBは悔しげな声を上げる。

「網にはかかったから、後は捌くだけ!」

勢いよく駆け出して、跳躍して右脚を前に突き出してそのままオーラキャストの中心に狙いをつけて降下する。

「せやあああああ!!」

足の裏とオーラキャストが触れた時、フリーエネルギーがSBイマジンBに注ぎ込まれて耐え切れなくなって、爆発した。

「うおわあああああ!!」

断末魔の悲鳴がこだました。

爆煙が空に昇る中、ロッド電王はデンオウベルトを外して良太郎とウラタロスに分離する。

「良太郎が強くなったおかげなのかな。全然手ごたえなかったね」

「そうかな……」

ウラタロスの評価に、良太郎はただ嬉しいと同時に照れが入った。

空は夜になろうとしていた。

 

 

八神家の前に立った侑斗とデネブはインターホンを鳴らす。

『どちらさまですかぁ?』

シャマルの声がした。

「デネブです」

デネブが出た。

『デネブちゃん?じゃあ侑斗君も一緒?』

シャマルは侑斗を憶えているようだ。

「シャマル。八神は出れるか?」

デネブに代わって侑斗がインターホンから声をかけた。

『はやてちゃんですか?ちょっと待ってくださいね。はやてちゃーん』

シャマルが恐らくキッチンにいるはやてを呼んでいることが台詞の内容からして推測できる。

『どうしたん?侑斗さん。あ、もしかしてカード使って仮面ライダーになったから、わたしが侑斗さんのこと忘れてるって思たん?』

図星だった。

ゼロノスカードを用いているからといって、一回の使用でどれだけの人間の記憶を消去できるかなどは把握しているわけではないのだ。

「よかったな。侑斗」

「うるさい」

侑斗はそう言うが、表情は穏やかだった。

ドアを開き、侑斗とデネブは入っていった。

リビングに入ると、八神家が全員いた。

「桜井、デネブおかえり」

「侑斗、おデブおかえりー」

シグナムとヴィータが快く声をかけてくれたのが嬉しかった。

ザフィーラ(獣)は首を縦に振っていたから、「戻ったか」と言っているのだと思った。

(悪くないな)

侑斗は久しぶりに人の温かさというものを実感した。

 

 

雨は降りそうにないが、天候は晴れ時々曇りといったところだろう。

八神家の電話がコール音が鳴った。

「もしもし、八神ですが」

受話器を取ったのは、家主のはやてではなく侑斗だった。

『あ、桜井君。石田です』

電話をかけてきたのは石田医師だった。

「どうしたんですか?」

『実はね。貴方が気にかけていた梅垣さんのお子さんの事だけどね……』

石田医師の言葉に侑斗は耳を傾けていた。

「そうですか。どうも、ありがとうございます」

侑斗は受話器を置いた。

知らず知らずなのか、笑みを浮かべていた。

「侑斗さん、どうしたん?嬉しそうやで」

はやてが車椅子を巧みに操って、侑斗の側まで来た。

「あの夫婦の子供な。無事に手術を受けられるようになったんだってさ」

「えっ!そうなん。よかったやん!でも、何で?」

はやても我が事のように喜ぶが同時に疑問も生まれた。

「海鳴大学病院とは違う病院の医師が面倒見てくれるんだってさ。しかも手術代は全額病院負担だと」

「へええ」

はやてはとにかく驚きの声を上げるしかなかった。

(あの人達は結局、あの金を使わなかったんだな)

世の中綺麗事では生きられない。

それが金銭が絡むなら尚の事だろう。

でも、そんな中でも自らの信念を曲げなかった者にだけ『奇跡』というプレゼントがあるのだと侑斗は思った。




次回予告

第十六話 「隣人は密かに妬む 前編」


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第十六話 「隣人は密かに妬む 前編」

ヴォルケンリッター参謀であり、『湖の騎士』であるシャマルはご町内でも人気がある。

美人で性格も悪くなく、たまに見せるうっかりした部分が愛嬌となって人気を生み出しているのだ。

「あ、シャマルちゃん。おはよう」

いつもシャマルにスーパーの特売やゴシップネタを提供してくれる恰幅のいいおばさんが挨拶してきた。

「おはようございます。今日も冷えますね」

シャマルも笑顔で返す。

「そうだねぇ。こんな時は鍋とかにかぎるねぇ」

「お鍋ですか。確かに温まりますからね」

おばさんとシャマルが会話をしだすと、近辺に住んでいる奥様方もぞろぞろと輪に入ってきた。

シャマルは丁寧に奥様方にも挨拶をする。

奥様方もシャマルに返してから、色々と話し出した。

「ワン!」

シャマルの側に青色の大型の狼らしき獣---ザフィーラが財布を銜えていた。

「おやま、シャマルちゃん。また財布忘れたのかい?」

おばさんがからかい混じりに言うと、シャマルはスカートのポケットやコートのポケットの中を探るが、どこにもなかった。

「……忘れてたみたいです」

シャマルは顔を赤くしてしまう。

とたんに奥様方も笑い出す。

シャマルは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「!?」

シャマルは不意に背後を見る。

「どうしたんだい?シャマルちゃん」

おばさんがシャマルの急な態度に驚く。

「あ、いえ。何でもないです」

シャマルはあの時、確かに感じた。

自分に向けられた『敵意』または『殺意』を。

 

最寄のスーパーに行くと店員達がシャマルの姿を見ると、気軽に手を上げて挨拶してきた。

「こんにちは。今日は何が目玉商品ですか?」

笑顔で挨拶してから本日の目玉商品を訊ねる。

店員は色々と話してくれていた。

シャマルは一通り話を聞き終えると、頭を下げた。

「ありがとうございます」

と、礼を言う事も忘れない。

「!?」

シャマルはまたも背後に顔を向ける。

(気のせいかしら……)

先程、外で感じたあの『敵意』もしくは『殺意』だ。

一通りの買い物を終えると、シャマルはスーパーを出て家路を歩いた。

 

 

八神家の隣には北川家という家族が生活している。

家族構成としては三人家族であり、どこにでもあるような平凡な家族だと思われる。

夫の北川はサラリーマンであり、それなりに収入もあってご町内の噂としては良い方だ。

子供の北川ジュニア(便宜上、そう呼ぶ)は中学生だが、特に問題のある行動をするタイプの子供でもない。

北川夫人である佐和子はどうだろうかと言われると、ご町内の噂はというとあまりよくなかったりする。

特に奥様方の評判はすこぶる悪いとの事だ。

ある事ない事を吹聴して人を貶める。という人間関係をいとも簡単に崩壊できる技能を持っているのだ。

それによって、悲惨な目に遭った家族はひとつやふたつではなかったりする。

そして、自分こそがご町内で一番注目を浴びたがっているため、その脅威となるものは徹底的に排除するほど嫉妬深いとも言われているのだ。

正直言って、関わりたくない相手である。

「許さない。許さないわよ。あの女……」

自室にはシャマルの写真が貼られており、それぞれが顔面部分に画鋲が刺さっていた。

そう、外とスーパーの中でシャマルが感じた『敵意』や『殺意』は彼女が放っていたものだ。

「私よりちょっと美人でスタイルがよくて、性格がいいからって……。許さないわよ」

北川佐和子は理不尽としかいいようがない嫉妬の炎を燃やしていた。

そんな彼女を空に浮揚している光球はじっと窓越しに眺めていた。

 

 

高町家の道場では現在、ある準備が行われていた。

ギターにマイクにドラムに音響機器。

本日、D・M・CwithRの初ライブを行うのだ。

道場にはモモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナ、そして今回から参加する野上良太郎がいた。

コハナは音響機器の確認をし、他の面々は必死の表情で歌詞を憶えていた。

高町なのは、フェイト・テスタロッサがお菓子と飲み物を持ってきてくれた。

「皆さーん。すこし休憩しませんかー?」

「お菓子もジュースもあるよ」

なのはとフェイトが没頭している面々に声をかける。

「今回から、良太郎さんも参加するんですよね?」

「うん。歌とか歌うのってあんまり得意じゃないんだけどね」

なのはの右肩に乗っかっているユーノ・スクライア(フェレット)が飛び降りて、良太郎が憶えようとしている歌詞を覗き見る。

「良太郎さん……」

ユーノが驚きが混じったような声を漏らす。

「どうしたの?ユーノ」

「コレ、全部憶えるんですか!?」

「そうだけど、どうしたの?」

「いや、凄いなぁって思って……。五曲ありますよ」

「僕が一人で歌わなきゃいけないのは一曲だけだよ。後は皆と一緒のがほとんどだしね」

良太郎は歌詞を口ずさみ始めた。

「ユーノ。邪魔しちゃダメだからあっちに行こう。じゃあ良太郎、頑張ってね」

フェイトがユーノを抱きかかえる。

「うん」

良太郎は頷いてからまた、歌詞を憶える事に集中した。

 

 

海鳴の夜は冷えていた。

ビルや街灯などが明るく灯っており、人工的にひとつの風景が彩られていた。

その中シャマルとザフィーラはあるものを観るために、歩いていた。

「いくら近所付き合いが大切とはいえ、ここまでする必要はないのではないか?」

ヴォルケンリッター『盾の守護獣』のザフィーラはシャマルの行動は少々『演じる』という部分の度を超えているのではないかと注意する。

「そうなんだけど、興味も湧くじゃない。あんな感想が出たら」

シャマルとザフィーラは昼間、奥様方の話題になっているものをこれから観に行こうとしていた。

「シャマルちゃんも観にいったほうがいいわ。いいストレス発散になるから」とか。

「息子に勧められたんだけど、今じゃ私がハマってるくらいよ」とか。

「塾でいい点取れなかった娘が、あのライブを見たとたんに自己新記録を塗り替え続ける毎日なのよ」とか。

嘘か本当かはわからないが、奥様方が満場一致で絶賛しているのは驚きと同時に興味深かった。

何せここの奥様方は結構目敏いからだ。

「あの人達が絶賛するのだから興味深いじゃない。それに私達はいつもはやてちゃんに迷惑をかけているわ。今から観るものがよかったら、はやてちゃんを連れてきて喜ばせてあげたいじゃない?」

シャマルは自分達の主である八神はやてに隠し事をしている事に関しては心を痛めている。

「そのことに関しては異議はない」

ザフィーラもシャマルの提案には賛成のようだ。

彼もまた、主に隠し事をしている事には心を痛めているのだ。

「ザフィーラ、見て!」

シャマルは人だかりになっている部分を指差す。

「あそこのようだな」

一人と一匹は人だかりの中を入り込んだ。

目指すは一番前だ。

「ううん。うーんしょっと、やっと前に出れたわ。ザフィーラ?」

隣にいる守護獣の姿がない。

しばらくしてからザフィーラが顔を出した。

そして、口ではなく念話でシャマルに告げる。

(流石にこの姿に観客は怯えていたがな)

その証拠にザフィーラはモーゼの如く、堂々と歩いていた。

街中でこんな大型の獣を見たら大抵の人間はビビッて逃げるだろう。

(まぁ、それはある意味当然といえば当然ね)

シャマルも念話を用いて返した。

「さて、噂の人達は……え?」

シャマルは噂になっている面々を見て、口をぽかんと開けてしまった。

(どうした?シャマル)

ザフィーラがシャマルに念話で訊ねる。

(ザフィーラ、貴方も見て。アレが噂になっているバンドマンの正体らしいのよ)

「!?」

シャマルに促されるようにしてザフィーラも見てみる。

そこには赤色、青色、金色、紫色の怪人と人間という異色のユニットが観客を賑わかしていた。

(あれって、もしかしなくても……)

(電王一派だな……)

シャマルとザフィーラは確認するかのような言葉を念話で交わす。

そう彼女達が今観ているもの、奥様方の話題となっているものとはD・M・CwithRだった。

「あの子達まで……」

応援しているギャラリーの中には、ヴィータやシグナムと戦った二人の魔導師もいた。

二人とも凄く生き生きとした笑顔をしていた。

「はやてちゃんを連れてきたら元気になるかしら?」

(わからん)

シャマルの問いにザフィーラは短く念話で返答した。

 

良太郎とリュウタロスがマイクを持ってメインで歌っており、モモタロス、ウラタロス、キンタロスは楽器を用いながらサビのサブとなっている部分を歌っていた。

観客はもはや興奮状態だった。

モモタロスを応援する声。

ウラタロスを応援する声。

キンタロスを応援する声。

リュウタロスを応援する声。

良太郎を応援する声。

それらが一つとなり、場は盛大に盛り上がっていた。

そこには、なのは、フェイト、アリサ、すずかといった『仲良し四人組』も例外なく盛り上がっていた。

なのはの肩に乗っかっているユーノは辺りを見回す。

半年間、行方知れずとなったバンドチームが新メンバーを連れて海鳴に帰ってきたためか、従来のD・M・C信者+D・M・CwithR信者となると、かなりの数になっていた。

「凄い数だ……」

ユーノはフェレットの姿で通常の言葉を発するが、誰にも聞かれていなかった。

というより、今この盛り上がりに皆が夢中になっており、そんなものを聞くほどの余裕はないということだ。

ちなみに今回のD・M・CwithRで集まった金額は半年前のD・M・Cのデビューの際の金額の三倍以上だった。

 

 

D・M・CwithRが海鳴市の一部を最高潮にさせている時間帯の八神家。

「シャマルとザフィーラはどこにいったのですか?主」

シグナムは夕飯の支度をしている主---八神はやてにいつもはいる人物と動物がいないので所在を訊ねた。

「何か最近ご近所で有名になってるバンドチームを観に行ったみたいなんよ」

はやては味噌汁を味見してから言う。

「話題づくりですか?」

「そうやと思うで」

確認するかのように訊ねたシグナムにはやては首を縦に振った。

「大変だなぁ。シャマルも」

ヴィータはそう言いながら、デネブキャンディーを口の中に放り込む。

「ヴィータそろそろ夕飯だ。キャンディーはこれでおしまい」

デネブはデネブキャンディーが入っているバスケットを持ち上げた。

「ええー」

ヴィータは抗議の声を上げる。

「お前、食べすぎだ。それじゃ夕飯食べれなくなるぞ?」

今まで黙って新聞を読んでいた桜井侑斗がヴィータをたしなめる。

「ご飯とデネブキャンディーとアイスは別腹だ!」

それは「ケーキとご飯は別腹!」といって食べる女子学生及びOLの言い分のように聞こえた。

「牛か。お前は……」

侑斗はそんなヴィータの言い分にただただ呆れるしかなかった。

はやての携帯電話にコール音が鳴ったのはそれから数秒後の事だった。

 

 

シャマルとザフィーラは八神家への家路を辿っていた。

「凄まじいものだったわね。はやてちゃんが聞いたら元気になるかしら?」

「主が心臓に病を持たない限りは問題ない」

先程まで観ていたライブを、はやてに観せたら元気になるかどうかを話していた。

シャマルは携帯電話ではやてに「もうすぐ帰ります」と告げてから、しまいこんだ。

「ん?」

ザフィーラは自分達が歩いてきた道を振り返る。

「どうしたの?ザフィーラ」

「何かいる……」

「え?」

ザフィーラの短い言葉にシャマルは表情を強張らせる。

「もしかして、あの子達かしら?」

「いや、むしろデネブに近い臭いがする」

ザフィーラは鼻をクンクンながら言う。

その仕種がアルフと違って気品を感じられるのは彼の持つ雰囲気からなるものだろう。

「え?イマジン?」

「ああ」

ザフィーラも獣状態ながら、戦闘態勢に入る。

その証拠に唸っていた。

「シャマル。クラールヴィントは使うな。管理局の連中に気取られたら元も子もない」

「ザフィーラ……」

確かにここで魔力を発動させたら、海鳴市に駐屯している時空管理局に探知されるだろう。

「来るぞ!」

ザフィーラがそう告げると同時に、一体のイマジンが一人と一匹の前に現れた。

てんとう虫型のイマジン---レイディバードイマジンだ。

「シャマルだな?」

「そうですけど……」

レイディバードイマジンはフリーエネルギーで左右にヌンチャクを出現させる。

その後部を持ち、前部をブンブンと風車のように振り回す。

「その命、もらったぁ!」

レイディバードイマジンが飛び掛ってきた。

 

ライブが終了し、D・M・CwithRと縁のある者達は後片付けをしていた。

「ん?」

ギターをケースに入れ終えたモモタロスは鼻をクンクンさせた。

「モモタロス?」

マイクを片付けている良太郎が明後日の方向に顔を向けているモモタロスの様子を見る。

「良太郎、イマジンだ!」

「また!?」

「ああ。ここのところ、立て続けだぜ」

モモタロスは行く気マンマンだ。

「待てモモの字。今回は俺やで」

キンタロスがモモタロスを強引に引っ込める。

「何だよクマ?オメェはもう寝る時間じゃねぇか。さっさと寝てろ」

「そうはいかへん。俺にもたまにはやらせてもらうで」

キンタロスは引かなかった。

「ったく、良太郎の足ひっぱんじゃねぇぞ?」

「わかっとるがな。行くで良太郎」

「うん」

キンタロスと良太郎はイマジンがいるところへと駆け出した。

そんな二人を見ていた仲良し四人組はというと。

「ねぇ、なのは。良太郎さんとキンタロスはどこに行ったの?モモタロスが何か言ったら急に良太郎さんの表情が変わったし」

「え、ええとね……」

アリサ・バニングスがなのはに訊ねる。

なのはとしてはどう返答すればいいか困るところだ。

「良太郎とキンタロスは仕事に行ったんだよ」

フェイトが当たり障りのない事をアリサに言った。

「お仕事?しかもこんないきなり?」

その事に疑問を感じたのは月村すずかだった。

「うん。急にやり残した事を思い出したんだよ」

フェイトがさらに続けた。

フェイトの心臓はバクバクだったりする。

「おいカメ。得意の嘘で何とかしろよ?」

モモタロスが窮地に追い込まれているなのはとフェイトを見てウラタロスに助け舟を出すように言う。

「無理だって。いくら僕でも二人がついた嘘を真実にするのは難しいよ」

ウラタロスは両手を挙げて、お手上げのポーズを取る。

「じゃあ、どうするのさ?」

リュウタロスはこのままでは、なのはとフェイトの言った事が嘘だとバレてしまうのではないかと心配する。

「コレをアリサちゃんとすずかちゃんに見えないように、なのはちゃんとフェイトちゃんに見せてあげて」

音響機器の片づけを終えたコハナはスケッチブックにこう記していた。

『ちんもくを決め込んで』

と。

モモタロスはスケッチブックをなのはとフェイトにのみ見える位置で見せた。

それを見たなのはとフェイトは嘘を嘘で塗り固めるようなマネはしなかった。

アリサとすずかは二人の言葉を信じたのかそれ以上は追求しなかった。

「なるほど。沈黙つまり、肯定も否定もしないことで嘘を真実にしたんだね」

ウラタロスはコハナがしたことの意味をやっと理解した。

人は嘘をついた場合、更に信憑性を持たせるために嘘を上乗せすることがある。

これが嘘をつかれた側にしてみれば、「私は嘘をついていますよ」と受け止める事も出来る。

嘘をつかれた側にそのような印象を持たせないようにするためには、嘘をついた側は一度吐いた嘘を真実にするためにはそれ以上何も言わずに沈黙を保つ事の方が高い確率で成功したりするのだ。

コハナはそれをなのはとフェイトにさせたのだ。

「あの子達にはあまり薦めたくはなかったけどね……」

コハナとしてはいたいけな少女にこのような邪道を薦めた事を後悔した。

 




次回予告

第十七話 「隣人は密かに妬む 後編」


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第十七話 「隣人は密かに妬む 後編」

最新話を投稿します。


冬の夜はとにかく冷える。

それはどこでも、そう海鳴市でも変わらないことだ。

だが、今シャマルの身体を襲うものは自然によってもたらされる『冷え』よりも眼前の怪人が繰り出す攻撃を辛うじてかわすことで味わう『冷え』だった。

(以前の私ならこんな気持ちにはならなかったのよね……)

八神はやてが主になる前の自分ならばイマジンの攻撃を避けても今のように『恐怖』を感じることはなかっただろう。

ザフィーラ(獣)が怪人---レイディバードイマジンに噛み付きにかかる。

だが、レイディバードイマジンはひらりと身体を動かして避ける。

ガキンとザフィーラの口元が鳴った。

「くっ」

ザフィーラは唸り声を上げる。

正直言って、状況としてはよくない。

(正直言って、私達イマジンと戦った事ってないのよね……)

魔導師として行動する時は海鳴市とは違う次元世界が殆どであり、イマジンと出くわした事もない。

それが不幸なのか幸運なのかというと、昨日までは幸運だったといえる。

だが、今は一度でも出くわしておけばと不幸に思ってしまう。

それに何故イマジンが自分を狙うのかがわからない。

契約者が自分を襲うように望んだという事になる。

「恨めしい。妬ましい」

そんなことを言いながらヌンチャクを振り回してくるのだから正直、怖い。

「貴方を襲うように仕向けたのは誰なの!?」

シャマルはヌンチャク攻撃を避けながら、レイディバードイマジンに訊ねる。

「シャマルが憎い!」

聞く耳は持たないようだ。

右側のヌンチャクをシャマルの顔面に狙いをつける。

「!!」

シャマルはスレスレで避け、ヌンチャクが壁にめり込む。

「シャマルさえいなければ!シャマルがいるから!」

そんなことを言いながら、レイディバードイマジンは左右のヌンチャクを生き物のようにして操りながらシャマルに攻撃を仕掛ける。

「させん!!」

ザフィーラが身体を張ってシャマルを護る。

「ぐっ!」

ヌンチャクを腹部にまともに食らい、ザフィーラは地に崩れ落ちる。

「ザフィーラ!」

「シャマル逃げ……ろ。こいつの狙いはお前だ。私を狙ったりはしない……」

ザフィーラはシャマルに逃げるように薦める。

「シャマルゥゥゥゥゥゥ!!」

叫びながらヌンチャクをシャマルに向かって振り下ろそうとする。

確実にやられるとシャマルは覚悟した時だ。

 

「ちょっと待てぇぇぇぇぇい!!」

 

どこか関西弁交じりの男の声がレイディバードイマジンの手を止めた。

こちらに向かって一人の男が走ってきた。

「ようやく見つけたで!」

男はそう言ってからレイディバードイマジンを掴んでそのまま後ろへと投げ飛ばした。

男はシャマルとザフィーラの側まで歩み寄る。

「大丈夫みたいやな?」

「は、はい。助けてくれてありがとうございます」

シャマルは首を縦に振る。

男---金色のメッシュが入った長髪を後ろに束ねて金色の瞳をした、キンタロスが憑依している野上良太郎(以後:K良太郎)がシャマルとザフィーラが大事に至っていない事に安心した。

「女子や動物を狙うとは許せん輩やな」

K良太郎は親指で首を捻ってから、レイディバードイマジンを睨む。

(キンタロス、行くよ)

深層意識の良太郎が主人格となっているキンタロスを促す。

「おっしゃ、やろか!」

K良太郎はデンオウベルトを出現させて腰元に巻きつける。

デンオウベルトの金色のフォームスイッチを押す。

ミュージックフォーンが流れる。

パスを右手に持つ。

「変身!」

パスをターミナルバックルにセタッチする。

『アックスフォーム』

K良太郎からプラット電王となり、オーラアーマーが出現する。

ソード電王時に背部となっていた部分が胸部となり、胸部となっていた部分が背部となり金色と黒色が目立つアーマーとなる。

頭部には斧型のレリーフが走り、『金』の文字をモチーフとした左右のパーツが展開して電仮面となっていく。

身体全体から金色のフリーエネルギーが噴出す。

仮面ライダー電王アックスフォーム(以後:アックス電王)の完成である。

両手を前に突き出して、パンと音を鳴らしてから相撲取りが取るポーズを取る。

 

「俺の強さにお前が泣いた!」

 

アックス電王が決め台詞を吐く中で、シャマルとザフィーラは前にいる存在を凝視していた。

「あれが……」

「間近で初めて見るわ。これが……」

シャマルとザフィーラは同時に言った。

 

「「仮面ライダー電王……」」

 

デンガッシャーを右と左のパーツを縦に連結させてから、右の一つを縦連結させたパーツの上に更に縦に連結させる。

そして、左のパーツを縦連結させたパーツの一番上のパーツの横に連結させると斧の刃が出現してフリーエネルギーによって、『武器』となる。

デンガッシャーアックスモード(以後:Dアックス)にすると、アックス電王は走らずにゆっくりと、レイディバードイマジンの距離を詰めていく。

「憎い!憎い!妬ましい!」

対照的にレイディバードイマジンはヌンチャクを振り回しながら一気にアックス電王と間合いを詰める。

右、左とオーラアーマーに直撃し、火花が飛び散るがアックス電王は下がろうともせず、まるで何事もないようその場で足を止める。

左手を開手にして、張り手にして後方へ飛ばす。

「今度はこっちの番やで!」

Dアックスを振り下ろして、レイディバードイマジンの胸部を狙う。

「ぐわああ!」

斬撃箇所から火花が飛び散り、足を二、三歩下がってしまう。

「シャマルを殺す!邪魔をするなぁぁぁ!」

反撃に転じるが、左手に握っていたヌンチャクをアックス電王に掴まれてしまう。

「ふん!」

声と同時に掴んでいたヌンチャクを潰してしまう。

その直後に、Dアックスを袈裟に切りつけてから右薙ぎから腹部へと切りつける。

「ぐううっ。このままではシャマルを殺せない!」

そう言って、アックス電王とシャマルを睨みつけてからレイディバードイマジンは翼を展開させてから足を浮かせて、身体全体を宙に浮く。

「次に会った時は必ず殺す!いいな!」

そう言うとレイディバードイマジンは夜空へと飛び去った。

「あ、コラ!待たんかい!」

アックス電王の声は海鳴の夜空に溶け込んだレイディバードイマジンには届かなかった。

アックス電王はデンオウベルトを外す。

姿が良太郎とキンタロスに分離した。

「逃げ足の速いヤツやな……」

キンタロスは腕を組んで悔しげに言う。

「うん。でも、深追いは禁物だよ」

良太郎はそう言うと、後ろにいるシャマルとザフィーラへと顔を向ける。

「あの……確認のためにお訊ねしますが、貴女がシャマルさんですね?」

「はい」

シャマルは首を縦に振った。

 

シャマルは今初めて良太郎の顔を見た。

桜井侑斗とは違い、穏やかな雰囲気を醸し出していた。

しかし共通する所としては強い決意を持った瞳だった。

(彼が侑斗君とデネブちゃんの仲間であり、今の私達の敵……)

シャマルは冷静に自分達と彼等の立ち位置を確認する。

(あれ、でも彼に面が割れてるのはシグナムとヴィータちゃんだけなんじゃ……)

ヴィータは良太郎と会った事を既に身内には告知していた。

つまり自分とザフィーラがシグナムとヴィータ、果ては侑斗やデネブとつながりがあるのだと彼等は知らないのだ。

「あの、イマジンに狙われるような理由に心当たりはありますか?」

良太郎はシャマルに狙われる動機を訊ねる。

シャマルは考える仕種をとる。

(正直、私達がイマジンに狙われる理由はあるけど、私個人が狙われる理由なんて・・・)

『闇の書』のページのために何人もの魔導師からリンカーコアを奪ったことがあるため、ヴォルケンリッター『湖の騎士』としての自分なら被害をこうむった魔導師の身内がイマジンと契約を交わして自分達を襲う事は十分にある。

だが、自分達は足がつくような間抜けな事はしていないため、その心配は完全にないとは言い切れないがそれでもないだろう。

それ以上に可能性が薄いのは『八神家の一員』としての自分だ。

ハッキリ言って狙われる理由はない。

半年間生活しているが、恨みを買うような事をした憶えはない。

だが、逆恨みならばどうしようもないだろう。

「正直に言いますと、恨みを買った憶えはないと思います。ただ、逆恨みならばどうしようもありませんけど……」

シャマルは考えていた事をそのまま口に出した。ヴォルケンリッターや『闇の書』のことは伏せておいたが。

「逆恨みかぁ。それは厄介やで」

キンタロスが動機が逆恨みだとわかると難色の混じった声を出す。

「そうですか。キンタロス、帰ろう」

それ以上のことを良太郎は追及せず、キンタロスに促す。

「そうやな。ほな夜道には気をつけるんやで。姉ちゃん」

キンタロスはシャマルにそう告げると、良太郎の横に並んで帰っていった。

「はい。助けていただいてありがとうございました」

シャマルは背を向けて帰路へと向かう良太郎とキンタロスにもう一度感謝の言葉を述べた。

「ザフィーラ、大丈夫?結構効いたんじゃない?」

「問題ない」

シャマルの心配にザフィーラは短く答えた。

 

キンタロスと分かれてハラオウン家に戻り、ドアを開けて廊下からリビングに向かうと鼻腔をくすぐる匂いがした。

「ただいまぁ」

良太郎がリビングに入ると、側のキッチンから廊下にまで溢れていた匂いがした。

「おかえり。良太郎」

「おかえりー」

フェイト・テスタロッサとアルフ(人型)が笑顔で迎えてくれた。

「良太郎君。今、夜食作ってるんだけど食べる?」

キッチンにいるエイミィ・リミエッタが良太郎に食べるかどうか訊ねる。

「お願いします」

良太郎は「食べる」という意思表示を示した。

「かしこまりー」

エイミィは了承してくれた。

「帰ってたのか」

「おかえりなさい。良太郎さん」

クロノ・ハラオウンとリンディ・ハラオウンがそれぞれの私室から出てきた。

二人は両目を瞬きをしていた。

恐らく、『闇の書』に関する事の資料と睨めっこをしていたのかもしれないと良太郎は推測していた。

「イマジンはどうなったの?」

フェイトは良太郎にイマジンの安否を訊ねる。

「逃げられたよ」

良太郎は誤魔化すことなくストレートに答えた。

「そんなに強かった?前みたいに……」

フェイトが言う『前』とはレイイマジンのことだ。

「強い弱いで言えば弱いに入るね。ただ今までのイマジンと違って何を考えてるのかわからない部分が大きいけどね」

「何を考えているのかわからない?どういう意味だ?」

クロノが話題に入ってきた。

「契約者との望みはわかるんだけど、イマジン個人の性格みたいなものかな。それが僕が今まで戦ってきたイマジンとは違うんだよ」

良太郎が戦ってきたイマジンには『性格』というものがあった。

好戦的だったり怠惰だったり、短気だったり、のんびり屋だったり寡黙だったりと色々だ。

だが、今回戦ったイマジンにはそのどれもが当てはまらない。

強いて言うならサイコ(精神異常)なイマジンなのかもしれない。

「次で確実に倒すよ」

良太郎は決意を込めた瞳を持って、フェイトとクロノに告げた。

「うん!」

「そうだな」

応援があることは有難い事だと良太郎は二人に感謝していた。

「みんなー、夜食できたよぉ!」

「ラーメンだぞぉ!」

エイミィとアルフが夜食が出来たので、待機している良太郎、フェイト、クロノ、リンディを呼んだ。

「行きましょうか。良太郎さん」

「はい」

リンディに促され、良太郎は夜食のラーメンが待っているテーブルに向かった。

 

 

八神家の隣にある北川家は時刻が深夜に近い事もあって、暗かった。

北川佐和子はリビングで一人、酒を飲んでいた。

ちなみに夫の北川は一泊二日の出張でいない。

息子の北川ジュニアは今日は友人の家に泊まっている。

つまり、北川家には佐和子一人しかいないということだ。

「あの女を始末し損ねたのね……」

佐和子の身体から砂が溢れて、レイディバードイマジンとなった。

「電王が通せんぼしやがった。まずは電王殺してからシャマルを殺そう。そうしようそうしよう」

提案と自己完結をするレイディバードイマジン。

「電王の方は貴方に任せるわ。シャマルは確実に仕留めるのよ。いいわね?」

「はいはいはいはーい」

佐和子はまだシャマルに対する嫉妬の炎が消えていなかった。

「あの女がいる限り、私はご近所の注目の的にはなれないのよ!そのためならばどんな手も使うわ!」

自分が注目されるためにはどんな汚い手も非情な手段も辞さない北川佐和子。

彼女は気付いていない。

その代償が既に自分の身に降りかかろうとしている事に。

 

 

翌日となり午前から正午までは良太郎は翠屋で働いて、そこから先は契約者捜し兼イマジン討伐に乗り出していた。

「で、良太郎。どうやってイマジン見つけるの?契約者もわかんないんでしょ?」

良太郎の隣でシャボン玉を膨らましている遊んでいるリュウタロスが訊ねる。

「そうだね。正直、雲を掴むような話だよ」

「雲なんか掴めないよー」

リュウタロスは雲を掴もうと空に手をかざすが、掴むどころか届きもしなかった。

「それだけ難しいって事だよ」

良太郎は笑みを浮かべてから、あることを思いつく。

「昨日シャマルさんが襲われた場所に行ってみようか」

「わかったー」

良太郎の提案にリュウタロスは首を縦に振った。

それから数分後。良太郎とリュウタロスは昨日シャマルとザフィーラがレイディバードイマジンに襲撃された現場に来ていた。

殺人が起こったわけでもないので血痕などがあるはずがない。

壁の一部分が穿たれたように穴が空いていた。

昨日の戦いの跡だった。

「手掛かりはなし……か」

良太郎は手掛かりになりそうなものがないとわかると、周囲を見回す。

「良太郎良太郎、あそこにオバさんがたくさんいるよ」

リュウタロスが指差す方向に四人くらいの奥様方がいた。

年齢からして高町桃子やリンディよりも年上だろう。

「聞き込みしたら、案外契約者のことわかるかもしれないね」

良太郎とリュウタロスは奥様方がたくさんいる領域に入り込むことにした。

「すいません。ちょっといいですか?」

「何だい?」

「実はですね……」

良太郎とリュウタロスは奥様方の証言からトリビア知識とゴシップネタとこの近辺の事情を知る事が出来た。

 

奥様方からの情報収集を終えた良太郎とリュウタロスは河川敷で休憩をしていた。

そこではグラウンドでは翠屋JFCとは違うサッカーチームが練習をしていた。

「そういや、明日サッカーの試合があるんだった」

リュウタロスが忘れていた事を思い出すかのようにして言った。

「リュウタロス。サッカーしてたの?」

「前に来たときにね。面白そうだったから」

「でも、僕達の世界では全然やらなかったよね?」

「だって、デンライナーの中じゃ狭すぎるもん」

「そりゃそうだね」

リュウタロスの尤もな言い分に良太郎は頷くしかない。

それから、良太郎は奥様方の証言を思い出していた。

「シャマルちゃんを恨んでいる人。だったらあの人くらいじゃないかしら?」

「あの人ならシャマルちゃんを恨むわね」

「そうねぇ。本当に救いようがない女よね」

「女の名前は北川佐和子っていうの。シャマルちゃんが住んでる八神家の隣に住んでいるわ」

「ご亭主とお子さんはとってもいい人なのにねぇ」

「動機?あの女は自分より目立つ人が許せないだけなのよ。だから、あの女が言う憎しみとか恨みはね、全部あの女の逆恨みみたいなものよ」

奥様方の証言からして、シャマルを襲うようにイマジンと契約を交わしたのは北川佐和子だということがわかった。

そして、契約者はどうやら相当の嫌われ者であるということだ。

謂れのないことで命を狙われる。これほど馬鹿げているものはない。

奥様方は誰もがシャマルを心配していた。

彼女が自分にイマジンに襲われる動機を訊ねられた時、一瞬だけ間のようなものがあった。

そこから考えるに、シャマルは恐らく『一般人』ではない。

何かを隠している事は確かだが、それがイマジンに襲撃される理由と関係はないと思ったから敢えて聞かなかったのだ。

イマジンが昼夜を考えて出現してくれるとは思えないので、シャマルを見つけて張り込むしかない。

傍から見ればストーカーに思われても仕方がないのだが。

「リュウタロス。今日で終わらせるよ」

「うん!」

良太郎とリュウタロスは休憩を終えてから、また八神家近辺の地区へと足を運ぶことにした。

 

シャマルを見つけるのは比較的に楽だった。

昨日と同じ様にあの巨大な狼のような獣---ザフィーラを連れている。

「アレ、何かワンちゃん(アルフ)に似てない?」

動物好きのリュウタロスはシャマルよりもザフィーラに目を向ける。

「言われてみたらそうかもね……」

特に意識して見ていたわけでもないので、改めて言われるとそうかもしれないと思ってしまう。

「人が多い所に行くよ」

「今日の夕飯だろうね」

リュウタロスがシャマルの行く場所を告げ、良太郎が目的を推測する。

シャマルがスーパーに入ると、良太郎とリュウタロスは出てくるまで待つことにする。

ザフィーラはペット扱いなのか、スーパーの外で忠犬ならぬ忠狼となって、待機していた。

その中で妙な格好をした人物(帽子にサングラスにマスクにロングコート)がシャマルを追うようにして、入っていった。

「良太郎、何?あの変な人」

「シャマルさんを追うようにして入っていったね」

良太郎はあれが契約者なのでは推測する。

契約者の顔を知らないため、断定が出来ないところが辛い。

それから数十分後にシャマルがスーパーから出てきた。

手には買い物袋が握られていた。

そして、やはりあの怪しい人物も出てきていた。

シャマルとは対照的に手ぶらだった。

良太郎とリュウタロスはシャマルから怪しい人物の背中を追うようにして、目標を変えた。

そもそも怪しい人物が契約者だとスーパーに出た時に確信したからだ。

怪しい人物の身体から砂が噴き出ていたのだから。

 

人があまりいない道になると、怪しい人物の身体から砂が大量に噴出してレイディバードイマジンへと象っていく。

「シャマルゥゥゥゥゥ!!」

そんな声を上げながら、前にいるシャマルに襲い掛かろうとする。

「!?」

シャマルが振り向き、ザフィーラが戦闘態勢に入ろうとするが間に合わない。

やられる!、とシャマルとザフィーラの脳裏によぎった時だ。

「へぶぅ!」

そんな間抜けな声を上げながら、レイディバードイマジンは何かに撥ね飛ばされた。

無人のデンバードⅡが撥ね飛ばしたのだ。

良太郎と自前の力を使ってデンバードⅡを操ったリュウタロスがシャマルとザフィーラの前に立つ。

「大丈夫ですか?シャマルさん」

「ええ。もしかして、私の後を尾けてたの?」

シャマルの問いに良太郎は首を縦に振る。

「すいません。イマジンがどういう手で来るかわからなかったので、こういう形をとることにしたんです」

「いいえ気にしないで。私が貴方でもそのようにしたと思うわ」

良太郎は謝罪をするが、シャマルは自身が良太郎と同じ事をしたと笑みで擁護してくれた。

「良太郎!」

リュウタロスが急かしているのは良太郎にはすぐにわかった。

「うん。行くよ!リュウタロス!」

デンオウベルトを出現させてから、腰元に巻き付けて紫色のフォームスイッチを押す。

軽快な感じのミュージックフォーンが流れ出す。

「変身!」

パスを右手に持って、ターミナルバックルに向かってセタッチする。

『ガンフォーム』

デンオウベルトが電子音声で発すると、リュウタロスがフリーエネルギー体となって良太郎の中に入り込み、良太郎の姿からプラット電王へと変わる。

オーラアーマーが出現する。

ソード電王時の胸部が展開して、展開した裏側に宝玉---ドラゴンジェムを掴んだ龍の前脚を模したデザインが現れる。紫色のカラーの入ったアーマーとなって、装着されていく。

龍をモチーフとしたものが頭部に走り、電仮面としての姿を整えていく。

その場でくるりとターンしてからレイディバードイマジンを指差す。

身体全身から紫色のフリーエネルギーが噴出す。

仮面ライダー電王ガンフォーム(以後:ガン電王)の完成である。

 

「オマエ、倒すけどいいよね?」

 

ガン電王は腰元のデンガッシャーの左パーツを投げて、その間に右パーツの一つと残った左パーツを横連結させる。

余った右パーツを横連結させたパーツの後ろに斜めに連結させる。

そして、最初に投げた左パーツを三つのパーツが連結させた先端に連結させた。

フリーエネルギーによって、武器らしい大きさとなる。

デンガッシャーガンモード(以後:Dガン)の銃口をレイディバードイマジンに向ける。

 

「答えは聞いていない!」

 

同時にDガンの引き金を絞った。

フリーエネルギーの弾丸が数発Dガンから射出される。

「あぐあぐあぐあぐあぐ!!」

レイディバードイマジンの身体に直撃して、被弾箇所には火花が飛び散る。

ガン電王は引き金を絞ったまま、軽快なステップを踏みながら間合いを詰める。

Dガンを自分の元に引き戻してから、もう一度構えなおして引き金を絞る。

流石に奇襲とはいえ、初撃を食らったためかレイディバードイマジンはヌンチャクを両手に出現させて、

振り回しながら弾丸を弾いていく。

「うわぁー、すごいすごい!」

ガン電王はその仕種を見て、曲芸を見ている子供のようにはしゃいでいた。

「すごいすごいすごいすごいすごーい。俺はすごーい!」

互いの距離がゼロに近くなった所で、先程よりも的確にヌンチャクを振り回す。

側頭部に来るヌンチャクをしゃがんで避けながら、がら空きになっている腹部にDガンの狙いを定めて放つガン電王。

ガンガンガンガンガンガンと腹部に狙い撃ちした弾丸は全弾直撃する。

後方へと下がっていくレイディバードイマジン。

その拍子に右手に握っていたヌンチャクを落とす。

被弾した腹部を右手で押さえながらも、左手に握られているヌンチャクをガン電王の顔面に狙って振り回す。

ヌンチャクの鎖がDガンに絡みつく。

「あっ」

「龍の頭ぁ!いっただきぃ!!」

「ええい!」

左側頭部にレイディバードイマジンの拳が届く前にガン電王が、自身の体勢を横向きにして右脚で中段蹴りを放つ。

「ぐおお!」

Dガンを絡めていたヌンチャクを手放して、後方へと吹き飛ぶ。

壁がないため、そのまま仰向けになって倒れる。

(リュウタロス、今だよ!)

「オッケー!」

Dガンに絡まっていたヌンチャクを引き離して、その辺りに放り捨てる。

Dガンを左手に持ち替える。

「最後、行くよ?」

ガン電王の手にはパスが握られている。

「最後、最期、最高ぉぉぉぉぉ!」

レイディバードイマジンが起き上がって叫びながらこちらに来る。

「答えは……」

(聞いてないみたいだね)

ガン電王が決め台詞を言う前に、深層意識の良太郎がレイディバードイマジンの状態を告げた。

パスをデンオウベルトのターミナルバックルに向かって、セタッチする。

『フルチャージ』

Dガンを両手に持ち直す。

左右のドラゴンジェムからフリーエネルギーが放出され、Dガンへと収束していく。

バチバチバチバチとDガンの先端から紫色のフリーエネルギーの光球が練り上げられていく。

 

「いっちゃえええええ!!」

 

ガン電王は叫びながら、Dガンの引き金を振り絞る。

紫色の光球が一直線にこちらに向かってくるレイディバードイマジンに向かって飛んでいく。

光球がレイディバードイマジンの身体に触れ、許容範囲以上のフリーエネルギーを急激な速度で叩き込まれる。

「むむむむむむ無理ぃぃぃぃぃぃ!!」

レイディバードイマジンは最期まで妙な台詞を吐きながら、爆発して果てた。

「なーんか変なヤツだったね」

爆煙を眺めながら、ガン電王はレイディバードイマジンについてのコメントを述べながらデンオウベルトを外した。

良太郎とリュウタロスに分離される。

「これでイマジンに襲われることはないと思います」

良太郎は笑みを浮かべてシャマルに告げる。

「よかったね!シャマルちゃん!」

リュウタロスがシャマルの肩を叩きながら言う。

「は、はい。ありがとうございます」

シャマルは叩かれながらも、一人と一体に感謝の言葉を述べる。

「あの、貴方は私が何故イマジンに狙われているのか知っているのですか?」

シャマルが平静を取り戻してから、良太郎に訊ねる。

「逆恨みだと思います。契約者はあそこにいる人です」

良太郎は怪しい格好をした人物に顔を向ける。

その人物は怯えたように一目散に逃げ出した。

「名前も知っていますけど、どうします?」

「いえ、折角ですけど遠慮します。知らない方がいいのかもしれませんし」

「そうですか」

良太郎は契約者の名前も知っているので、シャマルが知りたいのならば言おうとしたが彼女が拒んだため口をつぐんだ。

「ねぇねぇ、シャマルちゃん。この青いワンちゃんの名前は何て言うの?」

リュウタロスがザフィーラをいろんな角度でジロジロと見ながら訊ねてきた。

「犬じゃないわ。ザフィーラっていう立派な狼よ」

シャマルは笑顔でザフィーラをリュウタロスに紹介してくれた。

 

 

契約者である北川佐和子にも自らが起こした行為への代償が支払われていた。

夫の北川から離婚届を突きつけられたのである。

北川は妻が今まで犯してきた事を知らないわけがなかった。

妻が自身を改める事を信じて敢えて黙認していた。

だが、そんな雰囲気は一向になくますますエスカレートしていった。

とうとう堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。

母の行動を父よりも見ていたのは息子の北川ジュニアだった。

北川ジュニアも父が離婚届を突きつけた事には異議を申し立てる事はなかった。

母に愛想が尽き果てていたからである。

実を言うと、北川と北川ジュニアは週末にはそれぞれ出張や友人の家に行くなどと言って外泊をしているが、目的地は同じだったのである。

そう、北川にとって後妻となる人物、北川ジュニアにとって義母となる人物のマンションに赴いていたのである。

人は絶対的に強いものではなく、弱いものだ。

悪魔の住処よりも天使のいる地を求めるのはある種、当然といえば当然だからだ。

北川家の家と土地は、すべて北川が購入したものであるため佐和子にはびた一文何一つ残らない状態で外に放り出されるかたちになったのは言うまでもない。

理不尽な理由で人を陥れた人間の哀れな末路である。

なお、その事をシャマルが奥様方から教えてもらうのは週明けだったりする。




次回予告

第十八話 「海鳴 冬の陣 上編」


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第十八話 「海鳴 冬の陣 上編」

天候は晴れだが、太陽のぬくもりは吹く風によって打ち消されてしまう今日。

ハラオウン家に居候を始めて最初の日曜日だ。

野上良太郎は起床して、準備体操をしてから着替える。

それからドアに内蔵されている新聞受けを探る。

本日の新聞があり、その中から広告を取り出す。

スーパーに求人案内にパチンコ店に墓石まであった。

「ん?」

良太郎は流す感じで目を通す中でひとつだけ、その目を止めた。

『○○剣道場。一日無料体験。本日のみ』

と、面を取ったポニーテールの女性がでかでかと映っている広告だった。

(あれ?この人。どこかでみたことあるような……)

良太郎は広告に映っている女性をもう一度見る。

「シグナムさんだ……」

一度だけ戦った相手のことを思い出す。

勝敗で言うなら良太郎としては引き分けだと思っている。

理由としては自分は体力を数字で表すなら百で、シグナムはフェイトと交えた後なので九十八くらいだったし彼女は自分が優勢となる空中戦に移行しなかった事もある。

「でも、あの人。こういうのに乗り気で参加するとは思えないなあ」

シグナムの性格をよく知っているわけではないが、広告の被写体に進んでなりたがるような人物ではないと思っている。

それに広告に映っている表情は『自然体』であって『作られた表情』ではない。

恐らく、隠し撮りしたものだろう。

「まあ、これが本人と決まったわけでもないしね……」

良太郎の今までの仮説はあくまでこの被写体がシグナム本人だった場合の事だ。

もしかしたら、ただのそっくりさんということも捨てきれない。

真実はシグナム本人に訊ねてみないとわからないことだ。

「さてと、朝ごはん作るかな」

良太郎はキッチンに立って、朝食の献立を考え始めた。

 

フェイト・テスタロッサは日曜日だというのに、いつもの時刻に双眸を開いた。

パジャマから私服に着替える。

今日は高町なのは達と一緒に、翠屋JFCの練習試合の応援に行くのだ。

私服に着替え終えると、彼女の鼻腔をくすぐる匂いがした。

「誰か作ってるんだ……」

朝食を作っているのは良太郎かエイミィ・リミエッタのどちらかだろう。

どちらも美味しいので、正直楽しみだ。

使い魔のアルフ(子犬)はまだ眠っている。

起こすのも気の毒なので、そのまま寝かせる事にした。

廊下を出て、リビングに入ってキッチンを見ると良太郎が朝食の支度をしていた。

「おはよう。良太郎」

「おはようフェイトちゃん。日曜日なんだから、ゆっくり寝ててもいいのに」

挨拶をすると、良太郎は返してくれた。

「アースラで生活していた頃は曜日なんて関係なかったから……」

次元空間の中を四六時中、航行していたら曜日の感覚なんてないに等しいのかもしれない。

「習慣は中々変えられないよね」

良太郎はそう言って納得すると、味噌汁の具を鍋の中に放り込んだ。

「何か手伝える事ある?」

フェイトは朝食の手伝いを申し出てみる。

「玉子焼き作れる?」

「良太郎が作ったのならできるよ」

「じゃあ、お願い」

「うん!」

フェイトはキッチンに入って、冷蔵庫を開けて卵を数個取り出した。

良太郎が作った玉子焼きなら何度も食べた事があるので、作ろうと思えば作れる。

以前に作り方も教わった。

(大丈夫。できる。できる……)

そう自分に言い聞かせてから、フェイトは調理に取り掛かった。

 

ハラオウン家の全員が起床して、リビングに入ってくる頃には良太郎とフェイトは朝食の支度を終えていた。

リンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウン、エイミィはそれぞれ所定の席に着く。

良太郎、フェイト、アルフ(人型)が朝食を並べていく。

「今日は良太郎が作ったから、和食だな」

クロノは品を見ながら言う。

「玉子焼きはフェイトちゃんが焼いたけどね」

良太郎は付け足した。

「へえぇ。フェイトちゃんが焼いたんだぁ。なら味見しないとねぇ」

エイミィが美食家じみた事を言いながら、玉子焼きに箸をつけるジェスチャーをとる。

「さぁ。早く食べましょうか。冷めてしまうわ」

リンディの言葉を皮切りに、全員が朝食を食べ始めた。

「この玉子焼き。良太郎君が作ったのと同じだぁ」

エイミィが玉子焼きを食べて、そのような感想を述べた。

「良太郎に教えてもらったから、その通りにしたんだ」

フェイトは答えてから味噌汁をすする。

「もしかして、不味かった?」

おそるおそるフェイトはエイミィに訊ねる。

「ううん。凄く美味しいよ!」

エイミィの称賛にフェイトは胸をなでおろした。

「何だったら、私の手伝いもしてみる?」

「え?いいの?」

エイミィの申し出にフェイトは目を丸くする。

「いいよぉ。その代わり、私は厳しいからね~」

迫力のない凄みをエイミィは言う。

「はい!」

フェイトも笑みを浮かべて返事をした。

 

 

高町家の日曜日、特に今日はいつもの平日と違っていた。

まず一家の長ともいうべき高町士郎の雰囲気が違っていた。

いつもの士郎は『隙のない、どこか不思議なナイスミドル』なのだが今の彼は『戦場に赴く戦士』のような雰囲気を出していた。

本日は河川敷でサッカーの練習試合がある。

翠屋JFCのコーチ兼監督を勤めている士郎は選手達同様の気持ちになっているのだ。

「オメェ等、準備は出来てるな?」

モモタロスも似たような雰囲気を出しながら、ウラタロスとキンタロスに声をかけていた。

「もちろんだよ」

「準備はオッケーやで」

二体ともクルクルと巻いて何かを丸めていた。

「ソレ何ですか?」

なのはがモモタロスやウラタロス、キンタロスが持っている物を訊ねる。

「それは後のお楽しみってヤツだ」

モモタロスははぐらかした。

「気になるよねー。ユーノ君」

「キュキュー」

なのはは左肩に乗っかっているユーノ・スクライア(フェレット)に意見を求める。

ユーノは正体を知る者以外もいる場なので、泣き声で答える。

「リュウ君。そろそろ朝ご飯だよー」

高町美由希が庭でサッカーボールでリフティングをしているリュウタロスに告げた。

「はーい」

リュウタロスは宙に浮いたサッカーボールを両手でキャッチしてから家の中に入った。

道場で朝練をしていた高町恭也がリュウタロスが閉め忘れていたドアを閉めた。

「朝ごはん、できたわよぉ」

「みんな、席に着いてぇ。アンタ達も早くしなさい!」

朝食の準備をしていた高町桃子とコハナが朝食を乗せたトレーを持って、テーブルに置いていった。

 

高町家の朝食は賑やかだ。

特にイマジン四体とコハナが来てからは尚の事だろう。

食事の形式も若干変化している。

中央に十人前分の料理がどんと置いてあり、後は各々で好きなだけ食べるという形式になっていた。

この形式になると、和食より洋食の方が何かといいため自然と朝食は洋食となっていた。

「なあ、とっつぁん。試合って何時からだよ?」

モモタロスがバスケットに入っているパンをひとつ取ってから士郎に尋ねる。

「集合は九時半で、試合開始は十時半かな。俺は選手達の事もあるから、早く出なければならないけどね」

「僕もおじさんと同じ時間なんだよね?」

リュウタロスはサラダを食べながら確認のために士郎に尋ねる。

「ああ。リュウタロス君はレギュラーとして最初から出場するのは初めてだからね。選手達と最後の打ち合わせをするためにも早く来てもらうよ」

「はーい。よーし、初レギュラーだ!」

リュウタロスは半年前に来た際に、翠屋JFCの選手として後半から出場した事がある。

「じゃあ僕達は、なのはちゃん達と同じ時間帯でいいよね?キンちゃん」

「そうやな。そのくらいで十分やしな」

オレンジジュースを飲んでいるウラタロスと牛乳を飲んでいるキンタロスがなのは達と時間を合わせるように打ち合わせをする。

「私は桃子さんと翠屋にいるわ。アンタ達が帰ってきたら祝勝会か残念会をやるって言いかねないしね」

コハナは行かないと言い、後々起こりえるだろうの準備に取り掛かるようだ。

朝食が終わるとコハナと桃子は食器の片づけをして、なのはと美由希はユーノと遊んでおり、士郎は本日の深部を読み始め、恭也は何かを考えているかのように窓から空を見上げていた。

雲はちらちらと見えるが、太陽は我が物顔でいる。

「なぁに見てんだよ?オメェ」

モモタロスが恭也の横に立っていた。

「試合日和だなっと思ってな」

「まあな」

「それに……」

「まだ何かあるのかよ?もったいぶらずに言えよ。バカ兄貴」

『バカ兄貴』と呼ばれて恭也の額に青筋が立つが、『自分は大人』と言い聞かせて平静に接する。

「何かが起こりそうな気がする。そう思ってな……」

「おいおい。不吉な事言うんじゃねぇよ」

ただでさえ、不吉な事ばかりが自身に起こっているモモタロスにとって恭也の台詞は不吉の予兆というには十分なものだった。

 

 

ハラオウン家では朝食を終えた後、各自が自由に行動していた。

クロノは海鳴市の地理に詳しくなるために、地図を広げていた。

エイミィも同様でタウン誌をパラパラと捲っていた。

リンディは茶をたてて、独自のブレンド(砂糖とミルク)を淹れてすすっていた。

良太郎、フェイト、アルフ(子犬)は外に出ており、デンバードⅡを洗っていた。

洗っているといっても、デンバードⅡを洗っているのは良太郎だけでフェイトとアルフは見ているだけだが。

「前にはなかったよね?そのバイク」

良太郎達が別世界

ここ

に来て既に一週間経っており、今更ではあるがフェイトはデンバードⅡの入手経緯を訊ねた。

「前に来た時は、僕まだ無免許だったんだよ」

そう言いながら、良太郎はズボンのポケットから運転免許証を取り出した。

「?」

「何だい?ソレ」

フェイトとアルフは見てもわからないのか首を傾げていた。

「運転免許証だよ。これがないと車もバイクも乗れないんだ。」

「「ええええ!?」」

驚く一人と一匹。

「それって難しいテストをパスしないとダメなんでしょ?」

嘱託魔導師試験を経験しているためか、フェイトは運転免許を取得するためには難易度の高いテストを合格しないといけないという考えが直結していた。

「アンタ、よくパスできたねぇ」

アルフもフェイトの使い魔ということで、全部ではないが嘱託魔導師試験を経験しているのでフェイトと同じ様に考える事が出来たのだ。

「実技に関しては教官達が驚いてたよ。とても自動二輪に乗ったのが初めてとは思えないってね。筆記の方は特に問題なかったしね」

良太郎は教習時代を思い出しながら語った。

「良太郎。アンタ、頭よかったのかい!?」

アルフは意外そうな声でストレートに失礼な発言をする。

「ア、アルフ!」

フェイトは止めようと声を荒げるが、時既に遅しである。

気分を害したのかもしれないと思いながら、フェイトは良太郎の顔を見る。

良太郎は特に気分を害している様子もないようだ。

「高校は中退してるけど、成績は悪くはなかったよ。それに中退した後も暇があれば少しだけ勉強はしてたしね」

彼なりに知性をアピールする。

良太郎は履歴書で経歴を記すならば、『高校中退』で学歴が止まる。

彼の場合、中退理由は『家庭内の事情』であり定番の『素行不良』や『不祥事』といったものではない。

だが、世間から見ればどっちでもいいというのが事実だろう。

「ねえ。わたしも取れるのかな?車の免許」

「今は無理だよ。年齢制限があるからね」

良太郎はポケットに運転免許証をしまいこみながら、事実を告げる。

「何歳からなの?」

「普通免許なら十八だよ」

「「ふうん」」

フェイトとアルフはまたひとつ新しい知識を身につけた。

良太郎は止めていたデンバードⅡの洗浄作業を続行した。

「良太郎は今日はみんなと応援に行くの?」

フェイトとアルフはこれから、なのは達と共にサッカーの試合に応援に行く。

「いや、これに行こうと思ってるんだ」

良太郎はジャケットのポケットから一枚の折りたたんでいるチラシを出す。

フェイトは受取り、チラシを広げる。

「○○剣道場。一日無料体験?良太郎、剣道習うの?」

「一日でモノにできるなんて思ってないよ。僕、戦闘の才能はないほうだしね」

「そっかなぁ。アンタ、十分に恵まれてると思うよ」

「うん、アルフの言うとおりだよ。良太郎は十分に恵まれてると思うよ」

アルフとフェイトは良太郎の自己分析をあっさりと否定した。

「そうかな……」

自己分析を否定される事を不思議とショックどころか不快に感じないことに良太郎は不思議に感じた。

「そろそろ時間じゃないの。行かなくていいの?」

良太郎はケータロスの時間を見ながらフェイトとアルフに促した。

「あ、本当だ!じゃあ良太郎。行ってくるね」

「お土産はないけどねー」

一人と一匹を見送ると、良太郎は洗浄作業の道具を片付けて目的地に向かってデンバードⅡを駆った。

 

 

海鳴市の河川敷は季節もあってか、本来は殺風景な場所だ。

だが今日は人がたくさんいて、熱気に満ちていた。

軽く百人近くはいる。半年前とは比べ物にはならない人口密度である。

「……なのは」

アルフを抱きかかえているフェイトは隣で口をぽかんと開けている親友の名を呼ぶ。

「な、なに?フェイトちゃん」

なのははフェイトの一声で現実に帰ってきた。

「サッカーっていつもこんなに盛り上がるの?」

フェイトは今回が初観戦であり、初応援なのでそのように訊ねるのも無理のないことだろう。

「こんなに盛り上がってるのは初めて。一体どうなってんのよ?」

なのはの代わりに答えてくれたのはアリサ・バニングスだった。

「何だかカメラとか持ってる人がいっぱいいるね」

月村すずかは観客の何人かが手にしているものを見ながら言う。

「何で、こんなに人が来たのかな?」

(多分だけど、リュウタロスが出場しているから敵情視察に来たんだと思うよ)

なのはの疑問にユーノが念話の回線を開いて答えてくれた。

(どうして?)

なのはも念話の回線を開いた。

(何度か練習試合があったじゃない。そのたびに相手チームの監督さんは士郎さんにリュウタロスの事に関して探りを入れてたじゃない?)

(そういえばお父さん。リュウタ君のことに関しては上手くはぐらかしていたような……)

実を言うと、この半年間。翠屋JFCは他のチームとも練習試合を何度かしている。

戦績は『程々に勝って、程々に負けている』といったところだ。

試合開始前には必ずといっていいほど、相手監督が訊ねてくるのだ。

「リュウタロスという選手はいるのか?」と。

聞かれるたびに、なのはの言うように適当に上手くはぐらかしていた。

(翠屋JFCに突如現れた謎のストライカーが半年振りに帰ってきたんだ。この業界にいる人達は今日の試合を見たがるのも無理はないよ)

ユーノは考えられる可能性をなのはに語った。

「おーし、そろそろ広げようぜ」

モモタロスは手にしていた包みを開けて、広げる。

高町家で準備をしていたのは応援をするための旗だった。

しかも一体につき、一本なので計三本用意している。

モモタロスの旗には『無敵!翠屋JFC』とデザインされ、ウラタロスの旗には『VICTORY!!』となっており、キンタロスの旗には『必勝!!』となっていた。

「よぉーし!今日は小僧の晴れの舞台だ。テメェ等いいなぁ!?」

「任せといてよ。センパイ」

「リュウタの晴れの舞台や。ヘマはせえへんで!」

モモタロスの一声にウラタロスとキンタロスはそれぞれ返事をした。

 

謎のストライカーことリュウタロスはシュートの練習はせずに、チームメイトとパスの練習やトラップの練習をしていた。

スポンジのようにサッカーの基本テクニックを吸収していく。

「上手い上手い。リュウタロス君」

「そお?僕、上手なんだ」

練習相手に褒められると、リュウタロスはブイサインで返す。

「リュウタロス君。コレを着るんだ」

士郎がリュウタロスにタンクトップのようなものを渡す。

番号がプリントされているビブスだ。

「本当はユニフォームのほうがよかったんだが、君に合うサイズとなると特注で作ってもらうしかなくて、時間がなかったんだ。すまない」

「いいよ。こっちの方が着易いし、ありがとう。おじさん」

士郎は謝罪するが、リュウタロスは気にする様子もなくビブスに腕を通す。

彼等も何度か服に袖を通したことがあるが、とにかく着づらいという印象しかないので、ビブスくらいが丁度いいのだ。

「さてと、そろそろ始めますか」

「そうですね。応援席は異常なくらいに温まってきましたからね」

相手チームの監督が士郎の側まで歩み寄り、試合を始めるように進言する。

士郎もその言葉に応じた。

それから選手達が整列して試合が始まった。

観客が盛り上がったのは言うまでもないことだろう。

 

 

河川敷が異様に盛り上がっている頃、良太郎はデンバードⅡから降車して眼前の建物を見ていた。

高町家よりも和風であり、武道を教える場所といわれたら首を縦に振ってしまうくらいに似合っていた。

門を潜って、案内の看板に沿って足を進めていく。

道場らしき建物の前に机が置かれており、門下生とも思われる男女がいた。

「本日の無料体験に来たんですけど……」

良太郎が受付の男女に言うと、二人は笑顔で一枚の紙を良太郎に出した。

「こちらにお名前をお願いします」

良太郎は女性からボールペンを受け取って、さらさらっと記していく。

(あっ。しまった……)

良太郎はポカをやらかしてしまったことに気がついた。

このままでは過去の時間に自分がいたという足跡を残してしまう。

記入した名前を見ると、『野上良太』まで書いてしまっている。

(こうなったら!)

良太郎は紙に書いている名前で最後の部分を『郎』を『朗』にして提出した。

『野上良太郎』が過去の時間にいたというのは何かと問題だが『野上良太朗』なら問題ないだろうと判断したのだ。

「これで何とかなるかなぁ」

正直、『確信』ではなく『賭け』の域を出ていないのがしこりとなっていた。

受付の男性から体験用の剣道着(袴も含む)を受け取った。

 

男性更衣室で剣道着に着替え終えると、既に先客が何人かいた。

自分と同じタイプの剣道着を着ていた。

男が半数を占めており、女性は三人くらいだ。

(まさか、アレを真に受けて来たのかな……)

良太郎はあのチラシにいる女性がここにいるとは思っていない。

つまりここにいる男性のほとんどは道場側の思惑に乗せられたということになる。

もう一度、自分と同じ無料体験者を見回す。

真面目に剣道を習おうとしている者もいれば、明らかにチラシの女性目当てとも思えるような者もいる。

実際の真意は聞いてみないとわからないが。

待つこと五分くらいで、道場主ともいえる初老の男を筆頭に数名の男女が入場してきた。

その中には先程、受付をしていた男女も含まれていた。

「おおおおおっ!!」と良太郎の周辺にいた男達がそのような声を上げた。

チラシに載っていた女性が入場してきたからだ。

その女性とは良太郎が知る人物でもあった。

「シグナムさん……」

良太郎はその人物の名を口に出した。

 

「野上。……何故?」

シグナムは自身の名を呼ばれた方向に顔を向けると、そこには自分を打ち負かした相手がいた。

そう野上良太郎がいたのだ。

 




次回予告

第十九話 「海鳴 冬の陣 中編」


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第十九話 「海鳴 冬の陣 中編」

昼が近付くことに比例するかのように肌寒くなりつつある現在。

だが海鳴市の河川敷ではそんな寒さは関係なかった。

翠屋JFCと相手チームの試合が始まっているからだ。

相手チーム側からのキックオフで試合は開始され、翠屋JFCは守りに入らざるを得ない状態だった。

試合開始から五分が経過しているが、ボールはまだ相手陣営側だ。

相手フォワードの選手がパスをしながら巧みにボールを操る。

「みんな、守るんだ!」

ゴールキーパーである翠屋JFCのキャプテンがチームメイトに指示を出す。

チームメイト達は指示に従う。

(守るって言ってもガードをしたりするんじゃなくて、相手からボールを奪るか相手にシュートをさせなきゃいいんだよね)

リュウタロスは高町士郎が教えてくれたことを反芻していた。

パスをしながら相手フォワードはこちらに攻めてくる。

ボールの動きを見る。

磁石のように、パスしたボールが足に吸い寄せられていく。

「今だ!」

リュウタロスは相手陣営のパスコースから流れるボールをしっかりと肉眼で捉えた。

そして、リュウタロスの足は攻め入る相手フォワードの間に割って入り、ボールを奪った。

「いただきぃ!」

そう言いながらリュウタロスはドリブルをして、相手陣営に一直線に向かっていく。

「行けええええ!リュウタロス君!」

翠屋JFCのメンバーが総出で声を張り上げる。

リュウタロスが左足を軸足にして右足を振り上げる。

「モモタロスじゃないけど、僕のシュートパート1!!」

振り上げた右足の甲にボールを当てて、そのまま蹴る。

蹴られたボールは一直線に低い弾道でゴールに向かっていく。

グラウンダーシュートと呼ばれるものであり、地面スレスレを這う低弾道のシュートだ。

弾道が読みにくいという長所を持っている。

相手キーパーは弾道を読もうとするが、全くそのままだ。

つまり弾道が下がらないし、上にも上がらない。

低い弾道のまま一直線に向かっていく。

相手キーパーは体勢を中腰にして、手を拳にする。

それは開手でキャッチをするのではなく、パンチングでボールを弾くことを意味する。

相手キーパーはパンチングでグラウンダーシュートを弾こうとするが、思いっきり空振りした。

体感速度に明確な誤差が生じたのだ。

パンチングで弾くタイミングを完全に逃してしまい、点を許すかたちになった。

翠屋JFCの先制点である。

審判のホイッスルが鳴った。

翠屋JFCメンバーは点が入ったことで、多いに舞い上がる。

「やったああああ!!」

「先制点だ!」

「ナイスシュート!リュウタロス君!」

「へっへーん!僕偉い?偉い?」

リュウタロスは確認するかのようにして二度訊ねる。

チームメイトは誰もが「偉い!」と褒め称えてくれた。

試合開始二十分の出来事である。

 

「おっしゃああああ!!」

「リュウタ、ナイス!」

「よくやったで!リュウタ!」

応援席にいたモモタロス、ウラタロス、キンタロスはリュウタロスが先制点を入れたことで旗を乱暴に振り回しながら喜んでいた。

「何あのシュート!速い上に弾道が凄く低かったじゃない!?」

アリサ・バニングスがグラウンダーシュートを見て、興奮気味になりながら隣にいる月村すずかの両肩を掴んで上下に揺らしていた。

「アリサちゃぁん。興奮しすぎだよぉ。気持ち悪くなるぅ」

揺らされているすずかは酔う一歩手前になりながら抗議をする。

「凄い凄いよ!リュウタロス!」

(フェイトォ!首が絞まる。絞まっちゃうよぉ!)

アリサに負けないくらいに興奮しているフェイト・テスタロッサは抱きかかえているアルフ(子犬)が念話の回線を開いて、叫んでいた。

「フェイトちゃん!落ち着いて!アルフさんが泡噴きかけてるよぉ!」

念話を聞いていた高町なのははアルフを助けようと試みる。

(アルフ!アルフ!気をしっかり持って!)

ユーノ・スクライア(フェレット)も念話でアルフが意識を飛ばないように必死で声をかけていた。

翠屋JFCも別の意味で盛り上がっていたといったらいいだろう。

「うんうん。盛り上がってるのはいいことだな」

高町士郎は応援席が盛り上がっていることに腕を組んで首を縦に満足げに振っていた。

 

 

野上良太郎がいる剣道場ではというと。

「であるからして……」

道場主(以後:館長)のうんちくというべきか、始まる前の挨拶というべきものがまだ続いていた。

健全な精神を宿すには健全な肉体が必要だと考えている館長のようなタイプにはよくあるパターンだ。

「そもそも……」

館長の話はまだ続く。

無駄に長くてその実、無意味というところは学校の校長先生の話と同じだなぁと良太郎は足がしびれながらも、聞いていた。

「つまり……」

まだ続く。

シグナム目当てでここに来ている者達にとっては、地獄としか言いようがない。

拝聴している殆どがこう思っているだろう。

 

早く終わってくれ。

 

と。

「……以上」

その希望が叶ったのか、ようやく館長の話は終わった。

そのために割いた時間は三十分であったりする。

話す側は短いと思うが、聞いている側としてみれば長すぎる時間である。

とりあえず、どんなに無意味な話でも拍手を送るのがせめてもの礼儀なので送る事にした。

それからしばらく館長を除く全員が足が痺れているため正座からしばらく立つ事が出来なかった。

それぞれが自己紹介を終えると、防具一式と竹刀を受け取った。

まずは防具をつけずに足さばきとそれを混ぜた素振りから練習が始まった。

ちなみに本日、一日無料体験者を面倒見るのは非常勤の講師のシグナムを含めて四、五人である。

一日で剣道の何たるかを学べるなんて思ってはいないが、退屈と感じる面々は少なくはないだろう。

(モモタロスのアレは剣道じゃないんだなぁ)

モモタロス---ソード電王は剣を主体とするが剣道のような足さばきもないし、剣の持ち方にしても不規則だ。

素振りをしながら、良太郎は違和感のようなものを感じながらも黙々と素振りを繰り返す。

「止め!」

シグナムが沈黙を破るようにして、言うと道場内にいた全員が素振りをやめた。

「十分休憩してから防具をつけての練習に入ります」

シグナムはそう言うと、休憩を取るためなのか別室へと入っていった。

それぞれが休憩を取り始める。

やはり、何人かで来ている為か輪のようなものが出来て休憩していた。

良太郎は一人なので、ぽつんと休憩するしかないのだ。

講師が参加者にお茶を配っていた。

紙コップから湯気がたっているところからすると、温かいのだろう。

「……どうぞ、お茶です」

「あ、どうも……」

良太郎にお茶を渡してきたのはシグナムだった。

「……隣、よろしいでしょうか?」

「ど、どうぞ」

シグナムの口調からして今が初対面という風に周囲には思わせたいのだろう。

良太郎もそれに応じる事にした。

シグナムは良太郎の横に座る。

「お一人ですか?」

「ええ、今日は僕一人です」

(完全に警戒してるなぁ。探りを入れるために近寄ってきたのかも……)

良太郎はそのようなことを考えていた。

 

少しだけ時間を戻すと。

(野上がここに来たのは正直驚きだ。狙ってきたとは思えないが、探りを入れてみるか)

別室でシグナムは講師達と茶を淹れながらそのような事を考えていた。

「殆どが男性ばっかりよねぇ」

「全くよねぇ。明らかに下心見え見えよねぇ」

「同じ同姓としては痛い言葉だね」

「全くです」

同僚である男女の講師は無料体験に来た面々を見て印象を述べていた。

そして、全員でシグナムを見ていた。

「な、何ですか?」

視線が異様なものなので流石のシグナムもたじろぐ。

戦闘においては『無敵』と称することは出来ても、こと一般社会においては彼女は『無防備』と呼ばれても仕方のない部分がある。

「「「「被写体がいいからね~」」」」

「ぬ、盗み撮りした人達が言う台詞ですか……」

チラシの女性はやはりシグナムだった。

しかも、同僚から盗み撮りされたものをチラシの看板にされていたのだ。

戦闘においては一部の隙も見せないシグナムが、日常生活においては意外に隙だらけというヴィータやシャマルが聞けば、大笑いしそうなエピソードである。

彼女達にばれないように新聞の広告に交じっていたチラシは既に彼女の手によって握りつぶしていたりする。

別室から出ると、自分を除く四人は休憩している無料体験者達に淹れたての茶を配っていた。

自分も野郎かどうか逡巡するが、端っこで一人休憩を取っている良太郎を見つける。

講師が持っているトレーから自分の分と良太郎の分を取って、歩み寄る。

「……どうぞ。お茶です」

あくまで他人を装う事にした。

下手に顔見知りだと知られると、同僚達に下手な詮索をされることは間違いないことだからだ。

「あ、どうも……」

良太郎は自分が差し出した茶を受け取ってくれた。

(仲間のイマジンやテスタロッサ達はいない……か)

潜んでいるとは思えないが、確認してみる事にする。

「……お一人ですか?」

「ええ。今日は僕一人です」

良太郎はそのように答えた。

「………」

「………」

両者共に黙ってしまう。

話題がないのだ。

(困ったな。私と野上では共通の話題があまりに物騒なものばかりすぎる……)

自分はシャマルほど話し上手ではないので、こういうとき困ってしまう。

横にいる良太郎をちらりと見る。

同じ様に話題に困っているような顔をしていた。

自然と小さく笑みを浮かべていた。

十分間を予めタイマー設定していたのか、アラームが鳴り出した。

「休憩は終わりです。防具をつけてください」

シグナムは良太郎にそのように言ってから離れていった。

 

 

河川敷のサッカーの試合は現在ハーフタイムとなっていた。

戦績は一対一となっており、翠屋JFCはあの後一点を許してしまったのだ。

「みんな。一点は確かに許してしまったが、まだ巻き返せる!後半一点取って行くぞ!」

士郎の激励に、はい!と翠屋JFCのメンバーは揃って叫ぶ。

「アイツ、僕のシュート完全に見切っちゃってるよぉ。どうしよう?キャプテン」

リュウタロスは翠屋JFCのキャプテンに相談してみる。

「他にシュートの種類はないの?」

キャプテンはシュートのレパートリーをリュウタロスに訊ねる。

「えーっとね。パスしたボールをそのまま打つヤツ」

「ダイレクトシュートだね」

キャプテンの代わりにリュウタロスと同じフォワードが答えてくれた。

「後はさっき打ったヤツ」

「グラウンダーシュートだ」

ディフェンスが答えてくれた。

「頭で打つヤツ」

「ヘディングシュートです」

ミッドフィルダーが答えてくれた。

「後もう一個がね。回転しないヤツ」

「回転しない?ボールがなの?」

もう一人のディフェンスが訊ねた。

「無回転シュート……」

キャプテンが静かに答えた。

ボールの回転があまりないシュートであり、空気抵抗を受けやすいため、軌道が揺れるように変化する特性を持っている。

原理とするならば野球のナックルボールと同じである。

「なら、最後のシュートで行こう」

キャプテンがそう指示した。

キャプテンは経験もしくは自分がリュウタロスのシュートを止める側となってそう言ったのだ。

「うん。わかった!それで行くね!」

そう言いながらリュウタロスは綺羅星!という言葉が似合いそうなポーズを取る。

それが合図となったのか翠屋JFCのスタメンが同じポーズを取った。

 

「そういやフェイト。良太郎は何処に行ったんだよ?」

モモタロスはハーフタイム中なので旗を振る事はせずに、フェイトに訊ねる。

「良太郎なら、剣道の一日無料体験に行ったよ」

フェイトの声はどこかガッカリしているようにも思えた。

「へぇ。良太郎が剣道を?何か変な組み合わせだね」

ウラタロスが良太郎が素振りをしている姿を想像して、ぷっと吹き出す。

「モモの字の戦いが身についとる良太郎が剣道なんて枠のはまったモンに対応できるとは思えへんけどなぁ」

キンタロスは腕を組んで、考えていた。

「ねぇモモタロス。良太郎さんってどういう人なのよ?フェイトは首ったけみたいだし」

「ア、アリサ!」

アリサの一言にフェイトは顔を赤くして抗議する。

「何だよ金髪チビ、良太郎のことが知りてぇのかよ。アイツはな。誰よりも強ぇんだぜ」

モモタロスが自信と誇りを持って、そう言った。

「どういう意味よ?モモタロス」

「そのまんまの意味だよ。アリサちゃん」

ウラタロスが変に解釈する必要はないと言う。

「確かに良太郎がどういうヤツかって聞かれたら、それでまとまるかもなぁ」

キンタロスも首を縦に振っていた。

「あ、後はとても運が悪いってことかなぁ」

なのはが付け足すようにして言った。

「誰よりも強くて、とても運が悪いって……余計わからなくなってきたわよ!」

アリサは益々、野上良太郎という人間がわからなくなってきた。

「あ、後半が始まるよ」

すずかが雑談をしている全員に報告した。

 

後半は翠屋JFCがボールを持ち、キックオフとなった。

フォワードがリュウタロスにパスをしてから、そのままリュウタロスはドリブルをしていく。

「パスしなくていいの!?」

リュウタロスがパートナーとなるフォワードに訊ねるが、首を横に振って「前へ!」と指で合図をしてきた。

「わかった!」

リュウタロスはそのまま、ボールをキープしてゴールに向かう。

リュウタロスはパスの練習はしているが、それでも欠点は拭えていなかった。

彼のパスはチームメイトにとっては、シュート並みの威力を誇っているのでパスとしての機能が活かされないのだ。

彼のパスを活かす方法としては、トラップをせずに放つダイレクトシュートがベストなのだがタイミングが合わないので、誰も活かされていない。

「オマエ達、邪魔ぁ!」

リュウタロスは叫びながらも、その進む勢いを殺さない。

相手フォワード、ミッドフィルダー、ディフェンスのスライディングを避けながらゴールに進む。

距離として中距離。ここでシュートを放てばミドルシュートになる。

だが、ただのミドルシュートを打っても効果はない。

あのキーパーは自分のシュートを見切っている。

只のシュートを放っても意味はないし、自分以外の者がシュートをしても難なく止めてしまうだろう。

「僕のシュートパート2!行っけええええ!!」

シュート態勢を取って、右足を振り上げてボールを蹴った!

そのシュートは弾道にすると一点目を取ったグラウンダーシュートよりは高かった。

だが、回転はしていなかった。

空気抵抗を受けており、軌道が揺れているように相手キーパーの目には映っているだろう。

「入っちゃええええ!!」

シュートを放ったリュウタロスが高らかに叫ぶ。

彼とてこのシュートをできるといっても、実戦で用いたのは初めてだ。

相手キーパーはボールの軌道が読めずに、右に身体を傾けた。

だが、ボールはそのまま一直線に進んでゴールネットに突っ込んでいった。

審判のホイッスルが鳴り、二点目となった。

リュウタロスの無回転シュートが点を取ったのである。

翠屋JFCは総出で大喜びだ。

後半開始五分で二点目を取った。

「ナイスシュート!リュウタロス君」

フォワードがリュウタロスに声をかけてくれた。

「へっへーん」

リュウタロスは胸を張って自分達の陣地へと戻っていった。

それからはリュウタロスを含め、他のメンバーもシュートチャンスがあれば積極的に打つ様になっていた。

だが、相手もただ簡単に打たせてくれるわけではない。

ひたすら妨害はしまくっていた。

そして後半も終了となり、審判が試合終了のホイッスルを鳴らした。

結果は二対一で、翠屋JFCの勝利となった。

二チームとも、グラウンド中央に集まって礼をして解散した。

勝者は今後の対策と今回の勝利の祝勝会が、敗者には今後の対策を兼ねた反省会が待っていた。

 

 

翠屋JFCが勝利し、歓喜に酔いしれている頃。

良太郎を始めとする剣道無料体験者は面、胴、小手とした箇所を打つようにする練習が行われていた。

素振りに比べれば、実戦的ではあるが『練習』という域の中のことであり、『戦い』ではない。

良太郎は身体全身に感じる相手に向かって面を打っていた。

相手も良太郎に胴を打ち込んできた。

胴を打たれたという衝撃はあるが、大したものではない。

(これから僕が使うスタイルに活かせればと思ったんだけどなぁ……)

良太郎は実戦とイマジン達の特訓で磨かれた『戦い方』がある。

それは型にはまった武道とは反りが合わないといったほうがいいだろう。

今こうして剣道のスタイルにはめたとしても、身体に纏わりつく妙な違和感が拭えないのが何よりの証拠だ。

それでも、どこか得られるものがあるのではないかと思いながらも練習に打ち込む。

「止め!」

というシグナムの声に全員が止めた。

ちなみに館長はというと、髭を擦りながら「ほっほっほ」という台詞が出てきそうな表情でじっと見ていた。

「防具を外して休憩してください。十五分後に本日最後の練習である乱取りをします」

別の講師がそう告げた。

乱取り。自由に技を掛け合う稽古方法だ。

剣道でいうなら、面、胴、小手などを当てまくっていいということだろう。

実戦に最も近い練習方法かもしれない。

良太郎も防具を外す。

胴着姿になると、一息ついた。

「乱取りは十五分後か……」

良太郎は呟いてから、別のことを考えていた。

(リュウタロス、試合に勝ったのかな)

と。

 

次が乱取りであり、本日最後の練習だった。

休憩が終了し、館長を除く全員が防具をつけている。

乱取りは講師も生徒も関係なく行われるという事だろう。

一分間、同じ相手とした後に時計回りで相手が代わっていくというように取り決められていた。

時間が許す限りは全員と当たるようになっているのだ。

「それでは乱取り、始め!」

これは今まで傍観していた館長が言った。

道場内にいる全員が一斉に相手に向かっていった。

竹刀の音が喧

かまびす

しく道場内に響く。

「面!」

「胴!」

「小手!」

と叫びながら竹刀で打ち込んでいく。

乱取りが始まって五分くらいが経過した。

良太郎の相手はシグナムだった。

互いに礼をしてから竹刀を構える。

良太郎は面をシグナムは胴を狙うようにして竹刀を構えてから、駆け出す。

「面!」

「胴!」

シグナムの竹刀が先に良太郎の胴に打たれた。

(構えるタイミングは同じでも、速度はシグナムさんの方が速い!)

良太郎は向き直ってから竹刀を今度は胴を狙うようにして構える。

対してシグナムは上段に構えてから、駆ける。

「胴!」

「面!」

それでもやはり、シグナムの方が速く良太郎の面に竹刀を当てていた。

シグナムの胴に当てることは出来たが、これが実戦なら自分は先に葬られているだろう。

通り過ぎる瞬間、良太郎は先程には感じなかったものが背中に感じた。

だが、それは以前にも良太郎が感じたことがあるものだ。

というよりも何度も感じたことがあるものだ。

もう一度、向き直って正眼に竹刀を構える。

身体に何かが突き刺さるような感じがした。

(殺気……)

放っているのは間違いなくシグナムだった。

その証拠にシグナムの両隣にいる者達は本能的に感じ取っているのか、距離を置いていた。

シグナムはこちらに向かってきた。

相手が自分に敵意や殺意を放っていると身体が反応していた。

身体に纏わりついていた違和感が少しだけなくなった。

良太郎は正眼に構えながら駆ける。

右足を曲げて、中段の前蹴りのモーションをとる。

「あ」

放とうとする前に今は剣道をしている事に気がつく。

そんな間抜けな声を良太郎が上げると同時に、竹刀が良太郎の面に当たった。

 

(シグナム君と乱取りしているあの青年……、中段の前蹴りを放とうとしおったな。シグナム君の放つ殺気をまともに受けて攻撃に転じようとするとは、幾多の修羅場をくぐっとらんと出来ん芸じゃな)

館長は良太郎が蹴りを放とうとした瞬間を見逃さなかった。

この館長、見てくれは好々爺ではあるが何十年武道で生きている人間だ。

シグナムの放つ殺気が常人なら腰を抜かして、戦意を喪失だろう。

(シグナム君が来てから、この道場も活気が満ちてきたが今日は特にそうなるかもしれんなぁ)

館長は「ほっほっほ」という笑いが似合いそうな笑みを浮かべて乱取りを見ていた。

 

(おかしい……。私と初めて剣を交えたときの動きのキレがまるでない)

シグナムは対面にいる良太郎の今までの動きを見て、そのように感じた。

良太郎と初めて戦った時のシチュエーションを思い出して、現状と比較する。

(ああ。そういう事か)

シグナムは理解したので、ある事をした。

深呼吸をしてから、目つきを鋭くする。

身体に溢れる雰囲気が『殺気』に転じる。

両隣にいる二人が恐れているようにも感じたが、とりあえずおいておこう。

良太郎の動きがそれだけで変わったことはすぐにわかった。

先程、間合いを詰めて竹刀ではなく、蹴りで攻撃をしようとしていたのだから。

(そうだ。これだ。私が望んでいたのはこれだ)

シグナムは笑みを浮かべると同時に、袈裟を狙って竹刀を振り下ろす。

もちろん、剣道では袈裟に竹刀を当てても一本にはならない。

だが、シグナムはコレでいいと判断する。

バシンと、竹刀と竹刀がぶつかる音がする。

鍔迫り合い状態となり、互いの息が届く距離に顔がある。

シグナムは言う。

 

「これ以上は私が私を抑えられそうにない。悪いが止められないのだ。付き合ってもらうぞ?野上」

「本気……なんですね」

 

シグナムの言葉が本気だと理解した良太郎は逃げられないと悟ったのか受けて立つ事にした。




次回予告

第二十話 「海鳴 冬の陣 下編」


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第二十話 「海鳴 冬の陣 下編」

シグナムの中では最初、野上良太郎の評価は決して高くなかった。

桜井侑斗の呈示してくれた電王の情報も、実物を目にするまでは半信半疑だった。

そのくらいの存在であり、驚異にもならないし、敵ではないと思っていた。

侑斗は身内びいきしているのだろうと考えた事くらいだ。

だが、それは誤りだった。

彼---良太郎と対面した時、侑斗の言っている事が身内びいきでも脚色でもないとハッキリと確信した。

今まで自分が対面してきた男性とは明らかに違う。

一見すると、脆弱そうに見えるがその実質は強靭。気が弱そうな表情をしてはいるが、双眸の瞳には揺るぎのない強さが宿っていた。

そして、何より彼一人の存在で先程まで戦っていた魔導師の雰囲気が変わったのだ。

自分の剣戟で、一時的に抱かせた『不安』や『恐れ』というものが、一瞬で『安心』と『希望』に変わったのだ。

ただ、そこにいるだけで人が纏う雰囲気を変えてしまえる人間はそうはいないだろう。

そういう者を自分は躊躇いなくこう格付けするだろう。

『強者』と。

 

自分で自分を抑えられそうにないと発言されてからは良太郎の身体に纏っていた『違和感』という鎖が引きちぎられた。

(これから始まるのは『乱取り』じゃない。レヴァンティンが竹刀に換わっただけの『実戦』だ!)

鍔迫り合い状態から解放するために、後方へと退がる。

シグナムが放つ殺気を堂々と受け止めながら、前へと前進する。

構えも正眼からDソードを扱う際に慣れている無形に変えている。

竹刀を両手ではなく、右手だけで持っているのだ。

足さばきも剣道のそれではなく、実戦で用いていた足さばきになっている。

「はああっ!!」

良太郎はシグナムとの間合いを詰めると、片手持ちから両手持ちへと変えて、胴を狙う。

バシンとシグナムが竹刀で防ぐ。

「ようやく本気になってくれたな……」

笑みを浮かべていた。

だが良太郎は笑みを浮かべる余裕なんてない。

シグナムが本気で来るという事は、初めて戦った時のあのヒリつくような緊張が来るのだから。

実戦を何度も体験している良太郎だが、正直慣れない。

「ぐぐっ……」

「ふん!」

シグナムの竹刀が絡み合っている良太郎の竹刀を弾く。

竹刀は良太郎の手元には離れないが、身体が後方へとグラついた。

「もらったぁ!」

シグナムが両手で上段に構えて、一気に間合いを詰めてきた。

竹刀が面に届く。

(これは乱取りで、剣道の試合じゃない。そして、今僕とシグナムさんがしているのは試合でもない!)

フリーとなっている左手でフックを放って、竹刀の軌道を変えた。

「何!?」

こんな体勢で、攻撃をしたことにシグナムは驚いていた。

だが、良太郎も無事ではない。バランスをとれずに仰向けになって崩れ落ちた。

シグナムも倒れかけるが、何とかバランスを保っていた。

「邪魔だな……」

彼女はそう言うと、背を向けた。

 

良太郎とシグナムの乱取り時間は先程で一分を終了していた。

だが、それで収まるような雰囲気はなかった。

むしろこれからヒートアップするくらいだ。

(完全に剣道ではなくなっとるのぉ。まぁシグナム君が認める相手なのじゃから、ワシとて興味がないといえば嘘になるしのぉ)

館長はこのまま二人の戦いを中断させる気はないようだ。

「館長。あの二人、今乱取りだって事忘れてるのでは……」

男性講師が館長に二人のことを報告する。

「忘れとるのぉ」

「止めたほうがいいのでは?」

「今のあの二人を止められるかえ?」

男性講師は館長に「止めれるなら止めていい」というニュアンスが混じった台詞を聞く。

良太郎とシグナムを見る。

「……無理ですね。とても止めれそうにない」

「じゃろ?あの二人は放っておいて、残りの面々で乱取りをしおってくれ」

「はい」

館長の指示に良太郎とシグナムを除く全員が従った。

 

良太郎が起き上がって、背を向けたシグナムを目で追うと彼女は防具を外していた。

そこには剣道着姿のシグナムがいた。

正面を向き、こちらを見る。

「野上、防具を外せ。その方がいいだろう?」

シグナムは良太郎にも防具を脱ぐように促す。

「……わかりました」

良太郎も従うようにして防具を外していく。

剣道着姿の良太郎が竹刀を持って、シグナムのいる場まで歩み寄る。

「……行きます」

そう言うと同時に、良太郎は間合いを詰める。

剣の構えは上段ですぐさま振り下ろす。

シグナムは体勢を左横にするだけで避けてしまう。

それと同時に良太郎の背後に回る。

「!!」

良太郎はそのまま、シグナムとは向き合わずに前進する。

「読んでいたか……」

シグナムは次に放つ手を潰されたのに、表情に乱れはなかった。

向きを直して、対峙する。

「あの場で突進してたら確実にやられてたと思います」

良太郎は率直な意見を述べる。

「そうだな。お前の読みは正しい」

シグナムは自然と笑みを浮かべて竹刀を正眼に構える。

これが彼女の基本姿勢なのだろう。

「防具を外した以上、互いの一撃が相当のダメージとなる。一手を放つことで自分の勝利にも敗北にもなるのだからな」

シグナムは饒舌に語る。

「そうですね」

良太郎は彼女の言葉に素直に頷く。

自分の放った攻撃で命運が決まるのは実戦でしか味わえないものだ。

「行くぞ!」

そう言うと同時に、シグナムが間合いを詰めてきた。

先程のようにな上段ではなく無形なので、どのように繰り出すかわからない。

(読めない!剣の勝負ならシグナムさんのほうが圧倒的に有利なんだ。なら!)

何かが吹っ切れたのかそれとも、何かを思いついたのか竹刀を、

「なっ!?」

いいっ!?

シグナムと乱取りをしてた面々が良太郎の行動に驚いた。

竹刀を放り捨てたのだから。

 

 

試合が終了した後、翠屋JFCとその応援者達は翠屋で昼食を取っていた。

メニューはボロネーゼ(ミートソース)スパゲッティだった。

選手達は空腹をも満たすために、がつがつと食べていた。

「今回は僕もタダで食べれるんだぁ!」

リュウタロスも選手達に混じって食べていた。

前回は参加したにも関わらず、食事代は負担する羽目になっていたのだ。

「小僧!いくらタダでも食いすぎて腹壊すんじゃねぇぞ!?」

自分の金でプリンを食べているモモタロスがすでに三杯目に突入しているリュウタロスに注意する。

「わかってるよぉ!うるさいなぁ。モモタロスぅ」

リュウタロスは真剣に受け止めているのかどうかわからない返答をする。

「今日の夜も豪勢にするって言ってたからね」

ウラタロスがコーヒーの香りを楽しんで嗅いでいる。

「今日、何かの記念日やったか?」

ウラタロスの隣に座っているキンタロスは夕食を豪勢にするのは記念日なのだと思い、向かいでコーヒーを飲んでいるコハナに訊ねる。

「さぁ、結婚記念日だったらもっと盛り上がってるわよ」

「「たしかに」」

コハナの言葉はウラタロスとキンタロスが同時に首を縦に振るほど、説得力のあるものだった。

高町家で生活するようになって、わかったことが彼女達にはある。

なのはを除く、高町家の仲睦まじさは少々度を越していることだ。

仮面家族になるよりはいいが、正直毎日になるとげんなりしてくる。

「小僧のレギュラーの祝いじゃねぇのか?」

今までプリンの味を堪能していたモモタロスが言う。

「それが一番有力だけど、昨日にするんじゃない?そういうのって」

「言われてみればそうやな。試合が終わってリュウタのレギュラーの祝いって変やな」

「あ!」

ウラタロスとキンタロスがまた真剣に悩み始める中で、モモタロスが何かが閃いたような声を出した。

「どうしたの?モモ」

コハナは隣にいるモモタロスが何を言い出すのか待っている。

「理由なんて何でもいいんじゃねぇのか?俺達だって、似たような理由でバカ騒ぎするじゃねぇか?」

「確かに、特に理由もなくデンライナーで盛り上がるわよね」

コハナもそれに交じっているので、偉そうな事はいえない。

「桃子さんがするかなぁ。そんな事」

ウラタロスの中では高町桃子はのほほんとしているが、知的な人だと思っていたりする。

「カメの字。奥さんだって人間やで?突拍子のないことだってするがな」

キンタロスは強引だが納得する事にした。

「でも、本当にどうして豪勢にするのかしら?親睦会?うーん」

コハナは納得していないらしく一人で唸っていた。

 

リュウタロスを除くイマジン三体とコハナが考え込んでいる頃、翠屋の別のテーブルでは高町なのはを筆頭に仲良し四人組が談話していた。

本日のサッカーの試合の事でネタが尽きると、話題はフェイト関連に向かってきた。

フェイトが住んでいた国の事。

フェイトの趣味は何なのかという事。

どのような経緯で、なのはと出会い友達になったのかという事。

そして、アリサ・バニングスと月村すずかが一番に気になっているのが野上良太郎との関係だろう。

兄弟ではないという。では何なのだろう。

ビデオメールの中でも唯一出てこなかった存在で、フェイト・テスタロッサが多分だが一番信頼している人間だ。

気にならないはずがない。

「フェイトと良太郎さんって、どうやって知り合ったの?」

アリサは色々と聞きたいことがあるのだが、とりあえず一番平和的だと思われる質問をする。

「そうだね。凄く気になるね」

「うん!実を言うと、わたしも知らないんだよね」

すずかとなのはも乗り気だ。

これからその事に回答しなければならないフェイトはというと。

滅茶苦茶困っていた。

(どどどどどどうしよう。良太郎と初めて出会った時の事なんて言える訳ないよ……)

初めての出会い---それは半年前に遡る事になる。

当初から仲がよかったわけではなく敵対関係というより、狩る側と狩られる側の関係だった。

事実、自分はジュエルシードを持っていた良太郎を気絶させて奪おうとしていたのだから敵対関係という対等なものではない。

その後、返り討ちに遭って良太郎の温情で目的の品を入手する事ができたわけだが。

今、思い返しても自分にとっては『恥ずべき過去』の部類に入ることは確かだろう。

(穴があったら入りたいよぉ。うううう)

今回は、なのはもフォローはしてくれないだろう。

何せ知らないのだから。

「えーっとね。わたしが捜している物を良太郎が偶然持ってて、それを譲ってもらえたのが最初の出会いかな……」

フェイトは現在持てる頭脳をフルに活かして、最もベストだと思われる回答をした。

(フェイトちゃん。捜し物って……)

なのはは念話の回線を開いて、自分の推測が正しいことを確認するかのように訊ねた。

(なのはの考えている通りだよ)

(やっぱり……)

捜し物が『ジュエルシード』だとわかると、なのはは念話の回線を閉じた。

「じゃあ、それからの縁で良太郎さんと?」

すずかの言葉にフェイトは首を縦に振る。

「何か羨ましいなぁ。運命の出会いって感じがするし……」

アリサも羨望の眼差しでフェイトを見ている。

「そ、そうかな……」

そのような眼差しで見られたことがないので、照れが入ってしまうフェイト。

実際の出会いはそんな、羨ましがれるものではなかったりする。何せバチバチと戦っていたし。

上手く誤魔化す事はできたが、友人に真実を語れないことに後ろめたさを感じるフェイトだった。

 

 

道場内にいる誰もが良太郎の行動に驚愕の表情を浮かべずにはいられなかった。

竹刀を放り投げて、シグナムへの間合いを詰めたのだ。

両手を拳にして、右ストレートを放つ。

「速い!」

乱取りをしていた講師の一人が手を止めて言った。

この講師だけではない。道場内にいる全員が良太郎とシグナムの『実戦』に釘付けとなっていたのだ。

「あの兄ちゃん。ボクサーかよ?あのストレート、素人じゃねぇぞ!」

ボクシングをかじったことがある無料体験者の一人が目を大きく開いていた。

シグナムは肉眼で捉えているのか、上体を傾けて避ける。

シグナムは竹刀を『打つ』から『突く』へと構えを変更してから放つ。

良太郎も避けようとするが右頬に掠る。

掠った箇所が切れて血がたらりと出る。

出方をうかがうようにして良太郎はじりじりとシグナムを見据えたまま左に左に動く。

シグナムも良太郎を見据えたまま同じ様に動いている。

両者の足が停まる。

その次に両者が何かを仕掛けるということはその場にいる誰もが何故か理解できた。

 

「「!!」」

良太郎が間合いを詰めて、左拳をシグナムの腹部に狙いをつけて放つ。

「うぐっ!?」

シグナムがくの字に身体を曲げてしまう。

確実に動きを止めた。

そのまま、右肘をシグナムの右脇の下に入れ、肩越しに投げる。

背負い投げだ。

シグナムの身体が宙に浮く。

「え!?」

良太郎は投げた瞬間に、違和感を感じた。

シグナムの背中を床に叩きつけるつもりで投げたのだ。

だが、シグナムは正面に立っている。

竹刀を前に突きつけて警戒の姿勢を崩していない。

「はあはあはあ……はあはあ……」

良太郎は緊張による疲れで息を乱し始める。

(おかしい……。投げたはずなのに、ダメージに繋がる感じがしなかった……)

投げたのは確かだ。でも、それでシグナムが正面に立っているはずがない。

(自分から飛んだ?)

今の状態を作り出す方法としては一番現実的な方法だ。

(確実に投げでダメージを与えるために、ボディブローで身体を停めたのになぁ)

そんな状態でも危機回避として、これだけの芸当をやってのけたのだ。

正直、こんな人物と本当に一度戦ったのかと疑いたくなる。

「はあはあ……、動きを停めた上で背負い投げに繋げてきたか……。よい発想だ。私以外なら確実にそれで終わっていただろうな」

シグナムも息を乱している。

(竹刀で戦っても、僕には分がないと思ったから素手で仕掛けてみたけど決定打にはならなかった……)

剣の技術では勝負にはならない、だからといって素手で戦っても先程以上に警戒されるのは確実だ。

(何とか竹刀をシグナムさんの手から離さないことには……)

竹刀を手にして、小手を狙って離すという方法もあるがシグナムがそれを見逃すはずがない。

良太郎は自分の両手を見る。

(もうひとつだけあった。シグナムさんの手から竹刀を離す方法!)

顔を上げて、自分が投げ捨てた竹刀を手に取る。

(チャンスは一回……。二度目はない!)

正眼に竹刀を構えてから、そのまま駆け出した。

 

(危なかった。竹刀を離して、打撃に転じて投げ技を仕掛けてくるとはな……)

過去の戦いから現在に至るまで、投げ技を食らったのは初めてだ。

咄嗟に反応していなければ、確実にさっきの投げで終わっていただろう。

自分が守護騎士---戦うための存在だということがこの時ほどありがたいと感じたことはない。

良太郎が投げ捨てた竹刀をもう一度、手にして正眼に構えていた。

(竹刀を手にしたか。また何か仕掛けてくるつもりか)

良太郎の瞳を見ると、まだ闘志は消えていない。

その瞳を見た瞬間、全身に今までとは違うものを彼女は感じた。

(確かにここまで、私を相手に粘る人間はいなかったな……)

シグナムは良太郎と人間は既に自分を打ち負かした時点で認めていた。

(何故だ。私は何故野上をこうまで強く意識しているのだ……)

彼女はまだ自分の心にざわめいているものが何なのかわからない。

雑念を払うようにして首を左右にぶんぶんと振って、正面の敵に対峙する。

良太郎はこちらに向かってきたので、迎撃態勢をとることにした。

 

竹刀と竹刀がぶつかり合う。

シグナムが上段に振り下ろせば、良太郎は受けに入ると同時に強引に押しのけて攻守の立場を逆転させる。

良太郎は押しのけたまま、すぐに袈裟斬りに狙いをつけて振り下ろす。

シグナムは竹刀で受けに入ることが間に合わないと判断したのか、後方へと飛びのく。

そして、構えを正眼から八双に移行する。

「これで終わりにしよう。野上」

シグナムが静かに勝利宣言をする。

「………」

良太郎は何も発しなかった。

発するだけの余裕もないからだ。

両者が同時に駆け出して、竹刀を振り下ろす。

バシンという音が道場内に響く。

状態は×の字になって竹刀がぶつかりあっていた。

その状態のまま、二人とも動かない。

良太郎は竹刀を握っていた両手のうち左手を柄から離して、シグナムの竹刀を握った。

「何!?」

シグナムは良太郎の行動に驚愕の表情を浮かべていた。

竹刀を握っていた右手を離して、さらにシグナムの竹刀を握った。

「貴女から竹刀を離すにはこれしか浮かばなかったものですから!」

良太郎の竹刀を握る力が先程よりも強くなっている。

「まさか私から竹刀を離すために、もう一度持ち直してこの体勢に持ち込むように仕向けたのか!?」

シグナムの問いに良太郎は首を縦に振る。

良太郎はこのまま力任せに竹刀を奪えば、正気を見出せると確信した。

 

「発想はよかったが、自分の竹刀を側に捨てたのは失策だったな」

 

シグナムの一言が、良太郎の思考を停止させた。

良太郎が我に返ると、握っていたシグナムの竹刀が異様に軽かった。

まるでシグナムが握っていない感じだった。

良太郎の目の前にはシグナムの姿はなかった。

自分が握っている竹刀の柄を見ると、シグナムが握っていなかった。

ではシグナムはどこで何をしているのか。

「もらった!」

シグナムの声がする方向に、良太郎は顔を向ける。

「面!」

その叫びと同時に、良太郎の頭にシグナムが竹刀を振り下ろしていた。

バシィィィィンと道場内に音が響いた。

良太郎は後ろに身体が勝手に傾いていく中で、シグナムの右手に握られている竹刀を見た。

(もしかして、僕が使っていた竹刀を……)

そこまで推測すると、良太郎の意識は完全に途切れて仰向けになって倒れた。

 

「う……うん……。僕、どこかで寝てたのかな……」

良太郎はゆっくりと閉じていた瞼を開いていた。

最初に映ったのは見たことがない天井だった。

ゆっくりと起き上がって周囲を見回す。

布団がかぶさっており、先程の道場とは違うようだ。

「気がついたようだな」

シグナムが茶と羊羹二人分を乗せた盆を持って、入ってきた。

「えーと……、僕はどうなったんですか?」

良太郎は歩み寄ってくるシグナムに訊ねる。

「私の最後の一撃を食らって気を失ったんだ。あのままにしておくわけにもいかなかったので、ここに運んできたというわけだ」

「他の人達は?」

「無料体験者達なら皆帰ったぞ。私達の闘いを見て、いたく感動していたようだな」

「はあ……」

良太郎としては特に感動を呼ぶようなことをした憶えはない。

「もしかして、僕が目覚めるまでずっといてくれたんですか?」

シグナムは先程と同じ剣道着姿だ。

「ずっとではないがな。それに、これは付き合わせた侘びだ」

そう言いながら、シグナムは茶と羊羹を良太郎に差し出す。

「ありがとうございます」

良太郎は遠慮なくいただく事にした。

シグナムも自分の分をいただくことにした。

羊羹を食べて、茶をすする。

その間、その場はとても静かだった。

湯飲みを置くタイミングはほぼ同じだった。

「ごちそうさまでした」

「おそまつさまで」

互いに食した後の礼儀の言葉を口にする。

「今、何時なんですか?」

「三時だ。お前はあれから二時間近く眠っていたのだ」

シグナムは、壁時計を見て教えてくれた。

「そうですか……」

良太郎は理解すると一息吐く。

「……僕は負けたんですね」

「ああ。だが、私も圧勝というわけではなかったがな」

シグナムはそう言って、笑みを浮かべる。

良太郎も釣られて笑みを浮かべた。

この時だけは敵対関係を超えた友情めいたものが二人の場を覆っていた。

 

 

海鳴の空は夕焼けから星が輝く夜となる。

ハラオウン家の本日の夕飯はアルフの希望で焼肉となっていた。

良太郎とアルフ(人型)は遠慮なくガツガツと食べている。

「君達。ちゃんと噛んで食べろ」

クロノ・ハラオウンが肉を焼きながら、肉食獣のように食べる二人に注意する。

「クロノ君も早く食べないとなくなっちゃうよ。良太郎君もアルフも凄い勢いだし……」

エイミィ・リミエッタが隣でクロノが焼いていた肉をひっくり返すと同時に食べた。

「エイミィ!それは僕の焼いた肉だぞ!」

「ふっふーん。焼肉において大事なのは生き馬の目を抜く心構えだよ」

エイミィが勝ち誇ったような顔をしている。

「エイミィ。どうしたの?何か別人みたいだよ」

フェイトが焼きたてのタマネギを皿に入れながら、いつもと違う雰囲気を纏った同居人に困惑の表情を浮かべる。

「困ったわねぇ」

今までいなかったリンディ・ハラオウンが頬に手を当てて明らかに『困っている』というポーズを取りながら、リビングに入ってきた。

「どうしたんですか?リンディさん」

「お風呂の調子がよくないのよ。エイミィ、明日でいいから見てくれないかしら?」

この部屋内のあらゆる設備を把握しているのはエイミィだ。

「わかりましたぁ」

エイミィは了承しながら、もやしを食べていた。

「あの、リンディさん。今日はどうするんですか?」

「桃子さんから聞いたのだけれど、近くに銭湯があるから今日はそこで済ませようと思うの♪」

フェイトの疑問にリンディは即答した。

「良太郎、セントウって何?」

「ええとね。お風呂場の拡大版、かな……」

良太郎は自分なりに解釈している事をフェイトに伝えた。

 

海鳴市の夜は始まったばかりである。




次回予告

第二十一話 「海鳴 冬の陣 完結編」


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第二十一話 「海鳴 冬の陣 完結編」

海鳴市の夜は肌を突き刺すような風が吹いて寒いことこのうえない。

その中を野上良太郎、フェイト・テスタロッサ、ハラオウン親子(クロノとリンディ)、エイミィ・リミエッタ、高町姉妹(なのはと美由希)、イマジン四体(モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス)、コハナ、アリサ・バニングス、月村すずかが風呂桶とタオルと着替えを持ってとある場所へと向かっていた。

「何かえらい大所帯になっちゃったね……」

良太郎は歩いている面々を見回しながら率直な感想を述べる。

この一行が目指すところは海鳴市で最近開店したばかりの通称『スーパー銭湯』こと『海鳴スパラクーア』である。

「でけぇ風呂なんて久しぶりのような気がするぜ」

モモタロスが高町家で入っている浴槽を思い出す。

「なのはちゃん家のお風呂は足は伸ばせるけど、全体的に狭く感じるんだよね」

ウラタロスも前々から感じていたことを口に出していた。

「しゃーないやろ。温泉旅館の風呂やないねんから狭いんは」

キンタロスが住宅に温泉レベルの風呂を求める事自体、無理があるという。

「今から行くところって広いから泳げるんだよね?」

リュウタロスは後ろ歩きをしながら、片手で背泳ぎの真似をしている。

「リュウ君、広いからって人の迷惑になるから泳いじゃダメだよ?」

美由希が保護者のようにして注意する。

「えー」

リュウタロスはどこか不満そうだ。

良太郎はここに姿がない、高町家の主と高町家の長男のことを訊ねる。

「恭也や士郎さんはどうしたの?美由希さん」

「恭ちゃんとお父さんは留守番だよ。連れていってもカラスの行水だからねぇ」

美由希が解説も含めて答えてくれた。

「ああ、なるほど」

良太郎はそれだけで理解して、納得する事ができた。

「良太郎、カラスの行水とは何だ?」

日本の『喩え』に疑問顔をするクロノ。

「クロノのお風呂の入り方、かな」

クロノにとって最も身近な事で喩える良太郎。

「……それで十分だ。理解した」

クロノは今日くらいはカラスの行水をせずに、ゆっくり堪能しようと思った。

 

 

八神家では現在、夕飯としておでんが出来上がろうとしていた。

ぐつぐつと空腹の者を刺激する音が出ている。

ソファで読書がてら昼寝をしていた桜井侑斗の鼻腔をくすぐった。

「うん!仕込みはOK!」

作り主である八神はやては満足げに笑みを浮かべた。

「ああぁ、いい匂い~。はやてぇ、お腹減ったぁ~」

ヴィータがふらふらと匂いに釣られてリビングに入ってきた。

「まだまだぁ。このまま置いといて、お風呂入って出てきた頃が食べごろや」

はやては食べようとするヴィータに一番美味しい状態のことを説明する。

「うぅ、待ち遠しい~」

ヴィータはお預けと命令された犬のように素直に従っていた。

「ふぁーあ。もう夕飯か。早いな」

「侑斗さん、お昼寝しとったん?」

「本を読んでたら知らない間に寝ていた」

侑斗は首を回しながら言う。

「疲れてるんやない?ベッドやお布団であんまり寝てへんのやろ?」

はやては侑斗が八神家で居候するまでの経緯、特に日常生活においては疲れが取れる環境ではないと推測する。

「まぁな」

「八神家

ここ

にいる間は、好きなだけベッドやお布団で寝てええねんで」

「ああ、わかった。本当に疲れたらそうさせてもらう」

侑斗は、はやての厚意を素直に受け取る事にした。

「ヴィータちゃんとシグナム、それに侑斗君はこれでも食べて繋いでてね」

シャマルが三人分の腹の足し程度に一品料理を持ってきた。

わかめとタコのゴマず和えである。

リビングにいるシャマルに名指しされた三人は盆の上に乗っかっている一品料理を見る。

「「「………」」」

三人は積極的に手を出そうという気配がない。

「三人ともどうしたの?」

シャマルが動こうとはしない三人に訝しげな表情を浮かべる。

それでも三人は動こうとはしない。

三人は目でそれぞれに訴えていた。

(シャマルの料理は当たりが半分、ハズレが半分だからな……。ヴィータ、お前腹減ってるんだよな?先に食っていいぞ?)

侑斗が見下ろすようにしてヴィータに視線でそのように訴えた。

(シグナム、確か今日は剣道の無料体験でいつもより疲れてるんじぇねぇの?先に食べていいよ?)

ヴィータが見上げるようにして、シグナムに目で訴える。

(桜井、お前は運がいいと自慢していたではないか。お前の運に私は賭ける。だから食べろ)

シグナムが侑斗に目で訴えた。

三人に共通する考えは一つ。

自分以外の誰かを犠牲にして助かろうと考えていた。

この時ばかりは結束も友情も関係ない。

なお、シャマルの名誉のために言っておくが、彼女の失敗料理は単に『不味い』だけで食べられないわけではないのだ。

はやて及びデネブの料理を食べている彼等にしてみればある意味贅沢なものだが。

「三人とも、本当にどうしたの?お互いをにらみ合っているけど……」

この原因を作ったといってもいいシャマルが三人がなかなか動かないのでもう一度訊ねてみる。

「シャマル」

「なに?侑斗君」

「今回ハズレは三個のうち何個だ?」

「ハズレ!?」

侑斗の質問にシャマルは目をぱちくりしてしまう。

「見た目に騙されるんだよな……。シャマルの料理は」

ヴィータが過去の体験を思い出すようにして語る。

「お前の料理は時折、暴発するからな」

シグナムも腕を組んでヴィータの語りに首を縦に振る。

「ひ、ひどぉい!」

三人のあまりの物言いにシャマルは若干涙目になって、抗議するシャマル。

「シャマルの料理も大分上達しているから大丈夫だと思う。俺も八神も味見したしな」

今までキッチンでおでんの仕込みの片づけをしていたデネブが、そばまで歩み寄った。

「そうやで。わたしとデネブちゃんが食べても大丈夫やねんから平気やよ」

はやても今回のシャマル料理は太鼓判を押すようだ。

「八神とデネブが言うなら、大丈夫だな」

侑斗はそう言いながら、和え物を手にして口の中に含んだ。

「そうだな。主とデネブが保障してくれるのだからな」

「いただきまぁーす」

シグナムとヴィータも口に入れた。

「むうぅぅ。ザフィーラぁ、うちのリーダーとアタッカーとよその仮面ライダーはひどいと思わない?」

シャマルはどこか納得できない表情でリビングに入ってきた大型の蒼毛の獣---ザフィーラに意見を求める。

「……聞かれても困る」

表情はわからないが、声色からしてシャマルの意見を聞こうという気はないことはわかる。

味方がいないとわかると、落ち込みながらもシャマルは風呂場へと向かっていった。

「さぁ、ザフィーラの分だよ」

デネブがザフィーラの分となる和え物を置いた。

ザフィーラは黙々と食べる。

「八神。風呂はもう入れてあるのか?」

八神家の風呂担当は本来は侑斗なのだが、先程まで眠っていた侑斗が洗浄及び湯を入れることはできない。

「シャマルがやってくれてるで。後でちゃんとお礼言いよ?」

「きゃあああああああ!!」

風呂場からシャマルの悲鳴らしき声が聞こえた。

「ゴキブリでも出たか?」

侑斗はそんなことを言いながら、風呂場に向かう。

「ごめんなさあああい!温度設定間違えて、冷たい水が湯船いっぱいにぃ!」

シャマルが謝罪と報告をしてくれた。

侑斗は確認のために、湯船に右手を入れてみる。

「冷た!これじゃ、完全に水風呂だな……」

八神家の追い炊きは結構時間がかかる。正直、夕飯のタイミングにあわせることは不可能だろう。

闇の書の主と守護騎士達は改善策を模索しようとする。

ヴィータはシグナムにレヴァンティンを突っ込ませたらと打診するが、即却下された。

はやては魔法を行使して、水を湯にしようと言い張る。

魔法関連は侑斗とデネブは蚊帳の外だが、こんな事で使っていいはずがないということだけは理解できる。

「デネブ。チラシはまだ捨ててないな?」

「今週の分はまだあるけど、どうするんだ侑斗」

「いいから持ってこい。俺の記憶が確かなら、風呂関連のことがあったはずだ」

「了解」

デネブはチラシ及び新聞紙が束になっているところからチラシのみを持ってきた。

「侑斗、持ってきた」

「おう。確か……」

チラシをパラパラと捲りながら、目で内容を確認していく。

侑斗のチラシを捲る手が止まった。

「あった!これだ。おい、お前等。コレ見ろコレ」

侑斗はそう言いながら、湯船を見ながら考え事をしていた四人と一匹に声をかける。

「どうしたん?侑斗さん。何コレ?」

「いいから中身読んでみろ」

「海鳴スパラクーア。新装オープン記念大サービス?」

「侑斗。何コレ?」

「「??」」

はやては侑斗が見せたチラシを読んでいき、ヴィータはそれが何なのか侑斗に訊ねてシャマルとシグナムも疑問顔になっている。

ザフィーラに至っては表情から何を考えているのかわからないが。

「みんなで入る大きなお風呂やな」

はやてが疑問顔になっている守護騎士達に簡潔に教えた。

「みんな……ですか?」

シャマルが侑斗を見てから頬を赤くする。

「ちゃ、違うよ!男女は別々やで!」

はやてもシャマルが何を想像していたのか理解したのか同様に頬を赤く染めていた。

「ざっと目を通しただけでも、十種類近くはあるな」

侑斗は風呂の種類を読み上げていく。それだけで、はやて、シャマル、ヴィータ、デネブは行く気マンマンになっている。

ザフィーラはやっぱり表情が読めない。

シグナムがどこか浮かない表情になっているのを侑斗は逃さなかった。

「お前、身内の不手際を八神が尻拭いするのが申し訳ないと思ってるんだろ?」

「うっ……」

侑斗の一言はシグナムの正鵠を得ていた。

「八神も勘付いているかもしれないな。あいつ、子供の癖にこういうことは敏感だからな」

「そ、そうか……」

「お前が真面目なのは八神もよく知ってる。一ヶ月しかいない俺でもそう思うくらいだからな。だがな、真面目さは時として不協和音の引き金になるんだぜ」

侑斗は何かを思い出したかのような表情で語る。

「むぅ……」

「お前がハメを外したって、八神は喜びこそはすれ非難はしないさ」

「桜井……、たった一ヶ月で主の事をそこまで理解していたのか……」

「顔に出やすいんだよ。あいつ」

侑斗はそう言ってから、はやて達の会話に混ざっていった。

「行ってこい。時に休息は必要だ。それに今日のお前は特に必要だろう?」

ザフィーラが含みのある台詞をシグナムにぶつける。

「ザフィーラ?」

「右腕の動作がいつもよりワンテンポ遅い。目立った外傷はないがダメージゼロというわけではなかろう」

「見抜いていたか。今日、幸か不幸か野上と戦った」

「野上?野上良太郎か?」

ザフィーラは一瞬だけ表情を変えるが、また元に戻る。

シグナムは首を縦に振る。

「勝ちはしたが、正直辛勝だった」

「嬉しそうだな?」

「そうだな。何故かはわからないが嬉しい。もう一度野上と会ってみたいと思ってしまっているくらいだからな」

「そうか……」

ザフィーラはシグナムの表情が今まで見たことがないものだと気付いた。

それから十分後、ザフィーラを残して八神家とチームゼロライナーは海鳴スパラクーアへと足を向けた。

 

 

海鳴スパラクーアに到着した良太郎一行は男風呂と女風呂に分かれて、入っていった。

女性陣は当然すんなりと入っていった。

男性陣も良太郎とクロノは入ることができた。

「あ、お客さん」

番頭に呼び止められたイマジン四体。

「何だよ?俺達、背中に刺青なんかしてねぇぞ?」

モモタロスが自分達は注意書きされている看板とは違うと言い張る。

「ええとですね。その……」

番頭はモモタロスに凄まれているかたちになっている。

「「「じー」」」

ウラタロス、キンタロス、リュウタロスもじっと番頭を見ている。

側から見ると、四体の得体の知れないものに因縁をつけられている哀れな番頭という図式が成り立っている。

「……どうぞ、行ってください」

番頭は職務より自身の安全を選んだようだ。

入浴体勢をとっている良太郎はすでに準備を整え終えているイマジン四体を見ていた。

「みんな、念のために釘を刺しておくけど、暴れ回ったりしないでね?」

「おいおい。良太郎、そんな問題ばっかり起こすわけねぇだろ?」

「心外だよ良太郎。センパイ達ならともかく、僕が問題起こす訳ないじゃない?」

「お前は女がおらへんから問題起さんだけやろ!」

「僕、いい子にしてるよ!」

良太郎に釘を刺されたイマジン四体はそれぞれの自己主張をする。

「良太郎、それに貴方達も早く来ないか?」

焦れていたクロノが一人と四体を促した。

男性陣は広がる銭湯へと向かっていった。

 

 

「全く、二つ姿があるってのも時には面倒だよねぇ」

「でも、あの姿じゃないと上手くやりきれない事もあるからね」

そんな会話をしながら海鳴スパラクーアに向かっているのはアルフ(人型)とユーノ・スクライア(人間)だ。

この二人は本来の姿を高町家の面々やアリサやすずかにさらすわけにはいかないので、時間帯を態と遅らせていたのだ。

「やっぱりお風呂に入るのはこの姿の方がいいからね」

「それは同感だねぇ。ユーノ」

動物形態で日常生活をしていてもユーノは人間体が本来の姿なので疲れを取るにはこちらの姿に限るのだ。

それに、動物形態は何かと危険が多いのだから。

「いらっしゃいませぇ」

番頭が営業スマイルを向けてきた。

「それじゃアルフ。また後で」

「ああ、疲れ取りなよ。ユーノ」

二人は入っていった。

 

ユーノとアルフが入場してから五分後に八神家とチームゼロライナーも入場していた。

「新装開店の割には随分とガラガラだな」

侑斗は脱衣所で入浴準備をしながら感想をもらしていた。

「皆、出てくる」

入浴準備をし終わっているデネブが浴場から脱衣所に出てくる客を見ていた。

客の誰もが何かに怯えているような顔をしていた。

客の一人がデネブと目が合う。

「わあああああああ」

悲鳴を上げて、客は服を着終えていないのに出て行ってしまった。

「そんなに怖いかな……。俺」

デネブは怖がられていることにショックを受けた。

 

 

「うむ。やはり動きは悪いままだな……」

効能がある湯に浸かっているシグナムは右腕を動かしながらそのような感想をこぼしていた。

「シグナム、貴女どうしたの?嬉しそうだけど?」

隣で浸かっているシャマルが笑みを浮かべている理由を訊ねる。

「そうか?ザフィーラも同じ様な事を言っていたな……」

「珍しいじゃん。いつもしかめっ面なのに」

先程まで別の湯にいたヴィータが入ってきた。

「そういう日もあるさ」

「シグナムが嬉しそうな顔するんは、わたしも嬉しいよ」

はやてが笑顔で言ってくれた。

「ありがとうございます」

シグナムは表情を崩さなかった。

その後、ヴィータはまた別の湯へと向かっていった。

この三人がすずかとバッタリ会うのはそれから数分後の事である。

 

「あぁ、いい湯だねぇ。やっぱりこの姿の方が落ち着くねぇ」

アルフは一人で湯船に浸かってくつろいでいた。

フェイトやなのはの姿を見たが、声をかけることはしなかった。

自分は以前、この姿でなのは、アリサ、すずかにアヤをつけたことがあるからだ。

この姿でなのはやフェイトに声をかけると、折角良好な人間関係を築けているフェイトの枷になりかねないと判断したのだ。

「あら、アルフ」

見知った声がしたので顔を向けてみると、そこにはリンディがいた。

「他の連中はどうしたんだい?」

「エイミィと美由希さんは意気投合して、二人で行動してるわ。子供達は子供達で行動してるわよ」

「ふーん」

リンディの状況説明にアルフは一通り理解してから天井を見上げていた。

「それにしてもアースラで航行してると、こういうくつろぎって中々得られないわね」

リンディはアルフの隣に浸かる。

「確かにねぇ」

二人は緩みきった表情をしていた。

 

 

男湯ではというと。

「っ痛。まだあちこち痛いや」

良太郎は身体の節々を触りながらジャグジー湯に浸かっていた。

「無料体験だろ?何故頬にまで傷を作ったんだ?」

クロノは頬の傷の経緯を訊ねてきた。

「ちょっと、盛り上がっちゃってね」

良太郎は苦笑しながら、当たり障りのない台詞を述べた。

シグナムと戦ったなんて言う訳にはいかない。

「ガラガラになってしまったな……」

クロノは男湯を見回してから言う。

まるで貸しきり状態のように人がいない。

「やっぱり原因は……」

「まず間違いなく彼等だろうな」

風呂を静かに楽しむ事は良太郎もクロノも反対ではないが、このような結果を作ってしまった原因を知っているため、素直には喜べなかった。

 

「ふぅ。サウナも久しぶりだな」

侑斗が一人入っていた。

デネブも一緒だったのだが、暑さに耐え切れずに今頃は隣の水風呂の中にいるだろう。

じりじりと太陽が近くにあるかのように感じさせてくれる暑さ。

サウナ好きにはこれがたまらないのだ。

ドアが開いて、一人の少年が入ってきた。

「あ、どうも」

少年は先客である侑斗に頭を下げて入室した。

少年は侑斗の隣に座る。

貸しきり状態なので、どこを座っても構わないため侑斗も何も言わない。

「お一人ですか?」

「いや、連れときている」

少年が訊ねてきたので、侑斗は答えた。

「もしかして、連れって女性?」

「ああ、よくわかるな」

「何となくそんな気がしたんです」

「お前こそ一人か?子供はこんな時間に一人というのは感心しないが」

「いえ、僕も連れと来たんです。僕はちょっとした事情があるんで、時間をわざと遅らせてきたんですけどね」

「ふーん」

少年も律儀に侑斗の質問に答えてくれた。

「お前の連れも女か?」

「よくわかりますね」

「そんな質問が出るって事は自身が経験した事があるからだろうと思っただけだ」

「もしかして、女所帯か?」

「えぇ!?何でそこまで!?」

侑斗が少年にぶつけた質問は決して当てずっぽうではない。

確信のようなものがあったのだ。

十代にも満たない少年が、気苦労のようなものをしているとすれば大概が異性との交流だと。

「俺も女所帯に世話になっているからな」

侑斗もザフィーラとデネブを除くと、全員女性だ。

男がいるといってもザフィーラは寡黙だし、デネブは異性問題に関してはズレてるしと正直自身の心労をねぎらってくれるとは思えない。

「正直苦労するよな……」

「ええ……、本当にそう思いますよ」

侑斗は不思議とこの少年に好感を持てた。

自分と似たような何かがあるのかもしれないと感じたからだろう。

「桜井侑斗だ。しばらくはここにいる」

「僕はユーノ・スクライアです。よろしくお願いします。桜井さん」

「侑斗で構わない。親しい奴は大抵そっちで呼んでいる」

侑斗は笑みを浮かべて言った。

「はい!侑斗さん」

少年---ユーノは侑斗と知り合いになった。

初めて会ったのに、気が合うと二人は妙な確信を持っていた。

 

「あー、何か飽きちまったなぁ」

モモタロスは打たせ湯に打たれながら、隣にいるウラタロスに言った。

「三十分も同じ湯に浸かってれば飽きるって」

ウラタロスはまだ十五分くらいだ。

「他の湯も入っちまったしよぉ。暇でしょうがねぇんだよ」

「先に上がってジュースでも飲んでれば?」

「そうすっか」

モモタロスはウラタロスの提案に乗ることにした。

その後、すぐにキンタロスとリュウタロスがやってきた。

「カメの字、モモの字はどうしたんや?」

「飽きたから先に上がるってさ。キンちゃんはどうするの?」

「俺も一通り堪能したから上がるつもりや」

「僕も僕も!」

「何さ、みんな飽きちゃったの?しょうがない。僕も上がるかな」

ウラタロスも特に未練があるわけではないので便乗する事にした。

 

湯船に浸かろうとしたクロノには先客がいた。

「……君は何なんだ?」

クロノは目の前にいる得体の知れないものに冷静さを持ちつつ訊ねた。

「デネブです。初めまして」

得体の知れないもの---デネブは礼儀正しくクロノに頭を下げた。

「それじゃ失礼します」

デネブは湯船から出て行った。

「………」

クロノは毒気を抜かれた表情をしていた。

外見に反して礼儀正しかったからだ。

「イマジンだよな。多分……」

自分が知っているイマジンとは大きく違っていたからだ。

 

 

二時間が経過した。

 

 

海鳴スパラクーアで寛いでいた面々はそれぞれの帰路を辿っていた。

明日からまた新しい日々が訪れる。

期待、不安、決意を胸に秘めて。

 




次回予告

第二十二話 「フェイト・テスタロッサの初恋」


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第二次海鳴大乱戦
第二十二話 「フェイト・テスタロッサの初恋」


月曜日の朝とは、清々しく活動する者もいれば陰鬱な表情で活動する者もいた。

バニングス邸で生活しているアリサ・バニングスは間違いなく前者だろう。

その証拠に自信に満ち溢れた表情と気品が彼女は常に纏っていた。

「おはようございます。お嬢様」

初老の男性が恭しく頭を下げて、頭を下げた。

「おはよう。鮫島」

聖祥学園の制服に着替えたアリサは鮫島と呼ばれた男性に挨拶を返す。

「本日の朝食は洋食となっております」

「そう」

アリサは鮫島に案内されながら、応接室へと入る。

来客がない場合、大抵アリサはここで食事をする。

「パパとママは?」

「旦那様と奥様は昨晩帰国して、現在お休みになっております」

バニングス夫妻は実業家であり、日々多忙な生活をしている。

以前ならば多少のワガママを言っていたが、事情を理解し始めた頃からは言わなくなった。

「そう。ゆっくりと休ませておいてね」

「かしこまりました」

アリサは朝食を終えると、自室に戻って支度をする。

カバンの中身をチェックする。

忘れ物はない。

「それじゃ、行ってくるわね」

アリサの一日が始まった。

 

 

ハラオウン家では既に朝食を終えていた。

野上良太郎、フェイト・テスタロッサ、アルフは食器の洗い物をしていた。

良太郎が洗い、フェイトが拭いて、アルフが棚にしまい込む。

「見慣れてはいるけど、相変わらず流れるような動きだね」

エイミィ・リミエッタは三人の無駄のない動きに感心していた。

「クロノ君もあんな感じで動いてくれればいいんだけどねぇ」

ささやかな望みを隣で新聞を読んでいるクロノ・ハラオウンに言ってみる。

「努力はしているだろ……」

クロノは小さくなった。

リンディ・ハラオウンはそんな後景を微笑ましく見ていた。

静かな空間にメロディーが流れ出した。

ケータロスの着信音である。

良太郎はポケットからケータロスを取り出す。

「もしもし……」

『私でーす。良太郎ちゃん、元気してますか~?』

ナオミだった。

「ナオミさん?どうしたの?」

『今オーナーに代わりますね~』

「?」

『良太郎君。私です』

渋みのある初老の男性の声に代わった。

「オーナー?どうしたんですか?」

『実はですねぇ。あれからこちらで調べてわかったことが幾つかありましたので、その報告をしようと思いましてねぇ。良太郎君、ご足労をかけますが本日の夕方にデンライナーで向かいます』

「わかりました。夕方ですね。ん?」

良太郎はケータロスを切ろうとしたが、リンディがケータロスを渡すように手を出していた。

「すいません。リンディさんに代わります」

そう言ってから、リンディに通話状態のケータロスを渡した。

「お久しぶりですね。オーナー」

リンディはケータロスを受け取ると、リビングを出て行った。

「ねぇねぇ。良太郎君」

エイミィが良太郎に歩み寄ってきた。

「なに?エイミィさん」

「艦長とオーナーさんって何かあるの?実はね、良太郎君達が来るまでの間にオーナーとはもう一度会いたいとか言ってたからさ」

良太郎は腕を組んで、艦長とオーナーの関係を考えてみる。

「オーナーと知り合ってから、リンディさんに変化はあった?」

「そういや、レティ提督が言ってたんだけどね。フェイトちゃんの嘱託試験の時にスプーンを色々捜していたらしいんだよ」

「スプーン?食べる時にスプーンだよね?」

「うん」

エイミィは首を縦に振る。

「そういえばアースラのコックに対して、あるメニューを打診していたな」

「それなら、わたしも見たよ」

「あたしもー」

クロノ、フェイト、アルフも会話に参加してきた。

様々な証言の中から有力な情報を良太郎は選出して整理する。

「スプーンを持ってて、あるメニューを打診していた、か……。それにオーナーが関連しているとなると……」

良太郎は考え込んでいたために伏せていた顔を上げた。

何かが閃いたのだ。

「クロノ。リンディさんが打診していたメニューってチャーハンじゃない?」

「そういえば、細かく刻まれた野菜や肉が米と一緒になって小さい山のような形をしていた料理だったような……」

クロノは思い出しながら語りだす。

「あ、そういえばわたしがリンディていと……、リンディさんがチャーハンを食べているのを見た時って、お仕事をしている時くらい怖い顔をしてたよ」

「あたしも見たよ。頭の上に刺さっている旗を落とさないようにしてたねぇ」

フェイトとアルフも思い出してきたようだ。

「それでわかったよ。オーナーとリンディさんの関係……」

良太郎の一言に全員が視線を向けてきた。

 

「あの二人はね、チャーハン対決でのライバルだと思うよ」

 

良太郎の告白に四人の目が点になった。

言った良太郎でさえ、どこか複雑な表情をしていたくらいだ。

「マジなの?良太郎君」

エイミィは確認するかのように訊ねるが、良太郎は首を縦に振るだけだ。

「冗談ではないよな?」

「冗談じゃないよ」

クロノの言葉を良太郎は否定するだけだ。

エイミィとクロノはどこかショックを受けていた。

「何か二人ともショック受けてるみたいだよ。良太郎」

「あの二人はフェイトちゃんやアルフさんより、リンディさんと付き合いが長いから仕方がないんじゃない?」

良太郎としてもどうしたらいいかわからなかった。

立ち直るのを本人任せにして、良太郎は壁にかかっている時計を見てからフェイトに言う。

「それよりも、そろそろ学校でしょ?」

「あ!そうだった。じゃあ、良太郎、アルフ。行ってくるね」

フェイトはカバンを持ってそそくさと出て行った。

「「行ってらっしゃーい」」

良太郎とアルフはフェイトの背中を見送った。

リンディが良太郎にケータロスを返したのはそれから五分後の事だった。

 

 

午前から午後に変わろうとしている海鳴の空。

聖祥学園では四時間目となっており、体育だった。

男女共に体操着に着替えて外に出て、ドッジボールをしていた。

クラスの人数を半分にして、AチームとBチームに分かれていた。

アリサとすずかがAチームでフェイトとなのははBチームとなっていた。

ボールはAチーム側となって、リーダーであるアリサが左腕をぐるぐる回してから、大きく振りかぶって右手にあるボールを投げた。

Bチーム側のコートの一人に当たった。

てんてんと転がるボールをフェイトは手に取って、振りかぶる。

(アリサやすずかを狙うには障害が多い。なら!)

フェイトは壁役となっている男女二組に狙いを定めて崩す事にした。

壁役に当たって、外野へと出ていく。

「フェイトちゃん、すごい!」

運動能力が決して高くないなのはにとってフェイトのプレーは魅了するには十分だった。

「やるわね。フェイト」

「わたし達が勝つには一番の障害になるね」

Aチームのアリサとすずかはフェイトのプレーに分析し、一番の強敵と認定した。

ゲームはそれからも続く。

AチームもBチームも内野の人数が減りつつあった。

壁役となってくれる面々も外野になっている。

「えい!」

フェイトはボールを手にして、アリサに狙いをつける。

「きゃあ!」

アリサの頭部に当たって、すずかが受けようとしたが失敗となってアウトになった。

フェイトは小さく右手でガッツポーズを取る。

「アリサちゃんの敵はとるからね!」

すずかがボールを手にして、Bチームの内野の中で一番のお荷物となるなのはに狙いをつけた。

「ふえええぇ!!」

なのはは悲鳴を上げて、縮こまった姿勢を取ってしまう。とてもではないがボールをキャッチする事はできない。

すずかが投げたボールはなのはに当たり、そのままボールは宙に浮いている。

地面にボールがつけばアウトとなる。

「させない!」

フェイトは全力で宙に浮いているボールを追いかける。

(角度と速度と風向き、この軌道ならジャンプで何とかなるはず!)

フェイトは速度を殺さぬまま、タイミングよく膝を曲げて跳躍した。

その場にいる誰もがフェイトのジャンプに眼を奪われていた。

ボールをキャッチする。

(狙いはBチームのエース、すずか!)

「ショット!」

フェイトは宙に浮き、ゆっくりと下がっていく中でボールをすずかに向けて投げた。

ボールは照準の狂いなく、すずかへと向かっていく。

「うそ……」

外野にいるアリサは眼を大きく開き、口をぽかんと開けていた。

「さすがフェイトちゃん、わたしだって!」

すずかは怯むことなく迎え撃つようだ。

後方に少しだけ下がりながら、ジャンプする。

キャッチしてから、手にしたボールを掴んだ右腕を後ろ回転させて勢いをつける。

「えいっ!」

すずかの放ったボールはそのままフェイトに向かっていく。

「え?」

フェイトもまさかカウンターで返してくるとは予想もしなかったのだろう。思わず間抜けな声を上げてしまう。

ボールはそのままフェイトに当たった。

「あう!」

「フェイトちゃん!」

「フェイト!」

なのは、アリサ、すずかが地面に落ちて、眼を回しているフェイトに歩み寄る。

「ご、ごめんフェイトちゃん……。つい……」

「だ、大丈夫。大丈夫」

すずかが謝罪し、フェイトは不安にさせないように精一杯強がっていた。

結果としてAチームが勝利となった。

「今度は一対一でも負けないよ!フェイト!」

「えーっと、お手柔らかに」

アリサはフェイトに次の試合に向けての宣戦布告をしてきたが、フェイトは苦笑いを浮かべるしかなかった。

聞いていたなのはとすずかも苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

昼休みとなり、仲良し四人組は屋上でお弁当を食べていた。

しばらくは昨日の海鳴スパラクーアの事やリュウタロスが参加したサッカーの試合の事や、昨日見たテレビのことなど色々と談話して盛り上がっていた。

盛り上がった中で食べる事に少し集中していた中で、アリサが口を開いた。

「ねぇフェイト」

「なに?アリサ」

フェイトは右手に握っているフォークの手を止めて、アリサに顔を向ける。

「実はさ、わたし気になることがあるんだけど、聞いていい?」

「なにを?」

「どうしたの?アリサちゃん」

「ちょっと怖いよ。アリサちゃん」

フェイトに何かを訊ねようとするアリサを見て、怪訝な表情をするなのはとアリサの雰囲気に呑まれそうになっているすずか。

「単刀直入に聞くけど、良太郎さんってフェイトにとって何?」

「え?わたしにとっての良太郎?」

フェイトは思わず聞き返した。

「そ。一週間、ずっと気になってたんだけどアンタって良太郎さんの話をする時ってすごく嬉しそうな顔してるじゃない?それに、わたしとすずかが初めて良太郎さんと会った時に会話してた時も、わたし達とは何か違う感じがしていたのよね」

「そ、そうかな……」

フェイトは自分の恥部が指摘されたような感じがしてどこか居心地はよくない。

「で、どうなの?」

「え、ええと……。わたしにとって良太郎は……」

フェイトは自分にとって野上良太郎は何なのかを考える。

別世界から来た人。

最も頼れる存在で、優しい時もあれば厳しい時もある人。

自分が持つ常識を簡単に壊してくれる人。

一緒にいると、とても安らぎを与えてくれる人。

可能ならずっと一緒にいたい人。

(え?)

どくんどくんとフェイトの心臓が高鳴る。

途端に身体中の温度が上昇するような感じがした。

思わずフェイトは両手で頬を触ってしまう。

「なるほどね。フェイトのその態度を見て、わたし確信したわ!」

アリサは名探偵のように頷いてギラリと目を光らせる。

「な、なにが?アリサ……」

フェイトはアリサの迫力に呑まれつつある。

なのはとすずかは完全に呑まれているため、一言も発せずにいる。

ちなみに二人とも、アリサの言葉を待ち望んでいたりする。

 

「恋よ!フェイト。アンタは良太郎さんに恋してるのよ!」

 

「「恋ぃ!?」」

なのはとすずかは思わず大きな声を上げてしまう。

自分と同年代の人間が、しかも友達が知らない間に異性に心奪われていたことに驚いてたのだろう。

「なのは。アンタ、わたし達より良太郎さんやフェイトと付き合いがあるのに気付かなかったの?」

「なのはちゃん?」

なのはにとっては衝撃的な出来事なのだろう。思考回路が吹っ飛んで、目が点となって口をぽかんと開けていた。

もちろん、アリサとすずかの声も聞こえていない。

「しっかりしなさい。なのは!」

アリサはそう言いながら、なのはの両頬を引っ張っている。

「いひゃいひょ。あひぃひゃひゃん(痛いよ。アリサちゃん)」

「よし!正気に戻ったわね」

「アリサちゃん。強引すぎるよ……」

現実から意識を離したなのはをもう一度引き戻させるアリサの方法はかなり強引ですずかは、なのはに同情した。

「恋。特定の異性に強くひかれること。また、切ないまでに深く思いを寄せること……」

フェイトはブツブツと言っていた。

「ああもう!アンタもなの!?」

アリサは先程と同じ方法でフェイトも現実へと意識を強引に戻した。

「ひゃひぃひゅひゅひょ?ひゃひぃひゃ(何するの?アリサ)」

「よし!これで話を進めることはできるわね。なのは。アンタ、わたし達より良太郎さんやフェイトの付き合いが長いのに気付かなかったの?」

「う、うん……」

なのはは引っ張れた頬を擦りながら答えた。

「まぁ、なのはじゃしょうがないけど……」

「何気にひどい事言ってるよ。アリサちゃん」

「気にしちゃ駄目よ」

ツッコミを入れるすずかに、アリサはしれっと返す。

「あの、アリサ」

「何かしら?フェイト」

「ど、どうして……その、わたしが良太郎に恋してるって言えるの?」

フェイトの推理ドラマで言うなら「どうして、わたしが犯人だと言い切れるのかしら?」的な一言はアリサは予想の範囲内らしく動じる様子はない。

むしろ、「待ってたわ。このシチュエーション」といわんばかりの表情をしていた。

「恋してないってなら、アンタ即答したんじゃないかしら?でも、アンタどう答えたらいいか悩んだじゃない。それって良太郎さんを強く意識してるって事でしょ?」

「うっ……、そう言われると……」

アリサの尤もな説にフェイトは言い返せない。心を見透かされたような感じがして、反撃の言葉が出なくなってしまったのだ。

「フェイト。言っておくけど証拠はないわよ」

これが殺人事件なら犯人側はアリサの推論に対して、体のいい言い訳を作って逃げおおせる事が可能だろう。

だが、これは殺人事件ではない。アリサの推論はフェイトにとっては十分すぎるほどの効果を持っている。

「……初めてなんだ」

フェイトはぽつりと言った。

興奮のあまりに立っていたアリサも座り、二人のやり取りを見ていたなのはとすずかもフェイトの言葉を洩らさないように、耳を傾けていた。

「良太郎のことを考えると、凄くドキドキするんだ。良太郎と話をしたり、遊んだりしている時って凄く幸せだなって思っちゃうんだ。いつまでも続けばいいのにって思うときもあるんだよ」

フェイトの言葉を三人は凄く真面目に聞いている。

「でも、良太郎が急にいなくなったらって思うと、胸が締め付けられて苦しくなるんだ。寂しくて不安で怖くて、何か変になっちゃいそうになるんだよ……」

語るフェイトの横顔に三人は魅了されていた。

「アリサ」

「な、なに?フェイト」

この場の空気を支配しているのは間違いなくフェイトだ。アリサは完全にその空気に呑まれていた。

「これって恋、なのかな……」

そこにいる誰もがその言葉に即答する事はできなかった。

何故なら、三人とも『恋』をしたことがないからだ。

フェイトは三人が何も言わない事から肯定と解釈した。

(わたし、良太郎に恋してるんだ……)

自覚した事で自身に起こることを彼女はまだ知らない。

 

 

翠屋でのアルバイトが終わって、空を見上げると夕方ではあるがデンライナーがまだ来ていないので良太郎はハラオウン家へと戻る事にしていた。

ケータロスが鳴り出した。

ズボンのポケットから取り出す。

「もしもし……」

『良太郎君ですか?私です』

珍しい着信者だ。

「オーナー?どうしたんですか?」

『実は本日の打ち合わせの件ですが、申し訳ありませんが明日の夕方で構いませんでしょうか?』

「それは構いませんけど……」

『そうですか。では明日、デンライナーで迎えに行きますので。あとモモタロス君達にはハナ君経由でで伝わっていますので安心してください』

「わかりました」

良太郎はオーナーの予定変更を了承した。その直後、通話は切れた。

ケータロスをしまいこむと、ハラオウン家へと向かうエレベーターに乗り込んだ。

「ただいま戻りました」

良太郎はドアを開き、靴を脱いでスリッパを履いて入っていく。

「おかえりなさい。良太郎さん」

砂糖とミルクを淹れた緑茶---リンディスペシャル(命名者:良太郎)を飲んでいたリンディが笑顔で迎えてくれた。

「おかえり。良太郎君」

冷蔵庫の中を漁っていたエイミィが顔をこちらに向けていた。

「おかえりー」

アルフはテレビを見ながら返してくれた。

「お、帰ってたのか。良太郎」

アルフの隣で新聞を読んでいたクロノが良太郎に目を向けていた。

良太郎は何かが足りないと感じた。

この時間帯なら、帰ってきているはずだから自分の声がすれば必ずと言っていいほど現れる人物がここにはいない。

「あれ?フェイトちゃんは?」

「帰ってきているのは確かだが……、部屋で宿題でもしてるんじゃないか?」

クロノもフェイトの姿を探すが、リビングにはいない。

「そうなんだ……」

良太郎は納得して、テーブル席に着く。

エイミィがコーヒーを持ってきてくれた。

「ありがとう。エイミィさん」

エイミィの淹れてくれたコーヒーは美味しい。正直、姉の野上愛理に匹敵するレベルだと思っている。

ぱたぱたとスリッパの音が良太郎の耳に入った。

音を立てて入ってきたのはフェイトだった。

良太郎とフェイトの目が合う。

「お、おかえり。良太郎」

フェイトは目が合った瞬間、頬を赤く染めてそそくさとリビングから背を向けた。

「え?」

良太郎はフェイトの今までとは違う行動に目をパチパチとさせていた。

そして、妙に突き刺さる視線を辿ってみると笑みを浮かべているリンディ、エイミィ、アルフだった。

「何で三人とも笑顔なんですか?」

良太郎は何故か笑っている三人に訊ねる。

「え~」

リンディは手で口元を押さえているが、やっぱり笑みを浮かべている。しかも答える気はないようだ。

「ね~」

エイミィも笑みを浮かべている。そして、やっぱり答える気はないらしい。

「アンタも罪な男だねぇ」

アルフも笑みを浮かべていた。そして、何度か良太郎にとっては聞きなれた台詞を言う。

「良太郎、フェイトに何かしたのか?」

「今日の朝のやり取り、見てたでしょ?何もしてないよ」

「学校に行っている間に心境に変化があったのかもしれないな」

良太郎の言うとおり、朝でフェイトは先程のような態度は取らなかった。今までどおりの態度だった。

フェイトに変化があったとしたら、クロノの言うとおり学校に行っている間ということになる。

「一体、何があったんだろ……」

その日、良太郎とフェイトが会話をすることはなかった。

 




次回予告

第二十三話 「再戦の幕は開かれる」


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第二十三話 「再戦の幕は開かれる」

フェイト・テスタロッサの様子が変わってから翌日の夕方。

野上良太郎は正直、悩んでいた。

朝に挨拶をしても素っ気無くて、露骨に避けているような感じがしていた。

しかも決まって表情は顔を赤くして。

そして、やっぱりというべきかリンディ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、アルフ(人型)は笑みを浮かべて見ているだけで助け舟は出してくれなかった。

「クロノ。僕はフェイトちゃんに何かしたのかな?」

「貴方にわからないものを僕がわかるわけないだろう」

良太郎はハラオウン家で唯一の相談相手であるクロノ・ハラオウンに意見を求めるが、有力なものにはならなかった。

高町なのはなら何かを知っているかもしれないと良太郎は考え、聞いてみようと思うが、それは今日ではなく明日以降になりそうだ。

「とにかく今はオーナーの報告したい事、だね」

フェイトの事も気になるが、これからの事も気になる。

イマジンとは何度も戦っているが、どのイマジンも『時間の破壊』に関与している者はいなかった。

正直、暗礁に乗り上げている状態といってもいい。

ハラオウン家を出て、マンションの入口に立つ。

聞きなれたミュージックフォーンが聞こえてきた。

空に敷設・撤去を繰り返しながら、こちらにデンライナーが走ってきた。

デンライナーが停車して、ドアが開く。

良太郎はデンライナーに足を踏み入れた。

デンライナーは良太郎を収容すると、『時の空間』の中へと入っていった。

 

デンライナーに入り、集まり場所ともいえる食堂車へと向かう。

そこにはモモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナと高町家で居候している四体と一人が既にいた。

良太郎は空いているテーブル席に座る。

「これで全員そろいましたねぇ」

オーナーが満足げに首を縦に振ると、席から立ち上がる。

「皆さんに来ていただいたのは他でもありません。お耳に入れてほしいことがいくつかある事と、そちらの近況についてお聞かせ願いたいと思った次第です」

オーナーは相変わらずの無表情だ。

「あれから私なりに調べてみていくつかわかったことがあります。良太郎君、別世界に向かう際に渡した写真は持っていますか?」

「は、はい。これですか?」

良太郎はオーナーから貰った写真を上着の内ポケットから取り出した。

その写真には走行中の別世界に通じる唯一の橋を渡っている『時の列車』だ。

「実はですねぇ。ターミナルの駅長にもお願いして現在確認されている『時の空間』を走行している『時の列車』について調べた結果、その写真に写っている『時の列車』は公式のものではないという事がわかったんですよぉ」

「公式のものではないってのはどういう意味?」

カウンター席でもたれていたウラタロスが乗り出す。

「改造されたものと考えていただければいいと思います」

「なあ、オッサン」

テーブル席に座っているモモタロスが右手を挙手する。

「何ですか?モモタロス君」

オーナーはステッキを指し棒のようにしてモモタロスを指した。

「『時の列車』

コレ

って改造なんて出来るのかよ?」

モモタロスはデンライナーの壁をバンバンと叩いている。

「出来ないなんて一言も言った覚えはありませんよ。誰もやらないだけですからね」

「なるほどなぁ。でも『時の列車』

コレ

改造して何か得でもあるんやろか?」

オーナーの言い分に頷きながら、キンタロスは『時の列車』を改造する事にメリットがあるのかを考えている。

「改造したら強くなったり、速くなったりするんじゃないの?」

リュウタロスは改造と聞いて真っ先に思い浮かぶことを言った。

「『時の列車』を改造する必要性ってあるのかしら……」

コハナの言うように、『時の列車』は戦闘能力は決して低くはない。よほどの事がない限り『改造』なんて思いつかないだろう。

「改造しなければならない理由があったんじゃないかな」

良太郎はコップを両手でいじりながら、言った。

その一言に食堂車の中にいる誰もが、良太郎に視線を向ける。

「どんな理由ですかぁ?良太郎ちゃん」

ナオミがカウンターでオーナー専用のチャーハンのレシピを良太郎に渡して訊ねた。

「改造しなければならない理由とするならリュウタロスの言うように総合的な戦闘力のアップだけど、もうひとつあるよ」

「何だよ良太郎。勿体つけねぇで教えろよ?」

向かいにいるモモタロスが急かす。

 

「初期の状態の姿を僕達に知られたら困るんじゃないかな。つまり、僕達は一度見ていることになるね」

 

「じゃあ、良太郎はこの写真の『時の列車』は私達が過去に見たことがある『時の列車』を改造したものだって言いたいの?」

コハナが確認するような台詞を良太郎は首を縦に振る。

「しかし、そうなりますとこの『時の列車』の所有者が誰なのかわからなくなりますねぇ」

オーナーは渋い顔をしている。

何故渋い顔をしているのかはこの場にいる誰もがわかっていることだ。

デンライナー、NEWデンライナー、ゼロライナー、幽霊列車を除くとガオウライナー、ネガデンライナーの二つになる。

しかも二つとも破壊され、所有者も既に葬られているからだ。

「あの大口野郎は確かに俺達が倒したんだぜ。生きてるなんて考えられねぇよ」

モモタロスが言う大口野郎---それが牙王

がおう

だと食堂車にいる誰もが理解した。

「センパイの言う通りだよ。そのことに関しては僕達が証人さ」

ウラタロスもモモタロスの意見に賛同する。

「ならあいつはどうや?確かネ……」

キンタロスはもう一つの『時の列車』の所有者を名前を思い出そうとする。

「ネコタロスじゃなかったっけ?」

「リュウタ。違うよ。ネジタロスだって」

「バカ。オメェ等違うだろ。ネギタロスだよ」

リュウタロス、ウラタロス、モモタロスが自分達が過去に出くわした『時の列車』の所有者の名前を言う。

ただし、惜しいところまで合っていたりする。

「ネガタロスだよ……」

良太郎が呆れながらも、正しい名称を告げる。

「でも、あいつは『時の列車』ごとふっ飛ばしたわけだし……、生きてると考えるのは難しいわよ」

コハナの言うとおり、ネガタロスはデンライナー、ゼロライナー、仮面ライダーキバが用いたキャッスルドランの攻撃でネガデンライナーごと倒されている。

「オーナー、時間警察ってことは?」

良太郎が試しにという気持ちでオーナーに訊ねてみる。

「時間警察ですかぁ。警察と名乗っている以上、別世界の時間を守ることはあっても破壊活動に手を染めるとは思えませんねぇ。それに設立直後にあんな問題起こしてますから見直しされた今でも行動は自粛してると思いますよ」

「そうですか……」

良太郎はオーナーの言い分に納得してしまう。

「まぁ、今わからない事をあれこれ考えても仕方がありません。良太郎君、この一週間で起こった出来事の報告をお願いします」

オーナーが別の議題へと切り替えた。

「あ、はい。この一週間別世界で『時間の破壊』に関連する出来事には遭遇してはいません。ただ……」

「ただ……何ですか?」

「別世界でも問題が起こってますね。ロストロギア『闇の書』というものです」

「そのことですか。それなら昨日の電話でリンディ提督からも伺っています。他には気付いた事などはありませんか?」

(昨日の電話、チャーハン対決のことじゃなかったんだ……)

良太郎は自分の推測が外れたことを内心喜んでいた。

「この一週間でイマジンとも戦いました。半年前の時間に来た時も思ったんですけど、僕達がここで戦ったイマジンって僕達の世界から来たんですか?その割には電王という名前も知らなかった奴もいましたけど……」

良太郎は以前から思っていた疑問をオーナーにぶつける。

「イマジンが未来の人類の精神体で人間の記憶(イメージ)により怪人としての肉体を得た姿というのは事実ですね?」

「はい」

オーナーが確認するかのように言い、良太郎は頷く。

「つまりですね。別世界に人間が存在して『未来』という時間がある以上、イマジンは存在できるんですよ」

「じゃあ別世界(ここ)で僕達が戦ったイマジンは僕達の世界から『橋』を渡ってきたイマジンではなくて、別世界のイマジンということですか?」

「そういうことになりますねぇ。別世界にもイマジンが存在できる条件は全てクリアしていますからねぇ」

「そうですか。ありがとうございます。これでスッキリしました」

良太郎は抱えていた疑問が消えて、晴れやかな表情になる。

「いえいえ、それよりも『闇の書』の存在も気になりますねぇ」

オーナーはステッキを回しながら、自分の専用席へと着く。

ナオミが「はい。オーナー」と言って、オーナーのテーブルに旗付きチャーハンを置いた。

「クロイノがあの百科事典、ページ揃えるとロクなことがねぇって言ってたぜ」

モモタロスが自身の記憶を引っ張り出して『闇の書』の事を言う。

「『闇の書』と『時間の破壊』が何か繋がりがあるとも考えられない?」

ウラタロスが無関係としか思えない二つが実は繋がっているのではないかという推測した。

「あの百科事典で別世界の時間を破壊するっちゅうんか?カメの字」

「でも、どうやってー?」

キンタロスとリュウタロスがウラタロスの推測に乗るが、それでも具体的な案は出てこなかった。

「『闇の書』が危険物である事以外はわかんないことだらけだもの。具体的にどうするかなんてことは出てこないわよ」

「うん。僕達の今後の活動としてはこの写真の『時の列車』の所有者を捜す事になるね。『闇の書』の詳細はリンディさん達にお願いするしかないよ」

コハナは今回の報告を切り上げようとしている。これ以上は、何の進展もないと考えているからだろう。

良太郎も同じ様に考えていた。

「そうですねぇ。改造『時の列車』の所有者も気になりますし、ウラタロス君の言っていたように『時間の破壊』と『闇の書』が繋がっているという線はあながち全面否定もできませんからねぇ。引き続き、皆さんお願いしますよ」

オーナーの言葉に食堂車にいる誰もが首を縦に振った。

 

 

時間は夕方から夜へと移る。

海鳴市にある月村邸はあちこちと室内照明が点灯されていた。

「あはは。おいで、おいでぇ」

「にゃーお」

八神はやてが月村すずかの私室で猫達と戯れていた。

現在この部屋には、はやて、すずかと数匹の猫以外に桜井侑斗とデネブがいた。

「すずかちゃん家のにゃんこは皆ええ子やなぁ」

はやてが抱きかかえている黒猫がはやての頬を舐めたり、前脚でじゃれついている。

すずかはそんなはやてを見て、楽しそうに笑っている。

デネブはそんな少女二人を微笑ましく見ており、侑斗は本棚から一冊借りて読んでいた。

侑斗が読んでいる本のタイトルは『太陽の王子は大いなる闇を切り裂く』である。

八神家にもある本なのだが、何回読んでも飽きないのでついつい読んでしまうのだ。

「侑斗さんはその本が好きやね」

「何故かはわからんが、飽きないんだ」

侑斗は読むことに集中している。

「そやけど、すずかちゃん。ごめんな。急にお邪魔してしもうて」

「本当にごめん!」

はやてとデネブが謝る。

「ううん全然。来てくれて嬉しいよ」

すずかは首を横に振ってから、突然の来訪を歓迎してくれた。

侑斗は本から目を離して窓越しに夜空を見てから、はやてを見る。

(八神とヴォルケンリッター、『時間の破壊』を企てている事はまずないな。世界崩壊なんて一番縁遠い考えだしな)

一ヶ月間、共に過ごしてきてわかったことだ。

(だがこいつ等の、正確に言うなら『闇の書』の力を使って『時間の破壊』を行うかもしれないとは考えられるけどな……)

だが誰がするのかはわからない。魔導師がやるメリットは何一つないからだ。

(俺達の世界の人間がやるのか?どっちにしろ一度、野上と会って話を聞いたほうがいいかもしれないな)

侑斗は考えを中断して、本を読むことに集中した。

 

 

天候という言葉が関係なく、午前午後という概念も必要ない次元空間。

時空管理局本局は相も変わらず人の出入りと物資の出入りが激しかった。

その中で、なのはは医務室にいた。

以前、診断をしてくれた医師が相手だった。

なのはの胸元にリンカーコアの測定器をかざしている。

「うん。もう大丈夫だよ。魔法を使っても問題はない」

「本当ですか!?」

なのはは朗報を聞いて思わず前に乗り出す。

「ああ。リンカーコアは回復しているからね」

「そうですか!ありがとうございます!」

なのはは医師に感謝の念を込めて頭を下げた。

医務室から出ると、フェイト、アルフ、ユーノ・スクライア(人間)が駆け寄ってきた。

「なのは!」

「検査結果どうだった?」

ユーノが名を呼び、アルフが状況を尋ねる。

「無事、完治!」

笑顔でガッツポーズを作り、三人も笑顔になって喜ぶ。

「こっちも完治だって」

フェイトとユーノが待機状態のバルディッシュとレイジングハートを見せた。

新品のように綺麗だった。

 

 

海鳴市。

ハラオウン家のマンションでエイミィがユーノから報告を受けていた。

なのはのリンカーコアも完治したと聞き、エイミィはほっと胸をなでおろしていた。

「今、どこ?」

『二番目の中継ポートです。後十分くらいでそっちに戻れますから』

エイミィが所在を訊ねて、ユーノが返した。

「そう、じゃあ戻ってきたらレイジングハートとバルディッシュについての説明を……」

エイミィのいる部屋に赤い照明が点灯した。

非常事態発生を指している。

「こりゃまずい!至近距離にて緊急事態!!」

 

ハラオウン家別室では私服姿のリンディが仕事の際に見せる表情をしながら、宙に表示されているモニターを見ながら状況を把握しようとしていた。

『都市部上空にて捜索指定の対象二名を捕捉いたしました!』

武装局員の一人がリンディに報告をする。

『現在、強装結界内にて待機中です!』

「相手は強敵よ!交戦は避けて外部から結界の強化と維持を!」

『はっ』

モニターに映る武装局員はリンディの指示に従う。

「現地には執務官を向かわせます!」

執務官---クロノ・ハラオウンの出撃の合図となった。

 

海鳴の夜は雲が漂ってはいるが、雨が降ったりする気配はない。

武装局員数名は捜索指定対象二名を円を組んで、包囲していた。

「チッ」

捜索指定対象の二人のうちの一人---ヴィータが舌打ちをして、包囲している武装局員を睨みつけていた。

もう一人---ザフィーラ(人型)の表情も苦渋のもので、周囲を見回していた。

「管理局か……」

「でもチャラいよ。コイツ等」

ザフィーラが包囲している団体を推測し、ヴィータは戦えば勝てるという言葉を吐き出す。

「返り討ちだ!」

ヴィータがグラーフアイゼンを構えると同時に、包囲していた武装局員達は一斉に二人から距離を置くようにして離れていった。

「?」

ヴィータは何故そんな行動を取るのかがわからない。

「上だ!」

先に見上げていたザフィーラの声に釣られてヴィータも見上げる。

二人より高い位置に青色の魔法陣が展開され、これから降り注ぐような無数の矢が出現していた。

 

「ページが着々と揃っていくのはいいことだな」

彼は八神家を見下ろしながら、現在の状況を喜んでいた。

「思えば半年前からだからな。我ながら気を長くして待ったものだな。だが、真の悪は時として耐えることも必要だからな」

彼が別世界に来てから既に半年になる。

その時に偶然、『闇の書』が起動する所を見てしまった。

そして、その内に秘めたる力に心を奪われてしまった。

それから現在の『闇の書』の主とヴォルケンリッターの会話を聞く中で、完全な力ではないということがわかった。

『闇の書』が完全な力を得るためには、ページを六六六ページ揃えなければならないこともだ。

だが、彼は戦う力を持っていてもヴォルケンリッターのようにページの元となっているリンカーコアを蒐集する力は持っていない。

だから待つことにした。焦ったところで自分の目的が成功するわけでもないし、ある者に復讐するためには今の自分では力が不足しているのは明々白々だ。

今は耐える。それが自分の目的を達成させるための近道なのだ。

「完全な力を得ても、俺にリスクがないようにしなければならないな」

真の悪とは綱渡り的な思想は持たない。冷静にそして狡猾に事を運ぶものと彼は考えている。

「魔導師共は俺にとっては大して驚異にはならないが、ハエが目の前で飛んでいるのは正直鬱陶しいな」

彼の言うハエとは時空管理局のことを指す。

「誰かいるか?」

「ここに」

彼の後ろに光球が出現した。

「『闇の書』のページを奴等が完成させるためには時空管理局は邪魔だ。奴等に気付かれないように妨害してやれ」

「了解」

そう言うと、光球は海鳴市街地へと向かっていった。

彼は待つことにした。

『闇の書』が完成することを。

ただ、じっと。

 

海鳴市の夜はまた戦いの舞台と化す。




次回予告

第二十四話 「再戦」


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第二十四話 「再戦」

海鳴市の夜は現在戦場と化していた。

今、この場にいる誰もが肌寒さよりも戦場独特のひりつく感覚が身体を支配していた。

(正直言って、イマジンがいなくてよかった……)

上下黒のバリアジャケットを纏っているクロノ・ハラオウンは相手が魔導師サイドの者達でよかったと内心ほっとしている。

彼はイマジンと戦い、ひとつの結論が出ていた。

魔導師ではイマジンと戦う事はできる。だが、勝つことはできないだろう。

それは技術面ではなく、単純な個人の戦闘能力の差といえばいいだろう。

小手先の技術が一切通じない相手。魔導師にとっては天敵といえる存在がイマジンだと。

クロノは愛用のS2Uを用いて、青色の魔法陣を展開して無数の矢を出現させていた。

「スティンガーブレード!!エクスキューションシフト!!」

高らかに叫ぶと、無数の矢が狙いを定めて軌道を修正する。

クロノは確認が終わると、S2Uを振り下ろす。

青色の矢はまるで流星のように、ヴィータとザフィーラに向かっていく。

ザフィーラがヴィータを守るようにして前に立ち、左手をかざして防御魔法を展開させる。

攻撃を防いだ事によって、爆煙が立つ。

「はあはあはあ。少しは通ったか……」

クロノは肩を上下にして、息を乱している。

手応えはあったと思う。正直、爆煙が晴れないことには何とも言えない事だが。

煙が晴れていくと、そこには青色の矢が左腕に三本ほど刺さってヴィータをかばっているザフィーラがいた。

 

「ザフィーラ!」

ヴィータは自分をかばってくれた盾の守護獣の安否を気遣う。

「気にするな……」

ザフィーラ(人型)は三本の青色の矢が刺さっている左腕に力を込める。

ビキビキビキと力を込める左腕から音が聞こえてくる。

「この程度でどうにかなるほど、ヤワじゃない!」

三本の矢は砕けて消滅した。

「上等!!」

ヴィータはザフィーラの返答に満足げな笑みを浮かべてから、上空にいるクロノを睨みつけた。

(赤鬼達がいないと思ったからラッキーだと思ったけど、管理局にも厄介なのがいるってワケか!)

グラーフアイゼンを握る手が自然に強くなっていた。

 

クロノは自分を睨んでいるヴィータを睨んでいた。

『武装局員配置終了。OK?クロノ君』

念話とは違う無線のようなものでハラオウン家で戦況をモニター越しに見ているエイミィ・リミエッタが連絡が入った。

『それから今、助っ人を転送したよ!』

エイミィは補足事項のように告げた。

「助っ人?」

周囲を見回すと、あるビルの屋上に私服姿の高町なのはとフェイト・テスタロッサがこちらを見上げていた。

その後ろには戦闘服姿のアルフ(人型)とユーノ・スクライア(人間)がいた。

「なのは!フェイト!」

クロノは四人の助っ人の内、主な二人の名を呼んだ。

 

 

モニュメントバレーを髣髴させる荒野---『時の空間』

デンライナーが線路を敷設と撤去を繰り返しながら、走行していた。

食堂車の中はいつものようにイマジン四体がバカ騒ぎをしているかとも思われたが、イマジン達は円陣を組んで、何かを話していた。

「おい、どう見てもおかしくねぇか?」

モモタロスがある人物が今までと違う事を見抜いていた。

「センパイもそう思う?実は僕もなんだよ」

ウラタロスもモモタロスに同意する。

「まぁ。あんな態度取ったの初めてやからなぁ。お前等がおかしいと思うんも無理ないわなぁ」

キンタロスが親指で首を捻ってから腕を組んで考える。

「良太郎、どうしちゃったんだろ?みんなでお話が終わったら急に溜息ばっかりついてるよ」

リュウタロスはチラチラと件の人物を見ながら言う。

彼等が話している人物とはチームデンライナーの中心人物である野上良太郎のことだ。

彼は外の景色を眺めながら、溜息をついていた。

普段の彼からはあまり考えられない事だろう。

「やっぱ良太郎、おかしいわよね?」

「そうですねぇ。あんな良太郎ちゃん見るの初めてです~」

イマジン達以外にも良太郎の異変に気付いた者達もいた。

コハナとナオミだ。

「はぁ」

良太郎は溜息をついてしまう。

「おい、良太郎どうしたんだよ?さっきから溜め息ばっかりじゃねぇか?」

モモタロスがストレートに訊ねてきた。

「うん。実はね……。昨日の夕方辺りからフェイトちゃんに避けられてるんだよ。挨拶はしてくれるんだけど、何か素っ気無くてね……」

「「「「「「え?」」」」」」

オーナーを除く四体と二人が目を開いて、大声ではないが声を出した。

「フェイトが良太郎を避けてる?どういうこった?」

モモタロスが見る限り良太郎とフェイトは強い信頼関係を持っている。ちょっとやちょっとで崩れる事はないと思えるくらい強いものを。

「フェイトが避けるってことは良太郎が何かヘマしたいう事になるわな」

キンタロスが腕を組んでから言う。

「良太郎、ヘマしたの?」

リュウタロスが訊ねてくるが、良太郎は首を横に振る。

「そんな覚えないんだけどなぁ」

良太郎は天井を見上げて心当たりを探っているが、出てこない。

「良太郎、フェイトちゃんの様子に気付いた事はない?」

今まで黙っていたウラタロスが口を開き、良太郎に避け始めたフェイトの行動をもう一度思い出すように促す。

「気付いた事?そういえば、挨拶とかでも僕と目が合うとすぐに逸らすんだよ。後はその時、顔が赤かったと思うんだ」

「「それってもしかして……」」

コハナとナオミがフェイトが良太郎を避ける理由に勘付いたが、唇に人差し指を立てているオーナーが視界に入り、事情を察して口をつぐんでしまう。

「もしかして、フェイトは病気なんじゃねぇのか?」

「顔が赤いか……。風邪かもしれへんな」

「だったらお薬必要なんじゃないの?」

モモタロス、キンタロス、リュウタロスはフェイトを病気と思い込んでいる。

「いや、みんな。フェイトちゃんは病気といえば病気なんだけどね。その……薬では治らないと思うよ。というより、アレを処方するための薬なんて薬局には絶対にないからね」

ウラタロスは病気談義で盛り上がっている三体のイマジンに注意をするが、三体は右から左へと聞き流されていたりすることに気付くのはそれから数分後の事である。

 

 

ビルの屋上になのはとフェイト、そして更に別のビルにユーノとアルフが転送された。

風が吹き、そこにいる者達の髪がなびいている。

「あいつ等……」

クロノが喜びの声を上げたのに対して、ヴィータは苦虫を潰したような表情になっていた。

「レイジングハート!」

「バルディッシュ!」

なのはとフェイトは手に収まっているデバイスの名を呼んでから天に掲げる。

「「セーットアップ!!」」

光の柱が二人を包むようにして下り、二人は地から足が離れていく。

なのはには桜色の帯のようなものが、フェイトには金色の帯のようなものが身体に纏っていく。

「え?こ、これって……」

「今までと違う?」

驚きの声を上げながらもデバイス達の作業は継続中だ。

『二人とも、落ち着いて聞いてね。レイジングハートとバルディッシュは新しいシステムを積んでるの』

エイミィが今までとは違うデバイスの反応に戸惑っている二人に落ち着くようにナビゲートする。

「新しいシステム?」

セットアップ中のなのはがエイミィに訊ね返す。

『この子達が望んだの。この子達の意思で、自分の想いで!』

二人は同時に天に掲げているデバイスを見てしまう。

『呼んであげて!その子達の新しい名前を!』

 

「レイジングハート・エクセリオン!!」

「バルディッシュ・アサルト!!」

 

二人が新しくなったデバイスの名を叫ぶ。掌に乗っていた二つは今まで以上の輝きを放ちだした。

光に包まれ、二人は私服姿からバリアジャケット姿へと切り替り、地に足を着けた。

「あいつらのデバイス……。あれってまさか……」

ヴィータの声が耳に入ったような気がした。

両目を閉じていたフェイトは目を開き、デバイスモードのバルディッシュ・アサルトを前方へと向ける。

『カートリッジセット!』

バルディッシュ・アサルトの音声と同時にカバーが引かれてリボルバーが左に一回動き、カバーが元に戻る。

なのはもまた、両目を開いて同じ様にレイジングハートを前方へと向ける

『アクセルモード。スタンバイレディ!』

レイジングハート・エクセリオンは球体部分が光った。

二人は同時にデバイスを構える。

戦闘態勢が完了した。

 

騎士甲冑姿のシグナムは海鳴の一部をドーム状に覆っている結界を見下ろしていた。

「強装型の捕獲結界。ヴィータ達は閉じ込められたか……」

状況を把握するかのように呟く。

『行動の選択を』

シグナムの右手に握られているレヴァンティンが主に促している。

「レヴァンティン。お前の主はここで退くような騎士だったか?」

『否』

レヴァンティンを握る力が強くなる。

「そうだレヴァンティン。私達は今までもずっとこうしてきた!」

シグナムは自身と相棒に言い聞かせるようにして、レヴァンティンを上段に構える仕種を取りながら、流れるように右斜め下へと降ろしていく。

円型の魔法陣が三角形を象って、大きな紫色の魔法陣となり、展開される。

レヴァンティンの峰部分の一部がスライドして、カートリッジを排出する。

下ろしていた相棒をシグナムは右斜めへとゆっくりと持ち上げていく。

レヴァンティンの剣先が紅蓮の炎に包まれていく。

鋭い目つきはさらに鋭さを増し、戦場へと飛び込んでいった。

(野上がいないことを望む。何故かはわからないが、今会えば剣を振る自信がないからな)

 

フェイトとなのははヴィータとザフィーラを見上げていた。

「わたし達は貴女達と戦いに来たわけじゃない。まずは話を聞かせて」

二人に話し合いを切り出したのはフェイトだ。

「『闇の書』の完成を目指している理由を!」

なのはが話し合いの主題となる単語を二人に向けて言う。

「あのさぁ。ベルカのことわざにこういうのがあるんだよ」

ヴィータは腕を組んで、なのはとフェイトを胡散臭そうに見下ろしていた。

ザフィーラは何か悪い予感を感じたのかヴィータを見る。

 

「和平の使者なら槍は持たない」

 

ヴィータから告げられた言葉にフェイトとなのはは目を丸くしてから顔を見合わせる。

だが、わからないものはわからないので互いに首を傾げる始末だ。

「話し合いをしようってんのに、武器を持ってやってくるヤツがいるか?バカって意味だよ!バーカ!」

グラーフアイゼンで二人を指しながら、ヴィータは悪意を込めて言い張る。

なのはは意味を知って、ガクッとする。

そして、眼前の少女がかつて自分にしてきた事を思い出す。

「いきなり有無を言わさずに襲いかかってきた子がそれを言う!?」

そして、自分の本音をぶつけた。

「それにそれはことわざではなく、小話のオチだ」

腕を組んで黙って聞いていたザフィーラが表情一つ変えずにさらりとツッコミを入れた。

「うっせぇ!いいんだよ!細かい事は……」

ヴィータが自分の痴態をごまかすようにしてオーバーなリアクションを取る。

(あの子、モモタロスさん達がいなくてよかったね)

なのはとの念話の回線を開いたのはユーノだった。

(いたら絶対に今ので、笑いのネタにしようとしてたよね)

日常を共に過ごしているだけあってモモタロス達の行動パターンが、なのはとユーノには見え始めていたりする。

「どうしたの?なのは」

横にいるフェイトが一人で頷いているなのはの様子が気になったので声をかけてきた。

「ふえ?ええとね。モモタロスさん達がいたら、あの子笑いのネタにされてるなあってユーノ君と話してたの」

「確かに、モモタロス達ならやりそうだよね」

フェイトも付き合いは長くはないが、あのイマジン達ならそのくらいはやりそうだと自信を持って言える。

「お前等ぁ!さっきから何話してるんだよ!?無視するなぁ!」

置いてけぼりを食らったと感じたヴィータはなのはとフェイトに大声で怒鳴る。

その直後に、紫色の稲妻がなのはとフェイトが建っているビルの向かいに落ちた。

そこにいる誰もがそれに目を向ける。

稲妻は消えて、落雷した場所には爆煙が立ちこめる。

爆煙が晴れていくと、そこにはシグナムがいた。

「シグナム……」

フェイトは思わず声を上げてしまう。

以前に自分が戦い、完敗した相手でありライナー電王に敗北した相手だ。

シグナムがゆっくりと立ち上がる。

そして、こちらを見ていた。

 

ヴィータとザフィーラに先制で攻撃を仕掛けたクロノはユーノとアルフがいるビルへと移動していた。

「良太郎達はまだみたいだな……」

クロノは周囲を見回しながら、隣にいるユーノに言う。

「うん。イマジンもいないってのがせめてもの幸いだよ」

ユーノも海鳴市で立て続けに出現しているイマジンの事はモモタロス達経由で知っている。

そして、魔導師達

自分達

がイマジンと戦っても勝算がゼロに等しいこともだ。

「正直言ってイマジンの力は、あたし達より上だからねぇ」

アルフもわかっていた。厄介なのは眼前の敵ではなく、神出鬼没のイマジンだということを。

「二人とも見てみなよ。なのはとフェイトが何かやらかそうとしてるよ」

アルフがユーノとクロノになのはとフェイトの動向を見るように促した。

彼女達の性格をそれなりに知っているので、三人は次にどのような台詞が飛んでくるかは凡その見当はついていた。

 

 

『時の空間』を線路を敷設と撤去という工程を繰り返しながら、デンライナーは走っていた。

「オーナー、どうして急に口止めしたんですか?」

「そうですよ~。フェイトちゃんは明らかに良太郎ちゃんに……」

コハナとナオミが指定席で旗付きチャーハンを食べているオーナーに問い詰める。

チャーハンを掬うオーナーのスプーンが停まる。

「実はですねぇ。以前ウラタロス君が面白半分で言っていた事を憶えていますか?」

オーナーの台詞にコハナとナオミは頑張って、記憶の片隅に眠っている記憶を引っ張り出そうとする。

「ウラが言っていた事ですか?」

「ウラちゃんがですかぁ?」

ウラタロスは性格上、事件がらみでない限りは常に面白半分な事を言ってるので中々思い出せない。

「良太郎君の奥さん、つまり、幸太郎君のお婆さんになる人についてですよ」

オーナーは話を進めるために強引に話題を切り出した。

「ああ、確かオーナーはその人を知ってる感じでしたよね?」

「一体、誰なんですか~?」

女性二人の瞳は今まで以上に輝きを増している。

オーナーとしてみても、少々圧されていた。

「教えてあげたいのは山々なのですが、ヒントだけお教えしましょう。今回の良太郎君とフェイトさんのギクシャクした関係はそう長くは持ちませんよ。そして、それはいずれ未来にも繋がるためのステップなのですよ」

オーナーはまたも右手に握られているスプーンでチャーハンを掬って口の中に放り込んだ。

ちなみに良太郎は外の景色を眺めており、イマジン四体はダーツゲームをして遊んでいた。

『時の空間』の一部が歪み、現実世界へと通ずる穴へとデンライナーは入っていった。

 

 

海鳴市の強装結界の中では張り詰めた空気がその中を支配していた。

「ユーノ君!クロノ君!手出さないでね。わたし、あの子と一対一だから!」

なのはは後ろにいる少年二人に高らかに宣言する。

その宣言に最初に反応したのはこれからなのはと戦う相手であるヴィータだ。

「くっ!」

その表情は苦々しいものだ。なるたけ戦闘は避けたかったというのが彼女の本音だろう。

(なのは、本気なんだね?)

ユーノは念話の回線を開いて、なのはの意思を確認する。

(うん!)

なのはは即答する。意思が固い証明だ。

(わかった)

ユーノはなのはの意思を尊重して、念話の回線を閉じた。

フェイトもまた、自分の使い魔に念話で交信していた。

(アルフ、わたしもシグナム(彼女)シグナムと……)

(ああ、わかったよ。あたしもヤロウにちょいと話がある……)

フェイトはアルフが交信を続けながらも、ザフィーラを見上げるようにして睨んでいる事が容易に想像できた。

 

お相手が決まった三人を見てから、クロノは隣にいるユーノに念話の回線を開く。

(ユーノ、それなら丁度いい。僕と君で手分けして『闇の書』の主を捜すんだ)

アイコンタクトを取る。

(『闇の書』の?)

ユーノはクロノの意図がわからない。

(連中は『闇の書』を持っていない。恐らくもう一人の仲間か、主かがどこかにいる。僕は結界の外を捜す。君は中を頼む)

(わかった)

ユーノはクロノの案に頷いた。

(それと、くれぐれも言っておくがイマジンと出くわしても戦おうなんて考えるな。逃亡しても恥ずべき事ではない)

(ああ、わかってる……)

ユーノはクロノの言っている事が正しいと思いながらも、自身に戦う力がないということを嫌でも突きつけられたような感じがして複雑だった。

その証拠に拳が震えていたのだから。

 

『マスター、カートリッジロードを命じてください』

レイジングハート・エクセリオンが赤い珠を光らせて、主に指示を仰いだ。

「うん!」

レイジングハート・エクセリオンを天に掲げてから振り下ろす。

「レイジングハート!カートリッジロード!!」

『ロードカートリッジ!』

レイジングハート・エクセリオンのカートリッジ部分がガシャリという音を立てた。

杖の先端カバーがスライドして、カートリッジが装填されると同時に蒸気が噴出す。

『マスター』

バルディッシュ・アサルトも主に促す

「わたしもだね。バルディッシュ」

口数はレイジングハート・エクセリオンに比べて圧倒的に少ないがフェイトには何が言いたいのかすぐに理解できた。

バルディッシュ・アサルトを下ろす。

「バルディッシュ、カートリッジロード!」

『ロードカートリッジ!』

杖の先端カバーがスライドして、リボルバー拳銃のシリンダーが剥きだしになる。

シリンダーが数回転してから、カバーが元の位置に戻っていく。

同時に蒸気が噴出された。

「デバイスを強化したな。気をつけろ。ヴィータ」

ザフィーラが冷静に状況を把握してから頭に血が上りやすいヴィータに釘を刺す。

「言われなくても!」

ヴィータは怒鳴り返す。

シグナムは無言でレヴァンティンを八双の構えにする。

それから数秒後、無数の光が海鳴の夜空を駆けた。

 

シグナムが結界に強引に乱入した時、実を言うとシグナム以外にも乱入者がいた。

それがこの光球である。

光球はやがて、二足歩行の動物の姿を取る。

バク型のイマジン---テイパーイマジンだ。

目的は時空管理局の妨害、つまりヴォルケンリッターの援護というかたちになる。

ただし、姿をさらしてはならないという厄介な制約付だが。

「管理局の連中の邪魔をすればいいと言われたが、誰から狩ろうか……」

白が目立つ服を着た少女、あれは『闇の書』の守護騎士と戦っている。

黒が目立つ服を着た少女、あれも『闇の書』の守護騎士と戦っている。

獣の耳と尻尾を持った少女、あれも『闇の書』の守護獣と戦っている。

「ならば、あいつだな……」

翡翠色の魔力光を持って、どこか民族衣装のような戦闘服を着ている少年。相手はいない。

テイパーイマジンはまた光球となり、少年の元へと飛んでいった。

 

金色の光と紫色の光が×(バツ)の字を描きながら上昇していった。

そのたびにバシンともガキンともいう音が鳴り響く。

そして、ビルがなくなり完全な空となるとぶつかっては離れて、またぶつかるという行為を繰り返していた。

「「はああああああああぁ!!」」

金色の光---フェイトと紫色の光---シグナムが同じタイミングでバルディッシュ・アサルトとレヴァンティンを振り下ろす。

ガキンとぶつかり、互いの力が均衡になっているのか両者のデバイスがカタカタと震えている。

フェイトの瞳に映るのはシグナムのみ。

シグナムの瞳に映るのもフェイトしかない。

鍔迫り合い状態からの進展がないと両者は判断し、後方へと距離を置く。

『プラズマランサー』

バルディッシュ・アサルトが発すると同時に、フェイトの足元に金色の魔法陣が展開される。

フェイトの前方に八つの雷を帯びた金色の目玉のようなものが出現する。

「プラズマランサー、ファイア!」

八つの金色の目玉が(やじり)のようなかたちになってシグナムに向かって飛んでいく。

紅蓮の炎を纏ったレヴァンティンで飛んでくる鏃を分散させるシグナム。

鏃は様々な方向へと飛び散る。だが、一つとして形は崩れていない。

「ターン!!」

フェイトが左手で合図を取ると、鏃は先端を切り替える。

そして、また標的に向かって発射される。

シグナムは周囲を見回して、逃げ道は上しかないと判断すると迷わず上昇する。

鏃は一点にぶつかるが、爆発せずにバラけて上にいるシグナムに更に狙いをつけて飛んでいく。

上昇する中で、シグナムはレヴァンティンの名を呼ぶ。

レヴァンティンは主の意思を汲み取ったかのように、スライドさせてカートリッジを排出させる。

金色の鏃の速度は更に増す。

剣先に炎を纏ったレヴァンティンを持ったシグナムは上昇する事をやめて、その場で停まる。

「でえええええええい!!」

そして横一文字に薙ぎ払った。

八本の金色の鏃はその一撃で全て消滅する。

「!!」

その隙を狙うかのようにしてフェイトが距離を詰めて、バルディッシュ・アサルトを振り下ろそうとしていた。

『サイズフォーム』

バルディッシュ・アサルトはもう一度、スライドさせると、金色の鎌刃が出現した。

『シュランゲフォルム』

レヴァンティンの刃がまるで獣の尻尾のようにか、鞭のようにしなる形へと姿を変えていく。

そして紫色と金色の爆発が起こり、空中で爆煙が立つ。

フェイトとシグナムは後方へと退がる。

しかし、構えは解かない。

「っ!」

フェイトは一瞬だが表情を歪めた。

左腕に傷が二箇所できていた。

「ぅ!」

シグナムも同様に一瞬だが表情を歪めていたのだ。

胸元に切り傷ができていたからだ。

両者共に痛み分けというところだろう。

「強いな。テスタロッサ」

シグナムはそう告げると、レヴァンティンをシュランゲフォルムから、

『シュベルトフォルム』

と元の片刃の長剣へと戻す。

「それにバルディッシュ!」

シグナムはレヴァンティンを構えながらもフェイトと相棒のデバイスを称賛する。

「貴女とレヴァンティンも」

フェイトもまた、眼前の騎士と相棒のデバイスを称賛する。

「この身になさぬことがなければ心躍る戦いのはずだったが、仲間達と我が主のため今はそうも言ってられん」

シグナムは左手にレヴァンティンを納める鞘を出現させて、レヴァンティンを納刀する。

フェイトはシグナムが何かを繰り出すかと警戒しながら聞いている。

バルディッシュ・アサルトを構え続ける。

 

「殺さずに済ませる自信がない。この身の未熟を許してくれるか?」

 

シグナムはそう言うと同時に、足元に紫色の魔法陣を展開させ抜刀する構えを取る。

 

「構いません。勝つのは、わたしですから」

 

フェイトも決意を込めた瞳をシグナムに向けた。

互いに笑みを浮かべていた。

『好敵手』と呼べる存在に出逢えたのだから。

「ところでテスタロッサ、一つ訊ねたい事がある」

抜刀の構えのまま、シグナムは口を開く。

「何ですか?シグナム」

フェイトもバルディッシュ・アサルトを構えたまま問いに答えようとする。

「野上は一緒ではないのか?」

「え?」

その直後、フェイトの心臓が高鳴った。

どくんどくんどくんと鼓動が激しくなる。

空いた左手で胸元を押さえる。

(ど、どうしよう。この音、誰にも聞かれてないよね?で、でも……ど、どうしてシグナムが良太郎のことを、わたしに訊ねてくるんだろ?)

途端に顔がカーッと赤くなっていく感じがわかる。

何だかいてもたってもいられないという感じがする。

 

「ど、どうしてそこで良太郎の名前がでてくるんですか!?」

 

フェイトが顔を真っ赤にしてシグナムに叫んだ。

シグナムは目を丸くする。

フェイトの突然の叫び声もそうだが、彼女の言うように何故自分は良太郎の事を訊ねたのだろう。

「言われてみれば確かに……」

シグナムはそう返すしかなかった。

どくんとシグナムの心臓が高鳴った。




次回予告


第二十五話 「絶体絶命」


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第二十五話 「絶体絶命」

海鳴の夜を紅色の光が走り、それを追うようにして桜色の光が走っていた。

紅色の光---ヴィータが後ろから追いかけてくる桜色の光---高町なのはを見る。

自分はシグナム程、好戦的ではない。

戦う力はあるけど、それを無闇に使う気はない。

自分のこの力は『闇の書』の主である八神はやてを守れればそれでいいのだと思っている。

(こっちは、オマエと遊んでるほど暇じゃないってのに!)

追いかけてくるなのはを睨みつける。

(話し合いとか言いながら、武力行使なら世話ねぇっての)

これなら、ストレートに言いたい事をズケズケ言ってくれるモモタロスの方がやりやすい。

「ふん。結局やんじゃねぇかよ」

ヴィータは戦う以外に選択肢がないことがわかると、そうなのはにぶつけた。

「わたしが勝ったら、話を聞かせてもらうよ!いいね?」

なのはは右手で拳を作って半ば強引にヴィータに条件をこじつけた。

「やれるもんなら!!」

ヴィータは逃げる事を迎え撃つ覚悟を決めた。停まった直後に左手から小型の鉄球を四個出現させて、

足元に紅色の魔法陣を展開させて四個の鉄球を宙に浮かせて、紅色に染める。

『シュワルベフリーゲン』

「やってみろぉ!」

グラーフアイゼンが音声で魔法名を発する。

「でええい!!」

右に振りかぶって、打ち付ける。

四個の紅色の鉄球が放物線を描き、なのはに向かっていく。

『アクセル・フィン』

レイジングハート・エクセリオンが主より先に魔法名を発する。

なのはの両足首付近に桜色の翼が広がる。

一直線に飛ぶ四個の紅色の鉄球をギリギリの位置で上昇して避ける。

「アイゼン!!」

グラーフアイゼンを右斜め下段に構えてから上昇する。

ヴィータはなのはに攻めの手を出させまいとして自分から攻めに入るのだ。

『ラケーテンフォルム!』

グラーフアイゼンの先端がハンマーから削岩機のようなピックと推進のためのロケットブースターのようなものに変わる。

ロケットブースターが点火する。

常人なら、それだけで持て余すものをヴィータは巧みに荷重移動をして、ハンマー投げのようにぐるぐると回転しながら、なのはに向かっていく。

「でええええええい!!」

ヴィータの咆哮に、なのははびくっとする。

『プロテクション・パワード』

レイジングハート・エクセリオンが機械音声で発すると、なのはは右手を前にかざす。

桜色の障壁が展開される。

グラーフアイゼンのピックがガリガリガリガリと桜色の障壁を砕こうとする。

そのたびに、火花が飛び散る。

「堅ぇ!」

ヴィータが苦々しい表情を浮かべながら率直な感想を述べた。

「あ、本当だ……」

なのははヴィータの言葉が耳に入ってから、実感が湧いた。

確かに以前なら、確実に破壊されていたのに今回は全く通さないのだ。

『バリア・バースト』

障壁に過剰なまでの力が収束されていく。

キイイイイインという音がなのはとヴィータの耳に入ってくる。

音がやがて、別の音---爆発音へとなった。

障壁が爆発したのだ。

漆黒の夜空に爆煙が立つ。

二人は吹っ飛ばされるかのように後方へと退がっていった。

 

なのはは体勢を整えてレイジングハート・エクセリオンを構えていた。

『アクセルシューターを撃って下さい』

レイジングハート・エクセリオンが促し、なのはは目を丸くする。

「パワーアップしてから積極的になってない?レイジングハート」

『そうですか?』

「うん。でも、頼もしいよ!」

なのはは本音を打ち明けた。

「じゃあ行くよ。アクセルシューター!」

『アクセルシューター』

なのはの足元に桜色の魔法陣が展開し、レイジングハート・エクセリオンの先端に桜色の魔力光が収束されていく。

「シュート!!」

収束された魔力光は拡散して、ヴィータに向かっていった。

「ええっ!?」

撃ったなのは本人が間抜けな声を上げてしまっていた。

『コントロールをお願いします』

主に対して、デバイスは冷静だった。

 

爆発に吹き飛ばされたヴィータは体勢を整えた直後に自分に向かってくるものに驚愕の表情を浮かべずにはいられなかった。

「なっ!?」

十二の方向に拡散した桜色の魔力光が自分に向かっているのだから。

速く、不規則にこちらに向かっている。

「アホか!こんな大量の弾、制御できるわけが……」

ヴィータは自身を囲うようにして飛び交っている十二の桜色の魔力弾を見ながら、発射主を無謀な事をしているとなじる。

十二の弾丸のわずかな隙を狙って、鉄球を四個出現させて紅色に染めてからグラーフアイゼンに打ち付けることなく、なのはに向けて四方向に飛ばした。

 

『出来ます。私のマスターなら』

レイジングハート・エクセリオンはなのはの潜在的能力を信じた上で、この台詞を吐く。

なのはは両目を閉じて、意識を拡散した魔力弾に集中する。

自分に迫ってくる紅色の鉄球を視界に入れれば、それだけでコントロールはできなくなるため敢えて視界を封じたのだ

ヴィータの周りを縦横無尽に駆けている十二のうち、四が動きを停止してから、なのはへと向かっていく。

そして、ヴィータが放った四方向の鉄球を流星のように降り注ぐような動きで鉄球を同時に破壊する。

閉じていた両目を開くと、驚愕の表情をしていたヴィータが見えた。

「約束だよ。わたし達が勝ったら事情を聞かせてもらうから!」

右手を夜空にかざす。

「アクセル!」

なのはがそう叫ぶと、ヴィータの周りを駆け回っている桜色の光球の速度が上がる。

 

(マジかよ。あんなものコントロールするなんて……)

ヴィータとしては予想外だった。

自分の予想ではコントロールしきれずにあわよくば自滅してくれると踏んでいたからだ。

自分の魔力を込めた鉄球をいとも簡単に破壊できる魔力の弾だ。

まともに食らえば相応のダメージは覚悟しなければならない。

(あん時に勝てたのは不意打ちとデバイスの性能差ってわけかよ……)

目の前の相手は以前とは別と再認識しなければならないと感じた。

グラーフアイゼンが主を守るために防御系の魔法を発動させる。

なのはのような前面ではなく、全周囲を覆う紅色の結晶を展開させる。

「シュウートォォ!」

なのはの声が引き金となり、桜色の光球は紅色の結晶に狙いをつけてぶつかり始めた。

ガンガンガンガンガンとヴィータを覆っている紅色の結晶から聞こえてくる。

やがて、ピシピシピシと亀裂が入り始める。

ヴィータは亀裂箇所に目を向けてしまう。

「こんのぉ……」

悔しさが篭ったうめき声をヴィータは口にした。

 

 

ユーノ・スクライア(人間)は掌よりふたまわりほど大きい翡翠色の魔法陣を展開させて、クロノ・ハラオウンとの打ち合わせどおり、結界の中で『闇の書』の主を捜していた。

(海鳴市全体を調べろといえば、即お手上げだけど結界内でも骨といえば骨だね……)

両目を閉じて、意識を集中しているが芳しい結果は得られていない。

「場所を変えてみるか……」

ユーノは瞳を開き、立ち上がってキョロキョロしながら見回す。

「そこの小僧、何をしている?」

背後から声がしたので、後ろを振り向いてみる。

「!!」

ユーノの表情が一瞬にして強張った。

何故なら声をかけてきたのは味方ではないからだ。

そして人間でもなかった。

自分にしてみれば、いや魔導師にしてみれば最も遭いたくない相手、イマジンなのだから。

(最悪だ……)

ユーノは怖かった。

それは理屈ではなく、本能から来る恐怖だった。

クロノの言う様に、イマジンを前にして逃亡する事は恥ずべき事ではないという事はわかっている。

だが、ここで自分はとんでもない思い違いをしていた。

『逃亡』というものは弱者が強者に対して行う唯一の一手だと思っていた。

だが実際に本当に恐ろしいものと対峙する時、そのような手は何の意味も持たないということだ。

一対一で対峙したからこそわかる。

自分では絶対にイマジンに勝てない。

そこには自分にとって最後の手である『逃亡』を用いてもということだ。

なのはやフェイトが友達のアリサ・バニングス、月村すずかと共にRPGというジャンルのTVゲームをしていた時、疑問に感じたことがある。

それはボスと思われるキャラクターとの戦闘では何故、『逃げる』というコマンドが使用不可になっていることだ。

その気になれば逃げきれるのでは?と考えた事があった。

今ならばわかる。あのゲームはまさにこの事をさしているのだという事を。

『逃げる』というコマンドが使用不可なのは『逃げずに戦う』という勇気を意味するのではなく、『逃げても確実に捕まるからするだけ無駄』という打つ手なしな状態を意味するのだと。

「目的は何だよ?それに契約者は誰だ!?」

ユーノは何とかその一言をテイパーイマジンにぶつけた。

「精一杯の強がりといったところか……。小僧、その虚勢に免じて教えてやる。目的は『闇の書』のページの完成。そして、契約者はいない。あと俺はある方の命でここに来た」

テイパーイマジンはジャブやストレートを繰り返しながら、答えた。

ユーノにしてみればそれが本当なのかどうかはわからないが、それでも有力な情報を聞き出せたことに違いない。

「ある方?」

「教えてやっても構わないが、それは無駄な事だろう。小僧、さっき教えた情報

こと

もお前が他の者に伝わる事がないから教えたのだからな」

テイパーイマジンの言葉の意味をユーノは瞬時に理解した。

両手を拳にして、中腰になる。

それは肉弾戦での構えだ。

部族の性質上、発掘の際に盗掘団のような輩と出くわす可能性があるので護身という事で武術の鍛錬は義務付けられていた。

インドアであるユーノも部族の取り決め上、この鍛錬には取り組んでいた。

(イマジン相手に通じるなんて思わないけど……、やらなきゃやられるんだ!)

「その瞳の強さ。あの方が言っていた人間二人に似ているな……」

「人間二人?」

「喋りすぎた。小僧、恨みはないが死んでもらうぞ」

テイパーイマジンの右ストレートが飛んでくる。

(速い!)

ユーノは両手の拳を解いて、開手の状態で翡翠色の魔法陣を展開させる。

「甘い!」

「ぐっ!うわああああああ!!」

だが後方へと吹き飛ばされ、そのまま後方のビルへと激突した。

「はあ…はあはあ……。たった一発すらまともに防げないなんて……」

ユーノは起き上がって前を見ると、激突したビルの壁には穴が空いていた。

「魔法陣越しでこれだけ痺れが来るなんて……」

両手はブルブルと震えている。

まさか、ここまでとは思わなかった。

「『闇の書』の完成を望んでいるといっても、イマジンにリンカーコアを回収する力はないはず……、漁夫の利を狙うつもりなのかな……」

イマジンが『闇の書』を手にする。そうなれば、野上良太郎達が別世界(ここ)に来た目的である『時間の破壊』に使うことは十分に考えられる。

「走ってこない……。僕は完全に『敵』じゃなくて『獲物』扱いか……」

バリアジャケットに付着しているコンクリートの粉を払いながら、ゆっくりと歩み寄ってくるテイパーイマジンを睨む。

テイパーイマジンは今、自分を弱っているウサギにでも見えるのだろう。

(ウサギにだって、意地がある!)

ユーノは自分にできるプランを立ててから、穴の空いた壁から抜ける。

「ほぉ。さっきので死んだと思ったがさすがは魔導師。少しは楽しませてくれるというわけか」

テイパーイマジンは両脚を弾ませてリズムを取ってから一気に間合いを詰める。

「だが、これで終わりだぁ!」

テイパーイマジンが右フックを繰り出す。

(シールドタイプの魔法を展開しても、ダメージになるならこれしかない!)

拳は左こめかみを狙っている。

ユーノはすぐさま、両手で拳を受け止める態勢に入る。

「え?嘘!?」

だが、ユーノのが両手での防御はあっさりと崩されて左こめかみに直撃した。

今度は声を上げるまでもなく、ユーノは車に撥ねられたように横に飛んでいき、やがてアスファルトの地面にずるずると滑っていった。

イマジンの本気の速度で繰り出すパンチを人間が捉えるのは極めて至難の技であり、わかっていても簡単に出来るものではない。

ユーノの目論見は実現できずじまいで終わった。

「………」

ユーノの意識はそこで途切れた。

 

 

紅色の結晶を破壊され、ヴィータはまたも海鳴の夜空を駆けていた。

「ったく、しつけぇんだよ!」

後ろから追いかけてくるなのはに文句を言う事は忘れない。

視界を前に戻そうとする中で、地上が目に入った。

そこには見覚えのない怪人と地面に倒れている魔導師がいた。

魔導師には見覚えがあった。

そう、モモタロスが憑依して自分を打ち負かした魔導師だ。

ヴィータはもう一度、怪人を見る。

「あれって……」

ヴィータは移動を停めて、その場にたたずむ。

後ろから追走してきたなのはもその場に停まってしまう。

「えと、どうしたの?」

「アレ見ろよ。アレ」

なのはが何故停まったのかを訊ねてきたので、ヴィータは口で説明するより見たほうが早いと思ったので

指差した。

なのははヴィータが指差す方向に目を向け、次第に大きく両目を開いてしまう。

「ユーノ君!」

「あれがおデブや赤鬼達以外のイマジン……」

ヴィータは独り言のように呟く。

「おデブ?」

なのはは新たに聞く単語に首を傾げる。

「……何でもねーよ」

「もしかして、あのイマジン。貴女の仲間なの?」

なのはは疑いの眼差しを持ってヴィータにイマジンとの関係を訊ねる。

「はあ?んなわけねーだろ。あたしの身内で仲間と呼べるイマジンはおデブだけだ!あんなヤツは知らねーよ」

ヴィータは正直に答えた。

「そ、そうなんだ……。ごめんね。疑っちゃって……」

なのははあらぬ疑いをしてしまった事を反省して謝罪する。

「赤鬼達、イマジン倒すエキスパートはどうしたんだよ?」

「何か、話し合いがあるっていってデンライナーで行っちゃったきりなんだよ」

「じゃあ、この場にいる中でイマジン倒せるヤツは一人もいねぇってことかよ?」

「そうなっちゃうよね……」

(シャマルに頼んで、侑斗とおデブに来てもらうか……。ダメだ。カードを使って支払う代価がアレじゃ呼べねぇ)

ヴィータは仮面ライダー電王以外のイマジンを倒すエキスパートの仮面ライダーゼロノス---桜井侑斗とデネブをこの場に呼ぼうと思ったが、止めた。

ゼロノスカードを使用した際に支払う代価を知っているからだ。

知ってて、『使え』と言えるほど自分は鬼ではない。

(どうすっか……)

なのはを見てみると、どこか申し訳なさそうな表情をしていた。

それだけでヴィータには、なのはが次に何を言おうとしているのか推測できた。

「行くんだろ?」

なのはが言う前に、ヴィータは促してみる事にした。

「え?」

自分の心中を読まれたかのような表情を、なのははしている。

「アイツ、助けに」

「いいの?」

なのははヴィータの言葉に目を丸くしながら、確認するかのように訊ねる。

「あたしとしてはそっちの方がありがてーけどな」

これはヴィータの本音だ。

何故なら、なのはが仲間を助けにイマジンの所に向かってくれれば自分はフリーとなりこの状況を打破する事に専念できるからだ。

「ありがとう。ええと……」

(名乗った方がいいんだよな……)

この辺りの礼儀は主である八神はやてに教育されている。

「ヴォルケンリッター鉄槌の騎士、ヴィータ。アンタは?」

「なのは。高町なのは」

ヴィータが先に名乗る事で、なのはも名乗った。

その直後に、なのはは倒れているユーノの元へと向かっていった。

「ちゃんと憶えたからな。高町あろま!」

ヴィータがそう確認するかのように口に出すと、移動しているなのはがガクっと体が傾いたのは決して見間違いではなかったりする。

 

 

ビルの窓ガラスが爆弾が起動したかのように、ドンドンドンという音を立てながら砕け散っていった。

そのような原因を起こしたのは、アルフ(人型)とザフィーラ(人型)である。

「やああああああ!!」

アルフが魔力を纏った右拳を振り上げて、眼前のザフィーラに向けて放つ。

「ぐううう!!」

ザフィーラが両腕を×字にクロスして、アルフの拳を防御する。

「デカブツ!アンタも誰かの使い魔か!?」

攻撃の手を緩めずに、アルフはザフィーラに訊ねる。

攻撃に徹しているアルフの両脚がゆっくりとだが、じりじりと前へ進む。

防御に徹するしかないザフィーラの両脚がずるずるとゆっくりとだが退がっていく。

「ベルカでは騎士に仕える獣を使い魔とは呼ばん!」

「!?」

「主の牙、そして盾!守護獣だぁ!」

ザフィーラは自身の存在を『誇り』を持って、高らかに叫ぶ。

「おんなじようなモンじゃんかよぉ!!」

アルフは自分と眼前の男にどのような違いがあるかは考えずに、叫び返した。

アルフの拳を纏っている魔力の力が急速に上がっていく。

バチバチバチバチという音が二人の耳に入っていく。

そして、二人を起点にして爆発が起こった。

爆煙が立ち込める中、ザフィーラが素早く抜け出して後方へと退がる。

アルフがこちらに攻めてこない事を幸いと考えて、ザフィーラは現在の戦況を把握するために周囲を見回す。

(戦況はあまりよくないな)

ザフィーラは結界の外にいると思われるシャマルに念話の回線を開いていた。

 

(これに電王まで加わってしまうと、私達完全に不利になるわね。やっぱりゼロノスを望んでしまうわね)

結界の外で仲間達の戦いを見守っていたシャマルは結界の中にいるザフィーラと念話の交信を続けていた

(桜井やデネブが参戦してくれるとありがたいが、それは無意味な仮定だ。ヴィータとシグナムが負けるとは思えんがここは退くべきだ。シャマル、何とかできるか?)

(何とかしたいけど、局員が外から結界維持してるの。私の魔力じゃ破れない……。シグナムのファルケンかヴィータちゃんのギガント級の魔力じゃないと……)

シャマルは率直な意見をザフィーラに言う。

(仕方ない。アレを使うしかない)

(わかっているけど、でも……)

ザフィーラの提案にシャマルは躊躇してしまう。

使わなければ現状を打破する事は出来ない。

しかし、使えば確実に今までの労力が一瞬にして無に帰すだろう。

シグナムやヴィータの努力を無駄にはしたくなかったのだ。

悪循環に浸かっているシャマルの背後からジャキンと何かを向けるような音がした。




次回予告

第二十六話 「遅刻列車デンライナー」


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第二十六話 「遅刻列車デンライナー」

強装結界の外は局員が結界を維持しており、外部から内部への侵入は余程の事がない限り許されない状態となっていた。

ジャキンという音が背後から聞こえた時、シャマルにはどうしようもなかった。

背後を取られるなんて騎士としては決して屈辱であり恥でしかない。

性格上、戦闘向きでないシャマルとてそれは例外ではない。

(シャマル、どうした?シャマル!)

念話の回線を開きっぱなしなので、交信相手のザフィーラ(人型)が安否を確かめるような声音を出す。

「捜索指定ロストロギアの所持、使用の疑いで貴女を逮捕します」

声からして少年なのはわかる。恐らく時空管理局の人間だろうと推測している。

野上良太郎ではないことは確かだ。

彼なら先程のような警察官的な台詞は出ないからだ。

(私がアレを使うことに躊躇ったから……)

シャマルは自分の決断の鈍さをこの時ほど呪った事はなかった。

 

「抵抗しなければ弁護の機会が貴女にはある。同意するなら武装の解除を……」

シャマルに黒い杖型デバイス---S2Uを突きつけたのはクロノ・ハラオウンだ。

クロノはシャマルに「無駄な抵抗をするな」と釘を刺す。

シャマルが動くような様子はない。

後は武装さえ解除してくれればこれで終わる。

クロノとしても無駄な争いは好まない。

彼が戦うのはあくまで『戦わなければならない』ときのみで選択肢が『戦う』と『戦わない』があるときは『戦わない』を選ぶくらいだ。

(今のこの映像は駐屯所でもモニターされてるから、母さんとエイミィも見てるんだよな)

クロノの言うようにこの時間帯、駐屯所であるハラオウン家ではリビングにいるリンディ・ハラオウンと別室にいるエイミィ・リミエッタもきちんと見ており、二人ともクロノの活躍に素直に喜んでいたりする。

だが、クロノとしてみれば最近悪癖がついている二人にまた弄られるかもしれないと気が気でなかったりするが、表情には絶対に出さないようにしている。

(母さんもエイミィも彼等に毒されているからな……)

クロノが言う彼等とはチームデンライナーの事だ。

自分の斜め後ろ辺りから、足音のようなものが聞こえた。

「え?」

「!?」

シャマルの声の直後、クロノは音の発生源に顔を向けた直後に何者かに間合いに踏み込まれ、腹部に衝撃を受けて受身をとることも出来ずに後方のビルのフェンスに叩きつけられた。

「げほっ……ぐっ……」

クロノはぶすぶすと煙を立てている腹部を押さえながら、自分にダメージを与えた相手の顔を拝もうとする。

「仲……間……?」

クロノとしてもわけがわからなくなっていた。

 

 

テイパーイマジンによって、意識を奪われたユーノ・スクライア(人間)を救出するために、高町なのはは全速力でユーノの元に向かい、到着した。

「ユーノ君!」

倒れているユーノはピクリとも動かない。

(ええと、確か生きているかどうかを確認するには脈を確かめるんだけど、手首辺りを触るんだよね)

なのはは父、高町士郎や兄の恭也、姉の美由希が教えてくれた事を思い出す。

なのははユーノの右手首辺りを触診する。

どくんどくんどくんと脈打つ感じが、なのはの左親指に伝わってくる。

「よかった!ユーノ君、生きてる!」

なのはは喜びの声を上げる。

『油断は出来ません。生きているといっても、意識はまだ取り戻してはいません』

レイジングハート・エクセリオンはテイパーイマジンに対して警戒しながらも、なのはに告げる。

「そ、そうだね。正直荒療治っていうか、初めてだけどやるしかないね」

『何をするつもりですか?』

なのはは気を失っている背後に立って両肩を持ち、ユーノを座らせる状態にさせる。

「お兄ちゃんが武道のお稽古中に気を失っているお姉ちゃんの意識を取り戻させる方法があるんだよ。わたし、するの初めてだけどやってみるよ」

なのはは初めての試みなので深呼吸をする。

「せぇーの!」

なのはは活を入れた。

気を失った人間の息を吹き返らせる方法で、柔術などでも使われる。

なんともいえない音が鳴ったが、骨格等に別状はない。

「う……ん……」

ユーノの閉じていた瞳がゆっくりと開き始めた。

「な……の……は?」

ユーノは唇をゆっくりと動かす。

「うん。なのはだよ。ユーノ君、大丈夫?」

なのはは背後から正面へと移り、レイジングハート・エクセリオンを見せる。

「ユーノ君、わかる?」

「レイジングハートでしょ?正確にはレイジングハート・エクセリオン」

「うん、正解。意識はちゃんとしてるんだね」

「僕は……、そうか、イマジンにぶっ飛ばされて意識が飛んでたんだ」

「うん。そうみたいだね」

ユーノはゆっくりと立ち上がる。

「なのははどうやってここまで?あの赤い子がすんなりと許してくれたとは思えないけど……」

「それが赤い子---ヴィータちゃん、すんなりと行かせてくれたよ」

なのはの意外な内容に、ユーノは目を丸くしてから、右手を顎に当てて考える仕種をする。

「どうしたの?ユーノ君」

「いや、何か企みでもあるのかなって……」

「うーん。考えにくいと思うよ。ウラタロスさんみたいな感じじゃないと思うし、むしろモモタロスさんに似ているかなぁって」

なのははヴィータに対して抱いている感情を告げる。

「なら大丈夫だね」

ユーノが納得するには十分な意見だった。

「どうしてイマジンはすぐにこっちに来ないのかな?」

なのはは尤もな事をユーノに訊ねる。

「それは僕が『敵』じゃなくて『獲物』だからかな」

「?」

ユーノの解説に、なのはは首を傾げる。

(ユーノ君は今は男の子状態だから『敵』のはずなのに、どうしてフェレット状態でもないのに『獲物』なんだろ……)

「なのは、その様子じゃ意味わかってないでしょ」

なのははユーノの視線から態と逸らす。図星なのだ。

「なのは、『敵』っていうのは自分と対等かそれより少し上、もしくは下といった戦えばそれなりのリスクを伴う相手に向かって言う言葉なんだ。それにイマジンが僕を『敵』と認識しているならさ、僕がさっき言った言葉どおりならこんなに余裕を持って、なのはと会話なんてできないでしょ?」

「確かにそうだよね……」

なのははうんうんと首を縦に振る。

「でも、僕はなのはと会話が出来てる。つまり僕を『敵』ではなく、いつでも狩る事が出来る存在つまり『獲物』って見てるのさ」

なのはにしてみれば見下されているという感じがしてならない。

「そんなぁ……。でも、今度は『敵』としてイマジンも見るかもしれないよ。だって、わたしも一緒だし!」

『そのとおりです』

なのはとレイジングハート・エクセリオンが共闘を進言する。

「なのはがいれば十分な戦力だから願ったりだよ。でもイマジンが僕を『獲物』として油断しているところを狙おうと思うんだ」

ユーノの言葉になのはは耳を疑う。

「ユーノ君。それって卑怯なんじゃ……」

「なのは。半年前にフェイトやクロノ、ウラタロスさん、キンタロスさん、リュウタロスを含めて六人がかりで戦った事を忘れたの?」

ユーノの一言に、なのははハッとする。

「六人で戦っても、イマジン二体と戦う事はできても倒せなかったでしょ」

「うっ。でもでも、あれからわたしも強くなったし今度こそ正面から戦えるんじゃ……」

なのははあくまで正々堂々真正面から戦う事を望む。

「無理だよ」

ユーノは即否定した。しかも今までにないくらい真剣な瞳で。

「ええ!?何で?」

なのははユーノの即否定に異議を申し立てる。

「実はね。海鳴(ここ)に来る前に、エイミィさんにイマジンの戦闘能力を魔導師ランクで測定した場合どうなるかを頼んだんだ」

ユーノの言葉になのはは黙って耳を傾ける。

「そしたらさ、最低でもAAA-だって事がわかったんだ」

「最低で……」

『そうなるとマスターならばイマジンに『敵』とみなされますが、ユーノ・スクライアが『獲物』とみなされるのも仕方ないですね』

レイジングハート・エクセリオンが先程ユーノが言っていた言葉を理解した。

「そういうことになるね。それに、あくまで最低でソレだから今から僕達が戦うイマジンがその最低とは限らないよ」

ユーノは右手を地に付けて探索魔法を展開して、テイパーイマジンを捜す。

「動きが全くない。僕をぶっ飛ばした場所からほとんど移動してない」

探索魔法を閉じて、ユーノは立ち上がってテイパーイマジンがいる方向へ睨みつける。

「なのは。今から僕の作戦を聞いてくれる?」

「うん!」

なのははユーノの作戦を聞いたとき、躊躇したがそれ以外に自分達が勝機を見出すことはないというユーノの説得に頷くしかなかった。

自分ではユーノほど作戦を立てるほど機転の利く事が浮かばないというのが現実だからだ。

 

なのはと離れたヴィータはザフィーラの元に足を運んでいた。

「ザフィーラァァ!」

ヴィータがザフィーラを発見すると、その場に着地する。

「ヴィータか……。相手はどうした?」

一人になっているヴィータに相手の事を訊ねる。

「仲間助けにイマジンのところに行った」

「イマジンがこの中にいるのか?」

「みてぇだな」

ザフィーラの確認するかのような問いにヴィータは短く答えた。

「そうか。それに結界の外でも何か悶着が起こっているみたいだ」

「外?シャマルが管理局の連中に捕まったのかよ!?」

「わからん。念話での更新が途絶えてどうなったのか掴めない」

ザフィーラも腕を組んで、この状況をどうすべきか思案しているようだ。

正直、頭を使うことはシャマルやザフィーラに任せっきりなため、自分が眼前の大男よりもマシなことを思いつくことはないだろう。

「なぁ、ザフィーラ」

「何だ?」

「イマジンは何で来たんだろ?あたし等を助けてくれるとか?」

ヴィータは精一杯知恵を振り絞った事をザフィーラにぶつけてみる。

「………」

ザフィーラは音声には出さなかったが、頭を左右に振ったのでヴィータにはソレがどういう意味を示すものなのか理解できた。

 

 

(な、何なんだ?あいつは……)

クロノは自分の腹部に強烈な一撃を食らわせた相手を苦悶の表情を浮かべながらも睨みつけていた。

相手の性別はパッと見では男だろう。

紫色の髪に、顔を隠すような仮面をつけており、白をメインにしてポイントカラーが青色の軍服じみたような衣装。身長は恐らく良太郎よりも大きいだろう。

その外観からしてイマジンでないことだけはわかる。

魔導師なのか、それとも別世界から来た住人なのかまでは判別が出来ない。

仮の名として『仮面の戦士』はシャマルと何かを話している事は見ればわかるが、何を話しているのかは聞き取れなかった。

 

 

「ほぉ、ここに来るという事はまだ戦う意志があるという事か……」

テイパーイマジンは眼前の『獲物』であるユーノがこちらに向かってくることに素直に喜んだ。

それでもユーノに対する認識は『敵』ではなく『獲物』なのだが。

(間違いなく、このイマジンはまだ僕を『獲物』として認識してる。それに、なのはが僕側に付いている事も知らないはずだ)

それが唯一、自分が唯一見出せる勝機だ。

(それに賭けるしかない!)

現在、なのはは自分より後方にいる。

(なのは、僕が念話で撃つタイミングを言うから迷わずに撃ってね)

ユーノは念を押すように念話の回線を開いて、なのはに作戦の最終確認をする。

(う、うん!本当に大丈夫なんだよね?ユーノ君、わたし嫌だよ。黒コゲのユーノ君を見るのは……)

(攻撃魔法に関しては、なのは達の足元にも及ばない僕だけど、防御系に関しては少しながら胸を張れるからね。安心して撃っていいよ)

(わかった!ユーノ君を信じるよ!)

なのはから念話の回線を切った。

ユーノは自分が提案した作戦とはいえ緊張したが、ほぐすために軽く深呼吸をしながら、ゆっくりと歩きながらテイパーイマジンとの距離を詰める。

その間、ユーノは何もしていないわけではない。両手で(いん)のようなものを結んで口は詠唱をしていた。

(僕には、なのは達のようなイマジンをぶっ飛ばせる威力の魔法はない。でも、角度を変えればそれに負けないモノがある!)

ユーノは最初から確信してそれを持っていたわけではない。

今、手にしたといってもいいだろう。

皮肉な事だが、たった一人でイマジンと対峙したという事がユーノの内に秘めたモノを開花させたといってもいいのかもしれない。

テイパーイマジンとの距離がゼロになる。

それでもユーノは詠唱を止めない。

むしろ、そこにテイパーイマジンがいないというような感じで詠唱が続く。

「俺を目の前に念仏か?ならば即座に葬ってやる!!」

右拳を大きく振りかぶって、ストレートに放つ。

ユーノに届かず、翡翠色の障壁が防いだ。

「防いだか。だが、ぬっ!?」

テイパーイマジンは自身の身体に異変を感じた。

「右足が動かん!?」

彼の右足には翡翠色の鎖が縛られていた。

だがユーノは相変わらず詠唱を続けている。

テイパーイマジンは右足を封じられているので、腰の入った打撃系は使用不可になる。

そのため、軽いジャブを左右で連打する。

バシンバシンバシンと障壁に当たる。

そのたびにテイパーイマジンの身体に翡翠色の鎖が絡みつく。

腕、足、腰、胸、首に翡翠色の鎖が纏わりついている。

「な、何故だ!?撃つたびにこの妙な鎖が俺に纏わりつくんだ!?」

詠唱を続けているユーノに訊ねるようにして吠えるが、ユーノは右から左へと流すようにして詠唱を続けている。

(身体中にバインドが絡み付いて動けなくなってる。これなら、なのはのディバインバスターを直撃に食らわせることが出来る!)

ユーノはテイパーイマジンが自分を『獲物』として認識している油断を逆手に取る事にした。

その方法としては一見すると無防備な状態で、ゆっくりと歩み寄って間合いを詰めるというものだ。

だが、それだけなら先程気を失う一撃を食らう二の舞になりかねない。

そこで、一発だけなら防げる防御魔法(バリアタイプ)を何重にも重ねがけしていたのだ。

そして、その砕かれた防御魔法をそのまま消滅させずに捕獲魔法のバインドとして利用するように予め仕込んでいたのだ。

攻撃に特化した魔導師ならこの方法は使わないだろう。デリケートな作業なため、ぶっ放して解決というタイプにはまず向かないスタイルだ。

生き物と同義ともいえる戦場で、攻撃に特化した魔導師でこのような作業が出来る者はそうはいない。

ユーノもそういう意味では才ある人物といっても過言ではないだろう。

彼の詠唱は防御魔法の中に捕獲魔法を仕込んでおくための作業なのだ。

身体中にバインドが絡められているテイパーイマジンを見て、ユーノはそろそろ頃合だと判断して後方で砲撃準備をしているなのはに念話の回線を開く。

(なのは、準備はいい?)

(うん!)

(今だ!)

念話を切ったと同時に、ユーノは先程より強度のあるバリアタイプの防御魔法を展開する。

ゴオオオッと何かが向かっているのがユーノの耳にも入った。

「貴様、正気か!?貴様もただではすまんぞ!小僧!」

「タダですまないのは、あんただけだ!」

桜色の魔力砲が一直線に向かってくる。

チリチリチリチリと翡翠色の防御魔法を破壊するかのような音が、ユーノの耳に入る。

(大丈夫。絶対に防ぎきってみせる!そうでなきゃ、なのはに申し訳が立たない!)

ユーノはディバインバスターが通り過ぎるまで、懸命に耐えた。

やがて通り過ぎた中で、ユーノの前にはテイパーイマジンの姿はなかった。

ドコォォォォンという音が、前方のビルから聞こえてきた。

テイパーイマジンがふっ飛ばされたのだろうとユーノは判断した。

倒したとは思っていない。自分の目で見ていないから。

「はあはあはあ……はあ…はあ…。何とか防ぎきった」

両手を地に付けて、息を乱す。

彼を覆っていた翡翠色の防御魔法は消えていた。

ユーノとしてみても『確実』ではなく『賭け』の領域の事だった。

だが、その『賭け』に臆することなく戦っている者達を知っているので、自分もやってみることにした。

結果としてはよいほうだろう。

「ユーノくうううん!」

後方にいたなのはが飛んでユーノの元にやってきた。

ユーノは立ち上がろうとするが、ふらついてしまう。

「大丈夫!?やっぱり無茶したんじゃ……!?」

なのははユーノに肩を貸す。

そんなことはない、と言いたかったが嘘を吐くほど彼の思考は働いてはいない。

「無茶した……かな」

ユーノは満足そうな笑顔でそう言うと、なのはは何も言えない

「もう……」

なのははただ一言そう言うしかなく、笑みを浮かべた。

『イマジンはまだ生存しています。油断なさらないように』

レイジングハート・エクセリオンがそのように二人に警告する。

「ダメージは負わせることが出来たけど、やっぱり倒せないか……」

ユーノとしてみれば、予想範囲内の出来事とはいえ今後のプランはゼロだった。

テイパーイマジンが瓦礫から出て、こちらに向かっている。

歩み寄るという行為は今までと同じだが、その質は違っていた。

今の歩み寄り方は『余裕』ではなく、『恐怖心を煽る』というものだ。

「ど、どうしよう?ユーノ君」

テイパーイマジンの術中に嵌まったなのはは不安げな表情でユーノに顔を向ける。

「なのは。僕を置いて逃げて。なのは一人なら何とかなると思うから……」

ユーノは静かにしかし、有無を言わせない感じでなのはに告げる。

「ダ、ダメだよ!ユーノ君を置いてなんていけないよ!」

なのはは涙目になって、異議を唱える。

「両方、逃がすと思うのか。小僧、今からお前は『獲物』ではなく『敵』として認めてやる。ただし、

そこの小娘共々葬ってやるがな!」

テイパーイマジンが『歩み』から『走り』へと変更する。

(こんなところで、なのはまで巻き込んで終わるなんて……)

仮に死んだら絶対に未練タラタラになって化けて出る自信がある。

「え?」

「ユーノ君?これってまさか……」

ユーノもなのはも自分達の耳に入った音楽を聴いて、暗い表情から一転して明るくなる。

「うん!間違いないよ!あの人達だよ!」

「うん!」

「何だぁ?」

テイパーイマジンは二人の表情の変化は死に際の開き直りなのかと思ったが、そうではないのだろうと先程から耳に入る音楽の元を目で辿る。

空間が歪み、線路が敷設されていく。

空間からこちらに向かって、お決まりのミュージックホーンを鳴らしてデンライナーが走ってきた。

デンライナーから何かが飛び出して、こちらに向かってゆっくりと降りていった。

 

「俺、別世界でもバイクに乗って参上!!」

 

荒々しいが、聞き覚えのある声がユーノとなのはの耳に入った。

「うらああぁ!!」

デンバードの前輪が、テイパーイマジンの顔面に直撃する。

「げぶっ」

テイパーイマジンに一撃食らわせてから、ソード電王はデンバードの進行方向をユーノとなのはに向けて走り出す。

二人の位置に着くと、デンバードから降りた。

テイパーイマジンがすぐさま、起き上がって自分に一撃を食らわせた本人を睨む。

「電王か!」

テイパーイマジンの言葉に、ソード電王は何も言わない。

左右のデンガッシャーのツールで専用武器を連結させていく。

「人違いだぜ?俺は仮面ライダー電王だからな!」

Dソードの刃を向けて、ソード電王はテイパーイマジンに高らかと吠えた。

デンライナーから遅れて、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスも出てきた。

「あの方の邪魔をする第一級の存在。ここで排除する!」

「やれるもんならやってみろよ?言っておくが今の俺は最初からクライマックスだぜ?」

仮面ライダー対怪人の戦いが始まる。

 




次回予告


第二十七話 「第二次戦の終結」


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第二十七話 「第二次戦の終結」

結界内にいる誰もがデンライナーのミュージックフォーンを耳に入れ、様々な表情の変化をしていた。

といっても、『歓喜』か『難色』のどちらかしかないわけだが。

ソード電王はテイパーイマジンと対峙していた。

「良太郎さん、モモタロスさん。そのイマジンは今までのイマジンとは違います!」

高町なのはの肩を借りて、立っているユーノ・スクライア(人間)がソード電王の野上良太郎()モモタロス(人格)にテイパーイマジンから得た情報を語ろうとする。

「オメェ、その様子からすると相当無茶したんじゃねぇのか?」

ソード電王は振り向かずに訊ねる。

「は、はい……」

ユーノは嘘を言うほど、回復できていないようだ。

「オメェがあいつから仕入れた情報は後でゆっくりと聞かせてもらうぜ?カメ、クマ、小僧!なのはとユーノを守れよ!?」

「センパイこそさっさと片付けちゃってよ?」

「任しときぃ!」

「やっちゃええ!」

ソード電王の指示にウラタロス、キンタロス、リュウタロスはそれぞれの反応で返す。

「さあぁてとぉ、いくぜいくぜいくぜぇ!」

ソード電王はDソードを構えて、テイパーイマジンとの間合いを詰める。

Dソードを縦へ横へ斜めへと振り回すが、テイパーイマジンはディバインバスターでダメージを受けているのにも関わらず、華麗なフットワークでDソードを巧みに避けていた。

上段に振り下ろしても右へ左と避け、薙ぎ払うようにしても見切って後方へと退がる。

テイパーイマジンのストレートやフックなどをソード電王は上体を逸らしたり、しゃがんだりして避けていく。

両者が攻撃を繰り出すたびに、空を裂くような音が聞こえてくる。

(このイマジン。今までと強さが違う!モモタロス、気を引き締めていかないとやられるよ!)

深層意識の良太郎が語りかける。

「わかってらぁ!」

ソード電王は良太郎のアドバイスを受けながら、Dソードを握る力が強くなる。

何度目かの上段振りを繰り出す。

「甘い!」

パシッとテイパーイマジンを拳から開手へと切り替えてDソードの刃(オーラソード)を受け止めた。

「なっ!?」

(白刃取り!?)

モモタロスも良太郎も驚きの声を上げる。

「放せよ!テメェ!」

ソード電王はテイパーイマジンの腹部を前蹴りする。

「ぐふっ」

くの字に曲がるが、Dソードを放す気はない。

「だったら、こっちから放してやるぜ!」

そう言うと、同時に両手で握っていたDソードを放してから、すぐさま両足を踏ん張って腰をひねって、右ストレートをテイパーイマジンに繰り出す。

「ぶほぉ!」

妙な声を上げて、テイパーイマジンは後方へと倒れる。

Dソードを受け止めていた両手もその時には放れてDソードは地に落ちる。

「テメェ、少しはやるじゃねぇかよ!」

地に落ちているDソードを拾おうとするソード電王。

「ほざけ!」

すぐさま起き上がったテイパーイマジンがソード電王にDソードを取らせまいとして体当たりを仕掛ける。

「がはぁ!」

体前面に衝撃を受けて、ソード電王は後方へと倒れる。

衝撃が身体に痺れのようなものを与えてくる。

ビリビリときて、立ち上がろうという意志があっても身体がそれを許してくれない。

 

「電王が苦戦してるなんて……」

なのはは自分の目の前に起こる現実がまだ信じられなかった。

自分が知る限り、電王とはイマジンと戦ってもあっさり決着をつけている印象があったからだ。

「ディバインバスターの直撃を食らって、ダメージゼロってわけじゃないのに……」

ユーノも自分の目の前で起こっている後景が信じられないような顔つきで見ている。

「それだけ、あのイマジンが強いって事だよ……」

ウラタロスが内心焦りが混じったかのような声を出して言う。

「カメの字。どうする?ここで乱入したらモモの字、完全に怒るで」

キンタロスとしても、モモタロスの性格がわかっている以上迂闊な事は出来ない。

「てんこ盛り(クライマックスフォーム)になれば、あんなヤツ楽勝なのに~」

リュウタロスも戦いに参加したいが、直接参加すればモモタロスに頭叩かれるのもわかっていることなので、間接的に参加できる方法を提案する。

「リュウタロス、てんこ盛りってアレだよね?」

ユーノは半年前に一度だけ見たクライマックスフォームを確認するかのように訊ねる。

圧倒的な強さを誇るが、ユーノとしてみればお笑い要素の方が強い形態だったりする。

「ユーノ君。どうしたの?てんこ盛りの電王って、そんなに面白かった?」

「僕的にはツボをついてるんだよ。あの電王」

ユーノは思い出したのか、口元を空いた左手で押さえている。

「そうなんだ……」

なのはもクライマックス電王を思い出すが、ユーノのように笑える部分があるかどうかは正直わからないのが本音なので、なんともいえない返答するしかない。

「最悪の状態になったら、行くよ。キンちゃん。リュウタ」

ウラタロスの言葉にキンタロス、リュウタロスは首を縦に振った。

 

 

フェイト・テスタロッサとシグナムはチームデンライナーが現れたことはミュージックフォーンで知ったが、それでも眼前の好敵手を前に逃亡する気はなく戦っていた。

レヴァンティンはシュランゲフォルムとなって、バルディッシュ・アサルトに絡み付いている。

「くっ」

フェイトは何とか引き離そうとするが、中々放れてくれないのが現状だ。

「デンライナーの音楽、野上達も乱入してきたみたいだな」

「……そうですね」

シグナムの言葉にフェイトはなるたけ平静に答える。

自身の内の感情を悟られたくはないからだ。

(今は戦いに集中しないと!)

フェイトはより一層表情を険しくすると、バルディッシュ・アサルトに絡み付いているレヴァンティンを引き離そうと努力していた。

 

 

結界の外の海鳴はというと。

「貴方は?」

シャマルは自分を助けてくれた仮面の戦士に対して、危機を救ってくれた感謝と同時に疑惑を持った。

管理局の者に手をかけるのだから、少なくとも敵とは思えない。

どちらにしても、情報が少なすぎるので有効な案は浮かばないというのが本音だが。

「使え」

仮面の戦士はシャマルに短く告げる。

「『闇の書』の力を使って結界を破壊しろ」

ザフィーラ同様に『闇の書』の使用を促す。

「でも、アレは……」

シャマルはそれでも躊躇する。

『闇の書』の力を使うことはあるもの(・・・・)を消費する事になる。

それは桜井侑斗のゼロノスカードの使用代価に比べると安いといえば安いが、入手するためには管理局の網の目を掻い潜ってやるしかないため苦労する。

「使用して減ったページはまた増やせばいい。仲間がやられてからでは遅かろう?」

仮面の戦士の言葉にシャマルはハッとする。

シャマルは抱えている『闇の書』を見る。

瞳を閉じる。

(はやてちゃんの為にも、こんなところで捕まるわけにはいかない!)

シャマルは閉じた瞳を開いて躊躇いから決意の表情へと切り替えた。

 

 

ヴィータはザフィーラ(人型)と一同合流してから、もう一度海鳴の空を駆けていた。

目的地は、なのはがいる場所---今、この結界内で最も危険な場所である。

ザフィーラと少しだけ状況を把握しようとした中、アルフ(人型)が乱入してザフィーラは一騎打ち状態になってしまい、自分は少しだけ考える時間が出来てしまったのだ。

その中で、何故かなのはやその場にいるイマジンのことが気になった。

そもそもイマジンが自分達側の味方になってくれているのなら、わざわざ向かう必要はない。

(なーんか、シックリこねぇんだよなぁ)

理屈と感情が食い違っている状態なのだ。

理屈では無駄な危険を被るだけなので行くべきではない事はわかっている。

だが感情では行くべきだと何故か促されている。

そして、理屈に従うと胸の中にモヤのようなものがかかって、苛立ってしまう。

そのモヤを晴らすために、今向かっている。

(デンライナーも来てるんだよなぁ)

ヴィータもミュージックフォーンを聞いているので、結界内にデンライナーがいることはわかっている。

ヴィータが目的地に着いて、着地する。

着地場所はなのは、ユーノ、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスがいる場所の後ろだ。

「あれぇ、赤チビちゃんだよ!」

リュウタロスが真っ先に発見した。

自身の名を名乗っていないので、仕方ないといえば仕方ないが。

「ホンマや。モモの字と大喧嘩した娘やないか」

キンタロスは以前の出来事を思い出しながら言う。

「何しにきたんだろうねぇ。赤チビちゃんは」

ウラタロスはここに来た目的を考えようとしているが、呼び方が『赤チビ』なのは変わらない。

「テメェ等ぁ!あたしは赤チビじゃねぇつてんだろうがぁ!!」

堪忍袋の緒が切れたヴィータは吠えた。

「あの子はヴィータちゃんって言うんですよ」

なのはだけが、ヴィータの名を知っていたのでその場にいる全員に教えた。

「ギータ?」

リュウタロスが聞き間違える。

「ヴィータだよ。リュウタロス」

ユーノがさらりと訂正する。

「リュウタ。人の名前は間違えたらアカンで。ルシータやろ?」

「キンタロスさん、ヴィータです」

キンタロスの間違いにまたもユーノが訂正する。

「二人とも何やってるのさ?あの子はヴィータだよ」

ウラタロスは間違えることなく憶えたので間違えたイマジン二体にユーノ同様に訂正を促す。

「で、どうなってんだよ?つーか、赤鬼は?」

ヴィータはこの面子の中で比較的常識人であるなのはとユーノに訊ねる。

「電王が押されてるんだ。正直、あのイマジンは強いよ。あと、今戦っている電王はモモタロスさんが憑いてるんだ」

ユーノが状況を説明を聞きながら、目の前の戦闘を見る。

ソード電王とテイパーイマジンが戦っている。

一進一退のようだが、ソード電王が押され気味だった。

テイパーイマジンのジャブを避けてから、ソード電王がDソードで斬り付けようとするが、ミリ単位のところで避けられる。

(ったく、何やってんだよ!?オマエを倒すのはあたしなんだぞ!)

好戦的ではないが、白黒ハッキリしておきたい相手であることには違いない。

だからこそ、自分以外の者に負けることは許されない。

ヴィータは腕を組んで地団太を踏んでいた。

「あの、ヴィータちゃん……」

「何だよ?」

なのはが苛立ちを剥き出しにしているヴィータに恐る恐る声をかける。

「どうして、その……そんなにイライラしてるのかなって……」

「赤鬼があんなヤツ相手にモタモタしてるからだよ!おい!赤鬼!」

苛立ちが頂点に達したのかヴィータは前に立って、ソード電王に声をかけた。

 

テイパーイマジンとの戦闘の最中、ソード電王は本来ここで聞こえるはずのない声が耳に入った。

「赤チビ?」

(ヴィータちゃん?)

ストレートを避けてテイパーイマジンの胸部にDソードで斬り付ける。

今度は避ける事ができなかったのか、斬撃箇所から火花が出ていた。

テイパーイマジンは胸元を押さえて、退がる。

その隙を突いて、ソード電王がヴィータの前に立つ。

「何しにきやがった?テメェ」

「うるせぇ!あたしの勝手だろうが。それに何だよ?無様な戦い方しやがって、だらしねぇ」

「何だとぉ……」

ヴィータの挑発とも取れる台詞を聞き、ソード電王の声が低くなる。

Dソードを握る手が強くなり、カタカタと震えている。

「上等だぁ。今からさっさと片付けてやるから、その目で拝みやがれ!カメ、クマ、小僧!手伝わせてやる!行くぜぇ」

ソード電王はヴィータの後ろにいる三体のイマジンに声をかけてからケータロスを取り出した。

「そうこなくっちゃ!センパイ」

ウラタロスはいつもの定位置にしている右手にスナップを利かせる。

「うっしゃぁ!行くでぇ!」

親指で首を捻って鳴らしてから、腕組をする。

「僕も行くよぉ!別世界(こっち)では二回目!」

リュウタロスもVサインをして、その場でピョン跳ねる。

ソード電王はケータロスの3、6、9、#のボタンを素早く押す。

『モモ、ウラ、キン、リュウ』

電子音声が発してから、フォームスイッチを押してから右側のスイッチを押す。

『クライマックスフォーム』

とフォーム名を電子音声が発する。

そして、ソード電王はデンオウベルトに展開したケータロスを装着する。

ガシンという音が鳴ると、ケータロスから角のようなものが出現する。

ソード電王のオーラアーマー及びオーラスキンがクライマックスフォームのものへと切り替わっていく。

ウラタロス、キンタロス、リュウタロスの姿がフリーエネルギー状態になってから電仮面の姿へとなってソード電王の元へと飛んでいく。

フリーエネルギー状態の電仮面ロッドが右肩に装着されてから、実体となる。

同じ様にフリーエネルギー状態の電仮面アックスが左肩に装着されて実体となる。

最後に胸部のターンブレスト部分にフリーエネルギー状態の電仮面ガンが装着されて実体化する。

その直後に、電仮面ソードがモモタロスいわく『皮が剥けた』状態となって、新たな電仮面となる。

全身からフリーエネルギーが乱れるように噴出す。

仮面ライダー電王クライマックスフォームが完成した。

後ろにいたなのは、ユーノ、ヴィータも吹き飛ばされそうになるが、何とかこらえた。

クライマックス電王はヴィータを見る。

「今すぐ片付けてやるから見てろよ?赤チビ」

クライマックス電王はモモタロスの声(以後:モモボイス)で宣言する。

「珍しいね?センパイ、はりきっちゃって」

ウラタロスの声(以後:ウラボイス)を発して、右手のみがウラタロス特有の構えになる。

「ええやないか。カメの字。モモの字を応援する子供なんて珍しいで」

左肩からキンタロスの声(以後:キンボイス)を発してから宥める。

「だったら、早くアイツやっつけちゃうよぉ!」

胸部からリュウタロスの声(以後:リュウボイス)を発して促す。

「じゃあ、行くぜぇ!」

クライマックス電王は堂々と歩き出した。

それはテイパーイマジンがなのはとユーノに恐怖心を植えつけるための歩き方に似ていた。

 

「誰が子供だぁ!!」

クライマックス電王の背中に向かって吠えたのはヴィータだった。

「おい、あの電王は何だよ?漫才できるぞ。間違いなく!」

ヴィータはなのはとユーノにクライマックス電王の事を訊ねる。

「漫才って……」

「ぷぷ……」

ヴィータのあまりの言い様に、なのはは両目をパチパチとしていまい、ユーノはツボに嵌まったのか笑いをこらえていた。

「あの電王は良太郎さん、モモタロスさん、ウラタロスさん、キンタロスさん、リュウタ君の五人が一つになった電王なんだよ」

なのはが自分が知る限りの知識で、クライマックス電王を説明した。

その間にもクライマックス電王が「泣けるで!」というキンボイスを発しながら左フックを放ち、テイパーイマジンを後退させていた。

「それってギガ強ぇってことだよな……」

ヴィータがクライマックス電王の分析してから戦いの現場に目を向けていた。

右ジャブがテイパーイマジンの顔面にヒットしてまたも後退させる。

その際、ウラボイスで「僕に釣られてみる?」と聞こえた。

「さっきまであんなに苦戦したのに、圧倒的過ぎるじゃんかよ……」

ヴィータは自分が戦った時の事を想定する。

まだ戦った事はないが、自分はイマジンと一対一で戦って勝てる自信はない。

その根拠としては電王と戦った場合、確実に勝てるとはいえないからだ。

電王に勝てばイマジンにも勝てるというのがヴィータ独自の図式となっている。

(しかもあの様子から見ると、赤鬼以外のヤツも出張る事もできるんだよなぁ。シャマルやザフィーラに教えたら頭抱えるだろうなぁ)

自分で考える事を放棄し、頭脳労働に長けている二人に丸投げした場合のことを想像した。

想像から現実に戻ると、クライマックス電王が「答えは聞いてないけどね!」と言って右回し蹴りを放ってテイパーイマジンを更に後退させていた。

ヴィータが見ている限りではクライマックス電王になってからはテイパーイマジンは一度も攻撃を繰り出していないように思える。

正しくは攻撃しようとしてもそれより先にクライマックス電王に仕掛けられて何も出来なくなったのだろう。

「もう終わりだな……」

ヴィータの呟き通り、クライマックス電王はパスを取り出していた。

「さぁてと、クライマックスと行こうぜ!」

ケータロスのチャージアンドアップスイッチを押すと、ミュージックフォーンが流れる。

展開状態のパスをターミナルバックルにセタッチする。

『チャージアンドアップ』

電子音声で発すると、同時にもう一度パスをターミナルバックルにセタッチする。

ターミナルバックルの前に電王のシンボルマークがフリーエネルギーで大きく描かれる。

右肩の電仮面ロッドが身体各部にあるデンレールに沿って、右足に向かっていく。

胸部の電仮面ガンが電仮面ロッドの後に続くようにしてデンレールに沿って、右足に向かっていく。

最後に左肩の電仮面アックスがデンレールに沿って、右足に向かっていく。

ガシンガシンガシンと三つの電仮面がふくらはぎ、膝、太ももで停まる。

クライマックス電王は中腰になって、跳躍した。

右足を突き出して、そのままテイパーイマジンに向かって行く。

先頭の電仮面ロッドの両サイドのアンテナの向きが百八十度変わる。

フリーエネルギーを纏った状態で繰り出される蹴りにテイパーイマジンは避ける事もなく、直撃する。

断末魔の悲鳴を上げる事もなく、テイパーイマジンは爆発した。

「やりゃあできるじゃんかよ。赤鬼」

ヴィータはクライマックス電王の勝利に満足の声を上げた。

(みんな!今から結界破壊の砲撃を撃つわ!上手くかわして撤退を!)

シャマルが念話の回線を開いてきた。

 

 

シャマルは『闇の書』を開いていた。

仮面の戦士は妨害する事必至であるクロノの相手をしていた。

「何者だ!?連中の仲間か!?」

この状況ならそう思って当然のことを訊ねていた。

だが、シャマルとしてはイエスともノーともいえないのが実状だった。

仮面の戦士は沈黙を保っている。

「答えろぉ!!」

クロノはS2Uを構えていた。

(あっちはあの仮面さんがやってくれてるみたいね)

シャマルのは足元に緑色の三角形型の魔法陣を展開した。

「『闇の書』よ。守護騎士シャマルが命じます。眼下の敵を打ち砕く力を今ここに!」

開かれた『闇の書』から紫色の雷が発生する。

天に向かっていき、夜空の星を覆う暗雲が生じる。

紫色の雷が今か今かというように空でバリバリと音をけたたましく鳴らして光っている。

その間に、仮面の戦士がクロノの隙を狙って蹴りを繰り出した。

クロノは避ける間もなく、下へと落下していくが地面スレスレで踏ん張っていた。

上空に浮かぶ黒い珠の周囲に紫の雷が纏わりついている。

「撃って!破壊の雷!!」

シャマルが叫ぶと同時に『闇の書』の紋章が輝きだす。

黒い珠が充填していた紫色の雷を惜しみなく結界に向かって落ちていった。

 

 

「おい、何だよ!?アレ」

クライマックス電王が空から落ちている紫色の雷を指差す。

結界に大きな亀裂が入り始めている。砕けるのは時間の問題だ。

「まずい!なのは、もういいよ。ありがとう」

今までなのはの肩を借りていたユーノは礼を言ってから手で印のようなものを結んでから防御魔法を結界とほぼ同じ大きさに展開する。

「ユーノ君。顔色凄く悪いよ!無理しないで!」

ユーノの顔から汗が流れる。しかも流れるたびにユーノの顔色が悪くなっている。

なのはが停めようとするが、クライマックス電王が右肩を掴んだ。

「アイツにだって男の意地があるんだ。やらせてやれよ?ユーノが倒れたら後の面倒はお前が見ればいいんだよ。違うか?」

「はい!」

モモボイスの一言に、なのはは納得した。

「おい!赤鬼とその愉快な仲間達と高町あろま!」

ヴィータがいつの間にか宙に浮かんでおり、退却の準備をしていた。

「勝負は預けたからな!次は絶対に殺すからな!絶対だ!」

ヴィータはそう言って飛び去っていった。

 

フェイト・テスタロッサとシグナムもこの後景を目の当たりにして攻めの手を止めていた。

シグナムは空を見上げ、これから起こることが予測できた。というよりもヴィータがシャマルからの念話を受信した時に自分も受けていたのだ。

眼前の好敵手はこれから起こる事を知らないだろう。だが、無事に難を逃れるだろうという妙な信頼を持っていたりする。

「すまぬテスタロッサ。この勝負預ける」

シグナムはフェイトにそう告げると退却していった。

「シグナム!」

フェイトは追いかけようとするが、この状況を打破しなければならないので深追いはしなかった。

 

ビルに沿って、アルフ(人型)がザフィーラ(人型)を追いかけていた。

「仲間を守ってやれ!直撃を受けたら危険だ!」

先程まで戦っていたアルフと戦っていたザフィーラが身内を守るように促した。

「え?あ、ああ」

アルフもザフィーラの言葉には妙な説得力があると感じたのか頷くしかなかった。

 

やがて特大の紫色の雷は地に落ちた。

 

結界は破壊され、内にいたシグナム、ヴィータ、ザフィーラの姿はなく、いたのはクライマックス電王、

なのは、ユーノ、フェイト、アルフだけだった。

クライマックス電王はデンオウベルトを外すと、良太郎、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスに分離した。

「あれが百科事典の力かよ?厄介だぜ」

「うん。しかもアレで完成とはほぼ遠いんだ。もし完成して『時間の破壊』に使われたら間違いなくこの時間は滅ぶね」

「ああ、そうだな。俺たちも占めてかからねぇとな。だろ?良太郎」

「うん!」

夜空を見上げてモモタロスと良太郎はより一層の決意を固めた。




次回予告


第二十八話 「ある人物を思い出して」


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第二十八話 「ある人物を思い出して」

海鳴市での戦闘から退避して数分後。

守護騎士達が八神家に帰宅しても、八神はやて、桜井侑斗、デネブはいなかった。

「桜井やデネブがいる以上、主の身は安全か……」

はやてのボディーガード役になっていると思われる侑斗とデネブは腕っ節は強いので、変質者に襲われる心配はないとシグナムは考えている。

なお、彼女の身なりは騎士甲冑ではなく私服だ。

それは他の二人---ヴィータとシャマルも同じだ。

ザフィーラは人型から獣型になっている。

「はやてぇ……」

ヴィータは甘えた口調で主の名を呼ぶ。

「とにかく、はやてちゃんに連絡しましょう。約束を破ったもの、きちんと謝らないと……」

シャマルが受話器を手にして、ボタンを押し始めた。

発信先は、はやての携帯電話である。

しかし、出たのは持ち主ではなく侑斗だった。

「あ、侑斗君ですか?はやてちゃんは?」

 

月村邸で、はやての携帯電話に出ていた侑斗はシャマルと話していた。

声色からして、後悔と反省が混じっているように感じた。

「八神ならここにいる。代わるぞ。八神、シャマルからだ」

「うん。ありがとうな。侑斗さん」

はやては侑斗から携帯電話を受け取る。

「もしもし、はやてです。シャマルどうしたん?」

はやてはしっかりと聞いている。

その姿勢は侑斗から見ても『九歳の子供』ではなく、『八神家の主』だった。

外見年齢ならシャマルの方が上だが、人としての精神的な心持ちなら明らかにはやての方が上に思えた。

シャマルの声は聞こえないが、真相を悟らせないための言い訳を繕っているに違いない。

「はやてちゃんってご家族の方と電話している時って、すごく大人っぽく見えますよね?」

話し相手がほしかったのか、すずかは侑斗に声をかける。

「そうだな。家の中じゃ八神が一番しっかりしてるからな」

侑斗の表情は台詞に反して、浮かない感じだった。

「どうしたんですか?」

すずかは怪訝な表情になる。

「ん?あいつが九歳の子供でいられるのは、おまえと遊んでる時だけなのかなっと思ってな」

「八神は責任感が強いから、身内の事ばっかり心配してるんだ」

デネブも、はやての責任感の強さが自身を追い詰める事態を招くのではと危惧している。

「そうなんですか?」

すずかは自分の知らない、はやての一面を知った。

「これからも八神と友達でいてやってくれないか?俺もデネブもいつまでも八神といれるわけじゃないから」

侑斗はすずかに頭を下げて頼む。

デネブも釣られるようにして頭を下げていた。

「え、そ、そんな……。頼まれなくても、わたし……はやてちゃんとはずっと友達でいたいですから……大丈夫ですよ」

すずかは年上の男性と年齢不詳の怪人に頭を下げられて、あたふたするが自分の意見を侑斗とデネブに伝えた。

 

シグナムとヴィータとザフィーラはシャマルのアイコンタクトで冷蔵庫を開けて、覗いていた。

そこには夕飯のお鍋の具があって、『大盛りやで~。デザートは冷蔵庫!はやて』というメモ書きが貼られていた。

シグナムはシャマルを見る。

まだ申し訳ない声を出して、はやてと電話をしていた。

(私がやればどう頑張っても主に見抜かれるだろうな)

そんなことを思っていたりする。

シャマルがヴィータを呼んだ。

はやてがヴィータと話がしたいと申し出たようだ。

シャマルがゆっくりと中庭に出ていた。

見ているのが夜空に君臨している月だというのは後ろ姿を見てもすぐにわかる事だ。

シグナムも中庭に出て、シャマルの隣に立つ。

「寂しい思いをさせてしまったな」

はやての心中を察する台詞を発するたびに白い息が吹き出る。それだけ寒いという証拠だ。

「うん」

シャマルは首を縦に振る。

「それにしても、お前を助けた男は一体何者だ?」

「わからないわ。少なくとも当面の敵ではなさそうだけど……」

シャマルは自身の考えを素直に打ち明ける。その度に白い息が出ている。

「管理局の連中もこれでますます本腰を入れてくるだろうな。それに、ヴィータとザフィーラから聞いたが、結界の中でイマジンが一体紛れ込んだらしい」

「イマジンが!?」

シグナムの報告にシャマルは驚きを隠せなかった。

「管理局側と敵対したところを見ると、少なくとも我々の敵ではないと考えられるがな。相手がイマジンである以上、下手な推測は危険を招く事になる」

シグナムはイマジンを中立---敵もないが味方でもないとみなしている。

「それで、そのイマジンは?」

シャマルはイマジンの所在を訊ねる。

「ヴィータが言うには、電王が現れて倒したそうだ。イマジンを倒した電王を見てヴィータはこう思ったそうだ」

「どう思ったの?」

「漫才が出来るようなふざけた外見だが、戦闘力は折り紙つきだと。私と二人がかりで戦っても勝つ可能性は薄いそうだ」

「その電王ってデネブちゃんが言っていた、てんこ盛り?」

シャマルは以前にデネブから教えてもらった事を思い出しながら口に出す。

「シャマル、何だそのふざけた名称は?私達の最大の障害となるべく存在の電王が、そんなふざけた形態かと思うとやる気が削がれてならんぞ……」

「デネブちゃんが言ってたんだもん!私が考えたんじゃないもん!」

シグナムが呆れ表情でツッコミを入れてくるので、シャマルは涙目で精一杯抗議した。

「と、とにかく!あの砲撃で大分ページも減っちゃったし……」

「だが、あまり時間もない。一刻も早く主はやてを『闇の書』の真の所有者に……」

「そうね……」

シグナムの尤もな意見にシャマルは焦りの表情を隠さずに頷いた。

「シグナムー。はやてが代わってって」

今まで、はやてと対話していたヴィータが受話器を持って中庭にいるシグナムに声をかけた。

「ああ」

シグナムはヴィータから受話器を受け取る。

「もしもし、シグナムです」

 

 

チームデンライナー及びアースラチームは駐屯所であるハラオウン家に戻っていた。

キッチンで野上良太郎とコハナは人数分のコーヒーを淹れており、リビングにいるモモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスは買い溜めしていたと思われるお菓子を勝手に開けて食べていた。

ユーノ・スクライア(人間)は今回の戦いで一番肉体的にも精神的にもダメージを負っており、現在はソファでゆっくりと眠っている。

アルフ(人型)はその看病をしていた。

「カートリッジシステムは扱いが難しいの。本来ならその子達みたいに繊細なインテリジェントデバイスに組み込むようなモノじゃないんだけどね。本体はその危険も大きいし危ないって言ったんだけど……、その子達がどうしてもって……」

高町なのはとフェイト・テスタロッサはエイミィ・リミエッタの講義に真剣に耳を傾けている。

「よっぽど悔しかったんだね。自分がご主人様を守ってあげられなかった事とか、ご主人様の信頼に応え切れなかった事とか……」

エイミィはデバイスの気持ちを汲んで、二人に告げた。

なのはとフェイトは掌で収まっているデバイスを見ている。

「ありがとう。レイジングハート」

なのはが感極まった表情で礼を言う。

『オーライ』

赤珠状態のレイジングハート・エクセリオンは自身を光らせて答えた。

「バルディッシュ……」

フェイトもなのは同様、感極まった表情だ。

『イエッサー』

金色の三角形状態のバルディッシュ・アサルトが短く答えた。

「モードはそれぞれ三つずつ。レイジングハートは中距離射撃の『アクセル』と砲撃の『バスター』、フルドライブの『エクセリオン』モード。バルディッシュは汎用の『アサルト』、鎌の『ハーケン』、フルドライブは『ザンバー』フォーム。破損の危険があるからフルドライブはなるべく使わないように。特になのはちゃん」

二人まとめて説明していたエイミィが、急になのはを名指しした。

「あ、はい?」

急に名指しされたので、どこか緊張のない声をなのはは出してしまう。

「フレーム強化をするまで、エクセリオンモードは起動させないでね」

「はい」

エイミィの忠告を聞き入れて、なのはは真剣な表情でレイジングハート・エクセリオンを凝視した。

「パワーアップできたんだぁ。凄いや!エイミィちゃん!」

スナック菓子を食べていたリュウタロスは二人のデバイスをパワーアップさせたのはエイミィだと思っている。

「あー、素直に喜びたいんだけど私じゃないんだなぁ」

エイミィはリュウタロスに苦笑いを浮かべながら、否定する。

「じゃあ、誰なんや?」

バリボリとスナック菓子を食べているキンタロスがデバイスを強化した人間の名を訊ねる。

「私の後輩でマリーって子が担当したんだよ」

マリー---フルネームはマリエル・アテンザといい、時空管理局本局メンテナンススタッフの一人である。

「名前もしくは愛称からして女の子だねぇ」

スティックチョコを食べながらウラタロスが目をきらりと光らせて推測した。

「よくわかるね。正解だよ、ウラタロス君」

褒めながらエイミィは、ウラタロスが手にしているスティックチョコを一本取って口の中に入れる。

「でもよぉ、クロイノの姉ちゃん」

モモタロスは食べ終わったスナック菓子をゴミ箱の中に放り込み、冷蔵庫の中に置いてあったプリンを手に取ってエイミィに声をかける。

「モモタロス君。誤解してるかもしれないけど、私クロノ君とは姉弟じゃないよ」

「固ぇこと言うなよクロイノの姉ちゃん。なのはに釘刺したって事はよ、なのはの杖は完全じゃねぇって事か?」

エイミィが訂正するが、モモタロスはそれを右から左へと流していた。

「そうだね。完成度を%でいえば八十五%くらいかなぁ」

八割五分なら不良ではないが、完全とも言いがたい数字だ。

「フルドライブ以外ならば問題ないんだけどね」

エイミィが付け足す。

それはなのはに「アクセルとバスターで戦え」と言っているようなものだ。

いつ『エクセリオンモード』が必要になってくるかもわからないので早めに解決したい問題でもある。

「そういえば、ユーノやなのはちゃんを襲ったイマジンは何なんだろ?ユーノは今までとは違うって言ったけど……」

良太郎は淹れたコーヒーを各々に渡していく。

「でも、唯一その情報を知っているユーノはまだ眠ってるし……」

コハナはソファで眠っているユーノに目を向ける。

「正直、これが一番の意外な結果だがな……」

リビングのソファでリンディ・ハラオウンと話していたクロノ・ハラオウンがユーノに目を向ける。

「イマジンと一人で対峙した事で何かを悟ったのかもしれないわね……」

リンディがユーノの心境の変化を推測する。

「悟った?何をですか?」

クロノはリンディに更に訊ねる。

「一対一で対峙するまではクロノとの打ち合わせどおりに『逃げる』事を選んだのでしょうけど、想像と現実で違いが生じたのでしょうね」

『仮想敵』としてのイマジンと『現実』のイマジンでは違いが生じるのは当然といえば当然だろう。

「仮装と現実での違い、それは誰もが持つ『意』と呼べるのものの有無よ」

リンディは経験によるものか、ユーノが何故打ち合わせと違う行動を取ったのかを語った。

「?」

なのははピンと来ない顔をしているが、良太郎やイマジン四体、フェイト、アルフは理解できたようだ。

「良太郎さん、『意』って何なんですか?」

なのはは渡されたコーヒーを一口飲んでから、良太郎に訊ねた。

良太郎を選んだのは難しくなく、理解しやすく教えてくれると思ったからだろう。

「敵意や殺意って言葉はわかる?」

良太郎はなのはの理解力を確認する。

「はい」

「『意』っていうのはね、心の中の思いの事なんだよ。敵意や殺意もその中に含まれてるんだ。その気になればそういうものを相手にぶつけて怯ませる事が出来るってのは、なのはちゃんも体験済みじゃないかな?」

良太郎の言葉に、なのははヴィータとの初戦を思い出す。

あの時、自分があそこまでダメージを受けたのはヴィータが放つ殺意に呑まれたからだ。

「は、はい。じゃあ、ユーノ君がイマジンと戦ったのは……」

なのははようやく意味を理解し、ユーノが何故イマジンと戦う事を選んだのか理解し始めた。

「イマジンが放った殺意に呑まれて、『逃げる』という選択肢を消されたのよ。それにユーノ君が初めてなんじゃないかしら」

リンディが結論付けると同時に、あることに気付いた。

「何がですか?」

クロノは訊ねてばかりだが、知ったかぶりをするよりはマシと思っているので恥とは思っていない。

「一対一でイマジンと対峙した魔導師って」

「言われてみればそうかも……」

リンディの言葉に頷いたのはフェイトだった。

「僕達もイマジンと戦闘を経験した事はありますが、そのときは複数でしたからね」

クロノも半年前にイマジンと戦闘をした事がある。

なのは、フェイト、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスも含めた合計六人がかりだ。

「うん?……あれ、僕寝てたんだ」

ソファから寝息ではなく、ハッキリとした声が聞こえてきた。

寝ていたユーノが目を開けて起き上がっていた。

「ユーノ君!」

なのはが喜びの顔で名を呼ぶ。

「もう大丈夫なのかい?」

「立つのはまだ無理だけど、ソファに座って話すくらいなら出来るよ」

アルフが容態を訊ね、ユーノは冷静に自身の容態を打ち明けた。

「良太郎さん、あのイマジンの事について話さなければならないことがあるんです」

「あの時に言おうとしてた事だね?うん、何かわかったの?」

良太郎の言葉にユーノは首を縦に振る。

「あのイマジンは僕と戦う前にハッキリと言ったんです。契約者はいないって、あと目的は『闇の書』の完成と」

ユーノの言葉に、その場にいる誰もが目を丸くしていた。

「良太郎君。イマジンって契約者がいないと身体保てないんじゃなかったっけ?」

エイミィが尤もな事を訊ねてくる。

少なくとも、魔導師サイドの面々においてのイマジンの見識は契約者とイマジンはワンセットになっているのだろう。

「まぁ普通はね。例外もあるんだよ」

「例外?」

聞き返すエイミィに良太郎は首を縦に振って続ける。

「うん。そういった契約者を持たずに実体化しているイマジン。『はぐれイマジン』がね」

「はぐれイマジン?」

名称としては悪くはないが、魔導師サイドにとっては十分に脅威ともいえるものだ。

「僕はもちろんの事、イマジンであるモモタロス達もきちんと理解してるわけじゃないからね……」

人間が自身の生体構造を百%熟知しているかというと、必ずしも「はい」といえないのが現実であるように、イマジンが自身のことを百%熟知しているかと訊ねられて「はい」と答えられなくても何ら不思議な事ではないのだ。

「ユーノ、そのイマジンは仲間がいるようなことは言ってなかった?」

良太郎は今回倒したイマジンが首謀者とは思っていない。

「ある方の命で来たって言ってました」

ユーノはテイパーイマジンが言った事を思い出して、口にした。

「ある方かぁ。それじゃあ、首謀者がどっちか判別できないね」

ウラタロスの言葉にチームデンライナー一同は頷く。

「首謀者がどっちかってどういう意味なの?」

リンディが疑問を抱く。

「イマジンかもしれねぇし、人間かもしれねぇってことだよ。クロイノの母ちゃん」

モモタロスが過去に『時の運行』を乱した犯人を思い出して大まかに打ち明ける。

「ハナ。人間がその、『時の運行』を乱すなんてあるの?」

「うん。モモの言うように『時の運行』を乱そうとした人間はいたわよ。ハッキリ言えばイマジンよりずっと性質が悪いわね。知能犯な上に狡猾、その上強いんだから」

いつもは良太郎に訊ねてくるフェイトが自分に訊ねてくる事に面食らったが、コハナは答えた。

「俺らが倒したイマジン以外にも、あの百科事典を完成させようとするイマジンが出てくるかもしらんなぁ」

キンタロスは腕組をしながら、首謀者は部下的イマジンを複数連れていると考えている。

「『闇の書』の完成と、『時間の破壊』は繋がりがあると考えた方がいいのかもしれないね」

良太郎の言葉にチームデンライナーの面々は頷く。

「イマジンも『闇の書』の完成を望んでいるという事がわかっただけでも、大きな収穫よ。後はあの人達の目的よねぇ」

リンディはソファに座って、コーヒーを飲んでからある連中の事を思い出す。

「あの人達ってだーれ?クロイノのママさん」

「守護騎士達のことだ」

リンディの代わりにクロノがリュウタロスの問いに答えた。

「確かに腑に落ちませんね。彼等はまるで自分の意思で『闇の書』の完成を目指しているようにも感じますし……」

クロノの言葉はその場にいる誰もが耳を疑うに十分なものだった。

「ん?それって何かおかしいの?」

代表するかのように切り出したのは窓際で腕組をしてたアルフだった。

「『闇の書』ってのも要はジュエルシードみたくすっごい力が欲しい人が集めるモンなんでしょ?だったらその力を欲しい人のためにあいつ等が頑張るってのも、おかしくないと思うんだけど」

アルフに続くようにして、コーヒーを飲んでいた良太郎も気になったことを切り出した。

「それにクロノの言い方だと、あの人達が自分の意思で行動している事自体がおかしいって聞こえるんだけど」

アルフと良太郎の意見を聞いてから、ハラオウン親子は顔を見合わせてから何故自分達がそのような疑問を抱いているのかをクロノが説明しだした。

「まず第一に、『闇の書』の力はジュエルシードのように自由の制御の利くものじゃないんだ」

リンディが続ける。

「完成前も完成後も純粋な破壊にしか使えない。少なくともそれ以外に使われたという記録は一度もないわ」

つまり、どう転んでも『害』しかないということだ。

完成後も完成前も同じ結果しかもたらさないなら、完成させるメリットはゼロだろう。

「ああ、そっかぁ」

アルフは納得した。

クロノはチームデンライナー、なのは、フェイト、ユーノを見回してから口を開きだした。

「それからもう一つ。あの騎士達、『闇の書』の守護者の性質だ。彼等は人間でも使い魔でもない」

その言葉に、リンディ以外の誰もが大きく目を開いて驚いていた。

「『闇の書』に合わせて魔法技術で作られた擬似人格。主の命令を受けて行動するただそれだけのプログラムにすぎないんだが……」

特異な過程を得て、生を受けた存在という事になる。

「事実を突きつけられても、あの人達が人じゃないって言われてもピンと来ないんだけど……」

良太郎はシグナムやヴィータのことを思い出しながら言う。

「僕が疑問を持った理由も納得してもらえただろ?」

クロノの言葉に良太郎は首を縦に振った。

 

ヴォルケンリッターが人間ではないと聞いたとき、フェイトの胸の中で何かがざわめいた。

(あの人達もなんだ……)

自分は正規な手段で誕生したわけではない。

ある意味では神様にケンカを吹っかけるような行為で誕生した。

科学技術の粋で誕生したのだから。

「あの……使い魔でも人間でもない擬似生命っていうと、わたしみたいな……」

両手を胸元で合わせて、その表情は不安を表してフェイトは口を開いた。

 

「違う!!」

 

突然の大声がその場にいる誰もの思考を停止させた。

大声を発したのは良太郎だ。

「りょ、良太郎?」

フェイトは金縛りを受けたかのように動けなくなってしまう。

良太郎が放つ雰囲気に誰もが何も言えなくなっていた。

「それ以上は絶対に言っちゃいけない。いいね?」

フェイトの側まで歩み寄り、しゃがんで目を合わせてそう告げた。

フェイトとしては良太郎を『一人の男性』と意識してから初めて間近で顔を見たと思う。

「え……あ……うん。その……ごめんなさい」

とにかく謝るしか出来なかった。

叱られた事と胸の高鳴りとが入り混じって生じた結果だった。

良太郎は立ち上がって周囲を見回していた。

魔導師サイドの面々は目を丸くしていた。

「……すいません。外に出て頭を冷やしてきます」

良太郎はムキになってしまった事を反省するために、外へと出て行った。

(あ……)

フェイトは良太郎の右拳に目がいった。

震えていたのだ。

それだけで、良太郎はかなり本気で怒っていたのだと推測する事が出来た。

「今のって良太郎君だよね?」

エイミィが確認するかのようにモモタロスに訊ねる。

「ああ、みりゃわかんだろ」

モモタロスは「何言ってんだよ?」という感じで答える。

「彼が怒る所を見るのは初めてだが、その、怖いな」

「そうね。でも、フェイトさんには十分効果があったみたいね。フェイトさん、良太郎さんの言うとおりよ。貴女は生まれ方が特殊なだけで命を持って生まれた人間でしょ」

「検査の結果でも、ちゃんと出てただろ?変な事を言うもんじゃない」

ハラオウン親子もきつめの口調でフェイトに言う。

「……はい。ごめんなさい」

フェイトは二人にも謝罪した。

「センパイ、良太郎のところに行くの?」

ウラタロスが外に出ようとしていたモモタロスに声をかけた。

「おう。オメェ等、ちゃんと話聞いとけよ?」

モモタロスも外へと出て行った。

 




次回予告

第二十九話 「現在 過去」


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八神家とゼロライナーの出会い
第二十九話 「現在 過去」


ハラオウン家には人工的な光は灯ったままだ。

リビング内の空気は重かった。

重くした原因を作ったのはフェイト・テスタロッサで更に重くしたのは今現在、ここにはいない野上良太郎だろう。

高町なのは、ユーノ・スクライア(人間)、アルフ(人型)には重くなった空気を明るくするようなスキルは持ち合わせていないため、誰かが明るくする事を望んでいた。

アルフはウラタロスに歩み寄る。

「ねぇ、ウラタロォ。アンタ達で何とかなんないのかい?」

小声でこの場の空気を換えろとアルフは進言する。

「アルフさん。僕達の事、お笑い芸人と勘違いしてない?違うからね」

ウラタロスは小声で無理と返す。

キンタロスは沈黙に耐え切れなくなったのか、ぐがーといびきを立てて眠っていた。

リュウタロスは自前のスケッチブックを取り出して、絵を描いていた。

つまりこの空気を打破しようとする気はないということだ。

(やっぱ、ここは私がやるしかないかぁ)

エイミィ・リミエッタが前に出る。

そして、両手をパンという音を立てて合わせる。

「じゃあさぁ、モニターで見てみよっか?」

わざと明るく言っていることから、重苦しい空気を解消するためのものだということは誰にもわかった。

「エイミィさん、何気に凄くない?」

今度はウラタロスが小声でアルフに話しかける。

「バックアップじゃ間違いなく、超がつくくらい優秀だよねぇ」

アルフは腕を組んで、うんうんと頷いた。

室内全体が暗くなり、宙にモニターが出現する。

『闇の書』を中心に上部にヴィータ、ザフィーラ(人型)が映っており、下部にはシグナム、シャマルが映っていた。

なのはとフェイトはソファに座り、クロノ・ハラオウンが逆に立つ。

ユーノは起き上がって観ている。

「守護者達は『闇の書』に内蔵されたプログラムが人の形をとったものだ。『闇の書』は転生と再生を繰り返すけど、この四人はずっと『闇の書』とともに様々な主の元へと渡り歩いている」

エイミィがなのは、フェイト、ユーノに聞かせるようにして顔を向ける。

「意思疎通のための会話能力は過去の事件でも確認されてるんだけどね。感情を見せた例ってのは今までに一度もないの」

過去の事件でヴォルケンリッターに関する資料に目を通している時空管理局員が戸惑うには十分なものだといえるだろう。

「『闇の書』の蒐集と主の護衛。この四人の役目はそれだけですものね……」

リンディ・ハラオウンがヴォルケンリッターの存在意義を過去の事件から大まかに集約させた。

「でも、あの帽子の子---ヴィータちゃんは怒ったり悲しんだりしてました。モモタロスさんと口喧嘩もしてましたし……」

「シグナムからもハッキリと人格を感じました。なすべき事がある。仲間と主のためだって言ってましたし、その……良太郎の事を気にしているような感じもありましたし……」

直に対話し、戦った二人だからこそ言える台詞だ。

「主のため……か」

クロノはどこか思いつめたような表情で呟く。

「エイミィちゃん」

リュウタロスがエイミィの服の袖を引っ張っていた。

「ん?どうしたの?リュウタロス君」

「コイツ誰?あと、シャマルちゃんの側におっきな青いワンちゃんがいたよ」

今まで絵を描いていたリュウタロスがスケッチブックを閉じて、指差すのはザフィーラだった。そしてシャマルと出会った時の事を思い出していた。

「えーとね。この大男がリュウタロス君の言った青いワンちゃんと同じなんだよ。アルフと同じ様なタイプと思えばいいかな」

エイミィがザフィーラもアルフと同じように二つの姿があると説明する。

「アルフの親戚ではないんやな?」

「あたしはフェイトの使い魔だよ。縁戚関係なんているわけないじゃん」

キンタロスのボケともいえる内容にアルフは尤もな内容で返した。

モニターが消えて、室内が明るくなる。

「まぁそれについては捜査に当たっている局員からの情報を待ちましょうか」

リンディはクロノの変化を見抜いていたらしく、空気が重くなる前に解消した。

「転移頻度から見ても主がこの付近にいるのは確実ですし、案外主が先に捕まるかもしれません」

クロノはもしかしたらの仮定を口に出す。

「あぁ、そりゃあわかりやすくていいねぇ」

「だねぇ。『闇の書』の完成前なら持ち主も普通の魔導師だろうし……」

アルフとエイミィが明るいノリで言う。クロノは釣られて笑みを浮かべていた。

「そういえばさ、僕達ってあの百科事典のことについて何にも知らないよね?」

今まで黙って皆の話を聞いていたウラタロスが口を開いた。

「何も知らないってどういうことよ?ウラ」

コハナはウラタロスの真意を訊ねる。

「リンディさんやクロイノやエイミィさんが教えてくれた事って、あの百科事典がもたらした結果によるものじゃない?僕達はあの百科事典がどうして『闇の書』と呼ばれてる事も知らないわけでしょ?どうやって誕生したのかもわからないわけだしね」

現職時空管理局員及び協力者達は目から鱗が落ちたようだ。

「たしかにウラタロスの言う通りだな。僕達はそういう意味では『闇の書』に関しての情報は少なすぎる」

クロノはソファに座っているユーノの元へ歩み寄る。

「ユーノ、明日から頼みたい事がある。病み上がり状態で申し訳ないが、いいか?」

「いいけど……」

ユーノはクロノが自分に頼みごとなんて珍しいと思いながらも了承した。

 

マンションの屋上では野上良太郎とモモタロスが屋上の柵に背を預けて海鳴の夜空を見上げていた。

「良太郎オメェ、オバサンとあのガキのことを思い出したからかなりマジで怒ったんだろ?」

「うん。まぁ……ね」

良太郎は頷いた。

モモタロスが言う『オバサン』とはプレシア・テスタロッサであり、『あのガキ』とはアリシア・テスタロッサの事だ。

この二人の存在は良太郎の中ではかなり大きかった。

プレシアはフェイトの未来のために敢えて『悪い母』を演じ、アリシアは自分の死を悟りフェイトに自分のできなかった事を託したのだ。

二人とも既に死亡しているというのが、時空管理局の見解だ。

だが実際にはプレシアは存命しており、アリシアは死霊となって新たな生を受けていた。

プレシアの行動が演技だと知っているのはチームデンライナーとフェイト、アルフだけであり、存命の事実を知っているのはチームデンライナーだけである。

「フェイトちゃんが考えなしであんな事を言ったわけじゃないのはわかってるんだけどね……」

フェイトの思慮深さが裏目に出たのだと良太郎は考えている。

「オメェがいきなりでけぇ声出すからよ。あそこにいる全員、金縛りみてぇに動けなくなってたぜ?」

良太郎の声で誰もが思考と行動を停止したのは事実だった。

「あー何て言ったらいいかなぁ……」

怒った事は後悔していないが、その後の行動は自分としては浅はかだったと後悔している。

「まぁ、やっちまったんだからしょうがねぇだろ」

モモタロスは後悔しても仕方がないと言い張る。

「そう……だね」

良太郎は苦し紛れの笑みを浮かべるしかなかった。

「モモォ!そろそろ帰るわよぉ!」

コハナがモモタロスを呼びに屋上まで来た。

「じゃあな良太郎。さっさとフェイトと仲直りしとけよ?」

モモタロスはフェイトが良太郎に対して、どこかよそよそしい態度を取っていたのは勘付き、喧嘩をしているのだと考えていた。

「ケンカしてるわけじゃないよ。本当に心当たりがないんだから」

良太郎にしてみれば本当に覚えがないことだが。

海鳴の夜風が良太郎の頬に冷たく当たった。

 

なのは、ユーノ(フェレット)、イマジン四体にコハナという側から見ると異様ともいえる集団は高町家へと帰路を辿っていた。

イマジン四体とコハナはあれよこれよと『闇の書』の主のことを話していた。

(ねぇユーノ君。『闇の書』の主ってどんな人なのかな?)

なのはは念話の回線を開いて、ユーノに訊ねる。

ユーノが人間状態ならば念話の回線を開かなくていいのだが、ユーノはまだ回復しきっていないのでフェレットになって、なのはの肩に乗っかっている。

(『闇の書』は自分を扱う資質を持つ人をランダムに転生先に選ぶみたいだから……)

転生先に選ばれた人間にしてみればたまったものではないだろう。

『害』しかもたらさないものに選ばれて喜ぶ者はいないからだ。

(案外、わたし達と同い年くらいの子だったりしてね)

(ははは……、まさかいくらなんでも……)

なのはの仮定にユーノはつい笑って否定してしまう。

なのはの服のポケットから着メロが鳴る。

ポケットから携帯電話を取り出す。

メールであり、発信者は月村すずかでメールにはメッセージと写真が添付されていた。

なのははメールの文章をざっと目で通す。

(にゃはは。すずかちゃん、今日は友達と保護者の人がお泊りに来てるんだって)

(保護者?)

(ほら)

なのはは携帯電話に映っている画像をユーノに見せた。

すずかと八神はやてが映っていた。

(八神はやてちゃん。今度紹介してくれるって)

(へぇ)

なのはは笑顔になっていた。

だがユーノは、はやての事よりも保護者の方が気になっていた。

(案外、侑斗さんだったりしてね)

海鳴スパラクーアで意気投合した人物を予想していた。

 

 

翌朝となり、海鳴の空は白い雲がところどころあるが、概ね晴れだった。

月村邸の屋敷から数人が出てきた。

すずか、はやて、桜井侑斗、デネブと月村家のメイドであるノエルとファリンである。

「ほんなら、ありがとうな。すずかちゃん」

車椅子をノエルに押されながら、はやてはすずかに礼を言う。

侑斗も軽く会釈する。

「本当にありがとう!侑斗も黙っているが本当に感謝しているんだ!」

「デぇネぇブぅ!」

デネブはデネブキャンディをすずか、ノエル、ファリンに配りながら感謝の言葉を述べると同時に余計な事まで言ってしまい、侑斗にフェイスロックをかけられていた。

「痛い!侑斗やめて!ギブギブ!」

「はやてちゃん、止めなくていいの?」

いきなり始まった出来事にすずかは戸惑うが、はやては特に気にしている様子はなかった。

「侑斗さんの照れ隠しやねん。それにデネブちゃん、すごく頑丈やから大丈夫やよ」

はやては気にする事はないという。

「ぜひぜひ、またお越しくださいね。はやてちゃん」

ファリンが笑顔で再訪を望んだ。

「ありがとうございます」

はやては笑顔で返した。

 

侑斗が、はやての車椅子を押しながら八神家へと帰路を辿っていた。

デネブは侑斗の横で並んで歩いている。

すずかが車で送ると言ってくれたのだが、日光浴がてら歩いて帰りたかったので丁重に断った。

「シグナム達は家でご飯食べとるやろか……」

月村邸を出た直後にはやては『八神家の家主兼闇の書の主』となっていた。

「シャマルがいるから大丈夫だろ」

侑斗はシャマルが美味い食事を作る事を祈って、そのように言った。

はやてに八神家に着くまでは九歳の少女らしく、すごしてほしいという配慮も込められていた。

「でもわたしもデネブちゃんもおらへんから、失敗作作ってもフォローでけへんで」

それでも、はやては心配している。

(まったく……)

誰かの事を常に気にかけるのは、はやての美徳だがそれは見ている側としてみれば危うく感じてしまうこともある。

時には自分に忠実に、奔放になってもいいと思う。

はやてが奔放になっても守護騎士達は喜びこそすれ、責めたりはしないだろう。

「あんまり心配事ばっかりしてると、老けるぞ?」

「え!?そうなん!?」

侑斗の言葉にはやては両手で両頬に触れる。

そんな行動を取るということは少なからずとも思い当たる節はあるのか、単純に「老ける」という言葉に反応しただけなのかもしれない。

侑斗にしてみれば歳相応の少女の反応をとってくれたのでホッとしていた。

「ありがとうな。侑斗さん」

はやてがいきなり、礼を言う。

「何だよ?急に改まって」

「意地悪なこと言うときもあるけど、侑斗さんいっつも気にかけてくれてるんやね」

怪訝な表情をする侑斗に対して、はやては嬉しそうに笑みを浮かべている。

「……さぁな」

侑斗は照れ隠しに明後日の方向に顔を向ける。

「デネブ。余計な事は言うなよ?」

この流れからして、デネブが何か言おうとしたので釘を刺すことにした。

「了解……」

デネブは両手で口元を押さえた。

しばらくは二人と一体は特に何か話す事もなく、帰路を辿っていた。

十分が経過した頃だ。

側に自動販売機があった。

朝食を取ったっきりで水分は殆ど取っていない。

喉の渇きもピークに達する頃合だ。

「何か飲むか?」

侑斗がはやてに訊ねる。

「ん?ええよ。わたし喉渇いてへんし」

はやてはやっぱり遠慮している。

特に金銭が絡むとその遠慮は度を越える。

「お前からたかるわけじゃないんだ。俺が出すんだから遠慮するなよ」

侑斗はズボンのポケットから財布を取り出す。

「で、でも侑斗さん。プータローさんやし、お金の無駄遣いはやっぱりアカンよ」

「プータローってお前なぁ……」

侑斗は別世界でも自分の世界(以後:本世界)においても定職は就いていない。

良太郎のように実家でアルバイトしているわけでもないので、完全に収入はゼロなのだ。

はやてにそのように言われても言い返せないのが現状だ。

「八神、俺達は実を言うとそれなりに貯蓄はあるんだ。俺も侑斗も贅沢はしないから、あまり減らないしな」

デネブが自分と侑斗の財政事情を打ち明けた。

「たしかに侑斗さんもデネブちゃんも『贅沢』って言葉とは縁がなさそうやしな」

侑斗もデネブも自然に『節約』や『倹約』という言葉が相応しい行動を取っているので、はやてはそのような台詞を出してしまう。

「そういうわけだからお前が心配するほど俺達は財政難じゃないんだ。だから甘えとけ。いいな?」

はやてに向かって言いながら、侑斗は小銭を自動販売機の中に入れていく。

投入されていくたびに音が聞こえてくる。

ボタンがランプ表示される。

「何がいい?」

侑斗は一番最初に、はやての希望を叶えようとする。

「ええと。オレンジジュースで」

「わかった」

はやてのリクエストに侑斗は応える。

ガコンとジュースが出てきたので、はやてに渡す。

「ありがとう。侑斗さん」

侑斗は炭酸飲料を選んで押す。

デネブは緑茶を選んでいた。

飲み歩きという手もあるが、近辺にゴミ箱がなさそうなのでその場で飲んでしまう事を二人と一体は選んだ。

「なぁ八神」

「ん?なに侑斗さん」

侑斗は気になってはいたが、野暮だと思いあえて訊ねなかった事がひとつだけあった。

 

「お前とヴォルケンリッターはどのくらいの付き合いになるんだ?」

 

侑斗の質問に、はやては目を丸くしてからすぐに元の表情に戻る。

「そういや、わたし。ヴォルケンリッター(あの子)等の事は侑斗さん等に教えてへんかったよね」

「まぁ家族構成にしてみれば随分変だとは思っていたがな……」

あと侑斗等が知ってる事はあの事(・・・)くらいだ。

「あ。やっぱりそう思たん?」

侑斗の本音は、はやてとしては想定内のことだったので大して驚いた素振りはない。

はやては車椅子を押しながら、空き缶をゴミ箱の中に入れる。

「わたし等は侑斗さんが仮面ライダーゼロノスでデネブちゃんがイマジンさんやって知ってて、わたし等だけ何にも教えへんいうのは不公平やもんね」

はやては真面目な表情になっている。

その表情だけで侑斗とデネブは、これからの話は明るいだけの話ではないと推測できた。

 

八神家は朝にも関わらず、カーテンが敷かれっぱなしなので暗かった。

リビングにいるのはシグナムしかいない。

家主であり『主』であるはやてはいない。

ある意味でムードメイカー的存在であるチームゼロライナーもいない。

シグナムはソファに座って両目を閉じて瞑想していた。

(デバイスを強化したテスタロッサに、幾多の姿を持つ電王か……。あちら側の中心人物となる野上も強いときている。正直長引けば長引くほど、こちらが劣勢になるのは必至……。ヴィータが言っていた電王ですらてこずるイマジンか……。問題は山積みだな)

正直、心中を占めるテーマだ。

廊下から足音がした。

足音はこちらに向かってきている。

ガチャリとドアが開いた。

「シグナム。はやてちゃん、もうすぐ帰ってくるそうよ」

足音の主はシャマルだった。

「そうか」

シグナムは閉じていた両の眼を開いて、瞑想をやめた。

「ヴィータちゃんは?まだ?」

「かなり遠出になる。夕方には戻るそうだ」

言いながらシャマルがいる冷蔵庫付近へと歩み寄る。

シグナムも冷蔵庫を覗く。

食材は豊富に入っていた。

(主とデネブは巧みにこれらの食材を使って、あれだけの料理を我等に振舞うのか。ある意味魔法だな)

そんな事を思いながらつい小さく笑みを浮かべる。

「貴女は?シグナム」

シャマルが心配げな表情で訊ねる。

「何が?」

シャマルを見る。

「大丈夫?って、大分魔力が消耗しているみたいだから……」

「お前達の将はそう軟弱には出来ていない」

小さく笑みを浮かべてからペットボトルを手にする。

(主とデネブがあれだけ美味く作れるのに、確率五分で何故、こいつはまずく作れるのだ?これもある意味では魔法だな)

シグナムはシャマルを見て、そう思った。

ちなみに念話の回線を開いているわけではないので、シャマルに聞かれる心配はない。

「大丈夫だ」

シグナムは冷蔵庫に閉じてから、ソファに座る。

シャマルはトレーに空グラスを乗せて、テーブルに置く。

「貴女も随分変わったわよね。昔はそんな風には笑わなかったわ」

シャマルの言葉にシグナムはつい、ペットボトルを見つめる。

「そうだったか?」

シグナムとしては特に実感がないことだ。

シャマルは嬉しそうに続ける。

 

「貴女だけじゃない。私達全員随分変わったわ。みんな、はやてちゃんが私達のマスターになった日からよね」

 

シグナムもシャマルもその時の事を思い出していた。

全てはあの日に遡る。




次回予告

第三十話 「はやて、『闇の書』の主となる」


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第三十話 「はやて、『闇の書』の主となる」

海鳴の空は太陽が眩しく輝いている。

冬なので、それが心地よいぬくもりを感じさせてくれる。

八神家の帰路を辿る二人と一体の姿がある。

車椅子を押している桜井侑斗。

車椅子に乗り、押してもらっている八神はやて。

二人のボディーガード的存在のイマジン、デネブ。

全員、ジュースを飲み終えていた。

「立ち止まって話をするより、帰りながら話した方が話す側としてみれば気分的にええんよ」

はやては侑斗に振り向いて言う。

「もう、半年も前の事になるんやねぇ」

 

 

六月三日。八神家。

外は暗いが、室内も暗かった。

カラカラカラというタイヤの音が室内に響いていた。

はやてが車椅子を押しながら、目的地まで向かっているのである。

目的地は電話機の前で、電話機はある部分が点滅していた。

はやてはその部分を人差し指で押す。

『留守電メッセージ、一件です』

その後、留守電お決まりの音が流れる。

『もしもし、海鳴大学病院の石田です。明日は、はやてちゃんのお誕生日よね。明日の検査の後、お食事でもどうかなぁってお電話しました。明日は病院に来る前にでもお返事くれたら嬉しいな。よろしくね』

またお決まりの音が流れた。

『メッセージは以上です』

電話機はそれ以上は何もなかった。

はやては車椅子を押して、自室へと向かっていった。

自室に入ると、はやては必要最小限の照明を点灯させて読書をしていた。

この時間が、はやてにとっては至福の時だったりする。

寝転がって読むというのは体勢としては褒められる行為ではないのだが、叱る人間もいないのでやり続けている。

目覚まし時計の秒針が正確に音を刻む。

本の世界から一瞬だけ、はやては現実に戻って時刻を見る。

「あ、もう十二時」

午後十一時五十九分五十八秒。

五十九秒。

午前零時となった。

はやてはまたも、本の世界へ飛び込もうとした時だ。

背後から光が照らし始めた。

それは太陽のような眩しい光でもなく、照明のような人工的な光でもない。

紫色のどこか魅入られてしまいそうな光だ。

はやては光を放っている原因を見る。

鎖で十字に縛られた百科事典のような医学書のような本だ。

本は光を先程よりも強く放ち続ける。

部屋内がガタガタと揺れだす。

本が棚からひとりでに動き出して宙に浮かんでいた。

「ひっ!」

はやてはその異様な光景に大きく眼を開き、悲鳴を上げてしまう。

それでもはやてはその本から眼を離せなくなっていた。

鎖がガチャガチャガチャガチャと音を立てており、本の表紙は絶対にありえないものが浮かび上がっていた。

人間でいう血管のようなもの浮かび上がっているのだ。

しかも脈打っている。

その動きは激しくなり、鎖を引きちぎると本は自らのページを開きだす。

もちろん、はやては何もしていない。

『封印を解除します』

本は電子音声で一方的に告げた。

そして、ひとりでに閉じた。

本はゆっくりと下がっていく。

はやては全身が震えながらも、背を向けずにそのまま下がっていく。

『起動』

また電子音声で一方的に告げた。

「うわっ!?」

はやての胸元から光の玉のようなものが出現した。

その玉は宙に浮かび紫色の魔法陣を展開した。

はやてはあまりの眩しさに右手で眼をかばうようにして構えた。

光がある程度収まると、はやては構えを解いて前を見てみる。

光の玉は消え、そこには三人の女性と一人の男性がいた。

四人とも黒い服を纏って膝を折って、伏している。

本などで見る『部下が主に忠誠を誓うポーズ』だった。

(な、何なん!?この人等?)

はやてとしてもわけがわからない。本が光って自分の体から光の玉が出現して、消えたと思ったらこれなのだから。

「『闇の書』の起動。確認しました」

シグナムが顔を上げることなく告げた。

「我等『闇の書』の蒐集を行い、主を護る守護騎士にございます」

シャマルも顔を上げることなく告げた。

「夜天の主の元に集いし雲……」

ザフィーラ(人型)も顔を上げていない。

 

「ヴォルケンリッター。何なりと命令を」

 

最後にヴィータが他の三人と同じ姿勢で告げた。

だが、彼女等の言葉がはやての耳に届く事はないだろう。

何故ならはやてはというと、

眼を回して気を失っていたのだから。

 

ヴォルケンリッターの誰もが『主』であるはやての命令を待っていた。

ヴィータは閉じていた眼を開けて姿勢を崩して、はやての元へと歩み寄る。

(ねぇ。ちょっとちょっと)

ヴィータが念話の回線を開く。

(ヴィータちゃん。しっ!)

シャマルがしつけをする母親のような口調でたしなめる。

(でもさぁ……)

ヴィータは引き下がらない。

(黙っていろ。主の前で無礼は許されん)

シグナムがヴィータに注意する。

(無礼ってかさ。こいつ気絶してるように見えるんだけど……)

ヴィータは、はやてを覗き込んでそう判断した。

「うそっ!?」

シャマルが念話ではなく、口から声を出していた。

 

 

「お前。気を失っていたのか!?」

車椅子を押しながら、侑斗が驚きと呆れが混じった声を出す。

「しょうがないと思う。いきなり人が四人も現れたんじゃ……」

デネブは、はやてを弁護する。

「もぉ、侑斗さん。話の腰折ったらアカンよ。続きはまだあるんやから……」

はやては侑斗に叱ってからも続けた。

 

 

はやてが再び意識を取り戻すと、見慣れない天井が双眸の眼には映った。

それだけで自宅ではない事はすぐにわかる。

起き上がると、ちょうどよいタイミングで白衣を纏った顔見知りの女性---石田医師が病室に入ってきた。

「はやてちゃん、よかったわ。なんともなくて……」

石田医師はホッと胸を撫で下ろしている。

「え、ええと。すんません」

はやては苦笑いを浮かべながら返す。

石田医師も満足そうな表情から一変して、真面目な顔になってはやてに顔を近づける。

「で、誰なの?あの人達」

石田医師が指差す方向にはというと。

男性医師四人に囲まれているヴォルケンリッターだった。

(やっぱりおる……)

はやてとしては夢であってほしいと思ったが、現実に四人はいた。

シグナムとザフィーラは動じる様子はない。

ヴィータとシャマルは落ち着かないのか、そわそわしていた。

石田医師は厳しい目つきで四人を見る。

「どういう人達なの?春先とはいえまだ寒いのに、はやてちゃんに上着もかけずに運び込んで来て……。変な格好もしてるし、言ってる事はわけわかんないし、どうも怪しいわ」

石田医師は、はやての容態を思うと厳しい言葉を出してしまう。

(ど、どれも否定でけへんのが辛い~)

石田医師が口に出した事は、はやてが思っていた事に限りなく近い。

「え、ええと。何といいましょうか。その……」

何とかごまかしの言葉を捜すが、中々出てこない。

嘘を吐くのはよくないが、こればっかりは真相を打ち明けたとしても信じてくれる確率はゼロだ。

最悪の場合、四人はお縄についてしまうかもしれない。

それはよくない。何故かはわからないがよくないと思えた。

 

(ご命令をいただければ、お力になれますが……)

 

はやてに突然、シグナムが語りかけてきた。

もちろん口頭ではなく思念通話、いわゆる念話だ。

(いかがいたしましょう?)

「は、は?」

はやてはどういう原理なのかわからない。

耳に入るようにして声は聞こえるが、その声は自分にしか入っていないようだ。

その証拠に石田医師はじっとシグナム達を怪しげな視線を向けているだけで、シグナムの台詞には一切反応していない。

(思念通話です。心でご命令を念じていただければ……)

はやては大まかな原理を理解し、首を縦に振って笑みを浮かべる。

石田医師がそれを見ていないのは幸いといえば幸いだ。

(ほんなら命令というかお願いや。ちょっと、わたしに話し合わせてな)

シグナムが怪訝な表情をとっていた事を、はやては見ていなかった。

「はい」

シグナムは念話でなく、口で返事した。

「ええと、石田先生。実はあの人達、わたしの親戚で……」

はやてのごまかしが始まった。

「親戚!?」

石田医師は驚愕の表情を浮かべる。

(うわぁ、ありがちな設定や!)

はやてはごまかしの設定が結構キツイと思った。

「遠くの祖国から、わたしのお誕生日をお祝いに来てくれたんですよ。そんでビックリさせようと思って仮装までしてくれてたのに、わたしがそれにビックリしすぎてもうたというか、その……そんな感じで……なぁ?」

何とか知恵を振り絞ってみたが、ネタが尽きかけたことと良心との呵責とで声に勢いがなくなり、最後にはヴォルケンリッターに賭けることにした。

「そ、そうなんですよぉ」

シャマルが手と手を合わせて愛想笑いを浮かべて、はやての言葉に便乗する。

「その通りです」

シグナムも便乗してくれた。

「ふーむ」

石田医師は右手を顎に当てて、何かを思案するようなポーズを取っていた。

「ははははは……」

(何とか通じたけど、笑うしかないってこういう事なんやね)

八神はやてはこの時、本人の意思に関係なく『大人』になった。

 

 

「怪しい、か。石田先生が言うのも当然だよな」

「シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、ごめん。否定できない」

侑斗とデネブは石田医師がヴォルケンリッターを怪しむのは仕方ないと揃って言う。

「はははは。もう、みんなにしてみればアレは顔から火が出るくらいの話の一つやね」

はやてもその事を思い出して、苦笑していた。

 

 

はやてとヴォルケンリッターは海鳴大学病院の廊下にいた。

精密検査を受けて問題ないと診断されたはやてには帰宅許可が出た。

シャマルが石田医師に頭を下げて、礼を言っている。

シグナム、ヴィータ、ザフィーラは事の成り行きを見る以外に、取る選択肢はなかった。

八神家に帰宅したはやては、まずヴォルケンリッターからの話を聞いていた。

ちなみに四人とも、出現した時と同じ様に片膝を床に着けて忠誠の姿勢を取っていたりする。

(話す時くらい、もうちょっと楽な姿勢でもええねんけど……)

話を聞きながらも、はやては違和感のようなものに身体全身を支配されていた。

(ここ、わたしん家よね?何でやろか?)

自分の住み慣れた家なのに、狭く感じた。

もう一度、四人を見る。

(ああ、そういうことなんやね)

これからこの四人と一緒に生活するからだろう。

両親が他界してからは一人で暮らしており、家が広く感じたことがあった。

人間は適応能力が高い動物なため、最初は戸惑うが次第に順応していくようになっている。

はやてを支配していた違和感は消え去っていた。

身体と心が順応しようとしているのだ。

「そうかぁ。この子が『闇の書』ってもんなんやね」

はやては両手で持っている百科事典もどき---『闇の書』を見ていた。

「はい」

シグナムが肯定した。

「物心ついたときには棚にあったんよ。綺麗な本やから大事にはしてたんやけど……」

はやては真実を言う。

購入した憶えもないし、誰かから貰った憶えもない。

本当に自分の側にあったのだ。

まるでそこにあることが当たり前のように。

車椅子を巧みに操りながら、道具箱の元に移動してある物を取り出す。

「覚醒の時と眠っている間に、『闇の書』の声を聞きませんでしたか?」

シャマルが顔を上げて、訊ねてきた。

「ああ、わたし魔法使いと違うから漠然とやったけど……。あ、あった!」

道具箱をあさりながら、はやてはシャマルの質問に答えると同時に目当ての物を見つけることが出来た。

「わかった事が一つあるぅ」

車椅子を操って姿勢を崩さない四人の許に寄る。

「『闇の書』の主として、守護騎士みんなの衣食住きっちり面倒見なあかんいうことや」

『闇の書』を両手に持って、はやては四人に宣言した。

「幸い住む所はあるし、料理は得意や。みんなのお洋服買うてくるからサイズ測らせてな」

はやてが捜していた物とはメジャーだった。

この時ヴォルケンリッターが顔を上げて眼を丸くしていたのだが、はやては測量する事に真剣だったので

見ていなかった。

 

 

八神家ではソファに座っているシグナムとシャマルが、はやてと出逢った時の事を思い出して苦笑していた。

ちなみにまだカーテンは閉じておらず、太陽の一筋の光が唯一の照明となっている。

「ふふっ。あの時は本当にビックリしたわよねぇ」

「まぁな」

シグナムはシャマルとは眼を合わせずに頷いていた。

『闇の書』の主は色々と見てきたが、自分達の出現と同時に気絶した主は初めてだった。

「それに、命令ではなく頼み事をしてきた主も初めてだったな」

「ええ。今までの『闇の書』のマスターだったら、どんな些細な事でも武力行使を命じてたわね」

シグナムの感想に、シャマルは頷きながら過去の主とはやてを比較した。

「はやてちゃんだからこそ、私達はこんな風に昔と今を比較できるのかしら?」

「そうかもしれんな。昔と今が違うからこそ、比較できるのだろう。同じならばその必要はないからな」

シャマルもシグナムも今を楽しみ、昔を疎んでいるようだ。

「……戻りたくないわね。もう」

「……そうだな。私も戻りたくはない。あの頃には得られなかったものがあるからな」

シャマルの言葉にシグナムは頷き、自身の中にあるものを手放す気はないという宣言をする。

「シグナム?」

シャマルは怪訝な表情をする。

「何だ?」

「貴女が得たものって何かしら?ぜひとも知りたいわねぇ」

シャマルの眼が輝いている。

しかし、シグナムにとってその輝きは脅威でしかない。

「た、大したことではない。気にするな」

シグナムはシャマルから視線をそらす。

「シグナムゥ」

シャマルがはやての声真似をしてシグナムの間合いに入り込み、上目遣いで見る。

「主の声真似をしたからといって言わんぞ。シャマル」

シグナムは今度は視線は逸らさないが頑として語ろうとはしない。

「ええ~シグナム。いつからそんな私達に秘密を持つ人になっちゃったのぉ」

「さぁな」

シャマルをあしらいながら、シグナムも同じ様な事を思っていたとはシャマルが知るはずもない。

お前こそいつからそんなに野次馬根性を持つようになったのだ、と。

 

侑斗、デネブ、はやては八神家の帰路の真っ只中だった。

現在、二人と一体はコンビニで第二の休憩を取っていた。

店内に入ったのは暖を取るためだ。

はやては壁にかかっている時計を見る。

「もうすぐ、お昼やね」

「冷蔵庫に食材は?ないならここで買うか?」

「なんぼかあると思うんよ。コンビニの食材は高いからアカンよ」

侑斗の言葉に、はやてはやんわりと断りを入れた。

「わかった」

家事云々に関しては侑斗は、はやての言葉の方が正しいと思っているので素直に従う。

「ありがとうございましたぁ」

店員の言葉を聞きながら、二人と一体はコンビニを出た。

「さてと、続きやね」

コンビニを出て距離にして五十メートルくらい離れてから、はやては再び語り始めた。

 




次回予告


第三十一話 「守護騎士、『プログラム』から『人間』となる」


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第三十一話 「守護騎士 『プログラム』から『人間』となる」

時期は午後。それでも太陽は照り、肌で感じると寒いと思える風は吹いている。

八神家へ到着の道のりとしては今で大体半分程度だ。

その気になれば午前で帰る事も可能といえる距離だが、それは車椅子に乗っている八神はやてをほったらかしにした場合だ。

そんな事を八神家の居候である桜井侑斗とデネブができるわけがないし、するつもりもない。

それに、二人と一体は急いで帰宅する必要もないのでこのくらいの速度でいいと思っている。

(八神の語りは家に着く頃には終わりそうだな)

そんな予想を立てながら侑斗は、はやての言葉に耳を傾けていた。

 

 

はやてはヴォルケンリッターのサイズを記したメモを持って一人、服屋に向かっていた。

車椅子を押すたびに、両側の車輪がカラカラと音を鳴らしている。

ヴォルケンリッターも「同行する」と言って聞かなかったが、さすがに病院の帰りのように周囲から奇異な眼差しを向けられたくもないので断った。

一日に二度もそんな経験はしたくないといえばしたくない。

(ソファに座って寛いどるわけ……あらへんよなぁ)

多分、自分が帰ってくるまでずっとそのまま佇んでいそうだ。

仮に座っていたとしても、膝を折って顔を下に伏した『忠誠』の姿勢である可能性が高い。

(早よ服買って帰ろ)

はやては車椅子を押す勢いを増して、速度を速めた。

最寄の服屋に到着したはやては、店員に訝しげな眼差しを向けられていた。

「ええと、お客様。これはご両親かご姉妹の方のものでしょうか?」

「え、ええ。まあ……、そうです」

店員の質問にはやては当たり障りなく答えた。

自分にとってヴォルケンリッターはとりあえず家族という認識だ。

店員は、はやてから受け取ったメモを見てからはやてを確認するように見る。

(な、何やろ?わたしが大人モンの服買いにきたんがまずかったんやろか?)

はやてにしてみれば初めての事なので、このような不安が出てくるのは当然なのかもしれない。

店員はしつこいくらいに、はやてとメモを交互に見る。

店員はしゃがんで目線をはやてに合わせてきた。

はやては店員に両肩を掴まれた。

店員の目は何故か涙目になっていた。

「え?あの、どないしたんですか?」

「いじめられてるのね?」

店員はくぐもった声で、そんな事を言い出した。

「は?」

はやてはわからない。

「親戚のお姉さん達にいじめられてるのね?ええ、言わなくてもわかっています!ご両親が亡くなった貴女は遺産を相続し、親戚は貴女のご両親の遺産を目当てに貴女を引き取ったことも!遺産を食い潰した挙句に貴女を厄介者扱いしていることも!みぃんなわかってますとも!」

店員は立ち上がって興奮気味に語っている。

「え、え~とぉ……」

はやては「違う」と言いたいのだが、眼前の店員は歌劇団の役者がやりそうなポーズを取って聞く耳を持ってくれそうにない。

(な、何か……、わたし悲劇のヒロインにされてる!?)

両親が他界していることは合っているが、他は間違っている。

親戚にいじめられていると言われても、親戚がいないのでいじめられようがないのだが。

「店長!こんな健気な子に定価で売りつけたりなんて出来ません!四割引で売りましょう!!」

店員の一人が涙を流しながら言い出した。

どうやら、はやてを『悲劇のヒロイン』とみなしている店員は店長らしい。

(ええええぇ!?この人店長なん!?)

はやてとしては何とか誤解を解こうとするが、それよりも早く物事が進む。

「おバカぁ!」

店長が四割引と進言した店員の頬を軽く叩いた。

(そうやんね。いくらなんでも四割引なんてのはいきすぎや)

はやては店長が常識人だと思い感心しようとしていた。

「何みみっちいこと言ってるの!七割引になさい!!」

「すいませんでしたぁ!!」

店長はさらにいきすぎていた。

(ええええええ!?ええんですかぁ!?)

驚きと嬉しさと申し訳なさがはやての中に混じっていた。

七割引ということは一万円のものが三千円で購入できるということだ。

物凄く魅力的である。

だが、しかし嘘はよくない。

ただでさえ、石田医師にもヴォルケンリッターのことで嘘を述べているのにこれ以上は吐きたくない。

「あ、あのですね……」

はやては何とか言おうとするが、店員も店長もそれよりも早く行動していた。

結局はやては、ヴォルケンリッターの洋服を予想よりも安く購入したのだった。

 

 

車椅子がカラカラと音を立ている。

「で、結局その店での誤解は解けたのか?」

侑斗としては、はやてが誤解したままほったらかしにしているとは思えなかった。

「うん。あれからシャマルと一緒に行くようになって、わたしがその……『悲劇のヒロイン』というのは何とか解けたんよ」

はやての表情からして別の誤解が生まれたのだろうと侑斗は安易に想像できた。

「でも、それから別の誤解が生まれたんよ。今度はシャマルをわたしのお母さんやって誤解してな。シャマルを落ち込ませてもうたんよ」

「思い込みが激しいのも考えものだ……」

デネブが腕を組んでうんうんと頷く。

「お前が言うな。お前が」

デネブの一言に侑斗はさらりと突っ込んだ。

 

 

予想外の安値でヴォルケンリッターの洋服を購入したはやては、八神家に戻って広げていた。

シグナム、シャマル、ヴィータはどう対処したらいいのか戸惑っていた。

「好きな服を着たらええんよ」

はやてが言うと、服を物色し始める。

シャマルは嬉しそうに、捜し始める。

シグナムは今ひとつ、ピンと来ない表情だが捜していた。

ヴィータは着られる服のサイズが限られているので、迷いがなかった。

ザフィーラは人型ではなく、青色の毛並みが目立つ巨大な狼となっおり床に伏せていた。

衣服を捜し始めてから数分後。

三人とも、それぞれセンスがいいのかよく似合う服を選んでいた。

シグナム、ヴィータ、シャマルが男物の服を持っていた。

ザフィーラに着せようと言うのだ。

ザフィーラは一度見てから、また顔を伏せた。

はやては笑みを浮かべてそんな後景を見ていた。

家で笑ったのは、そしてこんなに賑やかなのは本当に久しぶりだった。

翌日となり、はやてはヴォルケンリッターに日常生活の仕方を自分が教えられる事はすべて教えようと決意した。

『闇の書』の主として、あと石田医師のときのように苦し紛れの嘘を吐かないためにもだ。

シグナム、シャマルはきりっと真面目な表情をしており、ヴィータはどこか明後日の方向を向いていた。

ザフィーラは獣型なので、表情が読めなかった。

「ええと、まずは朝の挨拶からや。おはようございます」

「「「「おはようございます」」」」

はやてが言うと、ヴォルケンリッターも復唱するように言った。

これがはやてが最初に教えた事だ。

ヴォルケンリッターは、はやての教えをスポンジのように吸収していった。

はやてもそれが嬉しくなり、色々と教えていった。

 

ヴォルケンリッターにとって、今の主であるはやては異質な存在といってもよかった。

今までの主は自分達をぞんざいに扱い、『物』として扱っていた。

主従関係なんて上品なものではなく、隷属関係に近いものだったのかもしれない。

主従でも隷属でも共通するのは人間対人間の関係の上で成立する。『物』として扱われてきた自分達はそれよりひどい関係だったのかもしれない。

ある程度の日常生活が身につき、それなりに勝手が利きはじめたと思えるようになった頃の事だ。

はやては既に眠っている。

リビングにはヴォルケンリッターしかいない。

誰もが今の自分達の待遇に戸惑っていた。

このようなかたちで定例会議を開くのはもう何度目だろうか。

「今回の主は私達に妙な命令を下したりはしないわよね?」

先陣を切ったのはシャマルだ。

「年齢は今までの主の中では間違いなく最年少だろう。しかし、我々に対して向ける眼差しはまるで家族でも接するようなものだな」

シグナムが思ったままの感想を述べた。

「なに企んでるかわかんねーぞ。今までだってそうだったじゃんか」

否定的な意見を述べたのはヴィータだ。

「表と裏があるような行動を取っているとは思えないが」

ザフィーラも、はやてに対して率直な感想を述べた。

ヴィータは面白くなさそうな顔をする。

「とにかく、今の我等の主はあの方なのだ。どんな方であれ従うのが我等の役目だ。違うか?」

シグナムがリーダーらしく、メンバーに言い含める。

シャマル、ヴィータ、ザフィーラは黙って頷いた。

 

はやてが『闇の書』の主となり、ヴォルケンリッターが人間社会に入り込んで二ヶ月近くが経った。

 

「騎士甲冑?え、そんなんが必要なん?」

はやては図書館で読みたい本を眼で追いかけながら、左側にいるシグナムが告げた。

「我等、武器は持っていますが甲冑は主に賜らなければなりません」

「自分の魔力で作りますから、形状をイメージしてくだされば……」

車椅子を押してくれているシャマルが補足説明した。

「そっかぁ。そやけど、わたしはみんなを戦わせたりせえへんから……うーん」

はやてはヴォルケンリッターの希望を叶えてあげたいが戦わせたくない感情が混じって、困惑の表情を浮かべる。

イメージとはいえ、戦うための衣装を作ることには抵抗を感じているのだ。

(甲冑は嫌やけど、服ならええんやけどなぁ。試しに聞いてみよか)

「服でええか?騎士らしい服。な?」

「ええ。構いません」

はやての決断にシグナムとシャマルが異を唱えるはずがなかった。

「ほんなら資料探して、カッコええの考えたげななぁ」

はやては笑顔で言った。

 

資料探しとして、はやて、シャマル、ヴィータが訪れたのは『といざるす』という玩具店だった。

この時、シグナムとザフィーラは家で留守番である。

「ここは……」

シャマルは、はやてに扇動されて行き着いた場所に戸惑う。

「ええからええから、こういう所にこそソレっぽいものがあるんよ」

はやてとシャマルは奥へ奥へと進んでいく。

(ったく、シグナムの奴。あたしに面倒ごと押し付けやがって……)

ヴィータは興味なさそうな目つきで右へ左へ視点を移動していく。

早く帰りたいという気持ちが彼女の中でどんどん大きくなっていた。

(あーもう、イライラする!)

苛立ちが表面に出始めた頃だ。

気を紛らわせるために、ヴィータは視線を移動させるとソレがいた。

ソレは他の者達と違っていた。

何がどう違うのかはわからなかったが、確かにそれは他の並んでいる連中とは違っていた。

外見はウサギなのだが、顔立ちには愛嬌の欠片もなかった。

ヴィータにはウサギが「何見てんだよ?」と言っているようにも思えた。

負けじとヴィータは「あたしの勝手だろ」という思いを込めて睨み返す。

シャマルが「ヴィータちゃん、どうしたの?ヴィータちゃん」と呼びかけていたりするがヴィータの耳には入っていなかった。

もちろん、はやてが気にかけていたことも知る由がない。

青色からオレンジ色へと空の色が変わって夕方となって心地よい風を浴びながら、帰宅しようとしていた。

ヴィータは、はやてから渡された紙袋を握っている。

何が入っているのかは知らされていないが、少なくともアイツではないことは確かだと思っている。

理由は色々とある。

自分はシグナムやシャマル、ザフィーラと違って反抗的な態度しかとっていないからだ。

好かれるはずがないし、自分が欲しいと思うものを買ってくれるはずもない。

(この袋の中に入ってるのだって、服のための資料だよなぁ。きっと……)

はやてとシャマルが何かを話しているが、自分にはどうでもよかった。

(多分、二度と逢えないよなぁ。アイツには……)

我がままを言えば、はやては買ってくれるかもしれない。しかし、それは自分の何かが許さなかった。

自分が自分でなくなる。そんな感じがしたのだ。

「ヴィータ」

はやてが声をかけてきた。

ヴィータは伏しがちだった顔を上げる。

「もう袋の中のモノ。開けてもええで」

そう言うと同時に、ヴィータは側から眼には見えない速度で手を突っ込んで、中のモノを取り出した。

アイツ---ウサギだった。

ウサギは「また逢ったな。お前の家主に感謝しろよ?」と言っているように思えた。

ヴィータは次第に笑顔となって、ウサギを抱きしめていた。

今までの主にはなかった行動だった。

この主は、自分をいや自分達を『物』扱いしないと確信した。

「はやて、ありが……」

ヴィータが礼を言うより早く、シャマルが車椅子を押してはやてを移動させていた。

礼は言えなかったが、ヴィータはもう迷わなかった。

はやてが自分の主である事に。

はやてのためなら自分は全てを投げ打っても構わないことに。

 

 

侑斗は車椅子を押しながら意外そうな顔をしていた。

「ヴィータが一番、お前に懐かなかったのは驚きだな」

「侑斗さんやデネブちゃんからしてみたら、驚くことかもしれへんね」

はやては無理もないことだと思い、侑斗やデネブが驚いても否定するつもりはない。

「うん。俺達が知ってるヴィータは八神にベッタリだから」

デネブも今のヴィータとはやてが話してくれた過去のヴィータを比較して感想を述べた。

「確かに一番変わったのはヴィータかもしれへんね」

はやても今と当時を思い出しながら、率直な感想を述べていた。

 

 

ヴォルケンリッターが八神家の一員となって、四ヶ月が経過した。

その間に彼女達もそれぞれの生きがいのようなものを持っていた。

シグナムは剣道場の非常勤の講師をしていた。

ヴィータは近所の老人会が主催しているゲートボールクラブに入っている。

シャマルはご近所の奥様方のグループに入って、噂話を聞いて楽しんでいる。

ザフィーラは彼女達三人の内の誰かと常に行動していた。

夜空は雲ひとつなく、数多の星が輝いていた。

「ほわああぁ。きれぇ」

はやてはシグナムに抱きかかえられながら、中庭に出て夜空を見上げていた。

「主はやて、本当によいのですか?」

シグナムがはやてに確認するかのように訊ねる。

「何が?」

「『闇の書』のことです。貴女の命あらば我々はすぐにでも『闇の書』のページの蒐集をし、貴女は大いなる力を得ることが出来ます。この足も治るはずですよ」

シグナムは、はやての不自由な両脚を見る。

「あかんて。『闇の書』のページを集めるには色んな人にご迷惑をおかけせなアカンねやろ?」

自分の私利私欲で他者を蹂躙することになるので、はやては表情を曇らせてから母親が我が子に諭すような表情で語る。

「そんなんはアカン。自分の身勝手で人に迷惑をかけるんはよくない」

はやては、また夜空を見上げる。

「今のままでも十分幸せや。父さん母さんはもう、お星様やけど遺産の管理はおじさんがちゃんとしてくれてる」

「お父上のご友人でしたか?」

シグナムが記憶の片隅にあったものを引っ張り出すようにしていた。

「うん。おかげで生活に困ることもないし、それに何より今はみんながおるからな」

はやては笑顔でいい、甘えるようにしてシグナムに抱きついた。

シグナムは思わず表情が緩んでしまう。

「はやてぇ」

リビングからヴィータの声がした。

ヴィータの右脇にはウサギが抱えられている。

「ねぇ。冷凍庫のアイス、食べていい?」

「お前、夕食をあれだけ食べておいてまだ食うのか?」

シグナムが呆れ表情で言う。

「うるっせぇな!育ち盛りなんだよ!はやてのご飯はギガうまだしなぁ」

ヴィータはシグナムに言い返すと同時に、はやての料理の腕前を称賛する。

「しゃあないなぁ。ちょっとだけやで」

「おお!」

はやての許しを貰ったヴィータは笑顔で返事すると、冷凍庫へと向かっていった。

「シグナム」

ヴィータの背中を笑顔で見送ったはやては、シグナムに視線を向ける。

「はい?」

「シグナムはみんなのリーダーやから、約束してな?」

はやては真面目な表情となる。

 

「現マスター八神はやては『闇の書』にはなーんも望みない。わたしがマスターでいる間は『闇の書』の事は忘れてね?みんなのお仕事はウチで一緒に仲良く暮らすこと。それだけや」

 

はやての言葉にシグナムは真剣に耳を傾けている。

「約束できる?」

はやての言葉に対してシグナムはというと。

「誓います。騎士の剣に懸けて」

即答した。

はやてはその答えに満足したのか笑顔だった。

 

 

「えぐっぐすぅ。ううううう」

デネブが感激のあまり咽び泣いていた。

「デネブちゃん。そんなに泣かんでも……」

はやては笑顔を見るのは好きだが、泣き顔を見るのは苦手だ。

ハンカチを取り出して、車椅子を押している侑斗に渡す。

デネブに渡してほしいという意味なのは侑斗にはすぐに理解できた。

「デネブ」

「あ、ありがとう。侑斗」

デネブは侑斗からハンカチを受け取って涙を拭いていた。

後数分で八神家が見えてくる距離となっていた。

 

八神家にいるシグナムとシャマルは暗い表情をしていた。

それはリビング内の暗さに勝るとも劣らずかもえいれない。

昔語りの行き着く終着点は現在だ。

それはつまり、つい最近の出来事になればなるほど嫌なものを思い出すことにもなる。

「………」

「………」

シグナムもシャマルも口を開かない。

だが、二人とも互いがどのような事を思い出しているかは語らずとも理解できていた。

 

 

十月二十七日。

海鳴大学病院にはやてとヴォルケンリッターは訪れていた。

四ヶ月の間に石田医師とヴォルケンリッターはすっかりと打ち解けており、石田医師も当初のような訝しげな表情を浮かべることはなかった。

「命の危険!?」

「はやてちゃんが!?」

シグナムとシャマルが石田医師から非情な宣告を受けた。

その間、はやてとヴィータは廊下で談話していた。

「はやてちゃんの足は原因不明の神経性麻痺だとお伝えしましたが、この半年で麻痺が少しずつ上に進んでいるんです。この二ヶ月は特に顕著でこのままでは内蔵機能の麻痺に発展する可能性もありえます」

石田医師も辛そうなな表情で語っていた。

話が終わると、シグナムは廊下で拳を壁に叩きつけていた。

「何故!何故気がつかなかった!」

「ごめん。ごめんなさい……。私……」

シャマルが両手で顔を覆って泣きながら、シグナムの怒号に謝罪する。

「お前にじゃない!自分に言っている!」

シグナムは自分の不甲斐なさを責めていたのだ。

夜となり、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラが八神家とは違う海鳴臨海公園に集まっていた。

「主はやての麻痺は病気ではなく、『闇の書』の呪いだ」

その場にいる誰もが、黙ってシグナムの言葉に耳を傾けている。

「主はやてが生まれた時から共にあった『闇の書』は主の体と密接に繋がっている。抑圧された巨大な魔力はリンカーコアが未成熟な主の身体を蝕み、健全な肉体系どころか生命活動さえ阻害しているのだろう」

シグナムはなおも続ける。

「そして、主が第一の覚醒を迎えたことでそれは加速。それは私達四人の活動を維持するために、ごく僅かとはいえ主の魔力を使用していることも無関係とはいえないはずだからな」

シグナムのはやてと『闇の書』の因果関係の説明が終わった。

「助けなきゃ……」

呟いたのはヴィータだった。

「はやてを助けなきゃ!シャマル!シャマルは治療系が得意なんだろ!?そんな病気くらい治してよ!」

ヴィータの悲痛の叫びをシグナムとザフィーラは痛々しい表情で見るしか出来なかった。

「……ごめんなさい。私の力じゃどうにも……」

シャマルはそう答えるしか出来なかった。

「何でだ?何でなんだよぉ!!」

ヴィータはとうとう嗚咽を漏らして泣き出した。

「シグナム……」

ザフィーラはリーダーの指示を仰ごうとしている。

「我等に出来ることはあまりに少ない。だが……」

シグナムはアクセサリー状態になっているレヴァンティンを見ていた。

 

ヴォルケンリッターは海鳴市の数あるビルのうちのひとつの屋上にいた。

まるで陣形のようにして、三時、六時、九時、十二時の位置に立っていた。

(主の体を蝕んでいる『闇の書』の呪い)

シグナムは決意の表情でレヴァンティンを振る。

(はやてちゃんが『闇の書』の主として真の覚醒を得れば!)

シャマルもいつもの穏やかな表情ではなく、どこか厳しい表情でクラールヴィントをはめている右手を前にかざす。

(我等の主の病は消える。少なくとも停まる!)

ザフィーラは青い体毛をなびかせながら、決意を秘めた表情をしているのだろう。

(はやての未来を血で汚したくないから、人殺しはしない。だけどそれ以外なら何だってする!)

ヴィータがグラーフアイゼンを上段に構えてから振り下ろし、自身の胸辺りの位置で停めた。

ヴォルケンリッターの宣言に呼応するかのように雷鳴が響き始めた。

(申し訳ありません我等が主。貴女との誓いを破ります)

シグナムの心苦しい思いと共に、ヴォルケンリッターの足元に巨大な紫色の魔法陣が展開した。

シャマル、ヴィータは私服から騎士服へと変わる。

ザフィーラは獣状態から人型へと変わる。そのときの衣装は、はやてがイメージしてくれたのか以前のものとは違っていた。

そして、シグナムも私服から騎士服へと変わった。

 

「我等の不義理をお許しください!!」

 

ヴォルケンリッターは一つの光となって天に昇って、四つの光へと分かれて、海鳴の夜空を駆けた。

 

別世界の『時の列車』が訪れるのはそれから五日後のことである。

 




次回予告

第三十二話 「はやて 仮面ライダーゼロノスと名付ける」


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第三十二話 「はやて 仮面ライダーゼロノスと名付ける」

時刻としては午後。昼食目当てのサラリーマン等で飲食店はごったがえしているだろう。

「八神。寒くないか?」

桜井侑斗は車椅子を押しながら、八神はやてに体調を訊ねていた。

「ううん平気やよ。ありがとうな侑斗さん」

はやては侑斗の気遣いに笑顔で感謝する。

「お前が風邪引くとヴォルケンリッター(あいつ等)がうるさいからな」

侑斗は照れ隠しのように言う。

「ふふ。侑斗さん、また照れ隠し?」

はやては侑斗がこういう事を言う時、自分のことを親身になって心配してくれているのだという事を知っていたりする。

「侑斗。素直になった方が八神はもっと喜んでくれる!」

「俺はいつも素直だ!」

デネブが言うと、侑斗は大声で反抗した。

はやては漫才かお笑い番組を見ているかのように笑っていた。

「なぁ八神」

「ん?どうしたん侑斗さん」

侑斗が声をかけてきたので、はやては何事かと思っているようだ。

「お前等と出会って一ヶ月越えてるんだよなぁ」

侑斗は感慨深げな声で言う。

「長いようで短いような気もするなぁ」

デネブも侑斗と同じ様に感慨深げな声を上げていた。

「わたしにしたら短すぎるくらいやで。でも、侑斗さんとデネブちゃんと一緒におると随分経ってるような感じがするわぁ」

はやても感慨深げな声を出していた。

 

 

十一月一日。

海鳴の夜空の一部が歪み、そこから地上に向かって線路が敷設されていく。

線路の上を緑色が目立つ二両編成の『時の列車』、ゼロライナーが走っていた。

侑斗とデネブは二両目の『ゼロライナー・ナギナタ』で二人寂しくババ抜きをしていた。

以前までデネブは侑斗とゲームをしている時、侑斗に勝たせていたが最近は堂々と全力で戦っていた。

理由としては、侑斗が『お前も全力でやれ!』の一言だったりする。

「やっぱり、二人でババ抜きってのは何かつまらないな」

侑斗が現在、ジョーカー---ババを持っていた。

「ババを持っている相手なんて考えなくてもわかるからな」

デネブはごつい手で、侑斗が持っているカードの一枚を選ぼうとする。

「これだ!」

デネブが一枚引くとそれはババだった。

「ああぁ!!」

デネブは悲鳴を上げてしまう。

「よしっ!」

侑斗は小さくガッツポーズを作って喜ぶ。

「ぬぬぬぬぬぬぅ」

デネブは雪辱を晴らすために、トランプを背の後ろに隠して適当にシャッフルする。

そして、侑斗の前に出す。

「さぁどうだ?侑斗」

侑斗はデネブの手で扇のようになっているカードを一枚ずつ凝視していく。

「上手く隠したつもりだろうけど、な!」

侑斗は一枚を引くと、ダイヤの10だった。

「よし!」

侑斗の手にはスペードの10があったので、山に捨てる事が出来た。

「ん?そろそろ着く頃だな」

「そうみたいだ」

侑斗とデネブは自身に掛かる重力でゼロライナーが地上に車輪を停めようとしている事がわかった。

その二分後にゼロライナーは停車した。

ゼロライナーが停車したのは海鳴市の空き地だった。

人が入り込むには十分な大きさをしている土管が三つほど積まれているだけで、空き地としてほったらかしにするには少々贅沢とも思える。

ゼロライナーがすっぽりと納まっても、お釣りが出るくらいの大きさなのだから。

ゼロライナー・ナギナタのドアが開き、侑斗とデネブが降車した。

一人と一体は身体をほぐすためか、軽く伸びをする。

「ここが別世界か……」

「俺達が住んでいる世界と同じだぁ」

侑斗とデネブは海鳴の夜空を見上げて、口を開いた。

「それでどうする?侑斗、オーナーさんが言っていた『時間の破壊』の原因は明日から捜す?」

デネブの言葉に、侑斗は携帯電話をズボンのポケットから取り出して時計を見てから、またズボンのポケットにしまう。

「そうだな。捜すにしても何が原因で『時間の破壊』が起こるかもわからないんだしな」

侑斗の言葉が合図になったのかデネブはいそいそと就寝のための寝袋をゼロライナーから取り出していた。

侑斗は寝袋に入り込み、デネブもまた専用の寝袋を用意して土管の中で就寝した。

 

十一月二日。

侑斗とデネブはゼロライナーを『時の空間』に停車させてから、海鳴の街を歩いていた。

「手掛かりゼロだからなぁ。雲を掴むような話だ」

「侑斗。雲は掴めない」

侑斗の言葉にデネブは実際に右手を掲げて、雲を掴もうとしていた。

掴めるはずがないので、デネブの手は空気を掴んでいるだけだ。

「バーカ。例えを実践するな」

侑斗はデネブの行動に呆れながらも、今後の事を考える。

今までの事件のように首謀者がわからない。

聞き込みをしようにも「『時間の破壊』を起こそうとしている奴を知らないか?」と正直に訊ねても、相手にされないか警察に事情聴取されるのが関の山だ。

情報を入手するにはあまりにも手段が限られている。

「『時間の破壊』の原因究明も大事だが、まずはここの地理や文化を知る事が大事だな」

「侑斗?」

デネブには侑斗が何故そのような事を言うのかが理解できない。

「デネブ、今回は長期戦になるぞ。得られる事は得た方がいい」

「了解!」

侑斗とデネブは最寄のコンビニに入って、地図を購入した。

公園には赤ん坊を抱いた奥様方とゲートボールをしている老人達がいた。

公園のベンチに座って、コンビニで購入した地図を広げる。

「名前は海鳴市で、街の規模としてはそこそこ発展してるな」

『田舎』と呼ぶには『都会』であり、『大都会』と呼べるほどの大都市ではない。

大まかな事を理解した侑斗は地図を畳んで、ベンチから立ち上がる。

「侑斗、次はどこに?」

デネブが行き先を訊ねる。

「図書館」

侑斗は短く答えると、頭の中に入っている海鳴市の地図を頼りに海鳴図書館へと向かっていった。

 

海鳴図書館は平日にも関わらず、賑わっていた。

なお、この場合の『賑わっていた』とは人がたくさん来館している事を指しており、決して喧騒を意味しているわけではない。

図書館で騒いでいたら他の来館者から冷たい眼差しを受けるのは間違いないからだ。

侑斗は海鳴市のここ数ヶ月の出来事を知るために、過去の記事を手当たり次第に本棚から取り出して、デネブに持たせていた。

「侑斗。これは多すぎるんじゃ……」

デネブは持たされている量を見て侑斗に告げる。

「あのな、全部見るわけじゃないんだ。『時間の破壊』と聞いて俺達が動かなきゃならないときてる。そうなってくると一番に考えるのは何だ?」

侑斗はクイズのようにしてデネブに言う。

「うーん……」

デネブは本を持ったまま、考える。

「あ、わかった!イマジンだ!」

正解だと思った答えをデネブは大声で言う。

「バカ!声がでかいんだよ!」

侑斗は大声で注意をしてしまう。

じとーっという視線をあちこちから感じる。

「「……すいません」」

侑斗とデネブは無言の眼差しに耐え切れずに、謝罪した。

本棚から取り出した本を机に置いて、侑斗とデネブは本を広げていた。

分厚い本だが、目当てとなるテーマがわかっている以上ページはパラパラと捲られていく。

侑斗とデネブが焦点に当てているテーマは『事件』だ。

それは『いじめ』から『殺人』まで何でもだ。

三時間後。

侑斗が最後の一冊を閉じた。

「はぁ。イマジン絡みと思われる事件は全くないな」

「一時的な自然脅威や街を蹂躙する怪植物なんてのもあったが、どれもイマジンが繋がっているとは思えない……」

侑斗とデネブは意気消沈していた。

本当に手掛かりらしい手掛かりがない。

出口のない迷路をさ迷っているようなものだ。

「……デネブ。片付けに行くぞ」

「……了解」

重い足取りで侑斗とデネブは取り出した本を本棚へと片付けていった。

外は夕方となっており、カラスが鳴き始めていた。

 

夕方となると、下校する学生や夕飯の支度をするためにスーパーに行こうとする主婦などがちらほらと目立っていた。

「侑斗、明日からどうする?手掛かりになりそうなものは今日一日で全部出し尽くしたわけだし……」

「………」

デネブの言葉に侑斗は反応しない。

正直参っているのだ。

今までの事件の場合、それなりに怪しげなヒントのようなものはあった。

だが、今回はそれすらない。

相手の出方を待ってからでは遅いのはわかるが、今回はそれしか他に術がないのかもしれない。

(『時間の破壊』を誰がやるかだよな。イマジンなのかそれとも『時間』の事を知っている人間か、か)

過去に関わった事件として首謀者は大まかにこの二種類に分かれるだろう。

「なぁデネブ」

今まで黙っていた侑斗は口を開いた。

「なに?侑斗」

「野上達は別世界(ここ)に来た時、別世界(ここ)の隠れた事実みたいなものに関わったんじゃないのか?」

「隠れた事実?」

デネブは訊ね返し、侑斗は首を縦に振る。

「ああ。あくまで推測だけどな。普通に調べても何もでないんだ。別世界の隠れた事実が『時間の破壊』に関係していると考えてしまうけどな」

普通に海鳴市で起きた『事件』を探っても、何も出なかったのだ。

そうなれば都市伝説や噂話にすがった方が、『隠れた事実』に行き着くかもしれない。

「お前、確か言ってたよな?えーと」

侑斗は右人差し指を眉間に当てて図書館でデネブが言ってた事を思い出そうとしている。

「そうだ。街を蹂躙した怪植物だ!」

「確か、その記事は最後は桜色の光と共に怪植物は消滅したとか書いてあったような……」

デネブも思い出しながら言う。

「桜色の光?何だソレ?」

「わからない……」

侑斗は腕を組んでそれが何なのかを考えるが、デネブが言ったようにわからないものはわからない。

 

 

侑斗は車椅子を押しながら、デネブと談笑しているはやてを見ていた。

(今思えば本当に運がよかったとしか言いようがないな)

日頃から「俺は強いし、運もある!」と公言する侑斗だが、別世界に来て当初は本当に運にすがるしかなかった。

「ん?どうしたん。侑斗さん」

はやてが侑斗の視線に気付いたのか、顔を侑斗の方に向ける。

「何でもない。気にするな」

「?」

はやては、わからないという表情を浮かべるしかなかった。

 

 

はやてはシャマルに車椅子を押してもらいながら、ヴィータを連れてスーパーで買い物をしていた。

現在ヴィータはお菓子売り場やアイス売り場へと足を運んでおり、はやてとシャマルは夕飯の献立を話し合いながら食品売り場をショッピングカートに買い物カゴを載せて押していた。

「今日は何にしたらええと思う?シャマル」

「そうですねぇ。昨日はお鍋にしましたから、今日はカレーとかにしたらどうでしょう?」

「そうやね。辛いものはここんところ、ご無沙汰のような気がするしカレーにしよか」

「ヴィータちゃん。喜ぶでしょうねぇ」

はやてとシャマルは本日の夕飯を決めると、そのための食材を探す事にした。

「はやてぇ。コレ買っていい?」

ヴィータがいつも食べているカップのアイスを一つ持ってきた。

それは今まで見たことがないものだと、はやては記憶している。

「ヴィータ、新作か?」

「うん!だから買っていいでしょ?」

はやてに訊ねられて、ヴィータは素直に肯定してから陳情した。

「しゃあないなぁ。あんまり食べ過ぎたらあかんで?」

はやての言葉は「買ってよし」と同じ意味を持っていた。

「ありがとぉ。はやて」

ヴィータは即座に手にしたアイスを買い物カゴの中に放り込んだ。

「ヴィータのアイス好きは筋金入りやね」

「そうですねぇ」

ヴィータの後姿を見ながら、はやてとシャマルは微笑んでいた。

 

そんな後景を海鳴の夕焼け空から見ている三つの光球があった。

「すでに五ヶ月か……」

彼が別世界に来てから既にそれだけの時間が経過していた。

「何故『闇の書』とやらを手中に収めないのですか?」

光球の一つが丁寧語で自分の前にいる光球に訊ねる。

「今の『闇の書』は未完成そのものだ。そんなものを手中に収めても何の意味もない」

光球は『闇の書』の起動時から現在に至るまでの経緯を大体把握している。

はやてとヴォルケンリッターの会話を聞いて、情報を得たのだ。

『闇の書』は起動しただけで、力を発揮するには不十分すぎるという事を。

現マスターが『闇の書』の完成を望まない事を。

その現マスターが芳しくない状態に陥っている事を。

ヴォルケンリッターが現マスターに内密で『闇の書』の蒐集活動をしている事もだ。

光球は自分に向けて丁寧語を放った光球を見る。

全身が震えていた。

それだけで、どうしたいのかという事が理解できた。

そして、ある仮説が浮かび上がり、検証してみる事にした

「ある事を確認したい。『闇の書』を奪ってこい。方法は任せる」

「先程、今の『闇の書』は手中に収めても無意味だとおっしゃいませんでしたか?それに方法は任せるという事は、小娘の処遇は好きなようにして構わないということですか?」

「ああ。煮るなり焼くなり好きにして構わんぞ。むしろその方が俺が確認したい事がよりハッキリするだろうしな」

「では、行って参ります!!」

光球は言うと同時に、地上へと向かっていった。

「主が危険に直面した時、『闇の書』はどう出るか……。見ものだな」

光球は高みの見物としゃれ込むことにした。

 

スーパーを出て、道草をすることなく八神家へと戻ろうとするはやて、シャマル、ヴィータ。

「悲鳴?何やろ?」

はやての耳に突如、人悲鳴のようなものが入ってきた。

ヴィータとシャマルは守護騎士として主を護るようにして、はやての前に立つ。

「ヴィータ?シャマル?」

はやての呼びかけに二人は反応しない。

二人とも普段は見せないような表情をしていた。

「シャマル。はやてを頼んだぞ。あたしはちょっと見てくる!」

「わかってるわ。ヴィータちゃんこそ無理しないでね」

「わーってるよ!」

ヴィータはそう言うと、悲鳴が聞こえてくる方向へと駆け出した。

「ヴィータ!?」

「ヴィータちゃんは様子を見に行きました。はやてちゃんに危険が及ぶものがあったら、進路を変更しないといけませんからね」

戦って蹴散らすという方法もあるが、内々で蒐集活動をしている手前としては大っぴらに騎士服着用して戦うわけにはいかない。

「危なくないやろか……」

はやては心配げな表情をしている。

「大丈夫ですよ。危なくなったらすぐこっちに戻ってきますから」

シャマルは、はやてに安心させるように告げた。

 

ヴィータは悲鳴のする方向に足を運び、何が原因なのかを探ろうとしていた。

電柱の陰に隠れてこっそりと見ている。

その原因はあっさりと見つかった。

「な、何だよアレ!?」

ヴィータが見たものは二足歩行で道を堂々と我が物顔で歩いている、着ぐるみにしては愛想の欠片もないアザラシをモデルにした何かだった。

両手にはサイという琉球古武術などで使用する武器が握られていた。

しかも歩き方が普通の歩き方ならば一般市民の方々も悲鳴を上げたりはしないだろう。

チンピラや極道の方が自らを誇示するための歩き方をしているので、異形な外見も重なって悲鳴を上げさせたのだろう。

「魔法生物とかじゃねぇよな……」

ヴィータは経験上、そう判断できた。

無論、この時の彼女に『イマジン』という単語が出てくるわけもない。

お化けアザラシ(命名者:ヴィータ)がこちらに寄ってくる。

(やべ。気付かれた!?)

そして、電柱に向かってサイを突き刺した。

刺された箇所から亀裂が走って、電柱は粉々になる。

粉塵が舞う中から、お化けアザラシが自分の前に立っていた。

「そこの小娘。『闇の書』の関係者だな?」

「さ、さぁな。知らねぇよ!」

強い否定が逆にお化けアザラシの確信を得る結果になる事をヴィータは気付いていない。

(逃げ切れねぇ。シャマルに知らせて、はやてをこっちに来させないようにしないと!)

ヴィータは念話の回線を開いて、シャマルにこの事を伝える事にした。

(シャマル。あたしだ!手短に言うぞ。今こっちにはお化けアザラシがいるから来るなよ!)

(お化けアザラシ?ヴィータちゃん、何なのソレ?)

(あたしにだってわからねぇから、そういう名前で呼んでんだよ!魔法生物じゃねぇってことだけは確かだと思うけどよ!)

ヴィータはシャマルと念話しながらも、今の状況をどうしようかと考えている。

ここが蒐集活動をしている近辺の次元世界ならば戦闘形態になって迎え撃つことも可能だろう。

だが、ここは海鳴市。結界も張らずに自分が戦闘形態になる事で主であるはやてに迷惑をこうむる事もありえる。

(はやてが『親の関東冬のトド』で責められちまう!)

正解は『親の監督不行き届き』である。

ヴィータが最も望まない事だ。

自分が戦闘形態になるのは蒐集活動の時だけだと決めている。

ヴィータは、はやての身を案じるようにして視線を左へと向ける。

「なるほど、向こうにいるわけだな」

お化けアザラシはヴィータの眼の動きを見逃さなかった。

そのまま、はやてのいる方向に足を進めていく。

「待ちやがれ!」

ヴィータはそう言うと同時にお化けアザラシに飛び掛る。

「邪魔だ」

お化けアザラシが、サイを左手に持って右手で拳を作って素早く繰り出す。

「がほぉっ」

ヴィータの腹部に剛速球を打ちつけられたかのような衝撃が走る。

そのまま、背中を壁に叩きつけられずるずると落ちていった。

(は、はやて……)

 

「ヴィータ、どうしたんや?シャマル!」

中々戻ってこないヴィータの心配が限界を超えて、はやてはどこか焦りと苛立ちが混じった声でシャマルに問う。

「お化けアザラシと遭遇して、そこから念話で連絡を取ろうにも何も……」

「お化けアザラシ?もしかして『怪人』かもしれへんね」

はやてが深刻な表情をしている。

「はやてちゃん。怪人って何なんですか?」

聞き覚えのない単語に疑問顔をシャマルは浮かべている。

「怪人っていうのはね。えーっと二足歩行なんやけど人の姿してへんモンスターみたいなもんかなぁ」

はやてとて、『怪人』をきちんと説明できるわけではない。

彼女が知っている『怪人』の知識は本に書かれていたことなのだから。

誕生経緯に関しては不明点が多すぎるものだったが。

「シャマル、ヴィータから何にもあらへんって事はその怪人アザラシ(命名者:はやて)に襲われたんかもしれへんで!」

はやてはそう言いながら、車椅子のタイヤを回していく。

「はやてちゃん、どこいくつもりですか!?」

「決まってるやろ!ヴィータをほったらかしになんかできひん。助けに行くで!」

シャマルが呼び止めるも聞かず、はやては怪人アザラシとヴィータがいる場所へと向かっていった。

 

 

「お化けアザラシに怪人アザラシか。イマジンという名称がなければそう捉えられても仕方ないな」

ヴィータやはやての呼び方に侑斗はケチをつける気はなかった。

自分とて『イマジン』という名称を知らなければそのような名称で呼んでいたと考えられる。

「俺はイマジンが相手でよかった。お化けでは対処のしようもないからな」

デネブは心底相手がイマジンでよかったという安堵の息を漏らしていた。

「デネブちゃん。お化け苦手やもんね」

はやては、デネブが季節外れの怪談特集をテレビでしていたときに布団に(くる)まっているデネブを思い出していた。

「お化け以上の見てくれなのにな……」

イマジンの生態はよくわからないというふうに侑斗は呟いた。

 

 

「!!」

侑斗は別世界では初めての感覚が走った。

それは本世界ならよくあるといえばおかしいが、それなりにある感覚---イマジンの感覚だからだ。

「侑斗?」

デネブは侑斗の表情及び纏う雰囲気の変化に気付いた。

「イマジンだ!とにかく行くぞ!」

「了解!」

侑斗とデネブはイマジンがいる方向へとまっすぐに向かっていった。

目的地に向かう中で、デネブは横で走っている侑斗に気になっていた事を問うことにした。

「侑斗、何故別世界にイマジンが?」

「さぁな。イマジンが別世界にいる理由は考え付くだけで二つあるがな」

「二つも?」

侑斗は頷いてから答える。

「一つは俺達と同じ方法で別世界に来たイマジン。もう一つは俺達の世界と同じ条件で出現している別世界

のイマジンだ」

侑斗がイマジンが出現できる可能性を述べると、前を向いて歩幅を広げて走る速度を速めた。

「区別はつくと思うか?」

侑斗はイマジンの分別がつくかどうかを訊ねる。

「つくと思う。本世界(俺達)側のイマジンなら電王やゼロノスを知らないはずがないから、別世界のイマジンならそういう知識はないと思う」

「なるほどな。イマジンの台詞で決まるってわけか」

「うん」

それ以降は一人と一体は一言も話さずに全力で走り出した。

目的地に到着すると、一人の少女が壁に手をつけてゆっくりとだが立ち上がろうとしていた。

「デネブ」

侑斗は助け起こす手伝いをするようにという意味を込めて、名を呼んだ。

「了解」

デネブは侑斗の意図を理解しているので、それだけで行動に移した。

「大丈夫か?」

デネブがしゃがんで少女---ヴィータの前に手を差し出す。

「あ、ああ。てか、何なんだよオマエ?」

ヴィータは両目をパチパチさせてデネブを見ている。

「デネブです。初めまして」

しゃがんでいたデネブは立ち上がって、頭を下げた。

「あ、コレどうぞ」

そう言ってどこから持ってきたのかバスケットからデネブキャンディーを一個、ヴィータに渡した。

「あ、ああ」

ヴィータは怪訝な表情ながらもデネブキャンディーを受け取る。

侑斗は粉々になっている電柱を見てから、ヴィータの前に立ってしゃがむ。

「この電柱、天災じゃないよな。誰がやったかわかるか?」

「お化けアザラシだ」

ヴィータは自分が見たものを自分の名称で告げた。

「お化けアザラシ?侑斗、もしかして……」

「間違いないな。それでそのお化けアザラシはどっちに行ったんだ?」

デネブと侑斗は顔を見合わせてから納得すると、ヴィータに向かった先を訊ねる。

「このまま、真っ直ぐに……」

ヴィータは右腕を強く打っているのか左腕でかばうようにしている。

「そうか。デネブ、この子の傷の手当てを頼む」

「了解!」

デネブに指示をしてから、侑斗は目的の方向へと向かおうとするが、ヴィータが呼び止めた。

「ま、待てよ。あたしも連れてってくれ!お化けアザラシは、はやてをあたしの家族を狙ってるんだ!」

強い眼差しでヴィータは侑斗を見つめてくる。

(イマジンに狙われる理由がこの子の家族にはあるのか?)

「侑斗……」

デネブはヴィータと侑斗を交互に見る。

「わかった。デネブ、その子の事頼むぞ。俺は先に行くからな」

侑斗はまた目的地に向かって走り出した。

 

「あれが怪人アザラシ!?」

「本当に怪人ですよ!?はやてちゃん!」

はやてとシャマルの前に、怪人アザラシがサイを構えて立っていた。

「お前が『闇の書』の主だな?」

確認するように怪人アザラシがはやてに訊ねる。

はやての前に立つシャマルに訊ねないのは、上下関係を見抜いてのことだろう。

「だ、だったら……な、何なんですか!?」

はやては精一杯の虚勢を張る。

逃げようにも完全に眼前の怪人アザラシが放つ雰囲気に呑まれて、逃げられる状態ではなくなっている。

「ある方から『闇の書』を奪うように言われたのだ。『闇の書』をよこせえええええ!!」

怪人アザラシがはやてとシャマルのいる方向に詰め寄ってくる。

「させないわ!」

シャマルが両手を広げて通さないようにして、はやての前に立つ。

「邪魔だ!」

怪人アザラシの右裏拳がシャマルの右こめかみに直撃して、シャマルを左へと飛ばす。

シャマルはそのまま重力に逆らうことなく、宙から地へと落ちていった。

「シャマル!」

はやてが名を叫ぶが、シャマルは地面でグッタリと倒れて起き上がる気配はない。

「さて、残るはお前だけだ」

サイの切先をはやてに向ける怪人アザラシ。

はやては睨んでいるが、全身が震えていた。

「『闇の書』を渡さないと、お前が死ぬ事になるぞ」

『闇の書』を渡すという事はヴォルケンリッターと別れる、つまりまた一人ぼっちになるということだ。

「い、嫌です!」

はやては否定をした。

全身を震えながらも、はやては怪人アザラシを睨んでいる。

「だったら死ねぇぇぇぇ!!」

怪人アザラシが両手を振り上げてから、さらに間合いを詰める。

 

「おりゃああああああ!!」

 

突如、男性の声がはやての耳に入った。

「げぶぅ」

怪人アザラシが男性に飛び蹴りを食らって前のめりに倒れた。

「え、え?」

はやては何が起こったのかわからない。

眼をパチパチしている。

「大丈夫そうだな。危ないから少し離れてろ」

眼前の男性---侑斗は自分に言ってから、注意を促す。

とにかく、怪人アザラシに蹴りを入れた以上仲間ではないなと判断した。

「は、はい。ありがとうございます」

はやては礼を言ってから、シャマルの側まで車椅子を操って移動する。

 

「やっぱりイマジンか……」

侑斗は予想が当たっていたとしても、特に嬉しそうな表情はしていない。

どちらかというと面倒くさそうな表情をしていた。

「来て早々、一枚使う羽目になるとはな……」

侑斗は自らのオーラを用いてゼロノスベルトを出現させて、腰に巻きつけて左側にある黒いケースを開いて、ゼロノスカードを一枚取り出す。

野上良太郎がいれば、任せられるのだが今彼はここにはいない。

そして、ここで怪人アザラシと呼ばれているイマジンと戦えるのは自分だけだ。

だから使うしかない。

(正直、別世界では初めてだ。いつもと同じ様になるかどうかもわからないがやるしかない!)

覚悟を決めてゼロノスベルトのバックル上部にあるチェンジレバーを右側にスライドさせる。

和風のミュージックフォーンが流れ出す。

 

「変身!!」

 

侑斗はゼロノスカードをゼロノスベルトのクロスディスクにアプセットする。

同時にチェンジレバーが左へとスライドした。

『アルタイルフォーム』

ゼロノスベルトが電子音声で発すると、侑斗の身体がオーラスキンに覆われ、オーラアーマーが装着されていき、銀色のデンレールは金色へと染まっていく。そして牛の頭が頭部のデンレールを走って固定位置になると停まって電仮面となっていった。

緑色のフリーエネルギーが吹き出てから、右手を天に向かってかざす。

「はっ!!」

同時に空が雨雲に覆われ一筋の雷が落ちた。

落ちたアスファルトは小さなクレーターが出来ていた。

侑斗はゼロノスへと変身が完了した。

専用ツール、ゼロガッシャーの右パーツをホルスターから外して左パーツに縦に差し込んで、ホルスターから引き抜いて宙で振りながら、フリーエネルギーで巨大化する。

Zサーベルの切先が地に刺さってから、ゼロノスは怪人アザラシ---シールイマジンを右人差し指で指して宣言した。

 

「最初に言っておく。俺は別世界でもかーなーり強い!!」

 

はやては侑斗の変身を一部始終見ていた。

(あれってあの本に書いてあったヒーローと姿は違うけど、何か似てる……)

はやてはとある本を一週間に一度は必ず読んでいた。

タイトル名は『太陽の王子は大いなる闇を切り裂く』

その中に、一人の青年が変身してヒーローになると書かれていた。

ヒーローの名はというと。

「もしかして、仮面ライダー?」

はやての言葉にゼロノスは反応する。

「仮面ライダー?何だよソレ。俺はゼロノスだ」

ゼロノスは仮面ライダーであることを否定した。

(ゼロノス?あれ?でも本に書いてあったヒーローも仮面ライダーの後ろに長い名前がついてたような……、そや!)

はやては何かを思いついてからゼロノスに向かって言う。

 

「なら、仮面ライダーゼロノスや!」

 

ゼロノスが仮面ライダーゼロノスへと変わった瞬間である。




次回予告

第三十三話 「侑斗とデネブ 八神さん家の事情を知る」


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第三十三話 「侑斗とデネブ 八神さん家の事情を知る」

緑色が目立つ戦士---ゼロノスとアザラシがモチーフになっているイマジン---シールイマジンが互いの出方を窺っていた。

(仮面ライダーゼロノスか。悪くはないな)

ゼロノスは八神はやてが名付けてくれた自分の名に実は満更でもなかったりする。

Zサーベルを右下段に構えているゼロノス。

二本のサイを構えているシールイマジン。

互いにじりじりと距離を詰めている。

やがて二人を中心にして、冷たい風が吹く。

「「はあああああああ!!」」

互いに同時に駆け出して、間合いを詰め出した。

ゼロノスは右脇に構えてZサーベルを両手で持って上段に構えて振り下ろした。

シールイマジンはサイを構えて、ダメージを受けないようにZサーベルを器用に受け止めた。

正確にはサイの一番長い部分で防いだのではなく、二本のサイの短い部分と長い部分の間で引っ掛けたのだ。

「威力はあるかもしれんが、その厚さゆえに軌道が丸見えだぞ?」

シールイマジンがしてやったりという口ぶりで言う。

「ふん。言ってろ」

ゼロノスは一旦距離を置くようにして後方へと下がり、Zサーベルを正眼に構える。

(確かにこいつの言うとおり、この厚さでは軌道を読みにくくする乱撃は無理だ。だけどな、それだけで攻略したなんて思うなよ?)

Zサーベルは電王が使うDソードと違って、乱撃に適している武器ではない。

「今度はこちらから行くぞ!」

シールイマジンはサイを構えて針を刺すようにして繰り出す。

サイは鋭利な先端を持っているが、斬撃には適していない。そのため敵に致命的なダメージを与える方法としては『突き刺す』以外に方法はない。

その突きは素人ならば目で捉える前に串刺しにされてしまうだろう。

ガキンガキンガキンガキンとサイが防がれる音が鳴る。

ゼロノスが右手はグリップを握ったままで左手はZサーベルの先端に添えて、刃を縦ではなく横に構えて盾のようにして防いでいた。

「バーカ。コイツにはこういう使い方もあるんだよ!」

今度はゼロノスがしてやったりの声を出す。

「ぬううう」

シールイマジンが悔しそうな声を出す。

Zサーベルを正眼に構えなおしてから、一気に間合いを詰めた。

速度は先程よりも速い。

「おらああああああ!!」

上段から振り下ろされるZサーベルをシールイマジンはサイを×字に構えて受け止める。

シールイマジンの両脚がアスファルトの地にめり込む。

めり込んだアスファルトの部分は亀裂が走っている。

『引っ掛けて止める』という方法が出来ないところからすると、余裕がなかったと推測できる。

距離は開けずにZサーベルを振り上げてからもう一度、上段に振り下ろす。

ブォンという空を裂く音が鳴ってからガキンとサイで受け止める音が響く。

「ぐっ」

シールイマジンが苦悶の声を吐く。

Zサーベルとサイがカチカチカチという震えて生じる音が鳴っていた。

 

「おい!あのお化けアザラシ、じゃなかったイマジンって奴と戦っているのは何だよ!?」

デネブにおぶられているヴィータはゼロノスとシールイマジンの戦闘を見ながらおぶってくれているデネブに訊ねた。

「あれはゼロノスというんだ」

デネブは短く答えた。

「ゼロノス?あ、はやてとシャマルだ。なぁ、あっちまで運んでくれよ?」

「了解」

デネブはヴィータに命じられるままに、はやてとシャマルの元まで歩み寄った。

「はやてぇ!」

「ヴィータ!無事やったんやね。よかったぁ」

「うん。えーっと、おデブとあのイマジンって奴と戦っている奴が助けてくれたんだ」

ヴィータは事の詳細を素直に、はやてに打ち明けた。

嘘のつきようがないからだ。

「そうやったんか。ほんまにありがとうございます。おデブさん」

「デネブです」

「え?そうやったんですか。すいません。デネブさん」

はやては間違って名を呼んでしまったことを恥じて、デネブに謝罪した。

「それよりそっちの人は?」

デネブは気を失っていると思われるシャマルの様子を見る。

「イマジンに襲われて気を失ってしもうたんです。脈はあるから本人が眼を覚ますまでじっと待つしかないかもしれへんのです」

「うーん。すまないが降りてくれないか?」

デネブはヴィータに降りるように頼んでみる。

「ちぇー、わーったよ」

ヴィータは渋々デネブの背中から降りた。

そしてデネブはシャマルを背負う。

「さっきの子より重い」

シャマルが聞いたら涙目になって抗議しそうな事をデネブは吐く。

「デネブさん。シャマルが気失っててよかったですね」

「何で?」

「オマエ、デリカシーなさすぎだ……」

はやての言葉に理解できないデネブに、ヴィータは呆れた。

デネブの周りには女性がいないに等しいので、女性にとっては禁句となるようなものを知っているわけがない。

 

(ん?)

ゼロノスはZサーベルを何度も振り下ろしながら受け止めているシールイマジンのサイに異変が起こっている事に感じた。

よく見ると、亀裂が生じていた。

(こいつ、まだ自分の武器がヤバくなってる事に気付いてないな)

あと二、三回同じ事を繰り返せば確実にサイは砕けるだろう。

「おらああああ!!」

両脚をどっしりと地に付け、腰に力を入れて先程よりも力を溜めてから、Zサーベルを振り下ろす。

ガキィンと激しい音が鳴り、シールイマジンの二本のサイの一部が欠片ほどの大きさだが地に落ちた。

「!!まさか!?」

シールイマジンが自分の武器の耐久力が落ちていることにようやく気付いた。

「遅ぇえよぉ!!」

ゼロノスはとどめといわんばかりに、Zサーベルを振り下ろした。

シールイマジンのサイは砕けて、地に刺さって消滅していった。

武器を破壊されて逃げ腰になろうとしているシールイマジンをゼロノスは逃がさない。

「逃がすか!」

Zサーベルを右脇に構えて、一気に間合いを詰める。

間合いを詰めてから両脚に力を入れて踏ん張って、Zサーベルを左切上

ひだりきりあげ

の軌道に沿って振り上げた。

「がわああああっ」

火花を飛び散らせて悲鳴を上げるが、これが致命傷ではない事はゼロノス自身が一番わかっている事だ。

「もう一発!!」

振り上げたZサーベルを下ろして構えを取らずに握っている手を上手く操って、逆袈裟に振り下ろした。

火花が収まり、斬撃箇所に煙が出ているシールイマジンにとっては追い討ちであり、立ち直る機会を完全に失ってしまう一撃だった。

「ぐわああああっ!!」

シールイマジンが斬撃箇所を手で押さえながら、後退しようとしていく。

ゼロノスはZサーベルのグリップを外す。巨大化していたゼロガッシャーは小型化して、グリップを上下逆にして差し込んで、Zサーベルの刃となっている部分を自分の方向にスライドさせて刃を弓型にするとフリーエネルギーで巨大化する。

ゼロガッシャーボウガンモード(以後:Zボウガン)へと切り替えた。

先端をシールイマジンに向けてZボウガンの引き金を絞る。金色のフリーエネルギーの矢が発射される。

狙いは両脚で、後退させないようにする。

更に二回ほど引き金を絞る。

二発、金色の矢が発射されて両脚に直撃し、シールイマジンは尻持ちをついてしまう。

ゼロノスはゼロノスベルトのバックル左上にあるフルチャージスイッチを押す。

『フルチャージ』

電子音声で発した直後にゼロノスカードを抜き出して、Zボウガンのガッシャースロットに差し込んだ。

フリーエネルギーがバチバチと溢れ出してゼロノスはZボウガンの照準をシールイマジンに向ける。

「おりゃああ!!」

駆け声と同時に、引き金を絞る。

通常よりも数倍の黄金の矢が発射されてシールイマジンに直撃し、許容量以上のフリーエネルギーに耐え切れずに爆発した。

シールイマジンがいた場所は爆煙が立ち込めていた。

Zボウガンのガッシャースロットからゼロノスカードを抜き取ると、左手に握られているゼロノスカードは溶けるようにして消滅した。

ゼロノスベルトを外すと、ゼロノスから桜井侑斗へと姿が戻った。

(これで一枚目か……)

侑斗は、はやてを見る。

(どうなるんだ……。カードを使った以上、この子が俺を憶えているわけがないからな)

ゼロノスカードの効力が別世界で解消される事は推測だが、まずないだろう。

『時間』という概念が存在し『時の空間』が存在している以上、『記憶』も存在しているのだから別世界とて例外ではないと考えるのが普通だろう。

「侑斗……」

「デネブ、その人は?」

シャマルをおぶっているデネブが侑斗の側まで歩み寄る。

「多分、イマジンが襲った人達の身内だと思う」

デネブも確信を持っていないので、言葉に篭っている力は弱い。

「あ、あの……」

侑斗の背後から声がした。

「ん?何だよ」

侑斗は声のする方向に身体を向ける。

声の主は、はやてだった。

「さっきも言いましたけど、本当にありがとぉございます!ほら、ヴィータも」

「う、うん。どうもありがと……」

はやては深々と頭を下げ、ヴィータは仕方なしという感じで頭を下げていた。

侑斗は眼をパチパチと瞬きしてから、はやてとヴィータを見る。

(記憶は消されているはずなのにな……)

『忘れられる』事に慣れているというのも変な感じだが、侑斗にしてみれば今までにないものた。

桜井が消滅している以上、ゼロノスカードの消費代価になっているのは『侑斗に関する記憶』だ。

縁もゆかりもなく、出会って間もない人間がゼロノスカードを使用しても自分を憶えているはずが本来ならばない。

(まぁ。運がよかったのかもしれないな……)

だが、情報収集をするには今の状況はありがたいといえばありがたいので侑斗は、それ以上は考えないようにした。

「礼はいい。早速で悪いんだが、イマジンに狙われる理由はあるのか?」

侑斗は質問するが、はやては首をかしげて疑問符を浮かべている。

「あのぉ、デネブさんも言ってましたけどイマジンって何ですか?」

はやてが質問で返してきた。

「さっきの怪人みたいなもの、で納得してはくれないよな?」

侑斗も自分の知りうる限りのイマジンの情報を他者に教えたりのだが、一、二分で片付く事ではないのでなるたけ、さっきの説明で納得してもらいたかったりする。

「はぁ……まぁ……できれば詳しく教えてもらいたいんですけどぉ。わたし狙われましたし……」

聞き方によっては立派な権利主張だ。

(普通なら関わりあいたくないって感じで避けるんだけどな)

侑斗の経験上、契約者であれ契約の執行対象であれイマジンと関わりたくないというのが人間の常だと思っている。

そのことを否定する気はない。誰だって『触らぬ神に祟りなし』こそが世を渡る上で一番安全な道だからだ。

むしろ眼前の少女は、大人でも中々持ち得ない『強さ』を持っているため、称賛に値するだろう。

「わかった。少々恐ろしい話になるぞ?覚悟は出来てるんだな?」

侑斗は念を押すように、はやてに訊ねる。

「はい」

はやては短く、しかし強い意思を持って返事をした。

「いい返事だ。さて話といきたいのだが……」

侑斗は周囲を見回す。

人はいないが、これから話す内容としてはそぐわない場所だ。

「どないしたんです?」

「侑斗がこれから話す事は、とても深刻な話なんだ……」

シャマルをおぶっているデネブが、はやてに告げる。

「そうなんですか?それやったらとにかく、ウチに来ません?立ち話で済みそうにないんやろうし……」

はやては侑斗とデネブに八神家へと迎え入れる事にした。

 

侑斗とデネブは八神家へと入ると、早速先程のイマジンに関しての説明から始まった。

リビングには家主のはやてを筆頭に、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラもそれぞれのポジションにいた。

細かくいうなら、はやて、ヴィータ、シャマルはソファに座って、シグナムは腕を組んで立っており、ザフィーラは床に伏していた。

(警戒して当たり前……か。一回助けて信用を得るなんて小ずるい悪党なら誰でも使う常套手段だからな)

はやてを除く全員の瞳の色に警戒の色が混じっている事を侑斗は見逃さなかった。

デネブはオロオロしている。向けられる視線に耐えられないのだろう。

侑斗としては彼女達が向けてくる視線はある意味、仕方のないものだから仕方ないと思っている。

自分が眼前の者達と同じ立場でも同じ様にするだろう。

だから責める気はない。

「あのぉ……すんません。この子らが怖い顔して、ええと……お名前なんでしたっけ?」

「ああ、そうか。悪い、名乗ってなかったな。桜井侑斗だ」

「デネブです。初めまして」

侑斗はソファに座って名乗り、デネブは立ち上がって一礼するとどこから取り出したのかバスケットの中からデネブキャンディーを、八神家全員に配っていく。

デネブキャンディーを受け取った八神家の方々は全員目を丸くしていた。

この時警戒の色はなくなっていたりする。

侑斗もデネブキャンディーを受け取って、袋を開いて口の中に放り込む。

「食べないのか?美味いぞ」

釣られるようにして、八神家もデネブキャンディーを口の中に入れた。

「「「「「美味い!!」」」」」

大きく眼を開いて、デネブキャンディーの味を称賛した。

(このままじゃ、話が進みそうにないな)

侑斗は口の中に入っているデネブキャンディーをガリガリと音を立てて噛み砕いてからゴクリと飲み込んだ。

「そろそろ話したてもいいか?お前を襲ったのはイマジンという怪人だ」

まず、おさらいのようにはやてに襲い掛かった怪人の名称を言った。

「俺の世界にいた頃は割と一つの目的だったんだけど、多分別世界では目的は色々だろうな。契約者の望みならどんな手を使ってでも望みをかなえるってのがイマジンのやり方だ」

侑斗がいた世界のイマジンの目的は過去の時間に遡って過去で転々と逃げている桜井の抹殺である。

契約者の望みを叶えるという行為もいわばそのための過程でしかない。

「それでは、主はやてになにがしかの恨みを持つ輩がイマジンと契約して襲わせたのか?」

デネブキャンディーを食べ終えたシグナムが侑斗に訊ねる。

「恨みがあるならな」

「あるならってどういうことですか?」

侑斗のどっちつかずの言葉にシャマルは疑問符を浮かべる。

「あくまで可能性だ。狙った動機は恨み以外にもあるってことだ。何か狙われるようなものを持ってたりするか?」

侑斗の問いに、はやてはもしかしたらというような表情をする。

ヴォルケンリッターは何か思い当たる事があるような表情をしている。

(妙だな。こいつ等、主従関係だと考えられるけど何かズレみたいなものがあるな)

侑斗はふと八神家全員の顔を見回してそのように感じた。

「もしかしたら、コレかもしれません」

はやては太ももの上においてある『闇の書』を見せた。

「コレは?」

侑斗は『闇の書』を手にしてから訊ねる。

「『闇の書』って言います」

「……そうか」

物騒な名前だなと言ってしまいそうになったが、口をつぐんだ。

(何の変哲もない分厚い本だな……)

侑斗は『闇の書』を隈なく見回すが、わからなかった。

骨董価値のある本かもしれないと推測するが、それも安直なものなので納得できるものではない。

「悪かったな。返すよ」

侑斗は『闇の書』をはやてに返して、ソファから立ち上がる。

「デネブ」

「了解」

隣で座っていたデネブも立ち上がる。

「待ってください。どこ行くんですか?」

はやてが一人と一体の行動を訊ねる。

「これからしばらくは海鳴で生活するからな。どこか住める場所でも捜そうかと……」

侑斗の言葉にデネブはうんうんと首を縦に振る。

「住むとこないんですか?」

「ない!」

はやての質問にデネブが答えた。

「胸張って言うな」

侑斗がデネブの後頭部を叩く。

 

はやては自分達を助けてくれた恩人二人が宿無しと知ると、思考が働き出した。

(ここで返したら、わたしの面目がたたへん。命助けてもろてるのに何の恩も返さへんなんて八神はやての名がすたる!!)

はやては使命感じみた答えを導き出した。

「あのお、桜井さん。デネブさん」

一人と一体に声をかける。

「しばらく海鳴にいるんでしたら、八神家に住みません?」

はやてはそう申し出た。

「「は?」」

侑斗とデネブはいきなりの申し出に間が抜けた声が出た。

「はやてちゃん?」

「主はやて、何を!?」

「はやて、こいつ等も住まわせるのか!?」

シャマル、シグナム、ヴィータは、はやてにしてみれば当然の反応をした。

「そうや。この人等は、わたし等を助けてくれたんやで?恩も返さんと二人を帰すなんてのは人として間違っとると思うんよ?」

はやての言葉にシャマル、シグナム、ヴィータは言い返せなくなる。

「俺達は自分達のやるべき事をやっただけだ。気にする事はない」

「そこまで気にしなくても……」

侑斗とデネブの言葉に、はやてはというと。

「受けた恩を必ず返すんが、八神家の家訓や」

はやてが毅然とした態度で言う。

「侑斗、どうしよう?」

「このままじゃ進みそうにないし、厚意に甘えるしかないな」

侑斗は、はやての申し出に乗る事にした。

「じゃあ、しばらく世話になる」

「よろしくお願いします」

侑斗とデネブは頭を下げた。

「こちらこそよろしくお願いします」

はやても返すようにして、頭を下げる。

(主はやて)

(どうしたん?シグナム。やっぱり反対か?)

シグナムがはやてに念話の回線を開いていた。

(いえ、貴女がお決めになった事ですから異存はありません。ただ、滞在の条件としてあの者達の素性を明かす事を進言いたします)

(素性?桜井さんやデネブさんの何を聞くん?)

側から見ると、はやてとシグナムの表情は変わらない。

(私の勘で申し訳ありませんが、あの二人は只者ではありません。もしかしたら魔導師かもしれません)

(魔導師?シグナム違ゃうよ。桜井さんは魔導師じゃなくて仮面ライダーゼロノスやで)

(仮面ライダー?確か主はやてが愛読していた本の中でそのような名がありましたが、まさか……)

(うん。でも本の中の仮面ライダーとは別物やで。本の仮面ライダーは確か黒いイメージで書かれとったけど、桜井さんは緑色がメインやったし……)

(そうですか……)

(でもそれでシグナムやみんなが納得してくれるんやったら聞いてみるで?)

(でもそれは……)

(ええからええから)

はやては一方的に告げてから、念話の回線を切った。

「あのぉ。住んでええと言いましたけど、いくつか聞いてええですか?」

はやてはシグナムの代わりに切り出した。

この台詞はヴォルケンリッターの意思も含まれている。

「何だ?イマジンの事は教えたが……」

「違ゃいます。違ゃいます。聞きたいのは桜井さんとデネブさんの事です」

はやては両手を振って、否定のジェスチャーをする。

「俺達の事?」

侑斗とデネブは顔を見合わせる。

(やっぱりアカンかな……)

はやてにしてもダメ押しのようなものだ。成功する可能性は低い方だ。

「イマジンの事を話してる以上、俺達の事は避けて通れないからな。わかった。言うよ」

侑斗はソファに座る。

デネブは侑斗の隣に立っている。

「まず俺達はお前達からいえば別の世界の住人だ」

「「「へ?」」」

はやて、シャマル、ヴィータは侑斗の言葉に抜けたような声が出た。

 

「正確にはこの時間から十年後の時間の別世界から来たんだ」

侑斗の言葉に誰もが眼を丸くする。

(無理もないよな。別世界から来たなんておいそれと信じるわけないもんな)

言った当人でさえそのように考えているのだから無条件で信じるわけがないと思う。

「どうやって来たのだ?」

腕を組んでいるシグナムが訊ねる。

「『時の列車』に乗ってやってきた。こいつはSF的な言い方で言えばタイムマシンだ」

「はやて、タイムマシンって何?」

ヴィータは聞きなれない単語をはやてに訊ねる。

「タイムマシンってのは簡単に言えば、現在を起点にして未来や過去に行ったり出来るマシンの事やね。でもタイムマシンで別世界に来るなんて不可能やと思いますけど」

「オマエ等、本当は違う方法で来たんじゃねーのか?」

はやての説明を聞き、ヴィータは訝しげな表情で侑斗とデネブを見る。

「タイムマシンで別世界に行くなんて事は不可能だ。だけどな裏技というか離れ技でここに来たんだ」

「離れ技、ですか?」

シャマルが侑斗の言葉を反復する。

「離れ技言いましたけど、具体的にはどうやってです?」

「俺達の世界とお前達の世界に共通するものって何だと思う?」

はやての問いに侑斗は謎かけのような問いで返した。

「質問に質問で返すなよ!」

ヴィータが怒るが、侑斗はどこ吹く風だ。

「タイムマシンで別世界から来たゆうことは、『時間』ですか?」

はやての回答に侑斗は首を縦に振る。

「『時間』という概念が存在する以上、『時の空間』も存在する。後は俺の世界の『時の空間』とお前達の世界の『時の空間』を繋ぐ橋が架かっていればタイムマシンでも別世界に行けるって事だ」

「あのぉ、『時の空間』って何ですか?」

シャマルがおずおずと手を挙げて、訊ねてきた。

「『時の列車』が走るための空間だと思ってくれればいい」

侑斗も詳しく知っているわけではないので、理解できる範囲で説明した。

「簡単には信じられないと思うけど、俺も侑斗も嘘は言ってない。信じてほしい」

デネブはそう言って頭を深々と下げた。

「これが嘘やったら凝りすぎやし、わたし等に言う必要はあらへんしね。まあ、わたしもちょっと不思議な体験は経験してるしね」

はやては侑斗の話を信じてくれるようだ。

「次に聞きたいのは、主はやてやヴィータ、シャマルを助けた桜井の姿の事だ。主は仮面ライダーと呼んでいるが、どういう経緯で変身できるんだ?」

シグナムの質問を聞きながら、侑斗はジャケットのポケットから黒いケースを取り出して、テーブルの上に置いた。

「コイツが俺がゼロノスに変身するための道具だ」

はやてはテーブルの上に置いてあるケースを手にして、中身を取り出す。

ケースには数枚カードが入っており、表面が緑色で裏面が黄色のラインが彩られていた。

「このカードをベルトに差し込んだりして仮面ライダーに変身するんやね?」

「ゼロノスなんだけどな」

はやての問いに侑斗は答えながらも『仮面ライダー』でなく『ゼロノス』だと訂正する。

「なぁなぁ。じゃあ変身してみてくれよ」

ヴィータが変身するようにせがむ。

「「………」」

侑斗とデネブの表情が曇った。

「何か不都合でも?」

「それは……」

シャマルの問いに侑斗は閉じていた唇を動かそうとする。

「侑斗。俺が言う」

デネブが侑斗の役割を買って出た。

「侑斗がゼロノスに変身するたびに、侑斗はあるものを代価として支払わなければならないんだ」

デネブの声色は今までよりも重かった。

 

「デネブ、そこから先は俺が言う。俺は変身をするたびに記憶を支払うんだ」

 

「記憶、ですか?」

「貴方が記憶を失っていくって事ですか?」

はやては侑斗の言葉に眼を大きく開き、シャマルは侑斗が記憶喪失になるという解釈を得て確認を取ろうとする。

「いや、俺が記憶喪失になるんじゃなくて俺に関する記憶をお前達が忘れていくんだ」

侑斗が語り終えると、ゼロノスカードを手にしていたヴィータはテーブルの上に置いた。

まるで、呪いのアイテムのように。

「最後に桜井。デネブは何者だ?どう見ても人間ではないが……」

シグナムが最後といって質問をした。

侑斗にしてみればこの回答ほど頭を悩ませるものはない。

何せ、イマジンと戦うイマジンなのだから。

イマジンの知識を得たばかりの者達にそこまで高度な理解を要求するのは酷だろう。

「デネブはイマジンだ」

その回答に八神家の者達は目を丸くしてからもう一度、デネブを見ていた。

(多分、俺が話したイマジンとデネブを比べてるんだろうな)

「桜井さん。デネブさんは本当にイマジンなんですか?」

はやてが確認するように聞いてきた。

「それは間違いない。デネブはイマジンだ」

「あたし等を襲った奴とは全然違うよな。こうやって見たらぜーんぜん怖くねーし」

「そうよねぇ。とても悪いことするようには見えないわよね」

侑斗の回答にヴィータとシャマルはシールイマジンと比較して感想を漏らした。

「人間に善人と悪人がいるんだ。イマジンにだってデネブみたいな奴もいれば、お前達を襲ったイマジンもいるんだよ」

侑斗の言葉は八神家にしてみれば説得力のあるものだった。

それは見てきたか体験したかでしか習得できない凄みだからだ。

「すいません桜井さん。言いにくい事まで聞いてしもうて」

はやては謝罪を込めて頭を下げた。

「しばらく厄介になるんだ。居候になる人間の事を聞くのはある意味当然だ。気にするな」

侑斗は、気にしていない表情ではやてを元気付けた。

 

 

はやてが乗っている車椅子を押しながら侑斗は独り言のように言った。

「本当に運がよかったよな。完全に八方塞がりだったしな」

侑斗は自分の素性は話したが、目的は話していない。

「どないしたん?侑斗さん」

「ん?ああ、ちょっとここに来た時の事を思い出してな」

「ヴォルケンリッター

あの子等

もすぐに打ち解けてくれて本当によかったわぁ」

「お前の教育がよかったんだろ?きっと」

そうでなければ二ヶ月近くで今のような良好な関係は築けないだろう。

「そ、そうなんかな。何か照れるわ……」

はやてが褒められた事に頬を赤くして照れている。

侑斗とデネブは、そんなはやてを見ながら笑みを浮かべるがすぐに真剣な表情になる。

(八神の教育がよかったからこそ、ヴォルケンリッター

あいつ等

はあんな事をしでかしているんだろうな。俺にはヴォルケンリッターを責める気にはなれない。自分を犠牲にしてでも何かを守る。痛いほど理解できるからな)

侑斗は八神家の居候になってから数日後のことを思い出そうとしていた。




次回予告

第三十四話 「侑斗とデネブ 八神さん家の裏事情を知る」


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第三十四話 「侑斗とデネブ 八神さん家の裏事情を知る」

桜井侑斗とデネブが八神家に居候してから三日が経過した。

その間、侑斗とデネブはイマジンと一度も遭遇していなかった。

ゼロノスカードを使うことがないというのはありがたいといえばありがたいが、どこか肩透かしを食らったような感じがした。

侑斗の八神家での仕事はというと、庭の草むしりに風呂場の清掃に洗浄後の食器を食器棚にしまうことなどだ。

現在は午前なので、一人で軍手を手にはめて草むしりをしていた。

「何か久しぶりだよなぁ。こういう肉体労働」

悪い気分ではない。むしろ久しく忘れていた心地よい気分だ。

「うーん。運動不足か?俺」

しゃがんでいたが、立ち上がって軽く伸びをする。

自問したが答えてくれる者はいないと思っていたが、

「ならば少し付き合え」

背後から女性の声がした。

「シグナム……」

竹刀を一振り自分に向けて投げてきたので、反射的に手を出して受け取る。

「ゼロノスの力を見てみたいというのが本音だが、事情故に仕方があるまい。それともゼロノスにならないと戦えないのか?」

「言ったな」

シグナムの挑発じみた口調に侑斗は挑戦的な笑みを浮かべて、竹刀を構えた。

 

デネブはというとキッチンで朝食の味噌汁を作っていた。

味噌の香ばしい匂いがキッチンをはじめ、リビングにまで向かおうとしていた。

「あ~、いい匂い~」

ヴィータが味噌汁の匂いに釣られていた。

ザフィーラ(獣型)も床に伏せているが、匂いに釣られていたりする。

「よしっ!味見を頼む」

デネブはごつい手には似合わない小さな皿に味噌汁を入れて、八神はやてとシャマルに渡していた。

はやてとシャマルは同じタイミングで味噌汁をすする。

ゴクリという音が二人の喉下から聞こえた瞬間、二人の眼は大きく開いた。

二人の反応は極端なものだった。

シャマルは陰を漂わせて落ち込み、はやてはむむむっと真剣な目つきをして味噌汁が入っていた食器を見ていた。

「ま、負けた……。この味は今の私では到底引き出せない味だわ……」

シャマルは自らの力量では太刀打ちできないと敗北宣言をした。

「こ、この味!?世界は広いわぁ」

はやてはただただ感心し、世界は広いと実感する事しか出来なかった。

「料理には自信がある!」

デネブは胸を張った。

「これなら、わたしの代わりにシャマルに教えても問題ないわ。いやぁこんな家庭的なイマジンさんやったら、大歓迎やで」

「はやてちゃん!?」

「ありがとう!八神!」

はやての発言にシャマルは驚き、デネブは頭を下げて感謝した。

 

中庭で草むしりをしていた侑斗は軍手を外して、竹刀を両手に持ってシグナムと剣を交えていた。

実状としてはシグナムは侑斗の振り下ろす竹刀を難なくかわしているだけであり、侑斗はどこか振り回されているようだった。

(竹刀なんて戦うようになってからも持ったことがないよな……)

ゼロノスとして戦う以前からも腕っ節はそこそこ自信があった。

だが、それはあくまで素手での話だ。

ゼロノスになってからの武器を用いて戦闘を行うようになってもプライベートでは武器を用いての訓練は一度もない。

両手に握られている竹刀を見る。

Zサーベルを振りなれているせいか、どうも軽すぎて勝手が利かない。

両手に重量感がなさすぎるのだ。

だからこそ、さっきから攻撃を仕掛けるがどうにも空を裂く感じでシグナムを捉えることが出来ない。

「お前の持つ武器は竹刀のような片手剣ではなく、両手剣タイプと見えるな。竹刀の軽さに振り回され、従来の動きが出来ていないといったところか?」

「ったく、お見通しかよ……」

侑斗は自分が抱えている問題を指摘されてしまう。

竹刀を正眼に構えて、じりじりと間合いを詰める。

シグナムは右手で右脇に構えている。

「こちらから行くぞ!」

シグナムは侑斗との間合いを詰めると同時に、竹刀を両手持ちにして上段に構えて振り下ろしてきた。

(武器が俺の勝手にならない以上、運動能力でカバーするしかないか……)

判断と同時に後退もせずに、右足を九十度後ろに運んで体制を変えて避ける。

竹刀を振り下ろされた時に生じた風が、侑斗の前髪を揺らす。

(何て威力だ……。竹刀とはいえまともに食らったら無事じゃすまないな……)

シグナムが繰り出す袈裟、逆袈裟、突きを身体能力を駆使して侑斗は避けていく。

(イマジンより身体能力は劣っていても、人間だからきちんと頭使って戦ってくるからイマジンよりやり辛いったらないぜ……)

侑斗は右手で握っている竹刀を見る。

(使えないなら持ってても仕方ないよな)

侑斗はあることを決断した。

「これで終わりだぁ!!」

シグナムが今まで繰り出した攻撃の中で一番鋭い突きを繰り出した。

侑斗は右手の竹刀を放り捨てた。

竹刀はカシャンというような音を立てて、地に落ちる。

竹刀の先が侑斗の喉元に来るまで数センチ。

両手が考えるより先に本能的に動き出した。

竹刀に向かって掌を向ける。

そして、向かってくる竹刀を同じタイミングで両掌を叩き付けた。

パシンという音が鳴る。

竹刀の先は侑斗の喉元を突く事はなかった。

両掌で竹刀をキッチリと押さえて停めていた。

「ふぅ……。間一髪だったな」

「だが、私の本気の突きを停めるとはな。実力は本物のようだ」

「当たり前だ。俺は強いからな」

侑斗は自信に満ちて言いながら、竹刀を押さえていた両掌を離す。

「そのようだな」

シグナムも笑みを浮かべて、突いていた竹刀を引き戻す。

(こいつ、もしかしてモモタロスと同じタイプか……)

「なぁシグナム」

侑斗は自分の足元に転がっている竹刀を拾う。

「何だ?」

「俺と同じ様に変身できる奴を一人知っているといったら、お前どうするんだ?」

自分の見立てが間違っていなかったら、彼女の答えは決まっている。

「いるのならば是非とも会ってみたいものだな。欲を言えば手合わせもしてみたい。それで誰だ?お前と同じ様に変身できる者とは」

シグナムの反応は侑斗の予想通りだった。

彼の眼が曇っていなければシグナムの瞳は輝いていた。

 

「野上良太郎。電王だ」

 

侑斗は答えると、手にしていた竹刀をシグナムに返して玄関へと向かっていった。

 

朝食を食べ終えた侑斗は、地理を把握するために一人で海鳴の街を歩いていた。

デネブは、はやてとシャマルに料理の指導をせがまれていたので放っておく事にした。

シグナムとザフィーラはそのままどこかへ出かけるといって、ここにはいない。

ヴィータはゲートボールのスティックを手にして、公園に行っている。

どうにも先程から身体全身にチクチクと感じるものがある。

チクチクの先に視線を向けると、急になくなる。

(なんなんだよ。居心地悪いな)

敵意や殺意といったものではない。

だが侑斗にはそれが何なのかはわからなかった。

しばらく歩いて、風芽丘図書館に入る。

ここで、海鳴市で起きた過去の奇妙な事件に眼を通していく。

侑斗は『イマジンが関わっている』という前提を視点にしている。

「何回、目を通してもイマジンが関連してる事件とは考えにくいよな」

図書館内なので、小さな声で呟く。

机に広げている本を閉じて、本棚へと戻していく。

腕時計で時間を見る。

「戻るか」

外食をするつもりはないので、八神家へと戻ることにした。

八神家へと帰宅する中で、公園から見知った少女が出てきた。

「ん?オマエかよ……」

「今帰りか?」

見知った少女---ヴィータが侑斗と視線が合う。

表情はむすっとしたものであり、何でこんな表情をしているかはおおよその見当はついていた。

彼女はシグナムやシャマル程、自分に心を許していない。ザフィーラに関してはどうなのかはわからない。

「ああ」

ヴィータは短く答えて、スタスタと帰路を踏み出した。

早足で歩いているのだろうが、侑斗は難なく追いついてしまう。

一歩の幅が違うのだから当然といえば当然だ。

(何か話したほうがいいのか。こういう時……)

デネブならズレた感覚ながらもそういう行動を取るだろう。

だが、自分は年下の女の子と器用に会話するほどボギャブラリーが豊富なわけではない。

「なぁ……」

「何だよ?」

ヴィータが睨むような視線でこちらを見てくる。

「八神には両親はいないのか?」

自分とヴィータに共通する話題といえば家主のはやてだけだ。

「二人とも死んだんだって」

「そうか……」

侑斗の質問にヴィータは無愛想ながらも答えてくれた。

ヴィータを見てから、他の二人と一匹の狼を思い浮かべる。

(こいつ等、どう見ても八神と親戚とは思えないよな)

根拠はない。だが、何故かはわからないがそう思えて仕方がない。

訊ねる事は野暮なので、胸の内に秘めておくことにした。

(ダメだ。話すネタが出てこない……)

二人は沈黙状態で八神家へと歩を進める。

ジャケットのポケットに手を突っ込むと、何か丸いものが二つあった。

何なのか取り出してみると、デネブキャンディーだった。

(美味いって言ってたから大丈夫だよな)

「なぁ」

「何だよ?」

侑斗の声にヴィータは面倒臭そうに顔を向けてきた。

「コレ食べるか?」

侑斗は右掌に乗っているデネブキャンディーを見せる。

「なぁ、聞いていいか?」

「何だよ?」

デネブキャンディーを見ながらヴィータが侑斗に訊ねだした。

「このキャンディーってどこに売ってるんだよ?ギガうまなのに、何でコンビニにもスーパーにも売ってねーんだよ?」

「あー、売ってたら買おうって考えてるかもしれないど売ってないぞ。コレ」

侑斗は正直に打ち明けた。

「え?じゃあ、おデブはどこで仕入れてるんだよ?」

「仕入れるも何もデネブが作ってるんだぞ。このキャンディー」

「マジかよ!?」

衝撃の告白に、ヴィータは眼を大きく開ける。

「そういや、今日の朝ごはんを作ったのもおデブなんだよな?」

「ああ。俺はその現場は見てないがあの味はデネブのものだからな」

「なあ。ほんとぉぉぉぉに、おデブはイマジンなのか?あんな着ぐるみ着てる人間とかじゃねぇのか?」

ヴィータの中でイマジンは凶暴な怪人として定着しているのだろう。

だが、デネブがそのイメージを徹底的に崩しているのだ。

「間違いなくイマジンだ」

「はぁぁぁぁ。やっぱそうなんだ。あたし等を襲ったイマジンと全然違うからさぁ」

侑斗の答えにヴィータは予想していたので一息吐いて、納得した。

「だが事実なんだから受け入れるしかないだろ」

侑斗はデネブキャンディー一個をヴィータに渡してから、残った一個を自分の口の中に放り込んだ。

「ありがと……」

ヴィータもデネブキャンディーを口の中に放り込んだ。

「美味ーい!!」

ヴィータの感想が海鳴の青空に向かっていった。

 

午後となり、テレビではサングラスをかけたスーツ姿の男が観客に向かって「そうですねぇ」と言わせる番組が始まっていた。

はやては特に好んで見るわけではないが、退屈しのぎにはなるのでテレビを付けているのだ。

デネブがシャマルに料理を指導しているため、はやては時間が空いて寛ぐ事が出来るのだ。

「デネブさん。シャマルはどうや?筋は悪

わる

ない思うんやけど」

はやてはデネブにシャマルの腕前に関する評価を訊ねてきた。

「八神の言うように、悪くないと思う。ただ……」

「ただ?」

「俺や八神と同じ材料なのにどうして不味くなるのかがわからない」

「あ、やっぱり」

デネブの素直な感想に、はやては納得した。

かねがね思っていたことだ。

はやてとデネブはシャマルを見る。

その視線は「何故?」と訴えているようにも見えた。

「私にだってわかりませんよぉ!」

シャマルは涙目で抗議するが、作った当人がわからないものを自分がわかるわけがないと、はやては思ってしまった。

 

オレンジ色の空から黒色へと海鳴の空が変化した。

リビングには侑斗、デネブ、はやて、ヴィータ、シャマルが各々行動していた。

はやてとシャマルは洗濯物を畳んでおり、侑斗とデネブとヴィータはトランプでババ抜きをしていた。

侑斗は、はやてから借りた本を読みながらババ抜きをしながら壁時計を見た。

「悪い。俺はリタイアだ」

侑斗はそう言うと、足元に伏せているトランプをすべて表にさらしてギブアップ宣言をした。

「侑斗?」

「風呂掃除をしなきゃいけないんでな」

そう言うと、侑斗は風呂場へと向かっていった。

「おデブどうする?あたし等で続けるか?アイツのカードを二人で分けて……」

「うーん。二人でするババ抜きのつまらなさはよく知ってるから違うゲームをしよう」

「そだな。じゃあ何する?」

「何しようか……」

一人と一体は次に何をするか考え始めていた。

リビングに向かって二種類の足音が鳴った。

「ただいま戻りました」

「ワン!」

足音の主は外出していたシグナムとザフィーラだった。

夕飯は、デネブが作った天ぷらだった。もちろん、天つゆもデネブのお手製である。

「「「「「「いただきます」」」」」」

テーブルに座った六人(五人と一体)が手を合わせて食材に感謝してから食べ始めた。

食卓についている誰もが、デネブの味に称賛していた。

ザフィーラも犬皿に盛り付けられている天ぷらをガブガブと食べ始めた。

「デェネェブゥ!!」

侑斗は天ぷらを一口かじってから、箸をテーブルに叩きつけてから隣で座っているデネブを睨みつける。

「お前、椎茸入れたな!!」

「あ、やっぱりバレた?」

「バレるに決まってるだろ!思いっきり椎茸じゃねぇか!」

侑斗は椎茸の天ぷらを指差していた。

「桜井さん。好き嫌いはアカンよ」

「大きくなれませんよ?」

「強くなれないぞ?」

「なっさけねーなー。あたしでも食べれるんだぞ?」

女性陣がデネブに加勢するようなコメントを侑斗にぶつけてくる。

ザフィーラは黙々と食べている。

女性陣+デネブの視線が痛い。

「……わかったよ。ったく食べればいいんだろ」

観念した侑斗は椎茸の天ぷらを天つゆつけて、口の中に放り込んだ。

「やっぱり椎茸は嫌いだ……」

侑斗は何ともいえない表情を浮かべていた。

夕食を終えて女性陣の入浴後に入浴した侑斗は、はやての父親が使っていたパジャマを借りて着ていた。

「ピッタシみたいやね。よかったわぁ」

「いいのか?」

「構へんよ。タンスの肥やしにするくらいなら着てもうた方がパジャマも喜ぶって」

侑斗はパジャマをジロジロと見ている。

「どうしたん?もしかして趣味やないん?」

はやてが不安そうな声を上げている。

「いや、久しぶりに着ると思ってな。ほとんど野宿に近い生活をしていたから」

「そうなん?ここに居る間はお父さんの服なんかは好きに着てええで」

「わかった」

はやての言葉に侑斗は頷いてから、リビングのソファに寝転がる。

「そういえばあいつ等は?」

「みんななら先に寝たで」

はやてが侑斗に掛け布団を渡してくれた。

「だったら、お前も早く寝ろ。子供の夜更かしはあまり褒められたものじゃないからな」

掛け布団を受け取ってから侑斗は、はやてに早く寝るように促す。

「うん、わかってる。わたしももう少ししたら寝るわ」

はやては車椅子を操って私室へと向かっていった。

その背中を見送りながら、侑斗は既に就寝していると思われる三人と一匹のことを考えていた。

「侑斗?」

キッチンで作業を終えたデネブが侑斗の側に寄る。

「デネブ、眠いか?」

侑斗はちらりとデネブを見てから訊ねる。

「まだ起きれる」

「なら少し付き合え」

「?」

デネブは侑斗の意図がわからなかった。

 

二階から床がきしむ音が聞こえた。

ソファで寝転がっていた侑斗は起き上がる。

パジャマの上に防寒用として、ジャケットを羽織っている。

「行くぞ。デネブ」

「了解」

侑斗とデネブは小声で玄関まで音を立てないように抜き足差し足忍び足で移動する。

玄関のドアを音を立てないようにゆっくりと開いて、素早く外へと出た。

「侑斗、本当に出るのか?」

「八神とあいつ等は一枚岩のように見えるが、妙なズレみたいなものがある」

十一月なので、秋といってもジャケットを羽織っただけのパジャマだと少々身に染みる。

「ズレ?」

「あいつ等はズレを生じさせてもやらざるをえない何かがあるんだろうし、多分だけどズレの原因は八神だと思う」

侑斗は表札が掛かっている壁にもたれて腕を組む。

「八神が?」

「何が原因かまではわからないがな。だからこそ、聞いてみるのさ」

侑斗は瞳を閉じてからもう一度開く。

 

「さっさと出てこいよ?聞きたいことがあるんだからな」

 

侑斗が言った直後、玄関のドアが開いてヴォルケンリッターが覚悟を決めたような表情で出てきた。

 

侑斗、デネブ、ヴォルケンリッターは八神家から離れて近くの公園へと場所を移していた。

シグナム、ヴィータ、シャマルはベンチに座り俯いていた。

ザフィーラはおすわりの姿勢をしていた。

侑斗とデネブは三人の前に立っていた。

「最初に言うが、この事を俺達は八神に言うつもりはない」

「「「え?」」」

ベンチに座っている三人は俯いていた顔を上げた。

「どういう事だ?桜井」

ザフィーラが代わりに侑斗に訊ねてきた。

「居候させてもらう時に言わなかったか?俺達は未来から来たんだ。だから、ここでの出来事は俺達にとっては『過去』でしかない。それに俺達は『過去』を無作為に変えてはならないって事も知ってるから何も出来ないんだ」

「侑斗の言うとおりなんだ。俺達は『起こってしまった事』には干渉してはならないんだ」

侑斗が答え、デネブが補足した。

「それじゃあ私達が今やっている事も……」

「ああ、変える気はない。だがな、何でそんな事をしているのかは聞かせてもらうぞ?」

シャマルの言葉を締めるようにして侑斗は答えるが同時に動機を求めていた。

「やんなきゃいけねぇんだよ……」

ヴィータが俯きながら低い声で言った。

「ヴィータの言うとおりだ。私達はやらなければならない。たとえそれが主の命に背く事だったとしてもだ!」

シグナムも侑斗と顔をあわせずに決意表明のようなものを吐く。

話す気はないらしい。

「八神に関係する事か?」

侑斗の言葉に三人と一匹は表情には出さないが、動揺してるのはすぐにわかった。

「シグナム。もう無理よ。話してしまいましょう」

「シャマル!お前何言ってんだよ!こいつ等が、はやてにチクるかもしれねーじゃんか!?」

「シグナム。どうする?」

シャマルは観念し、ヴィータは抵抗を続け、ザフィーラはリーダーの指示を仰ぐ。

「……わかった。全て話そう。主はやてに降りかかっている事、そして私達のことも全てだ」

シグナムは意を決して顔を上げて、口を開き始めた。

シグナムが全てを語り終えた後、侑斗は何も言わずに夜空を見上げた。

「俺も色々と体験したり、見てきたりしたが魔法に出くわすなんて思わなかったな」

これは本音だった。

彼女達がこのような場で嘘を言う必要性は無いのだから、真実なのだろう。

「お前達が人間でなく、プログラムと聞かされても不思議で仕方がない。どう違うんだ?人間と」

デネブはシグナム達を見るが、訝しげな表情を浮かべたままだ。

「どうって言われても……」

シャマルはデネブの質問に答えようとするが浮かばないようだ。

「それで『闇の書』のページを完成させたら、八神の病気は治るのか?」

侑斗は根拠を訊ねた。

「主はやてが『闇の書』の真の主となられれば、多分……」

シグナムの声には語尾辺り自信の色がなかった。

(賭けの域、なんだよな)

人生ここぞという時の勝負は殆どが『賭け』だという事は侑斗も身に覚えがある。

(未来の俺はその『賭け』に勝ったんだよな……)

桜井の事を考えてしまう。

「なぁ。本当に、はやてには言わねーのか!?」

ヴィータが侑斗に疑いの眼差しを浮かべながら念を押すように訊ねる。

「ああ。言うつもりはない。自分の身を削ってでも何かを守りたいという気持ちはわかるからな」

自分も削って戦うからこそ、彼女達の行動を責めようとは思わなかった。

実のない正義は実のある悪より性質が悪いことも知っている。

ここで彼女達を責める事はそういう事になる。

「感謝する」

ザフィーラがヴォルケンリッターを代表して短く侑斗とデネブに感謝の言葉を述べた。

「さて帰るか?冷えてきたしな」

「そうだな。風邪は引きたくないしな」

侑斗が座りっぱなしのヴォルケンリッターを促した。

デネブは場を和ませるように言う。

「帰るぞ」

侑斗の背後からシグナムがシャマル、ヴィータ、ザフィーラを促すように声をかけたのが耳に入った。

 

その翌日から、チームゼロライナーとヴォルケンリッターの距離が縮まった事はいうまでもないことだった。

シグナム、ザフィーラは相変わらず侑斗を『桜井』と呼んでいたが、声色は他人行儀ではなくなっていた。

ヴィータは『オマエ』と呼んでいたが『侑斗』と呼ぶようになり、シャマルも『桜井さん』から『侑斗君』へと変わっていった。

そんな変化を見逃さなかったはやても『桜井さん』から『侑斗さん』と呼び方を変え、デネブの事も『デネブちゃん』となっていった。

『闇の書』の蒐集の際には侑斗達は口裏を合わせたりなどして、偽のアリバイ証言などをでっちあげたりなどして、はやてにバレないようにヴォルケンリッターに尽力した。

表と裏の両方を上手く使い分けながらも時間は刻まれていき、時間の針は『現在』へと指していった。

 

 

青空に太陽が照り付けるが、冬のため太陽の光の恩恵が今ひとつ感じられない海鳴の昼空。

はやてが乗っている車椅子の押す速度を侑斗は緩めた。

八神家が肉眼で見えてきたからだ。

「侑斗さん。腕痺れたりせえへん?」

ずっと車椅子を押してくれた侑斗に、はやては気遣う。

「俺はそんなにヤワじゃない。腹が減ったから飯頼むぞ」

「わかってるて。侑斗さん、椎茸抜きでええんよね?」

「八神が侑斗の要望を応えてる?どうしたんだ?」

デネブが知っているはやては、侑斗の要望をかなえたりしない。

「侑斗さん。椎茸嫌いやいうけどなんやかんやで、いつも食べてるやん。だからたまにはええかな思うて」

「なるほどぉ」

デネブはポンと相槌を打って納得した。

「何か子ども扱いされてるような気がする……」

侑斗は愚痴りながらも、車椅子を押して八神家へと入っていった。




次回予告

第三十五話 「ユーノとウラの真相究明」


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真実への路線
第三十五話 「ユーノとウラの真相究明」


『天候』という言葉が全く無縁な場所、次元空間。

その中に巨大なSFチックな建造物がたたずんでいる。

時空管理局本局である。

そのなかを三人と一体がある場所に向かって歩いていた。

ユーノ・スクライア(人間)、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、ウラタロスである。

「三人がかりで出てきて大丈夫かな……」

「出てきて何言ってるのさ」

クロノの言葉にウラタロスは「何を今更」というような感じで突っ込む。

「モニタリングはアレックス達に頼んであるから大丈夫だよ」

エイミィがクロノに心配ないように言う。

「ユーノ」

「何ですか?」

ウラタロスが見下ろすかたちながら、ユーノを見る。

ユーノも見上げるかたちでウラタロスを見る。

「アレックスって誰?」

「オペレーターの人ですよ。どんな顔かまでは憶えてませんけど……」

ウラタロスの意外な質問にユーノは答えるが、どんな顔をしていたかまでは思い出せないらしい。

「実を言うとね僕、リンディさんとエイミィさんとクロイノ以外の管理局の人って今ひとつ区別がついてないんだ」

「あ、僕もなんですよ。ここの人達って男女共に端整な人達が多いから、数が多いと分別がつかなくなっちゃうんですよね」

「際立った個性がないとね。憶えられないよね?」

「そうですよねぇ」

ウラタロスとユーノが雑談をかわしているが、前を歩いていたクロノが顔をこちらに向けていた。

「君達はさっきから何を話し込んでいるんだ?」

「随分と盛り上がってるけど、何の話題?」

エイミィは話題に入りたがっている。

「時空管理局って顔立ちのいい人達が多いから分別がつかなくなるって話」

「何ソレ?」

エイミィにはユーノとウラタロスが何故このような話で盛り上がるのかが理解できなかった。

「『闇の書』について調査をすればいいんだよね?」

なかばどうでもいい話題を切り上げて、ユーノが真剣な表情となってクロノに訊ねる。

「ああ。これから会う二人はその辺に顔が利くから」

「クロイノの知り合いだからむさ苦しいのが二人かもしれないね」

ウラタロスは勝手に予想してテンションを下げていた。

「僕の知り合いは男だけだと思っているのか。貴方は……」

その様子にクロノは呆れてしまう。

「まあ、会ってみればわかるよ」

エイミィがウラタロスを元気付けると、目的の人物が待機している部屋のドアを開けた。

「リーゼ、久しぶりだ。クロノだ」

部屋を入って直後、一人の女性がクロノに一気に間合いを詰めて抱きついていた。

身長は女性の方が高いため、クロノの頭は女性の胸辺りに当たっている。

「クロスケェ。お久しぶりぶり~」

「ロッテ!離せコラ!」

抱きしめられっぱなしというわけにはいかないらしく、クロノが引き剥がそうとする。

そんな光景を見ている少年とイマジンはというと。

「予想外れましたね。ウラタロスさん」

「クロイノも結構オイシイ思いしてるんだね」

ユーノもウラタロス同様、むさ苦しい男を予想していたらしい。

ウラタロスはクロノも意外な経験をしていると知り、感心していた。

「何だとコラ。久しぶりに会った師匠に対して冷たいぞぉ。うーりうりうり」

「アリア!コレを何とかしてくれ!」

クロノがアリアという女性に対して助けを求めていた。

「久しぶりなんだし、好きにさせてやればいいじゃない。それに、まぁなんだ。満更でもなかろう?」

アリアと呼ばれた女性はあっさりとクロノを見捨てた。

「クロイノもまだまだ子供だねぇ」

ウラタロスがいじられているクロノを見て、そう呟いた。

ユーノにはその意味が理解できなかった。

その間、エイミィとアリアと呼ばれた女性が「お久し」と声をかけて掌を軽く叩き合っていた。

クロノをいじり倒したロッテと呼ばれた女性がエイミィの側まで寄る。

アリアと同じ様に「お久し」と掌を軽く叩き合う。

そして、その場にいるユーノとウラタロスを見る。

「何か美味しそうな匂いと絶対に食べたくない臭いがするねぇ」

ロッテの言葉にユーノはビクっとなり、ウラタロスは「臭うかなぁ」と全身を嗅ぐ。

クロノが「何であんなのが僕の師匠なんだ……」と泣き言と後悔が混じった言葉をユーノとウラタロスは聞いてしまったが、当人の名誉のために聞かなかった事にした。

 

「あー、なるほど『闇の書』の捜索ねぇ」

ソファで行儀悪く座っているリーゼロッテが自分たちが招かれた理由を知り、納得した。

「事態は父様からうかがっている。できる限り力になるよ」

ソファで行儀良く座っているリーゼアリアが事前に聞かされていることなのか、大して驚く素振りはなかった。

「よろしく頼む」

クロノは頬にキスマークらしいものを残しながらも真面目な表情で受け答えした。

「エイミィさん。この人達って……」

「クロイノの知り合いっぽいよね」

エイミィの左隣に座っているユーノと右隣に座っているウラタロスはクロノの対面に座っている二人についてエイミィに訊ねる。

「クロノ君の近接戦闘と魔法のお師匠さん達。魔法教育担当のリーゼアリアと近接戦闘教育担当のリーゼロッテ。グレアム提督の双子の使い魔で見ての通り、素体は猫ね」

(グレアム提督。良太郎から聴いてた人間の関係者に早速ヒットするとはね……)

ウラタロスは今から数時間前のことを思い出していた。

 

 

時刻は昼真っ盛りで海鳴市にある高町家の道場。

そこには野上良太郎、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナ、ユーノ(フェレット)がいた。

高町なのは、フェイト・テスタロッサは現在通学中でこの場にはいない。

良太郎は本来は翠屋でアルバイトの時間帯なのだが、客入りが思ったより少ないので早めに切り上げてよいという高町士郎の許しを得て切り上げていた。

「ユーノはクロノから何かを依頼されているんだよね?」

「ええ。『闇の書』関連だという事は間違いないと思います」

良太郎が確認するかのように訊ねてユーノは首を縦に振る。

「時空管理局に行くんだよね?」

「そうなりますけど、それがどうかしたんですか?」

ユーノは良太郎の意図がわからない。

「ウラタロスを連れて行ってほしいんだ」

「「「「「「え?」」」」」」

その場にいる良太郎以外の全員が間の抜けた声を出した。

「良太郎、カメを連れて行ってどうするんだよ?」

モモタロスが率先して訊ねてきた。

「ある事を調べてもらうためさ。ウラタロス、確か頭脳労働できるよね?」

「そりゃまぁ、出来なくはないけど……。でもどうして?」

「前の戦いの時、変だと思わなかった?」

良太郎がいきなり、前に海鳴市でヴォルケンリッター及びイマジンと戦った時の事を語りだした。

「変って何がや?」

「クロノを襲った奴だよ」

キンタロスの質問に良太郎は短く答える。

「確かお面つけてたんだよね?」

リュウタロスがクロノが言っていた証言を思い出しながら、口を開く。

「うん。イマジンの契約者でもないだろうし、ヴォルケンリッター

あの人達

の仲間ってわけでもない。でも僕達には敵対している事だけは間違いないだろうね」

「良太郎。仮面戦士とウラをユーノに同伴させる事は何か繋がりのようなものがあるの?」

「仮面戦士が、あの場にいた管理局陣営の中で司令塔的存在であるクロノを狙ったのは偶然だと思える?」

「クロノの事を知ってるって事?」

コハナの言葉に良太郎は首を縦に振る。

「クロイノのことを知ってるって事はカンリキョクって事になるよな」

モモタロスが腕を組んで、閃いたことを口に出す。

「それでカメの字にあの仮面男を捜さすんやな?」

キンタロスの推測に良太郎は首を縦に振る。

「捜すのはいいけど、特徴とかはわかってるの?何せその仮面男を見てるのはクロイノだけでしょ?」

「クロノの証言を元にエイミィさんが絵を描いてくれたのはコレだよ」

良太郎が懐から一枚の神を取り出して、ウラタロスに渡した。

ウラタロスの後ろにモモタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナ、ユーノが覗き見る。

良太郎より長身で、無駄なく鍛えこまれているのだろうか無駄に筋肉質に感じさせない体躯。

そして、明らかにヴォルケンリッターの仲間内とは思えない軍服じみた衣装。

身元を明らかにさせないためにかぶっていると思われる仮面。

「服装だけからすると、管理局の身内ってかんじだよね?」

ウラタロスがイラストを見ながら感想をもらす。

「でも、管理局が同僚であるクロノや協力者であるなのはやフェイト、そして良太郎さん達の邪魔をしてメリットはあるんでしょうか?」

ユーノが今までの推測を聞いた中で生まれた疑問を良太郎にぶつける。

彼のいうように、普通に考えてメリットはない。むしろ、『闇の書』の完成を望んでいるのならば自らの身を滅ぼす脅威を生み出す手助けをしているのだから自分の首を絞める行為に等しいだろう。

ユーノの言葉に良太郎は手を顎に当てて、考える仕種をする。

「管理局にメリットはなくても、人一人にはあるのかもしれないね」

良太郎は今のところの結論をだした。

「それって、組織目的でやっているのじゃなく個人的理由で行っているってことですか?」

「多分ね」

ユーノの解釈に良太郎は頷いた。

「ウラタロス単独で行動しても疑われるからね。だから、ユーノのアシスタントって事で連れて行ってほしいんだ」

「わかりました。あの、僕も手伝っていいですか?」

「もちろん」

ユーノの遠慮気味な申し出に良太郎は快い返事をした。

 

 

クロノとリーゼ姉妹が話し込んでいる間に、ユーノとウラタロスはここに来たもうひとつの目的を確認して、気を引き締めていた。

一人と一体にしてみれば、虎の穴に入り込むようなものだ。

リーゼ姉妹の行動などにも常に眼を光らせている。

今のところ、怪しい素振りは全くない。

「二人に駐屯地方面に来てもらえると、心強いんだが今は仕事なんだろ?」

クロノは二人の身の振りを確認しながら、打診してみる。

「うーん。武装局員の新人教育メニューが残っていてね……」

「そっちに出ずっぱりにはなれないのよ。悪いねぇ」

リーゼアリア(以後:アリア)もリーゼロッテ(以後:ロッテ)もクロノの申し出を断った。

「いや、実は今回の頼みは彼等なんだ」

クロノは落ち込む様子もなく、ユーノとウラタロスに顔を向けた。

「食べていいの!?」

ロッテが涎をたらしながら、眼を輝かせてユーノを見ている。

「ひっ!」

本能的に身の危険を感じて全身が震えてしまうユーノ。

「ああ。作業が終わったら好きにしてくれ」

クロノは冗談とも本気ともいえない台詞を言い放つ。

「クロイノの癖に……」

ユーノはムキになるどころか、クロノが最もムキになる言葉をボソリと言う。

「何か言ったか?フェレットもどき」

「いや、何でもないよ。気にしないでクロイノ・ハラグロン」

ユーノは爽やかにしかし、明らかに悪意を込めてクロノの名を間違えた。

エイミィ、アリア、ロッテは初めて聞く単語に口元を押さえている。

笑いをこらえているのだ。

ウラタロスに至っては「ユーノも言うようになったねぇ」と感心していた。

「もう一度訊ねるぞ。何か言ったか?フェレットもどき君」

クロノは静かに平静を保ちながら、ユーノを睨みつける。

「ボギャブラリーが貧相だよ。クロイノ・ハラケラレルン」

「何でそれを君が知っている!?」

ユーノが口に出した単語はウラタロスが言ったものであり、その場には確かユーノはいなかったはずだ。

知っているという事はウラタロスが教えたという事になる。

「ウラタロス!まさか……」

「いやぁ、ユーノにフェレットネタでいじられる対策として何かないかって相談されてね。つい……」

ウラタロスは全く悪びれることなく明かす。

「という事はモモタロス、キンタロス、リュウタロスの言った事も……」

クロノは最悪の事を想像しながらユーノに訊ねる。

「もちろん」

「最悪だぁぁぁぁぁ!!」

クロノは両手で頭を抱えて立ち上がって叫んでしまう。

「ク、クロノ君?」

エイミィが今までにないクロノの狼狽ぶりに眼を丸くして見ていた。

それはリーゼ姉妹も同様だった。

「私達以外に……」

「クロスケを追い詰める事が出来る奴がいるなんて……」

ユーノとウラタロスが「してやったり」というような満面な表情で手を叩き合っていた事をクロノは知らなかったりする。

クロノが平静に戻ること二分後。

「あークロノ。大丈夫かい?」

「ああ」

アリアの呼びかけにクロノは二分前の事など何事もなかったかのような態度をしている。

「それで頼みって?」

「ああ、彼等の無限書庫での調べ物に協力してやってほしいんだ」

クロノの言葉にユーノとウラタロスは真剣な表情をした。

 

 

高町なのはがユーノとウラタロスが調べ物のために時空管理局本局に向かっていると知ったのは聖祥学園から帰宅してすぐのことだった。

本日は平日であるため、大まかな情報を入手するのは夕方になってしまうのだ。

なのはは制服から私服へと着替え終えて、道場へと足を運ぶ。

そこにはウラタロスを除くイマジン三体とコハナが翠屋のスイーツを食べていた。

「よぉ」

モモタロスがプリンを食べながらスプーンを持った右手を軽く挙げる。

「なのはちゃん。おかえりー」

リュウタロスはフォークでケーキを突き刺そうとしている途中だった。

「まぁ、立っとらんとここに座れや」

キンタロスがコハナと自分の間に空いている空間に座るように床をバンバンと叩く。

「は、はい」

なのはは促された場に座る。

「あの、ユーノ君とウラタロスさんが調べ物のために本局に向かったって聞きましたけど……」

なのはは確認するかのように切り出す。

「ええ本当よ。ユーノのアシスタントとしてウラを行かせたのは良太郎の考えだけどね」

「良太郎さんが、ですか」

「そう。まぁ私達の中では頭脳労働に適してるのは良太郎か私かウラって絞られちゃうのよね」

コハナの言葉には妙な説得力があり、なのはは納得してしまう。

(ハナさんの言うようにモモタロスさんやキンタロスさん、リュウタ君がそういうのに向いているとは思えないよね)

なのはは失礼と思いながらも、思ってしまった。

「何かあるんですか?」

なのはは良太郎が考えなしにウラタロスをユーノの側に置くなんて考えられないため、コハナに目的を訊ねる。

「クロイノを襲った奴の事は憶えてるか?」

コハナの代わりにモモタロスが切り出した。

「仮面を付けた男の人、でしたよね?」

なのはは思い出しながら言う。

「良太郎はソイツがクロイノを襲ったのは偶然やないと思ってるで」

キンタロスが良太郎の言葉を思い出しながら言う。

「クロイノが一番厄介だから襲ったって言ってたよ」

リュウタロスも良太郎の言葉を思い出しながら言い、ケーキを食べていた。

「それって、まさか……」

「あくまで可能性の話だぜ。早合点すんじゃねぇ」

なのははが考えて行き着いた答えを言う前に、モモタロスが遮った。

「でも……」

「嘘のプロであるカメの字が調べてシロやったら、なのはの考えは取り越し苦労になるんや。今考えた事を口に出すんはそれからでもええで」

キンタロスは隣にいるなのはに、余計なことは考えないように言う。

「なのはちゃん。はい、あげる」

リュウタロスは手にしていたプリンをなのはに渡した。

「あ、ありがとう。リュウタ君」

なのはは受け取って礼を言う。

(皆さん、わたしが考えていた事をわかってたんだ……)

敢えて言わせないようにしたのは彼等なりの気遣いなのだと、なのははすぐに理解できた。

最悪なことを言えば、最悪な結果を招く場合があるという前提をもってのことだろう。

「なのはちゃん。何か用があってここに来たんじゃないの?」

コハナは、わざわざ報告内容に確認に来たとは思っていない。

「あ、はい。実は明日フェイトちゃんの嘱託魔導師の書類の手続きがあるとかで、今から本局に向かうんですけど、皆さんも行きます?」

答えは言うまでもなく、イエスだった。

 

ハラオウン家ではというと、良太郎が食器を洗い終えて、乾いた布で食器を拭いて食器棚へと戻していた。

「ただいま……」

制服姿のフェイトがリビングに入ってきた。

「おかえり。フェイトちゃん」

良太郎が蛇口を止めて迎える。

「た、ただいま……。良太郎」

フェイトは良太郎と眼が合うと、頬を赤く染めて私室へと向かっていった。

「……まだ避けられてる……」

ここ数日、フェイトとまともな会話を交わしていない事に良太郎は寂しさを感じていた。

「何が原因なんだろ……」

良太郎は原因を考えるが、何一つ浮かばなかった。




次回予告

第三十六話 「歯車はガタリと回る」


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第三十六話 「歯車はガタリと回る」

時間を昼に遡ってみる。

海鳴市にあるが、高町家やハラオウン家とは違う地区にあると思われる八神家。

桜井侑斗、八神はやて、デネブが月村家から徒歩で戻ってくるとシグナムとシャマルが温かく迎え入れてくれた。

「はあぁ。落ち着いたぁ」

はやてが家に入って開口一番出た台詞だ。

「お疲れ様です。主はやて」

シグナムが労いの言葉をかける。

「あはは。遊びに行っといてお疲れ言うんもアレやけど……」

はやてが苦笑いを浮かべて返す。

「侑斗君とデネブちゃんもお疲れ様。何か飲みます?」

シャマルが侑斗とデネブに労いの言葉をかけながら、飲み物のオーダーを訊ねる。

「熱いものより冷たいものがいい。水くれ」

「俺は大丈夫だからいい」

侑斗は水を催促し、デネブは特にないと言う。

「シグナム。昨夜とか不自由なかったか?」

はやての問いに、シグナム以外の二人と一体も表情が一瞬だが引き締まる。

「いえ、何一つ。夕食も美味しくいただきました」

シグナムはしれっと何事もなかったかのように言った。

はやてとシグナムのやり取りを見ながら、侑斗、デネブ、シャマルは小声で話し合っていた。

「シグナムも嘘が上手くなったな……」

侑斗にしてみれば内心複雑である。

『嘘も方便』という言葉もあるが、シグナムには似合ってほしくない言葉だと思っていたりする。

「いいえ、夕食は美味しく食べたのは本当だから嘘は言ってないわ。それに私達、管理局と一戦交えたけど、イマジンの乱入や得体の知れない仮面の男のせいで大きな痛手は負ってないのよ」

「イマジンが現れたのか?」

侑斗の表情がまたも険しくなる。

「ええ。でもヴィータちゃんが言うには仮面ライダー電王が現れて倒したそうよ」

「野上達が……。なら安心だ」

イマジンが出現した場合、野上良太郎不在だった場合は自分達が出なければならないが、戦場に良太郎達がいたのならば余程厄介なイマジンでない限りは、自分達が出る必要はないだろう。

デネブは電王がイマジンを倒した事を聞くと、ほっと胸をなでおろした。

「ヴィータとザフィーラは?」

はやては見回しながら、姿のない一人と一匹の所在を訊ねる。

「一緒に町内会の集まりに行っています。夕方には戻るかと」

「ヴィータちゃん、町内会のお爺さん、お婆さんに人気がありますから」

二人の言葉は事前に口裏を合わせているが、アリバイを探られると厄介な嘘だ。

(八神が調べるはずがないと見越しての嘘だけどな)

侑斗は内心ヒヤヒヤしていたりする。

はやては家族を疑うようなマネはしない。

正直、自分達が嘘を吐けば吐くほど罪人になっていくかのような感じがしてならない。

ヴォルケンリッター(あいつ等)はともかく。理由はどうであれ、俺は罪人だけどな)

侑斗が自身を罪人呼ばわりする要因としてはゼロノスカードの使用だろう。

どんな理由があろうとも、代価として他者の記憶から自身の記憶を忘却させる事は侑斗にしてみれば『悪』と思わざるを得ない事だ。

侑斗は決して忘却される側を責めたりはしない。非はないのだから。

リビングに突如、『闇の書』が宙に出現した。

その出現は、はやてはもちろんのこと、シグナムやシャマルにも予期せぬ事なのだろう。

驚いているという事が何よりの証拠だ。

「どうしたの?急に現れたりして」

シャマルが訊ねても『闇の書』は何も答えない。

『闇の書』はキィィィィンという音を鳴らしている。

「起動はしていませんね。待機状態のままです」

シグナムが冷静に検証する。

「うーん。一晩家空けたんは久しぶりやから、もしかして寂しかったんかな……。おいで『闇の書』」

はやてが両手を広げて、受け入れ態勢ををとると『闇の書』はふわりふわりとはやての元へと向かっていく。

「ふふ。ええ子や。よしよし」

はやてが『闇の書』を撫でている。

「まるで八神は母親だな」

「そうかぁ?俺にはペットと飼い主にも見えるがな」

デネブは『闇の書』とはやてを『子供と母親』と言い、侑斗は『ペットと飼い主』と言った。

「『闇の書』は前にも増して、はやてちゃんに懐いてますね」

「今までもこういう事はあったのか?」

「いや、我々の記憶の限りではなかったと思う」

侑斗はシャマルに訊ねるが、シグナムが代わりに答えてくれた。

「すごいなぁ。八神は」

デネブは感心していた。

はやては『闇の書』にじゃれつかれている。

ちょっと妙な後景ではあるが、見慣れると面白い。

「ふぁーあ」

はやては欠伸を出してしまう。

「欠伸とは珍しいな。お前、あまり寝ていなかったのか?」

「うん。昨日すずかちゃんと話しこんでしもうて……。すずかちゃん家のベッド、ごっつフカフカでなんや緊張したし。侑斗さんはグッスリ寝れたん?」

「グッスリというわけじゃないが、お前ほど緊張していたわけじゃないからな」

「八神、夜更かしはよくない」

侑斗は眠気を感じさせない表情で答え、デネブが注意し、はやてが苦笑する。

「では少しお休みになりますか?」

「そうやね。夕飯はデネブちゃんとシャマルにお願いしよかな」

「了解!」

「まかせて、はやてちゃん」

はやての言葉にデネブとシャマルは快く了承した。

シグナムが前に出ようとするが、侑斗が前に出て遮った。

侑斗は完全に振り向かずに、アイコンタクトで「ゆっくりと休んでろ」と伝える。

シグナムは首を縦に振る。

「運んでやる。しっかり掴まってろよ」

侑斗がはやてを車椅子から抱きかかえる。

「え?ちょっ……侑斗さん」

はやてはいきなり抱きかかえられたので、戸惑いの表情を浮かべる。

「何だよ?」

抱きかかえている侑斗は何故、はやてが戸惑っているのかわからない。

「わたし、重ない?重かったらシグナムに代わってもらうで」

はやては自身の体重を気にしているのか、頬を赤く染めながら侑斗に言う。視線もどこか侑斗を見ようとはしていなかった。

「バーカ。お前なんか軽い軽い」

「桜井。その……主が恥ずかしがっているように見えるのだが……」

「お前等やデネブには散々運ばせているのに今更恥ずかしがることか?」

シグナムはどこかいつもと違い、咳払いをしてから侑斗に諫言する。

だが侑斗は、はやてが何故恥ずかしがっているのかはわからない。

「それじゃ運んでくる」

侑斗は、そのままはやての私室へと向かっていった。

 

シグナムとシャマルは二階を見上げていた。

「シャマル」

「なぁに?シグナム」

「男というのは、誰も彼もがあのように鈍いものなのか?」

シャマルは両目を丸くして、シグナムを見ていた。

「どうした?」

シグナムは返答がないので、怪訝な表情でシャマルを見る。

「え?ええと、貴女の口からそのような事が出てくるとは思わなかったから……。それにどうして、はやてちゃんが恥ずかしがっているってわかったの?」

シグナムはシャマルに顔を近づける。

大真面目な表情で、身体全体には殺気が少々吹き出ていたりする。

「ザフィーラにもデネブにも言わないと誓えるか?」

「え、ええ」

「ヴィータや桜井、そして主にも言わないと誓えるか?」

「シ、シグナム?貴女どうしたの?」

凄まれながらもシャマルはシグナムの言葉に首を縦に振る。

「私にも男---異性に抱きかかえられたことがあるからだ」

「その相手って仮面ライダー電王?」

「……ああ」

シグナムはシャマルの視線から逃れるように短く答えた。

「経験者は語るってことなのね」

「……まぁな。それよりも主は本当にただの寝不足か?『闇の書』の影響が何か出ているんじゃ……」

「調べたけど何もないみたい。昨日までと何も変わらないわ」

シグナムは話題を切り替えて、はやての容態を訊ねるがシャマルは問題ないと言う。

「何も?」

「ええ。『闇の書』がはやてちゃんの身体とリンカーコアを侵食してるのも今はまだ足の麻痺以外は健康が保たれているもの……」

「そうか……。それと一つ気になる事がある」

「え?」

シグナムが疑念を口に出すのは割と珍しい方なので、シャマルは聞き返す。

「昨夜、主はやてと電話でお話している時に主は私の事を『烈火の将』と呼ばれた」

「まぁ……」

「ヴォルケンリッター烈火の将ともあろう者がそんなに落ち込んではいけないと……」

シグナムが話した内容に、シャマルは驚愕の表情を浮かべる。

「その二つ名って……」

「私達の間で、わざわざ使う名ではない。私をそう呼ぶのは『闇の書』の『管制人格』だけだ」

「まさか……」

シグナムの推測を耳に入れながらも、シャマルは驚愕の表情を浮かべたままだった。

 

 

次元空間の中に我が物顔で建っている時空管理局本局。

野上良太郎、フェイト・テスタロッサ、高町なのは、イマジン四体、コハナが足を踏み入れていた。

目的はフェイトの嘱託魔導師の手続きである。

フェイトは配布されていく資料にサインを入れていく。

なのはやイマジン達、コハナが集まるまでの間も良太郎とは一言も話していない。

(どうしよう。あれから全然良太郎と話してないし、何でかわからないど避けちゃうし……。これで良太郎に嫌われたらどうしよう)

サインをしながらもフェイトは良太郎とのギクシャクした関係を何とか打破したいと悶々としていた。

(アリサに指摘されてから変になってる。わたし……)

今までどおりに気軽に良太郎に接する事が出来ない。

眼を合わせただけで心臓が高鳴って、言いたい事も何一つ言えない。

心臓の鼓動を何とか平常にするための即効の方法として良太郎を避ける行動を取ってしまう。

そのたびに自己嫌悪に陥ってしまう。

そんな事ばかりがこれから続くなんて自分には耐えられない。

(わたしは良太郎が好き…なのかな)

自信がない。それに確信もない。自分が良太郎に抱いている感情に。

確かなのは『嫌い』と訊ねられたら即座に否定するだろう。

(これが『好き』ってことかな……)

心臓が高鳴るが、やがて落ち着き始める。

(うん。好きなんだ。わたしは良太郎が好きなんだ)

身体中の血液が正常に流れているような感じがした。

フェイトは確信した。

これが『恋』なのだと。

「あの……終わりました」

「そうですか。あれ?」

フェイトが提出した書類を見ながら事務系の局員が困った表情をしている。

「すいません。もう一度全書類やり直しです」

「え?何か不備がありましたか?」

局員は提出した書類をもう一度見せた。

「いつから、野上良太郎になったのですか?貴女は?」

「あ……」

全ての書類の名前欄が『野上良太郎』になっていた。

(誰もいなくてよかった……)

久しぶりにポカをやらかしてしまったフェイトだった。

 

無限書庫前ではユーノ・スクライアとウラタロスが立ち呆けを食らっていた。

「ここって誰もが入れるわけじゃないんですか?」

「はい。使われていなくても正規の局員でない方が自由に出入りすることは出来ないんです」

ユーノの質問に受付嬢をしている女性局員が丁寧に答えてくれた。

「手続きか何かいるってわけ?」

ウラタロスが訊ねる。

「はい。中央センターで無限書庫への入室手続きの書類に記入をしてからもう一度こちらにいらしてください」

「そうですか。ありがとうございます」

「どうも」

ユーノが頭を下げ、ウラタロスが軽く手を挙げた。

「ユーノ君!」

「ウラタロス」

なのはと良太郎を筆頭にモモタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナが歩み寄ってきた。

なのはの手にはバスケットが握られていた。

「みなさん。どうして?」

「何か問題でも?それなら良太郎だけが来れば済む話だけど……」

ユーノとウラタロスはいつものメンバーで来ていることに訝しげな表情を浮かべる。

「フェイトちゃんの嘱託魔導師の手続きの付き添いに来たんだよ」

良太郎がここに来た動機を話す。

「ユーノ君、ウラタロスさん。はい、差し入れ」

なのはがバスケットをユーノに渡す。

「なのは、ありがとうって言いたいんだけど……」

「僕達、何にもしてないんだよね」

バスケットを受け取ったユーノは申し訳なさそうな顔をし、ウラタロスは両手を挙げて「お手上げ」としていた。

「ふえ?」

「カメ、どういう事だよ?」

なのはが疑問となる声をあげ、モモタロスがウラタロスに訊ねる。

「何かね。いくら使ってないところって言っても、民間人には勝手に使わせる気がないらしくてね。入室するのに手続きがいるんだってさ」

「面倒やなぁ。図書館入んのにそんなことせなあかんのかい……」

「ええ。そうみたいなんですよ」

ウラタロスの言葉を聞き、ぼやいたキンタロスにユーノは相槌を打つ。

「僕、退屈だから探検していーい?」

「待ちなさいリュウタ。私も行くわ」

痺れを切らしたリュウタロスはその場から離れ、コハナも後を追うようにその場から離れた。

「俺もヒマだしな。おい小僧、コハナクソ女!待てよ!」

モモタロスも追いかけていった。

「騒がしいやっちゃで」

キンタロスは腕を組んで、走る事はせずともモモタロス達についていく事にした。

「良太郎さん。わたし、フェイトちゃんを迎えに行きますけど一緒に行きます?」

「そうだね。そうしようか」

なのはの誘いに良太郎は応じる事にした。

 

時空管理局の中央センターではユーノとウラタロスが無限書庫に入るための手続きをとっていた。

「全くお役所ってのは書類の手続きが多いよね」

ウラタロスが皮肉を述べながら、隣で書類を書いているユーノを見ている。

「仕方ありませんよ」

ユーノは苦笑しながら配布された書類に目を通しながらサインをしていく。

「ユーノ。ひとつ聞いていい?」

ウラタロスがどこか真面目な口調で切り出す。

「何ですか?」

ユーノはサインをしながら返事をする。

「クロイノの依頼とはいえユーノはさ、無限書庫に行く事をどう思ってるの?」

「僕の部族は探索とかそういった類を生業としてますから、悔しいですけどクロノの処置は適切だと思いますよ」

ユーノの回答にウラタロスは苦笑している。

「子供とはいえ口達者だったね。ユーノは……」

彼は、なのはやフェイトとは違う。同世代よりむしろ目上の人間との付き合いが多いのだ。世を渡る処世術に長けているのは当然だった。

「は?」

「ソレ、本音じゃないでしょ。当たり障りなくお茶を濁すような言葉じゃない?」

ウラタロスはユーノの言葉が本音だとはまるで信じていなかったので特に驚いてはいない。

「……やっぱりバレるんですね」

ユーノはため息を吐いて白状した。

「嘘吐きはね。嘘を見抜くのも長けているんだよ」

ウラタロスは悪戯っぽく言う。

一通りの書類にサインを終えてユーノは提出すると、近くのカウチ(長椅子)に座る。

ウラタロスも隣に座る。膝の上には、なのはからの差し入れが入っているバスケットが乗っかっている。

「本音は、なのは達と共にあの騎士達と戦いたいってのが本音なんです。でも、僕では戦えても勝つ事はどだい無理なんです」

「僕達が来るまでにイマジンと戦っていたのに?」

ウラタロスの中ではヴォルケンリッターがイマジンより強いとは思っていない。

ユーノは平静に言っているように見えるが、その実は悔しさが滲

にじ

んでいた。

証拠としては太股の上に乗っている両拳がぶるぶると震えていた。

「『攻撃は最大の防御』って言葉はありますけど『防御は最大の攻撃』なんて言葉はないんです。だから、防ぎきって勝つって事はないんですよ。僕は、なのはやフェイト、クロノのように攻撃魔法を持っているわけでもありませんから……」

(やっぱりね……)

ウラタロスはユーノの心境になにがしかの変化が起こっている事は何となく察していた。

原因はユーノ自身が戦闘で前線に立てないこと、そして、自分が魔法の世界に巻き込んだなのはが自分より危険な場所に立っている事だろう。

(男のプライド……だよね)

ユーノの気持ちはウラタロスにはわかる。いや、男なら誰もが理解できる事といってもいいだろう。

「僕は、正直言って悔しいんです……。いくらなのはが僕より魔法の資質があるとわかっていても、危険な場所に立たせてしまっていることが……。巻き込んでおいて何も出来ない、何の役にも立てない、足を引っ張ってしまうかもしれない自分がどうしようもなく悔しいんです!」

ユーノの両目には悔し涙が浮かび上がっている。

「………」

ウラタロスはユーノの頭に手を軽く置く。

「強くなりたいって思ってるんだったらさ。強くなれると思うよ」

ウラタロスは『強くなれる』と断定はしなかった。なるならないはユーノ次第だからだ。

 

 

私室のベッドではやては仰向けになってうとうとと眠ろうとしていた。

「主。我が主……」

はやてはその声が引き金となって、寝ぼけ眼をゆっくりと開いていく。

「なんやぁ。ご飯まだやで」

「昨夜は失礼しました。騎士達が用意したセキュリティの範囲外においででしたので、私の備蓄魔力を使用して探知防壁を展開しておりました。睡眠のお邪魔だったかもしれません」

シグナムでもシャマルでもヴィータでもない。知らない女性の声だ。

「そんなことないよ。何や守られてる感じがしてた……」

声が申し訳なさそうに言うので、はやては首を横に振る。

「この家の中は安全です。『烈火の将』と『風の癒し手』もついておりますし、私からの精神アクセスも一時解除します。予定の時間までごゆっくりお休みください」

「うん、了解や。お休みな」

声の言葉を一通り聞いて、はやては了承した。

「はい。我が主」

声は聞こえなくなり、はやては夢の世界へと向かっていった。

 

はやてが私室で夢の世界へと向かっている頃、一階ではというと。

「まさか管制人格が起動しているの?だってまだあの子が起動するまでの規定ページ数も蒐集し終えていないし、はやてちゃんの起動許可だって……」

「無論、実体具現化までには至っていないだろう。だが少なくとも人格の起動はしている。そして主はやてとの精神アクセスも行っている」

シャマルとシグナムが現在『闇の書』に起こっている出来事に驚きながらも状況を検証していた。

「まぁそれ自体は悪い事じゃないんだけど……」

(シャマル、ザフィーラだ)

シャマルが思案に耽ろうとすると、ザフィーラからの念話を受信した。

(ザフィーラ、ちょうどいいところに今どこ?)

(かなり遠くだ。わずかだがコアを手に入れたので、『闇の書』を受け取りたい)

ザフィーラが獣か人型かはわからないが、冷静な声であることに変わりないところからすると何事もなく事をなせているのだろうとシャマルは安心する。

(今、『闇の書』に行ってもらうけど……)

(どうかしたのか?)

シャマルは平静を保とうとするが、内に抱えている不安が表に出てしまった。

(管制人格が目覚めているらしい。そして、主はやてと精神アクセスを行っている)

シャマルとザフィーラの念話の回線にシグナムが入り込んで、シャマルの代わりに代弁した。

(そうか)

ザフィーラが概要を聞き、理解した。

(対策を考えていたの。貴方の意見は?)

(管制人格は我々よりも上位のプログラムだ。彼女の行動について我等が直接干渉する事はできん)

(正規起動するまでは対話も出来ないしな)

(彼女も我等も想いは同じはずだ。アクセスだけなら害はないだろう。そして彼女と出逢えたのならば我等が主は彼女も労わってくださるだろう)

ザフィーラは、はやてならば管制人格の心情も理解してくれると信じていた。

(現状維持がザフィーラの結論?)

(無用な不安を与えないためにヴィータには伏せておく事を提案する)

(そうね……。私も同意見、というかそれしかできないんだけど……)

ヴィータを除く話し合いは終了した。

シグナムとシャマルの側で浮揚している『闇の書』が輝きだす。

(『闇の書』が転移準備を始めた。直にそちらに到着するだろう。ザフィーラ、引き続きよろしく頼む)

(心得ている)

『闇の書』がその姿を完全に八神家から消えると、念話の回線が閉じられた。

「何も出来ないのは心苦しくて不安ね……」

「そうだな……。だが何も出来ないならせめて良い方に考えよう。あの子との接触で少しでも主の病の進行が遅れてくれればいいがな」

「うん。そう考えましょう」

「そういえば、お前が『闇の書』に施した仕掛けは大丈夫か?」

はやてがヴォルケンリッターの行動に疑いをもたない根拠としては『闇の書』が蒐集されていないという部分が大きかったりする。

「偽装スキンの事?大丈夫よ。私達四人以外がページは白紙のままだし、普通に調べたところで魔力反応も出ない。完成までは、はやてちゃんが私達の蒐集に気づく事はないわ」

はやてに疑問を持たせないようにシャマルは『偽装スキン』という魔法を仕掛けていた。

ヴォルケンリッター以外が『闇の書』を閲覧しても、無記入の白紙という視覚を惑わすものだ。

「主はやてに真実を偽るのは心苦しいがな……」

好き好んでこのような事をしているわけでもないので、シグナムは苦しい表情を浮かべていた。

「言い出したのは私だし、行ったのも私。貴女が気に病むことじゃないわ」

シャマルは責任は全て自分にあるからとシグナムが背負おうとする重荷を軽くしようとした。

リビングに設置してある電話が鳴り出した。

 




次回予告

第三十七話 「星の数と人の想い」


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第三十七話 「星の数と人の想い」

八神家のリビングでコール音が鳴り響いていた。

シャマルがリビングに移動して受話器を取る。

「はい。八神です」

『もしもし、海鳴大学病院の石田です。シャマルさんですか?』

電話の相手は、八神はやての担当医である石田医師だった。

「はい」

『明日の来院のご確認ですが、午前十一時からということで大丈夫ですよね?』

「ええと。はい、大丈夫です。カレンダーにマルを付けてあります」

シャマルは壁に貼っているカレンダーを見ながら石田医師に答える。

『だったらよかったです。予約の必要な検査機器を使用しますので、お時間をお間違いないように来院くださいというご連絡です』

「はい、遅れないように伺います」

『えっと、はやてちゃんは?』

石田医師が先程とは違い、歯切れ悪くシャマルに訊ねてきた。

「すみません。昨日ちょっと夜更かししてたみたいなんで、今お休み中です」

『そうですか。それではまた明日という事で』

「失礼します」

そう言うとシャマルは受話器を置いた。

「石田先生か?」

階段下からリビングに移動したシグナムが耳に入る会話の内容で誰と話していたのか推測していたようだ。

「明日の予約の確認だって……、明日は私が付き添うから」

「できればヴィータも連れて行ってくれ。少し休ませないといけない」

「了解」

シャマルはシグナムの要求を呑んだ。

「明日、病院に行くのか?」

八神はやてを私室に寝かせて一階に降りてきた桜井侑斗がリビングに入ってきた。

「桜井、主は?」

「寝てる。病院に行くなら俺も行こう」

「そうね。侑斗君も一緒だと安心できるわ」

侑斗の言葉にシャマルは二つ返事で了承した。

「デネブに留守番させれば大丈夫だろ?デネブ、明日留守番だがやれるな?」

キッチンで昼食をこしらえていたデネブに向かって侑斗は言う。

「了解!」

デネブは両手を挙げて了承した。

 

 

時空管理局本局では野上良太郎と高町なのはが嘱託魔導師関連の手続きを終えて、部屋から出ようとしたフェイト・テスタロッサと合流した。

「フェイトちゃん」

「なのは。……良太郎」

なのはが呼ぶとフェイトは嬉しそうな顔をするが、良太郎を見た直後に赤面してそっぽを向いた。

「………」

良太郎は何と声を欠けたら言いのかわからない。

「フェイトちゃん?」

なのはが知る限りでは良太郎と会えばまず彼に声をかけるのだが、フェイトはそうしなかった。それどころか、避けるような態度をとったことになのはは驚いた。

良太郎を見るが、どこか辛そうにも見えた。

(アリサちゃんはフェイトちゃんが良太郎さんに恋してるって言ってたけど、これって良太郎さんを嫌ってるようにしか見えないよ……)

なのはは知らない。

『恋』をすれば自身の理屈を超越する行動を取ってしまうことを。

エレベーターに乗っていても気まずい空気のままだった。

普段は年長者である良太郎が些細な事をきっかけとして会話を切り出してくれるのだが、その良太郎が口を開かないのだから。

(どうしよ~。二人とも喋ってくれないよぉ~)

なのはも泣き言を言いたくなってしまう。年齢九歳、この空気に耐えれるほど彼女はまだ人生経験豊富ではない。

とにかく当たり障りのないこと、つまり良太郎とフェイトの二人が深く関わる事を避けて切り出す事にした。

「嘱託関連の手続き、全部済んだ?」

「うん。書類を何枚か書くだけだったから」

フェイトはなのはの言葉にきちんと受け答えする。

ちなみにフェイトは書類手続きの際のポカをなのはに打ち明けるつもりはない。

打ち明けたら、間違いなく穴があったら入りたいになるからだ。

「なのは達はユーノ達と逢えた?」

今までのフェイトならば、「なのはと良太郎」と言っていたのに「なのは達」とまとめている事から「良太郎」という言葉そのものを避けていた。

「うん。差し入れもちゃんと渡せたよ」

フェイトの言葉になのはは答えるが、良太郎は何も答えない。

「ユーノ君とウラタロスさんも無限書庫での手続きをしなきゃならないから中央センターに行くって」

「そうなんだ」

フェイトは大まかに事情を理解した。

エレベーターが停まると、ドアが開く。

そこには猫耳、猫尻尾の双子、ロッテとアリアが立っていた。

「なのは、フェイト、あと野上良太郎だっけ?」

この双子が三人の名前を知っているのはギル・グレアム経緯であったりする。

「リーゼロッテさん、リーゼアリアさん」

「こんにちは」

「どうも」

なのはは嬉しそうに名を呼び、フェイトは軽く頭を下げ、良太郎もフェイトと同じ様に軽く頭を下げるだけだった。

「ちょうどいい所に来た。迎えにいこうと思ってたんだよ」

アリアが探し回らなくて済んでホッとした表情をしている。

「クロノに頼まれてたのよ。時間があるなら本局内部を案内してやってくれってさ」

ロッテが三人を捜していた内容を打ち明けた。

「いいんですか?」

なのはは二人の申し出に戸惑う。

「フェイトちゃんもB3区画以降は入った事はないでしょ?」

アリアがフェイトに確認するように訊ねる。

「はい」

「一般人が見てそんなに面白いものじゃないけどイケてる魔導師や電王なら楽しいと思うよ?」

ロッテが三人の好奇心をくすぐり始めている。

「どう?行ってみる?」

アリアが畳み掛けるように静かに言う。

「はい!」

「お願いします」

「そうですね……」

リーゼ姉妹の提案に三人は乗ることにした。

 

リーゼ姉妹の案内で本局を歩きながら、良太郎はリーゼ姉妹を見ていた。

彼女達がグレアムの使い魔だということはユーノ・スクライアとウラタロスから教えてもらっている。

(僕の杞憂だったらいいんだけどね……)

良太郎はグレアムと最初に出会ったときのことを思い出していた。

人のよさそうな初老の男性というのが第一印象だが、その底には誰も踏み込ませない何かを抱えているように思えた。

そもそも良太郎は今回の一件にグレアムやリーゼ姉妹が干渉する事事態が不思議で仕方がなかった。

良太郎の常識(この場合、日本の警察で当てはめている)では提督クラスの人間が一つの事件に二人も出張ることがどうにも腑に落ちないのだ。

出張るとすればそれなりの含みのあるものがあると考えてしまう。

どんな善人にも脆い部分や悪人めいた部分は持っているものだからだ。

「この区画がB3。局員達が普段働いている区画だね」

アリアの説明を聞きながら、三人は局員が働いている様を見ている。

バリアジャケットを纏っている風でもないし、デバイスを展開しているわけでもない。

どこにでもあるようなオフィス風景だった。

「普段はデスクワークもあるかんねぇ」

ロッテがどこか面倒臭そうに言う。

「向こうが訓練所。ちょうどトレーニングしてるはずだよ」

局員達が声を挙げながらデバイスを用いて魔法をぶっ放したり、魔法障壁を展開して防いだりしていた。

「こういう実戦形式の戦闘訓練は週に三回か四回、基礎訓練だともっと多いかな」

アリアが三人に説明をする。

なのはは目の前の後景に意識をとらわれながら、耳に入れていく。

「リーゼロッテさんとリーゼアリアさんは……」

「あ~、長々と呼ぶのめんどいから『リーゼ』の部分は省略OK。ロッテとアリアでいいよ」

ロッテが慣れているのか、フェイトに短く呼ぶように薦める。

「二人まとめて呼ぶときはリーゼ。みんなそう呼ぶから」

アリアが絶妙なタイミングで締めくくった。

「はい。じゃあリーゼさん達は武装局員の教育担当ですか?」

「うん。そうだよ。戦技教導隊のアシスタントが最近では一番多い仕事かな」

「戦技教導隊?」

なのはが聞きなれない名前に首を傾げる。

「武装局員に特別な戦闘技術を導くチームね」

「武装局員になるのも結構狭き門なんだけどね。更に上のスキルを教える立場だからトップエリートだぁねぇ」

アリアとロッテが大まかにわかりやすく教えてくれる。

「まさにエースの中のエース---エースオブエースの集団。本局に本隊があって支局に四つ。合計五つの教導隊があるけど、全部あわせて百人ちょっとだねぇ」

「そんなに少ないんですか」

フェイトの感想に良太郎も口は開かずとも似たような感想を持った。

(コレだけの大組織で支局を含めて百人弱の精鋭部隊か。なのはちゃんやフェイトちゃんのような魔導師を見たら喉から手が出るほど欲しがる訳だね……)

恐らく他の部隊や部署も似たり寄ったりの人数なのだろう。

リンディ・ハラオウンがなのは達を欲しがる理由も頷けるものだろう。

(親の承諾を得ないとやれないだけ、逃げ道があるわけだしね)

なのはやフェイトが時空管理局で働きたいといっても、二人が未成年もしくはあまりに子供である以上、親御はどう思うかである。

良太郎個人の意見としては本人達が望むのならばそれでもいいと思っていた。

誰にも人の未来を個人のエゴで潰す権利はないからである。

その後三人はクロノ・ハラオウンのマル秘話を聞いたり、なのはやフェイトが管理局勤めをした場合、どのような立場で働くのに向いているかを話し合っていた。

その間、やはり良太郎とフェイトは一言も会話をしなかった。

 

退屈だから探検するという理由で管理局内をぶらついているモモタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナは休憩場でジュースを飲んでいた。

「しっかし、広いだけで何にもねぇなぁ」

モモタロスが空になったジュース缶を握ってへこませてからゴミ箱へと投げつけるが、入らなかった。

そのままにするわけにもいかないので、ゴミ箱の側まで寄って缶を拾う。

「警察と裁判所と軍隊が混じっとるだけあって、退屈さは三倍やしなぁ」

キンタロスも空になったジュース缶をへこませてゴミ箱に向かって投げつけるが、やっぱり入らない。

モモタロス同様にそのままにするわけにはいかないので、拾ってまた投げの構えを取り出した。

「僕、もう飽きちゃったー。帰ろうよー」

リュウタロスは痺れを切らしてダダをこね始めた。

空になったジュース缶をへこませてゴミ箱に放り投げるが、壁にぶつかって跳ね返ってゴミ箱のそばに転がり落ちる。

二体のイマジンの例に漏れず、缶を拾う。

「ダメよ。良太郎達と合流しないと帰るに帰れないんだから」

コハナがリュウタロスを宥めながら、三体に習ってジュース缶をゴミ箱に向かって放り投げる。

カコーンという小気味のいい音を立てて、ゴミ箱の中に入った。

「「「おおおぉ」」」

三体が拍手をした。

コハナは笑顔を浮かべて小さくガッツポーズを取った。

良太郎達と合流したのはそれから三十分後の事だった。

 

時空管理局本局から海鳴市へと戻った良太郎達はそれぞれの住居へと戻っていった。

モモタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナは高町家へと戻っていき、良太郎、フェイト、なのはは

ハラオウン家へと向かっていった。

「「ただいま」」

「お邪魔します」

良太郎とフェイトが声を合わせて言い、なのはが後から言った。

「クロノ、一人?」

ハラオウン家の中にはクロノが一人だけいた。

「エイミィはアルフの散歩がてら、アレックス達のところに食事を差し入れに行ってるよ。インスタントものが多いそうだ」

「男所帯なんでしょ?無理もないと思うよ」

クロノの内容に良太郎は納得するしかなかった。

「艦長はフェイトの学校に行っている。担任の先生との話だそうだ」

「ふーん」

良太郎は冷蔵庫の中身を物色する。

「何もないや。クロノ、フェイトちゃん。ちょっと買い物行ってくるから留守番頼んだよ」

良太郎は冷蔵庫を閉じて、玄関へと向かっていく。

「わかった」

「行ってらっしゃい」

クロノとフェイトは了承の言葉を述べた。

バタンというドアが閉じる音がすると、良太郎の姿はなくなった。

その後クロノはフェイト、なのはに管理局で働く上での心構えなどを先輩として説いたりしていた。

 

良太郎がハラオウン家を出てから直後、聖祥学園から帰りであるリンディと出会っていた。

「あら、良太郎さん。本局から戻ってきたの?」

「ええ、リンディさんこそもう終わったんですか?」

「ええ。思ったより長引いてしまったけど、良太郎さんは?」

「夕飯の買い物です」

「なら私もご一緒していいかしら?」

「ええ、いいですよ」

良太郎としては断る理由はないので、リンディの申し出を応じる事にした。

最寄のスーパーに着いた二人はショッピングカートを手に、フロアを回っていた。

「最近、フェイトさんと話せた?」

リンディが白菜を物色しながら切り出してきた。

「話せても二言三言なんです。以前のような会話とまでは……」

リンディが相手なので変に隠す気もないので、良太郎は素直に打ち明けた。

「そう。でもフェイトさんも戸惑っているのよ。だからもう少しだけ勘弁してあげて」

「リンディさんはわかるんですか?」

良太郎はリンディから渡された白菜を受け取って、買い物籠の中に入れる。

「ええ。よくわかるわ」

リンディは笑みを浮かべている。

「そうなんですか……。それを教えてもらうわけにはいきませんよね?」

リンディは良太郎のわずかの望みを両断するように首を縦に振った。

「ええ。いくら良太郎さんの頼みでも教えるわけにはいかないわ」

「やっぱり……」

良太郎も予想できた答えなので、変に落ち込んだりはしなかった。

本日の夕飯はお鍋になると、良太郎は思った。

 

夕飯が終わると、リンディ、エイミィ・リミエッタは別室で雑談をしフェイトとアルフは私室で宿題をしていた。

リビングにいるのは良太郎とクロノしかいない。

クロノは新聞を読み、良太郎はテレビのリモコンをいじってチャンネルを変えていた。

何も見るものがないとわかると、良太郎は卓の上にリモコンを置く。

クロノとしては良太郎とフェイトの関係が何故かギクシャクしているかはわからない。

その要因がどちらにあるのか、もしくは双方にあるのかもしれない。

だからといって、このまま見過ごす気にもなれない。

何せ良太郎が一人でいるとき、どこか辛そうな表情をしているのだから看過することは出来ない。

(こういう事は得意ではないんだがな……)

「良太郎、何か悩みでもあるのか?」

「ん?まぁ大した事じゃないんだけどね」

クロノが訊ねてきたので、良太郎はどうしようか悩んでいる。

「しかしだな、悩みを抱えていますという顔を見せられてもな……」

「そっか。ごめん」

「いや、いい」

良太郎はソファから立ち上がって、コーヒーを二人分淹れ始める。

一つをクロノに渡す。

「すまないな」

「いや、正直言うとね。参ってるんだ」

クロノはコーヒーに口をつけながらも良太郎の言葉は短いが、本音だろうと思えた。

「今まで普通に話しかけてくれたのに急に余所余所しくなるってのは辛いね……。原因が何なのかもわからないから尚の事かな……」

良太郎はコーヒーを口の中に入れる。

「良太郎……」

クロノは野上良太郎という人間の認識を改める事にした。

彼は確かに強い。だが、それは決して完全なものではない。

ほんの少しの揺らぎで崩れてしまうかもしれない危ういものなのかもしれないと。

(黙って聞くぐらいしか出来ないのかもな……)

クロノは自分から切り出さず、良太郎と共にこの静かな時間を過ごすことにした。

 

 

翌日、海鳴大学病院では石田医師が壁時計の時間を見て、椅子から立ち上がった。

「もう十一時ね。そろそろ行かないと」

机に置かれている電話の受話器を取る。

「もしもし石田です。八神はやてさん、もう来てる?そう、じゃあ今から向かうから」

受話器を置いてから石田医師は部屋を出るとそこには、はやて、侑斗、シャマル、ヴィータの四人がいた。

「石田先生。こんにちは」

「「こんにちは」」

はやてが挨拶してから、シャマルとヴィータが同時に挨拶する。

侑斗は口を開かず、軽く頭を下げる。

「今日はヴィータちゃんも一緒?」

石田医師がヴィータを見ながら訊ねる。

「はい。この後、お買い物に行こうかなと思いまして……」

はやては今後の予定を打ち明ける。

「ふふ。何か買ってもらうの?」

石田医師がヴィータに対して幼子のように接する。

「ど、どうでしょう……」

ヴィータとしてもどうなるかはわからないのでこのような返答しか出来ないようだ。

「さて、じゃあ検査室ね。案内するから」

「はい」

はやては石田医師に車椅子を押されながら検査室へと向かっていった。

 

はやてはCTスキャナーの寝台に仰向けになっていた。

(毎度の事やけど、退屈やぁ)

無理もないといえば無理のないことだが。

(眠ったらアカンとなると眠なるなぁ)

はやての意識が、彼女の手から離れようとしていた。

意識をきちんと掴む。

(アカン。眠ったらアカン!)

はやては冬の登山で遭難した登山者の心境を想像して意識をしっかりと掴む。

ウィィィィンという音を立てながら、寝台が巨大な装置の中へと向かっていく。

(アカン。眠なるぅ……)

はやては意識を手放してしまった。

CTスキャナーの中へと、はやてはすっぽりと納まっていった。

 

はやての目の前では鎧甲冑の姿をした者達が剣や槍、盾を持ってガキンガキンと音を立てて、武器と武器を交えていた。

鎧甲冑は明らかに、和風ではなく西洋風だった。

という事はこれは魔法関連の出来事なのかもしれない。

女騎士が、上司に向かって戦況を報告していた。

その表情からして、明らかに劣勢なのだろう。

悲鳴を上げながら、一人の騎士が倒れていった。

倒れた騎士からは血があふれ出して、ピクリとも動かなかった。

そして、そのような惨状を作り出した者がゆっくりとしかし、相手に出方を与えない身のこなしで現れた。

 

「ぬるいな。手にした剣が泣くぞ?」

 

シグナムだった。

「シグナム!?」

はやては驚きの声を上げずにはいられなかった。

そのシグナムはゴテゴテの西洋風の甲冑を纏っており、放つ雰囲気は自分が知っているシグナムとは違っていた。

シグナムが相手から何かを奪おうとしていた。

それも何の容赦も躊躇いもなく。

シグナムが目当てのものを奪うと、相手は断末魔の悲鳴を上げていた。

「シグナム、アカン!そんなんしたらアカン!」

はやてが精一杯叫ぶが、シグナムの耳には入っていないのかその行動をやめる素振りはない。

上司が倒され、救援を呼ぼうとする女騎士だが次の言葉が出なかった。

 

「どうぞ。お静かに」

 

女騎士の言葉を遮るようにしたのはシャマルだった。

「シャマル!?シャマルも甲冑が?」

はやてはそのシャマルを見て驚きを隠す事が出来ない。

自分が知っているシャマルとは同一人物とは思えないくらいに冷えた声を出しているからだ。

そして、シグナム同様にゴテゴテの甲冑を纏っていた。

ハッキリ言って似合ってないとはやては思ってしまう。

シャマルが冷たい声で何かを言いながら、女騎士を襲った。

「シャマル……」

はやてはシャマルの行動に顔を青ざめるしかなかった。

シグナムが戦った相手の感想のようなものを述べて落胆していた。

シャマルが諦めに近い事を言っている。

 

「これもまた時の流れだ」

 

人型のザフィーラが二人の前に現れた。

やはり、はやてが知っている格好はしてなかった。

「ザフィーラ?コレってもしかして……」

はやては自分が何を観ているのかを理解し始めた。

三人が内々で話している。

どうやら『闇の書』の主の事と、今自分達がしている事への素直な感想だった。

「そういや、ヴィータは?ヴィータはどこや?」

はやてはヴィータを捜すために周囲を見回す。

ヴィータが何人かの騎士達と戦っていた。

いや、『戦い』と呼べるものではなかった。

ヴィータが一方的に攻めて、相手は反撃する意思すら放り捨てているようにも見えた。

 

「鬱陶しい。あぁ鬱陶しい!!」

 

ヴィータが苛立ちを隠さずに騎士を見下ろしている。

騎士に向かって何かを言いながらグラーフアイゼンを振り下ろそうとしている。

「ヴィータ?アカン!やめて!」

はやてはヴィータが確実に止めを刺そうといていることを瞬時に理解し、止めるように叫ぶが聞こえないので何の意味もない。

しかし、騎士が死ぬ事はなかった。

シグナムが止めに入ったからだ。

ヴィータがシグナムに不満をぶつける。

ザフィーラが現状を指摘するが、それでもヴィータは苛立ちを引っ込めない。

シャマルが三人にさっさとこの場から離れるように促した。

「みんな……」

自分が知っている四人とはあまりに違う事に、はやては呆然とするしかなかった。

 

「驚きました……」

 

「え?」

はやては声のする方向に身体を向ける。

初めて会うはずなのに、何故か憶えがある女性がいた。

銀色の長髪に黒い服装に白い肌。そして真紅の瞳。

外見年齢だけならばシグナムとシャマルの間くらいだろう。

「まさか、自分でこのような所まで入ってこられたのですか?」

「え?ええと、あの……貴女は?」

「現在の覚醒段階でここまで深いアクセスは貴女にとっても危険です」

はやての質問に答えずに女性は、はやてに指摘する。

「安全区域までお送りしますので、お戻りください」

「ちょお待って。わたし、貴女の事を知ってる……」

「はい。貴女が生まれてすぐの頃から、私は貴女の側にいましたから」

女性は、はやてが自分の事を知っているのは当たり前だというような口ぶりで言う。

「『闇の書』?」

「……そう呼んでいただいても結構です。私は本魔導書の管制人格なんですから……」

女性はどこか寂しげに言う。

「そかそか。あ、現状の説明ちゃんとしてもらえるか?」

「ええ、もちろん」

管制人格は首を縦に振った。

管制人格が言うには、はやてが今見ているものは『闇の書』の過去だという事を。

蒐集と第二の覚醒を終えて、真の主になった際に『闇の書』の真実を理解してもらうものだという事を。

多少の手違いがあったこともきちんと、伝えてくれた。

「そろそろ主が登場します。見てみましょう」

「う、うん」

管制人格の促しに、はやては首を縦に振る。

『闇の書』の主は女性だった。

「何か怖そうな人や」

「領主ですからね。女性の身でなら尚更威厳というものを見せるために、あのような雰囲気を纏ってしまうのでしょう」

はやての感想に管制人格が付け足す。

ヴォルケンリッターは主に告げると、自分達が居住している部屋へと向かっていった。

「な、何やコレ?」

はやては眼を丸くしてヴォルケンリッターの居住区を見た。

居住区なんて言葉が当てはまるようなものではない。

これはどうみても罪人を放り込むための場所---牢屋だ。

「コレまるっきり牢屋やん!何でこんなところで、この子等住まなあかんのん!」

「守護騎士達の素性からすれば、ある意味仕方のないことだったのです」

管制人格は思い出すようにして言う。

その声には感情を表すような色は含まれていないように、はやては思えた。

「事の良し悪しは別にしても主のために頑張ってるあの子等が何でこんな所で……。ご飯はちゃんともらってたんか?それにみんな普段用の服とかもらってないんか?あんな薄着で……、もう!もう!」

はやては我が事のように憤りを感じていた。

「既に過去の出来事です。干渉は出来ません。あまり心を乱されませんよう」

管制人格が、はやてを宥めようとするがあまり効果はなかった。

「せやけど、これはあんまりや!」

はやては怒っていた。

ヴォルケンリッターの仕打ちに。

「彼女達の過去は心優しい貴女には刺激が強いようですね。一旦映像を閉じます」

管制人格が告げると、そこは何もない空間へと変わった。

「落ち着かれましたか?」

「う、うん。大丈夫やよ」

「そうですか」

管制人格の気遣いに、はやては感謝の言葉を述べた。

それから、はやてと管制人格は談話をする。

「せやけどごめんな。わたし、貴女の事全然気付かんで……。シグナム達も言うてくれたらよかったのに……」

「ページの蒐集が進まないと私は起動できないシステムですから。蒐集活動を望まない貴女への烈火の将と風の癒し手の気遣いです。くんでやってください」

「……うん。ページ蒐集しないと貴女は外には出られへんの?」

管制人格は、はやての問いに首を縦に振って説明を始めた。

対話と常時精神アクセスの起動機能に四百ページの蒐集と主(この場合は、はやて)の承認。

管制人格の実体具現化と融合機能には全ページの完成とはやてが真の主とならなければ不可能だという。

「実体具現化?をすればシグナム達みたいに暮らせるん?」

「ええ。この姿で実体化が出来ます」

はやてとしてみれば彼女と生活したいというのが本音だが、その条件があまりにも自分のいに反する行為なのだから何ともいえなくなってしまう。

管制人格も望まぬ蒐集はしなくてよい、と告げる。

そして、

「現状ではこれ以上の深層アクセスは危険です。目覚めのタイミングで表層までお送りします。以降、間違って入られぬようにシステムでロックをかけておきます」

はやてがそこまでする必要はないのでは、と表情を出してしまうが管制人格の意思は固いと察して何も言わなくなる。

「じゃあ、わたしのお願い聞いてくれる?わたしの騎士になるには絶対にやらなアカンことや」

はやてが真面目な表情で言う。

「はい。なんなりと」

管制人格も真剣に耳を傾けている。

「はい!」

両手を広げているはやて。

管制人格は何を意味しているのかわからない。

「え?」

「抱っこや!」

「はい。わかりました」

管制人格は、はやてを抱きかかえた。

「うん。やっぱり侑斗さんの時とは違うなぁ」

「侑斗さん?桜井侑斗の事ですか?」

「そうや。シグナムやシャマルやデネブちゃんにしてもうた時とは何か違うんよ」

「そうなのですか?」

「うん。何かすごくドキドキすんねん。普段当たり前のように見てる侑斗さんの顔が見られへんようになるねん。何でやろ?」

「申し訳ありません。私にはわかりかねる事です」

「ええんよ。何か誰かに聞いてもらいたかったんや」

はやてが目覚めるまでの間、他愛のない会話が続いていた。

 

海鳴大学病院の検査室はガラス張りになっているため、はやてがどういう状態になっているかは一目瞭然だった。

「寝てるな」

「寝てる」

「寝てますね」

侑斗、ヴィータ、シャマルは寝台ではやてが寝ていると判断していた。

「どう、はやてちゃんは?検査はまだ続いてますか?」

「「「寝てます」」」

三人が揃って口を合わせたため、石田医師は笑みを浮かべてしまう。

「まぁ、患者にしてみれば退屈なものですからね。大人でも偶に熟睡してしまう人がいるんですよ。寝返りさえしなければ問題ありませんからね」

石田医師は経験上、今のはやてのような状態になっている患者がいるので気にすることはないと言う。

「あ、検査が終わったみたいですね」

シャマルが言うようにはやてがCTスキャナーからウィィィィンという音を立てながら出てきた。

はやてはそのとき眼を覚ましていた。

海鳴大学病院を出てから、スーパーで買い物したりレンタルショップでビデオを借りてから、八神家へと戻っていった。

本日の夕飯はタラ鍋とシグナムの好物である刺身だった。

 

夜となり、はやては車椅子を巧みに操って、『闇の書』を膝の上に乗せて中庭に出て空を見上げていた。

「星が綺麗だな」

「侑斗さん」

はやての横には侑斗が立って、同じ様に夜空を見上げていた。

雲ひとつない空で、星が散りばめられた宝石のように輝いている。

「これだけハッキリと見えると、冬の大三角くらいは見れるかな……」

「そうやね。見えるかもしれへんね」

侑斗とはやては夜空を見回す。

「侑斗さん」

「ん?何だよ」

侑斗がはやてに顔を向けると、彼女は『闇の書』を見ていた。

「最近、『闇の書』の存在がわたしの中でどんどん大きくなっていくんよ。何ていうんかな。ひとつになる感じ、かな。ページ蒐集してへんのに何でやろぉ」

「……気のせいじゃないのか?」

侑斗としては憶えのあることなので、気のせいである事を願っている。

「わたしな、最近思うんよ。この身体も足も別に治らんでええって、石田先生には悪いけど治るなんて思ってない。そんなに長くは生きられんでもええ。あの子等や侑斗さんやデネブちゃんがおらんかったらどうせ一人やしな……」

はやての言葉を聞きながら、侑斗は手を拳にしていた。

そして、狙いを定めて振り上げてから、下ろす。

はやての頭上を狙って。

「痛あああああああ!!何すんのぉ!?」

はやては殴られた部分を両手で押さえて、涙目になって横で拳骨をした侑斗を見る。

「もしお前の親御さんが聞いたらやるだろうという事をやっただけだ」

侑斗は静かに言うが、怒っている事が丸わかりだった。

拳を作った右手を左手で覆うようにしている。

「今のまま死んだってお前は親御さんの所にはいけないぞ。二度とそんな事を言うな」

侑斗ははやての前に立って、はやての目線で話す。

「え?」

「生きる事を諦めた奴は例外なく地獄行きなんだよ。憶えとけ」

「侑斗さん……」

はやては涙を拭いて、何故か笑みを浮かべていた。

「何だよ?」

「何か、お父さんに怒られたような感じがしたんよ。あの子等のマスターになってから、わたしが一番偉い人みたいになってもたやん?だから、久しぶりに本気で叱ってくれてちょっと嬉しかったりするんよ」

侑斗は右手ではやての頭を撫でる。

「お前がふざけた事を言ったら、俺は何度でも叱るさ」

「うん。侑斗さん、ごめんなさい」

侑斗は首を縦に振ると、はやての背後に回って車椅子を押す。

「入るぞ。そろそろ寒くなってきた」

「うん」

はやては車椅子に乗って、震動に揺られながらも心臓が高鳴っていくような感じがした。

(侑斗さんは、真剣にわたしを叱ってくれるんやなぁ。さっき言ったみたいにそれが凄く嬉しい)

車椅子がキリキリキリと音を立てながら、屋敷内へと向かっていった。




次回予告

第三十八話 「最も欲する携帯番号」


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第三十八話 「最も欲する携帯番号」

海鳴市の午後、ハラオウン家のリンディ・ハラオウンの私室。

和風好きのリンディの趣味がてんこ盛りの部屋である。

その中で私服姿のリンディはコタツに座って、ボードを打ち込みながら宙に浮いているディスプレイに映っている女性と会話をしていた。

『こっちのデータは以上よ。お役に立ってる?』

女性---レティ・ロウランが今回の事件に関する情報を提供してくれていた。

「ええ、ありがとう。助かるわ」

ひとしきり打ち込みが終えると、リンディはレティに感謝の言葉を述べる。

『ねぇ、今日はこっちに顔を出すんでしょ?』

「うん。アースラの件でね」

『時間合わせて食事でもしようか?あの子の話とかも聞きたいし』

リンディがレティの言葉に耳を傾けながら宙にディスプレイを出現させて、入力をする。

「あの子って?」

入力してからディスプレイをの一つをリンディは宙から消す。

『ほら、貴女が預かってる養子にしたいって言ってた子』

「ああ、フェイトさんね」

『そう、フェイトちゃん。元気でやってる?』

レティがフェイト・テスタロッサの近況を訊ねる。

「うん、事件につき合わせちゃって申し訳ないけど、仲良しの友達と一緒だし何だか楽しそうにやっているといえばやっているのだけれど……」

リンディは何かを思い出しているのか複雑な笑みを浮かべている。

『どうかしたの?』

「ねぇレティ」

リンディが真剣な表情をレティに向ける。

『何かしら?』

「貴女、初恋っていくつにした?」

『は?何よ唐突に……』

「私は十二、三の頃だったと思うわ」

『私もそのくらいだったかしらね。それがどうしたの?』

レティがリンディが意味もなくそのような事を訊ねてくるとは思えないので、真意を探ろうとしている。

「フェイトさんがね。今、真っ只中なのよ」

『フェイトちゃんが?あの子、まだ十歳にもなってないでしょ?』

レティは人差し指を顎に当てて、考える。

「成長なんて、私達が思ってるよりずっと早いものなのだとフェイトさんを見て思うようになったわ」

リンディは特製のお茶をすすっている。

『それで、相手は誰?』

レティは相手は大方見当はついているが、わざと焦らす。

「レティ、貴女わかってて言ってるでしょう?」

『さぁ?どうかしら』

ディスプレイに映っているレティは紅茶を口にしている。

リンディはレティが会話を楽しむためにわざとはぐらかしているは間違いないと確信している。

『彼、でしょう。ある意味厄介な人を好きになってしまったものね』

「でも、自然な成り行きではあるわね」

『そうね。でも、フェイトちゃんの想いが成就する事は……』

「……難しいわね」

リンディの表情が曇っている。その理由がわかっているからだ。

とても非情な理由を。

 

 

雨雲か雷雲かわからない黒い雲が蠢いている次元空間でデンと構えている時空管理局本局にある無限書庫。

室内は上も下も果てがあるのかわからないが、形状としては縦穴であり壁という壁は全て本棚になっている。

ただ、そこは未使用、未整理なためか飾り気のようなものはなく人の匂いのようなものがなかった。

(こんな巨大な施設を放置してるなんて……)

ユーノ・スクライアは無重力の空間を浮遊していた。

「無限書庫、名前どおり果てがないね」

ウラタロスが思案の素振りをしながら率直の感想を述べた。

「管理局の管理を受けている世界の全てを収められている超巨大データベース」

アリアも無重力に身体を委ねながらユーノとウラタロスに説明を始める。

「いくつもの歴史がまるごと詰まった、言うなれば世界の記憶を収めた場所」

無重力で逆さに向いているロッテが付け足すように言う。

「それがここ、無限書庫」

アリアが締めくくった。

「ねぇリーゼさん」

ウラタロスが、無重力の中を巧みに泳いでリーゼ姉妹の前に立つ。

「なに?」

ロッテが答えようとしている。

「何でここ、誰も使っていなかったの?ここ使えば、ある意味最大の権力者になれるよ?」

「そうですよね。リーゼさんの説明からして無限書庫のトップに立てばウラタロスさんのいうようになろうと思えばなれますからね」

ユーノもウラタロスと同じ疑問があった。

「ナイスな質問だねぇ」

ロッテが質問内容に満足していた。

「確かにここに来て、大まかに知ればそういう疑問が出てくるのは当たり前だよ。でもね、ここを見てほかに何か思うことない?」

アリアに指摘されてユーノとウラタロスは無限書庫を見回す。

「これだけ本がギッシリだと把握するのに時間かかりそうだね」

ウラタロスが果てがないとも思われる天井を見上げている。

「それだけじゃないですよ。この手の事はそれなりに緻密な作業ですから、前線を出てる武装局員ではほぼ戦力外通知が出ますね。魔法を使えない人達も作業効率を図るためと考えると同じ様に戦力外通知になりますね」

ユーノの冷静な分析にアリアとロッテは首を縦に振る。

「その通り、それに無限書庫を有効に利用しようと考えていた奴はいたけど、踏み込んで調べものしようなんて考えていた奴はいなかったからねぇ。踏み込んでもこの状況を前にしたら答えは決まってくるものでしょ?」

ロッテの言葉にウラタロスも首を縦に振る。

「もうひとつ言っておくけど、こうやって本棚に本が並んでいるけど中身は殆ど未整理のままだよ」

アリアが注意事項として告げてきた。

「ええ!?コレ全然、手をつけてないって事!?」

ウラタロスは周囲を見回しながら、信じられないという声を上げてしまう。

「ここでの調べものは大変だよぉ」

ロッテもこれから起こる事がわかっているのか、どこか同情的だ。

「過去の歴史の調査は、僕等の部族の専門ですから……。検索魔法も用意してきましたし、大丈夫です」

覚悟を決めているユーノに、リーゼ姉妹の下手な心配は意味はなかった。

「さて、始めますか。ユーノ」

「はい!」

ウラタロスの声を合図にユーノは調査へとかかりだした。

 

 

聖祥学園では現在、休み時間となっていた。

生徒が友人同士で雑談をする事が出来る貴重な時間だ。

その中には彼女達四人も例外なく含まれている。

フェイトは一冊のカタログを見て、呆然としていた。

携帯電話を初めて見た時、高町なのはに「管理外世界のデバイス?変身するための道具?」と訊ねた。

その言葉をなのはが聞いた時、苦笑いを浮かべながら「魔法の使用の補助機能はないし、良太郎さんみたいにベルトに装着しても変身は出来ないよ」と答えてくれた。

フェイトは、なのはの携帯電話を触らせてもらったことが何度かあるし、なのはや野上良太郎が巧みに操っているのを見ては「いいなぁ」と思っていたりしていた。

(しかし、こんなにたくさんあるなんて思わなかった……)

カタログに視線を向けながら、そのような感想が出た。

「まぁ最近はどれも似たような機能ばっかりだし……、見た目で選んでいいんじゃない?」

唯一着席しているアリサ・バニングスが、自分の基準を薦めた。

「でも、やっぱメール性能のいいやつがいいよね」

アリサの隣で立っているなのはも自分の基準をもらした。

「カメラが綺麗だと色々楽しいんだよ」

月村すずかも自信の基準を告げた。

携帯電話を初購入するフェイトはそれらの意見を記憶の中に入れていく。

「でもやっぱ、色とデザインが大事でしょ」

「操作性も大事だよ」

「外部メモリ付いてると、色々便利だよ」

アリサ、なのは、すずかが『薦め』から『主張』になりだしていた。

(うん。これかな)

フェイトはカタログを開きっぱなしにしていた。

黒い外装で白い内装の『CMDXⅡ NF226D』という携帯電話のページだ。

 

学校が終了して、仲良し四人組とリンディは携帯電話ショップに訪れていた。

フェイトとリンディは受付兼レジで携帯電話を購入していた。

「ありがとうございましたぁ」

男性店員がスマイルでフェイトとリンディにお決まりの定型句を述べた。

「はい、どうも」

リンディもまた、軽く返事で返した。

「フェイトさん、はい」

紙袋に入った携帯電話をフェイトに渡す。

「ありがとうございます。リンディ提督」

フェイトは照れながらもリンディに礼を言う。

リンディにしてみれば余所余所しいと感じてしまい、まだ自分に対して完全に開ききってはいないと考えてしまい、少し寂しかった。

フェイトは、なのは、アリサ、すずかの元で携帯電話の番号を見せる。

そして、番号とメールアドレスを交換し合っていた。

「フェイトはこれで良太郎さんとも携帯でお話できるのよね?」

アリサの一言に、フェイトは心臓がどくんと高鳴った。

「え、あ、うん。そうだね……」

フェイトは悟られないようにはぐらかす。

(多分、良太郎は教えてくれないよね……)

フェイトがこのように考えに行き着いてしまうには根拠が二つある。

一つは自分のここ数日間の態度だろう。露骨に避けているのだから、いくら良太郎でも呆れて教えてはくれないと考えている。

もう一つは良太郎が未来人だからだ。タイムパラドックスの恐れとなるものはなるべく避けるようにするだろう。

携帯電話の番号やメールアドレス、そして写真などは過去に残した場合タイムパラドックスが起こる原因としては十分すぎるからだ。

「フェイトちゃん、どうしたの?」

すずかが表情を曇りつつあるフェイトを心配する。

「え?ううん、何でもないよ」

フェイトは考えを強引に打ち切って、アリサやすずかと会話をしていた。

「フェイトちゃん……」

なのはだけが、フェイトが抱えている悩みを理解していた。

 

カラスが鳴き夕焼けの光が眼に染みる時間帯となっている海鳴市の『翠屋』

特にイマジンが出現したような事もないので、良太郎とウラタロスを除くイマジン三体とコハナはアルバイトをしていた。

平日の夕方なので、学校帰りの学生や営業で外回りをしているOLやサラリーマンが席に着いていた。

お持ち帰りする者もいれば、店内で飲食する者もいるので色々だ。

良太郎、モモタロス、リュウタロス、コハナは厨房で皿洗いをしていた。

「ほいコレ」

モモタロスが濡れた皿を拭き係である良太郎に渡す。

良太郎は受け取って、渇いた布巾で拭く。

「はい、ハナちゃん」

リュウタロスがコハナに皿を渡し、コハナは皿を拭く。

良太郎とコハナが拭き終えた皿はどんどんと重なっていく。

ある程度まで積まれると、良太郎が食器棚へとしまっていく。

「カミさん。倉庫の荷物整理は終わったでぇ」

厨房にいなかったキンタロスが裏口から入ってきた。

「あらぁ、ありがとうキンタロスさん。重かったでしょ?」

高町桃子がねぎらいの言葉を書ける。

「荷物持ちは得意やで」

キンタロスが親指で首を捻ってから、胸を張って腕を組む。

「つーかよ、オメェが皿拭きしたら残骸だらけになっちまうだろーが」

モモタロスの一言はある意味的を得たことだった。

「クマちゃん。馬鹿力だもんねー」

リュウタロスも正直な事を言う。

「桃子さんの人選は的確よね」

コハナは的確に人を使う桃子の手腕に感心していた。

「これで粗方メドがついたからゆっくりできるね」

良太郎が蛇口を閉めた。

ぴちゃんと水滴が流し台に落ちた。

良太郎達は裏口へと出た。

「ウラ、ちゃんとやっているかしら?」

コハナが時空管理局本局で行動しているウラタロスを心配する。

「捕まってダシ取られるようなヘマはしねぇよ」

モモタロスが安心させるような台詞を言う。

「あの広い建物の中のどっかにおるいうても、雲掴むようなもんやで」

キンタロスとしてもウラタロスがどれだけ口達者でもイラストだけで捜すのは至難の業だという。

「良太郎が言ってたおじさんも怪しいんでしょ?カメちゃんに頼んで調べないの?」

リュウタロスが以前、良太郎が怪しいと言っていた人物の事を良太郎に訊ねる。

「正直に言えば、僕が怪しいと思っているだけだからね。根拠はないんだよ」

良太郎個人がそう感じている事なので、ウラタロスに更に雲を掴むような労力をさせるわけにはいかない。

「どっちにしても、カメとユーノの連絡待ちだよな?」

「うん」

自分の予想が外れてほしいと良太郎は心底願っていた。

 

 

無限書庫でユーノ、ウラタロス、リーゼ姉妹は『闇の書』に関する文献を探っていたが思ったよりも難航していた。

「はあ……はあ……はあ……」

ユーノは息を乱して両肩を揺らしていた。

検索魔法を駆使しても、無限書庫の未整理状況は予想以上にひどいものだった。

「ユーノ。一日も早く調べたいってのはわかるけど、無理しちゃダメだよ?」

本棚でユーノの指示とおりに動いていたウラタロスが側まで寄る。

「大丈夫です……。もう少しで『闇の書』の事が記されている文献まで辿りつけるんですから」

ユーノが額に流れる汗を拭って、真っ直ぐな瞳をウラタロスに向ける。

「良太郎やボクちゃん(侑斗の事)みたいな眼をしてるね」

ウラタロス的にはついつい余計なお節介をしてしまう眼だ。

「スクライアの人間でなきゃ、無限書庫は使いこなせそうにないねぇ」

ロッテがユーノの巧みな本棚整理に感心する。

「今までユーノの部族に依頼したことなんてなかったの?」

ウラタロスがアリアに訊ねる。

「そうだね。スクライア族は一箇所に留まらないからね。スカウトするのも至難だしね」

「ふぅん」

ウラタロスは納得してから、ユーノを見てからリーゼ姉妹を見る。

(僕達に怪しい素振りを見せるほど、抜けてるわけじゃない……か)

それから一時間後。

粗方の本棚整理が終えたユーノは翡翠色の魔法陣を展開して中央に座って禅を組むような姿勢を取る。

「その姿勢は?」

ウラタロスはユーノが取る姿勢に何か意味があるのか訊ねる。

「一冊一冊、目を通したのではそれこそ埒があきません。一気にいきます」

ユーノの意思が通じるかのように宙で開かれている数十冊の本はパラパラとページが捲れていく。

「すごいねぇ。なのはちゃんやフェイトちゃんでは出来そうにないね」

一度に数十冊の情報が脳内に入り込んで、的確に必要な情報を選出するというのは緻密な作業と強靭な精神力が必要になる。

前線向きであるなのはやフェイトに向かない作業だろう。

「それじゃ、始めます」

ユーノは双方の瞳を閉じて、全神経を集中させていることがウラタロスにも理解できた。

 

 

「たっだいまー」

外出していたエイミィ・リミエッタが買い物袋を持って、ハラオウン家へと戻ってくると、そこにはなのはやフェイトはもちろんのこと、『翠屋』でアルバイトをしていた良太郎、モモタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナもいた。

「おかえり。エイミィさん」

「おう、邪魔してるぜ」

良太郎とモモタロスが軽く手を上げてリビングに入ってきたエイミィを迎える。

キンタロスはソファに座って新聞を読んでおり、リュウタロスはアルフ(子犬)とじゃれあっていた。

コハナはテレビを見ていた。

「あ、みんなも来てたんだぁ」

エイミィはなのはやモモタロス達を見てからキッチンに買い物袋を置く。

女性陣がキッチンへと移動するかたちとなり、男性陣(この場合イマジンも含む)はリビングに強制的にいなければならない状態へとなっていた。

買い物袋からエイミィはカボチャを取り出して、フェイトに渡す。

なのはは冷蔵庫を開けて、野菜を入れられるようにスペースを確保しようとしている。

「艦長。もう本局に出かけちゃった?」

そしてネギ、パプリカを置いていく。

「うん。アースラの武装追加が済んだから試験航行だって。アレックス達と」

フェイトがリンディから伝えられている事をそのまま話した。

「武装っていうとアルカンシェルか……。あんな物騒なもの、最後まで使わなきゃいいんだけど」

エイミィは心当たりのある事を口に出してから、表情を暗くする。

「クロノ君もいないですし、戻るまではエイミィさんが指揮代行だそうですよ」

なのはもリンディに伝えられた事をそのまま伝えた。

「責任重大だぁ」

アルフが生肉を口に銜えながらからかう。

「重大だぁ」

リュウタロスもアルフに便乗してからかう。

「それもまた物騒な……。まぁとはいえ、そうそう非常事態なんて起こるわけが……」

エイミィがフェイトが持っているカボチャを右手で掴んで冷蔵庫の中へと持っていこうとした時だ。

ハラオウン家全体が赤く光りだし、宙に『EMERGENCY』と表示されていた。

「非常事態が起きてもたな……」

キンタロスが新聞から眼を離して呟いた。

誰が最初なのかはわからないが、そこにいる誰もがある一人と一体を見ていた。

良太郎とモモタロスがその場にいる誰もに見られていた。

「な、なに?」

「なんだよ?」

一人と一体は、何故見られているのか自ずと見当は付いていたが、あえて否定する事にした。

 

「「言っておくけど僕(俺)のせいじゃないからね(な)!」」

 

「でもなぁ……」

「良太郎とモモタロスだし……」

「そうそう起きないってエイミィさんが言った直後に起こるんだからさぁ」

良太郎とモモタロスの不幸の女神に愛され度を知っているキンタロス、リュウタロス、コハナは妙な確信を持って見ていた。

 

「「だから僕(俺)のせいじゃない(ねぇ)って!」」

 

良太郎とモモタロスはもう一度、身の潔白を明かすように叫んだ。

だが、誰にも信じてもらえなかったのは言うまでもないことだ。




次回予告

第三十九話 「第三ラウンド開始」


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第三十九話 「第三ラウンド開始」

海鳴市でハラオウン家が緊急事態の警鐘を鳴らしている時の次元空間。

時空管理局本局の一室では一人の女性と一人の男性が向かい合うかたちで座っていた。

テーブルの上には紅茶が二つ置かれていた。

まだ淹れたてなのか、紅茶からは湯気が立っていた。

「久しぶりだね。リンディ提督」

男性---ギル・グレアムが女性---リンディ・ハラオウンの顔をちらりと見てからどこか沈痛な表情をしていた。

「ええ」

リンディは静かに答える。

元々、リンディは本局に赴いた際にはグレアムと会うつもりはなかった。

アースラの武装追加による試験航行が本来の目的なのだから。

それに、息子や部下の前では顔には出さないがリンディとて人間である。

理屈ぬきでグレアムの顔を見ると、どうしてもとある人物のことが脳裏によぎってしまう。

「『闇の書』の事件、進展はどうだい?」

グレアムがリンディの指揮で捜査している事件の進捗状況を訊ねてきた。

他の局員が訊ねてくると「一進一退かしらね」などと軽口が言えるのだが、目の前にいる人物には軽はずみな事は言えない。

「中々難しいですが、上手くやります」

お宮入りにするつもりはないという意思表示だけをして、リンディは紅茶を口に含む。

「君は優秀だ。私の時のような失態はしないと信じているよ」

グレアムが自分の轍は踏んでほしくないという思いを込めた台詞をリンディは聞いていた。

(やはり、この話題に行き着いてしまうわね。まぁ仕方ないといえば仕方ないけど)

リンディは顔には出さないが、内では早くここから退散したいと考えていた。

「夫の葬儀のとき、申し上げましたがあれは提督の失態ではありません」

リンディは口につけた紅茶のカップを再びテーブルの上に置く。

「あんな事態を予測できる指揮官なんていませんから」

リンディは話題を打ち切るようにして、グレアムを元気付けるように微笑んでみせる。

グレアムの表情からは何を考えているかは読めなかった。

「失礼します」

リンディは先に応接室から出ると先程のグレアムとのやり取りを反芻しながら、本局に赴くまでの事を思い出していた。

 

フェイト・テスタロッサ及び高町なのは、アリサ・バニングス、月村すずかと合流するまでの間、リンディは『翠屋』にいた。

服装は制服ではなく、私服であるのはいうまでもないことだ。

高町夫妻と他愛のない世間話をしてから、アルバイト中の野上良太郎を呼んで自分の対面に座らせた。

「ごめんなさいね。お仕事中に」

「いいですよ。人が混んでくる時間にはまだなっていませんから」

良太郎はエプロンを外している。

「良太郎君、お客様の世間話の相手も大切なお仕事よ」

高町桃子が高町士郎が淹れたコーヒー二つをリンディと良太郎の前に置いた。

「「ありがとうございます」」

リンディと良太郎は同じタイミングで桃子に感謝の言葉を述べた。

「それで、僕に何か?」

「良太郎さんはグレアム提督に会った事があるのよね?」

「ええ、一度だけ。それがどうかしたんですか?」

リンディは良太郎の態度を見て、自分が世間話をしにきたわけではないのだと判断してくれたようだ。

「印象はどう思った?」

「え?」

「私やクロノの知り合いとかフェイトさんの保護監察官とかを抜いての良太郎さん個人の印象を知りたいの」

リンディはコーヒーにミルクと角砂糖を放り込んでいる。

「そうですね。穏やかでいい人だと思います。きっと色んな人に頼りにされているんじゃないかとも思っています。でも……」

「でも、何かしら?」

 

「それが犯罪を起こさない理由やイマジンの契約者にならない理由にはなりませんけどね」

 

良太郎はグレアムを『一人の人間』として見ていた。

(やっぱり、聞いておいて正解だったわ)

自分はなまじ近い間柄なので、そのような考えを持ってはいても敢えて排除していたといえば否定できない。

だからこそ『魔法』や『魔導師』というものに凝り固まった認識を持たない者の意見が欲しかったのだ。

「後は何か人が立ち入れさせないものがある、そのくらいですね」

良太郎は締めくくると、コーヒーに角砂糖とミルクを入れて口に入れた。

「リンディさん」

「何かしら?」

「少し相談してもいいですか?折角の機会だから訊ねておきたかったんです」

今度は良太郎から切り出した。

「フェイトちゃんが最近、僕を避けるんですけど何か心当たりありませんか?僕自身は恨みを買った憶えはないんですけど、どこかで恨みを買う理由があるのかもしれませんし……」

良太郎は冗談でそのような事を言ってはいないことがわかる。本気で言っているのだ。

(もしやとは思ってたけど、良太郎さんはクロノと同じかもしれないわね……)

考えや物の見方や物腰から良太郎は実子であるクロノ・ハラオウンより大人だと思っていたが、こういう部分では同等かもしれない。

(しかし、この事をフェイトさんに話したらショックを受けるかもしれないわねぇ)

リンディとしてみてもフェイトが良太郎に対して恋心を抱き、自覚している事は見てわかっていた。

ハラオウン家に住んでいる人間でこのことに気付いていないのは男性陣だけだ。

リンディとしては二人の関係に無闇につついたりするつもりもお節介を焼くつもりもない。

残酷な事だが、良太郎とフェイトの関係には限度があることをわかっているからだ。

(フェイトさんの想いを良太郎さんが応えたとしても、時間がそれを許してはくれないわね)

良太郎とフェイトが『別世界の者同士』ならばリンディもこのように考えたりはしない。

二人は『別世界の別時間の者同士』なのだから。

(仮にこの時間の良太郎さんと今のフェイトさんだったら……)

リンディはフェイトと九歳の良太郎が一緒にいるところを想像してみるが、どこかボケた感じがして上手く出来なかった。

(無意味な仮定はやめましょう。それよりも何と言ってあげたらいいかしらね……)

リンディは目の前で悩んでいる恋愛初心者の青年にどのような言葉を投げかけたらいいか悩む。

「良太郎さん。フェイトさんは今色々と悩んでいるのよ。でもその悩みはフェイトさん自身の手で解決しないといけないものなの。良太郎さんにできる事はいつも通りに接してあげてほしいの。フェイトさんが困ったらいつも通りに手を差し伸べてあげればいいと思うわ。できるかしら?」

「はい!」

「うん。それでこそ男の子よ♪」

良太郎の返事にリンディは満足げな笑みを浮かべていた。

 

(良太郎さんの言っていた通りかもしれないわね)

グレアムがいる応接室のドアを睨んでいた。

葬儀の時や、クロノ経由で会話をする事もあったが今感じたような雰囲気はなかった。

(葬儀からかなり経つから、人が変わるには十分な時間よね)

リンディは亡き夫の上官であるグレアムが良太郎の言うように『人を立ち入らせない何か』を抱えている事に確信を抱いていた。

だが、それが今回の『闇の書』事件とどう関係があるかまでには至らなかった。

 

時空管理局本局にある無限書庫。

ユーノ・スクライアとウラタロスは『闇の書』の調査に没頭していた。

といってもユーノが調査をしており、ウラタロスは調査済みの本を無重力空間とはいえ、縦に揃えながらリーゼ姉妹の監視をしていた。

「へえぇ。器用なもんだねぇ。それで中がわかるんだぁ」

ロッテが大量の本を抱えながら翡翠色の魔法陣の中央で禅を組んでいるユーノの行動に驚きの声を挙げている。

ユーノを囲むように宙に浮いている本はパラパラと自動で捲られていく。

ユーノはそれを目で見ているわけではない。

本の内容は全てユーノの脳内に送り込まれているのだ。

ハッキリ言って『神業』としかいいようがない。

「ええ。まぁ……」

ユーノの双眸の瞳が開かれる。

「あのぉ、リーゼロッテさん達は前回の『闇の書』の事件を知っているんですよね?」

会話を弾ませようとしたのかユーノが切り出した。

「うん。ほんの十一年前の事だからね」

「十一年か。長くもあり短くもあると考えさせられる数字だね」

ウラタロスが宙に散らばっている本をひとつにまとめながら洩らす。

「まね」

ロッテもウラタロス同様に十一年という年月をそのように感じているのだろう。

「それで、前の事件でクロノのお父さんが亡くなったっていうのは本当なんですか?」

ユーノは『闇の書』関連の本の内容を脳内に詰め込む過程で知った事を確認するかのようにロッテに訊ねる。

ロッテは両手で持っていた数冊の本を無重力に任せる事にした。

その表情は先程の驚きや初対面の時のような明るいものではなかった。

「本当だよ。私とアリアは父様と一緒だったからすぐ近くで見てた。封印したはずの『闇の書』の護送中のクライド君が、クロノのお父さんがね。護送艦と一緒に沈んでいく所を……」

「………」

ユーノは両親を知らない。だから、『親』というものが子供を残して亡くなるということがどういうものなのかが今ひとつ理解できていない部分もある。

(やっぱり無念とか未練があったのかも……)

そのくらいしか想像できなかった。

「……どうやら僕達、またお家騒動じみた出来事に巻き込まれたみたいだよ。良太郎」

ウラタロスはユーノとアリアには聞こえないように溜め息混じりに呟いた。

「あ……。アリアさんがいない……」

ウラタロスはこの場にはいない双子の片割れを捜すために一度無限書庫に出る事にした。

ちなみにアリアはというと、クロノと一緒に強化武装をされたアースラを見てから廊下を歩きながら強化武装について本音に近い意見を出し合っていた。

 

 

ハラオウン家の別室に全員が集まっていた。

エイミィ・リミエッタがキーボードを叩いて、映像を展開させる。

映像にはシグナムとザフィーラ(人型)が映し出されていた。

「文化レベル0。人間の住んでいない砂漠の世界だね……」

「つまり、人間に攻撃する気がないからここに来たってことなの?」

コハナがエイミィに訊ねる。

「多分ね。相手の目的は『闇の書』のページ蒐集なんだから、リンカーコアさえ手に入れればそれでいいってことだよね」

エイミィの推測はその場にいる誰もが頷けるものだった。

現にヴォルケンリッターの襲撃対象は『リンカーコアを所持する者』となっている。

海鳴市でヴィータがなのはを襲ったのも襲撃対象に該当していただけにすぎない。

仮に海鳴市にリンカーコアを所有するなのはではなく名も知れない巨大生物がいた場合、間違いなくそれを狙っただろう。

「結界を張れる局員の集合まで最速で四十五分。うーん、まずいなぁ……」

キーボードを叩きながら、エイミィの表情は難色の色に染まっていく。

フェイトはアルフを抱きかかえたまま、映像を見ている。

そして、意を決したかのように、顔を見合わせて頷いた。

「エイミィ。わたしが行く」

「あたしもだ」

フェイトとアルフが静かに、しかし有無を言わさぬ迫力でエイミィに告げた。

その場にいる全員がフェイトとアルフを見る。

「うん、お願い。あと良太郎君」

エイミィが良太郎を見る。

「わかってる」

良太郎も首を縦に振る。

良太郎同伴と聞き、フェイトとしては気が気ではない。

「あ、フェイトちゃーん。先に言うけど却下だからねぇ」

エイミィが先読みして、フェイトの言葉を封じた。

「うう……」

フェイトはうめき声を上げるしかなかった。

 

良太郎としても、久々にフェイト達と行動する事になる。

緊張していないといえば嘘になる。

フェイトに避けられ、モモタロス達には喧嘩なんかしてはいないのに「仲直りしろ」と言われたりと、彼としては結構参っていたのだ。

彼にとっては初めてのことだからである。

(一人の女の子に避けられる事がこんなに辛いとは思わなかったよ……)

学生時代の女友達とは違う反応だから余計に混乱してしまうのだ。

「あ、良太郎君。コレ持っていって」

エイミィの声に良太郎は思考を中断させた。

エイミィが渡したのはトランシーバーだった。

形としてはハンズフリー・マイクだった。

良太郎はエイミィの指示に従いながら、装着していく。

「あと、コレも忘れないでね」

エイミィが渡したのはゴーグルだった。

「何コレ?」

「砂防止用のゴーグル。フェイトちゃんやアルフはバリアジャケットで砂漠とか劣悪な環境でも大丈夫だけど、良太郎君は電王にならない限りはただの人じゃない?だから……」

「ああ、なるほど。ありがとう。エイミィさん」

トランシーバーを装備した良太郎は更にゴーグルも装備する。

「「「「「「「「ぷっ!」」」」」」」」

その姿に誰もが口元を押さえた。

(絶対に似合ってないんだ……)

皆の反応からして、そう断言できた。

「あの……、我慢しなくてもいいよ。その、笑いたかったら笑ってもいいから」

良太郎としては下手にこらえられるよりは盛大に笑われた方がまだ気が楽だった。

「「「「だぁーはっはっはっはっは!!」」」」

お言葉に甘えてといわんばかりにモモタロス、キンタロス、リュウタロス、アルフが口を思いっきり開いていた。

なのはもフェイトも口元を必死で押さえていた。

やはり、人の痴態をダシにして大声で笑い飛ばす事に躊躇いがあるのかもしれない。

「ぷぷっ。はいはい皆!そろそろ行くよ!」

エイミィが両手をパンパンと叩いて、盛り上がりつつある場を強引に閉めた。

それから数秒後に良太郎、フェイト、アルフはシグナムとザフィーラがいる世界へと転送された。

 

 

砂漠世界でシグナムはこの世界に生息している巨大生物---砂竜と戦闘を繰り広げていた。

状況としてはシグナムの方が不利となっていた。

「はあ……はあはあ……はあ……」

レヴァンティンを正眼に構えたシグナムは両肩を上下に揺らしていた。

砂竜が巨体を縦横無尽に駆使して、シグナムの背後を押さえている。

その度に砂煙が舞う。

(巨体で力があり、知恵も回るか……)

逃げ場を失ったと判断したシグナムは砂竜を睨みつける。

「ヴィータがてこずるわけだな……。少々厄介な相手だ……」

力だけの相手ならばヴィータでどうとでもなる。

だが聡明な相手ならば一気に不利になる。

猪突猛進がライフスタイルであるヴィータは高度な駆け引きや搦め手にはてんで弱いのだ。

シグナムはカートリッジを二つ取り出して、レヴァンティンに装填しようとする。

「ギャオオオオオオオオオォ」

背後からの砂竜の咆哮が聞こえ、背後を向くと正面にいたはずの頭部が自分の背後へと回っていた。

(不覚!砂の中を移動したか……)

「っ!?」

間合いを取るために上空へと移動するが砂竜の攻撃の方が速く、シグナムは砂竜が繰り出した無数の触手に捕らえられてしまった。

身体中に強靭な縄を縛られたかのようにして身動きが出来ない。

「しまった!?」

砂竜がゆっくりと近づいていく。

その行動は「今日のエサだぁ」とでも言いたげであり、捕食対象者に焦りの気持ちを抱かせるには十分なものだった。

「ぐっ……」

エサにされてしまうと、悟った時だ。

「グキャオオオオオオン!!」

黄金の剣が砂竜の身体に突き刺さった。

そして黄金の剣は無数に、雨のように降り注いでから一本一本がバチバチバチと雷を発生させていく。

(これは……まさか……)

触手に巻かれた身体は解放され、シグナムは自分の推測が間違っていなければ黄金の剣を降らせた者は一人しかいないのだから。

(テスタロッサ……)

シグナムが見据える先には金色の魔法陣を足元に展開させたフェイトがいた。

 

フェイトはバルディッシュ・アサルトに命じて『サンダーブレイド』を発動させた。

空から無数の黄金の剣がシグナムを捕獲している砂竜に向かって次々と突き刺さっていく。

フェイトはその場でくるりとターンしてから、左手に巻かれている環状魔法陣を展開させて、標的である砂竜に向けてかざす。

「ブレイク!!」

フェイトが告げると同時に、黄金の剣はその出力を最大限まで高めていき爆発した。

突き刺さった剣はすべて誘爆していき、砂煙を撒き散らす。

砂竜はその巨体をぴくぴくとしながら、ぐったりと横に倒れていった。

砂煙を上げながら、その巨体はずぶずぶずぶずぶと砂の中へと埋まっていった。

『フェイトちゃん!助けてどうするの!捕まえるんだよ!』

エイミィが通信で注意してきた。

「あ、ごめんなさい。つい……」

フェイトは素直に謝罪する。

(助けなかったら、シグナムを捕まえるどころか食べられちゃってるような……)

捕縛対象をを捕食されてしまったら元も子もないとフェイトは考えてしまう。

「礼は言わんぞ。テスタロッサ」

シグナムが短く言ってから、フェイトを睨みつける。

「……お邪魔でしたか?」

フェイトは余計なことをしてしまったのかと感じておずおずと訊ねる。

「蒐集対象を潰されてしまった……」

シグナムがレヴァンティンに何かをしているが、フェイトにはそれがカートリッジを装填しているのだと推測できた。

 

「まぁ、悪い人の邪魔をするのがわたしの仕事ですし……」

「そうか……、悪人だったな。私は……」

 

フェイトの言葉にシグナムはどこか自虐的に答えた。

レヴァンティンのカートリッジが装填完了し、排熱処理をする時に生じる蒸気がフェイトには見えた。

 

ザフィーラは空から降り注ぐ雷を見て、乱入者が来たと判断した。

(奴等か……)

誰が来たのか推測する必要もない。

「ご主人様が気になるのかい?」

自分をからかうかのような女性の声がした。

後ろを振り向くと、アルフ(人型)がいた。

「お前か……」

本当に推測する必要がなかった。

「ご主人様は一対一。こっちも同じだ」

ザフィーラは構える。

「シグナムは我等の将であるが、主ではない」

「アンタの主は『闇の書』の主、ていうわけだね?」

アルフも応じるかのようにして構えた。

 

『そこから三キロ先にフェイトちゃん達がいるから頑張って』

「うん、わかった。エイミィさんもナビよろしくね」

『まっかせといて!』

良太郎はエイミィのナビゲーションを受けながら、砂の大地に足を着けて歩いていた。

砂煙が舞うが、ゴーグルのおかげで視界は失われずに済んでいた。

しかし、砂煙が舞うたびに砂が口の中に入ってしまうので、現在は両手で口元を押さえてなるべく速めに歩いている。

しかも地面が土でなく砂なので、通常の路面を走るのと違い倍以上の体力を使う。

そのため、無駄に体力を消費しないためにも全力疾走はしていない。

何かが起こった際にヘロヘロ状態では情けなさすぎるからだ。

「完全にはぐれちゃった時はどうしようかと思ったけど、これなら何とかなりそうだ」

良太郎はフェイトやアルフとは若干距離が離れた場所へと転送されていた。

エイミィが言うには本来なら有り得ないことだという。

奇跡という確率で起こった不幸としかいいようがないらしい。

良太郎としても慣れた事なので、大して動じることなくエイミィに指示を仰いで現在に至るわけだ。

「とにかく、行こう」

良太郎は更に前へ一歩ずつ進み始めた。

 

 

「うんその調子だよ。良太郎君」

エイミィが砂漠世界ではぐれている良太郎をナビゲートしながらも、更なる事態の変化がないかをモニターを見ながら確認していた。

『EMERGENCY』と映し出された。

画面が切り替わると、そこには『闇の書』を抱えたヴィータが飛行していた。

「もう一箇所!?本命はこっち?なのはちゃん!モモタロス君達も行ける!?」

エイミィの言葉になのは、モモタロス、キンタロス、リュウタロスはというと。

「はい!」

なのはは勢いよく、首を縦に振る。

「おっしゃぁ!行くぜぇ!」

モモタロスが指の骨を鳴らす。

「いっちょやったるかぁ!」

キンタロスが両頬を叩いて気合を入れる。

「へへっ楽しみぃ!」

リュウタロスがその場でステップを踏む。

「あ、モモ。コレ!」

コハナはパスを一つモモタロスに放り投げた。

「おい、コレって……」

「必要に応じてみんなで使い分けてってオーナーが」

三体はパスを見る。電王になれるのは一体だけだ。

状況に応じて使わなければ、なのはの足を引っ張る事は間違いない。

「何で一個なんだよ。人数分よこせよなぁ。オッサン、チャーハンの食いすぎで数数えられなくなったんじゃねぇのかぁ?」

「モモの字。それはないで。まぁ一個しかないんやから状況に応じて使えばいいんやしなぁ」

「取り合いはナシだよね?」

この話し合いの一分後に、イマジン三体は良太郎と同じ装備をして、なのはと共に転送した。

なのはは転送の間、涙目になって口を両手で押さえていた事は言うまでもない。




次回予告

第四十話 「修羅の片鱗 前編」


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第四十話 「修羅の片鱗 前編」

無限書庫から数十メートル離れている自動販売機前でユーノ・スクライアとウラタロスが休憩を取っていると、無限書庫の中にいたはずのロッテが出てきた。

「調査はボチボチ進んでる?」

ロッテがジュースを飲んでいるユーノに訊ねる。

「ええ、まあ……」

ユーノは曖昧に答える。

「私、ちょっと出てくるけど大丈夫?」

「どこかにお出かけ?お散歩?」

ウラタロスはロッテが猫が素体になっている事を知っているのでネタとしてからかう。

「まぁ……ね」

ロッテが一瞬だけ暗い表情をしている事をウラタロスは見逃さなかった。

「ウラタロスさん、どうしたんですか?」

ロッテの姿がなくなってもウラタロスは見つめたままだった。

「ちょっと手伝ってくれない?ユーノ」

「え?」

聞き返すより早く、ウラタロスはフリーエネルギー化してユーノの中に入り込んだ。

七三分けに分けて髪型にそのうちのひとつに青いメッシュが入り、どこから取り出したのかわからない伊達眼鏡をかける。

ウラタロスが憑依したユーノ(以後:Uユーノ)は伊達眼鏡をキリッときめてから歩き出す。

(ど、どこに行くんですか?)

深層意識のユーノがUユーノに訊ねる。

「アリバイの確認と身元調査さ」

そう言うと、Uユーノは時空管理局本局で勤務する局員を捜す事にした。

Uユーノが手に持っていたのはエイミィ・リミエッタが描いた仮面の戦士のモンタージュだった。

 

 

文化レベル0の砂漠世界。

砂漠で人が住めるかどうかというと、人は生活可能である。

ただし、そこに人類の『天敵』と呼ぶに相応しい相手がいない場合に限るが。

その『天敵』である砂竜を倒した後、フェイト・テスタロッサとシグナムは足を砂地につけて相棒であるデバイスを構えて対峙していた。

(この緊張感、良太郎やなのはと戦った時と同じだ……。気を抜けば確実にやられる!)

バルディッシュ・アサルトを構えてシグナムの出方をうかがうフェイトは頬に伝う汗を拭うことなく、眼前の相手の放つ気迫を受け止めている。

「預けた決着はできれば今しばらくは先にしたいが、速度はお前のほうが上だ。逃げられないなら戦うしかないだろう」

シグナムは冷静に分析して『戦闘』を選ぶ事にした。

「はい。わたしもそのつもりで来ました」

フェイトは真っ直ぐにシグナムを見て、告げる。

両者が同時に構えを取る。

両者が同時に間合いを詰めるようにして駆け出す。

振り上げたバルディッシュ・アサルトとレヴァンティンがぶつかり、火花が飛び散る。

すぐさま第二撃を繰り出すが、両者がスレスレでかわそうとするが実際にはバリアジャケットと騎士甲冑の『保護』がなければ互いの身体に触れていただろう。

すれちがいざまにバチバチバチと音を鳴らしている。

(次!)

フェイトは体勢を整えてからそのまま振り向かずに、次の攻撃を移した。

その動きはまさに疾風の如くだった。

 

シグナムが次の攻撃へと繰り出そうとするが、フェイトの姿は眼前にはなかった。

(いない?)

目では捉えられない速度で移動されては、自分がそれに対してできる対抗策はひとつしかない。

(速度に翻弄されるな。テスタロッサが次に出る行動は決まっている!)

これが『戦闘』である以上、フェイトが自分に仕掛けてくるのはわかっている。

あの驚異的な速度が持続できるとは思えないので、あくまで移動を目的に使っていると考えていいだろう。

となれば攻撃に繰り出す時に必ず移動から攻撃に移る際に生じる間があるので、その間を読んで攻撃を受け止めてから自分は攻撃を繰り出せばいい。

背後から風と同化したかのように移動をしてきたフェイトがバルディッシュ・アサルトを振り上げていた。

「はぁっ!!」

ゆっくりとレヴァンティンを胸元まで持ち上げてから左手に握られている鞘に納剣してから受けの構えを取りながら、右にくるりと回りながらフェイトの攻撃を受け止める。

シグナムの左足が少しだけ下がり、砂煙が立つ。

そのままレヴァンティンを鞘から滑らせるようにして抜剣し、振りかぶってフェイトに叩き込む。

体格差があるので、フェイトはバルディッシュ・アサルトで受け止めるが後方へと砂煙を焚き上げながら大きく下がってしまう。

フェイトを見据えたまま、シグナムはレヴァンティンを下段に構える。

刀身の一部のカバーがスライドしてカートリッジを排出して、蒸気が噴出す。

『シュランゲフォルム』

「はああっ!!」

レヴァンティンが告げると同時に、シグナムは上段に構えて蛇のような竜のような刃がフェイトへと向かっていった。

 

「またアレが来る!?」

フェイトはシグナムがレヴァンティンを長剣から蛇腹剣へと切り替えると対策を考える。

シグナムの付近では螺旋状を描いており、空中から直接こちらに突っ込んでは来ずに先程の砂竜のように砂漠の中に潜ったりなど、こちらに軌道を悟らせない変則的な動きをしていた。

ドスンボスゥンなどという蛇腹剣が砂漠に潜ったり、出てきたり、その度に生じる砂煙が肉眼による視認を狂わせる。

(!!)

フェイトの身体を理屈ではなく、生存本能が全身を支配した。

蛇腹剣はフェイトを捉えてそのまま突っ込んでくるがフェイトは高く跳躍してかわし、受身を取って砂煙を利用して、シグナムに確認されないように砂漠の上に座り込む。

バルディッシュ・アサルトを立てる。

カバーがスライドしてバルディッシュ・アサルトが告げる。

『ロードカートリッジ。ハーケンフォーム』

先端が九十度に曲がり、黄金の鎌刃が出現する。

大きく振りかぶるようにして構える。

 

「ハーケンセイバー!!」

 

後はいつどのタイミングで発動させるかだ。

蛇腹剣は蛇のようにフェイトの周りを囲む。

頭上から先端が降ってくるか、以前の戦いのように絡みつくか、どちらにしても自分が黄金の鎌刃をシグナムに向けて放つより速いだろう。

右足を踏み込み、バルディッシュ・アサルトを振り下ろす。

黄金の鎌刃がバルディッシュ・アサルトから離れて、蛇腹剣の目を掻い潜ってシグナムへと向かっていった。

 

シュランゲフォルム状態のレヴァンティンを操りながらも、シグナムは眼前のフェイトの動きを逐一警戒していた。

(これまでテスタロッサの攻撃は何とか防いでいたが、こちらとしては決定打をまだ与えていない)

それは相手のフェイトも同じ事だ。

フェイトのいる位置から何かが飛んできた。

(仕掛けたな!)

その場で左足を軸にして右回転して、レヴァンティンを操る。

「はああっ!!」

連結刃が蛇のようにうねりを上げて、フェイトの周囲を囲っていた体をフェイトに向かっていく。

螺旋の大きさが小さくなり、やがては中にいるフェイトを潰すくらいに小さくなっていく。

やがて大きく砂煙が生じて、フェイトの姿が確認できなくなる。

(来たか……)

先程フェイトがこちらに投げつけた黄金の鎌刃が砂煙の中からシグナムまで飛んできた。

速度は一定であり道筋も一定。実弾のように飛距離によって弾道が落ちるというような事がないのが厄介だ。

ギリギリの所まで引き寄せてから、両脚に力を込めてその場で高く跳躍する。

地上から離れて数十メートル位になると、雨でもないのに自分の頭上が暗くなった。

「はああああああああああぁ!!」

その正体は黄金の鎌刃を出現させたバルディッシュ・アサルトを上段に構えていたフェイトだった。

(テスタロッサ!)

シグナムの身体が生存本能の赴くままに動いた。

 

フェイトとシグナムが激戦を繰り広げている中、野上良太郎はエイミィのナビを聞きながら、歩を進めていた。

『その調子だよ。良太郎君』

「うん。何かどんどん砂煙とかが出てるから、間違いなくフェイトちゃん達がいるところに向かっているってのがわかるね」

良太郎はゴーグル越しに見える砂煙などが激戦を繰り広げている証明だと考えていた。

『ねぇ良太郎君』

「なに?エイミィさん」

エイミィの声色が普段の明るい感じになっていた。

『こんな時に聞くのも何だけどさ。良太郎君にとってフェイトちゃんはどういう存在なの?』

「え?」

トランシーバーから耳に入ってくる質問に対して、良太郎は聞き返す。

質問自体はされても構わない。だが、内容は問題ありだった。

「エイミィさん。僕達の会話ってその、傍受される事ってない?」

『なのはちゃんやフェイトちゃん、アルフに聞き取られる心配はないから安心して。だからこそ今訊ねられるんだけどね』

傍受される心配がないと聞いて良太郎はホッと胸をなでおろす。

「好きか嫌いかで訊ねられると、好きだよ。いい子だし、年齢とか性別とか関係なく信頼できるからね」

良太郎は自分がフェイトに対して抱いている想いを素直に打ち明けた。

『ふぅーん。そうなんだぁ』

「もしかして僕、変なこと言った?」

エイミィの声色からしてズレた答えを出してしまったのかと良太郎は思ってしまう。

『ううん。じゃあさ、女の子から好意をもたれてたら良太郎君としてはどう思ってるのかな?』

良太郎は足を止めずに、砂漠の地面を踏みながら歩いている。

「うーん。答えるに難しい質問だね」

『そう?』

「僕、モテた事とかないからさ。今ひとつ想像できないっていうのが本音なんだ」

『モテた事がない?嘘でしょ?』

エイミィは信じられないという声を上げる。

「本当だよ。学生時代に女の子の友達はいたけど、恋人はいなかったよ」

『へええ。意外だねぇ』

「そう?」

自分が『女性にモテている』と思われていることの方が不思議で仕方がない。

『肝心の答えは?』

「まぁ……いれば嬉しいかな……」

エイミィに急かされたので、良太郎は頬を人差し指で掻きながら短く答えた。

目的地まで歩む速度を速めた。

 

空中でアルフ(人型)とザフィーラ(人型)が拳を交えていた。

アルフが右正拳を繰り出すが、ザフィーラは左手で叩き落とす。

ザフィーラが右上段蹴りでアルフのこめかみを捉えるが、アルフは即座に反応して身を屈めてから間合いを詰めて下半身に力を込めて、タックルをけしかける。

「でええぃ!!」

「ぬぅ!!」

ザフィーラは全体重をかけて、吹き飛ばされる事を防ぐ。

「せりゃあああああ!!」

ザフィーラはアルフを掴んで持ち上げ、上体を反らして後方へと投げ飛ばした。

「なっ!?」

宙に浮きながらも、アルフは体勢を整えようと軌道を修正して無事に着地する。

(あたしの体当たりがそれなりに効いてたから、投げのキレが今ひとつだったんだねぇ)

抱えられた腹部を擦りながら、こちらに向き直っているザフィーラを見据える。

「やああああああぁ!!」

ザフィーラが一気に間合いを詰め、振りかぶって右正拳を放つ。

アルフが両腕をクロスして、受け止める。

「ぐぅっ!!」

単純な馬力では自分よりも向こうに分がある。

アルフの両脚が空中とはいえ、ズルズルと下がる。

クロスしたまま、前へと進んでザフィーラの拳を払いのけた直後に後方へと宙返りをしながら右足を胸部付近に狙いをつけて蹴り出した。

「!!」

危険を感じたザフィーラは、アルフの右足を受け止めようとはせずに必要最小限の動きと選択した後方へと半歩後退した。

ザフィーラの前髪がアルフの蹴りによって生じた風でふわっとなびく。

「ちぇっ。折角当たるかと思ったのにさぁ」

アルフは台詞とは裏腹に、特に気落ちしている様子はない。

「見せ技は所詮見せ技だ」

「バレてたってわけかい……」

ザフィーラの尤もな意見にアルフは両肩をすくめていた。

サマーソルトキックは相手にダメージを与えるというよりは相手に威嚇する目的として用いられている。

だが、沈着冷静を地で貫いているような相手には全く意味がない技である。

両者共に、ゆっくりと間合いを空けていく。

(接近戦でやり合ってもラチがあかないからねぇ。ここらで一発決めますかぁ!!)

ある一定の距離まで間合いが開くと両者はその場で停まる。

アルフが振りかぶりながら、全力の速度で突っ込んでいく。

ザフィーラもそれに負けないくらいの速度で応じようとしている。

アルフが右に、ザフィーラが左に上体を振りかぶる。

「「はああああああああ!!」」

右正拳と左正拳が同時に繰り出された。

だが、両者ともに拳が一瞬ぶつかってすぐさま、一直線に進んで相手に向き直った。

「はあ……はあ……はあ……」

「はあ……はあ……」

アルフもザフィーラも両肩を上下に揺らして息を整えようとしている。

「アンタも使い魔---守護獣ならさぁ!ご主人様の間違いを正そうとしなくていいのかよぉ!?」

アルフ自身、過去に犯してしまった事だ。

だからこそ、この手の事で『罪の意識』を感じるのは自分一人でいい。

ザフィーラが引き返せるのかどうかはわからないが、それでも打診するだけの価値はあると踏んだ。

「『闇の書』の蒐集は我等が意思。我等が主は我等の蒐集については何もご存知ではない」

「何だって!?そりゃあ一体……」

アルフは我が耳を疑った。

ページ蒐集は守護騎士達が独断でやっているのだと。

主は今もページ蒐集の事実を知らないのだと。

(命令じゃなくて、自分の意思なんてさ……。くそっ!これじゃ説得が余計に難しくなるじゃないか!)

予測が外れ、それが自分が考えている以上の難解だと知るとアルフは毒づいた。

 

「主のためであれば血に染まる事も厭わず。我と同じ守護の獣よ、お前もまたそうではないのか?」

 

ザフィーラは言いたい事を言い終えたというような感じで構えを取る。

「そうだよ……。でも、だけどさぁ!」

アルフはザフィーラの一言がなまじ正鵠を射ているので、言い返そうにもまともな言葉が出てこなかった。

 

 

ヴィータは右手にグラーフアイゼン、左手に『闇の書』を抱えて砂漠世界とは違う次元世界を飛行していた。

三つほど巨大な星が見える空は青々として緑は茂っており、都会らしい文明は一切なく保養地として過ごすには快適な場所ともいえるだろう。

(こーいう所ではやてとゆっくり過ごせたらいいよなー)

ヴィータが蒐集対象を捜しながらも、ちょっとした理想を思い浮かべるがすぐに現実に戻って厳しい表情を取っていた。

(ヴィータちゃん。シャマルだけど……)

シャマルが突如、念話の回線を開いてきた。

(何だよ?言っとくけど蒐集はまだしてねーぞ。見つからねーんだよ)

ヴィータはどこか不貞腐れた感じで素直に報告する。

(それ中断してもらってもいいかしら?)

(何でだよ?)

(シグナム達の所がちょっと……)

(シグナム達が?)

ヴィータと念話とはいえ、シャマルと会話を進めながらも飛行速度を緩めてはいない。

(うん、砂漠で交戦してるの。テスタロッサちゃんとその守護獣の子、あと一応警戒しておいた方がいいのが……)

(仮面ライダー電王が来てるって事か……)

シャマルが言おうとした事をヴィータが先に言った。

(うん。一応警戒した方がいいって言ったのは彼はまだ誰とも接触していないからなの。何をしでかすかわからないって部分も含めて一応って言ったの)

(シャマル。シグナム達が射る世界にいる電王ってのは何人だよ?赤鬼達---イマジンは?)

(ううん。侑斗君が言っていた野上良太郎君だけよ)

良太郎一人でも電王になって戦う事は出来る。

事実、シグナムに一対一で勝っているのだから。

(どっちにしても長引くとマズイよな。助けに行くか……)

ヴィータが今後の行動を決断し、視点を前へと移したときだ。

「!」

ヴィータは急ブレーキをかけて停止する。

前方に白いバリアジャケットを纏った高町なのはがいた。

(ヴィータちゃん。どうしたの!?)

(鬱陶しいのが来やがった。例の白いヤツ……)

ヴィータはここに来ているのが、なのはだけでないと推測して下方を見る。

岩山の頂にモモタロス、キンタロス、リュウタロスがいた。

それぞれ専用の武器を携えていた。

(あと、赤鬼に金クマに紫ドラゴンもいやがる……)

 

「高町あろまとバカイマジン達!!」

 

「なのはだってばぁ!!な・の・は!」

なのはが両手を振って、あたふたしながら訂正を求める。

「誰がバカイマジンだ!このエビフライ頭!!」

「モモの字がそう言われるのはしゃあないけど、俺まで含むなんてどういうこっちゃ!」

「バカはモモタロスだけだもん!」

岩山にいるイマジン三体も、ヴィータに抗議をした。

「うっせーな!!お前等出てくるたんびにバカな事しかしてねーだろうがぁ!!」

ヴィータはイマジン三体を睨みつけるとある意味、正鵠を射た。

次になのはを見る。

レイジングハート・エクセリオンを下げたままで構えようとはしない。

「ヴィータちゃん。やっぱりお話聞かせてもらうわけにはいかない?もしかしたらだけど手伝える事とかあるかもしれないよ?」

なのはは穏やかな表情でこちら側の事情を聞き出そうとしている。

強制ではなく、こちらが話すのを待っているようだ。

(はやて?)

一瞬だが、主である八神はやてが見えた。

(まさか……な……)

ヴィータは両目を吊り上げる。

「うるせぇ!!管理局の人間の言う事なんか信用できるか!!」

精一杯怒鳴り散らす。

なのはは臆することなく、ヴィータを見据えている。

「わたし、管理局の人じゃないもの。民間協力者」

両手を広げる。まるで、全ての事情を知っても呑み込むかのように。

(『闇の書』の蒐集は魔導師一人につき一回。つまり、コイツを倒してもページ蒐集はできねぇんだよなぁ)

ハッキリ言えばメリットは何もない。むしろ魔力や体力そして時間を使ってしまうため、デメリットしかない。

右手に握られているグラーフアイゼンを一瞥する。

(カートリッジの無駄遣いも避けてぇしなぁ)

「ヴィータちゃん」

なのはが切なる願いを込めた表情で名を呼ぶ。

ヴィータはなのはを睨んで次なる行動に移る事にした。

 

「ぶっ倒すのはまた今度だああぁぁ!!」

 

そう言う同時に足元に紅色の魔法陣を展開させて、左掌から紅色の光球を出現させる。

キュイイイインという音を光球が奏でている。

グラーフアイゼンを上段に振りかぶる。

『アイゼンゲホイル』

電子音声で発すると同時に、ヴィータは右手を紅色の光球に向けて勢いよく振り下ろす。

グラーフアイゼンの頭部が紅色の光球に直撃する。

ヴィータを中心に円形に紅色の光と衝撃がはしる。

衝撃によって、地上の緑が突風に煽られている。

自分は球状のバリアを張っていたので光で視界を奪われる心配はないし、轟音によって耳を狂わされる心配もない。

なのはが両目を閉じて、両耳を両手で押さえているのが見える。

「脱出!」

ヴィータは全力で、なのはから更に間合いを開ける事に成功した。

「よし、ここまで離せば攻撃もこねぇ」

グラーアイゼンを振って、足元に紅色の魔法陣を展開する。

「転送……ん?」

ヴィータは距離を開けて、なのはを見るがこちらに間合いを詰める事はしない。

レイジングハート・エクセリオンをこちらに向けていた。

「ま、まさか!?撃つつもりか!?この距離から!?」

いくらなんでもそれはないとヴィータは高を括りたかった。

 

ヴィータが繰り出した魔法によって一時的に視界と聴力を狂わされたなのはだが、次第に回復した。

『マスター。撃ちましょう』

レイジングハート・エクセリオンが主に反撃の一手を促す。

「うん!」

なのはも意を決して首を縦に振る。

なのははレイジングハート・エクセリオンを変形させる。

先端がシャープな形状となり、その両端から桜色の翼が展開される。

『バスターモード。ドライブイグニッション』

レイジングハート・エクセリオンが珠部分を明滅させながら告げる。

狙撃銃のスコープのような視界で、なのははヴィータを捉える。

「行くよ!久しぶりの長距離砲撃!」

『ロードカートリッジ』

レイジングハート・エクセリオンは二回カバーをスライドしてカートリッジを二個排出させる。

足元に巨大な桜色の魔法陣が展開される。

レイジングハート・エクセリオンの先端から桜色の環状魔法陣が二つ出現する。

更になのはの持つ杖部分の前に一つ、そして後ろに一つと計四つが出現した。

(うん!いける!)

桜色の光球が構築されて、魔力を収束して肥大していく。

『ディバインバスター・エクステンション』

発射準備は整っている。後はただ一声挙げるのみだ。

「ディバイイイイイイイン」

桜色の光球が一時的に縮小してから更に巨大化し、水色の光球が同時に出現してそれは三角形を描いていた。

今から放たれる魔力砲が曲折しないための補正の役割を担っているのかもしれない。

 

「バスタアアアアアアアアア!!」

 

ドォンともブォンともいう轟音を響かせながら桜色の大きな光が一直線にヴィータへと向かっていった。

空中で巨大な爆発音が鳴り響き、爆煙が立つ。

レイジングハート・エクセリオンの一部がスライドして、排熱処理のために蒸気が発する。

なのはは放っても表情は明るくなかった。

『直撃ですね』

「ちょっと……やりすぎた?」

なのははもう少し加減した方がよかったのではと思いだした。

『いいんじゃないでしょうか』

レイジングハート・エクセリオンは気にする事はないと言う。

立ち込める爆煙が晴れていくと、ヴィータ以外ヴィータより大柄なシルエットがあった。

「あ……」

仮面の戦士だった。

 

ヴィータは無傷だった。

本来ならば直撃してまっ逆様に落下していたのだから。

自分を助けてくれたのは以前、海鳴市での戦闘の際にも現れた仮面の戦士だった。

「アンタは?」

自分を助けてくれたからといって、味方とは限らない。

「逃げろ。『闇の書』を完成させるんだ」

仮面の戦士は短く告げた。

『闇の書』の完成を促してくれるのだから、とりあえず味方と判断した。

グラーフアイゼンを剣のように前に構えて、紅色の魔法陣を展開させる。

仮面の戦士がなのはに向けて、何かを放ったが自分はそれを最後まで確認する事は出来なかった。

 

 

フェイトはシグナムの頭上を捉え、バルディッシュ・アサルトを両手で握って振り下ろした。

確実にダメージを与える事に成功したと思った。

だが、現実には黄金の鎌刃はシグナムには届いていなかった。

「鞘!?」

シグナムは左手に握られていた紫色の魔力で覆った鞘で受け止めていたのだ。

自分にとって絶好の好機を完全に逃してしまった。

「うおおおおおお!!」

シグナムは間合いを開けず、そのまま右上段蹴りをこめかみに向けて放つ。

地上に向けて吹き飛ばされるが、蹴りは左掌から放つ魔力で防ぐ事は出来た。

バルディッシュ・アサルトが黄金の矢を一発、シグナムに向けて放つ。

避けきれる距離ではない、良くて防御。直撃は高確率といったところだろう。

空中で爆発が生じ、フェイトは宙で上手く軌道を修正して着地する。

『アサルトフォーム』

バルディッシュ・アサルトは自らの形態を変える。

その直後にズドォンという地上にむけて落下するような音がフェイトの耳に入った。

砂煙が立ち、その正体が何なのかは考えるまでもないことだ。

シグナムなのだから。

『シュベルトフォルム』

シグナムが立ち上がり、蛇腹剣状態だったレヴァンティンを長剣に戻す。

(次!)

バルディッシュ・アサルトがカートリッジロードすると、フェイトの左手首に黄金の環状魔法陣が巻かれて、掌には黄金の光球が出現する。

シグナムもレヴァンティンを納剣してからカートリッジロードしていることはわかった。

レヴァンティンからカートリッジが排出されたのだから。

フェイトの足元に黄金の魔法陣が展開され、フェイトと同等の大きさの環状魔法陣が一つとそれより少し小さい環状魔法陣が出現した。

掌で構築されている金色の魔力球がバチバチと音を鳴らす。

「プラズマ……」

フェイトが発動魔法名を告げながら眼前のシグナムを見る。

レヴァンティンを両手で持って上段に構えてから足元に紫色の魔法陣を展開させてから、紫色の波がうねりを上げている。

「飛竜……」

そうフェイトの耳に入ってきた。

 

「スマッシャアアアアアアアア!!」

 

左手を前にかざすと、黄金の環状魔法陣が出現して左掌に乗っていた雷を帯びた黄金の魔力球は巨大化して一筋の光となって、掌から放たれた。

ズドォォォンという轟音を響かせながら、シグナムへと向かっていった。

 

シグナムはレヴァンティンを上段に構えて、迎撃態勢を整っていた。

後はタイミングを見計らって、この一撃を振り下ろすのみ。

跳躍してから同時にレヴァンティンを鞘から走らせて抜剣する。

刀身は長剣ではなく蛇腹剣状態で紫色の魔力が帯びていた。

 

「一閃!!」

 

蛇のようにうねりを上げているレヴァンティンを砂地に叩きつける。

紫色の波が砂地を一直線に走っていく。

向かう先はフェイトが放った黄金の魔力砲だ。

黄金の魔力砲と紫色の波がぶつかって、金色を帯びた紫色の竜巻が発生する。

そのまま何かが起こるかとも思われたが、その場で回転し互いの魔力と魔力が反発しあって相殺して爆発した。

爆発した場で爆煙が立つ。

先に場を空へと移すために飛行する。

フェイトが後を追うようにして、こちらに向かってきた。

「「はあああああああああああ!!」」

レヴァンティンをカートリッジロードする。

ガシュンという音を立ててカートリッジが排出される。

ガシャンという音がフェイト側から聞こえてきた。

バルディッシュ・アサルトがカートリッジロードする。

両デバイスがぶつかり、魔力光が発生した。

 

「更に激しくなってる!」

良太郎がゴーグル越しなのに片目を閉じながら、吹き荒ぶ風とその中に混じってくる砂の脅威に臆することなく進んでいた。

『それだけ、目的地に近づいているって事だよ』

「数字で表すと、どのくらい?」

目的地に近づいているとはいえ、具体的なもので表現してもらわないと精神的に参ってしまう。

『数字で表すと三百メートルくらいかな』

エイミィが教えてくれた。

「え?そんなものなの?」

『もっとあると思ってた?』

「うん。確認するけど方角はこれでいいの?」

『間違い……』

良太郎の耳にガガピーというような雑音が入ってきた。

「エイミィさん?エイミィさん!」

良太郎は何度も駐屯地にいるエイミィに交信を試みるが、何の反応もない。

「とにかく、フェイトちゃん達に合流しないと」

良太郎は歩を先程より速く進めた。

ザッザッザッという音を立てながら。

 

フェイトとシグナムが空中で互いのデバイスをぶつけ合っていた。

バチバチバチという音を立てながら、両者の足は砂地に着く。

同じタイミングで振り向く。

シグナムの左手から甲冑が避けて血が流れ出して、砂地に落ちていた。

「はあ……はあはあ…はあ……」

両肩を上下に揺らしてからフェイトを睨みながらもフェイトを睨んでいる。

(ここに来て尚速い……。眼で追えない攻撃が増えてきた……。早目に決めないとまずいな……)

中段にレヴァンティンと鞘を構える。

フェイトの左足からも血が流れていた。

バルディッシュ・アサルトを両手に持って構えていたが、両肩を上下に揺らしていた。

「はあはあ……はあ…はあ…はあ……」

(強い!クロスレンジもミドルレンジも圧倒されっぱなしだ……。今はスピードでごまかしてるだけ……。まともに食らったら叩き潰される!)

バルディッシュ・アサルトをハーケンフォームにして上段に構える。

(シュツルムファルケン。当てられるか……)

フェイトを睨みながら、一か八かの賭けに出ようとするシグナム。

(ソニックフォーム。やるしかないかな……)

フェイトもまた一か八かの賭けに出ようとしていた。

両者の足が同時に砂地から離れて、何度目かのぶつかりあいになろうとした。

 

エイミィのナビゲーションを頼りにしていた良太郎だが、何故か途絶えてしまいひたすら真っ直ぐに砂地を踏みしていた。

(そろそろ三百メートル歩いたと思うけど……)

感覚なので正直アテにはならない。

いい加減、見渡す限り同じ風景というものにうんざりしてきた頃だ。

 

「うわあああああああああぁ!!」

 

フェイトの声が耳に入った。

このような悲鳴じみた声は平時ではありえない。

シグナムかザフィーラにやられたのだと思い、良太郎は歩きから走りへと切り替える。

ザッザッザッという音を鳴らしながら、走る。

(何だろ?凄く嫌な予感がする!)

胸の中で怒るざわつきが杞憂であってほしいと良太郎は願う。

やっと人が良太郎の視界に入った。

(え?)

良太郎の双眸の眼に入っていたのは、仮面の戦士に胸元を貫かれているフェイトとそれを睨んでいるシグナムだった。

シグナムを一瞥してから、もう一度フェイトを見る。

見るも痛々しい苦悶の表情を浮かべていた。

それは夢ではなかった。

フェイトの胸元を仮面の戦士が貫いていた。

身体全身の体温が一瞬冷えたような感じがして、すぐにまた上昇した。

命を懸けた戦いは何度も経験している。

そんな時でも今のような状態にはならなかった。

いや、一度だけあった。

桜井侑斗を消失させたイマジンに対してだ。

あの時もこのような自分では抑えきれない何かが噴出そうとしていた。

あれからさらに修羅場を潜り、イマジン達と特訓をしていく上で何となくだがわかってきた。

そして、仮面の戦士を見る。

開いていた手は拳にして、両目に力が篭る。

今ならわかる。

自分は仮面の戦士に対して、こう抱いているのだ。

 

絶対に許さない、と。




次回予告

第四十一話 「修羅の片鱗 後編」


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第四十一話 「修羅の片鱗 後編」

フェイト・テスタロッサは自身に何が起きたのかを理解するのに少し時間がかかった。

バルディッシュ・アサルトを構えてシグナムに詰め寄ろうとした決意した直後に異変が起きた。

背中から胸へと何かに貫かれるような感触を感じ、本来ありえないところに出てきている物を両目で視認して初めて理解した。

自分は何者かに背後から貫かれているのだと。

(そ、そんな……いつの間に……)

全身から力が抜けていく感覚がハッキリとわかる。

それでも何とかして自分をこんな風にした者の顔を見ようとする。

顔を向けるという単純な行動でさえも重く感じる。

(この人は……)

仮面をつけた男だった。

必死に網膜に焼き付けようとするが、意識を手放そうとする速度が尋常ではない。

仮面の男が何かを発動させた。

「う、うわあああああああああああ!!」

血は出ていないが、貫かれたという恐怖と何かをされているという恐怖が加速度にフェイトに襲い掛かる。

「貴様ぁ!!」

シグナムが多分だが、仮面の男に対して怒号を上げているのだろう。

(やっぱりバチでも当たったのかな……。良太郎の事避けてたから……かな……。ごめんね……良太郎……)

そこでフェイトは完全に意識を手放した。

 

シグナムは自分とフェイトの戦いに水を差した仮面の戦士を睨みつけていたが、彼が手にしているものを見て思わず停まってしまった。

それは自分が今最も欲するもの---リンカーコアだった。

「さぁ、奪え」

と仮面をつけているのでどんな表情かはわからないが、恐らく自分を不快にさせてくれるものだろうと推測する。

リンカーコアは欲しい。だが、こんな形で手に入れることは望んではいない。

(くっ……)

歯を強く噛みしてしまう。ぎりりという音が出そうなくらいに。

右手に握られているレヴァンティンもカタカタと震えている。

自身の『誇り』と『目的』がせめぎあっていた。

その中、ざっざっざっと砂地を駆ける音が耳に入ってきた。

リンカーコアから視線を離すと、そこにはゴーグルを装着していた一人の男が左拳を振りかぶって仮面の戦士に向かっていた。

男は構えていた左拳を迷いも躊躇もなく振り下ろす。

飾り気のないただのストレートだが速度も威力も申し分ないものだ。

「がぁっ!」

仮面の戦士はそのような声を上げながら、左へと飛ばされていく。

その中で男は地に落ちようとするフェイトをしっかりと抱きとめていた。

シグナムには男が誰なのかわかった。

紛れもなく自分が知っている人物だ。

そして、ここ最近では自分の心の中に大幅に占めている人物だ。

だが、男の全身から噴き出ているモノは最も似つかわしくないものだった。

(怒っているというのか……。野上……)

仮面の戦士を殴り飛ばした男---野上良太郎が乱入してきた。

 

フェイトを仮面の戦士から奪い取った良太郎は抱きかかえて、仮面の戦士を一瞥する。

不意打ちといっても、さほどのダメージは受けていないようだ。

むしろ仮面を殴ったから、自分の左拳がズキズキとしている。

だが、苦悶の表情を浮かべるほどではない。

抱きかかえているフェイトを見る。

意識を完全に手放しているのか閉じた両目を開ける兆しはない。

「………」

ゆっくりとシグナムの元に歩み寄る。

「野上……」

シグナムは良太郎が放つモノに完全に圧されていた。

「シグナムさん。お願いがあります」

「……何だ?」

抱きかかえているフェイトをシグナムの前に出す。

「フェイトちゃんをお願いします」

「……私はお前からしたら敵だぞ?」

「今ここで信用できるのは貴女だけなんです。だから、お願いします」

比べる相手が他にいないのが残念だが仮面の戦士よりは信用できる。

二度、戦った上で得た結論だ。

「しかし……」

渋るシグナムと良太郎の目が合う。

それ以上は言わせない。相手に反論の機会を与えさせてはいけない。

「……わかった。その任、引き受けよう」

シグナムは首を縦に振って了承してくれた。

抱きかかえているフェイトをシグナムに渡すと、良太郎は軽く頭を下げてから背を向けて歩き出す。

右手にはパスが握られており、左手にはデンオウベルトが握られていた。

良太郎は歩きながらデンオウベルトを腰元に巻きつける。

カチリという音がして、固定された。

「変身」

パスをターミナルバックルにセタッチする。

歩きながら良太郎から銀と黒が目立つプラット電王へと変わっていく。

そのまま、変身者の意思を読み取ったかのようにケータロスが出現して、デンオウベルトに装着される。

ケータロスから金色のオーラレールが出現し、それは空へと向かっていく。

空の一部が歪んで、オーラレールの上を滑走していく一つの物体がある。

物体の滑走する速度は速いが、プラット電王は右手でぱしっと受け取る。

物体---デンカメンソードのパススロットルにパスを差し込む。

『ライナーフォーム』

デンカメンソードが発し、それでもプラット電王は停まることなく仮面の戦士の下へと歩く。

プラット電王の後ろからデンライナーが出現して、プラット電王へと向かって走っていく。

その度に砂煙はぶわっと舞う。

デンライナーはオーラライナーとなりながら、プラット電王を透過していく。

黒と銀から赤と白が目立つプラット電王になっていきながら、キングライナーを髣髴させるオーラアーマーとデンライナーがモデルとなっている電仮面が装着されていき、ライナー電王へと変身した。

仮面の戦士は既に起き上がっていた。

「貴様は『闇の書』の完成の際に最も邪魔な存在だと認識している。殺しはしない。ただ、しばらく前線には立てないようにしてやる」

「………」

仮面の戦士の言葉にライナー電王は何も返さない。

デンカメンソードを構えて、ただ進むのみ。

 

「「!!」」

砂漠世界の空で、戦っていたアルフとザフィーラは互いの顔面を狙っていた拳を寸前の所で停めた。

「な、何だい!?この背筋からゾクッとするようなとんでもない殺気は……」

アルフが知る限りでこのような殺気を放っている人間は知らない。

本能が訴えているのだ。

『関わるな』と、『近寄るな』と。

「シグナムではない。無論、お前の主でもないのだろう」

ザフィーラは消去法で身の毛もよだつ殺気を放っている者を割り出していた。

「野上良太郎か……」

ザフィーラが静かに呟いた。

「何だってぇ!?」

自分やザフィーラは対象外、フェイトやシグナムではないとなると残りは一人しかいないのだからその答えが一番正解に近い。

(ありえないでしょ!?いくら何でも、あの良太郎だよ……)

アルフにしてみればこれだけの殺気を放っている主があの良太郎というのがピンと来ない。

そもそも良太郎に『怒り』とか『憎しみ』という感情が似合うとは思えない。

温厚な良太郎がここまで怒る原因となれば数え切れるほどしかない。

(まさか……)

アルフにしてみれば最も起こってほしくない事を想像した。

フェイトに何か起こった事を。

 

ライナー電王がデンカメンソードを上段に振り上げて、仮面の戦士に向けて振り下ろす。

ボスンという音を鳴らしながら、砂地を抉るがそこには仮面の戦士の姿はなかった。

「はあっ!」

背後に回った仮面の戦士は左足を軸足にして、右上段回し蹴りをライナー電王の頭部に狙いをつけて繰り出すが、ぶぉんという風を切る音のみだった。

ライナー電王はしゃがんで避けていた。

デンカメンソードのデルタレバーを引っ張る。

『ウラロッド』

電仮面ソードから電仮面ロッドへと切り替わる。

立ち上がりながらも、左足を軸足にして右後ろ回し蹴りを繰り出す。

「はあああっ!!」

モモソード時よりも速く鋭い蹴りが、風を切り裂く音を鳴らしながら背後にいる仮面の戦士を捕らえる。

踵が仮面の戦士の右こめかみを捕らえて、左へと吹き飛ばす。

「りゃああああ!!」

この機会を逃がすことなく蹴り足となっていた右足が砂地を踏みしめると同時に、軸足となっていた左足を更に蹴り足にして、左上段回し蹴りを繰り出す。

「がはああっ!!」

ザフゥという音を立てながら、砂地に身体を伏してしまう仮面の戦士。

同じ場所を二度も食らい、仮面の戦士は立ち上がりながらも右こめかみを押さえながらその場でグラつく。

「………」

仮面の戦士を睨みながら、ライナー電王はデルタレバーを引っ張る。

『キンアックス』

電仮面ロッドから電仮面アックスへと切り替わる。

構えている仮面の戦士へとゆっくりと歩み寄っていくライナー電王。

その歩み方は相手にそして、第三者に恐怖心を煽るには十分なものだった。

 

「私と戦った時と明らかに違う……」

シグナムは過去に二度の戦闘を思い出しながら、ライナー電王の戦闘を見ていた。

二度戦った時、共通するのならば『意思』のような物が感じられた。

それは厭戦的な野上良太郎ならではのものだろう。

『苦しみ』や『戦いの業』といったものだ。

命を懸けたやり取りの中に身を投じたからといって、慣れるわけではないのだろう。

自分は強者と出逢う事や戦う事に至上の喜びを感じるが、目の前で戦闘を繰り広げている人物はそのように感じる事はないのだ。

むしろ、出来る限りなら戦いたくないという気持ちが優先される。

だが、彼はそれで通じる相手ばかりではないという事も知っているのだろう。

だから、彼は広げた手を拳にして戦いを決意する。

戦いの快楽に酔いしれる事もなく、最も辛い茨の道を歩み続けているのだろう。

自分にはない『強さ』を持った青年だ。

だが、今の彼からはそのような『意思』がない。

ただ相手を屠る事のみを優先して己が力を振り上げている。

もし、自分が感じた『意思』が野上良太郎の潜在的な能力を抑えている枷になっているのならば今、この時だけは開放されているのだろう。

仮面の戦士が左ジャブを繰り出してからの右ストレートをライナー電王への胸部へと繰り出す。

それでライナー電王が吹っ飛ぶかとも思われたが、微動だにしていない。

右手に握られているデンカメンソードを左手に持ち替えて、右手を拳から開手へと変更していた。

中腰となって、足を踏ん張って右腕を一直線に仮面の戦士の腹部へと狙いをつけて、突っ張りを放つ。

「ごほぉ」

呻き声を上げながら、後方へと吹っ飛ばされる。

ズザァァァという砂地を鳴らしている。

中腰からまた直立へと姿勢を切り替えて、左手に握られたデンカメンソードを右手へと戻した。

「ここまで一方的とはな……」

シグナムは抱きかかえているフェイトを見る。

瞳はまだ硬く閉じたままだった。

フェイトから目を離してから以前にデネブが言っていた事を思い出した。

「野上を怒らせてはならない」

と。

それは冗談なんかではなかった。良太郎の逆鱗に触れると今、自分の目の前で繰り広げられているような出来事になる事を肝に銘じておくことにした。

 

「がはっ……ごほっ……」

仮面の戦士は突っ張りを食らった腹部を右手で押さえながらゆっくりと立ち上がる。

服装の至るところに砂が付着していた。

(甘かった……)

今になって自分の認識の甘さを後悔した。

眼前の敵---ライナー電王を睨む。

死なない程度に痛めつけて終わらせるつもりがとんだ誤算だった。

今まで少々腕のある魔導師の鼻っ柱をへし折った感覚で挑んだ事が間違いだった。

右こめかみと腹部のダメージが消える気配は一向にない。

だが、これで確信した。

間違いなく『闇の書』の蒐集の最大の障害となる。

だからこそ、ここからは『本気』で戦わなければならない。

懐から一枚のカードを取り出して、ライナー電王へと向けて投げつける。

青色の魔力で構築された鎖---バインドがライナー電王に巻きつかれる。

(これで少しは時間稼ぎが出来るは……ず……)

だが、現実は甘くなかった。

ライナー電王が力任せに身体に纏わりついているバインドを引きちぎっていた。

走ることなくゆっくりとこちらに詰め寄ってくる。

確実に仕留めるには魔力を練り上げて威力のある攻撃魔法を放たなければならない。

だが、そんな暇は与えてくれそうにはない。

クロスレンジではどうあがいても分が悪い。

なら距離を置いてミドルレンジから攻撃を仕掛けてみるしかない。

威力の高い射撃魔法は出来ないが、手数を多くする高速射撃で勝負するしかない。

幾分か下がってから掌をかざして青色の魔力球を三個出現させる。

「行けっ!」

短く告げると同時に発射した。

 

青い魔力弾が三個、ライナー電王に向かってきている。

「………」

それに対して、動じる様子もなくデルタレバーを引く。

『リュウガン』

電仮面アックスから電仮面ガンへと切り替わる。

デンカメンソードを狙撃銃のようにして構える。

左手で支えるようにして、刃を掌に乗せる。

こちらに向かってくる青い魔力弾に対して照準をつける。

照準器はない。ただ、自分の中に存在していると思われる野生の勘で勝負するのみ。

全身にあるエネルギーをデンカメンソードの切先へと向けていく。

バチバチバチとフリーエネルギーが切先に充填されていくのがわかる。

「ふぅぅぅぅぅぅ」

ライナー電王が息を吐くと同時に、デンカメンソードから紫色のフリーエネルギーの弾丸が発射される。

ダダダンと三発一斉発射する。

フリーエネルギーの弾丸と魔力弾がぶつかりあって相殺される。

バンバンバンと爆発音を鳴らしながら爆発が起きて、爆煙が生じた。

構えていたデンカメンソードを下ろす。

爆煙が晴れることを待つ事なく、ライナー電王はダンスをするかのようなステップで飛び込んで行った。

 

シグナムは呆然としていた。

クロスレンジであそこまで善戦しておいて、ミドルレンジでも決して引けを取ることなく戦っている。

今のライナー電王に死角がないように思えて仕方がない。

自分が今、仮面の戦士の立場ならどうだろうかと想像する。

クロスレンジで圧し負けて、起死回生としてミドルレンジかロングレンジで仕掛けても返される可能性は十分にありうる。

(今、仮面の戦士をあそこまで追い詰めている野上はいつもの野上ではない。その引き金となったのは間違いなく、テスタロッサ)

抱きかかえているフェイトを見る。

「テスタロッサ。私はお前が羨ましいぞ。お前のために真剣に怒り、戦ってくれる人間がいるのだからな」

シグナムはライナー電王の背中を通して、良太郎の背中が見えた。

(もし、私がテスタロッサと同じ目に遭えば野上は怒って戦ってくれるだろうか……)

シグナムの胸中にふとそんな考えが過ぎった。

はっとして、首を横にぶんぶんと振る。

(な、何を考えているのだ!?私は!!不謹慎な!!)

必死に否定するが、彼女はまだ気付いてはいなかった。

自分がフェイトに羨望と嫉妬を抱いていた事に。

 

爆煙を突き抜けながら、ライナー電王は独特の足運びで仮面の戦士と間合いを詰めていた。

仮面の戦士も狙いが同じなのか、爆煙が晴れる前に間合いを詰めてきた。

右ストレートを繰り出してくるが、こめかみと腹部にダメージを負っている状態なので最初に繰り出してきたと違い、速度は遅く顔を傾けるだけで問題なく避ける。

追撃として繰り出される左フックを最小限の行動でかわしながら、デンカメンソードのデルタレバーを引く。

『モモソード』

電仮面ガンから電仮面ソードへと切り替わる。

背中は避けるために後方へ少し反った状態になり、体勢を戻す際に生じる反動を利用して仮面の戦士に向けて頭突きを繰り出す。

「がっ……」

頭部を押さえながら、後ろへよろめく仮面の戦士。

ライナー電王はデンカメンソードを握ったまま、振りかぶる。

その構えはまさに『斬り付ける』ではなく『ぶん殴る』という表れだ。

ザザァという音を立てながら左足を前に出して腰を捻り、デンカメンソードのターンテーブルを仮面の戦士の顔面に狙いをつけて、放った。

それは速く、そして凄まじく重い一撃だ。

声を出すことなく、仮面の戦士は後方へと派手に吹っ飛んだ。

ザザザァという音が両耳に入ってきた。

「はあ……はあはあはあ……はあ……」

急に全身から疲労感が襲い掛かってきた。

それはまるで錘をつけられたかのように。

デンカメンソードを砂地に落とし、四つんばいの姿勢になる。

「戻ろう……」

しばらくしてからライナー電王は立ち上がって、背を向けてフェイトとシグナムのいる場所まで戻ることにした。

 

アルフはザフィーラとの空中での戦闘を中断して、主であるフェイトの元へと向かっていた。

ザフィーラも連れてだ。

目的はシグナムとの合流であり、帰還だろう。

自分もフェイトとの合流が目的であるため、目的地は同じだ。

「気付かないか?」

今まで口を開かなかったザフィーラが開いた。

「何をさ?」

「先程まで感じていた強力な殺気が急に消えている……」

「言われみれば確かに……」

ザフィーラに指摘されるまで気付かなかった。

先程まで全身に嫌な悪寒を走らせていた殺気は消えている。

あれが良太郎が放ったのならば打ちのめされたか、放つ必要性がなくなったのどちらかだと推測できる。

「あれ、シグナムじゃないのかい?」

アルフがシグナムらしき人物がいる場所を指差す。

「間違いない。シグナムだ」

ザフィーラは飛行速度を落として、シグナムの元へと着陸しようとする。

「あ、待ちなって!」

アルフも少し遅れて着陸態勢を取る事にした。

着陸したアルフが見たものは気を失っていると思われるフェイトとそれを抱きかかえているシグナムだった。

「フェイト!アンタぁ、フェイトに何したのさ!?」

両目が鋭くなってシグナムに詰め寄ろうとするが、ザフィーラに左肩を掴まれて停まる。

「テスタロッサに伝えてほしい。言い訳は出来ないがすまない、と」

「アンタ、フェイトのリンカーコアを取ったのかい!?」

「……結果的にはな」

「……結果的にはだって?」

シグナムの言葉に引っ掛かりを感じてしまうアルフ。

「シグナム。ここで何が起きた?」

アルフの左肩を掴みながらもザフィーラはシグナムに訊ねる。

「私とテスタロッサの戦闘の最中に、あの仮面の男が現れてテスタロッサのリンカーコアを摘出した。それを野上が目撃して乱入した、というわけだ」

「じゃあ、あの殺気を放っていたのは……」

「野上だ」

「そうかい……」

アルフは良太郎が何故、あのような殺気を放ったのかという理由は自分の予想通りだと知っても安堵の息を漏らせなかった。

ザッザッザと砂地を踏む音が近づいてきた。

「あれは……」

ザフィーラは自分の後方から聞こえる足音のする方向に顔を向ける。

「良太郎!」

「野上か」

アルフとシグナムもザフィーラと同じ方角に顔を向ける。

そこにはデンカメンソードを右手に持ったライナー電王がこちらに向かって歩いてきていた。




次回予告


第四十二話 「進む出来事と元通り」


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第四十二話 「進む出来事と元通り」

昼夜の感覚がまるでない次元空間にある時空管理局本局。

アースラは発着場で停まっている。

野上良太郎はアースラの数ある一室でコハナに負傷した左手の手当てを受けていた。

コハナは慣れているのか手際がいい。

包帯を巻いて、クリップで留める。

その横のベッドにはフェイト・テスタロッサが眠っている。

「はい、できたわよ。良太郎」

「ありがとう。ハナさん」

良太郎は拳を作ったり、開いたりを何回か繰り返していた。

「包帯するほどのものじゃないと思うけど、一応念のためね」

「うん。わかってる」

良太郎はそう言いながら椅子から立って、隣で眠っているフェイトを見る。

一向に起きる気配がない。

「リンカーコアって体内にあるものだから、抜かれたりすると体力を相当消耗するのかしら……」

コハナの問いに、良太郎は答えられない。

リンカーコアを持たないのだから、イメージできずよい言葉が出ないのだ。

「………」

「良太郎?」

「何でもない。みんなのところに行こう」

良太郎とコハナは部屋を出た。

フェイトはやはり閉じている瞳を開かなかった。

 

アースラにあるミーティングルームには主な面々が席に着いたり、壁にもたれたりしていた。

「フェイトさんはリンカーコアにひどいダメージを受けているけど、命に別状はないそうよ」

リンディ・ハラオウンの言葉に室内にいる誰もが胸をなでおろす。

席に着いているのは高町なのは、アルフ、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、ロッテ、アレックスの六人とリンディの七人である。

壁にもたれているモモタロス、キンタロス、リュウタロスは胸をなでおろしていたが、すぐさま真剣な表情をしていた。

行動そのものが笑いのネタになる彼等だが、今は一片たりともそのような雰囲気はない。

三体から溢れ出す風格はまさに『戦士』だった。

「わたしの時と同じ様に、『闇の書』に吸収されちゃったんですね……」

体験済みであるなのはにはフェイトがどのような状態に陥っているかは安易に想像できた。

「アースラの稼動中でよかった。なのはの時以上に救援が早かったから……」

「だね」

クロノの素直な意見にロッテは首を縦に振る。

「二人が出動してしばらくして、駐屯地の管制システムがクラッキングで粗方ダウンしちゃって……」

エイミィがいつもと違う暗い声色で、状況を話し始める。

「それで……、指揮や連絡が取れなくなって……ごめんね。私の責任だ……」

エイミィは今回の失態に責任を感じ、暗い表情で謝罪をした。

「だからクロイノの姉ちゃんからもらったコレ、途中で使えなくなってたってわけか」

モモタロスの手には先程まで使っていたトランシーバーが握られていた。

「コレ自体が壊れたわけやなかったんやな……」

キンタロスはトランシーバー自体の故障と見ていたようだ。

「エイミィちゃんのお仕事を誰かが邪魔したの?」

リュウタロスは状況を把握したようだ。

「んなことないよ。エイミィがすぐにシステムを復旧させてたからアースラに連絡が取れたんだし、仮面の男の映像だってちゃんと残せた」

ロッテはキーボードを叩いて、宙に『フェイトの胸を貫いている仮面の男』の映像を出した。

誰もが表情を険しくして見ていた。過去の映像とはいえ味方がやられる姿を見て、気分のいいものではない。

「良太郎がこの場にいなくてよかった……」

アルフが誰にも聞こえない声でボソリと呟いた。

 

良太郎はコハナと共にミーティングルームへと向かっている途中だった。

ズボンのポケットから着メロが鳴り始める。

「ん?」

ケータロスを取り出して通話状態にする。

「もしもし」

『あ、良太郎。僕だけど……』

「ウラタロス。どうしたの?」

『今、どこにいるの?』

ウラタロスは良太郎の質問に答える前に更なる質問をする。

「アースラの中だけど……」

良太郎は周囲を見ながら、答える。

『そっか。無限書庫に来てほしいところなんだけど、わかった事を手短に言うよ』

わかった事とは恐らく、『闇の書』の素性ではなく自分が気にかけている管理局内部にいると思われる妨害者の事だ。

良太郎は固唾を呑んで、ウラタロスの結果報告を待つ。

『まずリーゼさん達が提督さんの使い魔だって事は知ってるよね?』

「うん。一緒に局内回ったしね」

ウラタロスが言う『提督さん』とはギル・グレアムの事だということはすぐにわかった。

『なら話すよ。まずね、ロッテさんもアリアさんもアリバイが完璧とは言えないね』

「アリバイが完璧じゃない?」

『うん。僕とユーノはロッテさんと一緒に無限書庫にいたんだけど、ロッテさんは途中でどこかに出かけたみたいだね。アリアさんはそれよりも前にクロイノの所に行ったみたいだけどね。それもアリバイとしてはどうかと思うけどね』

「ロッテさんがどこに行ったかなんてわかる?」

当然の質問を良太郎はウラタロスに投げかける。

『そこまではわからないよ。ただね、エイミィさんに描いてもらった仮面の男のモンタージュをユーノと一緒に局の人達に聞いてみたんだけどね、こんなヤツはいないらしいよ』

「いない?」

『うん。それどころかユーノがフェレットに変身するような変身魔法を使って、この姿だとしたら捜すのはほぼ不可能に近いってさ』

「魔法を用いた変装か……。普通に捜すのは無理なんだね」

捜索対象そのものの存在が曖昧なものだとわかると、良太郎には『落胆』の雰囲気が纏わりつき始める。

『そうなるね。あとこんな情報も聞いたんだけど……』

ウラタロスが仕入れた情報を良太郎は真剣に脳内に記憶していく。

「わかった。ありがとう」

良太郎はケータロスの通話状態を切ってズボンのポケットにしまいこんだ。

「ウラ、何かいい情報でも仕入れたの?」

「うん、まぁね」

良太郎とコハナは先程よりもペースを上げて、ミーティングルームへと向かった。

 

ミーティングルームではつい前に起こった出来事について話し合っていた。

「でも、おかしいわね。駐屯地の機材も管理局で使っている物と同じシステムのはずなのにそれを外部からクラッキングできる人間なんているものなのかしら……」

リンディは信じられないというような表情を浮かべている。

「そうなんですよ。防壁も警報も全部素通りで、いきなりシステムをダウンさせるなんて……」

エイミィにしてみればそんな得体の知れない存在が敵に回るのかと思うと気が気でないようだ。

「ちょっとありえないですね……」

アレックスもエイミィの意見に同意した。

ピシュンという音がして、ドアが開く。

良太郎とコハナが入ってきた。

「良太郎さん、怪我の方は?」

「大丈夫です。ハナさんに手当てしもらいましたから」

包帯を巻かれている左手をリンディに見せた。

「大事無くてよかったわ」

他の面々も明るく迎えてくれる。

良太郎とコハナは三体のイマジンがいる場所まで移動した。

そして、良太郎は三体のイマジンを手招きする。

「何だよ?良太郎」

「どないしたんや?」

「なになに?どうしたの?」

良太郎は三体のイマジンに囁くような小さな声で告げる。

 

「後でここに残ってほしいんだ。ウラタロスがいい情報を教えてくれたんだ」

 

と。

エイミィとアレックスは今後の対策を言っているが、絶対の自信を持って言う事ができない。

管理局のシステムに絶対の自信を持っていたからこそ、今回の事にショックを隠せないようだ。

「それだけ、凄い技術者がいるってことですか?」

なのはが口を開いて考えられる可能性を口に出した。

「もしかして、組織だってやってんのかもね……」

ロッテもなのは同様、考えられる可能性を口に出した。

「君の方から聞いた話だと状況や関係が今ひとつ掴みにくいんだが……」

クロノが隣に座っているアルフに訊ねてみる。

「ああ。あたしが駆けつけたときには仮面のヤツはいなかったし、フェイトを抱きかかえているシグナムがいて仮面のヤツと戦ったと思われる良太郎がこっちに歩いてきたくらいさ……」

アルフの様子がおかしかった。

怖い何かに出くわしたのか両腕で震えを押さえていた。

「アルフさん、どうかしたんですか?」

なのはがアルフの心配をする。

「あ、ああ。何でもないよ」

アルフは平静を装う。

「アレックス!アースラの航行に問題はないわね?」

リンディが立ち上がり、アレックスに確認する。

「ありません」

アレックスは即答した。

「では予定より少し早いですが、これより司令部をアースラに戻します。各自所定の位置に」

リンディの号令で主な面々が返事する。

「それと、なのはさんはお家に戻らないとね」

リンディがなのはを見る。

「あ、はい。でも……」

なのはは返事はするが、歯切れが悪い。

フェイトの事を心配しているという事は誰にでもわかる事だ。

「フェイトさんの事は大丈夫。私達でちゃんと看ておくから」

リンディが元気付けるようにして、なのはに告げた。

なのははそれに応えるようにして、笑顔を作った。

 

主な面々がいなくなり、ミーティングルームはがらんとしていた。

だが、決して無人ではない。

良太郎、モモタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナ、リンディが残っていた。

今度は席が余っているので、全員座っている。

「リンディさんは、駐屯地の管制システムのダウンについてはどう思ってるんですか?みんなが言うには外部がやったと言ったみたいですけど、それ、リンディさんの本音じゃないですよね?」

良太郎は自分がいない間に言った考えはリンディの本音ではないと言う。

「そうね。下手な事を言って不安を煽らない様にしたかったから言ったけど、良太郎さんには見抜かれてしまうわね」

リンディはお手上げといったポーズを取って、本音ではないと認めた。

「クロイノの母ちゃん、嘘ついてたのかよ?」

「モモ、ストレートすぎよ」

「いいのよハナさん。変に取り繕われるより、ストレートに言われる方がしこりは残らないもの」

リンディはモモタロスの一言に落ち込むどころか、笑顔になっていた。

「でも、何でそんな嘘を言う必要があったんや?クロイノの母ちゃん」

キンタロスも疑問に感じたのかリンディに訊ねる。

「私があの場で推測や憶測でクラッキングを行ったのは管理局の人間と言ってしまうわけにはいかないわ。指揮を取る者が一番やってはいけない事はクルーの指揮を下げるような事を言う事と、確たる証拠や証明も出来ない状況で軽はずみな事を言う事なのよ」

「へー、そうなんだぁ。艦長さんって大変なんだね~」

リュウタロスはリンディも色々考えているんだなぁと感心していた。

「そうなのよ。大変なのよ」

リンディがリュウタロスの言葉に素直な感想を述べた。

多分、本音だろうなぁと誰もが思った。

「それで先程も出てた仮面の男の事なんですけど……」

「ええ。良太郎さん達の調査では何かいい情報でも見つかった?」

リンディにしてみても、得体の知れない相手の正体がわかるかもしれないのならありがたい事だ。

「仮面の男の服装や初めて現れた時にクロノを狙った事から、管理局内部の人間だと考えてました。そこでエイミィさんにモンタージュを描いてもらい、ウラタロスとユーノに調べてもらってたんです」

良太郎の台詞にリンディは目を丸くしていた。

「ユーノ君もこの調査に絡んでたの!?」

「はい。志願しましたから」

「良太郎、続き言えよ。続き。あのお面野郎の正体みてぇなもんがわかったんだろ?」

モモタロスが急かす。

「うん。ウラタロスが言ってたんだけど、仮面の男は管理局内には存在しない事がわかったんだ」

「「「「存在しない?」」」」

イマジン三体とコハナが同時に声を上げる。

「変身魔法による仮初の姿、という事ね」

リンディの答えは正解であり、良太郎は首を縦に振った。

「じゃあ、クロイノの姉ちゃんが描いてくれたアレ、役に立たねぇって事かよ?」

モモタロスの結論じみた台詞にも良太郎は首を縦に振る。

「クロイノの姉ちゃんも最初からハズレ掴まされとったワケやなぁ」

キンタロスも腕を組んで自分達が完全に後手に回っていると理解した。

「変身したヤツの正体ってわからないの?クロイノのママさん」

リュウタロスがリンディに訊ねる。

「そうねぇ。私も変身魔法はさほど詳しいわけじゃないから対策らしい対策となると……」

リンディも首を捻っている。

「ウラタロスが手に入れたもう一つの情報なんですけど、変身魔法時に受けたダメージは元の姿に戻っても残るって聞いたんですよ。それってヒントになります?」

良太郎がウラタロスから仕入れた情報を皆の前で告げると同時に、この部屋の中にいる唯一の専門家であるリンディに訊ねる。

「でも良太郎。回復とか治癒とかの魔法を使われたらヒントにならないんじゃ……」

「いいえ。ハナさん。回復や治癒でも受けたダメージを完全に隠す事は出来ないわよ」

リンディがコハナの推測にいち早く反論した。

「どういうこっちゃ?」

キンタロスが疑問の言葉を出す。

「恐らく良太郎さんを含め、ここにいる全員は魔法は何でもできる便利なものと思ってるかもしれないけど実際には長所と短所があるのよ。だから、魔法で回復や治癒を施しても外面の傷は消せても体力はむしろ傷を負ってるとき以上に消耗してるはずよ」

「何で~?」

リュウタロスも首を傾げる。

「魔法における治癒や回復というのは、人の中にある回復する機能を促進させてる部分もあるから、その分体力も使うのよ。だから外見が無傷なのに妙に身体を気遣っている節がある人が怪しいでしょうね」

リンディの言葉がその場にいる誰もが今後の行き先を決める事となった。

 

 

砂漠での戦闘から翌日。

「う……ん……」

フェイトの閉じていた双眸がゆっくりとだが開き始める。

開き始めると、天井と人がぼんやりと映っていた。

やがて視界がハッキリしだすと、人が誰なのかはわかった。

リンディだ。

「フェイトさん。目が覚めた?」

リンディが優しく声をかけてくれる。

「リンディてい……と……く……?」

フェイトがゆっくりと口を開いてから、ベッドから起き上がろうとする。

リンディが起きるための補助をする。

「アルフ……」

アルフがベッドの側ですうすうと寝息を立てていた。

「アルフも昨夜からずっと貴女の側についていたから……」

リンディが詳細を説明する。

「え?あれ?わたし……」

フェイトは状況を把握するために、周囲を見回して自分が纏っているものも見る。

「ここはアースラの艦内。貴女は砂漠での戦闘中に背後から襲われて、気を失ってたの」

リンディが説明し始める。

(言われてみれば、あの後からの記憶が全くない……)

「リンカーコアを吸収されてるけど、すぐ治るそうよ。心配ないわ」

リンディは安心するように言う。

「そっか……。わたし、やられちゃったんですね……」

「管理局のサーチャーでも確認できなかった不意打ちよ。仕方ないわ」

リンディが励ますように言ってくれるが、負けたという事に違いはないし、どんな理由も言い訳にしかならない。

「それに、貴女の仇を良太郎さんが取ってくれたそうよ」

「え?良太郎がですか?」

フェイトにしてみれば信じられないというような表情を浮かべていた。

自分はここ最近、良太郎を避けていたのだ。

恋心を自覚した瞬間に内に秘めた気持ちが暴走する事を恐れ、今まで通りに接する事が出来なくなってしまった。

良太郎にしてみれば露骨に避けられているのだ。

不快な感情を抱くのは当然というのがフェイトの見解だ。

「アルフも直接見たわけじゃないから、どういう内容かまではわからないけどこう言ってたわ。良太郎さんをあんなに恐ろしいと感じたのは初めてだって……」

「そうですか……」

ふとフェイトは右手にぬくもりを感じたので見てみると、リンディが左手で握っていた。

「あ……」

それが何故か照れてしまい、頬を赤くしてしまう。

「あ、ごめんなさい。嫌だった?」

リンディは握っていた手を離して、謝罪した。

「いえ、嫌とかではないんですけど……、その……」

フェイトとしてみればどういえばいいのかわからない。

嬉しいけど、どこか恥ずかしいのだ。

「魘されていたから、ちょっとね。でもよかったわ。貴女が無事で」

リンディは笑顔を浮かべる。

「すみません。ありがとうございます」

フェイトは感謝の言葉を述べてから頭を垂れた。

「学校には家の用事でお休みって事で連絡してあるから、もう少し休んでるといいわ」

リンディの言葉にフェイトは首を縦に振り、厚意に甘える事にした。

フェイトは良太郎の事を考える。

(どうしよう。いつまでも良太郎とこんな状態なんて嫌だし、わたし一人じゃどうしたらいいかわからないし……)

正直、このままでいいとは思っていないのでリンディに相談しようと考えた。

「あの……リンディ提督」

「何?フェイトさん」

「えと……その……」

相談しようと決断してみたものの中々言い出せない。

「良太郎さんと仲直りしたいんでしょ?」

リンディがまるで自分の心を読んだかのように告げた。

「え?……はい」

フェイトは驚きながらも首を縦に振った。

「フェイトさんと良太郎さんの場合は喧嘩をしているわけでもないから、仲直りなんて言葉も正直微妙なものになるのよね。フェイトさんの初恋によるものだし……」

「は、初恋……」

リンディの発した『初恋』という言葉にフェイトはボンという音が出そうなほど顔を真っ赤にする。

自覚しているとはいえ、人に面と向かって言われると恥ずかしいものだ。

「フェイトさん。初恋によるものでも避けてしまった事を悪いと思うなら謝ればいいと思うし、伝えたい事があるのなら良太郎さんに打ち明けてみたらどうかしら?良太郎さんはフェイトさんの言葉を誠実に受け止めてくれると思うわ」

リンディは内に秘めたものをそのままにせず、表にさらけ出したらどうかと打診した。

「はい……」

フェイトは覚悟を決めた。

「お腹すかない?何か食べ物でも持ってきましょうか?」

「あ、いえ……そんな……」

「遠慮しないで。ね?」

リンディの押しにフェイトは負け、「お任せします」とだけ答えた。

 

アースラの艦内にある食堂に良太郎はいた。

食堂には良太郎しかいない。

厨房もがらんとしており、匂いも何もない。

「あら、良太郎さん」

「リンディさん」

フェイトが目を覚めるという連絡があるまで、自身にできる事は何もないと考えていた。

パスを開いたり、閉じたりといった行動を繰り返したりしていた。

「フェイトさん。目を覚ましたわよ」

「本当ですか!よかった……」

朗報を聞いて、良太郎は胸をなでおろす。

リンディは厨房を見てから、良太郎を見る。

「良太郎さん、何か作ってもらえないかしら?」

「え?何かって何です?」

リンディの曖昧なリクエストに良太郎は訊ね返す。

「フェイトさんが食べそうなものってことでどうかしら?」

「悩みますね……」

良太郎は腕を組んでながらも、厨房の中に入り込んで冷蔵庫を開ける。

食材は豊富だった。

「リンディさん、何人分作ればいいですか?」

作る料理が決まると、良太郎は何人分作ればいいかをリンディに訊ねた。

「そうねぇ。私も何も食べてないから四人分お願いできるかしら?」

「四人分ですね?わかりました」

良太郎は早速調理に取り掛かった。

料理が完成すると、リンディの分を渡して良太郎はフェイトがいる部屋へと向かった。

(大丈夫かな。僕が行って、また変な態度取ったりしないかな……)

フェイトがいる部屋に向かうまでの間に、良太郎はふとそのような事を考えてしまった。

避けられる事で不快に感じるより先に、寂しく感じてしまうことが優先される。

だが、行動しないよりはしたほうがいいのだ。結果はどうであれ。

ピシュンという音が鳴り、ドアが開くとベッドで寝ているフェイトとその側で眠っているアルフがいた。

「りょ、良太郎……」

フェイトは誰の手も借りずに起き上がる。

「よかった。思ったより元気そうで」

良太郎は丼三つが乗っかっているトレーをフェイトの左側にある棚に置く。

それからフェイトの右側にある椅子を持って、移動して左隣に座る。

「その……今まで、避けててごめんなさい」

フェイトは良太郎に視線を合わせて、頭を下げて謝罪した。

良太郎はフェイトの行動に目を丸くする。

「いいんだよ。何か事情があったんでしょ?多分それは僕には言えない事情でしょ?」

「え、えと……うん。でもちゃんと伝えるから。その時は聞いてくれる?良太郎」

フェイトの真剣な眼差しを良太郎は真剣に受け止める。

「うん。わかった」

「ありがとう。良太郎」

フェイトは笑みを浮かべる。

「さてと、お腹減ったんでしょ?冷めたら不味くなっちゃうからね」

良太郎はフェイトに丼を渡して、蓋を開ける。

中身は以前作ったカツ丼ではなく、小間切れになった牛肉とタマネギが目立つ丼---牛丼だった。

「これって、良太郎が作ったの?」

「リンディさんに頼まれたんだよ。それに厨房にはシェフとかいなかったしね」

良太郎も自分の分の蓋を開けてからフェイトの分の蓋も受け取って、トレーの上に置く。

割り箸をフェイトに渡してから、自分の割り箸を割る。

「「いただきます」」

二人は合掌して、牛丼を食べ始めた。

良太郎とフェイトが食べる時、不思議と言葉を交わすことなく黙々と食べている。

それは食べる事が至上の礼儀であるように。

しばらくは室内に割り箸が丼に触れる音が聞こえた。

しばらくしてから二人は丼から目を離すようにして、顔を上げる。

「良太郎。ご飯粒ついてるよ」

「え、本当?」

「とってあげるね」

自身が取るより速く、フェイトが頬についているご飯粒を人差し指で掬うようにして取った。

それをフェイトは口の中に含む。

その表情は久しく見ていない笑顔であり、頬を赤くはしているが視線を外そうとはしていなかった。

「あ、ありがとう……」

今までとった事ない行動に戸惑いながらも良太郎は感謝の言葉を述べた。

「「ごちそうさまでした」」

二人は同時に合掌する。

フェイトは空になった丼を良太郎に渡す。

良太郎は空丼をトレーの上に置く。

「アルフさんの分はここに置いておくから、空になったら言ってよ。食堂に返しに行くから」

「わかった」

良太郎はトレーを持って、部屋を出た。

(よかった……。元に戻ったわけじゃないけど、よかった……)

良太郎は笑みを浮かべて食器を返却するために食堂へと向かった。

その足取りはとても軽かった。




次回予告


第四十三話 「電王とゼロノスのコンタクト」


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第四十三話 「電王とゼロノスのコンタクト」

時空管理局本局で停留している次元航行艦アースラ。

フェイト・テスタロッサの容態も回復し、普段と変わらない生活を送ってもよいという医者の許可が下りた。

現在彼女は、海鳴へと戻る準備も出来たので食堂で野上良太郎、アルフ(人型)と共にババ抜きをしていた。

がらんとした食堂でたった三人でババ抜きをするというのも少々シュールな後景に思えなくもない。

「次、良太郎の番だよ」

フェイトがどこか呆けている良太郎を急かす。

「あ、ああ。ごめん」

良太郎はアルフの手札から一枚抜き取る。

数が揃ったので、山の上へと置いていく。

「何ボケーっとしてたのさ?良太郎」

アルフが興味でも湧いたのか両耳をピクピクさせながら訊ねてくる。

「いや、大した事じゃないんだ。シグナムさん達と仮面の男って『闇の書』を完成させるまでは目的は共通してるよね?」

「うん。それがどうしたの?」

フェイトは良太郎の手札から抜き取りながらも、彼が何を言いたいのか今ひとつ理解できない。

「完成させてからはどうなるんだろうって思ってさ……」

良太郎の一言にフェイトとアルフは目を丸くしてから、真面目な表情になる。

「クロノが言うにはいい事はないって言ってたけど……」

フェイトとしても『闇の書』に関する事を風聞の域でしか知らない。

「ユーノとウラタロが何か情報を持ってきてくれるとは思うんだけどねぇ。そういや、アイツ---ザフィーラは妙な事を言ってたっけ……」

アルフはフェイトの手札から抜き取りながら、砂漠世界での出来事を思い出す。

「妙な事?」

ババ抜きどころではないと三人は判断したのか、手札を表向きにしてテーブルの上に置いた。

事実上、ババ抜き終了という事だ。

「自分達は主に命令されて行動しているのではなく、自分達の意思で動いているってさ。あと自分達がやっている事を『闇の書』の主は知らないって言ってたねぇ」

「シグナムさん達は下剋上でもするつもりなのかな?……」

良太郎は口に出してはみるものの、シグナムがそのような事をするようには思えないという気持ちが強いため信憑性に欠けるものになってしまう。

「良太郎、ゲコクジョウってなに?」

日本文化、しかも日本の古い風習など知るわけがないフェイトが首を傾げて訊ねてくるのは当たり前だ。

「えーとね。部下が上司に反逆する事、かな」

「ザフィーラの口ぶりからしたら、それはないと思うけどねぇ」

良太郎の下剋上の説明を聞き、一番に反応したのはアルフだ。

「どうして?アルフさん」

「いやね、アイツの口振りはどう考えても『闇の書』の主に対して敬意を持っているようにも思えたからさ……。ま、あたしの勝手な考えかもしれないけどね……」

アルフの言葉に良太郎とフェイトも下手な言葉は出さない。

食堂内に着メロが鳴り出した。

フェイトの携帯ではなく、良太郎のケータロスだった。

通話状態にする。

「もしもし……」

『野上か……』

自分のことを名字で呼ぶ人間はわずかしかいない。ましてやケータロスの番号を知っているのならば本当に限られた人間だけだ。

「侑斗?」

『お前に話したい事と聞きたい事がある。明日会えないか?』

通話の相手は桜井侑斗だった。

「ちょうどよかった。僕も侑斗には伝えなきゃいけない事や聞きたい事があったんだ。構わないよ」

『どこで会えばいい?』

「『翠屋』ってわかる?そこに来てほしいんだけど」

『わかった。調べてそっちに行く。昼頃で構わないか?』

「明日ならいつでも構わないよ」

そう言うと侑斗からの声は聞こえなくなり、ツーツーツーという音が良太郎の耳に入ってきた。

ケータロスを通話状態から解除する。

「名前からして、女じゃないね。男みたいだけど誰なんだい?教えなよぉ」

「ちょ、ちょっとアルフ。ダメだよ!」

アルフが好奇心を剥き出しにした瞳で良太郎を見ている。

フェイトもアルフの行動をたしなめる。

「何だい?フェイトは気にならないのかい?ユウトってヤツの事……」

「そ、それはその……気になるけど……。あ、でも良太郎が教えたくないなら無理に聞かないし……」

フェイトもアルフ同様に本音では気になるようだ。

無理もないことだろう。フェイトもアルフも良太郎の周辺に関することは殆ど知らないと言ってもいいからだ。

彼女達が知っていることといえば、良太郎がイマジン四体やコハナ、デンライナーを使って『時の運行』を守るために戦っている事と、別世界の住人であるという事ぐらいだ。

それ以外のことは良太郎自身があまり語らないから知らなくて仕方のないことだが。

「別に恥ずかしい事とかじゃないからね。いいよ」

良太郎の表情は至って平静だ。

「電話の相手は桜井侑斗。僕と同じ様に『時の列車』を使って、『時の運行』を守っているんだ」

「もしかして、その人もこっちに来てるの?」

今度はフェイトが身を乗り出すようにしていた。

「うん。僕達が来るより一ヶ月早くね」

「一ヶ月!?そんなに早く来て何してるんだい!?」

「『時間の破壊』を阻止するための調査に来てたんだよ」

フェイトとアルフの質問に良太郎は的確に答えていく。

「良太郎はその人と明日会って、伝えなきゃならない事と聞きたい事があるんだね」

フェイトの確認に良太郎は首を縦に振る。

「もしかしたら今の僕達が知らない事を知る事も出来るかもしれないね」

良太郎はテーブルの上に置かれているトランプを片付け始めた。

 

 

八神家のリビングには家主である八神はやてを抜きにしてのとある会議が行われていた。

参加者はヴォルケンリッターとチームゼロライナーである。

「助けてもらったってことでいいのよね……」

ソファに腰掛けているシャマルが最初に口を開く。

表情は瞳の色には嬉しいとかではなく、どこか懐疑的なものだ。

「少なくとも奴が『闇の書』の完成を望んでいる事は確かだ」

ソファに腰掛けて腕組をしているシグナムが現段階でハッキリとしている事を口にする。

「完成した『闇の書』を利用しようとしているのかもしれんな」

床に座っているザフィーラ(獣型)が仮面の男の目的を推測する。

「ありえねー!」

隣に座っているヴィータが否定して立ち上がる。

「だって完成した『闇の書』はマスター以外は使えないじゃん!!」

「完成した時点で主は絶対的な力を得る。脅迫や洗脳に効果があるはずもないしな」

ヴィータの意見にシグナムも賛同する。

「まぁ……家の周りには厳重なセキュリティが張ってあるし、万が一にもはやてちゃんに危害が及び事はないと思うけど……」

「念のためだ。シャマルはなるべく主から離れないようにした方がいい。桜井、デネブ。お前達もできるだけ主にいてやってほしい」

ザフィーラがシャマルに指示を下し、侑斗とデネブに頼む事にした。

「うん」

シャマルは首を縦に振る。

「ああ」

「了解。ザフィーラ」

椅子に座っている侑斗も首を縦に振り、デネブは椅子から立ち上がってお決まりの了承のポーズを取る。

「ねぇ『闇の書』を完成させてさ、はやてが本当のマスターになってさ、それではやては幸せになれるんだよね?」

ヴィータは俯きながらそうであってほしいという切実な思いが言葉の中には篭められていた。

「何だ?いきなり」

シグナムが怪訝な表情でヴィータを見る。

「『闇の書』の力は大いなる力を得る。守護者である私達が誰よりも知っているはずでしょ?」

シャマルも何故ヴィータが『迷い』を現すような台詞を吐くのかがわからないが諭す。

「……そうなんだよな。そうなんだけどさ。あたしは何か大事な事を忘れてるような気がするんだ……」

シャマルに諭されてもヴィータの表情は晴れない。むしろ、より一層暗くなっていた。

リビング内の空気が沈みがちになる。

「ヴィータ、それはどうしても思い出さなきゃいかないものなのか?」

今まで黙って聞いていた侑斗がヴィータに訊ねる。

「侑斗?」

「わかんない。違和感みてーなもんがあるんだよ……。凄く気持ちワリーんだ……」

「ちょっとそのままでいろよ」

侑斗は椅子から腰を上げて歩み寄りながらズボンのポケットから無記入のチケットを取り出して、ヴィータに向けてかざす。

だが、年号表示はデタラメでイラスト表示で出てくる人物は出てこなかった。

「やっぱり無理か……」

侑斗は結果は予想できていたのか落胆の色はなかった。

「侑斗君、何をしたの?」

「ヴィータの過去へ行くためにチケットを作ろうとしたんだが無理だったらしい」

シャマルの問いにデネブが答えてくれた。

「過去に行けばヴィータの言う違和感がハッキリ出来ると思ったんだけどな」

侑斗は失敗作のチケットをシャツのポケットの中に入れる。

「いいよ。侑斗、ありがと」

ヴィータは自分の迷い事に真剣に耳を傾けてくれた侑斗に感謝の言葉を述べた。

「あと、最後に言っておかなきゃならないことがある。明日……」

侑斗の言葉にヴォルケンリッターは真剣な表情で耳を傾ける。

 

「野上に会う」

 

その一言にヴィータとシャマルは目を丸くする。

「侑斗!電王と戦うつもりかよ!?」

「侑斗君!どうして今になって……、シグナムから聞く限りでは今の仮面ライダー電王は侑斗君が知ってる時とは明らかに……」

ヴィータもシャマルも考え直すように諫言してくる。

「お前等、何か勘違いしてないか?」

侑斗は何故自分が良太郎に会うことを反対されているのかがわからない。

「俺は野上に戦いを仕掛けるわけじゃない。聞きたい事と伝える事があるから会うんだ」

どうも、先の砂漠世界での戦闘を一部始終見ていたシグナムの報告を聞いてからヴォルケンリッターは電王に対しての警戒を強めているようだ。

侑斗にしてみても、良太郎に対する認識をまたも改めなければならないと考えさせられる事だ。

 

 

翌日となり、良太郎と侑斗が別世界で初めて顔を会わせる日となった。

時間的には昼が近づいてきた。

『翠屋』は不思議とがらんとしていた。

高町夫妻が言うには、「たまにこういう事もあるらしい」との事だ。

モモタロスとウラタロスは暇なのでフロアのモップ掛けをしていた。

キンタロスは荷物運びをしており、リュウタロスは外で窓拭きをしていた。

良太郎もテーブルを拭いていた。

コハナは高町桃子と共に昼食をこしらえていた。

「オイ良太郎、侑斗は今日来るって言ってたけどまだかよ?」

モモタロスが同じ事を良太郎に訊ねてきた。

「侑斗自身は昼頃ここに来るって言ってたけどね。もしかしたら遅れるのかもしれないしね……」

良太郎としてみれば今日に来てくれるのならばそれでいいと考えている。

「侑斗からわざわざ連絡つけてくるなんて、何やろな?」

キンタロスがタオルで汗を拭きながら、フロアに入ってくる。

「犯人がわかったとかかな~?」

リュウタロスが侑斗がコンタクトする目的を予想する。

「だったらいいけどね……」

良太郎としてもそうであってほしいと願ってしまう。正直あれやこれやと出口のない迷路を延々と歩き回るような心地の悪さから抜け出たいのだ。

「みんな、一休みしましょうかぁ?」

「今日は焼きそばよぉ!」

桃子とコハナが人数分の昼食を持ってきてくれた。

高町士郎を始めとした男性陣が我よ我よと手にしていく。

良太郎も手にして、口の中に収めようとしたときだ。

カランカランとドアに付いているベルが鳴った。

「申し訳ありません。今休憩中で……」

士郎が来店しようとする一人の青年に申し訳なさそうに言う。

「いえ、客じゃないんです。こちらに野上君はいらっしゃいますか?」

聞き覚えのある声に良太郎は席を立ち、入口前まで移動する。

「士郎さん。どうしたんですか?」

「ああ、こちらの人が君に用があるみたいでね」

良太郎はその人物を見る。

「久しぶりだな」

「そうだね」

侑斗と良太郎。別世界では初のコンタクトだった。

 

良太郎と侑斗は現在、対面で座っている。

二人のテーブルには焼きそばが置かれている。

「話す前にまず、食べよう。焼きそばは嫌いじゃなかったよね?」

「大丈夫だ」

良太郎が促し、侑斗も箸を手にして焼きそばを口の中に含み始めた。

両者共に食べている間は一言も発さない。

二人を基点にしているためか、『翠屋』全体の雰囲気も静かなものだった。

良太郎と侑斗が食事を終えるとイマジン三体は士郎と桃子を連れて、フロアから外へと出ていた。

現在フロアにいるのは良太郎と侑斗しかいない。

「僕達より一月早く別世界ここに来て何かわかった事はあった?」

良太郎から切り出した。

「イマジンが『闇の書』になにがしかの興味を持っているのは確かだろうな。俺がここで最初に戦ったイマジンは『闇の書』を強奪しようと企んでいたくらいだしな」

「強奪?侑斗が来た頃ってシグナムさん達はページ蒐集を?」

「やっていた。だが『闇の書』は全ページを蒐集し終えて初めて真の力を発揮するんだ。未完成の『闇の書』を奪ってもメリットはない。それに『闇の書』を狙って行動を起こしたのはその一回だけで、後は全くといっていいほどないんだ」

侑斗は自分が来て間もない頃の事を報告する。

「奪うどころか、完成を手伝うようになった……」

良太郎の言葉に侑斗は首を縦に振る。

「海鳴市で二回目の事を構えた時はそうらしいな……」

今度は侑斗の言葉に良太郎が首を縦に振る。

「あれ以来イマジンは静かなもんだよ。誰かが統率しているようにも考えられなくもないけどね」

「イマジンと共闘する人間もしくはイマジンを束ねているイマジン、か」

「うん。それと侑斗、これを」

良太郎は懐から一枚の写真を侑斗に渡した。

「?」

受け取った侑斗はその写真を見る。

ピンボケはしているが、『時の列車』が映っていた。

「『時の列車』だな。ボケてるけどそれは間違いないが、見たことがない種類だな。所有者は誰かわかっているのか?」

「ううん。まだわかってないよ。僕は写真の『時の列車』の持ち主こそが『時間の破壊』を企んでいると思ってるよ」

「それがイマジンの親玉、となるわけか……」

「多分ね。確証はないけど」

侑斗は良太郎の推測は間違ってはいないと思っている。

「僕に伝えたい事があるって言ってたけど……」

良太郎は立ち上がって、水差しとコップを探しに行く。

「ああ、『闇の書』の主と仮面の戦士についてだ」

良太郎の瞳に『闘志』のようなものが宿ったように見えたのは侑斗の気のせいではないだろう。

「まず仮面の戦士についてだが、シグナム達の仲間じゃない事だけは俺が太鼓判を押して言える」

身近にいる侑斗の証言だから間違いはないと判断し、良太郎は胸をなでおろした。

「それと『闇の書』の主だが……、正体は子供だ。年齢から察するに九歳くらいで名前は八神はやてだ」

「子供……だったんだ」

良太郎は予想の範囲外ではあるが、さして驚きはしなかった。

「驚かないな」

侑斗としても良太郎があまり大きな反応を示さない事が意外だったようだ。

「そのくらいの年齢の子達が命懸けで事件を追っている姿を見ているからね……」

良太郎は正直な感想を述べる。

「そうか……。お前の側にもいるんだな」

「それで僕に聞きたいことって言うのは?」

良太郎は席から立ち上がり、水差しと二人分のコップを持ってきた。

「仮面の戦士の事だ。あと、お前が怪しいと思っていること洗いざらい教えろ」

侑斗は良太郎からコップを受け取り、容器を傾けて水をコップに注いでいく。

「仮面の戦士は管理局内部の誰かだと思うよ。ただ、あの姿は本来の姿じゃなくて魔法で扮した姿だから正体を見つけるのは時間がかかるけどね……。あと、怪しいと感じるのは仮面の戦士は何で『闇の書』の完成を手伝ってるのかなって事かな……」

「『闇の書』はマスター、つまり主以外は使えないって聞く。脅迫や洗脳も無意味だとも言っていたから、仮面の戦士がシグナム達を手伝ってもメリットはないんだけどな……」

「ねぇ侑斗」

「ん?何だよ」

良太郎は水を一口飲んでから、息を吐いてから侑斗を見る。

「シグナムさん達はどうしてページ蒐集をしているの?アルフさんから聞いたけど、八神さんだっけ?八神さんはあの人達がページ蒐集をしている事を知らないみたいだし、下剋上じゃないよね?」

アルフの勘を確信にさせるために良太郎は訊ねる。

「下剋上?八神がマスターである限りは絶対にないことだ。あと、あいつ等がページ蒐集をしているのは八神のためなんだ」

「八神さんの?」

「ああ。あいつ等辛そうな顔して言ってたよ。『闇の書』の呪いのせいで、八神の身体は蝕まれてるってさ」

言っている侑斗自身も辛そうだった。コップを持つ手が小刻みに震えていた。

怖いからではない。自身の使命に対して歯痒さを抱いているのだ。

「侑斗、八神さんって家族は?」

「血の繋がり及び親戚等はいない。あいつには悪いが親御さんの私物などを調べてみたけど、両親共にそういった人間はいないみたいだ。つまり今『家族』と呼べるのはシグナム達だけって事になる」

「侑斗やデネブは違うの?」

良太郎の一言に侑斗は目を丸くする。あまりに意外な内容だからだ。

「……違うだろ。勝手に現れて勝手に消えちまうような奴等を『家族』って呼べるか?」

侑斗の言っている事は良太郎には痛いほど理解できた。

「……今に至るまでで何枚使ったの?」

「二枚だ。一枚目はあいつ等と会って、名前を知らなかった時に使ったからカウントされなかったのかもしれないが二枚目は間違いなく、カウントされているはずなんだけどな……」

「八神さん達は侑斗の事を憶えているんだ……」

「ああ」

「親御さんがいないのに経済面はどうなってるの?」

良太郎はこれ以上は話が重くなる上に脱線しそうなので強引に戻す事にした。

「あしながおじさんがいるみたいだ。その人が経済面をバックアップしてくれているらしい」

侑斗は『あしながおじさん』に関しては懐疑的に見ているようだ。

「侑斗はその『あしながおじさん』をどう思ってるの?」

良太郎としては心当たりが一人いるのだが、今ひとつ繋がらないため口には出さない。

 

「打算なしで援助してるなら『善人』だ。何か打算があるなら『ただの人』、その打算が八神やヴォルケンリッターの人生を狂わせる目的ならそいつにどんな理由があろうと『悪人』、かもな……」

 

侑斗の一言を良太郎はただ黙って聞いていた。

 

 

『翠屋』での良太郎との談義は終了し、侑斗は土産としてスイーツの入った紙箱を手に持って八神家への帰路を辿っていた。

八神家の面子は全員、この手のものを嫌っている素振りはなかったのでよい土産になるだろう。

「ただいま、あれ?」

いつもならば、はやてかシャマルが出迎えてくれるはずなのに一人も来ない。

「侑斗ぉぉぉぉ!!」

ドタドタとけたたましい音を鳴らしながら、デネブが狼狽しきった表情で玄関に向かってきた。

「何だよ?デネブ、何があった?」

侑斗にはデネブが何故ここまでうろたえているのかがわからない。

「八神が、八神が……」

デネブは続きを言いたくないのだろう。

だが、それは現実に起こったことで覆しようのないことなのでデネブは言う。

「八神が倒れたんだ!」

侑斗の双眸は大きく開き、手にしていた紙箱はボトリと床に落下して形がぐにゃりと変わった。

 

 




次回予告


第四十四話 「夜天の魔導書」


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第四十四話 「夜天の魔導書」

八神はやてが病院に搬送された時、そこにいる誰もが何が原因でそのようになったのかを瞬時に理解した。

『闇の書』の呪いが以前より進んでいる証明だ。

「大丈夫みたいね。よかったわ」

はやての担当医である石田医師が病室にいる全員を安心させるように明るい表情をしていた。

「はい、ありがとうございます」

はやても笑顔で返す。

「はぁ~、ホッとしましたぁ」

シャマルが胸をなでおろす。

「そやから胸と手が攣っただけやって言うたやん。もぉみんなして大事するんやからぁ」

はやてが杞憂だと言い張る。

「でも頭打ってましたし……」

シャマルは、はやての言い分を聞きながらも食い下がる。

「何かあっては大変ですから……」

シグナムもシャマル同様に食い下がっている。

「はやて!よかった……」

ベッドの側で身を案じてくれているヴィータをはやては撫でる。

「八神、寒かったりしないか?辛いなら寝ておいた方が……」

「大丈夫やよ。デネブちゃん」

心配げな事ばかり言ってくるデネブにはやては笑顔で『大丈夫』という思いを込めて返す。

「まぁ来てもらったついでに検査とかもしたいからもう少し、ゆっくりしていってね」

「はぁい」

石田医師の一言に、はやては一瞬だが「え!?」という表情を浮かべてしまった。

「さてとシグナムさん、シャマルさん、桜井君。ちょっと……」

「はい?」

「え?」

「………」

シグナムとシャマルは呼ばれたことにキョトンとした表情を浮かべており、侑斗は、はやて絡みだろうと予想が出来ていたため平静な表情を保っていた。

廊下まで連れられた侑斗、シグナム、シャマルは立ったままで石田医師の話を聞いていた。

「今回の検査では何の反応も出てはいませんが、攣っただけという事はないと思います」

石田医師は病室内とはうってかわって『医者』の表情をしていた。

「はい。かなりの痛がりようでしたから……」

シグナムは腕を組んだまま、小一時間前の事を思い出しながら答える。

「麻痺が拡がりはじめているのかもしれません。今までこういう兆候はなかったんですよね?」

石田医師は確認するかのようにして八神家の大人達に訊ねる。

「と、思うんですけど……。はやてちゃん、『痛い』とか『辛い』のとか隠しちゃいますから……」

シャマルは不安そうに告げ、シグナムは黙って首を縦に振る。

「発作がまた起きないとも限りません。用心のためにも少し入院をしてもらった方がいいですね。大丈夫でしょうか?」

石田医師が厳しい表情で三人に告げる。

シャマルは不安げな表情でシグナムと先程から一言も発さない侑斗を見る。

「……はい」

シグナムは両目を閉じて、石田医師の提案を呑む事にした。

侑斗も異議の言葉は出さなかった。

 

外は夕方---青色から茜色へと切り替わっていた。

「入院!?」

はやては驚きを隠さなかった。

「そうなんです……」

シャマルが申し訳なさそうな表情で告げた。

はやてとヴィータは顔を見合わせてから不安げな表情を浮かべる。

「あ、でも……検査とか念のためとかですから……、心配ないですよ。ね?シグナム、侑斗君」

不安がらせないように両手を胸元にまで持っていき、取り繕う。

花瓶を持って水の入れ替えを行っているシグナムとパイプ椅子に座って窓の景色を眺めている侑斗に同意を求める。

「はい」

シグナムは即座に返して、花瓶を棚に置く。

「ああ」

侑斗は顔をはやてに向けてから答える。

「それはええねんけど……、あたしが入院したらみんなのご飯は誰が作るんや?」

「問題ない。デネブがやるから大丈夫だ」

はやてが抱える問題に侑斗が即座に回答した。

「八神の家の味は俺が護る!!」

デネブが両手を挙げて、『了解』のポーズを取る。

「それにシャマルにしてみても、いい試練になるんじゃないか?」

侑斗はシャマルをちらりと見てから、はやてに言う。

「それはそうかもしれへんけど……」

はやてはそれでも不安げな表情を変えようとはしない。

「まったく……、前にも言っただろ?あんまり考えてばかりだと老けるぞ?」

「ええっ!?それはちょっと嫌やなぁ……」

はやては両手で両頬を当てて、思い当たりがあるのか不安になる。

「はやて、毎日会いに来るよ。だから……大丈夫」

ヴィータは、はやてを元気付けるようにして宣言した。

「ヴィータはええ子やなぁ。せやけど毎日やのうてもええよ。やる事もないし、ヴィータ退屈やん」

「うぅ……」

はやてに撫でられながらも、ヴィータは核心を突かれて唸るしかなかった。

「ほんなら、わたしは三食昼寝つきの休暇をのんびり過ごすわ。デネブちゃん、みんなのご飯お願いな?これを機会にシャマルをビシビシしごいてもええで」

「了解!」

「デネブちゃん!?」

はやての言葉にデネブは首を縦に振って、両手を挙げる。

デネブにしごかれるかもしれないと思ったシャマルは不安げな表情を浮かべた。

はやては皆の温かい言葉を受けて、入院する事に頷いた。

ベッドに寝転がってから、大きく目を開く。

「あ!アカン!すずかちゃんがメールくれたりするかも……」

はやての不安要素はまだ残っていたようだ。

そんなはやてを見て、ヴィータは侑斗の裾を掴んでから訊ねる。

「侑斗、はやてはやっぱり老けるかも……」

「さっきは冗談交じりだったんだけど、俺もなんかそう思えてきた……」

ヴィータの言葉に侑斗はただただ頷くしかなく、側で聞いていたシグナムとシャマルも異議を唱えようとはしなかった。

「あぁ、私が連絡しておきますよ」

シャマルが役割を買って出た。

「うん。お願い」

はやてが少しだけ、起き上がってシャマルに頼んだ。

「では戻って着替えと本を持ってきます。本はアレでよろしいでしょうか?」

「うん。アレでええよ」

シグナムは、はやてが望む本を具体的な名称を言わずに訊ねると、はやては首を縦に振った。

八神家+2(侑斗とデネブ)は入院するためのお泊りセットを持ってくるために、病室を後にした。

一階へと通じるエスカレーターの前で侑斗は足を停めた。

「侑斗?」

デネブがキョトンとして、侑斗を見る。

「先に帰っててくれ。忘れ物をした」

踵を返して侑斗は、はやてがいる病室へと戻った。

 

病室に誰もいなくなると、はやての表情は歪んだ。

先程から胸を基点にして、襲い掛かるモノがあった。

何なのかはわからないし、ここまで顕著に出てきたのは今回が初めてかもしれない。

今までもこのような『攣り』はあったが、それは一瞬の出来事のようなもので足を攣った時のような何ともいえない一瞬にして襲い掛かってくる痛みではなかった。

「ぐっぅぅぅぅぅ」

胸元を押さえて、必死で声を出す事をこらえる。

必死でこらえているが、収まる兆しはない。

むしろ余計にひどくなろうとしている。

(痛い!苦しい!誰か……誰か助けてぇ!!)

理性は皆に迷惑をかけてはならないという強い意思が動くが、本能は痛みを表に曝け出そうとしていた。

だがその痛みは永久に続くものではない。

やがて徐々に収まろうとしていき、はやての身体全身から抵抗する力が抜けていく。

(アカン……。も一回、同じの来たら耐えられへん)

はやてはベッドの中へと沈んでいく。

「はあ……はあはあ……はあ……」

息を乱して、どこかぼんやりとした表情で天井を見上げる。

(みんながおらへんで、よかった……)

はやては安堵の息を吐く。

ドアを叩く音がした。

石田医師かそれとも看護婦だろうと、はやては踏んだ。

「どうぞぉ。開いてます」

ドアを開けて入ってきた人物を見て、はやては目を大きく開いた。

 

「こんな事だろうと思ったよ」

 

自分が痛みを我慢している事を見透かしたかのような台詞を吐いたのは侑斗だった。

「侑斗さん……」

はやては何故、ここに帰ったはずの侑斗がいるのか理解できなかった。

あの時自分は完璧ともいえる演技をこなしたはずだ。

現にシグナム、シャマル、ヴィータ、デネブはそれを信じ込んで病室を後にしたのだ。

侑斗はズカズカと病室に入り、パイプ椅子を手に持ってからはやての側に置いて座る。

彼から放たれている雰囲気はこの場を支配しており、はやてを沈黙させるには十分な力があった。

(侑斗さん。もしかして怒ってる?)

そう訊ねたいのだが、それすら言わせてもらえない。

「八神」

侑斗は腕組みをしてから、はやてを見る。

はやてにしてみたら、まさに『蛇に睨まれた蛙』状態だ。

「な、なに?侑斗さん……」

おそるおそる口を開く。

「お前、いい加減にしろよ?」

侑斗は、はやてを見据えている。

その眼差しは既に他界している父親が自分を叱責する時のものに似ていた。

「……ごめんなさい」

はやては、頭を下げて素直に謝罪した。

「俺の思い過ごしであってほしいと思ったんだが、シャマルの言ってた通りだな。辛い事や痛い事を抱え込んでしまうって」

「シャマルが!?もしかして……」

はやては侑斗の他にも自分の先程の様子が『演技』だと見抜いているのではと思ってしまう。

「いや、俺以外は多分気付いてないだろう。お前の頑固さと根性には本当に頭が下がるよ」

「それ褒めてんの?もしかして貶してんの?どっちや?」

はやてが寝たまま、侑斗に顔を向けて訊ねてくる。目つきは先程より鋭いが迫力は感じない。

「両方だよ」

侑斗はしれっと言い放つ。

それからしばらく沈黙が病室の場を支配する。

「お前、ヴォルケンリッター

あいつ等

に自分の弱さを見せるのがそんなに嫌か?」

沈黙を破ったのは侑斗だった。

「侑斗さん?」

はやては侑斗の質問の意図が読み取れない。

「いやな、お前の態度見てるとそんな風に思ってしまってな……」

侑斗の言葉に、はやてはキョトンとしてしまう。

「わたし、そんな風に見えんの?」

自分としてはそのようなつもりはないのだが、侑斗から見たらそのように見えているのだろう。

「俺はそういう風に見えるがな」

侑斗は腕組みをする。

「その……、嫌とかそういうわけじゃないんよ。ただ何ていうんかなぁ……。どうしたらええんかがわからへんのや……」

はやては視線をソワソワさせながら、侑斗に打ち明ける。

『闇の書』の主となって以降、はやては『保護者』であろうとするためか他人に甘えるという事に対して、後ろめたさのようなものを感じていた。

『お願い』をする事はあっても『ワガママ』を言う事は殆どなくなった。

両親が健在だった頃は結構言っていたのだが。

「そうか……」

侑斗は茶化しもせずに聞いていた。

何のアドバイスもないが、はやてにはただ聞いてくれるだけの姿勢が嬉しかった。

「さてとそろそろ帰るか」

侑斗は席を立ち、病室を出ようとする。

「ヴィータじゃないが時間に余裕ができれば見舞いに来る。だから寂しがるなよ?」

侑斗はからかいが混じった口調で、はやてに言う。

「もぉ!侑斗さん、またそういう意地悪言うてぇ!」

はやては頬を赤くしながら抗議する。

「あ……」

侑斗の背中が自分から遠ざかっていくと、ふと自分の右手が侑斗に向かって伸びていた。

意識しての事ではない。無意識レベルの事だ。

「侑斗さん」

「ん、どうした?八神」

「ええとぉ……もう少しだけここに居ってくれへん?」

はやてが侑斗を申し訳なさそうにしながらもチラチラ見ている。

顔を赤くしながらも不安の色も浮かび上がろうとしている。

侑斗は黙って先程座っていたパイプ椅子に座る。

「わたしが眠るまで居ってな」

はやては侑斗にそう告げると、両目を閉じる。

その表情から『不安』はなく『安心』で満たされていた。

「おやすみ。八神」

侑斗が優しい表情を浮かべて言ってくれたのだと、はやては想像しながら寝息を立てた。

 

 

「良太郎さんが怒ったんですか?」

無限書庫の無重力に身を任せるかたちで浮遊しながらも『闇の書』について調査を中段したユーノ・スクライアは隣で散乱している本の一冊に目を通しているウラタロスの言葉を聞き、疑いの眼差しを向けていた。

「センパイ達の証言だと信憑性は今ひとつと感じるんだけど、ハナさんとアルフさんが言ってることだからね。信じられる証言だと思うよ」

ウラタロスはユーノがそのように猜疑心を込めた台詞を吐くのも予測の範疇内だったらしく、特に気分を害してはいない。

「それでもあの良太郎さんがですよ……」

ユーノからみても野上良太郎が感情に身を任せて力を奮う姿は浮かばなかった。

「まぁ無理もないと思うよ。僕達の中でその良太郎を見たのって誰もいないしね」

「でもどうしてウラタロスさんやモモタロスさん達はその話を信じたんですか?」

ユーノは根拠を問う。

「うーん。嘘吐いてもメリットないじゃない?」

嘘を吐く事に誇りのような物を抱いているウラタロスは他者が何故、嘘を吐くのかという理由がわかるようだ。

「メリット、ですか?」

「うん。嘘を吐くって事は吐いた人間が、なにがしかのかたちで『得』を得るわけだからね。今回の事じゃ『良太郎が怒った』なんて事をアルフさんとハナさんがわざわざ僕達に向かって嘘を吐いても『得』を得るとはとても思えないからね」

ウラタロスの講釈にユーノは耳を傾ける。

ユーノとしてはウラタロスはモモタロス達の中で一番の知能派だと思っている。

そんな彼の冷静な分析はあながち間違っていないだろうとユーノは考える。

「あのぉ、怒った良太郎さんってどんな感じなんですか?」

「ユーノは確か、二回目に百科事典の関係者とやり合った後はハラオウン家にいたよね?」

「ええ。というよりどこかに移動しようにも動けなかったですけどね……」

「だったら見てるじゃない?怒った良太郎」

「もしかして、あの時ですか?」

ユーノは記憶の引き出しから引っ張り出して、その時の事を思い出す。

「……シャレになりませんね」

思い出したのかユーノは顔を青ざめていた。

「まぁね。僕が知る限りでこの世で怒らせたり、最悪の場合キレさせたらヤバいと感じるのは良太郎だろうね」

「キレた良太郎さんですか……。想像つきませんよ」

「僕も見たことないしね。ん?リーゼさんが来たよ」

ウラタロスの視線にはこちらに向かっているリーゼ姉妹の片割れが来た。

「アリアさんですね。じゃあ昼休みはこれにて終わり、ですね」

ユーノとウラタロスは中断していた作業を続行させる事にした。

 

ウラタロスは後からやってきたアリアと共にユーノのしている事に感嘆の表情を浮かべるしかなかった。

魔導師といってもピンからキリまで魔法をぶっ放すだけが能ではないと改めて考えさせられる。

自分が本を一冊とパラパラと捲るのが関の山なのに対して、ユーノは数冊の本を無重力で浮かして独りでにページが捲られていく。

別の棚から分厚い本が独りでに出てくる。

それはユーノの元までいき、開いていく。

アリアもユーノと同様の事をしているが、ページを捲る速度は遥かに遅い。

「ここの人達がバカでない限りはユーノの就職先は決まったようなもんかなぁ……」

呟きながらページを捲っていく。

宙にモニターが出現する。

映像にはクロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、ロッテが映っていた。

「エイミィさん。何かご用?」

ウラタロスが代表して口を開いた。

『作業はどう?捗ってる?』

「見ての通りだよ。ユーノ、エイミィさんとクロイノとロッテさんが見に来てるよ」

ウラタロスがモニターに映るようにするために、移動する。

両目を閉じて、脳内に情報を叩き込んでいるユーノは右目をうっすらと開いて確認するとまた閉じた。

「ここまででわかった事を報告するよ。まず『闇の書』ってのは本来の名前じゃない。古い資料によれば正式名称は『夜天の魔導書』、本来の目的は各地の偉大な魔導師の技術を蒐集して研究するために作られた主と共に旅する魔導書。破壊の力を奮うようになったのは歴代の持ち主の誰かがプログラムを改変したからだと思う……」

「いるんだねぇ。どこの世界にも時代にもロクでもないことするヤツ……」

ウラタロスは報告を聞きながら、『闇の書』が天災ではなく人災によるものだと結論付けた。

「ロストロギアを使って無闇やたらに莫大な力を得ようとする輩は今も昔もいるってことね」

アリアもウラタロスと同じ意見を出していた。

「その改変のせいで『旅をする機能』と『破損したデータを自動修復する機能』が暴走しているんだ」

ユーノが報告を続ける。

『『転生』と『無限再生』はそれが原因か……』

『古代魔法ならそのくらいはアリかもね……』

クロノとアリアが報告を聞きながら思い浮かんだ事を口に出す。

「一番ひどいのは持ち主に対する『性質』の変化。一定期間の蒐集がないと持ち主自身の魔力や資質を侵蝕しはじめるし、完成したら持ち主の魔力を際限なく使わせる。無差別破壊のためにね」

報告しながらもユーノはアリアの周囲を囲っている本を取り上げるようにして自分の方へと移動させていく。

ウラタロスは口笛を吹いて、驚く。

「だから、これまでの主は完成してすぐに……」

ユーノの言いたい事はそこにいる誰もがわかった。

生存報告が調査しても出てこないのだから、そういう事なのだろう。

言って場の雰囲気を暗くする必要もないので誰も言わないのだ。

『停止や封印方法についての資料は?』

クロノが最も欲するネタを催促してきた。

「それは今調べてる。だけど完成前の停止はハッキリ言って難しい」

ユーノの目は宙に浮いている本の文字を追っていた。

『何故?』

「『闇の書』が真の主であると認識した人間でないと、システムへの管理者権限が使用できない。つまりプログラムの停止や改変が出来ないんだ。無理に外部から操作しようとすれば主を吸収して転生してしまうシステムも組み込まれている……」

クロノの疑問にユーノは作業を停めずに、答えていく。

「そうなんだよねぇ。だから『闇の書』の永久封印は不可能って言われてる」

アリアが締めくくった。

『元は健全な資料本が何というかまぁ……』

映像に映っているロッテが片目を閉じて、呆れていた。

『『闇の書』、『夜天の魔導書』もかわいそうに……』

エイミィが同情を込めて言う。彼女の言うように『夜天の魔導書』もバカな主にさえ出くわさなければ『闇の書』なんて呼ばれずに済んだのだから、ある意味では被害者だろう。

『調査は以上か?』

「現時点ではね。まだ色々調べてる。でもさすが『無限書庫』、調べれば本当に出てくるよ」

ユーノは果てがないとも思われる天井を見上げて感心していた。

「というより、私としては君の方が凄い!すっごい捜索能力!」

アリアが作業を中断して、ユーノに賞賛の言葉を送る。

ユーノもめったに人に褒められないためか、照れていた。

『すまんが、もう少しだけ頼む』

「うん。わかった」

「あ、クロイノ。海鳴に戻るんだったら、なのはちゃんに差し入れ持ってきてって言っておいて。もらえばユーノの作業能率上がるから」

モニターが消える間際でウラタロスが催促した。

『わかった。伝えておこう』

その間にリーゼ姉妹がやり取りをしていたが、恐らく交替のことだろうとウラタロスは踏んだ。

 

『無限書庫』の面々とのやり取りを終えたクロノ達は別のことに取り組もうとしていた。

「エイミィ。仮面の男の映像を」

「はいな」

深刻な表情をしたクロノとは対照的にエイミィは陽気な声でキーボードを叩く。

モニターには砂漠世界での仮面の男が映し出される。

「何か考え事?」

ロッテはクロノが何を考えているのかわからない。

「まぁね」

モニターには様々な角度での仮面の男が映し出されていく。

「この人の能力も凄いというか……、結構ありえない気がするんだよねぇ」

驚嘆の言葉を述べながらもエイミィの手は休んではいない。

モニターには砂漠の世界と森林の世界が映し出されている。両方とも仮面の男が出没した世界だ。

「この二つの世界、最速で転移しても二十分はかかりそうな距離なんだけど……。なのはちゃんの新型バスターの直撃防御、長距離バインドを決めてそれからわずか九分後にはフェイトちゃんに気付かれずに後ろから忍び寄っての一撃」

エイミィが仮面の男の現在明らかにされている能力を分析し始めた。

「かなりの使い手って事になるねぇ」

ロッテも能力を聞く限りではそのような感想しか出なかった。

「そうだな。僕でも無理だ。ロッテはどうだ?」

クロノは潔く白旗宣言をしてから、仮にも師と呼べるロッテに訊ねる。

「あ~、無理無理。あたし長距離魔法とか苦手だしぃ」

苦笑いを浮かべながら左手で手を振りながら白旗宣言をする。

「ねぇクロノ君」

「何だ?エイミィ」

席に着いているエイミィは見上げるかたちでクロノを見る。

「仮面の男は砂漠世界でフェイトちゃんに一撃決めた後、良太郎君と戦ったんだよね?」

「多分ね」

「ロッテ、どうしたんだ?」

クロノは右手が小刻みに震えているロッテの様子をうかがう。

「え、ああ。な、何でもないよ」

ロッテの右手の震えは左手で押さえつけても止まる気配はなかった。

 




次回予告

第四十五話 「チームゼロライナーとの遭遇」


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第四十五話 「チームゼロライナーとの遭遇」

十二月も中旬から下旬と呼ぶに相応しい時期になっている海鳴の朝。

野上良太郎は朝食の準備に取り掛かっていた。

最近はエイミィ・リミエッタもリンディ・ハラオウンも忙しいため、主に家事全般を取り仕切っていた。

二人とも激務に疲れているためか私室で眠っている。

現在良太郎はキッチンに立って腕を組んで唸っていた。

(エイミィさんが洋食でリンディさんが和食を作って僕がその中間だからなぁ)

レパートリーが尽きてしまったのだ。

料理が出来るといっても何でもできる程の鉄人ではない。

「そういやまだアレは試してないなぁ」

良太郎は腕を組んで今まで作ってきた朝食を思い出しながら、まだあるものを作っていない事に思い当たった。

即座に例の物があるかどうかを棚を開けて探してみる。

「みんな、何だかんだで夜食にして食べちゃうからなぁ」

良太郎は棚の中を物色している。

「よかった。あった」

良太郎は例の物を無事に見つけることが出来た。

人数分あるがストックがないので夕方にはスーパーで買わなければならないが。

「流石にみんな驚くだろうなぁ」

驚く一同の姿を想像しながら良太郎は調理に取り掛かった。

料理名はラーメン。朝から食べるラーメンなので『朝ラー』などと呼ばれるものである。

朝食を食べ終えた良太郎を始めとするハラオウン家に住む住人達はそれぞれの業務に取り掛かっていた。

リンディ、クロノ・ハラオウン、エイミィ、アルフはアースラへと向かい、自分は本日もこれから『翠屋』でアルバイトで、フェイト・テスタロッサは今から学校だ。

インターホンが鳴った。

「あぁ、僕が出るよ」

良太郎が食器を洗い終えると、タオルで濡れた手を拭いて玄関へと向かっていった。

ドアを開くと、コートを羽織っている高町なのはがいた。

「おはようございます。良太郎さん」

なのはが笑顔で言う。

「おはよう。フェイトちゃんを呼びに?」

「はい」

なのはは首を縦に振る。

「フェイトちゃん、なのはちゃん来てるよぉ」

「わかったぁ。今行くよ」

支度を終えたフェイトがリビングから玄関へと早足でやってきた。

二人が仲良くマンションを出る姿を良太郎は見送った。

 

フェイトとなのははバス停まで歩いていた。

その間に自転車に乗って会社に出勤しようとするサラリーマンや大学生、高校生、中学生などが通り過ぎていく。

「体調大丈夫?」

「うん。魔法を使えないことがちょっと不安だけど、身体の方はもう大丈夫」

なのはが不安げな表情を浮かべるが、フェイトは笑みを浮かべて返す。

バス停まで着くと、二人の会話は口ではなく念話へと切り替える。

肉声で語るにはあまりにも浮いている話だからだということを二人は理解している。

(当面わたしとなのはは呼び出しがあるまでこっちで静かに暮らしててって)

(出動待ちみたいな感じかなぁ)

フェイトは頷く。

(うん。武装局員も増員して追跡調査をメインにするみたい)

(そっかぁ)

そうなると戦闘がメインとなる自分達は正直蚊帳の外状態になる。

聖祥学園へと向かうバスがやってきたので二人は乗った。

聖祥学園へと到着し、教室に入って二人は鞄を置いてからHRが始まるまでの間にアリサ・バニングス、月村すずかと共にフェイトの席を中心にして集まっていた。

「入院?」

「はやてちゃんが?」

フェイトとなのはがすずかが口にした内容を受け入れるために聞き返す。

「昨日の夕方に連絡があって、そんなに具合は悪くないそうなんだけど検査とか色々あってしばらくかかるって……」

すずかは両手を胸元で組んで八神はやての近況を報告した。

現在この中で最もはやてと縁が深いのはすずかなのだから当然といえば当然だ。

他の三人はまだはやてに会った事すらないのだから。

「そっかぁ……」

アリサを始めとして皆が何かできることはないかと考え始める。

他人の不幸を自分のようにして考えるのは彼女達の最大の長所だろう。

「じゃあ放課後みんなでお見舞いとか行く?」

アリサが切り出した。

「いいの?」

すずかはアリサの提案を嬉しくもあるが同時に申し訳なく感じてしまう。

「すずかの友達なんでしょ?紹介してくれるって話だったしさ。お見舞いもどうせなら賑やかな方がいいんじゃない?」

アリサはなのはとフェイトの意見を求める。

「うーん。それはちょっとどうかと思うけど……」

なのはとしては賑やかにお見舞いというものには抵抗があるらしい。

「まぁアンタの家は毎日賑やかだもんね。賑やかなのがいるし」

それがモモタロス達の事を指しているのは誰にでもわかる事だった。

「にゃははは。モモタロスさん達といると毎日がお祭りみたいな感じがするんだよ」

「毎日がお祭り、いいなぁ。はやてちゃんも喜ぶと思うよ」

なのはの感想にすずかは羨望の眼差しを向ける。

「いいと思うよ。ね?わたしも良太郎を連れてきていいかな?」

フェイトは賑やかにお見舞いに行く事に賛成のようだ。

「うん!もちろんだよ。ありがとう!」

すずかは笑顔になって三人に礼を言った。

「すずかちゃん、モモタロスさん達連れてくるのはいいけど顔を見て驚いたりしないかな?」

なのはの尤もな質問をすずかにぶつけてみる。

「大丈夫だと思うよ。はやてちゃんにもモモタロスさん達みたいな人がいたし」

「そうなの?」

フェイトは確認するように訊ねるが、すずかは首を縦に振る。

「うん。デネブさんなんだけど凄く美味しいキャンディー持ってるんだよ」

「そうなんだぁ」

なのはは聞きながらも念話の回線を開く。

(フェイトちゃん、もしかして……)

(間違いなくイマジンだね。あとで良太郎に聞いてみるよ)

二人が念話の中でやり取りをしている間に、すずかはメールを送信していた。

 

八神家ではシャマルとデネブがキッチンで弁当を作っていた。

作っているのはシャマルであり、デネブはそれを監督する役割だった。

デネブは何も言わない。

弁当箱に入っているおかずはすべて試食して問題なかったからだ。

シャマルの料理の欠点はあくまで『味』であり、『見栄え』に関しては特に問題ない。

「あら?」

スカートのポケットに入っている携帯電話が鳴り出したので作業を中断する。

「どうした?シャマル」

「メールみたいなの……。ええと送信者はすずかちゃんね」

カチカチと携帯電話を操作しながら、シャマルはメールの内容を見ていく。

 

『シャマルさんへ。こんにちは月村すずかです。今日の放課後、友達と一緒にはやてちゃんのお見舞いに行っても大丈夫でしょうか?』

 

メール内容をシャマルが読み上げ、デネブは横で聞きながら目頭を押さえていた。

「八神にも友達が増えてよかった。本当によかった……」

「本当に……。すずかちゃん、いい子ね」

シャマルはデネブの仕種を止める様な野暮なマネはしない。自分も似たような気持ちだからだ。

更にカチカチと携帯電話を操作する。

 

『もしご都合が悪いようでしたら、この写真をはやてちゃんに見せてあげてください』

 

添付されている写真の映像を見て、シャマルは目を大きく開いた。

そこにはすずかの他に知らない金髪少女と、なのは、フェイトが映っていたからだ。

菜箸がシャマルの手からカランと落ちた。

「シャマル?」

デネブはシャマルが手にしている携帯電話を失礼だと思いながらものぞき見る。

「月村と残りの三人は?」

「一人はわからないわ。でも残りの二人は私達と現在進行形で戦っている魔導師なのよ」

「何だってぇ!?」

デネブも驚きを隠せなかった。

シャマルは動揺を隠せずにオタオタしていた。

「シャマル。とにかく落ち着いて」

そう言ってデネブがシャマルにデネブキャンディーを渡す。

シャマルは中身を口の中に放り込む。

「あひぃふぁふぉお。ふぇべむひゃん。(ありがとう。デネブちゃん)」

口の中でコロコロとデネブキャンディーを味わってから人差し指にはめているクラールヴィントを起動させてシグナムに連絡を取る事にした。

 

桜井侑斗は現在、公園でゲートボールを観戦していた。

そのゲートボールチームはヴィータが所属しているのだが彼女は現在、次元世界で蒐集活動をしているためここにはいない。

懐から良太郎から貰った写真を取り出して、じっくりと見る。

「コイツが『時間の破壊』の首謀者か……」

写真にはピンボケしてはいるが『時の列車』が映っていた。

(だが、こいつが『あしながおじさん』って事はないだろうな)

侑斗は、八神家の財政を支えている『あしながおじさん』の正体を探る中でこの『時の列車』の所有者は真っ先に外した。

『時間の破壊』はいわば世界消滅のようなものだ。そのような事を企てている輩がわざわざ破壊対象の一部に情けをかける必要があるのだろうか。

「カイが起こしたみたいにやるのはわかってるんだけど、何のために……」

侑斗は以前にカイが『時間の破壊』を過去の時間で起こした事を目撃している。

辺り一面が砂となり、そこにいたはずの人間はもちろんの事、草や木や湖といったものは最初からなかったかのようになり、辺り一面砂漠となった。

カイは目的を達成し、砂漠の中を大笑いしながら歩いていた。

(今まで時間を改変しようとした奴等に共通する点は自分達が『得』をする事だ)

カイにしろ牙王にしろ死郎にしろネガタロスにしろ自分達にとって『得』があるから起こすのだ。

悪事を働く事で自身にとっての『得』が得られるというのも悲しい事だが。

(今回の首謀者が俺達の世界の住人だったら何故別世界の時間を破壊しようとするんだ?)

今までの説ではどうにも説明できなくなる。

別世界の時間を破壊したところで自分達側の時間に影響が出るとは思えないからだ。

「わからん」

侑斗はベンチから立ち上がろうとせず、天を仰いだ。

寒い空だが雲ひとつなかった。

 

 

「何!?」

岩山が目立つ次元世界でレヴァンティンを構えて紫色の魔法陣を展開させていたシグナムは作業を中断した。

レヴァンティンを下ろし、足元に展開している魔法陣は閉じた。

「テスタロッサ達がどうしたって?」

確認するようにシャマルに問いかける。

『だから!テスタロッサちゃんとなのはちゃん、管理局の魔導師の二人と多分だけどデンライナーの人達が今日、はやてちゃんに会いに来ちゃうの!』

シャマルがクラールヴィントを通して、これから起こりうる事を告げてきた。

口調からして予想外の出来事なのでかなり狼狽していた。

(まさか、主はやてのご友人がテスタロッサと繋がりがあったとは……)

世間は広いようで狭いと改めて認識させられ、このような事が起こり得ることだと想定しなかった自分の甘さを責めた。

(桜井と野上が繋がりがあったことからそのように考えるべきだったか……)

『すずかちゃんのお友達だから!どうしよう!?どうしよう!?』

「落ち着けシャマル」

相手が冷静になってくれないと、話すものも話せなくなる。

「大丈夫だ。幸い主はやての魔力資質はほとんど『闇の書』の中だ。詳しく検査されはしないかぎりはバレはしない」

こう言っては失礼だが、なのはやフェイトがそこまで時空管理局で大きな権限を持っているとは思えない。

それにチームデンライナーは魔導師ですらないのでその手の事に勘付くとは思えない。

『そ、それはそうかもしれないけど……』

シャマルはそれでも安心できない。

「つまり、私達と鉢合わせする事がなければ問題ないというわけだ」

シグナムが結論をシャマルに告げて、下手な考えを浮かばせないように先手を打つ。

『顔を見られちゃったのは失敗だったわ。出撃した時にせめて変身魔法でも使っていればよかった……』

シャマルは自分達の出撃の際の詰めの甘さを悔いているようだ。

「……今更悔いても仕方ない。ご友人のお見舞いの際には私達が外そう。後は主はやて、石田先生に我等の名を出さないようにお願いを」

シグナムは念には念を押す事にした。

『はやてちゃん、変に思わないかしら?』

「仕方あるまい。お前一人が不安なら桜井やデネブと共に口裏を合わせてくれ。あの二人が加われば何とかなるだろう。それにテスタロッサ達に顔が割れていないのは桜井とデネブだけだ。あの二人なら主はやての側においても何の問題もないだろう。仮に野上とそのイマジン達が二人の事をテスタロッサ達に教えていたとしても、テスタロッサ達が桜井やデネブの顔を知っているとは思えんしな」

『そうよね……。私達も侑斗君やデネブちゃんの証言と実物とで初めて良太郎君やイマジン達ってわかったくらいだものね……』

「とにかく頼んだぞ……」

シグナムからシャマルとの通信を切った。

シャマルの心労を察するが、それでも自分達もやらなければならない事があるので引きずるわけにはいかなかった。

 

 

夕方となり、八神はやては侑斗とデネブと一緒にババ抜きをしていた。

病院生活は退屈だろうと思って、デネブがトランプを持ってきていたものだ。

現在ババを持っているのはデネブだ。

「デネブちゃん。言うとくけど手加減はせえへんで?」

はやてはデネブの手札から一枚抜こうとする。

「八神、今日は負けない」

デネブも真剣な表情をしていた。

「お前等、ババ抜きのたびに聞くけどな。何でそんなにマジなんだよ?」

侑斗は呆れ半分の表情で手札を切っていた。

「残念やけど侑斗さんにはわからへん境地にわたしとデネブちゃんはおんねん」

はやては普段は出さない『闘争心』を出している。

「侑斗、ごめん。俺はこの戦いは引けないんだ」

デネブもまたはやて同様に『闘争心』を出していた。

しかも、はやてがただデネブの手札から一枚抜くだけという行為にだ。

見ていることしか出来ない侑斗はハラハラもドキドキもしない。

あまりにくだらなすぎるからだ。

コンコンとドアを叩く音がした。

「デネブちゃん。勝負はお預けや」

「了解。いつでも受けて立つ」

はやてとデネブは同じタイミングで手札を手放す。

手札となっていたトランプを侑斗は片付けていく。

片付け終えたトランプを侑斗は懐にしまい込む。

「はぁい。どうぞぉ」

「「「「こんにちはぁ」」」」

四人の少女の声がした。

すずか、アリサ、なのは、フェイトである。

「こんにちはぁ。いらっしゃい」

はやてが笑顔で迎える。

「お邪魔します。はやてちゃん、大丈夫?」

花束を持っているすずかが第一声で体調をうかがう。

「うん。平気や」

はやては下手に気遣われないように元気に答える。

「みんな、座って。座ってぇ」

はやてが立ちっぱなしを不憫に感じて、四人にお座敷に座るように促す。

「デネブです。はじめまして」

デネブがどこからか取り出したのかバスケットを持っており、デネブキャンディーを配り始めた。

すずかは一度受け取って食べているので、喜んで受け取るが他の三人は初めてのことなので戸惑いながらも受け取る。

なのはが両手で持っている紙箱をはやてに渡していた。

中身を見てみると、ケーキが三個入っていた。

「ゆっくりしていってくれ」

侑斗は短く四人に告げると、席から立ち上がって病室を出た。

「侑斗?」

デネブが何故病室を退室しようとするかを訊ねる。

「人数分のジュースを買いにいってくる」

侑斗は短く答えて病室を後にした。

 

病室を出た直後に侑斗の両目に映ったものは金髪で、茶色のコートと黒のサングラスをかけた女性だった。

それが誰なのかは侑斗にはすぐにわかった。

「病院内でそんな格好したらかえって怪しまれるぞ?シャマル」

シャマルはビクッとしていた。

「ゆ、侑斗君!?わ、私はシャマルではありませんのことよ……」

侑斗が呆れた表情でシャマルを見ている。

シャマルにしてみればその視線は痛い。

「う、うう……」

シャマルは身を捩じらせている。

「桜井君、シャマルさんってシャマルさん、何ですか?その格好」

廊下を歩いていた石田医師も呆れの表情でシャマルを見ていた。

「え、あのですね。その……」

(元々、アドリブに強いわけじゃないんだからツッコミどころ満載の格好なんてしなきゃいいのに……)

侑斗としてもシャマルにはこれ以上助け舟は出せないと判断した。

「中に入ればいいじゃないですか?と訊ねるのは禁句なんでしょうかねぇ」

苦笑いを浮かべてフォローする石田医師であった。

三人は場所を変えた。

ガコンという自動販売機で侑斗が病室にいる人数分のジュースを買っている中で、シャマルと石田医師が話をしているので聞いていた。

「変な言い方かもしれませんが、はやてちゃんの主治医と致しましてはシャマルさん達には大変感謝しているんです」

ガコンと自動販売機からジュースが出てきたので、侑斗は取り出す。

「はやてちゃん、本当に嬉しそうですから」

石田医師は嘘偽りのない表情でシャマルに告げる。

「はやてちゃんの病気は正直、難しい病気ですが私達も全力で戦っています……」

「はい……」

石田医師は、はやての現状を嘘偽りなく口に出し、シャマルもそれを黙って聞いている。

人数分を買い終えた侑斗はジュースを二本、シャマルと石田医師の側に置く。

二人は侑斗に声に出さずとも、頭を軽く下げる事で感謝の意を示した。

「今一番辛いのは、はやてちゃんです。でも皆さんやお友達が支えてあげる事で勇気や元気が出てくると思うんです。だから支えてあげてください。はやてちゃんが病気と闘えるように」

石田医師は勇気付けるようにしてシャマルの手の上に自分の手を置いた。

侑斗は先に病室へと戻っていった。

四人が帰った後、病室にいるのは自分とはやて、デネブにシャマルの四人だった。

「お友達のお見舞いはどうでしたか?」

シャマルはすずかが持ってきた花を生けていた。

「うん。みんな、ええ子やったよ。また時々来てくれるって」

はやては嬉しそうに答えていた。

侑斗とデネブは窓から見下ろすように病院から自宅への帰路を辿っている四人を見ていた。

「それはよかったですね」

シャマルはまだ花を生けている最中だった。

「もうすぐクリスマスやなぁ。みんなとクリスマスは初めてやから、それまでに退院してみんなでパーっと出来たらええねんけどぉ」

「もう、クリスマスになるのか……。随分と早く感じるな」

はやての言葉に侑斗は素直な意見を出した。

「うん」

デネブも首を縦に振るだけだ。

十二月も中旬になるのに事件は何一つ片付いていない。どうせならば全て片付けてからクリスマスを楽しみたいというのが、侑斗の本音だったりする。

相手の出方をうかがうことしか、こちらに与えられた唯一の方法なのが侑斗にはむず痒くて仕方がなかった。

 

人が持つ様々な想いなど関係なく、ただただ非情に無慈悲に時間は針を動かして時を刻んでいく。




次回予告

第四十六話 「イブ前日」


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決戦はクリスマスイヴ
第四十六話 「イブ前日」


十二月二十二日。

八神はやては桜井侑斗とデネブの見舞いを嬉しく思いながらも、シグナム、ヴィータが顔を見せてくれない事に寂しさを感じていた。

面会時間を過ぎるといつも一人になる。

「あーあー、流石にこうもずっとベッドから動けへん状態が続くと、退屈やぁ」

八神家の家主であり、ヴォルケンリッターと居候のゼロライナーの面倒を見るという大人顔負けなはやてではあるが、歳相応な少女だ。

正直にいえば若さゆえのエネルギーが身体にたぎっている事は言うまでもない。

「早く明日になれへんかなぁ」

今の彼女にとっての楽しみは面会可能時間に人と出会うことくらいになっている。

つまり、明日までやる事といったらテレビ見るか病食を食べて寝るくらいしかない。

窓越しの空をはやては見上げる。

茜色が眩しかった。

明日になるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

八神家ではシャマルがキッチンでクラールヴィントを起動させて会話をしていた。

「ええ、ここまでは上手くいってるわ」

『ああ。そっちに戻らなかった分、管理局もこちらを追いきれていないようだ』

会話相手はシグナムだった。

『……主はやては寂しがってはいないか?』

顔を合わせていない事に罪悪感を感じているのかシグナムがうかがってきた。

「私には一言も……。お友達や侑斗君、デネブちゃんがよく来てくれてるみたいだから……」

シャマルはありのままを報告するが、はやてが内心ではシグナム、ヴィータ、ザフィーラに会えない事を寂しがっているのは間違いないと確信している。

『そうか。だが心配させてもいけない。数日中に一度戻る』

「うん。気をつけて……」

『ああ……』

そう告げると、シグナムの通信が切れた。

 

岩山が目立つ次元世界の空をシグナムが一人、飛翔していた。

手ごろな場所で羽を休めるようにして着地する。

騎士甲冑を纏っていても、重々しい音は鳴らない。

右脇に抱えていた『闇の書』を両手に持つ。

パラパラパラパラとページを慣性に従うままに捲られていく。

文章が刻まれており、空白となっているページが少なかった。

「残り六十ページ」

九割方完成しているが、ここまで来ると大物であれ小物であれ、めぼしい対象が少なくなっているのも確かだ。

だがそれでもやらなければならない。

完成まであと少しなのだから。

(待っていてください。主はやて……)

シグナムは休憩を終えると、再び青空へと飛び立った。

 

 

十二月二十三日。

世にいう『天皇誕生日』であり、いわゆる祝日である。

しかし、調べ物が大詰めに差し掛かっている二人にはそんなものはなきに等しいものだった。

ユーノ・スクライアとウラタロスは『闇の書』の調査をほぼ完了したが、結論からいってしまえば誰もが悲しまずに済む解決法というものは見当たらなかった。

「『闇の書』に関してはこれ以上は調べようがないね……」

「ええ、でも収穫はありましたよ。あとはもう一つの事だけは完璧に終わらせたいですね」

ユーノの言う『もう一つの事』とというのは仮面の戦士の事だという事はウラタロスには理解できていた。

「エイミィさんが言うには、仮面の男の個人としての能力はクロイノはもちろんの事、リーゼさん達よりも上なんだってさ」

ウラタロスはエイミィ・リミエッタから入手した情報を呈示した。

「その映像って見れます?」

ユーノはその映像を見たわけではないのでわからない。

もしかしたらその映像を見る事で何かに気付くかもしれない。

「エイミィさんに聞いてみようか?」

 

アースラへと移動したユーノとウラタロスはエイミィに頼んで仮面の男の映像を凝視していた。

「何か気づいた事でもあった?」

エイミィがキーボードを操作しながらじっと見ている二人に縋る。

「これって最初になのはやモモタロスさん達がいた世界に現れて、その後にフェイトや良太郎さんがいた世界へと移動したっていう順序で間違いないんですよね?」

「うん。映像に表示されている時刻からしたらそういう風になるんだけどね……」

エイミィの言うように、なのはが出向いた世界に表示されている時刻とフェイトがシグナムと交戦した世界の時刻を見ると、明らかになのはがいた世界にいた時刻の表示の方が早い。

「最速で転移しても二十分はかかるんだけど、わずか九分で転移してるんだよねぇ」

まさに不可能を可能にしたといわんばかりのことだ。

「ただの人間がしたことならば種を明かせばすごく簡単な事なんだけど、魔法が絡むと余計難しくなりそうだねぇ」

嘘や騙しを見抜くウラタロスにしても魔法が含まれると難度が一気に増すとぼやく。

「エイミィさん。記録した映像の中で動作

アクション

を取っているものってありますか?」

ユーノは仮面の男が動作を撮っている映像を見たいと進言する。

「ん?動作を取った後ならあるけど……」

「お願いできます?」

「はいはーい」

カタカタタタタとキーボードを叩きながら、エイミィは映像を切り替えていく。

その映像とはフェイト・テスタロッサが胸元を貫かれている映像だった。

「うわ……」

「調査とはいえ、繰り返して見るものじゃありませんね」

仲間が被害を受けているシーンを見て、二人とも拒否感を露にしてしまう。

「左手ですね……」

「それがどうかしたの?」

ユーノはウラタロスに答えることなく、ズボンのポケットから携帯電話を取り出して発信先は『高町なのは』と表示されていた。

「もしもしなのは、今暇?」

『ユーノ君?どうしたの?急に』

「実はなのはに一つだけ思い出してほしい事があるんだけど……」

ユーノはなのはの言葉に真剣に耳を傾けている。

「うん……うん」

一文字も聞き逃さない勢いで。

「うん……。わかった。ありがとう、なのは」

聞ける内容は全て聞けたのでユーノは携帯電話をポケットにしまいこんだ。

そして、ウラタロスとエイミィを見てからユーノは口を開いた。

「仮面の男の最速の謎が解けた」と。

 

時空管理局本局に戻ったユーノとウラタロスは最後の確認のためにある二人を呼び出して、合流する休憩所へと向かっていた。

「ねぇユーノ。僕はユーノの推理が間違っているとは思わないけど、ソレでグラつくとは思えないよ」

「証拠らしい証拠は何一つありませんからね。でも、揺さぶれるとは思いますよ。僕達は正規の局員じゃありませんから、現職の管理局員を裁く権利なんてありませんしね」

「捕まえるのはクロイノの仕事ってワケ?」

「証拠があれば、ですけどね」

証拠がない以上、いくらクロノ・ハラオウンでもその二人を裁くことは出来ないだろう。

「さてと、やりますか。ユーノ」

「はい!」

ウラタロスの促しにユーノは乗って、気を引き締めて返事をした。

合流する休憩所には二人にとっては予想外の人物もいた。

ギル・グレアムである。

そして、リーゼ姉妹もいた。

「わざわざ来てくれてごめんね。二人とも」

ウラタロスがそう言いながら、側にあった自動販売機でジュースを五本購入する。

グレアムは右手で受け取り、アリアも右手で、ロッテは左手で受け取った。

(これでユーノの推理は確実だという事が立証されたってワケだね。さて、これでバイバイってワケにはいかないから、予定通り揺さぶってみますか)

ウラタロスとユーノはかねてからの予定を実行する事にした。

「実はですね。アースラスタッフの妨害をしていると思われる通称『仮面の男』について『闇の書』の調査の合間に調査しているんですよ」

ユーノから切り出した。

「ほぉ。リンディ提督やクロノ達の邪魔をする者がいると?」

グレアムが興味深そうに話に乗り出す。

「そうなんだよねぇ。ソイツはね、『闇の書』の完成を促してるんだ。しかも僕とユーノの見立てではソイツは管理局側の人間の可能性が高いって事になってるんだよね」

ウラタロスがこれまでに得た情報を端的に打ち明けた。

彼のいつものインテリじみたポーズは崩れていない。むしろ、こういう場面でこそ彼のポーズは映えるのだ。

「ほぉ」

グレアムは記憶に留めているのだろう。

「でもまぁ、その仮面の男は多分だけど良太郎とは二度と戦わないだろうね」

ウラタロスが確信を持って言う。

「何故だい?」

グレアムの瞳の中の何かが動いたように、ウラタロスとユーノには見えた。

「怖いからですよ。僕も聞いた話ではその仮面の男は良太郎さんに骨の髄まで恐怖を植えつけられたみたいですよ。だから戦わないというより、戦いたくないと思うんです」

ユーノは更に仮面の男の心情を抉るような一言を告げる。

「ねぇ、どうしてそんな話を私達に?」

アリアがウラタロスとユーノの真意を探ろうとする。

「さぁ、何でだろうねぇ。何せこんな話しても誰も信じてくれないと思うしぃ、僕達正規の局員じゃないからさ、下手すると取り合ってくれないと思うんだよねぇ」

「クロノの手柄に貢献してあげてもいいんですけどねぇ」

ウラタロスの食えない態度に釣られる様にユーノも似たような口調で話す。

「だったらさぁ、クロスケに教えてあげたらいいじゃん。あいつだってただの頭でっかちじゃないんだしさぁ」

ロッテがクロノの人格を評価しながら、二人に教えてあげたらいいと進言する。

「あ、ウラタロスさん。そろそろ作業に戻りましょう」

「え?もうそんな時間なの?しょうがいないかぁ。じゃあ提督さん、リーゼさん。お仕事頑張って」

ユーノが携帯電話に表示されている時刻を見てウラタロスに告げると、二人はその場から立ち上がって去っていった。

三人の姿が完全に見えなくなると、ウラタロスとユーノは周囲をキョロキョロしてから大きく深呼吸をした。

「上手くいったと思います?」

「多分ね。僕達の話は関係ない人間が聞けば笑い話になるけど……」

「関係のある人間が聞けば内心穏やかにはいられない、ですよね」

「そういう事。さ、戻ろうか」

「はい」

ウラタロスに促されるようにして、ユーノは歩き出した。

 

地球のしかも日本の祝日に疎いフェイトとアルフにしてみれば思わぬラッキーデイであった。

現在、ハラオウン家には野上良太郎、フェイト、アルフの三人しかいない。

夕方となり、冷蔵庫の中を三人で物色する。

「アルフさん、ドッグフードを冷やすのはやめてって言ってるのに」

「あ~、何すんのさ!?良太郎、あたしの夜食を!」

「あ、クロノが買い溜めしてるお菓子だ」

フェイトがクロノが買い溜めしている携帯食料を手にしてから、冷蔵庫へと戻す。

「リンディさん達はどうするって言ってたの?」

良太郎はここにはいない三人がどのようにして食事を済ませるのかをフェイトに訊ねる。

「今日はアースラで食べて帰るからいらないって」

「そっか……」

フェイトの返答に納得してから、良太郎はまた渋い顔をする。

「良太郎、どうしたの?」

悩んでいると察したのか、フェイトはうかがってみる。

「うーん。いくら考えても今日何を作ろうか浮かばないんだ」

良太郎はお手上げといわんばかりに打ち明けた。

「なら食べに行こ!肉がいい!!」

アルフが尻尾を揺らしながら、進言する。

「お鍋もいいけど焼肉もいいよね……」

フェイトも肉関連で賛成しているのか、その中で食べたいものを二つ上げた。

「そうしよっか……」

良太郎としても二人の意見に異議を唱える気はないので、その案を通そうとした時だ。

電話が鳴り出し、一番近くにいたフェイトが受話器を取る。

「もしもし、ハラオウンです。あ、なのは。え?いいの?うん、わかった。三人で行くよ。それじゃあ後でね」

受話器を電話機に置く。

「さっき、なのはから電話がかかってたんだけどこれから一緒に食べない?って誘いがあったから三人で行くって言ったけどよかったかな?」

フェイトは良太郎とアルフに言った。

「僕は問題ないよ。寧ろ願ったり叶ったりだし」

「あたしもー。ところでフェイト、三人って事はあたしこの姿のままでいいのかい?」

「大丈夫だよ。なのははちゃんとアルフが子犬で来る事わかってるから」

フェイトが笑顔でアルフに安心させるように言う。

「ふーん」

アルフは納得してから人型から子犬へと変身した。

「さぁ、行こう!夕飯があたし等を待ってるよっていうか、なのはん家ってことはモモタロ達もいるから奪い合いになるよ!」

アルフの発言に良太郎とフェイトは互いに笑みを浮かべていた。

 

高町家に到着すると高町姉妹とコハナが夕食のおかずを道場へ運んでいく姿が見えた。

運んでいくる二人に声をかけるのは気がとがめたので、その後から皿を慣れた手つきで運んでいる高町桃子が見えたので、

「「こんばんは」」

「わん!」

良太郎とフェイト、アルフ(子犬)が挨拶した。

「二人ともいらっしゃい。会場は道場だから道場に行ってね」

桃子が二人と一匹に夕飯の会場となる場所を呈示すると、道場へと向かった。

「あ、良太郎だぁ。フェイトちゃんにワンちゃんもいるよぉ!」

炊飯器を運んでいるリュウタロスが片手を振りながら、道場へと向かっていった。

「遅ぇぞ良太郎」

小型のテーブルを持っているモモタロスは相変わらず口は悪いが、歓迎している。

「モモの字、早よ進まんかい!後が支えてるやろうが!」

モモタロスが持っているものより大きいテーブルを持っているキンタロスが急かす。

「わあってるよ!ったく!まだ家にバカ兄貴ととっつぁんがいるぜ」

「わかった。ありがとう」

モモタロスが高町恭也と高町士郎が既に道場にいると告げると、作業を続行していた。

「わたし、なのは達を手伝ってくるね」

「うん」

フェイトがなのは達の手伝いに行くと告げると、道場の中へと入っていった。

高町家の中に入ると、士郎と恭也が箸だの器だのを持っていた。

「来たか」

「いらっしゃい」

二人は自分の顔を見ると挨拶をしてくれた。

「こんばんは」

良太郎も返す。

「良太郎君、手は空いてるかい?」

「はい」

士郎の問いかけに良太郎は即答する。

「なら悪いがジュースと酒を持ってきてくれないか?」

恭也が顔を動かして冷蔵庫に向けてサインを送る。

「わかった」

良太郎は冷蔵庫を開けてジュースと酒、そして飲料を入れる為の紙コップを持って道場へと向かった。

 

道場内は賑やかになり、涎が出そうなご馳走が並んでいた。

既に涎を垂らしているのが三体程いたが。

「みんな、涎出てるよ」

良太郎は苦笑いしながら口元の涎を拭くように三体に言う。

「るせぇ。俺達の腹はすでにクライマックスなんだよ!」

モモタロスに決め台詞を変えた一言で返されてしまった。

キンタロスとリュウタロスも首を縦に振っている。

全員が決まった場所に座る。

「おお、美味そうだなぁ」

「フェイトちゃんも良太郎君もたくさん食べてね」

士郎が第一印象をもらした後、桃子がフェイトと良太郎に無礼講だと告げる。

「はい。ありがとうございます」

「どうもすいません。僕までご馳走になっちゃって……」

フェイトは笑みを浮かべて返すが、良太郎はどこか申し訳なさそうに言う。

「いいのよ。良太郎君も遠慮しちゃ駄目よ?」

「はい。ではお言葉に甘えます」

ここで渋ったら野暮なので良太郎は素直に返す事にした。

アルフは既に肉(マンガ肉)を咥えていた。

恭也が取り皿を人数分回していく。

「フェイトちゃんはクリスマスイブはご家族と過ごすのかい?」

「はい。えと、一応は」

士郎がの問いかけにフェイトはどこか後ろめたい部分がありながらも、答えた。

「そう……」

「ウチは今年もイブは地獄の忙しさだな」

桃子がフェイトのイブの予定を聞いて頷きながらも、士郎は毎度訪れるとはいえ愚痴をこぼす。

「客商売なら仕方がないですよね」

良太郎も『ミルクディッパー』で似た経験があるので、士郎の愚痴に対して心中察する事が出来た。

「わたし、今夜のうちに値札とポップ作っておくから」

なのはが慣れた感じに言う。

「お願いね。私達は今夜しっかり寝とかなきゃ!」

美由希は明日に備えての体力温存のために早めに寝る事を宣言する。

フェイトには何故美由紀がそのような事を言ったのかがわからないのでキョトンとしている。

「『翠屋』のケーキ、人気商品だからイブの日はお客さんいっぱいなの」

なのはが『翠屋』のイブに起こる事情を説明してくれた。

「それにね、イブを過ごす恋人同士とか友達同士のために深夜まで営業してるんだよ」

美由希がなのはの説明に更に補足をしてくれた。

「そうなんですか」

フェイトは納得する。

「恭ちゃんはいいよね~。店の中で忍さんとずーっと一緒だし~」

恭也にもたれかかるような態勢をとりながら美由希はからかう。

「それは別に関係ないだろう……」

図星なのか恭也は強く否定しようとはしない。

「カメがいねぇとこういう時は何にも言えねぇな」

恋愛ごとではモモタロスはからかいの言葉を出す事もできない。

「そうやなぁ。カメの字、大丈夫やろか?」

キンタロスは単身本局にいるウラタロスを心配する。

「カメちゃん、頭いいから上手くやってんじゃなーい?」

ウラタロスは自分達の中で一番頭がいい事をわかっているリュウタロスは上手く乗り切ると信じているのか気楽なものだった。

「まぁアンタ達よりは上手くやるから下手に心配するのは疲れるだけよ」

コハナは要領のよいウラタロスの事だから大丈夫と思っているらしく、不安な表情を浮かべる事はない。

「アリサちゃんとすずかちゃんの予約分はちゃんとキープしてあるからね」

桃子がなのはが危惧していた事を見越したかのように笑顔で安心させるように言う。

「うん!」

なのはは満足して首を縦に振る。

「リンディさんからも予約いただいているからな。お楽しみに」

リンディも先手を打っていたことを知った良太郎は「さすがだなぁ」と感心するしかなかった。

「あ、ありがとうございます」

フェイトは照れながらも感謝の言葉を述べた。

その後、食事は相も変わらず騒がしかった。

おかずを巡ってモモタロスと恭也が一戦交えたり、それを沈めるためにアルフがモモタロスに近寄って昏倒させたり、なのはとフェイトが談笑したり、キンタロスとリュウタロスがその間にガツガツと食べていたがバレてモモタロスと恭也にシバかれたりなどしていた。

良太郎は美由希に色々と聞かれながらも、その光景を見て笑顔になっていた。

 

ハラオウン家の帰り道。

良太郎とフェイトとアルフは夕食の感想を述べ合っていた。

「あ、すずかからだ」

フェイトは携帯電話を操作する。

「明日、はやてにクリスマスプレゼントを内緒で渡すんだって」

「へぇ、サプライズをするの?」

「うん。すずかやアリサは乗り気だけど、なのはは迷惑がかかるかもって不安みたいだよ」

フェイトがメールの内容を告げている。

良太郎としてみればサプライズで成功する確率は五分五分だと考えているが、これが病人なら確率はグンと上がるとも思っている。

「フェイトちゃんとしては乗り気なんでしょ?」

「うん。そうだ良太郎、はやての側にイマジンがいたんだ。何か心当たりある?」

フェイトが初めて、はやてと知り合った際に病室にいたイマジンの事を思い出した。

「特徴はわかる?」

「うん。黒が目立つ感じでデネブって名乗っててね、あとキャンディーをくれたんだよ」

「大丈夫。そのイマジンは何も悪さをしないから」

良太郎にしてみればフェイトの説明で思い当たるのは間違いなく、彼しかいない。

「やっぱり良太郎の知り合いなんだ。てことは、はやての隣に座っていた人が桜井侑斗?」

フェイトは特に驚く素振りを見せず、更に気になることを良太郎に訊ねた。

「うん。デネブの横にいた人が男で僕と同じくらいなら間違いないよ」

はやてが『闇の書』の主であることをフェイトは知らない。

迂闊に伝えて『時間』に影響を及ぼすわけにはいかないという配慮だ。

「そうなんだ。てことは、はやての近辺に『時間の破壊』に関連する事があるのかな……」

フェイトがそこまで行き着くことを良太郎は感心すると同時に、こちらの目的にも気をかけていることが嬉しかった。

「多分ね……。それが何なのかまではわからないけど……」

『時間の破壊』に『闇の書』が関係している事は間違いないが、それをフェイトをはじめとする魔導師サイドに告げるとなると渋い顔になってしまう。

『闇の書』をイマジンが奪おうとした事、その後は完成のためにこちら側に妨害を仕掛けてきた事、明らかにイマジンが『闇の書』を得ようとしている事だけはわかる。

だがここでイマジンには何のメリットもない事がわかってしまった。

『闇の書』はマスター以外は扱えないという事だ。

つまりイマジンがヴォルケンリッターの蒐集活動を手伝っても何の意味もない事になる。

それが最大のネックとなっているのだ。

「良太郎?」

「アンタ、どうしたんだい?難しそうな顔してさぁ」

フェイトとアルフが見上げるかたちで不安そうな眼差しで自分を見ていた。いつの間にか真剣な表情を浮かべていたようだ。

「ああ、ごめん。何でもないよ」

良太郎は不安を取り除くように一人と一匹に言う。

「そう?だったらいいけど、何か悩んでる事があってね?力になれるかもしれないから」

フェイトが頼っていいという口振りで励ましてくれた。

「うん。ありがとう」

フェイトの励ましをありがたく思い、良太郎はフェイトの頭を撫でる。

「りょ、良太郎……。恥ずかしいよ」

フェイトは顔を赤くしてはいるが、満更でもないとアルフは二人のやり取りを見ながら思っていた。

 

「明日、はやてのお見舞いに良太郎やモモタロス達も来てほしいんだけど駄目かな?」

「大勢で行っていいの?」

「きっと喜ぶと思うよ」

「あたしも行きたーい!!」

 

その後、良太郎とイマジン三体もはやてのお見舞いに行くという事で話が進められた。

アルフも参加表明するが、ペット厳禁なので却下された事は言うまでもないことだった。

 

時刻は明日へと刻一刻と近づいていった。

忘れられないクリスマスイブへと刻一刻と。




次回予告

第四十七話 「旅立ちの汽笛が鳴る」


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第四十七話 「旅立ちの汽笛が鳴る」

十二月二十四日 クリスマスイブ。

 

太陽系第三惑星を見下ろすかたちで広大でかつ果てがないとも思われる漆黒の宇宙空間に次元航行艦アースラは佇んでいた。

クロノ・ハラオウンが必死な表情でキーボードを叩きながら調査をしていた。

その仕種は専門家ともいうべきエイミィ・リミエッタに比べればたどたどしいものだが決して鈍くはない。

モニターに映し出されるのはギル・グレアムについてだ。

(僕の思い過ごしであってほしい)

クロノはそう願いながらも調べていく。

だが、現実は甘くなくクロノの『思い過ごし』は現実味を増していくばかりだった。

(良太郎やユーノ、ウラタロスが提督やリーゼ達を疑っているような眼差しで見ていた事が間違いだという証拠を調べていたというのに……)

カシュッというドアが開く音が聞こえたので、クロノはモニターに映っている全てを消す。

「ん、あれ?どうしたの?クロノ君」

「クロノが調べ物?珍しいね」

「いかがわしいデータでも調べてたんじゃないの?例えばエイミィさんのスリーサイズとかさ?」

エイミィとクロノが訝しげな表情をする中、ウラタロスはセクハラ的な発言をする。

「ええっ!?クロノ君、私のスリーサイズなんか調べてどうするの!?」

「クロノ、いくらなんでもそれはどうかと思うよ……」

エイミィは胸元を押さえながら顔を赤くしてクロノを睨み、ユーノ・スクライアはやれやれという感じで呆れながら言う。

「そんなわけないだろ!!貴方達は僕をどんな風に見ているんだっ!?」

勝手にムッツリスケベにされては叶わないとクロノは感じ抗議する。

「まぁ冗談なんだけどね」

「クロノもいい加減慣れた方がいいよ」

「そーそー、適応は大事だよ。クロノ君♪」

一体と二人はクロノの狼狽振りを見て満足したのかサラリと受け流す。

「『闇の書』に関するユーノのレポート、なのは達にも送っておいてくれたか?」

クロノは気を取り直してエイミィを見る。

「うん、送ったよ。なのはちゃん達も『闇の書』の過去については複雑な気持ちみたい……」

エイミィは沈む表情でクロノに報告する。

「そうか……」

そう言うと、クロノは部屋を出ていった。

 

「さて、クロイノが何を調べていたか見てみようか?エイミィさん、できる?」

ウラタロスが切り出してエイミィに頼む。

「まっかせてよ♪」

エイミィは目にも留まらぬ指使いでキーボードを叩く。

モニターには先程までクロノが調べていた情報が次々と出現していく。

明るみになればなるほどエイミィは目を丸くするが、ユーノとウラタロスは特に驚いてはいなかった。

「クロノもやっぱり気にしてたんですね」

「考えてみたら異常といえば異常だからね。リンディさんがいるのに提督さんがわざわざ出張るなんて含みがないとやらないと思うしね……」

ウラタロスの意見にエイミィは首を傾げていた。

「そうなの?みんなで協力し合えば事件だって早く片付くと思うけど……」

エイミィの言っている事は正論だとウラタロスは思う。

本来はそうあるのが普通だとも思ってしまう。

「まぁ、そういかないのが人間だと思うよ。事件解決より自分のメンツにこだわる人間のほうが多いんだよ。僕達の住んでいる世界ではね」

ウラタロスの言っている事は間違いなく起こっている『現実』だった。

「ん?」

ウラタロスはある項目に目を止める。

「何か見つけたんですか?」

ウラタロスがただ単にそのような声をあげるわけがない事をユーノは知っている。

「エイミィさん、あの項目拡大できない?」

「ああ、コレ?はいはーい」

エイミィはウラタロスが指差す項目を拡大させる。

グレアムの預金口座には毎月、決まった額が振り込まれていた。

額にしてみれば高官ならば微々たるものだが、中管理職で渋るものであり、下士官ならば間違いなく手が出せないものだった。

「振込先が世界名:第九十七管理外世界で八神はやてとなってますね」

ユーノが代表して読み上げていく。

「良太郎に連絡だね」

ウラタロスは野上良太郎に報告する事にした。

 

 

『翠屋』でアルバイトをしている野上良太郎は床をモップ掛けしていた。

モップで磨かれた床はピカピカと光沢が帯びている。

モモタロス、キンタロス、リュウタロスはそれぞれ着ぐるみを着用して店前でビラ配りをしていた。

コハナは厨房でひたすら皿洗いをしていた。

良太郎は席に着いている客層を見る。

終業式が終わって、即座にここに訪れている学生がチラチラと目立つ。

カップルで来ていれば、一人寂しくヤケ食いをしにきた者もいる。

ズボンのポケットから着メロが鳴る。

「良太郎君、電源をオフにしろとまでは言わないがマナーモードにするように」

カウンターでサラリーマン相手に談話している高町士郎が注意する。

「すいません」

良太郎は自身に非があるので素直に謝罪する。

モップを動かす手を止めてケータロスを取り出す。

「ウラタロス?」

着信履歴を見てみると、ウラタロスだった。

本音を言えばすぐにでもかけたいのだが、昼休みになるまで待つ事にした。

昼休みとなって、フロアから裏口に移動した良太郎はケータロスでウラタロスに連絡を取る事にした。

『あ、良太郎』

「どうしたの?何か新しい事でもわかった?」

『ボクちゃんと前に会った時にさ、『あしながおじさん』の事言ってたよね?』

「うん。もしかして正体わかったの?」

『良太郎は粗方の見当はつけてたんでしょ?』

「まぁね。あくまで僕の推測の範疇だから偉そうにはいえないしね。で、『あしながおじさん』の正体はやっぱり……」

良太郎はウラタロスの答えが自分が推測で導き出したものと一致した時、はぁと息を吐くしかなかった。

別段嬉しくも何ともないのだから無理もないことだ。

 

午後四時二十五分、海鳴大学病院。

「ザフィーラは外か?」

桜井侑斗は病室にはいない大型狼の所在を訊ねる。

「ええ。流石に入れませんから」

「たまにあいつを不憫だと思ってしまう。動物姿だとペット持ち込み禁止に引っかかるし、人の姿だとかえって怪しまれてしまうからな」

シャマルが苦笑いを浮かべ、シグナムがザフィーラの境遇に同情していた。

「ザフィーラが誘拐されるかもしれないから見てくる」

特に病室で侑斗同様に椅子に座っていたデネブはザフィーラを見てくるとして、病室へ出て行った。

「ザフィーラを誘拐しよーとするヤツなんていねーのに。はやて、ごめんね。中々来れなくて」

「ううん。元気やったか?」

はやては怒る事もなく、ヴィータを撫でながらデネブキャンディーを渡す。

ヴィータはデネブキャンディーを受け取って口の中に放り込む。

「うん。むっちゃ元気!!」

口の中でデネブキャンディーをカラコロ転がしながら笑顔で言う。

窓際にいるシグナムとシャマルもそんな後景に笑みを浮かべていた。

 

「しっかし凄い数になっちゃったわよね」

アリサ・バニングスが言うように今、海鳴大学病院に向かっている人数はどう見ても『お見舞い』に行くといっても信じてもらえない人数である。

友人である月村すずか、高町なのは、フェイト・テスタロッサを始めとして、フェイトの知り合いである良太郎にその身内でもあるモモタロス、キンタロス、リュウタロス、そしてやる事を終えたとばかりに戻ってきたウラタロスと総勢九人なのだから。

大学病院の入口が見え始めた頃だ。

良太郎やモモタロス達にはいやでも見覚えのある存在が巨大な狼の隣に座っていた。

「おい、アレっておデブじゃねぇか?」

「本当だ。来てたってのは知ってたけど何だかんだで会う機会なかったよね」

「何か巨大なワンちゃんと一緒におるで」

「おデブちゃーん!!」

イマジン四体が駆け寄る。

「おお、みんな!!久しぶり!!」

デネブが嬉しそうに手を振っている。

その様子はとても初対面とは思えない。

「良太郎さん。あのデネブさんももしかして……」

良太郎は、なのはの質問に「なのはちゃんの推測どおりだよ」という思いを込めて首を縦に振った。

「みんな、先行ってるからね」

良太郎がデネブと談話しているイマジン四体に告げると、子供達をつれて病院の中に入っていった。

 

夕方となると、足の自由の利く病人、いわゆる怪我人や内科系に関わる病人が廊下を歩いていた。

病院内は寒くはないが、決して温かいわけでもない。

コートなどの暖房着を着用して問題ないくらいだ。

(最近はあまり行かなくなったけど、あんまり何度も行きたいものじゃないなぁ)

電王になりたての頃は結構入院していたが、最近はあまり通っていない。

名前を知られて常連になりたくないところの候補としてはすぐに浮かび上がる。

「はやてちゃん。驚くかな?」

「絶対驚くわよ。完全なサプライズなんだから。なのは、フェイト。顔に出しちゃダメよ?あんた達、すぐに顔に出るんだから」

「「う、うん」」

発起人のすずかは不安がるがアリサは安心させるように諭し、なのはとフェイトに『秘密』がある事を顔に出さないように釘を刺す。

「ここか……」

五人は足を停めた。

入口には『八神はやて』という札が貼られていた。

 

病院の外ではイマジン五体とザフィーラ(狼)がいた。

「モモタロス、だったか?何故離れている?」

ザフィーラが自分からそれとなく距離を置いているモモタロスに訊ねる。

「う、うるせぇ!俺の勝手だろうが!」

モモタロスはザフィーラが犬ではなく、狼だと認識していても怖いものは怖い。

何故なら自分が近寄った途端にアルフのように『こいぬフォーム』になるかもしれないと考えているからだ。

(冗談じゃねぇ。コイツ明らかに獣女と同じタイプじゃねーか!俺が近寄った途端に『こいぬ』なんざなってみやがれ!俺は一生分のシマウマ背負っちまうぜ!!)

これはモモタロスの心中なので、誰も突っ込まないがシマウマではなく、トラウマである。

「センパイは犬がダメなんだよ。こんなに大人しいのに」

ウラタロスがザフィーラを撫でる。

「ホンマやで。アルフと似たようなタイプやのに何か品格みたいなもんを感じるで」

キンタロスがザフィーラをじっと見ながら率直な感想を述べる。

「ザフィーラはシャマルちゃんのペットなんだよ」

「ペットではない。仲間だ」

リュウタロスの誤った解釈にザフィーラは訂正する。

ここにいる誰もがザフィーラが喋っている事に関して不思議がる事はない。

何故ならアルフを見ているし、この病院に『闇の書』の主がいるという事はわかりきっているからだ。

ザフィーラとしても『演技』をする必要がないということだ。

「デネブ。この者達はお前と桜井の知り合いだが、大丈夫なのか?主にご迷惑がかかることは?」

見るからに怪しすぎる四体のイマジンに対してザフィーラは、はやてに危害が及ぶのではないかと心配する。

「それは大丈夫。野上もモモタロス達も八神に危害を加えたりはしない」

「おい、おデブ。俺も良太郎のところに行ってくらぁ。ソイツ等頼んだぜ」

モモタロスはザフィーラとデネブを相手に盛り上がっているウラタロス、キンタロス、リュウタロスを置いていった。

 

「こんにちはぁ」

コンコンとすずかが病室入口でノックをしていた。

『はぁい。どうぞぉ』

聞き覚えのない声---この声の主が『闇の書』の主である八神はやてなのだと良太郎は睨んだ。

「「「「「こんにちはぁ」」」」」

五人が同時に病室に入る。

「あ、今日は皆さんおそろいですかぁ」

すずかは全員を知っているので、そのような台詞を言うことができる。

病室には、はやて、シグナム、シャマル、ヴィータ、侑斗がいた。

「こんにちは。初めまして」

アリサが入室しながら礼儀正しく挨拶をする。

なのはとフェイトは目を丸くする。

シグナムが警戒し、シャマルはオロオロする。

良太郎も侑斗も目を丸くするしかない。

はやてはいつもと違う家族の反応に把握するために両者を見ている。

「すみません。お邪魔でしたか?」

アリサが家族水入らずに水を差してしまったのかと思ってしまう。

「あ、いえ……」

「いらっしゃい。皆さん」

「すまないな」

シグナム、シャマル、侑斗が何事もなかったかのように体裁を取り繕う。

「なぁんだ。よかったぁ」

すずかが安心し、刻一刻と時間は進んでいく。

「ところでみんな、今日はどないしたん?」

はやてとて休学中とはいえ、学校行事の大まかな流れは把握している。

今日は終業式なので、通知簿見せて褒められるか怒られるかして家族団欒がベターな展開だと踏んでいるくらいだ。

すずかとアリサは顔を見合わせて笑みを浮かべる。

「「せぇーのぉ!!」」

そして手元を隠しているコートを払いのけた。

二人の手には綺麗に包装された大きな箱が現れた。

 

「「サプライズプレゼントォ!!」」

 

すずかとアリサは同時に発して、はやての前に出した。

はやても最初は事態を把握できなかったが、理解してくれると喜色の表情を浮かべる。

「今日はイブだから、はやてちゃんにクリスマスプレゼント!」

すずかは一応理由を説明した。

「はわぁ、ほんまか?ありがとうなぁ」

はやてはプレゼントを受け取りながら、感謝の言葉を述べる。

「後で開けてみてね」とアリサは言うなど、三人は和やかな雰囲気を醸し出している。

だが、良太郎、フェイト、なのは、侑斗、シグナム、シャマル、ヴィータは別の雰囲気が噴き出ていた。

なのはとフェイトはどう対処したらいいのかわからないので、年長者である良太郎を見上げる。

良太郎は「出方を窺おう」という意味を含めて首を横に振る。

なのはは自分に対して、明らかに『敵意』を感じたので、その先を追ってみる。

ヴィータが今にも掴みかからない勢い含めた瞳で睨んでいた。

なのはとしては居心地がどんどん悪くなる。

それはフェイトも同じだ。

良太郎にしてみてもこの空気はよくない。何とか打破したいと思うのだが、突破口を切り出せない。

「どないしたん?なのはちゃん、フェイトちゃん」

今ひとつノリが悪いなのはとフェイトを、はやては心配する。

「ううん。なんでもないよ」

なのはは精一杯体裁を取り繕う。

「ちょっとご挨拶を……、ですよね?」

フェイトが上手くなのはをサポートするようにして、シグナムとシャマルに視線を向ける。

「あはははぁ」

なのはは苦し紛れに笑うしかない。

「はい」

「みんな、コートを預るわ」

シグナムとシャマルもフェイトの『演技』に乗ってくれた。

「「「「はぁーい」」」」

仲良し四人組はシャマルの言葉に乗った。

シャマルはクローゼットを開けながら、ある事(...)を施していた。

「念話が使えない。通信妨害を?」

シャマルの施した事に気付いたフェイトはコートをハンガーにかけているシグナムに目を向ける。

もちろん、この台詞は他者には聞こえない。

「シャマルはバックアップのエキスパートだ。この距離なら造作もない」

シグナムは種明かしをサラリとする。それだけ自信があるというのだろう。

「お前も下手な動きはとらない方がいい。お前と桜井が戦う事はないだろうが、仮面ライダーだとバレるのは得策ではないだろう?」

釘を刺すようにして良太郎に警告するシグナム。

そう言われたら良太郎は首を縦に振るしかない。

「あ、あのえと……そんなに睨まないで」

なのはは居心地が悪くなり、ヴィータに抗議してみる。

「睨んでねーです。こーいう目つきなんです」

棒読みとしかいいようがない口調でヴィータは、なのはに言う。

「うぅ……」

なのはとしてみても睨まれても仕方がない関係なのだからと、理屈では理解できるのだがやはり戦闘中でもないのに敵意を向けられると自分が加害者みたいに思えてしまう。

 

「こらヴィータ!!嘘はあかん!」

 

はやては、なのはに対して睨みをやめないヴィータの鼻を摘む。

「んがんがぁぁぁ」

「悪い子はこうやで!」

はやてはヴィータの鼻を摘みながら、警告をする。

摘まれながらヴィータは首を縦に振る。

「お見舞いしてもいいですか?」

フェイトはシグナムに窺う。

「ああ」

それは了承だとフェイトは受け取ることにした。

 

一時期、緊迫した空気が流れたが今は何とかゆるやかにではあるが穏やかな空気が戻ってきた。

今まで黙って座っていた侑斗が席を立つ。

「侑斗さん、どないしたん?」

「八神。お前友達とゆっくりしてろ。俺はそこにいるお兄さんに用があるんでな」

侑斗はそう言うと、良太郎を見る。

誰もが良太郎に注目する。

ある者は好奇の眼差しで、またある者は警戒の眼差しでだ。

「侑斗さん」

はやては侑斗を手招きする。

「何だよ?」

侑斗はまたはやての側に寄る。

「もしかして、あの人も仮面ライダーなん?」

「鋭いな。お前……」

はやては自分が思ったことをただ単に侑斗にぶつけただけだ。

侑斗は『はい』と受け止められる台詞を吐くしかない。

「八神。わかってると思うが……」

「わかってるて。誰にも言わへんよ」

「お前が賢くて助かるよ」

「それ、褒めてるのん?」

「ああ」

侑斗はまた席を立ち、良太郎の側まで歩み寄る。

「話がある。ちょっといいか?」

「わかってる」

良太郎も侑斗の申し出に応じるつもりだった。

 

モモタロスは病室内を迷っていた。

元々病院というものは様々な専門医のために設けられている部屋や細かい検査をするために機器を置いている部屋などもあり、患者の受け入れのためにも部屋と呼ぶものは多い。

そうなると自然と建物全体も大きくなり、方向感覚のない者や初めて訪れた人間は間違いなく迷子になるだろう。

ましてや良太郎のところに行くと息巻いてはいても、良太郎が現在病院内のどこかにいるというだけで手掛かりらしいものはない。

「そういや、おデブがいたっつーことは、臭いを辿れば何とかなるんじゃねーか?」

モモタロスは知恵を振り絞って鼻をクンクンする。

病院内にデネブ以外のイマジンがいた場合、この方法は使えない。

「お、何とか残ってるぜ」

モモタロスが臭いを辿りながら歩を進めていく。

鼻をクンクンしながら階段を上っていく。

見知った二人に出くわした。

良太郎と侑斗だ。

「良太郎に侑斗じゃねぇか……」

「モモタロス?どうしたの?」

「あー、オマエんとこに行こうとしたんだけどよ……」

モモタロスは後頭部を掻きながら打ち明ける。

「だったらなのはちゃん達のところに行ってあげて。フェイトちゃんと二人だから蛇に睨まれた蛙状態なんだよ」

「ったく、しゃーねーなぁ」

モモタロスは了承しながら侑斗を見る。

「久しぶり、だな」

「元気そーじゃねーか?オメェ百科事典の持ち主んとこにいたんだったよな?」

「……ああ。そうだ」

侑斗はモモタロスの言う『百科事典』が『闇の書』だと理解してから肯定の返事を返す。

モモタロスはしばらく侑斗を見てから、「んじゃあなぁ」と言って、その場を離れることにした。

「アイツ、絶対厄介ごと持ち込んでるぜ……」

そのような事を言いながら、モモタロスは侑斗が何かを抱えていると確信しながら鼻をクンクンしながら病室へと向かった。

病室に入ると、自分が肩身狭いんじゃないと思って仕方がなかった。

女性しかいないのだから。

なのはとフェイトは自分が入ってくることでホッとし、アリサは何故かわからないが怒るし、すずかはそんなアリサをなだめ、はやては楽しそうに笑っていた。

ただし、シグナムとシャマルは警戒心を強めていたが。

(くっそぉ!こーいうのはカメが担当だろうが!!)

ウラタロスならこの場を問題なく過ごせるだろうが、自分はそういうわけにはいかない。

しかもその中でこっちをじーっと見ているのがいる。

ヴィータだ。

「はやて。ちょっと出てくるね」

ヴィータは、はやてに言ってから病室を出る。

またもじーっとこっちを見ている。

(ったく、何なんだよ)

モモタロスはヴィータの意図を理解した。

「悪ぃな。俺もちょっと出てくるぜ」

モモタロスはヴィータの意図が何なのかを探るためにも従う事にした。

 

「あれから何か進展はあったか?」

病院の屋上で手すりに瀬を預けている侑斗は正面にいる良太郎に開口一番に訊ねた。

「『あしながおじさん』の正体はわかったよ」

良太郎は侑斗が望む情報のうちの一つを告げた。

「誰だよ?」

「管理局の人で名前はギル・グレアム。時空管理局顧問官で多分だけど凄い偉い人」

侑斗の眉がピクリと上がる。

良太郎が『多分』と付けたのは、彼が管理局の内情を殆ど知らないからだ。

「で、そいつ何者なんだ?」

「今は管理局に勤めているんだけど、出身地は地球でイギリスって言ってたね」

「八神の関係者にイギリス人はいなかったはずなんだが……、まさか……」

侑斗の推測を良太郎は首を縦に振る。

「『闇の書』がらみで八神さんに近づいたと考えるのが自然だろうね」

「エグい事するな。そいつ……」

侑斗は苦々しい表情でグレアムをそのように評価した。

良太郎はそれを非難しようとは思わなかった。

「だが、そいつは何でそこまで『闇の書』に執着するんだ?私欲で手にしても意味はないってわかってるはずだろうに……」

「ウラタロスから聞いたんだけどね。動機はあると思うよ」

良太郎はぶらぶらさせていた両腕を組む。

「何だよ?」

侑斗は両手をズボンのポケットに手を突っ込む。

「この人、以前に『闇の書』に関わって手痛い思いしてるんだ。多分それが動機だと思う」

「手痛い思い?誰かが死んだ、いや殉職したとかか……」

「うん」

侑斗の推測を良太郎は首を縦に振る。

風が二人の肌に触れる。身震いするほど寒気は感じないが、意識をハッキリさせるには申し分ない。

「切ないな……。俺達が今まで関わってきた事件とは違う……」

「そうだね……」

二人が今まで関わってきた事件---イマジン絡みの場合は契約者の契約内容で心情が決まるといってもいい。

最近本世界で関わった契約者としたらピギーズイマジンの契約者である菊池宏やマンティスイマジンの契約者である上原未来に関して言えば心情的には理解できなくはないが、呆れてしまうものだった。

何故ならどちらも自分の努力次第でどうにでもできたものだからだ。

それをせずにイマジンに責任転嫁をして、被害者ぶるのだから呆れられても無理はないだろう。

別世界で起こったイマジン絡みの方がまだマシと思ってしまったりする。

「だが、どんな理由があろうともそれが『時の運行』を乱すものなら止めなきゃならない。そうだよな?野上」

「うん」

侑斗と良太郎は夕陽を見上げるが、不思議と感動を持つ事はなかった。

 

海鳴大学病院の裏口にモモタロスとヴィータがいた。

階段に一人と一体が座っている。

「何の用だよ?赤チビ」

「赤チビじゃねぇ。ヴィータだ!いい加減憶えろ!赤鬼!」

「俺は鬼じゃねぇ!なのはもろくに憶えれねーヤツが偉そうに言うんじゃねぇ!」

互いに睨みあう始末だ。

口喧嘩が五分ほど続くが、互いに話が進まないと思ったのか中断する。

「で、何だよ?わざわざ俺に喧嘩売りに来たわけじゃねーだろ?」

「わかる事だけでいーから答えろ。オマエ等、はやてに何かしよーとか考えてねーよな?」

「はやてってのは百科事典の持ち主だよな?」

モモタロスは、『はやて』の名前を知らないため確認するようにヴィータに訊ねる。

「ああ、そーだよ。で、どーなんだよ?」

「俺達は侑斗やおデブと同じ理由で別世界に来てるんだぜ。百科事典の持ち主をどうこうしようなんて考えてねーよ」

モモタロスは嘘偽りのない意見を出した。

「信じていいんだよな?」

ヴィータは睨みながらも不安が混じった瞳で見てくる。

「嘘言ってもしゃーねーだろうが」

モモタロスはそっぽ向きながらも答えた。

「用はそれだけかよ?」

「いや、もう一個ある!」

ヴィータは階段から立ち上がって軽く飛んでからモモタロスの正面に立ってグラーフアイゼンを突きつけた。

「あたしはな、シグナムほどバトルマニアじゃねーんだよ。けどな、もうすぐ『闇の書』が完成して、はやてが元気になるって時にしこりを残すわけにはいかねーんだ!」

ヴィータの目つきが鋭くなり、瞳が輝いている。獲物を狩る狩人のように。

 

「決着をつけてやる!戦え!赤鬼!」

 

 




次回予告

第四十八話 「激突の赤!闇降臨」


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第四十八話 「激突の赤! 闇降臨」

空は茜色ではあるが、雲が泳いでいる。

八神はやての病室にはまだ、月村すずか、アリサ・バニングス、高町なのは、フェイト・テスタロッサがいるだろう。

シグナムとシャマルがいる限り、あの二人は下手なことはしないだろう。

「ここなら余程の事がない限り、邪魔は入らねーぜ?」

「みてーだな……」

モモタロスが連れてきたのは河川敷だった。

普段はどうかは知らないが、今は人は全くいない。

今この河川敷にいるのはモモタロスとヴィータ、そして海鳴大学病院前で屯していたウラタロス、キンタロス、リュウタロス、デネブ、ザフィーラ(獣型)と急遽呼ばれたコハナがいる。

「ちょっとどういうことコレ?ウラ、わかってるなら教えなさい」

コハナは恐らくこの事態を把握している石段に腰掛けているウラタロスに詰め寄る。

いきなり理由もわからず呼ばれたのだから無理もないことだ。

「ええとね。詳しい事は僕もわからないんだけどさ。どうやらセンパイとヴィータちゃんが一対一で戦うみたいなんだよ。それで全力で戦うからハナさんにパスを持って来させろって言うもんだからさ……」

ウラタロスが把握している範囲で説明した。

「つまり私はパスの配達人って事ね?」

「まぁ、そうなるわな」

コハナの解釈にウラタロスより上の石段に座っているキンタロスが腕を組んでウンウンと首を縦に振る。

「ハナちゃん。持ってきたの?パス」

石段の一番下でザフィーラの隣にいるリュウタロスが顔を向けて訊ねた。

「ええ、持ってきたわよ」

石段を降りながらコハナはパスを見せる。

「ヴィータのワガママに付き合せて申し訳ない」

ザフィーラがコハナに頭を下げる。

「ええと、そのね……。そうやって謝られる程の事でもないのよね……。だから頭上げてくれない?ええと、ザフィーラでいいのよね?」

コハナは居心地が悪そうにザフィーラの頭を上げるように頼む。

「?」

「私個人としてはさ、その……貴方達と深い面識があるわけじゃないからどういう感情持てばいいのかわからないのよね。モモ達や良太郎の話を聞く限りでは色々と深いワケはあるみたいだしね」

「我々を憎むとか敵愾心を持ったりとかは?」

ザフィーラは確認するようにコハナを見る。

「貴方達がしている事って管理局からしたら悪い事なんだろうけど、何ていうのかなぁ。私欲のためにやってるわけじゃないし、目的を終えたら捕まる覚悟を決めてるわけだし……何かね……」

歯切れ悪く言うコハナ。

「まぁハッキリ言えることはね。私はもちろん、モモ達や良太郎も貴方達を憎んだりとかそういう感情は持ってはいないってこと」

「そうか……」

ザフィーラはコハナの言葉を信じる事にした。

「おいコハナクソ女!パスよこせ!パス!」

河川敷中央にいるモモタロスがパスを催促する。

「人にモノ頼む態度じゃないでしょぉぉぉ!!」

コハナが大きく振りかぶってモモタロスに向かって投げつけた。

ガン、とモモタロスの眉間にパスが直撃した。

「ザフィーラ!結界張って!!」

河川敷の中央にいるヴィータが叫ぶ。

「始まるな」

ザフィーラは白色の魔法陣を展開して、河川敷全体に結界を張った。

 

「これでもう邪魔は入らねー」

ヴィータは右手に握られているグラーフアイゼンを振り回しながら、向かいにいるモモタロスに告げる。

「コハナクソ女めぇ!投げなくたっていーじゃねぇかよぉ。コブできたらどうすんだよったく……」

パスが直撃した部分を擦りながらモモタロスは愚痴りながら、地面に落ちているパスを拾い上げる。

「ったくよー。こんな時にも緊張感保てねーのかよ?オマエは」

これから真剣勝負が始まるというのに、あまりの緊張感のなさにヴィータは脱力してしまうところだった。

初めて会った時もそうだった。

ふざけているのか真面目なのかどうかはわからない。

だが、『強い』という事だけは確実にわかった。

同時にどうしようもなく気に食わない相手だという事も。

(今まで気に食わねーヤツはたくさんいたけどよ。こんなに気に食わねーって思ったのは初めてだ……)

過去に命令遂行の際に邪魔をしてきた相手や、はやて以外の『闇の書』の主もそうだ。

命令遂行の障害物は潰せばいい。

『闇の書』の主はどんなに気に食わなくても主従関係は絶対なのでどうしようもない。

しかし、眼前のイマジンはそのどちらも当てはまらない。

気負う必要がなく遠慮なく戦えるのだ。

恐らく初めてだろう。

高町なのはでさえ、管理局の民間協力者という立場だからこそ下手に仕掛けられない。

グラーフアイゼンを握る力が強くなる。

「さぁ始めるぞ!赤鬼!!」

グラーフアイゼンを振ると、足元に紅色でベルカ式の魔法陣が展開して、私服から紅色が目立つ騎士甲冑へと切り替わった。

(コイツとの因縁もこれで終わりだ!!)

全身に闘気と殺気を噴出す。

 

「最初に言っとくぞ!あたしはギィガァ強い!!」

 

そこにいるのは『鉄槌の騎士』のヴィータだった。

 

正面から自分に向けてくる闘気と殺気をモモタロスを受け止めていた。

(へっ、決着をつけるってのは本気ってわけかよ……)

冗談ではないと本当に理解すると、ごくりと固唾を呑む。

(面白え!別世界に来てこーいう戦いが出来るとは思わなかったぜ!!)

全身が『喜び』に震えていた。

『時の運行』を守るとか仲間を守るとかを抜きに出来る戦いが出来るのだから。

純粋な闘争をカッコよく楽しむ。自分にとってプリンを食べる事と同じくらい好きな事なのだから。

パスを持っていない手が拳を作り、震えていた。

また手を開く。

デンオウベルトを出現させて、腰に巻きつける。

「言っておくが、俺は最初から最後までクライマックスだぜ?」

パスをターミナルバックルにセタッチする。

モモタロスの姿がプラット電王へとなり、赤いオーラアーマーが出現して装着し頭部のデンレールを介して桃をモデルとした電仮面が走り、縦一文字にパカッと分かれて仮面としての役割を果たす。

 

「俺、参上!!」

 

自身を右親指で差してから、左腕、左足を前に右腕、右足を後ろにして大仰なポーズを取る。

ソード電王へと変身することでフリーエネルギーが噴出す。

それらはすべて正面にいるヴィータに向かっていく。

ヴィータをみると、怯えるどころか笑みを浮かべていた。

デンガッシャーの左パーツを手にして、横に連結させてから頭上に放り投げる。その間に右側のデンガッシャーのパーツを手にとって、両手で上下に挟むようにして縦連結をする。

先端から赤色のオーラソードが出現する。

Dソードを左手に持ち、右腕をぐるんと回すと左手から右手へと持ち替えて突き進む。

「行くぜ行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇぇ!!!」

大きく上段に振り上げてヴィータとの距離がゼロになった瞬間に一気に振り下ろす。

だがそこにはヴィータの姿はなく、Dソードは地面の草が宙に舞っただけだ。

「やああああああ!!」

ソード電王が体勢を整えて、ヴィータの声がする方向に顔を向けると自分の頭上に浮上していたヴィータがグラーフアイゼンを両手持ちにして落下する勢いを巧みに利用して、振り下ろした。

「ちぃ!上か!!」

グラーフアイゼンが届くか届かないのタイミングでソード電王は後方に退がる。

Dソードで受けて反撃に繰り出してもヴィータには『飛行』がある以上、攻撃を受け止めてから反撃からの一撃でダメージを与える事はないことは確かだ。

ヴィータも次の一撃を繰り出すために、距離を開ける。

「遠慮するなよ?俺は最初から最後までクライマックスだって言ったはずだぜ?」

Dソードを肩にもたれさせて左手を前に出して、くいっくいっと挑発する。

「そうだったよなぁ!!」

ヴィータは左手に小型の鉄球を三個呼び出してから、宙に浮かす。

『シュワルベフリーゲン』

紅色の魔法陣を展開させてグラーフアイゼンを振り上げて、宙に浮いている鉄球に狙いをつけて下ろす。

ビキキンという音を立て、魔力を帯びた鉄球はソード電王に向かっていく。

「またその技かよ?芸がねーな」

ソード電王はヴィータに向かって走り出す。

「またそのパターンかよ?芸がねーな」

ヴィータが以前にも使ってきた手口を繰り出そうとするソード電王に呆れる。

「同じじゃねーよ!!」

ソード電王はヴィータの頭上を跳び越えて上手く着地する。

魔力を帯びた鉄球がこちらに向かってくる。

ヴィータの頭上、左右を抜けて自分に向かってくる。

ヴィータはソード電王がいる方向に向き直る。

三個の鉄球は思考の停止をしているかのように一箇所に集まって停まってからこちらに向かってくる。

「もらったぁぁぁぁぁ!!」

Dソードを上段に振り上げ、両手で握って勢いよく鉄球に向かって振り下ろす。

鉄球はすべて真っ二つになって爆発して煙を立てる。

「あたしの意識が一時的に中断してる間を狙って鉄球全部を一回の振りで終わらしたってワケかよ……」

「だから言ったじゃねーかよ。同じじゃねーって」

互いに睨みあう。

煙はまだ晴れないが、ソード電王とヴィータは同時に駆け出し、Dソードをグラーフアイゼンを繰り出した。

 

 

「カメの字、どう思う?この戦い」

結界の中で石段に座ってギャラリーと化しているキンタロスは同じ立場になっているウラタロスに訊ねた。

「今のところ五分五分だけどさ、長くなればなるほどセンパイには不利になるかもしれないね」

「何でよ?ウラ」

「どうして?カメちゃん」

ウラタロスの一言はコハナとリュウタロスに疑問符を浮かべるものだった。

「二人とも今までの戦い思い出してみてよ。あそこまで身長差のある相手はいなかったじゃない?」

コハナとリュウタロスはウラタロスに指摘されてから、ソード電王とヴィータの身長を目測してみる。

「「あ」」

ようやく気付いた表情になる。

「確かに俺等もあそこまで身長差のあるヤツと闘うんを見るんは初めてやなぁ」

キンタロスも今まで闘ってきた相手の慎重さとヴィータを比較する。

「逆にヴィータちゃんは僕達クラスの身長の相手とは何度も戦ってるはずだからね。慣れてると思うよ」

「だからモモタロスが不利って言ったんだね。カメちゃん」

ウラタロスの言葉に耳を傾けるリュウタロス。

「でもウラ。身長差を問題にするならモモにだって有利に働くんじゃないの?戦いにおいて、長身って有利になるのは常識だし」

コハナの言うとおり『戦い』において身長は長身、体重は超重量が有利というのが常識だ。

長身はリーチを生み、重量は繰り出す一撃の重みを表す。

事実、今目の前で行われている戦闘においてもヴィータが詰めるのに数歩かかる間合いをソード電王は一、二歩とはるかに少ない歩数で詰めている。

これも長身によって生かされた特権だ。

「それに体重も大きく関係するわよ。ヴィータちゃんの体重が外見どおり軽かったとしたら、モモとぶつかり合っても吹っ飛ばされるのがオチよ」

Dソードとグラーフアイゼンが火花を立ててぶつかり合うが、ソード電王がのけぞる事はなく、ヴィータの方が弾かれるたびにのけぞっていた。

これは重量によって繰り出される一撃の重みによるものだ。

「確かにね。身長も体重もセンパイの方が上。これは事実だよ。普通に考えればセンパイがヴィータちゃんに負ける要素は一つもないしね。でもね……、それだったらすぐに決着がつくでしょ?それこそ開始早々一分以内に」

ウラタロスが言うように、身長差と体重差で全てが決まるなら一分以内にソード電王が勝利するだろう。

しかし、現実には一分は軽く経ってるのに決着はついていない。

「モモの字が攻めの態勢に入ってへん。乱撃が続いてもモモの字はヴィータの攻撃止めるんで精一杯やな」

キンタロスが戦闘をじっと見ながら、異変に気付いた。

「え?モモタロス、攻撃してるじゃん」

リュウタロスの目からしたらソード電王は攻撃しているように見える。

「ヴィータの攻撃を受け止めてから返しよるだけや。モモの字自体は攻めてへん。カメの字の言うようにヴィータの方に分がありそうやで」

キンタロスの声にも『おふざけ』な部分はなりを潜めていた。

「クマちゃん……」

リュウタロスもこの戦いは『おふざけ』が通じないと二体のイマジンの様子を見てじっと見ることにした。

「モモ……」

イマジン達が真面目に観戦している以上、コハナもただ見ている以外できなかった。

 

 

「クソっ!受けて返しても全然意味がねぇ!!ノれてねぇ!全くノれてねぇぜぇ!!」

焦りと苛立ちが混じった声を出しながらソード電王はヴィータが繰り出すグラーフアイゼンをDソードで受け止めて返すが、望む反撃が出来ていなかった。

上下斜めとあらゆる方向から繰り出される攻撃を受けるたびにヴィータは軽量故にのけぞるのだが、その反動を利用して次なる攻撃を繰り出してくるから、反撃の一手としても腰の入っていない弱いものになってしまう。

「やるじゃねぇかよテメェ!燃えてきたぜぇ!!」

焦りと苛立ち以上に戦いに対する楽しみも湧き上がる。

自分を奮い立たせるように口に出しながらもどうすれば決定的な一撃を与えられるかを考える。

「弾丸は使わねぇのかよ?それとも故障中かぁ?」

鍔迫り合い状態に持ち込みながら、カートリッジの事を訊ねるようにも見えるが実際は挑発だ。

「なわけねーだろ。オマエ相手に使うまでもねーんだよ」

ヴィータは挑発的な笑みを浮かべずに挑発で返す。

(ケッ、挑発にも乗らねーってか……)

ソード電王は膠着状態のまま左に走りながら、ヴィータを見る。

ヴィータも自分からこの状態を解くつもりはないらしく、くっついたまま左に浮遊している。

「動いたって無駄だ!あたしがそんな単純な行動で放せると思ったのかよ!?」

「うるせぇ!!」

(ん?ちょっと待てよ……)

ソード電王は左方向へと進めている足を停めて、もう一度確認するようにしてヴィータの足元を見る。

正確にはヴィータの足ではなく地面を見ていた。

そしてもう一度ヴィータを見る。

(コイツが俺と同じ位置に顔を持ってくるって事は魔法使ってんだよな……)

魔法を用いて身長を変えたのではなく、自分の体そのものをすべて上の位置に持っていっているのだと理解した。

それは本来その位置にないものがそこには現在あるという事だ。

(見えてきたぜ。赤チビ必勝法!!)

「うらあああああ!!」

膠着状態を先に破ろうとソード電王は動いた。

Dソードを前に押し出して、ヴィータを下がらせる。

両手持ちからDソードを片手持ちへと替えて、空を裂くようにして軽く振る。

「行くぜ。赤チビ」

そう言うと同時に、水を得た魚のように焦りも苛立ちを吹っ切るようにしてヴィータに向かっていく。

今までと違う勢いにヴィータは思わず身構える。

右手で持っているだけのDソードの振りは先程までの両手持ちほどの威力はない。

そのため、ヴィータはグラーフアイゼンで受け止める事は出来た。

「何だよ?ない知恵振り絞った結果がコレかよ?考えるだけ時間の無駄になったんじゃねーか?」

「へっ、そう言ってられるのも今のうちだぜ」

ヴィータの挑発にソード電王は乗ることなく、次の行動に移す。

空いている左手がヴィータに向かって動く。

「つっかまぁえーた!」

おどけた感じでソード電王はヴィータの右足を掴んでいた。

「なっ!?テメェ離せぇ!!」

「離せといって離すバカはいねぇよぉぉぉぉ!!」

ヴィータの抗議を律儀に返しながらソード電王はブンブンと左手で左右に揺さぶってから前方へと放り投げる。

追い討ちをかけるためにソード電王はDソードを両手持ちにして駆け出す。

「りゃああああああ!!」

「んなもんでやられっかよぉぉぉぉぉ!!」

Dソードから振り下ろされる一撃をヴィータはグラーフアイゼンで受け止める。

だが単純な腕力による一撃ではなく、腕力+速度によって繰り出される一撃なので今までの腰が入っていない状態で繰り出される反撃の一手とは威力が違っていた。

「ぐうっ!!」

ヴィータの表情が険しくなっている。

ソード電王にとって初めての攻めの一手となった。

 

(コイツ!さっきとは全然違う一撃繰り出しやがって!!)

ソード電王が繰り出した上段振りをグラーフアイゼンで受け止めながら、ヴィータはソード電王を睨んでいた。

(この様子からみてあたしとの戦い方に慣れてきたってワケか……)

今まで自分が優勢でいられたのは身長差に生じる感覚のズレが大きかったからだ。

そのズレに対する対処法を得たのならば平等な条件という事になる。

(この後にあるかもしんねぇ高町あろまとその仲間達に備えて……、ん?)

ヴィータは自身の考えを中断した。

(何後の事考えてんだ!?そんな考えが通じるほど甘ぇ相手じゃねーってのに……)

知らず知らずにまだ病院ではやての見舞いをしている管理局側魔導師の戦闘を見越していたのだ。

ギリギリギリとグラーフアイゼンでDソードを受け止めている。

「赤鬼……、見せてやるよ。オマエが見たがっていたカートリッジの力をなぁ!!」

「そいつぁ楽しみだぁ。早くやって見せてくれてよ?」

ソード電王は応じる姿勢だ。

「グラーフアイゼン!カートリッジロード!!」

ヘッド部分が柄に向かってスライドされる。

ガシュンという音を立てて蒸気が噴出されると、ヘッド部分がハンマー状態から菱形のスパイクと噴射口に切り替わった。

ガタガタガタとヘッドが震えながら、噴射口が点火される。

「いいっ!?」

バシュウッという音を立てながら、ヴィータは驚愕の声をあげるソード電王のDソードを押し上げてそのまま空中に移動する。

グラーフアイゼンを剣術でいう八双の構えを取って、ロケット噴射の勢いに任せて急降下する。

自身も身に降りかかるGに耐えながら。

「うりゃあああああああ!!」

ソード電王は受けようとせず、バックステップで退がる。

「遅ぇよぉぉ!!」

だが、追いかける自分のほうが速い。

間合いがほぼゼロになったところでグラーフアイゼンを振り下ろす。

「ヤロォ!なんつー速さだっ!?」

ソード電王はDソードでグラーフアイゼンを受け止める。

「さっきまでと同じだと思ったら大怪我するぜ?赤鬼ィィ!!」

Dソードのデンガッシャー部分をグラーフアイゼンのスパイクがガリガリガリガリと削りだす。

デンガッシャーの破片が飛び散っていくのがヴィータの視界にも入る。

「油断大敵って言葉知ってるのかよ!?赤チビぃ!」

がしっとヴィータはソード電王に頭を掴まれた。

「痛たたたたたぁ、テメェ!何しやがる!?離せぇぇぇ!!」

ギリギリギリとこめかみ辺りから痛みが襲い掛かってくる。

「俺の武器がぶっ壊れるのが先かテメェの頭が壊れるのが先か勝負といこうじゃねぇか?」

「いだだだだだぁ!!このヤロォ!」

ヴィータはグラーフアイゼンをDソードから自分の頭を掴んでいる左手へと矛先を変える。

「があああっ」

スパイクが左下腕に触れてから、すぐにソード電王の左手はヴィータの頭を離した。

「なんつぅバカ力なんだよ!テメェはぁ!!」

頭を押さえて涙目になりながらヴィータはソード電王を睨む。

「うるせぇ!そのドリル、人に向けちゃいけねーって母ちゃんに教わらなかったのかよ!?」

損傷を受けている左下腕の様子を見ながらもソード電王はヴィータを睨んでいた。

 

 

「戦況、かなり変わってきてるわね……」

「センパイのやった事ってあまりに単純明快なことだけど、盲点といえば盲点だしね……」

コハナとウラタロスは転々と変わる戦況を見ながらソード電王が取った行動を振り返っていた。

「ヴィータも本気だ。純粋な闘争であいつを本気にさせるとはモモタロスの底力、侮れん」

結界を維持しながらもザフィーラはソード電王を称賛する。

「ザフィーラぁ、モモタロスに言っちゃダメだよ。すーぐ調子に乗るからね」

リュウタロスが隣にいるザフィーラを撫でながら嗜める。

「そろそろどちらとも“詰み”にかかろうとするやろな……」

キンタロスは親指で首を捻ってからこの戦いがそろそろ終局に迎えようとしていると感じた。

 

 

ソード電王とヴィータが互いの武器をぶつけ合い、時には手が出たり足が出たり頭が出たりしていたが一進一退の攻防を繰り広げているが互いに『奥の手』をいつ繰り出すかを思案していた。

「グラーフアイゼン!!」

ガシュンという音を立てながら足元に紅色の魔法陣を展開させて、噴射口を点火させてその場でぐるぐると回る。

「ラケェェェェェェテン!!」

ドォンという音が鳴るような勢いで、ヴィータがこちらに向かってくる。

「逃げ切れねぇ!?」

遠心力で振りかぶりながら狙いをソード電王の胸部に定める。

Dソードで防がなかったのは武器を犠牲にした場合、次の一手がなくなるからと考えての事だろう。

「ハンマァァァァァァ!!」

躊躇いなく胸部を叩きつける。

ゴォンという音を立てて直撃し、ソード電王は後方へと吹き飛ばされた。

ここは河川敷なので、壁になってくれるものは殆どない。

ただ飛ばされていくだけだ。

ガシャアアアアンという音が立つと、沈黙が訪れた。

「はあ……はあはあ……はあ……」

ヴィータはその場に座り込んでしまう。

『大丈夫ですか?』

グラーフアイゼンが主の容態を気遣う。

「どってことねーよ。さすがに今まで戦ってきた中ではダントツに強ぇけどな……」

虚勢を張るが、正直体の節々が痛い。

「頼むからバカみてーに走ってくんじゃねぇぞ」

ヴィータはソード電王が飛んでいった方向に視線を向けながら呟いた。

 

公衆のゴミ箱に直撃したソード電王は身体全身をピクピクしながらも、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。

「コイツに直撃してなかったら俺、どこまで飛んでたんだろうな……」

両腕両脚をプラプラさせたり、回したりと体調を確認する。

ヴィータがいる場所を睨む。

かなり距離がある。戻るだけでも体力を消費する。

右手に握られているDソードを見る。

スパイクで削られた部分が抉れ、そこを中心に亀裂が入っている。

(決め手となる攻撃が出来るのはあと一、二回か……)

その限られた回数で勝ちの一手を振るわなければならない。

「ふぅーっ」

深呼吸をしてから持てる力を振り絞って走り出した。

体力の消耗は歩きよりも激しい。しかも、身体の節々が余計に悲鳴を上げてくる。

だが、それでも走る。

歩けば何故か『負ける』と思ったからだ。

「ぐっ……」

足が地を蹴るたびに全身に痛みが走る。

「赤チビィィィィ!!」

ソード電王がヴィータの名を叫びながら走った。

「げっ、バカみてーに走ってきやがった……」

座って休憩していたヴィータは立ち上がって、グラーフアイゼンを構える。

ヴィータの姿が見えると、ソード電王は足を停める。

肩で息を切らしていた。

「テメェはゆっくり休んでたってワケかよ……」

「……あんまり休めなかったけどな」

それでも自分よりは息は乱れていないのは確かだ。

「そろそろケリをつけようぜ?」

「ああ、そーだな」

ガシュンとヘッドがスライドしてグラーフアイゼンがカートリッジロードした。

ラケーテンフォルムから更に形状を変化させていく。

今までの変化と違うとしたらサイズが今までとは別次元と思えるほど大きいハンマーだ。

「テメェ……これどう見たって反則だろ!!」

ソード電王が吠えるのも無理はない。

こんなハンマーで殴られたら確実に死亡確定だからだ。

常識的にはヴィータの体格で持てる筈のないのに軽々というほどでもきちんと持ち上げている。

「クッソォ。魔法使えるヤツってのは何でもアリのように思えるぜ……」

魔導師が聞いたら間違いなく抗議しそうな事を言いながらもソード電王もパスを取り出して、ターミナルバックルにセタッチする。

『フルチャージ』

「さらに」

『フルチャージ』

もう一度ターミナルバックルにセタッチする。

「最後に」

『フルチャージ』

更にセタッチする。

デンオウベルトからフリーエネルギーが噴き出て、Dソードに伝導されていく。

オーラソードが通常の数十倍の長さと幅広さになる。

バチバチバチバチと稲妻状のフリーエネルギーがオーラソードに纏わりついている。

 

「轟天……」

「俺の……」

グラーフアイゼンとDソードを互いに構える。

 

「爆砕……」

「必殺技……」

ヴィータがグラーフアイゼンを振り回して持ち上げると更に巨大化する。

ソード電王はDソードを右下段に構えて、半歩詰め寄る。

 

「ギガントォシュラァァァァクゥゥ!!」

「なのはバージョォォォォン!!」

ヴィータが両手持ちで一気に振り下ろした。

ソード電王が応じるようにしてDソードを掬い上げた。

同じタイミングでブォンという風を切り裂く音が鳴り響き、結界内を眩しい光が発生した直後に爆発音が鳴った。

 

 

「結界が持たない!?何かに捕まってろ!飛ばされるぞ!!」

ザフィーラの忠告に従うようにして、リュウタロス、コハナはザフィーラにウラタロスとキンタロスは

うつぶせになっていた。

ビシビシビシビシと結界に亀裂が入り、その隙間から爆煙が外へと漏れていった。

煙が晴れて視界がハッキリしていく中で小さな人影が立っていた。

「ヴィータちゃんの勝ち?」

「センパイは?」

「姿が見えへんで」

「ま、まさか跡形もなくなっちゃったとか……」

コハナはヴィータが勝利したものかと確信を持ち始めたが、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスはソード電王の姿を探していた。

 

 

「はあ……はあはあ……はあ……」

グラーフアイゼンもハンマーフォルムに戻り、ヴィータは肩膝を着いて息を切らしていたが立ち上がる。

「勝った。勝ったんだ!」

ヴィータは対面にソード電王の姿がなくなった事は跡形もなくなったと思った。

正直、普段ならばそれだけに考えが凝り固まることはないのだが満身創痍の状態では冷静な判断も出来なくなっていた。

 

「俺がな」

 

「!?」

ヴィータが背後からした声に反応して振り向くと、背を向けていたソード電王が立っていた。

(あの爆発の中、上に移動してたってワケかよ!?)

「ぐっ……」

身体全身が悲鳴を上げている。

(動けねぇ!?)

最後の力で精一杯睨むがその行為でソード電王は止まるはずもなく、

『フルチャージ』

そのような音声が耳に入った。

 

「一発しか撃てねぇけど、俺の超必殺技ぁぁぁ!!」

 

ソード電王のフリーエネルギーが纏っている踵が自分に向かってきた。

こめかみに直撃すると、自分が右に吹っ飛んでいく事がわかった。

その事を自覚するとヴィータは意識を手放した。

 

「ん……うん。あれ、あたし……」

ヴィータが目を開けると外見年齢からして自分より少し上の年齢の少女が映った。

「あ、気がついた?」

「ええと……誰?」

ヴィータはコハナを見ても、疑問符を浮かべるしかない。

「私はハナ。モモ達の仲間よ」

初対面なのに失礼な事を言ったのにコハナは気分を害する事はなかったらしい。

「どのくらい気を失ってたんだ?」

「一時間くらいかしら?モモなんて倒れて五分で目が覚めてあれだけ動き回ってるわよ」

「え?マジかよ?」

コハナが指差す方向をヴィータは見る。

そこにはウラタロス、キンタロス、リュウタロスとバカをしているモモタロスがいた。

動き回ってはいるが、他の三体に比べて鈍かった。

「とんでもねーバカだな……」

あまりのタフさに呆れを通り越して笑みを浮かべてしまうヴィータ。

「ねぇヴィータちゃん。一つ聞いていいかしら?」

「何だよ?」

「どーして今になってモモと戦おうと思ったの?」

「スッキリさせたかったんだよ……」

「それでスッキリした?」

ヴィータは首を縦に振る。

「ああ。何かややこしく考える事って、あたしの性にあわねーって改めて思った!」

そう言いながらヴィータは立ち上がる。

「もう行くの?」

「ああ」

コハナの表情からして自分はまだ安静にしておいた方がいいのかもしれないが、不思議と身体は軽く感じた。

ザフィーラもこちらに駆け寄ってきた。

海鳴大学病院に戻る中で、もう一度ヴィータは河川敷を見る。

「どうした?ヴィータ」

「いんや、何でもねー。先行っててよ」

ザフィーラを先に行かせると、まだいるのだろうと予測してヴィータは誰もいないから今は言う事にした。

 

「ありがとう。赤鬼」

 

と。

 

 

空は暗くなり、雨雲が泳いでいた。

野上良太郎は桜井侑斗との会話を終え、帰り支度をしている仲良し四人組(なのは、フェイト、すずか、アリサ)と合流して海鳴大学病院を出た。

入口までシグナムとシャマルが付き添ってくれた。

シグナムは腕を組んだままで、シャマルは笑みを浮かべて手を振っていた。

すずか、アリサと別れてから、なのはとフェイトは真剣な表情を浮かべていた。

「もしかして、シグナムさん達に何か言われた?」

二人は顔を見合わせてから首を縦に振る。

「今から一時間後に○□ビルの屋上に来てほしいって」

フェイトが打ち明けた。

「わたし達、そこで『闇の書』の事を言おうと思うんです」

ユーノ・スクライアのレポートを見たなのはは、決意の眼差しで告げた。

話を聞き終えた良太郎は、ケータロスを取り出して時間を見てから、自動販売機を見る。

さすがに冬だけあってホット系が幅を占めていた。

「今から一時間後か。時間あるから何か飲む?奢るよ」

「え?でも、わたしお小遣い持ってますよ」

『奢る』と言われて、なのはは躊躇う。

「ホットコーヒー二つ。お願いできる?なのはも飲めるよね?」

「あ、うん」

フェイトは慣れているように良太郎に告げると、自動販売機でホットコーヒーを三つ購入した。

壁に瀬を預けているなのはとフェイトに渡す。

なのはは奢られ慣れていないためおずおずと受け取るが、フェイトは慣れているため何の躊躇いもなく受け取った。

「あ、ありがとうございます」

「ありがとう。良太郎」

二人の感謝の言葉を聞きながらコーヒーのプルトップを開けて、一口飲む。

誰一人として口を開かない。

一時間後に何が起こるかはわからないが、それに対して不安を抱いているのだ。

良太郎としても下手な言葉を投げかけようとは思わない。

「二人とも、この事件が終わったらさ。みんなで騒がない?」

良太郎は事件が解決してからの切り出した。

「それってパーティーをするって事ですか?だったら賛成です!」

「いいね。わたしも賛成!」

なのはとフェイトは先ほどと違い、表情に明るさが浮かび上がっていた。

「よかった」

良太郎も笑みを浮かべて、これから起こることの覚悟を決めていた。

 

一時間後。

 

○□ビルの屋上に良太郎、なのは、フェイトが到着するとそこには既にシグナム、シャマル、侑斗が待ち受けていた。

恐らく侑斗が買ってきたのだろう。非常階段の側に空になっている缶が三つ置かれていた。

先に来ていた事がわかる。

誰一人として明るい表情を浮かべているものはいなかった。

口で語らずともわかっているのだろう。

明るい出来事ではない事を。

シグナムが告げた一言は良太郎にとっては既に周知の事実であって、なのはとフェイトにとっては衝撃的なものだった。

「………」

「はやてちゃんが……『闇の書』の主……」

侑斗にしてみれば二人の反応からして良太郎が教えていないと判断した。

『時の運行』に影響すると思ってのことだろう。

「悲願は後わずかで叶う……」

「邪魔をするなら、はやてちゃんのお友達でも……」

シグナムとシャマルは声を荒げることなく、静かに言う。

侑斗は彼女等の想いが痛いほど理解できる。

(何でだ?ヴィータの言ってた事が今更になって気になるなんて……)

以前ヴィータは「何か引っかかるようなものがある」というような事を言っていた。

チケットをかざしても芳しい結果を得る事が出来なかったし、ヴィータ自身も根拠のない出来事なので今ひとつ自信がなかったため、そのまま保留になっていた。

「待って!待ってください!話を聞いてください!」

なのはが前に出る。

「駄目なんです!『闇の書』が完成したらはやてちゃんが!!」

ゴォォォォォォという音を立てながら、何かがなのはに向かってきた。

「りゃああああああああ!!」

「!?」

それがヴィータだとわかり、右手から魔法障壁を展開して振り下ろされたグラーフアイゼンを防ぐ。

バチバチバチという音を立てながらも防ぐが、不意打ち寸前で受けたので正直完全に防ぎきれる自信はない。

「ひゃああぁ!!」

魔法障壁はヴィータの一撃に耐え切れなくなり、後方のフェンスへと飛ばされてしまった。

「なのは!」

「なのはちゃん!」

フェイトと良太郎が叫ぶが、立ち上がる素振りを見せない。

「フェイトちゃん!来る!」

「わかってる!」

シグナムがレヴァンティンを抜刀している所を良太郎が見つけ、恐らく標的にされているだろうと思われるフェイトに警告する。

跳躍して、フェイトに向かって振り下ろす。

しっかりと見切ってフェイトは後方へと退がる。

先ほどの一撃は食らえば無事ではすまないということはレヴァンティンに砕かれたコンクリートの床が物語っていた。

ヴァルディッシュ・アサルトを喚び出して両手で構える。

「管理局に我等の主のことを告げられるのは困るんだ……」

シグナムはフェイトに顔を向けているが、瞳はフェイトを見てはいなかった。

顔を俯きにしている---直視したくないという表れだった。

「私の通信防御範囲から出すわけにはいかない……」

シャマルもクラールヴィントを起動させて、既に周囲に通信妨害の結界を展開させているのだろう。

「ヴィータちゃん……」

なのはは自分を見下ろしているヴィータを見る。

服装は至って普通だが、露出している肌は汚れていた。

まるで一戦交えたように。

ヴィータの足元から魔法陣が展開して、私服から騎士甲冑姿になる。

「邪魔すんなよ……。もうあとちょっとで助けられるんだ。はやてが元気になって、あたし達のところにに帰ってくるんだ!」

右手に握られているグラーフアイゼンがカタカタカタと震えている。

「必死になって頑張ってきたんだ……。もう後ちょっとなんだ……。」

ヴィータがグラーフアイゼンを振り上げる。

主の意思に応じるようにして、カートリッジをロードさせる。

ガシュンという音が鳴り、蒸気が噴出す。

 

「邪魔するなぁぁぁぁ!!」

 

力いっぱいに、何の迷いもなく振り下ろした。

ドォンという音を立て、爆発が起こり、爆煙がたってから炎が燃え盛る。

屋上にいる誰もがヴィータの行動に目を点にしていた。

口では精一杯の懇願に思える抗議をしていたが、その直後に繰り出された行動には一切の躊躇も迷いもなかった。

「はあ……はあはあ……」

ヴィータは肩を上下に揺らせながらも息を整えている。

炎の中をゆっくりとこちらに向かって歩いてくる人影が見えた。

バリアジャケットを纏ったなのはがゆっくりと悲しげな、でも決意を秘めた眼差しを向けていた。

「悪魔め……」

ヴィータは睨みながら、なのはを罵る。

「……悪魔でいいよ」

下げていた左手を水平にして、レイジングハート・エクセリオンを喚び出す。

なのはがしっかりと握ると、『アクセルモード。ドライブイグニッション』と音声を発してヘッド部分にあるカバーがスライドしてカートリッジをロードする。

ガシュンという音が鳴る。

左下段に両手持ちで構える。

 

「悪魔らしいやり方で、話を聞いてもらうから!」

 

決意を込めた瞳をぶつけるが、ヴィータはそれに怯むことなく受け止めていた。

 

「シャマル。オマエは離れて通信妨害の準備をしていろ……」

フェイトがどういう出方をするのかを伺いながらも、シグナムは後方にいるシャマルに指示をする。

「うん……」

シャマルは現在位置より数歩下がってから騎士甲冑姿になる。

「『闇の書』は過去に悪意ある改変を受けて壊れてしまっている。今の状態で完成させたら、はやては……」

フェイトはバルディッシュ・アサルトを構え、シグナムから視線を逸らさずに告げるべきことを告げる。

「我々はある意味で『闇の書』の一部だ」

レヴァンティンの刃をフェイトに向けるシグナム。

互いに譲り合うつもりはない。

フェイトも覚悟を決める。

バルディッシュ・アサルトが『バリアジャケット、ソニックフォーム』と音声を発すると、現在の姿が金色に包まれ、バリアジャケットを纏っていく。

それは今までとは違って露出している肌は今まで以上に目立ち、ボディラインがくっきりとわかるほど薄いものだった。

防具としては両手両脚に装着されている手甲と足甲のみ。

それ以外は防具らしいものはない。

手甲と足甲の上に金色の翼のような物が展開されていた。

それは速度を徹底的に極めた象徴といってもいい。

『ハーケン』と続けて発してから、内蔵されているシリンダーを回転させてからカバーがヘッドへと戻っていく。

黄金の鎌刃がバルディッシュ・アサルトから出現して、フェイトは構えた。

「薄い装甲を更に薄くさせたか……」

「その分速く動けます」

フェイトは自らの姿の利点を述べる。

「緩い攻撃でも当たれば相当のものになるぞ。正気か?テスタロッサ」

(やっぱり見抜かれてる……)

シグナムの指摘どおり、この状態は『速度』が特化している分、『防御』という面は極限まで低くなっている。

今までと違い、一発でも食らえばそれが致命的なダメージにだって有り得る。

長期になればなるほど不利になるのだ。

だが、今までのままでは絶対に勝てないのだから、危険は承知で挑むしかないのだ。

「貴女に勝つためです。強い貴女に勝つためにはコレしかないと思ったから……」

フェイトは強い眼差しをシグナムに向ける。

シグナムもフェイトの決意に応じるようにして、天を仰いでから全身を紫の炎に包まれるようにして騎士甲冑姿へと切り替わる。

「こんな出会いをしていなければ私とお前は一体どれほどの友になれたのだろうか……」

「まだ間に合います!」

フェイトは留まるように言う。

「止まれん……。」

シグナムは正眼にレヴァンティンを構える。

ガシュンとレヴァンティンがカートリッジをロードすると、足元から紫色の魔法陣が展開される。

「我等守護騎士。主の笑顔のためなら騎士の誇りさえ捨てると決めた……」

それが本意ではない事はフェイトにはすぐに理解できた。

「心残りは『騎士』としてお前や野上と決着をつけたかった……」

最後にシグナムは騎士としての心残りを吐露した。

「もう止まれんのだ!!」

涙を流しながら、シグナムはこちらを見ている。

「フェイトちゃん……」

良太郎が言おうとしている事を理解したのか、フェイトは首を縦に振る。

強い笑みを浮かべて。

「止めてみせます!わたしとバルディッシュが!」

バルディッシュ・アサルトを構え、足元に金色の魔法陣を展開させた。

 

なのはとヴィータは場所を空へと変えて、戦闘を繰り広げていた。

突進するヴィータをなのはは右手をかざして魔法障壁を展開させて防ぐ。

(ヴィータちゃんの勢いが前と違って、弱い?)

なのはは正面から受け止めながらも違和感を感じていた。

魔法障壁越しに伝わる力は以前よりもはるかに弱く感じた。

それどころか、戦闘が始まってさほど時間が経っていないのにヴィータは息を切らしている。

「ヴィータちゃん。もしかして……」

なのははある仮説を立てた。

それはヴィータは既に満身創痍なのだと。

「シグナムの続きを言うと、あたし達が一番『闇の書』の事をわかってんだぁ!!」

ヴィータの一言は、なのはに決定的な疑問を抱かせるものだった。

「じゃあ、どうして!?」

レイジングハート・エクセリオンは次の一手を繰り出そうとする。

『アクセルシューター』

なのはの足元に桜色の魔法陣を展開させる。

ヴィータが警戒するように、上昇しながらも離れる。

なのはの周りに桜色の魔力弾が八個出現する。

「どうして『闇の書』なんて呼ぶの!?何で本当の名前で呼ばないの!?」

なのはの一言にヴィータは目を丸くしていた。

言われるまで気付かなかったというような感じだった。

「本当の……名前……」

ヴィータの呟きが風に流れて、なのはの耳に入った。

「本当の名前があったでしょ?」

なのははヴィータにレイジングハート・エクセリオンを構えてもう一度言った。

「………」

ヴィータはグラーフアイゼンを下ろしていた。

(攻撃をやめた?)

自信がないので疑問形になってしまうが、ヴィータから先ほどまでの鬼気迫るものはなりを潜めていた。

「あ」

ヴィータが目を大きく開いていた。

なのはは何故、そんな表情をしているのかがわからなかった。

ヴィータの視線を追うように周囲を見回すと、自分の周りに水色の鎖のような物が逃げ場を作らないようにあらゆる方向を囲っており、一気に縮まって絡み付いてきた。

ギシリともギチギチともいえるような音が鳴って、なのはの自由を奪った。

「く、ふうぅ!バ、バインド!?何故!?」

なのはは何故、誰が自分にバインドを仕掛けたのか皆目見当もつかなかった。

桜色の魔法陣も桜色の魔力弾も維持が出来ずに消えてしまっていた。

 

「野上、アレはなんだ。高町の身体に何か絡みついているぞ!?」

侑斗はバインドを知らないのだから無理はない。

「アレはバインドっていって、魔法で出来た鎖みたいなもので相手の動きを封じるのに使うんだよ……。でも何で!?」

侑斗の隣まで走り寄って良太郎はバインドで拘束されているなのはを見る。

「気をつけろ。何かいる……」

「うん……」

侑斗の表情はガラリと変わり、周囲を警戒する。

良太郎も侑斗が何を言いたいのかすぐに理解し、同じ様に周囲を警戒する。

この二人、人の『気』を感知するというような事は出来ない。

だが幾多の実戦によって培われた『勘』のようなものが働くのだ。

「人の姿が見えないのにいるように思える……。魔法でも使って姿をくらませているんじゃ……」

良太郎が見回すと、シャマルがいて鍔迫り合い状態になっているフェイトとシグナムがいた。

自分からは三人が見えるが、なのはとヴィータの戦闘を見るために移動しているここはシャマルを除く二人には死角となっているため視認できない位置になっていた。

「ぐわっ」という悲鳴のようなものが聞こえ、ドサっという音がした。

良太郎は振り向くと、そこには侑斗を気絶させたと思われる仮面の男がいた。

「侑斗!」

「人の心配より自分の心配をしたらどうだ?」

仮面の男は瞬時に懐に入り込んで、良太郎の鳩尾に一撃を見舞う。

「ぐほっ」

警戒はしながらも、何の対処も出来なかった。

「お前が最もこれからの事には障害になるからな。しばらく眠ってもらうぞ……」

くの字に曲がっている状態の良太郎の鳩尾に更に一撃を見舞う。

「がっ」

膝を折って、良太郎は前のめりに倒れて良太郎は意識を手放した。

既に仮面の男の姿はなかった。

 

「良太郎?」

眼前のシグナムのレヴァンティンを受け止めながらも、フェイトは先ほど良太郎の悲鳴のようなものが耳に入った。

「野上がどうかしたか?テスタロッサ」

「いえ、何でも……」

本当は良太郎の安否が気になるが、戦いに集中する。

「なのは?」

今度はなのはの悲鳴のようなものが耳に入った。

(変だ。何だろ。上手く言えないけどここには、わたし達以外の誰かがいるように思える)

単純な腕力ではシグナムには敵わないのでフェイトは速度を駆使して、後方へと退がる。

地に足着くと、バルディッシュ・アサルトを前にかざす。

『プラズマランサー』

バルディッシュ・アサルトをぶぉんと振ると、稲妻を帯びた黄金の魔力球が一個出現する。

バチバチバチバチという音を立てたまま、魔力球は留まっている。

(相手が魔導師で魔法を用いてるなら必ずどこかに糸口があるはず!)

フェイトは周囲を注意深く見る。

そこだけ空間の揺らぎのようなものが見えた。

「そこぉ!!」

迷わずに黄金の魔力球を向けて発射する。

魔力球は発射と同時に、形状を『球』から『槍』へと変えて飛んでいく。

揺らぎはさらに範囲を広くして揺らいでいた。

「はあああああああ!!」

フェイトはそのまま一気に間合いを詰めるようにして飛翔する。

風と一体になったかのような感覚が身体に来る。

凄まじく軽くバルディッシュ・アサルトを、目には捉えられない速度で振り下ろす。

三回切り付けてから、後方へと素早く下がる。

揺らぎが消え、そこには胸元に傷を負った仮面の戦士がいた。

(この人は!!)

以前に自分のリンカーコアを奪った相手だとわかると、警戒を強めバルディッシュ・アサルトを正眼に構える。

「この前のようにはいかない!!」

バルディッシュ・アサルトのカバーがスライドしてシリンダーが回転してまたカバーがヘッドに向かってスライドされると蒸気が噴出した。

更に攻撃を加えるために間合いを詰めようとする。

「ふんっ!!」

横から衝撃が走ってそのまま下に落下していく。

落下しながら自分を攻撃した犯人を見ると、そこには仮面の男がいた。

仮面の男がカードのような物を出現させて、消した。

「そ、そんな……」

フェイトの身体にも、なのは同様に水色の鎖のようなものが絡みついていた。

緊縛状態のなのはが「二人!?」なんて言っているのがフェイトの耳に入った。

 

仮面の男(便宜上:仮面A)は更に手元から七枚のカードを出現させて、自身の周囲に展開させる。

それらは水色の鎖となって、蛇のように動きながらシグナム、シャマル、ヴィータの身体に絡みついた。

その表情は共通して「何故!?」だった。

「この人数ではバインドも通信防御もあまり長くは持たん。早く頼む」

「ああ」

仮面の男(便宜上:仮面B)は仮面Aの言うように手早く仕事に取り掛かることにした。

右手を水平にして『闇の書』を出現させる。

シャマルからくすねたものだ。

『闇の書』のページを開いて、シグナム、ヴィータ、シャマルに向ける。

三人の胸元からリンカーコアが摘出される。

苦悶の声をあげるが、仮面Bはどこ吹く風で作業を続行する。

『闇の書』から黒ずんだレールのようなものが三人に向かって走り、黒ずんだレールは三人の魔力光の色に染まっていく。

「最後のページは不要となった守護者が差し出す。これまでも幾度かそうだったはずだ……」

仮面Bは淡々と『闇の書』に告げる。

『蒐集』

仮面Bに唆されるかたちで『闇の書』は蒐集活動を始める。

三人のリンカーコアを蒐集していく。

その兆候として、シャマルの身体が粒子状になって消え始めていく。

「あ……ああ……ああああああ」

シャマルの悲鳴が空しく響き、そこにはシャマルの姿はなくなり彼女が着用していた衣服が抜け殻のように残っていた。

「ぐ……ぐあぁ……あああああああぁ」

続いてシグナムもシャマル同様に、足元から粒子状になって悲鳴を上げながら消えていった。そこには着用していた衣服のみが残っていた。

「シャマル!シグナム!何なんだよ!?何なんだよ!?テメェ等ぁ!?」

緊縛状態のヴィータは仮面二人を睨みつける。

「プログラム風情が知る必要はない」

仮面Bはヴィータの問いに答えることなく、作業を続行する。

ヴィータは悲鳴を上げる。

「うおおおおおおおおお!!」

右耳に男の声が入ってきた。

右手をかざして水色の魔法障壁を張る。

男---ザフィーラ(人型)が右正拳を繰り出してきたが、難なく弾き飛ばす。

ザフィーラの振り上げた拳から血が噴き出た。

「そういえばもう一匹いたな……」

仮面Bは思い出したかのような口振りでザフィーラのリンカーコアを摘出する。

「ぐうぅ……ぐあああああああ」

リンカーコアが蒐集されるが、ザフィーラは拳を振り上げて仮面Bに向かってもう一度放つ。

水色の魔法障壁がザフィーラの拳を防ぎきった。

ザフィーラが落下していった。

ヴィータは顔を俯いたまま十字にバインドで緊縛されて宙にぶら下がっていた。

ザフィーラはうつぶせになって放置されていた。

「あの四人---なのはとフェイト、野上良太郎と守護者と共にいた男は大丈夫か?」

仮面Aが仮面Bに訊ねる。

「野上良太郎は電王にならなければただの人間、守護者と共にいた男も魔導師ではないから問題にはならん。なのはとフェイトには四重のバインドにクリスタルケージに閉じ込めてある。抜け出すまで数分の時間がかかるだろう」

「十分だ」

仮面Aは納得した。

「『闇の書』の主の目醒めの時だ」

仮面Bはカードを持ったまま自身の顔を撫でるようにして滑らせると、なのはへと変身した。

区別がつかないと思われるが、なのはのバリアジャケットのポイントカラーが青に対して、仮面Bが変身したなのははポイントカラーが赤色だった。(以後:赤なのは)

「因縁の終焉の時だ」

仮面Aもカードを持って顔を撫でるようにして滑らせると、フェイトへと変身した。

赤なのは同様にこのフェイトもバリアジャケットの赤でカラーリングされた部分が薄い紫となっていた。

(以後:紫フェイト)

準備が整ったところで倒れているザフィーラのそばに水色の魔法陣を展開させた。

 

「?」

はやては何故自分がここにいるのかわからなかった。

多分魔法なのだということは理解できた。

ここはどこなのだと周囲を見回す。

海鳴市の数あるビルのひとつの屋上だという事はわかった。

(何でわたし、ここにおんねやろ?)

「ザフィーラ!ザフィーラ、どないしたん!?」

いくら呼びかけてもザフィーラは起き上がる様子はない。

「君は病気なんだよ。『闇の書』の病気って呪い……」

赤なのはが告げた。

「なのはちゃん!?」

はやては声のする方向に顔を向けると、赤なのはがいた。

病室で見せた元気な笑顔はなく、とても冷たく恐ろしく感じた。

「もうね。治らないんだ……」

紫フェイトが続ける。

「フェイトちゃん!?」

やはりフェイトも病室で見せてくれた慎ましやかな笑顔はなく、冷たかった。

「え?」

二人に告げられた言葉を聞いても、今ひとつピンと来ない。

「『闇の書』が完成しても助からない……」

「君が救われることはないんだ……」

赤なのはと紫フェイトが交互に非情な宣告を告げていく。

「うっ!!」

『治らない』『助からない』と告げられて正気でいられる病人は殆どいないだろう。

はやても例外ではなく、そのように言われると内に秘めていた自身の覚悟が粉々に砕けてしまうほどだ。

だが何とか正気を保とうとしていた。

「……そんなんええねん。ヴィータを放して。ザフィーラに何したん?」

現在、絶望的な状況に置かれている自分よりも目の前でぐったりとしている二人を気にかけてしまう。

「この子達ね。もう壊れちゃってるの……。わたし達がこうする前から……」

「とっくの昔に壊された『闇の書』の機能をまだ使えると思って無駄な努力を続けてたんだ……」

赤なのはと紫フェイトはまだ続けている。

「無駄って何や!シグナムは!?シャマルは!?」

はやては良くない事とわかっててもひたむきに必死になっていたと思われる皆の努力を否定した事に怒鳴り、ここに姿のない二人の所在を訊ねる。

紫フェイトは顎でくいっと合図する。

はやてはおそるおそる後ろを振り向こうとする。

(大丈夫やんな。だってシグナムとシャマルやもん……)

はやては後ろにヴィータやザフィーラと同じ様に倒れているものだと思いながら振り向く。

「!!」

声にならない悲鳴を上げてしまう。

自分の目には風でバタバタとなびいているシグナムとシャマルが着用している服が映っていた。

正確には服以外、何も映っていなかった。

それが何を意味するのか、はやては瞬時に理解した。

大きく目を開いてしまう。

辛うじて保っていた自我までが崩壊しはじめようとしていた。

「壊れた機械は役に立たないよね……」

赤なのはが言う。

「だから壊しちゃおう」

紫フェイトが言う。

(な、何でこの二人。こんなに楽しそうに言うのん?みんな機械ちゃうで……。ちゃんとした人間やで……)

気分が悪くなる。

腹の底から湧き上がるモノがある。

それが何なのかはわからないが、決してよくないものだという事は理屈でなく、心が反応していた。

はやては二人がいる方向にもう一度、身体を向けるとヴィータとザフィーラを破壊しようとする赤なのはと紫フェイトがいた。

「あかん!お願い!!やめてぇぇぇ!!」

はやては必死に懇願する。

動けない足を引きずって、ヴィータとザフィーラの側まで行こうとする。

「やめてほしかったら……」

「力づくでどうぞ……」

挑発的な台詞と笑みを浮かべて、赤なのはと紫フェイトは破壊を実行する。

「何で!?何でやねん!?何でこんな!?」

はやてはやはり納得できないという言葉を二人に向けて放つ。

あまりに無慈悲だ。

あまりに理不尽だ。

自分達が一体何をしたというのだろうか。

わからない、わからない。

何故自分がこのような目に遭わないといけなのだろうか。

そう言いたかったが、それすら言う時間が惜しいとはやては思ってしまう。

「ねぇ、はやてちゃん……」

「運命って残酷なんだよ……」

二人が無慈悲な言葉をはやてに投げかけて実行した。

「やめてええええええ!!」

はやては涙を流し、手を差し伸べるがそれが届く事はなかった。

 

「うう……うん。クソぉ、まだ頭が痛い……。誰だか知らないが思いっきりやりやがって……」

気絶していた侑斗は目を覚まして、ダメージを負った後頭部を擦りながら立ち上がる。

横にはまだ気を失っている良太郎がいた。

そのうち目が醒めるだろうと判断すると、移動を開始する。

正直まだふらつくが歩くくらいなら問題ない。

そこには一人うずくまっている少女がいた。

「八神?何故?」

はやてが一人でここに来れる筈がない。

そもそもここで事を起こす事自体、はやてが知っているはずがないのだから。

「八神」

侑斗は、嗚咽を漏らしているはやての側まで歩み寄ってしゃがむ。

はやては涙を流しながら、顔を上げる。

「侑斗さん?侑斗さぁぁぁぁぁぁん!!うわあああああああああああん」

はやては侑斗だと認識すると胸に飛び込み、あらん限りの声で泣いた。

侑斗は、はやての背中を擦りながらも周囲を見回す。

そこには誰もいなかった。

あるのはシグナムとシャマルが着用していた服のみで後は何もなかった。

そうまるで最初から存在していなかったように。

「シグナムがシャマルがザフィーラがヴィータが、みんな、みんな居らんようになってもうたんやぁぁぁ!!」

はやては泣きながら、ここで起こった事をすべてを話してくれた。

自分の後ろでたたずんでいる赤なのはと紫フェイトを侑斗は睨みつける。

「こいつ等、高町やテスタロッサじゃないな……」

侑斗は睨みながら言うが、宙に浮いている二人は侑斗を見ていた。

「早く逃げた方がいいよ」

「とばっちりに遭わないうちにね」

二人は侑斗にそう警告した。

「ぐうぅっ」

はやては胸元を押さえてうずくまっていた。

「くはぁ……かはぁ……」

苦しみながらも息を吐いているはやての頭上には蒐集を終えた『闇の書』が、足元にはベルカ式の魔法陣が展開していた。

「八神!どうしたんだ!?おい、八神!」

「ゆ、侑斗さん……」

はやては苦しみながらも、笑顔を浮かべている。

「馬鹿!俺の事なんか気にかけずに自分の事を考えろ!お前、どう見たって普通じゃないぞ……」

「早よ逃げて……。な?お願いや……」

はやてが笑顔を浮かべながら自分に懇願する。

こんな事を言うという事は、はやて自身変化が訪れることを予測しているのだろう。

 

「うわあああああああああああああああ!!」

 

はやてがあらん限りの声を上げた。

まるで獣の咆哮のように。

紫と黒が混じったかのような柱が、はやてを中心に生じた。

「我は『闇の書』の主なり……。この手に力を……」

その中で虚ろな目をしているはやては『闇の書』を手にしていた。

 

「封印解放……」

 

はやてが短く告げると『闇の書』は『解放』と短く発して、はやては肉体がどんどん変化していく。

成人女性の身体になってからショートヘアがロングヘアになり、露出している左足には赤いバンドのようなものが絡みつき、同じ様に右腕にも赤いバンドが絡みつく。

左腕には赤い紋様が施され、閉じていた瞳ははやてとは違って真っ赤だった。

両頬にも赤い紋様が浮かび、こめかみ辺りに羽飾りのようにも思える黒い翼が施されており、衣装も黒をメインとしてポイントカラーとして金色の装飾がなされていた。

背部にも黒い翼が展開され、完了した。

 

「八神ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

侑斗の叫び声が海鳴の夜に空しく響く。

 

この日、一つの家族が消滅し、一つの『闇』が降臨した。




次回予告


第四十九話 「八神はやてをめぐる二人の男」


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第四十九話 「八神はやてを巡る二人の男」

桜井侑斗はただただ呆然と目に映る光景を見るしかなかった。

八神はやてが全くの別人になってしまったのだ。

はやてだった者---闇の書の意思(以後:闇意思)は天を見上げて涙を流している。

「また全てが終わってしまった……。一体幾度、このような悲しみを繰り返せばいいのだろう……」

その言葉はこの場にいる誰に向けられたのかはわからない。

独り言のようにも思える内容だ。

闇意思が顔を正面に向けてきた。

「八神……」

侑斗は、闇意思がどのような行動を取るのか様子を伺っている。

「我は闇の書。我が力の全てを……」

闇意思は右手を前に出してから天にかざす。

『デアボリックエミッション』

『闇の書』が電子音声で発すると、かざしている右手に掌サイズの黒い魔力球が練り上げられていく。

それはやがて、闇意思をも上回る大きさの巨大な魔力球となる。

黒い稲光を周囲に纏わせて禍々しく存在していた。

すぐに発射しないところからして準備に時間がかかると思われる。

(クソ!悪い予感しか考えられない!)

侑斗は拳を強く握り締める。

「桜井さーん!」

侑斗の元に二人の少女が寄ってきた。

仮面の男のクリスタルケージに閉じ込められていた高町なのはとフェイト・テスタロッサだ。

「高町にテスタロッサか」

「これは一体……」

フェイトは状況を把握するために侑斗に訊ねる。

「仮面の男達がシグナム達を殺したんだ……」

侑斗は端的に事実を伝えた。

『殺した』という言い方から侑斗はヴォルケンリッターをプログラムではなく、人間としてみている事が二人には伝わってきた。

「「………」」

二人とも何と言ったらいいのかわからない。

「そういえば良太郎は?良太郎もここにいたはずなのに……」

「あ、そういえば……。何処に行ったんですか?」

フェイトとなのははここにいたはずの野上良太郎を探す。

「あいつなら、あそこで気絶している」

侑斗は現在も気絶している良太郎の所在を二人に教える。

侑斗もまだ痛みが残っているのか首元を擦っている。

「とにかく野上のところまで行こう。あいつがまだ仕掛けない内にこっちは今後の作戦を練るぞ」

「はい!」

「うん!」

侑斗の案になのはとフェイトも力強く頷いた。

 

「う……うん」

良太郎が意識を回復しながら、閉じていた両目を開くとそこには侑斗、なのは、フェイトの三人がいた。

「侑斗?なのはちゃんにフェイトちゃん?僕は一体……」

意識は回復したが状況は呑み込めていなかった。

「お前、寝すぎだ」

侑斗は呆れながら、良太郎の頭を叩く。

「八神さんは?それにシグナムさん達は?」

良太郎は一番知りたい情報を三人に訊く。

「桜井さんが言うにはその……ヴィータちゃん達は仮面の人に殺されて、はやてちゃんはその……」

なのはも自身が上手く状況をつかめていないためか説明する際の口調に自信がなく、弱弱しい。

「良太郎。はやての事なら見たほうが早いよ」

フェイトが手招きして、『ここからなら見える』というジェスチャーを取って良太郎に見せる。

覗くようなかたちで見てみると、そこには闇意思がいた。

すぐに覗く事をやめて、フェイト達に確認するように訊ねる。

「あれが八神さん?完全に別人になってるんだけど……」

「今はあんな姿だけど、身体は八神だからな……」

「迂闊に攻撃して、身体に直撃したら……」

「はやての身体が持たないかもしれない……」

こちら側にしてみれば、はやてを人質に取られたようなものである。

なのはやフェイトにしてみてもそうなる可能性があると判断してか、攻撃を躊躇するだろう。

四人はもう一度、闇意思の様子を覗き見る。

先程と同じ体勢で全く変更点はない。

「俺と野上は仮面の男を捕まえに行く。お前達はどうする?相手の手の内は全くわからないし、常識が通じる相手とも思えない。正直に言えば戦略的撤退はアリだが……」

侑斗は二人の少女魔導師はどのような判断をするのか訊ねる。

なのはとフェイトは顔を見合わせる。

「わたし、逃げません。どのくらいの事が出来るかわかりませんけど、はやてちゃんを助けるために全力を尽くしたいんです!」

「わたしも逃げない。良太郎やなのはが全てを懸けて、わたしを助けてくれたように今度はわたしがはやてを助けたい!」

二人とも撤退する意思はない。

侑斗は目を丸くしているが、自分にしてみればこの二人がこのように返答するのはわかっていた事だった。

「わかったよ二人とも。でも、一つだけ約束できる?」

了承する代わりに良太郎は二人の目線になるようにしゃがんで条件を呈示する。

二人は怪訝な表情を浮かべる。

「必ず生き残る事。約束できる?」

「「はい!」」

良太郎の条件にフェイトとなのはは真剣にそれで強い眼差しを持って返した。

それからフェイトの探索魔法を用いて、仮面の男を居場所を探り当ててともらい良太郎は侑斗と共に仮面の男がいるビルの屋上へと向かった。

 

 

宇宙旅行が目的なら間違いなく最高の絶景で地球を見下ろしている次元航行艦アースラ。

リンディ・ハラオウンが現在、海鳴市で起こっている出来事を真剣な表情でモニターを見ていた。

「クロノは?」

「既に行ってます!」

リンディの言葉にアレックスが即座に返した。

(今海鳴にいるメンバーでどのくらい持つかはわからないけど、頑張ってもらうしかないわね……)

完全に後手に回っている事に苛立ちを感じながらも、リンディは部下達に表に出さなかった。

 

 

現在は侑斗と二人並んで、目的のビルまで走っている。

その中でケータロスの着メロが鳴った。

良太郎はポケットから取り出しながら、通話状態にさせる。

走る事を中断しない。

「もしもし」

『オウ!俺だ!良太郎!』

「モモタロス、どうしたの?」

『そっちに赤チビ、来てねーか?コハナクソ女が妙だったって言うもんだからよぉ』

「妙?どういう事?」

『俺に喧嘩ふっかけてきたり、怪我も治ってねーのにどっか行っちまったんだよ。オマエ見てねーか?』

「ヴィータちゃんなら見たよ」

良太郎は速度を落としながら言う。

『何所にいたんだよ?』

「さっきまでは僕達と同じ場所にいたけど今はいないんだ……」

現場を目撃したわけではないので、上手く説明できない。

『もしかして、やられちまったのか?』

「……うん」

モモタロスは最悪の予想をぶつけてきた。嘘やごまかしが利くとも思えないので頷くしかなかった。

『で、良太郎。オマエ何所に行く気なんだよ?』

「仮面の男の場所がわかったから侑斗と向かっているところだよ」

『なら、俺達もそこに行くぜ!』

「わかった。デネブも一緒?」

『オウ。誰か捜してる見てーだったから拾った。今全員デンライナーに乗ってるぜ』

「わかった。侑斗にも伝えておくよ」

通話状態を切って、ケータロスをポケットの中にしまいこんだ。

「侑斗、デネブもみんなと一緒にデンライナーに乗ってこっちに向かってるって」

「そうか……」

良太郎の報告に隣で走っている侑斗は首を縦に振って頷く。

目的地のビルまで到着すると、非常階段を手すりを握って焦らずにしかし、できる限り速く上がる。

カンカンカンカンという音が響く。

「なぁ野上」

「なに?どうしたの?」

先頭で上っている侑斗が顔を向けることなく、良太郎に声をかける。

「俺達、『時の運行』を守るために別世界に来たんだよな?」

「珍しいね。僕にそんな事を聞くなんてさ」

侑斗は自分よりもはるかに『時の運行』の重要性を理解している。そんな彼がわざわざ確認するような事を訊ねるのは本当に珍しい事だ。

「いいから答えろ」

「そうだね。僕達は別世界の『時の運行』を守るために来てる。でもそれだけしてればいいってわけでもないでしょ?守りたいものがあるなら、それから逃げずに守るべきだと思うよ。少なくとも僕達には戦う力があるわけだしね」

「……そうだな」

侑斗は良太郎の言葉に納得して迷いを吹っ切ったかのように階段を上る速度を更に上げた。

屋上にたどり着くと、そこには二人の仮面の男が何やら打ち合わせをしていた。

二人に気付かれないように非常階段をしゃがんで様子を伺う。

仮面Aが何やらカードのような物を取り出して、仮面Bが青色の魔法陣を展開していた。

「……かな。あの二人」

「……直前まで持ってほしいものだな」

一仕事終えた仮面Aと仮面Bがなにやら今後の打ち合わせをしていた。

「行くか?」

「そうだね。行こう!」

侑斗が出方を良太郎に伺うが、無防備に近い状態のあの二人を見て今が機だと狙って飛び出して全力で仮面の男達に向かっていく。

「野上良太郎!?」

「もう片方の男も!?目が醒めたのか!?」

表情には出ていないが、二人が狼狽しているのは間違いなかった。

その直後に仮面二人の周囲に魔力光が出現する。

水色の魔法陣が二人の足元に出現し、そこから水色の魔力で構築された縄が飛び出して二人に絡み付いて縛り付ける。

「魔法!?」

「一体誰が!?」

突然仮面二人を拘束した魔法に良太郎は目を丸くし、侑斗は発動者を捜すために周囲を見回す。

「ストラグルバインド。相手を拘束しつつ強化魔法を無効化する……」

もがく仮面二人を見下ろしながら、黒いバリアジャケットに身を包んだ少年---クロノ・ハラオウンがゆっくりと空中から地上へと着陸しようとしていた。

「あまり使いどころのない魔法だけど、こういう時には役に立つ」

両手持ちしていたS2Uを右手のみで持って器用に回転させてから、地に着ける。

すると仮面二人にまた魔力光が発生し、身を包む。

「変身魔法も強制的に解除するからね」

クロノは静かに告げた直後に仮面二人の姿は別の姿になっていく。

仮面をかぶったリーゼ姉妹だった。

被っていた仮面が落ちて、地に転がる。

「これがこいつ等の正体ってわけか」

正体を知った侑斗は足元に転がった仮面を拾い上げて真っ二つに割ってから放り捨てる。

「偶然とはいえ、二人が彼女達の注意をひきつけてくれたおかげで思ったよりも簡単に仕掛ける事が出来たよ。助かった」

クロノが良太郎と侑斗に感謝の言葉を述べた。

「野上。知り合いか?」

「クロノ・ハラオウン、時空管理局の魔導師で執務官。クロノ、こっちは……」

「桜井侑斗。こいつと同業者と思ってくれればいい」

良太郎が紹介を終える前に、侑斗が自己紹介を簡潔にクロノにした。

侑斗とクロノは互いに目を合わせ、軽く頭を下げてからリーゼ姉妹を見る。

「驚かないところをみると、疑っていたんだな?」

「まぁね。グレアムさんと初めて会った時から何か絡んできそうな感じはしていたからね。そしたらリーゼさん達が加入して仮面の男の出現に駐屯地設備のクラッキング。全部を偶然にするにはあまりに乱暴すぎるからね」

「言われてみれば確かにそうだ。偶然で片付けるにはあまりに出来すぎているな」

良太郎の説明にクロノは納得した。

「あいつ等、やっと来たみたいだな……」

侑斗は空を見上げている。

良太郎とクロノも釣られるように見上げると、聞き覚えのあるミュージックフォーンを鳴らしながらデンライナーがこちらに向かって宙に線路を敷設・撤去の工程を繰り返していた。

デンライナーが停車するとモモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、デネブが降車した。

「みんな……」

良太郎は降車した面子を見て、安心感を得る。

「侑斗!八神が突然いなくなって!」

デネブが慌てて侑斗の元まで走り寄って事態を説明した。

「落ち着けデネブ!八神の事は直に見たから粗方の事はわかってる……」

侑斗はデネブを落ち着かせる。

「こんな魔法、教えてなかったんだけどな……」

アリアが縛られながらもクロノを睨んでいる。

ロッテはクロノを睨んでから、一瞬だけ良太郎を見たが全身を震わせて目を逸らす。

「一人でも精進しろと教えたのは君達だろ……」

クロノは顔を上げてはいるが、辛そうな声を出していた。

「クロイノ。コイツ等どうすんだよ?」

モモタロスがリーゼ姉妹の処遇をクロノに訊ねる。

「本局に連れて行く。グレアム提督にも聞きたいことがあるからね」

「提督さんに聞きたいことって何?もしかして今回の動機でも聞くつもり?」

ウラタロスはクロノがギル・グレアムに訊ねる内容を予測する。

「動機やったら今更訊ねんでも大体はわかっとるんやろ?クロイノ」

キンタロスの台詞にクロノは首を縦に振る。

「大体はね」

「ねぇ。このネコさん達って、なのはちゃんやフェイトちゃんをいじめたんだよね?やっていーい?」

リュウタロスはいつものような明るい声ではなく低い声でリュウボルバーを構えて、リーゼ姉妹に銃口を向けていた。

「待ってくれリュウタロス。そんな事したら君を捕まえなければいかなくなる」

「ちぇー」

クロノの言葉にリュウボルバーを引っ込めるリュウタロス。

単純に『捕まる』という言葉に反応しただけの行動だろう。

「良太郎。桜井侑斗。貴方達はどうする?」

「僕はフェイトちゃん達と合流するよ」

「戦うのか?イマジンや貴方が戦ってきた魔導師達とはまるで違うぞ」

「あの子達が勇気を振り絞ってるんだ。僕達だけ隠れるってわけにはいかないじゃない」

良太郎は笑みを浮かべてから、すぐさまフェイト達がいる方向に視線を向ける。

「アイツ等においしーとこ持っていかせるわけにもいかねぇからな」

両掌をパンパンと鳴らしながら、戦闘意思を剥き出しにするモモタロス。

「女の子二人が前線に立って、僕達が後ろで胡坐かいて待機なんてカッコ悪すぎでしょ」

お決まりのポーズを取って参加表明するウラタロス。

「子供だけに危ない思いはさせへんで!」

親指で首を捻ってから腕を組むキンタロス。

「行こう!なのはちゃん達助けに!」

リュウタロスも首を縦に振ってから、格好だけだがリュウボルバーを構える。

「わかった。彼女達の事は僕に任せてくれ」

クロノが良太郎達の覚悟を聞き、リーゼ姉妹を本局に転送しようとする。

「待ってくれ。ハラオウン」

転送しようとするクロノを侑斗が止めた。

「ん?何か?」

「俺とデネブも同行させてくれ」

「侑斗?」

侑斗の申し出にクロノとデネブは目を丸くする。

「貴方は良太郎達と違って『協力者』ではなく、僕達側からすれば『容疑者』扱いになるぞ。その場合、貴方を拘束しろという僕の上司が命じた場合、僕は貴方を拘束しなければならなくなる。それでもいいか?」

「ああ、わかった。その条件を呑んでやる」

「ありがとう。ハラオウン」

侑斗とデネブはクロノの条件を呑む事にした。

「野上、八神を頼むぞ。俺達も後から必ず向かう」

「わかった。最善を尽くすよ」

良太郎がそのように返した直後に、侑斗、デネブ、クロノ、リーゼ姉妹の姿が消えた。

 

闇意思は空中でこちらの様子を伺っていると思われる二人の少女に狙いをつけた。

「デアボリックエミッション……」

闇意思が発すると、かざしている右手に肥大している黒光りの魔力球が収縮していく。

「あっ!」

「空間攻撃……」

その手口を見て推測するフェイト。

「闇に染まれ……」

闇意思が呟くと同時に収縮した魔力球はその場を侵食するようにしてじわーっと広がっていく。

なのはが危険を察知し、フェイトの前に立って右手を前にかざす。

『ラウンドシールド』

レイジングハート・エクセリオンが電子音声を発すると、なのはのかざした右手に桜色の魔法陣が展開される。

飲み込むように襲い掛かってくる黒い空間が桜色の魔法陣にぶつかる。

「くっううう!!」

なのはが精一杯踏ん張る。

「なのは、頑張って!」

フェイトの現在の状態では防御力は皆無なので下手に動く事も出来ないので、サポートに回る事も出来ない。

黒い稲光が二人の横を走る。

バチバチバチという音が二人の耳に入る。

飲み込まれながらも、なのはは防ぐ事をやめない。

解いたところで自分達に利があるとは思えないからだ。

二人を呑み込んだ魔力球は更に肥大し、土星の環のような黒い環が魔力球を囲っておりまるで一つの小さな天体のような姿を象っていた。

黒い魔力球が完全に消滅すると、そこになのはとフェイトの二人の姿はなかった。

(隠れたか……)

表情を変えることなく、最善の策と思って取ったと思われる行動を闇意思は予測した。

 

闇意思がいるビルから少し離れたビル---仮面二人がいると探知したビルに二人は移動していた。

そこには、チームデンライナーのみがいた。

侑斗もデネブも仮面二人の姿はなかった。

「一筋縄でいく相手じゃないね……」

良太郎もこの位置からあの小さな天体を目にしているので、威力はわからないが今まで自身が戦った相手とは明らかに攻撃方法が違うと感想をもらした。

「痛ぅ……」

なのはが右手を押さえていた。

「なのは、ごめんね。大丈夫?」

フェイトが感謝と同時に謝罪をする。

「うん。大丈夫」

「あの子、広域攻撃型だね。避けるのは難しいかな……。バルディッシュ!」

仕掛けられた一手でフェイトは相手の戦闘スタイルを推測する。

『イエッサー』

バルディッシュ・アサルトがフェイトの命に従い、バリアジャケットを普段のスタイルに戻した。

「広域攻撃ってのは一回の攻撃で多数にダメージを与える事が出来ることでいいのかい?」

ウラタロスが自身の解釈をフェイトに確認する。

「そうだね。わかりやすいし、それで十分通じるよ」

フェイトが満足して頷いていた。

「みなさーん!!」

「おーい!!」

こちらに向かって、声を上げながらユーノ・スクライア(人間)とアルフ(人型)が飛行でこちらに寄ってきてからビルに着陸した。

「フェレット君とワンちゃん。戦いに来たの?」

リュウタロスの質問に二人は首を縦に振った。

「数で何とかなるって相手じゃねーいなぁ。何たって一回で何人もぶちのめせるなんてよぉ。俺達にとってフルチャージしてやっとの事を当たり前のようにポンポン出しやがるんだからなぁ」

モモタロスは相手の攻撃方法が自分達と極めて相性がよくないと思っている。

「相手は間違いなく空も飛んでくるから俺等がそれぞれ変身したり、良太郎に憑いて戦うっていういつもの方法も使えんもんなぁ」

キンタロスが戦闘のスタイルもかなり限定されると告げる。

「空を飛んで戦うとなると、デンバードⅡの出番になるよね。アレって一人乗りだからてんこ盛りか良太郎のスタイルで戦うかしかなくなってくるよね」

ウラタロスがキンタロスの内容を発展させながら冷静に分析する。

「てんこ盛りで行こう。短期決戦になるか長期戦になるかはわからないけど、今の僕達の中で一番強い状態だからね」

良太郎は自身のライナーフォームではなく、イマジン四体が表面に出易いクライマックスフォームを選択した。

「そうと決まりゃ、早速やるぜ!テメェ等ぁ!!」

モモタロスの一声にウラタロス、キンタロス、リュウタロスはそれぞれ返事する。

良太郎はケータロス装着型のデンオウベルトを出現させて、カチリと腰に巻く。

ズボンのポケットからパスを取り出す。

「変身!」

ターミナルバックルにセタッチする。

『クライマックスフォーム』

デンオウベルトが発すると同時に、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスはそれぞれ実体からエネルギー体へとなって、それぞれの電仮面の姿へとなって宙に存在して、デンレールが通常のプラットフォームより多く施されているプラット電王の周りを浮いている。

プラット電王に赤色が目立ち、胸部にターンブレストが施されているオーラアーマーが装着されると、それぞれの電仮面が所定の位置へと装着されていく。

右肩に電仮面ロッド、左肩に電仮面アックス、胸部に電仮面ガンが装着されていく。

そして、頭部に電仮面ソードが装着されてクライマックスフォーム用に電仮面が更に展開された。

「俺達!参上!!」

モモボイスを発して、ソード電王お決まりポーズを取ってクライマックス電王がその地に立った。

「小僧!」

「わかってるって!」

クライマックス電王が電仮面ガンに向けて指示すると、リュウボイスを発して右手で何がしかのサインを送ると、デンバードⅡがモード2で自動で空を走ってきて、クライマックス電王の側でモード1に戻る。

風が吹き、それがただの風ではないとそこにいる誰もが感じた。

「前と同じ閉じ込める結界だ!」

アルフがいち早く皆に告げる。

「わたし達を狙ってるんだ……」

「今クロノが解決法を探しています。援護も向かってるみたいですけど何分時間が……」

「それまで、わたし達で何とかするしかないか……」

「うん!」

フェイト、ユーノ、アルフが状況を整理して今後の方針を打ち立てた。

「おい、なのは。何ボーっとしてんだよ?」

クライマックス電王がモモボイスを発しながら、一言も発しないなのはの肩に手を置く。

「ふえ?あ、すみません……」

なのはは我に返って謝罪する。

「百科事典の持ち主の子の事を考えてたの?」

ウラボイスでなのはが呆けていた理由を訊ねる。

右肩が風で煽られているわけでもないのに揺れていた。

「……はい」

なのはは素直に首を縦に振る。

「気持ちはわからんでもないで。でもまずは自分の身を守る事が大事やで」

キンボイスで諭す。左肩が揺れていた。

「そう……ですよね」

なのはは無理にでも現状を受け入れようとする。

下手な躊躇は自分はおろか仲間を犠牲にするかもしれないからだ。

「頑張って友達助けようよ。なのはちゃん!」

最後にリュウボイスで発破をかけた。その度に胸部が上下していた。

「うん!」

なのはの瞳に先程よりも更に強い意思が宿っていた。

「さぁて、始めっぞ。オメェ等ぁ!!」

デンガッシャーをDソードに連結させて、デンバードⅡをモード2に変形させてからクライマックス電王は乗っかった。

魔導師四人もクライマックス電王と同じ方向を睨んでいた。

 

 

時空管理局本局の塵一つ埃一つない廊下を侑斗、デネブ、クロノがS2Uを構えてリーゼ姉妹を連れて歩いていた。

デネブが物珍しそうに周囲を見回していた。

「あんまりキョロキョロするなよ」

侑斗としても状況が今でないなら、ゆっくりと見学したかったのだが今はそういうわけにはいかない。

「ごめん」

デネブは注意されてすぐに止めた。

「桜井侑斗。提督と会う前にひとつだけ約束してほしい事がある」

「何だよ?」

隣で歩いているクロノが見上げるかたちで侑斗を見ていた。

「貴方がこれから何をやらかそうが一回は見なかったことにする。でも、それ以後は見逃すわけにはいかない。約束できるか?」

「……わかった。でも何でわざわざ俺にそんなことを言うんだ?」

「貴方の怒りは僕や提督では理解できないものだろう。恐らく『闇の書』の主やその守護騎士を『身内』や『家族』として見たのは貴方達が初めてだろうからな……」

「………」

ドアがピシュンという音を立てて開くと、そこにはギル・グレアムが座っていた。

「来たか……」

グレアムが予期していたかのような口調で来訪者達を迎え入れた。

(こいつが八神の『あしながおじさん』で八神の人生を閉じようとした張本人か……)

グレアムを一瞥してから、侑斗とクロノは向かいのソファに座る。

デネブは着席せずに立ったままだ。

リーゼ姉妹はグレアムの背後に移動していた。

「リーゼ達の行動は貴方の指示ですね?グレアム提督」

わざわざ聞くほどの事でもないが、クロノは確認のために訊ねる。

「違う!クロノ」

「私達の独断だ!父様には関係ない」

ロッテとアリアがあくまで自分達が勝手にしたと言い張る。

「あんたはどう思ってるんだ?グレアム」

侑斗はリーゼ姉妹の言葉を流し、吹き荒れる感情を必死で押し殺しながらもグレアムの言葉を待つ。

「ロッテ、アリア。もういいんだよ」

グレアムは観念したのか、潔かった。

「クロノもそちらの人も粗方のことは掴んでいる。違うかい?」

クロノは黙ってしまう。

「俺が知ってる事は野上が教えてくれた事だけだ。『闇の書』の封印方法なんかは正直門外だから殆ど知らない」

侑斗がグレアム関連で知っているのは良太郎が提供した情報の範囲まででしかない。

良太郎が『闇の書』の封印方法などを調べたわけではないので情報が入手できなかったのだ。

「十一年前の『闇の書』事件以降、提督は独自に『闇の書』の転生先を調べていましたね……」

クロノが淡々と告げる。

「そして発見した。『闇の書』のありかと現在の主を」

宙にモニターが出現して、『闇の書』と八神はやてが映し出されていた。

「それが八神ってわけか……」

侑斗の言葉にクロノは首を縦に振る。

「しかし、完成前の『闇の書』と主を押さえてもあまり意味がない……」

「何故だ?」

侑斗にしてみても疑問に感じていた事だ。

『闇の書』の所在と主が判明しているのにすぐに攻めないのはどう考えてもおかしい。

泳がせる事で何か理由があるのではないかと勘繰ってしまう。

「主を捕らえようと『闇の書』を破壊しようとすぐに転生してしまう『転生機能』があるからね」

「つまり、普通の方法でやっていては永遠に追いかけっこしなきゃいけなくなるってワケだな?」

クロノの解説を聞いた侑斗は納得しながら独自の解釈を述べ、グレアムが弱弱しくその解釈に首を振る。

「だから監視をしながら『闇の書』の完成を待った……」

グレアムもリーゼ姉妹も何も言わない。

「あんた達。その様子からすると封印方法ってやつを見つけたんだな?」

侑斗はグレアムに鋭い眼差しを向ける。

「両親に死なれ、身体を悪くしていたあの子を見て心が痛んだが運命だとも思った……」

グレアムがモニターに映っているはやてを見ながら、呟く。

「運命、だって?」

侑斗の眉がピクリと動き、彼の纏っている雰囲気が変わりつつあった。

「孤独な子であればそれだけ悲しむ人は少なくなる……」

「少なくなる、だって?」

侑斗の両手がプルプルと震えていた。

「彼女の父親の友人と偽って生活援助をしていたのも提督だという事はわかっています」

クロノは、はやてとヴォルケンリッターが写っている写真をグレアムに見せた。

「永遠の眠りにつく前くらいはせめて幸せにしてやりたかった。偽善だな……」

「!!」

グレアムが言った直後に、侑斗はソファから立ち上がって右拳をグレアムの左頬に食らわせていた。

勢いは殺されず、グレアムはソファごと後ろへ倒れてしまった。

「はあはあはあ……はあはあ……はあ……」

「侑斗!!」

「父様!」

「あんた!いきなり何するんだ!?」

アリアがソファとグレアムを起こそうとし、ロッテが侑斗を睨んでいた。

「……黙れ」

侑斗は負けじと睨み返す。

デネブはいきなりの行動であたふたするしかなかった。

それだけでロッテは金縛りを食らったかのように動けなくなってしまう。

「早く起きろよ。あんたには言いたい事があるんだからな」

侑斗は立ったまま、グレアムを急かす。

グレアムは立ち上がって、口から出ている血を拭わずに侑斗を見ている。

「運命って言ったよな?それはあんたの運命であって八神じゃない。だから八神が巻き込まれる理由はない」

グレアムの胸を抉るような一言だ。

「悲しむ人は少ないって言ったよな?ゼロじゃないだろ。俺が知る限り八神が死んで悲しむ人間は五人以上いる」

さらに抉る一言を放つ侑斗。

グレアムは何も言わない。正確には言い返せないのだろう。

「永遠の眠りにつく前くらいはせめて幸せにしてやりたかったって言ったよな?どこが幸せなんだよ!あいつ完全に絶望の中じゃないか!!」

「………」

グレアムは完全に言い返せなくなった。

「で、『闇の書』の封印方法ってのはどうやるんだよ?八神の人生に強引にピリオドを打たせるんだ。褒められた方法じゃないんだろ?」

「封印の方法は『闇の書』を主ごと凍結させて次元の狭間か凍結世界へ閉じ込める。そんなところだろう」

クロノがグレアムが立てたプランを推測して打ち明けた。

どちらのプランも、主であるはやてを犠牲にする事前提なので褒められたものではない。

「その方法を用いれば『闇の書』の転生機能は働かない……」

グレアムの一言にクロノはやりきれない表情をしていた。

「これまでだって『闇の書』の主をアルカンシェルで蒸発させてきたりしたんだ!それと何も変わらない!」

「クロノ、今からでも遅くはない。私達を解放して。凍結がかけられるのは暴走が始まる瞬間の数分だけなんだ」

ロッテとアリアが前線に出ようとする。

「それじゃ今までと何一つ変わらない。あんた達が行けば八神が死ぬとわかってる以上、俺とデネブが黙っていかせると思ってるのか?」

侑斗は凄み、デネブは両指を拳銃のようにしてリーゼ姉妹に向ける。

「彼の言うとおりだ。それにまだその時点で八神はやては永久凍結をされるような犯罪者ではない。違法だ」

クロノは取り乱すことなく、リーゼ姉妹に告げる。

「そのせいでそんな決まりのせいで悲劇は繰り返されてんだ!クライド君だってあんたのお父さんだってそれで……」

「ロッテ」

グレアムがロッテを窘める。

「死んだ人間を引き合いに出すなよ。それにハラオウンの父親がらみであんた達が今回の事をしたのならそれは筋違いだ。復讐する権利があるのはあんた達じゃない。それが出来るのはハラオウンだけさ。でもそのハラオウンが復讐する意思がない以上、あんた達にできる事は何もない」

侑斗はそう告げてから背を向けて部屋を出ようとする。

デネブも頭を下げてから、侑斗についていく。

「行くのか?」

「ああ」

クロノの問いに侑斗は短く答える。

それから侑斗はグレアムを一瞥する。

「グレアム。あんたは八神が『闇の書』と共に一生を終えることが運命だと思ってるかもしれないが、俺は八神が『闇の書』の運命を変えることがあいつの運命じゃないかと思ってる」

最後にそのように告げると、侑斗は部屋を出た。

クロノは後姿を見送るとソファから立ち上がり、窓際へと移動する。

「法の他にも提督のプランには問題があります。凍結の解除はそう難しくはないはずです。何所に隠そうとどんなに守ろうと、いつかは誰かが手にして使おうとする。怒りや悲しみ、欲望や切望、その願いが導いてしまう。封じられた力へと……」

クロノは淡々と告げる。

グレアムは一言も反論しない所からすると、心当たりがあるのだろう。

「現場が気になりますので失礼します」

クロノは部屋を出ようとする。

「アリア、デュランダルを彼に」

「父様?」

「私達にもうチャンスはないよ。それにこれ以上私達が出張れば間違いなく先程の彼が潰しにかかるだろう」

侑斗に殴られた痛みを思い出したのか頬を押さえているグレアムの言い分を聞きながら、アリアはクロノに白がメインカラーとなっているカードを渡した。

 

「どう使うかは君に任せる。『氷結の杖』デュランダルを」

 

クロノは凝視しながらグレアムから手にした。




次回予告


第五十話 「黒い宴」


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第五十話 「黒い宴」

ビルの屋上

闇意思は結界を展開させてから、相手の出方を伺っていた。

いまだに隠れて動く気配はない。

「主よ。貴女の望みを叶えます」

闇意思は『闇の書』の主である八神はやてに向けて敬意の仕種を取っていた。

「いとおしき守護者達よ。傷つけた者達よ。今破壊します」

閉じていた両目を開き、獲物に狙いをつけるように鋭くなる。

「スレイプニール。羽ばたいて……」

闇意思は呟くように告げる。

『スレイプニール』

『闇の書』が電子音声で発すると、闇意思の背部に展開される四枚の漆黒の翼が一回り以上巨大化する。

その勢いで黒い羽が何枚か地面に落ちる。

鳥類のように翼は羽ばたいて闇意思を空へと飛び上がらせた。

 

「来やがったな……」

モモボイスを発しながらデンバードⅡをモード2の上に乗っかっているクライマックス電王は両手に握られているDソードを握る力を強めていた。

「みんな、打ち合わせ通りにね」

クライマックス電王の隣でバルディッシュ・アサルトから黄金の鎌刃を展開させているフェイト・テスタロッサが後衛にいる高町なのは、自分達より下方に移動しているユーノ・スクライア、アルフに確認を取った。

「うん!」

「わかった!」

「了解。フェイト!」

なのは、ユーノ、アルフも三者三様に返事をした。

「行くぜ行くぜ行くぜぇ!!」

デンバードⅡを全開に噴射してクライマックス電王は闇意思との間合いを詰めた。

Dソードを両手持ちにして上段に構えて一気に振り下ろす。

ぶぉんという風を切る音が振り下ろしたクライマックス電王にも、それを表情一つ変えずにひらりと後方に避けた闇意思の耳にも入った。

「守護者達の記憶の中から引き出させてもらった。仮面ライダー電王」

闇意思は表情を変えずに、淡々と告げる。

「一回避けたからといって得意がってんじゃねぇ!!」

デンバードⅡを噴射させて、開いた間合いを詰めると同時にDソードを袈裟、逆袈裟、右薙ぎという順序で斬り付ける。

闇意思は全てをタイミングを合わせて後方へと下がる事で避けてしまう。

クライマックス電王の背に隠れたフェイトが飛び出して、闇意思の頭上に狙いをつけてバルディッシュ・アサルトの黄金の鎌刃を振り下ろすが、見切っているかのようにして必要最小限の動きで避けてしまった。

「そんな……」

殆ど騙し討ちに近い方法なのに、それすらも見切られていることにフェイトはショックを隠せなかった。

「厄介だね。必要最小限の動きで僕達の攻撃を完全にかわしてるなんて。しかも、表情からして余裕みたいだし」

ウラボイスを発しながら冷静に闇意思を分析するクライマックス電王。

「クロスレンジに持ち込んで同時に攻撃して動きが鈍ったところをユーノとアルフのバインドで止めてもらって、なのはの一発に賭けるしかないね……。そう作戦を変えたってさっき念話でなのは、アルフ、ユーノに言っておいたから」

「それで行こか」

フェイトの手回しのよさに、キンボイスで作戦を乗る事を表明するクライマックス電王。

クライマックス電王はDソードを八相の構えを取り、横に並んでいるフェイトも正眼でバルディッシュ・アサルトを構える。

両者共に頷いてから、一気に駆け出した。

 

なのはは自分が今戦っている相手の恐ろしさを改めて感じた。

自分達の仲間内の中でクロスレンジを突出したフェイトと電王の二人が同時に攻撃を仕掛けているのに闇意思は難なく避けていた。

二人がたった一人の相手に完全に遊ばれているのだ。

(援護できるとしたら!)

なのはの中で今の状況で一番ベストの魔法を放つ準備が出来た。

『アクセルシューター』

レイジングハート・エクセリオンのヘッド部分から、桜色の光球を三個出現して三方向に飛んでいく。

「シュートォォォォォ!!」

(死角に)

向かっていく桜色の光球は、なのはの意思に従うようにして闇意思の死角となる方向へと飛んでいく。

一つは背後に。

一つは右斜め下に。

一つは左斜め下に。

現在クライマックス電王とフェイトの攻撃の中で加わるのだから、闇意思に逃げ道はない。

クライマックス電王の突きを避け、フェイトの左薙ぎを紙一重で避けている。

桜色の光球は三方向から同じタイミングと速度で闇意思に向かっていく。

(いける!)

なのはは直撃できると踏んだ。

だが闇意思の行動は、なのはの予想を大きく裏切っていた。

なのはの予想ではアクセルシューターを恐れるあまりに、注意力が散漫になりクライマックス電王とフェイトの攻撃は当たるようになり、アクセルシューターも直撃すると思った。

現実には闇意思は左側のクライマックス電王のDソードと右側のフェイトのバルディッシュ・アサルトを同時に受け止めていた。

「お前達の攻撃は烈火の将の記憶を通せば対処可能になる」

闇意思は淡々と告げていた。

三方向から闇意思に向かっている桜色の光球は今も真っ直ぐに進んでいる。

「テメェ、放しやがれ!!」

「凄い力……。放れてくれない!?」

クライマックス電王とフェイトが先程から全く動く気配がない。

(違う!動かないんじゃなくて動けないんだ!あの人に押さえつけられてるんだ!)

このまま向かえば間違いなくクライマックス電王とフェイトにも危害が及ぶ。

「ストーっプぅぅぅ!!」

なのはは向かっていく三方向の光球を強引に止めた。

『ストップ』

レイジングハート・エクセリオンも電子音声を発した。

闇意思に向かっていく三方向の光球は数センチのところで停止して、活動時間を越えたのかシャボン玉のようにパンッと消滅してしまった。

闇意思がDソードとバルディッシュ・アサルトを手放しているのが見えた。

だが死角狙いのアクセルシューターは二度と使えない。

眼前の相手が単純でない限り、有効打にはならないだろう。

(なのは)

念話の回線が開かれた。開いたのは闇意思の出方を伺っていたユーノだった。

(ユーノ君、どうしよう。フェイトちゃんとモモタロスさん達の攻撃が全く通じてないよ。わたしの攻撃も通じるとは思えないし……)

(小手先の技が通じる相手じゃないってのは僕も見てて思ったよ。大きい技を使わなきゃ勝機は見出せない。しかもフェイトやモモタロスさん達と同時に繰り出してやっと何とかなるくらいだと思うよ)

(三人同時になると、完全にあの人の動きを封じなきゃいけなくなるよ?)

(わかってる。それは僕とアルフでやるから安心して。この事はフェイトに伝えておいて。僕はアルフに言っておくから)

なのはが了承する前に、ユーノは念話の回線を閉じた。

ユーノとアルフを見ると、翡翠色と橙色の魔法陣を足元に展開させていた。

(フェイトちゃん。フェイトちゃん。聞こえる?大きいのを同時で行くよ!)

なのはがフェイトに対しての念話の回線を開いて、次の行動プランを告げた。

(わかった。機を見てそうするよ)

(ユーノ君もフェイトちゃんもだけど、モモタロスさん達に教えなくてもいいのかな?念話が出来ないから直に言わないといけないけど……)

なのはは先程ユーノと念話をしていた時に感じた疑問があった。

今自分の仲間で念話が出来ないのはクライマックス電王だけだ。

事前に報告しなくてもいいのだろうかという不安に駆られていたのだ。

(それは大丈夫。良太郎達はわたし達が攻撃を仕掛ければそれに乗じて仕掛けるはずだから)

(そうなの?)

(そうだよ。だから大丈夫)

モモタロス達とは付き合いは長いと自負しているなのはだが、戦闘における細かな事に関してはフェイトほど機転は利かないと改めて思ってしまう。

(うん。わかった!)

なのははレイジングハート・エクセリオンを構えて発射する機会をうかがうことにした。

 

ユーノはアルフと共に攻め手に回っているクライマックス電王、フェイト、なのはより下の位置で自身の出番を伺っていた。

自分とアルフは攻め手ではない。

攻め手が存分に力を放つための場を作る事が仕事だ。

この場合、闇意思の動きを封じてこれから放つ三人の攻撃を直撃させるための手助けということになる。(てんこ盛り状態の電王とスピードに特化したフェイトの同時攻撃を難なく対処する反射速度と冷静さ。仮に僕とアルフが動きを封じたとしてもどのくらいもたせることができるか……)

ユーノは自身が闇意思の動きを完璧に封じる事が出来ると思っていない。

(ほんの一瞬でいい。ほんの一瞬だけ停める事が出来れば!!)

ユーノは足元に魔法陣を展開させて、右手を掲げると足元より少し小さいサイズの魔法陣を展開させる。

「はっ!!」

そして、掲げた右手から展開されている翡翠色の魔法陣から同じ色の鎖が数本出現して、一直線に闇意思に向かっていく。

無数の鎖は闇意思に絡みつく。

「ふっ!!」

隣にいるアルフもその直後に、手をかざして闇意思の右手に狙いをつけて橙色の錘のような物を付着させた。

闇意思は相も変わらず表情を変えない。

「砕け」

闇意思が告げた直後に『闇の書』が輝きだし、『ブレイクアウト』と発する。

闇意思を拘束していた鎖と錘が粉々に砕け散った。

拘束時間は十秒にも満たないが、その間だけでも動きを停止する事が出来ただけ御の字だ。

(後は三人が!)

ユーノは数秒間で攻撃態勢を整えていると思われる三人に賭けるしかなかった。

 

『プラズマスマッシャー』

バルディッシュ・アサルトが発すると、フェイトの足元に黄金の魔法陣が展開されており左手を前にかざすと足元より少し小さいくらいの魔法陣が展開されていた。

「ファイア!!」

魔法陣の中心から稲光を帯びた黄金の魔力球が構築されて、ズドォンという音を鳴らしながら一直線に向かって発射された。

『ディバインバスター・エクステンション』

フェイトがいる位置の対角線上にいるなのはのレイジングハート・エクセリオンが発すると、なのはの足元に桜色の魔法陣が展開され、レイジングハート・エクセリオンをバスターモードにすると桜色の環状魔法陣が出現し、柄の部分に二つ。ヘッド部分先端には一際大きいのが一つ。更に先端に柄と同じ大きさの環状魔法陣が一つ出現していた。

「シュートォォォォ!!」

なのはの掛け声と同時に環状魔法陣の最先端の中心を狙うようにして、ドォンと桜色の魔力砲が一直線に発射された。

「よぉーし、俺達も行くぜぇ!」

闇意思と対面の位置にいるクライマックス電王もケータロスのチャージ&アップスイッチを押してから、パスをターミナルバックルに二回セタッチする。

『チャージ&アップ』

バチバチバチとDソードのオーラソードにフリーエネルギーが充填されている。

無形の位の構えを取りながら、デンバードⅡを全速力で飛ばす。

両端から黄金の魔力砲と桜色の魔力砲が一直線に向かってくるが、闇意思は慌てふためく事もなく佇んでいた。

闇意思との距離が近くなると、Gを感じながらも片手持ちの無形の位から両手持ちの八相の構えへと切り替えて、そこから上段に持ち替えて闇意思の頭部に狙いをつけて振り下ろす。

「盾」

闇意思が短く告げると『闇の書』が反応した。

両腕を×字に交差させてから広げると掌を中心にして、黒色の魔法陣が展開して黄金と桜色の魔力砲を防いだ。

「正面がガラ空きだぜぇ!!」

Dソードを振り下ろすクライマックス電王。

「刃を撃て。血に染めよ……」

呟き、『闇の書』が反応すると赤いクナイのような短剣が闇意思の周りに出現する。

「穿て。ブラッディダガー」

赤い光線を描きながら、数本の赤い短剣が四方向へと向かって飛んでいった。

同時にドォンと爆発音が鳴り響く。

爆発が起こり、爆煙の中からクライマックス電王、フェイト、なのは、ユーノ、アルフが抜け出た。

闇意思は機を逃すつもりはなく、次なる一手を繰り出そうとしていた。

 

「咎人達よ。滅びの光よ……」

 

右手をかざして、闇意思は発する。

かざした右手に桜色の魔法陣が展開され雷雲を突き抜けるようにして桜色の光が無数、魔法陣に向かっていく。

「アレってまさか……」

「間違いなくアレだね……」

アルフが驚愕の表情を浮かべながら最悪のことを予想し、ユーノはそれをあっさりと認めた。

 

「星よ集え。全てを打ち抜く光となれ……」

 

桜色の光球が肥大化していく。

(アレってもしかしなくても……)

深層意識の野上良太郎がこれから起こる事の予測は出来ていた。

「「「「なのはバージョン!?」」」」

四体のイマジンが同時に発すると、なのはが「だからその名前やめてくださいって言ってるじゃないですかぁ!!」と訴えていたが、クライマックス電王の耳は右から左へと受け流していたりする。

「アレとガチでやりあう気はねぇぞ……」

モモボイスで撤退するように呟く。

「同感だね。無事では済みそうにないもんね……」

ウラボイスも同意する。

「正直アレ食らってみたいと思わんしなぁ」

キンボイスで物騒な事を言う。

「早く逃げよーよ!!」

リュウボイスでこの場から離れるように促した。

乗っかっているデンバードⅡの車体をスケートボードの要領で百八十度向きを反転させる。

「さっさと逃げるぞ!!」

クライマックス電王の一声にフェイトはなのはを抱え、アルフはユーノを抱えて今から繰り出される魔法に対して距離を置く事を選んだ。

 

「貫け。閃光……」

 

闇意思が静かに告げるが、着実に魔法を完成させようとしている。

「なのはの魔法まで使うってかい!?」

ユーノを抱きかかえているアルフは発射準備を取っている闇意思に吐き捨てるように言う。

「なのはは一度蒐集されている。その時にコピーされたんだ……」

ユーノは推測だが可能性としては一番有り得る事を言う。

「フェイトちゃん。何もここまでしなくても……」

フェイトに抱きかかえられているなのははどこか緊張感のない台詞を吐く。

「至近距離からだと防御の上からでも落とされる!距離をとらないと!」

それに対してフェイトはこれまでにないくらい真剣な表情をなのはに向けていた。

「なのはバージョン食らった事があるのは俺達の中じゃフェイトだけだからなぁ。コイツの言葉が一番信用できるぜ」

フェイトの隣でデンバードⅡを巧みに操って逃げているクライマックス電王が彼女の言葉を後押しするようなことを言う。

アルフ&ユーノは別方向へと避難し、クライマックス電王&フェイト&なのはもひたすら真っ直ぐに避難していた。

『左方向三百ヤード。一般市民がいます』

バルディッシュ・アサルトが短く現状を報告した。

「「「え!?」」」

三人が驚愕の声をあげるのも当然の事だった。

 

 

月村すずかは夜空を見上げていた。

空は暗く、雨で振ってきそうな嫌な雲で覆われていた。

「やっぱり誰もいないよぉ!急に人がいなくなっちゃった……」

アリサ・バニングスが走ってすずかの元に寄ってきた。

付近に誰かいないか単独で調べていたのだ。

二人とも不安な表情を浮かべていた。

「辺りは暗くなってるし、空には変な光が光ってるし……。一体何が起きてるの!?」

アリサは現状を理解しようとしているが、それでも不安が消える事はない。

「とりあえず逃げよう!なるべく遠くへ!」

「う、うん」

アリサはすずかの手を掴んでこの場から離れる事にした。

 

 

「一般市民って事はつまり魔法使えへんし、知らん人間やいうことやな?」

キンボイスで確認するようにフェイトに訊ねるクライマックス電王。

「うん。良太郎達もなまじわたし達と付き合いが長いから忘れてるかもしれないけど、本来地球

ここ

は魔導師が誕生しにくい場所なんだ。だから魔法の文化もほとんど浸透していないんだよ」

「そうなんだぁ」

なのはもフェイトの説明を聞きながら感心していた。

フェイトはなのはを放す。

なのはは地に足をつけ、ズザーッと滑る様にして前に進んでいきながらも方向を百八十度切り替えた。

滑るたびに埃が舞う。

やがて停止すると、埃が空へと向かっていった。

フェイトは信号機の上に着地する。

クライマックス電王もなのはの側まで寄ると、デンバードⅡから降りて地に足をつける。

スライダー形態であるモード2からバイク形態であるモード1へと姿を切り替わった。

三人は周囲を見回しながら、一般市民を探す。

「いないねー」

リュウボイスを発しながらも、クライマックス電王は探していた。

「埃が晴れてないし、呼びかけるぐらいしか出来ませんけど探しましょう」

そう言いながら、なのはも周囲を見回している。

ビルとビルの間から手を繋いだ二人組みが飛び出して走っていた。

「あの、すみません!危ないですからそこでじっとしてて下さい!!」

なのはが声を張り上げて、移動している二人の一般市民を呼び止めた。

「おい、なのは」

クライマックス電王が隣のなのはに声をかける。

「どうしたんですか?」

「アイツ等、金髪チビと紫チビだぜ」

クライマックス電王のペルシアスキャンアイには呼び止められた二人の姿はハッキリと映っているのだ。

「ええっ!?」

「本当なの?モモタロス。見間違いって事は?」

なのはは驚き、上から探していたフェイトも間違いではないかと疑ってしまう。

「二人の目は埃で視界を遮られているかもしれないけど、僕達にはハッキリと見えてるんだよ」

ウラボイスで自分達が間違いを言っているわけではないと主張するクライマックス電王。

埃が晴れると、一般市民二名がアリサとすずかだとなのはとフェイトの目にもハッキリと映った。

 

 

「アリサちゃん。あれって……」

「なのはとフェイト、よね?あともう一人はよくわからないけど……」

すずかとアリサはなのはとフェイトの格好と手にしている物を見てからクライマックス電王を見て訝しげな表情を浮かべていた。

何から訊ねたらいいかわからない。

おかしなことが多すぎるからどれを最優先にすべきかで悩んでいたのだ。

「えと……あの……」

アリサが意を決して訊ねようとする。

「オイ、金髪チビと紫チビ」

クライマックス電王の言葉が先にアリサとすずかの耳に入った。

「モモタロスさん?」

すずかは聞き覚えのある声に首を傾げる。

「死にたくなかったらそこを動くんじゃねぇぞ。あと、なのはとフェイトの指示にも絶対に従え。わかったな?」

クライマックス電王が警告した。

「モモタロスよね?その格好は何なの?」

アリサが尤もな事を訊ねる。

 

「……電王。俺は仮面ライダー電王だ」

 

クライマックス電王はアリサとすずかに背を向けたままモモボイスで短く告げた。

「「仮面ライダー……」」

二人は聞き覚えのある単語を憶えるように口にした。

 

 

夜空に不気味に輝く桜色の満月らしきものが輝いていた。

だが、それは満月ではなく闇意思が構築中の魔力球だ。

闇意思は構築が完了するのをただじっと待つ。

喜怒哀楽の感情を表すことなくだ。

キュィィィィンという音を立てながら、魔力球は発射されるのを待ちわびているようだった。

 

「スターライトブレイカー……」

 

手を拳にしてから右腕を振り上げて、桜色の魔力球に叩きつけた。

魔力球の形はなくなり、一直線に向かって桜色の魔力砲がドォンというけたたましい音を立てながら発射された。

 

桜色の特大の余波が向かってきていた。

速くはないが、決して遅くもない。つまり余裕を与えてくれそうにはない速度だ。

「二人とも!そこでじっして!」

フェイトはバルディッシュ・アサルトをガシュンという音を立てカートリッジロードさせてから、すぐにヘッドをアリサとすずかに向けて黄金のドーム状の防御魔法を展開させた。

それから信号機から素早く降りて二人の前に立ち、右手をかざして黄金の魔法陣を展開させる。

「レイジングハート!」

なのははフェイトの前に立ってレイジングハート・エクセリオンを構えると同時にカートリッジロードする。

ガシュンという音を立てながらも、カートリッジの空薬莢が三個排出された。

レイジングハート・エクセリオンが電子音声で発してから、ヘッドから桜色の障壁が出現した。

フェイトもなのはも表情に余裕はなかった。

「こりゃあ、あの二人は俺等を守ってくれる余裕はなさそうやで」

「どうしよう?僕達このままじゃ真っ黒コゲになっちゃうよ!」

クライマックス電王はキンボイスを発してからリュウボイスで最悪な事態を口に出してしまう。

「センパイ?」

ウラボイスで一言も発しないモモタロスを訊ねる。

(モモタロス?)

深層意識の良太郎も先程から何も言わないモモタロスに訊ねる。

「腹括れよ?テメェ等ぁ!!」

なのはの前に立ってからDソードを地に突き刺してから、チャージ&アップスイッチを押してからパスをターミナルバックルにセタッチする。

『チャージ&アップ』

電信音声が発した直後に電仮面ソードを除く電仮面がデンレールとターンブレストを利用して、左腕へと移動していく。

先頭に電仮面アックス。二番目に電仮面ガン。そして最後尾に電仮面ロッドという順番に左腕に装着されていた。

バチバチバチバチと左腕にフリーエネルギーが収束されていく。

そして、中腰にして両脚を地面と一体になるような感覚で踏ん張る。

桜色の余波との距離が数十センチになった時。

「うらああああああああ!!」

クライマックス電王は左拳を振り上げて一直線に迫ってくる桜色の余波に向かって繰り出した。

ブォオオオオオオンという荒々しい風が吹き荒ぶ。

「ぐううううっ!!」

ズルズルと踏ん張っている足が下がっている事がわかった。

「この野郎ぉぉぉぉぉぉ!!さっさと消えちまいやがれぇぇぇ!!」

振り上げた左拳に更に力を入れるために、両脚をゆっくりとだが歩を進める。

「お、押し返してる!?」

「無茶苦茶すぎるよ……」

なのはとフェイトは防御に専念しながらも、先頭に立っているクライマックス電王のデタラメな行動に驚きの声をあげてしまう。

やがて余波は完全に消えたとき、そこには抱き合っているアリサとすずか。防御魔法で防ぎきったなのはとフェイト。そして、『攻撃は最大の防御』という格言を実行して全身に煙をたたせていたクライマックス電王がいた。

 

 

四つの光球が闇意思が展開した結界の外からこれまでの戦闘を見下ろしていた。

「『闇の書』は完成したようですが、まだ取りにいかないのですか?」

光球の一つが先頭に佇んでいる光球に訊ねる。

「焦んじゃねぇよ。アレは言ってしまえば超危険物だぜ。焦って手に入れて俺達が大火傷したら元も子もないだろうが。何のために半年も待ったと思ってるんだよ」

光球はこれまでの事を振り返りながらも、光球を窘めた。

「しかし、電王に取られたら元も子もないんじゃないの?あなたの努力も全て水の泡よ?」

光球の一つがそれでも納得していないようだ。

「完成はしたけど、アレにはまだ厄介なモノがあるはずだぜ。ソレがなくなるまでは手を出す事は許さねぇ」

光球は同じように窘めた。

「しかし小娘二人とオマケ達はどうとでもなるが、電王は邪魔になるな。今すぐにでも我々が始末しようか?」

光球の一つが電王討伐を表明する。

「好きにしろ。ただし戦うからには必ず倒せ。負けておめおめ帰ってきやがったら俺が直々に葬ってやるからな」

光球が脅し文句を告げると同時に、三つの光球は闇意思の結界の中へと入っていった。

 

 

桜色の魔力砲の余波が完全に収まり、クライマックス電王は腰を下ろしていた。

防御魔法で身を守っていたなのはやフェイトと違い、ほとんど『賭け』に近い行動なのでそれなりにダメージはあったようだ。

まだ全身から煙がたっていた。

「ふぅ。何とか防ぎきったけどよ。やっぱダメージありだぜ……」

突き刺さっているDソードのグリップを握って立ち上がって四人組のことの成り行きを見ることにした。

アリサとすずかは自体が把握できない表情をしており、なのはとフェイトは隠し事が露見したために申し訳ない表情をしていた。

「もう大丈夫……」

フェイトが安心させるように告げた。

「すぐ安全な場所に運んでもらうから、もう少しじっとしててね!?」

なのはが怖いかもしれないけど、もう少しだけ耐えてほしいと告げていた。

「チッ。鬱陶しいのがきやがったぜ……」

クライマックス電王が睨みつける先をフェイトも見ると、そこには三体の人影が見えた。

ソレがハッキリすると、『人』ではなく『怪人』だということがわかった。

こちらに向かって三体の怪人がゆっくりと歩み寄ってきているのだ。

「まさかアレって……」

(そのまさかみたいだね。フェイトちゃん、なのはちゃん。エイミィさんに一刻も早くアリサちゃんとすずかちゃんを安全な場所に運ぶように言って!)

「うん!」

「わかりました!」

深層意識の良太郎がフェイトとなのはに告げると同時にクライマックス電王は歩み寄ってくる三体のイマジンに向かっていった。

間隔が短くなると三体のイマジンは歩を止めていた。

こちらが来るのがわかったからだろうとクライマックス電王は推測した。

ゴリラの姿をしたゴリライマジン。

シマウマの姿をしたゼブライマジン。

キリンの姿をしたジラフイマジン。

「このタイミングからすると、お前達黒幕繋がり?」

「それやったら洗いざらい全部吐いてもらおか?」

「言っちゃえ!言っちゃえ!」

クライマックス電王の右肩、左肩、胸部が上下に揺れていた。

Dソードを三体のイマジンに突きつける。

 

「さっさと来やがれ!三匹まとめてバーベキューにしてやるぜ!!」

 




次回予告

第五十一話 「夢での戦い。現実での戦い 前編」


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第五十一話 「夢の戦い。現実の戦い。前編」

スターライトブレイカーが発射され、桜色の余波がドーム状に結界内を覆う後景を別の方角で避難していたユーノ・スクライアとアルフが見ていた。

「改めてみるとゾッとするね……」

アルフは心底食らわなくてよかったと思いながらも、主であるフェイト・テスタロッサの無事を祈らずにはいられなかった。

(なのは。なのは!大丈夫!?)

ユーノが必死な表情で念話で高町なのはに呼びかける。

(う、うん。何とか大丈夫。フェイトちゃんとモモタロスさん達で何とか防ぎきったよ……)

なのはが答えてくれた。

(それでねユーノ君。アリサちゃんとすずかちゃんが結界内に逃げ遅れてるんだ)

(わかった。エイミィさんに伝えるよ)

ユーノはなのはが何を言いたいのか理解できたので、すぐにアースラでバックアップをしてくれているエイミィ・リミエッタに要請した。

(ごめんねユーノ君。もう一つワガママ言っちゃうけど二人の方を守ってあげてくれないかな……)

なのはとしてみればエイミィによって転送されたアリサ・バニングスと月村すずかの安否が気がかりで仕方がない。

隣でアルフが主のフェイトと念話で自分となのはと同じ様なやり取りをしているのだろうと推測した。

(わかった。なのはも気をつけてね)

(うん)

ユーノは念話の回線を切った。

「アルフ、行こう」

「でもユーノ!」

アルフとしては主を放置していくのは抵抗がある。

「気がかりがあったら二人が思いっきり戦えないんだよ」

ユーノは平静を装いながらもアルフを諭しはじめる。

「最強形態といってもいい状態の電王となのはとフェイトの三人がかりの攻撃を簡単に受け切っているんだ。ハッキリ言って僕達は足手まといだよ。せめてできる事といえば、なのは達が思いっきり戦えるようにすることじゃないかな?」

「う……うん」

アルフとしてはそう言われると、言い返せない。

ユーノの拳はぷるぷる震えていた。

「ユーノ。アンタ……」

「……行こう。アルフ」

アルフが気付き、何かを言おうとしたがユーノは背を向けて夜空を駆けていた。

 

 

クライマックス電王はDソードを正眼に構えて、対面にいる三体のイマジンの出方を伺っていた。

まだ先程のダメージが抜け切っていない。

その証拠に身体全身から煙がぶすぶすとたっていた。

「いかに電王といえどダメージは蓄積されていますね。いい傾向です」

キリン型イマジン---ジラフイマジンが冷静に分析していた。

「だったらダーリンのためにもさっさとやっちゃいましょ!」

オネエな言葉を話すシマウマ型イマジン---ゼブライマジンがジャブとストレートを繰り出してファイティングポーズを取っていた。

「そう急くな。相手は幾多のイマジンを葬ってきた電王だぞ。今までの戦い方をしてもやられるのがオチだ」

ゴリラ型イマジン---ゴリライマジンが胸元でどんどんと両腕で叩きながら言う。

「では我々のやり方でいきましょう」

ジラフイマジンが先頭に立ち、中央にゴリライマジン、後衛にゼブライマジンという陣形を組んでいた。

「三匹まとめて串刺しにする手間が省けて助かったぜ!」

両手持ちを片手に替えて、Dソードをジラフイマジンの左肩---袈裟に向かって振り下ろす。

ぶぉんという音を立てて切りつける事に成功したかに見えた。

「いい一撃ですね。並みのイマジンならば確実にダメージを負わせることが出来たでしょう。だが……」

めり込んでいるオーラソードを肩を上げることで押し上げた。

「おわっ!?」

普段ならば踏ん張れるのだが、両足がふらついて後方へと退がってしまう。

「我等三体は……」

クライマックス電王と向き合っているのはジラフイマジンではなく、ゴリライマジンになっており右拳を大きく振り上げ、一直線に放つ。

「ごわあぁ!!」

クライマックス電王の顔面に直撃し、不意打ちに近いので防御も間に合わず後方へと吹っ飛ばされた。

足も地面から離れ、完全に浮遊していた。

ダダダダダダダダという音が聞こえてくる。

「倒せないわ……よぉ!!」

ゼブライマジンが走って、吹っ飛ばされているクライマックス電王に追いつき、右足を振りかぶってサッカーボールを蹴る様にして背中を蹴り上げた。

「ごふぅ!!」

クライマックス電王は本人の意思とは関係なく空中へと飛ばされていく。

ゼブライマジンはそれに追いつくように最寄のビルの壁を走り、そのままクライマックス電王に向かって跳躍する。

「ダーリンのためにも死んでもらうわよ!電王!!」

右肘を構えて、クライマックス電王の鳩尾に狙いをつけて叩き付けた。

「○×□△!!」

声にならない声をあげながら、地上へと落下した。

受身の態勢も痛みのせいでとることもできない。

ドォォォォォンという音が鳴り響くと、仰向けになっている電王を基点にして小規模なクレーターが出来上がっていた。

三体のイマジンがクレーターの外から見下ろしていた。

「本調子でないにしろ呆気なすぎますね……」

「いーじゃない。ダーリンの手を汚す必要もないわけなんだし」

「確実に葬ったという感触が今ひとつだ。油断するな」

ジラフイマジンが見下し、ゼブライマジンが自身の上司の手を汚すまでもないと喜び、ゴリライマジンが警戒をしていた。

「あの三匹め!好き勝手ぬかしやがってぇ!!」

クレーターの中心でモモボイスでクライマックス電王が叫んだ。

「センパイ。今の状態で言ってもただの負け惜しみだよ?」

右肩を揺らしながらウラボイスで言う。

「モモの字。言われっぱなしでええんか!?早よ立たんかい!!」

左肩が激しく揺れている。

「早く立て~!モモタロス!」

胸部も激しく揺れる。その度に背中が浮いたり地面に当たったりと微妙にダメージを受けていたりする。

「テメェ等に言われなくたって、アイツ等をバーベキューにするまで簡単にくたばりゃしねぇよぉぉぉ!!」

右膝に右手を置いて、ゆっくりとぐぐぐという音が聞こえてきそうな感じで立ち上がろうとする。

(相手は今までのイマジンみたいに力任せでは来ない。こっちも対策を考えないとさっきの二の舞になっちゃうよ)

深層意識の野上良太郎が先程の戦闘から得た事をクライマックス電王に告げる。

立ち上がったクライマックス電王は見下ろしている三体のイマジンを睨み返す。

「三体まとめて一度に片付けるか、一体ずつ各個撃破するかどちらかしかないね」

「しかも一体ずつ倒すにはさっきの技をさせへんためにも、それぞれをバラバラの位置にしとかなアカン」

「どれから倒す~?僕あのシマウマがいい!」

右肩、左肩、胸部の意見に耳を傾けている。

「小僧に一票だぜ!」

クライマックス電王は最初のターゲットを選ぶとDソードを左手に持ち替えて、右手をかざしてサインを送る。

デンバードⅡが命じられるようにして、走ってきた。

グリップの側にあるボタンを押すと、モード1からモード2へとスライド変形した。

デンバードⅡの上に乗っかると、反応するようにしてキュィィィィンという音が鳴り出す。

ゼブライマジンに向かって、デンバードⅡを加速させる。

弾丸のように真っ直ぐゼブライマジンに向かっていく。

デンバードⅡの前輪が触れて、ゼブライマジンを撥ね飛ばす。

「よくもやってくれたわね!」

ゼブライマジンが起き上がって、こちらを睨んでいる。

クライマックス電王は左手でくいっくいっと挑発する。

「来いよ?遊んでやるぜ」

言った直後にデンバードⅡを滑らせた。

「待ちなさい!!」

ゼブライマジンが単体で追いかけてきた。

こちらの思惑にまんまと乗ってくれたという事だ。

 

 

『なのはちゃん、フェイトちゃん。クロノ君から連絡。『闇の書』の主にはやてちゃんに投降と停止を呼びかけてって!』

アースラから現場をモニターしているエイミィ・リミエッタが現場にいるなのはとフェイトに今後の方針を告げた。

なのはとフェイトは首を縦に振る。

(はい!)

なのはは念話の回線を開いて、エイミィに了承の返事を返した。

そして、二人は両目を閉じて闇意思に対して、念話の回線を開く。

(はやてちゃん。それに『闇の書』さん。停まってください!)

空中に佇んでいる闇意思に声をかけることにした。

(ヴィータちゃん達を傷つけたのは、わたし達じゃないんです!)

なのはは真実を打ち明けた。

実際、ヴィータとザフィーラが葬られる際には自分達はクリスタルケージの中に閉じ込められていたのだから。

(シグナム達とわたし達は……)

フェイトもなのはに続くように真相を打ち明けようとする。

「我が主は、この世界を自分の大切なものを奪った世界を悪い夢であってほしいと願った……」

闇意思がフェイトの言葉を遮るように淡々と告げた。

「我はただそれを叶えるのみ」

闇意思は瞳を閉じていた。

 

 

海鳴市の夜空の一部が歪み始め、空間が発生した。

緑の牛の頭が先頭車両になっている『時の列車』---ゼロライナーだ。

クロノ・ハラオウンと共に転送ポートで移動してもよかったのだが、融通が利くのはゼロライナーなので次元空間に呼び寄せて乗車してここまで来たというわけだ。

「ようやく戻ってきたな」

「でも八神が心配だ……」

一両目のモニターで海鳴市で起こっている全貌を見ている桜井侑斗とデネブはあのように変わってしまった八神はやてが気がかりだった。

「ん?あいつ……」

侑斗はモニターに映っている一人の少年に目を向けた。

隣には自分と同年代くらいでザフィーラの女性版がいた。

「デネブ。針路変更だ」

「了解!」

侑斗の指示にデネブはゼロライナーの進路を変更した。

敷設されている線路は変更された方向に向かっていった。

針路を変えたゼロライナーは一人の少年と一人のザフィーラ女性版の元へと向かっていき、二人の側で停車した。

「お前も魔導師だとは驚いたよ。スクライア」

一両目のドアを開いて、侑斗が空中で佇んでいるユーノに声をかけた。

「侑斗さん!?それにその乗っているモノって『時の列車』ですか!?」

ユーノも大きく目を開いて、目の前に映るものに驚愕の表情を浮かべている。

「ああ。色々とお前には説明してやりたいんだが時間がない。単刀直入に聞くが今はどういう状況になっているんだ?」

侑斗は真剣な表情でユーノに訊ねる。

「今は、なのはとフェイトが彼女に説得を試みているところです」

ユーノが闇意思を『彼女』と呼んだのは彼なりの気遣いだろうと侑斗は判断した。

「高町とテスタロッサが説得!?」

今度は侑斗が目を丸くしていた。

「アンタ、何でそんなに驚いてるんだい?」

アルフが怪訝な表情をしている。

「グレアムの使い魔が何に化けて八神を追い詰めたと思うんだ?」

侑斗とてその現場を直に見たわけではない。

泣き崩れるはやてと外見はそっくりだが、微妙に衣装が違い纏っている雰囲気が違うなのはとフェイトを見て自身が推測しただけだ。

「高町とテスタロッサに化けてたんだぞ」

侑斗の答えにユーノとアルフは驚愕の表情を浮かべるしかなかった。

「それじゃ今、なのはとフェイトが説得なんかしたら……」

「火に油を注ぐようなものだ」

ユーノの言葉に侑斗は結論を述べるしかない。

クロノ・ハラオウンが最善と思って考えた策が実は最悪の事態を招くなんて誰が想像できるだろう。

「侑斗さんはこれからどうするんですか?」

「八神のところに行く。あいつが外からの声を応じるかどうかはわからないがやるだけやってみる」

「なのはとフェイトじゃ無理って言ってたけど、アンタだったら上手くいくのかい?」

「わからない。だからやるだけやってみるって言ったんだ」

侑斗はユーノとアルフに背を向けた。

ゼロライナーのドアが自動で閉じた。

その直後、ゼロライナーは針路を戦場へと変えて車輪を回し始めた。

 

 

夜空に佇んでいる闇意思を見上げながら、地上にいるなのはとフェイトは説得を試みていた。

「主には穏やかな夢の内で永久の眠りを……」

闇意思は胸元に右手を当てて、はやての現状らしき事を告げる。

「そして、愛する騎士達を奪った者達には……」

閉じていた両目を闇意思は開き、胸元に当てていた右手を前にかざす。

 

「永久の闇を!」

 

足元に三角形の形状をした黒い魔法陣が展開された。

(完全に聞く耳を持ってくれない。あの口振りからして、はやては生きているとは思うけど……)

フェイトは闇意思を睨みながらも、『永久の眠り』という言葉が引っかかっていた。

(『眠り』といってもただ寝ていると考えるのは楽観的すぎるかな……)

『眠り』という表現には、『生』と『死』での捉え方がある。

『生』とはフェイトが考えている『睡眠』だ。つまり、自発的に起きるか外部の干渉で目覚める可能性がある。

逆に『死』とは『永眠』の事を差す。死者はいくら叩き起こしても決して起きない。

「『闇の書』さん!」

なのはが闇意思に行動を思いとどまるように、力いっぱい叫ぶ。

 

「……お前もその名で私を呼ぶのだな」

 

対して闇意思は一瞬だけ寂しげな表情を浮かべてから、なのはに対して落胆のこもった台詞を吐いた。

「!!」

なのはは自分が大きな失敗をしてしまった事に気付いてしまった。

意思ある者の名前を間違えるなど、説得をする上では一番してはならない事だ。

もしかしたら、本来の名を間違えずに続けた場合上手くいったかもしれない。

だが、それらは全て先程の発言でなくなってしまった。

日常生活なら『九歳の少女の失敗』として笑って済まされるかもしれないが、今のなのはは『民間協力者の魔導師』であるため大きなミスといってもいいだろう。

地面が割れ、茶色の巨大な生物の尻尾やら触手のようなものが出現した。

尻尾らしきものは天に昇りながら、ビルをぶち抜く。

触手がウネウネと動き出して、なのはとフェイトの虚を衝くようにして向かっていき複雑に纏わりつきながら二人の自由を奪った。

闇意思は左手に浮いている『闇の書』のページを開いた。

(フェイトちゃん……。ごめんね。わたしのミスで……)

(なのは。今はそんなことよりもこの状況をどうにかしないと……)

なのはとフェイトは念話の回線を開き、動きを封じられながらも対策を練る事にした。

 

 

「待ちなさーい!!」

海鳴道路をゼブライマジンは車さえも撥ね飛ばすような勢いで両脚の力を十二分に駆使して、駆けていた。

「あのオカマ野郎。一匹できやがったぜ」

ゼブライマジンのはるか前方をデンバードⅡを駆って先行しているクライマックス電王は後ろを向いて、モモボイスを発しながら作戦通りに事が運んでいる事を確信した。

「そろそろUターンだね」

右肩が揺れ、ウラボイスを発してからデンバードⅡをスケボーのようにして、百八十度向きを変えてターンする。

「おっしゃああ!!特攻や!!」

「行け行けぇぇぇぇ!!」

左肩と胸部が揺れて、キンボイスを発してからリュウボイスを発して、デンバードⅡは向かってくるゼブライマジンへと突っ込んでいく。

「食らえ!オカマ野郎ぉぉぉぉぉ!!」

デンバードⅡの速度を更に上昇させて、ゼブライマジンへと向かっていく。

「こ、こんなの無理よぉぉぉぉ!?」

断末魔の悲鳴にしては間抜けだが、ゼブライマジンはデンバードⅡの突進を避ける事も出来ずに直撃して

右斜めへと吹き飛んでビルに直撃した。

バカァンとビルの壁に穴が開いた。

(かなり飛んだね……)

深層意識の良太郎が率直な感想を述べた。

「それで倒れるタマならあんな大口叩くとも思えないね」

ウラボイスで相手がまだ死んでいないことを予想する。

「来たで」

キンボイスで警告する。

「あれ?何か凄い勢いで来てるんだけ---」

リュウボイスで迫り来るモノを言おうとする前に、クライマックス電王は後方へと吹っ飛んだ。

デンバードⅡは主がいないために、モード1へと自動変形する。

ドコォォンという音が立ってビルに突っ込み、視界を奪うようにして破壊されたコンクリートの粉が宙を舞う。

「あのオカマ野郎!とんでもねぇ速さじゃねぇか!?」

クライマックス電王は自分をビルに吹っ飛ばした原因であるゼブライマジンを睨みながら起き上がっていた。

「あのイマジン。『速さ』だけなら間違いなく僕達より上だね」

ウラボイスで冷静に相手を分析する。

「カメの字の言うとおりやな。しかもあのイマジン。走ったりする『速さ』だけやない。あらゆる『速さ』が桁外れやで」

あらゆる速さ。つまり拳を繰り出す速度、蹴りを繰り出す速度。攻撃を見切って対処する速度。標的を捉える速度などのことだ。

「どうすんのー?僕達あんなミサイルみたいな速さ出ないよー」

リュウボイスでぼやく。

(モモタロス。ひとつ確かめたい事があるんだ)

「何をだよ?良太郎」

(次にあのイマジンが突進してきたら、軽くでいいから手か足を出してほしいんだ)

「攻撃じゃねぇのかよ?」

(うん。攻撃じゃなくていいから、軽く出してくれればいいから)

深層意識の良太郎がクライマックス電王に打診する。

「わーったよ。それで何かわかるんだったら後でちゃんと教えろよ?」

(わかってる)

クライマックス電王はゼブライマジンの前に立つ。

「さすがにタフね。ダーリンが警戒するだけの事はあるわね」

「ダーリン?」

ウラボイスで訊ねるが、ゼブライマジンは答えない。

その代わりに、腕立て伏せに近い態勢になる。

「答えないわよ。その代わり、コレをプレゼントしてあげる……」

ゼブライマジンの両脚に力が入る。

「わ!!」

カタパルトから射出されるような加速力でクライマックス電王へと向かっていく。

Dソードを左手に持ち替えて、右手で払いのけるような仕種を取る。

ゼブライマジンのタックルをかわすように思えたのだがクライマックス電王が後方へと飛ばされた。

先程開けられた穴にもう一度突っ込もうとするが、バック転の要領で回転して流れを強引に止めた。

それでも完全に勢いを殺しきれていないので、両脚がズザザザッと後方へと退がるが、コンクリートの粉を撒き散らしながら、ようやく停止した。

「オイ良太郎。今ので何かわかったのかよ?」

(間違いないね。あのイマジン、速い事に間違いないけど弾丸クラスじゃないよ)

良太郎が自信を持って告げた。

「どういう事?」

(弾丸というのはね。ほんのちょっとの衝撃でも弾道が変わってしまう事があるんだよ。でも、触れても僕達が吹っ飛んだだけで、イマジンの軌道には変化はなかったでしょ)

ウラボイスで尋ねてきたので、良太郎は解説を始める。

「つまりあいつの速さは弾丸よりは遅いいうことやな?」

(そう捉えていいと思うよ)

キンボイスで納得しようとしているので、良太郎は肯定する。

「あいつ、またおんなじ構えとったよ!今度は反撃してもいいの!?」

(もちろん。弾丸クラスじゃないにしても何発も食らってたら僕達でも無事にはすまないからね。思いっきり反撃してもいいよ)

リュウボイスでゼブライマジンがまた先程と同じ構えを取った事を告げると同時に反撃してもいいのかと訊ねる。

それに対して良太郎は二つ返事で了承した。

クライマックス電王は指を絡ませてバキボキッと音を鳴らしてから右足を高く上げて地を踏む。左足を高く上げて地を踏むという四股を踏んでから相撲取りのような前傾姿勢になる。

 

「さぁ。来やがれ」

 

闘争心をむき出しにして、クライマックス電王はゼブライマジンを睨む。

対峙している二人を中心にその場の空気が歪んでいるようにも見えた。

ゼブライマジンとクライマックス電王の足が同時に地を蹴った。

風に限りなく近い者と風になろうとする者がぶつかる。

「ぬうぅ!!」

「があっ!!」

双方共に後方へと吹っ飛ぶ。

両者共に宙で回転しながら見事に着地する。

「なーんかよぉ、最初に食らったヤツ、二回目に食らったヤツに比べると明らかに威力落ちてねぇか?」

胸元を押さえながらダメージを数値で表すならば明らかに先程の二回より低いと言うクライマックス電王。

「もしかしてさ、あいつのタックルって動いてないモノには強いんじゃない?」

「それにあいつ、全然起き上がらへんで」

「さっきのがダメージになったのかなー?」

(ウラタロスが言うように、僕達ってあのイマジンの攻撃を静止状態で食らってたから凄いダメージを与えられるイマジンなんだと思ってたけど違うのかもしれないね)

ゼブライマジンが起き上がる気配はないので、Dソードが転がっている場所まで移動して拾い上げる。

今度はなくさないように地面に突き刺す。

コンクリートの粉が宙を舞うと、人影ならぬイマジン影があった。

「よくもやってくれたわね……」

ゼブライマジンの姿がハッキリしており、拳をプルプル震わせていた。

「だったらもう一回来いよ?自慢のタックルでよ?」

右手でくいくいっと挑発していた。

「オカマだけにカマーンってかぁ?」

モモボイスでくだらないダジャレまで言う。

「調子に乗ってんじゃないわよぉぉぉぉ!!」

ゼブライマジンはスタンディングスタートで突進する。

「意味ねぇんだよぉ!!」

クライマックス電王も遅れて地を蹴る。

その間に右手を広げて、ゼブライマジンの頭部に狙いをつけて繰り出す。

「つっかまえーたぁ♪」

クライマックス電王の繰り出した右手はしっかりとゼブライマジンの頭部を掴んでいた。

指に力を込める事も忘れない。

「いだだだだだだだ。痛いじゃないの!?」

「だったら放してみろよ?」

クライマックス電王の挑発に乗るように、ゼブライマジンは両手を駆使して剥がそうとするが一向に剥がれない。

(君の最大の長所は最大の弱点も生み出しているんだ。『速さ』に特化しているってことは裏を返せばそれ以外は平均以下って事にもなるからね)

「何ですってぇ!?」

ゼブライマジンが自身の長所---自尊心を傷つけられてクライマックス電王をにらむ。

「良太郎の言うとおりだぜ。その証拠にテメェ、さっきから全然俺の手を振り解けてねぇじゃねぇかぁ?」

更に指に力を入れる。

「いだだだだだだだだだぁ!!」

ゼブライマジンが更に悲鳴を上げる。

掴んでいた手を放して、左腕を大きく振りかぶってフックを放つ。

ゼブライマジンのこめかみ辺りに直撃し、左へと吹っ飛ばす。

ズザァァァァという音を立てながら、地を滑っていく。

「私の顔を掴むだけでなく、傷までつけるなんて許さないわ。絶対に許さないわよぉ!!」

ゼブライマジンがすぐに起き上がって、クライマックス電王に向かっていく。

タックルではなく、ただ走って間合いを詰めているのだ。

詰めると同時にゼブライマジンは拳を繰り出す。

右ストレートを繰り出すが、ゼブライマジンの速度に順応し始めたクライマックス電王は難なく首を右に傾けて避ける。

中央に戻そうとするが、狙ったかのように左拳が顔面に飛んでくるが左手を開いて受け止めた。

パシンという音が鳴り響く。

「そ、そんな……。私のパンチが受け止められるなんて……」

ゼブライマジンは驚愕と恐怖を混ぜたかのような表情をしていた。

クライマックス電王が突き飛ばしながら、拳を払う。

「これで終わりだぜ!オカマ野郎!!」

ケータロスのチャージ&アップスイッチを押してから、パスを二回セタッチする。

『チャージ&アップ』

電子音声を発すると、クライマックス電王のフリーエネルギーは胸部の電仮面ガンに収束されていく。

フリーエネルギーのチャージが完了すると、電仮面ガンがカパっと上に開く。

無数のオーラエネルギーで構築されたミサイルが発射され、ゼブライマジンに向かっていく。

ババババババァンとミサイルが向かっていく。

ゼブライマジンが迎撃、もしくは回避行動を取ろうとする頃には既に遅くミサイルは全弾狙いをつけて飛んできていた。

「そ、そそそそんなぁぁぁぁ!!ダーリィィィィン!!」

最期まで誰かの事を想いながら、ゼブライマジンは原形を留めずに爆発した。

目の前で立つ爆煙を見ていた。

「残り二匹か……」

(この煙で残り二体も本腰を入れてくるだろうね)

「だな」

煙を見てから、クライマックス電王はデンバードⅡがある場所まで戻ってからモード2へと切り替えてその場から離れた。

 

 

闇意思が出現させた触手に自由を奪われたなのはとフェイトは念話を開いて対策を練っていた。

(フェイトちゃん。この触手思ったよりも頑丈だよ……)

(引きちぎろうとしたら、その間に新しい触手が生えてくるかもしれない。だから解くならちぎるんじゃなくて一瞬で消滅させないと!)

(何かあるの?)

(あるけど、タイミングはわたしに任せてもらっていい?その直後に攻撃に移るよ。なるべく悟られたくないから顔には出さないんでほしいんだ)

(うん。わかった!)

闇意思が触手の力を強めた。

「あぐぅ!」

「ぐうぅ!」

縛る力が急に強くなったので、なのはとフェイトが苦悶の表情を浮かべる。

「……それでもいい。私は主の願いをかなえるだけだ」

闇意思は誰に聞いてもらいたいわけでもなく、独り言のように呟く。

「願いをかなえるだけ?そんな願いではやてちゃんは本当に喜ぶと思ってるの!?」

なのはが苦悶の表情を浮かべながらも闇意思の台詞に反駁する。

「心を閉ざして、何も考えずに主の願いを叶えるだけの道具でいて貴女はそれでいいの!?」

なのはの叫びは本来ならば闇意思の心に突き刺さるものかもしれない。

だが、今の闇意思には届かない。

それは、なのはが闇意思にとって蔑称である『闇の書』と呼んでしまったからだ。

誰とて蔑称で説得されても心動くはずがない。

 

「我は魔導書。ただの道具だ」

 

闇意思が自身の存在価値を声に出す。

彼女の両目にうっすらと涙が浮かび上がる。

それは闇意思の良心が表に出たものなのかもしれない。

『理屈』と『感情』が伴っていない状態になっているといってもいいだろう。

「だけど言葉は使えるでしょ!心があるでしょ!そうでなきゃおかしいよ。本当に心がないなら泣いたりなんかしないよ!!」

なのはが目元を潤ませながら、闇意思にあらん限りの気持ちをぶつける。

「お前達に理解してもらおうとは思っていない。それにこの涙は我が主の涙。私は道具だ。悲しみなどない」

頬を伝う涙を拭おうとせず、闇意思はなのはとフェイトに明確な拒絶を表示する。

闇意思が両目を閉じていた。

(今だ!)

フェイトはこの状態を機と狙った。

「バリアジャケット・パージ!」

『ソニックフォーム』

フェイトが命令を発し、バルディッシュ・アサルトがガシャンとカートリッジロードをするとなのはを巻き込んで黄金の光が発生した。

二人の身体に絡みついていた触手は消滅し、なのはとソニックフォームスタイルのフェイトは自由になっていた。

「悲しみなどない?そんな言葉、そんな悲しい顔で言ったって誰が信じるもんか!」

フェイトも自身のことのように悲しげな表情になっている。

「貴女にも心があるんだよ!悲しいって言っていいんだよ!」

続くように、なのはが更に闇意思にぶつける。

「貴女のマスターは、はやてちゃんはきっと応えてくれる。優しい子だよ」

「だから、はやてを解放して。武装を解いて。お願い!」

二人の言葉に闇意思は沈黙していた。

闇意思が答える前に、周辺に異変が起こり出した。

激しい揺れを起こす地震が起き、地面の一部を等間隔で打ち破り、マグマの柱が出現したのだ。

これには、なのはとフェイトも驚きの表情を隠せない。

「早いな。もう崩壊が始まったか……」

闇意思にはこの異常な自然現象が起きる事をわかっていたかのよう口振りで言う。

「私も直に意識をなくす。そうなればすぐに暴走が始まる」

右掌を見ながら呟く。

「意識があるうちに、主の望みを叶えたい」

闇意思の想いを汲むかのように、『闇の書』が輝きだしてから、右手をかざす。

その直後になのはとフェイトを囲むようにして、無数の赤い刃が出現する。

赤い刃は導火線の短い時限爆弾のように輝きだす。

「闇に沈め……」

闇意思の言葉が起爆スイッチになったかのように赤い刃は一斉に爆発した。

確認のために見てみる。

爆煙が立ちこめ、なのはとフェイトの姿は見えない。

煙が晴れると、地面にクレーターが出来ただけでそこに二人の姿はなかった。

逃げ場所となるなら、空しかないので視点を変える。

空には、なのはを抱えて避難しているフェイトの姿があった。

「この……駄々っ子ぉ!」

フェイトはバルディッシュ・アサルトを大きく振りかぶって中腰になる。

手甲、足甲に展開されている黄金の翼がバシュンと唸りを上げる。

「言う事を……」

両脚に力を溜めてから、空を地面を蹴るようにして駆ける。

「聞けええええええええ!!」

風を感じ、風と共になるような感覚でフェイトは闇意思に向かっていく。

闇意思は突進するフェイトに何の警戒もせずに、左手に浮遊している『闇の書』の角度を百八十度変えた。

「お前も我が内で眠るといい」

フェイトには聞こえない声で呟く。

「はあああああああああ!!」

バルディッシュ・アサルトを速度を殺さずに、流れるようにして振り下ろす。

ガキィンという音がフェイトの耳に入る。

闇意思が『闇の書』をかざして、黒い魔法陣を展開していたのだ。

「!?」

フェイトの身体に異変が生じ始めた。

全身が黄金に輝き、力が抜けていくような感覚に襲われ始めていたのだ。

「フェイトちゃん!!」

なのはの叫びにもフェイトは反応しない。

やがてフェイトは光の粒子となって、その姿を消してしまった。

『吸収』

『闇の書』は短く告げると、自身を閉じた。

 

「全ては安らかな眠りの地……」

 

闇意思は静かに告げ、なのはは目の前で起こったことをハッキリと認識するのに多少の時間がかかるようにも思えた。

だが、なのはは思った以上に早く事態を認識する。

空から見たこともない物体がこちらに寄ってきているからだ。

空中に線路を敷設し、撤去しながら走ってくる緑と黒が目立つ二両編成の列車だった。

「デンライナー?じゃない。でも『時の列車』だよね……」

『時の列車』はなのはの横に停車すると、一両目のドアが開いた。

「無事か?高町」

「よかった。でもテスタロッサは?」

『時の列車』---ゼロライナーから出てきたのは侑斗とデネブだった。

「桜井さん。デネブさん」

助けが来たのだとなのはは安堵の息を漏らすのもつかの間。

 

「来たか。仮面ライダーゼロノス」

 

闇意思の言葉がなのはの耳に入った。

「ふええええええええええ!!」

なのはが驚きの声をあげるが、侑斗とデネブは驚きの声を聞き流して闇意思を見ていた。




次回予告

第五十二話 「夢の戦い。現実の戦い。後編」


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第五十二話 「夢の戦い。現実の戦い 後編」

高町なのはは事態を把握するのに、今ほど最短はないと思っている。

フェイト・テスタロッサが黄金の光に包まれて、分解されたかのように消えてしまった。

その後、デンライナーとは違う『時の列車』であるゼロライナーが現れ自分の隣に停車した事。

そしてその乗組員である桜井侑斗が野上良太郎と同じ『仮面ライダー』である事。

平時ならば混乱の連続で理解するのにかなりの時間を要しただろう。

「桜井さんが仮面ライダー?」

なのははもう一度確認するように侑斗に訊ねる。

「八神も同じ事を言ってたな。野上達はあっさりと受け入れて使っているみたいだけど、俺はガラじゃないからな」

侑斗は自分が仮面ライダーである事を否定した。

「八神は生きているのか?」

侑斗は闇意思に向かって生存を確認する。

「我が内で眠りについている……」

闇意思は正直に答える。

「そうか……」

侑斗は抽象的ではあるが、闇意思の証言を信じることにした。

「侑斗。これからどうする?」

デネブが今後の方針を訊ねる。

「決まってるだろ。八神を叩き起こす。あいつは寝すぎだ。いくら寝る子は育つっていっても寝すぎは毒だろ?」

侑斗は指を絡めてバキボキッと鳴らしてから、首を左右に振って首をバキボキ鳴らす。

「手伝ってくれるか?」

侑斗は、なのはに顔を向ける。

「はい!」

なのははレイジングハート・エクセリオンを強く握り締める。

「エイミィさん!」

なのははアースラでモニタリングをしているエイミィ・リミエッタの名を呼ぶ。

彼女の表情には恐れはなく、立ち向かう『勇気』が表情に出ていた。

『状況確認。フェイトちゃんのバイタル健在。『闇の書』の内部空間に閉じ込められているだけ。助ける方法、現在検討中』

エイミィの報告からしてフェイトは無事だという事だ。

「高町。野上達がどうなってるかはわかるか?」

「ちょっと待ってください。エイミィさん!」

『聞こえてるよ!良太郎君達---電王は現在イマジンと交戦中。恐ろしくパワーのあるイマジンだよ!』

なのははエイミィから受けた報告をそのまま侑斗に告げる。

「野上は無理か……」

ポケットから黒いケースを取り出して、カバーを開く。

「三枚目だな……」

侑斗は決意の表情を込めて、ゼロノスベルトを出現させて腰元にまきつける。

ガチリという音が鳴る。

デネブは悲痛な表情を浮かべ、なのはは侑斗の仕種が良太郎が電王に変身する際の仕種に似ていると思った。

バックル上部にあるチェンジレバーを右側にスライドさせる。

「変身!」

ゼロノスカードをケースから抜き取って、緑色のラインが入っている面を表にしてアプセットする。

『アルタイルフォーム』

自動音声を発し、侑斗の姿がオーラスキンで覆われる。

胸部にオーラアーマーが装着され、胸部のデンレールが金色に装飾される。

頭部のデンレールから緑色の牛が走り、定位置で停まり電仮面としての姿を象っていく。

頭部のデンレールも銀色から金色へと装飾していった。

緑色のフリーエネルギーが吹き荒れる。

そして、ドア上部を両手で握って逆上がりの要領でゼロライナーの屋根へと移動する。

腰元に携帯されているゼロガッシャーの右パーツを左腰にあるゼロガッシャー左パーツに縦に差し込む。

ホルスターから抜き取って、頭上で振り回すとフリーエネルギーで巨大化する。

足元がゼロライナーなので、突き刺すわけにはいかないので軽く置く。

 

「最初に言っておく。俺はすーごーくやる気だ!!」

 

ゼロノスが戦闘準備を完了して、闇意思に宣戦布告をする。

「我が主もフェイト

あの子

も覚める事のない眠りの内に終わりなき夢を見る。生と死の狭間の夢---永遠だ……」

『闇の書』を閉じ、前に浮かしながら闇意思は淡々と告げる。

「永遠なんてないよ。みんな変わっていく。変わっていかなきゃいけないんだ。わたしも。貴女も!」

なのはは俯いた顔を上げながら真っ直ぐに闇意思を見据えてていた。

「変わらなきゃいけない、か……」

ゼロノスは、なのはの言葉を反芻しながらZサーベルを握る力を強めた。

 

 

空は晴天。

小鳥が気分よく鳴きながら、翼を羽ばたかせたり、羽を休んだりしている。

自然と人の手が上手く調和している建造物がある。

フェイトはベッドからむくりと起き上がった。

横に誰かがまだ眠っている。

子犬モードのアルフともう一人後姿でしかわからないが、金髪の誰かだ。

「?」

状況を把握するためにフェイトは周囲を見回す。

天井は夜空と無数の星が描かれている。

「ここは……」

いくら記憶の片隅で引っ張り出そうとしても出てこない。

元々自分の記憶はアリシア・テスタロッサのものだ。

『自分の記憶』には心当たりがないので、『アリシアの記憶』と見て思い出してみるがやはり思い当たる節がない。

(わたしはもちろんの事、アリシアの記憶にもないなんて……。ここは一体どこなんだろう……)

手掛かりになるようなものがないが、それでも頑張って答えを導き出そうとした時だ。

コンコンとドアを叩く音がした。

フェイトとしてみればこの場合、迂闊な行動が出来ないというか事態を呑み込めていないため勝手がわからないので無反応ととられる行動を取ってしまう。

「フェイトぉ。アリシアぁ。アルフぅ。朝ですよ」

女性の声がした。

フェイトにしてみれば聞き覚えがある女性の声だ。

「まさか……」

女性の会話内容を確認するように、もう一度隣を見る。

むくりと起き上がって、目をこすっていた。

 

「おはよう。フェイト……」

 

少女は自分に向かってそのように言った。

「みんな。ちゃんと起きてますか?」

ガチャリとドアの開く音がして、一人の女性が入ってきた。

白と薄茶色が目立つ服装をしたショートボブの女性だった。

物腰は落ち着いており、『大人の余裕と風格』のようなものがにじみ出ていた。

「はぁーい」

「まだ眠い~」

既視感のようなものがあった。

自分は間違いなくこの女性を知っているし、名前もわかっているが自信はない。

そんな自分とは関係なく、少女とアルフはごく自然に女性と会話をしている。

「二人とも。また夜更かしてたんでしょ?」

女性はこちらに歩み寄りながら、少女とアルフに注意をしながらカーテンを開く。

太陽の光が部屋の中に入ってくる。

「ちょっとだけだよぉ」

「ね~」

少女は正直に打ち明け、アルフは相槌を打つ。

「早寝早起きのフェイトを見習ってほしいですね。アリシアはお姉さんなんですから」

女性は開いたカーテンを纏めながら、少女---アリシアに進言する。

「む~」

アリシアは頬を膨らませている。

フェイトは得た情報を脳内で整理する。

自分の横にいる金髪少女はアリシア。

自分とアルフはここで暮らしている。

そして、この女性は自分達の家族である。

(まさか……)

フェイトは一つの結論に導き出した。

目の前にいる女性は『アリシアの記憶』では存在しないだろう。存在していたとしても『人』ではなく『猫』なのだから。

この女性は『自分の記憶』にいる存在だ。

 

「えと……。リニス?」

 

フェイトは自信はないがそれでも言ってみることにした。

「あ、はい。何ですか?フェイト」

女性---リニスは妙な訊ね方をする自分に対して訝しげな表情を浮かべることなく返す。

「アリシア……」

フェイトはアリシアに顔を向ける。

「ん?」

アリシアは笑顔のままこちらを見ている。

「前言を撤回します。今朝はフェイトも寝呆け屋さんのようです」

リニスが左人差し指を出して、三人揃って寝ぼすけと言い直した。

アリシアが笑い出す。

「さ、着替えて。朝ごはんです。プレシアはもう食堂ですよ」

リニスの何気ない言葉にフェイトは両目を大きく開き、身体全身が硬直し始めた。

「母さん……」

アリシアとアルフが元気よく返事をしているの対して、フェイトは短くそういうしか出来なかった。

 

 

「ぬおりゃあああああああ!!」

「ふううん!!」

クライマックス電王とゴリライマジンが互いの両手を掴んで、押し比べをしていた。

「あれだけのダメージを受けていながら、まだこれだけの力が残っているとは電王、恐るべし」

ゴリライマジンは冷静に事実を受け止めながらも、両手に力を込めて地を踏んでいる両脚にも力を入れて、右足を一歩踏み出す。

「ぐうっ!」

ゴリライマジンが一歩踏み出すということはクライマックス電王は強引に下がらされてしまうわけだ。

しかもただ下がるわけではない。

バシュンと左手、右肩、胸部、右ふくらはぎ辺りから火花が飛び散る。

火花が飛び散るたびにクライマックス電王は体力と精神力を刈り取られたかのような感覚に襲われる。

「やべぇ……。意識飛びかけてた……」

「センパイ!今とんでもないこと言ってない!?」

「アカン。力入らへん!」

「僕、身体が痛い~!!」

クライマックス電王をはじめとして、右肩、左肩、胸部がそれぞれ悲鳴を上げている。

ずるずるずるとクライマックス電王は後方へと下がっていく。

「だがそろそろ終わりの様だな!」

ゴリライマジンが今が勝機と狙って、更に全身に力を入れる。

「へっ。どうかな?」

クライマックス電王は抵抗する事をやめるようにして、全身の力を抜く。

「何!?」

ゴリライマジンは自信の両手に圧し掛かる重みが急になくなり、前のめりになる。

ゴリライマジンを前に崩し、クライマックス電王は真後ろに身を捨てつつ、片足の裏を相手の腿の付け根に当てて、押し上げるように頭越しに投げ飛ばそうとするが、実際には両手を組んでいる状態なので自分の後方へと落すかたちとなった。

ドォンという音がクライマックス電王の耳に届く。

背中を強く打ち付けているのかゴリライマジンは手を放していた。

両手をプラプラさせて、仰向けになっているゴリライマジンに向き直る。

「ったく、馬鹿力出しやがって……」

押し比べをしていた際に、突き刺していたDソードを引き抜く。

引き抜いたDソードを両手で上段に構える。

「あんまり気ぃ進まへんなぁ」

「キンちゃん。僕達はこれからあと一匹仕留めなきゃいけないんだからさ、多少のズルは黙認されるって」

「早く残り一匹もやっつけちゃおうよー」

これから起こす行動に抵抗を感じたり、それを『一対多数』の名目で敢行しようとしたり、名目も関係なくさっさと片付けようと促したりとしていた。

「くたばれ!ゴリラ野郎ぉぉぉぉぉ!!」

Dソードを勢いよくゴリライマジンの眉間に狙いをつけて振り下ろす。

「甘い」

ゴリライマジンは仰向けの状態でありながらDソードのオーラソードを両手で挟んで受け止めた。

挟まれたDソードを抜こうとするが、ゴリライマジンの力は強かった。

「テメェ!!放しやがれ!!」

「そんなに放してほしいか?なら!」

ゴリライマジンはDソードを挟んだまま、勢いに任せて前方へとクライマックス電王を投げた。

いきなり襲い掛かる勢いにクライマックス電王は耐えられず、握っていたDソードを放してしまい先にあるビルの壁に背中を強く打ちつけた。

「がはぁっ!!」

ずるずるずると滑るようにして落ちていく。

やがて地に伏した。

「ん……ぐぐ……。はあはあはあ……はあ……」

起き上がろうとするが中々起き上がれない。

しかも起き上がろうとするたびに、身体の節々から火花が飛び散っている。

クライマックス電王のダメージの許容範囲を超えているのだ。

「忘れ物だ」

起き上がったゴリライマジンは先程まで挟んでいたDソードを右手に持ち替えて、クライマックス電王の前に投げる。

「お前はよく頑張った。魔導師の大きい一撃を最前で防ぎ、その後我等と戦っているのだ。とうに肉体の許容範囲以上のダメージを受けているのだろう」

「何が言いてぇんだ。テメェ……」

クライマックス電王は倒れたまま、顔をゴリライマジンに向ける。

「どうだ?降参しないか?元々お前達は別世界の住人ではないのだ。別世界の『時間の破壊』を防ぐために命懸けで戦うのは馬鹿らしいとは思わないか?」

「………」

「降参して元いた場所に帰れ。今から帰るなら主には『死んだ』と言っておくぞ」

ゴリライマジンの一言に、倒れているクライマックス電王の開いていた手が拳となって震えていた。

ゴリライマジンは降参を促してくる。

どういう意図なのかはわからない。

「……ぞ」

クライマックス電王からモモボイスが低く呟いた。

「何?」

見下ろしているゴリライマジンが訊ね返す。

 

「ふざけんじゃねぇぞ!!ゴリラ野郎!!」

 

今度は大声で吠えた。

「降参しろだぁ?馬鹿らしいだぁ?『死んだ』と言っておいてやるだぁ?テメェ、マジで気に食わねぇんだよぉぉぉ!!」

うつ伏せになっている状態から錘が乗っかっているような両手両脚を動かす。

「う、ぐううううう!!」

四つんばいから両脚の力を振り絞って中腰になる。

その度に身体から火花が飛び散る。

「ぐっ!」

身体の節々が痛い。

中腰から腹筋やら背筋を使って、直立の姿勢へと戻ろうとする。

「がぁ!!」

火花が飛び散り、フラフラだが直立の姿勢に戻った。

腕も足も小刻みに震えている。

「ば、馬鹿な!?何故立てる!?お前はもはや虫の息のはずなのに……」

立ち上がったクライマックス電王を見て、ゴリライマジンは狼狽しながら無意識に後方に退がる。

「へっ、どうしたんだよ?やけにビビってるじゃねぇかよ?」

クライマックス電王がゆっくりと右足を踏み出す。

その度にゴリライマジンが後方へと退がる。

「テメェにいいこと教えてやるぜ。俺達は何度もこういった事を乗り越えてきたんだよ。それになぁ、別世界

こっち

の時間も俺達は守るって決めてんだ!だから別世界は俺達の時間なんだよぉ!」

両手を拳にして、そのままゴリライマジンとの間合いを詰める。

「ならば消すまで!」

ゴリライマジンは後退をやめて、右拳を振り上げて腰を捻っていた。

「ビビリゴリラに出来るのかよ?そんな事をぉぉぉぉ!!」

クライマックス電王も右拳を振り上げながら腰を捻り、左足を前に出して滑り込むようにして停めながら右拳を繰り出した。

ゴリライマジンも溜めに溜めていた右拳を繰り出す。

互いの拳が激突する。

「ぐっ……ぐうううううう!!そんな状態で何故ここまでの力が!?」

「さっきも言っただろ!何度もこういった事を乗り越えてきたってなぁぁ!!」

クライマックス電王の左足が前に進む。

「ち、力負けしている!?ありえん!?」

ゴリライマジンが後退されながら狼狽する。

「さあ……なあ!!」

更にクライマックス電王は突き進む。

ゴリライマジンはずるずると後退していく。

「うおりゃああああああ!!」

前進は『歩』から『走』へと切り替わった。

地を力いっぱい蹴る。

「ぐおおおおおおおお!!」

ゴリライマジンはあらん限りの声を出して抵抗してみるが、空しく響くだけで背中を強く後方のビルに叩きつけられた。

空いている左拳をゴリライマジンの顔面に叩き込む。

「がっ」

ゴリラマイマジンの顔面が項垂れるように下がるが、追撃として右拳をぶち込む。

「ぶはっ」

クライマックス電王の耳には入らないのか、もう一発右拳をぶち込む。

ゴリライマジンが何か声が上げたが、気にせずにぶち込む。

「うおおおおおおお!!」

顔面に拳を受けながらもゴリライマジンは反撃として右ボディブローをクライマックス電王の腹部に叩き込む。

「ビビリゴリラの一撃なんて効くわけねぇだろぉぉ!!」

腹部を直撃しているのに、膝をつく事もなければ後退もしない。

この場の空気をモノにしているのは言うまでもなくクライマックス電王である。

ゴリライマジンが逆転するためには相手を怯ませるしかない。

だが完全に気迫負けし、恐怖まで身体に染み込んでいるゴリライマジンにしてみれば至難の業ではあるが。

「そろそろ終わりにしてやるぜ!」

ケータロスのチャージ&アップスイッチを押す。

パスを取り出してターミナルバックルにセタッチしてから更にパスを開いてセタッチする。

『チャージ&アップ』

オーラアーマーに施されているデンレールとターンブレストを介して両肩と胸部の電仮面が左腕に向かって移動する。

先頭が電仮面アックス、真ん中に電仮面ガン、最後に電仮面ロッドとなって左腕に装着される。

バチバチバチとフリーエネルギーが充填されている。

「これで二匹目ぇぇぇ!!」

右足を前に繰り出して、腰を左に捻りながら左拳を振り上げる。

力いっぱい右足で大地を踏み、捻った腰と振り上げた拳のタイミングがマッチしたフリーエネルギーを纏った左拳をゴリライマジンの顔面に放つ。

「これが電王……。我が主の……、うおおおおおおおお!!」

ゴリライマジンが許容量以上のフリーエネルギーを叩き込まれ、原型を保つ事が出来ず爆発した。

「はあはあはあ……はあ……」

クライマックス電王は両肩を揺らしながら息を整えていた。

先程の戦い、いくら気迫勝ちをしていたといってもダメージを受けていないわけではないのだ。

クライマックス電王は右手をかざしてサインをすると、デンバードⅡを呼び寄せた。

あと一体であるジラフイマジンを倒すために。

 

 

海鳴市の夜空では別の戦いが繰り広げられていた。

「うおりゃあああああ!!」

ゼロノスがZサーベルを振り下ろすが、闇意思が右手をかざしてタイミングを合わせて人差し指と中指で挟んで受け止めた。

「重みは電王以上かもしれないが、その反面単調だ……。このようなことも容易く出来る」

笑みを浮かべるでもなく、淡々と告げる。

「くっ!シグナムやヴィータ達を蒐集したのはハッタリじゃないみたいだな!」

ゼロノスは挟まれたZサーベルを抜こうとするが、闇意思の挟んでいる力のほうが上らしく引き抜く事が出来ない。

闇意思は左手を払うような動作をとる。

直後、ズラッと赤色の短剣が出現する。

「やばい!?」

ゼロノスは今まで得た戦闘経験による勘が働いた。

しかしZサーベルを引き抜けない。

(くっ。このまま直撃はさすがにまずい……)

「ブラッディダガー」

闇意思が告げる。

「!!」

赤い短剣はゼロノスに狙いをつけて飛んでいった。

爆発が起こり、爆煙が立ちそこからゼロノスが後方へと舞った。

ゼロライナー・ナギナタの屋根に背中を打つ。

「ぐはっ!」

息を吐き、身体全身が痺れる感覚に襲われる。

「桜井さん!」

なのはがゼロノスの側まで寄ろうとする。

「立ったらどうだ?先程の攻撃。見た目は派手だがお前自身はさほど受けていないはずだ。自分から飛んだのだからな」

闇意思はゼロノスのした事を理解していた。

「バレてたか」

ゼロノスは両脚の反動を利用して身軽に起き上がった。

「………」

ゼロライナー・ドリルに着地した闇意思は挟んでいたZサーベルを一瞥してから、軽く上に投げてから持ち直してゼロノスに切先を向ける。

腕を曲げて、ぐぐっと溜めてからゼロノスに向かって放り投げる。

くるくると回転しながらZサーベルは持ち主に向かっていく。

ゼロノスは左手を前にかざす。

Zサーベルはゼロノスに吸い寄せられるようにして近寄り、最後にはしっかりとグリップを掴んだ。

左手から右手へと持ち替えてから両手で持ち、下段右斜めに構える。

「それでもそれなりに受けてるんだぜ」

ゼロノスの言うように、いくら自分から飛んだとはいえダメージがゼロではない。

「どうやらそこいらのイマジンより遥かに強いってことはよくわかったよ」

ゼロノスの両脚がゆっくりと闇意思に詰め寄る。

「八神、悪いが荒い起こし方になるぜ!!」

『緩』から『急』へと足運びが変わり、間合いを詰める。

ゼロライナー・ドリルまで走り寄って左切上に狙いをつけて振り上げるが、闇意思は難なく半歩下がって避ける。

だがゼロノスの攻撃は終わらない。

左足を軸にしてその場で駒のように回り、Zサーベルを握っていた左手を離して拳にしてそのまま闇意思の顔面に狙いをつけて裏拳を繰り出す。

「!!」

空を裂くようにブォンという音が鳴るが、闇意思はその攻撃すらもかわしていた。

「何だ?今の技は……」

闇意思は守護騎士の記憶を引っ張り出しても、わからないようだ。

「あいつ等や八神が知らないのも無理はない。八神の教育上、プロレス技は披露してないからな」

尤も彼がプロレス技を繰り出す対象はデネブか敵イマジンくらいである。

「だがさっき言ったよな?荒い起こし方になるってな!!」

ゼロノスは一歩踏み出してから跳躍してから右足を繰り出す。

闇意思は防御には入らず、足をその場に浮かせてからふわーっと退がる。

ゼロノスは跳び蹴りに失敗しても、次の手を繰り出す。

Zサーベルのグリップ部分を外して上下逆にして連結する。

刃となっている部分を自分の方向にスライドさせて刃を弓型にする。

フリーエネルギーで巨大化し、Zボウガンに変形を完了させる。

チャキっと構えて引き金を絞る。

フリーエネルギーで構築された矢が闇意思に向かって飛んでいく。

闇意思は右手をかざして黒色の魔法陣を展開させて防ぐ。

「高町!今だ!」

「はい!レイジングハート!!」

『アクセルシューター』

ゼロノスが叫ぶ直後、なのはとレイジングハート・エクセリオンが返事し、桜色の魔法陣を足元に展開させて三個の桜色の光球を出現させていた。

「シュートォォォ!!」

三個の桜色の光球は同時に発射された。

「ブラッディダガー……」

闇意思は自分の胸元に三本の赤い短剣を出現させて、発射させた。

桜色の光球と赤い短剣が互いに標的に向かって飛んでいく。

三個と三本がぶつかって相殺され、爆発を起こす。

全て同じタイミングで爆煙が立ち込める。

「隙を狙って高町に撃ってもらったのに、効果なしかよ」

「まるでどの角度からも目があるみたいです……」

ゼロライナー・ナギナタの屋根に、なのはが足をつける。

これまで戦って決定打を得る事が出来ない原因として、なのはは率直な感想を述べる。

「これ以上ここでやると、俺達も共犯者だな……」

ゼロノスがクレーターや亀裂が生じた地面。地面を突き破って噴き出ているマグマ。巨大生物の尻尾のような物で破壊されたビル等を見ながら言う。

「場所を変えたほうがいいのかもしれませんね……」

なのはも現在の市街地を見ながら言う。

「そうだな。デネブ!針路を海に変えろ!」

ゼロノスはゼロライナー・ドリルで操縦しているデネブに告げた。

 

 

着替えを終えたフェイトはリニスを先頭に、アリシア、アルフの後をついていった。

寝室を抜けてもフェイトにはここがどこなのか記憶にはないので周囲を見回していた。

リニスが両手で両開きの扉を開ける。

部屋は暗いが陰気な雰囲気はなく、ただ太陽の光が入っていないだけなのか家主の趣味のどちらかもしれない。

ディナーテーブルの南部。扉を開けてすぐに一人の女性が座っていた。

「母様。おはよう」

「おはよー。プレシア」

アリシアとアルフが進んで、コーヒーを飲んでいるプレシア・テスタロッサの元に駆け寄る。

 

「アリシア、アルフ。おはよう」

 

プレシアが穏やかな笑顔を浮かべて一人と一匹に答えた。

「プレシア。困りましたよ。今日は嵐か雪になるのかもしれません」

リニスが歩み寄りながらプレシアに告げる。

「?」

プレシアが疑問顔になる。

フェイトはプレシアの後姿を見た瞬間に、柱の陰に隠れていた。

そして身体が硬直し始めていた。

プレシアが怖いのだ。

これは身体が完全に『拒否』を示している。

(何で?どうして?身体が動かない……)

フェイトはプレシアが自分に折檻をしていた『本当の理由』は野上良太郎に聞かされている。

理屈ではわかっているのだ。

プレシアが自分に対して愛情を持っていることはわかっている。

だが、そのためにプレシアが自分にした行為は自分がトラウマになってもおかしくない程のものだった。

「ほら、フェイト」

リニスが促しているが、フェイトの身体は動く事を拒んでいるので、柱の陰にいるままだ。

(動いて。お願い動いて!お願い!)

フェイトは自身の身体に訴えながら、ゆっくりとおそるおそる身体を動かして柱の陰からプレシアのいる位置へと動く。

「フェイト。どうしたの?」

見たこともない表情だとプレシアを見て思った。

「どうも、何か怖い夢でも見たみたいで……。今は夢か幻だと思っているみたいですね」

リニスはフェイトの様子を見ながら推測をプレシアに告げた。

「フェイト。勉強のしすぎとか?」

「ありえる~」

アリシアとアルフもフェイトの様子を見ながら、フェイトなら『有り得る』事を口に出した。

「フェイト。いらっしゃい」

プレシアが手招きする。

「………」

フェイトは引き寄せられるように歩み寄る。

顔は俯きがちになっており、プレシアと目を合わせる事を恐れているようにも見えた。

プレシアの両手がフェイトの両頬に触れる。

触れた感触にフェイトは反応し、顔を上げる。

「怖い夢を見たのね。でももう大丈夫。母さんもリニスもアリシアも、みんな貴女の側にいるわ」

プレシアが安心させるように優しくフェイトに告げた。

「プレシア~。あたしも~」

アルフがプレシアを見上げながら抗議する。

「そう。アルフもね」

プレシアはアルフを忘れた事を詫びる様にして付け足した。

「ま、朝食を食べ終える頃には悪い夢も醒めるでしょう」

リニスがあまり根拠のないことを言いながら、フェイトを励ます。

「さあ、席に着いていただきましょう」

「はーい」

プレシアの言葉にアリシアが即座に返した。

朝食が目の前にあるが、フェイトはナイフにもフォークにも手を付けずに凝視していた。

アリシアとプレシアはナイフとフォークを巧みに使って、料理を口に含んでいく。

プレシアはアリシアの食べている仕種を見て、微笑む。

それも自分が見たこともない母親だった。

(良太郎が教えてくれたけど、やっぱり……)

理屈と感情が一致していないため、行動ひとつ取るのに躊躇ってしまう。

アルフも専用の受け皿に乗っているドッグフードを食べていた。

フェイトは今の現状が何なのかを理解した。

(これは『夢』なんだ。母さんはあんな風にわたしに笑いかけたりしないし、アリシアとリニスはもういない……。でもこれは……)

フェイトは夢だと思いながらも、目の前の料理に手を付けることにした。

自分を除く誰もが心配げな表情をしていたからだ。

食事を終えた一同は中庭を全員で歩いていた。

アルフを先頭に、アリシア、プレシア、フェイト、そして最後尾にリニスとなっていた。

「ねぇ、今日はみんなで街に出ましょうか?」

プレシアがこれからの予定を切り出した。

「わーい!」

「いいですね」

アリシアが喜び、リニスも賛同する。

彼女達の行動を見るたびに、自分とのズレが生じ始める。

「フェイトには新しい靴を買ってあげないとね」

プレシアが言うが、フェイトはそれを嬉しく感じる事がなかった。

目の前の出来事が『夢』だと自覚すると、プレシアの言葉もまやかしのように思ってしまう。

「あー、フェイトばっかりずるーい」

アリシアがえこひいきされている事に頬を膨らます。

「魔導師試験満点のご褒美です。アリシアも頑張らないと」

リニスがえこひいきの理由を話す。

「そーだよー!」

「むー」

アルフがアリシアに今以上の努力を促すが、アリシアは唸るだけだった。

「フェイトぉ、今度の試験までに補習お願い!」

アリシアがフェイトの側まで寄って、次の試験対策をお願いする。

「う……うん……」

フェイトは頷くが、そこで立ち止まる。

両目の瞳が潤んでいる。

涙腺が緩み始めたのだ。

「うっ……うぐっ……ぐすっ……」

フェイトはこらえきれずに嗚咽を漏らし始めた。

(わたしがずっと……ずっと……、欲しかった時間だ……。何度も何度も夢に見た時間だ……)

ここが『夢』の世界だとしてもだ。

 

 

暗くて上も下もないような空間に私服姿の八神はやてはいた。

(う……うん。眠い。)

閉じていたゆっくりと両目を開く。

目の前に黒い衣装を纏っており、両腕両脚を露出している銀髪の女性が立っていた。

「そのままお休みください。我が主」

非戦闘形態と呼べる姿をしている闇意思だった。

「貴女の望みは全て私が叶えます……」

闇意思に告げ、はやてはぼんやりと聞いている。

「目を閉じて、心静かに夢を見てください」

闇意思は優しく、はやてに告げた。

はやては闇意思の言葉に誘われるように意識をもう一度手放した。

 

 

海鳴市の海岸に向かってゼロライナーの屋根に乗っているゼロノスとなのはは、後から追いかけてくる闇意思の様子を伺っていた。

「仕掛けてこないな……」

「はやてちゃん。大丈夫でしょうか……」

「高町。お前しばらく温存してろ」

「え?」

屋根の上でゼロノスとなのはは、今後に備えての打ち合わせをしていた。

「相手は明らかに魔法サイドだ。俺の力が決め手になる事はない。なるとしたら間違いなくお前だ。だからその時まで無駄に魔力は消費するな。八神---あいつの攻撃は俺が受ける」

「でもそんなことをしたら桜井さんは……」

「お前達がイマジン相手にどうにもならないのと同じだ。単純に戦って相手を倒すなら俺にも出来るが、今の相手はそういうわけにはいかないだろ?」

従来の戦闘方法で闇意思を倒しても『勝利』にはなるが、それは単純に『敵を倒す』というものでだ。

この戦いの勝利とは『八神はやての解放』の一点でしかない。他の方法は全て『敗北』に直結するのは言うまでもないことだ。

ゼロノスはZボウガンをZサーベルへと切り替える。

なのははゼロライナーの屋根から足場を海鳴の夜空へと移す。

「第二ラウンドだ。行くぞ!」

「はい!」

二人は自身の武器を構えて、こちらに向かっている闇意思へと向かっていった。




次回予告


第五十三話 「解放される時、電王が倒れる時」


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第五十三話 「解放される時。電王が倒れる時」

地面が割れてマグマが噴出し、得体の知れない触手が這い出てウネウネと動いていたり、巨大生物の出現でビルの一角が倒壊していたり、戦闘のたびに生じるクレーターなどが目立ち始めている海鳴市市街地。

既に立っているだけで小さく火花が飛び散っている満身創痍のクライマックス電王と無傷の状態のキリン型イマジン---ジラフイマジンがにらみ合っていた。

「ゼブラやゴリラまで倒してしまうとは正直、想定外でしたね……」

ジラフイマジンが丁寧な言葉ながら冷静に分析しながらも、内心動揺していた。

クライマックス電王を凝視する。

立っているだけなのに、身体の節々に小さい火花が飛び散っている。

オーラアーマーやオーラスキンなど土やコンクリートの粉が付着しており、綺麗なところは殆どない。

Dソードを持っている右手もカタカタと震えている。

握力も殆どないということを物語っている。

「残りはテメェ一匹だぜ?キリン野郎」

普段ならばDソードの切先を突きつけて言うのだが、余計な事に体力を使いたくないので自粛していた。

「私はゼブラのような速力もありませんし、ゴリラのような腕力もありません。あの二人に勝っているとしたら貴方も体験済みの防御力だけです」

冷静に自身の能力を打ち明けるジラフイマジン。

「だったらしこたま殴って蹴飛ばして倒すしかねぇよなぁ!!」

Dソードを投げ捨てて、右手を拳にしてそのまま一直線にジラフイマジンの胸部を狙う。

「ふぅん!!」

ジラフイマジンが身体全身に力を込める。

「ぐはぁ!」

苦悶に満ちた声を上げたのはジラフイマジンだった。

くの字に折れ曲がり、打たれた箇所を両手で押さえる。

「やっぱり思ったとおりだね」

ウラボイスを発して、確信をしたかのような事を告げるクライマックス電王。

クライマックス電王はただ単に拳を繰り出したわけではない。

腹の上方中央にある窪んだ部位である鳩尾

みぞおち

を狙っていたのだ。

「おまけ!!」

更にウラボイスを発しながら、くの字になっているジラフイマジンの顎の先端に狙いをつけて左ひざ蹴りを繰り出す。

「ぼほぉ!!」

ジラフイマジンの身体が大きくのけぞり、そのまま仰向けになって倒れた。

「コイツ、タフがウリなんだろ?どうなってんだよカメ?」

モモボイスを発しながら、右肩に訊ねる。

「センパイが幽霊列車の時にさ。股間に攻撃を受けて苦しんだ時あったじゃない?僕も今になるまですっかり忘れてたんだけど、僕達イマジンってヒトと姿は違うけどさ。身体構造上はヒトと同じなんじゃないかなって思ってさ」

「つまり人体の急所と呼べるもんが俺等にもあるっちゅーことなんか?カメの字」

左肩が上下に揺れながら、クライマックス電王はキンボイスを発する。

「鳩尾と顎先(チン)を狙って今の通りだからね。間違いないと思うよ」

「じゃあ、キュウショをどんどん撃って倒しちゃおうよー!」

胸部を上下に揺らしながらリュウボイスを発して、攻撃を促す。

(短期決戦に持ち込むしかないね。既に限界超えてるし……)

深層意識の野上良太郎が四体のイマジンに警告する。

いつ変身が解除してもおかしくない所にまで至っているのだ。

倒れているジラフイマジンが両脚の反動を利用して起き上がる。

「まさか我々イマジンに人体の急所攻撃をする者がいるとは思いませんでしたよ……」

相変わらずの丁寧語だが、言葉の節々に『怒り』の感情が篭っていた。

「次は私から行きます……」

ジラフイマジンが攻めに入る際の構えを取る。

両腕をボクシングスタイルに近いものだが、胸部がガラ空きだった。

防御に自信のあるジラフイマジンならではのものかもしれない。

「よ!!」

「コイツ、ゴリラより速ぇ!?」

極度に速いゼブライマジンと極度に遅いゴリライマジンと戦った事で速度に関する感覚が狂っていた。

ジラフイマジンが右拳を振り上げて一直線に繰り出すが、その軌道はきちんと視認できるものだった。

両腕をクロスして防御するクライマックス電王。

ガスンという重みが篭った一撃が防御している両腕に襲い掛かる。

「ぐっううう!!」

防御の体制を崩す事はなかったが、後方へとズザザザザッとコンクリートの粉末を上げながら両足が下がってしまう。

「ぐっ!」

防御した両腕、意思とは関わらず後方へと下がってしまった両脚から火花が飛び散る。

「どうやら私が手を出すまでもなく、自滅で終わりそうですね」

ジラフイマジンが勝利を確信するかのようにな台詞をクライマックス電王にぶつける。

「俺が倒れても自滅だからテメェが勝った事にはならねぇぜ。キリン野郎」

クライマックス電王の言うように、このまま彼が倒れたとしてもジラフイマジンの勝利にはならない。

「ご安心を。私もイマジンです。自滅に任せるより自身の勝利を選ぶ!!」

ジラフイマジンが一気に間合いを詰めてきた。

 

 

海鳴市の海は現在、津波を上げる事もなく静かに流れていた。

その上空を二両編成の『時の列車』と一人が戦いを繰り広げていた。

ゼロノスと高町なのはが闇意思と戦っているのである。

ゼロライナーを追っている闇意思が左拳に黒い魔力を纏い飛行速度を上げてきていた。

「桜井さん!わたし行きます!」

なのははゼロライナー・ナギナタの屋根から足場を空に変えて闇意思を迎え撃つ態勢を取る。

「高町無茶するな!デネブ、高町の応援に行くぞ!針路変更だ!」

ゼロノスは飛び降りたなのはに忠告しながら、操縦しているデネブに告げる。

ゼロライナーが左回りに移動しながら線路を敷設しながら闇意思の元へと向かっていく。

闇意思が魔力を纏った左拳をなのはに向かって繰り出す。

なのははすかさず、右手をかざして桜色の魔法陣を展開する。

魔力を纏った拳と魔法陣がぶつかり合ってバチバチと両者の耳に響く。

「!?」

闇意思の左拳の方が、なのはの魔法陣に(ひび)を入れ始めている。

(壊される!?)

魔法陣が粉砕されるのは時間の問題だというのは発動者のなのはが一番わかっている事だった。

桜色の魔法陣が完全に粉砕された。

次の手を思案するが、この近距離では自分の魔法は殆ど使用が出来ない。

(わたしの魔法って全部時間がかかっちゃうからこの距離からじゃ撃てないよ……)

仮に速射を目指すと今のなのはの場合、威力が格段と落ちてしまう。

逆に威力を上げようとすると、発射に時間がかかってしまう。

中途半端な攻撃が通じるような相手ではないのはわかっているから、余計に慎重になってしまう。

『闇の書』が光だし、闇意思の右拳に黒い魔力が纏われる。

先程の攻撃の右拳版といったところだろう。

右拳を繰り出してきたので、レイジングハート・エクセリオンのロッド部分で受け止める。

「くっ!」

ガシィンとレイジングハート・エクセリオンがしなりで衝撃を殺そうとするが、完全に殺しきれずにそのまま海へと叩き落された。

「ひゃああああああ!!」

ドボォォォンとなのはが海中へと入ってしまった事で水柱が立った。

その後、水柱が立った。

なのはが海中から抜け出てたのだ。

髪を濡らし、バリアジャケットを濡らして両肩で息を切らしながらも瞳に宿る闘志は揺るぎがない。

流石の闇意思もこの行動には動揺を隠せなかったようだ。

「動揺してる暇があるのかよ!!」

ゼロライナーが間合いを詰めてゼロノスがZサーベルを上段に構えて、振り下ろした。

「うらあああああああ!!」

「仮面ライダーゼロノス!?」

振り下ろされたZサーベルを闇意思は黒色の魔法陣を展開して防ぐ。

「ちぃっ!!まだまだぁ!!」

ゼロノスはすかさず、右切り上げからの第二撃を繰り出すが闇意思は魔法陣を展開して受け止める。

更にそのまま袈裟斬りに持っていって振り下ろす。

闇意思は展開した魔法陣で防ぐが、余波が自身に降りかかる事に目を丸くする。

「まさか……」

初めのうちにかざした魔法陣に亀裂が走り始めているのだ。

「はあっ!!」

そのまま構えを直して、突きを繰り出す。

展開した魔法陣に切先が突き破り、粉々に砕け散った。

そのまま本来なら顔面に拳の一発を繰り出してもいい。

「姿は違うが、元は八神の身体だからな。後でバレたらどんな報復されるかわかったものじゃないしな……」

はやてがもし、この出来事を何がしかの拍子で知ってしまったとしたら確実に椎茸料理という地獄に自分は落とされるだろう。

「ええい!!恨むなよ!八神!!」

覚悟を決めたゼロノスは横向きになって闇意思の腹部に狙いをつけて蹴りを入れる。

「ぐふっ!」

腹部を蹴られて、くの字になって闇意思は初めて表情と姿勢を崩した。

Zサーベルを左手のみに持ち替えて、くの字の体勢から直立に戻った瞬間に闇意思のがら空きになっている首元に狙いをつけて、右腕の内側部分をぶつける。

「がっ!」

「うらああああああ!!」

そのまま勢いに任せて、駆け出してゼロライナー・ドリルの屋根先端で停まって後方へと飛ばした。

 

ゼロノスと闇意思が戦闘を繰り広げている中、なのはは息を整えながらもアースラに向かって念話の回線を開いていた。

(リンディさん、エイミィさん。先頭位置は海の付近に移動しました。市街地の火災をお願いします。あと市街地でも電王さんとイマジンが戦闘しています)

『大丈夫。今災害担当の局員が現地に向かっているわ。活動をするなら電王の邪魔にならないようにするから安心して』

(それから『闇の書』さん、じゃなかった『夜天の魔導書』さんは駄々っ子ですけど何とか話は通じそうです。もう少しやらせてください!あと今ゼロノスさんと一緒にいます!)

『ゼロノス?』

リンディ・ハラオウンが知らないの無理もない。彼女はゼロノスとは一面識もないからだ。

(良太郎さん達の仲間なんです。今まではやてちゃん達と一緒にいたみたいなんです)

『そうなの?時間があればお話を聞きたいところだけど、今はそんな暇はなさそうね』

(それじゃ、また報告します!)

なのはは言い終えると同時に、念話の回線を切った。

「行くよ!レイジングハート!!」

握られているレイジングハート・エクセリオンを見る。

『イエス。マイマスター』

レイジングハート・エクセリオンは二つ返事で返す。

なのははマガジンを取り出して、レイジングハート・エクセリオンに装填する。

『リロード』

「マガジンは残り三本。カートリッジは十八発。スターライトブレイカー、撃てるチャンスあるかな……」

マガジン三本をしまい込みながら、なのははゼロノスと戦っている闇意思を見ながら呟く。

『手段はあります』

レイジングハート・エクセリオンは迷える主に答えを出した。

『エクセリオンモードにしてください』

なのはは驚きの表情を隠せない。不安の色も浮かび上がっていた。

「だ、ダメだよ!アレはまだフレーム強化していないから使っちゃダメだって……。わたしがコントロールに失敗したらレイジングハート壊れちゃうんだよ……」

なのはとしてみれば気持ちはありがたいのだが、その代償として無惨に破損していく姿は見たくないのだ。

既に一度見ているのだから。

『大丈夫です。マイマスター』

レイジングハート・エクセリオンも主の心遣いは嬉しいのだが、自身の存在意義を奪われたくはないため譲らなかった。

 

 

地球を見下ろすかたちで佇んでいる次元航行艦アースラ。

「局員到着。火災の鎮火を開始します」

アレックスがモニターを見ながら、リンディに報告した。

「無茶しないでって言える雰囲気じゃないわね……」

リンディとしてみれば言えなかった事を悔やむと同時に、なのは達---戦場に立っている者達の無事を祈らずにはいられなかった。

 

 

八神はやては目を半分閉じたおぼろげな意識の状態で、その場に佇んでいた。

(わたしは……何を……望んでたんやっけ……)

ぼんやりとしながらも思考を働かせている。

『夢を見ること。悲しい現実は全て夢となる。安らかな眠りを……』

姿は見えないが、闇意思の声がはやてに眠りを誘うように囁く。

(そう……なんか……)

はやては疑念に思いながらも、身体を襲う心地よさに支配されようとしていた。

「わたしの本当の……望みは……」

はやてはぼんやりとしながらも口を動かして、声に出す。

両目は先程と変わらぬ半分閉じた寝ぼけ状態だった。

 

 

ジラフイマジンがとどめの一撃とも思える拳を受け止めて、クライマックス電王は睨んでいた。

「へっ。こんなヘナチョコパンチじゃ『勝ち』なんて到底無理だぜ?」

睨みながら、受け止めた拳を押しのけてジラフイマジンはのけぞってしまった。

クライマックス電王は右拳を握り、左足を踏み込んで大きく振りかぶる。

そして、一見隙だらけともいえる正拳を顔面に狙いをつけて放つ。

明らかなテレフォンパンチなんで、ジラフイマジンは警戒を緩めていた。

だがそれが命取りだと知るのは地震がその拳を真正面から受けた時である。

声を上げる間もなく、ジラフイマジンは後方へと吹っ飛び二、三度地面にバウンドして倒れた。

「急所狙うなんてチマチマした芸、俺たちにはあわねぇぜ。カメ!文句ねぇよな?」

クライマックス電王が右肩に向かって言う。

「しょうがないか。実際、急所攻撃って体力に余裕がないと上手くいく可能性高くないからね」

ウラボイスを発しながら、モモボイスでの意見に同意した。

「おのれ……よくもやってくれましたね!!」

ジラフイマジンが起き上がり、首をコキコキ鳴らしながらこちらに向かってくる。

クライマックス電王は邀撃しようとはしない。

相手がわざわざ来てくれるのだから自分は迎撃の準備さえすればいい。

蹴り足となる右足をガリッガリッと地面を擦っていた。

間合いが詰まると、左足を前に出して右足を振りかぶる。

蹴り足がジラフイマジンの頭部に届く距離になると、右足を放つ。

ブォンという空を裂く音が繰り出した者にもこれからそれを食らう者の耳に入った。

クライマックス電王の右上段回し蹴りがジラフイマジンの頭部に直撃すると、右へと吹っ飛ぶ。

ズザザザザっと地面を滑るようにして崩れ落ちる。

「な、何故?二度もあんな隙だらけの攻撃をまともに受けるなんて……」

ジラフイマジンが起き上がりながら、この二度の現象に戸惑いを感じていた。

クライマックス電王は別段難しいことをしたわけではない。

ただ殴っただけだし、先程にしたってただ蹴っただけだ。

ただし全力で、だ。

防御力が長所の相手にはそれ以上の攻撃力で粉砕すればいいという理屈だ。

例を挙げるならばジラフイマジンの防御力が50でクライマックス電王の普通の攻撃が40ならばクライマックス電王の攻撃は40(クライマックス電王)-50(ジラフイマジン)-10(ダメージ分)で通らない上に下手をすれば攻撃をした側にダメージが来るのだが、全力で放った一撃が100だった場合は100(クライマックス電王)50(ジラフイマジン)50(ダメージ分)となって、ジラフイマジンはダメージを受ける事になる。

つまり現在のクライマックス電王は例で挙げた攻撃力100の状態で行っているわけだ。

「うらあああああ!!」

右足を踏み出し、軸足となる左足を踏ん張って腰を左側に捻りながら左拳を振り上げる。

拳はその間にもぎりぎりぎりという音が出そうなくらい強く握られている。

そして持てる力を全て振り絞って放つ。

ただ真っ直ぐに受け止める事も理論的には可能なのだが、頭の中で理解できても実際には行動に移す事は出来なかった。

なぜならクライマックス電王の攻撃はただ殴る、ただ蹴るだが威力と速度が尋常なものではないからだ。

「ぶはああああああ!!」

ジラフイマジンは後方へと吹っ飛び、ビルに激突する。

「ぐっ」

バシュンと身体の節々から火花が飛び散る。

全力の攻撃はそれだけ、肉体にも大きな負担が及ぶのだ。

(あと二、三発が限界だね……)

深層意識の良太郎が皆に告げる。

今となっては指一本動かすのにも痛みが感じる。

「あとちょっとなんだ……。しばらく持てよ」

言い聞かせるようにして、痛みにこらえながらもクライマックス電王は拳を握り、起き上がろうとしているジラフイマジンを睨んでいた。

 

 

海鳴市海上でゼロノスとなのはは向かいにいる闇意思の動向をうかがっていた。

『闇の書』を開く素振りもなければ、動揺している素振りも見せていない。

「何か奥の手でも出すつもりか?お前」

ゼロノスがなのはに訊ねる。

「え?どうしてそれを……」

「その杖と何か相談事してただろ」

ゼロノスはレイジングハート・エクセリオンの名称を知らないため、杖呼ばわりになってしまう。

「で、その奥の手は手間かかるのか?」

「あ、はい。少し時間がかかると思います」

なのははこれから放つ魔法を自身が放つイメージをしながらゼロノスに告げる。

「お前達ももう眠れ……」

闇意思がなのはとゼロノスに向かって言う。

「いつかは眠るよ」

「だがそれは今じゃない。それに俺達は八神とテスタロッサを起こしにきたんだ。お前と一緒に眠るつもりはない」

なのはとゼロノスが同時に拒否する。

「はやてちゃんとフェイトちゃんを助ける!そして貴女も!」

なのはの決意と同時に、レイジングハート・エクセリオンのヘッドカバー部分がスライドしてカートリッジを射出させて蒸気を立てる。

 

「レイジングハート、エクセリオンモード!ドライブ!!」

 

なのはの命令と共にレイジングハート・エクセリオンは紅珠部分を光らせる。

レイジングハート・エクセリオンの四箇所に桜色の環状魔法陣が出現する。

ヘッド部分が横に開き、機械部分が露出する。

杖部分の先端がスライドする。

ヘッドがより鋭くなり、紅珠部分付近にヘッドと同じカラーリングをしたシャープなウイングが出現する。

レイジングハート・エクセリオン・エクセリオンモードの完成である。

「繰り返される悲しみも悪い夢もきっと終わらせられる」

「今は辛くてもやがては過去になる。そのためには夢に逃げずに現実と向き合う事が肝要だ。お前も八神を主にした時点で潮時なんだよ。自分の因縁と向き合うための、な」

ゼロノスは闇意思の瞳を見据える。

 

「覚悟を決めろ」

 

短く告げると同時にZサーベルを正眼に構え、なのははレイジングハート・エクセリオンを砲撃魔法を放つ際に生じる構えを取る。直後になのはの足元に桜色の魔法陣が展開した。

闇意思は二人に応じるように、黒色の魔法陣を展開させて無数の雷球を出現させていた。

 

 

辺り一面の草原にフェイト・テスタロッサとアリシア・テスタロッサはいた。

心地よい風が吹き、睡魔に襲われて眠りに誘われても誰も文句は言わないだろう。

フェイトはそれを本能的に感じたのか、樹に背中をもたれさせていた。

アリシアは草原に寝そべって読書をしていた。

空の雲行きが怪しくなり始めていた。

太陽の光を雨雲が遮って、暗くなっていた。

「あれ?雨になりそうだね」

寝そべっていたアリシアは起き上がる。

「フェイト。帰ろ」

フェイトに向かって言うが、フェイトの表情はどこか上の空状態だった。

「フェイトってば!」

アリシアが先程よりも強く言う事で、フェイトは初めてアリシアを見た。

「ごめんアリシア。わたしはもう少しだけここにいる……」

フェイトはアリシアにそう告げると、空を見ていた。

「そうなの?じゃあ、わたしも!」

アリシアは暗い表情をしているフェイトとは対照的に無邪気に隣に座る。

「一緒に雨宿り♪」

アリシアは嬉しそうに言うが、フェイトはそれに対して何の反応もしなかった。

やがて雨が降り出した。

傘を持たない二人にとってこの樹は傘、もしくは屋根代わりなる。

「ねぇ、アリシア。これは夢……なんだよね?」

雨が降り出してからしばらくした頃、フェイトが口を開いた。

「わたしと貴女は本来、同じ時間にはいない」

フェイトは自身の出生が『アリシアの死』から始まった事は知っている。

本来ならば同じ時間を共有する事はどんなに頑張ってもできない事なのだ。

「そう……だね」

アリシアも今までとは違って、真剣に受け止めている。

「母さんも、わたしにはあんなに……」

フェイトは先程までいたプレシア・テスタロッサとのやり取りを思い出す。

自分にはそんないい思い出はなかった。

あるのは何をしても褒められなかった事。

失敗したら生きているのが不思議だとも思わせられる折檻を食らっていた事。

「優しい人だったから……。優しすぎる人だったから、フェイトの未来を守るために『壊れたフリ』をしたんだよ。死んじゃったわたしを生き返らせるという名目を使ってね……」

フェイトはプレシアが自身にした事は『演技』だという事は良太郎から聞かされている。

「うん。教えてもらったから……」

フェイトは顔をアリシアには向けずに告げた。

「そっか。お兄さんが教えたんだね」

アリシアはフェイトが『真実』を知っていた事に驚きもしなかった。

「フェイトは帰りたいの?」

アリシアの問いにフェイトは何も答えない。

「夢でもいいじゃない?わたし、ここでなら生きていられる。フェイトのお姉さんでいられる。母さんとアルフとリニスとみんな一緒にいられるんだよ。フェイトが欲しかった幸せ。みんなあげるよ」

アリシアが優しく言ってくれるが、フェイトはそれを応じようとは思えなかった。

優しい母。

温かい家族。

フェイトにとって欲しかったものは確かにある。

だがここにはないものがあるのは確かだ。

大切な友人達。

養子に来ないかと勧めてくれるハラオウン家。

アースラのスタッフ達。

異世界から来た愉快なイマジン達。

そして、自分が生まれて初めて恋をした人物---野上良太郎。

ここには存在せず、現実世界に存在するものだからだ。

 

 

上も下もない『闇の書』の空間。

「わたしが欲しかった幸せ……」

はやては長い時間、同じ事を考えて同じ言葉を口ずさんでいた。

目の前には非戦闘状態の闇意思が優しい表情を浮かべていた。

「健康な身体。愛する者達とのずっと続いていく暮らし。眠ってください。そうすれば夢の中で貴女はずっとそんな世界にいられます」

闇意思の誘いにはやては首をゆっくりとだが横に振る。

車椅子の手すりに乗っかっている手が拳となる。

半開きになっていた両目はしっかりと開かれる。

「せやけど、それはただの夢や」

はやてはハッキリと闇意思に告げた。

「わたし、こんなん望んでない」

もう一度、はやては現状に対しての『否定』の言葉を闇意思にぶつけた。

「貴女も同じはずや!違うか?」

闇意思にも同意を求める。

「私の心は騎士達の心と深くリンクしています。だから騎士達と同じ様に私も貴女をいとおしく思います。だからこそ貴女を殺してしまう自分自身が許せない……」

闇意思は胸に手を当てながら、自身の心中を語る。

「!!」

はやてとしてはその言葉が嬉しかった。

何故なら彼女の意思と行動が一致しているのならば、自身の説得で上手くいくとは思えないからだ。

子供の正論が大人の過ちを悔い改めさせる事が出来る確率は大体五分だ。

「自分ではどうにもならない力の暴走。貴女を侵食する事も、暴走して貴女を食らい尽くしてしまう事も停められない……」

闇意思がこの場で嘘を告げても何にもならないので彼女の証言は事実なのだと、はやては受け止める。

「覚醒の時に今までの事は少しはわかったんやろ?望むように生きられへんかった悲しさ。わたしにも少しはわかる。シグナム達と同じや。ずっと悲しい思い、寂しい思いしてきた」

はやての独白に闇意思は開いていた両目を閉じて聞く。

「けど忘れたらあかん」

はやては車椅子からゆっくりと立ち上がり、闇意思の左頬に手を当てる。

「貴女のマスターは今はわたしや。マスターの言う事はちゃんと聞かなあかん」

はやてと闇意思を中心に足元には白く輝くベルカ式の魔法陣が展開された。

 

 

ゼロノスと闇意思がぶつかっていた。

Zサーベルが展開した黒い魔法陣にぶつかり、バチバチと音を立てていた。

「どんなに強力な手の内を持っていても使う側の体力は無尽蔵ってワケではないみたいだな」

空中戦を仕掛ける中でゼロノスに与えられた範囲はゼロライナーの屋根しかない。

屋根から足を踏み外せば確実に海にダイブする結果になる。

「限られた足場しかないのに、ここまで戦えるとは……」

「大分慣れてきたからな!」

Zサーベルを更に押し込める。

「ぐっ!」

闇意思が押されて苦悶の表情を浮かび始めている。

今まで無表情、鉄面皮なのでそれだけ追い込まれ始めているという事だ。

「うらああああああ!!」

押しのけると同時にすかさずZサーベルを唐竹を狙って斬り付ける。

魔法陣を粉砕して、すぐさま突きの構えへと切り替えて左足を踏み出して一気に突く。

「!!」

闇意思はゼロノスの攻撃範囲外となる更に上空へと退散した。

「デネブ!追うぞ!!」

「了解!」とゼロライナー・ドリルで操縦しているデネブが返事をしているのだとゼロノスは想像していた。

 

ゼロノスとの戦闘を避けるために、すぐには追いつきそうにない上空へと避難した闇意思だったが、そこにはレイジングハート・エクセリオンを構えたなのはがいた。

「謀られたか……」

闇意思は二人の即席な計略に嵌められたのだと気付くが、舌打ちなどはしなかった。

なのはが全速力でこちらに向かってきた。

闇意思も『受け』になる気はなく、邀撃するようにしてなのはに向かっていく。

なのはは桜色の光となる。

闇意思は黒に紫が帯びた光となる。

光と光がぶつかり合い、バチィンという音が鳴ると同時に上へ斜めへ下へと移動しながらもぶつかる。

「ひゃあああああああ!!」

ぶつかり合いに吹っ飛ばされたのは、なのはだった。

白いバリアジャケットも各部に汚れが目立ち始めている。

吹き飛びながらも、レイジングハート・エクセリオンを闇意思に向ける構えは崩さない。

「ひとつ覚えの砲撃。通ると思ってか?」

なのはより高い位置に佇んでいる闇意思は、両掌に黒い魔力球を出現させていた。

「通す!レイジングハートが力を貸してくれている!命と心を懸けて応えてくれている!」

レイジングハート・エクセリオンのカートリッジ射出口からガシュンガシュンとカートリッジが二発排出される。

ヘッド部分から桜色の翼が左右に二枚ずつ展開される。

「泣いてる子を救ってあげてって!」

『A・C・Sスタンバイ』

レイジングハート・エクセリオンが発すると同時に、なのはの足元に桜色の魔法陣が展開される。

桜色の魔法陣の輝きが更に増す。

今までとは違うと感じたのか闇意思は表情を変える。

「アクセルチャージャー起動!ストライクフレーム!」

『オープン!』

レイジングハート・エクセリオンのヘッドから桜色の刃が出現する。

 

「エクセリオンバスターA・C・S!!ドライブ!!」

 

ヘッド部分の桜色の翼が揺らいで羽ばたき、なのははそのまま一本の矢もしくは一発の弾丸の如く闇意思へと向かっていく。

左手に出現した黒い魔力球を渦を巻くような防御壁に変化させて防ごうとする闇意思。

桜色の刃が防御壁に触れて、火花が飛び散る。

「届いてぇ!!」

闇意思の防御壁を桜色の刃は食い込み、レイジングハート・エクセリオンは更にカートリッジを排出する。

その度に魔力が増幅されていく。

「ブレイク……」

食い込んだ桜色の刃の先端から桜色の魔力球が構築されていく。

闇意思に向かって、巨大な六枚の桜色の翼が広がる。

「まさか……」

闇意思の動揺が篭ったかのような声がなのはの耳に届いたが、畳み掛ける。

 

「シュートォォォォォ!!」

 

桜色の小さな天体が一瞬だけ発生し、空中で大爆発を起こした。

それだけに留まらず、闇意思が展開していた結界が一気に収縮して消滅した。

「はあ……はあはあ……はあ……」

なのはは右手で左肩を押さえながら呼吸を整える。

左手に握られているレイジングハート・エクセリオンは先程の魔法による負荷を防ぐために排熱処理を行っていた。

ガシュンとヘッドの一部分がスライドして蒸気が噴出す。

(ほとんどゼロ距離。バリアを抜いてのエクセリオンバスターの直撃。これでダメなら……)

なのはとしては先程の一発はかなり手ごたえを感じていた。

だが、それでも胸中は不安でいっぱいだった。

相手が墜落していく姿を見ていないからだ。

爆煙が立ち込めるが、一向に闇意思が出てくる気配はない。

『マスター』

レイジングハート・エクセリオンがなのはに爆煙を見るように促す。

なのはは見る。

煙が晴れると、そこには闇意思が佇んでいた。

身体に傷らしい傷はない。

ダメージらしいダメージはないのだとなのはは判断した。

「もう少し頑張らないと、だね」

なのはは闇意思を睨みながらもまだ諦めてはいなかった。

『イエス』

レイジングハート・エクセリオンの紅珠部分が光って答えた。

 

 

激しく雨が降る中でフェイトとアリシアは互いに向き合っていた。

「ごめんねアリシア。だけど、わたしは行かなくちゃ……」

フェイトは今自分がしなければならない事を忘れてはいなかった。

たとえここが居心地のよい場所だったとしても、自分の望んでいたのかもしれない世界だったとしてもだ。

「そう……」

アリシアは左手をフェイトの前に出す。

拳になっているが、握りが甘いので何かが掌の中にあると推測できる。

アリシアが指を開くと、掌の中にあるのは待機状態のバルディッシュ・アサルトだった。

フェイトは目を丸くしながらも、バルディッシュ・アサルトを受け取ると同時に涙腺が緩みだす。

アリシアは無言でフェイトを抱きしめる。

「いいよ。わたしはフェイトのお姉さんだもん。それに、現実世界に戻ってもフェイトの事はお兄さんに任せているから何も心配していないよ」

アリシアは優しく告げる。

「それに待ってるんでしょ?強くて優しい子達が」

フェイトは涙を拭わずにただ頷く。

「行ってらっしゃい。フェイト」

「うん」

アリシアの優しい言葉にフェイトはもう一度頷く。

 

「現実でもこんな風にいたかったな……」

 

最後にアリシアはフェイトを抱きしめたまま内なる想いを打ち明けて光の粒子となって消滅した。

フェイトは一人、バルディッシュ・アサルトを握っていた。

「バルディッシュ。ここから出るよ。ザンバーフォーム、いける?」

『イエッサー』

バルディッシュ・アサルトは黄珠部分が光りだす。

「いい子だ」

バルディッシュ・アサルトを天にかざす。

私服姿からバリアジャケットへと切り替わる。

右足を踏み込み、構えを取る。

『ザンバーフォーム』

バルディッシュ・アサルトが発すると、杖のカバー部分が二度ほどガシュンガシュンとスライドする。

ヘッドの形状が今までの『鎌』から『剣』へと姿を変えて、黄金の魔力刃を出現させる。

バルディッシュ・アサルトを両手で突きつけるように前に構える。

黄金の魔力刃は雷がバチバチと纏っていた。

足元に黄金の魔法陣を展開させる。

「疾風迅雷!」

ゆらーりとバルディッシュ・アサルトを下段に滑るように水平に振っていた。

 

 

はやては車椅子に腰掛けて両手で闇意思の両頬に手を当てていた。

闇意思は、はやてと視線を合わせるようにして膝をついている。

「名前をあげる。『闇の書』とか『呪いの魔導書』なんて言わせへん。わたしが呼ばせへん!」

はやての優しく、そして決意ある言葉に闇意思の涙腺が緩み始めた。

「わたしは管理者や。わたしにはそれができる」

「……無理です。自動防御プログラムが停まりません。管理局の魔導師と仮面ライダーゼロノスが戦っていますけど、それも……」

闇意思が嗚咽を漏らしながら現実に起こっている事を告げる。

「停まって……」

はやては闇意思の両頬に触れたまま、両目を閉じて念じるように呟いた。

それに呼応するかのように足元の魔法陣が輝きだした。

 

 

ゼロノスとなのははその場に佇んだままの闇意思の動向をうかがっていた。

「何も起きませんね……」

「ん?何か変だぞ」

ゼロノスの言うように、闇意思の様子は明らかにおかしかった。

ギギギと音でも出しそうに背をのけぞっていたのだ。

どんなに攻撃をしてもそんな仕種は取らなかったのにだ。

『外の方!管理局の方!そこにいる子の保護者でそちらで戦っている仮面ライダーゼロノスの家主である八神はやてです!』

「はやてちゃん!?」

声の主がはやてだと知り、目を丸くする。

「寝すぎだ。馬鹿」

ゼロノスは嬉しそうに憎まれ口を叩く。

『もぉ、侑斗さん。今はそういうこと言うとる場合やないんやで!もしかして管理局の方って、なのはちゃんなんか?』

「うん。色々あって桜井さんと一緒に『闇の書』さん、じゃなかった『夜天の魔導書』さんと戦ってるの」

なのはは、はやてに現在に至るまでの状況を話す。

闇意思が宙に浮いている『闇の書』のページを開こうと両手を動かそうとするが、ギギギギとゆっくり動かそうとする。

『ごめん。なのはちゃん。侑斗さん。その子を停めたってくれるか?魔導書本体からはコントロールを切り離したんやけど、その子が走ってると管理者権限が使えへん。今そちらに出てるのは自動行動の防御プログラムだけやから』

はやては大まかになのはとゼロノスに伝える。

なのはは目をパチパチとしばたかせながらも状況を理解しようとする。

「今ここで戦ってるのはお前でもなければ『夜天の魔導書』の意思でもないって事だな?八神」

『うん。その通りやで侑斗さん。わたし等やないで』

「どうやって停めるんだ?」

ゼロノスは魔法関連になると門外漢なのでお手上げ状態だ。

 

ユーノ・スクライアとアルフも海鳴の海上に移動しており、先程のはやての言葉を傍受していた。

(『闇の書』完成後に管理者が治めている……。これなら!)

ユーノはなのは達がいる戦場へと向かいながらも、念話の回線をなのはに向けて開く。

(なのは。わかりやすく伝えるよ。今から言う事をなのはが出来れば、はやてちゃんもフェイトも外に出れる!)

ユーノとアルフは飛行速度を上げながらも、なのはに伝えるべきを伝えようとする。

 

「どんな方法でもいい!目の前の子を魔力ダメージでぶっ飛ばして!全力全開!手加減なしで!!」

 

ユーノは左手で強く拳を握ると同時になのはに伝えた。

 

なのははユーノとの念話で思わずハッとすると同時に、自分のやるべき事が見えた。

「さっすがユーノ君!わっかりやすい!!」

なのははレイジングハート・エクセリオンを闇意思に向ける。

『全くです』

レイジングハート・エクセリオンもユーノのシンプルな説明に賞賛を送る。

「解決策は見えたみたいだな」

「はい!今から全力全開で魔力を叩き込みます!」

なのはは大まかにゼロノスに説明する。

「魔力を叩き込むとなると、俺ではどうしようもないな」

ゼロノスはフリーエネルギーやオーラエネルギーを駆使して戦っている。

そのため魔力とは別物なので、今からなのはが起こそうとする事には介入できないのだ。

なのはの足元に桜色の魔法陣が展開される。

海から得体の知れない物が闇意思のそばから出現した。

闇意思の動きは先程よりもぎこちなく動いている。

「エクセリオンバスター!バレル展開。中距離砲撃モード!!」

『オーライ。バレルショット』

なのはの命令にレイジングハート・エクセリオンは桜色の翼を六枚広がる。

ヘッド部分の桜色の刃先端から桜色の魔力光が収束され、螺旋状のエフェクトが生じている。

ズドォォンとレイジングハート・エクセリオンに収束されたそれは衝撃波となって発射された。

闇意思に向かって直撃するが、それでも墜落するとかなにがしかの変化が起こる気配はなかった。

 

 

「夜天の主の名において汝に新たな名をあげる。強く支える者。幸福の追い風、祝福のエール……」

はやては闇意思に優しい眼差しを向ける。

 

「リィンフォース」

 

暗闇に満ちた空間は、はやての優しさの光に包まれた。

 

 

なのはは更に追い討ちをかけるようにして、レイジングハート・エクセリオンを闇意思に向ける。

「エクセリオンバスター・フォースバースト!!」

なのはが命ずると同時に足元に桜色の魔法陣が出現して、レイジングハート・エクセリオンに三つの桜色の環状魔法陣が巻かれながらも、ヘッド先端に環状魔法陣と巨大な桜色の魔力球が出現していた。

環状魔法陣を帯びた桜色の魔力球は更に巨大化する。

「ブレイクシュートォォォォ!!」

なのはの命に従って、レイジングハート・エクセリオンは桜色の四本の魔力砲を発射する。

蛇のようにウネウネしながらも、桜色の魔力砲は闇意思に向かっていく。

それらは全弾、闇意思に直撃すると追い討ちをかけるようにして更にもう一発をフルパワーで発射した。

 

 

夢の世界のフェイトはザンバーフォームのバルディッシュ・アサルトを構えていた。

ゆらーりと構えていた状態から一気に振りかぶる。

同時に周囲にバチバチバチと雷が走り出す。

 

「スプライトザンバァァァァァァ!!」

 

振り上げていたバルディッシュ・アサルトを素早く袈裟を狙うようにして振り下ろす。

ビシビシビシビシと世界に大きな亀裂が走り、やがてガラスのように脆くパリンと砕け散った。

 

 

光が海鳴市の海を覆うようにして発した。

その場にいる誰もが目を閉じていた。

やがて光が収まり、閉じていた眼をその場にいる全員がゆっくりと開き始める。

アルフも閉じていた眼を開く。

一見、何も変わっていないようだ。

海の上には自分、なのは、ユーノ、ゼロノス、そしてフェイトがいた。

「フェイト?フェイト!!」

アルフは一人多かった事に、それがフェイトだと理解すると喜びのあまりに声を上げてしまう。

アルフの声にはフェイトは笑みを浮かべて返した。

フェイトの帰還に、なのはも笑みを浮かべた。

 

 

先程とは違う空間に、はやては一人一糸纏わぬ状態で浮遊していた。

闇意思がはやてに管理者権限の入手を報告する。

『ですが、防御プログラムの暴走は停まりません。管理から切り離された膨大な力がじきに暴れだします』

そして、今後確実に起こる出来事も告げる。

「うーん。ま、何とかしよ」

はやては慌てることなく落ち着いて言う。

これから自分がする事に『焦り』は邪魔でしかないとわかっているのだ。

書物状態のリィンフォースが出現し、はやては抱きしめた。

 

「行こか?リィンフォース」

『はい。我が主』

 

 

海鳴市全土に激しい揺れが起こっていた。

それは市街地で戦っているクライマックス電王もジラフイマジンも身をもって感じていることだ。

何が原因なのかはわからない。

だが、揺れが起きて決して良い事が起こる事はないということだけは瞬時に理解した。

「どうやら更なる舞台へと進んだみたいですね……」

ジラフイマジンが先程食らった箇所である胸元を手で押さえながら言う。

既に息は乱れ、両肩を上下に揺らしている。

「そうかよ……」

クライマックス電王は短く答える。

既に限界を超えているため、無駄口でさえ体力消費に繋がると感じているのだ。

両手はブルブルと震えている。

「モモの字。どうするんや?正直もう限界超えてるやろ?」

「センパイ。良太郎の言うように後二、三発が限界だよ。それ以上になると確実に変身解除しちゃうよ」

「僕もう疲れた~」

キンボイス、ウラボイス、リュウボイスでの意見を聞きながらクライマックス電王は最大で残り三回しか攻撃できないので考える。

どうこの三回を上手く使ってジラフイマジンを倒すかだ。

(モモタロス)

「わーってるよ」

クライマックス電王も構える。

「小僧!俺の剣を呼び寄せろ!!」

「うん!」

モモボイスの指示に従うようにして、リュウボイスを発してからクライマックス電王はサインを送って放り投げていたDソードを呼び寄せた。

しっかりと右手に握られる。

「コレで一回ですね!」

ジラフイマジンはカウントを取っていた。

クライマックス電王はDソードを両手で握って、袈裟を狙って振り下ろす。

ジラフイマジンの袈裟に食い込むが、それ以上切り込めない。

「無駄ですよ。いかにダメージを食らってもこの程度を防げないほどまだ体力は落ちていない!それにコレで二発目です。残念でしたね」

ジラフイマジンが後一発耐え切れば勝てると確信しているのが口調からわかった。

「残念?コレでテメェは終わりなんだよ!!」

ジラフイマジンの袈裟に食い込んでいるオーラソード部分にフリーエネルギーが収束されていく。

赤から青に金に紫にと変色しながらバチバチと音を立てている。

「ま、まさか!?この位置から!?」

何とか食い込んだ部分から引き抜こうとするが、フリーエネルギーによって右手の指が全て消滅した。

オーラソードは常に変色ながら雷まで纏っていた。

 

「見せてやる!俺達の必殺技……」

 

バチバチバチと音を鳴らしながらも、徐々に徐々にジラフイマジンの肉体にめり込ませていく。

そして勢いよく下ろす。

 

「クライマックスバージョン!!」

 

下ろしたDソードを持ち位置を替えてから右切り上げを狙って斜め下から勢いよく振り上げる。

イマジンを確実に斬った感触がキチンと伝わった。

「ば、馬鹿な……。我々三体が負けるなんて……。後はあの方に任せるしかぁぁぁぁぁぁ!!」

斬撃箇所を火花散らせながらジラフイマジンはあお向けになって倒れながら爆発を起こした。

クライマックス電王はその場で片膝をついてしまう。

「はあはあはあはあ……。やったぜ……」

そのままうつぶせになって倒れてしまった。

身体全身が輝き、良太郎、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスに分かれてしまった。

誰一人として立ち上がる気配はなかった。

全員が限界を超えていたのだ。

冷たい風が彼等の頬を当てるが、それでも起き上がる気配なかった。

 

 

アースラのメインモニタルームで海鳴市に起こっている出来事をアースラスタッフはモニタリングしていた。

「みんな気をつけて!『闇の書』の反応、まだ消えてないよ!」

エイミィ・リミエッタが海鳴しか以上にいる全員に忠告する。

「さて、ここからが本番よ。クロノ、準備はいい?」

『はい!もう現場に着きます』

モニターには海鳴市海上に向かっているクロノ・ハラオウンが映っていた。

リンディはホテルのルームキーのようなものを手にする。

クリアー状のプレートには『アルカンシェル』と記されていた。

「アルカンシェル。使わずに済めばいいけど……」

リンディはキーを強く握り締めながらそのように願わずにはいられなかった。

巨大な力は度を超すと、全てを巻き込む悲劇を呼びかねないからだ。

「艦長!」

アレックスがリンディを呼ぶ。

「どうしたの?」

「電王が……」

「電王?良太郎さん達がどうしたの?」

リンディは固唾を飲みながら、アレックスの次の言葉を待つ。

 

「電王が戦闘不能になりました……」

 

その一言は『絶望』を味わうには十分すぎるものだった。




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第五十四話 「夜の終わり。旅の終わり~集結~」


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第五十四話 「夜の終わり。旅の終わり。~集結~」

地球を見下ろしているかたちでアースラは佇んでいた。

モニターに映っている海鳴市を見ながら、表情は以前変わらず険しいままだった。

「『闇の書』の主、防衛プログラムと完全に分離しました」

アレックスが新しい情報を報告する。

「みんな、下の黒い淀みが暴走が始まる場所になる。クロノ君が着くまで無闇に近づいちゃダメだよ!」

エイミィ・リミエッタがキーボードを叩きながらも、前線で戦っている高町なのは達に警告する。

「あと、みんなに悪い報告があるんだ。良太郎君やモモタロス君達---電王が先の戦闘で戦闘不能になったんだ……」

エイミィ自身も信じられないという思いがあった。

あの電王が戦闘不能になったのだ。

幾多のイマジンを屠り、魔導師絡みの事件の解決にも一役買ったあの電王がだ。

「正直言えばかなりの痛手になるわね……。『力』でいう戦力でも『心』でいう戦力でもね」

リンディ・ハラオウンも手に握られているキーを見ながらも、電王の復帰を願った。

最悪の選択を取らないためにも、彼のいや彼等の力は必要不可欠なのだから。

 

 

「ハラオウンが来るまでの様子待ち、か……」

ゼロノスはゼロライナー・ドリルの屋根で胡坐をかいて防衛プログラムの動向をじっと見ていた。

「侑斗」

操縦していたデネブも屋根の上に上って来た。

「デネブ。お前操縦はいいのかよ?」

「停車しているなら操縦はいらないよ。それにいざとなれば自動で動くし」

デネブは自分が操縦しなくても心配要らないと言う。

「お前達。ハラオウンが来るまでの間、小休止といかないか?」

ゼロノスが空で浮揚しているなのは、フェイト・テスタロッサ、アルフ、ユーノ・スクライアに声をかけた。

デネブは自分がその間に何をするべきなのか理解したのか、ゼロライナー・ドリルを経由してゼロライナー・ナギナタへと移動した。

ゼロノスの言葉に一理あると感じたのか、魔導師サイドの四人は足をゼロライナーの上に下ろした。

デネブがバスケットを持って、また屋根に上って来た。

バスケットの中身はデネブキャンディーだった。

だが、誰もが遠慮してとろうとしない。

本来ならゼロノスは変身を解除して、率先して取りたいところのなのだがこれからの事を考えると変身解除は出来ない。

「遠慮するな。デネブキャンディーを食べるのは初めてってわけじゃないだろ?」

ゼロノスは促すが、それでも遠慮気味だ。

「侑斗さんは食べないんですか?」

ユーノが代表して訊ねる。

「俺は野上のように自由に解除できるわけじゃないんだ。パスで変身してるわけじゃないからな」

ゼロノスはゼロノスベルトのバンドに付いているカードケースを開けて、一枚のゼロノスカードを取り出す。

「コレは?」

ユーノはゼロノスカードを手にして、表と裏を凝視する。

なのは、フェイト、アルフも興味深そうに見ている。

緑のラインが走っている表と黄のラインが走っている裏があった。

「そいつで俺は変身している。一回の変身に一枚しか使えないから一度解除するとまた一枚使わなきゃいけないんだよ」

それは効率面で考えて、今変身を解除するのは得にはならないとそこにいる誰もが理解した。

ユーノはゼロノスカードをゼロノスに返す。

受け取ると、またカードケースに戻した。

「桜井さん。あの、良太郎達が戦闘不能になったみたいで……」

フェイトがいまだに信じられないといった表情をしながらもゼロノスに先程エイミィが報告した内容を告げた。

「そうか。だが死んだわけじゃないんだろ。だったらまた立つさ」

ゼロノスは特に心配した素振りもなく、サラリと言ってのける。

「立つってアンタ、良太郎は戦闘不能になったって言ってるじゃないか!?それでも戦うってのかい!?」

アルフがゼロノスの言葉に食ってかかる。

「何も無責任にそんな言い方をしているわけじゃない。あいつの、いやあいつ等の戦いを見てきたから言えるんだ」

今いる面子の中で電王の戦いを最も見ているとしたら、間違いなくゼロノスだ。

だからこそ自信を持って言える。

 

このままで終わるような連中ではないということを。

 

「だから不安そうな顔をするな。野上達を仲間だと思ってるんだったら信じてやれ」

ゼロノスは四人に告げると、再び防衛プログラムの動向を見張る事にした。

 

 

八神はやてと書物状態のリィンフォースが光に満ちた空間で浮揚していた。

一人と一冊は向かい合ってる状態になっていた。

「管理者権限発動」

『防衛プログラムの進行に割り込みをかけました。数分程度ですが暴走開始の遅延となります』

「うん。それだけあったら十分や」

リィンフォースの報告にはやては満足して首を縦に振る。

はやての周りにはよっつのリンカーコアが囲っている。

「リンカーコア送還。守護騎士システム破損修復」

はやての周りに浮いていたよっつのリンカーコアは輝きを増した。

 

 

闇意思が初起動したビルの屋上に四色のベルカ式の魔法陣が展開されていた。

緑色の魔法陣からシャマルが出現し、閉じていた両方の瞳を開いた。

白色の魔法陣からザフィーラが出現し、シャマル同様に瞳を開く。

紅色の魔法陣からヴィータが出現し、他の二人同様に瞳を開く。

そして紫色の魔法陣からシグナムが出現し、他の三人同様に閉じていた双眸を開いた。

 

 

「おいで。わたしの騎士達」

はやてはまるで子供を抱擁する母親のような穏やかな口調と雰囲気を漂わせていた。

はやてを包んでいた空間は海鳴市海上に出現し、その周りには守護騎士の四つの光が囲んでいた。

そして、その場にいる誰もが目を眩むほどの光が発した。

光が収まると白い魔法陣が展開しておりその上には四方向に守護騎士が佇み、その中央にはやてがいると思われる光がまるでこれから孵る卵のように存在していた。

「ヴィータちゃん!?」

「シグナム!?」

なのはとフェイトが馴染みのある守護騎士の名を叫ぶ。

「我等、夜天の主の元に集いし騎士」

シグナムが瞳を閉じたまま言う。

「主ある限り我等の魂、尽きる事なし」

続いてシャマルが目を閉じたまま言う。

「この身に命ある限り、我等は御身の下にある」

ザフィーラが告げる。

「我等が主。夜天の王。八神はやての名の下に!」

最後にヴィータが両目を開いて高らかに宣言した。

「リィンフォース。わたしの杖と甲冑を」

はやてがリィンフォースに向けて命じる。

『はい!』

はやての身体にリィンフォースと同じ黒がメインで金色の装飾がなされている服が纏われる。

そして、はやての前に杖が現れてしっかりと右手で握る。

その直後に、はやてとリィンフォースを包んでいた空間は亀裂を生じて砕け散る。

「はやてちゃん!」

なのはが呼び、はやては笑みで返す。

 

「夜天の魔導書よ。祝福の風リィンフォース。セーットアップ!!」

 

杖を天に掲げると、黒い光が走り出す。

はやてに戦闘する際の装備が装われていく。

髪の色も普段と違い、色素の薄い色となりと瞳の色も青色と変わって印象が変わってしまう。

リィンフォースが羽織っていた黒いベストは白色になっており、背中に広げていた黒い翼も四枚から六枚になっていた。

また白い帽子がはやての頭に被せられていた。

「はやて……」

ヴィータが両目を潤ませている。

はやては対して笑顔を向ける。

それは「怒ってへんで」という表れだった。

「すみません」

「あの……はやてちゃん、私達……」

シグナムが謝罪し、シャマルが何かを言おうとする。

「ええよ。みんなわかってる。リィンフォースが教えてくれた。そやけど細かい事は後や。今は……」

はやてが守護騎士達が何を言いたいのかは大体の見当は付いていた。

でも、それを責める気はない。

自分のためにやってくれた事なのだから。

だから自分が今言えることはひとつだ。

 

「おかえり。みんな」

 

その言葉が引き金となってヴィータは我慢しきれなくなり、はやてに抱きついた。

「はやて!はやて!はやて!」

嗚咽を漏らしながら、名を叫び続ける。

はやては黙ってそれを受け止めながらも、ゼロノスとデネブを一瞥してからまたゼロノスを見た。

「侑斗さん……」

ゼロノスはゼロライナーを動かして、はやてのそばまで寄る。

「八神。よかった」

デネブが色々言いたいのだが、短くまとめた言葉を言う。

ゼロノスはただ黙って、右手をはやての頭の上において撫でる。

「ゆ、侑斗さん?」

「お前が何を言いたいのかはわかる。もし、本当に悪いって思ってるならこの一件が片付いたらメシ作れ。もちろん椎茸抜きでな」

「うん!了解や!」

ゼロノスは、はやての言いたい事を予測できていたので先に自分の要求を突きつけた。

はやてはそれを快諾した。

ゼロライナーの屋根の上に乗っていたなのはとフェイトもはやての側まで寄る。

「なのはちゃんとフェイトちゃんもごめんな。うちの子達が色々迷惑かけてもうて……」

はやてが二人に謝罪するが、なのはとフェイトは特に気にしている様子はなかった。

「すまない。折角のところを水を差して申し訳ないのだが」

先程到着したばかりのクロノ・ハラオウンがゆっくりと降下しながら割り込んだ。

「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。時間がないので簡潔に説明する。あそこの黒い淀み---『闇の書』の防衛プログラムがあと数分で暴走を開始する。僕等はそれを何らかの方法で停めないといけない……」

 

『ならば立ち話もどうかと思いますし、こちらでどうでしょうかぁ?』

 

クロノが次を言う前に、拡声器交じりの声が割り込んだ。

そして、こちらに線路を敷設しながら向かってきていた。

それはゼロライナーとは違い、白がメインの『時の列車』であるデンライナーだった。

 

デンライナーに入ったゼロノスを始めとする魔導師サイドの面々は食堂車に入るとそこには食堂車の座席で眠っている野上良太郎、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスがいた。

全員入ってきているのに、起きる素振りを見せない。

現在はコハナとナオミが看護に当たっていた。

そして、白いイマジンが優雅に食事を取っていた。仕種が貴族や王族のような雰囲気を漂わせているのだが、イマジンのためか笑いを誘ってしまう。

「初めましての方もいますし、一度お会いしている方々もいますが一応自己紹介させていただきます。私、デンライナーのオーナーでございます。以後お見知りおきを」

オーナーが挨拶を交わすと、最低限の礼儀として初対面の者達は軽く会釈した。

オーナーはそう言うと、ステッキを突きながら自分の指定席へと戻っていった。

「ナオミ君、ではなくデネブ君。皆様に飲み物をお願いできますか?」

「了解!」

オーナーの頼みをデネブは快諾した。

(ナイス判断!)

ゼロノスはオーナーの先程の判断に内心ではサムズアップしていた。

ナオミのコーヒーを飲んで戦闘離脱者を作るわけにはいかないとオーナーは考えての事だろう。

「えと、良太郎達は大丈夫なんですか?」

フェイトが容態をオーナーに訊ねる。

「ここへ担ぎ込んだ時はひどいものでしたが、流石に場数を踏んでいるだけあって回復力は並外れてますねぇ。それでも絶対安静なんですけどねぇ」

『絶対安静』と聞き、誰もが電王は戦線離脱かと思ってしまう。

「ま、良太郎君達のことですから目が覚めたらすぐに起き上がって戦闘に参加するでしょうねぇ」

ゼロノスと同じ事をオーナーは言う。

「ですからハナ君。苦労をかけますが皆さんのお話に参加しておいて下さいね」

オーナーはリュウタロスの額にタオルを置いたコハナに良太郎達に状況を説明するために参加するように勧めた。

「はい!」

コハナは現在も眠りについている良太郎達を一瞥してから魔導師サイドの輪に入った。

「停止のプランは現在二つある。一つは極めて強力な氷結魔法で停止させる。二つ目は軌道上に待機している艦船アースラの魔動砲『アルカンシェル』で消滅させる。これ以外に他にいい手はないか?」

プランを呈示したクロノとしても『最善』とは思っていないようだ。

「『闇の書』の主とその守護騎士達に聞きたい」

こうなると『餅は餅屋』の理屈になってしまう。

はやて率いる守護騎士達こそが現在最も『闇の書』に関して精通しているとみるのは不自然な事ではなかった。

「えーっと、最初のは多分難しいと思います。主のない防衛プログラムは魔力の塊みたいなものですから……」

シャマルがおずおずと挙手をしながら、プラン1を却下した。

「凍結させてもコアがある限り、再生機能は停まらん」

シグナムがシャマルの発言に付け足す。

「アルカンシェルも絶対ダメ!!こんなとこでアルカンシェル撃ったら、はやての家までぶっ飛んじゃうじゃんか!」

ヴィータが両手で×のジェスチャーをとりながら、プラン2を却下した。

彼女の言うように、防衛プログラムを消滅させるために海鳴市の一部を塵にするというのは本末転倒としか言いようがない。

「そ、そんなに凄いの?」

なのはがヴィータの発言に驚きの表情を隠さず、隣にいるユーノに訊ねた。

「発動地点を中心に百数十キロ範囲の空間を歪曲させながら、反動消滅を起こさせる魔動砲って言ったら大体わかる?」

「?」

なのはは首を傾げる。

大人が聞いたって「わかるか!」と言いたくなる内容なのだから仕方がないといえば仕方がない。

「つまり、目標物はもちろん百数十キロにある物も跡形もなく消滅してしまうものなんだよ」

ユーノは今度は単純に話した。いくら、なのはが聡明でも魔法関連に関する知識ではまだまだ若葉マークだという事はユーノは失念していた。

「あの、わたしもそれ反対!」

なのはが前に出て、クロノに反対を申し立てる。

「同じく、絶対反対!」

フェイトも同じ様に前に出て、反対を申し出た。

「僕も艦長も出来る限りなら使いたくないよ。払う代償が大きすぎるからね。でも、本格的に暴走が始まったら被害がそれよりはるかに大きくなる」

「暴走が始まると、触れたものを侵食して無限に広がっていくから……」

ユーノ自身はクロノのプランに問題があることも理解した上で言う。

「街ひとつで世界の脅威がなくなるなら安い取引だけどな……」

「侑斗!?」

ゼロノスの発言にデネブは思わず、声を荒げてしまう。

「だけど俺もそれに賛同する気はない。それで解決したってここにいる誰もが喜ぶとも思えないしな」

「侑斗!」

ゼロノスの回答にデネブは喜びの声を挙げる。

『はいはーい!みんな、暴走臨界点まで十五分切ったよ!退避するならお早めに!』

エイミィがデンライナー食堂車にいる全員に報告した。

「何かないか?」

クロノがもう一度守護騎士達に訊ねる。

「すまない。あまり役に立てそうにない」

「暴走に立ち合った経験は我等にも殆どないのだ」

シグナムが謝罪し、ザフィーラがその理由を告げる。

「でも、何とか止めないと……。はやてちゃんのお家がなくなっちゃうのは嫌ですし……」

シャマルは焦りの表情を浮かべながら言う。

クロノはその証言に思わず苦笑してしまう。

「失礼。そういうレベルの話ではないんだが彼等ならそのくらいで片付けてしまいそうだ」

クロノの言う彼等とは現在眠っている彼等だ。

「戦闘地点をもっと沖合いに出来れば……」

「海でも空間歪曲の被害が出る」

ユーノの案にシグナムがダメ出しをしてしまう。

「あー、何かゴチャゴチャ鬱陶しいな!みんなでズバッとぶっ飛ばしちゃうわけにはいかないの!?」

アルフが腕を組んで痺れを切らしたのか荒げながら最も単純なプランを告げる。

「ア、アルフ。コレはそんなに単純な話じゃ……」

ユーノがアルフを窘める。

「あ……。でもさ、良太郎達なら変に考えずに目の前のヤツをズバッと倒れるまで倒すだろうなぁと思ってさ」

「確かにそうだね。良太郎さん達なら相手が倒れるまで諦めずに戦うだろうね」

アルフの意見にユーノも思わず良太郎達ならどうするだろうと考えてしまう。

なのは、フェイト、はやては様々な証言を耳にしながら、最善の策を考えようとする。

三人の頭の中で、情報を整理する。

防衛プログラムを倒す方法として『最善』なのは『アルカンシェル』を使うこと。

ただし海鳴市海上で使えば被害は甚大になる。

ならば海鳴市海上でなく、それに『アルカンシェル』を用いても何の問題のない場所が必要になる。

そんな都合のいい場所はというと。

「「「あ!」」」

三人は同時に閃いた。

「クロノ君。アルカンシェルってどこでも撃てるの?」

「どこでもって例えば?」

クロノはなのは質問の意図が理解できていない。

「今、アースラのいる場所」

フェイトが続くようにして告げる。

「軌道上、宇宙空間で」

はやてが締めくくった。

『管理局のテクノロジー。舐めてもらっちゃ困りますなぁ。撃てますよぉ!宇宙空間だろうとどこだろうと!』

エイミィが即答した。

「おい!?ちょっと待て!君等まさか……」

クロノはようやく三人の考えを理解した。

三人同時に頷いた。

 

 

エイミィによって転移させられたアリサ・バニングスと月村すずかはここからでも黒いドーム状の何かの動向を見張っていた。

「光、収まった……」

「うん。海にまだ黒いのがあるけど」

アリサとすずかは自分達で理解できる範囲で事態を把握しようとしていた。

「一体何なの?このままずっと続いたりしないよね?」

「何となくなんだけど、大丈夫な気がする」

「?」

「きっと戦ってくれているから……」

すずかは先程のなのはやフェイト、そして電王の事を思い浮かべているのだろう。

「なのはとフェイト、あと仮面ライダーが?」

アリサの言葉にすずかは首を縦に振る。

「すずかに真顔で言われると、何かそんな気になってしまうのが怖いわ」

「アリサちゃん?」

「あーもう!ワケわかんなーい!!」

アリサは照れ隠しにその場で暴れ始め、すずかが止めに入った。

 

 

宇宙空間のアースラでも先程の三人の提案は伝わっていた。

「なんとまぁ、相変わらずすごいというか何というか……」

リンディも苦笑を浮かべるしかなかった。

自身に思いつかなかったし、突拍子もないことだからだ。

「計算上では実現可能っていうのが、また怖いですね……」

キーボードを叩きながら、エイミィも苦笑するしかなかった。

「クロノ君。こっちの準備はOK。暴走臨界点まで後十分!」

エイミィが臨界点のカウントをデンライナーにいるクロノに告げた。

 

 

デンライナーの中ではクロノが防衛プログラムに対しての説明が行っていた。

「実に個人能力頼りでギャンブル性の高いプランなのだが、まぁやってみる価値はある」

「防衛プログラムは魔力と物理の複合四層式。まずはそれを破る!」

クロノに続くようにはやてが、第一段階を口にした。

「バリアを抜いたら本体に向かって、わたし達の一斉砲撃でコアを露出!」

フェイトが第二段階を告げる。

「そしたらユーノ君達の強制転移魔法でアースラの前に転送!」

なのはが最終段階を告げながら夜空を見上げていた。

彼女が見ているものは夜空ではなく、その更に上にある宇宙空間のアースラである。

そして、誰からともなくデンライナーを出て戦地へと向かっていく。

最後に出ようとしたフェイトがドアの前で停まる。

「フェイトちゃん?」

先に出ていたなのははその行動に訝しげな表情を浮かべる。

フェイトは食堂車に戻ると、ナオミやコハナも訝しげな表情を浮かべる中で眠っている良太郎の前に立つ。

バルディッシュ・アサルト(アサルトフォーム)をテーブルにもたれさせてから、良太郎の右手を両手で握る。

しかし、握り返してくる事はない。

「良太郎。行ってくるね」

短く告げると握っていた手を離し、バルディッシュ・アサルトを持って食堂車を出て、デンライナーを出た。

デンライナーはその後、戦地から数キロ離れたところまで空に線路を敷設して走り出した。

 

デンライナーを出た全員はそれぞれの準備をしていた。

その中で、はやてはなのは、フェイト、ゼロノスが他の面々と違って汚れたりしているのが目に入った。

「あ、なのはちゃん、フェイトちゃん、侑斗さん。シャマル」

はやてが何を望んでいるのか、呼ばれたシャマルは理解していた。

「はい。皆さんの治療ですね」

シャマルは笑顔で応じた。

「クラールヴィント。本領発揮よ」

そう言うと、シャマルは唇を右人差し指にはまっている指輪に当てる。

「静かな風よ。癒しの恵みを運んで」

シャマルの足元に緑色の魔法陣が展開され、緑の魔力の粒子が噴出す。

なのは、フェイト、ゼロノスの汚れや傷といった類が消えていった。

「湖の騎士シャマルと風のリング、クラールヴィント。癒しと補助が本領です」

シャマルは笑顔で自己の能力を紹介した。

「今の魔法。野上達にかけることもできたんじゃないのか?」

ゼロノスの率直な質問にシャマルは首を横に振る。

「良太郎君達がすぐに戦地に向かう事を望んでるならかけない方がいいわ。治癒魔法といっても生命の自然治癒力を促すものだから、今の状態でかけると確実に復帰は出来なくなるの」

「そうか……」

シャマルの説明にゼロノスは納得した。

「すごいです!」

「ありがとうございます!シャマルさん」

シャマルの能力に純粋に感心するフェイトと、回復してくれた事になのはは礼を述べた。

「あたし達はサポート班だ。あのウザいバリケードを何とかするよ」

「ああ」

「うん!」

アルフを筆頭に、ザフィーラとユーノも頷く。

『俺達もそっちに混ざるぞ』

そう拡声器越しでゼロノスがゼロライナーを操縦しながら、三人の側まで寄った。

「桜井。お前の力なら……」

『俺が空飛べないって事を忘れてるだろ。ザフィーラ』

ザフィーラがある事を失念しているのではないかと思い、先に告げる。

「ではゼロライナーで?」

ユーノが確認のためにゼロライナーでサポートに回るのかと訊ねる。

『ああ』

「でも、どうやってやるんだい?まさか特攻?」

アルフがゼロライナーを用いてのサポート手段を想像してゼロノスに告げてみる。

『それはすぐにわかる』

ゼロノスはそれ以上は言わなかった。

 

黒いドーム状の周りにタコの足やら得体の知れない尻尾のようなものが海中から出現し始めていた。

 

デンライナーの食堂車は先程とは打って変わってガランとしていた。

一度にアレだけの人数が入ってくることはそうそうないので普段当たり前のように感じる人数でも寂しく感じるものがあった。

「ん……。あれ?ここは……」

良太郎はまだ節々痛む身体をゆっくりと起こしながら、瞬きをしていた。

「よぉ、起きたか。良太郎」

先に起きていたモモタロスが軽く手を挙げる。

「僕達全員、気を失ってたらしいよ」

ウラタロスが準備体操をしながら教えてくれる。

「三匹目のイマジンを倒してからは全く憶えとらんなぁ」

「クマちゃん!痛いよ!」

キンタロスはリュウタロスとともに柔軟体操をしていた。

 

「やっと起きたか皆の者。主を待たせるとは何事!!」

 

聞き覚えのある声でありモモタロス、ウラタロス、キンタロスは露骨に嫌な顔をしていた。

リュウタロスは喜色の表情を浮かべており、良太郎はそんな後景を苦笑いを浮かべるしかなかった。

そこには魔導師サイドの面々が打ち合わせをしていたにも関わらず、ナオミが作った料理を黙々と食べていた白いイマジンがいた。

「さ、寝よう」

「そうだね。まだちょっと疲れがあるみたいだし」

「そやな。寝よ寝よ」

モモタロス、ウラタロス、キンタロスはまた座席で眠りの姿勢に就こうとしていた。

「こ、コラ!何をしている!お前達!!」

白いイマジン---ジークが三体のイマジンに対して声を荒げる。

「トリさん。久しぶりー」

「もしかして助っ人に?」

優雅に元気溌剌炭酸飲料をワイングラスで飲んでいるジークに、リュウタロスと良太郎は普段どおりに接する。

「その通りだ。助っ人として呼ばれた。ありがたーく思え」

相変わらずの尊大な口調だなぁと良太郎は思ってしまう。

「助っ人って言ったって、そんなに役に立った例はないじゃない……」

枕や濡れタオルなどを片付けているコハナがボソリと呟く。

「おお、姫!」

ジークがコハナの側に寄ろうとするが、モモタロスが足を引っ掛けて前のめりに倒し、後頭部を叩いて沈黙させた。

「テメェは大人しく手羽でも食ってる夢でも見てろ!」

状況が状況なので、ジークのマイペースぶりに付き合う気はないというのが食堂車にいる全員の総意だ。

「それでハナさん。みんなはどうしたの?」

コハナにしてみれば良太郎がこのように訊ねてくるのは想定内なので、ここで打ち合わせした内容を全て話した。

「そっか。今から倒すのは海に浮いてるあの何ていったらいいかわからないのだね」

「防衛プログラムってみんな呼んでたわね」

呼称するならそれしかないと、コハナは名前を知らない良太郎に教えた。

「俺達が戦うとしても、最後はアルカリ電池で止めを刺すんだよな?」

「ええ。あと、アルカンシェルよ」

モモタロスが説明を聞いて確認するようにコハナに訊ねる。コハナはモモタロスの間違いを指摘して、訂正した。

「あの大きさの物を魔法なり僕達の力で倒すってのは可能かもしれないけど、無事ではすまなくなるね」

ウラタロスがデンライナーの窓から防衛プログラムを見ながら言う。

「デカブツにはデカい大砲でってワケやな」

キンタロスも防衛プログラムを見ながら率直な感想を述べる。

「僕達はどうするの?」

リュウタロスが自身の役割を良太郎に訊ねる。

ひととおり説明を受けても、自分達にできる部分が見えてこないのだろう。

「今から行ったら多分だけど複合四層のバリアは破った後だと思うから、集中攻撃のときに参加するのがベストかな」

良太郎は現在地から目的地までの距離が離れている事を考慮して、そのような予測を立てた。

「で、どうやって目的地まで行くんだよ?て……」

モモタロスは良太郎の顔を見て、背筋に悪寒が走った。

「良太郎。まさかアレをやるつもりじゃねぇよな?」

モモタロスが嘘であってほしいと思いながら訊ねる。

「アレで行くつもりだけど」

良太郎はあっさりと肯定した。

その言葉にウラタロスとキンタロスも良太郎に詰め寄る。

「良太郎!悪い事は言わないからさ。アレはよそう!」

「後生や。良太郎、アレだけは堪忍してくれ!!」

思いっきり取り乱している二体を見て、リュウタロスは怪訝な表情をしている。

「カメちゃんもクマちゃんも何でアレがいやなの?アレ、強いじゃん!空も飛べるしー」

リュウタロスも良太郎が言う『アレ』の事は理解しているが、反応は三体とは逆だった。

「騒がしいぞ。静かにせんか。家臣一同」

「うるせぇ!」

沈黙していたジークが起き上がるが、モモタロスが後頭部を叩く。

「前は偶然でなったけど今回は確信を持って変身するんだ。それにジークがいなかったからさっきまではてんこ盛りを選ぶしかなかったけど、あの場にジークがいたら間違いなく選んでたよ」

良太郎は本気だ。

それは反対派であるイマジン三体にもヒシヒシと伝わっていた。

戦闘能力や行動可能範囲などを考えると、間違いなくトップクラスだ。

だがクライマックスフォームよりも許容量が小さくなるという欠点があるのだ。

「しゃーねぇ。やるか……」

「やりますか……」

「やるしかあらへんな……」

覚悟を決めたのか反対派の三体も折れてくれた。

「どうやら決まったようですねぇ」

今まで黙って聞いていたオーナーが口を開いた。

「良太郎君。『闇の書』事件もいよいよ大詰めです。でも油断をしてはいけませんよ。ここが終着駅というわけではありませんからねぇ」

「はい!」

オーナーの意味ありげな一言に良太郎は返事する。

良太郎はズボンのポケットからパスを取り出し、強く握り締めていた。

 




次回予告

           幾多の想いを胸に。

           いくつもの経験を糧に。

           頼りになる(?)助っ人を連れて。

           電王は最強を超えた最強となる。
           
               報いるために。
               守るために。

            共に過ごした者達に応える為に。

               今、再び降臨する。

  第五十五話 「夜の終わり。旅の終わり。~降臨!蒼翼の電王~」


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第五十五話 「夜の終わり。旅の終わり。~降臨 蒼翼の電王~」

海鳴市海上に佇んでいるドーム状の黒い淀み。

『闇の書』の防衛プログラムである。

クロノ・ハラオウンは総攻撃を始める前に時空管理局本局にいるギル・グレアムとリーゼ姉妹に現在の状況をモニターするように促していた。

「提督。見えますか?」

『ああ。見えているよ』

「『闇の書』は呪われた魔導書でした。いくつもの人生を食らい、関わってきた多くの人々の人生を狂わせてきました。アレのおかげで僕の母さんも、他の多くの被害者遺族も『こんなはずじゃなかった』人生を歩む事になった。それはきっと貴方もリーゼ達も……」

クロノは右手に手にしている白いカードを見る。

グレアムが託したデバイス---デュランダルだ。

「なくしてしまった過去は変えることはできないし、変える力を持っていても変えてはならない事を彼等から教わりました。過去があるからこそ今の自分があるのだという事を。過去を否定すればその時点で今の自分を否定するという事を。だから……」

クロノは待機状態のデュランダルを宙に投げる。

待機状態から白がメインカラーとなり青色が装飾されている杖へと変化した。

「今を戦って未来を変えます!」

クロノは晴れた笑顔で高らかに宣言した。

 

 

宇宙空間のアースラでも防衛プログラムに対しての準備を行っていた。

「アルカンシェル。チャージ開始!」

リンディ・ハラオウンの指揮の下、それは着々と行われていた。

 

 

ゼロライナーの操縦席でゼロノスはマシンゼロホーンに跨ってモニターに映っている光景を見ていた。

黒いドーム状を囲うようにして、タコの足やら得体の知れない生き物の尻尾などが海中から飛び出しており、不気味さを際立たせている。

「改めて見ると、イマジンが巨大化した時の比じゃないな」

ギガンデス化したイマジンは確かに巨体だがここまで大きくはない。

「うん。大きさだけなら多分今までで一番だ」

隣でモニターを見ているデネブも率直な感想を告げる。

「潰しがいがあるぜ」

指をパキポキ鳴らしながら、ゼロノスは防衛プログラムを睨んでいた。

「八神やみんな、怪我しなきゃいいけど」

デネブは外で準備をしている魔導師サイドの面子の心配をしていた。

 

 

黒いドーム状の防衛プログラムは自身を守るようにして、更に触手やらタコの足やらを出現させていた。

『暴走開始まであと二分!』

エイミィ・リミエッタの連絡を聞き、海鳴市海上にいる全員の表情が引き締まる。

今度は黒い柱が海中から数本飛び出す。

「始まる……」

クロノが防衛プログラムが暴走を開始しようとしていると予感していた。

「『夜天の魔導書』を呪いの魔導書と呼ばせたプログラム。闇の書の闇……」

八神はやての言葉に呼応するかのようにドーム状の防衛プログラムは自身の身体を巨大にさせてから、シャボン玉が割れるようにして黒い外壁を破り捨てた。

そこにある姿は異形の中の異形。

キメラといえば聞こえがよくなるかもしれないが、目の前のそれには『美しさ』とか『品性』と呼べるようなものはなかった。

上半身は女性の裸体で下半身は獣もしくは怪物と形容されても仕方がないモノだった。

まさに歪んだ人間の欲望の集大成とでもいうべき醜悪さのある姿だ。

「ホワアアアアアアアアアアアア」

防衛プログラムが妙な鳴き声を上げている。

「チェーンバインド!!」

アルフが右手をかざして橙色の魔法陣を展開させて、中央から数本の橙色の鎖を出現させてタコ足に向かって放って絡みつく。

「ストラグルバインド!」

ユーノ・スクライアが右手に翡翠色の魔法陣を展開させて、中央から翡翠色の鎖を数本出現させてアルフ同様に防衛プログラムの壁役になっている触手やタコ足に絡み付ける。

「縛れ!鋼の軛!!」

ザフィーラが両腕をクロスさせて魔力を練りこんで、白いベルカ式魔法陣を展開させてから白い鞭の様なものを出現させて、薙ぎ払うようにタコ足や触手を切り裂く。

『行くぞぉ!!』

ゼロノスの声と同時に、ゼロライナー・ドリル(以後:ゼロライナー)が牛の顔から百八十度回転してドリルになる。

後続車両であるゼロライナー・ナギナタ(以後:ナギナタ)が連結解除して屋根部分からナギナタを模したプロペラを出現させる。

ナギナタは線路から離れてプロペラを回転させながら、独自の行動で防衛プログラムに向かっていく。

そして、プロペラでタコ足や触手をスパスパと切っていく。

ゼロライナーは線路を防衛プログラムに向かって敷設しながら、ドリルを回転させながら突っ込んでいく。

『おらああああああ!!』

回転しているドリルがタコ足や触手に穴を開けながら、ポトポトと落としていく。

「クアアアアアアアアアアアアアアアア」

防衛プログラムが悲鳴のような鳴き声を出すが、それがダメージによるものなのかは判断しかねるところだった。

「侑斗さん!なのは達が次に来ます!」

ユーノがゼロライナーでバリケードの撤去作業をしているゼロノスに退がるように促す。

『わかった!』

ゼロライナーをドリルから元の牛の頭部へと百八十度回転させて、ナギナタが後部車輌へと連結させて元の状態に戻してから防衛プログラムから離れた。

 

 

デンライナーの屋根の上に野上良太郎、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、ジークは防衛プログラムがいる場所を睨んでいた。

風に乗って女性の声が聞こえてくる。

「みんな、行くよ!」

良太郎の声と共に、全員が頷く。

「ではまず私からだ」

そう言うと同時にジークは白い光球となって、良太郎の中に入り込む。

髪型が白いメッシュの入ったコーンロウになって、白い瞳になる。

また、首下にはフェザーが巻かれていた。

ジークが憑依した良太郎---W良太郎である。

W良太郎はそのまま身体エネルギーの一つであるチャクラを利用して、デンオウベルトを出現させて腰元に巻きつける。

従来のデンオウベルトと違い、フォームスイッチがなく装飾が金色のウイングバックルでバンドは黒色となっていた。

カチリという音が鳴ってしっかりと巻かれる。

「変身!」

W良太郎はパスを右手に取り出し、ウイングバックルに向かってセタッチする。

『ウイングフォーム』

銀と黒がメインカラーになっているプラット電王に変身してから、鳥の羽が散りばめながら、オーラアーマーが出現して装着される。

オーラスキンが黒色から金色へと切り替わる。

白鳥が頭部を走って、変形して電仮面へと変形する。

背部に白をメインとした機械的な双翼が展開されて、すぐに消える。

左手を薙ぎ払うように振ってから、右手を天に掲げる。

右手首を軽く捻らせる。

 

「降臨!満を持して!」

 

仮面ライダー電王ウイングフォーム(以後:ウイング電王)の完成である。

「はい。ごくろーさん」

モモタロスがウイング電王に棒読みで労いの言葉を送る。

(次はみんなだよ)

深層意識の良太郎が促す。

「行くぜぇ!」

「やりますか!」

「よっしゃぁ!」

「すんごいてんこ盛り~!」

四体のイマジンは準備体操をしてから、ほぼ同時に赤、青、金、紫の光球となってキンタロス、ウラタロス、リュウタロス、モモタロスの順番でウイング電王の中に入り込んだ。

ウイング電王のオーラアーマーと電仮面が外れて消え、それからプラット電王へと戻る。

その直後、両腕両脚にデンレールが装われてからクライマックスフォームのオーラアーマーが出現して装着される。

電仮面が出現して最初に電仮面ロッドが右肩に。

次に電仮面アックスが左肩に。

背部用になっている電仮面ウイングが背部に。

電仮面ガンが胸部に。

最後に、電仮面ソードが頭部に装着されてからクライマックスフォーム同様にカパっと開く。

全身からフリーエネルギーが溢れ出す。

ブォンというフリーエネルギーの突風が舞う。

 

「俺達!完成!!」

 

それは最強を超えた最強。

それは『絆』というものが具現化した究極の姿。

我々の『時間』と『想い』を守る守護者。

その名を。

仮面ライダー電王超クライマックスフォーム(以後:超電王)

 

 

宇宙空間。

「戦闘区域から数百メートル離れた位置より高エネルギー反応!!」

エイミィが、キーボードを叩きながら艦長であるリンディ・ハラオウンに告げる。

「まさか敵!?」

この状態で新手のイマジンが出てこられたら事態は最悪の一途を辿る事になる。

「いえ、これは……」

エイミィがキーボードを叩きながら、モニターに映像を映す。

デンライナーが映っており、屋根には超電王がいた。

「良太郎君達です!電王です!」

「助かったわぁ。高エネルギー反応といわれて思わずイマジンかと思ってしまったわよ」

「でも凄いですよ。このエネルギー量なら十分すぎるくらい助けになりますよ!」

高エネルギー反応の正体が判明すると、リンディは胸をなでおろしてホッとする。

エイミィは超電王のエネルギー測定値を見て、希望がわいてきていた。

 

 

防衛プログラムとの戦いは現在進行形の形であった。

「ちゃんと合わせろよ?高町なのは!」

ヴィータが高町なのはに同時攻撃を促す。

だが、なのはから返事はなかった。

ヴィータはなのはがいる後ろを振り向くと、両目を潤ませてこっちを見ていた。

「な、何だよ?」

いきなりそんな目で見られるようなことをした憶えがないので、狼狽する。

「ヴィ、ヴィータちゃんが初めてわたしの名前を呼んでくれた……」

なのはが両目をウルウルしながら感激している。

今まで『高町あろま』なんて言って急に本名の『なのは』と呼ぶことは別段、ヴィータには不自然には感じなかった。

むしろ何故今までそうしなかったのが不思議に思えたくらいだ。

「と、とにかくちゃんと合わせろよ!?」

「う、うん。ヴィータちゃんもね!!」

ヴィータが確認の際にもう一度言い、なのはは今度は共に戦える事に対する喜びの笑みを浮かべながられ返事をする。

「鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼン!!」

ヴィータはグラーフアイゼンを振りかぶって叫ぶ。

足元に紅色の魔法陣が展開される。

ガシュンとカバーがスライドしながら音を立てて、カートリッジをロードする。

『ギガントフォルム』

ヘッド部分が円形のハンマーから変形して六角形の巨大なハンマーへとなる。

「轟天爆砕!!」

グラーフアイゼンを振り回しながら、ヴィータの意思で巨大化していく。

それはかつてソード電王と戦った際に切り札として使用したものだ。

 

「ギガントォォォォォォシュラァァァァァァァク!!」

 

そして、振り上げたグラーフアイゼンを防衛プログラムの脳天に狙いをつけて振り下ろした。

ドォォォォォンという音を立てながら、防衛プログラムの物理バリアに亀裂が入り始める。

そしてその亀裂は物理バリア全部にまで行き届き、粉々に砕け散った。

「高町なのはとレイジングハート・エクセリオン!行きます!!」

なのははヴィータを見習ってか、名乗りを上げる。

桜色の魔法陣が足元に展開されてから、レイジングハート・エクセリオンを天に掲げる。

『ロードカートリッジ』

ガシュンガシュンガシュンガシュンとカートリッジを四個排出する。

レイジングハート・エクセリオンのヘッドに桜色の翼が展開される。

くるくるとその場で振り回しながら構える。

 

「エクセリオンバスタァァァァァァ!!」

 

防衛プログラムが触手をなのはに向かっていく。

『バレルショット』

ゆらゆらと陽炎のようなエフェクトがなのはの前に現れる。

そして、ドォンという音を立てて衝撃波が防衛プログラムへと向かっていく。

防衛プログラムはまともに食らい、一時的に麻痺状態になる。

「ブレイク……」

足元に桜色の魔法陣が展開されて、レイジングハート・エクセリオンに三箇所の環状魔法陣が巻かれている。

ヘッド先端に桜色の魔力球が五つ中心に出現し、囲うように環状魔法陣が出現する。

そして、中心の魔力球から防衛プログラムに向かってレーザーサイトのような青い光線が走っている。

四方にある魔力球が曲線を描きながら、防衛プログラムへと向かっていく。

「シュゥゥゥゥゥトォォォォォォ!!」

既に飛んでいる四方の桜色の魔力球は更に威力を増し、中心にある魔力球は一直線に向かって飛んでいく。

最初に飛んだ四方の桜色の魔力球は螺旋を描いて防衛プログラムのバリアに直撃する。

赤色のバリアは亀裂が入り、砕け散る。

防衛プログラムが悲鳴のような声を上げる。

「次、シグナムとテスタロッサちゃん!!」

シャマルが別位置にいる二人に促した。

 

デンライナーの屋根に立っている超電王は確認するかのようにして、両手を広げたりしていた。

力が漲る。

身体中にフリーエネルギーが溢れ出そうとしている感覚だ。

今ならどんなヤツが相手でも後れを取る事はないと確信できる。

(モモタロス)

深層意識の良太郎が促す。

「おう!わかってるぜ!」

超電王はモモボイスを発して答える。

電仮面ウイングがフリーエネルギーによって巨大な双翼となる。

その翼は蒼くそして透き通るほど澄んでいた。

バサァと翼を羽ばたかせて、超電王の足はデンライナーの屋根から離れる。

「行くぜぇぇぇぇぇぇ!!」

防衛プログラムのいる場所を睨んでそのまま飛行していった。

 

防衛プログラムのバリアの内、二つはヴィータとなのはによって破られた。

次はシグナムとフェイト・テスタロッサの出番だった。

「先に行かせてもらうぞ。テスタロッサ」

シグナムが先に打って出ると告げる。

「はい。シグナム」

フェイトは不満をこぼすことなく、了承した。

「剣の騎士シグナムが魂---炎の魔剣レヴァンティン」

鞘に納まっていたレヴァンティンを名乗りながら抜刀する。

レヴァンティンの剣先がキラリと光る。

「刃と連結刃に続くもう一つの姿……」

シグナムはレヴァンティンの柄尻に鞘を連結させる。

同時にレヴァンティンはカートリッジを一つ排出させた。

鞘は紫色に輝き、レヴァンティンに酷似した姿となって更に姿を弓状へと変化させた。

紫色の魔力で構築された弦が出現する。

『ボーゲンフォルム』

レヴァンティンは自身の形態を名乗る。

弦を引っ張ると同時に、紫色の魔力光が矢の姿へとなっていく。

レヴァンティンの弓から蒸気が噴出する。

シグナムの足元には紫色の魔法陣が展開されており、炎まで吹き上がる。

 

「吹けよ!隼!!」

 

触手やらタコの足をわらわらと増殖させる防衛プログラムに狙いをつける。

『シュツルムファルケン』

鏃が輝き、矢は紫色の光となって放たれた。

音速の壁を超えて、ひたすら真っ直ぐに向かっていく。

薄い橙色の防衛プログラムのバリアに直撃して、炎を伴う爆発と衝撃波が生じてバリアが粉々に砕け散った。

「フェイト・テスタロッサ。バルディッシュ・ザンバー行きます!!」

すかさずフェイトが攻撃の態勢に入っていた。

ザンバーフォームのバルディッシュ・アサルトを振り下ろして、足元に金色の魔法陣を展開させる。

三回ほどバルディッシュ・アサルトのカバーがスライドしてカートリッジロードされる。

その場で円を描いて、衝撃波を発生させて防衛プログラムにぶつける。

防衛プログラムは、なのはの時と同じ様に麻痺状態になる。

バルディッシュ・アサルトを天に掲げる。

雷が剣先に纏わりつく。

 

「撃ち抜け!雷刃!!」

 

バルディッシュ・アサルトを両手持ちにして、何の小細工もなく防衛プログラムに向かって一気に振り下ろす。

『ジェットザンバー』

バルディッシュ・アサルトが告げると同時に、刀身が長くそして伸びていく。

防衛プログラムを守る青いバリアが出現するが役割を果たすことなく、粉砕されて自身の肉体の一部を切断される事を許す結果となってしまった。

「ホワアアアアアアアアアアアアアアア」

防衛プログラムが鳴く。

その場にいる誰もが確信を持っていた。

この鳴き声はダメージによる悲鳴なのだと。

 

超電王の前には巨大なタコの足やら得体の知れない生物などが行く手を遮っていた。

「そう簡単には行かせてはくれないみたいだね」

ウラボイスを発しながら、空中であるにも関わらずウラタロスのポーズを取る超電王。

「問題はあらへん。目の前にあるヤツ、片っ端から潰してしまえばいいんや」

キンボイスを発しながら、腕組をする。

「だったらさっさとやっつけちゃってなのはちゃん達のところに行こうよ!」

リュウボイスを発しながら、その場でくるりとターンして人差し指でタコ足を差す。

「家臣一同よ。私の能力もあるこの姿で存分に働くがいい」

ジークボイスでタコ足に背を向けた状態で右手を天に翳しながら言う。

「言われなくたってやるんだよ!!」

モモボイスを発しながら正面を向いて超電王は双翼を広げて、フリーエネルギーで構築された羽を無数、タコ足と生物に向けて弾丸もしくは矢のようにして放つ。

ドスドスドスドスと羽はタコ足と生物に刺さっていく。

刺さった羽の一つが爆発すると、他の羽も誘われるようにして爆発していった。

タコ足も生物も跡形もなく塵になっていた。

超電王の前には他にもタコ足やら生物や触手がわらわらと出現していた。

どうやら、自分を最も厄介な相手として認識しているようだ。

「鈍った身体に気合入れるにはちょうどいいぜ!!」

首をカキコキ鳴らし、手と手を結んで伸びをしてから超電王はタコ足と触手と生物の中を突っ切るようにして前へと進んだ。

 

 

アルカンシェルの発射態勢を完了したアースラは宇宙空間で待機中だった。

「す、凄い戦闘能力です!!たった一人で防衛プログラムが作り出したバリケードを潰しながら目的地まで向かっています!!」

アレックスが超電王の行動を興奮気味にリンディに報告する。

リンディとエイミィもモニターで超電王が触手を引きちぎったり、タコ足とタコ足をくくりつけたりしている光景を見ていた。

「エイミィ。電王が現場に到着するまでにかかる時間は?」

リンディが即座にエイミィに調べさせる。

「三分後です!」

エイミィがキーボードを超速に叩き出して、導いた結論をすぐに報告する。

「現場にいるみんなに伝えて。三分後に最強の仮面ライダーがやってくるって。あとたった今より電王を仮面ライダー電王と呼称し、現場にいるゼロノスもまた仮面ライダーゼロノスと呼称します」

「了解!って艦長はいつその名称を知ったんですか?」

エイミィが訊ねるのも尤もな事だ。リンディがその名称を知る機会なんてなかったからだ。

「地球の文化に馴染むために私も陰で努力してるのよ」

リンディの至極まともな回答にエイミィは苦笑するしかなかった。

 

 

『みんな!よく聞いてね。今から三分後に最強の仮面ライダーがやってくるから、もう少しだけ踏ん張って!!』

エイミィの報告は防衛プログラムと対峙している者達全員にとっては朗報だった。

「最強の仮面ライダー?まさか……フェイトちゃん!」

なのはは首を傾げたが、それが誰なのか理解できた。

「うん!間違いないよ!」

フェイトは強く頷き、自信を持って言える。

他の面々も皆わかっているようだった。

表情が先程よりも和らいでいるのだから。

「え?もしかして野上さんなん?」

はやては良太郎と会った事が一度しかない。

彼が侑斗の仲間内だから『仮面ライダー』である可能性はあると踏んではいたが、なのはやフェイトはもちろんの事、身内であるヴォルケンリッターにまで認められているとは思わなかった。

「遅ぇーんだよ!あのバカ!」

ヴィータが憎まれ口を叩きながらも、笑みを浮かべている。

「やはり蘇ってきたか……。野上」

シグナムも予感はしていたが、それが確定になると喜びの表情を隠さなかった。

「信じられないわ……。あれだけのダメージを受けてる状態なのに……」

シャマルから見ても良太郎達の怪我の状況は安心できるものではなかった。

だが、安心してばかりもいられないのが現状だ。

ニョロニョロと海中から今までと違う触手を出現させているのだから。

防衛プログラムが再生を繰り返し、反撃をしようとしていた。

「盾の守護獣ザフィーラ!砲撃なんぞ撃たせん!!」

両腕をクロスさせてから白い魔法陣を展開させて、防衛プログラムに向かって白くて巨大な針が触手やタコ足に突き刺していく。

「はやてちゃん!!」

シャマルが次に攻撃する者の名を呼ぶ。

はやてが『夜天の魔導書』を左手に持ったまま広げて、両目を閉じて詠唱を始める。

「彼方より来たれ。宿木の枝。銀月の槍となって撃ち貫け!」

はやては右手に握られている杖を薙ぎ払うようにして振ると、足元に白色の魔法陣を展開させていた。

別の位置から白色の魔法陣が出現して六個の白い魔力球が出現する。

 

「石化の槍!ミストルティン!!」

 

右手に持った杖を振り下ろす。

杖が輝いた直後に、六つの魔力球と魔法陣から後に構築された魔力球は一直線に防衛プログラムに飛んでいってドスドスドスと刺さっていく。

刺さっていく場所を基点にして、石化が始まっていく。

石化して比較的に脆い部分はどんどん崩れ落ちていく。

防衛プログラムは破損箇所から触手やら尻尾やら頭部やらを出現させる。

その姿は初見の姿がまだマシに思えてくるほどの醜さだった。

「うわ……、何アレ……」

「な、何だか凄い事に……」

アルフとシャマルが目を背けたくなるのも無理のないことだった。

『やっぱり並の攻撃じゃ通じない!?ダメージを入れた側から再生されちゃう!』

エイミィが弱音が混じりながらも、事実を述べる。

「攻撃は通ってる。プラン変更はなしだ!行くぞ。デュランダル!」

『OK。ボス』

デュランダルが承諾すると、クロノは両目を閉じて詠唱を始める。

「悠久なる凍土。凍てつく棺の内にて永遠の眠りを与えよ」

両手を広げると同時に、足元に青色の魔法陣が展開される。

クロノを基点として雪のようなものがちりばめられていく。

水面が白くスケートリンクのようになっていく。

それは水面を氷付けにするだけでなく、防衛プログラムの動きも凍結させていた。

「凍てつけ!」

『エターナルコフィン』

デュランダルを突きつけると同時に魔法名を発する。

防衛プログラムの身体は完全に凍結した。

脆い部分はバキリと折れてしまった。

しかし、すぐさま強引に凍結を解除して破損箇所を再生しながら醜い姿を更に醜くしていた。

『行け!』

ゼロライナーに乗っているゼロノスが触手の増殖を防ぐために、二両目のナギナタに伐採作業させる。

プロペラでスパスパ切られていくが、直後にニョロニョロウニュウニュと再生していく。

ザフィーラが切り落とした砲撃可能の触手まで出現して、手当たり次第にぶっ放そうとする。

しかし、触手は全部方角を同じにして、一直線に魔力砲を発射させる。

そこには誰もいないため、一見すると的外れな攻撃をしているとしか思えない。

「まさか!?」

『街をぶっ飛ばすつもりか!?』

フェイトとゼロノスは防衛プログラムの発射した先に海鳴市がある事を思い出したが、時既に遅しだった。

魔力砲は海鳴市に向かっていく。

そこにいる誰もが海鳴市の一部が火の海になると想像してしまった。

 

「うおらああああああああああ!!」

 

聞き覚えのある叫び声が全員の耳に入った。

魔力砲は海鳴市には直撃しておらず、その場に停まっていた。

いや正確に言うならば、声の主が停めていたのだ。

声の主---超電王だった。

 

超電王は右拳一本で防衛プログラムの魔力砲を受けていた。

バチバチバチバチと拳に魔力が伝わる。

「やっぱり僕達が厄介者だったわけだね」

右肩が上下に揺れる。

「この一発も俺等を狙っての事やな」

左肩が上下に揺れる。

「アイツ本気なんだね~」

胸部は揺れずに、能天気に言う。

「私を狙うとは眼の付け所はいいと見える。家臣に加えてやろう」

背部がズレた事を言う。

「テメェ等ぁ!うるせぇから少し黙ってろぉぉぉぉぉ!!」

超電王は内にいる仲間に文句を言いながら魔力砲と密着した右拳を離して、腰を捻って右拳を振りかぶって素早く放つ。

ドォンという音を鳴らして、超電王に向けて放たれた魔力砲は軌道を百八十度変えて発射主に向かっていった。

防衛プログラムは先程と同じ魔力砲を発射する。

正面から魔力砲と魔力砲がぶつかり合って両方が消えるという結果になった。

魔力砲のぶつかり合う余波によって、飛沫が立つ。

「よぉ。随分と手の込んだ事してくれたじゃねぇか。ぼ……ぼ……」

超電王は名称を懸命に思い出そうとする。

 

「ボケポリグラフ!!」

 

その場にいる誰もがあまりの間違えっぷりに目を大きく開いて呆れるしかなかった。

防衛プログラムは本体を更に形状を変えながら、タコ足と砲撃触手の数を増やしていく。

『何か凄い速度で再生していくけど、クロノ君どうなってるの?』

エイミィがモニターで計測できる数値を見ながら急激な変化に対して、クロノに訊ねてきた。

「多分だけど防衛プログラムは電王を意識したんだと思う」

先程までとは比べ物にならない速度での再生と受動の態勢を取っていたのに急に攻撃を繰り出した事がその証明だろうとクロノは考えている。

「きれいな翼……」

なのはは超電王の翼に目を奪われていた。

透き通るような澄んだ蒼翼。

自分の桜色の翼とは何かが違うからこそ、憧憬の眼差しを向けてしまうのかもしれない。

「て、モモタロスさん違いますよ!防衛プログラムです!」

我に返ったなのはは超電王の間違いを指摘する。

「あ、それそれ」

超電王となのはがそんなやり取りをしている間に、防衛プログラムがウニュウニュウネウネしながら再生している。

「二人とも、遊んでる場合じゃないよ!また再生を始めてる!」

このまま漫才になりかねないと感じたフェイトは二人に注意する。

「わーってらぁ!!」

超電王はフェイトに了承の返事をすると、防衛プログラムに顔を向ける。

「キュエエエエエエエエエエ」

防衛プログラムは咆哮を上げながら、砲撃可能な触手(以後:砲撃触手)を超電王に狙いをつけて、一斉に放つ。

「お、おい!?マジか!?テメェ!!」

超電王は自分に向かって飛んでくる魔力砲を翼を羽ばたかせながら、宙を巧みに動いて避けていく。

右へ左へ斜めへと。

中には身体にギリギリに触れる位置ながらも上手く避けていく。

その内の一発が、避け切れそうにない位置に向かって放ってきた。

ドォォォォンという爆発音が響き爆煙が起き、そこにいる誰もが「直撃した」と思った。

爆煙の中から何かが海面に向かって落下していく。

広げていた双翼を前面にして、守るようにしていた超電王だった。

翼を閉じている状態なので、飛行は出来ない。

シュバァっと閉じていた双翼を広げて、また上昇する。

「今度はこっちの番だぜぇ!!」

超電王の両腰にあるデンガッシャーがフリーエネルギーによって、ホルスター部分からひとりでに離れて宙に浮く。

四つのデンガッシャーのパーツは持ち主の想いを汲んでいるのかひとりでに連結していく。

左側の二つが横連結され、右側の二つが上下に挟まる。

超電王が右手でグリップを握ると、フリーエネルギーが伝導されて武器らしい大きさになると赤いオーラソードが出現する。

「うらああああああああああああ!!」

超電王は双翼を羽ばたかせて間合いに入り込み、砲撃触手を首を刎ねるようにして横一線に斬りつける。

切り落とされた触手の頭はドボンという音を立てながら、海中へと沈んでいく。

その後も砲撃触手の頭を超電王はDソードで次々と切り落としていく。

その度に海鳴の海底に醜い汚物が沈んでいく。

砲撃触手の頭を全て切り落とすと、そのままDソードの切先を前に構えた『突き』の体勢で突っ込んでいく。

Dソードの刃は防衛プログラムの頭部ともいえるものに突き刺さる。

そのまますぐに引き抜いてから、両手持ち上段にして一気に振り下ろす。

頭部は真っ二つになって割れるようにして横に倒れる。

そのまま頭部の側にある尻尾も切り落としていく。

「何かマグロの解体みたいや……」

はやてが超電王がまるでマグロを解体している職人のように見えた。

しかし、これが圧倒的な力量がなければできないという事は『戦い』というものの空気を味わって間もないはやてにも理解できた。

粗方脅威となりそうな部分を切り落とし終えた超電王は防衛プログラムの側から離れる。

超電王はDソードを手元から離すと、自動的に連結が解除されて腰元に収まっていく。

(モモタロス。何かするつもり?)

「ああ。ま、見てろって」

超電王はパスを取り出して、ケータロスのチャージ&アップスイッチを押してから普通に一回、パスを開いてから更に一回セタッチする。

『チャージ&アップ』

その直後に超電王は両腕をクロスしてから、斜め下に掌を見せるようして広げる。

両掌にフリーエネルギーが収束されていく。

バチバチバチバチと両掌のフリーエネルギーは球体になっていく。

球体はギュンギュンギュンギュンと音が鳴り、今にも暴れだしそうな勢いだ。

『あいつ、何するつもりだ……』

ゼロノスは過去の戦闘を掘り起こしても超電王が何をしようとしているのか理解できなかった。

「よぉーし、いい具合だぜぇ」

両掌に乗っているフリーエネルギーの球を見て、超電王は満足げな台詞をはく。

左足を前に出してから、腰を左に捻って両掌に乗っているフリーエネルギーの球を一つに凝縮させる。

胸部の電仮面ガンが光ってから、パカッと上に開く。

「行くぜ!ボケポリグラフ!!」

超電王の行動に誰もが固唾を呑む。

何かをする。

そして、それが自分達にとって『大吉』になるという事を。

 

「俺達の新必殺技ぁぁぁぁぁ!!」

 

超電王は両手で押さえている凝縮させた球を電仮面ガンの発射口の前に向けると、発射口は衝撃波を放つと同時に前にあるフリーエネルギーの球を押すようなかたちで発射された。

球は一直線の巨大な光線となって防衛プログラムに向かっていく。

直撃を受けた防衛プログラムは身体をウネウネさせながら光線によって肉体を消滅させられていく。

その威力はまさに、なのはのスターライトブレイカー級といっても過言ではない。

それでも防衛プログラムはゆっくりながら再生をしていく。

先程と違って、再生速度が遅いのは防衛プログラムも疲弊しているという事だろう。

「後は任せたぜ」

超電王はなのは、フェイト、はやてを見てから告げた。

 

「はい!行くよ!フェイトちゃん!はやてちゃん!」

「「うん!」」

なのはの言葉にフェイトとはやても頷く。

なのはとレイジングハート・エクセリオンはスターライトブレイカーの発射準備をする。

レイジングハート・エクセリオンには桜色の翼が展開され、雲のかかった夜空から桜色の光がレイジングハート・エクセリオンに向かって降り注ぐ。

「全力全開!!」

足元に桜色の魔法陣が展開され、なのはの前に巨大な桜色の魔法陣が展開している。

「スタァァァァライトォォォォォ!!」

なのはは魔法陣内でレイジングハート・エクセリオンを振り下ろす準備をしていた。

バルディッシュ・アサルトを肩にもたれさせるような状態でフェイトは足元に金色の魔法陣を展開させていた。

「雷光一閃!!プラズマザンバァァァァァ!!」

バルディッシュ・アサルトと金色の魔法陣と雷が走る。

バルディッシュ・アサルトの黄金の魔力刃に大きな魔力が伝導されていた。

はやては杖を天に掲げて、魔力を収束させていた。

足元には白い魔法陣が展開されている。

はやては再生を繰り返している防衛プログラムを見下ろす。

「ごめんな。お休みな……」

悲しげな表情を一瞬だけ浮かべると、すぐさま表情を戻す。

「響け!終焉の笛!ラグナロク!!」

杖が輝きだし、足元の魔法陣が更に巨大化して三方向から超特大な黒い雷を帯びた白色の魔力球が出現する。

 

「「「ブレイカァァァァァァァァァ!!」」」

 

三人が同時に声を上げる。

なのはは目の前でチャージを完了している桜色の魔力球を撃つ。

球は巨大な桜色の光線となって向かっていった。

フェイトは防衛プログラムに狙いをつけると、バルディッシュ・アサルトの魔力刃を黄金の光線に変えて一気に放つ。

はやては出現させていた超特大の白い魔力球を同時に発射させた。

三方向から超特大の攻撃をまともに受ける防衛プログラム。

やがてあらん限りの力を出し尽くし、三色の光が消えると巨大な赤色の柱が立って、さらに大爆発を起こした。

 

シャマルは足元に緑色の魔法陣を展開させてクラールヴィントのペンデュラムを使って、自身の前に巨大な輪を作っていた。

「本体コア。露出」

シャマルは緑色の空間を凝視する。

その中に一粒の光が見えた。

それはやがて黒いものになっていく。

精神を集中するために、目を閉じていたシャマルは開く。

「捕まえた!」

シャマルがコアを捕まえた事がわかると、ユーノとアルフは同時に右手を広げる。

「長距離転送!!」

ユーノが右手を広げて自身が繰り出す魔法の種類を口にする。

「目標!軌道上!!」

アルフも右手を広げて、目標を設定する。

シャマルが見ている空間の中に上に橙色、下に翡翠色の魔法陣が黒い塊を挟むようにして出現した。

 

「「「転送ぉぉぉぉ!!」」」

 

シャマル、ユーノ、アルフは同時に叫んだ。

コアは転送され、海面に浮かぶ防衛プログラムの肉片を覆うようにして三色が混じった環状魔法陣が出現して、そのままコアを宇宙空間へと転送させた。

同時に環状魔法陣は消え、残ったのは防衛プログラムの肉片だけだった。

 

 

宇宙空間のアースラ。

「コアの転送。来ます!」

アレックスがモニターを見ながらコアがこちらに向かっている事を報告する。

「転送されながらゆっくりとですが生態部品を修復中!」

「アルカンシェル!バレル展開!!」

エイミィが超速でキーボードを叩きながら準備をする。

アースラの前に小、大、中の白色の環状魔法陣が展開される。

その中心を白い粒子が走っている。

環状魔方陣大に光が収束されていく。

「ファイアリングロックシステム。オープン」

リンディの声に反応するように、前に環状魔法陣に囲まれた四角い箱が出現した。

「命中確認後。反応前に安全距離まで退避します!準備を!」

 

 了解!!

 

リンディの指示にアースラスタッフは従った。

地球からアースラに向かって一筋の火会の柱が現れる。

中にいるのは再生中の防衛プログラムのコアだ。

気色の悪い魚みたいな姿になっていた。

リンディがキーボックスにアルカンシェルの発動キーを差し込む。

ボックスの色が赤くなった。

アースラの前にコアが防衛プログラムが出現した。

先程より気持ち悪くなっていた。

 

「アルカンシェル!発射!」

 

リンディはキーをボックスに差し込んだキーをカチリと傾けた。

環状魔法陣大の中心に収束されていた光は休息に巨大化する。

そしてアースラから一筋の巨大な光となって発射された。

防衛プログラムに直撃する。

アースラは反応が起こる前に安全距離へと退避する。

光が膨れ上がっている。

反応が起こり始めたのだ。

膨れ上がった光はやがて急速に収縮していく。

大爆発を起こした後、宇宙空間は先程と変わらぬ静かな状態に戻った。

 

「空間内の物体。完全消滅。再生反応ありません!」

 

エイミィの報告に、リンディは瞳を閉じる。

「準警戒態勢を維持。もうしばらく反応区域を観測します」

「了解」

リンディの指示を聞いてから、エイミィは椅子の背にもたれて脱力していた。

 

 

海鳴市海上では、宇宙空間に転送された防衛プログラムがどのようになったのか気になり、見えるわけがないのだが誰もが天を見上げていた。

『現場のみんな!お疲れ様でしたぁ!状況無事に終了しましたぁ!』

エイミィの報告を聞いて、緊張の糸が切れた。

その場にいる誰もが安堵の表情を浮かべる。

『この後、残骸の回収とか色々あるんだけどみんなはアースラに戻って一休みしてて』

ユーノ、アルフ、シャマルは互いに顔を見合わせて笑みを浮かべあっていた。

クロノはデュランダルを待機状態に戻していた。

ヴィータは両肩の力を思いっきり抜いていた。

シグナムとザフィーラも安堵の表情を浮かべていた。

なのは、フェイト、はやては手を叩き合って喜んでいた。

「あの、アリサちゃんとすずかちゃんは?」

なのはがエイミィに気になっていたことを訊ねる。

『ああ、被害から遠い周囲外の結界は全て解除してあるから元いた場所に戻ってるよ』

エイミィの回答に、なのはは本当の意味で胸をなでおろしていた。

「クロノ。お疲れ様」

「ああ。よく頑張ってくれた……。ありがとうフェイト。もう一人労いの言葉をかける相手がいるだろ?」

「うん!」

フェイトがクロノに労いの言葉をかける。クロノはその厚意を受け取ると同時に促した。

超電王はゼロライナーの屋根に下りていた。

フリーエネルギーの双翼は小さくなって、電仮面ウイングへと戻っており、超電王の身体全身が光りだす。

そこには良太郎、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、ジークがいた。

「良太郎!みんな!」

フェイトがゼロライナーの屋根に着地する。

「フェイトちゃん」

「よっ!」

良太郎とモモタロスが軽く声を上げる。

他の四体は疲れているのかグッタリしていた。

「お疲れ様」

「フェイトちゃんもね」

短い言葉だが、フェイトも良太郎もそれだけで十分なため互いに笑みを浮かべあっていた。

 

「はやて!!」

 

ヴィータの悲痛な声が突如響いた。

はやてがグッタリとして、気を失っていたのだ。

ヴォルケンリッターが介抱しようとしている。

『八神!』

変身を解除した侑斗が叫び、ゼロライナーがはやてとヴォルケンリッターがいる方向に針路を変えて急に動き出した。

無論、突然の事なのでフェイトを除く屋根の上に乗っかっている者達が本人たちの意思に関係なく、海鳴の冬の海に飛び込むようなかたちになってしまうのは言うまでもないことである。




次回予告


第五十六話 「最後の暗躍者」


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LAST BATTLE
第五十六話 「最後の暗躍者」


そこは何もなく、本来なら他者の侵入はほぼ不可能な場所。

しかし、彼はそこにいた。

「これで手に入る。長かったな。あれから半年間待ち続けてきたからな」

彼は新たな力が欲しかった。

自身の目的のために。

改造した『時の列車』を使い、強大な力を得るために自分の住んでいる世界を離れて別世界へと足を運んだ。

そこで『闇の書』を目にした。

彼には初めて見た瞬間からわかった。

それがただの本ではなく、得体の知れない何かがあるという事を。

そのように思ったのは理屈ではなく本能からだった。

そして、確信があった。

『闇の書』の力を自分が手にするという事を。

彼はこれを『運命の出会い』と予感した。

最初は持ち主から強奪して手に入れようとしたが、ゼロノスに邪魔された。

次に、自身が『闇の書』のページ蒐集をする事が出来ない事を知った。

だから彼はただひたすら待ち続けた。

彼女達が完成させる事を。

この半年間ずっと。

そして、その時はやってきた。

「さあ『闇の書』よ。今こそ俺がお前を手してやるからな!」

彼が開いていた右手を拳にしていた。

掴んだものを離さないという意思の表れのようにも見えた。

 

 

地球が球体であり美しく見える事が許される宇宙空間に佇んでいるアースラではというと。

八神はやてがベッドで眠っており、桜井侑斗、デネブ、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ(獣)、リィンフォースが囲むようなかたちで立っていた。

「やはり、破損は致命的な部分にまで至っている。防御プログラムは停止したが、歪められた基礎構造はそのままだ……」

リィンフォースは自身の内情を検証した結果を告げた。

「私は『夜天の魔導書』本体は遠からず新たな防御プログラムを生成し、また暴走を始めるだろう」

「やはりな……」

リィンフォースの告げた内容にシグナムはある程度の予測をしていたのか、驚いていない。

声には出さないが他の守護騎士達も同様だ。

「修復は出来ないの?」

シャマルがかすかな希望を持って訊ねてみる。

「無理だ。管制プログラムである私の中からも『夜天の魔導書』本来の姿を消されてしまっている……」

リィンフォースは首を横に振って答える。

「元の姿がわからなければ戻しようがないということか?」

「そういうことだ……」

リィンフォースとしてもどうしようもない事だった。

完全にお手上げ状態なのだ。

「主はやては大丈夫なのか?」

シグナムが眠っているはやての容態を訊ねる。

「何も問題はない。私からの侵蝕も完全に停まっているし、リンカーコアも正常作動している。不自由な足も時を置けば自然に治癒されるだろう」

「石田先生が知ったら仰天モノになるぞ」

侑斗が口を開き、はやての容態がよくなることに訝しげな表情を浮かべながら喜びの表情を浮かべる石田医師のことを想像していた。

「確かにそうね。でも、それで良しとしましょうか……」

「ああ。もう心残りは何もないな」

「二人とも。それでは八神とお別れするみたいだ……」

シャマルとシグナムの台詞から何か特別な意思のようなものを感じ取ったデネブ。

「防御プログラムがない今、『夜天の魔導書』の完全破壊は簡単だ。破壊しちゃえば暴走する事も二度とない」

「だけど、その代価としてお前等が消えてしまうってわけか」

侑斗がヴィータの言葉の続きと思えることを告げた。

「「「「「………」」」」」

守護騎士は全員黙りこくってしまう。

「そんな……。それじゃ八神はまた一人ぼっちになってしまう……。また家族を失う苦しみを味わう事になってしまう……」

デネブの言うとおり、はやては既に両親を失っている。

その苦しみをまた彼女が味わうとなると、気が気ではない。

「いいや違う。守護騎士達は残る」

リィンフォースの発言に全員が顔を向ける。

 

「逝くのは私だけだ」

 

リィンフォースの瞳に『覚悟』がにじみ出ていた。

 

アースラの食堂でもリィンフォースの発言は既に知れ渡っていた。

体調の回復のためにも野上良太郎、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスは食堂にある料理を食べていた。

病み上がりなので摂取して体調をよくしようという考えだろう。

ちなみにジークは「役目を終えた」と言ってそそくさとデンライナーに戻っていった。

「『夜天の魔導書』の破壊?」

「どうして!?防衛プログラムは破壊したはずじゃ……」

食堂の別のテーブル席ではというとフェイト・テスタロッサと高町なのははクロノ・ハラオウンとユーノ・スクライア(人間)が告げた内容に目を大きく開いて驚いていた。

良太郎も食べながらではあるが聞いている。

「『闇の書』---『夜天の魔導書』の管制プログラムからの進言だ」

「管制プログラムって、なのは達が戦っていた……」

アルフは確認するようにクロノに訊ねる。

クロノは肯定としての意味を込めて首を縦に振る。

「防御プログラムは無事に破壊できたけど、『夜天の魔導書』本体はすぐにプログラムを再生しちゃうらしいんだよ。今度もはやてちゃんが侵蝕される可能性は高い。『夜天の魔導書』が消えない限り、どうしても危険は残っちゃうんだよ」

ユーノの説明に食堂にいる誰もが真剣な表情で耳を傾けていた。

「だから『夜天の魔導書』は防衛プログラムが消えている今のうちに自らを破壊するように申し出た……」

「そんな……」

なのははやりきれない表情を浮かべている。

「でも、そんな事したらシグナム達は!?」

フェイトが尤もな事をクロノに訊ねる。

「いや、私達は残る」

クロノの代わりに先程に食堂に入ったシグナムが答えてくれた。

シャマルとザフィーラ、侑斗とデネブも一緒だ。

「防御プログラムとともに我々、守護騎士プログラムも本体から解放したそうだ」

ザフィーラが補足説明をしてくれた。

「それで、リィンフォースからなのはちゃん達と良太郎君達にお願いがあるって」

シャマルの言葉に名指しを受けた者達は首を傾げた。

 

ヴィータは一人、はやてが眠っている部屋にいた。

掛け布団が落ちたので、はやてにかけてやる。

「はやての幸せが、あたし達の一番の幸せ。だからリィンフォースは笑って逝くってさ」

はやては起きる気配はない。

背を向けて、部屋を出ようとするヴィータ。

ドアが自動で開く。

「夢の中でいいから褒めてあげてね。あの子の事を」

ヴィータは悲しみを必死に隠すような笑みを浮かべていた。

 

「はあ……はあはあはあ……はあ……」

息を乱しながらリィンフォースは一人、『夜天の魔導書』を抱えてアースラの廊下をヨロヨロとしながら

も歩いていた。

「まだだ……。私が抵抗できる内はお前の好きにはさせない……」

リィンフォースが片目を閉じて胸元を掴みながら、必死に内なるものに抗う。

(随分と粘るな。だが俺は気長に待たせてもらうぜ。今になるまで半年も別世界にいたんだ。今更一日や二日ぐらいどうって事はない)

立場的にはこちらが不利だ。

(まぁいい。だが忘れるなよ。俺はいつでも機会を窺っているとな。隙を見せたら最後だと思え)

内からの声は聞こえなくなった。

「やはり……時間がない。最悪の場合は彼等に頼むしかない……」

こいつは防衛プログラムよりも厄介だ。

早急に片付けておかなければならない。

リィンフォースは自身に降りかかる出来事で、はやてに災いをもたらす事だけは何が何でも阻止したかった。

たとえその代償として自身が消える事になっても。

 

 

翌日となり、雪が滾々と降っている海鳴市。

辺り一面は雪景色であり真っ白だ。

海鳴市桜台には『夜天の魔導書』を抱えたリィンフォースが一人海鳴市の風景を見下ろしていた。

「ああ。来てくれたか」

ざっざっざっと地面に積もった雪を踏みしめながら、大勢の足音が彼女の耳に入った。

そこにはなのは、フェイトを始めとして良太郎やイマジン四体にコハナもいた。

「リィンフォース、さん」

なのはが彼女の名を呼ぶ。

「その名で呼んでくれるのだな」

リィンフォースは笑みを浮かべていた。

とてもこれから消滅する存在とは思えないくらい穏やかだ。

「………」

なのははその表情を見るのが辛くなってきたので、俯いてしまう。

「貴女を空に送る役目。わたし達でいいの?」

フェイトは他に適任者がいるのではないかと訴える。

「お前達だから頼みたい。お前達のおかげで私は主はやての言葉を聞く事が出来た。主はやてを食い殺さずに済み、騎士達も生かすことが出来た。感謝している。だからこそ最期はお前達に私を閉じてほしい」

リィンフォースの言葉に迷いはないと良太郎は感じた。

「はやてちゃんとお別れしなくていいんですか?」

はやてがこの事を知っているはずがない事は何となくだが、なのはには予想できていた。

「主はやてを悲しませたくないんだ」

リィンフォースは、自身の消滅は『当然のこと』と思っている。

「リィンフォース……」

「でもそんなの……、何だか悲しいよ」

フェイトは名前を呟くことしかできず、なのはは自分に何かできることはあるんじゃないかと考えてしまう。

「お前達にもいずれわかる時が来る。海より深く愛し、その幸福を守りたいと想う者と出会えればな」

まるで人生の先輩のアドバイスのような口振りでリィンフォースは語った。

その言葉を聞き、フェイトは良太郎を見る。

自分は彼のために今のリィンフォースのように思えるのかはわからない。

だが一人のためにそこまで想う事が出来るリィンフォースにフェイトは敬意を抱いた。

遅ればせながら守護騎士と侑斗、デネブもやってきた。

「時間がない。そろそろ始めようか」

リィンフォースを雪空を見上げる。

 

「『夜天の魔導書』の終焉を」

 

八神家で一人、はやては眠っていた。

原因が初実戦による極度の緊張と疲労によるものなので、休息を取れば回復した。

病状によるものではないので、パチリと両目を開ける事は容易かった。

むくりと起き上がる。

「う……く……」

胸を締め付ける何かが襲ってきた。

脳裏に金色で円と十字架が合わさった紋章が浮かび上がった。

瞳の色が一瞬だが青色になる。

それはリィンフォースと一体化した時の目の色だ。

「リィン……フォース?」

何か嫌な予感がする。

今を逃すと二度と会えなくなるのではないかと、はやては予感してすぐに着替えて車椅子を巧みに操りながら、自宅を出た。

 

誰もが現在行われている茶々や冷やかしを入れようとはしなかった。

右側にレイジングハート・エクセリオンを構え、両目を閉じて足元に桜色の魔法陣を展開させているなのはがいた。

左側にバルディッシュ・アサルトを構え、両目を閉じて足元に金色の魔法陣を展開させているフェイトがいた。

そして中央には、『夜天の魔導書』を宙に浮かせて二人同様に魔法陣を展開させているリィンフォースがいた。

リィンフォースが展開している魔法陣の三角のうちの一角に守護騎士達がいた。

「野上。あいつが何で俺達を呼んだのかわかるか?」

侑斗は良太郎の側まで歩み寄り、訊ねてきた。

「防衛プログラムは破壊され、リィンフォースさんが消滅すればこの一件は確かに終わりだけど僕達がここに来た目的が解決したとは思えないね」

良太郎はリィンフォースの消滅は『この時間で起こるべき事』、『未来への時間へのつむぐための大切な出来事』と判断しているので止める気はない。

侑斗も同様だ。『時の運行』を守る者がタイムパラドックスを起こす原因を作るなど本末転倒としか言いようがない。

「イマジン絡み、だと思うか?」

「多分ね」

侑斗の発想に良太郎は確信を持った返答は出来ない。

「モモタロス」

「ん?何だよ」

「リィンフォースさんからイマジンの臭いってする?」

良太郎は姿の見えないイマジンを看破する方法として、モモタロスの嗅覚に頼る。

モモタロスも良太郎の意図がわかっているのか、鼻をクンクンさせる。

しばらくして、モモタロスは首を横に振った。

「あー駄目だ。わかんねぇ。臭いを消されてるかもしれねぇな」

「イマジンの臭いを消す?可能なのか?」

「わかんねぇよ。アイツにイマジンが憑いてりゃ臭いを消してるんだろうし、憑いてなきゃ臭いなんてしねぇしな」

モモタロスが言う『イマジンの臭い』というものが人間社会の『消臭』方法で可能なのかどうかはわからない。

ちなみに消臭方法には四つの方法がある。

科学的消臭法、物理的消臭法、生物的消臭法、感覚的消臭法である。

イマジンの臭いにおいての消臭法は科学的にも物理的にも適用されるとは思えない。

生物的方法もイマジンの臭いを滅菌する対策が講じられていない以上、不可能だろう。

となると感覚的消臭法となる。

悪臭を芳香成分で包み込んでしまう方法。

芳香成分を強くして、悪臭をごまかしてしまうマスキングという方法と、悪臭の元となる化学成分を良い香りの元となる構成成分に取り込んでしまうペアリングという方法がある。

ちなみに効果が高いのは後者であるが、イマジンの臭いを消す方法として効果的なのはマスキングだと考えられる。

「イマジンの臭いを誤魔化せるのかよ?アイツ……」

モモタロスはリィンフォースを見ながら首を傾げる。

「そんな特殊能力があるのかなぁ……」

ウラタロスも頭脳をフルに働かせるが、ピンとこない。

「モモの字が風邪引いたとは思えんしなぁ」

「モモタロス、風邪引かないよ。クマちゃん」

キンタロスが腕を組んで考えを口に出すが、リュウタロスがバッサリと切り捨てた。

もちろん、これらの事はリィンフォースにイマジンが憑いているという事前提での話題である。

「リィンフォースにイマジンが憑いてるかどうかを判断するにも、モモタロスの鼻で駄目となると俺達ではどうしようもないし……」

デネブも成り行きを見守るしかないと判断する。

儀式のように静かに行われている。

「ああ。短い間だったが、お前達には世話になった……」

『気にせずに』

『よい旅を』

バルディッシュ・アサルトとレイジングハート・エクセリオンに礼を述べるリィンフォース。

両目を閉じ、後は消えてなくなるのを待つのみだった。

(これで私の内のものも消せる。動きがないという事は抵抗する意思はないと判断すればいいな)

すべて上手くいく。

はやてに危害を及ぶことなく、全てが万事上手くいくと思っていた。

 

「リィンフォース!!みんなぁ!!」

 

はやてが必死に車椅子の両輪を回しながらこちらにやってきた。

「はぁはぁ……はぁ……はぁ……」

息を切らせながらも、はやては車椅子の両輪を回す事を止めない。

「はやてちゃん……」

「はやて!」

見届け人であるシャマルが名を呼び、ヴィータが駆け寄ろうとする。

「動くな!」

リィンフォースが大声を出して、ヴィータの動きを止める。

「動かないでくれ。動くと意識が停まる」

リィンフォースは、こちらに向かってくるはやて。

「やめてぇ!破壊なんかせんでええ!わたしがちゃんと押さえる!大丈夫や!こんなんせんでええ!」

はやての悲痛な叫びが響く。

リィンフォースはわかっていた。

それが主の本音であると。

だが、もう一つわかっている事がある。

防衛プログラムの脅威は彼女が考えているほど甘いものではないという事を。

(主……)

はやての泣き顔はやはり見たくない。

「主はやて、よいのですよ」

リィンフォースは穏やかな表情で告げる。

「ええ事なんかない!ええ事なんか何もあらへん!!」

反対にはやては必死に涙を浮かべて、抗議する。

「随分と長い時を生きてきましたが、最後の最期で私は貴女に綺麗な名前と心をいただきました。騎士達も貴女の側にいます。何も心配はありません」

リィンフォースは自身一人が消えても何もはやてには支障がないと伝える。

「心配とかそんな……」

「ですから、私は笑って逝けます」

リィンフォースの言葉に嘘偽りがないことは、はやてにはすぐにわかった。

あまりに穏やかな表情だから。

あまりに彼女の瞳が真っ直ぐだから。

「笑って逝く」という事がどれほど生きとし生ける者にとって難解な事なのかは、はやてでも何となくではあるがわかる。

『死』というものはあまりに突然に、そしてあまりに理不尽に突如降りかかるものだからだ。

だが、それでも理屈で理解しても感情は許してくれなかった。

「話、聞かん子は嫌いや!マスターはわたしや!話聞いて!」

はやてはマスターとしての権限を行使した。

といっても、留める為だけのものなので魔法を使ったりしているわけではない。

「わたしがきっと何とかする!暴走なんかさせへんって約束したやんか!」

はやてのそれには論理的根拠がないことは誰もがわかっている事だったが、その事に口を挟もうとはしなかった。

「その約束は、もう立派に守っていただきました」

リィンフォースの一言は、はやての一縷の望みを断ち切る結果となった。

「リィンフォース!!」

はやては彼女の名を叫ぶ。

「主を守るのが魔導の器の務め。貴女を守るための最も優れたやり方を私にやらせてください」

リィンフォースは瞳を閉じて、最初のワガママを口にする。

「そんな……、ずっと悲しい想いばっかりしてきて……、やっと……やっと救われたんやないか!」

はやては両目から流れる涙を拭おうとせずに、リィンフォースの境遇を悲しんだ。

『闇の書』という不名誉で恐れと憎悪と侮蔑を込められた名をつけられて、腫れ物扱いされてきた彼女が

やっと幸せになれると思った矢先にコレだ。

悲しまずにはいられなかった。

たった一人が何故こうまで貧乏くじを引かなければならないかと、はやては神様がいれば文句を言いたいくらいだった。

「私の意思は貴女の魔導と騎士達の魂に宿ります。私はいつも貴女の側にいます」

「そんなん違う!そんなん違うやろ!?リィンフォース!」

はやてはぶんぶんと首を横に振る。

「駄々っ子はご友人に嫌われます。聞きわけを我が主」

「リィンフォース!」

はやては車椅子を動かすが、雪道に車輪を取られて前のめりにこけてしまう。

「あぐっ!」

はやては匍匐前進のような状態ながらも、前に進んでいく。

「これから……わたしが……うーんと幸せにしてあげなあかんのに……」

「大丈夫です。私はもう世界で一番幸福な魔導書ですから」

リィンフォースはゆっくりと歩み寄って、はやての前にしゃがみ込んで、頬に触れる。

「主はやて。一つお願いがあります。私は消えて小さく無力な欠片へと変わります。もしよければ私の名はその欠片にではなく、貴女がいずれ手にするであろう新たな魔導の器に送ってあげていただけますか?」

はやては黙って聞いている。

 

「祝福の風---リィンフォース。私の魂はきっとその子に宿ります」

 

はやては涙を流しながら、名を呼ぶ。

「はい。我が主」

リィンフォースは答えてからまた、魔法陣の中央に戻っていき、瞳を閉じて天を仰ぐ。

もうやるべき事はやった。

満足だ。

リィンフォースの内にはそういった満足感が支配していた。

 

(隙を見せたな。バカが)

 

リィンフォースの内に潜んでいるものが嘲笑いながら発した。

「うぐっ!?」

リィンフォースが胸を押さえて、その場で膝をついた。

「リィンフォース!?」

真正面にいるはやてを彼女の態度の異変に誰もが目を丸くしていた。

「来ては……なりません。我が主……」

こちらに来ようとしているはやてをリィンフォースは止める。

なのはもフェイトも展開していた魔法陣を閉じる。

二人ともはやて同様にリィンフォースの動向を心配する。

「あ……ああ……」

リィンフォースはうずくまってしまう。

苦悶の声を上げながら、内にあるものと戦っているのだ。

空いている右手を地面に叩きつける。

小さく穴ができる。

リィンフォースは顔を上げて、侑斗と良太郎を見る。

「た……頼みがある。主を……守ってくれ。私に騎士としての誇りある末路を……歩かせてくれ……」

息を切らし、肩を揺らしながら頼み事のような事を言った。

 

「うぐううああああああああああああ!!」

 

リィンフォースは仰け反って獣のような咆哮を上げる。

少しだけ沈黙が場を支配する。

力を抜けたように顔をだらりと前へ下ろす。

「ふ、ふはははははははは」

リィンフォースの口から彼女の声ではない声で笑っていた。

聞いていて不快になる笑い声だ。

リィンフォースが立ち上がる。

同時に露出した肌には黒い炎のような紋様が走る。

長い銀髪も漆黒に染まり、血のような赤いメッシュが所々に入る。

赤い瞳も暗闇のような黒い瞳へと色が変わった。

リィンフォースとは違って、全身から禍々しい雰囲気が満ちている。

「半年間待った甲斐があったな。俺にはない力が満ちている。これなら『時間の破壊』も簡単にできそうだ」

リィンフォース(?)は長い髪をサラリと手で触れる。

「リィンフォース?」

「違うな。ソイツは今内で大人しくしているぜ」

はやての言葉にリィンフォース(?)は否定の言葉で返してから良太郎、侑斗、モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、デネブ、コハナを見てから邪悪な笑みを浮かべる。

 

「久しぶりだな。電王、ゼロノス」

 

リィンフォース(?)の一言が戦いの始まりになる事をその場にいる誰もが理解していた。

 




次回予告


第五十七話 「敵は仮面ライダー?」


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第五十七話 「敵は仮面ライダー?」

「久しぶりだな。電王、ゼロノス」

 

そのように言われてリィンフォースに憑依しているのは誰なのか、チームデンライナー及びゼロライナーは即答できるわけがなかった。

リィンフォースに憑依しているのは紛れもなくイマジンだ。

過去の経験上、死霊が人に憑依して肉体を乗っ取ったという前例はない。

また彼等にとってイマジンに「久しぶり」と投げかけられる事も仲間内を除けばほとんどない。

何故なら彼等は対峙したイマジンを逃がした事がないからだ。

つまり、過去に戦った事のあるイマジンを何がしかの理由で意図的に逃がさない限りはそのようなやり取りは成立しないのだ。

そして経験上、自分達に敵対したイマジンにそのような措置をした憶えはない。

となると、リィンフォースに憑いたイマジンは『倒し損ねた』か『倒したと思い込んでいた』という事になる。

どちらにしても自分達の失態から招いた事だけは確かだ。

だからこの相手だけは電王&ゼロノスで倒さなければならない。

「久しぶりって事は聞くまでもないけど一回は会ってるし、戦ってもいるんだね?」

野上良太郎が代表してリィンフォース(?)に訊ねる。

相手が誰なのかを知るための情報収集だ。

「ああ。お前等のせいで折角の完全なる悪の組織を作るという俺の計画は完全に崩れたんだからな」

リィンフォース(?)が恨みがましく、こちらを睨みながら答えた。

「完全なる悪の組織?」

既に守護騎士達がいる場に避難している高町なのははリィンフォース(?)の単語に首を傾げる。

「良太郎達は過去にその計画を潰してて、リィンフォースに憑いてるイマジンはその事を根に持ってるって事かな……」

フェイト・テスタロッサも良太郎達側に避難しており、良太郎達とリィンフォース(?)の会話の中で情報を整理している。

桜井侑斗は八神はやてを抱き上げてリィンフォース(?)の側から離れており、デネブははやてが使っている車椅子を持って運んでいた。

「侑斗さん。どないなってんの?リィンフォース、どないしたん!?」

車椅子に乗せてもらったはやては、侑斗にリィンフォースの急変を訊ねる。

「ええと……」

デネブはどのようにして伝えたらいいか悩んでいる。

「簡単に言うぞ。リィンフォースはイマジンに身体を乗っ取られた」

「ほ、ほんまなん?」

はやては確認するようにもう一度侑斗に訊ねる。

侑斗は首を縦に振るだけだ。

「でも、いつ憑かれたのかしら?そんな機会あったとは思えないけど……」

コハナはリィンフォースがいつ憑依を許してしまったのかを思い出す。

「機会はあったさ」

侑斗がコハナの質問に答え始める。

「いつ?」

良太郎が急かす。

「八神が倒れた時、リィンフォースは八神と分離している。憑けるとしたらその時ぐらいだろう」

侑斗の推測を聞き、みな納得する。

確かにイマジンがリィンフォースに憑依する機会はその時だけだ。

「つーかよ。テメェ一体誰なんだよ?」

モモタロスは必死で思い出そうとするが、それでもわからない。

「僕達と敵対しているイマジンで生存してるヤツなんていた?」

「おらんやろ。俺等イマジンはおろか他のヤツだってきっちり倒してるからなぁ」

ウラタロスがお決まりのポーズを取って考えるが、モモタロス同様に思い当たる節がないのでキンタロスに訊ねるが結果は同じだった。

「オマエ誰~?」

リュウタロスは考えずにストレートにリィンフォース(?)に訊ねた。

「テメェ等の脳ミソはニワトリ並か……」

こめかみに青筋を立てながらもリィンフォース(?)は呆れと侮蔑を込めて吐く。

良太郎はリィンフォース(?)をもう一度見てから、彼が口にした単語をもう一度一字一句思い出す。

(久しぶり、悪の組織……)

『悪の組織』なんて言葉を公言したのは自分が知る限り、一人しかいない。

だが彼は倒したはずだ。

『時の列車』二台とキャッスルドランの集中攻撃で。

(あ……)

良太郎はこの時の末路を映像として記憶の中から引っ張り出した。

爆発するネガデンライナーを。

(そうか。爆発したのは列車だ……)

自分達は木っ端微塵に炎上した『時の列車』を見ただけで、操縦者の生死までは調べていない。

あの爆発なのだから確実に葬ったと思っていた。

もしこれが思い込みで、実際にはあの爆発を利用して逃げていたとしたら……。

彼が別世界に来て、「久しぶり」なんて声をかけるのも頷ける。

別世界に来る手段は『時の空間』に存在する『橋』を渡っていかなければならない。

そのためには『時の列車』を所有しておく必要があるわけだが、これもオーナーが教えてくれた『改造型の時の列車』の所有者が彼ならば辻褄が合う。

そして『改造型の時の列車』の素が大破したネガデンライナーならば間違いなく彼しかいない。

リィンフォースを乗っ取り、こうして自分達の前に立っているイマジンの名は、

 

「ネガタロス」

 

良太郎は静かにしかし、自信を込めて彼の名を口に出した。

 

 

準警戒態勢を維持し、アルカンシェルの反応区域を観測しているアースラ。

モニタールームではリンディ・ハラオウンを始めとしてエイミィ・リミエッタ、クロノ・ハラオウン、ユーノ・スクライア(人間)、アルフ(人型)も海鳴市で起こっている出来事に目を疑わずにはいられなかった。

「どうなってるの?」

「わ、わかりません!?現在リィンフォースの変貌を解析中!」

リンディは自身の理解の範疇外の出来事にただ短く言葉を呟くしかできず、エイミィはキーボードを叩きながら解析を急いでいた。

「ユーノ、アルフ。君達にならわかるか?」

クロノは自身の下手な知識で考えるよりも、これがイマジン絡みなら自分よりも知識や経験を有している二人に聞くほうがより適切な答えが出ると判断した。

「モニター越しじゃ何ともいえないけど、髪の色が銀色から赤色のメッシュが入った黒色になってることから多分だけど、リィンフォース自身が変化したんじゃなくて彼女の中にいるイマジンが彼女の肉体を乗っ取ったんだと思う」

ユーノはこの中でただ一人イマジンとの憑依体験があるので言葉には説得力があった。

「それは人間限定ではないのか?」

クロノが言うように、リィンフォースは人の姿はしているが『人間』ではないので憑依は不可能ではないかと考えてしまうのが普通だ。

「ウラタロスさんが言ってたんだ。イマジンは人間でなくても、人の姿をしているものなら憑くことが出来るんだって」

ユーノが言うように、イマジンは人間と同じ様な姿を模しているものならば憑依が可能だ。

それはウラタロス、キンタロス、リュウタロスが鬼ヶ島での戦闘の際に思いつきで実行した事で証明されている。

彼等は仮面ライダーディエンドが召喚した三体の仮面ライダーG3、仮面ライダーコーカサス、仮面ライダー王蛇に憑依し、自由に操っていたのだから。

「そうなるとリィンフォースの身体を乗っ取れたってのも頷けるねぇ」

アルフが腕を組んで納得する。

「アルフ、クロノ。行くよ!」

ユーノがモニタールームから出ながら二人に呼びかける。

「あいよ!」

「そうだな。彼等が思いっきり戦えるようにするのも重大なことだからな」

アルフとクロノもモニタールームを出た。

「エイミィ。転送ポートの準備を!」

「既にやっています!」

モニターに映っているリィンフォース(?)の解析を行いながらも、エイミィは先程より速い手つきでキーボードを叩いていた。

 

 

ネガタロスに乗っ取られたリィンフォース(以後:Nリィンフォース)はその場にいる全員を見回していた。

「さて、別世界の連中には自己紹介はまだだったな。我が名はネガタロス。かつてそこにいる電王とゼロノスに倒されたイマジンだ」

Nリィンフォースが自己紹介として、大仰に挨拶する。

「そして、別世界の時間を破壊する力を手にした者だ」

挨拶を終えるとNリィンフォースはデンオウベルトを出現させて、腰元に巻きつける。

色は銀色ではなく、金色だった。

カチリとベルトが巻かれた音が鳴る。

今までに聞いたことがない感じのミュージックフォーンが流れ出す。

そして、右手にはパスが握られていた。

「そんな、パスは!?」

「俺達が奪い返したはずだ!」

良太郎とモモタロスが言うように、ネガタロスがかつて奪ったパスはきちんとこちらで取り返している。

彼が持っていることは正直に言えばおかしい。

「フン。パスを奪ってから何日経って奪い返してると思ってんだよ?コピーを作る時間は十分すぎるくらいなんだぜ」

Nリィンフォースは嘲笑しながら、右手に持っているパスをちらつかせている。

「テメェ等全員に見せてやるぜ。最凶の仮面ライダーってヤツをな……」

Nリィンフォースは手にしたパスをターミナルバックルに向けて投げた。

 

「変身」

 

『ネガストライクフォーム』

デンオウベルトから電子音声でそのように発し、Nリィンフォースの姿が紫色が主体で節々が金色のプラット電王からデンレールが波打っているような両肩にターンブレストが特徴の胸部、そしてNEWデンライナーをモデルとした鋭角な電仮面が装着されていく。

更に特徴的なのは身体全身に青色のトライバル柄パターンが配されていることだろう。

それが余計に禍々しさを引き立たせていた。

仮面ライダーネガNEW電王(以後:ネガNEW電王)の完成である。

全身から目の前にいる者全てを吹き飛ばすほどのフリーエネルギーが噴出す。

思わずその場にいる誰もが、吹き飛ばされそうになるが全員踏ん張っていた。

「オイ!あの姿って……」

「嘘でしょ!?」

「あ、有り得へんで!」

「そんな~!」

「でも、間違いなく……」

「うん。間違いなく……」

チームデンライナーはネガNEW電王の姿にショックを受けながらも、その姿に納得していく。

「野上、お前達だけで納得してないで説明しろ。あの電王、明らかに以前ネガタロスが変身した姿とは違うぞ。それにお前達は見覚えがあるみたいだけど何なんだ?」

「あの電王はね。幸太郎---未来から来た僕の孫の電王の姿なんだよ」

良太郎は侑斗に簡潔に説明した。

「以前と姿を変えているって事はパワーアップしていると考えた方がいいんだよな?」

「多分ね」

侑斗の確認に良太郎は曖昧な返事しか出来なかったが、間違いではないと思っている。

「モモ、ウラ、キンタロス、リュウタ!オーナーからよ!」

沈黙を破ったコハナは、四体に向けて黒い物体を手裏剣のようにして華麗にかつ的確に投げつける。

三度目の事なので、四体は難なくキャッチする。

良太郎もポケットからパスを取り出していた。

 

 

「こうなると最早、私達ではどうしようもなくなるわね」

アースラのメインモニターでネガNEW電王の姿を見て、リンディはここから先は良太郎達の領分だと判断した。

「モニターに映っている仮面ライダーの戦闘能力は魔導師ランクで解析するとSS+です!」

アレックスが報告する。

「SS+ぅ!?それじゃ海鳴市にいる誰よりも高いよ!」

魔導師ランク=実力ならばエイミィの言うとおり、海鳴市にいる誰もが勝てないことになる。

だが実際にはそうでないというのが現実なのだが、名目どおり低ランクが高ランクに勝利するというのは難しいというのも現実だ。

データは抹消されているが、クライマックス電王でもSランク(フリーエネルギーが安定している状態)なのでそれぞれのフォームの電王がそれよりも高いという事はないとエイミィは記憶していた。

「この世界の命運は彼等---仮面ライダーに懸けるしかないわね……」

リンディは自身ができる事というよりも時空管理局の可能範囲を逸脱していると理解しているため、ネガNEW電王の扱いは海鳴市にいる仮面ライダーに委ねるしかないと判断した。

 

 

「「「「「変身!!」」」」」

 

掛け声と同時に、侑斗を除く一人と四体はデンオウベルトを出現させて腰に巻き付けてターミナルバックルにセタッチする。

モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスがプラット電王からそれぞれのフォームの電王へと変身していく。

モモタロスは赤色のオーラアーマーと桃のレリーフが電仮面となっているソード電王に。

ウラタロスは青色のオーラアーマーと海亀がモデルとなっているロッド電王に。

キンタロスは金色のオーラアーマーと『金』という文字に斧がモデルの電仮面のアックス電王に。

リュウタロスは紫色のオーラアーマーにドラゴンがモデルの電仮面のガン電王に。

良太郎は赤と黒が目立つプラット電王からキングライナーがモデルとなっているオーラアーマーが胸部に装着され、その後にデンライナーがモデルとなっている電仮面が装着されてライナー電王へと変身した。

「俺、参上!!」

ソード電王は右親指で自身を指してから、左手を前に出して大仰なポーズを取る。

「オマエ、僕に釣られてみる?」

右手で軽く額を当ててから、ウラタロスの時と同じ様にインテリなポーズを取るロッド電王。

「俺の強さにお前が泣いた!」

両手をパンと前で叩いてから、四股を踏むアックス電王。

「オマエ、今度こそ倒すけどいいよね?答えは聞いてない!」

その場でくるりとターンしてから右手でネガNEW電王を指すガン電王。

「みんな、最後の戦いだ。いいね?」

ライナー電王は他の電王にそのように告げてから、一瞬だけデンカメンソードを構える。

他の電王もそれぞれの武器を構える。

その場の温度が一度か二度ほど下がったように感じたのは決して気のせいではない。

「良太郎ぉぉぉ!!」

「みなさぁぁぁん!!」

アースラから転送されてきた戦闘スタイルのアルフとバリアジャケット姿のユーノ、クロノが海鳴の雪空から降りてきた。

「この辺りには結界を張っておきました。思う存分戦ってください」

ユーノが電王達の前に立って状況を説明してくれた。

「君達もバリアジャケットや騎士服を着用してくれ。結界の中で観戦する以上、せめてもの自衛だ」

クロノが私服姿でいるなのは、フェイト、ヴォルケンリッターに促した。

促された者達はすぐさまバリアジャケット及び騎士服を着用する。

「こうして生で見ると、ひしひしと恐ろしさが伝わってくるねぇ」

アルフがネガNEW電王を見て率直な感想を述べる。

「アルフさん。侑斗と八神さんの話が終わってからでいいから八神さんをみんなの所へ運んであげてくれる?」

「了解。任しときなって」

アルフはライナー電王の頼みを快諾してくれた。

 

「な、なあ侑斗さん」

はやては涙を拭いながら、侑斗を見上げる。

「お前の言いたい事は大体はわかる。リィンフォースを助けてほしいって言いたいんだろ?」

はやては首を縦に振る。

「リィンフォースをイマジンから助けたって!お願いします!侑斗さん!デネブちゃん!」

土下座でもしかねない勢いではやては侑斗とデネブに深々と頭を下げる。

彼女はわかっているのだろう。

自分が言った「リィンフォースを助ける」というのは決してリィンフォースを生存させて救出させる意味ではなく、ネガタロスから解放させてリィンフォースが望んでいる『死』を叶えてほしいという意味がこもっている事を。

「八神。お前、俺の事を仮面ライダーだって言っていたよな?」

「うん……。侑斗さんは仮面ライダーゼロノスやで。でも、侑斗さん全然認めへんけど」

はやての言うように、侑斗は『ゼロノス』であって『仮面ライダーゼロノス』である事は頑なに拒否していた。

『仮面ライダー』が自身の目的ではなく、力なき者や弱き者を守るための存在ならば自分は違うからだ。

自身がゼロノスカードを用いてゼロノスになるのはあくまで自分のためだからだ。

そんな自分が『仮面ライダー』を名乗るなんておこがましいにも程があると考えている。

だが今、自分の目の前で必死に懇願している少女がいる。

その少女は自分にとっては『恩人』といってもいい存在だった。

ゼロノスカードを用いる事で支払われる代価が『桜井侑斗に関する記憶』と知っても、彼女は普通に接してくれた。

それがどれだけ、ありがたくそしてどれだけ嬉しかった事か。

彼女のために戦いたい。

その気持ちが侑斗の中に芽生えていた。

侑斗はゼロノスカードをケースから取り出す。

そのカードは今までの物とは違い、表面に赤色と裏面に緑色のラインが走っていた。

「このカードを使えば四枚目になる。特異点でもない普通の人間であるお前が四枚目で俺を憶えているとは思えないから今のうちに言っておくぞ」

「侑斗……」

デネブは侑斗が今から別れの挨拶をしているのだろうと察した。

 

「ありがとう」

 

この二ヶ月近くの感謝を込めて短くだが彼は述べた。

はやてに背を向けてゼロノスカードを手にして、侑斗は凝視する。

ゼロノスベルトを出現させて、腰に巻きつける。

ガチャっときちんと巻かれた音が鳴る。

ゼロノスベルトのバックル上部にあるチェンジレバーを右側へとスライドさせる。

「今だけはお前だけの仮面ライダーになってやる」

和風のミュージックフォーンが流れ出す。

 

「変身!」

『チャージ&アップ』

 

ゼロノスカードをアプセットすると、今までと違う電子音声を発した。

ゼロノスの姿へと変わっていく。

オーラアーマーが出現して身体に装着されて、牛の頭をモチーフとしたものが二頭走って電仮面となる。

ただし通常のゼロノスとは違い、アルタイルフォームで緑色や銀色や金色だった部分が錆びた感じの赤銅色と金色となっており、全体的に派手さに欠ける感じのカラーリングになっていた。

仮面ライダーゼロノスゼロフォーム(以後:Zゼロノス)の完成だ。

側にいたデネブもフリーエネルギーに変換されて、ガトリングガン型の武器へと変わっていた。

デネブが変化した武器---デネビックバスター(以後:Dバスター)がZゼロノスに握られていた。

 

「最初に言っておく!俺達は今すーごーく強い!!」

『その通り!』

 

ZゼロノスとDバスターを構えてから、同時にネガNEW電王に発する。

「行ってくれ」

「あいよ」

Zゼロノスはアルフに、はやてを運ぶように促した。

アルフは指示通りにはやてを皆が集まっている場へと移動した。

電王達とZゼロノスが並び、ネガNEW電王を睨みつけていた。

ネガNEW電王はフリーエネルギーを用いて量腰に収まっているネガNEWデンガッシャー(以後:NND)を宙に浮かせる。

四つのNNDは左側二つのパーツが横連結して、右側のパーツが上下を挟むようにして縦連結された。

紫色で青色のトライバル柄のパターンが施されているオーラソードが出現した。

NNDソードの切先を向けながら、不敵に言う。

 

「強さは更に別格だ」

 

それが決してハッタリではないという事を誰もが思ったのは決して間違いではない。

 

なのはにとって今起こっている事は出来るならば夢であってほしいと思っていた。

仮面ライダー同士が戦っているという事だ。

相手がイマジンならば及ばずながら力になれるかもしれないが、相手が仮面ライダーだと自分達にできる事はないに等しい。

それに、参戦を今戦っている者達が望んでいるとは思えなかった。

付き合いがそこそこあるので、何となくわかるようになっているのだ。

横にいるフェイトを見る。

真っ直ぐに戦いを見ていた。

だが、彼女の手は拳を作っておりプルプルと震えていた。

(フェイトちゃん……)

本当は戦いに加勢したいのだろう。

それはフェイトだけではなく、シグナムやヴィータも同じだった。

(同じ気持ちなんだ……。わたし達)

自分と同じ気持ち。

『助けられてるのに助ける事が出来ない』事に対してのむず痒さだ。

だから自分達にできる事はひとつしかない。

 

頑張って、負けないで、と。

 

ガン電王がDガンに引き金をひたすら絞って、フリーエネルギーの弾丸をネガNEW電王に浴びせていた。

「さっさと倒れちゃえ!」

その場でステップを踏みながら、腰に捻りを咥えたりしながら打ち続ける。

『侑斗!』

「わかってる!」

同じ飛び道具を持つZゼロノスがDバスターの引き金を絞って、ゴルドフィンガーから十発のフリーエネルギーの弾丸が発射される。

弾丸の雨を浴びながらも、ネガNEW電王が怯む様子はない。

むしろケロッとした様子で前進していく。

「コイツ、全然聞いてないよ!?」

「だったら接近戦に持ち込むぞ!」

狼狽するガン電王に対してZゼロノスは戦闘プランを促して、実行した。

Dバスターの銃口を向けたまま、ネガNEW電王へと向かっていく。

ガン電王も真似するような動きで、間合いを詰めていく。

ZゼロノスがDバスターをラリアットの要領で振り回して、ネガNEW電王のこめかみに狙いをつけるが上体を反らされて避けられてしまい、ガン電王はその隙を狙ってDガンの銃口を向けたまま跳び蹴りをそ放つが、それも更に左に腰を捻る事で避けてしまう。

体勢を立て直したネガNEW電王はNNDソードを左手に持ち替えてから跳び蹴りの状態から立て直そうとしているガン電王を背後から掴む。

「え!?」

「ふぅん!!」

そのままZゼロノスに向けて投げ飛ばした。

二人はそのまま後方へと飛ばされて地面に倒れる。

「フン。悪くないな」

ネガNEW電王は自身の調子を確かめるようにして、右掌をみていた。

「キンちゃん!」

「わかっとるで!」

DロッドとDアックスをかまえたロッド電王とアックス電王がすかさず、ネガNEW電王へと間合いを詰める。

ロッド電王はDロッドのしなりを利用して、軌道を読ませないようにしながら『突き』を繰り出す。

ネガNEW電王はその繰り出されている連撃を避けたり、NNDソードを使って防いだりしていた。

ひとしきり攻撃をし終えると、ロッド電王は自分からネガNEW電王へと間合いを開けた。

すぐさまアックス電王がDアックスを上段から振り下ろす。

ガキンとNNDソードで受け止めた。

ギリギリギリとひしめき合っているが、分があるのはネガNEW電王だった。

空いている右手を拳にして、アックス電王の腹部に放つ。

「ぐほぉ!」

アックス電王がくの字に曲がり、そのままNNDソードを両手に構えて袈裟斬りを繰り出す。

「うおわあああ!」

アックス電王は火花を飛び散らせながら仰け反って、あお向けになって倒れた。

「キンちゃんに力勝ちするとは思わなかったよ!」

ロッド電王はDロッドを頭上に振り回してから構えて間合いを詰める。

Dロッドを袈裟へと振り下ろしてから右切上に向かって繰り出すが、ネガNEW電王は数歩下がるだけで避けきってしまうが、ロッド電王にとっては想定内なのでそのまま間合いを詰めて左こめかみに狙いをつけてから左上段回し蹴りを繰り出す。

だが、ロッド電王の蹴りはNNDソードで受け止めていた。

「武器で散々攻撃しながら蹴りも放つか。前の時と変わらねぇな」

ネガNEW電王は動じる事もなく感想をもらす。

「テメェ等に面白いものを見せてやるぜ」

右掌をロッド電王に向けてかざす。

宙に一本の赤色の短剣が出現する。

「それってまさか!?」

ロッド電王は自分が向けられているものが何なのかを理解すると驚きの声を上げずはいられなかった。

 

「ブラッディダガー」

 

ネガNEW電王は静かに言い放った直後に、赤色の短剣は発射した。

「うわああああああ!」

ロッド電王の悲鳴と同時に爆発が生じて、爆煙からロッド電王が飛び出てドサッと後方に倒れた。

「残りはテメェ等だけだぜ?」

挑発するようにネガNEW電王は言い放つ。

「行くぜ!良太郎!」

「うん!!」

ソード電王はDソードをライナー電王はデンカメンソードを構えて、ネガNEW電王の挑発には乗らずに間合いを詰めるために駆け出した。

 

 

 

 




次回予告

第五十八話 「最凶の落とし穴


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第五十八話 「最凶の落とし穴」

ライナー電王とソード電王の猛攻をネガNEW電王は難なく対応していた。

ソード電王が手数で攻めるDソードをNNDソードで全て受け止めてから返し、ライナー電王のデンカメンソードの威力のある一振りを巧みに避けていた。

「二対一で攻めても全く問題にはならねぇな」

「うるせぇ!このモノマネパクリ野郎!!」

ソード電王が吠えながら、DソードをネガNEW電王の頭部に狙いをつけて振り下ろすが、片手持ちだったこともあり簡単にNNDソードで弾かれてしまった。

『ウラロッド、キンアックス、リュウガン』

ライナー電王はデンカメンソードのデルタレバーを引いて、ターンテーブルを回転させてモードチェンジをする。

ガン電王のようなステップを踏みながら、間合いを詰めてデンカメンソードを両手持ちから片手持ちへと変わり、くるりとターンをしてからデンカメンソードで突く。

だがネガNEW電王は武器で弾かず、身を動かすだけで突きを避ける。

ライナー電王はそれを予期していたらしく、その場でもう一度くるりとターンしてから同に狙いをつけて左薙ぎから右薙ぎへと横一文字に斬り付けようとする。

ネガNEW電王は先を読んでいたのか、デンカメンソードがこちらに向かってくると同時に一歩退がる。

「外れた……」

「並のイマジンなら確実に捉えていたぜ」

NNDソードを上段に振り上げて、ライナー電王の脳天に向かって振り下ろす。

「!!」

ライナー電王も本能的に察知したのか二、三歩使って後方へと下がった。

「モモタロス!」

「おう!!」

ライナー電王の掛け声と同時にソード電王がネガNEW電王の間合いへと入り込み、隙だらけになっている胸部及ぶ腹部をDソードで許す限り斬り付ける。

左薙ぎ、右薙ぎ、胸部と素早くしかし力を込めて斬りつけてから心臓部の刺突に狙いをつけて突きを繰り出して、ネガNEW電王を吹き飛ばした。

ネガNEW電王にとっては初のダメージとなるだろう。

斬撃箇所からは火花が飛び散って煙が立っていた。

だが膝を地に着ける素振りはない。

ダメージはあっても『軽傷』の部類に入って『重傷』ではないのだろう。

「どんな状況でも決して諦めねぇ、か……。ならこっちも本気で行かせてもらうぜ」

ネガNEW電王は右手に持っているNNDソードを左手に持ち替えてから、かざす。

足元に桜色の魔法陣が展開する。

ネガNEW電王のかざしている掌の前に、桜色の魔力球が二個出現する。

「アクセルシューター」

ネガNEW電王が言い放つと同時に、桜色の魔力球は一直線にソード電王とライナー電王に向かっていく。

二人は互いに別方向へと駆け出す。

アクセルシューターは発動者の意思で自在に軌道を変えることが出来る。

言ってしまえば発動者の意思が何がしかのかたちで切れない限り、追尾型ミサイルのように延々と追い掛け回してくる。

だから二人は同じ方向で逃げるのは意思を混乱させるために別の方向を選んだのだ。

ちなみにこの対アクセルシューター対策は即興で思いついたものであると追記しておく。

ソード電王とライナー電王はアクセルシューターが追尾してくるものだと思っていた。

だが、ネガNEW電王が放ったアクセルシューターは彼等を追尾しては来なかった。

「「?」」

高町なのはが放つアクセルシューターならば間違いなく、追尾してくるのに桜色の魔力球は既に消滅していた。

「隙ありぃ!」

放って一時的に硬直していると思われるネガNEW電王の隙を先程まともにブラッディダガーを受けていたロッド電王が立ち上がって、Dロッドを上段に構えて振り下ろす。

ガシュンという音が鳴り響くだけで、ネガNEW電王には当たってはいなかった。

 

「今のって、なのはのアクセルシューターだよね?」

バリアジャケットを纏っているフェイト・テスタロッサは隣にいる自分と同じ様にバリアジャケットを纏っている高町なのはに確認するように訊ねた。

「うん。間違いないよ。でも……」

「あんな半端モンじゃねーよ」

なのはの台詞に続けるように、騎士服姿のヴィータが言った。

彼女は身をもって体験しているからこそ言える台詞だろう。

「テスタロッサ。仮面ライダーが魔法を使った経験はあるのか?」

騎士服姿のシグナムがフェイトに訊ねる。

「ありません。こんな事は初めてです。十分に強かったから魔法を使えたらなんて考えた事もなかったくらいで……」

フェイトが正直な感想を述べた。

「アクセルシューターを使えるって事は『夜天の魔導書』で蒐集したリンカーコアの情報は全て使用可能って事が考えられるわね」

騎士服姿のシャマルが普段ののほほんぶりが別人のように鋭い指摘をしていた。

「それってまさか……」

アルフが最悪の想像をしてしまう。

「アルフの想像通りだと思うよ……」

ユーノ・スクライアが遠まわしな言い方で『正解』と告げた。

「侑斗さん、デネブちゃん……。お願いや。無事に帰ってきて」

八神はやては両手を合わせて神様に祈るように願っていた。

 

「スレイプニール」

ネガNEW電王は静かに呟くと、両脚が地面から離れて空中へと足場を替えた。

右手に握られているNNDソードを放す。

バラバラに解除されて、フリーエネルギーが操り糸のように右側に収まっていたパーツの一つと左側に収まっていたパーツの一つが横連結される。

残った右側パーツを横連結させたパーツの斜め後ろに連結させる。

最後に余った左パーツの一つを三つのパーツが連結させたパーツの先端に連結していき、ネガNEW電王の右手に握られた。

ネガNEWデンガッシャーガンモード(NNDガン)の完成である。

「リュウタ!おデブちゃん!ボクちゃん!」

「カメちゃん、わかってる!」

「ボクちゃん言うな!」

『了解!カメタロス』

相手が飛び道具ならばこちらも飛び道具で返すしかない。

ガン電王とZゼロノスは空中で浮遊しているネガNEW電王にDガンとDバスターの銃口を向ける。

そして同時に引き金を絞る。

無数のフリーエネルギーの弾丸がネガNEW電王を狙うが、ひらひらと弾丸を避けていく。

空という事だけあって逃げ場に不自由しない。

「カメの字!」

「わかってるって。キンちゃん、良太郎、特にセンパイ。焦っちゃダメだよ」

ウラタロスはネガNEW電王を睨みながら何かを窺っている。

ガン電王とZゼロノスの攻撃をかわしているガン電王を見ながら、ライナー電王は先程のことを思い出していた。

(なのはちゃんの魔法が使えるのはわかったけど、何で僕とモモタロスを追尾しなかったんだろ……)

自分がアクセルシューターを使えるのならば確実に追尾していただろう。

なのに、追尾しなかった。

ネガNEW電王の高度が弾丸を直撃したわけでもないのに、高度が下がったとように見えた。

「今だ!いただき!!」

ロッド電王が構えていたDロッドをネガNEW電王に狙いをつける。

右足を前にして、しっかりと地面をかみしめてからDロッドをキャスティングする。

Dロッドはしなり、先端からフリーエネルギーで構築された糸と釣り針がネガNEW電王に向かって飛んでいく。

ネガNEW電王の腹部に絡みつく。

「キンちゃん!手伝って!良太郎、センパイ!」

ロッド電王は釣り上げるために、アックス電王に助力を求めながらライナー電王とソード電王に次の手を促す。

二人ともわかっている事なので、返事は返さない。

「うぐっ!?」

背後からアックス電王の力を借りながら、ロッド電王はDロッドを思いっきり引っ張る。

それは海の中から大魚を引きずり出すかのように。

フリーエネルギーで構築された糸も限界まで引っ張られている。

アックス電王とロッド電王がずるずると引き寄せられている。

ネガNEW電王が懸命に抵抗しているのだ。

ガン電王とZゼロノスが気を削がれるためにひたすらフリーエネルギーの弾丸を浴びせている。

弾丸に対して、防御対策をとるか腹部に巻かれた糸を解くか二者択一しかない。

「釣った魚は絶対に逃がさない!!」

釣り師のプライドに懸けてロッド電王はネガNEW電王を持てる力を駆使して、引き寄せた。

「ぐおっ!」

ネガNEW電王がこちらに向かってくる。

「来たぜ!」

「わかってる!」

ソード電王とライナー電王が左右で鏡のように同じ様な構えを取っていた。

ライナー電王はデンカメンソードのデルタレバーを引き『モモソード』にしていた。

中腰で互いにネガNEW電王の腹部に狙いをつけるようにしてDソードとデンカメンソードで狙いを定めている。

距離にして数センチ。

「「はああああっ!!」」

ソード電王とライナー電王が同時に手に握られている武器でネガNEW電王の腹部を切りつけた。

「がふっ!!」

ネガNEW電王はそのまま前のめりに倒れそうになるが、それでも両足で踏ん張る。

NNDガンを手放して、またフリーエネルギーを用いてひとりでに連結解除をする。

左パーツを縦連結にしてから、右パーツ縦連結した左パーツを挟むようにして上下に連結する。

そして自身の身長よりも上回る長さのロッド---ネガNEWデンガッシャーロッドモード(以後:NNDロッド)になった。

持ち上げて頭上で近づかせないように振り回す。

ブオンブオンと風を切り裂くような音を鳴らしながら、豪快にだ。

こうなると、電王達及びゼロノスは下がるしかない。

ボスンとNNDロッドを地に刺すように置く。

「さすがにあれから大分、間が開いていたからな。少しはやるようになったじゃねぇか」

ネガNEW電王は左手で斬撃箇所をなぞるようにして触る。

まるで電王達とゼロノスの実力を検分するかのように。

「いくら別格になったといっても『遊び』はいけねぇよなぁ!!」

NNDロッドを素早くそして力強く振り下ろす。

ドォンという音を立て、地に積もっていた雪が宙に舞って叩きつけた場所を基点にして地面に亀裂が入っていた。

誰もが気を取られていたが、そこには叩きつけた本人であるネガNEW電王の姿はなかった。

「どこに!?」

「リュウタ!」

ライナー電王が姿を見つけるより早く、アックス電王がネガNEW電王に背後を取られているガン電王を見た。

「ぐあ……あ……苦しい……」

ガン電王が首元で押し付けているNNDロッドを引き離そうとしていた。

苦しみのあまりにDガンを手放している。

「動くなよ。動くとこのガキの首をへし折るぜ?」

ネガNEW電王が脅しではない一言を他の電王とゼロノスにぶつける。

誰もがその場で停まってしまう。

「ぐ……あああああああ!!」

ガン電王は首を折られるような痛みに襲われながらも、発狂するかのような咆哮を上げて頭を前に下げてから、勢いよく後頭部をネガNEW電王にぶつけた。

ガンという音が鳴って、NNDロッドとガン電王の首元に隙間が出来たので、追撃として右肘をネガNEW電王の脇腹に叩き込む。

NNDロッドを手放し、くの字に曲がっているのを一瞥して把握すると地面に落ちているDガンを拾って、そのままネガNEW電王に向かって銃口を向けて引き金を引く。

「げほ……げほ……」

ガン電王はむせながらも攻撃の姿勢をやめない。

「やるじゃねぇか。ガキ」

ネガNEW電王は自前の武器を拾わずに、一気にガン電王と間合いを詰める。

フリーエネルギーの弾丸を食らってもお構いないしだ。

間合いにはいると、ネガNEW電王は右前蹴りでガン電王の腹部を狙って足を宙に浮かす。

くの字に曲がって宙に浮いている時間はほんの一瞬でしかない。

しかし、ガン電王にとってもネガNEW電王にとってもそれは停止しているようにも思えた。

ネガNEW電王の左拳が掬い上げるようにしてガン電王の顎に直撃する。

大きく仰け反ってガン電王は後方へと放物線を描くようにして飛んで、倒れた。

 

「そんな……折角リュウタ君が攻めてたのに!」

なのはがデバイスモードのレイジングハート・エクセリオンを強く握り締めながら悔しがっていた。

「あれだけの弾丸を受けても速度を落とさずに攻撃が出来る。桁外れのタフさだな」

シグナムがネガNEW電王の頑健さに改めて舌を巻いていた。

そのネガNEW電王はNNDロッドを拾い上げていた。

フェイトはじっとネガNEW電王を見ていた。

そして、何か訝しげな表情をしていた。

「フェイトちゃん。どないしたんや?」

はやてがアルフに車椅子を押してもらいながら、隣に立って訊ねた。

「え?ええとね。上手く言えないんだけど。何か変だなぁって思って……」

「変?何がなん?」

「うーん。何か変なんだよ。もう少し見てみないと答えが見つかるかもしれないんだけどね……」

フェイト自身にも理解できないが、今のネガNEW電王の攻撃には違和感があった。

「あ、今度は青色と金色が攻め始めてるぞ」

ヴィータの言うように、ガン電王の弔いともいわんばかりにロッド電王とアックス電王がネガNEW電王との間合いを詰めていた。

 

『フルチャージ』

アックス電王はパスをターミナルバックルにセタッチしていた。

パスは後ろにしまいこむ。

ターミナルバックルからDアックスに向けてフリーエネルギーが伝導されていく。

オーラアックスにフリーエネルギーがバチバチと充填されていく。

「はぁっ!!」

アックス電王は天高く跳躍する。

そしてそのまま、Dアックスを上段に構えたままネガNEW電王に向かって急降下する。

「ダイナミックチョォォォォォップ!!」

DアックスをネガNEW電王の脳天目掛けて振り下ろす。

『フルチャージ』

ネガNEW電王がコピーパスをセタッチする。

右手に握られているNNDロッドにターミナルバックルからフリーエネルギーが伝導されていく。

「ダイナミックにぶっ飛びやがれ……」

ネガNEW電王がアックス電王が振り下ろすより速く、NNDロッドを投げつけた。

ロッド電王の時と同じ、フリーエネルギーで構築された亀甲型のオーラキャストだが節々にトライバル柄のパターンが施されていた。

「う、動けへん!?」

オーラキャストに捕縛されたままのアックス電王が落下していく。

これから繰り出す一手が届く範囲になると見計らうと、その場でくるりとターンして左足を軸足にして跳躍して右足を出して回し蹴りを放つ。

足の裏がオーラキャストに直撃すると粉々に砕け散って、空中で爆発が起こる。

「ぐおわああああああ!!」

アックス電王が爆発から出てきたが、受身の態勢をとることも出来ず地面に落下した。

全身から煙が噴き出ており、それだけでいかに強力なダメージを受けているというのがわかる。

「これで二匹目。ん?」

ネガNEW電王が落下してくるNNDロッドを右手で受け止めてから倒れたアックス電王が一瞥して、Dロッドを構えているロッド電王を見た。

「僕の十八番まで使うなんてセンパイの言うようにモノマネかつパクリだよね?オマエ!!」

間合いを詰めながらDロッドを下段---足元に狙いをつけて繰り出す。

ジャキンという音が鳴るだけで、ネガNEW電王はその場で両脚を跳躍していた。

すかさず左上段回し蹴りをネガNEW電王の右こめかみに狙いをつけて放つが、右腕で防御する。

蹴りで放った右足をすぐに引き戻してから、二、三歩下がってからDロッドを構えなおして間合いを詰めて今度は薙ぎ払うようにして右腹部に狙いをつける。

ネガNEW電王は避けずにNNDロッドで受け止めてから、滑らせるようにしてロッド電王との間合いを詰めてから右前蹴りをロッド電王の腹部に放つ。

「があっ!」

ロッド電王は後方へと吹き飛ぶが、膝を地に着かない。

よろめきながらも立っている。

「さすがに……コレを使わないとマズイかな……」

ロッド電王はパスを取り出して、ターミナルバックルにセタッチする。

『フルチャージ』

電子音声で発すると、ターミナルバックルから出ているフリーエネルギーはDロッドへと伝っていく。

先端がフリーエネルギーで充填されると、ロッド電王は槍投げのようにして構えてロッド電王は投げ飛ばした。

DロッドはネガNEW電王の体内に入り込み、前面に青色の亀甲型のフリーエネルギーが構築されてネガNEW電王の動きを封じていた。

「せやあああああああああ!!」

ロッド電王は駆けてから跳躍して、右足を前に突き出してそのままオーラキャストの中央に向かっていく。

ネガNEW電王はその中で体の自由が利く部分を探す。

右腕、両脚、頭部、胴体は動かない。

だが左腕が動く。

「左腕一本あればテメェなんざ倒せるぜ」

ネガNEW電王は動く左腕をロッド電王にかざす。

「バレルショット」

見えない衝撃波がオーラキャストを粉砕して、ロッド電王は吹き飛ばされる。

ネガNEW電王はすかさず間合いを詰めて、右腕を振りかぶって一直線にロッド電王の顔面に向けて放つ。

声を上げる間も防御の体勢を取る間もなく、背中を地面に強く打ち付けてロッド電王はそのままあお向けになって倒れた。

「残り三匹」

ネガNEW電王はNNDロッドからNNDソードへとNNDを変更させてからライナー電王、ソード電王、Zゼロノスを見ていた。

 

「キンタロスさんやウラタロスさんまで……」

ユーノが目の前に起こっている出来事が信じられなかった。

だが、それでもわかっている事が一つだけあった。

魔導師陣営が総出でかかっていっても、ネガNEW電王には勝てないという事を。

むしろ足を引っ張るだけでしかないという事を。

「今まで仮面ライダーが敵だったらという事を想定しなかった事はない。だがそれでもどこかぼんやりしている部分はあったが、これでハッキリわかったことがある」

「わかった事って?」

クロノ・ハラオウンの確信めいた言葉にシャマルは首を傾げる。

「仮面ライダーを敵に回したとき、僕達にはどんな対抗策を講じてもいい結果は望めないって事さ」

クロノの言葉に誰もが頷きはしないが、理解はしていた。

「フェイト?」

アルフは先程から何かを考え込んでいるフェイトに声をかける。

だが、フェイトは何の反応も示さない。

「やっぱりおかしいよ……」

ネガNEW電王の動きを見ながら、さらに訝しげに見ていた。

 

「やっぱりおかしい……」

ライナー電王はネガNEW電王の一連の動きを思い出しながらそのように呟いた。

「何がおかしいんだよ?良太郎」

ソード電王は何故ライナー電王がそのような事を口にするのか理解できない。

「アイツ、魔法が使えるのに何で乱発しないのかって事だろ?野上」

代弁するかのようにZゼロノスがDバスターを構えながら歩み寄る。

ライナー電王は頷く。

「彼の性格からして出し惜しみするとは思えないから、何かあると思うんだ。でもそれが何なのかはわからない。だからさ……」

ライナー電王はソード電王とZゼロノスに近くに寄るように手で合図する。

「アイツに魔法を使わせる?」

「多分だけどね。スターライトブレイカー級の特大魔法は撃たないと思うから、ブラッディダガーやアクセルシューターを使わせればいいから」

「良太郎、何でそんなこと言い切れんだよ?」

「それを確かめるためにも彼に魔法を使わせるんだ」

「俺は乗るぜ。野上の提案、俺も確かめたいしな」

「しょーがねぇなぁ。俺も乗ってやるよ」

ライナー電王、ソード電王、Zゼロノスは余裕に構えているネガNEW電王を睨んでいた。

三人は同時にネガNEW電王に向かって駆け出した。

ライナー電王が跳躍してから上段からデンカメンソードを振り下ろす。

ネガNEW電王がNNDソードで受け止める。

ライナー電王はすぐに、その場から離れるように右側へとサイドステップする。

その間に腹部ががら空きになったので、ZゼロノスがDバスターで狙いをつけてフリーエネルギーの弾丸を放つ。

その直後にZゼロノスの背中を踏み台にしてソード電王が跳躍して前に着地してそのままネガNEW電王に斬りかかる。

右薙ぎ、左薙ぎ、右薙ぎ、左薙ぎと繰り返し横一線に斬りつける。

その度にネガNEW電王の腹部に火花が飛び散っている。

ライナー電王が背後から斬りかかろうとする。

Zゼロノスも背後に回ってDバスターを構えていた。

「!!ブラッディダガー!」

後ろを振り向いて、狙いをつけて左手をかざす。

赤い短剣が出現して、ライナー電王に向かって発射された。

(来た!)

間に合うか間に合わないかわからないがライナー電王はデンカメンソードを前に出して盾代わりにして防御の体勢を取る。

その直後に赤い短剣が直撃して、ライナー電王に爆発が生じた。

「良太郎!」

ソード電王は攻撃を中断して、ネガNEW電王の動向を窺いながら爆煙が立っている場まで向かう。

爆煙が晴れていくと、そこには防御態勢をとっていたライナー電王がいた。

「無事か?」

Zゼロノスがライナー電王の側まで寄る。

「オメェ、最初から自分に向けさせてたのかよ?」

ソード電王がこの提案の真相をライナー電王に訊ねる。

「いや、僕に向かって飛んできたのはたまたまだよ。でも彼が確実に撃ってくるのはわかってたし、一本しかブラッディダガーが飛んでこないのも考えどおりだったよ」

ライナー電王は自身の考えが正しかったと自信を持っていた。

「で、何がわかったんだ?そろそろ教えろよ。野上」

「そうだぜ良太郎。一体何がわかったんだよ?」

Zゼロノスとソード電王が回答を求める。

「最初に疑問を感じたのは僕とモモタロスを狙って撃ったアクセルシューターからなんだ」

「追っかけてこなかったよな。なのはが撃ってりゃもっとマシになってたと思うぜ」

ソード電王は素直な意見を述べる。

「追尾は出来たと思うよ。でもね、やりたくなかったからやらなかったんだよ。ブラッディダガーも一度に数本出す事は出来たんだよ。でもね、アクセルシューターの追尾と同じでやりたくなかったんだよ」

「やりたくないからやらない?」

Zゼロノスはライナー電王の言葉を鸚鵡返しする。

「出来るんだったらやればいーじゃねーかよ。何でやらねーんだよ?」

ソード電王の言う事は正論だ。

「リスクが孕んでるから、か……」

ライナー電王が言おうとしている事をこれまでの事で理解したZゼロノスが先に口にした。

「うん。リィンフォースさんの姿の時は魔法を使ってもリスクはなかったと思うよ。でも、今の姿の彼は魔法は使えても、リィンフォースさんのときとは違ってリスクを抱えてるんだよ。だから、魔法を使っても単発なものしか出さなかったんだ」

「で、何なんだよ?そのクスリってのはよぉ」

気の短いソード電王は結論を急かす。ちなみに彼の言っている『クスリ』とは『リスク』の間違いである。

 

「魔力の異常なまでの消費だよ。あの姿と魔法の相性は極めて悪いんだよ。だから異常なまでに消費するんだと思うよ。だから使えても使いたくなかったんだよ」

 

ライナー電王は結論を述べた。

ネガNEW電王の弱点ともいうべきものを発見したが、それは相手自身が一番わかっているのではという考えも同時に持っていた。

 




次回予告

第五十九話 「修羅の降臨」


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第五十九話 「修羅の降臨」

海鳴市の一角で行われている世界の命運をかけた戦いを次元航行艦アースラは宇宙空間で見下ろしていた。

モニタールームに映っているネガNEW電王はNNDソードを右肩にもたれさせていた。

「エイミィ。あの電王に関して何かわかった事はある?」

リンディ・ハラオウンがエイミィ・リミエッタにネガNEW電王に関する事で何か新しい情報はないかと訊ねる。

「あ、はい!リィンフォースが変身した電王ですが、モニターで良太郎君達が言っていた魔力の消費量について分析してみたんですけど、このような結果が出たんです」

モニターに別のウィンドウが開き、そこにはネガNEW電王と高町なのはのアクセルシューターについての魔力の消費量が数値及びグラフで記されていた。

「このグラフや数値から見ると、あの電王はアクセルシューターを放つ際になのはさんの四倍の魔力を消費しているのね……」

「はい。だからこそアクセルシューターを一度に二個しか出さなかったこともブラッディダガーを初めて出した時も一本でしかも不意打ちまがいにして放ったことも頷けますね」

エイミィの言うように、ネガNEW電王がなのはと同じ様にアクセルシューターの桜色の魔力球を一度に三個出現させればそれだけでなのはの消費量よりも十二倍消費する事になる。

そこに追尾などを加えると更に増す事になる。

これでは『魔法を使える』だけであり『魔法を使いこなせる』とはいえない。

あまりに使用者に負担がかかりすぎるのだ。

「それでこの電王が魔力をゼロにしてしまった時はどうなるの?」

リンディがもしもの事をエイミィに訊ねる。

「仮に魔力がゼロになっても、仮面ライダーとしてのエネルギーとは別物ですからそれで戦う事は出来ると思います……」

「そう……。自滅に追いやる事も出来ないとなると本当に仮面ライダー頼みになるわね」

リンディの判断にアースラスタッフの誰もが頷くという選択しか与えてもらえなかった。

 

 

「魔力の異常な消費が唯一の弱点か……。消費が激しすぎたら変身解除すると思うか?」

ZゼロノスがネガNEW電王をちらりと見てから、ライナー電王に訊ねた。

「フルチャージを使っても何もない感じで動いているって事は魔力とは別物だと思った方がいいね」

「そうなるか。デネブ」

『どうしたんだ?侑斗』

「俺も近接で戦う。倒れてる三人を回収してくれ」

『了解!』

Zゼロノスは右手に握られているDバスターに命じると、前へと軽く放り投げる。

Dバスターは光りだして、デネブへと戻る。

Zゼロノスは右腰に収まっているゼロガッシャーの右パーツを左腰に収まっているゼロガッシャーのパーツに縦に差し込む。

腰元から抜き取って、頭上で振り回すと同時にフリーエネルギーで巨大化する。

いつもならば地面に突き刺すのだが、ブンッと軽く振って留めていた。

ライナー電王はデンカメンソードを構え、ソード電王もDソードを構えた。

三人が一斉にネガNEW電王の間合いを詰めると同時に、デネブは倒れている三人の回収作業を行う手筈となった。

ソード電王とZゼロノスが左右に分かれて、同時にネガNEW電王に斬りかかる。

「フン。同時攻撃か……」

ネガNEW電王は左右を一瞥してから、NNDソードを地面に突き刺す。

ほぼ同タイミングでDソードとZサーベルが振り下ろされる。

だが、二振りの刃はネガNEW電王には届かなかった。

片手でそれぞれを受け止めているのだから。

しかも手ではなく、人差し指と中指で挟むようにだ。

その力はソード電王とZゼロノスが引き抜こうとしているのにまるでびくともしない。

「はああああっ!!」

ライナー電王が真っ直ぐ向かっていく。

挟んでいた両指を離して、右足で地に刺さっているNNDソードを蹴り上げてから右手で受け取ってすぐに右側のソード電王、左側のZゼロノスの胴を斬り付けてからライナー電王へと向かっていく。

ライナー電王とネガNEW電王が睨みあい、互いの刃がぶつかって火花が飛ぶ。

「う、ぐぐぐ!」

「ホレホレどうした?もっと踏ん張れよ?」

鍔迫り合い状態だが、押しているのはネガNEW電王だ。

ずるずるとライナー電王は両脚を本人の意思とは関係なく後方へと退げられていく。

「ふん!」

ネガNEW電王が先に鍔迫り合い状態から離れ、半歩退がってから右前蹴りをライナー電王の胴に当ててからNNDソードで袈裟、逆袈裟と素早く斬りつけた。

ライナー電王の胸部から×字に火花が飛び散った。

「あ……ああああああ」

前のめりに倒れそうになるが、両足で踏ん張る。

「ぐっうううううう!!」

「ほぉ……」

ネガNEW電王は感心した声を上げながら、ライナー電王の背後に回って左前蹴りを背中に放つ。

踏ん張っていた足が滑って、前のめりに突っ伏してしまう。

倒れたライナー電王の背中を追い討ちのように踏みつける。

「がはっ!」

「うおりゃああああああ!!」

ライナー電王が踏まれて声を上げると同時に、Zゼロノスが駆けて跳躍して両足を突き出していた。

「ぶっ!」

Zゼロノスが繰り出したドロップキックは右足はネガNEW電王の胸部に左足は腹部に当たっており、後方へと吹き飛ばされる。

Zゼロノスは着地に失敗して、地面に倒れるがネガNEW電王は吹っ飛ばされた上に横に転がっていた。

ソード電王がこの絶好の機会を逃すはずもなく、追い討ちをかけ始める。

Dソードで突きを繰り返すが、ネガNEW電王は転がりながらも避けていく。

「まだやれるよな?」

「もちろん」

Zゼロノスが差し出す手をしっかりと握ってライナー電王は立ち上がる。

「オメェ等ぁ!早くきやがれ!畳み掛けるぞ!!」

ソード電王の言葉にライナー電王とZゼロノスもデンカメンソードとZサーベルを構えた。

 

デネブは魔導師達が固まっている場にネガNEW電王に倒されたロッド電王、アックス電王、ガン電王の三人を運び終えていた。

「シャマル!」

「わかってるわ。デネブちゃん」

シャマルはクラールヴィントを起動させて、足元に緑色の魔法陣を展開させて倒れている三人の電王の傷を癒す。

「いくら休める時間があったといっても、先日の闘いの傷も癒えてない状態よ。治癒魔法をかけたらしばらくは目を開ける事はないわ」

シャマルが深刻な表情をして告げる。

「そんなにひどいんですか?」

フェイト・テスタロッサがどこか青ざめた表情でシャマルに訊ねる。

「先に倒れてる三人でも相当なものよ。無理を押して戦いながらもダメージを受けている良太郎君達は私が考えている以上にひどいと思うわ……」

「良太郎……」

「侑斗さん……」

フェイトと八神はやては今傷つきながらも戦っている二人に加勢したいという気持ちでいっぱいだった。

だが、それをあの二人が望まないことも知っていた。

なまじ理解できるからこそ、歯痒くなってしまう状況に陥ってしまう事もあるのだ。

「赤鬼。オメーはあたしに勝ったんだ……。あたし以外には絶対ぇに負けんじゃねーぞ……」

「モモ……」

ヴィータとコハナは今もなお、転がりながら攻撃を避けているネガNEW電王に対してひたすらDソードで突きを繰り出しているソード電王を見ていた。

「ユーノ君。わたし悔しいよ……」

「なのは……。それは僕も同じだよ。自分の弱さが本当に嫌になるよ」

なのはとユーノ・スクライアは散々世話になっているのに何も返せない事に苛立ちと悔しさを感じていた。

「………」

クロノ・ハラオウンは何も言えなかった。

なのはとユーノの言い分は時空管理局

自分達

にも当てはまっていたからだ。

 

「調子に乗ってんじゃねぇ!」

先程まで転がりながらDソードを避けていたネガNEW電王はNNDソードで受け止める。

押し上げて弾いてから、すぐに起き上がる。

そのままネガNEW電王が攻めに入る。

上段から中段へと上手く切り替えての剣捌きにソード電王はギリギリながらもDソードで受け止める。

「オラオラオラァ!!」

ネガNEW電王が加速して、更に剣を振るう速度を上げる。

ソード電王が後退りしながらも防御に徹する。

ただし、これは防御に徹しているというより徹せざるを得ないというのが正確だ。

「ヤロォ!」

何とか攻守逆転を狙おうとするソード電王だが、この至近距離からでは不可能だと感じ始める。

「こうなったら!!」

ソード電王はDソードでの防御をやめて、紙一重の距離をきちんと見切りながら避けながら後方へと更に距離を開けて退がる。

ネガNEW電王との距離が一定以上開くと、ソード電王はパスを取り出す。

『フルチャージ』

パスをターミナルバックルにセタッチし、フリーエネルギーがDソードのオーラソードに伝導されていく。

「フン。剣技で勝負か……」

ネガNEW電王はNNDソードを両手持ちにして右側に大きく振りかぶる。

オーラソードが巨大な黄金の刃へとなっていく。

バチバチバチとネガNEW電王の周囲に雷が走り出す。

ソード電王のDソードにフリーエネルギーが充填される。

「見せてやるぜ。俺の必殺技パート……」

ソード電王は駆け出す。

「来いよ。強力な電気マッサージを味あわせてやるぜ」

ネガNEW電王は勝利を確信しているかのような口調で言い放つ。

ソード電王がネガNEW電王との距離を縮めて、間合いに入ると構えていたDソードを振り下ろす。

 

1(ワン)!!」

「スプライトザンバー」

 

ネガNEW電王がNNDソードを右薙ぎから左薙ぎへと振るう同時に、Dソードを振り下ろそうとしたソード電王に雷が落ちる。

「うがわあああああああ!!」

ソード電王は全身に雷を浴びて、自らの技を振るう間もなくその場で停まる。

全身から煙が立ち、両膝を地に付けてからバタンとうつぶせになって倒れた。

全身がピクピクとしているが、立ち上がる素振りはなかった。

「モモタロス!」

「飛び道具系の魔法では対処するようになっちまったから方法を替えたな……」

ライナー電王が倒れたソード電王に声をかけるが反応はなく、ZゼロノスはネガNEW電王が戦闘方法を替えたと悟った。

「あと二匹……」

ネガNEW電王は短く告げると、残った二人を見ながら間合いを詰めて駆け出す。

狙いはライナー電王だが、Zサーベルを正眼に構えたZゼロノスが前に現れて立ちふさがる。

NNDソードとZサーベルがぶつかる。

「ふん!」

空いた左手を動かして、Zゼロノスの首元を掴む。

「ぐ……ああ……あ……」

首を掴まれ、Zゼロノスは苦しみのあまりにZサーベルを手放してしまう。

ガシャンという音を響かせてZサーベルが地面に落ちる。

空いた両手を使って、振り解こうとするが離れてくれない。

何とか離そうと考える。

「ぐ、ううううああああああ!!」

Zゼロノスは両腕で振り解けないならばぶらりと宙に浮いている両脚を使うことにした。

ネガNEW電王の左腕の両脚を挟んで固定して、相手手首を掴んで身体に密着させてから、左腕を反らせることで『極めた』状態になる。

「ぐっ。うあああああ!」

ネガNEW電王が今までにないくらい大声を上げた。

無理もないことだろう。いくら強くても関節技を極められているのだから。

アックス電王と力勝ちしているだけあって、Zゼロノスの体重を支えていた。

本来なら確実に倒れるはずだ。

「野上!今だ!」

今なら左腕は使えないので攻撃手段は限られてくると判断したZゼロノスは腕挫十字固

うでひしぎじゅうじがため

を極めたまま促した。

「甘ぇよ!」

Zゼロノスを乗せたまま左腕を高く持ち上げて、地面へと手加減なしに叩きつける。

「がはぁっ!!」

一メートル五十センチ以上の高さからマッハといわないが、それでも常人とは比べ物にならない速度でほぼ無防備状態のまま地面に叩きつけられたのだ。

全身に痛みが走って麻痺状態になっている。

ネガNEW電王は追い討ちとして鳩尾に狙いをつけて足を踏みつける。

「あ……あ……」

Zゼロノスは両腕、両脚をピクピクさせてから動かなくなった。

「侑斗!」

「後一匹。惜しかったな……」

ネガNEW電王が刃をZゼロノスを呼ぶライナー電王に突きつけた。

 

「侑斗さん!!」

「侑斗!!」

はやてとデネブが同時にZゼロノスを呼ぶが、起き上がる気配はなかった。

「赤鬼!!」

ヴィータがソード電王を叫ぶが、起き上がる素振りはない。

「侑斗とモモタロスをこちらに運びたいが、明らかに今のままでは……」

デネブは倒れている二人を回収したいのだが、完全にネガNEW電王には丸見え状態なので気取られずにするのはまず不可能に近い。

「待てデネブ」

ザフィーラ(獣)がデネブを止めた。

「ザフィーラ?」

「桜井もモモタロスもまだ意識はある。恐らく気取られないように体調を戻そうとしているのだろう」

他の三人と違い、Zゼロノスとソード電王はまだ息をしていた。

正確には乱れた息を整えようとしている段階だが。

「大丈夫。良太郎は負けない……。電王は負けたりなんかしない!」

フェイトのバルディッシュ・アサルトを握る手は震えているが、言葉は強かった。

必死で脳裏に過ぎっている最悪の展開を振り払うかのように。

「テスタロッサ……。そうだな。野上は仮面ライダー電王は負けたりしないな……」

シグナムも脳裏に過ぎる最悪の展開を振り払うかのように前向きな事を口に出していた。

誰もがライナー電王とネガNEW電王の戦闘を見守る中、気付いていなかった。

ロッド電王、アックス電王、ガン電王の三人の指や足がピクピク動き始めている事に。

 

デンカメンソードとNNDソードがぶつかり、火花を上げる。

二人の電王はそのままの状態で右に走る。

ライナー電王はネガNEW電王の動きに必死についていこうとしていた。

同時に、距離を開けるようして離れる。

(焦るな……。一瞬でも気を抜いたらやられる!)

そんなひりつく感覚がライナー電王を支配し、動きを機敏にさせていた。

一瞬の油断が一瞬の判断ミスで命根こそぎ持っていかれるという想いでデンカメンソードで防御に入る。

自分の攻撃が相手の命を削るという想いで、デンカメンソードを振り下ろす。

「そういえば、お前と戦うのは初めてだったよな……」

ネガNEW電王がNNDソードを肩にもたれさせてから、改めて思い出したかのように言う。

「?」

「そうだろ?今まで戦ってきたのはテメェの身体を借りていたイマジン共だからな……」

ネガNEW電王に指摘されるとは思わなかった。

彼の言うとおり、ライナー電王(自分)ネガNEW電王(ネガタロス)は対面はした事があるがこうして戦った事は一度もない。

「イマジンに身体を貸して戦っている限り、テメェに成長はねぇと思ってたがどうやら俺の考え違いのようだったな」

ネガNEW電王は独り言のように言う。

「こうして俺と戦っていても、気後れする気配はまるでねぇ。人間にしては大したもんだぜ。素直に褒めてやるよ」

「余裕?」

「フン。これから葬る相手にせめてもの贐だ!」

言うと同時に間合いを詰めて、右上段回し蹴りをライナー電王の左こめかみに狙いをつけて放つ。

「ぐっ!」

繰り出す速さについていけずに直撃を許してしまう。

そのまま右へと飛んでしまおうとするが、ネガNEW電王は逃がさない。

「まだまだぁ!!」

すぐさま左上段回し蹴りを放って右こめかみを狙い撃つ。

「がはっ!」

今度は左に飛ぶ。

足がおぼつかない動きをしてヨロヨロだ。

「ふんっ!」

更に右前蹴りを放って、後方へとライナー電王を飛ばした。

「うわああああ!!」

背中から落下してそのまま滑っていく。

ネガNEW電王はゆっくりと歩み寄って、胸部を踏みつける。

「がはっ!」

「さすがにしぶといな。だからこそいたぶり甲斐もあるってもんだぜ」

ネガNEW電王は左手でライナー電王の首元を掴んで持ち上げる。

「ふんっ!!」

そのまま地面に叩きつける。

「ぐあはっ!」

背中を強く叩きつけられる。

ネガNEW電王はもう一度ライナー電王を持ち上げる。

「まだくたばらねぇか」

そう言って、首元を掴んでいた手を離す。

ライナー電王はその場で両膝を地について、首元を押さえて息を整えようとする。

左前蹴りを放って、ライナー電王の顎を捉える。

仰け反って、あお向けに倒れる。

「う……ぐぐ……う……」

転がってから四つんばいになって、ライナー電王は起き上がる。

デンカメンソードを持って構えているが、フラフラだった。

「はあはあはあ……はあ……」

「虫の息だな。今楽にしてやるぜ……」

ネガNEW電王がNNDソードを両手に構えて、上段に振り下ろそうとしていた。

その瞬間にライナー電王の意識はフェードアウトした。

 

 

「う……うん……」

小さく呻き声のような声を上げながら、ライナー電王はゆっくりとだが意識が回復している事を自覚していた。

両手を地に付けて、フラフラとしながらも起き上がる。

周囲を見回すがそこは海鳴市ではないことは確かだった。

上は漆黒で下は深紅という殺風景で飾り気のないものだった。

東西南北のような方角もコンパスがないため、把握できない。

「どこだろ?ここ……」

とにかくじっとしていても仕方がないので、自分の中で前に進んでいるという気持ちで足を動かすしかなかった。

時間も時計がないのでわからないが、感覚的に十分くらい歩いたくらいだろう。

二つの何かがライナー電王の前の地面にあった。

照明器具がないため電仮面のゴウカスキャンアイのナイトヴィジョン機能に頼るしかない。

人間の肉眼なら暗闇に対して視界が慣れるのに時間を要するが、今のライナー電王にとって視界は昼間しと大差はないのでハッキリと見える。

「!?」

ライナー電王が見つけた二つの何かとはアリサ・バニングスと月村すずかだった。

しかし、何故うつぶせになっているのかがわからない。

それにこんな姿でいるのに何の反応も示さないというのもおかしい。

アリサとすずかの首元---頚動脈に触れる。

「そ、そんな……」

頚動脈に脈打つ動きがない。

死んでいるのだ。

二人の虚ろに開いている目を閉じて、その場に並ぶようにして置く。

無事に天国に旅立てるように、ライナー電王は黙祷をささげる。

更に足を前へと進める。

そこには四人---高町士郎、高町桃子、高町美由希、高町恭也が先程のアリサやすずかのようにうつぶせになっていた。

「まさか!?」

速度を速めて士郎達の元に歩み寄るライナー電王。

士郎、桃子、美由希、恭也それぞれの脈に触れてみるが何の反応もない。先程の事もあってそれが死亡しているのだという事はすぐに判断できた。

ライナー電王の身体全身が震えていた。

 

誰が一体?

 

何かを抑えている鎖に亀裂が走り始めた。

 

なのはを除く高町家の面々に黙祷をささげてからまた歩き出す。

その後もまた山といえば小さく、石と呼ぶには大きい塊があった。

それもやはり人であり、リンディ、クロノ、エイミィ、アレックスだった。

ほんの少しの希望を持って近寄ってみるが、やはり死んでいた。

 

どうして?

 

鎖が先程よりも多く亀裂が走った。

 

ライナー電王の脳裏にそのような疑問形が浮かび上がってきた。

「あ……あああ……」

目の前の現状にそして、これから足を進めれば多分だが知り合いの死体があるのだろうと予想していた。

ここから早く抜け出したいという気持ちがライナー電王を支配し、『歩』から『走』へと切り替えて前へと進む。

こんな所にいたら気が変になりそうだ。

『自分』を維持するための防衛行動ともとれる。

「はあ……はあはあはあ……」

しばらく走ってからライナー電王は息を整えるために停まる。

できれば何もないと思いたかった。

何もなくていいと思った。

だが、そこには五人の亡骸があった。

はやて、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ(人型)だった。

レヴァンティンは折れ、グラーフアイゼンも破壊されて地面に刺さっていた。

「な、何で……」

 

何のために……

 

更に鎖に亀裂が走っていた。

 

両手で頭を抱えて走る。

ひたすら走る。

何も考えたくない。

早くこの場所から出たい。

一刻も早く、みんながいる場所に戻りたい。

足が動く。ただ逃避のために走る。

腕も推進力を得るために思いっきり振る。

その中で右足が何かに躓いてしまう。

起き上がって何に躓いたのか確認すると、そこにはZゼロノスとデネブが横たわっていた。

「侑斗……。デネブ……」

何も考えたくないと念じても色々と悪い事ばかりがよぎってしまう。

走る気力もなくなり、とぼとぼと歩く。

そのまた先にはコハナ、ナオミ、オーナーが遺体となっていた。

ライナー電王は口を開かない。

もう何も言いたくない。

言ったところで生き返るわけでもないからだ。

 

こんなひどい事を……

 

鎖の一部が砕けていた。だが、それでも鎖は一本ではなく数本あった。

鎖で抑えられているものが暴れていた。

 

ライナー電王はそれでも歩く事をやめなかった。

常人ならばとっくに発狂しているようなところを歯を食いしばっているのだ。

正直、見ているだけで痛々しい。

出口があると信じてただ真っ直ぐに歩いていた。

「はあ……はあはあはあ……」

歩いているだけでも疲れは出てくる。

何かが刺さっているものが見えた。

疲労のせいで足は軽く動いてはくれない。

そのため、ゆっくりではあるが歩を進める。

地面に刺さっている何かとは亀裂と内部メカが露出しているレイジングハート・エクセリオンだった。

その近くには三人がうつぶせになっていた。

一人目はフェイトの使い魔であるアルフ(人型)。

二人目はレイジングハート・エクセリオンの持ち主であるなのは。

三人目はなのはを守るようにして側で横たわっているユーノだった。

「アルフさん……。なのはちゃん……、ユーノまで……」

 

いい加減にしてほしい……

 

鎖に抑えられている何かが今にも鎖を食いちぎらん勢いだった。

数本の鎖にもビシビシと亀裂が入っていた。

 

悪い予感がしてくる。

こうまで自分の知り合いが死体になっているとどんなに前向きに考える事を信条としているライナー電王でも、後ろ向きな風に考えてしまう。

息が乱れる。

心臓の動悸が激しくなっている。

胸元を押さえながらも前へと進む。

四つの何かが地面に刺さっていた。

それが四人の電王の専用武器だというのはすぐにわかった。

本来イマジンは死亡した場合、砂となるか爆発して跡形もなくなるかのどちらかしないかないのだがこのように遺体として残っている事は本来は不自然なのだが、ライナー電王はそれを疑問には思わなかった。

正確には疑問に感じる余裕がないのだ。

「モモタロス……、ウラタロス……、キンタロス……、リュウタロスまで……」

両膝を折って四つんばいになって地面に両腕を叩きつける。

叩きつけた拳はブルブルと震えている。

 

こんなひどい事をしたのは誰!?

 

亀裂の入った無数の鎖のうちの数本がバキリと切れた。

鎖で抑え付けられているものが更に暴れていた。

 

ライナー電王の耳に悲鳴が聞こえた。

起き上がって声のする方向を頼りにあらん限りの力を振り絞って駆ける。

そこには心臓部から血を出して倒れているフェイトとオーラソード部分から血をたらしているNNDソードを持っているネガNEW電王がいた。

おそるおそる亡骸になっているフェイトの側に寄る。

抱きかかえても冷たくなっていく一方だ。

フェイトの死が覆る事はない。

「フェイトちゃん……フェイトちゃん!!起きてよ!起きるんだ!!」

両目から涙を流しているが拭わずに必死に呼びかけるがフェイトは目を開かないし、唇から言葉を発する事もなかった。

「ハハハハハハハハハ」

頭上から笑い声をする。

側にいるネガNEW電王が笑っているのだ。

自分の仲間を次々と殺して絶望する姿を見て心底笑っているのだ。

「………」

ライナー電王は嗚咽を漏らし終えると、ネガNEW電王を睨む。

 

みんなを殺したのは彼だ。

僕が絶望する姿を見るために殺したのだ。

許さない。

許さない許さない。

絶対に許さない!!

 

鎖が更にバキンバキンバキンと砕けていった。

最後の一本の鎖で押さえつけられているものが解放されるのを望むようにして暴れている。

 

フェイトの亡骸を側において、ライナー電王は立ち上がる。

再びネガNEW電王を睨む。

「全部君が……」

拳が震える。

『恐怖』ではなく、『怒り』だ。

「ウワアアアアアアアアアアアアアアア!!」

左足を前に出して、腰に捻りを入れて右拳を振りかぶってからネガNEW電王の顔面に狙いをつけて右拳を一直線に放った。

 

殺す!

 

最後の一本の鎖も完全に砕け散り、抑えこまれていたものがとうとう本格的に動き出した。

 

 

「うわああああああああああああああ!!」

獣のような咆哮を上げながらライナー電王はデンカメンソードを持っている右手を振るってネガNEW電王が一撃を放つより速く、食らわせていた。

「ぶほっ!」

ネガNEW電王が声を上げるより速く更なる一撃を左拳を顔面に放つ。

三撃目はデンカメンソードを振り上げて一気に下ろす。

「ぐほあぁぁぁ!!」

胸部から腹部にかけて縦一直線に火花が飛び散って仰け反る。

「良太郎?」

「野上?」

側で起き上がろうとしたソード電王とZゼロノスは側にいたためかライナー電王の異変をいち早く感じる事が出来た。

全身から殺気が吹き荒れていた。

それはもはや、普段のライナー電王と同一人物とは思えないものだった。

 

「いたぶられて意識が飛んだようにも見えたけど一体どうなってんだよ!?」

ヴィータがシャマルに訊ねる。

「意識が飛んでタガが外れたんじゃないかしら……。それでその……プッツンしちゃって……」

シャマルが自信なさげに推測を口に出す。

「ハナさん!プッツンってどうなるんですか!?」

なのはがこの中で一番ライナー電王と付き合いの長いコハナに訊ねる。それも必死な顔で。

「わからないわよ!?私だって見たことないもの……」

コハナもここから先のことは本当にわからないため、普段の冷静さはない。

 

「本気でキレた良太郎の姿なんて……」

 

コハナの言うように、この時完全に野上良太郎の理性は弾け飛んだ。

 

『修羅』となったライナー電王がデンカメンソードを構えて、ネガNEW電王との間合いを一気に詰めだした。

 




次回予告


       遂に『修羅』と化したライナー電王。

       まさに逆転となるか!?

       もう誰にも止められない!!

       そして戦いの舞台はまた別の場所へと移る。

       第六十話 「 修羅 対 最凶 」


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第六十話 「 修羅 対 最凶 」

その場にいる誰もがその光景を見て、目を疑った。

フェイト・テスタロッサは初めて目にするものだ。

理性のタガを完全に取り外したライナー電王---野上良太郎を見るのは。

「私が見たものはまだ片鱗でしかなかったということか……」

シグナムが納刀しているレヴァンティンを握っている左手をカタカタと震わせていた。

「シグナム?」

フェイトにはシグナムの言葉の意味が理解できない。

「正直二度と感じたくなかったんだけどねぇ……」

アルフ(人型)がぶわっと鳥肌が立っている右手を左手で押さえていた。

「だが以前とは比べ物にならないぞ……」

腕を組んでいるザフィーラ(人型)だが表情は険しかった。

「なのは!大丈夫?」

ユーノ・スクライア(人間)は隣でその場に座り込んでしまった高町なのはを心配する。

「う、うん。大丈夫だよ……。ユーノ君今更だけど本当にあそこにいる人は良太郎さんなんだよね?」

疑う必要性はないのだが、なのははユーノに今戦っていて間接的に自分に戦慄を与えた張本人が良太郎なのかと確認する。

「間違いなく良太郎さんだよ……」

下手な事を言う気にはなれなかったのでユーノは正直に答えた。

「そうだよね……」

わかりきった答えなのでなのははそのような返答しかできなかった。

「なのは。もしかして……」

ユーノはなのはがライナー電王から放たれる気迫に完全に圧されているのだと理解した。

「大丈夫。良太郎さん達が命懸けでわたし達の『時間』を守るために戦っているのに、わたしだけ途中で帰るなんてできないよ」

座り込んでいるなのははゆっくりとだが、両脚をふらふらさせながらも立ち上がる。

「わかった。でも辛くなったらいつでも言ってね」

「うん」

なのはが無茶をすることはわかりきっている事なので、ユーノは気休めを言うしかなかった。

 

「反撃してくるだけの元気はあるって事かよ」

ネガNEW電王はダメージを許してしまった事には特に気にしてはいなかった。

今の攻撃を苦し紛れのまぐれ当たりと思っているからだ。

ライナー電王を睨むと同時に間合いを詰めて、NNDソードで斬りかかる。

頭部を狙っての上段振り、大振りかつ速いがライナー電王は間合いを詰めながらも右に軽くサイドステップして避けながらデンカメンソードのターンテーブルを前面にしてメリケンサックのようにして放った。

「がっ!」

その一撃は凄まじく速く、凄まじく重かった。

ネガNEW電王の顔面に直撃して、後方に仰け反る。

伸びた右腕を引っ込めてデンカメンソードのデルタレバーを引く。

『ウラロッド』

左足を軸にして、跳び後ろ回し蹴りを繰り出して右踵をネガNEW電王に浴びせようとするが紙一重の間合いで避ける。

(大技?やはり苦し紛れか……)

避けながらネガNEW電王はライナー電王に反撃は出来ないと判断する。

だが、

「りゃあああああ!!」

ライナー電王が逆立っている状態から更に軸となっていた左足をも地から離して、右こめかみを狙うようにして放つ。

「!?」

この動きは予期していなかったのか、ライナー電王の左足はネガNEW電王の右こめかみに直撃した。

無茶な体勢からの蹴りだが、予想できなかったという事で心理的にも大きなダメージを与える事が出来た。

そのまま、身体を上手く動かして四つんばい状態になって着地する。

「このヤロォ!」

ネガNEW電王のNNDソードを握る力が強くなる。

ライナー電王はすぐさま間合いを詰めて、右足を軸にして腰を左に捻りながら左足を繰り出して回し蹴りを放つ。

「がっ!」

ネガNEW電王が防御を取るより速く、ライナー電王の蹴りが炸裂する。

今度こそネガNEW電王はぐらつく。

間を置かずして同じ場所を食らったのだ。どんなに頑強が自慢の者でもダメージゼロというわけにはいかない。

蹴り上げた左足を素早く戻して軸足にして、その場で右足を振り上げて回し蹴りを放つ。

狙いはネガNEW電王の左こめかみだ。

左にぐらついているネガNEW電王は今の速度のライナー電王の蹴りを防御する事はもちろん回避も出来ない。

側から見るとライナー電王の蹴りに引き寄せられているようにも見えていた。

直撃して右に吹っ飛ぶネガNEW電王。

そのまま地面に落下してズルズルズルと流されていく。

「はあぁぁぁ。ふうぅぅぅぅ」

ライナー電王は息を整えるだけで何も言わない。

ただデルタレバーを引くだけだ。

『キンアックス』

足運びに軽快さからずっしりとした足運びへと切り替わる。

「調子に乗ってんじゃねぇ!」

今までの静かな口調から一気に荒々しさが目立つ口調へと切り替わりながら、NNDソードを袈裟に狙いをつけて振り下ろす。

しかし、ライナー電王は避けるどころか直撃を許す。

胸部に左斜めに火花が飛び散る。

「フッ……ん?」

ネガNEW電王は手答えありと笑みを浮かべていたのだが、すぐに表情を強張らせていた。

「テメェ……。効いてねぇのか!?」

右足を前に踏み込んで左手を大きく振りかぶる。

手は拳ではなく、大きく開かれていた。

「わりゃああああああ!!」

速く、そして重くネガNEW電王の右頬を叩き飛ばす。

「ぶっ」

引っ張られるようにして、ネガNEW電王は左に吹っ飛ぶ。

先程と同じ様に地面に落下してズルズルズルと滑っていく。

「な、何なんだよ……。さっきまでと全然違うじゃねぇかよ。スピードもパワーもまるで別格じゃねぇか!」

ネガNEW電王が怒りに身を震わせて、すぐに起き上がってライナー電王に向かって突っ込む。

それを見てもライナー電王は動揺する様子はなく、ただ静かにデルタレバーを引く。

『リュウガン』

ずっしりとした足取りからステップを踏む足取りへと切り替わる。

タンタンタンタンとリズムを取っている。

荒々しさがこもった上段、中段、下段振りを繰り出すがライナー電王は難なく避けていく。

デンカメンソードのデルタレバーをネガNEW電王に向けて打ち付ける。

「ぶっ」

顔面に直撃し、一時的に動きが止まる。

ライナー電王はそのまま硬直しているネガNEW電王の前に出ている右太股を踏み台にして、跳躍する。

両足首あたりでネガNEW電王の頭部を挟み、ライナー電王は頭を振り子の錘

おもり

のように使って後方に倒れこみ、脚力で相手の上半身を前のめりにさせ、頭部を雪が敷かれた地面に激突させる。

今度ばかりはネガNEW電王も声を上げる事はなかった。

受身の態勢も取れずに、全身をぴくぴくとさせていた。

ライナー電王は立ち上がって、見下ろしていた。

 

「フランケンシュタイナー……」

Zゼロノスはライナー電王が繰り出したプロレス技の名を口に出す。

Zサーベルを杖代わりにして立ち上がる。

ライナー電王が単身戦ってくれたので思ったよりも長く回復する事が出来たのだ。

「良太郎

アイツ

、マジでおっかねぇな……」

Zゼロノス同様に体調を整えたソード電王が隣に立つ。

「加勢するぞ」

Zサーベルを構えるZゼロノスに対して、ソード電王はそのままだった。

「おい。行かないのか?」

「俺達が入り込めるモンじゃねぇだろ。この戦い」

ソード電王がDソードを構えなかったのはそのためだ。

もう自分達が割り込める域の戦いではないとわかっているのだ。

「センパイ!」

ロッド電王、アックス電王、ガン電王、デネブが駆け寄ってきた。

「おう。オメェ等もう動けるのかよ?」

「シャマルのおかげで傷は回復したで」

「でも、僕まだ頭がボーっとするよ~」

ソード電王が容態を訊ねるが、アックス電王とガン電王が自身のコンディションを告げる。

「侑斗、モモタロス。怪我は?」

「大丈夫だ……。シャマルの魔法は必要ない」

「今、回復施したら俺も寝ちまうんだろ?だったらいらねぇよ」

デネブの問いにZゼロノスとソード電王は同じ内容の回答をする。

「アレって本当に良太郎なんだよね?」

「間違いあらへんで。とんでもなくおっかない殺気放ってるけどな」

「何か凄く怖いよ……」

ロッド電王は確認するように訊ねてアックス電王は答え、ガン電王は肌に感じる殺気に素直な感想を口に出した。

冬の寒さとは違う寒さがその場を支配している事を誰も口には出さないが、理解していた。

 

「ぶっ潰す!!」

起き上がったネガNEW電王がNNDソードをライナー電王に向けて突きを放つ。

しかしライナー電王はすれすれで避ける。

その最中にデルタレバーを引いて『モモソード』とターンテーブルを操作する事も忘れない。

「………」

そのまま素早くデンカメンソードで突きを繰り出す。

「ぐっ!」

自身の突きは避けられたのに対して、相手の突きをまともに食らった事はネガNEW電王にとっては屈辱だった。

デンカメンソードをすぐに引き戻すと、ライナー電王はすかさず右切上から袈裟に向かって下から斜めへと切り上げる。

「があっ!」

火花が飛び散り、ネガNEW電王が大きく仰け反る。

体勢を整えるより速くライナー電王がネガNEW電王の首を空いた左手で掴んで、左へと飛ばしてから間合いを詰めて斬りかかる。

胸部を狙って縦一文字に、火花が飛ぶ。

その直後に右足を使って左足を狙っての下段回し蹴り。

「がっ」

地味な攻撃だが、立て続けにダメージを受けているネガNEW電王にとっては重いものだ。

その証拠に左に身体がぐらついていた。

この機を逃すはずがなく、デルタレバーを引いて『ウラロッド』にしてから右上段回し蹴りを左こめかみに向けて放つ。

「ぐっ!」

ネガNEW電王が右に向けて飛んでいく。

ライナー電王はすぐにデルタレバーを引いてターンテーブルを動かす。

『キンアックス』

拳にしていた左手を開いて顔面が射程圏内に入るのを待つ。

「!!」

射程圏内に入ると、一直線に左平手打ちをネガNEW電王の顔面に放った。

「ぶほわあああああああ!!」

後方へとネガNEW電王は大きく飛ぶ。

右手に握られていたNNDソードが離れ、地面に落ちた。

ライナー電王は地に落ちたNNDソードを拾ってからデンカメンソードを地面に突き刺して、上下を両手で握る。

そして『へ』の字になるようにして力を加えていく。

NNDロッドなら『しなり』があるのだが、今はないので強引に曲げようとすると軋む音が聞こえてくる。

ビキビキビキと音を立てて、ライナー電王はNNDソードを真っ二つにして破壊した。

そして地面に放り捨てた。

デンカメンソードを拾い上げて、『リュウガン、モモソード』とターンテーブルを操作した。

 

(あ、ありえねぇ……。わざわざ別世界

こっち

に来て『闇の書』まで手に入れたってのによぉ……)

ネガNEW電王はあお向けになっており、雪が降る空を見上げていた。

このままでは確実に負ける。

本能的に悟っていた。

なまじ戦闘力があると、この手のことに関しては聡くなるのだ。

武器は破壊され、新しく手にした『力』である魔法は欠点がある事を既に看破されている。

つまり戦う手段は後一つしかない。

この五体だけだ。

(俺は……、電王共に復讐する力を得るために別世界に来た……。この世界の『時間の破壊』も言っちまえば新しく手に入れた力の試運転による結果みてぇなもんだからな……)

『時間の破壊』という行為そのものをネガNEW電王は重要視していない事になる。

(まだだ……。まだ戦えるぜ。まだ負けちゃいねぇ!)

ネガNEW電王は起き上がって、そのままライナー電王を睨む。

「武器を壊して魔法の欠点を見抜いていきがってるかもしれねぇが、まだ俺には『武器』はあるぜ!」

右拳を振り上げてからライナー電王の顔面に向けて放つ。

「やあああああ!!」

ライナー電王も左拳を振りかぶってネガNEW電王の顔面に狙いをつけて放つ。

両者ともに同じタイミングで。

「「ぶっ!」」

両者ともに顔面に食らい、仰け反る。

ネガNEW電王は左拳を胸部に狙いをつけて放つ。

「ぐっ!うああああああ!!」

ライナー電王は一瞬だけ固まるが、隙を与えずに硬直を解いて右拳をネガNEW電王の左頬に食らわせてから、追い討ちとしてまた一発を同じ場所に叩き込む。

互いに間合いを詰めてから両者ともに頭突きを放つ。

「が……は……」

ぶちかましに負けたのはネガNEW電王だった。

(そんなバカなことがあってたまるか……。殴り合いじゃイマジンの俺に分があるんだぞ!人間でしかねぇあんな小僧に負けてたまるかよ!)

イマジンと人間とでは身体能力に決定的な差がある。

手足を動かす速度や動体視力などは人間よりも格段に優れており、単純な取っ組み合いなら人間がイマジンに勝てる可能性はゼロである。

人間がイマジンに勝つためには仮面ライダーに変身して迎え撃つしかない。

それでやっと五分五分といってもいいだろう。

もしイマジンが仮面ライダーになってしまえば同じ仮面ライダーでも素が劣っている以上、ライナー電王が善戦できるはずがないというのがネガNEW電王の考えだ。

だが現実には自分が負けているのだ。

いくら殴ろうが蹴ろうが、目の前の敵は必ず向かってくる。

気迫が全く衰えていない。

それどころかどんどん強くなっているようにも思える。

(寝た子を起こしちまったってワケかよ……)

「さっさとくたばりやがれぇぇぇ!!」

ネガNEW電王は怒号を上げながら、ライナー電王に向けて右フックを放つがライナー電王は素早くしゃがんでから、間合いを詰めて上体を上げると同時に左拳を掬い上げるようにして一気に放つ。

「うあああああああああ!」

「☆@#$%!!」

顎を直撃したネガNEW電王は声にならない声を上げながら、宙へと浮いてから急速に地面に落下した。

ドシャっという音が立つ。

(こ、こいつ……。人間の皮を被った修羅だ……)

ネガNEW電王は自らの頑健さを呪った。

脆弱なら意識を失っていられたからだ。

彼の意識とは関係なく、全身が震えていた。

 

「はやてぇ」

「どないしたんや?ヴィータ」

戦いを見ながら震えているヴィータを八神はやては窺う。

「あたし、絶対に金輪際アイツを怒らせたりしない……」

「ヴィータちゃん……」

シャマルもヴィータの言い分は理解できていた。

とても今のライナー電王---良太郎に喧嘩を売っても勝てる見込みなんてないからだ。

「あれが本当にプッツンした良太郎……」

フェイトはしっかりと想い人の『修羅』となった姿を記憶に焼き付ける事にした。

「フェイトちゃん……」

なのはは友人が想い人の別の顔を見ても驚きもせず、受け入れようとしている姿を見て敬意を持っていた。

「あ、鳥肌が治まり始めてる……」

アルフは左腕に立っていた鳥肌が治まり始めている事から、何か変化が起こり始めているのだと推測した。

「今日ほど彼が味方でありがたいと思ったことはないな……」

クロノ・ハラオウンがライナー電王の戦いを見ながら正直な感想を口にしていた。

 

「はあはあはあ……はあ……はあ……」

今までひたすら攻めに攻め続けたライナー電王は呼吸を整えていた。

そうなると、自ずと意識がぼんやりと覚醒し始める。

(あれ……。何だろう?何か応援みたいな声が聞こえる……。そっか、フェイトちゃん達がモモタロス達を応援してるんだ……。僕もいつまでも寝てる場合じゃないや。早く起きないと……)

「あれ!?」

ライナー電王が完全に意識を覚醒してから目の前の後景に目を大きく開く。

自分が立って、ネガNEW電王が倒れているのだ。

今まで意識が飛んでいたから理解できないのだ。

身体全身が急に鉛のように重くなった。

その場に四つんばいになってしまう。

それでも両手両脚はプルプルと震えていた。

「良太郎!」

「大丈夫?良太郎」

アックス電王とガン電王が駆け寄ってライナー電王に肩を貸した。

「一体どうなってるの?」

「オメェがやったんだよ。ア・レ」

ライナー電王の問いにソード電王が右親指でサインを送る。

「僕が?」

まるで憶えがないというような口調で言う。

「正直おっかなかったけどね」

ロッド電王がおどけて言う。

「まだあいつ、立つぞ!」

Zゼロノスが叫ぶと同時にZサーベルを構え、デネブが両指のゴルドフィンガーをネガNEW電王に向けていた。

「チッ!ここは『闇の書』を手にしただけでよしってことにしておいてやるぜ!」

ネガNEW電王はこれ以上は戦う気はない台詞を吐きながら立ち上がる。

空の一部の空間が歪み、ネガNEW電王に向かって線路が敷設される。

敷設された線路から五両編成の『時の列車』が走ってきた。

その『時の列車』はNEWデンライナーと酷似しているが、ポイントカラーとなっている藍色が紫になっており、ネガNEW電王と同様にトライバル柄のパターンが施されていた。

『時の列車』---ネガNEWデンライナー(以後:NNデンライナー)が停車した。

「野上」

「うん。あの列車がオーナーがくれた写真の『改造時の列車』だね」

Zゼロノスが言いたかった事をライナー電王が代弁した。

ネガNEW電王はNNデンライナーに乗り込んだ。

ドアが閉まると同時に、NNデンライナーの車輪が動き出して走り始めた。

NNデンライナーは空に敷設された線路を走り、そのまま空間の中へと消えていった。

「あいつ、持ち逃げするつもりか!?」

Zゼロノスが叫ぶと同時に空の空間の一部が歪んで線路を敷設しながらゼロライナーが走ってきた。

「八神、行くぞ!」

Zゼロノスは、はやてを見ながら促してきた。

「へ?」

「リィンフォースの主としてお前はあいつの末路を見届ける義務があるだろ?」

Zゼロノスの説明に目を丸くしていたはやては表情を戻して、

「うん!」

首を縦に振って、車椅子を操作しながらゼロライナーに乗り込もうとする。

「はやて!あたしも行く!」

「主はやて。私も参ります」

「はやてちゃん。みんなで行きましょう!」

ヴィータ、シグナム、シャマルが決意表明をしてザフィーラが首を縦に振っていた。

「侑斗……」

「侑斗さん……」

デネブが伺い、はやてがZゼロノスに目で訴えている。

「わかってる!まとめて面倒見てやるから二両目に乗れ!」

Zゼロノスの一言は了承の合図だと判断し、ヴォルケンリッターははやてを上手く乗せながら自分達もゼロライナーの二両目に乗り込んだ。

ゼロライナーのドアが閉まり、汽笛を鳴らしてそのまま空の一部が歪んだ空間の中に線路を敷設しながら『時の空間』の中へと入っていった。

残ったのはチームデンライナーとフェイト、なのは、アルフ、ユーノ、クロノである。

「僕達も行くよ」

ライナー電王は静かにしかし、誰にも有無を言わせない迫力を持ちながら言う。

直後に空の空間の一部が歪んで、線路を敷設しながらデンライナーが走ってきた。

 




次回予告

       海鳴から『時の空間』へと戦いの舞台は変わる。

       デンライナー
       ゼロライナー
       ネガNEWデンライナー

       時の列車同士がぶつかり合う。

       そして、遂に長い戦いに終止符が打たれる。

       第六十一話 「決着」


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第六十一話 「 決着 」

NNデンライナーが現在、モニュメントバレーを髣髴させる一面の荒野を線路を敷設しながら走っていた。

制御の役割を担っている一両目にはネガNEWデンバード(以後:NNデンバード)に跨ってNNデンライナーを操縦しているネガNEW電王がいた。

モニターが画面から赤表示で『緊急事態』と表示されていた。

ネガNEW電王はモニターを操作すると、後ろにはゼロライナーが追走していた。

「チィ!しつこい奴等め!」

ネガNEW電王は吐き捨てるように言うと、NNデンバードのグリップを握って左に傾けた。

NNデンライナーは左に円を描くようにして線路を敷設していきながら走る。

「ゼロライナーだけなら問題ねぇ!ぶっ潰す!」

ネガNEW電王はNNデンバードのキーボックスの横にあるボタンを押す。

一両目の屋根の一部が回転して四連装の大砲が出現し、二両目にはドギーランチャーの中から舌の様にギガンデスハデス(以後:ハデス)が出現し、後部の右部分からもハデスが姿を現していた。三両目にはモンキーボマーの代わりにギガンデスヘル(以後:ヘル)が出現し四両目にはバーディミサイルの代わりにギガンデスヘブン(以後:ヘブン)が搭載されていた。

反時計回りになるようにしてネガNEW電王はNNデンバードを使ってNNデンライナーを操縦する。

NNデンライナーは向かってくるゼロライナーの外を外周するように線路を敷設していた。

 

ゼロライナーは先に『時の空間』に逃げ込んだNNデンライナーを追いかけていた。

搭乗しているのはZゼロノス、デネブ、八神はやて、ヴォルケンリッターの計七人である。

ゼロホーンが格納され、ゼロライナーの制御者となっている一両目にはZゼロノスが一人ゼロホーンに跨って操縦していた。

「あいつ、俺達を潰してから逃げるつもりか!?」

ZゼロノスはネガNEW電王の真意を推し測ってからゼロフォーンのグリップを噴かしてから左に傾けながら空中へと線路を敷設させる。

線路は空中に敷設され、乗せられるようにしてゼロライナーは走る。

相手に攻撃をさせないようにわざと複雑に敷設させて走っているのだ。

二両目に乗っているデネブを始めとする面々はというと、

「デネブちゃん!この電車、シートベルトかなんかあらへんの!?」

いきなり激しく揺れるような怖い思いをした八神はやてはデネブに拘束具のようなものは搭載されていないのか訊ねる。

「ごめん八神、みんな。ゼロライナーにはそういったものはないんだ。だからさっきみたいな揺れや動きになったら何とか自分達で身を守ってほしい!」

デネブが謝罪しながら今後の揺れなどの対策は本人任せによると素直に打ち明ける。

「ザフィーラ。主はやてを頼む。私達は各自で対処する。いいな?」

状況を理解したシグナムはリーダーらしくザフィーラ、ヴィータ、シャマルに指示する。

「心得た」

「へーい」

「わかったわ」

それぞれがそれぞれの返事で了解する。

ザフィーラは獣型から人型へと切り替えて、はやての側に寄る。

『今からかなり揺れるから何かにしっかりと捕まってろよ!』

Zゼロノスのアナウンスで全員が警戒する。

一両目にいるZゼロノスはゼロホーンのキーボックスの横にあるボタンを押す。

二両目のナギナタの屋根からプロペラが出現して、回転し始める。

「な、何か浮いてへん?」

はやての言うとおり、ナギナタの車輪は線路から離れていっていた。

ナギナタはドリルから連結解除してそのまま空中へと移動する。

「空飛んでる!」

「自分達以外の力で空の風景を見るのって随分新鮮よね……」

ヴィータとシャマルはナギナタの車輌後部のデッキに出て、周囲を見回していた。

ナギナタはドリルの前に立ち、タイミングを見計らって着陸しようとしていた。

ドリルがブレーキをかけずにグリップを回すのをやめて減速していく。

ナギナタがドリルより数十メートル前の敷設された線路に着陸する。

プロペラはまだ展開したままだ。

ナギナタの後部とドリルが連結した。

「「おおー!」」

デッキにいるヴィータとシャマルが声を合わせて何故かはわからないが感動の声を上げていた。

ドリルを連結させたナギナタはプロペラを回転させながら、今度は二両で空へと足場を変えた。

『ヴィータ、シャマル。そろそろ動きが激しくなるから中に入ってろよ』

Zゼロノスのアナウンスを聞いて、ヴィータとシャマルはデッキからナギナタ内部へと戻っていった。

空で行動しているゼロライナーは線路を走っているNNデンライナーと違って、上下などの融通が利く。

また『線路を敷設する』という行為がないため、移動パターンが読まれないという利点もある。

ゼロライナーはNNデンライナーの背後に回ろうとする。

「さすがに簡単には取らせてくれないか……」

Zゼロノスはモニターに映っているNNデンライナーの動きを見ながらぼやく。

ゼロライナーは二輌ともデンライナーのような飛び道具は具わっていない。近接戦闘向けに設計されているからだ。

いざ攻撃となるとNNデンライナーに正面からぶつかるか背後に回って突くか側面から突くか空中から一気に急降下してのプレス攻撃などがある。

確実にダメージを与えるとならば『背後から突く』なのだが、この方法は相手の線路に侵入しない限りは成功しない。

今それを実行するためにゼロライナーは空中で右往左往しながら出方を窺っていた。

NNデンライナーの左側面に入っていないため、攻撃は受けないが線路の軌道を見極めないといつまで経ってもこのままだ。

モニターに映っているNΝデンライナーは螺旋状に線路を敷設しながら走っている。

NNデンライナーは左側面にゼロライナーが向くように走っているのだという事はすぐにわかる事だ。

「こっちも相手に攻撃させてないだけまだマシか……」

こっちも攻撃していないが向こうも攻撃できない状態なのでとりあえずは『良し』とZゼロノスは考える事にした。

 

ゼロライナーとNNデンライナーが膠着状態に陥っている頃、一台の『時の列車』が線路を敷設・撤去を繰り返しながら戦場へと向かっていた。

デンライナーである。

一両目の本来ならばデンバードが格納されているが現在はデンバードⅡがデンライナーのコントローラーの役割を担っていた。

操縦しているのはライナー電王である。

現在、デンライナーは戦闘車輌の四輌編成で走っている。

ライナー電王は一輌目で操縦しており、残りのイマジン四体(変身は解除している)、コハナ、フェイト・テスタロッサ、高町なのは、ユーノ・スクライア、アルフ、クロノ・ハラオウン、オーナー、ナオミは二輌目に乗っている。

「ここが『時の空間』なんだぁ……」

「凄く広いね」

なのはとフェイトは窓から見える景色を見て、その広大さに目を奪われていた。

「コーヒーお持ちしました~」

ナオミが人数分のコーヒーを持ってくるが、当然のように受け取ってゴクゴク飲んでいるイマジン達とは違い、ユーノやクロノは恐縮していた。

というよりも、目の前のコーヒーカップに入っているものが本当にコーヒーなのかどうか疑いたくなるものだが。

「これはリンディさんの以上だね……」

「ああ……」

ナオミのコーヒーはリンディ・ハラオウン特製の緑茶と同類だとユーノとクロノは思ってしまった。

モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスはおかわりしていた。

「飲んでるね……」

「彼等が飲んでいるから飲めるなんて考えるなよ」

ユーノとクロノはナオミコーヒーを飲もうという気にはなれなかった。

その後景はコハナは見て教えてあげたかった。

ナオミコーヒーから逃げる事は決して『臆病』ではないという事を。

「あ、前に見た事がある電車が横に走っている!」

なのはやフェイトとは違う窓で外を眺めていたアルフはデンライナーの横に三台の『時の列車』が併走しているのが見えた。

青色がメインカラーのデンライナー・イスルギ(以後:イスルギ)。

金色がメインカラーのデンライナー・レッコウ(以後:レッコウ)。

紫色がメインカラーのデンライナー・イカヅチ(以後:イカヅチ)。

敷設されている線路を一つにしてイスルギ、レッコウ、イカヅチの順番に縦に並んでいく。

デンライナーの後部にイスルギが連結され、その後ろにレッコウで最後にイカヅチが連結された。

そしてデンライナーよりも一回り以上大きい巨大な赤い何かがデンライナーの前を走っていた。

赤い何か---ライナーモードで走っているキングライナーだ。

前部、横部に装備されたキングランチャー、キングファイアが展開され、デンライナーを収めるように巨大な口のように開かれる。

ステーションモードに変形したのだ。

連結キングライナーはキングライナーの中へと収納されるようにして入っていく。

キングライナーはデンライナーの一両目を固定する。

デンライナーの『最強』といってもいい連結形態(以後:オウカセキレツデン)の完成である。

「モモタロスさん」

「何だよ?」

なのはは窓の景色を見ることから妙な席に座っているモモタロス達を見ていた。

全員が背を向け合ってそれぞれのメインカラーとでもいうべき椅子に座っているのだ。

「その席はなに?」

フェイトが代表して訊ねた。

「この席はね。良太郎が持っている剣と繋がっているんだよ」

ウラタロスがこの座席がデンカメンソードと連動している事を打ち明ける。

「俺等が良太郎にアドバイスをすることもできるんやで」

キンタロスが席から離れずに言う。

「回しすぎると気分悪くなるんだよ~」

リュウタロスがこの席のデメリットも打ち明けた。

デンバードⅡに跨っているライナー電王はグリップをまわしてアクセルを噴かす。

「だからオメェ等。いくら座りたいといっても譲らねぇからな。オイ良太郎。まだかよ?」

モモタロスが釘を刺しながら、操縦席のライナー電王に訊く。

「見えた!」

ライナー電王はモニターに映っている光景を見て、そこが戦場だと判断できた。

線路を敷設して相手の出方を窺っている状態になっているNNデンライナーとゼロライナーがいた。

デンバードⅡのアクセルを思いっきり回す。

オウカセキレツデンは線路を敷設、撤去する工程を早めながら速度を上げていた。

 

「痺れを切らせたか。また揺れるぞ!」

ドリルでモニターを見ながら操縦しているZゼロノスは一両目になっているナギナタの乗員に告げながら、ゼロホーンのボタンを押す。

線路を敷設しながら着陸してナギナタとドリルが連結解除される。

そして、ナギナタとは違う線路でドリルがナギナタに先行する。

ドリルの後部にナギナタが連結された。

「来い!」

後ろを取られる事を警戒する事をやめたNNデンライナーは正面から戦うように線路を敷設しながらゼロライナーへと向かっていく。

ゼロライナーとNNデンライナーは互いに譲らずに真っ直ぐに向かっていく。

こうなると怖気づいた方が負けになる。

ゼロライナーは速度を落とさない。

だがNNデンライナーはゼロライナーの右側に線路を敷設して衝突を避けた。

「正面からを避けた?」

NNデンライナーの行動に操縦者であるネガNEW電王が臆病風に吹かれたのかと思ったのか何か咲くがあるのではとZゼロノスは勘繰る。

「しまった!」

Zゼロノスは自分がネガNEW電王の策略にはまった事に気がついた。

NNデンライナーは右側に避けたのだ。

つまり、それはNNデンライナーの武装の射程範囲内に入ってしまったことになる。

「衝撃に備えろ!!」

Zゼロノスはナギナタにいる全員にアナウンスで注意を促す。

直後、NNデンライナーの一両目の大砲と二両目にいるヘルからのスパイクボール攻撃を食らってしまう。

ドリルとナギナタ、両方に食らってしまう。

直後ゼロライナーは左右に激しく揺れてしまう。

「くっ!あの武装を何発も食らったらいくらゼロライナーでもひとたまりもないな……」

飛び道具相手では分が悪い。

しかもさっきの攻撃でNNデンライナーは完全に有利な距離に立っていた。

「こっちの利点を使わせてもらうぜ」

ドリルの頭部が牛頭からドリルへと切り替わり、そのまま先端を地面に向けて回転を始めた。

キュィィィィィィンと音を立ててゼロライナーは地中へと潜っていった。

土を抉ってゼロライナーは停車した。

Zゼロノスはモニターを見て、タイミングを見計らう。NNデンライナーは空中に線路を敷設してグルグルと円を描いていた。しかも反時計回りだから今、巨大な円の中から顔を出せば間違いなく集中砲火を受けるだろう。

「あいつの右側に出て武装車輌を破壊するしかないか」

『侑斗』

モニターに別のウインドウが開き、ライナー電王が映った。

「野上。来たのかというのは野暮だったな」

彼が中途で終わらせるような人間ではない事を承知している。

『で、相手はどうなの?』

「スピードはデンライナーやゼロライナーよりは上だろうな。攻撃力は以前あいつが乗ってた『時の列車』とさほど上がったとは思えないがな」

『改造は外見だけでパワーアップはあまりしていないって事?』

「確信はないがな。それに『時の列車』を改造するというのが今までに前例はなかったし、仮にやったとして改造前より改善されたという例があるんだったら誰もがやるだろうしな」

『確かにね。オーナーも前例がないから何とも言えないって言ってたしね』

「修理は動きを見ればわかるとおり、成功しているけどな」

『僕達で総攻撃をかければ倒せると思う?』

「ああ。あと以前は列車ごとまとめての破壊で逃がしたけど今回は俺達が直接倒すんだ。しくじるのは一回で十分だろ?」

『もちろん』

ライナー電王が映っているモニターがぷつりと消えた。

同じ事を何度も失敗するような趣味人はいないだろう。

ゼロライナーはドリルを回転させて地上に出た。

出た地上はNNデンライナーの真後ろだった。

ドリルを回転させながら速度を上げて、NNデンライナーの四両目をぶち抜こうとする。

しかし、NNデンライナーは更に速度を上げて逃げる。

NNデンライナーに向けてフリーエネルギーの大砲が数発発射された。

NNデンライナーも負けじと一両目の大砲、二両目の二頭のハデスが口から火球を吐き出し、三両目のヘルがスパイクボールを投げ、四両目のヘブンが翼を羽ばたかせて針のような弾丸を射出していた。

相殺され、爆煙が立ち込める。

爆煙を突っ切ってNNデンライナーに立ちはだかるのはオウカセキレツデンだった。

「やっと来たか……」

Zゼロノスがモニターに現れた姿を見て、笑みを浮かべた。

 

「キングライナーとデンライナーの正面からの飛び道具を防ぎきるなんて……」

ライナー電王は先ほどの攻撃を完全に防いだNNデンライナーの火力は馬鹿に出来ないと判断した。

「でも今度こそ終わらせるんだ!」

デンバードⅡのグリップを回して、アクセルを噴かす。

オウカセキレツデンはゴウカノンとキングランチャー、キングファイアから一斉にフリーエネルギーの大砲を発射させる。

NNデンライナーも正面を向く。

二頭のハデスが左右に顔を出して、中央にNNデンライナーがいる事で三つ首竜のように思わせる。

二つの火球とフリーエネルギーをチャージしてレーザー砲を放つ。

火球は相殺できたが、レーザー砲は相殺できなかったのかキングライナーのボディに直撃する。

「ぐっ!」

直接食らったわけではないが、デンライナーで操縦しているライナー電王にも衝撃による震動が襲い掛かる。

二両目からも似た様な声が聞こえてきたが、可哀相だが聞き流す事にした。

後からいくらでも怒られようと覚悟を決めてライナー電王は更に攻撃を始める。

反時計回りをして、武装をフルに活用しているNNデンライナーに向けてオウカセキレツデンは一両ずつ破壊する事にした。

同じ轍を踏まないためにも列車破壊とネガNEW電王を倒す事は別物と考えなければならない。

前回は同一視したから生かす結果を作ってしまったのだ。

列車破壊はまず武装車輌のみを破壊する事を重点に置く事にした。

つまり、二両目から四両目の破壊だ。

一両目がNNデンライナーの制御車となっているため、一両目は破壊しないように照準には注意を払わなければならない。

といっても直接車輌を破壊するのはゼロライナーであり、自分はNNデンライナーの攻撃を一手に引き受ける事だ。

なおこの手はずは打ち合わせをしたわけではなく、自然とそうなっていた。

強い信頼関係がないと出来ない芸である。

オウカセキレツデンはひたすらに一斉砲撃を繰り出す。

大砲、ハデス、ヘル、ヘブンの総攻撃で返してくる。

砲弾が。

火球が。

スパイクボールが。

針が。

一斉にオウカセキレツデンに向かっていく。

いくらキングライナーも連結しているといっても『バリアー』という防御武装はないのが欠点だ。

向かってくる武器は撃ち落していくしかない。

それでも線路を敷設して反時計回りに走りながら攻撃しているので照準がずれてしまう。

ずれた武器がオウカセキレツデンに直撃する。

そのたびに衝撃が走る。

ゼロライナーがドリルを回転させながら、NNデンライナーの四両目をつついていた。

つつくたびに火花が飛び散っている。

ドリルの先端がギュィィィィンという音を鳴らしながらNNデンライナー四両目に食らいついた。

NNデンライナーの速度がダウンする。

それを好機と捉えてオウカセキレツデンはゴウカノン、キングファイア、キングランチャーを一斉に発射させる。

三両目のヘルが何発か食らって仰け反り、四両目のヘブンも食らって攻撃をやめざるを得ない状態になっていた。

ガッコンという音が鳴った。

四両目が切り離され、NNデンライナーが逃亡したのだ。

「えっ!?」

電車なら取れて当たり前の行動なのに『時の列車』というだけで、失念していた。

 

「切り離した!?」

NNデンライナーの行動に最も驚いたのはZゼロノスだった。

「しかもオマケつきかよ……」

ネガNEW電王が残した置き土産にZゼロノスは毒づくしかない。

ただ単に切り離したのではなく、自爆装置まで起動させていたのだ。

ゼロライナーのモニターにも爆発までのカウントが表示されていた。

「爆発の威力がどんなものかはわからないから退がるしかないか……」

ゼロライナーをバックさせる。

車輪が逆回転する。

突き刺していた抉った穴からドリルも離れていく。

線路の路線を変えて、ゼロライナーはNNデンライナーを追いかける。

その直後、ドォォォンという音を立てて切り離された車輌は爆発した。

爆煙が立ち、残骸が飛び散っていた。

威力を目測で

「残りの三輌にも搭載されていると考える方が自然だよな」

ZゼロノスにはNNデンライナーが歩く爆弾に見えた。

 

「チィ!まさかのために搭載させてたモノまで使うとは思わなかったぜ!」

ネガNEW電王は四両目を切り離してから、自分が『奥の手』まで使わなければならないほど追い詰められている事を自覚した。

この『奥の手』は『自己防衛』のためならば後二回は使える。

ただし『道連れ』ならば三回だ。

「クソォ!!」

何が何でも倒さなければならない。

ネガNEW電王は三輌になったNNデンライナーを走らせながらプランを立てる。

一輌失った事で速度は更に上がったが、火力はダウンしている。

オウカセキレツデンの攻撃を相殺できるとは思えなかった。

「あいつ等は間違いなく俺に直接止めを刺しに来る……」

それを見越して返り討ちにすることも可能といえば可能だ。

だがそれよりも先にネガNEW電王の脳裏に過ぎるものがあった。

先程まで戦っていたライナー電王だった。

デンカメンソードを振り上げ、殴り、蹴飛ばしてきたものがハッキリと浮かび上がっていた。

「!!冗談じゃねぇ!俺があんな奴にビビってるだとぉ……」

それだけは認めてはならない。

『完全な悪の組織』を立ち上げるという目標を潰され、『復讐』もままならないまま『恐怖』まで植えつけられたなんてことを。

NNデンバードのグリップを握る力が更に強くなる。

「あってたまるかよぉ!!」

グリップを回してアクセルを噴かす。

NNデンライナーは針路をオウカセキレツデンに向けて一両目の大砲をチャージしてフリーエネルギーのレーザー砲を撃つ。

オウカセキレツデンも負けじと打ち返してきた。

互いの攻撃がぶつかり、爆煙が生じる。

NNデンライナーはそのまま空に線路を敷設して走る。

モニターを見るとゼロライナーが追走していた。

「しつこい奴め……」

憎憎しげに吐き捨てながらネガNEW電王はゼロライナーを無視する事を決めこみ、そのまま速度を上げる。

線路を螺旋に敷きながら、こちらに向かってくるオウカセキレツデンにひたすら攻撃をする。

オウカセキレツデンの攻撃が三両目に集中される。

ヘルはフリーエネルギーの大砲を食らい続けている。

頑健なヘルでも許容量を越えているダメージなのでスパイクボールを投げることもできず、悲鳴を上げながら爆発した。

三両目から爆煙が立つがヘルの姿がなくなっただけで、他に変化はなかった。

「三両目切り捨て!」

『自爆装置作動します』

モニターにメッセージが表示され、ネガNEW電王は返答としてNNデンバードのキーボックスの横にあるボタンを押す。

『爆発まであと十秒』

アナウンスが流れ、切り離された三両目が追走しているゼロライナーに向かっていく。

『九、八、七、六、五、四、三、二、一』

アナウンスはカウントを進めていく。

『「ゼロ」』

アナウンスとネガNEW電王が同時に言うと、ゼロライナーに向かっている三両目が爆発した。

爆煙が立って屋根や壁、車輪などの残骸が飛び散って地上に降っていく。

ゼロライナーとの距離は開けれたが、NNデンライナーは残り二輌となっていた。

爆煙を突っ切るようにして走ってくる様子はない。

「ん?空に逃げやがったか……」

ネガNEW電王の予測どおり、ゼロライナーはナギナタのプロペラを展開して空へと避難しながらこちらへと向かっていた。

ゼロライナーに飛び道具がないだけまだマシだと思うことにした。

 

「危ねぇ。もう少しで巻き添えになるところだったな」

Zゼロノスにしても自信があって取った行動ではない。

殆ど『賭け』の領域だった。

「だがあいつは虫の息だ。車輌も二輌しかない……」

ゼロライナーのモニターには二頭のハデスの頭部がオウカセキレツデンの放ったフリーエネルギーの大砲を食らって吹っ飛んだ。

頭部がなくなったことで残った体も連鎖するようにして爆発していった。

しかも大砲の一発がNNデンライナーの二両目の前輪と後輪に直撃してバランスを崩して脱線し、二輌まとめて地面に向かって落下していった。

ドシャァァァと砂塵が舞い、NNデンライナーはずるずると滑るようにして停まった。

空中にいるゼロライナーはそのままゆっくりと地上に着陸する。

車輪が地上に敷設した線路に触れると、ゼロライナーは停車した。

ドリルの頭部が緑の牛に戻り、ナギナタのプロペラも閉じられていた。

Zゼロノスは二両目のナギナタへと移動する。

ナギナタに乗っていた乗務員はというと、デネブを除く全員が眼を回していた。

「侑斗、みんな眼を回してる」

「みたいだな……」

デネブのいう様に全員が眼を回してグッタリと床に倒れていた。

車椅子に乗っているはやてもザフィーラに支えてもらいながらも眼を回していた。

胃袋の中のモノを嘔吐しなかっただけマシと思うことにした。

「これからあいつの所に直接乗り込む。デネブ、来い!」

「了解!デネビックバスター!!」

Zゼロノスの言葉に従い、デネブは両腕を構える『了承』のポーズを取ってから全身をフリーエネルギー状にしてからDバスターへと姿を変えた。

Zゼロノスの右手に握られる。

「侑斗さん。行くん?」

眼を回してはやてがまだ頭をクラクラさせながらもZゼロノスに訊ねる。

「リィンフォースを連れてきてやるからな」

そう告げるとZゼロノスはゼロライナーを出た。

 

オウカセキレツデンも停車していた。

ライナー電王は二両目へと移動する。

ゼロライナー同様に乗りなれているイマジン四体、オーナー、コハナ、ナオミを除く面々はグッタリとして眼を回して倒れていた。

デンカメンソードと連動している座席に座っているモモタロスが中に入ってきたライナー電王を見て凡その事情を把握した。

「行くんだな?」

「うん。これで終わりにしてくるよ」

「おう。行ってこい!」

背を向けたライナー電王をモモタロスは短く彼らしい激励を送った。

砂地に足を踏みしめ、右手にデンカメンソードを携えてライナー電王は停車しているNNデンライナーに向かって駆け出す。

砂地で走る事はアスファルトで走るよりも体力を消耗するが、今の彼にはそんな計画性はない。

あるのはただNNデンライナーに入り込んでネガNEW電王を倒すという事だけだった。

NNデンライナー二両目---敵が待ち構えている入口まで着くと先客がいた。

Dバスターを持ったZゼロノスだった。

「遅いぞ」

「ごめん」

「行くか?」

「うん」

短いやり取りを終えて二人の仮面ライダーは入口へと足を踏み入れた。

 

足を踏み入れてすぐにネガNEW電王が待ち構えていた。

「よぉ。よくもここまでやってくれたじゃねぇか……」

ネガNEW電王が睨みつけながらも殺気を飛ばすが、ライナー電王もZゼロノスも正面から受け止めていた。

「観念するんだ。君はもう終わりだ」

ライナー電王が事実を告げる。

「へっ。もう勝った気でいるのかよ?」

ネガNEW電王は負けじと言い返すが、負け惜しみにしか聞こえない。

「まだ手があるのか?新しく得たその姿は野上にぶちのめされ、新しく得た魔法は欠点が丸わかり。改造した列車はこの通りのボロボロ。今のお前は丸裸だぜ?」

Zゼロノスのいうことは正鵠を射ていた。

ネガNEW電王は指をパキポキ鳴らし始める。

「俺もテメェ等から学んだ事があるんだよ。諦めなければなんとでもなるってなぁ!」

言うと同時に駆け出す。

ライナー電王がデンカメンソードを放り投げて走り出す。

走りながら右腕を横に伸ばしたネガNEW電王の隙間を潜って足を滑らせるようにして背後に回りながら、ケータロスのチャージ&アップスイッチを押す。

『フルチャージ』

左足にフリーエネルギーが伝導される。

『俺の……』

「僕の……」

モモタロスが同時に言っているように感じた。

バチバチバチバチと左足にフリーエネルギーが纏っている。

 

『「超必殺技ぁぁぁ!!」』

 

ライナー電王が全身に襲い掛かる痛みをこらえながらも右足を軸にして左後ろ回し蹴りをこちらに振り向いたネガNEW電王の左側頭部に狙いをつけて繰り出す。

「がっ!」

そのまま勢いを殺さずに半周してから左足と右足を軽くぶつけて纏ったフリーエネルギーを右足へと伝導させる。

左足を軸にしてフリーエネルギーを纏った右上段回し蹴りを繰り出す。

そのまま停まることを知らない勢いでライナー電王は素早く回る。

「ぶっ!」

右足に纏っているフリーエネルギーが雷のようなエフェクトを演出していた。

そして、その場で軽く跳躍してからネガNEW電王を正面に捉えると同時にフリーエネルギーを纏ったままの右足を繰り出す。

「がああっ!」

バチバチバチとネガNEW電王の全身にフリーエネルギーが叩き込まれて、金縛り状態になる。

ライナー電王は背を向けた状態で着地する。

「野上!どけぇ!!」

Zゼロノスに従い、ライナー電王は右に飛びのく。

『フルチャージ』

Zゼロノスがゼロノスベルトの左上にあるフルチャージスイッチを押してから、Dバスターのガッシャースロットに挿し込む。

DバスターをネガNEW電王に向ける。

「おりゃあああああああ!!」

そして、ぎゅっと引き金を絞る。

ゴルドフィンガーからフリーエネルギーのレーザー砲が一直線に発射された。

「ぐうおわああああああああ!!」

金縛り状態のネガNEW電王は避ける事などできるはずもなく、直撃する。

余波として、一両目にあるNNデンバードも木っ端微塵になっていた。

撃ち終えるとそこにはネガNEW電王が立っており、全身から火花を散らしてあお向けになって倒れた。

ネガNEW電王の身体が光りだし、リィンフォースへと姿が変わる。

同時に一つの光球が宙に浮かび上がってそのままNNデンライナーを透過して逃げていった。

「がほっ……げほっ……、私は……」

リィンフォースは目を開き、ぼやけた意識で天井を見上げていた。

「侑斗」

「わかってる。後は任せろ。お前はあいつを……」

リィンフォースを抱きかかえているZゼロノスの言葉にライナー電王は首を縦に振った。

デンカメンソードを拾い上げてNNデンライナーを出た。

 

NNデンライナーを透過して逃げた光球---全身に傷がくっきり残って右側の角が折れたネガタロスさしずめRネガタロスは身体をヨロヨロさせて砂地を歩いていた。

「はあ……はあはあ……」

武器も身体も心もボロボロだ。

仮に生き残ったとしても、リベンジにはかなりの時間を要するだろう。

足元に黄金のオーラレールが敷かれていた。

何かがこちらに向かってくるのがわかった。

それが誰なのかも瞬時に理解できた。

理解すると恐怖が襲い掛かってきた。

後にも先にも一人しかいない。

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

獣のような咆哮を上げながら、Rネガタロスは向かってくるものに対して迎撃するように走り出す。

向かってくるもの---オーラで形状された『時の列車』を纏い、併走させながら向かっているライナー電王が見えた。

互いの距離がゼロになる。

 

電 車 斬 り!!

 

Rネガタロスの耳に聞こえた単語だ。

ライナー電王が走り抜け、黄金のオーラレールも消える。

Rネガタロスは振り向かない。

いや正確には振り向く力もないのだ。

バチッと身体から火花が散る。

 

「今度こそ完全に……うおおおおおおおおおお!!」

 

全身から火花が走り出し許容量を超えた攻撃に耐え切れなくなり、やがて……

ドオォォォォンという爆発音と爆煙を立たせた。

 

「終わった……。やっと……」

立っていたライナー電王もフラついてから右手に握られていたデンカメンソードを落とし、両膝を地に着けてからうつ伏せになって倒れた。




次回予告

       はやてはリィンフォースと別れを告げる。

       そしてZゼロノスから侑斗へと戻る。

       奇跡は起こるのか?

       そして一人の少女はある決断をする。

       第六十二話 「夜天がもたらすゼロの奇跡」


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LAST EPISODE
第六十二話 「夜天がもたらすゼロの奇跡」


モニュメントバレーを髣髴させる荒野---『時の空間』

Zゼロノスはリィンフォースを抱きかかえてゼロライナーへと戻っていた。

八神はやてのいるナギナタに入ると全員元に戻っており、シートに座っていた。

「リィンフォース!」

はやてが車椅子を操りながら、リィンフォースの前まで寄る。

「主……」

Rネガタロスに乗っ取られた際に生じるダメージはリィンフォースにもかかる事なので、呼吸も激しく乱れていた。

はやてがこのように弱弱しくなっているリィンフォースを見てからZゼロノスを見る。

「残された時間は短い。悔いのないようにな」

Zゼロノスはリィンフォースを抱きかかえたまましゃがむ。

「う、うん。大丈夫、なんて聞くのは変やね……」

はやては首を縦に振るだけで何を言ったらいいのかわからないので、ありきたりな会話から切り出した。

「主……。そうですね。大丈夫ですとは答えられませんね」

リィンフォースは笑みを浮かべながら答える。

「ごめんな。気ぃ利かんで……」

「気になさらないでください。我が主、私がお伝えしたい事はあのイマジンに乗っ取られる前に全てお伝えしました。私もこの残された時間、有効に使いたいと考えてしまうのですが浮かばないのです」

リィンフォースもはやてと同じらしい。

互いに『別れ』と意識した時にRネガタロスが乱入したのだ。

今更仕切りなおしというわけにはいかないだろう。相撲や格闘技の試合ではないのだから。

「わたし、リィンフォースの事は絶対に忘れへんで」

はやてがリィンフォースに言いたい事はこの一言しかなかった。

「ありがとうございます。我が主……」

リィンフォースの身体が輝き始め、粒子が空へと舞っていた。

「そろそろ時間が来たようですね……」

リィンフォースは空へと舞っていく粒子が自分の身体だと理解すると掌を見てから、はやてを見た。

「我が主。お願いがありますがよろしいでしょうか?」

「ん?どうしたん?わたしでできる事があったら言ってええで」

はやてはリィンフォースの願いを断る気はない。

よほど理不尽なものでない限りは叶えるつもりだ。

 

「私の手を握ってくれないでしょうか?最後の消え逝く瞬間まで主の、貴女のぬくもりを感じていたいのです」

 

「うん。ええで。了解や」

はやては迷うことなく小さな両手でリィンフォースの右手を握る。

リィンフォースはZゼロノスを見る。

「お前達にも世話になったな。汚れ役もしくは憎まれ役を一手に引き受けさせてしまって」

「気にするな。慣れてるわけじゃないがお前が気に病むことじゃない」

Zゼロノスは素直な意見を言う。

「そうか」

Zゼロノスの言葉にリィンフォースは気落ちせずに、天井を見上げていた。

「いいものだな。誰かに看取られて逝くというのは……」

リィンフォース全体が先程よりも薄くなっていた。

ナギナタの中にいる全員が黙って聞いていた。

「主、守護騎士、そして別世界の緑の騎士……。ありが……」

最後まで言おうとするとリィンフォースの消え逝く速度が上がっていた。

「とう……」

言い終えると同時にリィンフォースの肉体はZゼロノスの身体から完全になくなっており、粒子となってゼロライナーの天井を透過して空へと昇っていった。

「ん?これは……」

Zゼロノスの左掌には金色で円の四方に菱形状の飾りが施されたペンダントがあった。

「八神」

Zゼロノスは、持つに相応しい相手に渡す。

はやては水を両手で収めるような手つきで受け取る。

Zゼロノスは踵を返して、ゼロライナーを動かすためにDバスターを持ってドリルへと戻っていった。

「帰るぞ。海鳴へ」

ガッコンとゼロライナーの車輪が回り始めた。

 

海鳴の空の空間が歪み、線路が出現して地上に向かって敷設されていきゼロライナーが走っていた。

地上にゼロライナーが停車するとプシューッと音を立てる。

ナギナタのドアが開いて騎士服から私服へと切り替えたヴィータ、シャマル、シグナムが先に降りて最後にザフィーラ(人型)がはやてを左肩に乗せて、車椅子を右手で持って降車した。

車椅子を地上に下ろしてから、はやてを乗せる。

そしてザフィーラは人型から狼の姿へとなる。

「ありがとうな。ザフィーラ」

はやてはザフィーラに礼を述べると同時に、頭を撫でる。

ドリル側のドアも開き、Zゼロノスが出てきた。

右手にはDバスターが握られたままだった。

「なぁ侑斗。変身を解かねーってことはもしかして……」

ヴィータもゼロノスの変身の際に使用するゼロノスカードの消費材料が何なのかを知っている。

「四枚使ってお前達が俺を憶えているとは思えないからな。憶えていたらそれこそ奇跡だ」

ZゼロノスがDバスターのガッシャースロットに入っているゼロノスカードをヴィータに見せる。

スロットから抜けば、カードは消滅して変身が解ける。

そしてここにいる誰もが自分のことを忘れてしまっている。

シグナムがZゼロノスの前に立って、右手を出す。

「シグナム?」

Zゼロノスが怪訝な表情を浮かべる。

「桜井、デネブ。短い間だったが世話になった。感謝する」

「こっちこそ世話になった」

ZゼロノスがDバスターを左手に持ち替えて握手に応じた。

『ありがとう。シグナム』

「デネブもな」

シグナムは挨拶を終えると、離れる。

次にシャマルが来た。

「侑斗君、デネブちゃん。その……また海鳴に来たらぜひとも、はやてちゃん達に会いに来てくださいね」

シャマルが涙目になりながらも、言いたい事を告げて感謝を込めて頭を深々と下げた。

「無茶言うなよ……」

海鳴に来る事は可能だろう。だが、その時は赤の他人同士になっているのでシャマルの要望に応えられそうにない。

『シャマルはもう少し料理の腕を頑張って』

「は、はい!デネブちゃん!」

シャマルは目元の涙を拭いながら離れていく。

次にザフィーラが走ってきた。

その場で人型となって、シグナム同様に右手を出してきた。

二度目の事なのでZゼロノスは握手にすぐに応じた。

「お前達と過ごした時間、よかったぞ」

人型の際、無表情というかしかめっ面が多いザフィーラが笑みを浮かべた。

彼なりの最大限の感謝だろう。

『ザフィーラ。散歩の時はあまり目立っちゃ駄目だ。みんな驚く』

「……善処しよう」

ザフィーラは答えてから青色の狼に戻って、はやての側へと戻った。

俯き加減のヴィータが歩み寄ってきた。

「……何でなんだよ」

「ん?何がだよ」

俯き加減に言っていたヴィータの言葉にZゼロノスは訊ね返すと、ヴィータは顔を上げていた。

シャマル同様に涙をいっぱい浮かべて。

「あんなに頑張ったお前等の事を何で忘れなきゃいけねーんだよ!?おかしいだろ!?そんな事!」

あらん限りの声でヴィータがこれから起こる事に猛抗議していた。

普段はぶっきらぼうというか面倒臭がりな彼女だが、その実は優しい事を知っている。

「ありがとう。ヴィータ」

『そんな風に言われたのは初めてだ。ありがとう。あと、ちゃんと甘いものを食べたら歯を磨く事』

「う、うっせー!礼なんていーんだよ!!あとしつけーんだよ!おデブ!」

ヴィータは感謝の言葉を述べられた事に照れながら、涙を手で拭いながら離れる。

雪道に二本の跡を残して車椅子を押しているはやてだ。

「俺からは言える事はひとつだけだ。月並みな言葉だけど世話になった。それだけだ」

『八神。色々とありがとう』

「わたしが言うんもひとつや。絶対に絶対に絶対に!忘れたりせえへんで!!」

Zゼロノスとはやてが互いを見ている。

はやての瞳に揺るぎはない。

「そうか」

Zゼロノスはそれだけしか答えなかった。

Dバスターのガッシャースロットに挿さっているゼロノスカードを抜く。

Dバスターはフリーエネルギー状になって、デネブへと戻る。

左手に握られているゼロノスカードは亀裂が走る。

ピキピキピキピキという音を立てて、砕け散った。

腰元に巻かれているゼロノスベルトを外すとZゼロノスの姿から桜井侑斗の姿へと戻った。

デネブは侑斗とはやてを見てから、後ろにいるヴォルケンリッターを見る。

「デネブ」

侑斗はデネブに声をかけてから、はやてとヴォルケンリッターを一度見て背を向けてゼロライナーへと乗り込もうとする。

 

「侑斗さん!」

 

はやての言葉に侑斗は足を停める。

デネブは眼を丸くしていた。

侑斗は振り返って、はやての側に歩み寄る。

「八神。お前……」

侑斗の全身は震えていた。

こんな事はありえない。

あるはずがない。

今まで何度も奇跡なんて起こりはしないと自分に言い聞かせていた。

一度でも奇跡が起こればそれに溺れる可能性があるからだ。

自分は決して『救い』がない戦いをしている。

それも自分が選んだ事だから後悔はない。

そのはずなのだが。

「お前、俺の事憶えているのか?」

ゼロノスカードを四枚使用している場合、相当縁の深い人間でない限りは忘却は免れない。

「言ったはずやで。絶対に絶対に絶対に忘れたりせえへんって」

はやては侑斗に笑顔を向けてもう一度言った。

その笑顔を侑斗はまともに見られなくなっていた。

「う……うぐ……うえ……えぐ……」

侑斗は俯き、声を震わせていた。

「侑斗?」

「侑斗さん?」

声になっていない声を上げている侑斗を心配になったのか、はやてとデネブは声をかける。

離れていたヴォルケンリッターもこちらに寄ってきていた。

「もしかしてお前達も?」

「ああ。お前達の事、きちんと憶えているぞ」

デネブの問いにシグナムが首を縦に振って、笑みを浮かべる。

「よかった……。侑斗君やデネブちゃんのこと忘れずにすんで……」

シャマルが涙を拭いながらも今起こっている事を喜んでいる。

「何だよそれ!さっきまでの事取り消せよ!バカぁ!!」

ヴィータが涙を拭おうとせず、侑斗とデネブを睨む。

ザフィーラは首を縦に振って現状に満足していた。

「う……うわああああああ!」

侑斗は両膝を地に付けて、大声で嗚咽を漏らしていた。

こんなに泣くのはデネブが帰ってきたとき以来だろう。

「侑斗さん。今まで辛かったんやね。それでも我慢してきたんやね。でもええよ。今は思いっきり泣いても」

はやてが侑斗の頭を撫でながら言った。

その表情は慈愛に満ちたものだった。

侑斗は、はやての言葉に甘えるようにして嗚咽を漏らしていた。

『救い』がなかった闘いをしてきた男に訪れた初めての『救い』だ。

 

 

リンディ・ハラオウンは現在、アースラから時空管理局本局へと移動しており廊下を歩いていた。

横にはレティ・ロウランも一緒だった。

「そう。うんわかった。報告ありがとう。今日は家でゆっくり休みなさい。私も明日には帰るから」

締めくくるとリンディは携帯電話の通話を切って、ポケットの中にしまいこんだ。

「フェイトちゃんから?」

「うん。魔導書に憑依していたイマジンも倒されて良太郎さん達の目的も無事に完了したって」

「そう……」

レティはリンディからの言葉を聞き、表情は変えないが内心では胸を撫で下ろしていた。

二人は待つことなく昇りのエレベーターに乗り込む。

「グレアム提督の件は提督の希望辞職って事で手打ちみたいね。故郷に帰るそうよ」

乗り込んだ際にレティがギル・グレアムの処遇について告げた。

「まぁ具体的なのはクラッキングと捜査妨害くらいだし……それくらいよね。はやてさんの事はどうなるのかしら……」

リンディは軽く言うが、警察ならば減俸を通り越しての懲戒免職扱いになるか、逮捕されてもおかしくない行為だろう。

見方を変えれば同僚を死の危険に追い詰めていると十分に捉える事が出来るからだ。

「今までどおりに援助を続けるって。あの子が一人で羽ばたける年になったら、真実を告げる事になるだろうって」

「そう……。提督なりの『落とし前』ってことかしらね……」

「オトシマエ?何それ?聞かない言葉ね」

「地球での自分の失態に対しての責任の取り方ってところかしらね。それに生半可な覚悟で辞職したとしたら私達よりもはるかにおっかない人達に何をされるかわかったものじゃないという事は提督自身がわかっているんじゃないかしら」

「仮面ライダー達の事?」

「私が知る限りでは一番怒らせてはいけない人達よ」

レティはリンディの婉曲な表現が何なのかすぐに理解したらしく即答した。

エレベーターの窓は緑生い茂る空間を映していた。

「是非とも一度会ってみたいわね。それで貴女はどうするの?ご主人への報告に行けるでしょ?いつ行くの?」

「来週。クロノとフェイトさんとあとまだ帰ってないなら良太郎さんの四人で」

「なんて報告する予定?」

レティの問いにリンディは少しだけ眼を窓の外に向けて考える。

「そうねぇ。多分いつもと同じよ。相変わらずの慌しい日々が更に拍車がかかっちゃったけど元気にやってますよって」

「そっか」

リンディは笑顔で答え、レティは笑顔で聞いていた。

 

 

雪が降る海鳴の中を野上良太郎はキンタロスに肩を借りて歩いていた。

モモタロスはウラタロスに肩を借りて歩いていた。

シャマルの回復を受けていないので一人で歩くのもきついようだ。

他にはリュウタロス、コハナ、高町なのは、フェイト・テスタロッサが歩いていた。

「事件終了……かな」

「うん……」

なのはが曖昧な言い方をするが、フェイトは頷いた。

「でもちょっと寂しいかな……」

言った後、なのははどこかくらい表情になる。

リィンフォースはRネガタロスに憑依されて敵対して結果、消滅した。

なのはにはそれが納得できるかどうかといわれると微妙なものだった。

できるなら誰もが最後は笑顔になって終わってほしいと思ったからだ。

「アイツが望んだんだぜ。俺達がどうこう言うことじゃねーよ」

モモタロスがなのはの感想に口を挟んだ。

「事件が解決してみんなが笑顔なんてのはね。滅多にないと思うよ。被害者も加害者も傷を背負うわけだしね」

ウラタロスが、なのはに向かって真摯に言う。

「それでも俺達は生きてるから、その傷を背負って生きていかなアカンわけや」

キンタロスがウラタロスに便乗する。

「前見て行くんだね!」

リュウタロスが自分なりの結論を出す。

「だからオメーもカンリキョクでやっていくんだったらこういう事は覚悟しとけ。いいな?」

モモタロスが締めくくった。

「はい!」

なのはは元気よく返事した。

「………」

フェイトはモモタロス達となのはのやり取りをじっと見ていた。

「どうしたの?フェイトちゃん」

コハナがフェイトに声をかける。

「え?ええとね。何だかモモタロス達ってユーノやレイジングハートとは違うかたちで、なのはの先生みたいだなって」

「言われてみればそうだね」

今まで黙って聞いていた良太郎もフェイトに賛同する。

その言葉にリュウタロスは純粋に喜び、モモタロス、ウラタロス、キンタロスは居心地悪そうに照れていた。

その直後、リード線に繋がれたアルフ(こいぬ)を連れて、傘を差しているユーノ・スクライア(人間)と合流していた。

 

良太郎、フェイト、アルフと分かれたなのは、ユーノは二人で歩いていた。

本来ならばモモタロス達も同伴しているのだが、コハナとウラタロスが気を利かせて二人きりにしたのだ。

「ユーノ君。折角戻ってきてくれたのにほとんど一緒にいられなかったね」

「ははは。ずっと調べ物だったからね」

なのはの感想にユーノは苦笑するしかなかった。

「ユーノ君。この後は?」

なのはの言う『この後』というのは未来の事だ。

「うん。局の人から無限書庫の司書をしないかって誘われているんだ。本局に寮を用意してもらえるみたいだし、発掘も続けていいってことだから決めちゃおうかなって」

ユーノは自身の今後をさらりと打ち明けた。

「本局だとミッドチルダよりは近いから、わたしは嬉しいかな」

なのはも本音を口に出す。

「本当?」

「うん!」

ユーノは訊ね返し、なのはは笑顔で頷いた。

「あ、後さ。もうひとつ目標みたいなものが出来たんだ」

ユーノがなのはを見ずに、遠い何かを見上げているようなかたちで言う。

「目標?どんな目標なの?」

「うん。でも、他の人達には言わない?」

ユーノがなのはに念を押す。

「え、それってフェイトちゃんやはやてちゃん達にも言っちゃ駄目なの?」

「うん。クロノやエイミィさん達にもね」

「それだったら、わたしにも教えない方がいいんじゃ……」

なのはは遠慮しようとするがユーノは首を横に振る。

「なのはには聞いてもらいたいんだ」

ユーノは真剣な表情になっていた。

「う、うん。それで目標ってなに?」

「あの人達---良太郎さんや侑斗さん達みたいな人になりたいんだ」

ユーノの打ち明けた目標を聞いて、なのはは一瞬固まった。

「ユーノ君。仮面ライダーになりたいの?」

なのはがそのように訊ねてくるのも想定済みなのかユーノは特に乱す様子はない。

「そうじゃないよ。人間的にああいった人達になりたいなって思ったんだ。自分の信念を貫き、強い覚悟を持って歩んでいる人達にね」

ユーノの横顔はその時だけいつもと違っているように思えた。

『男らしい』という横顔だった。

「………」

なのはは思わずぽーっと見てしまっていた。

「なのは?」

「ふえ?あ、な、何でもないよ」

ユーノがこちらを見て、なのはに声をかける。

なのはとしても横顔を見ていたなんて言えなかった。疾しい事をしているわけではないが、何故か疾しいと思ってしまった。

高町家の入口まで到着する。

なのはは我が家なので当たり前のように入るが、ユーノはその場で止まっていた。

「それじゃ僕はここで」

「?」

ユーノの意外な言葉になのはは振り向く。てっきりフェレットになってまた過ごせると思っていたからだ。

「仕事が決まるまでアースラにいていいって話だから」

つまり、高町家に厄介になる理由がないという事だ。

なのはには魔法関連で教える事は何もない事はユーノ自身も知っている。

「そうなんだ」

「うん」

「ユーノ君。年末とかお正月とか時間あるようなら一緒にいようね!話したいことたーくさんあるから!」

なのはは両手を広げるジェスチャーをしながら約束を取り付けようとしていた。

「うん」

ユーノは笑顔で快諾した。

なのはは笑顔で感謝を返した。

それから十分後にモモタロス達が帰ってきた。

 

ハラオウン家に戻った良太郎は肩を借りているアルフ(人型)の助けを借りて専用のソファに寝転がっていた。

良太郎は疲れが取れていないのかそのまま眠ってしまった。

「よっぽど疲れたんだねぇ。もう眠っちゃったよ」

アルフが毛布をかけながら普段取らない行動を取っている良太郎を見ていた。

「うん」

フェイトも良太郎の寝顔を微笑みながら見ている。

静かな時間を破るようにメロディーが流れ始めた。

「あ、わたしだ」

フェイトはスカートのポケットから携帯電話を取り出す。

開いてみるとメールが送信されていた。

操作すると相手は月村すずかだった。

 

『明日、ちょっと時間あるかな?午前中アリサちゃんと一緒にはやてちゃんのお見舞いに行って、それからうちでクリスマス会をしようかなっと思っています。なのはちゃんも誘うので来てくれるとうれしいな』

 

フェイトはカチカチッと操作して返信した。

そして携帯電話をしまいこむ。

「キチンと言わないと駄目だよね」

いつまでも隠し通せるものではないという事はフェイトも重々わかっていた事だ。

それに自分達の本当の姿を打ち明ける事こそがすずかやアリサ・バニングスの『友情』に応えることなのだとも考えられる。

フェイトは眠っている良太郎を見る。

アリサやすずかに真実を打ち明ける以外に言わなければならないことがある。

「フェイト。どうしたんだい?もしかして良太郎に告白する気にでもなったのかい?」

「え、ええ!?アルフ、どうして……」

アルフの質問内容はフェイトの現在の心の内を完全に当てているものだった。

「いや、フェイトの態度見たらさ。何となくそう思っちまったんだけど当たり?」

「う、うん」

フェイトは顔を赤くしながらも首を縦に振る。

嘘をついても仕方がないと腹を括ったのだ。

「そっか……」

アルフはそれ以上は何も言わなかった。

フェイトの良太郎に対する想いは『本物』だ。

だからここから先は二人の問題だから自分はこれ以上は首を突っ込まないようにした。

使い魔が主に対する最大の礼儀なのかもしれない。

(明日は明日で色々と勝負の日なのかもしれないねぇ)

アルフはそんな予感を感じながら、良太郎が眠っているのをいい事に人型のままでドッグフードを食べていた。

 




次回予告

第六十三話 「フェイト・テスタロッサの告白」


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第六十三話 「フェイト・テスタロッサの告白」

海鳴の空は晴れ晴れとしており、雪は路面に多少残っているがこの天候ならば本日中にほぼ溶けるかもしれない。

先日は帰宅して早々に熟睡していた野上良太郎は現在、海鳴市にある時計店に足を運んでいた。

体調は七割方といったところで日常に動くには問題なくらいだ。

確認のために財布を開く。

財布の中身をスッカラカンにする覚悟でここに来たと言ってもいい。

ちなみに良太郎の財布に入っている金は、オーナーからの軍資金ではなく『翠屋』で働いたバイト代である。

自分の世界に持って帰っても仕方がないのでこの場で使い切ろうと考えていた。

「うーん」

ショーケースに飾られている腕時計や懐中時計を見て良太郎は悩んでいた。

以前、懐中時計を買った時もこうして悩んだものだ。

「お客さん。どういう品をお探しで?」

店主が訊ねてきた。

「女の子にあげたいんですけど、腕時計と懐中時計だったらどっちが喜ぶと思います?」

「その女の子はどのくらいの子なんですか?」

「小学生です」

「近頃の小学生は携帯電話の時計機能に頼りっきりで腕時計を巻いててもオシャレ感覚で使わなかったりしますからねぇ」

「はぁ」

店主の事情を聞きながら、良太郎は相槌を打つ。

「まぁ懐中時計の方がいいかもしれませんねぇ。携帯電話の普及や腕時計などで印象薄いですけどその分持ってたら差別化できますしね」

「元々が目立つ子なんですけど、目立つ事はあんまり好きじゃないんですよ」

「ああ、よくいますよねぇ。目立つ容姿をしながら目立つ事が苦手な人って……」

話が脱線し始めている事に店主が気付く。

「あ、すいませんねぇ。それでどちらにします?」

腕時計か懐中時計か、どちらにしても悩む。

フェイト・テスタロッサはどちらを受け取っても喜ぶだろう。

(そういやあの時の懐中時計はあやふやな状態だったからきちんと渡せなかったんだ……)

良太郎は以前に懐中時計を購入した事がある。

しかし、桜井侑斗(未来)のゼロノスカードの影響で誰のためにその懐中時計を購入しようとしたのかという部分を忘れてしまっていたのだ。

その事は今でも良太郎には『悔い』となっていた。

「懐中時計で文字が入っている物ってあります?」

「それならいいのがありますよ」

良太郎の要望に店主は笑みを浮かべてショーケースに入っている懐中時計の一つを取り出した。

ハンターケース型の懐中時計で全身が銀色となっており、上蓋を開くとカチコチと秒針が動いていた。

蓋の内側に文字が刻まれていた。

日本語ではなく英語であり、

 

A thought connects the time.

 

と刻まれていた。

「想いが時を繋げる、か。いい言葉ですね」

良太郎は上蓋を閉じる。

「気に入っていただけましたか?」

「はい。これにします」

「毎度」

良太郎は懐中時計をプレゼント包みにしてもらい、財布から金を出す。

代金は奇跡が起こっているとしかいいようがないくらいで、良太郎のバイト代ちょうどだった。

時計店を出ると、制服を少し着崩した高校生と中学生くらいの男女が十人待ち構えていた。

男が六人、女が四人という構成になっている。

「……はあ」

良太郎はため息を吐いてしまう。

大方自分が時計店に入っている所を見て、懐が温かいとでも思ったのだろう。

いわゆるカツアゲ集団だ。

(何かいい事があると必ず悪い事がすぐに起こるような気がする……)

バイクの免許を一発で取得した時もそうだ。

取得後、帰宅途中にカツアゲに襲われかけた事がある。といっても全員返り討ちにしてしまったが。

「あのぉ、言っておくけどお金はないよ」

良太郎は真実を打ち明けるが、カツアゲ少年少女隊は聞く耳を持ってくれないようだ。

「嘘言っちゃだめだって、お兄さん」

「懐中時計買う金あるんだからさ、持ってるんでしょ?」

「お願ぁい。私達にアイをちょうだぁい」

聞くだけでも何て手前勝手な理由だと言いたくなってしまう。

「ま、くれないってなら力づくでいただいちゃうけどねぇ!」

カツアゲ中学生が右拳を振りかぶってからストレートを放つ。

パァンという音が鳴り響いた。

「え?」

「持ってないって言ってるのに」

良太郎が彼の右拳を弾いたのだ。

今度は左右の拳をひたすら連打する。

右を引っ込めると同時に左を放つ。左を引っ込めると同時に右を放つ。

上段、中段と分けて放つ。

だが良太郎はそれらすべてを右手で捌いていた。

表情は必死ではなく箸を持ってご飯を食べるのが当たり前のように、それが出来て当たり前というような表情を浮かべていた。

対して攻め手を繰り出しているカツアゲ中学生は必死の形相になっていた。

応援しているカツアゲ少年少女隊も事態の異様さに気付き始めていた。

「はあ……はあはあはあ……」

カツアゲ中学生はバテたのか息を乱して休憩を取り始める。

「あのぉ、やめにしない?君がそれだけ頑張ってるところ悪いんだけどお金は持ってないんだ」

良太郎は攻めれるチャンスを放棄し、この場から撤退するようにカツアゲ少年少女隊にも告げる。

それがカツアゲ少年少女隊の逆鱗に触れる事になるとも知らずに。

 

クリスマス会の準備を粗方終えていたアリサ・バニングスと月村すずかは散歩がてら海鳴市街地を歩いていた。

「クリスマス海の準備も出来たし、お散歩がてら歩いてきたけどやっぱり人多いわねぇ」

「そうだねぇ。ってアリサちゃん。あれ」

「ん?どうしたの。すずか……。あ……」

すずかが指差しアリサが向かいの歩道で見たものはカツアゲ少年少女隊に絡まれている良太郎だった。

しかし、良太郎がお金を出そうとはしない。

カツアゲ中学生が良太郎に向かって、殴りかかろうとする。

「「ひっ!」」

二人は自分が殴られるような感覚に襲われ、両目を閉じて身を縮こませる。

だが、現実には二人の予想を外す結果になっていた。

良太郎が拳を弾いていたのだ。

「殴られてない?すずか、良太郎さん。殴られてないわよ!」

「う、うん。でもどうしてなのかな……」

すずかの疑問の回答とでもいうべく、カツアゲ中学生が左右の拳を繰り出すが良太郎はそれらをすべて右手で弾いていたのだ。

その後景はまるで路上でボクシングのミット打ち練習をしているようにも見えた。

「何アレ……」

「わ、わかんないわよ……。凄いって事しか……」

すずかとアリサは眼を大きく開きながらも現実を受け入れた。

『殴り合い』、『蹴飛ばし合い』という概念の『戦い』に無縁な二人にもハッキリとわかることがあった。

あのカツアゲ少年少女隊では良太郎には勝てないという事を。

アリサは以前に高町なのはとモモタロスが言っていた事を思い出した。

「誰よりも強い」とモモタロスは言った。

「とても運が悪い」となのはは言った。

カツアゲに遭っているとならば『運が悪い』といえるだろう。

そんな相手を全く問題にしていない素振りからすれば『強い』というのは納得できるが、『誰よりも』という部分の意味合いが弱すぎる。

何を基準にして『誰よりも』といえるのだろう。

(やっぱりわかんない!)

理屈でない事を考えるのはアリサにとって正直苦手分野になる。

(あれがフェイトの好きな人……)

フェイト・テスタロッサが信頼し、好意を抱いている相手にはこのような一面もあるのだとアリサは思うことにした。

二人は良太郎対カツアゲ少年少女隊の結末を見届ける事にした。

何となくだが、なのは、フェイト、八神はやてが隠している事を知る際に受け入れる覚悟を得られるような気がしたのだ。

 

(身体の調子はよくなってるけど……)

良太郎はカツアゲ少年少女隊が放っている殺気を真正面から受け止めながらも、体調の心配をしていた。

彼等が殺気を放つという事は自分が彼等の自尊心を傷つけた事になるのだ。

このままだと通行人の邪魔になる事は違いない。

早急に片付けなければならないことだけは理解していた。

「もう一度だけ聞くけど僕からお金を取る事、諦めない?」

「うるせぇ!」

休憩を取っていたカツアゲ中学生が右拳を振り上げて殴りかかってくるがそれより速く良太郎が右拳を繰り出して彼の顔面に放ち、そのまま地面に叩きつけるようにする。

「ぼっ!」

カツアゲ中学生は路面に背中を強く叩きつけられ、動かなくなった。

その光景を見てカツアゲ少年少女隊は動揺を隠さず、そしてそのうちのカツアゲ高校生が学生服のポケットに手を突っ込んだ。

「なっ!?」

ポケットの中に突っ込んだ手を出そうとするが、良太郎が間合いを詰めて彼の手を握っていた。

「ごめんね」

何について謝罪したのかはわからないが、良太郎は言った直後に右足を素早く振り上げてカツアゲ高校生の股間に狙いをつけて蹴り上げる。

「#$%&*!!」

カツアゲ高校生は蹴られた股間を手で押さえながら声にならない呻き声を上げながら地に伏した。

仲間内を二人やられて、頭に血が上ると同時に恐怖が彼等を巣食い始めた。

暴力の世界に生きているからこそわかる。

自分達ではどう背伸びしてもこの男には勝てないと。

「まだ諦めない?」

良太郎は最後の警告をする。

この警告を破ったらどうなるか彼等は安易に想像できた。

カツアゲ少年少女隊は倒れている二人を担ぎ上げてそそくさと立ち去っていった。

 

 

なのはとフェイトは、はやてが入院している海鳴大学病院へと赴いていた。

昨日の事をどのようにして病院関係者に説明したのかも気になっていた。

「転送魔法で外へ飛ばされていました」などと言った日には間違いなく精神科へと連れて行かれるだろう。

病院前入口には桜井侑斗、デネブ、ザフィーラ(獣型)がいた。

「「おはようございます」」

なのはとフェイトは一人と一体と一匹に挨拶をする。

「おう」

「おはよう」

侑斗とデネブはそれぞれの口調で返し、ザフィーラは姿が姿なので声を出すわけにはいかず首を縦に振るしかなかった。

侑斗の先導でなのはとフェイトは、はやての病室へと向かっていた。

「あの、身体は大丈夫なんですか?」

なのはが侑斗の容態を訊く。

「俺はネガタロスと戦う前にお前達と一緒にシャマルの回復を受けてたろ?だから野上ほどダメージは引きずってないんだよ」

「そうなんですか」

「野上はどうしてる?」

なのはが納得し、侑斗がフェイトに良太郎の容態を訊ねる。

「昨日は帰ったらすぐに寝てました。今日は回復したのか買い物に行くって言ってました」

「買い物?」

良太郎の外出理由を聞いて、侑斗は怪訝な表情を浮かべる。

「どうかしたんですか?」

「いや、お前達も野上やモモタロス達と付き合いがあるんだったら知ってると思うが、俺達未来の時間から来た人間が過去の時間の物を持って帰ったりするのは原則として認められていないんだ」

「良太郎は以前に来た時も過去

ここ

で買ったチェス一式も持って帰らずに、わたしにくれたことがあったんですよ」

フェイトの言うとおり良太郎は以前にチェス一式を過去

ここ

で購入し、帰る際にはフェイトに譲っている。

そこまで気にしている良太郎がそのようなポカをやらかすとは思えない。

「となると、ここで買った物をここの住人に渡すつもりなんだろうな」

フェイトの意見を聞きながら侑斗は推測した。

やがてはやてが入院している病室前に立つ。

ノックをする。

「八神。客だ」

「「おはようございます」」

三人が病室に入ると、はやてが外出の準備をしていた。

シグナムが靴や身なりなどを整え、シャマルが車椅子を持ち、ヴィータがストールを持っていた。

「ああ、おはよう。なのはちゃん、フェイトちゃん」

「あれ?」

「どうしたの?退院?」

はやてがシグナムに車椅子に乗せてもらう。

「あー、残念。もう少しは入院患者さんなんよ」

口調や声の調子が入院患者っぽくないとなのはとフェイトは思ってしまう。

「そうなんだ」

「まぁすっかり元気やし、すずかちゃん達のお見舞いはお断りしたよ。クリスマス会直行や!」

「そう」

はやてが快復へと向かっているのだと知りフェイトは笑みを浮かべて納得する。

「昨日は色々あったけど最初から最後までほんまありがとう」

「ううん。それにわたし達だけの力じゃないし……」

「最後は良太郎達に丸投げしちゃったけどね……」

はやての感謝はありがたいが本当の解決の立役者はここにはいない者達なので、なのはとフェイトは自分達が解決したとはあまり思っていない。

なのはは、はやてが掛けているペンダントに目がいく。

「それリィンフォース?」

「うん。あの子は眠ってもうたけどこれからもずっと一緒やから。新しいデバイスもこの子の中に入れるようにしようと思って」

はやての発言になのはとフェイトは目を丸くした。

彼女は『デバイス』と言ったのだ。

それだけで彼女が今後も『魔法』の世界に関わろうとしている事が察する事が出来た。

「はやて。魔導師続けるの?」

「うん。あの子がくれた力やから。それに今回の事でわたしとシグナム達は管理局から保護観察受ける事になったし」

「「え?」」

それは初耳だった。

フェイトにしてもクロノ・ハラオウンからはそのような事は聞かされていない。

聞いていれば異議を唱えていたであろう。

「そうなの?」

なのはとしてみれば心境はどうなのか訊ねてみる。

「まーな」

ヴィータは明後日の方向に目線を向けて腕を組んで面倒臭そうに言う。

「管理局任務への従事、というかたちでの罪の償いも含んでいます」

シャマルが事実を受け入れているため、正直に告げる。

「クロノ執務官がそう取り計らってくれた」

シグナムも腰に手を当て、その処遇を受け入れていた。

「任期は結構長いんですが、はやてちゃんと離れずにいる多分唯一の方法だって」

シャマルがあやふやな期限を告げて締めた。

「そうなんですか」

なのはもフェイトもそれがよいか悪いかは正直判断しかねるところだった。

「ハラオウンだからそんな寛大な処置で済ませられたんだと思うぞ。あいつ以外が担当してたらもっと悲惨な目に遭ってるかもしれないな」

壁にもたれて腕を組んで静観していた侑斗が口を開いた。

『闇の書』で人生を狂わされた人間は一ケタでは済まないだろう。

被害者たちの心中を鑑みれば今回の処遇は寛大すぎるほど寛大だ。

「加害者に甘すぎる」なんてクレームが出てもおかしくはないだろう。

「事の真相を知っている俺達だから納得してるんだ。知らない奴が聞けば間違いなくキレるだろうな。それに管理局の従事ってなってるけど言ってしまえば滅私奉公だし、風当たりが冷たい事もあるってのは覚悟した方がいいぞ?」

侑斗がはやてと守護騎士に杞憂かもしれないが、諫言しておいた。

「わかってるて侑斗さん。あと、わたしは嘱託扱いやからなのはちゃん達の後輩やね」

はやては「これからもよろしく」という意味も含めて笑みを二人に向けた。

病室を出てすぐに、はやて、侑斗、シグナム、シャマルは石田医師に小言を言われていた。

「昨夜とかってやっぱり大変だった?」

「ムダンガイハクって事になってたから侑斗とシグナムとシャマルがメチャクチャ怒られてた……」

なのはとしては一番気になるところをヴィータが解説してくれた。

「怖い先生なんだ。でもそれだけはやてを想ってるんだよね」

「ああ。だからいい先生だ」

フェイトの言葉に繋がるようにしてヴィータが言った。

石田医師との話が終わると、シグナムはフェイトを見ていた。

フェイトもそれを感じたのか、表情を険しくしていた。

「おまたせー」

「ううん」

はやてが侘び、なのはは「気にしていない」と答え侑斗がはやての車椅子を押しながらシャマル、ヴィータと談話をしながら出口へと歩いていく。

シャマルは気になるのか、ちらりと窺う。

フェイトはシグナムを見上げる形となっており、シグナムは見下ろす形で互いの眼と眼が合っていた。

「テスタロッサ」

「はい。シグナム」

二人を中心に空気が歪み始める、つまり戦闘が始まってもおかしくない雰囲気になりつつあった。

 

「預けた勝負。いずれ決着をつけるとしよう」

「はい。正々堂々、これから何度でも」

 

フェイトの言葉にシグナムは眼を丸くしたが、それが何を意味するのかを理解すると笑みを浮かべながら側に寄って彼女の頭を撫でた。

「あと頼みがある。野上に伝えてくれ。次で我々の戦いに終止符を打とう、と」

「はい!」

窺っていたシャマルは満足し、笑みを浮かべていた。

 

 

ハラオウン家へと帰宅すると、アルフ(人型)がいた。

「アルフさん。一人?」

「ああ。リンディとクロノは本局でエイミィはアースラで事後処理に行ってるからねぇ。あ、そうだ。コレ、フェイトからアンタに」

リビングに入ってすぐの良太郎にアルフは一通の手紙を渡した。

「フェイトちゃんから?」

「中身はアンタ以外見ちゃダメってことだから開けてないよ」

アルフの言葉を耳に入れながら、手紙の封を開けて中身を取り出す。

 

『あの場所で待ってる』

 

短くそう書いているだけだった。

(あの場所……)

良太郎はすぐに脳を働かせて、フェイトがどこにいるのかを推測を始める。

(フェイトちゃんは海鳴にいる月日は前の事を踏まえてもそんなに長くない。それに前の時と今回を合わせても、フェイトちゃんが行ける範囲は限られる)

手を顎に当て、『あの場所』を割り出す事に専念する。

時間をかけてもいいとは思えなかった。

自分の考えが外れればフェイトはずっと一人で待ちぼうけを食らう事になる。

そんな事は絶対にさせてはならない。

(『あの場所』が僕とフェイトちゃんが共通して知っている場所になると考えると、数は限られてくる。それに場所の名前を言わないで抽象的な言い方をしているって事は僕とフェイトちゃんにとって何か特別の意味がある場所なんだ)

そうなると翠屋と聖祥学園は真っ先にボツになる。

特にそれといったイベント事をした憶えがないからだ。

次にアースラ、デンライナー、時空管理局本局もボツだ。

フェイトが『あの場所』と形容するほど印象深いものでもない。

「印象深い場所……。あそこだ!」

良太郎は俯き加減だった顔を上げてリビングを出る。

「アルフさん!僕ちょっと……」

「わかってるって行ってきなよ」

アルフは事情を察しているのか手を振って送り出してくれた。

良太郎が推測して結論付けた場所というのは、高層ビルの屋上だった。

「来てくれたんだ。良太郎」

フェイトが長い髪をなびかせながら嬉しそうにこちらを見ていた。

「ここかなって思ったんだ。何たってここは……」

「わたし達が初めて出会って戦った場所、だからね」

良太郎が言おうとした事をフェイトが先に言った。

「うん。そうだったね」

良太郎は周囲を見回しながら感慨深く答える。

「あのね良太郎。わたし……良太郎に伝えたい事があるんだ……」

「うん」

フェイトの言葉を良太郎は頷いて聞いている。

急かすような事はしなかった。

これはフェイトにとって重大なことだと感じたからだ。

 

(良太郎が来てくれた。それだけでも嬉しい。けどやっぱり良太郎に伝えなきゃ……。あ、違った。伝えたいんだ)

フェイトは自分が出したあんな抽象的な内容の手紙でこの高層ビルに訪れてくれた事がたまらなく嬉しかった。

今までならそれだけで満足していた。しかし、今は違う。それだけではもう満足しない。

伝えたい。

伝えたい。今の自分の気持ちを。

良太郎が『好き』だと自覚してから、イメージトレーニングをこなすこと数百回。

『好き』という言葉を口に出した数は数千回。

それでも満足ではなく、足りないと思うほどだった。

(大丈夫。言える。わたしは言える)

自己暗示までかける。

良太郎は黙って待っている。急かしたりはしない。

(ど、どうしよう……。練習したのに言える気がしない……)

良太郎と眼を合わせるだけでそうなってしまった。

(そ、そうだ。色々と話ながらタイミングを狙って言えばいんだ!)

フェイトは即座に立てたプランを実行する事にした。

「えとね、良太郎。わたし、執務官を目指そうと思うんだ」

未来の目標から切り出したフェイト。

「執務官って確かクロノが就いてる役職だよね。検察官兼弁護士みたいなものだよね?」

「うん」

良太郎の解釈は間違っていないのでフェイトは首を縦に振る。

「法律関連になるとハードルはかなり高いよ。やれる?」

良太郎は司法試験の難易度感覚でそのように言う。

だがそれは間違っていないと思う。

法律は使い方次第で『救い』にも『滅び』にもなるからだ。

「うん!諦めない限り絶対にやれるよ!」

「うん。それがわかってるなら大丈夫だよ」

良太郎はフェイトの返答に満足しているので笑顔だ。

「あとね。わたし、リンディさんの養子になることにしたんだ」

今度は家庭内事情についての報告だ。

「考えに考えた結果なんだね。その事をリンディさんには?」

「今日に言うつもりなんだ」

「そっか。ならコレを今から渡しても問題にはならないね」

良太郎はジャケットのポケットから綺麗に包装されている小さな箱を取り出して、フェイトに渡した。

「これは?」

渡されたフェイトは何なのか訊ねる。

「開けてみたらわかるよ」

良太郎に言われるままにフェイトは箱を開ける。

「わぁ」

中に入っているのは銀色の懐中時計だった。

飾りっ気がないので派手好きには好まないがシンプル派には好まれるだろう。

フェイトは派手好きではないので、好ましいデザインだった。

「これ、もらっていいの?」

「もちろん。そのために買ったんだし」

半年前のチェス一式とは値段が違いすぎる。

そのため、もらうことに恐縮してしまう。

「でもどうして?」

フェイトがそのように訊ねてくるのも無理はない。

「私事になるんだけどね。以前僕に新しい家族が出来るから『新しい時間を刻む』って想いで懐中時計を買ったことがあるんだ」

フェイトは黙って聞く。

良太郎の表情は真面目なものでいまだに『悔い』になっているのだと安易に推測できた。

「でもね。僕はその家族の事を忘れてしまってたんだよ」

「それってゼロノスのカードで?」

フェイトは良太郎の言っている意味が理解し、その原因を口に出す。

良太郎は首肯した。

「どんな理由にしろ渡しそびれてしまった事は事実だからね。結局その懐中時計は持ち主不在のまま僕が手に持ってるまんまなんだよ」

新しい家族の事は今は誰なのかわかっており一度は渡してみたのだが断られ、現在も自宅の自室に置かれている。

「だからかな。今回フェイトちゃんがリンディさん達と家族になるって聞いたときに渡すならコレしかないって思ったんだ。僕のしこりをなくすためっていうのもあるけどね」

良太郎は鼻の頭を人差し指で掻きながら苦笑いを浮かべる。

フェイトは上蓋を開けて懐中時計を見る。

そしてまた蓋を閉じる。

カチンと蓋を閉じる音がフェイトに覚悟を決めさせた。

ドクンドクンとフェイトの胸が鳴る。

顔を上げて良太郎を見る。

体温が上昇しているのが感じられた。

(む、無理だよ。もう耐えられない……)

フェイトはこの場から逃げ出したかった。

だがこれは自分から仕掛けたものだ。

途中後退なんてあまりにみっともなさすぎるし、ここで逃げたら二度と良太郎と向き合えない。

だから逃げない。

「良太郎……」

「ん?なにどうしたの?」

「少ししゃがんでくれないかな」

フェイトは静かにだが拒否権を与えない口調で言う。

良太郎は従うようにして、膝を曲げてフェイトと目線が同じになるようにしゃがむ。

今自分は顔を赤くしているのだと自覚している。

それを見られることが恥ずかしい事だという事も理解している。

でも決めたのだから。

誰かに唆されたわけではなく、自分の意思で決めたのだから。

フェイトの顔が良太郎の右耳に近づく。

「良太郎ありがとう。あと……」

フェイトは感謝の言葉を述べる。

 

「大好き」

 

告げてから唇を良太郎の右頬に押し当てる。

時間にして恐らく一瞬の出来事といえた。

 

「え?」

良太郎はフェイトの言った事、そしてした行為を瞬時に理解する事は出来なかった。

右頬に当たった柔らかいもの。

右手を右頬に添えて、眼をパチパチとする。

自分の目の前には顔を真っ赤にして俯いているフェイトがいる。

「あの……フェイトちゃん?」

フェイトは顔を上げる。

「良太郎。好きだよ。大好き!」

顔を赤くしながらもフェイトはもう一度告げてから、非常階段に向かって走っていった。

良太郎は曲げていた膝を伸ばして、立ち上がる。

(告白されたんだよね……)

友人同士の『好き』なら顔を赤くしてまで言うことではない。

(おまけにキスまで……)

右頬に触れた柔らかい感触は唇だ。

先程の事を思い出し、良太郎は顔を赤くしてバタンとあお向けになってしまった。

あまりの事態に気持ちがついていけなくなり、気絶してしまったのだ。

 




次回予告


第六十四話 「繋がりの兆し」


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第六十四話 「繋がりの兆し」

野上良太郎がフェイト・テスタロッサの告白によって気絶している頃。

告白を終えて戻ってきたフェイト、高町なのは、八神はやてはアリサ・バニングスと月村すずかに自分達のもうひとつの『顔』を明かす決意で月村邸へと足を運んでいた。

フェイト、なのは、はやては自分達の素性から許しを得ているので、良太郎やモモタロス達の正体や桜井侑斗、デネブの事まで現在に至るまでの素性を全て包み隠さず打ち明けた。

アリサもすずかも眼を大きく開いてパチパチと瞬きしてから、その事実を受け入れようとしていた。

「あんた達の事も驚きだけど、モモタロス達の事の方がもっと驚きよねぇ」

アリサは紅茶を口にふくんでから率直な感想を述べた。

自分の友人三人が『魔法』なんてTVゲームや漫画の世界でしか存在しないものに直面している事にも驚きだが、その経由で絶対に切り離せないデンライナーやゼロライナーの事を知ってしまい、そちらの方がインパクトが大きかったのだ。

「別の世界の十年後から来たなんて……。しかもモモタロスさん達の姿、仮装じゃなくてアレが素なんだよね?」

すずかがケーキを一口食べてから脳裏に思い浮かべている。

「でもモモタロスさん達は凄くいい怪人さんなんだよ」

なのはがイマジンだからといって必ずしも『悪』ではない事を訴える。

「あと、凄く楽しいし」

フェイトもモモタロス達の馬鹿っぷりには何度も笑わせてもらい、楽しい気分にさせてもらったので弁護する。

「デネブちゃんなんて炊事、洗濯、何でもござれやで。ほんまにイマジンなんと疑いたくなる時あるもん」

はやては最も付き合いの長いデネブに対しての心証を告げる。

三人の言葉にアリサとすずかはというと。

「落ち着きなさいってば。モモタロス達がイマジンっていう怪人だっていわれても、ピンとこないのよねぇ」

「うん。わたし達、イマジンっていう怪人が悪い事をしているところって見たことないし……」

「むしろあいつ等が悪い事してる方が想像できないわよ」

アリサとすずかはモモタロス達やデネブが怪人である事は理屈で理解するが、彼等に対して『恐怖』のようなものが湧いてこないのだ。

むしろ彼女達にとっては馬鹿なことを言ったり、やらかしたりしてコハナにお仕置きされるという図式が瞬時に浮かび上がるくらいのイメージだ。

それを聞いて、三人はほっと胸を撫で下ろしていた。

「でも不謹慎かもしれないけど嬉しいな」

「すずかちゃん?」

すずかの発言になのはは首を傾げる。

「だって本物の仮面ライダーと知り合いになれるなんてすごい事だもん!」

すずかの言葉になのは、フェイト、はやてははというと。

「「「ははははははは……」」」

三人は苦笑するしかなかった。

彼女のイメージを壊したくはないので言わないが、『仮面ライダー』となる者達は聖人ではなくむしろ凡人なのだということを。

 

その夜、高町家では高町士郎、高町桃子、高町恭也、高町美由希にもリンディ・ハラオウン、なのは、フェイト、良太郎、イマジン四体、コハナが自分達の素性を打ち明けていた。

反応としてはアリサやすずかと同じであり、自身の家族の一人やその友人及び家族が『魔法』というものに関わっていることには驚きだったが、更に驚いたのは良太郎やモモタロス達の素性だろう。

「良太郎君達がただの一般人とは思えなかったのは間違いではなかったんだな」

士郎は自身が良太郎達に抱いていたモノが間違いではなかったと確信した。

「モモタロス君達の姿も仮装じゃなくて本物だったなんて……」

桃子はモモタロス達の外見が特殊メイクではないことに驚いていた。

「イマジンという怪人に、その怪人を倒す電王に時を駆ける列車のデンライナーか……。あっさり鵜呑みにするのも難しいな」

恭也もモモタロス達がこういう場面で嘘を言う事はしないとわかっているが、あまりに現実離れしすぎているためすぐに信じる事は出来なかった。

「でも恭ちゃん。良太郎君達の説明で納得できる事もいくつかあるんだよ。ほら、良太郎君達って携帯電話持ってるけど、番号を一向に教えようとしなかったじゃん。私達だけでなく良太郎君にとっては最も信頼しているフェイトちゃんにも教えていなかったしね。それって何か不都合があるからだって考えたら納得できるんだよね」

「もしかしてタイムパラドックスを恐れての事なのか?良太郎」

美由希の推測を参考にして恭也は自信の推理を良太郎にぶつけてみる。

「うん。未来人(僕達)は原則として過去に足跡を残すような真似はしてはいけないんだ。他には僕達の時間のものを過去に残したりしてもいけないんだ」

「携帯電話の番号はもちろんの事、写真も残してはいけないのよ」

良太郎が解説して、コハナが締めくくった。

「てことは良太郎君はこの時代だと何歳になるの?」

「僕はここから十年後の時間から来てる訳だから九歳かな……」

十九歳の良太郎が十年前の時間に来ているわけだから十九-十で九歳となる。

「ということは、なのはやフェイトと同い年ってことか……」

「そうなるね」

恭也の率直な感想に良太郎は首を縦に振った。

 

こうして後に語られる『闇の書事件』とその陰で蠢いていた『ネガタロスの逆襲事件』が解決した。

 

 

モニュメントバレーを髣髴させる『時の空間』

デンライナーは元の十年後の時間に戻るために、線路の敷設と撤去をする工程を急ぎながら速度を速めていた。

食堂車にいる良太郎は変わり映えしない外の風景を眺めていた。

コハナとナオミはカウンターで談話をしており、オーナーはナオミが作ったチャーハンを刺さっている旗を倒さないようにするために思案しながら食していた。

イマジン四体は現在は入浴中である。

オーナーは上手くチャーハンを食べようとするが、最後の最後でスプーンが旗に当たってしまいポテッと倒れてしまった。

それが彼にとっての食事終了となり、腰にかけていたナプキンで口元を拭いてから、壁にもたれさせていたステッキを手にして、良太郎の元へと歩き出した。

「事件が解決したというのに腑に落ちない顔をしていますねぇ」

オーナーの声に良太郎は正面を向く。

オーナーは良太郎の対面に座る。

「腑に落ちないといいますか、そのまだハッキリとわかっていない事があるんでそれが引っかかるといいますか……」

「はやてさん達が何故侑斗君を忘れていないかって事と半特異点の事ですか?」

オーナーは良太郎が頭を抱えている問題を口にした。

良太郎は素直に首を縦に振る。

「そうですねぇ。あれから時間も経っていますし私も駅長にお願いして半特異点の事はわかりましたしぃ、はやてさん達が何故侑斗君を忘れずに済んだのかっていう事も説明できますがどうします?」

「お願いします」

「わかりました。ご説明しましょう。その前に、ナオミ君。私と良太郎君に飲み物を」

「はーい。わかりましたぁー」

ナオミがコーヒーを二つ持ってきてくれた。

オーナーが一口飲んでから口を開き始めた。

「まず、はやてさん達が侑斗君を忘れなかった件ですがこれはさして難しい事ではありません。我々の思い込みから生まれた疑問なんですからねぇ」

「思い込み、ですか?」

「はい。ところで良太郎君、今更このような聞くのもなんですけどゼロノスカードは何を消費しますか?」

「桜井さんがいた頃は桜井さんの記憶を使い、それが追いつかなくなっているから侑斗の記憶を消費しているんでしたよね?今は桜井さんは消えてしまったわけですから侑斗の記憶が使われていると考えていますけど」

「ご名答です。さすがですねぇ。桜井さんが完全に消えてしまっている今は侑斗君の記憶のみがゼロノスカードの消費材料になっています」

良太郎とオーナーは同時にコーヒーを飲む。

一息ついてからオーナーは語りだす。

「では『記憶』とはどういうものですか?」

オーナーは更なる疑問を良太郎にぶつける。

「『記憶』って、ゼロノスカードが認識しているものっていうなら一人の人間に対して『顔と名前が一致』していないと『記憶』とは認めていないんですよね」

「そうです。我々は別世界でも同じ考えでゼロノスカードの効力を定めていたんですよ。それが我々の思い込み(・・・・)だったんです」

「でも消去対象が侑斗の記憶であることには間違いはないんですよね?」

「ええ。それは間違ってはいませんよ。しかし、『記憶』という概念が違っているのですよ」

「概念?」

良太郎は首を傾げる。

「良太郎君、以前にこちらで特別に演奏をしてもらっていたピアノ演奏者をご存知ですか?」

「忘れるわけありませんよ」

良太郎にとってそのピアノ演奏者は電王としての黒星---しこりが残る結末を味わったものだからだ。

「あの時に初めて知ったんですよね。『記憶』というものは一人の人間に対して『顔と名前が一致』していないと成立しないって」

この時、良太郎は『顔を知っている』だけだったために『記憶』として認識されずに『時の空間』へとさまよう状況を作り出してしまったのだ。

そしてゼロノスカードも同じ原理で『記憶』を消去材料にしている。

頭の中でおさらいしていく中でオーナーが何を言いたいのか良太郎には理解できてきた。

「それって『顔と名前が一致』しなくても、つまり『顔は知っているけど名前は知らない』や『名前は知っているけど顔は知らない』でも『記憶』として認識されるって事ですか?」

「その通りです。良太郎君が述べた二つが『記憶』として定義づけされている以上、はやてさん達のように侑斗君と縁が深い上に『顔と名前が一致している』という条件が当てはまっている方々は必然的に一番最後に回されるというわけです」

「そうなると、侑斗は別世界で外をウロウロするだけでカードの消費材料を手に入れているって事になりますよね」

「そうですねぇ。侑斗君にとっては幸せな事かもしれませんねぇ。彼は覚悟して戦っているとはいえその事に関して何も感じてはいないとは思えませんしねぇ」

戦う力を得るために、自分の事に関することを他人が忘却していく。

わかっていてもその寂寥感ははかりしれないものだろう。

それが少しでも緩和されているのならば覚悟した者にはどれほどありがたいものになるだろうか。

「そうですね……。侑斗にとっては今回が初めて救われた(・・・・)戦いになったんですね」

「そうなりますねぇ」

二人は同時にコーヒーカップを口につける。

「それと半特異点(もうひとつ)の方は?」

良太郎は先に空になったコーヒーカップをテーブルに置く。

「そうですねぇ。半特異点の方はまさに『神をも恐れぬ所業』とでも言った方がいいのかもしれませんねぇ」

オーナーの婉曲的な表現に良太郎の眉がピクリと上がった。

「オーナー、もしかしなくても半特異点は僕達の世界で誕生する事って限りなくゼロに近いんじゃないでしょうか……」

「マスコミが流していないだけでしょうねぇ。流せば寿命がいくつあっても足りませんからねぇ」

「じゃあ、やっぱり半特異点というのは……」

 

「ええ。良太郎君の推測どおりですよ。半特異点となる存在は特異点のような突然変異ではなく、人工的に生み出された生命ならば誰でもなれるんですよ」

 

『人工的に生み出された生命』と聞いて良太郎が思い当たるものは今のところ一つしかない。

プレシア・テスタロッサが着手し、フェイトを生み出したプロジェクトだ。

良太郎はプロジェクト名は知らない。だが人工的に生命を生み出している時点で、彼にしてみれば『神をも恐れない所業』と思うには十分なものだった。

だがそのプロジェクトがなければ自分がフェイトと出会うことがないのも事実なので、良太郎としてみれば複雑なものだ。

「まさに発達しすぎた技術の闇、ですよね……」

「そうですねぇ。自然摂理に誕生した生命同士でも小競り合いが絶えないというのに、そこに人工生命まで加われば間違いなく行き付く先は混沌になりますねぇ」

「人工生命はどうして半特異点なんですか?」

ナオミがコーヒーのお代わりを空のカップに注いでくれるのを見ながら良太郎は訊ねる。

「これは私の考えですが、人工生命というのは本来ならば『生まれるはずのない存在』もっとひどく言えば『生まれてはならない存在』と捉えられているため、時間に干渉されないのではなく干渉できない(・・・・)のではないでしょうかねぇ」

「特異点と同じ能力を持っていながら存在理由がまったく逆なんて……」

時間に干渉されないという権利を持った特異点。

時間に干渉できない義務を背負わされている半特異点。

「………」

良太郎は半特異点が誰なのかはわかっているが、名前を口に出す気はならなかった。

「良太郎君。今後もあちらに関わる以上、先程の事はゆめゆめ忘れないでくださいね。我々はもしかしたら近いうちにその『闇』と戦わなければならないかもしれませんからねぇ」

「はい」

オーナーの警告に良太郎は静かに、だが覚悟を決めて返事をした。

デンライナーは『時の空間』を抜けて、良太郎が生活している時間へと抜け出た。

 

 

デンライナーから降車して『時の空間』へと線路を敷設・撤去を繰り返して走っている姿を見送ってから、良太郎は『ミルクディッパー』へと戻る事にした。

ちなみにデンバードⅡはオーバーホールをするために、オーナーが預る事となったので今手元にはない。

「何かさっきまで冬だったから季節の感覚が狂っちゃうなぁ」

良太郎は尤もな事を言いながら、『ミルクディッパー』へと入る。

そこにはカウンターでコーヒーを淹れている姉の野上愛理と追っかけである三流ゴシップのジャーナリストである尾崎正義と自称スーパーカウンセラーである三浦イッセーがいつものように愛理をめぐって口論していた。

(姉さんは侑斗の事をどう思ってるんだろ……)

愛理と侑斗が結ばれる、良太郎としてみればそれは難しい事だと思っている。

何故なら愛理の中には今なお消えてしまった桜井侑斗(未来)がいるからだ。

侑斗もその事を承知しているため、積極的にはなれないでいる。

それに侑斗を想っている人間がこのたび一人増えている。

仮に侑斗がはやてを選ぶとした場合、自分は侑斗責めないだろう。

むしろ、侑斗が自分の時間を歩む事に積極的になったとして喜ぶくらいだ。

「あらぁ。良ちゃん。お帰りなさい」

「「おかえりぃ。良太郎君」」

愛理と尾崎と三浦が店内に入っている良太郎に気付き、笑顔で迎えてくれた。

「ただいま」

良太郎は笑顔で応えた。

 

夜となり、良太郎は食器を洗いながらカウンターやテーブルを布巾で磨いている愛理を見ていた。

「姉さん」

「なぁに?良ちゃん」

愛理はいつもの通り笑顔で良太郎を見るが、弟が真剣な表情をしていたので自身もそれに応えるべく真面目な表情になる。

愛理は布巾を置いて、テーブルに座る。

良太郎も向かいに座る。

「姉さんは侑斗の事をどう思ってるの?」

「良ちゃん……」

弟の質問に姉は真剣に答える事を決意する。

いつの間にか弟は成長していたのだ。

自分が思っているよりもはるかに逞しくなっていた。

きっと多くの人と出会い、想いを知り受け入れてきたのだろう。

これからも大きくなっていくのだろう。

これは過大評価かもしれないが、弟はいずれ多くの人々の希望になるかもしれないと思っている。

「私はね、桜井君には彼の時間を歩んでほしいと思ってるの。私の中では桜井君と侑斗は元が同じでも歩んだ時間の内容が違う以上、別人なのよ」

姉の回答は良太郎としては範疇内の回答だった。

「それは侑斗が姉さん以外の人を選んでもいいって事なの?」

良太郎はストレートに訊ねる。

「そうね。私は桜井君には侑斗が出来なかった事をやってほしいと思ってるわ。消えてしまった侑斗もそれを望んでいると思うの」

「そう……」

姉がこの手のことで嘘を言うとは思えない。

これは姉の本音だと思ってもいいのだろう。

「ありがとう。姉さん。正直に言ってくれて」

「いいのよ。でも良ちゃんがそのような事を訊ねてくるなんて、もしかして女の子と何かあった?」

「え?」

「だって、良ちゃんからこんな話するの初めてだし……」

「ええと、それはその……」

良太郎は頬を人差し指でかきながら返答に詰まる。

(言えないよね。フェイトちゃんに告白された上に頬にキスまでされたなんて……)

「きっとその女の子は良ちゃんのことが大好きなのね。そして良ちゃんもその事を大切に想っているのね」

「姉さん……」

図星を突かれて良太郎は何も言えなくなってしまっていた。

『ミルクディッパー』の外を出て、良太郎は夜空を見上げる。

「いつかは話さなきゃいけないんだよね……」

良太郎がフェイトの告白に応えるには一つだけやらなければならないことがある。

それはプレシアの生存に関することである。

それを打ち明けない限り、自分はフェイトの告白に向き合えないのだと良太郎は考えていた。

夜空に月は出ていなかった。

寂しい夜空だと良太郎は思った。

 




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第六十五話 「桜舞い剣が舞う 前編」


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第六十五話 「桜舞い剣が舞う 前編」

『闇の書事件』及び『ネガタロスの逆襲事件』から三ヶ月が経過した海鳴市。

 

季節は変わり、まだ若干の肌寒さがあるが『春』と呼ぶには相応しくなっていた。

冬の時には枝がむき出しになっている木々には桜色の花が満開になっていた。

野上良太郎はというと。

「はああっ!!」

赤と黒と白が目立ち、彼自身が主人格となっているフォーム---ライナー電王となって、子猫型のイマジンであるキトゥンイマジンと戦っていた。

「ちくしょう!折角噂で聞いた別世界で一旗揚げようと思ったのに思ったのに!」

キトゥンイマジンがフリーエネルギーを用いて爪を伸ばして切りかかっていく。

ライナー電王はデンカメンソードで繰り出される猛攻を全て防ぐ。

『こんな程度で旗を揚げようって考えてたのかよ?百年早ぇんだって事を教えてやったらどうだ?良太郎』

デンカメンソードのターンテーブルは『モモソード』になっているのでモモタロスの声が聞こえる。

「わかった!」

今まで防御に徹していたライナー電王は攻めの体勢へと入り始めた。

上段から振り下ろしてすぐさま右薙ぎに狙いをつけて横一線に振る。

キトゥンイマジンは持ち前の敏捷さで攻撃をかわしていく。

「これが幾多のイマジンを倒してきた電王の力かよ。楽勝だぜ!」

『たかが攻撃二回避けただけで調子に乗ってるぜ。あのバカ』

モモタロスがキトゥンイマジンのあまりの短絡ぶりに呆れていた。

「スピードは速いね。でも、防御しながらわかったけど攻撃力はさほど高くない。みんなの攻撃のほうがよっぽど効くよ」

『そこまでわかってるなら上出来だぜ。じゃあ行こうぜ!良太郎!』

「うん!」

声と同時にライナー電王は駆け出して一気に間合いを詰める。

「!?」

間合いを詰められたキトゥンイマジンは驚きの表情を浮かべながらも、右腕を振り上げてライナー電王の頭上に振り下ろそうとする。

ライナー電王がデンカメンソードを掬い上げるようにして振り上げて、狙いをキトゥンイマジンの伸びている爪に狙いをつける。

「ぐわあああああああ!!」

カランカランカランと切られた爪が地面に落ちて音を立てると同時に消滅する。

振り上げたデンカメンソードをすぐに引っ込めて、そのまま一直線にキトゥンイマジンの腹部に狙いをつけて突き刺す。

ザシュッと音が聞こえてくるような感触があった。

「ば、バカな……。この俺が一旗揚げるこの俺が……」

『オメェじゃ百年早ぇんだよ』

モモタロスは瀕死に追い込まれているのに野心を捨てないキトゥンイマジンに同じ事をもう一度告げる。

ライナー電王は突き刺さったままの状態でデンカメンソードを持ち上げて、一旦引き戻してから押し出す。

デンカメンソードの刃先からずるずるっと滑って後方へと飛んでいく。

ライナー電王が跳躍して、空中でデンカメンソードを両手で握って頭上に持ち上げて構えを取る。

そしてそのままキトゥンイマジンの袈裟に狙いをつけて、振り下ろした。

「くそおおおおおおお!!」

悔しげな声を上げながら、キトゥンイマジンは斬られて斬撃箇所から火花が飛び散って、爆発した。

ライナー電王の両脚が地に着くと、空中で爆煙が立っていた。

「これで終わったね」

『ああ。思ったより大したことのねー奴でよかったぜ』

爆煙が晴れていくのをライナー電王は見ている。

海鳴の空の一部が歪み、デンライナーとゼロライナーが線路を敷設しながら地上に停車した。

デンライナーからモモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロス、コハナ、オーナーが降車し、ゼロライナーからは桜井侑斗、デネブが降車した。

ライナー電王はデンオウベルトを外して変身を解除して良太郎に戻った。

「お疲れ様でぇす。みなさぁん」

オーナーの声に全員が顔を向ける。

「オーナー。今回逃げたイマジンってさっきの一体だけですか?」

コハナが代表して訊ねる。

「そうですねぇ。今回別世界に向ったイマジンは先程倒した一体だけですからねぇ」

「なら帰るか。変に長居するのも、な」

侑斗は用件が済んだので帰ろうと言う。

「お待ちくださぁい。折角ですから今日はこのまま一日泊まって明日帰るというのはどうでしょう?良太郎君は予定などはどうですか?」

この中でいきなりの予定に最も左右されるのは『ミルクディッパー』でアルバイトをしている良太郎だけだ。

「僕は大丈夫です。問題ありません」

良太郎の台詞にイマジン四体は諸手を上げて喜んでいた。

デネブもうんうんと首を縦に振っている。

「それでは皆さん。今日はそれぞれ海鳴市で自由に過ごしてくださいねぇ。明日、お迎えに参りますのでぇ」

オーナーはそう言うと、デンライナーに乗り込んで発車させた。

空の空間の一部が歪んで『時の空間』の中へと入っていった。

ゼロライナーも釣られるようにして、『時の空間』へと入っていった。

空間は閉じ、残ったのは人間が三人とイマジンが五体だった。

「野上。どう思う?」

「オーナーが意味なく僕達を一泊させるなんて思えないしね」

侑斗が訊ね、良太郎は思い立った事を口に出す。

「んでどうすんだよ?俺達好きにしていいんだよな?」

モモタロスが動きたくてうずいていた。

「そうだね。でもみんな一拍過ごすってアテはあるの?」

「僕達はなのはちゃん家に厄介になるつもりだよ」

「勝手知ったる人の家なんは、なのはの家だけやからなぁ」

「ママさんのケーキ食べれるかなぁ」

「士郎さんが淹れてくれるコーヒーも美味しいしね」

良太郎が訊ね、ウラタロスが答えてキンタロス、リュウタロス、コハナは高町家へ転がり込む気十分らしくそれぞれ思い入れがある事を想像していた。

「俺とデネブは八神家に世話になるつもりだ。お前はどうするんだ?」

「僕はフェイトちゃん家に厄介になるよ」

侑斗は自分とデネブも本日の宿泊先を決めてから、まだ宿泊先が明らかになっていない良太郎を訊ねるが、良太郎は即答した。

「それじゃ明日ってことで。オメェ等、遅れんじゃねぇぞ?」

一番集合に遅れそうなモモタロスの言葉を皮切りにそれぞれが散開した。

 

ハラオウン家に向っている良太郎は道中、何かを買おうかと考えたのが十年前

こちら

での貨幣を持ってきていないので、何も買うことが出来ず手ぶらで赴く事に若干の申し訳なさを感じながらも向っていた。

あれから三ヶ月経過しているだけあって何かが大幅に変わったというような印象はない。

「いきなり来たら驚くよね。というより、呆れられるかも……」

少しだけ否定的に感じながらも、良太郎はマンション入口に入ってハラオウン家がある階層のボタンを押す。

エレベーターがキンという音を立てる。

エレベーターのドアが開くので、中にいる人が出ることを優先させるようにして良太郎は譲る。

ドアが開く。

「あ」

「「「「「あ」」」」」

エレベーターの中にいた色々と荷物を抱えている五人は良太郎を見て目を丸くしていた。

良太郎もエレベーターから出てきた色々と荷物を抱えている五人を見て目を丸くしていた。

「えと……お久しぶり、です」

「「「「「良太郎(君)(さん)!?」」」」」

良太郎が後頭部を掻きながら先に告げた。

エレベーターの中にいた五人とはフェイト・T・ハラオウン、アルフ(人型)、リンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタはまだ目を丸くしていた。

五人が素面に戻るのはそれから五秒後の事だった。

「貴方達は本当にいつもいきなりだな……」

クロノがいきなりの来訪に呆れ気味に言う。

『貴方達』というところからして自分以外もこちらに来ていると推測しているのが彼らしい。

「もしかしてまたイマジン絡み?それとも『時間』の影響?」

エイミィが良太郎達が来訪した目的を探る。

「まぁイマジン絡みなんだけどね……」

「もしかして厄介なヤツなのかい?あのネギタロみたいなヤツとか!?」

良太郎の返答にアルフは眉を吊り上げ、目つきが鋭くなる。

「アルフ。ネギタロじゃなくてネガタロスだよ。良太郎、わたし達にできる事ってある?」

フェイトもまたアルフ同様、真剣な表情になっていた。

「二人ともありがとう。でもね、心配はいらないよ」

「でもイマジン絡みなんでしょ?だったら……」

比較的余裕の表情をしている良太郎に対して、フェイトは焦っている。

イマジンの脅威を知っているからだろう。

「そのイマジンはさっき倒したからね」

「「「え?」」」

フェイトとアルフとエイミィは間の抜けた声を出す。

「三人とも良太郎さんの話を最後まで聞かなきゃ」

今まで黙って聞いていたリンディが勇み足を踏もうとした三人を窘めた。

「ところで良太郎さん。貴方達の習性といったら失礼になるかもしれないけど、イマジンを倒したのにどうして?」

リンディの見解では良太郎達は目的を果たせばすぐにでも本世界に帰ると思っているのだろう。

「僕達もそのつもりだったんですよ。でもオーナーが今日は別世界

こっち

で一泊過ごしなさいっていきなり言われてね。それで……」

「それで勝手知ったる我が家にきたってわけか」

良太郎が言おうとしている事をクロノが締めた。

良太郎は正直に首を縦に振った。

それを聞き、フェイトとアルフは喜色の表情を浮かべてエイミィ、リンディも笑みを浮かべてくれた。

「ところでフェイトちゃん。今からどこ行くの?」

「オハナミだって」

 

侑斗とデネブは八神家の前にいた。

二ヶ月近く世話になった事が昨日のように思い出される。

「侑斗」

「わかってる」

デネブがインターフォンを押すように急かすので侑斗はボタンを押す。

ビーともブエーともいえないような音が鳴り響く。

『はぁーい。どちらさまですか?』

どこかのほほんとしたような声が返ってきた。

「シャマルか。久しぶりだな」

『侑斗君!?』

「シャマル、久しぶり。元気だった?」

『デネブちゃん!?どうして?ちょっと待っててね。はやてちゃん、呼んでくるから!』

ドアが開かれる。ドアを開けたヴィータに車椅子に乗っている八神はやて、車椅子を押しているシグナムにその側にいるザフィーラ(獣)、そしてインターフォンで受け答えをしていたシャマルが出てきた。

「侑斗さん!どないしたん?急に来るなんて、もしかしてイマジン絡みなん?」

はやては侑斗の突如の来訪目的を訊ねてきた。

「イマジンは野上が倒したからもう心配ない」

デネブが目的を告げると同時に、それが果たされていることも告げる。

「お前達の事だ。目的が果たされてこのままいるとも思えない。他に何かあるのだろう?」

「微力かもしれんが協力させてもらう」

「で、何かあるんだろ?ドーンと言えよ?」

シグナム、ザフィーラ、ヴィータは協力を惜しまぬ態度を取る。

「そうですよ。侑斗君、デネブちゃん。お困りごとなら遠慮しないでくださいね」

シャマルも言ってくれるが、侑斗もデネブも嬉しいどころか申し訳なくなってきた。

「どうしたん?侑斗さん、デネブちゃん」

「お前等の厚意はありがたいんだけど……」

「本当に目的は果たされたんだ」

「え?じゃあもしかしてわたしん家に来たんはイマジンとか悪い仮面ライダーぬきで、ただ遊びにきたって事なん?」

はやてはありえないという表情を浮かべながら確認しようとする。

「そうだよ。海鳴で頼れる場所っていえばお前のところしかないからな」

侑斗が素直に述べた。

「というわけでお世話になります」

デネブが頭を下げた。

「わたし等を真っ先に頼ってくれるんは嬉しいねんけど、これからお花見に行くねん。侑斗さん等も行くか?」

「行かなきゃ、メシにありつけなさそうだな」

「わかっていれば俺も作ってきてたのに……。コレしか持ってきていない」

侑斗は食事にありつくために参加を決意し、デネブは悔しげな表情を浮かべながらバスケットを取り出す。

「おデブキャンディー!!」

ヴィータは瞳を輝かせデネブが取り出したバスケットの中身を言い当て、早速ありつこうとしていた。

「ヴィータ!お行儀悪いで。でも、しょうがないなぁ。デネブちゃんのキャンディー食べるのは三ヶ月ぶりやもんなぁ」

既にヴィータはデネブキャンディーを一口放り込んで幸せな顔になっている。

「荷物抱えて遠足か?」

「お花見や」

侑斗の問いにはやては答えた。

 

高町家でもいきなりの四体と一人の来訪に誰もが目を丸くしていたが、事情を説明するとあっさりと受け入れてくれた。

「じゃあもうイマジンは倒しちゃったんで遊びに来たって事ですか?」

高町なのはが説明を聞き、自分なりの解釈を口に出した。

「おう。そーゆーわけだからプリンくれ。ぶっ!」

当然のように催促するモモタロスをコハナが回し蹴りを放つ。

「何当たり前のように言ってるのよ!」

「全くセンパイは……。美由希さん、正体もばれてるだろうけどそろそろ僕に釣られてみない?がっ!」

ウラタロスが高町美由希を懲りずに口説こうとするが、コハナに懐を入り込まれて腹部に正拳突きを食らう。

「アンタも挨拶代わりみたいにナンパしてんじゃないわよ!」

「相変わらずだな。お前達は」

高町恭也が痛みに悶え苦しんでいる赤と青のイマジンを見ながら呆れていた。

「全くやで」

キンタロスが腕を組んで同意していた。

「ねぇねぇ。なのはちゃん。フェレット君は?」

「ユーノ君は本局での寮で生活してるから、たまにこっちに来るくらいなんだよ。あ、でも今日は来てくれるよ」

リュウタロスがユーノ・スクライアが高町家にいない事を訊ねてきたので、なのはが返した。

「フェレットになってくれるかなぁ。あの触り心地がいいんだよねぇ」

リュウタロスがユーノ(フェレット)の触り心地を思い出す。

「あ、それわかる。あの触り心地を堪能してるとさ。気持ちが癒されるんだよねぇ」

美由希がリュウタロス同様、ユーノの触り心地のよさを思い出しながら同意していた。

「んでよ。オメー等どこ行く気なんだよ?家族そろって温泉か?」

「違うよ。花見だよ」

「花見ぃ?どうせとっつぁん、酒飲んでくだ巻くだけなんじゃねーのかよ?」

高町士郎が高町家で酒を飲んで眠っている姿を見たことがあるので、モモタロスは邪推する。

「うっ!モモタロス君、鋭いね……」

士郎が痛いところを突かれて、唸ってしまう。

高町桃子もモモタロスの邪推には同意しているのか、笑みを浮かべていた。

「皆さんも行きますよね?」

「「「「「もちろん!」」」」」

なのはの呼びかけに四体と一人が即答するのは当然だった。

 

 

花見会場は大変な人数になっていた。

アースラスタッフの面々が過半数を占めており、殆どが大人の集まりと化していた。

その中にも子供も何人か来ており、すごい盛り上がりを見せていた。

エイミィと美由希がこの場を仕切っており、始まりの挨拶をする。

そのあと、リンディがマイクを受け取って乾杯の音頭を取った。

その後は挨拶回りをする者達や、酒を飲んで料理に手をつける者達などに分かれて各々の行動を取っていた。

「まさか全員集まると思わなかったよ」

「ああ」

「花見と聞いた時点でこうなると考えるべきだったね」

「せやな」

「ま、そうなるわよね」

「俺達の散開って意味あったか?」

「ないと思う……」

リュウタロスを除くデンライナー、ゼロライナーの面々は顔を合わせてため息をつくしかなかった。

十分前に分かれて、もう再会なんていくらなんでも味気なさすぎるからだ。

「それじゃ僕達も今度こそ散開ってことで」

良太郎の一言が合図となって、全員が首を縦に振った。

 

良太郎はなのはの友人であるアリサ・バニングスと月村すずかの元に足を運んでいた。

二人にしても、良太郎とはあまり話をした事がないので絶好の機会だった。

「二人の事はなのはちゃんやフェイトちゃんから聞いてたけど、実際こうやって話をしたりするのは初めて?かな」

「そういえばそうですよねぇ」

アリサがそう言いながら、良太郎に料理が載っている皿を渡す。

「知ってるのに話す機会がなかったってのもおかしいですよねぇ」

すずかが笑みを浮かべながら、ジュースの入った紙コップを良太郎に渡す。

二人の仕種は様になっており、育ちのよさのような物がにじみ出ていた。

「良太郎さんって本当に仮面ライダーなんですか?」

すずかが目を輝かせながら訊ねてくる。

アリサも好奇の眼差しを向けていた。

「あんまり馴染みないけど名乗らせてもらってるよ。仮面ライダー電王って」

「どうやって、変身するんですか?ベルトを巻いて何かポーズとか?」

すずかがずずいと更に訊ねてくる。

「すずか。乗り出しすぎ!」

アリサが窘めるが、すずかは制止できなかった。

良太郎はズボンのポケットからパスを取り出して、腰元にデンオウベルトを出現させる。

何もないところから銀色のベルトが出現した事に二人は目を大きく開いて驚く。

「ベルトを巻いて、このパスをベルトのバックルにセタッチする事で電王に変身するんだ」

「「へえええ」」

二人は良太郎の説明を聞いて理解して、納得した。

「良太郎君」

電王に関しての説明を終えると、女性の声が耳に入った。

良太郎は声のする方向に振り返ると、シャマルがいた。

「お隣よろしいかしら?」

「どうぞ」

良太郎とシャマル。面識はあるが、実は会話らしい会話をした事がなかったりする。

「そういえばシャマルさんには戦いの後の傷の回復のお礼、まだ言ってませんでしたね。ありがとうございます」

良太郎は隣に座っている頭を下げる。

「いえいえ。回復をはじめサポートは私の専門ですからお気になさらずに」

シャマルは良太郎の感謝の言葉を受け取りながら、頭を上げるように促す。

「シャマルさんはお酒ですか?」

「いえ。私、あまりお酒は強くないからジュースをお願いできるかしら」

「はぁい。わかりました」

アリサが訊ねるがシャマルは丁重に断りを入れ、すずかがジュースを持ってきてくれた。

「あ、そうだ。良太郎君」

「何ですか?」

シャマルが皿に乗っている料理を食べている良太郎に声をかけた。

「シグナムから預ってきた物なの。良太郎君のところに行くって言ったら渡してほしいって」

シャマルが渡してきたのは白い封書だった。

中央に『野上良太郎殿』と達筆な文字で書かれていた。

 

侑斗はリンディやレティ・ロウランの元に足を運んでいた。

だが、侑斗が見た光景はリンディと何故かこの場にいるオーナーのチャーハン対決だった。

リンディもオーナーも真剣な表情でチャーハンを睨み、スプーンを握っていた。

「ねぇ桜井君」

「何です?」

「コレは貴方達の世界での流行りモノ?」

「あー、大食い対決なんかは流行ってましたけどね。でもすぐ廃りましたけど」

「それは何故?」

レティは手に握っているワインを紙コップにドボドボと注ぎながら、訊ねてくる。

「スポーツとかと違って誰でもやろうと思えばやれるでしょ。それが仇になって無茶な事して呼吸困難で死んだ人も出てきましたからね」

「人並みはずれた事をしようと思えば、それなりの才覚が必要ってことなのね」

ぐぐいっと一気飲みをするレティ。

「そんなところです」

侑斗は右手に握られている空になっている紙コップにジュースを注ぐ。

リンディがスプーンでチャーハンを掬って口へと運ぶ。

そして手元にあるベルを鳴らしていた。

オーナーが左右の手にスプーンを握って、同じタイミングでチャーハンへと突き刺して掬い上げて同時に口の中にふくんだ。

ハッキリ言えば子供には真似させてはいけないマナーだったりする。

「ところで私達は決着がつくまで見とかないといけないのかしら?」

ワインをぐびぐびと口の中に含みながらレティは、隣で料理を食べている侑斗に訊ねる。

「でしょうね」

侑斗は即答した。

 

モモタロスはなのは、ユーノ、ヴィータと行動を取っていた。

現在はヴィータと『アイスとプリンはどちらが美味いか』についての論争が行われていた。

「かぁぁぁ、わかってねぇなぁ。赤チビ。だ・か・らオメェはいつまで経っても成長できねーんだよ!」

モモタロスはスプーンを右手にプリンを左手に熱弁していた。

プリン派も賛同していた。

「あーあ、アイスの素晴らしさがわかってねーなんてつくづく可哀相なヤツだ。赤鬼!」

ヴィータが右手にスプーンを左手にはカップアイスを持って、負けじと熱弁していた。

アイス派も賛同している。

「ユーノ君。コレって喧嘩なの?」

「互いの好物を主張し合っているだけだから、大丈夫だと思うけど……」

なのはとユーノだけはその妙ちきりんなテンションにはついていけなかった。

周囲を見回す。

一人と一体を中心として、プリン派とアイス派なんて変な派閥まで出来上がっていた。

「プリン!」

「アイス!」

なんて妙な声まで出ていた。

「ねぇ。ユーノ君」

「ん?何なのは」

「あのね。もしもだよ。もしもモモタロスさんとヴィータちゃんがコンビを組んだどうなるのかなって……」

なのはのもしもの話を聞いてから、ユーノは今もなおプリンとアイスの話で揉めているモモタロスとヴィータを見る。

そして想像する。

本気で殴り合いをしているソード電王と騎士甲冑を纏ったヴィータが想像できた。

「……今、すっごいの想像してない?ユーノ君」

「……なのはも似たようなの想像したんだね」

「……うん」

モモタロスとヴィータがコンビを組む。

ある意味では夢物語なのかもしれないと、なのはとユーノは締めくくる事にした。

 

花見会場はその後も各場所で賑わっていた。

エイミィに徹底的に扱かれたクロノは焼きそばを作れるようになっていたり。

その焼きそばをキンタロス、リュウタロス、アルフ(こいぬ)が我先にと食い合いをしていたり。

フェイトが周囲から促されて歌を歌い、それが大好評となったり。

ウラタロスが女性局員にナンパしようとしたところをコハナにお仕置きされたり。

デネブとはやてがシャマル料理を食べて、採点をつけてシャマルがショックを受けたり。

これ以上にはないというほどの盛り上がりを見せていた。

 

 

夜になると、昼にも増して肌寒さを感じてしまう。

ハラオウン家のベランダで良太郎は昼間にシャマルから貰った封書の中身を見ていた。

筆書きの達筆な文字で記されていた。

 

『かねてより、我々の戦いに決着をつけたい。午後十一時に花見の会場となった場で待つ』

 

腕時計を見て時間が迫ってきているので良太郎はハラオウン家へと出ようとしていた。

「行くのか?」

「うん」

ベランダから室内へと入ろうとする良太郎をクロノが声をかけた。

この封書の中の出来事を知っているかの口調だ。

「相手は強いぞ。少なくとも三ヶ月前よりも。フェイトでさえ勝率三割だからな」

「十回戦って三回なら十分じゃない。それにこれは予想というより確信なんだけどね。僕とシグナムさんの戦いはシグナムさんとフェイトちゃんのようにはいかないと思うよ」

「『戦い』の質が違うというのか?」

「そうだね」

クロノの言葉に良太郎は自身の予測を口に出す。

「良太郎はどうなの?わたし達はあれから三ヶ月経ってるけど、良太郎達にしたら……」

「僕達の時間だと、あれから一週間も経ってないからね」

フェイトは良太郎に勝算を訊ねるが曖昧な返答で返された。

つまりシグナムは伸びているが、良太郎は以前とあまり変化がないという事になる。

「それじゃフェイト。見届け人の役を頼む。僕と母さんとエイミィはここで監視するから」

「うん任せて。お兄ちゃん」

「二人とも。早く行こうよー」

アルフ(こいぬ)が良太郎とフェイトを急かした。

 

「それでは行ってまいります」

シグナムは単身で呼び出した場所へと向おうとした。

「待ってシグナム。わたし等も行くで」

「しかし、これから行うものは主はやてのお目を汚すような結果になるかもしれませんので……」

シグナムは同伴しようとするはやてに丁重に断りを入れようとする。

「らしくねーじゃんシグナム。あれから三ヶ月経ってるじゃん?それでも自信ねーのかよ?」

ヴィータがからかうように言う。

たった(・・・)三ヶ月だ。それで確実に野上に勝てる力を得たとは思えん」

「シグナム……」

シャマルは『勝ち』を意識するあまりにシグナムが気負っているのではないかと心配する。

「俺達からしたらあれから一週間も経っていないけど、お前達からしたら三ヶ月も経過してるんだよな。でも、お前達の三ヶ月が野上にとっての一週間に劣っているとは思えないが」

侑斗は冷静に考えた結果を告げる。

「野上も帰ってからイマジンと戦ったり、モモタロス達と特訓をしてる。あの時のままとは思わないほうがいいと思う」

デネブは自分が知る限りで本世界に帰ってからの良太郎の行動を述べた。

「なぁシグナム。聞いてええか?」

「はい」

「何で野上さんと戦おうって思たん?確かに野上さんは仮面ライダーで電王やし強いけど……」

「実はですねはやてちゃん。良太郎君とシグナムはもう二回戦っているんですよ。たしか戦績は……」

「互いに一勝一敗だ」

「二人ともあと一回勝てば勝者になるんやね?シグナムとしても白黒ハッキリさせたいってのが本音?」

「そうですね。それに野上と戦えるのはこれが最後になるでしょう」

「何故だ?」

シグナムの意外な一言にザフィーラ(獣)は首を傾げる。

「性格の問題だ。あいつは私やテスタロッサとは違う。強者と戦う事に『悦び』を感じる事が出来ないからな」

それはこの場にいる誰もが思っている事だった。

良太郎は『戦う事が出来る人間』であって『戦う事が好きな人間』ではないという事を。

 

良太郎とフェイト、アルフがシグナムが指定した場所に赴くとそこには恐らく呼んでもいないのにギャラリーが集まっていた。

ギャラリー---チームデンライナーになのはにユーノ、八神家にチームゼロライナーまでは想定内なのだが、恐らく自分の妹や友人がどのような道を歩もうとしているのかを知る必要があるためと思ってなのだろうか恭也、美由希、アリサ、すずかまでが来ていた。

既にこれから戦場となる場所には広域結界が張られていた。

「見世物のようなかたちになってすまないな。野上」

「いえ。気にしないでください。あのシグナムさん」

「何だ?」

「できれば勝っても負けてもこの一戦で最後に出来ます?」

「お前ならそう言うと思ったよ。私もその意見には賛成だ」

「ありがとうございます」

シグナムが待機状態だったシュベルトフォルムで納刀状態のレヴァンティンを展開する。

良太郎がズボンのポケットからパスを取り出してから、ケータロス装着型のデンオウベルト出現させて腰に巻きつける。

「変身」

パスをセタッチして、赤、白、黒の三色が目立つプラット電王から胸部にキングライナーがモチーフとなっているオーラアーマーが装着され、最後に頭部にデンライナー・ゴウカをモチーフにした電仮面が装着されて、ライナー電王へと変身した。

右手にはデンカメンソードが握られていた。

シグナムも私服姿から騎士甲冑の姿へと切り替わっており、右手には鞘に収められているレヴァンティンが握られていた。

ライナー電王とシグナムがただ互いを見ている。

それだけでその場の空気が変わって気温が二、三度下がったように思えた。

「剣の騎士、シグナム……」

レヴァンティンを抜刀して、鞘を放り捨てる。

必勝できる相手ではないとみなしての行動だろう。

「仮面ライダー電王、野上良太郎……」

本来ならば何かで返礼しなければならないのだが、その手に相応しいものがないためライナー電王は頭を下げてから、中腰になって両手でデンカメンソードを握って構えを取る。

 

「参る!!」

「行きます!!」

 

シグナムとライナー電王が互いに駆け出して間合いを詰めてレヴァンティンとデンカメンソードがぶつかった。

 




次回予告


第六十六話 「桜舞い剣が舞う 後編」


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第六十六話 「桜舞い剣が舞う 後編」

一人の戦士と騎士の戦いが始まってから既に五分が経過していた。

間合いを詰めて鍔迫り合い状態になるライナー電王とシグナム。

膠着状態はすぐに解けて、互いに後方に下がって出方を窺っていた。

「動かない。いや動けないな……」

「ああ。出方探ってやがるぜ……」

高町恭也の言葉にモモタロスが頷く。

ライナー電王がじりっと間合いをゆっくり詰め始めていた。

「良太郎君が詰め始めた……」

高町美由希はライナー電王の小さな動きを見逃さなかった。

「でもシグナムも詰めてる……」

フェイト・T・ハラオウンもシグナムの動きを見逃さなかった。

「フェイトちゃんと戦ってる時とシグナムの雰囲気違うように感じるんは、わたしの気のせいなんかな……」

八神はやてがシグナムがフェイトと戦っている時とは違う気迫もをって戦っている事に勘付き始めた。

「気のせいじゃないよ。はやてちゃん。良太郎とシグナムさんの戦いはフェイトちゃんの時とは違うよ」

はやての直感は間違っていないとウラタロスが後押しする。

「動くで」

「うん」

キンタロスとリュウタロスが言うように、出方を窺っていた両者が動き出した。

 

 

レヴァンティンを無形の位で構えていたシグナムは上段に振り上げて振り下ろす。

ライナー電王はデンカメンソードで受けようとはせずに右にサイドステップをして避ける。

シグナムはそれを予想していたのか、すぐさまライナー電王と直線上になるように足を運んでそのまま

レヴァンティンを引いてから、顔面に突きを繰り出す。

「くっ!」

ライナー電王は顔を右に傾けてその突きを避ける。

左足を振り上げて、前蹴りを放つ。

「!!」

シグナムはキチンとそれを両目で見切っていたので、後方へと退がってからレヴァンティンを両手で握り直して、一気に間合いを詰めてから軽く跳躍して脳天に狙いをつけて振り下ろす。

デンカメンソードを前に出して、受け止める。

レヴァンティンとデンカメンソードがぶつかって火花が散る。

ガコンとライナー電王の両脚が地面にめり込む。

「はあああああっ!!」

宙に浮いての攻撃である事から飛行魔法を用いている事がわかる。

今度は前々回と違って、相手の土俵に合わせる気はないということだ。

「ぐっ!」

右、左、斜め下、正面とレヴァンティンを様々な方向から乱撃しながら防御体勢を崩そうとしていた。

更なる一撃をデンカメンソードに繰り出そうとするとみせかけて、軌道を変えて左薙に狙いをつける。

レヴァンティンの刃がライナー電王の左脇腹に触れ、そのまま鋸を引くようにして引く。

「ぐああっ!!」

左脇腹から火花が飛び散り、ライナー電王は声を上げる。

シグナムはレヴァンティンを白刃ではなく、峰となっている部分へ向きを変えてライナー電王の左即頭部へと狙いをつける。

「はあああっ!!」

レヴァンティンを棍棒のようにして、ライナー電王を殴り飛ばした。

「ぶっ!」

ライナー電王は防御の姿勢も取れずに地面に突っ伏した。

全身がぴくぴくと痙攣していたが、地に足着けたシグナムは表情を一つも緩めていなかった。

 

 

「良太郎さん。負けちゃったの?」

「でも、シグナムさん。全然動こうとしないよ」

アリサ・バニングスと月村すずかが倒れているライナー電王とその場から動こうとしないシグナムを見て首を傾げていた。

「流石にシグナムさんも警戒してるね」

「うん。それだけ良太郎さんが手強いって事だもん」

ユーノ・スクライアと高町なのはも現在の状況を見て、終局したなどとは考えてはいなかった。

「でもなのは。良太郎さん斬られて殴られてるわよ!?あそこから立ち上がるの!?」

「とても痛そうだよ。それでも立つの?」

不安げな表情を浮かべているアリサとすずかは、冷静に現状を見ているなのはとユーノを見る。

「立つよ」

「なのはの言うとおり、良太郎さんは立ち上がるよ」

「「………」」

二人が自信を持って断言しているのを見て、アリサとすずかは黙って見ている事にした。

 

 

「………」

シグナムはうつぶせになっているライナー電王を見下ろしていた。

(この程度で終わるわけがあるまい)

手応えは確かにあった。

だが、『決定打』と呼べるほどのものではない事は与えた自分が一番理解していた。

普通の魔導師ならコレで終わりだが、相手は電王であり自分に唯一『恐怖』を感じさせた人間だ。

警戒しすぎてちょうどいいくらいなのだ。

「う……うう……」

ライナー電王が起き上がる。

首をバキボキ鳴らしてから、その場で軽くタンタンと跳躍する。

「流石だな」

シグナムは起き上がるライナー電王を見て、笑みを浮かべる。

「まさか、空中での戦闘方法が加わるだけでこうもやり辛くなるなんて……」

「お前相手に空を場にして戦う事は卑怯とは思わん」

直後に地に足着いたシグナムの足が宙に浮く。

その場で素早くクルリと回りながら右手に握られているレヴァンティンを胸部に狙いをつけて斬りつけようとする。

パチッとレヴァンティンの刃先がライナー電王の胸部に掠った。

一周を終えると、構えを八相の構えへと切り替える。

「はあああっ!!」

シグナムはレヴァンティンで胸部を狙った突きを繰り出した。

「!!」

ガキンという音がシグナムの耳に入った。

一直線に狙いをつけたレヴァンティンの軌道が障害物に当たったことでずれたのだ。

障害物---逆手に持っていたデンカメンソードのターンテーブルだ。

順手に持ち替えてライナー電王は負けじと突きを繰り出す。

「その剣では突きは不向きだぞ」

『剣』の扱いでは自分の方が利があるので、シグナムはデンカメンソードが『突き』には不向きだと看破していた。

完全に伸びきったところを見計らって、シグナムはレヴァンティンをデンカメンソードが握られている右手に狙いをつけて振り下ろす。

「がああっ!!」

ライナー電王の右手から火花が飛ぶ。

デンカメンソードは手から離れて、地面に落ちる。

追撃としてシグナムは右上段回し蹴りをライナー電王の顔面に叩き込んで、吹っ飛ばす。

とシグナムは予想した。

だが現実にはというと。

ダメージを受けてはいない左腕で防御していたのだ。

「左腕はダメージを受けてはいませんからね……」

「だが痺れてはいるぞ」

右足をすぐに引き戻す。

「痺れてるだけ(・・)です!」

空いていた右腕を掬い上げるようにして放つ。

ブオンという音を立てるが、空振りに終わる。

スウーっとゆっくりと後方に下がりながら、着地する。

ライナー電王がデンカメンソードを拾い上げていた。

 

デンカメンソードを拾い上げながら、ライナー電王は対策を練っていた。

『剣』を用いての戦いならば自身は圧倒的に不利だというのは最初からわかっていた事だ。

武器術は『腕力』ではなく、『技術』が優先される部分が大きい。

こと『剣』に関しての技術ならば自分はシグナムよりも圧倒的に劣る。

『勝ち』を得た戦いだって、彼女が自分に合わせて(・・・・・・)戦っていた際に勝ちを拾っただけに過ぎない。

だが今回は違う。

彼女は自身が持てる術を駆使して自分を倒しに来るだろう。

(やっぱりレヴァンティンを離さない限り、僕に勝ちは見えてこない……)

シグナムからレヴァンティンを離すなんて事がどれだけ至難な事なのかはライナー電王は理解している。

だが、今のところそれ以外に勝機が見えてこないのも事実だ。

(でもどうやって離せば……)

シグナムが先程自分に仕掛けてきた事のような芸当をやれるかといえば答えは「無理!」と即答できるだろう。

(力技で行くしかない)

自分が唯一勝っているとしたら多少の無茶が通る力技くらいしかないだろう。

考えがまとまるとライナー電王はデンカメンソードを構える。

そして、駆け出す。

両手でギュッとデンカメンソードのグリップを握り締めてから、袈裟に狙いをつけて切りつける。

大振りな上に鈍重なので、シグナムがレヴァンティンを用いずにさらりと移動だけで避ける。

レヴァンティンの切先がこちらに向いているのがわかる。

左手をグリップからデルタレバーへと移動して、引っ張る。

『ウラロッド』

電仮面ソードからロッドへと移り変わる。

左足を強く地面に踏みつけてから、右上段回し蹴りを放つ。

ウラタロスの能力状態である『ウラロッド』から放たれる蹴りはどの電王からも繰り出される蹴りよりも鋭い。

シグナムは咄嗟の事なので、左腕で防御する。

「ぐっ!」

この戦いで初めて苦悶に満ちた表情を浮かべている。

宙に浮いているシグナムの両脚が地面にはめり込まないが、それでも数センチ地面に近くなっていた。

右足を引き戻してからすぐさまに右前蹴りを放つ。

仰け反って避けられるが、そのまま真っ直ぐに振り下ろして踵落しへと転ずる。

更にバックステップで後退する。

「危なかった。剣で追いつかないなら蹴りへと転じたわけか……」

「それでも避けちゃうんですね」

「当たればダメージになるからな」

笑みを浮かべてシグナムは返すが、最初に防御した左腕はまだ痺れているようだ。

それでもまだダメージの割合でいえば自分のほうが多く受けている。

「やあああっ!!」

ライナー電王はデンカメンソードのグリップを両手で握り、上段に構えてからそのままシグナムの脳天目掛けて振り下ろす。

レヴァンティンで受け止める。

ガキンと音が鳴った直後に、デンカメンソードを引き離してから右下段蹴りをシグナムの左ふくらはぎに食らわせる。

「ぐっ!!」

苦悶の表情を浮かべているのを見て勝機と捉えて、更に同じ箇所に蹴りを入れてから左足を振り上げて右側頭部狙いの左上段回し蹴りを放つ。

「ぬうううう!!」

レヴァンティンを握った右腕で防御を取らざるを得ない。

だが右上段回し蹴りを受けて止めたのとは意味合いが違ってくる。

武器で防御したのではなく、武器を持った手で防御したのだ。

レヴァンティンを握る右手も小刻みに震えていた。

『キンアックス』

デルタレバーをすぐに引いて電仮面ロッドから電仮面アックスへと切り替わる。

そして左手でレヴァンティンの刀身を握った。

 

 

「後れを取ってないな。それどころか戦い方を掴み始めている」

桜井侑斗がライナー電王の戦いぶりを見て、『飛行できない』というハンデなどものともしない状態になっている事に小さく笑みを浮かべていた。

「それでもダメージなら野上の方が多い。油断は出来ない」

デネブの言う事に侑斗は首を縦に振る。

「どちらかがそろそろ使い始めるぞ……」

「何をや?」

はやてが侑斗の言葉に首を傾げる。

必殺技(とっておき)をだ」

「とっておき?」

「でも侑斗。シグナム、レヴァンティン捕まれてるから使えねーじゃん!」

ヴィータの言うようにレヴァンティンを捕まれている以上、必殺技は使えないと考えるのは自然の流れといっても不思議ではなかった。

「そろそろって言っただろ。今じゃないさ」

三人はまた、戦いに身を投じている二人に視線を向け直した。

 

 

レヴァンティンを握っているライナー電王と握られているシグナムが睨みあっていた。

「は、離せ!!」

「こうなる状態になるのを待ってたんです。そう簡単には離しません!」

レヴァンティンを握る左腕の力を強める。

そしてそのままシグナムの手から抜くようにして引き抜いた。

引き抜いたレヴァンティンをそのまま後方へと放り投げる。

地面にドスっと突き刺さる。

刀身を握っていた左手はバチっと火花が飛んでいた。

痛みをこらえてデルタレバーを引っ張る。

『リュウガン』

電仮面アックスから電仮面ガンへと切り替わる。

デンカメンソードを一旦引く。

そして、右足を前に出すと同時に突き出す。

レヴァンティンを持っていないシグナムは後方に退がる。

といっても極端に距離を開けるのではなく、刃先が当たらないギリギリの距離までだ。

(この距離なら!)

シグナムは安全距離に着地する。

ライナー電王は『突き』の体勢を解こうとしない。

デンカメンソードの刃先から紫色のエネルギーが充填されて、発射される。

「な、何!?」

何かが来ると気付いた途端には既に遅く、爆煙が立った。

 

 

「ちょ、直撃!?シグナム大丈夫かしら!?」

「落ち着けシャマル。防御の姿勢くらいは取っているだろう」

シャマルがオロオロし始め、ザフィーラ(獣)が落ち着くようにとりなす。

「あの至近距離だから、防御しても相応のダメージは覚悟しないと……」

「アレで無傷だったらむしろスゴイよねぇ」

フェイトとアルフ(こいぬ)が例え無事でもダメージは受けていると予想する。

爆煙が晴れる前に何かが夜空から抜けて、レヴァンティンが突き刺さっている場所までそのまま移動してから着地した。

何か---騎士甲冑の節々が汚れたり破損したりしているシグナムだった。

レヴァンティンを引き抜いてからシグナムは構えていた。

 

 

空へ足場を移して後方へと移動してレヴァンティンを抜いたシグナムはそのままライナー電王との間合いを詰める。

ライナー電王は振り向いてデンカメンソードで受け止める。

「まさかあの至近距離から飛び道具を出してくるとは思わなかったぞ……。本当に私を楽しませてくれる……」

シグナムの瞳が輝いていた。

鍔迫り合い状態から後方へと退がる。

レヴァンティンを振り上げる。

足元に紫色のベルカ式の魔法陣を展開させる。

「レヴァンティン。カートリッジロード!!」

レヴァンティンは主の命令に従うようにして、排気カバーをスライドさせてガシュンと音を立てて蒸気を噴出させる。

レヴァンティンの刀身に紅蓮の炎が纏わりつく。

「紫電……」

そして、足元の魔法陣から離れて一気に間合いを詰める。

 

「一閃!!」

 

ライナー電王との距離がゼロになると、紅蓮の剣で袈裟斬りを繰り出す。

「ぐ……わあああああああ!!」

デンカメンソードで防ぐが、それでも完全に封殺することは出来ずに後方へと吹っ飛ばされた。

あお向けになって倒れて、ズルズルズルと滑っていく。

シグナムはその後景を見届けながら排気カバーがスライドして使用済みのカートリッジが排莢されると、新しいカートリッジを放り込む。

ライナー電王は全身をブスブスと煙を立てながらも立ち上がる。

(鞘を最初に放り捨てた以上、飛龍やシュツルムは使えんな……)

鞘を用いて使う技は自分の中には二つある。

鞘は破壊されたわけではないので、拾えば使うことが出来る。

だが落ちている物を拾って使うのではなく、自分から捨てた物をもう一度拾って使うなど騎士としての恥辱であるため使わない。

(紫電を除けば使えるのは二つか……)

鞘を使わずにカートリッジをロードして用いれる魔法は『陣風』と『シュランゲバイセン』しかない。

その二つを使えば勝てるかどうかといわれると、「わからない」と返答してしまうだろう。

立ち上がってこちらに向かってくる限り、戦いは終わらない。

ライナー電王---野上良太郎の闘志が尽きない限り、終わりはないのだ。

(野上は戦う事の恐怖を知っている。だから恐怖を与える事で戦いが終わるという事はない。確実に力尽きさせない限り、私に勝ちはない)

今まで戦い、屠ってきた相手は皆力尽きる前に『恐怖』を植えつけられて戦意を喪失して果てている。

だが眼前の相手はそんな理屈が通じる相手ではない。

『恐怖を植え付けられた者』ではなく、『恐怖を植えつける者』なのだから。

騎士甲冑のポケットをまさぐってある物を取り出す。

バラけているカートリッジが八個、掌に収まっていた。

なのはのようなマガジンに装填されているわけでもなく、フェイトのようにスピードローダーにも収まっていないので、バラバラだ。

あまりたくさん持っていても下手をすればデッドウエイトになりかねないし、少なすぎると心許ない心境になる。

(必殺技を使えるのは、レヴァンティンに収まっているのを含めても後九回か……)

「レヴァンティン!」

シグナムはレヴァンティンを振りかぶる。

レヴァンティンは排気カバーをスライドさせて蒸気を噴出させる。

標的はこちらに向かって歩いてくるライナー電王だ。

間合いを詰めることなく、その場で薙ぎ払うようにしてレヴァンティンを振るう。

「はあっ!!」

レヴァンティンから放たれた衝撃波が一直線にライナー電王へと向っていく。

 

(何か来る!)

それが何なのかはわからないが、ライナー電王は直感で感じた。

足元の雑草が一瞬だが風でなびいているように見えた。

(風?)

現在、風は吹いていない。

そんな状態で雑草がなびくように動くなんてありえない事だ。

(という事は……)

デンカメンソードを前に突き出して、中腰で防御体勢を取る。

ドォンという衝撃がライナー電王の正面からぶつかってきた。

両脚が下がり、ズルズルズルと音を立てながら砂煙が舞う。

(目には見えない衝撃波か。撥ね返すこともできないし、弾く事も出来ない)

フリーエネルギーの弾丸で打ち消す事も考えたが、タイミングが掴めないものに無駄弾を使うわけにはいかないので却下した。

デルタレバーを引く。

『モモソード、ウラロッド、キンアックス』

電仮面ガンから電仮面ソード、電仮面ロッドと回転しながら電仮面アックスへと切り替える。

(なら撃たれても倒れない状態で前へ進めばいい!)

ザッザッザッとライナー電王は歩き出す。

レヴァンティンの排気カバーがスライドして、空になったカートリッジが排出される。

カートリッジを放り込む。

排気カバーがスライドして収まった。

(撃ってこない……)

明らかに今の状態に警戒している事は確かだろう。

「ふううーっ」

立ち止まって深呼吸をしてから、再びゆっくりと歩き出す。

シグナムが八相の構えで待っている。

足元を見ると地に足着いていた。

 

 

「………」

モモタロスが小刻みに震えていた。

「どうしたの?モモ君」

美由希が心配げな表情で様子を窺う。

「どうした?静観するという性格でもないだろうにらしくないじゃないか」

恭也にしてみても、モモタロスがいつもと違う態度をしているのは気になるところだ。

 

「俺も混ざりてえええええ!!」

 

モモタロスの叫びにギャラリーの殆どがそちらに視線が向く。

「馬鹿かお前!そんな事大声で叫んでんじゃねーよ!!」

静かに観戦と洒落込んでいたヴィータが叫ぶ。

「うるせぇ!テメェは何も思わねぇのかよ!?赤チビ!」

「あたしはお前やシグナムと違って、バトルマニアじゃねーんだ。そんな事感じるかってーの!」

「まぁ、オメーは俺と戦って負けてるもんなぁ。二回も(・・・)

ピキッとヴィータに青筋が立った。

「あぁ?今何か言ったか?赤鬼ぃ」

ヴィータが待機状態だったグラーフアイゼンを展開して、右肩に凭れさせる。

二人を中心にその場の空気が固まるような感じになっていく。

もはや誰にも止められないと感じた時だ。

「こらヴィータ!!」

「このバカモモ!!」

ヴィータは、はやてに耳を引っ張られながら叱られ、モモタロスはコハナに腹部を正拳突きを食らって地面に突っ伏していた。

 

 

駐屯地としての機能は失われていないハラオウン家ではというと。

「凄い戦いだねぇ。シグナムも良太郎君も……」

「ああ。だが、良太郎はまだアレを出してはいないな……」

エイミィ・リミエッタ、クロノ・ハラオウン、リンディ・ハラオウンと昼間にへべれけに飲んで現在頭を冷やしているレティ・ロウランがモニターを見ていた。

映っているのはライナー電王とシグナムである。

「アレというのは『修羅』という状態の事ね」

「はい」

リンディが婉曲的な表現の正解を言い当て、クロノは首を縦に振る。

「私は実際に見ているわけじゃないからわからないけど、そんなに凄いの?」

エイミィはモニター越しにしか見ていないので『修羅』となった良太郎の迫力のようなものが今ひとつ伝わっていない。

「凄いというよりは怖いな……」

クロノはその時の事を思い出したのか、腕組をしながらも少しだけ震えていた。

「クロノ君?」

「失礼。あの状態の良太郎は『強い』わけでも『凄い』わけでもないんですよ。ただただ『怖い』んですよ」

レティが心配してくれる事に感謝しつつ、クロノは初めてあの状態になったライナー電王を思い出していた。

「あの状態になったらシグナムは良太郎には勝てないでしょう。むしろシグナムの身が心配されます」

「いくら何でもそれは大袈裟なんじゃ……」

「ネガタロスだから死なずに済んだといってもいい。あの状態の良太郎は相手の命を奪う事なんかに一切の躊躇いも持っていないんだからね」

「あの良太郎君が!?嘘でしょ!?」

エイミィも流石に驚きを隠さなかった。

だがクロノが冗談を言っているわけではないという事は付き合いの長いエイミィには理解できた。

 

 

(あの歩法。防御に自信のある状態に切り替えたな)

シグナムはじりじりと詰める。

間合いを一気に詰めてもいいが、予測が当たっていればレヴァンティンを振り下ろしてもダメージを得る事は出来ないだろう。

(ならばその距離からの攻撃を受けてもらうぞ!)

八相の構えを解いて、レヴァンティンを下ろす。

「レヴァンティン!」

『シュランゲフォルム』

排気カバーがスライドしてカートリッジロードする。

レヴァンティンのセレクタダイアルがシュベルトフォルムから切り替わるようにして動く。

直剣だったレヴァンティンは蛇腹剣の如く伸びる。

鞭のようなしなやかさと剣の鋭さを兼ね備えた状態になる。

「行けぇ!」

レヴァンティンを釣竿のようにして振り上げてから下ろす。

鋭い刃を持った蛇がライナー電王へと向っていく。

地中に潜ってからすぐにうねりを上げて上昇する。

地上に出た剣の蛇は、また地中に潜る。

獲物を狙い定めるかのように地中を動き回る。

ライナー電王はその場から動かない。

というよりは下手に動く事が出来ないといったほうがいいのかもしれない。

(下手に動けば餌食になる。だが動かなくても蛇はお前を噛むぞ)

剣の蛇を操っているシグナムの思惑だ。

 

(これは一体……)

ライナー電王に取って初見なのでどういう魔法が繰り出されるのかはわからない。

だがそれを知るために食らってやるほど体力に余裕はない。

だが今のキンアックス状態では対処はきわめて難しいと判断できた。

『リュウガン』

デルタレバーを引いて、電仮面アックスから電仮面ガンへと切り替える。

足取りが鈍重なものから軽快なものへと変わる。

地中に潜っていた剣の蛇が顔を出して、狙いをつけてきた。

「!!」

ステップを踏む足取りで、剣の蛇の攻撃を避けていく。

(鞭などの場合は鞭そのものよりも、鞭を使っている人間の動きを見たほうがいいんだ)

ライナー電王は予測のつきにくい剣の蛇よりも術者であるシグナムの動きに視線を向ける。

シグナムが左右動かしながら、レヴァンティンを振り下ろした。

剣の蛇はうねりを上げたり、地中に潜ったり這い出たりしながらもライナー電王を囲っていく。

そして狙いを定めて剣の蛇は牙をライナー電王の脳天に向って急速に落下していく。

「!!」

ドオオオンという爆発が起こった。

土煙が激しく舞った。

 

 

「勝負あった、か……」

ザフィーラが結論付けようとしていた。

「シグナムをあそこまで追い詰めれるなんて、テスタロッサちゃんよりも強いってのは嘘じゃなかったのね」

シャマルももう終わりだと思い、回復の準備に取り掛かろうとする。

「アレってまさか……」

アルフが顔を向けている方向にザフィーラとシャマルも向ける。

土煙が晴れていく中で人影が一つ立っていた。

「良太郎だよ」

フェイトが立ち上がって二人の戦いを見る。

(良太郎もシグナムも体力的にそろそろ限界をきはじめている。恐らく次で決め手になる。魔法もフルチャージも使わないただ『勝つ』って気持ちがこもった一発を打つ!)

フェイトをこの戦いが終止符を迎えようとしている事を予感していた。

彼女の本音としては良太郎を応援したいが、自分の立場は見届け人。

公平にしなければならないのだ。

 

 

シュランゲフォルムからシュベルトフォルムへとレヴァンティンを戻したシグナム。

『リュウガン』から『モモソード』へと切り替えて両肩を上下に揺らしながらも、息を整えてその前に立つライナー電王。

「カートリッジは残っているが、流石にもう使う余裕はない。私が持ちそうにないのでな」

「僕もそろそろ限界です……」

互いに本音を言う。

「恐らくは次の一手が我等にとっての最後だろう。だからこそ最後に訊ねたい。この戦いが終わっても私と仕合う気はないのか?」

「すいません。命を奪い合いが前提での戦いでない限りはもう戦いたくはありません」

「何故だ?」

互いにデンカメンソードをレヴァンティンを構える。

ライナー電王は八相に、シグナムは正眼に構えていた。

 

「女の子を殴りたくないからです」

 

ライナー電王は苦しそうにしかし、本音を打ち明ける。

答えを聞いたシグナムは目をパチパチとする。

あまりに戦う者にとってはふさわしくない回答だからだ。

「そうか……」

シグナムは目つきを戻して、ライナー電王を睨む。

互いに同時に駆け出す。

「「うおおおおおおおお!!」」

シグナムはレヴァンティンを。

ライナー電王はデンカメンソードを。

 

渾身の一撃を込めて振り下ろした。

 

互いに斬り付けた状態になって通り過ぎた。

「ぐぅっ!!」

バチィっとライナー電王の左肩から火花が飛び散り、そのショックで右手に握られていたデンカメンソードが地面に落ちる。

右手で左肩を押さえながら、後ろにシグナムの様子を見る。

「楽しかったぞ。野……上……」

シグナムの腹部の騎士甲冑が破壊され、白い肌が露出していた。

レヴァンティンを突き刺し、両膝を地に着けて前のめりに倒れた。

 

その場にいる誰もがこの戦いが終わったと確信した。

 

 

決戦舞台となった場所には戦っていた良太郎、シグナム、見届け人のフェイトとお付のアルフに二人の治癒係であるシャマルと護衛であるザフィーラ。

後は何故かはわからないがまだ互いに睨みあっているモモタロスとヴィータ、そして仲裁に入ろうとしているなのはとユーノが残っていた。

他の者達は明日の事もあるので先に帰っていた。

良太郎はシグナムに肩を貸して、ゆっくりと歩いていた。

フェイトとシャマルがこちらに向かってきた。

「二人とも無事ってワケでもなさそうね……」

「わかっているなら早く回復を頼む……」

「僕もお願いします……」

「はいはい」

シグナムと良太郎に急かされたのでシャマルはすぐに治癒魔法を発動させる。

緑色の魔力が傷ついている良太郎とシグナムを包む。

傷という傷が全てなかったかのようにして消えていった。

「シグナム」

「何だ?テスタロッサ」

「本当にこれで良太郎と戦わないんですか?」

フェイトが治癒の終えたシグナムに確認するかのように訊ねる。

シグナムが約束を反故にするような事をするとは思えないが、念のためだ。

「ああ。そういう約束だからな。それにな、野上が最後に言った言葉を聞き私自身、不思議と不快に感じる事がなかったしな」

「何て言ったんですか?」

「女の子と戦いたくない、だそうだ」

その言葉を聞き、フェイトは納得していた。

「多分そういう理由だと思っていました。良太郎ならそう言っても不思議じゃありませんしね」

「そうか……。それとなテスタロッサ」

「はい。シグナム?」

シグナムはフェイトの側に寄り、耳元で語り始める。

 

「お前が野上に抱いている気持ちが私にも理解できたようだ。生まれて初めてだ。このような気持ちを抱くのは、それにその……悪くないな」

 

「はい。でも負けませんよ?」

「私もだ」

フェイトとシグナムは互いに笑みを浮かべて、握手をしていた。

モモタロスとヴィータがまだ口喧嘩をし、なのはとユーノが仲裁に入ってる光景を見ながら良太郎は笑みを浮かべていた。

「野上良太郎」

ザフィーラが良太郎の横に立ち、頭を下げた。

「ザフィーラさん?」

感謝されるようなことをした憶えはないが、良太郎は受け止める事にした。

「良太郎君も大変ねぇ。シグナムにテスタロッサちゃん。どっちも魅力的といえば魅力的よね」

シャマルが嬉しそうにしかしどこか、噂話が大好きなオバサン的な雰囲気を漂わせていた。

「何でそんな嬉しそうになんですか?」

「だってぇ私達ヴォルケンリッターのリーダーの心を射止めた人がいるなんて初めてのことよ。リィンフォースがいたらきっと驚くわよ」

「良太郎。アンタやっぱり罪な男だねぇ」

アルフが便乗してきた。

夜空は星が満ちており、流れ星がいくつか流れていたがここにいる誰もそんな事に目もくれてなかった。

 

 

翌日、チームデンライナーとゼロライナーは本世界へと戻っていった。

 

 

そして六年の月日が流れた。




次回予告

   最終話 「新たなる路線が走る」


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最終話 「新たなる路線が走る」

今回で第二部である仮面ライダー電王LYRICAL A'sは完結します。

本当に最後まで読んでくれた皆様ありがとうございます。


『闇の書事件』及び『ネガタロスの逆襲』から六年が経過した海鳴市。

 

あのお花見以来、仮面ライダー電王と仮面ライダーゼロノスの姿を誰も見ていない。

 

まるで夢の存在だったかのように。

 

 

満開に咲く桜の下で一人の少女が立っていた。

誰かを待っているかのようにも思えた。

 

八神家の玄関では一人の制服姿の少女が靴紐を結んでいた。

この家の主である八神はやてである。

「ほならシャマル。グレアムおじさんに小包送っといてな」

玄関で送ろうとしているシャマルに指示を送る。

「はい!お任せです」

シャマルも六年も生活してるのかすっかりエプロン姿が様になっていた。

ただし、料理の腕は十品中二品がハズレ料理だったりするのだが。

「シグナムは後で合流やね」

シャマル同様に玄関で送ろうとしてくれているシグナムに確認を取る。

「はい。後ほど」

シグナムは短く答えた。

六年経った今でも野上良太郎の事を想い続けている。

なおこの事は八神家全員に知れ渡っており、再会の際には総出で応援するとまで宣言されていたりする。

嬉しいやら恥ずかしいやらというのがシグナムの本音だったりする。

「おしっと!」

六年前まで使えなかった両脚は完治しており、ゆっくりと立ち上がる。

学生鞄を持って、元気よく玄関を出て外に向う。

「はやて。行ってらっしゃい!」

門を抜けると、リード線が繋がったザフィーラ(こいぬ)を散歩しているヴィータがはやてに向って声をかける。

ザフィーラはあれからアルフにこいぬフォームの利点を説かれて、外出する際にはこの『こいぬ』状態で行動するようになっていた。

ヴィータは六年経っても、背が伸びたとか発育がよくなったとかという外見的な変化はまったくといっていいほど見当たらない。

ご近所の老人方に怪しまれる時には「成長が遅い」という苦し紛れの言い訳で通すようにしていた。

「行ってきます!」

はやては走りながらも一瞬だけ後ろで手を振っているヴィータに返すと、また前を向いて走り出した。

 

八神はやて。

私立聖祥大付属中学校三年生兼時空管理局特別捜査官。

守護騎士ヴォルケンリッターを率いる優秀な魔道騎士として、ロストロギア関連事件の捜査に才覚を発揮する。

 

 

ハラオウン家では六年前と髪形を変えた私服姿のリンディ・ハラオウンが、お弁当をこしらえていた。

「うん。よしっと」

お弁当の中に入っているおかずの配列具合に満足したのかリンディはお弁当に蓋を閉じて、布で包み始めた。

彼女の役職は現在も時空管理局提督であるが、前線ともいえる艦長職といういわば命の危険を感じる職を退いて現在は平穏かどうかはわからないが時空管理局本局での内勤勤務をしていた。

そのためか割と海鳴市にいる時間が多かったりする。

「フェイトぉ。はい。お弁当」

リンディはリビングでアルフ(こいぬ)と遊んでいるフェイト・T・ハラオウンを呼ぶ。

長い金髪はツインテールではなく、ストレートにおろしている。

フェイトは立ち上がり、リンディが側まで歩み寄った。

「ありがとうございます。義母

かあ

さん」

フェイトも感謝の言葉を述べながら、両手で受け取る。

制服のポケットから懐中時計を取り出して、時刻を見る。

この懐中時計は野上良太郎から貰ったものであり、肌身離さず携帯している。

そろそろ行かないと待ち合わせ時間に遅れる時間だ。

「それでは行ってきます」

フェイトは玄関まで送ってくれるアルフとリンディに手を振ってから、外を出た。

 

フェイト・T・ハラオウン。

私立聖祥大付属中学校三年生兼時空管理局執務官。

使い魔アルフを伴って、執務官として第一線で活躍中。

そして六年経った現在でも一途に野上良太郎を想い続け、逢える日を心待ちにしている。

 

 

「あ、なのは」

「なのはちゃん」

一人の少女---高町なのはは名を呼ばれて、後ろを振り返った。

六年前の短めのツインテールではなく、現在は左側のみに髪をまとめているサイドポニーである。

なのはに声をかけたのはアリサ・バニングスと月村すずかだった。

「アリサちゃん!すずかちゃん!」

なのはが二人に見えるようにして左手を振る。

「おはよ」

「おはよう。今日もお仕事?」

アリサとすずかが挨拶をする。

三人は特に意識しているわけでもなく、並んで歩き出す。

「うん。今日は久しぶりにみんな集まるんだ。お昼過ぎに早退しちゃうから午後のノートお願い!」

なのははアリサとすずかに授業のノートのまとめを依頼する。

「はいはい。頑張ってコピーしやすいノート取るわよ」

アリサは慣れた感じで「任せなさい」というようにウインクする。

「にゃはは。ありがとう」

実際、なのは、フェイト、はやての三人がこうして安心してもう一つの事に専念できるのはアリサとすずかがサポートしてくれているからである。

中間試験や学期末試験等の時はまさに『神様、仏様、アリサ様、すずか様』と崇めたっておかしくないくらいにありがたかったりする。

 

高町なのは。

私立聖祥大付属中学校三年生兼時空管理局武装隊戦技教導官。

新任局員の傍ら捜査官として活躍。

優秀な成績を残している。

 

 

なのは、アリサ、すずかが談笑しながら歩いてると、フェイトとはやてが手を振っていた。

「おはよう」

「おはよー」

「おはよう。今日は集まるんだって?」

アリサがなのはから得た情報をフェイトとはやてに早速ぶつける。

「うん」

「ほんまに楽しみやわぁ」

フェイトとはやては首を縦に振る。

五人は一つの団体となって、通学路を歩く。

「そんな風な会話されると、本当にお仕事?って疑っちゃうわよねぇ」

「遠足じゃないよね?」

アリサとすずかが、本当のところはどうなのかと訊ねてくる。

「え?ちゃんとしたお仕事だよ。でもみんなで集まる任務だからつい嬉しくって」

なのはは嬉しそうに言う。

「それでも危険が孕んでるのは確かだけどね。締めるところは締めるよ」

「ま、それでもみんなで集まるんは楽しいねんけどな」

フェイトは真面目な事を言うが、はやてがそれを緩和させてしまう。

「そういえば元気してるかなぁ……」

すずかは青空を見上げながらふと呟く。

「ん?誰がや。すずかちゃん」

「仮面ライダーのみなさんだよ。だってあれから六年も経ってるけど一回も見てないなぁって」

「なのは達の方ではどうなの?会ったりしてないの?」

すずかはチームデンライナー、ゼロライナーを思い出し、アリサは自分達より会う確率が高い三人に訊ねる。

三人とも首を横に振る。

「でも、きっと逢えるよ」

フェイトは制服のポケットから懐中時計を取り出して握り締めている。

「フェイトちゃん?」

自信を持って答えるフェイトに対して、なのはは首を傾げていた。

「良太郎は言ってたんだ。未来で必ず逢えるって。だから私は信じてる。良太郎と逢える日が来るって」

フェイトが自信と決意を持って告げるのに対して、他の四人は目をパチパチとしていた。

「?どうしたの?みんな……」

「フェイトちゃんが自信を持って言うとそんな気がしてきたなぁって」

なのはもモモタロス達と逢える日が来ると信じる事にした。

「なのはちゃん。違うってこれはもうフェイトちゃんの……」

「そうね。これはもうフェイトの……」

はやてとアリサがニンマリと素敵でありながらどこか関わりたくない笑顔をフェイトに向けている。

 

「「愛ね(や)」」

 

告げると、フェイトの顔はぼんっという音を立ててもおかしくないくらいに急に真っ赤になる。

「フェイトちゃん。顔真っ赤だよ。大丈夫?」

「え、え、う、うん。わかってる!だ、だだだ大丈夫だよ!うん!そんな愛なんて……」

心配してくれるすずかはありがたいと感じながらもフェイトは自分の体内の温度が上がっている事を自覚していた。

「いいなぁ~。フェイトちゃん」

なのははそんな風に一人の人間を想い続ける事が出来るフェイトに羨望の眼差しを向けていた。

「そ、そういうなのはだって、ユーノとはどうなの?はやてだって人の事言えないよ!桜井さんから貰った物を肌身離さず持ってるってシャマルが言ってたよ!」

自分ばかりが弄られるのは癪なので、なのはとはやてに矛先を向ける。

「ほっほー。それは興味深いわね~」

「興味深いね~」

アリサとすずかがニンマリと素敵でありながら関わりたくない笑顔をなのはとはやてに向けていた。

「は、はやてちゃん……」

「わ、私はまだええ方やで。フェイトちゃんと同じで六年逢ってへんからネタらしいネタはコレしかあらへんし……」

はやては制服のポケットから一枚のカードを取り出す。

黒の素体に緑と黄色のラインが入ったゼロノスカードだ。

桜井侑斗が信頼の証として一枚くれたものであり、現在ははやてのお守りになっている。

「ふーん。ま、はやてはフェイトと同じで待ち続けるしかないってわかったけど、なのは。アンタはどうなのよ?この中で一番逢う機会があるのはアンタだけだし」

「ユーノ君と二人っきりで会ったりとかしてないの?」

すずかの記憶が確かならば、なのははどちらかというと自分達で会っている機会のほうが多いような気がする。

「うん。ユーノ君もお仕事大変そうだから、その……」

なのははユーノ・スクライアの身体を気遣って敢えて逢わない様にしているようだ。

「な~んだ。季節は春なのに、誰にも春は巡ってきてないってことなのね~」

アリサはいかにも『恋人ほしい』というような台詞を発しながらも、このままでもいいか、なんて思っていた。

 

 

地球を見下ろす形で一隻の艦が漆黒の宇宙空間に佇んでいた。

次元航行艦アースラである。

艦長が座る席にはバリアジャケットを纏ったクロノ・ハラオウンが座っていた。

現在の彼は提督であり、アースラの艦長でもある。

「今日は久しぶりに全員集合だな」

六年経ったためか声も低い声になっていた。

「そうだね。クロノ君の艦長就任以来、初めてかもしれないね」

先程までキーボードを打ちながらメインモニターと睨めっこをしていた女性---エイミィ・リミエッタが椅子を回転させながら、笑顔でクロノの台詞に相槌を打った。

現在の彼女は時空管理局管制司令という凄い肩書きを持っていた。

ただこの二人に変わらない事といえば、各々昇進してもコンビネーションは抜群であるという事である。

「まぁ平和な任務だ。ちょっとした同窓会みたいなものだ……」

「そのようで……」

クロノの表現にエイミィは笑みを浮かべていた。

「ユーノもいいか?」

クロノは頬杖を着きながら、通信先の一人の少年に向かって言った。

 

 

緑色の携帯電話を右手にハニーブロンドの長髪を後ろでまとめた少年---ユーノ・スクライアは自然が見える時空管理局本局の廊下を歩いていた。

左肩には白い毛並みで青いメッシュの入ったフェレットが乗っかっていた。

「ああ。時間通りに……」

ユーノはクロノに返事をしていた。

『そういえばユーノ君。なのはちゃんと何か進展とかあった?』

エイミィがいきなり回線に割り込んで、年若い少女なら誰もが好む『コイバナ』を持ちかけてきた。

「え!?いや……あの……会える時には会っていますが、別に進展とかそういうのは……」

『何だ~』

『エイミィ仕事中だぞ。一応』

『へえへえ』

クロノとエイミィのやり取りを電話越しに聞きながらも、「相変わらずだなぁ」なんて思いながら苦笑していた。

一通り打ち合わせが終わると、ユーノは携帯電話を切った。

そしてそのまま自分の職場である『無限書庫』へと向かう。

『無限書庫』に入ると、制服を着た司書達が本棚を睨めっこしていた。

ユーノの姿が書庫内に入ると、全員がその場で挨拶をする。

ユーノも手を軽く上げて返す。

司書長室に入って、手に携えていた本を専用の机に置く。

それから専用の椅子に腰を下ろす。

とりあえず、一仕事終えたので小休止である。

「ふうー」

一息吐いてから天井を見上げる。

左肩に乗っていたフェレットは机に飛び移る。

「お疲れさまです!ユノさん!」

このフェレットは喋れるらしく、ユーノに労いの言葉をかける。

「ありがとうロッキー。でもまた仕事しないといけないからね」

「ドウソウカイ的任務っていう平和な任務って言ってたから楽できるんじゃないんですか?」

「それは前線にいる人達の理屈だよ。僕達は対して差はないよ」

「むー!」

ロッキーと呼ばれたフェレットはこれからの任務が楽できるのではと希望を持つが、ユーノがあっさりと砕き、ロッキーが頬を膨らます。

そんな仕種を見ながらユーノは笑みを浮かべて、席を立ち上がる。

「さて準備に取り掛かるよ」

「はい!」

ロッキーはまたユーノの左肩に飛び移った。

司書長室を出て、仕事場に向おうとした時だ。

司書長室に設けられている警報機が鳴り出した。

ユーノは机に置かれている端末を操作する。

その表情はクロノやエイミィと談話した時とは別人といってもいいくらい真剣な表情だった。

「第162観測指定世界か……。確かなのは達の任務もそこのはず……」

「ユノさん……」

ロッキーが心配げな表情を浮かべる。

ユーノはパーカーのポケットから携帯電話を取り出す。

カチカチっと相手を選択する。

「あ、もしもしアルフ。ユーノだけど」

『どうしたんだいユーノ。今そっちに向おうとしてる所なんだけどねぇ』

「急いでこっちに来れる?」

『もしかして……』

ユーノの言いたい事がアルフには理解できるようだ。

「うん。そのもしかして(・・・・・)なんだよ」

『わかった。プランAZだね?』

「うん」

『あいよ。任せときなって。アンタは間に合うように片付けるんだよ!』

そう言うと、アルフが先に通話を切った。

携帯電話をパーカーにしまってからユーノは机に置かれている一冊の本を一冊文のスペースが開いている本棚に収納する。

ガチャっと音が鳴って、ガガガーっと音を立てながら本棚が左にスライドする。

その先にはエレベーターがあり、ユーノとロッキーは乗り込む。

エレベーターはドアを閉じて、そのまま真っ直ぐ下に下りていく。

最下層に到着すると、エレベーターのドアが開く。

同時に暗闇だった部屋の照明が点灯される。

そこには三両編成の列車が置かれていた。

黒い車体に青い色が施された三両編成の列車だった。

ユーノとロッキーは当然のようにして、列車の一両目に乗り込む。

一両目には大きなモニターと中央に列車のコントローラーの役割を果たしているバイクが一台あった。

ユーノは跨る。

「目的時間は現在。目的場所は第162観測指定世界っと」

必要事項を入力し終えると同時に列車はガッタンと車輪を回す。

列車の前は壁であり、本来ならば通れるはずがないのだが空間が歪み始めていた。

 

「「発進!!」」

 

ユーノとロッキーが同時に告げると、列車は線路を敷設しながら歪んだ空間の中へと走っていった。

そして列車の姿が完全になくなると空間は元に戻っていた。

 

ユーノ・スクライア。

時空管理局データベース『無限書庫』司書長。

司書の傍ら古代史の論文を発表、学者としての実績を重ねる。

そして……

 

 

新たなる時間はまた刻まれていき、それは『記憶』となる。

 

 




第二部 仮面ライダー電王LYRICAL A's  完


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