ブルーロック -淡い一等星- (埋もれたエゴイスト)
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転生と自覚

 

物心ついた時には、自分が転生者だということに気付いていた。

何歳ごろだったかは定かじゃ無いが、きっかけは自分の名前をはっきり自覚した時だった。

 

成早(なるはや) 朝日(あさひ)

それが今世の俺の名前だ。

 

突然だが、俺は『ブルーロック』というスポーツものの少年漫画が大好きだ。

ガチ勢と言うほどでは無いが、アニメの第一話を見てみたら面白さにハマり、人生で初めて原作を買ってしまう程度には虜になった。

 

要約すると、全国から集められた300人の高校生ストライカーが、ブルーロックという閉鎖空間で『世界一のストライカー』を創るための実験に挑み、過酷な試練や宿敵との出会いの中で戦いと成長を描く熱い作品だ。

 

そんなブルーロックの世界に登場する数多のキャラクターの内の一人に、この成早 朝日という名の人物がいるというわけだ。

 

勿論、同姓同名の別人として生まれた可能性もあったが、原作では成早 朝日には姉ちゃんがいて、俺にも姉ちゃんがいる。

それに、どうやら母ちゃんのお腹には赤ちゃんもいるみたいだし、原作で最終的に…五〜六人兄妹だったか?になると考えれば辻褄も合う。

 

そしてブルーロックの登場人物になった以上、俺はブルーロックの世界に転生したと考えるのは、荒唐無稽と切り捨てるには惜しい。

少なくとも転生なんていう非常識な事態が発生しているんだから、それくらい起きてると考えてもおかしく無いだろ?

 

さてそんな訳で、大好きだったブルーロックの世界で生きることができると狂喜乱舞した俺だったが、しばらくした頃に一つの重大な事実に気がついた。

 

俺のサッカー人生、始まる前にオワタ。

 

というのも、俺こと成早は二次セレクションというステージで敗退することが確定している、いわゆる脇役だったからだ。

その去り際に涙を浮かべた人もいるのでは無いか?いや!いないはずはない!だって俺は泣いたから!

 

なにせ、貧乏生活を送っている成早家の長男だった彼は、サッカー選手になって家族を養うためにブルーロックへ参加していたんだからな。まあ、今世の俺のことなんだけどね。

 

つまり、俺はこの先ブルーロックへ入ることになっても、途中退場する可能性が非常に高い!

転生ものだと、原作知識を活かして困難を切り抜けたり、原作突入前に自分を鍛え抜く事でフィジカルアップを図ることはある。

ただ…ぶっちゃけて言うと、俺はサッカー自体がそこまで好きじゃない。

 

いや、ブルーロックの影響でサッカーに興味がないこともない。だけど、前世は当時既に30歳超えた肥満のおっさんだったし、スポーツに興味持ったところで精々がサッカーの試合をテレビで観戦する程度だ。

スポーツとしてサッカーをやる気はなかったし、世界一になりたいとかいう夢もない。

 

サッカーに対して明確な目標もやる気もなかった俺が、原作改変覚悟で努力して強くなるとか、どうにも夢物語という範疇を超えることはなかった。

そんなわけで、俺は結局何をするでもなく前世同様に怠惰に生きようと、若干がっくりしながらも幼少時代を過ごすことにした。

 

 

だが、そんな俺にもすぐさま転機が訪れた。

新たな俺の妹を抱っこしてる母ちゃんが俺に聞いてきた。「何かやりたいスポーツはあるか?」って。

 

俺はその時まで家の中で大人しくおもちゃをいじるだけの生活をしていたが、さすがに飽きてきたのもあってスポーツをすることに前向きになった。

そこで俺の脳内に一つの天啓が舞い降りたのだ。

 

 

サッカーをすれば、原作のシーンをこの目で直に見られるんじゃないか?と

 

むしろなんで今まで気づかなかったのか!?と自分を責めたくなったが、それよりも原作との邂逅を望めるなら是非もないと思い「サッカーがしたい!」と答えた。

 

裕福ではないながらも、両親は俺のお願いを叶えてあげたいと思ったのか、その翌日には俺の手元にサッカーボールが与えられ、これ幸いと俺はサッカーの練習を始めた。

 

最初はリフティングどころか壁当ての練習もままならないほど下手くそだったが、思った通りいかないことに憤りつつも練習を続けた。

すると、次第にボールをうまくコントロールできるようになっていき、自分の成長を実感できるようになってからはサッカーが楽しくなってきた。

それからは他の兄妹の世話を焼きつつも、日が暮れるまで練習と称してサッカーボールで遊ぶ日々を過ごした。

 

小学校に入ってからはすぐにサッカー部へ入部し、自分が同い年の子たちより上手くなっていたことに驚きつつ、これと言って何も考えずに楽しいサッカー生活を送った。

 

中学になっても再びサッカー部へ入部したが、この頃になると自分の武器を磨くことを考え始めるようになった。

 

原作の成早は『裏への飛び出し』を武器としていたが、それを可能とするカギは『オフザボール』と呼ばれる技術にある。

 

オフザボールとは、簡単に言えばボールを持っていない時の動きのことで、ボールを受け取るために動き回ったり、逆にそういった選手をマークしたりといった動きがそれに当たる。

 

中でも成早のオフザボールは『相手の死角』を利用し、消えるような動きが可能としていた。

この武器を取り入れられれば、俺もただ上手いだけの選手からグレードアップできるという訳だ。

 

ただ、この技術の修得にはかなりの時間を要した。

まず、相手からの視線が外れる瞬間を確実に捉える観察眼と、認識した瞬間に行動へ移せる反応速度を鍛える必要がある。

更に、ボールの位置を把握しつつ相手の意表をつける瞬間を待ち続ける忍耐力もないといけない。

 

これを意識的に使いこなせるよう練習し、自分の武器として昇華することができるようになるまで数ヶ月はかかった。

 

その代わりと言ってはなんだが、この技術を習得した俺のサッカーは劇的な進化を遂げた。

敵の裏を突いてゴール前へ簡単に抜け出せるようになって、俺はあっという間にエースストライカーとして活躍できるようになった。

 

こうなってくると、ゴールを奪うことへの快感と言うものが俺にも理解できて、原作のシーンを見るためという動機以外にも、純粋にサッカーが好きという気持ちが大きくなっていた。

 

そして俺は確信した。

この調子でいけば、将来的にブルーロックからの招待状をもらうのも時間の問題に違いないと。

いや、なんだったら原作改変だって夢じゃないかもしれないと。それくらいに強くなれるかもしれないと、本気で思うようになった。

 

 

 

 

そんな幸せなサッカー生活が中学三年へ上がる直前になって、突然の終わりを告げるとも知らずに



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大切な家族

 

中学2年の秋、両親が他界した。

原因は原作同様に事故によるものだった。

 

こうなることを知っていた俺は、普段から事故に気を付けてほしいと両親にお願いしてきた。

それくらいしかできることはなかったというのもあったが、そんな俺の心配する心情を汲み取ってくれたのか、両親は安全運転を特に心がけるようになっていた。

そんな様子を見て、もしかしたら原作改変で両親と死別せずに済むのではないか?なんて淡い期待を抱いていた俺をあざ笑うかのように、死神は俺たち家族から両親を攫っていった。

 

突然の訃報に成早家は深い悲しみに包まれ、笑顔が絶えなかった茶の間を冷たい静寂が支配した。

前世で早くに両親を亡くしていた俺でも、今世で愛情を注いで育ててもらった両親の死は、目の前が暗くなるほどの悲しみを味わっていた。

でも、他の兄妹たちが今の俺以上の苦しみを味わっていると考えると、いつまでも悲しみに囚われているわけにもいかなかった。

 

俺はショックから立ち直れなかった姉ちゃんの代わりに葬儀やらの手配を進め、心を閉ざしかけている兄妹たちを優しく慰め、母ちゃんが多くをやってくれていた家事炊事を代わりに始めた。

でも、家計簿をつけたことで成早家は予想以上に逼迫していることが分かった。

 

姉ちゃんもなんとか立ち直ってアルバイトの時間を増やしたが、それでも以前より貧困な生活を強いられることは明らかだった。

転生したことで精神的に最年長だった俺には、両親に代わって成早家を守る大黒柱になる義務がある。

今世で手に入れた新たな家族を守るために、今の俺にできることは限られていた。

それでも、出来ることなら何でもやろうと思った。…何でもだ。

 

 

俺はまず、サッカー部を止めた。

理由なんて単純で、サッカーでさえ本気で取り組めばそれなりに金がかかる。

何より一番の問題は、サッカーをする時間を他に回す必要があったからだ。

 

そして、学校に許可をとってアルバイトを始めた。

もちろん、まだ中学生だった俺ができるアルバイトなんて新聞配達くらいしかなかったが、それでも雀の涙程度には生活にゆとりが持てるようになった。

 

こうして俺の中学三年は、サッカーからかけ離れたバイトと家事が大半を占めるようになった。

正直言って辛くなかったと言えば嘘になるが、独身で何の目的もなく生きてきたころに比べれば肉体的にしんどいだけで苦しくはない。

何より、再び元気を取り戻し始めた兄妹たちの笑顔が見れることを思うと、前世の寂しい人生に比べるとずっと充実していた。

 

 

そして、高校へ進学しても俺の日常が変わることはなく、平日は学校から帰ってはバイトへ向かい、休日は朝から晩までバイトして、それ以外の空き時間も兄妹たちの相手や家事に勤しむ日々が続いた。

 

そんなある日のことだった。

姉ちゃんから大事な話があると言われたのは。

 

 

 

 

姉ちゃん「ごめんね、こんな夜遅くに呼び出しちゃって…」

 

兄妹たちが寝静まったころ、俺と姉ちゃんはこっそり家から外に出ていた。

夏の夜風は気持ち良いなとか考えつつ二人で散歩していると、姉ちゃんが申し訳なさそうな表情でそう言った。

 

俺「ほんとだよ、用があるならパパって言えばいいのに。何か相談?」

 

姉ちゃん「相談ってわけじゃないけど…まあ、ある意味そうかな?」

 

俺「?」

 

正直、珍しいと思った。

普段から姉ちゃんは思ったことをきちんと言葉にしてくれる人だ。そんな姉ちゃんが、どこか言いにくそうに視線を下に下げたまま歩いていた。

 

姉ちゃん「ねぇ朝日、今の生活は楽しい?」

 

俺「え?楽しいに決まってんじゃん。そりゃあもうちょいお金稼げるようになったらなんて思わなくはないけど、家族がいて、みんなが笑ってる。それだけで楽しいよ。」

 

姉ちゃん「そう…私も楽しい。毎日くたくたになっちゃうけど、みんなの笑顔見たら疲れも吹き飛んじゃうくらい。」

 

俺「だよな!なんでこんなにも頑張れるのかって不思議に思うし。」

 

姉ちゃん「うん、ほんとにそう。…でもね」

 

いつの間にか雑談になったと思いつつ返していると、突然姉ちゃんが話を切るように立ち止まり、いつになく真剣な表情で俺のことを見ていた。

普段とは全然違う姉ちゃんの姿に驚きつつも、俺も足を止めて姉ちゃんの言葉を待った。

 

姉ちゃん「でもね朝日。私にはあなただけが、どこか悲しそうに見えるの。」

 

俺「…え?」

 

一瞬、姉ちゃんが何を言っているのかわからなかった。

俺が悲しそう?

前世の時より家族に囲まれて充実した日々を送ってるはずの俺が?

意味が分からずポカンとしていると、姉ちゃんはどこか困ったように頭に手を当てて「やっぱり気付いてなかったのね…」と小さく零した。

 

俺「何、言ってんだよ姉ちゃん。俺は毎日楽しく過ごせて」

 

姉ちゃん「嘘よ。だって朝日、時々サッカーボールを見ながらため息ついてたじゃない。それなのに触ろうともせず、むしろ遠ざけるようにしてる。」

 

俺「それは…」

 

そう言われてハッとなった。

俺は家族と過ごせて楽しい日々を送っている。それは間違いない。

 

けれど、ふとサッカーをしてた時のあの高揚感を思い出すときがある。敵の裏を取り、ボールを蹴って、それがゴールした時の快感。あれはサッカーをしていたからこそ手に入れられるものだ。

でもそれはもう、味わうことができない。そう考えると、どこかやるせ無い気持ちに襲われていたのは事実だ。

 

せっかくブルーロックの世界にきて、サッカーを実際に好きになって、このままずっとサッカーしていたいという想いはあった。

原作のシーンだってみたいという願望もあるし、ファンとして烏滸がましいながらも、原作キャラと絡んでみたかったという願いもあった。

 

 

俺「そうかもしれない。でも、俺は成早家の長男なんだ。家族のためにできることは、何でもやるって決めたんだ。そのためなら…俺は」

 

姉ちゃん「サッカーを止められるって?」

 

 

よくよく考えてみてほしい。

たとえ肉体的な年齢が高校一年生だったとしても、精神的には転生前と足して今世の両親より年上になった俺が、自分の夢のために家族へ迷惑をかけていいものだろうか?

 

兄妹たちにも自分の夢があって、それを支えるのが年長者の役目というものだ。

一応は姉ちゃんのほうが年上だけど、長男として生まれた以上は家族のことに責任を持つのが男と言うものじゃないだろうか?

 

俺「あぁ、そうだ。家族皆が笑顔になれるなら、それくらいの覚悟はできてる。」

 

姉ちゃん「そう、あくまでそう言うのね。…朝日、目を閉じなさい。」

 

俺「?」

 

姉ちゃんが何をしたいのか分からず、俺は疑問符を浮かべながら目をつむる。

 

 

 

 

パチンッ!

 

乾いた音と共に俺の頭は横を向き、何故か左頬がじんじんと痛み出した。

一拍遅れて自分が叩かれたことに気付いた俺は「何すんだよ!」と言おうとして、姉ちゃんの瞳から溢れそうな涙に気付いて口籠った。

 

姉ちゃん「この、バカ朝日!」

 

俺「な!?」

 

姉ちゃん「家族が笑ってることが大事とか言って、朝日自身が笑顔じゃなかったら意味ないじゃない!」

 

俺「そ、そんな事ない!俺はほんとに毎日楽しくて、みんなが笑顔ならそれで」

 

姉ちゃん「だったら!どうしてあの子達の笑顔が曇ってる事に気づかないの!?」

 

俺「え?」

 

姉ちゃん「あんたが心から毎日を楽しめてないって事、あの子達も分かってるからよ!

みんな心配してるの。朝日が自分のことを我慢して、私達のために毎日頑張ってること。

でも、その事を朝日が大丈夫だって言い張るから、あの子達も心配な気持ちを押し殺して黙ってるのよ。」

 

そんな、俺は…みんなから心配されてた?

そう言われて思い返してみれば、思い当たる節があった。

 

ふと視線を向けた時、兄妹が俺の方を物悲しい目で見てくることがあった。

俺はてっきり構ってほしくて視線を向けていると思っていたが、まさかそんなふうに考えていたなんて思いもしなかった。

 

俺は前世で一人っ子だった。

だから、この世界に転生して初めてできた兄妹を大切にしたいと思った。

そして、その時はお兄ちゃんとしてみんなのことを助けてあげるのが当たり前だと思っていた。

だって、俺は子供の姿をしただけの大人だから。

子供が大人に迷惑をかけるのは仕方ない時もある。でも、逆に大人の事情で子供へ負担を背負わせるのは間違ってる。

 

俺「でも、俺が頑張らないと、今より生活が…」

 

姉ちゃん「だから!なんで朝日一人で抱え込もうとしてるの!?もっと私たちを頼ってよ!私たち、家族でしょ?」

 

その言葉を聞いた俺は、ようやく姉ちゃんが言いたかった事を理解した。

 

あぁ、そうか。

姉ちゃんにとって、そして兄妹たちにとって、俺もまた幸せであってほしいと願う家族の一員だったんだ。

それなのに俺は、そんな簡単な事にも気付けずに自分を誤魔化して、いつの間にか家族の中から自分を抜いていたんだ。

 

俺は兄妹を『養うべき子供』としか見れていなかったんだな。

 

俺「……ごめん、俺が間違ってた。そっか、俺は…俺自身が幸せ者だと誤魔化し続けていたんだな…。姉ちゃん、ホントごめん。」

 

姉ちゃん「その謝罪を受け取る前に、あんたは私に言うべきことがあるでしょ?」

 

俺「え?言うって、何を…」

 

姉ちゃん「朝日、あんたにとっての幸せは何か教えて?」

 

俺「それは…」

 

言ってしまって、良いんだろうか?

それを言ったら、俺は間違いなく家族に今以上の迷惑をかける。

 

…いや、ここで逃げてたら何も変わらない。

俺のせいで兄妹たちに悲しい思いをさせるだけの生活に戻ってしまう。

そう考えた俺は、戸惑いつつも正直な思いを吐露しようと決意した。

 

俺「俺の幸せは…家族と笑顔で暮らす事。」

 

姉ちゃん「それだけ?」

 

俺「…もう一つ。まだ俺は、サッカーを続けたい。あの楽しい時間を、もっと感じていたい。」

 

姉ちゃん「…やっと、言ってくれたのね。」

 

そう言いながら姉ちゃんは、俺をそっと抱きしめた。

そんな姉ちゃんへ身を預けた俺の頭を、姉ちゃんは優しく撫でてくれた。

 

 

サッカーをしてはいけない。

 

いつからか自分を縛り付けていた柵から解放された事に気付いた俺は、夜空の下で人肌に触れながら、静かに頬を濡らした。

 



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成早家の希望

 

姉ちゃんと話し合った翌日、成早家はいつもより少しだけ早く起きて、兄妹の前で俺が再びサッカーをさせて欲しいとお願いすることになった。

 

今より過酷な節制を強いる事になると伝える時、俺は僅かに声が震えていたが、そんな俺を元気づけるように兄妹たちは明るい声でサッカーをして良いと言ってくれた。

 

いつも兄妹の面倒を見ていた俺がお願い事をするのが嬉しかったようで、兄妹揃っていつもより笑顔が輝いて見えた。

 

いや、おそらく今見せてる笑顔こそが本当の笑顔なんだろう。

そんな事にも気付けなかった自分の愚かさを恥じたが、心配かけた分だけこれから笑顔にすれば良いと前向きに捉える事にした。

 

そして同時に決意する。

俺がこの家族を必ず幸せにするのだと。

 

 

 

本当の家族としての姿を取り戻した朝を迎えて数日後、俺は高校のサッカー部へ入部届を提出した。

中途半端な時期の入部に、顧問の先生や他のサッカー部員達は困惑していたが、真剣にサッカーをしたいと言う意思を伝えると、みんな喜んで歓迎してくれた。

 

だが、俺は正直言って焦っていた。

 

原作によれば、おそらく両親の他界から2年後にブルーロックへの招待状が送られている。

つまり、既に事故から一年が経過した事を鑑みると、招待が届くまでもう一年を切っており、それまでにサッカー選手として実績を残す必要があった。

 

なにせブルーロックへ招待される選手の基準は、ブルーロック総指揮者である『あの人』の判断に一任されている。

つまり、俺は残り少ない時間の中で参加条件に認められる結果なりを示さなければ、ブルーロックへは辿り着けない。

 

金銭的な問題で正規ルートからのプロ入りが望めない俺にとって、ブルーロックはプロサッカー選手になるための唯一の希望でもあった。

このチャンスを逃すことだけは出来ない。

 

 

サッカー部に入部した俺は、久々にサッカーボールに触れた。

もし、バイトで忙しかった頃に触れていれば、もう一度サッカーがしたいと言う気持ちに襲われると思って、出来る限り触らないようにしてたからだ。

 

ボールタッチが僅かに鈍っているなどブランクを感じたが、思っていたよりすぐに感覚を取り戻すことができた。

と言うか、新聞配達で時間短縮のために結構全力で漕いでいたこともあって体力がつき、全力でプレーできる時間はむしろ格段に向上していた。

そのおかげか、裏への飛び出しをいつでも狙えるようになったことで、練習試合ではポンポン得点を量産できるようになった。

 

そして平日に部活、休日にバイトとサッカーの自主練という生活を続けていると、俺は一年生ながらレギュラーの座を勝ち取る事に成功した。

 

そのことにやっかみを言う先輩もいたが、俺が部活で一生懸命に練習していると言ってくれる先輩たちの多くは、俺のレギュラー入りを歓迎してくれた。

中でも、三年生のエースストライカーである『吉岡(よしおか) 喜亮(きすけ)』先輩は俺のことを特に気に入ってくれて、互いに呼び捨てするほど仲良くなった。

おかげでサッカー技術に関して色々教えてもらった他、他の部員たちとの仲も取り持ってくれた。

 

そんな俺たち叶学園高校サッカー部は強豪校として知られているが、同時に全国まであと一歩のところで届かないことでも知られている。

だけど、それだけに今年こそは全国へ行きたいという想いは強く、俺は強さを求める先輩方と一緒に遅くまで練習に励んだ。

 

 

 

 

全国高校サッカー選手権大会

香川県大会 決勝戦

 

叶学園高校サッカー部 vs 文代高校サッカー部

3 - 3

 

後半-アディショナルタイム

 

俺たち叶学園高校はついに大会決勝まで駒を進め、強豪校である文代高校と決勝戦を戦っていた。

チームにとって念願の全国行きがかかった大事な試合。

俺も夢のために絶対負けられなかったが、相手チームもなかなかに曲者だった。

 

俺たちが細やかなパス回しでプレーするチームに対し、相手は大柄な選手が多いと言う特徴を活かしたフィジカル勝負に持ち込むチームだった。

味方は敵ボールホルダーを二人で止め、相手は力任せのプレスでパスを奪いに来る激しい戦いになり、気付けばスコアは3-3という接戦が繰り広げられていた。

 

だが、アディショナルタイムに焦った敵が、無理やり味方DFを突破しようとして失敗した。

その隙を見逃さずに味方がこぼれ球(ルーズボール)を奪い、ロングパスによって味方前線へボールが供給される。

 

俺たちにとって最後の攻撃チャンスとなるカウンターだ。

 

吉岡「行くぞみんな!ラストワンプレーだ!」

 

味方MF「しゃあ!俺たちも吉岡に続くぞぉ!」

 

味方MF「「おう!」」

 

相手FW「くそ!点取らせるな!守りきれぇ!」

 

このボールに反応して味方MFがボールを受け取り、その左右に位置する味方同士でパス交換を回しながら徐々に前線を押し上げていく。

相手もパスを回している味方を重点的にマークしようとするが、フィジカル任せな選手の多くが細やかな動きを不得手としているのか、ちょこまか動き回る味方を捕まえきれずにいる。

けれど、味方の方も体格の大きい相手を前に進行方向が限られてしまうため、パスを出しあう味方同士の距離が近くなっていく。

 

だが、このままいくと囲まれると判断した味方の一人が右サイドへボールを出し、敵の一人を出し抜いたのかフリーだった吉岡の元へ転がり込む。

そして、正面から突っ込んできた敵DFに右へのフェイントをかますと、つられて重心が左へ傾いた瞬間に吉岡は左へ飛び出した。

 

俺はそれを確認すると同時に、俺のマークについていた敵DFが吉岡を見ている死角を突いて裏へと飛び出す。

 

敵DF「!?くそっ!」

 

視線を抜き去った敵DFから吉岡へ戻すと、俺が抜け出すことを信じていたのか既にパスのモーションに入っていた。

ゴール前に向かってクロスが挙がる。

そう確信した俺はボールの落下地点を探ろうとして蹴りだされるボールに意識を向ける。

 

 

敵DF「させるか!」

 

吉岡「な!?これに追いつくかよ!?」

 

だが、吉岡に抜かれた敵DFが吉岡のパスに反応し、ギリギリで足を出してパスの軌道を僅かに狂わせた。

俺は即座に軌道が逸れたボールの落下地点を予測し、その地点へ向かって方向転換して走り出す。

 

だが、そこで正面に目を向けた俺の目に飛び込んできたのは、敵チーム内でもトップの身長を持つ敵DFが俺の方へ突っ込んでくる光景だった。

それでも、俺へのパスを奪おうとしているようだが、ボールの落下地点には俺のほうがワンタッチ差で先に届く。

 

問題は、トラップすると正面に立たれてシュートコースが防がれることだ。

おまけに、抜き去った敵DFも俺の後方から追ってきてるから、一歩でも足を止めたらその瞬間に挟まれてボールを奪われるだろう。

 

だけど、俺は自分でもわかるくらいに楽し気な笑みを浮かべていた。

 

 

あぁ、なんて運命的なんだろうか?原作でもこんな状況(シチュエーション)だった。

それが大会決勝と言う晴れ舞台で再現されるなんて、本当に神様ってやつがいるなら、よほど悪戯好きなのかもしれない。

 

そんなことを考えていたからか、俺の脳裏にふと原作主人公の顔が映し出された。

まるで「お前にこの試練を乗り越えられるのか?」とでも言いたげに、憎らしいほど獰猛な笑みを浮かべて。

 

上等だ!やってやろうじゃないか!

俺はいつかお前を超えて、更にその先へ

 

 

俺「世界一のストライカーに、なる!」

 

自らを鼓舞するように宣言し、俺は左足を強く踏み込みながら、落下してくるボールに意識を集中させた。

そして、この状況を打破するための、たった一つの動きを体現(トレース)する。

 

サッカー復帰から今日までずっと練習し続けてきた技術を

決して猿真似ではない、積み重ねてきた努力の結晶を

 

凡才で終わるはずだった成早()が、天才側へ辿り着くために磨いたこの能力(スキル)で、俺はこの先の未来(展開)を変える!

 

万感の思いで後方へ振り上げた右足を勢いよく戻しつつ、意識を向けているボールと脚が重なるように命中させるイメージで、そのまま前方へと振りぬいた。

 

そうして放たれたシュートは、敵DFとGKの間を抜けて…

 

 

 

 

 

県大会決勝から数日後、俺は出立の準備を整えて家を出た。

玄関を潜ると俺を見送るために先に出ていた兄妹たちが、まるで英雄でも見るかのようにキラキラした眼差しを俺に送ってくる。

 

その視線を、笑顔を、ほんの一時だけ感じられなくなるのは寂しいけど、それでも夢のために、俺は行かなくちゃいけない。

 

「いってらっしゃい、アサ兄ぃ!」

「成早家の希望(ほし)!」

「負けんなよ。」

「アサ兄世界一!」

 

みんなが思い思いの言葉を紡ぎ、その一つ一つが俺に確かな勇気をくれる。

そして最後に姉ちゃんが俺に歩み寄って、少しだけ申し訳なさそうに後ろ手に持っていた物を差し出す。

 

「ちゃんとしたお守りは高くって、これくらいしか買えなかったけど、持ってって。」

 

そう言って手渡されたのは、近くの店で売っているようなありふれた『キャラメル菓子』だった。

けど、それを受け取った瞬間にこれは、俺にとってどれほど高級なお守りなんかよりよほど大切で、価値のあるお守りに変貌を遂げた。

 

お守り

『身体に気をつけて』

『まけるな』

『世界一だ!』

『がんばれ』

『かってね』

 

箱の裏面に書かれたメッセージの数々は、今世を成早 朝日として生きてきた俺としても、前世で原作ファンだった者としても感慨深いものがあった。

 

「頑張っといで、朝日。」

 

感動に打ち震える俺に姉ちゃんは送り出す言葉をくれて、兄妹たちも精一杯の笑顔を俺に向けてくれた。

 

 

あぁ、原作の成早もこんな気持ちだったのかな?

 

成早 朝日という男がどれほど家族に恵まれたのかを改めて実感しつつ、俺は溢れ出しそうな感情のすべてを飲み込んで、みんなにもらった元気をおすそ分けできるように笑顔で

 

「あぁ!行ってきます!」

 

 

そう言って俺は成早家を背に歩き出した。

ブルーロックへ参加し、新たに芽生えた夢を叶えるため

 

 

世界一のストライカーになるために



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青い監獄

 

俺は今、猛烈に緊張している。

たぶん、前世含めてもここまで緊張したことはないだろう。

 

場所は日本フットボール連合

目の前にはやや重厚な扉

手には招待状の入った封筒

 

長旅の果てにようやくたどり着いたこの場所は、いよいよ俺が原作との邂逅を果たす場となる。

元々ブルーロックと言う作品のファンだった俺が、登場人物たちが一堂に会する会場に足を踏み入れようとしているのだ。

緊張するなと言うほうが無理だろう。

 

俺「ふぅ…落ち着け、相手は高校生なんだ。あんまり肩肘張らず普通に…いや、でも年齢的に俺って年下の方なんだよな?じゃあ下手に行ったほうが良いか?いやいや、ここじゃ我の強奴が生き残るんだから、多少は生意気な態度の方がよかったりするかもしれない…ん?リアルに出会える原作キャラ達に向かって?それはファンとして失礼なんじゃ…

 

あぁ、駄目だ!興奮と不安で頭がいっぱいになって視界がグルグルしてきた!

 

今すぐ会いたい!

でも粗相しそうで会うのが怖い!

それでも会いたい!

でもやっぱ怖い!

いや、ファンとして会わないわけには!

 

 

?「君、大丈夫?」

 

俺「ひゃい!?だいじょうぶ…です。」

 

いきなり背後から声を掛けられ慌てて振り返った俺は、二人の御姿を見て呼吸することも忘れて魅入ってしまった。

 

 

?「あ、ごめんね。いきなりで驚かせちゃったかな?君もここに呼ばれた選手だよね?

……あれ?聞こえてる?」

 

?「なんか固まってるみたいだね。…もしかして!吉良くんのファンだったりして!なんたって日本サッカー界の宝なんだし。」

 

吉良「えぇ?そういう言い方はやめてよ潔くん。まあ自慢には思ってるけどさぁ。」

 

潔「あはは!ごめんごめん!」

 

 

 

 

スゥー

 

やべぇ!潔だぁ!吉良も隣にいるぅ!二人とも本物だぁ!ひょえぇ!神様ぁ!この世界に転生させてくれてありがとうぅ!

 

爆発しそうな感情を何とか内に押し留めつつ、俺は目の前で行われる尊い光景を眺めていた。

いやぁ、これだけでも人生の運を根こそぎ使っちまったのでは?ってくらい幸せなのに、これから更に他のキャラにも会えると思うと…うっへっへ♪

 

潔「…なんか、ほんとに動かないね。おーい!」

 

俺「…ハッ!?ダ、ダイジョウブデス!オキニナサラズ!」

 

潔「えぇ!?めっちゃ片言だけど!?ほんとに大丈夫?なんか顔も赤いし…」

 

吉良「そうだね。休憩室みたいなところがあれば休ませてもらったほうが…」

 

俺「イエ、オカマイ…ん゛んっ、お構いなく、大丈夫なんで…

 

いけないいけない。御二人に心配をかけさせてしまった。逸る気持ちを静めて冷静に、冷静に対応しなくては………………ヨシ!

 

吉良「そうかい?君自身が大丈夫って言うならいいけど…君、名前は?」

 

俺「あ!その…成早 朝日って言うです!」

 

吉良「成早くんだね?知ってるかもしれないけど、俺は『吉良(きら) 涼介(りょうすけ)』、よろしくね。」

 

俺「よ、よろしく!…で、その」

 

潔「…あ!俺は『(いさぎ) 世一(よいち)』ね。よろしく。」

 

俺「はい!よろしくです!…あの、良かったら握手してください!」

 

潔「え?…えぇ!?」

 

…しまった!?何言ってんだ俺は!

考えなしのお願いなんてして潔が困ってるじゃないか!

いや、正直言うとめっちゃ握手したい!

だって潔だぜ!

『原作の主人公』なんだぜ!

そんなスーパースター並みの人物が目の前に立ってるんだぞ!

そりゃぁ握手したくもなるだろう!?

 

だけど、俺は決して厄介なファンになって原作キャラたちを困らせたいわけじゃない。ここはいったん謝って引き下がるべきだな。

 

 

俺「あ!?ごめん!いきなり迷惑になるようなこと言って…」

 

潔「いや、迷惑ってわけじゃ…はい、握手。」

 

俺「…え?いいんすか?」

 

潔「え?…プッ!ははっ!そっちが言ってきたんじゃん!もちろんいいよ。」

 

潔は俺のお願いに若干戸惑って吉良へ視線を向けたつつ、笑顔で俺のお願いに応えてくれた。

Oh、神よ…あなた様はここにいらしたのですね。

 

俺は差し出された潔の手を握り返そうとして、ふと手汗が心配になり服で軽く汗を拭った後、ちょっと遠慮気味に彼の手を握った。

 

うっへっへ…原作キャラと話すだけじゃなくて握手までしてもらえた♪転生サイコー!

 

 

吉良「…成早くん、僕とも握手しない?」

 

俺「え!?ぜひお願いします!」

 

潔との握手に感銘を受けていると、隣で見守っていた吉良からも握手の申し出があった。

しかも吉良の方から!

今日はなんて幸運なんだろうか?

ふっ、自分の境遇が幸福すぎて辛いぜ。

 

吉良「それで、扉の前で立ち止まってどうしたの?」

 

俺「え?あぁ…ちょっと、緊張しちゃって…」

 

潔「緊張?…まあ、確かに意味不明な招待だったしね。まあ、変に気にせず行こうよ。」

 

吉良「そうだよ。それに、もし書かれてることが本当なら、俺たちはすごい選手ってことなんだから、堂々としてればいいさ。」

 

俺「そう、だね!…よーっし!おかげで調子出てきた!二人ともありがとう!」

 

御二人から激励を頂いたおかげで、さっきまで抱えていた不安はどこかへ吹っ飛んでしまった。

まあ、代わりにすんごい興奮してるのを抑え込むのが大変だけど!

 

でも、これ以上心配をかけるのはファンとして申し訳ないからな。

何とかいつもの口調に戻しつつ、御二人にお礼を告げることができた。

 

 

吉良「で、この扉の向こうが会場みたいだね。」

 

そう言いながら吉良が会場の扉に手をかけた。

その後ろに潔と並び立ちながら、ゆっくり開け放たれた扉の向こうの景色を目に映した。

 

 

あぁ、まさに桃源郷…

 

あれは、蟻生!その後ろには時光!あっ!あっちにいるのは大川!剣城もいた!おぉ!流石No1高身長の石狩!他にもあの人!えっと…三次セレクションまで進出した……名前わかんないけどいた!ちょっと見まわすだけでこんなに知ってるキャラがいるなんて、この場所まじで聖域かよ!

 

潔「うわー、めっちゃいる…」

 

吉良「なーんか見たことある奴いるなぁ。」

 

原作キャラの数々をこの目で見れて感動に打ち震える俺だったが、話しながら会場の中へ入って行く御二人の姿に気付いて、後を追いかけるように会場に入る。

 

俺には推しと呼べるキャラはいないが、言うなればブルーロックのキャラ全員を推している。

だって、誰も彼もが熱くてかっこいいんだもん!

そして今、彼らと同じ空気を吸っている。

これ、俺以上にガチのファンだったら卒倒するレベルの出来事ではないだろうか?

 

なんて考えながら周囲をキョロキョロしていると、突然会場の照明が落ちてあたりを暗闇が包み込んだ。

そして突然の出来事で一瞬シーンとした会場に、壇上を歩く足音が鳴り響いた。

 

?「えーあー、あーあー。おめでとう、才能の原石共よ。お前らは俺の独断と偏見で選ばれた、優秀な18歳以下のストライカー 300名です。

そして俺は『絵心(えご) 甚八(じんぱち)』、日本をW杯(ワールドカップ)優勝させるために雇われた人間だ。」

 

キター!この展開を待ってました!

 

スピーカーからの声が会場中に響き渡り、壇上中央に立つ細身で眼鏡の男性を照らすようにスポットライトが当たった。

周囲が困惑しているのを尻目に、俺は初めて見る生の絵心に感情が昂り、口を塞ぎつつ心中で絶叫した。

 

絵心「単刀直入に言おう。日本サッカーが世界一になるために必要なのはただひとつ、革命的なストライカーの誕生です。

俺はここにいる300人の中から世界一のストライカーを作る実験をする。これがそのための施設

青い監獄(ブルーロック)

 

 

はい来ました!タイトル回収!

確かに監獄みたいな閉鎖空間で共同生活を強いられるわけだしな。

その例えで行くなら、絵心はノルマを課す看守長で、俺たち高校生ストライカーは働かされる囚人と言ったところか。

 

 

吉良「あの、すみません。今の説明では同意できません。」

 

ちょっと自分の世界に浸っているうちに、気付けば会場の照明が戻って明るくなっていた。

そして声の主に視線を向けると、説明に納得できなかった吉良が絵心にかみついていた。

 

吉良がチームの大切さを重視して絵心へ反論するのに対し、絵心は『献身性』そのものは否定しなかったものの、それだけでは勝てないということを強調した。

それでもなお吉良が、実際に活躍する日本代表選手を擁護する声をあげれば、今度はW杯優勝できていないという事実を突きつけ、絵心は自身が掲げる理論の正当性を語った。

更に絵心は、追い打ちをかけるように世界的有名なストライカーの名と、彼らが残した傲慢なまでの発言の数々を口にし、その考え方こそが日本サッカーに足りないんだと主張した。

 

 

一方の俺は、ここにきて自分が『ブルーロックの世界に生まれた』ことを強く実感した。

 

この会場に漂う張り詰めた緊張感も、吉良の声から感じる熱量も、それを感情ではなく理論で返す絵心の静かな想いも…

どんなに巨大で高画質なスクリーンが用意され、高音質なスピーカーがあって、音響設計まで完璧に設計・建築された映画館があったとしても、今俺が感じてる現実(リアル)には遠く及ばないだろう。

 

アニメや原作で知っている台詞の数々が、そのまま本人の口から発せられる様を間近で見られるこの空間は、俺にとっての極楽浄土(パラダイス)だった。

 

 

 

そして、興奮の絶頂に溺れそうな俺の目の前で、この会場に集った300人のストライカーへ発破をかけた絵心の背後にある重厚な扉が…ブルーロックへの扉が開かれた。

 

絵心「常識を捨てろ。ピッチの上ではお前が主役だ。

己のゴールを何よりの喜びとし、その瞬間のためだけに生きろ。」

 

来るぞ…彼が。

展開を知っている俺は、主人公()の瞳を横からこっそり覗き込んだ。

 

絵心「それが〝ストライカー〟だろ?」

 

 

 

 

 

ドクンッ

 

 

絵心の言葉が終わって一拍、潔は周りの呆然としているストライカーたちを置き去り、ただ一人だけ反射的に扉へ向かって走り出していた。

 

けど、彼が走り出す瞬間を見ていた俺は…彼に謎の()()を感じていた。

 

 

俺はただ、潔が扉へ走り出す瞬間をこの目で見ていたかっただけだ。

けれどそこには、俺が望んでいた『尊さ』なんて欠片もなくて…

なにかこう、ねっとりと重く、それでいて見ている側が飲み込まれそうな、不気味なほどギラギラした()()が瞳に宿っていた。

 

なんだよ、アレ。あんなの知らない。

まるで猛獣みたいな、あるいは殺気みたいな恐ろしい目…

 

 

もしかして、あれが()()

 

 

 

 

 

へへっ

 

もっと知りたい

 

読むだけじゃ真に伝わらなかった彼らの本気を、その熱量を、もっと間近で感じていたい!

そして、俺もいつか彼らのようなエゴイストに…

 

 

呆然としている間に、世界一を目指して周囲の高校生(ストライカー)たちもブルーロックへの扉に群がって行く。

そして俺もまた、気付けば扉へ向かって走り出していた。

 

気だるげな天才も、世話焼き大富豪も、扉の前に立つ絵心にすら視線を向けず、ただひたすらに…

 

 

フットボールの熱い場所を目指して



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入寮テスト

 

扉を潜った先で、俺たちストライカーはバスに乗車させられ、振動に揺られながら山を越えたその先で、一つの巨大施設を目にした。

 

 

BLUE LOCK

 

でかでかと側面に書かれた施設名と共に、五つの棟に分けられたサッカーのための箱庭、もとい〝青い監獄(ブルーロック)〟がそこに建っていた。

 

 

帝襟「次、成早 朝日くん。」

 

俺「はい」

 

バスを降りた先で、名前を呼ばれた俺は巨に…女性からボディスーツを手渡された。

ちなみに、現時点で名乗りはなかったが、原作知識を持つ俺は彼女のことも当然知っている。

 

『帝襟 アンリ』

ブルーロックプロジェクトをサポートするのが彼女の役目であり、心無い絵心のダメ出しに耐えながらサポートしている。

 

まあそんなことより、今は俺の順位とかチームが原作と同じかどうかのほうが重要だ。

さてさて、書かれている番号は…

 

295

Z

 

おぉ!よかった!知ってるチームZだ!

順位は…原作の順位をよく覚えてないけど、多分変わらないだろう!

 

そして俺は、裏で頑張ってる帝襟に敬意を表して「ありがとうございます。」と感謝を述べながら、そのままブルーロックの内部へ入って行った。

 

 

…でかかったなぁ

 

 

 

 

その後、迷路みたいに入り組んでいる壁面とにらめっこしながら、俺はようやく見つけたチームZの扉を開けた。

 

 

あぁ、まさに桃源郷…

 

うわぁ!チームZだ!チームZのメンバーが部屋中に!

お!?我牙丸がこっち見てる!雷市はガラ悪ぅ!今村はなんか落ち込んでる。なんで?久遠は優しく微笑んでくれてる!伊右衛門は実際に見るとごついな!っていうか、遠くで座ってるの千切か!近くにいるのは…イガグリ(五十嵐)?なんか唱えてる?そういえば…いた蜂楽。やっぱ寝てんだな。

 

ドドド、どうしよう!?ここにきて最初何してたっけ?そうだ!入寮テストがあって…ってまだ着替えてないだろ!バカか俺は!?えっと着替えは…

 

 

久遠「あ~、君もこの部屋の人?ロッカーはそこだからね。」

 

俺「へ?…あ!ありがとうございます!」

 

俺に優しく教えてくれた久遠は、そのまま俺に微笑みを返してから視線を外した。

良い人だぁ!やっぱ久遠はこういう人間なんだ!

 

 

そんなことを考えつつ、俺はロッカーを開けて手渡されたボディスーツに袖を通す。

…でもこれ、確か対暴動用装置(電気ショック)が仕込まれてたんだよな。そう考えると着るのちょっと怖いな。

 

と、ちょっと不安になりつつ着替えを終えたタイミングで扉が開く音がした。

そこに立っていたのは…

 

 

吉良「やあ!成早くんも一緒の部屋だったんだね。知ってる人がいて良かったよ。」

 

俺「うん!吉良、くんも!俺もちょっと安心したよ。」

 

あっぶね!キャラのこと呼ぶみたいなノリで呼び捨てしかけたわ!

落ち着け成早…と言うか俺。

作品のキャラにくんとかさんとか付けないのはまあ仕方ないとして、実際に人として接するならいきなり呼び捨ては失礼だ。

あくまで彼らも普段は普通の高校生、俺自身も同じ高校生であるという自覚を持て。

 

冷静になりつつ吉良にロッカーを指さして着替えるように伝えて、しばらくすると再び部屋の扉が開き、同じチームの國神が入ってきた。

そこで、俺も久遠に倣ってロッカーの方を指さし着替えるよう促したら「うっす」と軽く返事が返ってきた。うっへっへ…

 

そして吉良が着替えを終え、國神が着替え始めたタイミングで、最後のチームメイトが姿を現した。

 

吉良「潔くん!君も個々の部屋だったんだね。」

 

潔「吉良くん…はは、俺も安心する。…ていうか、成早くんも同じ部屋なんだ。」

 

俺「う、うん。お互い知ってる人がいて良かったな!」

 

三人で笑いあっていると、突如として國神の服が潔の方へ飛んでくる珍事件が発生したり、意外とコミュ力高いイガグリが吉良や潔に握手を求めたり、原作通りの展開が続いた。

いやぁ、この光景は何度見ても飽きない自信があるなぁ…うっへっへ。

 

イガグリ「君も吉良くんたちの友達?よろしくな。」

 

俺「お、うん。よろしく。」

 

おい、精神年齢40歳超えのおっさん。何どもってんだ?もうちょい大人の余裕みせろよ。

 

 

絵心「着替えは終わりましたか?才能の原石共よ。」

 

ちょいと自己嫌悪していると、設置されたモニターに絵心の姿が映し出された。

 

そして、この部屋にいる者同士がルームメイトであること

ボディスーツに書かれた番号は300人のストライカーたちの中で自分の順位であること

ランキング上位5名はU-20(20歳以下)W杯(ワールドカップ)のFW登録選手に成れること

逆に脱落者は日本代表入りへの権利を永遠に失うことが説明された。

 

 

 

 

と言うわけで!入寮テスト〝オニごっこ〟の時間だぁ!

 

ルールは簡単!

1.制限時間は136秒

2.ボールに当たった者が〝オニ〟

3.タイムアップ時に〝オニ〟の人が退寮(ファック・オフ)

4.ハンド禁止

以上!

 

ルール説明を終えた絵心がモニターから消え、代わりにこの部屋の中で最下位の者が〝オニ〟であるとわかる画面が映し出された。

 

ONI

RANKING 300

五十嵐(いがらし) 栗夢(ぐりむ)

02:16

 

さて、ここからのムーブだが…ひたすら目立たないこと!これこそ俺が生き残る最善の道だ!

原作でもオニごっこの時に成早へスポット当たってなかったし、原作通りに事が運べば俺は確実に生き残れるってわけだ。

…脱落するだろう()には申し訳ない気持ちもあるが、これも勝負の世界なんだ。悪く思わないでくれよ?

 

現に目の前では、原作の通りイガグリがボールに足をかけながら、周囲のメンバーに対して勝負しに行くことを宣言している。

目立つことだけは極力避けて、できれば一度も狙われない動きをするのがベストだな。

 

イガグリ「うぉらぁぁ!」

 

雄たけびを上げながら、イガグリは俺がいる方向に走ってきた。

 

 

 

…ん?何故に?

疑問に思いつつ彼の視線の先を辿ってみると、俺の隣には潔が立っていることに気付いた。

 

あぁ!そういえばイガグリが潔狙いだとわかる直前に、誰かが「来るな」的なこと言ってたけど…もしかして言ったの成早()だった?

そうと分かれば黙ってられない!ここは原作を再現するために言わねば無作法と言うもの!

 

俺「ちょ、コッチくんなヨ!」

 

イガグリ「悪いな潔くん!299位のアンタ狙いだ!」

 

潔「え!?」

 

イガグリ「南無三!」

 

潔「うぉ!?」

 

 

い、言えたぁ!うっへっへ!

 

俺は心中で狂喜乱舞しながら潔とは逆方向へボールを避け、そのまま()()()()を目指して壁面ギリギリを走行する。

このまま物語(シナリオ)通りに進むなら、ファンとして是非ともベストな位置で観たいシーンがある。

 

着替えを終えた時点である程度の目星をつけていた最高観測地点(ベストスポット)へ数秒とかけずに到達し、息をひそめるようにしてその瞬間を静かに待った。

 

イガグリは雷市を狙ってキックするが外し、跳ね返ったボールが転がった先で寝坊助(蜂楽)を発見した。

そして狡猾な笑みを浮かべながら無遠慮に近づき…

 

 

その顔面へ踵蹴りが浴びせられた。

 

うぉぉおおおお!暴力的な蜂楽だぁ!イガグリ痛そぉ!

こんなの未成年とは言え暴力沙汰で大騒ぎになっちゃうような一幕だからな!現実じゃそうそう見られるものじゃないぜ!

 

そしてそして!そんなアウトロー気味の展開に待ったをかける我らが救世主(ヒーロー)の手が蜂楽の肩に乗せられた。

 

 

國神「おい。汚いやり方は嫌いだ。正々堂々と戦え。」

 

蜂楽「…マジメくんですかぁ?」

 

はわわぁ、國神カッケェ!それでこそヒーロー!そしてちょっと嫌そうな蜂楽も良い!

 

そこへ抜け目なく、蹴られた蜂楽ではなく國神にボールを当てるイガグリ!流石は狡猾なストライカーだぜぇ!

 

 

ONI

RANKING 291

國神(くにがみ) 練介(れんすけ)

01:07

 

國神「…にゃろう……イガグリ潰す…!」

 

うひょぇぇ!怒ってる國神もまた良きです!ていうか左足のキック力えげつない!生で見る迫力は違うなぁ。

目に見えて強烈なボールが真直ぐ飛んでいき、ぶつけてきたイガグリ…ではなく潔に命中する!

 

後方に吹き飛ぶ潔、そんな彼を盾に使ったイガグリが「南無三!」と謝意を示す。うん、酷いな!

 

 

ONI

RANKING 299

(いさぎ) 世一(よいち)

01:03

 

まあ、なんにせよボールに当たったのでこうなるわけです。はい。

國神は潔へ申し訳なさそうに謝ったが、〝オニ〟になった彼に近寄るわけにもいかず歯がゆそうだった。

 

残念な境遇に追い込まれた潔は、よほどのダメージがあったのか腹部をさすりながらえずいていた。

しかし、その目には諦めないっていう強い闘志が宿っていて、それを見た俺は僅かに身体が身震いした。

 

でも現実はそう甘くない。

全国から集められたストライカーである他のメンバーは、潔の放つシュートを躱し、潔のドリブルで追いつけない速度で逃げ回った。

 

斯く言う俺も、手当たり次第に狙えそうな相手を探す、そんな潔の視界を意識して死角に回り込むように動き回った。

おかげで俺はほとんど狙われることなく時間が経過していき、やがて潔も闇雲では当たらないと悟ったのか、自分より順位の低いイガグリを狙いに行った。

 

そんな折、いきなり蜂楽が國神のこと捕まえて潔へ当てるよう促し、國神は得意の筋力で蜂楽を前方へと放り投げた。

飛ばされた蜂楽はイガグリにぶつかって倒れ込み、イガグリはその拍子に左足首を捻ってその場から動けなくなった。

 

よし、物語(ストーリー)に寸分の狂いもない。この調子でいけばきっと大丈夫!

 

そう考えながら観戦する俺の目の前では、潔がイガグリの前で止まってシュートモーションに入ろうとしていた。

そのままボールを蹴り出そうとして…その足をピタッと止めた。

 

潔「違うな……人生変えにきてんだよ…世界一になりにきてんだよ…俺は…」

 

キタァ!これだよ!ここで動けないイガグリではなく、他の奴を狙いに行こうとする熱いシーン!これが生で見れて本当によかっ

 

 

 

ギロッ

 

その視線に捕まったことを自覚した時、俺は原作を楽しむことを忘れた。

 

またあの()だ。

俺に謎の恐怖を与える恐ろしい目。

そして、彼が俺の方へ方向転換する様を見て、俺は無意識に悟った。

 

あぁ、ここで終わるかも。と

 

 

蜂楽「いいね、キミ」

 

ONI

RANKING 290

蜂楽(ばちら) (めぐる)

00:11

 

しかし、そんな俺を蚊帳の外へやるように、俺と潔の間に蜂楽が割って入った。

そしてやはりと言うか、蜂楽は楽しそうに潔からボールを奪い取り、そのまま吉良の方へ猛然と駆け出していった。

 

蜂楽は低弾道のボールを放ちざま、飛び上がって左足で吉良の頭部を蹴りに行き、吉良はその攻撃を紙一重で躱して距離を取る。

だが蜂楽は、逆立ちしながらふわっと浮くパスを出し、それを受けた潔が吉良へ向かってそのままシュートする。

完全に意表つかれた吉良は動けず、ボールはその顔面へ吸い込まれるように飛んでいき、痛々しいほどの顔面ショットが決まった。

 

ONI

RANKING 289

吉良(きら) 涼介(りょうすけ)

00:02

 

 

無情にも倒れ込んだ吉良だが、突然の事態に訳もわからず放心している。しかし、タイマーは残酷に時を刻み続け、そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

LOSE

RANKING 289

吉良(きら) 涼介(りょうすけ)

00:00

 

テスト終了のブザーと共に、退寮(ファック・オフ)する者が決定した。

 

その名は『吉良 涼介』

原作でも敗退する運命にあったキャラの名がモニターには映し出されていた。

 

そして原作通り、吉良がモニターに映った絵心に対して反論を述べ、それに対して一つ一つ正論を振りかざす光景が目の前に広がっていた。

 

だが、俺は不思議と潔から視線を外すことができなかった。

 

 

 

もし、あのまま蜂楽が来ずに、俺が潔に狙われていたら…

 

そんなことを考えていたからだろうか?

 

かの有名なQ(急に)B(蜂楽が)K(来たから)

その後の絵心の言葉の数々も

 

俺にとってただ耳を通り過ぎるだけの雑音に成り下がり、俺はただ得体の知れない何かを秘めた(主人公)の事を見つめ続けていた。



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一次選考

 

ブルーロックに入ってから早三日、俺たちは体力テストとして様々な測定が行われた。

 

俺も原作知識として成早(自分)より身体能力が高い人間がたくさんいることを知っていたから、毎日のフィジカルアップトレーニングにも多少は力を入れていた。

けどまあ、情報として知ってても、実際に目の当たりにすると感じ方はまるで違うわけで…

 

 

 

ランニングテスト

 

國神「成早、お前…結構やるな!」

 

俺「く、國神こそ!でも、体力なら負けない!」

 

イガグリ「上等!勝負はこっからだ!」

 

バイトで体力がついたと思ってたけど、國神きんにくんといい勝負ができたことで割と満足できた。

まあ、真のスタミナお化けたる雷市には届かなかったが。

 

20km/h走 持続時間 0:52:12

 

 

 

ジャンピングテスト

 

俺「うひゃ~!伊右衛門ってジャンプも結構高いな!」

 

伊右衛門「そうか?俺の場合は身長が高いからそう見えるだけかも…」

 

俺「え?俺がチビだって言いたいの!?」

 

伊右衛門「なんでそうなる!?」

 

ちょっとした冗談を言っておちゃらけて見せたけど、やっぱり空中戦はほとんどあきらめざるを得ないな。

くぅ~!牛乳だって毎日飲んでたのに!

 

垂直飛び 高さ 63cm

 

 

 

 

スプリントテスト

 

蜂楽「へぇ…びっくりしたぁ。成早って割と足早いんだね♪」

 

俺「まあね!すばしっこさなら自信あるよ。」

 

蜂楽「じゃあさ、この後俺と1on1やる?」

 

俺「お!面白そうじゃん!」

 

久遠「はいはい、二人ともあと9本計ってからね。」

 

蜂楽&俺「「はーい。」」

 

低身長なのはわかり切ってたから、せめて多少のスピードはあったほうが有利だと思ってスプリントも頑張っておいたのだ。

まあ、千切とか剣城には簡単に負けるんだろうけど。

 

50m走 時間 6秒62

 

 

 

他にもいくつか測定があったものの、どれもなんかパッとしない結果ばかり残したことで、密かに思い描いていた「俺TUEEE」な展開は期待できないことが判明した。

いや、まあわかってたことではあるんだけどね。

 

っていうか、結構失礼な言い方になるけど、そんな俺より身体能力が低い潔が活躍していくって展開、改めて考えるとめっちゃ熱いな!

 

なんて、原作の良点を新たに発見できたことに喜びつつ食堂へ向かうと、ちょうど潔とイガグリが話しているところに遭遇した。

 

この三日間でようやくキャラ達に囲まれる生活に馴染みつつあった俺だが、原作でみたシーンに立ち会える時ばかりは興奮が勝る。

そんなわけで、()()()()()かと思った俺は確認のため、二人の会話へ聞き耳を立てた。

 

潔「あの人、なんで箸使わないんだろう?」

 

イガグリ「原始人かよ…」

 

 

こ、この会話は!?原作で成早()が我牙丸から『餃子』を一個拝借するシーンではないか!?

これは是非とも再現せねば!

 

いや、待て!たとえ原作再現のためとはいえ、我牙丸の食事を俺が横取りしてしまって良いものだろうか?

いやいや!これはきっと神様がくれた機会に違いないのだ!それを棒に振るほうが罰当たりに違いない!

 

そうだ!ここは天命に従うが吉なのだ!うっへっへ…

 

そう思いながら、俺は我牙丸の方へ近づいていったのだが…途中である事実に気が付いた。

 

 

 

あれ?()()()食べてる?

おかしいな?原作では確か餃子食ってたはずなんだけど…

 

そう思いつつ、困惑しながら周囲を見渡していると、少し離れた席で今村が餃子を食べているのが目に入った。

 

んん?ドウイウコト?

だが、少し考えた末に俺は一つの仮説を導き出した。

 

 

 

これたぶん、俺の順位が変わってるわ。

 

ブルーロックの食事はご飯と味噌汁の他にもう一品、順位によっておかずの内容が変化する。

例えば、最下位のイガグリは『たくあん』、その一個上の潔なら『納豆』という感じだ。

そして、我牙丸は本来『餃子』だったことを考えると、彼の食事が変わったということは、我牙丸の順位が上下しているということになる。

そして、おかず事情がどう見ても餃子よりランクダウンしてるところを見るに…

 

俺の順位、原作より上?

 

 

マジかぁ!うれしいような、今に限っては悲しいような…

成早は『餃子』だからこそ盗み食いしてたのに、サラダじゃ原作再現にならねぇよ…とほほ

 

 

なら、今村で原作を再現しようかな?

とも思ったが、あれは我牙丸との絡みだから面白いのであって、無理やり原作を再現しようとするのはなんか違う気がする。

 

そう思って俺は渋々原作再現を諦め、腹を満たすために昼食を取りに行った。

 

ちょっとブルーになりつつ、受け渡し口から出てきた『ベーコンエッグ』を配膳プレートに乗せる。

…これでもまあマシな方だしな。

 

 

 

今村「なぁ成早。その卵俺にくれない?」

 

俺「え?なんで?」

 

唐突に今村に声をかけられた。

手元に水入りのコップを持ってるから、たぶん水のおかわりに来たんだろう。

 

それはそれとして

 

俺「いやいや、俺だって腹減ってるんだし、無償(ただ)で上げるのは…」

 

今村「あぁ悪い。言い方悪かった。俺の餃子二個余ってるから、それと交換してくんない?たまには違うもの食べたいんだよね。」

 

俺「あ~…なるほど、そういうことね。」

 

案外悪くない提案だった。

俺は姉ちゃんがバイトの余り物で持って帰ってくる餃子をよく食べていたからか、前世でそんなに好きでもなかったのにいつの間にか好物になっていた。

 

それに、結果的に原作通り餃子を食べられるなら、それも良いと思った。

 

 

俺「ならOK!その代わりに餃子二個プリーズ。」

 

今村「サンキュー!じゃあこれ…よかったらまたトレードしよーぜ!」

 

俺「おう!いつでも大歓迎だ!」

 

 

よっしゃ!餃子GETだぜ!

 

いや~、原作通りとはいかなかったが、ある程度原作に近い流れで再現してくれるとは、神様もなかなか粋な計らいをしてくれるじゃないか。

 

今村とのトレードを終えた俺は、そのまま手近な席に着席して手を合わせ…

 

 

我牙丸「…ジー」

 

俺「…えーっと?」

 

何故か我牙丸に凝視されていた。

原作とは違って餃子盗んでないんだから、そんな風に見られてもちょっと怖い。

 

我牙丸「…ソレ、俺もトレードしたい。」

 

俺「え?…ベーコンと?」

 

俺が尋ねると、我牙丸はゆっくり頷いて肯定した。

どうやらさっきの今村との会話が聞こえていたみたいだ。

 

俺がチラッと我牙丸の配膳プレートの上を確認すると、サラダはおおよそ半分くらい食べられているが、まだまだ多少は量がありそうだった。

そこで俺も自分のおかず事情を確認してみると、どっちかと言うと肉系統に偏りがあるように思う。

ここは栄養バランス的に申し出を受けたほうが良いかもな。

 

俺「うん、いいよ。ベーコンとサラダを半分ずつ交換ね。」

 

我牙丸「!…いいのか?」

 

俺「え?別にいいけど?」

 

我牙丸「そっか……良い奴だな、お前。」

 

…心なしか我牙丸はちょっと嬉しそうだった。そんなにベーコン、と言うか肉が好きなんだろうか?

可愛いとこあるなぁ。と思いつつ、我牙丸ともおかずをトレードして、結果的に餃子二個とベーコン、サラダをご飯のお供に昼食を堪能した。

 

 

 

 

そんな一幕を過ごしたりしながら就寝した翌日の早朝、目覚まし代わりに体力テスト集計終了のお知らせと、更新されたランキングを部屋で確認するよう放送があった。

 

起きて布団を片付けつつほかのメンバーを起こしていると、二人足りないことに気付いた。

 

潔と蜂楽だ。

 

そういえば、二人で夜に自主練してたの忘れてた…

原作シーンを一つ見逃したことを残念に思いつつも、まあ仕方ないと泣く泣く諦めつつ皆で部屋の片づけを始めた。

 

片付けを終えてしばらくすると、服のロゴに書かれた順位が自動的に更新された。

周囲の皆が一喜一憂するのをほほえましく思いながら、俺も自分の順位を確認した。

 

 

270

Z

 

 

おぉ!この順位は…原作と違うんだろうな、たぶん。

既に順位が原作からずれている以上、この順位も原作通りとは思えない。

 

それにしても、ブルーロックへの参加を目指して努力はしたつもりだけど、実は順位の変動もそのことが影響してたりするんだろうか?

だとしたら、食堂での件もそうだが原作通りの展開にはならないのかもしれない。

どのみち原作通りだと俺が困るから、ある意味では助かるんだけど…

 

原作の知識に頼りすぎるのは、もうこの先危険かもしれないな。

肝に銘じておかないと。

 

 

そう考えていると部屋の扉が開き、いなくなっていた潔と蜂楽が戻ってきた。

少なくとも成早()が関与しない部分は今のところ原作通りに進んでいるようだ。

 

くそぅ!二人が話し合うシーンはこの目に焼き付けたかったぜ!

 

 

絵心「やあやあお疲れ、才能の原石共よ。〝青い監獄(ブルーロック)〟での生活楽しんでるか~い?」

 

部屋のモニターに絵心が映し出され、改めてブルーロックという環境の話がなされた。

 

簡単に掻い摘んでまとめるとこうなる。

1.施設は1~5号棟の五つに分けられている

2.B~Zまでの25チームが各棟に5チームずつ生活している

3.入寮テストで25人が退寮(ファック・オフ)したため現在の人数は275名

4.ランキング上位から順にB~Zのチームへ割り当てられる

5.ランキングが上位になるほど豪華な待遇が与えられる

 

まあ、これにはちょっとした(カラクリ)があるんだが、今の俺にはどのみち関係ないことなのでスルーしておく。

それより重要な話がこの先にあるからだ。

 

絵心「それではこれより、一次選考(セレクション)を始めます。」

 

 

 

が、面倒だからざっくり内容を説明するとこうなる。

1.同じ棟内のV~Z5チームによる総当たりリーグ戦

2.勝ち点は勝てば3、引き分けで1、負けると0となる

3.勝ち点上位2チームはそのまま二次選考(セレクション)へ勝ち上がる

4.それ以外の3チームはチーム内の得点王だけが生き残る

 

そして、この一次選考(セレクション)最大の懸念事項は、チームメンバー全員がフォワードと言う点だ。

誰も彼もがFWを志望する上に、チーム内得点王だけは生き残れるというルール。

個々人が生き残るために自分のことしか考えられなくなるシステムは、まさに絵心の望むストライカーの才能を見極めるにふさわしいと思う。

 

けれど、俺は夢のためにここで負けるわけにはいかない。

絶対に世界一のストライカーになって、兄妹たちを、俺の家族を守って見せる。

 

 

成早 朝日

本来はお前が踏み外すはずだった栄光への道を、俺が代わりに歩み続けてやるからな。

 

 

 

そして俺は、モニター越しに己の持論を熱弁する絵心を見ながら、チームZが生き残るための算段を頭の中で思い描き始めた。



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チームX戦-1

 

絵心「これはサッカーを0から作るための戦いだ。第一試合は2時間後…チームX vs チームZ

 

 

いきなり対戦カードを発表された俺たちは、時間がない中でポジション決めをどうするかでちょっと揉めたが、最終的にジャンケンで決めることになった。

そしてそこはやはりと言うか、原作通りの流れで潔を攻撃の中心としたフォーメーションを組むことになった。

 

FW

潔  蜂楽

MF
我牙丸      今村

雷市  國神

DF
久遠       千切

成早  五十嵐

GK
伊右衛門

 

こういう時に原作知識を活かし、チームをまとめたりすることができれば勝つ可能性は高くなるだろう。

けれど、たかだか三、四日程度の時間を過ごしただけの間柄に過ぎない俺たちは、未だにチームになり切れていない。

 

それに俺は、このメンバーの中で大きな発言権を持っているわけでもない。

どちらかと言うと自分の意見をまっすぐに主張する雷市や、みんなの仲を取り持つことの多い久遠の方が発言力を持っている。

そんな中で俺が原作知識を「未来予知」したかのようにひけらかしたところで、痛い妄想家か何かと思われるのが関の山だろう。

かといって、人を言いくるめられるほどに口達者なわけでもない以上、ほとんどできることがなかった。

 

もうここからは『即興(アドリブ)』で何とかするしかない。

()という転生者(バグ)がフィールドに混ざることで、きっと原作の物語に変化を与えることができるはずだ。

その隙を見つけてどうにかするしかない。…DFだけど。

 

一抹の不安を覚えつつも、俺たちは棟内に敷設されたフィールドへ向かった。

 

 

 

 

國神「来たぞ、チームX。」

 

ウォームアップをしているとそんな声が聞こえ、俺はストレッチをしながらも反対側のゲートへ視線を向けた。

 

 

ば、馬狼 照英だぁぁ!思った以上に強面だけど、そこがまた良い!佇むだけで滲み出る王者の貫禄!カッケェ!

 

 

 

なんて考えながら見ていると、チームXの中の一人が俺に手を振っているのが見えた。

…って

 

 

俺「吉岡ぁ!?」

 

國神「ん?知り合いか?」

 

俺「あ、うん。俺の高校の先輩…」

 

國神「そっか。知り合いが相手ってのはやりにくそうだな。」

 

え?あれ?吉岡ってブルーロックに登場してたんだっけ?全然覚えがないんだけど…

いや、まあ正直言ってチームXは馬狼以外のモブキャラまで覚えてないから、もしかしたらいたのかもしれない。

でも、再開のシーンとか描かれてないから違うと思うんだよなぁ。

 

思いながら俺も吉岡に向かって手を振り返し、自分のポジションへ付く。

そして、動揺した心を落ち着けるように深呼吸し、再び前を向いたあたりで試合が開始された。

 

 

TEAM TEAM

X  Z

0 - 0

 

KICKOFF!

 

 

だが…

 

潔「は!?ちょ…!」

 

雷市「どけオラ!」

 

國神「お前がどけ!」

 

敵「ラッキーいただき!」

 

敵「あ!?コラ!点取るのは俺だ!」

 

 

試合開始直後に目にしたのは惨めになるほど子供染みたお団子サッカーだった。

 

味方同士でボールを奪い合い、そこに敵も混ざって状況はより混沌へと傾いていく。

それもこれも、絵心の話にあった『得点王』というシステムが関係していた。

 

二次選考に勝ち上がることができるのは勝ち点上位2チームだけだが、救済措置としてチーム内得点王だけは二次選考へ進むことができる。

つまり、チームとして勝とうが負けようが、一番得点をとることさえできれば絶対に勝ち上がれるということだ。

その結果何が起こるかと言えば、誰も彼もが「自分だけでも生き残る」ために味方すらも出し抜いて点を狙いに行くという状況になるというわけだ。

 

しかし、その展開を知っていた俺の目から見ても、目の前で行われているボールの奪い合いは結構醜い争いだと思った。

こんなものをサッカーとは呼ばない。

 

 

そんな集団を遠くから観察していると、敵陣から一人すごいスピードで突っ込んで行く人影が見えた。

本来なら人込みに紛れる結果に終わるが、その男は人の波にのまれるどころか、逆に押し寄せる肉の圧を撥ね返しながら、人の海を割ってボールをかっさらっていった。

 

おぉ!馬狼!流石です!

いや、状況は俺のほうが不利になってるんだけど、やっぱキャラが活躍するシーンは心躍るじゃん?

本当ならあの集団の近くまで行って、その迫力を間近で観察したかったのに~。

 

 

…っと、原作シーンを喜ぶのはこれぐらいにして、真面目にディフェンスするとしますか。

 

このままだと馬狼がそのままゴールを決めてしまう流れ。

それが起点となってチームXは一致団結を始め、逆にチームZは焦りからチーム崩壊へ至って敗北してしまう。

 

原作では負けたからこその学びもあったし、そこからの逆転劇があってこそ熱いストーリーが展開されている。

 

けれど、俺はこの先もブルーロックで生き残るため、遅かれ早かれ原作の道筋(ルート)から逸脱しなければならない。

そうなると、あの奇跡的な逆転劇の数々が起こらず、最悪チームZが敗退するという可能性まで見えてくる。

なら、確実な生き残りを達成するため、この試合に勝利して勝ち点を確保しておきたい。

 

 

そんな俺の思惑を知るはずのない馬狼は、正面にいた潔を足技(ヒールリフト)で楽々躱し、その後にカバーに入った久遠と今村の二人を股抜きで置き去りにした。

 

ゴール前に残っているのは俺とGKの伊右衛門のみ。

未来を変えるには、俺がここで食い止めるしかないってわけだ。

 

 

馬狼「てめぇもどけ、(キング)の通り道だぞ。」

 

俺「そう簡単に、こっちの(ゴール)は取らせないよ。」

 

 

MATCH UP!

馬狼 照英 vs 成早 朝日

 

王様が俺の正面からスピードも緩めず突っ込んでくる。大柄の馬狼が近づいてくる様はなかなか迫力がすごい!

ファンとしてはたまらん光景だな、うっへっへ。

ちょっと顔がにやけるものの、すぐ気を引き締めて馬狼の動きを注意深く観察する。

 

こっちに走ってくる馬狼はスピードを緩める気配がなく、俺を他のメンバーと同じく抜き去るつもりなんだろう。

だから、俺はボールを奪うことより足止めすることを主軸に、馬狼の正面に立った俺は進路を妨害しつつ足を止める。

 

突っ込んでこないと悟った馬狼は若干スピードを落とし、僅かに右へ進行方向を変えた。

俺はそれを追って左へ身体を寄せていくが、その動きを先読みした馬狼が重心を反転させつつ、左足でチョンとボールを逆サイドへ弾いた。

切り返しによって俺を抜くつもりだ。

 

でも、俺もその動きを追って飛び出しかけていた身体に力を込め、馬狼の体が左へ飛び出すタイミングで右へ飛び出した。

 

馬狼「!」

 

俺「止める!」

 

けれど、馬狼はそこで一度ボールを戻して止まると思いきや、逆にスピードアップして俺に体を当ててきた。

恵まれた身体(フィジカル)に押された俺は、身長の低さも相まって押しつぶされるように道を譲ってしまい、体勢を崩した俺を置いて馬狼はゴールへ直進していった。

 

そして射程圏内(シュートレンジ)に侵入した馬狼は、間髪入れずに十八番とする右上角へのシュートを放つ。

初のGKということもあって、伊右衛門はこのシュートに身体が反応できず…

 

 

GOAL!

 

TEAM TEAM

X  Z

1 - 0

 

原作の通り、俺たちチームZは馬狼によって得点(ゴール)を決められてしまった。

 

馬狼「フン…思ったより脆い城門だったな。いいか、覚えとけ下手糞ども。ピッチの上じゃあ、俺が王様(キング)だ。」

 

 

やべぇ、カッコい…不味い、このままじゃ負けるな。

俺は馬狼の実力を間近で感じられたことに興奮しつつも、主役(馬狼)の登場で士気が大きく上がったチームXと、逆に点を取られたことで焦りが生まれ始めたチームZを見て改めてそう感じた。

 

それにしても、馬狼の突進力を前にしてわかったが、あれは1on1でまともに戦っても勝ち目がない。

俺に國神並みの身体(フィジカル)があれば突進を止めることもできたが、どのみち足止めが精一杯だったろうな。

 

それはつまり、チームワークを発揮して二人以上で馬狼に付かないと止められないってことだ。

けど、まあ…

 

 

 

雷市「お前ら全員俺にパス回してりゃいいんだよ!」

 

イガグリ「フザけんな俺にパスしろ!」

 

國神「いや俺だ!」

 

この喧騒具合じゃチームワークは望むべくもないな…

さて、どうする?

 

初手で馬狼からボールを奪うのは失敗した。せめて足を止めてくれれば()()()けど、やっぱり馬狼に匹敵する身体(フィジカル)がないと足止めもままならない。

けど、せめて一点取ってチームとして協力するきっかけを作らないと、俺一人じゃ対策のしようもない。

 

本当は1on1で勝ちたかったけど仕方ない。安全策で行こう。

試合再開を促すアナウンスの声を聴き、各自がポジションに向かっていくのを見ながらそう決意した。

 

 

KICKOFF!

 

 

潔「蜂楽!俺たちだけでもパスつないでこー!」

 

蜂楽「おっけ!」

 

イガグリ「よっ!」

 

潔「ちょ、イガグリ!?お前ポジション!」

 

イガグリ「バカかよ潔!?点取った奴が生き残るんだよ!」

 

再開早々、潔が蜂楽へパスしたボールを、ポジションを無視して走り出したイガグリが横取りした。

イガグリはこの選考が『個人の得点能力を追求する戦い』と解釈したようだが、そのせいで何が何でも自分がゴールを決めてやると躍起になっている。

 

確かに、最初の得点はそれでもよかった。

寄せ集めのメンバー同士で、得点王と言うシステムによって最低限のチームワークも無くなれば、もう後に残るのは完全に個人の力。

必要なのは突出した『個』による圧倒的な一点だった。

 

けれど、一点を獲得したチームXと、今だ無得点のままのチームZ。

この僅か一点と言う差が生まれた瞬間、試合の流れは大きく変わってしまう。

 

 

敵「ショボいな!もらうぜ!」

 

イガグリ「あば!?」

 

無計画に敵陣へ突っ込んだイガグリは簡単にボールを奪われ、それを奪った敵同士でまたボールの奪い合いなる…はずだった。無得点のままなら。

 

敵「おい!馬狼にボール回して、俺らはサポートに回ろうぜ!」

 

敵「え!?」

 

敵「チームZ(アイツら)の崩壊見てりゃ分かるだろ!?チームとして勝てれば問題ねぇんだから!」

 

敵「…そうだな。」

 

 

だが、馬狼によって得られた一点という有利条件(アドバンテージ)は、チームXに『個人』ではなく『チーム』として点を取れば勝てるという気付きと精神的猶予を与える。

 

敵FW「よし、サイドは任せろ!」

 

敵MF「俺たちは中盤でカットするぞ!」

 

敵DF「DFライン揃えろ!」

 

あっという間に自分のポジションでの役割を理解し始め、互いに声を掛け合ってチームとしてのまとまりを見せ始めた。

急場凌ぎとはいえチームとしての意識が芽生えれば、攻守問わず戦術に選択肢(バリエーション)が生まれる。

 

それに引き換え…

 

 

雷市「奪られんなよ、マジ殺す!」

 

久遠「だから行くなって!全員戻れ!」

 

久遠や潔、蜂楽など一部の者を除いて、チームZのメンバーは無得点というチームとしての勝算が薄い現状に焦り、余計に個人で得点を得て生き残ろうという思考に囚われていた。

チームX(あっち)が仲間としてまとまり始めるのに対し、チームZ(こっち)は未だに個人戦(バトルロワイヤル)を継続している。

こんな意識のままでは勝てるはずもない。

 

 

そして、原作同様にボールを持った馬狼が再びゴールを狙って自陣へ突っ込んできた。

これに対して俺たちは、ポジションを守って守備をするのではなく、ボールを追いかける犬のように馬狼の元へ大人数が群がって行った。

 

いくら馬狼とはいえ、4~5人という通常のサッカーでは考えられない人数を単独突破するのは不可能だろう。

 

 

馬狼「いいのか?俺一人に下手糞どもがそんなに集まっても?」

 

けれど、馬狼だってそれを承知の上で暴走するほど馬鹿じゃない。

自分に群がってきたメンバーをあざ笑うように、自分の後方でサポートに回っていた味方へパスした。

 

そうなると、馬狼一人に人数をかけていた俺たちに守備する手段など無く、後はゴールまで敵がボールを運ぶ様を指をくわえて見ることしかできない。

 

 

 

 

 

 

だからこそ、ここが原作改変地点(ターニングポイント)だ!

 

俺「もらった!」

 

馬狼「!?」

 

久遠「な、ナイスだ成早!」

 

ここまで原作通りの展開だったから、馬狼の行動を何歩も先読みできた俺だけ、このパスは容易に遮断(カット)できる!

馬狼との1on1で勝てない俺が、馬狼からボールを安全かつ確実に奪える機会は、正直言ってここを残して他になかった。

 

 

馬狼「チッ!貧弱な門番が猪口才な!」

 

俺「うっへっへ…次からは護衛を付けてはいかがですか?王様?」

 

始めての会話に心躍らせつつも敵陣へ走り出す。

俺たちチームZが確実に勝ち上がるために、チームとしてまとまるための起点を作り出すために。

 

 

さあ!反撃開始だ!



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チームX戦-2

 

馬狼から味方へ出されたパスを横取りし、そのまま敵陣へ向けて走り出す俺を、敵だって黙って見ているわけじゃない。

 

 

敵MF「やばい!俺たちで止めるぞ!」

 

敵MF「お、おう!」

 

敵FW「いけぇ!囲んで潰せ!」

 

雷市「おいチビ!俺にボール寄越せ!」

 

イガグリ「いやいや!俺のほうがフリーだぜ!」

 

久遠「だから!お前らポジションを!」

 

潔「こっちだ成早!俺たちでカウンター仕掛けよう!」

 

 

攻勢が転じて守備をすることになったチームXだったが、咄嗟の反撃に狼狽えつつもすぐさま気持ちを切り替え、前線に出ている全員で俺を潰しに来た。

たぶん、俺もさっきのイガグリ同様に他へパスを出さないと踏んでのことだろう。

 

一方のチームZは相変わらず個々でゴールを狙う状況に変わりなかったが、潔だけは状況の危険性を理解して協力を持ちかけてきた。

確かに、ここで奪われれば俺たちは再びピンチに陥る。そうなる前にチームになるのが理想的だ。

 

でも、そんな潔のことも今だけは無視する。

何故なら、俺のボールを狙って人が集まったことで開くスペースがあるからだ。

 

 

敵DF「!?まずい!お前ら戻れぇ!」

 

俺「もう遅って!」

 

敵の必死の叫びに意地の悪い笑みを返しつつ、俺は敵陣へ向けて()()()()()を放った。

 

 

俺「ほら!約束のパスだ!」

 

雷市「な!?てめぇどこに出して…!?」

 

イガグリ「はぁ!?なんでアイツあんなとこまで走って!?」

 

一気にコート上を横断した俺のパスは、敵コートの中間辺りまで走っていた()()の元に転がり込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

今村「うおぉ!餃子と引き換えで手に入れたこのチャンス!無駄にしねぇ!」

 

そう叫び声をあげながら、今村は敵ゴールへ向かって広大なフィールドを駆け上がって行った。

 

 

実は試合が開始される少し前、ポジション決めが何とか終わってフィールドへ向かう準備を整えていたころ、俺は今村に声をかけ取引を持ち掛けた。

その内容は『チャンスと見たらパスするから、代わりに餃子をもらう』と言うものだ。

 

 

俺には初っ端の馬狼のように()()でチームXに勝利する目途が立たなかった。

おまけに、俺の武器は仲間がいて初めて有効に働く類の代物なのに、肝心の味方までもが敵になりかねない状況ではどうしようもない。

 

そこで、ある程度は信頼できる仲間として選んだのが今村だ。

原作では『スピードとテクニック』を武器と自称していた彼だが、事実としてチームZでの()()最速を誇るのは確かに今村だった。

そんな彼の足を利用してカウンターを叩きこめば、チームX相手に速攻で点を取り返せると考えた。

 

加えて、昼食の一件から俺は今村と会話する機会が増え、それなりに仲も深まっていた。

流石に何の見返りもなくパスすると言っても怪しまれると思い、昼食の一件を思い出して取引すれば乗ってくると踏んだ。

 

その思惑は見事にハマってくれたようで、俺からのパスを期待した今村は馬狼を追わずに、逆に敵陣へ向かって走っていた。

後は敵が集中する俺から一気に前線へ走り込んだ今村へパスすれば秒殺カウンターの完成だ。

 

 

敵DF「こいつ、速ぇぞ!」

 

敵DF「見りゃわかる!俺らで止めるぞ!」

 

今村「二人かぁ、女の子なら喜んで相手するんだけど…」

 

そんな事を言いながら、今村は直進していたコースを外れ、進路を塞ごうとするDFを避けるように左へ進路を取る。

DFはもちろんそれを追いかけるが、今村は一瞬急ブレーキをかけるように重心を入れ替えつつ、前に出した左足でボールを右へ軽く弾いた。

だが、その動作にDFが食いついて足を止めようとした瞬間、今度は右足で再び左側へボールを弾きながら、走る勢いを殺しきる前に再び加速した。

 

今村「野郎二人の相手なんて御免こうむるぜ!」

 

敵DF「しまった!?やばい!?」

 

敵DF「GK(キーパー)止めろぉ!」

 

ダブルタッチだ。上手い。

敵を完全に抜き去るほどのスピードじゃないけど、ボールタッチで敵を惑わした隙を突くテクニックを持ってる。

テクニックに特化せず、スピードに特化せず、故に両方のいいところをバランス良く取り入れている。

これが原作で目立てなかった逸材、『今村 遊大』の実力というわけか。

 

そしてディフェンス二枚を躱した今村はそのままシュートモーションに入り、ゴールに向かってボールを蹴り出した。

 

 

 

敵DF「ぅらあ!」

 

今村「はぁ!?三人とかマジィ!?」

 

だが、サイドを警戒していたはずの敵DFの一人が今村のシュートにギリギリ追いつき、ボールはふわっと浮遊しながら敵ゴールへ弱弱しく飛んでいった。

敵味方共に欺くカウンターだったことで、一人突出した今村だけにマークが集中してしまった結果か?

 

やばい、完全に誤算だ!

このカウンターで一点を取らないといよいよ逆転の目が無くなる!

そんな俺の気持ちなど知ったことはないと、ゆっくりとボールは敵GKの手前に落下しようとしている。

そのままこっちまでボールを蹴り返されると、今度はこっちが速攻のカウンターを喰らう羽目に…

 

そんな気持ちでボールばかりを目で追っていたからだろうか?

そのボールが地面に接触する直前まで、俺はボールを追い続けた()を視界に捉えるのが遅れてしまった。

 

 

 

 

我牙丸「ナイスガッツだ。今村。」

 

今村「え!?我牙丸!?」

 

今村と共にフィールをを駆け上がっていたのか?

我牙丸はゴール手前に落下するボールに追いつき、がら空きのゴール左側へ向かって右足でシュートを叩き込んだ。

 

 

GOAL!

 

TEAM TEAM

X  Z

1 - 1

 

 

我牙丸の得点に歓喜の声をあげるチームZ、逆に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるチームXの様子を横目に、俺は得点を決めた我牙丸の元へ走って行った。

 

俺「ナイスだ我牙丸!っていうか、なんであんなにゴール前まで走り込んでたんだ?」

 

今村「だよな~。おかげで俺の餃子が…いや、無駄にはならなかったんだけど、ちょっと横取りされた気分?」

 

我牙丸「…それは悪かった。」

 

今村「いやいや、文句あるとかじゃなくってさ。それよか、なんで俺とほぼ一緒くらいで走ってたんかな~って…」

 

我牙丸「二人の話聞こえてて、チャンスかなって思って…」

 

俺「あぁ~。」

 

取引の会話を聞かれてたとは…結果的にはうれしい誤算だったけど。

しかし、俺たちが連携することを理解したうえで、今村とのロングカウンターに合わせて一気に駆け上がったってことか。そういうイメージなかったけど、思ってたより思考するタイプなのかもしれない。

 

今村「なるほど、おいしいとこ持ってかれたって感じだな。」

 

我牙丸「…俺のサラダ、いるか?」

 

今村「え?…ははっ!いいよいいよ、決められなかった俺が悪いんだし。」

 

俺「だな。まあ今村の餃子はありがたくもらうけど。」

 

今村「え゛!?マジィ?…せめて餃子半分ってわけには…」

 

俺「駄目だね。「決められなかった俺が悪い」んだろ?」

 

今村「くぅぅ~!じゃあ次は決めるからもっかいパスくれよな!」

 

俺「おう!我牙丸も今みたいな感じで得点してくれよな。」

 

我牙丸「任せろ。」

 

これで何とか同点に持ち込めた。後はチームZがチームとしてまとまり始めるかどうかにかかってる。

そのために自分には何ができるかを改めて考えつつ、俺たちは自分のポジションへ戻って行った。

 

 

KICKOFF!

 

 

今度はチームXがマイボールのリスタートだ。

ここから逆転するためには、まずは相手からボールを奪わないと始まらない。

さてどうするか?

 

 

敵FW「よし、いけ馬狼!」

 

とまぁ、こう来るわな。

味方からのパスを受けて、馬狼が中央から勢いよく突き崩そうと迫ってくる。

 

 

雷市「てめぇは行かせっかよ!」

 

國神「おい!あんま突っ込むな!」

 

敵FW「馬狼、パスこっち!」

 

そんな馬狼に対して、体格の良い國神と雷市の二人がマークについた。

雷市の方はともかく、國神は一人では止められないと悟ったのか、単独で突っ込もうとする雷市に合わせてプレスをかけに行く。

流石の馬狼もガタイの良い二人を無理に突破しようとはせず、一度足を止めて二人と対峙した。

 

こうなるとパスをするのが普通だけど、原作で馬狼の性格を考えるとおそらく…強引に一人で突破しに来る。

 

 

そう考えるとほぼ同時に、馬狼は二人の間を突っ切るように走り出した。

まさか本当に来るとは思ってなかったのか、後ろから見てても二人は明らかに動揺したが、すぐに持ち直したのか開いているスペースを消しにかかる。

その動きを読んでいたのか、馬狼は切り返しからのペースアップで雷市の方から抜こうとした。

 

だが、雷市は國神を押しのけるように勢いをつけて飛び出し、何とか馬狼に追いついた。

抜ききれなかった馬狼はボールを一旦戻して再び距離を取る。

 

馬狼「チッ!下民の分際で小賢しい真似しやがって…」

 

雷市「俺のこと言ってんのかよ?あぁ゛!?」

 

國神「挑発に乗んな!つぅか俺のこと突き飛ばそうとしただろ!?」

 

雷市「うっせぇ!止めてやってんだから文句言うな!」

 

俺はポジション的に動けなかったが、馬狼の背後から潔と蜂楽がボールを奪いに走ってる。

このままいけばボールを奪える!そう思ったが…

 

 

吉岡「馬狼!無理せずパス出せ!」

 

馬狼「…あぁ!くそっ!」

 

馬狼は後方から走り込んできた吉岡に、悪態を吐きながらも普通にパスを出した。

 

あれぇ?おかしいな?

原作で馬狼がパスするところなんて、さっき俺が遮ったパス以外ではなかったと思うんだけど…

まあいい、というか原作改変したばかりなんだ。その付けが回ってきたと考えるとしよう。

 

そんな思考をしている間にも、ボールを受け取った吉岡の方へ久遠が駆け出していった。

なれない守備で動きはちょっとぎこちないが、まあ普通の選手ならいったん様子を見るところだろう。

 

普通の選手なら…だけど。

 

 

吉岡「へっ、あいつ(馬狼)はすごいけど、俺だって負けてないってとこ見せてやる!」

 

久遠「俺が足止めするから、他はパスコース塞いで!」

 

まだチームとして完成していない中でもしっかり指示出しをするあたり、久遠も良い選手と言えるが、今回ばかりは相手が悪い。

だから、俺は久遠の指示を無視して二人の方へ走り出した。

 

 

吉岡は久遠と相対しても止まらず、そのままサイドから抜き去るようにスピードを上げた。

久遠も馬狼みたく突進してくる吉岡を止めようと進路を塞ぎにかかる。

 

だが、二人の間合いが1mに迫ろうとした瞬間、吉岡の身体は急に左へ進路を変更するような動きを見せた。

その進路の先にいた久遠は向かってくると身構えて一瞬だけ足を止めてしまう。

その隙を突いて吉岡は狭いサイドエリアを強引に走り込み、久遠が苦し紛れに伸ばした手ごと躱して見せた。

 

 

俺「相変わらず()()()()()のクオリティが高いよなぁ、吉岡。」

 

吉岡「だろう?このままお前のことも抜き去ってやるよ!」

 

 

MATCH UP!

吉岡 喜亮 vs 成早 朝日

 

 

吉岡のフェイントの特徴は、左右へ激しく揺さぶりをかける動きだ。

上半身の動きだけで相手に動きを錯覚させるこの技術は、難しいボールタッチを必要としないため初心者が最初に覚えやすい動きで、同時に経験者になってくるとタイミングを見極めないと使い物にならなくなる。

 

吉岡はこのタイミングの見極めが完璧で、ボールを直接奪える範囲まで敵を引き付けてからフェイントをかけることによって、相手の注意力や思考を散漫にさせる技術に特化してる。

だから、ボールを奪い合う超近距離戦(インファイトデュエル)においてはかなりの実力を誇っている。

 

現にサッカー部に所属してから一年未満ではあるが、俺は吉岡との1on1において()()()()()()()()()()()

だから、俺が吉岡と勝負するために採るべき手段は一つだけだ。

 

 

吉岡「っく…相変わらず消極的だな?そんなんじゃ俺からボールは奪えないぞ?」

 

俺「奪えないボール狙うほど、俺は貪欲じゃないからな。」

 

吉岡「ったく、相も変わらずやりにくいな。」

 

突っ込んでくる吉岡と対峙しつつ、ボールを奪い合う距離に近づいたら、深く考えずに半歩後ろへ飛び退く。

そうすると、吉岡の得意とする間合いのギリギリ外に逃げることができ、フェイントを仕掛けようとした隙をカバーしようと吉岡は足を止める。

再び攻めてきては俺も同じことを繰り返し、吉岡も攻め手に困って足を止める時間が積み重なっていく。

 

これが吉岡相手に何とか勝てないかと考えて導き出した足止め戦法だ。

僅かずつ後退する関係でどちらかと言うと負け気味なんだけど、足止めできればそれだけで選択肢を狭められる。

 

その証拠に、吉岡は俺を抜こうとして失敗してを繰り返し、その顔には点を取りたいという焦りが見え始めていた。

でも、ここで隙を見て奪おうなんて思っちゃいけない。

下手に奪おうとこちらから動けば逆にフェイントで躱されかねない。

 

 

久遠「成早!そのまま足止めしててくれ!」

 

俺「あぁ!任せろ!」

 

吉岡「だぁ!男の勝負は一対一(タイマン)が相場と決まってるだろうに!」

 

俺「そりゃ決闘の作法だろう、よ!」

 

でも、俺は変に吉岡からボールを奪いに行く必要もなく、一度抜かれた久遠の到着を待てばいい。

たとえ1on1で強くても、2on1で勝てるわけじゃないからな。

でまあ、ここでパスコースを完全に潰せば楽なんだけど…

 

 

馬狼「出せ!こっちだ!」

 

俺「あ、やべっ!?」

 

吉岡「へっ、ウチのキングは血の気が多いようで…はいはいどうぞ!」

 

吉岡の動きを注視してたから他選手の動き、特に馬狼の動きまで把握できてなかった。

馬狼は後ろに國神と雷市を引き連れていたが、得意の突進力に物を言わせてここまで走ってきたんだろう。

 

それを確認した吉岡は間髪入れずに馬狼へパスを出し、受け取った馬狼はそのままゴールへ向かって走って行った。

一応、イガグリが馬狼を止めようと奮闘するも体格差で押し込まれ、そのままPAに入ることもなく馬狼のシュートは放たれた。

 

 

GOAL!

 

TEAM TEAM

X  Z

2 - 1

 

 

吉岡「あ~あ、最近はこんな引き分けばっかだな。…次は抜いてやる。」

 

俺「上等だ。今日こそあんたに勝ってやる。」

 

吉岡「へっ、やれるもんならな?」

 

吉岡と軽口を叩きつつ、俺はゴールを決めた馬狼の姿を見ながら思った。

 

 

 

 

 

 

いや、これどうやって止めんの?



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チームX戦-3

 

俺は改めて馬狼というキャラの情報を思い出していた。

 

 

馬狼 照英

自分のゴールで勝つことを信条とする利己的な選手で、病的なまでのフィジカルトレーニングを毎日こなし、超が付くほど几帳面で綺麗好きな性格。

 

プレースタイルは突進力を活かしたキレの良いドリブルと、何より射程距離訳27mものミドルレンジから、ゴール右上角への正確なシュート。

体格の良い選手が二人以上付いていれば止められるけど、逆に言うとそうじゃなければまともに止める手段がない。

 

うん、やばい逸材だわ。

それに、原作だとパスを頑なに出さないイメージが抜けなかったが、意外と普通にパスも出すというちょっとした原作との差異がある。

 

パスの有無一つとっても馬狼を封じ込めるかどうかはかなり違いがある。

 

パスがないとわかっていれば、馬狼と対峙した際に警戒する選択肢がドリブルしかなくなるからな。

でもその選択肢を捨てきれない以上、パスかドリブルかの二択を迫られる。

 

俺「くそ、やりにくいなぁ」

 

ぼやきつつも軽く天を仰ぐが、眩しい照明の光以外の情報が入ってくることもなく、仕方なしにポジションへ戻った。

 

 

 

KICKOFF!

 

今度はこっち(チームZ)の攻撃になるわけだけど、俺たちは向こうのチームほど指針になるストライカーがいない。

 

あのゴールは俺、今村、我牙丸の三人の()()によって生まれた得点だ。

馬狼のように混沌としたフィールド上から自力で捥ぎ取った重みある一点とはわけが違う。

俺たちには、チームとして協力体制を築けるほどのきっかけがまだない。

 

さて、どう攻めれば勝てる?

 

 

潔「よしっ、行け蜂楽!」

 

蜂楽「はいよ!」

 

そんなことを考えていると、潔と蜂楽が連携して敵陣へ切り込もうとしていた。

どうやら蜂楽のドリブルテクニックに任せて可能な限り責め立て、危なくなったら潔に戻して、体勢を立て直してからもう一度責め立てるという戦術のようだ。

 

良い方法だと思う。

蜂楽は並みの選手なら二人を相手取っても抜き去れるほどの実力を持っている。

流石に100%抜けるわけじゃないだろうけど、体力と集中力さえあれば何人でも躱せるだろう。

 

実際、潔からパスを受けた蜂楽は敵のFW二人をそれは鮮やかなテクニックで楽々躱して見せた。

でも…

 

 

敵MF「8番(蜂楽)を集中的に囲め!これ以上進ませるな!」

 

蜂楽「うわぁ!めっちゃ俺に人集まってきた!」

 

潔「蜂楽!こっち戻せ!」

 

あくまで蜂楽が普通の選手程度の警戒しかされてなかった場合の話だ。

味方の選手が軽々と抜き去られていれば、自然と警戒は跳ね上がるというもの。

気付けば蜂楽は抜いた二人を含めて計三人に周囲を取り囲まれていた。

 

完全に囲まれる前に潔へパスが渡ったが、完全に警戒された蜂楽にはそのまま二人がマークにつき、一人が潔の方へカバーに走った。

そして、そんな潔の正面からも敵MFが一人迫っている。

 

よりによってこっちがやりたかった複数人でのマークをやられると、その有用性を嫌でも認識させられる。

何とか馬狼へマンツーマンで付いてくれる誰かがいてくれれば楽なのに…

 

 

雷市「おい潔!俺にパスしろぉ!」

 

國神「俺に出せ!俺なら点とれる!」

 

肝心の体格の良い二人があの調子じゃあ難しいかな?

っていうか!俺ってばDFだから攻撃に何も参加できねぇ!

 

潔も二人の様子からパスが返ってくるか確信が持てなくて出し渋ってる。

このままじゃ、前後から挟まれてボールを奪われかねない。

 

 

今村「潔!俺にパス出せ!」

 

我牙丸「俺もいるぞ!」

 

そんなんことを考えていると、潔の近くまで走り込んでた今村と我牙丸が声をあげた。

 

 

いや、そうか!

何も難しいことを考える必要はない。

正常な判断ができる奴がそろえば、サッカーってのは成立するんだ。

 

 

俺「潔!二人にパスしろ!」

 

届くかわからないが、力の限り全力で叫ぶ。

その声に反応したのか、潔は一番近くにいた我牙丸へ素早くパスを出した。

 

 

我牙丸「よし、もっかい同点に!」

 

敵MF「くっ!6番(我牙丸)は俺が付く!誰か11番()についててくれ!」

 

敵FW「誰かって、誰が!?」

 

敵MF「お前で良いだろ!俺はコイツ(蜂楽)抑えてんだから!」

 

相手チームが少し言い合いになりながらもフォーメーションを修正し、我牙丸に残ってたMFの一人がカバーに向かう。が…

 

 

我牙丸「じゃあ、今村!」

 

今村「ほいっす。今度こそ決めてやるぜ!」

 

敵DF「またアイツかよ!誰かとめろぉ!」

 

敵MF「くそ、抜かれる!?おいお前ら!いつまで8番(蜂楽)に引っ付いてんだ!さっさと戻ってこい!」

 

敵FW「だあ!もう!!コイツ抑えりゃ行けると思ったのに!」

 

さっきまで足並みがそろっていたはずのチームXだったが、立て続けに続くパスワークを前に守備のほころびが見え始めた。

 

 

まあ、さっきまでの『強い個人を封じれば勝てる』なんてサッカーは、どう言い繕っても小学生レベル…いや、下手すればそれ以下の球蹴りごっこだからな。

急にこっちが身の丈に合った現代サッカーを開始すれば、意識の違いから対応が遅れてしまうのは自明の理ってやつだ。

 

そうこうしているうちに、今村の足は敵PAに迫ろうとしていた。

だけど、さっきしてやられた守備陣は警戒を強めたようで、同じように二人掛かりの守備で止めようとするが、今度は無理にボールを奪うのではなく足止めを重視した動きを見せていた。

 

敵DF「足止めできればいい!絶対通すな!」

 

敵DF「分かってる!」

 

今村「うわぁ、面倒くせ!めんどくさくても許されるのは女の子だけなんだぜ!?」

 

潔「今村!こっちフリー!」

 

今村「!…今度こそ決めてやるって思ったのになぁ!」

 

敵を抜けずにいた今村だったが、後ろについてきていた潔へパスを出した。

それを受け取った潔は一度ゴールを見て、打てると判断したのかシュートモーションに入ろうとする。

 

 

敵DF「これ以上好きにさせっかよ!」

 

潔「!?やべ!?」

 

しかし、シュート寸前で敵のDFがゴールとの間に割って入り、それを見た潔は動きを止めてボールキープに努める。

 

あぁ!もったいない!

今の場面(シチュエーション)()()()()なら決められたはずなのに!

 

でも、無理もない。

なにせ今の潔は自分の武器が何なのかを明確に自覚できてないんだから…

 

チクショウ!

攻撃には何も参加できないこのDFというポジションが憎いぜ!

 

 

我牙丸「パスだ潔!」

 

敵MF「てめぇは俺が行かせねぇ!」

 

蜂楽「潔!俺いるよ!」

 

潔「ナイスだ蜂楽!」

 

敵FW「なっ!?他に人数割き過ぎたか!」

 

俺があれこれ考えている間にも戦場はどんどん変化し、警戒が薄れたことで身軽になった蜂楽が潔からのパスを受け取った。

 

そして残り時間はあと5分もない。

せめてここで一点決めないと後半に向けて勢いがつけられなくなる。

 

 

敵FW「やっぱお前だけは止める!もっと人数かけろ!」

 

敵DF「焦んな!そのままサイドに釘付けにすりゃいい!」

 

すると、チームXの面々は先の蜂楽のドリブルを思い出してか、蜂楽に対して過剰に警戒する姿勢を見せた。

蜂楽がそのまま中央突破を試みて、最悪そのままゴールを決められるのを予想したのかもしれない。

 

そして、ゴールと言う単語に直結する人間へそれぞれマークについた。

 

今試合でチームX相手に得点した我牙丸。

その得点をアシストする形で貢献した今村。

馬狼のような単独突破を警戒された蜂楽。

 

 

しかし、たった一人だけそのマークから逃れた物がいた。

それは今まで活躍らしい活躍がなく、これと言って警戒される理由がない人物。

 

 

潔 世一。

今だ自身の才に気付かず、されど恐るべき才を秘めていると知っている俺は、未だ隠れた天才が再びフリーになったのを見逃さなかった。

 

その姿は、この数日で仲を深めた友人(蜂楽)の目にも留まったらしい。

 

蜂楽は集まってきた敵を引き付けるように右サイドへ逃げていき、正面に立ちふさがった敵と後ろから迫る敵に見せつけるように、中央のPA前へ向かって高軌道のパスをあげた。

 

ここにきてようやくと言うべきか、敵陣にいた面々のほとんどがそこまで走り込んでいた潔の存在に驚愕の表情を浮かべていた。

一方の潔の表情をうかがい知ることはできなかったが、きっとこれ以上ないチャンスを前に険しい表情をしていたことだろう。

 

 

だが、その表情がまた他と同様に驚愕に染められる未来を、俺は幻視した。

なぜなら…

 

 

 

馬狼「調子こいてんなよ下民どもが!」

 

潔「な!?」

 

敵DF「おぉ!馬狼ナイス!」

 

最前線まで駆け上がっていたはずの馬狼が、守備の最終ライン際まで戻ってきていたのだから。

 

俺自身もその姿を認識したのは数秒前のことだった。

敵陣を一望できる自陣から見ても突然の出現に驚いたんだ。敵陣にいた味方に走った衝撃はそれ以上だったろう。

 

 

馬狼「そら、抜いてみろよ?下手糞。」

 

挑発しながらも、馬狼は潔と相対したまま間合いを詰める。

おそらくそのまま行くと、潔は馬狼にボールを奪われて試合終了だ。

 

そうなると2-1で不利な得点のまま後半へ挑まなくてはならなくなる。

それを理解しているのか、潔は後退するかのように腰が引けていた。

 

だが、心の中で何か吹っ切ったのか、次の瞬間には前に飛び出していきそうな姿勢になり、それを見た馬狼も応えるように潔の方へ突っ込んできた。

そして両者そのまま一対一(タイマン)で戦う距離まで詰めていき…

 

 

 

ボールを奪い合う間合いになる僅かに手前で、潔は唐突に右後ろへパスした。

 

馬狼「!」

 

雷市「あ゛ぁ!?」

 

蜂楽「潔?」

 

 

あぁ、なんてことだ!()()()()()()をこんなところで見られるなんて!

感動する俺の視線の先には、完全フリーでボールを受け取り左脚を振りかぶる()の姿があった。

 

 

國神「ナイボー、潔!」

 

そのまま放たれたシュートは凄まじい炸裂音と共にボールを撃ち出し、先の馬狼のシュートより長い射程28m付近からゴールへ向かって爆進した。

 

 

 

GOAL!

 

TEAM TEAM

X  Z

2 - 2

 

 

國神「しゃあオラァ!」

 

なんてことだ!

てっきり原作改変を起こしたからもう見れないと覚悟していたが、まさに同じような光景をこの目で見ることができるなんて!?

 

最っ高だぁ!

 

 

雷市「てめぇ…なんで國神にパス出した!?俺もフリーだったし、何より明らかにチャンスだったろうが!?」

 

潔「え?…いや、俺もシュート撃とうとしたんだよ。でも気付いたら…」

 

雷市「お前もバカか?バカなのか!?なんであの場面でパスなんてできんだよ!」

 

久遠「おいやめろって!おかげで同点まで追いつけただろ!」

 

雷市「うっせぇ!てめぇも自分以外の奴が点とってるのに、何を呑気に喜んでやがる!?」

 

久遠「負けてないんだからそれでいいじゃないか!?負けたらそれこそ本末転倒だろ!?」

 

雷市「この試合見てわかったろ!俺たちのチームは明らかに相手より弱小チームだ!それこそ、馬狼一人に試合をかき乱されるくらいにな!

もう生き残るには得点王になって勝ち残ったほうが確実なんだよ!それを…」

 

 

あっ、雷市が潔に食って掛かってる。

シュートシーンのみならず、その後の言い合いになるシーンまで再現されるとは!?

 

っと、いうことは!

そんな俺の思考を読んだかのように、馬狼が潔に近づいていった。

 

 

馬狼「おい11番()。ゴール前でビビる人間(ヤツ)にストライカーの資格はねぇぞ。

才能ねぇよ、お前。」

 

 

 

 

 

 

うっへっへ…原作再現、きたぁ…

 

 

 

吉岡「マジかよ…あんな長射程(ロングレンジ)で決めるとか、アイツも結構すげぇ…って!?なんだお前その顔!?」

 

俺「うっへっへ…あぁ吉岡?何?」

 

吉岡「………イヤ、ナニモミテナイ。」

 

俺「?」

 

原作シーンを見れてホックホックの笑顔になった俺は、その僅か数秒後に鳴り響いた前半終了のホイッスルの音に気付くまで、ただ原作シーンをこの目で拝むことができた感動に打ち震えていた。



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チームX戦-4

 

雷市「いいか!後半からはヘタクソ()に代わって俺の1トップでいくようにフォーメーション組み直すぞ!」

 

久遠「いやいや!?誰もがそれ望んだからじゃんけんして決めたポジションじゃないか!?今から変えるなんて無理だ!」

 

イガグリ「お前まだ点取れるポジションにいるからいいじゃん!むしろ俺と潔を変えてくれよ…」

 

今村「っていうか、ポジション変更しなきゃいけないわけ?今のままでも戦えてるんだし、わざわざ変える意味なくね?」

 

雷市「あ゛ぁ!?それはてめぇが点とるチャンスがあるから言えるんだろうが!?役に立たないヘタクソで前固めるより俺が前に出たほうが良いんだよ!」

 

今村「んなこと言って、潔からパスもらえなかった雑魚のくせに~。」

 

雷市「!?…てめぇ、ぶっ殺されてぇのか!?」

 

久遠「喧嘩するなって!今村も変な煽り方するなよ!」

 

今村「へいへ~い。」

 

 

前半終了して控室。

何やら雷市が興奮して騒ぎ立てているのを宥めたり便乗したりと言った雰囲気が流れている。

 

ひとまず点数不利の状態で後半を迎えずに済んだのは、原作改変の甲斐があったというものだが油断はできない。

原作では最後の一矢報いるまで何もできずに5-1で完敗するという結末だったが、今のところ完膚なきまでに負けるという未来を回避したに過ぎないからだ。

 

この試合で必要な結果は『負けない』ことで、次に『勝利する』ことが目標になる。

同じに聞こえるかもしれないけど、負けないというのは『引き分け』も妥協するという意味が含まれている。

 

個人的には、ここから逆転する流れで勝利するのが最高(ベスト)だけど、このまま両チーム無失点…は難しいだろうから、点取り合戦に持ち込んで引き分けるのが安牌(ベター)か?。

 

そのためには、まず相手チームの得点源たる馬狼の突進を、ある程度抑制できる人材が必要になってくる。

けど…無理じゃね?

 

國神や雷市なら馬狼の身体(フィジカル)と良い勝負ができるけど、攻守を担うMFのポジションにいる以上、ゴール前まで詰められた時に馬狼の対処はできない。

とするとDFの中でもCB(センターバック)の俺かイガグリが止めなきゃいけないわけだけど、どう考えても馬狼との肉弾戦で身体(フィジカル)負けする。

と言うか負けた。

つまり、このままだとゴール前で馬狼にボールが渡った場合、俺たちにはそれを止める手立てがないということに他ならない。

 

一応、裏技がないこともない。

原作知識によれば、馬狼が奪ったゴールのほとんどは『右上角』へのシュートによるものだ。

このことをGKの伊右衛門に伝えれば、意識的にコースを絞ることでゴール一回分は防ぐことができる可能性が高い。

 

けれど、GK未経験の俺が伊右衛門にアドバイスを送るっていうのもおかしな話だし、何よりGKに慣れてない伊右衛門が塞ぐコースを意識すれば、動きで右側を警戒されてると馬狼に悟られる危険もある。

下手に知識だけ原作に頼ったところで成功するとは限らない以上、闇雲に原作知識を広げるのはかえって危険(リスキー)だ。

他の手立てを何か考えるしかない。

 

 

…とはいっても、俺にはもう残された手が一つしかなかった。

というか、これしか思いつかなかった。

 

断られるだろうな…なんて憂鬱な気分になりながらも、俺は協力を仰ぐため()()()()に声をかけた。

 

 

 

 

 

 

俺「なあ、ちょっとお願いがあるんだけど、聞いてもらってもいいか?()()()。」

 

我牙丸「?どうした成早?」

 

俺「その…言いにくいんだけどさ………頼む!俺とポジション変わってくれ!」

 

俺からのお願いに疑問符を浮かべる我牙丸へ、俺は畳みかけるように理由を説明した。

 

守備の面で不安があるなら、馬狼と相対することができる人選に入れ替えれば良い。

それがまあ普通に考えて適切な判断だろうし、今回は効率も何も度外視してじゃんけんで決めたポジションだからこその結論でもある。

 

肝心の馬狼を抑えることができる人選だが、このチームZにおいて対峙できる人間は限られてくる。

俺が思うに適任者は4人。

 

まず、言わずもがなチームZで最も優れた身体(フィジカル)を持つ『國神』と、体格では國神と互角で底なしの持久力を持つ『雷市』

この二人は特に自分のゴールに固執している節があるため、間違ってもDFに下がるということはないだろう。

何より、國神のシュート力と雷市のスタミナはMFでも充分活躍できる可能性を秘めている。DFに引っ込ませるには惜しい才能だ。

 

次に、体格の良さなら二人をも上回り、万能適正(オールラウンダー)を武器に持つ『伊右衛門』

彼の場合はもっと単純な理由で、俺と交代するにしてもこのチームで最も身長が低い俺がGKをするのはどう考えても不安しかない。

それに、もし仮に馬狼を止められたとしても、そこからボールを奪う算段が思いつかなかった。

 

最後に、何気にチーム内で最も高身長を誇り、肉弾戦(インファイト)を武器とする『我牙丸』

俺が彼を交代の人材に抜擢したのは、文字通り馬狼とゴール前でバチバチにボールを競ってほしいからだ。

彼の武器は肉体のバネという特徴を活かしたもので、この能力を持ってすれば馬狼と対峙してもある程度は突進を食い止めてくれると思う。

そして、俺は伊右衛門との交代と違ってMFになる関係上、馬狼相手にボールを奪うという選択肢も視野に入ってくる。

 

そういうわけで、我牙丸こそが俺の望む理想的な人材なわけだ。

ただし、当然のことながら俺と交代するということは、我牙丸にDFへ下がれと言っているのと同義だ。

 

DFは自陣のゴールを守ることが主な仕事となるポジション。

我牙丸自身がゴールを決めることを望んでいるにもかかわらず、シュートチャンスをほぼ完全に失うDFへのポジション変更はとても受け入れられないだろう。

 

それでも、俺の脳ではこれ以外に馬狼を止める方法を思いつかなかった。

 

 

俺「だから頼む!この通り!」

 

今の俺が差し出せるものなんて『誠意』という気持ち以外に存在しない。

だから俺は土下座まではしなかったものの、勢いよく腰を90度曲げて精一杯のお願いをした。

 

気付けば、俺たちの会話の動向を気にしてか周囲の視線が集まっていたが、前世で仕事を失敗した時に頭を下げた時に比べれば何のことはなかった。

 

 

それから何秒、いや何分経っただろうか?体感でしかないが、かなり長い間沈黙があったように感じる。

ただ、今は顔が見えない我牙丸がどんな顔をして、何を考えて、そしてどんな答えが返ってくるのか、それを考えるのだけが少し怖かった。

そんな俺の不安を知ってか知らずか、我牙丸の「ん~…」と間延びしたような声が聞こえた後

 

 

我牙丸「分かった。交代しても良いぞ。」

 

俺「へ?」

 

思ったよりあっさりと了承の答えが返ってきた。

 

 

雷市「おい、何言ってんだお前?自分が得点するチャンスを棒に振るとか、正気かてめぇ?」

 

イガグリ「そうだぜ!っつうか交代すんなら俺と代わってくれよ!」

 

我牙丸「それは嫌だ。俺は()()()()()交代するんだ。」

 

イガグリ「なぁ!?友達だからってことかよ!?」

 

雷市「ハッ!そのオトモダチだって自分の点が欲しいからって理由で交代したがってるだけかもしれねぇだろ!

それともあれか?自分はもう一点取ったから余裕ひけらかしてるだけかぁ!?」

 

我牙丸「…あの一点は、俺の力だけじゃ取れなかった。成早の提案があって、今村がそれに乗って、俺もそれに便乗した。だから得られた得点だ。

その成早が勝つために考えて俺を頼ってくれたんなら、俺は成早を信じたいと思う。」

 

 

…やば、なんか、泣きそうかも。

前世ではこれと言って親友みたいな人間もなく、職場の同僚たちも仕事仲間でしかない関係しか築けなかった寂しいおじさんに、少年故の真直ぐな想いは感情を揺さぶってくるなぁ。

 

その後も雷市は特に文句を言っていたが、それ以上我牙丸が取り合わなかったことと、久遠や國神が宥めたこともあってひとまずその場は収まり、俺のポジション変更も全員に了承をもらった。

 

 

 

今村「それにしても雷市のやつ、ちょっと周りに当たりすぎじゃね?」

 

俺「まあ得点王ってシステムもあるんだし、やっぱり自分の点にこだわりたいって気持ちはわかるから…」

 

我牙丸「そうだな、俺も正直言うならもっと点取りたかったし。」

 

俺「それは…ごめんとしか…」

 

我牙丸「いや、気にしなくていい。」

 

今村「そうそう!我牙丸だって、そんなことは分かったうえでお前の提案受けてくれただろうしな。」

 

俺「…そっか。そうだよな。あぁ我牙丸言うの忘れてたけど。」

 

我牙丸「ん?」

 

俺「ありがと。」

 

我牙丸「…ん。」

 

今村「ひゅーひゅー!男同士の友情だね~!」

 

俺「っ、茶化すなよ。ったく…じゃあ改めて、勝とうぜ!」

 

今村&我牙丸「「おう!」」

 

 

 

FW

潔  蜂楽

MF
成早      今村

雷市  國神

DF
久遠       千切

我牙丸  五十嵐

GK
伊右衛門

 

 

休憩時間(ハーフタイム)が終了に近づき、俺たちは各自自分のポジションへ向かっていく。

俺は変更したLWG(レフトウィング)のポジションへ向かっていると、相手チームから一人こちらへ向かって走ってきているのが見えた。

 

吉岡だ。

 

 

吉岡「成早~!お前前半DFじゃなかったっけ?」

 

俺「おう!我牙丸…向こうにいる6番と場所代わってもらった。」

 

吉岡「マジで!?アイツってゴール決めた奴だろ!?よく代わってもらえたなぁ。」

 

俺「まあな。良い奴なんだよ。」

 

吉岡「…まあいいや。おかげでお前とマッチアップせずに済むからな。こっからはおれもバンバン点とるぜ?」

 

俺「へへっ、やってみろよ!俺だってバンバン点取ってやるからな!」

 

吉岡「へっ!上等だ!なら後半はどっちが点とれるか勝負しようぜ!」

 

俺「望むところだ!」

 

そこまで話したあたりで試合開始が近づいていたため、吉岡は急いで自分のポジションへ戻って行った。

 

確かに、今のチームXの攻撃力は下手すれば原作より強力なものになってるかもしれない。

 

馬狼の突進力。

更に吉岡のフェイント。

そしてパス交換。

 

サッカーの攻撃は三角形(トライアングル)が理想だけど、あの二人が連動すればそこらの選手だと相手にならないだろう。

けれど、逆に言うとそれさえ凌げばチームXに得点を得るチャンスはなくなる。

 

対策が上手くいくことを祈りつつ前を見据える俺の耳に、後半開始の音がフィールドに響き渡った。

 

 

 

TEAM TEAM

X  Z

2 - 2

 

KICKOFF!

 

 

後半は相手ボールからのスタートだ。

まずはこのボールを奪うことから始めなくてはいけない。

 

で、相手の攻撃パターンはおそらく前半同様に馬狼へ渡してからスタートするだろう。

 

 

敵FW「よっしゃ頼んだ馬狼(キング)!」

 

ほら来た。

その攻撃は何度も見ているから、最前線にいる潔と蜂楽がボールを奪いに2on1を仕掛けに行く。

 

馬狼「っ…」

 

すると、馬狼は最初にボールを持っていた敵FWに一旦ボールを戻して、二人を身体(フィジカル)で強引に抜きにかかった。

二人もなんとかその強行を止めようとするが、二人の圧力をものともしない馬狼はそのまま突破し、再び敵FWからパスを受け取るという強引なワンツーで抜いて見せた。

 

だが、その先には体格の良い國神と雷市がいる。さっきみたいなやり方だと通じないはずだ。

それを理解している馬狼は周囲を見渡してパスコースを探る。

 

 

馬狼「!…チッ!」

 

けれど、その動きは唐突に停止した。なぜなら…

 

 

吉岡「ちょ!?お前ほんと邪魔だな!」

 

俺「今ならまだお前とマッチアップできるぜ?」

 

敵FW「くそっ!?コイツ!?」

 

蜂楽「にゃはは♪行かせない!」

 

攻撃に出ているFWのメンバー一人一人を徹底マークしているからだ。

それも、自陣方向へ向かうパスコースを重点的に潰すような動きを意識している。

まあ、俺だけは例外的にMFの吉岡をマークしてるんだけど。

 

単純な作戦だが、こうすることで馬狼とその周囲のパス連動を防ぐことが狙いだ。

自身の突進力を利用して前へ前へ出たがる馬狼は、自分と同じように前方へ向かうパスを好むと考えた。

 

そこで、ポジション交代の騒ぎがひと段落した後にそのことを話した結果、こういう動きをすればいいんじゃないかと結論が出たのだ。

そして実践してみれば効果覿面だったようで、馬狼は強引に抜くこともできず、かといって攻撃的なパスを出すこともできずに怒りの表情を浮かべていた。

 

 

敵MF「馬狼(キング)こっちだ!いったん戻せ!」

 

だけど、この作戦は敵全員をマークする物じゃないから、当然ながら敵陣側へのパスに関しては防ぐ方法がない。

そして馬狼も、苛立ちを隠しもせず悪態を吐きながら後ろへパスを出した。

 

すると、馬狼はパスを出した次の瞬間にはもう動き出し、素早く國神と雷市の間に空いた空間へ走り込んだ。

意表を突かれた二人は馬狼を止めようと動くも、僅かに一歩分動くのが早かった馬狼が二人を突破した。

 

 

なるほど。

前半で吉岡にパスした後で馬狼がどうやって二人を抜いたのか気になってたけど、パス直後の動きだしの速さで二人の意表をついていたのか。

 

そんな馬狼の様子を見ていたのか、パスを受けた敵MFは再び馬狼へパスを出した。

 

 

今村「うぉらあぁぁ!」

 

敵MF「俺へのパスを!?」

 

けど、()()()マークを外しておいた敵MFからのパスを今村が自慢のスピードで横取(ジャック)した。

 

 

これはなんと潔の案だった。

完全にパスコースを塞ぐんじゃなくて、あえてパスコースを開けておくことでボールを誘導できないかと提案してきたのだ。

 

結果は御覧の通りで、パスカットに成功した今村自身もできたことに驚いていたようだった。

流石、頭脳派系の主人公様様だな!

 

何はともあれ、防衛(ディフェンス)でボールを奪うことには成功したんだ。

次は、俺たちの攻撃(オフェンス)だ!



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チームX戦-5

 

敵からボールを奪った今村は、速攻を仕掛けようと素早く敵陣方向へ転進した。

それに合わせて、俺たち攻撃陣もフィールドを駆け上がって行く。

 

 

敵MF「俺が7番(今村)につく!カバー頼む!」

 

敵MF「俺も行く!アイツは絶対止める!」

 

今村「ま~た二人相手かよ。男にモテてもうれしくねぇな~。」

 

悪態を吐きながら突き進む今村の正面にはMFが二人。

けど、二人を相手取ってシュートへ持ち込んだことを思い返しているのか、2on1の状況でも相手に油断はない。

 

最初に見せたダブルタッチからのシュートは、数で勝っていた相手の油断もあって決めた物だろう。

おそらく、警戒された今となっては今村にとっても容易には抜けないはず。

 

 

今村「つうわけで、あとヨロ!」

 

蜂楽「ほいほい。俺の出番ね♪」

 

敵MF「くっ!?こっちはこっちでやばい!」

 

けれど、パスによる戦術の多様性を改めて再認識した俺たちは、無理に一対一で抜きに行くような危険な真似はしない。

無難でも確実に一点をもぎ取るためパスを通し、徐々にチームとしてまとまって行くのを感じる。

 

だが、それは俺たちだけじゃなく、得点が均衡な状態を保っている相手チームも同じだ。

 

 

吉岡「俺が付く!あと、一人に人数掛けすぎるな!とにかくスペース潰していけ!」

 

敵MF「お、おう!」

 

敵DF「よっしゃ!俺たちも位置取り見極めるぞ!」

 

 

俺もアイツ(吉岡)の指示には良く助けられた覚えがあるからわかる。

フェイント技術に隠れて目立ちづらいけど、吉岡には俺以上の、下手すれば潔と同じくらいに高いサッカーIQがある。

 

吉岡の本当に恐ろしいところは、フェイント技術で一対一の強さを誇るにもかかわらず、そんな自分をも囮に使う狡猾さを持っていることだ。

 

 

蜂楽「一人で良いの?抜いちゃうよ?」

 

吉岡「やってみろ、おかっぱくん。」

 

 

MATCH UP!

吉岡 喜亮 vs 蜂楽 廻

 

 

蜂楽は吉岡との距離がまだある位置からスピードに緩急をつけてタイミングをずらそうと試みる。

けど、同じく幻惑するタイプの選手でもある吉岡は微動だにせず、蜂楽はすぐに諦めて一気に間を詰めに行く。

 

そして、ボールを奪い合う間合いまで互いが接近した瞬間、今度は吉岡の方からボールを奪いに来た。

まるで移動先を見極めたかのように蜂楽の右方向を塞ぎにかかった吉岡だったが、蜂楽はその動きを見て一瞬ボールより体を前に出し、踏み込んだ左脚の()()からボールを左側へ通して身体を転進させた。

 

たしか『背反旋回(クライフターン)』とかいう技だったはずだ。

それもオリジナルとは違って、ボールをけり出すモーションを省略したことで、よりコンパクトな方向転換を可能としているようだった。

 

蜂楽「!?」

 

 

だが、その動きを予見していたかのように、吉岡は進路を塞ぐ()()()()()を中断して、蜂楽の正面へ身体をずらした。

 

だが、そのままボールを奪おうとした吉岡の右足は空を切る結果に終わった。

蜂楽が直前で急停止しつつ、ボールを足元まで戻したからだ。

 

吉岡「思ったより早いな。追いつくのが精一杯だぜ。」

 

蜂楽「わぁ!なぁ潔!こいつも怪物かも♪」

 

潔「いや!喜んでる場合か!?」

 

 

相変わらず、フェイントの使い方が上手いことで。

あえて自分から先に進路を譲ることで移動先を誘導し、相手が誘いにかかった瞬間にボールを奪いに行くという、吉岡が得意とする守りの戦術だった。

 

そう、吉岡は何気に攻撃(オフェンス)防衛(ディフェンス)も上手いという万能選手なのだ。

 

そこから蜂楽も負けじと何度か攻め手を試すが、そのたびに進路を譲る形で前に出てこられてしまうため、それが誘いだとわかってる以上容易には飛び込めず、思わずその場に釘づけにされてしまっていた。

 

このままじゃ埒が明かない。

 

 

俺「蜂楽!こっち開いてる!」

 

蜂楽「ちぇ、仕方ないか。いくよ成早!」

 

吉岡「ほんと、お前は俺の邪魔ばっかしてくれるな。」

 

 

二人にとっては決着のつかない不完全燃焼で終わってしまうけど、お互いに勝つためサッカーをしてるんだ。

それが我が儘と言うことくらいは分かっているだろう。

 

二人の一対一(タイマン)に割って入ってパスを受け取った俺は、そのまま敵陣へ向かって走り込んでいた。

 

 

敵FW「お前は俺が自由にさせねぇ!」

 

俺「嫌だね!押し通らせてもらうから!」

 

相手のFWが俺に並走する形でドリブルを妨害してくるが、左サイドへ逃げるように躱しつつ前進する。

どうしても低身長の俺は肉弾戦になると弱いからな。

 

とは言え、このままだとやばい。

端まで追いやられると最悪ボールを奪われかねないし…

 

 

雷市「おいチビ!俺にパスしろ!」

 

俺「お!ナイス雷市!」

 

右後方から声が聞こえたため、急停止して相手FWを振り切った瞬間に雷市へパスを出した。

 

 

雷市「よっしゃあ!雷市タイムだ!」

 

だが、パスを受け取った雷市はそのまま中央突破を選択したようで、敵味方が入り乱れる混沌とした一帯(エリア)へ向かっていく。

 

っていうか、敵の数のほうが多いから普通に危険なんだけれども!?

 

 

敵MF「なんだアイツ。こっちに突っ込んでくるぞ!」

 

敵FW「上等だ!俺がボール奪ってやるよ!」

 

そんな雷市の行動に舐められたと捉えたのか、FWの一人が雷市の方へ向かっていった。

 

 

雷市「ハッハー!一人で俺様を止められると思うなよ!」

 

潔「雷市!無茶しないでいったん俺にパスを…」

 

雷市「誰がパスなんざするか!俺様がこのままゴール決めるから、せいぜい指くわえて見てやがれ!」

 

潔「え!?」

 

今村「なっ!?ちょっと待て!危険すぎるだろ!」

 

 

やばい!俺たちはチームになってきたと思っていたけど、まだ完全なチームになり切れていなかった!

よくよく考えれば、控室の時の反応を見てもそんなことは明らかだった。

 

くそっ!安易に雷市にパスを出したのは失敗だったか!?

なんて考えつつも、雷市が万一ミスした時にフォローできるように、俺は雷市の方へ走り出した。

 

周囲の心配をよそに一人独走する雷市は、正面から来ていた敵を前にゆっくりと間合いを詰めていく。

そして距離がだいぶ近づいたところで右側から抜こうとして、それに反応した敵FWを躱すようにすぐさま左へ切り返して抜き去った。

 

 

あの動きって…

 

 

 

馬狼「この俺を差し置いて王様気取りか?笑わせる。」

 

雷市「んなっ!?」

 

だが、抜かれた敵FWのすぐ後ろに控えていた馬狼によって、雷市の突進は止められてしまった。

ボールを奪われて転倒する雷市を見下すように一瞥した馬狼は、すぐに興味を失ったように俺たちのゴールへ向けて走り出した。

 

相手のカウンターだ!

 

 

雷市「だぁ!クソが!」

 

今村「ほら!言わんこっちゃない!」

 

潔「とにかく守り固めよう!」

 

 

潔の言葉を受けて俺もすぐに自分のゴールへ向けて走り出し、馬狼の進路を目で追いながらポジショニングを思考する。

 

完全に雷市の背後に回るまで間に合わなかった俺と馬狼との距離は離れてる。

このまま馬狼の方へ進路をとっても、おそらくゴール直前で間に合うかどうか微妙なラインだ。

 

だから、俺が今止めるべきは馬狼じゃない。

そう判断した俺は、抜け目なく馬狼とラインを合わせて駆け上がる吉岡に狙いを定める。

 

 

俺「よお吉岡!またまた会ったな!」

 

吉岡「っ、お前はほんとに…やりにくいったらねぇな!」

 

走行している間にも、馬狼は突進力に物を言わせて俺たちのゴールへ向けて猛進していた。

だが、その進路上に割って入るように國神が馬狼と正面から対峙する。

 

國神「お前は通さねぇ、ここで止める!」

 

馬狼「さっきの間抜けよりは骨がありそうだな。上等だ、抜いてやるよ。」

 

 

MATCH UP!

馬狼 照英 vs 國神 練介

 

國神は馬狼に対して前に出て強く体を寄せるディフェンスを選択したようで、突進力が売りの馬狼も流石に國神の筋肉と言う壁を超えるには至らず、ガンガン間合いを詰めてくる國神とにらみ合う形となった。

 

國神「お前の突進力は脅威だ。でも、足さえ止めればこっちにも分がある。」

 

馬狼「お前なぁ…その程度で俺を止めた気でいるのか?あめぇんだよ!」

 

そう言い放った馬狼は、直後に外方向へ素早くドリブルで切り込んだ。

しかし、國神もすかさずそれに対応してコースを塞ぎにかかる。

 

だけど、おそらく馬狼の狙いはその後、切り返しによる逆サイドからの突破だ。

俺がそう考えるとほぼ同時に、馬狼は予想通り切り返しによる突破を試みようと重心を反転させた。

 

その動きを一番近くで捉えていた國神も、そんな馬狼の狙いを看破しているのか勢いよく急停止して、逆サイド側へ転がってくるだろうボールを奪わんと足を伸ばした。

 

が、馬狼の方がより一枚上手だったようだ。

馬狼が切り返したボールは逆サイドではなく、國神の足下へと転がされ、驚く國神の股下を素通りして転がって行く。

 

そんな切り返しと股抜きを同時に成功させた馬狼もまた、急停止した國神の横から抜き去り、再びゴールへ向けて猛進を再開した。

國神と雷市ならワンチャン止められたかもしれないが、肝心の二人の位置が離れていたのだから仕方ない。

 

國神「!?くそっ!」

 

今村「おいおい!やばいんじゃないか!?」

 

俺「我牙丸!イガグリ!馬狼についてくれ!」

 

我牙丸「おう!任せろ!」

 

イガグリ「お、俺ぇ!?…えぇい南無三!やってやらぁ!」

 

こうなったら、ディフェンスの最終ラインで奪うしかない!

 

そう思った俺は、死角を意識しながら馬狼へ忍び寄るように走って追いかけた。

視線の先では、我牙丸とイガグリへ向かって前だけを見て走る馬狼の姿があった。

 

近づいてくる馬狼に対して萎縮しているのか、イガグリは引きつった表情を浮かべていたが、その距離がある程度縮んだタイミングで雄たけびを上げながら突っ込んで行った。

 

だが、馬狼はそんなイガグリを切り返しもなしに緩急をつけた動きだけで躱し、そのままゴールへ向かおうとして…

 

 

我牙丸「ここで、止める。」

 

馬狼「点とったくせに後ろに引っ込むような腰抜けに用はねぇ。どけ。」

 

 

MATCH UP!

馬狼 照英 vs 我牙丸 吟

 

馬狼は國神の時と同じく、今度は内側へ切り込んでから外への切り返しで我牙丸のことを抜き去ろうとする。

だが、我牙丸は左右へ揺さぶりをかけてきた馬狼の動きに、まるで飛び跳ねるような動きでもって追いついて見せた。

 

あれは、おそらく肉体のバネという武器を活かして、馬狼の素早い切り返しの動きに対応しているんだろう。

俺は僅か1、2秒でも止めてくれれば御の字という意味合いで頼んだが、これは期待以上に馬狼の足止めに貢献してくれるかもしれない。

 

止められた馬狼は苛立ちを隠さずもう一度抜こうと身構えるが、その横からしれっとボールを奪おうとするイガグリに気付いて一度後ろへ距離を取った。

 

我牙丸「邪魔なんだろ?どかせて見せろ。」

 

馬狼「調子こいてんじゃねぇぞちょんまげ…」

 

イガグリ「…もしかして、俺たちってコイツ(馬狼)相手に通用する感じ!?」

 

馬狼&我牙丸「「…」」

 

意気揚々と言い放った言葉をスルーされるイガグリを視界に捉えつつ、俺は馬狼との距離を密かに詰めていた。

後数歩分の距離で、()()()()()()()ボールを奪える位置に。

 

これが、対馬狼のボール奪取方法。

我牙丸が足止めしてくれてる間に背後に回り、死角からボールを横取りするというものだ。

 

単純な作戦だが、俺は死角を意識した動きにはかなり自信があるし、この距離まで馬狼に気付かれることもなく接近できたのが有用な作戦である証拠だ。

後は馬狼の背後から足を出してボールを我牙丸たちの方へ蹴り出せば…

 

 

 

吉岡「馬狼、後ろから来てる!こっちにパス出せ!」

 

馬狼「!?チッ!命令すんな!」

 

だが、ボールを奪う直前になって吉岡が叫んだことで馬狼に気付かれ、俺を睨みつけながらも素早く吉岡へパスを出した。

そしてそれを受けた吉岡が、ゴールに向かって一直線に走り込んでいく。

 

しまった!

ずっと馬狼を止めてボールを奪う方法ばかり考えていたから、一緒に上がってくる吉岡のことまで頭が回ってなかった!

 

だが、俺がマークを外したことを見ていたのか、久遠がスペースを埋めるようにカバーに入ってくれた。

 

俺「悪い久遠!助かった!」

 

久遠「俺も助けられたからな!お互い様だ!」

 

吉岡「おっと、安心するのは早いんじゃねぇか?」

 

そう言うや吉岡は久遠の方へ敢えて走って行った。

驚く久遠だったが、すぐに意識を切り替えつつ吉岡と対峙する。

 

 

MATCH UP!

吉岡 喜亮 vs 久遠 渉

 

吉岡は久遠との間合いを詰め、再びフェイントで揺さぶりをかけに来た。

対する久遠は、吉岡が攻めてくる直前でわずか半歩分だけ後方へ下がった。

 

久遠「お前の対策は、成早が実践して見せてくれたからな。」

 

吉岡「俺たちの攻防を真似たつもりか?」

 

吉岡はそう言いながら一度ボールを戻し、再び攻撃を仕掛ける姿勢をとった。

それに呼応するように、久遠は腰を落として攻撃を待つ構えをとる。

 

 

馬狼「ほら!こっちだパスだせ!」

 

我牙丸「すまん成早!抜かれた!」

 

だが、馬狼をマークしていた我牙丸とイガグリが二人揃って抜かれていた。

たぶん、さっきのパス直後の意表をついて抜いたんだろう。

 

くそっ!どんどんこっちが後手に回る展開に…

 

吉岡「へっ!嫌だね!」

 

馬狼「!?」

 

吉岡「お前ばっか得点ずるいだろ?俺にも点取らせろよ。」

 

しかし、吉岡は再び久遠に向かってフェイントを仕掛けに行く。

対する久遠もタイミングを見極めて半歩下がろうとするが…

 

吉岡「確かに動きは真似できてる。けどな…タイミングが甘いんだよ。」

 

久遠「っ!?さっきより、速い!?」

 

俺の動きを見様見真似で再現しようとしたのが甘かったのか、吉岡は久遠が半歩後ろに引く動きに合わせて、フェイントを使わずそのままドリブルで突破にかかった。

一瞬とはいえ宙へ飛んだ久遠はその動きに対応が遅れてしまい、吉岡は余裕綽々と行った様子で久遠を躱してみせた。

 

そして完全フリーとなった吉岡は、そのままゴールへ走っていき、PAへ侵入すると同時に右足を振り抜いた。

蹴り放たれたボールはゴール左側へ向かって飛んでいき、なんとか反応した伊右衛門の手も触れること叶わず…

 

 

 

GOAL!

 

TEAM TEAM

X  Z

3 - 2

 

 

吉岡「いよっしゃぁあ!」

 

敵FW「おぉ!ナイスだ吉岡ぁ!」

 

敵MF「こりゃあ馬狼(キング)の右腕の誕生かぁ!?」

 

見事なゴールを決めて喜びを分かち合っている吉岡を見ながら、相変わらず凄いやつだと心中で称賛を送っていた。

 

今は敵、しかも得点を奪われた直後なのに、やはり同じ部の仲間だったからか、悔しさよりも不思議と喜びの方が強かった。

 

だからだろうか?

 

 

 

 

 

「…へへっ」

 

俺もそんなゴールを決めたいと、心の奥底から熱い感情が湧き上がったのは…



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チームX戦-6

ウチのチームから見事に得点して見せた吉岡は、俺に向かって得意げな笑みを浮かべていた。

その表情に若干イラっとしつつも、経緯と挑戦の意を込めて拳を向けながら笑みを浮かべてやった。

そんな俺を見てニヤリとする吉岡が戻って行くのを見送りながら、俺も自分のポジションへ戻って行った。

 

その時、チラッと見えた馬狼の表情は、怒りのような感情をのぞかせていたが、その理由に考え至る前に試合再開のホイッスルが鳴り響いた。

 

 

KICKOFF!

 

 

試合開始と共に、蜂楽からボールを受け取った潔はそのまま前進しつつ、直進してくる馬狼とマッチアップする手前の距離から蜂楽へパスした。

パスを受けた蜂楽は正面から対峙しに来た敵FWをダブルタッチで躱し、そのまま敵陣を直進しようと試みる。

 

蜂楽「一人じゃ俺は止められないよ♪」

 

敵MF「知ってらぁ!」

 

敵FW「よし!前後から挟み込むぞ!」

 

 

だが、敵MFの一人が素早くカバーに入って蜂楽を足止めし、蜂楽に抜かれた敵FWが後ろからボールを奪おうとしていた。

更に、よく見るとその奥からも敵MFが蜂楽の方へ距離を詰めながらスペースを潰しにかかっていた。

 

完全に孤立しそうになった蜂楽はいったん潔へボールを戻したが、敵FWが蜂楽にマークしたまま、敵MFだけ潔の方へカバーに走った。

 

潔は次のパスコースを探すが、蜂楽はマークがついててパスが難しく、その奥の右サイドにいる今村もパスするスペースが小さくてパスは少し厳しかった。

 

そうなると攻撃の起点となるのは…

 

 

潔「成早!」

 

俺「おう!いくぜ潔!」

 

俺たちのチームはドリブル技術の高い選手が右側に集中している。

故に右側のスペースを重点的に潰されればゴールまでの突破力に欠けることになる。

 

だが、逆に言えばそれは左側から攻めるとスペースを広大に使用できるということに他ならない。

だからこそ、ゴールを決めた我牙丸と交代したことで、さらに警戒が薄まった左サイドにいる俺こそが、今チームZにおける攻撃の要となるはずだ。

 

パスを受け取った俺は、大きく開かれている左端のスペースを駆け上がっていく。

前方から敵FWがこちらに向かってくるが、意表を突いたおかげか徐々に接近されつつも並走する状態をキープしていた。

 

とは言え、このままだとさっきの二の舞になるだけだ。

試しに右後方に視線を向けてみると、俺からもう一度パスをもらえると踏んでか雷市も近くを走っていた。

 

そこで、俺は志向を変えて急に右へと進路を変更した。

 

俺と並走することを優先していた敵FWは急な方向転換に対応できず、その背後を抜けるようにして俺は敵FWの右側へ出ることに成功する。

だが、相手より後ろへ下がってしまったことで、すぐに進路を塞いできた敵FWによって俺は足を止めてしまう。

 

敵FW「さっきの切り返しは驚いたが、ドリブル技術は並みだな。」

 

俺「ま、そっちの王様(馬狼)あの二人(蜂楽・今村)に比べたらね。」

 

 

確かに、俺のドリブル技術は決して高いレベルにまで達していない。

…が、俺の武器はそこじゃない。

 

ドリブルが得意な者は敵を抜き去り、シュートが得意な者はゴールを奪う。

俺も自分の得意とする分野で勝負しに行けば良いだけだ。

 

 

だから俺は、敵を抜くためではなく、単純に距離を開けるために中央に向かって走り出した。

そんな俺の動きについていくように敵FWも並走してきたが、足止めを優先して俺に近づこうとすることはなかった。

好都合だ。

 

 

俺「潔!」

 

潔「ああ!」

 

俺は敵MFと対峙している潔を呼び、意図を理解してくれた潔は俺のいるほうへ走り出した。

敵はここにきて俺が次に起こすアクションに思い至ったのか、俺たちの間に割って入ろうとしたが、僅かな遅れが生んだスペースへ俺はボールを蹴り出した。

 

潔の進路上へ置くように放ったボールへ全員の視線が集まって行く。

この一瞬こそ、俺の武器を最大限活かせる瞬間だった。

 

ボールへ視線を移したことで俺から視線をそらした敵FW、の死角である左側へ潜むように俺は身体を滑り込ませる。

そして、完全に俺を見失って困惑する敵を尻目に、俺は敵FWを置き去りにした。

 

これで完全なフリーに…

 

 

吉岡「改めて見ると、お前の得意技も結構な脅威だよな。」

 

俺「なっ!?」

 

 

なんで吉岡がいるんだ!?まさか、俺の動きが読まれたか?

 

吉岡の登場に驚いた俺は思わず足を止めてしまい、結果的にフリーになるチャンスを失ってしまった。

潔も俺へのパスコースが危険だと判断して、対峙する敵MFにボールを取られないようキープしていた。

 

けど、ここで吉岡を抜くことができれば俺たちにもチャンスが訪れるということだ。

そう思った俺は、ボール保持者の潔と俺を注視する吉岡の視線、そこから生まれる死角を意識する。

 

そして、吉岡が一瞬だけ視線を潔の方へ動かしたと同時に、俺は死角となる左側へ思い切り走り込んだ。

これで躱すことができれば、もう一度フリーになる決定的なチャンスが…

 

 

吉岡「このタイミング、だよな?」

 

俺「くっ…やっぱそう簡単にはいかないか…」

 

しかし、そんな俺の思考を見透かしたかのように、吉岡は俺の進路を塞ぐように飛び出してきた。

 

 

 

元々俺たちは同じチームメイトだった。

強い相手に勝つため、俺たちは互いの武器を理解し合い、協力することで県大会優勝までこぎつけることができた。

 

つまり、俺が吉岡の武器を知っているように、吉岡もまた俺の武器を知っているのだ。

 

俺の武器の要である『死角を利用する』という技術は、相手の視界から消えるという一見弱点のないものに見えるが、それでもたった一つだけ小さな弱点がある。

それは、攻撃のタイミングが()()()()()()()()()()という点だ。

 

死角を利用するということは、自分のタイミングではなく、相手の視線移動を起点として仕掛けることを意味する。

つまり、蜂楽や馬狼のように能動的で自分から仕掛ける『攻撃』ではなく、むしろ受動的な相手の攻撃に返しを入れる『反撃』という手段に近い。

 

これは、相手の行動に合わせて弱点を突くという戦法とも取れるが、逆に言えば相手の行動に左右される危険もある。

 

そんなことを自慢げに語っていた吉岡曰く、俺の止め方は『意図的に死角を作り、その空間をカバーする』というものらしい。

 

 

実際、その対策を確立させた辺りから、俺は吉岡をうまく抜くことができなくなっていた。

100%止められるというわけでもなかったが、かなり高確率で進路を塞がれることが多かった。

 

多分、無意識下でボールを追ってしまった場合は別だろうけど、それ以外の視線移動はほぼすべてこっちの動きを誘導する(フェイク)だ。

おまけに、視線移動と言うただでさえ短いチャンスの中じゃ、それが罠かどうかなんてとても判別できない。

 

結果的に、俺の死角を利用するという動きを逆手にとった動きで、吉岡は俺の攻撃を封じて見せた。

 

まあ、俺も吉岡のこと止められてるから、お互いが一進一退の攻防を繰り返してる状況に陥ってるんだけどね。

 

 

吉岡「コイツ(成早)は俺が付くから、お前はボール奪いに行け!」

 

敵FW「分かった!カバー助かる!」

 

俺を追ってきた敵FWに指示を出しつつ、吉岡は俺から視線を一切外そうとはしなかった。

指示出しのためとはいえ、一時でも俺から視線を外すのは危険だと判断したからだろう。

実際、その隙を狙っていたのだから困ったものだけど…

 

 

俺「指示出すときくらい目を見て話してやったほうが良いんじゃないか?」

 

吉岡「それは反撃(カウンター)の時にでもしてやるさ。お前を止められるなら、多少の無礼も働くぞ?俺はな。」

 

皮肉気に視線を外すよう要望を伝えてみても、そんな要求など知ったこっちゃないと、吉岡からはますます注視される結果に終わるだけだった。

 

 

そうしている間に、ボールを保持していた潔の方で動きがあったようで、いつの間にか彼の近くまで走っていた國神へボールが渡っていた。

敵の前線がほとんど出払っている現状で國神は完全フリーだったためか、ドリブルしながら一人悠々と敵ゴールへ走り込んでいた。

 

敵FW「くそっ!誰かアイツ(國神)止めろ!」

 

敵MF「DF(ディフェンス)!シュートコース塞ぐよう陣取れ!」

 

相手は前半の最後に見せた射程の長いミドルシュートを警戒している。

流石にシュートコース上に人が立っていては、無警戒だった時に比べてシュートの成功率はグンと下がってしまう。

それでも、痛烈に決まったあのゴールを思い出してか、敵の多くが國神の動きに注目していた。

 

 

 

馬狼「俺より目立とうとすんじゃねぇよ。」

 

國神「っく!?」

 

それは王様(馬狼)にとっても同じだったようだ。

だが、他の選手たちが『また決められるかも』という消極的な意識に対し、馬狼は『主役を奪い返す』という積極的な気概が感じられた。

 

突然の馬狼出現に驚いた國神は一度足を止め、奪いに来る馬狼の動きを警戒した。

しばらくそのまま二人のにらみ合いは続いたが、一向に攻勢へ出ない國神にしびれを切らしたのか、馬狼は何の前触れもなく國神へ肉薄した。

 

馬狼の急な行動に不意を突かれた國神は、ボールを奪われないよう体を入れ替えて馬狼の突進を背中で受け止めた。

あの状況からじゃ身体を反転させて突破するのは無理だ。

 

となると、攻め手を失い防戦一方となっている國神ができることは一つ。

ポストプレイヤーとして別の味方がボールをもらいに行くまで時間を稼ぐこと。

そして俺たちにできることは、一秒でも早く國神をフォローして攻撃再開することだ。

 

 

そう考えた俺は、吉岡を抜き去ることを一旦放棄して國神の方へ走り出す。

けど、そんな俺の考えを理解していると言わんばかりに、吉岡も俺とほぼ同時に走り出して追想してきた。

 

俺を徹底的にマークする姿勢にうんざりの表情を向けて見るも、吉岡は『逃がさない』とばかりに嫌な笑顔を返してきた。

他の選手たちも一様に國神へ群がるような動きを見せたが、最も早く國神の元へ訪れたのは…

 

 

 

敵FW「馬狼(キング)!ナイス足止め!」

 

國神「くっそが!?」

 

馬狼「…チッ」

 

吉岡の指示でボールを奪いに行った例の敵FWだった。

いくら筋肉が代名詞につくほどの身体(フィジカル)を持つ國神と言えど、前後から挟まれるようにボールを奪いに来られては打つ手がない。

 

割と長い間、馬狼からボールを守り切ったという功績はあったが、俺たちはチームXへ反撃(カウンター)のチャンスを与えてしまったのだ。

 

 

久遠「やばいぞ!お前ら急いで戻れぇ!」

 

吉岡「よっしゃあ!攻めるぞお前ら!」

 

さっきまでしつこく俺に付きまとっていた吉岡も攻撃に参加する中、俺はボール保持者となった敵FWの動きを注視しながら戻って行くことにした。

おそらく敵FWは馬狼へパスを出して攻撃に参加しに行くはずだ。

 

それなら馬狼の死角を狙えばいいだけだし、もしそのままドリブルで突破を試みるなら、せめて馬狼へのパスコースを塞げば良い。

そう思って視線で追っていたのだが…

 

 

敵FW「さあて、どっから攻めてっ!?」

 

馬狼「寄越せ。」

 

敵FW「え?ちょ、馬狼(キング)!?」

 

馬狼は唐突に仲間からボールを奪い、そのままこっちのゴールへ独走を始めた。

 

急に始まった独善的なプレースタイルに一瞬困惑するが、俺にはむしろその行動には既視感のようなものを感じていた。

 

 

…もしかして?

その直感を信じて、俺は馬狼の死角へ潜り込み、ひとまずそのまま潜伏することにした。

 

そんな俺の眼前では馬狼が雷市に1on1を仕掛けようとしていた。

 

 

雷市「来んのか?上等だオラァ!」

 

馬狼「騒がしいんだよ。口を慎め下民が。」

 

 

MATCH UP!

馬狼 照英 vs 雷市 陣吾

 

雷市は馬狼へ肉薄していくが、馬狼はそれに狼狽えることもなく、仕掛けるために重心をやや低くした。

その動きを察知した雷市は、馬狼の動きをよく見るようにそこで一瞬足を止める。

 

だが、その一瞬の隙を刺すように馬狼は急遽スピードを上げて加速し、雷市をそのまま抜き去りにかかる。

 

 

雷市「な、めんなぁ!」

 

何とかその動きについていけた雷市は、そのまま馬狼の進路を塞ぎにかかる。

しかし、ここで馬狼お得意の切り返しによって裏を突かれ、雷市はそのまま逆サイドからの突破を許してしまう。

 

雷市「っ!」

 

馬狼「無駄に声を張り上げるな。負け犬が。」

 

 

 

國神「いや!まだ俺がいる!」

 

ところが、素早く戻ってきていた國神が雷市の後ろから現れ、馬狼の進路を塞ぐことに成功した。

これにはさすがの馬狼も一度足を止め、転進してボールを奪いに来た雷市と入れ替わるように距離を取った。

 

 

雷市「俺様を助けたつもりか?こんな奴、俺一人で…」

 

國神「そんなつもりはねぇけどよ、実際お前ひとりじゃ無理だろ。つうか、俺も一人じゃやべぇんだ。良いから手伝え。」

 

雷市「命令すんじゃねぇ!筋肉バカが!いいから黙って見てろ!」

 

馬狼「お前らなぁ、王様の御前ではしゃぎ過ぎだ。大体、二人で止められると思ってんのか?」

 

吉岡「馬狼!こっちフリーだ!パス出せ!」

 

馬狼「うるせぇ!なんで俺様がてめぇの指図を受けなきゃならねぇんだ!」

 

吉岡「指図って…じゃなくて、お前の後ろから」

 

 

 

俺「はい残念!三人でした~。」

 

馬狼「なっ!?この、チビ!」

 

俺「だから護衛を勧めたのに…他人の忠告は聞くもんだぜ?」

 

國神「ナイスだ!成早!」

 

二人の足止めのおかげで背後まで接近した俺は、そのまま足だけ出して馬狼のキープボールを弾いて國神へ渡した。

 

もし吉岡の方へパスを出されていたら、さっきと同じ展開になっていたから、これは正直賭けにも近い行動だった。

だが、どうやら俺の予想は当たっていたようだ。

おそらく馬狼はもう、()()()()()()()()()()だろう。

 

まあ、何はともあれボールを奪い返すことには成功したんだ。

今度こそ得点するために反撃(リベンジ)しようじゃないか!



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チームX戦-7

俺は奪ったボールを蹴って、前線に残っていた今村へロングパスを送った。

 

俺からのパスを見て今村も素早く転進しつつ敵陣へ向かって走り込んでいく。

そんな今村につられるように、チームZの全員が前線を徐々に上げていった。

 

敵FW「やべぇ!カウンター来るぞ!」

 

吉岡「なっ、くそぉ!…守備固めろ!絶対止めるんだ!」

 

 

悔しさを滲ませた吉岡は仲間にチームに指示を出しつつ、パスを出さなかった馬狼を一瞥してから守備に戻って行った。

そんな視線を受けた馬狼はそれに気付くことなく、俺を睨みつけるように表情を歪ませながら走り出した。

 

 

吉岡の気持ちはよくわかる。

あの場面でパスを出されてたら完全に吉岡がフリーで抜け出し、おそらくそのままこっちのDF陣を抜いてゴールを決めていたと思う。

そうなったら4-2、残り時間的にも逆転は不可能な点差に持っていくことができただろう。

でも、そうはならなかった。

 

いや、馬狼がそれを()()()()()()()()

 

原作を読んで馬狼という人物を多少なりとも理解している俺だからこそわかる。

馬狼が理想としているのは『己のゴールによって敵を制圧するサッカー』だ。

 

そのために馬狼が求めているのは自分のゴールという結末で、その過程で馬狼以外がゴールする可能性がある選択肢を極端に嫌う傾向がある。

だからこそ、一度ゴールを決めている吉岡へのパスを馬狼は拒んだ。

 

一ファンとしての推測はそんなところだが、まあ当たらずとも遠からずってくらいには外していないと思う。

 

何と言うか、吉岡の立場になってみれば気の毒だな。

俺からすれば得点するチャンスが来てラッキーって感じだし、ここで確実に点を決めておきたい。

 

 

さて、一方のボールを受け取った今村だが、正面から来た敵DFと横から来た敵MFに挟まれて、徐々に逃げ場のない右サイドへ追い詰められていった。

 

今村の武器はスピード&テクニックだけど、囲まれればスピードは活かせないし、おそらくだけど今村のテクニックはスピードに乗らないと活かせない。

敵が意図的にやったのかどうかは分からないけど、囲まれ追い詰められていく今村の顔には焦燥が浮かんでいた。

 

蜂楽「今村、パスパス!」

 

今村「あ~あ…また活躍の機会を逃したぜ。」

 

悪態を吐きながら今村は蜂楽へパスを出し、それを受け取った蜂楽が素早くドリブルで突き進もうとするが…

 

敵MF「やらせねぇ!」

 

敵DF「お前は俺らが止める!」

 

蜂楽「おぉ!カバー速いね!でも二人じゃ…」

 

敵MF「おい!これ…俺の負担、多すぎ…」

 

敵MF「おっしゃナイスカバー!まあ頑張ってくれ!」

 

蜂楽「え、マジで!?良くここまで追いついてきたねぇ!」

 

なんと、蜂楽をマークしていた二人に加え、今村を追いかけていた敵MFの一人が蜂楽の方へカバーに入ってきたのだ。

確かに二人の距離は比較的近かったけど、それでも余裕で20m以上は離れているはずなんだけど、それでも間に合わせるなんて、絵心に選び抜かれたストライカーなだけはあるな。

 

おそらくは試合後半と言うシチュエーションを鑑みて、スタミナ消耗を無視して右サイドを完全に封じに来たんだろう。

実際、その戦術がはまって右サイドの二人は完全に攻めあぐねていた。

 

マークが一人になった今村だったけど、その方向へ守備が集中している蜂楽はパスを出せず、もう後ろへ出すパスしか通りそうになかった。

 

國神「蜂楽!こっちだ!」

 

蜂楽「お!ナイス國神!」

 

その状況を察して國神が近くまで走り込み、声に反応した蜂楽が國神へボールを預ける。

國神にも一人敵FWが張り付いているが、國神は持ち前の身体(フィジカル)で強引にドリブルで突き進んでいく。

 

敵FW「こ、の!?どんな筋肉してやがる!コイツ!?」

 

國神「うっし。このままゴールまで…!?」

 

馬狼「させねぇよ。」

 

だが、敵チームの絶対王者(馬狼)が直々に國神の正面へ立ちふさがった。

それを受けて國神は足を止め、並走していた敵FWからボールを奪われないよう気を付けつつ、馬狼への警戒を強めていた。

 

 

馬狼「どうした筋肉兵?俺を抜いてみろよ。」

 

國神「へっ、そんな挑発には乗らねぇよ!」

 

敵FW「ナイスカバーだ馬狼(キング)!協力してコイツからボールを」

 

馬狼「うっせぇ!俺様の邪魔すんじゃねぇ!」

 

敵FW「え?…いや、これどう見てもチャンス…」

 

馬狼「俺様(キング)に一々指図すんな!ぶっ殺されてぇのか!?」

 

一方の馬狼だが、協力して責め立てればボールを奪えそうな状況にもかかわらず、あくまで自分がボールを奪うという態度(スタンス)を崩そうとはしなかった。

そんな敵のやり取りを見た國神は、何とか単独で突破を試みているのか様子を伺っていたが、流石に隙を見せるような無様をさらすことはなかったようで、そのままにらみ合いが少し続いていた。

 

 

俺「こっちだ國神!」

 

國神「成早!くっ、頼んだ!」

 

俺「お任せあれ!」

 

そんな状況を何とかしようと、俺は國神の方へ走り込んでパスをもらいに行った。

比較的守備の割合が少ない左サイドからであれば、何とか切り崩せるのではないかと考えたからだ。

 

俺を視界に捉えた國神は、一瞬悔しそうな表情を浮かべつつもすぐにパスし、馬狼に至ってはまるで親の仇を見るような恨みがましい視線を向けてきた。

…いや、身に覚えがあるから何とも言えないけど、せめて殺気染みた視線を向けるのはやめてほしいんだが。

 

そんなことを考えながらパスを受け取った瞬間、俺の背後に張り付く誰かの気配を感じた。

振り返ってみると、そこにいたのは…

 

 

吉岡「よぉ!これで何度目だろうな?成早?」

 

俺「俺が言うのもなんだけど、ちょっとしつこすぎないか?」

 

やっぱりと言うか、吉岡だった。

しかも、さっきまでやってた間合いを図りながらのディフェンスじゃなく、身長差を活かした零距離でプレスするディフェンスに切り替えてきた。

 

ここまで接近されると俺の死角を突くという戦術が上手く使えない。

吉岡もフェイントを活かしきれないという弱点があるけど、そうなると単純な身体(フィジカル)勝負になる以上、俺にはどうにも分が悪い戦いになる。

 

でも、それはあくまで俺が吉岡と1on1で戦おうとした場合の話だ。

 

 

俺「とりあえず潔、頼んだ!」

 

潔「分かった!」

 

俺は吉岡に奪われないよう、やはり敵の警戒が薄い潔へパスを出す。

さりげなく俺がパスを出しやすい位置にいた潔は、やはり無意識化で自分の武器を使うことができているけど、今の段階ではまだ自覚がないようだ。

 

そして、パスを受けた潔を中心としてチームZの全員が敵陣へ流れ込んでいく。

そんな流れに乗るように、俺はパスした瞬間に視線が移る吉岡の死角を突いて裏へ飛び出そうとするも、やはりその動きを読んでいた吉岡によって進路を塞がれてしまう。

 

吉岡「お前だけは絶対に抜けさせねぇって。」

 

俺「ったく、ほんとに厄介だな。」

 

軽口を叩きつつ、吉岡と並走する形で敵陣へ向かって走って行く。

 

 

そして、俺からのパスを受け取った潔はと言えば、走りながら正面に待ち構えている敵DFを相手にどう躱すかを考えているようだった。

確かに彼は、自前のドリブル技術などが並レベルで、今村や蜂楽、馬狼のように自分からチャンスを作り出す能力に欠けている。

 

原作では成早()をきっかけにその弱点を克服していくんだけど、現段階の潔はまさに凡人の域を出ない選手になってしまっている。

ここで吉岡を引きはがして前に出れば俺が得点できるんだけど、コイツのマークを外す方法が思いつかない今は難しい。

 

と、あれこれ考えているうちに潔と敵DFが対峙する状況になっていた。

潔は何とか足元でフェイントをかけて敵を引き付けようとするが、自分が守備の最終ラインと自覚している敵DFは簡単には乗ってこず、無駄な時間ばかりが過ぎていく。

 

でも、そんな潔の姿を捉え続ける俺の視界の端から、一つの影が潔に向かって素早く移動しているのが目に入った。

 

 

今村「俺に出せ潔!」

 

潔「!今村、頼んだ!」

 

自慢のスピードでマークされていた敵DFを強引に引きはがした今村へパスが通り、潔についていた敵DFも反応して今村を止めようと進路を変える。

けれど、敵DFが辿り着く前に今村はPAへ侵入してシュートモーションを取った。

そのまま勢いよく放たれた今村渾身のシュートは、シュートブロックを試みた敵DFの足先を通過して敵ゴールへ直進し…

 

 

 

 

 

ガンッ!

 

今村「くっそ!今の決まっても良いだろ!?」

 

敵DF「っし!セカンドボール!」

 

どうやらゴール右角ギリギリを狙った今村のシュートが、敵DFの足先を掠めたことで軌道が逸れたようで、敵のゴールポストに弾かれてしまう結果となってしまった。

結構本気で放ったシュートらしく、勢いよく跳ね返ったボールは敵DFの傍を通り過ぎ、その先にいた人影の方へ転がって行った。

その人物を見た俺は、昂った感情をそのまま言葉にして吐き出した。

 

 

 

俺「そのまま撃っちまえ!」

 

今村「撃て!潔!」

 

蜂楽「やっちゃえ!」

 

俺たちの声援が聞こえたのか、潔は転がってきたに触れる僅か手前でシュートモーションを取った。

そんな潔の動きを見た敵DF達がシュートを止めようと走るが、転がってきたボールを一々トラップするならともかく、そのまま直接蹴り出すという動きに間に合うはずもなかった。

 

 

潔「いっけぇ!」

 

叫び声と共に放たれたシュートは、今村のシュートを止めようと右へ飛んでいたGKが戻ろうとしたがら空きのゴール左側へ突き刺さり、ゴールを伝えるブザーの音が鳴り響いた。

 

 

 

GOAL!

 

TEAM TEAM

X  Z

3 - 3

 

 

潔「…っ、しゃあああああ!」

 

今村「よくも俺のゴールを奪ってくれたな!ナイスだこのやろ~!」

 

蜂楽「やったね!潔!」

 

蜂楽たちに囲まれる潔を遠目に見ながら、俺は潔のシュート直前の動きを思い返していた。

正直、今村のシュートシーンの方を注視していたからよく見てなかったけど、気付いた時にはすでに今村のシュートが弾かれて転がってくるポイントへ走り込んでいた。

 

もし潔がいなかったら、そのまま敵にボールが渡ってカウンターの危機だった場面だ。

単純に潔の功績はかなり大きいが、ほとんどの者が()()()()()()()()()()()()()()だと思っているだろうし、潔自身もそう思っているはずだ。

でも、原作を読んで彼のことも知っている俺は()()と判断した。

 

間違いない。

潔は原作でいう『ゴールの匂い』を感じ取ったんだ。

そうでなければ、あんなシュートが跳ね返ってくる場所へピンポイントで走り込むことなんでできない。

少なくとも、俺があの場に居合わせたとするなら見逃していたチャンスだったはずだ。

 

そして、無意識で持ち出してきた()()()()()()()が刺さって、今回の得点につながったんだ。

まだ自分の意思で使いこなせていない二つの武器だけど、それがいざ機能するとピンチがチャンスに変わってしまうほどのポテンシャルをもってる。

 

潔がこれを使いこなせたらと思うと…うっへっへ、サイコー

 

 

そんなことを考えていると、さっきまで並走していた吉岡が近づいてきて、潔の方を見ながら話しかけてきた。

 

 

吉岡「ふぅ…あの11番()、なかなかいい場所に陣取ってたなぁ。やられたぜ。」

 

俺「だよな…にしても、これで同点だな。」

 

吉岡「全くだ。お前が最初にボール奪ってから、お前らのチームも徐々にまとまってきたし、正直やばいかもな。」

 

俺「そりゃどうも。でもいいのか?敵の俺にそんなに本音漏らしても。」

 

吉岡「なぁに、ちょっと愚痴りたかっただけだよ。…それに、俺の本音なんて言うまでもなく知ってるだろ?」

 

俺「…そうだったな。ま、試合に勝つのは俺らだけどね。」

 

吉岡「フッ…ぬかせ一年坊が。」

 

互いにあくどい笑みを浮かべながら別れ、それぞれのポジションへ向けて歩き出す。

 

吉岡の思ってることなんて聞くまでもなく知ってる。

 

『絶対に勝つ』

 

それだけを胸に、彼の高校生活最後となる全国大会を戦ってたことを、誰よりも近くで見てきたんだから。



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チームX戦-8

 

KICKOFF!

 

 

さてさて、点を決めたと言ってもまだ同点、この一次選考(セレクション)で生き残るならこの試合に勝って、勝ち点3でリードしておきたいところだ。

 

そのためには、まず相手(チームX)からボールを奪うところからだ。

まあ、おそらく最初のボール保持者は馬狼になるだろうけど…

 

 

吉岡「お前ら!やるぞ!」

 

敵FW「「おう!」」

敵MF「「おう!」」

 

そんなことを考えていると、吉岡の号令で敵チームが謎の一体感を見せていた。

何事かと観察していると、敵FWは今までのように馬狼へパスを出すんじゃなく、他の敵FWや敵MFとパスを繋いで攻撃してきた。

 

今村「!?なんだ?アイツらパス回しを中心に?」

 

久遠「やばい!相手攻め方変えてきたぞ!」

 

まさか、ここまでで馬狼の突進が止められているのを見て修正してきたのか?

気になって馬狼へ目を向けて見ると、突然行われたチームメイトの連携を聞かされていなかったのか、驚きと怒りをごちゃまぜにしたような表情を浮かべていた。

 

まずいな、馬狼を止めるためだけにマンマークをしていたから、空いたスペースへのパス回しを中心に攻められると対応が遅れる。

マンマークは本来、相手のエースを自由にさせないために行われる戦術で、エースを補佐する他の選手に対して行うべきものじゃない。

今までは、馬狼にあえて突進させることで味方陣営の中核まで誘い込んで、パスコースを制限する目的だったから成立しただけだ。

 

ここは『対人守備(マンツーマンディフェンス)』ではなく『領域守備(ゾーンディフェンス)』へ切り替えるべきか?

パスが出されるエリアを可能な限り潰せば、今のパスワークを中心とした攻撃をある程度抑制できる。

 

…よく考えると、馬狼からのパスが無くなった今となっては、マンマークで守備する目的はもう意味がないな。

 

 

俺「みんな!ここからは領域守備(ゾーンディフェンス)に切り替えよう!」

 

潔「え?でも馬狼はどうするんだ?」

 

俺「見てる感じ馬狼以外へパス出してる。たぶんゴール前までは他のメンツでパスを回す気だ!」

 

イガグリ「言われてみれば、確かに馬狼へパス出してねぇぞ!」

 

伊右衛門「だな…よし!切り替えて守備位置意識しながら守れ!」

 

俺の一声をきっかけに、チームZがまとまりを見せて守備の態勢(スタイル)を変更するために動きを変える。

すると、俺たちが守備を変更したことでパスコースが狭まり、敵チームの攻撃進度に少し遅れが生じ始めてきた。

後はあわよくばボールを奪うきっかけになればいいが…

 

 

吉岡「あ~あ、意外と対応早いなぁ…ってことで、後はよろしく!」

 

だが、吉岡はその変化に動揺することもなく、パスで回ってきたボールを間髪入れずに前線へ蹴り出した。

それは俺たちの自陣中央よりゴール側のエリアまで飛んでいく縦の長距離配球(ロングパス)で、その落下点を見た俺はその人物から目を話していたことを後悔した。

 

 

馬狼「フン!最初からそうしてりゃよかったんだ。」

 

吉岡「へっ!そいつは失礼。」

 

イガグリ「ギャッ!いつの間に!?」

 

我牙丸「っ、やば…!」

 

やられた!?

てっきり味方へパスを出さなくなった馬狼の変化を感じ取って、吉岡あたりが馬狼を除いてパスを回しているものだと思ってたけど、本命はあくまで馬狼のままだったか。

しかも、俺たちが守備の態勢(スタイル)変更へ意識が割かれている間に、集中していた視線から解放された一匹狼(馬狼)が一人戦線を上げ、そこへ吉岡が的確なパスで応えたことで、相手(チームX)に決定的なチャンスが生まれてしまった。

 

まずい!

イガグリと我牙丸だと足止めはできるかもしれないけど、おそらく今度は強引にシュートを決められる可能性が高い。

しかも、今俺は吉岡の動きを邪魔する位置にいて自陣でも前側にいるから、今から戻ってもカバーが間に合わない。

 

くそ!完全に裏をかかれた!

せめてあと一人、誰かがディフェンスに入ってくれれば間に合うかもしれないのに!

誰か!

 

 

 

 

 

雷市「待てよ独裁王が!」

 

馬狼「あぁ?粋がるなよガキ大将が。」

 

慌てて馬狼の方へ駆け出した俺の視界に、一人抜け出していたはずの馬狼に付いていたらしい雷市の姿が映った。

おそらく本人にチームを助ける意思などと言うものはないだろうけど、その足止めはかなり大きな意味を持つ。

 

上手く足止めができれば、俺の脚でも何とか割り込める!

 

 

全力で駆け出した俺の視線の先で、雷市と馬狼との1on1が繰り広げられていた。

 

馬狼は得意の切り返しで最初、雷市の右側から抜こうとしたが、素早く反応した雷市も左へ身を乗り出して進路を塞ぐ。

だが、その動きを引き出した馬狼は足先でボールを引き戻し、今度は左へ重心を移動させた。

 

その動きに何とか対応しようと雷市は身体(フィジカル)任せに右側へ滑り込むように体をずらす。

しかし、その瞬間に馬狼は重心移動を止めて再び右側から突破を試み、完全に重心を移動させてしまった雷市は置き去りにされてしまった。

 

 

我牙丸「まだ、俺がいる!」

 

馬狼「なめんなよ。そう何度も俺様を止められると思うな!」

 

そういうや否や馬狼は我牙丸の方へ躊躇わずに走り出し、やはり切り返しでもって左から我牙丸を抜き去ろうとする。

でも、我牙丸も超人的な反射神経と肉体のバネで馬狼の動きについていく。

 

けれど、ここで馬狼は右足の先でボールを左から右へ進路を変えるようにタッチし、そのまま急激に右側へと進路を取った。

完全に右へ飛んでいた我牙丸はその動きに対応できずに馬狼を横目に捉えることしかできなかった。

 

 

っていうか、内転演舞(エラシコ)!?

あんな技まで隠し持ってたのかよ!

 

 

いや、でも俺がギリギリ追いつけた!

ここで後ろからボールを奪えば、まだ俺たちにも逆転のチャンスが回ってくる!

 

そう思って俺は我牙丸を右から抜き去ろうとする馬狼の足元、彼の進路上に転がって行くボール目掛けてスライディングをかます。

 

 

だが、馬狼は一瞬チラッとこちらを見ると、ボールの下側を優しく蹴ってふわっと浮かせた。

 

 

俺「!?」

 

馬狼「そう何度も俺様が同じ轍を踏むかよ!」

 

くそっ!まさか反応されるとは!

そりゃあ俺だって何度も同じ手が通じるなんて虫が良い話とは思っていたが、他にこいつを止める手段が思いつかなかった。

 

このままじゃ、馬狼に点を決められて…そうなったら。

 

 

我牙丸「させるか!」

 

ところが、馬狼に抜かれたはずの我牙丸が、後ろに飛びながら身を捩って反転させ、器用に後ろ右回し蹴りのような態勢で馬狼が浮かせたボールを弾いた。

 

 

俺「へ?」

 

馬狼「な!?」

 

我牙丸「おー…マジで届いた。」

 

…っていうか、どんな動きだよ!予想外が過ぎるわ!

でも、おかげで馬狼がシュートして得点を奪われるっていう展開は回避できた。

視線をずらしてみれば、馬狼もボールを盗られたことで苦悶の表情を浮かべていた。

 

まあ、この人数差まで一人で強引に突破できること自体やばいんだけどな。

 

 

俺「すげぇ!我牙丸ナイス!」

 

我牙丸「誰かクリアしろ!」

 

久遠「OK!俺がやる!ナイスだ我牙丸!」

 

何とか我牙丸が弾いたこぼれ球(ルーズボール)を前線へと思い切り蹴り出す。

その先にはフリーで待機している國神の姿があった。

 

 

國神「よし!このままある程度前線まで運んで…」

 

吉岡「よお!いい筋肉してる兄ちゃん!俺と遊んでこうぜ?」

 

だが、目敏くパスのポイントを見極めていた吉岡が國神の元へカバーに入った。

 

 

MATCH UP!

吉岡 喜亮 vs 國神 練介

 

國神「…挑発には乗らねぇよ。もう自分勝手なプレーじゃ足引っ張るだけってわかってるからな。」

 

吉岡「それは同意。じゃあパス出してみなよ?」

 

國神「…っ。」

 

國神は吉岡の挑発に乗らなかったが、続く吉岡の言葉には何も返せずにいた。

 

まあ仕方ない。

相手は最初からディフェンスでは今の俺たちと同じ『領域守備(ゾーンディフェンス)』で守りを固めていた。

そのせいでパスコースが狭い上、前線へパスを出したいのに俺や雷市が下がったことで、左サイドは致命的にがら空き、右サイドへのパスは吉岡が塞いでいる。

これによって國神はパスが出しづらい状況に陥っていた。

 

こうなっては、もう狭いコースへ正確にパスを出すか、個人技で吉岡を抜き去るしかない。

 

 

潔「國神!俺フリー!」

 

國神「潔…!」

 

吉岡「お?例の11番()か。」

 

すると、その状況を見かねた潔が國神の方へ走って行った。

これによって潔へのパスコースが格段に広がり、声につられた吉岡も後方にいる潔の方へ一瞬視線を向けていた。

 

國神はその一瞬の隙を見逃さず、潔へパス…ではなく逆サイドからドリブルで抜こうとした。

たぶん、残り時間の少なさから焦りもあったろうけど、まだ胸の内に『自分でゴールを奪いたい』という想いが強かったんだろう。

 

 

だが吉岡は、まるでその瞬間を待っていたかのように、國神のドリブルへ素早く対応して見せた。

 

吉岡「死角を意識し出してからさ、視界の端で動く相手を素早く目で捉えられるようになったんだよ。誰かさんのおかげでな?」

 

國神「く、そ!すまん!」

 

そのままボールを奪われた國神は謝意を口にするが、状況は再び最悪な方向へ傾きかけていた。

せっかく三人がかりで馬狼から奪ったボールが、よりによって再び相手に渡ったんだ。

國神の心中は穏やかじゃなかっただろう。

 

でも、そう心配する必要はない。

お前が少しの間吉岡を引き付けてくれたおかげで…

 

 

 

 

俺がギリギリで追いつく!

 

俺「それはまた、誰のおかげなのかな~?」

 

吉岡「っ、ほんっと!お前は良いところで出てくるなぁ!」

 

 

MATCH UP!

吉岡 喜亮 vs 成早 朝日

 

さて、もう何度目の1on1になるだろうか?

意外と広いコート上で何度も戦いあっているが、はてさてどういう因果関係でこんな何度も戦うことになっているんだろうか?

まあ、たぶん互いに手の内を知っているから警戒し合ってるだけなのかもしれないけど。

 

何はともあれ、逆転を許しかねない危機的状況を何とか止められたんだからそれでいい。

ここで俺が突破されたら正直、もう後はないが…

 

 

吉岡「…まあ、これも良い機会(チャンス)だ。いい加減どっちが強いか勝負しようぜ?」

 

俺「あぁ、望むところだ!」

 

そう言った吉岡は好戦的な笑みを浮かべて、俺の方へ踏み込んできた。

前に踏み出そうとした右足が地面に付く前に、俺は自分の体を僅かに浮かせて半歩分だけ後ろに下がる。

俺の身体と吉岡の踏み出した足がほぼ同時に地を踏み、次の行動を警戒する俺を見て、吉岡は無理に仕掛けに行くのを中断する。

 

そして、今度は上半身の重心移動で左右への揺さぶりをかけてくるが、足元の動きが小さいのを見切って下手な行動(アクション)を起こさずにじっと堪える。

俺の様子にじれったさを覚えた吉岡は、すぐに思考を切り替えて再び踏み込んできたが、俺は先ほど同様に半歩下がって相手との間合いを一定に保つ。

 

そうこうしていると、吉岡の背後から國神が迫ってくるのを視界に捉えた。

 

國神「成早!助かる!このまま二人で挟むぞ!」

 

 

そんな國神の声に反応してか、吉岡も声の主がいる方向へ視線を向けていた。

 

…時間もない、ここは直接奪ってやるか!

幸い、吉岡の視線は一瞬國神の方へ向いている。

この死角を利用して吉岡へ急接近すれば密着状態から二人掛かりでボールを奪えるかもしれない。

 

そう思って踏み込んだ俺の目に、吉岡の姿が映り込む。

 

視線と逆側へ捻り始めた上半身

振り上げられ始めた右足

僅かに口角の上がった口元

 

何度も吉岡の動きを一番近くで見てきたからこそわかる。

あれは、あの動きは…()()()

 

 

そう直感した俺は、なんとなく体の動きから予測したパスコースを塞ぐように右足を出した。

そして、無意識的に反応した体とは別に、俺は視線を予測したパスコースの先へと向けていた。

そこには、荒ぶった内心を隠すことなくイラつきを見せている馬狼の姿があった。

 

トンッと、不意に右足へ謎の衝撃を感じた。

驚いて視線を向けると、いつの間にかサッカーボールが俺の右足へ吸い付くように収まっていて、俺はそのまま右足から地面に着地した。

そして無心でボールを蹴りだしながらドリブルを開始する時、視界の端で吉岡が驚愕の表情を浮かべているのが目に入った。

 

 

 

 

 

國神「ナイスだ成早!」

 

イガグリ「うぉおお!カウンター!」

 

今村「よっしゃぁ!前線上げるぞぉ!」

 

チームZの声援や鼓舞の声を耳にしながら、ドリブルで突き進む俺は一つの可能性を見出していた。

 

これだ!

これこそが、吉岡に勝てる俺だけの攻略法(希望の光)だ!

 

高校で同じチームになってから一年間、ほぼほぼ勝てなかった吉岡を下す方法を思いついた俺は、気付かぬうちに笑みを浮かべていた。



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チームX戦-9

吉岡へ勝つ算段が立ったところで、俺はドリブルでボールを敵陣へ運んでいく。

この試合でずっと俺を足止めしていた吉岡は俺より後ろにいるから、今のうちに前進できるところまで前進しておきたい。

 

そう考えて、今村ほどじゃないが速めの脚を活かしてドリブルで切り込む。

 

敵DF「どうする?」

 

敵MF「俺が止める!8番(蜂楽)へのパスコース塞げ!」

 

吉岡が間に合わないと判断して、敵も俺の足止めに人員を回してきた。

流石に吉岡からの指示を待つだけの人間だけじゃないってことか。

 

けど、今の俺を止める方法はない。

何故なら…

 

 

俺「國神!よろしく!」

 

國神「おう!」

 

こっちは二体一の状況で戦うことができるからだ。

吉岡を抜いてからずっと俺に並走してくれている國神へパスを出し、俺の進路を塞ぎに来た敵MFの死角へ潜り込んで敵を抜き去る。

 

敵MF「はや!?っていうか消え…」

 

俺「このまま突撃!」

 

國神「よっしゃ!行くぜ!」

 

敵DF「アイツにシュートはさせるな!」

 

敵DF「分かってる!コース塞ぐぞ!」

 

國神のミドルシュートを恐れて、敵DFは二人掛かりでシュートコースを塞ぎにいった。

それを見た國神は、シュートを狙うためにやや落としていたスピードを戻してドリブルへ移行した。

 

 

馬狼「真直ぐ撃つしかできねぇくせに、シュート狙うなんざ脳が足りてねぇんだよ!」

 

國神「くっ、馬狼…!」

 

だが、スピードを落としていたことで後方にいた馬狼が國神に追いつき、再び國神は足を止めることになってしまう。

咄嗟に、俺は國神の方へ寄ってパスをもらおうとするが、馬狼は俺の方を一瞬目視すると、俺へのパスコースを塞ぐように立ち位置を少し変えた。

 

あれじゃあ俺へパスを出すコースがない。

パスもシュートも、ドリブルも封じられた國神は、どうすべきか必死に悩んでいる。

 

そんな時、視界の端から國神の方へ走り込んでいく人影が写り込んだ。

 

 

蜂楽「俺にパスして!」

 

敵MF「くそっ!いきなり進路変えたと思ったら…!」

 

俺「國神!蜂楽だ!」

 

國神「っし、頼んだ!」

 

馬狼「チッ!邪魔しやがって…」

 

敵の裏をかいて國神の方へ駆け出してきた蜂楽がパスの受け取りに来たため、國神も迷わず蜂楽の方へパスを出した。

パスを受け取った蜂楽はすぐさま進路を変更し、止めに入った敵MFを軽く躱して前進を開始した。

 

 

敵MF「くそ!?待ちやがれ!」

 

敵DF「俺も出る!二人で挟むぞ!」

 

蜂楽「二人なら抜けなくもないけど…ま、今回はこっちかな?」

 

前後から敵が迫る中、蜂楽は特に焦った様子もなく、冷静にフリーになった人物へパスを出した。

てっきりドリブルで抜き去りにかかると思っていた敵二人は、蜂楽の予想外な行動にあっけにとられ、空中を浮遊するボールをあんぐりとした表情でただ眺めていた。

 

 

今村「よっしゃ!三度目の正直ってやつだぜ!」

 

敵DF「やばい!お前ら戻ってこい!」

 

敵MF「っ!?んなこと言われても間に合うかよ!」

 

密かに右サイドのギリギリから攻めあがっていた今村が、蜂楽からのパスを受け取り加速を開始した。

瞬く間にPA付近まで内側へ侵入していく今村に対応できている敵DFはたったの一人。

スピードに乗った今ならテクニックを活かして敵を抜きされるかもしれない。

 

 

でも、俺はボールをもらいにゴール前へ駆け出した。

俺だって、俺だってこんな熱い試合で、好きな原作の世界で、この青い監獄(ブルーロック)で点を決めたい!

そんな自分勝手な…いや、エゴにまみれた思いからの行動だった。

 

肝心の今村は、まだ俺の存在に気が付いていないようで、どうやって抜こうかと挑戦的な目で敵を見据えていた。

そして、いざ勝負しようと仕掛けに逝った瞬間、敵のDFが今村の方へ不意に飛び出していった。

 

その動きは、今村の攻撃のタイミングを見極めて、それを潰しに行くというより、なんというか焦って体が動いてしまったという感じが否めなかった。

だが、幸か不幸か今村が攻撃を仕掛けるタイミングにもろ被りしていたようだった。

これによりタイミングを逃した今村は思わず足を止めてしまい、敵DFも取り乱しつつ今村の正面へ立ちふさがった。

 

今村「え!?ちょ!?そのタイミングで出てくるかよぉ!?」

 

得意のスピードを不運な事故で殺されてしまった今村は、馬狼とは違って敵に怒るというより、うまくいかなくて悲し気な表情を浮かべていた。

 

 

今だ!

 

 

俺「今村ぁ!」

 

今村「!?三度あるの方だったかぁ。ほら、よ!」

 

全員の視線が右サイドへ集中してたであろうタイミングで、ゴール前へ走り続けた俺はすでにPAまで目前の位置についており、後は今村からのパスを待つだけになっていた。

そして、俺の声に反応して今村がクロスを上げたとほぼ同時に、俺は正面に誰もいないPAへ侵入を成功させた。

 

走っている俺の速度や進路を考慮して飛んできたパスは、ゴールから約16m手前の地点に落下する。

俺の速度ならワンバンした直後辺りで辿り着いてシュートを狙えるはずだ。

 

 

吉岡「させねえって!俺が止める!」

 

俺「あぁ、ちょうどいい。勝負だ吉岡!」

 

 

MATCH UP!

吉岡 喜亮 vs 成早 朝日

 

おそらく、俺が一瞬國神の方へ寄って行ったあの瞬間に俺へ追いついた吉岡が、ゴールを直接狙いに行った俺の横へ並走してきた。

おまけに、俺の左側から走ってきてたはずなのに、この土壇場で抜け目なくボールが来る右側へ来ている。

ここで足止めを喰らったら、せっかくの今村からのパスが完全に無駄になり、時間的に引き分けに終わる可能性が高い。

 

ここで吉岡より前に出るには、どうにかして吉岡の裏を取るしかない。

吉岡さえ抜き去れば、後はボールをゴールへ流し込むだけの簡単な仕事だ。

 

問題は、どうやって死角を潰してくる吉岡相手に裏を取るかだ。

 

俺の武器は死角を利用したオフザボールの動きだ。

でも、吉岡は死角を意識的にカバーする視線の動きだったり、逆に死角をわざと作り出すことで動きを誘ったりなど、俺の武器を殺すのに特化した技術を会得している。

 

よりによって成早()の持つ最大の武器を完封しかねない対策法を手にしたのだ。

かといって、今の俺にはチャンスを作り出す武器はこれ以外に存在しない。

土壇場で新技を編み出すなんて言う、まさしく漫画のような展開を望んだところで時間を無駄にするだけだろう。

 

なら、今俺にできる最大限で、吉岡の死角を突く動きをしなければならない。

かといって、吉岡がこの状況で無意識に視線を移すなんてことはないだろう。

偶発的に生まれた死角を期待するのは無駄だということだ。

 

吉岡の意識する死角という罠から逃れることは、おそらく不可能。

だから、俺は…

 

 

 

 

あえて罠にかかる!

 

吉岡が一瞬だけ未だ宙に浮いているボールへ意識を向けた瞬間、俺は吉岡の()()()()()死角を利用して吉岡の背後から逆側へ回り込もうとする。

だが、その動きを予測していた吉岡が一瞬足を止めて俺の進路を塞ぎにかかった。

これによって、俺たちは互いに足を止め合い、俺へのパスは無情にも敵の手に渡ってしまう。

 

はずだった。

 

 

吉岡「…は?」

 

俺「へへっ。」

 

だが、俺は吉岡の死角を突いて背後から入れ替わる振り(フェイク)をして、実際は足を止めずにそのまま正面から堂々と抜き去りにかかった。

俺の動きを捉えたつもりで足を止めた吉岡が、全力で走り続ける俺を止められるはずもなく、俺は初めて正面から、正々堂々と吉岡を抜くことに成功した。

 

 

吉岡の攻略法。

それは、吉岡が張った罠にあえてかかることで、吉岡の次に起こす行動を予測して、その行動を遮ったり、もしくは欺くような動きをすることで、逆に罠を食い破るというものだった。

 

ずっと一年間。

練習や試合の間、ずっと近くで吉岡の動きを見たり、考えを聞いたりし続けた、俺だからこそ、吉岡の武器であるフェイントを織り交ぜた、俺ならではの攻略方法だ。

 

 

そして、念願の勝利に先にあったのは、この試合で望んだ俺の得点に結びつく絶好球(チャンスボール)

後はこれをそのまま蹴ってしまえば、俺は自分の得点でチームZを勝利に導くことができる。

 

これで、俺たちの勝ちだ!

一瞬だけ感慨に浸りながら、俺はワンバンして落下してくるボールへ照準を合わせて右足を振り上げる。

 

そして、そのままボールに狙いを定めて『直撃(ダイレクト)

 

 

 

馬狼「させるかチビィ!」

 

俺「!?」

 

正面から聞こえてきた声に反応し、俺は思わず声の主に視線を向けた。

その瞬間、俺は()()を視界に映してしまった。

 

まるで肉食獣のような、自分の勝利のために敵を屠るという殺意に満ちた威圧感のようなものを放つ眼光。

 

直後、俺の体は金縛りにでもあったかのような錯覚に陥った。

いや、まるで時間が止まったように、まるで走馬灯を見るような時間感覚でその強烈な視線を見せられ続けるような感じだろうか?

 

見続けていると気が狂いそうな瞳と視線を交わし続け、ハッとしたように意識を取り戻した時には、俺は足元まで迫っていたボールを()()()()していた。

しかも、足に力が籠りすぎて初心者がやるような、無駄にボールが浮いてしまうような下手糞なトラップだった。

 

そんなトラップを前にして、馬狼ほどの男が反応できないわけもなく、一瞬で間合いを詰めてボールクリアする姿を、俺はまるで他人事のように呆然とした視界で捉えていた。

 

 

 

馬狼「……てめぇ…!俺様を舐めてんのか!?あぁ!?」

 

俺「…えっ、いや、俺、なんで…」

 

馬狼「あんだけ俺様の邪魔してくれた癖しやがって、なんて無様晒してやがる!やる気あんのか糞チビ!」

 

頭の中が真っ白になりそうな俺を、馬狼はまるで鬼の形相で怒りながら詰め寄り、罵詈雑言を放ってくる。

でも、それに応えるような言葉も見つからずに馬狼の言葉をただ聞いていると、試合終了のブザーが響き渡った。

 

 

馬狼「…チッ!クソが!…おい糞チビ、二度と俺様の前に姿見せんな。もうその面は拝みたくねぇからな!」

 

馬狼はそう言い放って俺から離れていった。

 

 

コート上の選手たちの反応もまちまちで、困惑する者、不安そうに周囲を窺うもの、不機嫌さを隠そうともしない者等…

ただ、誰一人として『喜ぶ者』はいなかった。

 

…そりゃそうか。

だって、俺たちは…いや、相手だってそうだ。

 

誰一人、勝てなかったのだから。

 

こうして、チームX vs チームZの試合は、3-3の同点に終わるという、なんとも不完全燃焼な結果に終わることになった。

 



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ほろ苦い初戦

 

チームZの控室

 

試合が終了した選手が集まるこの空間は、勝敗に一喜一憂する空間とは程遠い、複雑な感情を綯交ぜにした静寂が支配していた。

 

何故なのかは言うまでもない。

試合に勝つことも負けることもできなかった…いや、勝てたかもしれなかったのに引き分けに終わった。

勝てるチャンスを活かせなかったことへの悔しさが、この空気感を作り出しているんだろう。

 

まあ、チャンスをふいにした当人がいえることでもないか…

 

 

 

今村「よお成早、お疲れ!」

 

俺「…あぁ、お疲れ今村。」

 

この空気が気まずくて、頭からタオルをかぶってベンチでうなだれていた俺に、今村はいつものように軽い感じで声をかけてきた。

 

その表情には他のチームメイトが見せている倦怠感のようなものはなく、良い意味で深く考えていないような清々しい笑顔がそこにあった。

でも、長く生きてきた前世の観察眼が、表情の裏にある心配そうな瞳を捉えた。

 

たぶん、この空気を生み出した責任を感じてる俺に対して、少しでも思考を逸らせるように気を遣ってくれてるんだろう。

その行為を無駄にするのは失礼が過ぎると、俺もできるだけ笑顔を作りながら返事を返した。

上手く笑えているかは、鏡を見ないと自信がなかったが…

 

 

今村「いやぁ、相手もなかなか強かったよな~。特にやっぱ馬狼!アイツはすごかったわ~。」

 

俺「そうだな。でも、俺は吉岡もかなり厄介だったと思う。」

 

今村「あぁ、お前とよくマッチアップしてた奴か。何気に一点取ってたし、確かにやばかったな。」

 

國神「…そういやお前、あの2番(吉岡)と同じ高校って言ってたな。」

 

久遠「え?そうだったの?」

 

俺「ああ、うん。うちの高校のエースだった人だよ。」

 

久遠「なるほど…道理で成早くんは彼のフェイントに対応できたわけだ。」

 

イガグリ「確かに!やたら意識してるなぁとは思ってたけど、思い返すと結構足止めしてくれてたしなぁ。」

 

俺「いや、そんなことは…」

 

我牙丸「あの足止めがなかったら、もっと点取られてたと思う。もっと自信持て。」

 

伊右衛門「そうだな。実際、お前が止めてくれなかったら、絶対もっとシュート撃たれてたと思うから、俺もあれは助かった。」

 

イガグリ「いや、そこはGKなんだから止めろよな。」

 

伊右衛門「いやいや!?俺も元はFWだから!GKなんかやったことないんだからな!?」

 

潔「それに、馬狼の危険度を一番警告してくれたのも成早だろ?あれがあったから俺らも点を取れたんだ。そこは誇っても良いと思う。」

 

俺「みんな…」

 

今村との会話が、いつの間にか俺を褒める会話に様変わりしていた。

正直言って体がむずがゆくなる気分だが、褒めてもらえるというのは悪い気がしない。

 

このチームに勝ち点をあげられなかったのは、やっぱ簡単には割り切れそうにない。

でも、みんなが俺に『試合で役に立った』という立ち直る理由をくれた。

このまま落ち込んでばかりいると、立ち直るきっかけを作ってくれたみんなに申し訳が立たないな。

 

そう思い「よし、頑張るか!」と思考を切り替えようとした時、控室のロッカーを乱雑に閉める音が鳴り響いた。

 

 

 

 

雷市「ふざけんなよ…なにが『おかげで助かった』だ?『誇っても良い』だ?反吐が出るぜ、クソ。」

 

イガグリ「な、なんだよ、いきなり。」

 

今村「別にいーじゃん?良かったところ褒めて何が悪いん?」

 

雷市「そこのクソチビが日和ったせいで!俺たちは勝ち損ねたんだぞ!しかも初心者がやらかすレベルの凡ミスだ!納得できるわけねぇだろ!」

 

伊右衛門「でも、成早のおかげで失点が防げた場面が多いのも事実だし、そこは負けなかったことを喜ぶべきじゃ…」

 

雷市「綺麗ごと言ってんじゃねぇ!あのメガネ野郎の話聞いてなかったのか!?勝ち残りなんだぞ!勝たなきゃ意味ねぇだろうが!」

 

我牙丸「そうか?負けてたかもしれない試合で引き分けなんだし、結果としては悪くないと思う。」

 

雷市「どこが!?この先の試合でも同じ結果だった時に今のセリフもう一回言えるか!?勝てなきゃ意味ねぇんだよ!」

 

國神「…やけに結果にこだわるけどよ。そういうお前はどうなんだ?」

 

雷市「!?…何が言いたい?」

 

國神「さっきの試合、成早がチームを勝たせるために頑張ってたのを俺は知ってる。なら、その成早を悪く言うお前はどれぐらい活躍したかと思ってな。」

 

今村「いわれてみりゃ、雷市って活躍したっけ?」

 

イガグリ「いや、あれだろ?独走してボール盗られた。他になくね?」

 

雷市「うっせぇ!優秀なサポートでもついてりゃ俺様も今頃は何点も取ってたんだよ!」

 

イガグリ「いや、そこは他人任せなのかよ…」

 

久遠「俺は少なくとも、成早が悪いとは思ってない。それに、勝ち点の話ならまだそんな悲観する段階じゃない。勝っておきたかったのが正直なところだけど、勝ち点の有無で考えると負けるよりはずっと良い。」

 

國神「そんなに文句があるなら、次の試合で活躍できることを証明すれば良い。…まあ、お前みたいに自分勝手な奴にパスが来るとは思えないけどな。」

 

雷市「好き放題言ってくれるじゃねぇか…てめぇら!」

蜂楽「いや~、盛り上がってるねぇ♪で、何の話?」

 

潔「いや!服着ろお前!」

 

雷市「…チッ!」

 

 

 

…自分のことなのに、思わず傍観してしまっていた。

肉体はともかく精神は最年長の俺が、本来こういう場をおさめなきゃいけないのに!なんとも情けない!

あぁでも、前世もしがないサラリーマンだったし、むしろとりあえず謝罪してお茶を濁すタイプだったし、どのみち無理だったと思うけど…

 

にしても、また気まずい空間が出来上がってしまった。

せめて何か話題を逸らして、この空気感をどうにかしないと…あ!

 

 

俺「と、ところでさ!俺、気になってたことが一つあって…」

 

今村「ん?なになに?」

 

俺「ほら、絵心が試合前に言ってたじゃん?『サッカーを0から創るための戦い』って。あれの意味って結局何だったんだろうな~ってさ。」

 

我牙丸「…そういやそんなこと言ってたな。」

 

久遠「言われてみれば、どういう意味なんだろう?」

 

…ほんとはこの意味を俺は知ってるし、それを伝えることは正直容易い。

でも、それは俺が与えた受動的な気付きであって、自分たちの頭で考えた能動的な気付きじゃない。

 

 

話しは変わるが、仕事場で最も使()()()()()、かつ()()()()()()人材はどういう人だろうか?

答えは、上からの指示があって初めて動ける人だ。

 

指示が来てから行動するということは、言われたことはきちんとこなすという意味で使いやすい。

でも、あくまで与えられた指示しかこなせないなら、その都度指示をし直さなくてはいけないから活かしにくい。

 

この『青い監獄(ブルーロック)』では将来的に、『己自身の答え』を探し続けることになる。

そんな環境で生き残るためには、ただ指示を待つだけじゃなく、自分の考えで行動できる人間でなくてはならない。

 

そんな人材を育てるためには、早い段階からその習慣を付けさせることが大事だ。

これは前世の職場で後進育成を任されることが多かった俺の見解であり、その部分はサッカーであろうと同じことが言えるだろう。

監督の指示に従うだけの選手ではなく、自分の頭でどうすべきか考えて行動できる選手であるために、この思考する時間は必要になる。

 

 

潔「…あのさ、俺『サッカーの0』の意味なら分かったかも。」

 

國神「お!マジか。」

 

久遠「聞かせてよ、潔くん。」

 

潔「あぁ、まず試合の最初なんだけど、俺たち(チームZ)相手(チームX)も各々が点にこだわってたから、あんなお団子サッカーになったじゃん?」

 

イガグリ「まぁ、あれはサッカーじゃなかったな。」

 

今村「同感。」

 

我牙丸「あれはダサかった。」

 

潔「その0を打ち破ったのは、馬狼の1プレーだ。」

 

 

その後の話の流れはおおよそ原作と同じだった。

馬狼と言う圧倒的な個性・才能を主軸に置くことで、チームXのメンバーたちは勝つためにそのサポートに回り、結果的に馬狼の生み出す1プレーが10にも100にも進化していく。

そして、その才能をいかんなく発揮させ、それをぶつけ合わせることで最も突出した才能を見出すため、得点王と言うシステムを導入して選手たちのエゴをむき出させた。

 

そう、つまるところこの絵心の求める者は…

 

 

潔「サッカーとは、チームとは、圧倒的なストライカーから生まれる。きっとそれが絵心の啓示(メッセージ)だ。」

 

絵心「うんうん、良い線いってるね。やあやあ、才能の原石共よ。

さっきお前らのいる五号棟の第二試合が終了し、チームVが『8-1』でチームYを破りました。

これが暫定順位表だ。」

 

順位チーム勝ち点得失点差
-7

 

 

ん?原作と違くない?

原作は8-0でチームYが敗れたはずだ。チームXに圧倒的な敗北を刻まれた潔たちがより絶望するシーンだからよく覚えてる。

チームYが一点巻き返した?()()がいるチームVを相手に?

…まさか、俺が原作改変を起こしたことで、原作の流れからの逸脱が他でも始まっているのか?

これはいよいよ原作知識による正史が、この世界では意味をなさなくなってきたな。

 

たしか、他の棟の試合映像は『モニタールーム』で閲覧できたはずだ。後で見て見るか。

 

なんて考えてる間に、絵心の話は進行して俺たちのサッカーに足りない物を説明する段階に入っていた。

 

絵心「サッカーにおいて得点を奪うということは、相手の組織を破壊するということ。つまりストライカーとは破壊者であり、ゴールとはピッチ上の革命だ!

お前たちは秩序(ルール)の中で生きることを受け入れてはならない!0から1を生むために…武器を持て!破壊者(ストライカー)よ!敵の組織を翻弄し、ねじ伏せ、破壊する、己だけの武器を!

ゴールと言う『革命』を起こすのは、いつだって己の武器だ!…勝利はその先にしか存在しない。」

 

 

絵心の熱い熱意のこもった演説が終わり、一転して静寂を取り戻した室内で、各々が絵心の言葉を脳内で反復して考え込んでいた。

そんな中、俺だけは皆とは違うことを考えている。

 

己の武器ならもう知っているからだ。

成早()の得意とする武器は、敵の死角を利用した動き出し(オフザボール)による裏への飛び出し。

そして、もう一つは原作での成早()の結末から教訓を得て習得したもの。

 

絵心の思想を理解し、先の演説を聞いて更に生まれ変わろうと画策している天才『潔 世一』

彼が今後得意とする武器である『直撃蹴弾(ダイレクトシュート)』だ。

 

ドリブルから派生する通常のシュートは、自分でシュートポイントを設定できる利点があり、自分でボールを転がすため距離感が図りやすく撃ちやすい。

けれど、直撃蹴弾(ダイレクトシュート)はパスなどで飛んでくるボールを直接蹴るため、通常のシュートに比べて撃ちにくいし精度も落ちる。

その反面、無駄な時間(タイムロス)が少なく相手DFの対応時間を短くできるため、シュートブロックなどの妨害に会う可能性は低くなる利点がある。

 

実は密かに()()()()()()を模倣しようと練習しているところだが、そちらはまだ完成度が低くて試合では使ったことがない。

でも、もし完成すれば俺はいよいよ将来の主人公と同じ強さを手に入れられるようになるだろう。

 

…という話は置いといてだ。

俺が考えるべきは自分の武器じゃないことは明白だった。

 

 

 

最後の瞬間、俺は何故馬狼の存在にビビッてシュートできなかったのか?

 

あの場面はトラップじゃなく、それこそ直撃蹴弾(ダイレクトシュート)こそが活きる場面だった。

それは頭ではわかっていたし、実際に途中まではシュートモーションを取っていた。

 

なのに、あの目を見た瞬間に思考が停止し、体もそれにつられてうまく動かせなくなった。

シュートが無理だと思った時には遅く、咄嗟にボールキープしようとした足はぎこちなく、結果的にトラップミスを引き起こした。

 

別に、あの殺意マシマシの視線は試合中ずっと受けていたものだ。

何だったら、馬狼からボール奪った時の方が明らかにヤバい目と表情をしていた気さえする。

それなのに最後の一瞬、あの瞬間だけは俺への殺意もそのままに、何か『別の想い』が込められていた気がする。

 

でも、それって何なんだろうか?

殺意の籠った視線を受け流せていた俺が、唯一無視できないほどの強烈な想い。

 

俺はその視線に恐怖と、ある種の既視感を覚えながらも、結局答えにたどり着くことはできなかった。



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次の試合に向けて

 

雷市「俺様の武器は華麗なシュートテクニックだ!」

 

蜂楽「俺の武器はドリブル。」

 

我牙丸「俺は肉弾戦かな。」

 

俺「俺は裏への飛び出し!」

 

伊右衛門「オールラウンドなところかな。」

 

イガグリ「俺は諦めない心!」

 

國神「左足のシュート力。」

 

今村「スピード&テクニック!」

 

久遠「俺はジャンプ力で…次、潔くんは?」

 

潔「…えーっと、武器、何だろう?」

 

絵心の演説後、ひとしきり考えたところで久遠が号令を出して、とりあえずシャワーを浴びてから意見をまとめようという話になった。

で、今は各々が自分の武器を順番に挙げて行ってるところ、なんだけど…

 

 

イガグリ「…パスとか?」

 

潔「いや、それストライカーとして駄目じゃね?」

 

今村「なんで点とった奴が自分の武器言えないのさ~。」

 

 

まあ、この頃の潔はまだ武器の自覚がないからな。

俺からすると原作初期ならではの初々しさがあって面白いけど、こんな大人しそうな人が将来的にめっちゃ強くなるんだから、本当に『青い監獄(ブルーロック)』って面白い作品だよ。

 

 

俺「ま、まあまあ、とりあえず次いこ次!」

 

潔「あ、ちょっと待って!今考えるから…」

 

我牙丸「時間切れー。」

 

久遠「じゃあ潔くんは後で考えるとして、次。千切くんは?」

 

千切「…言いたくない。」

 

 

…ですよねー。

俺は理由も含めて全部知ってるから良いんだけど、そのうえで言わないって堂々と宣言しちゃう辺りは流石だと思うわ。

 

イガグリ「はあ!?それぞれの武器言っていこうって話だろうがよ!」

 

千切「分かってる、ごめん。でも言いたくない。」

 

久遠「…仕方ない。とりあえずストライカーには強力な武器が必要で、それを基盤にしてチームを作れ。これが勝つ方法だって絵心は俺たちに言った。

つまり、それぞれの武器をどう使うかが何より大事なんだと思う。」

 

伊右衛門「でも、全員がやりたいことやったら前の試合みたくばらばらになるんじゃないか?」

 

我牙丸「絵心の言ってる通りにやって本当に勝てるのか?」

 

今村「たしかに、武器があったところでバラバラじゃあなぁ~。」

 

潔「…何か方法はないかな?例えばみんなが輝ける作戦とか。」

 

久遠「……ちょっと待った。いや、行けるかも。これなら全員平等にチャンスが…これなら、勝てるかも?」

 

そんな言葉と共に久遠が俺たちに提案したのは、各々の武器を平等に活かすために考案された超攻撃型の案だった。

まず、各々の武器を個々で振り回してもチームとしては成立しない。

そこで、チームを代表して一人が武器を使い、その間は周りが全力でサポートに徹する。

それを11人で交代して回しながら責め立てるというものだ。

攻撃の順番はランキング順、交代するポジションは時計回りに一つずつズレていく。

この方法であれば、確かにメンバー全員の武器を存分に使える布陣が完成する。

そして、GKを名乗り出てくれた伊右衛門と、武器を隠してDFに徹すると宣言した二人の発言によって、久遠命名『俺次9』作戦が完成しようとしていた。

 

 

さて、ここが新たな分岐点だな。

確かに久遠の言う通り、この作戦には全員が平等に武器を使用できるというメリットがある。

原作では終盤でしか点を奪えていなかったが、それでもこの作戦が相手の意表を突いたのは間違いないだろう。

 

でも、この作戦で勝てるという算段はない。

流れが原作から乖離し始めた今となっては、この『作戦で勝てていたから』と言う安易な理由で戦うのは危険すぎる。

もちろん、逆に原作以上に作戦がはまって勝てる未来だって想像はできる。

 

まだ原作の流れにのっとった展開になってはいるが、もはや原作の流れを壊したほうが良いのか、或いは踏襲したほうが良いのかは全く分からない。

 

 

けど…

 

俺「ごめん、俺は反対。」

 

久遠「え?」

 

イガグリ「ちょ!?ハァ!?」

 

雷市「てめぇ…俺様が仕方なく賛同してやろうと思ってたのに、なんで反対なんだ?あぁ!?」

 

今村「あーはいはい。そう熱くなんなって。…で、なんで反対?」

 

俺「確かに良い作戦だと思う。これならみんなが活躍できる可能性がある。

でも、俺はデメリットも大きいと思うんだ。」

 

潔「デメリット?」

 

俺「まず試合時間は90分だから、この作戦だと一人に付き持ち時間10分だよな?」

 

伊右衛門「まあ、普通に考えてそうなるな。」

 

俺「でも、常に俺たちがボールを保持してるわけじゃない。相手チームに渡ってる間も時間は進む。

つまり、一人当たりの時間は相手チームのボール保持時間を考えて、良くても5分かそれ以下だと思う。」

 

作戦を聞いただけだと、まるで10分間の自己アピールタイムがあるように錯覚するが、実際は攻防の中で自分の武器を証明するという過酷な条件だ。

 

加えて、入寮テスト時に絵心が語った『一人あたりの一試合ボール保持平均時間は136秒(2分16秒)』という言葉を例に出せば、1~2分でも自分の武器を存分に使えれば万々歳だろう。

 

 

イガグリ「言われてみれば、たしかに…」

 

俺「それに、全員の武器を活かすための戦術を今から話し合って組み立てるのは、正直かなり難しいと思う。」

 

國神「そうだな。みんなの武器を知ってても、それを理解して活かすには連携が必要になるしな。」

 

我牙丸「でも仕方ないんじゃないか?みんなの武器を活かそうとしてるんだし。」

 

俺「そうだけど、だからと言って中途半端なことはしたくないんだ。

他に作戦がなかったら諦めもつくけど、他に何か互いの武器を活かす方法について話し合ってみない?」

 

久遠「う~ん…そうはいっても他に何かあるかな?実際、さっきのは結構いいアイデアだと思ったんだけど…」

 

今村「だな~。俺も成早の話聞くまで最高じゃん!とか思ってたのになぁ。」

 

伊右衛門「俺もGKやるからって言って深く考えてなかったな。そういう考え方もあるのか。」

 

潔「そう考えると、成早って意外と現実的っていうか、否定的な意見もちゃんと言うって意外かも。」

 

俺「意外とは余計だ!けど、こういうことはちゃんと言わないと、後からだと手遅れになるかもしれないからな。」

 

雷市「…フンッ!つっても、他になんかやり方なんかあんのか?言い出しっぺがなんかアイデア出せよ。」

 

久遠「雷市くん、そんな言い方は…」

 

俺「アイデアってほどでじゃないけど、考えてることは一応…」

 

我牙丸「おぉー。それってどんなだ?」

 

俺「えっと、例えばなんだけど、今回の試合で得点した人がいるじゃん?」

 

國神「あぁ、俺と我牙丸、あと潔だな。」

 

俺「その三人を仮のリーダーとして、三人一組を組んでみる、とか?」

 

 

この作戦は、原作で久遠が()()()()で提示した物をいじった作戦だ。

元々は『相性の良い三人』で組んでいたけど、今回はちょうど点を取った人が三人いるから、その三人を起点として得点を取るための連携を組めば、より得点率が高くなるんじゃないかって思っている。

 

そんな考え方から出た案だけど…

 

 

イガグリ「國神と我牙丸は良いとして、潔は大丈夫なのか?自分で自分の武器分かってない奴なんだぞ?」

 

潔「うっ…」

 

雷市「あんなのたまたまのラッキーゴールだろ?どうせなら俺様にリーダーやらせろよ。」

 

今村「それ言い始めたらまた揉めるからってことだろ?俺は良いと思うぜ。」

 

伊右衛門「俺もその案は良いと思う。三チームならさっきの案と合わせれば1チーム30分も時間があるし。」

 

國神「そっか。三チーム作って固定ってわけじゃないのか。なら俺も賛成だ。」

 

我牙丸「おれもー。」

 

俺「ありがとう。他にも良い案がないかもうちょっと考えてみよう。」

 

久遠「そうだね。僕も案は良いと思うから、その方向で進めてみよう。そうだな…よし!作戦名は『3×3(サザン)オールスター』作戦!でいこう!」

 

イガグリ「うわっ!ダサ!」

 

今村「そのネーミングセンスはどうにかならないの?」

 

我牙丸「え?いいと思うけど。俺もサザン好きだし。」

 

久遠「が、我牙丸!」

 

 

とまあ、そんな感じで話し合いは進んでいき、最終的にフォーメーションはこんな感じになった。

 

第一フォーメーション(前半30分)

FW

雷市    蜂楽

MF
我牙丸      今村

成早

DF
久遠       五十嵐

千切  國神

GK
伊右衛門

 

第二フォーメーション(前半15分、後半15分)

FW

我牙丸    今村

成早

MF
久遠      五十嵐

國神

DF
雷市       蜂楽

千切  潔

GK
伊右衛門

 

第三フォーメーション(後半30分)

FW

久遠    五十嵐

國神

MF
雷市      蜂楽

DF
我牙丸       今村

千切  成早

GK
伊右衛門

 

 

 

 

 

久遠「よし!じゃあこんな感じで、明日から連携を取る練習をしていこう!」

 

全員?『『おぉ!』』

 

今村「じゃ、おやすみ~。」

 

我牙丸「おやすみー。」

 

潔「おやすみ。」

 

俺「ん?雷市、どこ行くんだ?」

 

雷市「あ?ション便だよ。」

 

 

各々が床に就く中、雷市だけはトイレに行くと言って部屋を出ていった。

皆が疲れで早々に寝静まる中、気になった俺は雷市の帰りを待っていたが、その時はなかなか来なかった。

 

30分くらい経った頃だろうか?待つのに飽きた俺は雷市を探しに部屋を出ていた。

そして案の定と言うか、予想した通りの部屋で、これまた予想通りの雷市を発見した。

 

 

俺「一人で自主練?元気が有り余ってるな。」

 

雷市「…なんだよ?文句でもあんのかクソチビ。」

 

サッカーコートになっている『トレーニングフィールド』と呼ばれるフロアで、雷市はドリブルやらシュートやらを練習しているようだった。

籠一杯に入っていたはずのボールは、既にその半数以上がフィールド上に転がってるから、後片付けも大変そうだ。

 

俺「いや、どうせなら手伝おうと思って。」

 

雷市「てめぇみたいな弱虫に手伝ってもらうことなんざ何もねぇよ。」

 

俺「そう言うなって。…あの試合の最後は自分でも駄目だったと思うけど、だからこそ今はサッカーに打ち込んでいたいんだ。」

 

雷市「そのほうが気にしなくて済むからか?そんな自分勝手な理由で押し掛けてくんなよ。」

 

俺「それはお互い様じゃない?」

 

雷市「あぁ?どういう意味でいってんだ?」

 

俺「敵を抜こうとしたときの動き…あれって()()()()()()()の動きだろ?」

 

雷市「!?」

 

雷市の表情を見て、俺は自分の予想が当たっていたことを確信する。

 

雷市はたぶん、馬狼へ憧れに近い感情を抱いたんだろう。

 

俺も馬狼の凄さを素直に尊敬している部分はある。

その分、あの気性難はなかなかにもったいないとは思うんだけど、それも馬狼の個性なんだから仕方ないことだ。

 

 

俺「馬狼みたく戦場を一人で駆け回れるような選手になりたかったのか?」

 

雷市「…チッ!てめぇには関係ねぇだろ!」

 

俺「そうかもね。でも、二人して共通することはある。」

 

雷市「はぁ?」

 

俺「俺も、雷市も、馬狼には正面から挑んで負けてるってこと。」

 

雷市「…」

 

俺「俺もさ、日和ったことは自分でも残念だって感じてるけど、それ以上に悔しいって気持ちもあるんだ。だから雷市の気持ちも…ちょっとはわかるつもり。

 

雷市「…お前に分かるかよ。」

 

俺「え?」

 

雷市「俺は…俺はここに来るまで、自分がすげぇサッカー選手だと思ってた。っていうか今でもそう思ってるけどな!…けど、今すぐプロになれるとかまでは考えてなかった。」

 

俺「まあ、口で言うのは簡単でも、サッカーのこと知るほど難しいってわかるしな。」

 

雷市「それでも、俺もいつかはプロになって、俺が憧れたテレビの向こう側の世界で活躍して、そんで本当にすげぇ選手として世に羽ばたいてやるって、そんなことばっか考えてた。」

 

俺「うん。」

 

雷市「けど、アイツ(馬狼)を見て思っちまった。本当に俺は凄い選手なのかって…」

 

俺「…」

 

雷市「自信はある。誰よりも練習してるし、才能だってあると思ってる。実際、周りと比べても俺はサッカーが上手かったからな。けど、そんな自信のすべてが、アイツのプレー一つで崩れ去りそうになった。」

 

俺「…雷市。」

 

雷市「切り返しの上手いドリブルに、正確で強力なシュート技術、体格も俺より恵まれてて、一人で場を支配できるような存在感だった。それと比べて、俺には何があるのかって考えちまうくらいにはな。」

 

…なるほど、雷市は憧れたこと自体を悔やんでるんじゃない。

憧れてしまうほど自分との差を感じてしまったことに悔しさを感じて、その差を少しでも埋めるためにここにいるんだ。

あの試合で無様を晒したことを忘れたいと思ってる俺とは違って、雷市は本気で強くなろうと努力してるんだ。

 

だったら、俺がかけるべき言葉はなんだ?

こんな自信喪失気味な雷市なんて、ファンとしては悲しすぎて見てられない。

なんとか立ち直って、いつもの調子に戻ってもらいたい。

 

 

 

俺「なら、なおさら俺も練習させてよ。」

 

雷市「だから、てめぇみたいな弱虫に…」

 

俺「イメージでしかない仮想敵より、実際に妨害される実体のある敵の方が練習効率も違うと思うけど?」

 

雷市「…疲れた敵なんか相手にしてもしょうがねぇだろ?」

 

俺「なめてもらっちゃあ困るね。これでも俺、チーム内でお前の次にスタミナあるって実証済みだから。お前がいけるなら、俺もいける。」

 

雷市「お前にメリットなんてないだろ?」

 

俺「いいや、俺もお前と同じ速度で強くなれる。」

 

雷市「…ハッ!クソチビごときが多少強くなったところで役に立たねぇだろうがよ。」

 

俺「なにを~!試合の最後はともかく、途中までは俺だって活躍してましたー!雷市こそどこで活躍したんですかー?」

 

雷市「アァ!?馬狼さえこなきゃ俺一人で敵なんざ何枚も躱してたっつうの!」

 

俺「でもそんなの口ではなんとでもいえるし~?実は馬狼のおかげで酷い醜態がまあ仕方ないレベルで収まったのかも?」

 

雷市「このクソチビ…いい度胸だなコラァ!そこまで言うなら俺様の実力、今ここでしっかり教えてやるから覚悟しろ!」

 

俺「へへっ!そう来なくっちゃ!さっきまでの練習で疲れてるんからって言い訳すんなよ?」

 

雷市「ハッ!こんなのウォーミングアップだ!てめぇこそ、後から来たくせして先にくたばんなよクソチビ!」

 

俺「上等!…っていうかいい加減言おうと思ってたけどクソチビ止めろ!成早って呼べ!」

 

 

そんなこんなで開始した追加練習だったが、お互いの熱が入りすぎたせいであっという間に時間が過ぎ、気付けばみんなが起き上がってくる直前まで練習を続けていた。

 

当然、翌日の練習に寝不足で参加したのは言うまでもない。

 



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もう一つの変化

 

絵心「やあやあ才能の原石共よ。さっき第三試合『チームX vs チームW』が終了した。次の第四試合はお前らがやってもらう。」

 

 

チーム練習を始めて僅かに形になってきた頃、休憩時間に絵心からの連絡が入った俺たちは、練習の疲れを取りながら話を聞いていた。

 

早くも次の試合か。まだ各々のチームとしての完成度は高くないから、試合までに何とか連携を高めておきたいところだけど…

 

 

絵心「あーそうそう、第三試合のスコアだが…チームWが3ー2でチームXに勝利した。」

 

イガグリ「え!?アイツら相手に勝ったのか!?」

 

今村「マジかー!」

 

伊右衛門「これは…一筋縄に行きそうにないな。」

 

 

…えーっと。たしか原作だとチームXは俺たちチームZ以外全敗してたはずだが、点数までは覚えてないな。

あの馬狼が率いるチームが初戦除いて全敗ってやばいと思うんだけど、まあ完全に独りよがりのワンマンプレイじゃそのあたりが限界ってことだな。

 

にしても、そっか…吉岡、負けたんだな。

アイツの能力があれば、何とか勝つかもしれないなんてちょっと思ってたけど、現実はそううまくは運ばないってことか。

でもまあ、一点差ってことはかなりの接戦を演じるとこまでは食らいつけたってとこだろう。

 

敵ながらそんなことを考えてしまうのは、元チームメイトだからだろうか?

 

 

絵心「で、肝心のお前らの対戦相手だが…第四試合はチームY vs チームZ。試合は今から24時間後だ。

才能の原石共よ。お前らの持つ武器を試すときが来たぞ?せいぜい存分に振るうと良い。

如何なる武器だろうと、その性能を活かすも殺すもお前ら次第だ。健闘を祈る。」

 

 

次の試合まで

24:00

 

 

 

俺「もう次の試合か~。」

 

久遠「うん。ぐずぐずしてる暇はないってことだね。よし皆、休憩終わり!チーム練始めるぞ!」

 

我牙丸「おー。」

 

潔「わかった。」

 

國神「うっす。」

 

 

久遠の号令で皆がそれぞれのチームに分かれて練習を始める。

 

チーム練習は、各チームリーダーと同じチームになった三人一組で、連携のパターンを話し合ったり研究して、三人の間で完成度を高める練習のことだ。

いきなり全体のチームワークを合わせようとしても時間が足りないから、攻撃に参加するチームメイト同士で結束力を高めようという算段だ。

 

全体の練習も一応やっているが、今は各々の武器を活かすためにこちらへ注力する時間配分になっている。

 

さて、俺のチームは…

 

 

今村「んじゃ、パスワークの続きからやる?」

 

我牙丸「俺はゴール前のシュート練習がしたい…かな?」

 

俺「いいね。じゃあゴール前までパスでつないで、そのままフィニッシュまで持っていこうか?」

 

今村「異議な~し。」

 

我牙丸「うん、それでいく。」

 

俺「よし、じゃあチーム我牙丸。練習再開!」

 

我牙丸&今村「「おぉ!」」

 

俺、我牙丸、今村の三人だ。

チーム決めの時に、我牙丸が真っ先に手を上げて俺たち二人を指名してきたときはちょっと驚いたけど、たしかに前の試合どころか食堂での一件からつるんでる三人だから、我牙丸的にも組みやすかったんだろうな。

 

俺たち我牙丸チームの中心はまさかの()だ。

俺がセンターの位置に陣取って、LWG(レフトウィング)の我牙丸とRWG(ライトウィング)の今村へパスを供給しながら、三角形(トライアングル)で戦場を駆け上がる構図になっている。

 

攻めの起点となるのはやはり今村のスピードで、そのままドリブルでこじ開けてシュートを決めるもよし、クロスを上げて我牙丸がねじ込むもよしという戦術になっている。

そして俺はと言うと、万が一にも二人がシュートを決められなかった場合の保険的なポジションになる。

 

左右への揺さぶりが肝となるこのチームは、俺が左右のどちらを使って責め立てるかを見極められるかが重要になる。

敵の位置、味方の位置、互いの距離感、いろんな要素を考慮してパスする相手を的確に選択しなくてはいけない。

 

潔はそう言った頭脳プレーが得意な選手へ覚醒していくけど、俺も同じことができるかと言われれば正直イメージ沸かないな。

とはいっても、自信がないからと言ってやらないわけにもいかない。

 

ただ、他にも不安要素がある。

俺たちのチームは前半終了までと後半開始の時間帯でFWを担うことになる。

そうなると当然、前半の間に動きを研究する時間を与えてしまい、休憩時間を挟んで後半には何か対策を施されることになる。

 

…その場合が少し危険だな。

 

 

 

 

 

 

 

俺「あ、あった。()()()()の映像記録。」

 

伊右衛門「これは使えるな!他のチームも研究して対策がとれる!」

 

イガグリ「この部屋見つけた時は映画とか見れなくて残念だったけど、こんな使い方できるなんてな!

千切マジでナイスだぜ!南無三!」

 

千切「別に。ただ、施設あるのに使わないのはもったいないと思っただけ…」

 

 

チーム練習は各々がある程度形になってきたところでいったん切り上げ、俺たちは相手チームYの研究をするために『モニタールーム』へ集まっていた。

 

発案者…というか、会話の流れで提案を出したのは千切だった。

練習も見る限りでは無理しない程度に真面目にこなしてるし、やっぱりサッカーが好きなんだなって感じる。

原作から乖離してしまったこの世界でも、過去の負債を克服してくれれば良いんだが…

 

 

っと、今はチームYの映像研究だな!

そう思いながら再生されたモニターには、第二試合のチームV vs チームYの試合映像が映し出されていた。

 

 

 

ほえーーー!ホンモノだ!本物の凪がいる!玲央もいる!斬鉄もいる!まあ当然なんだけど?うっへっへ…

 

 

じゃなーい!そうじゃないだろ!

今はチームYの研究なのに、その対戦相手チームVの選手を見てどうする!?

 

と、自分を戒めつつも俺は皆と一緒に試合映像へ目を通し始めた。

 

 

第二試合は俺たちの第一試合とほぼ同時並行で進められた試合だ。

故に、試合条件は俺たちとほぼ同じと言うことで、試合開始直後は敵味方が入り乱れる『お団子サッカー』が開幕していた。

 

蜂楽「ありゃりゃ!やっぱ最初はどこも同じ感じなんだ~。」

 

久遠「まあ、得点王ってシステムがあるからね。一度冷静にならないとこうなるのは仕方ないと思う。」

 

雷市「ハッ!ガキみてぇに幼稚な光景だな。」

 

國神「俺もお前も、あの中にいたってこと忘れんなよ。」

 

我牙丸「あ、集団からボールがこぼれた。」

 

俺「それを…あ!二子がとった!」

 

イガグリ「え?二個?なにが?」

 

今村「成早、あの7番(二子)のこと知ってんの?」

 

俺「え゛!?…あはは、ちょっとだけな。」

 

 

ボロが出そうになったのを取り繕いながら映像に視線を戻す。

原作の第四試合で潔たちチームZを見事に作戦で追い込むとこまで成功させた影の立役者『二子(にこ) 一輝(いっき)』。

能力的には潔と酷似していて、身体能力では他の選手に劣るけど、優れた眼と脳を持つ選手であり、戦場(フィールド)を支配するようにゲームメイクをする選手だ。

 

なんて二子のプロフィールを思い出しながらプレイ映像を見ていた俺だったが、集団からこぼれたボールを捕った直後、二子はシュートにも近い勢いで前線へパスを出した。

 

 

久遠「え?速攻で前線へパス!?その先には…あ。」

 

國神「なんでもうそんな位置にいるんだ!?」

 

潔「…最初の一点は、あの9番か。」

 

イガグリ「あ!コイツ知ってる!たしか熊本県大会で得点王だった奴だ。名前は…」

 

各々の独り言がざわめきとなる部屋のモニターには、得点したことに喜ぶ一人の選手が映し出されていた。

 

洗濃高校のエースにして、イガグリの言う通り『熊本県大会得点王』という肩書を持つストライカー『大川(おおかわ) 響鬼(ひびき)』。

原作では卓越したシュートテクニックでチームZから一点をもぎ取ったが、その後はこれと言った活躍も描かれずに退場したキャラだ。

成早()も原作では退場したキャラだったから、そう考えるとちょっと親近感がわくな。

 

それにしても、まさかイレギュラーな一点が()()()()()()展開で獲ったものとは思わなかった。

正確には、次の第四試合で見せる守備的布陣からの縦パス長距離反撃(ロングカウンター)と同じような作戦だけど、こんなところで観れるとは…

 

 

 

そんな風に、敵チーム研究のため試合映像を見始めた俺たちだったが、試合が進むごとに研究対象はチームYではなく、徐々にチームVの方へシフトしていった。

何故なら…

 

 

今村「なんだよ、こいつら。この映像…マジなの?」

 

伊右衛門「これは、予想してたより、だいぶ…」

 

國神「完全に、勝負あったな。」

 

久遠「これが、チームYが一点しか獲得できなかった相手…これがチームV…」

 

 

そこにはチームYが、圧倒的な敵を前に蹂躙される映像が映し出されていたのだから。

 

 

まず、身体能力のパラメータが高水準でまとまっている万能選手(オールラウンダー)の『御影(みかげ) 玲王(れお)』。

突出した武器がない反面、並みの選手相手なら十分通用する技の数々で敵を突破しゴールを奪っていく。

 

次に、爆発的初速を持つスピードに特化した利き足が左(レフティーシューター)の『剣城(つるぎ) 斬鉄(ざんてつ)

驚異的な速度のドリブルは阻止が難しく、精度の高いカーブシュートで確実にゴールを狙える。

 

そして、残酷なほど華麗なトラップとシュート技術を持つ常識外れな天才(トリックスター)の『(なぎ) 誠士郎(せいしろう)』。

実のところサッカー素人のはずなのに、天性のセンスと発想でどんなパスさえもゴールに変える。

 

この三人が試合のほとんどを支配していて、言ってしまえば見どころのなかったチームYに焦点を当て辛く、結局のところ映像鑑賞はチームVの強さを目の当たりにする結果に終わった。

 

映像が終わった直後、彼らの強さに誰もが閉口し、モニタールームには異様な沈黙が漂っていた。

無理もない。

原作知識を持つ俺ですら、知っているはずの彼らの強さに衝撃を受けたんだからな。

 

 

 

俺「………よし!次はチームYに焦点を当てて見ていこう!」

 

久遠「あ、あぁ…そうだな。皆、気持ち切り替えていこう!」

 

全員『『お、おぉ…』』

 

 

そんなこんなで見始めた二回目の映像鑑賞だったが、俺はここにきてようやく違和感を発見することができた。

 

俺「なんか、やけに大川の位置が前だな。」

 

イガグリ「え!?どこどこ!?」

 

伊右衛門「確かに他に比べて前に突出してるな。」

 

久遠「そうだね。…不自然なくらいに。」

 

今村「そうぉ?集団からあぶれてるだけじゃね?」

 

潔「いや、確かにあの位置はあぶれたっていうより、意図的にそこに陣取ってる感じがする。」

 

國神「それは流石に考えすぎじゃ…って、あの7番(二子)からドンピシャのパスが来た!」

 

俺「やっぱり、この二人…連携してる?」

 

 

まるで、試合開始直後に混戦になることを読んで、そのうえでこぼれ球を二子が速攻で前線の大川へ供給し、考える暇も与えずに大川がシュートを決めている。

 

だが、大川は試合開始直後からボールではなく相手ゴールへ走り、集団から一定の距離を取って待機していた。

一次選考の得点王システムの話を聞いた人間が最初にとる選択肢としては異様だ。

 

 

 

 

…いや、待てよ。

この動き方ができる奴を、俺はあと一人だけ知ってる。

 

他ならぬ()()()だ。

未来予知と呼べる原作知識の塊を知っている俺なら、流石に勝てる自信まではないものの、あの大川や二子と同じようにチームV相手に一点取ることは可能だったかもしれない。

事実として、あの馬狼からのパスをピンポイントでカットして見せたのは、原作を見て馬狼がパスを出すことを知っていたからだ。

 

つまり、あれがもし予測の上に成り立つ行動じゃなくて、俺のように()()()()()()()()が故の行動なのだとしたら?

 

正直、前者だった場合も相当怖いが、今回の試合結果から考えておそらくは後者であり、なおかつそれを成し得るための可能性は一つしかない。

 

 

 

俺の他にも、()()()がいる!

他のメンバーが違和感を覚えつつも戦術を研究する中、俺だけはその可能性を秘めた映像の二人を目で追い続けていた。



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チームY戦-1

 

第二試合の鑑賞会から、正直微妙な空気感を無理やり跳ね除けて練習に励んだ俺たちは、練習しすぎないようクールダウンの時間を設けて、いよいよ第四試合へ挑む時間になった。

 

試合会場となる『バトルフィールド』には両チームともほぼ同時に到着し、それぞれのコード上で各々が軽くウォーミングアップを済ませていた。

 

 

久遠「相手はすでに一敗していて後がない。死に物狂いで点を取りに来るだろう。

でも、俺たちの『3×3(サザン)オールスター』作戦があれば、勝つことだってきっと難しくないはずだ。

練習の成果を出し切るぞ!チームZ!」

 

全員『『おぉ!』』

 

 

 

さて、結局というか当然のように皆には言わなかったけど、俺には懸念事項がある。

おそらく今回の敵、チームYには俺と同じ転生者がいるということだ。

 

人数はおそらく一人、多ければ二人。

可能性がある選手は7番(二子)9番(大川)だ。

 

最悪の可能性は二人ともが転生者で、互いに素性を明かしていて協力体制をとっていた場合だ。

 

勝ち目がないとは言わないが、今回の俺たちの作戦はあくまで原作知識の域を出ていない。

もし何らかの対策を施されていたら、俺たちにはきつい展開になるだろう。

とはいえ、元々の作戦である『次俺9(つぎおれナイン)』作戦からは変更してるから、最初は意表を突けるんじゃないだろうか?

 

 

そう思って、一番怪しいと思っているDFの二子に視線を向けて見るも、前髪で目が隠れてて表情がうかがえない。

仕方なしに大川へ視線を向けると、何故かちょっと苦々しい表情をしていた。

 

 

いや、なんで?

むしろそんな表情は俺がしたいぐらいだってのに…

 

 

 

…いや、冷静に考えてみれば、俺たちだって負けるはずの試合を引き分けにまで持ち込んだんだ。

相手だって他に転生者がいる可能性を考慮するはず。

それが俺だと特定されているか否かでだいぶ変わるが、大川は俺たち全員を見渡すだけで、俺に視線を向けても他と変わった様子は見られないから、たぶんそこまではばれてないはずだ。

 

まあ、それなら苦々しい表情にも納得がいくってもんだな。

ちょっとは表情を隠せよって思わなくもないけど、俺にとってはありがたいからそのままでいて欲しい。

 

彼自身が転生者か、或いは転生者と接触しているのか…

それを判断するにはまだ早計だが、大川が転生者に近しい存在と言うのは間違いないだろう。

 

 

なんて考えていたら、試合時間のカウンターが0に迫っているのが見えたので、意識を切り替えて試合に集中する。

 

 

 

絶対、勝つ!

 

 

 

TEAM TEAM

Y  Z

0 - 0

 

KICKOFF!

 

 

最初の攻撃は俺たちからで、布陣(フォーメーション)は4-3-3の汎用的な布陣。

一方、相手側の布陣(フォーメーション)は5-4-1と原作通りの守備的布陣。

 

3×3(サザン)オールスター』作戦で前線に出ている三人は、

チームリーダー & FW『潔』

RWG『蜂楽』

LWG『雷市』

 

この三人の作戦は超シンプル!

蜂楽のドリブルで抜きながら、他二人がパスの中継役になってフォローする!以上!

 

蜂楽と言う強力すぎるドリブラーを武器に持つが故の作戦であり、逆に言えば彼を封じられるとどうしようもなくなる危険(リスキー)な作戦でもある。

 

原作だと、蜂楽相手に三人でマークして対処している場面だったが、果たして敵はどんな作戦で塞ぎに来るか?

 

 

敵MF「来たぞ!アイツは常に二対一作ってコース塞げ!」

 

敵DF「分かってる!俺らで止めるぞ!」

 

 

おや?ここは原作を同じ流れを踏襲するか。

なら、おそらく二子…は位置的にまだ遠いから、近くのMFが蜂楽のボールを奪いに行く役目か?

 

 

蜂楽「二人で良いの?抜いちゃうよ?」

 

敵MF「三人だよ!ボールいただき!」

 

蜂楽「おっと、じゃあいったん戻すの巻。」

 

潔「OK!」

 

 

よし、ここまでは原作と同じ流れ。

…ほんとにヨシでいいのかわからないが、まだ予測できる流れだ。

万が一の時はMFの位置にいる俺がフォローに入れば良い。

 

問題は、潔たちの作戦だと敵の防衛網に穴を開けづらいってことだろうか?

一点突破は有効だけど、少しでももたつけば周りがカバーに走ってくるし、あまり時間をかけず手早く突破する必要がある。

 

蜂楽のドリブルはその点有効だけど、敵にガッツリ警戒されてるから簡単には抜かせてもらえない。

そのせいで蜂楽へパスを出すも、すぐに止められてと言う展開が何度か続いた。

 

このままではろくに攻め手がないまま時間ばかりが経過することになる。

 

 

 

潔「仕方ない…雷市!」

 

雷市「来たか!ようやく俺様の出番だぜ!」

 

潔「あぁ、いくぞ!」

 

敵MF「あいつ等なんか仕掛けてくるぞ!」

 

二子「僕がカバーに行きます!8番(蜂楽)から目を離さないでください!」

 

すると潔は、蜂楽ではなく待機していた雷市の方へパスを出した。

どうやら蜂楽に頼り切るだけじゃなく、自分たちでも突破を試みるようだ。

 

だが、二子は素早く雷市の方へ走り出して対応していた。

そして雷市の正面に位置取ると、そのままドリブル突破を塞ぐために間合いを取って足を止めた。

 

二子「君のドリブルも研究済みですが、(蜂楽)ほど警戒は必要じゃない。」

 

雷市「ハッ!そうかよ!なら俺様の華麗なフットボールを魅せてやるぜ!」

 

 

MATCH UP!

二子 一輝 vs 雷市 陣吾

 

そう言うと雷市は、止めに来た二子に対して臆することなく突っ込んで行き、対する二子は警戒を強めて重心を落としている。

簡単には抜けないと判断した雷市は、間合いが近づくと同時にスピードを緩め、左右への揺さぶりをかけ始めた。

 

チームX戦の時は切り返しを意識するあまり上手くできてなかったけど、ドリブルで抜く際はその前後でフェイントをかけるのが基本だ。

別にフェイントと言う技術は吉岡の専売特許と言うわけでもなく、サッカー選手なら誰もが使うありふれたものだ。

 

吉岡はその中でも体の使い方とタイミングが上手かったというだけ。

まあ、それだけでも脅威になるほどの武器に仕上げたといえるか。

 

 

しかし、二子は雷市の揺さぶりに動じることなく、冷静に雷市の動きを観察していた。

揺さぶりに引っかからないと判断した雷市は、一気に距離を詰めながら右側へ抜けようとする。

 

その動きに反応して止めに来た二子、の逆を突いて切り返しによって左側へ抜けようとした雷市だったが…

 

 

二子「言ったはずです。君のドリブルも研究済みだと。」

 

二子は踏み出した足をけり出すようにして右へ飛び、素早く雷市の進路を塞ぎにかかった。

切り返しで抜けようとした雷市は、反応して追いついてきた二子にボールを盗られないよう、切り返した足を軸足に素早くボールを引き戻した。

 

雷市「…チッ!みたいだな。俺様を止たことは褒めてやるよ。でもな…」

 

そう言いながらニヤリと笑った雷市は、ボールを引き戻した足でそのまま潔の方へパスを出した。

 

雷市「別にドリブルで抜くって言ったわけじゃないぜ?」

 

二子「パスですか…まあ想定内ではありますが、前の試合から少しはチームワークを学んだみたいですね。」

 

二子はそれも予想はしていたようだが、下手に奪いに行って抜かれるよりは良いと判断したのか、雷市のパスを無理に止めようとはしなかった。

 

だが…

 

 

 

雷市「まぁ、()()()()()()…な?」

 

二子「?……っ!?」

 

そう言った雷市は、パスを出してすぐさま全力疾走に切り替え、二子を置き去りに敵陣へ侵入を試みた。

驚きからか一瞬反応が遅れた二子も、何とか雷市を止めようと食らいつく。

 

 

二子「その人(雷市)、がむしゃらに突破する気です!カバーお願いします!」

 

敵DF「あぁ、任せろ!」

 

敵DF「バカだなアイツ。あんなんでスタミナが持つかよ。」

 

しかし、試合はまだ前半の10分もたっていない場面で全力で走り続ける雷市に対し、スタミナの消耗を押さえておきたい二子は数秒ほどで追いすがるのを諦めた。

 

その代わり、チームメイトに指示を出して雷市を止めようとしてくる。

指示を受けた敵DFが迫ってくるが、雷市は気にしていないと言わんばかりに加速を続けていく。

 

 

雷市「おい潔!俺様にボール寄越せ!」

 

潔「あ、ああ。分かって…っ!」

 

二子「そうはさせません。」

 

だが、雷市の追走を諦めた二子はすぐ思考を切り替えたようで、いつの間にか雷市と潔のパスコースを塞ぐ位置に陣取っていた。

 

それに気付いた潔は出しかけたパスを引っ込めたが、同時にその場で足踏みしてしまう。

 

 

二子「足が止まりました!誰かボールを奪って!」

 

敵MF「俺が行くぜ!」

 

潔「くっ!」

 

蜂楽「潔!こっちこっち!」

 

潔「蜂楽…!OK、行くぞ!」

 

蜂楽「あいよ♪」

 

 

敵に囲まれそうになっている潔の方へ、敵を引き連れながらも蜂楽が助けに入る。

 

そのままでは状況が悪化するだけの状況のはずなのに、潔たちは何かを理解し合ったように互いに頷き合い、そのまま距離を縮めていった。

そして、蜂楽が敵の隙を突いて一瞬抜け出したところへ、潔は間髪入れずにパスを出した。

 

だが、そのボールをトラップで足元に収めるより先に敵の集団が蜂楽を取り囲もうとする。

 

 

敵DF「俺たちがお前から目を話すわけねぇだろ!」

 

敵DF「このまま大人しくボールを渡してもらおうか!」

 

蜂楽「わお♪俺ってば大人気♪ね?潔!」

 

ところが、蜂楽は潔からのパスをそのままトラップせずにワンタッチで潔へパスを返した。

そのパスを受ける潔は、少し目を離した隙に敵陣へ深く侵入しようとしており、二子とほぼ同じラインまで駆け上がっていた。

 

 

敵DF「なっ!?いつの間に!?」

 

二子「その二人の狙いはワンツーパスです!11番()から9番(蜂楽)へのパスコースを塞いで!」

 

敵DF「そういうことか!わかった!」

 

今の動きは二子の言う通りワンツーパスの動きだ。

本来、パスを受ける方はフリーなのが望ましいが、敵が蜂楽のドリブルを警戒するあまり間合いを取っていることが功を奏した。

そして、視線が蜂楽へ集中する隙に潔は加速して敵陣への侵入を成功させた。

 

 

まさか、今のを計算して?

…いや、おそらくまだ無意識下での判断だろう。

でも、無意識にも有効な手段を模索する頭脳があることは明白だ。

流石は原作主人公と言ったところか。

 

しかし、その動きを二子に見られていたことで二人の間でのパスが警戒されてしまった。

同じ手はもう通用しないだろう。

 

でも、今の動きで潔はよりボールを前に運ぶことができた。

そこまでいけば…

 

 

潔「待たせたけど、頼んだ雷市!」

 

雷市「ハッ!全くだぜ!でもよくやったヘタクソ!」

 

二子「くっ!しまった!」

 

先に前線で待機する形になっていた雷市へのパスが可能になる。

空いたスペースへ出された潔のパスは、すぐさま雷市によって拾われ、再び雷市はゴールへ向かって一直線に走り出した。

 

 

敵DF「任せろ!俺が止める!」

 

雷市「一人で俺様を止められるかよ凡人が!」

 

何とか止めに入った敵DFだったが、進路を塞いでも嬉々として突進してくる雷市を相手に戸惑いを隠しきれず、僅かに身構えたことで動きが硬くなってしまった。

その一瞬を見逃さず、雷市は更に加速して二子の時同様に右から抜きにかかった。

 

それに反応した敵は、やや反応が遅れながらもなんとか雷市の侵入コースを塞いだ。

しかし、同時に二子とのマッチアップ時に見せた切り返しも警戒するように雷市の足元を凝視していた。

 

すると、てっきり切り返しをすると思っていた敵の裏をかくように、雷市はボールを一瞬追い越して両足でひっかけてから右足の踵に乗せ、そのまま右足を後ろに振り上げてボールを上空へ跳ね上げた。

 

 

敵DF「ひ、踵球上(ヒールリフト)!?」

 

俺「ナイスだ雷市!練習通り!」

 

雷市「しゃあオラァ!このままゴールまで一直線!」

 

 

敵は守備を前面に押し出した布陣(フォーメーション)だったが、蜂楽や今村のようにドリブル特化の選手を止めるための戦術だったはずだ。

しかし、雷市というノーマークの選手が予想外のドリブル能力を見せたことで、鉄壁のような布陣(フォーメーション)が食い破られてしまった。

こうなってはもう雷市を止める手段は残されていないだろう。

 

実際、敵DFを抜き去った雷市の前には敵GKの姿しかなく、潔へのパスコースを塞ぎながらも距離を縮めようとする二子も、決して速いとは言えない彼の足では間に合いそうもない。

 

 

雷市「よっしゃぁ!このままゴール決めてやるぜ!見てろよお前ら!これが…雷市スペシャルだぁ!」

 

PAに侵入した雷市は、そう叫びながら左足を踏み込み、破竹の勢いで猛進していた姿からは想像もつかないほど綺麗な動きでシュートを放った。

そのシュートは馬狼のような鋭く荒々しいものとは異なり優しく柔らかい放物線を描き、ゴール右上角へ侵入したボールはゴールネットに優しく受け止められた。

 

 

 

GOAL!

 

TEAM TEAM

Y  Z

0 - 1

 

 

雷市「八ッハー!どーだ!これが俺様のセクシーフットボールだ!」

 

國神「なるほど…伊達に名乗ってるわけじゃなかったってとこか。」

 

イガグリ「マジかよ…アイツあんなシュートできたのか?」

 

潔「す、すげぇ…」

 

蜂楽「へぇ、思ったよりやるじゃん♪」

 

 

雷市の放ったシュートが予想外だったのか、チームZからは感嘆の声が所々から聞こえてくる。

俺も徹夜練習の時に初めて知ったけど、同じような反応してたから気持ちはわかる。

 

何はともあれ、これで守備を固めるチームYを相手に点を奪えたんだ。

ひとまずはこちらが優位に立つことができるな。

 

 

そんなことを考えながら敵チームを見た俺は、言い知れぬ不穏な空気が流れていたことに初めて気づいた。

 



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チームY戦-2

不穏な空気が支配している敵チームに違和感を感じた俺は、よくよく敵チームの全員を観察してみた。

すると、点を取られたことに対するショックもあるだろうが、それよりももっと根本的に別の()()を恐れているような…

 

そうだな、まるで恐怖を前にして震えてる草食動物みたいな印象を受ける。

 

 

敵DF「すまん、俺らが止めてれば…」

 

敵MF「いや、気にすんな。こっから巻き返せば…」

 

大川「お前ら何やってる!点とられてんじゃねぇよ!」

 

敵DF「お、大川…いや、それは悪い。けど、アイツ(雷市)にあんな突進力があるなんて…」

 

大川「言い訳なんざどうでもいいんだよ!俺が点とってやるからきっちり守れ!」

 

敵DF[わ、わかった。」

 

 

えぇ!?思ったよりちょっと怖いんだけど!?

これは確かに逆らいたくないって気持ちで怯えるのも無理ないかも…

 

ただ、原作の出番が少なかったから本質的な性格までは知らないけど、大川ってこんな仲間に対して支配的な暴言を発するタイプだったか?

見た目はザ・不良みたいな感じだけど、今みたいに人を下に見るような発言はなかったような気がする。

 

 

 

ん?

っていうか、雰囲気に流されそうになって見逃しかけたが、よく考えると自分が点を取るって発言、カウンター狙いだってことを遠回しに暴露してるのでは?

 

 

ダメダメじゃん!

あぁいや、情報漏洩に見せかけて敵に嘘の情報を与える作戦だったり…流石にそれはないか。

 

とりあえず、転生者と関係があることは多分ほぼ間違いないとみていいだろうな。

 

 

 

KICKOFF!

 

試合開始直後、大川は自陣へパスを出すとすぐさま一人で俺たちのコートへ走ってきた。それも一人で。

そんな大川に反して、チームYの面々は自陣内でパス交換を繋ぐ展開が始まっており、潔チームがボールを追っているも、人数差もあってボールをまるで奪えないでいた。

 

 

いや、もう狙いバレバレですやん。

さっきの大川の発言を皆もしっかり聞いていたのか、攻撃を担う潔チームはともかくとして、他の我牙丸チーム、國神チームは自陣から動かず、敵からのカウンターを警戒していた。

 

 

おそらく、本来の作戦としては原作のようにチームZに自陣内へ誘い出して、そこから一気にカウンターを仕掛けて点を取るというものだろう。

 

点もボールも奪えなければ徐々に焦燥感は高まっていくし、焦りが表面化すればミスや綻びが顕著に表れやすくなる。

その隙を突いて一気に攻勢へ転じ、妨害される前に素早く点を奪う。

そんな風に試合を支配しようとしたんだろう。

 

あくまで雷市が点を奪う前までの想定だろうが。

 

 

 

今村「なんていうか、なかなか悠長な作戦続けるなぁ。」

 

久遠「こっちは一点取ってるんだ!無理せず相手が攻めてくるのを待とう!」

 

伊右衛門「それが良い!攻められても良いよう守備固めとけ!」

 

その作戦が有効なのは、両チームが同点かチームYが優勢の場合だ。

俺たちチームZの方が優勢の場合にその作戦を継続しても、点差による優位性から焦りは生まれず、むしろ点差があるまま時間を使ってもらっているだけの状況に陥ってしまう。

 

つまり、原作通りの展開を続けるだけではチームYに勝ち目がないということになる。

 

 

雷市「ハッ!なんだなんだてめぇら!そんなんで本気で俺らに勝てると思ってんのかぁ?」

 

潔「雷市、あんま煽るなって…」

 

蜂楽「でも確かに、俺らも走り回ってるだけで疲れちゃうよ。」

 

敵MF「くっ!こいつら…」

 

敵DF「ただの挑発だ!乗るんじゃねぇぞ!」

 

敵DF「でも、このままじゃ俺たち…」

 

二子「皆さん!チャンスは必ず来ます!その時まで待ちましょう!」

 

 

これは酷い状況になってきたな。

チームYは自分たちが仕掛けた作戦で、逆に自分の首を絞めてしまってる状態だ。

俺たち(チームZ)が攻めてこなければ反撃に移れないから、いつまでたっても自分たちが点を奪えない。

点を奪えないまま時間が経てば、点数不利なチームYは逆に焦りが生まれてしまう。

もう攻めるしかないんじゃないか?そんな思いでいっぱいになっていることだろう。

 

ここは我慢比べだな。

先に根を上げたほうが一点を奪われる根気の勝負だ。

 

 

 

 

 

我慢比べが始まってから早くも20分が経過しようとしていた。

それまで、チームYは自陣内でボール回しに専念し、潔チームからボールを盗られないようにとパス回しを続けている。

 

よく粘るなぁと感心しながら、俺は敵が攻撃を開始するだろう一番チャンスとなる瞬間が訪れるのを待っていた。

俺たちからすると既知の動きだが、敵からすれば未知の動き。

 

それは…

 

 

 

我牙丸「30分経った!」

 

今村「イエーイ!俺たちの出番だぜ!」

 

雷市「くそ、もうかよ!…まあ、俺様が点とれたし譲ってやるよ。」

 

潔「了解!下がるぞ、蜂楽。」

 

蜂楽「あいあいさー♪」

 

そう、『3×3(サザン)オールスター』作戦の要である、布陣交代(フォーメーションチェンジ)の時間だ。

 

次のFWを担当するのは俺たち我牙丸チームで、

FW『成早()

チームリーダー & LWG『我牙丸』

RWG『今村』

 

となっている。

 

全員にチャンスが回るよう調整するための作戦だが、この作戦にも僅かな欠点が存在する。

それが何かと言えば…

 

 

 

 

大川「…っ!二子ぉ!」

 

二子「!?ええ、わかってますよ!」

 

一瞬だけ、大規模なポジション変更によって陣形に乱れが生じてしまうという点だ。

俺たち我牙丸チームや國神チームはラインを前線へ上げるだけで済むが、潔チームは最前線の位置から最高峰の位置まで一気に戻らなくてはいけない。

 

この瞬間、前に進もうとする俺たちMFの我牙丸チームと、後ろに下がろうとするFWの潔チームが交差する一瞬だけ、守備に割かれる人数が大幅に激減してしまう。

 

俺たちの動きを見て、最初は疑問符を浮かべていた大川もチャンスということは理解したのか、大声で二子の名前を呼んでパスを要求した。

 

その声を聴いた二子は若干()()()()()()()でそれに応え、大川に向けて縦のロングパスを出した。

 

大川の位置は、既にDFからMFの領域へラインを上げようとしていた國神チームのほぼ正面にいる。

このパスが通ったら、シュートテクニックがある大川によって点を取られる危険もあった。

 

だから俺は、二子が大川へパスを出した直後に身体を反転させ、急いで大川の元へ向かうことにした。

後は馬狼にも通用した背後からボールを奪取すれば、再び俺たちのチャンスボールになる。

しかも、次のFWは俺たちからスタートだから、今度は俺も得点の機会があるということだ。

 

だが、俺は転進した視界の先に見つけた大川と、更にその先にいる國神チームの動きを見て足を止め、再度体を反転させて敵陣へ向かうことにした。

 

どうやら、俺まで防御(ディフェンス)に回る必要はなさそうだ。

 

 

走りながらも、頭を横に向けながら後ろの様子を確認していると、ボールを目で追っている大川の正面に、大きな人影が立ち塞がっていた。

 

 

國神「よお、ボールは俺にとらせてもらうぞ。」

 

大川「國神!?マジかよ、クソッ!」

 

國神は大川とほぼ同時にボール落下地点へ辿り着き、大川に覆いかぶさるような形でがっちり守りを固めていた。

國神の身体(フィジカル)でそんなことをされれば、体格が決して大きくはない大川には脅威になっただろう。

 

そんな、大川にとって絶望的な状況でもボールが止まってくれるはずもなく、徐々に二子からのパスは地面との距離が近づきつつあった。

細かいポジション争いを続けた二人は、ボールがもう頭上に振ってくるというタイミングで、國神は咄嗟にボールを奪いに行くのではなく、手で大川のジャンプを妨害する様に制した。

自由に飛ぶことができなくなった大川だったが、それでも諦めずに何とかジャンプして見せる。

 

 

 

だが、待っていたのは非常な現実だけだった。

 

國神「ナイス、久遠。」

 

久遠「そっちこそ、おかげで俺も飛びやすい!」

 

大川「本命は久遠かよ!?くっそが!」

 

 

大川の突出に気付いていたんだろう。

久遠は二子からのパスが出た瞬間に大川の方へ走り始めていて、俺が何もしなくてもすでに二対一の状況が作られていたのだ。

 

それに気付いた國神も久遠がボールを奪いやすいように、多少危険(リスク)のあるボール争いよりジャンプの妨害を選択した。

これによって大川がボールを奪える可能性は限りなく0に近くなり、実際にボールは久遠の元へ転がり込む結果となった。

 

 

先の発言がなければ、完全に油断していた二人が大川を通してしまい、そのまま残すはGKの伊右衛門だけと言う状況に持っていったかもしれない。

そうなれば、おそらく大川であれば一点奪うのは造作もないことだったろう。

 

或いは、パス回しをしている間にもっと俺たちが強気になって攻め手を増やしに行き、その隙を突いてのカウンターがはまったのかもしれない。

 

まあ、どちらにしろ俺が大川の背後からボールを奪うつもりだったから、結果的には変わらなかったかもしれない。

けど、國神と久遠の二人掛かりで潰されたのは、彼自身の発言がきっかけなんだ。

自業自得って奴だろうな。

 

 

久遠「よし、頼んだ成早くん!」

 

俺「OK!一点決めてくるぜ!」

 

ともかく、これで俺たちのチャンスボールになった。

後はこのマイボールで何とか更に追加で一点取っておきたいところだ。

 

既に前半は残り15分を切った。

後半からはチームYからのスタートだし、休憩時間(ハーフタイム)の間に対策を練られると仮定すると、これが俺たち我牙丸チームに残された攻撃時間になるな。

 

考えながらも戦場を見渡し、我牙丸と今村のどちらにパスを出すか考える。

 

今村は、前の試合で活躍したことも相まって警戒されているみたいだ。

一方の我牙丸だけど、こっちは今村に比べて警戒が少ない。

 

うん。我牙丸の線でいったん行ってみるか。

 

 

「よっしゃ、頼んだ我牙丸!」

 

「おっけー。」

 

俺は一旦我牙丸の方へボールを預けて、そのままコート中央からやや左に寄った位置を前進する。

一方のボールをもらった我牙丸は、正面から敵DF、背後から敵MFに挟まれつつもボールを運ぶ。

 

そして、敵との距離が限界まで近づくちょっと手前で俺に再びボールを戻した。

その瞬間、俺は一気に加速して中央突破の姿勢を見せる。

 

 

敵DF「なんだコイツ!?中央突破する気か!?」

 

二子「その人は一人で十分です!それより6番(我牙丸)の進路を塞いでください!」

 

敵DF「なら俺が止めてやる!」

 

二子は俺の動きに素早く反応して周囲の仲間に指示を出していく。

やっぱり指示を出す人間がいるのかいないのかでチームの連動率と言うか、まとまり方に如実に差が出るな。

 

それにしても、一人で十分か…

 

 

 

俺「俺ってばほかの二人に比べてそんなに警戒必要ない?」

 

敵DF「さあな?そうなんじゃねぇの?」

 

俺「そっかぁ…っ、まあ正解なんだけど!」

 

敵DF「はぁ?お前何処出して…」

 

俺は若干自虐を込めた台詞を吐きつつパスを出した。

その方向は我牙丸のいる左サイド、ではなく右サイドのPA手前付近。

 

そんな場所には敵DFを含めて誰もいない。

けれど…

 

 

今村「おまっ、俺じゃなかったら間に合わねぇんじゃね!?」

 

俺「間に合いそうだから出したんだよ!」

 

もし敵の意識が左サイドに集中してしまえば、右サイドにいる今村への警戒が少しは薄まるかもしれない。

俺からのパスを待って待機していた今村はそのチャンスを狙って走り続けていた。

 

一瞬だけ穴の開いたディフェンス網に、今村の持ち前のスピードが掛け合わされば、一見誰もいない場所へのパスも繋ぐことができる。

 

 

今村「ったく、でもこのまま行けば…」

 

二子「ゴールにはいかせませんよ。」

 

今村「なっ!?」

 

だけど、PAに侵入しようとした今村の前に、こっちから見て左サイドにいたはずの二子が立ちふさがった。

 

けど、なんでだ?いつの間に逆サイドまで走り込んでいたんだ?

 

 

…いや、そうか!

我牙丸の方を警戒するよう周りに促した時、二子自身は逆サイドにいる今村の方を警戒していたんだ。

そして俺が右サイドにいる敵の裏へパスを出すのを見て、今村の進路を塞ごうと最短距離を走ってきたんだろう。

 

 

しかも、今村は俺からのパスを受け取るために一旦スピードを緩めてしまっている。

これじゃあ二子を抜き去ることはできない。

 

 

今村「くっそぉ…最近の俺はどうにもゴールに好かれないなぁ。」

 

二子「そうですか。僕にとっては何よりです。」

 

今村「だから、せめて一点追加しろよ我牙丸!」

 

我牙丸「おっしゃ、任せろ!」

 

自分じゃ点を取れないと察した今村は、そのまま逆サイドから走り込んできた我牙丸へ高めのパスを出した。

肉弾戦が得意と言っていた我牙丸は、敵DF二人を相手にしながらもゴール前に飛び出そうとしている。

 

ただ、二人の妨害を受けながらだとスピードが遅く、今村からのパスを見たGKも素早く反応して我牙丸の方へ寄って行った。

ゴール前の大チャンスにして、我牙丸には少々不利な状況に追い込まれつつあった。

 

 

我牙丸「…くっ、そ………成早!」

 

 

しかし、我牙丸は何とか敵二人を出し抜いて頭一つ分抜け出し、今村からのパスへヘディングを当てることに成功した。

 

だが、弾かれたボールの軌道はゴールではなく、その手前のセンター付近に落下した。

 

 

俺「ナイス我牙丸。」

 

敵GK「は?」

 

二子「なんでそこに…」

 

二子たちが驚いているが、別に大したことじゃない。

今までの一連の流れの中で、周囲の状況を把握しつつも俺はゴール前まで走り込んでいた。

それを見つけた我牙丸が俺の方へヘディングでパスを出した。

言葉にすればそれだけのことだ。

 

そして肝心の俺はと言えば、正面に何の障害もない以上、よっぽどのノーコンでもない限りこのチャンスを不意にすることはあり得なかった。

 

 

GOAL!

 

TEAM TEAM

Y  Z

0 - 2

 



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チームY戦-3

 

俺「しゃああああ!」

 

二人のサポートの甲斐もあって、俺は『青い監獄(ブルーロック)』に来て初ゴールを決めることができた。

ゴールの感覚は久々だったけど、やっぱり気持ちいいなぁ!

 

 

今村「イエーイ!ナイス成早!」

 

我牙丸「いいとこいたな、お前。」

 

俺「だろ~?ああいうの得意技なんだよね~!」

 

同じチームの二人が駆け寄ってきて俺にねぎらいの言葉をかけてくれる。

やっぱゴールした時の快感を味わってるときに、仲間からの言葉も合わさると、相乗効果っていうか余計にうれしく感じるから好きなんだよなぁ。

 

後ろを振り返れば、國神チームの面々も俺たちの方へ駆け寄ってきていて、その後ろにいる潔チームは駆け寄るまではなかったけど、なんかおめでとうとでも言いたげに手を振っていた。

 

そんな気のいい連中に迎えられながら、俺は再び自陣コート内へと戻って行った。

 

 

 

 

 

KICKOFF!

 

さて、続いては相手ボールからのスタートだ。

まずは点を取られないように立ち回りつつ、欲を言えば隙を見てボールを奪ってそのままさらに点差を広げたい。

 

そんなことを考えていたが、敵チームの中で動きがあった。

 

 

敵DF「なっ!?おい!どこ行く気だよ!」

 

大川「うっせぇ!このままじゃ負けんだろうが!てめぇらもチンタラしてねぇで攻めあがれ!」

 

敵MF「んなこと言っても、作戦も何もねぇぞ…」

 

二子「……皆さん!今は大川くんの言う通り攻めに転じましょう!」

 

大川「分かってんじゃねぇか二子!おっしゃお前ら続けぇ!」

 

 

って、作戦捨ててノープランで攻めるんかい!?

 

俺は大川の突然の暴走に困惑しつつも、何とか平静に努めて突っ込んできた大川の正面を塞いだ。

 

 

大川「てめぇ…よくも俺のゴールを奪ってくれたなぁ!ぶっ殺してやる!」

 

俺「うわ、こわっ!っていうか俺のせいにするのやめてくんない?」

 

 

MATCH UP!

大川 響鬼 vs 成早 朝日

 

 

俺は八つ当たりされたことに少しモヤッとしつつ、そのまま俺を抜き去ろうとしている大川の動きに注目する。

すると大川は、左手で俺の体を制しつつ右足でボールを引いた。

 

この動き…前の試合で見せてた技だ。

右足で引いたボールを後ろに転がして、同時に自分の体も反転させて抜き去る技。

 

何だろう?回転突破(ルーレット)系統の技の一種だろうか?

 

まあ、映像とは言え一度見た動きなら十分対応可能だ。

何なら、映像の中で御影には止められてたわけだし…

同じように転がされたボールを刈り取るように右足を出せばいいだけだ。

 

そう思って右足を出してボールを捉えようとしたが、大川はその動きを察したのか、或いは読んでいたのか、転がそうとした足を止めて反対方向、自分の正面にボールを転がした。

 

大川「ハッ!前の試合と同じようには」

 

俺「あ、そっちなんだ。」

 

大川「っ!?」

 

一瞬虚をつかれたのは事実だけど、大川の動きに若干ぎこちなさがあったおかげで、右側に出した足をけり出し、俺を左から躱そうとした大川へ追いつくことに成功した。

 

 

大川「なんで追いついてきやがる!?」

 

俺「え?だって一瞬動き詰まってたじゃん。」

 

大川「くそ、マジかよ!?」

 

 

悪態を吐きながらも、大川は再びさっきと同じ体制を取ろうとしたので、今度は左右どっちでも反応できるように全体的な動きを注視しておく。

すると、俺を相手にどう立ち回るべきか思考しているのか、数秒ほど右足を引いた体制のまま止まってしまった。

 

 

 

敵MF「大川!こっちだ!」

 

大川「!でかした、俺につなげ!」

 

だが、大川の後方から近付いてきた敵がパスを要求し、大川もこれ幸いとボールを敵MFへ渡した。

 

隙を見て大川から奪うつもりだったけど、こうなったら仕方ない。

俺は何故か得意げな笑みを浮かべている大川を尻目に、さらに後ろからやってきた敵MFをマーキングすることにする。

 

 

もうちょっとでとれたんだけどなぁ…

 

 

 

そんなことを考えつつも、ふと二子の動きが気になって探してみると、何やら近くの選手と会話しているのが見えた。

流石に会話内容までは聞こえなかったが、相手選手が納得して頷いているところを見るに、何らかの指示を送ったのかもしれない。

 

位置的に警戒するのは難しいけど、どんな戦術を組み立ててくるか注視しておくのは悪くないだろう。

 

 

そのまま視線を後ろに向ければ、パスを返してもらった大川が國神とマッチアップしようと突っ込んでいた。

 

 

 

大川「さっきの雪辱、晴らさせてもらうぜ!國神!」

 

國神「大川、だったな?いいぜ、来いよ!」

 

 

 

MATCH UP!

大川 響鬼 vs 國神 練介

 

すると、大川は先ほどまで見せていた体制とは異なり、國神の右側から単純なドリブルで突破しようとする動きを見せた。

 

國神「そいつは単純すぎるだろ。舐めやがって。」

 

対する國神は、自慢の体格で進路を塞ぎつつ大川の方へ寄ってプレッシャーをかけに行く。

だが、大川は一瞬ボールをまたいで左脚を軸に、右足でボールをそっと左に押し出した。

 

しかし、それに反応した國神は少し体制を崩しながらも右へ体を滑り込ませて再び進路を妨害する。

それを見た大川は忌々し気に悪態を吐いたが、体を反転させて國神の正面を塞ぐ形でボールキープした。

 

大川「くっ…」

 

國神「今のは少しヒヤッとしたぜ。」

 

 

大川もなかなか上手い方だと思うけど、蜂楽と比べてしまうとどうしても見劣りしてしまう。

彼のようなドリブルのスペシャリストと練習する機会があると、並みのドリブル相手に多少のことでは慌てることも少なくなる。

結果的に1on1のディフェンス側のレベルが少しだけ向上しているのが幸いした。

 

再び大川は回転突破(ルーレット)の亜種を用いて國神突破を試みたが、國神はあえて前に出ることで体を押し付け、大川の動きを大幅に制限することでこれを制した。

 

 

國神「さあ、これならどうする?」

 

大川「くっそ…この……おい!さっさとカバーに来い!」

 

敵MF「今行ってる!」

 

 

國神に距離を詰められた大川は、いよいよ打つ手が無くなったのか近くの味方に助けを求めた。

國神を抜けないと見た敵MFはいち早くカバーに向かっていたが、それでも待ちきれないのか大川は声を荒げた。

 

その隙に國神は大川からボールを奪おうと仕掛けたが、流石にやや強引なボール奪取は叶わず大川は辛くも敵MFへパスを出した。

 

「へっ、次こそはぜってぇ抜いてやるからな!」

 

「やってみろよ。何度でも止めてやる。」

 

大川はそのまま俺たちの自陣深くへ侵入し、敵MFも大川へ追従…することはなかった。

何故かここにきて敵MFは後ろへパスして攻撃を中断した。

 

 

 

なんだ?なんでこのタイミングで攻撃を中止したんだ?

不思議に思っていると、チームYは再び自チーム内でパス回しを再開し始めた。

 

久遠「?どういう作戦だ、これは?」

 

雷市「何ぼさっとしてやがる前線!さっさとあいつらからボール奪ってこい!」

 

今村「そうは言うけどさぁ~…」

 

我牙丸「これボール盗るのムズイな。」

 

俺も今村たちと同じことを考えつつ、敵の懐へ潜行してボールを奪いに行くが、こっちが近づく前に別の敵にパスを回すというシンプルさ坑道を前に、何度もボールを追いかけて走り回る羽目になった。

 

 

俺はスタミナお化けたる雷市に次ぐスタミナを活かして一番走り回ることにしたが、広いコート上を何度も往復することで流石に少し疲れが出始めた。

周りを見ると今村や我牙丸は見るからに疲弊してボールを追う足が鈍っている。

 

…もしかして、こうやって前線を疲弊させることで攻撃力を衰えさせるのが狙いか?

現に俺たちは疲れてスピードが落ちてきてる。

 

中でも今村のスピードダウンはけっこう痛いな。

彼の長所が潰されれば、万が一こっちにボールが渡っても反撃に転じるための武器が一つない状態で戦わなくちゃいけなくなる。

 

 

大川「何やってるてめぇら!もうとっくに前半5分切ってるんだぞ!さっさと上がってこい!」

 

何故か大川は前線に張り付いたまま動かないけど、それ以外のチームYのメンバーはまるで統率されたようにパスと言う同じ動きだけを繰り返し続けている。

 

ほんとに何が狙いなんだ?

 

 

二子「さっきのゴールは見事でした。正直予想外でしたよ。あんなに良い位置に潜んでいたなんて気づきませんでしたから。」

 

俺「え?…あぁ、それはどうも。そっちもやるじゃん。こっちを疲弊させる作戦とはね。」

 

すると、いつの間にか近くまで来ていた二子が俺に話しかけてきた。

その声色は冷静そうでいて、どこか隠しきれていない俺への敵意を感じるものだった。

 

 

二子「おや?気付いていたんですか。…やはり、君は()と違って頭が切れるようだ。」

 

俺「彼?」

 

二子「いえ、お気になさらず。…ただ、君はなかなか目が良いようですが、僕の方が賢いようです。」

 

俺「え、何それ?俺もしかして知能マウント取られてる?」

 

二子「そうですね。僕の発想(アイデア)は決して単純なものではない、と言うことです。」

 

 

二子の意味深な発言に脳内を?で埋め尽くされつつ、俺はその真意を探ろうと口を開きかけて一つの違和感に気付いた。

 

 

 

あれ?なんで俺、二子と会話してるんだろう?

 

二子の守備位置はDFという後方のはずで、俺も前線にいるとはいえディフェンス中に会話できるような位置取りじゃないはずだ。

それなのに、なんで二子はこんな前線まで突出してきてるんだ?

 

不思議に思って俺は周囲を見渡す。

すると、信じられない光景が俺の目に入ってきた。

 

 

 

 

 

え?()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 

あり得ない!

いくら責め立てると言っても、自陣内に選手が誰もいないなんて異常事態だ。

万が一にもボールを奪われてカウンターを受けるようなことがあったら一発アウトだから。

 

にもかかわらず、事実として相手コートにはGK以外の人間はなく、全ての選手が俺たちのコート内に密集している。

 

 

 

俺「!?」

 

二子「気付いたようですね。でも、もう遅い。」

 

ようやく敵の作戦に気付いた俺をあざ笑うように、二子は俺の横を通り抜けてそのまま前線へとあがって行った。

 

同時に敵DF三人が二子に追従するように走り出し、他の敵MFが保持していたボールを二子たちの方へ蹴り出した。

 

 

 

二子の作戦は、パス回しでFW三人のスタミナを徐々に削りつつ、本命は徐々に最終ラインを上げて攻撃のチャンスを狙うことにあったんだ。

 

目の前でパス回しばかりされていると、そちらにばかり目がいってしまう。

そしておそらく、チームYの面々は二子から徐々に前線を上げるように指示を受けていたんだろう。

 

俺たちは自分の優位を保つために守備的な姿勢を見せていた。

そこでパス回しを中心とした動きを見せても、積極的に攻めることはなく、前線の三人のみで対処しようとしていた。

 

それを逆手に取り、パス回しに視線を集中させつつ少しずつ距離を詰めることで、相手との距離感を保とうとした俺たちは徐々に戦線を下げてしまっていたんだ。

そうして気付いた時にはこれ以上引けないところまで押されてしまい、逆にチームYは敵DFの最終ラインがFWの俺たちと重なる位置まで上がってきた。

 

 

俺「くそっ!やられた!」

 

俺は悪態を吐きつつも、急いで二子を追って走り出した。

ただ、疲れが出始めているせいかいつもほど全力で走れなくなっている。

今村や我牙丸の負担を少しでも減らそうと走り回ったのが徒になったらしい。

 

 

イガグリ「おい、なんかこいつら距離近くね?」

 

久遠「やばい!いつの間にか自陣内まで侵入されてる!」

 

蜂楽「ありゃ、ほんとだ!」

 

雷市「はぁ!?くそ、なんとしても止めろ!」

 

 

遅れて事態の異常性に気付き始めたメンバーも焦り始め、急いで二子たちの進路を塞ぎにかかるが、それを敵MFの面々が邪魔しにきた。

それによって二子たちの攻撃が通りやすくなってしまい、あっという間に中盤まで侵入されてしまった。

 

 

 

不味い!俺は思ったよりスピードが出ないせいで二子たちに追いつけない。

けどこのままだと確実に点を決められる!

 

そんな俺の目に入ってきたのは、ゴール前へ向かって走り出していた大川だった。

 

 

 

俺「狙いは大川だ!誰か止めて!」

 

二子たちの攻撃に視線が集中してしまったことで、逆に最前線でボールを待っていた大川の存在が皆の頭から抜け落ちていたんだろう。

大川はフリーの状態でゴール前まで走り出していた。

 

俺はたぶん、二子たちの後ろから追いかける形で自チームを敵目線から見ることができたから気付くことができたけど、今の位置からは出来ることがない。

 

 

誰か!

 

 

 

 

潔「俺がついてる!」

 

大川「!?てめぇ!いつから!?」

 

だが、俺の声に反応して声を上げたのは潔だった。

いつの間にやら大川の方へ走り出していて、数秒もすれば大川のマークにつける位置にいた。

 

けれど、タイミング的に俺が注意を促すより先に大川をマークしていないとおかしい位置取りだ。

 

 

…もしかして、二子たちの攻撃に反応して走り出した大川を捉えていた?

そうかもしれない。

なにせ本人は無自覚だが、潔の武器は『空間認識能力』に基づく()()()()なんだから。

 

 

俺「ナイス潔!他はボール持ってる四人を止めてくれ!」

 

 

俺は声を出しつつボールを持っている集団を追いかける。

すると、ボールを持っている敵DFが前線に向かってパスしようとしている光景が見えた。

 

まさか、この状況でなお大川にボールを託すのか?

確かに潔は現時点で警戒するほど脅威のある選手でもないし、身体(フィジカル)的にも大川のほうが有利ではあるが、そのまま四人で攻めたほうが良いんじゃ…

 

 

雷市「四人!?ボール持ってるのは()()だろ!?」

 

 

 

 

 

へ?

 

雷市の言葉に困惑しつつもボールを保持している人数を数える。

1,2,3…三人しか、いない?

 

確かに四人いたはずの集団が、気付けば三人に減っているという事実に、思わず呆然としてしまった俺の前で敵DFのパスは送り出された。

 

そしてそれは、最前線で潔とポジショニング争いを仕掛けようとした大川がいるゴール右サイド…ではなくその逆サイド。

ボールの落下地点へ走り込んでいた一人の人影に向かって落下していった。

 

落下してきたボールを左足で丁寧にトラップし、すぐさまトラップした左脚を地につけ、それを軸足にシュートモーションへ入る。

 

反応したGKの伊右衛門が思わずと言った感じで右へ飛んだが、そいつはそれを読んでいたかのように逆を突いてゴール右側へシュートを放った。

 

 

 

 

GOAL!

 

TEAM TEAM

Y  Z

1 - 2

 

 

二子「ふぅ…11番()の動きは想定外でしたが、いい感じに決まりましたね。」

 

ゴールを決めたチームYの救世主(二子)が、ただ静かに自分のゴールを…いや、そこに至るまでの作戦を評したところで前半終了の合図が鳴り響いた。



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チームY戦-4

二子による得点で一点を返されるという状況に、俺は思わず頭を抱えた。

まさか特に覚醒の兆しを見せていなかった二子が、自分からゴールを狙いに行くなんて完全に予想外だった。

 

…いや、これは言い訳だな。

原作から乖離し始めていたのはとっくに気付いていたこと。

それに、二子も転生者である可能性を考慮していながら、そのことが咄嗟に頭から抜け落ちていた。

二子がとっくに自分のゴールに執着している可能性を見落としていたのが現実だ。

反省しないと。

 

 

っと、コート上で脳内反省会を行っていた俺の耳に、大川の怒号が聞こえてきたのは間もなくのことだった。

 

 

 

大川「お゛い!なんで俺じゃなく二子にパス出したんだてめぇ!?」

 

敵DF「も、文句は二子に言えよ!?俺はあいつの指示通り動いただけだ!?お前もそうしろって言ってただろ!?」

 

大川「はぁ!?…二子ぉ!」

 

二子「そんな大声出さなくても聞こえてますよ。なんですか大川くん?」

 

大川「なんですか?じゃねぇよ!?なんでお前にパスするよう指示出したんだ!?あ゛あ!?」

 

二子「なんでって…そのほうが点を取れる確率が高いと判断したからですよ。」

 

大川「なんだと!?俺の方がシュートテクニックがあるっててめぇも認めてたじゃねぇか!?」

 

二子「それは認めてますが、今回はゴールを奪える状況(シチュエーション)的に僕の方が可能性があると思っただけです。

現に、僕はきっちり点を取りました。それが結果ですよ。違いますか?」

 

大川「なんだとてめぇ!?」

 

キレる大川に対して、あくまでも冷静に言葉で説明する二子だったが、それが皮肉に聞こえたんだろう。

大川は二子の村蔵を掴み、右手で拳を作って思い切り振りかぶった。

 

 

敵MF「ちょ、大川!?それ不味いって!?」

 

敵DF「そうだぜ、次点取ればいいじゃん!?」

 

大川「うっせぇ!こいつはその点を取るチャンスを俺から奪ったんだぞ!?こいつは!」

 

アンリ『両チーム!早く控室へ戻りなさい!』

 

大川「!?……チッ!」

 

慌てる俺たちの耳へ、コートのスピーカーからアンリさんの注意喚起が鳴り響いた。」

それを聞いた大川も一旦冷静さを取り戻したんだろう。構えていた拳を下げ、二子を突き放すようにして乱暴に手を離した。

 

それを見た俺も、ひとまず暴力沙汰でけが人が出なくてよかったと思いつつ控室へ戻って行った。

 

 

 

 

 

雷市「で?なんで俺ら点とられたんだ?」

 

今村「ぜんっぜんわかんね!気付いたらめっちゃ攻められてたし。」

 

伊右衛門「後ろから見てると、なんか全体的に下がってきてる気はしてたんだけど、あそこまで侵入されてるとは思ってなくて…すまん。俺が声掛けしていれば。」

 

久遠「気にしないで、気付けなかった俺たちにも責任はあるし、まだ俺たちの方が点差的に有利だ。」

 

國神「そうはいっても、なんで詰められてたのか判明しないと、また同じようにやられるぞ。」

 

 

控室へ戻った俺たちは、点を取られたことに対する反省を早々に終わらせ、何故点を取られるに至ったかを話し合うことになった。

俺は一応理由を理解したけど、他のメンバーの内で気付いてる奴はいるだろうか?

 

 

蜂楽「…潔、何かわかる?」

 

潔「え?あぁ、まあこうかなっていうのは分かったけど…」

 

イガグリ「え?マジで!?」

 

俺「千切は?」

 

千切「…まあ、途中まではなんとなく。」

 

おそらくそうだろうと察してはいたけど、どうやら潔は俺と同じ答えにたどり着いたらしい。

実際に走り回らされてる現場にいた俺が実感付きでようやく手にした回答にたどり着くとは、流石は主人公だ。

それに、原作では目の付け所が良いと思っていた千切も違和感は感じていたようだ。

 

 

雷市「てめぇら、じゃあなんで試合中に声出さなかった!?」

 

潔「いや、ごめん!試合中はまだぼんやりとしかわかって無くて、後で考えて見たらわかったから…」

 

千切「俺もそんな感じ。てか、未だにどうなってっていう部分は言葉で説明できないし。」

 

雷市「なんだそりゃ…」

 

久遠「まあまあ…それじゃあ潔くん、聞かせてくれ。なんであんな状況に追い込まれたのか?」

 

潔「あぁ。まず、俺たちは終盤で点差をキープしようと守備的な姿勢になってただろ?それに対して、後がないチームYは攻撃的な姿勢に出た。

この時、チームYでは攻撃しようっていう意識が強く出過ぎたんだと思う。」

 

久遠「攻撃しようとする意識?」

 

潔「簡単に言えば、点を取りたいっていう意識かな?そのせいで自然と全体のポジションが前へ前へ上がって行ったんだと思う。」

 

我牙丸「あー。」

 

今村「確かに、点が欲しい時って気持ちが前に出ていきがちだもんなぁ。女の子を口説くときもがっつくとよくないし。」

 

 

 

ん?

 

潔「…まあつまり、相手チームは全体的にポジションが少しづつ上がって行ったんだよ。たぶん自分たちでも気付かないくらい少しづつ。

それが結果的に、いつの間にか奥深くまで攻められてるって状況に繋がったんだと思う。」

 

雷市「それでも、あんなに突出して攻められてたら普通気付くだろ?なんで最後まで誰も気付かなかったんだ?」

 

潔「それは、俺たちが守備的な姿勢だったからだよ。」

 

國神「それの何処が駄目だったんだ?」

 

潔「駄目ってほどじゃないけど、守備的姿勢だから相手との距離感を常に一定に保とうとしたんだと思う。」

 

イガグリ「そういや、確かに相手との距離を見て、自分が前に出てると思って何度か位置を下げてたかも…」

 

潔「うん。たぶんそれが今回の攻撃に繋がった要因で、相手が全体的に戦線を押し上げるのに対して、こっちが引いて守ろうとしたから、自分のコート内まで敵が流れ込んじゃったんだ。」

 

伊右衛門「普通、そこまで突出すると誰か止めるもんだと思うが、今回はその引き留め役(ストッパー)がいなかったってことか…」

 

潔「そう。それで最後、敵との距離が近くなってることに気付いた敵がドリブルで突破にかかって、そこに数人が乗っかって生まれたのが最後の攻撃だと思う。」

 

蜂楽「なるほどね。」

 

久遠「たしかに、そう考えるのが妥当かもね。」

 

 

 

 

…なるほど。

 

雷市「フンッ!まあ理屈は分かったけどよぉ…最後の攻撃はどうなんだ?大川に来ると思ってたのに、実際にはあの7番(二子)にボールが渡って決められたんだぞ。」

 

潔「それは…」

 

俺「…それについて説明する前に、皆に共有しておきたいことがあるんだ。」

 

我牙丸「成早?」

 

千切「お前もなんか気付いてたんだな。」

 

雷市「どういうことだ?言ってみろよ。」

 

俺「うん。まず今回の敵の攻撃に関してだけど…」

 

 

潔は敵チームの攻撃そのものが偶発的に発生した産物だと思っているようだけど、二子と実際に会話を交わした俺からすればわかる。

あの攻撃は決して偶然生まれたチャンスなんかじゃない。

二子によって統率されたメンバーたちによる作戦だった。

 

俺は、事前に見た二子と相手選手が会話を交わしていたことと、試合中に二子に話しかけられたことを話した。

そのうえで、今回の攻撃が全て二子によって仕組まれていたことを強調して皆に説明した。

 

 

最初は俺の言葉に半信半疑になっていた皆だったけど、馬狼みたく優秀な選手はいると付け加えると、各々が苦悶の表情を浮かべつつ真剣に検討し始めた。

 

 

 

 

雷市「なるほどな。で?最後の攻撃にはどうつながる?」

 

蜂楽「聞かせてよ、成早の考え♪」

 

潔「あぁ、聞かせてくれ。」

 

まだ半信半疑の者もいるだろうけど、みんな一応、俺の意見に耳を傾けてくれている。

俺もこのチームの中で信頼を勝ち取れ始めているんだな。

 

そう考えると、思わず涙腺が緩みそうになるが、意味不明に泣いても困惑させるだけだから急いで涙を引っ込め、最後の攻撃に関する説明に移ることにした。

 

 

 

俺「まず皆に聞きたいんだけど、最後に攻撃に出た敵は何人だった?」

 

雷市「あ?三人だろ?」

 

蜂楽「だよね?」

 

今村「え?いや四人っしょ?」

 

我牙丸「俺も四人だと思う。」

 

イガグリ「俺は三人だったような…いや、四人だったかも?」

 

國神「なんかみんなバラバラだな…」

 

潔「俺は四人だったと思う。成早、この違いってもしかして…」

 

俺「あぁ、どのタイミングであの敵集団を数えたかだな。今村や我牙丸の言う通り、最初は敵が四人で攻めてたんだ。」

 

潔「あぁ、それは俺も見えてたからわかる。でも、じゃあなんで三人に減ったんだ?」

 

俺「簡単だよ。()()()()()()()()()()()()()()んだ。」

 

久遠「進路を変えた?」

 

俺「うん。敵は元々四人で攻めてきてた。単純に、数を動員することでゴールへ辿り着く確率を上げるために。

で、ここからは憶測も交じってるんだけど、途中で一人がその輪から抜け出したんだ。シュートが狙える最高の位置に。」

 

潔「っ!?それってもしかして。」

 

俺「あぁ、その抜けた選手っていうのが二子だ。」

 

今村「でも、抜けるって言っても、そんなに固まって移動してたら一人ぬけるところなんて絶対目立つと思うけど…」

 

國神「でも、人数の数え間違いが起こってるってことは、実際に集団から抜けた奴が一人いるってことだろ。」

 

俺「考えられるとしたら、大川がゴール前に走って行ったのに対して、俺が声を出して警戒を促した時だな。」

 

そう、あの時しか考えられない。

なにせ、俺が二子から目を話したのはあの瞬間からなんだからな。

 

 

千切「…なるほど、確かにあの瞬間なら視線はお前か大川に集中してた。その瞬間を狙ったとしたら、確かに誰の目にも映らなかったかもな。」

 

イガグリ「言われてみれば、あの時俺も大川の方見てたしなぁ。」

 

伊右衛門「でも、成早が言ってくれなきゃ大川はフリーだったろうし、大川にシュートをさせないよう声を出したのは正解だったと思うぞ。」

 

俺「ありがと伊右衛門。まあ、潔は俺が言う前から大川にマークしようとしてたみたいだけど。」

 

國神「何?」

 

蜂楽「そうなの?潔?」

 

潔「え?まあ…大川が今フリーになってるっていうのがあの時は見えたし、なんていうか、一番ゴールの匂いがしたっていうか…」

 

蜂楽「へ~、やるじゃん♪」

 

潔「まあ、途中からゴールの匂いが変わったんだけど…」

 

俺「…二子にか?」

 

潔「あぁ、なんでかっていうのは説明できないんだけど…」

 

 

たぶん、無意識に目で追えていたんだろうな。

今ここでは言わないけど、俺は潔の持つ視野の広さを知っている。

けれど、その理由について潔が納得できる説明ができない以上、俺がここで『お前の武器は空間認識能力だ』と告げることはできない。

 

或いは、千切が何か潔に伝えてくれないかと期待したりもしてるんだけど…

 

 

俺「まあともかく、そうやって一人抜け出した二子は、大川が潔にマークされてるから、自分でゴールを決めたんだろう。」

 

久遠「でも、どっちにパス出すかはわからなかったんじゃない?」

 

俺「だから、でも()()()()()()()()()んじゃないかって思う。大川があのままフリーだったら大川に出してただろうし、そうじゃなかったから二子に出したんだろう。」

 

久遠「なるほどね…確かに話の辻褄は合うか……OK、俺も成早くんの説を信じよう。」

 

潔「俺も信じる。そのほうが可能性が高く思えてきたし。」

 

國神「俺もだ。」

 

今村「はいは~い。俺も俺も!」

 

我牙丸「俺も成早を信じる。」

 

雷市「信じるのは良いとして…この後どうする気だ?相手ボールからだぞ。」

 

俺「そこ、何だよなぁ…」

 

 

もうぶっちゃけ『ポジショニングを保ちましょう』みたいに単純な意識改善しか思いつかない。

こんな単純なことでも、意識すれば一定の効果は得られるだろうし、さっきの二の舞にはならずに済むとは思うが…

 

 

 

 

久遠「……なら、こういうのはどうだろう?」

 



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チームY戦-5

久遠の提案を聞いた俺たちは、試す価値はあると思って次からその案を実行することにしてハーフタイムを終えた。

 

そして、控室からコート上に出てくると、チームYは先に控室を出てきていたようで、選手の多くが相手コートの中央で集まって俺たちを待っていた。

少し気になることがあるとすれば、大川がその集団からあぶれるような位置にいたことくらいだろうか?

 

控室でもひと悶着あったのかもしれないと思いつつ、俺たちは自分たちのコート中央に集まり再び円陣を組む。

 

久遠「よしっ!少なくとも現状は俺たちの方が優位なことに変わりはない。このまま点差を縮めさせないよう気を付けつつ、チャンスがあれば点を取りに行こう!」

 

全員『『おう!』』

 

 

そうやって気合を入れなおした俺たちは、再びそれぞれのポジションへ向かっていく。

俺はハーフタイム開けの敵チームの様子が気になって、相手コートに立つ選手たちの顔色を窺っていった。

 

唯一のFWでもある大川は、先ほどの一件がまだ尾を引いているのか、その顔を悲痛そうに歪めつつ試合開始を待っているが、そのほかの面々は落ち着いた雰囲気を見せている。

 

そして、二子は相変わらず長い前髪のせいで表情が上手く読み取れず、様子を覗うのを諦めようとした瞬間、俺は違和感を感じた。

 

なんか、前半の試合開始時よりもポジショニングしている位置が俺たちのコートに近いような?

 

 

 

 

KICKOFF!

 

なんて考えていたら試合開始の合図が鳴り、同時に敵MFが大川へパスを出すとほぼ同時に、チームYの全員が攻勢に出るべく走り出した。

 

 

俺「…はぁ!?」

 

今村「ちょ、何その攻撃!?」

 

我牙丸「マジ、かよ。」

 

 

これって原作の1分殺反撃(ワンタイムキルカウンター)じゃないか!?

 

でも、試合後半開始早々に選手全員で飛び出してくるとか、完全に常軌を逸してる!

なんでこんな作戦がまかり通るんだ!?

 

…いや、チームYはここで負ければ完全に後がなくなる。

その焦燥感を煽れば、或いはこんな危険な博打にも手を出すのかもしれない。

 

っていうか、そんなこと考えてる場合じゃない!

早く何とかしないと、この人数で攻められるのは流石にきつい!

 

 

そう考えて、俺はボールを保持している大川へ肉薄するが、大川は舌打ちしつつも後ろへボールを戻す。

が、その足は止まることなく俺たちのコート側へ走り、パスを受けた敵MFも更に後方へパスを出しつつ走り続けた。

 

最終的に敵DFの最高峰にいる二子にボールが渡っても尚、敵チームは全員が止まることなく突き進んでいき、さっきと似た状況に追い込まれつつあった。

 

 

さっきの状況を再び再現しようとしたのか?

でも、一回でもパスが失敗すればゲームオーバーの危険な賭け、ここは防御に徹するより反抗に転じるのが吉か。

 

そう思った俺はボールを持っている二子に狙いを定めて、敵が走ってくる巨大な波の中を逆走していく。

二子は俺の接近に気付いて一旦足を止め、まるでタイミングを見定めるようにしてその場で俺を待ち構えた。

 

そして、俺との距離がギリギリ詰まってきたと判断した瞬間に、俺の左側へ向かって早いパスを繰り出した。

 

だから俺は、その動きに反応してパスコースを塞ぎにかかる。

もしここでボールを奪えたら、俺はそのまま反撃に転じることができるからだ。

 

相手が決死の覚悟で挑んでくるなら、こっちも同じだけの覚悟を持って挑まないと打破できない。

 

 

ただ、どうやら相手の覚悟の方が上だったのか、パスカットしようとした俺の足はボールへ僅かに届かず、二子のパスは敵DFへ通されてしまった。

 

 

 

二子「少しひやりとしました。やはり君はこのチームZの中でも危険な人物のようです。」

 

俺「そりゃ高評価ありがとう!」

 

スライディングから体制を整える俺を抜き去りながら話しかける二子へ言葉を返しつつ、俺は急いで自陣内へ戻るために足を動かした。

 

ハーフタイムによる休息で完全ではないものの、ある程度体力が回復したことで俺は再び全速力を出すことができている。

 

 

俺「でも、このままお前の作戦通りにはいかせない!」

 

二子「…なるほど、足の速さも警戒が必要なようです。」

 

故に、俺は一度ぬかされた二子をすぐさま追い抜き、混沌と化そうとしている自陣へと飛び込んだ。

場は前半最後の再来と言わんばかりの惨状と化しており、再び自コート内に敵が流れ込むという最悪の状況だった。

 

それでも、チームYは最後方ともいえるコート中央付近でパス回しばかりに勤しんでいた。

と言うのも…

 

 

敵DF「くっそ!前線にパスできねぇ!?」

 

敵DF「なんでこいつら自分のコート内に()なんて作ってやがるんだよ!?」

 

 

そんなことを愚痴ている敵の前には、それは立派な人の壁が築かれていた。

メンバーはMFである國神チームと、FWである我牙丸、今村の二人を加えた計5人だ。

フォーメーション的に言えば1-5-4で、チームYのフォーメーションに近いものになっている。

 

パスワークが危険?ならパスコースを塞いでしまえばいいじゃない?

そんな思想で生まれたのが久遠考案のこのフォーメーションだ。

 

いきなりの攻撃で戸惑ったのは確かだが、相手がやりたいことが分かればこっちだって対応がしやすいというもの。

俺は有り余るスタミナを活かしてボールを奪いに行くプレスマンとして前に出たのに対し、我牙丸と今村は俺が飛び出すと同時に後ろに全力疾走で下がった。

 

そうして築かれた人の壁は、チームYの前線へ送るパスを塞ぐことに成功していた。

 

一見、高いロングパスを出せば通りそうにも思えるが、壁を越えた先にはDFとして潔チームが付いている上に、パスに反応して壁のメンバーが後方へ下がることで防御力を更に強化できるという利点も持っている。

 

問題は、ラインを揃えている関係で一点突破されれば危険と言うことだけど、チームYには蜂楽のように生粋のドリブラーがいないためそこの問題はひとまず大丈夫そうだった。

 

まさにチームYを塞ぐために最善ともいえる作戦だ。

 

実際、その効果はあったようで、俺が接近するたびに敵DF同士でパス交換するだけで、前線へのパスを断念しているようだった。

 

 

 

二子「誰か一人ついてきてください!フォローお願いします!」

 

敵DF「わ、わかった!俺がついていく!」

 

 

すると、右サイドの敵へ俺が接近している隙に、二子が逆サイドから味方を伴って突撃しようとする声が聞こえた。

すると、思わず反応した俺の隙を突いてボールを持っていた敵DFが二子へパスを出した。

 

俺は舌打ちしつつも二子の方へ駆け出したが、距離的にちょっと間に合いそうにない。

ただ、その先にある壁をどうやって切り抜ける気なのだろうか?

 

 

疑問に思いながら見ていると、二子はついてきていた敵DFにボールを預けて、そのまま壁に向かって特攻を仕掛けていった。

そして壁として立っていた久遠と國神が、ボールを持っている敵DFに意識を集中しつつ、向かってくる二子がどんな動きを見せるか警戒した。

 

 

二子「今です!」

 

敵DF「よし、行くぞ!」

 

壁の二人と対峙する僅か手前の距離で、敵DFは二子からの指示を受けて高いループパスを送り出した。

その落下地点は、二子が全力で走っている直線上、壁のすぐ裏側だった。

 

これに反応した國神が、自分を追い抜こうとする二子にマークへ向かうと、二子は國神を追い抜けるよう進路を変更した。

逆に前に引っ張り出されたことで國神は抜かれるが、すぐさま方向転換して二子に追いつきパスの受け取りを妨害しようとする。

 

だが、二子は國神が真後ろに着いた直後、突然急ブレーキをかけて止まった。

國神は二子にタックルしそうになるが、こちらも急ブレーキをかけて止まることで参事には至らずに済む。

 

 

國神「おまえ、どういうつもりだ!?」

 

二子「こういうつもりですよ。…そのままつなげてください!」

 

敵MF「了解だ!」

 

しかし、二子が受け取るはずだったボールは、なんとその先にいる敵MFの足元へ転がり込んだ。

 

おそらく、二子自身が走って囮になることでパスの行先を勘違いさせ、本命の壁の内側へ入っているメンバーへ届けるのが二子の目的だったんだろう。

またしても二子のアイデアに一歩及ばなかったってことか…

 

 

悲観的な思考になりつつも、俺は脚を止めずに味方の壁を顔パスで通り抜けて尚突き進む。

壁の内側へ入ったボールを、絶対にゴールへ入れさせないために。

 

 

だが、壁の中に侵入している人数は二子を含めて4人いて、対する俺たちも壁の内側にいるのは俺を含めて五人。

人数的には僅かに有利だが、危険な状態に持ってこられてしまっていた。

壁のメンバーも守備のために戻ろうとするが、果たして間に合うかどうか微妙なところだ。

 

 

そんな中、敵MFは自分で行けると判断したのか、そのままボールを持って突き進んでいく。

でも、それを察知していた潔が止めに入る。

 

敵MF「ハッ!お前は要注意人物じゃないからな。このまま抜いてやるぜ。」

 

潔「そんなの、やって見なくちゃわからないだろ!」

 

そう言って潔は敵MFの進路を塞ぎ、敵MFもその動きに応じてドリブルで抜く姿勢を見せるが、その動きを見切った潔がボールの行き先を塞ぐように足を滑り込ませる。

 

が、その動きを誘ったのだろう。

敵MFは出しかけたボールを手前に引いて、そのまま逆サイドから潔を抜きにかかった。

 

 

雷市「充分だヘタクソ!」

 

敵MF「なっ!?もうカバーに来たのか!?」

 

そこへ全力疾走で追いついてきた雷市がカバーに入り、潔が抜かれたボールを奪いにかかった。

ところが、そこは『青い監獄(ブルーロック)』へ呼ばれた選手なだけはあるというべきか、奪われるギリギリのところでボールを蹴り、雷市の足に弾かれたボールはこぼれ球になった。

 

 

敵MF「盗られてたまるかぁ!」

 

潔「る、こぼれ球(ルーズボール)!」

 

雷市「くそっ、てめ!?」

 

 

そして、そのボールはゴール前に転がって行き、そこで待ち構えていた人物の足元へ転がり込んだ。

 

大川「しゃあ!よくつないだモブ野郎!」

 

潔「やばい!?」

 

雷市「止めろお嬢!」

 

千切「お嬢っていうんじゃねぇ。」

 

最悪なことにボールを持った大川は、そのままPAへ侵入するために加速を始める。

幸いにも千切がついていたが、位置関係的にシュートコースを限定させるための妨害しかできそうになかった。

それでも伊右衛門がシュートを防ぐ確率が上がると言えたかもしれないが、ゴールを奪われるかもしれないという危機的状況には変わりなかった。

 

 

二子「大川くん!こっちです!」

 

國神「くそ!ちょっと目を離した隙に!」

 

蜂楽「ありゃ、やばば!」

 

しかも、後方からは二子もやってきていて、パスかシュートかの二択を迫られる状況に追い込まれてしまった。

これじゃあ、GKの伊右衛門だけだと防ぐのが難しい。

 

俺が何とかしないと、俺が!

だが、俺の位置は大川や蜂楽の更に後方、大川がシュートするにしろパスするにしろ、もうどうにもできないような位置取りだった。

 

しかし、俺はその瞬間。頭の中に一つの光景(シーン)が浮かび上がった。

それは原作で大川がチームZ相手に、伊右衛門を相手にゴールを挙げた初得点のシーン。

 

何故思い浮かんだのかはわからない。

それでも俺は、万が一起こりうる()()の可能性に賭けて限界まで加速した。

 

そして、大川は二子からのパス要求を無視して伊右衛門に向かって突き進む。

その動きを見た伊右衛門も前に出て、大川のシュートコースを塞ごうと体全体を横に傾けつつ大川の足元へ飛び込んだ。

 

だが、大川は力強いシュートモーションを取ったと思ったら、急に優しいキックでボールを上に押し出すことで、伊右衛門の体の上を通すことでボールをゴールへと運んだ。

 

 

 

大川がふわりとした軌道のループシュートを放ってゴールを奪うという、まさしく望んだ光景が目の前で繰り広げられたことに感謝しながら俺は走る。

千切を抜き、大川を抜き、伊右衛門さえ抜き去ってもなお走り続け、ボールがゴールへ受け止められる僅か手前、遂にボールを追い抜いた俺は、後ろを振り返ることもせずにその場でジャンプした。

頭でも背中でもどこでもいい。

せめて体のどこかにボールさえ当たればいいと願って。

 

 

そんな俺の願いが神にでも通じたのだろうか?

背中にボールが当たった感触を感じた俺は、そのまま止まることの敵わない身体をゴールネットに受け止めてもらいながら、すぐに振り返ってボールの行方を目で探した。

 

 

ゴール内には………ボールはない。ではどこに?と思ってコート上を見てもどこにもボールはなく、動きを見せる選手もいない。

ただ、驚きに満ちた顔で皆が送る視線の先を追ってみれば、ゴールネットの上でハンモックの如く揺られているサッカーボールが目に入った。



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チームY戦-6

イガグリ「うおぉぉ!ナイスだ成早!」

 

伊右衛門「成早!すまん、助かった!」

 

潔「成早…すっげぇ!」

 

蜂楽「ナイスシュートブロック!」

 

 

俺が状況を理解するのに一拍時間を要する間に、他の皆は俺へ歓喜の声を上げた。

一瞬自分へ向けられた称賛と言うことにも気付かなかったが、徐々に実感がわいてきた俺は胸の内にちょっとした達成感を感じていた。

 

俺「……っしゃあ!」

 

 

思わずと言った感じで歓喜の言葉が口から洩れたが、状況的にはまだ不味い状況を脱していない。

なにせ、あくまでゴールを奪われなかっただけで、まだコーナーキックと言うピンチに変わりはないんだ。

 

アンリ『チームY、コーナーキック。』

 

それを自覚させるアナウンスがスピーカーから聞こえてくると、喝采を送っていたチームZの面々も真剣な表情に戻った。

まだピンチを完全に切り抜けたわけじゃない。

むしろ、ここからが本番だ。

 

 

 

 

大川「くそっ!くそっ!クソがぁ!」

 

そんな空気の中、大川はゴールを決められなかった悔しさを隠そうともせず、言葉にして感情を吐き出していた。

そして、まるで俺のことを仇と言わんばかりに睨みつけてくる。

 

そんな殺気立った目で見られても怖いんだけど…

なんて考えつつも、コーナーキックを行うために両チームともにゴール付近へ密集し始めた。

 

俺は少しでも反撃(カウンター)を決めやすいようにゴールから離れた少し位置で待機することにしたが、何故か点取り屋の大川までもがこっちについてきて、俺の邪魔をするかのように体を当ててきた。

どんだけ根に持ってんだよ。

 

 

大川「あんまり調子に乗んなよ、途中退場するザコの分際で!」

 

俺「!?……どういう意味だ?」

 

大川「そのままの意味だよ。てめぇはこの先の選考で脱落するモブキャラに過ぎないんだよ。だから俺の邪魔なんてしないで大人しくしてやがれ!」

 

 

 

 

コイツ……自分から転生者ってことバラしてやがる!?

或いは、二子が転生者で俺の情報を聞いたという可能性もあるが、強い選手の情報を話すならともかく、退場する選手をピックアップして話す必要を感じない。

 

だからおそらく、大川は俺と同じ転生者だ。

正直言って子供っぽい短慮さが目立つものの、確かな原作知識を持っているってことはほぼ間違いないだろう。

 

 

かといって『俺も転生者だよ』だなんて話してやる義理もない。

バラしてしまえば大川の中で俺の警戒度が跳ね上がるだけだ。

そんな意味のないどころか不利益しかこうむらない行動をとる理由がない。

…目の前に良い反面教師もいることだしな。

 

 

そうこうしているうちに、コーナーキックの準備が整ったようで、敵MFがコーナーから勢いよく走り出してボールを蹴り上げた。

高軌道のパスはゴール前に落ちるように調整されていて、肝心のゴール前は選手同士で密集状態となっていた。

しかも、チームYはここで確実に一点が欲しいのか、DFの半数をゴール前に投入していた。

 

正直、ボールの奪い合いは五分五分と言ったところだが、空中戦が肝となるこの場面で身長の低い俺に出番はない。

だからこそ、仲間たちがゴールを死守して反撃(カウンター)に転じる隙をひたすらに待ち続ける。

 

そして、一番最初にボールに触ったのは…

 

 

 

久遠「このくらいの高さなら!」

 

久遠だった。

彼のジャンプ力はチームZの中で最高峰。

身長差を鑑みてもトップクラスの空中制圧能力を誇っていた。

 

そんな久遠は、ボールがジャンプヘディングが届くギリギリを狙って飛びあがり、ワンタッチでボールをゴールから遠ざけた。

 

だが、まだピンチは終わっていない。

そのボールの落下地点には我牙丸と敵DFがポジション争いを繰り広げていて、どっちがとってもおかしくない状況だったからだ。

 

我牙丸「成早が作ったチャンス。無駄にしない!」

 

しかし、そこは我牙丸が得意とする肉弾戦に持ち込むことで敵DFを押しのけ、落ちてきたボールをトラップしていた。

 

 

 

俺は、それが見えた瞬間には敵陣へ向かって走り出し、我牙丸からのパスを待った。

そんな俺をちゃんと見てくれていたのか、我牙丸は俺の名を呼びながらパスを出してくれた。

 

 

二子「くっ!反撃(カウンター)きます!急いで戻ってください!」

 

大川「クソッ!今のが決まってれば同点に持ち込めたのに!」

 

雷市「いけぇ!点とってこい成早!」

 

國神「頼むぞ!」

 

蜂楽「行っちゃえ~♪」

 

俺「おう!任せろ!」

 

俺の走り出しに合わせてFWの三人が飛び出してくる。

右側にほぼ並走する形で今村、左からはやや遅れつつも我牙丸が、そして俺たちの後方からは大量の敵が押し寄せ、正面には二人しかいない。

 

この大好機(ビッグチャンス)。逃すわけにはいかない!

 

 

俺「今村!最高速で敵を振り切るぞ!」

 

今村「良いけど、正直一回だけだぞ走れるの!いいんだな!」

 

俺「あぁ、どのみち時間もない!」

 

そう、なんだかんだで試合開始からすでに10分以上が経過していた。

時間的にもこれがおそらく我牙丸チーム最後の攻撃となるだろう。

 

今村「了解!俺の脚に乗り遅れるなよ!」

 

俺「そっちこそ、最後までバテるなよ!」

 

我牙丸には悪いが、俺は今村と二人で突破する道を選んだ。

敵が後ろで固まっている以上、ここはスピードで勝負するのが得策だからだ。

 

だが、そんな俺がスピードを上げようとしたとき、後ろから何かに掴まれて体勢を崩しそうになる。

 

 

大川「だから、大人しくしてろって言ったろうが!」

 

俺「大川!?っく、今村、頼んだ!」

 

今村「OK!乗り遅れるなって言ったばっかなのにな!じゃあ、お先に!」

 

だが、ここでファウルをもらっても全然うれしくない。

だから俺は大川がファウルを取られる前に今村へパスを出した。

 

焦ってパスを出したからやや雑なパスになってしまったけど、今村はそれをうまくトラップして再び加速を始める。

 

 

敵DF「大川のおかげで7番(今村)だけになった!俺ら二人で止めるぞ!」

 

敵DF「あぁ、この先は死守だ!」

 

今村「ようやくこぎつけたデートチャンス…絶対に最後は抱いて見せる!」

 

 

意気揚々と意味不明な単語を口にする今村だが、その眼差しは真剣そのものだった。

それを受けて敵DFも今村への警戒度を上げ、両側から挟み込むようにして待ち受ける。

 

対する今村は、あえてそれに挑みかかるように二人の方へ向かっていった。

 

今村「本気になった俺は、二人の相手くらいお茶の子さいさいだぜ!」

 

そして、さて次はどうするのかと全員の注目が集まる中、今村は唐突にシュートモーションに入った。

敵DFの二人は自分たちと、ましてやゴールからも距離がある場面でその体制に移行する意味を理解できずに一瞬足が止まった。

 

しかし、今村はそんな敵DFには構わず振り上げた足をそのまま前に蹴り出し、それに触れたボールはかなり高い軌道で二人の後方の広大な空きスペースに向かって飛翔していった。

 

すると、今村はそれを追いかけるように再び加速を始め、間もなく全速力(トップスピード)に乗っていった。

 

…まさか、二人の後ろに誰もいない状況を活かして、自分の脚でパスに追いつく気か!?

原作でも足の速い()が使っていた戦法ではあったが、確かに今の状況なら広々とした空間で自由に走れる。

今村の脚なら、或いは…

 

 

だが、その狙いに敵も気づいたようで、一瞬だけ飛んでいくボールを呆けて見ていた敵DF二人も、すぐさま反転してボールを追いかけ始めた。

 

三人が敵コート中央付近へ落下するボールを追って走る。

明らかに今村のスピードは速く、もし『よーい、ドン』を仕掛けたら敵DF二人を置き去っただろうが、それは同じ位置からスタートした時の話。

 

相手に距離と言う有利(ハンデ)を与えた状態で勝てるほど、決して簡単なことではない。

それでも、今村は勝負に出た。

 

絶対に、ここでゴールを決めるために。

 

 

俺「いっけぇ!今村ぁ!」

 

今村「任されたぁ!」

 

敵DF「くっそ!こいつ、ほんとに速い!」

 

 

そして、三人で行われた短距離走は、後方からスタートしたはずの今村が一位通過したことで、ボールを手にする権利を得た。

 

俺の声援にこたえる今村は走りながら雄たけびを上げ、そのまま敵DFを置き去りにしてゴールへと向かう。

 

 

前半の終わりに走り回って、後半も中盤に差し掛かってきたこのタイミング。

体力的には本人が言っていた通り、もうこの辺りが限界だろう。

 

それでも、今村は決してスピードを緩めることなく走り続けた。

絶対誰にも追いつかせないように。

 

そんな覚悟で走り続けたんだろう今村は、あっという間にPAに侵入した。

そして、敵GKとの一対一になってようやくスピードを緩め、渾身のシュートを放つべくモーションに入る。

 

対峙する敵GKがどのコースを狙っているのか見極めようとする中、今村は渾身の力を込めてシュートを放った。

放たれたボールはゴール左側を狙ったもので、速度もコースのなかなかのものだった。

 

 

だが、読みが良かったのか、勘が良かったのか、敵GKも今村のシュートと同時に右へ飛んだことで、今村のシュートと同じ方向へブロックにかかっていた。

 

苦々しい可能性に悲観する俺たち、最高の結果に喜んだであろう敵たちを他所に、敵GKは見事に今村のシュートを弾いて見せた。

 

 

 

 

 

今村「俺は!一度振られたくらいじゃ、諦めねぇ!」

 

ところが、今村は諦めずに走り続けていた。

既にシュートを打って、後は神に祈るだけでも罰は当たらなかっただろうに、ボールの行方を傍観するのではなく、自らのシュートを追うようにして。

 

そんな今村の執念の走りは実を結び、敵GKが弾いて前にこぼれたボールへすぐさま追いつき、乱雑になりながらも追い打ちでシュートを放つ。

そして、地面に倒れ伏した敵GKにそれを止める余力など残っているはずもなかった。

 

 

 

 

GOAL!

 

TEAM TEAM

Y  Z

1 - 3

 

 

俺「い、今村ー!」

 

我牙丸「おぉ!すげぇぞ今村!」

 

國神「っしゃあ!」

 

イガグリ「やった、これで追加点だぁ!」

 

俺は今村へ称賛の声を上げながら今村の方へと駆け寄って行く。

すると、まるで全てを出し切ったかのように今村は敵ゴールの前でコートに体を預けた。

 

俺「今村お疲れ!大丈夫か!?」

 

倒れ込むようなその姿に俺は焦ってスピードを速め、急いで傍まで駆け寄った。

すると、完全に息が上がった今村は苦しそうにしながらも、笑顔でサムズアップを決めて見せた。

 

 

俺「ったく、ぶっ倒れるまで走るとか、根性ありすぎ。」

 

今村「これくらいしねぇと、点とれないって思ったんだよ…あ~しんど!」

 

我牙丸「やったな今村。初ゴールおめでと。」

 

今村「おう!これでお前らとも並んだな…ふぅ…」

 

俺「…ほんとに大丈夫か?今村?」

 

今村「…はぁ、悪い。ちょっと脚にキてる。今日はもう走れんかも…」

 

我牙丸「いや、もう十分走った。お疲れ今村。」

 

今村「…おう!」

 

俺と我牙丸は、疲労困憊になっている今村を二人で支えながら立たせ、とりあえず自陣内に戻るまで肩を貸してやった。

そして、時間的にはあと2分くらい残ってたけど、今村の状態(コンディション)を加味してポジション変更を願い出た。

 

今村の雄姿を見届けた皆もそのほうが良いと、すぐさまポジション変更が行われた。

前半のポジション変更時は結果的にチャンスにつながったけど、あれは本来ピンチを招きやすいものだから、こういう一旦試合が止まった時とかに変更するのが一番安全だ。

 

最後のポジション変更でFWになったのは國神チームの國神、久遠、イガグリだ。

このチームも分かりやすく、國神のシュート力に賭けた構成になっていて、他の二人がそれをサポートする形になっている。

 

さて、この試合もいよいよ残すところ30分と少し、このままいけば勝てるけど、油断したらあっという間に点を取られかねない。

 

俺「皆、今村のくれたこの追加点を無駄にしないためにも、残りの時間も全力で戦おう!」

 

全員『『おう!』』

 

 



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チームY戦-7

DFに移動した俺たちは今村の回復を少しでも早めるため、今村を一旦ディフェンスに置くだけにして、残りの俺、我牙丸、後は固定でDFの千切の三人で主に守備をすることにした。

 

次の攻撃はチームYからになるが、さてどんな作戦で攻めてくるのだろうか?

 

 

 

KICKOFF!

 

 

大川「行くぞお前らぁ!なんとしても点とってやる!」

 

敵MF「お、おぉ…」

 

敵MF「分かった…」

 

 

 

あれ?

なんていうか、大川以外のテンション低くね?

怖がってたはずの大川相手に生返事で返してるし、見るからにやる気が失われてる。

 

 

…まあ、あれだけ危険な賭けをして攻めあがったのに、結果としては逆に点を取られる結果になったんだから、確かに落ち込むのも無理はないな。

そう考えると、単純そうな大川の諦めないガッツは見習わなくちゃいけないかもしれない。

もう少し思慮深く動いたほうが良いとも思うが…

 

そんなことを考えつつも、攻撃人数を確認すると僅か三人しかなく、本気で点を取ろうとしているのは大川だけだった。

 

大川はドリブルしながら、敵MFの二人にもっと近づいて三角形(トライアングル)を作るよう指示を出し、彼に付いていった二人がそれに従う。

対する國神チームは、パスワークを中心に組み立てるチームY相手に、そのままでは1on1でボールを奪うのは難しいと判断したのか、飛び出してきた敵MFと大川の間にイガグリと久遠が位置取り、大川と國神の強制的な一対一を作り出そうとしていた。

 

 

大川「今度こそ抜いてやるぞ、國神ぃ!」

 

國神「やってみろ大川!今度はボールをもらうぜ!」

 

 

MATCH UP!

大川 響鬼 vs 國神 練介

 

國神とマッチアップした大川は、体格的な不利からもう接近したくないと考えたのか、前半に仕掛けた時に比べてやや距離を開けていた。

 

それを見た國神は、逆に大川との距離感を縮めようと少しづつプレスで詰めていき、その動きに伴って大川も徐々に位置を下げていく。

何度か周囲のパスコースを確認した大川だったが、もれなく敵MFへのパスコースをイガグリと久遠が塞いでいたため、パスを出すこともままならず悔し気に表情を歪ませる。

 

ところが、これ以上は引けないと思ったのか、大川は逆に國神の方へ唐突に突っ込んで行った。

流石に正面からぶつかってくるとは思っていなかったのか、國神は一瞬動揺を見せたものの、素早く切り替えて大川へ向かっていく。

 

体格勝負になると大川の方が不利なはずだが、それでもあえて挑みに行ったのは、自分が点を取るという強い意志の元か?

もしくは、ただやけくそになって暴走しているだけなのか?

 

 

その答えはすぐに明かされた。

 

大川は正面から迫ってきた國神に背を向けるようにボールキープの態勢に入り、それを見た國神も更に距離を詰めに行く。

そんな國神との距離感を目で測っていた大川は、國神が間合いに近づいたのを確認すると同時に、足の爪先にボールを乗せると、そのまま上に高く放り上げて自分の頭上と、すぐ後ろにいた國神の頭上をも超える軌道でボールを放った。

 

國神から見れば、いきなり大川の頭上からボールが出現するというわけのわからない事態が起こったことだろう。

ボールを見送るように國神は、その場で動きを止めてしまった。

 

 

その隙を見逃すほど大川は甘い選手ではない。

動けなくなった國神の横を通り抜けて、大川は自分で上げたボールを追って走り出した。

 

完全に出遅れた國神はその場で取り残され、大川は國神とのマッチアップを見事に制した。

 

 

 

…はずだった。

 

ところが、大川が自分へ送り出したはずのボールは、國神のさらに後ろから迫ってきた人影によって奪われた。

 

 

 

大川「い、潔!?」

 

潔「行け國神!走れ!」

 

國神「!?おう!助かった潔!」

 

何故か國神のフォローへと回っていた潔によって前線へ出されたボールを、そのまま國神が拾う形でチームZの反撃(カウンター)が開始された。

 

國神「けど、なんであんな場所まで走ってきてたんだ、潔?」

 

潔「え?あ~…自分でもよくわかんないけど、なんか()()()()()()がしたから走ってきたんだ!」

 

イガグリ「またそのよくわかんない感覚かよ~。でもナイス潔、南無三!」

 

久遠「うん。すごく助かったよ!」

 

 

…たぶん、今のは敵が三人しかいない状態に対して、万が一にも國神が抜かれるという可能性を潰すために動いてたんだろう。

さっきみたいに浮いたボールが降ってくるかどうかは分からないが、もし大川がボールを保持したまま國神を抜いたとしても、あの位置で潔に足を止められれば國神と二人で挟撃されてただろうからな。

 

それを一瞬で判断してあの場所まで走り込んだんだ。

やっぱり潔、自覚はなくても直感的に自分の武器を使うことができてる。

 

後はそれを使いこなすことができれば、もっと…

 

 

 

そんなことを考えている間にも、國神たちは敵コートの中盤まで侵入に成功し、後は何としてもPAまで到達できればと言うところまで近づいていたのだが…

 

 

國神「くそ、やっぱこいつらの守備は人数多くてやりにきぃな…」

 

イガグリ「全然攻めるとこないんだけど!?」

 

久遠「落ち着いて!まだ攻めるチャンスは俺たちにある!確実に攻められるタイミングを待つんだ!」

 

雷市「おい潔!俺たちも攻撃に行くぞ!このままもう一点奪ってやる!」

 

潔「え?でも…いや、そうだな!蜂楽!上がるぞ!」

 

蜂楽「はいよ!」

 

 

たった三人じゃなかなか攻め崩せないチームYの7人守備を前に、雷市の発言で潔たち3人が加わることで数手不利をある程度覆すことにしたらしい。

 

それも大川たち前線組が戻ってくれば再び数的不利になるが、6対10ならまだ幾分かマシだろう。

 

 

だが…

 

二子「9番(國神)は常に二人以上で前のスペースを潰しにかかって!それ以外の選手からのパスコースも塞ぐことも意識して!」

 

國神「チッ!やっぱ俺のミドルシュートは警戒されてるか…」

 

前の試合で見せたミドルシュートの危険性を分かっているんだろう。二子は國神のミドルシュートの領域(レンジ)に人を入れることでシュートの範囲を狭めようとしている。

おまけに、國神自身にシュートをそもそも撃たせないよう、周りの選手からのパスコースを塞ぐという手段も用いてきた。

 

これでは、國神の得意とするパターンに持っていくことは難しい。

こうなってくると、なんとしても國神にボールを預ける方法を模索するか、或いは國神以外の人間が点を狙うかしないと追加点は厳しいだろう。

 

國神「久遠!頼んだ!」

 

久遠「分かった!イガグリくん!」

 

イガグリ「南無三!俺にお任せ!」

 

 

どうやら、國神チームはあくまで國神のシュート力に賭けることにしたらしい。

國神から久遠へ通されたパスは、そのまま逆サイドのイガグリへ送られた。

それをトラップしてドリブルでイガグリが攻めあがる。

 

 

敵MF「こいつ、前の試合で簡単にボール盗られてた奴だろ?楽勝楽勝。」

 

イガグリ「あぁん!?やんのかコラ!」

 

國神「イガグリ!」

 

イガグリ「分かってる分かってる!ちょっとムカついただけ、だ!」

 

 

敵からの挑発に若干イラつきながらも、イガグリは再び逆サイドにいる久遠へ、今度は高軌道のパスを出した。

しかし、久遠の位置は國神の近くまで移動しており、その動きを警戒した敵DF二人が詰め寄ってきていた。

 

久遠「よし、いい感じに集まってくれたね。」

 

だが、久遠は持ち前のジャンプ力で敵DFより高く跳ぶと、ヘディングでもって國神へのパスを通して見せた。

 

 

久遠「行け!」

 

國神「あざっす!」

 

これによってパスが通った國神は、そのまま左足から得意のミドルシュートを撃った。

第一試合で見せたような弾丸シュートが飛翔していき、それはゴール右側のゴールネットを揺らす

 

 

敵DF「させるか!」

 

敵DF「うらぁ!」

 

國神「あぁ、くそ!」

 

…はずだったボールは、國神のミドルシュートの領域(レンジ)を狭めていた二人によってシュートブロックされてしまった。

たとえミドルシュートと言う強烈なシュートであろうと、人の壁に阻まれてしまえばその勢いを失い宙を舞う。

 

そして、こぼれ球(セカンドボール)となったボールは、國神や敵DFの近くにいた二子の元へ舞い降りた。

すると二子は、そのボールをトラップした直後、すぐさまタメを作って前線へ向けてのロングパスを放った。

 

そうなると、当然その先にいるのは…

 

 

 

大川「次こそ決める!」

 

二子からのロングパスを受け取った大川は、そのままゴールに向かって走ってきたが…

 

 

俺「俺が大川に付く!」

 

我牙丸「え?俺が付いたほうがいいんじゃ…」

 

今村「うわぁ、ほんとスタミナあるなぁ。」

 

千切「?」

 

 

そんな大川に対して、俺も一人で迎え撃ちに行く。

我牙丸の言う通り、守備位置的には俺より我牙丸が向かうのが適任だったが、万が一ボール奪取に時間がかかると、敵の攻撃人数が増えてより厄介になるかもしれない。

一度マッチアップした俺が素早くボールを奪うのが適任だと思った。

 

 

大川「またてめぇかモブ野郎!しつこい奴だな!」

 

俺「モブじゃない、成早だ!國神とか潔は名前呼びなのになんなのさ!」

 

 

MATCH UP!

大川 響鬼 vs 成早 朝日

 

とはいっても、國神を一度は抜いて見せた大川の実力も本物だ。

充分才能がある人間といえる。

ただ、さっきから動きを見てると一つだけわかったことがある。

 

 

俺「あと気付いたことあるんだけど、お前フェイント苦手だろ?」

 

大川「あ゛あ?」

 

さっきから大川の抜き方はボールの扱いこそ上手いんだけど、フェイントを仕掛けるタイミングが微妙に下手だった。

たぶん、ボールタッチ技術の高さで補ってるだけで、フェイント技術を鍛えるのをおろそかにしていたんじゃなかろうか?

 

なんにせよ、大川の動きは性格と同様で素直すぎる。

だからこうやって挑発してやれば…

 

 

大川「てめぇ…俺を馬鹿にしてんのか!?モブ野郎の分際でぇ!」

 

思った通り、味方が攻めあがってくるのを待つんじゃなく、自分で突破しようと向かってきた。

 

そして挑発したからか、大川は一瞬だけシザーズを挟んできたが、俺は蜂楽との練習で見慣れているのもあって動揺はしなかった。

 

その反応を見て大川は早々に諦めつつも、今度は距離を詰めてフェイントを仕掛けてきた。

左から抜こうとした大川に俺が反応した瞬間を狙って、ボールを右へ運びつつ自身も方向転換を仕掛ける。

ただ、そのタイミングがやはり微妙に外れていて、俺は冷静に大川の進路を再び塞ぎにかかった。

 

だが、挑発に乗ったフリをしただろう大川は、蹴り出したボールを引き戻そうと右足を伸ばそうとしたが、俺はそれより一歩速く攻撃を仕掛けることにした。

とはいっても、ボールとの距離的には大川の方が近く、どれだけ体を素早く動かそうとしても、俺の最高速度では今の大川からボールを奪うことはできない。

 

 

 

俺「()()()()()()()()()()()()。」

 

大川「…は?」

 

だから俺は、言葉による攻撃を仕掛けた。

音は耳を塞がない限り防ぐ手段が存在せず、言葉は内容如何によって精神を揺さぶれる。

 

脱落するなどという言葉は、いまこの環境に身を置いてる人間が聞くと煽り文句になるかもしれないが、原作知識を持っているとすれば、大川にとってこの言葉は全く違う意味を持つ。

 

つまり、俺もお前と同じ転生者だという意味を暗に込めたメッセージになるのだ。

 

 

現に、大川は俺の言葉に反応して動きを完全に停止してしまった。

俺はその隙に難なくボールを奪い、前線に向かってボールをクリアする。

 

クリアしたボールを蜂楽が受け取ったことを確認して、ひとまず安心した俺が守備位置へ戻ろうとすると、大川が今までにない困惑した表情で近づいてきた。

 

大川「おま、今なんて…」

 

俺「ん?ん~…俺たち似た者同士だねって話?」

 

大川「!?そうか、お前も俺と同じ…なら、原作と流れが違ってるのはお前が原因か!?」

 

俺「かもね?でもそっちもやってることでしょ。」

 

 

前の試合、第二試合の一点先取がまさに良い例だ。

俺はその異常性にいち早く気付けたから作戦(原作)を変えるという賭けに出た。

 

それに対して、大川(転生者)は俺と言う異常(イレギュラー)に気付けず、基本的な原作の流れを踏襲することを選んだ。

本当なら2-1で惜しくもチームYが負けるという展開になるはずだが、そこは後半戦のチームZから受ける反撃を防ぎきる構想を立てていたんだろう。

 

何故、原作の展開から外れた俺たちの試合を見て、それでも原作通りになると思っていたかはわからないが、発想自体は決して悪いことじゃない。

俺だって、最初の第一試合は原作通りの展開をわざと作り出してボール奪取に成功したから。

 

 

 

大川「くっ!お前のせいで俺のゴールが台無しだ!挙句には二子にゴールまで持っていかれるし…全部お前のせいだ!」

 

俺「癇癪起こさないでよ。…それに、君にだって落ち度はあるんじゃない?」

 

大川「なんだと!」

 

俺「君が俺の存在に気付いていれば、さっきのシュートは決まってたかもしれない。あれだって原作のオマージュでしょ?」

 

大川「な!?それは…」

 

 

大川にとって誤算があったとすれば、原作知識を持つ転生者が自分以外にいるという可能性にたどり着けなかったことだろう。

もし、あれがループシュートでなければ、俺は絶対に追いつけなかったはずだ。

 

あの瞬間、まさに原作を再現できる状況(シチュエーション)だったからこそ、原作再現を選択した大川は、同じ光景を見た俺にシュートを止められたんだ。

 

あの奇跡的なスーパーブロックは、そんな馬鹿馬鹿しい理由で生まれた必然でしかない。

 

 

俺「まあ、もうこの試合に君らが勝つのは不可能だよ。」

 

大川「あ゛!?まだ試合は」

 

俺「終わるよ。もう数分後には、ね。君の諦めない心は美徳かもしれないけど、現実はちゃんと見ないと。」

 

大川「っ!?くそが!?」

 

俺が試合終了が迫る時計を目配せしながら言うと、大川は悪態を吐きながら自陣の守備に参加しに行った。

 

…まあ、本当に見なくちゃいけないものは、もっと他にもあるはずなんだけどね。

なんて言葉は胸にしまいつつ、おそらくチームZの攻撃は()()するだろうと踏んで、チームYからのラストアタックにどう対策すべきか思考を切り替えた。



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チームY戦-8

 

当然のことだが、俺が大川とおしゃべりしている間にも試合は続いている。

そのはずなのだが、試合展開は先ほどと同じ様相から変化が見受けられなかった。

 

チームYの消極的守備による攻めにくさもあってのことだとは思うけど、何より國神チームの攻め手がないようにも思えた。

 

それもそのはずだ。

このFWチーム内で明確なシュート能力を持っているのは國神であり、攻撃は彼を中心にしている。

そんな選手が何人もの敵に囲まれた状態で、他の二人がどう動くべきかが重要なんだけど…三人共思想がバラバラだ。

 

 

國神は、さっきのシュートブロックがあったのにポジショニングが変わってないことから、もう一度シュートチャンスを狙っているのが分かる。

 

久遠は、國神の周囲に陣取ろうとしてるからサポートするつもりだろうけど、ゴールを何度か確認してるから自分も隙があれば狙うんだろう。

 

イガグリは、なんというか、どっちつかずの中途半端と言った感じだ。

いつもゴールを狙えそうな位置を探しているのに、パスはそこに落ちてこないから、仕方なくサポートに回ってるって印象を受ける。

 

 

自分のゴールにこだわること自体は間違いじゃない。

でも、それは決して自分一人でゴールを決められる選手であることとイコールじゃない。

 

味方がいなければパスがこない。

パスがこなければボールを保持できる時間も生まれない。

そして、ボールがなければシュートもできないのだから。

 

 

 

雷市「てめぇらなぁ!点とりたいならもっと攻め立てろよ!じゃねぇと、俺がもう一点取りに行くぞ!」

 

守備位置で観戦していた俺の耳に、突如として雷市の声が響いてきた。

雷市は攻め手がなくてパス回しに終わってる國神チームに怒り心頭と言った感じだ。

 

しかも、そう言い放った直後から加速して敵陣深くへ攻め込み始めた。

 

 

潔「ちょ、雷市!?ポジショニング!?」

 

雷市「うっせぇ!こんなちまちまボール回してるだけのだらしねぇ奴らじゃ、もうこれ以上待つだけ時間の無駄だろ!こうなりゃ俺がもう一点取りに行ってやるまでだ!」

 

蜂楽「お?攻めに行っちゃう感じ?良いね!俺も混ぜてよ!」

 

潔「蜂楽もかよ!?」

 

 

そんな雷市の勢いに感化されたらしい蜂楽、それにつられる形で潔も前線へ走り出していった。

今までは守備に転じた場合も考慮していたポジショニングだったけど、今の状況は控えめに言って敵ゴール前が超過密状態だ。

 

ポジティブに考えると超得点のチャンスでもある。

 

 

それに、俺は悪くない選択だと思う。

チームYは攻めの人数が三人と大幅に減少していたし、試合時間を見ると残り時間は5分を切っていた。

もし仮にボールを奪われて反撃(カウンター)が始まっても、ここから逆転される確率はほとんど皆無だ。

 

そう考えれば、今こそが得点を狙う絶好の機会。

 

それを分かっているのかは知る由もないが、攻め込んで言った雷市は困惑していた久遠からボールを掻っ攫うと、そのままゴールへ直進していった。

 

 

敵DF「つ、突っ込んで来るぞ!」

 

敵DF「俺が止める!」

 

雷市「ハッハー!一人で止められるとでも?」

 

敵DFが来ても動じず直進する雷市に敵は困惑するが、何とか気を持ち直してマッチアップする。

 

 

 

雷市「なんてな…ほらよ蜂楽。お前がやれよ。」

 

蜂楽「ありゃ?そのままマッチアップしないんだ?」

 

雷市「こんな雑魚抜いてもなんにも面白くねぇからな。お前に譲ってやるよ。」

 

蜂楽「そう?じゃ、お言葉に甘えて!」

 

かと思いきや、後方から追いついてきた蜂楽へパスを出し、自分は更に奥深くまで歩を進めていった。

突然の選手交代と蜂楽と言うドリブラーの出現によって混乱した敵DFは、動揺が隠し切れずにあっさり股抜きを決められて突破されてしまった。

 

敵は後3枚。

 

 

二子「させません!」

 

蜂楽「やる?前髪くん?」

 

 

 

MATCH UP!

二子 一輝 vs 蜂楽 廻

 

だが、危険を素早く察知した二子が蜂楽の前に立ちはだかる。

 

蜂楽はボールを下から軽く蹴り上げてボールを少し浮かせ、そのボールを奪おうとした二子の意表を突くように、ボールの下から足を伸ばして爪先でそっと自分の方へ返した。

 

これによって前に飛び出した二子を左から抜こうとするも、動けないはずの二子は脚を横に伸ばして蜂楽の進路を、進路上に転がって行くボールを弾こうとする。

 

どうやら、二子は蜂楽のドリブルは簡単には止められないと踏んでいたのか、フェイントにかかったふりをして蜂楽の動きを誘ったらしい。

 

でも、蜂楽は二子の動きに反応して咄嗟にボールを浮かせることで二子の脚を避け、そのままぶつからないように自分も飛ぶことで二子を抜いて見せた。

 

蜂楽「なかなかやるじゃん!でも、俺の方が一枚上手♪」

 

二子「…の、様ですね。でも!」

 

 

ところが、二子を抜いた蜂楽の目の前には、いつの間にいたのか敵DFがボールを待ち構えていた。

しかも、脚を出して止めようとした二子も、素早く体を反転させて蜂楽の後ろからボールを奪いに行く。

 

たぶんだけど、二子の背後にもう一人が隠れていて、一度蜂楽に抜かれることで前後から挟撃しようというのが二子の狙いなんだろう。

 

蜂楽「そう来ちゃいますか!ヘイ潔!パ~ス。」

 

 

流石の蜂楽もこれには対応が難しいと感じたのか、左側にいた潔の方へ急いでパスを出した。

潔が慌てつつもしっかりトラップして走り出そうとしたが、彼を追ってきていた敵MFとマッチアップする形になってしまった。

 

自分のドリブルでは抜けないと思ったのか、潔は左サイドでフリーに近い状態だったイガグリへパスを出す。

 

そこからもう一度攻める構想を練ろうとしていたのかもしれないが、その予想は裏切られた。

 

 

イガグリ「しゃあ、南無三だぜ潔!」

 

潔「…え?ちょ!?イガグリ!?」

 

雷市「あ゛ぁ!?何ゴール狙ってやがんだてめぇ!」

 

 

奇しくも、彼の前方は敵がほとんどいなかった。

おそらく、試合映像や今までのプレーを見て、敵側が警戒するに値しないと判断したのかもしれない。

それに、全員が正面に集中していたこともあって、サイドへの警戒が薄まってしまったというのもあるんだろう。

 

けど、まさか誰もイガグリが自分で行くとは思わなかったはずだ。

その前提がこの混沌を生み出した。

 

 

しかし、チャンスはチャンス。

敵がいないということは、そのままシュートを撃てる可能性があるということでもあった。

 

他の面々もそれは瞬時に理解したのか、文句を垂れつつも素早く敵DF達の動きを妨害にかかる。

その結果、イガグリは見事にPAに侵入することが叶った。

 

味方の協力もあって落ち着いてゴールを狙える状況なら、目立った能力を持たないイガグリでも得点できるかもしれない。

 

 

だって、彼の武器は…

 

イガグリ「やっぱ、諦めない者に福はやってくるんだよな!南無三!」

 

 

 

 

 

 

 

二子「やはり、シュートするならその位置ですよね。」

 

イガグリ「…ハァ!?」

 

が、そのシュートは突如として出現した二子のシュートブロックによって止められた。

 

一体、いつの間にその場所へ辿り着いたんだろうか?

そんな疑問が頭をよぎるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

 

反撃(カウンター)が来る!

 

 

二子「最終反撃(ラストカウンター)、行きます!」

 

敵一同『『おー!』』

 

 

國神「!?なんだ?敵が…」

 

雷市「一斉に攻撃に転じやがった!?」

 

潔「!?自陣がやばい!」

 

久遠「しまった!攻めに人数をかけ過ぎた!」

 

 

仮に反撃(カウンター)が来ても、大川を警戒すればいいだろうと思っていた俺だったが、敵は何故か決起してこちらへ攻めかかってきた。

 

二子の言った最終反撃(ラストカウンター)ってのは、もしかして全員で再度攻撃するっていう合図だったのか!?

 

でも、なんでだ?試合はもう間もなく終了する。

ここから逆転なんてできるはずはないと誰もが理解してるはず。

なのに、何故こんな必死になって反撃を?

 

 

今村「おいおい!マジか最後にこう来るのかよ!?」

 

我牙丸「やべ、止められっかな?これ…」

 

千切「いや、無理だろ…この人数差じゃ…」

 

俺「文句は後。最悪負けはないんだ、やるだけやろう!」

 

俺は自分も鼓舞するように皆に気合を入れる。

だが、この人数差じゃごり押しでどうとでもなってしまう。

 

ただ、僅かでも時間を稼げば前線に上がったメンバーがディフェンスに入ってくれる。

つまり、今必要なのは時間稼ぎの方法。

 

考えろ、考えろ…なにか時間を稼ぐ方法はないか?

 

 

 

 

…いや、待てよ。

要するに敵がシュートできなければそれでいいんだよな?

 

だったら…

 

 

 

俺「全員!PAまで撤退!」

 

今村「はえ!?いやいや!敵に攻め込まれ放題じゃん!」

 

俺「要するにシュート撃たれなきゃこっちの勝ちだ!ならもうPA以外は捨ててゴール前に閉じこもろう!」

 

我牙丸「危険なのは変わりないけど、まあ守る範囲少なくて楽かもな。」

 

千切「だな、俺も賛成だ。」

 

今村「まあ、確かに?もう無茶苦茶だなこの試合…」

 

 

最後の今村の言葉に内心同意しつつ、俺たちはDFラインを大きく後ろに下げて、全員がPA内に引きこもった。

過密状態も良いところだ。

 

 

俺「万が一シュート撃たれたら、頼りにしてるよ伊右衛門。」

 

伊右衛門「期待はほどほどにしといてくれよ。…来るぞ。」

 

俺たちがPA内まで下がった直後、チームYの面々が俺たちのコート中盤を抜けてやってくる。

10人が一斉にこっちへやってくる光景はなかなか迫力があるな。

 

 

だが、何か騒がしいと思ってよく耳を澄ませると、聞こえてきたのは敵同士の喧騒だった。

 

大川「だから、さっさと俺にボール寄越せっつってんだろ!?」

 

敵DF「それやって何度も失敗してんだろうが!もうお前にパスは出さねぇ!」

 

大川「なっ!?てめぇ、誰に向かって言ってやがる!」

 

敵DF「お前だよ!そんなことも分かんねぇのか?」

 

敵MF[もう俺たちはお前の命令なんて聞かない!」

 

敵DF「何でも脅せばいうこと聞くとか思ってんじゃねぇぞ!」

 

敵MF「そうだ!俺たちは、俺たちの意思でサッカーをする!」

 

大川「こ、この…裏切り者どもがぁ!」

 

何やら大川と彼らとの間でも揉めている。

…どうやら大川が他のメンバーを隷属させる支配体制が終わりを迎えたらしい。

 

今までリーダー面してきた大川だったが、その立場が変わったことにまだ気付いていないのか、いうことを聞かない他のメンバーに癇癪を起していた。

 

もうすぐ俺たちと衝突するというのに、なんというか呑気な奴だなぁ…

そう思いながら待っていると、騒ぎ立てる大川に近づく人影が目に入った。

 

 

二子「大川くん。」

 

大川「!二子ぉ!こいつらに俺へパスする様言い聞かせやがれ!」

 

二子「…やれやれ、ここまで愚かだといっそ滑稽ですね。」

 

大川「…あ゛ぁ!?」

 

二子「君は確かに良い選手でした。高圧的な態度は目に余りましたが、シュートテクニックもあって先見の妙がある。そう思っていました。…でも違った。」

 

大川「違った?何が違ったっていうんだ!?」

 

二子「君はなかなか愉快な()()が得意なようですが、所詮妄想はただの妄想に過ぎなかったということですよ。」

 

 

え、妄想?

いや、まあ原作知識なんてこの世界のキャラクター相手に説明のしようもないし、妄想扱いされるのは仕方ないか…

…という事は、つまり二子は転生者じゃない?

転生者じゃなくてよかったような、転生者じゃないのにこんなに厄介なんだと思うと…いや、原作ファンとして、強いのは普通に嬉しいわ。

 

 

大川「妄想?妄想だと!?違う!俺はこの世界で何が起こるか」

 

二子「その話はもう聞き飽きました。確かに不気味なほど的中するときはありましたが、もうその妄想話と乖離する部分がいくつも出てきた。」

 

大川「そ、それは…アイツ!アイツも俺と同じで、そのせいで色々」

 

二子「もう結構だと言いましたよ。とにかく、君がシュートテクニックだけが取り柄の、あと頭が痛いタイプの選手だということはもうわかりました。」

 

大川「なっ!」

 

二子「だから、もう君に頼るのはやめることにします。今まで引率役、お疲れさまでした。」

 

大川「…はぁ!?」

 

 

二子は言いたいことだけ言って、そのまま仲間からボールを受け取ると、密集する俺たちに怯みもせずPAへ突撃してきた。

 

 

二子「全員、PA内の敵を妨害してください!道さえ開けば誰でもゴールを生むチャンスができます。」

 

敵MF「おっしゃぁ!感謝するぜ二子!」

 

敵DF「俺たちにも得点王のチャンスキター!」

 

大川「まさか、お前ら…」

 

 

 

やられた!

てっきり大川か二子が決めに来ると思ってたのに、ここにきて全員がシュートチャンスを得てしまった。

これでは誰がゴールを撃つか本当に予想ができない!

 

しかも、人数差を最も活かしやすい単純にして、一番俺たちがされたくなかった攻撃をしてきた。

チームメイトは戻ってきてるけど、果たして間に合うかどうか…

 

 

 

敵は大人数がPA内部に押し寄せ、DFに付いているこっちのメンバーを完全に囲んできた。

そして、二子からのパスを受け取った敵がシュートモーションを取る。

 

防ぐしかない。そう思った我牙丸がシュートブロックに向かうと、敵はシュートフェイントを使って別の敵へパスを出した。

 

そして、パスを受け取った選手がシュート態勢に入り、その進路を塞ぎに行った千切の裏をかくように再びシュートフェイントでパスを繋ぐ。

 

 

こんな大チャンスを前に、冷静にシュートフェイントを使ってパスを繋ぐことに疑問を覚えつつ、俺はそのパスを受け取った敵をマークし、そのシュートコースを塞ぎにかかる。

 

敵の一人に妨害を受けそうになったが、得意の裏ぬけステップワークを駆使して回避しつつ、何とか敵のシュートに間に合わせた。

 

 

敵「うわ!?まじで間に合わせてきた!?」

 

俺「は?」

 

 

なんだその台詞。

まるで、俺が防ぎに来るのをあらかじめ知っていたような。

いや、教えられた?

 

考える俺の目の前でシュートはパスへと変化し、その軌道は集団のやや後ろで突っ立っていた大川へ向かっていった。

 

その様子を見て、反応した今村が最後の力を振り絞って走り込む。

その足取りは少し怪しかったが、何とか大川のシュートコースを消すには充分な位置取りまで何とか辿り着きそうだった。

 

 

…いや、違う!

 

ようやく()の狙いに気付いた俺の視界で、パスが来たことで嬉しそうな顔を見せる大川の目の前で、最後の一手が無慈悲に放たれた。

 

大川の近くにいた敵の一人が、そのパスコースに割り込んでボールの進路を変えた。

そして、その軌道の先を追っていけば…

 

 

 

二子「皆さん、ありがとうございます。これで僕が…」

 

今になって思えば、全員にシュートチャンスがあったにも関わらず、何度もシュートフェイクで躱されている時点で気付くべきだった。

チームYの面々が騒いでいた言葉すらも全て策略だったんだ!

二子自身がゴールを決めるための!

 

 

でも、その狙いに気付いたところで、すでに手遅れだった。

俺は『してやられた』と思うと同時に、『流石は二子だ』とどこか嬉しくなっていた。

原作のキャラが活躍する姿と言うのは、敵味方関係なく喜ばしいものだ。

 

そして、二子はシュート態勢からボール目掛けてその右足を振りぬく。

 

 

 

 

 

潔「ここだ!二子(ここ)が一番ゴールの匂いがする!」

 

二子「なっ!?そんな…」

 

しかしギリギリで、本当に寸でのところで、二子の背後から近づいた潔が、彼の蹴り出したボールに触ったことで、ボールはあらぬ方向へ飛んでいき、PAの外へ転がって行った。

 

と同時に

 

 

 

アンリ『試合終了!3-1。チームZの勝利!』

 

試合終了のブザーが鳴り響き、アンリさんのアナウンスによって俺たちの勝利が確定した。

 



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