【短編】赤司征十郎×ブルーロック (猛者どもの睥睨)
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1話

 全国高校サッカー選手権大会 京都府大会決勝

 

 

 京都で最もサッカーの強い高校を決める、全ての高校生サッカープレイヤーにとっての憧れの場。対決カードは京都最強の名門《洛山高校(らくざんこうこう)》VS新星《葵高校(あおいこうこう)

 青春をサッカーに費やし決勝にまで駒を進めた2校の選手たちは、優勝という栄光を掴む為にしのぎを削る。試合は後半残り5分となり、最後の一瞬まで諦めず食い合う選手たちへの応援で試合が行われているスタジアムは熱狂の渦に包まれている……

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

 スタジアムに現在進行形で広がっていた現実は、それとは真逆の光景。

 観客たちは、葵高校側の応援だけでなく洛山高校側の応援ですらも、目の前で繰り広げられている惨状に言葉を失っていた。

 その理由はスコアボードを見れば一目瞭然だ。

 

 

 洛山高校<9> - 葵高校<0>

 

 

 まるで予選で運悪く強豪校とあたってしまった弱小校、だがこの試合は決勝である。葵高校も近年急速に力を伸ばしてきた新星とはいえ弱くない。しかし、だからこそこの惨状は重たかった。

 フィールドで涼しい顔をしている洛山高校の選手たちとは対照的に、逆転不可能な程の大差をつけられた葵高校の選手たちは、試合時間10分を残して心が完全に折れていた。中には涙を浮かべている選手もいて、さながら絶対的強者による惨殺ショーの様相だ。

 

 

 だが、今までの洛山高校を知る者にとってこの状況は不可解だった。

 確かに洛山高校は全国常連の強豪校である。しかし、去年まではこれ程のワンサイドゲームをなす力はないはずだった。

 実際に、去年の京都府大会決勝でも洛山高校は1点差でようやく競り勝っている。

 

 

 そして、この変化の要因は誰の目にも明らかだった。

 観客たちはその要因となる選手の名を、畏怖の念を込めて呼んだ。

 

 

 

「赤司征十郎、ヤバすぎだろ……」

「あれが日本サッカー界のキセキかよ」

「1年なのに強豪校の主将(キャプテン)やってるだけあるわ……次元が違い過ぎる」

 

 

 

 洛山高校1年主将《赤司征十郎(あかしせいじゅうろう)

 

 

 

 赤い短髪に、獰猛なライオンを思わせるオッドアイの眼。

 身長こそ173cmで高いとは言えないものの、彼の持つ能力は圧倒的だ。

 背中に目でもついているかのような広いコート視野に、まるで相手の動きの未来でも見えているかのような身のこなしでオフェンスとディフェンスの両面で活躍する。

 相手を圧倒するプレーは、まさしくフィールドの皇帝のよう。

 日本のスポーツ界は実力よりも先輩後輩による上下関係が支配的であるはずなのに、それを覆して1年にして強豪校を統率し他の選手たちも文句1つ無く従う様は、赤司という少年がいかに異常であるかを示していた。

 

 

 そして、赤司は未だ攻撃の手を緩めない。

 

 

 逆転不可能な大差がついてなお得点を重ね続けるのは褒められたマナーではないが、そんなことに構う様子もなく冷酷無比にボールを相手陣地へ運んで行く。

 赤司はその恵まれた運動神経と超常的な眼により、スピード・ディフェンス・パス・ドリブル・シュート・オフェンスの全てが高水準な万能タイプの選手だ。今行われている試合でも、心が折れながらもなんとか食らいついてくる相手選手たちを、その巧みなドリブルで突破していく。

 

 

 

 彼が求めるのは()()()()()()のみ

 

 

 

 そして、易々と相手ゴール前まで攻め込んだ赤司に立ちはだかるDFたち。

 赤司は知る由もないことだが、この2人のDFは今大会が高校生活最後の試合となる選手たちだ。彼らも他のチームメイト同様、心が折れかけていた。実際自分たちがこの試合に勝つことは既に諦めている。

 しかし、彼らの内から意地が消えたわけではなかった。

 

 

 

(確かに、目の前の男は強い。正直勝てるビジョンが全く見えねえ……だが!)

(この瞬間だけでいい、俺たちがこいつをここで止めて目にもの見せてやる!)

 

 

 

 彼らの心はその瞬間、赤司を止めるという目標のただ1点に統一された。

 醜態などとうに晒している。

 試合に勝つことは無理でも、彼らが赤司に道を譲るなどありえない。

 これまで積み重ねてきたサッカーに対する思いの全てをこのワンプレーに集約させるべく、彼らは持ちうる力の限界を引き出した。それは、見る人が見れば《主人公感(しゅじんこうかん)》と言われるような、目標に対して夢中になれる精神(メンタル)

 そんな死力を尽くした彼らを前にした赤司は……

 

 

 

 薄く笑った。

 

 

 

 赤司の嘲るような笑みを見て、DFの彼らは一瞬現実に引き戻されたかのような感覚を覚えた。

 しかし、すぐにかぶりを振ってディフェンスに集中する。

 彼らの様子を確認した赤司は、ゴールを決めるためにこの2人のDFを崩さんと動いた。

 

 

《アンクルブレイク》という技術がある。

 主にバスケットボールで用いられており、鋭い切り返しのクロスオーバーや進むと見せかけての急停止などで相手の態勢を崩して、足首を壊されたようにDFを転倒させる高等技術だ。相手の重心移動を読み取り操ることで初めて実現できるものだが、意図してアンクルブレイクを起こせる者はまずいない。

 サッカーにも原理を同じくしたアンクルブレイクは存在している。

 競技自体は違えど、高等技術であることは変わらない。

 もちろん高校生のサッカー大会でお目にかかれることはまずない。

 

 

 しかし。

 観客たちのみならず選手たちや解説者にいたるまで皆がそう思っているからこそ、彼らは目の前の事象に驚嘆させられることになる。

 

 

 試合時間残り5分。

 あまりの得点差に皆が心を折られ諦めた状況であってなお、その日1番のパワーでもって赤司の前に立ちはだかった2人のDFを、彼はその眼で()()

 相手の肉体の特徴をつぶさに読み取った彼は、まずキックフェイントで相手の動きをコントロールする。集中して赤司の一挙手一投足に注意していた相手がつられて動き出し、重心が前方に移動する。その後、逆足で切り返した赤司に対して反応するように相手は反転する……

 

 

 赤司はその瞬間を見逃さなかった。

 

 

 針の穴に糸を通すかのごとき神業でもって、ベストな一瞬のタイミングで切り返す。赤司の急な切り返しに対応しようと食らいついたDFは、自分たちの体が思うように動かないことに気がつく。

 彼らの重心はその前には逆にあり、急な重心移動ができなくなっていた。

 より簡単に言えば、意識と体の乖離である。

 赤司の動きを認識したとしても、相手の重心を自由に操る彼の能力によって体がついていかない。

 

 

 その結果、DFは足元からぐらつくように倒れ込んだ。

 そう、赤司はアンクルブレイクを意図して引き起こしたのである。

 

 

 それを見下ろすように確認した赤司。

 先ほどまで、彼よりも背が高いDF2人が見下ろすようにしていた形が逆転した。

 

 

 

頭が高いぞ

 

 

 

 まさしく傲岸不遜。

 自分はフィールドの絶対権力者であり、全ての選手たちは自分に首を垂れて従うのが当然だと心底信じている圧倒的な態度。

 赤司の言葉は決して大声を張り上げたものではなかったものの、フィールドにいやに響いた。彼の目の前で倒されたDFには、その残酷な言葉がより深く沈み込む。

 試合には既に大差で負けていて、もう勝てる見込みがないことも分かっている。それでも最後だけでも目の前の天才をディフェンスして、これ以上の得点を防がんとする死力を尽くしたプレーすらも正面からねじ伏せられた。しかも、アンクルブレイクによって易々と転がされるという無様を晒されて。

 この瞬間、彼らは自分たちの心がぽっきりと折れたのを感じた。

 

 

 もはや、倒れた相手DFに欠片ほどの興味も失せていた赤司は悠然とボールを運び、相手GKとの1on1を迎える。

 間違いなくシュートを放ちゴールを決めにくる場面。

 GKは赤司のシュートモーションを注視して、どんなシュートにも対応できるよう落ち着いて構える。心が折れていようと、半ば反射でGKとしての責務を成し遂げようとする相手……

 

 

 

 瞬間、振り抜かれる一閃

 

 

 

 赤司の一切無駄のない蹴りによって放たれる完璧な高速シュート。

 我に返ったように構え直すGKは、赤司に対する恐怖に(おのの)く精神をなんとか押し殺してシュートを止めんとするも全ては無駄だった。

 彼が次にボールを認識したのは、ゴールネットを揺らす音が聞こえた時。

 その音が指し示すことはただ1つ、()()だ。

 

 

 スコアボードは9-0から10-0へと変化し、それを見届けた相手GKはついに膝から崩れ落ちた。

 試合時間は残り5分から経過したもののまだ僅かに残っている。たとえばこれが1点差なり同点の状況ならば、相手も残りの力を使い尽くしたカウンターでゴールを諦めてはいなかったかもしれない。2点差以上で逆転不可能な状況でも、自分たちのプライドにかけてゴールに食らいついたかもしれない。

 しかし、試合は既に決着がついていた。

 残り時間と点差を考えた現実的な話もそうだが、それだけではない。

 

 

 

 相手チームの選手全員が座り込んでいたのである。

 

 

 

 赤司が直接アンクルブレイクによって下したのはDF2人。その2人にしても、すぐに起き上がってしかるべきだがそうはならなかった。彼らは足を痛めて立ち上がれないのではない……ただ、この絶望的な状況に正気を保つことができなかったのだ。

 それは他の選手も同じである。

 ある選手は、自分たちの夢がこうも無様に壊されたことに号泣し。

 またある選手は、現実離れした惨状に虚ろな目でただ茫然としていた。

 

 

 選手たちがそれぞれの絶望に襲われたが、彼らの心の内で唯一共通している認識があった。それは、この絶望の原因が洛山高校のストライカー赤司征十郎によるものだという絶対的な事実。

 ゴールを決めた赤司はセンターラインへと悠然と歩く。

 彼の顔に喜色は一切ないことから、この異常な状況が彼にとって昼下がりのコーヒーブレイクとなんら変わらない日常であることをうかがわせた。

 相手選手たちは赤司の覇道をうなだれて眺めるのみ。

 

 

 もはや公開処刑の様相を呈したこの試合。

 ある観客は、赤司の頭に王冠を幻視した。まるで、王がその絶対的な王権でもってことごとくを跪かせているかのごとき感覚。

 またある観客は、赤司の背に黒い翼を幻視した。まるで、冷酷無比な魔王がことごとくを虐げるかのごとき感覚。

 これまで、その強大な天才ぶりと実力から日本サッカー界の《キセキ》と呼ばれた赤司征十郎には、この試合以降新しい2つ名《魔王》が追加された。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 そして、味方にすら畏怖の念を抱かせるほどの魔王による殺戮を観て全く別の感情を抱いていた女性が1人。

 職権を使ってメインスタンドの1番良い席に座る彼女は、ドン引きする他の観客たちとは反対に興奮した面持ちでこの惨劇を引き起こした張本人ー赤司征十郎を凝視していた。

 彼女の名前は《帝襟(ていえり)アンリ》

 日本フットボール連合の職員にして、()()()()()()()()の担当者。

 

 

 日本中から優秀な高校生ストライカー300人を集め、日本をW杯優勝に導くための世界一のストライカーを誕生させるブルーロック計画。

 そんなイカれた計画を実現するために、彼女は全国を飛び回りストライカーたちを集めていた。

 今日、彼女が京都に来たのはこの試合を観るために他ならない。 

 

 

 

「赤司征十郎くん……話には聞いていたけどとんでもない逸材ね」

 

 

 

 もちろん、アンリもサッカーに関わる者として赤司征十郎という名前は知っていたし、モニターを通して試合映像を観たこともある。キセキと呼ばれるほどの若手屈指の才能だと言われていたし、彼女自身もその評価には頷いていた。

 しかし、実際に試合を観てその評価がいかに過小であるか理解した。

 

 

 

(天才なんて言葉では片づけられないほどの才覚、なにより勝ちが確定した状況でも攻め続けて相手の心を完膚なきまでにへし折り跪かせるほどの強烈な()()。間違いなく彼はブルーロックが求めているストライカー(エゴイスト)!!!)

 

 

 

 アンリはブルーロック計画が日本サッカー界を変えると信じている。

 そして、今日の赤司の試合を観て彼女は自身の内から言いようのない興奮が湧き上がってくるのを感じていた。それは予感めいた確信。

 

 

 これは、バスケットボールで才能を開花させていたはずの少年が、ブルーロックに革命をもたらす物語である。

 

 

 



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2話

 ブルーロック計画

 日本中から優秀な高校生ストライカー300人を集め、世界一のストライカーを誕生させようとする蟲毒のようなイカれた計画。

 この計画でコーチを担う謎の男《絵心甚八(えごじんぱち)》による独断と偏見でついに300人のストライカーが選定されて、実際に日本フットボール連合のある会場に集められた。

 そして、絵心によるストライカーとはなんたるかという演説を経て、集められた300人は《蒼い監獄(ブルーロック)》への入寮を決めた。

 

 

 ブルーロック計画が実際に行われる寮までバスで送られた選手たちは、寮に着いた後に私物を没収されユニフォームとなるボディースーツへ指定された部屋で着替えるよう命じられる。

 寮は5つの棟に分けられ、それぞれの棟はさらに5つの部屋に分けられている。

 彼らは部屋に着くと、服を着替えつつ各々の過ごし方をしていた。

 ある者は、知り合いと談笑したりサッカー雑誌で見かけたような有名人に話しかけたり。

 またある者は、我関せずとばかりに1人の世界に没頭していたり。

 

 

 しかし、彼らはこれから痛感させられることになる。

 ブルーロックは単なる強化合宿施設ではないということを。

 強化指定選手に選ばれうかれていた彼らは、部屋に備え付けられたモニターを通して絵心からもたらされて指令によって、過酷な現実に引き戻されることになる。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ブルーロック伍号棟 ルームZ

 

 

 

「着替えは終わりましたか才能の原石共よ……やぁやぁ」

 

 

 

 部屋にいる全員が着替え終えたタイミングで、見計らったかのようにモニターが点灯し絵心の個性的な高い声が響き渡る。

 不気味な大きい目を携えて手をワキワキさせながら、絵心は早速この部屋分けのからくりを明かした。

 

 

 

「今同じ部屋にいるメンバーはルームメイトであり、高め合うライバルだ」

「お前らの能力は俺の独断と偏見で数値化され、ランキングされてる」

「そのランキングは日々変動し、トレーニングや試合の結果でアップダウンする」

 

 

 

 絵心のその言葉を聞いて、部屋の中でにわかにざわめきが広がる。

 とはいえ、それも当然だった。

 彼らが先ほど着替えたボディースーツにはランキングが一目で分かるように表示されているが、皆一様に順位が酷く低かったからだ。ブルーロックに選ばれた時点で高校サッカー界では上澄みであり、彼らにはそれぞれ自分の力にプライドがある。だからこそ、ランキングの数字は受け入れ難かった。 

 しかし、その中で落ち着き払って冷めた様子で数字を眺める者が1人……

 

 

 その者の名前は、赤司征十郎。

 

 

 そして、赤司のランキングは289位。

 全中3連覇、ついこの前の高校に進学して初めての京都府大会でも対戦相手の心をことごとく折ってきた勝利至上主義の彼にとって、この順位は許容できるものではないはずだ。

 だが、身体能力に優れるだけでなく頭脳明晰な彼は既にこのランキングシステムのからくりを看破していた。

 この数字が正しいならば、赤司より上の選手たちが288人いることになるが、それがありえないことは彼が1番よく分かっている。要するに、自分が底辺だと嘘の順位で自覚させることで発破をかけようとしてるのだろう。

 というより、落ち着いて考えれば頭の良し悪し関係なく分かりそうなものだが、慣れない環境にいきなり放り込まれどこか緊張している他の面々は気づきそうになかった。

 

 

 そこまで考えて、赤司は興味をなくして目を閉じた。

 その後も、ランキングの上位5名がU-20W杯のFW登録選手とすることやブルーロックで敗れ去った者は日本代表に入る権利を永久に失うことが説明されて部屋中に衝撃が走る中、赤司は我関せずとばかりに興味がない面持ちのままでいた。

 しかし、続く絵心の言葉に再び目を開けることになる。

 

 

 

「というわけで、今からその素質(エゴ)を測るための入寮テストを行う」

「さぁ、()()()()()の時間だ」

 

 

 

 唐突な絵心によるオニごっこ開始宣言と同時に天井からサッカーボールが降ってくる。

 ボールが床にバウンドする音が響く中、説明を続ける絵心。

 

 

 

「制限時間は136秒。ボールに当たった奴がオニとなり、タイムアップの瞬間にオニだった1人が帰る(ファック・オフ)野郎です」

 

 

 

 至極簡単なルール説明。

 最後にハンド禁止のルールを付け加えて絵心を映していたモニターの画面が切り替わり、ブルーロックランキング300位すなわちこの部屋で1番順位の低い坊主頭の選手《五十嵐栗夢(いがらしぐりむ)》の名前とアイコン、そして彼が最初のオニであることを示す文字が表示された。

 モニターから映像こそ消えたものの、絵心は天井に備え付けられたスピーカーを通してこの入寮テストの目的を説明する。

 

 

 

「オニごっこはプロもウォーミングアップで行うトレーニングだが、これはストライカーの本質を見極めるために俺が考案した()()()()()()()()……」

「覚悟して戦え、これはただのオニごっこではない」

 

 

 

 説明は終わり、136秒分の時間を示していたタイマーが動き始めた。

 最初のうちはたちのわるい冗談だと考えていた選手たちも、絵心の真に迫る声を聞き無情にも時間が減り続けるタイマーと落ちてきたボールを見ることで、これがリアルなテストなのだと認識を改めた。

 それは、どうやら最初のオニとして指定されているらしい五十嵐にとっても同じだ。

 

 

 

「やってやんよ……みんな、誰が脱落しようが恨みっこなしだぜ……」

 

 

 

 部屋にいる11人の選手たちのなかにはまだ、敗れた者が即刻ブルーロックを去りそれ以降日本代表になる権利を永久に失うというルールをハッタリだと考えている者たちもいた。

 実際に、茶髪でどこか軽いノリを醸し出す選手《今村遊大(いまむらゆうだい)》は、五十嵐にそう伝えた。

 しかし、今オニになってしまっている五十嵐は、そのルールが本当だった場合を考えて本気でこのオニごっこに取り組もうとしている。

 汗をかき息があがっている彼の緊張した面持ちは、他の選手たち全員に伝播した。

 ……未だ涼しい顔をした赤司と床で眠ったままの1人を除いて。

 

 

 

 

「うぉらぁぁ!!!」

 

 

 

 雄叫びをあげながらボールを蹴りだす五十嵐。

 彼はこのオニごっこに敗れてブルーロックを去ることになれば、家業である寺を継がなくてはならなくなる。父親との「日本代表になれば継がなくてもいい」という約束をエンジンとして、なんとかオニを押し付けようと切羽詰まった様子でドリブルをする。

 彼のターゲットは既に1人に絞られていた。

 

 

 そのターゲットとは、ブルーロックランキング299位《潔世一(いさぎよいち)

 

 

 五十嵐が潔をターゲットにしたのは単純な理由で、五十嵐を除いたときの順位が1番低いからである。最初から底辺の五十嵐にとっては他の選手たち全員が格上であり、そのなかで勝率が高そうなのは潔を置いて他にいない。

 潔は自分が五十嵐のターゲットにされたことに気がついたようで、「南無三!」と叫びながら五十嵐が放ったシュートをピョンと飛び跳ねることで回避した。

 

 

 五十嵐は、潔に渾身のシュートを回避されたことでさらに焦りを募らせる。

 誰でもいいからボールを当てたい。

 追い詰められたことで、どんな汚い方法を使ってでも誰かにボールを当てまいとする五十嵐。

 そんな彼の目に飛び込んできたのは、この部屋に来てからオニごっこが始まっている今の今までずっと床で寝ている様子の1人の選手だ。

 このマイペースを地で行く選手の名前は《蜂楽廻(ばちらめぐる)》。

 ブルーロックランキングから見れば291位とこの部屋の上位層。

 

 

 

「はは……コイツ!!まだ寝てんのかよ!!もらった……!!」

 

 

 

 しかし、たとえ格上だろうと寝ているのならば恐れるに足らない。

 この幸運を喜びながら、ウキウキで蜂楽にボールを当てようとシュートモーションに入った五十嵐は……

 

 

 唐突に目覚めた蜂楽の()()()()によって「ぐべっ!?」と断末魔をあげて顔面を潰されていた。

 

 

 

「おい!?ファウルだろファウル!!こんなん試合だったら一発レッド……!!」

「むにゃ……禁止なのはハンドだけでしょ?」

 

 

 

「おはよ」と言いながら立ち上がった蜂楽。

 実際に蜂楽の蹴りについてアナウンスがないことからも、ルール上問題ないことが示された。

 眠たそうに目をこすり我が道を行く蜂楽とは対照的に、先ほどの一連のプレーを周りで見ていた他の選手たちは驚きを隠せない。

 彼の言葉を信じるならば、ただ眠っていただけに見えて実は絵心の説明をきちんと聞いていたということになる。本来、人は眠りながら誰かの話を聞くことはできない。

 蜂楽という人物の底知れなさが見せつけられた。

 

 

 周りの選手たちが蜂楽の雰囲気にのまれ黙りこくる。

 だが、そんな彼の肩に手を置いて物申す恐れ知らずの選手が1人。

 

 

 

「おい、汚いやり方は嫌いだ。正々堂々と戦え」

「……マジメくんですかぁ?」

 

 

 

 この勇敢な選手の名前は《国神錬介(くにがみれんすけ)》。

 身長188cmで筋肉質な体は、日本人離れしたフィジカルの強さを感じさせる。

 彼はその見た目とは裏腹に、曲がったことが嫌いという真面目さをもつ熱血漢だ。その性格ゆえに直接五十嵐を蹴りつけた蜂楽の行動は我慢ならなかった。

 対する蜂楽は自由人で、他人に自分の行動を規定されるのを嫌う。

 

 

 そんな彼らのバチバチを見ていた五十嵐は……

 遠慮なしにボールを国神に向かって蹴飛ばした。

 

 

 放たれたボールは蜂楽とのやり取りに意識を割かれていた国神にクリーンヒット。オニは五十嵐から国神へと移った。

 不意打ちという卑怯な手段でボールを当てられ、国神の怒りゲージはMAXに。蜂楽ではなく不意打ちをしてきた五十嵐にターゲットを定めた。

 

 

 

「にゃろう……イガグリ潰す……!!」

 

 

 

 ブルーロックランキング292位。

 この部屋では上位のストライカーである国神は、右足を床にめりこませるほどの勢いで重心をかける。その勢いのままで左足を振り抜いた。

 まるで大砲から放たれた砲弾のように。

 空気を切る鈍い音がとどろき、目にもとまらぬ速さで五十嵐に向かうボールは……

 

 

 

()()激突した。

 

 

 

 強大なパワーと高いスピードのボールは潔の腹に当たり、「ゴフッ」と胃の中の空気を口から吐き出した。

 五十嵐に向けられていたはずのボールがなぜ無関係の潔に当たったのか。その理由は、逃げられないことを悟った五十嵐によって潔の体がボールの軌道上に押さえつけられたからだ。

「あ、ワリ……お前じゃねぇ……」という国神の気の抜けた謝罪もむなしく、次のオニになった潔は突然のピンチに焦る。

 

 

(当てなきゃ……終わる!!俺のサッカー人生が!!)

 

 

 残り時間はあと1分。

 埼玉県大会決勝でゴール前にいながらフリーの味方にパスをしシュートを外されて負け、日本代表のエースストライカーになってW杯で優勝するという夢を諦めたあの日から、まだ夢を追うことができるチャンスを与えられた今日まで。

 ストライカーとして生まれ変わることを決意した彼は、絶対にここで脱落するわけにはいかなかった。

 

 

 とはいえ、現実は非常だ。

 潔は、自分より唯一順位の低い五十嵐をターゲットに追いかけるも、五十嵐の気合の入った全速力の逃走によってうまく逃げられてしまい15秒が経過してもボールを当てられずにいた。

 だが、ここで潔に幸運の女神が微笑む。

 

 

 国神にちょっかいをだして放り投げられた蜂楽が五十嵐にぶつかりその衝撃にて五十嵐が足首を負傷し、起き上がれずにいたのだ。

 残り時間は30秒。ボールを蹴れば確実に五十嵐へ当てることができる場面。

 今当てれば自分は生き残れるが、そうすれば自分の手で直接五十嵐の夢を終わらせることになる。自分が生き残ることが1番大事だと理屈では分かっているものの、ためらいからボールに足が止め置かれている。

 時間が刻一刻と経過する。

 潔はとうとう五十嵐へボールを当てる決意をした。これまでは部活動のなかでサッカーをしていて高校では個のエゴを封印するチームに牙を折られた潔は、この瞬間ブルーロックに()()()()

 

 

 

(勝つってことは……負ける奴がいるってことで、俺がその夢を叶えるってことはそれはつまり……誰かの夢を終わらせるってことだ)

 

 

 

 しかし。

 ボールを蹴ろうとシュートモーションに入った潔は、直前になってその足をピタリと止めた。

 

 

 やはり、他人の夢を終わらせるのが怖くなったのか?

 否、潔はここで改めて自らに問い直したのだ。

 このまま蹴れば自分は簡単に生き残れる。しかし、それは五十嵐の負傷という介入しようのない運によるもので、自分の力によるものではない。

 ブルーロックに来る前も来てからも、ずっと逃げ腰の選択をし続けてきた。

 

 

 潔はこの土壇場で、今までの自分を否定するために選択を変えたのだ。

 

 

 

「人生変えに来てんだよ……世界一になりに来てんだよ……」

「俺は……自分より強い奴に勝たなきゃ、何も変われない!!!」

 

 

 

 ブルーロックに適応し剝き出しのエゴを発現させた潔に他の面々があっけにとられるなか、先ほどからこのテストをひっかきまわしてきた蜂楽だけは、なぜか嬉しそうに笑った。

 

 

 

「いいねキミ」

「だよね♪潰すなら、1番強い奴っしょ♪」

 

 

 

 喜びの感情がこもった声でこう言った蜂楽。

 驚く潔を後目に彼は、駆け出した潔の目の前に立ち潔のボールを奪った。

 そして、宣言通りにこの部屋で1番強い奴ーすなわち、ブルーロックランキング289位にして魔王と呼ばれ同世代のサッカー選手なら知らない者がいない、このテストが始まってからずっと退屈げに壁にもたれかかっていた赤司征十郎に狙いを定めた。

 赤司との距離を素早いドリブルで詰めた蜂楽は、そのままシュートを放った。

 

 

 赤司は自分めがけて放たれたボールを見て、()()()()()()()

 ボールが体に触れればオニになるこのテストにおいて、残り時間10秒の場面で自分に直撃せんとするボールをあろうことかトラップしたのだ。

 

 

 驚愕する他の選手たち。

 それも当然で、ここからオニを他の人に押し付けるのは至難。もはや手の込んだ自殺行為にしか見えなかった。あの蜂楽でさえこの結果が予想外だったのか、キョトンとしている。

 しかし、そんな彼らの反応などまるで意に介していない赤司だけは、ブルーロックに来て以来初めてどこか楽しそうな面持ちをしていた。

 

 

 未だに驚愕に包まれ動けずにいる赤司以外の選手たちとは対照的に、赤司はトラップしたボールを床に置いて、ある1人の選手の方を向いた。

 さながら時間が停止した世界にその影響を受けない人間が迷い込んだかのような状況のなかで、赤司に体を向けられている選手は、本能的に我に返る。

 その選手の名前は《吉良涼介(きらりょうすけ)》。

 ブルーロックランキングは赤司の1つ下の290位。日本サッカー界の宝と称されるほどの逸材で、赤司と負けず劣らずの有名さを誇る。

 

 

 吉良をターゲットとして赤司がボールを蹴りだす瞬間、ようやく事態を飲み込んだ吉良は赤司のシュートから逃げようと筋肉を収縮させて加速した。

 残り時間を考えれば、この赤司のシュートが外れれば巻き返すことは不可能。赤司の脱落は決定的だ。しかし、そんな絶体絶命の場面でも赤司の精神は凪のように落ち着いている。

 赤司は眼で吉良の動き出しを()()

 

 

 赤司だけが持つ規格外に強力な眼《天帝の眼(エンペラーアイ)》は、呼吸・心拍・汗・重心の位置・筋肉の収縮など相手のありとあらゆる身体的情報を読み取ることができる。そして、赤司の優れた頭脳はそれらの情報を処理して、相手の動きを極めて高い精度で予測する。

 赤司がアンクルブレイクを意図して引き起こせるのはそのためであり、たとえば今まさに赤司から逃げようとしている吉良の動きを予測することも簡単だ。

 

 

 ゆえに、赤司の放ったシュートは逃げる吉良を容易く打ち抜いた。

 

 

 同時に鳴り響く警笛のようなブザーの音。

 その音は、テストの終了と脱落者が決定したことを無情にも示していた。

 

 

 茫然と床に倒れた吉良を見下ろす赤司。

 彼のオッドアイの双眸が冷たく射貫(いぬ)く。

 脱落した吉良への餞別とばかりに、彼は先ほどの一連の行動のからくりを明かした。

 

 

 

「お前たちは勘違いをしている。このオニごっこのオニは敗北者ではなく、誰かにボールを当てることで勝者になれる権利をもつ選ばれし人間だ」

「その称号は僕にこそ相応しい。だからこそ僕は先程のシュートを避けなかった」

「そして、この部屋で1番煩わしい存在だったお前にボールを当てて脱落させた。結果として、最後にこの部屋で勝者となったのはこの僕だ

 

 

 

 勝利することを何よりの至上命題とする赤司征十郎というエゴイストの存在が、ブルーロックに刻まれた最初の瞬間である。

 

 

 




供養その2、3話目はないです。


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