紅蓮の男 (人間花火)
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紅蓮の炎
1発目 聖絶の夜


アクセスいただきありがとうございます。 作者のユーザ名を形にしたような作品です。
始まる前になんですが、感想等投げて頂ければ嬉しく思います。 おやすみ。



うえだキンブリーモデル なので、触角はありません


「私はただ、また―――を見たいだけです」

 

その男は、異常者だった。

 

「人間はちょっと作り変えるだけでただの――――になる」

 

人間だが、人間とは違う考えを常に持ち続ける異端者。 場合によっては人間一人分では何の価値も出ないものと吐き捨てる塵屑。 自覚もある異端。

 

この世界で、自分はヒトの理を外れた外道なり。

 

そして、自覚あるその男は答えを求めた。 あるいは神器所有者、あるいは異能者、あるいは超能力者、あるいは……錬金術師、その他多種。

 

「異端、外道に落ちた人種(わたし)がこの世界でどこまでやれるか。 人の身でどれほどの物を『理解』して爆発させられるのかを、私は知りたい」

 

――――芸術は爆発なり。 爆発も芸術なり。 いつの日か、神をも芸術に染め上げたいと渇望する。

 

その男は、錬金術師で――――現在受刑中の犯罪者だった。

 

MADNESS BOMBER DELUSION.

 

 

 

薄暗い場所に、錆びた鉄格子。

その一帯に帯びる匂いも、錆びた鉄の匂いで充満していた。

鉄格子の向こう側は、用を足すために置かれた拙い造りの便器とベッドのみ。

娯楽など何一つ無いブタ箱、否、それよりなお酷い。

 

ローマカトリック。 ヴァチカン法王庁が密かに管理する地下牢。

異端や、教会内で神への不義を起こした犯罪者を詰め込む場。

 

「まぁ、昔に比べたらだいぶ贅沢な作りになったとは聞きましたがね」

 

低い声に笑みすら含めて、この地下牢を評価している男がいた。

髪は背中の中間あたりまで伸び、無精髭を蓄えていて、灰色の囚人服に身を包んでいる。 こんな薄暗い場所に一年も詰め込まれていれば、尋常な人間ならばどんな犯罪者でも瞳は虚ろになり、死んだ魚のような目をするようになってしまうだろう。

 

それほど、この地下牢の待遇は最悪だった。

看守も居るには居るが、この地下牢の唯一の出口一つ――――つまり地上でその看守たちは任を果たしている。 最低限の食事だけを囚人には届けるだけで、誰も地下に降りようとしない。

 

しかしこの男の瞳は、丸一年経ってもいま尚輝きを衰えさせず。 冷たく、鋭い目つきで――――変態のようににやけながら地下牢生活を満喫していた。

 

思い出していた、あのときの感触を。 自分が地下牢(ここ)に入る原因となった事件を何度も、何度も。

同じ教会所属の錬金術師たちが、――――にされて弾ける様を。 ――――になって跡形も無く消し飛ぶ様を。

 

おそらく丸一年もの間、この何もできない地下牢で、その脳内妄想を繰り返し絶頂に浸っていたのだ。 これを狂人と言わずしてなんだという。

 

そんな狂人のもとに訪ねてくる者などいないだろう。 いたとしたら、その者も何かに狂っている人間だ。

 

「気分はどうかね、ナイン・ジルハード」

 

正装。 胸には十字架。 薄くなった髪と、肥満した体からして相当に肥えた生活を送っている者だと解る。

 

「……あなたは……ああ、覚えていますよ。 バルパー大司教殿ですよねぇ?」

「その通り、キミたちの大司教、バルパー・ガリレイだ」

 

ニッコリと微笑むさまは、そこはさすが教会の人間。 優しい印象が取れ得る笑みだ。

初老の神父服。 この者の名は、バルパー・ガリレイ。 教会での階級は大司教。

 

「こんな、何もかも寂れて錆びれたところに、大司教ともあろう方が一体何の用で」

 

ジャラリと、冷たい目の男が両手を動かすと、鉄製の大きい手錠が小さく鳴った。

両掌にはなんらかの紋様のようなものが刻まれているのが見えるが、閉じたり開いたりすることしかできない。

 

「キミはなぜ捕まったか解るかね?」

「そりゃ、錬金術師のえら~い人たち殺しちゃったからでしょう?」

 

いまさらその質問ですか、と肩を竦める男。

 

「かの戦争で砕け散った聖剣の破片を合わせ錬成する。 聖剣復活のために結成された錬金術師を、キミは皆殺しにした。 幸い当初予定していた聖剣七本の錬成はすでに完了していたがね。 だが、未だに続く聖剣の研究で、彼らは必要だった」

「はぁ」

 

気の無い返事で欠伸を堪えた。 男は、このバルパーという男のした所業の数々を知っている。 そして、だからこそこの男の聖剣話には辟易せざるを得なかった。

 

「それで?」

「…………やれやれ、キミは聖剣に関わる仕事をしていたくせに、聖剣への関心が皆無に等しいな」

「回りくどいですよ大司教殿。 私に、何を言いたいので?」

 

笑みから出たのは、男を侮蔑するような言葉である。

そのバルパーの様子に、あからさまに溜息を吐く男。 その大きな態度にバルパーは目元を引きつらせるが、気を取り直した。

まるで彼の機嫌に合わせるように。

 

「キミも知っての通りだろうが、私は聖剣計画を実行した。 聖剣に適応できる者を人工的に作り出す計画を」

「知っています。 一年前からね。 聞きましたよ、被験者何人も出しといて、その方たちをまるでゴミみたいに殺しているんでしょう?」

「そうだ、そしておそらく、私も大司教でいられるのも長くない」

 

バルパーの表情が真剣味を帯びたものとなる。 男もその変化に目を細めた。

 

「大司教でいられるのはいまだけだ。 そう、いまだけ、この権力と金を使えるのだ」

 

手を。 片手を鉄格子の向こうに居る男に向けた。 徐々に、悪魔のような不気味な笑みに変わる。

 

「私と共に来ないか、”紅蓮の錬金術師”」

 

男も、それを見て笑った。

 

 

 

 

「ということがあってですねぇ。 それから、本当にすぐにバルパーさんは大司教の階級を剥がされて、さらに異端扱いで追放されて……本当にすぐでしたね、ハハハ」

 

未だに薄暗い鉄格子の枠の中に収まっている男―――ナイン・ジルハード。 あの衝撃的なスカウトから再び一年が経つ。 つまり、投獄されてから二年が経つ。

 

「あれ、かなり大騒ぎになったよなぁ。 異端者として追放されたバルパー・ガリレイが、この仲間殺しの爆弾魔―――ナイン・ジルハードを牢屋から引き抜こうとしたんだもんよ」

「でもよ、ジルハード、お前よくそれ受けなかったな? 地下牢生活にうんざりしてたろ? 本音は」

 

看守二人とナインが鉄格子を挟んで会話をしている。 あの話が公になった途端、ナインに当時の話を聞こうとする者が増え始めていた。

 

「私はどちらでも構わなかったんですけどね。 単に、人間性が気に食わなかったというか……あそこで受けたら、私、いまごろあの人の聖剣話で過労死してるかもしれません」

「そりゃ違いねェぜ、俺も聞いた事あるが、あれは病的なまでに聖剣を愛してる――――聖剣渡したら振るより先に白いモンで汚しそうだもんな!」

 

どっと、ナインを除いた看守二人が笑い転げた。

つい一年前とは思えない賑やかさの地下牢。 しかし、地下牢の雰囲気が変わろうと、ナインの雰囲気は投獄から全く変わっていなかった。

 

「アッハハハハハ…………はー、ん?」

「どした?」

 

無線機を取る。 地上で番をしている看守仲間からの連絡だった。

対応した看守は、数回の相槌を打ったあと、ナインに向いた。

 

「また面会だってよ。 ジルハード、受けるか?」

「どなたですか?」

「秘密だ、会ってみりゃ解る。 しっかし犯罪者に面会なんてよくやるぜ……あんな美少女がねぇ」

 

疑問符を浮かべるナインだったが、最近は面会など珍しいことでもないので気にしなかった。

また動物園の珍獣のように見に来る物好きが来るのかと、それだけ思っている。

 

しかし、そんな地下牢生活のナインに、転機が訪れる。

 

『面会時間は30分。 会話内容は全部記録する――――って、は!? 上からの命令で面会……わ、解りました。 ゆ、ゆっくりと……』

 

地上の出口で何やら聞こえるさっきの看守の声。 歯切れの悪い口調を聞き、ナインは訝しむ。

そう耳を立てていると、やがてその来訪者の気配が近づいてきた。

 

コツコツと錆びた階段を降りてくる人影。

 

その人物には、ナインには少しだけ見覚えがあった。 いや、カトリック教会に属している者ならば大半の者が知っている。

足音が止まった。 鉄格子を挟んだ目の前で止まった人物は、低い椅子に座るナインを見下ろすように立つ。

 

その様相を、恰好を見て、そして白い布に包まれる長物を見てナインは目を瞑る。 くつくつと笑みを漏らして口角を上げた。

 

「…………上からの命令とはそのことでしたか。 一年前は大司教でしたが……まさか聖剣使い殿まで私を訪ねてくるなんてねー」

「初めて話すが、ナイン・ジルハード。 お互い、自己紹介は必要か?」

 

真っ白く大きいローブに身を包んだ女性二人。 一人は青髪にメッシュがかかった目つきが鋭い少女。

もう一人は、栗毛を両サイドに束ねたツインテールの少女だった。

 

「とりあえず、そこの栗毛の可愛い女の子は知らないんですけどねぇ……ゼノヴィアさん」

「……っ」

 

いま思えば、犯罪者に好き好んで会いに行く女性などいないだろう。 栗毛の少女は口をつぐんでナインを正面から見た。

 

「ホントに、同い年……? ウソでしょ?」

「第一声がそれですか……って、同い年ってことは……あなた、16ですか。 いや~、投獄からもう二年経つんですねぇ、くっくく、早い早い」

 

おどけて肩を揺らすナイン。 栗毛の少女はその態度に嫌な表情を浮かべるも口を開いた。

 

「私の名前は紫藤イリナよ」

「…………」

「なによ」

「それだけですか。 つまらない人だ」

「な――――」

 

ローブの下で拳を握る―――イリナはこの会話だけでこの男とは相容れないと悟った。

 

「で、こんな寂れて錆びれたところに何の用で……って、これ、バルパー大司教のときと同じ挨拶だったんですが。 どんな感じですかね? 私としては気の利いた挨拶だと思うんですが……」

「いやどんな感じって言われても、なぁイリナ」

「知らない」

 

フンッとツインテールを揺らしてそっぽを向くイリナ。 とことん嫌われたようだこの男。

 

「これは用と言うよりも、上から、お前への命令を伝えに来た」

「私に? この囚人の私に? ヴァチカン法王庁のお偉方からの命令? ふっふふ、はハハッハハッ! それは面白い」

 

低い声で激しく笑うナイン。 錠をジャラジャラと大きく響かせるほど体を仰け反らせた。

 

「上から曰く。 お前は聖剣研究チームの中で、唯一称号を与えられた優秀な錬金術師だから……また、働いて欲しい、と……」

「フハハハハ!! 受刑中の犯罪者を仕事という名目で出所させる職場はそうはないでしょう……くっくく、ふははぁ、笑いが止まりませんね」

 

「いつから教会はマフィアになったのですか」と不気味な哄笑で地下牢を響かせた。 終始それを黙って聞いていたゼノヴィアとイリナは、笑いが収まるのを見るとすかさず割り込んだ。

 

「聖剣が三本、各本部から盗まれた。 プロテスタント、正教会、そしてここローマカトリック教会から一本ずつだ。 目下捜索中だが、すでに海外に逃げたと報せがあった」

「犯人は大方、バルパーさんでしょう?」

「…………なぜ知っている」

 

訝しげな視線をナインに浴びせるゼノヴィア。 イリナも毅然とした態度で見えぬ圧力をかける。

 

「不思議ではないでしょう? 私、追放前のバルパーさんにスカウト貰っちゃってるんですから」

「…………確かに、ではお前は―――」

「言っておきますが、私はスカウトされただけです。 目的、目論見なんて知りませんよ――――ただ、あの人が重度の聖剣マニアというのは解っていましたから、なんとなくね」

「なるほど……」

 

腕を組んだゼノヴィアだったが、すぐに解いてナインに視線を向けた。

 

「今回の聖剣強奪……事態を重く見た教会は、聖剣研究に携わり、且つ戦闘にも役に立つ者を私たちに同行させることとした」

「それが私ですか」

「そうだ。 遺憾であると言っていたが、生憎あの研究者の錬金術師の中では、武闘派として名を馳せているのは、ナイン・ジルハード、お前しかいない」

 

教会の錬金術師の試験には、二通りあった。

一つは、知のみを一点特化させた頭脳派錬金術師。 これには、実技試験は錬成のみの試験。

もう一つは、知の他に武も備えていなければ与えられることのない武闘派錬金術師の試験。 これは筆記と実技は頭脳派と被っているが、もう一つ「体術」の試験も実技として組み込まれていた。

 

しかし最近では、「悪魔祓い(エクソシスト)」という人外専門のプロフェッショナルの枠が存在している。

そのため、科学者である錬金術師が殴り合いをする必要性が無くなってきていた。

 

「上はお前に、考えるのではなく、戦えと言っているということだ」

 

ナインは、現段階で絶滅危惧種と称される程の武闘派錬金術師。

聖剣に関することを知っていることと、体術を嗜んでいたことで、ナインをゼノヴィアたち聖剣奪還のメンバーに加えることを上は決定した。

 

「それに、お前にもメリットはある」

「メリット?」

 

ピクリと反応するナインに、ゼノヴィアは少しだけ不敵に笑んだ。

 

「今回、任務達成の暁には、教会の錬金術師としてまた籍を戻してやると、上は言っていた」

 

しばらくの沈黙が地下牢を包む。 ナインにとって、いまは正直どうでもいい職だった。

自分の「趣味」を存分に探究、研究できないあの職場では、彼の飢えを満たす事は到底できないだろう。

この爆弾魔は、あらゆる物を弾けさせたいという理由で教会の錬金術師として就いていたから当然だった。

 

しかし、もう一度働けと、戦えと上は言っている。 戦場はあらゆる行為が黙認される特殊な場であり、ナインにとっては研究所に等しい場所。 爆発への造詣を、美学を、脳内ではなく今度は実戦で試せればなんと幸せなことか。

 

「……………了承しましたよ」

 

ゆえに、これは二つ返事だった。 ナインは喜んで血戦場に出ることを志願したのだ。

 

「そうか、ではすぐに準備しろ。 飛行機の予約はすでに取ってあり、明日、ここを発つことになっている―――場所は、和の国、日本―――駒王町だ」

 

その言葉に、ナインは首を傾げて眉をひそめた。

 

「いますぐに? この地下牢は歴史にも刻まれる牢屋………いくら特命でも、そぉんな………」

 

ひそめていた眉が戻っていくと、笑い始めた。 肩の揺れで手錠がガチャガチャと鳴る。

 

「道理が通らないのでは? 私が言うのもおかしな話ですけどねぇ、ふ、フハハッ……くッくッ」

「特命の、特例だ。 すでに手続きは済ましてある。 無駄口を叩いてないでさっさと出ろジルハード」

「は~いはいっと」

 

(最初から私を従わせる気満々だったんじゃないですか)

 

くたびれた体に鞭打ち、長い黒髪を揺らしながらナインは重い腰を上げた。 ジャラリ、ジャラリという錠の音が不気味に地下牢に反響する。 男は、ナインは……喜悦を覚え浸っていた。

 

――――また花火が見れるなぁ。

 

すでに目の前の少女たち―――ゼノヴィア、イリナを手にかけたい衝動を全力で抑え、男は牢の外に踏み出した。

 

そもそも、この男を牢に閉じ込めたのは間違いだったのかもしれない。 この牢の中で、自身の趣味の造詣を更に脳内で深めさせてしまった。

閉じ込めたのなら、一生表には出さない方が良かった。

 

ゼノヴィアに手枷を、イリナに足枷を外されながら、地下牢を見回す。 住み慣れたところだったが釈放となったいま、まるで初めて見る場所だったように思えた。 それが可笑しかったのか、ナインは声も無く肩を揺らす。

実に二年。 齢14歳で投獄されていた若き囚人が、隠し笑いを止めてその場で深く呼吸をした。

 

「すぐそこにあったのに、この二年もの間踏めなかった牢の外側――――いやぁ、感慨深いですね、ホント」

 

ヴァチカン法王庁地下牢から、一人の犯罪者が解き放たれる。

手足を縛っていた枷も外れ、剥がされた称号もいま再びこの男の名を彩った。 

 

――――”紅蓮の錬金術師”ナイン・ジルハード―――――

 

もう一度言う、彼は現在16歳で……サイコパスである。

 

「とりあえずお前は体を清めろ、臭くてかなわん」

「やぁ、これは失礼」

 

囚人ゆえに……という言い訳を一切せず、ナインは二人の後を付いて行った。

 

 

 

 

 

 

地下牢から地上に出たナイン。 地下牢でした深呼吸を再び夜空の下でする。 ホーホーとフクロウの鳴き声が幽かにする中で、ナインは小さく息を吐いた。

歩きながら腰に手を当てて首をコキコキと鳴らすナインを見て、ゼノヴィアは背後から言葉をかける。

 

「言っておくが、調整期間は無い。 二年間の地下牢生活でナマっているだろうが、そのままの状態で今日は眠れ」

「了解しましたよ」

 

そう言う彼女を横目で一瞥する様も、いちいちにやけていた。

深夜の二時を回る。 明日、というよりも、今日の朝に飛行機で発つことになる。 さらにナインはこの後体を清めたり、色々と発つために準備が必要だった。

 

歩いていると、ヴァチカンの施設に到着する。

非常に清潔感があり、豪華な更衣室にナインは思わず感嘆の声を上げた。 教会の錬金術師として働いていた頃なら珍しくもないが、牢獄生活で感覚がおかしくなっていたのだろう。

 

「…………ここまで来てなんですが、どうしてここまで付いて来たんですか?」

 

男性用更衣室。 イリナは何かに耐えるように顔を赤くしているが、ゼノヴィアはキツメの釣り目をさらに厳しい視線にしてナインに言い放った。

 

「釈放直後の元犯罪者―――しかも終身刑だったところを特例で出所したお前に、一人の監視も付かないとでも思ったか?」

「え~」

 

ナインは固まる。 そして、意味が解らないという風に振り向いて文句を垂れた。

 

「…………それも上からの?」

「そうだ。 分かったらさっさと浴びてこい、私たちはここで待つ」

「…………」

 

そうはいかないだろう。 如何に仲間殺しの犯罪者で人でなしのナインとて、女性の目の前で脱衣をするほど変態ではない。

いや、別に自分の裸体を晒すのは頓着しない。 が、ナイン・ジルハードという人間は自分がこの世界で異端であることを自覚している。 だから、無意味な敬語を使うし、物腰も柔らかい。

 

―――そして、この世界の常識も知っている。 要は、形だけ常識人でいようというのが彼の生き方だった。

 

白々しくも少し困った表情で長い黒髪を掻くナインは、二人に近づいて目の前で止まった。

 

「な、なんだ…………」

「は~い回れ右ぃ」

「む」

「でこっちも回れ右」

「え、ちょ―――」

 

ゼノヴィア、イリナの両肩を掴んで後ろを向かせる。

かったるそうに溜息を吐くナインは、後ろ向きの彼女らに言った。

 

「そういった耐性も無いのに、」

 

二人の肩が僅かに跳ねる。

 

「無理するからそうなるんですよ―――ホントはここから逃げ出したいくらい恥ずかしいのでしょう?」

「うぐ」

「う」

 

まったく、と言いながら上を脱ぎ始めた。

その姿を、背筋を不自然な程伸ばしてチラチラと見ているゼノヴィアが、複雑な表情を作ってイリナを小突く。

 

「あ、あれは……す、すごいな」

「…………意外よね、うん」

 

何がすごいのか、なにが意外なのか。 それは、ナイン・ジルハードの身体付きを指している。

腹筋は割れ、肩幅と胸板も予想以上に広いし厚いのだ。

 

とても二年間獄生活を強いられていたくたびれた男の体とは思えない。

 

「牢屋の中で筋トレでもしてたんじゃないのか?」

「ま、まさか……そんな努力家に見える?」

 

そーっと二人して着替えるナインを見る。 秒間二つくらい観察したあと、頭を戻して首を横に振った。

 

「「見えない見えない」」

「だが、偽造筋肉でもない」

「偽造筋肉てゼノヴィア……」

 

そうしている間にも、ナインはシャワー室に消えていた。 この後、視線に気づいていたナインにさりげなくそのことを指摘されて唖然とする二人だった。




このキンブリーは、一期のワイルドな方です。 水島版の。
信念を持っていてかっこよかったのは二期の吉野キンブリーでしたが、私としてはうえだ金鰤も捨てがたいと思うのです。 うえだキンブリーで二期の性格だったらもっと人気出たと思う(偏見)

二人を足して二で割ったのが、今作の主人公ナイン・ジルハード。
おっぱいラノベの主人公とは思えない鬱展開スタートです。 囚人から始まるキンブリーに似たオリジナル主人公の物語。

尚、原作には入ったり脱線したり前後する可能性があります。


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2発目 二人の聖剣使い

ローマ、早朝3時。 数時間の睡眠のあと、飛行機に搭乗したゼノヴィア、イリナ、ナイン。

 

ローマと日本の時差はおよそ7時間あり、日本はローマよりも若干早く日の入りがある。

それにより、ローマを出る時間もだいぶ早くに出ないといけない。

 

「飛行機も久しいですね。 二人は最近こういった遠征の任務はありましたか?」

 

アナウンスが英語で流れたあとに、ナインが後ろの座席で前の二人にそう質問していた。

座ったままゼノヴィアがナインの問いに答える。

 

「まぁね。 最近はローマでしか活動していなかったから」

「私も、新しく授けられた聖剣を使いこなせなくちゃならなかったから、しばらくは国内活動だったわね」

 

人差し指を顎先に当てて話すイリナ。 この二人は貴重な聖剣の適性者だ、使い手が弱くては聖剣の真価は当然発揮されない。

腕を組んだゼノヴィアは目を細めて後部座席に居るナインを見ようとした。 さっきから気になっていた彼の服装に、彼女はシートを乗り出す。

 

ひょっこりと、青髪メッシュの髪と、整った彼女の顔が座席の上から出てくるのを見ると、ナインは片眉を上げて見つめ返した。

 

「その恰好はなんだジルハード」

「ん……ああ、これ」

 

ゼノヴィアが指摘したのはナインの服装。 ナイン以外の二人は、無難にも黒いスーツを着用しているが、彼は違った。

黒など地味でイケないという考えを持っているナインは、他の二人とは違い、赤く染まったスーツを着ている。

赤いワイシャツの上に、血のような、または紅蓮の炎のような色に染まり切った、これまた真紅のスーツ。

 

人生は派手に生きたいと思っているナインにとって、「紅蓮」という単語は称号以前に彼の唯一のアイデンティティとして機能している。

 

「私は『紅』が好きですよ。 凄烈で、美しく、燃え盛る炎のような色がね……」

「…………”紅蓮の錬金術師”か。 二つ名通りの人間だ。 だがなんだ、私から見ればお前はそんなに激しい気性には見えないが――――同年齢に敬語まで使っているしな、不思議だ」

 

それは外見の問題です、と鼻で少し息を吐いた。

 

「人を評価する上で、外見などなんの意味も持たない。 だが強いて言うなれば……」

「…………」

 

じっと、瞳を閉じて口角を上げるナインを見ていたゼノヴィア。 鋭い目つきで、元犯罪者の思考を探ろうと努めた。

 

「人が生を終える瞬間こそ、その人間を評価する材料になると私は思うのですよ。 無論それだけではありませんが」

 

てんで訳の分からない哲学者のようなことを言っているナインに、静かに溜息を吐いた。

 

「……お前は研究所で何をして捕まったんだ?」

「ちょっとゼノヴィア……」

 

そう率直に聞いたゼノヴィア。 イリナは尚も座ったままだが、咎めるようにシートを乗り出すゼノヴィアに言った。

 

しかし、これは確かに変わり者だ。 いや、変わり者が更に化学反応を起こした結果こういった人種が出来上がったのだろう。

 

この男がどんなことをして捕まったのか。 無論、爆殺したのは聞いてはいるが、なにせ現場の状況はナインとその殺された錬金術師たちしか知らなかったのだ。

 

当然ながらそういうことを聞くのは、イリナはもちろんのこと、ゼノヴィア自身も知らなかったゆえの質問だ。

それに、このナイン・ジルハードという男のペースで会話を進められては、正常なこちらとしては理解不能極まりないことばかり口走っていくだろう。

 

まず、普通の会話に持っていこうと努力する。

 

「…………」

 

ナインの罪状と囚人データだけでは、解らないことだらけだ。 一番早いのは、本人に聞く他無い。

しかしゼノヴィアは、実は少しだけこのことを聞くのを躊躇している。 検察や司法機関でもない自分が、そんな勝手に聞き出すような真似をしていいのか。

 

自分の罪を振り返ることなどしたくない者もいるだろうに。

 

しかし、その問いにはナインは薄く笑っていた。 膝の上で礼儀正しく置かれていたナインの手が、ゆっくりと裏返される。

 

「吹き飛ばしたんですよ。 これでね」

 

満面の笑み。 不気味だ、だが不思議と「気持ち悪い」という気分には至らなかったゼノヴィア。 何か、本当に子どものような笑みと声音で。 また対照的に、趣味に没頭する人のように生き生きと舌を滑らせた。

 

「楽しいんですよ。 人間というのはちょっといじくるとすぐ花火になって弾けるんです」

「…………」

「ちなみに私がその事件で錬成していたのは、主に黒色火薬という爆発物なのですがね。 これが意外と派手に弾ける」

 

何を言っているのか解らないだろう。 当然の如くナインの話は遠回りな表現が多すぎて解らない。

だが、唯一彼の喋っている言葉からではなく、手の平を見て察した。

 

右手に逆三角、左手に三角形の刺青のような紋様が刻みこんである。 それぞれ、太陽と月のような記号が彫られている。

 

熱く語るナインを放置して、ゼノヴィアは席に戻った。 イリナは、自分の両手をまじまじと見るゼノヴィアを見て、目を細めた。

 

「あいつの手の平―――見たの?」

「前に聖剣の研究機関の内部を見せてもらったとき、少しだけ『錬成陣』というものを見たことがあってな」

「それが?」

「うむ……」

 

ゼノヴィアは、両手を握り込むと後ろの座席に意識をやった。

 

「錬金術は門外だが、魔法にも陣が存在するように、錬金術にも、それを行使するための陣が在ることは私も知っている」

「―――――」

 

ゼノヴィアの言葉に、イリナは息を呑んだ。 錬金術とは、教会にとっては聖剣を復元するためだけの術なのだと思い込んでいた。 なんという視野の狭さ。

 

あの伝説級の聖剣を復元できるのなら、他のことも容易にできるということだ。 そこまで考えが至らなかった自分に腹が立つ。

 

そして、おとなしくなったナインを目で窺い、二人はひそひそと声のボリュームを低めて話す。

 

「……せ、聖剣を復元させるための術が、人殺しに使われていたの…………?」

「そんなバカなことをしたのは、奴一人で間違いは無いはずだ。 そんなことをしたら奴以外も検挙されるはずだろう?」

 

錬金術で殺人を行ったのは、ナイン・ジルハードただ一人。

二人は沈黙とともに考え込んだ。

 

本当にこれで良かったのか。

 

「……教会が与えたあいつの二つ名の意味がいま分かった」

 

そんな狂科学者めいた男を拘束から解放して良かったのか。

いままで二人は当然のごとく教会上層部には絶対服従だったが、今回ばかりは疑問を禁じ得ない。 そもそも、なぜそんなに殺しておいて死刑になっていないのか。

 

二人の少女の疑問は膨らむばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

日本―――成田。

約12時間のフライトを経て、三人は日本の空港に到着していた。 三人は飛行機を降りたあと、一息の休憩のために近くの椅子に座った。

ナインが首を回して欠伸をする。

 

「長旅でしたねぇ。 でも距離的には確か駒王町までここから少しも掛からなかったはず」

 

聖剣を強奪したとされるバルパーは、この日本を逃亡先に選んだ。

さらに日本の―――駒王町と呼ばれる町に入り込んでいる。

 

「ああ、駒王町に着いたら近くの教会で今夜は寝泊りだ。 明日から本格的に捜索しよう」

 

うん、と頷くイリナ。

悩んでいても始まらない。 それに、ナインと共闘することを教会に快諾した手前、いまさら取り消すこともできない。 彼の信心と実力に期待するしかなかった。

 

すると、イリナの肯定にナインは裏腹に不満そうに失笑する。

 

「極東の島国にまで来て、ま~だ教会ですか? こういう時くらい普通に行きません? ほら、アパートとか、マンションとか、色々あるでしょう?」

 

すると、ジトリと目を細くしてゼノヴィアはナインに詰め寄った。

長身のナインに、腰に手を当てて叱咤する。

 

「そんな大金、私たちには無い! まったく、何を言うのだジルハード。 それに、そのようなことでムダ金を使うこともないだろう?」

「それに、あなたは今まで地下牢生活だったんだから大抵のことには慣れっこのはずよ?」

「詭弁と思われるかもしれませんが、大切な仕事なのです。 健康管理もしっかりしなければなりませんよ?」

 

そもそも、聖剣使い程の者が教会から給与を貰っていない訳が無い。 前日まで犯罪者として投獄されていたナインですら釈放されたのを機に口座が解禁されたというのに。

 

しかし、本格的にゼノヴィアとイリナが真っ青になってきた。 ゼノヴィアがキリッとした瞳でイリナに聞く。

 

「ところでなぁ、イリナ。 飛行機でどれほどはたいたか解るか?」

「…………さっきの機内食でほとんど使い果たしちゃった……かも?」

「あら~、というか、私が眠ってる間になぁにやってるんですか」

 

機内でナインについて考えていた二人は、彼が眠っている間に機内食をがっついていた。 ほぼやけ食いに等しいが何も言うまい。

 

雲行きが怪しくなってきた。 せっかく技術の発達した国に来たのに、そこでも教会在住なんて御免である。ナインは似合わぬ苦笑いで本気で心配し始めた。

 

「…………では一万歩譲って宿は教会でいいとしますよ? いや譲りませんけど。

食事はどうしましょう?」

 

う、と棒立ちになったゼノヴィアの頬を、嫌な汗が伝う。

 

「それはあれだ、ほら……そのぅ」

「神の加護よゼノヴィア! この国の慈悲を買うの! そうすれば飢えは凌げるわ!」

「それは一歩も譲れませんよねぇ」

 

ではどうしろというのだー、と両手を挙げて抗議するゼノヴィアとイリナ。

慈悲を買う。 いわば乞食をしろということかと、ナインは心底呆れた。

 

「こんなことなら私が考えておけば良かったですよ。 もっと準備をしているものかと思いましたが、見込み違いでしたか」

「そ、そんなに言うならばお前に何か策があるのか!」

 

ビシィと指を突き付けるゼノヴィア。 ナインは思う、策も何も、これは常識の範囲内でしょうと。

そして、手荷物から手早く貴重品を取り出し、ある物をゼノヴィアに渡した。

 

はいと手渡されたゼノヴィアの手に一枚のカード。 覗きこんできたイリナも入れて、やがて二人して声を上げた。

 

「き、キャッシュカード……これがキャッシュカードか!」

「薄いのに硬い!」

 

ICチップ内蔵のカード。 バンクで貯金したお金を卸すために必要な、あのカードである。

ナインはごろごろとスーツケースを転がしながら二人を促す。

 

「行きますよ、早くしないと宿を取れない時間帯に入ってしまう。 あと、教会もやっぱり却下で」

「お前! これ不正なカードじゃないのか!?」

「……失敬な。 私はこれでも聖剣の元研究者ですよ?」

 

呆れるように言うナインはまるで無視し、珍しいものでも見るようにカードを凝視するゼノヴィア。 見上げて見たり、色々な角度からカードを見ている。

 

「変わっているのは、彼女たちもですね」

 

しっかしまぁ、と、乾いた笑いをしてゼノヴィアたちを見る。

 

「元囚人の私が同年齢の少女たちの世話をすることになろうとは……とりあえずは生き続けてみるものですねぇ。 変な気分ではありますが」

「聞こえているわよ、ナイン・ジルハード」

「…………紫藤さんですか」

 

カードを未だに観察しているゼノヴィアを置いて、ナインの横にイリナが着いて歩いていた。

ネクタイを締め直しながらツインテールを揺らして整える。

 

「安心してください、貧乏くじとは思いませんよ」

「思ってるんじゃないの? 頼りないって」

「少なくとも、あなたにはそういった評価はしていないつもりです」

 

「機内食で持ち金使い果たすのはどうかと思いますが」、と付け加えた。

ナインは歩きながら指を立てた。

「紫藤」という姓に、「イリナ」という名。 一時は日本に居たのではとナインは予想する。 対して、おそらくゼノヴィアはローマから出たことが無いのではと思わせるほどの世間知らず。

 

本当は二人ともかなりの練達者のはずだ。 聖剣を扱えるには、適正だけでなく身体能力も必要不可欠。

いままで主の敵と謳ってきた悪魔や堕天使らと実戦を積んでいない訳がない。

 

「しかしその年齢で親離れしている時点で自立していると思ったのですが。 案外考え無しの性分のようで」

「それはゼノヴィア。 一緒にしないで」

「同じです」

 

フン、と再び髪を揺らして言った。 そんなつんけんした態度の少女に、ナインは逆立った髪をさらに掻き上げる。

 

「…………前から思っていたのですが、私、あなたに嫌われてます?」

「元犯罪者とこんなに早く打ち解ける方がどうかしてるわ」

 

鼻で溜息を吐くと、ナインは皮肉をイリナに浴びせた。

 

「なるほど、柔軟性は相方の方が在るようだ」

「…………あなた、友達いないでしょ」

「さぁ、ご想像に任せます」

 

すると、イリナは立ち止まる。 俯かせていた顔を上げ、ナインを睨みつけた。

 

「うん?」

 

ナインも少し進んだあと、気づいて立ち止まる。

――――何か言いたそうですね。 ナインは内心ほくそ笑みながらそう思った。

 

夜、着陸後の空港の喧騒の中、イリナは正面からナインを見詰める。 見上げる形で彼を指差した。

 

「私たちを裏切ったら、絶対に許さないんだから」

教会(あなたたち)が約束を反故にしなければね。 であれば、あなたたちの剣なり盾なりになってあげますよ、エスコートしましょうか? フフッ、ガラじゃないですけどねぇ」

 

長くなった黒髪を後ろで一つに束ね、それにより生じる若干のオールバック。 横髪は刈り上げ。

どう見ても紳士からは程遠い、ワイルドなイメージを沸かせる身なり。

しかし、先刻彼は言ったのだ。 人は外見では無いと。

 

「破ると思うの?」

「長年『あの』計画を黙認してきた組織を、真に信じる人間なんて狂信者しかいないでしょう。 私は狂信者ではないので、信じません」

 

歩みを止めず、立ち止まるイリナに言い切った。

あなた方が私を警戒しているのと同じように、私も教会という組織の一員であるあなたたちを警戒している。

その歩む背中は、暗にそう示している気がした。

 

「あの」計画は、教会という一つの巨大な組織が起こしたことだが、人間が犯したことに変わりはない。

結局のところ、教会にもナインと同じような狂った考えを持つ者が潜んでいるのかもしれないのだ。

ナイン・ジルハードという僅かの膿を取り除いただけに過ぎない。

 

すると、ナインが歩みを止めてイリナをチラリと見た。

 

「ああ、裏切るときはちゃんと宣言しますから、紫藤さん。 私、こそこそすることはしないので。 というか好きじゃない」

 

その言葉に、イリナは不覚にも呆気に取られた。 口を半開きにしたまま、ナインがまた歩きはじめるのを見て―――やがて、愚痴を漏らした。

 

「もうッ、分っかんないわよぉ! この変態!」

「知っています――――ってちょっと、後ろ髪を引っ張らないでください」

「敬語使って気が利いて、用意周到。 こんな犯罪者なんていないわよ! だから変態!」

「だぁから自覚していますって、ねぇちょっと……」

 

後ろで束ねられた長い黒髪をぐいぐい引っ張るイリナに、肩を竦めたナインはや~れやれ、と手を上げた。

痛くは無いが、がくんがくんとナインの体をゆらゆらと揺らす。

 

「あ~、ひどいひどい。 あ、ゼノヴィアさん、私のカード返してくださいません? そろそろバンクに着くので」

「おいジルハード、このカード真っ二つに折り曲げたらどうなるんだ?」

「曲がりません、折れます――――って、ちょっと、板チョコ感覚で本当に実行しようとしないでくださいよ」

 

 

 

 

その後、ナインの貯金でマンションを借りた一行。 そこは、テレビでもよく話しのネタになる豪邸で、大きいマンションだった。

 

「ゼノヴィアさん、紫藤さん、あなたたちは選ぶということをしないのですか」

「一度こんな豪邸に住んでみたかったんだ」

「右に同じー」

「ここ、近辺のマンションで一番高いところじゃないですか……はぁ……前途は多難だ。 牢の方が気楽で良かったかもしれないなぁ」

 

そう溜息を吐くナインは、仕方なくその一室に足を踏み入れた。

ゼノヴィア、イリナ、ナインの順にスーツケースを玄関に置いて、リビングに入っていく。

 

「すごい、綺麗……」

「俗に言う、セレブと言うやつか? テレビもある」

「私も一時期日本に住んでたけど、こんな豪邸は初めて見るわね」

 

家内を見回す二人に、ナインは腕時計を見て息を吐いた。

 

「ギリギリでしたね。 こちらから電話していなければ野宿するはめになってましたよ」

「そのときは教会があるだろう?」

 

すでに時差により、夜中の0時を回っている。 着陸直後にすぐにこの宿に連絡を入れて、外国人一行ということでなんとかキープすることができた。

 

「そういえば、今回のこの教会からの任務。 主犯はバルパーさんですよね?」

「む、違うぞジルハード」

 

否定するゼノヴィアに、ナインは首を傾げた。 さらにゼノヴィアは続ける。

 

「確かにバルパーが聖剣を奪ったが、他に共犯がいる」

 

さらに首謀者もバルパーじゃないわよ、とイリナが付け加えるように言う。 では一体誰が主犯なのか、盗んだのがバルパーで、しかしそれを指示した存在もいるということか。

 

「堕天使の幹部―――コカビエルだ」

「聖書に名を残す堕ちた天使。 バルパーよりも、どちらかと言えばそちらが戦う上で本命の敵方ね」

 

――――コカビエル。 これは強い、強すぎると箔付きも成されている存在。

悪魔と堕天使、天使の三竦みによる大戦争で、各勢力の実力者が次々と戦死していく中残った強者。

 

ナインは真剣に話す二人を置いてリビングのソファーに座る。 口元をにやりとさせた。

 

「…………私はもともと変人です。 敵が強いか弱いかなんていうのは正直どうでもいいことですが……堕天使の身体の構造は気になりますね―――さらに幹部ともなれば尚更、楽しみだ、ああ……楽しみです」

「…………。 我々は、死を覚悟してここに来た。 ジルハード、お前も命を落とす可能性だって十分あるんだぞ」

 

ソファーに座るナインにそう言うと、彼はそのまま寝転がり、足を遊ばせる。

天井に両手を翳すように上げた。

閉じたり、開いたり、恋い焦がれるように「あの」狂気の陣が彫られた両手を狂気の瞳で見つめていた。 次第に、彼の笑みは深まっていく。

 

「そんなことは知りません。 教会上層部に言われたのでしょうが、所詮世の中生き残ったもの勝ちです――――主のために死ぬだの、本望だのなんだのと言っているのは、ここにはあなた方二人だけと知りなさい」

 

自分は、死ぬつもりなんてないし、まして逃げるということもしない。

 

「殺すのなら、こちらも死ぬ気で行くのは然るべき覚悟でしょう。 当たり前なことを言わないでくださいよ、フッフフ、フッハハハ……」

「ではお前に勝算はあるのか」

 

すると、ナインは身体を起こす。 喉を鳴らして満足そうに言った。

 

「とりあえず楽しみましょう。 最初から圧倒的な力の差がある相手に真面目に掛かっていく方が可笑しなものなのです。 そんなことより、首謀者はコカビエルとして他の共犯者は存在するのですか?」

 

ゼノヴィアは、ああと頷いて一枚の写真を取り出す。 テーブル上を滑らせてナインに渡した。

シャッと指でその写真を受け取る。

 

「ふむ、白髪……」

「フリード・セルゼン。 ヴァチカン法王庁直属の元悪魔祓い(エクソシスト)だ。 13歳で就任した戦闘の天才」

 

写真には、教会の象徴たる神父服と十字架を提げた少年神父が映っている。 右手には銃、おそらく祓魔弾の込められた特殊銃、そして左手には煌々と光る剣を持って狂気の笑みを浮かべている。

 

「はぐれ神父さんですか。 あとは?」

「あと一人いるのだが……如何せんこいつは教会の人間じゃないし、個人情報も掴めていない―――無名と言ってもいい」

「ほう?」

 

無名とは中々面白い。 てっきりコカビエル以外は教会関係の人間のみと思っていたのに。

目的は? 動機は? どちらにせよ、首謀者であり彼らのボスであるコカビエルから搾り出させなければならないわけだ。 その無名の共犯者も、自分のようにただなんとなく一緒にいるというわけでもないだろう。

 

とにかく、とゼノヴィアは腕を組む。 

 

「そいつらが戦う相手だ。 これからその捜索をするのだが……」

「?」

 

少し止まったゼノヴィアはイリナとうなづき合って立ち上がった。

 

「まず、この街を管理する悪魔に、挨拶と忠告、いや――――警告をしなければならない。 もちろんお前も来るんだ、ジルハード」

「……あぁ、なるほど、釘刺しです……か。 マメなことですねぇ」

「あーでもアポイントは必要か……ジルハード、行って来てくれ」

「え?」

 

私たちはこの中を探索する。 とイリナとともに階段を上がって二階へ消えてしまった。

 

「…………人遣いが……荒い」

 

ナインは溜息を吐いて玄関に向かう。

 

「元囚人とはこうも不遇なのですね…………相手が男性ならばとっくに花火にしているところだ」




戦闘はありませんでした。 誤字、脱字ありましたら気楽にご指摘ください。

キンブリーの髪型は一期と二期、どっちがかっこいいか賛否両論ですね。


ハイスクールD×D三期決定。 楽しみですな。

もし面白かったならどんなコメントでもいいから評価くれたら嬉しいな……なんて思ったり……欲しがりな人間花火でした(泣)


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3発目 一触即発、紅蓮と紅

評価受け付けます。 爆撃も別にいいが、なるべくなら神回避したいと思う今日この頃。

次回は時間かかるかも……すみませんです。


『この地を管轄としている悪魔はこの近くの学園に在学している。 悪魔は夜間に行動する生き物だから、おそらくまだいるだろう』

 

先の話し合いで聖剣強奪の首謀者と、その共犯者たちの全貌が明かされてきた。 詳細不明の男が一人いるが、それ以外はある程度名の知れた人物。

 

コカビエル、バルパー・ガリレイとフリード・セルゼン。 そして、名前も人物像も不明な男が、今回の聖剣強奪のメンバーだ。

 

夜道を歩く中、ゼノヴィアの言葉を思い出すナインは欠伸をした。 口を片手で押さえる。

 

「それでなぁんで私がわざわざアポ取りに行くはめになるんだか」

 

――――立場が弱いのは面倒ですね。 片や元犯罪者、元受刑者――――片や聖剣使い、聖剣の適性者、教会からの厚い信頼。

世知辛い、というか当たり前の上下関係に気づくナイン。

 

聖剣強奪犯を捕まえるより先に、やらなければならないことがこれだ。

 

この駒王町を管理する悪魔に事情を伝える。 聖剣を奪った主犯とされる堕天使コカビエルだが、この堕天使に、万が一にもこの土地を管理する悪魔が手を貸せば面倒なことになるのは目に見える。

 

悪魔と堕天使は元来敵対関係にあるが、聖剣となれば悪魔も危惧する代物なため、それを奪った堕天使と協力し、将来、教会の仇となる恐れがある。

 

そういった理由で、学園に向かうナイン。

 

「だからって夜中に行かなくてもねぇ」

 

そんなことを言っているがしかし、目先の娯楽を見つけたナインは久しぶりの人街に出て嬉しそうにしていた。

真っ赤な身なりをしている彼はかなり目立つが―――それが奇異の視線だけではないことには気づいていないようだ。

 

「あ、あのバイクいい音を蒸かしていますね……爆発させたらさぞ爽快だろうに」

 

しかし、そんな視線を本人はお構いなしに妄想に耽る。 真紅のスーツのポケットに片手を入れて無表情でそんなことを考えている。

 

そう、悪魔の気配を探りながら練り歩いていると、一際大きな学び舎―――学校の校舎が見えて来た。

 

「…………そういえば、悪魔は人間界の政治や行事にも首を突っ込んでいると聞いたことがありますね」

 

”駒王学園”と大きく描かれた校門を見る。 夜中だからなのか、学園校舎の周りには誰も居ない。

静寂に包まれた学園――――日中はここに学園生が賑わっているが、今となっては魔境と言えるほど異様な空気に満ちていた。

 

「………さて」

 

新校舎を眺めたあと、旧校舎を見る。

古びた作りの校舎に、ナインは感嘆した。

 

おそらくは、こちらの古そうな校舎は使われず、あちらの綺麗な校舎が本校舎なのだろうと推測する。

そうして古びた校舎の方へ歩いて行くと、壁を伝いながら手の平で撫でるように滑らせた。

 

ナインの癖の一つだ。 形ある物を見ると、決まってする行為。

見て、触って、確かめる。 錬金術師は、ある程度の知識と能力があると、触れた対象の構成物質を大体は理解することができる。 例外はあるが。

 

「ん~? いやしかし古ぼけている割には、どことなく手が入っているような……それに……」

 

今度は両手を旧校舎の壁に合わせた。

 

「汚れやほこりが少なくて、これじゃ少量の材料にしかならない、残念」

 

そう言いながら、まったくお構いなしに旧校舎に入って行った。

ゆっくりと歩きながらもそれは火のように迅速に旧校舎を侵していった。 もはやアポイントを取ることなど二の次になり、この雰囲気ある旧校舎に興味津々にこの紅蓮のスーツは進んでいく。

 

そして、一つの教室にたどり着いたとき、ナインは大きく笑った。

閑散とした廊下で声も無く肩を揺らし、低い声音が廊下を響かせた。

 

「当たり、ですか。 まったく嫌ですねぇ、爆発させたいと思っていた建物に『ヒト』がいるなんて」

 

こういうときはっ……と、とナインはポケットから手を出した。

こういうときは扉を叩いて挨拶するのが礼儀というものだ、と当たり前なことを思いながら実行した。

 

扉を叩く……すぐ横に掛けてある”オカルト研究部”という木のプレートを見て微笑した。

 

「なんとも、洒落た名義なことで……」

『どなたかしら?』

 

扉を叩く音に、返って来た返事は女性の声。 凛として、さらに大人びた声音だった。

ナインは扉に右手を押し付けて軽く呼吸する。

 

悪魔――――普通ならば敵対関係にある存在。

しかしあちらの返答が予想外に早かったため、扉の向こうの気配の数を読むことを放棄したナイン。

仕方なく呼びかけるように挨拶をする。

 

「教会の者ですが……」

『え?』

「ああ……」

 

言った後しまったと思ったナイン。 この扉の向こうに悪魔がいると確信しておきながら自分が教会の人間だとあっさり明かしてしまった。

 

しかし、時既に遅しというもの。

当然あちらは……敵意を剥き出しに……いや、あちらも困惑しているようだった。

先ほどはあんなにも早く返答が返ってきたが、今度はかなり間がある。

 

―――一方、扉の向こう。

 

私、リアス・グレモリーは困惑していた。 教会の人間と名乗る人が、律儀に悪魔の居る教室の扉を叩いてきた。

低い声音だった。 「男の人」というのが強調されて解る…………ちょっとカッコイイ低音。

 

「誰でしょうか―――教会と名乗っていましたが」

 

私の眷属―――「騎士(ナイト)」の祐斗が険しい表情をしてそう言う。

ここには私と彼と小猫、アーシア。 そしてもう一人―――朱乃もいる。 イッセーは夜中の悪魔の仕事で出ているけれど、相手が一人ならば恐れることは無いと思う。

 

いや、恐れるって……戦うと決まったわけじゃないのよ私、冷静にならなければ。

それに、自分から教会なんて名乗ってしまう人に後れを取るはずがないわ。

 

初めてのケースに少し焦る自分を奮い立たせて私は一度咳払いをした。

 

「いま開けるわ」

 

そう言い、私は扉に掛かっている施錠の魔法を解いたのだった。

 

 

 

 

 

 

「あ、開けてくれたんですか。 門前払いは少し覚悟していたのですがね」

「あなたは…………?」

 

悪魔が教会の人間の来訪を許した事に少し感心するナイン。

入室後、部屋を見る。

奇妙な紋様が描かれ、円陣を見るからに錬成陣と錯覚しそうになるがナインはすぐに自分の錯覚を否定した。

 

「魔方陣……」

 

目を細めて陣を見て、そしてそのままの瞳で目の前の五人を見た。

 

金髪が二人……整った顔立ちの少年と……可愛らしいロングヘアーの少女。

黒髪が一人―――ポニーテールの長身の女性。 健全な女子高生制服には似合わない抜群のスタイルが目を惹く大和撫子。

銀髪の女の子が一人――――小柄で、可愛らしい容姿をしている。

そして――――。

 

「ねぇ?」

 

眺めるナインに、紅髪の女性が訝しげに話しかけてきた。 目を細めた様もまた美人を湧き立たせる。

真紅に染まった艶やかなロングヘアー……ナインの鼻にも僅かにその色香が漂うが、本人はまったく頓着せずも頭を掻いた。

 

「あ~失敬。 挨拶が遅れまして――――ヴァチカン法王庁、つまり教会からの使者ですが……今度そちらに改めて挨拶しに行くのでよろしく。

それと言伝を……どうやら他にもお仲間の悪魔がいるようなので、そちらにもよろしくお伝えください」

 

まぁ、それだけなんで、と立ち去ろうとするナイン。

仲間の悪魔とは、彼女らとはまた別の気配のことだ。 すでに新校舎の方に数名感じ取っている。

 

感じ取ったと一概に言っても、魔力がある程度高い者しか察知できていないわけだが。 それでも学園の中に彼女らとは別に悪魔がいることは判断できる。

 

「あっ…………!」

 

すると突然、金髪の少女の方が短く悲鳴を上げた。

誰もがナインのあっさりとした退室に呆気に取られていて呼び止めようとしなかったが、この少女だけは違った。

何か酷い物でも見たかのような声に、ナイン以外の一同が彼女に振り向く。

 

「そんな……ジルハードさん――――っ」

「ん……あなたは……」

 

掠れた声で己の名を呼ばれ、やっと振り向くナイン。

両手で口元を覆って後ずさる少女―――怯えきった瞳が、僅かに分かる体の震えが、他の眷属たちを刺激した。

 

「アーシアはこの人を知っているの? こういった人とは無縁だと思っていたのだけれど……」

 

紅髪の女性はそう言ってナインを見た。 なおも震えながらアーシアと呼ばれた金髪の少女は口を開く。

 

「…………ナ、イン……ジルハー……ドさん……教会所属の――――錬金術師さんです」

「え―――――」

「…………」

 

いまにも消えかかるような言葉で、目の前の紅蓮のような容姿をした男の名をその場に刻む。

 

「――――――! ―――――ッッ―――――っ」

 

この少女―――アーシア・アルジェントにとっては口に出すのすらも恐ろしい名前だった。 脳髄までもがこの男の暗黒の微笑で包まれ、瞳孔が開いたその一瞬だけアーシアを過去の記憶へと飛ばす。

 

ナインは、そのアーシアの様子を見てほくそ笑んだ。 どちらにせよ、自分が名乗るまでもなく彼女が自分の正体を暴くことになる。 ナインはそう思い、さっきの自分のうっかりは忘れようとしていた。

 

そんなほくそ笑むナインを見てなぜか怯えるアーシアを、ポニーテールの女性が庇って彼をキッと睨みつける。 庇われたままぶるぶると震えながら男を見た。

 

「どうしてあなたがここに……」

「…………」

 

状況は読めないが、アーシアがナインを怖がっているのは事実だ。 祐斗と小猫は立ち上がって臨戦態勢に入る。

 

「…………アーシア?」

 

片手で眷属たちを制し、紅髪の女性―――リアス・グレモリーは説明を求めた。

目の前の赤いスーツの青年。 若干逆立った髪と、鋭いが冷たい目つき。 確かにアーシアの友達とは考え難い。

 

「あなたは捕まって……ヴァチカンの地下深くに閉じ込められていたはずです……どうして――――」

 

アーシアの消えるような叫びに、それを遮るようにナインは頭を掻いた。 鬱陶しそうにコツと靴を鳴らして口を開いた。

 

「…………はっきり言っていいんですよ。 私が同じ研究所の錬金術師を、綺麗に弾けさせ――――」

「いやぁぁぁぁあッ! 言わないで、言わないでくださいっ!」

「…………大丈夫? ……アーシアがこんなに怯えるなんて――――何者? 何が目的?」

 

しゃがみ込み、震えるアーシアを撫でながら、リアスがナインにそう聞いた。

――――彼女のせいで第一印象最悪ですよ。 と面倒くさそうにしながらリアスの問いを――――無視した。

 

「久しぶりですねアーシア・アルジェント。 まぁもっとも? 『聖女』の貴女とお話ししたことなんて一度もないですけどね。 それでも、あなたは教会の信者たちの心の支えで有名でした」

 

そのあと、ナインは笑って言った。 小さい笑いから、湧き上がってくるような嘲笑の奔流。

 

「クックク、フハッハハ! それがどうやって、私が投獄されていた二年間のうちに悪魔になったのか、興味深いところではあります……が、ふっははは!」

「部長……さん。 彼は教会ではとても有名な錬金術師です。 とある事件が理由で、ヴァチカンの地下に……」

 

まだオブラートに包む気ですかこの娘は、とナインは心中手を叩いて面白がった。

すると、アーシアをもう一人の金髪の少年が遮る。 彼の教会に対する憎悪の念がナインを撫でた。

 

「牢屋、だろう? 僕も一時期ヴァチカンに居たからね――――あの地下牢は大罪人を押し込めて生き地獄を味わわせる―――冥界にもっとも近いとされる人間界の牢獄だよ!」

「おっとと、ちょ~っとちょっと待ってください。 そういうのは今度にしましょう。 また会えるんですからね」

「アーシアさんのこの怯えよう、そして地下牢獄――――あそこは滅多なことでは入らない場所だと聞いた」

 

空間から黒い剣を抜き取るように出現させる祐斗。 その視線は、ナインに向けて放たれていた。

その様相に、自己紹介すらしていないのになぁ、と頭を掻くナインは停戦を促した。

 

しかしそれを祐斗は聞かない。 彼は―――ある理由で教会の人間を差別なく憎んでいるのだから。

 

「キミの罪はなんだ――――錬金術師!」

「っ――――たく面倒くさいなぁもう」

 

神の如き瞬速移動。 祐斗は前に躍り出て一気にナインに肉薄していた。

 

「せッ!」

「――――っと……あなた、短気って言われたことありません?」

「生憎そういった経験はないね!」

「では別の何かがあなたを動かしているということか……その目が物語っている」

 

黒い剣の切っ先をナインは躱す。 足を薙いできた―――身体を躍らせて跳躍する。

首を薙いでくる―――屈み避ける。 軽業師のように、祐斗の剣戟を悉く避ける、飛び回る。

 

そして腹を薙ぐべく、剣が横に一閃されたとき、ナインは、仰け反りざまバク転して距離を取った。

 

「…………速いですね」

 

伊達に武闘派として鍛錬を積んでいない。 ナイン・ジルハードの身のこなしは、見ている者も圧倒していた。

リアスも思わずハッと息を呑む。

 

「祐斗が捉えられないなんて……」

 

(動きそのものはどうってことないけど。 この赤い人……反応と対応を上手くマッチさせているのか、攻撃がなかなか当たらない!)

 

祐斗も心中でこの男の身体能力に驚愕する。

さらに驚くべきは―――祐斗の動きを見ていること。 人間が悪魔の速さを肉眼視するなど、言葉にするだけ滑稽だというのに……。

 

すると、唐突に一足飛びで豪華絢爛なテーブルに乗っかるナインは、そこから再び一足飛びで窓へ飛ぶ。

逃走を図るつもりね、とリアスはそう察し、手に魔力を集め始めた。

 

「…………元犯罪者ということね。 その割にはあまり慎みが無いみたいだけれど―――そんな危険人物、ここで逃がすわけにはいかないわ。 グレモリー公爵の名において!」

 

普段ならば冷静でいるはずのリアス・グレモリーが、可愛い眷属を怯えさせた代償をナインに払ってもらおうといきり立つ。 そしておそらく、彼女がナインに攻撃的になった一番の原因は―――彼、ナイン・ジルハードが元犯罪者で、囚人だったことも噛んでいるだろう。

 

彼女は―――いや、感情を持つ動物ならばすべての者が抱く感情だ。 犯罪者=悪という概念。

ゆえに、反射的に防衛本能としてナインを迎撃する考えに至った。

 

リアスの手に青白い光が灯ると、ナインよりも速く窓の鍵にその光が接触する。

 

「施錠の魔法よ――――どんな衝撃にも耐え得る硝子と化せ!」

「追加――――ですわ!」

 

朱乃の放つ黄色い波動も、青白い光に続いて窓を鉄壁に変化させる。 魔法による強化ガラス――――もちろん体当たりなどではビクともしない。 生身の人間ではどう足掻いても越えられない壁。 これで逃げることは叶わない。

 

ナインのあの終始にやけた表情を歪ませることが――――できると、皆は思っていた。

 

「魔法……面倒ですね。 魔力が施された物質には抵抗(レジスト)がかかってしまうのですが――――仕方ないですか」

 

強行する他、選択肢は無い。 リスクはあるが。

 

「動きが止まったわ!」

 

そう眷属たちに呼びかけるリアス。 

するとナインは、両手を合わせたあと――――不敵に笑んだ。

 

なにかの重りを擦り合わせたような鈍い音が響き渡る――――逆三角の錬成陣と、三角の錬成陣が円を成してナインの術に働きかけた。

 

まるで面倒そうな拍手のように成された両手合わせに、ナイン以外のそこにいる全員が訝しむ。

 

「近づくと吹き飛びますよ? いいならいいんですけどね」

 

その瞬間――――ナインは合わせた両の手を窓ガラスにバンと接触させる。

その直後、バチっと、火花が散って迸った。

 

数条の雷がうねったとき、魔力で強化された窓ガラスが白く光る。

 

「きゃ!」

「うっこれは――――!」

「―――――」

 

電気のような数条の筋が窓ガラスに走った直後の出来事だった。

 

短い破裂音が教室内に反響する。 ガラスが破裂するように割れて飛び散る。

リアスと朱乃、二人の補助魔法によって強化されたガラスが勢いを持って割れた。

 

爆発の勢いと強化されたガラスが四散するとなると、相当の殺傷性を有しているだろう。

 

それにハッと気づいたリアスと朱乃が、障壁を出現させて眷属たちを守る。 散弾銃のごとく飛んでくるガラスの破片は教室を破壊し、テーブルやソファーは蜂の巣と化していった。

 

しかし、割れる直前に窓の真下に身を屈めたことにより被害を受けていないナインは笑う。

そして、爆発が止んだときはすでにナインは割れて四散した窓の淵に立っていた。

 

あー、危ない、と呑気にガラスの破片をつまんで弄びながら、障壁の中でひとかたまりになっているリアスたちを薄く笑い飛ばす。

 

「魔力を纏ったガラスの破片――――気を付けてくださいね――――よっ」

 

そう言うと、およそ三階の高さから身軽に飛び降りた。

空中で一瞬不満そうにして自分の両手を見る。

 

「風船程度の爆発力……やはり材料がガラスと若干の金属と……酸素だけでは足りないし、なにより魔法の施術が邪魔でした……抵抗(レジスト)を0にできるほどの錬成を行わなければ良い音は出ませんね」

 

スタ、と三階から平然と着地したナインは、わき目も振らず、ゼノヴィアたちの待つマンションへ走って行ったのだった。

 

「逃がした……わね」

 

障壁を解いたあと、束ねられた黒髪を揺らしながら走り去っていくナインを、割れた窓から見てリアスは目を細めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに、リアス・グレモリーと交戦した?」

 

マンションの一室、ゼノヴィアがリビングでそう聞いた。

ソファーから体を起こしたナインは、横で溜息を吐くイリナを見てゼノヴィアに向いた。

 

「仕方ないじゃないですか。 あちらが突然仕掛けて来たんですから」

「なぜだ……?」

 

腕を組んで考えるゼノヴィア。

すると、すぐにイリナに豆電球が光る。 人差し指を立てて口を開いた。

 

「知り合いでも居た……とか? ほら、あなた元犯罪者だし、顔も割れてるんじゃない?」

 

実際、教会の錬金術師→仲間爆殺→二年間牢生活の囚人。 ナインはこういった異色の経歴を持っている。

教会で錬金術師として労働していた当時、優秀な錬金術師として称号を与えられたのはナインただ一人だ。

 

投獄前の彼を知っている者も、世界には少なくない。 教会の力で一般人には隠匿しているが、人の口に戸は立てられないという。

 

するとイリナの推測に、ナインは片方の手の平に息をフッと吹きかけて指で擦る。 これもまたナインの癖。 刻まれた錬成陣に不具合が生じないように、念入りに手入れをする。 これは彼の武器で……趣味なのだ。

 

二人に開いた手の平を見せながら笑った。

 

「それがなんと『聖女』がいたんですよ。 アーシア・アルジェント。 神器、聖母の微笑―――トワイライトヒーリングを持つ金髪の少女がね……経緯は不明ですが、いまはリアス・グレモリーさんの下僕になっているみたいですよ?」

「直接本人から聞いたのか?」

 

いえ、とナインは片手をしまう。

 

「眩しい紅髪、高尚そうな物言い。 間違いなく貴族出身の悪魔でしたよあれは」

 

この地を管理する悪魔があの魔王の妹、リアス・グレモリーということは三人とも知っている上での行動だった。

しかし、ナインはそういった要人の身内に会うのは初めてだったために、貴族という人種を珍しく思っていた。 ゼノヴィア、イリナも然りだが。

 

「魔に堕ちた元聖女がいたとなればそちらも気に掛けなければならないな」

「魔に堕ちたと言っても、小心なところは変わっていないようでしたよ」

「…………悪魔になっていたなら、関係のないことだ」

 

そう言い切るゼノヴィア。 悪魔を差別無く、区別も無く敵愾心を持つゼノヴィアの瞳に、ナインはデジャブを覚えた。

その様子にやれやれ、とナインは背を向けた。

 

悪魔なら、すべて悪か。 拙く、そして浅はかな考えだ――――ナインはニヒルに笑んで目を閉じた。

 

「あなたも、まだまだ犬から脱することはできていませんねぇ」

「なんだと……」

 

ナインの物言いに、ピクリとゼノヴィアの眉が釣り上がる。

 

「私が犬だと――――ならば貴様はなんなのだ」

「私は人間です――――少しいじくるだけでただの爆弾になる空っぽな人間ですよ。 しかしあなたは犬だ。 教会の家畜、使い走り――――まったく、あなたのような凛々しく美しい女性が、その他大勢と同じ扱いをされているなんてね。 自分のしたいことも自分で見つけられない哀れな少女ですねぇ」

 

アーシアが怯えたとき、周りの仲間が庇った。 嫌々であの輪の中に入ったのなら、あんな絆は生まれないだろう。 つまり、彼女は自分のしたいことを見つけたのだ。

 

一方で家畜……使い走り。 教会に従い、思考を停止させた従順なそれのようにいいように使われる。

ナインの所属していた研究所にいたベテランの錬金術師たちも、教会に求められるがまま従うだけで、考えることを止めていた。

 

誰一人、自分がやりたいことをやろうとしない。 皆同じことをし、同じような目標に向かって、変わり映えのしない研究生活を過ごしていたナインは、そんな研究機関に絶望した。

彼にとって、研究所はこの世の何よりも地獄に見えたのだ。 自分のしたいことが分かっているのに、なぜできないのか、と。

 

牢に入ることにより、その永遠に続く輪廻を脱したナインは、思うままに望める現在(いま)に歓喜した。

教会の命令で牢から出たのなら、結局は教会に従っているのではないかと思うだろうが、彼は教会の命に喜び志願した。 戦場という特殊な場を提供してくれた教会に感謝すらしている。

 

すると、ゼノヴィアだけでなくイリナの細い眉も動いた。

 

「私たちは教会に従っているが、真の心は我が主に捧げている。 主を犬の飼い主と貶めるつもりか――――紅蓮の錬金術師!」

「神も、結局は人間と同じような本質を持っているかもしれませんよ? ならば犬飼いと比喩されてもおかしくない」

 

人間か、犬か、飼い主か。

 

「誰かに使われているあなたたちは、結果的に犬になっている」

「私たちは…………」

 

聖剣。 適性。 任務。 悪魔は主の敵。 そういったことを当たり前に教えられてきた――――否、本人たちは気づいていないが、「植え付けられた」に等しいのかもしれない そして――――

 

「自己犠牲。 こんな無意味なことをしているあなたたちより、悪魔に身を投じたアーシア・アルジェントの方がよっぽど人間らしい……」

「…………なぜだ」

 

ゼノヴィアが、拳を握る、ギリギリと。 それ以上言うなと言わんばかりに。

 

「なぜ我々のすべてを否定するようなことを言うのだお前は!」

「…………フフフ、ハハハ。 信じるのと、縋るのとでは意味がまったく違ってくる。 信じるのは良い、人間誰しも心の拠り所というのは必要です…………しかし、縋ったその瞬間、ただの傀儡に成り果てるのですよ人間は……ろくな爆発もしない醜いものにね……」

 

なおも拳を握り込み、いまにも殴り掛かりそうなゼノヴィアをイリナは押さえる。

 

「ダメよゼノヴィア、こんなところで仲違いなんて……!」

「お前は…………」

 

押さえられていることを良しとしているのか、ゼノヴィアはそれ以上イリナの中で暴れようとしなかった。

 

「お前は、いま、自分のしたいことをしているのか……?」

 

そう聞くと、ナインは満面の笑みを浮かべた。

 

「ええ、赴くままに。 私は、私のしたいことをしている……そう、二年前からね」

 

その狂気の視線は再び両の手の錬成陣に向けられたのだった。




わんわんおの介護がリアルに忙しい人間花火です。


今回、SEKKYOUになってしまった。 嫌いだったなら私を鞭打って下さい読者さま。

はいそれはそうと、ナインの仲間殺しの理由が描かれました。 探究し続けるのが錬金術師。

いやしかし、我ながら無謀な設定の作品を作ったものです。 原作で錬金術がスポットライトに当たり始めたら確実に詰むなこの作品。

あと一応、主人公の人物紹介を執筆しているのですが、まだ明かされていない部分も多々あるため当分あとになりそうです。


感想受け付けます。 バシバシ投げて来てください。

何度も言うが、これは触覚白スーツキンブリーではない(ry

誰か一期押しはいないのか(迫真)

言いたいことを言って去る作者でした。 あ、メッセも受け付けます。


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4発目 教会vs悪魔

いまのところ一週間に約一更新を保てているが……今後どうなるか。

では、4発目どうぞ


「ん、あ~おはようございます紫藤さん」

「おはよ。 って……あなたって髪下ろすとまんま囚人みたいだよ?」

「…………そりゃ、仕方ないでしょ」

 

朝。 向かいの部屋から同時に出て来た二人はバッタリと出くわした。

昨夜、あのあとゼノヴィアは黙り込んでしまい、そのまま就寝を迎えることになったのだ。

 

「というより、ゼノヴィアがいま傷心中なんだけど」

「はい?」

 

イリナの隣の部屋からは、まだゼノヴィアは出て来ない。

自分たちの生き甲斐を、生きる意味を根本からナインに否定されたから落ち込んでいるのだとイリナは言う。

 

ナインはチラリとゼノヴィアの部屋を見て頭をボリボリ掻いた。

 

「昨日のこと、長ったらしく話しましたが。 要約すれば『他にやりたいことないのー?』という話だったのですがね。 随分と思い悩んでいるようで」

「誰のせいだと思ってるのよ」

「紫藤さん」

「なんでよ」

「あのときゼノヴィアさんの拳を止めたから、消化不良だった……とかですかね」

「あなたねぇ…………」

 

溜息を吐くイリナは、瞳を細めてナインに詰め寄る。 いつものツインテールを下ろされた栗色の髪が、ナインの鼻腔に付いた。

 

「あなたには分からないかもしれないけど、主は……神様は私たち信徒のすべてなの。 だから、昨日のあれは、私も少し傷付いたわ」

 

詰め寄るような姿勢から、徐々にしおらしくなってしまうイリナ。

減速してしまった詰問に、ナインは鼻で笑った。

 

「分かってましたけどね……あなたたち信徒は、主を崇めずにはいられない人間だ。 そして、救いを求める。 正しい道が自分では分からないから、そうやって絶対神として奉り、功徳を積み、正しい道がどれか、なんなのかを主から教授を受ける――――完璧な人生なんて、あるはずないと思うんですけどねぇ」

 

陳腐な表現だが、一般人視点のナインと、信徒である二人の価値観は違う。 あまり交わることの無い道。

 

間違えながら進むのが一般人(ナイン)

正しく導いてもらうのが信徒。

 

いやむしろ、ナインは間違えたまま進んでいる狂人なのかもしれないが。

 

「こんなことであなたたち信徒と議論しても終着点が交わらないことも実は承知していました。 ま、気にしないでください。 それよりも、今日は改めてリアス・グレモリーさんのところに挨拶に行くんでしたよね……あの、紫藤さん?」

 

おーい? と唖然とするイリナの顔を覗き込む。 しかし無反応。

 

「…………」

 

昨日あんなに攻撃的に捲し立てて来たくせに、今日はなんで引き際が良いのだろうか。

謝られるのではなく、まして昨日のように攻められるのでもなく……。 唖然とするイリナは思考する。

 

『縋ったその瞬間、ただの傀儡に成り果てるのですよ人間は』

(ジルハードは、私たち信徒の本懐が主に縋ることだって解っててあんなこと言ってたのね……相変わらずよく解らない人間)

 

結局あちらから引くのなら、傷付いていた方がバカみたいだ。

イリナはナインの呼びかけに気づくとふい、とそっぽを向いた。

 

「その前に、朝食でしょ。 私お腹減っちゃった」

「そういうところはちゃっかりしてらっしゃる……ん? なんですかその手は」

「…………お金ちょうだい」

 

イリナが片手をナインの目の前に突き出す。 その態度に、ナインは意地悪な笑みを浮かべた。

 

「さて、どうしましょうか。 そのような態度では私も貸す気になれないのですがね」

「ぐ……」

 

苦虫を噛んだような表情をするイリナ。 ナインの嫌な笑みを浮かべるその様は、本当に悪人そのものの顔だったが、堪える。 いや、堪えるしかなかった。

 

この高級宿も、そしてこれからの食事も、生活も、すべてはナインの財布から出る貴重な生きる糧である。

自分よりもこの元犯罪者の方が生活力がある事実に悔しがりながらもイリナは引きつった目元を直さずにちょこんと頭を下げる。

 

「…………く、ください」

「よろしい、では来てください」

「ちょ、ちょっと……そっちは玄関じゃないわよ?」

 

いいから、と少し不機嫌そうに言うイリナの手を引いて玄関とは反対の方向に歩を進めた。

イリナとしては、いまからでも早く近くのコンビニか、レストランでお腹を満たしたかったのだが、急に踵を返したナインに疑問を持った。

 

立ち止まったのは、冷蔵庫の前。 イリナはさらにむっとした。

 

「…………冷蔵庫? 海外のホテルじゃあるまいし、何か入ってるわけないでしょ? 第一、昨日まで何も入って……なか……た……」

「はい」

 

冷蔵庫を数秒ほどごそごそしたあと、ナインは何かを取り出してイリナに手渡していた。

されるがまま、渡されるがままにイリナはそれを受け取った。 狙ったかのようにタイミングよく朝のにわとりの鳴き声が響く。

 

「海苔弁当…………え?」

「まぁ、昨晩グレモリーさんのところに挨拶に行った帰りに少しね。 夜中だったので気の利いた物は用意できませんでしたが」

 

そう言いながら、イリナの持つコンビニ弁当の上に緑茶を置く。

唖然とする彼女に、ナインは踵を返して人差し指を立てて言った。

 

「人で無し犯罪者殺人狂爆弾魔変人狂人などなど…………。 どう言われようと構いませんが、私もこれで人間なんで。 これくらいの生活力がなければ…………ね。 でなければ、いままで独り身で生活なんてできないからねぇ」

「ちょっと悔しい」

「なぜ」

 

わなわなと震えたまま、イリナは顔を上げた。 

 

「どうしても!」

 

ゼノヴィア起こしてくる! と言いながらズンズンと足を鳴らして部屋に行ってしまった。

 

イリナはテーブルに弁当と緑茶を置いたあと、ゼノヴィアの眠る部屋に歩いていく。 その際、ナインのあの勝ち誇った嫌味な表情が脳内で蘇る。

 

「なんなのよ……ただの殺人者だと思ってたのに……」

 

見境いなく人を殺していく男で、そういったことには無頓着だと思っていたのに、さりげなくスペックが高いところを見せてくる。 悔しい。

 

「そういえば錬金術師って、やっぱり頭良いのかしらね」

 

頭が良すぎて危険なことを平気でしでかす。

ニュースでもよく見かけるが、犯罪を犯す人間の大半は高い頭脳を持っているきらいがあるとイリナは勝手に認識しているのだ。

 

「有名な作家さんとかも変わった人が多いし、まさかジルハード……実はかなり頭良かったりして…………?」

 

そこで頭を振った。

 

「いやいやいやいや、気が利くのと頭が良いのはまったくのベツモノだしね! 決定! ナイン・ジルハードは変人! 賢人じゃなくて変人!」

「おい、少しうるさいぞイリナ。 せっかく気持ち良く寝ているのだから静かにしてくれ」

「あ、ゼノヴィア」

 

ゼノヴィアの部屋の扉が開いた。

顔だけ出したゼノヴィアは、部屋の前で一人問答をしているイリナを訝しげに眺めていたのだが、あまりにも長い独り言だったので呼びかけることにしたらしい。

 

「ゼノヴィア、もう朝だし、起きれば?」

「眠い…………む?」

 

扉に手を掛けたまま瞼を再び閉じようとするゼノヴィアの鼻がピク、と動いた。 閉じられそうになっていた瞼は開き、「ちょっと!」と驚くイリナを押しのけてリビングに直行していった。

 

「ちょっとゼノヴィア、いきなりどうしたのよ…………」

「良い匂いだ……」

 

パジャマ姿のゼノヴィアは、ものすごい速さでリビング中を見渡した。 イリナもその様子には引き笑いを隠せない。

 

「ゼノヴィア犬…………」

「面白い犬種ですね、是非ともお目にかかりたい」

 

一瞬で犬と化した親友を見て引きつった笑みを浮かべていたイリナの後ろに、身だしなみを整えたナインが立っていた。 う、とさらに引きつった笑いをするイリナ。

 

「おお、これは!」

 

ゼノヴィアが声を上げる。 彼女の手に持っているものは弁当。

イリナと同じ海苔弁当をまるで崇めるがごとく頭上まで持ち上げて鑑賞していた。

 

ナインは目を閉じて笑った。

 

「空腹では満足に仕事もこなせません。 仕事は徹底的に確実に、スマートに行わなければ」

 

身だしなみを整えている間に海苔弁当を三人分レンジで温めたのだろう。

すでにバリバリと開封して箸まで割ってスタンバイしているゼノヴィアを見て、ナインは肩を竦めた。

 

「まぁ、空腹を押してまで仕事をする人ではないようですがね…………」

「はぁ…………」

 

溜息を吐くイリナの横を通り、ゼノヴィアの向かいの席に向かった。 それに続いてイリナもナインの後ろを付いて行き、朝食にありつくのだった。

昨晩のナインとの論争も、ゼノヴィアの頭からは根こそぎすっぽ抜けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「なんですかこの恰好は」

「それが本来の教会の制服だ」

 

朝食後、身支度を整えた教会一行はリアス・グレモリーの根城である学園に向かっていた。

ゼノヴィアとイリナは、ピタッとした動き易そうな戦闘服の上に、大きい白いローブを羽織っている。 以前ナインと地下牢で対面したときと同じ服装だ。

 

それに対してナインは――――神父服だった。 白装束、そして胸に十字架を提げた聖職者。

 

「あ、お前! 神父服の上に上着を着るなど邪道だぞ! 脱げ!」

「うるさいですねぇ、これくらい問題ないでしょう?」

 

真っ白い神父服に耐えられなくなったのか、ナインはいつもの赤いスーツの上着を上に羽織った。 ますます変になる。

 

「ダッサ…………」

「神父服の方がよっぽどそれに当て嵌まると思うのですがね。 というか、あなた方のそのローブの中身と比べたら全然ましじゃないですか」

 

十字架の架かった真っ白な神父服に、赤い上着という奇抜な恰好に、イリナはうわー、と意地悪な笑みで日頃のナインへの仕返しをする。

すると、ナインが両手で上着を整えていると、見覚えのある建物に気づいて立ち止まった。

 

「着きましたよ」

「む」

「ここが…………悪魔らしい雰囲気の出てる場所ねぇ……」

 

本来はゼノヴィアとイリナが先頭に立って行くのだが、いまは道案内ということでナインを先頭に歩いていった。

この地を管理する悪魔――――紅髪の美女、リアス・グレモリーが居る校舎。

 

するとナインは、旧校舎の前に立っている人影を視認して目を細めた。

 

「…………こんにちは、御機嫌よう……ナイン・ジルハードさん」

「あなたは…………」

 

ナインは笑みを浮かべた。 予想外にも、出迎えたのは黒髪を後ろで束ねた気品溢れる大和撫子―――リアス・グレモリーの「女王(クィーン)」。

 

「姫島朱乃ですわ。 先日は突然斬りかかってしまい、誠に申し訳ありません」

「ほう、悪魔にも理性はあるのかむぐ―――――!?」

 

好戦的になったゼノヴィアの口を、ナインは手で塞ぐ。 しかし彼に慌てた様子なく、ゼノヴィアをさらに後ろに退けて朱乃の前に立った。

 

「いやいや、こちらもとんだご迷惑をね。 本当ならば私のような色々な意味でインパクトの大きい人間にアポイントを取りに行かせるこちらにも非があるのですよ」

「むー! むー!」

 

ナインは深々とお辞儀をする朱乃に返礼をする。 そして、彼女に包みを持たせた。 花柄の可愛らしい包み袋を見て、イリナは「だからどこから出したのよ……」とつぶやいた。

 

「あら、これは……」

「なにも戦争しに来たのではないのだから、餞別です。 ローマの土産……ああ、毒は当然ながら入っていないのでご安心を―――――なんなら、ここで試飲しますか?」

 

ナインの顔を覗き込む朱乃。 長い黒髪が揺れて、ナインの至近距離に彼女の顔が迫る。

いつもの笑みで朱乃の整った顔を迎えるナインは微動だにすることはない――――神父服のポケットに手を入れたまま、微笑んだ。

 

「悪魔にヴァチカンの名産はお嫌でしたか」

「…………その前に、私たち、未成年なんですわよ」

「あ…………」

 

包みに入っていたのは、酒だった。 ナインは自分の額をお茶目にバチンっと手で叩く。

 

「おっとこれは失敗」

「…………アーシアちゃんの言っていた方とは随分イメージが違いますわね」

「…………ちなみにどんな?」

 

朱乃はナインから体を一歩離し、半身になって手で誘うように返答した。 いや、これが返答とは納得し難いが、そのことにはナインは触れもしなかったことは言うまでも無い。

 

「主が待っています。 こちらへどうぞ」

「では遠慮無く。 ほら、ここからはお二人が先立つ手筈でしょう?」

「ああ……」

「ええ」

 

朱乃に続き、ゼノヴィア、イリナを先に行かせナインは最後尾に付いて旧校舎に入って行った。

昼間の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

「初めまして、私がリアス・グレモリーよ……二人は……」

「先日、この男に挨拶に向かわせた……随分と世話になってしまったようだがな」

 

魔方陣が張り巡らされた部屋に何の疑問も抱かず、堂々と悪魔の居る教室に入った三人。

誘導した朱乃は、いつの間にかお茶を入れて相応の対応している。

 

すると、リアスの側から驚きの声が上がった。

 

「イリナ…………お前、イリナなのか!?」

「イッセー……くん。 懐かしいわね」

 

感動の再会……なのだろうが、イリナは憂いを秘めた表情で自分を知る茶髪の男の子を見る。

リアス・グレモリーの「兵士(ポーン)」。 快活な見た目の少年。

 

「こら、イッセー挨拶なさい」

「あ、すみません部長! …………え~、俺、リアス・グレモリーさまの『兵士(ポーン)』をしております、兵藤一誠と言います!」

 

主であるリアスに小突かれ、ビシっと挨拶をする一誠。

 

「二人は知り合い?」

 

イリナが頷いた。

 

「はい、幼馴染でした。 でも…………」

 

再び憂えた瞳で一誠を見た。

 

「悪魔になっているなんて…………運命って、やっぱり非情なものなのね、イッセーくん」

「俺も、驚いたぞ……クリスチャンだって聞いてたけど……もうそんな立派に教会の人間やってたなんてな」

 

見つめ合う二人。 この様子を見て、ナインは聞こえないように、見えないように笑みを浮かべた。

 

「感動の再会……とはならなかったようだけれど、本題に移るわ……いいかしら?」

「構わないわ」

 

そう聞くリアスに、イリナがはきはきと返事をした。 そして、ゼノヴィアが前に出て説明を始める。

 

「単刀直入に説明すると――――聖剣が奪われた」

『…………!』

 

一同が反応する。 悪魔が危惧する聖なる剣…………悪魔の鬼門と言ってもいい教会の対悪魔のリーサルウエポン。

それが、何者かに奪われた。 教会ですら所在不明となってしまったその聖剣は、教会が管理しているよりもずっと危険度が増す。

 

リアスは紅髪をたくし上げて冷静に聞いた。

 

「奪った者は……何が目的で?」

「目的は解らない……だが、判明しているのは、教会の人間と、堕天使、コカビエル」

「コカビエル…………そんな、大物が出てきているの?」

 

ああ、とゼノヴィアは頷く。 今度はイリナが口を開いた。

 

「聖剣を奪い返すことが本命だけど、コカビエルとの戦闘もたぶん避けられない」

 

リアスが僅かに生唾を飲み込んだのを、ナインは見逃さなかった。

嫌らしい笑みを浮かべて佇む赤い神父…………それはなんとも魔的で、神父とは思えない風情を感じさせる。

 

すると、リアスもその笑みを見逃さず、二人の後ろに隠れるように佇むナインを睨んで言った。

 

「…………先日は悪かったわね――――ナイン・ジルハード。 アーシアから大体の貴方の素性は理解したわ」

「ほう、アーシア・アルジェントさんが? すごく震えていたので、私のことなど話す気力も無いかと思いましたが……案外強い精神だ」

 

ゼノヴィアとイリナが道を空けたので、ナインはお構いなしに正面まで歩いて行く。 リアスと対峙したナインは、そう言葉を紡いだ。 それに、リアスは目を細める。

 

「正直驚いたけれど、教会の上層部の正気を疑うわ。 大量殺人者を釈放するなんて……いくら聖剣を取り返すと言っても、もっと違う術師はいたはずよ?」

「”紅蓮の錬金術師”という名誉の称号を与えられながら、同錬金術を使う研究者たちを爆殺――――後、投獄された……そして現状。 これは天界は承知の上なのかな」

 

先ほどまで黙っていた金髪の少年――――木場祐斗もナインの経歴と現在ここに健在している事実を指摘した。

 

「天界が承知かどうかは私たちも与り知らない。 なにせ、教会の上方からこいつを釈放して戦力として連れて行けとだけ言われたからな」

 

ゼノヴィアが真剣な眼差しでそう言った。 ナインは黙ったまま、今度はイリナが前に出た。

 

「教会の錬金術師で、称号を与えられるのは一部で、しかも極稀にしか選出されない……上からの厳選の下、考えられ、与えられるもの。 ここにいるナイン・ジルハードはその狭き門をくぐり抜けた実力がある――――他の錬金術師では、替えは利かなかったのよ」

「それも、アーシアからは聞いていたけれど……でも……」

 

それでも納得はいかないようだが、それも当然だ。

殺人者は殺人者。 能力があろうとなかろうと、この男は人の理道を外れ狂った犯罪人。 その爆殺の理由がどうあれ、魔が差したのであれ、こんな――――。

 

「こんな危ない目つきの人を解放するのは、得策ではないと思うの…………」

「それは余計なお世話というものだよリアス・グレモリー。 現に奴は言動こそおかしいが、社会一般常識は弁えている。 釈放されてからも、私たちに危害を加えたり、それを示唆する言動や行動もしていない」

 

そこに、イリナが割って入った。 彼女しか聞いていないナインのあの言葉。

忘れもしない、記憶に残る、あの――――。

 

「それに、ジルハード本人からも聞いた――――裏切る時は、ちゃんと宣言するって」

「ますます怪しいわね……」

「でも、私たちを裏切るなら、もうとっくに行動に移しているはず。 今になってもこうやって私たちと一緒にいるんだから、問題は無いと思うのよ」

 

その言葉に、一瞬笑みを失くしたナインだったが、すぐに表情は戻った。

 

「…………分かったわ。 悪かったわね、話しの腰を折ってしまって」

「いや、こちらの事情を少しは理解してくれて感謝している。 どうにも、こいつは敵を作りやすい男みたいだからな」

 

横目でナインを見ると、肩を竦めただけで何も言い返そうとしなかった―――自覚はあるようだが。

よし、と頷くとゼノヴィアは本題に話を戻す。 余計なお世話と言ったが、ナインについてはあちらにも理解してもらう必要があった。

 

「その奪われた聖剣を取り返す我々の任務だが――――その最中、あなたたち悪魔には目を瞑って、干渉もしないでもらいたい」

「理由は聞いても?」

 

そうリアスに問われたゼノヴィアは、意を決した表情で青髪を揺らした。

 

「この街に巣食う悪魔が、堕天使と組んだらこちらも困るのでね……聖剣は、キミらも嫌悪するアイテムの一つだろう?」

 

その言葉に、リアスは足を組んで軽く睨んできた。 彼女の身体を、赤い波動が静かに激動する。

 

「私たちが……堕天使と組む? それこそ有り得ないわ」

「そうか、その言葉を聞ければ満足だ、どうにも私たちの判断では信じられないのでね。

この街で一騒動起こす挨拶と合わせて聞いてみたのだが……どうやら杞憂だったらしいな」

 

悪魔が嫌う聖剣を堕天使が奪った。 聖剣を持つ堕天使に協力し、これを機に教会に仇を成そう。 そういう恐れがあったからこそ訊ねた疑問だったのだが、どうやらその心配はなさそうである。

 

しかし、先ほどのオブラートにも包まないゼノヴィアの物言いで、さっきの部室の雰囲気が悪くなっている。

金髪の少年は―――ナインを睨み続けていて止まないくらいだ。

 

そんな雰囲気を気にせず、ゼノヴィアは更なる爆弾を投下した。

 

「話は終わりだ。 お互い敵同士ゆえ、言いたいことも多々あると思う……魔女に早変わりしてしまった元聖女がいるようだが、いまとなってはこちらは何も言わないよ」

 

なにも言わないのなら、そのまま当たり触らずにそのまま去れば良かったのだが―――それをゼノヴィアは理解していなかったようだ。

 

そのとき、ナインはまた笑みを深めた。

無頓着とはときに素晴らしい効果を発揮する。 何も知らずに、自分が戦火を広げているにも関わらず気づかず突き進む猪武者のような短絡な者。

 

悪魔眷属というのを、その仲間の目の前で貶したり侮蔑したりするような言い方をすればどうなるか。 ナインは身を持って知っていたからこその笑みだった。

 

――――戦場の匂いが高まってきた。

 

「お前…………お前らが……アーシアを聖女と言って持ち上げたんだろう!? それを!」

 

茶髪の少年、兵藤一誠が怒号を上げた。 怒りをぶつける。

尚も笑みが止まらない。 可笑しくてたまらない。 するとナインは、高まってきた紅の滅びの魔力の主を一直線に見つめる。

 

論争が繰り広げられる中、リアスは視線を感じてナインを見た。 見つめた。 見つめ返した。

 

ナインはその表情でリアスを察す。

怒っている。 表情は平然としているが、あれは明らかに怒っている者の表情だ。 私には解る。

眷属は家族、家族を傷つけるのは許さない。 問答無用、それが悪魔、それが――――本能最優先の悪魔なのだ。

 

見つめ合う中、その論争に割り入った。

 

「あれは教会の管理不足でしょう」

「な、ジルハード!?」

「…………ジルハード、あなた……自分が何を言っているか――――」

 

予想外の意見に、さっきまで一誠と論争していたゼノヴィアとイリナの視線が一気にナインに集まった。

教会が教会の非を認めてしまったら、面倒なことになる。 それを分かっているのか解っていないのか。

ナインは軽快に舌を滑らす。

 

「アーシア・アルジェントは、自身の神器である聖母の微笑……トワイライトヒーリングを遺憾無く発揮させ、『ケガ人』を治した」

 

そもそも、と指を立てるナイン。

 

「神器とはなんなのか。 セイクリッド・ギア————神の器物の中でも、聖遺物―――レリック、神滅具――――ロンギヌス、色々ありますが、その代物……なにも教会が悪魔や堕天使を傷つけるためだけに宿るモノではないと私は思うのです」

「…………」

 

つまり、

 

「アーシアさんは、己が本分を全うして、そのケガ人という『悪魔』を治したのでは、ありませんかねぇ」

 

だから、教会側はアーシアを咎める資格も、権利も無い。

しかし、教会側にも非は無いとこの男は言う。 責を負う必要はどちらにも無い。 だって――――

 

「アーシアさんは、自分の意志で悪魔になったのだから、ここは彼女の新しい一歩を祝ってあげるのもまた、元同志の役割でしょう。 はい、拍手ー、パチ、パチ、パチー、と。 こんな感じですかね」

「バカにしてんのかテメェ!」

 

一誠がナインを睨みつけてそう吠えた。 こういう人間と会話をすることに耐性が無い者ならば、間違いなく激怒するであろう。 この茶髪の少年は何も悪くない、これは仕方のないことである。

 

「バカになんか……してるわけないじゃないですか。 本当に祝しているのですよ私は。

新たな人生を歩み出したヒトを祝ってはいけないのですか」

「言い方がムカつく!」

「私は話しの内容を問うているのですが……ああ、私の喋り方が癇に障りすぎて話しの内容が頭に入って行かないのですか、それは困った――――ゼノヴィアさん、要約をお願いします」

「嫌だ、お前の言う事はいちいち遠回りで訳すのが面倒だ」

 

おや、それも残念、とナインは肩を竦める。 そこに――――リアスの後ろから出てくる人影が存在した。

 

「聖剣の作成、研究に関わる者は、皆こうなのか」

「いや、こいつが特殊なだけだ――――グレモリーの『騎士(ナイト)』」

 

ナインの態度に対する憎悪の念が、木場祐斗を怒り奮わせ前に出させた。

 

「研究者……錬金術師」

「はい」

 

キッと、ナインを睨んだ。

 

「聖剣計画を知っているか」

「否か応かと聞かれれば応ですよ」

「僕は聖剣のせいですべてを失った」

「はぁ……」

 

ナインはきょとんとした風に祐斗を見た。

 

「キミたちの研究する物のせいで、どれだけの人間が……仲間たちが犠牲になったか」

 

震える声で祐斗はナインに一歩踏み出る。 ナインは瞳を細めて考えた。

以前も感じたこの憎しみの情――――仲間を貶されたからでも、自分をバカにされたからでもない。

本能的に、ナインは感じた、この少年の憎悪の正体を。

 

「あ~、なるほど。 聖剣計画の……被験者でしたか。 それはお気の毒……ですね」

「―――――」

「祐斗、ダメよ下がって!」

 

リアスの声に、祐斗は瞬間的に動きを止めた。 しかし、ややあって祐斗は再びナインに躍りかかって行く。

ズァァァ、と不気味な音を響かせて、しかし流れるように魔剣を空間から抜き放つ。

 

「僕は、僕たちは――――お前たちの画策した聖剣計画のせいで――――」

「あ~……………………下がってください、ゼノヴィアさん、紫藤さん…………この人の用があるのは私です」

 

ゆったりとした口調で、聖剣を抜こうとしたゼノヴィアとイリナを手で制した。

あのときと同じく、再び、黒い剣を振りかぶってくる少年を見て――――笑みを深めながら両手を合わせる。

 

「許しましょう、あなたの憎悪は確かに正当。 そして、本能を、悪魔に抑えられるわけないんですから仕方が無い――――ですが、恨む人を間違っている」

「おい、お前――――」

 

ゼノヴィアが目を見開いた。 両手を合わせた瞬間に、聞き慣れない音が響いたからだ。

合わせた際に鳴る音にしては酷く響きすぎる。

 

「でもそれも別にいい。 私を恨んでもいいですよ。 私はただ―――――」

 

絢爛な絨毯が広がる床に、ナインはその両手を叩き付けるように触った。 その瞬間、祐斗が斬りかかる直前に、地鳴りは起こり始める。

雷が――――部室中に駆け巡ったその瞬間、光に包まれる。

 

「――――花火が見たいだけなので」

 

――――大規模爆発が引き起こされる。 部室を走った数十条の雷は、壁、扉、窓、すべてを巻き込んで一つの危険な爆弾と化した。 あまりにも大きな揺れに、斬りかかろうとしていた祐斗も若干バランスを崩す。

 

「くッ…………!?」

 

旧校舎が――――こんなにも大きな建物が倒壊していった。

リアスやゼノヴィアたちの他、術者であるナインをも巻き込み、崩壊していく。

 

「イッセー! 皆!」

「部長!」

 

この旧校舎には結界や障壁が張られている場所が何か所もあるのに……それを嘲笑うかのようにこの謎の爆発は結界ごと食い破って呑み込んでいく。

 

リアスはナインを見て、一瞬だけ恐怖を覚えた。

倒壊している最中も、自分の足場が崩れる様すらも笑みを浮かべて見送るナイン――――。

 

旧校舎は、全壊に近い半壊で原型も留めずに無残に崩れ去って行ったのだった。

 

 

BOMBER is MADNESS.




急降下爆撃ならぬ、旧校舎爆撃を敢行。

祐斗の再度の好戦的な態度にナインくんもついに我慢し切れず感化されてしまったもよう。 仕方ない、爆弾魔だもの。 こういった行為がなければ爆弾魔、犯罪者、殺人者なんて呼ばれていませんものね。 語りすみません(汗)

甘いラブコメ? 無いスよそんなの。 爆発させて爆発させて花火を見るのがこの人の趣味なんだから。
ナインは火薬の匂いでもイク作者公認の変態くんです※ただし作者は至って正常です。

ひょか、感想受け付けます。 この超展開に耐えられる読者はいるはず(確信)

あと、誤字脱字も報告お願いします。 直します!


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5発目 紅蓮と赤

遅くなりました。 すみませぬ 5発目どうぞ。


「まったく無茶苦茶をするなあいつは!」

「ホントよ、巻き込まれたらどうするのよ――――って、もう巻き込まれたんだっけ」

 

崩れ去った旧校舎。 何もかもを吹き飛ばす大爆発。

半壊した旧校舎は、二次災害の恐れもあったため各々然るべき防策行動を取っていた。

 

木端微塵に爆発四散した旧校舎の残骸上に、ゼノヴィアとイリナは聖剣が作り出す結界を張って身を守る。

神々しい光が彼女たちを包み込んでいて、大爆発の衝撃を防いでいた。

 

「私たちの部室を…………!」

 

リアスたちは無事だったようだが、眷属たちの学生服が所々破れ、さらに多少の擦り傷が見て取れた。

結界を張って建物の倒壊による災いを防いでいたリアスと朱乃だったが、彼女たちもまた無傷とはいかなかったようだ。

 

「皆、大丈夫?」

『はい、部長!』

 

結界を解いたリアスと朱乃は、辺りを見回してみる。 ほぼ全壊だ。

部室があった場所は当然跡形も残っていない。

 

念のためという意味合いで教会三人が訪問する前に学園全体にも結界を張っておいて正解だったとリアスは安堵した……が。

 

「う…………くっ――――」

「祐斗さん、しっかりしてください!」

 

癒しの御手が祐斗を照らした。

アーシアは涙声で、自身の神器(セイクリッド・ギア)、「聖母の微笑(トワイライトヒーリング)」による治癒の能力で祐斗の傷口を治していく。

 

彼は直接ナインに斬りかかっていったため、かなりの重傷を負っている。

一つの建物を一瞬で半壊させるほどの威力の大爆発をまともに喰らいながら、木端屑のように吹っ飛ばされていないのがせめてもの救いだろう。 

 

「ナイン・ジルハードは?」

「分かりません、でも、あれは明らかに自分も巻き込まれてて…………それにあそこにいるのは二人だけで……」

 

一誠がゼノヴィアとイリナの方に指を指し示した。 確かに、少し離れたところには結界を張ったあの二人しかいない。

リアスは辺りを見回してこの大爆発の犯人を探した。

 

「まさか、自分も巻き込んで瓦礫の生き埋めに―――――」

 

リアスがそう思うが…………にわかに、瓦礫が吹き飛ぶ音が響いた。

近くの残骸の山が小さな爆発を起こして穴が生じる――――その中から術者、ナイン・ジルハードは出て来た。

 

瓦礫を片手で退けた後、スーツに付いたほこりを手で払う。

 

「残念でしたね。 私、こういった災害には何度も遭っているので脱出は易いのです」

「…………どういう理屈よ………………全部巻き込んでたじゃないの……」

 

あくまで冷静なリアスはナインを睨む。 根城であり、そしてリアス自身の大切な居場所だった所。

オカルト研究部の部室を吹き飛ばされた。 この事実に静かな怒りを、あの常に薄笑っている青年に向かって最大限に差し向ける。

 

口角を上げて息を吐くナインは、その視線すら心地よく感じている。

 

「…………やぁ、私睨まれてばっかりですね。 別にいいですが。

脱出が易いと言ったのは…………こういう場合ほとんど自分の爆発でこういった災害に遭っているんですよ、実を言うとね。 だから慣れています。 何事も経験ですよ、経験」

 

(自分のせいか!)

 

ゼノヴィアとイリナがナインに心中でツッコミを入れた。 自業自得じゃないかと。

 

「そう、こういった災害にはよく遭っていたので…………建物の瓦礫や障害物がどこに落ちるか、また、どこが安全に走り抜けられるか、それをすぐに判断できるんです」

 

少し得意げにそう言うと、結界を解いたゼノヴィアが、イリナとともにナインの傍まで近づく。 瓦礫を跨いだり避けたりしながら文句を垂れた。

 

「味方を巻き込んで……感心せんぞ、ジルハード」

 

しかし、瓦礫の途中で立ち止まったイリナが生唾を飲み込む。 隣に居たゼノヴィアはそれに気づいた。

 

「…………」

 

残骸に目を落としていく。

旧そうな造りだったが、立派に校舎としての役目を果たしていた建物。

それが木端微塵に消し飛ぶ。 形ある物が瓦解し無くなる。

自分たちは結界で守られていたから良かったものの、生身であの爆発に巻き込まれていたら一体どうなっていたのか想像するだけでもおぞましい。

 

何より、建造物がああも簡単に崩壊することが彼女たちにとっては驚愕もの。

 

聖剣で振ればこの程度の建物容易く消せるだろう。 事前に爆発物をあちこちに仕掛ければそれも可能だろう。

 

だがこの男は違う。 違ったのだ。 床に手を突いただけ…………。

錬金術はあくまで人間の技だ。 人間が編み出した、魔術にすら劣る、人間の範疇を出ない術。

 

しかし、それだけで建物は瓦礫の山と化した。

 

「これを…………ジルハード一人でやったのよね、ちょっと洒落にならないわよ」

「言ったろう、あいつの二つ名は、そういうことだ。 そして、あいつはそうやって唐突な行動に独断で移る」

 

ゼノヴィアがイリナの前にある障害物を退けてあげた。

すると、少し間を置くと、彼女はゼノヴィアに質問する。

 

「ゼノヴィアって、ジルハードのこと前から知ってた風にしてるわよね? あの地下牢で会ったときも、知り合いみたいだったし」

「…………実はな、あいつが事件を起こしたあと――――私は聖剣を携えて処理班に同行していたんだ」

 

イリナが驚いた表情をした。

当然、裏話である。

ナイン・ジルハードは犯行後、捕縛されて牢に入る。 これが表。

しかし、過程は違った。

 

イリナが目を見開くと、そのままゼノヴィアは目を瞑って言う。

 

「ナイン・ジルハードを……処理――――――うそ……?」

「本当だ。 そう、本来ならば例のはぐれ神父と同様に、処理班に粛清されるはずだったんだあの男は」

 

リアスたちと静かに、そして長く睨み合うナインを見てゼノヴィアは溜息を吐く。

 

「処理班の裏をかいたつもりだったのか、それとも本当に命を諦めていたのかは知らないが、あいつは少しの抵抗も無く処理班の粛清を受け入れようとしたんだよ」

「…………」

「その行動が不思議で……不可思議で……不気味すぎて、私は聖剣を手にしながら唖然とするだけだった。

その場にいた処理班も、全員が銃剣を前に突き出そうとはしなかった……そして、結局は捕縛に留まった」

 

声が出ない。

そんなバカなことがあるものか。 憎まれ口や皮肉しか叩かないあのナインが、おとなしく殺されようとしていた?

 

「いままであの数十の銃剣に囲まれて薄ら笑いする男は初めて見た。 いまでも覚えている。 両手を挙げて、へらへらと…………串刺しだぞ? 絶対にしたくない死に方だ」

「は……ハハハ……面白いな~ゼノヴィアは………………つ、作り話でしょ?」

「…………だと良かったがな。 本当にいたんだ、主のためでもなく、何のためでもなく、死ぬのが怖くない狂った奴が。 それが、紅蓮の錬金術師の正体だ…………!」

「私の正体はいまも昔も変わらず、脆い人間ですよ。 ヒトを化け物みたいにヒソヒソと、ああ、ひどいひどい」

 

いつの間にか、リアスたちとの視線を外してこちらに向いているナイン。 瓦礫に埋まっていた石を拾い、ポンポンと弄んでいた。

その肩を竦める様子に、ゼノヴィアは正面から向いて口を開く。

 

「聞きたい。 お前はあのとき、自分は殺されず、生きて牢に繋がれることを予想していたのか……いや、予想だけではあんな落ち着き払ってはいられまい…………確信していたのか?」

 

ゼノヴィアが鋭い目つきでナインを見る。 ただでさえ鋭い双眸をする彼女の押しに、だがナインはまた薄ら笑って―――空中で石ころを破裂させた。 乾いた音のあと沈黙が続いたが、やがてナインも口を開く。

 

「予想も、確信も、無いですよ。 ただ、好きなことをしたあとだったので…………」

「は…………?」

 

イリナが素っ頓狂な声を出す。 次にナインから出た言葉は、二人を戦慄させた。

 

「ほら、こう…………快楽の後って…………ねぇ?」

「…………?」

 

言いずらそうに、頭をカリカリ掻くナインに、いい加減焦れてきたゼノヴィアとイリナ。

 

「その……………いわゆる賢者タイムというか……絶頂後のテンションが落ち着いちゃう、という感じ、かねぇ?」

「…………………………………………変態だ」

「ねぇ、ゼノヴィア。 こいつって、本当に優秀な錬金術師だったの? 明らかに人間の範疇を超えた変態じゃないのよ!」

 

実際、笑い事ではないはずだが、あまりの非常識な過去の行動に二人から乾いた笑いが生じた。

すると、瓦礫を踏む音が近くから聞こえてくる。

 

「こちらのことを忘れているのでなくて?」

「ああ…………?」

 

声のする方を向くと、リアスが豊満な胸の下で腕を組んでこちらを睨んでいた。 主に、ナインに向けて、だが。

しかし、未だに彼女の騎士である木場祐斗は動けない。 アーシアの治癒によって回復には向かっているだろうが、すぐにというわけにはいかなかった。

 

「ナイン・ジルハード……私は、あなたを許さない!」

「あなたの眷属が先に手を出してきた。 本来はイーブンだ、紅髪のお嬢様、フフっ…………」

「それでも―――――」

「別にこの校舎、建て直してあげてもいいですよ。 いやいや、そんな殺意が湧くほど大切な物とは思わなかった――――建て替えましょうか? 文字通り」

 

錬金術。 爆発性の物質に替えられた建造物の一部は戻ることはないが、ここの瓦礫を使えば――――

 

「厚みを少し薄くすれば建て直せますよ。 もっとも、陣を書く時間を少々いただく事になりますがね」

「結構よ!」

「そうですか、ではお話し合いは終わったので、私たちはこれで退きますか? ゼノヴィアさん、紫藤さん?」

 

そう言って、錬金術による修復を断られたナインは、ゼノヴィアとイリナに声を掛けて去る。

過剰ではあったが、あれは正当防衛でもあったためゼノヴィアとイリナは何も言わない。

 

しかし、リアスがそれを許さなかった。 旧校舎の主がそれを許さない。

気付いたときは、ナインの足元に滅びの魔力が被弾していた。

 

「…………ふ」

 

瓦礫が消し飛んで煙を立てる足元を見ると、ナインは嫌らしい笑みをリアスに向ける。

来るのか? 来るのか? と。 ナイン本人としては、別にこれでお開きで十分構わなかった。

だが、あの紅髪の美女がそれを許さないのなら仕方ないだろう、と内心ほくそ笑んでいた。

 

「…………ナイン・ジルハード。 これは私と………………」

 

魔力を放った手をそのまま己が眷属たちに向ける。 胸の前でその手を握り締めた。

 

「私の眷属たちの……プライドよ」

 

険しい表情でこちらを凄むように見てくるリアス・グレモリー眷属。

ナインはその笑みのまま、去ろうとするゼノヴィアの肩を一つ叩いて親指でそれを指した。

 

気付いたゼノヴィアは振り返る。 リアスたちを一瞥すると、何か憂いを秘めた瞳でナインを見た。

 

「…………やりすぎ感はあって、少し申し訳なく思ったが…………懲りないな、悪魔は」

教会(わたしたち)とのいざこざが嫌ならそんな無駄なプライド捨てれば済むことなのに…………」

「忘れてるのではありませんか? 彼女は貴族だ、筋金入りのね。

教会の期待の新星であるあなたたちを相手にしても守りたいんだ、矜持ってやつを…………」

 

「扱いやすい」、と鼻で笑って肩を竦める。

 

三人が振り返ったときは、すでに茶髪の少年――――兵藤一誠が前に出て来ていた。 そして、治癒されている最中のはずの金髪の少年もそこにいる。

 

「祐斗、あなたはダメよ――――傷が深すぎるわ」

「いえ、やります。 やらなければ、いけないんです!」

「木場…………」

 

再び少年の瞳に炎が宿る。 魔剣を抜き、辺り一面にも出現させていつでも戦える態勢を取った。

一瞬、友を心配する表情となる一誠。

 

しかし、まだ回復し切らない祐斗の身体を見たナインは笑って言った。

 

「いいんですか? 傷だらけですよ、それで私の相手が務まるとは思えない――――でもま、そちらがいいならいいんですけどね」

 

相手が負傷していようと、疲れていようと、戦う意志を見せれば相手をする。

戦おうという意志を持つ相手に労いなど不要。 むしろ失礼に当たるもの。 傷口をさらに抉って嬲り斃す。 そういった思想もナインの特徴の一つだ。

 

「木場、やっぱりお前やめとけ…………あいつのよくわかんねェ爆発で負傷させられたばっかりだろ?」

「いや、僕は――――が―――――」

 

一誠の忠告を振り払う祐斗。 しかし、ナインの顔を見ると付けられた傷がたちまちズキズキと痛みを伝えてくる。

本能の拒絶反応。 あれとは戦ってはいけないと身体が警報を鳴らしている。 眩暈もしてきた、いよいよまずい。

 

「祐斗、やっぱり…………」

「だったら、せめてこちらの片方と戦わせてもらいたい…………!」

 

戦うこと自体を止めさせたかったリアスだったが、彼は止まらない。

一方の裕斗は、本能には従ったものの、今度はゼノヴィアかイリナを指名する。

聖剣の使い手にも、物申したいことが山ほどあるのだ。

 

「私が出よう」

「ゼノヴィア…………」

 

すでに取り払われている白い布。 そこには、少女の体躯におよそ似合わぬ巨剣がある。

独特の柄を持った巨躯の聖剣。 切っ先は三つに分かれている。

 

「『破壊の聖剣』、エクスカリバー・デストラクション。 さぁ、やる気ならやろうか『騎士(ナイト)』 聖剣計画の生き残りということは……先輩ということなのだろ? 先立っている者として教授して欲しいものだ」

「破壊の…………聖剣!」

 

かの聖剣を目の当たりにしてアーシアと一誠が身震いする。 見ているだけで悪寒がする、対悪魔の聖なる剣……一般人が見れば神々しく、悪魔から見れば神々しさが禍々しく見えるだろう、錯覚ではない。

 

一誠は二人が対峙するのを見て、自分も身を引き締めた。 神父服に赤い上着という不格好な青年に視線を向けた。

 

「お前の相手は、俺だな…………ナイン・ジルハード……だっけか?」

「…………よろしく」

 

ポケットに片手を入れたまま言葉少なに返すナイン。 視線は一誠にではなく、彼の左腕。

 

神器(セイクリッド・ギア)ですか。 肘まで覆う赤い籠手……はて、どこかで聞いたことのある伝承だ」

「ブーステッド・ギア、赤龍帝の籠手だよ。おそらく、伝説の二天龍。 その片割れだ」

「ああ、それで……」

 

やっと気づいたナインにゼノヴィアは溜息を吐いて呆れる。

 

「これくらい知らんでどうする。 教会で学んだのではないのか」

「別に…………興味も無かったので、記憶に留める必要もありませんでした」

「…………はぁ、お前というやつは」

「殺した相手の顔は覚えているのですが、どうもね」

 

そう言いながらゼノヴィアの傍を離れ始めるナイン。 場所を変え、校庭に到達した両タッグの戦いは開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

「燃え尽きろ、そして凍て付け! 『魔剣創造(ソードバース)』!」

 

燃え滾る炎剣、凍り付く氷剣。 対となる二つの属性を持つ細剣が木場祐斗の両手に握られる。

ありとあらゆる魔剣を、あらゆる場から出現させることのできる神器(セイクリッド・ギア)。 騎士として相応しい刀剣召喚系神器。 さらにそれを変幻自在のスピードで持ってゼノヴィアを攻め立てる。

 

「細く脆そうな刀剣だ……それでは甘いぞ、リアス・グレモリーの『騎士(ナイト)』よ!」

 

終始押しているように見えた祐斗の剣戟は、しかしあっさりと打ち砕かれる。 炎剣と氷剣を一度の斬撃で四散させられた祐斗はやはり驚愕した。

 

「これが聖剣か…………やはり堅い…………!」

「逃がさん!」

 

祐斗が身を引こうとしたその瞬間、ゼノヴィアはその巨剣を地面に突き付ける。

刹那に起こる大破壊は、大地を揺らし砕いた。

使用者の地面からクレーターが出来上がる。 範囲内にいたら大ダメージは免れない。

 

かろうじて破壊から逃れた祐斗は、不敵に笑むと同時に冷や汗を頬に垂らした。

 

「…………七つに分けられてもなおこの威力。 七本すべて消滅させるのは、修羅の道か」

 

負傷もしている。 そしてこの威力の差。 果たしてこの差をどう埋めるか、祐斗は必死に打開策を思考する。

すると、ナインがゼノヴィアに向いて頭を掻いた。

 

「危ないですね。 味方を巻き込むとは感心しませんよ」

「その言葉、数分前のお前にもう一度返してやる、ジルハード。 あと、巻き込まれてないだろう、文句を言うな」

「………………なんであの揺れで微動だにしないのよ」

 

尻もちを搗いたイリナの独り言のような愚痴をナインは聞き流して一誠に向いた。 こちらも戦闘開始だと言わんばかりに動き出す。

十字架と赤い上着を揺らしながら走り始めた。

 

「…………目障りな十字架だ。 千切り捨てたいなぁ」

「そこ! 聞こえてるわよ! 十字架取っちゃダメ!」

「地獄耳紫藤さん。 面倒な」

「よそ見するなよ、赤い奴!」

「おおっと」

 

赤龍帝の籠手―――ブーステッド・ギアによる倍加の力。 10秒ごとに持ち主の力を倍にする神器。

先手必勝とばかりに一誠はナインに拳を叩き込もうとかかってくる。

 

時間稼ぎも必要な彼の神器。 また、彼の地の力も弱いため、かなり重宝する強化神器。

だが――――。

 

「ついこの前まで一般人をやっていた人の相手とは、悪魔も末ですね」

「不満かよ! ていうか、俺が元一般人だっていつ知った!?」

 

右手で一誠の左腕――――籠手側の腕を掴み止めたナインは、その問いににやけて答える。

 

「いまこのとき、あなたの動きで。 随分頑張っているようですが、素人部分が隠しきれていない動きがちらほら。 まぁ、時としてそのような初心の動きにやりづらいというプロもいるかもしれませんが」

 

瞬間、一誠の持つ籠手に謎の雷が迸る。 錬成の前兆――――。

 

「あれ?」

 

しかし終始にやけていたナインは急に笑みを止める。

刹那、弾かれる。 パァンという激しい音が校庭に響くと同時に、ナインは一誠から手を放して後退していた。

 

「おかしいな」

 

手を握ったり開いたりするナインは、一誠の籠手を見た。 すると、得心したように笑みを浮かべる。

 

「ああ、そうか。 いやいや、私もまだまだだ。 伝説の二天龍は錬金術も抵抗(レジスト)するのですか。 勉強不足ですみませんね」

 

不気味にへらへらと笑う。 その様子に、一誠は嫌な顔をした。

 

「マジで変な奴だな……それでいいのか教会……」

『相棒』

「…………ドライグか? なんだよ」

『よく聞け相棒。 いま、俺は意識的にあいつの術技を弾いてやった』

「は…………?」

『俺もなるべくフォローするが、俺自身がそちらに意識すると倍加される時間が長引くから言いつけておく――――あいつの両手には極力触れるな、そして触れられるな。 触れられたら、相棒が意識してあいつの技を弾け』

「おいおい、言ってることがよくわからねえぞドライグ!」

『頼んだ。 俺をしても知らん術を使うぞあいつ。 いや、理屈では分かるが、本当に実行している奴を見るのは初めてだ――――いきなりで悪いが、赤龍帝存亡の危機かもわからん』

「!?」

 

驚愕。 赤龍帝の籠手、ブーステッド・ギアの本体であるドラゴン―――赤い龍(ウェルシュドラゴン)、ドライグが知らせた事実につい声に出る。

しかし、なんで触れてはダメなのか。 どうして両手に触られてはダメなのか解らない。

おそらくドライグも、なんらかの危険を感じて弾いたのだ。

 

『仕組みは解らん、錬金術も俺は門外だ。当然、ドラゴンだからな。 だがあれは、明らかにおかしい。

それと、予想するに、人体に直接干渉しようとする錬金術だ―――だから、触れさせないに越したことはないだろう?』

「た、確かに…………さっきからチラチラ見えてるあいつの掌、不気味すぎて触れと言われても触りたくないからな」

 

よし、と気合を入れた…………が、その直後――――腹に激痛が走る。

視界がぶれ、脳が揺れた―――――不敵ににやけた顔をわずかに視界に捉えた。

 

「あ…………ぐあ――――?」

「イッセー! あの子は余所見を…………!」

「独り言なら余所でやりましょう。 じゃないと弾けちゃいますよ?」

 

いつの間にか横に移動してきたナインに、鳩尾に膝蹴りを見舞わられる。 両手をポケットに突っ込んでやる気のなさそうに放ってくる蹴りにしては重過ぎる一撃。

それは、錬金術師とはいえ、教会の戦士に劣らない武闘派のそれだった。

 

「どうやらその左腕。 今の私では爆発させられそうにないようなので、生身を行かせてもらいますね?」

「うっそ………だろ、しまっ―――――」

 

目を見開く一誠の視線は己が右腕に。

悶絶している隙に掴まれたのか―――万事休す。 だが、とっさに地を蹴り捻るように空中で回転した。

 

「ふむ、ならばもう片足ももらいましょう。 おまけなので、線香花火でいいですか?」

 

蹴り上げた足すらも今度は左手に掴まれた。 これはいよいよまずい。

 

「くぅ――――そぉぉぉぉおぉっぉ!」

「終わりだ、ジルハード」

「む?」

 

両手で片腕と片足を掴むナインに、ゼノヴィアがその手を掴んで止めていた。

少し不機嫌そうに睨むナインに、彼女は顎で指す。

 

指した先には―――悔しそうに倒れ伏している祐斗がいた。 腹を押さえているが、それでもなおゼノヴィアを目で追うのを止めない。

ナインはそのままの格好で手を開いた。

 

「ぐ――――あ!」

 

腰に地面を打ちつける一誠。 解放されたことより、打ちつけた腰に痛そうに手をやる一誠を、小柄な銀髪の少女が素早く回収しに来た。

 

「ちょ、小猫ちゃん? 痛い痛い! 片足だけ持って引きずらないで! 擦れる擦れる!」

 

すると、足だけ持ったまま、少女―――塔城小猫は無表情でナインを見詰めた。

 

「…………なにをやろうとしたんですか」

「…………さて。 大きくて綺麗な花火は女性は好きだと聞いたのですが。 見たくなかったですか」

「…………やっぱり、あなたは危険です。 アーシアさんが気絶しそうになるのもうなづけます」

 

ゼノヴィアが手を放すと、ナインは前髪を掻き上げた――――そして笑う。

 

「なにをやろうとしたかも解らないのに、危険だとなぜ解るのです?」

「なんとなくです。 本能。 事実、あなたは私たちの居場所を消しました。 祐斗先輩が先に手を出したとはいえ、その事実は揺るがない」

 

では、と言って一誠の片足を持って引きずって行く小猫。 その後ろ姿をにやにやしながら眺めるナインに、イリナは手を取って引っ張った。

 

「行くよ。 あっちも敗北を認めたようだし、帰るの」

「では、先の件、よろしく頼むぞリアス・グレモリー」

 

そう言うゼノヴィアに、リアスは鼻で少し息を吐いた――――目を閉じる。

 

「ええ、敗北を認めるわ。 そして、件のことも任せて頂戴――――手は、出さないわ」

「それを聞けて安心した。 あと、兵藤一誠……だったか、赤龍帝」

「お、俺か? な、なんだよ…………」

 

ナインは止まる。 腕を引くイリナごと微動だにしなくなり、それはまるで二人の会話に耳を傾けているような……。

 

「『白い龍(バニシングドラゴン)』は目覚めているぞ」

「――――――!」

「ちょっと、いきなり立ち止まらないでよジルハード!」

 

間抜けたBGMを背景に対峙するゼノヴィアと兵藤一誠。

それだけ言い残すと、ゼノヴィアは白いローブを翻して引き返していった。

 

立ち止まるナインとイリナを通り過ぎると同時、やっと動き出すナイン。

 

「邪魔をするとは、ひどいなぁ。 せっかくゾクゾクするような花火が見れると思ったのに」

「私も、あの騎士を聖剣ではトドメを刺さなかった。 消滅させるのは本当に私たちに害をなしたら、だ。 一方的に滅ぼすのは、色々まずいのでな」

 

「しかしそれよりよくもまぁそんな細くて綺麗な腕であのような大剣を振り回せるものだ。 少し見直しましたよ、ゼノヴィアさん。 てっきりあのときは聖剣は飾りかと思っていましたからね」

 

あのとき。

ゼノヴィアはキッとナインを睨んだ。 一言余計だと。

 

「黙れ、紅蓮の錬金術師」

「恥ずかしいですか?」

「黙れと言っている」

「もう、ケンカしない二人とも!」

 

イリナがそう仲介すると、ゼノヴィアとナインは顔を見合わせて、言った。

 

「あなたに言われたくありません」

「お前に言われたくないぞ」

「う…………」

 

目元を引きつらせるイリナだった。




評価、感想受け付けます。

錬金術はヒトの技の域を出ませんね。

乳龍帝ドライグさんが知らないことってあるんだ(白目)という読者はいたと思います。
爆発の錬金術は思いついてもやろうとする基地外はいまも昔もいなかった。 という設定。

でもなんだか、北斗神拳みたいですよね。

あと、どうでもいいことですが、やっぱり体術が似合うのは二期より一期キンブリーですね。
あの白スーツで殴り合いとか想像できないですわ作者は。 原作でもあまり無かったし。


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6発目 紅蓮の爆弾魔と灼熱の放火魔






リアス・グレモリーへの挨拶を兼ねた釘刺しを終えた教会一行。

夕刻時、ゼノヴィア、イリナ、ナインの三人はマンションに帰宅していた。

 

暑苦しそうに十字架と神父服を脱ぎ捨てるナイン。 黒いタンクトップになった彼はソファーに寝転がってテレビを点けた。

 

「これで、リアス・グレモリーさんへの忠告は済みましたが……それで?」

「ん?」

 

ゼノヴィアとイリナは、ナインの問いに煎餅を咥えたまま返事をした。

テーブルの上にいつの間に用意してあった皿一杯に煎餅が盛ってある。 ナインは頭を掻いて口を曲げた。

 

「聖剣強奪犯の居場所を突き止めるのでしょう? こんなところで呑気していてよいのですか」

 

ゼノヴィアはもぐもぐと煎餅を咀嚼したあと、ごくんと呑み込む。

 

「当面は捜索。 なにぶんこちらも三人という少人数なのでな、人員がもう少しいれば良かったのだが、あちらは堕天使の幹部クラス————慎重に行かなければならない。 人数だけでもこちらが一人劣っているからな」

「なるほど……まぁ、本件はあなたたちが直接ヴァチカン本部から言いつかった任務ですので、私が主導を握るつもりはありませんから、好きにして結構ですがね」

「…………やけに素直ね」

 

寝転がるナインを訝しげにジトッと見るイリナは再び煎餅にかじりついた。

彼はニヤリと笑みを浮かべて身を起こす。

 

「あなたたちの盾や剣になってあげると言ったでしょう。 時が来れば戦います」

「そ、よろしく。 でも、単独行動はしないでよ?」

「はいはい」

「はいは一回!」

 

もう、と腰に手を当てるイリナ。

ナインは笑みのままテレビに視線を戻すが、何を思ったか――――ゼノヴィアもテレビに視線を送る。 何かの事件のニュースのようだったが…………。

 

『番組の途中ですが、速報です。 今日午後4時30分に、駒王町にある一軒家が放火される事件が発生しました。

家の中の人たちは外出中だったため怪我はありませんでしたが、現在警察の捜査と消防隊の消火活動が続けられています』

 

「うーわ…………」

「放火か…………世の中には、下衆な奴もいるものだ」

「…………」

 

テレビの中でリポーターがマイクを持って状況を説明している。

家はごうごうと呻きを上げるように燃え上がっていて、いくら消防車のホースの水を大量に注ぎ込んでも収まらない。

 

「この炎…………なにかおかしくないか」

「う、うん…………ただの火にしては勢いが強すぎて……一軒家くらいなら普通もう燃え尽きて鎮火がスムーズになると思うんだけど、私の勘違い……かな――――わっ!」

 

イリナが口元を少し押さえる。

ドォン! と燃え盛る家の一番近くに配置されていた消防車を莫大の炎が呑み込んだ。

一番近くとはいえ、だいぶ離れた場所にあったのだが、火の手は不自然にうねり、まるで狙ったように消防車を炎に包んでいた――――そして刹那。

 

「へへ…………爆発しましたね」

 

画面の向こうの惨状をにやにやと、まるで楽しく鑑賞するかのようにナインは見ていた。

消防車一台をまるごと巻き込んだ炎は、さらに大爆発を起こしていたのだ。

 

すると、ナインは立ち上がった。 テレビのリモコンをゼノヴィアに投げ渡すと、赤い上着だけを取って玄関に足を進める。

 

「どこ行くのよ! 単独行動はしないって、ついさっき話したばっかりじゃないのよー!」

「ふはッ――――ちょっとコンビニに」

「そんな気色悪い顔してコンビニ? アンタにしては下手な嘘――――って、ちょっと待ちなさいよー!」

 

そんなイリナの叫びを流して外に出るナイン。 画面の中の周りにあった目印になるような建物を思い出しながら、テレビに映っていた放火現場に歩いて行った。

 

「イリナ、とりあえず追うぞ」

「ええっゼノヴィアまで!? もう、なんなのよー!」

 

ナインに投げ渡されたリモコンでテレビの電源を切ったゼノヴィアは、ただちに白いローブを手に鷲掴んで足早に彼を追った。

 

「あれは…………フフッはっ」

 

単なる知的好奇心でも、野次馬根性でもなかった。

爆発に対して深い造詣を持っていると自負するナインが見た中でも不自然な炎の動き。 風もさほど強くないのに隣家にはなんの被害も及ばない怪炎だ。

 

しかし、あのうねる様に形を変え、意図的に包み込むように消防車を炎上爆発させた真紅の炎は、明らかに自然に発火するそれではなかった。

 

―――――火があのような動きをするわけがない。

 

そう思考しながらも、ナインは気分を昂ぶらせていた。 いままでも見たこともない未知の炎。 紅蓮の炎。

 

そして五分もしないうちにたどり着いた。 派手に炎上する建物の上を、煙がもくもくと立ち上る。

それを頼りにしたら、自ずと火事現場にたどり着いていた。

 

「やはり、こんな炎は有り得ない――――ふふ、へへへ…………ハッハハハッ!」

 

地獄絵図だった。 さきほどテレビで放送されていたときに映っていた数台の消防車はその場に無い。

いや、塵になっていた。 真っ黒く焦げた消防車だったものが周りに散乱している。

 

いまでも惨劇は続いていた―――火事現場をリポートしに来た数々のマスコミも、通りかかったであろう野次馬たちも炎に呑まれている。

 

画面の向こうであれだけ混雑していた火事現場は、いまでは一気に開放感が高まっていた。

 

「ぎゃぁぁあ! なんで、俺ンとこに炎…………来る…………んだよ…………ヴァァァァッ!」

 

断末魔を上げながら燃えている。 人が、あちらこちらで燃え盛っている。

そう、さっきまで人口密度を上げていたここの人たちはこの若者のように…………。

 

「塵と消え、灰になりましたか。 あ~、すごいすごい。 むごいむごい。

こりゃやった人極刑ものですよ。 死刑ですよ、神さまに懺悔しなきゃなぁアーメンっと、あ――――十字架置いて来たんでしたっけ確か」

 

胸で十字を適当に切ると、自身の胸に肝心の十字架が無いことに気づく。

祈っても意味ないですね、と肩を竦めるナイン。

 

「まったく、こんなことをするなんて狂ってますよ、そう思いますよね?」

 

ぽつ、ぽつと次第に焼失していく人だったもの。

若者一人が燃え散ったところで、追いかけてきたゼノヴィアとイリナが息を切らしてナインの横で手に膝を突いた。

 

「はぁ…………はぁ…………ジルハード…………いきなり飛び出すなんて……もう――――って――――」

「…………ジルハード、これは――――!」

 

息を整えて顔を上げると二人の瞳に地獄が映っていた。

無に帰した人の命。 そして、いままさに最後の一人が最後の炎に呑みこまれて喰われて――――消えていた。

 

しかし、ゼノヴィアは冷静に辺りを見回す。 イリナは、ゼノヴィアほど冷静ではない様子だが、火事現場の周辺を歩きだす。

 

「ひどいな…………」

「全部……燃えて、無くなったってこと? さっきまであんなに人がいたのに!」

「焼却炉に人間突っ込んだみたいに消えて無くなっちゃいましたね、いや、焼却炉でもこうはならない――――っと、まぁまぁ紫藤さん落ち着いて落ち着いて。 はい、深呼吸ー」

 

胸倉を掴んで揺らしてくるイリナの腕をポンポン叩きながらなだめるナイン。

ヒトが数十人焼け死んだ。 遺体も残らないほどの火力で焼き尽くされた。 その事実にはナインは鼻を鳴らすだけで別段何とも思わなかった。

 

ヒトが火で燃えた。 それだけ。

 

「なんだよ…………これ!」

「あ、あなたは」

 

狼狽した声が響いた。 三人が目を向けると、茶髪に学生服の少年が驚愕の表情で膝を落としていた。

 

「そんな、イッセーさんの家が…………」

 

さらに後ろから金髪の少女―――アーシアは狼狽える。

 

「これは一体、どういうことなのかしら」

 

祐斗を除く、リアス・グレモリーとその眷属たちが集結していた。

 

 

 

 

 

 

「来たときには、こうだったの?」

 

リアスが一軒家が建っていた場所を指差した。 いまでは燃え尽きて黒い残骸しか残っていない。

話を聞けば、放火された家は、この落胆する茶髪の少年――――兵藤一誠の自宅だったようだ。 ナインがその場の状況を説明して、ゼノヴィアが弁明する。

 

弁明とは、念のためであるが……自分たちは当然この放火事件については関与していないという証言をした。

結果として納得を得られたが、このあと犯人を捜し出すために自然と共同戦線を張る図式になった。

リアスが、ナインを見て聞く。

 

「あなたの言うには、この放火は人間業で行われたことではないと言うのね」

「ええまぁ。 まるで意図して炎が動いているかのように人を呑み込み、燃やし尽くしていました。 そして、死体も残らないほどの火力となると、どうしてもね…………」

「神器持ち? それとも、魔術? 魔法………というのも十分有り得るわね」

 

リアスが必死に思考する。 一誠が顔を上げた。

 

「父さんと母さんは…………」

「ニュースによれば、家の中には誰も居ないと報道していました。 外出中だったのでは」

「…………よ、良かった」

 

安堵する一誠に、リアスは心配そうに声をかける。

 

「両親が無事でなによりだわ……一誠、元気を出して」

「はい…………」

 

ぎゅうっと彼の体を背中から包み込むように抱きしめるリアス。

しかしそれを余所に、ナインは目を細めて笑みを浮かべた。

 

「傷心のところ悪いですが――――捜すまでもなくあちらから出向いてきましたよ」

 

放火のあった隣の家の路地から出てくる人影。

よく見ると二つあるのに気づく一同は、ナイン以外一気に臨戦態勢になった。

 

夕日がその二人を照らしていた。

 

「やっほー、お久だねぇ悪魔ども。 それと、おんやぁ?」

 

片方の少年は、リアスたちを見たあと、ゼノヴィアたちを見て口笛を鳴らした。

 

「教会の追手ですかー? いやもうお腹一杯なんすけどー? あ、でも今回は使えるやつ寄越してきたんだあのクソ教会! イヒャハハー!」

「フリード、テメェか!」

 

激昂する一誠。 歯ぎしりをして、家の仇を……何十年と住み慣れてきた家の仇を睨み叫ぶ。

白髪。 そして神父服。 その容姿だけでも、ゼノヴィアたちもこの男は誰なのか一目瞭然だった。

 

「フリード・セルゼン……はぐれ神父か!」

「こんな大々的に事件を起こすなんて……」

 

イカれた笑みを浮かべて笑うフリードという白髪の少年神父。 ナインは後ろにいた朱乃にコソっと聞いた。

 

「少し聞いても?」

「あ、え? わたくし……ですか?」

「ええ、あなた」

 

ナインに呼びかけられる朱乃は少し戸惑う。 さっきは戦った相手で、そして居場所をぶち壊しにした張本人だったのもあって、少しむっとなって返事をした。

 

「あの白髪くんのこと、ご存じで?」

「…………え、ええ。 以前もこの街で騒動があったとき、偶然遭遇したはぐれ悪魔祓い(エクソシスト)ですわ」

「へぇ」

 

それだけ聞くと、ナインは朱乃から視線を外した。

少し違和感があったのは、耳元にまで接近されても不快にはならなかったことだ。

それは、彼の胸に十字架が提げられていなかったゆえだが…………。

 

「…………」

 

自分たちの居場所を消して、しかしなんの物怖じもせずに気楽に話しかけてきた。 普通なら無神経と罵りたいところだが、彼のあまりのフレンドリーさに呆気に取られた朱乃。 そして思ってしまった。

 

彼は、どんな驚愕の事実や情報を知ってもさっきのように短い返事で終わるような人間なのではと。

ふっと、朱乃が顔を上げると、フリードがナインを指差していた。

 

「おいおい、テメェ受刑中じゃなかったっけ? 紅蓮の錬金術師ィッ!」

「あ~私、釈放されまして」

 

すると、「あぁ!?」とドスの利いた声でフリードは激昂する。 さっきまでのおちゃらけた雰囲気はどこかに吹き飛んでいる。

 

「ふざけんじゃねえ! こちとら死ぬ思いで処理班からも、神父の追手どもからも逃れて来たんだぞおい! それをテメェは――――俺と同じ仲間殺しで、どうしてテメェは粛清されねぇ!」

「それは、聖剣を強奪したお前たちを処罰するためだ」

 

ゼノヴィアがそうきっぱりと言い放つ。

再び怒号を捲し立てるフリードだったが、舌打ちをしてゼノヴィアに向いた。

 

「ナイン・ジルハードは、エクスカリバー奪還のために特例で釈放された…………」

「んだと…………!」

「…………真っ先に背を向けて逃げた臆病者とは違うということだよフリード・セルゼン」

 

言葉を詰まらせるフリード。 すると、黙っていたもう一人の中年の男が口を開いた。

 

「ちょっと落ち着けやフリードくん。 おじちゃん、若者の会話に付いていけなくて涙目」

「葛西のおっさんっ…………ちっ」

 

葛西と呼ばれた男が前に出た。

黒いキャップに、赤いジャケットを着込んだ、どう見てもどこかの中年男性にしか見えない男。

不自然に多量の煙を立たせるタバコを咥えて言った。

 

「俺、葛西炎条っていうんだけど…………キミ、もしかしてこの家の住人だったりするのかな」

 

一誠を指差してそう聞いた。 すると、フリードは先ほどとは打って変わり笑い出す。

 

「ぎゃははは! おっさんそりゃ、聞くだけ野暮だろぉ? 第一、分かってて燃やしたんだしさぁ――――昨日の夜、色男に神父ぶっ殺してるとこ見られちゃったんでね! やられる前にやる! って感じでさ!」

「俺の家を燃やしたのはテメェらか!」

「おっとと、勘違いしないしない。 俺はその場にいただけ、観客ですっ。

燃やしたのは~、この、葛西のおっさんこと、葛西炎条先生でーす!」

 

ゲストを紹介するように愉快に、手をひらひらさせるフリード。

葛西炎条。 これが、正体不明とされていた聖剣強奪犯最後の一人ということだ。

 

「そちらから出向いてくれるとはありがたいよ。 正直、そちらの中年は情報が無かったからな」

「強気言ってられんのも今の内なんだよこのビッチがぁ!」

「そう熱くなることないぜフリードくん。 今日のところは仕掛けるだけっつー命令だっただろ。 戦闘は命じられてない」

 

分かってんだよ! と葛西の手を振り払うフリード。 比較的テンションに余裕が見られる葛西は、口から夥しい煙を吐いてリアスたちに視線を投げた。

 

「それとも、ちょうど人気もないところだし、戦っちゃう? 命令っつってもそういう些細なことは気にしない人だからな……いや、人じゃなかったなぁ確か」

 

そう呟く葛西。 しかしその直後、見慣れた金髪がリアスたちの視界に映った。

 

「おっほ、これまたスペシャルゲスト!」

 

金属音。 剣と剣が交差する甲高い音が響く。

フリードは背後から繰り出された斬撃を光り輝く剣で防いでいた。

 

「木場!」

「祐斗――――」

 

一誠とリアスがそう呼ぶ。

おそらく、彼もこの放火事件を聞きつけてやってきたのだろう。 しかし、ナインは腕を組んで―――リアスをチラリと見た。

 

「眷属悪魔を放置するとは、はぐれになってしまったらどうするんですか?」

「あのあと、あなたたちと戦い敗れた直後、祐斗は単独で行動を取る様になってしまったのよ………」

「首輪は付けておかなければ、今度こそ私が花火にしてしまいますよ。 はぐれを始末するならば合法だからねぇ」

 

ナインはニヤけてリアスにそう言った。 その態度に睨むリアス。

 

「エクスカリバー、この前と同じものか!」

「大正解! さすがパツキンイケメン色男! 察しがいい!」

「くっそ、次から次へと……!」

「ふん、教会と悪魔が共闘? 堕ちたものだな」

 

リアスたちの後ろからも声がした。

今日は来訪者が多いと溜息を吐くナイン。

 

「おお? バルパーのじいさん。 今日ってギャラリー多過ぎねぇ? ギャハハハハハッ!」

「緊急の用だ、フリード、葛西。 多勢に無勢ゆえ、いまは退け」

 

初老の男がそう言っていた。 見覚えのある面影に、ナインは一瞬驚いたような顔をしたが、にわかに肩を揺らして笑い出す。

 

「あ~、今日は来る人来る人多いなぁと思っていましたが。 『元』大司教じゃありませんか、禿げ散らかっても元気ですねあなたは」

「バルパー・ガリレイ…………!」

「いかにも」

 

静かに憎悪を放つ祐斗。 そう、この男こそ、彼の仇。 聖剣計画の首謀者のバルパー・ガリレイ。

そして、己が追放される前に紅蓮の錬金術師ナイン・ジルハードを取り込もうと共逃亡をスカウトした大司教。

 

しかし、自分を睨みつける祐斗を無視し、バルパーはナインを睨んだ。

 

「…………紅蓮の錬金術師。 貴様そちらに付いたのか」

「…………久しぶりです。 バルパー元大司教、いや~、これも我々異端者の因果かなにかですか。 このメンバーで軽く同窓会とか開けちゃうんじゃないですか、フハハ」

 

あと、「付いた」とは違います。 とナインは付け加えた。

 

「こちらにもいろいろ事情がありまして。 いまは一時的に釈放されているだけでしてね。

あなたたちを捕縛または粛清して聖剣エクスカリバーを取り返せば上層部の機嫌を取れるみたいで―――まぁ、そんな建前よりも私は楽しい花火大会を期待しているから命令に甘んじているのであって……」

 

両手を合わせ、火事場に落ちている折れた鉄骨を拾う。 ギシギシと障害物を押しのけて、一メートル強にも及ぶ太い鉄骨を手軽に抜き取った。

すると、ナインはその鉄骨を槍投げの要領でバルパーに投げつけていた。

 

「そーれ」

「…………教会に頼らずとも、お前のしたいことはあの方ならばなんでも叶えてくださるかもしれんのに、残念だ」

 

空中で爆発が起こる。 投げられた鉄骨は光を伴って四散した。

これでバルパーは吹き飛んだだろう。 威力は劣るとはいえ、校舎を爆散させるほどのナインの手腕に耐えられる人間はいない――――と、リアスたちもそう思っていた、が。

 

「いい動きだ、葛西。 その狂った炎で奴らを焼き尽くせ」

 

バルパーは健在だった。 爆炎の中から姿を現したバルパー。

そして葛西炎条。 ナインと同じく紅蓮のような赤い上着を着ている中年の男。

その男が、バルパーの前に立ち鉄骨の爆撃を防いでいた。

 

揺らめく炎の壁が展開されている。 家を焼き、車両を燃やし、人を焼失させた真紅の炎がバルパーとフリードの周りに現れていた。 しかし、葛西はすぐにその炎の結界を解く。 ギリギリまで吸ったタバコを地面に吐き捨てて溜息を吐いた。

 

「今日は終わりって、さっき自分で言ったろハゲジジイ。 虎の威借りてドヤ顔ぶっこく前にさっさと指揮しろよ。

アンタはここだけしか取り柄ねぇんだから有効に活用しろ大ハゲ司教」

 

トントンと自分のこめかみを指で叩く葛西に、バルパーは顔を引きつらせる。

 

「『ハゲ』を文頭と文末に付けるな葛西! あと、私は大司教だ! 大ハゲでも司教でもない!」

「元、でしょ」

「ええい、黙れ紅蓮の錬金術師!」

 

そう言い合う三人を尻目に、フリードが閃光弾を懐から取り出して地面に叩き付けたのだった。

 

 

 

 

 

 

「追うぞ、イリナ!」

「うん」

「―――――!」

 

ただちに行動を開始するゼノヴィアとイリナ。

聖剣強奪の犯人を三人も見付けて逃す手は無いとばかりに追跡を始めた。

 

「祐斗、待ちなさい!」

 

リアス・グレモリーの眷属、木場祐斗もバルパーたちを追って行ってしまう。 主の言をももはや無視し、頭の中は復讐で埋め尽くされていた。

 

当然ここでナインも行くはずなのだが――――

 

「ちょっと――――あーあまったく」

 

舌打ちをして頭を掻く。

 

「あっちにも考えがあって逃げるんだから、罠があるって判断できないんですかね」

「分かるの?」

 

リアスがそうナインに聞くと、肩を竦めて当然のように言った。

 

「追撃に備えてない逃走なんて普通しないでしょ。 バルパーさんは毛が足りてないけど、頭は有り余ってるほどキレる人なんで。 対策してないわけがない」

「あなたはどうするの?」

 

ホントどうしましょうか、と少し困った顔で笑うナインは悠長に歩き出す。

 

「とりあえず追ってみますね。 あの速さだからちょっと面倒ですが、一応同じ仕事仲間ですからね」

「それは無謀というものです、紅蓮の錬金術師殿」

 

またですか、ともう突っ込む気も失せたナインは、鬱陶しそうに振り返る。

二人組の美少女が、回る魔方陣の中心から姿を現していた。

 

「ソーナ!」

「不規則な力の流れを察知したとき、まさかとは思いましたが」

 

二人の眼鏡の麗人がナインに近づいていく。 気怠そうにする彼は、その二人に体を向けた。

 

「無謀とは?」

「そのままの意味です。 いまあなたが、飛び出していった彼女らに協力しても、堕天使の幹部相手では敵わない、そう言ったのです」

 

眼鏡をくいと上げてそう言うソーナ。

彼を二つ名で呼んだということは、事情も概ね理解しているという暗示だった。

ナインがオカルト研究部に単独で訪問した際、他の悪魔の気配を察知していた。 その悪魔は、彼女たちだったのだろう。

 

「敵う敵わないは二の次だ」

「たとえ死ぬことになっても?」

 

険しい表情で言うソーナだが、ナインは口角を上げて笑った。

 

「仲間が二名飛び出した。 獲物にまんまと釣られてね。 本当に、聖剣使いが聞いて呆れる」

 

だが、とナインは続けて背を向けた。

 

「彼女たちが死んだら、私の教会出戻り計画が無に帰してしまう」

 

本当は、別に教会になど未練はないが。

 

「仕事は全うしましょう。 彼女らとともに戦うことが、私に言われた仕事のようなのでね。 あと、死ぬなんて私、微塵も思ってませんよ――――フフ、ハハハハッ!」

「………………」

「お前……ジルハード!」

 

一誠の叫び虚しく、低い声で哄笑を上げるナインはゼノヴィア、イリナを追うべく歩いて行った。




オリジナルキャラクターは苗字だけ拝借させてもらいました。 葛西炎条。

評価、感想、受け付けます。 原作と相違点あると思いますが。

少し杜撰になってしまったかもしれませんが、ご容赦ください。
次回、イリナを助けましょう回。 そしてコカビエル戦。 


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7発目 栗毛は紅蓮で靡く

ハイスクールD×DNEWの最終話を懐かしくチラっと見てきた。
ヴァーリが反旗したときのBGMがドロドロしたような曲調でかなり燃えた。 素晴らしい。

テレビアニメ準拠


あと、処女を奪われるのって、死ぬより怖いよね、たぶん


バルパー・ガリレイを追って行ってしまったゼノヴィアとイリナを、ナインが追っていった後、二つの悪魔の眷属が一同会していた。

 

「ソーナ、まさかあなたがここに来るなんて」

「緊急ですから。 堕天使の幹部がこの地に入り込んでいることを知って何もしない訳にはいきません」

 

夕刻を過ぎ、すでに夜の帳が落ちている。 火事現場から場所を変えた二人はお互いの眷属を連れ立って人目に付かない場所に来ていた。

 

ソーナが眼鏡を上げる。

 

「お話は分かりました。 放火されたのが兵藤くんの自宅というのは驚きましたが、思いの外、敵は激しく動いているようですね」

「ええ、悔やまれるけれど、いまは早急に対応しなければならないわ。 私とイッセーの愛の巣を滅茶苦茶にしたこと、後悔させてあげなければならないでしょうし」

 

紅のオーラがリアスを包む。 今となっては、あの教会三人に言われたことも聞いてはいられないだろう。

下僕の家が燃やされ、灰にされたのだから。

部外者として振る舞うのにも限界というものがあるのだ。

 

現にいま、兵藤一誠は怒り心頭だ。 仕掛けられたのだから、返すのが礼儀というものだと。

教会からの警告が引っ掛かるが、こんなことをされて黙っているわけにはいかないのだ。

 

「………………父さんと母さんはさっき電話したらちゃんと出てくれました。 驚いてたけど、すぐ冷静になってくれて……」

 

拳を握った。

 

「絶対許さねぇ…………!」

 

歯ぎしりがするほどに噛み締めて悔しがるイッセー。 そうね、と返したリアスに、ソーナが聞いた。

 

「しかし、敵は堕天使組織、神の子を見張る者(グリゴリ)の幹部と聞いています。 相当な手練れでなければ敵わない」

「魔王さまのお力をお借りした方がよい選択かもしれませんわよ、リアス?」

「………………」

 

朱乃の提案に、首を振ってしまうリアス。 若気の至り……なのだろうか。

身内、ましては位の高い人物に世話になることは、彼女にとって何を置いても嫌だった。 

 

しかし相手は堕天使の幹部、コカビエル。 聖書にも名を連ねる存在。 そんな存在には、やはりそういった同じような規格の外を行くような実力者を立てなければ敵うまい。 二人とも現魔王の妹とはいえ、いち悪魔には荷が重すぎる相手なのだ。

 

そのとき、沈黙するリアスの脳内に兄の顔が浮かんでいた。 魔王を立てるか……否か――――

 

 

 

 

 

 

 

「確かこの辺りだ。 気配がまだ残っている」

「うん、エクスカリバーの波動の気配もある。 途切れてるあたり、この先に行ったとは考え難いわね」

 

エクスカリバーを手に持って身構える二人の少女。 周りを注意深く見回しながら言葉を交わす。

ナインの忠言を無視し、犯人であるバルパーの追跡にあたった二人。 リアスの眷属の木場祐斗もその場にいた。

 

教会から派遣された、聖剣を奪還するべく結成された異色のメンバー。

その内の二人――――ゼノヴィアと紫藤イリナは、逃走を図ったあの三人を追ってとある広場に来ていた。

 

「テレッテー! まんまと嵌ったビッチ二人とイケメン一人、一丁上がりっすよ旦那ァ!」

『!』

 

相変わらず耳障りな台詞を吐くな、と辟易していたゼノヴィアとイリナ。 見上げると、白髪の神父と――――

 

「…………お、お前は……」

「ハっ……あれがそうか」

 

それを目にすると、毒づく余裕がすべて消し飛んだ。 不敵に笑む祐斗ももはや内心自虐するしかない。

言葉が続かない。 息が詰まる。

ゼノヴィアとイリナはいままさに完全に石化したように硬直してしまった。 エクスカリバーを持つ手が無意識に震える。

 

任務のためなら、主のためなら命を捨ててもいい、どうなってもいいと思っていた信徒二人、少女二人。

しかし、死を知らぬ者には抗えることの無い死への恐怖。

 

まさに、彼女たちにとっての死の形が、自分たちの遥か上空に居る男だった。

 

「バカな信徒だ。 昨今、本当に死を恐れない人間などこの世にいるまい――――いたとしたらそいつは、本当に頭がイカれているか、死、以上の何かを味わった者だろうな」

 

黒い翼が10枚。 戦争の狂気にあてられた赤に染まった鋭い双眸が愉快そうに下々を見下ろしている。

 

「コカビエル……こんなにも早く出てくるの……!?」

「なるほど、血気に逸って嵌められたか――――まずいぞ」

「これは…………」

 

桁外れの気圏がその場の空間ごと包み込み蹂躙している。 堕天使の幹部としての力量はもはや語るに及ばず。

常闇のような上空で、玉座のような椅子に腰かけた聖剣強奪の首謀、コカビエルが現れていた。

 

コカビエルの横で、同じく愉快そうに嗤う白髪の神父、フリード・セルゼンは腹を抱えて大笑する。

 

「ひゃっははっはぁっ―――――マジで嵌るとは思わなかったぜ☆ 爆弾野郎も止めたのにね~。

やっぱりお前ら、戦うだけしか能の無ぇ脳筋エクスカリバー使いだよなぁ。 あ、そっちは魔剣使いだったっけぇ?」

 

一振りの剣を取り出したフリードは地面に飛ぶ。 ひらりと上着をはためかせながら着地したフリードの持つ剣に、三人はより一層身構えた。

 

「くそッ――――――!」

「シャキーン! エークスカ~リバ~でぇす。 いまはボスもいるし、安心して斬り刻めるぜ!」

 

コカビエルが不敵に口角を上げたのが、戦闘開始の合図だった。

 

「手始めだが……死んでくれるなよ――――フリード、少し退いていけ」

「へいへいボスぅ!」

 

眼にも止まらないスピードでフリードの姿が消えたと思うと、瞬間移動したように後退していた。

しかも大幅移動。

距離を広められたゼノヴィアとイリナが、その動きに気を取られている瞬間――――

 

「そら」

 

まるでおもちゃで暇をつぶすくらいのやる気の無さそうな、しかしこれからの大きな展開に期待するような声音で、コカビエルは攻撃をおこなった。

 

大砲の着弾のごとき、否、それ以上の衝撃を伴った光の一撃が三人を襲っていた。

堕ちた天使、天使。 光の槍が使えるのは原則この二つの存在である。

前者であるコカビエルが使用できるのは想定の範囲内だったがこれは――――三人にとっては些かすぎるほど強力だった。

 

「がぁぁぁぁぁハ――――!」

「あぅッ―――――!」

「ぐッ!」

 

華奢な体が三つ吹き飛ぶ。 羽のように軽く。

まるでゴミ屑のように吹き飛んで壁に叩き付けられた。

 

――――あまりにもレベルが違いすぎる。 フリードを相手にしようにもコカビエルの光の槍がいまなお三人の戦意をくじいている。

それぞれ手に持つ魔剣やエクスカリバーの力もコカビエルの気迫に呑まれているといえる。

 

「この程度か……つまらん――――もしあと一発、お前らに見舞ったら、」

 

コカビエルは自身の手に再び光の槍を作り出し始める。 今度は先ほどとは大きさが違う。

口を開いて笑った。

 

「フリード、お前のエクスカリバー、天閃の聖剣も振る必要が無くなってしまうかもな」

「えぇぇー! そんなぁボスぅ! お願いですからぁそんな意地悪しないでくださいな。

殺して殺すのが、おれっちの役目、いや――――」

 

フリードの瞳孔が開く。

 

「生き甲斐なんですからね!」

「…………ふん、いいだろう。 ただしリアス・グレモリーのネズミ眷属一匹はこちらが始末する――――サーゼクスの妹に対するはなむけとしては上々だろう」

「本当は三人いっぺんにぶっ刺して串刺し人間団子にしたかったんですがね――――ボスがそう言うなら従いますわ」

「いま、バルパーが準備をしている。 護衛として葛西が付いているため心配は無い。

それまでは余興に興じるのも良かろう」

 

その瞬間、祐斗はコカビエルの視線を察し、一人離脱していった。

 

「馬鹿者、なぜ一人で!」

「こうした方がいいんだろう? コカビエルは強すぎる。 標的が僕一人になった手前、離れれば君たちは残るだろ」

 

要は引き算だよ、と冷や汗を垂らして強がって見せる祐斗。

しかし、ゼノヴィアは言い放った。

 

「ここは一度退いて立て直す…………そもそも、ジルハードを連れてきていない!」

「――――今更気づいちゃっても!」

「――――遅いな」

 

二発目の光の槍。 今度こそ致命傷に成り得る一撃。

逃げなければまずい、そう心底思った三人は足をコカビエルたちの反対方向に向けた。

 

「そのナイン・ジルハードとやら、フリードとバルパーから話はよくよく聞いている。

そいつも大概フリードに近しい頭のおかしな奴らしいな」

「旦那ぁ! あんな野郎と一緒にせんでくださいよ!」

「ふっ、同族嫌悪かフリード、可愛いな」

「あいつはお前らとは違う!」

 

ゼノヴィアが立ち止まってそう叫ぶと、なにが違う、とコカビエルが笑い出す。

 

「教会で仲間殺しとなり、捕まった。 快楽の上に成り立った殺害だったそうじゃないか。

まぁ、エクスカリバーを研究するという馬鹿げたことをやっている奴らを一人残らず吹き飛ばしてくれたのは俺としては愉快極まる――――俺がバルパーだったなら、牢をぶち壊してでも奴を連れ出して使ったがな」

 

「だが、教会はそんな素晴らしく優秀な男を二年もの間封じ込めた」と再び槍を浮かび上がらせるコカビエル。

 

「…………お前たちのように誰彼構わず殺しをするような奴じゃない。 確かにあいつは本当に危ない奴だ」

 

ゼノヴィアは手で振り払うようにして握った。

 

「これが、こんなやつが、私たちと同じ人間なのかと思えるほど、冷たく、子供のような瞳と色をしている。 けど――――」

 

思い出す。 短かったが、長いようにも感じたナインとの日々を。

 

「そんな、薄情な奴じゃない―――何か理由があるはずなんだ」

「それは幻想だっつの。 ナイン・ジルハードは常人のフリして振る舞ってるだけだ」

 

輝く金色の瞳を持つナインがゼノヴィアの脳裏に思い浮かぶ。 すると、フリードが舌を出して人差し指を立てた。

 

「本質は違うぜ。 あいつは本物の爆弾狂さ。

だって俺、まだ俺とあいつがヴァチカンにまともにいた頃――――一緒に仕事したこともあったんだけどよ、

最年少でエクソシストになったこの俺でも驚愕もんの戦闘センスを持ってた!

あと、あいつがいつも口ずさんでたぁーえーっと? 爆発に対しての、なんてーの? 美学っつーか、造詣っていうのかな。 そういうのがオカシイんだって。 なんでこんなイカれたこと思いつくのかって、俺ですら思ったぜ」

 

エクスカリバー――――「天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピットリィ)」を振り上げて、フリードはイリナに襲い掛かる。

 

「異端者も悪魔もみーんなみんなあの手で爆破してってよ! すんごかったんだぜ?

お前らあいつと仕事したことねえからわかんねぇだろうがな、ありゃマジでイカれた錬金術だ――――科学者じゃねえよあんな奴。 テロリストとどこが違うんだよぉ!」

「見えない――――!」

 

この男の叩き出す超速度の動きは、イリナを翻弄させた。

変幻自在に形状を変えるエクスカリバー、擬態の聖剣――――エクスカリバー・ミミックで応戦するも、当たる気配すらない。

鞭状に変化させてしならせても、フリードはその隙間を紙一重で躱し続けて斬撃を繰り出してくる。

 

そして、極めつけは――――

 

「がっ――――」

「う―――――っ!」

「くっ――――」

 

コカビエルの有無も言わさない力技の前に、三人は徐々に距離を離されていってしまう。

いつの間にか、イリナはたった一人でフリードとその場で戦っていた。

 

「ゼノヴィアと彼は――――」

 

見回しても誰も居ない。 あの二人とは完全に離れ離れになったと解ったイリナは、フリードに向いた。

 

「コカビエルはあの『騎士(ナイト)』を追って行ったのね」

「旦那が居なくなったからって安心しとりゃぁいませんかねぇツインテールのお嬢さん!」

 

再びフリードの姿が掻き消える。

応戦しようとするが、やはりまったく見えないものはどうしようもないほど打開などできない。 闇雲に振り回しても相手は最年少でエクソシストになった天才児だ、どう足掻いても絶望的な実力差しかない。

 

フリードの動きには、聖剣使いのイリナをしても暗中模索の状況を呈させているのだ。

 

「あッ!」

「ヒャハハ! そ~れ獲ったりミミックぅッ―――――ついでにお嬢さんもいただき!」

 

得物が手元から弾かれて宙を舞った直後、フリードに首を掴まれ近くの大木にたたきつけられた。

 

「うぅ…………」

「いや~、すんげいい感じ。 俺さま最強」

 

己の強さに恍惚とするフリード。 もはや勝負ありだが、この男は剣を収めようとしないし、イリナの首を絞めるのも止めない。

 

そして、ここにきてイリナは死よりも恐怖する呪言を聞くことになる。

 

「いやいや、やっぱり教会の女戦士ってのは鍛えてて張りもある! 素晴らしい体!

日本人ってのはぁ、どいつもこいつも貧相な体しか持ってねぇと思ってたが、お嬢さん案外その枠から抜けてるのかな?」

 

勝者は敗者へ屈辱と凌辱を。 塗り付けて塗りたくって、穢して汚して殺してしまおう。

フリードは戦闘狂であり、下衆な考えも持つ。 以前赤い籠手を持った少年に捻じ伏せられた一人の女堕天使を思い出しながら――――フリードはイリナの戦闘服をビリビリと破き始めた。

 

白魚のような肌が見える。

胸元が露わになった自分の身体から目を背けたイリナの頬に、わずかに涙が伝った。

死にたくない――――しかし、それ以前に、女として死ぬのは死後、悪夢としても彼女を未来永劫苦しめるだろう。

 

「いや…………やめて、よ…………」

「あらら、泣いちゃったー」

 

フリードは、片手でイリナの首を大木に叩き付けたまま彼女の顎をぐいと持った。 目を無理やり剥かせて掠れるほどに笑い上げる。

 

「ヒャハッハハハハハハハハハハッ! 諦めろ助けは来ねぇって。 よくあるっしょ? 罠に嵌った聖戦士は、凌辱されて堕ちるか死ぬかどっちかで――――ハッピーエンドな終わりは無いって」

「やめて……お願い…………!」

「バァッドエェェンドっ。 快楽堕ちしてそれで終わり。 大丈夫、おれっち超上手いから安心してね☆」

 

誰の助けも来ない。 希望も無い。 仲間と離れ離れになった哀れな女戦士は敵方に犯され、殺される運命にあるのだと。

 

下衆な笑い声を響かせるフリード・セルゼンは、今度はイリナの戦闘服の下腹部に手を伸ばす。

 

「あ―――――?」

 

彼女のを…………撫でようと手を伸ばしたその瞬間だった。

 

「なん――――」

 

フリードの周りが陰る。

しゃがみ込んで、女性側にとって不本意な情事を成そうとするフリードは瞬間的に硬直した。

 

少し陰った泣き顔のイリナの視線が、自分から、自分の背後に注がれると――――フリードはその直後振り返る。 表情が―――――大きく歪んだ。

 

フリードが見ていたものは、先ほどの怯える少女の表情から――――不気味に笑いかける狂気の瞳のそれにすり代わった。

両手を広げ、迫り来る魔手がイリナからフリードを弾かせる。

 

「マジ――――かっ! クソが!」

 

気付いたとき、地面が下から突き上げられる。

地鳴りとともに態勢を崩す際、数条の雷をその目で見たフリードは、すぐにその場から離れようとした。

イリナを置いて離れようと――――したのだが。

 

「おいおいおいおいおいおいおい、この感触は――――!」

 

後退したと同時に、後退した足が不可思議な感触を覚える。

 

足場が窪んだ。

そのとき振り返ったフリードは、長い黒髪を後ろで束ねた冷たい瞳の男を視界に捉えたまま叫ぶ。

 

「地雷か――――! クソが死ねよ爆弾野郎ぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

「…………そこに材料があったら、錬成したくなるのが錬金術師の性でして――――くはっ」

 

カチリ―――不気味な音が耳元ですると同時に、フリードの足元が大爆発で吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

「あはは……ふふはは、ハッハハハ…………いま、私の鼓膜が悦びました。 良い…………」

 

広場に大きい穴がぽっかり空いた。 ゼノヴィアの持っていたエクスカリバーすら上回る大爆発。

にも関わらず、フリードは左腕を失っただけで済んでいる。

 

一方の爆発の張本人―――紅蓮の二つ名を持つ狂気の錬金術師ナインは、イリナを抱き上げたまま爆心から離脱していて難を逃れていた。

 

「がっふ…………あぁ…………ふざけやがって…………自分も巻き込まれる可能性もあっただろうが――――なんであいつはああも無茶をしやがる――――退くか、クソ!」

 

シュっと消えるフリード。 気配が消えたことを確認すると、ナインは薄ら笑いで赤い上着を脱いだ。

 

「…………逃してしまいましたか、まぁ、今回はこれで上々。 左腕は貰った――――これで後々の戦闘がいくらか楽になる」

「…………ジルハード」

 

イリナは――――泣いた、年甲斐も無く――――いや、女の子ならば、発狂すること必至だろう。

 

「う…………うぇ……怖かった……怖かったよぅ……!」

 

顔を両手で覆って涙する。

 

「死ぬのは別に良くて……でも怖くて。 女として死ぬのが怖くて……あいつに、フリード・セルゼンに私、犯され――――」

「さぁ帰りましょうか」

 

淡々と言うナインにイリナは涙を拭って立ち上がる。 そして、唇を尖らせるようにして涙声で言った。

 

「なんか…………全然ロマンチックじゃない」

「わがままな。 命が助かっただけありがたいと思ってください。 私はフリードの花火が見たかったから彼を襲った――――あんな初歩的な誘導策略にまんまと嵌ったあなたたちの尻拭いをするつもりはありませんでしたよ」

「剣と盾になってくれるって言った!」

 

ブー、と頬を膨らませるイリナに、ナインは肩を竦める。

 

「その剣と盾を自分たちから置いて行ったのは誰だ、まったく…………」

 

戦闘服が破けて露わになった胸になんの感慨も湧かないナインは、静かに自分の赤い上着をイリナに羽織らせる。

黒いタンクトップになったナインは、フリードが向かって行った反対方向に足を向けた。

 

「…………態勢を立て直しましょうか。 ゼノヴィアさんも行方が分からなくなってしまった。 二人では動こうにも動けない」

 

「でも、バルパーは何かの準備をしてるって!」

 

焦るイリナに、しかしナインはニヤける。

 

「町に立ちこめるこの独特の波動…………おそらく錬成陣だ。 バルパーさんは聖剣用の錬成陣で何かを成そうとしている」

 

「…………え?」

「しかし、聖剣の錬成となると困難を極めます。 一ミリの欠損でも、錬金術で聖剣を精製し直すには二、三日はかかると言われています。 陣を書く時間も要するのを計算すると……」

 

片手の指を折り、折り…………目を瞑って笑う。

 

「バルパーさんの優秀さで差し引いても、およそ三日ほどかかる」

「そんな悠長に――――!」

「養生しましょう。 そのようなナリでは満足に仕事もこなせない」

 

歩き出すナイン。 そんな彼の後ろ姿を、イリナは眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、ジルハード……ううん、ナインくん」

「は?」

 

自宅に戻った二人。 今度はこちらからではなく、あちらから何かしらのアプローチがあるまで自宅に待機することになった。

 

バルパー・ガリレイ、フリード・セルゼン、葛西炎条、そして、コカビエル。

念のためということも兼ねて、要人――――魔王の妹であるリアス・グレモリーの動きも逐一調べることにした。

 

「ありがと……ね? いままで犯罪者とか言って……ごめ―――ナイン?」

 

するとナインは鬱陶しそうに立ち上がった。 本当に迷惑そうに、イリナを捨て置く。

 

「勘違いをしない方が良い。 これはあなたの理想の物語ではない」

 

髪を掻き上げた。

 

「白馬の王子様然とした登場を期待していたのなら、諦めなさい」

 

ポケットに手を突っ込んだまま、肩を揺らしてほくそ笑む。

両手をひらひらさせて――――その直後、イリナの両肩にその手を置いた。

 

「―――――!」

「こうやって、私は教会の同僚である錬金術師たちを花火に仕立て上げた。 正直言えば、出所する際もあなたたちを錬成したくてこの両の手が疼いてやまなかったのですよ」

 

ゆっくり、ゆっくりと手を放して踵を返す。

ナインは、性欲を知らない異常者。 これは彼自身も自覚しているし、開き直っている。

彼を絶頂させることができるのは、ただ一つだ。

 

――――私はただ、また花火を見たいだけです――――

 

「私はゼノヴィアさんを探してきます。 あなたはここで養生していなさい。

いいですかー、決して聖剣(それ)を持って外に出ないように――――あなたたちのエクスカリバーは少々力強いオーラを放ちすぎる」

 

そう言ってナインは、神父服を着て十字架を首に掛けると、赤いスーツの上着を羽織ってマンションを出た。

 

「……………ふんだ」

 

再び口を尖らせて、イリナは下げた自分のツインテールの髪の毛を一束つまんで弄り始めた。

ナイン・ジルハードという男の異常な人間性を理解せずに。




こういう恋的展開は今後もありますが…………ナイン・ジルハードは無性欲。 これは鉄板。
はっきりしないなぁとむずむずする人は合わないかも分かりません。

彼の賢者タイムは、爆破直後のみ。 女体を想像したり、妄想したりして絶頂に至るなど有り得ない異常性癖人間です。

※作者は、お気に入り登録と高評価と大きいお胸様に絶頂する変態です(あ、ごめ(ピチューン☆


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8発目 紅蓮火柱

([∩∩])<遊びは終わりだ


「ナイン……ジルハード―――――!?」

「どうも、リアス・グレモリー。 先日ぶり、また会えて嬉しいです」

「………………」

「くッく、嬉しくなさそう? それは残念」

 

とある廃墟でリアス・グレモリーとナインが向き合っている。 向き合っている、とは一概に言っても、ナインは不敵そうに笑っている。

 

リアスは胸の下で腕を組んで首を傾けた。

 

「用件は」

「木場祐斗の所在――――あなたの下に戻ってきていないか確かめに来たのですが、無駄足だったようですね」

 

逸った三人の内、イリナはナインが無事に回収したが、他に行方不明なのがゼノヴィアと、リアス眷属の木場祐斗。

悪魔なら主の下に戻ってくるのが当然だろうが、空振りだったようだ。 ナインは頭を掻いて息を吐いた。

リアスが目を細めて手を上げる。

 

「まさか、あの聖剣使いの女の子たちも?」

「言わずもがな。 しかし、紫藤さんに関しては私が回収しました。 ゼノヴィアさんの方が所在不明です。 困ったものですよ」

 

相変わらず世話の焼ける信徒だ、と肩を竦めるナインを見て、朱乃が口を挟んでくる。

 

「コカビエルとは遭遇したのですか?」

「いいえ、私が来たときはフリードさんと紫藤さんだけでした。 他は散り散りに」

「祐斗…………やっぱり力づくでも連れ戻しておくべきだったのかしら」

 

デスクの上で組んだ両手に額を当てて項垂れる。 彼女としても、眷属一名が出て行ってしまったのは大打撃だ。

「はぐれ」になれば討伐対象にもなってしまうためなおさら。

リアスが考え込む中、ナインの方も一人で思案し出した。

 

 

「ふぅむ、やはり街をしらみつぶしに探すか……いやそれでは効率が悪すぎる。

仕方が無いから私が一人で出てエクスカリバーだけでも破壊するか―――あ~それではコカビエルさんを爆弾にできるか試せない。 ど~しますかね~」

 

本当ならばナインも自分の頭を抱えたい状況なのだが、へらへらしてこの状況を楽しんですらいる。

 

「…………提案があるのだけど、いい?」

 

笑って茶をすするナインに、リアスが真剣な表情で手を上げて言った。

 

「一つ、共同戦線を張らない?」

「む?」

 

訝しげに眉を吊り上げるナイン。

 

「そちらは構わないのですか?」

 

聞くと、リアスは少し言いづらそうに肩を落とす。

ナインは先の旧校舎爆撃について気にしているのだろうとリアスは察した。

 

あれから考えたものだが、この男を一方的に敵視するのは間違いなのではないか、自分たちの早とちりと誤りで目の敵にしてしまったのではないか、そう思えてきていた。

 

そもそも、教会の上層部が解放したということはそれだけの大きい事件なのだ。

この男でなければいけなかったのであれば、あくまで部外者である自分たち悪魔に何かを主張したり訴える権利は無いに等しい。

 

アーシアの件に関しては驚いたけれど。 どうしても煽り口調になるのはこの男がそういう性格で気性だからと割り切ってしまえば、あのときもスムーズに話が進んだはずだ。

 

「構わないわ、全然。 というより、私はあなたに謝罪しなければならないこともあるの」

「うん?」

 

すると、リアスは立ち上がってナインの目の前で頭を下げた。

 

「ごめんなさい、あなたは任務を全うしているだけなのに、目の敵と決めつけてしまって」

「部長…………」

 

薄々、兵藤一誠も感じた。 犯罪者という人種に、本能的に拒絶してしまっていたこと。

犯罪者だから正しくないとか、悪だとか、制裁の対象であるとか――――事情も知らずに突っ走ってしまった。

 

いままで普通人だった彼は、殺人犯罪者と出会ったことなどなかっただけに、脳が反射で彼を斃すべき敵と認識してしまっていたのだ。

 

しかし、神妙そうに頭を下げる紅髪を前に、ナインはきょとんとした顔で、「は?」と訳が分からないと言う風に苦笑いした。

 

「人を殺した犯罪者の私を目の敵とするその精神は間違っていない。

それは、あなた方の精神や考え方が正常な証拠だ。 これから協力する仲になるためだけにそのような関係修復は必要ない――――あなたたちは、ただ正常であればいい。 無理に私を肯定したり、私に頭を下げたりする必要は皆無、でなければ、逆に失笑を買ってしまいますよ?」

 

私はもうすでに売ってしまいましたがね、と笑った。

 

すると、リアスは呆気に取られるが、反芻して言葉の意味を噛み砕いた。 手をナインの前に伸ばす。

 

「でも、やっぱりあなたを目の敵にするつもりは無いわ」

 

こんな状態だもの、と拠るべき拠点を二つも失くしたリアスが自虐気味に肩を竦めた。

 

「そこまで言うなら、断る理由は無い。 すべて水に流しましょうか、お互いね」

 

和解……してもなお不気味な笑みを止めない変態、ナイン・ジルハードも手を出した。

 

「よろしくお願いするわ――――」

 

ぐっと、握手をしたその瞬間だった。

――――錬成反応が両者の手で発生する。 バチっと見慣れた電撃がうねると、やけに仰々しい腕時計がリアスの握手した腕に現れた。

 

「え、ちょ――――これって? え?」

「部長――――それ…………秒針が、カウント―――――!」

 

ナイン以外の全員が息を呑む。 無機質な機械の音――――時計の針が秒を刻んでいくのを耳にして、戦慄した。

 

しかし、静かに自分の腕を見るリアスは、ゆっくりと冷静にナインを見た。

いやらしそうににやけた笑いに目を見開く。

 

「…………」

 

冷静……だが、内心は超と言っていいほどリアスは焦燥に駆られている。 

秒針、針が動いて、時を刻んでいる。 さっきまで自分の巻いていた腕時計とは違う。

光ったあと変形した――――これは……

 

ゆっくりと、リアスの柔肌に汗が伝う。 制服の中の背に、そして、頬に。

そして鼓動が速くなり始めた直後、秒針が――――ついに一つに合わさった。

 

「え…………?」

 

しかし、ポンと、時計から可愛らしく出て来たのは、小さな人形。

小柄の悪魔をモチーフにしたのか、チープな人形に悪魔の翼が付いている。

 

『僕は悪魔、よろしくな☆』

 

さらに音声付きでびっくり箱のように出てくると、さっきまで引いていたリアスの汗が流れてくる。

 

「……………………なに、これ……」

 

息切れすら催しているにも関わらずに目を引きつらせて時計に指を差すリアス。

その様子に内心大爆笑のナインは、おどけるように右手で空気を破裂させた。

 

パンッという風船くらいの破裂音でビクっと一同が驚く。

若干の黒煙を立たせるとその手をポケットに突っ込み、ナインはまるで、悪戯が成功した子供のように笑いかけた。

 

こんな非常時にも他人で遊ぶ余裕があるのかこの男は――――どこまで図太い男なのだろうかと、リアスは感心すら湧いた。

 

「あなた方も家を灰にされるという被害を被っているようですし、緊急事態のため先の約定は一旦取り下げましょう」

「心臓に悪い…………」

「ハ…………はぁ…………――――やっぱり、あなたのこと人間的に好きになれないわ、私」

 

ではよろしく、とナインが廃墟を出て行こうと――――したときだった。

 

「悪魔貴族さまがこんな廃れたとこで集会たぁ落ちぶれちまったねぇ!」

 

ヒヒヒャ! と耳障りな笑い声が聞こえる。 振り向くと、白髪の神父、フリード・セルゼン。 エクスカリバーを右手で肩にトントンしながらこちらを見ていた。

 

施錠もなければ結界も張っていないこの廃墟などでは、外部からの侵入など容易く許すであろう。

 

「フリード、テメェ!」

「いや~、あの火事ボーボー燃えてて超萌えちゃったよ俺さま。 ついでに中の奴まで燃やしてくれたらさらに超面白かったんだけどなぁ。 あんのおっさん、『気分じゃないわ』と来たもんだ―――つまらねぇよ!」

 

けどぉ、とフリードは不敵に笑んで上を――――廃墟の天井を指した。

 

刹那に敢行される光の一撃が廃墟の天井を根こそぎ破壊していた。

フリードとナインたちの間に突き立った神々しいまでに光る槍。

こんなにも巨大な光を作り出せるのは、この街の現状、コカビエルしかいない――――。

 

「――――翼が、10枚も!?」

 

驚くイッセーに、リアスが返答するように口にした。

 

「コカビエル…………」

「御機嫌よう、リアス・グレモリー、魔王の妹。 その艶やかな紅髪を見てると吐き捨てたくなるほど殺意が湧くぞ」

 

取り払われた廃墟の上空。 そこには隠しがたい程の巨大なオーラを纏った堕天使がそこにいた。

 

「へぇ、あなたがコカビエル……」

 

ナインがそう呟くと、コカビエルは視線をリアスからナインに落とす―――嘲笑うように口角を上げた。

 

「ふん、教会と悪魔が連合するか。 雑魚がいくら集まろうと雑魚にすぎんが――――なぁ、紅蓮の」

「私の別名を知っているとは……あなたの使役する『駒』たちはだいぶおしゃべりが好きなようですね」

 

目を瞑ってほくそ笑むと、コカビエルは眼下にあるリアスたちをゆっくりと見回して言った。

 

「いまなら、貴様だけ命を救ってやってもいい」

「ほぅ…………それは美味しい」

「おい!?」

 

コカビエルの予想外の発言に、さらに予想外の返答をしたナイン。

一誠が慌てたように叫ぶのを、ナインは指を立ててお構いなしに進めた。

 

「一つ、条件を」

「ほう、この俺に条件だと、自分の立場が分かっている奴の言う事とは思えんが……まぁ、いい、言え」

「――――触らせてください」

 

その直後、周りが凍り付いた。

 

「おま、おま、そういう趣味だったのか!?」

 

一誠以外の静観するリアスたちを横目に、ナインは続けた。

 

「あなたの体、とても興味がある――――爆発させたい」

 

その瞬間、コカビエルに向かって何かが投擲された。

ビュッという鋭い音とともに、コカビエルは手をかざしてそれを防ぐ――――

 

横薙ぎに振るわれたナインの手から、石が飛ばされたのだ。

 

石はコカビエルのかざした手に吸い込まれるように――――爆発。 手に当たったと思われるなんの変哲も無い拳大の石――ナインの錬成により着弾と同時に爆発を起こした。

当然そのくらいの小規模爆破では堕天使の幹部は傷一つ付かないが――――煙の中で、コカビエルはわなわなと震え出す。

 

服が、尊大な彼の服が汚れた。 煙と爆発の衝撃でほこり塗れになった己の姿に嫌悪したコカビエルがそこにいる。

 

「それが答えか、紅蓮の錬金術師…………!」

「行きますよみなさん――――敵が待っています。 遊び相手が……命を賭けるに足る遊び相手が…………」

「は…………?」

 

上空からのコカビエルの返答を完璧に無視して歩き出す。 フリードすらも呆気に取られて簡単に自分の真横を通過することを許してしまった。

 

「敵…………って」

 

敵ならここにいるだろう、首謀者もいるだろう。 なんでここで素通りなんてできるのだろうか。

しかしナインは振り返ってにやけた。

 

「バルパーさんは駒王学園でエクスカリバーの錬成をおこなっている。 決戦場ならそこでしょう。 フハハ、ははは、へっへへへ…………」

 

錬成完了には複数日かかると思いますが、事ここに至ってはいくしかないでしょう。 と、猫背で歩きながら不気味に笑うナインに、コカビエルは憎々しげに呪詛のように呟いた。

 

「…………面白い。 お前は殺そう、紅蓮の錬金術師。

その薄気味悪く腹立たしい笑みをこの世から消してやる…………!」

 

確かな戦意と殺意を抱きながら、コカビエルはフリードとともに消えていった。

行先は当然、駒王学園。 バルパー・ガリレイの実験場となっている校庭である。

 

ナインが廃墟から出て行ったあとも、リアスたちは汗が止まらなかった。 あの場でゴミ屑のように吹き飛ばされてもおかしくなかった。 相手は幹部格―――聞いていたのと実際に見るのとでは桁外れに相違があった。

 

一誠も足の震えが止まらなかった。 止まれよ、止まれ! と内心叫んでも本能がそうしているため収まらなかった。 しかしあれは…………あの男は、

 

「なんで……腰が引けないのよ、あの状況で…………おかしい、おかしすぎるっ」

 

自分たちは悪魔で、ナインは人間。

人間だ。 ただの人間。 なのにどうして、あの怪物のごとき堕ちた天使を前にして正常でいられる、あんなに舌が滑るのだ。 リアスは思わず。人差し指を額に当てて苦悩した。

 

「一種の…………なんというか、いままでも彼の感覚がおかしい節がありましたが、今回のは顕著にそれが出ていましたわね」

「…………人としての感性をどこかで根こそぎ置き去りにしてる――――狂ってる…………っ」

 

でも、とゆっくりと顔を上げたリアス。 息を大きく吐き、一誠たちを見回した。

 

「とりあえず、ナイン・ジルハードの後を追うのよみんな!」

『はい!』

 

ナイン・ジルハードに続き、リアス・グレモリー眷属も駒王学園に足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

「あの光は――――!?」

 

廃墟から駒王学園に場所を移ったリアスたちはその光の柱を見て声を上げる。

学園の外からでも分かるまばゆい輝きに目を奪われていると、結界を張っているソーナ・シトリーとその眷属たちが目に入った。 リアスが声を掛ける。

 

「ソーナ……」

「この結界の向こうに、コカビエルたちはいます。 なんらかの儀式を執り行っているようですが、油断はなりません。 それと、リアス、いまからでも、サーゼクスさまに連絡を――――」

「通りますよっと」

 

会話をする二人の横を、ナインが通る。 お構いなしに結界の中へと向かっていく。

 

「待ってください、ナイン・ジルハード」

「…………」

「事態は深刻の一途を辿っています、いまもその深刻さは濃くなるばかり。 現状、仲間の内二人が欠けて、あなた一人でどうするつもりですか」

 

ソーナの諫言を背中で聞き流したあと、ナインは振り返った。

 

「私はもともと囚人です。 死刑になるはずだったこの身――――免れたあとも、あの地下牢で一生を過ごすはずだった」

 

肩を揺らして笑った。

 

「ふ…………いまさら生きるか死ぬかなどと拘ってられないでしょ。 要は楽しめるかどうかが私の人生の表題なんですから」

 

そう言って手の平に息を吹きかけると結界の中に入り込んでいく。 その後ろ姿を見て口をつぐんだリアスに、朱乃が口を開いた。

 

「サーゼクスさまには先ほど打診しておきました」

「な――――!」

「リアス、ことは一刻を争います。 魔王様の力をお借りしましょう」

 

リアス自身、兄の――――魔王の力に世話になるのは嫌だった。 というより、迷惑をかけたくなかったのだ。

手間を取らせたくない一心で連絡しなかったのに、朱乃がすでに報せていたなんて。

 

リアスは内心で歯噛みしたが、やがて諦めたように笑顔になる。

 

「仕方が無いわね……」

「サーゼクスさまの軍勢は一時間程度で到着する予定です……それまで」

「ナイン・ジルハードと共闘して時間を稼ぐ。 こればかりは少し悔しいけれどあの男、実力は本物みたいだしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一筋の光の柱が立ち上っている。

駒王学園校庭。 そのど真ん中で呪文をぶつぶつと唱えている初老の男がいた。

元大司教、バルパー・ガリレイ。 しゃがみ込み、校庭全体に張り巡らされた陣に手を付いているのを見て、ナインは舌打ちをする。

 

「…………エクスカリバーの錬成はもう少し時間がかかると思いましたがね――――あの様子ではすでに最終段階にまで入っている」

「そういう取引だからな」

「む……」

 

上を見上げると、コカビエル。 尊大な玉座に座り込み、頬杖を突いてナインを出迎えた。

 

「ただ錬成するには、お前の思う通り数日かかったはずだ。 だが、俺の力を利用すれば、錬成を瞬く間に早めることができる。 バルパーの考えだ」

 

未だ詠唱しているバルパー・ガリレイを見て、ナインは鼻で笑う。

 

「『力量』という単純なエネルギーを術に上乗せして錬成を強力、且つ迅速に実行しているのですか。 なるほど、やはりバルパーさんは優秀だ。 素晴らしい、素直にそう思いますよ」

「そうさ、奴は優秀だ。 エクスカリバーの凄まじさなら俺も知っている。

それだけに、そういった離れ業を成せるのもエクスカリバー狂いのあいつらしいといえばあいつらしい」

 

リアスたちが駆けつけると、コカビエルが手を出していた。 尊大に座したままナインに右手を差し伸べている。

 

「もう一度聞こう。 お前は破壊活動にはもってこいの能力を持っている――――俺と共に来ないか? いや、来い!」

「しつこい男は嫌われますよ――――!」

 

ナインが素早く地を蹴った――――突撃した先は、まだ錬成の最中のバルパー・ガリレイ。

それを見たコカビエルは、口元を笑ませて指を鳴らした。

 

「葛西」

「はーいはいっとぉ」

「っ――――」

 

気色の悪い笑みを浮かべながらエクスカリバー錬成に熱中するバルパーの前に、赤いジャケットの中年男が立ち塞がる。

走るのを止めず、ナインは右手をそのまま立ち塞がる男―――葛西炎条に突き出した。

 

「火火火……ヒ……」

「…………っそら!」

 

まるで写し鏡のごとく葛西も左手を突き出した。

ぶつかり合う衝撃が突風を呼び起こす。 

 

やがてお互い弾かれるように後退すると、ナインが右手首をさすりながら眉を吊り上げて言った。

 

「んー、邪魔ですよあなた」

「そう言うなよ兄ちゃん。 楽しいこと、しようぜ」

 

黒いキャップの帽子を指でつまみ上げる葛西がニヒルに笑うと、タバコの火勢が引き上がった。

ボシュ、遊戯花火のように発火する。

 

「葛西、お前はその紅蓮の男を釘付けにしていろ、直、エクスカリバーは完成する」

 

バルパーがそう言うと、コカビエルが上空からリアスを見降ろす。

 

「『保護者』に泣き付いたのだろう? リアス・グレモリー。

ならば来るのはどいつだ、サーゼクスか、セラフォルーか。 どちらでも構わんが、その間俺を退屈させることだけはしてくれるなよ」

「お兄さまたちの代わりに、私たちがあなたの相手をするわ」

 

なんだつまらん、と、リアスの発言に心底つまらなそうに、表情をしかめてそう呟いたコカビエル。

ガラにも無く溜息を吐いてしまったコカビエルは、しかしやがて、不敵に笑んで玉座の下から光を放出させた。

 

リアスたちの前に落ちる光の柱は、やがて形を成していく。

巨大で鋭利な爪と、凶悪そうな牙を持つ魔獣がその場に召喚されていた。

 

「ケルベロス…………!」

「冥界の門に生息する魔獣…………人間界に持ち込むなんて!」

「俺のペットとでも遊んでいろよ、リアス・グレモリー。 貴様のような皮も剥けていないひよこ悪魔に、俺の相手がまともに務まると思うなよ――――ふふは、カッハハハ!」

 

コカビエルの高い笑いで、地獄の番犬は低い地鳴りを轟かせながら動き出した。 焼けるような鬣は地獄の業火を思わせるほどの凄まじい迫力を伴った獣の肉体。

 

それを静観していたナインは、無表情のまま葛西から踵を返し始める。 予想外の相手の行動に、葛西は思わず咥えていたタバコを落とす。

 

「小猫、朱乃! イッセーのブーステッド・ギアの力が溜まるまで、ケルベロスの気をそちらに引きつけて頂だ――――」

 

眷属たちに指示を出したそのとき、リアスは自分の目の前を影が通り過ぎるのを僅かだが目撃した。

 

「ちょっとあなた!」

「伏せてくださいね」

 

リアスたちに気を取られるケルベロスから一定距離を保ったまま、彼は地面に両の手を叩き付けていた。

一条の電撃が走る。

 

「ギャアアアアアアアァァァアァォォォォォッ――――!」

 

その瞬間、ケルベロスの真下から爆発の火柱が次々と現れる。 爆風と火柱を伴った爆発の線は、レーザーを彷彿とさせる高熱の柱となり、ケルベロスを下から蜂の巣にしていた。 竹槍のように下からドスドスと串刺しにされた魔物は激痛の雄叫びを上げる。

 

単なる爆破ではない。 強靭な魔物の肉体には、一点集中の攻撃が有効だと判断したナイン。

地面内部で錬成した爆発物をそのまま爆発させるのではなく、拡散させ、さらに爆発のエネルギーを一本一本のレーザーの柱と化し、対象を下から貫かせる。

 

泣きそうな顔をしてリアスは紅髪を振り乱してナインの肩を掴む。

 

「またあなたは勝手を!」

「部長、伏せましょう―――――!」

 

一誠に腕を引かれたリアスは、キャっと可愛い声を上げながら無理矢理屈ませられていた。 当然、それと同時に掴んでいたナインの肩もリアスが引いていたが。

 

「…………重い、目障り。 私の鑑賞の邪魔をしないでくださいよ、まったく」

「あなたも伏せるの!」

「節介な…………」

 

刹那、轟音が響き渡る。

 

「耳……い――――てぇ」

「節介ってどういう意味よ……な、これは――――」

「ほう…………」

 

感嘆したコカビエルは、上空で喉を鳴らした。

しかし、やはりそれだけでは終わらない。 この地鳴りが本命の締め。

地面が割れ――――突き破るようにして破壊していく必殺の爆発力。

 

いまなおリアスに肩を掴まれたまま、ナインはぐいぐいと両手を地面に押し付ける。

まるで念力でも送っているように、地面は凶悪な爆薬と化していった。

 

目と耳を同時に覆いたくなるほどの地盤爆破。 その最後の爆発による煙が晴れたとき、数匹のケルベロスは一匹になっていた。

 

「貴様、し、質量保存の法則を―――――!」

「すみませんね」

 

さらさらと儚く消滅していくケルベロスの群れを背にしたナインに向かって、バルパーは驚愕の声を上げていた。

錬成の中途でもバルパーは、有り得ないと言う風に叫ぶ。 その様子に、心底大笑いしながらナインは彼を憐れみの瞳で見た。

 

「あなたは堕天使の幹部というコカビエルの力を利用し、聖剣錬成を早めることに成功している。 なら、無差別に拡散しているその力の波動――――それを私も使えばいい」

 

バルパーは頭を抱えてぐしゃぐしゃと掻き乱す。 錬成失敗しちゃいますよ、とへらへらするナインを睨みつけて、捲し立てた。

 

「~~~~~~~! 私が考えた錬成法だぁッ! 第一、他人の力の気配を察知するだけでも達人レベルの肉体の鍛錬が必要なのにそれを利用するなどっ、口で言うほど容易ではないはずッ!」

「そう、あなたが考えた効率的な錬成法だ。 コカビエルは意識的にあなたに『力』という材料を向けたから、肥満体質で運動不足なあなたでもその力を受け止め、聖剣の錬成に当てることができたのだ」

 

不気味ににやけ、ナインは両手をバルパーに見せた。

 

「私は、漏れ出る上級の堕天使の力は簡単に察せたし、使えた。

この方法は始祖はあなただが、使えるのはあなただけというわけでは無い」

「はは、ふはははははははは! 俺の力を材料に術法を増幅させたのか! 確かに、俺の力は辺りに漏れすぎる。 なるほど、漂っているそれを有効に活用したわけだ! これは…………これは酷く面白いぞ!」

 

哄笑を止められず座したまま腹を抱えて大笑するコカビエル。 ナインも低い声で短く笑った。

 

「――――――面白いのは…………まだこれからですよ」

「――――――ぬ」

 

瞬間、最後の一匹のケルベロスの首が、物の見事に両断された。

携えるのはエクスカリバー。 破壊の聖剣―――エクスカリバー・デストラクション。 切っ先が三つに分けられた、破壊の権化。

 

「ナイン。 まったくお前は無茶をする!」

「すみません、ゼノヴィアさん。 こちらで勝手に始めさせてもらいました」

「イリナは?」

 

ケルベロスの首を瞬く間に両断したのはゼノヴィア。 いままで何処にいたのかはあえてナインは聞かないが、彼女の質問に不敵に笑んで首を振る。

 

「正直言いますと、彼女はいまは使い物にならない」

「ひどいなお前」

「外面上問題ないが、本当は『ド』の付くほど精神が不安定だ」

「…………そうか」

 

ならば、仲間を脅かした彼奴らを成敗しなければな、とゼノヴィアは再びエクスカリバーを構えた。

 

「…………背を任せるのがイリナではなくお前になるとは、なんだか不思議な気分だよ」

「そうでしょうとも」

 

くつくつと低く笑い肩を揺らす。

ナインは両手をポケットに入れたままコカビエルの方に、ゼノヴィアはもう一匹の魔獣に剣を向け、背中を合わせるのだった。




鋼の錬金術師の錬金術は本当にまるっきり科学といった感じですが、こちらで出ている錬金術は科学の一線を超えてしまっていることに最近気づいた。
オーラを材料に錬成するとか……お前ら人間じゃねぇ!(タケシ

確か、ハガレン作者さんが、ハガレンの錬金術は魔法みたいな錬金術って言ってたような……。


次回、葛西のおじちゃんと変態ナインくんがぶつかru


ps ハガレン一期のキンブリー。 まぁ二期もそうなんですけど。
彼の後ろの長い黒髪。 あれってなにで一つに束ねてるんですかね。 謎だ


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9発目 紅蓮vs灼熱

「ケルベロスの頭はあと二つ。 もう二撃行けますかゼノヴィアさん」

「造作も無い――――が、私はいまのいままで一人で動いていたわけじゃないんだ」

「?」

 

疑問符をナインが浮かべた直後、ケルベロスの胴体が下から突き上げられる。 剣山地獄のように魔獣を串刺しにしたのは、数十本にも昇る剣の山だった。 黒いオーラで包み込まれた数多の魔剣が地面から勢い良く召喚されていく。

 

「木場!」

「木場さん!」

 

最後の一匹のケルベロスが消滅すると、代わりにその魔剣の主が降り立った。 金髪を揺らして魔の剣を構えたのは、木場祐斗。

 

「ほぉ…………」

 

にやけたナインの目の前にすたり、と着地する祐斗。 余裕の笑みで佇む紅蓮の男を見据える。

 

「まさか、教会と共同戦線を敷くことになるなんてね……。

何より、キミが共闘に賛同するとは思えなかった」

「…………ふっ」

 

そんな問いに目を瞑って小さく笑うナインは、無言で祐斗を通り過ぎた。 そして、振り向かずに口を開く。

 

「愚問というんですよそれ。 その方がややこしくなくていいんでしょう?

あなたの敵は……バルパーさんなのに、この期に及んで私も敵? いまこの状況で、あなた方にとってそーんな絶望的な三つ巴を望んで何になる?」

 

それとも……と、振り返って不敵な笑みを祐斗に投げた。

 

「悪魔側全員壊滅がお望みですか。 それはそれでなかなか…………」 

「キミがひどく捻くれた性格の人間だというのは解ったよ」

「おや、あなたの憎悪の矛先ほど見当違いではないと自負していますがね」

 

まぁいい、と手を振って話題を失くそうとするナインは、コカビエルとバルパーの方へ見据えた。

 

「あの通り、本丸はあんな感じに文字通り高見の見物。

まずは外壁からゆるゆると切り崩していくのがいいかと」

「賛成だよ。 バルパー・ガリレイやフリード・セルゼンには問い正したいことが山ほどあるからね」

「あげます」

「質問だけれど、フリードの左腕は一体?」

「先日私が貰いました」

 

その返答に不敵に笑んだ祐斗は魔剣を構える。 ナインは付け加えた。

 

「彼が片腕とはいえ、油断は禁物。 いろいろと体も弄っているみたいなので――――」

 

しかし、言おうとした瞬間、校庭の真ん中を巨大な光の柱が立ち上った。

目を覆いたくなる程の極大の光のオーラが校庭を……ついには学園を包み込む。

 

「まぶしっ――――なんだこりゃ!」

「む、この光は……あらら」

「――――――完成したぞ……ついに我が悲願が…………っ」

 

手で目を覆う一誠たちのわずかの視界には、崇めるように立ち上がっているバルパー・ガリレイの姿が映った。

その喜悦の表情は、波の高さの違いはあれど、己が趣味の絶頂に至ったときのようなあの――――紅蓮の男に似通ったもののようだった。

 

もっとも、バルパーの方が現在が最高潮の喜びであろうが。

 

「ああ、ついにできた……ふははっ」

 

三本のエクスカリバーを一つにする。 それは、古の大戦で七つに別れた真なる聖剣エクスカリバーにわずかではあるが迫ったということになる。

 

聖剣を病的なまでに愛するこの元大司教。 この男にとって、この偉業とも言える聖剣錬成はエクスカリバーを盗んだときの喜びよりもひとしおだ。

 

錬成を完了したバルパーは、まばゆく光るエクスカリバーを背にしてナインたちに体を向けた。

 

「逃げよ……逃げるがいい! この錬成の完了によって、コカビエルのかけた大地崩壊の術も同時発動した――――あと二十分もしないうちにこの町は崩壊するだろう」

「俺たちの町が…………崩壊!?」

「その術を解除するには、俺を斃さねばならん――――貴様らにやれるか?」

 

依然コカビエルは、フリードと葛西という厄介極まる壁に囲われている。

 

「もっとも、そいつらを斃さなければ話にならんのだが」

 

そんな中、バルパーによろよろと力無く近づく者がいた。 怪我をしているわけでもない、疲労困憊というわけでもないが、何かに絶望したように歩き近寄る。

 

「む?」

「…………バルパー・ガリレイ。 僕は聖剣計画の生き残りだ……いや、正確にはあなたに殺された身だ」

 

木場祐斗。 確かな憎悪を持ち、バルパーに歩き迫る。

 

「悪魔に転生してこうして生き長らえた――――僕は死ぬわけにはいかなかったからね。

僕に幸せはいらない。 その代わり、死んでいった同志たちのためにあなたの首を飛ばす」

「…………計画の生き残り―――なるほど」

 

バルパーが嫌らしく笑むと、葛西とフリードが前に立ち塞がった。

葛西は無表情にタバコの煙を吐くと、にやける。

 

「お伽噺の設定みたいだな。 まぁ同情するぜ兄ちゃん」

「キミらには感謝しているよ。 おかげで計画は完成したのだから」

 

祐斗は歯を食い縛りながら訝しげにバルパーを睨みつけた。

 

「完成? 僕たちを失敗作と断じ、処分したじゃないか」

 

本来、聖剣はエクスカリバーに限らず、因子の数値によって使用者が選出される。

因子とは、偶然か運命か、その人間が生まれ持った物のこと。

当然のことながらその因子の数値も人によって異なり、聖剣を扱うにはそのボーダーラインにまで数値が至らなければならなかった。

 

祐斗は因子を持っていたはずだった。 が―――

 

「キミたちの因子は、聖剣を扱えるまでの数値を現さなかった。 私は教会の錬金術師たちと三日三晩聖剣のことで議会を開いて話し合ったよ。 どうにかして因子の数値を人工的に上げることができないかとな。 そこで、一つの結論に至った」

 

無表情のナインを横目で見たバルパーは、邪悪な笑みを浮かべる。

 

「被験者から因子だけを抜き出す! そして――――」

「結晶化。 その因子を、ある程度適性の高い者の体内に挿入。 これを繰り返せば、人工的に何人もの聖剣の適性者を作り出せるということ……紫藤さんもそれに該当しますかね確か」

「その通り」

 

嬉しそうに言うバルパーだが、ナインは馬鹿らしいと言う風に地面に唾を吐いた。

 

「私はそんな作業的な計画が嫌で嫌で仕方なかったんですよ。 『つまらない』、これに尽きる。

抜いて殺して…………足して、その繰り返し。 まるで自慰のように同じことの繰り返し、つまんないですよも~」

「なぜそこまで理解しておいて、お前は他の錬金術師たちよりも聖剣に対する情熱が冷めているのだ! 聖剣の素晴らしさがなぜ解らない!」

「…………」

 

祐斗はナインを見詰めた。 薄笑う紅蓮の男。 台詞からして聖剣計画に一枚噛んでいた男のようだが、どうにも様子が変だ。 バルパーとは馬が合わなかった…………? 祐斗がそんな疑問符に包まれる。

 

「そもそも私が教会に入る前提の理由からしてあなたたちとは話が合わない」

「なにぃ!?」

 

ナインは自分の手の平をすりすりと擦り始める。

 

「………………ああ、いい形だ」

 

いつからかこの錬成陣がナインの唯一の相棒だ。

剣士が刀を大事にするように、武闘家が拳を大事にするように。

 

この男も、己が両手に刻まれた紅蓮の錬成陣を愛で、日ごろから手入れを欠かしていない。

だからこそ訴えたのが、教会への愚痴だった。

 

「充実した研究施設。 錬金術の技術を学ぶならここしかないと思って入ったヴァチカン直属の錬金術協会。 ああ、なんのことはない、待っていたのはただの奉仕活動。 蓋を開ければ年がら年中せーけんせーけん言ってるバカばかり。 まったく勘弁して欲しかったですよ」

 

だから、とナインは両手を天にかざした。

 

「もう、どーでもよくなってしまってね。 ぜーんぶ吹っ飛ばしてスッキリした――――あとはなるようになれでしたよ」

「…………ぐッ、く、くそっ! この欠陥人間めっ!」

 

激怒するバルパーだが、にやにやと笑みを浮かべながらナインは肩を揺らす。

しかし、平静を装うようにバルパーはフリードに目配せをして言った。

 

「まぁいい。 目障りな貴様も、被験者も、悪魔も、皆、この新生したエクスカリバーで殺し尽くしてくれる。 フリード!」

「はいな!」

 

前に出てくるフリード。 先日ナインに吹き飛ばされた左腕は無いが、右手だけでも軽々とそのエクスカリバーを素振って見せた。

 

「まぁずは、テメェから逝っちゃいますか、爆弾野郎――――と? どけよ葛西のおっさん、あれは俺っちの獲物だっつの!」

「おじちゃんに見せ場くらい作ってくれてもいいじゃんか」

「はぁ!?」

 

そんな呑気な葛西の発言に、フリードが彼の胸倉を掴み上げる。

 

「おいおい……」

「あいつはな、あいつは……あいつだけはぶっ殺す!」

「おーい、フリードくん?」

「俺の左腕ぶっ飛ばしやがったんだぞ、譲る訳がねぇだろうが! おっさんはバルパーのじいさんの護衛だろ、引っ込んでろや!」

「聞いてねぇし」

 

傷つけるのは楽しいが、自分が傷つくのは面白くない。 殺すのはいいが、殺されるのは勘弁なフリード・セルゼン。 悪魔は絶対に殺すが、自分のプライドを傷つけた奴なら人間だろうと万倍返し。

 

はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)、元ヴァチカン直属の少年神父は、この思想でいままで戦ってきた。 ゆえに譲れない――――。 しかし、その瞬間フリードの視界がブレた。

 

「――――落ち着けよクソガキ」

 

ゴシャァ! 地面に顔面がめり込む。

無造作にフリードの顔が地に落ちた。

 

「が――――はぁっ――――おぶぁぁ…………!」

 

胸倉を掴んでいた手は自然と離れる。

後頭部を掴まれていたことに気づかなかったフリードは、そのまま校庭の硬い地表に顔面からモロに打ち下ろされていた。

 

「な――――仲間……じゃないの…………っ!?」

「………………あのおっさんも、フリードと同じようにイカれてるってことかよ!」

 

彼の周りだけに蔓延する煙の幕。

その煙の中でにやけた葛西は、同じように笑むナインにゆっくりと歩いて向かって行く。 まるで名残惜しそうに煙が葛西の体に纏わり付き、切らせることを許さない。

 

「よ、兄ちゃん。 お前、おじちゃんと同じ匂いするんで、ちょっと強引に対戦カードを組ませてもらったけどよ、いいよな」

「………………」

 

にやけた顔をしかめさせたナイン。 片手を神父服に突っ込んだまま、目を細めて目の前の中年男を見据えて口を開く。

 

「…………なるほど」

 

爆弾魔 VS 放火魔――――開戦。

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ―――あいつも葛西のおっさんもうっぜえ!」

 

ボコォっと地面に埋まっていた自分の顔を引き抜くと、校庭の中心にある三本を一つに統合された聖剣エクスカリバーを手に取った。

 

「あーイラつく。 でもま、素敵仕様になったエクスなカリバーちゃんを使えるんだし、いいか」

「フリード・セルゼン。 お前もまた、同志たちの因子を取り込んだ。

作られた人工聖剣使い。 分かっていてなお、お前は悔い改めようともしない。

聖剣計画について、同志たちについて、もう少し話してもらう…………!」

 

こちらでも、再び戦闘が勃発した。 闇夜の中の月が照る中、木場祐斗とフリード・セルゼンの、そしてナイン・ジルハードと葛西炎条が火花を散らし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナインvs葛西――――校庭を外れて体育館傍まで迫る戦火は、普通の一対一とは思えないほど範囲は拡大していた。

爆弾と炎がぶつかり合う。 紅蓮の爆風が炎を阻み、逆も然りだった。

 

そこに、炎上する体育館入口から躍り出て来たのはナイン。

赤いスーツの上着を靡かせるのを止め、立ち止まって片膝を地に落とす。

地面に片手を突き、ボコボコと葛西の足元に爆発の錬金術を伝道させた。

 

―――――爆発。

 

「ヒュー、あっぶねぇ」

 

しかし爆風を軽やかに避けるさまは、ナイン同様に軽業師のごとく。

着地した直後にその地面も盛り上がっていくのを嬉々として見て更に身を引いていく。

 

「火山の噴火かよ、おっかねぇ――――じゃこっちもそろそろ燃えるかね」

 

身を引いた矢先、葛西の手が燃え始める。 同時にくわえていたタバコも、煙ではなく火を発し始めた。

 

「いくぜ――――」

 

煙を切って炎の軌跡を描きながら一直線にナインに肉薄した。 火を纏った拳が轟と横薙ぎに振るわれる。

「む、熱い」などと当然なことを呟いて葛西の火拳を受け流したナイン。 そのまま地面に向かって軌道を逸らした。

 

「ふはっ、ワビサビが微塵も無い。 私は日本人というのを少し誤解していたみたいですね」

 

刹那に、ズゴバァッ、と地面が根こそぎ吹き飛んだのだ。 圧倒的な火力で振るわれた炎の拳は物凄いスピードで大気を引き裂いて地面に着弾後、エクスプロージョンを引き起こして地表に大きな爪痕を残す。

 

黒焦げに抉られた大地を横目に、ナインは苦笑いをした。

 

「あなた、いったい何者なんですかね。 見たところ魔法でも魔術でも無いようだ……」

「一応、そういう能力だ――――神器でも無いぜ。 あとは――――」

 

自分で考えな、と再び手を薙いで炎の鞭を飛ばしてくる。 鞭のようにしなってくる炎の鞭打。

 

「ふはっはッ――――楽しい!」

 

笑いながら空転して炎の鞭を避けるナイン。 傍にあった体育館は、二人の戦いで全壊状態に瀕し始めていた。

 

 

 

 

 

 

木場祐斗vsフリード・セルゼン――――改めて聖剣計画の真実を知った祐斗は、よろよろと歩を進める 。

先の話はナインの話に逸れてしまったため、祐斗は改めてバルパーに問い正した。

 

その後すらすらと自分の悪行を悪行とも思わないようなバルパー・ガリレイの態度。

聖剣への偏愛と狂った研究の一端を語られ、祐斗は絶望を知る。

 

「これは聖剣計画で作られた時のものだ。 三つほどフリードに使ったため、最後の一つになってしまったがね」

 

そう言いながら、バルパーは手に輝く球体を取り出す。 ダイヤモンドのように輝く因子。 あの中に同志たちの因子が集約されていると思うと、悲しさとともに怒りがこみ上げてくる。

 

そんな祐斗にフリードは自慢するように口を開く。

 

「ヒャハハ! 俺以外の奴らは途中で因子に身体が付いていけなくて死んじまったけどな! そう考えると俺様かなりスペシャル?」

「この因子の結晶は貴様にくれてやる。環境が整えばいくらでも量産できる段階まで来ている」

 

バルパーはそう言って吐き捨てるように、結晶を祐斗の足元に投げつけた。 ころころと儚く転がってくる因子の集合体である結晶に祐斗は震える手を伸ばす。

 

共に神を信じて奉仕してきた信徒時代。 どんな苦行にも耐え、計画の際はこれも主のためだと言い聞かせていた過去の自分。 それを思い出し、消えていく。 同志も、消えて行った。

 

「みんな……」

 

祐斗の頬を、涙が伝っていく。 

同志たちの集まった結晶体を拾い上げると、一滴の涙が同志たちに滴った。

 

結晶にある同志たちの魂が、祐斗の周りに現れる。

 

『聖剣を受け入れるんだ―――』

『怖くなんて無い―――』

『僕たちの心はいつだって―――』

 

「―――ひとつだ」

 

光り輝く祐斗の体。

祐斗は意を決したようにバルパーに向かって言い放つ。

 

「バルパー・ガリレイ。あなたを滅ぼさない限り、第二、第三の僕達が生まれかねない」

「ふん、研究に犠牲はつきものというではないか。 お前も元信徒なら、それが神に対する貢献だとなぜ解らない」

 

その発言に、祐斗も遂に堪忍袋の緒が切れる。 そのとき、後ろから大切な仲間たちの声援が送られてくる。

 

「木場ァァアァァッ! フリードの野郎とエクスカリバーをぶっ叩けェェエェェ!」

「祐斗! やりなさい! 自分で決着をつけるの!」

「祐斗くん、信じてますわよ!」

「……祐斗先輩!」

「ファイトです」

―――温かい。 祐斗は背中に仲間の熱を感じながら、自身の異変を受け入れていた。

しかし、不思議と驚かない。

 

「――――僕は剣になる」

 

持っていた魔剣を黒い気とともに光のオーラで輝かせ始める。 聖は光、魔は闇。 本来交わることの無い二つの存在が、混じり合う。 それは、世界の均衡が不安定であることを証明し、さらにその流れに逆らうことを意味していた。

 

「―――禁手(バランス・ブレイカー)、『双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)』。聖と魔を有する剣の力、その身で受け止めると良い!」

祐斗がフリードめがけて走りだした。 金属音が鳴り、フリードのエクスカリバーと鍔競り合う。

が……フリードのエクスカリバーを覆うオーラが祐斗の剣によってかき消されていくのを見て、瞠目した。

 

「ッ! 本家本元の聖剣を凌駕すんのかよ! その駄剣が!?」

 

驚愕の声を出すフリード。

量産する程度の――――数と速さに強さを任せきりの神器に、世界で唯一のエクスカリバーが劣る? そんなバカな。

 

「真のエクスカリバーだったら勝てなかっただろうね―――でも、魔に堕ちた偽りの聖剣では、僕と同志たちの想いは絶てない!」

「チィ!」

 

フリードの体が宙を無軌道に動きながら迫ってくる。

――――天閃の聖剣の能力。

だが、祐斗は四方八方の攻撃を全て防いだ。 

 

「なんでさ! なんで当たらねぇぇぇぇぇぇ! 無敵の聖剣さまなんだろう! 昔から最強伝説を語り継いできたんじゃねぇのかよぉぉぉぉ!」

 

フリードが焦りの影を見せてくる。 が、また追加の聖剣の能力を使ってくる。

 

透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)』の力。

しかし、冷静さを取り戻している祐斗は、難なくそれを打開する術を見出した。

殺気の飛ばし方を変えなければ、いくら刀身がみえなくても見えるのだ。

 

透明な刀身と祐斗の剣が火花を散らす。フリードの不可視の剣戟の攻撃をすべていなす。

 

「――――ッ」

 

フリードは目元を引きつらせた。

 

「そうだ。そのままにしておけよ」

 

直後、横殴りにゼノヴィアが介入してきた。 静観していた彼女だったが祐斗の横を走り抜けて参戦していた。

彼女は破壊の聖剣を地面に突き立て、右手を宙に広げる。

 

「ペトロ、バシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアよ。我が声に耳を傾けてくれ」

 

空間が一瞬いびつにたわむ。

 

「この刃に宿りしセイントの御名において、我は解放する―――デュランダル!」

 

青い刀身が姿を現すと、それを手に取るゼノヴィア。

彼女の持つ破壊の聖剣とは比較にならない大きさの聖剣を見て、バルパーは目を見開いて焦燥した。

 

「貴様! エクスカリバーの使い手ではなかったのか!」

 

デュランダルの登場にバルパーばかりかコカビエルもさすがに驚きを隠せない。

 

「残念。 私は元々、聖剣デュランダルの使い手だ。 このエクスカリバーは兼任していたにすぎん。 私は人工聖剣使いと違って、天然ものだよ」

 

「てっきり服役中のナインに聞いていたと思ったのだがな」と不敵に笑うゼノヴィア。

当時、爆破事件のナイン粛清に加わった際、破壊の聖剣ではあの爆発力に勝てないという教会上層の判断で、そのときだけデュランダルを抜いていた。 もっとも振ることは一切なかったが、ナインはそれを見ていた。

 

「そんなんアリですかぁぁぁぁ!? ここにきてまさかのチョー展開! クソッタレのクソビッチが! そんな設定いらねんだよぉぉぉ!」

 

フリードがゼノヴィアへ向けて斬りつける。 懲りずにも、再びラピッドリィの力で押し返そうとする。

 

「甘い」

 

たった一薙ぎで、聖剣が砕かれる。 根元から叩き折られたエクスカリバーは宙を舞った。

 

「マジかよ! 伝説のエクスカリバーちゃんが木端微塵!? これはひどい!」

 

殺気の弱まったフリードに祐斗は一気に詰め寄った。 聖魔剣を受けようとするフリードだが、もうすでに勝負は決している。

得物であるエクスカリバーを失ったフリード。 しかし、なおも執念深く持ち前の光の剣で防御の姿勢を取る。

 

「マジか…………こんな奴に…………!」

「――――見ていてくれたかい? 僕らの力はエクスカリバーを超えたよ」

 

フリードは斬り払われる。 光の剣とともに、一刀のもとに祐斗に斬り伏せられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

勝利を確信した祐斗。 清々しい気分に浸る彼は、憑きものが落ちた晴れやかな表情をしていた。

しかし、そんな余韻も束の間だった。

 

「うっ――――?」

 

突如発生した突風に、祐斗が片手で顔を覆う。

 

気絶したフリードが強烈な風で吹き飛ばされる。 折れた聖剣もその爆風で吹き飛んでいってしまう。

何事かと目を向けた祐斗とゼノヴィアは、土煙の中で拳を競り合わせる男が二人いることに目を見開いた。

 

「ナイン…………と、放火の男」

 

燃え盛る炎の拳に触れぬよう、腕を掴んで止めるナイン。 葛西も同様にナインの腕を掴んで揉み合っている。 綱引きのような膠着状態を維持している二人は、不敵に笑い合う。

 

「すげぇよ兄ちゃん。 お前マジで未成年? 動きが半端ねー」

「…………花火になってくれなくて私はいい加減焦れてきました」

「そりゃどうもおらッ」

 

全身を燃え上がらせる葛西から離脱して後方に飛ぶナイン。

 

「ナイン!」

 

膝を突いて止まるナインは、ゼノヴィアの声に耳だけ傾けた。

 

「やあ、ゼノヴィアさん。 そちらは終わりましたか」

「ああ、この通りな……と言っても、フリードもエクスカリバーも、お前が吹き飛ばしてどこかに飛ばしてしまったから分からんと思うが」

 

それを聞いて不敵な笑みを浮かべるナインは、立ち上がって葛西に向く。

 

「予想以上。 あれは人間じゃないですよ」

「体育館を一発で丸焼けにするほどだ、尋常ではないことは遠目からも確認できた」

 

しかし、その人外級の人間を相手に立ち回るお前も大概だろうという言葉をゼノヴィアはすんでのところで呑み込んだ。

いまなお不気味な煙に包まれている葛西炎条に視線を向けたが、突然、バルパーが合点がいったように叫び始める。

 

「そうか、分かったぞ!」

 

祐斗に向いて叫ぶバルパー・ガリレイは、嬉々として話し始める。

 

「聖と魔、相反する力が交わることなど本来有り得ないこと! だが、魔だけでなく、聖の流れもこの世界で均衡が崩れているとしたら説明が付く!」

「おい、ナイン!?」

 

突然、バルパーのもとに歩き始めたナイン。 息を吐きながらスタスタとバルパーの目の前まで行く。

その不可思議な行動に、訝しげにする葛西が反応する。

 

「行かせん!」

 

走り出すのを見て、ゼノヴィアは舌を打った。

 

「速い!?」

「そっちは遅いぜ、嬢ちゃん」

「ナイン、背を向けるな、行ったぞ!」

 

抜けられた。 素人に劣る鍛えられ方をしてないはずだが、ゼノヴィアは一瞬にして葛西に横を通過することを許してしまう。

 

「何をしようとしているのかしら、ナイン・ジルハードは……!」

「でも、尋常じゃない雰囲気というのは確かです!」

 

リアスとその眷属たち全員で葛西を止めるべく駆け始めた。

 

「古の戦争で、魔王だけではなく――――な、なんだ貴様」

 

跪くバルパーは、自身の目の前にナインがいることに戸惑う。 その後、ナインは薄笑って肩を揺らした。

 

「やはりあなたは優秀だ」

 

その直後、自分の肩に無造作に置かれた両手を見て瞠目した。

 

バルパーは、この行動の意味をいち早く理解する。

鼓動が高鳴った。 心臓が飛び出そうなほど嫌な悪寒に囚われる。

 

ナインの両手を振り払おうとする――――だが、どんなに身をよじろうとこの紅蓮の手から離れられない。

彼の両腕を掴んでバルパーは怯えの表情で暴れた。

 

知っているのだ、バルパーは。 この男の真の恐ろしさは知っている。

唐突に仲間をも爆殺するような残虐なところが恐ろしいのではない。 残虐な行為を、残虐とも思わないこの男の狂った感覚が恐ろしい。 いや、おそらくは。

 

――――それすらも自覚しているが、楽しすぎて止められないのだ。

 

錬成する際、この男の瞳は遊ぶ子供のそれに変わる。

 

「――――ぐっう、クソっ! 離―――せっ…………!」

「やはり、ただの建物や地面では圧倒的に硫黄が足りないのです。 困ったものだ、色々な物質を含んでいる人体の方がよほど良い花火になる」

 

もう、すぐ背まで迫ってきた葛西の炎の拳に気にすることなくナインは語り続ける。 嘆くように、しかしこれから起こるとてつもなく楽しい自分の趣味を思い浮かべ――――。

 

「葛西炎条――――彼の炎は普通とは違うんですかね。 超能力……といったものを邪推してしまうのですが、火力も自在だ、正直わからない。 うーん、しかし悲しいことにこちらは錬金術。 材料によって爆発力が左右される――――非常に残念だ」

 

そう言った瞬間、葛西の炎が轟音を伴って振るわれる。 背を向けるナインは目を瞑ってほくそ笑んだ。

 

「私の役に立っていただけますね? バルパーさん」

「余所見すんなよ、兄ちゃん!」

「クソっ――――」

「朱乃! 小猫とイッセーも祐斗も、行くわよ!」

「分かっていますわ部長!」

 

朱乃がバチバチと手元で雷を迸らせると、それ以外のリアス眷属たちが走り出す。

そしてゼノヴィアも、いままさに葛西の拳が落とされようとするナインのもとまで、全速力で駆け出したのだった。




ナインの両手に刻まれた陰陽または水銀と硫黄の錬成陣。 あれは片手でも錬成可能ですが、やはり手パンして錬成した方が威力は増し増しです。 あまりそういった威力の描写はしていませんが……。

最近、ハガレン一期が夕方やってて作者歓喜。 スカー戦はよ。


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10発目 魔手衝動

「ぶわぁぁぁぁッ!」

 

苦悶の声とともに火爆破が起こる。 殴り上げた対象がもくもくと煙を上げるのを見て葛西は不敵に笑んだ。

 

「…………なに?」

 

しかし、煙が晴れていくと、葛西は眉を吊り上げる。

仕留めたと確信していた葛西の灼熱の拳が捉えたのは、意外な人物の顔だった。

 

「ごぁ…………!」

 

拳打の威力で顔を天に飛ばされたのは、バルパー・ガリレイ。

両肩に手を置いていたナインはそのままの要領でバルパーの体と自分の体をそっくりすり替えたのだ。

眼鏡が吹き飛んで割れるバルパーの顔を見て、葛西が舌打ちをする。

 

「火火ャッ! わりぃじいさん」

 

舌打ちをした後、悪びれる態度もないのに言葉だけでバルパーに謝する。 まるで、礼儀のなっていない若者がするように首を前に倒しただけで終わった。 バルパーの顔は大惨事で本人もそれどころではないが。

 

「ぐぁぁぁあっああああっ!」

「そうらッ!」

「ちッ」

 

灼熱の拳が狙い通りにバルパーに着弾した直後、ナインは苦悶に顔を歪める彼を、葛西の方に押し歩かせた。

そのまま強く背中を押されたバルパーはふらふらと葛西の方につんのめるように傾く。

 

「どけよおっさん!」

 

自分に寄り掛かってくるバルパーを押し退けようとする葛西。

そこを、ナインはすかさず横から割り込んで葛西に肉薄した。 不気味な笑いを含ませたまま、ナインは彼の右腕をしっかりと握り捕えると――――二条の電撃がうねる。

 

「つ――――っ!」

 

タバコを落とした葛西は、ナインの手を振り払って舌打ちをする。

やっとのことでバルパーのふくよかな体を地面に叩き付けると、葛西は不敵に笑んで己が右腕を見た。

 

「…………やってくれんな、何したんだ兄ちゃん」

「………………」

「黒く…………なって?」

 

リアスが目を見開く。 葛西の右腕が――――黒ずんでいくその様に。

 

「悪く、思わないでくださいねぇ、ふふふ……へっへ……」

「紅蓮の錬金術師……そうかそういう意味の二つ名ね、だったら――――」

 

その瞬間、左手で右腕を掴む葛西は笑いを迸らせながら――――あろうことか右腕を炎上させ始めた。

 

「自分の腕を…………」

 

後に轟音が鳴って葛西の右腕が消し飛ぶと、今度は眉を吊り上げたナインが舌打ちをして悔しそうにする。

 

「………………」

 

あーあ、と落胆するナイン。 一方で、何が起きたか分からないリアスたちは、ただ押し黙って静観しているだけ。 ナインは笑いながら葛西に目を向ける。

 

「…………やれやれ、炎で爆発物を無理やり処理する人なんて初めて見ましたよ――――正直、舌を巻きました」

「黒色火薬かぁ…………ずいぶん物騒なモンを作るんだな――――ますます気に入ったぜ」

「…………人間爆弾」

 

ゼノヴィアの発言に、リアスが目を細める。

 

「なんだったの……いまのは」

「あれがナインの能力…………奴の錬金術の深淵だ。 人体に含まれる物質を火薬に似せて錬成し、爆発を引き起こす錬金術だそうだ。 私も聞いた話でしか知らなかったから、あとは本人に聞け。 まぁ、知っていても説明するのが億劫だが…………」

 

人間爆弾。 人を爆発物にする錬金術。 正常な神経を持っているならまず考え浮かぶものではない、完全に人道を踏み外した術。

科学の方程式に乗っ取り、人体を爆発性のある物質に作り替えるのが、ナインの錬金術の真骨頂で、趣味だ。

 

ナインはうんうんと頷いて吹き飛んだ葛西の右腕を見る。

 

「爆発性のある物質に炎を注ぎ込む。 下手をすれば誘爆してあなたの体ごと吹き飛んでいたかもしれないんですよ?」

「一瞬の判断ミスで死を招くこともある。 それに、こうでもしなきゃ結局右腕の爆発で俺の体は吹っ飛んでただろうが」

 

即断即決、これに限る。 と、再びタバコを咥えだす。

ナインは――――ニヤリと笑った。

 

「しかしまぁ、良かった。 気付かれてはいないようだ」

「…………あん? なんか言ったか――――」

「か…………さい…………きさ、ま…………」

 

すると、かすれた声が葛西の足元で響いた。 見下ろすと、バルパーが足にしがみついて何かを訴えようとしている。

なんだこんなことか、と。 先のナインの発言の意味を理解して溜息を吐いた。

 

「こんなんで足止めになると思ってんのかよ兄ちゃん。 つまんねえことで時間裂いてねぇで、またやろうぜ、なぁ」

 

片腕になっても戦意を失わず。 それどころか益々血の気が多くなる灼熱の男。 どういう原理か、体が再び発火してナインを愉快そうに睨みつける。

 

「やあ、そっちじゃないです」

「だから、なんのことだよ。 いい加減にしねぇと、怒っちゃうぜ?」

 

いや、気づかないんならそれでいいです、とへらへらと手を出して笑うナイン。

その視線が、葛西の――――足元に注がれる。

 

「花火ってぇ、いいですよねぇ……………………」

「………………まさか―――――!」

「が…………ざ、いぃぃぃぎぎいぃぃぃぃぃッ!」

 

葛西は驚愕の表情になるがそれも一瞬、笑いを孕ませた冷や汗を垂らす。

バルパーの体に異変が、刹那――――

 

「言ったでしょ。 私はでっかい花火が見たいのです」

「おっさん爆弾ってか、はっ――――イカスぜ」

 

その直後、バルパーの全身が白く光る。 もはや人間の上げる断末魔ではない声を上げるバルパーは、葛西の足にしがみついたまま小刻みに震え出していた。

 

「脂肪はよく燃えるし、起爆装置代わりには最適です。 酸素もたっぷり……存分に吸収して収縮して、ボン! ですね」

「…………おじちゃん、一本取られちまったなぁ」

 

辺りがまぶしい光に包まれた――――一瞬止んだと思った、その直後――――。

 

「伏せろ、リアス・グレモリー!」

「もう! またなの!?」

「…………俺、鼓膜が限界なんですけど!」

 

葛西を巻き込み、大爆発が起こった。 爆心はバルパー・ガリレイ。 ふくよかな脂質を含んだ彼の体を最大限に生かした人間爆弾。 ナインは爆風に曝されながらも微動だにせずに哄笑を上げて悦ぶ。 もう喜ぶ。

 

久しく耳にしていなかった人間の四肢が弾け飛んで跡形も無くなる音。 鼓膜が歓喜に震える。

同じように足元がまるで大地震のように揺れ動くのを見て、ナインは再び低い声で高く笑った。

 

「ふふふ、はははははは――――ハッハハハハハッ!」

 

 

 

 

 

 

 

爆発による土煙は、およそ30分に渡り今なお分厚く漂っている。 視界が悪い。

目を凝らして視ようとするリアスだが、やはり煙でまったく見えない。 そこに、強風が発生した。

 

「ふぅ、気持ち良かったぁ…………」

 

小規模爆破の爆風を起こし、煙を完全に取り払ったのはナイン。

ビュオォォッ、と強い風が巻き起こると同時に、ナインは爆心地に倒れている男に目を向けた。

 

無論、バルパーの姿は跡形もない。 影も形も無い。

それを確認するや、ナインは倒れている男―――葛西に近づき、彼の焼き切れたタバコをパクリと咥えた。

 

「…………甘すぎですね――――」

 

目を細めて葛西の左腕を見下ろした。

 

「これだけの道具で、いままで渡り合って来たとは……あなたには驚きました」

 

袖を捲りあげると、チューブのようなものが容れられていた。 上手く袖に隠し、さも発火能力があるように見せていた。 否、自分たちが、ただそう思い込んでいただけだろう。

 

「バルパーさんが爆発したとき、別の爆発も耳に入った。 そこでまさかとは思いましたがね。 火炎放射器とは手が込んでいることだ」

 

ナインは、葛西のポケットから新しいタバコを取り出して倒れた葛西に咥えさせる。 パチンとタバコの先に指を触れると、弾かれるように火が付いた。

 

「なんの能力も使わずにフリード以上の強さを誇るとは」

「葛西、死んだのか」

 

ゆっくりと玉座を降下させてくるコカビエルに、ナインは振り返る。

 

「彼は人間。 これで生きていたら、人間じゃあないですよ」

「奴は、人間としての限界を超えないことを心に留めていた。 らしいといえば、らしい最期だったのかもしれんが……さて」

 

コカビエルが、ナインを見た。

 

「貴様は、俺に勝てるかな。 人間に、錬金術という毛が生えた程度の男が。 この、堕天使の幹部の俺に」

「どうでもいいです」

 

立ち上がると、ナインは笑う。 肩を揺らして、くつくつと。

 

「私は、あなたを触れればそれで満足です」

「お前はとんだ酔狂者だよ」

「酔狂? 結構なことじゃないですか。 私からしてみれば、わざわざ聖剣を奪って再び戦争を引き起こそうとするあなたこそ道化者だ」

「道化か。 それは――――」

 

―――――俺を斃してからほざけ。

 

光の槍がナインに降る。 瞬間的にその場の地面を蹴り、すんでのところで回避した。

 

「相変わらず理解できない強火力。 当たったらホントーに木端微塵の屑肉ですね、怖い怖い」

 

すると、笑いながら走り抜けるナインの横に、ゼノヴィアが走ってきた。

 

「バルパーが居ない。 私の予想が正しければ…………お前は」

「ええ、脂肪がよく燃焼されて、いい塩梅の爆発力を叩き出せた。 大将戦の開始の合図には最適でしたよ」

「合図どころか、数十分硬直して動けなかったんだが」

「それはすみません」

 

再び降り注いでくる光の槍に、ナインとゼノヴィアは離れ離れに飛んで避ける。

当たったら即死の超難度の戦闘だ。 防御法を知らないナインにとってはまさに修羅だろう。

 

「どこか良い盾役はいないものでしょうか……あ」

 

そこでナインが目を付けたのは、黒髪のポニーテールの女性。 手近にいた彼女の後ろに回ってナインは言った。

 

「防御魔法よろしく」

「あなたは――――」

「ほら来ましたよ」

「くぅ――――!」

 

防御の魔法障壁を張るが――――着弾とその瞬間に、その黒髪の女性―――姫島朱乃は後方に吹き飛んだ。

防御くらいなら耐えられるだろうと思っていたナインだったが、思いの外脆いことに少し予想外。

 

「あう―――!」

「おっと!? 意外と柔い」

 

すると、ジトっと朱乃の無言の睨みがナインを貫く。 吹き飛んできた朱乃の体を全身でしっかりと受け止めたナインは、ふむと思案顔になった。

 

「すみません?」

「どうして疑問形なんですの」

「これは失敬。 私、防御の手立てが無いもので」

「………………」

 

再び無言の圧力で、ナインは少し参る。 頭を掻いて朱乃の足を地面に立たせた。

 

「逃げてばかりか! 錬金術師!」

「さて」

 

迫る槍。 それを見据えてナインは近くの鉄の塊を手に取った。

体育館が炎上した際に出てきたものだ。 一際強くその鉄塊を握り込むと、数十条の雷が発生する。

いつもより強力な錬成。 綿密に、緻密に鉄塊の内部の物質を理解し、物質一つ一つを丁寧に、爆発物に作り替えていく。

 

「念入りに錬成っと。 相殺はしないでしょうが、免れますか。 ま、博打ですね」

「?」

 

よっ、と光の槍にその鉄塊の形をした爆弾を投げ込むと―――着弾、爆発。

それでも勢いを殺さずに向かって来る光の槍を見据え、朱乃に指示した。

 

「防御魔法よろしく」

「く…………勝手ですわねあなた、は――――!」

「…………邪魔をするな、バラキエルの力を宿す娘ぇ!」

「――――! あの者と、私を一緒にするな!」

 

すると、先ほどとはまるで違う反応。 完全に光の槍を防いだ。 コカビエルの本気ではないだろうが、それでも幹部格の槍の衝撃を防げたことに朱乃は自分で驚愕していた。

 

パァン、と自分の目の前で弾け消える槍を目にした朱乃。 自分の両手を見詰めて、ナインに視線を移した。

 

「おー、素晴らしきかな防御魔法」

「…………」

「おっと、嫌だな。 共同戦線じゃないですか」

「うふふ、これは共同とは呼びませんわ、うふふ」

「語頭と語尾が妙だ。 こういうタイプの女性は初めてです―――ちょっと怖いなぁ」

 

そう言うと、ナインは朱乃から離れた。 ニコニコと微笑みを浮かべながらも片手に雷を出しているのを見て、そそくさと走り去る。

口を若干への字に曲げた朱乃は、赤いスーツがリアスのところまで走って行くのを見ると、ふん、と息を漏らした。

 

「なんなのでしょうか、彼は…………」

「大丈夫ですか朱乃さん!」

 

走るナインがコカビエルの動向を探ろうと視線を移す。

するとゼノヴィアがデュランダルを構えて突進していた。

いつの間にか地上に降りてきたコカビエルに突進したゼノヴィア。 しかし、コカビエルはその無数の剣戟を難なくいなし、次に躱す。

 

「うっ――――」

 

手に持った二つの光の剣に、ゼノヴィアが下から斬り払われた。

 

「ぐ――――くそッ! やはり強い!」

「パワーだけと思ったか。 ひよこめ。 接近戦なら勝てると? バカめっ!」

「が――――!」

 

斬られた肩を掴むゼノヴィアが光の衝撃で吹き飛んだ。 そこで飛んでくる華奢な躰を抱き止めたナインが、眉を吊り上げる。

 

「さて、どうしましょうかね。 ゼノヴィアさん」

「ぐ…………どうするもこうするも。 やるしかないだろう」

「幸い地上に降りてきてくれましたから、ちょっとはやりやすくなったんですがねぇ。 飛ばれていたら触れないし」

「まだそんなことを言っているのかナイン、お前は少し事態を楽観視しすぎだぞ!」

「言ったでしょ、楽しみましょうって」

「~~~~~~!」

 

髪をくしゃくしゃと掻き乱すゼノヴィア。 もうだめだこの男、と思ったときだった。

コカビエルが手近にいた金髪の少女―――アーシアに槍を飛ばした。

 

「アーシア!」

 

救出すべく飛んで行ったのは一誠だった。 危機一髪で光の攻撃から逃れると、抱いていたアーシアを降ろす。

 

「ハっ、それにしても」

 

コカビエルが周りを見渡す。 嘲笑うように、蔑むようにリアスたちやゼノヴィアを見回して言った。

 

「拠るべき所を失ってもなお、戦意を失わないとは。 お前たちは本当に健気な奴らだ、なあおい紅蓮の」

「…………?」

 

ナインですら眉を吊り上げ、疑問符を浮かべる。 当然他の者たちも、コカビエルが何を言わんとしているのか予想できない。

そもそも、拠るべき所とは?

 

「そうか、お前たち下々には語られていなかったな」

「……どういうこと?」

 

謎の言動。 その言葉にリアスが怪訝そうな口調で訊く。

すると、コカビエルは心底可笑しそうに大笑した。

 

「冥土の土産に教えてやるとも。 先の三つ巴の戦争で四大魔王だけでなく神も死んだのさ」

『――――ッ!』

 

何を言った? この男は、堕天使は何を口にした?

未だ理解できていないのはアーシアとゼノヴィア。 ナインは目を細めてコカビエルに物申す。

 

「隠居?」

「そうさ。 知らなくて当然。 神が死んだなどと、誰に言える? 人間は神がいなくては心の均衡と定めた法も機能しない不完全な者の集まりだぞ? 我らは堕天使、悪魔でさえもそれを下々に教えるわけにはいかなかったのだ。

三大勢力でもこの真相を知っているのはトップと一部の者だけ。 まぁ、先ほどバルパーが気づいたようだがな」

 

「ああ無視ですか」ナインは苦笑いをした。

 

そんなナインの一人小芝居を一方に、絶望に打ち拉がれる者が三人。

教会の戦士であり、そして信徒であるゼノヴィア。 そして悪魔になろうとその信仰を忘れないアーシア・アルジェントだった。

 

「神が…………いない? 死んだ、だって? バカな」

 

主のためと信じ文字通り身を捧げていた木場祐斗。 聖剣計画での扱いも、神の加護があったからこそ耐えられたのに――――。

 

「戦後残されたのは、神を失った天使、魔王全員と上級悪魔の大半を失った悪魔。

幹部以外のそのほとんどを失った堕天使。 もはや疲弊状態どころではなかった――――壊滅状態だよ!」

「………………」

 

黙し、コカビエルの身振り手振りを横目で見つめるナインは、やがて誰も聞こえぬ息を吐き、肩を竦めていた。

 

「どこの勢力も人間に頼らねば種の存続ができないほどに落ちぶれた。 特に、天使と堕天使は人間と交わらねば種を残せない。 堕天使は天使が堕ちれば数は増えようが……純粋な天使は神を失ったいまでは増えることなどできない。 どの種族も純血種は必要だろう?」

「…………ウソだ…………主が、ウソ、だ」

 

狼狽に包まれるゼノヴィアは、目の焦点が合っていない。 神にこの身を捧げてきた現役信徒。 さらにコカビエルは続けて語る。

 

「正直に言えば、もう大きな戦争など故意にでも起こさぬ限り、再び起きん。 それだけどこの勢力も先の大戦争で泣きを見た。 神と魔王が死んだ以上、戦争継続は無意味だと判断しやがった。

アザゼルの奴も、部下を大半亡くしちまったせいか、『二度目の戦争はない』などとほざく始末!

俺は絶望した、いまのお前たちのように。 振り上げた拳を収めるという行為に歯噛みした。

ふざけるなよ、あのまま続ければ、あの戦争は俺たちが勝てたかもしれないのだ!」

 

強く持論を語るコカビエルは、憤怒の形相となっていた。 戦争を愛する戦狂いの表情のそれに、ナインは鼻で笑っていた。

 

「なるほど、それで」

 

祐斗が持つ光と闇を有した剣を横目で見つめて、ナインは一人得心した。

アーシア・アルジェントの追放についても。

 

「神の守護、愛が無いのはそれでしたか」

「もし、神が存命だったとしても、お前は最初から見放されていただろうよ。 その思想、性質、どれをとっても犯罪者の気質のそれだ。 貴様を加護する奴など聖書の神でなくともいないだろうさ」

「あ、やっぱり? となると、その影響はやはり木場さんとアーシアさんに在ると言うわけだ」

 

そうだ、とにやけたコカビエルは、心底哀れな者を見るようにアーシアを見下ろした。

 

「愛は無くて当然だ。 いないのだから。 その点ミカエルはよくやっている。 神を代行して天使と人間をまとめあげている。 神が使用していた『システム』が機能していれば、祈りも、祝福も、悪魔祓い(エクソシスト)もある程度動作はする。 ただ、神がいる頃に比べ、切られ追放される信徒の数は格段に増えたがな」

 

もう立ち上がる気力も無い。 先ほどまで強気に剣を構えていたゼノヴィアは膝を地に突かせて涙をこぼす。

アーシアはおぼつかない足取りでふらふらと歩き、やがて倒れて一誠に抱き止められていた。

 

「アーシア! しっかりしろ!」

「主は…………いらっしゃらない。 私たちへの、愛が…………」

 

そこに、紅蓮の男はコカビエルの眼前に立つ。

打ち拉がれるゼノヴィアの横を通り過ぎて、手の平を見た。

 

「…………」

「先の饒舌さはどうした、紅蓮の錬金術師。 ああ、そうか。 お前も心の底では神を信じていたのか。

無理も無い。 目的はどうあれ、教会に入れば主は絶対の存在という教えがあるからなぁ、お前もそれに感化されていたのだろ。 教会は一種の信徒を増産する機関だからなぁ! ふあっははは!」

「うるさいなぁもう…………」

「ハハハッハッ――――なに?」

 

ナインはほくそ笑む。 それと同時にコカビエルの笑いが薄れ、周りの温度がガクンと下がった。

それを心地よく感じながらコカビエルのオーラの圏内にまで入って行く。

そして、己の神父服に提げられた十字架を握った。

 

「はい」

 

ブチっと、十字架を首から引き千切る。 コカビエルは一瞬目を見開いて歯を軋ませた。

ゼノヴィアはその光景に震えながら口をぱくぱくと開く。

 

「十字架を…………」

 

投げ捨てられた十字架は、儚く空中で弾けて四散する。 ゆっくりと笑みを含ませてナインはポケットに片手を入れる。

 

「はぁ…………」

 

つまらない、どうでもいい。

 

「欠伸が出る」

「―――――お前はっ」

 

目元をひくひくと引き攣らせるコカビエルに向かって、両手を前に伸ばして短く笑った。

 

「私、神が死んだ云々よりも、居たことにまず驚きましたよ」

「…………教会最高峰レベルのヴァチカンの国家錬金術師が、神の存在を信じていなかった…………!?」

 

ゼノヴィアがまた別の意味で驚愕で震える。 聖書や聖剣にここまで無関心な男だったとは思わなかった。

この男は異端だ。 おそらく教会でも、救いようが無いくらい勉強する気もなかったのだろう。

 

「お前はなんて奴なんだナイン! この罰当たりめ!」

「…………ここまで神に無関心な教会の戦士は、いっそ清々しいわね」

 

困ったように言うリアスは、改めてあの男の異常振りを理解した。 矢先で、ゼノヴィアは先の落ち込みようはどこへやら、ナインを指差して叱咤していた。

 

「そうそう、私、罰当たり罰当たりって、所属していた頃も同僚から言われ続けてきたのですが。

いまだにその神の鉄槌がくだらないのは神が居ないからなんですよね、納得しました」

「全然反省してねぇこいつ」

 

ナインは両手を戻すと、拳を握った。

 

「最初からいないと思っていた存在を、死んだよと言われても、そりゃなんの感慨も興味も湧きませんよ。 だぁって、いないって思い込んでいたんですもの。 ねぇ、コカビエル?」

「救いが無いのもうなずけるほどの異端者だなお前は――――だが、ますます気に入ったぞ」

「私の花火人生は、神を必要としてなかったのでね。 他の信徒たちには悪いですが、居ないものを信じるなんて、私には到底できることではない」

 

言い終えた瞬間、地を蹴った。 笑いながら走り出すナインは、ついにコカビエルに肉薄する。

 

「私はもともと囚人で犯罪者で、爆弾魔です。 そんな人間に信仰心や正義心、ましてや人道など説いたとて、馬の耳に念仏唱えるようなものですよ」

「語ることはもうない。 俺は戦争、お前は爆破の技術を求め、探究する者。 意見が分かれればやることは一つ――――潰し合いだ!」

 

二振りの光の剣をコカビエルが取り出した。

 

「ぬぅん!」

 

避ける。 剣戟を、避ける。 防御の手立てが無い彼は、未だに修羅道を歩むことを強いられている。

しかし、その修羅に対する恐怖心すらも忘却の彼方に追いやり、嬉々として自分の身体能力を最大限に引き出している。

 

それは、ただ触りたい一心で形成された趣味への没頭。 人間としての動きは、もはや無い。

まるで獲物を前にした――――獣のようにしなやかに動く。

真一文字の光の剣を、ナインは横に素早く動いて躱して……

 

「すばしこいネズミが――――!」

「人間です」

 

コカビエルに足を掛けた。

 

「くッ…………ぬぉ――――!」

 

ぐらりとよろめいたコカビエルの体をそのまま地に叩き付けると――――容赦なくその紅蓮の魔手を伸ばした。

避けられる。 横に転がって上手く立ち上がったコカビエルを見てナインは笑った。

 

地面が光る。 コカビエルが避けたことで付いた地面をそのまま右手のみで錬成してコカビエルと自分の間で爆破させる。

 

「目くらまし? そんなことをしても気配で読み取れる。 無駄なことはやめろ紅蓮の錬金術師ィ!」

 

爆発はコカビエルをとらえず、爆発の煙だけがもくもくと二人の視界を遮っていた。

 

「ちっ、煩わしい」

 

堕天使の幹部の証たる10枚の黒き翼。 それを広げて上空に飛び立とうと、したときだった。

 

「待ってくださいよぉ、飛ばれると面倒なのはこっちなんですからねぇ」

「貴様――――! 俺の翼に、触れるな!」

 

コカビエルの黒い翼に触れたかと思ったが、すぐに光の剣がナインを文字通り突き飛ばしていた。

ドスっと鈍い音がすると同時に、数十メートル吹き飛ばされる。

 

「が…………ぐ! んへへ……っ」

「ナイン、大丈夫か!」

 

ゼノヴィアがナインに駆け寄るがその瞬間、ナインはとんでもない行動に出る。

 

「ナイン? ぐ―――!」

「邪魔しないでくださいよぉ、いまいいところなんですから、はっはは……」

 

ナインの両腕を、ゼノヴィアが押さえていた。 すんでのところで自分の体に触れようとしていたナインの両手を、ギリギリと掴んで止めて、汗をダラダラと垂らしながらナインを睨む。

 

「くっそ…………何をする気だ…………紅蓮の錬金術師っ…………!」

「無論、堕天使爆弾を、精製します」

「いまは…………ぐ、私だ…………!」

「それはあなたが私の至福の邪魔をするからだ――――」

「ならまず、その物騒な両手をどけてくれ、頼む―――――!」

 

乱暴にゼノヴィアを地面に叩き付けると、ナインはコカビエルに向いた。

息切れを起こすゼノヴィアに、リアスが駆け寄る。

 

「仲間なんでしょう、こんな扱いは酷いわ」

「黙りなさい外野」

「―――――!」

「戦争において、他人を気にしていいのは指揮官だけ。 あなたはあの眷属たちのいわば指揮官だが、この戦場での総指揮官ではない。 指図しないでください」

 

生唾を呑み込んだリアス。 初めて、この紅蓮の男の深淵を見た気がしたリアスだった。

逆立った髪が一層不気味に見えた。 ワイルドな風貌が、さらに深みを増していた。

 

「う、ぉぉぉぉぉおおお俺の翼を…………何をしたぁぁぁぁぁぁ紅蓮の錬金術師ぃぃぃぃぃぃぃィィィィいいいッッ!」

 

上空から苦悶の声が漏らされる。 コカビエル。

己の黒い翼を首だけ振り返り凝視して…………さらに苦しそうに悶える。

その表情に、ナインはリアスとゼノヴィアたちから視線を外して不気味に笑んだ。 いつもより深く、深く。

 

「いやぁ…………ちょっとだけ作れたので。 その片翼で遊ばせてもらいました。 ほら、あなたの薄暗い翼が、徐々に大気中の酸素と化合して真っ暗闇の常闇になっていく…………レジストされると思いましたが、案外いけましたねぇ」

「俺が、この俺が、人間ごときの錬金術を完全にレジストできなかったとでも言うのか…………う、ぉぉぉっぉッ!」

 

コカビエルの黒い翼の片方が、まばゆい光に包まれた。




そういえば、かの学園伝奇アドベンチャー(笑)のメルクリウスも錬金術師でしたな。
それを考えるとナインは意外と俊敏な錬金術師だなぁと、描いていて思いました。

ちなみに彼、蹴りを主体とした体術を得意としており、拳闘はあまり使わない人です。 錬成陣に傷が付いたら大変ですしね。


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11発目 戦狂いと爆弾狂

「人間は、ちょっと作り替えるだけでただの爆弾になる」

 

肩を揺らし、不気味に嗤う、笑う。 口を薄く開けて、低い声音で歓喜を謳う。

この男は爆弾魔。 いままで幾多もの人間や悪魔、その他諸々の敵をなんであれ爆弾にしてきた。 惨殺という表現も陳腐に聞こえる悪逆非道。 いや、死体がある程度残らない分、文字通り後腐れの無い「綺麗」な殺害方法と言えるのか。

 

対象の痛みは一瞬。 人間の奥深い内臓物を「火薬に似た何か」などというよく解らない物質に作り替えられて内部から四肢を弾け飛ばされる。

 

その人間のいままでの生を、一切合財無に屠るような所業。 まるで人間皆、空虚なのだと知らしめるように。

 

人を創造した神を真正面から虚仮にするような命知らずだ。

こんな男は、ろくな死に方をしないだろう。 しかしそれすらも省みず、自らも空虚であると自覚しているがゆえに、男は我道を進む。

 

ナイン・ジルハード――――最悪の爆弾狂である。

しかしいま、そのナインは未知の境遇に酔い痴れる。 いままで人間や、比較的下位の存在を爆弾に変えてきた彼が挑戦したこと。

 

―――――人間ではない。 化外の輩。 その中でも上位の存在を対象として爆弾への変成を試みる。

 

「…………」

 

あまりの唐突な事態に瞠目するリアスには、スローモーションのように世界が見えていた。

 

片翼が四散する。 爆発というのには程遠いが、破裂するように黒い翼が弾け飛んだ。

堕天使幹部、コカビエルの黒き翼10枚の内、五枚が収奪された――――これがいち人間の所業とは思うまい。

 

「人の領域を出ないはずの錬金術が……なぜ―――――!」

 

コカビエルは、人の手で編み出された術ならば、人智の線を超えることは決して無いといままで思っていた。

まして錬金術など科学の領域。 理屈ではどうにもできないのが我々、人ならざる者の持っている特性であり、人間との間に確固たる線を引く理由…………だったはずだと。

 

「人間は…………」

「…………?」

 

低く笑って話し出すナインに訝しげに歯を噛む。

もがれた翼の根から出血するのを応急処置として魔方陣を展開して塞ぐコカビエル。

 

「ぬぅ…………!」

 

片翼になり、十分に空を飛ぶことができなくなったコカビエルは、自分にゆっくり向かって来るナインを睨みつけた。

しかし、その様子に気にすることなく、ナインはそのままゆらりゆらりとコカビエルに歩を進める。 

 

「人間の体は……大半が水分ですが、多少の金属原子を含んでいます」

「………………ナインの奴、なにを?」

 

この事態は、味方であるはずのゼノヴィアですら状況を把握することができていない。

 

「幹部格の翼を…………!」

 

自分の真横を通り過ぎるナインを目で追うリアス。 

 

「その組成と……若干の有機物を利用すれば、簡単に爆発性のある物質に錬成できるんですよ」

 

先刻弾けたコカビエルの黒翼の羽を一枚―――摘まんで破裂させる。

 

「爆発、には至りませんが、このような手軽な材料でも、弾けさせることができます」

 

そう言うと、ナインは地面に両手を突いて錬成を始める。 手の中だけでボコボコと形を歪ませていく地面はやがて離れて行き、一つの黒い塊と化した。

 

鉄球、のような…………否、鉄球なのだろうが、バスケットボールくらいの大きさの鉄の塊をナインは先の錬成で作り上げた。

それを――――コカビエルに向かって投げ込む。

 

「ちっ――――」

 

コカビエルは屈辱に表情を歪ませたまま飛び退く。

鉄球は、標的を見失い地面に――――落下と同時に爆炎を撒き散らしながら爆発した。

着弾の衝撃を受けて爆破する鉄球は、大地を抉りながらもその破壊の手を緩めない。 円形を描きながら大地を浸食していく爆風は、火炎を伴い穴を穿つと、やっとその勢いを緩め、ようやく打ち止めになった。

 

歯を食い縛ってその破壊された大地を見るや、コカビエルは光の双剣を持ち直してナインに突貫していく。

片翼をもがれようと、その移動速度は健在で、瞬く間にナインとの距離を詰め寄せた。

 

「錬成の暇はもう与えん! 塵と消えろ、錬金術師!」

「うっ―――と」

 

横に一閃される右の光剣を、体を仰け反らせて避けるナイン。 前髪が少量裂かれたのを見るや、仰け反りざまにバク転――――両手を地面に突いたと同時にコカビエルと自身の間で爆炎の壁を出現させる。

 

「煩わしい。 真正面から来い貴様ぁ!」

 

そう苛立つコカビエルに、煙の中から姿を現したナインは肩を竦めた。

 

「よしてください。 私のような人間はね、こうやって小細工しなきゃまともに戦えもしないんですよ」

「減らず口を――――!」

「へへ…………ハッハっ……!」

 

肉薄――――前傾姿勢で繰り出される俊敏な動作で懐に入り込むと、コカビエルの腹に手を触れた。

すると、触れた部位から徐々に己の体が赤みを増していくのを見たコカビエルは、ナインを光の剣で十字に切り刻む。

 

「ぐ…………ハッハ…………ふっははっ」

「クソ――――、ふざけた話だ、錬金術ごときが俺に通用する代物だったとはな――――だが、貴様のその手を触れさせなければ問題は無い」

 

切り刻まれた部分から出血しているにも関わらず笑みを止めないナインは、空中で態勢を立て直して着地した。 わきわきと奇妙に五指を動かしながら口元を上げる。

 

その途端―――錬成を中断させたはずのコカビエルの腹部の表面から下が、灼熱の炎を擁しながら爆発した――――否、焦げた。

 

「ぐぉぉぉぉぉ!? がぁ…………な、んだとぉ――――!」

 

規格外の熱量を伴ったエクスプロージョン。 膝を突くコカビエルは、ハッと自分の腹を見た。

 

「これはぁ――――っ」

 

炎熱による爆破で彼の腹部を焼いたのだ。

煙を上げる自身の体に焦燥するコカビエルに接近したナインは、そのまま腹部を足の裏で蹴り飛ばす。

 

焼かれた腹を更に足蹴にされたコカビエルは苦痛に顔を歪めた。 しかし刹那。

 

「ふー、ふー…………ぐっ…………はっはははは、カーーーーッハハハハハっ!」

 

地に膝を落とすコカビエルから哄笑が放たれる。 黒いスーツは焦げ、破けて、さらに傷を負っている自身の体を見るがしかし、屈辱よりも楽しさが込み上げてきていた。

 

「人間が堕天使を斃す。 面白い冗談だ」

 

黒焦げの体を起こし、ナインを見て不敵に笑む。

 

「創作の亡者、智の探究者と呼ばれる貴様ら錬金術師には分かるまい、戦争が如何なるものか……」

「…………」

 

光の剣を一際大きく作り上げる。 それを両手に握ったコカビエルは続けた。

 

「失うのは悲しい、蹂躙されるのは屈辱の極みだ。 だが、それ以上に戦場とは俺にとっての究極の娯楽場だ!」

 

戦場、戦争。 それがないとやっていられないという、一種の中毒症状を患ったこの堕天使はおそらく、大昔に勃発していた三つ巴の戦争でこそ英雄、強者と言われていたのだろう。

 

「お前もそんなに強いなら、なぜ戦を求めない! お前の力を存分に揮える場を求めない!」

 

そんなコカビエルの叫びを、ナインは鼻で笑う。 しかしそれは、哀れな者を見るような瞳でコカビエルを貫くのだった。

 

「ダメですよ。 そんなんじゃあ本当に戦争は起こせない」

「…………っ」

 

後ろで束ねた黒髪を少し弄ると、片目を瞑った。

 

「あなた一人が騒いだところで、何も起きない。 結局のところ、こんなのはただの小競り合いに過ぎないんですよ」

「お前がここでそいつらを…………リアス・グレモリーとその眷属を皆殺しにすれば戦は成る! お前も自分のその力を存分に揮いたかったから、ヴァチカンのど真ん中で虐殺を敢行したのだろう!?」

 

自分と同じような境遇にいる癖に、何をいまさら教会の正統派信者どもとつるんでいる、コカビエルはそう言うのだ。

しかし、またもナインは頭を横に振る。

 

「いやぁ、あれは……まぁ、『はずみ』ってやつですよ。 気分」

「こ、の…………!」

「あれこれ考えると面倒ですからね。 好きに生きた方が楽しいでしょ?」

「だから俺は戦争を起こそうと!」

「一人で戦争の続きをすれば、それであなたは満足だ」

 

他を巻き込むなど、当然のごとくに言語道断である。 しかしそれでも戦争を再発させたいというなら是非も無し、好きにすればいいと。

 

「あなたに付いてくる者など、限られてくる」

 

いまの時代にそのような凶行に及べば、四面みな敵となるのは必定。 ナインに言わせてみれば、それは道化が一人踊る小さな舞台だ。

玉砕を決定付けられた出来レース。 たった一人ではなにもできないということを知るがいい。

 

「しかしそれがあなたの本望だ」

「違う! 俺は勝ちたいのだ。 戦争を起こす!」

「もうそういってられる時代じゃないんだなこれが。 バトルジャンキーは、いまの時代には不要だし、流行ってないらしいですよ?

我々教会も、戦争が無くなってから小競り合いしかありませんでしたからねぇ、主に悪魔との。

で、あなたのような思想を持っている人は用無しだ」

 

己も理解されない人間であるゆえに。

ナインも教会では粛清のことなど考えずにその場の勢いで行動を起こしている。 それにも関わらず、玉砕はせず生還しているのは、この男の悪運の強さ故だろう。

 

「一人で何かを伝えられると思っている? 面白い冗談だそれこそ。

私の思想も、私しか分からない。 あなたの思想も、あなた自身しか理解できない、狂人だとバカにされ相手にされないでしょうねぇ当然だ」

 

いまの時代において、自分が異端なのを理解している紅蓮の男だからこそ吐けた台詞だった。

 

「…………だ、だから貴様は、常人のフリをしてこの世界に溶け込んで―――」

「まぁ、でも私もそのフリは服役までしか続きませんでしたけどねぇ、ハハハ!」

「破綻者か…………っ」

 

これでも服役前よりは、多少は本能を制御することができるようになったナインだから、教会の戦士二人とともにこうして異国に訪れて任務を遂行できているのだ。

 

「やり方が少しでも違ったら、もしかしたら私はあなたに賛同していたかもしれない」

「ナイン!」

 

とんでもないことを口走るナインに、ゼノヴィアが叱咤する。

 

「おっとこれは失言」

「…………聞かなかったことにしてやる」

「いやぁ」

 

むっとしているゼノヴィアを横目で見ると、笑って肩を竦めて再び獣のごとき速さでコカビエルに接近する。 

いまコカビエルの持つ光の剣は先と違い一振りのみだが、その分大きさも段違い。 さらに純粋に両手で握り込まれているため、空気を裂くほどのスピードを擁している。

 

「そぅらっ!」

「ちょこまかと…………!」

 

しかしコカビエルの剣を受けることを許されないナインは、身軽さを最大限に利用しながら剣戟を避け続ける。

以前、旧校舎を半壊させた際に見せた動体視力と移動速度。 それらを使い、コカビエルの攻撃から生じる初動の僅かな変化を視てから動く。

 

決して先読みしているわけではなかったが、光の剣を振り下ろす直前ですでに射程から逃れているナインに、コカビエルの苛立ちが募っていた。

 

―――――「騎士(ナイト)」の小僧より速い!? そんなバカな。

 

人間がこのスピードを維持しながら緩急付けることなく同じ速度で動く。 この事実にコカビエルは内心眉をひそめたその直後、目の前に翳された手に目を見開いた。

 

「ばーん」

「ぐぉっ――――」

 

呆けたような声音とともに発せられた破裂音。 すると同時に、コカビエルは驚き後方に飛ぶ。 しかし、明らかに忘却していた片翼の損失に気づいたときは、自分が宙に跳んだあとであった。 歯噛みする。

 

「しまっ――――たぁッ!」

「堕ちた天使なんですから、飛べないのは別段不思議じゃあない」

 

片翼を失ってバランスを掴めずに態勢を崩すコカビエルに大きく一歩迫り接近した。 ナインはその機を外さず、妖しく瞳を光らせて鉤爪のように紅蓮の魔手を伸ばしていく。

 

「おのれ錬金術師――――」

 

今度は以前のような前傾とは異なる。 コカビエルの懐に入り込むと、腰を入れて右掌を弾き出した。

コカビエルのどてっ腹に、衝撃を擁しながら打ち込むように接触――――。

 

「ぐふ、ごぁ―――――」

 

その瞬間、錬成反応である数条の雷を合図とともに、コカビエルの正中線に爆発の穴が穿たれる。 大量の血液を吐き散らし、堕天使の幹部であるコカビエルは、歯を食い縛って目線の下に居る紅蓮の男を見据えた。

 

憎々しげに、戦狂いの証である赤く染まった瞳で、直下のナインを見下ろす。 彼の頭を震える手で掴む。

 

「お、おぉぉぉぉぉおぉぉ…………っ!」

 

堕天使なのに、鬼のような形相でその男を睨みつけて呪言のような言葉を紡いだ。

 

「俺は――――ォぁ……時代に置いて行かれたくなかった…………っ」

「………………」

 

その後の言葉も続かせずにコカビエルの胴体から内臓を吹き飛ばす。

白目を剥くコカビエル。 最後は、己が内臓の血しぶきをナインの体にぶちまけてその場にゆっくりと倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に…………斃した? あの、堕天使の幹部を……?」

「神は…………」

 

リアスが複雑そうな表情でナインを見た。

 

「ふはははは、ハハハハッ!」

 

笑っている。 大気が割れそうな大笑が響き渡る。

いつもクールに、言葉物静かなあの紅蓮の男が腹が割れそうな勢いで仰け反って歓喜していた。

 

その光景を目に、口をつぐむ。

 

「神は居ない…………っ」

「…………部長」

 

一誠も複雑そうな表情だ。 コカビエルは悪だったが、それを斃したのは正義のヒーローでも、信頼できる仲間でも無かった。

 

神がまだ存命だったら違った展開になっていたかもしれない、そう思ってしまった。

 

なぜならこれは――――英雄譚では無かったからだった。

コカビエルという悪を倒したのは、また別のベクトルの悪だったから。

 

この時点で、やはりナインは彼らの中では信頼できる味方というわけではなかった。

 

「血だ…………へっへへふあははっ! これが堕天使の血液……彼らの体に巡る血潮…………赤いではないですか。 人間と同じ赤い血だ。 結局同じかッアッハハハハハハハフハッ!」

「ナイン」

 

ゼノヴィアがナインに歩み寄った。 すると、笑いすぎて涙腺が緩んだことで流れた涙を拭くと、振り向いた。 笑いの余韻を残したままナインはゼノヴィアの肩に手を置いた。

 

「ハッハハハ、あー…………いや、すみません。 嬉しすぎて涙がね」

「…………お前おかしいだろやっぱり。 まぁ、ともあれコカビエルを撃退したのは何よりも吉報だ。 お前を連れてきて良かった」

 

「お互いさまだ、フハハッハ、あーまずいまだ笑いが止まらない。 私も有意義な時を過ごせた、これで――――」

「終わってしまったのか、残念だ――――」

 

その場の雰囲気が直後に引き締まる。 知らぬ声とともに張り詰める空間は、ナインに周囲の結界の異変を知らせていた。

眉をひそめてナインはポケットから手を出した。

 

「破られる…………」

「ソーナたちの張っていた結界が!?」

 

破壊されていく結界。 降りてくる声の主は、白い鎧らしきものを纏って降りてくる。

まるでその者を避けるように結界はその機能を解消していってしまう。

 

「会長、なんすかこれぇ!」

「くッ…………分かりません、何者かが侵入したとしかっ――――」

「結界維持率っ――――大幅低下! くっ――――なにか来ます!」

 

白い者は、悠々と結界を破り進んでくる。 消滅していく結界から、ゆっくりと上空から降下してくる。 全身を白銀の装甲に覆われた声の主が――――やがて地に足を着いた。

 

「むっ――――コカビエルが」

 

コカビエルが起き上がってきている。 腹に穴を空けられて動けるのも驚愕ものだ――――その生命力、耐久力に感心するナイン、だったが。

 

「…………ふーん」

 

しかし、横目にチラリと一瞥するだけだった。

 

「ぐぅぅ…………くそ、俺としたこと、が」

 

いつの間にか起き上がっていたコカビエルは、しかし虫の息。 肩で息をして、自分の目の前に降りてきた白い男に視線を上げる。 途端に、驚愕に表情を歪めた。

 

「貴様は―――『白い龍』バニシング・ドラゴン! ここに来て貴様か――――」

「―――――我が名は、アルビオン」

 

白い鎧に埋め込まれた宝玉が輝き、声を放つ。

 

その直後、コカビエルの意識は拳打で再び飛ばされる。 声も上げることも許されなかった。

がくりと脱力したコカビエルを肩に担いだ白い鎧の男は、イッセーに視線を向けると、やがて興味が無くなったように今度はナインに向く。

 

「お前がこいつをやったのか。 なら、とりあえず聞かれる前に説明しておこう。

アザゼルからこいつの回収を頼まれていてな。 こいつの凶行を止めてふんじばってくるように言われているんだ」

「アザゼル――――!」

 

堕天使のトップ―――総督の名前を出されて目を見開くリアスたち。

ナインは眉根をひそめて白い男を見遣った。

 

「白……ああ、赤の対ですか。 堕天使に傾倒していたとは知りませんでしたよ」

 

とは言っても、ナイン自身の中で二天龍に意識を持ち始めたのもつい最近だ。 ゼノヴィアから指摘されて少し気に掛けるようになっただけの彼にとって、「白い龍(バニシング・ドラゴン)」が如何な存在なのかは正直どうでもよかった。

 

すると相手の方も名乗るつもりは無いのか、さっさとコカビエルとフリードを抱えたまま去ろうとした。

 

『無視か、白いの』

 

どこからか声が聞こえる。 それは、兵藤一誠の左手に顕れている籠手からだった。

 

『起きていたのか、赤いの』

 

白く輝く鎧の宝玉。 宝玉の宿り主同士が会話を始めると、ナインは訝しげに眺め始める。

 

『せっかく出会ったのにこの状況ではな』

『いいさ、いずれ戦う運命―――こういうときもある』

『しかしなんだ、ドライグよ。 お前はずいぶんと平凡な人間に宿ったのだな』

『放っておけ、これはこれで楽しめる』

『そうか、お前がいいなら別にいいが、決戦の際に情けない幕切れを見せないでくれよ?』

『…………ふ、最後まで分からんさ――――まぁいい、じゃあなアルビオン』

『ああ、またいずれ、ドライグ』

 

別れを告げた両者。 しかし、場の状況をいまいち掴めない一誠は、納得できないように食ってかかった。

 

「お前、いきなりなんだよ! 片方宿主放って勝手に話し込むなよ!」

 

その様子に、白い龍(バニシング・ドラゴン)の所有者は、一言だけ残した。

 

「すべてを理解するには力が必要だ。 強くなれ、いずれ戦う俺の宿敵」

 

白き閃光と化し、それは飛び立っていく。

 

こうして、コカビエルの起こそうとした戦と言う名の小競り合いは、ヴァチカン本部直轄――――「紅蓮」の二つ名を持つ国家錬金術師によって終焉を見た。

しかし、誰も彼も、終焉直後の突然の乱入者によって言葉を失っていた。

 

その中ですぐにこの呆けた雰囲気を破ったのは、グレモリー眷属でもシトリー眷属でもない――――戦を終わらせた、紅蓮の男だったのだ。

 

「…………」

 

アルビオンの所有者が飛び立っていった空を一瞥したあと、一人引き返していくナイン。

 

「…………はぁ」

 

コカビエルを完全な爆弾にできなかったのは心残りではあったが、それも致し方なしと彼は捉えている。

いまの自分ではあのレベルを錬成仕切るには不可能だと。 上級の人外の強靭体を爆発物にするには、己が錬金術をさらに練り上げなければならないと、すでに前を見て進んでいた。

 

通り過ぎるゼノヴィアの肩をついでに叩き、帰還を促す。

 

「…………ナイン」

「む…………?」

 

背中でその声に反応すると、ナインは体を半分彼女に向ける。 ゼノヴィアの思い詰めた瞳に、片眉を上げた。

 

「どうしましたか?」

「…………未だに、主が居ないことに実感が湧かない。 私はどうすればいいのだ」

 

つぅ、と涙を流す青髪の少女に、ナインは、なんだそんなことかと吐き捨てるように肩を竦める。

 

「自由に生きればよいではないですか。 私は前からそうしてきたし、いまも、そしてこれからも私は私を曲げません」

「私も曲げたくないのだ…………! 主を信じ、教会に捧げてきたこの身を!」

「では一つ……仮にコカビエルの言う事が虚偽であったとします。 であったなら、まず自分はどうするべきか考えなさい」

「………………」

 

沈黙。 いつの間にか、グレモリー眷属とシトリー眷属が――――その場の全員が二人に注目していた。

堕天使の幹部。 神の子を見張る者(グリゴリ)の上方を退けた張本人に、視線が皆行くのは当然のことだった。

 

考えた末、ゼノヴィアは立ち上がった。 数分だった。

 

「ヴァチカンに戻る。 そうだ、私たちには帰るべき場所がある」

「ふむ」

「そして、神の不在を詰問する」

「正解。 私もなにぶん疑り深い性分でして、そのこと、私も上に聞いておきたかったところでもあります」

 

そう言うと、ゼノヴィアは微笑んでナインの横に付いた。 意地悪そうな笑みをするが、すぐに少し陰る。

ナインは、やれやれと自分のハンカチを取り出して飛沫したコカビエルの血を拭こうとする。

 

「…………」

 

ゼノヴィアが、ナインのその手を取った。

 

「死ぬかと思ったよ…………」

 

取った手にあるハンカチをゼノヴィアは抜いて、ナインの顔を丁寧に拭き始める。

戦場から戻ってきた兵士を慈しむ婦女のように……ナインの頬に手を添えて、付いた血を拭き取った。

 

鼻で息を吐いたナインは、されるがままに目を瞑って口を開く。

 

「でしょうとも。 この程度の損壊で済んだことを喜ばなければ」

「お前はいいな、羨ましいよ。 その胆力と精神力の強さは見習わなければならないな」

「…………なんの真似ですか」

 

突然、ナインにゆっくりと腕を組むゼノヴィア。 寄り掛かるように彼に引っ付いた。

汗で程よく張り付いてしまった戦闘服のまま、ナインにくっついて……そして自覚は無いが、柔らかな胸を押し付けていた。

 

「勝利する男というのは、こんなにカッコよく見えるのかな、ナイン」

「離れなさい、暑い」

 

すっと、腕を絡めてくるゼノヴィアから抜けるナイン。 ゼノヴィアは負けじと再び引っ付こうとするが……しかし。

 

「いい加減にしなさいゼノヴィアさん。 言ったでしょう、私はそういったこと興味は――――あ」

「ナイン…………見つけたわよ」

 

突然、第三者の声が二人の間に響いた。 ナインの視線の先――――ゼノヴィアはナインを見上げた後、視線の先を辿る。

 

「…………あ、イリナ」

 

校門前に居たシトリー眷属たちを別けるように真ん中に立っていたのは、栗色の髪をした――――

 

「アンタ、ゼノヴィア捜しに行くって言ったから。 あのままずっと待ってて……ぜんっっぜん帰って来ないからもしかしてと辿ってみたら!」

 

ぷるぷると震えて、拳を握った――――ゼノヴィアと同じ黒い戦闘服に身を包んだツインテールの少女。

 

「紫藤さん…………気づくの遅すぎですよ、ハハッ」

「あ、いま笑った! アンタやっぱり確信犯だったのね! 来てみればなんかさっきコカビエルとフリードらしいモノが担がれて空飛んでたし!」

 

ナインにつかつかと歩み寄る可愛らしい栗毛の少女、紫藤イリナ。 ゼノヴィアがナインから離れる。

 

「なんで呼んでくれなかったのよ!」

「ち、近い……」

 

顔を背けるナインにお構いなく詰め寄って文句を捲し立てるイリナに、リアスは息を吐いていた。 他の全員も脱力していて、先ほどの緊張感は抜け切ったようだ。

 

「一件落着というわけね。 一時はどうなることかと思ったけれど――――」

「いまは、あの人に感謝しておきましょう、部長」

 

「でも」と、静かに紅髪の横に銀髪の少女が立っていた。 ナインに目を向けると、その瞳を細める。

普段無表情なのだが、いまだけ、その表情は困惑に似ていて、口もつぐんでいた。

 

「おかしな人が来ました。 イッセー先輩とはまた違う…………危険な人」

「あ、ちょっと! 無視するなー! 逃げるなー! 待て、待ちなさいナイン!」

「嫌だ、早く帰りますよ」

「…………イリナ、このあと大事な話があるのに…………タイミングが分からなくて言い出せんな、困った」

 

堕天使の幹部コカビエル。 駒王学園襲撃の事件は、色々な問題を残して終わりを見たのだった。

 

 

 

 

 

 

ANGEL WORLD SIDE

 

 

「ええ、はい分かっています。 事件に関与、また、終結させた戦士二人、その内の一人には悪いですが…… え? もう一人居る…………?」

 

「どうかなさいましたかぁ? ミカエルさま」

 

「ガブリエルですか……いや、どうも、最近の教会の管理……行き届いていないと思ってね。 神のシステムの操作に手間取っているとはいえ、放置している間に色々と好き勝手をされていた」

 

「え…………」

 

「教会上層部は、私の許可無く彼を解放して使ったらしいのです」

 

「彼、というと……」

 

「ヴァチカンの地下牢は、最近では一人しか入っていなかったでしょう? 忘れたのですかガブリエル?」

 

「あ…………っ」

 

「っ…………。 上級悪魔相当であるSランクレベルの囚人は、天界からの許可書が必要だったというのに…………困ったものです」

 

「どうするんですかぁ?」

 

「…………最悪なことに、コカビエルを直接討ったのはその囚人だったそうです」

 

「――――――」

 

「仕方がありません、終わってしまったことは。 私はひとまず下界に降ります――――」

 

「ミカエルさま!」

 

「―――――紅蓮の錬金術師に、釘を刺しておかなければっ」




遅くなりまして申し訳ありません。


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己が道、己が意思
12発目 白龍皇の誘い


原作開始前に原作ヒロインに唾付けるのはかなり野暮だよな。 あ、突然ですみません、では12発目、どうぞ。


「よく帰還した、三人とも。 キミたちの名は後世に語り継がれ、末代までの誇りとなろう」

 

ヴァチカンに帰還したゼノヴィア、イリナ、ナインの三人は教会で司教に賞賛を受けていた。

堕天使の幹部コカビエルの聖剣強奪の件にあたり、これを全面的な解決に導いたゆえである。 

 

最終的には、堕天使陣営に傾倒していると思われる白い龍(バニシング・ドラゴン)に横取りされた感じはしたが、退けたのは紛れも無くこの三人――――特に、ナイン・ジルハードの尽力が大きいものであるとした。

 

また、バルパーの錬金術で統合されたが、グレモリー眷属の木場祐斗に再び粉々に砕かれ破片となった三本のエクスカリバー。

破片になっても、聖剣の「芯」が健在ならば再び錬金術で修復が可能ということで、実質、教会からしてみれば最高の形でこの事件は解決したことになる。

 

エクスカリバー破壊は、最終手段であり、また当然のごとく教会としてはしたくなかったこと。 それでも堕天使の手に渡らせるくらいなら壊してしまえという任務だったが。

 

(死なせるつもりで派遣して、無事に戻ってきたどころかエクスカリバーを奪還するに至った。 教会としては旨味だらけというわけですが、さて)

 

ナインは、司教の褒め倒しを右から左に聞き流して思案する。

まだイリナには神の不在は話していない。 当然、この司教にも言及は先送りにしている。

 

まだ日本に滞在していたとき、ゼノヴィアがイリナに件を話そうとしたがナインが止めたのだ。

 

『…………なぜ知らせてやらない』

『私はどってことなかったですが、紫藤さんはそうはいかないでしょう』

『…………』

『神の不在を知った時のアーシア・アルジェントの狼狽えようを見たでしょ。 元信徒だった被験者の木場祐斗の悔恨の表情を見ましたよね。 そしてあなたはどうだった? 目は色を失い、奈落のような絶望に打ちひしがれた。 悪魔であるリアス・グレモリーですら驚愕の表情でした。 聖書の神とは…………えっと、なんだっけ』

『天使、悪魔、堕天使の…………いわば産みの親のようなものだ』

『そう、それ』

『…………はぁ、お前が言うと締まらんなナイン』

 

ひとまず神の不在についてはイリナには話さない方向に持っていくことができたナイン。 それにしても、あの聖書の神に対してどこまでも感心の無い男だった…………。

 

「これからも主のために尽力してくれることを期待している。 ナイン・ジルハードくん、貴殿に関しても、改めて『紅蓮』の称号を授ける。 死地に等しい場に赴き、それでも任務を遂行して帰還したのだ。

キミの罪について不問にしても、誰も文句は言うまい」

「…………どうも」

 

ナインの小さな相槌にニコリと微笑むと、司教は解散を促す。

イリナ、ゼノヴィアに続いて教会を出るナイン。

 

「ナイン」

 

そこで、ゼノヴィアがナインを呼び止めた。 何事かと振り向いたイリナは、首を傾げた。

 

「すまないイリナ、先に帰っていてくれ。 コカビエル討伐の件に関して、司教に報告しなければならないことがあるのでな」

「…………あ~」

 

得心したような表情をするイリナだが、そのあとナインをジト目で睨む。

 

「私は現場に居なかったから蚊帳の外よね~、ふんだ」

「それについては何度も謝っているでしょう」

 

実は、イリナはゼノヴィアとナインの距離が自分の知らないところで縮まったのが納得いかないのが本音である。 どうしてそう思ったか彼女本人も解らないが、「なんだか」嫌だったのである。

 

「悪い、イリナ」

「気にしないで、ナインが悪いことだから」

「しかしイリナ、ナインはお前のことを気遣って意図的に出撃させなかったのだぞ?」

「そうだけど…………ああもう! いいわよこの話おしまいー!」

 

そう言いながらズンズンと帰路を歩くイリナ。 それを見送ると、ゼノヴィアはナインに向き合って――――目を細めた。

 

「どうにか誤魔化せたが…………」

「上々でしょう。 では行きましょう…………神不在の件を先の司教に言及しにね」

 

神父服の上に羽織った赤いスーツを翻し、ナインは先ほどの司教のもとに引き返す。

扉を開かれることに気づいた司教は、本日二度目となるナインたちとの対面に首を傾げた。

 

「うん? どうかしたかね、二人とも」

 

優しい笑みの奥には何があるのか、できればなにもあっては欲しくないと思うゼノヴィアだったが、ナインはにやにやとしたまま司教に直言する。

 

「まぁ、これは先の聖剣強奪犯討伐にあたり耳にした情報なんですが。

司教…………聖書の神がすでに死去していることをご存知でしたか?」

 

回り道、言い回し一切無しの直球にゼノヴィアは身震いする暇も与えられなかった。 耳で聞いたあと数秒の時間を擁し理解したところ、やはりゼノヴィア自身もまだ信じられなかったのだろうが…………

 

しかし、司教は顔色一つ変えず首を傾げた。

 

「…………どこで、それを?」

 

僅かの引き攣りを、ナインの観察眼は見逃さかった。

 

「堕天使中枢組織、神の子を見張る者(グリゴリ)の幹部、コカビエルさんからね…………」

「…………残念だ」

 

その直後、司教が指を鳴らした。 すると、瞬く間に武装神父たちが教会内に殺到した。

目を見開いたゼノヴィアだったが、この状況でも瞑想し落ち着き払うナインを見る。

 

「…………ナイン! く…………司教、これは一体…………」

 

包囲した武装神父隊を掻き分けて出てくる司教は、蔑むような瞳で二人を一瞥した。

 

「手荒な真似はせんよ。 おとなしくこの国から出て行けばね」

「…………理由を聞きたい」

 

すると、司教は周りの神父隊を見遣り、鼻で息を吐いた。

 

「聞き入れないというのなら、実力行使させるが…………如何に……」

 

銃剣が構えられる。 二人にその槍衾が突き付けられると、ナインは悠々と歩き出した。 扉に向かって歩くナインを見て、司教は目を細める。

 

「聞き分けがいいのだな、紅蓮の錬金術師……いや、いまはもうただの爆弾狂か」

「―――――!」

 

すでに彼らの中では、この二人は追放の対象――――すなわち、異端として扱っている。 すると、ナインは後ろの司教をチラリと見ると、肩を竦めた。

 

「いやあ、私もすみません。 正直なところ、このような退屈な場所は早くに去るつもりだったのです」

「…………なにぃ?」

「え…………?」

「ば…………はは、バカな。 異端者め、今度は負け惜しみか、さっさと出て行け!」

 

そんなのは聞いていないぞと目で訴えるゼノヴィア。

呆気に取られる、が、司教は不敵に笑みを浮かべてナインのその場しのぎの強がりを罵倒した。

そんな司教に、銃剣の槍衾を手でどかしながら近づいて行った。

 

パサ、と司教の足元に薄っぺらい封筒を投げる。 それを司教が拾うと、ナインは片手で前髪を上げてほくそ笑んだ。

 

「収入もよく、待遇も中々の就職先で」

「…………こ、これは」

 

わなわなと封筒の中身を持った手を震わせる司教は、そのままナインを見た。

胸の十字架が…………無い。

 

先のコカビエル戦において、ナインが自分で千切り捨ててしまったのだ。

 

「ヴァチカン直轄の国家錬金術師という大層な職種を放棄するにあたって、そのようなチープな届出ですみません、司教。 ふはは、ハハ、ふ……いわゆる世間一般で使われる……辞表、届けです。 まぁ、ゆっくりしっかりと拝見を、よろしく」

「貴様…………!」

 

声も裏返り、歯ぎしりをする司教。 どう考えても即興で作れるものではない。

ということはなにか、この男は最初からヴァチカンの錬金術師を退くつもりで…………?

 

「きょ、教会に籍を戻されたばかりだぞ…………」

「いやあ、嬉しい誤算です。 私としては、犯罪者ということでまた地下牢に放り込まれるものと思っていましたから。 籍を戻してくれるということは、私は再び『紅蓮の錬金術師』として返り咲くことになる。 そしてそのあと、改めて辞めることができる。 服役期間があったなら、そんな勝手は通らないですが……ね?」

「…………~~!」

 

心中地団太を踏む司教は、出ていくナインの後ろ姿を見て、さらに苛立ちが募った。 そこに、追い討ちをかけるようにゼノヴィアが司教の前に立つ。

 

「ふざけおって…………! ん、なん――――」

「司教、このエクスカリバーも返却しておく。 それじゃあ」

「………………」

 

白い布に包まれた聖剣―――破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)を床に置き去り、ゼノヴィアも足早にナインを追って行った。

 

適性者を人工的に作り出せる昨今、破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)の使い手も量産できる。

唯一例外なのは、デュダンダル。 ゼノヴィアは、この聖剣の純粋な適性者であるため、彼女が死んで、且つ後継が定まらない限り彼女の私物ということになる。

 

「…………ど、どいつもこいつも……! クソッ!」

 

床に置き去られたエクスカリバーを見ると、司教は歯ぎしりをして悔しがった。

 

 

 

 

 

「ナイン、辞めるつもりだったのか、最初から」

「ええ、まあ。 ヴァチカンにいても無駄なので」

 

司教の居る教会を出たナインに追いついたゼノヴィアは、彼の顔を覗き込んだ。

 

「ずいぶんあっさりとしているな。 もしもの話だが、教会側が約束を反故にしてお前を再び拘束したらどうするつもりだったんだ?」

 

すると、短く笑うと口を開く。

 

「まぁ、そしたらそれはそれで現実として受け止めていましたねぇ」

「…………終身刑をおとなしく受けていたということか?」

「そうなります」

 

平然と、淡々と言うナインに、ゼノヴィアは目を細めて表情を曇らせた。

なぜそんなに平気でいられる。 確かに、いまのは所詮ifの話だったが、自分の趣味を優先させそうなナインらしくない。

 

「世界は常に変わり、動いている」

 

ゼノヴィアが立ち止まっても歩みを止めないナインが、歩きながら話し始める。 

 

「流れに逆らってばかりでは、なにもできませんからね。 ましてや私など、躰一つの人間一人です」

「…………でも、私は嫌だな。 英雄視されるはずのお前が、そうなったら」

「くっくく、ふはっはは、英雄? ちょっと、ゼノヴィアさんいきなり笑わせないでくださいよー」

 

そう腹を抱えて笑うナインに、ゼノヴィアはむっとして詰め寄った。

 

「お前が居なければ、コカビエルはあの町を消していたのかもしれんのだぞ!? それを防いだお前は、間違いなく人間の英雄だ!」

「私がいなくとも、あの白龍皇が収めていたと思いますよ?」

「それは…………」

 

俯いてぐぅの音も出ないゼノヴィアは、しかし指でナインの赤服の裾を引っ張った。

 

「それは……違う。 私は、事実に基づいて話しているんだナイン。

白龍皇が来るから解決していたとか、お前がいなかったらどうとかはそんなものはもしもの話だろ! お前が、コカビエルを撃退したんだ。 この事実は揺るぎない」

「強情ですねぇ」

 

へらへらするナインの顔に、ずいと顔を寄せるゼノヴィア

 

「事実だ!」

「はいはい」

 

瞳は潤み、躰も小刻みに震えている彼女を見たナインは、手を振ってゼノヴィアの発言から一歩退がるのだった。

 

「それにしても、これからどうします?」

「むぅ…………私はともかく、お前が悪評なのは気に入らん」

「聞いてないし。 それになんであなたがそんなに怒ってるんですか。 今回我々が異端とされて追放されたのは、明らかに神不在の件を知ってしまったからだ。 その話は関係ない」

「…………」

 

仕方なくこれからの話題に移るゼノヴィア。 こつんとナインの背中に頭を預けた彼女は、そのまま話す。

 

「とりあえず、イリナには別れを告げる」

「理由付けはどうするんですか?」

「む…………」

 

神が先の大戦で死去したことを知って追放された。 この事実からして、イリナに馬鹿正直に理由を告げて別れるなどできるはずもない。

 

「知らぬが仏とは、よく言った」

「…………日本の諺は言い回しがくどいですが、奥深くて好きですよ」

 

実はナインは、日本のワビサビなるものについても好意的に思っている。 派手なのももちろんいいが、たまには閑散としたものもいいと。

どうでもいいことだが、ナインは、思想については雑食なのだ。

”貫く思想(イズム)”は、ナインの座右の銘だった。

 

「二人してイリナに言ったら怪しまれるかもしれん。 別々に告げて、別れるというのはどうだろうか」

「賛成です」

「…………理由に関しては」

 

口をつぐむ。 それに、ナインはさらっと口に出した。

 

「異端の理由など、いくらでも考え付く。 忘れてはいけませんが、彼女に嫌われることを怖がってはダメですよ」

「分かっている」

 

怪しまれぬように。 しかし「らしさ」を失わないよう理由を考えるゼノヴィア。

ナインについてはいくらでも理由の付けようはあるため、問題は無かった。

 

「…………よし」

 

顔を上げてそう言うと、ゼノヴィアはイリナの居る宿に向かって歩いて行った。

すると、ゼノヴィアは一度立ち止まり、ナインの方に向く。

 

「…………お別れだな、ナイン」

「ええ」

「その……色々ありがとう。 日本での住居の確保、食料。 正直、私たちはほとんど役に立たなかったと思う」

 

その言葉に、首を横に振ってナインは笑った。 ゼノヴィアのまっすぐな瞳に、ナインは横目で見据えたあと、吹き出すように笑ったのだ。

 

「花があって、私は良かったですよ」

「なに、ホントか!?」

「嘘です。 私はそういったこと興味は無いと何度言えば…………」

「お前な…………」

 

少し拳を握るゼノヴィア。 ぷるぷる震えて目元を引きつらせるが、やがて身を翻してナインに背を向けた。

 

「…………」

 

向けた背も震えているのを見て、やれやれまだ怒っているのかと肩を竦めたナイン。 ゼノヴィアが震えながら顔を上げた。

 

「…………お前は変な奴だったが、不思議と嫌いではなかったよ」

「…………」

「…………お前とはもっと――――っ…………ナイン!」

 

どんどん涙声になっていくゼノヴィアに眉を吊り上げて訝るナインだったが、その直後ゼノヴィアは彼の胸に飛び込んだ。

何も感じないナインは、ポケットに両手を突っ込んだまま飛び込んできた彼女を胸板で止めた。

 

「いままで…………主を信じて来たのに……ずっと尽くしてきたのに――――こんなにあっさりと異端にされて追放なんて、あんまりじゃないか!」

「…………これが『浄化』というものなんでしょう。 このヴァチカンを、教会を体現しているものだ。

少しでも濁りが出れば、その濁りを『洗い落とす』ことをしなければならない。 いままで教会で学んできたのに、そんな初歩的なことを忘却していたのですか。 そういう性質なのですよ、ヴァチカンとは。

私は解り易くていいと思いますがね」

 

ナインの話も耳に入れず、ゼノヴィアはただただ彼の胸板を拳で叩いた。 さっきまで溜めこんでいたものが爆発したような体の彼女に、ナインは黙って受け入れる。

 

しかし、涙声だったにも関わらず、涙を流していないのは強い証だろう。 ゼノヴィアはもうカラカラになった瞳を上げて、ナインから離れた。

 

「もう行く。 それじゃあな、ナイン。 イリナと話が終わり次第、ここを発つ――――いつまでもここにいることはできないからな」

「ええ。 折を見て、私も紫藤さんに適当に話して出ますかね」

「…………最後くらい、名前で呼んでやったらどうなんだ?」

「どうして?」

「どうしてって…………もういいよ」

 

別れる二人。 青髪にメッシュがかかった少女は、月の光に妖艶に照らされる。

対してナインは、いつもニヤニヤと不気味に笑んでいる表情が照らされ、より一層妖しさが膨れ上がった。

 

離れていくゼノヴィアを見ながら、ナインは独り言のようにつぶやく。

 

「最初から美しいものは花火にしても意味がありませんね」

「思ったより感動の別れだったのかな、紅蓮の錬金術師」

 

すると、ゼノヴィアが見えなくなると同時に、ナインの耳に男の言葉が響いてきた。

辺りは月明かりのみで、ほとんど真っ暗闇だが…………ナインは目を細めて見渡す――――その瞬間、足元の自分の影が、沼のように――――

 

「む…………あなたは…………」

「やあ、紅蓮の。 会いたかったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

自分の足が地面にずぶずぶと入り込んでいるのに、それを一顧だにせずに目の前の銀髪の少年を見据えるナイン。

その様子に、銀髪の少年はくぐもった声で笑った。

 

「動揺せず、か。 黒歌、そこで止めろ」

 

仲間の名前だろうか。 銀髪の少年がそう言うと、ナインの足が地面に浸水するのを止めた。

こんな不可思議な事態が起きているのに表情一つ崩さないのは、ナインの強さか。

 

「あなた、日本に居たのではないのですか」

「ここまで尾けてきたんだよ紅蓮の。 お前に気取られぬようにするにはかなりの間隔が空いてしまったがな」

 

ナインは息を吐いた。

 

「ストーカーですか。 白龍皇が私を指名とは畏れ入る」

「まぁ、そんな寂しいことは言うなよ。 俺の名はヴァーリ。 今回、少しお前に話があってこんなところまで来た」

「へぇ……」

 

突然の白龍皇の来訪に、ナインは訝しげに眼を細める。

地面に両足を突っ込んでいるというなんとも奇怪な現象をその目で見て、頭を掻いた。

 

「あなたが堕天使の陣営にご厄介になっているのは知っています。 そんな人が私に何の用で?」

「紅蓮…………いや、ナイン・ジルハード。 俺は戦いが三度の飯より大好きでね。

体を動かさずにはいられないんだ」

「?」

 

白い鎧を身に纏った少年――――白龍皇、ヴァーリはそう言いながらナインの目の前まで歩いていく。

 

「聞くところによれば、お前はかつて教会で爆破事件を起こして投獄されたそうだな」

「…………」

「そして二年後のいま、盗まれた聖剣を奪い返すために釈放された」

「でも任務達成のそのあとに~、神様居ないの知っちゃって、いまさっき追放されちゃったところだったのよねぇ」

 

何者かがヴァーリの言葉に続けて喋りはじめた。 背後から、誰かが出てくる。

可愛らしい声音で姿を現したのは、長い黒髪の女性…………黒い和服を身に纏った…………

 

「奇抜な恰好をしていますね」

「あらぁ、素直にエロい恰好してるって、直球でいいのよ?」

 

豊満な胸を和服に押し込んだ妖艶な女だった。

そんな、男性ならば誰でもそそるような体つきにナインは目もくれず、彼女の頭と尻に視線を遣った。

 

尻に視線がいったのを感じると、その女性はわざとらしく恥ずかしそうに押さえて見せた。

 

「やん、どこ見てるのぉ?」

「猫の耳……? 尻尾…………」

 

顎に手を当てて考えるナイン。 彼女はその彼の態度に目元を若干引きつらせるが、切り替える。

可愛らしく自分の黒い尻尾を撫で、ナインに見えるように、誘うように流し目でポーズを取った。

 

「にゃん。 ネ~コ~マ~タ~。 初めて見る?」

「ええ、珍しいものを見ました」

「黒歌という。 俺の仲間だよナイン」

 

仲間? と訝るナインは、黒歌と呼ばれた妖艶な美女を一目見た後、ヴァーリを見た。

 

「妖怪で……悪魔。 要領を得ませんね、どうして堕天使に傾倒しているあなたが、悪魔などを仲間に…………」

「この状況がすべての答えだ、紅蓮の錬金術師、ナイン・ジルハード」

「………………あなたまさか」

 

一つ、このヴァーリという少年は、戦いが好きだと言った。 即ち、平和は好まないし、いつでも戦っていたい戦闘狂。 重ねて隣に侍る猫…………黒歌。 見た目、気づかれないだろうが、ナインは彼女は転生悪魔であると看破していた。

あれらがいると、周りの温度が若干下がるのだ。

 

「分かったか? これがいまの俺さ。 誰にも縛られない、自由でいい」

「…………」

 

前で鎧を纏った拳をぎゅっと握り込むヴァーリに、ナインは舌打ちをした。 そうか、そういうことかと得心する。

そして、ヴァーリ自身この事実をこの男に曝けても告発など野暮なことはしないと確信を持っていた。

 

「やれやれ、堕天使も大変だ…………」

 

肩を竦めるナイン。

しかしその直後、ふわりとナインの鼻腔が長い黒髪に撫でられる――――同時に、首筋に――――ぬろ、っと水気のある物が撫で回した。 ぞわぞわとさせるようなぬめりのある感触に、ナインは舐められた場所をさすりながら犯人を睨んだ。

黒歌だ。

 

「…………火薬の匂い……それと、智者の味…………頭の良い男って、好きよ」

「…………」

「でも、性欲に対して関心が無いのはいただけないにゃぁ」

 

男性とは斯くあるべし。 舌で舐め上げてもナインからまったく「男の臭い」が高まらないのを感じて、黒歌は彼に対して暗にそう示していた。

 

――――素直になって、と。

 

「にゃ~ぅ」

 

舐めた舌に自分の指をくっつけてナインを流し目で誘うように見つめる。

黒い和服を着崩したその様は、まるで遊廓に居る女だ。 しかし、このナイン・ジルハードという男にはなんの効果も無い。

 

健全な男ならば、その抜群のスタイルから漂う色香に幻惑されるだろう。 ふらふらと誘われるままに、まるで淫魔に魅入られた者のように無防備を曝け出すことになる。

 

「…………」

 

黒歌にも、自分の色香には自負があった。

豊かに突き出たバストも、それにも関わらずくびれたウエストも、ヒップも、顔も悪くは無いと。

 

そしてこれは単なる傲慢ではないし、だからこそ、男を誘惑する自分の行動を恥じず、引っ込まず、ただ一つ女としてのプライドを持って目の前の男性というものに挑んできた。

 

自分は普通の女性とは一線を画した容姿と恰好をしている。 そしてこの行動も、彼女本人からして狙ってやっているのだ。

だが、目の前の健全だと思っていた男からは、奇異の視線を向けられた。

思考を一切止めず、ただ冷静に、目の前のストリップに近い事態を把握し、「この黒髪の女は露出狂」などと思っている。

 

そうなれば、黒歌の中の対抗意識は自然と燃え上がるのは必然だった。

 

「強い遺伝子見ぃ付けた…………」

 

後ろで両手を組んでナインの周りをちょろちょろする黒歌。 たまに彼の体をくんくんと嗅いでは……体に寄り添った。

それを見るヴァーリは鎧の中で短く笑うと、右拳をナインに向ける。

 

「いまはアザゼルのところに世話になっている、だが、それもいずれ…………そこで、お前には俺の……」

 

ナインは、ヴァーリの言葉に終始無言で睨み付けていた。

そして、手を取ろうとしたその瞬間だった。

 

「光…………?」

 

ヴァーリと黒歌、そしてナインの後ろで、突如神々しい光が放たれた。

ナインはその光を手で遮ると、黒歌が少し慌てたようにヴァーリに駆け寄る。

 

「この光……ヴァーリ?」

「ああ、ここはヴァチカン、俺たちのような不浄な者がいつまでも駐屯していてはいずれ勘付かれるか…………」

 

すると、ヴァーリは夜空を見上げたあと、ナインに向かって口元を笑ませた。

 

「話はまた今度だな――――行くぞ黒歌、ひとまず退く。 まったく、とんだ邪魔が入ってしまったものだな」

 

瞬間的にヴァーリの鎧が白く光ると同時に、音も無く天空に飛び立つ。

ヴァーリの白光は持ち主が居なくなると、すぐに止んだ。

 

「…………」

 

ナインは、先のヴァーリの言葉を噛み砕き、更に首を傾げて顎をさする。

要は、俺と一緒に来い、ということだったのだろうか。 あまりの突然の出来事に、さすがのナインも疑問符が尽きない。

 

「――――見つけましたよ、紅蓮の錬金術師」

 

そんな疑問符が頭に回っている中、さらに新たな情報を脳に送ろうとする者がいた。

少し不機嫌にナインは振り返ると――――瞠目する。

 

「十二枚の、金色の翼…………?」

 

体ごと丸まって目を覆いたくなるような光が止むと、そこには十二枚の金色の翼を生やした美青年が立っていた。




三期やるけど、黒歌の声って誰だろ…………いや、まず出るのかな。 とりあえずドライグのマダオの声期待。


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13発目 紅蓮は流れる

遅れて申し訳ありません。 13発目、どうぞ。
お題の〇発目って、なんかエロいと思ってしまった作者は末期。







「…………誰ですか?」

 

光が止んだそこには、十二枚の金色の翼を出した美青年の姿があった。 しかし、光が止んでもその人物が放つ神々しさは依然変わらず。

そして、その人物の優しげな表情に眩しさを感じたナインは、その美青年を見て問いを投げていた。

 

「私は、天界の現トップ……天使長を務めている、ミカエルと申します。 初めてお会いしますね、ナイン・ジルハード」

「天使の長…………トップ。 なるほど」

 

見た目からしてただの人間ではないことは承知だったが、その上でヴァチカンの都市部に天使が降りてきたことに少し疑問が湧いていた。

突然に、そして特定の誰かの前に天使が降りてくるなど予想外も甚だしかった。

 

それにしても、人間かそうでないかを問うのではなく、どこの誰かを問うのは常に自分中心を保っているナインらしいといえばらしいのだろう。

 

するとナインは、天界のいわば権力者である天使長の来訪に周りを警戒して見渡した。

目を細めて人気を探っていると、ミカエルが微笑する。

 

「大丈夫です。 ここには人払いの術を施しましたので、人目も気にせず話せます」

「それはどうも」

 

ミカエルが近づく。

 

「…………」

 

しかし、それと同時にナインも同じ歩数で足を退いた。 ポケットから両手を出す。

天使長ともなれば実力者である。 いくらナインでも両手を出さずに余裕を持っている場合ではない。

 

「警戒せずとも大丈夫です――――件の追放、それについて君だけに話しておきたいことがあったので、天界から降りてきました」

「ふーん」

 

淡泊な返事のあと、ナインはそのままの距離を保ったままミカエルを見る。

 

「で、話しとは」

 

そうナインが聞くと、ミカエルは目を瞑って俯いたあと、まっすぐな瞳で正面から見つめて言った。

 

「あなたはこれから、どこに征くのですか」

「…………さて、それは私自身にも分かりかねることだ。 この国を出てから考えようと思っていたところですよ」

 

だいたい、天使がどうしてそんなことを言うのか。 つい先ほど異端認定されて追放された者にそんな言葉をかけるのか。 ナインはこの天使長の行動に疑問を持った。

 

「実は、あなたに頼みごとがあるのです」

「…………は?」

 

低い声で疑問を声に出してしまうナイン。 ミカエルが続ける。

 

「…………話せば長くなるのですが、聞けますか?」

「無論」

「では……」

 

咳払いをすると、ナインに一歩詰め寄った。

 

「天使と、そして悪魔、堕天使の三つの勢力、それらが首脳会談を開くかもしれないのです」

「…………それはまた。 しかし、『かも』とは?」

「まだ決定はしておらず、未定ですが。 遅かれ早かれ、必ず開く事になる……いえ、開かなければならないと私は思っています。

コカビエルの襲撃が、長年に渡って冷戦状態だった我々三大勢力の軋轢を改善するきっかけになるのではという考えです」

 

平和を好むのは、天使だけではないと、ミカエルの真剣な表情からナインは読み取って解釈する。

古の大戦より、今に至るまで大規模な戦は無い。 しかし、僅かに均衡を保てているだけで、どんなことを切っ掛けにまた争いが勃発するか分からない。

 

「コカビエルの今回の暴挙――――最悪の事態を想定しても、コカビエルを討てば事足りていましたが、そういったものの連鎖は恐ろしく早い。 戦いは戦いを呼び、戦火は戦火を…………」

 

ナインは腕を組んで眉を上げた。

 

「またあのようなことが起こる前に、勢力同士で盟約を交わして平和を確かなものにしようと、そういうことですか」

「―――――!」

 

ミカエルは目を見開いて口をつぐんだ。 ナインは顎に手を添えてわざとらしく唸ってみせる。

 

「いまの話の流れからして、その首脳会談はいわば盟約を交わす場になる」

「…………話し合いです」

 

最初から同盟を組むための会合と公表したら、色々と問題が生じ得ない。 何事にも順序というものは必要なのだ、と。 ミカエルは優しくも少しだけ厳しい目つきでナインを少し睨んだ。

 

「まぁ、天使長がそう言い張るならそうなんでしょうね、へっへ…………」

「…………」

 

一を聞いて十を知るとはこういう人種を言うのか、少し話しただけでこれだ。 あまりにも理解が早すぎる……これが教会の技術力ナンバーワンをかつて誇っていた錬金術師。

 

そう、ミカエルは眉をひそめると気を取り直して息を吐いた。

 

「重要なのはこれからです。 その首脳会談が開かれた際は、あなたも出席する義務が課せられています」

「なんですって……?」

 

ナインは片方の眉を上げて不満そうに零した。

ミカエルは当然と言う風にむっとしてナインとの距離を詰める。

 

「コカビエルから町を防衛したのはナイン、あなたなのです」

「だからってなんで――――」

「リアス・グレモリーとソーナ・シトリーさん。 現場にいた方たちには全員、重要参考人として出席してもらい、事の次第を報告して頂くことになっています」

「………………もうほとんど決まったようなものじゃないですか」

「遅かれ早かれと言ったでしょう。 開かれたらの話をしているのです」

 

それもまた建前なのだろう。 ここまで計画されていてまだ先の話だと言われても納得できるはずがないのは当然だった。

 

「しかし私は異端となった。 いまやどの陣営にも属さない私が、どうやってその重要な会談に首を突っ込めるのですか?」

「私とともに出席してもらいます」

「…………そんなバカな」

「嘘ではありません。 あなたは―――ナイン・ジルハードは天界側の人間として報告をしてもらいます」

 

ナインは困惑した表情で近くの小石を蹴り、舌打ちをした。

すると、ミカエルは目を瞑って真剣にナインを見る。

 

「追放したのに頼み事とは、我ながら図々しいとは思っています。 しかし、あなたとゼノヴィアを異端としたのは、やむを得ない理由がありました」

「…………」

 

思案顔をして止まるナイン。 人差し指を出してミカエルに問う。

 

「私が出席しなかったら?」

「事件の中心人物が不在のままその話を進められると思っているのですか?」

 

肩を竦めて、心底可笑しそうにナインは低い声で笑った。 そんなもの、いくらでも代用のしようはあるのではないかと。

 

「白龍皇にでも喋らせればいいでしょう。 どうせ堕天使の陣営からアザゼル……ですっけ? その総督のお付きとして彼も一緒にいらっしゃるのでしょう? 彼がコカビエルを回収した、彼が撃退した……それで満足でしょう」

 

幸い、真実を知る者は皆下々の者たちが多い。 上級悪魔とはいえまだ未熟の域を出ないリアス・グレモリー、ソーナ・シトリー。

そして堕天使はヴァーリが居る。 あのクールな白龍皇ならば、口裏合わせに真実を隠蔽するなど平気な顔をして出来るだろう。

 

そもそもナイン自身、元犯罪者で異端者である男が町を救ったという事実が全異世界に回りでもしたら面倒なことになる。

 

「真実を隠蔽するわけにはいきません。 どうか」

「…………」

 

しかし、頭を下げてくる。 まさか天使長が人間に頭を下げてくるとは思わなかったナインは、「やめなさい」と低い声音でミカエルの頭を黙って上げさせた。

ナインは下手に出てくる輩が苦手……というよりあまり好きではない性分であった。

 

「簡単に言えば、異端者が人間の町を救ったという事になる。 それはあなた方の下の教会にとって不都合なのではないんですかねぇ」

「…………」

 

口をつぐむミカエル。 端正な顔は、どんな顔をしても端正だが、いまこのときだけ悲痛な表情をしていた。

沈黙を通しているということは、先ほどと理由は変わらず。 真実を隠し、消し去ることは天使としての信義に関わるのだ。

 

ナインは見かねて溜息を吐く。

 

「…………私は元犯罪者。 それでも、ですか」

「確かにそうですが…………いまは救われた人たちの方が多いのです」

 

後ろを向いて首を捻るナイン。 頭を掻きながら、先刻ゼノヴィアに言われたことを思い出す。

 

『私は、事実に基づいて話しているんだナイン。 白龍皇が来るから解決していたとか、お前がいなかったらどうとかはそんなものはもしもの話だろ! お前が、コカビエルを撃退したんだ。 この事実は揺るぎない』

 

(やれやれ、一人でぶらり旅はまだ先のことになりそうだ。 まったく、せっかく花火で楽しみたかったのにねぇ)

 

ニヒルな笑みを浮かべる。

ポケットに片手を突っ込み、仕方なく承諾の意を言葉で示す。

 

「分かりました。 その会談に出ましょう」

 

すると、ミカエルはナインに安堵したように微笑む。

良かった、とつぶやいたミカエルは、次に真剣な表情でもう一度ナインに小さく頭を下げた。

 

「感謝します」

「話はこれで終わりですかね」

 

くるりと身を翻し去ろうとする。 ナイン自身、すぐにヴァチカンを発たねばならなかったからだ。

おまけにこの後イリナにも一言入れて立ち去るつもりだったので、時間も押していた。

しかし、ミカエルはそれを呼び止める。

 

「あと一つ」

「ん?」

「…………日本に着いたら、姫島神社という所においでください。

そこで、あなたに渡したい物がありますので」

「ふーん」

 

別段興味の無さそうな返事をしたナインだが、「姫島」という姓に少しだけ反応する。

あのときの黒髪ポニーテールの大和撫子。 コカビエル戦の際、防御役として世話になったスタイル抜群の巫女服の悪魔。 もっとも、あのときはナインが無理矢理に彼女を盾として運用したのだから酷い話だ。

 

「…………」

 

すると、目を細めるナインにミカエルは優しげな笑みを浮かべた。

 

「とはいえ、日本に着いてすぐ、というわけではありません。 それまで現地で待機していただければと思います」

「了解しましたっと」

 

渡したい物という言葉にあまり関心を示さないナインだが。 このとき本人は知らなかった。

それが、これからのナインを大きく変えることになる代物だということを。

 

では、と一言添えたと思うと、すぐにミカエルの体に閃光が走った。

 

「ふぅ………」

 

突然の天使長の来訪に、誰が予想しただろうか。

しかも、渡したい物? まったく話が読めないが、一つだけ分かったことがあるのだ。

 

「…………」

 

ミカエルがその場から瞬く間に消え去って行ったのを確認し、頭を掻いて歩き出す。

表情を変えず、口元だけ笑む様は―――さもこの混沌とし始めている今の異世界情勢を確実に楽しんでいる。

 

「自惚れでなければ…………私は抱き込まれたということになる」

 

天使長直々の頼み。 信徒だったならその命投げ捨てても泣いて喜んで従っただろう。

 

「どの勢力も、一枚岩というわけでは無くなってきていますね。 そういった足並みバラバラな集団は、いずれ破綻してしまうのは目に見えているはずですが…………」

 

大勢力を纏め上げるのは至難の業であることをナインは解っていた。 それゆえ、いまの三大勢力の均衡はすでに危うい。

 

各勢力、悪魔を除いた二勢力。 その内、堕天使の獅子身中の虫になり得るのは、先ほどの白龍皇を継いでいるヴァーリ。

 

『俺は三度の飯より戦いが大好きなんだ』

 

そして元犯罪者――――ナインは天界側へ。 明らかに混沌が渦巻き始めている。

仲間を殺した業を背負っている者が、天界側に属する時点でまずおかしい。

 

すでに「紅蓮の錬金術師」という名は悪名としても広まっているだろう。

 

「まぁ、私は私のしたいことをするだけだ」

 

時には流されるままに、そして時には逆らい流動する紅蓮の男。 すべては己が趣味嗜好のために。

あくまで自分を崩さないナインはどこまでも人道を避けて我道を歩く。

 

「さて、そうと決まれば面倒な用事を済ませてすぐに発つとしますか」

 

同志だった者との用事を面倒事と切り捨てる辺り、ナインの、淡泊でシビアな面が伺える。

これからの計画と段取りを一通り確認、携帯電話を取り出す。

 

「紫藤さんですか? いまからそちらに行きますのでそこで待っていなさい」

 

そう言って通話を切ると、すぐさま踵を返してイリナのもとに向かった。 月光が照らす中、ナインの考えた茶番が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「ナイン…………」

「やあ」

 

ヴァチカンのとある教会。 飾られた聖母マリアの肖像に向かって祈りを捧げる少女一人。

乾いた靴音が後ろで鳴るのを聞くと、振り向きながらその入ってきた男の名を呼んだ。

 

ナインは祈りを捧げていた少女――――紫藤イリナの赤くなった目元を見て内心舌打つ。

ゼノヴィアと別れた直後だった。

 

かつての仲間が異端になったのを、イリナはどう思っているのだろうか。

裏切り者? それとも…………。

 

「ふぅ…………」

 

どちらにせよ、イリナは一人になった。 仲間がいっぺんに二人も去ったことは、痛手どころではない精神的ダメージだろう。

それでも、イリナはつかつかとナインに歩み寄り、その赤いスーツを両手で掴んだ。

 

「さっき、ゼノヴィアから聞いた…………」

「ええ」

 

イリナは顔を上げて、ナインの薄ら笑いを見る――――歯を口の中で見えないように食い縛った。

 

「裏切ったの…………?」

「…………」

 

ナインの胸倉を掴む…………が、身長差によってナインの体を浮かすことはできないイリナは、仕方なく胸板を一回叩く。 再び俯く彼女から、ナインは心の声を聞いていた。

 

――――裏切る時は宣言すると、言っていたじゃない!

――――こそこそするのは嫌だって言ってたじゃない!

 

「なんでよ…………」

「さて…………犯罪者に口はありませんから、なんとも」

「元でしょ! そもそも、どうしてアンタたちが異端にされてるのよ! ゼノヴィアは急に悪魔になるって言い出して飛び出て行っちゃったし……もう私、なにがなんだか分からないよ……」

 

「悪魔…………?」

 

眉を吊り上げて訝るナインは、頭を掻いて毒づいた。

 

(ゼノヴィアさん……嘘を吐くならもっとマシな嘘を吐きなさいよ……)

 

しかし、もう居ない者の話をしても仕方ない。 瞳を潤ませてナインを見上げるイリナの目元を指で拭う。

そのナインの優しげな手を乱暴にどけてイリナはますます詰め寄った。

 

「絶対おかしい。 あのあと、司教と何があったの…………!?」

「なにも」

 

何も喋らないナインに業を煮やしたイリナは、口をつぐんで考え始める。

一息吐いたナインに詰問した。

 

「そ、そうよ…………ナイン、アンタたち司教に一体どんな報告をしたの?」

「コカビエル戦の一部始終を」

 

言うと、イリナはさらに激しくナインを揺さぶった。

 

「嘘、だったら私が居ても問題なかった!」

「伝え忘れていたので」

「…………私のことバカにしてるでしょアンタ」

 

拙い嘘を吐くナイン、そしてことごとくそれを看破するイリナ。

 

それでも、やはり黙秘を貫く人間にはどうすることもできない。

ナインが嘘を吐いていることは明白。 イリナはそれに気づいているが如何せん、本人は口を閉ざして話さない。

 

「~~~~~」

 

なにもしてこない相手ほど、扱いづらい人間はいない。 誤魔化しているのは解っているのに、ナインの口から引き出すことができない。

肝心なところの質問を沈黙で返される。 イリナのガラではないことだが、おそらくこの男に拷問して吐かせようとしても無効だろう。

 

「もういいわよ…………」

 

とことん黙秘を決め込むナインに、イリナは離れた。

ナインは目を瞑る。

 

――――そうですとも。 世の中、知らない方が良いことなんていくらでもあるのだ。

 

そうしていると、イリナはボソリと何かを呟いた。 語尾に至るまでには掠れてよく聞こえない文句だった。

 

「結局アンタは、ずっと一人…………」

 

そんな、最後の悪あがきのように発したナインへの罵倒の言葉。 それをナインは無表情に短く返す。

 

「…………また『何処か』で、お会いしましょう」

 

命賭けの任を共に背負っていた。

しかし凱旋後のまさかの離散。

 

生死を共にしていた二人の戦士と一人の錬金術師がこの夜、三方に散って行った。

ナインはこの後再び日本へ――――天使の長との約定を果たすために、足も休めず夜空へと旅立っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

日本、駒王町のとあるマンション。

朝日が照る晴天の下、大きいスーツケースを転がしてきたナインは、涼しい表情で突っ立っていた。

そこに一人の女性が、突っ立っているナインに声を掛ける。

 

「あら、お兄さん帰ってきたのね。 お帰りなさい」

「た、だいま?」

 

いつもと違う管理人の女性を見て首を傾げるナイン。

すると、女性は周囲を一旦見回したあと、ナインにスススと近寄ってこそっと耳を打ってくる。

 

「彼女待たせちゃうなんてダメよー? 仕事と私、どっちが大事なのーって怒られてもお姉さんフォローできないからね」

 

長年このマンションの管理人を務めている人ではない。 確かこのマンションの管理人は壮年の男性と聞き及んでいたのに。 ナインは眉を少し上げる。

 

「管理人さん…………替わりました?」

 

疑問に思ったナインがそう聞くと、その女性はウィンクをして爽やかに笑顔を向けた。

 

「ええ、このマンションの経営者が変わったからねぇ。 お姉さんが新しい管理人です、よろしく、ナイン・ジルハードくん!」

 

ナインは思った。 若すぎる。 若年寄なのかと思ったが、やはり無理がある。

管理人の女性から発せられる……いわゆる色気、そしてスタイル、若さ。 管理人をやるにしては若すぎるのではないか。

 

年齢的にもこの高級マンションの管理人は少し荷が重いのではないか。

すると、女性が悪戯な笑みを浮かべてナインを覗いた。

 

「あら…………なぁに、もしかして、お姉さんに見惚れちゃってた?」

「…………別に」 

「照れちゃってもー。 でも、お兄さんくらいだったらオーケーしちゃうかも!」

「…………テンション高いなぁ」

 

そんなことを思いながら美人管理人に見送られる。

しかし、エレベータのボタンを押す直前にその手を止めた。

 

おかしなことに気づいたのだ。

 

「…………管理人さん」

「なぁに?」

「…………私に、彼女なんていないのですが」

 

そもそも同居人すら居ないはず。 イリナとゼノヴィアとは任務中使っていた宿だが……前者とはヴァチカンで別れ、後者とは――――

 

「え? だって、キミの部屋に一人居たわよ?」

「???」

 

身振り手振りで自分の髪を掴む美人管理人は、きゃぴきゃぴと再び話し始めた。

 

「青い髪にメッシュが入ってて。 目つきはかな~りきついけど、もう間違いなく美少女って女の子だったわよねぇ。 あんなキリっとした女の子ほど付き合ったらすごいって聞くけど……あ、ちょっと!?」

 

まだ私の話終わってないけどー! という叫びを無視し、そしてエレベータも無視してナインは階段を駆ける。

エレベータが上がって行くが、ナインはそれをも追い越していく。

 

(さっき、嫌な予感はしていました)

 

カンカンと階段を昇りながら脂汗を垂らす。 最上階を借りたナインの部屋までは、普通ならば階段などで行こうと思わない。 しかし、エレベータに乗っている人も驚愕もののスピードで、スーツケースを担いだナインは階段を駆け上がって行った。

 

「…………まさかねぇ」

 

スーツケースを両手から片手で担ぎ上げ、ポケットから部屋のキーをもう片方の手で取り出し――――扉を開放する。

 

「…………あなたは」

「ナ……イン……」

 

扉の向こうに居たのは、ゼノヴィアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

数日前には別れを告げた少女が、玄関で靴を履きかえている。

ここには居ないはず…………。

そう驚愕するも必死に考えるナインの腹に、僅かな衝撃が走った。

 

「ナイン…………! 会いたかったっ」

 

胸に飛び込んでくるゼノヴィア。 確かに、どこからどう見てもゼノヴィアだ。

美人管理人の言う通り、青髪にメッシュがかかった目つきの鋭い少女。

 

色々と聞きたいことが山ほどあるが、ナインは自分の胸に顔を擦りつけるゼノヴィアを、肩を持って離れさせて訊いた。

 

「どうしてあなたがここに…………」

「イリナから聞かなかったか? 私は悪魔になると言って出て行ったのだ」

「………………」

 

まさか、あれは嘘ではなく、本気でそう言って出て行ったのか。 だとしたら予想もできないのも当然だ。

あれほど悪魔を蔑んでいたのに。

 

「そして、なった。 悪魔にな」

「理由は訊いても?」

 

拳をぐっと握り締めるゼノヴィアは、両手をパッと前に突き出して真剣な表情で言った。

その目は、先ほどの軽いものはない。 ゼノヴィア特有の鋭い瞳が、ナインを貫く。

 

「主がいらっしゃらないのなら、教会で何を信じても無駄だということが解った。

そして、自由に生きろというお前の言に従った」

「命令した覚えはないのですがね」

「私のいまの主であるリアス・グレモリーからも、悪魔は自由意志を許されている。

したいことをして、欲望のままに生きるのが本分であると」

「現在のあなたの主はリアス・グレモリー…………そうか、あなたはすでに…………」

 

この状況に合点がいったナインは落ち着き始める。 わざとらしく深く息を吐くと、スーツケースの中身を出して整理し出す。

 

「悪魔になるとはね。 少し驚きましたが、それもそれでアリというものでしょう」

 

しかし、人が作業しているのにまだ密着から離れようとしないゼノヴィア。 ナインの腕に腕を絡め、膨らんだ双丘でそれを挟む。 普通の男性なら鼻の下を伸ばすレベルの状況に、ナインは無表情。

 

彼女も教会の戦士、そしてかつてエクスカリバーを二本も兼任していた凄腕の女戦士。 服越しでもその張りと柔らかさは目を見張るものがある。 下手にダラしない躰をしているわけではないようだ。

 

「作業ができないので離れなさい」

「…………はぁ」

 

ゼノヴィアは溜息を吐いて離れる、が、腕は離さず握ったままむくれた。

 

「相変わらずなんだな、少しはいいじゃないか」

「…………あなた、悪魔になってずいぶん開放的になったのでは?」

「そうか?」

「無自覚か……まぁいいでしょう」

 

赤いスーツの上着を脱いで部屋の奥まで歩いていく。

 

「そういえば、その恰好なんですか?」

「これか?」

 

よく見ると駒王学園の制服だ。 ナインはチラリとしか見ていないからうろ覚えだが、確か縦に線の入った白と赤を基調とした制服だ。

それを、ゼノヴィアが着ていることに疑問を持った。

 

「見ての通り、駒王学園高等部の制服だ。 リアス・グレモリーの眷属になったら、すぐに手配してくれてな」

「…………」

「お前の部屋も、頼み込んだら後払いでいいということになってな。 ああ、ナインは知らなかったか。 私たちがヴァチカンに帰国している間、このマンションの管理会社が変わったんだ。 聞いて驚くなよ…………」

 

にやりと不敵に笑む。 鼻息が荒くなる。

 

「なんと悪魔が管理しているのだ!」

 

腰に手を当てて得意そうにその胸を反らした。 が、ナインは冷蔵庫の天然水をラッパ飲みしたあと、言葉少なに返事をする。

 

「あ、そう」

「む、なぜ驚かん」

「さほど驚く事でもない」

 

先ほどの美人管理人はそれか。 悪魔は外見をその魔力でころころと変化させることができる。

中身は人間でいう老婆級の年齢でも、十分な魔力があれば何十歳も年若く見せることが可能と聞く。

 

管理人もやたらとスタイルが良かったのもそのせいだ…………話し方だけ聞けば納得の年齢だったがなにも言うまい。

 

そう思案していると、ゼノヴィアが思いついたようにナインの腕を引いた。

 

冷静沈着な態度は依然として変わらないゼノヴィア。 しかしナインの思った通り、教会の信徒という重しが解けてどこか開放的になったように見える。

 

「これからオカルト研究部――――リアス部長たちとプール掃除を兼ねた交流会があるのだ、ちょうどいいからナインも来い!」

「…………は? あのちょっと?」

 

日本は今日も晴天。 その天道の下、決別したはずの少女と男が、時を待たずして衝撃的な再会を果たしていた。

 

さすがのナインも、この展開には舌を巻かずにはいられなかった。

 

「…………ミカエルさんの手回し、というには早計ですかね。 縁というのは本当に解らないものだ」




スマート本レベルで挿絵描ける人ってすごいです。 棒人間とマルマインしか描けない作者は哀れ。 あ、あとビリリダマ。

作中について。 日常系の話を描きますと、どうにもほのぼのとした作風を感じてしまうと思います。 戦闘、またはナインの凶行等を常に感じていたい方はごめんなさい。


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14発目 悪魔の戯れ

もう11月かぁ、早い……って、もう中旬やん。 遅れてすまん。 仕事(ry


駒王学園、プールサイド。

コカビエルとの戦いが終わって数日経ったある日。 リアス・グレモリーとその眷属たちは、学園のプール掃除に勤しんでいた。

 

本来はソーナ・シトリー率いる生徒会の面々の役割なのだが、今回はリアス・グレモリーが進んでプール掃除を名乗り出たのだ。

 

理由は、先日の堕天使――――コカビエルの襲撃に際して、生徒会が多忙の毎日を送るなか、リアスがこの件を引き受けたことによる。

 

とは言え天気は晴れ、絶好のプール日和である。 リアスの眷属、「兵士(ポーン)」の兵藤一誠はもちろんのこと、メンバー全員が張り切り、掃除の後のお楽しみを目的にしていた。

 

黄色い笑い声が聞こえるここ女子更衣室では、駒王学園の指定体操服に着替える女性陣がそこにいる。

 

「朱乃、ゼノヴィアを見なかった?」

 

そう体操服の裾をきゅっと引き締めて訊いたのはリアス。 体操服の上からでも解るその豊満な胸にかかった紅髪を根元からたくし上げる。

 

「申し訳ありませんわ部長、私も気になってゼノヴィアちゃんの携帯にかけてみたのですが…………」

 

頬に手を当てて答えるのは「女王(クィーン)」、姫島朱乃。

「どうしたのでしょうか」、と困り顔も大和撫子。 リアスのバストサイズを超える彼女の胸は圧巻で、張りよりも海のような抱擁感を見ている者に感じさせる。 

 

「…………」

「真面目そうなゼノヴィアさんが遅刻なんて、珍しいです」

 

銀髪が綺麗な小柄な少女、「戦車(ルーク)」、塔城小猫はもくもくと着替えるも、心の中では少しだけ彼女もゼノヴィアを気にかけていた。 金色に輝く髪色は穢れ無き聖女を想起させる、「僧侶(ビショップ)」、アーシア・アルジェントも同様。

 

四人とも、朝から姿を見かけないゼノヴィアが気にかかっていた。 約束をなんの連絡も無くすっぽかすようなヒトではない。

 

「まさか、神の不在を知った異端として教会の追手がかかっているんじゃないでしょうね…………」

 

険しい表情で考え込むリアス。

ゼノヴィアが眷属になるとき、すべてを聞いた。 教会の対応、仕打ち。

教会でも一部でしか神の不在を知らない事実を知ったこと。 それにより彼らのゼノヴィアを見る目が変わったこと。

 

「…………もしそうだとしたら、守らなきゃ……」

 

ただの遅刻かもしれないのに、そういった邪推をしてしまう。 教会に忌み嫌われる悪魔の性であろう、否、彼女、リアス・グレモリーは特に眷属愛が半端ではない。 家族同様であるのだから、憤るのは当然だろう。

 

「…………ナイン・ジルハード」

 

コカビエル戦に際し、もっとも印象に残った男の顔を思い浮かべた。 金色の瞳で冷たく笑う紅蓮の男。

 

そのナインも異端とされてゼノヴィアと同様追放されたと聞いた。

初めはただの変人だと思った。 それがコカビエルとの戦いの後は一転して英傑扱い、後に異端追放。

 

事あるごとに周りの評価が上がったり落ちたり……少しだけ気の毒に感じた。

 

「もっとも…………こちらでは教会とは違ってあの男の評価を改めようとしているみたいだけれど」

「ナイン・ジルハードのことですか、部長?」

「朱乃…………ええ、まぁね。 どうにも初めのインパクトが大きくて…………って、朱乃?」

 

ニコニコして笑顔だ……だが、その内に隠れるどす黒いオーラを背から放つ朱乃に、リアスは目元を引きつらせる。

少し、思い当たる事があった。

 

「うふふ……私を…………盾扱いした男」

「ふぅ…………それは私も同感よ。 女を弾除けの盾に使うなんて紳士のすることではないし」

「もう会うことは無いと思いますけれど、うっふふふふふふふ…………もし会ったら…………」

「ほどほどにね、朱乃」

 

バチバチと身体から雷を数条走らせる朱乃。 よほど根に持っていたのだ。 普段なら女神のようにニコニコしている彼女だが、さすがにあの時のナインの行動にはむっとせざるを得なかった。

 

『防御魔法よろしく』

 

思い出しただけで目元が引く付く。 

すると、更衣室のドアが不意に開かれた。

 

「あ、ゼノヴィアさん」

 

アーシアが呼んだ先には、扉を開けたゼノヴィアが息を切らして立っていた。 膝に手を突いて深呼吸をすると、顔を上げる。

「ちょっと待ってくれ」という風に手を上げて再び息を整えるように肩を上下した。

 

「遅れたっ……はぁ……はっ…………すまない部長」

「気にしないで頂戴ゼノヴィア。 それより、後ろのお客さんは、だ――――」

 

そう言おうとした瞬間だった。

 

「…………え」

 

女子更衣室の中のすべてが停止する。 ゼノヴィアの入室により皆がそちらに目を向けていたゆえの驚愕。

リアスも、ゼノヴィアの後ろに居る人物のことを問おうとしたが、言葉が詰まった。

 

「れ…………………………」

「む、着替え中でしたか」

「大丈夫だ。 ほら、朱乃さんと小猫なんていま着替え終わったところだぞ」

「なるほどそれはいい」

 

女子更衣室内の天気が怪しくなってくる。 外は晴天だが、女性の怒りと言う名の暗雲が万雷を落とそうとしている。 そんなことを知りもしない客。 否、ナイン・ジルハードはリアスと朱乃の下着姿を見て、「ぉぉっ」と小さく感心した。 顎に手を当てて二人の躰を見つめる。

 

「…………よく分かりませんが、良い乳です?」

「…………」

 

発言直後にボッ――――とナインに向かって放たれた滅びの弾。 一歩横に身を引いて躱して扉も開けると、汚れたプールまで一直線に飛来――――着弾して汚れが散乱しさらに悲惨なことになっていた。

 

すでに着替え終わっているのに、条件反射で片手で胸元を隠したリアスが真っ赤になって身構える。

 

「はぁ………………はぁ……………………!」

「ふぅ…………」

 

不意打ちの一撃を涼しい顔で躱されたことに苛立ちを覚えたリアスが、最初に言うべきだった言葉を言い放つ。

涙目で。

 

「ここから出て行きなさい! 話はそのあとじっくり聞くわ!」

 

ぽーい、と小猫に放り出されたナイン。

その後バタンと、かなり強く閉まった女子更衣室のドアを見て頭を掻く。 なんとも遣る瀬無い表情になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうも」

「どうもじゃないわ。 もう、いきなり覗きだなんて。 あなたそれでも英国紳士?」

「実は私、ドイツ出身です。 いるんですよねぇ、キリスト教会所属だったからって英国人と間違われる」

「え、ウソ――――って、そんなことはどうでもいいのよ! 問題は、あなたがどうしてここにいるのか聞いているの!」

 

更衣室を出てプールサイド。

綺麗な紅髪を振り乱したり、両手で口元を覆って驚いたり、バリエーション豊かにころころと表情を変えるリアスは安そうな独りコントを展開していた。

その光景にナインは両手をポケットに突っ込んで苦笑いする。

 

「いやぁ、ゼノヴィアさんに連れて来られたんですよ」

「え…………あ、そういえば、あのマンションって…………」

「あれ、家賃の支払いは私が済ませていましたからね。 どうやら管理会社が悪魔に変わって賃金の変動があったようですが」

 

そう言ってナインはプール内に目を向けた。 すでにリアス以外の眷属たちがブラシなどでプールの汚れを掃除し始めているのを見て、やがて視線をリアスに戻して肩を竦める。

 

「ゼノヴィアさんの言うには、私もこの交流に加わって欲しいと言うのですがねぇ。 見たところ、私が入り込む隙など無いように見える、それでどうしようかと思案に明け暮れまして」

 

明け暮れている内に、ゼノヴィアが自分をここまで引きずって来てしまったのだと説明した。

 

「………………」

 

ジト目でナインの真偽を確かめるように舐めるように見回すリアス。 上目使いでまたじっと睨んだ。

両手を腰の後ろで組んでナインの後ろから顔を出す。 ナインはそのまま横目で視線を交わした。

 

「なんですか?」

「入れて欲しい?」

「はぁ?」

 

素っ頓狂な声を出すと、リアスが意地悪そうな笑みを浮かべた。 ナインの赤いスーツに覆われた胸板をツンと人差し指で押す。

 

「いやだから、私は別に…………」

「私は別に構わないわ。 朱乃はどう反応するか分からないけれどね」

「いいんですか?」

 

するとリアスは微笑んでナインの手首を取った。

ナインのぶらんとする手を開けて、リアスはその中に描かれた紋様を指でなぞる。

 

「錬金術って、便利よね」

「私としてはあなた方の力が万能すぎて眩しいですがね。 とりあえず、あなたが何を言おうとしているのか分かりました」

 

片目でリアスを見る。 ニヤリとしてナインに笑顔を投げかけた。

 

「それじゃあ、お願いできるかしら」

 

お嬢様風美人の悪戯な笑みを含めた頼み事。 上目遣いもいちいちあざとい。

 

「…………」

「ありがとっ」

 

ふっ、と息を吐いて肩を竦めたナインを見て肯定と受け取ったリアスはニコリと微笑んだ。

 

みんなー、とプールの中で掃除をする仲間たちに声を掛けるリアス。 ナインはその場で早速、プール内の壁に陣を描き始めた。

錬成陣発動のファクターとなる円を描く。 定義は苔や塵などの有機物。 あとは簡単に廃棄物を処理できるだけの…………炎。

 

その錬成陣に、手を――――触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、みんな。 思う存分泳ぎましょう」

 

ナインの使う錬金術によりプールの汚れを一掃したあとは早いものだった。

これだけ大きいプールに水を張るのも普通ならば相当の時間を擁するものだが、朱乃の魔法によってすぐに溜まった。

 

これだけ手軽なのは、さすが魔力が充実した悪魔といったところだろう。

 

「錬金術クリーナーと言ったところかしら。 助かったわナイン」

「まぁ、これくらいなら安いものです」

 

プール内を一時炎の海と化したナインの錬金術は、いまでは透き通るような水が張ったプールに早変わりしていた。

 

「あなたは水着、持ってきていないの?」

 

そう言うリアスの白い水着姿を一瞥したナインは、表情を変えずに頭を掻いた。

 

「ふむ、買わないとありませんねぇ」

「あら、それじゃあ交流できないんじゃない?」

「私はこれで結構ですよ。 そこら辺に座って見学しています」

 

スーツの裾を捲り上げて近くのベンチまで歩いていくナイン。

胸の下で腕を組んだリアスは、困ったように顎に手を当てる。

 

「なにか、悪いわね……無理矢理付き合せちゃった……かしら?」

「…………そのことならばお構いなく」

 

独り言のつもりだったが、ナインには聞こえていたようで彼はその場で立ち止まっていた。

 

「私も人間だ。 そこのところは割り切って楽しむことはできる。

あなた、私を本当にただの爆弾好きだと思ってません?」

「違うの?」

「………………」

 

額に指を当てて考え込んでしまうナイン。

彼の意外な一面を見て関心半分、疑問半分を抱いてしまったリアスは、くすっと吹き出した。

ナインはそんなリアスを見てプールサイドに視線を向けて口を開く。

 

「私などと話している間にも、皆泳ぎ終わって寛いでいるようですよ…………行かなくていいんですか?」

 

低い声音で不敵に笑う。

 

「そうね」

 

凛とした可憐な声音でそう言うと茶髪の少年のもとまで歩き始めた。 しかし数歩歩くと立ち止まり、豊満な胸を揺らしながら振り向く。

 

「期待はしていないけれど、どう?」

「なにが」

 

そのあまりにも気の利かない返答に溜息をリアスは吐いた。 ああ、この男はさっきから……イッセーと違ってなんて鈍感で無頓着で――――

 

「…………惚けているのか、本気で眼中にないのか、先ほどから甚だ疑問よ? いまのあなたに感じるのは」

「ああ…………そういうこと」

 

昔から、女性の水着を見たら、世辞でもいいからまず褒めておけという言葉はある。

 

「え~っと」

 

自覚はあるのか否か。 そんな社交辞令的なものをもナインはそのまま素通りしていた。

 

「綺麗ですよ」

 

くびれた腰に突き出た乳房。 なるほど、彼女は絶世の美女なのだろう。

染めてもいない天然ものの紅髪は、ナインの今着る赤いスーツを連想させ、脚線美もモデル顔負け。 しかし、やはり――――

 

ナインの返答は、リアスにとって手応えを微塵も感じられなかった。 いや、感じたからと言ってリアスにとってはさほど重要度が高いわけではない。

 

ナインに好意を持っているわけでもないし、いまの彼女の中には別の少年が棲んでいた。

が、女としてのプライドはあの黒猫と同様。

 

すれ違っただけでも自分を目で追ってくる異性。 絶句してその美しい容姿に羨望の眼差しを向ける同姓。

リアス自身鼻にかけているわけではないが、ある程度の自信はあるし、何より、振り向かれないことの方が少なかったゆえの感情。

 

「棒読みすぎ……ま、期待はしていなかったけれどね。 いざなんとも思われていないと解ると堪えるわね」

 

つかつかと早足でもう一度ナインのもとに歩み寄り、そして彼の胸を片手でトスンと押した。

むっとした表情でリアスはナインを細めた目で見つめる。

 

「悔しい」

「やれやれ、なにも私に色気なぞかけなくても、あそこに解り易い少年がいるじゃないですか」

「わ・た・し・は!」

 

すると、リアスはそのままナインに詰め寄り――――両頬をぐいーっと力強く引っ張り始めた。

 

「悔しいと言っているのー!」

「どうしろと」

「うぐ」

「おっぱい大きい? て言えばいいんですか?」

「それ褒め言葉じゃないし…………いえ、場合によっては褒め言葉なのでしょうけれど、なんだか納得いかないわ………………」

 

ずーんとその場でへこむリアスの背中をパシパシ叩くと、そのままナインは踵を返す。

 

「ひょ~うど~うく~ん」

 

ベンチでジュースを飲む茶髪の少年―――兵藤一誠の肩を叩いた。 親指で後ろを指した。

 

「あれ、よろしく」

「お前、ナイン――――って、部長! どうしたんですかぁぁぁぁ!?」

 

よっ、と一誠の投げ渡してきたジュースをキャッチする。

あー、と蓋を開けて豪快に胃に流し込むと、薄ら笑いをしながらそこに座り込んだ。

 

「ふーん…………」

 

とん、とん、とこめかみを指で叩きながら背もたれに寄り掛かると、リアスと一誠の二人を自分の指でまとめて囲んだ。

カップリングのように指で囲んだ二人の異性。 ナインは首を傾げる。

 

「女、女…………異性、ねぇ。 どうにもピンと来ない」

「――――そういうのは、意識するものではなく、『正常な』男性ならば自然の摂理と同じくらい簡単ですわ」

 

氷をガリガリと噛み砕く音だけが反響する中、ナインの目の前に朱乃が佇んでいた。 いつもの笑顔は無い、真剣な顔でナインを真っ向から視線で貫く。

 

「ん? ああ、姫島さん。 先日はどうも」

「…………」

 

ぎし、とベンチが鳴り、二人目の同席者をナインに知らせた。 水着姿の朱乃は、横目でナインを見て―――逸らして正面を向いた。

 

「私、少し怒っているのよ」

「おお…………」

 

いつも物腰柔らかな敬語が印象的だった大和撫子の彼女に、ナインは少しだけ驚いた。

ここに来てため口。 普段敬語の人がため口を利くと、信頼の証だと人は言うが……。

 

「…………」

 

このとき、この場面は違った。

それが解っているナインは、さすがにどもる。

 

「や、やぁ、あのときはすみません。 仕方なかったんですよ、ちょうどいいところに居たので…………」

「…………」

 

返答が無い。

 

「ひ、姫島さ~ん…………?」

 

滅多に見れないナインの狼狽えた顔、半分開いた口。

そーっと、朱乃の顔を覗こうと前屈みになると、彼女はいきなり顔を上げた。

 

「ふふ」

「おお…………今度は笑顔。 なんだか怖いですねぇ。 う、裏がある…………絶対、裏が…………」

「うそ、気にしていませんわ。 少し驚かしただけ。

昨日の敵は、今日の友と言いますわよね?」

「…………割り切りますね」

「別に、あなたを少し誤解していただけですわ」

 

優しげな顔でナインを見詰めた。 朱乃は口元を緩ませて言葉を続ける。

 

「ただの戦闘狂なつまらない人かと思いましたが。 きちんと理性もあるようですし、急場な状況で冷静に振る舞える気性も持ち合わせている…………そういう人、大きな声では言えませんがリアスの眷属にはあまり居なくて」

「…………ん? グレモリーさんがそのように見えますが」

 

首を横に振った。

 

「いざ窮地と解ったら取り乱してしまう人がほとんど……私も含め、あのコカビエルとの戦いはただ突っ立っている案山子も同然でしたわ。 役に立てなかったのは本当のことです」

 

少し、朱乃がナインに近寄った。

 

「ふ~ん」

 

気の無い返事をすると、また朱乃は笑い出す。 上品に手で口元を押さえて肩だけ揺らす。

 

「ふふ、本当にあなたは飾らない人ですわね。 褒められたらもっと謙遜するかつけあがるかどちらかですのに」

 

うふふ、と笑う朱乃にナインは目元を引く付かせた。

 

「あ…………」

「どうかしました?」

 

いま思い出した。

ミカエルが言っていた姫島神社は、おそらくこの人に関係する。 言おうか、言うまいか、少し迷ったが――――挟む程度にナインは答えた。

 

「そういえば、あなたに少しお話があるのですがね」

「ん?」

 

首を傾げる朱乃。

 

「近い内に、姫島神社にお邪魔することになっているのですよ、私」

「まぁ…………どこでその神社を知りましたか?」

「詳しくは話せないのですがね…………」

 

(まだ話していない、ということですかミカエルさん。 というか、当の本人に知らせてないって…………)

 

「とにかく、後日お伺いすることになっているので、そのときはよろしくお願いします」

「はぁ…………」

 

納得いかない、というか事情がなんだか解らない朱乃にとっては疑問符が尽きないだろう、それも当然。

ナインは中途半端に話したことを少しだけ悔やんだ。

 

(やれやれ、ミカエルさんも人が悪い…………)

 

「朱乃、ちょっと来て頂戴」

「はい部長。 じゃあ、部長が呼んでいるので私はこれで」

「はいは~い、いってらっしゃーい」

 

パタパタと走って行く朱乃。 ナインはそのままベンチに寝転がった。

 

(まったり……ですねぇ。 たまにはこういうのもありか)

「やあナイン」

「ん」

 

寝転がるナインの視界に突然映ったのはゼノヴィアだった。 青髪が垂れてナインの頬をさらりと撫でる。

よく見ると、ゼノヴィアの水着もリアスや朱乃に負けず露出が多い。

 

「…………近い」

「ダメか?」

「別に」

「ならいいだろ?」

 

ナインの寝転がる頭の隣に座った。

 

「なぁ、ナイン。 さっきは嬉しさのあまり聞くのを忘れたが――――お前はこれからどうするつもりなんだ?」

 

ナインの頬を手で撫でながらゼノヴィアはそう言った。

 

「…………」

「なぁ、お前が良ければ、私からリアス部長に言って――――」

「それは無いねぇ」

「ま、まだ最後まで言ってないだろっ」

 

むぅ、とナインの頬を両手で挟むと、鼻で笑ってきた。

 

「この短期間であなたを眷属にしたリアス・グレモリーだ、それくらい私も予測できる。

眷属になり、この学園で楽しく生きようと言うのでしょう」

「………………」

 

図星……というようにゼノヴィアは手を頬から離す。

実際ゼノヴィアは心苦しい。 異端となって追放された者同士だが、ゼノヴィアは運良くリアスに見初められ眷属になった。

 

イリナは教会にこれからも忠誠を。 しかしナインは? ナインはどうなる。

 

同じ追放された者なのに、自分だけ早く安全圏に引っ込み、ナインはいまや在野。

働き手もない、拠り所もない。 縋るようにゼノヴィアはナインを見た。

 

「なぁ、ナイン…………」

「私はいまはこれでいい」

「…………」

 

ゼノヴィアは、無意識にナインの頭を自分の膝上に乗っけていた。

突然自分の頭が宙に浮いたと思ったら、今度は物凄く柔らかい肌触りと感触を感じてナインは片目を開く。

 

「…………これくらいはいいだろ」

「ふっ、物好きですねぇあなたも」

「悪魔になろうと…………いや、悪魔になったいまだからこそ解る。

私の本能がお前を…………欲しているんだ」

「…………」

 

沈黙が訪れる。 きっかけは些細なものだった。 聖剣奪還の任務の際、コカビエルを深追いして窮地に陥った。

そのとき、イリナがフリードに犯されそうになった危ないところでナインは現れた。

 

「…………っ」

 

胸が苦しい。

不謹慎で、イリナが聞いたら怒るであろう。

 

「お前がイリナを助けたと聞いたとき、私がフリードに襲われれば良かったかなと、思ってしまったくらいなんだ」

「ふーん…………………………って、え?」

「本音だ」

 

真顔でそんなこと言われても、とナインは困惑する。

 

「あなたも随分乙女になったものだ。 いや、悪魔になって、神への狂信が少しだけ欲望に向いているのか」

「そうだ、欲だ。 性欲だ。 私という雌は、お前という雄を欲しがっている」

 

ナインは起き上がると、ベンチから立ち上がった。 横目でゼノヴィアを見て言う。

 

「それがあなたの悪魔としての欲求か」

「ああ。 言っただろ。 リアス部長は、悪魔になったのなら、欲望のまま生きてみろと言った。

いま私がやってみたいことは、子孫をつくることで――――お、おいナイン、まだ話は――――」

 

むくれるゼノヴィアを放置してナインは向こう側に歩いて行ってしまう。

溜息を吐きながら欠伸をした。

 

「くだらない感情論。 ゼノヴィアさん、あなたも所詮、倫理の枠に嵌められた生き物と成り果てましたか」

 

『結局アンタは、ずっと一人』

 

あの少女の言葉を思い出し、ナインは苦笑した。

 

「そうだ、私は一人。 私を理解できるのも私一人だ、それは自覚しています」

 

流れるように過ぎ去った一人の少女の告白は一蹴される。 いや、これが本当に告白とは思わないが、少なくともゼノヴィアの言っていたことは「そういった」意味であったであろう言動だとナインは理解していた。

 

だが、ダメだ。 強靭な精神と屈折した理念を持つナインを振り向かせるにはこれでは足りない。

 

「まぁ、気持ちは受けておきますがね」

「ゼノヴィアさんに何かしたんですか?」

「む?」

 

澄んだ声色が聞こえる。 鈴の音のように高く、濁りの無い音色のような声。

それにナインは振り向いた。

 

「…………」

 

アーシア・アルジェント。 金髪の少女が、震えながらもナインの目の前に立っていた。

 

「ふふ…………はっ」

「ひっ…………」

 

少し笑っただけなのに、その笑い声がアーシアにとって恐怖の対象。 ナインはその反応を面白がりながら首を横に振る。

 

「特に何も。 少なくとも、他人に口外するような事柄でもないのでね。 しかし安心してください、ひどいことはしていません」

「本当ですか?」

「あなたに誓って」

 

すると、汗を握った手をさらに握るアーシアは、ナインに疑問を投げた。

 

「ゼノヴィアさんから大体のお話はお聞きしました」

「おお、ならば仲良くしましょう」

 

そう、手を差し出されたナインの手を、アーシアはじっと見つめたままやがて正面を向く。

 

「私、まだあなたが怖いです」

「ふむ」

「あなたが牢に連れられるとき、あなたのその冷たい目を見て、心底ぞっとしました。

これが、罪を犯した者の目なの、と」

 

金色の瞳とチラリと視線交わした。

震える声でアーシアは言葉を搾り出す。

 

「とても綺麗な瞳でした。 黄金に輝き、生気を確かに感じる希望の光。

それはつまり、罪の意識が無いということですね」

「ふぅ…………」

 

やはりこの少女の観察眼は侮れない。 伊達に聖女と呼ばれてきた少女ではないようだ、とナインは心底感心する。

肩を揺らして低くせせら笑った。

 

「あなたは強いなぁ。 いいえ、これからもっと強くなる。 その姿勢、思想(イズム)、貫き通せば悪魔などという壁を打ち壊し、本物の聖女になれる」

「私は、悪魔です」

「限りなく聖女に近い、ね」

「―――――っ!」

 

キッと、睨み付けてくる。 ナインにとっては心地いいほどの涙目だが、彼女は決死の覚悟だ。

初めてナインの瞳を見てから金色の瞳が怖くなってしまった。 しかし彼女は前に進む。

手を伸ばせば触れられる。 それほどの距離を保ってアーシアはナインに負けじと対峙した。

 

「いいねぇ」

 

通りすがり――――頭に手を置かれるとビクっと縮こまるが、それだけだった。

無意識に、手を置かれた頭に自分の手を置くアーシアは、ナインの後ろ姿を見送ることしかできなかった。




最近、原作主人公側じゃないだけでアンチ扱いする方が急増していると聞いて嘆いている作者。 これはアンチ作品じゃない!(震え声)

リアスたちをいじめるのはそこまでだ☆ 美少女だろ、美少女なら何しても許されるんだよ(錯乱)

ちなみに、話しが変わって申し訳ないですが、ミカエルからの贈り物というのは作者内で決定しています。
賢者の石ではないことは確かです。 期待していた方はすみません。 そこのところはオリジナルを出していきますので予めご了承のほどをよろしくお願いします。

その贈り物が、ナインのこれからの戦法に大きく貢献するのです。 贈り物イベントを踏破したら近々、人物紹介のようなものを書こうと思っています。 いつになるかはわかりませんが、本編と交えてひっそり一話分使って投稿するかもしれない。


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15発目 紅蓮と魔王

「いやぁ、こんな私でもこのような茶菓子にあやかることができるなんてねぇ」

 

「シャバもいい」などとつぶやくナインは、紅茶の入ったカップを上品に嗅ぐ。

 

プールでの交流会が一段落すると、学園旧校舎にある―――オカルト研究部の部室に集まっていた。

以前、ナインの爆破により半壊した旧校舎は、綺麗に修復されている。

 

これも悪魔の為せる魔法の技術なのだろう。 特に込んだ説明も要らずに済んでしまうのが冥界の感覚だ。

かつての敵に今やこうして茶をすすり合う仲にまで発展したのは皮肉にも、対コカビエルの共闘戦のお陰だった。

 

単純に、昨日の敵は今日の友というこの光景がまさにそれだ。外の空は夕焼けでオレンジ色に旧校舎を照らす。

 

ちょっとした茶会をしているリアス・グレモリーの面々の中、ナインは朱乃の出してくれた紅茶を味わっている。

受けには小猫の出す洋菓子、ショートケーキ。

 

人の好意は無碍にはしないナインにとって、この歓迎も悪い気はしない。 ナインは再び朱乃の淹れてくれた紅茶を一口飲む。

 

「へぇ…………」

 

リアスは感心の声を思わず上げていた。

不敵な視線を感じたナインは、カップに口を付けたまま片目の視線をリアスに向ける。

 

「なにか?」

 

そう聞くと、リアスはデスクに頬を突いて妖艶な笑みを投げかけた。

 

「あなたの敬語なんて所詮、自分を繕っている仮面だと思ったけれど、なかなか崩れないわね」

「いやぁ、ひどい言い草ですねぇ。 しかし…………何年も被っている仮面は、自分でも剥がそうとしても剥がせません」

 

ナインも、別に以前敵対し合った相手だからといって今も敵愾心を持つ小者ではないのだ。

 

さく、とケーキをフォークで切り分け口に運ぶ。 その動作も逐一丁寧で、とてもあの爆弾狂とは見えない有様だった。

 

仮面。 この世界で自分は異端。 誰にも理解されないと自覚した人間にのみ被ることが可能な、第二の分厚い面の皮。 いまはその仮面と本性はほぼ同化している。 それを証拠に、物腰柔らかな口調の中にも若干冷たく粗野な部分も見え隠れしている。

 

リアスは頬杖を突いたまま頭を傾けてナインの顔を見つめる。

 

「その(なり)で敬語は違和感あり過ぎよねぇ。 でもまぁ、悪くないわ」

「褒め言葉として」

 

すると、ナインのすぐ真横にゼノヴィアがぼすんと腰を落とした。 ずい、とナインの顔を至近距離で見つめる、何やら納得いかない様子で。

 

「おいナイン、私と話すときよりも反応がいいじゃないか。 なぜだ」

「なぜって」

 

飲みながら返す。

 

「私のときは淡泊なのに、なんでリアス部長と話したらそんなに…………っ、まさか年上が好みなのか。 それとも、イッセーのようにおっぱい星人なのかお前は!」

「おっしゃる意味がよく分かりませんが」

 

最後に残しておいたイチゴを食べるナインに、ゼノヴィアは自分の胸を掴んで一揉みして唸り始める。

ゼノヴィアもそれなりに魅力的なスタイルなのだが、他約二人が限界突破していて影に隠れやすくなってしまっているのだ。

 

「おっぱい星人って…………まぁホントだけど。 だが、世の男子の大半は大きいおっぱいが好きなはず!」

 

力説する一誠を放り、ゼノヴィアはその場にいる女性陣の胸元を順に見る。

 

――――朱乃を見て、リアスを見て、そのあと小猫とアーシアを見た。

最後に起点に戻ると――――拳を握った。

 

「三番目か…………負けんぞ」

「なんの勝負してんだよそれ……」

「気楽だなぁ」

 

そう笑って肩を揺らすナインは、小猫から追加のケーキを貰った。

すると、ケーキを手渡した小猫が、そのまま彼の顔を見て無表情で言う。

 

「…………結構食べますね」

 

そう聞かれると、無言でビシ、とケーキを指差した。 

 

「クリームが素晴らしく美味しい。 そして爆弾のようなイチゴがその素晴らしい生クリームに穴を穿つように―――――否、実際に穴を穿っているさまが美しい」

「行き着けのケーキ屋さんの新作だったんです。 良ければ店名教えましょうか?」

 

非現実的な光景。

無口でおとなしい少女と逆立った髪の男。 人形のような可愛らしいその銀髪の少女をナインは見ると、口元だけにやけた。

およそ「微笑む」という動作自体が似つかわしくない男、ナイン・ジルハード。 性格上、傍から見れば不気味な笑顔にどうしてもなってしまう。 

 

「…………ここ最近、職も無くなって暇で暇で」

「その歳でニートですか」

「へへ、これはなかなかキツイ物言いだ」

「冗談です、事情は分かっていますから気にしないでください」

 

空になったカップに紅茶を注ぐ朱乃に、どうも、と一言礼を言ってナインは再び嚥下する。

と、束の間のひと時。 ナインとてゆっくりする時間は欲しいのだ。 そうまったりしているところに、突然、部室の扉前に魔方陣が現れた。

 

紅く光る陣に、ナインは紅茶を呷りながら視線だけ向ける。 飲み干すと、目を細めてその陣内に感じる人影と気配を拾う。

 

「賑やかだね、楽しそうで何よりだ」

 

紅髪の美男。 大人の男として理想の背丈を象るその人物は、リアスの顔色を驚愕に染めさせた。

立ち上がってその美男性の名を呼ぶ。

 

「お兄さま!」

「さ、サーゼクス・ルシファーさま!?」

 

魔王、サーゼクス。 炎のように染まった紅髪を揺らした男――――現四大魔王、サーゼクス・ルシファー。

その人物の登場に、イッセー以上、古参のリアス・グレモリー眷属たちは膝を付いて頭を垂れた。

そのカリスマ溢れる男性の横に控える銀髪の女性は、静寂を保ったままその姿の通りに己が主の傍に侍る。

 

「お兄さまがどうしてここに?」

 

リアスがサーゼクスにそう聞くと、にこりと微笑んでその整った顔を眩しく光らせた。

 

「妹の公開授業が、学園で近々行われると聞いてね。 妹の晴れ姿を見るのは兄たる者の義務だと思うのだ」

 

「というより、私が見たいのだ」と付け加えると、リアスはサーゼクスの横に控える銀髪の女性に目を向けて紅髪を振る。

 

「グレイフィアね、お兄様にこのことを話したのは!」

 

なおも黙すグレイフィアに代わり、サーゼクスが口を開いた。

 

「仕事仕事と、何かと忙しくて妹の私生活も見れていないのでな」

「…………」

 

頬を少し膨らませるリアス。

自分のことは気にしないでいいから魔王としての仕事を優先してくれとリアスは頭を抱えた。

 

「私ももう子供じゃないんですよ!? お兄様の気持ちは……その、嬉しいけれどもっとご自分の立場を自覚して行動して欲しいです!」

 

すると、サーゼクスは首を横に振る。

 

「いやいや、これも仕事の一環なんだよリアス。 確かにプライベートでここに来たが、今度の大きな仕事の下見というのも理由の一つだ」

「え…………」

 

ポカンと口を開くリアス。 その会話を横で聞いていたナインは、ナプキンで口を拭いて目を細めた。

 

「三大勢力のトップ会談を、この駒王学園で執り行おうと考えていてね」

「この…………駒王学園で!?」

 

皆が驚く。 人間界で悪魔、天使、堕天使の三つの勢力のトップが一度に顔を合わせて話し合う。

魔性と、神性と、邪性。 三つの属性が一度に集結するなど、驚愕も当然。 凄まじい力場ができあがることだろう。

 

「アーシア・アルジェント、だったかね」

「え、ははい!」

 

そう急に呼びかけられたアーシアは身を固くして佇立する。 そんなお固くなる彼女にサーゼクスは苦笑した。

 

「そう固くならないで、ゆっくりと寛いでくれたまえ。

優秀な『僧侶(ビショップ)』だと聞き及んでいる。 これからも、リアスのことをよろしく頼むよ」

「は、はいこちらこそ、よろしくお願いします!」

 

若干裏返った声音が出たところで、アーシアは顔を赤くして羞恥を覚えた。

そこに、ゼノヴィアが前に出る。

 

「あなたがサーゼクス・ルシファーか。 初めまして、ゼノヴィアという者だ」

「ああ、君のことも話には聞いている。 あの聖剣デュランダルの使い手が妹の眷属になったと聞いたときは、我が耳を疑ったよ」

 

ゼノヴィアも顎に手を当てて考え込む。 悪魔になったのは、正解か、否か。

その場の勢いだったのか、真剣に考えた結果だったのかは誰にも解らないし、本人にも解り得ない。

 

「我ながら大胆なことをしたと思っている。 これで正しかったのか、主が居ないと解って早とちりしてしまったのではと、たまに考え込んでしまうこともある。

だが、後悔していることが確実に一つだけ解っているんだ」

 

ナインに、目を向けた。

 

「近くにいるのに、種族が違えてしまっただけで凄く……その、遠くに行ってしまったという感覚がいつまでも離れない」

 

ゼノヴィアとしては、まさかこんなに早く再会できるとは思っていなかった。 ナインとは、もう会えないと思っていた。

また残念なことに、自分が悪魔となってしまった後の再会だったから、そこだけは悔やまれる、とゼノヴィアは表情を暗くする。

 

だからこそ、再会のときは嬉しかったが、プールで初めてナインが遠い存在になってしまったことに気づいた。 否、自分が遠ざかったのかも。 それを理解したから、ゼノヴィアはナインを引き寄せたかった。

 

しかしゼノヴィアは、表情を取り直して魔王に向く。

 

「しかし、悔やまれるのは唯一それだけだ。 それ以外は何も文句はない」

「ぜ、ゼノヴィア…………魔王さまにその口の利き方て…………」

「ははは、いいよ。 リアスの眷属は面白い者が多くて良い。

しかし、その後悔、何か別の物で埋めることができれば良いのだが…………」

 

急に神妙な表情をするサーゼクス。 ゼノヴィアはその視線と自分の視線を交わす。

 

「無理か…………人を別の何かに置き換えることはできんしな。 すまない、ゼノヴィア」

「………………いや、それと言うのも私が早まっただけのこと。 いまとなっては気にしないでもらいたい」

 

サーゼクスが次に視線を移したのはこの空間でも異彩を放つ男だった。

このゼノヴィアに悪魔になったことを唯一後悔させたその相手。 しかしすでに、その男はサーゼクスの瞳を見詰めていた。

 

紅に染まった瞳の奥を、金色の視線が貫いている。

あくまで微動だにせず、片手を紅蓮の炎のようなスーツに入れたままナイン・ジルハードは魔王を凝視する。

 

「どうも」

「初めましてだな、ナイン・ジルハード」

『―――――!』

 

物腰柔らかなあの魔王サーゼクス・ルシファーが、初対面の人間の男を呼び捨てにする。 いや、呼び捨てにする事自体は問題ではないがその雰囲気だ。

 

「………………お兄さまっ」

 

鋭い紅の眼光が、その冷たい金色の眼光と競り合っていた。

 

「………………ミカエルから、話は聞いているよ」

「ミカエル――――!?」

 

天界の天使長の名前が出て来たことに、ゼノヴィアとアーシアが驚愕する。

ナインは目を瞑って肩を揺らした。

 

「…………三大勢力は互いに牽制し合っていると聞いていたので、少し意外ですね。 友達か何かのような感覚だぁ…………」

「友達…………とまでは解らぬがな。 昔の大戦を交えて色々と知り合ったのだよ」

「雨降って地固まる…………みたいなところですかね。 どちらにせよ、この世界しか知らない私にとっては剣呑であることには変わりないのですがね」

 

異世界のごたごたは、異世界だけでやって欲しいものだ。 とナインは嘯く。

 

「ミカエルからはなんと聞いた」

「おや、そちらで話し合って、結果として私に接触させたのではないのですか?」

「我々も大人だ。 そういったことはやはり当事者から詳しく、直接聞いた方が現実味が湧くのだ」

「ならば…………」

 

不敵に笑むと、ナインは口を開いた。

 

「ミカエルさんは、私に今回の会談において、天界側からの証言者として出席することを義務付けられた」

『――――――』

「続けてくれ」

 

リアスたちが置いてけぼりだが、これも当然。 上層部の動きを、自分のことで精一杯な悪魔に察知できるなど不可能である。

 

「まぁ、義務とか抜かすんで子供っぽくちょっとむっとなって最初は拒否したのです」

「ふむ」

 

「反抗期の真似事ってやつですね、へへ」などと頭を掻くナインは笑って肩を竦めた。

 

「あの状況、私が居なくても白龍皇がコカビエルを畳んでしまえばそれで一件落着だった。

だったら、そちらの方を世間で事実として公表してしまえば、わざわざ異端として追放された私ごとき矮小な人間などが出る幕は無いのではと吐き捨てたんです」

「矮小…………」

 

どの口が言う。 ふざけたナインの物言いに、リアスはジト目で台詞を拾う。

 

「そしたらですよ。 事実を隠蔽するわけにはいかないと来たものだ。

内心笑った。 それくらい、初めてでもないだろうに。 なんでこのときに限って虚偽を事実にできないのですかねぇ」

「それはナイン。 それほど重要な行事ということだ。

ミカエルもそれを承知で君に頭を下げたのだろう」

「誰が誰を倒したとか。 誰が誰に倒されたとか。 そんなの、はは! 些事ですよ些事。 誰が倒されたって言う事だけを伝えればいいじゃないですか、と私も思った訳ですよ」

 

名誉も、名声も要らないナイン・ジルハードにとって、唯一そのミカエルの言葉に傾けた理由。

 

「しかし何やらおもちゃをくれるというので、その話に釣られてみました。

あの天使長さまがですよ。 証言するだけで私に新しい玩具を与えてくださる。 この話はおいしい」

 

頭を下げてきたことも承諾した理由の一つだが、ナインの物欲を刺激したのも理由一つ。

どんな物かは知らない。 だが、貰えるものは貰っておく。

 

今回の話は、受けても別に自分に不利益があるわけでもない。 つまらない意地など張って、ご褒美とやらを貰えないのは何やら負けた気がしてならない。

 

「という感じの話でした。 少し盛りましたが、大体こんな感じの話の内容で、つまり――――」

「君は、ナインは会談に出席すると」

「そうです」

 

話が終わると、サーゼクスは安堵したように笑顔になった。

 

「ああ、良かった。 今回の会談は本当に重要だから、リアスやソーナ、現場にいた者たちで出席の有無の懸念がされていたのは君が最初で最後だったんだ。 これで、安心してリアスの公開授業に赴けるよ」

「お、お兄様!」

「はは、それじゃあリアス、今日はリアスの寝床に案内してくれないかな。 赤龍帝くんのお家に興味があってね」

「ええ! 俺の家!?」

 

まるで、これが一番の問題だったようにサーゼクスは肩の荷を降ろして安心していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミカエルって、あの天使の長、ミカエル様のことだろう?」

「ええ」

 

ナインとゼノヴィア、二人が自宅マンションに帰宅すると、早々にゼノヴィアがナインに詰問していた。

赤いスーツの上着を脱ぎ捨てるナインは、そのゼノヴィアの複雑そうな表情を見て苦笑する。

 

「異端として追放されたお前が、まさか天使の長からお呼びがかかっていたとは驚いた」

「私としても複雑なところですがね。 このような形で天界の保護を受けることになるとは」

 

教会を抜けた人間が天界からこんな話を持ちかけられるのはなんとも変な話だ。 それほどに今回の首脳を集めた会談は重要度が高いのだろう。

 

おそらくミカエルから教会にも伝達がいっている。 信徒たちの反応は様々だろうが、すでに追放済の人間がこの重要な会議で天界側から出席することに舌を巻かない者はいない。

 

「…………紫藤さんにもこのことは知られているでしょう。 さて、どんな顔をしているやら、少し見てみたい気もしますが」

「悪趣味な男だ。 お前のいまの状況はいわば出世に等しい。 離れ離れになったのに、その直後に天使長、ミカエルさまほどのお方に世話になっているのだ。 イリナからしてみれば複雑極まるし、お前に物申したいことは山ほどにあるだろう」

 

ナインは、もしもの時を想起した。 もしいまのイリナと顔を合わせる羽目になったらどうなるか。

 

「会いたくなくなってきました。 そのときはゼノヴィアさんに丸投げしていいですかね」

「おいおい、私もどう反応していいか解らんぞ。 というより、私など口も利いてもらえないかもしれんのだぞ」

「そういえばそうでした」

 

イリナもいまだ信仰者として教会に属す。 「聖剣使いとして優秀な戦士に育てられた教会への恩義を捨て、悪魔に身を落とした女」、と事情も知らないイリナは思っているに違いない。 ゼノヴィアは表情を曇らせた。

 

「正しかったのか……」

 

思い悩む彼女を見て、ナインは鼻で笑った。

 

「パワー任せの貴女らしくもない。 そのまま突き進めばよろしい。

悪魔は長生、過ぎたことを思っても仕方が無いでしょう。 ふふ、案外そっちの方が、ゼノヴィアさんにとって居心地の良い世界になるかもしれませんよ?」

「パワー任せは関係ないだろう!? それにどうせ私は脳筋さ、それがどうした!

お前のように物事を知的になど考えられんさ!」

「なぁに自虐してるんですか。 それにね、私も別に知的に生きているつもりはない、疲れるんで」

「お前は基準がおかしすぎる。 知的という言葉を辞書で調べてからもう一度吐いて来い、話はそれからだ」

 

すると続けて、肩を竦めるナインにゼノヴィアは指を差す。 思い出したように出された話だった。

 

「そうだ、明日はナインも一緒に学園に登校しないか」

「え?」

 

疑問符を浮かべるナイン。 ゼノヴィアは得意そうにその胸を張る。

 

「下見というやつだ。 今度の会談で駒王学園を訪れるのだろう? なら見ておいても損はないと思うぞ。 なに、案内ならば任せろ!」

「…………まぁ、私も特にやることありませんし」

 

ミカエルからの姫島神社での会合についても、アポイントは未だ来ない。 特にこれといった用事もないことを確認したナインは頷いた。

 

「良いでしょう。 お願いしますゼノヴィアさん」

 

明日はちょうど授業参観。 部外者であるナインが来訪しても問題はないだろう。

詰問されれば理由を付ければよい。 なにより在校生のゼノヴィアが傍にいるため、不審者扱いはされないだろう。

ナインは急に上機嫌になったゼノヴィアを見て、ふぅ、と溜息を吐いた。

 

「………………」

 

そのまま二階に上がって行くゼノヴィアを見送り、ナインは自分の手を見る。

 

「…………」

 

一人欠けた二階の住人。 いつもアーメンアーメンと五月蠅かった二人組は、もう片割れしかいない。

 

「首脳会談、これが世界の分岐点になる」

 

ナインは、静かに目を瞑って笑った。

 

「どうなろうとも世界は変わる。 この大勢力が雁首揃えるとはつまりそういうことだぁ」

 

かつて殺し合った三つの勢力のトップが顔を合わせる。 これに、一種の予感を感じたナインはさらに笑みを深くさせる。

 

「私も、そろそろ身の振り方を考えておくとしますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、駒王学園校舎前。 多くの在校生たちが本校舎にぞろぞろと入って行く中、二人は出会っていた。

 

ズキンと熱くなる腕を押さえるのは兵藤一誠。

いつもならばリアスやアーシア、朱乃と共に登校するのだが、いまは隣にはアーシア一人。

リアスと朱乃は、昨夜一誠の家に泊まったサーゼクスの新しい宿泊先の案内のため遅刻することになっている。

 

今日は駒王学園の授業参観日。 早くに来ている生徒関係者が居てもおかしくないだけに、この状況には誰も違和感を抱いていない。

 

「やあ、『赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)』、赤龍帝」

「………………お前は」

 

対するのは銀髪の少年。 整った顔をした外来人だった。

 

「俺はヴァーリ。 白龍皇、『白い龍(バニシング・ドラゴン)』だ」

「白い…………龍!」

 

想定外の大物を相手に身構えようとする一誠は、すぐにアーシアを己の背後に隠した。

これはまずい、こんなところでこんな奴と。 左手が燃えるように熱く、いまなお彼の左手を熱く煮え滾らせる。 止まらない。

 

「何しに―――――」

「ふ――――」

 

見えなかった。 否、見れなかった。 痛いくらいに熱くなる左手に意識を取られ、接近してくる目の前の宿敵であろう少年に気づけなかった。

気付いたときには、ヴァーリの人差し指が一誠の額にビタリと付けられていた。

 

「ここで俺が、君に魔術的なものをかければ――――」

 

なんだというのか。 しかし、友好的なものは微塵も感じられない。 そこにあるのは、所有者の意志関係なく好戦的になっている二匹の龍。

一誠が苦痛に思うこの感覚は、ヴァーリにとっては心地良い。 戦いの波動。

いつか終わるこの宿命をそのときまで、否、永久に味わっていたい、そう思っている。

 

戦いになんの縁も無い一誠ではこの感覚は嫌悪する。 ただ平和に生きたいのに――――

 

「ブーステッド―――――!」

「何のつもりだい、白龍皇」

「ここで、赤龍帝との戦いを始めさせるわけにはいかないな」

 

神器を出そうと一歩引いた一誠の前に、すでにヴァーリの首元に二対の剣が交差されていた。

聖と魔が合わさった、黒と白に彩られる剣を持つのは木場祐斗。

 

聖剣デュランダルを持っていたのは、ゼノヴィアだった。

 

「ふ、やめておいた方がいい。 コカビエルごとき倒せなかった君たちが、俺に勝てるはずもないだろう」

「…………」

 

滴る冷や汗。 解っている。 分かり切っていることなのだ。 敵わないことなど百も承知。

堕天使の幹部、コカビエルを打倒したのはナインだが、展開によってはこの少年が手を下していたのだ。

 

衰弱したコカビエルを拳で打ったところを見ただけ。 実際その目でその強さは見ていないが、そのオーラ、雰囲気ですでに解る。

ゆえに、歴然とした力量差を見極めているゼノヴィアと祐斗は剣を引く。

 

「相手との力量の差を定められるのは長生きの秘訣だ。 それでいい、なぁ紅蓮の」

「…………」

 

一誠たちがヴァーリの視線を向ける方に顔を向けると、そこにはナイン。 そしてリアスと朱乃、小猫がいた。

 

「なんでナインが部長と…………? ゼノヴィアと登校してくるんだったんじゃあ?」

「先に行っていて貰ったのですよ。 ゆるりと歩いていたら、偶然グレモリーさんと姫島さん、次いで塔城さんに会いましてね。 男一、女三の気まずい状況だったので早足で来たのですが、どうしても付いてきて……」

 

わざとらしく困ったような表情をするナインに、リアスは妖艶に笑む。

 

「あら、両手に持ちきれないほどの花を持っておいて。 嬉しくないの?」

「普通の男性ならば逃げ出したくなる状況だ。 あなた方は自分がどれほどの美人なのかご理解ないのか、困ったものですよ」

「つか、お前は部長たちと並んでも違和感ねぇよ」

「余裕だな、紅蓮の」

 

声をした方に向くナイン。 ヴァーリが近づいてくると、ナインも歩を進めてヴァーリに迫る。

 

「やあ、ヴァーリ。 堕天使の紐」

「やあ、ナイン。 天使の紐」

 

逆立った髪を片手でたくし上げるナインは、不敵に笑んでヴァーリと対する。 しかし、二人して言っていることは子供の喧嘩のようなものだが…………

 

「あの、『紅蓮の錬金術師』がこのような学び舎に来るとはな。 かつての凶悪犯が形無しだ」

「あなたも、格好つけているようでその服装、痛々しくて似合わない。 目も当てられないですね」

 

「特にそのジャラジャラ」とナインは可笑しそうにヴァーリの付けている銀色の鎖を触って見せた。

 

「………………ここでやるか紅蓮の」

 

ヴァーリの研ぎ澄まされた声で言うと、しかしナインは不敵に笑ってそれを流す。

 

「いいえ、それとこれとは話は別だ―――――あなたはここで退け、白龍皇」

「………………」

 

生唾を呑み込むリアス。 緊迫するこの雰囲気は、この二人以外に手に汗を握らせた。

実力的にはヴァーリが未知数で恐ろしいが、手を伸ばせば触れられるこの状況ではナインも負けていない。

 

ふっと、笑ったヴァーリはナインを通り過ぎようとする。

 

爆発の錬金術は健在。

ヴァーリが…………「白い龍(バニシング・ドラゴン)」がどんな化け物だろうと、体の構造に血肉が入っている時点でナインの錬金術は完全に適用される。

 

『人間は、ちょっと作り替えるだけでただの爆弾になる』

 

神器を持っている時点で人間の血も入っている。 かと言って、ナインが絶対優勢とも限らないが、牽制にはなるのだ。

しかしすれ違いざま、ヴァーリはナインに耳を打つ。

 

「…………また邪魔をされてしまったな」

「いつまでも剣呑なことをしているからですよ。 生産的な会話をするのもまた、生きるために必要だ。 あなたはいまのこの国に…………いや、この時代になじめていない。 コカビエルと同じですね。 くく、ふはは――――」

「お前に言われたくはないのだがな…………まぁ、いい」

 

離れていくヴァーリと同時に、ゼノヴィアがナインに近づいていった。 皆、緊張の糸が切れ、リアスは一誠の手を握って離さない。

ゼノヴィアは目を細めて不安そうにナインに訴えるように言った。

 

「冷や汗ものだったぞ……」

「なに、先に言った通り、彼も私も紐付きだ。 そう簡単に身は振れない。

いくら天下の天龍とて、いまの彼では暴れても鎮圧されるのが関の山だ」

「なぜそんな落ち着けるのだお前は…………」

 

片目を瞑ってゼノヴィアに向いたナインは不敵に笑う。

 

「飼い犬がいるなら、紐を手繰る飼い主もいるでしょうよ。 そうそうここでは戦いは起きませんよ」

「…………そうなのか?」

「思ったより悪魔側の治安が引き上がっているのが解る。 さすがに会談直前のこの地では、どんな輩も下手に動けない」

 

「そういうことだから心配はいらないと思いますよ」と、リアスの肩に手を置いた。

 

「そうなの…………?」

 

しかしゼノヴィアと同じ反応をするリアスに、ナインはわざとらしく息を吐く。

 

「まぁ、いざとなれば私が止めてみましょうか」

「できるの?」

「刺し違えても良いならばね。 共に黄泉路へ立つことくらいはできる」

 

もっとも、とナインは自信に満ちた表情に笑みを乗せて、己が武器を見せた。

 

「先ほどの距離ならば負ける気はしませんが」




実際ハーレムっても、普通の男なら抜け出したくなるピンク空間だよな。

それと、どうしても二期金鰤のイメージが強いようですねぇ。 これじゃない感が出てる人はいるかと思う。 でもナイン自身、年がら年中爆弾爆弾言ってるわけじゃ……ない、と思う。 あれ、なんか自信なくなってきたんだが。

とにかく、そんな淡泊じゃあ世も渡れないわけでして。 ナインはコミュニケーションも大事にするのだ。

psあまりべらべら喋りまくるハイテンションな人は、よほどイケメンじゃないとモテないと思うの。 黙ってればイケメソ。

現実の時世は違うようだがな。


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16発目 異なる考え

今のところ週一単位で更新できていますが、難しいです。 日常会話とか描く日にゃ、作者がコミュ障だから台詞が思い浮かばない。

自分より頭の良いキャラクターを描くのって、不可能じゃね? と思った残念作者でした。
では、16発目、どうぞ。


一誠たちと別れたリアスは、朱乃と廊下を歩きながら思い詰めた表情をしていた。

 

それというのも、先の白龍皇についてだ。

数分前に彼の者と対峙したときに感じた、絶望的なまでの実力差。 いまの自分たちでは、束になっても敵わないであろう伝説の二天龍の一匹。

 

「部長、大丈夫ですわ」

 

そう言う朱乃も、心配そうにリアスの顔を覗きこんで不安を拭おうと努めていた。

 

「…………この街にはお兄さまも来ているし、ナインの言う通り下手に手を出してくることは無いと思うけれど……どうしても不安になるわね」

 

ナインの介入で事無きを得たが、相手は白龍皇。

古の大戦では天使と悪魔と堕天使、その頭たる神や魔王に物怖じすらせずに挑みかかった。 ドラゴンの中でも傑出した最強の怪物だ。

 

三大勢力が血で血を洗う戦争をしている中、その戦争圏内に入り込んでまで大ゲンカを続けたドラゴン。 それが、赤い龍――ウェルシュ・ドラゴン「ドライグ」と、白い龍――バニシング・ドラゴン「アルビオン」だ。

 

どの勢力も彼らドラゴンの強大な力には敵うべくも無かった。 いまになって考えてみれば、その思わぬ邪魔者(ドラゴン)のおかげで、三大勢力はいまの関係にまで収まっているのだが。

 

終戦後、いまは亡き聖書の神の持つ神器に封印され、人間に宿っては戦い、宿主が死ねば離れ、また宿るを繰り返している。

肉体を失おうとも、その滾りや生命力は常軌を逸するものゆえに、封印されても何回も出会い、戦う。 まさに戦いの権化と言えるドラゴンだ。

 

それほどまでに、この二匹のドラゴンの存在は巨大で強大。

 

本来ならば、その赤い方のドラゴンの宿主である兵藤一誠が、現在の白い方――――ヴァーリの抑止力にならなければならないのだが…………。

 

「…………いまはダメでも、いつか――――」

 

勝てると信じている。

強くなるには時が必要。 中のドラゴンを目覚めさせるのも、禁手に至ったのも、すべてヴァーリに遅れを取ってしまっている。 いや、神器に目覚めたのもヴァーリより遥かに遅延している。

 

だからこそ、一誠とヴァーリの正面衝突は避けたい。

堕天使に養われているとはいえ、油断はできない。 その首輪ですらも千切りかねないのが二天龍なのだ。

 

「それにしても、さっきのナインには助けられたわね」

「本人は助けた自覚など無いようでしたけれど…………」

「下僕たちも頑張ってくれていたようだし、私も少し見習わなくてはいけないわね」

 

溜息を吐いたリアスは少し微笑む。 安息の溜息が、朱乃の顔も綻ばせる。

 

ヴァーリが退いたのは、最初からやる気が無かったから。 と解釈することもできるが、それにしても限りなくアウトに近いグレーゾーンだったのは間違いない。

 

あそこで祐斗とゼノヴィアの介入が無かったら一誠はどうなった。

 

直接攻撃はしなくとも、ヴァーリが一誠にではなく、一誠の中に宿るドライグになにか刺激を与えてしまっていたらどうなっていたか。

 

ヴァーリがこちらに一瞬向けた不敵な視線を思い出す。

 

「宿命は逃れられないのね、イッセー」

 

そう思い詰めるリアスだが、ふと思い出したように顔を上げた。

 

「イッセー、大丈夫かしら」

 

ドラゴンの気に中てられたイッセーは、あのあとすぐに保健室に行かせた。 午前中の授業はそのまま飛ばされる形になるが、緊急なので仕方が無い。

 

それよりも、リアスは同行していった男のことを気にかけていた。

 

「ナインが何もしないと良いのだけれど…………」

 

 

 

 

 

 

 

「リアス・グレモリーの乳房に力を譲渡したらどうなるか?」

「おう」

 

駒王学園、保健室。

ベッドに寝る一誠は、カーテン越しの椅子に座っているナインと話していた。

校内の予鈴が鳴り終わると、ナインはその「よくわからない」話を続ける。

 

「あなたの神器が、十秒に一回、あらゆる力を倍加する能力なのは分かりました。

しかし、それでどうしてそういった話になるのか」

「この『赤龍帝の贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』って力はなぁ、何も戦いの為だけのものじゃねぇんだよ! 男の夢を倍加することもできるんだぜ!」

 

得意そうに言う一誠。 上手いことを言ったと思っているのか、かなり得意げだ。

 

ベッドに寝ると言っても寝転がるだけ。 実際、左手に負荷がかかりすぎたために休養しているのであって、眠っているというわけではなかったのだ。 それに、その方がナインにとって話相手ができていい暇潰しになるのだ。

 

「………………」

 

しかし、どうにもこの二人の会話は、趣味嗜好等が見事に噛み合っていない。

 

「部長のおっぱい、お前も見てなかったわけじゃなかったんだろ?」

 

そう聞かれて顎に手を当てるナインは、足を組んで考え込んだ。 ピンと、人差し指を立てる。

 

「まぁ、彼女の際立った特徴といえばそれくらいでしょう。 あと髪」

 

そうだ、とさらに弁に熱が入る。

 

「あの大きなおっぱい。 至高のおっぱい! 形良し、そして張りもあるあのおっぱいに、俺の倍加した力を譲渡したらどうなるか…………俺は昨日、それを思い浮かべようと努めたがまったく想像できなかった!」

「あなた自身が開発した技ではないのですか?」

 

どんどん辟易していくナインだが、ここは大人の対応だろう。 なんとか気の利いた返答をして話を途切れさせない。

 

「この考えはな…………部長のお兄さん、魔王サーゼクスさまの提案なんだ。 昨夜、一緒に寝るときに俺に伝授してくれたんだ」

「なるほど…………」

 

どうやら冥界の王はプライベートではずいぶんと軽快に舌を転がせるようだ。

それにしても、兄が妹の躰について語るとは、中々ない趣向である。 ナインはニヤリと笑った。

 

「私の錬金術でも、膨らませることはできると思いますよ」

「ば、バカヤロー! んなことしたら膨らんだあと破裂して終わりじゃねえか! 笑えねえよ!

つか、お前に部長のおっぱいは触らせねえ!」

 

すると、ナインは残念そうに肩を竦める。 実際笑えない話であるために、一誠はナインを咎めた。

 

当然だ、この男の両手は、爆発させるためだけに刻まれた狂気の錬成陣形。 おそらくはナインの技量ならば膨らませるだけでも可能であろうが、そもそもそういった中途半端な選択肢を持たないのがナインの錬金術だ。

 

「しかし兵藤一誠、大きいのも善し悪しです。 大きければその価値が絶対に上がるというものではない。

それに、未だろくに神器の制御もできないあなたでは―――――」

「いや、俺ならできる」

 

根拠は、と苦笑して聞いた。 一誠はカーテンを開けてナインの肩に手を置いて目を輝かせる。

 

「エロに対してなら、俺は誰にも遅れは取らねえ自信がある。 そして――――エロがあればなんでもできる…………気がするんだよ!」

「奇乳になど成った日には目も当てられません。 止めておいたほうがいいですよー」

 

現状維持でいいじゃないか、何をそんなに躍起になるのか、とナインはやれやれと一誠の手を自分の肩からどかす。

 

「ふむ、しかし意外だ。 あなたは気の多そうな男に見える…………姫島さんどころか、塔城さんなどの眷属には一通り手を出したかと思えば…………本命であろうリアス・グレモリーにすら手出ししていないとはね。

優しいのか、単に甲斐性無しのヘタレなのか…………」

「う、うっせ…………どっちでもいいだろが」

「ヘタレか…………」

「そんな残念そうな顔で俺を見るな! そうだ、ヘタレだよ勇気出ねぇんだよ文句あるか! 俺だってなぁ、一日でも早く童貞を卒業してぇよ!

後、一歩―――――――あと一歩が踏みだぜね゛ぇ゛ん゛だよ゛ぉ゛ぉ゛ぉぉぉぉ…………!」

 

最後は消え入るような声で、現実に引き戻された一誠はナインの目の前で頭を抱えて項垂れる。

そんな一誠の肩をポンポンと優しく叩くナインは内心苦く笑った。

 

(ヴァーリも物足りないでしょうにねぇ。 兵藤一誠も、つくづく不幸の星の下に産まれた人ですよ。 いや、この場合五分五分というべきか)

 

美少女に囲まれて、そして憧れの女性に可愛がられる。 思春期には嬉しくないわけがない。

しかし、いつの間にか震える体を止め、真剣な顔で迫ってきた一誠にナインは眉を上げる。

 

「そういえば、ゼノヴィアとはどうなんだよお前は」

「え? どうもしませんよ」

「嘘だ! 絶対嘘だよ俺でも解るもの!」

「何が」

 

迷惑そうに一誠の捲し立てに対応するナインは首を傾げた。

 

「気づいてない!? かー、ダメじゃん! あいつ、俺を見るときとお前を見るときの目の色が明らかに違うもん!」

「もんって…………」

「熱い視線、お前は冷めすぎてて気づいてないみたいだな」

 

そのとき、プールでのゼノヴィアの言動と行動を思い出したナインは得心した。

 

「ああ、そのことなら断りました」

「そーかそーか、気づいてないか。 なら教えてやる―――――って、ええ!? もうそこまで発展!? というか断ったっておま…………」

 

ナインの発言にオーバーに驚く一誠は、恐る恐る聞いた。

 

「…………まさか、お前ホモなのか!?」

「そういうわけではありませんよ。 ただ…………」

「た、ただ?」

 

生唾を呑み込む一誠。 ゼノヴィア程の美少女を振るなんてこと、彼自身にとっては考えられない愚行だ。

他に想い人が居れば別だが…………。

 

(ナインの奴…………ゼノヴィアから聞いた話だと、俺たちと同い年で、部長よりも年下だって)

 

そんな若く、青いはずのナインが、可愛い女の子の誘いを断るなど据え膳を放置するも同然だ。

最近、祐斗の様子もおかしいし、それと同じ傾向だと同性愛というのも邪推せざるを得ない。

 

しかしナインの紡ぐ言葉には、一片の曇りもなく――――次に続く言葉に驚愕しないわけが無かった。

 

「三度の飯より爆弾が好きで…………眠ることよりも爆弾が好きで――――」

「は…………」

 

一誠の口が徐々に開いていき、呆けたように乾いた声を出す。

 

「異性との睦み事よりも――――爆弾が好きなのです。 これに偽りは無い」

「――――ってことはなにか、お前っ」

「人間というものには三大欲求というものがあるでしょう? 大体それらがヒトの欲求の頂点の三柱である」

 

まるでそれが人生のすべてあるかのように、ナインは片目で流し目を作る――――自分に、嘘は吐かない。

 

「私の中で、その欲求というヒエラルキーの頂点が爆弾で、次点で三大欲求――――つまり、睡眠欲、食欲、性欲が位置しているのです」

「ここに木場級に残念なイケメンがいる。 ゼノヴィアも難儀すぎんだろ…………」

 

かくん、と肩を落として溜息を吐く一誠。 自分の周りの男はどうしてこうもろくなのが居ないのかと落胆した。

すると、ナインは椅子から立ち上がる。

 

「そういうことなので、ゼノヴィアさんはいりません」

「な――――――」

 

一瞬、耳を疑った。 こいつはいま、なんて言った?

保健室の空気が一気に下がる。

 

「お前…………その言い方はねぇんじゃねぇのか?」

「?」

「お前を想ってくれてる女に対して、その言い方は――――!」

「なぜ?」

 

息を呑んだ。 常識外れな会話になっていくこの状況に、一誠はついに困惑し始める。

 

「私は私のやりたいように生きるのだ。 そもそも、なぜ私が一介の女性に振り回されなくてはならないのか」

「………………」

「私は私だ。 それとも、逆の立場でもそれを女に望むのか」

「て…………めぇ!」

 

それを言うのか、言ってしまうのか。 女が男を好きになることと、男が女を好きになることは確かに同じことだ。

だが、そこまで突き放すようなことを言う事ないじゃないかと一誠は激昂していた。

 

女は男と違って、変な部分で弱い生き物。 外見は強く振る舞えど、些細なことが切っ掛けでその我慢の堤防が決壊してしまうことがあるのだ。

 

なにより、常識からしてこの男は協調性というものが微塵も無い。 共に在るためには、共に生活していくためには、思いやりというものが必要不可欠だ――――にも関わらず、その不可欠な部分を完全に捨て去っている。

 

「…………お前らがヴァチカンに帰国してる間なんだがよ。

部長から聞いた話がある。 というか、部長がわざわざ調べたんだよ」

「ふむ?」

 

何を? と首を傾げると、一誠はナインの胸倉を掴み上げる。

 

「錬金術師ってのは、基本利己的な生き物だって言ってた。 その通りだなお前は」

「なるほど、グレモリーさんはそこまで私を意識していましたか」

「部長は、もしそれがお前に当て嵌まらなかったなら、近々眷属に迎えたいと言ってた!

そこでゼノヴィアとお前が異端追放されたって聞いて、部長は少し喜んでた! ちょっと不謹慎だとは思ったが…………」

 

胸倉を掴みつつ、一誠はナインを宙に浮かせようとする――――が、掴み上げる一誠の手を抑え、紙一重のところでナインの足は床から離れない。

 

「ふふ、その憤りは正しい。 あなたは優しい男ですね、兵藤一誠。

ゼノヴィアさんが眷属になったいま、一番近しい男性はあなたということになる。 いいですよ、そこまで彼女が可哀そうと思うなら、あげます」

「いい加減にしねぇとマジで殴るぞお前…………」

「どうぞ?」

 

その瞬間、拳がナインの頬を捉えた。 遠慮は無い。

その一撃はナインを床に叩き伏せ――――

 

「………………」

 

――――なかった。

胸倉を掴まれながら無防備にパンチを食らったにも関わらず、ナインはその場で踏み止まっていたのだ。

元一般人とはいえ、悪魔の一撃を人間が生身でまともに…………。

床とは思えない大きな地鳴りとともに足の裏で床を掴む。

 

そして、口元の血を拭きながらナインは笑った。

 

「ああ………………ふぅ。 覚えておくといい、兵藤一誠くん。 私のように人格が破綻した人間など、そう珍しくもないのですよ。 これから悪魔として生きていくのなら、少しずつ知って行けばいい――――この程度で頭に血を昇らせていては、身がもちませんよ、耐性を持ちなさい」

「そんな耐性いらねぇ!」

 

殴られたのにニヤニヤ笑うナインに益々イラつく一誠。

これは至極当然の展開だ。 それだけのことを、ナインは口走ったのだから、一誠には何の非も無い。

手を出した方が負けという世論もあるが、これは例外だろう。

 

「…………ゼノヴィアは、お前が好きなんだ。 それだけ、絶対忘れんな」

『なるほどなぁ、清々しいほどにクズな人間のようだな、紅蓮の錬金術師』

「ドライグ!?」

 

一誠の左手が赤く光ると、その主がその声を上げる。 二天龍――――ドライグ。

 

『こんな奴を解放するなんて、いまの教会は本当に馬鹿ばかりだったようだ』

「どうも二天龍。 お話するのは初めてか」

『確かに、お前のような奴は珍しくなかった』

 

そう、一誠の左手を介しドライグは話を続ける。

 

『だが、そういう奴は…………過去誰一人、ろくな生き方をした奴は居ない。 死に方もそれはもう惨たるものだった』

「ふーん」

『お前ほどに知識が豊富で強い奴が、なぜ神器に選ばれなかったのだと、お前を見た当初疑問で仕方が無かったが……いま解った』

 

そのとき、ドライグの声が険しくなる。

 

『神器が宿るのは、天文学的確率か、能力がずば抜けて高い者に宿る代物だが…………お前はそのどちらも凌駕するほどの、神嫌われ者だったということか』

「………………」

『…………お前のような奴が、どこまで生きられるかこの先見物だ』

「伝説のドラゴンにこの先を見られるとは嬉しいなぁ」

 

すると、ナインはふと腕時計を見て、保健室の時計を見た。

 

「それだけの気力があればもう大丈夫でしょう。 兵藤一誠、あなたは教室に戻っては?」

「………………分かんねぇよ……マジで」

 

駒王学園の制服の上着をナインからふんだくった一誠は、そう呟きながら保健室を出て行く。 それを見送り、ナインは自身も上着を片手に翻し、部屋を出て行く。

 

午前中の授業終了のチャイムが鳴ったのは、二人が出て行ったすぐ後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あら、ナイン?」

「ん…………?」

 

学園裏庭階段前。 昼休み時。

学園中をほっつき歩いたナインは、裏庭に差し掛かったところで意外な人物に呼び止められた。

 

「リアス・グレモリー…………?」

 

リアスだ。 階段の前で話し込んでいるが、その相手もナインに振り向く。

赤い縁の眼鏡が特徴的な女子生徒だった。

 

「ジルハードくん…………」

「…………どうも、ソーナ・シトリーさん」

 

その場には、リアスと朱乃、ソーナが居た。

だが、ソーナの隣に居る人物にはナインは覚えがなかったため、質問する。

 

「彼女は?」

「ええ、こちらは、生徒会の副会長。 そして、眷属でもある――――」

「真羅椿姫と申します」

「…………ナイン・ジルハードです、よろしく」

 

会釈程度に挨拶を済ませる。

 

「椿姫には私の『女王(クィーン)』の駒を使っていて、この学園の薙刀部の主将でもあります」

「ほぅ、それはすごい。 長物を扱えるのですか」

 

椿姫は眼鏡をくいっと上げて少し照れる。 スタイルも良く引き締まっている。 主のソーナよりは体の凹凸がはっきりしているところは、鍛錬を欠かしていない証拠だ。

 

「それで、ここでなにを?」

 

リアスに向いていたナインだが、ソーナが近寄ってきて言った。

 

「先ほど、兵藤くんにも聞いたのですが、白龍皇に会ったそうで」

「ああ、ええ、まぁね」

 

片手をポケットに入れてナインは返答する。

 

「今のところ、監視も必要ない存在ですよあれは」

「それはやっぱり、堕天使の紐付きだからかしら」

 

リアスがそう聞くと、ナインは頷いてソーナに向いた。

 

「はい、彼は戦闘狂ではありますが、聡明である。 こんなところで騒ぎは起こさないでしょう――――何より、いまの赤龍帝に不満があるようですしね。 しばらくは泳がせてくれるんじゃないですか?」

「泳がせる?」

 

リアスが眉をひそめると、ナインは手を振って笑った。

 

「戦闘狂というのは、相手が強ければ強いほどその闘争心を燃え滾らせる。 いまの赤龍帝では遊び相手にもならないと思っているなら、強さが極限になるまで放置を決める――――ああいう手合いなら、これは常套手段ですよ。 その方が楽しいですからね」

「…………舐められている、ということですか」

 

ソーナまでもが眉をひそめる。 舐められているのは気に入らない。

一誠は赤龍帝である前に悪魔でもある。 同じ種族がそのように舐め切られるのは面白くないのだ。

しかしまぁ、とナインは息を吐く。

 

「私はそういう思想は理解できないし、この先理解したくもないですがね」

「でも、悔しいけれど白龍皇のその気質のおかげで、イッセーとは未だぶつかっていないのだから私は安堵するわ」

「まぁ、頑張ってくださいね」

「他人事よね」

「他人事ですから」

 

むぅ、とむくれるリアス。 少しくらい助けてくれてもいいじゃない、と。

 

「ジルハードくんは、白龍皇とはどうだったのですか? 校門前で白龍皇の不審な行動を阻止したのはあなただとリアスから伺いましたし」

 

真剣な表情でソーナがナインに詰め寄った。

 

「どうだったと聞かれましてもねぇ。 憎まれ口を二言三言叩き合ってそれで終わりでしたよ」

「ふふ…………」

「…………なんですかグレモリーさん」

 

いきなり横で噴き出したリアスに、ナインは眉を上げる。 ごめんなさい、とリアスは覆っていた手を口から離した。

 

「堕天使の紐付き、天使の紐付きって言い合ったわよね、あなたたち。 ふふっ、思い出して、それで少し笑ってしまったわ…………」

「むぅ…………」

 

頭を掻くナインに、リアスは肘で小突いた。

 

「本当のことでしょう? でもあのとき、とても安心したのよ。 危険な状況だったのに、あなたたちと来たら子供みたいに言い合い始めたから」

「…………」

「なるほど、そうだったのですか…………」

 

関心高そうにソーナはナインを見た。 眼鏡越しから来る視線に、肩を竦める。

ナインは居所が悪そうに佇むが…………別の話に変えようと切り出した。

 

「そういえば、午後からでしたよねぇ、授業参観」

「あ…………っ」

「ん…………っ」

 

その一言で固まるリアスとソーナ。 なるほど、ここにいまの彼女らのアキレス腱があるのかと、ナインは内心意地悪く嗤った。

 

「恥ずかしいんですか? 悪魔といえどこういうところは人間と変わらないのですね」

「あ、あなたには関係ないわ!」

 

ふん、と腕を胸の下で組むリアスの横で、朱乃もくすくすと笑って話に入って来た。

 

「うっふふ……ナインさん、部長は、お兄様であるサーゼクスさまについても懸念しておられますが、父君にも心配しておられるのですわ」

「へぇ、リアス・グレモリーさんのお父さんですか。 さぞかし渋いのでしょうねぇ」

「朱乃!」

「ソーナ・シトリーさんは?」

 

ニヤニヤとリアスの赤面した顔を見るナインは、次にソーナに目を付けた。

二人とも常に冷静沈着で、美人、麗人を形にしたような人物像なだけに、そういったイメージのギャップを見ることを面白がっている。

 

話を振られたソーナは明らかに呆気に取られた顔になる。 ナインとはあまり接点も無かった故に、こちらに来るとはあまり思わなかったのだろうがしかし…………甘いと言わざるを得ない。

 

「私は…………その…………」

「ん~?」

 

そのとき、ソーナにとってはナイスなタイミングで、ナインにとってはバッドなタイミングで午後の授業の予鈴が鳴った。 それに気づくと、ソーナはわざとらしくナインの魔の手から逃れ出ようと後ずさった。

 

「椿姫、行きますよ」

「はい、会長」

「あらら、行っちゃいましたね」

「逃げたわねソーナ…………!」

 

そう拳を前でギリギリと握るリアスに、ナインは不敵な笑みを作って言った。

 

「まぁ、いいです。 今回、とりあえず私も関係者として授業参観を見て回ろうかと思っているんです」

「え゛」

 

露骨に嫌な顔をしたリアスを見て親指を立てる。 

 

「途中であなたの兄や父君に会うかもしれませんが、あなたの姿も少し拝見しておきます」

「遠慮しておくわ! というか来ないでいいわ!」

「まぁそう言わず。 姫島さん、教室はどちらに」

「うっふふ、こちらですわ」

「ちょっと朱乃! あなたは私の眷属なのよ、主の嫌がることはやめなさーい!」

 

学校という教育機関に通うなら誰でも通る道、授業参観。 しかしその他にさらにもう一つ、憂鬱なことが増えてしまった。




次点で三大欲求とナインは明言しましたが、頂点と次点には歴然とした差がありますです。

ps.この話を投稿前に手直ししたとき、リアスが胸の上で腕を組んでる描写があって急いで直した。 あの胸の上で腕を組むとか超人しかできないですねごめんなさい。

誤字、脱字。 おかしな表現ありましたらお願いします。


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17発目 美少女魔王降臨

シャンバラを征く者にはキンブリーも出て欲しかった。


「これはグレモリーさん、これは姫島さんっと…………」

「…………ありがと」

「いただきますわ」

 

トス、と二人に缶コーヒーを手渡したのはナインだった。

 

精神攻撃による過酷な拷問を延々受けた後のような面持ちをする彼女に、僅かばかりの慰めにならんものと持ってきた缶コーヒー。

その原因は、言わずもがな。

 

公開授業は一時間のみだったが、彼女にとってはとてつもなく長く感じたのだ。

好きなことをしているとき、時間が過ぎるのは早く感じるのに、嫌なことをしている時間はなぜか長く体感してしまうという現象にリアスはゲンナリしきっていた。

 

どんよりと、まるでそこだけ雨でも降っているのではないかと思われるように俯く。

深く俯いている頭から、目を奪われるような長い紅髪を垂らすさまを、ナインは意地悪そうに声無く笑っていた。

 

「お兄さまやお父さまのみならず、ナインにまで私の痴態を見られるなんて…………なんという屈辱なの!」

「逆に、どこが痴態だったのか。 二大なんとかに偽りの無い模範授業だったじゃないですか」

「…………ふんっ」

 

その心根は、リアスの回答するすべてが模範解答でつまらなかったといったものだった。

まぁ、気まぐれなナインとしてはたまには皮肉るのを止めにしようかとも考え至ったためにこうなったのだが。

 

ナインに褒められても嬉しくない、とそっぽを向くリアス。

心底リアスはそう思っているのだ。 この男に褒められたところで、多種に渡る知識と見識を持つ錬金術師には嫌味にしか聞こえない。

 

「顔…………合わせたくないわ」

 

とにかく、リアスの思う痴態は、何も公開授業で指名されて答えられなかったとか、表面的な恥を晒すことではない。

むしろ公開授業中はよく聞き、指されれば難なく答える。 駒王学園、二大お姉さまの称号に恥じない授業ぶりだった。

 

原因は――――父兄。

 

静かに缶コーヒーをすする朱乃の横に自分の缶を置いたリアスは振り向き、ベンチの背もたれに寄り掛かるナインを見上げる。 視線に気づいたナインは横目で彼女を見下ろした。

 

「…………公開授業という強制イベントで身動きができない私を、あなたはジロジロとニヤニヤと……指差して笑っていたじゃないの!」

 

これがまたかなり肥大した被害妄想なのだ。 実際はナインは静かに後ろで保護者たちに紛れて観ていただけなのだが…………。

 

「なんという壮大な勘違い。 というか、そりゃさすがに自意識過剰ですよ」

 

サーゼクスとその父とは、公開授業時にはかなり離れていたはずなのだが、どうやらその二人の横に幻のナインが見えてしまっていたらしい。

そんなに見られたくなかったなら行かないであげた方が良かったかもしれない、とナインは思案顔。

 

「…………まぁ、もう過ぎ去ったことだからいいけれどねっ」

「部長、ナインさんは静観しておられましたわよ? それと――――もうあまり毛嫌いをするのはお止めになったらどうですか?」

「う…………朱乃、分かってるわよ…………」

 

本人の目の前でする話題ではないのではと正論が喉から出そうになるがすんでのところで呑み込んだ。

 

「難しい性分だねぇ」

 

思わず敬語が崩れたナインは溜息を吐いてコーヒーを飲み干す。 それにしてもあの兄と父はなんというか、凄かったのだ。

周りが見えていないのか、あの二人の視界には妹であり、そして娘であるリアスしか映っていなかったのか。

 

気にすることなくビデオカメラを回しまくっていたのがナインにとって印象的だった。

ああ、これが親子や兄妹というものかと、少し誤解した理解をしてしまったところがあったが。

 

ナインの親はナイン自身どこにいるかも分からないし、生きているかどうかも知らない。

自分にいま親がいるとしたら、こんな感じなのだろうか。 否だった。

 

錬金術、主に爆発物系統の研究にすべてを捧げた爆弾魔の親などろくでもない…………。

 

「…………いや」

 

ナインは再び自分で自分の思考を否定する。

 

性格や趣味が他とは違う破綻したものであろうと、その親までもが同種であると決めつけるのは早計だ、と。

 

(どちらにせよ、そんなに思い入れも無かったので関心も湧きませんがね)

 

心の中で肩を竦める。 過去にあった出来事と言えば、退屈な教会暮らし。 祈って捧げて、なんだ? 一体何が哀しくて居もしないものに手を合わせなければならないのか。 手を合わせるのは術を行使するときだけで十分だろう。

 

まぁ、フリードなど当時の同僚たちとともに化け物や混血の人外退治に明け暮れた日々はなかなか味わい深かった。

そういう過去の生い立ちからして、リアスたちとは一線どころではない壁を隔てている。 過言ではない。

 

先の兵藤一誠もそうだ。 あの怒りは恐らく普通なら当然で、でもナインの居た世界にはそんな常識は皆無で…………。

 

「…………やれやれ」

 

ジェネレーションギャップというのは少々語弊があるが、それに似通ったものがある。

そういった両者の感覚の違いが、一誠の沸点を下げてしまったのだろう。

 

そう考えていると、その当の本人がこちらに向かって来ていた。 アーシアと…………一誠。

あちらもこちらに気づくが、リアスに笑顔で手を上げたのでナインも気にしないでおいた。

 

「部長――――って、大丈夫ですか?」

「…………イッセー」

 

項垂れるリアスに心配そうに駆け寄った一誠は、彼女の背中をさする。 ありがとう、と礼を返すと、一誠は照れくさそうに頭を掻いた。

眩しくも艶のある微笑に心を奪われる。

 

「あら? イッセー、それって…………」

 

そう照れている一誠の手元に、一体の紙粘土人形のようなものがあるのが見えた。 リアスは首を傾げて覗き込む。 一誠はそれを三人の前に出して言った。

 

「これですか? さっき英語の時間に作ったものなんですけどね」

「……これ、もしかして私?」

「あははー、もしかしなくても部長ですよ。 なんか気が付いたら出来上がっていてですね、クラスの奴らにオークションに掛けられそうになったけど、当然断りました」

 

そんなこと、一誠にできるはずもない。 なぜならその紙粘土、リアス・グレモリーをモデルにしたものだったからだ。 まるで見ながら、否、触って覚えて作ったとしか思えない造形美に、ナインも若干感心の声を出していた。

 

「ふむ、くびれた腰に……ロケットのような乳房と…………脚線美。 なるほど、髪の部分にも艶が出ているようでこれはなかなか…………」

「そうだろ!? 無意識に作ったものなんだけどよー! くー! これが我ながら物凄い出来だと思ってなぁ」

 

容姿のくだりでナインの頭を弱くはたくリアス。 頬を赤くして腕を組むと、改めて自分の紙分身を観察する。

 

「それにしてもすごいわね……イッセー、あなたにこんな才があったなんて…………」

「性欲根性は人一倍強いようだ。 けど、ここまで来ると脱帽ものですね」

 

そうナインが言うと、朱乃の視線が人形からそちらへ向く。 流し目ながら口を開いた。

 

「ナインさんの術ならば作れますか?」

「…………まぁ、できないことは」

 

顎に手をやるナイン。 しかし、造形美というものは手掛けるからこそ美しいのであり、陣の上に置いて一瞬で出来上がる造形など、美とはかけ離れた代物だ。 ナインも、そういう美感は損ねていないし、真実一誠の作品を賞賛している。 ゆえにナインは、手指でそのリアス人形を撫でながら微笑んで言った。

 

「私のはほら、機械で作るようなものです。 手作りの美しさには到底敵いませんよ」

「…………さ、サンキュ。 な、なんか意外だったけど」

 

唐突な褒め倒しに一誠が頬を赤らめる。 そうしていると、向こうから見知った顔が歩いてきた。

 

「木場?」

「あら、祐斗。 あなたも休憩?」

「まぁ、そんなところですけど……」

 

自動販売機前に来たのは祐斗だった。 しかし歯切れが悪いのを見て、一誠が問い正した。

 

「どした?」

 

聞くと、祐斗は廊下の先を指差した。 ドタドタとカメラを持った男子生徒が慌ただしく走っている。

 

「何やら魔女っ子? が撮影をしていると聞いたもので、ちょっと見に行こうかなと思いまして」

 

一誠はリアスと、ナインは朱乃と顔を見合わせて首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

カシャカシャとまばゆくフラッシュがたかれる音で体育館は賑わっていた。 少人数のカメラを持った学園の男子生徒がステージ前に群れているだけだが、熱狂ぶりが半端ではない。

 

それというのも、ステージ上でノリ良く多彩にポーズを取る美少女が居たからだ。 黒髪に、テレビアニメで出てきそうな美少女キャラクターの衣装がその空間をピンク色に変えている。

 

スタイルも良い。 そして見に来た一誠の鼻の下が伸びている辺り、あの短いスカートから見えたのだろう、何かは言うまい。

 

「…………」

 

人垣を掻き分けて掻き分けて……無理矢理に前に出ようとする一誠たちとは別行動を取るナインは後ろでその美少女アイドルを静観する――――と、何かが脳内で合致すると同時に、スッと汗が頬を伝った。

 

「…………なるほど」

 

若干瞳孔が開きそうになるが、しかし、気持ちが乱れたのは一瞬だけ。 息を吐いたナインは、そのステージ上に立つ女性を凝視して思考する。

 

――――これは違う。

 

「この学園は珍獣展覧会場か。 人でなしが多いこと多いこと」

 

ナインは、いままで出会った人ならざる者たちを頭の中で挙げていく。 こめかみに人差し指を押し当てて目を瞑る。

リアス・グレモリー眷属に、コカビエル戦で見たソーナ・シトリー眷属。 そしていま学園に入っている人外はサーゼクスとその父。 ではあれは。 あの少女はなんだ。

一見、小柄ながらスタイルの良いコスプレが好きな美少女だ。 普通ならこれで済む。 これで済むのだ。

 

しかし、あの小さな体躯から感じるオーラは間違いなく人間のそれとは大きく異なっている。

 

ナインは幼少より錬金術を学ぶ際、術師には欠かせない心構えというものをいまは亡き師に教授された。

己が躰に宿る錬金術師としての循環回路を感じ極めること。 そして、大地の流れを読み取ること。

 

あらゆる大きなエネルギーの循環を理解して初めて、錬金術という能力は行使される。 一種の直感も必要とし、才能も不可欠なのが錬金術だ。 なにも単純に物質を理解するだけでは術は行使されない。

 

そんなことで錬金術が使えるなら、世界中の人間の科学者たちが錬金術を行使できるだろう、極端な解釈ではあるが。

 

「…………くく、はっ」

 

ゆえにあの少女の体に巡る力の流れを読み取ることができるのも、錬金術師の特性である。

笑顔から滲み出る魔の気配を感じ取ったときは、ナインは寒気で身震いしていた。

 

ここは魔窟か。 逢魔が時とはよく言ったものだが、これほど遠慮が無いといっそ清々しい。

不気味に肩を揺らしていると、突如更なる寒気に襲われる。 何事かと目を開くと、その目の前には――――

 

「魔法少女レヴィアたん参上………って、そんなに見られたら私照れちゃうなー、なーんて――――――わっ」

 

手に持つスティックをくるくると回すステージに居た女性。

それが目の前に居た――――無表情に、反射するナインは瞬く間に後方に素早く跳ぶ。 体育館の床が僅かに鳴る

 

「………………気づけないとは」

 

認識した瞬間にはすでに十メートルほど距離を離していた。 我ながら警戒しすぎではないかと汗顔の至りだが、この魔力の気配は普通じゃないことを察知していた。 ナインは離れた場所でその女性に向かって体を向けた。

 

「むぅ…………」

 

そのナインの行動を見たセラフォルーは、口をへの字に曲げて無言の抗議。

 

いきなり近づかれたら離れたくなる。 しかし、初対面の人間に引かれたセラフォルーは、不満そうに口を尖らせた。

先ほどまで男子生徒の視線を独り占めだっただけに、この対応の温度差は激しいだろう。

 

肩を竦めるナインはゆっくりと歩を進めて彼女との距離を詰めていく。

 

「盛大に引かれたからといってそんなにしょぼくれないでください。 私もちょっとびっくりしただけなので、相子ってことでここは一つ」

「ホント? 引いたわけじゃないのね☆ 良かった~。 てっきりこの衣装は流行ってないのかと思っちゃったわ☆」

 

パッと晴れ渡る空のように笑顔になった女性はナインに向かって歩いて行く。 くるんと一回だけ回転してナインの両肩に勢い良く手を置く。

しかしその直後、ニコニコと笑顔を振り撒いていたセラフォルーの目の色が変貌した。

 

「キミが、ナイン」

「………………」

 

じっと見つめられる。

名前を知っていることに眉をひそめるナインに、彼を見上げて可愛くポーズを取った。

 

「私の名前はセラフォルー・レヴィアタン☆ よろしくね、ナイン・ジルハードくん☆」

「…………よろしく。 まぁ、国家崩れのしがない錬金術師ですが」

 

訝しげな表情をセラフォルーに向ける。

 

一誠たちが駆け寄ってくると、ナインとセラフォルーの間の空気は緩和した。

大きく息を吐くナインは一誠たちに目を向ける。

 

カメラを持った男子生徒たちをいつの間にか解散させた人物には見覚えがあった。 確かあんな感じの風貌の男子生徒がソーナ・シトリーの下に居たような…………記憶を過去に飛ばすがやはり、うろ覚えなのは否めなかった。

 

「げ…………あの時の爆弾男」

「やぁ、どうも。 で、誰でしたっけあなた」

 

少しむっとした匙が、咳払いをしたあと堂々と名乗り上げた。

 

「匙だ。 匙元士郎。 あのときはごたごたしてて名乗れなかったからな」

「よろしく、それよりも彼女は…………」

 

錬金術師が珍しいのか、セラフォルーはナインの両掌をべたべたと触り始めていた。 つやのある女性特有の綺麗な手先が、ナインの両手をくすぐる。

錬成陣を食い入るように眺めている彼女を見て困ったように肩を竦めた。

 

「…………お、お姉さまっ」

 

そんなとき、体育館の入り口から戸惑いの声が聞こえた。 これだけ広い体育館ともなると、少しの声量でも響き渡る。 その声の主に全員が向くと同時に、セラフォルーが気が付く。

 

「ソーナちゃん!」

 

まるで過去に生き別れた姉だか、妹だかに再会したように嬉しそうな声を上げるセラフォルー。 ナインの手を離してその声の主――――ソーナ・シトリーに駆け寄って行った。

 

「彼女はセラフォルー・レヴィアタン。 現四大魔王の一人で、ソーナのお姉さん。

それにしても、どうしていきなりあなたに近づいたのかしら」

 

リアスがそう疑問符を浮かべて独り呟く。 その視線の先には、いつものようにニヤつくナイン。

 

ステージ前で群がっていた男子生徒たちを飛び退いてナインのもとに接近した彼女。 ナインは反射的に詰められた距離を瞬く間に離したが、いまいち要領を得ていないようだ。 セラフォルーとは初対面なはずだが。

 

ナインは、そんなリアスに肩を竦める。 彼は彼で、モデルのように背が高くスタイルも典型的な女魔王を予想していたために、疑問符は絶えない。

 

「あれは好奇の目か…………それともただのスキンシップか」

「どちらも、ではありませんか? 冥界に錬金術師は少ないと聞いていますし。

実際、私もあなたの他に錬金術を使える人は存じ上げませんわ」

 

朱乃が横から出てきてそう言った。

 

事実、魔術や魔法を容易に操れる悪魔には、もとよりそのような術など必要ない。

「魔力」を燃焼して特定のものを作り出せたり操れる方法がある以上、その場の環境に支配されてしまう錬金術など不要なのだろう。

 

しかしやはり珍しいなら近くで見てみたいと思うのは人間と変わらない。

交わることの無い存在、また、自分に無い物を持つ者を珍しがったり欲しがったりする本質は人間となんら変わらないし、何より彼女、セラフォルー・レヴィアタン本人が――――非常に軽くフレンドリー。

 

可愛い妹との再会を果たしたセラフォルーは、ハイテンションで眼鏡の麗人―――ソーナ・シトリーに駆け寄る。

 

「会いたかったよソーナちゃん! どうしたの? そんなに赤い顔して?

せっかくお姉ちゃんに会えたんだからもっと甘えてもいいのよ? というか、なんでお姉ちゃんを参観日に呼んでくれなかったのよー!

お姉ちゃん哀しくて悲しくて…………」

 

そうさめざめと泣き崩れるセラフォルー。 えーん、と両手で目を擦って泣いた「フリ」。

さすがのナインも唖然とする。

そも思ったが、唐突にスティックを天に向ける。

 

「天界に攻め込もうとしちゃったもん☆」

「………………」

 

完全に八つ当たりである。

沈黙を通していたソーナだが、ついにその赤くなった顔を上げて小刻みに震え出す。

そんな光景を見ていたナインは目元を引きつらせるも、世界はこれほど広いのだと独りごちていた。

 

「私としては、『お姉さま!』『ソーナちゃん!』って、百合百合に抱き合ったりしたいよ☆」

「…………ああ、これはひどい。 シトリーさんが死にそうな顔で…………ああ、今度は泣きそうな…………」

 

難儀な姉妹だ。 ナインは思った。

そこに、無言だったソーナがついに言葉を継ぐ。 少し強気になったであろう彼女が身を乗り出してセラフォルーを糾弾し始めた。

 

「お姉さま、私はこの学園の生徒会長を任されているのです。 いくら身内だとしても、そのような行動や恰好は―――――あまりにも容認しかねます」

 

でしょうよ、とナイン。

そう頷いて言う彼にリアスは、まるで見たこともないもののようにナインを見た。 左手で右肘を支えて顎に添える。

 

「ナインが常識人側に居るのって、実は物凄く珍しいことじゃないのかしら」

「………………え? むしろ常識人は私一人なのではという」

「あら、それは私たちが非常識人だとでも言うのかしら」

「あくまで、悪魔ですからねぇ貴方たちは」

 

意地悪そうな笑みを浮かべるナイン。

言うじゃない、と不敵に笑みながら言い合う二人の姉妹に後ろから歩み寄って行く。

 

「お久しぶりです、セラフォルーさま」

「ん―――――ああ! リアスちゃんだー! おひさ~☆ 元気してましたかぁ?」

「はい、おかげさまで」

 

挨拶を交わしていくリアスとセラフォルー。 次いで一誠もリアスに促されて同じく頭を下げる。

 

悪魔ならば、魔王に謁見したからには最低限の礼儀は当然である。 「こんな」でも、現四大魔王の一人、レヴィアタンの名を襲名した人物なのだから。

 

そんなほのぼのとした空気の中、ナインは一人、踵を返して静かに体育館を後にした。

 

 

 

 

ヒューヒューと隙間風が鳴く体育館の扉を閉める。 さて、これからどう行動しようか。

公開授業も終了したいま、この学園に居る意味は無い。 生徒の展示品を見て回るというのも選択肢にあるがいまは気分が乗らなかった。

 

「ソーナちゃーん! 待ってよ待ってー! お姉ちゃんと抱き合ってー☆」

「来ないでください!」

 

バタバタと騒々しい足音が聞こえてくる。 体育館の方向からだ。

 

「………………」

 

振り返ったその瞬間、館内に居たはずのソーナとセラフォルーが、すぐ真横を走り過ぎていく。 疾風のような速度と手際で、さっきナインが閉め切ったはずの扉が飛ぶように開放されていた。 勢いでバダン! とまた閉まる。 駆ける二人を見送った――――が。

 

「あ、ナイン・ジルハードさん!」

 

姿が見えなくなったと思ったら、ソーナが体育館の入り口まで戻ってきた。

切れた息を整える彼女を見下ろし、ナインはソーナに問いかける。

 

「どうしたんですか、ソーナ・シトリーさん」

 

戻ってくるなんて、どういう追いかけっこをしているのだろうとソーナの後ろを見ると、案の定シスコンな姉魔王が再び迫っていた。 館内に逆戻りするつもりだろうか。

 

「その…………」

「?」

 

金色の瞳から視線を一瞬逸らし、申し訳なさそうに顔を上げた。

するとナインは何を気を利かせたのか、体育館の扉を開けて道も開けた。

 

「もう一回入ります?」

「っ…………入りませんよ。 違います私が用があるのは――――」

「ソーナちゃん、捕まえた☆」

 

がばぁ、と後ろからセラフォルーに抱きつかれた。 小柄であるためそんな衝撃は無い、しかし、抱きつかれたソーナ本人の恥ずかしさはその限りではないようだが。

 

そんな甘えて抱きついてきたセラフォルーを、疎むでもなく振り払おうともしないソーナは、それよりも重大なことをナインに告げようと言葉を紡ぐ。 後ろ首にシスコン姉をぶら下げたまま意を決する。

 

「…………コカビエルの件。 本当に、ありがとうございました」

「…………ソーナちゃん」

 

礼儀正しく、生徒会長らしい。 逐一丁寧な動作でナイン・ジルハードに頭を深々と下げた。

 

姉に追いかけられることよりも、まず恩人に対する謝を優先する。 実はソーナは、ナインと会ったら開口一番それを言おうと思っていたのだ。

セラフォルーはいつになく真剣な表情の最愛の妹を見て、ぶら下がるのを止めた。

 

「おかげでこの学園――――いえ、町は救われました。 言葉では言い表せない感謝をしています、ナイン・ジルハードさん」

「…………くくっ」

 

何度目だろう。 聞き飽きた謝礼の言葉に溜息を禁じ得ないナインは首をゆっくりと横に振る。

独特の低い声で、彼は自ら立てた勲を受け取ろうとしなかった。

 

「保険はあったしねぇ、バニシング・ドラゴンという、私よりも名も力にも信の置ける最強の龍が。

聞いているのでしょう、このお嬢さんから」

「あー! お嬢さんじゃないよ☆ 魔法少女だよー!」

「姉さま」

「…………はぁい」

 

真剣な面持ちのソーナに静かに一喝されてしゅんとなるセラフォルー。 しかし、すぐにセラフォルーも凛とした。 仕事時の表情。

 

「うん、ソーナちゃんにはちゃんと言ったよ。 堕天使の総督の指示でアルビオンくんは動いたの。

その総督――――アザゼルの思い描く解決のシナリオは、確かに『白い龍(バニシング・ドラゴン)』の介入だった」

 

ほーらね。 そうナインが肩を竦める。 しかし同時に、セラフォルーは追加で言葉を継いだ。

 

「でもね、これも総督の言葉―――――事実は小説よりも奇なりって。 ええと、使い方これで合ってたっけソーナちゃん? あん、もう☆ 日本の諺って難しい☆ 要は、頭の中で思い描いた物語(シナリオ)よりも、現実で起こったことは存外に面白かった――――って。 教会の派遣する未熟な聖剣使いじゃ話にならないと思ってたのに、とんだ隠し玉のせいで白龍皇に無駄足踏ませたって」

 

ビッと、ナインを指差した。 得意げに、体躯に似合わぬ豊かな胸を反らす。

 

「紅蓮の錬金術師、ナインくん。 現実を受け入れちゃおう☆ 君はもう――――」

 

眉を、ナインは上げた。 いや、上げるのも、無理は無かった。 なぜなら、彼にとっては程遠い無縁な言葉だったから。

いままで犯罪者爆弾魔と、極限まで忌避されてきたこの男にとっては全身が痒くなるような。 そんな言葉。

 

「人間の、英雄なんだよ」

 

そのセラフォルーの言葉に「冗談」、と一言返すと、自嘲気味に笑って背を向けた。

 

「私は名声(そんなもの)より、実利が欲しいなぁ」

 

セラフォルーとソーナにはこの言葉は聞こえない。

ナインの低い声音は、周囲の生徒の喧騒の中に溶け消えてしまったのだった。

薄ら笑いすらも耳に届く前に掻き消える。

 

金も、女も、名誉も、愛も――――この男にとっては余分なもので、余裕があれば入れてやると傲慢に笑い飛ばす。

誰も、何も、紅蓮の錬金術師の琴線には触れない。 唯一例外を除けば。




ハイスクールD×D 未だにセラフォルーにスポットライトが当たらないのは一体どういうことなの。 教えて、踏みえもん!

さておき、年末忙しいのでここでご挨拶をば。

みなさん、良 い お 年 をノシ


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18発目 誘惑の黒猫

非常に遅くなりました。 正月休みが無いとは、年休でも使えば良かったのだろうが。

明けましておめでとうございます。


「それじゃあナイン。 行ってくる」

 

次の日の朝。 公開授業も無事終了し、丸一日暇を持て余すこととなったナインとは裏腹、ゼノヴィアは週末の学園に張り切って出て行った。

 

『おはようございますゼノヴィアさん』

『よ、ゼノヴィア』

『イッセー、アーシア、おはよう』

 

外では、彼女と待ち合わせていた一誠とアーシアの挨拶の声が響く。

開いた窓越しにだるそうに、しかしにやけた顔は変わらずのナインに、ゼノヴィアは外から笑顔で手を振った。

 

「ナイン、留守をよろしく頼む!」

「はいはい」

 

別れたその後、三人は談笑しながら歩き始める。

 

『ゼノヴィアはあいつと同居してんのか、スゲーな』

『そうでもないさ。 ナインは案外気の利く奴だし、心を許せる相手だ』

『で、でもナインさんは学校に行っていないんですよね?』

『ふむ、最近そこのところを考えているんだよアーシア』

 

どうしたらナインを駒王学園に入学させられるか、いっそ教師でもいいんじゃないかとか、その場に本人が居ないことをいいことにゼノヴィアは次々と要らないことを口走っていた。

 

ゼノヴィアはナインのことを意識し始めている。

 

古の大戦を幾度も駆けてきた歴戦の存在――――コカビエル。

 

そんな稀代の怪物相手にだ。

 

冷静さは失わず、しかし内では、己が趣味目的に忠実に戦う。 誰かのためではない、自分の欲求を満たすためだと荒々しく猛り狂った紅蓮の芸術。

 

何があろうと自分の方針を変えない姿勢は、信徒であったゼノヴィアからしてみたら羨望の対象であった。

自分はいままで主に捧げてきた身。 自分のために何かをしたことがなかったから。

 

人間が堕天使の最高クラスに敵うはずが無い。 だからこそ教会も、聖剣の奪還を最低限の任務成功のノルマとしていたのだ。

錬金術は人の業である。 ゆえに人でない者には敵わない。

 

しかしそんな固定観念を一蹴。

 

そんな常識は「知らない」と、紅蓮の男は薄ら笑い、天に向かって唾をした。

そして果てには――――人の業で常識を覆す。

 

 

 

神の子を見張る者(グリゴリ)」幹部、コカビエル粉砕――――。

 

 

理由はこれだ。 なんの変わり映えのないありふれた吊り橋効果。

強者は異性を引き寄せる。 これが心からの真の恋でなくとも、年頃の若者ならば抱く恋愛感情。

 

立場と人物は変わるが、二天龍の所有者も同じことが過去幾度もあった。

その強大な力の許、異性は次第に集まっていく。 それが破滅に向かおうと、女にも欲がある以上強い男を好くのは自然の摂理だ。

 

そう、どんなに悲惨な人生になろうとも。

 

愛する者に躰を捧げようと、

本当の恋心を抱こうと、

乙女のような夢を抱こうと――――

 

いま、ゼノヴィアは道を踏み外す一歩手前に立っている。 この男の本質を理解できない限り、常人(かのじょ)に幸福は無い。

周りの環境下に合わせて「自分」を上手く操作している辺りも性質が悪いのがこの男だ。

 

「ん?」

 

ふと、携帯電話が鳴る。 登校していくゼノヴィアを見送った直後に鳴ったナインの携帯電話。

振動によってテーブルから落ちた自分の携帯を拾い上げようとした。

 

こんな朝早くから誰だろうか、そんな他愛もない疑問を浮かべて腰を折り屈んだ。

 

と、その同時だった。

 

拾い上げたナインの視界に一瞬、長い黒髪が映ったのだ。 

着信画面を見る前にそちらに視線が向かう。 向かってしまう。

それはあまりにも唐突で妖しく、危険な香り――――それが、ナインの本能的な部分を刺激する。

 

「やっほー、窓の外から失礼するわよー?」

 

目を向けると、いつぞやの黒猫が開いた窓から手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここ、二階ですが」

 

開口一番、ナインがその美女に放った言葉がそれだった。 二階の窓になぜ立っていられる、普通なら有り得ない。

そのごく当たり前な疑問に、和服の女性――――黒歌はひょいとナインの部屋に土足で入った。

踊る様に窓から入室すると、ナインの後ろでくるくる回ってそのまましなだれかかる。

 

「お邪魔しま~す、ふふっ」

 

彼女の自慢であろう二つの果実が、ナインの背中に当たる。

流し目で誘う遊女のような振る舞いに溜息を吐いたのは他ならぬナイン。 肘に彼女の胸が当たるのも意に介さずに振り向いた。

 

「…………用件は、暇人さん」

 

頭を掻いてそうピシャリと黒歌の躰を撥ね退けた。 鬱陶しいと。

 

「にゃん」

 

するとわざとらしく可愛い声を上げて離れる黒歌は、そのままソファーに転がった。

 

邪魔者扱いをされて口をつぐむ黒歌。 この状況になんの突っ込みも無しに対応するナインに苦笑いする彼女も溜息を吐く。

次いで、呆れるように肩を竦める。

 

「もっとさぁ、『うわー!』とか、『不法侵入者だー!』とか、色々言う事あるでしょう? リアクションなーさーすーぎー!」

「相変わらずの軽口だ――――その綺麗な口、縫ってあげようか」

「うわ、そんなこと言っちゃうんだ? お姉さん哀しいなぁ、若い男の子なら、こ~んな――――」

 

チラリと胸元から見える乳房。 露出の多い彼女の和服は、健全な男子には目の毒であろうに。

黒い和服の上からその零れ落ちそうな巨乳を持ち上げてこれ見よがしに見せ付ける。

 

「エロ~いお姉さんがいたら期待しちゃうものなんじゃじゃないの? 性欲ってそういうものだと思うの。

本能って奴かにゃ~、生殖本能っ」

「ロックンロール?」

 

ビッとナインに指を突き付けて豪語する黒歌。 持ち主の動きに合わせて重たそうに揺れるそれをじっと見ながら、ナインは眉を上げる。

何をしに来たか聞いているのに、この不毛なやり取り。

 

普通なら、黒歌の言う事と同様の反応をナインはするべきなのだろう。

 

そうじゃなかったとしても、「こんな美女と朝から談笑できるなんて、よく分からないけどラッキー」……と楽観的にも受け止めるところだが、相手が非常識のナインである以上やはり効果は発揮せず、二つの反応例も参考にもならない。

 

「あなたは会う度そういったことしか口にしない。 とはいえたったの二度目だが…………私としてはどうかと思う」

「グレンちん強いんだもんしょうがない。 そういう男って、女としてはものにしたくなるもの」

「…………」

「強い男を籠絡して侍らせたい」

 

徐々に小さくなる声音とともに、なにやらおどろおどろしい瘴気を纏い始める黒歌。

その言葉は、なぜか真摯に彼女の願望を謳っているように聞こえて――――

 

「私の玩具にしたいのに…………」

「…………メンヘラ?」

「ちょっと入っちゃってるかも。 嫌な過去思い出しちゃって、ゴメンにゃー」

 

俯いていた彼女の整った顔が上がるがしかし、周りの瘴気は収まらない。 その内その妖艶な躰も包み込まれ朧気にゆらゆら揺れ始める。

 

「ふむ…………」

 

元よりあの戦闘狂白龍皇の許に居た女だ。

当然の如く、ナインは彼女を警戒していたゆえに冷静さを失わない。

呼吸をするのを一旦止めたナインは、まだ時間はあるなと、腕時計から視線を外して彼女を見据える。

 

「…………用件は」

「この前のお返事、聞けないかにゃー? って、ヴァーリが」

「なるほど」

 

首を傾げた。 この状況を見てさらに乾いた笑いが出る。

 

「しかし解せない。 返事を聞くだけでどうしてこう荒事を起こそうとするのだか…………」

「時間切れみたいよー? ああ、連絡先知らなかったとか、今更惚けた嘘吐いても無駄よ」

「連絡先を知らない」

「…………」

 

その直後、ナインの真横の花瓶が割れる。

大きな音を伴って上半分失った花瓶の水が零れて床が濡れる。 水が絨毯に染み出していくのを一瞥するとナインは黒歌に言った。

 

「聞きに来ただけなのに時間切れと? それはおかしなことだ」

「いちいち理屈臭い言い方ね…………」

「…………うん? 出会った当初と随分とキャラクターが違いますね、SS級はぐれ悪魔、黒歌。 焦ってるのですか?」

「…………」

 

ほくそ笑むナインに、黒歌は無言。 鋭い眼光だけでその返事は無い。

美人は睨んでも美人なのだ。 普段は軽いテンションの彼女だが、いまは女王を思わせる双眸で、目の前で未だふざけた道化者を演じる男を睨み付ける。

 

すると、ナインは手を叩いて一人得心。

 

「ああそうか。 三大勢力の会談までに私を引き抜く心算だったんですか。 いやはや、思いの外焦らされているようだ、お疲れ」

「他人事よね、ホーント。 とにかくね、そっちの陣営にあなたみたいなのがいると面倒臭いんだってさぁ。 ちなみにこれはヴァーリじゃなくて他の派閥連中の言い分」

 

「私にとってはどうでもいいけどね」と付け加える。

 

「でもあんまり五月蠅いから、来ちゃった。 おとなしく捕まってくれたら、お姉さん嬉しいな。

ねぇ、おとなしくしてくれたら…………特別に――――」

 

―――――気持ちの良いことしてあげるから、一緒に来てよ。

 

その瞬間、黒歌の足元の影が爆発するように弾け――――ナインに殺到した。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ…………?」

 

「どうしたのですか、イリナ」

 

「ミカエルさま……」

 

「紅蓮の彼に繋がらないのですか?」

 

「はい…………」

 

「そう肩を落とさずに。 いまはもしかしたら取り込み中なのかもしれません」

 

「…………ミカエルさま、ナインは本当に天界側として会談に出席するのですか?」

 

「ええ、そのはずです。 だからこそ、会談前の顔合わせとして連絡を取っているのではないですか。 悪魔側も、堕天使側もそれは済ませています」

 

「そう……ですよね。 また後で掛け直してみます。 それでもダメだったら、直接会いに行きます」

 

「…………よかった」

 

「?」

 

「私が言うのも変ですが、異端追放された彼に、あなたは未だ嫌悪をしているのではと思いまして。

悪魔になった元戦士ゼノヴィアはともかく、これから会談に出る同じサイドの者同士で冷戦状態など、目も当てられませんから」

 

「…………ゼノヴィアのことは、もう言わないで貰えると……お願いします。 でも、ナインは人間なので会いたいとは思っています。 それに……」

 

「それに?」

 

「嬉しいんです。 また会えるって…………」

 

「…………恋、しているのですね、イリナ」

 

「………………」

 

「ふふ、そのように照れなくとも良いのです。 きっかけはなんであれ、恋とは胸の奥を締め付ける激情なのですから」

 

「うぅ…………」

 

「あなたの愛に祝福あれ。 神は不在なれど、皆見ています。

知っていますかイリナ。 神さまは、愛にはとても真摯に応えてくださるお方だったのですよ」

 

「…………はいっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………狭い」

 

そんなことを嘯いてリビングの壁を踏み壊しながら伝い走るのはナイン。 室内であるため、行動が制限されるなかで繰り広げられる逃走劇。

黒歌の影は、未だ無限に伸びて標的(ナイン)を狙い忍び寄っていく。

 

「気づいてる? このマンションはもう全部結界の中――――中からも外からも出られないし入れない。

人払いもさっきの同居人さんで最後だったし――――ねぇ!」

 

しかしやはり限界はあるのだろう。 影とともに移動してナインを追跡している黒歌がその証拠。

更に、スピードも達人級であると同時に変幻自在の動きをするナインに対して端正な顔を歪ませていた。

 

(影で縫い止めて、あとは嬲り殺し……だったのにねぇ、なにこれ)

 

両手からなんらかの波動を撃ち出す黒歌だが、動き回るナインの軽業はいとも容易くそれを避ける。

立体的に動き、且つ俊敏に足を滑らせるその芸――――荒唐無稽。

 

「…………どっちが悪魔だかわかんない」

 

影は追いつかず、ゆえに波動の弾も当たらずだ。 黒歌は怒り通り越して呆れていた。

 

無駄に周囲の物を壊しまくるだけで、標的には掠りもしない。

これが錬金術師? 私が思い描く錬金術師はもっと知的そうな、それでいて白衣を着ていて……。

 

だというのに目の前の男はなんだ? 冗談だろう?――――速すぎる。

目の色も先とは桁違いな金色だ。

 

「まぁ、狭いなら広げるのが常套ですよね」

 

そう呟いたのはナイン。 一瞬、走り回るのを止めて思考――――直後に物凄いスピードで壁に向かって走って行く。

その間両手を思い切り衝き合わせて錬成のモーション――――激突するその寸前だった。

 

「――――足裏に棘でも付いてるのかっていうのよ……!」

 

足をそのまま壁に噛み付かせる。 そう、噛み付くように壁に足の裏を引っ付かせたのだ。

それにより、ナインの体重を有り得ない方向から受けたことで踏み付けられた壁はミシミシと悲鳴を上げる。

 

一気に壁伝いに駆け上がり――――天井に、その手を触れた。

――――雷気が迸り激しく発光する。

 

「―――――っ」

 

刹那に爆音が鳴り響いた―――――轟音炸裂。

天井だったソレは、手軽な爆発物に作り替えられてド派手な花火と化す。

 

一部の天井は跡形残さず吹き飛ばされる。 その際にできた天井の空隙を見て、黒歌は片方の眉を上げる。

人一人通れるくらいの穴が作り出されたそこに、ナインはその穴に手を掛け、ぶら下がって確かめた。

 

「よし、行ける」

 

片方の腕力だけで自分の体を引き上げさせると、素早く上の階に飛び上がって行く。

一方で、つんざくような甲高い音は黒歌の鼓膜をキーンと揺らして一時行動不能に陥らせていた。

 

「~~~~~」

 

この場は逃がした。 しかしそれでいい、どうせこのマンションからは逃げられないのだから。

だが、別のところに黒歌は溜息。 塞いでいた耳を離した。

 

「ん、はぁ――――! なんであんな至近距離の爆発で自分は平気なのよ…………鼓膜おかしいんじゃないの?」

 

毒づくがすでにその場にナインはいない。

影を一旦己に収め、ナインの潜り上がっていった穴に自分も入り追跡続行。

 

本当はこんな手荒はしたくなかったと、今さらながらに後悔する黒歌。

それもこれも、あの派閥が悪いのだ。 自分はもっとロマンチックにこの男と踊ってみたかったのに、間が悪い。

 

(まぁ、私が進んで引き受けた役だし、文句は言えないんだけどね)

 

会談前に邪魔となる人物は捕縛するか消すかの二択だった。 もう一人、トップ以外で厄介な悪魔が学園の旧校舎に一人いると聞いたが、そっちはそっちで対処するとそう言った。

 

そう、数日後に開かれる会談は、武力反乱を背景に台無しにしてやる手筈なのだ。 もっとも黒歌自身は赴かないが、その分裏方で働くと。 自分はそういった役割に就いた。

もうすでに準備は整っている。

 

 

――――この男を除いては。

 

 

(ここまで引き延ばされるなんて予想外もいいとこにゃ~)

 

元囚人、元犯罪者。 ヴァチカンに繋がれていた錬金術師。

経歴、人間性すべてを見れば、何より誰より先にあちらを裏切ってこちらに付くと思っていたのに。

 

一番手間がかからなそうだと思っていた男が、直前までなんの反応も無しとは、想定外にも程がある。

破壊を望むのだろう? 爆発を望むのだろう?

誰彼構わず動く爆弾と化し、血肉で彩られた花火を鑑賞するマッドな花火師。

 

なのになぜだ、なぜ靡かない。 それともなにも考えていないのか、否、それは錬金術師にあるまじきことだ。

あの派閥にも苛立たせ、ヴァーリにすらも首を傾げさせたナインの不通。

 

「いつまで上ぶち抜くのよあいつ――――」

 

同じ穴を昇ると、その部屋の天井が再び穿たれているのを見て黒歌は苦笑い。 このマンションはテレビ局にも取り上げられたことのある高級なマンション住宅だ、階数は多い。 一体どこまで行くという。

 

「まさか…………」

 

ついに最上階まで来る。 七階の上。

見晴しはそこそこあるその屋上に、黒歌は給水塔に寄り掛かるナインを見付けた。

 

「やぁ、遅かった」

 

彼は薄く笑うと、給水塔の表面をコツコツ叩く。

片手を紅蓮のスーツに入れて、不敵に。

 

ここにいるぞと。 遅いぞノロマと、ナインにしてはらしくない挑発行為。

 

「…………ふ~ん」

 

乾いた音の後、黒歌は豊満な胸の下で腕を組み笑い上げる。 にわかに笑みを消して鋭い視線をナインに浴びせた。

 

「…………ヴァーリが言ってた赤龍帝の坊やよりは遥かに使えそうねぇ。 まぁ、だからこそこうして私に狙われてるわけだけど…………」

 

斜に構える黒歌から徐々に影が蠢き始める、牽制の序章――――

しかし両者未だに動かず。 手を差し出して妖艶に微笑みかける魔性の猫又。

 

「でも残念ねぇ…………あなたならねぇ私、良いコンビを組めると思ってたのよ? 比較的寡黙なアンタに、お喋りな私……バランス取れてるし、相性も良いと思うのよ……何よりね――――」

 

人差し指をその妖艶な唇にくっつけて、舌で舐め上げ誘惑する。

 

「好みのタイプね。 征服したいし、されてみたいとも思ってる。 征服欲ってやつ」

「…………それはどうも。 しかし私が自分で言うのもなんですが、悪趣味ですね――――あなた、男運無いでしょう」

 

言われて、表情が一瞬険しくなると、そのあとには肩を竦めた苦笑が帰ってきた。

 

「…………そうかもね。 でも、仕方無いじゃない。 そういう星の下に産まれちゃったんなら、それを受け入れて生きていくしか」

 

片手を鉄砲の形のようにして、ナインの胸元に合わせる。 片目を閉じて狙い定め―――撃ち抜く仕草で不敵に笑んだ。

 

「下手な鉄砲でも、数撃ちゃ当たるっていうでしょ? 日本の諺にあるのよ」

「くく…………ははっは――――カミカゼ主義かい。 相変わらず日本人はわけが分からない……が」

 

男運が悪いのは否定せずか、その潔さは賞賛に値しよう。

そう肩を揺らして小馬鹿にするように、だが――――

 

「気合いは認めます。 あなたが過去どんなことに遭いどんなことをしてきたのか……私には知る由も無いし興味も無いですがね…………」

 

給水塔から離れて歩き始めるナイン。 それを目で追いかけながら黒歌は身構える。

 

「幸薄い美女ほど、男の慰み者になる」

「―――――」

「――――叩きのめす。 その飢えた獣のような目……私をものにしたいというのならね。

その上まだ貫く信念を失わず持っていたなら、無論私はあなたの期待に応えよう―――――だから、少しギアを上げようか。 私もね――――」

 

瞬間、黒歌の目の前にナインが肉薄していた。

 

「女に犯されるなど、そんな情けないことにはなりたくないと思っているのですよ」

「ちぃ――――っ!」

 

風圧を伴いながら、両者の上段蹴りが交差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ…………」

 

水面下の戦闘がおこなわれるマンションの入り口に、栗毛の少女が立っていた。 ナインの家を訪ねてすぐに気づいたこの建物内で起きている異変に、彼女――――紫藤イリナは息を呑む。

 

教会で鍛えられた洞察力も相まって、さらにそこに聖剣エクスカリバーの一振り、「擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)」の力。 勘付かない訳が無かった。

 

このマンション住宅だけ、現世とは位層が若干ズレている。

 

「一体何が起きているの?」

 

浮かぶ疑問とともに、イリナはそのマンションに足を踏み入れた。

本来侵入できない結界の膜に――――完全に入り込んだその瞬間、屋上から大爆音が響いてきた。

 

何事かと屋上を仰ぐと、見知らぬ黒い和服を着崩した女と――――

 

「ナイン…………!」

 

高すぎてよく見えないが、見違えるはずもないあの赤服。

何よりこの地鳴り――――爆発による副産物が、屋上にいるナインによるものであると彼女に伝えていた。

 

「んっ!」

 

パシンと、自分の両頬を挟むように引っ叩くイリナ。

ナインに会える。 そう思って緩み切っていた自分の精神を立身させる。

 

「痛ったィ…………」

 

涙目で唸った。

 

少し加減が無かったか。 しかし、ジンジン痺れる自分の顔を奮い立たせ、すぐさまナインの居るであろう屋上に急ぐ。

何がどうなって、どうしてこんなことになっているか分からないけど、かつての同志が何者かに襲撃されているのなら助けよう。

しかし、いまのイリナには別の理由も頭にあった。

 

「…………遠くからでも解った。 はぐれだよね……しかもかなり高ランクの」

 

しかし直後、カチンと血管が少し浮き出る。

 

「あの女の人、なんであんなに露出多かったのよ、しかもスタイル良かったし…………そんなに、そんなに大きなおっぱいが好きかー!」

 

全速力で、階段を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

『好きかー!』

「む?」

「誰!」

 

下の階から聞こえてくる大きな声に、ナインと黒歌は一瞬凍る。 もっとも二人とも別の意味での硬直だ。

聞き慣れた声に苦笑いのナイン、結界を突破されていたことに目を細める黒歌。

 

両者は戦うのを止め、屋上の階段に注目していた。

白いローブを羽織った栗毛の少女紫藤イリナ。 黒歌は彼女の携える代物を見て驚愕する。

 

「まさか、聖剣使い? ヴァチカン――――」

 

はっとしてナインを見る。

 

「そう、彼女あなたの助っ人ってところかしら」

「さて、連絡を取った覚えは無い」

 

その答えに、黒歌は苛立つ。

ナイン一人になったのを見計らって来たというのに、予想外の来客。

しかも、噂に違わない聖光を放つエクスカリバー――――何より二対一、無勢か。

 

「だったらどうしてここが解るのよ…………ああもう、ただでさえ厄介なのに、こんなときに聖剣なんて、ついてないわねぇ!」

「そこの! 一体何してるのよ!」

「ここは退散に限るわね……」

 

ナイン一人に手こずっていた……否、少し押され気味だった黒歌は素早く判断。

さすがに二人相手はキツイと察すると、屋上のフェンスに手を掛けた。

 

「ナイン、大丈夫――――? あの女の人は?」

「彼女ははぐれだ」

「…………」

 

すぐにでも飛び降りて逃走できる状態になると、黒歌は笑みを投げかける。

その妖艶で、なにか女性としての自信を失いかけそうなフェロモンの濃さに、イリナは萎縮すると同時に、少しイラッとした。

 

もじもじと、口をへの字にしてナインを上目で睨み付ける。

 

「…………大きなおっぱい、好きなの?」

「それは現赤龍帝だ」

「でも見てた」

「それは彼女の服が崩れていたからだ――――あなたの思い込みだ」

「揺れてた! こう、ポヨンポヨンって!」

 

地団太踏むようにナインに捲し立てる。 まるでヤキモチを焼いているようにナインの顔を覗き睨んでいた。

そんな二人のやり取りを見た黒歌はにやける。 面白い玩具を見付けた子供の様に笑む。

 

ある、性質の悪い悪戯を思いついてしまった。

 

「もしかして、ナインのこれ?」

 

小指を立てる。 それにナインはくだらぬと一蹴するように首を横にゆっくり振った。

 

「私も何が何だか。 彼女がどうしてここに来て、どうして私に会いに来たのかは解らない。

して黒歌さん、逃げますか? 正直こちらは消化不良だが、ここで区切りというなら止めはしません。

元より女と戦うのはその、なんだぁ…………」

「?」

 

鼻で息を吐いて、肩を竦める。

 

「やりづらい」

「あら、ここにきてフェミニスト気取りぃ?」

「それは勘違いだ。 彼女と戦線を張るのが面倒臭いだけです」

「うわ、味方ディスってるし」

「あなたと踊ることに躊躇いはないのですが…………状況が状況ですし、やる気も失くした」

「間女が入って来ちゃったからにゃー」

「なんか私、いじめに遭ってる?」

 

表情を引きつらせるイリナ。 しゅんと小さくなる彼女を黒歌は一瞥すると、何を想ったかナインに近づいていく。

フェンスを離れてこちらに来る彼女を見て目を細めるナイン。 中断するのではなかったのか。

 

戦闘続行? しかし不可解。

 

「にゃーにゃー」

 

ナインの背中ですりすりとしなだれる黒歌。 先のような敵意と殺意がまったくもって感じられない彼女には、さすがのナインも攻撃する気にもならない。

 

また、この至近距離でもし意表を突いて来ようと、自分ならば対応できるとナインは確信を持って言えるのだ。

 

「隙あり~」

「――――――」

 

しかし、反応できなかった。

危機感はまるで感じないゆえの不反応、敵意も殺意も無く、一体どんな攻撃を仕掛けてくる!

ナインは遅れて身構えた。

 

殺気が、敵意が感じられない。 そんなバカな、この黒猫は、そんな妙術まで身に付けていたのかと、ナインは焦燥に駆られた――――が。

 

「しま――――」

「んー」

「あ」

 

……………………。

ナインは自分の頬に柔らかい、さらに瑞々しい感触が押し当てられるのを感じた。

隣には黒い和服の女。 正面にはイリナ。

これは一体どういう状況だ。

 

「んにゃ~ん。 意外に柔らかい」

 

徐々に柔らかい感触が頬から離れていく。 犯人は――――黒歌。

女性特有の潤沢な唇が……ナインの頬に押し当てられたのだ。

 

固まるイリナ。 対してナインは、

 

「…………ん?」

 

キスをされた頬に手を当てると、ナインは首を傾げて得意そうな黒歌に言い放った。

 

「…………何のつもりですか」

「動揺してるかにゃー? 成功? 成功かな?」

 

悪戯が成功した。 してやったり。

そう思ってやまない黒歌は嬉しそうにはしゃぐ――――ナインはその彼女の行動に苦笑い―――次いで、宙を仰いだ。

 

「なるほど、色仕掛けか。 これはなかなか効果的な手ですよ案外――――まぁ、」

「でしょ? 唇同士にもしようかとも思ったんだけどね、あんまり尻軽に見られたくなかったからにゃー…………唇が良かった?」

 

可愛らしくウインクする黒歌。

抜かしますね、とナインは笑い飛ばす。

 

「私に効くかと言えばそれは思い上がりですがね。 それに、そんな恰好をしていて、いまさらそう見られたくなかったとか…………あなたは出会った当初から遊女のような人ですよ、もう遅い」

「うわひどい。 というかそれより、なんで全然動揺しないわけ? 経験とかあるの?」

「さて、それはご想像にお任せしましょう」

「…………まぁいいや。 最後に楽しめたから、私帰るわね」

 

フェンスに手を掛けると、今度こそは飛び降りて行った。

術者である黒歌の不在により、自動的に現世に戻る。

 

ナインは未だに固まるイリナの首根っこを掴み、自室まで階段で降りて行った。




今年もよろしくお願いします。


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19発目 虚実交錯

だいぶ遅れまして申し訳ありません。


「紫藤さん」

「………………」

「なぁ」

「…………」

「…………参ったなぁ」

 

長身痩躯の赤服が頭を一つ掻く。

黒歌の奇襲は、戦闘中に入った横槍でとりあえずの終息を見た。

 

襲来してきた彼女の目的――――「ある」組織への登用、勧誘。 要は引き抜きである。

ヴァーリからの刺客として、そしてパイプ役として黒歌はナインの前に現れた。

 

そこに第三者である人間の介入により追い払うことに成功した。

――――本人は偶然だったようだが、結果的にいい方向に転んだと言える。

 

だが、「追い払う」というよりはあちらから「退いた」と言った方が正解だ。

ナインは息を吐くと腰に手をやって笑う。

 

「それにしてもさすが猫、逃げ足が速い。 脱兎でしたねまるで」

 

しかし、戦況を瞬時に見定め、不利を悟れば迷わず退却―――敵ながら見事な逃げっぷりだった。

かくしてその横槍の本人は、かつての任務――――聖剣奪還任務で行動を共にした栗毛の可愛らしい少女、紫藤イリナだった。

先ほどからナインが声を掛けてもそっぽを向いて完全に無視。

どうやら黒歌のキスが気に入らなかったのか、あからさまに鼻を鳴らして取り合わない。

 

気になる男の子が他の女と…………確かに付き合って無いし本人は自分に眼中無しといった具合だが。

やはり気に入らないものは気に入らない。

 

「むぅ…………」

 

そう考えるとまた頭に浮かんできた、ナインと黒い和服の女性の影がわずかに重なった瞬間を。

そうもやもやしているイリナをナインは横目に見る――――肩を竦めた。

 

「…………滅茶苦茶面倒くさいなぁ、これ」

 

この状況にもいい加減辟易してきたナインは、聞えよがしにそう言った。 すると、イリナの体がピクリと跳ねる。 

 

「…………」

 

一度涙目でこちらを一瞥したあと、またもやそっぽを向く。

 

ナインはそんなイリナの様子を見兼ねてソファーから立ち上がった。 面倒臭くはあるが、まぁあちらにも大事な用事があるのだろう。 仕方なくナインから話の口火を切るのだった。

 

「頬に口付けくらい、別になんてこともないでしょう、ねぇ」

 

明後日の方向を向く彼女の横に、ナインは若干の距離を開けて座り込む。

普段ならこの状況を他人事のように捉えた挙句、放置を決め込む姿勢を取るのだが、別に気になる事があった。

 

「!」

 

閑静な部屋に鳴り響く着信音。 可愛らしい音楽が始まると共にイリナは先にも増して体を跳ねらかす。

白いローブの中からごそごそと携帯を取り出すと、イリナの瞳が少し開けた。

 

「さっき電話を寄越したの、あなたでしょ? 紫藤さん」

 

声に気づきスッと振り向く。

ナインが自分の携帯の画面をイリナの方に向けて微笑していたのだ。

 

「やっとこちらを向いてくれた」

「…………!」

 

ナインが不敵にそう言うと、イリナの顔がみるみる内に赤みがかっていく。

湯気が出そうなほど頬を赤くする彼女は再び顔を逸らす――――が、

 

「おっと」

「あう」

 

阻止された。 ナインはイリナの華奢な顎を掴み、無理矢理向かせる。

なだめるのも面倒だと言わんばかりに。

眉を上げると、溜息を吐いてイリナを諭すように口を開いた。

 

「これ以上話を切り出すためのネタを考えるのは面倒なんで、機嫌を直しなさい」

 

まぁ、いっそ話を聞いて返答もしてくれるなら無理に顔を合わせなくても良いですよ、とやる気なさげにそう言うと、先と同じ質問をイリナに投げかけた。

 

「私にかけてきた用はなんですか」

「…………」

 

自分の顎から離そうとするナインの手を無造作に掴んだイリナは、ゆっくりと話し始めた。 徐々に力がこもっていく御手の抱擁――――ああ、また会えたと、イリナ自身気づかないが、その心の内では間違いなく再会を祝している。

 

そして口を開いて話し始める。

三大勢力首脳の会談のこと。 各勢力、会談直前に迫ったなら顔を合わせておくこと。

何より――――

 

「アンタと会ったのは、この話が決まる前だったから……私もその頃は、トップ会談に出席することになるだなんて夢にも思わなくて…………」

 

確かに、彼女とナインが最後に顔を合わせたのはヴァチカンで、しかも会談の件も未定だった。

実際かの地でミカエルと初対面をしてその旨を伝えられたときも、会談の日程どころか開くかどうかも決まっていなかったのが本当だ。

 

イリナの優しい手が離れると、ナインも自分の手を引っ込めた。

 

「なるほど、ミカエルさんの差し金ですか」

「差し金って…………アンタね」

 

大天使に向かってなんという言い草だろう。 世が世なら追放どころか処断も免れない話だ。

現在も信徒であるイリナも顔を引き攣らせてナインを見た。

 

「そういえば、現在のあなたの立場は如何なもので? どうやら加護は受け続けているようですが…………」

 

笑みから一転。 訝しげにナインはイリナを見詰めて詰問する。

会談に出席するならば、あのことも知っている上であろうことを前提にナインは話を切り出した。

 

まるでなんてこともないように、しかし問われた本人は死にたくなる程の苦痛。 信じたくない真実。

それをナインは、軽口でこう言った。

 

「――――神は死んだ、もう居ない」

「―――――ッ」

 

察したのか、イリナの顔は陰った。

 

「…………ミカエルさまから、直接聞いたのよ。 だからなのか、私は異端とされていない」

「色々と疑問点が浮上してきましたねぇ、まったくどうなっているのやら」

 

ソファーを立ち、首をコキリを一つ鳴らすとナインは続ける。

 

「神の不在を知った我々はその時点で即異端認定でした。 聖書の神が居ないことをですよねぇ紫藤さん?」

「え、ええ…………」

 

すると、口元を上げて笑う。

まるで爬虫類を思わせる口の裂け方に、イリナは生唾を呑み込んだ。

 

「こりゃおかしい。 知らされた内容は同じなのに、なんであなたに加護がある」

「ご、ごめん…………」

 

汐らしくなってしまうイリナ。 罪悪感か。

もしゼノヴィアにこのことを指摘されても、悪魔になったからでしょうと一蹴していただろう。

だがナインは違う、いまも――――人間、なのだ。

 

「別にあなたを責めるつもりはない」

「でも……ナインの言ってることは事実で――――」

「『加護』とは、人間にとっては素晴らしい付加効果でした。 光の剣を精製するにも、通常の拳銃に祓魔弾を装填、発砲するにも、どれもこれも、これ失くしては作り出せない代物だ」

 

疑問だらけだ。 「神の加護」は、聖書の神が直に信徒たちに与えているのではないのか、ナインはいままでそう思っていたし、教会でもそう習った。

しかし、いまこの現状。

 

神の不在を知ったゼノヴィアとナインは異端とされ、加護は無くなった――――普通はこの時点でおかしい。

 

「我々に『加護』を与えていたのは、聖書の神ではなく、他の者がそれを執り行っていた?」

 

神が居なくなった時点で、「加護」は消失するはずなのではと、ナインは推測。

しかし、イリナが熟考するナインにおずおずと横合いから話しかけた。

 

「…………し、システムがどうとか、言ってたと思う。 私もよく分からなかったけど、そんな単語が出て来たような気がしないでも…………」

 

その瞬間、すべての神秘のベールが外れてナインの中で何かが合致した。 同時に飛ぶように笑い始める。

そうかそういうことかと。

 

神の不在。 加護。 異端。 そしてシステム。

錬金術師であるナインにとって、最後のピースは、答えを教えているかのようにピタリと嵌った。

 

「ふふふあはは。 ふはっ、あはは…………アッハハハハハ、ふふ、ああなるほど」

「え、え…………え?」

 

突然仰け反ったと思ったら、向かいのソファーに勢い良く体を落としたナインに戸惑うイリナ。

人差し指を立て、その整った顔がイリナに接近する。

 

「要はこういうことだ。 『加護』を与えていたのは聖書の神であって聖書の神に在らず。

(うえ)にはそういった『システム』を司る装置がある」

「…………う、うそ。 『システム』ってそういう?」

 

しかし、違うと自分に言い聞かせながらイリナはナインの推測を否定した。

 

「…………う、嘘よそんなの。 『システム』はそんな機械装置みたいなものじゃ……なにかの喩えとか、そう、ミカエルさまたちがそう呼称している『力』とか、そういうものじゃないの!?」

 

すると、ナインは弾けるようにイリナから顔を離し、ソファーにふんぞり返った。

 

「機械装置じゃないにしても、そういった『物』が天界にはある。 考えてもみなさい、なぜ神が死んだ今でも『加護』は機能している? いま尚、あなたは与えられている? そして、私やゼノヴィアさんの『加護』を取り払えるのだ?」

 

考えれば、術者――――加護を与える者が居て、さらにそれが死んで居なくなったのならその業は消失するのが普通で――――

 

「死んでからも永続的に信徒たちに加護を与え続ける? ああ、それこそ奇跡の御業でしょうよ。 しかしだ、」

 

特定の誰かの信徒の加護を取り払ったり、そういったことをする辺り――――まるで操作しているようで。

 

「フリードも、はぐれになった癖にして尚も神の加護を受け光を生み出していました――――まぁ、これはいま思い出したことですがね」

 

神が居なくなったときから、明らかに加護をかける人選がおかしいことにナインは気づいた。

 

「悪魔の傷を回復できる力…………神の不在を知る者」

 

他の信者は知らない事実と、敵である悪魔への慈悲は、大勢に悪影響を及ぼしかねない。

アーシア・アルジェントと、自分とゼノヴィア。 もしそのシステムとやらをミカエルが操作維持できていなかった場合、十分に考えられることなのだ。

 

すると、イリナは俯いた。 栗毛が垂れ下がる。

 

「じゃあ……ゼノヴィアは、主が存在しない事実を知ってしまったから、追放されたの?」

「ああ、そういえばその件についてはあなたにお話ししていなかった」

 

イリナの肩に手を置き、ナインは口を開いた。

 

「ゼノヴィアさんは、件の内情を知ってしまったゆえに異端とされたのだ。 今でこそ悪魔になっているようですが、少なくともそうなったのは追放された後のことであって」

「―――――」

「考え無しの彼女のこと、きっと後先考えず自棄になって悪魔へと転生したものであると」

「…………私、ゼノヴィアが裏切ったと思って! なのに人間のナインに近づいてるのを見て、私…………!」

 

イリナは今度は、羞恥心に顔を紅潮させた。

ああ、自分は……かつての親友同志になんということを。 誤解とはいえ自分の中で悪魔であるというだけで吐き捨てるように扱っていた、恥ずかしい。

 

「悪魔のくせに、ナインに近づくなんて許さないって思って…………」

「すべては思い違い…………というかあなた、そんなこと考えてたんですか」

「だって……ナインは人間だし、悪魔や堕天使とは程遠いのに…………」

 

しかし、それは致し方の無いことだとナインはイリナに言い聞かせる。 それが信者にとっては「普通」なのだと。 呆れるように息を吐き、笑った。

 

「それが信仰心という名の呪いだ。

集団心理……いや、群集心理とも言うのかねぇ。

人間を治せるが、悪魔も治せる能力などおかしいと誰かが言った。

皆が知らない神の不在は、私たちごとき末端の教徒が知ってはならない事柄だと誰かが言った。

そうして思想というのは広まって行き、知らぬ間に彼らの鉄則のルールとして確立してしまうのだ、いやぁ、恐ろしい」

「ならアーシア・アルジェントも、あの信仰心は背徳からではなく、本当に主を信仰していただけ…………」

「でしょうよ」

「うわぁ…………」

 

両手で顔を隠す。

ナインはテーブルの上で両手を組み、含み笑いを零す。

 

ナインも人間、若い女同士の言い合いなど見たくない。 見て見ぬフリはやろうと思えばできるのだが、如何せん場所を考えるとそうもいかない。

余所でやれとも言いたくなる。 しかし自宅で年頃の女同士の冷戦、雰囲気が悪くなる一方である。

 

「揺るがぬ意志も良いですが、固過ぎるとあらぬ方向にいったとき修正が利かなくなるので注意をした方がいい」

「…………ん、そうする」

「お友達は大事にね」

 

パシパシと、彼女の背中を叩く。

何事も柔軟性は大事であるとナインは言うのだった。

そして、いま一番信頼できる異性の言葉である助言に、イリナも反省とともに頷いた。

 

「それと、少し大事なことが」

「…………なぁに?」

 

ツインテールを揺らして首を傾げる。 疑問符を浮かべるイリナに、ナインは正面から言い綴る。

 

「私、裏切るのでよろしく」

「…………は?」

 

意味が解らない。 話が変わったと思えば何を言い出す。

イリナは困惑しながらも笑ってナインの背中を叩いた。

 

「…………は、は。 なに言ってんのよバカ。 冗談もほどほどにしなさいよね」

「冗談ではないのですがね」

「はいはい」

「あー…………」

 

タタッ、と入口まで歩いて行くと、イリナは振り返ってナインに微笑んだ。

 

「これからも一緒。 首脳会談が終わったら…………問題無く終わったら、ゼノヴィアと一緒に近くのファミレスに行こうね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

マンション宅前。 夕方になろうと夏の暑さは当たり前のように健在。

にも関わらず、イリナはローブを、ナインは赤いスーツを、涼しい顔で着こなしたままエレベータを無言で降りた二人は別れを告げていた。

 

「それじゃあナイン、次は首脳会談の席で会お」

「ええ。 ですが本当に泊まって行かないのですか?」

「ええっ!?」

 

唐突なナインの言葉に、イリナは驚く。

ここまで見送っておいてそうくるのかと、イリナは困惑しながらもその実、胸がときめいていた。

冗談も冗談。 ナインの悪戯は性質が悪い。 そんなこと、いままで付き合って来て分かっているはずなのに。

 

イリナの脳内は期待と混乱で渦巻いた。

 

「…………嘘です」

「じょ、冗談…………そ、そうだよね、アンタがそんなこと自分から言うわけないよね、アハハ……ていうかからかったの!?」

 

しかし、イリナ自身期待はあったのだ。 任務の間だけだったとはいえ、ゼノヴィアと三人で居た時が忘れられない。

そんなことを思っていると、イリナは思いついたように帰路に付こうとする踵をナインの方向に返した。

 

「ごめんナイン、初めに言わなきゃいけなかったんだ」

「ん?」

 

ピッ、と、何かの札を投げ渡される。

水平に向かって行ったその札は、ナインの二本指で受け止められた。

 

「これは…………」

「明日、ミカエルさまが姫島神社に来てって。 アンタのことだから、場所はもう把握してるんでしょ?」

「はぁ、まぁ」

「じゃ、それ持って神社に入ってね。 …………ナインは、追放された身の上だから神社に張られてる結界内はキツイだろうからって」

 

語尾を少し伏し目勝ちになって言うイリナに、ナインは渡された札をポケットに仕舞いながら、問う。

 

「そんなに強力な結界なのですか」

 

すると、イリナは首を横にふるふると振った。

 

「入れないことはないけど、異端認定されたナインは、結界内に入ると色々と不調が出てくる可能性があるの」

「不調…………」

「頭痛がしたり、体のあちこちが痛んだり、とかね。 背徳者には特に効果てきめんみたいだから」

「ふーん」

「………………神を信仰してなかった自分には関係ないことだって顔してるんですけど、そこのところ」

 

ジトリと、目を細めたイリナはナインに詰め寄った。 なんだかんだと、やはり信者であるイリナ。

信仰心の無い教徒を洗脳…………もとい導く役目を持つ。

 

「背徳など感じない」

「ほらこれだよもー。 それでも、教会に所属してたっていう経歴は残ってるから一応それ持ってってってこと!」

「てってってってってー」

「ふざけない! てか話まだ終わってないのに帰らないでよ、ちょっとナイン!」

 

マンション一階の自動ドアが閉まっていく。 閉まる直前、ナインは涼しい声で言った。

 

「―――――有り難く使わせてもらいます、わざわざ伝言どうも、紫藤さん」

 

後ろ手で別れを告げるナインに、イリナは口をへの字に曲げた。

しかし、曲げたそれはすぐに緩んだ。 

 

「ナインに会えた……」

 

立場は変われど、いつもと変わらないやり取り。 無気力感満載の声音。

でもいつからだろう、その声を聞くと安心する。

 

ナインだからこそ、そんな低くノロそうな喋りにも愛着を感じる。 どんなにマイペースでも、実力が裏付けられているから安心できる。

 

「まぁ、それが怖くもあるんだけどねー、危ないこと好きだし」

 

――――強さとは、単純でいて真理でもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あら」

「やあ、姫島さん」

 

翌日。 夏の日照りを受けながら、階段の掃き掃除をする一人の巫女服の女性とあいさつを交わす。

その巫女姿の女性は、声にした方に振り向くと微笑してその男を迎えた。

 

神社特有の長い階段。 二人の間にある高低差により、男――――ナイン・ジルハードは巫女服の女性を見上げる形であいさつをする。

 

「おはようございます、今日はよろしく」

「こちらこそ。 あ、先に上がっていてください」

 

その返答に、ナインは苦笑して彼女―――姫島朱乃の横まで上る。

立ち止まって言った。

 

「一緒に来てくれないのですか」

 

私ここ初めてなんですが、とナイン。

 

「…………イッセーくんがまだですので」

「左様で」

「札、貰って来ていますか?」

「ん? ええまぁ」

 

行こうとするナインを、朱乃は呼び止めた。

札とは、昨夜イリナに投げ渡された例の物だ。 向き直ったナインは朱乃に疑問を浴びせる。

 

「あの鳥居の先、結界は張られていないようですが?」

 

教会然り、神聖な力場というのは存在する。 神社や寺もそれと同じように、人間外の不浄な存在の侵入は許さない。

しかし、ナインの感じたこの姫島神社というところを見たときの感想はというと――――何も感じない、と言ったものだ。

 

イリナの言うには結界が張られているものかと思っていたが、そうではないようだ。

そのナインの投げた問いに、朱乃は答えた。

 

「この神社は裏で特殊な条約が交わされているので、悪魔は通れるようになっていますわ」

「でも、異端者と悪魔は違う括りなんですねぇ。 異端者はこんな不気味な札持って入らなきゃならないなんて」

 

参りました~、とひらひらと札を出して遊ぶナイン。

その様子にあらあらと、笑顔で返す朱乃。

 

「それとこれとは話は別なのです。 不便でしょうが、どうかご容赦を」

「はーい」

 

ナインにしては素直に短く返事をすると、さっさと鳥居を潜って行った。

 

要は、この神社は悪魔は通れるよう契約を交わしはいるが、教会から異端と認定された者にとっては非常に入りづらいものなのだということだ。 なんとも差別的な扱いを感じるが、ナインはなんら問題ないような顔をしていた。

 

そのときだった。

 

姫島神社の上空に、目を覆いたくなるような光が出現――――それはゆっくりと降下していった。

 

「よろしく、大天使」

 

独り言――――ナインは笑みを浮かべてそれを見遣ると、階段の途中で止めていた足を、再び動かすのだった。

 

三大勢力、首脳会談前日。 場所は姫島神社。

会談前の前哨戦。 主催は言わずと知れた天使長、ミカエル。 次いでリアス・グレモリーの女王(クィーン)姫島朱乃。 兵士(ポーン)の兵藤一誠。

 

そして、元ヴァチカン法王庁直属の国家錬金術師。 異端認定の規則に基づいて、称号剥奪を余儀なくされた錬金術師、ナイン。

 

――――前座が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァーリ、あの話は滞りなく進んでいるのですか」

 

「珍しいな、今回の会談襲撃の首魁がわざわざ俺の前に」

 

「御託はいいのです。 それよりも、」

 

「分かっているさ、”紅蓮の錬金術師”ナイン・ジルハードの引き抜きだろう?」

 

「では――――」

 

「――――無理だ」

 

「…………なぜ」

 

「俺も正直驚いた。 まさかああいう奴に限ってああも身持ちが堅いとは予想外も甚だしい」

 

「…………」

 

「そんな怖い目で見るな。 真面目にやったさ」

 

「あなたは戦いでしか己を見出せない男、そして、満足しない男。 いち錬金術師の引き抜きなど熱心に取り組むとは思えないのですが」

 

「そんなに引き抜きたい割には小評価なんだなぁ、よく分からんよ、お前たち旧魔王は」

 

「黙りなさい! その呼び名で呼ぶな!」

 

「蔑称だったか、悪いな」

 

「…………その男、教会に不満があって先の爆破事件を引き起こし、大量虐殺をおこなったと聞いています。

ならば、三大勢力がこれからやろうとしていることにも不満を持つはず。 ミカエルのお抱えになったようですが、忠誠心はまだ落ち着いていないと思ったのです」

 

(俺はその前から目を付けていたから、なんてことは言えないな。 下手なことを言うと面倒臭そうだ。

それにしても浅慮だな、教会に不満があったから三大勢力にも不満を持つなど、なにを根拠に言えるのだ)

 

「奴らが会場にする建物を吹き飛ばす役を担わせようと思ったのですが、この調子だと当日までに間に合いそうにありませんね」

 

「先日、俺の仲間をナインに遣った」

 

「…………それで」

 

「まぁお察しの通り失敗、だよ」

 

「殺しましたか」

 

「いいや」

 

「誰を遣わしたのですか! 半端な者を遣わしたのなら、それこそあなたの采配も程度が知れると言う――――」

 

「黒歌だ」

 

「―――――っ」

 

「あいつを遣っても、説得どころか殺すこともままならなかったそうだ。 互いに思わぬ増援が来たのもあったが、それを差し引いても、黒歌はナインに100%勝てん」

 

「…………」

 

「もっと話そうか。 色仕掛けもおこなったみたいだぞ。 俺にやったときのように――――いや、本人はそれ以上に気合いを入れてヤったと豪語していたが、それも失敗。 一国が一国を謀るも良し、攻めるも良し、だが、女で釣るのは一番の愚策――――という言葉があったな、それだな」

 

「…………!」

 

「あれはただの人間じゃない。 悪いことは言わん、お前たち旧魔王はあの錬金術師からは手を引いた方がいい」

 

「言われなくてもそうします。 猶予がありませんからね」

 

「…………引き抜く事に成功したらしたで、使い捨てにされるのはむしろお前たちの方だったかもしれなかったから、いい結果に転がったのかもしれんな」




やっとナインくんのアナザーウェポンを思いつきました。 賢者の石ではないにしろ、それと並び立てるくらいの武力を持った武器を我らが大天使ミカエルさんから贈呈させたいと思う。
ただし、リーサルウェポンは変わらずボム技。 ボムギ

次回の更新もだいぶ後になると思います。

次回、イッセーくんと朱乃さんと膝を交えてお話し、です。 あああとミカエルさんね。


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20発目 牙断

非常に長くなってしまいました。 ごめんなさい。

それと、前回評価してくれた方、またコメント評価してくれた方ありがとうございます。



「改めまして……来てくれて嬉しいです、ナイン」

「まぁ約束ですし、ね」

 

正面のミカエルに対してそう言いながら、畳に左足から膝を下ろして着座する。

和風な造りの部屋―――ここは姫島神社の堂内。 ミカエルから話があるからと数日前から予定していた会合であるが……ナインは些かに心躍っていた。

 

「ナインが居るなんて聞いてなかったぞ、驚いたぁ…………」

 

朱乃に案内されてきた一誠が同じように座した。 彼はナインのすぐ右隣――――この一人と二人に挟まれるように座すのが、この神社を取り仕切っている姫島朱乃だ。

 

「申し訳ありませんわ、イッセーくん。 報せることができなくて…………」

 

ナインがこの会合に出てくることを知らされていなかった一誠に、朱乃が申し訳なさそうに言う。

すると、ミカエルが苦笑した。

 

「無理もありません、赤龍帝の方は急に呼び出してしまいましたから」

「え、ナインは事前に知ってたんですか?」

 

そう一誠が疑問符を浮かべると、頷いた。

 

「ええ。 ヴァチカンに帰国していた時、私が呼び止めて……取り付けるのにだいぶ神経を使いましたが」

 

若干呆れたようにナインを流し目で見るミカエル。

 

「私も意外と譲歩していたのですがねぇ、実は苦労人な大天使でした」

「他人事ですね、ナイン。 あなたのような優秀で危険な人材が下野することが、一体どれほど恐ろしいことか…………」

 

ミカエルは、ナインの気質は解っているつもりだった。 欲を満たしてくれるなら、たとえどんな人物にでも力を貸しかねない。

ならばその前に掴まえておいた方が、後々の憂いを拭うことができる。

 

合理的。 しかしもっと恐ろしい事に、ミカエルのそういった考えを、ナインはすでに看破しているのだ。

だからこそ、贈り物とやらにあえて釣られた。

 

満足させてくれるなら、天使にでも悪魔にでも堕天使にでも力を貸そう、尽力しよう、と。

なんという傲慢かと思うが、それは能力の高低に伴った条件だった。

 

「はいはい、分かってますとも。 私のような前科者が、悪の組織やら殺し屋やらに入ってしまったら困りの種になるでしょうから」

「…………お願いですから、冗談でもそのような選択はしないでいただきたい――――むしろ選択肢から消して欲しいところです」

 

コカビエル以上に危険で強い者が在野になれば、どの組織もアプローチをするために引っ張り合いをするだろう。

そうなればもちろん、引きの強い組織が抜き取っていく。

 

「…………アース神族か……ヴァン神族か…………それとも他の神話体系か……」

「専門用語並べられても私はピンと来るはずないんですが」

「どちらにせよ、あなたを他に遣るわけにはいきません」

「………………」

 

いつの間にかナインの腕を取っていたミカエルは、他二人のことは蚊帳の外に彼に微笑んだ。

 

「そ、そんなに惜しい人材だったら、異端にしなければ良かったんじゃ…………」

「それは言わないでください、兵藤一誠。 止むに止まれぬ事情があったのです」

「まぁ、それはそうと」

 

腕を引くと、ミカエルは手を離した。 本題に移ろうとナインは自分の座布団に。

そして次に、若干引き攣った顔の一誠に片方横目を開いて視線を向けた。

 

「兵藤くんにも来てもらっているのです、彼にも何か用立てがあって呼んだんでしょう? 私のことはその後でいい」

「……………分かりました、ではナインは赤龍帝の次に」

 

そう言うと、手の甲を裏にした。

それは何かの合図のような短い動きだが、次の瞬間に一誠の目の前に眩しい光が出現した。

 

「―――――」

 

何も無い所で黄金光が堂内を照らし埋め尽くす。

止んだ先に有ったのは一本の剣。 西洋風の剣は、一誠の気持ちを一気に引き締まらせた。

当然だ、なぜならこの剣の名は――――

 

「これは龍殺しの剣――――アスカロンです、兵藤一誠」

「あ、アスカロン…………?」

 

疑問を浮かべながらも、この得も言われぬ悪寒と、緊迫した雰囲気を持った剣を目視した。

ゼノヴィアの持つ聖剣デュランダルには遠く及ばないものの、チクリとした感覚を覚えるのだ。 しかも、目視する目が痛い―――おそらく気のせいではなく、これは正真正銘、対ドラゴンの聖なる兵装なのだ。

 

「龍殺し……”ドラゴンスレイヤー”とも呼称されています。 龍退治を生業とする者、またはそれに関連する武具の総称です」

 

肌に感じる波動はそれが原因か――――一誠は心の中で呟いた。

心中穏やかでない一誠に、ミカエルはお構いなしに話を続ける。

 

「実はこの剣、あなたに差し上げようと思って持ってきたのです」

「え…………?」

「あなたのブーステッド・ギアに同化させると言った方が正しいでしょう。 刀剣類の扱いに慣れているならば単品揮っても何ら問題はないのですが」

 

体作りもまだ未熟。 そもそも、殺し合いに慣れるほどの剣戟を経験したことのない一誠にとっては愚問だった。

 

「…………」

 

剣ならあいつの方が……と、同眷属で金髪の美少年の顔が浮かんだ。

 

「歴代の中でも最弱と噂されるあなたにとって、これは良い補助武器になるかと思いましてね」

「ぐさっ」

 

指で頬を掻く。 図星だが、いざ正面切って言われると堪えるものがある。

 

分かってるんですけどね~とぶつぶつ言う一誠だが、その後に疑問を投げた。

 

「でも、なんで俺なんかにわざわざ…………」

「大戦後、大規模な戦こそなくなりましたが、ご存じのようにああいった小規模な鍔競り合いは、未だに続いています」

 

一誠は思い出す、コカビエルとの戦いを。

そしてそのときのナインの言葉も…………同時に得心した。

 

『あなた一人が騒いだところで、何も起きない。 結局のところ、こんなのはただの小競り合いに過ぎないんですよ』

「ナイン、やっぱお前解ってたんだな」

 

にやにやしながら自分の手の平をさする変人が横に居た。 まったくもって話しを聞いてない、自分の用しか興味が無いのか。

しかし、否だった。

 

「分かっていましたよ。 堕天使の一幹部が、一個大隊にも満たない烏合の集団を引き連れて騒いだところでなにもならないのだ」

 

ナインは弄る手は止めず、唐突に喋り始めた。

 

「問題なのが、そのわずかな火の粉が燻っていつまで経っても解決されないことだ。

今回、私が特例で豚箱から出て来れたから良かったもの。 事前にそういった不穏分子を潰せていれば、あんな大結界を張る事にもならなかったんですしねぇ」

 

人間界大迷惑だぁ、とおどけて言った。

 

「耳が痛いですね。 その言葉、胸に留めておきます」

 

普通なら、若造が何を言ってる、と大人の事情というのを突き付けて押し黙らせられるのだが、ミカエルはそうしない、できない。

 

コカビエルを止めたのはこの男。 斃したのもこの男。

結果、冥界からの援軍は戦後処理をするに止まった。 アザゼルが放ったヴァーリも、もはや用済みに近かった状態だ。 何も言えない。

 

「まぁ、今回の首脳会談は、私からしてみれば”やっと”といった感じです」

 

いつまで互いに利の無い消耗戦をやらかすつもりだ、と。 ナインは言う。

 

「前々から話はあったのですが、遅々として進まず……結局ずるずるとここまで来てしまいました」

 

慧眼畏れ入ります、ナイン・ジルハード、とミカエルは自嘲気味に笑った。

 

「しかしここに来てきっかけを見出すことができたと」

 

にやりと、ナインはほくそ笑んだ。

 

「はい、そこで赤龍帝です。 いわば、あなたが現れてくれたおかげで、膠着していた話を進めることができる」

「俺…………?」

「大戦中、一度だけ皆が手を取り合ったことがあります」

「!」

 

――――二天龍の出現による戦場の混迷。

天使、堕天使、悪魔の戦争中、横槍どころではない大迷惑な大喧嘩を始めた二匹のドラゴン。

これは戦争などしている場合ではないと、三つの勢力は一時的に停戦――――共通の敵を得たこの三大勢力は、協力してこの二匹のドラゴンを攻撃している。

 

「あのときのように、再び手を取り合えるようあなたに……赤龍帝に、いわば願をかけたのですよ」

「貰っといたら? あなた弱いですし」

「う、うっせナイン」

「イッセーくん、ここはありがたく頂戴しましょう?」

「あ、朱乃さんがそう言うなら…………」

 

相変わらずの色ボケに、ナインはやれやれと肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は、ナイン…………」

「さて、どんなものをいただけるんですかね。 実は結構楽しみだったりします」

「ご期待に沿えるかは分かりませんが……」

 

アスカロンとブーステッド・ギアを同化させた一誠のその後に、ついに自分の出番がやってきたと心躍らせるナイン。

すると、鈍く発光する物が再び目の前に現れる。 不思議そうに見るナインは、徐々に目を見開いた。

 

「…………錬成光?」

 

バチバチと、青色の電光がうねる。 蒸気なのか煙なのか分からない濃霧の先に、その”贈り物”とやらは顕現していた。

 

「…………短刀? いやいや、これは……ナイフ?」

 

アスカロンの出現時とは違い幻想的な雰囲気は一切無い。 濃霧が晴れた後は原始的に、それは置いてあったのだ。

その形と大きさに合わせた刀掛台に一本のナイフが掛けてある。

 

「どうぞ。 刃先を覆っている布は霊的加工がされてあり、鞘の役目をしています」

「これはどのような用途で?」

 

用心深いナインは手に取る前にミカエルに問いを投げる。

 

「それは、古代の錬金術師が使用していた刃物」

「へぇ…………」

 

まだ手に取ろうとしないナインを、一誠と朱乃は不思議そうに見る。 なんの変哲もないナイフなのに、どうしてそう手に取ろうとするのを拒むのか。

石橋は、叩いて渡る。 ナインらしくないが、得体の知れない物ならこの警戒は正解だろう。

 

「ナイン、とりあえず手に取ってみてください。 なに、そう警戒するような事は起こりません」

「ふむ……」

 

ナインがそのナイフの柄に手を掛けたその瞬間だった。

 

「うわっ」

「あっ」

 

握り締めたその直後の出来事だった。 安全布として巻き付いていたミカエルの曰く付きの布は、ナインが柄を握り締めたことで解き放たれた。

独りでに布が蠢き、解かれた黒い布は握り締めた方の手首に瞬く間に絡み巻き付いてしまった。

 

ミカエルが目を瞑る。

 

「契約は成立です。 これであなたはそれを思うように使えます。

ちなみに、錬金術の法を知り、更にその術を自在に扱える者にしかそのナイフの安全布は反応しません」

「なるほど……」

 

そのナイフを掲げて光に照らし見るナイン。

その刃の鋭さ、厚み、刃渡りからして十分に物理的殺傷力もありそうだが、錬金術師が扱っていた、と言った点がナインは気になった。

 

「錬金術を補助する役目も持っています。 そのため、どのような場所でも錬成陣を描けるよう通常の刃物よりも鋭さを増しています」

 

聖剣にも比する切れ味で作られた物ですしね、と、さらっととんでもないことを口走るミカエルに、ナインは眉を顰め、朱乃と一誠は声を上げて驚いた。

 

「その名品……名を『牙断』と言います。 なかなか洒落た名称でしょう」

「なるほど」

 

黒い布にナイフを再び納刀させると、腰に差しながらナインは苦笑する。

 

「…………こんな得物など久しぶりだ」

「…………」

 

感慨深げなナインに、ミカエルは目を細めた。

 

「錬金術を殺しの術として使う事は、当然ながら忌避されていた。 更に私の趣味も相まって、対悪魔等の武装は皆無に等しかった」

「そういえば…………」

 

一誠はまだ浅い過去の記憶を探ってみた。

あの白髪の神父、フリード・セルゼンを思い出す。 ゼノヴィアとイリナの姿も脳内で再認する。

いずれも聖剣、ないしは特殊な兵装でかつて自分たちを苦しめた。 そしていままでも悪魔と相対してきたのだろう。

 

だというのに、ナインだけは装備も何も無かった。

徒手空拳といえば強そうだが、人間が悪魔相手に肉弾戦をしようものなら、少しの衝撃で肉体が千切れ飛ぶのが普通というものだ。

 

武器はそう、爆発の錬金術ただ一つ。

考えてみれば、普通の人体となんら変わらないナインも、十分危険域に身を晒しているのだというのが解る。

 

「お前、実は滅茶苦茶危ないことしてきたんだな」

「それはいまさらだ、人外との戦いの場に安全なところなどどこにもない」

 

まぁともあれ、とナインはミカエルに向いて改めて礼を述べた。

 

「あなたが出席してくれることに比べたら、なんでもない物です」

 

それと、とミカエルは続けてナインに微笑みかけた。

 

「話は変わりますが…………」

「はい?」

「イリナのことです。 彼女はあなたに大変ご執心のようす。 良ければ、ゼノヴィアと同様、分け隔てなく面倒をみてあげてはくれないでしょうか」

「…………善処はしましょう」

 

面倒とは、随分と真摯に彼女らを気にかけているようだ。 仲違いのことを気にしてのことなのだろうが。

 

「では、これにて私の用件は片付きました。

ナイン、そして赤龍帝兵藤一誠。 後日、学園会議室でお会いしましょう」

「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」

「?」

 

咄嗟に声を出したのは一誠。 思い出したように唐突に。

 

「あの……俺、あなたに聞きたいことがあるんです」

「…………申し訳ありません。 生憎、いまは時間がありません。

会談の場か、その後でも良ければ伺いますが」

「必ず、お願いしますっ」

「ええ、約束します、兵藤一誠」

 

ミカエルは消え去るときも、現れたときのようにその身を輝かせて去って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………さて」

 

膝に手をやって立ち上がると、ナインは用済みとばかりにその場を後にしようとする。

事実はもとより、ミカエルの贈り物を受けたらさっさと去るつもりだった、長居は無用。

 

「もう行くのかよ、ナイン」

 

まだ座り込む一誠に呼び止められた。 するとナインは、腰の物を叩いて言った。

 

「これを…………家で改めて見て、研究したいのですよ。 実際に使ってみなければ実感が湧かないでしょう?」

「お、おま! 変なことは止めろよ?」

「ここであなたを試し斬りにしても良いのだが――――」

「それを止めろって言ってんだー!」

 

冗談です。 ナインは息を漏らして堂の外に出て行く。

いそいそと神社を出て行こうとすると、見知った女性と神社の階段で鉢合わせたのだった。

 

「ナインじゃない」

「ああ、グレモリーさん。 こんにちは」

 

そしてさようなら、と会って間もなくリアスの横をすれ違おうとすると、スーツの裾を引っ張られた。

 

裾を引っ張る。 可愛げな仕草を想像するが、断じて違った。 そのような甘い雰囲気は一切無い容赦の無い引き。

 

「なんでそんなに急いでいるのよ」

「そういうあなたはなんで私を引き止めようとする」

 

引き止めるというか、引き倒すに近かった。 痛くはなかったものの、リアスがナインのスーツを引っ張ったことにより階段に尻餅を突いてしまったのだ。 そしてやんぬるかな、尻餅を付いたナインが見上げた先にあったものが、さらなる災難へとナインを誘った。

 

「…………」

「イッセーと朱乃はまだ神社に居るの―――――って、どこ見てるのよ」

 

スカートを片手で抑えると、無表情のナインはその姿を見てコメントをした。

 

「あなた、スカート短いですね」

「…………それ以上言ったら思い切り突き落としてあげる。 このながーい階段を転がり落ちなさい」

「そりゃ理不尽ってもんですよ」

 

そもそもなんとも思っていない、と女心も解らないどうしようもないこの男は尻の汚れを払って立ち上がる。

相変わらずの無反応に調子を狂わされるリアスは、振り返って今一度自分のスカートの中身を見た。

 

「…………イッセーもなんとも思わないのかしら」

 

ぶんぶんと顔を横に振り払ってスカートを戻す。

 

「そんなことないわ。 この男がおかしなだけ、そう。 イッセーは私の水着にも見惚れていてくれたし……」

「聞こえてるしね」

 

はっとしたリアスは、ナインを見たあと、階段を見下ろした。

 

「…………ナイン、私をこの階段から突き落として頂戴。 頭を打てばいまの全部忘れられるかもしれないわ」

「私が覚えてるしねぇ」

「じゃああなたが頭を打って」

「それは勘弁してください。 というか天然だなぁ」

 

苦笑するナインはその場に座り込む。

 

「兵藤くんと姫島さんならばまだ神社の堂内に居ますよ。 お茶程度のことでしょうが、気になるならば行けばよろしい」

 

座りたいなら座れ、行きたいなら行けと。 ナインなりに考えた対応。

よく整備されている神社の階段に座るナインを一瞥するリアスは、ややあって。 

 

「………………」

 

一度神社の方角を見て、しかしリアスは振り返る。 ナインと少し離れて同じ段に座った。

 

「ほう…………」

「なによ……」

 

ニヤリとしてナインは肩を竦める。

 

「いやなにあなたのことだ、すぐにでも彼に会いたいと、ゆえにもう行くと思ったのですがね」

「…………あなたにこんなこと話しても仕方無いと思うけど」

 

話す前にその言い草か、という文句をナインは呑み込んでリアスの言葉に耳を傾けた。

 

「最近になって思うの。 イッセーは私をどう思っているのかって」

「ああ、そりゃ確かに私に話しても仕方のないことですね」

「でも聞いて! 誰かに言わないと気が済まないのよ!」

「はいはい」

 

それから延々数十分話していた。 終始ナインは相槌で、時々肯定の言葉をかける。

 

名前で呼んでくれない。 最近朱乃が一誠に積極的になっている。

 

取り残されるのではという恐怖。

 

だが内容が内容だ。 ナインにとって本当に関係の無い話であったがゆえに、否定も肯定もどちらでも良かったのだが、面倒にならない肯定をえらんだのだ。 意味は無い。

 

ただ、気になった。

 

「なんで私に話そうと思ったんですか?」

「あなたは紫藤さんやゼノヴィアに想いを寄せられているわ。 恋愛相談するにはいいかなって思っただけよ」

 

他の眷属にこんな恥ずかしい話を暴露できるわけがない。

 

「なんで私が恋愛相談なんか受けてるんでしょうねぇ。 では逆に、私などにあなたの秘め事を聞かれて平気なんですか」

「それは…………分からないわ」

「なんだそれ」

 

しばらく続く沈黙。 それを打ち破ったのは、ナインだった。

 

「あなたは押しが弱い、これに限ると思います」

「…………」

「話に聞く限り、あなたはただの独り相撲をしているに相違ない。 気づいて欲しいならばそれなりに、そう、その姫島さんのように積極的に行く。 あなたの場合、もしかしたら、周りから見れば事を急きすぎなくらいに彼に当たらなければ無理なのではと、思う」

「そう…………」

「そう! 私のように、積極的に研究に研究を重ね、没頭し、素晴らしい花火を――――」

 

一気に横道に逸れた恋愛話に、リアスはゲンナリ。 しかし、気を取り直してナインに向いた。

 

「ありがとう」

「だが、いまはあの二人の間に入るのが怖い」

「!」

「そんな顔ですね」

「だって……あの二人、最近すごく仲が良さそうで」

 

また振りだしだ、とナインは呆れるように立ち上がった。 こんな無駄な時間を過ごしていてはまずい、家に帰って早く――――

 

「あのー、ちょっと?」

「なにかしら」

 

ずるずると階段を逆戻りするナイン。 リアスに手を引かれて用済みのはずの姫島神社に再び足を運ばされる。

ナインの意外に的確なアドバイスに救われたリアスは、階段を昇り切るとナインを先頭に背中を押し始める。

 

「お? ちょっと押さないで。 ねぇ―――」

 

やがて仕方なくといった具合で聞えよがしに舌を打ち頭を掻く。 最もそうなことを言ってしまったから”あて”にされてしまったのだろうことをいまさら後悔したナインは、不安そうなリアスの前に立って先導する。

 

そこに、最悪のタイミングでよからぬことをしてそうな声音が聞こえた。 なんだそれはと思うだろうが、とにかく”よからぬこと”だったのだ。

 

『イッセーくん、私のこと二人きりのときは、朱乃って――――呼んで欲しいわ』

『あ、あ、あ、あ、朱乃さん!? こ、こんなの! 人が来たらどうするんですか!』

「…………」

 

ごそごそと身じろぐ音がより卑猥に聞こえる。 襖の向こうで一体全体なにがおこなわれているのか。

ナインはスッとリアスの顔色を窺う。

 

「これは、まだまだ先は長そうだ」

「ナイン」

「はいはい」

 

リアスは、まったくの無表情でナインの肩を掴んだ。 しかし無表情とはいえ、ナインには分かる。

これは戦士の目だ。

 

ここで一つ一誠にガツンと言えば、この三人の状況と立場が良い方向に変わるだろう。

自分の先の助言も少しは役に立ったのだと得意げになった。

 

「あなた、私をここで抱きすくめて頂戴。 そして、襖の向こうに突撃」

「はいはい…………って、は?」

 

ぐい、とリアスの体がナインに肉薄していく。 なんだそれは。 どうしてそうなる。

肩方の眉を釣り上げて訝しむように彼女の顔を見ると、悔しそうに歪んでいた。

戦士の目じゃなかった。 戦死した者の目の間違いだった。

リアスの爆弾発言に、しかしナインは冷静に突っ込んだ。

 

「いや何言ってるんですかあなた。 冗談じゃない」

「あなたをダシに使うわ」

「最低ですね。 というか――――リアス・グレモリー、あなたの利益になるとは思えないのだが」

「いいからいくのよっ」

「あらー」

 

半ばヤケクソなリアス。

襖をぶち破りながらナインを思い切り押し倒した。 頭を掻きながらも倒されるナインは、むしろ滑稽に見えるほど冷静で平静を保っている。

 

「うぇぇええっぶ、ぶぶぶ、部長!? と、ナイン!? なんでここに…………つかお前帰ったんじゃ」

「あらあら……」

「やぁ」

 

文字通りお手上げ状態のナインは、仰向けで一誠と朱乃に手を振った。 ユニーク過ぎる。

そして視界に入る衝撃の光景。 一誠は呆気に取られながらも脳の思考機能を総動員する。

 

ナインの胸に収まっていたのは、憧れの愛しの主、紅髪と大きなバストが魅力のリアス・グレモリーその人だったのだから驚きを隠せない。

 

「こ、これって…………え、どういう状況?」

 

すると、リアスはうつ伏せから立ち上がる。 同時にナインも立ち上がる…………いや、引っ張り上げられた。

 

「部長…………?」

 

ぷるぷると震えるリアスは、意を決して再びナインの胸に収まった。 当の本人はゲンナリして本当に迷惑そうにしているが、一誠にはそれは見えなかった。

 

「イッセー、あなたが朱乃とそうなるなら…………私は、は…………な、ナインとこうなるわっ」

「いやどうにもならないでしょうこれは」

 

ナインをキッと睨むリアスは、すぐさまその場に座り込み、朱乃と一誠の前に佇んだ。

 

「ひ、ひ、膝枕だって、イッセーがして欲しいって言ってもしてあげないんだから!」

「力つよ…………」

 

これが女の出す力なのかとナインは感心する。 頭を無理やり膝上に打ち付けられたナインは、仕方無いのでしばらく大人しくすることにした。

 

もういっそこのまま寝て時を過ごすというのも悪くないと本気で思っていたのだが、リアスの悪魔としての怪力が頭を圧迫してそれどころではない。

 

「イッセー…………」

「は、はいっ」

 

圧迫が弱まったところで、リアスの剣幕もとりあえずの終息を見た。

静かなる気炎を含んだリアスの呼びかけに応じ、脊髄反射で直立に起立する一誠。

 

「いつも思っていたことだけれど」

「は、はい…………」

 

横たわったまま、ナインは朱乃と目が合った。

やれやれと目を閉じる。

 

「朱乃は、副部長だけど、『朱乃』なのね」

「はい」

「じゃあ私は…………」

 

その瞬間、朱乃はハッとして一誠に向いた。

同じ女であるゆえに、気付くべくして気付いたリアスの心中、心痛。

自分はこうしていてはいけないのでは(・・・・・・・・・・・・・・・)という。

 

「部長、なのね」

「は、はい! リアス部長です!」

「―――――っ」

 

突然始まった問答に始めはきょとんとしていた朱乃だったが、雰囲気がおかしなことに気づいてしまった。

イケない! と思ったときには、朱乃はナインをリアスの膝枕から引いて退かした。

 

「…………今日は女運が悪いですね」

「あらあら、女性の膝の上に一日に二回も頭を乗せることになるなんて、良い、の間違いではありませんか?」

「どうだかね」

 

無言で立ち去ろうとするリアスに、一誠は慌てて追いかける。

姫島さんに振り返らなかったのは評価しましょうか、とナインは内心一誠を少し褒めた。

 

関係する若い男女が奇数並ぶと、どちらの性別が多いか少ないかを問わず、碌なことにならないのだと、ナインはこの三人を見て心に思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ以降、結局ナインは、一誠とリアスが帰った後に堂内で朱乃と二人になった。

 

「綺麗な巫女さんに茶を淹れてもらうことになってしまいました」

「お嫌でしたか?」

「別に、ただ」

「ただ?」

 

朱乃の淹れてくれた茶を、ぐいと一気に飲むとナインは溜息。

 

「女の人に優しくするのは結構ですが、誠実さがどことなく欠けているというかね」

「…………イッセーくんのことですか」

「まぁね」

 

軽口で笑いながら、二人が帰った道に視線を映す。

 

「それにしてもあなた方は本当に絆が深い」

「…………」

 

もうすでに暗くなった空を見て、頬杖を突いた。

 

「私はあのとき、リアル略奪愛を見ることになると思ったのに、あなたは簡単に引き退がってしまいました。 あれは勿体ない」

 

リアスからナインを引き剥がすことで、あの状況で最悪の展開になることを防いだ朱乃の功績は大きい。

あのときのリアスは平常心を保てていなかった。

 

「もしかしたら、私がいなければあんな事態にならずに済んだかもしれない」

 

ナインがいたから、リアスは朱乃と一誠の仲に妙な対抗心を燃やしてしまった。 ナインはただの被害者だが、下手をしたら面倒な関係に巻き込まれていた可能性もあった。

 

「あなたは何もしませんでしたね。 リアスに膝枕をされたときだって、抱きつかれたときだって……」

「正直嫌でしたけどね」

「それじゃあどうして」

「人の心の葛藤を間近で見てみたい」

「!」

 

ナインは立ち上がり、帰り支度を始める。

 

「爆弾みたいなんですよ、ヒトの心は。 燻って燻って最後に盛大に爆発するようなね。 それは我慢強い人であればあるほど、爆発力は高まるのだ」

 

彼女――――リアス・グレモリーには我慢が足りない。

先ほどリアスに押しが足りないと唆したのは一体誰だったのだろうか。

 

「そういえば、長いこと彼と茶を飲んでいましたが、なんの話をしていたのですかね」

「それは…………」

 

言葉に詰まる朱乃。 明らかに無理をしていそうな彼女に、ナインは手を振った。

 

「話したくなければ話さなくてよろしい。 第一、私とあなたは会って日が浅すぎる、秘め事を吐露するには私では役者が不足していますよ」

「いえ、慧眼なあなたのこと。 きっといつか私から言わなくとも、私と言う存在を見破られると思います」

「ふーん」

 

帰り支度のため、赤いスーツを羽織ったナインだったが、今一度その場に座り直した。

 

その瞬間、朱乃の背中から翼が現れる。 バサリと出現したその黒い翼は、二種あった。

堕天使と――――

 

「…………」

 

悪魔の――――

 

「翼。 そう、この両翼を意味しているところ、あなたなら皆まで言わなくても分かりますわよね?」

「ハーフだったんですか、へー」

「さっきの話は、このことです。 イッセーくんに話した内容はこの…………」

 

朱乃の背中には、悪魔である蝙蝠のような翼と、カラスのような真っ黒な翼が片翼ずつ生えていた。

 

「このことで、私はイッセーくんに嫌われるのではないかと不安で仕方ありませんでした。

彼は堕天使に命を奪われた……アーシアちゃんも。 だから私を嫌うんじゃないかって……それが怖くて怖くて……」

「何も変わらない」

「え…………」

 

延々とマイナス思考の巫女が話している。 ああ、そうか。 これはこういったタイプの女性か。

外面は独りでなんでもできるようなオーラを出していながら、その実誰よりも他人に依存するか弱い女性なのだ。

 

「その人の人格を形成するのはその人だけだ。 他の誰でも無い。

私には私しか作れないし、姫島朱乃という人物も姫島朱乃という人にしか作れない」

 

ナインは自分の両手に刻まれた陰陽の刺青を朱乃に見せた。

 

「私なんて犯罪者ですからね。 でも変わらない! 変わらないのだ!

地位も名誉も種族も何もかもが意味を成さない! 人間も、堕天使も悪魔も天使も。 もしかしたら神も……」

「お、同じだなんて…………!」

 

堕ちた天使の翼と悪魔の翼を曝け出したままの半裸の朱乃はナインに詰め寄る。

 

「最初はね、私も違うと思っていました。

人間はちょっと作り変えるだけでただの爆弾になる。 でも悪魔や堕天使などの人外たちは人間とは違う体の構造をしているものかと思ったのです」

 

コカビエルを錬成したときの感覚を思い出し、頭を抱えた。 大仰に。

 

「でも、同じでした。 多少の相違や頑強さの違いはあれど、人体と同じ構造をしていた。

私がコカビエルを錬成した例がその証拠だ―――――誰も彼も、みんな同一。 ただ、人格だけが大きく違っているのだ」

 

だから、とナインは朱乃の肌蹴た巫女服を肩から直すと、そのまま両手を置く。

 

「あなたが堕天使だろうと悪魔だろうと。 中身みんな同じなんだから、気にせず、私のように我が道を行けばよい」

 

周囲の意見、罵倒、雑言、悉く意に介さずただただ自分の道だけを信じて歩んで来たナイン・ジルハードはぶれない。

生きることの楽しみとは、周りの機嫌をいちいち気にしながら過ごしていくのか? 否、それは断じて、

 

「違う!」

「!」

 

ビクンと、朱乃の体が少し浮くように跳ねた。

 

「なんという窮屈な世界だ」

 

不気味に笑むと、朱乃は無意識に震える手を抑える。 なんという巨人なのかと。

この男の思考は、常人では計り知れない域にまで達している。

 

「そんな世界はね、捨ててしまえば良い。 かつての私がそうだった」

 

つまり何を言いたいのかというと――――

 

「あなた自身が強くならなければ、未来永劫に彼に依存し、彼無くしては生きられない身となってしまうだろう」

 

周りを気にせず介さずに、一人で生きていくには、やはり自己を全体的に強化しなければその望みも叶わずに生涯を終える。

 

「まぁでも、あなたたち悪魔眷属というのは、横並び手を取り合って生きていく生き物。

これは私の人生における私なりの一つの選択肢として考えて頂ければ結構です。 もしもその大切な人が居なくなってしまうようなことあれば、ですがね」

「…………」

 

沈黙する朱乃の前にハンカチを一枚置いて、ナインはいつもの恰好で背を向けるのだった。




今回は、次話とまとめて投稿します。 次話に人物紹介を組み込むのでご了承を。
二十話越えたんでそろそろいいかなと思って投下しました、よろしければどうぞ。 質問も受け付けます。


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登場人物紹介

名前:ナイン・ジルハード

 

 

 

男性。 元ヴァチカン法王庁直属の錬金術師。 悪魔祓い(エクソシスト)や教会の戦士とは違い、国家資格を獲得している理系集団である。 しかし、ナインはその集団とは一線を画す。

 

錬金術を化学ではなく、戦略兵器としても見る男。 そのため、一部の信者の間では反感の声もあったが、錬金術を戦術に組み込んだ武力を買われ、戦士たち他、前線で悪魔と戦う者たちと並んで戦場に出ることになる。

 

そのとき戦功を立てて称号を与えられた。

 

銘を、『紅蓮の錬金術師』。

 

しばらくして錬金術の技術も高評価を得、聖剣の研究機関の一員としても組み込まれるようになる。

 

しかしある日、その場にいた同胞を錬金術でもって皆殺しにするという暴挙に出た。 身柄は捕縛され、滅多に入れられることの無い重罪人留置機関が設置してある地下牢に幽閉される。

 

その二年後、堕天使の幹部、コカビエルが聖剣エクスカリバーを強奪する事件が起きる。 それに際し、ナインは剥奪されていた称号も戻され、聖剣奪還を名目として釈放されることとなる。

 

彼の戦略兵器は、爆発物を錬成する錬金術。 混合物の多い地面や壁、あらゆる場で多種多様の爆弾を錬成することができる。

 

「牙断」というナイフ型の名品をミカエルから授けられる。 ミカエル曰く、錬成陣を描くための物と称していたがナインは内心疑っているため、他の用途を探っている。

 

近年のナインが犯した爆破事件は、人体を爆弾に作り替え爆死、破裂死させる錬金術を使用していた。

 

眉目秀麗。

髪は黒く、逆立った前髪と後ろで一つに束ねた長髪が特徴的。 いわゆるポニーテール。

赤色を好み、普段着にもその色に近いデザインの服装を好んで着る。

 

口調は敬語だが、不安定にもたびたびタメ口にもなる。 ただし、粗暴というレベルには至らない。

 

現在、神の不在を知ったことにより追放。 晴れてフリーの身となるが、首脳会談の出席を要請されたため承諾した。

 

異性に関しては、同性愛なのではと誤解されるほど興味は無し。 社交辞令として女性を褒めたり、エスコートをするなど、面倒見の良さそうな面があるが基本利己主義な男。 ただし、本音は男女問わずお構いなしに指摘する。 オブラートには包まない。

 

 

 

 

名前:ゼノヴィア

 

 

女性。 ナインとは聖剣の奪還任務の際、行動を共にした仲。 破壊の聖剣、エクスカリバー・デストラクションと、聖剣デュランダルの使い手で、凄腕の剣術使い。 最近、男であるナインよりも腕力が強い事を気にかけている。

 

性格はかなり大雑把で、その行動は、同僚のイリナをして信仰の形がおかしいとすら言わしめる。 細かい事には拘らず、口より先に手が出るようなタイプ。

そのため、好きになった異性にはぐいぐいと入れ込む。 積極的にアプローチをかける。

 

相手はナイン。

しかし、女の裸を見てもなんとも思わないナインに、行動で示そうとしても暖簾に腕を押している感覚。 手応え全く無しで、非常に相性が悪い。

 

ナイン曰く、無鉄砲で考え無し。 背を任せるには些かすぎるほど心許ない。 とのこと。 ひどい評価だ。

ただ、何においても決断が早いのは誰より評価している。 優柔不断よりよっぽど良いとのこと。 まぁ決断が早すぎて悪魔になってしまったのはこの際気にしない。

 

現在ナインと同居中。

 

 

 

 

 

名前:紫藤イリナ

 

 

 

女性。 ナインとは、ゼノヴィアと共に聖剣の奪還任務の際に行動を共にした仲。 擬態の聖剣、エクスカリバー・ミミックを揮う。 ゼノヴィアとは旧知であり、友達。

最初はゼノヴィアと共にナインを最大限に警戒していたが、共闘していく内に、ナインを頼るようになる。 今は淡い恋心を抱くまでになっている。

 

恋愛に関しては少し奥手な部類に入る。 ゼノヴィアと比べたら正反対。

良く言えば慎重。 慎重すぎて出遅れる。 最近、周りの女性のレベルが高すぎて困っているもよう。 胸をもっと大きくしたいと思っている。

 

リアス・グレモリーの「兵士(ポーン)」兵藤一誠とは幼馴染。

 

ナイン曰く、ゼノヴィアとはまったく違うタイプなのに、どうしてペアを保っていられたのか不思議である、とのこと。

意外なのが、ああいう手合いは過去の温かい記憶に縋って幼馴染に想いを寄せるのが普通なのに、どうして自分なのかと若干面倒くさがっている。 やっぱりひどい。

 

 

教会によるナイン追放の折、離れ離れになったが、関係は修復して、再び一緒に住もうと考えている。

 

 

 

名前:ミカエル

 

 

 

男性。 天使陣営の現トップ。 大天使。 天使長。

 

ナインを会談に出席させ、あわよくばもう一度天使側に引き込もうと考えている。 ナインの過去犯した罪は最大級に嫌悪しているが、それと同じように実力は認めている。 コカビエル討伐から、更にナインへの評価は上がるが、それゆえに野に放つべきではないと考えている。

 

密かに、ゼノヴィアとイリナの背中を押し、ナインとくっ付けて身を固めさせようとしている折もある。

 

ナイン曰く、眩しい、それだけ。

 

 

 

 

名前:アーシア・アルジェント

 

 

 

 

女性。 リアス・グレモリーの「僧侶(ビショップ)」。

教会時代のナインを知っており、恐怖の形だった。

制度、ルールなどに屈することなく悪魔を治療した彼女を、ナインは最大の賞賛を送っている。 分け隔ての無い扱いが、こうも自然にできるのはこのアーシア・アルジェントしかいないと言わしめるほど。

 

本人はナインを苦手に思っている。

 

現在一誠と同居中。

 

 

 

 

名前:兵藤一誠

 

 

 

 

男性。 赤龍帝。

リアス・グレモリーの「兵士(ポーン)」の下僕悪魔。 暇さえあれば下のことを考えている多感すぎる少年。

神器(セイクリッド・ギア)、赤龍帝の籠手、ブーステッド・ギアを宿す。

 

ハーレム王を目指しているが、その道は言語に絶するほど険しい。

優しく、熱い面があるが、経験の無さか、女心に関しては鈍重で鈍感。 たびたび周りをやきもきさせている。

 

アーシア同様、ナインを苦手に思っており、ゼノヴィアがなぜナインに想いを寄せているのかも理解できない。

 

ナイン曰く、勇敢だが、蛮勇。 冷静さに欠けるため、乱戦には向かないと見ている。

唯一、内容はどうあれ、どこにあっても自分を曲げない所は評価している。

 

 

現在自宅でリアスと同居中、親公認。

 

 

 

名前:リアス・グレモリー

 

 

 

 

冥界の七十二柱の一角でも名門中の名門、グレモリー公爵家の跡取り娘。

兄が魔王を務めており、滅びの魔力はお墨付きの破壊力。 下僕の兵藤一誠を大変可愛がっているが、お互い奥手なため、本人からはスキンシップとしか思われていないことに納得がいっていない。

 

最近、朱乃に対して危機感を感じ始めているもよう。

 

ナインについては、最初は自分の下僕であるアーシアを怖がらせたとして敵愾心を剥き出しにしていたが、コカビエルの件から和解。

少なくとも一触即発は免れることになった。 だが、未だにナインの考えていることが解らなく、困惑している。

 

本人曰く、ナインは黙っていればカッコイイ部類に入るのではと思っている。 黙っていればだが。

 

 

ナイン曰く、兵藤一誠と同様に大変奥手。 いつかすれ違いが起きると予測している。

 

 

 

名前:姫島朱乃

 

 

 

 

女性。 リアス・グレモリーの「女王(クィーン)

物腰柔らかで、お嬢様のような口調でしゃべる。

 

雷の魔法を自在に操る、グレモリー眷属の大火砲役。

 

ナインについては、リアスや他の眷属同様の扱い。 だが、リアスよりかは緩くなっている。

 

自分の弱さを、会って間もないナインに見破られてから、一誠の次に意識し始めている。

 

 

ナイン曰く、些細なことを根に持つところを見ると、取り繕うのが非常に上手いが、剥がれればか弱い女性。 下手をしたらリアスよりもデリケートかもしれない。

 

 

 

 

名前:塔城小猫

 

 

 

女性。 リアス・グレモリーの「戦車(ルーク)」。 寡黙な学園のマスコット。

小柄な体躯から繰り出される怪力は驚愕の一言。

 

ナインについては、あまり接したことが無いゆえになんとも言い難い。

 

 

 

 

名前:ヴァーリ

 

 

 

男性。 白龍皇。

神器(セイクリッド・ギア)、白龍皇の光翼、ディバイン・ディバイディングを宿し、何よりも戦闘をこよなく愛する銀髪の少年。 堕天使に身を寄せているが、会った時からナインのことを気に入っている。

 

 

 

 

名前:黒歌

 

 

 

 

謎の黒猫。 女性。 ヴァーリとともに行動をする黒い和服の痴女(ナイン談)

 

グラマーな女性で、会った時からナインを気にかけている。 どんな色仕掛けにも動揺せず淡々と対応してくるナインを逆に気に入り、本人の気も知らず軽くストーキングしている。 名目は、ある組織の命令で監視しているということになっている。

 

ナイン曰く、男をダメにしそうな躰と性格をしている。 堕ちたが最後、弄ばれるに違いないとのこと。




質問受け付けます。

説明不足等々あるかもしれませんが、そのときはメッセください。


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22発目 錬金術技法 『錬気』

投稿できた(驚愕)


「ナイン、もう行く時間だよー。 起きてよー」

「…………あー?」

 

ナインはこのとき、自分の体が揺れる感覚で目が覚めた。

まだ、眠い。

 

「あ、起きた」

「…………紫藤さん?」

 

体を揺らしていたのはイリナだった。 すでに白いローブを羽織っていて準備万端と言った具合だ。

無理矢理起こされた目をナインは擦り、現状を把握しようとする。

 

「…………」

 

しかし、ボーっとする頭をそのままにして直す気すら起こらないナインは再び泥のように寝付こうとした。

 

前日、ミカエルからの贈り物であった「牙断」を研究していたことから、夜が明けるまでそのナイフの研究に没頭してきた。

しかし、どうにも得るものがなかったため、ナインはそのまま不貞腐れるように寝てしまったのだ。

 

そして今に至る。

朝に寝て、いまはすでに外は夜の帳が降りている。 人間としては非常に不健康であり、生活のサイクルが狂ってしまう原因だ。

 

「寝直さないー」

「なんであなたここにいるんですか、ゼノヴィアさんは」

「ゼノヴィアはもう出て行ったわよ。 今日は首脳会談当日、ゼノヴィアはグレモリー眷属だから、悪魔側として参加することになっているのよ。 あと、私が居るのは――――」

「ああ、天界側の一員として起こしに来てくれたんですか。 それは世話を焼かせてしまいました」

 

すみませんね、と言いながら体を起こした。 手っ取り早く身だしなみを整えるため、鏡の前に立った。

肩まで伸びる長髪を後ろで束ね、前髪を立たせる。

 

そんな中、横でイリナは頬を緩ませてナインの鏡に映った。

 

 

「ナインの寝顔見れたから満足…………かな、へへへー」

「…………」

 

緩んだ頬を照れ臭そうに指で掻くイリナ。 ナインはそんな彼女の横を通り過ぎ、深紅のスーツが掛かるハンガーに手を掛けた。

 

「あなた本当、どうしちゃったんですか。 初めて会ったときは警戒心剥き出しだったのにねぇ。 ここ最近そればかり」

「そりゃ、これだけナインに触れてれば、良いところもいっぱい見つけられるというか、ねぇ?」

 

ニッコリと微笑むイリナ。 傾けた顔がよりあざとさが感じられる。

するとナインは何の気なくイリナに聞いた。

 

「聞けば、あなたは兵藤くんとは旧友なそうな」

「…………知ってたんだ。 まぁ、そうだけど、それが?」

「それがって…………」

 

イリナは少しむっとなった。 口を曲げてローブの上から腕を組む。

 

「もしかして、私がイッセーくんと……とか思ってるの?」

「まぁねぇ、少し気にしてみればそういう結論に至るというか」

「確かにイッセーくんとは幼馴染で……親しかったわよ? 再会したとき、素直に嬉しいと思ったもん」

 

しかしそれとこれとは違うのだとイリナははっきり言った。

一誠は友達だが、それ以上は行かないのだと。

 

ナインの邪推を、イリナは一蹴した。

ナインから見れば再会したイリナと一誠を見たとき、二人の間にはそれほど溝が開いていない風に感じた。

 

「もしかして、意識してるの? イッセーくんと私の距離」

 

意地悪そうに笑うイリナ。

すると、それをナインは鼻で笑った。

 

「まさか。 ただ、あなたの行動が日に日にエスカレートしていると思いましてねぇ。

若いうちは冒険したくなるのは無理ないですが、私に構いすぎていると色々と『ダメ』になってしまいますよ?」

「それは余計なお世話。 私は私のやりたいようにやるの。

イッセーくんは大事な友達だけど、あんな……エッチな状態になってて、ちょっと残念」

 

正直に言えば、イリナは再会してからはナインよりも一誠を目で追っていた。

幼馴染が高校生になって一体どんな男の子になったのかを気になるのは当然だ。

 

しかし伏し目勝ちになって続けた。

 

「視線は女の子の胸ばっかり。 主にリアス・グレモリーさんとか、姫島さんとかね。

ん、それ見てると、ナインのスマートでクールなところが魅力的に見えたり…………」

「それはどうも」

「男の子だから多少は仕方ないと思ったよ? 教会でも、それが性だって言ってたし」

 

鏡の前に静かに座り直すナイン。 そこを見計らったようにイリナは後ろからナインの首にゆっくりと覆いかぶさった。

栗毛のツインテールがナインの両側に垂れ下がり、ほのかにシャンプーの香りが漂ってくる。

 

「ナインは、女の子にこうされて興奮したりしないの?」

「うーむ、しない」

「…………やっぱり、それおかしいよナイン。 教会では、人間誰でも性欲は持っているはずだって言ってた」

「ご自分の魅力が足りないから、とは考えないのか」

「それ、女の子に面と向かって言うことじゃないよね」

 

耳元でまたもや膨れるイリナ。 徐々に抱きしめる力が強まっていくのをナインは感じると、彼女の腕をそのまま押さえた。 そして笑う。

 

「すみません。 いやぁでもね、それは教会での話でしょう? まぁ、女の人に頼りにされたり好意を持たれたりすることは、男性にされるよりも多少は面白みが湧きますが」

「それだよ、それ。 少しはあるんじゃないの」

「うーん」

 

そう悩むナインの顔が、イリナに両側から掴まれた。

この状況になってもなおも頬が赤いのはイリナだけ。 ナインは片眉を上げてこの行為の意味を問う。

 

「なんですか」

「あの……さ」

 

生唾を呑み込むイリナ。 そこで初めてハッとした。

ナインの整った顔を目の前に、逆に己の興奮が抑えられなくなってきたことに気づく。

 

眉目秀麗を形にしたような男。 独りでニヤニヤしている様子だけ見れば、顔が良くてもまずお近づきになることは遠慮するであろう男。

 

しかし、ナインの得体の知れない不気味さがスパイスとなる。 年頃の女の子は、この人のことをもっと知りたいとのめり込む。 「若い」とはそういうことだ。

「他の誰とも違う」雰囲気を出している。

 

「…………」

 

このまま自分が顔を前に進めたら、ナインは避けるだろうか。 もし避けなかったら、そしたらどうなるのだろう。 いつもの「なにやってるんですか」という異常な冷静さで返されるのだろうか。

 

それとも――――

 

(私が、ナインの性欲を呼び戻してあげられる……かも?)

 

イリナは、意を決してそのまま顔を……いや、唇を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありません、遅くなってしまった」

「構いませんが、どうしたのですか? あなたが遅れるなど珍しいじゃないですかナイン」

 

駒王学園会議室。 紅蓮のスーツを着込むのはナイン。 その後ろに付いて来たのは栗毛の少女、イリナ。

今回の会談出席者の中で一番最後に入室してしまった。

 

ナインはミカエルに事前に連絡――――遅れる旨を伝えているが、その場で理由を問われるのは当然だろう。

本当ならば同じ陣営同士、ミカエルとともに会議室に入る予定だったのだが……。

 

すでに揃っている堕天使陣営、冥界陣営の面々に注目されながら、ミカエルの後ろに控えるイリナを横目に、ナインはミカエルと話し込む。

 

「定時に遅れるとは面目ないです。 なにせ、自宅で色々有りまして」

「この場では話せないことですか? わずかとはいえ、遅刻してしまった趣旨は一同に伝えねば…………」

「分かっていますよ。 しかしこの場では言えないことだ、何よりこれは人の尊厳にかかわる」

 

言うと、ミカエルはそうですかと納得。 後ろに控えさせようとしたが、いかにも悪そうな黒い服に包んだ男がにやにやして言った。

 

「もしかして、お楽しみだったかー?」

「…………」

 

その声にナインは毅然としたままその声の主と向き合った。

 

――――堕天使のトップ。 総督アザゼル。

不敵に笑む顔を頬杖で突いている。 その後ろに控えるのは白龍皇ヴァーリ。

 

その男の座る椅子までつかつかと歩いて行く。 控えるグレモリー眷属とシトリー眷属を横切り――――

全堕天使を統べる首領、アザゼル堕天使総督の前に無言で立った。 ヴァーリはポケットに手を突っ込むのを止めると、終始してナインの行動をその目で追っている。

 

「………………」

 

纏うものは何も無い。 まったくの無防備。

打てば倒れ、斬られれば血が出る人の柔肌。 それを全面に晒し、堕天使の頭という脅威を前に微動だにしない。

 

ナイン自身、いまこの場で思い知った。

コカビエルは斃したが、あれとは比べものにならないくらいの実力者がこの男だ。

 

総督たる所以か。 すると、アザゼルが口角を上げてナインを見上げる。

 

「…………なるほど、堂々としてんなぁ。 さすが一人戦略兵器――――紅蓮の称号を持つ男だ。 ヴァチカンの教皇や猊下連中が釈放してまで起用した理由が解った気がする」

「…………そこまで解るのかよ、あいつとナインは初対面のはずだろ?」

 

ひそひそと、一誠が驚愕を口にした。 祐斗がそれに返答する。

 

「転生悪魔である僕たちでは及ばない境地にまで居るんだよ、現トップたちは。

僕らの物差しで見ることはできないよ、イッセーくん」

 

対峙を続けるナインとアザゼル。 トップ以外の全員が緊迫した雰囲気に呑まれつつあった。

そこに、ナインが不敵に笑むアザゼルに肩を竦める。

 

「私は、ただの異端者ですよ」

 

自嘲気味にユニークに笑って後ろを向いた。

 

「紅蓮の称号も、国家資格もすべて剥がされてしまいました。 いまは……そうですねぇ、フリーターってとこですか」

「称号は剥がされても、人の印象ってのは固まっちまうとずっとそのままでいくものだ――――お前は『紅蓮』だよ、解るんだ。 人間ってのは静かな奴ほどその中に狂熱を宿してるもんでなぁ。

それと、資格なんてもの、実際いざとなってみりゃ役に立たねぇもんだぜ?」

「信じられるのは、ここだけと?」

「分かってんじゃねぇか」

 

自分の頭をこつこつと指で叩くナインに、アザゼルは笑い上げた。

するとにわかに、買いかぶりですと、あくまで謙虚にしてアザゼルから身を引く。

 

「それと、遅れてすみません」

「別に気にしてねぇよ。 そんなことくらい俺は何回もやらかしてるからな」

 

そして、スッとすれ違うとき、ナインにだけ聞こえるよう言った言葉。 それは本当に唐突に、ナインでも予想はできなかった。

 

「モテる男は辛いねぇ」

「…………」

 

遅刻の責は潔く受ける。 なんてことはない。

イリナの横に戻った際、彼女は少し涙目でナインに訴えた。

 

「こっちが怖かったよー…………あと、ゴメンねナイン。 私のせいでっ…………」

「気にしていない。 これくらいはなんでもない――――慣れている、いや本当に」

 

そう話しているなか、咳払いが冥界陣営から聞こえる。

 

「ではこれより、堕天使、天使、悪魔。 首脳を交えた会議をおこなう」

 

咳払いは魔王サーゼクス・ルシファーの隣に居るグレイフィア。 そして第一声はサーゼクスから始まる。

 

「紹介する。 私の妹と、その眷属だ。

先日のコカビエル襲撃の件では、彼女たちが活躍してくれた」

「ご苦労様でした。 改めて、お礼を申し上げます」

「悪かったな、俺のところのもんが迷惑をかけた」

 

ミカエルの丁寧な言葉遣いを聞いた後だと、一層態度が悪く見えてしまう堕天使代表のアザゼル。

その不遜な態度に、巻き込まれた方――――主に一誠はあまり良く思わなかった、当然だろう。

 

「リアス、報告を」

「はい、魔王様」

「ソーナちゃん、あなたも」

「はい」

 

各々の身内を呼ぶ。 コカビエルの件に際しての現場報告というものだ。 セラフォルーも今回ばかりは正装で着ているのを見ると、相当に引き締まって見える。

 

教会で追放された者、バルパー・ガリレイを筆頭としたフリード・セルゼンやそのほかのはぐれ悪魔祓い(エクソシスト)、さらに神父たち。 それらを率いたコカビエル。

 

どういった経緯で元教会と堕天使がつるむことになったのかは二人とも答えられず、やはり解ったことは一つ。

 

「コカビエルは、更なる戦争を引き起こすことを目的に、エクスカリバーを強奪するという強行に出たとのこと」

 

そこでリアスは、ミカエルに視線を投げた。

 

「ここでのコカビエルの発言は、まず先に天界側に仕掛ける意図があったものと、本人が明言していました」

 

ミカエルは哀れむようにその言葉に返す。

 

「そうでしょう。 しかし、天界側……私が教会から派遣させたのは二名。

こちらに居る戦士紫藤イリナと、現在冥界側となっている戦士ゼノヴィア。 私も、コカビエルの思惑を予想できていただけに、迂闊に大物を立てる訳にもいきませんでした」

 

名前を出された二人は、複雑な表情をして頭を下げる。

そして、リアスに発言権を戻した。

 

「そこにお二人とは別に、天界陣営に居られますナイン・ジルハードが参戦、これを見事に撃破しています」

「そこだぜ。 おいミカエル。

そこの色男は、執行猶予もねぇ地下の監獄で一生を過ごすはずが、教会の一存で釈放されてる。 俺のとこのコカビエルも悪かったが、ミカエル、お前の教会管理も見直した方がいいと思うがね」

「アザゼル…………」

 

サーゼクスがアザゼルを制するも、ミカエルは真剣な表情で返した。

 

「確かに、彼の釈放は天界を交えずにおこなった教会の独断。 反論のしようもありません…………」

「まぁ結果としちゃ、良かったわけだが。 そして、教会の命令で動いただけのナイン・ジルハードに咎はねぇ。 教会は、目には目をと、毒には毒で対抗することしか思いつかなかったんだろう」

 

かなりひどい言い回しだが、あながち間違ってもいない。 が、事の発端であるアザゼル側が言うのも納得がいかないのだろう、口をむっとさせるセラフォルーが、ナインの目に入っていた。

 

そして、話しを変え、セラフォルーは己が妹にも発言権をあたえる。

 

「ソーナちゃんは、周囲の被害を最小限に抑えてくれたものね」

「ありがとうございます。 我々シトリー眷属は、専ら後衛と援護でした。

しかしその際、堕天使陣営に居たと思われる白龍皇が介入し、結界を悉く破られています」

 

またアザゼルか、と天使悪魔両陣営がそちらにジト目で向いた。

 

「っ、はーっ。 最善処理だったんだよ。 まぁ、実際白龍皇より先にナイン・ジルハードに仕留められたが。

ちゃんと身柄を搬送するっつー任務は果たしてる、そんな目で見ないでくれよお前ら」

 

参ったなおい、とおどけるようにアザゼルは頭を掻いた。 そしてミカエルの後ろに居るナインに指を差した。

 

「今回のMVPはあいつなんだろ? 話はそれで終わりでいいじゃねぇか」

「ふふ…………はは」

 

ナインが笑う。 アザゼルのあまりのぶっきら棒さに、逆に感心した。

肩を揺らして腹を押さえた。

 

「いやいや失敬。 さすがは天使から堕ちた者、言う事が面白いですねぇ。

戦争、殺し、抗争、こういった暗い話にはてんで興味が無いように見受けられる。 ポジティブで非常に良い」

「お、分かってくれるかよ紅蓮の。 いやぁ、こういうお堅い雰囲気も肌に合わねェもんでな。 緊張し切った空間で軽口叩いてくれるユニークキャラが欲しかったんだよ、お前、うちに来ねえ?」

「話を逸らさないでください、アザゼル!」

 

バン、と丸テーブルをミカエルが叩く。 後ろのナインはまだ腹を抱えて静かに笑っていた。

イリナが肘でナインの脇腹を小突いて静寂を促す。

 

正直ナインも、こんな会談などさっさと終わらせたかった。 こんな茶番の「お話し会」など、結果が見えているナインにとっては時間を無為にしていると解っている。

 

大昔の大戦から続く小競り合い、鍔競り合いはナインもよく知るところ。 悪魔を敵とする教会、天界、逆も然り。 堕天使は今回のように総督の意志を省みず己が力に溺れ独断する者。

 

そんな中会談を開くなど珍しいどころではない。 なら考えられることは一つなのだと、ナインは先見の明を持つ。 この会談の真意は解り切っている。

 

「んだよ、かてぇなぁ…………」

「固い柔らかいの問題ではありません、この会談の意味を――――」

「和平を結んじまおうぜ。 その方が手っ取り早い」

『――――――!』

 

瞬間、今度はトップ全員が険しい表情になった。 この男はどこまで段取りというものを踏まないのか。

結果論でしか物事を考えない――――もしかしたら、今この中でこの会談に意味が無いと思っているのはアザゼルなのかもしれない。

 

二番にナイン。 そして、アザゼルはその軽口を続ける。

 

「この三竦みの関係は、世界の害になるだけだ」

 

まぁねぇと、小声で頷くナインはアザゼルに一票入れた。 会談に興味を持たない同士、通ずるものがある。

 

「そこでだ、この三つの大勢力の外側にいながら、世界を動かすほどの存在の意見を聞いてみようと思う。 赤龍帝、白龍皇」

「俺は、強い奴と戦えればいいさ」

 

先に応えたのは白龍皇、ヴァーリ。 強者と矛を交えられればそれで満足。

三番目に会談を軽視しているのはこの男に他ならないだろう。 その視線はナインに向くが、本人は我関せずだ。

 

「赤龍帝」

「お、俺はそんな小難しい事言われても…………」

 

戦争か平和か、そのどちらを取るのかと聞かれて小難しいことだと言う一誠に、ナインは苦笑半分、呆れ半分。

曲がりなりにも常人を称しておきながら、自分の意志を持たないのかと。 簡単なことだろうに、何をそんなに考える必要があるのかと。

 

すると、アザゼルが不敵に笑んで言った。

 

「恐ろしいくらいに噛み砕いて説明してやろうか」

 

頬杖を突いて、とんでもないことを。 明らかにこの席では不適切なことを、アザゼルは言う。

 

「俺らが戦争をしていたら、リアス・グレモリーは抱けないぞ?」

「!」

「ぅえっ!?」

 

一誠から変な声が出るのと同時に、リアスの声も裏返って木霊した。

 

「だが、和平を結ぶなら、そのあと大事になるのは種の繁栄と存続だ」

「種の……繁栄!?」

「おうよ」

 

一誠にとってはこの上無い嬉しいニュース。 そして子供でも解る世界の維持法。

種の繁栄、すなわち子作り、種の存続、それすなわち子育て。

 

一誠は、歓喜する。

憧れのリアス・グレモリーと……毎日…………。

 

「和平がいい」

「ん? 聞こえんぞ?」

「和平がいいです! お願いします! 部長とエッチしたいです!」

「イッセーくん、サーゼクスさまが居られるんだよ?」

 

と諭しながらも祐斗も笑っている。 そう、これが一誠の人徳なのだ。

いままでぶつかった困難は、すべてこれが源となり乗り越えてきたようなもの。

 

リアスは、そんなぶれない一誠を慈しむように見ていたのだった。

 

すると、赤龍帝と白龍皇の意見が終わったところで、ミカエルが話を切り出す。

 

「赤龍帝殿、先日、私に話があると言っていましたね」

「はっ…………あ、お、覚えていてくださったんですか」

 

我に返る一誠は、ミカエルに視線を預ける。

 

「どうしてアーシアを追放したりしたんですか」

「あ…………」

 

アーシアの肩が跳ねる。

 

「あれだけ神様を信じていたアーシアを、なぜ追放したんですか」

「…………イッセー」

 

静かなる激昂だ。 それを鎮めようとリアスは彼の肩に手を置くが、引くつもりはないらしい。

祈れば頭痛が襲い、十字架もまともに持てない、哀れな聖女。

 

ミカエルが口を開いた。

 

「…………神が消滅して、システムだけが残りました。 加護と、慈悲と……奇跡を司る力と言い換えても良いでしょう。 いま私を中心に辛うじて起動させている状態です。 ゆえに、システムに悪影響を及ぼす存在は、遠ざける必要がありました」

 

そのときゼノヴィアは、俯くイリナと、それと対照的に平然と笑みまで幽かに含めるナインが印象的だった。

 

「信者の信仰は、我ら天界に住まう者の源。 信仰に悪影響を与える要素は、極力排除していかなければ、システムの維持ができません」

「だから、予期せぬ神の不在を知る者も、排除の必要があったのですね」

 

ゼノヴィアも、突如追放を命令された者の一人だ。 ミカエルは悔い改めるように口をつぐみ、彼女に向いた。

 

「そのため、あなたも、アーシア・アルジェントも……ナインも…………」

 

異端とするしか、方法は無かった。

 

「申し訳ありません」

「どうか、頭をお上げください、ミカエルさま」

 

すると、ゼノヴィアはスッと、ミカエルの横を通り後ろを通り――――ナインの腕を取った。 イリナは呆気に取られるが、お構いなしにゼノヴィアは彼の腕を抱く。

 

「分かるように、私も教会に長年育てられた身……そして、多少の後悔もありましたが、いまの悪魔としてのこの生活に、満足しております…………他の信徒に、申し訳が立ちませんが…………」

「私も……」

 

アーシアが前に出た。 その顔は先とはまったく違い晴れやかに、

 

「私もいま、幸せだと感じております。 大切な人が、たくさんできました」

「あなたたちの寛大な御心に感謝します」

 

リアス・グレモリーと、姫島朱乃、様々な仲間と出会えたことすらも、いまは亡き神の導きだと信じている。

 

「ところで、ナインはどうなのですか? いまの生活は」

「え、ここで私? まぁ――――」

 

首を片手で掻く。

さてどうしたものかと、ナインは考えを巡らせる。

ここで不満とか言ったら一気に雰囲気ぶち壊しじゃないですかと、当然の流れを推察して出したのは無難な答え。

 

「そこそこ、ですかね」

「なぁにがそこそこだよ紅蓮の、両手にゃ花、しかもそんなに想われてりゃ万々歳じゃねぇのか?」

 

アザゼルが雰囲気をぶち壊した。

ナインは息を吐く。

 

「私も、そう単純だったなら難しく考えなかったのですがねぇ」

「錬金術の技術を学びたいのなら、お前やっぱりうち来いよ。 教会のは色々と縛りがあるからなぁ、柔軟性に富んでるぞうちに機関は」

「お気持ちだけ」

「つかよ、お前は実際どれだけ経験積んでるんだよ。 これまでずーっと聖剣や研究やらにかかりきりってわけじゃなかったんだろう?」

 

どうしても知りたいようで、さっきの会談の本題よりも、ナインの経歴を探ろうと身を乗り出してまで聞き出そうとする。 その様にミカエルは呆れていた。

 

ポケットに手を突っ込むと、ナインはミカエルの目配せを受け、仕方なく話すことにした。

 

「はじめは、デスクワークです。 学会は年に一度しかないですが、月一で途中経過やその成果を発表したり査定したりするために白衣を着ていましたよ」

「で、そのあとは。 あるんだろ? コカビエルを潰したんだ、んなガリ勉話は一端にすぎねえんだろ?」

 

頭を抱えるミカエル。 アザゼルは構うことなく続けた。

 

「その学会の一つに、錬金術を戦略兵器として役立てることを題にしたことがありましてねぇ。 このときの信徒たちの不満そうな顔はいまでも覚えている」

「だろうな」

「だが、それが上層部には好意的に受け止められたのでしょう。 おそらく過激派。

悪魔を異常なまでに憎悪したり敵視したりする人たち。 その人たちによって、私は研究員から兵士にひっくり返されました。 もともと腕っ節で入っただけに驚くこともなかった。 いずれこういうときは来るだろうと思っていましたが、まさか、くくっ……学会から戦場に駆り出されるとは思わなかった」

 

この話に、唖然とする他なかった。 アザゼルがではない。

いままでナインと接してきた者たちがだ。

 

コカビエルとの戦いを見る限り、教会でも最初から戦士として扱われてきたのだと思っていた。

今になってその高そうな学歴を聞かされるとは、予想外にも程があった。

 

(天才と狂人は表裏一体と言われているけれど、実際会ってみると見分けることなんてできないわね)

 

リアスが思う。

 

(こいつの場合、表の顔は天才で、裏の顔が狂人ってとこか。 どっちにしろ凡人じゃねぇなぁ)

 

アザゼルは脂汗を垂らして目の前の人材を欲した。

 

まぁ、そんな表面上の評価など気にならない、ナインの中身に惚れ込んだ者たちには死角は無かったのだが。

 

(すごいなぁナイン。 あと、経歴聞き出してくれた堕天使の総督に少し感謝っ)

(ナインはナインだ。 これからも私がお前を見る目は変わらないぞナイン)

 

その瞬間だった。

 

「ん?」

 

ナインが何やら嫌な感覚を覚えたときは、すでに周りは止まっていた。

目を見開く。 ねっとりと絡まれるような感覚に見舞われると、その直後には自身にも異変が訪れていた。

 

「こりゃぁまさか…………」

 

アザゼルが軽く舌打ちをする。 周りの空間が、まるで一時停止したように停滞している。

物も、そして人も。

 

それはここにいる者たちも例外なく。

 

「朱乃……アーシア!」

 

突然の怪異変に、リアスが声を上げた。 そう、シトリー眷属であるソーナや椿姫ももちろんのこと、グレモリー眷属の一部分も例に漏れず――――この停止結界の呪いを直撃していた。

 

存在の力。 悪魔や堕天使、天使という、人間にとって超常な存在がまともに受けてしまう能力だ、どんなに非凡だとしても、人の身でこの力を弾くことは至難の業とされる。 ゆえに、ナインも漏れなく、半分無事だが、半分止まっていた(・・・・・・・・・・・・・・・)のだった。

 

「足が動かない……あらら、参ったなぁ」

「ナイン!」

「ハーフヴァンパイアの停止の能力か。 いくら奇才持ちでも、人の身でこれ弾くのは無理だったか」

 

それでも、下半身だけに停止が留まっているのはそれだけでも驚愕もの。 アザゼルは冷静にこの状況を分析して、ナインに近づく。

 

「ナイン、落ち着いて……るか。 ていうかよぉ、テメェの半身がとんでもねぇことになってんのにその落ち着きようはちっと異常だが……」

「いや、これでも驚いている。 世の中には時間を止める力もあったのですか」

 

腰の部分辺りまで停滞縛鎖が浸食している。 このままでは、いずれ全身停止も時間の問題。

しかしそれよりも問題が浮上した。

 

「…………赤龍帝……は大丈夫か。 他にもいくらか動ける奴はいるみたいだな」

 

ゼノヴィアもイリナも、縛めがくる直前に聖剣を抜いたため無事……祐斗も、先日発現した聖魔剣の力によって難を逃れていた。

 

「おいナイン、その中途半端なレジストを止めて、おとなしく止まってろ」

「な! ちょっと、いくら堕天使の総督っていっても、言って良い事と悪いことが!」

 

アザゼルの突然の提案に、イリナとゼノヴィアは身を乗り出して抗議した。

しかし、アザゼルは顔色一つ変えずにナインの足元を指差す。

 

「よく見てみろ。 この停止結界はいまでも発動中だ。

このまんまじゃ、いま動ける奴らもいつ止まるか分からねェんだぜ?」

「え…………あ――――」

 

イリナが掠り切れるような声を出した。 視線はナインの足元から、腰の、上あたり。

 

「さっきまで、お腹から上は大丈夫だったのに……」

「そうだ、下手に抵抗するからこうなる。 ナイン、お前このままじゃ喉元に停止が来た時点で窒息死すんぞ。

さっさと流れに身を任せちまえ、じゃねぇと…………やべぇぞ?」

「それは怖い、なんとかできません?」

「できん。 だが、お前は人間だ恥じることはねぇ」

 

でもな、と険しい顔でナインに言った。

 

「半端な抵抗じゃかえって命に関わる」

 

下から上に、停止の結界は競り上がり、いまはナインの胸まで到達していた――――止まらない。

 

「試してみる価値はあるかどうか…………」

「あ?」

 

何を言っている、アザゼルが若干苛立ちの表情を覗かせる。

優秀な人材だが、機転も利かせられないんじゃ話にならない。 しかしだからといって、これから伸びしろのある人物にここで死んでもらっちゃあ面白くない。

だから、停止を受け入れろよ、なにをしている。

 

何を――――

 

「…………んで笑ってんだ! 早くしろよ紅蓮の! お前じゃこの結界は弾き返せな―――――」

 

その瞬間、ナインは両手を合わせた。 そして、呪文のような呪言のような、呪いのように言葉を発した。

 

「錬金術は物体だけに作用するものに非ずより極め極めれば霊的にもその力は練度を増しいずれの時か人体奥底骨髄脳髄に至るまで鍛え錬成し練り上げることを可能とするもの也」

 

言の葉の羅列。

不気味に、不敵の爬虫類のごとく口を割った。

 

「『錬気』とでも、命名しておきましょうかね」

 

そのとき、ナインを中心とするすべての建物が見えない波により震撼する――――大地震のごとき鼓動。

ナインは、忌々しい停止と言う名の鎖が己の体から千切れ飛ばされるのを実感しながら、錬金術の更なる進化に期待し、歓喜した。




誤字脱字、ありましたらお願いします。

今回は、「僕の考えた新しい技」ということで出しました。
これもう科学じゃねぇじゃん、どういうことなの?


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23発目 捨て身の定義と離れた主従

アニメオリジナル超展開すぎ笑った。 あそこで悪神かよー、残念。

そしてなにより作者的に超絶残念賞は、フェンリルの旦那。 なんよあれ。 俺はなぁ、俺はもっとこう、遊戯王に出てくるようなカッコイイフェンリルを期待してたんだよぉ!(血涙)

…………フェンリル仲間にする気なくなってきたわ……(ボソリ)


「…………ふむ、どうやら成功したようですねぇ」

 

錬金術の発動によりうねる電撃を纏い、ナインは一つ安息を吐く。

 

この学園のどこかにいるハーフヴァンパイアの時間干渉型の能力による結界で一時窮地に陥っていたナインだったが、その類稀なる機転と能力の高さがそれに勝った。

 

両拳を握ったり開いたり、肩回し、首をごきりと鳴らしたナインは、片目を瞑る。

 

「少々博打要素もありましたが、まぁ結果オーライでしょう」

「こいつ、マジで時間停止を弾き返しやがったっ…………」

 

アザゼルの驚愕はその場で動ける者たちにも共感を得ていた。 リアスを初めとする、サーゼクスやセラフォルーなどトップ陣も目を丸くする。 だがその中で、ミカエルだけが口をつぐんでいた。

 

「…………ナイン、あなた、いま自分が何をやったか分かっているのですか」

「ん~?」

 

ミカエルが険しい表情でナインに諫言した。

 

「いまのは、自身に対しての錬成です。 あなたの考えは、人間の奥底にある『魂』というものから更に『気力』というエネルギー体の一種を錬成し強くするといったもの」

「その通り」

 

不敵な笑みでミカエルに向く。 すると、ミカエルは一際強い眼差しでナインを見つめ返した。

 

「口で言うには簡単なものです。 しかし、人間に限らず、生物というものは非常に複雑な構造をしています。 70種以上の物質で構成されているなか、本来見えざるエネルギー体である『魂』にまでその錬成意識を到達させることなど、人間には不可能だ!」

『―――――』

 

エネルギー体だとか、魂とか、気力とか、そういった言語を、リアスたちはよく分からなかったが一つだけ解ったことがある。

人間を構成する物質は70種以上にも及び、さらにそれを体内で錬成対象とせずに「理解」しながら掻き分け、目的の錬成対象である「魂」にまで到達したということになる。 理屈は解る、理屈は。

 

これが一体どれほど荒唐無稽な技術なのか、もはや神業に匹敵する錬成法をやってのけたナインに、リアスたちは勿論のこと、サーゼクスたちも脂汗を滲み出させていた。

 

「――――っこれが、超科学界の傑物か…………!」

「はっ、精神がまともじゃないねぇ…………」

「失敗すれば、あなた自身の体内に列する内臓部を滅茶苦茶に混合させてしまうことだってあったのです。

どれだけ精巧な錬成が必要だったか…………成功したから良かったもの、もし失敗していたら――――」

「そんなことは知らない」

 

失敗したその後、すなわちifを考慮するなどバカバカしいのだとナインはミカエルの諫言を聞き入れない。

 

「科学のみならず、技術というものは人の犠牲の上に成り立ち初めて形を成していくものだ。 ミカエルさん、あなたも、私とは比べものにならないくらい長い年月に渡り人間界を見て来ていた。 なら解るはず」

 

ナインらしくも無く熱く、力強く、骨が軋むほど拳を握り締めた。

 

「人類のみに非ずすべての存在において、生ける者は世界の進歩のための生贄になるさだめなんですよ」

「―――――」

「その進歩のためならば、如何なる犠牲を払おうとも省みない。 悼みはしましょう、真っ当ではありませんが私だって人間ですからねぇ」

 

これが、この男を超人にしている所以。

 

「だが、その犠牲が肉親であっても、たとえ自分自身であったとしても、それが己の進歩のためならなんでもしましょう」

「以前あなたは、教会にて、生き残った者が結果として勝者なのだと説いていましたね、それではいまあなたの言っていることは矛盾します!」

 

ゼノヴィアにも、イリナにもそう言った。 コカビエル討伐の際に交わした言葉の内の一つにもそれがあった。

ミカエルは、その言葉がナインの教会時代の口癖になっていたことを天から見て、聞いて、知っていたのだ。

 

しかし、ナインは笑った。

 

「確かに、生き残れば勝ちだ」

「なら…………」

「生き残ってるじゃない」

「――――っ! 詭弁です!」

 

どうしていいか解らないトップ以外の者たちは、そこに立ち竦むしかなかった。 しかし、イリナとゼノヴィアだけは、哀しそうな目でナインを見ていたのを、リアスは見逃さなかった。

 

「ここで私が錬成に失敗し、死んだら。 私という存在など所詮それまでの男だったのでしょう。

世界に選ばれなかった敗北者として潔く死を選ぼう―――――不安もリスクも無い人生などクソ以下だ。 生きていく価値も無い」

「…………おいよ、ずいぶんと話が大きくなりすぎてるぜ、ナイン。 さっきはお前に二つの選択肢があった。

普通の人間なら……いや、まともな精神持った奴なら誰でも解る。 どっち選んだ方が一番無難かっつー分岐点をよ」

 

アザゼルがミカエルを制し、前に出た。 ナインと真正面から対面する、目は逸らさない。

 

「身を任せて停まっちまえばそれで済んだだろ? あとは大人である俺らに任せておけば良かった。

なにをそんなに意固地になってまで危険を犯し、停止の結界を撥ね退けた? 俺はそこが解せねえ」

「…………ああいった窮地を、私は待っていたのだ」

「…………」

 

頬杖を突き直し、アザゼルはナインの言葉に耳を傾けた。

 

「人間というものは、差し迫った危機が無ければ真価を発揮しない節があるのですよ。 私は奇跡など信じませんが、そういった背水の状況下の方が通常の状況よりも覚醒しやすい、または成功しやすいのではと思った次第です」

「…………頭ブっ壊れてんのか。 人と話してる気がしねぇなこりゃ、はは」

 

空笑いのアザゼル。 つまりこの男は、自分の足が止まったときすでにその状況が自分の能力を高めるいい機会であると判断したのだ。

 

一種の判断能力が常人とはズレているため、躊躇いなく危険に身を投じたと言えよう。

しかしそんな大事を、ナインはいますでに過去のものと片づけていた。

 

それよりもとこの今の状況を見回した。

ナイン自身、もう少し早くこの事態に対応するつもりだったが、思いの外長い問答をしてしまったと思った。

 

「さて、終わったことは置いておき、何なんですかねこの状況は」

 

平然と別の話に切り替えるナインを見て、皆冷えた肝もいまは平常に戻っていった。

ミカエルが気を取り直して校庭を見る。

 

「ナイン、これは攻撃を受けているのです」

「誰に?」

 

すると、アザゼルが校庭に向かって指を差した。 その瞬間、閃光がまばゆく光る。

振動が建物を揺らし、夜空が赤く染め上がっていた。

 

黒いローブに身を包んだ者たちが無数に宙を移動して攻撃を仕掛けてくる。

 

「うぉっ!?」

「………………」

 

一瞬の煌めきは、目に直撃を受けると完全に眩んでしまうほどの光力だった。 それを目の当たりにし、一誠は驚きの声を隠せない。 リアスや祐斗、ゼノヴィアとイリナも心ここに非ずといった感じだ。

 

「いつの世にも、時代も、勢力と勢力が和平を結ぼうとすると、それをどこぞの集まりが嫌がって邪魔しようとするもんだ――――魔術師集団のテロリストだよ」

「なるほどね。 して、この奇怪な能力の出所はどこなんですかねぇ」

 

朱乃やアーシア。 そしてシトリー眷属出席者であるソーナや椿姫も停まっている。

ナインはこの状況の原因はどこからなのか、前髪を掻き上げながらアザゼルに問いかける。

 

「さっき、ハーフヴァンパイアと言ったろう?」

「私の眷属よ…………」

 

リアスがアザゼルとナインの間に割って入った。 その身体は紅のオーラに包まれ、静かに怒りを燻らせているようだった。

 

「ギャスパー・ヴラディ、私のもう一人の『僧侶(ビショップ)』よ。 でもなんで…………」

「そいつの神器、『停止結界の邪眼(フォービトゥン・バロールビュー)』を、一時禁手(バランス・ブレイカー)状態にしたんだろうな。 こいつは強力だ」

 

言うと、アザゼルはナインに振る。

 

「錬金術師。 『神器』と『禁手』、この用語は解るよな」

「言わずもがな。 神から人に、賜り宿る無双の代物」

 

顎に手を当てる。

 

「『禁手』については、神器の力の限界突破と言った感じでしょう」

「大体合ってる。 そいつがいま、敵の手によって暴走している状態ってわけだ」

 

あらら、と他人事のように笑ったナインは、今度はアザゼル越しにリアスに視線を送った。

 

「リアス・グレモリーの眷属は暴れ馬が多いなぁ。 手綱は握っておかないと」

「…………分かっているわよっ」

 

もっともな意見に、さすがのリアスも下唇を噛みながらもナインの指摘を受け入れる。

万が一のためにギャスパーともう一人、塔城小猫に留守を守らせていたのにと、リアスは内心悔しがった。

 

「しかしやられたな」

「ええ、転移魔方陣も封じられ、そしてこのタイミングでリアス・グレモリー眷属の力を逆利用……どう考えても出来すぎています」

 

こちら――――会議室のある駒王学園新校舎は、敵方の攻撃を一身に受けていたが、サーゼクス、アザゼル、ミカエルの防御結界で事無きを得ている。 それにしても、この魔力弾の弾雨を校舎の外装に傷一つ付けずに防護しているのは驚愕ものだ。

 

だからこそ、トップ陣であるサーゼクスとセラフォルー、アザゼル、ミカエルは冷静に相手を分析できる。

それぞれの頭たる所以の貫録と対応だった。

 

「でも、これじゃ自由に動けない。 そのグレモリーさんの眷属が囚われているなら、まずそれをさっさと奪い返さなければならないですねぇ」

「もっともだ紅蓮の。 んじゃ早速だが、お前が救出に向かってくれ」

「え、なんで」

 

アザゼルの突然の言葉に、ナインはきょとんとした。 あの不審な黒いローブたちがひしめく外にいきなり飛び出して行けとは人遣いが荒いのではないか、と。

 

しかしすると、ナインを押し退けて名乗り出る者がいた。

 

「いえ、私が行きます。 私は、あの子の主です。

主には下僕を守る務めがあります!」

 

リアスだった。 彼女の瞳には優雅なれど闘志が満ち溢れていた。

下僕を道具のように悪用したこと、後悔させてくれると。

 

「だってさ」

「だってさじゃねぇっ。 外は魔術師で一杯だぞ、それに時間との勝負もある。

リアス・グレモリー一人に行かせても、そりゃ至難だ」

「…………確かに、アザゼルの言う通りだよリアス。 それでも、行く気かい?」

 

サーゼクスに見つめ返されても、リアスの瞳はぶれなかった。 もともと彼女は自分の眷属を家族のように大事にする女性だ。 その兄であるサーゼクスも、その返答は予想できていたものと思える。

 

「相手の戦力を避ける策ならあります」

 

グレイフィアが丁寧に進言した。 この状況下にあって彼女の物腰は、見る者を安心させる、とても心強いものがあった。

 

「お兄さま、私の部室に『戦車(ルーク)』の駒があります。 そうすれば……」

「なるほど、キャスリングか」

 

駒同士を一手に入れ替えるチェスにおける特殊法。

部室に囚われている眷属がいるとすれば、そこにあるリアスの空きの駒である戦車(ルーク)の駒と、リアス自身が持つ(キング)の駒とをそっくり入れ替えれば完了だ。

 

悪魔の駒(イーヴィル・ピース)」などというもの、噂には聞いてはいたがそんな便利なことが可能なのかと、ナインは感心した。

 

「だが、それでも無理だぞリアス・グレモリー」

 

ヴァーリが横合いから入る。 意外な発言者に、一同がその人物に目を向けた。

 

「遠目で見たが、あの校舎の中も魔術師の巣窟、そして罠だらけだ。 下手をすれば外より酷い」

 

すると、ナインがへらへらと笑って言った。

 

「じゃあ逆に考えれば、それほど敵はその停止の能力に頼り切っているというわけだ。

そこを奪還すれば戦功第一間違いなしですねぇ」

「不謹慎なことを言わないでちょうだい、ナイン」

「冗談ですよ」

 

リアスから後ずさる。 しかし、ヴァーリの言う事が本当なら厄介だ、リアス一人であれ以上の兵力を突破するのは無理難題である。

時間制限有り。 その時間切れがいつ訪れるか分からないこの状況において、一人一人との戦闘に一喜一憂していては遅すぎる。

 

一人一撃とまでは言わないが、それほど迅速に進行しなくてはならない。

 

「俺が行きます! 俺が部長を守ります!」

「つっても、なぁ~」

「な――――!」

 

一誠も進み出るが、如何せん乱戦や掃討戦に慣れていないのは致命傷。

 

「数に物言わせて来るやつらに一人一人相手してたら時間が無くなる、やっぱナインだ。 

ミカエル、良いだろ?」

「…………分かりました。 ――――ナイン」

「仕方ないですね、それじゃ、こういうのはいかがです」

 

人差し指を立てた。 リアスと一誠、二人を見ればおおよそ理解できる。

理屈じゃない。 主だから、後輩だから守りたいのだ。

 

しかし我が儘は戦場に通用しない。 かと言い、彼女たちは士気においてはナインを上回っていた。 士気を維持するためには、行かせる他ないのかもしれないのだと、ナインは考察――――最終的にリアスと一誠を会わせ、ハーフヴァンパイアを救出させればいい。 自分は繋ぎでいいだろう。

 

「そのキャスリングとやら、一人しか転移できないのですか?」

「いや、私の魔力を使えばあるいは…………」

 

上手くすればもう一人転移させることができる。 そうサーゼクスは言うとナインは不敵に笑った。

我が策成れりと。

 

「ではまず、私とリアス・グレモリーを転移させてもらいます」

「な――――」

「話は最後まで聞きなさい、兵藤」

「―――――」

 

鋭い金色の瞳で一誠を制する。 先ほどまでの弛緩した雰囲気は一切感じられない、触れれば切れる佇まい。

抜き身の刀のような様相。

 

「このお二人はどうしてもその暴れ馬くんを直々に助けに行きたいようなので、そちらを優先していまさっき脳内で作戦を立てました。 段取りはこうだ――――私とグレモリーさんの二人で旧校舎に転移、その後、敵を薙ぎ払いながらそのハーフヴァンパイアのもとまで辿り着く。 その際、すぐには突入せずにそこであることをします」

「ある……こと?」

 

リアスは眉を顰めてナインの言葉を聞き入った。

 

「私がそこで、新たな転移魔方陣を書き上げ、この会議室と繋げる。 魔力はリアス・グレモリーから拝借させていただきます」

「そんなこと――――」

「できないことはない……できるのか、ナイン? キミは錬金術師だろう?」

 

サーゼクスが険しい表情でナインに聞く。

 

「まぁ、伊達に教会で人間兵器やってなかったんで、それくらいのことはなんとか。

要領は錬金術とは少し違うし、魔術は門外漢ですが、そういった利便性に優れた移動法は習熟しています――――任せてください」

「よっしゃ決まりだ。 異論はねぇな、赤龍帝。 あとヴァーリ、お前は結界の外に出て攪乱してくれ。

白龍皇が出たとなりゃ、奴らも少しは乱れるはずだ」

「…………」

 

納得のいかなそうな一誠。 当然だ、自分こそがリアス・グレモリーの側仕えと信じて来たのに、なにやら負けた気がしてならない。

確かにナインやアザゼルたちの言う事は理に適っていたが、理屈ではないなにかが、一誠を納得させていなかったのだ。

 

一方、アザゼルに命を言い渡されたヴァーリは、一人、”了解”とつぶやくと瞬く間に窓から外に飛び出して行った。

そこに、ナインは一誠の肩を叩く。

 

「リアス・グレモリーもあなたを望んでいる。 だがいま、そうは言っていられない事態なのだ」

「分かってる…………分かってる!」

「後半は一緒に居られますよ。 そのためにはまず、己ができることをしなければ。 その人には、その人にしかできないことがある」

 

ナインは首を鳴らしながら魔方陣に立つ。 リアスを見ると目を逸らしてきた。

何も不満なのは一誠だけではないのだ。

 

「…………よろしく、リアス・グレモリー」

「…………分かったわ、よろしく、ナイン」

 

その瞬間、ナインとリアス、二人の姿を魔方陣の光が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤龍帝、まーだ膨れてんのか? 後で落ち合えるんだからよぉ、そんなしょげんなって」

「しょげてねぇよ…………」

「じゃ、なんでだ」

 

アザゼルの問い掛けられると、一誠は拳を痛いほど握り締めた。 己の無力を、無能を悔やんだ。

それを察したアザゼルは、肩を竦めて言い放つ。

 

「まーお前弱いしなぁ。 でも気にすんな。

考えて見ろ、コカビエルを斃した奴だぞ? しかもお前よりも前から戦い続けていて、実戦の叩き上げで基礎戦闘力も申し分ない。 近年稀に見る戦う錬金術師だ、どう考えたってお前とじゃ釣り合わねぇよ」

 

まず経歴からしてギャップ有り過ぎだしな、とアザゼルは付け加えた。

一誠は負い目を感じているのだ。 年齢が同じなのに、この違いはなんなのだと。

 

「兵藤一誠、お前はお前にしかできないことがある」

「それ、ナインも言ってたぞ…………」

「だからだよ、ほれ」

「?」

 

唐突に投げられた物をキャッチする一誠は、小首を傾げながら渡された二つの腕輪を眺めた。

 

「そいつを、ナインの転移魔方陣がここと繋がるまで持ってろ。 お前の神器(セイクリッド・ギア)の対価になってくれるはずだ」

「ば、バランスブレイカーになれるってのか!?」

「ただし、考えて使えよ? 何しろまだ試供品でしかも使い捨てだからな。 もう一方の腕輪はハーフヴァンパイアに付けてやれ」

 

白い腕輪が二つ。 大きさからして二の腕の奥まで通す輪のようだ。

それが、一誠の持つ赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)のさらに禁手化(バランス・ブレイク)の補助をしてくれると言う。

 

意を決した一誠は、その腕輪を嵌めた。

 

やれることは全部やってきた。 例えただの人間に毛が生えた程度の悪魔であろうと、死ぬわけにはいかない。

 

「部長……後で、必ず…………っ」

 

その瞬間、教室に魔方陣が現れる。 尋常でない気配を察知したサーゼクスはそれと同時に目を見開く。

真っ赤な魔方陣に、一人の女性が、杖を掲げたまま顕現する。 その笑みを不敵にさせた。

 

「まさか――――!」

「―――――世界に、破壊と混沌を」

 

言うや否や、杖先から夥しい魔力を無差別に放出しながら衝撃波を生み出した。

魔力の量、質からしてもただ者でない何かが、この場に降臨しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!」

「――――ごふっ」

「…………」

 

リアスの紅に染まった魔力の弾が魔術師を直撃すると、その勢いで飛んできた背中をナインが蹴り飛ばした。

 

その際、一発の蹴りで廊下の壁面に人がめり込むのは、先ほどナインが自身におこなった錬金術の新技法、「錬気」による身体超強化の恩恵だ。

 

錬金術で練り上げた「気力」は、人体の皮膚表面、骨髄に至るまで鉄の強度にまで鍛え上げさせる。 ただし、これは「変化」ではない。

錬金術を使ったにも関わらず、その身体は変化しているのではなく、昇華していた。

 

錬金術師であるにしても、迫撃をも得意としているナインだ、錬金術で強制的に鉄の強度に練り上げたとしても、身体も追いついているゆえ過剰な負担にもならない。

 

教会に入った当初は、錬金術で類稀な発想や技術を天性として持ち得ていたナインだが、その代わり身体的な才能は平凡だった。

それがなぜ武闘派錬金術師として名を馳せたか。 簡単だ。

 

知的好奇心。

 

人にああいう動きは無理でも、悪魔や堕天使のような人で無い者なら容易くできてしまう。 それはなぜか。

なぜ悪魔はあんなに身体能力が高いのか、肉体が頑強なのか。 奇天烈な態勢からの有り得ない近接体術。

外見骨格は人間とそんなに変わらないのに、なぜだ、なぜだ―――――なぜなのか。

 

そういった疑問を、疑念を、ナインは抱き続けていた。

ついには、好奇心から――――極限に至るまでの身体強化に思考が行き着いた。 それが現在だ。

 

いまのナインは、ある程度の攻撃なら素手で受けられる自信があった。

そんな鉄の強度と化した腕を引いたナインは、いつもの調子で首を傾けてリアスに向く。

 

「さっきからこっちにばかり敵を吹き飛ばして来るのいい加減やめにしましょう、ね?」

 

すると、リアスはどす黒い笑顔を張り付けてナインに向けた。

 

「ふふっ、なんのことかしら」

「そんなに私が兵藤くんと成り代わったのがお気に召さなかったので?」

 

ナインもさっきは少し強引すぎたかもしれないと後悔したが、この旧校舎の内部に降り立ってみてようやく理解した。

 

「この兵力をあなたたち二人だけで突破するのは無理ですよ。 それはあなたも解っているはず」

「だって…………」

「論じたって始まりませんよ、いまこうしているときだって、停止の能力は高められている。

全員停まったら本当にアウトだ」

 

いまもナインとリアスの周りには、数十人の魔術師たちが身構えている。

ゆらゆらと、不気味に漂うローブの者たちは侵入者である二人を再び即座に取り囲む。

 

「しかも埒が空かない。 伏せていなさい」

「え、ちょっと待ちなさいって―――――」

 

これでは自分が来た意味が無い。 旧校舎の制圧を迅速におこなうためにナインはリアスと共に来たのだ、ここで足踏みはしていられない。

 

「ハーフヴァンパイアを奪い返されたら面倒だ、侵入者を捕らえろ!」

「悪魔は殺せ―――――ん? く、黒い弾……?」

 

周囲を囲む魔術師たちは、そのとき目の前に投げられた黒光りする球体に視線がいった。 円を描く様に素早く回転するナインの手元から投げられたものだ。

すると一人の魔術師が、リアスが伏せているのを見て青ざめる。

 

「て、擲弾だ! 撃ち落とせ!」

「こんな近くでは無理――――――」

 

瞬間、それぞれの目前で連鎖的に爆発を引き起こす無数の黒い球体――――「投擲弾」。 魔術障壁もここまで接近されては展開の仕様がない。

錬金術により錬成したスタンダードな爆発物だが、ナインにとってこれが一番使い勝手が良いのだ。

 

爆発するまでの時間差を計算して操る時限擲弾は、瞬く間に魔術師たちを吹き飛ばし、包囲を打ち破る。

 

「あなた、そんな近くで…………鼓膜は大丈夫なの?」

「慣れてしまった」

 

ユニークに笑って見せるナインに、リアスは苦笑した―――――と、その後ろに影――――

 

「よっ」

「がぁっ」

 

リアスの背後に迫った残党を文字通り一蹴する。

顔面を足裏で潰されて吹っ飛ぶ魔術師の手から離れたナイフを、空中でキャッチするとリアスは驚いた顔をしてそっぽを向いた。

 

その直後、今度は自身の後ろから来る魔術師の膝にそのナイフを突き立てる。

 

「がぁぁぁぁぁあッあぐあ――――!」

「もう少し愛想を良くしてくれた方が私としては守り甲斐があるのですがねぇ。 どうにもならないよう――――で!」

 

膝を押さえて悶える敵の顎をつま先でガツンと蹴り上げると、肩を竦めてそう言う。 その言葉にリアスは溜息を吐いた。

 

「別に、あなたのことは嫌いではないわよ?」

「ならどうしてそんな浮かない顔をしている」

 

胸の下で腕を組んだリアスは、少し赤くなって膨れっ面になった。

 

「あなた、何を考えているか分からないんだもの。 掴めないというか、予想できないというか」

「ははぁ」

「な、なによ」

 

ニヤニヤと得心するナイン。 リアスは後ずさる。

 

「兵藤くんや他の男性のような反応を見続けてきたあなたにとって、私のような未知数の人には近寄り難いと、そういうことですか」

 

思考能力が他とは常軌を逸する人間(ナイン)。 人並みの思考を持つ悪魔(リアス)

どちらが普通で、どちらが異常かはその人物の中身が決めることだ。 悪魔だろうと人間だろうと、決まった定義は何一つ存在しない。

 

「と、着いたようですね」

「…………! もう?」

 

早い。 辺りを見回せば、先ほどまで隊列を組んで攻撃を仕掛けてきた魔術師が一人も居ない。

代わりに爆発や爆風の爪痕が刻まれていて、死屍累々の様相を呈していた。

 

「やっぱり……速い」

 

認めざるを得ないと、リアスは感心する。 建物一つの制圧までに十分と掛からなかった。

 

するとナインが床に、何やら魔方陣らしきものを刻みつけているのを見て、リアスもしゃがみ込んだ。

ミカエルから渡されたとされる名品「牙断」を持ってガリガリと削る様に陣を描いて行く。 その様は、原始的だった。

 

いままで、魔方陣など手間もかけずに魔法で刻み込んでいたため、ナインの行動は、より人間的な部分を垣間見させた。

 

「私はいままで、グレモリー家専用の魔方陣を使っていたから、そういう一般的な転移魔方陣は新鮮ね」

「魔力はあなたからいただくので、私のも万能ではありません。 ただ、教会での仕事では隠密の任務もおこなっていたので、相手の転移妨害もすり抜けられるくらいはできないと――――失礼、ここに魔力を注入していただけますか」

「ええ、分かったわ」

 

リアスは自分の両手を、ナインの刻んだ魔方陣の中心に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分前、新校舎。

突如とした乱入者による衝撃波で、会議室の崩壊とともに落下の危機に見舞われた一誠たちだったが、三トップの防御結界で完全に防いでいた。

 

結界内では、リアスとナイン以外の三大勢力会談の要人たちが、この衝撃の犯人を睨んでいる。

 

「先代レヴィアタンの血を引く者――――カテレア・レヴィアタンっ」

「ご機嫌よう、現魔王サーゼクス殿、セラフォルー殿」

 

深いスリットの入った煽情的なドレスに身を包む女性は不敵に笑み、杖を下げた。

その女性の登場に、一番驚いた様子なのはセラフォルー。 いつもの軽快な雰囲気は無く、事の事態を少なくともさっきよりは重く受け止めていた。

 

「あなたが……どうしてここに」

「三大勢力のトップが共同で防御結界……なんと見苦しいこと」

 

挑戦的な笑みで言うカテレアと呼ばれた女性。

 

「旧魔王の一族……過激派の者たちが人間界に入り込んでいたのか」

「その通り」

「しかしカテレア、これはどういうことだ」

「見ての通りです、サーゼクス。 今日この会談のまさに逆の考えに至っただけです。 神と先代魔王がいないのならば、この世界を変革すべきだと、私たちはそう結論付けました」

「世界を変える…………そこまででかい事を考えているなら、もちろん先導者がいるよな。

お前ら旧魔王ごときに世界を変えられるとは思えない」

 

そうアザゼルが言うと、カテレアは攻撃的に反論する。

 

「黙りなさい、私は、私たちはオーフィスの力などなくとも、世界を滅ぼす力を持っています!」

『―――――っ』

 

オーフィス。 その名を聞いて全員が目を見開いた。

よりによって、このテロリストの先導者が最強のドラゴンとは。 赤龍帝、白龍皇、その上には、無限の龍神(ウロボロスドラゴン)オーフィス。 最強の座に着く無双の龍。

 

「…………やっぱりか、だが、オーフィスの野郎も大概勝手な奴だ。 先見の明を持っているとは到底思えないんだが?」

 

アザゼルの問いかけに、カテレアは息を吐く。

 

「オーフィスには、力の象徴としての、力が集結するための役を担っていただくだけです。 彼の力を借り、世界を一度滅ぼし、再構築するのが目的! 我々、『禍の団(カオス・ブリゲード)』旧魔王派の目的!」

禍の団(カオス・ブリゲード)…………やっぱり実在してやがったか」

「何なんだよ、そのカオス・ブリゲードって」

 

一誠がそう問うと、アザゼルは人差し指を立てて説明し始めた。

 

「最近その存在が鮮明になってきたんだがな、テロリストだよ。 三大勢力の危険分子を集めていると聞くし、その中にはお前のような中途半端な奴じゃなく、ちゃんとした『禁手』に至っている人間も所属しているとも聞く。

まだ未知数の危険分子の集合体だ」

 

すると、カテレアが周りを見回す。 何やら一誠たちの陣営を探る様に視線を向けてきているが、やがて不機嫌そうに舌打ちをした。

 

「紅蓮の錬金術師は? 出席させていないのですか」

「…………なぜ、そこで彼の名が出てくる」

 

サーゼクスは眉根を顰める。 なぜここでナインの名を。 しかも、カテレアがナインの名を知っているのか疑問符が尽きない。

カテレアはその問いにフッと鼻で笑った。

 

「彼には、このクーデターの協力者になってもらう手筈でした」

「なんだと…………」

「…………」

 

しかし、持った杖で勢い良く地面を突き、苛立ちを見せる。

 

「しかし、こちらから何度も呼びかけてやっているというのに、あの男ときたら”うん”と言わないのです。 結局、あの男は引き抜けず仕舞い…………ここに居たら少し遊んであげようかと思いましたが」

「ダメだカテレア。 ありゃこっちのもんだ。 お前らみたいな非生産的な妄想族には勿体ない逸材なんだ――――やるかよ」

「…………あなたと紅蓮の男との接触はあまり聞いていないですが」

 

カテレアの問いに、アザゼルは不敵に笑んだ。

 

「一目見りゃ解る。 そして、そりゃいまさっき現実にもなった――――神器の禁手化(バランスブレイク)を、聖剣も神器も持たん人間が無効化するなんつー夢物語を実現したぞ、あいつは。 認めるなっつー方が頭おかしいぜ」

「…………あなたの話を聞き、ますます惜しいと思いました――――そんなことならば、もっと前から力づくでも虜にしていれば良かった」

「…………待てアザゼル」

 

その瞬間、一誠の下から魔方陣が浮かび上がった。 ただ事ではない事態に、アザゼルが不敵に笑む。

やっとか、と。 本人が居ないもんだから話が弾まないったらないぜ、と余裕な笑みを浮かべる。

 

「―――――何やら、私の噂をしているようですが。 どーもお初に…………えーと、誰?」

 

光も止まぬ内に、その男はカテレアを指差してアザゼルに問いかける。 それに、アザゼルはゲラゲラ笑いながら耳元で言った。

 

「カテレア・レヴィアタンだ、旧魔王の一族。 戦争戦争言ってて追い出された奴らだ」

「納得」

「…………紅蓮の、錬金術師――――ッ!」

 

一誠が魔方陣から消えるのと同時に、紅の光の中から現れたのは、ナイン・ジルハードだった。

 

「さて、つまらぬお嬢様のお守りも終わり、私も自由だ――――祭りにしましょう、きっと楽しい」

 

悪戯っぽく、冥界陣営、特にサーゼクスたちには聞こえないよう、皮肉を言いながら開戦の火蓋を自ら切ったのだった。 目の前にいるなら、打ち倒すべき敵であろうと。




文章、語句等、おかしいと思ったらご指摘ください。

ちなみに、ハイスクールD×D用錬金術を現在開発中なので、次の更新がまた遅くなるかもしれないです。
テレビに追いつくのは無理かな……


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24発目 反旗

お陰さまで、お気に入り登録3000件突破致しました。 ありがとうございます。
月並みですがこれからも、「紅蓮の男」よろしくお願いします。


「イッセー!」

 

魔方陣の上から出現した一誠を、リアスは抱きしめる。

旧、新校舎でナインと入れ替わった一誠は、呆けた顔をしてリアスを抱き止めていた。

 

ナインの方策によりハーフヴァンパイアのギャスパー救出を迅速に進めたリアスと一誠。

ここにとりあえずの策は成る。 あとはこの二人の力量に掛かるが、気合が充実している二人にとって、魔術師など、この先の部屋に居る数を考えると物の数ではないことが解る。

 

おそらく、ナインはそこまで計算していたのだろう。 でなければ、わざわざ自分と一誠を入れ替えて救出させることなどしない。

暴走した神器の力を収めるには、その所有者の心持ち次第ということも知識として知っている。

 

付き合いのある、且つ眷属仲間であることは、心を落ち着かせるには最善最良の方法といえよう。

 

そんな二人―――一誠はリアスの柔らかな感触に反応し、口を開いた。

 

「部長…………おれ…………こ、ここは……んっ?」

「ここは、オカルト研究部部室の前。 ギャスパーと小猫がいる部屋の目の前よ」

 

リアスは、彼のぽかんと開けた口を指で塞ぐと、ウィンクしてそう言った。

 

「本当に、転移できた…………」

 

辺りを見回すと、戦闘不能状態の魔術師たち。 一誠は唾を呑み込み、新校舎に目を向けた。

 

「ナイン…………か」

「ええ、ナインのお蔭でここまで速く旧校舎を制圧できたのよ。 悔しいけれど、やっぱり能力はホンモノね」

「部長は、怪我は無いんですか?」

 

そう聞かれると、リアスは一誠の顎を指でさする。 妖艶に笑んで口を開く。

 

「この通り、私は大丈夫よ。 とにかく、ギャスパーを解放しに行かないと」

「…………は、あっそ、そうですね。 急ぎましょう!」

 

リアスの表情に見惚れて緩んだ顔を引き締め、二人は囚われているであろう小猫とギャスパーの部屋の扉を突き破るのだった。

 

そこに、上空でその健気すぎる(・・・・・)二人を見下ろす白の鎧に包まれた銀髪の少年。 溜息を吐いた彼は、醒めたような瞳に赤い龍の少年を映した。

 

「…………いまのキミでは俺の相手には不足しているよなぁ」

 

誰も彼の渇きを癒せない。 戦闘欲というおかしな欲望を渇望するこの少年は、二天龍の性に一番近しいのだろう。 おかしなとはいえ、むしろ片割れの彼が、異常な闘争心の無さなのだ。

 

「まぁいい。 カテレアも動き出したようだし、俺も動いてやるか」

 

顔を再び白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)のマスクにバシュっと収納すると、魔術師の群れを掻き分けながら地上に降りて行く。

 

目指すは眼下に居るトップ陣と有象無象、と、一人の錬金術師。 とはいえ目標は一つであるが。

 

「俺の役目は、紅蓮の錬金術師の捕縛。 黒歌も動くしな」

 

目を瞑り、感慨深げに嗤った。

 

「…………そろそろ潮時だ、悪いなアザゼル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めましてナイン・ジルハード。 私はカテレア・レヴィアタン」

「これはどうもご丁寧に。 旧き魔王の末裔――――レヴィアタンの血統。 私の名はナイン・ジルハード。 趣味は爆破ぁ、くくく……」

 

ニヤリと、嫌味たらしくナインはカテレアに向かって毒を吐く。

”旧き魔王”なのに、きちんと”レヴィアタンの血統”と呼んでいるのが余計にカテレアの神経を逆撫でする。

 

「ナイン、今一度問いますわ。 今からでも遅くはありません――――我々『禍の団(カオス・ブリゲード)』に、いいえ、真の魔王の軍門に降りなさい」

「それは無理な相談ですよカテレアさん」

 

静かに拒否するナインに、カテレアも静かに反論した。 両者燻る戦意を秘め、決裂なら戦闘に入れる態勢だ、予断はもう無い。

 

「なぜです…………あなたはいまの三大勢力に不満はないのですか?

…………二年前、教会錬金術師壊滅事件を起こしておきながら、いまなお天界を支持しようとするのはあまりにも解せない」

「…………それはねぇ、あなたたちの計画があまりにも不鮮明だからだよ。 私はいつも出たとこ勝負上等主義ですが、ここまで未来を見据えていないとなると協力以前の問題だ―――――あなたたち、本当に自分たちがこの地上世界で最強の存在とでも思っているのですか?」

 

あくまで静かに、ポケットに手を突っ込みナインは説明する。 カテレアは焦れてくる。

 

「興味は無いが理解はできる――――だが、誰が本当に強いのか、弱いのか、説得力のある説明をして頂かなければ、私の首はずっと横を振ったままだ」

 

カテレアがスッと目を細めた。 この男は、必要最低限の保障を求めているのか。

この状況で、自分たち「禍の団(カオス・ブリゲード)」が勝利できるのか、また未来にもその計画の成功の兆しはあるのかと……。

 

そのためには――――

 

「私たちが、力不足と」

「そうだ、それを解消せずには私はあなたたちには付いていけない。 沈むと分かっている泥船に乗る気は無いですからね。 そのためには、まずは過去の敗北を払拭していただきたい―――――『けじめ』というのは大事なことだ。 過去をすべて踏襲して勝利した上でなければ、あなたたちに万に一つの勝機は無いことを知りなさい」

「おい、紅蓮の…………お前何を言おうとしてんだよ」

 

なにやら雲行きが怪しい。 カテレアと戦うのではないのか。

過去を払拭? カテレアも、なにを納得した顔で頷いていやがる。 アザゼルは悪寒がした。

 

―――――こいつ、けしかけるつもりか。 冗談じゃねぇぞ!

 

過去と言えば、この旧魔王勢であるカテレア・レヴィアタンはかつて戦後に、魔王領の僻地に追いやられた恥部がある。

それというのも、三つ巴の戦争に最後まで決戦を唱えたものの、力も権力も弱くなってしまった彼女彼らが現魔王に押し負けられたことから始まる。

 

「それは正論です、紅蓮の錬金術師。 確かに、我々を辺境に追いやった者たちにここで勝利することができなければ、世界の変革など夢のまた夢」

 

(そうかこの男。 おおっぴらに裏切ることはできないが、なにもしないことは裏切ったことにはならないと……ふふっ、屁理屈だが頭が回る)

 

「ナイン、てめぇ…………」

「そもそもこの騒ぎは、テロリスト云々以前に、冥界内部の不満分子がクーデターを起こしたことが始まりだ。

人間の私が、魔王の血筋に相対する道理も義務も無い――――『けじめ』…………付けてくださいよ、サーゼクスさん、セラフォルーさん。 あれは(・・・)…………冥界(あなたたち)の過去の亡霊だ」

「天界側だろお前!」

「とはいえ、ミカエルさんとの約定は、この協定会議に出席し証言することが条件。 それ以外は与り知らない。 協定が成ろうと成らなかろうと、天界側として出席しましたが、天界の人間になるなんて一言も言っていませんしね」

 

勝手にやれと。

アザゼルは頭を掻いて溜息を吐いた。

 

「なんて野郎だよ。 ここまで性根のひん曲がった奴だとは思わなかったぜ…………まぁ、いいや」

 

雰囲気一変。 アザゼルの体から黒いオーラが迸り始める。 同時に対するカテレアからも、桁違いの魔力を――――。

 

「いいな、サーゼクス。 俺はナインと違って薄情じゃねぇんでな、お前んとこのクーデター、鎮圧協力してやるよ」

「…………解った。 しかし…………」

「ん? どした」

「思った以上に扱い辛い人格だったな、彼は」

「激しく同意だっ」

 

旧魔王の強大な存在力を目の当たりにして怖気づいたとは思えないし、現にナインはいまも隠然にして笑っていた。

一方で、旧魔王カテレアの出現に驚かされていたグレモリー眷属の面々は、アザゼルとカテレアの戦闘が始まると我に返っていた。

 

高温の熱を擁するほどの激突――――周りに滞空していた同志であろう魔術師たちを蒸発させ、消し殺しているにも関わらず、カテレアは構わずアザゼルとの戦闘を始めていた。

 

「ミカエルさん、これくらいは許してくださいね。 私はまだ、旧魔王クラスと戦うだけの力は無い」

「…………気にしないでくださいナイン。 そもそも、アザゼルが無茶振りだったのです」

 

タイミングよくあなたが現れたからと言って、人の子に”終末の怪物”の一角と争わせる気は無い。 ミカエルはそう言い、サーゼクスに体を向けた。

 

「ゲートの解析は、まだかかりそうですか?」

「ああ、いまグレイフィアが取り掛かっているが、思った以上に堅固でな。 やはりこれは、内部犯によるものかもしれない」

「それまでに、私たちが敵を食い止めます」

 

そこへ勇み出たのは三人の剣士。 紫藤イリナ、ゼノヴィア、木場祐斗だった。

イリナが笑顔を作って己の聖剣を胸に抱く。

 

「もともと、私はミカエルさまの護衛のためにお供したんですから」

「協定成立の証を、ここで見せるというのもありなのではないでしょうか」

「みなさん…………ありがとうございます。 くれぐれも、無理はしないようお願いします」

 

成立の証か、上手い事を言う。

これが会談を邪魔するためであれ、誰かを殺す為であれ、結局そんなことをしたら、三勢力はますます結束を固くする。

 

ナインが先に言ったカテレアの計画の杜撰さと説得力の無さは、このことにも直結していたのだ。

世界の変革というロマンの大きさは認めるが、考えが甘すぎる。 いわば、自力に対して過信にすぎると言いたかったのだ。

 

「実現不可能、博打にもなりませんよこれ」

「ナイン、行くよ」

「え、私も?」

 

当然だ、といった様子で、イリナ、ゼノヴィア、祐斗の三人はナインの動きを待っていた。

ナインの手を取ったイリナが、満面の笑顔で言ってくる。

 

「また、一緒に戦えるね」

「そんなニッコリ言われてもねぇ」

「さぁ、教会三人組、再び結成だ! 敵を薙ぎ払いに行くぞナイン!」

「仲良いなぁ」

 

苦笑いする祐斗は、いまは教会への怨恨は無くなっている。

 

「…………」

 

しかし、その瞬間だった。 突如として迫り来る膨大な魔力の弾が、完全に背後を向けていたナインの背中に直撃する。

いきなり吹き飛ばされたナインに驚愕し、三人は動揺して辺りを見回した――――重なる驚愕だ。

 

地面に完全に穴を空ける程の威力の魔力。 クレーター、いや、それ以上の大きさと深さの穴から、ナインは這い出ながら毒づいた。

 

「ちょっとちょっと、いきなりそりゃ無いですよ――――ヴァーリ」

 

頭上に羽ばたく白龍の翼。 魔力を飛ばした手を胸の前で組み直す。

鎧マスク越しからでも解る不敵な笑み。

 

ここに、白龍皇の叛旗は成ってしまった。

 

立膝のまま呼吸を整えるナイン。 不意打ちであったがゆえに予想外のダメージを負った。

 

「ごほっ……げほっ、ああ…………」

「ナイン!」

 

心配そうに駆け寄る三人。 ゼノヴィアは右肩を、イリナは左肩を支えようしてくる。

しかし、ナインは懐に入ろうとしてくる二人を無言で押し退け――――むしろ笑みを携えながら眦を決してヴァーリを見上げた。

 

「聞けば……あなたたちの頭もドラゴンというではないですか」

「…………」

 

ヴァーリは、そう落ち着いて言うナインを無言で見下ろす

 

「怪物は誰にも従わない、真理だ。 あなたは何も間違っちゃいない」

「…………」

「本能の向くままに、ドラゴンの血に踊らされ続けるのがあなたの人生ならば、その門出を盛大に祝ってあげますよ、へへっへへへへっ――――自由を謳えるのは、本当の強者だけなのだから、ははっははははははっ!」

 

強いから、好き勝手する。 強いから、自由なのだ。

弱者に口無し。 それが、今代の白龍皇の掲げるルールであり、真理なら――――

 

「あいつ――――ヴァーリッ!」

「余所見をしている暇はありませんよ、アザゼル!」

「くそッ――――!」

 

激しい攻防の中、白龍皇の裏切りを察したアザゼルは歯ぎしりする。 なにが――――不満だったんだよ、おいヴァーリ。

 

「…………ヴァーリ……裏切り者は、やっぱあいつだったのかよ!」

「…………白龍皇、やはり平和的にはいかないのね」

 

丁度その頃、ハーフヴァンパイアの眷属を魔術師から奪還した一誠とリアスが旧校舎の入り口からヴァーリの殺意の矛先を見た。 視線を辿れば、ナイン・ジルハード。

 

現に、ヴァーリの視界にはナインしか入っていなかった。

ナインは、腰に差した「牙断」を片手で抜き放ち、ヴァーリに切っ先を向けて口を開く。

 

「人の数だけ真理はあるのだ。 正義も悪も、この世のどこを探しても答えは無い。 ただ、自分にとっては、自己こそが、真理なのだ」

 

以前から解っていたことだが、それを差し引いたとしても、いまのヴァーリの叛旗には驚かないのだ。

 

「そうしたかったんでしょう?」

「…………」

「私もあなたの立場だったら、胸を張って裏切りますっ」

 

その瞬間、すでにナインの背後に迫るヴァーリがいた。 終始無言であっただけに、その分だけこの初撃に注がれている。

言葉は不要だ、戦うだけ。

 

しかしナインは気づく。 瞬間移動のように後ろに現れたヴァーリの拳を、振り向きざまの回し蹴りで蹴り止めた。

衝撃波が起こり、周囲のものは風圧で吹き飛ばされる。

 

そのときナインは冷や汗を掻く。 ”錬気”をあの場面で成功させて会得していなければ、蹴り止めた足は容易く消し飛んでいただろう。

 

人間とは、かくも脆く美しいものであるものか。

 

右手に持っていた牙断を左手に瞬時に投げ替える。 そして、向かって来るヴァーリの中心線を外さずに切っ先を止めると、ビダっと拳を受け止めた。

 

中心を取っていれば、相手は肉薄できない。 もっとも、牙断の頑丈さがなければできなかったことだが。

両者拮抗する鍔競り合いの中、鎧の中からくぐもった声でヴァーリは言った。

 

「はっははは――――楽しいな」

「…………」

 

その言葉を、無視した。

喋っている暇はあるのかと言わんばかりにナインは無言でヴァーリを抜ける。

その間に、ナイフで二閃、三閃と斬り付けるおまけの出血サービスまで加えて――――。

 

ヴァーリは、目前から消えたナインを捜し、その姿を捉えようと振り返った。

 

「っ! 鎧がッ――――」

 

直後、鎧の一部が崩れ去る。

それにはさすがのヴァーリも目を見開き、頬から出た血を拭ってナインを睨んだ。

 

「…………全然見えない」

 

次元を超えた迫撃戦を目の前に、驚愕を禁じ得ないゼノヴィア。 悪魔になってからというもの、大抵の速度は見えるものと思っていたのに――――なんという思い上がり。 それは、同じ騎士(ナイト)である祐斗にも己を叱咤させた程だ。

 

――――人間業じゃない。

 

「………………ふむ」

「いいな、いいぞナイン! 俺の神器(セイクリッド・ギア)を吹っ飛ばすとは。 いよいよ楽しくなってきた」

 

そう言うと、再び光速で接近する。

目にも止まらぬスピードで繰り広げられる剣戟。 速すぎる残像によってヴァーリの手数が増えているが、ナインはそれをすべて受け止めたりいなしている。 それだけではなく少しの隙間に反撃も加える。

 

当然この二人にしか見えない戦況。 なにをしているか分からない。

 

「…………」

「ふふふっ…………」

 

一度距離を取る二人。 右手で左手を抑え、痛そうに手を振るナインを見て、ヴァーリは不敵に首を傾ける。

 

「本気になると無言になるのか」

「いや当然でしょ。 喋ると思考が鈍る、あと舌噛む」

「実に合理的。 錬金術師らしい返答だ!」

 

しかし、ナインはくつくつと笑い始めた。 ポケットに手を突っ込んだまま、低い声で不気味に。

振っていた手である方向を指差した。

 

「私に構っているのも良いですが、いいんですか?」

「なに……?」

 

その方向を辿れば、先まで戦っていたアザゼルとカテレア。 腕を過剰なほど伸ばし、アザゼルの腕に巻き付けている。 それはみるみるアザゼルの腕に染み込むように変化していった。

何かをしようとしているのは確かだが…………。

 

紅蓮の称号をかつて背負っていた。 本能的な部分で勘付くことが可能なのだ。

高空で起きている状況と、いまから起こるであろうその予兆をナインが見逃すはずがなかった。

 

「猟奇的な光景ですねぇ。 私、爆発は好きですが、自爆という観念はどうしても理解できない」

「…………」

 

上空の戦いゆえに、地上で戦っていたナインからは遠目でしか見れなかった。

しかし、目を凝らして見れば、カテレアと、もう一人金色に輝く鎧兜を身に付けているアザゼルに視線がいった。

 

ナインは感心する。

 

「あれは、ただの鎧じゃない?」

「アザゼル得意の人工神器(セイクリッド・ギア)だよ。 なるほど、完成度が高いな。 禁手にまで至れる段階まで来ていたのか」

 

――――上空。 ここでは、ナインの察し通り、カテレア・レヴィアタンの捨て身の攻撃が敢行されようとしていた。

 

「自爆? とはいえらしくもねぇ。 おいカテレア、ここで無駄に命散らすことはねぇ――――利口になれよ、旧魔王レヴィアタンの血統。 オーフィスは、お前の命が散ったところで悲しんだりするような奴じゃあねぇよ」

 

アザゼルは巻き付いた触手のような腕を見てそう言う。 ひどい落ち着きようで、いまから己の体を自ら四散させようというカテレアより落ち着いていた。

 

「ここで、トップ陣の一角を葬れれば私の敗北にも意味がありましょう…………!」

「…………ああ、そうかよ。 ま、最後にサーゼクス流に言わせてもらうと―――――」

 

その瞬間、アザゼルは自分の腕を切り落とした。 もちろん、巻き付かれて今まさに爆発しそうに膨張していた腕の方をだ。

当然巻き付けていた腕は標的本体とは離脱してしまう。 それはあまりにも悲劇で、

 

――――犬死に、等しかった。

 

「”残念だ”」

 

閃光が大十字に迸ったその瞬間、大爆発が起こる。

アザゼルは切り離したあと即座に地上に戻って、その犬死の最期を一瞥した。

 

割れる窓ガラス、揺れる大地。 ナインはその大閃光をその目に映し、優雅にゆっくりと手を叩きながらニヤける。

 

「でもやはり、爆発というのは美しい。 一概に爆発と言いますが、それには色々な、これまた美しい副産物が生じる。 爆風による衝撃波で大地が潰れる様など、ぞくぞくするような快感を覚えるのだ」

「ヴァーリ…………白龍皇が、オーフィスに降るのか?」

 

一人でほくほくするナインを尻目に、アザゼルはヴァーリにそう聞いた。

ヴァーリはそれを鼻で笑う。

 

「従っているわけじゃない。 俺は、強い奴と戦えれば満足なんだ。

だから、オーフィスと組んだ、利害は一致した上での――――」

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』への加入か。 妙毒に犯されたもんだな」

 

やれやれと頭を掻く。 しかし、まるで分かっていたように言う様は、まるで育ての親のような――――

 

「ナイン。 ヴァーリの相手、やってくれるんだよな」

「くっくくく…………は? ああ、まぁ。 少しはやりましたよ」

「自分の世界にぶっ飛ぶのはいいが、浸る時間がちと長過ぎなんじゃねえかと思うんだがなぁ」

 

苦笑いのアザゼル。 そこに、一誠とリアスたちが到着した。

 

「あとは白龍皇一人だけど…………イッセー」

「いざとなれば、戦う準備はできてます――――腕輪もまだ使っていませんし!」

 

ヴァーリを挟むように対峙する。

だが、劣勢こそ戦の華。 それを覆してこそ真に面白みが湧くというものだ。 ヴァーリは暗にそう示しているように手を翳した。 しかし、そこに影。

 

「揃いましたか」

 

何を思ったか、ナインがヴァーリの前に立った。 無造作に歩を進め、構えるヴァーリをアザゼルたちから隠した。

訝しげに目を細めたアザゼルが――――見開く。

 

「…………ナイン、何を考えてやがる?」

 

停止が解けたグレモリー眷属、シトリー眷属たち。 魔術師とカテレアの激しい攻撃も無くなり、結界を解いたサーゼクスとミカエル、その中にはセラフォルーやグレイフィアもいる。

 

ここが潮だと、ナインは悟る。

 

「…………こそこそするのも性に合いません。 ですが、ここで私が三大勢力を離反すると口で言っても信じないですよね」

『!』

 

大仰に両手を広げた。 そして、刻まれた錬成陣を見せるように両の手をバッと前に突き出す。

 

「――――まさか!」

「あの構え…………嘘だろ」

 

合手――――壊れた大地に、更にその紅蓮の両手を走らせる。 しかしそこは総督たる所以。 機転を瞬時に利かし、アザゼルはその場にいたリアスや一誠たちを結界で守護する。

 

「フハハハハッ! ヘハハハハッ!」

 

しかし――――

 

「狙いは俺たちじゃ…………ない?」

 

ズグンッ――――ズンッ――――ボゴンッ――――ボグッ! 大地を隆起させながら迸る爆撃の源の行く先は、結界を張ったアザゼルでも、サーゼクスでもミカエルでも無く――――新校舎と旧校舎両方に向けてナインの意志は。

 

錬成意識を過剰範囲に拡大させているためか、ナインは腕の節々に痛みを感じ始めた。

ついには節々から内出血を起こす。 しかし、ナインはその痛みすらも笑みで消し去り――――

 

「ちぃ!」

 

意図を察したアザゼルは、光の槍の切っ先を錬成途中のナインに繰り出す。 錬成中は、人間は完全なる無防備になる。 おそらく、殺す気で串刺しにしようとしたのだろうが――――それは、意外な人物に止められることとなる。

 

金属音とともに、向こうで大規模な爆発が起き始めた。 到達した錬成は、ナインの狙い通り、新校舎と旧校舎を瞬く間に内側から吹き飛ばす。

 

「俺たちの、学園が…………」

「ああ、なんてこと――――」

 

少しずつ崩すように、大海で沈没する大船のように二つの校舎は荒地に変えられ、大地に叩き付けられていく。

いまだ伝道する錬成のうねり。 ナインは輝く瞳で崩れゆく二大建造物を目に焼き付ける。

 

「形ある物が崩れるのは哀しい。 だが、ヒトがいままで積み上げてきたものが崩れる様はもっと悲しい!

それでも私は求める、求めてしまうのだ……性ゆえに、ふふふ、ふははは…………原点に回帰するッ!

造られた物は壊す! 崩れた物は造る――――これが錬金術だ!」

「まさか、この場面で俺の誘いを受けてくれるとは思わなかったぞ、ナイン」

 

アザゼルと拳と槍とを鍔競り合わせるヴァーリが横目にナインにそう言った。 すると、ナインは笑って言う。

 

「へへへ…………違う…………」

「なに?」

 

不敵に、

 

「私は、あの檻から出た瞬間に、いつかはこうする心算でしたよ。 切っ掛けなどこの際どうでも良かったのだ。 それがたまたま『禍の団(カオス・ブリゲード)』のあなただったというだけでね」

「それこそ願ったり叶ったりだ。 お前がいつかはこうする心算でも、その切っ掛けに俺に白羽の矢を立ててくれるとはな――――で、どうする」

 

ヴァーリは、顎でそれを指す。

その先に、ナインは目を細めて――――ゼノヴィアと、イリナを視界に収めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘だと言って欲しかった。

いま、ナインは何をした。

 

「…………ゼノヴィア」

 

自分たちの通う校舎を跡形も無く吹き飛ばされた。 リアス・グレモリーとの初対面のときの比では無い。

すべてを無に帰す大爆撃だ。 疑いようもない反逆行為に、諭すイリナも唇を噛んでいた。

 

「やっぱり…………そうだったんだ。 あれって、”そういうこと”…………だったんだ…………」

 

そこに、ミカエルが降り立った。 天使の翼が現れ、ゼノヴィアとイリナの前に立っていた。

悪そうに口元を割るナインに言う。

 

「…………あなたの裏切りは、予想していました」

「…………」

 

目を瞑ってそう言うミカエルに、ナインは笑みを消して目を細めた。

何を持って予想していたと言うのか。 予想していたなら、見張りを付けるなりいくらでもやりようはあったはず。

 

「…………戦士イリナ。 彼女が、あなたの不穏当な発言をしたことを私に教えてくれました」

「ほぅ…………」

 

ナインの目がさらに細まると、同時に口にも笑みを浮かばせた。 そういうことか、と。

 

「あの言葉を、信じてくれたんですね――――紫藤さん」

 

ミカエルの横に現れたイリナ。 しかし、言われたことに彼女は顔を横に振った。

 

「私は、嘘だと思ってた。 ナインなりのジョークなんじゃないかって、軽く思ってたよ。

実際にそれを看破したのは、ミカエルさま。 私は、あのときのことをミカエルさまに伝えただけ…………」

「フッフフは…………へへっ! はは、ハハハハハハッ―――――!」

 

すると、ナインは肩を揺らし瞬く間に大笑し始めた。

ナイン自身、あんな話の流れから零した叛意の言葉など、イリナでなくとも誰も信じないと思っていたのに。

 

イリナとゼノヴィアは自分を信頼している。 それはナインも分かっていた。

だから、自分がこれから裏切るなど信じまいと思っていたのに。

 

よりによって、ナインの予想とは違う方向で信じられるとは思わなかった。

しかし、これは嬉しい誤算だと、ナインは笑うのだ。 

 

「素晴らしい、そして嬉しい。 私の敗北ですよ紫藤さん。

あの局面で、私の言葉を信じてくれるなんてね」

「なんで…………」

 

少女は一瞬だけ現実から目を背ける。 信頼してた、尊敬してた、好きだった男性が、自分の側からこれから居なくなってしまうのだと思うと、ひどく胸を締め付けられた。

 

嘘だと、思いたかった。

 

「なんでよっ…………」

「…………あなたの立っているそこは、私にとって居心地が悪い。 分かりやすく言いますと、『三大勢力の平和な世の中』が、ですかね」

 

カテレアのような誇大妄想ばりの世界改変など興味ないが、平和な世になってしまったら自発的な戦いは勿論のこと、人間爆弾の錬成、その他ナインの錬金術は使えなくなってしまう。

 

当然だ、ナインのいま使役している錬金術はもとより、戦略兵器として実用していたものなのだから。

平和になれば、そのような物騒極まる兵器は用済み。 そうなれば、研究の大義名分も無くなる。

 

「なぜ、闘争を望むのです。 戦争は何も生まない。 悲しみしか生まないのにっ――――」

 

三つ巴の戦争で唯一神を失ったミカエルもイリナの心中を察し、唇を噛んでナインに言及した。

なぜ、そのような争いを望むのだと。

 

すると、笑みを消したナインは、真剣な表情となり前髪を掻き上げる。 訝しげに思ったアザゼルは目を細めた。

 

「生存競争」

「なに…………?」

 

一言。 言い出したナインに、アザゼルは疑問符を浮かべる。

 

「平和を謳うあなたたちと、得体の知れぬテロリストたち。 目的は何かは解らないが、それは穏やかでないことは確かなのだ。 その者同士、一体どちらが勝つのか」

 

その瞬間、アザゼルは察する、察してしまう。 おかしな野郎かと思ったら、とんでもなくぶっ壊れた人間じゃねぇかと。 目を見開いて歯ぎしりする。

 

天才すぎた壊れ人間。

 

「てめっ――――まさか…………」

「覚悟、信念、命、意思――――前者二つは誰でも持っているとは限らないが、少なくとも旧魔王や白龍皇が所属するテロリスト集団だ、その気になれば世界を脅かせる。 その正体不明の実力者集団と、あなたたちのような正統な流れを汲み、平和を強く望む者たちが衝突したら――――世界がどちらを、何を選ぶのか見てみたい、それが私の叛意の動機です」

「それでもう一つは、お前の趣味を許容してくれるから、か」

「その通り、さすがアザゼル堕天使総督、よく解る」

 

舌を打つアザゼル。 この男は、三大勢力が気に入らないから叛旗を翻したんじゃない、テロリストの方が居心地がいいからそうしたんだ。 単純明快。

ナインは今後もう二度と三大勢力には戻ってこないだろう。

こちらが平和を謳う以上、奴の居場所はここには…………無い!

 

「そういうことで、私は退かせてもらいます」

 

そう言った瞬間だった。

腰に差してある「牙断」に手を掛けようとすると、ミカエルが光の槍を放っていた。 無音にして皆無の予備動作。

ナインに向かうかと思いきや、それはいままさに手に取った牙断に…………

 

金属音、そしてなにか(・・・)が壊れ、崩れ落ちる音。

カランカランと鳴ったそれは、ナインの足元に散らばっていた。

 

「おやおや、やられました」

 

こともあろうにミカエルは、己が自ら贈呈した名品を、粉々に砕いてしまったのだ。

しかし、粉々になった会談出席の見返りとして与えられた「取引品」をナインはにやにやしながらその最期を見送った。

 

「もうそれはあなたに不要です、ナイン」

「まぁ、いいですけどねぇ」

「ナイィィンッ!」

 

そのとき、怒気を含んだ声が耳に入った。 振り向くと、すぐ目の前に真っ赤な鎧に全身を包んだ少年――――兵藤一誠が肉薄してきていた。

 

アザゼルから貰い受けた腕輪による対価の代用。 禁手(バランス・ブレイカー)赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)」を纏った拳で、ナインに殴り掛かっていた。

 

その突進のようなストレートを、わずか皮一枚空けて横にズレただけで避けた。 勢い余って壁に激突する一誠を見遣り、ナインは無表情にそちらに体を向ける。

 

「なぜそう怒ることがありますか。 薄々解っていたのはあなたでしょうに、熱血少年。

そして、私とあなたでは根本的にそりが合わないのも明白だった――――ジャンルが違う」

「うるせぇ…………」

 

低い声で煙の中で立ち上がる。 すでに腕輪を使用しているのを見て、アザゼルはヴァーリと距離を離すと舌を打って言い放つ。

 

「赤龍帝! いざという時のために残しておけと言っただろう! いまはそのときじゃない!」

 

暗に、いまの一誠では禁手になったとしても万に一つも敵わないことを意味していた。 ”錬気”によって鉄の硬度と化したナインには勝てない。

 

しかも、生身でも後れを取っていたのに、禁手(バランス・ブレイカー)になったからといって…………積み上げてきた基礎戦闘力の差を埋めることもままならない。

 

なにより――――ナインは油断をしない男だということを、アザゼルは気づいていた。

 

「いままで格上だった奴を相手にして勝ってきたのは、向こうの油断もあったからだ赤龍帝。 今度は本当に―――――死ぬぞ」

「それでも俺は、ゼノヴィアを……イリナを……裏切ったあいつを許せない!」

 

ヴァーリは鎧の中で笑う。 なんと感情的で、短絡的な少年。 まぁ、もとが一般人ならそれも仕方ない、と。

ナインに道を空けるように身を退くと、ヴァーリは言った。

 

「ご指名だ、ナイン。 俺のライバルくんは、俺より先にお前に物申したいらしい」

「やれやれ、真意を言ったらさっさと身を引くつもりだったのにねぇ。 なんのために公表したのか…………いやぁ、ままならない」

 

ドシンッ! 両ポケットに手を突っ込むと同時――――一誠の拳をその足の裏で踏み止めた。 眦を決し、無表情で己の拳を受け止めるナインに、一誠は啖呵を切る。

 

「お前は、必ずイリナとゼノヴィアの前に突き出してやる。 いままでお前を信頼してたんだぞあいつらは!」

 

向こうで膝から崩れ落ちている二人の少女――――それを一瞥したナインはゆっくりと目を瞑る。

 

「…………」

「それをこんな形で……女を悲しませるなんて―――――こんな裏切りはねぇだろう!」

「…………残念ながら、彼女たちには諦めてもらうしかない。 私は、女よりもこの世の真理を見てみたいんだ。

あなたの言い分にも非難はしません。 女を守るのは男の役目です、無理もない――――しかし、ときにこういう不幸もあるでしょう。 人生そう簡単に上手く運びはしないのですよ、兵藤一誠」

 

ここに、皆が見守る中、赤龍帝vs紅蓮の錬金術師の戦いの火蓋が切って落とされたのだった。




新しい武器が早くもログアウトしてしまった。 ナイフ系戦闘を期待していた読者さま方には大変申し訳ないと思っている。

この為だけに用意された名品(笑)憐れなり。

そして、原作買っているのにテレビアニメは三話で打ち切った作者をお許しください。見てられなかったもので。


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25発目 爆撃の猛襲

「オーラの量が上昇している…………禁手(バランス・ブレイカー)に至るのがやっとの彼に、どこにそのような力が…………」

 

三大勢力会談にて、協定成立がほぼ確実となった矢先に起こったクーデター。 世界変革を目的として動いた件のテロリスト集団、「禍の団(カオス・ブリゲード)

 

その首謀者とされていた冥界側の旧魔王、カテレア・レヴィアタンが自爆死し、事態は収束に向かおうとする…………はずだった。

 

「女、だろう?」

 

この乱戦の局面で、堕天使側に居た二天龍、その内の一匹「白い龍(バニシング・ドラゴン)」白龍皇ヴァーリが叛意を示す。

 

「それだけの理由で? はぁ、なんとも面白い思考を持ってるねぇ」

 

それとほぼ同時、天界側でミカエルのお抱えとなっていた錬金術師、ナイン・ジルハードまでもが三大勢力を脱退。

その混沌とした戦場ではいま、三大勢力の一角、冥界側、リアス・グレモリーの下僕で、かの赤龍帝、兵藤一誠が紅蓮の錬金術師ナイン・ジルハードにタイマンの決闘を挑む。

 

全員が固唾を呑んで見守る中、その二人の戦いは始まっていた。

 

Boost(ブースト)!』

 

赤い鎧の全身がさらに赤く光り、所有者に力の増幅を伝える。

赤龍帝、兵藤一誠の先手が、ナインの懐に入り込んだ。 ノーガードの腹に拳を叩き込もうと、赤い籠手を纏った拳が猛る。

 

「…………」

 

しかし、差し込まれる直前、籠手を纏った右フックが、フッと垣間見えた片手で叩き落とされる。

 

「うおぉッ!?」

「そぅらっ―――よっと」

 

軌道を曲げられ、前のめりになる一誠に、今度はナインの右膝が襲ってくる――――先手のときと同じくして痛烈な膝蹴りが腹に減り込んだ。

 

「がッ――――!?」

 

胃の中の物がすべて逆流してくる感覚を覚えながら、激痛が一誠の全身に駆け巡る。

そのとき、地面に滴った吐瀉物を見て一誠は目を疑った。

 

「…………血?」

 

震える声で搾り出すように口にする。

 

なにも恐怖から出た言葉ではない。 疑問から出た言葉だ。

リアス・グレモリーと……悪魔として、主として一生付いて行くと決意したときから、血は見慣れていたのだから。

理由は他にあった。

 

吐瀉物ではない―――純粋な血の飛沫が地面に滴るのが見えた。

人間とは思えない蹴りの衝撃ではあったものの、鎧で受けたはずだ。 腕輪の効力もまだ使い始めたばかり――――こんなに早く体にガタが来るはずがない。

 

その間、ナインは一誠の腹にもう一度蹴りを見舞う。

吹っ飛んで転がる一誠は、腹を押さえながら震える膝から立ち上がってナインを睨み付けた。

 

「なんだよそれ…………」

 

身体に言い聞かせるように膝を叩く、叩く。 動けよと。

だが、身体が一個の鉛のように、それに更にもう一つ分の鉛が重くのしかかるように、一誠が立ち上がることを阻む。

 

「まだ……一、二発ぶち込まれただけじゃねぇかよぉ…………」

「さぁ、次ですよ兵藤一誠。 私は意気あって向かって来る者には敬意を払い――――叩き潰すことにしている」

「イッセー! 立って!」

 

次手が来る――――リアスの声を聞いても立ち上がらない。 いや、立ち上がろうにも口を押えるのに手一杯の一誠には余裕が皆無だ。

声援虚しく一誠の土手腹が踏み潰される。 地面にも衝撃が影響し、ズンッとへこんだ。

 

――――足の踏み込みだけで地面が陥没するなど、冗談にしても笑えない。

 

「がは――――!」

「――――ったくバカ野郎赤龍帝…………だから言っただろう。 そいつはいままでのとは訳が違うと」

 

困ったように額を手で押さえるアザゼルを、リアスはキッと睨む。

 

「何が違うの、ナインは人間よ! コカビエルを相手にしているわけじゃない!」

「なんだぁリアス・グレモリー。 そりゃもしかして、相性のことを言ってるのか?」

 

さらに困った顔をするアザゼル。

リアスの言い分はこうだ。

 

コカビエルには勝ったが、未だ生身の人間であるナインが、ここまで一誠を押すはずがない、と。

アザゼルは首を横に振る。

 

「相性じゃねぇんだよ。 地力の問題だ」

「だって…………イッセーは、私と……私たちと一緒にトレーニングも積み重ねて………実戦だって積んで、ライザーにも勝って…………」

「足りない」

「!」

 

声に振り向くと、ゼノヴィアが地面に胡坐を掻いて頭を抱えていた。

イリナもその横で、俯き気味にリアスに視線を向ける。

 

「それじゃ足りないんだよ、リアスさん」

「心技体。 錬金術師に必要なのは、流れを理解することだから、なにも机上の勉学だけじゃないんだ。

教会の錬金術師たちはもっぱら頭脳労働担当で、身体を動かすことなんて不要と思ってるけど、ナインだけが違った考えを持っていた」

 

アザゼルは、諭すようにリアスに言った。

 

「そんで、肉体の強化に着手したのかね。 言われてみりゃ基本だな。 健全なる精神は、健全なる身体に宿る」

「精神が健全かどうかは別としてだ」

「まったくだな」

 

ゼノヴィアがそう苦笑いする。 先ほどナインが試運転として発動した身体超強化技法”錬気”を思い返す。

 

「あいつがいままでどれだけの悪魔を殺してきたと思っている。 私は奴と出会ってまだ浅いが、経歴を調べて来てある程度理解したからな。

迫撃を得意とした悪魔、あなたのように魔力量に秀でた悪魔、魔法を使った罠策略を駆使する頭脳型の悪魔。 その悉くを撃滅してきている。 時には、自分よりも何十倍もの巨体を相手に一人で爆砕したこともあるみたいだからな」

「赤龍帝の頭を冷やさせなきゃ、最悪のシナリオが出来上がっちまうってことだ」

 

――――死、か。

想像するだけでリアスは青ざめた。

 

「ナインだって見て来てるだろうからな。 悲しくなるほど軽い、人の命を…………。 だから、あいつに躊躇いはないだろう。 赤龍帝を特別視しているわけでもないみたいだしな」

「ふ……ざけん、な…………」

 

吹き飛ばされた一誠が、息を切らして仰向けのままそう言った。

爆炎の中から姿を現し、ゆっくりと歩を進めてくるナインを睨みつける。

 

「…………お前を……逃がしたら、いずれまた俺たちの前に現れるだろっ……。

部長たちには手は、出させねぇ!」

「…………」

 

いまは良くても、今後また現れる。 ならばいまここで……叩いておかなければならないと、一誠は歯を食い縛って立ち上がった。

 

しかしそこに、無情にも一誠の居る地面が真っ赤に浮き出てくる。

マグマが噴火する前兆のごとく浮き上がってくる紅蓮の波動は、酸素を求めて外界へ出ようとする魔物そのものだ。 ぐつぐつと煮立つ地面をさらなる超高温で溶解し、極大の衝撃を伴って解き放たれる。

 

「くそぉっ!」

 

――――間一髪。 地盤を地下から吹き飛ばす爆撃を横に跳んで回避した。

 

「ふむ…………ならばここ、と」

 

つぶやくと、地面に付いた手は動かさず、脳内で爆発地点を操作した。

 

さらなる追撃の紅蓮撃が一誠を襲う。 突き刺さる様な爆風と爆炎。

瞬間熱量の爆発的な上昇により、未熟の禁手(バランス・ブレイカー)にひびを入れる。 それが爆風に乗って対象の体全面を打ち据えた。

 

「熱っ――――くっそ…………っ!!」

 

ナインは、再び吹き飛ぶ一誠を一瞥すると、息を吐いてヴァーリに体を向けた。

 

「この辺が潮時だと思われます」

「なんだ、気分が乗らないのか?」

 

首を回して、あーと呻きながら言った。

 

「勇気だけじゃねぇ。 力が無かったら何したってできないものはできないんですよ。 これ以上は痛いだけです」

「あっちはまだやる気のようだぞ」

 

ボロボロになっても一誠はそれでも立ち上がる。 熱さじゃこちらも負けていられない、炎の専売特許はドラゴンである己にもあるものだから。

 

Boost(ブースト)!』

 

引き上がる力。 だがまだだ、まだ足りない。 この紅蓮の男を倒すにはもっと爆発的なきっかけが必要だ。

だがどうする、そんな都合のいいものここにはない。

 

「…………くそ、くそくそッ!」

 

愕然とするしかない実力差に、一誠は歯噛みした。

 

「世話が焼けるぜまったくよぉ」

 

しかし、そこに黒い翼の影。 蝙蝠じゃないその黒翼は――――堕天使の総督、アザゼルだった。

着地すると同時に黒い十二枚の翼を収める。 そして人差し指を後ろ向きのナインに向けて言った。

 

「地力の差があるとはいえ、人間の達人相手だったら互角以上に渡り合える赤龍帝の禁手(バランス・ブレイカー)をちっとも寄せ付けやしねぇ。 惜しいね、それで性格がまともなら、平和な世界で若い女抱き放題だったろうぜ。 知ってっか? 強さってのは単純ではあるが解り易い、人を惹き付ける真理でもあるんだぜ?」

「…………」

「お、揺れたか?」

「…………いえ、あまりにくだらない話に、言葉を失っていただけですよ。 ただ…………強さというものが単純であり真理であることには同感だ。 力が無くては何もできない」

 

そう冷めた口調のナインに、しかしアザゼルは笑みを崩さない。

 

「…………何を考えてる?」

 

ナインが訝しげに片方の眉を上げると、アザゼルは一誠の傍に歩いて言った。

 

考えはアザゼルには有った。 人間であそこまで化け物じみた潜在能力を引き出せるのだ、赤龍帝にもその隠れ潜んだ能力が無いとは限らない。

 

ゆえに賭け。 もっとも、負けて損するとしたら赤龍帝だけだが。

さらに、本当に危なくなれば自分ら上位陣が出ればいいと、若干遊び半分な面もあった。

 

「ナイン・ジルハードはまともじゃねぇ。 なら、こっちだってまともじゃねぇとこ突いてみりゃ面白いかもしれねぇぜ」

「アザゼル……なにを――――」

 

リアスが疑問符を浮かべてそわそわし始める。 何を始める気だ、必勝法でも授けてくれるのか?

 

「――――ここであいつを逃がしたらよぉ赤龍帝、あいつの錬金術…………お前の主さまの胸を爆発させちまうかもしれねぇぞ?」

「―――――!!!!!!!」

 

激震が走る。 しかし、震えていた足は止まった。

一誠の頭の中はいま、一つのことで一杯だった――――

 

「…………………………………………………………」

 

すべてだった。 それが彼の人生思春期に突入してからのすべてだった。

リアスと出会う前からずっと恋い焦がれてきたもの。

 

「おっ……い……」

「うははッ」

 

不敵にナインに向かって笑むアザゼル。 一方で、なにかヨクワカラナイコトバを発した一誠は、次にはっきりと口にする。

 

「おっぱいが……部長のおっぱいが…………小さくなる?」

「ちげぇよ、無くなるんだ。 消失、デリート――――ボムおっぱいだ」

「…………ざけんな」

 

拳を握る力が格段に強くなる。 歯も軋ませ、目の前の敵を一誠は見据えた。

 

「…………ヴァーリ、彼らは一体なにを言いました?」

「……さぁ。 だが、アザゼルの言ったことは聞き取れた。 ボムおっぱい……とか? 言ってる俺もよく解らなくなってきたぞ、なんのことだろうな?」

 

部長――――すなわち、兵藤一誠の主、リアス・グレモリー。

その憧れの女性の乳房が、縮むでも小さくなるでもなく、無くなる。 少年にとってそれ以上の悪夢は無いだろう。 おそらく、本人の命が無くなるよりも――――。

 

「…………部長のおっぱい。 バストが、胸が乳房が…………?

あと一センチ、いや何ミリか膨らめば三桁に突入する部長の美しいバストが…………ナインのせいで0センチに消失するだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」

 

その瞬間、爆発的なパワーアップが起きた。 小並だが、理由が理由ゆえに、それ以外の表現のしようがない。

風圧により、ナインも顔を片腕で覆いながら「ん~?」などと、疑問符を浮かべていた、無理も無い。

 

Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)ォォォォッ!』

 

「ははっ、マジかよ! 主さまの胸が無くなるってだけで力が倍増しやがった!」

「イッセー……なんてこと…………」

 

リアスですら絶望を隠せない。 まさか、自分の胸のことで一誠が覚醒するとは思わなかった。

朱乃ですらも、周りの目も憚らず口が少し開いていたのは秘密である。

 

頬を染めて恥ずかしがるリアスに、ナインは風圧を堪えながら聞いた。

 

「意味が解りません」

「私も解らないわよ! というか、すごいもっともなことを言わないでくれるかしら!」

 

羞恥心に顔を両手で覆った。 耳まで赤い。

 

「いまだけあなたのもとに行きたくなるわ! 恥ずかしすぎて!」

「ついにあなたまでくるくるしてきましたね」

「………………」

 

すると、タタッ、とナインの傍に小走りで寄るリアス。 いま、彼女の心境は尋常ではない。 羞恥心の極致といったものだ。

本当に潤んだ瞳でナインを見詰める。

 

「うわぁ…………本気で困ってますね――――ってちょっと、私の胸に手を這わせないでください」

 

未だ覚醒を続ける一誠。

ナインと腕を組んだ半ば病み気味のリアスは、一誠と対面すると再びナインの胸に顔を埋めた。

 

「部長、なにやってるんですか! ナインから離れてください! そいつはいまから俺がぶっ飛ばします!」

「…………ナイン、私、イッセーと二人でやって行ける自信が無いわ」

 

ナインの服の裾を引っ張りながら慟哭を響かせる。 顔を上げた。

 

「いまからでも遅くないわ。 考えを改めて! そしてイッセーの矯正に一役買ってくれないかしら」

「血迷いましたか、リアス・グレモリー。 そして嫌です」

「うう…………どうしてこうなってしまうの?」

「心中お察しする。 だが残念、私はあなたと一緒にはなりません」

「どうしても?」

「おいおい…………離れてくださっいぃぃぃぃ!」

 

ぐいぐいと腕を引っ張ってねだってくるリアスに、ナインは鬱陶しそうに離れようとする。

過去の犯罪歴や人格等を見れば、ナインとリアスは引き合わない存在同士だ。 だが、一誠の有り得ない理由の有り得ないパワーアップに、本気で将来が心配になってきてしまったのだ、リアスは。

 

「部長から……離れろって言ってんだろーがっ!」

「よっ――――む?」

「キャっ――――」

 

リアスを押し退け、一誠の拳から飛んで避けるナイン。 違和感を感じたのはここからだった。

 

――――さっきよりも、動きが格段に速くなっている?

空中でそう訝しむと、アザゼルが不敵な物言いでナインを見た。

 

「――――言ったろう、神器(セイクリッド・ギア)は所有者の思いに無限に応える! 俺が言うのも変だが――――聖書の神ってやつぁ巨大な存在なんだよぉナイン!」

「アスカロン!」

 

動きが単調で、剣術の「け」の字も無いような杜撰な剣捌きだが、単調なだけに単純にスピードが上がっている。

籠手から突き出たアスカロンで、ナインを追い立てる。

 

そこに、些かナインの甘えが出てしまう。

一つの剣戟を避けた直後、紅蓮の錬成陣を地面に走らせようと手を開いた。

 

「錬成はさせねぇよ!」

 

ズバンッ――――横一文字一閃。 ナインの僅かな甘えから生じた結果だが、これは痛烈だろう、ざまぁみろ…………と一誠は不敵に笑んだ。

遠目で見ていたギャスパーが目を輝かせる。

 

「やった、イッセー先輩!」

 

ナインの手の平に切り傷を刻み付けた。 しかし、攻撃を入れたことを喜んだギャスパーより、リアスと朱乃はいち早く別の優位性を目にしたのだ。 

 

「錬成陣を―――――」

「…………イッセーくんっ」

「錬成陣は魔方陣と違って物理描画だ。 傷つけられたり欠損すりゃ術を発動できねぇ――――こりゃ、大番狂わせくるか?」

 

心底楽しそうなアザゼル。 そうだ、錬成陣は、その陣形を崩される――――すなわち少しでも形を歪めたらその術を使うことができなくなる。 いまナインの手の錬成陣は真っ二つに傷つけられ、さらに滴った血で陣そのものが隠れてしまっている。

 

「終わりだ!」

 

渾身の一閃。 皆の思いと、おっぱいの思いを背負った彼に死角なし。

よろけるナインに、もう一度アスカロンを見舞おうと刺突を繰り出した。

 

だがしかし、その――――瞬間だった。

 

「………………」

「な――――」

 

アスカロンは空を突き――――鎧を纏った腕はがっちりとナインに掴まれていたのだ。

片手で掴むナインに、一誠はもがく。

 

「く…………くそっ――――」

 

(離れない…………!? そんな、くそ、ここまできて!)

 

もがく一誠を構わずに、ナインは態勢を大きく変えた。

掴んでいた腕を離すと、その直後に一誠の首を掴む。

 

「あが――――!?」

 

宙に吊るされていく一誠の体。 その力は言語に絶する――――脱出不可能。

徐々に強く絞まっていく手の力に、一誠はより一層息苦しさを覚える。

 

「舐められたものだ」

「はぁ……ぐっ―――苦しっ――――くそっ…………」

 

言葉とは裏腹ににやにやするナイン。

もがく一誠は、首を絞められながらもアスカロンを振り下ろした。 しかし、そのわずかな反撃のチャンスも――――

 

「…………」

「おりゃっ――――がっ!?」

 

もともと単調な振りが、首を絞められているという状況により拍車をかける。 目を瞑っても避けられると言わんばかりに、龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の上段落としを横に避けるナイン。 その際、掴んでいた首は離さずに一誠の体をそのまま硬い地面に叩き付けた。

 

「うッ――――かは!」

 

さらに、叩き付けて跳ね上がった一誠の体を宙に捉えると、足首を片手で掴み、横に一回転して投げ飛ばした。

遠心力を利用した人間砲丸投げは、かの者に体勢を立て直すことの一切を許さない。

 

「うわぁぁぁあぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁっ!!」

「―――――!」

 

ビュンッ! リアスのすぐ横を飛んで行く。

さっきの大爆撃で瓦礫と化した校舎に物凄い勢いで突っ込む。 激突の衝撃でさらに崩壊した校舎は、一誠の体を瓦礫に埋めた。

 

”錬気”の恩恵による強力無比な腕力が叩き出す超常的な攻撃に、成す術も無い。

 

「………………大地に血を刻む――――なかなか洒落ているでしょう?」

 

その直後、一誠が突っ込んだ瓦礫の山に大爆発が引き起こされた。 爆風で瓦礫を吹き飛ばし、爆炎で木々も燃やす。 崩落の一途を辿る校舎は、もはや原型は留めていない。

 

赤く光る地面に手を付くナイン。 それを見て、アザゼルは訝しげに眼を凝らす。

 

――――錬成陣は使えなくなったはず。

 

しかしやがて、地面に付いた紅蓮の紋様が目に入った。

息を――――呑む。

 

「地面に、血の錬成陣…………!」

 

その地面には、真紅に染まった錬成陣が描かれていた。 それも、ナインの両手に刻まれていた陣と同じ型である。

 

先ほど一誠からもらったアスカロンの傷跡。 それを逆利用した戦法をナインは用いたのだろう。

傷から滴る血の雫。

その直下には、禍々しい紅蓮の錬成陣が出来上がっていたのだ。

 

ナインは、手から流れ出る血をべろりと舐め上げると、不敵に笑った。

 

「………………」

 

――――勝負、あった。

 

「…………とはいえ、帰って治療しなければ。 破傷風になったら大変だ」

「…………こりゃひでぇやられっぷりだ」

 

あーあ、とアザゼルが頭を抱えた。

やはりこの分厚い壁は、勢いだけではひび一つ入れられないのだ。

 

錬成陣を傷つけられた――――だからなんだ。

そのせいで錬金術を使えなくなった――――だからなんだ。

 

武器ならある。 何のための人生だ。

要が一つだけなど誰が言った? 錬金術が自分を支える”唯一”と、どこで言った?

 

「懲りましたか、赤龍帝(・・・)

 

――――全身が、武器なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイン、勝負ありだ」

「…………」

 

手から流れる血を地面に振り払う。

両手の錬成陣を欠損したが、この程度の切り傷ならすぐに治る。 ナインは傷を見てそう思った。

 

瓦礫に埋もれ、もはや姿が見えない兵藤一誠。 それをリアスが懸命に探っているのを見ると、ヴァーリは溜息を吐いた。

 

「ナイン、もう退くよな」

「ええ、先の言葉通り。 殺していこうかとも思いましたが、気が変わりました。 ああも珍妙なものを見せられては、殺す気も失せるというものだ」

 

瞑目。 これは舐めているのではなく、単に本当に殺すという気持ちが失せただけなのだ。

まぁ、そこが兵藤一誠という人物の特性だろう。

 

すると、ヴァーリは短く笑った

 

「紅蓮の錬金術師でも、気が変わるということがあるのだな」

「さっき目の当たりにしたばかりでしょう。 あなたは私をなんだと思っているのだ」

「確かに、悪かった、ふははっ」

 

腰に手を当てたナインも息を吐くと、踵を返した。 背中を向けたままヴァーリに問う。

 

「あなたは? 帰らないのですか?」

 

ヴァーリはガシャリと、リアスに救出された一誠を遠目に見詰める。

 

この赤龍帝の姿を見て、何を思うか白龍皇。 少なくとも熱は冷めたが、いくらから楽しみようがあるかもしれない。

 

「俺は、未来の宿敵(ライバル)くんに聞きたいことと言いたいことがある。 ナインは先に帰っていてくれ、迎えは寄越す」

「分かりました。 いやいやそれにしてもねぇ……行き当たりばったりだった私に何から何まで……礼は言っておきましょう――――ありがとうございます、ヴァーリ」

「なに、お前が加わるのなら安いものだ。 それに、これは”あいつ”の要望でもあるんだ」

「…………”あいつ”?」

 

意味深な言葉を残したヴァーリはすれ違う。 終始ヴァーリの背中を見詰めていたナインだったが、いまはこの場から立ち去るのが先決と判断し、歩き出した。

夜明けが近く、日の出の勢いも良くなってくる――――

 

「はぁ……はぁ……はぁ…………――――ッ!」

 

すると、意外にも、立ち去るナインを追いかける者が現れた。

いや、むしろ当然というところか。 あの二人が、この場面で彼を呼び止めないわけがなかった。

 

「ナイン!」

 

ゼノヴィア、次いでイリナが、ナインのもとに走ってきた。 一定の距離を保ちながらも、ナインの傍にいますぐにでも駆け寄りたいという二人の願望が見え隠れする。

 

足を止め、二人に半分体を向けたナインは無表情。

 

「やぁ、お二人とも」

 

そう言いながらもふと、ヴァーリの方を見るナイン。

 

「…………」

 

二人の通過を許したのはヴァーリの意向だろう。 実際いま、横目でナインに目配せをしているくらいだ。

いままで通じ合い、共に戦った友との別れ。 お互いの立場上、今後も再び会う事になるかもしれないが、袂を別つのはこれが最初で最後だ。

 

だからナイン、最後の別れの挨拶くらいは済ませておけ。 このヴァーリの意外な気配りに若干の気持ち悪さをナインは感じながらも二人と対する。

 

「また、引き止めに来ましたか?」

 

言うと、ゼノヴィアは首を横に振った。

 

「いまのお前に勝てるとは思わない。 何より、お前はここ(・・)を離れたかったんだろう?」

「…………」

 

厳格な表情になった彼女は、胸に手を当ててナインに叫ぶ。

 

「でも、やっぱり私はお前のことが! …………いつの日から、好きになっていた」

「…………」

 

突然の告白に驚きもせず笑いもせず、ナインはゼノヴィアの言葉を聞いた。

 

「なぜ……なんだろうな」

 

共に居た時間が長すぎたことが、この感情を生んだのだろうか。

いや、もっとそれ以上の何かが、ゼノヴィアを惹き付けた。

 

「前のお前は、触れれば爆発するような男で危なっかしかったが……なんだかんだ理性もあるし、優しい事が分かった。 理由はともかく、イリナも助けた。 コカビエルから、私も助けてくれた。 みんなお前に助けられたんだ!」

「………………」

「初恋なんだ、これは」

「………ゼノヴィア」

 

ナインは息を吐く。 その仕草にも胸を掻き毟りたくなるくらい、ゼノヴィアはナインのことを…………

 

「あなたは可愛いですねぇ」

「なに――――!?」

「冗談です」

 

得も言われぬ感情に支配される。 無頓着であったゆえに、ゼノヴィアにこの言葉はきつすぎた。

どう表現していいか、本人には解らない。

 

「しかし、いま私に必要なのは女じゃない。 ゆえに忘れろ……と言いたいところですが、権利という言葉もある。 まぁ、勝手にしてください」

「………………。 ああ、勝手にするさ。 いつかきっと…………」

 

顔を振って気を取り直すと、ゼノヴィアは不敵に笑んでナインに言い放った。

 

「わ、私だって…………!」

 

すると、今度はイリナがゼノヴィアを押し退ける。

ツインテールを弄りながら、口を尖らせて言った。

 

「私だって負けないし…………」

 

言いかけてハッと気づいた。 頬を指でぽりぽり掻いて言う。

 

「ていうか、私たちこうして話してて大丈夫なのかなぁ。 後で、その…………謀反人と仲良さそうに喋ってたってことで捕まっちゃわないかなぁ?」

 

そわそわするイリナに、ゼノヴィアはふん、と可愛く鼻を鳴らす。

胸を反らし、得意げに、

 

「イリナのナインに対する愛は所詮そんなものだ。 ナイン、イリナのことは忘れていいぞ」

「ちょ――――それひどいよゼノヴィア! 私は本当のことを言ってるだけで!」

「固い女はナインは嫌いだよな。 やはり柔軟性に富んだ私が、ナインの将来のパートナーに相応しい」

 

勝手に話を進める二人。 終始無表情にその茶番劇を眺めていたナインは、少し噴き出した。

 

「袂を別とうと曲げない心。 なるほどこういった信念の形もあるのですね――――美しい。 やはり世界は広い、私も励まなくてはなりませんねぇ」

 

言い合う二人を放置し、踵を返す。 斬られた両手を眺めながら、太陽にそれを照らした。

 

「まだまだこれからだ。 働いてもらいますよ、私の錬金術」

 

この会談は始まりに過ぎない。

ここからが本当の競争の始まりということだ。 誰が死ぬか、誰が生き残るか。

目的、夢、願望、渇望、恋。

 

誰が成就させるのか、すべてはこれから。

 

「さて、私もどこまでいけるか見物だ」

 

ナイン・ジルハードは今日、世界の影に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異空間、某所。

 

黒い遊女と呑気な快男子。

 

 

 

「あ、ヴァーリから返事の時間差念話が来~たにゃん」

 

「なんだってー?」

 

「えーと、うん。 とりあえずナインはこっちに付く事になった――――ってマジ!?」

 

「いきなり大声出すなや黒歌、それと胸隠せや」

 

「うっるさいわねぇっ! 私のおっぱいはチャームポイントなんだから、別にいいでしょう! サービスにゃん!」

 

「嬉しくねぇし隠せ。 つか、さっきの話マジなのか?」

 

「…………うん…………うん! にゃははぁ~」

 

「嬉しそうで何よりだ。 で、もう帰って来るって?」

 

「ううん」

 

「へ? じゃあなんよ」

 

「―――――先にナインが帰るから迎えに来てって。 私にご指名にゃん♪」

 

「いや別にナインが指名したわけじゃねぇだろぃ」

 

「美猴はあとでヴァーリの迎えだってさ、じゃ、お先~」

 

「…………黒歌も粘るねぃ。 どうしたって振り向かない男にここまで執着するとは。 ていうか、あいつと黒歌にこれといった接点なんて無かったはずだが……一目惚れってのはありがちすぎるし…………本能かぁ?」




さぁ、次話から原作主人公側からは完全に脱退することになる。 どうなることやら。

黒太陽ってかっこいいよね。 何がかっこいいって、名前の響きがカッコイイんだよ。それだけ。


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ヴァーリチーム
26発目 紅蓮と黒猫


異色揃いのテロリスト集団、「禍の団(カオス・ブリゲード)」に所属する白龍皇、ヴァーリの招きに応じ、突如として三大勢力を離反したナイン。

自らもそのテロ組織に傾倒することになった。

 

ナインの転身はヴァーリですら予想外の事態だったが、結果を見ればなんのことはない。

もともと引き入れたいと思っていたヴァーリは、その場でナインと合意した。

 

今回出て来た「禍の団(カオス・ブリゲード)」の一派は、様々な思惑と力を持った者たちで構成されている。

 

『――――世界を変革するのです!』

 

聖書の神の不在に付け入り、自らが世界を統治、支配するという過激思想を持つ旧魔王、カテレア・レヴィアタンのような者もいれば、

 

『俺は、強い奴と戦えればそれでいいさ』

 

より強力な存在との闘争を渇望する二天龍の片割れ、白い龍(バニシング・ドラゴン)をその身に宿す現白龍皇ヴァーリのような者もいる。

ドラゴンの血筋を差し引いても、ヴァーリ本人の戦闘本能の強さはナインと比にならない。

 

「私はただ、また花火を見たいだけだ」

 

駒王学園裏門前。

血は止まったものの、まだ少し滲んだ手の平の傷を見てナインは呟いた。

 

この男も例に漏れず異端異色の人間。 

爆撃爆発破裂。 さしずめボムジャンキーか、爆弾魔か。

 

そして、この男の求めるもう一つのもの。 真理だ。

生存競争の果て、世界という天は何を選ぶか。 当然のことながらナインも、その狂った生き残り戦争に嬉々として飛び込んだ。

 

「――――えっとぉ……? 迎えを寄越すと言ってましたね。 ヴァーリの仲間といえば確か……」

 

己の目的を再認したナインは、別のことに考えを巡らせる。

いままでヴァーリと会った回数と、その都度傍らに控えていた人物を上げてみた。

 

「実際一人しか思い浮かばないんだけどねぇ、あの恰好はもう見飽きたから、別の人がいいなぁ。 初対面でもいいから」

 

と、駒王学園の敷地内から離れ、結界外に出た。 薄暗い空は平静に戻り、いつもの晴れやかな太陽がナインを照らす。

照る日差しを腕で遮った。

 

「うん?」

 

すると、見事な毛並をした黒毛の猫が歩いてくるのが見えた。

夜だったなら見落としていたであろう漆黒の毛色。 闇に溶けてしまいそうなその黒猫は、ナインの目の前で上品に座す。

 

腕を丹念に舐めるその姿に、ナインはなんの疑問も抱かずに近づいた。

ポケットに両手を入れ、その黒猫の前にしゃがみ込む。

 

「そういえば、動物と触れ合うのは久しぶりだ」

 

そもそもそういった縁もなかった。

 

立派に生えたヒゲを指でなぞると、その猫は気持ち良さそうに擦り寄ってくる。

指だけでは物足りないという風に、ナインの手にその端正な顔を擦りつけてきた。

 

ここは結界の外。 猫など珍しくも無い。

人通りも多い場所だ、普通の猫だろう。 ナインはそうして、先ほど頭をよぎった黒い和服の猫又を可能性から除外した。

 

「…………行きますか」

 

そう言い立ち上がる。

もともとナインは一人。 ヴァーリに付いたとはいえ、それは揺るがない。

しかし、以前借りていた高級マンションは、同居していたゼノヴィアとイリナに勝手に引き継ぎを済ませたため、寝床を探す事から始めなければならなかった。

 

この街に留まる理由は無い。 そのため、一、二週間くらいは歩き詰めても良い気がしていたのだ。

 

するとそのとき、にゃあ、という鳴き声が耳に入った。 鈴の音のような綺麗な鳴き声。

 

「む、おっと?」

 

しばらくナインの背中を見ていた黒い猫が、何を思ったか肩にジャンプして飛び乗った。

ナインが重みを感じると、その猫は彼の顔のすぐ横に座していた。

 

「…………」

 

横顔を見詰める瞳が、ナインの足を止めさせる。

吸い込まれるような黄金色の瞳がナインをまっすぐ見詰めていた。

 

「なんだというのだ…………」

 

と、横目で黒猫を見ると、さっきとは打って変わって欠伸をしていた。

一瞬、舌なめずりをしているように見えたのは気のせいか。 否、おかしい。

 

「…………まさか、ね」

 

ははっと軽く笑うと、今度はぺろんと頬を舐められた。 なうー、と可愛い声を出しながら、不気味なほど綺麗な赤い舌で。

背筋を寒風が通り過ぎるような感覚を覚えさせる。

 

いよいよおかしいこの猫の挙動に、ナインもようやく訝ることを覚える。 が、そのときはもう遅かった。

――――周りに人が居ない。 辺りを見回した。

 

その直後、突如のしかかられる感触をナインは感じた。 肩にだけかかっていた重みが、体全体にガクンと重くのしかかってくる。

 

「む…………」

 

襲撃か!? 変な勘違いをするナイン。

ようやく重みが一定に留まるのを確認すると、折れていた腰をゆっくりと上げて体勢を立て直す。

 

「…………にゃん」

「…………」

 

ナインは無言で目を見開いた。

肩乗りサイズに留まっていた猫が、和服を着崩した妖艶な美女に早変わりしているではないか。

 

「まさかとは思いましたが…………」

 

肩に乗った顔は端正だ。 成熟した躰付きで、ナインの背中を柔らかいもので刺激する妙齢の美女。

零れ落ちそうな大きな乳房は厭らしく潰れる。

 

強い香りも発しているのだが、気持ち悪くはならない。 女の香りと表現するのが正しかった。

まさに健全な男子が嗅げば、媚薬の効果も発揮する。

 

「また会ったにゃぁナイン」

 

そう耳元で囁く美女。

ナインの右肩に、細く可憐な手を這わせるように置いた。

 

熱い吐息をかけられ、相手が誰か解った途端にナインは溜息を吐く。

 

「わざわざ人を払ってまでこんな真似をするなんてねぇ。 あなた、普通に登場もできないのですか――――ただでさえ痴女のような容姿恰好をしているというのに…………」

「そんなの地味地味にゃん。 気になる異性にはインパクトが大事って言うもの」

 

妖艶な笑顔を見せる美女には二本の尻尾があった。

束になったそれは、右に左にとリズミカルに振れる。

 

背中に密着したまま、黒猫だった美女は、ナインの耳元で悪戯っぽく微笑んだ。

 

「会えて嬉しいって言ってるでしょ、ほら、尻尾も立ってる」

「知りますかそんなこと」

 

自分の尻尾を指差す美女の名は――――黒歌。 白龍皇ヴァーリとともに、ヴァチカンでナインを勧誘した者の片方の女性。

そして、マンションで二回目。 これで三度目。

 

ナインからしたら数度ではあるが、黒歌からしてみればもう何十回も顔を合わせていると錯覚してしまうほど、出会いのインパクトが大きかった。 一回一回の出会いに重みがあることを、黒歌は喜ぶと同時に自負している。

 

「ふぅ~ん…………」

 

微笑むというより、瞳を細めて不敵に笑う、獲物を見付けた肉食獣のような雰囲気。

植物で例えれば食虫植物か。 甘い香りを漂わせ、掛かった獲物を絡め取り肉を喰らい骨を抜く。

 

「にゃははっ」

 

もっともこちらは、捕まって魅了されれば最期、別の意味で骨抜きにされるだろうが。

すると、早くも平静を取り戻し歩き出しているナインを見た黒歌は、首に回していた腕を離す。

 

「ようこそ、『禍の団(カオス・ブリゲード)』”ヴァーリチーム”に」

「ヴァーリチーム?」

 

そう聞かれると、ナインと並んで歩き始めて指を立てる。

 

「そう、二天龍白龍皇。 ヴァーリ・ルシファーがリーダーを務めるフリーダム集団にゃん」

「ルシファー…………へーそうだったんですか」

 

ルシファーといえば、サーゼクスの現魔王としての名だ。 黒歌はなぜか自分が得意そうに胸を張った。

 

「そ、ルシファー。 前魔王と人間の母親の間にできた子供…………プレミアものよねぇ」

「そして『白い龍(バニシング・ドラゴン)』の宿主。 どちらがおまけか分からない豪運の持ち主ですか」

 

豪運とは言ったが、実際ナインはヴァーリの出生に同情した。

そんな生まれを持っていながら、堕天使に引き取られていたということは、何かしらの理由があるに違いない。

 

「…………まぁ、それも碌な理由ではなさそうだ」

 

それよりも現在(いま)だ。

腕を組んでやたらと胸を当ててくる黒猫をどうにかしなければならなかった。 歩きづらい。

 

日本の季節はいま夏だったか、と思うと余計に暑く感じてきた。

黒歌とナイン、触れ合う体の部位という部位で熱を伝え合う。

 

特に二つの規格外の双丘は、他の部位より多分に熱と艶を伝えてきた。

ナインの腕をその豊満な胸の谷間に埋める黒歌。 むにゅり、と一際強く乳房に減り込ませると、上目遣いで表情を観察してきた。

 

「…………」

 

無 反 応 。

 

片腕は大変なことになっているというのに、表情一つ崩さない。

しかし、そんなことは解ってる。 この男がこんなことくらいでいまさら心を乱すはずがない

だからじゃあ、こういうのはどう? 黒歌はより妖艶に、官能的な唇から言葉を発した。

 

「ねぇ」

「なんですか」

「子作り、しない?」

「…………なぜ」

 

唐突に、大変なことを口にした黒歌に、ナインは顔を向けた。

何度となく口説いても振り返らなかったナインがこちらに振り向いてくれたのが意外で嬉しかったのか、黒歌は一瞬驚いた顔をする。

 

しかしすぐに意味ありげに笑みを深め、ナインを覗きこんだ。

着崩された和服から覗く巨乳。 その双丘がこさえる深すぎる谷間を、黒歌は再び見せ付けた。

 

「そこはきちんと反応してこっちを向いてくれるのね。 お姉さんポイント高いにゃん」

「正気かどうか問う気にもならないですが…………あなたは盛った畜生か」

 

すると、黒歌は少しむっとした。

畜生と言われたのが気に入らなかったのであろう、擦り寄る体は休めずに、しかし、ギリっとナインの腕に爪を立てた。

 

爪痕から血が滲み出るのを見て、ナインは肩を揺らして薄ら笑う。

 

「いつもにこにこにやにやと、舐めているのかと問いたいなぁ。 食った態度はその辺にして欲しいものだ」

「強い遺伝子、欲しいのよ。 ほら、テロリストになんて入ってる身だから、早い内に子供を作っておきたいじゃにゃーい? 強い子を欲するのはいつの時代も同じこ・と」

 

そう言うと、血の滲んだナインの腕を先ほど自分がしていたように丹念に舐め始める。 生暖かいざらざらした感触をナインは感じた。

 

「にゃぅ……おいしっ♪」

 

舐め上げると、黒歌は前言に付け足す。

付けた傷をペロンと一舐め。

 

「別に食ってなんていないわよ。 ヴァーリも認めた実力者に、舐めた態度なんて取るわけないじゃない。

これは私の性分よ。 あと、畜生はちょっとムカッと来たにゃん」

「盛っているのは否定せずですか」

「当然、いますぐ子作りエッチしたいにゃん」

「…………なぜそこで胸を張る」

 

そんなに男としたければヴァーリとしてきなさい。 ナインはそう言って黒歌を体から離した。

 

すると黒歌は不満そうに口を尖らせる。

 

これでもかと、和服をさらに着崩してナインにしなだれかかった。

ナインの、細くとも厚い胸板に顔を預ける。

 

「もぅ、冷たい男にゃぁ」

 

起き上がり、正面から見つめながら、ナインの胸板を指でなぞり――――鎖骨をくすぐり始めた。

 

「…………怒らないでよ、本当よ? 真剣だもの」

「…………」

 

ナインは、極めて性欲の低い男という人間だ。

人間であるため、完全に無い、とは断言できないが、少なくとも通常とは言えない。

 

一種の仙人のような存在に限りなく近いと言える。

 

「ねぇねぇ」

 

しかし止めない黒歌は、鎖骨をくすぐるのを止めたかと思えば、再びナインの首に腕を回す。

至近距離で見つめ合う両者は、まずナインから眉を動かした。

 

「猫又の性か……………」

「ヴァーリは白龍皇。 当然アプローチしたわよ? でも断られちゃった、ねぇだから慰めてよぉ」

 

なかなかしつこい。 そういえば、あのときはミカエルが来訪したため中断されたか。

しかし、いまの黒歌を縛るものは無い。 いつの間にか建造物の路地裏に連れ込まれていたナインは、肩を竦める。

 

「…………」

「ヴァーリや赤龍帝、二天龍の血筋は先天的なものでしょ? でもあなたは違うにゃん。

遺伝子とか、血筋じゃない。 まして神器でもない。 持ってないもんねぇ、ナインは……ここまで自分の力だけで上がって来たんでしょ? 私はほら、猫又だからぁ?」

 

黒歌本人も猫又としての血筋のおかげで仙術を体得。 才能もあり気の流れを理解することができた。 それにより身体能力も申し分ない。

だがナインは…………

 

そう考えると益々興味が湧いてくる。

早くこの男の中身が知りたい。 黒歌は、急かすような雰囲気で一気にナインとの距離を詰める。

 

「錬金術に対する情熱と求道。 あなたの能力の高さの秘訣は、その気構えにあると見たの……ううん、きっとあなたにはそれしかなかった」

「…………」

 

錬金術と、肉体一つでここまで来たのだ、興味も出よう。

 

昨今、運良く神器(セイクリッド・ギア)を宿すに至るも、もともとが軟弱であったゆえに使いこなせていない者が世界にいるのも現状だ。

 

そんな中錬金術という、人間が持ち得る知識と法則に縛られた科学技術のみを引っ提げてこの超常の戦いに現れた。

狂気の域にまで達した錬金術は、この男に力を与えた。 そしていままだ成長を続けるのだ。

 

さらにこの先も、命ある限り戦い続ける。 極限状況を利用すれば、錬金術の極致を知れる……否、知らねばならない。

黒歌に壁に追い込まれるナインだが、気にはせず。

周りがすべて雑音に変わる。

 

「…………」

 

今のままで満足はしない。

究極に至るには、まだまだ知識と力が必要だ。 真理を見るにはいまのままでは足りないのだ。

 

「無視にゃ?」

 

思い詰める表情のナインをすねたように見上げる黒歌。

覗き込んでくる黒歌と視線同士が交差すると、ナインは言った。

 

「気持ちは分かりました」

「じゃあ…………」

「しかしそれはダメでしょう」

「なんでよぉ」

 

ねだるようにナインの腕で遊ぶ黒歌。

しかし、その手を払う。

 

「私の爆弾になってくれればあるいは……いきり立つことくらいはあるかもしれません」

「うにぇ~……」

「冗談です」

 

そう言うと、ナインは黒歌とすれ違うように歩き出した。

 

「そういえば、バッグとかは? あのマンション引き払ってきたんでしょ?」

「引き払ったというより、あそこは放置してきました」

「はぁ!?」

 

素っ頓狂な声を出す黒歌。 いま、ナインは手ぶらだ。 何も持っていない。

首を傾げるナインに、黒歌は詰め寄って行く。

 

「財布は?」

「マンション」

「替えの服は、通帳は?」

「マンション」

「おバカにゃんナイン!」

 

ポカ、とナインの頭を軽く叩いた。 黒歌は口をへの字にしてナインを指差す。

 

「家出るってときに、私物も持たずに出て行く気だったの!? …………その同居人は誰だったの!」

 

あそこは悪魔の管理するマンションだ。 当然、テロリストに傾倒したナインは居られない。

人間界の一般的なマンションだったらどんなに良かったか……しかし、もう遅いのだ。

 

誰という黒歌の問いに、ナインはさっと答えた。

 

「ゼノヴィアさんと紫藤さん」

「うわ~」

 

思いっきり敵陣である。 しかし、顔を手で覆う黒歌に、ナインは彼女の肩を叩いて笑う。

 

「まぁ、私には必要がなかったものだ。 気にすることでもなし。 言ったでしょう、私は出たとこ勝負大好きと」

「…………残った貯金は? あんな綺麗なマンションに住んでおいて必要無いはにゃいでしょ。

あ、もしかして全部使っちゃったとか? なら――――」

「記憶が正しければ数千万ほどですね。 使う機会が無かったもので、教会時代に貯まりに貯まってしまいまして」

「今すぐそこ行くにゃ」

 

問答無用だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「派手に吹き飛ばされたな、こりゃまた……」

 

跡形残らず吹き飛ばされ、木端微塵の瓦礫の山。 荒地となったその場所に、アザゼルが立っていた。

あちこちでは、悪魔、堕天使、天使、三大勢力の手勢が共同作業で崩壊した校舎を元に戻している。

 

そこに、アザゼルと同じこの惨状を見るミカエルはサーゼクスに頭を下げる。

 

「申し訳ありません。 学園校舎を…………」

「いや、気にしないでくれミカエル。 こちらから死者が出なかったのがせめてもの救いだろう…………人間界で作る建物なら、いくらでも建て直せる」

「つっても、ヴァーリの奴が赤龍帝にけしかけるとはねぇ。 いまの赤龍帝には興味ねぇと言ってたはずだが…………」

 

ミカエルが頭を上げた。

 

「それはやはり、ナインとの戦いで僅かに発現した覚醒の可能性と、その方法ですか」

 

ナインと戦ったあと、一誠はヴァーリにもまんまと挑発され二回戦へと突入してしまったのだ。 そのおかげで疲労困憊で、さきほど医務室に搬送され、アーシア・アルジェントに回復の術をかけてもらっている。

 

他の眷属たちは一時待機として散開させているが……。

 

「おかげで赤龍帝は疲労でぶっ倒れ。 弱い者いじめも甚だしいぜ、ヴァーリ」

「紅蓮の……ナインの離反によって心に深く傷を負ってしまった者も少なからずいるようだ。 特に妹の眷属、ゼノヴィア…………」

「こちらは戦士イリナです。 どちらとも、エクスカリバー奪還の際にナインと合力した者たちです」

 

すると、アザゼルが心底複雑そうに顎をさすった。

 

「気になるのは朱乃だ。 そんなに接点がなかったはずのあいつが、なんでかナインが居なくなってから落ち着きが無い。 まさかあいつも…………?」

 

アザゼルの推察に、ミカエルが首を横に振った。

 

「それは無い話でしょう。 しかし、姫島さんがナインを気に掛ける理由はあります、といっても、これしか考えられないのですが……」

「あ? はっきりしねぇな。 俺たちの知らねェとこでなんかあったのか?」

「それは―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

雷の巫女――――姫島朱乃は戸惑っていた。

あのとき、姫島神社で彼女の存在と真相を明かした日のことを思い出す。

 

『その人の人格を形成するのはその人だけだ。 他の誰でも無い』

 

『あなた自身が強くならなければ、未来永劫に彼に依存し、彼無くしては生きられない身となってしまうだろう』

 

この教え。 言葉だけ聞いたとしても、その深層心理は介せない。 ゆえに時間が必要で、教示してくれる人が必要だった。

この言葉には、それ以上に深い意味がある。

 

『俺が助けますよ、朱乃さん!』

 

深い意味がある。 それだけに、茶髪の少年の笑顔が、朱乃の中で自発的にかき消された。 それではダメなのだ。

私のこの翼。 二種の翼は、そんな言葉だけで解決できるほど小さいものではない。

 

「イッセーくんが私を助けてくれても、私が変わらなければ…………」

 

差し伸べられた手を掴むだけで救われる。 なんと簡単なことだろうか。

確かにこの言葉は嬉しかったけれど、果たしてそれだけで、私は真にこの二種類の翼――――悪魔と堕天使の混血の業を乗り越えたことになるのだろうか。

 

答えは否だった。

 

手取り足取り救われて、それで進歩するのか否か。

ゆえに、ナインの言葉を欲している。

 

錬金術師。

なによりも論理的に考えられる人間。 幅広い視野を持った男性。

 

「…………イッセーくんを、侮らなかったヒト」

 

薄ら笑いながらも一誠を相手に一つの罵倒の言葉も発さなかった。 

 

一誠より明らかに格上にいながらも、戦う意志を持った者には等しく相対する。

 

いままでの格上相手は皆、一誠を軟弱貧弱だと蔑み、同じ土俵に立つつもりは無かった者。

その結果、驚くべき成長速度に逆に圧倒されていた。 そして、いずれも覚醒した一誠に敗北を喫している。

 

「ライザー・フェニックスとのレーティングゲーム、その後の非公式試合も然り……ですわ」

 

人として狂った趣味を持っている彼だが、話してみると意外と普通。

 

以前も、学園でリアスと自分の公開授業に顔を出してきた。

おそらく、ナインはそういうタイプなのだろうと、朱乃は察している。

 

ナインなら、あの人なら、もしかしたら真剣に相談したら真剣に向き合ってくれるかもしれない。

 

救われるのではなく、自分で乗り越えられる方法を、朱乃は見付けたかった。

 

多分してくれる。 そういう確信が、朱乃にはあった。

 

「あれ…………姫島さん?」

「朱乃さん…………?」

 

そう考えている内に、自然と足が運んでいた。 それはいま出会った彼女たちも同じことで――――

ゼノヴィアが意外そうな表情で朱乃を見た。

 

そう、ここはナイン、ゼノヴィア、イリナが住んでいたマンションの前だ。

若干塞ぎこんでいる朱乃の顔が、イリナの目に入る。

 

「まさか……姫島さんも?」

 

ごしごしと目元をこすったイリナの目の下は、泣き腫らした痕が鮮明に残っている。

自虐気味に朱乃は目を瞑った。

 

「…………なんででしょうね。 一度話しただけなのに、彼との会話が耳から離れない。

答えを知りたいと思っている自分がいるのです、あなたたちは?」

 

そう正面から聞かれると恥ずかしいのか、イリナはあはは、と渇いた笑いを出した。

離れ離れになってもその想い変わらず、泣き腫らした顔が朱に染まる。

 

「先ほどリアス部長から聞いてな。 どうやら、ナインが借りたマンションの一室…………昨夜のうちに名義がグレモリーに変わっていたそうだ」

「勝手に変えるなんてーって、リアスさんは怒ってたけど、お兄さんに言ってしっかり引き継いでくれているの」

 

だから、あの一室は私たち二人が使うことになってるの、と。 優しく笑んだイリナはそう言った。

 

「私は、イッセーくんたちがよくゼノヴィアちゃんを迎えに来ていたのを見ていたから場所を知っていたのですけど……自然と足がこちらに向いてしまいました――――ナインさんはもういないのに」

「…………姫島さんは、ナインと接点ってありましたっけ?」

「そうだな…………そういえば私も分からん」

「ああ、ゼノヴィアちゃんたちは聞いていなかったのね…………話は長くなってしまうけど―――――」

 

いい? と作り笑いで話を切り出そうとする朱乃。 しかしそのとき、その場に不釣り合いな会話が聞こえてくる。

非常に呑気で…………傍から見れば楽しそうな。

 

「不用意だって言うにゃぁナインはぁっ、すべてにおいて!」

「耳元で五月蠅いですねぇ。 いま向かってるでしょう?」

 

三人はその光景に目を見開いた。

 

「にゃぁもうっ!」

 

着崩した黒い和服でナインの腕に纏わり付いている黒歌と、それを鬱陶しそうにしているナインがこちらに歩いて来たのだ。 一般目線から見れば確実にあらぬ誤解をされかねない。

 

「…………時代劇でこういう光景は見たことがあるぞ、イリナ」

「うん、イケメン悪代官に騙された花魁さんみたい。 時代観がお互いちょっと違うけど…………」

 

和服の黒歌に、赤いスーツのナイン。 なるほど確かに、イリナの突っ込みは適格と言える。

肩どころか胸元までざっくり開き、肌を剥き出した姿は遊廓の女を彷彿とさせた。

 

「思うんだけど、あのスタイルで和服はアンバランス過ぎると思うんだけど」

「イリナ落ち着け、日本語が少しおかしくなっているぞ」

 

零れ落ちそうな危険な果実。 ここは外だ、一般人も通るはず。

分かっててその恰好ということは、自信ありか! と勝手に妬みを募らせるイリナ。

 

悪代官……というのは、もともと悪そうな顔をしているナインにはそういう印象が少なからずあるからだ。

無表情の中に僅かな笑みが含まれる。 計算高そうな男に見えないでもない。

 

「あ、あらあら…………」

『あ』

 

すると、三人の存在に気付いたナインと黒歌が立ち止まった。 制服姿の朱乃と、いつものピッタリとした戦闘服を着たゼノヴィアとイリナを見回すと、二人は顔を見合わせた。

 

にわかに、

 

「ほぅら、だから言った。 あんなことがあった後で、家宅捜索が入らない訳がないんですよ、黒歌さん」

「うるさいにゃー! だいたいナインがお金を忘れたのがイケにゃいんでしょ!」

 

ギャーギャーと言い合いが始まる。 そのとき、イリナは面白くなさそうにむっとした。

 

「ちょっと、あなたたち!」

「む?」

「にゃん?」

 

振り返る二人。

イリナは指を差して遣り切れない感情を言葉にする。

 

「なにしにきたのよ…………ナインは特に…………」

「…………」

 

呼ばれたナインは、イリナに向く。

 

「ていうかそこの女性! この前ここでナインと戦ってたはぐれ悪魔!」

「あら、私のこと覚えててくれたのお嬢ちゃん。 てっきり、この子にばかり見惚れてて忘れてるかと思ってたにゃん」

 

言いながらナインにますます密着する黒歌。 横から彼の腰に抱きついた彼女は、舌をぺろりと出してイリナを挑発する。

 

「うぅぅぅ~」

「落ち着けイリナ。 誘いだというのが分からないのか!」

「だってだって! ゼノヴィアも悔しくないの!? 私たち、いまのところナインとは一番長い付き合いなのに!

こーんなぽっと出のおっぱいお化けに取られてる!」

「確かに遺憾だ……が、ナインはもうすでにこちら側ではないんだぞ?」

 

ゼノヴィアがそうイリナを説得しようとするが…………ゼノヴィア自身も遣る瀬無い気持ちなのだ。

ナインの事は、悔やんでも悔やみきれず、心のどこかで戻ってきてほしいと願っている。 そんな不安定な彼女の言葉に、同じくナインを想うイリナが聞く耳を持つはずもなく。

 

しかしそこで、黒歌はむっとしてイリナに言った。

 

「おっぱいお化けとは言ってくれるにゃん。 正真正銘のホ・ン・モ・ノ。 まぁ、あなたたちじゃあスタイルで私の敵にはならにゃいわねぇ」

 

ぽよんと、自分の自慢とする胸を下から両手で持ち上げる。

男好きする黒歌の躰はとどまるところを知らずだが、その言い合いにナインは頭を掻いて黙り込んでしまった。

 

しかし、その瞬間黒歌は目を見開いた。 ゼノヴィアとイリナに気を取られて、近くにいた膨大な魔力の気配を感じる女性を失念していたのだ。

 

「………………でかい」

 

黒歌がそう言うと、朱乃はきょとんとした顔になる。

 

「…………え?」

「私よりだらしない躰を見つけたにゃん。 張りは私の勝ちだけど、あの女の乳は柔らかそうなくせに垂れてにゃい。 指が沈みそうなおっぱいにゃん!」

「アホですか」

「ねねね、ナイン。 私のおっぱいに指が沈むかやってみてよぉ」

 

和服に押し込まれた胸を、ナインに向かって見せ付ける黒歌。 組まれた腕の上で豊満な乳房が揺れた。

するとナインは、溜息を吐きながら黒歌の肌蹴た和服を直す。 窮屈そうに押し込まれる黒歌の胸。

 

「そりゃ、自分でできるでしょう」

「男の指と自分の指じゃ感じ方が違うのにゃぁ!」

「どう違うんですか」

 

緊張感の無い会話。 とてもテロリスト対三大勢力の図とは思えない。

押し込まれた黒歌の胸もその許容量を超えてしまい、再び和服が崩れる。

 

「…………ナインさん」

「…………やぁ、姫島さん。 浮かない顔しちゃって」

 

朱乃が前に出た。 ゼノヴィアとイリナと言い合う黒歌をナインは放置――――大和撫子と対峙する。

片手をポケットに入れたまま、真剣な表情の朱乃に対して口許を吊り上げた。

 

「私は……我々はただ、このマンションに用向きがあったから戻ってきたまでだ。 戦闘の意志はありません、そこをどいていただければこの場はなにも起こらない」

「その前に、聞いておきたいことがありますわ」

「どうぞ。 今後会うのはいつになるか分からない、吐き出したいことは吐き出せばいい…………大方の予想は付きますが」

 

すると朱乃は、自分の胸に手を当てて叫ぶように言った。

前置きはいらない、聞きたいことはこれだけだ。

 

「あなたはあのとき、混血であることなど、長い人生に比べたら些末なことのようにおっしゃいました。

その真意はなんですか! 自分自身が強くなることとは、一体どういう意味でおっしゃったんですか!」

「…………やはり」

 

予想は外れない。 ナインはますます口許を上げる。

 

「しかし困ったな」

 

答えを最初から求めるなど愚考であり、錬金術師であるナインにとっては美感に反することである。

それこそ悪魔の生など数千単位の寿命だ、その中で自分で答えを見付ければいいと、ナインは朱乃を突き放すつもりでもいた。

 

人間の生は悪魔よりも遥かに短い。 付き合っていられるか、と。

 

ゆえに、返答はこの質問が始まる前から決まっていたと言えよう。

しかし、ナインはもとから敵だ味方だなどと差別的に扱うことはしない男だ。 皆、等しく平等に。

 

それに、いままで朱乃は自分の中だけでこの問題を背負いこんでいたに違いない。

 

いまのところリアス・グレモリーが、朱乃の悩みを解く一番の頼りになる存在。 しかしそれがいままで物の役にも立たなかった結果であれば、姫島朱乃は近い将来壊れる。

 

兵藤一誠は複数の美少女の想いを受け止めたいという至難の業を成し遂げることを目的としているようだが…………。

救済されるだけの人生は空虚であると、ナインは哀れみの表情を朱乃に向けた。

 

「返答を! 答えをください…………っ」

 

どうして今いなくなるのと。 要するに、手本にしたかったのだと朱乃は言うのだ。

だが、どんなに悲痛に叫んでもナインは黙したまま。

 

「誰を見て強くなればいいのよ…………私は、弱い。 このままじゃ、イッセーくんに依存して、して…………私が私自身を保てなくなる!」

 

震える手を押さえる朱乃を片目でチラリと見る。

 

「…………自分はこの世の誰よりも重いし、大事だ」

「え…………?」

 

ナイン曰く、自分より大切な誰か、なんて言葉を信じていないし嫌っている。

なぜなら自分自身とは、この世で最も身近な唯一だからだ。

 

いわば万物の基準点たる物差しであり、粗雑に扱ってはならないと本能的に知っている。

彼女は、粗雑とまではいかないが…………以前ナインに打ち明けたあの話。 話していた朱乃からは、明らかに自虐の念が込められていた。

 

自分を、軽く見ている。

ゆえに、兵藤一誠の手に掴まり離さないのだ。 離してしまえば落ちてしまうから。 離してしまえば飛ばされてしまうから。

 

姫島朱乃は兵藤一誠に依存しかけている。

男が女の心の支えになるのだ、構うことはないではないか。 そう思う者が大半だろう。

 

しかし、しかし、もともと自分の本心を塞いでいた姫島朱乃という女性は塞いでいるだけにそれが曝け出されるとかくも脆いものなのだ。

そしておそらく兵藤一誠も、朱乃本人の本当の懸念を察せずに、

救う、俺は好きですよ、だから何も心配いりません。

 

そうやって、姫島朱乃をダメな人間にしていくのが一誠の唯一の業であると、ナインは推し量る。

優しいのはいい。 愛するのもいい。 男女の営みは宇宙の真理、なにも咎めることはない、が。

 

いまのままでは姫島朱乃という人物は、兵藤一誠の人生にすべての命運を左右されることになる。 一誠が死ねば、朱乃も死ぬ。 たいへん極端で究極的な喩えだが、つまるところそういうことなのだと。

 

「あのときも言いましたが、あなたたち悪魔眷属は、集団行動を主とした組織だ。 ゆえに、しばらくは一人になることはないから、別に強くならなくてもいい。 という考えもある。

ただ、そういった一つの選択肢として記憶に残していただければ、と、その程度の意見でしたがね、姫島さん

しかし、真に強くなるためには、自分自身を一番に考えることだ」

「それは…………リアスやイッセーくん……他の人たちのことは捨て置けと?」

 

震える声で言う朱乃。 まさか、そんなことできるわけがない。

本来初めから人間に備わっている善性を、捨てる?

 

「違う、愚か者。 極端すぎる」

「…………」

 

ナインは朱乃の解釈に、バッテンマークで応えた。

 

「自分を一番に考えること。 そこから考えれば、自ずと答えは出てきます…………これは、決して独り善がりの独尊ではない」

「………………?」

 

未だ疑問符を頭上に添えられた朱乃を鼻で笑うと、ナインは自分の一室に歩いていく。

二階にある元自室から財布と通帳を持ってくると、黒歌に投げ渡した。

 

「とっとぉ……。 えーと…………うにゃっ!」

 

勝手に人の預金通帳の終わりのページを開いた黒歌が声を上げた。 二階のナインに向かって口を開く。

 

「数千万とか嘘じゃない! ”億”ってにゃによ、”億”って!」

「あ~、それくらいですか。 我ながら金持ちだなぁ、いらないけど」

 

ははは、と無表情で笑うナインは、二階から飛び降りて黒歌の横に降り立つ。

 

しかし、朱乃はまだ謎が解けないようで、帰ろうとするナインの手を取った。

キッとした険しい顔で見つめる。

 

「…………また、相見える日は来るのですか?」

「私を殺しに来れば会えますよ、あるいはこちらから、というのもあるかもねぇ。 はは…………クックク……」

 

黒歌による転移の術が発動される。 地面に張られた魔方陣に彼女とともに沈みながら、ナインは低い声音で笑い続けて消えて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァーリよぉ、なんであの赤龍帝に『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』を使おうとしたんだよ」

 

「なぜそんなことを聞く」

 

「なぜっておま…………いつも俺っちにゃ話しかけてくれねぇアルビオンがそう言ったんだ。 天龍に制止されるほどの禁術を、なんであんな弱っちそうな男に…………」

 

「『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』の宝玉を、己の宝玉の入っていた器に無理やりねじ込み、俺の力を奪った。

奪うのは白龍皇である俺の専売特許だ、それを赤龍帝が奪い、使った。 面白いとは思わないか美猴」

 

「まぁ、お前が楽しいならいいけどねぃ」

 

「連戦にも関わらず、あの打たれ強さ。 後々強大な現赤龍帝の力となるに違いない、胸が高鳴るな」

 

「龍の血筋か…………まぁ、俺っちもドラゴン同士の闘争にゃ血が滾ったしなぁ、性分かねぃ」

 

「血だろ。 ドラゴンと孫悟空だぞ」

 

「あそっか」

 

「それより、ナインは」

 

「ああ、黒歌が纏わり付いててまだ帰ってねェとさ。 意外だが、紅蓮の野郎は付き合いはいいらしい。

こりゃ、あの万年発情期のお守りになるのも時間の問題じゃねぇか?」

 

「他のメンバーにも紹介するつもりだったが、あまり必要ないか」

 

「いやいや、必要っしょ。 とりあえず、オーフィスにゃお前のチームとして受け入れさせたんだからよ」

 

「…………」

 

「ヴァーリ?」

 

「あれは、人の下に付くような男じゃない。 三大勢力が良い例だ」

 

 

 

 

ナイン・ジルハード、ヴァーリチーム加入。




黒歌姐さんのおっぱいが美しすぎて描写も他より凝った描き方をしてしまう作者をお許しを。 シリアス部分でおっぱいのくだりとかふざけているとしか言えない現状をお許しを。

だが、描きたい。 目に浮かぶように描写するのが俺の使命だから(ドン!)
調子乗りました。

次回はパーティ乱入回……かもしれない。
次の更新はいつになるかも解りません。


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27発目 パートナーの権利

「…………」

 

ナインと黒歌が姿を消したあと、ゼノヴィア、イリナ、朱乃はマンションの一室に入っていた。

なんの変わりも無い。 いつもの広いリビングに、三人分の部屋。 大は小を兼ねるとは言うが、この一室は大きすぎる。 他にも数個、一人部屋が余っているほどだ。

 

「本当に、ナインは何も持っていかずに去っていったな」

「うん…………」

 

近くの黒のソファーに、ナインが横になってうたた寝している光景を重ねる。

二人にとっては思い出だ。 最初こそ、「危険な男が牢から出て来た、気を付けよう」と二人してお互い言い聞かせ、必要以上の接触は避けていた。

 

ナインの解放のきっかけとなった聖剣奪還の任務も、達成したらこの男とはこれきりと思い行動をしていた。

 

しかし、日常を通して戦闘から細かいところまで、予想以上の働きをナインは見せた。

バルパー・ガリレイの聖剣錬成の猶予期間の予想、コカビエルの打倒。

イリナに至っては、命とそれよりも大事なものを救われた。

 

すべてナインが自身のために行動した単なる通過点であったとしても、やっぱり二人の少女にとっては惹かれた男であって。

冷静なところも、皮肉屋なところも…………赤いスーツと相まったセクシーな風貌と雰囲気も、ゼノヴィアとイリナの”女”の部分を余さず疼かせた。

 

「…………体を張ってでも止めれば良かったのかもしれないよ、ゼノヴィア」

 

ポツリとそう言うイリナに、ゼノヴィアは首を横に振る。

 

「イリナ、それは逆効果だと思う。 あいつはそういうのを一番嫌うだろ」

「だけどさ、やっぱりナインは私たちの価値観を変えた奴で、かっこよくて、ヒーローだったんだよ?」

「あいつはそんなこと、微塵も思ってないさ」

「どうして言い切れるのよ!」

「お前はナインを美化して見過ぎている!」

 

飛び交った突然の怒号に、朱乃は目を見開いた。

ナインは、お世辞にも善人とは言えない人間だ。 イリナが助けられたと感じたものは、ナインにとっては一顧だにしない、些細なことである。

 

「むぅ…………」

 

朱乃の視線に気づき、ゼノヴィアは声を落とし、しかし力強く口を開いた。

 

「もしかしたら、これで良かったのかもしれない。 あいつは強くて頼り甲斐のある男だが、付いていくにはいまの私たちでは難儀すぎる。 一人で全部やってきた男だ、無理も無い。 一番頼りになるのは、最終的には自分自身だと信じてやまない天才肌……。

それこそ、あいつの気分とか、思想とか。 気に入った相手にしか手は貸さないだろうし、それ以外はあいつは自分の道を歩いてて…………」

 

『自分にとっては、自己こそが、真理なのだ』

 

脳裏をよぎるナインの言葉。

 

「生半可な女では、ナインの相棒は務まらない…………!」

 

ゼノヴィアはリアス・グレモリーを、イリナは大天使ミカエルを、言い方が悪いが、盾にしているという現在。

ゆえに、自分のことも満足に管理できないゼノヴィアとイリナでは、あの男の傍には居られないということ。

 

逞しい女でなければ、あの紅蓮のような人生を歩もうとしている男の横には座れない。

 

「どうすれば…………」

 

イリナはそう呟いた。 ゼノヴィアは複雑な表情でイリナを正面から見る。

 

「険しいぞ、きっと。 あいつの隣は修羅道だ、大袈裟とは思わないぞ。

まともな神経を持っている女では、あいつのこれから起こしていくであろう所行に、精神が耐え切れるはずがないのだから」

 

それに、とゼノヴィアは苦笑する。 イリナの肩に手を置いた。

 

「いま、ナインの隣にはさっきの女がいる。 あれは正直厄介だ。 さっき会ったのが初めてだが、一目見てすぐに解った。 あれは強い、存外に。 いままで私たちが戦ってきた悪魔たちより格上だよ」

「や、やっぱりそう思う? あの和服の女の人はどうにも苦手なのよ私。 見えない線があるというか、まだ子供に見られてるって感じで――――ていうか、あの胸! おっぱい!」

「ま、まだ気にしていたのか……?」

 

そう悔しそうに叫んだイリナは、自分の胸を触って確かめる。

 

「すっごい大きかった。 あれってリアスさんや姫島さんと同じくらいあったんじゃない!?」

「は、はぁ…………」

 

目をパチクリさせる朱乃。 ゼノヴィアも、自身の胸を両手で持ち上げた。

 

「確かに、あれは凶悪だ。 イッセーだったら早々に堕ちているだろうさ。

誘惑することに関しても私たちとは一線を画すようだし」

 

ゼノヴィアは肩を落とす。

そんな、男を誘惑するために産まれてきたような女でも――――どんな男でも貪りたくなるようなダイナマイトボディを持つ黒歌をしても、ナインの眉一つも動かせていなかったのだ。

 

まさに鋼の精神。 事実、我慢などという概念すら吹き飛ばし、性的誘惑を興味無いと撥ね退ける。

 

能力は誰よりも熱く、しかし精神は氷の様な冷たさを備える。

あの男の頭に、本当に血管はあるのかと疑問視してしまうほどの冷血漢。

 

なら、黒歌に劣る自分たちは相手にもされない。

イリナもゲンナリした顔で肩を落とした。

 

「あんなたくさんフェロンモン出してるお姉さんに密着されても動じないんだよねぇ。 ナインの理性は鋼より固いよね、絶対。 アダマンチウムかなぁ?」

「そもそも、躰で落とすのはまず無理そうだ………………なんだ、考えてたら心が折れそうになってきたぞ」

「ゼノヴィアですら唸らせるなんて、なんて恐ろしい男なのナイン! そして罪な男ナイン!」

 

その並級の胸に光る十字架を抱きしめ、イリナは天に向かって祈り出した。

一気に、そして完全に重苦しい雰囲気が霧散すると、二人はそのまま談笑し出す。

 

自分たちは錬金術師(ナイン)とは違う。 考えてもダメなら、行動あるのみ。 恋する乙女たちの戦いはこれからだ、遅くなんてない。

 

「なるようになれ、か。 考えても仕方のないことなら、”できる女”になることが第一目標だな」

「私はもっと胸を大きくしたいなぁ。 ねぇ姫島さんは、どうやって大きくしてますか?」

 

二人はそれぞれの目標を決める。 成就するのはいつになるのか解らないが……。

一方イリナに、胸を大きくする方法を聞かれた朱乃は、モチモチした自分の胸を持ち上げると苦笑する。

 

「私のは、自然にこうなったから…………」

 

当然である。

 

「…………格差社会」

「まぁ、そう落ち込むなイリナ」

「………………」

 

ちょっとした動きでも、朱乃の乳房は窮屈そうに躍動する。 イリナは青ざめた。

 

先の黒歌の言う通り、指が沈み込むような柔らかさを備えながらも、その頂きは垂れることなく絶妙な感覚を保ち前方に突き出ている。

朱乃の胸、ゼノヴィアの胸、そして自身の胸とを見比べる――――にわかに、ゼノヴィアをジト目で睨んだ。

 

「良いよねぇ、ある程度大きい人は」

「そういえば、胸は揉むと大きくなるらしいぞ。 ちなみに、それが男なら効果絶大だそうだ、まぁ…………」

 

片方の眉を上げて、不敵にゼノヴィアは笑う。

 

「ナイン以外の男に、自分の胸を触られる勇気があったならの話だが」

 

意地悪なゼノヴィアの言葉に、イリナは栗色の髪をくるくる弄りながら身をよじる。

 

「い…………嫌だよ、そんなの…………」

「…………だが、あいつは敵になってしまった」

 

いくら哀願しても、戻ってこないものは戻ってこない。 ゼノヴィアとイリナはそう自分自身に言い聞かせながら、なんとかして気が紛れる明るい会話で乗り越えようとする。

 

ナインの道はナインが、自分たちの道は自分たちが決定しなければならない。

 

「…………ナインも、きっとそう言うだろう」

 

笑みを失くし、眉を潜ませたゼノヴィアがそう言った。

確固たる意志を持ち、道を歩もう。 それが、ナインの言う”強い”生き方だと思うから。

 

「………………そうだ、朱乃さんもナインに物申したい者の一人なら、ここに一緒に住もう。 うむ、それがいい!」

「…………いいのですか? 私は、私の都合で彼の背を見ているだけの女なのに」

 

心配顔でそう言う朱乃に、イリナは笑顔を向けて言った。

 

「いいですよ、どうせ二人だけじゃ広すぎて寂しいですしね、このマンション」

「うむ、一人でも多い方が賑やかでいい。 家事等も交代制にすれば、一人暮らしよりは格段に楽になると思うしな」

「あらあら…………」

 

うふふ、と朱乃は口元に手を当てて微笑んだ。 朱乃も等しく、心の強さを求めて歩き出す。

いつか来る紅蓮の男との会合で、鼻で笑われないためにも。

 

「それじゃあ早速、私は部長に一言申し上げてきますわね。 荷物を持って来ないといけませんので」

「ああ、それなら私も手伝うぞ」

「私も行くよー」 

 

家主が半永久的に不在の中、一室に人(女性)が集まりつつあった。

悪魔二人に、教会信徒一人が一つ屋根の下で…………三大勢力会談の効果がこんなところにも影響を及ぼしていたのだった。

 

「そういえばこれ、ナインの部屋にあったけど……なんだろ」

 

ふと、独り言のようにイリナがつぶやいた。

先ほど、ナインの部屋から見つけたものをイリナは改めて手に取る。

 

銀色に光る信仰の証。

 

『居ないものを信じるなんて、私には到底できることではない』

 

釈放時、ナインが教会から渡された十字架だと思い取っておいたのだが……そのときはパッと見であったため見間違えたのか否か。

 

「卍…………? でも裏表逆方向だし、それにぎこちない形…………」

 

妙だった。

教会から賜ったナインの十字架は、戦闘服を着込んだ際のイリナやゼノヴィアが提げているものとは若干異なる。

交差した十字の下部を比較的長くとってあるのが、二人の持つラテン十字。

対し、ナインの所有していたものはその長さを均等にして作られたギリシャ十字だったのだが……。

 

その十字の四点の頂きから、もう一本ずつ横に線が引かれ形を成している。 イリナは、んーと唸りながら首を傾げた。

 

「イリナ、早く行くぞー」

「…………分かった。 すぐ行くー」

 

しかし、部屋の外からゼノヴィアに呼ばれると、すぐに返事をして出て行く。

逆型の卍十字架を手に持って、イリナは栗毛の髪を揺らしながら走って行ったのだった。

 

「ナイン…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めてよろしくな、”紅蓮の錬金術師”」

「…………誰」

 

無表情でそう問うナインに、問われた女性―――黒歌は肩を竦めた。

そうあっさりと返された快活そうな男は、カクンと拍子抜けしたように頭を掻く。

 

戦線から離脱したナインは、同じく離脱してきたヴァーリと、快活そうな男とある建物の前で待ち合わせていた。

その建物は結界で覆ってあるのだろう、薄い膜がその建造物を囲んでいる。

 

「おいおい黒歌、俺のこと話してくんなかったのかぃ?」

「話す必要無かったしね。 それに、ヴァーリの仲間は私やアンタの他にまだ結構いるでしょうが」

 

逆にどうしてそこで自分だけが紹介されると思ったの? と鼻を鳴らして黒歌は笑った。 その馬鹿にした態度に

男は舌打ち――――ナインに向かって気を取り直した。

 

「俺は美猴ってんだ。 よろしくな」

「よろしく、ナイン・ジルハードです…………その恰好は中国のファンかなにかですか?」

 

そう問うナインに、美猴は不敵に笑んだ。 犬歯を覗かせ、悪戯を思いついたような悪童のような表情で。

ヴァーリが代弁するように答える。

 

「こいつが付けている鎧は、ただの鎧じゃあないんだよ――――」

「―――――行くぜぃ?」

 

その瞬間、美猴は自分の体長くらいはある長い棒をどこからともなく取り出すと、ナインの顔に向かっていきなり突き出した。

鋭い突。 鼻に当たれば折れ、額に当たれば最悪一発ダウンを取られかねない。 喉元ならば風穴が空くかも解らない。

 

しかし、最初からこうするつもりだったのが分かっていたのか、黒歌は胸の下で腕を組んで立っている。

 

――――手並み拝見。

 

こう言っているように、彼女はこの突然の戦闘開始になにも口を出さなかった。

 

「いきなりとは」

「おいおい、予備動作もねぇびっくり箱だぜぃ? 避けらんねぇだろがフツー!」

 

楽しそうに笑う美猴。

 

一方その棒先の一閃から逃れるべく、ナインはすかさず動いていた。

流れるように冷静に素早く後退する。 届かなければどうということはないと、涼しい顔でその長物の射程範囲を洞察し、地面を踏み締めた足腰で疾駆後退した。

 

それにしても鋭い。 素人は勿論、棒術の達人でもこの速度の刺突を繰り出すのは難しい。

腰の入った一撃。

 

不意打ちなら危なかった――――というのも、先刻から美猴の体から沸き出していた見えない闘志を、ナインはその目で目視することができたゆえの回避である。

 

極限に至る一歩手前までのレベルに達した錬金術師の目は、意識して使うときにのみ一種の天眼に等しい状態になる――――とはいえ本物はこの比ではないが。

”力の場”の流動を肉眼で捉えること。

 

錬金術師は考えることを止めない生き物。 その思考は日夜止まらず、寝ている間も働いていると言われている。

目をつぶれば、第三の目が思考を始める生けるスーパーコンピュータ。

 

ゆえに、殺気、闘志、気配は容易に捉える。 それがたとえ――――気を自在に操れる仙術使いであってもだ。

 

「…………」

 

そのとき、棒のギリギリ先端を持った美猴の腕が伸び切った。

 

横に避けなかったのはこのためだ。

少し首を捻れば避けられた棒の刺突だったが、その後すぐに二撃目で、横薙ぎに払う暇を美猴に与えてしまいかねなかったから。

 

ゆえに後退。

そしてここからだ。 まず人間的に考えれば美猴からの追撃は不可能。

 

「では」

 

次はこちらの番だとばかりに後退していた足を止めた――――そのときだった。

 

「――――伸びろよ如意棒!」

 

突如、何もかも伸び切った美猴の如意棒が、不自然な動作をしながら伸びた。

純粋に伸縮した棒は、主の意志に基づき標的を追撃。

 

「これはまた奇怪な――――!」

 

ズドッ、と鈍い音が鳴る。

 

片手で風車の如く巧みに操る棒術から繰り出された攻撃は、確実にナインの顔面を捉えた。

しかも、尖りが無いと侮ることなかれ。

直撃を免れなかったナインは、そのままこの摩訶不思議な棒術に打ちのめされる。

 

「へっへへへ…………あ?」

 

打ちのめされた――――かに、見えた。

微動だにしない自分の得物に違和感を覚えた美猴は、予想外の光景に息を呑んだ。

 

「伸びる棒…………。 質量保存の法則も完全無視、厚みも変わらず。 棒とゴムかなにかを合成させたつまらない代物かと思いましたが、これはなかなか興味が出て来た」

 

己が顔面の目の前で、ナインが如意棒を掴み止めていた。

しかし止められてなお美猴はニヤリと笑って言い放つ。

 

「なんてな! んなことしても無駄よぉ、もっと伸びろ!」

「ふん」

「うぇ、避けられた!?」

 

棒先の延長線上から首を捻って避けると、面白いくらいに美猴の持つ如意棒は空を描く。 ナインは、鼻で美猴を笑った。

 

単細胞が。 同じ芸で二度も食うバカがいるかと嘲笑う。 この間美猴が伸縮能力で単調に突き攻撃をした回数二回――――同じ手は錬金術師には通じないと知るがいい。

 

首を捻っただけだ。

 

「それに…………喋り過ぎだ」

「のわわわ!」

 

掴んだ棒をそのままに、美猴の体ごと持ち上げ、振り回す。

 

(錬金術師のくせに、なんて腕力なんだよこいつ! 武闘派ってのは肩書きだけじゃねぇってわけかぃ!)

 

そのまま地面に――――棒ごと叩き付けた。 地面がへこむ衝撃に、美猴は苦虫を噛んだように表情をしかめた。

 

「うげ――――っかッ」

 

地に伏せる奇怪な棒は、痛烈な打撃により意思を途切れさせた主に従って粛々と元の長さに戻って行く。

靴音を響かせながらゆっくりと歩み寄ったナインは、拾い上げた美猴の如意棒で肩をトントンと叩いた。

 

「重畳」

 

良い挨拶だ。 やはりテロリストならこうでなくては。

初めに上下関係をはっきりさせるのは獣たちの通過儀礼――――テロリストが普通の挨拶などつまらない。

 

バタリと倒れた美猴は、しばらく地面に大の字のまま呆けていたが、にわかに笑いだした。 腹の底から、心底。

 

「うわっはははは、まじかぃ。 こりゃ参ったかなわねぇっ!」

「ダッサいにゃん、美猴」

「うるせーやい黒歌。 それよりヴァーリよ、よくこんな掘り出しモン目付けたな。 見た感じ、マジ人間じゃねえか。 ただの人間さまに近接で一本取られるたぁ思わんかったぜ」

 

ヴァーリは倒れて笑い転げる美猴の言葉を尻目に、ナインに向かって口を開く。

 

「悪かったな、ナイン。 ヤツがどうしてもというので、戦ってもらった。

なにぶん闘戦勝仏の末裔で、血の気が多い」

「ふーん、それでですか」

 

闘戦勝仏。 道教、仏教の天界に仙界、神や龍や妖怪や仙人など、虚実が入り乱れる一大伝奇の主要。

変わった喋り方と身なりはそのためか。 おまけに頭に付けた「緊箍児」、別称を”金剛圏”というが、それを付けていることで合点がいった。

 

目を細めたナインは、口角を上げる。

 

「斉天大聖――――孫行者――――美猴王。 その若さからすると、まだ孫悟空の子孫止まりと言うところですかね――――この呼び方はまだ早そうだ、猿の大将……クククっ!」

「お前よか年上だっつーの」

「そりゃ悪かった」

 

黒歌が横から割り入ってくる――――艶然と笑って。

 

「いやいやぁ、やっぱりナインは強いにゃー。 私の目に……いいえ、私の生殖本能に狂いはなかったってことにゃん」

「ナインよぉ、お前やっぱここらで俺っちに負けといた方が今後のためだったんじゃねぇか?

絶対お前から離れねェぞ、この万年発情期の猫魈は」

「別にそれは構わない…………ん、猫魈?」

 

美猴の言った最後の単語をそうナインが反芻すると、、彼は首を傾げた。

 

「およ、猫魈のこと聞いてねぇのか?」

「猫又としか」

「話さなかったわよ、猫又も猫魈もそんなに変わらないじゃにゃい?」

「変わるわ! 仙術の練度にどれだけの差があると思ってんでぃ」

 

美猴が片手で頭を掻くと、ナインに説明し出す。

 

「猫魈っつのは、猫又の……まぁなんだ、上位互換みたいなもんだ。

仙術、気の扱い方が尋常じゃねぇくらい超高度なんだよ」

「へぇ、じゃああのときも本気ではなかったと?」

 

マンションで戦ったときのことを、ナインは思い出す。 足を縫い止めようと迫り来る影が印象的だった、あの戦闘を。

しかし、黒歌は人差し指をチッチと振った。

 

「あのときは本気でキミを捕まえてお持ち帰りしようとしてたにゃん。 気に入ったらその場で誘って食べちゃうつもりだったし」

 

赤い舌を出し、なめずった。

ナインは美猴に向かって首を傾げる。

 

「食べるって?」

「そのまんまの意味だよ。 こいつが男を気に入るなんてことがあるときゃ、決まってそういうことを考える」

「言ったにゃん、ナインは私好みの男だってさ…………」

 

にゃー、とナインの手を取って自分の顔に擦りつける。 していることはそこらの猫と変わらないが、これが黒歌であるから妖しく、そして色気を感じさせるのだ。

 

「あなたも大概物好きだ。 こんな(・・・)ゲテモノ、普通の女性なら惹かれはしないよ…………」

 

するとそのナインの自嘲の言葉に、黒歌は肩を竦めた。

 

「…………キミってさ、自覚ないよねー。 ま、そこがまた味があっていいところなんだけど…………私、寂しがり屋だから、傍に置いてよ、ね?」

 

そう言い、パチっとウィンクする。

勝手にどうぞ、と返すナインは、嬉しそうに腕に飛びついて来た黒歌を受け入れた。

 

「他のお仲間さんは?」

「ルフェイとアーサーという兄妹がいるのだが、いまは二人とも出払っていてな、今日紹介できるのはこれだけだ――――俺はお前を歓迎するよ、ナイン」

「こちらこそ。 時にヴァーリ、テロリストとは言ったものの、このチームはそういった雰囲気が感じられないですね。 言うなれば…………そう、自由…………ですかねぇ?」

 

薄ら笑って言うナイン。

ナインのテロリストのイメージといえば、理性的な部分をほぼ持ち合わせず、敵対する組織に裏工作をしたり爆破テロを起こしたり爆撃を仕掛けたり爆弾を仕掛けたり爆弾で吹き飛ばしたり――――

 

「ほとんど爆弾だけじゃねぇかぃ! お前のテロに対する概念はボムることしか頭にねぇのか、カッカッカ!」

「にゃはははははッ、ボムるって、なにそれ美猴…………面白すぎにゃん! にゃははははお腹痛いー!」

「違うんですか? じゃあ、爆弾をプレゼント――――題して、プレゼント・ボム――――」

「紅蓮の、お前はまず爆弾という単語から離れろ」

「はーい」

 

ナインの肩に掴まって腹を抱えて笑う黒歌と美猴。 ここで改めてこのチームの”色”を知った。

いや、最初からこのチームに明確な”色”などないのだろう。

 

禍の団(カオス・ブリゲード)」の中で、各々の派閥から単独行動を許容されている派閥――――ヴァーリチーム。

 

「このチームにルールはない。 あるとすれば、同士討ちや仲間割れはタブーであることくらいか、それ以外は何をやってもいい――――なにをやっても」

「何をやっても?」

「ああ、何をやっても」

 

ただし、とヴァーリは続けた。

 

「トップ――――オーフィスの指令には従ってもらう。 体裁上、奴が現状のこのテロ組織の首領だからな」

「…………私は、爆弾作れて爆発できて…………吹き飛ばせればなんでもいいや」

「チームワークも大事だ…………とはいっても、俺たちは――――」

 

ナインから、美猴、黒歌と、ヴァーリは見回す。

 

「ほとんど独力でも役目は果たせるチームだと自負している」

「黒歌さんは、私を一度仕留め損ないましたけどね」

「にゃ! 意地悪ナイン!」

 

嫌味たらしく笑うナインの脇腹をツンツン突く黒歌。

ヴァーリはニヒルに笑った。

 

「その相手だったお前がこちらに付いた――――ノーカウントとしておこうじゃないか。 だが、俺も一度本気で戦ってみたい人間でもあるんだぞ? ナイン、お前は特に」

「いやぁ、ふふ…………まぁいずれね」

 

ヴァーリの何気ない宣戦をさっと躱すナイン。

そもそも、ナインはヴァーリほど戦闘に欲を出す方じゃない。

 

ナインの後を付いて行こうとする黒歌に、耳元で囁かれた。

 

「振られちゃった、ヴァーリ。 私のときと逆ね」

「保留さ。 いずれ……そういずれ必ず戦うさ――――ヤツをその気にさせてみせる」

「じゃ、どうしてナインを仲間に引き入れたのよ。 敵同士の方が戦いを仕掛けやすかったと思うけど?」

「仲間からの方が戦いやすいから……かな」

「マーキングってこと? ワンちゃんみたいで面白いにゃん」

「…………」

「うそうそー。 そんなに睨まないでよヴァーリ」

 

おちゃらけた黒歌に溜息を吐くヴァーリ。

彼女はぴょん、と可愛らしく跳ねるとナインの背中に飛び付いていく。

 

その和服の背中を一瞥すると、ナインたちの仲睦まじさ(?)を遠目で面白そうに観察する美猴に言った。

 

「さて美猴、アースガルズの連中と一戦やりに行こうか」

「お、やっとか。 了解よ…………つっても、あいつらいいのかぃ?」

 

親指で、部屋に戻って行くナインと黒歌を指して聞くと、ヴァーリは短く笑った。

瞑った瞳を開かせる。

 

「ナインと黒歌には、この拠点を守ってもらう。 なに、あの二人なら急場な時でも冷静に対処できるさ」

「うぇ?」

「アースガルズから、攻勢部隊として派遣されてきているそうだ。 だから、俺たちはオフェンス、あいつら二人はディフェンスだよ」

「こっちゃこっちで敵に釘付けとく……ってか」

「そういうことだ―――行くぞ」

 

何も無い空間からまるで眼のように裂けた先に二人は入って行く。 その空隙の先にある異空間とも呼べるものは、二人が入り込んだ瞬間に閉じ始め、やがてなにも無かったように消えて無くなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはまた広いところだ。 このような穴場があるとはね…………各地を放浪するあなたたちに一定の本拠があるとは思いませんでした」

「いまはちょっときゅーけーちゅーよ。 日本(ここ)で現赤龍帝が目覚めたって聞いたから飛んできたの。

しばらくは居座ることになる私たちのアジトだから、しっかり覚えてね」

 

にゃん、と招き猫のような仕草をして言う黒歌は、近くのソファーにダイブする。

前住んでいたマンションの一室よりもさらに大きい造りだ。 いまのところ判明しているヴァーリチームのメンバーは、リーダーを除く、ナイン、黒歌、美猴、そして姿の見えないルフェイとアーサーなる兄妹たち。

 

六人だが、それでもこの建物は有り余るほど大きい。

内心、寝床をわざわざ探さずに済んだと、ナインは得した気分になった。

 

では尚更、自分の持っていたお金は要らなかったのでは、と呟く。 その言葉に反応した黒歌は、聞き捨てならないという風に和服の中からさっき受け取ったナインの通帳を取り出した。

 

「…………いま、どっから出したんだよ」

 

そんなナインの言い分も無視して、黒歌は通帳を開いて言った。

 

「こんな大金、三大勢力にくれてやるのは勿体ないにゃん。 そもそも、あいつらにお金なんてもの必要無いんじゃにゃい?」

「まぁ確かにそれは思うところがありますね」

 

建物の修復にも、増築にも、人間界で大金を使う事のほとんどを、あれらは魔法で解決してしまう。

言われてみればそうであると、ナインは納得した。

 

「あーとはー」

 

そう言いながらさらに、今度はナインの財布を和服の中から取り出す黒歌。

ふん、とくだらなげに鼻を鳴らすナインに気付くと、にやにやと押し迫った。

 

「私、ポケットないから仕舞えるところに仕舞っちゃうの、ごめーんにゃ。 おっぱいの中なら、落ちないでちゃーんと収まってくれるでしょ? ほらほら~」

 

見せ付けるようにその財布を、再びその深い谷間にスポッと放り入れた。

上手い具合に谷間に引っ掛かったナインの薄い財布は、すっかり黒歌の乳肉に沈み込む。

 

「まぁ、おっぱいが大きくないとできないことだけどねー」

 

目を細めて妖しく微笑む黒歌が、ナインの顔を覗き見た。

 

「いま沈んじゃった財布…………キミの手で取り出してくれないかにゃーダメかにゃー?」

「仕方ないなー」

「え――――」

 

その直後、ナインはなんの前触れも無く黒歌の胸の谷間に手を突っ込む。

まるでくじ引きの箱に手を突っ込む感覚で事も無げにまさぐり出した。 おそらく、そういった行為をしているという自覚はあるが、そのことについてはなんら一切微塵も感じていない、無論、劣情をもこの男には無感なのだ。

 

「あ、ちょ…………ホントに突っ込んじゃった……」

「嫌でしたか?」

「べ、別に嫌じゃにゃい……けど、すっごい自然に入って来るわね、ナインは――――なんとも、思わないの? あん――――!」

「あれ、無い。 あなたの乳房は本当に……四次元空間かなにかですか」

 

むにゅりむにゅりとあらゆる形に変形していく黒歌の胸をまさぐるナイン。

 

彼女の乳房は、あのリアス・グレモリーや姫島朱乃にも勝るとも劣らずの巨乳で、いまでも現在進行形で発育が進んでいる。 極上の躰と言っても遜色は無い。

 

猫魈でもあり、悪魔でもあり……考えてみれば黒歌は、人間を堕落させる生き物として二乗の淫靡さを備えている。

そんな巨大な乳房の中、あのような薄い財布を探り当てるのは…………

 

「ちょ…………待ってナイン。 あ、あまり触られると…………」

「いやこっちこそちょっと待ってください、あと少しで――――」

 

如何せん、大海のような胸の中、乳の圧力を掻き分けながら進まなければならなかった。

しかしナインはあと少しのところで腕を巨乳から抜いて、無表情で黒歌に抗議した。

 

「やっぱダメだこれ。 自分で取ってください、黒歌さん」

「はふぅ…………ちょと……い、いいかもにゃぁ~」

 

呆けている黒歌は、意識をどこかに旅行をさせてしまっていた。 無頓着で無感な男とはこういうものなのかと、改めて思い知った。

 

「にゃ~…………にゃ!」

 

ハッと気づいた黒歌は、つかつかとナインに近づく。

頬を赤くして胸をポコポコ叩き始めた。

 

「女の子のおっぱいの中をあんな手で触るなんてひどいにゃ、ナイン!」

「む……私の手、汚かったですか?」

 

そう言って自分の手を見るナイン。 黒歌はぶんぶんと首を横に振った。

 

「そういう意味じゃないにゃー、もうっ」

「?」

 

首を傾げるナインの頬を片手でぐに、と引っ張る。

 

「まるで箱の中にある物を探し当てるみたいに突っ込んできて…………」

「いやぁ、くじ引き感覚でやらせていただきました」

「もっとこう、どうせならロマンチックに揉んで触って欲しかったにゃー! あんにゃ心の篭ってないおっぱいの触り方初めてにゃん! 触られること自体初めてだけど!」

「胸をまさぐらせている時点でロマンチックもへったくれも無いと思うのですがね」

 

なに言ってるんですか、と苦笑するナイン。 黒歌は仕方なく自分の胸の谷間から財布を取り出した。

 

「ナインを落とす道程は険しそうだにゃー、あやばい……ちょっと心折れそうになってきたかも………………」

 

引きつった笑みを浮かべながらそう言う。

だが、すぐに楽観的な笑いが込み上げてきた。 ナイン・ジルハードという男はこういう人間だ。

何をいまさらなことを言っているのだろうか、と。

くすりと笑った黒歌は、自分の手を見て首を傾げるナインにすり寄った。

 

「ま、でもこういうのもたまにはいいかにゃー。 最近血ばっか見て来てるから…………」

「ほぅ、テロリストでも限界はあると?」

「当たり前にゃ。 私はもともと猫魈…………男を誘惑して、子作りしまくっちゃう生き物だもん。

だったら、気に入った男とこうしてバカやってるのもいいにゃーて…………」

 

ヴァーリじゃないけど、私もいずれ必ず…………と、黒歌は声のトーンを低くして呟いた。

そんなことはナインには聞こえないが―――――ぽす、と彼の胸板に額を預ける。 このときもまた、彼の両手はポケットに入ったままだった。

 

「私も、もしかしたらあなたは良い相棒なのかもしれない」

「おお!? 早くもフラグの予感!」

 

ピコンっと猫耳を立てる黒歌。

 

「あなたは見ていて気持ちのいい女性だ。 快活で、明るくて、面白い。 私をからかおうとして空回りする様も可愛げがある――――細かくなくて、気を遣わずに済むしね」

「なんか、バカにされているような気がしなくもにゃいけど…………」

「私の錬金術を見ても、残酷だ非人道的だなどとギャーギャー五月蠅く喚く人でもなさそうです。 修羅場、戦場経験のある女性を傍に置くというのは……非常に良い」

 

両手を合わせ、前にゆらりと出す。

 

「そして、もうすでにここに誰かが来ていることを見通しているのも…………私の相方として適任だ」

 

それに合わせ、黒歌も横目で部屋の―――詳しくはこの建物の入り口に視線を向けた。

 

「いるねぇ、アースガルズの別動隊かも。 ねね、私たちのアジトがバレちゃ後々面倒くさいし、こっちから出張っちゃおうか?」

「それは私も考えていました」

 

黒歌は擦り寄ったまま嬉しそうに喉を鳴らす。 時至れり。

 

「私たちいま、以心伝心」

「というか、アースガルズ?」

「ああ、ナインは知らなかったにゃ? ヴァーリたちがいま、アースガルズの神話勢相手に戦ってる。 まさか私たちにも向けられてたとはねぇ」

「では行きましょうか」

 

りょーかい、と。

和服を着直しながらナインに続き部屋を出て行く。

今宵は戦乱の宴か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおいヴァーリ、こっちにゃ弱っちぃ奴らしかいねぇぞ? どういうことだ!」

 

「もしかしたらと思ったが、裏をかかれたか…………オーディンの姿も気配も見当たらない」

 

「あっちは主神オーディンがオフェンス!? んなばかな! 北欧の主力ナンバー1が本拠にいねぇとか…………!」

 

「攻めは守り――――オフェンスはディフェンスと戦う…………こいつらは雑魚同然だが、如何せん数が多すぎる」

 

「俺っちたちが出るって解っての人海戦術かよ、アースガルズもよくやるねぃ」

 

「本命は黒歌か…………?」

 

「アースガルズが仙術を欲しがった話は聞いたことねぇ…………あ」

 

「!…………紅蓮の錬金術師か!」

 

 

Ásgarðr: Óðinn. Valkyrja.




先日、セブン〇レブンでくじ引き引いたら、普通に買った商品と当たった賞品が同じでダブった件について。
納得いかんと内心思っていたが、「同じものっスねwww」とノリの良さそうな店員に言われたから、「俺のくじ運、すげーっしょ?(震え声)」と調子乗って帰った。

家に戻ったら恥ずかしさで死にそうになった。

※この物語はノンフィクションです。


さて、それよりも逆卍だ諸君。 そしてナインは現代ドイツ人である……っつっても別に直接的な関わりはないけど。


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28発目 紅蓮の凶源

アースガルズの戦闘に出かけたヴァーリと美猴は、相手にも攻撃側が存在することを知る。

狙われたのは、留守を守るナインと黒歌の二人。

 

敵中戦いながら、帰還か否かを二人で相談し合っていた。

ヴァーリが掌中で魔力の弾を練り込み、アースガルズ側の精霊、戦乙女ヴァルキリー等に投げつけていく。

いまのヴァーリにとっては取るに足らぬ相手だ、容易に薙ぎ倒していくことができる。

 

「初めましてだな、白龍皇よ」

「貴様は…………」

 

戦闘で抉れた大地を再び抉り、傷跡を上塗りし続ける不毛な殲滅戦のなか、黒いローブを羽織った美丈夫が現れてそう言った。

アースガルズ側の兵隊を次々と打ち倒していたヴァーリと美猴は、ただならぬ気配に眉根を潜めてその男に顔を向ける。

 

いままでのはただの雑兵ということか。

 

「我こそは北欧の悪神、ロキ。 このたび『禍の団(カオス・ブリゲード)』ヴァーリチームの襲来を事前に察知した主神オーディン(・・・・・・・)からこの拠点の留守を任された。 面倒ではあるが――――相手になろう」

 

アースガルズの悪神。

北欧の主神オーディンの義兄弟という言い伝えがある人物。  悪戯好きでうそつきという、悪童のごとき神格。

しかし、それがなんともやる気無さげなのだ。 その覇気の無いロキの態度に、美猴も潜めていた眉を上げて軽い口調で横にいる銀髪の少年に聞いた。

 

「ヴァーリ、どうする?」

「…………」

 

マントを広げて宙に浮かぶロキを目で追いながら、ヴァーリは考えた。

いまここにいるのはロキのみ。 いまから美猴と二人でロキを討つにも、時間が足りない。

 

「お前一人か…………悪神」

「その通り。 ここは私一人だ」

 

ちっ、と舌打ちする。

主神が直々に攻撃側に回っているのなら厄介だ。 まさかいままで表に出て来なかったオーディンが、自分たちの動きを事前に察知したとはいえここまで大胆な行動に出るとは思わなかった。

 

「俺っちとヴァーリでロキ一人くらいはなんとかなりそうだが…………」

「早急に片づければあるいは間に合うか…………?」

「やる気なのかい。 ちなみにまぁ言っておくと、我が息子もオーディンとともに出撃させたぞ」

 

―――――。

 

鎧を出現させ、白銀を身に纏って臨戦態勢に入ったヴァーリだったが、ロキの一言で目を見開いた。

 

とんでもないことを言ってきた。 いや、この場でそのことを敵方であるヴァーリたちに知らせたとなると、ロキもこの戦闘には消極的なのかもしれない。

 

それよりもいまの言葉だ。 あの悪神の息子がオーディンとともに別行動をしているということは…………

 

「ナイン……黒歌…………っ」

「勘違いをするな、仙術を使う猫悪魔には興味は無いぞ。 ただ、”神の星”と呼ばれたあの戦狂いが人の子に倒されたと聞いて少し興味を持った」

 

指を立て、嫌な笑みをロキは浮かべた。

 

「その男――――ナインと言ったか。 それがお前たちの徒党に組み入れられたそうじゃないか――――逃す手はないと思ったのだよ」

 

最初から、この手は仕組まれていたということか。

 

「別にここで我を倒そうとしても良い。 だが、お前たちが戻らなければ…………」

 

我が息子フェンリルが、その最悪で凶悪な牙をもってその男の喉笛――――いや、

 

「躰を噛み千切って来ることだろう、さぁ、迷っている時間は無いぞ、はは、ははははははっ!」

 

愉快そうに笑うロキ。

このとき、すでにヴァーリのなかで答えは出ていた。

 

「神を食い殺す牙。 地を揺らす者か…………あのフェンリルがナインたちのもとに向かっているならまずいな…………」

「ほほう、意外と冷静なんだな白龍皇」

 

挑発するように言ってくるロキに苦笑する美猴。

まったくやる気あるんだか無いんだか、と文句を垂れていた。

 

「それで、そこは通してくれんのかよ? 北欧の悪神殿?」

 

美猴の言葉に、ロキは息を吐く。 自嘲するように口を開く。

 

「我は最近、他の神話体系と協力するオーディンが気に入らんのでね。 ここは休戦でもいいとさえ思っている。 なぁ、お互いその方が利点があるだろう?」

「おいおい、オーディンの身内がそんなんでいいのかぃ?」

 

美猴の指摘を、ロキは鼻で笑い飛ばした。 しかしすぐに不機嫌そうな表情に戻る。

 

「我が息子をヤツに同伴させただけでも破格だよ。 本来あの子は我のためだけに存在する神殺しなのだから。

それに、ここで我がお前たちを見逃そうとも、すでにそちらには着いていることだろう…………ほらほら、もたもたしていると手遅れになるぞ?」

「…………アースガルズも、一枚岩ではないな」

 

ヴァーリの皮肉じみた言い方に、ロキは心底その言葉に嘲笑を乗せて言い放つ。

 

「バカな。 一枚岩でなくしたのは他でもないオーディン自身だ、白龍皇。 我はただ、北欧の神話に他神話体系が入って来るのを阻止したいだけだ」

「…………やけにオーディンを嫌うな。 なにか直接的な嫌なことでも最近あったか…………?」

「…………」

「まぁいい。 通してくれるのならそうさせてもらう」

 

口許に笑みを作ったロキとすれ違う。

いままでのヴァーリだったなら、目の前の強敵に躊躇いなく喰いかかっていただろう。 だが、長い年月を重ね、その孤高の狼のごとき感情が薄れつつあった。

 

本人はおそらく無意識だが、明らかに美猴や黒歌たちを仲間と思い始めている。

 

「美猴」

「なんよ?」

「オーディンの最近の動きを調べて来てはくれないか」

「…………は~。 はいはい、了解よ。 ったく、いっつも俺っちこんなんばっか」

 

ロキの対応。 義兄弟であるはずのオーディンとの確執。

保守過激派であろうロキの今回の対応は、ヴァーリに疑念を抱かせた。

 

「長年一つの神話として語り継いできた北欧が、どこか違う神話体系、又は勢力と繋がりを持とうとしている節があると見た」

 

美猴はそのまま空間に消え、ヴァーリは光速の速さでアジトまで足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほっほっほ、いい乳しとるのぉ。 さすが男を幻惑する猫又じゃて」

「………………」

 

ヴァーリチーム本拠地から大分離れた場所。 岩が数多立ち並ぶその大地で、そんな頭の悪そうな言葉が響いた。

隻眼の老体は、長くたくわえた自分の白髭をさすっている。 右手には杖。

 

「オーディンさま、これからというときに、なにをそんなは、は、破廉恥なことをおっしゃっているのですか! いまはそのような場合ではありません!」

 

横に付いているのは、銀髪の麗人。 神々しい鎧を身に纏ったその銀髪の美人は、そう言ってその老人を諌めていた。 効果は薄いようだが。

 

「ふしゃーっ」

 

そんな、自分の胸元に厭らしい視線を向ける老人を威嚇するのは黒歌。

珍しく肌蹴た胸元を片手で隠しながらナインの後ろでしゃー、しゃーと警戒していた。

 

「あいっかわらず堅いのぉロスヴァイセ。 おぬし、そんな狭量では一生男を手にできぬままじゃぞー」

「あうあうあぁぁ…………! どうせ私は、彼氏いない歴=年齢ですよぉ!」

 

突如始まった茶番劇に、ナインは訝しげに眉を寄せる。

目の前で泣き崩れる銀髪の女性を指差し、その老人にナインは言った。

 

「これ、いいんですか」

「あーあー、いいんじゃいいんじゃ。 いつものことじゃよ。 こやつ、見てくれは良いのにこの堅さゆえにヴァルハラでも勇者の一人も物にできておらん。 どうじゃおぬし、貰ってみぬか?」

「あー………………」

 

ナインは頭を掻く。 この老体、口にすることは頭の悪そうな言葉ばかりだが…………

 

「参りました」

「え、にゃんて?」

 

ボソっと呟いたナインに、黒歌が後ろからひょっこり顔を出す。

 

「隙が無い。 まったく無い。 先ほどから手を伸ばそうとしているのですが、私がその気を見せるたびにあのご老人の右手が動く」

「ふーん。 でもあの残念美人ちゃんも大したタマよねぇ。 あの子、半神のヴァルキリーにゃん」

「となると、あのご老人は偉い人?」

 

んー、と顎を手でさするナイン。

半神である戦乙女を従えるなら、ただ者ではない。 その老人は、ナインを見て口角を吊り上げた。

 

「ワシの名を知りたいか、小僧」

「…………別に、必要がないので」

 

流れるようにあっさりと老人の言葉を一蹴した。 それにしても他人には関心がなさすぎる。

ポケットに片手を突っ込み、目の前で崩れて泣く銀色の髪を見下ろした。

 

「大丈夫かい?」

「うぇ、ひっく、うぅ…………」

 

低い声音で口の端を吊り上げてそう声を掛ける。 すっ、とハンカチを差し出した。

すると彼女は、さめざめと泣く顔を上げてナインを見上げた。

 

(なるほど)

 

半神のヴァルキリー……戦乙女か。 なるほどその名に恥じぬ容姿だ。

整った顔立ちは…………いまでこそ涙と鼻水で台無しだが、かつてのゼノヴィアのようなクールさを思わせる風貌だった。

 

黒歌ほどでもないが起伏のはっきりした躰も持っている。

 

(まぁそれもこれもどうでもいい情報でしたが。 ヴァルキリーとはどういったものか知りたかった私としては良しとしましょう)

 

「うう…………ごべんなざい…………ぢーーーーーーーーーーーん!」

 

その銀髪の女性は、手渡されたハンカチを一瞬で鼻紙にした。

 

「お返ししまず……ずず……」

「いや、もういらないや、貰っちゃって」

「いいんですか!?」

 

「きったな……」と投げやりに言うナインの両手を取って、彼女は目をキラキラと輝かせた。

そんな勢いにナインは少し押され気味に苦笑する。 若干引き気味だ。

 

「いやまぁ」

「なんて良い人! ありがとうございます!」

「よく解らない人だ」

「ナインも人のこと言えにゃいけどねぇ」

 

女性をエスコートするのは男の義務であり、役目である。 ナインは、彼女の手を取りゆっくりと立たせる。

ここからが本番である。

 

「一つお尋ねしても?」

「な、なんなりと!」

「あなたのお名前は、先ほどあのご老人が言っていた『ロスヴァイセ』さん、という名でいいんですか?」

「はい、そうです」

 

はきはきとしゃべるロスヴァイセ。 どうやら男性経験ゼロというのは本当のようだ。

男に少し優しくされたら頬を朱に染めて、捨てられた子犬のように瞳を潤ませる。

ナインは思う。 この人は黒歌と同じく、面倒な男に引っ掛かるタイプの女性だ、と。

 

「なんかいま、ものすっごく失礼なこと考えてにゃかった?」

「さてね」

「私はナインを面倒な男だと思ったこと、一度も無いにゃん。 心外ぃー!」

 

ナインの後ろで束ねた髪をグイグイと引っ張る黒歌。 彼女の執拗な行動に若干イラッとしたナインだが、肩を竦めるだけで収めた。

 

「それで、あのご老人は」

「オーディンさまです!」

 

嬉々として自陣情報を次々と吐露するお付きのヴァルキリー。

懐柔されおって、という言葉がオーディンであろう老人から零れた。

 

「まぁ、意外に話せるヤツじゃったから、ワシもついついフレンドリーにしてしまったが…………」

 

その視線にハッとなったロスヴァイセは、我に返ったようにナインから飛ぶように離れる。

そうだ、自分たちがここにきた理由を忘れてはならない。

 

キッとナインを睨む。 穏やかだった彼女の双眸が切れ長に鋭さを生んだ。

 

「優しい言葉で私を取り込む気ですか―――――紅蓮の錬金術師!」

「ああまぁそんなことだろうと思いました――――私たちを殺しに来たんでしょ? ならさっさとやりましょう」

 

そう、不敵に言ったナインは首を鳴らして戦闘の態勢を取る。 両手の錬成陣に意識を集中し、機会をうかがう。

一誠のアスカロンによる傷跡は、黒歌の治癒仙術によって先ほど完全に修復している。

 

その様子に愕然としたロスヴァイセ。

冷えた汗が止めどなく流れた。 自分にも聞こえるほど生唾を呑み込む音が響く。

 

「…………北欧の主神さま相手に、斯様な能力で勝てるとお思いなのですか、だとしたらなんと豪胆な…………!」

「勝算はありませんが、負ける気もありません」

「にゃ! …………それってなにも考えてないってことじゃにゃいの」

 

相変わらずの行き当たりばったりな相方に溜息が止まらない黒歌。 ナインはそんな彼女の気もどこ吹く風だ。

 

「『神は天にありて 世はすべて事も無し』。 これ逆に考えれば、神さまが地上になんて出張って来なきゃ世の中は安泰だってことですよね―――――要するに、なんてお節介な北欧神だなぁと――――」

 

言い終える直前、ナインのすぐ真横を絶速のスピードで突き抜けた物体があった。

背後にあった岩場が微塵となって蒸発する。

 

それを見たナインは、演説をするような手を降ろしながら不機嫌そうなオーディンに真っ向から視線をぶつからせた。

 

「私なりの解釈ですがね、さっきの言葉は。 人によって変わってくる、深い意味の言葉だ」

「肝の座り方は妖怪並のようじゃの、若造。 ミカエルも難儀な奴を抱え込んでいたのじゃなぁ」

「…………」

 

沈黙――――戦いの前の静けさか。 ほぼ平地に近いこの場は空気の通りもよく、心地よい風がナインの頬を撫でた。

その直後、魔方陣が目の前に現れる――――ロスヴァイセだ。

 

「はぁぁぁぁあ!」

 

氷の槍が、バルカン砲もかくやの勢いで放たれた。 一本一本が鋭く、しかし弾幕のような膨大な弾雨。

 

手加減無用と命ぜられていた。 あのコカビエルを打ち倒した人間と聞いた。

身体能力も突き抜けて優れ、限りなく化け物に近い人間。 化け物のような人間。

 

(一気に仕留める!)

 

しかし、その弾幕を避ける避ける。 たおやかに軽やかに回避する高速移動。

――――面攻撃には程遠い薄い弾幕。 この程度の槍の雨――――隙間がでかいぞ温すぎる。

 

「そんな――――」

 

地面に砂埃一つ、音一つ立てない足さばき。 速度だけを重視したそこらの悪魔や人外たちと一緒にすることは彼に対する侮辱である。 バタバタと足を回転させて移動する――――それは美しくない、ナンセンスだ。

それに対して黒歌は絶妙なまでに実直だった。

 

自身の前に結界を張り巡らせ、氷の槍を防いでいた。

氷槍の雨が結界を無限に打ち付ける。

 

「人間の動きじゃないわよねぇ…………」

 

そう、戦うナインを見て感嘆する黒歌。 正直、まだ付き合いが浅いがゆえに彼女もナインの本領の程は図れずにいたが…………。

 

誰にも真似できることじゃない。 もちろん光速で動けるヴァーリほどではないが、ナインのものは純粋に体術に特化しているといえるのだろう。

単純な速度で避けるのではなく、相手によって対応を変えていなしていく、ここまでとは。

 

能力の技術と、能力のような技術。 前者はヴァーリ、ナインは後者。

 

「人間と同じように動くから、人間と同じようにしか動けないんですよ人間は」

 

槍の雨が止むと同時に、ナインは姿を現してそう言った。

地面が砕けた際にできた拳大のコンクリ塊を、ポンポンと片手で弄びながら笑う。

 

「誰にでも思いつくような動きで、人間を超えた動きができるはずもなし。 要はそういうことだ」

「どういう意味…………です、か?」

「正論にゃ」

 

この動きばかりは理屈じゃない。 いまのナインは錬金術師ではなく、限りなく変則的な武闘家としてこの場に居た。

 

「ここ!」

 

片手に持ったその石塊を、魔術行使による技後硬直に囚われているロスヴァイセに向かって投げ飛ばした。

横投げで放たれたそれは、曲線を描く様に彼女に向かっていく。

 

「遅いです!」

「むん――――? いかんロスヴァイセ、退くのじゃ!」

 

先ほど矢の雨のごとく降らせた氷の槍を手に持ったロスヴァイセは、その石塊を叩き落とそうと振り被る。

本来ならば石と氷、どちらが競り勝つかは自明の理であろうが、魔術で練り上げた氷はいまや鋼鉄の硬度――――粉砕する――――!

 

ただの石の塊だ、粉々にして――――

 

「…………ただの石だったらねぇ」

 

そのとき、パチンと乾いた音が鳴る――――

 

「あ―――――」

 

――――爆発。 彼女の至近距離まで来たそれは、爆発物として四散した。

叩き落とすときの衝撃でも爆発させても良かったが、少し細工をして不意を打つびっくり爆弾という線も悪くない。

 

ナインの爆弾に対する造詣はこのとき、時限式として構成することに美感を見出すことにしたのだ。

 

「バカものめ…………安易な考えは捨てろと言うたばかりじゃろう…………」

「さっすがナイン!」

 

パチンと嬉しそうに指を鳴らすと、その同時に黒歌を覆っていた結界が解ける。

晴れた煙からは、歯を食い縛るロスヴァイセの姿。

 

しかしたまらず、閉じた口の端からは爆発直撃による煙が湧き出した。

 

「がは―――――!」

 

口に手を当て膝を突く。

全身に回る爆煙は、確実に戦乙女の躰を蝕み始めている。 しかし、不可解な点がオーディンには気になった。

 

人の力――――科学で行使された爆発の煙が、半神であるヴァルキリーのロスヴァイセにそんなにダメージを与えるものかと。

 

目を細めた。 これはあくまで主神の推測であると期待はせずにナインに問い正す。

 

「おぬしの錬金術は、何かが違う」

「うん?」

 

未だ爆音という音楽に酔い痴れる爆弾狂に、北欧の最高神が険しい瞳でそう言った。

 

「おぬしの錬金術には、魔的なものを感じると言うたのじゃよ――――紅蓮の二つ名を持っていた(・・・・・)教会の錬金術師よ」

「魔的、ねぇ…………」

 

興味なさげに、ナインは息をゆっくり吐いた。

 

「まぁ? 病的なまでに錬金術を信仰していることは確かですがねぇ。 しかし、魔的と呼ばれるほど、錬金術の理念を私は外れているとは思ってませんよ」

 

神器(セイクリッド・ギア)のような、想いを力に変えるほどの神秘性は、錬金術には存在しない。 あくまでそれは科学としてだ……枠は出ない、それこそ人の力なのだと、ナインは言う。

 

しかし、オーディンはそれを否定。

 

「違う。 お前の錬金術は、他術師とは違うものじゃ。

同じ材料と条件でも、お前の錬金術はその法則を無視し、法外な錬成をやってのける」

「…………バカな」

 

目を見開き、両手を見よ。 お前のその紅蓮の錬成陣は、すでに人の理を超越している。

 

瞬間、そのオーディンの声が念波となってナインの耳に届いてくる。

馬鹿な、有り得ない。 そうした紅蓮の男の静かなる驚愕に、しかしオーディンはもう一度、肉声で言葉を発した。

 

「愚かしくも理解を絶するほどの頑なさ。 自分は曲げぬと、自分は自分だと、自己を中心として考えすぎた科学者の皮肉な末路がお前よ。 誰も取り入る余地の無い見えぬ壁、誰にも揺らがぬ鋼の精神。

現実を歪める幻想、己が欲望に対する醜悪なまでの狂信…………」

 

ゆっくりと、ナインを指差した。

 

「おぬしの恐ろしいところは、これまで積み上げられた錬金術に対する狂信によって出来上がった『能力』。

お前の力の凶源は、その精神にある――――――まったく、ここまで来るとバカバカしくなってくるわい。

――――『科学』が『能力』に昇華することなど、本来有り得ぬことなのじゃからな」

 

オーディンの言う事が本当なら、ナインの己が嗜好への狂信が、現実を歪めたことになる。

 

口を閉ざしたまま、主神の意識の先にいる男は自分の両手をなぞる。

陰陽、男と女、硫黄と水銀。

錬成陣をなぞりなぞると、笑った。

 

「さすがは北欧神。 まさか、私でも知らない私のことをあなたが知っているとはね。

なかなかどうして、神様も馬鹿に出来たものではないようだ…………クククっ」

「人の身でここまでとは、世の中も恐ろしくなったものじゃよ。 何より、倫理観というものが根っこから無くなっている人間がここにおる――――神としてはそのような不逞の輩、見逃すわけにはいかぬのでな」

 

手を横に振り、バカバカしいものを吐き捨てるように弾け笑った。

 

「ふはははは! じゃあ神様らしく断罪でもしてみますか? 他者には度し難く、最大級に嫌悪されるほど腐りきった脳みそを持ったこのマッドな私をぉ!」

 

あくまでそれは他者から見たナインの人間観。

しかしナイン自身はそう思っていない。 腐っても腐っても、やはりナインは人間で、錬金術師なのだ。

狂信して追求するこの男の求道は誰にも阻めない。

 

「…………退かぬか。 良い、解った。 ならばおぬしの罪を審判しよう。

ただ強い者と戦いたいだけの白龍皇よりよっぽど危険な人間じゃろうからの」

 

陽炎のように揺らめく中、なんらかの長物がオーディンの手に顕れ始める。

肌に感じる破滅の予感は、残さずナインの本能が感じ取った。

 

あれはちょっとまずいな、と地を蹴って体を前に出す。

その直後、地面の上を滑空し始める。 飛ぶように、走るのではなく滑るように地を揺らす。

残像を残して消えると、その瞬速のなかで両手を胸の前で繋ぎ合わせた。

 

内から湧き出る生命力(エネルギー)を凶源とし、術者の躰とすべての神経系および感覚器官に強化錬成を施す。

人外級の膂力と、もとから備わっているナインの超スピードにさらに上乗せされた。

 

「むん!」

 

まだ幻のように揺らめく長物――――いまになってそれが槍のような形状をしていることに気付いたナインは、その横に振られたオーディンの槍を最大限に身を屈めてそれを躱した。 そのあと、瞬間移動のデモンストレーションで、再びその場から掻き消えた。

 

オーディンの目前に迫っていたナインは、明らかに槍を振り上げる前に回避動作をおこなっていたのだ。

 

「…………速いな。 じゃが、経歴(キャリア)が違うぞ――――小僧。 ワシから見ればおぬしは白龍皇と同じまだまだ青いひよこよ」

「…………グングニルですか」

 

一度投げれば、的を射損なう事など有り得ないとされた伝説の槍、グングニル。

 

「やれやれ、こういうご都合な武器を見ると魔弾の射手を思い出します。 母国の民間伝説ですがね―――現実で相見えることになろうとは」

「ワシはカスパールではない――――北欧の主神を司る神――――オーディンじゃ」

 

そりゃそうだ、と不敵に笑いながら再びオーディンに接近する。

しかし内心、ナインは焦っていた。

 

あれは絶対に投げさせてはいけない槍だ。 本能もそうだが、目の前にいるのが本物の北欧神オーディンであるということが決定的。

 

あれはダメだ、避けられない(・・・・・・)ことが解る。

 

「…………む」

 

オーディンの振り上げた槍を、石突を蹴り止めることで静止させた。 投げさせない、やらせない。 この神の手からグングニルを手放させてはいけないという切迫した感情が、ナインを差し迫った危機から回避させることに成功していた。

 

オーディンは、その貫録のある白い顎鬚のたくわえた口許を大きく笑ませる。

 

「やりおる」

「どうも」

 

槍撃と足技が火花を散らす。 オーディンは手加減しているのか否か、どちらにせよナインの動きは人間のそれを辞めていた。

 

「ぬん!」

「っっ!」

 

地面に突き刺さったグングニルを、即座に足で踏み止めた。

 

「うにゃっ…………!」

 

一方の手持無沙汰の黒歌は、自分の肩を抱いて身震いしていた。 猫耳と一緒に総毛立つ。

首筋と胸の上にも汗が流れる。

こんなことはヴァーリの本気を見て以来の興奮であったのだ。

 

「単純な力ではない、技術と頭を使っておる。 もう少し忠実に教会にいれば、さぞ優秀な悪魔祓い(エクソシスト)になったじゃろうて。 転生天使も夢とは言い切れぬわい」

「まぁったく、鳥肌の立つことを言わないでくださいよ、私が何になるって?」

 

天国には自分の行き場など存在しない。 地獄に行進していく咎人とは自分のことであると。

北欧の神からの賞賛をそう笑い飛ばしながら―――

 

「む!」

 

グングニルも、オーディンの手から蹴り飛ばした。 宙に舞うそれを見遣ったナインは、我が事成れりとオーディンに触り縋ろうとする。 伸びる魔手――――だが。

 

「―――――なに!」

「だからおぬしはまだ青いという」

 

ズン! 伝説の槍が突き立てられる。

文字通り、神の鉄槌がナインの肩口を貫いたのだ。 一瞬なにが起きたか解らなかったが、直後に来る激痛に歯が軋んだ。 万事、休す。

 

「ぬぉ―――――くっああっ!」

「うそ、ナイン!」

 

ナインの突然の流血に驚愕の色を隠せない黒歌。 いまだけ瞳孔が開いたのが黒歌自身解った。

ビシャリと、大量の血が近くの岩にかかる。

 

「――――!」

 

無意識に、片手は胸を押さえていた。 足が前に出る――――助けなきゃ!

 

「…………」

 

しかし、スッと速やかに挙がった手に、黒歌は動きを止めた。

痛みに歯を食い縛ったナインは、乱れた呼吸を鼻でしながら、背中からずりずりと岩場を支えにして立ち上がる。

そして、黒歌を一瞥。

 

――――来るなよ、いま楽しいところなんだ。

 

如実にそう黒歌に伝えていた。 くぐもった呼吸だけが聞こえる。

 

致命傷は免れた。 しかしこれがグングニルか、規格外にも程がある。

持ち主から手放させたのがそもそもの間違いだったのか。

しかし幸い、オーディン自身が投げる意志を完全にはこちらに向けていなかったため、心臓に当たることは逃れたようだ。

 

「…………」

 

だがそれを上等と。 それがどうしたと。

まだ肩を貫通しただけではないかとナインは咆哮して立ち上がる。

 

ボタボタと出る夥しい量の血液は、ナインの視界を真っ赤に染めた。 伝説の槍に地面と一緒に突き立てられた際に頭も打ったようだ。

 

「諦めぬのか。 おぬしはいま、人生の瀬戸際に立っておるのじゃぞ? 真っ当な人間ならばどんな極悪人とて命を乞うこと必定」

「はぁ…………はぁ……ん…………」

 

呼吸を整えながら赤いスーツの袖を破り、一撃を受けた肩口に巻き付ける。

口で袖を咥え、痛いほど傷口を締め上げる。

 

「…………諦めれば人間は死ぬ。 死ねば、ただのゴミになるだけですよ、私のような人でなしなんて特にね。

それに、そんなこと聞いてどうするつもりです。 無駄ですよ、不毛でしかない」

「むぅ…………」

 

すると、オーディンが顎に手を当て、なにやら考え始めた。

難しい顔をして、手に持っていたグングニルまで仕舞い込んで、だ。

 

その行動には、黒歌は勿論、ナインも疑問符を浮かべていた。

 

「試すか」

 

一言だった。

その瞬間、オーディンの後ろの空間が巨大に歪み始める。 水の波紋のような、陽炎のようなものが大きく表れて――――

 

「抗えぬ恐怖に、いつまで保つかだ、紅蓮の錬金術師、ナイン・ジルハードよ。 ワシはもう手は出さぬ」

 

ヌゥっと、灰色の毛並をした巨大な足が歪んだ空間から這い出てくる。

黒歌は、猫であるがゆえにその瞳は恐怖に怯え――――

 

「こやつの牙、あるいは避けてみせよ。 でなければ死ぬがよい」

「おいおい…………」

 

完全に苦笑いだった。 いまこのとき、ナインの中で遊びがなくなった。

心に余裕も、動悸も、無くなり、そして激しくなっていく。

 

巨大な大顎に、透明で粘着な液体が滝のように流れ出る。 唸り声を上げながらその黄金に光る瞳に赤いスーツを映し出した、その瞬間――――

 

オオォゥォォォォォォォォォンッ!

 

遠吠えが、咆哮が響く。

爆弾狂という魔を討ち払うかのような狼の吼えが、鳴り響く。

岩場は震動し、大地には大きなひびが生じた。

 

すべてが、万物がこの巨大な狼に怯えている。

 

「ああ…………」

 

黒歌が膝から崩れ落ちた。

いつも飢え、獲物を探す神話の魔獣がそこにいる。

 

「私としては、こういった獣に類する神話の怪物の方がありがたみが湧きますね」

 

技術とか、頭を使うとか、そんなことが陳腐に見えてくるほどにバカバカしい巨大さと隙の無さ――――なにより威圧感はいままでに類を見ない。

 

フェンリス狼、フェンリスヴォルフ、フェンリスウールヴ。

別名に悪評高き狼(フローズヴィトニル)破壊の杖(ヴァナルガンド)

 

本来ロキの道具でしかないはずのフェンリルが、ロキではなく主神と行動をともにしていた事実。

いつの間にか杖を持ったオーディンが、地面をトンとそれで叩いた。

 

「つまらぬ男であったなら、ワシが直接神罰を下す心づもりじゃったがな。 試す価値が出て来たのであれば話は別――――神を食い殺すといわれた神話の魔獣、”神喰狼(フェンリル)”じゃ――――拝見といこうかの」

「ナイン! これやばい! やばいって! …………ななんで笑ってんにゃー!」

 

わたわたと手を振る黒歌。 だが、その彼女の言葉にナインは目を瞑った…………激痛を耐えるのに必死だったはずのへの字口が、爬虫類のように裂ける。

 

「いいじゃないですか。 張り合いの無い人生などこちらから願い下げだよ」

 

真っ赤な視界の中に、牙を剥き出して唸るフェンリルを見据えた。 




「吾輩」が一人称のフェンリルの旦那登場。 
…………………………勝てるわけがない(絶望)

でも、ナインの錬金術がRENKINになってきたのはお分かりいただけただろうか(小並)

あと、百均ヴァルキリー推しのみなさま、彼女は即退場で残念でしたね、また次話で。


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29発目 フェンリスヴォルフ

ワンワン描いててシュライバー臭がしてこりゃイカンと思って描き直そうとしたが、カッコイイからこれでいいや、とそのままの方向でいきました。


神殺しの狼、フェンリルと、紅蓮の二つ名を持つ錬金術師、ナイン・ジルハ―ドの戦いはもはや一方的な展開になっていた。

主に地上でしか動けない人間のナインと、あらゆる場を足場にして疾駆する高機動のフェンリルとではアドバンテージが違いすぎる。

 

それを証拠として、何度となく突き出す紅蓮の魔手は空を切り、その度にフェンリルの痛烈な打撃が突き刺さる。

攻撃回数は優に百回は超えたというのに、未だに空振りする回数と方程式で結び付けられたままだった。

 

「ぬ、らあぁぁ! へ、へへへあふ――――!」

 

再びフェンリルとのすれ違いざまに放たれるナインの手の平。 幻想で現実が歪むならば、この両掌に綴られた紅蓮の錬成陣もその食指を伸ばしてくれるだろう、そう信じている。

たとえ魔獣であろうと、神であろうともすべてを爆弾にしてみせる。

 

爆弾が奏でる音色は美しい。 火薬の匂いを乗せた爆風はかぐわしい、それが発火した際に発生する硝煙の匂いもたまらない。

 

そうして、ナインの渇望は現実を歪め、普段とは比類なき精度と桁外れな速度域で錬金術を駆動させていた。 もはや人の業は超えている。

あとはこの手をフェンリルの肉体に触れさせるだけでいい、触れさせるだけ…………だけでいいはずなのに――――

 

「ぐ、あぁぁぁはっ――――!」

 

触れない、追いつけない―――速すぎる。

フェンリルの超速の蹴りが、ナインの肉体を弾き飛ばした。 巨体から繰り出される強力無比な脚力を伴った蹄撃。 明らかに肋骨を幾本か損壊している。

 

「ふはは、ふふ…………!」

 

頭からの流血も止まらず、血の視界が広がっている。

ライフル弾もかくやの勢いで吹き飛ばされたナインから、訳もなく笑いが込み上げてきた。

 

オーディンとの戦闘では肩部分を丸ごと吹き飛ばされるという痛手を負い。 いままたフェンリルという超生物に体中を打ち据えられている。

蹴りや体当たりで済んでいるのがせめてもの救いだ。 爪や、それこそ牙などで八つ裂きにされればいくらナインでも死は免れない。 神殺しの絶対の理は、ナインの幻想(ちから)を以てしても覆せない。

 

全エネルギーをフェンリルを捉えることに注ぎ込んでも、種族とレベルの歴然たる差は縮まらないだろう。

 

錬金術を自身の体を対象に発動させ、内側で気力を練り上げて鍛鉄する。 端的に言えば”錬気”は超強化だが、それをしてもフェンリルを捉えられないのは、純粋な歴史の差である。

 

ナインではまだ浅すぎるのだ。

 

「ああ…………っ」

 

壁面に逆さまに突き刺さった肉体に、更なる攻撃が繰り出されてくる。

単純ゆえに強力な体当たり。 フェンリルの巨体を持ってそれをおこなえば、人体などゴミクズのように引き裂かれて物言わぬ肉塊に成り果てるだろう。

神話に生息する獣のなかで最悪とされているのがこのフェンリルなのだ、討ち勝てようはずが無い

 

神殺しの牙と爪。 その力の凶悪さは、北欧に留まらずに世界各地の神話体系にも公式に認められている怪物として知られている。

 

そんな怪物の突進を、ナインは素早く逃れ出た。 吐瀉物を吐き散らし、体からも血の飛沫が吹く。

 

”錬気”による強化で加速するナインの世界。

人間ならば呼吸することもままならないほどの速度で動き、フェンリルの周りを縦横無尽に走り廻る。

 

「無駄じゃ。 グレイプニルを嵌めない限り、フェンリルは最速で在り続ける――――おぬしはフェンリルを捉えられんし、フェンリルはおぬしを確実に捕らえる」

「へっ、そんなこと解ってます」

 

口元の血を拭うと、即座に立ち止まった。

眼前に迫る白狼は、より一層に牙を立たせてナインを噛み殺さんとさらに肉薄してくる。

 

「行きますよ、少し古典的ですが…………」

 

その瞬間、フェンリルの居た場所が爆発した。 轟く爆炎は火柱を生んで燃え盛る。

地面が震動するのを総身で感じながら、ほぅ、とオーディンが声を漏らした。

 

「二つ名の所以か…………」

「…………まぁね」

 

ぶるぶると頭を振って火の粉を振り払うフェンリル。 当然のように通用しない地雷撃だが、ナインの方は眉を顰めたままだった。

するとにわかに、紅蓮の炎を伴って燃え上がる煙の中から、何かが飛び出してくる。

 

「――――跳躍地雷です」

 

刹那に、飛び出した物が更に爆散した。 フェンリルの眼前で炸裂したそれは、数多の小さな鉄球が炎を擁して四散していた。

オーディン諸共巻き込んだ紅蓮の爆発。 

 

「…………人に向けたらダメなあれよねあれ」

 

目元を引く付かせる黒歌の横に、大きく飛び退いて立った。

 

「まったく…………犬に対戦車地雷を使うことになるとは思いませんでしたよ」

 

”S-マイン” 本来ならば対人だが、ナインが改良して錬成し、威力を対戦車に引き上げたのだ。

 

触覚状の信管を踏むと爆発する。

これは通常の感圧起爆方式とは異なる地雷ゆえに、第一波の爆発は前座で、そのあとから来る爆弾が本命。 つまり、第一波の爆破で空中高く舞い上がったもう一つの爆弾を、眼前で爆発させることにより、殺傷力を上昇させる地雷。

 

「…………にゃにゃっ! 地面溶けてるし!」

 

右手で覗くように爆心地を凝視していた黒歌が驚いてそう言った。

 

爆発が引き起こされた場所は、まるで硫酸でもぶちまけたようにその体積が削られ、近場の岩場もごっそり抉られ大幅に変形している。

 

よほどの戦争軍事マニアか、本物の戦争を知らなければ黒歌の勘違いは致し方ないといえるだろう。

鉄火を手にして人を斃し、爆撃で持って人を吹き飛ばす人間の闘争。 魔法、魔術、超能力etc……その他大多数に渡る人外の力を除いた人類の戦の性質。

 

ナインは両手をポケットに入れながら首を横に振る。

 

「それは溶けているのではない。 ノイマン効果という一種の圧力の影響です、あなた流に馬鹿っぽく例えるなら『超圧力』ですね、覚えておきなさい。 主に対戦車に使われることが多い。

ともあれ、あれは本当は対人での地雷なのですがね。 単なる対戦車だと、あのスピードだ……逃げられる可能性がある」

「ちょっと、いまバカって言った? バカって!」

 

踏んでから逃げられるなんて考えたくもないですがね、と苦笑するナインに、黒歌はビシビシと脇腹を突つく。

 

「対戦車ほどの衝撃と、眼前で弾けるもう一つの爆弾――――避けられるとは思いませんが…………」

 

目を細めて爆煙を覗き見ようとした―――瞬間だった。

ザンッ、とナインの横をフェンリルが掠めていく。

 

間一髪で逃れたナインは、信じられないものでも見るように後ろを振り返った。

 

「―――――っちょっとショックだなぁ」

「しかも怒らせたにゃん」

「神話がこんなにも遠いとはね。 やはり生き続けてみるものだ」

「言ってる場合じゃにゃいでしょー!」

 

これは気休めだ。 ナインをして気休めなのだ。

本当なら平常心でいるはずの彼だが、このときだけ焦燥が表情に帯びていた。

 

滝のように流れる涎。 唸るフェンリルは、しかし確かにナインを捕食せんとする涎だった。

オーディンが口を開く。

 

「…………フェンリルは普段は人間を喰らう事などしないのじゃがな。 すなわち、お前は人間を辞めるくらい人間を殺しすぎておるということ」

「…………」

 

爆発する殺意。 煙から出て来た最速の白光は、唸り声を発しながらその強靭な牙を剥き出す。

口から先の爆煙を出すものの、その体はまったく衰えを見せていない。

 

常人なら……いや、そうでなくとも、相対しただけで卒倒しかねないほどの強大なプレッシャー。

 

これが神殺しの神話。 魔法も魔術も使わず、ただその牙と爪だけを研ぎ澄まして来たるべき日のために研磨してきた原始の怪物――――まさに言う”必殺”の爪牙。

 

霧状に体が変化した。 これも神殺しの魔狼の能力か。

もはや微かにしか目視できず、ナインは成す術なく弾き飛ばされた。

 

「ごぶぁ…………っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイン、お前は人の役に立つために教会に入れ」

 

そう言ったのは、当時八十を越えたナインの祖父だった。

昔は戦場を駆けた戦士と聞いていたが、いまは余った人生を過ごす一人の疲れた老人にしか見えない。

 

だが、やはり腐っても戦士の性は健在。 還暦を軽く越えようとはきはきと言葉を話す姿は、長年染みついた軍人のそれだった。

 

「儂はな、お前に錬金術の才があったのは、神の思し召しだと信じておる。

錬金術は大衆のためにある、だから、お前は神の下でその能力を存分に発揮するべきなのだ」

 

首に掛けるのは十字架。 他人に尽くせ、主に尽くせと、鉄火を持って戦ってきた人間はそう言った。

その言葉に、老人の目の前にいる長い黒髪を後ろで束ねた独特の風貌を持つ少年は、金色の瞳にその自分の祖父を映して無表情でこう答えた。

 

「でもさぁじいさんあんたさ、昔の大戦で母国の親衛隊として武功を立てたんでしょ?

………”Schutzstaffel(シュッツスタッフェル)”。 ナチの元SS少佐がさ、どうしてまたよりによって、自分の孫にヴァチカンになんか入れさせんのよ。 おかしくね?」

 

ふてぶてしそうにタバコをふかす、齢十代前半に見える少年。 いまどきの”悪ガキ”のような印象を持たせる風貌だ。

 

「儂は当時こそ、SS士官として功を挙げた…………だが…………思い知らされた」

 

俯き気味に祖父は長いひげを片手で弄ぶ。

 

「戦後、儂らは裁判に掛けられた。 死刑にこそならなかったもの、有罪判決を言い渡された――――当時親衛隊だった者には特に厳正な処分と判決が下された、時代は…………変わったのだナイン」

「ふーん」

 

ニュルンベルク裁判。 戦争に敗北したナチス・ドイツの軍人たち関係者を対象とした戦争犯罪を裁く国際軍事裁判だ。

彼の祖父は、死刑にこそならなかったものの、拘置所で禁固に処されたという。

 

「我々は、国のために戦った。 しかしそれがよくなかった――――総統があんなのだったばかりに…………」

 

そう自嘲気味に笑う目の前の祖父に、ナインはタバコを灰皿に置いて息を吐く。

 

「まぁ、俺はまだガキだからよく知らないけど。 一ついいかな」

「なんだ」

「なんで、国のために戦ったじいさんがそんな目に遭ってんのよ」

 

考えてみれば、ナインはこのときまだ子供だった。 単純で、純粋で、だからこそ、いいことをしてきたと思ってきたこの祖父を見て疑問を抱いた。

 

老いて益々盛ん。 外見こそそうであるものの、この老人からはすでに覇気は消えている。

なぜ胸を張らない。 誰かのために何かをしたということは、胸を張るべきではないのか。

 

しかも、さらに話を聞くと、大戦で祖父の所属していた国――――ヒトラー率いるナチス・ドイツを見事に粉砕し勝利した旧ソ連やポーランドの連合国は等しく全員裁かれることはなかったという。

 

「敗者に口無し。 当然じゃ、我々も似たようなことを何か国にもおこなってきたからのぉ」

 

半世紀前、千年帝国を求め全世界に闘争を仕掛けた集団、ヒトラードイツ―――ナチス第三帝国。

髑髏の帝国は髑髏でしかなく、戦争に敗北した者はすべて裁かれ、戦勝国の度重なる蛮行は不問に付されるという理不尽。 いや、これこそが世界の真理なのかもしれないと、自身でも気づかぬ内にこのときのナインは理解していた。

 

そして、結果としてナインの人生観もここに落ち着く。

いまも、そしてこれからも彼の信念と、立脚点を確立することとなる事柄を―――――

 

「戦争が悪いんじゃない、戦争に負けることが悪になる――――なら、生き残ればいい、勝てばいいんじゃないか」

 

至極単純。 この世の真理はここにあり。 勝たなければ何も得られない。 負ければ奪われる。

 

「な、なにを言う。 違うぞナイン、戦争は悪い事なんだ! 争いは何も生まない、生まれない!

そんな当たり前のことを――――」

「他人のために戦って、殺して、それでもこんな有り様のじいさんを見たら尚更教会になんて入れないよ。

他人のために骨折って、他人のために人殺して…………そんで俺には姿も見えない偶像を崇拝させようっていうのかよ、アンタは」

 

静かな憤怒が少年から滲み出る。 祖父は、その異常な雰囲気に一瞬呑まれそうになった。

 

――――子供が出す雰囲気じゃない。

 

「じいさんには悪いが、自由にさせてもらう。 しばらくは錬金術を鍛えるために旅に出てみることにするよ」

「そんな…………そんな勝手は許さんぞ! いまのお前の保護者は儂じゃ! 息子も行方不明というに、さらにお前にまで居なくなられたら――――」

「知らん、行く。 じゃあな」

 

――――――――――――――――――――。

―――――――――――――――――。

――――――――――――――――。

――――――――――。

―――――――――。

――――――。

――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………逝ったか、人の子よ」

「うそ…………」

 

ボロ雑巾のような有り様でゴミのように打ち捨てられたナイン。 フェンリルの四本の足には大量の血のりが付いていた。 すべてナインのものだ、あの出血量は尋常ではない――――致命傷。

 

「しかし、牙も爪も一切使わずに殺したのはなぜじゃ…………」

 

フェンリルなりの情けか……と言おうとしたが思いとどまった。 これ(・・)はロキの命令だけしか聞かない神殺しの、もはや兵器のような存在だ。 自意識などあるはずがない、と。

 

「それにしてもよくやりおったのぉ、ナイン(・・・)

 

あれから何十回、何百回と渡りフェンリルの最速の攻撃を受け続けた。

普通ならばとっくに轢殺死体として原型を留めていないが、やはり錬金術による身体強化が功を奏した。

 

いや、そんな余計なことをしなければ苦しまずに楽に死ねたかもしれない。

 

「諦めの悪さだけは人間界随一じゃったな…………引き返すぞい」

 

放心する黒歌を置いて、オーディンは踵を返した。

杖を一突き。

横目に彼女を見ると諭すように口を開いた。

 

「おぬしも、あまり悪事を重ねぬことじゃな。 好き勝手が過ぎるとこやつのようになる。

伸びしろもあって良き人材じゃったが、その精神は壊人のそれじゃったわ――――余地はない」

 

戦いは終わりだ、呆気ない。 罪人の末路がこれだと、オーディンがフェンリルを連れながら物憂げな瞳で月を見上げた。

ロスヴァイセ、と倒れ伏しているお付きのヴァルキリーに一声かけようとする。

帰還の時、いつまで寝ているのか、と――――呼びかけようと、した。

 

「この光――――」

 

すると、まるで後光が指すような輝きが、オーディンの背を照らした――――錬成反応である。

もはや咆哮にも聞こえる錬成反応音は、主神の目つきを変えさせる。

どこから――――

 

「…………」

「――――しぶといのぉ」

 

地面を蹴り、オーディンに向かって疾走するナインが光の中から出現した。

硫黄の構築式が刻まれた右手が前方に伸びる。

 

「それがおぬしの幻想(ちから)の源泉か――――よくも考え付いたものよ」

 

それを見てややと片手にグングニルを構えたオーディンが首を横に振った。

 

「考え付いたとしても、実際やろうとする者などおらぬわ。 そのような狂気の術式を練磨したその事実、実に度し難し」

「…………あなたには用は無いのだ、どいてください」

「なに――――!?」

 

そんな言葉がすれ違いざまにオーディンの耳に入った。

身構える主神の横をすんなり通り抜けてしまう。

ナインの目的は、最初からまったく別のものだったのだ。

 

「それよりも面白い物を見つけた…………!」

 

満身創痍という表現すら生温い死にかけの死にぞこないがオーディンにそう言い放ちながら走り抜ける。

 

「む――――!?」

 

錬成光のあった場所を見遣ると、錬成陣が刻まれているのが確認できた。 オーディンの目が見開く。

ナインがわざわざ術を行使するために陣を描くのは、決まって爆発物以外のものだがそれは――――?

 

「鉄鎖ぁ!」

 

鉄の鎖が射出される。 放たれた先はフェンリル――――の牙。

ぐねぐねとうねりながら捕らえたのは、神殺しの大牙の片割れ。

 

巻き付いたことを確認すると、ナインは再び両手を合わせた――――

一条の雷が鎖を伝導していく。

 

「まさか!」

「―――――らぁッ!」

 

オ゛オ゛オ゛ォ゛オ゛オ゛ン―――――っ!

 

ドゴォォンっ! 爆発音が炸裂した。 爆心はフェンリルの牙の根元。

鉄の鎖を伝導体とした前代未聞の錬金法が敢行されたのだ。

 

この機を逃さず、ナインは鎖の張力を引き上げる。

未だ爆発を続ける中、渾身の力を込めた。 視界は真紅。 人体の器官のほとんどがズタボロで、半死状態だが…………

 

「生きている限りは諦めませんよ。 だって動けるんですからねぇ」

 

いま、ナインとフェンリルの牙との間の鉄鎖にかかっている張力はt単位におよぶ。

錬気の重ね掛けにより、怪力を引き出す事ができている。

 

「あとまぁ、へへ…………火事場のなんちゃらってやつでさぁ…………くく、へへへ」

 

くんっ、一引きするとそれはもう脆かった。 爆撃ですでに歯茎あたりを諸共粉砕された牙は、血飛沫とともに持ち主の口から引っぺがされた。

 

「ぬぅ…………やりおった」

 

大量の血を流すのは、今度はフェンリルの口元だった。

折られて堕ちた巨大な牙は、オーディンの前に晒される。

 

唖然とする他無い。 この局面で大どんでん返しに近い反撃を喰らったのだから。

雄叫びを上げて苦しそうに吠え猛るフェンリル。

その様子を視界に入れると、ナインは巻き付けた鉄鎖を振り払い、いち早く地を蹴っていた。

 

計算しろ。 牙を一本折られた程度で戦意を喪失するほど貧弱な犬かあれは? と。

犬? 否、狂犬とも取れる。

 

こんなものであの白狼が怯むものか。 ”神殺し”という名は、フェンリル自身がそう呼ばれているのだ。 牙を抜こうと、いまのナインを殺しきるには十分すぎるコンディションをフェンリルは余裕で保っている。

 

なら――――いましかない。

 

「きゃ――――ナイン!?」

「…………」

 

黒い和服の猫又を抱き上げて、全速力でその場から離脱していた。

みしみしと悲鳴を上げる体に鞭打ち、そして――――歯を食い縛る。

 

「…………悔しいという感情など久しぶりだ」

 

こんなところで逃げを打たなければならなくなるとは――――今後の課題ですね。 と苦笑すら乗せて、しかしイラついた表情で。

 

「ナイン…………」

 

自分を抱き上げるナインを見上げ、黒歌は呆けた表情でそう返すしかなかった。

そして自然に、手ぶらだった自分の両手を黒歌はナインの首に回す。

 

――――ナイン(こいつ)でもこんな顔をするんだな。

――――しかし。

 

「しかしこれで――――っっ!」

 

いまは命を拾うことができる。 そう、思った。

 

「―――――」

 

すぐ背後に魔狼が出現していた。

逃げ、られない――――。

 

怖気は、黒歌の次にナインの背中をも打ちのめした。

 

「こりゃ、まずいなぁ………………」

 

一瞬の苦笑いも僅か、反転する暇もない。

爪で体を殴打されたナインは、まるでサッカーボールのそれのように地面をバウンドして吹き飛ばされていく。

 

オーディンは先の自分の甘さを戒めながら、今度は容赦なくフェンリルに言い渡した。

 

「…………いや、まだ生きておる。 先は油断したが、今回は取り逃がさん。

それにしても頑丈な男よ、フェンリルの爪で裂かれてもまだ息があるとはのぉ」

 

絶望的だ。 如何に抜きんでた運動能力を持っていたとしても、人は獣に追いつけない必然がある。

 

フェンリルの口から火が湧き出、吼え猛り、怒る。

牙を折られたのがその理由か、否か、それはフェンリル自身にしか解らないし、知れない。

 

「う…………」

 

弾き飛ばされた体を起こしながらナインを見る黒歌。 肌蹴た自分の胸元に一顧だにせず、彼と、自分の傷一つ無い体を見比べる。 その瞬間、がばりと上体を起こした。

 

「私なんか抱えて逃げようとするから――――!」

 

急いで駆け寄った。 バカ、バカと。 物言わぬ、口も利けない紅蓮の男を揺らして罵倒を浴びせる。

完全に背後からの襲撃だったため、横に抱きかかえられていた黒歌にはダメージは通らなかったのだ。

 

本来なら鋼鉄の衝撃にも耐えられるナインの強化体だが、やはり――――フェンリルは、強すぎる。

そして、ピクリとも反応しないナインに、フェンリルの灰色で巨大な足が近づく――――。

 

フェンリルはそのとき、もはや生きているかも不明な状態の赤いスーツをその黄金の瞳に映していた。

最初から紅蓮のように赤いスーツに、同化するように持ち主の血がべっとりと付いている。

 

「ふざけないでよ…………」

 

その、自分の何十倍もある巨体の白狼に向かって、黒い猫は小牙を剥くように睨み付けた。

 

「まだナインのこと全然知らないのに…………やっと見つけた面白そうなヤツだと思ってたのに…………!」

 

立ち上がった。

 

「なんなのよ! 私は、私たちはただ……自由に生きたいだけなのに!」

「はぐれた時点でそれは罪じゃ、SS級はぐれ悪魔、黒歌。

そしてナイン・ジルハード。 事ここに至っては野放しにゃできやせんかったわい――――単純な話、もう少し弱ければ命は繋げたやもしれぬな」

 

――――人間にしては、少し強すぎた。 オーディンは、まっすぐに黒歌に向かって真剣にそう言った。

 

(ワシ)を相手に健闘しすぎたのが運の尽き――――っ。 …………フェンリル?」

 

異変が起こる。

オーディンの視界に、妙な動きをするフェンリルが見えた。

眉を顰めて念話でフェンリルに呼びかける。

 

生きていようと、この男は世界の為にはならない。

しかしフェンリルは、じっとナインの姿を瞳に映して佇むだけだった。

 

「ばかな…………」

 

滝のように流れていた涎が止まっている。 食欲の象徴とも言うべき垂涎が、完全に堰き止められているのだ。

オーディンはその事態に驚愕し、フェンリルの次なる妙な行動を引き止めようと声を掛ける。

 

無防備な獲物を前にして、この狼が食欲を失くすわけがない。

 

「どこへ行く!」

 

巨体であるにも関わらず、その歩き方は優雅で美しい。

足音一つ立てずに、ゆっくりと―――――。

 

「どこへ行くのかと聞いている!」

 

――――血溜まりの中のナインから、踵を返していたのだ。

 

「ぬぅ…………やはりワシの命令は通らぬか……あやつめ、余計な術を施しおって――――それが父親のやることか…………っ」

 

静かに義兄弟を疎むオーディン。 しかし、ここで更に妙なことに気付いた。

オーディンの発言から、フェンリルには自意識は無い状態であることが解る。 ならば、他者からの命令はもちろんのこと、フェンリル自身による意志の決定も無いに等しいはずなのだ。

 

命令を聞くのは、この世でただ一人――――北欧の悪神、ロキ。 フェンリルの実父。 彼しかフェンリルに命令できる者はいないはずなのに……。

 

明らかにロキの命に反した行動を、オーディンは腕を組んで悩んでいた。

そうして結論に至ったのが、ナインだ。 オーディンは彼に視線を返した。

 

信じられないことだが…………。

 

「ナイン・ジルハードに、フェンリルの中の何かが響いたのか…………?」

 

動物の本能は、人にも計れないことが多々あるように、伝説の魔獣ともなれば、神ですら解することは至難であるらしい。

オーディンは頭を掻いてイラついた――――しかしすぐに息を吐く。

 

「それがお前の本能の選択か。 いままでロキの命にしか従わなかった神殺しの狼が、よもやこのような局面で反目するとは…………」

 

初めてだった。 オーディン自身、フェンリルが自発的に爪牙を納めるのは、ロキに命じられたときのみだった。

そう、今までは。

 

「…………信じられんわい」

 

戦場だった場所に背を向け、尻尾を振り子のように振って意思表示をするフェンリル。

 

――――ここにもう用は無い。

 

オーディンは白狼を見つめて、仕方ないと言う風に杖を明後日の方に向けて突いた。

 

「…………行くか」

 

溜息のあとに苦笑いが出る。

魔方陣が主神と白狼を囲み、帰還を促すように輝きを帯び始めた。

 

オーディンの、どこか老獪な雰囲気が拭われる。

フェンリルの行動理念などを推測することを一切止めた老人がそこにいた。

 

そんな簡単に理解できたなら、父親もわざわざ愛しの息子を”支配”などしなかっただろう。

フェンリルの考えは当のフェンリル自身にしか解らない。 ゆえに考えることを止めた。

 

「今回はあれの本能に従ってみることにする――――これがフェンリルの気まぐれであれ、意図的であれ、初めて父親の縛りを否定したのじゃ…………あの男、生かす価値があるのかもしれん」

 

父親の為に産まれ、父親の為に働く。 人間界で言うところの忠犬だが、傍から見ればそれは盲目的な忠義。

ロキのすることは正しい、父親だからすべてが正しい。 当然だ、いままでそうして生きてきたのだから、おかしいことなどないと。

 

ナインにとってはそんな北欧の神話事情など知ったことではないが、事実上こういったあちらの関係性のおかげで命を拾ったと言っても過言ではない。

 

「ラグナロクはまだ遠いぞ、ロキよ。 残念じゃったのぉ」

 

そんな、訳の分からない(・・・・・・・)ことを呟きながらオーディンとフェンリルは消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消えて行った北欧の神話勢を、放心状態で見送る黒歌。 何が起こったか解らないこの状況。

自分たちは見逃されたのか?

 

「………………! ナイン!」

 

しかし、すぐに我に返る。 血溜まりの中に体を浸す爆弾好きな変態の顔を、その白魚のような手で叩き始めた。

 

「ナインってば! ナイン! ナインってばー!」

 

しかし起きない。 それも当然、フェンリルの突撃と爪撃を幾度喰らったと思っている。

ズタズタに引き裂かれて流血する紅蓮の男に、いま何をしようと目覚めまい。

 

「くっそ、間に合わなかったかよ!」

 

舌打ちとともに二人の頭上で、次元が開かれる。

 

次元の狭間を通り抜け、白龍皇、そして孫悟空が到着していた。

ナインの惨状を見るなり、孫悟空―――美猴は苦虫を噛んだように駆け寄った。

 

「おいおい…………」

「これは…………」

 

白龍皇、ヴァーリは表情を変わらずだが、戦場の傷跡を見回すと冷や汗をスッと垂らす。

 

「紅蓮の錬金術師…………」

「ヴァーリ…………美猴! 助けて美猴、ナインが…………!」

「分かってらい、すぐ仙術で診る」

 

言うと、ナインの心臓部に手を当てて呪文を唱え始めた。 その間にヴァーリが黒歌に問いかける。

 

「――――フェンリルが来たんだろう。 噛まれたか?」

「一回だけ、爪で思い切り殴られて…………出血量が半端じゃないにゃ!」

「…………おい黒歌」

 

気を重点的にナインの体に当て、内部の様子を探る美猴は、ゆっくりと黒歌に向いて目を見開く。

 

「これ、生きてんのか?」

「はぁ!? 生きてるに決まってんでしょう! さっきまで……喋って…………」

「…………たか?」

「………………喋ってないっ」

 

目の前と頭の中が真っ白になった。 そうだ、フェンリルに最後に吹っ飛ばされてからナインはあれから一言もしゃべっていない。

 

「それに、この体…………もう内臓部がズタズタのぐちゃぐちゃだぜぃ。 生きてる方がおかしい」

「…………! まだ息はある!」

「あるが、死んでる。 なんで息があんのか知ンねぇけど、この状態じゃ…………しかもよ、もし生きてたとしても、こりゃ治しようがねぇほどぶっ壊されてる」

 

赤いスーツにべったりと染みついた血を見る。 グングニルで肩を飛ばされ、壁に突き刺さり、神殺しの爪と膂力で弾き飛ばされ……。

すると、動揺状態だった黒歌の思考がやっと薄れてきた――――いままさに、黒歌の中に諦めの色が見え隠れし始めてくる。

 

「…………そっか」

 

動かないナインの傍にくずおれる。

考えてみれば彼は正真正銘の人間だったことを忘れていた。

人並み外れた戦闘力と頭の回転力を見ていると、そういったことを残さず忘却しそうになるところだ。

 

『人間なんてそんな大したもんじゃない』

「―――――!」

 

ナインの口癖が黒歌の脳裏によぎる。 目の前の血まみれのナインとその言葉が連想されてしまった。 

やはりナインは嘘は吐かない。 どんなに強かろうと、人間は人間なのだと。

 

「…………もう少し……一緒に居られると思ったんだけどにゃぁ」

 

眠るナインの頬を撫でる。 撫でた手に、血が伝ってきた。

人間なんてそんなものだと心底認識しながら、黒歌はそのまま立ち上がろうとする。

ヴァーリも、美猴も、もうナインのことは目もくれていない。

 

短い間の付き合いだったのと、単に、自分たちはテロリストだというのを再認する。

死は付き物。 それと引き換えに得たのが自由だ、こういうこともあろう。

 

「…………!」

 

その瞬間だった。

 

「…………死が、迫………………って、いる、いや…………追っ…………てくる…………くふふっっふはっ、そこまでぇ…………っ」

 

その擦り切れそうな低い声音に、バッと黒歌は振り返る。 途端、真っ赤な手が立ち上がろうとしていた彼女の腕を掴んでいた。

 

――――笑っている。

 

ぎりぎりと痛いほど掴まれるが、黒歌はそれよりも死んだと思っていた男が口を利いた事に驚いた。

ナインの頭を自分の膝に乗せて呼びかける。

 

「…………! な、ナイン?」

「おい、黒歌。 ちょっと執着しすぎじゃねぇか? いくらお気に入りだったっておおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

黒歌の声に、呆れながら振り返る美猴も仰天した。

そこに息も切れ切れのナインが死に体になりながらも這いずっていたのだ。

 

思わず如意棒を取り落とす取り乱しっぷりだ。

 

「な…………はぁ!?」

「…………まさか、これで生きているのか、ナイン」

 

有り得ないという風に大声を張り上げた美猴に、ヴァーリも気づき目を見開いた。

内臓もズタズタ、致死量の出血もしていた。 あれから30分以上動かない、喋らない。

そんな屍のような男が、いま黒歌の腕を掴んで薄ら笑っている。 まるで、髑髏が笑っているようにカタカタと。

 

「…………ど、どうやって生きてンだよこれ…………つか、なんで生きてられるんだよ」

「美猴、運ぶわよ」

「へ?」

「ナインを運ぶって言ってるにゃ! まだ生きてる!」

「いやだってこれどうみても――――」

「喋ってるんだから、生きてるでしょー!」

「―――――! わ、わぁったよ!」

 

がしがしと頭を掻きながら仕方なく黒歌とともにナインを運ぶ。

美猴が足を、黒歌が頭を持って転移していく。

 

すると、ヴァーリがあちらでも何かに向かってしゃがみ込んでいるのが見えた。 美猴が訝しんで彼を急かす。

 

「ヴァーリ、行こうぜ」

「…………こっちにヴァルキリーが倒れているぞ?」

 

ぐったり倒れ伏す美麗な戦乙女をこれ、と指差すヴァーリ。 美猴に目配せをされた黒歌は、一瞬固まる。

 

「…………ヴァーリ、とりあえずそいつも持ってきてくれないかしら、事情はよく知らないけど」

 

月光の照る夜、北欧勢との戦い。

己の死を否定して現世に舞い戻った狂人が降臨することになった。

ついでに、事情不明の戦乙女もヴァーリの白銀の鎧の肩に担がれたのだった。

 

「いよいよもって凄まじい。 天はお前に何をさせようとしているのかな」




突然且つ勝手だが、フェンリルの容姿は作者の中ですでに脳内補完されている。
テレビアニメで見た瞬間「よろしい、ならば戦争だ」レベルで遺憾だった次第でして。

原作で一番初めにワンワンが出て来たときは、某吸血鬼漫画のCV不在のあのヴェアヴォルフ大尉を思い浮かべた訳で。


わんわんお。
尚、このときはまだロキによる強化は施されていません。


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30発目 本音と建前

かつての生い立ちが、混濁する意識の中でナインの頭に過っていた、いや――――映っていた。

浮遊感を感じさせるこの空間で、彼はすぐにここが自分の中なのだと…………なぜかこのとき、気持ち悪いくらい冷静に確信できていた。

 

「へぇ」

 

短く、淡泊にその爬虫類のような口が裂けて声が漏れる。

それが嫌に鮮明に映し出されていたからか、これが走馬灯なのかと、半ば関心しながら未知の体験を一つの己が経験値として吟味していた。

 

(だが、違う)

 

走馬灯は人間が死に際に見る心理現象の一種だ。

こんなことで…………犬に噛まれた(・・・・・・)程度でこの命尽きるはずなど無い。

 

生き残れば勝利。

勝利だろうと敗北だろうと、ナインの中では、死ぬことこそ人生における敗北そのものだという持論を持っている。

 

敗けても生きながらえれば、それは勝利。

勝っても死ねば、それは敗け。

 

もっとも、敗けたなら、それなりに反省することなど童子でもできることゆえに、ナインの中ではそれは当たり前になっていた。 更なる技術の飛躍を追求し、進歩して突き進む、終わりなど無い。

 

この際、生き残り方(・・・・・・)など二の次だとすら思っている。

 

確かに、信念も理念も無く無様に生き汚く生きようとする他人を見れば、罵倒の一つも浴びせたくなる。

たぶんだが、そういうのが目の前にいたら躊躇いなく吹っ飛ばしている。

 

貴様、生きていて恥ずかしくないのか。

生き恥を晒すのが嫌なら死ね。

貫き通せない生存など意味など無かろうよ。

 

そう、思う。

 

だが、それでもいいというなら、無様でも生き残ればいいというのならそれはそれで、アリなのだと思う。

なぜなら、そこでそいつが生き残ったらそれは、世界がそいつの生存を許したと言う事に他ならないのだから。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい? 美猴、あと大丈夫だと思うけどヴァーリも」

「分かってらい、そう何度も言われんでも覗きなんぞするかぃ」

 

部屋のドアの前で和服の美女が、そうへらへらする猿のような男を睨み付けた。

視線に不信感を乗せたまま、豊満な胸の下で腕を組んだ。

 

そこに、銀髪の少年が背を向けたまま口を開く。

 

「俺はそういうことには興味が無い、大丈夫だ。 美猴に関しても俺が一応の目を光らせておく」

「そ、ありがと」

「お前は常時裸みたいな恰好だからねぃ。 いまさら見てもなんとも思わんつーか」

 

にやにやしながら言う猿――――美猴。 その生意気な鼻っ柱をグーで弾いた。

 

「あいだぁっ! な、なにすんでぃこのヤロー! 気を込めんな気を!」

「これは半裸っていうにゃ」

 

喚き立てる美猴を無視して扉を閉めた。 部屋の奥を見れば、ナインがベッドに横たわっている。

 

「とりあえずの応急処置、感謝しますよ――――おっと、剥がれてしまった」

「………………」

 

まるで工作でもするように、自分の肉の見えた腕の皮を再度貼り直し、覆った。

 

北欧神話勢、オーディンとフェンリルとの戦いで致死の重傷を負ったナインは、あれから三日間寝たきりだった。

無言でナインを見下ろす黒い和服、黒歌と、先ほどの美猴の仙術でなんとか一命を取り留めたのだが。

 

しかし…………

 

「まだ、フェンリルの爪で殴られた箇所は再生していないみたいね…………」

 

患部を見詰める黒歌に、ナインは弾け笑う。

 

「ははっ! まぁでしょうよ、あの爪と牙は次元が違いました。 考えてみれば、神をも殺せ得る武器が、人間に対して使われたら結果どうなるかなど容易に想像できますよねぇ。 下手をすれば空間も噛み千切れる――――それであの速度域――――反則だ、敵いませんよ」

 

肩を竦める。

 

「…………痛くないの?」

「あー痛い痛い」

 

ぶっきら棒な反応に、呆れるように黒歌は溜息を吐いた。

 

「無痛症でもないわよね、やせ我慢?」

「そうなのかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「なによそれ」

 

頭をガシガシと掻いてナインは黒歌と視線を交わす。

 

「やせ我慢みたいなものなのかもしれない。 痛い、確かに痛い。 死ぬほど痛い。 だが、この痛みが後の私の糧となると思うともう嬉しくてね」

「頭おかしいにゃー。 それに、痛いで済むはずないんだけど…………」

「…………一の実践は千の座学に匹敵する。 錬金術は進歩する。 そうして技術は進化する、油断なく。

そう、油断などしていられないのですよ。 だから、泣き事は死んでから言う事にしているよ、私は」

 

人間は弱い。 痛みを感じれば痛いと言うし、その先をやる気も失くす。 本能だ。

 

「まぁ、私の無痛症疑惑は置いておいて、これから何をするつもりなんですか? 黒歌さん」

 

いま、この部屋には黒歌とナインの二人だけ。 ベッドで見ていたが、わざわざあんなに釘を刺してまで他男二人に言い含めている、その意味とは。

 

丸椅子に座った黒歌は、訝る様に眉を寄せるナインの顔を見詰める。 一拍置いて口を開いた。

 

「仙術でナインの傷を全快させるにゃ」

「…………ほう、手術ですか?」

「まぁ、そんな感じ」

 

そう言うと、おもむろに黒歌は自分の服を脱ぎだした。 スルスルと布の擦れる音が部屋に響き、極上の躰が黒い和服から解き放たれた。

 

巨乳が姿を現す。 まろびだされた反動で柔乳はたゆっと揺れ弾み、やがて安定する。

「爆乳」と言っても何ら差し支えない双乳、なのに決して垂れることはなく美しい半円を描き、

一呼吸ごとに微かに揺れその度に服の上からも確認できた大きさの割に控えめな薄桃色の突起がさりげなく自己主張する。

 

重たそうな外見とは裏腹に、重力に負けずに突き出る黒歌の胸。

ガラにもなく頬を染めると、チラリとナインを見た。

 

「…………どうしました、服なんか脱いで」

 

失礼極まりない男である。

 

「相変わらずねぇ」

 

そう苦笑しながらベッドに上がり始めた。

ぎし、ぎしと生々しい音を立てながら、その音の主はついにナインの上に跨る。

 

仰向けのまま顔色一つ変えないナインに、黒歌は不満も漏らさずに続行する。

そう、この時点ですでに黒歌の仙術による治療は始まっているのだ。

 

「いまからするのは房中術…………もっとも、最後まではやらないけどね」

 

長く艶のある黒髪を両手でたくし上げると、髪で隠れていた巨乳が再び露わになる。

首から鎖骨にかけ、そしてそのすぐ下に急角度ながらも膨らんだ揺れる乳房。

男なら誰しも憧れる絶景は、いま房中術という大義名分を得て現実に顕現したのだ。

 

「ナインの胸板…………かたぁい」

 

しなを作ってそう言いながら彼の胸に両手を突く。 その動作により寄せられて深くなる陰った谷間。

不敵に妖艶に笑んで男を惑わす魔性の瞳は、比喩ではなく妖しく光る。

そして、そのまま上体を傾けていった。

 

間違えないでほしいのは、大義名分を得たのは男の方でなく女である黒歌の方なのだということだ。

いままでナインを誘惑し続けてはや一ヶ月。

 

実りも無い二人の関係。 実ったのは黒歌の胸だけだ。

しかしここに、”やむを得ない事情”を持って、黒歌はナインの引き締まった躰に触れることを許された。

 

「仙術による治療は、気を対象の患者に送り込んで操作することで完遂するわ。

生命エネルギーかしらね。 そのためには、こうやって躰と躰を密着させて…………」

 

胸板で厭らしく潰れる胸、同時に黒歌の両手がナインの顔を両側から挟んだ。

 

「こうすることで治療するのよ、仙術って。 他には心霊医術とか、素手で患部に気を送り込んで治す技術もあるんだけどね。 私はそんな技術持ってないし、実際やってるバカも見たことないけど」

「なるほど…………しかし、こんなことをせずともできたのでは? 私が重傷を負ったとき、あなたと美猴は私にそういった術を施した」

「こうした方が、何かと都合がいいのよ…………二つの意味で。 よく効くのは本当よ?」

 

ふーんと、素っ気ない返事をするナイン。

身じろいで、二人の躰は隅々まで擦れ合う。

 

「おお…………」

 

エネルギーが躰に送られてくるのが解った。 それにより互いの血は温まり、そして自然と躰も熱を交換し合う。

汗の水玉が黒歌の胸に垂れ、それが下にあるナインの躰に染み込んでいく。

 

すると、しゅる、と流れるようなしなやかな動きで片足同士が絡んだ

 

「あはぁ…………んっ…………」

 

自分の上気した顔を、黒歌は隠すようにナインの首元に埋めた。 横目でそれを見たナインは、未だ無味乾燥な態度を貫き通している。

 

「ていうか、さぁ…………はぁ、は…………ん」

「なんですか」

「ホント、なんの反応もないのね、ここ」

 

至近距離で見つめ合ったまま、黒歌はナインの下腹の少し下を撫でた。

 

「まぁしょうがないでしょう」

「こんな密着してるのに、なんともないとかつくづく憎たらしいにゃん。 まぁ、そこが張り合いあって面白いんだけどね。 手玉に取って操るのも面白いけど、それじゃつまんないって思えてきたのよねぇ、最近」

「良いことだ。 それはあなたが今と違った刺激を求めている証拠だ。

性的不感症のような私を相手にしたあなたはいま間違いなく”わくわく”しているはずだ」

「でも、私だって頑張ってるんだからもう少しご褒美があってもいいわよね。 じゃないとやってらんないにゃん、私だって機械じゃにゃいんだし」

 

ぷぅ、と頬を膨らませる黒歌。 それが普通だろう。 脳内が常時ピンク色の彼女からしてみれば、この状態はお預けだ。

まだ時間はかけられるが、ナインの肉体が驚くべき速度で黒歌の気を受け入れ続けているため、通常の倍は速めに治療は完了するだろう。

 

「これね、順応性も求められる治療なの。 すごいにゃー、どんどん私の中の気がナインに吸い取られていく」

「あなたは? 大丈夫なのですか?」

「気が0になったら一日寝ればいいだけだし。 第一、私の力がそうそう全取りされることはないと思うにゃん。 ていうか、心配してくれたの?」

 

期待の色が瞳に宿った。 悪戯っぽく八重歯を僅かに覗かせる。

ナインは鼻で息を吐いた。

 

「これで私が回復して、あなたに倒れられたら面倒だ。 今度は私がそこに座る事になると思うと、退屈で死んでしまいそうです」

 

ん、と顎でベットの傍らに置かれる丸椅子を指した。 黒歌はまたしても嬉しそうに躰を揺らす。

 

「傍にいてくれるにゃん? じゃ、倒れちゃおっかなぁ。 あ~、眩暈がするにゃ~」

「冗談でもやめなさい」

 

ケラケラと上で笑う黒歌。 すると、佳境に入ったのか先ほどより強くナインを抱きしめた。

 

「それにしてもすごいなぁ。 あなたにこんな力があるとは」

「いいでしょ? 結構便利なのよ」

 

加熱された男女の躰は、もはや汗だくでサウナ状態になっている。 息を荒げる黒歌は、埋めていたナインの胸から顔を上げる。

 

「ねぇ…………ナイン」

「ん?」

「感謝してる?」

「…………ええ、まぁ」

「じゃ、ここでキスしてよ」

 

舌なめずり。 おそらく、ここでナインがノーと言ってもする気満々のこの万年発情猫。

ナインが下、自分は上。 いましかないと、黒歌はこのときに勝負をかけた。

 

事実、ナインはいま身動き一つ取れない。 それは黒歌に跨られているということを差し引いても、仙術による治療で一時的な肉体的仮眠状態にあるためでもある。

 

「イエス、ノー。 どっち? ああ、ドイツ語でそれは”Ja(ヤー)”か”Nain(ナイン)”だったっけね。 ノーってナインなんだ、なんか面白いね」

 

いつの間にか両手でナインの顔を挟んでいた。 程よい肉厚の唇が、ナインの頬を撫でた。

答えには制限時間がある。 両頬にキスを終えたら、本番なのだろう。

 

いままでこの私に振り向かなかったその顔、無理やりにでも――――

 

「構いませんよ。 減るものでも無し」

「おお? まさかのオーケーサイン、じゃいいかにゃ?」

「お好きに」

 

黒歌の目が通常より少し大きく開いた。 ゆえに一瞬驚いたのは間違いないのだろう。

ノーと答えると思っていた彼女は、最初から答えを待つ気はなかったのだが…………予想外に嬉しい誤算に、事を急く必要がなくなった。

 

いままで抑えていた猫又の情欲の色が、色濃く出始める。

 

「ん…………」

 

予想外ではあるが、結果としては黒歌にとっていい方向に転んだ。

そこからは、タガが外れる。

 

瞳が赤く光った。 黒歌ほどの猫又になると己が情欲をも操作したりできるというのか。

最初は触れるだけだったお互いの唇は、やがてさらなる甘美の奥を求める黒猫の舌先によって一方的にこじ開けられる。

 

唾液をたっぷりまぶした舌が、ナインの口内を縦横無尽に駆けめぐり始めた。 そのたびに黒歌の顔が揺り動かされ、濡れそぼった朱唇はそれを濡らしていくように這い回る。

 

いままで釣れなかった分まで、その甘いフェイスに…………。

そう黒歌は躍起になって彼の口に吸いついていた。

 

このときばかりはナインも空気は読んだ。 目を瞑る。

 

「…………ちゅぷっ。 知ってる? 仙術の治療には粘膜接触が一番効果的だって話」

「…………冗談を」

「うん、ウソ♪」

 

再び落とし込まれる唇。

それほど情熱的ではないが、厚みがあり、じっくりとしていた。

 

ピッタリと塞がった互いの唇は、口腔内で濡れた舌同士ががっちりと繋ぎ止められていて離れないほどだ。

そして離れる際もゆっくりだった。

 

妖しく光る銀色の糸は、二人の間に一つの橋を渡すとやがて落ちる。

官能の極致を行く黒歌のキスは、ナインの頭をピンク色に染めようと必死になっていた。

 

「ぷはっ。 ふふ、こうして受けてくれてるのを見ると、満更ではないってことなのかにゃ?」

「さてね。 しかし、あなたも見て分かる通り、私のここは猛る兆しがない。

あなたは美人だ、男のツボをこれでもかと知り尽くしている悪女だよ。 だが私にとってはそれだけだ――――やはり足りない」

 

勝ち誇るように顔を覗いてくる黒歌がその言葉でむっとした。 胸板にしなだれる。

 

「まだ堕ちてくれないんだ…………ふんっ、いいもーん、まいったって言うまで纏わりついてやるにゃー!」 

「…………蓼食う虫も好き好きか。 なんにせよ、一つのことに没頭することは素晴らしぷ――――っ」

 

その瞬間、黒歌の豊満な乳房がナインの口を顔ごと塞いだ。

 

「にゃっはははは! 素晴らしぷ――――だって! にゃはははっ!」

「………………」

 

頭を抱えるようにして放たれた黒歌の胸は、見事にナインに炸裂していた。 柔乳が隙間なく彼の顔を挟み込むと、苦しいと言わんばかりにナインの手が乳房を掴んでどかす。

 

「やぁん…………怒った?」

「これくらいで憤慨していたら私、いまごろ憤死してますね。 そうでなくとも、あなたの相方などとっくの昔に辞めている」

「一応相方って思ってくれてるんだ…………へー、嬉しいにゃー」

 

ぴょんと、ベッドから飛び出す。

それと同時に体を起こしたナインが体の調子を確かめるように、手を握ったり開いたり。

 

にわかに、口元が不敵に割れた。

 

「…………」

 

胸を強く叩き。 筋肉、骨に至るまで外的肉体の具合も診る。

最後に、首を回す――――後ろで手を組む黒歌に向いた。

 

「ふむ…………良好」

「当然にゃ、ふふん」

 

そう得意そうにサムズアップしたのだった。

 

 

かくして紅蓮の男は傷を治し全快する。 黒猫の気を糧として復活を遂げる。

 

さぁ再開しよう、忘れられない爆音を力の限り鳴り響かせ、爆撃の爪痕をそこに残そう。

挑む価値がありまた死ぬ価値もある真理への道程はまだ遠いが。

 

辿り着いたときはきっと、それはもう素晴らしい快感を得ることができるだろうから…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

命令に反したフェンリルに対し、独り自問するロキ。

 

 

 

 

「なぜだ我が息子よ…………なぜあの男を生かした?」

 

「分からぬ。 お前が私の命に反したことなど一度足りとてなかったというのに…………」

 

「オーディンの言うには、殺す一歩手前でその牙を止めたというではないか」

 

「あの男には何かがあるというのか?」

 

「あの男に、何を見たのだ――――息子よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えた!」

「エッチなのは禁止です」

 

少女の正拳により窓の外まで吹っ飛ばされる少年がいた。

ここは駒王学園旧校舎――――通称オカルト研究部の部室。

 

「い、イッセーさん! 大変!」

 

そのまま川にホールインした少年を助けに、金髪の少女が部室を出て行く。

ナインの居る陣営とは打って変わり、この場は至って平和な学園。

先ほど不可抗力ではあるが下着を見られた銀髪の少女――――塔城小猫がスカートを直して茶をすすった。

 

「あらあら、イッセーくんたら、また小猫ちゃんを怒らせて…………」

「相変わらず過ぎて安心するけれどね」

 

紅の髪を揺らし、思案に耽っていたリアスが苦笑した。

 

「そういえばリアス部長? 駒王学園はこれから夏休みに入りますが、帰る(・・)予定はありますの?」

 

黒い髪を後ろで束ねた―――ポニーテールの女性、朱乃がそう聞いた。

そうだ、学園の行事も大事だが、これから始まるであろう長期の休みに学園の課題以外にもやっておかなければならないことがあったのだ。

 

リアスが思案していたのはこのことである。

 

「ええ、すでに計画はしてあるわ。 例年通り、夏休み初日にこの地を出発することにしているの。

ちょうどこの後イッセーが川から戻ってきたら話そうと思っていたのよ」

 

すると、向かいのソファーに座る金髪の少年、祐斗の顔が引き締まる。

 

「部長、今回はただ戻るわけではないんですよね?」

「…………そうね」

 

禍の団(カオス・ブリゲード)」。 ヴァーリ・ルシファーの他に現れた新たな強敵。

炎を纏った紅蓮の男、ナイン・ジルハード。

 

それらに対抗する力を、少しでも早く付けなければならなかった。

夏休みなどでは当然補える力量差ではない。 いまも彼らは強く成り続けているのだから。

 

祐斗の表情が陰る。

 

「僕は、会談のときに思い知りました。 いままでどんな困難にもめげずに立ち向かって、最終的には勝利を掴んできたあのイッセーくんが手も足も出なかった」

「…………」

「レイナーレとの戦い、フェニックスとの戦い、コカビエルとの戦い、どれを取っても目を見張るほどの上達ぶりを見せてくれましたわ」

 

そう、いままで戦ってきた相手は、どれも格上。 それにも関わらず勝利を収めてきた一誠が、彼女たちグレモリー眷属が見る一誠の姿。 それが今回敵わなかったことが、皆予想外だった。

 

「エッチなことでパワーアップするのは最低ですけど」

 

小猫の言葉に、全員苦笑いしながらも肯定する辺りそうなのだろう。

 

「そうだな、なんていうか、ありゃ冗談が通じない男だわ」

 

部室の扉の向こうで声がする。

全員が視線を向けると、アザゼルが居た。

 

相変わらず悪そうな笑みで部員たちを見回す。 

 

「いやある種、冗談は通じる男なんだろう。 他人の考えにはあまり口を出さない男みたいだしな、ナインは」

 

一際大きい、社長椅子のようなものにドッカリと座り込む。

 

「だがそれでいて自分の考えはブレさせない。 イッセーの一番苦手なタイプだろうよ。

あいつの長所は、そのエロい思考で相手を惑わし、完全に自分のペースに誘い込めるところだ」

 

しかしだ、とアザゼルは頬杖を突いた。

 

「今回もその戦法だった。 本人は無意識だろうが、そら、リアスの乳がナインの錬金術で爆発しちまうってんで、パワーが上がっただろ」

「こ、こんなときにまでふ、ふざけないで頂戴アザゼル!」

 

顔を赤くして抗議するリアス。 そうであろう、誰にも知られたくない経験である。

しかしアザゼルは笑みを崩して真剣な表情でリアスを睨む。

 

「ふざけてなんかねぇさ。 そうやって、リアスのように『こんなことは有り得ない』と、イッセーのエロパワーに真正面から向き合って認めなかった奴らが、いままでイッセーに倒されてきたんだろ?」

「…………!」

「当然だよなぁ、あんなふざけた力、最初は誰も認めやしないさ。 ヴァーリですらそうだった。

だがナイン、あいつは違った」

 

冷たい瞳のあの男。

 

「イッセーの”力”を認めた。 思想は賛同できなくても、それが己が意志を貫くために必要な力だったからナインはそれを認めた。 恐ろしい男だぜありゃぁ、油断のねぇ男ほど隙は見付け辛い。 現時点でイッセーの最大の敵ってわけだ」

「そんなに…………?」

 

いくらなんでも過大評価だろう。 リアスはそう訝って、アザゼルの顔をその紅の瞳で細めて見た。

すると、書類のような束を渡された。

 

「これは…………?」

「さっきまでアースガルズの連中と連絡を取り合ってた」

「アース…………北欧の神々と…………!?」

 

目を見開いて驚愕するリアス。 なぜいまこのタイミングで、いままでそんなことは無かったのに……!

アザゼルも察して頷く。

 

「珍しくあちら側から接触してきた。 主神オーディンのジジイからの報告だ」

「オーディンさまから…………」

「会談が終わってしばらく後だ――――さっそくナインたちと遭遇したってよ」

『―――――!』

 

一同に電撃が走った。

 

「戦ったんですか?」

 

祐斗の問いに、アザゼルは大きく頷いた。

 

「…………まさか、北欧の誰かがやられた?」

「それはない、だが死者も0。 オーディンのジジイはグングニルも出した、これがどういう意味だか解るか」

 

ぶるっ。 寒気がする。

 

「ジジイがグングニルを出しても殺せなかった。 いや、神相手にケンカ振っかけておいて生き残ってるのが異常なんだよ」

 

リアス眷属の初期メンバーは、北欧の力を十分承知している。

何度か顔も見たことがあるし、そしてそれだけで圧倒的な経験と次元の差を見せ付けられた覚えもあった。

 

「オーディンさまといえば…………その…………」

 

言いづらそうに朱乃が口を開いた。 それにアザゼルが答える。

 

「人間界に降りてはおっぱいパブとかその手の店に足を運ぶエロ神ジジイだ」

「でも、一度そのグングニルを手に持てば並大抵のことでは止められない」

 

性格はさておき、基礎能力や頭の回転力、さらにはグングニルという規格外の武装でその名を轟かせている歴戦の老将だ。

何より神という肩書を持つ限り、その力は魔王に並ぶ。

それに相対し、生き残る。

 

「どんな手を使ったかも分からんが、間違いなく会談のときに見せた力より強い」

 

それと、と、近くに黙り込んでいたイリナをアザゼルが引っ張った。

ナインの話が出てから黙していた彼女だったが、アザゼルの目配せで握っていた物をリアスたちに見せる。

 

「…………卍? いや、逆卍ね」

 

それは、十字架が形を変えた逆卍の紋章。

イリナはあのあと、これがなんなのか、何を意味するのか考えようともしなかった。

ただ、ナインの残したものとして、身に付けていようと思っていたのだが…………

それをアザゼルが指摘した。

 

「最初は、これを見たときなんでもねぇこいつのただの趣味かと思った。 ナインの残した物だって言うから、それ以上なにも聞かなかった」

 

逆卍の紋章をイリナに返す。

 

「けどあのナインがだ。 あの紅蓮の錬金術師が、なんの意味もなくただの趣味嗜好でこんなモンを持ち歩くはずがない」

 

爆発に関しては見境がないが、と付け加えた。

 

「それがなんの意味を…………?」

「こいつは、ハーケンクロイツ。 半世紀以上前の話だ、まだ世界が戦争の真っ只中だったころの話。 お前らが種にもなってねぇ50年以上前の戦争――――」

「50年以上前…………戦争? 太平洋戦争かしら?」

「惜しいな、その少し前だ、リアス」

「…………! 第二次世界大戦? でも、それと、その紋章と、ナインとなんの関係が」

 

思案するリアスが首を傾げる。 当然だ、誰もかれもいまの人間がその紋章を見てもピンと来ない者には、誰かに言われなければ分からない。

 

だが、ヨーロッパ圏に居た彼女なら…………

 

「ナチス・ドイツだな、それは」

 

ゼノヴィアだった。 生粋の元カトリックの戦士が口を開いた。

アザゼルがニヤリと口を歪める。

 

「ああそうだ――――いま、ナインの身元を隅々まで調べさせている最中だ。 リアス、お前の兄サーゼクスにも協力してもらっている。

ミカエルは教会の未整理文書庫にまで手を伸ばさせている」

「まさか、ネオナチか?」

 

ゼノヴィアのその問いに、アザゼルが首を横に振った。

 

「んな大々的なものじゃない。 もっと小さい。 そもそも集団ですらありはしない」

「じゃあなにが…………」

「ナインの家系の祖父の代が、当時のナチス・ドイツの親衛隊員だったことが解った」

 

しかし、リアスは首を傾げる。

 

「よくそんな早く情報を手に入れられたわね?」

「当然だ、リアス部長」

 

ゼノヴィアが割って入った。

 

「あいつの祖父は第二次大戦後、キリスト教に帰依している。 なぁイリナ」

「うん。 ナインが投獄されたとき、その手の情報は周囲に知れ渡ったの」

 

教会の戦士だった二人が知っているのなら、アザゼルが知らないはずがない。 現にアザゼルは驚きもせず二人の話を聞いていた。

 

「まぁ別に、ネオナチとか残党とかじゃあねぇみたいなんだ。

ただ、あの超人的な身体能力はその血統から受け継がれてる――――やけに顔が良いのも、そのじいさんの遺伝だろうさ。

当時親衛隊は、身体能力も高い、頭も良い、顔も良いと、三拍子揃ってなきゃ入隊できなかったところだったんだ」

 

ゼノヴィアが顎に手をやった。

 

「つまり、完璧超人たちの集う部隊だったわけだ」

「ナインの祖父がその中に居たってだけだ。 まぁ、全部(ナイン)に受け継がれてるが」

 

一同が頷く。

 

「ヤバいのは、そんな完璧超人の血を継いだ完璧超人に、『狂った思想を持った変態』が付け足されたんだからまいったぜ」

 

やれやれ、と半ば呆れ気味にアザゼルは肩を竦める。

半世紀以上も前の人間が、面倒な置き土産をくれたものだ。

 

「ところで話は変わるがお前ら、夏休みは冥界に帰るんだろ?」

「ええ、そのつもりだけれど」

「俺も行くことになったから。 これまた面倒臭い用事があるんだよ」

 

またもや溜息を吐くアザゼル。 相変わらず面倒事は嫌いな堕天使総督。

 

「オーディンのジジイも来る、サーゼクスとも話をする約束をしている」

「…………思ってたよりゆっくりできなさそうね」

 

そうリアスが悟るように苦笑いする。 アザゼルが背中をバシっと叩いた。

 

「いつっ!? 何をするの、アザゼル!」

「お前らは冥界バカンスを楽しんでりゃいいんだよ。 テロリストとか、そういう危ないことはいまのところは俺たち大人に任せとけ、お前たち若手悪魔が全部背負うことじゃねぇ」

「アザゼル…………」

 

少し見直したわ、とリアスは心中でアザゼルの認識を改めるのだった。

 

「用事が終わったら――――イッセー! 一緒に冥界おっぱいパブ行ってやろうか!」

「え! いま帰って来たんでよく解らないっすけど、とにかくおっぱいは好きです!」

「こっちもブレないね」

「やっぱりあなたにオカルト研究部の顧問は任せられないわ!」

 

季節は真夏に突入する。 オカルト研究部の面々は、各々の目標に向けて歩き出す。

当面の敵は、「禍の団(カオス・ブリゲード)」である。

 




暑くて死にそうです。 夏に剣道なんてやるもんじゃねぇっす。


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31発目 過ぎ去った物語

あらすじ【三大勢力から離反したナインは、さっそく北欧の神話勢と戦う事を余儀なくされた。 それも、相手は主神オーディン、さらには神殺しの狼、フェンリル。
善戦虚しく敗北を喫したナインと黒歌。
黒歌は重傷のナインを仙術で治療すべく手を施した。
そして、ナインが完治したいま、休む間もなくヴァーリは次の目的を考え付いていた】


長く、艶の入った黒髪をいつもの髪型に縛っていく。

豊満な胸を曝け出したままベッドの上で身だしなみを整える黒歌は、背中合わせで座るナインの二の腕を肘で小突いた。

 

「具合どう?」

「問題はありませんよ。 あなたのおかげでね」

 

黒歌の仙術によって傷も癒え疲労も回復したナインはニヒルに笑う。

 

お互いの体同士を密着させ共感して治療する特殊な方法は、絶大な効果を出した。

 

「~♪」

 

同時に、黒歌にとっても絶大な報酬だったのだろう。 舌で自分の唇を濡らした黒歌は、後ろのナインに寄り掛かる。

 

「役得だったわねぇ」

「なにが」

「なにってそりゃ、ナインの躰に触れたからに決まってるじゃない」

「おっさんですかあなたは…………」

 

はぁ、と溜息を吐くナイン。 しかしすぐに口角を上げてベッドから離れた。

ナインという支えを失った黒歌はころんとベッドに転がった。

 

「にゃんっ…………もうちょっとこのままでいてもいいじゃないのー」

「十分寛いだでしょう、これ以上は時間の無駄だ」

「ぶー」

「先ほどの行為といい、あなたは少し性に関して軽薄すぎると思うのですがね」

「あなたがそれを言うの? 私の躰に興味も示さなかったあなたが?」

 

ジト目でナインを見上げる。

房中術と称した治療は、黒歌による、性に無関心なナインの矯正も目的としていた。

もちろん治療も第一だったが、本人の同意がなければあのような過剰とも言えるボディタッチはできなかった。

 

まぁ、結果としては失敗だったが、黒歌にとってあのキスはかなりのプラスになり、日ごろのストレスを一気に吹き飛ばしたと言える。

 

いつもの黒いタンクトップを着ると、髪を掻き上げた。

だが、ナインはそこで何かが足りないことに気づく――――掻き上げた手でそのまま後ろ髪を数本つまみ上げた。

 

「ちょっと、黒歌さん」

「にゃはは~」

 

ナインの長い黒髪を後ろで縛るための髪留めは、黒歌の見事な胸の谷間に収まってしまっていた。

舌打ちとともにナインは、黒歌の谷間に手を突っ込む。 普通ならば狼狽えるが、躊躇が無いところを見るとやはりこの男の性感覚はどこか大幅にズレていると言えよう。

 

だが、それももう経験済み。 この男が男として機能していないことは、黒歌も承知だ。

突っ込まれる前に、素早く髪留めをさらに谷間の奥深くまで落とし込んでしまったのだ。

 

「あなたねぇ…………」

「ふふん、そう簡単には返してなんかあげないにゃーん」

「目的はなんですか、まったく」

「ちょっと話聞いてよ~、いま私すっごく楽しいんだからぁ…………にゃん♪」

 

両手を招き猫のように動かしてウインクする。

 

「面倒な」

「そう言わずに、ね」

 

ぐい、と立ち上がったナインを再度ベッドに引き戻す。 無表情で転がるナインに、黒歌は顔を近づけた。

頬に手をやり、撫でた。

 

「あの娘もこの娘も大好きな……あなたの唇に私だけが触れることができたんだからぁ」

 

耳元で、囁く。

 

「――――――気持ち良かったっ」

「…………優越感か、あなたも俗な人だよ」

 

言われ、口をへの字にする。

 

「俗で結構。 あなたやヴァーリみたいに強者と戦いたいとか、生存競争についての世界の真理とか、そういうのは猫又の私にとってはどーでもいーの」

 

人差し指をもう片方の握り拳に入れた。 妖艶に、淫猥に微笑んだ。

 

「ひたすらいい男探し。 強くてかっこ良くて、でも誘惑しても全っ然振り向かない男を振り向かせたいの。 知ってるかしら? 猫又って、気に入った異性を拐って食べちゃうの」

 

今度は、流し目とは違う。 睨むような視線。

威嚇という意図は無い、だが、明らかにその細めた瞳からは獲物を狙う強い思念を感じる。

 

「…………ねぇ、初めてあなたと行動するようになってから思ってたんだけど」

「うん?」

「どうしてナインって―――――私のことを何も聞かないの?」

 

唐突に質問を投げる黒歌。 ナインは表情を崩さずに耳だけ彼女に傾けた。

 

SS級のはぐれ悪魔。 これだ、確かにナインの持つ黒歌の情報などこれ以外持ち合わせない。

しかもそれは、教会で知らされていた、「高いレベルのはぐれ悪魔」であるから耳に入っていたという事で、ナインが自発的に調べた経歴ではない。

 

対して黒歌は、ヴァーリや他の仲間を通してナイン・ジルハードという人間をある程度のことは聞いていた。

爆弾狂のサイコパス。 しかしその快楽主義的なものの中に、理知的で且つ冷徹な部分が存在することも。

 

「おかしなことを言いますね」

 

短く、嘲笑するように口を緩ませてナインは言った。

 

「他人の過去になど、興味が微塵も湧かない」

「………………!」

 

冷徹な瞳でそう言った。

 

「人間っていうのはそういうものだ。 関係あろうがなかろうがね…………もしそれであなたのことを知りたいと言い出す者がいたのなら――――ああそれは、きっとあなたに好意を持っているということだ」

 

つまり、

 

「私はあなたのことを気に入ってはいますが、別に深く踏み入りたいと思うほど物好きじゃない。

私はね、会った人間のことは会ったその時に人種を判別するようにしているのですよ。 過ぎ去ったものには触れない、触れるべきではない」

 

その人となりを知るにはその人の傍にいることで知ることができるという。 わざわざ聞き出すような真似をするから、色々な過去に惑わされる。 結果、本当の「中身」を知れない。

 

過去にもその人の中身はあるだろうが、それは抜け殻に過ぎない。 ナインはそう説く。

 

「…………じゃあ」

「………………」

 

片目を瞑ったナインに、黒歌はにやりと、

 

「”私”が聞いて欲しいこと、ならいい? まぁ、嫌だって言われたらそれでおしまいにゃんだけどねー」

「いいですよ」

「早っ! いいの? 言っといてなんだけど、すっごい面倒くさいわよ?」

「聞くだけならね。 それであなたの気が少しでも晴れるなら、何となりと吐き出せばよろしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「傷は癒えたようだな、紅蓮の」

 

黒いジャケットを着た銀髪の少年が、部屋から出て来た冷たい瞳の男に向かってそう言った。

その冷たい瞳の男――――ナインは、まぁねと短く笑う。

 

「ヴァーリ、美猴の奴は?」

 

ナインの後に続いて出て来た黒歌。 キョロキョロと辺りを見回す。

 

「ああ、あいつならリビングでテレビを見ているぞ。 隙あらば……といった様子だったが、俺の目を気にして諦めたよ」

 

ああやっぱり、と呆れたように黒歌は溜息。

 

「あのお猿さん、ホント悪戯好きよね。 空気ってものを読めないにゃん」

「それで、ナインはあの様子だが、実際上手くいったのか?」

 

すると黒歌は不敵に笑ってヴァーリを流し目で見つめた。

 

「ちょーっと危なかったけどね。 でも、もう大丈夫よ」

「…………それは良かった。 だが黒歌、先ほどから思っていたが、お前の顔色がさっきより良くなってないか?」

 

怪訝そうにヴァーリはそう訊く。

戦いや殺し合いにしか興味の無い彼でも解るほどだ、よほどの変わり様なのだろう。

重傷を負ったナインを抱えていた時の彼女の真っ青な顔を見た後だから尚更そう感じた。

 

――――肌には艶が出て、声は弾んでいた。 それほどまでにナインを治せたのが安心したのか。

少なくとも、ヴァーリはそう思っていた。

 

何やら嬉しそうな黒歌は、ナインのいるリビングへと向かっていった。

 

「やはり、仙術は色々なことに役立つらしい…………少し考えてみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リビング。 テレビに向かって笑い転げている美猴を横目に、ナインはソファーに腰かける。

気配に気づいた美猴が、首だけ振り向いて嫌な笑みを浮かべて言った。

 

「お、色男がお戻りかぃ。 黒歌の仙術治療はどうだったよ?」

「別に」

「またまたぁ」

「―――――お猿さん、あなたデリカシーが皆無よね。 いまに始まったことじゃないけど」

 

扉の前に、不躾なことを聞いていた美猴を非難する黒歌が立っていた。

腕を組んでむっとしている。

 

美猴の行動は確かに女性からしてみれば敬遠されてもおかしくないが、如何せん、快活に笑いながら話すので含みが無い分彼も純粋なのだろう。

 

「下品なお猿さん。 ナインもなんか言ってよー、私たちの情事が笑いもののさらし者になってるのにっ」

「まぁいいじゃないの。 事実、私は襲われたんだしねー」

 

相変わらずの低い声音でせせら笑う。

腕を組んだまま溜息を吐いた黒歌。 しかしすぐに「ま、いいけど」と開き直ってナインの後ろのソファーに両手を突いた。 そのまま這うように彼の肩に手を置く。

 

「隠す事じゃないし」

「ま、おれっちも別に気にしねぇよっと」

「じゃあなんで覗こうとしてたのよ」

「おいおい、そら無粋だぜ。 男の本能だぜぃ、覗くなって言われたら覗きたくなるのがそれよ」

「くっく…………さすがのイエローモンキー、欲望に忠実に生きている、好きですよその性格」

「当たり前だぃ、じゃなかったらテロリストになんざ名を連ねちゃいねぇよ」

 

自由な生き方を好む闘戦勝仏の末裔、美猴。

黒歌の話によれば、先代孫悟空の目を盗んでこのようなならず者集団に成り下がったのだという。

自由奔放さは言い伝え通りだろう。

 

「つーか、イエローモンキーってどういう意味でぃ!」

「黄色い劣等――――欲に塗れた猿の意――――主に東洋人に向かって吐かれる蔑称です。 まぁ、昔のことですがね」

「…………完全にケンカ売ってきてるよな、これ」

「そうなると私も該当するのかにゃー? も一回襲われてみる、ナイン? 今度はキスだけじゃ済まさないから」

「おっとと、それは勘弁を。 まぁ、仲良くやりましょうよ、抑えて抑えて」

 

お前が煽ったんだろぃ! と美猴。 黒歌はむっとしてナインを見るが、すぐに熱い視線に変わった。

先ほど部屋で話した自分の過ぎ去った物語――――ナインの反応はひどく淡泊だったが、それだけに返答が的を射ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私ね、妹が居たの。 ほら、冥界の…………リアス・グレモリーっているでしょ?』

 

背中合わせで座る二人。 黒歌だけ両手をベッドに突いてナインに寄り掛かり、本人は足を組んでいる状態だった。

 

『あの子、いまあの女の眷属なんだ。 戦車(ルーク)。 塔城小猫って名前みたいだけど、私と居た頃は全然違う名前』

『…………』

『その子ね、「白音」っていうの。 数年前まで、私と同じ、別の上級悪魔の眷属だったんだけどね…………』

 

自分なりに勇気を出した結果が、これだ。 体が震える。

この身に受けてきた屈辱と、妹という唯一無二の存在を守らねばという義務感に板挟みにされていた日々。

 

逃げ場は無かった。 拭う事の出来ないトラウマは、いまの彼女とは正反対の真っ暗闇の過去だろう。

逆に考えれば、そんな過去があったからこそ、いまはその反動で開放的になっているのかもしれない。

 

ナインは腕を組むもなお沈黙。

 

『でね…………私、色々あって嫌になって――――そいつ殺して出て来たの』

 

かなり端折りがあったが、ここまでしか言えなかった。 一生記憶の片隅に押し込んでおきたいものだからだ。

にも拘らず、ナインにそれを話す気になったのは、他人とは違う答えを欲しがっていたからに他ならない。

 

『肝心の理由が分からない分、あなたの過去話に味が無くなってしまいましたが…………』

『味って…………あなたねぇ。 言っておくけど、ギャグじゃないからね? 何を期待してるんだか…………』

 

苦笑いだが、力無い。 しかしそんな、ベッドの上で自分の両膝を抱く黒歌を、目を瞑ってナインは肩を揺らした。

 

『嫌だったなら良かったんだよ、それは』

『でも、私がそんなことして出てったせいで、妹が…………白音が向こうで罪に問われて……私、何もできなくて、暴走して…………』

 

仙術の過剰使役による暴走。 彼女は気を高めすぎた結果、理性を失い、本当に生き物を拐って喰ってしまうような化け猫に成り下がった。

 

『別に、殺したのはそいつ一人だったけど…………』

『殺さなければならなかったのだ。 仕方ないじゃないですか』

 

後ろでナインが笑みを浮かべたのが、黒歌には解った。 目を見開いてハッとする。

 

『では、嫌でしょうが一つの仮定として考えてみましょう。

もし殺さなければどうなっていたんだい? くく…………その上級悪魔がどれほどに外道だったかは知らないですが、息苦しい人生を歩むことになっていたでしょうよ。

あなたはそれで聡い女だ、殺したいと思うほどに嫌な悪魔だったんでしょう? 殺さなければ自由になれないと。 ならそれはきっと正解だった――――妹さんを見捨てたのも、きっと正解だったのだ』

『……っ!』

 

その瞬間、黒歌はナインの胸倉を掴んで引き倒した。

 

『アンタはっアンタ、はっ…………』

 

体が勝手に動いた、妹を見捨てたことが最善だったとのたまうこの悪魔のような人間、冗談であろうと許せない。

だが、そんなことになっても膝を首に押し付けられているナインは彼女を見上げて笑う。

 

『ふっははははっ…………何を怒ることがあるのです。 まだまだひよ子だったその時のあなたに、そのときにやれることはあったんですか?』

『そういう問題じゃないんだけど』

『感情などは捨て置けよはぐれ悪魔。 あまり人間臭く生きてると損しかしないですよ。 美しくはありますが…………』

 

直後、ナインは目を開いた。 黒歌の膝を片手で抑え、自由な方の足で彼女の首に引っかけ絡め取る。

視界が……反転する――――

 

『ぐっ…………』

 

瞬く間に、立場が逆転した。 いままで、いや、さっきまでされるがままだったあのナインが、いまは不気味な笑みを浮かべて黒歌の耳元で囁いた。

 

『あなたそれで自由に生きて来たんでしょう? 今更なにを被害者ぶる…………殺したんでしょう? じゃあ引き返せないじゃないですか。 ならいっそのこと落ちるところまで堕ちるのだ、私のように! そんなに過去に未練があるのならいまここで死ね。 なんなら手伝いましょうか』

 

黒歌の肩を掴むナインの両手に力が篭る。

爬虫類のごとく裂けた口から出た言葉は、確実に彼女を心底青ざめさせた。

 

『…………!』

 

この男は本気だ。 この男ならやるだろう。

黒歌はこのとき本能的に恐怖を感じた。 あのときの上級悪魔とは違う、瞬間的な死の恐怖だ。

目が潰れてしまうのではないかと思うほどバチっと閉じる。 水滴が…………散った。

 

『過去に未練を持つのは生き物の性です。 そして、あなたに罪は無かった。

なのにそういうネガティブな人は、長生きできませんよ』

 

目をゆっくりと開けると、視界に入ったのは部屋の蛍光灯だった。

バッと起きる。 すでに赤いスーツを羽織ったナインの後ろ姿を見付ける。

 

『強ければ誰も文句は言わない。 弱者に口無し』

『………………』

 

それは、戦いがというわけでは無いことは、黒歌にも解った。

気持ちを確かに持ち、進もうと。 振り返ってばかりでは何も得られない、進めない。

 

『さすがのあなたでも、後ろ向きで進めるほど器用ではないでしょう。 私はそうやって生きてきました――――もう、私に会う前からずーっと悩んで悔やんで来たんでしょう? いまさら掘り返してどうするんです。 前へ進むのだ』

 

扉が閉まり、黒歌はベッドに仰向けに倒れ込む。 額に浮かぶ嫌な汗を腕で拭って、もう一度扉に目を向ける

 

『完全に圧倒された…………あれが10代のする目なの?』

 

そして、いつの間にか抜き取られていた、ナインの髪留め。

 

『…………もうちょっと大きければ抜かれなかったかにゃー』

 

乳房を持ち上げて、苦笑いしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり私、ナインみたいな年下好みだわぁ…………」

「黒歌さんって、悪趣味ですよねぇ」

 

意志を曲げない心というのは美しく逞しい。 この男の場合、行き過ぎが難点だが。

他人に合わせられないと言う事は、もっぱら個人戦でしか実力を発揮できないということだ。

 

集団戦においてはナインは無能に等しいのだろう。

隣には、誰も居ない。

 

しかし、他者を無視することで極限にまで引き絞られたナインの求道は、戦闘面にも著しく反映される。

 

女などいらない、金などいらない、権力(ちから)などいらない。 本人が不要と判断したものは残らず削ぎ落とされ、本当に必要なものだけを拾って極端に、極限まで伸ばしていく。

 

「おい黒歌、ちっとは自重しろや」

「やーだー、お猿さんってば恥ずかしがっちゃってぇ。 もしかして、妬いてるの?」

「アホか、場所を弁えろって言ってんだぃ」

 

後ろから座るナインの首に腕を回す黒歌。 ナインの頭に鼻を押し付け、胸いっぱいに吸い込んだ。

そこに、ヴァーリが部屋に入って来る。

 

「次の行動方針が決まった。 今回は戦闘が目的じゃないから俺は行かんが」

「用件言う前に役割放棄するなし」

 

つか、俺最近ツッコミ多くね? と美猴。 そんな彼の言葉も無視される。

 

「次の目的地は――――冥界だ」

「また珍しいところに行くねぃ」

「へぇ…………」

「…………」

 

四人の魔王が統括する遥か彼方の地の異世界。

しかし、今回戦闘が目的ではないのなら何のために行くのだろうか。

 

ナインは両腕を広げてソファーの背もたれに寄り掛かる。

 

「やれやれ冥界です、か。 なるべくグレモリーのお嬢さんには会いたくありませんねぇ」

「なんでよ」

「ゼノヴィアさんと紫藤さんがいるからです」

 

あら意外、と黒歌は悪戯な笑みを浮かべた。 ナインでも苦手な相手がいるということか。

 

「それ以外のグレモリー眷属にはなんの思い入れも無いし興味も無いですが。

ことあの二人については接触は免れたい」

「裏切った手前、って奴か?」

 

美猴の言葉に、ナインは即答で首を横に振った。

 

「まさか。 ただ、彼女たちが、私とはまだやり直せると思っているところに懸念がある。 おまけに、別れの前で『諦めない』と豪語していた。 何に諦めないのか私にはさっぱりですが、彼女たちには明らかに強い意志を感じましてね。 会ったら会ったで面倒くさいんだよ」

「うっわ、ナインひどいにゃー。 あんな美少女二人も掴まえて面倒くさいとか」

 

肩を揺らす黒歌。 ここですでに、自分はナインには鬱陶しがられていないと自負しているのだ。

事実、先ほどから首に巻き付かせている腕を振り払われていない。

 

ヴァーリは短く笑うと、ナインに一枚の写真を飛ばす。

二本指でそれを受け取ると、首を傾げた。 しかしすぐにその写真を鼻で笑い飛ばして後ろの黒歌に見せる。

 

「…………そう」

 

なになに? と興味津々に写真を覗いた黒歌だったが、それも一変した。

哀れむような、優しいような瞳を写真に向けて、もう一度、今度はより一層強くナインの首筋に抱き付いた。

 

ヴァーリはこれ、狙ったのかな?

そりゃないでしょ。

 

二人のちょっとしたやり取りは、他の二人には聞こえなかった。

 

「さて、そうと決まれば支度だな。 ナイン、お前にはある者を連れて別行動で冥界に入って欲しい、受けてくれるか?」

「構いません。 あなたがリーダーだ、好きに使えば良い」

「お前はつまらなくなるとすぐに裏切りそうだからな、不満は聞いておかなければならない」

「ひどいなぁ、まぁ本当のことですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私をこんなところに監禁してもなにもなりません! 何のために私を連れて来たのですか!」

 

ヴァーリチームの本拠地。 その部屋の地下に、殺伐とした地下牢があった。

そこにいるのは、両手を鉄の錠で繋がれた見目麗しい銀髪の麗人だった。

 

まるであのときのようだ、とナインは不気味な笑みで教会での囚人生活を思い返す。

 

「やぁ、どうも」

「! ナイン・ジルハードっ…………」

 

歯ぎしりをする。 こんな年下の男に負けたのかと思うと死にたくなる。

 

「私を…………どうするつもりですか」

 

そう質問されると、悔しそうにする繋がれた彼女――――戦乙女、ロスヴァイセの目の前にナインは胡坐を掻いた。

およそ座れたところではない汚泥に塗れた床にどっかりと。

 

いままで自分が座らされていた場所なのに、あっとロスヴァイセは声を上げかけた。

 

「そこ、きたな…………い」

「おや、私のスーツの心配をしてくれるんですか。 優しいですねぇ、ヴァルハラの戦乙女。 でも、そう汚いところでもないでしょう」

「…………」

 

感覚がおかしい。 それもそうだ、ナインは二年もの間、ここよりももっとひどい環境下にある地下牢に幽閉されていたのだ。 彼女などものの数時間なのだから、ナインからしてみればただの一人部屋にいることと変わりない。

 

「ちょっと…………手伝ってほしいことがあります」

「…………?」

 

意図が読めない。 ロスヴァイセは、必死にナインの考えを探ろうとしていた。

 

「なに、そんな難しくありません。 私と共に陽動を…………いやいいや。 私と来てくれるだけでいいです」

「陽動…………?」

「大丈夫、その仕事が終わればあなたは用済みなんで」

 

つまり、なにか。 その役割が終われば…………死――――

しかし、ナインはそう解釈しそうになったであろうロスヴァイセの表情を読み取り、手を振る。

 

「いやいや、用済みっていうのはそのままの意味だよ。 なんでも、その会合にはあなたの主も来るという情報でね。 用が済んだら帰っていいですよってことなんですけど」

「あなたたちの目的は、一体…………」

 

困惑するロスヴァイセ。

ナインは胡坐から立ち上がると、ロスヴァイセの後ろに回って錠を外し始める。

 

テロリストに捕まったのだ、それ相応の屈辱は受けるつもりだったのに…………こんなあっさりと。

 

「こんなにあっさりと、私の錠を外してもいいのですか」

「さぁ? でも、あなたは反抗しない」

「なぜ断言できる! その根拠は!」

 

手首をさすりながらロスヴァイセはナインに言葉で突っかかる。 無防備に、背中を向ける紅蓮の男に向かって。

 

「北欧主神オーディンの忠実な衛士さんなんでしょう? ならば、こうやって無防備に背を向けた者に襲い掛かったりしないよ。 そういう無駄な律儀さが、あなたから見て取れる」

 

そういうのが足元掬われるんだけどね、と付け加えるナイン。

その瞬間、後ろから殺気が来るのが分かった。

 

「と、見透かしたように言えばムキになって私を攻撃してくるのも計算済みだ」

「あうっ!」

 

背後より伸びてきた拳打を首を捻ることで避けて腕を掴む。 さわり、とロスヴァイセの腕をナインは手を這わせた。

 

「ひぅん…………っ!」

 

すると、ビクンと、体が跳ね、そのまま床にへたり込んでしまう。 彼女の腕を掴んだままのナインはもう一度彼女を立たせた。

 

「強かな人は好みですよ。 まぁ馬鹿正直で考えがすべて読めてしまうところが最大の欠点ですけどねー」

「くっ…………離しなさい…………!」

「やーだ、だってあなたの肌、凄く綺麗で…………」

「え…………」

 

頬を僅かに染めるロスヴァイセ。 敵だというのにこのような不純な気持ちを抱くのは戦乙女として失格だ。

だが、ナインの悪そうではあるが整った顔に圧倒されたロスヴァイセは頬を赤らめざるを得なかった。

 

何しろ、オーディンの言うには――――

 

「彼氏いない歴=年齢というのは伊達ではないと言う事かい。 ふはは…………!」

「! く、屈辱です! 頭にきました!」 

「どうどう」

「私は馬ではありません!」

 

ふんす、と口をへの字にナインを睨むロスヴァイセ。 しかし、しっかりとナインの後を付いてくる辺りやはり律儀すぎるのだろう。

 

「それで、私の質問に応えてください! 目的はなんですか」

「ああ、それ…………大したことじゃないです」

「それは私が聞いて決めることです」

 

この人も色々と面倒だなぁとつぶやく。

 

「ヴァーリが、こちらでもう一匹猫を飼いたいと言いまして」

 

もちろん、ナインの言い回しであるが…………ロスヴァイセにはその言葉の意味がよく解らなかった。




あらすじ入れて行こうかと。 こうやって更新に間が空くと分からなくなると思うので。 え? あらすじになってない? ごめんなさい。


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32発目 目的地までの弊害

「すげぇ…………」

 

冥界。 そこは地獄、人間の死の先に行き着く最終地点。

未知の異世界。

おそらく、あのときリアスに助けられていなかったら魂となってここに行き着いていたであろう異界。

 

茶髪の少年、兵藤一誠は電車に揺られながらそんなことを思いながら感嘆の声を上げていた。

冥界の空を奇妙なフォルムで象られた特急電車で突っ切るさまは、初見の彼からしてみれば唖然といった感じだった。

 

「部長、ここが冥界ですか…………」

 

なんの捻りもない素直な反応に、リアスはくす、と微笑む。

 

「ええ。 ちなみに、ここはもうすでにグレモリー領よ」

「部長さんのお家…………」

 

アーシアも一誠と並んで外の風景を見る。 木々は生い茂り、大きな山、川――――自然豊かな町。

 

「部長のお家って、どれくらいの大きさなんですか?」

 

爛々と目を輝かせる一誠に、リアスが答える。

 

「そうねぇ…………日本で言うところの、本州くらいかしら」

「ほ、本州!? で、でかい…………」

 

そうなると、日本のほぼ大半を占めているということになる。 リアスの家は、有名な七十二柱の一角でもあるため裕福なのであろうが、それを差し引いたとしても驚愕ものである。

 

「でもね、日本の東京みたいに、いくつも建物が並んでいるわけではないの。 というか、ほとんど手つかずなの」

「は~、だから森や山が目立って見えるんですね」

 

そんななか、独り前の座席に座るゼノヴィアが頬杖を突いたままつぶやいていた。 一誠やリアスたちの談笑を前に、憂いの瞳を揺らしながら、遠く居るであろう想い人を思い浮かべる。

 

他人とズレているが、どこか惹かれていた、あの男の事を

 

「…………空気が優しいな。 こうしてあいつと一緒に旅行しても面白かったかもしれない」

「―――――なんだなんだ、失恋した乙女みてぇな顔しやがって、ゼノヴィア」

「む、アザゼル総督か」

 

いつの間にか、隣の席にアザゼルが居座っていた。 ゼノヴィアは窓際に寄り掛かった腕に口元を埋める。

 

「お前、そんなにあのワイルドでイケメンなサイコ野郎が好きだったのか」

「おかしいか」

 

少しいじけた態度でそっぽを向いた。

 

「おかしいね、と言いたいところだが。 まぁ他人の好みにゃ文句付けねぇよ。 ただ、辞めた方がいいと俺は思うが」

 

むっと、そのままアザゼルを睨み付けた。 動じずに睨み付けられたアザゼルは笑う。

 

「あ~、うん」

 

すぐ真剣な表情に切り替わる。 いつものおちゃらけた雰囲気は一切ない。

 

カテレアとの戦闘でも、長年育ててきた息子のような存在に牙を向けられてもいつも笑っていたアザゼルがだ。

ゼノヴィアは少し息を呑んだ。

 

「あいつはお前のことなんざなんとも思っていない。 地獄のような牢獄から出てくるための良いダシだったとしか思ってない、いや、下手すりゃ牢から出たことなんて得とも思ってねぇんじゃねぇか? 牢での生活は不自由していないようだったって、ミカエルも言ってたしなぁ」

「………………」

 

異常なほどに精神状態を保つことに長けていたのだろう。 確かに、解放の際はよくしゃべれていたし、追い詰められている状態のはずなのに、本人は少しもそう思っていなかったようにも見えた。

 

「出れてラッキー、としか思っていないぜ、ありゃ」

「ずいぶんとナインのことを悪く言うのだな。 ヴァーリ・ルシファーに関してはあまり言わないくせにして」

「まぁ…………あいつはただの悪ガキっていう感じかねぇ。 もっと戦いたいからこっちから外れたって理由にしても、俺ら大人からしてみりゃまだ可愛いもんだ」

 

アザゼルの言ったそれは、ナイン・ジルハードという男に対しての警戒レベルの高さも裏付けられた言葉だった。

 

「あいつの考えはヤバい。 テロリストなんかよりよっぽどな。

まだカテレアみたいな過激派の方が分かりやすいし、扱いやすい。 でもあいつは戦争も、平和も求めていない」

「なんだそれは」

「だぁから、俺たち大人からしてみてもあいつの目的がはっきりしてないから怖ぇんだよ」

 

生存競争、世界の真理。

どれをとっても、鮮明な目的が見えてこないのである。

 

「錬金術師の考えることはよく分からねぇよ。 それでもお前、あいつを想い続けんのか?」

「さっきからづけづけと、よくも女に対してそう聞けるな。 歳を重ねるとデリカシーが無くなるというのは本当のようだ」

 

好きな男を否定されたので不機嫌なゼノヴィア。 アザゼルは溜息を吐いて座席を立つ。

 

「まいいや――――それよりほら、そろそろ着くぞ」

「それよりってなんだよ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え~! どうしてよヴァーリ!」

「何度言おうとお前は美猴と行動してもらうぞ、否は無い」

 

何も無い空間に不満そうな声が響く。

背景が紫のような、黒のような、はっきりとしない謎の亜空間めいたところをナインは歩いていた。

 

通称、次元の狭間。 彼らの主な移動手段はこの空間を跨いで行くらしい。

歩きながら見回すナイン。

 

「変なところですねぇ」

「だろ? ここはいろんな意味で穴場なんだぜぃ」

 

ヴァーリと黒歌の言い合いの後ろで、ナインの呟きを美猴が拾った。

 

「ここは冥界でも、天界でもねぇ。 言ってみりゃ、この世界でたった一つの中立地帯ってとこだな」

「中立…………」

 

と言えば中立なのだろう。 セキュリティのようなものも無いし、入る際も自由なようだった。

美猴が杖を突くと、この空間の入り口が「空いた」のだ。

 

「自由なところほど危険も隣り合わせ、何かあるのでしょう?」

 

胡散臭そうに息を吐くナインを見て、美猴はカラッと笑った、指を鳴らす。

 

「さっすが勘良いねぃ。 頭も良くて勘も鋭いとか、補正付きすぎてんねぃ、ちょっと分けてくれよ」

「これくらいで大袈裟な」

 

そうでもねぇ、とナインの肩に手を回して指を立てた。

 

「そういう第六感ってのがこの謎空間じゃあ一番役に立つんだよ。 何も知らねぇでこの空間をただ漂流してたら、普通に死ぬ、つか消えちまうからなぁ」

「物騒だなぁ、わくわくしますね、ふへへ」

「お前は殺しても死ななさそうだな…………」

 

不気味にほくそ笑むナインには、さすがの美猴も引き気味である。

すると、前に居た黒歌がナインの横にくっついた。

 

「今回の仕事はあなたとは組めないみたい。 ヴァーリったら、何度言っても『ダメだ』の一点張り」

「当たり前だ。 それに、そこのヴァルキリーを任せられるのはナインしかいない。 黒歌と美猴は『引き連れる』タイプじゃないしな」

 

ヴァーリ、黒歌。 ナイン、美猴の順に、そして最後尾に不満そうに付いてくるヴァルキリー、ロスヴァイセが居たのだ。

 

「だからって二人きりにすることないじゃない」

「俺っちと行くのが嫌だってのかよ!」

「あんたじゃないにゃん! 私が言ってるのはナインとロスヴァイセのこと!」

 

ふしゃー、とまるで大好物の餌を取り上げられた猫のように毛を逆立ててロスヴァイセを睨み付ける黒歌。

するとナインは黒歌の頭に手を置いた。

 

「まぁまぁ、相性を考えた上でのこの組み合わせだ」

 

黒歌とロスヴァイセを交互に見遣る。

 

「正解なんじゃないかい?」

 

逆にナインは、黒歌とロスヴァイセを離したのが当たりの組み合わせなのだと言った。 この二人だとやたらと神経を逆撫でしそうだ。 主に黒歌がロスヴァイセに対して、だが。

 

「陽動は重要な役割であり、そしてもっとも危険な役割でもある。

見つかっても比較的上手く流せそうなのはナインだ。 そしてこちらのヴァルキリーは、もともとあちら側の者だからノーカウント。 もし逃げたとしても――――」

 

視線をロスヴァイセから、ナインに替える。

 

「そのときはもう役目は果たしたということで用済み、と。 そう思っていいんだよな、ナイン」

「まぁねぇ。 でも逆に言えば、用が済むまでは彼女には私の傍に居てもらいます」

「~~~!」

 

にやけながらロスヴァイセの肩を抱くナイン。

本当ならビンタの一発でも見舞ってもいい場面なのだが、できなかった。

 

耳元で囁かれたナインの声は、魔力を含んでいた。 生娘である彼女にとって言い様の無い僅かながらの恍惚感を感じてしまう。 敵だというのに、情けない。

 

明確な敵意の無い敵ほど、相手取り辛いものはないということだ。

 

肩を抱かれたロスヴァイセは、その中で小さくなって俯いてしまう――――頬が熱い。

 

「今度さぁ、私にも色目使ってみてよナイン」

「そんなつもりはなかったのですがね」

 

黒歌が甘えるような声音でナインにねだる。

 

遊ばれているのは分かっていたのに、何も知らない生娘であることが悔やまれる。

ロスヴァイセは、そう悔しそうに下唇を噛んでいた。

 

「なかなか着かねえな。 フツーならもう到着してて良い頃合いだろ?」

 

頭上に湯気を立たせて悔しそうにしているロスヴァイセを横目に、美猴が目を細めて次元の狭間の空間内を見渡した。

 

「そんなもんですか。 ヴァーリ?」

 

ボソリ、と。

ナインからしてみれば初めてなため距離感覚など無知に等しい。 彼にとって未知の領域だ。

次に片方の眉を吊り上げてヴァーリに振った。

 

「ああ、確かにおかしい。 もうすでに次元の壁は突破して冥界に入っているはずなんだが…………」

「ヴァーリにしては珍しいわね、道に迷ったにゃん?」

「いや、俺に限ってそんなこと――――――」

 

その瞬間、周りの空間が歪にたわみ始める。

 

「やはりおかしいのは俺たちではないようだ」

 

ヴァーリの横で、少し険しい表情で足元を見つめるナインは、身を屈めて手を這わせる――――無表情でその場の全員に宣告した。

 

「足場も不安定になってきていますねぇ、なにかのトラブル?」

「いや、この感覚は前にも味わったことがある――――!」

「ふむ…………」

 

ぐわんぐわん、と本格的に変異していく次元の狭間。 先ほどまで正常に付いていた全員の足元を掬いはじめた。

まるで宇宙空間のように足場のコントロールどころか体も自由に動かせなくなる。

 

「きゃッ!」

「おっと」

 

ふわりと、ロスヴァイセがナインの両肩に掴まるように体を預けてくる。 重力に逆らって突然反転し始めた態勢に耐えきれずに咄嗟に。

咄嗟に彼女の細い腰を支えたナインはぶっきら棒な口ぶりで彼女に呼びかける。

 

「だいじょーぶー?」

「ちょっ、触らないでください!」

 

ハッと気づいた彼女はナインの肩を押し返した。

 

「おわっととと。 いきなり押さないでくださいよ。 それに、そりゃあなたがくっついて来たんでしょ。 言いがかりはよしなさい」

「あ、ごめ…………んなさい――――きゃぁっ!」

「まったく言わんことではない」

 

押し返したことでさらに態勢が浮き崩れるロスヴァイセの腕を、ナインは強く引いた。

 

「あ…………」

 

すっぽりと胸に収まったロスヴァイセは、変な気持ちが芽生え始める。

敵とこんなことをしているという背徳感。 男性特有の逞しい体に、彼女を再び赤面させた。

 

恥を感じているのに――――同時に湧き上がる充足感との二律背反

 

優男のような容姿をしているのに、いざ全身でそれを感じてみると男性の肉体というものを思い知らされる。

やはり未経験はネックだと、自分に叱咤しながらも「女」としての心地良さを感じてしまっていた。

 

「あららららら~? ロスヴァイセぇ~、あなたこんな状況なのになに気持ち良さそうな顔してるのにゃあ?」

 

逆さになりながら黒歌は意地悪な笑みを彼女に向けた。 それにしても他人のことを言える台詞ではない黒歌。

 

「そんな顔できるんだぁ。 いまのあなた、かなりエロいわよ?」

「えぇっ! そ、そんなはしたない!」

 

慌てて見上げると、無表情に見つめてくるナイン。 「なんですか?」という言葉もやはり無表情。

そして黒歌は肩を竦める。

 

「ま、ナイン相手じゃ仕方無いわよねー。 やっぱり身も心も処女じゃ、自分のレベルの高さも測れないかにゃー」

「わ、わたす――――私だって、人並みの恋はしてみたいとは思っています!」

「…………わたす?」

「わ・た・し! いちいち拾わないでください、はぐれ悪魔!」

「かっちーんと来たにゃー」

 

むっと、黒歌がロスヴァイセを睨む。

 

「言っておくけど、私もうはぐれてないから」

「どこが! いまだってテロリストになんて入っていて――――」

「心はもうはぐれてないってことにゃん!」

 

ロスヴァイセが固まった。 やれやれと息を吐くナインは肩を竦める。

 

「い、い、意味が分かりません!」

「これだから恋愛処女は! ふしゃー!」

 

猫のように威嚇する黒歌。 …………猫だったか。

いつもは軽く流せる大人の女の雰囲気を持つ黒歌だが、今回は大人気ないと言われても仕方ないほどロスヴァイセに文字通り牙を剥いていた。

 

――――近くにいたら私だって、どさくさ紛れにナインに抱きついてやるのに!

 

ロスヴァイセとは違って、不純な動機満載だった。 そして嫉妬である、もうどうしようもない。

 

「おい、コントしてる場合じゃないみたいだぜぃ」

「ええ、おかしい。 妙に周りの温度が上がった――――次元の狭間ではない、何か別のものに覆われたかのような感覚。 覆われた? 違う」

「絡め――――取られたか」

 

珍しく険しい表情のヴァーリは、美猴に大声で呼びかける。

 

「これでは完全にこの空間で孤立しかねないな…………美猴!」

「おいよ!」

「なにをするつもりですか」

 

ナインがそう聞くと、美猴は不敵に笑った――――冷や汗は拭えないのは当然だが。

 

「ここがどこだか分からないが、緊急事態だ。 一旦ここで全員、次元の狭間から脱出するんでぃ!」

「大丈夫なんですか?」

 

杖――――如意棒の先端を何とか地に付ける美猴の横で、ヴァーリはその質問に厳かに答えた。

 

「…………運による、な」

「あ、そ。 ま、いいですけどね」

「えらく冷静だな」

 

ヴァーリの問いに、未だ掴まっているロスヴァイセを見て何を思ったか――――瞑目する。

 

「それもまた一興。 慌てず、騒がず、ですよ」

「…………肝は妖怪並だな、お前は」

「北欧の主神にもそう言われました」

「くく…………なるほど。 神さまからのお墨付きなら間違いは無いだろうな」

 

如意棒が突いた箇所から穴が生じる。 緊急脱出――――。

 

「ほら、あなたはこっちだよ」

「あっ――――」

 

光が、全員を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー痛い、頭を打った…………」

 

次元空間から放り出されたナインは、打ちつけた頭を押さえながら上体を起こす。

周りを見渡すと、辺り一面が草木で囲まれた大草原だった。

 

まるで物語に出てきそうな、本当に何もない平原。 見通しが良すぎるだけに不気味な雰囲気があった。

天から照る月光もその不穏な空気を作るのに一役買っている。

 

訝しげに仕方なく立ち上がると、少し遠くに見知った姿を見付ける。

近寄って行くと、ナインはその場にしゃがみ込み、首にある動脈に手を当てる。

 

「生きていますよ…………」

「ああ、それは良かった」

 

最初から意識はあったのか、倒れていた銀髪の女性―――ロスヴァイセは自分で上体を起こした。

 

「何を拗ねているのですか」

 

口をつぐみ、その場に体育座りをして佇む彼女はそのまま腕に顔を埋めた。

 

「オーディンさまのお付きであなたたちを討伐しに来て、失敗して。 おまけに捕虜になって、いまはこんな意味の分からないところで二人取り残される――――最近の私、物凄く惨めです…………」

「…………」

 

両手をポケットに入れたまま、ナインはロスヴァイセから視線を変えて大草原を仰ぎ見る。

後ろで束ねた長い黒髪が揺れて肩に乗る。 風が、強い。

 

「まぁ、確かにとんだ間抜けではありますが」

「――――っ」

 

キッと、ナインを睨み付けるロスヴァイセ。 しかしすぐに弱々しく涙腺が緩み始めた。

 

「オーディンさまは、私が弱いから置き去りにしたのでしょうか…………」

「さてね」

「私、オーディンさまの護衛を務めるようになったのはごく最近からなんです。

もとの職場では、ひっそりと仕事をこなしていたので…………」

 

ヴァルハラの仕事事情を話されてもナインからしてみれば知ったことではないが。 仮にも北欧神話から、そういった「仕事」、「職場」などの単語が出てくると妙な親近感が湧いてくるだろう。

 

「では、あなたはオーディンさんに抜擢されたのか」

「そうなります」

 

ほう、とナインは初めてロスヴァイセに「関心」を覚えた。

ハントされたということか、とナインは彼女の意外な有能さを感じ取る。

 

「ヴァルハラの仕事は知りませんが、仮にも主神という肩書を持つ人からお呼びがかかるのは大変素晴らしいことなんじゃないの?」

「でも、私は期待外れだったのでしょう」

「なんで?」

 

顔を上げたロスヴァイセは、ナインを見詰めた。

 

「あなたたちに負けて…………置き去りにされました」

 

沈黙。 再び顔を埋めてしまう彼女は、さめざめと泣き始める。

そんな彼女に、ナインは横に座る。

 

「あなたって、私より年上のくせにこらえ性がないですね」

「そんな言い方って…………」

「要はあなた、一度出世したからそれで満足してしまったんでしょう。 そう思っていなくても」

 

言い放つと、震えていた体がロスヴァイセから消え去った。

 

「もともとの職場というのもそうだ。 あなたは現状維持に努めて変化の無い毎日を過ごしていたんでしょう。 そしてあなたも、それはそれで良かったと思っている。

しかしオーディンさんにお声がかかりラッキー、と……これは言い過ぎですが。

そこからあなたはまた現状維持に走ってしまった――――政治で言えば保守派か。

どこにいっても受け身だ、これじゃ精神的な成長は見込めない。 だからあなたはいま、『そんなこと』で涙を流す――――引き上げてくれる人がいなければなにもできない」

「あなたに、ヴァルハラの何がわかるんですか…………」

「知らないよそんなのは。 あなたがめそめそするから発破をかけたんじゃないですか」

「いまの、発破だったんですか?」

 

信じられないという風にナインを見るロスヴァイセ。 口を半開きに、そして次の瞬間捲し立てる。

 

「あ、あんなにボロクソ言われて奮い立つ人なんてそうそう居ません!」

「そうですか?」

「大抵の人は折れた心が更に折れ曲がって…………あなたいつか恨まれますよ?」

「かかってきなさい」

「天然ですか!」

 

くっく、と笑いながら構えを取るナイン。 つくづく思うが、この男はサディストの気でもあるのかと思うほど辛辣な物言いを好む。

 

「でも…………元気づけようとしてくれたんですか」

「ご想像に任せますが…………そういえば黒歌さんも私を皮肉屋と罵りますね、本音を言っているだけなんだけどなぁ」

「ほら、やっぱり他の所でもそう思われてるんじゃないですか」

 

先ほどよりも遥かに口数が多くなったロスヴァイセは、次に、いつの間にか止まっていた涙に気付く。

 

「でも、ありがとう…………」

「別に」

 

ナインは、自分が立ち上がるとロスヴァイセにも手を差し伸べる。 黒歌がその場に居たら間違いなく歯ぎしりしているであろう状況だが、彼女は嬉しそうにナインの差し伸べられた手に掴まった。

 

「あなたは、どうしてテロリストになんて入ったのですか? 人柄はこんなにいいのに」

 

引き上げられたロスヴァイセが、そう正面からナインに質問する。

完全に間違った解釈であるが(・・・・・・・・・・・・・)

 

すると、ナインはその質問に呆れたように、しかし笑いながら答えた。

 

「あなたは本当に躊躇いなくそういうことを聞くんですねぇ」

「あ、気に障ったのなら謝ります、ごめん…………なさい」

 

しゅんと肩を落とす彼女に、ナインは鼻で笑った。 浮き沈みが激しい面白い人だなぁ、と。

 

「普通の人なら、の話だ。 私は気にしていない」

 

そうですねぇ、とナインは顎に手をやり考える。

考えるとは言っても、もう何度もした覚えのあるやり取りだ。 確かにロスヴァイセに話聞かせるのは初めてだが、同じセリフを吐く身にもなって欲しい。

 

己が錬金術のこと、世界の真理、生存競争。 黒歌や一誠たちに次いで、「自分のしたいこと」を彼女にも話してみようと口を開いた――――そのときだった。

 

「彼は爆弾狂で、世界という(ふるい)にすべてを掛け、生き残り合戦を見て楽しむサイコパスだ」

 

言おうとしたことを遮られたナイン。 しかし、怒りもせず、ただ声のした方へと体と視線を向けた。

 

黒い漢服を羽織った、ナインよりも少し年上に見える青年が、同じように草原のど真ん中に立っていた。

その後ろにも確認できる人、人、人。 

 

「まぁそれだけ聞けばただ舞台を見て楽しむだけの観覧者だろうけど、この説明にはまだ続きがあってね」

「…………まさか……そんな。 こ、この波動は……!」

 

ロスヴァイセが狼狽する。

 

青年の肩に置かれた大槍の荘厳さたるや。 言い様の無い神聖な気の波が、空気をも伝播してロスヴァイセに響き渡る。

あれは……あの槍は、この世でたった唯一の…………。

 

神聖、崇拝、信仰、ナインにとっては取るに足らないものゆえに、あの槍の神々しさは感じ取れない。

青年が続ける。

 

「世界という篩の中に自分自身をも投入する男だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、Mr.クリムゾン」

 

月光に照らされてその者たちの姿が鮮明に現れ始める。

ナインとロスヴァイセの前に現れたのは、個々に風情がある格好をした集団だった。

 

黒の漢服青年の後ろに五人、その独特な雰囲気で堂々と立っている。

 

「…………」

 

静かにその五人を見回すナイン。 意にも介していないが、自らも見えぬ圧力を放出して彼らの圧に対抗していた。

六人とも尋常ではない空気を発している。 いままで対峙した人間とは比肩できない。

 

「どうやら、白龍皇と彼を引き離す事は”だいたい”成功したようだね」

 

知的そうな口ぶりで言うのは、黒いローブを羽織った、これまた若そうな青年だった。

なぜか、その場所だけ濃い霧が散布されていて微かにしか姿を捉えられない。

 

「いいじゃねぇか、だいいち俺は反対だったんだ。 紅蓮の錬金術師だか仲間殺しだか知らねぇが、ただの人間がたった一人で俺たちにふくろ(・・・)にされるんだ、可哀そうだぜ」

 

見下すように、およそ気品の欠片もない言葉でナインを評価するのは筋肉質の大男。 いかにも力技が似合いそうな男の体は、鍛えられたというよりも、それは天性のものに感じるほどひどく出来上がり過ぎていた。

 

「へぇ、彼が元教会の…………」

「わぁ、髪逆立ってるし目つきも悪い。 私は可愛い子の方が好みかな、男も女も」

 

白髪の優男が薄笑いで、金髪碧眼の美麗な女性も漢服と並ぶ。

 

「…………」

 

寡黙な少年も、他の五人には隠れているもののその存在感は気のせいではない。

 

「で?」

 

ナインもその六人に乗じて口元を笑ませた。

 

「”Mr.クリムゾン”? 変なの」

「俺たちの中での、キミの呼び名、異名さ。 もっとも、ローカルの域は出ないけど」

 

トントンと、肩にその槍を弄びながら苦笑してそう言った。 すると、今度は器用に回してナインに槍の切っ先を向ける。

 

「突然で悪いが、俺たちと戦ってもらうよ。 白龍皇とクリムゾン――――ヴァーリがキミと組んだ状態のヴァーリチームと総力戦は避けたかったのもあってね。 単独のキミと矛を交えたいと思って少々強引に事を運ばせてもらった」

 

チラリと、横目で銀髪の――――ロスヴァイセを見た。

 

「そこの麗しい戦乙女は、君の愛人か恋人かなんかかい?」

「な―――――」

 

赤面する。 みるみるうちに顔をリンゴのように赤くして、ロスヴァイセは目を回す。

 

「そ、そそそそそんな…………」

「いやぁ、違うけど、なんで?」

 

ナインが首を傾げると、青年は違うの、と逆に疑問を抱くような表情で返した。

 

「キミを引き離すとき、キミに触れていた物は全部こっちに来てしまう仕様でね。 それで、そこの彼女が強制転移の際にくっついていたと推測すると…………」

「ああ、それで。 ですが残念、私と彼女はそんな仲ではない。 彼女も私を嫌っているしねぇ」

「そうか、悪かったね、邪推だったか」

 

むすーっとするロスヴァイセ。

 

「そうはっきり言われると…………ふんっ」

「それで、あなたたちは?」

 

青年は、ナインにそう聞かれると改めて不敵に笑った。

 

「俺は曹操」

「ふーん、そういうのもいるのかい。 世の中広いなぁ、ふへへ…………」

「そして――――」

 

薄笑った――――直後、横合いから疾風の如き拳が飛んできた。

その挙動に気付けたのは、他ならぬその拳の風を切る鬼気迫る音のおかげだった。

 

「む」

「ッハッハハ!」

 

飛んで、跳んで、後ろに跳んで距離を取る。 会話を遮られたナインは少し不機嫌そうにその拳の主を見遣る。

 

「ハハハァっ! 避けたか、やるねぇ」

 

筋肉質の大男は、一番槍と言わんばかりにナインに躍りかかっていたのだ。 大きい癖に、中々速い。

 

「俺の名はヘラクレス!」

 

そう高らかに名乗り上げる。

ヘラクレス――――十二の試練を乗り越え、ギリシャの英雄となって神話にも語り継がれることになった――――

 

「ヘラクレス…………また始まった」

 

曹操が片手で顔を覆って息を吐く。

 

「オリジナル…………の種ということですか?」

 

今度はヘラクレスが不機嫌そうに手を振った。

 

「種って言うなぁ! 子孫だ! 舐めてんのか科学者風情がよぉ!」

「大して変わらないんじゃない?」

「変わるわ!」

 

鼻息を荒くして怒るヘラクレスに、ナインは鼻で笑う。

そういうことか、この集まりはつまりそういうことで。 各国の英雄の血筋が集結した異色の集団というわけか。

 

「あなたたちは、『禍の団(カオス・ブリゲード)』?」

「その通り」

 

あっさりと肯定するヘラクレス。 以前、ヴァーリからもこの組織には幾つもの派閥が存在することを聞かされた。

これもその一派ということになる。 旧魔王派、ヴァーリチーム、そして、

 

「英雄派! それが俺たちのチームの名だ。 行くぜひょろひょろ研究員さんよぉ!」

「なるほど」

 

空高く跳び上がるヘラクレス。 重力と、その肉体の重量を利用した拳撃。

その大砲は、ヘラクレスという砲台を得て地上に佇むナインに狙い定める。

 

「わりぃけど、正直言って俺はお前に眼中にねぇ! 曹操の野郎たちは噂だけで判断し過ぎなんだよなぁ――――だからここで瞬殺すりゃ、あいつらの目も覚めるってことだからよ」

 

落ちてくる――――大砲。

 

「文字通り、すぐにぶち壊してやる」

 

すると、何を思ったか、無造作に地面に両手を付くナイン。 辺り一面の大草原のなか跪いていた。

草原越しに、柔らかい土で張られた地面を錬金術で解析して綿密に錬成を開始する。

 

両の手に傷跡のごとく彫られた、”爆破”にのみ特化した凶悪な錬成陣が発動する。

恍惚とした表情で、手に付いた地面を体の芯に味わわせる。

 

「柔らかい土だ…………」

 

静かなる錬成。 地面の中で行われた錬金術は、迫り来るヘラクレスには知る由もないが。

 

立ち上がり、再び今度は自身に錬成を成す。 錬金術技『錬気』によって己の肉体の強度を鋼鉄の硬さにまで引き上げる。 祈りの構え――――両の手を合わせることで、それは作動できるのだ。

 

しかし祈るのは神に、ではない。 自分自身に、そして自分自身への可能性に祈りを捧げるのだ。 当然だ、そうやって生きて来たのだから。

 

『現実を歪める幻想』

 

かつて北欧の主神はそう言った。 なら、いままで爆発の技、そして業のみを追い求め背負ってきたナインには十分すぎるほど条件は揃っている。

 

目を見開いた、刹那。

 

「おらっぁぁぁぁ! 死ねや!」

 

――――大砲を受け止めようとしたナインに、着弾とともに大爆撃が巻き起こる。

あろうことか、ヘラクレスも同類(・・)だったとは。 予想外ではある。

 

なにかの能力か? いやむしろ、英雄の血筋であるのなら、ナインからしてみればさほど気にならないし、おかしいことではない。

 

塵と埃が巻き起こり、視界が悪くなる。 爆風による衝撃の大きさを骨の髄まで感じ取ったロスヴァイセは、息を呑んだ。

 

「ナインさん!」

 

あんな爆発、耐えられるべくもない。 いくらナインが爆発好きの問題嗜好な男でも、こんなものを直に受けたらただでは済まない。

悲痛な声で、ロスヴァイセは爆発の中に一生懸命ナインの気を探る。

 

「やぁ」

「な、んだとぉ…………!」

 

足を地面にしっかりと噛ませ、ヘラクレスの爆発の剛撃を完全に止めていた。

右拳を包み込み、もう片手はその腕を掴み止める。 ヘラクレスの表情が余裕から苛立ちに変化した。

 

「なんだって…………そんな細っけぇ体で…………腕で! 俺の『巨人の悪戯(バリアント・デトネイション)』を止められる!」

 

苛立ちとともに、次いでヘラクレスのもう片方の拳が至近距離でナインに炸裂した。

さらに地面に足がめり込む。

 

「なにっこれも止めんのか…………!?」

 

しかし、腕を交差させる形になったものの、瞬時にヘラクレスの左拳をも受け切る。

 

「かってぇな、なんだこりゃ…………てめぇ、なんかやりやがったな…………!?」

「こうでもしなきゃ、とてつもない破壊力と攻撃力を持つ者たちとはまともに立ち合えないのです。 難儀なんだよ、私もさぁ」

 

余裕そうな笑みで言われたのが癇に障ったヘラクレスは、苛立った顔をさらに引きつらせてナインを見た。

 

「ふざけやがって…………神器も持たねえ人間が………………選ばれなかった人間の癖に…………!」

「選ばれたくも無いよ」

「―――――!」

 

自由に生きたい、誰にも縛られないことを望む男は、顔を歪ませるギリシャの英雄に決定的ななにかを叩き付けた。

 

「一から作り上げるのが人生というものです。 最初から積み上がっているものに価値なんてないでしょう」

 

そんなものはね、爆弾で全部吹き飛ばしてリセットするんだよ。

先ほどの不敵な笑みを浮かべた英雄派のメンバーを凌ぐ凶悪な笑みが、ナインから零れた。

 

冥界に行く途中入った邪魔だが、それだけだ、と。 ナインは当初の目的をしっかりと果たすべく、無粋な邪魔者の処理を始めるのだった。




評価、感想受け付けます。

ジャンヌって、どんな容姿なんだろ。 あ、そうか、Fateの回想で出て来たようなのを想像すればいいのか!

と、バカなことを考えていた作者です。
原作の英雄派は実際に挿絵があったのは、曹操と霧の人だけだったからね、仕方ないね。


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33発目 紅蓮、静かなる咆哮

「こいつ…………!」

「ふむ…………」

 

ベコォンッ! 拮抗する両者の膂力が逃げ場を失い、地面が下方にたわむ。

ヘラクレスは、己が怪力を持って力づくでナインを押し潰そうとしていた。

 

しかし、対するナインは無風。 薄笑いで足を地面に食い込ませる。

 

「どうしましたヘラクレス、終わりですか」

 

内から沸き上がる練り上げられた魂の波動は、ナインの肉体を鋼鉄の硬さにまで鍛え上げる。

ヘラクレスはいまのナインの言葉に、苛立ちと焦燥に同時に駆られた。 

 

拮抗状態とはいえ、本来はヘラクレスが攻めで、ナインが守りの様相を呈している。

攻撃側が守備側を押し通せないいま、この至近距離でもしナインが攻撃側に転じたら確実に自分が不利になる事をヘラクレスも悟っている。

 

単純なパワー比べでも、ヘラクレスはナインに劣っているのだ。

 

だが、ナインとは違ってこちらには文字通り、神秘の芸を有しているのだと、すぐにヘラクレスは己が得物の発動に移った。

 

「―――――喰らえや、”巨人の悪戯(バリアント・デトネイション)”!」

 

攻撃は最大の防御だと言わんばかりに、ヘラクレスは右手を握り込み振り被る。

 

―――――さっきのですか。

 

ヘラクレスの拳に迸る力の波を感知したナインは、先ほど錬気を纏った躰で受けた技と同様のものだと判断した。

しかし、ヘラクレスの拳打の照準は、今度はどてっ腹ではなく顔面を狙って来ている――――的を絞ったのだろう、腹よりも小さいが、当てれば確実に脳を揺らす。

 

「なぁ…………ら――――っと」

「この…………!」

 

さしずめ立ちブリッジか。 手を後方の地面に付かないことを除けばそれだろう。 体を大きく仰け反らせ、倒れてしまうのではというぎりぎりのところで停止する。 躱せれば最後までやる必要はない。

 

殺傷力の高い打撃は、神速無軌道な動きを主とするナインにとっては、”見え見え”なのであり、なれば躱すのも容易なのだ。

 

そして次、ナインはまたもや無軌道からの妙技でヘラクレスの目を開かせる。

拳速も軌道も挫く右足上段の蹴り。

 

「ぐ――――くそがぁっ!」

 

空振りで無防備なその岩のような拳を空高く蹴り上げた。

そしていままさに仰け反った体をまるでバネが戻るように弾けると、ヘラクレスの大きな懐に即座に入り込む。

胸倉、次いで遅れて戻ってきたヘラクレスの右腕を掴み上げる。

 

「こういう力技は普段は使わないのですがね…………ふふ、こうすればいい花火を上げられそうだ」

 

一本背負い――――しかし、着地の場所は魔境であることを、ヘラクレスは最中に思い出してしまった。

 

「…………なんでこんな強ぇんだよ」

 

――――それは地雷原。 ナインが先刻、地中で錬成した無数の爆弾が潜伏している。

 

「頭だけじゃなかったのかよぉっ――――」

 

瞬間、ヘラクレスの五体投地とともに地雷絨毯が巨体の衝撃により過剰反応を起こした。

ナインによって作り替えられた対人地雷。 フェンリルのときに使ったものとは雲泥以上の差があるが、人間相手なら十分すぎる。

 

地雷の爆発を地雷が誘い、またその近くの地雷が爆発を引き起こす。 連鎖的に起こる誘爆の嵐は止むこと知らず。

曹操は呆れたように鼻で息を吐く。

 

「ジークフリート、俺の予想通りだ。 パワーだけではどうにもならんと俺は言ったはずだぞ」

 

白髪の青年――――ジークフリートにそう悪態を吐いた。 

彼も英雄派の一人、ジークフリート。 名前からして曰く付きなのは誰も同じだ。

 

「僕に言わないでくれ、曹操。 さっき打ち合わせしたときに、ヘラクレスが僕から曹操に言って欲しいって言われたんだよ。 一番槍は俺がーってね」

「ジャンヌ、ヘラクレスを退がらせてくれ」

 

すると、金髪の女性――――ジャンヌがむっと口をへの字にした。

 

「えー、なにそれ! 私だってたまには雰囲気セクシーな男の人と踊ってみたいんだけど! 二人で楽しむなんてずるーい!」

 

爆煙を指差しながら文句を言うジャンヌ。 彼女とて、”紅蓮の錬金術師”が如何ほどのものか確かめるためにここに来たのだ、不満もあろうが。

しかしその一拍置いたその直後、ジークフリートが火気に気付く――――

 

「焦げ臭い…………」

 

ボソリと、さっきまで黙り込んだまま喋らなかった少年が呟いた。 気づいたのはジャンヌ以外全員だった。

 

「焦げ……。 っ!…………まずい来るぞ!」

「え―――――」

 

放出される爆撃の波動。 地鳴りとともにその爆発の衝撃波はジャンヌに向かっていった。

 

「な――――ヘラクレス…………ぐぅふっ!?」

 

火薬のキツイ匂いに乗った爆風は、黒焦げになったヘラクレスを飛ばしてくる。

巨体に激突されたジャンヌは、片目をつぶって衝撃になんとか耐え切る――――が。

 

「さすが英雄の子孫と言ったところなのかなぁ、頑丈にできてるねぇ」

 

ジャンヌと黒焦げのヘラクレスの目の前には不敵に笑うナインがそびえていた。

 

「ぐ…………かは…………!」

 

首を掴み、締め上げる、持ち上げる。 もがけども、もがけどもナインの膂力から逃げられない。

 

「女の人をいじめる趣味はないんだけど、敵なら仕方ないですよね? そっちは遊びで来たみたいだけど、どうにもこのお二人さんは、爆殺される覚悟が無かったみたいだし――――そっちが言ったんですよ、私、サイコパスなんでしょ? もうちょっと危機感持ちましょうよ」

 

薄笑いで女性の首を絞める光景。 ロスヴァイセは、その光景から目を背けた。

悪いのは仕掛けてきた英雄派の方のはずだ。 やらねばやられる、が……どうにもあの男の前だと立場が逆転というか、よく解らなくなってくる(・・・・・・・・・・・)のが本音だ。

 

敵にもなりたくないし…………味方にも、成りたくない、と。

 

「…………………………」

 

酸欠で気を失ったジャンヌを黒焦げの人体に折り重なるように放り捨てるナインを見て、曹操とジークフリートは認識を再び改める。

 

―――――これが紅蓮の男か。

 

「データによると、彼は主に蹴り技を主体に戦う。 補助に投げ技、要注意は…………ヘラクレスには遅かっただろうが、あらゆる物質から爆発物を作り出せること――――威力の程は材料の加減にもよるらしいが、先ほどの威力の破壊力となるとほぼ無条件で火力大のものを生成可能なのだろう」

 

ローブの青年は冷静に状況を分析し始めた。 恰好からして頭脳労働と言えるだろう、先ほどヴァーリやナインたちを離してここまで強制転移させたのもこの青年だ。

 

「蹴り技も達人クラスは軽く超えているよ、殺傷能力も十分―――――急所への直撃も避けた方がいいぞ、曹操、ジークフリート」

「いつも細かな分析お疲れ、ゲオルク」

「まだ謎な部分がだいぶあるが、彼の戦闘スタイルくらいは把握しなければね」

 

曹操は槍の切っ先をナインに向けた。

 

「やっぱりやるなぁ…………初見殺しとはいえ、こんなに早く二人もやられたとなると強いと認めざる負えない」

「そっちが弱いだけじゃないんですかね」

「英雄の血は引いているから、決して弱くはないはずだがな」

 

強者の上に強者が居るのだ。 何もおかしいことではない。

 

「所詮世の中ピラミッドか、上には上がいるらしい。 まったく、これでも一応の人間最強とは渡り合ったのだが…………世界は広いな」

 

人間最強? しかも一応と来たものだ。 ナインは訝しげに曹操を見た。

 

「結構前の話だ、ヴァーリと一度タイマンで戦ったことがあってね」

「へぇ、あの最強設定と。 どうだったんですか?」

「どっこいどっこいさ。 とはいえ、本気かどうかは分からない」

「なるほど、納得」

 

会話が終わるや否や、休む間もなく影が飛んでくる。

曹操の横を疾風が通り過ぎる。

 

その疾風のごとき影は、ナインの背後にまで迫ってきていた。

 

「僕の名はジーク、皆はジークフリートと呼ぶ――――教会でのキミの噂は、風の頼りで僕の耳に入っているよ」

「…………」

 

二刀流――――白髪を揺らして真上から斬り下げてくる。 人体を真っ二つにする勢いで片方の剣がナインに振り下ろされた。

その斬撃を横に移動して回避するナインは、両手をポケットに入れたまま回し蹴りをジークフリートの腹に見舞う。

 

足を腹の高さまで上げるまではスローモーに見えるこの足技は、その後上げていない片方の足を軸にして高速に一回転させることでその威力を増す。

 

おまけに鋼鉄の硬さになっている脚力――――鉄ならへこみ、岩なら粉微塵に砕くほどの破壊力を有していた。 もはや殺人拳だろう。

 

「!」

 

だがジークフリートも負けていない。 辛くもその足技兵器を二刀を交差させることで完全に受け止めていた。

 

「――――強力…………っっ」

「む、その剣…………」

 

弾けて距離を取り合う二人。 ナインは右手を握ったり開いたりして前方にいる白髪の青年を見遣って言った。

 

「嫌だなぁ、魔剣かいそれ」

「ああ、ご名答」

 

不敵に笑むジークフリート。

 

「右が魔帝剣グラム、左がバルムンクだ。 一応、これでも教会では『魔剣(カオスエッジ)ジーク』という呼び名を持っていた、ちなみに結構気に入っている」

「あ、そう。 ていうか教会? ジークフリートなんて名前の人、聞いたことがありませんねぇ」

「それだけ、そのときのキミは周りに無関心だったんだろ。 錬金術以外のことには眼中に無かったんじゃ?」

「言われてみればそうかもしれません」

 

ジークフリートのこめかみが引く付いた。 まったくの眼中無し、自分で言っておいてなんだが、そう納得されると英雄の子孫として名を馳せていた身としては僅かながらプライドが許さない。

 

「キミは少し、世界の広さを知った方が良い」

「これから見聞を広めようと思っているところです。 とはいえ、あなたたちに説かれるつもりもない」

 

眉を顰めるジークフリート。 

ナインは真剣な表情で言い放つ。

 

「自分の目で見て、手で触って感じていこうと思っていますよ。 ボムを作る時みたいにね」

「まぁそう言わずに…………僕の『世界』を感じてくれよ、ナイン・ジルハード」

 

そう言った直後、ジークフリートの背中が隆起し始める。 肉体ごと押し上げられ、そして――――

 

「僕の神器、龍の手(トゥワイス・クリティカル)――――三刀流だ」

 

両手の他に現れたもう一本の腕――――それに握られた剣に、ナインはまたもや苦虫を噛んだように苦笑する。

 

「…………とりあえず、あなたの異名には納得がいきました」

「…………ノートゥング…………これも魔剣の一振り。 さぁ、改めてやろうか」

 

手数が多すぎる。 いくら迫撃も無問題なナインでも、こう力づくで来られるとやはり真正面から体術で対抗するのは危険が付き纏う。

物理的に考えて、三刀流を素手で相手にし続けるのは人間的にも不可能だ。 押し切られるのは目に見える。

 

「近寄りたくないなぁそれ」

「ならば潔く斬られるといい!」

 

ナインは地面に転がっている小石を一握り、横投げにジークフリートに投げつける。

バラリと四散した小さい石は、ジークフリートの目の前で爆発四散した。

 

「くそっ相変わらず賢しいよ、キミのそれは!」

 

石が爆発したことにより、ジークフリートはそれを防御せざるを得なくなる。 このような細かい石の破片が目に入りでもしたら致命的なのだ。 英雄の血筋とはいえ、生身である。

些細なことと侮る事なく、ジークフリートは魔剣二本を顔の前で交差させ、防御の態勢を取った。

 

「賢しいですよ、私は」

 

その直後、さらにジークフリートのその硬直を利用して地面を爆破――――爆煙を起こし視界を悪化させる。

しかしジークフリートはその煙のなか――――こう思った。

 

――――ナインも人間だ、視界を遮られているのは僕だけではないはず、と。

 

それは確かにそうだった、現にナインの目は特別なわけでもなんでもない、ただの人の目と同じ眼球だ。

 

「…………接近戦なら、負けるつもりはない…………気配を探る事も、ね」

 

目を瞑り、感覚を研ぎ澄ます。

視覚を遮断したことにより、他の四感を向上させるジークフリート。 剣士として、接近戦法で負けるわけにはいかないと、矜持を背負って煙のなかナインの気配を探る、そして――――

 

「居た――――覚悟!」

 

ズシュンッ、と肉を突き破る音が響く。 煙のなかで状況は読めないが、間違いなくこの感触は人間の肉を突き刺した。 急所を見極めることは困難だが、その分人体を突き破るくらいの気持ちでグラムを突き出した――――仕留めた!

 

ごぶっ…………、血が滴る音とともに煙が晴れていく。

 

――――その血煙を見て勝利を確信していたジークフリートは、不敵に笑った。

 

 

 

 

 

勝利に酔い痴れすぎて、後ろの人影にも気づけないほどに、せっかく鋭くなった四感をも鈍らせて――――

 

「ジークフリート…………な、にを――――」

「は…………あ? そ、その声は――――」

 

晴れたと同時だった。 ジークフリートが不敵な笑みから唖然とする表情に激変したのは。

 

「ゲオ…………ルク、 ゲオルクか!?」

「う……ああ――――」

 

突き破ったのは、同じ英雄派の仲間ゲオルクだったのだ。 この感触はナインを突き刺した感触じゃない、仲間である魔法使い、ゲオルクをグラムで刺した感覚だったのだ。

 

「バカな――――ああ、ゲオルク! なぜ…………確かに僕は、ナインの特有に放つ気配を探って、確実に仕留めたと思ったのに――――」

「私の放つ特有の気配? 笑わせないでくださいよ、それ勘違い」

「勘…………違い?」

 

すでに完全にジークフリートの後ろを取っているナインが、彼の肩に手を置いたままそう言った。

 

馬鹿な、いま後ろから感じる気配は間違いなくナインの気配。 じゃあこれは? ゲオルクからなぜナインの気配がするのだ。

 

ジークフリートの後ろから、深々と突き刺されたままのゲオルクのローブを探る。

 

「ほぅら、柄付手榴弾。 これを、さっきの煙の中、この霧の人を襲って仕込ませて無理矢理ここに居座らせたんですよ――――だってこの人、後衛担当でしょ? 力づくでどうにかするくらい、私にとっては造作も無い」

「――――」

「あと勘違いって言ったのは。 それ私の気配じゃなくて、火薬の匂いだ。 私の気配など、このきっつーい火気で色々打ち消されてしまう――――残念でした。 あなたが察知したのは、私の気配などではなく、この人の服の中に仕込まれた手榴弾の火薬の匂いだったのでした」

 

この男がなんと呼ばれているかもう忘れたか。

ナインの気配など、彼自身から発せられる異常なまでの焦げ臭い匂いに変わってしまう。

 

そうとも。 何年間、そして如何ほど爆発物や火薬を使役することに執念と嗜好を燃やしていたと思っている。

彼の気配は火薬、爆弾等、爆発物そのものの匂いなのだ。 武の勘だけでは感じ取れない気配(におい)なのだ。

 

まぁ、丁寧な説明はこれで終わり、というや否やナインは後ろからジークフリートの両腕を掴んだ。

 

「な――――」

 

現在三刀流の彼にとって、二本腕しかない通常の人間の拘束など振り払うなど易い。 もう一振りで後ろにいるナインの頭を串刺しに――――

 

「うわぁ可哀そうですね。 こんな深々と突き刺されちゃって、これで死んだら、あなたも私と同じ、仲間殺しの名を襲名できますよ。 いいですね、『仲間殺しのジーク』」

「―――――」

 

ゲオルクに刺さった剣を抜けない。 ナインが後ろから覆いかぶさってきているため、後退できない。

 

「これでまた二人いっぺんにいけちゃうわけでして…………いやぁ、おいしい」

 

ナインの両手に宿る狂気の錬成陣の存在が、ジークフリートの脳裏を掠める。

この態勢は――――

 

――――解りますか? いまあなたの両腕、錬成されているんですよ。

 

「そぅらっ!」

 

ジークフリートを足蹴にしてナインは後退した。 致命傷は避けたが重傷のゲオルクと地面に転がされると、ジークフリートは魔剣を取り落として両腕を見る。

黒ずみ始めてきた。

 

「あなた……まだなにか隠してたでしょ?」

「!」

 

三本の腕を有する剣士に、ナインが語り掛ける。

 

「最初から本気を出せばこんなことにならなかったのに…………ね」

「おのれ…………おのれ…………剣士の命を…………剣士の腕をぉ!」

 

歯を食い縛り、怨敵を睨み付けるジークフリート。 ナインは手を横に振って笑い上げる。

 

「ふははははっ! 聞こえますか、剣士としての死の秒読みが…………。 あなたの腕はゆっくりと大気中の酸素と化合していき…………やがて………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

「やぁ、曹操。 どうですか、気分は――――頭ぶっ壊れの爆弾魔に仲間を次々と斃される、その気分は」

 

ナインの後ろには、四人分の轍があった。 あとは一人、ロスヴァイセが唖然としてへたり込んでいるだけだ。

 

ヘラクレス――――爆撃による肉体大破。

ジャンヌ――――絞首による酸素欠乏。

ゲオルク―――――魔剣による刺傷。

ジークフリート―――――両腕爆散。

 

「正直、これほどとは思わなかったよ」

「それは良かった。 私は舐められていたわけだ、油断している間に叩き潰せて良かったなぁ」

 

にやにやと笑むナインに、曹操は口をつぐむ。

 

「レオナルド、退こう。 全面撤退だ。 ヴァーリたちを足止めしている他の英雄派の兵隊たちにも連絡を――――これでは戦いにならない」

「あなたは戦わないのですか?」

「気分じゃないよ、それとも、追ってくるかい? キミは」

 

その問いに、ナインも首を横に振った。

 

「聞いただけです。 私もさっさとこの空間からおさらばしたいので、そっちが退くならこっちも追う理由がないよ、勝手にすればー?」

 

仕掛けたのそっちですし、と。

この空間に呼び寄せられたことも、ヴァーリたちと引き離されたことも、ナインの本音を言えば気にしていないという意味だった。

 

「それに、ゲオルクが倒れたいま、この空間も長くはもたない」

 

この大草原を作り出した術者の意識が飛び、ナインたちのいる空間にひびが生じ始める――――霧の草原世界が終わる。

その崩れゆく光景を鼻で笑い流すナインは、ヒラリと踵を返して―――

 

「味方を増やせれば良いと思ったんだがなぁ…………」

 

すると後ろから曹操の、憂いを秘めたような言葉がナインの耳に入ってくる。

 

「キミは人間だから…………」

「…………」

 

突然、よく解らない感傷に浸り出した曹操に、訝るナインは立ち止まった。

 

「現赤龍帝を知っているかい?」

「ええまあ」

「彼もまた、異質な存在だ。 いずれ人間の…………世界の敵になるかもわからない」

「一つ聞きたいことがあったのですが」

「?」

 

振り返り、曹操の、まだ燃え滾る瞳の奥を見据えてナインは口を開く。

 

「あなたは何がしたいのだ」

「………………」

 

黙り込んでしまう曹操。 俯いて、肩にトントンとその聖槍を揺らす。

やがて、顔を上げて口角を上げた。

 

「人間の自分が、自分たちが…………一体どこまでやれるのか試してみたい――――俺たちの肉体は脆い、神器を抜いたら非力だ、何も残らないだろう」

 

曹操、と近くに居た小柄な少年がそう呼びかける。 しかし、もう消える世界を前に、ナインと曹操の二人は動かない。

 

「やれるところまでやりたいのさ」

「あ、そう」

「…………キミは、仲間にもそうやって淡泊に接しているのかい?」

「いや別に、ただね」

 

崩れ落ちる足場はナインの場所以外無くなる、跡形も無く。

 

「なれるといいねぇ、英雄に、さぁ…………ククク、ふへへ………………」

「………………」

「まぁ、いまのあなたたちははっきり言って、かなり微妙なんで」

「っ」

 

曹操のこめかみがいくつか引く付いた。 ”微妙”―――英雄として、これほど中途半端な評価は無い。

ナインに込められた”微妙”は、かなり堪える。

 

「私に英雄なんて言葉は無縁だけどねぇ。 持論だけど、最初から何に対しても本気なのが英雄の歩む道なんじゃないかなぁってね――――地上を守るために手抜きする英雄なんて居ないでしょ、私の知る限りでは――――」

 

じゃあね、とそれだけ言うと、それに呼応するように姿を消した。 ロスヴァイセももちろん、すべてが。

ゲオルクめ、もう少し耐えていろよ、と曹操は内心舌打ちをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、ホントやってくれるわよねー。 ナインとは離れちゃうし、雑魚敵はわらわら来るし、最悪っ」

「結果として誰も無傷だったというのが幸いしたな――――美猴、どうだ?」

「いまのところは周りに生体らしき気配はないねぃ」

 

黒歌、美猴、ヴァーリの三人はすでに冥界の都心に入り込んでいた。

やはり普段の恰好は目立つので、真っ黒のローブを羽織って移動をしているが。

 

「にしてもさ、さっきの人たちは可哀そうよね。 聞く限りじゃ囮みたいな、時間稼ぎみたいな役を押し付けられてたみたいだから」

 

ナインとロスヴァイセと突き放された三人はあのあと、謎の軍団と戦うことを強いられていた。

無論、英雄派の兵隊たちだが、実際に相手にしたのは下級魔法使いや神器使いたちだ。

 

おまけに、斃しても口を割らず、誰の所業かはこの三人には未だ不明の事件だった。

 

「…………」

「どうしたい、ヴァーリ?」

 

顎に手を当てて考え込んでいるヴァーリに、美猴が覗き込んだ。

 

「いや、先ほどの輩の服装――――いつかどこかで見たことがあるような気がしてな」

「お、そういやそれおれっちも思ったぜぃ」

 

いままで幾多もの敵と相対してきて、その顔や姿形など余程インパクトが無ければ忘れてしまう。

だが今回の敵は何かが違った。

すると、黒歌が悪戯な笑みを浮かべた。

 

「なに美猴、あのよわ~い敵さんの中に顔見知りでも居たの?」

「ちげーよ。 ただなんだ…………ヴァーリの言う通り、服装とかに見覚えが…………」

「――――英雄派。 ”黄昏の聖槍”、トゥルー・ロンギヌス」 

 

後ろから独特の低い声が聞こえてくる。

聞き慣れた声音に、黒歌は耳と尻尾をピコンと立てた。

 

「ナイン」

「やぁヴァーリ、思わぬロスタイムでしたねぇ」

 

少し拗ねた銀髪の女性を連れて、真っ赤なスーツをルーズに着こなす紅蓮の男――――ナインがいつもの笑みで佇んでいた。

 

「ナインじゃないかぃ、いーやー良かったねぃ、死んだかと」

「場合によっては死んでたかもねぇ」

「………………マジ?」

 

冗談半分に言った自分の言葉に、美猴は笑顔のまま凍って反芻してしまった。

ヴァーリが真剣な表情でナインの前に立った。

 

「英雄派の仕業か…………」

「ええ、あなたと戦ったことがあると言っていました。 曹操――――」

「ああ、あるさ」

 

すると、ヴァーリはナインの体を見回した。 挙動は小さいが、隅々まで見られる感覚を覚えたナインは薄ら笑う。

 

「その分だと、曹操とはやらなかったな」

「ええ」

「あいつ一人だったか?」

「いえ、他に五人」

「かーっ幹部格全員出陣かい!」

 

美猴が腹を抱えて大笑いした。

 

「よく無傷で還ってこれたねぃ。 あの槍の野郎を抜いても…………その五人全員をそこの銀髪姉ちゃんと二人で迎撃すんのはきつかったろ?」

「とりあえずジークフリートは、曹操を除く他の四人とは別格で強かったです。 両腕しか吹き飛ばせなかったのが悔やまれますが、曹操が居たのでトドメは刺せませんでした」

「………………ん?」

 

ヴァーリ以外の全員が固まる。 美猴は目をパチクリさせて、黒歌は口を半開き――――美人が台無しである。

 

「…………りょ、両腕爆散? ジークフリートを? あいつ、ここには居ないけど、おれっちたちの仲間の剣士と互角くらいの腕だった気がするんだけど…………」

「腕は三本ありましたね、もっとあるって顔でしたけど」

「白髪くんの両腕欠損…………ゲシュタルト崩壊にゃ」

「ほ、他の四人は…………」

 

んー、と思い返す。 どうやらジークフリートと曹操以外は記憶には残って無さそうだが…………

一応、ナインの信条のなかには、殺した、または相対した相手の顔は覚えるようにしているというものがある。 忘れるわけにはいかないだろう。

 

やがて、ピンと、ナインの豆電球が光る、弱々しく。

 

「ああ。 ヘラクレスとジャンヌ、ゲオルクという者たちがいましたね。 誰にせよ、この方たちはあまり歯応えがありませんでした、拙い…………」

「英雄派の三分の二が壊滅…………」

「ナインってば徹底的すぎにゃぁ…………」

 

 

一様に青ざめた笑いを漏らす。

ナイン自身、どうしてこんなに驚かれているのか解らない。

鳩が豆鉄砲喰らったような黒歌と美猴の二人を捨て置き、ナインはヴァーリに向いた。

 

「ただ、彼らが本気を出す前に潰せただけでね。 最初から本気で来てたら危なかったかもしれません」

 

謙遜するその言葉に、ヴァーリは肩を揺らして笑い出した。

 

「いや、それはナインの機転の勝利だろう。 本気を出そうが出すまいが、あちらは負けた。

ふははっ、滑稽だよ。 むしろその方が英雄としては面子の丸つぶれなんじゃないか?」

 

本気になれば負けていた、本気になれば勝っていた。 それは所詮、机上の空論なのだろう。

結果がすべてのこの裏世界。 ナインの、”生き残れば勝ち”という理念にもよく似ている。

 

本気を出すまで気づけなかった相手は、結局その程度の実力で。 たとえそれを敗けた理由にしようとも言い訳にしかならないということだ。

 

「では私は次に会う時までもう少し強く練っておくとしますかね」

「そうしろ、奴らああ見えて執念深いからな。 そうと分かった以上、次は最初から本気で来るぞ」

「ご忠告どーも」

 

その場でぐん、と伸びをすると、腰に手を当てて大きく息を吐いた。

 

「これでやっと本来の仕事に移れるわけですか」

「ああ、少々の邪魔が入ったが、目的遂行には問題ないだろう」

 

都心部のさらに中心で行われるという悪魔たちの会合。 そのパーティに乗じ、当初の目的――――グレモリー眷属、塔城小猫を捕縛する。

ナインは不気味に不敵に笑い、歩みを進める。

 

「さて、これをどう躱す、魔窟の住人」

 

そう呟いて口元で笑う白龍皇――――ヴァーリ・ルシファー。

向かうのは闘戦勝仏の末裔とSS級はぐれ悪魔。 いずれも上級悪魔以上に匹敵する曲者たち。 そしてもう一人は…………

 

「…………ナイン、土壇場の裏切りは止してくれよ? 頼むから」

「嫌だなぁ、しませんよ」

 

その白龍皇ですら御し切れていないノンストップボマー――――紅蓮の錬金術師、ナイン・ジルハードがいる。

地下世界の冥界に、暗雲が立ち込めようとしていた。




主人公の体術が蹴り技重視なのは、両手の錬成陣を傷つけないためなのだが…………もう一つ、理由がある―――――残念だったな、作者の趣味だよ。

”壬生紅葉” このキーワード一つで分かったら嬉しいです。



ボムって、響きが可愛いよね(錯乱)  ボムブ!


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34発目 潜伏、冥界都心街

あらすじ【英雄派の襲撃を難なく蹴散らしたヴァーリチーム一行。 その先に、ついに冥界内部への侵入を開始した。 その後のパーティが最大の盛り上がりを見せたときが狙い所と見定めていたヴァーリは、近くのホテルでナインたちとパーティの佳境を待つことにしたのだった】



「あ~、もう! やっと寛げるにゃー!」

 

そう言いながらベッドにダイブする黒歌。

真っ黒なローブを脱ぎ捨て、いつもの妖艶な黒い和服姿で仰向けになった。

 

「あいつらのせいで足が棒よー、嫌になっちゃうっ」

 

しなやかな足をベッド上で伸ばして自分で揉み解す。

 

冥界都心部から少し離れた場所に、ナインたちは居た。

曹操たち禍の団(カオス・ブリゲード)、英雄派の襲撃の後、ヴァーリ率いるチーム、ヴァーリチームは束の間の休息を、冥界のホテルで取っていた。

 

テロリストとして追われる身の上で、敵対国内のホテルを借りるというのも不用心な話だ。 しかし、人間界にも穴というものが存在するように、冥界にもそれが在るのだ。 とはいえ、敵国であるためあまり長居はできないが。

 

「やれやれ、堪え性が無いというか」

 

黒歌が脱ぎ捨てたローブを拾ったのはナイン。 彼女の適当さに少し嘆息しながら、近くに置いてあったハンガーにかける。 すると黒歌は、八重歯を見せて妖艶に微笑んでみせた。

 

「ありがと、ナイン。 気の利く男って理想だし大好き、だから子作りしよ?」

「ここはラブホテルではないよ」

「オールオプション完全むりょー!」

「風俗でもないんですけど…………あなたは本当に万年発情中の悪猫ですねぇ、驚きますよ」

「だからって、誰にでもこういうことしないって――――ナインに会ってからずっとナインしか見てないのよ? ちょっとは評価して欲しいなー、なー、にゃー」

 

そうして黒歌のアプローチを軽く受け流すナイン。

 

あちらが落ち着くまでということは、ここにはあまり居られないということなのだ。

 

なんの対策もしていない場所にいつまでも駐屯していては、いずれ冥界の警察機関に気づかれる危険性がある。 しかし結果論として、曹操率いる英雄派の襲撃は、ナインたちがこのホテルに駐屯する時間を縮めてくれた。

 

「最適な時間潰しになってくれたということだ、彼らは――――まぁ、ホテルなだけあってシャワーもあるようなので、体を清める時間くらいはあるんじゃない? 私は別段することもないので、体だけ少々寝かせてもらいますかね」

「そう? じゃ、お言葉に甘えるかにゃー。 あいつらの魔法攻撃、埃っぽくて嫌。 なんていうか、わびさび(・・・・)が無いっていうのか…………和服汚れちゃう」

「…………」

「にゃ! ち、違うにゃ、ナインが起こす爆発を悪く言うつもりは無かったのよ!」

 

その英雄派の兵隊たちの魔法攻撃がどの程度だったかは知らないが、かなり高レベルの爆発力を自負しているナインからしてみれば歯牙に掛ける気さえ起こらない。

 

しかし、いつもナインの爆発を間近で見てきた黒歌は、彼の気持ちを気にしてかフォローを入れた。

 

「あはは~」

 

黒歌は指を顎にくっ付けて目を泳がせる。

だが実際、この男が引き起こす爆発はいまや単なる科学理論の爆発とは一線も二線も隔している。

 

ナインの幻想は現実となり、火種とその爆発力を行使する精神力さえあれば強力な爆撃を引き起こすことができるようになっている。

 

「この人の起こす爆発は、跡には何も残りません――――そう、埃すらも」

 

黒歌、ナインの後から、目を惹く麗しい銀髪の女性ががそう言いながら部屋に入って来た。

その瞳はいつになく真剣で、黒歌をして訝しげに片方の眉を上げさせる。 しかし――――

 

「…………そっかぁ、ロスヴァイセはナインの戦いを間近で見て来たんだよね」

 

一転、雄を誘うような魔性を孕んだ悪戯な笑みを浮かべた。 俗だが、いまのところナインを一番よく知っている女は自分だけだという優越感に浸った笑みだ。

 

ナインと同調した女は私。

ナイン本人に相方と認められたのも私。

 

「相手にするのと見てるのとじゃ全然違うでしょう?」

 

狂気を秘めたる異端者でありながらも、武術家のように心技体を修める技量を持って戦うマッドファイターだ。

さらに最近になって錬気の力も加わり、強化の一途を辿りつつある。

 

極め付けは、爆発の錬金術。 その体術と組み合わせた絶妙な攻めにより、敵手に態勢を立て直す暇さえ与えない。

なにより凶悪なのがそう、気配が無いことだ。 詳しくは生命体としての気配がナインから微塵も感じられないのが本当のところ。

 

美猴が仙術の力で周囲の生体の気配を探っていたにも関わらず、ナインから接触しなければ気づかなかった事実も有る。

 

ロスヴァイセに向かって、ナインは笑顔を向けてこう言った。

 

「――――好きで使っている型の錬金術だ。 何事も術者のさじ加減次第。 綺麗さっぱり吹き飛ばすのも良し、逆もそうだ。 それらを意のままにできずに、なにが紅蓮の錬金術師だ―――という話になる」

「…………それがその二つ名の所以ですか、ナイン・ジルハード」

「まあね、人生好きに生きなきゃ生きてる意味無いでしょ。 この二つ名も、私の人生の一つだしね」

 

とん、とおどけるように自分の胸に拳を押し付ける。

 

愕然とした。 ここまで自分を通している――――否、自分しか見ない人間は初めてだ、と。

英雄派襲撃の際、助言を貰った自分が言えた義理では決してないが、ロスヴァイセは改めてこの男の異常性と純粋さを恐ろしく思った。

 

「神よ…………」

 

神よ、亡神よ。 およそ人間どころか一介のヴァルキリーですら理解不能なこの男は、この世界で何をしようとしているか知っていますか。

 

世界を篩として見ているような男。

「生き残れば勝者である」という理念を掲げる実力至上主義のイカレ男。

―――――本来自然の理である「弱肉強食」という法則が、人間界を含む周囲のすべてを呑み込んでしまうことを意味する――――非常に危険な思想だ。

 

「やはり、あなたは野放しにできる存在ではありません」

「…………」

 

ロスヴァイセにとって、ヴァーリと美猴が別室なのが功を奏した。 まばゆく光ると同時に、戦乙女の本来の姿に変貌する。

鎧に身を包み、ファイティングポーズを取るロスヴァイセ。

 

「じゃ、シャワー浴びてくるから、あがるまでには終わらせておいて欲しいにゃー」

「善処はしましょう」

 

歯牙にもかけずに、自分はホテル内のシャワー室に向かう黒歌。

その後ろ姿を見送ったロスヴァイセはすぐにキッとナインを睨み付けた。

 

「進んで一人になるとは…………侮るのも大概にしてください!」

「なるほど、一度敗北しようと戦意は削がれませんか、ふふ、ふっふふふ…………」

 

魔力が拳に込められていく。 光を吸収していくロスヴァイセの拳を見ながら、ナインはにやにやしながら心底嬉しそうに肩を揺らす。

 

「あの英雄の子孫たちと戦っているあなたを見て、逆にますますあなたを捨て置けないと確信を強くしました」

「ほう」

「――――あなたの考えはあまりにも刹那的すぎます! そんなことを求めて、未来に一体何が残るのです!」

「いまは話すだけ無駄ということかい、それも仕方ないね、へへっ」

 

――――肉薄してくるロスヴァイセを拳も上げず、得意の脚技の構えも取らずに涼しそうな笑みで迎えるナイン。

 

戦乙女はヴァルハラの戦士だ。 現世で死した人間の戦士たちをエインヘリャルに――――すなわち英雄として選別して彼の館に迎え入れる重役を担う。 ゆえに彼女も、十分に傑出した存在と言える、生半可な力では、彼女の魔力に敵うべくもない。

 

魔力迸る拳を、彼女は最大の力を込めて撃ち込んだ。 一度苦杯を嘗めさせられた――――手加減などしない。

しかし――――何かが違うことに気付いた。

 

「う――――くっ!?」

 

拳が止まっている――――振り抜けない。 万力のような力で自分の拳がギチギチと挟み止められている。

動けない、危険な状態だ。

そして、ことのすべてに気付けたのはその直後だった。

 

「――――そんなっ……」

 

放った拳を、膝と肘の挟み撃ちで完全に受け止められていたのだ。

この、1カメラから一気に数カメラ分飛んだかのような超反応に、彼女は驚愕を隠せない。

 

「組手でも――――敵わないと…………っ!? くぅっ――――」

 

ナインは不敵に笑み、失速した彼女をそのままベッドに押し倒す。

「かはっ」、と乱暴にロスヴァイセの肢体が叩き付けられ、呻き声とともにベッドのスプリングが嫌な音を立てながら重くバウンドした。

 

痛みは無い…………が、これまでか。 と、咄嗟に目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

「…………素晴らしい」

「…………は?」

 

瞑目してから十数秒もの静寂を訝しんだロスヴァイセの瞳が、片目からゆっくりと開いていく。

 

いきなり賞賛の言葉を至近距離で浴びせられて変な返事をしてしまった。 この紅蓮の男はなにを考えているのか本当に分からない。 宇宙人かこの人は、と。

 

「もう何もしてこないと思ったのに、やるなぁ」

「な、にを…………」

「それでも、少しでもあなたがいまのこの状況に抗おうとして来ないかと淡い期待を持ってたんだよ。 うん、正直に言って八割方は諦めていた」

 

綺麗な銀髪を一房持ち上げ、撫でるように梳いた。 優しく髪を撫でて落とし、撫でて落とし…………繰り返し。

組み伏されているロスヴァイセは、ナインの手練に全身がゾクリとするような感覚を覚える。 触られた髪の毛先から波紋のように広がっていくそれは、ロスヴァイセの顔を更に紅潮させる。 ナインの――――まるで高価な芸術品を触るような優しい手に。

 

――――”悔しい”。 快感と同時に感じた感情だった。

 

その変態のような行為にもツッコミが一拍遅れてしまった。 しかもそれは心の中なので本人には聞こえない。

 

「何かに諦めた者ほど、面白くないものはない」

「…………い、意味が分かりません、あ……あなたはいつもいつもそうやって訳の分からないことを………………」

 

すると、あっさりとロスヴァイセの上から降りたナインは、いつもの悪そうな笑みを浮かべた。

 

「少し興味が湧いてきましたねぇ」

「な…………ななな、何を、言ってっ――――」

 

顔が紅潮するロスヴァイセ。 相手が相手なだけに顔が嫌でも火照ってしまう。 先ほどのナインの手触りを思い出して更に悶えてしまう。

 

「~~~~~~~~っっ」

 

口をパクパクさせる彼女を見て、ナインは笑い飛ばした。

 

「くっくくっああ――――私は、すぐに諦めるヒトが大嫌いだ。 ロスヴァイセさん、人間がどうして弱小種とか、劣等種とか言われているか解るかい?」

「…………悪魔や、堕天使、その他諸々の人ならざる者たちよりも、存在からして次元が違うからでは…………」

「それもある、が。 外見的なことはこの際、気に掛けることではない」

 

――――あなたにとってはね。

 

ロスヴァイセは、心底の本音を心の中で響かせた。

 

「人間というのは、意外に危機に淡泊なんだ。 すぐ壊れ、すぐに諦める。 自分で限界を作り、自分から未来を閉ざしてしまう。 差し迫った状況で、如何にして生き残るかを考える者が最終的な勝者になるというのに…………」

 

要は、彼女――――ロスヴァイセは、敵に捕まったこの状況で尚も、敵うはずのない相手に勝負を仕掛けてきたことこそが、

 

「この場合、勝ち負けは関係ない。 いや、すごいな、あなたのように強い魂を持った生き物に会うのは久しぶりだ。 あなた、実はとても優秀なんじゃないですか――――付き人などに置いておくには勿体無い人材だ」

「…………」

 

妙にほこほこしたナイン。 彼自身、いままでもロスヴァイセのように二度も戦いを仕掛けてくるような気骨のある者には滅多に会えないのだ――――希少である。

 

「いやはや、ならば、あのときあなたに吐いた暴言は取り消させてもらいましょう――――申し訳ありません」

 

にやけながらだが、ぺこりと頭を下げられてロスヴァイセは開いた口が塞がらなかった。

 

傲慢で、自分のやること為すことすべて正しいと思っているような自分勝手な人間だと思っていたのに――――。

 

「べ、別に…………あのときあなたが私に指摘したことは間違っていません――――精神的な成長が無いのは事実です」

「それなら、手っ取り早く精神力を強くすることができる方法を教えてあげようか? まぁ、試すかどうかはあなた次第だが…………」

 

ピクリと、反射的に上げた視線とナインの視線とが合ってしまった。 見透かすようににやりと口角を上げるナイン。

 

「き…………聞きましょう。 あなたのその異常なまでのタフさと胆力の源を――――どうすればあなたのように…………」

 

ついに、ロスヴァイセは敵方に教示を乞うという下策に出た、しかも先ほど二回も敗けた相手に、だ。

その二回目もさっきあっさりと言うほど華麗に且つ迅速に敗北したというのに。

 

しかしナインはこれを下策とは思わない。 なぜなら彼には敵も味方も無いからだ。

確かに、他派閥であった英雄派を先刻撃退したがそれは、彼らがナインに牙を剥いて来たから。

 

事実、英雄派のリーダー格の撤退に一切の邪魔をせず見送っている。

 

この男は、単純ではない――――。

 

「まず、戦場では自分を一番にして、そして疑わないことです。 自分の力を疑えば技を乱すことになる」

 

一つ、と指を立てたナインを、ロスヴァイセは頷いた。

これは、戦う者ならば誰でも知っていなければならないことだ。

 

「しかしここで履き違えてはならないのは、自分しか信じないのではなく周りの言う事にも、一つ耳を傾けよう。 集団戦ということもある、独り善がりな戦いは身を滅ぼします」

 

まぁ、私はほぼ個人戦ですがね、とほくそ笑んだ。 しかし、何やらロスヴァイセは納得が言っていないようで、先ほどからしかめ面を止めない。

 

「そしてもう一つ――――」

「ナインさん、お言葉ですが。 そのような初歩的なことはヴァルキリーの私には当然のことで、」

「殺すことに慣れること、だ」

「―――――っ」

 

ロスヴァイセの文句の声が消し去った。

 

「いくら技を磨き、自分に自信が付いたとしても、いざ相手を討ち斃そうとしたときに動揺して手元が狂ったじゃ話にならない。 如何に殺すという行為に慣れるか――――敵の、息の根を、止めるか」

「…………」

 

「本題だ」と、手を組んだ隙間から覗く顔の笑みが深くなる。

 

「繰り出す技一つ一つに殺意を乗せよう。 躊躇ってはいけない、やらねばやられるのだから。 ああそれと、殺意に慣れることも付け足しておこうかい。 これが意外と調整難しくてね、殺意に慣れ過ぎると感覚が鈍って敵の気配に気付けなくなる。 適度に敏感になっておくことが肝要です――――言ってること分かります?」

「耳が終わる講義が聞こえるにゃー」

 

いつの間にか、ドアの場所に黒歌が立っていた。

意識してみると仄かにシャンプーの香りが漂ってくる。

 

艶やかな黒い髪を下ろした黒歌は、ドライヤーを止めると乱れていたその髪を後ろに追いやった――――

 

「な、なななななななっ――――」

 

急にわなわなと震え出すロスヴァイセ。 黒歌に向かって指を突き付けて、パクパクさせる口から言葉をひり出す。

 

「な、なんで、は、は、――――――裸なんですか!」

「にゃーん? 別によくない?」

 

部屋に入った後だろう、黒歌の足元に濡れたバスタオルが落ちているのが良い証拠だ。

 

「この部屋には男性が居ます! はっ――――そういえばなぜ男性でナインさんだけが私たちと同じ部屋なのですか! おかしいです!」

『いま気づくのかよ』

 

ガラにも無く突っ込んでしまうナイン。 だが、ロスヴァイセのリンゴのような顔色に見向きもせず、黒歌はナインの座るすぐ隣にストンと座り込んだ。

 

ナインが真顔でロスヴァイセに言う。

 

「なんであなたが顔を赤くする」

「あなたの代わりになってるんですぅ!」

 

息を切らす。 モラルもへったくれもあったものじゃない。

内心から壁を殴るロスヴァイセ。

すると、ナインに自分の腕を絡ませた黒歌が悪戯そうな笑みを浮かべた。

 

「そんな要点の前に、もっと根本的なものがロスヴァイセに欠けていることってなぁい? ナイ~ン」

「む、私の説明に不十分があったのか。 なるほど、私もまだまだだ」

「ナインマージーメー過ぎっ」

 

思案顔のナインの膝上に、倒れ込んで頭を乗せた――――リンスの香りが強く匂う。

 

膝上に自分の顔を擦りつけて、恍惚と、猫のように表情を蕩けさせた。

膝枕のまま黒歌は微笑した。

 

「ロスヴァイセに自信が無いのは、女としての悦びを味わったことがないからじゃない? ほら、男だって、一皮剥けないと成長しないって言われているしっ」

「そ…………そんな…………そんな落とし穴が?」

 

稲妻が迸るのが目に浮かぶように、ロスヴァイセは床に手を付いてショックを受ける。 こと恋愛や性的な話になると、途端にネガティブになるのは彼女の特徴だろう。

 

「ん、まぁ」

 

ナインが片目を瞑って難しく唸り出すと、やがてポンと手を叩いた。

 

「肉体を鍛えることは、個人差はあれど誰でもできます。 しかし、精神についてはやはり経験を積み重ねることだ」

 

経験とは、無数の相手との無数の仕合い。 要は数をこなすことである。

特に人間は、多くの技等を反復することでしか磨くことができない。 身体能力については、才能の差異を除けば貧弱そのものなのだから。

 

「――――ある程度の年齢になってくると肉体の減退する我々人間にはこれでしか強くなる方法を知らないし、できない。 それで、肝心の精神系のことですが…………」

 

倒れ伏すロスヴァイセの肩に手を置く。

 

「人生経験だ。 私くらいの年齢だと、運動神経は鍛えればどうにでもなりますが、こと自信という精神状態面に関しては様々な試験結果が出ています。

先ほど言ったように、知らない相手との仕合は、無意識に頭を使うことがあるから非常に効果的だ。 強敵との戦いも同じ。

それと、まぁ、これが黒歌さんの言いたかったことだと…………――――」

 

思うんですがー……、と間延びしながら黒歌を横目で見る。

すると、気づいた彼女は親指をぐっと立てた。 良い笑顔である。

 

「異性との付き合い、かねぇ。 大した違いは無いと思うんだけど、どうだかね」

「あるにゃ!」

 

煮え切らないナインに、黒歌が勢いよく前に出てくる。

 

「女っていう生き物はどこまでいっても女。 好きな男に抱かれれば心が悦ぶ、そして、そんな男に抱かれたならその分自分にもその価値があったってことで――――自分に自信が付くのよ」

「いや黒歌さん、やっぱりそれ違うと思うわ」

「なんでよ!」

 

苦笑いするナインに黒歌が噛み付くように睨む。 なぜそんなに怒る。

 

「…………非効率的でしょう。 無意味な知識ばかり付く」

 

求道する心身さえあれば、恋愛などという胡乱なものを踏破しなくとも極限に至れると、ナインは信じていた。

しかし、黒歌は頑として聞かない。 珍しくナインを押し退け、ロスヴァイセに顔を向けた。

 

「恋をすれば強くなれるのよ! でも、焦がれてるばかりじゃダメ、アタックあるのーみ!」

 

まるで黒歌は、いまの自分のことをそのままそっくり言葉にするように、目の前の悩める戦乙女を指摘した。

こうして自信を持って言えるところを見ると、黒歌にも実体験があるのだろう。

 

「私にも、春は来るでしょうか…………?」

 

涙目になりながら、震え声でやっと言葉を発するロスヴァイセ。 黒歌の熱弁は、少なからず彼女の心に響いたようだ。

 

「…………」

 

この場でただ一人首を傾げ続ける男には響かなかったが気にすまい、聞かせたい女には聞かせた、あとは本人の意志のみだ。

 

「やります…………強くなるために、好きな人を作ってみます!」

「でも慎重にね、そうやって躍起になったときに限ってろくな男に引っ掛からないと思うから――――」

「ダーメだこりゃ」

 

横でその珍話を聞くナインは心底呆れていた。

すると、ロスヴァイセが思いついたように何かに気づき、黒歌をまじまじと見つめる。

 

「なぜ、そんなに親切なのですか。 私とあなたは敵同士だというのに…………」

「恋したい女に、敵も味方も無いわ」

「あ…………ありがとうございます!」

 

ぶわっ、あふれ出る涙。 ここに女の友情が成立した。

訳の分からない空間を蚊帳の外で見守るナイン。

 

「いいのよ別に。 時にロスヴァイセ、早速だけどあなたはいま、気になる異性っているの?」

「…………」

 

あ…………、と黒歌は口を半開きにした。 一瞬、一瞬だけだったが見逃さなかったのだ、彼女が……黒歌に聞かれた直後のほんの数瞬だけその綺麗な碧眼をある方向に向けていたのだ。

 

「む?」

 

ロスヴァイセの視線の先を辿っていく黒歌は、ナインと目が合った。

訝る彼を余所に、つぅ、と黒歌の頬に汗が伝った。

 

「ど、どどどうしたんですか?」

 

明らかに動揺して惚けるロスヴァイセ。

「どうしたんですか」じゃないわよと。

 

バレていないとでも思っているのか、すでに視線を戻していたロスヴァイセに黒歌は内心そう思った。

あくまでもシラを切り通すつもりらしい銀髪のヴァルキリーを切り崩すべく、黒歌は古典的な手段を取ることにした。

 

「あーナインがあなたのこと熱い視線で見つめてるー」

「え、嘘!?」

「ウソにゃん」

「………………」

 

慌てて振り返ってもいつもの朴訥とした態度を決め込むナインが居ただけだった。

 

―――――やられた! ロスヴァイセは己の迂闊さを恨んだ。

女同士の友情とは、と、なにか哲学的な含みでもあるのだろうか。 単純ではないことは確かだ。

 

「ダメ…………」

「え…………?」

 

そしていま、即席の女の友情はやはり即席にぶっ壊れる。 インスタントな友情は、出来上がるのも冷めるのも早いのである。

 

「だめ。 ナインは絶対ダメなの。 私がいま攻略している最中なのよ」

「なっ、私は別にナインさんのことなんかなんとも思っていません! ただ、戦ってるときとか、アドバイザーとして接してくれたときとか、ちょっとかっこよかったなーって思っただけで」

 

黒歌は片手で頭を抱える。

 

「あーそれもうダメな奴にゃー。 それと、素直じゃない女は損しかしないのよ?」

「素直もなにも、私は本当に――――」

 

そんな乙女たちの言い合いが続く。 やれ素直になれだ、なんとも思ってないだのとイタチごっこのような言い争い。

 

ナインを美味しくいただくために虎視眈眈、いつも欲望に素直な猫魈仙術の使い手――――黒歌。

禁欲的な生き方しかしてこなかったヴァルハラの戦乙女―――ロスヴァイセ。

 

そっと部屋の扉を閉めてホテルの廊下に出たナインは息を吐いた。

 

「そろそろどうですか?」

 

開けた扉の裏に意識を向けた。 腕を組んで壁に寄り掛かるヴァーリが不敵な笑みを浮かべて佇んでいたのだ。

 

「ああ、あちらのパーティも佳境に入っているそうだ」

「そうかい、では出ますか。 あああと、前から思っていたことですが」

「なんだ、なにか気になる事でもできたか?」

「そういう情報は一体どこから仕入れてくるんだい?」

 

もっともな指摘をナインはした。 このホテルのこともそうだが、冥界内でも情報に通じているというのが不思議だった。 これも禍の団(カオス・ブリゲード)という組織の為せることなのかと納得してしまえばそれで終わりだが。

 

「…………」

 

如何せんナインは、”そういう風にできている”と言われて納得できることとできないことで著しく別たれる。

 

理性の欠片も無さそうな純粋な狂気を持ちつつも、場を分析しようとする知性をも持ち合わせるのはナインのような、己を異端と自覚している者にしかできない。

日常でも狂気を撒き散らすのは小者のすることと同義である。 そうしてナインは、狂気と正気の境界線をそれぞれ別々に使い分けることができる。

 

「だからお前は扱い辛い…………」

「なにか?」

「いや、なんでもない。 なに、有用な情報源は、他に適材適所なヤツがやっているんだ。

次元の狭間からこんな地下冥界にも飛べるんだ、できないことじゃない」

「確かに、あの空間だけは理論的にまとめられることじゃないよ。 科学じゃ為し得ない領域だから、無理にでも納得することしかできないねぇ、いやぁ無知って怖い」

 

ではいずれ、その”適材適所なヤツ”とやらにも会わせてもらえるのか。 ナインはそう納得して笑った。

 

「それで、黒歌とヴァルキリーは」

「黒歌さんは先ほどシャワー室から帰って来ましてね。 もういいと思いますよ」

「そうか? お前の部屋から聞こえてくる言い合いは気のせいか」

 

にやりと、ヴァーリが厭らしく口角を上げた。

 

「あ~………………………………」

 

完全にだだ漏れてくる二人の女性の言い争い。

どったんばったん。

 

「あなたも人が悪い。 でも、これ以上は時間の無駄だ、さっさとあのやかましいのを黙らせて行きましょう」

「…………話の渦中にいるはずのヤツが何を言う…………まぁいい――――行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして場所は移り、ここ冥界のパーティ会場は人ならぬ、悪魔で溢れかえっていた。

金色に彩られたシャンデリアが、優雅な雰囲気の会場を一層照らし映え渡らせる。

 

冥界の粋を凝らした豪華絢爛なパーティ会場。 当然だ、ここには七十二柱の名門貴族悪魔だけでなく、さらにその上を統べる現四大魔王も来訪している。

 

その、中世ヨーロッパを思わせる場の空気のなか、フロアの隅に用意された椅子にくたびれた様子の少年が居た。

 

兵藤一誠である。

 

「あー、ちかれた」

 

主であるリアスとともに各上級悪魔たちとのあいさつを終えて疲れ果てていた。

悪魔貴族ともなれば礼儀、形式を重んずるのは至極当然のことである。

 

が、人間界で一般的な家庭生活を送ってきた一誠にとっては少々気の滅入ることだった。

 

騎士(ナイト)さま、今度わたくしとお食事でも――――」

「木場さま――――」

「祐斗さまぁ――――」

 

横目で他の女性悪魔に囲まれている木場祐斗を見て内心歯ぎしりする。

 

「ぬぬぬ……イケメン、爆発すべし」

 

とはいえ、このような催しは初めてな一誠は、このときはすぐにその嫉妬の熱も冷めていた。

 

冥界に来てからというもの、多忙な日々が続いた。

若手悪魔たちとの顔合わせに、修行に、そして何よりこの環境に慣れることで精いっぱいだったのだ。

それでも、眷属の仲間たちとの触れ合いは心の保養になり、特にアーシアは一誠の心休まる癒しの存在だった。

 

「イッセー、アーシア、ギャスパー、料理をゲットしてきたぞ」

 

すると、パーティ開始とともに席を立っていったゼノヴィアが戻ってくる。

その手には、持ちきれぬほどの料理の乗った皿、皿。 さすがと言うべきだろうか。

 

「お、ゼノヴィア、悪いな」

「これぐらい安いものだ。 ほら、アーシアも飲み物くらい口に付けた方がいい――――環境に慣れようと意識しすぎていると逆に体力の消耗が激しくなるぞ」

「ありがとうございます、ゼノヴィアさん。 こういうの……すごく緊張してしまって、喉がカラカラでした」

「うむ、それは良かった」

 

微笑むアーシアに、ゼノヴィアも笑顔で返した。

そこで一誠は誰かの視線に気づく。 突き刺さるとまではいかないが、明らかに意識されたものだ。

 

「…………」

 

気付くと、すぐあちらから、ドレスを着た女の子が歩いてくる。

一誠の目の前で立ち止まると、その女の子はむす、と口をへの字に変えて口を開いた。

 

「お、お久しぶりですわね、赤龍帝」

「あ、焼き鳥野郎の妹」

「レイヴェル・フェニックスですわ! いい加減覚えてくださいまし!」

 

不死鳥フェニックス。 どんな攻撃を受けても瞬時に再生し蘇る名門フェニックス家。

その兄妹たちの一番下の妹がレイヴェル・フェニックスだ。 綺麗に巻かれたロールの金髪は、もはや芸術の域である。

 

しかしなぜそんな名門の出のお姫様と一誠たちが知り合いなのかというと……

 

「悪い悪い、で、兄貴は元気か?」

 

兄は――――と、聞かれたレイヴェルは嘆息した。

 

「あなたのおかげで塞ぎこんでしまいましたわ。 よほどリアスさまをあなたに取られたことがショックだったようです」

 

そう、以前レイヴェルの兄――――ライザー・フェニックスとは、リアスを賭けてレーティングゲームの勝負を繰り広げた。 最終的な事の顛末はなかなかに複雑なことのため、一言では言い表せない。

 

しかしあえて簡潔に言うなら、一誠は、リアスとライザーとの結婚式をぶち壊しにした。

 

「…………俺が婚約をぶち壊しちまったからか、な…………」

 

そう、その婚約を一誠はライザーと戦い勝利した上で破棄決着した。

そのような断行に及んだのは他でもない、リアスはその結婚を心底嫌がっていたのだ。

 

しかし、自分のしたことに間違いはないのだと、当時確信を持って言えたが、他人の婚約を一方的な私情で破棄させたことに、この少女を前にしたいまこのときは負い目を感じた。

 

が、やはり貴族のこういった風習は、一誠自身あまり好きじゃないことも確かだったから貫いたまでなのだが。

頬を掻く一誠に、レイヴェルはふん、と息を吐いた。

 

「才能に頼って、調子に乗っていたところもありますから、いい勉強になったはずですわ」

「容赦ねー。 お前、いちおう兄貴の眷属だろ」

 

初対面のときとは打って変わった手の平返しに一誠は苦笑した。 少しでも……少しでも自分のしたことの重大さを知った。 けど同時に、レイヴェルのように外部の悪魔にも友好的な者がいることを、一誠は安堵した。

 

「それなら、現在トレードを済ませて、いまはお母さまの眷属ということになって――――」

 

得意そうに手を振る。 すると、ドンっと後ろのパーティ客にぶつかってしまう。

レイヴェルは気づき、後ろを振り返って謝罪した。

 

「あ、すみませんわ。 不注意を――――」

「いやぁ、いいですよ。 こちらこそすみません」

 

会釈をしてそのパーティ客を見送ったレイヴェルは、再び一誠の方に向いて少し嬉しそうに会話を続けるのだった。

 

微かにチラリと見える、そのパーティ客の…………顔。

その男の顔は、赤いローブで頭からすっぽりと隠れていた。




更新速度も、話の進みも遅くて……すみません。 どうしても中だるみしてしまう。

まぁ気を取り直して。 以上、潜伏先の回でした。 ロスヴァイセが黒歌と思いの外自然に打ち解けてて書いてて笑ってしまいました。

処女ビッチと恋愛処女が交わるとこうなります。

さて、今回ナインは、ロスヴァイセさんの優秀性を見抜くことに成功しました。 今後どうなっていくかはお楽しみ。





―雑談―
今期アニメとして放送している「落第騎士の英雄譚」のOPがスクライドのOPの人と同じで笑った。 いいね!(ポチッと
今期はこれとワンパンマンの覇権争いかな。 アスタリスク?


題名を「おっさん都市レスタリスク」に改名するなら続きを見てやろう(傲慢)


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35発目 来るもの拒まず、去る者追わず

侍道2ポータブルをプレイ中の作者を許してくれたまえ諸君…………いま六週目(ボソッ


許してくださいお願いします(早口)


冥界、パーティ会場内。

豪勢な料理や飲み物がウェイトレスの手で運ばれる。

 

来客も煌びやかな装飾品を付け、一挙動一挙動、物腰が丁寧なところで貴族の威光が垣間見れる

 

十人十色という言葉の正反対がいまの光景だろう。 同じような仕草で、同じような恰好だ。

 

玉石混淆。

 

この固性無き場で映え渡る者ならば、それは間違いなく逸材――――玉石の玉であろう。 それほど、この会場は光り過ぎていた。

 

そんな中、黒いローブを頭から被った者が佇んでいた。

 

「確か、最終的にはここで落ち会おうと言っていました…………」

 

パーティ客の群れを縫うように進む影。 この煌びやかな場では悪目立ちするはずの黒のローブの者に、何故か誰も気を止めることはしない。

 

使用者の気配を一時的に消せるローブは、黒いローブの人物――――ロスヴァイセのヴァルキリーとしての気配を見事に隠匿せしめている。 さらに隠形の効果も保有しているため、余程の使い手で無い限り気に止まることは無い。

 

目の前の「お手洗い」の表記を見て、深呼吸をしたあと入って行った。

 

今回、潜入及び煽動活動を共同することになった彼女らは別行動に移っていた。

少しでも気配を分散させるためだ。 人間のナインはともかくとして、北欧のヴァルキリーという彼女の神聖な空気はあまりにも目立ちすぎる。

 

「…………なぜ、私は彼らに……いや、彼に協力している?」

 

自問する。 別行動で人質に相応しい自分を一人にするなど、逃げてくれといっているようなものだ。

ロスヴァイセも、本当ならこのパーティに来賓として出席している主神オーディンの下に一刻も早く転がり込むべきはずなのに…………。

 

「私も、この世の本当の理を求めている?」

 

若しくは、ナイン・ジルハードという男の人生の在り方に惹かれたのか。

だとしたら、もともと勤勉だった彼女にナインのような人間は色々な意味で目の毒だったのかもしれない。

 

(私は…………迷っている?)

 

ナインが、ただ殺戮や戦争を享楽する男だったらこんなにも悩まずに済んだのに。

ナインが、ただの爆発好きな単純男だったら、こんなにも難しく考えずに済んだかもしれない。

 

すぐに助けを求めることができたはずなのに…………どうして。

世界を混乱に陥れる混沌を望んでいるわけじゃないのに、どうしてあの男に惹かれるの?

 

「目標に向かって驀進する彼の瞳の輝きが、頭から離れない――――!」

 

私はどうしたいのだろう。

ロスヴァイセは思い悩みながらも、短くも長く感じた廊下を歩き切り、男子手洗い場の前に来ていた。

そこには、看板が置いてあった。

 

――――”清掃中。 関係者以外立ち入り禁止”

 

(ふ、普通の置き看板だーーーーーー!?)

 

『来ましたか。 入ってください――――ああ、誰にも見られず、そーっとですよ』

 

なかからナインの声が聞こえてきたところで、はっとした。

ロスヴァイセは、ここで冷や汗を垂らす。

 

――――なんで、気配に気付けたの。

 

このいま羽織っている黒いローブは、ここに来るまで通りすがる悪魔たちにも怪しまれずに来れたのに…………。

しかし、そんな彼女の驚愕は、扉を開けた直後の別の驚愕で上塗りされることになる。

 

「あ…………」

「さすが黒歌さん特製の気配殺しの魔迷彩――――これで使い捨てじゃなければ満点なのですが」

 

そこには、真っ赤な飛沫があちこちに飛び散った凄惨な空間で佇むナインが居た。

二人。 蝙蝠の翼を持つ悪魔たちが、惨たらしくその命を終えていた。

 

「…………冥界の警備員を」

「ああ、うん。 ここ入ったら居たからね――――死んでもらいました」

 

気持ちの悪い汗の水がロスヴァイセの体に流れた。 その悪魔をよく見ると、二人とも頸部から上が消し飛んでいた。

錬金術を使ったのか? いや、ナインの錬金術で響かないはずがない。 使えば一瞬で外の者にも気づかれて潜入どころではなくなってしまう。

煽動はできようが、こんなど真ん中で騒ぎを起こせば即座に捕縛されるのは明白。

 

ならば、考えられる方法は一つ。 サラサラと砂のように消え溶けていく二つの遺体を背にしたナインに、ロスヴァイセは半ば狼狽えながら唾を呑み込む。

 

「…………刃物で斬り飛ばした……のですか?」

「残念ながら、私は基本的に武器は持たない人間でして。 己の身一つで行動するのが主です」

「そんな…………なら―――――」

『誰かいるのか!』

 

すると、外から掛けられる声があった。 ナインは眉を上げてロスヴァイセを小突いた。

 

(ダメじゃないですか。 気配を辿られちゃあ…………ここは清掃中なんですよ?)

 

「キミ一人か……? この気配…………ヴァルキリー?」

 

(しまった!)

 

目的地に到達したと思い油断してローブを取り払ってしまっていたロスヴァイセ。 しかもこの状況だ……彼女はともかく、ナインは顔が割れている。 騒がれたら事だ。

入ってきた冥界の警備員と思われる男性悪魔は彼女を見ると一瞬呆気に取られた。 しかしそれと同時に、彼女の方は、ある異変に気付いていた。

 

ロスヴァイセの気も知らずに、男性は合点がいったように目の前の彼女にだけ(・・)話しかけた。

 

「まさか、来賓のオーディン殿の関係者ですか? なら、ここは男子用トイレだ…………女子用ならば向かいにある」

 

――――居ない。 さっきまでそこに居たはずのナインが。

彼が居たはずの場所には、警備の男性悪魔が何の気無しで立っているのだ。

 

「やれやれ」

 

パタン。 扉が閉じられ、完全に鍵がかけられた音に反応し、男性悪魔はすぐに振り返った。

 

「お……お前、は!」

 

肩を揺らして笑うナインを見て、男性悪魔は息を呑む。

 

「でも良かった。 冥界の警備員が、一人で来る勇者で」

「お前は、紅蓮の錬金術師!? この会場でなにをし――――」

 

 

 

―――――蹴り一閃。

 

 

 

 

槍を構えた男性悪魔が言い終えるその前に、ナインは大きく身を翻しながら回し蹴りを繰り出していた。

鋭く、しかし確かな重厚な音とともに風が切られた。

 

その蹴りの技術の速度、威力――――電光石火と疾風怒濤を合わせたような強烈な脚技である。

 

瞬時に床に片手を付き、その勢いで軸を中心に高速に回転させて喰らわせる――――それ必殺。 それがもたらしたものは、先ほどの首無しの死体の意味をロスヴァイセにすぐに理解させた。

 

「気の毒だねぇ」

 

遅れて噴き上がる血風とともに、首から上を失った男性悪魔の胴体は天井を仰ぎながら倒れる。

ドチャリ。 胴体の上にその首が落下した。

 

文字通りの首狩り技。

ロスヴァイセは、消え行く男性悪魔から目を逸らす。

 

「…………け、蹴りで首を?」

 

ロスヴァイセを横目に、ナインは扉の鍵に念入りに”手を入れ”て強化する。

 

そんな彼を見て、一種の畏怖を覚えた。

いまの蹴りは人間業か? いや、まともな精神で使えるような業じゃない。

 

この男は、たった一撃の蹴りで悪魔の首を刈り飛ばしたというのか。

まさに暗殺拳。 どれだけの力の蹴りで首が飛ぶのだ? 理解不能だ。

 

「練り上げれば蹴りでも骨を断てるし肉も切り裂けるんだよ」

 

言うや否や、ナインは無造作に置いた手で錬成を始めていた。

 

数十条の雷とともに、爆発の鼓動が男子トイレに立ち込め始める。

外観は変わらないものの、異常に張り詰めた空間に変貌していくのをロスヴァイセは総身に感じていた。 汗が止まらない。

 

すでに、ここはナインの手によって錬成されているのだ。

 

「脱出は窓からで…………ロスヴァイセさん?」

 

欲しかったのは人並みの幸せ。 素敵な男性と巡り合い、ロマンチックな生を送るのがロスヴァイセの願い。 いや、願いなどと大それたものじゃない。 やろうと思えば掴めるはずの人生だ。

 

だから、

 

「ナインさん……やはりあなたは悪です」

 

窓の鍵に手を掛けたナインの動きが止まる。

 

「…………」

「罪も無い者を殺め、それを嬉々として行う修羅のごとき所業…………!」

 

ロスヴァイセにとって初めて男性に胸の高鳴りを教えたのはナイン自身。 戦う姿は格好良かった。 笑った顔も…………。

しかし浅はかすぎたその考え。

 

「…………」

 

ルックスも悪くない、頭も良い。 だが、決定的に欠けているものがナインにあったのだ。

それは、常人の心。

 

「私はもう、あなたには付いていけません」

「…………そうかい」

 

開けた窓から入る風が二人に吹く。 ナインが窓の淵に立った。

 

「じゃあ、ここでお別れだ」

 

もともとこの作戦の中には、ロスヴァイセを解放することも入っていた。

それでも、ロスヴァイセがもし付いてくることを選択していたならそれも有りだというナインの考えだった。

 

「まぁでも、私は割とあなたのことを気に入っていたのですがね」

「~~~~!」

 

嬉しい。 どうしても赤面してしまうのはロスヴァイセの女としての性だ。

俯いた頭からは湯気が上がって耳をも朱に染められる。

 

「あなたは頭が良い。 私が出会ってきた女性の中ではダントツにね――――そして果てしなく真面目だ。 頭にバカを置いてもいいくらいにね」

「ば…………『バカ』……!?」

 

にやりと笑ったようなナインの顔が、ロスヴァイセの位置から微かに見えた。

 

「あなたは誰からも愛される人ですね」

「…………」

「嫌われてたから分かるんだよそういうのはさ、へへっ。 真面目な人っていうのはどこでも好かれるんじゃないかな」

 

真面目に、実直に生きてきたロスヴァイセ。 なるほど確かに、そんな彼女は誰とでも付き合って行けるのだろう。

 

しかし、そういった生き方自体が常人の枠から外れているため、真面目とも、その真逆とも断言し難いのがナイン・ジルハードという人物である。

 

この男と相性が良いのはやはり、凝り固まった考えをしない者。 強いて喩えるならば、正義と悪という定義が定まっていないいわゆるアウトローな性格の者なのだろう。

 

ロスヴァイセは――――常の人なのでナインとは相容れなかった。 それだけのこと。

しかし未練は全く無いと言えばウソになる。

 

そんな、涙を目に浮かべるロスヴァイセは、顔を振って一拍置いたあと、ナインに遅れて窓から地上に飛び降りた。

 

瞬間、爆発。

 

凄まじい爆音を轟かせ、男子トイレのあった場所が吹き飛んだ。 次いで、呑み込むように起こる連鎖爆破。

相変わらず派手目なボムテクニックである。

 

湧き立つ爆発の煙を不安そうに眺めるロスヴァイセは、歯ぎしりをした…………なにに、とはこの際言うまい。

 

「佳い男性が見つかるといいですね」

 

ふとしたところに、ポン、と肩を叩かれた。

完全に…………不意打ちだった。

 

「………………」

 

また……まただ。

先ほどの飛び降りで引いた涙が再び溢れ、ロスヴァイセの碧眼を揺らし始めた。

 

隣にいた紅蓮の男は、もう居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――時は遡り、ナインによる錬成爆破前の出来事。

相も変わらず賑わう会場内で、一誠が落ち着かない様子でリアスに話していた。

 

「――――小猫ちゃんが変なんです」

 

このパーティの最中に、リアスの眷属である塔城小猫が突然、会場の外に一人で出て行ってしまったためだ。 それが単なる気分転換ならば気に留める必要もなかったのだが。

 

その出て行く様子を見ていた一誠は、彼女の真剣な表情から、ただならぬものを感じていた。

 

(昨日、部長のお母さんから小猫ちゃんのことを聞かされなかったらきっとスルーしちゃってたんだろう。 聞けて良かった!)

 

「…………気になったのね。 分かったわ、私も行く」

 

 

 

 

 

 

 

 

備え付けのエレベータで一階まで降りた二人は、小猫の捜索にあたった。

リアスは使い魔のコウモリで辺りを探索。

 

一誠は近くにいる悪魔に聞き込みを始めていた。

 

何人目かで、彼女――――小猫らしき特徴の悪魔が外に出たという目撃情報があった。

 

「小猫ちゃんがあんなに真剣な表情になる程の者って…………」

 

一誠は考え込む。 普段から表情を崩さない小猫にはかなり珍しいことなのだろう。

すると、戻ってきた使い魔のコウモリに、リアスは頷いた。 一誠に目配せをすると、口を開く。

 

「見付けたみたいね。 ホテル周辺の森にあの子は入って行ったみたい」

 

急いで森の中に入って行った。

こんなにも木々が生い茂って、さらに人気も無い場所に彼女は何の用で入り込んだのだろう。

 

「あ、あれ!」

 

そんな疑問を抱きながら走りぬけていくと、ついに見知った後ろ姿を見付けた。

 

「久しぶりね」

「…………」

 

声は木の上からした。 小猫はその声の主を見上げると、驚いたように全身を震わせる。

視界に入らぬよう、一誠とリアスは大きな木の影に身を隠した。

 

「どうして…………黒歌姉さま」

「ふふっ驚いちゃって可愛い。 そうよ、お姉ちゃんよ白音」

 

聞き覚えの無い名に一誠は訝る。

 

「会場に紛れ込ませたこの黒猫一匹でここまで来てくれるなんてねぇ。 嬉しいにゃー」

 

妖艶に笑うと、木の上から飛び降りる。

彼女こそ、塔城小猫の唯一無二の姉、黒歌。 一誠やリアスの面識は勿論無いが、小猫と彼女のやり取りで合点がいった。

 

――――あれが小猫の姉、SS級はぐれ悪魔の”猫魈”黒歌なのだと。

 

「ね、白音。 突然だけど、お姉ちゃんのお願い聞いてくれるかしら」

「…………」

 

無言を肯定の返事と勝手に解釈した黒歌は、可愛くウィンクした。

 

「私たちのリーダーがあなたの力を欲しがってる」

「何のために」

「そりゃね…………戦力増強のため」

「ふざけないでください!」

「ふざけてなんてないにゃーホントのことだにゃー」

 

言葉とは裏腹なおどけた態度に、小猫はむっとする。 

 

「いやいや、それがホントにふざけてないんだってばよぉグレモリー眷属」

「!」

 

森の奥…………闇夜から姿を現わしたのは美猴。 黒歌と同行していたこの男も、小猫と対峙する形となった。

次いで、美猴はにやにやしながら近くの木陰に向かって声をかける。

 

「それで気配を消してるつもりかい? グレモリーの。 無駄だって、俺っちや黒歌みたく仙術知ってると気の流れの少しの変化でだいたい分かるんだよ」

「くそ――――っ」

 

隠れても無駄、その通告に、潔く姿を現わす一誠とリアス。 修行によってある程度気配を消して接敵することには自信があったのに、こうも簡単に気づかれるとは。

一誠は少し悔しそうに歯噛みした。 しかし、そんな一誠の心中を読んだがごとく美猴は快活に笑い飛ばした。

 

「いくらか強くなったみたいだけどねぃ、赤龍帝。 けど、もっと頑張らねぇとね――――ナインはもっとヤバいんだ」

「やっぱり、いまでもナインとヴァーリは手を取り合っているのね」

 

 

目を細めてリアスがそう美猴に言い放つ。

 

あのとき、会談の日。

ヴァーリがナインを勧誘し、それにナインが乗ったところはこの目で見た。 が、リアスにとってナインとは、独立した……いわば一匹狼の印象が強く残っていたため、あのまま誰かとともに行動しているとは考えづらかった。

 

すると黒歌は、自慢気にその大きな胸を張った。 まるで自分の事の様に、いつか性的に食べてしまいたいとさえ思っている男を想い浮かべて一人充足感に浸る。

 

「話してみれば意外と普通のことも話せるのよ、ナインは。 まぁもっとも、あなたみたいな型に嵌ったいいとこのお嬢様じゃあ付いていけないのも当然ね」

「こんなこと言ってるが、こいつも最初はアイツのキャラにだいぶ戸惑ってたんだぜ?」

「うっさい、お黙りにゃん美猴!」

 

ビィシ! にやけた美猴の鼻っ柱を指ではじく。

 

「…………ナインのヤツ、こっちで女子二人が傷心中だってのに、あんなエロ…………じゃなかった、ナイスバディなお姉さんと仲良しなのかよ! 許せねえ!」

 

女子二人…………あの二人に関しては、実際のところは一方通行の恋だったためこの場に無きナインには知ったことではないが。

まぁ、一誠はいままでそんな複数の女性に好意を寄せられたり仲良くなったりという経験がなかったため、そうポンポンと美少女をとっかえひっかえ傍にはべらす男を見れば本能的に許せぬところが出てくるのだろう。

 

「もう、イッセー、真面目に!」

 

だがやはり場違いな話ゆえに、主であるリアス・グレモリーがビシっと諌めた。

 

「はっ、すいません部長! お、おう! ヴァーリの差し金だかなんだか知らねえが、小猫ちゃんは大事な仲間なんだ、いくら実姉でも、本人が嫌だと言うのを無理やりに連れて行くのは見過ごせねえ!」

「へぇ、言うじゃない」

 

一変した。

 

黒歌はそう妖艶に、しかし先ほどよりも危険な色香を帯びた雰囲気で一誠を細めた目で睨み付ける。

彼の背筋に寒気が走る。

 

やはり、彼女はいままでとは別格だ。

 

「白音を渡さないんならこっちも力づくでいかせてもらうわね」

 

しかし、彼女の言葉に一誠に何かが引っ掛かる。

 

「白音を上級悪魔様なんかにはあげないにゃー」

 

これだ。 さっきからの違和感はこれだった。

自分たちが呼ぶ仲間の名前とは違った名で呼び続ける、その”忌名”とも言うべき事柄。

 

「さっきから白音白音って…………。 この子の名前はそんな名じゃない!」

「先輩…………」

 

先ほどからぶるぶると震えていた小猫が、一誠の言葉で止まる。

すると、リアスも続いて、しかし静かにその視線は黒歌を見詰め貫いた。

 

「そうよ、この子の名前は塔城小猫。 私の可愛い眷属…………。 黒歌、あなたは自分がこの子に何をしたか覚えているはずよ!」

「!」

 

猫魈…………仙術を扱える妖魔の中ではトップクラスの技術者が猫又の上位互換だ。 しかし、その強大過ぎる力は術者を狂わせる。

 

「うっさいわね…………」

『その上級悪魔を殺さなければ自由になれなかったのでしょう?』

 

ナインの言ったことが脳裏を過る。

そうだ、何も知らないくせに。

 

『なら、それはきっと正解だった』

「小猫がどんな思いでいままで生きて来たか分かる? 黒歌、あなたはこの子を怖がらせたまま姿を消した!」

『妹さんを見捨てたのも、きっと正解だった』

 

そうしなければ、きっと今以上に彼女を怖がらせてしまったから。

リアスの言わんとしていることは解る。 けど遣る瀬無い。

その瞬間、黒歌の感情が爆発した――――

 

「分かってるわよそんなこと! でも、そうするしかないじゃない! 誰も助けてくれない、全部アイツの言いなり! あのままじゃ私も白音もダメになってたのよ? だったら、暴走するのは片方だけの方がいいじゃない!」

「ね、姉さま…………」

「――――私を狂わせたのは、あなたたちの方じゃない! 悪魔!」

 

沈黙。 肩で息をする黒歌は、息を大きく吐くともう一度リアスたちを睨んだ。

 

「最後通告――――白音をこっちに渡して!」

 

リアスは、黒歌の怒涛の叫びに怯むも、負けじと体を奮い立たせる。

 

「それだけはできないわ――――そんなに小猫と一緒に居たいなら、あなたが来ればいい!」

「そっちに私が行ったって捕まるだけ」

「私がお兄さまに掛けあう!」

「だから――――そういうのが甘いって言ってんのよお嬢様! 権力で何とでもなると思ってるの?」

 

ボンっと、リアスの足元に黒歌の術式で練られた気弾が着弾する。

もうこうなったら戦うしか道は無い。 このまま話をしても平行線だろう。

 

「やるしかないのね」

「部長…………俺がやります」

「イッセー…………」

 

相手は黒歌と美猴。

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)」を発動させ、戦闘態勢に入る一誠。

構えた、そのとき。

 

「なんだかんだで戦闘に入ったが……さて、俺もひと暴れするかねぃ――――って、うぉっ!」

 

――――大震動。 同時に地鳴りと轟音が波紋となって広がっていく。

 

その場にいる全員が、その爆破震動でよろめいていた。

 

こんな森の奥にまで反響する衝撃からして、その爆発力が凄まじいことが手に取る様にわかった。

すると、リアスは会場の方を見て声を上げた。

 

「会場の方からだわ…………!」

 

部分的爆破ではあるが、建造物をまるで達磨落としのように根こそぎぶっ飛ばして崩壊させる爆破テロの如き所業。 否、それが比喩ではないことは、目の前にいる黒猫と猿で分かっていた。

 

「なんだ、いまの地鳴り…………って、な――――会場が!」

 

こんなに派手にやるのはアイツしかいない。

しかし横を見ると、意外にも美猴と黒歌の二人も苦笑い。

 

「……………………あそこってよ、かなり強めの結界張ってるはずだよな」

「にゃー…………会場に張られている結界ごと吹き飛ばしたわよ、いまの爆発。 破られるのが見えたわ」

 

魔王、他にも他勢力の重鎮が幾人か集った今回のパーティ集会。 無論のこと並ではない強力な防護結界が張り巡らされている。

それをも打ち破る超爆破――――もはや疑うべくもない。

 

「イッセー!」

「はい、部長!」

「お?」

「にゃ?」

 

感心する黒歌、美猴の二人に対して臨戦態勢に入る一誠とリアス。

黒歌はその行動に、青臭さと可愛らしさを重ねてクスクスと肩を揺らす。

 

「会場に戻りたい? でもだめ、白音を渡してからよ」

「―――――どす黒いオーラを感じるな、招かざる客のようだ」

「!」

 

低く、若干渋めの声音が辺りに響いて来た。 その時、なにかの巨影がその場を覆った。

 

「おっさん!」

「あれは…………」

 

見上げると、大きな翼を羽ばたかせ飛行する巨大な生物――――ドラゴン。

見紛う事はないだろうこの重圧。

 

「ありゃ、元龍王の『魔龍皇(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』のタンニーンだ。 やっべ、テンション上がって来たぜぃ――――筋斗雲!」

「あちょっと美猴!」

 

龍と孫悟空。 並べば絵になるであろう夢の競演ゆえか。

黒歌の横にいた美猴は歓喜の声を上げ、金色の雲で空を滑る――――その、突如出現したドラゴン――――タンニーンのもとに文字通り飛来して行ってしまった。

 

黒歌は相方の堪え性の無さに溜息交じりで目の前の二人と対峙する。

――――やっぱりナインが良かった。 などと後悔先に立たずな彼女は、くるくると指を振った。

 

さり気の無い動き。 実戦経験の少ない一誠とリアスは、その後の異変に気付くことができなかった。

 

「くっ…………これは…………っ」

 

リアスと小猫が膝から崩れ落ちる。 一誠は驚き、リアスを抱き止める。

 

「何を…………しやがった?」

「悪魔に有効な毒の霧…………あなたはドラゴンだから効かないみたいね」

 

気付けば、自分の周りが薄暗い霧に覆われているのが一誠には分かった。 これも仙術の一端であるというなら、トんだ曲者であるだろう。

 

グレモリー眷属側は、一気に二人も行動不能となってしまった。

しかし、これでやっと数が合った。 そう満足そうに黒歌は一誠と対峙する。

 

上空では美猴とタンニーン。

ここでは黒歌と一誠が激突しようとしていた。

 

「部長はここに居てください――――小猫ちゃんのお姉さんは、俺に任せてください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一様に戦闘のゴングが鳴った。 その戦いを、息を荒くする小猫を撫でながらリアスは見ていた。

しかし、嫌な予感はある。

 

上空のタンニーンはともかく、一誠は禁手(バランスブレイカー)になれていないため、状況は不利に近い。

 

「イッセー……持ち堪えて!」

 

故郷であるこの冥界に帰ってきてから、タンニーンと修行に励んでいた一誠だが、辛くも禁手化(バランスブレイク)までには至らなかったのだ。

 

「小猫…………」

 

それもあるがこの子もだ。 黒歌との再会によって、先ほどから小猫の体調も芳しくない。 彼女の姉の毒の霧にあてられたのもあるが、やはりそれ以上に過去のトラウマの発現だろう。 想像絶するものだ。

 

「…………」

 

自分たちはこうして戦闘の範囲外に出て遠目から見守るしかないのだと、悔しく歯噛みをするリアス。

自慢の滅びの力もいまは意味も成さない。 体力だけが奪われ、動けないことを悔やむ気持ちが燻るばかりだ。

 

と、小猫が制服の袖を引っ張っていることに気づく。

 

「部長…………」

「ん、なぁに小猫?」

「私は、本当にここに居てもいいのでしょうか」

 

未だ怯えた様子の彼女の言葉をリアスは、いまここに居ていいのかという意味ではなく、現在の、リアスの眷属としていていいのかという問いだということにすぐに気づいた。

 

「当たり前じゃない、あなたは私の大切な愛しい眷属なのよ、どうしたの?」

 

すると、涙混じりに彼女は俯く。

 

「姉さまがあんなに叫ぶことなんて、滅多にないんです」

「――――――」

『――――私を狂わせたのは、あなたたちの方じゃない、悪魔!』

 

この鬼畜と、悪魔と。 自分たちはそういう存在なのに、あのとき黒歌が叫んだ悪魔という呼び方には明確な罵倒の意味が込められていた。 世間一般で言う、一般認識である”悪魔”という、本当の意味での悪しき魔物と言われているような気さえした。

 

「もしかしたら、一度黒歌姉さまと話した方がいいんじゃないかって」

「それはダメ。 テロリストにあなただけを渡すわけにはいかないわ」

 

肉親の、しかも姉妹同士の仲が悪いのは哀れむべきこと。 自分も下の妹だからこそ分かる痛みだ。

もし自分がサーゼクスとそんな忌むべき仲だったなら、もう一度その仲を修復できないか必死に考えたことだろう。

 

だが、だがやはり。

 

「黒歌だけでも警戒を解くわけにいかないのに、彼女の周りには…………」

 

戦闘狂の白龍皇。

自由人な闘戦勝仏。

人間から逸脱した錬金術師。

 

誰も彼も、一癖も二癖もある者たちが居る。

 

「――――そんな渦中に、可愛い下僕を放り込むわけにはいかないよねぇ」

「!」

「私的には動かないで欲しいなぁ」

 

この声音、雰囲気。 ねっとりしたような余裕すら含んだ喋り口調。

いままで気づけなかった。

 

一誠と黒歌の戦いを遠目にしたままそのすぐ背後にいる者の言葉に従うリアス。

小猫も静止したまま、しかし冷えた汗を頬に垂らす。

 

「ナイン――――」

「――――やぁ。 やっぱりそう遠くない内にお会いしましたね、リアス・グレモリーさん」

 

完全に背後を取られている。

 

「にしても、黒歌さんも素直じゃないなぁ。 そうは思わないですか、塔城さん」

 

そう言うと、横からぬっとナインが顔を覗かせた。 相変わらず底冷えした笑みを浮かべている。

まずい、抵抗しようものなら問答無用で仕留めに来る眼だ、これは。

 

しかもこの状況で、この距離でこの男を出し抜くのは無理難題だ。

まるで、両肩を押さえ付けられているような感覚すらしていた。

 

「パーティ会場のあの爆発は、やはり貴方の仕業ね」

「おっしゃる通りで」

「言っておくけれど、どんなに脅したって無駄よ。 小猫は渡せない」

 

そう凄むと、ナインは手を振って笑いながらそれを否定する。

 

「やぁ、脅すつもりなんてないですよ」

「それじゃあ、何が目的なの」

「塔城小猫さんの捕縛」

「っ!」

 

その瞬間、どす黒い魔力の弾がリアスの手から放たれた。

しかし、それを予見していたようにナインは身軽にジャンプ、瞬く間にリアスの真正面に降り立った。

 

「いきなりそりゃないでしょう」

「くっ…………」

 

彼女の細く白魚のような腕がナインに掴まれ完全に拘束された。 速さも力も、この男に敵うべくもない。

 

「なに、私にしてはちょっとした酔狂に付き合ってあげるだけだ。 ヴァーリが彼女の力を欲しているとは言っても、無理矢理に従わせたり洗脳したりするような男ではありません。 ただ、他が許すか」

「ほ、他…………?」

「そう、他」

「一体…………」

 

それはね、とナインはリアスの躰を拘束から解放した。 自分の腕をさするリアスに、ニヤリと笑みを向ける。

 

「ヴァーリではなく、他の派閥の者が彼女を欲したときが危険なのだ。 いくら単独行動を許されているヴァーリチームとはいえ、『禍の団(カオス・ブリゲード)』という組織に属する以上そういったことは絶対起こるのだ」

「それも兼ねて、私はさっきから大反対しているのだけれど?」

 

むっと、再び強気を取り戻したリアスが鋭い目つきでナインを見詰めた。

 

「それだ。 要は、ヴァーリチームでだけでその娘を扱うなら危険はない」

「そうとは限らない!」

 

思わず大声を出すリアスに、ナインはその口元に人差し指を付けて押し黙らせた。 手の平で強引に塞ごうとしないのはナインなりの女性への配慮であろう。

 

しかし、リアスはその手を払いのける。

 

「あなたは下衆ではないけど悪党よ。 信じられると思う?」

「私はウソで他人を傷つける輩は総じて小者だと思っています」

「う…………」

 

会談でのイリナの例もある。 そのときのナインの裏切りは、ミカエルがイリナに、ナインの裏切りの告知を事前にしたことを聞いていたため、その場の全員が全く知らないことというわけではなかったのだ。

 

変なところで律儀なのだ、この男は。 それにはリアスもぐうの音は出ず、肩を落として黙り込んでしまう。

するとナインは、次に小猫に話しかけた。

 

「あなたの姉に夜の相手をさせられているナインです」

「え――――!」

「ウソです」

「…………」

 

滅茶苦茶に眉間にしわを寄せてナインを睨み付ける小猫。

 

「傷つきましたか?」

「いえ。 でも、からかわれた気がして不愉快です」

「それは良かった」

「良くありません!」

 

ガルル、と猫なのに、さらにナインに掴みかかる。

 

「まぁ、半分は本当なんですけどね」

「もう騙されません」

 

口をへの字する小猫に、ナインは笑って、残念とコメントした。

…………少し先は木々倒れる戦場と化しているのに、ここだけは静かだ。

 

すると、数秒の沈黙を小猫が破った。

 

「姉さまと仲が良いんですね」

「? ん、まぁね」

「その様子だと、全部聞いたみたいですが」

「ん」

 

ポケットに手を突っ込み、ぶっきら棒に頷いてみせるナインに小猫は俯く。

何を思うのか。

 

何も、初めから姉に恐怖心を抱いていたわけでは無い。 ごく普通に仲良く暮らしていた姉妹。

それがこんな仲になってしまうのだから運命とは残酷だ。 仕えた主を間違えたことは、黒歌はもちろん、小猫にとっても人生最大の不覚というべきものだろう。

 

もう治せない傷。 もう取り戻せない姉妹仲。

そう思っている。 一生この傷を背負って生きていくのだと、小猫はその点に関してだけはすべてを理解していた。

 

「塔城さん」

 

だから、だからせめてこれからは楽しく慎ましく生きて行こう。 たまにその古傷に触れてしまうときがあるけれど、それはリアスや他の眷属の仲間たちと楽しく過ごして忘れて行こう。 そう思っていた。

 

しかし、その生き方を否だという男が、酔狂というふざけた理由で干渉しようとしていた。 迷える少女の背を押す。

酔狂…………であろうとも、その声音は冷徹でしかし明確な言葉で核心を突く。

 

「あなたは生きてて何が楽しい」




おっもうすぐクリスマスか。 と思い、急に「この作品でクリスマス番外イベント作りたいっっ――――」といきなり閃いた作者です。

本当にいきなりだった。 でもよく考えたら原作でもちゃんとクリスマスあるじゃんと気づいて滅茶苦茶落胆した(それほどでもなかった)

黒歌サンタにプレゼント(意味深)もらいたいなぁ。

あ、今回も少し長文なので誤字脱字ございましたらお願いします。 確認はしてるんだけどどうしても一、二か所出て来てしまうのです、お恥ずかしい。


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36発目 創造の錬金術師

「あなたは生きてて何が楽しい」

 

失笑――――小鳥の囀りでもそうするかのように、ナインは小猫を見下ろした。

 

姉を思い、すすり泣き、でもその姉が怖くて、幼少の古傷に触るのが堪らなく痛そうで。

それでも、この目の前の男はそんな質問をしてきた。

 

楽しいよ、楽しいです。 何の不自由もなく、拾ってくれた主に可愛がられ、人並に学校に通い、楽しい仲間にも囲まれて――――。

 

「っ――――嫌っ!」

 

小猫は頭を抱えて悶えだす。 考えたいけど考えたくない忌々しく悲しい記憶が後から後から甦る。 そう、楽しい現在(いま)のあとに、口直しの真逆となって彼女の気持ちを叩きのめす。

 

――――いまになって掘り起こそうとして来る。 堪らなくなった小猫は、ナインに向かって拳を突き出した。

 

「やれやれ、あなたたちの主人は、どうしてこう過去の旧い生傷を放置しておくのか」

 

小猫の腕を掴んで止めたナインが、後ろに居るリアスに向かってそうぼやく。

 

「放置って…………」

「塔城さん以外にも、これに近い深い傷を最近見たことがある」

「それ……は――――」

 

リアスが息を呑むと、ナインが真顔で呟いた。

 

「姫島朱乃さんが抱える、己が血への憎悪と怖れだ。 塔城さんのこれはそれに非常によく似ている」 

 

人間と堕天使の間に産まれた血。 さらに悪魔ともなった矛盾の存在。

ナインは続けた。

 

「隠し、目を背け、逃げてどうするんだい?」

「どうするって…………」

 

その質問に、小猫は少し戸惑う。 怯えたような瞳で見上げる彼女を見て、リアスはナインと彼女の間に割って入った。

 

「無理矢理に治そうとしても治せないのよ!? この子の傷は!」

「私は彼女に、『どうする』とそう聞いているだけだ。 別に治したくなきゃ治さなくてもいいんだろうし、私もそこまで世話好きじゃないよ、もう姫島さんには言っているしね――――これ以上は正直面倒だ」

 

朱乃のときは忠告をしてやったが、本人の言う通りナインは他人に無償で何かしてやるほど殊勝ではないし節介ではない。

だから聞くだけだ。

 

「――――知的好奇心かな。 その痛々しい傷をこさえたままどこまで歩けるのか見物というだけだ」

「この――――!」

 

これが本心というなら、なんという悪趣味な男だろうか。 さすがのリアスも頭に血が昇り始める。

 

「そういう、過去の雑念を残したまま、これからの人生やっていけるのか」

 

隠れて、隠して。 自分の奥底に眠る心の暗部と向き合いもせず、触れもせず。 そういう後ろめたい(・・・・・)ものを背負ったままの者がまともな人生を歩めるとでも?

 

――――否である。

 

「で、現在(いま)、楽しいですか?」

「う――――ぷっ」

「小猫!」

 

小さく肩を揺らして笑うナイン。

フラッシュバックする過去の記憶が吐き気を覚えさせる。 小猫の体を受け止めたリアスは、怒りの形相で今も含み笑う男を睨み付けた。

 

「あなたね――――!」

「そうやって逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて―――――つまらなくなりそうな人生だ。 だから聞いたんですよ、生きてて楽しいかってさぁ」

 

容赦の無い言及。 

何年経っても決着(ケリ)を付けない小猫を糾弾するような口ぶりでナインは笑う。

 

「――――まぁこれ以上はいいや。 説教はするのもされるのも嫌いですからね」

 

ガラじゃないしね とおどける。 そして、助けあうように抱き合うリアスと小猫を見遣ったナインは鼻で笑った。

 

最初からこの者たちには興味など微塵も無いのだ。

ただ、仮にもいままで相方として付き合って来ていた黒歌にも、何か協力してやることもやぶさかではないと思っていた。

 

何事にも前進しようとしている者に対しては敵味方関係無しに無言で手を差し伸べるのがこの男の性質であり、趣味の一つであるのだから。

 

しかしこの通り時間は無限には無い。 自分たちは敵同士なのだからそれは当然――――もたついていると会場から増援が来る怖れもある――――冥界上層部との衝突は避けたい。

 

「ここまでしても前へ進もうとしないのならここも退き際かぁ――――ヴァーリや黒歌さんにも断念してもらうしかありませんね」

 

致し方なし。 しかしまったく残念そうに見えない無表情の棒読みだ。

立ち上がるナインは、黒歌と一誠が戦う方へ体を向けた。

 

「まったく――――こんなに早く退却なんてしたらあの二人、欲求不満で何するか分からないなぁ」

 

自分のことは棚に上げ、黒歌と美猴の退却後の素行を懸念するナイン。 靴をコンコンと入れ直して――――

 

「ま、待ってください…………」

「―――――!」

 

そうその場から移ろうとして歩き出したナインの黒いローブを掴み、引き止める者がいた。

ローブの中の赤いスーツのポケットに両手を入れたナインは、背後にいる小さな影に、彼女――――塔城小猫を感じていた。

 

「どうしたのさぁ、子供は帰って寝なよ」

 

実際には一つしか変わらない歳だが、ナインにとっては、これと同じ境遇である朱乃も年下の小娘にしか見えていない。 ゆえに、いまの小猫はそれ以上に幼く見えた。

 

何もかも忘れて捨てるなら、ああいいだろう。 与えられるだけの人生が如何に不毛で惨めか、文字通りその身を持って知るがいい。

底冷える冷笑は何も言わずともそれを代弁する。

 

小猫はこのとき、目の前のこの男が恐ろしい怪物に見えた。

そんな怪物を引き止めるなんて、さっきの自分はどうかしていたのだろう。

 

しかし、怯えたがその手に掴むナインのローブは離さない。

それどころか、その掴んだローブを支えに身を起こしていた。

 

「…………お願いします。 私は、そちらに行きます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぐに負傷者を運べ! 動ける警備隊員は会場の外を全面封鎖、急げ!」

「はっ!」

 

警備の男性悪魔数人が瞬く間に散開していく。 そう迅速に下知を下したのは現四大魔王の一人、サーゼクス。

いつもは優雅な笑みも、いまは燃えるような紅髪をさらに赤く滾らせて静かな怒りに震えていた。

 

突如として起きた爆破テロは、パーティを文字通り滅茶苦茶にしていた。

他勢力からの重鎮も招待していることから見て、この騒ぎは今年一番の冥界政府の不覚と言える。

 

「サーゼクスさま!」

「なんだ」

 

しかし冷静にサーゼクスは対応する。 他の者たちが右往左往する中、自分までもがその悪い流れに乗ってしまっては統率者失格だ。

 

「その…………」

 

だが、警備の男性悪魔の歯切れが悪い。 訝しげに片眉を上げるサーゼクスはいま一歩、今度は自らその悪魔に歩み寄る。

すると、青ざめた顔をして耳打ちをしてきた。

 

「なに…………!」

「ただいま、治癒魔法を使える者を動員していますが――――どういうわけか傷の治りが非常に遅いのです。 さらに、若手悪魔数人もこの爆撃によって負傷しております」

「分かった、退がっていいぞ。 この混乱の中、よくそれに気づいた。 君も他と同じく周囲を警戒してくれ――――第二波が来るかもわからん」

「はっ!」

 

どういうことだ、爆発による損害は思ったより軽微だったはず。

このパーティにはレーティングゲームでも有力な者たちも集まっていた、すなわち並み以上の治癒術師が多数いるのに、それが滞っている?

 

少し唸るサーゼクス。 そこに、黒い翼が颯爽と舞い降りた。

 

二人の、堕天使。

 

「サーゼクス、ひとまず俺んとこの兵隊も警備と負傷者運搬にあたらせた」

 

アザゼルだ。 その横には、それよりも大柄で、厳格そうな顔立ちと筋肉質な肉体が目立つ男性が巌のごとく静かに佇んでいた。

 

「バラキエル、オーディンのジジイはいいのか?」

「うむ、『自分はよいから、事態を収拾してこい』とな」

 

すると、アザゼルは舌を打つ。

 

「けっ、自分は高見の見物かよ。 良い身分だぜ、田舎クソジジイ」

「お、おいアザゼル…………」

 

上が緩ければ、自然と下の者たちは真面目なのが特徴的な堕天使勢力。

しかしこれに至っては度が過ぎている。 アザゼルが緩すぎるせいで他、周りの重鎮たちがガチガチの堅物なのだ。

 

「しかしまぁ、やりもやったりナインの野郎」

 

オーディンについて悪態を吐いたそのままの表情でアザゼルは息を吐いた。 サーゼクスが顔をしかめる。

 

「やはり彼か…………」

「あんな滅茶苦茶にぶっ飛ばせる爆発力はあいつしかいねぇしやらねぇよ。 現にさっき、ミカエルが僅かに錬成痕を発見した」

「錬成痕?」

 

疑問符を頭上に浮かべるサーゼクスに、アザゼルは答える。

 

「錬金術を行使したときに生じる『痕』なんだってよ。 俺もさっきあいつから聞いて初めて知ったんだ。 いままで神器(セイクリッド・ギア)にしか俺ぁ興味無かったからな」

「私もだよ。 錬金術など、冥界では見向きもされない――――ほとんどが魔術、魔法で賄えてしまうからね…………」

「だが、オーディンのジジイが言うには…………ナインの錬金術には意志が宿ってるとか訳分からんこと言ってたぜ。 そのせいで無茶苦茶な錬成を行使できるとかなんとか」

 

爆弾錬成のみに特化した錬金術。

 

「つか、能力に意志なんて宿るのかね、それこそ神器じゃあるめぇし」

 

赤龍帝ドライグ然り、白龍皇アルビオン然り。 その他にも、神器(セイクリッド・ギア)に意志が存在するものが多々ある。 主に神滅具(ロンギヌス)クラスの神器に宿っているが、そのベースは大昔の生命体を封印したために生じる残滓のようなものだ。

 

錬金術という能力自体が何らかの生命体を宿していない限り、意志が存在するなど理論上有り得ないことなのだ。

だが、北欧の主神オーディンはそう揶揄している――――謎だ。

 

アザゼルが笑って手を振った。

 

「まぁ、そういうオカルトを半世紀前のアイツの母国はやってきてんだから、”もしかしたら”ってのもあるかもねぇ。 アーネンエルベも怪しいってミカエルが言ってたしよ」

「第三帝国の遺産という可能性か…………」

「当時はミカエルもなかなか手を焼いた国だったらしいぜ。 教会の修めるあらゆる神秘を、信仰と引き換えに寄越せとか言いたい放題」

 

第二次大戦で第三帝国のとった戦法は、神秘に頼る事だった。 戦争の裏で超能力者などの超人を作り上げると言う馬鹿げた研究をおこなってきた。 人の手で超人を作ることなどできるはずが無いのに…………。

 

この極東の島国――――日本もかなり迷走していた時代だ。 日本帝国主義という、戦争推進派が幅を利かせていた頃、祈祷や占星などで敵国の要人を呪い殺そうと考える等々、およそ現実的で正気とは思えない狂気に満ちていた。

 

では、それと同等の、いや、それ以上の狂気を抱えていた彼の国にも、そういった馬鹿げた理論を継承する者が現代に存在するというのか? ナインがそうだとしたらあるいは、彼の使う錬金術にも、変な話ではあるが説明は付くだろう。

 

「………………こんだけ調べてもまだ底が見えねぇなんて、人間てのはこんなに濃いもんだったかぁ?」

「いや、ナイン(かれ)が特別だ。 彼はたった十数年で色々な経験をし過ぎている――――単に言うと、貪欲なのだろう、現代の人間には考えられん速度で知識をかき集めているよ彼は」

 

難しい顔をして考え込む二大勢力の面々。 だが、アザゼルがその沈黙を破った。

 

「…………分からねぇことを考えたって仕方がねぇ。 いまはこの場をなんとかしちまおうぜ」

「…………『常軌を逸した思い込みは、現実をも曲げかねない』…………か。 オーディン殿……彼は一体どこに進んでいると言うのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小猫!」

 

叫ぶリアスに後ろ髪を引っ張られながら、銀髪の少女―――塔城小猫はナインの側に歩いていく。

事ここに至れり――――思惑通りに標的をこちらに付かせることに成功したナインは、細く大きく口元を割らせた。

 

「ではこちらに」

「はい…………」

 

まるで現実から逃れるように、ナインの後ろに付いた。

悲壮感を帯びた彼女の表情がリアスを激昂させる。

彼女も必死なのだ。

 

「何を言っているの! 小猫!」

「――――私があなたに付いて行く、その代わり」

「仲間は殺すな、かい」

「違います。 手を出さないでください」

「はいはい、殺さなきゃみんな同じだと思うんだけどねぇ」

 

まいいや、と薄ら笑うと、放心しているリアスに近づいて行く。

小猫の選択は、リアスにとってあまりにも衝撃的なものだった。

 

こんな展開を読めたろうか。 小猫は、自ら前進することを選んでしまった、喜ぶべきことなのに――――。

リアスは、つい先日あった修行を思い出す。

 

冥界に来てからおこなった一日目の修行後に小猫に異変があったこと。

監督役のアザゼルはオーバーワークが原因の過労だと言っていた。

 

「―――――!」

 

少し休めば気も変わる、小猫は頭が良い。

 

だが甘かった。 彼女の傷はこんなにも深かったのだ。

そしてさらにここに来て、因縁とも言っていい姉である黒歌と接触したことが彼女の過去を掘り返す事態となってしまった。

 

気付くべき、いや、気付いても良かった。

 

「小猫を…………連れて行くの?」

「彼女が選んだことだ――――是非も無い」

「―――――」

 

膝から崩れ落ちるリアスを横目に、ナインは低い声を張り上げる。

 

「美猴さん!」

 

戦闘に集中していたその場の全員が一斉に声の方に反応した。

上ではタンニーンが火を噴くのを止め、地上戦の黒歌や一誠もその手を止めた。

 

そのなかで、美猴は声のした方を凝視する。

如意棒を器用に回転させて肩に担いだ。

 

「来てるんなら言えよナイン」

「私はここに戦争をしに来たのではない。 仕事を終わらせに来たのだ――――ほら」

 

と、ナインが後ろに居る銀髪の少女を親指で指すのを美猴は見るなり、頭を掻き乱してつぶやいた。

 

「…………仕事早過ぎるだろ」

「あら、ナイン…………」

「小猫ちゃん!?」

 

黒歌の落ち着いた声音と、一誠の怒声のような驚いた声が響き渡る。

 

「…………」

 

黒歌は、自分の妹がナインの後ろにぴったりと付いているのを見て、艶めかしく瞳を細めた。

 

―――――ああ、やっぱり。 ナインはこういうことになっても弁が立つ。 どんな堅物をも動かせる話術を持っている。

 

「うふふ…………さすがにゃん」

「言ってる場合かい? 彼女を連れ出すのがあなた方の仕事でしょうに」

 

首を斜に傾けたナインが珍しく文句を垂れた。

 

陽動役はナイン、強奪役は黒歌と美猴。 確かに、分担の意味が無い。

どんなことであろうと、与えられたことはきっちりとこなす主義のナインにとっては不満を覚えざるを得ない。

 

遊びはいい。 仕事という以上、他人が面倒くさがるような内容も請け負わなければならない。

その中で、如何に楽しいことを探して見付けて次の作業意欲に繋げるか、そういったことも経験上知っていた。

 

まぁ余計な薀蓄を語ったがとにかく、最低限仕事は全うしろよということをナインは言いたかったために少し不機嫌だ。

 

すると、黒歌は豊満な胸の前で両手を合わせた。 

 

「ごめんごめーん、赤龍帝とお喋りしすぎちゃったの…………って、あれ?」

 

そうウィンクして言うと、ふと、ナインの今の状態に違和感を覚えた。

そう、出撃前に居た彼女がナインの横に居ないことに気付いたのだ。

 

「…………ねぇナイン、あの健気で初心なヴァルキリーちゃんはどうしたにゃん?」

「………………」

「………………そっか」

 

言わなくとも、分かる。 二人はいまだけ、確実に以心伝心していた。

ナインと目が合った黒歌は、寂しそうな表情をして顔を俯ける。

 

――――ああ、”付いていけなかった(・・・・・・・・・)のか”、と

 

そのとき、上空からタンニーンの目を潜り抜けた筋斗雲に鞭打つ美猴が急降下してきていた。

そこでナインもすぐに黒歌から上空の美猴に視線を移す。

 

「ひとまず標的はこっちに渡してくれ、ナイン! ――――撤退するぜぃ!」

「させるかよ!」

 

そのとき、影が割り入ってきた。

金色の雲に乗って飛行してきた美猴と小猫を連れたナインの間に一誠が入り込んできたのだ。

 

「イッセー…………!」

 

その場で放心していたリアスは、一誠の姿を見て涙を流す。

 

仲間が攫われようとしている矢先に、自分は何をしているのだ。 ナインに上手く言いくるめられたのだとなぜ気づかない。

 

「そうよね…………」

 

なるほど確かに、小猫自身納得してあの男に付いて行くことを決断したのだろう。

これを機に姉とのわだかまりを解消できるかもしれない。

しかしそれはあまりにも危険。 当然だ、近道であろうがそれは茨道。

そんな道に、眷属を一人歩かせるわけにはいかない。

 

――――リアスは自分を奮い立たせた。

どのような理由であろうとも、テロリストに身内を黙って連れて行かせる者があるか。 小猫は良くても、やはりそれは間違いで――――

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

一誠は、先ほどまで相対していた黒歌に打ち込むつもりでいた倍加されたパワーを乗せた拳を、美猴に叩き込もうと接近した。 あまりに唐突で、そして愚直な一本気の入った突撃だ。 相手をしていた黒歌もさすがに出遅れる。

 

「ちっ――――美猴、避けて! 当たったら面倒!」

 

――――そのとき、迫り来るもう一つの影があった。 美猴に集中している一誠は、その影には気づかない。

その、二つ目の影に気付いた美猴は、方向転換をせずにそのまま一誠に突進する。

 

「ぐぅ――――かあっ…………!?」

「…………」

「ひゅう…………」

 

地面を蹴り上げて接近してきたナインに背後を取られた一誠は、強烈な蹴りをすでに撃ち込まれていた。

口笛で賞賛する美猴。

 

心臓の反対側の背中に、痛烈な蹴り上げによる大打撃だ。 骨の軋む音が響き、見ていたリアスもビクッと体を反射的に跳ねさせる。

 

空中で、しかも瞬時におこなわれた神業のごとき空中蹴りはさらなる追撃に繋げられた。

横膝、脇腹にそれぞれ二発の連打。 それをまともに喰らった一誠に、追い討ちにと両肩に衝撃が落とされる。

 

――――ナインの鋭い踵が、人外の速度域を持って撃ち砕く。

 

締めには頭蓋落としという容赦の無さだ。

 

ナインは口許だけ笑いながら、そのまま近くの木に跳び移る。

確信していたのだ。 離れても小猫はもう”逃げない”ということを。

 

グレモリー眷属は善性の集団だ。 口にしたことを反故にして欺くことなど、たとえどんな外道相手にであろうともする者たちではないと。

 

律儀なのだ。

 

一方でナインと空中のすれ違いざまに小猫の傍に到着していた美猴は、彼女を金色に彩られた雲上に乗せてすぐにUターンしていた。

 

目を片方瞑って戦局を見回すや、ナインは黒歌に叫んだ。

 

「美猴さんは先に、最優先事項だ。 我々は少し遊んでいきましょう」

「え、仕事はスマートにクールに素早く終わらせるんじゃ…………」

 

半笑いの黒歌に、ナインはにやけた。

 

「つまらない仕事の中に楽しみを見つける。 それが仕事というものだ」

 

ああ、今回はつまらなかったのか、と黒歌はすぐに察したが口には出さなかった。

パーティ会場を混乱に落とす程の爆破テロをおこなっておいてつまらないと言うあたりナインの貪欲さを感じる。 黒歌はそんなナインに一種の尊敬のようなものを覚えた。

 

(やっぱりナインと一緒にいると飽きないにゃー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「立ちますか」

「ったりめぇだ…………くっ…………」

 

落とされた衝撃で舞う砂埃の中、笑う膝を叩いてなんとか立ち上がる一誠。

 

目の前にいるのは、周りに漆黒の妖気を滞空させて臨戦状態の黒い猫と、

黒いローブを脱ぎ捨て、紅のノーネクタイスーツを着崩した野生然とした紅蓮の男が悠然と立っていた。

 

「上にいる龍の御仁は強そうだ、順を追えば私は兵藤一誠(あなた)の相手ができなくなるが、如何に…………?」

「美猴ならもう戻ってくると思うわよ? 次元の狭間の出入り口にはヴァーリが居るはずだから、白音を転移(おく)ったらあいつの足ならすぐだと思うわ」

 

自分たちのすぐ後ろの黒い穴を親指で指す黒歌はそう言う。 すると、その会話に、完全に立ち上がった一誠が口を開いた。

 

「…………小猫ちゃんのお姉さん…………」

「…………? なにかしら、弱っちぃあの子の騎士さん?」

 

ナインを指差して、

 

「アンタを退けたら、次はナインだ…………!」

「ハッ、さっきまで私に押されてたキミが、ナインに辿り着けるわけないにゃん」

「黒歌さん」

「う…………」

 

これから決死の覚悟で戦おうとしている者に、前座の言葉遊びは不要だと、ナインは黒歌を睨み付けた。

黙して戦う。 勝敗はそのあとで、恨み言は無しでやろう、と。

 

一誠はギリっと歯を軋ませる。 確かに、ナインに場を介入される前までは一誠は黒歌に劣っていた。

妖術、仙術。 彼女の使う能力は厄介で、ただ力任せに突出するしか能の無い自分にとってはやりづらい相手と言える。

 

虚勢だ。

 

「でも、守らなくちゃいけないものがある…………!」

 

でも、ここで黒歌を退けるには力が圧倒的に足りない。 練度も、能力差も。

だったらどうする――――。

 

禁手(バランス・ブレイカー)に未だ至れない自分はどうすればいい!

出た答えは、至ってシンプルだった。

 

神器(セイクリッド・ギア)とは、使用者の想いに応える物だ。

自分はどう足掻いてもナインの領域には届いてない。 あいつは神器でもないのに想いを力に変えている。

好きなことや、己の信念に対する信仰を他人より強く持っているからナインは誰より強いんだ。

 

なら、自分も。 それで対抗するしかない。

昔から極限を求めて生きてきたナインには届かないけど――――

 

「部長! 部長の力が必要です! 貸してください!」

 

一誠は、後ろのリアスに呼びかける。 

彼女も気合は十分に入っている。 さっきの一誠の言葉で奮い立ったからだ。

小猫は連れて行かれてしまったけど、あの黒い穴が鍵だとリアスは一人頷く。

 

仲間のためなら、たとえどんなところにだって地の果てだって追って取り返して見せる。

 

「いいわ、イッセー! 私にできることなら、なんでも言って頂戴!」

 

意を決して返してくれたリアスに答えた言葉は、

 

「おっぱいを、つつかせてください!」

 

この戦場の中で、あまりに場違いな言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………彼はなんと言いましたか、黒歌さん」

「…………乳を、つつくって…………んにゃ?」

 

首をかくんと傾げる黒歌に、ナインも片眉を上げて疑問符を浮かべていた。 顎に手を当てて思考する。

 

「それでこの状況を打開できるなら…………いいわよ、イッセー」

「ありがとうございます!」

「いやありがとうございますじゃないにゃ。 ナイン、頭おかしくなっちゃったこの子たち」

 

ついには己の豊満な乳房を曝け出したリアスに、黒歌は正気を疑った。 この戦場で、一体これらは何をしようとしているのか。 そのリアスの乳房の前で何やら硬直している一誠も居る。 考え込んでいるようだが……。

 

そのとき、ナインは真面目な顔で言った。

 

「これは、三勢力会談の時と同じ現象ですね」

「はぁ? 前にもあったのこんなこと?」

「ふむ」

 

一度だけであるが、この手の雰囲気はあのとき感じた。

 

「そのときは、私の錬金術でリアス・グレモリーの乳房が爆発させられてしまうという理由で、その防衛本能でドラゴンの力を引き上げました」

「意味わかんない」

「でしょうね。 およそ戦場には正気とは思えない不条理を持ってきている、が…………」

「おっさん! 大変だ、どっちの乳をつついたらいいか分からねえ!」

「ほら」

「ほらじゃないにゃ」

 

一気に戦場の空気が弛緩した――――ナイン以外のすべてが。 上空に滞空していたタンニーンですら、一誠の言動に困惑している程だ。

女が乳房を曝し、その先端を人差し指でつつこうとする男。 まるでそこだけ世界が切り取られたように場の雰囲気が隔たれている。

 

「にゃ~………………」

「ん?」

 

その光景を見ていた黒歌は、先ほどからチラチラとナインの顔を窺っている。 やたらと黒歌の視線が自分に集まっている気がしたナインは、さっきと同じような疑問の表情を黒歌に向けた。

 

「にゃっ…………!」

 

目が合うと、猫耳をピコっと佇立させたまま逸らした。

 

「なんですか」

「いや~…………ね」

 

歯切れが悪い。 黒歌のそわそわした表情を、一誠とリアスの珍事のついでに窺う。

すると、意を決した黒歌がナインの赤いスーツの裾をくいと引っ張った。

 

「ね、ナイン。 私のおっぱいも、見て欲しいなって…………思うんだけど…………にゃ」

「よく聞こえませんでした。 なんだって?」

 

耳を疑った。 痴女なのはいつものことだが……これは…………。

黒歌は、すでにうなじまで肌蹴ている黒い和服の着物を、襟に手をかけてゆっくりとずらし始めた。

柔らかそうな乳のこさえる谷間が、乳輪が見えそうな瀬戸際に差し掛かる。

 

「なにをやっているのですか」

「だって、なんかあっちだけいい雰囲気でずるいにゃ~。 だったらこっちも――――」

「対抗する必要が無い」

 

と、ナインはあくまで冷静に、そして沈着に黒歌の手を取ってそのまま着直させる。

しかし黒歌は、自分の手を取ったナインの手を取って猫のように頬ズリをした。

 

「こんなところで…………ったく」

 

相手のペースに呑まれること、それは敗北への第一歩に他ならない。

なぜなら、戦いとは予想を上回り合うことだからだ。 予想の上を行かれた瞬間、その者は負ける。

至極単純明快だ。

 

「ねぇ~、にゃぁ~」

 

戦場のど真ん中で抱き合う男女二組。 しかしナインは依然冷静さを失わず、しなだれてきた黒歌の体を受け止めつつも、片目で一誠たちの挙動を監視する。

 

「ああいうの見せ付けられるとなんか悔しくなっちゃうのよ。 知ってる? 女って負けず嫌いなの。

自分の見初めた異性はこんなにすごいにゃーって見せ付けたくなるの」

 

自分の胸の下で何か言っている黒猫に、ナインは頭を掻いた。

 

「あなたという人は…………む!」

「へ?」

 

砲撃のようなエネルギー弾が飛んでくるのを目視した。 ナインは左へ、黒歌は右へ跳躍して躱す――――その瞬間。

向こうにある山を一撃粉砕していた、いや、消し飛ばしていた。 跡形も無く消え去り、黒歌の張っていた結界や毒霧も散る。

 

「なるほど」

「ハッハハハハ、至ったな! いいオーラの塩梅だ。 それでこそ赤龍帝!」

 

タンニーンも大笑いでその一撃を賞賛する。 そうだ、この赤い一撃は他でもない、兵藤一誠が放ったものだ。

 

禁手(バランス・ブレイカー)とやらに辿り着いたのですか」

「へぇ、面白いじゃない。 さっきより感じるパワーの波動が段違いね」

 

和服を着直した黒歌は、嬉々とした笑みで両手にエネルギーを集中させる。

先ほどまで地面を這いつくばっていた輩が、どうしてこんな短時間で力を上げることができようか。 少しばかりの関心を、黒歌は持った。 全身を赤い鎧に覆われる一誠を見た。

 

「ねぇナイン。 あれの鼻っ柱折ったらキスしてくれる?」

「………………」

 

しかし黒歌の囁きにナインは無言。 険しい表情で赤いオーラを纏う一誠を凝視していた。

―――――龍の波を感じる。 これは違う。 会談の時とは――――

 

「きっかけがあったとはいえ、自力で禁手(バランス・ブレイカー)に至っている」

「え?」

 

頓狂な声音を出す黒歌に、ナインは真剣な表情を彼女に向ける。

 

「会談のときは、アザゼルさんから貰ったマジックアイテムを使用してやっと至れたといった具合です。 しかしいまは違う」

「それでも、同じ禁手(バランス・ブレイカー)でしょう? 違わないわよ」

「待ちなさい、黒歌さん!」

 

ナインの忠告を無視し、黒歌は一誠に攻撃を見舞う。 右手に仙術、左手に妖術の混合技によるエネルギー弾だ。

それは不規則な軌道を描きながら、一誠に集中砲火を浴びせる。

 

「タンニーンのおっさんの炎に比べたら、こんな力、屁でも無いぜ!」

「ウソ―――――!?」

 

効かない。 白煙を上げるものの、その鎧には傷一つ、いや――――埃一つ付いていない。 驚愕する黒歌は一歩退がる。

 

「退がるんじゃない黒歌!」

「!」

 

怒号はナインからのもの。 いつもと違う、競り上がっていくような声量で猛々しく黒歌に叫ぶ。

 

人は仰け反ればその分次の動作が遅れることは必定。 すでに目の前まで接近してきた赤い龍の鎧に、黒歌はしまったと不覚を自覚する。

 

「行くぞ――――後輩の涙、この一撃で償ってもらう!」

「ちぃっ!」

 

ドラゴンの波動を纏った拳が、黒歌に繰り出される。

 

だが、その一撃は振り抜かれず、彼女の鼻先でピタリと止まっていた。 止めた余波で空気が震動し、草木も揺れる。

龍の一撃は破壊の一撃。 直撃ならば黒歌の顔は消し飛んでいたことが一目瞭然で、そしてこのときやっと黒歌もナインの言ったことを理解する。

 

黒歌は、ドラゴンに怯えたのだ。

 

しかしその直後、二人の間の地面が隆起した。 まるで生き物のように突出してくるそれに、黒歌と一誠は同時に気付く。

 

『相棒、本命だ避けろ!』

 

赤龍帝、ドライグの声が一誠の籠手から発せられた瞬間、紅蓮の爆炎が大柱となって天空に向かって走り抜ける。

その間、この爆発元であるナインは黒歌の首根っこを掴んで引き寄せていた。

 

「あっ…………」

 

抱き止めると、その直後にはすでに黒歌は気絶していた。

ナインの爆撃を至近距離で体感、鼓膜と視覚に精神的ダメージを与えられ、防衛本能として意識が飛んだのだ。

 

「言わんことじゃない」

 

言う間に、爆炎の火柱は徐々に鎮火されていく。

右手の錬成陣の銘は『太陽』。 僅かにその刺青が光っていることで、先の一撃で使用したことが解る。

 

太陽と月の紋様を司る錬成陣で火炎爆弾を描く紅蓮の錬金術師が一誠の前に堂々立った。

 

「ナイン…………」

「よろしい。 いいでしょう、兵藤くん。 あなたは確かに強くなった」

 

親指で弾いた石ころを宙で弾けさせると、そのまま手をかざす。

 

「強さというのは二種類ある」

「…………」

 

この時も、一誠は倍加の力を怠らない。 10秒ごとに力を上げる赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)は鼓動を速くして次の一撃に備える。

 

「他者のためのもの、己のためのもの、そこに優劣は存在せず、差が出るとすればそう――――信仰だ」

 

誰かのために使う力。 自分の欲望のために使う力か。

 

よく、勧善懲悪のはっきりとした喜劇では、誰かのために使う力こそ正義というものが多い。 自分だけにしか使わない力は脆く、疾く砕け散るものだと。

 

しかしナインは否だと言い切る。

 

「己が絶対だと自負するか」

 

一誠の様に、他者のためにその大きな力を奮うか。

緊迫した中、ナインは不敵に笑って両手を合わせた――――一誠は、最大限の警戒を持ってジリジリと間合いを詰めていく。

 

「ふと思ったことがある」

「な、なんだよ?」

「私の爆弾は、作ることは容易だというのに、決定的な欠点があったのです」

 

術者(ナイン)の狂気を取り込んだ際の錬成爆弾は威力と創造速度ともに、半ば錬金術の原則を無視して超常を具現している。 しかしそれは爆発物に限ってのことだった。

 

ナインは続ける。

 

「強力な攻撃力を有していても、当たらなければ意味が無い。 そして、私のこの手も、あなたに触れられなければ意味が無い」

 

いままでナインは、地面を伝導させて地下から爆弾を精製して攻撃しかしていなかった。 時折、錬成した物を投げ付けたりもしていたが、

 

「私の爆弾は魔法じゃない。 錬金術だ。 そのため、重量の問題が顕著に出てくる」

 

ナインの肩では、錬気発動状態でも、それ以上に強力な爆弾が出来上がれば投げるどころか、持ち上げることすらできない、さらには、コントロールも必要になってくる。

 

Boost(ブースト)!』

 

延々と話しまくるナインによって、一誠の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の倍加が重なっていく。

しかしそれも意に介さず、ナインは嘆かわしいという風に額を押さえた。

 

「それに投げるって、ちょっとかっこ悪いですよねぇ」

「お前って、そういうの気にするヤツだったのか」

「ええ、私も教会時代はよく試行錯誤したものです。 如何に派手に格好よく爆弾を爆発させられるか」

 

すると、ナインは――――

 

「なので…………いままで温めてきていた技を見せましょう」

 

一条ほどの細長い雷が、地面と両手との間に発生した。

 

「…………?」

 

何も起きない。 不発か? と吹き出しそうになった一誠、しかし。

 

「どわっ!?」

 

轟音とともに地鳴りが起こり始める。 草木は揺れて、木々は倒れる。

一誠も、一瞬だけだが体勢を崩して地面に尻餅を突いた。

 

「そうだ…………作った爆弾も、より強力な運動エネルギーが無ければ無為に等しいんだよ。 だから、こうすることにした」

 

地面が盛り上がる。 爆発? 否、その比ではない巨大なものだ。

後ろでは、黒歌があまりの地響きに跳び起きていた。

 

「にゃ!?」

「…………マジかよ。 冗談か、これ…………」

 

ナインの、おそらくは教会に属していた時から考えていた技がいまここに具現する。

 

装甲は鋼。 ナインのいままでの錬金術の粋を凝らしに凝らしたそれは、「爆弾」という愛する芸術をより華々しく使ってやるために鋼鉄を顕した。

本来、爆発にのみ特化したナインの錬金術は、「鋼鉄」など作れようはずもないことなのだが。 ナインの錬成陣は、四大元素をすべて含む記述をしてあるゆえに、きっかけはそれで十分だった。

 

それに加えて前述の通り、間接的にナインの爆弾への狂気が宿ったそれは、十分な素材が無くとも錬成を可能とした。 いやこれはもはや錬成ではなく創造である。

 

前進するキャタピラ。 キュラキュラと音を立て、主人であるナインの背後にぴったりと付いた。

そのときナインの横に伸びるのは砲身。 重々しい機械音を鳴らして砲塔が回る。 バレルが目の前の標的に照準を合わせた。

 

「戦車ぁああっ――――!? ふざけんなこんなのありか!」

 

この狭い森の中では逃げ場は皆無。 どう足掻いても最低でも衝撃はモロに受ける嵌めになるだろう。

佇むしかない一誠は、赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)の頑強さを信じてなんとか直撃は避けようとリアスを連れ出す。

 

「これは…………」

 

上空のタンニーンは最初、ただの戦車と甘く見ていた。 ドラゴンにとって、人間界の兵器など取るに足らぬと。

ゆえに試す、元龍王ドラゴンの一撃――――受けられるか!

 

腹が膨らむ――――ドラゴン十八番の炎の砲弾がその聳え立つ戦車に直撃した。

 

「なに―――――!?」

 

轟々と揺らめく炎から出て来たのは、無傷の戦車。 砲身すら折れずにその形を保っている。

無人であるにも関わらずその戦車は標的を仕留めようと、砲塔内の砲弾を熱く滾らせて主の合図を待っていた。

 

「これが、私の思考錯誤の結果です。 実戦経験は無いので、ここで試し撃ちをすることにしました――――撃ぇ」

 

にこっと笑顔のナインを合図に、鋼のバレルを砲塔内で装填された砲弾が走った。




今回ラブコメなくてゴメン。

戦車好きだわ。

誤字脱字ございましたら、ご報告をどうかお願いします。


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37発目 破滅の砲

遅くなりました。 一ヶ月か…………。


「遅いぞ美猴」

 

「無茶言うなぃ。 これでも最速だ、嫌がるヤツを連れて来ることがどれだけ大変か」

 

「…………おとなしいようだぞ」

 

「そりゃ、嫌がらねえように説き伏せたんだから」

 

「説き伏せた? お前がか?」

 

「…………ナイン」

 

「そうか…………クク、なるほどあいつがな。 らしいと言えばらしい」

 

「説き伏せるっつーより、『口説いた』、に近かったかもしれないねぃ」

 

「どちらにせよ、ナインが居て良かったという事だな」

 

「あと、ヴァルキリーが逃げたってよ」

 

「そうか。 まぁ、あの女はナインに気があったようだから、意外といえば意外だが」

 

「冷めてるねぃ、さすが白龍皇」

 

「それよりも美猴、お前はここに残れ」

 

「え、なんでだよ!?」

 

「お前が行くと、事態が収まらん。 適任を呼んでおいたんだよ」

 

「え…………まさかねぃ」

 

「その、まさかだ」

 

「―――――その通りです、美猴。 あなたはここでヴァーリと留守番をしていてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦車砲を持ってなる一撃は、周囲に存在する物を残らずに吹き飛ばす。 いや――――消し飛ばしていた。

 

樹木も山も消滅、大地も抉る大火砲だ。 もはや荒唐無稽。

直撃を避けた場所も、瞬間的な熱風を伴った爆風で生い茂る森の木々は燃え盛る火の海の源となって灰塵と消えていく。

 

規格外の運動エネルギーで増幅された威力と速度を伴った砲弾。

砲はナイン特製の火薬を内蔵、着弾と同時に爆発を起こす仕組みだ。 近代兵器で言えば、榴弾に近しいものがある。

破邪や祓魔等の霊的干渉力は一切無いにもかかわらず、その砲は破滅の爆撃となって辺り一面を吹き飛ばし燃やし尽くしていた。

 

「くそっ…………」

 

煙が晴れていく、そこには、生身の兵藤一誠がうつ伏せに倒れていた。

歯を食い縛り、立ち上がろうと試みるが体が言うことを聞かない。

 

「イッセー!」

 

リアスが一誠に駆け寄った。 彼女は、一誠の必死の防御によって被弾していない。

 

「俺は…………大丈夫です。 鎧で一応防げました…………」

 

確かに、所々火傷等の痕は見受けられるものの、致命傷には至っていない、だが――――

 

「でも…………すみません…………!」

 

悔しそうに目をつぶる。

そう、その対価によって、体中の力という力がすべて抜け落ち、立ち上がる事すらままならない状態に陥っていた。

 

一時的な”禁手(バランス・ブレイカー)”も原因の一つだが、ナインの大火砲がそれを強制解除させたことが引き金となった。

禁手(バランス・ブレイカー)”になれたこと自体が奇跡というのに、その頑強な鎧すらも貫通して破壊する戦車砲――――力尽きさせるには十分だった。

 

「あの戦車…………奴のオリジナルか? それにしては精巧すぎる」

 

一方、上空を飛行して低く唸りながらつぶやくのはこの場唯一のドラゴン――――”魔龍皇(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)”の異名持つタンニーン。

 

疑問ももっともだ。

その場で戦車を錬成することが、如何に難関であるか。

大砲、地雷等、非運動的で構造も単純な兵器を錬成するのは容易であろうが、様々な部品、機械、その一つ一つを寸分の狂い無く作るのは至難の業。

 

錬金術を用いたとしても、単独でその構築式組み上げから実装に辿り着くことなど、余程傑出した能力の持ち主でなければ実現し得ない。

 

「人間の脳では不可能だ、少なくとも過去に例は無い…………!」

 

無論、龍の一撃を浴びるに至るも、まるで針で刺されたように平然と自走している辺りただの戦車ではないことも解る、信じ難い耐久力だ。

 

視点は地上に戻る。

 

「ねぇナイン、この戦車、滅茶苦茶地面に埋まってるんだけど、大丈夫にゃの?」

「ああ、火力はオリジナル以上ですが、重量を計り間違えましてね。 まぁいずれ改良してみせます」

 

ナインが乱暴に黒歌に投げ渡す。

飛んでくるそれを、黒歌は空に舞う蝶々を捕まえるような手で挟んだ。

 

「うっわ、ざらっざらしてるにゃん! しかもホコリくさーいー!」

 

渡されたのは、古ぼけた書類の束だった。 ぱんぱんと埃を払い、黒歌は改めて開いてみる。

ドイツ語で綴られた何かの設計図のようなものだった。

 

Gewehrlauf――――Injektordrehkopf――――Suspendierung――――Motor

 

「…………なんだか解んないけど、これをあなたが描いた物じゃないってことは解るにゃ」

 

黒歌は猫魈であるが、同時に悪魔である。 外来語の翻訳は、彼女の悪魔としての力が自動的に作用するゆえ、問題は無い。

しかし、専門用語や専門記号は脳内で翻訳できようと解らないときは解らない。 専門知識と合わせて読まなければ到底理解ができないということだ。

 

「その図案をすべて頭に叩き込むのは至難でしたよ。 しかし、難しくはあったが嫌とは思わなかった」

 

聳える鋼鉄の虎。 それを撫でながらナインは黒歌の手から、その(いにしえ)の設計図をするりと取った。

 

「これはこれから、私の作り上げる爆弾を撃ち出していただく――――いわば砲台になっていただくのです。 そう思えば、自然と愛着が湧いてくるのだ――――この子も、私のパートナーであると」

 

しかし、黒歌は急にしかめ面になった。

 

「にゃ!」

 

するとドゴンと、まさに唐突に、黒歌の仙術と妖術を織り交ぜた魔弾が、戦車の砲塔部分で爆ぜた。

 

「あ、ちょっと黒歌さん何するんですか!」

「気に入らないにゃ」

「え」

 

黒歌はふん、と口をへの字にそっぽを向いた。

彼女の気に障ったのは、先の言葉――――”パートナー”だ。

 

本当ならば、物に嫉妬するなど馬鹿らしい、というか有り得ないことなのだが。

ナインの狂的なまでの信仰を知っているため、あの化け物のような鋼鉄の塊を疎ましく思った。

 

――――ナインってば、いつもこうなんだから。

 

ゆえに意を察したナインは、肩を竦めて黒歌に向かって言った。

 

「ヤキモチですか」

「そうよヤキモチよ、文句ある!?」

 

がー、と噛み付きそうな勢いでナインに詰め寄る黒歌。 しかしナインはそれすら歯牙に掛けず片目を瞑る。

 

「あなたと比較はしませんよ。 変なところで敏感なんだからねぇ…………」

 

そんな言い争いのなか、先ほど黒歌が腹いせに攻撃した戦車の砲塔に、再び衝撃が響いた。

この色……赤黒いエネルギーの弾は、見間違いようがない――――。

 

「滅びの力で罅どころかかすり傷一つ付けられないなんて…………なんて装甲なのよ…………!」

 

リアス・グレモリー――――力尽き倒れ伏す下僕の兵士(ポーン)を背にしつつこちらに向かって手を翳していた

攻撃に気づいた鋼の虎が、砲塔を旋回させて彼女に砲身を合わせる。

 

その強大な鉄塊を前に、リアスは比喩ではなく生唾を呑み込んだ。 このような近代兵器を前にするのは初めてだが、言い知れぬ緊張感が全身を張り詰めさせるのだ。

 

膨張する大気の圧力がリアスを打ちのめす。

流れてくるのは焼けた鋼鉄と油の匂い。

 

「…………」

 

甘く見ていた、なめていた。 人間の作る物など、魔術魔法神器の前では塵芥同然と弱小の烙印を押していた。

 

悪魔の力、天使の光、堕天使の常闇など、異世界の神秘と幾度も戦ってきた。 はぐれ悪魔然り、最近だとコカビエルか。

 

だが、いまになって痛感した。 弱い生き物と思ってきた者の作った兵器に、こうも怖気づく事になるとは。

目の前にあるのは、元五大龍王をして未知と言わしめる戦争兵器――――リアスが平静を保てるわけがない。

 

―――――これは受けては…………いけない。

 

「…………中には誰が、って、聞いていいのかしら?」

 

冷や汗を掻きながら、リアスはナインに問いを投げる。

いきなり地面から出現したこの鋼鉄の車輌は、誰かが砲塔に入る様子も無くこうして動いている――――おかしい。

 

しかし、リアスの疑心をナインは即座に振り祓った。

 

「中には誰も」

「そんな…………」

 

ではこの戦車はなにか、無人で独りでに動いているのか。

敵の攻撃に気づき、砲塔を旋回させ、照準し、砲撃する……そんな細かな動作を、いったいどうやって…………

 

「どんな絡繰りを…………!」

「絡繰りなんて」

 

両手を広げて嘯くナイン。 その瞬間、上空から炎の弾が落下してくる――――タンニーンだ。

 

「――――リアス嬢! 放て!」

「――――分かったわ!」

 

続けて、タンニーンに呼びかけられたリアスも、手に滅びの波動を込めてナインに向かって撃ち出した――――二方向からの攻撃、回避不能。

その間、ナインは一歩も動かない。 しかしその代わり――――

 

戦車の長砲身を、轟音と共に走り抜ける砲弾。 夥しい煙を砲口から湧き立たせながら再度、破滅の砲が空高く跳んでいく。

タンニーンの炎に衝突――――瞬く間に相殺する。

爆発の突風は、木々を揺らし或いは倒した。

 

「やはり、先ほどのはまぐれではない――――!」

 

驚愕するタンニーン。 次いで間もなく前方から迫る滅びの攻撃は、黒歌が半ば焦燥に駆られた表情でナインの前に立ち、防いでいた。

 

「ちょっと、ナインってば動けないの!?」

「いやいや、重戦車だけあってこれはキツい。 この戦車の性能は想像以上だ、設計通りに作ったつもりでしたが少々気合を入れすぎました。 私、マリオネットは得意じゃないんですよねぇ」

 

ナインの十指が蠢き踊る。 まるでピアニストのように叩いて弾いて――――静かに止まる。

まるで、ナインと戦車を、見えない糸が繋げているような…………

 

「それにしても、ありがとうございます黒歌さん。 あなたがいなければ今頃死んでました」

 

苦笑交じりにニヤつくナイン。

 

言葉に嘘は無い。 事実ナインは、いまは生身。 この有り得ない大質量を擁すこの鋼鉄の怪物を、己の念のみで動かすために、全神経をそれに注いでいるため意識も完全にそっちのけだからだ。

 

そして、練度は劣るとはいえリアスの滅びの力はある血統にしか継承できない固有技能だ。

一家系にしか伝承しない限定的能力が、如何に強力か、ナインには分かる。

 

――――一種類しかないということは、それだけで強力無比。

量産できる攻撃手段など、所詮は児戯に等しい。 なぜか?

複数あるということは、誰でもできるということだからだ。

 

「焦ったわよ、避けないんだもの」

「だからありがとうと。 その機転、この戦車には無いものだ」

 

それは暗に、黒歌にしかできないことはあるのだと言い聞かせていた。

 

ゆえに、ナインの作ったこの鋼鉄の塊にできないことは黒歌がやれる――――別に贔屓をしているわけでも、黒歌を相棒(パートナー)から外したわけでも断じてないのだ。

 

その言葉の意味に気付いた黒歌は、腕を組んでそっぽを向く。

 

「な、なによ。 素直ね」

 

口をとがらせる――――頬は朱に。 しかし、すぐに首を振って。

 

「…………あ~、ごめん。 あなたってそういう人間だってこと、忘れてたわ」

「そういうことです。 まぁ、今度機会があればなにか埋め合わせをしましょう」

「え!?」

 

有り得ない。

嬉しい予想外の返しに、黒歌は物凄い早さでナインに顔を向けた。

 

しかしナインは知っている。

これだけ好意を寄せられていて、それに気づかない方がおかしい。 それを見越しての発言をしたのだ。

 

――――是非も無し。

背を預ける誼で、彼女の悦ぶことをしてあげるのも一興だろう。

 

黒歌は、期待で胸を膨らませて一気に機嫌が良くなると、ナインの体に抱きついた。

 

「じゃ、今度デート。 デートしない? 私、日本のいいとこ知ってるの」

「私はどこでも」

「ちょっと、あなたたち!」

 

するとそんななか、半ば空気に成りかけていたリアスがナインに向かって問いを投げる。

いいとこなのに。 黒歌の本気で邪魔そうな視線がリアスを射抜く。

 

「ナイン、あなたに聞きたいことがあるの」

「ん?」

 

離れていく黒歌を横目に、リアスは目を細めた。

 

聞きたいことがあった。 アザゼルが口にしたこと。

ナインが去った後、紫藤イリナが拾った物。 ここで訊かなければすべて謎のまま、またいつ相見えるか分からない日までこのもやもやをどうにかしたかった。

 

「あなたは、ナチス・ドイツとは関係しているの? 関係しているとしたら、一体どこまで――――」

 

ストレートだった。

 

しかしここでナインが聞き返してくるようであれば彼の組織との関係は希薄だろう。 なぜなら、このような直球に対し、心当たりが無ければ質問をしたリアスが変人扱いされること必定だ。

 

――――何の話をしているのだ、あなたは。

 

母国とはいえ、五十年以上前のことを聞かれても、普通だったらこの返しをしてくる。

では、果たして――――

 

「多少なりとも」

「――――――」

 

答えは、是。

 

「私の上が二代に渡り錬金術を研究していたのです。 祖父の方は当時SSに所属、父は顔も知らなければ会ったことも無いからどうでもいいですが」

 

興味無さげに己の出生を明かしていく。

 

しかし、彼の祖父と父が魔道に走っていたなら、ナインのこの理論上不可能な錬金術も説明が付く。

だが、次に発した言葉は、その予想を打ち砕いた。

 

「しかしまぁ、祖父もより高等な錬金術を追い求めてはいたものの、真に迫る事などできなかった。 それどころか、途中迷走し始め、結局、オカルト止まりとなってしまったのだ」

 

その探究心、追究心は素晴らしいですがね、と笑みを零す。

 

「しかし、彼らは才能が無かっただけで、その理論は形式上間違っちゃいなかった」

 

だから私が変えたのだ、机上の空論でしかなかったオカルトを。

私ならば錬金術を、魔道に落として本来有り得ない性能を帯びさせることを。

 

つまり、祖父、父はともに錬金術の才がナインより大きく劣っていたと言う事。 学ぶことはあったが、二人の限界点がナインにとって低すぎたと。

 

「オーディンさんはもう気づいていたようですが」

 

『ナインの錬金術には、意志が宿っている』

 

「それはまだ聞いていませんか」

 

途中、小首を傾げたリアスに、ナインは苦笑。

 

「稀代の天才錬金術師ヘルメス・トリスメギストスを知っていますか? 彼を著者とした文献の中に、『大いなる業』という重要語が存在する。

この言葉は他にも、『大いなる作業』、芸術的な物を指して『大作』とも言われますが。 私が学んだ錬金術学の中では主に『大作業』と言う。 もちろん、『小作業』という用語も存在しますが、そこはいま必要無いので割愛しましょう」

「?????」

 

もはや冒頭から何を言っているのか解らなくなってきた。 しかし、もともと勤勉なリアスは、なんとか理解しようと、ナインの言う一語一語に耳を傾ける。

 

ナインも普段、このように饒舌にはならないのだが、ただ単純、気分が高揚していた。

それだけ、この鋼鉄の錬成に力を注いできたからだった―――教会時代からの熟考の成果。

錬金術師は常に考える、考えることを辞めた錬金術師は、錬金術師としての資格と命を失う。

 

この鋼鉄も、何も付け焼刃で作った物ではない。

 

かつての戦場。 あらゆる装甲を長距離で完全貫通させ、前面装甲は至近距離であろうと撥ね返す。

第二次世界大戦時、ドイツ軍が開発した鋼鉄の怪物。

当時、世界最強の戦車の一つと謳われた失われた鋼の虎。

 

もちろん、当時のモノでは無く、ナイン独自で錬成して組み上げた――――いわば複製となってしまうが。

 

その名はティーゲル戦車――――第二次世界大戦で使われた古の車輌は、ナインの手によってオリジナル以上のモノとして新生していた。

 

「なぜ私がこのような物を作れたか。 先の言葉は、後にそのヘルメス文書で使われる、意識変容を表す隠喩――――いわゆるメタファーとして使われました。 それには、三段階……錬金術の変容においてやってくる理がある」

「? あなたの言っている大半がまったく理解できないけれど、錬金術の段階には”理解”、”分解”、”再構築”という順序で錬成されるのではなくて?」

「その通り、グレモリーさん。 しかしその段階を踏破した上でもう一度、三段階をおこなうのだ」

 

物質を触ることで含有物を脳で解し、それを数多の原子に分け、その上で再び別の物に再完成させる。 それが基本。

本来ならば充実した道具や施設がなければ実行不可能なことを、対応錬成陣とその両手、または片手だけで成してしまう科学と化学の頂点―――それが錬金術。

 

だがまだあるという。 完成させた上で、まだやることがあると、ナインは真剣な表情で手を広げる。

 

「実はもう一回り、同じことを繰り返すことで、本来何人もの操者を要する錬成物を意のままに操る事ができるようになる」

 

錬金術に対する求道心は誰にも負けない、劣らない。 かつて教会で最高峰と言われた男は、ついに錬金術の常識を覆す。

 

「”理解”、”分解”、”再構築”という段階の先に、もう三段階を重ねる。

黒化(ニグレド)”、”白化(アルベド)”、”赤化(ルベド)”という順序で。

なぜこの戦車が私の意志で動けるのか、それは、”黒化(ニグレド)”の段階で再錬成を止めているからだ」

 

黒化――――ニグレドには、個性化や浄化、腐敗や死などの複数の意味を有する。

よってナインは、ティーガー型の、まだ動けない(・・・・・・)戦車を錬成した上で、瞬時にもう一回り錬成し直して、そのときに黒化の段階でこの動く戦車を完成させたことになる。

 

「ややこしいので、私の中で法則の名称を決めてしまいました。

理解、分解、再構築までの三段階は、『錬成』

次段階の黒化(ニグレド)白化(アルベド)赤化(ルベド)が『精錬』と。 完全に私独自によるものですが」

 

物を作り上げるまでの段階を「錬成」

完成品をまたさらに錬成することを「精錬」 いわば、より高純度のモノを完成させるための技術である。

 

よく、錬成のし直しで”二度塗り”のような修正技術も存在するが、ナインの業はそのような二番煎じでは断じてない。

 

「これもまた、千年帝国の政治家ヒムラー氏の設立したアーネンエルベでの研究の成果でしょう、感謝しなければ。

一部資料を私の祖父が持ち出していなければ、いまの私も、戦車(これ)も有り得なかった」

 

感慨深げに一人ごちる。 もはや直接的な関係は無いものの、ナイン・ジルハードのナチス・ドイツとの関係は確定した。

大変間接的ではあるものの、完全にナチス時代のドイツの技術を投影している。

 

「紫藤イリナさんが、逆卍の紋章をあなたの家で拾ったわ。 その説明は!」

 

まだまだ知りたいことはあると、リアスは質問に次ぐ質問でナインを攻め立てる。

当の本人はしかし、そのリアスの詰問をそよ風に当たるがごとく目を瞑り、

 

「ああいや、ヴァチカンの十字架を錬金術で鉤十字に変えたのはほんの気まぐれ。

そうですか、クク…………まさか紫藤さんが見つけるとはね。 正直、あの二人になら見つからないと思ったのですが、もし見つかってもなんとも思わないとすら思って気に掛けませんでしたよ」

 

イリナ、ゼノヴィア、彼女らは強く勇敢だが、青臭く思慮にも欠けると、ナインは彼女ら二人をそう評価した。

だからこそ、何もかも置いて彼女らの前から姿を消したのだが…………。

 

「最初に関連性を疑ったのはゼノヴィアよ」

「…………なるほど、情報がカトリックに残留していたということか…………最後まで邪魔なじいさんだよ、私は自分で抹消したのにねぇ」

 

そう放言するが、懐かしげに細められた瞳は金色に輝いている。 そしてその金色の視線をそのままに、目の前に身動きできずに佇むリアスに語り掛ける。

 

「さて、どうするグレモリーさん……とはいえ、塔城さんとの約束もありますし、このまま見逃してくれるとありがたい」

「………………!」

 

同時、徐々に砲口から熱風が漂ってくるのが感じられる。

すでに砲撃の準備は整っている。 あとは(ナイン)の合図でいつでも目の前の標的を吹き飛ばせる。

 

「小猫…………!」

 

心底悔しそうに、連れ去られた己が下僕を想いながら。

 

「イッセー…………!」

 

倒れ、気を失った兵士を見て。

 

「さぁ」

「ぬぅ…………戦車の化け物が邪魔で狙いが定まらん……っ」

 

薄ら笑うナインに正面から向き合うと、断腸の思いで敗北の意を示す。

タンニーンを期待したが、ナインと黒歌、二人を守るように聳える鋼の虎に攻めあぐねている。

黒歌一人にもリアスは互角かも分からないのだ。

 

もはや選択の余地無し。

 

「む?」

「あら?」

 

すると、リアスが崩れ落ちるように膝を突いたと全く同時に虚空が裂かれた。

世界に亀裂を――――突如おこなわれた超常現象に、リアスは膝を突いたまま顔を上げた。

 

まるで異界に通じる穴のように。 そしてその中から、ある人物が出てくる。

 

「あらアーサー」

 

黒歌がそう呼んだ人間――――アーサーという人物は、異界から出て来るやメガネを上げた。

 

「お楽しみは終わりです。 仕事の中に楽しみを見つけるというあなたのモットー、否定はしないし嫌いではありませんが」

 

背広を着た若い男。 手には、オーラを極大に放つ西洋剣が握られていた。

そしてその男のこの言葉は、巨大な鋼鉄の足元に居る紅蓮の男に向けられている。

 

「黒歌さん、彼は?」

 

知らない顔に、ナインは隣に居る黒歌にそう訊いた。

 

「アーサー。 あなたに紹介していない兄妹の、お兄さん」

「へぇ」

 

細められる視線の先には輝く剣――――いや聖剣だ。

ナインは、前職の都合上で彼の持つ剣を一目見て気付いていた。

 

「コールブランドと……そっちは”支配(ルーラー)”の方だねぇ。 どこぞの聖剣狂いが見たら発狂ものだよ、クク…………」

 

嫌と言うほど聖剣の名前は耳にした。 バルパー・ガリレイ然り、研究機関然り。

 

「あれは拙い…………リアス嬢! あの男には近づくな、絶対に!」

 

気付いたのはナインだけではないのも当然だった。

かつての五大龍王タンニーンも、アーサーの持つ二本の聖剣の危険性を察知する。

 

タンニーンの言葉には、刺激をするなという意味も込めていた。

 

「アーサー、美猴は? 私の妹連れてヴァーリに渡しに行ったはずだけど」

「美猴ならば、次元の狭間で会いました。 その際に直帰を言い伝えました」

「な~る」

 

ポンと手を叩く黒歌。 つまり、美猴はもう戻らずその代わりにアーサーが来たのだという事になる。

 

「まぁ、私が来るまでも無かったようなので、タイミングを計るのが面倒でしたが」

 

ナインがリアスに降伏勧告をした時点で、アーサーはその話を聞いていたのだ。

すると、彼はリアスに向けて言い放つ。

 

「初めまして、リアス・グレモリー。 突然で悪いがあなたの騎士(ナイト)たちに伝言を。 いずれ、いち剣士として相見えたいと」

 

聖剣使いとして、そして剣技を嗜む者として、リアスの騎士二人との剣劇を繰り広げたい。

メガネと、背広、細身。 およそ近接戦闘には不向きに見える男が雄々しく宣戦布告を掲げた。

 

「聖剣デュランダルと聖魔剣…………赤龍帝にも興味がある」

 

そう言って手に持つ剣を一振りすると、閉じた空間が再び切り開かれる。

――――次元の狭間、虚無の異界への入り口が解かれた。

 

アーサー、黒歌と、順に入って行く。

そんな中、最後の一人――――ナインが、その場に立ち止まったまま眦を上げてこちらを睨み付けているリアスと見詰めあった。 ややあって苦笑交じりに――――

 

「Sieg Heil…………まぁ、ナチスなんてどうでもいいですが。 勝利への貪欲な思想や、究極に至ろうとした向上心はリスペクトさせてもらいます。

血と鋼鉄と肉と骨――――すなわち戦争がヒトを成長させていくのだ。 いまの世界情勢は些か生温すぎるのでね」

 

現在に満足してしまうから、いつまで経っても進化しない、成長しない。

これでいいやと妥協する。

 

与えられたものがそんなに嬉しいか?

他人に敷かれた道がそんなに有り難いか?

 

まったくもってバカバカしい。

 

湿気った火薬ほど興の冷めるものは無いだろう。

 

「では――――Auf Wiedersehen」

 

そう優雅に手を上げながら、ナインは僅かの亀裂から異界の向こうへと足を踏み入れる。

同時、その場に(ナイン)の生体反応が完全消失すると、その場に放られた鋼鉄の怪物にも異変が訪れる。

 

スゥ、と徐々に薄れていく鋼の戦車輌。 結んでいた像は、遅く、しかし気付かないほど自然にその存在を失っていく。

透けていく鋼の体に、吹き飛ばされた山の向こうを映しながら消えていった。

 

 

 

 

サーゼクス・ルシファーの妹、リアス・グレモリーの眷属塔城小猫。 「禍の団(カオス・ブリゲード)」”ヴァーリチーム”に捕縛される。

この報は、その後すぐに彼女を知る者たち総てに知れ渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロスヴァイセ、まだ泣いておるのか」

 

「………………」

 

「置いて行ったのは悪いと思っておる、だから泣くでないわ」

 

「そんなんじゃありません…………」

 

「なんじゃと? ここまでワシが心配しておるに、そんなんとはなんじゃ」

 

「…………」

 

「紅蓮の小僧に何かされたか…………?」

 

「されました…………一生、傷に残る酷い事を………………」

 

「…………………………」

 

「……………………」

 

「………………」

 

「…………」

 

「…………おぬし、まさか」

 

「なんで、好きになっちゃったんだろう………………」

 

「そうか、傷物にされたか…………。 これだから女騎士属性は捨てろと言っておるに」

 

「この………………」

 

「む?」

 

「この腐れ神ぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

「ぬぉっ、やめんか落ち着けロスヴァイセ!」




題名はグレモリー家の滅びの家系を意識しました。 ルインルイン。

※修正。 バアル家でした。

※以下、リアル

仕事で東京回りまくり面倒。 そしてパーキングが高い、目が飛び出る。
そしてみんな好き勝手しすぎでワロタ。

でも、車で東京都心を自在に回れると便利よね。


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覇龍と求道と乙女心
38発目 愛する者は正気なし


Dies iraeのように、「創造」のような自分自身のルールを具現化するような技を考えている作者。 完成の日は来るのだろうか。 六十年後かな(大並感)


二匹の姉妹猫は、性格は違えど仲が良かった。 それこそごく一般的に居るような姉妹と比べて少し上ほどの。

しかし、足りないものも多かった。 というより、大きかった。

 

親と早くに死別。

いままで、すべてにおいて順調と言って良いほど一般的な生活から一変し、二匹(ふたり)の猫は宿無し文無しの、それはもう厳しい生活を強いられていった。

 

生きるための力。

 

まだ子供だった彼女たちには当然ながらそれを持っていない。

だが人間……でなくとも、追い詰められれば生き物というのはしぶとくその生命力を発揮するもので。

 

お互いを頼りに、一日一日を懸命に生きていった。

そしてそんななか、とある悪魔に拾われる。

 

拾われた理由としては単純だろう――――姉の能力が頭抜けていた。

妹の方はまだ未成熟だったが、姉には類稀なるその能力を保有していた。

 

猫又――――のさらに高位の妖怪。 「猫魈」 ゆくゆくは優秀な眷属になるだろうというそのとある悪魔の考えだったのか、否か……いまとなっては半永久的な謎のまま。

 

それゆえに、姉がその悪魔の眷属になることで、妹もともに住めるようになった。 条件だろう、実に悪魔らしい取引だ。

しかしそこから、宿無し、根無し草、文無し――――数多の貧困の象徴から逃れ出れたと本当に安堵していた姉妹は、この先には光があるに違いないと、そう思い信じて止まなかった。

 

だが、それがいけなかった。

光だと思って進んだ先は、闇と茨が融け咲き誇る暗黒の道。

 

眷属になることで、姉は悪魔になった。 いわば転生悪魔。

もともと強力な力を持っていた姉は、悪魔の力を得て急加速に成長を遂げていく。 不自然なほどに。

 

そして、異変。

 

姉は確かに優秀だった。 成長していき、魔力の才能にも開花、そして猫魈の存在力ゆえ、仙人のみが使える「仙術」という特殊技能をも発動できるように至るが。

 

――――主、殺害。

 

力の増大は止まらず。 しかし彼女の主はそれを良しとした。 そして、当然ながら姉にもこれほどの力があるのなら妹にもあるのだろうという、悪魔らしく欲望に忠実に、妹にまでその強化を強制しようとしたのである。

 

なんというか、悪魔らしいというか。 いや、悪魔とは本来人間に対し欲を与える者。 自らが欲を欠いて破滅するなど、なんとも馬鹿らしい結末と言えるだろう。

 

妹を守るため。 半ば暴走状態だったにもかかわらず、妹への愛はあったのか、その主を殺すのみに至った。

 

こうして、姉は冥界から追われる身となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌な夢」

 

夕方、ヴァーリチーム本拠地。

リビングのソファーで体を起こしてそうつぶやく。

 

ずいぶん懐かしい夢を見た気がする。 とはいえ、その夢のせいで気分は最悪だが。

 

「ふぁ……」

 

大きな欠伸を一つして、着崩れたワイシャツを直して妖艶に出ていた肩をしまった。

伸びをしたとき、ボタンがはち切れそうなほどにその豊満な胸はぱつんぱつんに生地を引っ張る。

 

塔城小猫、彼女からしたら「白音」か。 彼女の捕獲に成功したヴァーリチームは、いままでの疲れを流すため、最近は特にこれといった活動はしていない。

 

何しろ、ここ最近戦闘漬けの毎日だったから。

北欧神話勢、「禍の団(カオス・ブリゲード)」の英雄派。 それらと立て続けに交戦してきた。

疲労も溜まるだろう、当然ながら寝起きとはいえまだ取れない。

 

しかし、彼女にも睡眠欲以上に優先するものはある。

 

「にゃ……そこに居るの~?」

 

自分にまったく違う世界を見せてくれた、或いはこれから魅せてくれるであろう男。

相思相愛とはいかないでもそれなりの信頼関係はあると自負している。

 

「ナイン…………」

 

――――と、寝ぼけながら男の名を呼んだ直後だった。

 

「ぐむっ――――っ」

「あ、ごめんにゃ――――」

 

背中合わせになっているソファー。 その反対側にいつもナインがいることは分かっていた。

テーブルには理解不能な原子記号やら図式、錬成陣だか魔方陣だか分からないものが描き込まれた用紙を手に取って唸る彼の姿をよく見かける。

 

睡眠時間を大幅に削ってまでするデスクワーク。 しかしそれを見てガリ勉だの余裕が無いだのと小馬鹿にすることを彼女はしない。

 

だが、今回はそういう状況ではなく――――

 

「あなたねぇ……」

「…………ごめーん」

 

まだ完全に意識覚醒していない寝起きの目で彼女――――黒歌は、自分の下にいるナインに謝った。 落下して彼の腹に肘打ちを見舞ってしまったのだ。

 

「…………まぁ、いいですけど」

 

そういつもの口ぶりでナインは口から息を吐く。

顔に重そうな本を広げてアイマスク代わりにしているところを見ると、彼も仮眠中だったことが解る。 そんな眠りの最中盛大に腹に一撃貰ったのだ、文句の一つも言うだろう。

 

だが、にもかかわらず黒歌はナインの上から退こうとしない。

それどころか、ナインにその体を押し付けている。

ゆっくり、ゆっくりと、本で視界を隠しているナインに気付かれないように這って行く。

腰、腹、胸板と、完全に体を密着させたまま、ずりずりと這って行き、ついにその先に到達した。

 

「と~うちゃーく」

「む」

 

甘い声の元、ペロリと生暖かい舌先でナインの首筋を舐める。

豊かに実った二つの果実が、胸板で卑猥に形を変えた。

 

「ん…………寝て、ないの?」

 

ひとしきり好きな男の体を味わうと、艶のこもった声音でそう訊いた。

 

「いえ、寝ましたよ」

「…………どれくらい?」

「30分」

「短っ! よく平気でいられるわね」

「あなたの見事な肘鉄が無ければもうあと10分くらい寝れました」

「にゃーん」

 

そう猫撫で声で鳴きつつ、黒歌はナインのアイマスク代わりの本を退かしてそのまま顔を近づけた。

目が合い、見つめ合う。

 

「ナインの目って、黄金に輝いてるのね…………綺麗」

「まぁ、それはあなたも同じようですが」

 

影で交わされる接吻。 黒歌のこの甘えたような行動は、あの房中術もどきの一件でエスカレートしつつある。

 

そして、それが始まったら自分からでは止まれない(・・・・・・・・・・・)

半強制的な寝起きで意識が未だ覚醒しないナインの唇を、黒歌の舌先が割り入って舐め回す。

 

口内を舌でぐるりとなぞり上げた。

触れ合う舌は、瞬く間に蛇のように巻き付き絡める。

 

「ん…………はっ……」

 

水音をさせながら身じろぐ。

耳で反響する口吸いの淫猥な音色を聴きながら至福の時を堪能する黒歌。

息継ぎのため、ナインが彼女の肩を持って離す。

 

「………………それ、私のワイシャツですよね」

「あら、気付かれちゃった? 近くにあったから借りているわ」

 

ぷるん、とワイシャツの生地を引っ張る二つの果実をわざとらしく揺らした。

そして再び落とされるキス。

 

黒歌のいまの恰好は、和風の着物姿の時とはまた別の淫靡さを纏っている。

ナインが赤いスーツの下にいつも着ている白いワイシャツをラフに着ているだけだ。

 

ボタンは2、3個留まっているのみ。 そのため、彼女の豊満な胸や躰の線が厭らしく浮き出ている。

下も…………下着だけである。

 

黒歌自身も自負する抜群のスタイルは、布一枚で窮屈そうに押し込められている。

 

「…………このワイシャツ、ん…………リラックスできて良いのよ。 それになんだか…………」

「…………」

「…………ナインに抱きしめられてるような感覚がして、とっても気分が良いにゃ~」

 

離れていく二人の唇の間を、銀の橋が伸びて堕ちた。

黒歌の黒い髪をナインが一梳き。

 

そして、都合何度目になるか分からないキスにナインが含み笑った。

 

「嫌?」

「…………いえね、別に。 ただ、あなたとこうするのは何度目になるのかなぁ、と」

「何度でもいいんじゃない? ナインが嫌じゃなければ、私は…………」

 

艶然と潤んだ瞳にナインを映す。

 

「はぁ……んはぁ~……にゃ~ぅ……――――」

 

黒歌の熱い吐息が頬を撫でた。

一束、二束と黒い髪がナインに垂れる。

 

「あなたは私と居て飽きないのか? いつまでも先のステップに進まない私に、そろそろとは言わずとも焦れてきているのでは?」

「…………」

 

――――唐突。

言葉に、黒歌はきょとんとした。

接吻は何度しようと行為に及ぶまでには至らない二人の奇妙な関係。

普通の人に聞けば不可解極まりない、宙に浮いたような関係に見えなくも、無い。

 

男女で友情など成立するはずがないと思っているナインの、至極当然の疑問だった。

 

だが黒歌は、ナインにしては意外に陳腐な問いにカラッと笑った。 いつもは哲学的なよくわからないことを語り出してこちらの熱烈なアプローチを躱してくるくせに、今日はどうしたの? と。 この彼の問いを心底チャンスと思いつつ舌なめずりをした。

 

「……まぁ確かに、焦れて来てはいるわ。 あなたが許してくれたらいますぐにでも襲っちゃうわね」

 

でもさ、それって短慮よね。 黒歌はそう言って本を退かし、ナインを至近距離で見詰める。

 

「ヤラせてくれないくらいで冷める恋ならしてないわ。 それに私、結構嫌いじゃないの」

「…………なにが」

 

訝しげに問うナインに、

 

「あなたを追いかけるのが好き。 振り向いてくれないあなたが好き」

「それは破綻している。 ならばもし私があなたをここで抱いたら、あなたは私に興味を失くす。 そういうことでしょう?」

 

なんとも悲壮感を帯びた文句。 だが、こういう言葉を平気で、躊躇いも無く流暢に喋るのがナインだ。

事実この台詞は不敵に笑う口元から出た言葉だからだ。

 

黒歌はクス、と笑った。

それこそ短慮だろう。 今日のナイン、なんだか変よ、と。

 

「それ、最低女よね。 でも居るわよ、確かにそういう女。

振り向いてくれない男がいるから、振り向かせようと躍起になる。 いざ振り向かせたときは、興味を失くして――――」

 

また次、そしてまた――――まるでループのように行われる。 男の方は迷惑極まりないだろう。

なんという高慢な女だ、と。

 

「ナインはなんでそう思ったの? もしかして、昔そういうことされたことがある、とか」

 

一転、ニヤニヤとナインの頬を指でつつく。

 

「だとしたら、ナインにもそういう時期があったのかなって、逆に親近感沸くんだけど」

「さて」

 

ナインは屈託なく笑った。

 

「しかしさて…………あれはそうだったのかもしれません」

「あれ?」

「いえ、失礼。 昔を思い出しまして。 まぁ昔とはいえほんの数年前のこと」

「聞きたい聞きたい! 聞きたいにゃー! ナインの全部!」

 

馬乗りの要領で興奮する黒歌。 しかし揺さぶられるナインは、苦笑いで言わずの姿勢を示していた。

 

「…………」

 

すると黒歌は急に動くのを止めた。 何を思ったか、ナインの方にもう一度ゆっくりと上体を落とす。 再び密着する二人の肢体。

 

「錬金術だって同じ。 届かないからこそ渇望する。 私の恋も、叶わないからこそ(こいねが)う。 これだけ想っているのに、どうしてそんなこと言うの?」

 

それは、いまの宙に浮いたような関係のことを、だ。

 

「…………あなたも塔城さんの境遇に少なからず羨望の念を懐いていると思いましてね。 信じられる仲間が居て、守ってくれる騎士が居る。 女性ならば誰もが夢見る――――」

「浮き彫りになりたくない、足手まといになりたくない。 あなたと並べばか弱い女なんていう生き物はそういう存在でしかないわよね」

 

ナインと並んで同じ道を歩める者などそういない。

黄金律のピラミッドは上に上がるほどその人口枠は数を狭めていくだろう、それと同じだ。

 

「…………ではあなたは、まだ歩けるというのか。 私が歩むこの狭い道程を」

「ナインと一緒に居たいからね」

 

珍しい物を見たように黒歌を見詰めるナイン。 黒歌の言葉に呆気に取られたのだ。

 

「…………ふふ、ふ」

 

しかしにわかに、声も無く笑い始めた。

 

「く……くはっ。 アハハ、はーーーーーーーーーーっはっはは!」

「笑い過ぎじゃない?」

「いやいや、あなたは初めて会ったときはこんなに甘えたがりでは無かったはずだ。 もっとこう、獣のような」

 

すると、黒歌は頬を膨らませて拗ねて見せた。

 

「あら失礼ね。 最初から飛ばしまくっていたでしょう? あなたにアプローチしていたじゃない」

 

未だ笑い続けるナインが黒歌の頭に手を乗せた。

 

「…………あのときのあなたは違った」

「!」

「あのときの貴方は、触れれば斬れる佇まいを持っていた。 そうさ、あなたは本来ああやって生きて来たんだ。 そんな雰囲気を放ってましたよ。 周りは皆敵、向かって来る敵は牙を剥いて食い殺す。 まるで餓狼。 それがいまでは…………ククっ」

 

初対面のあの日の自分の本質をすでに見抜かれていたことに、黒歌は冷静さを欠かない。 なぜならそうだ、紅蓮の男とはこれなのだ。

「人間」をよく知っている男だ、なにを戸惑う必要がある、当然じゃないか、と。

 

悪魔の主を殺し、しばらくしてヴァーリチームに入った。

心にも余裕が生まれ、多少は弛緩した雰囲気に慣れてきていた。

が、本質は変わらなかった。 凶悪なはぐれ悪魔として追われている身で、完全な余裕など持てなかった。

 

――――野生としての本能が、その雰囲気を無意識に放出していた。 それにこの男が気づかないはずがない。

 

「…………いまの私は嫌い?」

「いえ、むしろそんな短絡思考から脱却したあなたはより美しく見える。 理知的に動ける女性はいい女だ」

 

黒歌の顔に、華が咲いた。

 

「ナイン、大好き」

 

無言で口だけを笑ませるナイン。

黒歌はここで、さらに進歩したと確信しそして、”自分はナインを愛している”のだということを再認識した。

 

「ねぇナイン、聞いて欲しいことがあるの」

「…………」

 

遊びはここまで。 ここからは重要な話に差し替わった。

 

ナインが沈黙の後、顔に被さった本をテーブルに置く。

上体を起こす邪魔をしないよう、黒歌も名残惜しそうではあったが、自分も体を退かしていった。

 

「塔城さんのことですね」

「! ……そうよ」

 

もはや驚かない。 ナインの前では隠し事はできないだろう洞察力の高さに黒歌は頭を垂れる。

 

「でも、あなたには白音って呼んで欲しいわ。 それがあの子の本当の…………」

 

本当の名前なのだと。 彼女は「塔城小猫」ではなく、「白音」だと。 今現在一番信頼の置けるであろう男性には知っていて貰いたい。 黒歌はそう願っていた。 だが、

 

「真実だけがすべて正しいわけではない」

 

そう、ナインは黒歌の言葉を否定した。 しかしそれはまるで、子供をあやすように優しいトーンで。

 

「本当の名前? あなたが言うなら確かにそうだろう、彼女は『白音』。 でも、そうは思っていない者たちもいるよ」

「そうは思っていない…………? ああ、グレモリーの上級悪魔のこと? あんなの――――!」

 

血縁でもないのに何を世迷言を。

「塔城小猫」? そんな名前(もの)あいつらが勝手に付けた名前じゃない! そんな他人に付けられた名前が可愛い妹の名前だなんて――――

 

認めない、認めるものですか。

 

「だが、結果的にいままであなたの『白音』さんを守ってきたのはグレモリーさんたちだ。 あなたは理由はどうあれ、『白音』さんとの関係を絶ってきた」

「そ、そうだけど…………そう、だけど…………うぅ」

 

しかも最悪の別れ。 怖がらせたまま離れ、そして現在(いま)また彼女を怖がらせようとしている。 それでは以前の繰り返しだろう。

 

「まずそこからだ。 いまの『彼女』と関係を修復していくには、そこから直していかなくてはならない――――『どちらかが一歩退く』つまり、あなたが退き、『白音』ではない彼女を見てあげるのだ」

 

「白音」のままでは、昔のことしか思い出さないだろう。 本名であろうが、その名は思い出すのも恐怖する過去の所為で、”忌み名”のようになってしまっているのだ。

 

ゆえに、

 

「あなたにとっては厭わしいでしょうが、我慢が肝要だ。 彼女はいま、『塔城小猫』であることに幸福を感じている」

「…………嫌にゃ……そんなの」

 

ボソリ、小さく発したか細い声。

しかしそれは、より力強いものに変わっていく。

 

「…………嫌よ、絶対嫌にゃーーーーーーーー! 血縁の私と一緒に居るより上級悪魔なんかと一緒に居た方が幸せだなんて嫌にゃ!」

「ならば」

 

ああならば。 本当の家族が誰であるか明確に示したいならば、

――――戦え。 立って戦え。 血縁とか血筋とか、姉妹とか、そういうものをすべてかなぐり捨てて彼女にぶつかるがいい。

 

ゼロから始める姉妹仲の集中治療だ、思い出は逆に膿みになる。 頭を空にして戦え。 そこから、本当に直せる仲なら、何も考えずに突っ込んでも万事は良方向に進むはずだから。

 

「あんな悪魔に、白音をやるものですか!」

「ではとりあえず、彼女と話してきなさい。 私は少しヴァーリに用があるので出てきます」

 

ふんす、とやる気まんまんの黒歌にそう言い残して、ナインは部屋を後にした。

 

「愛する者には正気など無い。 ああなるほど、私と同じか、くははっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁヴァーリ」

「ナインか、何の用だ」

 

夜の闇に浮かぶ月影は二人を照らす。 黒歌と別れたナインは、気配を辿って橋で一人黄昏る白い少年に会っていた。

挨拶代わりの呼びかけとその返答の後、前者であるナインが鼻で笑った。

 

「あなた、黒歌さんのことを知ってて、私たちに塔城さんを攫って来いなんて言ったんでしょう?」

「戦力増強さ、何を疑う」

「惚けるなよヴァーリ・ルシファー…………」

 

危険なほどに深くなる笑みとは反比例にヴァーリの表情は険しくなる。

 

「別に騙した事を責めてるんじゃないよ。 ただね、あなたも黒歌さんも、最近変わってきていると思いましてねぇ」

 

ねぇ? と意地悪そうにそう言うナイン。

するとヴァーリは眉を上げて訝った。

 

「変わってきた、俺が…………?」

「ええ。 さっき黒歌さんにも言ったんですが――――丸いよ、いまのあなた。 赤い方と何かあったのかい?」

「…………」

 

無言。 肯定か否定かは不明だが、ヴァーリはナインの言葉に反駁の言葉も無い。

 

黒歌に先ほど言ったこと――――野生に生きる獣のような、鋭いナイフのように触れれば斬れる佇まい。

これがナインと会う以前の彼女だったが、現在はそれがほとんど抜け落ちている。 といった状態をナインは言いたかった。

 

「いまのあなたも戦闘狂というより……そうだな、仲間思いのチームリーダー、ていう感じかねぇ」

「何が言いたい。 はっきり言え、紅蓮の錬金術師」

 

ピリッ。 ヴァーリの持つ雰囲気が張り詰めた。 そんな伝説の二天龍の暴風のようなオーラを感じてなお薄ら笑いを止めないナインは、わざとらしく顎に手をやった。

 

「ええっとねぇ…………誰彼構わず放っていた殺気、戦意がいまのあなたには無いんだよ」

「………………」

「さて、これは平和ボケしたと言えばいいのか、それとも理性が獣性を上回って利口になったと言うべきか…………」

 

その瞬間、夜の闇が局所的に光り輝き、爆発を起こした。

 

――――魔力の砲弾の轟音炸裂により、二人の居た橋が一部倒壊する。

 

「おっとぉ」

 

魔力の有効範囲から跳び退り、大仰なアクロバットでバク宙していく。

やがて橋としての存在意義を失くした鉄骨の上に、紅蓮の男は飛び移っていた――――いつもの笑みを浮かべて。

 

「怖いなぁ」

 

睨み上げてくる白龍皇の姿となったヴァーリに、ナインは倒壊した橋の僅かな鉄骨の塊の上で座り込んだ。

 

「優しいのは結構ですがね。 正直、優しさというのは過ぎる甘さとなってその者を『駄目』にする」

 

変わりたいなら自分の力で変われ。

現在(いま)を覆したいなら己の力で覆せ。

 

気に入らない流れなら自分の力で捻じ伏せろ、他力に頼るな。 

 

「そんなに過保護だったか? 俺のやったことは」

 

訊くと、ナインは首を横にゆっくり振る。 質問に否定で返した。

 

「いまはね」

「俺は会談のとき、あの赤龍帝――――兵藤一誠に、次の戦いではもっと激しく戦ろうと宣戦した。 ああ、満たされてなんかいないさ。 おれは戦えればそれでいい」

「…………」

 

笑みを止め、目を細めてヴァーリを、まるで品定めするように見るナイン。

もっと激しく。 凄烈に。 打ち合い、組み合い、滅ぼし合おう。 そう赤龍帝に告げたのだ、偽りは無い。

 

ナインの懸念していたことはヴァーリの心の揺れにある。

出会った当初は純粋な戦闘脳だったのに、ヴァーリは徐々に”情”というものを知りつつある。 いや、持ちつつある。

 

しかしだからといって、それが悪いわけじゃない。

ただ…………

 

――――少なくとも、自分で決めた生き方を途中で変えることは、自分はしないから。

 

しかし、これは指摘しただけだ。

すぐにナインは引き下がったのだった。

 

「…………ふぅむ、分かりました。 どうやら、私の勘違いだったようですね」

 

だった、”こと”にしておこう、と言葉の裏に潜ませた。

肩を竦める。 ヴァーリの横に飛び降り立ち肩に手を置いた。

 

「ではいままで通りに。 生き残るために戦いましょう。 あと、黒歌さんと塔城さんの件に関しては、たったいま始まったところです」

「ほぅ」

「まぁどうなるかは彼女たち次第ですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男二人がそんな中、とある一人部屋で二人の姉妹が改めて再会していた。

 

グレモリー眷属たちが通う学び舎、駒王学園の制服のままベッドに座っているのは、小柄な銀髪の少女だった。

普段の彼女は、外見から見ても表情から読み取れる心は少ない。 しかし、なんとなく落ち着きが無いことは、その少女と対面している彼女には一目瞭然だった。

 

「姉さま…………」

 

「捕らえられた」わけではなく、真に自分からこの状況に飛び込んできたのならば牢屋など不要だろうというナインの意向により、彼女――――塔城小猫には最低限の生活の保障が約束されていた。

 

汚点とも、悲劇とも言うべき過去を拭い去るため、小猫はナインの言葉を信じて付いて来たのだ。

 

「…………久しぶり、小猫(・・)

 

そうその少女を呼んだのは、黒い髪をストレートに背中まで垂らした美女だった。

 

「………………」

 

今までごめんね。 ”ごめんね”

 

この拗れてしまった関係を良好にしたいならまずこの言葉が出るべきだろう。

だが、その一言が中々出て来ない。 すぐそこまで出かかっているのに、喉のどこかで引っ掛かっている。

 

対面している美女――――黒歌は、その一言すら体面上言えない状態に陥っている。 なぜなら、最悪の別れをしてしまったから。 いまさらゴメンとか、本当のことを話す気にはなれない。

 

ここにきて、黒歌の意外に臆病なところが出てしまった。 いや、これは相手が相手だからか。

そして、ナインから勝手に借りたワイシャツの袖を握り締め、目を逸らしてしまった。

 

「こういうとき、どうしていいか分からないわね。 せっかくナインが作ってくれたチャンスなのに……いざとなったら頭真っ白で一言も浮かんでこないわよ……バカ」

 

それは自分自身に対してだ。

 

「…………かつての主を殺したのは、暴走したからですか?」

 

古傷を自分でほじくり返しながら、小猫がそう聞いて来た。 猫魈としての能力が暴走し、殺人衝動を抑えられずに敢行した行動なのか。

 

「…………そうよ」

「ウソです」

「…………」

 

質問したのはそちらだろう。 肯定に否定で返された黒歌はますます言葉が出なくなる。

 

「暴走した”だけ”なら。 いまの私に会いに来る必要なんてないです。 だってそうですよね」

 

相変わらずの無表情、しかし黒歌には解る。

 

「どんな善人でも後ろめたいことがあったら逃げたいと思うこと、一瞬でもあると思います」

 

なぜ、この子はこんなにしゃべれるの? 黒歌は心底そう思っていた。

 

「姉さまが暴走しただけで私を追いて行ってしまったなら、私はここで姉さまと会ってませんし、姉さまもそんな神妙な顔をして私と会わないです」

 

その時点で縁切りは免れないと言えなくもない。

 

だがナインに聞かされた。

 

それ以外の理由があって、黒歌は暴走したのだということを。 私利私欲で力を欲し、力に溺れて暴力(べリアル)となったわけではないのだと。

 

「姉さま。 姉さまは何をされて、どういう経緯で暴走するようになってしまったんですか? それを…………」

 

それを聞ければ、こんなセッテイングは要らなくて。

 

「私が話して、信じてくれるの…………?」

 

嗚咽のような涙声で黒歌は訊いた。

 

真実を知るのは現場にいた黒歌とその悪魔しかいない。 しかしその悪魔はいまは居ない、この世に居ない、ならば自分一人。

だが無意味だと、やる以前から諦め遠ざけた。 傷つけられた己から話しても信じてくれるわけがないと諦観していた。

 

隠され続けた真実を。

 

「姉さま、信じています。 偽りの無い真実を…………お願いしま……す…………」

 

先ほどまで姉よりも凛としていた態度も、最後にはその声すらも涙に濡れていた。

 

未だあの時の恐怖を拭い去れない姉への疑心。 先は長い。

離れていた分を取り戻さなくてはならないから。

 

だがお互い、僅かではあるが確実に距離を縮めつつあるのだった。

 

 

 

 

 

――――背中合わせだった姉妹が、初めて向き合い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってわけでよ、予定してたお前とシトリー家の令嬢とのレーティングゲームはお蔵入りになりそうだ」

 

「…………」

 

「一人欠けちまったんだ、どうしようもねぇ。 いま三大勢力の兵隊すべて動員して全力で捜索中だ、ゲームどころじゃねえ、それはリアス、お前も分かってんだろ」

 

「…………分かっているわ。 分かっているから歯痒いのよ」

 

「あ?」

 

「私の大切な眷属が攫われて、私たちは指を咥えて見ているだけしかできないなんて!」

 

「お前の心中は解る。 だが、我慢しろ、相手が誰だか分かってんだろうが」

 

「…………ナインっ!」

 

「そうだよあの(・・)ナイン・ジルハードだ。 あいつ、ここ数日で一気に悪名を広げやがった。 いや、それだけじゃねぇ。 元五大龍王がそう言ったんだ、もう疑いようがねぇよ――――あいつは……ナインは強い」

 

「私たちが行って取り戻して―――――!」

 

「それはダメだ、行かせねぇよ」

 

「どうして!」

 

「…………ったく。 いいかリアス、お前はまたイッセーの土壇場のパワーアップを期待に掛けてるんだろう」

 

「…………!」

 

「やっぱりな……そんな上手く行くんだったら、俺もお前らに行かせてる。 そうじゃねぇから俺も行かないしお前らも行かせない」

 

「そんな…………」

 

「あいつは『違う』んだよ、お前らとは根っこの部分から。 ナイン・ジルハードは兵藤一誠にとっての最大の鬼門だ」

 

「…………」

 

「………………ナインもやってくれるぜ。 パーティ会場爆破に続いて小猫を連れていくとは」

 

「でも……どうしてあの子、自分から…………」

 

「思うところがあったんだろ――――ん…………なんだ、緊急? 繋げろ」

 

「誰から、アザゼル?」

 

「…………ああ、分かった。 引き続き監視を続けろ、後からすぐ行く」

 

「どうしたの? ちょっと…………あなた、気持ち悪い顔になってるわよ」

 

「戻ってきた」

 

「え?」

 

「小猫が、冥界に戻ってきたそうだ」

 

「それは本当!?」

 

「……………………ナインに連れられてな」

 

「なん、ですって……………………?」

 

 

 

 

 

 

HölleKatze und Mad Bombe.




この話での黒歌姐さんの恰好は終始、裸 ワ イ シ ャ ツ だ。 ok?
ちなみに髪も結ってません。 イラストがあればどれだけ良かったか(血涙)

そして話を聞きながらも姉の胸を見るたびに劣等感を感じている小猫ちゃんでした
(嘘)


あ、あと私、久々にこの作品を初めから読み直しました。

感想:途中、主人公がエイヴィヒカイト使ってるみたいに見えて来た。 この類似感、なんとかせな。




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39発目 紅髪と紅蓮

「そう……小猫がそう決めたのなら、お姉ちゃん何も言わないわ」

「はい…………それと姉さま、もういいですから、その呼び方」

「…………あ、ああ。 し、白音?」

「はい」

 

確固たる強い意志の宿った瞳で、小猫は実の姉にそう言った。

 

真実の断片を聞かせることで、いままで拒絶してきた過去と向き合わせる。 そういったナインの計らいでお互いに落ち着いた状態で話す機会を得た二人。

 

できることなら、これからもずっと一緒に居たい。

 

好きになった男のことで張り合ったり。

一緒に色々なものを見たり聞いたり。

 

できるのであれば、私と一緒に……。

 

姉妹としてこれからも一緒に。

黒歌はそう主張したが、当の本人は頑として聞かなかった。

 

「私は、リアス・グレモリー―――リアス部長の眷属です」

「…………そうね」

 

短く肯定する黒歌。 解っていた、分かっていたことだ。

 

塔城小猫はグレモリー眷属の「戦車(ルーク)」それは覆せない事実だ。

現にいま、彼女の中にはリアスの「悪魔の駒(イーヴィル・ピース)」が内包されている。

 

主との通信が取れないほどの距離でいつまでもこうしていては、小猫も自分のようになってしまうだろう。

妹を己の二の舞にするなど愚挙だ。

 

何よりも、妹がリアスや他の仲間たちと離れたくないという気持ちが黒歌には強く伝わってきた。

だからか、黒歌はあっさりと小猫を手放す。

 

「そっちは楽しい?」

「…………はい」

 

含みは一切ない、優しく妹に笑いかけると、小猫も頬をほんのり朱に染めて頷いた。

 

「姉さまは楽しいですか?」

 

そう聞かれると、数瞬考える。 にわかに腕を組んだ黒歌が、何やら照れた様子で人差し指を頬に当てて苦笑した。

 

「あはは…………正直な話、私の方はもうメロメロなんだけどね」

「えっ」

 

予想外の返しに、小猫は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をした。 意外だったのだ。

と同時に、彼女にしては稚拙な表現をする姉に驚いた。

 

「ただの無差別爆弾魔だったら私も付き合っていないわ」

 

短く笑った。 ナインと同じ金色の瞳が煌めく。 そして、恋い焦がれるように語り始める。

 

「ナインってね、たまに「自分はこんなところで死ぬ人間じゃない」っていう目をするの。 たとえ神様に殺されそうになっても、絶望的な実力差のある相手と戦っても、絶望なんてしない。 不思議でしょ?

絶対ダメ、殺される、負ける、逃げた方がいい、そういう考えがほとんど無いみたいなの。 だからなのかしら……憧れたのよ、純粋にね。 強固な魂、心、それを女の本能が求めてる。 私にもその力をちょうだいって」

 

夢を、幻想を追い求める。 そして実現する。

この世の大半が現実という凡百の輪の中で、己だけが異端の敷居を広げて「ああ、人生とはなんと素晴らしいものか」と人としての生の歓びを謳い上げる闇の賢者。

 

自分の持つ能力を鍛え上げることにも余念が無い。 これも、黒歌がナインを見初める理由に当たる。

 

「…………」

 

この黒歌の台詞に対しても意外そうにする小猫は、身を乗り出して僅かながらの興味を示す。

 

「こちらでは、彼は天才錬金術師と言われています。 けれど反面、能力が高いのはヴァチカンの所有していた錬金術専門の国家教育のおかげだと。 三大勢力間ではそういった議論が為されているようで…………」

 

サーゼクス、アザゼル、ミカエルらが共に認める傑物だろうと、やはりどこかしらにそういった考えの者もいるのだろう。 彼らトップと経歴を同じくする大御所たちか、それか有象無象たちの僻みか否か。

 

――――その男を入信させたヴァチカンに、総てではないだろうが非があるのでは。

――――数多の教会の戦士たちの聖地であるヴァチカンともあろう国が、そのような狂人を産み出したのか。

――――ヴァチカンから技術を略奪した不敬な元信者、嘆かわしい。

 

「………………」

 

その、誰とも分からない理論を鼻一つで笑い飛ばす黒歌は、不機嫌そうに歯を鳴らす。

 

「耳で聞いた情報だけでその人物のなんたるかを語るなんて、いい賢者っぷりね、どの上方も」

 

年の功から来た大御所たちの推察や、同じ錬金術師やその手の技術者たちの主張。

すべてがすべてそうではないだろうが、黒歌にとってはいい印象は持っていないからこの皮肉は当然だった。

 

本人不在で噂やら前情報に尾ひれが付いた典型的な結果だろう。

 

紅蓮の男。

あの男の過去を知る者も少ない。 可能性としてはミカエルが握ってそうだが、どちらにせよまだ浅くしか探れていないことは、未だに情報収集に追われているのが何よりの証だ。

 

大天使をしてもナインの過去は禁断(パンドラ)の箱であり、秘密(シークレット)なのだ。

 

「私はもっとナインを知りたいわ…………はぁ」

「でも、あの人は一体全体、何をしたいのでしょうか。 私は自分から来ておいて変ですが、あの人なら力づくで私を連れ去ることも可能だったはず……わざわざあんな回りくどい事をしてまで…………まさか、実は優しい人――――」

「それは無いにゃ~」

 

言うが早いか、黒歌は苦笑しながら小猫の言葉を切り捨てる。

わざわざ説得するという手間をかけてまで、このような場をセッティングしたのはどういう意図か。 小猫は少なからず期待していた。

 

そこまで気を配れる優しい人間なら、いま、一方的にではあるが対立関係にある兵藤一誠や他のグレモリー眷属とも分かり合えるかもしれない。 そう、小猫は幻想を抱いていた。

 

「…………はぁ、あのね」

 

黒歌の端正な口元から息が吐かれる。

 

そう、だがそれは幻想だ。 あの男は小猫が思い描いているような聖人でも善人でも無い。 もしも本人の前でこんな愚考を口にしたなら、あれは腹を抱えて大笑するだろう。

 

忘れるな、ナインは一度、小猫たちの居場所を文字通り吹き飛ばした最悪の物理的サークルクラッシャーなのだと。

 

「白音ぇ~、やっぱりあなた、まだまだ子供ね」

 

腰に手を当てた黒歌が艶然と微笑んだ。

そんなことは自分とて自覚はしている。 だが何か釈然とせずむっとする小猫。

 

ジト目で姉を睨むと、ごめんごめんとあやすように頭を撫でられた。

 

「普通に生きて、恋して遊んで泣いて笑って…………それも悪くないわ。 事実、いまもそう思っているしね」

 

でも、と目を細めた。

 

「ナインはそれだけじゃ足りない」

 

生き残るために戦線を生み出し、生き残るために戦う。

 

――――数多の生命ひしめくこの三千世界で己はどこまで征ける?

――――自分はこの世界でどれだけの価値があるのだろう。

――――もし自分を正しく評価してくれる者が居ればそれは誰。 この際、神でも悪魔でもなんでもいいからこの問いの答えを知りたい。

 

自分に問い続けながら走り続ける。 それが、ナイン・ジルハードの生き方。

 

「…………っ! そんな……そんな生き方、いつまでも続けられるんですか!? 敵を作るばかりじゃないですか……!」

「実は世界の敵になるのがナインの目的だったりして」

「姉さま!」

 

冗談半分におどける黒歌に小猫が激昂する。

 

これ以上ふざけた事をのたまうな。 世界の敵? 一体いくつ命があればいい――――否、いくつあっても全然足りない!

もし本当に、仮に黒歌の言う事が本当ならばそれは度し難い狂人、壊人の性だろう。

 

「享楽主義もここまで来ると呆れを通り越します。

将来歴史上の偉人たちの写真の横にしれっと並んでいそうな壊れ具合ですね」

「白音、あなた面白いこと言うわね。 でもそれって良いの? 悪いの?」

「悪い方に決まってます!」

 

つまりは悪名高くなるわけか、とあっさり得心する黒歌。

「何笑ってるんですか!」と威嚇してくる可愛い妹の頭を手で押さえた。

 

「とにかくそんなわけで、私はナインとは離れられない。 好みだし、子供作りたいし。

だから、同じように白音も譲れないことはあるんだろうし、私は止めない」

「…………子……子作り!?」

「そう子作り」

「~~~~~!」

 

先ほどから振り回されっぱなしだ。 小猫はそう悔しそうにしながらもどうしても聞き慣れない卑猥な単語に二の句すら告げられない。 口はパクパクと酸欠の魚のように。

 

「じゃあ早速、戻る? 白音」

「え…………本当に?」

「ウソ言ってどうするの」

 

後ろに向き歩き出す黒歌。 付いてきてという意思表示に、小猫は僅かに理解が遅れたものの後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今に至る。

 

紅蓮の男は銀髪の少女を連れて。

リアスはアザゼルの忠告に従わず残る眷属たちを連れて。

 

「やぁ、グレモリーさん」

 

森の一角――――茂みからぬっと出て来たのは、紅蓮の男――――ナイン・ジルハードだった。

 

姉妹同士の積もる話が収まるところに収まり、次元の狭間を介して来訪した。

理由はただ一つ、借りモノを返却しに。

 

「へへ、どうも」

「…………っ」

 

相変わらず背筋がゾッとするような薄笑いを浮かべて何を考えているか分からない。

この男と向き合うには頭を空にした状態で向き合わねばならないとリアスは本能から学んでいた。

体制など意味も成さない。

 

と、横で気まずそうに目を伏せている銀髪の少女に気付いた。

 

「小猫!」

 

塔城小猫。 敬愛する主の呼びかけに顔を上げる。

その彼女の肩にゆっくりと置かれるナインの手。

 

ビクリと、小猫の体が跳ねる。 そしてナインは、彼女の耳元に近づき囁いた。

 

「良かったですねぇ、心配してくれているようですよ」

 

口元をにやけさせてナインは彼女から後退して離れていった。 両の手をポケットに入れて見送る。

 

「…………!」

 

ナインが三歩離れたとき、小猫は歩みを走りに変えて元の主のもとに飛び込んでいった。

小猫の小柄な体を抱き止めるリアスは、心底安堵すると同時に確かめるように一際強く抱きしめる。

 

「リアス部長、ご心配をおかけしました」

「いいのよ、小猫。 無事で良かった……本当に!」

 

このときばかりは、姉がこの場に居なかったことを幸運に思うナイン。 やはりあの紅髪は、多少お粗末が見られるものの眷属への愛は本物なのだろうと確信する。

 

「…………古今東西、親族はいずれどちらかが巣立ち離れていくものだからねぇ」

 

なるようになった結果。 二人の過去にかの悲劇が無かったとしてもいずれ訪れる離別。

ゆえに黒歌、あなたもそう悲観することはないのだと、戻ったらそれくらいの言葉をかけてやろうと、いまだけは道化は道化らしく口元を僅かに上げていた。 ただし、一パーセントほどの慰みの言葉にもならないであろうことには気づけなかったナインだった。

 

「さて、周りが喧しくなる前に退却が吉ですか」

 

自分は踵を返し帰ろうと靴を鳴らす。 これだけが目的だ、冥界中どこもかしこも大騒ぎしてるが、渦中からしてみれば滑稽極まりない。 指を差して笑いたくなる慌てよう。

 

しかしそんなつまらない騒ぎで有象無象の相手を取っていくのは骨が折れよう。 ゆえに判断した引き際である。

だが、更にしかしだ、そこで大人しく帰してくれないのがリアス・グレモリーという女だ。

 

「待って」

「えー…………やだ」

「なっ――――止まって欲しいと言っているの! これは命令ではなくお願いよ!」

 

相変わらずこの男との会話の舵取りは困難を極める。 リアスはそんな感じの愚痴を呟きながらも頬を赤くしてその舵取りに挑んだ。

そんななかナインは仕方なく歩みを止める。

 

「…………なぜ、こんなことを」

「長くなりそうですか? その話」

 

鬱陶しそうに、心底嫌そうに端正な顔を歪めるナイン。

 

「な、なぜと聞いているの!」

「黒歌さんの悲劇に付き合っただけだよ。 私はピエロであり団長としてこのバカバカしいサーカスに手を貸しただけです」

「バカバカしいって…………」

 

吐き捨てる。

 

「私にとっては足元に転がった小石。 押し付けがましい感情だよ。 悲劇的な過去を聞かされて同じように涙を流して同情してくれると思ったか。 正直迷惑だ、止めていただきたい――――と突き放すように言ってあげれば誤解が解けますか?」

 

小猫の精神的成長に一役買ってくれた善人? 否よ。

そしてこの言葉を聞いて再び激昂した表情を見せるか? 旧校舎を吹き飛ばしたときのように。

 

そう思っていたが、あろうことかリアスは不敵な笑みを浮かべて挑発するように己が背中に言葉をぶつけてきた。

 

「でも、行動したっていうことはそういう気持ちがあったってことでしょう? 小猫の姉―――黒歌を、言い方は悪いけれど哀れんで協力した、違うかしら」

「…………」

 

――――静寂。

しかし内心、グレモリー眷属は穏やかではなかった。 いや、小猫を連れ去られた事実にではない。

リアスが豪胆にも、あの爆弾狂に挑発の言葉を投げたからだ。

 

一誠はリアスの意外な言動に口をぽっかり開け、

朱乃はリアスの取った行動に冷えた汗を一筋、

祐斗も朱乃と同じだが、違うところは僅かな笑みが浮かんでいるところ、

ゼノヴィアは無表情、最初から分かっていたように、

アーシアは一誠の影に隠れ、

ギャスパーはあわあわと、

 

各々違う反応を見せていた。 だがナインは、激することも嘲笑することもなく手を顎にやった。

 

「……………こうしてみると加減というのは本当に難しいですね。 あなた方が過ぎた勘違いをしないように説こうとすれば、読み越しが通り過ぎて逆に変に勘ぐられる」

 

振り向き、肩を竦めた。

 

「確かに哀れみましたとも、過去に。 痛ましいと思いました、彼女に。 まぁでも、こういうのも有りなんじゃないですか」

 

一時の関心が起こした興味本位の行動だ。 ナインも人間、そういった善人の真似事もする、意味は無い。

 

「善行も悪行も等しく人間の行動原理になり得るのだ。 いまさら変人が起こす気まぐれの一挙一動に理由を求めるだけ無駄なことです」

「協力的な人には好感が持てるのよ、なぜあなたはそうやって私たちから遠ざかろうとするのかしら」

「同じような人間が、同じような人間と横並び手を取り合って歩く――――あなたたちが大好きなことじゃないですか」

 

己の性格が曲がっているのは百も千も承知である。 であるならば、異端の自分が常人の輪(リアスたち)に入るのは滑稽だろう。

ナインは肩を揺らして笑い出した。

 

「しかしまぁ、あなたはだいぶ変わった。 以前は私の行動に疑問や怒りしか感じられないつまらない悪魔だったのに、中々味が出て来たじゃないですか」

「あなたとの付き合い方はだいたい解って来たのよ。 けれどね、やっぱり疲れるわあなた」

「でしょうよ。 私も常人(リアス)に合わせるのは苦痛で仕方がなかったからね、判る」

「ふふ、ふふふふふふふっ」

「ふふは、はははは、はーっははははは」

 

ナインの哄笑とリアスの微笑にも似た黒い笑いが噴き上がる。

二人の間に迸る負の空気に眷属たち数人がたじろいだ。

 

「こ、怖いです、二人とも」

「ギャーくん、あの人を見ちゃだめ。 色々変だから」

「部長がナインと会話を成立させているだと!? あ、でも部長の方は目が笑ってない」

「うふふ、部長もああ見えて負けず嫌いですからね」

「リアス部長の気苦労が伺えるね」

「ナインめ…………私もお前と話がしたいぞ…………」

 

そして笑いから一転、リアスのこめかみが引く付いた。 蘇る、ナインとの今までのズレた会話。

 

「あなたが私に合わせてくれた記憶が無いのだけれど!」

「あれ、無かったっけ」

 

ぶっきら棒に頭を掻くナインに、つかつかと歩いてきたリアスが抗議する。

鼻が触れ合う程にナインを睨んだ――――紅髪が僅かに赤光を帯びておどろに揺れ始めている、相当キているのだろう。 しかしそんな彼女の睨みも利かず、ナインはニヤニヤと見下していた。

 

「冥界や学園に居る部長のファンが見たら卒倒するな」

「うん」

 

駒王学園での優雅な立ち居振る舞いを知っているだけにこの光景は何度見ても見慣れない。 冥界でも同様の男性悪魔たちの羨望の的となっているのは祐斗どころか一誠も知るところ。

 

「ニヤニヤして…………っ!」

「ふはははは、どうしました、せっかくの美貌が崩れていますよ」

 

それがこの有様である。

あの二大お姉さまの一人が軽くあしらわれるなど、威厳も形無しとはこのことだ。

 

『こちらに人間の生体反応有り!』

『可能性としては十分有り得る…………紅蓮の男かもしれん、見付け出せ!』

 

がさがさと、騒々しい森の林を掻き分ける音が聞こえてくる。 おそらく追手だろう。 あまりに時間をかけ過ぎた。

するとナインは、目を細めてリアスの顔を押し退けた。

 

顔を押し退けた。

 

顔を。

 

自他共に認めるあのリアス・グレモリーの端正な顔を、邪魔だと言わんばかりに押し退けたのだ。

 

「まぁ、積もる文句はまたお会いしてからですね。 そちらの陣地ではおちおち話も出来やしないよ、へへ、次はそちらから出て来てくれるとやりやすい――――引きこもりも大概にしないとねぇ、オカルト研究部」

「な……な……な……な……なんですってぇぇっ!」

 

ぷるぷると震えてナインの手を払う。

不敵に、そして高笑いとともに開いていく次元の穴。 そこに瞬く間にナインは吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や…………やっぱり苦手よ、ナイン!」

 

荒くなった息を整えながらも歯ぎしりが止まらない。 あのすべて解ったような口ぶり、そして人をからかうような態度。

どうにもリアスは、ナインへの苦手意識がある。

 

「今度会ったらそのときこそ再戦よ!」

「念のため聞きますけど部長…………何のですか?」

 

おずおずと聞いてくる一誠に、「何を分かり切ったことを言うの」と言わんばかりの勢いで拳を握る。

 

「言い負かすのよ!」

「――――いやぁ、口上じゃお前に勝ち目はねぇよリアス」

 

苦笑気味に響く声に、リアスはむっとして上を見上げた。

森の上空から降りて来たのは、十二枚の黒翼を出したアザゼルだった。 その更に上にはタンニーンも居る。

ナインは間一髪だったと言えるだろう。

 

「ナインは行ったか」

 

降り立ったアザゼルが翼をしまいながらカラッと笑う。 リアスが胸の下で腕を組んだ。

息を吐いているところを見ると、安堵しているようだった。

 

「本当に小猫を返しに来ただけみたいだったわ」

「何かしでかすと思ったが……杞憂だったか。 掴めん男だよあいつは」

「ナイン・ジルハードがヴァーリチームに入ったことで、奴も次元の狭間をある程度自由に行き来できるようになったのが痛いな。 捕らえるには四方八方は勿論の事、空間も完全に他とのリンクを遮断させた状態で追い詰めねばならん」

 

タンニーンの言葉にアザゼルが呆れるように頭を掻き乱す。

確かに、ナイン単体では次元の狭間は行き来どころか入ることすらできないはず。 ゆえに、あの男がヴァーリチームに居る以上は捕縛は困難だろう。

 

「なんとかヴァーリと離れさせられないかねぇ。 あいつらが組んでからというもの完全にあっちのペースだ」

「ドラゴンと賢者は古来より相容れない存在同士のはずだがな。 賢者の方が賢者らしからぬ者だからか」

 

龍――――ドラゴンとは本能的に強者との闘争を好む。 跡には何も残らない炎の海。

 

錬金術師――――賢者とは一般的に多種の知識を持った賢人のことを指し、ただ暴圧的に戦いを繰り広げるドラゴンとは絶望的に相性が悪いと言える。

 

ドラゴンは己が本能のまま、賢者は己が信条に従い、歩き続ける。

 

「ドラゴンと賢者って、そんなに仲悪いんですか?」

 

一誠が疑問をタンニーンに尋ねる。 すると彼は低く唸った。

 

「そこは昔からあるイメージの問題だ、兵藤一誠。 ドラゴンは本能に忠実だ、強大な力を持ったからこそ自制というものを知らん。 お前にも言えることだぞ?」

「俺?」

「性的欲求が本能となり、力となる。 そりゃそうだぜタンニーン、なんたってイッセーは乳をつついてパワーアップするような煩悩の塊だからな」

 

先日のヴァーリチーム襲撃のときの戦いの一部始終を思い出し、一誠はぐうの音も出なくなった。

アザゼルは「気にするな、俺は好きだぜ」と肩を組んで爆笑する。

 

タンニーンが続けた。

 

「対し、賢者は非常に合理的だ。 そして何より探究熱が凄まじい。

卑金属を黄金に変え。 最終的には不老不死などという夢物語の実現に指を掛けたことすらある。 ある意味で狂った者たちだ」

「賢者ってのは錬金術師だけに言えることじゃないが、現状ナインはその名に相応しい怪物だ。 堕天使(うち)の連中でもあいつに匹敵する能力は出せない。 オーディンのジジイんとこはその限りじゃねぇかもしれねぇが」

 

狂信から来る生命力。 求道心から来る超常。

無論のことアザゼルの幕下にいる堕天使には、誰も彼も聖書に名を連ねるほどの科学者や賢人も存在する。

が、さすがに信仰心と持ち得る能力だけで法則の壁を打ち壊すことはできない。

 

「どこまで征くんだかね、ナインは」

 

知識は長い歳月を生きる堕天使、実技は誰よりも何よりも己を狂信しているナインが、それぞれ上手を行くだろうと堕天使の総督は分析する。

 

「まぁとにかく、小猫が無事戻ってきて良かった。 帰って休めお前ら。 そしてリアス、お前は熱冷ましとけ。 その状態でシトリーと戦う気か?」

「なっ!」

「あはは…………付き合いますよ、部長」

「ぐぬぬぅ……」

 

ナインと対話をするだけでこの有り様だ。 いい加減耐性が付かないものかなと苦笑するアザゼルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、デート?」

 

開口一番、もっとも似合わない単語を発したのは、数分前にヴァーリチームの拠点に戻ってきたナインだった。

読み物をしている彼と対面するソファーで一人テンションを上げているのは、黒い和服のグラマーな女性――――言わずと知れた黒歌であった。

 

「そう、デート。 ナインとぉ……し・た・い・の♪」

 

艶然としたエロティックな表情で指を舐める。 炸裂する美女の流し目ほど破壊力のあるものはないが、例によってナインは読んでいる本から目を離さず話半分で「んー」などと適当に返事をしていた。

 

戻ってきてからというもの、黒歌が何故かこの状態なのだ。 妹が結局行ってしまったことに対する孤独感によるものか、それとも純粋にナインと出かけたいのかは分からない。

 

「まぁ、最近ヴァーリや美猴さんが東京のラーメン屋めぐりをしているということで、こちらも出かけるという対抗心は買います」

「じゃあ!」

「まぁいいでしょう、行きましょうか」

「ホント!? やた!」

 

本を閉じると自室に向かうナイン。 意外とあっさり承諾してくれた彼に、黒歌は後ろに付いて歩きながら彼の顔を覗きこむ。 上目遣いの彼女に視線だけ向けた。

黒い和服の隙間から豊かな乳房がきわどい線まで揺れて見える。

 

「ナインなら受けてくれると思ったにゃん。 こういう遊びも人生の一環、でしょ?」

「ふむ、その通りです。 案外、世俗に浸ってみるのも面白いと思いましてね」

 

世俗などと言ってしまうあたり、やはりどこかしらで線引きはしているのだろう。

しかし元は教会の人間だったのだ、難しくはない。

 

「それに、あなたには先日の妹君奪取の件で口にした言葉がある」

 

『今度機会があればなにか埋め合わせをしましょう』

 

黒歌の表情が更に明るくなる。 パァ、と花が咲いたように微笑んだ。

 

「やーん、覚えててくれたのね。 じゃ、さっそく着替えてくる!」

 

照れるように悶える黒歌。

ああいう切迫した状況で出る言葉というのはただの言葉の綾で、終わったら総て冗談で有耶無耶になることを覚悟していたのだ。

 

それが、覚えておいてくれた。 偽りの無い、一番最初の好きな男とのデート――――気合いが入らないわけがなかった。

 

「…………服、色っぽい方がいいわよねぇ」

 

ナインの私服を妄想しながら、黒歌も電光石火のごとく自室に飛んで行った。




ローゼンカヴァリエ・ジャガイモヴァルト

どうやら厨二病の作者がデートなどというほんわかした物語を描くと聞いて激怒した読者は多いのではなかろうか。 安心しないでください、作者もその手の創作は苦手です。 なのにどうしてそういう話に持って行ったのか、それも分かりません、不思議ですね(白目)


んなことよりも。
”Dies irae ~Interview with Kaziklu Bey” 私はいま、これが待ち遠しくてたまらない。 毎日公式サイトをチェックしてるくらいね!
公式OPを見たとき、「チンピラが歌ってるよ……」と苦笑が止まりませんでした。

では、みなさま寒いので風邪等引かぬように、こたつというヴァルハラで元気♂に過ごしてください。


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40発目 本能のままに、獣のように

「ナイン、あっち行きましょあっち」

「はいはい」

 

日本、東京。

人が往来する一番多い昼間の時間帯で、一際目を惹く黒髪の女性が、相方の男性をあれやこれやと連れ回していた。

 

いや、連れ回すというのは語弊があろうか。 連れられる男の方はそれほど嫌な顔をしていなかった。

 

女性の方の第一印象は、切れ長で若干釣り上がった目元はどこかサディスティックだ。

ワンピースの上に、それより丈が長いカーディガン、加えてタイトスカート。 そして、ストレートの黒髪という大人な雰囲気も醸している。

 

なにより、そのワンピースを押し上げる女性の象徴とも言うべき双丘が強く自己主張している。

収まりきらずに覗く渓谷は、芸術的ですらあるゆえに、道行く人の視線を独り占めしていた。

 

しかし、彼女にとっての目当てはただ一つ。 故意的に上半身を曲げて、相方の男性を見上げてみせたのも理由は一つ。

 

「黒歌さんはあの服以外にも着る物があったんですねぇ、意外意外」

「ちょっ、ひどーい。 いつもあんな痴女みたいなカッコしてると思ってたの?」

 

少し口をむっとさせて腰に手を当てた。 豊満な胸が張られると、更に周りの視線が集められる。

 

――――違う、アンタたちじゃないわよ。

 

見物料を請求するぞと言わんばかりに、送られてくる厭らしい視線を横目でキッと両断した。

周りの男性たちの視線を一身に集めるそんな美女――――黒歌に腹立ち混じりに腕を掴まれたのは、先ほど上げた「相方の男性」であり、現在彼女が最も執心しているワイルドな風貌な男だった。

 

鋭い双眸を持ちながらもどこか弛緩した雰囲気が印象的。

 

長身痩躯のその男は、前髪を逆立たせ、長く伸びた黒い髪を根から背中にかけて束ねていた。

ステンカラーコートの下には、黒いタンクトップ。 首には鉄十字(アイアン・クロス)を模したネックレスが掛けられ、胸の辺りで揺れている。

 

下に履くジーンズと、上に着るコート――――外見を彩る洋服がすべて紅蓮のような紅で揃えられている。

普通ならば黒歌同様目立つ恰好であるが、なぜかそうはならない。

 

黒歌の美貌がその男の派手さを隠匿している? 否だった。

 

「あなたは普段から肌をさらし過ぎているんですよ」

「あらぁ? 心配してくれるんだ」

 

黒歌は悪戯っぽくその男――――ナインに腕を絡ませた。 そう、外見は派手でも、そのどこかダラりとした雰囲気が周りの風景と同化するように隠しているのだ。

 

「でも、やっぱり目立つかしらこのカッコ」

「さぁね」

 

吊り上げられた口の端から八重歯を剥き笑い飛ばす。

 

「どちらにせよ、あなたは心配されるような女じゃないでしょうに」

「うわひどい。 あのねナイン、どんなに強くてもね、女っていうのは男には気にして欲しいものなのよ?」

「何を気にするのだかね」

「そりゃ、こんな人通りの多いところだからぁ、性質の悪い不良とか、変な勧誘とかから守って欲しいにゃー」

 

確かに、黒歌ほどの美人でグラマーならば、その辺にいる軟派な少年やら、そういう筋の店の勧誘等受ける可能性は十分にある。 都心ならば尚更だ。

しかしナインはそれを、「あーはいはい」と一言でヒラリと躱してしまう。

 

「あなたはただでさえ男ウケのいい躰をしているのに、さらにそういった恰好をしてしまうから良くない」

「普通の服装じゃない! 何がイケないのよー!」

「視線が嫌なら、大きくて分厚いコートでも羽織ればよろしい」

「暑っそれ暑いにゃナイン!」

 

実に合理的。 見られたくないならば、躰の凹凸が分からなくなる程着込めとナインは言う。

だがいまは夏場だ、そんなものをこんな人混みのなかで着たら、今度は奇異の視線を向けられる上に暑すぎる。

そして何よりも女を分かっていない彼に黒歌は溜息を吐いた。

 

「相変わらず釣れなくて安心したにゃん」

 

溜息だが、黒歌は本心だとこの上なく楽しいのだ。 今までが今までだけに、こういった街巡りは一人より二人で周れば十分娯楽になり得る。

そうして彼女はしなやかな腕を絡めてナインにくっ付くと、嬉しそうに繁華街を周った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、お姐さん一人?」

「やっべ、超美人じゃん!」

「俺的ドストライクっすわー」

「だから言ったろ、ありゃ上玉だってよ」

 

定番である。 べたべた過ぎて呆れる。

 

なんだかんだで日が落ち、夜の帳が降りた都心。

帰宅ラッシュの人だかりも通り過ぎ、いまはポツポツと単一で歩いている人が数人いるのみだ。

 

そんな中で道路脇で声を掛けられて立ち止まったのが運の尽きか。

しかし黒歌は、半円に囲んでくる少年たちを溜息一つしただけで無視してしまった。

 

「ちょっとちょっとぉ」

 

少年の一人が、自分を一人だと抜かしたゆえに、遠くまで歩いて行ってしまったナインを追いかけようとしていたのだ。 ナインは自分を通す男だが、悪く言えば自分しか考えない男である。

 

「そんな速足で行かなくたっていいじゃん、いい店知ってるんだ行こうよ」

「私、急いでるの」

「なんでよ、いいじゃん」

「向こうに連れがいるのよ」

「つか声もマジ痺れるし、姐御肌ってやつ? いいねー」

 

深夜であり、そしてほぼ無人であるために若者の声はより一層辺りに響く。 通りすがる人間たちはチラリとこちらを見るだけでそそくさと歩き去る。

 

「連れって一人?」

 

そう一人の少年に問われると、黒歌は立ち止まった。

振り向いて口を開く。

 

「お・と・こ」

「友達か」

「いいじゃんそんなん。 つか、こんな美人の女の子放って先行くとかひどい友達もいたもんだぜ、なー」

 

怒る気にもなれなかった。 こんな掃いて捨てるほどいそうな凡百の男どもに、想いを寄せている男の悪口を言われても痛くも痒くもなかった。 ナインならばこうしただろう、と黒歌はそれに倣っただけだ。

 

しかし、無言を肯定と取ったのかもう一人の少年が黒歌の腕を取った。

 

「―――――チッ」

 

生理的嫌悪感が彼女の肌を走る。 ピアス、髪染め――――そしてここ一番黒歌が嫌悪したのは、匂いだ。

体臭とかそういうものではない。 もっと精神的な…………

 

「キター、強引責め! この前も彼氏持ちの女の子引っかけたもんなー」

「あれは女の子の方が先に堕ちたんじゃん。 俺のせいじゃないしぃ」

 

この言動からも分かるが、彼らは性根も腐っていたらしい。

僅かに臭う甘ったるい匂いが鼻につく。 これは女を惑わす薬だ――――世間では媚薬といったか。

 

「離しなさい、良い子だから」

「う……うひょー、すげー眼付け。 絶対その筋の人だろ」

「いや、もしかしたらただの強がりじゃ――――」

 

――――警告はしたわよ。

 

やんわりと断るが、尚もしつこく付き纏ってくる少年たちはますます近寄ってくる――――その臭い匂いを発しながら。

黒歌は心底呆れていた、そして、嘲笑していた。

 

そんな人間界の俗物が、練度によっては仙人レベルにもなり得る猫魈である私に効くと思っているのか。

無知な少年たちを嘲笑うような小人のつもりではないが、やはりこの状況は見ていると面白おかしくて堪らない。

 

だって、少年たちはいまでもその媚薬という俗物が私に効くと思っているのだから。

 

ゆえに今夜、少年たちは悪夢を見ることになる――――現実で。

 

「お、おいお前、足が地面に入って(・・・・・・)…………ひぁ……っ!!」

「え…………」

 

先ほどまでしつこく言い寄ってきていた若者たち。 その四人のなか、一人が目の前で起きる怪異に狂騒する。

あまりにも非現実的な出来事に何が何だか分からず、その拍子に尻餅を付いた。

 

――――沈み眠れ。

 

「へ……えっぁあぁ!」

 

尻から地面に落ちると、痛みはなぜか感じなかった。 それはなぜか、簡単だ。

地面が少年の手足を、躰を呑み込んでいる。

 

信じ難いいまの状況。 硬いアスファルトで固められた地面が、まるで汚泥のように揺らめき歪み、波打ち沈んでいく悪夢。 夢であれば覚めて欲しい――――。

 

「うわぁっ……助けて…………っ」

「ふざけんじゃねえ! 掴むなよ、ひぃぃっ――――!」

 

もう二人、気障な伊達メガネをかけた少年が金髪の少年の洋服を掴んだ。 藁にも縋る思いという諺が適切だろう。 しかし掴まれた方も沈んでいるのだ、無意味この上無い。

 

「…………ふんっ」

 

黒歌は、そんな光景を見て不機嫌そうに鼻を鳴らした。

この醜さよ。 お前たちなど所詮この程度。 差し迫った状況に陥ったとき、我先にと保身に走る。

 

完全に呑み込まれた他二人の少年に続き、惨めな足の引っ張り合いを露呈する少年たちも泥水のようなアスファルトに胸まで浸かる――――逃げられない。

 

沼と形容した方が良いか。

 

「あぷ…………だすけ……」

 

沈む……沈む! 地面に沈む! 少年は、自分でも訳が分からない言動に脳内がこんがらがる。 思考がかき混ぜられる――――足掻く少年が顔を上げた、直後だった。

 

「…………ふむ」

 

街灯の照明が人影を落とす。

後ろでかつんと鳴る靴音に、少年は今度は何かとギョッとした。

 

「あ、ナイン」

 

三人目が完全に沈むと同時だった。

そこには、遠くまで歩いていたはずのナインが立っていた。 ポケットに手を入れて猫背のまま肩を竦めると、足元に視線を落とす。

 

そして彼は、沈んでいく少年を無表情で一瞥――――あろうことか、その沈みかけていた頭を足の裏で踏み付けたのだ。

 

「―――――――――」

 

声にならない叫びは、やはり踏み付けるナインには届かない。

そして、まるで遊ぶように強弱を付けて足に力を込める――――沈んだり浮いたり、それはさながらモグラ叩きだ。

 

「たす――――け……」

 

すぐだった。 

四人の少年たちの最後の一人――――それを、ナインは何の気なしに押し沈めた。

 

「………………」

 

標的がすべて引き摺り下ろされた後、泥寧化したような地面が嘘のように通常のアスファルトに戻る。

靴の爪先で少年たちの沈み落ちた地面を叩くと……ナインの口が笑みを帯びた。

ここでようやく、言葉を話し始めた。

 

「少し、驚きました」

「んー?」

 

ポリポリと頭を掻く黒歌は、少年たちなど最初から居なかったかのように歩き始める。 通り過ぎるそのときに、ナインは言った。

 

「あなたが嗜虐に酔う人だったとは、思っていませんでした」

 

糾弾、ではないことは確かだ。 なぜなら――――目を瞑って笑っているのだから。

 

「酔ってないわよ?」

 

手をフラフラとさせ、ナインを通り過ぎて行くと、抑揚の無い言葉を発した。

 

「いいじゃない、殺してないし」

「しかし彼らは明日には恐慌状態だ、ククっ」

「ああいう、毎日をなんでもなく過ごしてる奴らって踏み潰したくなるのよ。 目的も無く、目標も無く、信念もなく…………まぁそれだけならいいわよ、私に迷惑かけてる訳じゃないんだからね」

 

しつこい男は嫌われるという言葉を体現した場面だっただろう。

ゆえに、あのときあの少年が彼女の腕を掴んでいなければ、少年たちは悪夢を見ずに済んだのに――――。

 

「嫌がってる女の手を引っ掴んでくるんだから、ちょっとイラッときたの。 だからこれくらいは我慢して欲しいと思うけど?」

 

金色の瞳がナインを貫く。 これは威嚇でもないが、友好的な視線でもない。

 

端的に言えば、苛立ったのだ。

殺しはしていないが少し怖い夢を見せるくらいいいだろう。 むしろ落としどころとしては理想的だったのではないか。

 

そんな、どこか拗ねた様子の黒歌に、笑いながらナインは首を振る。

 

「皆が皆、毎日を必死に生き長らえて来たあなたのような逞しさを持っているとは限らない。 人間皆違う。 同じものを彼らに求めるのは、少し酷なのではないですかねぇ、フフフ……」

 

ナインもどこかしらで思っている、そして、見下している――――「黄色い劣等」と。

彼は人種差別主義者では無いが、いまだけ、現代日本を生きる若者たちを叱咤する。

 

「たわけた国でしょうが、立派な先進国家の代表格だ。 そういじめるものじゃないよー」

「そ。 ま、自重はするわ」

 

ていうか、と黒歌。

振り返った彼女の瞳には、先ほどのような険は消え失せ妖しい笑みに変わっていた。 いつもの、ナインを見るときの目だ。

 

ナインの中には、殺意と好戦性が同居している。 もともと殺しや戦いが好きな性分では無いが、彼の渇望が、それらを必要以上に冗長化させている。

爆発させたいから殺す、爆発させたいから戦う。

 

しかし問題はそこではない、その先だ。

一人や二人殺したくらいでは生まれないその強烈な残虐性を、感情の奥深くに包み隠して他者からそれを悟られない精神技術をナインは持っている。

 

周囲との同化。 言ってみれば人型の爬虫類だ。

獲物を前にしたときにのみ、姿をさらし仕留めにかかる。

 

つまり黒歌は何を言いたいのかというと、

 

「あなたがそれを言うー?」

「それも確かに」

 

黒歌の正論に、吐き捨てるように大きく笑い飛ばすナイン。

 

――――自分の方が殺している。

それをあっさり肯定したのだ。

 

「……あーあ。 ちょっと消化不良ぉー。 あの最後が無ければ良かったんだけど」

「私の方は逆ですね。 後半の方はなかなか有意義な時間を過ごしましたよぉ」

 

話の方向を180度転換しようと話題を変えると、意外な言葉が返ってきた。

 

有意義と聞いてナインの手元を見ると、何やら大きい箱型の袋が目に付いた。

珍しくナインのお眼鏡に叶うものがあったのかと、関心を抱いた黒歌は、がさりと袋の中を覗き込む。

 

「…………なにこれ、『ボンバーマン』?」

「爆弾男です」

「いや無理に訳さなくていいと思うにゃ。 ボンバーマンって……いやだからなにこれ……」

「爆弾をまるで携帯のように気軽に取り出し、友人を吹き飛ばしていくゲームだそうです」

 

箱の裏面を見ると、なにやら人間とは形容しがたい者たちが、互いに導火線の付いた黒い塊を投げ合ったり蹴り飛ばしたりしている絵が描かれている。

 

「…………っ」

 

これはなんというか……ナインの趣味に合っているが。

 

(まさか、最近リアルに吹っ飛ばせないから、その欲求をテレビゲームという娯楽にぶつけようとしてる?)

 

”爆弾狂””紅蓮の錬金術師” 禍々しい呼び名を持っておきながら現代娯楽にも傾倒するこの茶目っ気は、等しくナインも人間であると証明する材料にもなるだろう。

 

しかしなんにせよ、黒歌にとってはそれがツボに入ったらしい。

 

「ぷふっ……」

 

押さえきれずに笑い出してしまった。 もう我慢できないという風に。

 

「……ぷっあは……あははははははっ! ゲームっ……ゲームってナイン…………アハハハハっ、も……わ、笑わせないで…………可愛いナイン! アハハハ!」

「まぁ、ちょっとした遊びですよ」

 

お腹を抱えて転げ回る横で淡々と語るナイン。

黒歌は、続く笑いの余韻を堪えて口を開いた。

 

「えっと……アハハっ。 うん、ナインが満足したのは分かったにゃ。 でも、私は満足してないのよ?」

 

ふふん、と。 なぜか自慢げに大きな胸を張る黒歌。

 

「…………ちょっと、何その嫌そうな顔」

 

肩で小突く。

 

さらに首を傾げたナインに、彼女は文句の代わりに彼の胸にしなだれかかる。

目を瞑り、誘惑する様に喉を鳴らす――――まるで子猫だ。

 

「ホテル……行かない? いいわよねぇそれくらい。 私、疲れちゃったにゃん」

「ああー」

 

美しい女性から感じる躰の”重み”というのは、男にとっては心地良いとさえ感じさせる魔性の催淫。

まして彼女は猫又の上位、猫魈。 ”営み”にまで事を運ぶには容易だろう。

 

「…………いいんじゃないですかね」

 

その誘惑が効いてか効かずか、欠伸をしながらナインは承諾。

 

「決まりぃっ!」

 

――――しめたっ。

場を整えればこちらのものだと言わんばかりの悪人面で、黒歌はナインの手を引いて行った。

 

「ホント元気だなぁ……」

 

この男が適当な返しをするときはとことん適当なのだということを黒歌はそろそろ理解した方がいいのだろう。

 

しかし夜は長い。 彼女がした選択は、果たして吉と出るか凶と出るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァーリチーム本拠地。

ここでは、銀髪の少年と快男児が東京のラーメン巡りと称して試合を観戦していた。

 

しかしその試合とは、人間界の論理からはかけ離れた世界観を持つ。

ボクシング、プロレスリング、柔道空手剣道……数多のスポーツや武道とは乖離したもの。

 

映像には、赤い鎧を全身に纏った少年と、暗黒色に染まった魔のラインを滞空させて対峙する少年―――本気で戦う男たちの姿が映っている。

 

地獄こと、冥界で執り行われる競技と言う名の決闘。

なんでもいい、己の持つ物はすべて武器として揮い、対する相手を真っ向からぶっ潰すなんでもありの格闘競争遊戯だ。

 

「そういえばヴァーリよぉ、ナインと黒歌にこの拠点から出てってもらう話はしてあんのか?」

「…………」

 

そんな死闘を観ながら、中国風の鎧を着けた快男児、美猴がそう訊いた。

対する銀髪の少年ヴァーリは、映像の先に居る赤い鎧の少年をじっと見ながら、

 

「…………まだだ」

 

そんなに問題にはしていないのか、彼はその格闘競争遊戯――――レーティングゲームの映像に夢中の様子だ。

 

「まだって…………」

 

美猴も苦笑する辺り、ヴァーリと同様なのだろう。

ナインと黒歌、彼らにこの本拠地を出て行ってもらう。 この提案は他ならぬナインの方だった。

 

この拠点は、居住としては申し分ないがやはり動きが緩慢になるという彼の見解だった。

なにが緩慢になるのかというと、

 

「ヴァーリチームも人数が多くなってきたんで散らばらせるっていうあいつの提案、俺は良いと思うぜぃ。

むしろペンドラゴンの方も分けて三拠点ってことにすれば、視野もだいぶ広がるだろ」

 

多人数で一つに纏まっているのは悪効率。

 

「美猴」

「それに……ああ。 この際本人が居ないからぶっちゃけさせてもらうけどな。 しょーじき言うと、黒歌のナインに対するラブ光線が眩しくてこっちはイラついてんでぃ!」

「聞きたい……美猴」

「毎日毎日あの女は盛った猫みてぇに……あ、猫か……ってなんだヴァーリ」

 

詳しくは、ナインではなく黒歌に対する文句の羅列だった。 ナインがこのチームに迎えられてから、黒歌の熱は上がるばかり。 たまに不機嫌になったりするようだが、彼女のなかではそれすらもナインとの友好のしるしだと思っているのだろう。

すると、そんな怒涛の文句も馬耳東風と聞き流して映像に夢中な戦闘狂ヴァーリに、美猴の方が折れて聞いた。

 

ヴァーリは、映像から顔と視線を美猴に向ける。

 

「いつだ。 俺の宿敵(ライバル)はいつ、強くなる」

 

映像は、ちょうどその赤い鎧の少年が、貧血(・・)で倒れてリタイアになった場面だった。

 

「まぁ、赤龍帝ももとは人間ベースだ。 しかも頭ン中は女でいっぱい。 相手が策士なら真っ先に嵌められるタイプ、無理は無いと思うけどねぃ」

「会談のときは誰も思いつかない発想をして楽しませてくれたかと思えば、同じドラゴンとはいえ格下の龍王クラスにしてやられるとは……」

 

そこで、その映像は途切れる。

そう、彼らは冥界で催されていたレーティングゲームの記録をなんらかの形で入手していたのだ。

その一戦は誰もが注目するだろう。

 

「リアス・グレモリーとソーナ・シトリー。 力と策のぶつかり合い。 しかし結果はどうあれ、正直俺はソーナ・シトリーを評価する。 この悪魔は策士だな、美猴」

「火力は天性有するリアス・グレモリー。 だが、低火力を補おうとするソーナ・シトリーはテクニックタイプだねぃ。 普通にやればそりゃ前者が勝つ、つか勝ったけど。 でも、王様としちゃ後者が理想像なんじゃないか? 俺もヴァーリと同じ意見だよ」

 

手を振って答える。

するとヴァーリは溜息。

 

「『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』も覚醒していないようだし、まだしばらくは様子見になりそうだ」

「つかよ、ヴァーリは『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』をその膨大な魔力で抑え込んでやっと制御できるんだろぃ。 いまの赤龍帝が現段階でそんなのに目覚めたら暴走待ったなしだぜ、そりゃ」

「ふ……それもそうか」

「それより次はベルゼブブを輩出したアスタロトの坊ちゃんだぜぃ」

 

興が醒めたように哀愁の孕んだ表情をするヴァーリに、話を替える美猴。

と、そんなときに、ドアノブを回す音が響いた。

 

「なんでラブホでゲームになるのよ……」

「あー楽しかった」

 

落胆を孕んだ声音と気の抜けた声音が近づいてくる。

美猴とヴァーリがリビングの出入り口に目を向けた。

 

美猴が口を開く。

 

「遅いお帰りだなお二人さん」

 

ナイン・ジルハードと黒歌。 東京の街巡りを一晩通して終えて来た。

そんなニヤついた美猴に、彼女は一気に溜息を吐く。

 

「ねぇ美猴」

「あンだよ」

「ラブホテルって、どういうことする所だっけ」

「いきなりどした」

「だって……」

 

晴れ晴れとした表情をするナインを見て、黒歌はソファーの腰掛けにぐだっと寝そべる。

 

「ラブホテルのテレビ借りて、一晩テレビゲームやって来たんだけど」

「お前も?」

「うん」

 

すると、美猴は間髪入れずに噴き出した。 かなりの噴飯ものの体験談に、腹を抱えて転げ回る。

 

「ハハハハ……ハーーーーーーーーーーーーーーッハハハハハハっ! ゲームだってよぉ! そんなとこまで行ってゲームプレイしただけで帰って来たとか……ナハハハハハ!」

「その顔、滅茶苦茶踏み潰したくなるんですけど…………」

 

もうやっている。 ゴキブリの様に転げ回る美猴の顔を、ゴキブリのように踏み潰した黒歌は、上体を起こして腕を組む。 床を這うようによろよろと立ち上がった美猴が言った。

 

「いや、お前も一緒になってやってたってことはそれなりに楽しかったんじゃないかって」

「! そ……そ、そうだけど……楽しかったけど!」

「こんなつもりじゃなかった的な」

「………………」

 

そう、あの後夜も遅いという理由づけでホテルに泊まることにしたナインと黒歌の二人は、あのあと何も起きずにこうして帰宅してきたのだ。

 

「なんにも起きなかった」

 

悔しそうに言う黒歌。 そして、怒鳴る様に叫ぶ。

 

「ナインとゲームできて楽しかった!」

「怒ってんのか嬉しいのかはっきりしろぃ。 てか、楽しかったならそれでいいだろ」

「これで良いのかにゃあ…………」

 

げんなりとした黒歌は、ヴァーリと話し込みながらリビングに入っていくナインを見た。

ああ、自分はいつ願いを成就できるのだろうか。 難関すぎるにも程があるというものだ。

 

「でもよ、俺っちから見たら黒歌はだいぶ特別扱いされてると思うぜ?」

「誰に」

「そりゃナインだよ」

「うっそにゃ~」

 

なーに言ってるのこのお猿は、と言った具合で美猴の言ったことを貶すように笑い捨てる。

だが、美猴の視点、つまりは傍から見ればということだが、どれも曖昧ではっきりしないが確信を持って言える点が一つだけあった。

 

「お前、ナインのことを甘く見過ぎなんじゃないかぃ?」

「…………は?」

 

威圧のこもった声音で美猴を睨む。 私よりもナインの傍に居ない男が何を言う。

彼女から笑みが消えていた。 空気も先ほどのような軽い物ではなくなっている。

 

しかし、美猴は人差し指を突き立てた。

 

「どこの世界に、何とも思ってない女を四六時中すぐそばに置く男が居るんだ?」

「…………」

「俺っちたちは自由なチームだ。 パートナーは選び放題のはず。 まして今までのあいつの生き方からして、人生の相棒なんて今の今まで居なかったんだろうよ」

 

教会時代。 任務、仕事を除けばほぼ一人で過ごしていたナインの人生。

神の家たる幕下に在りながらもそれを否と切り捨てる不信心者。 彼と深く関われる者は、狂人か極度の物好きに限られる。

 

「…………ただの飾りかもしれないじゃない」

「お前な…………」

「私って本当に――――」

「ぐちゃぐちゃと…………!」

 

ネガティブにも程がある。 ついに美猴は、黒歌の愚痴にはこれ以上付き合い切れないと、怒りがこみ上げ―――そして爆発。

 

「お前が選んだ男だろうが! うじうじと、お前らしくねぇじゃねぇか!」

「!」

 

語気を荒げた喝。 曲がりなりにも彼は闘戦勝仏の末裔だ、気迫だけならばナインを超える。

黒歌は目を丸くして驚く。

 

「男を手玉に取るのがお前だろう」

 

黒歌の十八番だっただろう。

得意だっただろう! そういうことに関しては人一倍!

 

「ホテルで一発もできなかったからっていじけてんじゃねえよ……お前が選んだ男ってのは、そういうもの(・・・・・・)なんだろう!? 覚悟してまで傍に居たいって言ったのはお前だぜ、黒歌」

「…………」

「いまの状態が苦痛と感じるなら、お前いつか絶対ナインに捨てられるぞ。 あいつだって余裕の無い相棒を傍に置くのは嫌だろうぜ」

「…………っ」

 

何もかも見通され、そして叱咤され、悔しさで奥歯が砕けた。

核心を突かれたと言ってもいい。

 

すると、間が悪くヴァーリと話し終えたナインが戻ってきた。 

見るなり、案の定二人の尋常ではない雰囲気に気付いた彼が首を傾げる。

 

「…………なにかありましたか」

「なんでもねぇよ」

 

美猴はその場から立ち去り、ナインとすれ違ってヴァーリの居るリビングに入っていく。

それを見送った後、片方の眉を吊り上げて黒歌に聞く。

 

「なにかありましたね」

「…………」

 

目を逸らし、黙り込む黒歌。 話の内容に気づいていたのか否かは分からないが。 ナインは聡い人間だ、異変には気付いたと見える。

すると突然、黒歌の腕を取って歩き出した。

 

「あ、ちょっと…………?」

 

無言で黒歌の手を引いていくナイン。 彼の瞳には、険が強く宿っていた。 いつもの弛緩した雰囲気が皆無だ

 

そして、部屋に着くと――――ベッドにダイブした。

ナインが何を意図しているのか、黒歌にはさっぱり分からなかった――――予想不可。

 

「なにやって…………。 っっ!?」

 

しかし、ナインの寝転がる姿を視界に捉えると同時だった。

途端に込み上げてくる衝動。 黒歌は、急に体が火照る異常に瞠目する。

無防備をさらす彼に対し、こちらは意図せず性の欲求が止めどなく流れ出てしまっていたのだ。

 

肩を抱く。

 

これが、黒歌の限界。

先日、させてくれないからといって文句を垂れなどしないと豪語した。 が、それは全くの嘘。

黒歌も女だ、好きな男に四六時中くっ付いて、これが耐えろというのが無理な話。

 

猫又、猫魈の性とも言える淫の衝動。

さらにそこに美猴に喝も入っている。

 

「不安なの」

「…………」

 

ごろごろと寝転がるナインに、黒歌は立ったままそう漏らした。

 

「私、ナインといつも一緒に居るけど。 時折あなたが遠くに感じる」

「…………」

 

こんなに好きで、ナインも比較的良く思ってくれているのは解る。 だが、どうしても遠くに感じてしまう、彼との距離。

 

「あなたとしたい。 そう思えば思うほど、遠くに感じる。 だって、あなたはそういうのには興味が無いから……」

 

目を伏せる……が。 黒歌は意を決した。

 

勢いとか、雰囲気とかじゃない。 積み重ねてきた不満、欲求をぶちまける――――!

子作りとか、子孫を残したいとか、建前で逃げていた自分とは決別しよう、そう思い、黒歌は決意する。

拒絶を覚悟で突貫する。

 

「私はナインに抱かれたい。 もう、建前で逃げたり、からかったりしないから。 ねぇ―――」

 

自分はいままで何をやっていたのか。 いままでやってきたナインへの誘い文句は、すべて格下の青臭い男たちに向けて来たもの。 そうすれば自然と男は寄ってきたが、それをすべて切り捨てて遊んでいたのは間違いなく己の業だった。

 

誘惑の仕草? 要らん。 妖艶な笑み? 必要が無い。

ナインは有りのままが好きなのだ、そしてそれを赤い血花火へと変えることを至上の歓びとしている。

 

取り繕った黒歌を真に好いてくれるわけがない。 彼は黒歌を、好ましい性格とは言ったものの、裏を返せばそれ以上の関係を持つことはないという意志の表れ。

 

「私、ナインと気持ち良くなりたいわ…………」

 

ポタリと、黒歌の真下に水滴のようなものが滴った。

いつもの魔性は消え失せている涙ながらの懇願は、ここで初めて、真の快楽に対して従順になったのだった。

 

「――――素晴らしい」

 

一言。 やっと相手の方から言葉が出たと思ったら、上体を起こしたまま頬杖で黒歌を見てにやけていた。

 

「快楽に対する気持ちに、知らずに壁を隔ててしまうのがヒトの感情だ。 そりゃ、躰を売るのが商売の娼婦や、それこそ突っ込むことや突っ込まれることしか頭に無い男女は直球でモノを言える」

 

だがそれも、所詮はその欲求というオブラートに包んだ勢いに任せたひと時の感情であるとナインは説く。

 

「雰囲気やその場に流されず、積み重ねて来た感情を包み隠さず露わにできる者こそが、真に純粋なものだと私は思うよ」

 

立ち上がって、固まる黒歌の腰に手を回す。

ビクリと、躰が跳ねた。

そしてナインが腰を引けば、容易に胸板に収まり、より一層――――

 

「正直に言いますと、いまのあなた……とても佳い女だ」

「――――」

 

その瞬間、ベッドが大きく軋んだ。

黒歌がナインを押し倒したのだ。

だが、総てを許すといった表情で、彼はそれを受け入れている。

 

「ダメ、もう我慢できない…………っ」

 

震える声で貪るように、ナインの胸板に熱いキスを降らせていった。 布擦れが響く。

 

本能のままに生きよ。 これが、ナインが黒歌に求めた感情。 取り繕わない感情こそが真に純粋を生み出すのだと。

 

そしてならばこそ、その剥き出しの本能を抑え込むのではなく完全に制御できるようになった暁には、理性など必要としない高純度の生物になれる。

 

――――理性など不要。 すべてを全力で、現実という試練へと飛び込んで行け。

 

そうして今夜、黒歌は願いを叶える。

ナイン・ジルハードの番いになりたいという想いを、成就させるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回俺たちはお前の計画の一端にだけ手を貸す。 それで十分だな?」

 

「ああ、少し”霧”を撒いてくれるだけで構わん。 後は我々があの偽りの王を殺していく」

 

「それはそうと、お前のとこの現在の血統はあのシスター好きの変態だが……奴は何を考えている?」

 

「…………なにを、とは?」

 

「紅蓮の錬金術師。 あの変人がディオドラの誘いに乗るとは考え難い」

 

「貴様……ゲオルクと言ったか? その男がどれだけ強いか私は知らんが、文句ならば彼に直接言いたまえ。 私の目的はそんな者よりも先んずるものがある」

 

「………………強さではない」

 

「強くないのか。 ならばなおの事問題などあるまい。 偽りとはいえ、ヤツもベルゼブブの血族の端くれだ、そんなどことも知れぬ人間を従えられぬのなら悪魔として価値も無いだろう」

 

「……おい」

 

「ふん、私はいくぞ。 この後クルゼレイと話しがあるのでね、失礼する」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

「…………それを言ったら、すべての悪魔に価値が無くなるぞ、旧魔王シャルバ・ベルゼブブ」




書いてて、この黒歌、どっかの足引きさんに似てるなと思った。 能力も。

ん? エロシーンが無いって?

「――――創造」して満足してください。

誤字、脱字ありましたらお願いします。






いつかナインの教会時代編を書こうと思っています。(もちろん投獄前)

登場人物多数です。

ストレートロングへアのゼノヴィア、イリナももちろんのこと、教会追放前のアーシア。
枢機卿関連。 聖剣計画関連等。

一話で済むか分からないし、妄想で終わるかもしれないし、分からない状況。


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41発目 アガレスとアスタロト

最近捗るなぁ。

あ、そういやシャルバさんの声って聖餐杯なんだよな……影薄すぎて気づかなかったけど。


「む……」

 

久しくしていなかった睡眠から目覚めると、頭を掻きながら上体を起こす。

欠伸をし、身だしなみを整えようとベッドから立ち上がる――――

 

「――――よぉし」

 

微睡んでいた脳内が一気に晴れ渡ると同時、停止していた思考の歯車も寸分の狂い無く回り出す。

寝起きは比較的良い……というより、この男は全体的に見て強健なのだ。

 

寝起き後、だらだらと眠気に停留されたりはしないこともその一つ。

大々的な理由としては、己の限界というものを弁えているゆえに、10代のそれとは一線を画した管理力を有している。

 

寝ている間以外はもはや手足を動かすことと同義に脳を回転し続けるのは一種の才能であろう。

そんな、人間ならば未練がましく寝具を放さないであろう状況を歯牙にもかけずに立ち上がった男の腕に、未練がましい腕が絡みついて来た。

 

「――――にゃ〜、まだ寝るの〜!」

 

寝起きでダルくなっている体に突如として反発の力が加わり、あっさりと引き戻される。

――――言い訳を言おう。 覚醒したとはいえ不意打ちだったのだ。

 

ベッドに座らされるとすかさず腕が伸びてきた。 一瞬にして為された早業に、しかしその男ナインは呆れるように息を吐く。

そう、その犯人は言わずもがな。

 

巻き付く腕は、艶を放つ白魚のような肌。

そして、それと同時に背中に押し付けられる柔らかい二つの感触。 終始無表情なナインだったが、自分の腰に回された腕を見てすぐにくつくつと笑った。

 

「昨夜はお疲れ様でした」

 

回された腕が這うように肩に乗ると、にゅ、と横から黒歌が顔を覗かせた、ご機嫌な様子だ。

そのまま流れるようにナインの顔を手で引き寄せ、唇を合わせる。

 

「…………ちゅ。 あんな濃厚な蜜月の一晩を忘れるわけないにゃぁ。 ふふ…………んっ」

 

接合のような熱いキスは、やがて唾液の交換へと移行する。

ねっとりとした舌がマグマのような口内で絡み付き、涎を蜜のように味わう。

 

「ぷはぁ…………」

 

唇を離すと、嬉しそうに喉を鳴らして背中に顔を擦りつけた。

益々密着度が増す躰と躰。 黒歌の飛ばし具合に、ナインは苦笑を禁じ得ない。

 

「ぷはっ―――朝から必死ですねぇあなたは」

「本当はねぇ……あなたに焦がれてから自慰に没頭してた無為な時間の分だけしたかったのよ?

だってナイン、私が5回くらいトんでやっと1回って感じだったじゃにゃい?」

 

夢見る乙女と言うのだから、なるほど確かに彼女は夢を見たのだろう。

目の前の男に抱かれることを至福とし、夢見た女。 しかし今回は状況がいつもと違う。

 

自分がはぐれとなった発端。

 

血みどろの殺し合いしか頭に無い戦闘狂。

 

目を付ける男は悉く黒歌の理想に反していた。

何の修行だこれは。 この二人だけではない、ヴァーリチームに入った後も旅の途中で見かけた強そうな男を誘惑したりした。

 

これだけ多くの男を引っかけていればいずれ当たりに当たるはずだと……そう信じていた。

 

テストと称し、すべて殺した。 当然だ、自分より弱い男など男ではない。

であるならば子を残す価値も無い。 誘惑に乗ってきた奴らはみんなそうして私の影に押し沈めてきた。

 

そこに現れた、未知(ナイン)。 インパクトのある出会いではなかったが、明らかに非凡であると、猫の勘で感知した。

そして黒歌の中でのテスト結果は―――見事に良。 優良。 傑出した能力に加え、堅牢堅固な精神性能――――誘惑しても乗って来ない、一体全体どうなっている。

 

一度は、思い違いだ勘違いだと自分自身に言い聞かせた。

誘い方が杜撰だった、次はもっと上手くやろうと。

 

乗ってきたらそのときは未練なく殺してやれる。

 

が。

 

――――殺せない。 強い。 しかも常識も死生観も言動も何もかもがおかしい、電波かこいつは。

ちょっと、というかだいぶ頭おかしい奴だけど、誘惑にも乗って来ないし私より強いし良いか。 そんな理由でくっ付いた。 ここまでは、ヴァーリと同じ。

 

――――どうやら私は、バリバリに戦う男より、ギャップとやらに滅茶苦茶弱いらしい。

一見したらナインはワイルド。 髪も逆立っている。 猫背のときの彼はチンピラホストかと見紛ってしまう。

 

――――でも全然違った。 ワイルドな風情だけど、喧嘩や戦いが好きなわけじゃない。

彼の言う、天は何を選ぶのかなんていう哲学思考はどうでもいいけど…………驚いたのはあのときだ。

 

オーディン、そしてフェンリル。 圧倒的実力差の万事休すというときに、こいつは薄気味悪く笑ってた。

血だらけなのに、皮膚も裂けて肉も骨も見えてるのに――――

 

でも彼は笑うことを止めなかった、自嘲でもない。

絶対勝てないと解ってるのに――――あの危機的状況でナイン・ジルハードは笑っていた。

 

逃げようともしてた。 …………これは、美化意識が高いと思われるかもしれないけれど。

 

ここで逃げおおせたら、自分は命運に打ち勝ったのだと。 そう信じて止まない瞳だった。

 

これが、黒歌がナインを選んだ理由。

 

そして、何度目か解らないセックスアピールの末、念願が叶ったいま。

 

毎晩のようにナインを想い自慰に耽っていた黒い魔女はもう居ない。 彼女、黒歌はこの爛れた昨晩を以て己が因果を乗り越えたと胸を張れる。

そう――――彼女が関わる男には、ろくな者が居ないというくだらない因果を打ち破ったことに。

 

「…………ナインってば、あんまり遅いと不能と勘違いされちゃうと思う」

「知ったことですか。 極論するとねぇ、性器を嵌め合うという作業的な行為に興奮を覚えるあなた方が解らない」

「する前、欲情してるって言ってたにゃん」

「あなたが生物として一定の極致に達した。 その素晴らしさに感激を覚えたからだ」

「うわぁ……変態にゃぁ」

 

本当の姿を見せること。

 

表面上は簡単なことだが、本来、本能を本能で制御するなど人間学的には荒唐無稽な所業である。 理性を置き去った本能など、獣でしかないはずなのに。

 

一時的とはいえ、黒歌にそれができたから。

いままで幾度も雄を直接的な行為で誘っていたが、真に好きになった男に対しては色々な理由を付けて振り向いてもらおうとする始末だった。

 

「…………最初から本音を言えれば、私はあなたに抱いてもらえたのかしら」

「それはどうだろう。 もし最初から本音を言える女だったなら、あなたは誰にでも股を開く雌同然だったでしょう。 純粋からいきなり不純は生まれない。 そういった行為や言動にはね、本人も知らない内に心の中でロックされているのですよ」

 

皆初めは純粋だ。 初めから道徳観の欠如した人間は産まれないだろう。

 

「さて、それはそうと私はそろそろ行かなくてはね」

「え、行くってどこよ」

 

そんなの聞いてない、とむくれる黒歌に対してナインは笑った。

 

「久しぶりに面白い催しに行けそうなのです」

「本当?」

「ええ、本当だ。 ただ、あなたはここで留守番をお願いします」

「…………昨晩抱いた女を次の日には置いてけぼりって」

 

あの蜜月は現実だったはずなのに、いまのナインの反応を見ているとそれを実感できずにいる黒歌。

逆八の眉でぶつくさ言っていると、ナインが振り返った。

 

「それと、ヴァーリから提案がありました。 『一つの建物に何人も居座るのは都合が悪い』と。 狭いとかそういった理由ではなくね。 つまり、ああ……何が言いたいのかというと」

「?」

 

頭を掻き、相変わらず面倒そうに黒歌に向かって指を差す。

 

「ここを出て、私と黒歌さんで別の拠点を構えようという案だ。 私の考えで事務所の形態を取ろうと考えていますが、その旨、頭に入れておくように」

「や…………」

 

ぶるぶると、俯いた黒歌が震えている。 一体どうしたのか、腹でも痛いのか、それともチームがバラバラになることに不満を抱いているのか――――

 

「やっっったぁぁぁぁッにゃぁぁぁぁッ!」

 

ソファーのスプリングをぶっ壊さんばかりに飛び跳ね始める。 突然大声で歓喜を謳った黒猫に対し、ナインは耳を塞いだ。

 

「…………やーかましい」

「いつ!? いつにゃの!? ナインと私の愛の巣はっ」

「近日です」

「そんなの待てない、とにかく荷造りしてくるわ!」

 

そう言って彼女は電光石火のごとく自室に走り込んでいった。 近日と言っているのに話を聞けと、ナインはやれやれと息を吐く。

まぁルーズにやられるより幾分ましだ。 その調子で私の荷物も纏めておいてくれと人任せにする男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、僕はディオドラ・アスタロト。 君が噂に名高い紅蓮の錬金術師くんかい?」

「どうも」

 

駒王町のとある一角で、そんな礼儀正しい挨拶を言った少年がいた。 彼はディオドラ・アスタロト。

七十二柱の一つを担う、アスタロト家の次期当主である。 線が細く、柔和な笑みを浮かべて佇む様はなるほど紳士と言えるだろう。

 

そして、人払いを施された歩道橋でそれと対峙しているのはナイン。

 

「…………これはどういうことですか、ディオドラ!」

 

偶然にもそこに居合わせた彼女もやはり、どこか高貴の出なのだろう、というより、確定だ。

 

淡いグリーンがかった長いブロンドの髪。 切れ長の双眸に眼鏡をかけ、クールというよりは冷たい印象を相手に持たせそうな雰囲気を醸し出す女性だ。

 

そんな、美女と言って差し支えないであろう彼女の激昂に、ディオドラは興味無さげに言った。

 

「シーグヴァイラ・アガレス大公、敗北したあなたに用は無いです。 それとも、僕が勝ったのがそんなに気に入らなかったのですか?」

「…………いまはそんなこと、どうでもいいでしょう。 あなたには聞きたいことが山ほどあります」

 

そう言うと、その女性―――シーグヴァイラは眼鏡を上げてナインに向いた。

ここまでの状況判断でナインは理解する。 彼女はおそらく今回のこの集まりとは関係の無い悪魔なのだろう。

 

テロリストと若手悪魔の密談現場、それを偶然とはいえ彼女は図らずも目撃してしまい、いままさにその少年、ディオドラに言及していた。

 

「なぜあなたが『禍の団(カオス・ブリゲード)』の単独特殊部隊ヴァーリチームの一員であるナイン・ジルハードと一緒に居るのですか!」

「だから、あなたには関係無いです。 それだけを言いに来たなら帰って頂きます。 いまは彼とお話しに来たのだから」

 

キッと切れ長の瞳でディオドラを睨み付けるが、彼は飄々と笑みを浮かべ続けるだけだ。 それが逆に気味が悪い。

そして、彼の中には打算もあった。 ここでシーグヴァイラ一人を逃がしても、何の支障もない。

なぜなら――――彼はいま、すべての眷属たちを従えてここにいるのだから。

 

シーグヴァイラ一人が冥界にこの件を暴露しても、こちらには自分の息のかかった眷属たちがいる、加えて自分。

 

「あなたがこの事を冥界に告発しようと、先日のレーティングゲームで僕に負けた腹いせに流したデマ、と上は取りますね。 はは、ピエロですね、シーグヴァイラ」

「――――っそれがあなたの本性かっ!」

 

憤怒で淡いグリーンの髪が濃縮され、激昂とともに深緑となる。 彼女も「(キング)」。 誇り高き大公の血族だ、退けない、逃げるなどととんでもない。

 

すると、横から面倒そうに手を挙げた男がいた。 面白い話がしたいからと喜び勇んで来たというのに、当事者放置で同種族二人で話すのはいかがなものかな、と。

 

「ディオドラさん、でしたっけ。 話があると聞いて足を運びました。 そちらも冥界からわざわざ遠路を渡って来たのです、実のある話をしましょうよ」

 

すると、ディオドラがシーグヴァイラを横目で見ながら小馬鹿にするように笑った。

 

「それもそうですね、失礼しました。 実は先日、レーティングゲームで僕が彼女に勝ったのですが、彼女はどうしてもその結果に納得できないようなので」

「――――っ」

 

彼女、シーグヴァイラ・アガレス大公がここまで来たのは、もともとはディオドラにあることを追及するためだった。 それを完全に図星を突かれたのか、悔しそうに口を結ぶ。

 

「まぁよく解りませんが。 アガレス大公殿、過程がどうあれ結果は認めねばなりませんよ。 彼に如何様な疑念を感じているのかは知りませんが、戦って負けたというのならそれは真摯に受け止めなければいけません。

私は、敗してなおそのことに愚痴を垂れる者には酷く嫌悪感を感じます。 せっかくの美貌だ、できるならば外見だけでなく中身も美しくあって欲しい――――喩え、私を敵視する者であろうとも」

「…………」

 

その発言に、複雑な表情をするシーグヴァイラ。 ディオドラのように嫌味が無ければ、同じ若手悪魔のゼファードルのように喧嘩っ早いわけでもない。

 

何よりテロリストとは思えない穏健ぶりに、彼女は少しだけナインへの警戒を解いた。

その馴れたようなシーグヴァイラの様子にディオドラが舌打ちをする。

 

「もういいでしょう、アガレス大公には退場してもらいたい――――ナイン、協力していただけますか?」

「…………なんで?」

「…………は?」

 

あまりに予想外の返事にディオドラは睨むような瞳でナインを振り返り見た。 この流れならば共同して彼女をこの場から追い払うのが常套だろう。

この瞬間だけ、ディオドラから紳士精神が抜け落ちた。 どこか引き攣った笑みに変わる。

 

「いやだって、僕たちの密談を盗み聞こうとしていたじゃないですか。 まさかこのまま僕たちの話を聞かせるのですか!?」

「さぁ、私は別に。 隠すつもりは無いし、いいんじゃない?」

「なぁ――――っ」

「………………」

 

バカな。 なんなのだこいつは。 噂には聞いていたが、ここまで頭のおかしな男とは予想外も甚だしい。

 

「あなたが追い払いたいのに私に協力を仰ぐのはおかしいよ、ハハハ」

「この――――っ」

 

先ほどと一変した表情の入れ替えのような状況。 余裕のある笑みを浮かべ続けていたディオドラの顔が徐々に苛立ちを含んだ表情に、シーグヴァイラは一変とまではいかないが、憤怒から変わり呆然とした様子でナインを見ていた。

 

「しかもさぁ、彼女の尾行にも気づかないでここまで連れて来ちゃったのは君でしょう、ディオドラくん」

 

自分の失態は自分で拭えよ。 何を澄まし顔で他者からの助力を手招いているのだ気持ち悪い。

 

「貴様!」

「我らが『(キング)』に向かって!」

「無礼者!」

 

一斉に戦意の波を帯びるディオドラ眷属。 よく見ると、彼女たちはほぼすべて僧衣(カソック)を着込んでいるシスター然とした者たちだった。

ナインは息を吐いた――――そして、口の端が釣り上がる。

 

「知っていますよ。 聖女マニアのアスタロト」

「――――――」

「教会出身なの忘れてません? しかも、その中でも奥深くに入り込んでいたのですよ? 私は」

 

聖剣研究、悪魔滅殺。 異端と云われながらその実力のみで教会の信を勝ち取り、あらゆる方面で横のつながりを持った男だ。

 

「私がそちらの世界の知識に乏しいのは自覚していますが、こと教会やその周辺の事情に関してはよく耳に入って来るから知ってるよ――――私は、紅蓮の称号を持つ錬金術師だ。 私自身気に入っていますが、何を置いてもこれは公式ということを忘れない方が良い」

 

称号は、教会内では最重要ポストである。 そんなこと、下級悪魔でも知っている。

 

そう、ナインが黒歌に言った、「面白い催し」とは別にこの悪魔との会話のことではない。

ディオドラが自分を勧誘して来ることなど見通していた。 ヴァーリにも予想されていたのだ、ナインとその話をしていないはずがない。

 

久しく忘れていた過去の記憶。 かの不良神父フリード・セルゼンと共に行動していた時代。

確か会った、聖女と讃えられていた少女のこと。

 

投獄中にあった出来事は見れなかったが、何が起こっていたのかは把握していたあのとき。

 

――――ああ確か昔、フリードが面白半分に口を滑らせたことがありました。

 

「アハハ、き、君は一体何を言っているのですか。 彼女たちは元々悪魔ですよ?」

 

この間にディオドラは平静を取り戻し、いつもの紳士という皮を被り直していた。

しかしもはや隠せる術はない。

 

「ああまぁこのことはいいや。 私から言うのもおかしいしねぇ、クククっ」

「――――っ」

 

ぎりっ……

 

その直後だった。 自分の計画通り、思い通りに進まない話に業を煮やしたディオドラが激する。

ナインの意味の分からない言動に振り回されているいまの状況にも、彼のプライドが許さなかった。

 

「……………お前は…………本当に僕と手を組む気はあるのかっ!?」

 

いきなりすっ飛ばして核心を自分で言い放ってしまうディオドラに、シーグヴァイラもあっと反応する。 しかしナインはその間平然として――――

 

「お前は下等な人間なんだろう! この僕と手を組めること、光栄に思えよぉ! なんで跪かない! なんでひれ伏さない! 僕はベルゼブブの血を引く高貴な血統なんだぞ!」

「…………」

 

シーグヴァイラは、いつもとは違う取り乱したディオドラ・アスタロトを見て驚きと共に更なる悔恨の念に囚われた。

――――自分は、こんな薄い面皮で取り繕った男に負けたのか。

 

「血など何の意味も持たない。 大事なのは、如何にして生きるかだ」

 

それに、とナインは噴き出した。 可笑しくて。

 

「そこなアガレスの姫君にそのレーティングゲームやら言うお遊戯に勝てたのなら、いまここでも私の助力無しに追い払えると思うんだけど、そこんとこどうなんだろうねぇ」

「できる――――っできるさ!」

 

ほぼ単独でシーグヴァイラの眷属を倒し、本人をも独りで打ち倒して手に入れた勝利だ。 できない訳がない!

ディオドラは、心底ナインを軽んじた。 そんな軽い条件で僕に恥をかかせようとしているのか、いい度胸だ。

ここにいるたった独りのシーグヴァイラに負けるわけがない。 僕が勝ったら今度こそこの変態(ナイン)の度肝を抜いてやろう。

 

そもそも、この女が負けた試合で僕に逆恨みしたのが間違いなんだ。 正々堂々戦ってやったというのに、この女は……。 この件が終わったら、次はこいつにしようか。

 

ディオドラをはそう考えながら薄暗い策謀を練り上げる。

 

「――――やっぱいいや」

「…………は?」

 

またもや理解不能の言葉。 ディオドラは眉を顰める。

そうして嘆息するナインは、ゆっくりと歩き、弛緩した雰囲気のまま―――――

 

「私は別に、あなたと手を組まずとも事を起こすつもりだ。 楽しいからねぇ、自分で動かす状勢というものは」

「…………あなた」

 

シーグヴァイラの横に付いた。 だが決して交友関係を結ぼうという心算ではない顔だ。

おそらく――――

 

「オプションであなたの手勢を借りるというのも有りかと思っていましたが。 あなた、小さいよ。 小者だ。 美しくない――――なぜそんなに恥知らずになれる」

「…………なんだと」

 

ぶるぶると震えるディオドラの周りを、どす黒い雰囲気が蔓延していく。

 

「僕が、その女に劣るだと」

「そうは言っていない。 私は、あなたと手を組む気は無いと言ったんだよ。

彼女は関係ないけど、この場この状況ではあなたが一番の劣等と判断した……結果だ。

消去法でこのシーグヴァイラ・アガレス嬢の側に立つのはそんなにおかしなことなのかい?」

 

お前の乗る泥船はすでに崩れかけている。 吐き捨てるようにディオドラの誘いを切って捨てた、いや、最初からこうするつもりだったのだ。

スリルは好きだが、自分は死にたがりではない。

なぜこんな弱そうな男と手を組まなければならないのだ冗談ではない。

 

「殺す。 二人とも殺してやる」

「…………だってさ」

 

ディオドラの殺意の言葉に、しかし他人事のようにシーグヴァイラに話しかけるナイン。 後ろで憤怒の念をいまにも爆発せんとしているディオドラ・アスタロトを見て、彼女の眼鏡の中の目が見開いた。

 

「このオーラ……従来のアスタロト家とは違う。 ディオドラ、やはりあなたは!」

「そうですよ。 僕は強くなった――――この、蛇でね!」

 

不敵に笑ったディオドラの腕に何かが巻き付く。 黒い闇に塗られた蛇のようなオーラが、彼の地力の強化を促進させているようだ。

ナインは目を細める。

 

「蛇?」

「ハハハ! 無限の龍神――――ウロボロスドラゴン、オーフィスのことも知らないと見える! 笑えるよ、君は自分の組織のトップがどんなものかも知らずにその組織に付き従っているのか!」

「従う?」

「そうだ。 お前それも知らずに『蛇』の恩恵を受けているのか!? さっきから感じるよ、君から発せられる不気味なオーラ。 明らかに強大なパワーを持っている!」

 

バッと、シーグヴァイラもさすがにディオドラの言葉に初めて賛同し、ナインから距離を取る。

確かに、先ほどからこの男からは人間味というものを感じない。

 

「…………っ」

 

万事休すか。

ナイン・ジルハードがこの場での消去法で自分を選び、ディオドラから護ってくれるようになったとはいえ、凶を引いてしまった気分だ。 自分はこの渦中から逃れ、冥界にこのことを告発できるのか――――おそらくこの男も、ディオドラの言う「蛇」を得ている―――!

 

大公として、ここで死ぬわけには――――シーグヴァイラが、歯を噛んだ、その瞬間だった。

 

――――爆撃音。

 

「え――――」

 

呆けた声音は紳士という皮から漏れ出ていた。

ゆっくりと弧を描く様に吹き飛ばされるディオドラの眷属悪魔。 彼女は運が悪かったと言えるだろう。

 

「顔は可哀そうだしねぇ、腹で妥協してあげようじゃないか」

「!!」

 

後方に飛ばされた自分の眷属に振り返り瞠目する。 心配、というわけでは無い。

何が起きたという疑念が湧き出てきたのだ。

 

優に三メートルは吹き飛んだ。 腹からは煙が出て、その眷属の女性はビクリとも動かない。

いったい――――

 

そのとき、ディオドラは目にした光景を疑う。

やっとのことで漏れた言葉には、畏怖を孕んでいた。

 

「こんなバカな火力が人間に出せる訳ない――――っ」

 

片手をポケットに入れたまま、もう片方の手が構えていた。 構えというか、まるで遊びだ。

 

コイントス。 指の上に石を乗せ、弾き飛ばすまさにお遊び。 だが、そのお遊びで自分の眷属が、煙を上げながら吹き飛ばされて動かない……そんなバカな。

 

指に置かれる次弾装填――――ふざけるなこんな遊びみたいな技で僕は――――

 

「――――がっ」

 

強大な膂力を伴った指弾により、小石が射出された。 命中した死のコイントスはディオドラの腹を灼熱の爆撃で焼き払う。 熱すぎる、これが人間の出す爆発の炎なのか!?

 

「ぐぁぁぁぁっ! くぅ、やはり『蛇』を…………!」

 

がくがくと足を震わせながら立ち上がる。 爆発の熱が引かない、徐々にディオドラの体力を奪っていく。

 

その正体は、錬金術による石から作り替える投擲系の爆弾錬成。

火種があれば一定の威力まで引き上げることが可能な、魔の領域にある紅蓮の錬金術。

 

「リアス・グレモリーも、あのドラゴンも、どいつもこいつも僕の邪魔をして――――!」

 

だというのに、未だその「蛇」とやらのおかげだと思い込むディオドラに、ナインはいい加減嫌気がさしてきた。

すでに隣に戻ってきていたシーグヴァイラは理解し始めているというのに、やはり劣等はどこまでいっても劣等か。

 

シーグヴァイラは黒焦げたディオドラの腹部を目の当たりにして生唾を呑み込む。 嫌な汗が吹き出すが、しかし彼女は問いかけを躊躇わなかった。

 

「あなた……本当に人間ですか」

「人間だよ。 絶命すれば死骸を晒し、日が立てば腐り落ちる人間だ」

 

大公を司るシーグヴァイラ・アガレスは、震えながらもそれを言葉にした。

 

「…………魔王様方より大公を任される悪魔、シーグヴァイラ・アガレス」

「ふーん」

「――――っ」

「肩書きは覚えなくてもいいかい? 意味が無いから、名前だけ覚えておくよ」

 

顔を赤らめるシーグヴァイラ。 怒っているゆえに頭に血が昇ったのだろう、彼女にも大公としての矜持がある。

だが、ナインは名だけ知れれば良いと思っている。 名前ほど本人を表現できる物は無いのだから。 肩書きなど覚える必要が無い。

 

「さて、ディオドラくんが呻いている隙にお暇するかね」

「に、逃げるのですか!」

「あなたもさっさと逃げた方が良いよ。 術者(ディオドラ)さんにダメージがいったからねぇ」

 

人が集まってくる。

何か何かと、野次馬根性の者たちや、普通にこの歩道橋を渡ろうとしていた一般人たちが階段で、エレベータで昇ってくる。

 

人払いの術を行使する者に深刻なダメージが送られれば、その意識はどこにいくか、そして、どこが疎かになるのかは明白だった。

 

「く――――っ」

「じゃあね。 よく解らないけど、ゲーム頑張ってくださいよ、ふははははっ」

 

歩道橋から飛び降りるナインに、その場に一般人たちの声が上がる。 悲鳴ともとれる音色に、ナインは身が震えるような快感を前もって(・・・・)感じていた。

 

そう、飛び降りる際にナインが触った手すりが淡く光る。

その瞬間――――

 

橋が何の前触れもなく爆ぜ、歩道橋の一角を吹き飛ばした。 粉々に砕けていく橋は、真っ二つに裂けて倒れていく。

そして、落ちていく者、爆破に巻き込まれる者、恐慌状態に陥り、歩道橋から飛び降りようとする者たち。

 

すべてが一般人であるが、久しく感じていなかった爆発劇を前にこの紅蓮の男が感じているのは快感ただ一つだった。

 

「――――っ」

 

――――しかし、アガレス大公は素早かった。

 

「シーグヴァイラさま!」

「大丈夫ですか! すぐに一般民の避難を!」

 

――――一般人ごと橋を爆破する蛮行。

しかし、あわや大惨事になるところを、シーグヴァイラは持ち前の回転の速い思考力で、隠れ潜ませていた眷属たちを指揮して逃れていた。

 

彼女が居なければ、虐殺(ホロコースト)のごとき凄惨さをこの極東の島国で再現してしまうところだった。

 

ディオドラの姿も見当たらない、おそらく彼も逃げたのだろう。

 

「シーグヴァイラさま……」

「なんて男なの…………ナイン・ジルハード」

 

他にも救援要請を聞きつけた悪魔たちが、歩道橋爆破の暴挙による被害から一般民たちを安全な場所に避難させていく。

その背景で、アガレス大公――――シーグヴァイラは険しく目を細めてナインの飛び降りた場所を凝視していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナインが現れたそうよ」

「!」

 

オカルト研究部。 紅髪が映えるリアス・グレモリーの眷属たちが集結しているなか、彼女は複雑そうな表情でそう言った。

だいぶ苛立っているようで、紅髪をたくし上げた彼女はテーブルに広げた地図を指で突く。

 

「場所は駒王町内。 学園の近くある大きな歩道橋よ。 人的被害は無いけれど、倒壊して使い物にならなくなっているわ…………大騒ぎよ」

「ほ、歩道橋?」

「大騒ぎって……人払いをしていなかったのか?」

 

一誠とゼノヴィアが怪訝そうに言うと、黒髪を束ねたポニーテールの女性、朱乃が口を開く。

彼女は紅髪の方程ではないが険しい瞳で、

 

「人払いは、途中まで(・・・・)はしてあったとのことです」

「てことは」

「ああ、イッセー、お前が言いたいことがなんとなく解ってきたぞ」

 

それにはもう、眷属全員が納得できることだった。 他の表現を何万言用いるよりも理解できる。

爆破後の一部写真を覗き込むと、案の定といった具合に引きつった表情を浮かべる者多数。

 

「また、吹き飛ばしたのか」

「ひどい…………」

「粉々じゃねぇか。 これでよく死者0で済みましたね、部長?」

 

そう一誠に訊かれると、リアスは豊満な胸の下で腕を組んで溜息を大きく吐いた、心底最悪といった感じだ。

 

「この橋はもちろん私の管轄下で、特に人通りが多いから頑丈に作らせておいたのよ」

「がん……じょう……?」

 

一同改めて、その頑丈といった歩道橋の中心から見事に粉微塵になっている写真を覗き込んで、リアスの赤くなった顔を見る。 ついに目から涙が溢れ出した。 管理者としてはもうお手上げ状態なのだろう。

 

兄が尽力してくれるとか、もうそんな次元の問題ではないのだ。 この駒王町を任された以上、自分の手に負えない事件がこう立て続けに起こると泣きたくなるのは当然だった。

 

「ナインのバカ! おたんこなす! もう嫌よこんなの!」

「うわぁ、部長が泣き出した! あ、アーシア、手を貸してくれ!」

「は、はいぃ!」

 

あの後、リアスは緊急事態として大公アガレスを通し、兄であり魔王でもあるサーゼクスから報せを受けていた。

内容は、黙認しがたいものだった。

 

背中を一誠とアーシアの二人にさすられながら、リアスはべそを掻いて口を開く。

 

「う……ぐすっ。 どうやら、ディオドラ・アスタロトが、ナインの力を借りようとしていたらしいの。 けど、これはシーグヴァイラ一人の証言だから、確とは言えないみたい」

「でもそれなら尚更人目には気遣うはず。 ディオドラがナインを呼んだなら、人払いはしていてもおかしくないはず」

 

すると、一誠がボソリと。

 

「交渉決裂……したんじゃないか?」

「あ…………」

「それで、ディオドラが負傷して術が解けた……可能性としては有りね」

 

いくらレーティングゲームで現在快進撃を続けるアスタロト家の次期当主と言えど、やはりリアスたちの中での身近な最強はあの紅蓮の男と白龍皇に他ならない。

そして、その性格も多少なりとも理解はしているからこそ、以前ディオドラと睨み合ったことのある赤龍帝は確信していた。

 

「ナインは、ああいう取り繕った奴は大嫌いだと思う。 表面上には出さないと思うけど」

「気に入らなかったら、知らない間にしれっと爆破しているものな、あいつは」

 

ゼノヴィアがそう言って苦笑する。

青髪にかかったメッシュを撫で、物憂げな表情をした。

 

しかし、横に居た「騎士(ナイト)」の木場祐斗が疑問を感じる。

 

「というより、大公もその場に居たと言う事ですけど、どうしてでしょう?」

「そこよ……」

「解らないんですか?」

 

祐斗の問いに、リアスが首を横に振った。

 

「理由は本人の口からはなんとも…………。 よっぽど言いたくない理由なのかしらね」

「…………ディオドラとのレーティングゲームに理由がありそうだがな」

「…………アザゼル、緊急会議はどうだったの?」

 

最近テロ関連で忙殺されているアザゼルに嫌味たらしくにやけてみせるリアス。

それに、扉を閉めたアザゼルは苦笑と舌打ちで返した。 心底疲れているようだ。

 

「まぁだとしたら自分から言うのは恥ずかしいだろうな、ハハハ。 あのクールな姫君もお手上げのようだ」

 

ディオドラの一件がいまいち信憑性が無いのは、他ならぬシーグヴァイラが原因だ。 現場に同行していた理由を言わなければ、他の証言も簡単に信じてもらえるわけがないのに。

 

「だが、ディオドラが何かやらかなさなくても、ナインが一人でやってくるかもしれねぇな」

 

ちょっと注意だ、と笑うアザゼルが汗を垂らした。 そうだ、堕天使総督をして注意だと言わしめる男なのだから、むしろ気に掛けるはディオドラではなくナイン・ジルハード。

 

「どこまで掻き回すつもりなの、あの男は…………!」

 

自分の管轄下にある歩道橋を吹っ飛ばされたこともあり、リアスも辟易しつつある。

 

リアス・グレモリー眷属vsディオドラ・アスタロト眷属。 若手悪魔同士のレーティングゲームを目前に起こった、無視しがたい大事件であった。




小石はナインの聖遺物


事務所の社長椅子ポジションに座るのはナイン。 専務っぽい椅子に黒歌が座る。
あ、ダメだわこの会社。 人員増やさないと倒産するわ。 ヴァーリが有限止まりだからいけないんだよ! 上場できないじゃない!

と、なんか現実と二次元をごっちゃにした人間花火です。
まぁ忘れてください。

あ、でも二人を事務所にぶっこむのは決まりましたので。


小石はナインの聖遺物


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42発目 紅蓮の波動

遅れてごめんなさい。 Diesの新作をプレイしながらジャガイモ食べてました。


グレモリー眷属たちは現在、訳有って若手悪魔同士のレーティングゲームで総当たり戦をおこなっている。

事の発端を話せば長くなるが、要は腕試しである。

 

最近になって頭角を現してきている比較的若い衆の悪魔たちを戦わせる催し。 未来の冥界を担っていくであろう実力者たちによる見せ合い(・・・・)

 

早い話が、ローマ帝政期の闘技場(コロッセオ)のような体でおこなわれる格闘試合である。 

もっとも、帝政期とは違ってシステムはかなり改善されている。 悪く言えば緩めだが、それでも他者の生き死にを賭博の対象としたり、公開処刑めいたことをして観客の狂気を誘うような修羅戦場ではない。

 

しかしやはり、ただの趣味やら、やってみたいからという軽い気持ちで臨んだ場合、その戦場が悲惨な何かに見えてくるのは当然だった。 ゆえに、参加するチームは皆、相応の覚悟を胸に出場している。

 

ただ、いまのリアスは、その件にあたり今回の相手に疑念を抱き始めていたのだ。

 

――――ディオドラ・アスタロト、魔王ベルゼブブ輩出の上級悪魔の家柄を持った端正な糸目の男。

端正とはいえ、かつての第三帝国武装親衛隊の血を継ぐナイン、そして祐斗やヴァーリに比べればむしろ霞むほどだが、それでも俗世という日常にいままで浸ってきた一誠からしてみればイケメンのすまし顔のいけ好かない男という認識があった。

 

何より胡散臭かったというのが本音である。 事実、先日のアーシアの件で一誠はよりその男に警戒心を抱いていた。

危険人物というわけではない、単にアーシアを自分の目の前でこれ見よがしに口説いたのが純粋に気に入らなかったのだろう。

 

アーシアは、彼が命懸けで助けた聖女である。 結果的に死亡し悪魔として転生させたため真の救済とは言えぬだろうが、少なくとも彼、兵藤一誠という男の子との出会いが無ければグレモリー眷属に組み入れられる未来も無かった。

 

そしてだからこそ、本人をして現在(いま)が幸せだと笑顔で言える。 アーシア・アルジェントは、死した過去よりも悪魔としての生の未来をこそ敬い、尊び、そして愛している。

 

一誠がある意味で一番最初に救った女性は、そんな彼女、アーシア・アルジェントであるからして。

 

「部長、本当に戦うんですか」

 

レーティングゲームの舞台となるであろう満点の青空に転移していたグレモリー眷属たち。

すでに戦闘の準備は整っており、あとは審判の開始の合図を待つのみの状態。 にも拘らず先ほどから……いや、あの出来事(・・・・・)があってから胸騒ぎが止まらない一誠が、己が主に縋る様に訊いていた。

 

「アガレスの姉ちゃ………大公の言っていたことが本当なら、ディオドラは…………」

 

懸念するのはディオドラ・アスタロトがテロリスト集団「禍の団(カオス・ブリゲード)」と繋がっている可能性が浮上した出来事だ。

冥界の上層部ではその話は結局保留となったまま、時期だけが過ぎてゲームで対峙することとなってしまった。

 

そして彼女らにとってはまた別な重要なことがある。

いやむしろ、その強さを知っているだけに、グレモリー眷属の意識はディオドラの他にも別の男に向けられていた。

 

紅蓮の錬金術師――――ナイン・ジルハードの存在。

ディオドラがこれを勧誘したという。 上手くいったか否かも不明であるが、そんな事が本当に有ったのか、それは本当に真実なのかすら計れずにいるのもまた事実だった。

 

リアスは紅髪を掻き上げると、険しく瞳を細める。

 

「一応、お兄様やアザゼルも気に掛けて手を打ってくれているようだけれど。 事実だと公表されていない以上は大きな行動は起こせないみたいなの」

 

権力者は強いが、同時に弱いだろう。

発言権は言うに及ばず、その一言は幕下の者たちを従わせる。 多少臣下との食い違いはあるにはあろうが、王の発言が公然で正しかった場合は有無も言わさず可決する。

 

しかし、状況によっては最弱とも成り得る。 王が王足り得ているのは、臣民が認めたからこそである。

現在、未だ漠然としているディオドラ・アスタロトの疑惑を、”かもしれないから”というIFの理由で裁定するのは下の者たちに示しがつかない。

 

ゆえに、最低限規模の対処しかできないでいる。

 

「…………ディオドラをあまり信用しているわけでは無いけれど、ゲームはゲーム。 このまま堂々とルールに乗っ取って相対したいものね」

 

リアスの夢はレーティングゲームの覇者になること。 そのためには、ルールの定められたこの公式ゲームでディオドラと戦って勝たなければカウントされない。

ナインにしてみれば、回りくどく面倒くさいことをしているなと吐き捨てられそうだが、

 

「一介の悪魔の眷属として、レーティングゲームに覇を唱える。 なんでもかんでも混ぜこぜな本物の戦場では得られぬ物もあるのだと、あの薄ら笑った冷血漢に見せ付けてやりたいわ」

「はい」

「ええ」

 

――――ナイン、見てなさい。

今回まったく関係のないはずであろう姿見えぬ強敵に張り合おうとするあたり、リアスが如何にナインを意識しているかが伺える。

 

しかし朱乃が、祐斗が、小猫とギャスパー、そして一誠とアーシアも、この王の覇に異を唱える眷属は一人もいない。

だが、そう目標を胸に改めて歩を進めようとしたときだった。

 

「やっぱりおかしいわ…………」

 

そうしかしだ。 やはりおかしい。

 

どれだけ経とうと審判役(アービター)のアナウンスは鳴らず、必然開始の合図も無し。 嫌な間である。

そしてその予感は最近よく当たる。 今この時、リアスは自分の洞察力を呪った。

 

光を伴った魔方陣が数多に、あちこちに顕れ始めたのだ。

 

「これは――――」

「部長、この魔方陣は!」

 

祐斗が声を張り上げると、皆臨戦態勢に入った。 尋常ではない気配――――来る。

 

「旧魔王派に傾倒した者たちよ! みんな気を付けてちょうだい!」

「クソ、やっぱりこうなるのかよ!」

 

――――ナイン、やっぱりお前が言う事や出てくる所に嘘偽りなんか一つも無いって解った。

このとき一誠は、かの紅蓮の残滓を感じていた。

 

魔方陣から水面より浮上してくるように現れる黒いローブを羽織った悪魔たち。 すべてが中級以上の魔力を有していることが解る。

 

「きゃっ、何を――――」

「アーシア!?」

 

しかしそこで、次々と現れる旧魔王派の構成員たちに気を取られていたのがイケなかった。 一誠はこの戦いで、一番警戒しなければならないことを怠っていたのだ。

 

オカルト研究部に現れた、リアスの持つアーシアと己の眷属で駒の交換をしたいと申し出て来た男。

事も有ろうにほぼ初対面の癖に彼女の手の甲にキスまでかました色男。

 

「やぁ、リアス・グレモリー。 そして赤龍帝。 アーシア・アルジェントは僕が貰っていくよ」

 

宙から声がする。 振り向くとそこには、金髪の聖女を抱きかかえているあの疑惑の男だった。

これで、確定。

 

「ディオドラ!」

「言っておくけど、僕はゲームなんてしないよ? バカバカしいからね。

これから君らは、そこの『禍の団(カオス・ブリゲード)』のエージェントたちに殺されるのさ」

 

自分たちを取り囲む状況に、一誠は歯噛みする。 

宙に浮かび愉快げに醜悪な笑みを含ませるディオドラに対しては、もはや非難の罵声を浴びせることしかできなかった。

 

なぜなら、周りに居る「禍の団(カオス・ブリゲード)」旧魔王派に付き従う悪魔たちが隙在らば仕掛けんと虎視眈眈としていたからだ。

 

「てめぇぇっ! 卑怯だぞディオドラぁ!」

「やはり、『禍の団(カオス・ブリゲード)』に加担していたのね。 最低よ」

「やはり、とは?」

 

にやにやと笑みを浮かべるディオドラに、リアスは鋭い眼差しで告げた。

 

「白々しい。 大公の証言によって暴かれつつあったあなたの所業、よもや身に覚えが無いなんて言わせないわ!」

「それは疑惑止まりだっただろう? まぁ事実だが、それを看破できないキミの兄の指揮系統が未熟だったんじゃないかな」

「――――――っっ」

 

それを言われた瞬間、彼女の怒りが沸騰した。

すべてを滅する紅き波動を体から迸らせる。

 

兄を。 お兄様を。 ルシファーの名を冠する魔王サーゼクスを侮辱したな。

尊敬する者を貶められれば、自分が馬鹿にされることよりも頭にくるのは彼女にとっては当然の帰結だった。

 

しかし、それすら動じずディオドラは笑った。 肝が座っているのか、それとも勝てるという確信があるのか。

 

「すべては順調。 ハハ、いま思い返してみれば、あんな男に頭を下げてまでこの計画の加担を頼み込んだのは愚だったよ。 そうだよ、僕には力がある。 欲しい女一人手に入れるのにどうしてそんな大事にしようとしてしまったのか、自分が自分で情けないよ、まったく」

「あんな男……」

「ふざけやがって…………!」

「それじゃあ、僕は行くよ。 君たちはそこで死ぬなり無駄に足掻くなりしているといい」

 

身を翻すとともに、ディオドラは陽炎の如く消え去って行ってしまった。

 

「あいつ…………!」

 

拳を地面に打ち付け、歯ぎしりする一誠。

祐斗がそれを諌めるように肩を掴む。

 

「イッセーくん。 いまはこの場を切り抜けることを考えよう――――アーシアさんを助けるのは、その後だ」

「…………っ、ああ!」

 

奮い立たせ、目の前に居る無数の悪魔たちを見据えた。

皆、旧魔王派に傾倒した反逆の徒だ。 否が応にも命懸けであることは間違いない。

突如現れた戦場に多少の怖さはあろうが、やらねばなるまい。

 

が、そう決心したそのときに、「キャッ!」という可愛らしい悲鳴が後ろで響いた。

 

「ほっほ、良い尻じゃ。 若さゆえの張りもたまらんわい」

 

北欧を統べる主神オーディンが、朱乃のスカートをめくりあげて中身を覗き込んでいたのだ。

 

「このジジイ! どっから出て来て――――ってアンタは!」

「ほほ、この間ぶりじゃのう、赤龍帝の小僧――――いやーそれよりもたまらん尻じゃ」

「イヤッ!」

 

めくられた自身のスカートを手で押さえながら、一足遅れたが逃れ出る朱乃。

 

「なぜオーディンさまがここに?」

 

リアスがそう問うと、オーディンがその白いひげをさすりながら言った。

 

「話すと長いが…………簡潔に言うと、『禍の団(カオス・ブリゲード)』にゲームを乗っ取られたんじゃよ」

 

先ほどのディオドラの発言でほぼ確定していたが、北欧の主神の口から改めて言われたリアスたちは険しい表情で黙り込んでしまった。

 

「首謀者はディオドラ・アスタロトじゃが、以前から疑惑が掛けられていたからの、察知は容易じゃった」

「じいさんは何しに来たんだよ?」

「ワシか? ワシはほら、援軍じゃよ。 おぬしらだけでは危険と思うて……ほれ」

 

それぞれ、グレモリー眷属たちの手に小型の通信機が渡される。

 

「これは?」

「アザゼルから渡すよう言われての。 まぁったく、年寄り遣いの荒い堕天使じゃよ」

 

やさぐれるようにそう言うが、その笑みは余裕に満ちていた。

この程度のいざこざは取るに足らんと。

 

北の田舎クソジジイ? 相変わらず口の減らん堕天使の小僧だ。

ではその田舎神族の長の力、テロリストなどという不逞の輩を滅ぼしてやるために指の一本くらい動かしてやるとしよう。

 

「―――――」

 

その挙動の一瞬だけ、この北欧主神オーディンにはただ一つ威厳しか無かった。

北欧神話のトップであることもあるが、このときリアスたちが感じたオーディンがいる事の安心感は少し別の感情も混ざっている。

 

北欧主神の背景に、紅蓮の男を感じていたのだ。 なにせいまのところこの老人だけが、あの男に黒星を与えた張本人なのだから。

 

「――――グングニル」

「………………っっ」

 

かつての錬金術師に重傷を負わせた聖なる槍撃の波動が、周囲の空間まで歪ませ始める。

闇を切り裂くような究極の神威が迸り、絶対必中の神の槍が地鳴りすら伴って放たれた。

 

射爆の直後、その槍が投擲された箇所は大爆発を引き起こしていた。

有象無象、旧魔王派(負け犬)の雑兵ども、北欧神話を敵に回す事が如何に愚かしい事か、その身を以て知るが良い。

 

「マジかよ…………」

 

大地をも抉り取ったその投擲は、砲撃に等しかった。 その爆発の傷跡、強力無比であることが一目でわかる。

敵の悪魔たちは、一言も発さないまま神威に呑まれて召されたのだった。

 

「これが北欧神話…………」

 

絶句。 一発でこれだ。

そしてやはり、この一投如きは指の一本以下の小力でおこなわれたのだと、使用者の余裕の顔色で理解できた。

 

「…………っ」

「すげぇよじいさん! つええんじゃねぇか!」

「ふん、誰にものを言っておる赤龍帝の小僧。 おぬしらなどワシにとってみれば赤ん坊のようなものじゃ、褒めても何も出んぞい」

 

神滅具(ロンギヌス)は神を殺せる。 そうは言うが、これは桁が違うし世界も違う。

蘇る、一誠の追憶。 あのとき不死鳥に言われたことは間違いじゃなかった。

ただ持っているだけでは、悠久の時を生きてきた神々には箸すらにもかからないと改めて悟った。

 

「む、何か来る…………!」

 

すると突然、オーディンがばねのように体を反転させ、後ろから迫り来る何かを感じ取った。

当然オーディンの強大な力に圧倒されていたリアスたちには、オーディンの言葉が少しも理解できていない。

 

「じいさん? そんなに慌てて振り返ってどうしたんだよ」

「まさか、あの旧魔王派の悪魔たちの中に強敵でも見ましたか?」

「違うわい、そんな者早々出て来るわけがないわっ。 じゃがこれは…………」

「…………血の匂い?」

 

リアスたちの中で一番先に異変に気付いたのは鼻が利く小猫だった。 しかし、小ぶりな鼻をひとしきりすんすんとひくつかせると、心底嫌そうな顔をして鼻を覆った。

 

「…………違う……っ焼けた鉄の匂いです!」

「うむ、油の匂いもしてきておる。 誰かがどこぞで料理でもしておるか、それとも…………」

 

その瞬間、何も無い空間が何らかの攻撃により一部吹き飛んだ。 まるでガラスのように、しかし重厚そうに粉砕されたそれを見て、旧魔王派の悪魔たちは驚愕する。

 

それがあたかも頼みの綱であったかの様に動揺の波紋が広がり出した。

 

「な、なんだ!?」

「空間が…………? バカな、霧使いは何をしている!」

「来るぞ!」

 

ただの虚空に魔力を迸らせて構える旧魔王派の悪魔。 ある一点の空間を取り囲み、最大の警戒を張った。

 

「いったい何が起きているの……」

 

リアスが訝しげに、騒ぎの向こう側を見ようと目を向けた――――その直後だった。

 

ズドォォォォンッッ!

 

「うわぁっ!?」

「ぐッ!?」

「きゃあっ!」

「くっ――――」

 

あまりの大音量の強大な轟音に、思わず耳を塞いだ。 鼓膜だけではなく、体全体を通る爆発の砲。

いや待て、爆発だと?

 

「なんで効かない!? なんなんだこの、

―――――――――戦車はぁぁぁぁぁぁッ!」

 

一拍ごとに、次々と繰り返される大砲撃。 重苦しい装填の音は不気味でしかない。

その砲撃音の正体は、ある戦車だった。

焼けた鉄の匂い、そして油。 更に、

 

「バカな、なんで効かない!? 我々の魔力が――――」

 

悪魔たちの展開する障壁を、まるで紙切れのように千切り飛ばし、その先にいる雑魚を更に木っ端屑のようにぶっ飛ばす滅茶苦茶な砲撃。

 

最初の砲撃のみで吹き飛ばされて千切り消えたテロリストたちは数十を数えるが、まだその砲は止める事をしなかった。

あの威容を見て、リアスと一誠が目を見開いた。

 

「あの戦車―――――!」

「」

 

砲撃が止むと、その戦車は颯爽と消え去る。 戦の哲理か、一番槍は精鋭であり、退き際も絶妙だ。

霧の様に掻き消えた鋼の虎を前に、嵐が去ったような脱力感が襲う。

 

「いったい、なんだったんだ…………」

 

テロリストの悪魔たちは、数発の砲撃で同胞を塵に還した戦車砲に呆然とした。

重火器とはいえ、人界の軍事兵器に神秘を自負する我々が成す術もないだと、そんなバカな。

思わぬ横槍に両者は沈黙、戦線の趨勢は膠着状態を余儀なくされた。

 

しかし、

 

この場の旧魔王派は知らない、いまのは前座ですらない破滅の一投だということを。

あの戦車はなんだったのか、なぜおのれらの神秘が軍事兵器に圧倒されたのか。

 

疑問を持とうが意味は無い。 その答えを知ろうときっと理解できないし、なにより貴様らは”普通”だから。

 

「―――――来るぞぃ。 おぬしらはこちらに集まれぃ」

「来るって…………?」

「この辺一帯の酸素が急激に薄まった、いいから来い小僧!」

 

一番多くの残存兵が集結していたテロリストたちの足元が盛り上がり始める。

大地を地下からぶち上げていく。 ――――来る。

 

「この感覚…………!」

 

俯瞰的に見た場合、その異変はすぐに気づける。 ゆえにリアスたちは、相対するテロリストたちの足元の変調にいち早く察せたのだ。

しかし一方で、彼らが異変に気付いたのは自分たちの視点が徐々に上昇している(・・・・・・・・・・・・・・・・・)感覚に陥ってからようやくであった。

 

だが、もう遅い。

 

「あいつら気づかないのかよ―――――!」

 

刹那――――その場の者すべての視点が上下にぶれた。

先の戦車砲を凌ぐ大爆破が、地下から煮立った紅蓮の火柱で大地を貫く。

 

神聖さすら感じさせる光の爆発は、爆風にもその神秘を宿らせていた。

ただ、神聖神秘と言えどもその影響はおとぎ話に出てくるようなファンタジーな物ではない。

 

大隊規模の旧魔王派兵隊たちを呑み込む爆風は、障壁を突き破り、次々と圧殺していく。

爆炎は言うに及ばず、お前たちなど可燃物のゴミだとでも言わんばかりに焼き付くし、灰にしていった。

 

破滅的な副次効果を引き連れ、この爆発は辺りを蹂躙していく。 この先に存在した神殿のような物も入口とその周囲も残らず吹き飛んだ。

 

「ぐ……うぁ…………!」

「むん…………っ!」

 

主神の張った結界内でも、その爆発の影響は顕著に出ていた。 

被害こそ無いものの、爆風は結界を歪ませ、ついには中に居る者たちごと徐々に少しずつだが移動させる。 現実では有り得ない光景が具現している。

 

そして反響する爆音は中の者の鼓膜を押し破ろうとし――――さらに、

 

「みんな見ちゃダメよ!」

 

リアスが咄嗟に、眷属皆の視界を塞ぐように覆いかぶさる。 その瞬間、すぐ傍の結界面に赤い飛沫がぶちまけられた。

 

「…………っ!」

 

息を呑み、歯を軋ませて耐える。 こんな地獄の光景を見せてはいけないという、慈愛の王たるリアス・グレモリーの執念が発揮された瞬間だった。

 

ぶちまけられたのは血液。 次に臓物がトマトのように粉砕破裂。 目玉もあった、腕も。

だがそれらすべて、爆風の風圧と結界との万力に耐えきれず、儚く血霧となって消え去っていく。

 

旧魔王派に傾倒した悪魔たちは、残らず紅蓮の爆炎に食い尽くされたのだった。

これが爆発の恐ろしさ。 何も残さず、思う暇も与えない即死の旋律。

 

いまだけ、リアスたちはこのテロリストたちに同情の念を覚えた。 犯罪者集団であろうとも、元を正せば同族であるゆえに悼むのだ。

 

そして、爆発の根源――――すなわち地下から靴音が近づいてくる。

ここですでに、リアスたちは確信していた。

 

「無茶苦茶野郎…………」

 

片足を地下から地平に踏み入れ、首を鳴らしながら上がってくる人間。

冷たい瞳が金色に妖しく光り、口元を僅かに吊り上げて――――

 

「あぁ――――腹の底に響くぅいぃぃ音だぁ…………」

 

――――紅蓮の錬金術師、ナイン・ジルハード。 戦場の狂気と業そのものを体現したような、紅蓮の武威を奮いまくる男がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん」

「…………ホント、よく会うなお前」

 

もはや腐れ縁とでも言うべきか。 渦中に紅蓮あり、爆発に紅蓮ありだ。

ナインはいつもの変わり映えしない面子につまらなさを感じながら、一誠からオーディンの方へ視線を移す。

 

「………………やぁ主神さん、お久しぶり。 その後どうです? 飼い犬は元気ですか?――――また会いたいから覚えていて欲しいなぁ」

「小僧………………っ」

 

歯ぎしりを禁じ得ない主神は、皮肉な笑みを浮かべて紅蓮の男を視線で貫く。

 

「あの傷で死ぬとは思えなかったがのぉ…………」

「ヘヘ、痕くらい残るんじゃないかって? 残念でしたねぇ」

 

私はこの通り元気ですよー、などとおどけて肩を揺らした。

来てしまった紅蓮の男に、一誠は叫ぶ。

 

「ナイン、聞きたいことがある!」

「はぁ」

 

最近質問多いなぁと嘯きながら、ナインは一誠の言葉に耳を傾けた。

 

「ディオドラとお前は、手を組んでるのか?」

「いーや」

 

答えに、ひとまずほっとした一誠。 いまのこの状況でナインがディオドラの援軍だったら突破は困難必至だ。

それだけは安心できたと言って良いだろう。

 

「隠れるのは主義に反しますからねぇ。 まして、巨影を背にして優越感に浸る劣等はクズ以下だ、有り得ない。 度し難い敗北主義者だよ」

「…………いや分かってたけどボロクソだなお前」

 

嘆くように溜息を吐く様は、さしづめ落胆といったところか。

秘匿、隠蔽、そのすべてに意味は持たない。 冥界の一般社会の裏に隠れ、匹夫のごとく隠れ潜む。

総じて愚かしい。

 

「言ったでしょう。 私は影は嫌いだから、慎ましやかに生きるという術も嫌いだ。 それが一番の処世術だとしても、私はそういうことをしたくない」

「来たわね、ナイン」

 

リアスがナインを見据えて睨む。 もっともナインにとっては睨むと言うより、まるで威嚇する子犬のようにしか見えなかったが。

そんな可愛いリアスの威嚇を鼻であしらうと、ナインは瓦礫の石を片手でごりごりと弄びながら言った。

 

「しかしまぁ、どうやら面白いことになっているようなので、この祭りに飛び入りで参加させてもらいます。 いいよねぇ、オーディンさん? まさか、ここでまた私と一戦やらかすなんて言いませんよね?」

「…………ふん、勝手にせい。 必要であればアザゼルたちがお前を捕らえるであろうからな」

「それは良かった。 フフ、じゃあ楽しむとしますか」

 

無視されて血管が浮き出たリアスの姿をさらりと流してそう言うと、そのまま神殿の奥に消えていってしまった。

 

「部長、落ち着きましょ――――ってうわっ!」

 

その後まもなく響いてくる崩壊の轟音に、全員の体がビクリと跳ねる。

神殿内を爆破解体しながら突き進み始める紅蓮の男に、グレモリー眷属は溜息を吐いた。 絶妙な息の合い具合だろう。

 

「何はともあれ、戦線は空いたぞぃ。 さっさと行かんか小僧ども」

「はい…………みんな、行くわよ!」

 

これだと先に行ったナインをリアスたちが追いかける形になるだろう。 それに気付いてまた溜息を吐くが、迷っている暇は無い。

王の号令により眷属たちはすぐに動き出す。 しかし、一人一誠がオーディンの前で立ち止まった。

 

「…………じいさんはあいつを?」

『!!』

 

そのとき、全員が思い描いていたことを一誠が代弁した。

このことを聞きたかったのは、二番目を挙げるとすればリアスも同様だったが、遅いか早いかの違いであろう。

 

彼らはかつて、ナイン・ジルハードに己の核たる心を突かれている。 そのため、迷い続けている者が半数以上存在するのだ。

自分はどうすれば良いのか、このままで良いのか。

 

生き方そのものを指摘されて迷走する子羊。

 

「俺たちは、あいつと何度も戦ってきた。 そこにいる木場も一度戦っているし、俺なんかもう二度も戦っている。 二回だけ(・・)か、なんて戦い慣れている奴らは思うでしょうが、俺にとってはすごい印象に残る相手だったのは確かなんだよ……」

 

ただ力と力をぶつけ合うだけでなく、心と心をぶつかり合わせる信念の戦いもした。

 

「じいさんはナインを倒したんだろ?」

 

ゆえに、どんな戦いだったのか彼は知りたい。 以前アザゼルからも聞いていたが、伝え聞く言葉と本人から直接聞くことには大きく違いがあった。

 

「弱い男じゃったよ」

「え…………」

 

予想外の返答に、一誠だけでなくその場の眷属たち皆が驚愕する。 弱い? ナインが? そんなバカな。

 

常人(ただびと)ゆえに。 …………越えられぬ壁という物があるのじゃよ、人間と人外との間には。 しかしあやつはそれを分かっているくせに進み続ける」

 

人間は弱い。 短命で、肉体も脆く、そして――――

 

「産まれた環境が極限であれば、非常に強力な精神を持った人間に成長する可能性は高い。 だが、それすらも超人の域を出ないのじゃよ実は。 まぁ超人でも人外にとっては十分に脅威なのじゃが……それまでじゃ、限界がある」

 

戦うための力を得るために、人間がどこまで狂えるか。 自分の持つ物をかなぐり捨てて、その一点だけに集結させて、頭が沸騰するほどに発狂しながら研鑚を積み続ける。

感慨深げに髭をさすって、そして途中でその手を止めた。

 

すると唐突に、老年を経た隻眼の片方が煌めいた。 水晶のような義眼は、あらゆる神秘を見通す事を可能とするゆえに。

 

「だが、末恐ろしいのぉ」

「…………?」

 

このとき、北欧の主神はすでに気づいていたのかもしれない。 本人も知らない、ナインの変化に。

 

「魔人になるには、まず超人であらねばならない」

「魔人…………?」

 

祐斗が返すと、オーディンが頷く。

 

「物の喩えじゃがのぅ。 肉体だけでなく、独自の求道心を持つことで人間は初めて超人の域に達する」

「求道心? それはどうすれば……」

 

得られるのか。 あるいは、どのような心構えがそれにあたるのかということを一誠が訊いた。

もともとそんな哲学的なことになど興味が無い一誠だったが、二度も敗けている以上、あの紅蓮を制するにはもはや誰かの助けが無ければ不可能に近かった。

 

「求めても得られずに高まった願望の感情―――渇き、祈り、飢え、願い、夢、すなわち渇望じゃ。

文字通り、渇きを潤すため動く心情のことを指す。 ヤツはそれが普通よりも少し……いや、遥かに供給過剰なのだと推測する」

「供給過剰?」

 

リアスが首を傾げた。

 

「足りない、足りない、まだまだこんなものではないと高みを目指し、求め、欲する。 ほれ、人間誰しも妥協はあるはずじゃろう? どこかしらで区切りをつけるものじゃ。

じゃがの、それがナイン・ジルハードには無い。 一種のブレーキという物が抜け落ちているんじゃよ」

 

胸を掻き毟るほどの情熱を燃やし、狂った結果がいまのナインを生んだのだとオーディンは言う。

 

天は何を選ぶのか。 生き残るのは何者か、死ぬのは何者か。 そこでさらにナインが望んだものとは、

 

「ワシら神格が原初を飾る神秘なら、彼奴はいま、人格の神秘に近づいている。

()()を超えられぬという、ある種の自然法則を、あの男は錬金術で超えようとしている――――そしてそれは、徐々にではあるが着実に前進しているのじゃ」

 

”生き残りたい”という渇望。 芯はそのままに形だけを変えて具現する。

 

「うっく…………!」

 

ナインが普通じゃないことは分かっていたが、ここでリアスはオーディンの次の言葉を聞き取れなかった。 そこだけノイズが走ったように脳が理解を拒んでいる。 頭を押さえた。

 

「おそらく彼奴の渇望は『――――――――』という願いである。

頭がおかしくなるレベルで願う者などいまはどの勢力にも存在しないがの。 まぁ、それはすなわち、”満足”しているからということで、だからこそ争いも起こさずに同盟など組みよるしな。 それはワシも良いと思う」

 

いまさら覇権がどうとか、強いのは誰であるかなど競争するつもりはない。

 

「じゃが、ワシら北欧神話ではそういった概念も取り扱っておってな。 だから、結果的にあの紅蓮の小僧が行き着く先もある程度予想はできるんじゃよ…………む、一気に喋ってしまったな、すまなんだ」

 

グレモリー眷属のほぼ半数が疑問符を大量に浮かべていた。

 

「えとえと、つまりあの人はすごく欲深くて、強くて……あぅあぅ……分からないですイッセー先輩!」

「…………おっぱい」

 

わたわたしながらも目を回し、それでも理解しようとする生真面目なギャスパー。 すでに思考を諦めている一誠は言わずもがな。

 

「…………」

 

一点のみを見詰めて硬直している小猫。 よく見れば目の焦点が少しズレている。

 

「要は、ナインはその『願い』をエネルギーにして武器にしているということ、でいいのかしら」

「…………私も部長の解釈に近いですわ。 けど、そう考えると結構ロマンチストですわね、彼」

 

やっとのことで導き出したリアスの答えに、副部長である朱乃が乗る。

 

「そのエネルギーを錬金術に繋げて発動している。 だから彼は、普通とは違う錬成をおこなえる…………聖剣計画に組み入れられた理由も解ったような気がします」

 

険しい表情で言う祐斗だ。

 

「そういった意味ではおぬしらもその境地に到達できる可能性が無きにしも非ずじゃが…………無理そうじゃのう」

「私は無理でいいです」

「私もそれはちょっと……」

「おっぱいへの渇望なら誰にも負けませブふッ――――っ」

「どさくさに紛れないでください」

 

復活した小猫が場違いな一誠の発言に拳を打ち上げた。

すると、オーディンがひげから手を離して咳払いをする。

 

つまるところナインはどうだったのか、それを聞きたかったのだ。

 

「総評。 …………あいつ、頭イカれとるとしか思えんわい」

『それは前からみんな思ってました』

「とにかく、これがナインについてのジジイからの最後の助言と受け取るが良い」

 

どこに行き着くのか。 そもそも、ナインの進む道程に果てなど有るのか。

 

「大海に輝く不変の宝石じゃよ」

「宝石? あいつが?」

「むん、しっくり来んか?」

 

確かに、ナインを表すにあたりそういった煌びやかで優雅な表現は合わない。 一誠の苦笑と訝りが混じったような反応にオーディンもそれを察したのか、ひげで遊びながら唸った。

 

そしてにわかに。

 

「あれ自体が一つの世界として考えよ。 そこに外界を取り入れる心は無く、より頑迷である。 懐柔、共存は不可能と心得よ」




クラウディアまじ天使。 いや、比喩じゃなくね。

しかしどうして神座シリーズのラスボスは変態しかいないんでしょうね。 根暗のストーカーとかどう考えても、ねぇ? 構図的にまずい(笑) だが置鮎さんの演技は最高だった。



ナインの渇望ってなんだろうね(鼻ほじり)次回かいつかを待ってくれ!


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43発目 侵攻、紅蓮の爆炎

「なんなのよアイツ…………!」

「こんなの情報に無い、聞いていないです!」

「こっちに来るのってグレモリー眷属じゃなかったのぉッ!? キャァァァァァアッ!」

 

凄烈に揺らめく陽炎を背景に、赤黒く燃え盛る焔の大喝が女たちを呑み込んでいく。

その場の神殿が、紅蓮の生む破滅の鳴動に音を立てて震え上がっている。

 

「―――――」

 

悲鳴を上げる者ら、またそれすらも許されなかった者数名が成す術無く呑み込まれ、食い尽くされる――――先のテロリストの悪魔たちと同じ末路を辿っていた。

 

そしてこのとき、この場所に揺蕩う空気の比率濃度は逆転し、異常空間と化していた。 呼吸をすれば高温の煙に肺を侵され、立ち止まれば先のような爆発が襲ってくる。

 

生物が存在できる場としての機能は完全に失っていると言っていいだろう。

 

「へへ…………」

 

しかし、人間に致死性があるこの場で笑っているのはその人間で、恐怖に怯えているのが人智を超えているはずの悪魔たちとはどういうことか。

 

中途半端に開かれる口から洩れる薄気味の悪い笑いは、常人が見れば全身の肌が立つ。

 

この荒唐無稽なる破壊と出火を発生、増長させているのは、紅蓮の男――ナインだった。

いままで爆破という破壊行為自体を抑制していた結果がこれだ。 彼を語るに外せない破壊の行進が、いま全身全霊でおこなわれている。

 

「でもまだ足りないな…………」

「…………みんな……ディオドラさま…………助け――――」

 

吹き飛ばされていく女たちは全員、ディオドラの眷属たちだがそれがどうしたという。

こういう事態になっているのだ、自分の主が本来在るべき巣を荒し、そして飛び立つ。 それがどういう意味か。

 

「まぁ、この私が倫理道徳などの説教を垂れるつもりはありませんが…………」

 

それが母国に対する裏切り行為であることは分かっているはずだろう。

その上で立ちはだかってくるのだ、待っているのは生か死のどちらか一つである。

 

「ぁぁぁぁああ……すぅ~~…………死臭と火薬が混ざった匂いもまた格別です、とても良い気分だ」

 

かと言って、無理矢理戦わせられていると泣き付かれようと躊躇いなく殺す男だ。 結果は同じか。

 

「さ、てと…………先ほど殺した人は8名だから…………あと二人ですか」

 

敵の数は正確には十名。 冥界で言うところの、「兵士(ポーン)」と「戦車(ルーク)」が駒の惜しみなくフルに出撃している状態だ。

 

しかし現在の生存は「戦車(ルーク)」の二名。

ナインの起こす爆発力にも遊びが無いのももちろんあったが、「兵士(ポーン)」の特性上、防御があまりにも低く、一発の人型爆弾(・・・・)で紙切れ同然に一瞬で消滅してしまったのだ。

 

どんなに重なろうと、紙束が爆炎を防ぐ道理は無きに等しい。 そして、固まっていればいるほど、爆炎の足はドミノ倒しのように周囲をなぎ倒す。

 

「ひ…………!」

 

煙が晴れる途中、同胞が爆発の炎に食われる瞬間を哀れにも見てしまった「戦車(ルーク)」の少女たちは、訳も分からずその場に崩れ落ちる。

錬成行使を終えた紅蓮の魔手が、ようやくポケットという鞘に収まった。

 

「ああ、女を殺す外道とは言わせませんよ。 向かって来るなら殺していきます」

「助けて…………お願いします…………」

 

まるで、教会の信者のように震えながら必死に祈りを捧げる女たちを、ナインはいつもの冷たい瞳で見下ろした。

 

――――誰に祈っているのだ、彼女たちは。

 

「何も知らなかったなんて言わせないよ、キミたちだってディオドラくんの思惑を知っていたんでしょう?」

 

泣き崩れ、何も言わずに首が取れそうなほど横にぶんぶんと振る少女たち。

すると困った表情でわざとらしく、紅蓮の男は笑みを浮かべる。

 

「いやぁウソはイケない。 あなたたちだって人形じゃないんだ、この状況でその嘘が許されるのは精々子供までだと教えてあげましょう」

 

もっとも、そんな建前どうでもいいけど、と一言加える。 これは単なる大義名分。 もちろんそんな物に縋る人間ではないのはいままでの行動からして明白だが、こういった場面に僅かではあるものの一種の陶酔を覚えていく。

 

――――大義名分。 ああ、そんな理由で芸術を創造するのもまた一興。 自らの古巣を荒した逆徒よ、罪深き者よ、いまこそこの紅蓮の業火に焼かれ、押し潰されるがいい。

 

ゆっくりと、審判の手が降りていく。 震える少女の一人へと……。

 

彼女たちの行動原理がたとえ恐怖にしろ狂信にしろ愛にしろ、指導者に従った結果なら指導者と同じか、それ以下の運命を辿るのが道理であろうと、ナインの金色の瞳が語っていた。

 

ただ、もしその断罪から逃げおおせることができたなら別の話、その者の器はここで終わるものではないということだ。 天は彼女たち、ないしは彼女を選定し、生き延びるべくして生き延びたのだと。

 

ただ、先に逝った者たちを思えばそう甘いものではないというのは一目瞭然だが。

 

「他の八名は仲良く天に召されましたよ。 だからあなたたちも…………」

 

悪魔が昇天は有り得ないか、と内心苦笑しながらその手は遂に少女の頭に――――

 

「やめて……来ないで……来ないでください……来るな、来るなぁぁぁぁあッ!」

 

紅蓮の構築式を脳内で組み立て、手足を肉を内臓を火薬同然に爆発させる魔手が完成した。 あとは少し触るだけで錬成は発動する。

しかし、その手が置かれようとした瞬間、

 

「―――――!」

 

背後に気配を感じたナインが、瞬間移動にも似た動きで回し蹴りを放っていた。 豪風とともに急旋回する必殺の蹴り。

しかしその蹴りは、何かを掠っただけで空を切り――――

 

「はぁ…………部長、ま…………間に合いました!」

「はぁ……はぁ…………っ。 よくやったわゼノヴィア!」

「む」

 

一瞬だけだが、背後に気を取られ過ぎたためか少女二人はナインの魔の手から消えていた。

 

それを協力したのは、グレモリー眷属、「騎士(ナイト)」の二人。

特性である速度を駆使し、仮にも敵であろうディオドラの「戦車(ルーク)」二人の救出に成功していた。

 

「なるほど」

 

感嘆とも、呆れとも取れるような声をナインが漏らす。

 

先ほどナインの背後に来たのは木場祐斗だった。

動きが速く、実力ある者を当たらせて救出は次点の者が果たす。 なるほど教科書的だがいい考えである。

祐斗が囮、ゼノヴィアが救出という形だった。

 

だが先刻、剛脚を振り抜いた際に背後の何かを掠った感覚をナインは確かに覚えていた―――いや、感じていた。

 

「ぐ…………っ引っかけただけでこれかっ」

「木場――――! くそっ、アーシアが居れば…………っ」

 

囮となった祐斗に、ナインの回し蹴りが僅かだが当たっていたのだ。 

 

陳腐な喩えになるが、スピードを出した車に肩や腕にでもぶつかれば大怪我をする。 ナインの蹴りはそれと同義であり、その上でも真実を言えば、頭を刈り飛ばす威力の膂力を有している。 この結果は必然だと言えるだろう。

 

苦虫を噛んだような表情で片膝を突く祐斗は、激痛を少しでも和らげるように大きく息を吐く。

肩口から下がだらりと脱力しているのを見て、異変に気付いた一誠が狼狽した。

 

「おま……腕…………っ!」

「…………大丈夫、安心して……はぁ……。 脱臼くらい手で治せるよ……ふぅッ…………!」

 

外れたら嵌めればよいと、普通なら狂い泣き叫ぶほどの行為を躊躇いなくする辺り、この金髪の騎士(ナイト)も相当の修羅場を潜ってきていると言える。

泣き崩れるディオドラの眷属を宥めている朱乃を見て、ナインが肩を竦めた。

 

「ああそういえば、通路は一本しかありませんでしたねぇ」

「あなた……彼女たちは無抵抗だったはずよ!」

「うん、だから?」

「だからって…………」

 

呆れるように、そしてリアスたちの善性、すなわち甘さを悔やむように、閉じていた口に亀裂が入る。

 

「無抵抗だから殺さないのかい? 違うねぇ、彼女たちは解っていて裏切りの主人に付いて来たんだろう。 だからここに居る、私の邪魔もした。 テロリストの加担者たちだ」

「確かにそう…………彼女たちは許されざることをしたわ……けど!」

「そしてそれも勘違いだ。 私はそれが悪とは言わない」

「は…………?」

 

この世に善も悪も無い。 そう以前ナインが言っていたことを、リアスは思い出していた。

 

「私は、彼女らの選択に敬意を表し、そして殺す。

彼女たちにとって、付いて行くか諌めるか泣き付くか、そのどれかの選択に、また悩んだか即決したかは知りませんが、一つの人生の選択をしたことを私は称賛しましょう。

その上でこういった戦場を生んだのだ。 いまさら、旗色が悪いから抵抗はしない、だから殺して欲しくないというのは甘すぎではないですか。 戦場の真理を判っていない…………」

「…………狂ってる」

「戦場では、狂気こそが正気というのを覚えておいた方がいい。

あなたの慈愛を否定するわけではありませんが、度が過ぎるといつか死にますよ、本当に」

 

敵を殺すため、斃すため、血の温度を上げ続けろ。 殺して殺して殺し尽くすのが戦場に立った者の役目。

自分は兵士ではない? よろしい、ならば戦場で案山子のごとく突っ立ったまま槍衾にされるのが望みか? 違うだろう。

殺したいから殺す享楽殺人者が居るように、死にたくないから殺さなければならない者もいる。

 

戦場で泣き言は誰も聞かない、聞いてはくれない 日常とはまた違う一種の異世界が戦争というそれなのだから。

 

「まぁ、とはいえいまのは少々一本取られました。 その少女たちはあなたたちの好きにすればよろしい」

 

興味を失ったように次の部屋へ続く通路を歩き始める。

それもそのはず、この場はリアスたちの介入により戦場の空気が霧散してしまった。 無論、先の二人を彼女たちから奪い取って殺害することは容易だが……

 

「…………白けますね」

 

この通り、本人はこの場でのやる気を失くしてしまっている。 ゆえに、ディオドラの眷属二人は命拾いをしたということだ。

 

「む、なんですか木場さん」

「君にここで戦わせるわけにはいかなくなった。 必要以上にこの地を戦場にしてもらいたくないよ」

「だな。 お前の言う戦場の真理ってやつも分からないでもないけど、やっぱり無抵抗なら無抵抗なりの対応をするべきだぜ」

「私も同感よ、なにより、私たちの住む世界で好き勝手暴れさせるわけにはいかない――――これからあなたを監視させてもらうわ」

 

右に祐斗が、一誠が、左にリアスが、ナインの両側で挟むように横に付いてくる。

爆発により開放的になったと思ったらこれである。 ナインは窮屈になった雰囲気に心底鬱陶しげな溜息を吐いた。

 

「好きにすれば良い、ただし…………」

 

邪魔だけはするな。

 

「するわよ。 …………あなたの行為は皆の目の毒なのだから」

「…………まったく。 あなたたちは何をしに来たのだ。 あれですか、死にに来たのかい」

 

戦場で不殺の精神を持つことは、力ある者以外がすれば死に繋がる。 自死衝動にでも駆られた狂人のそれだろう。 彼女らがこの場のナインを狂人と言うように、ナインから見ればリアスたちのやっていることも十分狂人に見えるのだ。

 

すると、スッとリアスの表情に影が落ちた。

 

「……アーシアが、ディオドラに拉致されたの」

 

それは後悔。 そして憤怒も混ざった感情だった。 ナインはその顔をじっと見つめるが、すぐに歩く方向に視線を戻した。 そして、歩みを再開させながら、

 

「…………それが理由かい。 やっぱりか」

「知っていたの?」

 

ディオドラ・アスタロトに、アーシアが連れ去られた。

その事実にナインはどこか納得していたようだったが、知っていたのか? と、リアスは乗り出すようにナインに迫った。

 

赤いスーツの裾をぐい、と掴むリアスに振り向いた。

 

「…………」

 

態度では示さないが、一誠や祐斗、ゼノヴィア、朱乃、小猫、ギャスパーもナインに注目していた。 突き刺さるような視線に参ったナインは、頭を掻く。

 

「そういう性癖を持っているのは知っていました。 やりかねない、ともね」

「…………そう。 ! 待ってナイン。 あなた教会時代のアーシアを知っているといつか言っていたわね」

 

飛ぶように気づくリアス。

アーシアとナインの初の対面は、リアスたちが知る以前より交わされていた予想が立っていた。 そしてさらに、当時にそういったことを匂わせるやり取りは忘れていない。

 

あのとき、部室で顔を合わせた二人。 アーシアは怯え、ナインは笑っていたのだから。 初対面というのは有り得ない。

 

「あ~そんなこと言ったことがあるような無いような…………思い出せないなぁ」

「私は真面目に聞いているの! お願い聞かせて……アーシアに、何があったの?」

「聞かせてあげる代わりに、条件があります」

「…………な、なに?」

 

少し気圧されるリアス。 すると、ナインは悪戯な笑みで、

 

「あなたの躰を、味わわせてもらいます。 隅から隅まで、余すことなく…………その乳房もね」

「――――――!」

「てめナイン!」

 

自分を抱くようにして後ずさるリアス。 それには眷属たちもたじろいだ、が…………

 

「言ってみただけだよ間抜け。 興味無いですしねぇ」

「…………ねぇ、みんな、この男殺していいかしら。 というか殺すわ」

「いままでの私を知っていれば受け流す事は可能だったはずですよ? ふふ、ハハハハ………生娘も大変だ」

「やっぱり消し飛ばすわ!」

「部長、落ち着いて! 気持ちは分かりますけど!」

「そうです、部長! 気持ちは凄い分かりますけど!」

 

目を瞑ってせせら笑う紅蓮の男に掴みかかろうとするリアスを、一誠と祐斗が押さえつける。

すると、朱乃が無言で冷たい視線をナインに送った。

 

「…………おっと。 ふぅ、怖い怖い。 まぁ、いいや。 教えてあげますよ、彼女の……聖女の辿った末路というものをね。 これは悲劇ではあるが、同時にこの出来事が無ければあなたたちと関わる未来は無かったであろう話だ。 感情的になるのはお勧めしない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は、聖女だった。 一概に聖女と言っても様々な想像をする者が多数出るでしょう。

宗教的に敬虔な女性であったり、高潔な女性であったり、はたまた、どのような者にも愛を振り撒く女性であったり。

 

優しく、高潔で、可愛らしく、すべての者に慈愛の情を与える僧衣(カソック)のシスター。 当時の彼女がそうでした。

まぁ、少し私も噛んでしまいますが勘弁を。

 

彼女は一時期、悪魔祓い(エクソシスト)たちに看護団として従軍していたよ。

そのときに私もその「悪魔祓い(エクソシスト)」の軍団に加わって戦っていたから彼女のことは知っていました。

 

無論、彼女もその看護団の子たちも、戦場という修羅場には直面したことは無い。 安全地帯で待機し、必要であれば治療をする。 そういった役目を持った団体でした。 それでもまぁ教会で祈るだけの方たちに比べれば修羅場慣れはしているだろうと思いました。

 

怪我をして運ばれてきた戦士たちを、その不思議な光で癒し、治す。 聖女という呼称はそれから始まりましたが、やはり神器(セイクリッド・ギア)というのは馬鹿にできない。 おそらく、彼女だからこそ、その「聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)」という医療機器を必要としない治療法を持った神器が宿ったのでしょう。

 

そして、彼女も満更ではなかった。 当然でしょう、信心深い教徒として「聖女」という呼び名はこれまでにない幸福だったはず。 なぜなら、優しくしたり助けたりすることに充足感を得る少女だったのですから。 先天性な女神気質だったのでしょう。

 

『ナインさんは他の皆様と違ってお怪我をされないのですね?』

『へぇ、して来て欲しかったのですか?』

『と、とんでもないことです! ご無事でなによりでした』

 

会話らしい会話はこれくらいです。 私とアーシアさんの接点など、これを抜いたらほとんど皆無だ。

 

そうして、彼女は聖女としての評判を着実に上げていった。 自然でしたよ。

人間、優しくされれば嬉しいのは当然です。 確かに、中には偽善だの鬱陶しいだの思ったり態度の人は存在しました。 まぁ私からしてみれば、つまらないプライドを持った男たちの強がりだと思いますがね。

 

「あなたは……アーシアに対して否定的だと思っていたわ」

「やれやれ、思い込みというのは恐ろしい。 偉そうに言いますが、私はこれでも彼女を評価している。 強いられるのではなく、己が意志で他人の心と体を癒せる少女。 それを曲げない心も、心の底から素晴らしいと思っている」

 

そんなとき、悲劇は唐突に襲ってきた。 ここからは、アーシア・アルジェントという聖女が、魔女へと堕ちる話です。

 

「てめッ――――その言い方は止めろよ!」

「おっと。 兵藤くん、語り手にいきなり殴りかかるとは、あなたさては、劇中じっとしていられない子供かなにかでしょう」

「それでも、それは……その言い方は……」

「イッセー、いまは……」

「クソッ……」

 

兵藤くんの苛立ちもおそらく、私だけに対してではない。 予感はあったのでしょうよ。

 

ここからは、ある神父さんから聞いた話です。

 

それから間もなくして、彼女はある悪魔と出会います。 怪我をしている悪魔です。

当然放っては置けないでしょう。 悪魔も見立ては人間と同じですからね、怪我をしているから助けるという心を、そんなときでも彼女は忘れていなかった。

 

神器(セイクリッド・ギア)ももちろん使いました。 怪我をした悪魔は無事完治し、少女にお礼を言った。

 

「そして、始まった迫害……ね」

「然り」

 

大勢の前で、主の敵たる魔王の子同然の悪魔を治療し、全快させる。 落ちることなど簡単でした。

異端審問、迫害。 彼女には多くの嫌疑がかかりました。

 

ただ己が信念に基づいて実行した行為が、彼女を聖女から魔女へと堕とす作業へと変貌した。

 

「そう、それは――――」

 

 

 

「――――――――それは計画的な謀略だった、だろナイン? ヒャッハハハハァッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決定的な一言が紡がれる前より先に、耳障りな哄笑が神殿に響く。

目の前には神父服と、聖書、十字架を胸にかけた、かつての白髪の狂神父。

 

「フリード! てめぇ、生きてやがったのか!」

「おほー! そうですそうです生きてやがりましたよぉ。 イヒヒ! それにしても懐かしい面子ですなぁ!

レイナーレの姉ちゃんを思い出すぜぇぇっ」

 

フリード・セルゼン。 それは、聖剣奪還の折、祐斗に撃退され、白龍皇ヴァーリに身柄を確保された。

 

「元ヴァチカン法王庁直属、はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)フリード・セルゼン!」

「んな叫ばんでも自分の名前くらい分からァ。 んで? なんだいこのめンずらしい顔ぶれは!」

 

相変わらず面白おかしく笑い声を上げるフリードは、リアスたちの中心に居る男を見てにやけた。

 

「ナインよぉ、お前ってばそんなキャラだったっけ? 違ぇよなぁ、近くに居りゃ誰でも吹き飛ばすようなイカレ野郎だったはずだろう!? なんでそいつらを殺さない? 情が移った? それとも日和ったか? どっちでもいいがよ、てめぇは俺と同じなんだってこといい加減自覚しろよなぁ」

「…………」

 

いつもの表情を崩さずに平静に佇むナイン。 しかし、にわかに笑いだした。

押し殺すようにしていた声は声量を上げていき、哄笑に変わる。

 

「んっふふふ……アハハハ、ふははははッ! 私が、あなたと? 同じ? ちょっとちょっと……クク、笑わせないでくださいよ。 あなたホント変わりませんね、いや、ちょっと変わったのかい?」

「だってそうだろうが。 教会でバルパーのじいさんと三人で行動してたときがピークだったが、ありゃ一言、イカレ野郎だったよ、お前は」

「そんなだからあなたは成長しない」

「なに…………?」

 

フリードに煽り言葉を叩き付けるナイン。 あれから数年経つというのに、お前は何も進まない。

殺す事だけしか考えない殺人者。 短絡的すぎて嘆きすら覚える。

 

「ただ殺したいから殺す。 そういう獣の思考も良いですがね、そんな飽きもせずによくもまぁやれますね、フリード。 私なら……飽きるね」

 

そしてすでに、ナインはそれを終え、爆発だけではない次の段階へと進んでいる。

 

「うるせぇぞてめぇ…………」

 

低い声音。 先ほどの陽気なフリードは無く、ナインを睨む。

 

「変わらないから強く在れるんだよ。 分かってねぇのはテメェの方だろうが!」

「変わらないから強く……」

 

北欧の主神から聞いた言葉を思い出す祐斗。 

良くも悪くも自己完結するのが求道の法則だ。 その点ではフリードは昔から変わらない享楽殺人者であるため、そういう才能(・・・・・・)があるのだろう。

 

「それよりも、他のディオドラの眷属たちはどこかしら。 あちらが仕掛けてきたことよ?」

「心配無用です、リアス・グレモリーさま。 あなた方の相手は私たちがします」

 

魔方陣が光り輝き、その声の主が姿を現わす。

騎士(ナイト)」二名、「僧侶(ビショップ)」二名に、そして「女王(クィーン)」。

布陣としては強力な部類に入るだろう。

 

「一気に全員投入してくるなんて……あなたたちの主は何を考えているのかしら」

 

そうリアスが呆れ気味に放言すると、碧眼の「女王(クィーン)」の女性が口をつぐんだ。 目を逸らし、不機嫌そうに腕を組んでいる。

 

「イレギュラーにより、総攻撃にて殲滅を言いつかりました」

「イレギュラー……あ~」

 

納得したようにゆっくりと横を向く一誠。 リアスはなんとも複雑な表情で、自分の横でにやにやと気色の悪い笑みを浮かべている男を肘で小突いた。

 

「あ痛ッ、ちょ、なんですかぁ?」

「あらあら、だから先ほどのディオドラ・アスタロトからの放送が途切れたのですわね、納得いたしましたわ」

「なに、そんなことがあったのですか?」

「うふふ、先ほどのあなたの蛮行を阻止する少し前に」

「ふ~ん」

 

にやにやの理由が変わり、今度は相手の「女王(クィーン)」に向かってその笑みをしだした。

 

「焦りが先んじ、眷属の総出撃? アホ丸出しじゃあないですか。 指揮官としてはまだまだこちらに居る紅髪さんの方が優秀だと私は思います」

「…………!」

「おい聞いたか木場。 ナインが部長を褒めたぞ…………しかも顔赤くして……照れてる!? 照れてるぞおい! か、可愛い…………」

「可愛いだなんて、やだわ、イッセー…………」

「余所でやれよ」

 

最後のはフリードである。

それにしても初めてではなかろうか、リアスがナインに称賛されるのは。

いつもはポンコツだの、ダメ出しばかりだったはずである。 が、ここに来てディオドラの指揮の杜撰さが浮き彫りとなりリアスを輝かせた。

 

顔が赤いままのリアスはナインに向かって指を突き付ける。

 

「あなたに褒められても嬉しくないんだからね、ナイン!」

「お、手軽な小石発見。 爆弾作ろっと」

「ふん!」

 

一撃。 滅びの塊が高速でナインのもとへと飛んで行く。

当然避けるナインの先に居るのは剣を構えた「騎士(ナイト)」の二人に――――着弾。

 

「きゃあぁぁッ!」

 

一擲。 リアスの放った滅びの力は絶大な威力を発揮し、得物の剣もろとも「騎士(ナイト)」の二人を吹き飛ばしていた。 壁にぶち当たり、ずるずると崩れ落ちる。

 

ポンポンと小石で遊ぶナインが眉を顰めた。

 

「毎度危ないと思うのですが、グレモリーさん。 私に当たったらどうするつもりなのだ」

「あなたなら避けるでしょう?」

「うわ~」

 

息が合っているのか合っていないのか分からない二人に唖然とする一誠たち。

ナインは好かないだろうが、敵の敵は味方ということだろう。

リアスも必要以上にナインを敵視してはいない。 いま優先すべきことは何か、十分に解っているから――――

 

「ナ~イン。 お前は俺と戦ろうぜ、おい。

強くなってからオレさぁ、見合う相手が居ないわけ。 正味に欲求不満なんだよねぇ」

「いや、僕が相手する」

 

当然の権利だろうと、このとき二人とも(・・・・)思っていた。

ナインはおどけながら横に身を引き、騎士の名乗りを尊重する。

 

以前下した相手が生きていて、再戦の機会が不本意ながら与えられた。 ならばどうする、無論同じ人物が葬り去るべきであろう。

 

この白髪の神父を、敗北の檻へ叩き返す――――!

 

聖剣奪還。 フリード・セルゼン。 木場祐斗。

 

ナインを除けば、因縁浅からぬ仲の二人。

いつもの光る剣と祓魔弾の込められた銃を構えるフリード。 いまはあのときのような栄光――――エクスカリバーを有していない。

 

対して祐斗は、空間から抜き放った聖魔剣を二刀構える。

 

その瞬間――――

 

「あ゛…………?」

 

瞬時に間合いを詰めていた祐斗が、フリードの心臓の辺りにその得物を深く突き刺していた。

一瞬の出来事に、敵は愚か味方であるリアスたちも目を見開く。

 

「よっしゃあ! やったぜ木場!」

 

もはや勝負あり。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――と思われたが、しかし。

 

「…………?」

「ふひひ…………いひひ、ハハハハハハアッハハハハッハハハハハ、ヒャッハハハハハハッ!」

 

上がる哄笑は、心臓を一突きにされているはずのフリード・セルゼンからだった。

その直後だった。 異変に気付いた祐斗が、聖魔剣を引き抜こうする。

 

おかしい。 突き刺したところから、人間ならば出て来るはずの物が出て来ない。

 

「ひひ……強くなったって言ったよなぁ? イケメン色男くぅん?」

「これは…………!」

 

単純だった。 深く突き刺した剣は、フリードの体を貫いたまま地面にも達していたのだ。 抜けないのは必然だった。

しかし、地面とともに串刺しになったフリードは血も吐かず、痛みも無く、ただ目の前の祐斗の頭を撫で……そして、

 

「オラぁいつまでもおたおたしてんじゃねぇっっぜぇっ!」

「ぐあぁッ!」

 

頭を掴まれ、有り得ない膂力で壁にブチ当てられる祐斗。 何が起きているのか分からない現状、疑問符を浮かべることしかできない。

 

「あなた……人間を辞めているの?」

「半分当たりで、半分外れだぜぇ悪魔」

「なんだというの…………朱乃!」

「はい! はァッ!」

 

姫島朱乃の有する混血としての力。 雷と光を融合した雷光を迸らせ、地面を走らせる。

相手が魔なる者ならば、堕天使の光を有した朱乃の攻撃が有効のはず。

 

「な――――!」

「いい塩梅の電圧だ、ひゃは。 いいねぇお姉さん、眷属辞めてマッサージ店でも開業すればぁ?」

「そんな、朱乃の雷光までも!? どうなって――――!」

 

腹がよじれるほどの笑いに包まれているフリード。 しかしここで、人間とは決定的に何か違う物が形として現れ始めた。

 

心臓に剣を突き刺しても死なないどころか血も出ない。

 

雷光で痺れさせ、打ち据えても笑うばかり。

 

その謎を、いま――――

 

「ああ、そういやいまオレ光浴びてんだったな。 びっくりした?」

「…………なんだあれはっ」

「屍? …………いや、髑髏?」

 

光を浴びたフリードの体は、肉の無い骨組みだけの肉体――――骸骨の姿が照らされていた。

ガシャガシャと骨と骨がこすれ合う異音。 骸骨が光る剣を持って動くさまは、当然人間のそれではない。

 

「ナイン、へへ……以前のオレとは違うってこと、教えてやるよ。 ああそれと、朗報だ。

これもお前がだぁい好きな錬金術が生み出した狂気の業なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉッアハハハハ、ハッハハハハヒャハハハッ!」




あけいろ怪奇譚プレイしていて遅れてしまいました、ごめんなさい。
いや~、面白かった。


あ、フリード生存です。 原作とは別の方向で人間を辞めてしまいましたがね。 神父服はちゃんと着ています、その上でホネホネなので誤解なさらぬよう。


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44発目 魂の定着

前回誤字を報告していただいた読者さま、ありがとうございました。


「ま、いまは俺の体なんかより……聞けよ、面白い話だ。 アーシアちゃんの教会追放は仕組まれた謀略だったんだよ」

「謀略…………?」

「そ、すべてはあのディオドラ・アスタロトの仕組んだシナリオだったんだよ。

いや~、自演してまであの魔女っ子アーシアちゃんに治療させたっつーからな、まじで聖女大好きなんだなあの坊ちゃんは」

「自…………演?」

 

言ってしまいましたか、と肩を竦めるナイン。 フリードの言葉に声も出ない眷属たちは呆然とする。

 

「信心深い女の子を手に入れるためにディオドラくんは策略を練りに練った。

行き着いた策、『公衆の面前で悪魔を治療したらきっとアーシア・アルジェントは教会には居られなくなるだろう』ってさぁ、もう傑作! どんだけ聖女堕とすの好きなんだっつーの!」

「…………アーシア」

 

要は、ディオドラ・アスタロトはアーシアを得るため、意図してアーシアに自分の怪我を治療させたということ。

 

さらにフリードは爆笑しながら続けた。

 

「計画通りアーシアちゃんを教会から追い出し、そして堕天使であるレイナーレの姐さんの居る堕ちた教会に入れさせた、ここまでは良かった、ここまでは」

「まだ先があるのか…………っ!」

 

ディオドラ・アスタロトの深慮遠謀。 相当に用心深く、用意周到な男なのだろう。

そして、性根が腐っていることも……。

 

「計画なら、その後レイナーレの姐さんを殺して、目出度くディオドラがアーシア・アルジェントを助け出すって寸法だったんだよ」

「ふむ、そこまでは訊いていませんでした。 まさかそんなことがねぇ」

「許さねえ……ディオドラ!」

「昔話はこれくらいかねぇ…………行くぜ?」

 

何を食べても、何を飲んでも灰の味しかしない。 満たすべき胃袋も無ければ腹も減らず、それゆえに満たされることがない。

 

何も感じず、ゆえに女も抱けない。

この男の肉体は屍として歩き続ける。 永遠に死なない、否、死ねない。

唯一の救いは、その屍は死臭がしないことである。

 

それが、いまのフリード・セルゼンの全容。 ここは戦地に等しく、仲間の悲劇を聞かされて怒っている暇も悲しんでいる暇も無い。

 

――――許さない、絶対に。

 

この言葉を押し通したいのなら、立ちはだかるすべての障害を薙ぎ払い、進むべし。

狂おしいだろうが、ディオドラ・アスタロトに言上したいのならそうしなければならない。

 

「いや~、白龍皇に連行されたあと、アザゼルのクソ野郎からリストラ喰らってよぉ。

んで、行き着いた先が『禍の団(カオス・ブリゲード)』だったってこ・と」

 

朱乃が放った光の力が弱まり、やがて消えると、フリードはもとの体に戻っていた。

しかし、光の剣を持つ手と腕はその骨が露わになっている。

 

解るように、この屍体は本物の光の前ではその実体を隠せないようだ。

 

「…………どうしていままで気づけなかったのかしら、あれほど歪に変貌していれば基となった何かが漏れるはずなのに……」

「僕の聖魔剣も朱乃さんの雷光も効き目が無いとなると、相当強力な力が働いていると思います」

 

フリードに投げつけられた際、頭を若干切ったのだろう。 血が垂れる頭を押さえながら立ち上がった祐斗が息を吐いた。

 

「っ…………呪術的なもの? ネクロマンシーにしては通常時に人間体を象らせるのはおかしいと思うし………………ダメだ、まったく予測できない」

「気味が悪いな……一度デュランダルでバラバラに吹っ飛ばすか?」

「いやいや、朱乃さんの雷光でダメだったのにそれは…………」

「いや、それは案外と良い考えかもしれません」

 

正体不明の怪物(モンスター)を相手に攻略法を論じていると、いつの間にか輪の中心に居たナインが言った。

ゼノヴィアの肩を意味ありげにポンと叩くと、フリードの方へ視線を向ける。

 

「フリード、それ複合魔術の類だよねぇたぶん」

「………………」

「こうして見ると木場さんの言う通り呪術的なものがあるのかねぇ? 呪いじみてもいるし。

まぁ、いいです――――とりあえず来てみなさい」

「来てみなさいって……あなたね――――」

 

いくらナインとて、刺しても痺れさせても無為なあの屍体を殺し切ることはできないはず。

しかし、ゼノヴィアの意見に賛同した辺り、やろうとしていることはさすがのリアスたちでも勘付いた。

 

「んじゃぁ…………お言葉に甘えてイカせてもらいますわぁぁぁぁぁひゃっははははッ!」

「―――――」

 

上段からの斬り下げを難なく避けるナイン。

 

「…………ふむ」

 

やはり、これは強くなったのではなく、単に死にづらくなっただけだ。

”だけ”と軽視することはしないが、このときナインは考える。

 

―――――フリードは自分のいまの状態を理解していない。  

深く考えればその屍体の能力を最大限に活かせるはずなのに、攻撃を受け流すことしか考えていない辺りおそらくろくに説明されていないのだろう。

 

こうだから強いああだから強い。 強さを論理などで位置づけし、やはり何も考えない愚鈍な輩。

こんなのと以前ペアを組んでいたのかと思うと恥ずかしい。

 

「フリード、そのおかしな躰は誰から貰ったのですか」

「はぁ? んなの聞いてどうすんよぉ!」

「よッ。 あなたの発言で、錬金術が絡んでいることは分かりました。 しかしどうにも解せない。

錬金術師(わたし)の見解では、途中までしかあなたのその躰の意味を証明できない」

「知るかそんなの! 俺はてめぇみたいにうだうだ考えたりしねんだよ。 つか避けんなコラァッ! くそ!」

 

ついには腕組みをしたまま足のステップだけでフリードの剣撃を回避していくナイン。 そして、苛立ってきたフリードの頭に向かって軽く蹴りをお見舞いした。 肉付きもほとんど無いため、軽い衝撃で首が吹き飛んだ。

 

吹っ飛ばされた自分の首を探しに壁の方に走って行くフリード。 その姿に何とも言えぬ複雑な表情で佇むグレモリー眷属。

 

「ふぅ」

「た、斃せる…………の?」

「いまの彼は私でも殺せないなぁ。 ちょっとよく解らないや、あの躰」

「でも、途中までは解るって、あなた……」

 

ふむ、ともう一度顎に手を沿えると、話し始めた。

 

「あれはねぇ、魂を体に定着させているのだ」

「定着?」

「『宿らせる』と言った方が正しくはないが解り易くはありますかねぇ。 どうやったかは知りませんが、あの体は確かにフリードのものだ」

 

フリード・セルゼンの肉体を腐敗させ、人骨化させた後、改めてその魂を定着させたと考えた方が現実的である。

 

「生きながらでもそれをするのは可能ではありますが、ベースであるフリードがさすがに発狂死しかねない。

これも総て個人的見解ではありますがね。 錬金術の絡んだ所業となるとそれが妥当であると、私は思う」

「…………」

 

ナインの言葉を察したリアスが、心底嫌な表情をした。

生きながらにして皮を剥がされ、腐らせる。 そんなもの耐えられる者などおそらく居ない。

 

「生きた人間を即興でミイラにする手法は教会でも採用されていましたけどねぇ」

「な―――――」

「そりゃそうだ、鼻から脳みそ引きずり出されて、肛門からは内臓を引き抜かれて数週間放置、なんて、クク、ははッ! 正気などどこにもない。 まぁ、全部失敗に終わりましたがね」

 

飄々と語るナインは、あちらでようやく自分の頭を見付けて首に戻したフリードを指差しながら笑った。

未だ吐き気が収まらないリアスが口を開く。

 

「……………天界はいままでそれを許していたの?」

「そもそもからして、聖書の神の死後、天界の管理力は大幅に低下していました。 自分のところで手一杯の天界が、下請けも同然の教会に目を向けるはずがない」

「目を盗んで…………そのようなことを何種類も、何度も………」

「聖剣計画も、教皇庁の闇の一部か」

「そういうことになりますね」

 

キッと睨み付けてくる祐斗におどけるように肩を竦めた。

聖剣計画以外でも闇は多くある。 アーシアの追放の件然り。

 

「中には正義感溢れるベテランも居ましたが…………まぁいまはどうでも良いか」

 

数年前を懐かしんでいる暇は無い。 前へ進んで進んで、進まなければならないのだ、振り返らず。

「話は終わりだ」と、態勢を整えたフリードと遠間から向き合う。

 

「く……急いでるってのに、フリードの野郎、面倒くさくなりやがって…………!」

 

連れ去られた少女のことを案じつつ、一誠も籠手を発動させて倍加を開始する。

しかし、その赤い籠手に手が置かれた。

 

「あなたは何もしなくてよろしい。 破壊力が乏しいままでは千日手ですからね」

「斃す方法を思いついたのか!?」

「いえ」

「じゃあどうすんだよ、ナイン!」

 

焦れてくる一誠。 あれは屍、個人の武で破壊しようとすぐに再生する呪われたモンスター。

 

「魂を現世に繋ぎ止めるための血印も見当たらないようですし、ここは少し頭を使ってみましょうか」

 

爪先で床を叩いて首を鳴らす――――その瞬間、床が破壊されたように見えたと同時にナインの気配が消失した。

 

「―――――」

 

床の舗装を砕き、舞い上がらせるほどの脚力が生む超速のスピード。

それを以てフリードに肉薄するナインは、一握りの小石を数個ポケットから取り出した。

 

先ほどリアスをからかった際にちょうど作り上げた物だ。

 

「おぉっと危ない」

 

横薙ぎの斬撃を跳躍で避けざま、爆弾と化した魔石が握られた拳をフリードの腹腔内に向けて打ち下ろした。

 

「む?」

 

本来のフリードの姿が半ば白骨化した屍なら、容易く突破できるだろうと楽観視してしまった。

拳は、中身などほぼ無いと思っていたフリードの腹に止められる。

 

「無駄だって……。 中身スッカスカなゾンビみてぇな躰でも、光を浴びなきゃ俺の自由意志で切り替えられるんだよ。 いまの俺は人間の肉体も同然なんだ」

「…………ああもう」

「だからお前の錬金術は俺には効かねぇ」

 

振り下ろされる光の剣を間一髪で後退する。

光の前ではその姿を否応にも曝け出すのに、それが無ければフリードの体は本人の意志によって屍にもなれるし、又ただの人間体にもなり得るということだ。 非常に厄介である。

 

少し不機嫌そうに舌打ちをするナイン。

そして彼は同時に、こんなに殺しづらい生物と相対するのはコカビエル以来だと、半分苛立ち半分高揚して訳が分からなくなっている。

 

「無駄よぉっナイン! 俺を再起不能にしたいなら、この体をバラッバラにでもしなきゃあ無理無理! それでも殺し切れない肉体なんだぜぇ? いい加減諦めろやぁ!」

「…………」

「おい……つかよ、テメェは自分に都合が悪いとだんまりだよなぁいつもいつもぉっ! 黙秘してりゃあ時間が何とかしてくれるとでも思ってんのかよ」

「…………少し黙れよ」

 

フリードが罵詈雑言の嵐を投げ付け、弾けるように爆笑し、悦に浸る。

 

すると、いつもとは違うナインがそこに現れた。

軽い口調や滲み出る不気味な狂気はこのとき無く、ただ明確な言葉がフリードに投げつけられていた、黙れと。

 

「っ…………ナイン?」

 

――――鳥肌。 一番間近にそこに居たゼノヴィアがある種の戦慄を覚える。

口を噤めと、単純で解り易い命令口調だが、物理的な圧力すら孕んだ言葉に打ちのめされる。

それはやがて伝播していき、リアスたちにも響き渡る霊的な波長の変化。

 

「ゼノヴィアさん。 少し、手を貸していただきたい」

「…………、え? わ、私か!?」

「そうです」

 

一瞬、誰だそれはと思ってしまった本人は、あまりに予想外の指名に締まりの無い返答で返してしまった。

 

「ちょ、ちょっとナイン! ゼノヴィアは私の眷属よ!」

 

リアスも、ナインの雰囲気の変わり様に数秒呆気に取られていたが、すぐに状況を理解し、そして反対していた。

ゼノヴィアは自分の眷属。 自分以外の者に勝手にはさせられない。 まして、相手が正体不明なら尚更心配なのは当然のことだった。

 

だが、それはナインも察していた。

 

「死なせはしないし怪我もさせないよ。 ただ本当に手を貸してくれるだけで良い」

「…………!」

 

いつもは、戦いにはリスクは付き物であり、虎穴に飛び込まねば勝機すら見出せないと言って取り合おうとしないナインが、戦う前に、「死なせないし、怪我もさせない」と来たものだ。

再度呆気に取られるリアス。

 

「っ…………なによ……急に真剣になって…………い、意味が解らないわ、あなた」

「解らなくて結構。 して、返答は!」

「…………っい、いいわよ! 本人が良いって言うなら好きにすればいいじゃない! その代わり、約束破ったら酷いわよ!」

「―――――私に嘘は無い」

 

本人――――ゼノヴィアに注目が集まる。 答えは、決まっていたも同然だった。

 

――――だって、これはずっと望んでいた展開。

惚れた弱みとは言わないが、それに近い感情を、このときゼノヴィアは持っていた。

 

「了解した!」

「では出ましょう――――グレモリーさん、あなたたちは残り者と戦っていなさい」

「だ、誰が残り者ですか、ナイン・ジルハード!」

 

ナインの号令により、ディオドラの「僧侶(ビショップ)」二名と、「女王(クィーン)」に向き直る二人以外のグレモリー眷属。

突き進むべく、第二ラウンドが始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、二ラウンド目とは言ってもナインにとっては延長戦にすぎなかった。

 

殺し切れない謎の肉体を持ったフリード・セルゼン。 しかしナインはそれに対して、自力では再起できないであろう状態に叩き落とす算段がすでに彼の脳内で組まれていたのである。 重ねて、ある(・・)その先のことも見据える目を持っていた。

 

「それで、私はどうすればいいナイン?」

「何も考えないでいいです」

「はぁ!? わ、訳が分からない……おいナイン!」

 

前方に飛び出るナイン。

再度接近戦を誘う紅蓮の男に、髑髏の神父が乗らない理由が無かった。

 

「また踊ろってか? いいぜぇ何度でも! お前となら死ぬまで踊ってやるよぉっ!」

「そんなホモ臭い絵面は有り得ないですよ」

 

上段に足を振り上げ―――思い切り振り落とす。 フリードがそれを光の剣と光銃を交差して受け止めた。

その際、足元が陥没すると同時にフリードの両腕がもげる。

 

「けっ――――っバケモンが、だが!」

 

しかし、吹き飛んだ両腕目掛けフリードは跳躍――――瞬く間に付け直した(・・・・・)

人間ならば有り得ない。 離れ離れになった体の部位を、まるで糊などで付け合わせるかのように接着した。

 

「くく…………ふへへ!」

 

着地したフリードは、これ見よがしに片腕を上げた。 徐々に修正されていく結合部。

かのフランケンシュタインのように継ぎ接ぎの肉体などもはや目ではないだろう。

 

ものの数秒で、離別した腕は痕すら残さず再生した。

 

「はっははははは!」

「…………面白い躰をしていますね」

「へへ、そう言いながら内心滅茶苦茶焦ってんだろう? …………笑ってんじゃねぇ!」

 

ナインが攻めあぐねている。 ナインが苦戦している。

あのナインが。 なんて楽しいんだ。 スカしていつもいつも格好付けやがって。

 

そうだ、いつもいいところは取られていた。 こいつと行動する任務は俺はおまけみたいなものだった。

 

これはフリード・セルゼンの胸の内。 それは嫉妬、そして羨望。

 

どうしてあいつが、あいつだけが。 俺だって最年少でのし上がった悪魔祓い(エクソシスト)、どんな同業にも遅れは取らなかった。

 

「こいつが現れるまでは――――っ」

 

がりっ、と歯が欠けるほどに噛み締める。

だがそれも今日で終いだ。 俺は不死身の肉体を手に入れた、誰にも負けない――――

 

「な―――――ぶッッっっ―――――――!」

 

突如フリードの思考が途切れ、意識が目の前の男に引き戻された。

己は不死身だという自負があり、それゆえに物理攻撃は完全に無警戒だった。

 

「また俺の頭を――――悪あがきしやがって! いい加減俺に殺されやがれ――――」

 

腕を振り上げた。

 

「ん? な――――無い! 俺の武器――――!」

 

そう、振り上げたのは腕だけであった。 肝心の武器である光の剣がいつの間にか掴んでいた手ごと斬り飛ばされている。

 

「…………なにを考えていやがる」

 

瞠目し、背後の騎士を睨み付けた。

ゼノヴィアが、デュランダルでもってフリードの腕を切り離していたのだ。

そして空中に飛ばされるそれを、ナインが空中で上手く掴み取った。

 

そして、その流れで、

 

「よっ――――」

「ぐぉ―――――!」

 

まさか自分の作った光の剣で貫かれるとは思うまいが。

しかしフリードは不可解だった。

そんな光の剣で消滅できる体ならさっきの雷光や聖魔剣で消滅しているだろう、こいつは馬鹿か、と。

 

未だその光剣は髑髏の肉体を貫いているが、痛みも無ければ血も出ない。 一番初めに祐斗が為したことと同義の状態になっている。

しかし、このときだけ現れる実体がある。 本物の光の前では、屍はその姿を晒す。

 

ナインは、爆弾と化した石くれを一握り――――

 

「結局、あなたは殺すことしか頭に無かったのだ」

「こんなんで俺を殺せると思ってんのかよ―――――」

「殺す殺さないで物事を判断するのは止めた方がいい。 だからあなたは頭が悪いのだ、バルパーさんにも昔から言われていたでしょう」

「なんでそこでバルパーの、じいさんが出てくるん―――――」

 

ズンっと、フリードの髑髏の体にナインの拳がねじ込まれる。 もちろんそれが狙いではないことは、本人も、そしてフリードも気づいていた。

本命は、拳の中からばら撒かれる小石である。 その一つ一つが、紅蓮の理によって爆発の魔石となっている。 それを、光の剣に貫かれたまま髑髏を曝け出し続けている肉体の内部に投入すればどうなるか。

 

「クソっ小細工しやがって――――取れねぇどこだ!」

 

骨と腐敗した肉とで構成された体内にばら撒かれた無数の爆石。 内臓部を素手で掻き分けるが、如何せん数が多過ぎるゆえに見つからず。

腐敗し、変色も起きているため通常の人体構造よりも遥かに複雑な迷路と化している。 もとより医学方面などには興味も無ければ知識も皆無なフリードには困難という言葉すら生易しく、さらに――――

 

「これはもう用無しでしょう」

「な――――」

 

ポイと、髑髏の肉体を貫いていた光の剣を抜き、投げ捨てる。

すぐにフリードの肉体は人間体に戻される。

 

「あなたは馬鹿だ。 頭が悪い」

「…………クソがッ! ならてめぇも!」

 

道連れに――――。

ナインの肩を掴もうとフリードが手を伸ばした。 自分の錬成した爆弾で死ぬがいい。

こんなことではこの髑髏の神父は死なない。 

 

しかし、あにはからんや。

紙一重で掴み引き寄せようとしたところで、腹に衝撃が走った。

 

「ごっ――――な、んだとぉ――――っ!?」

 

ぶれるフリードの視界。

ナインの背後から、しなやかで鋭いキックが飛んできていたのだ。 これ以上近づくな、喋るなと、その蹴りは如実に語っている。

 

「…………ナインに触るな、不細工め」

 

ゼノヴィアの蹴りの一撃で、フリードは吹き飛んで行く。

 

「強くなったのは結構ですが、それを見せびらかすのがあなたの大きな欠点だ。 黙って戦えばもう少しましなものを…………」

「――――――」

 

髑髏の肉体の中でその予兆を見せる紅蓮の原石たち。 一瞬だけ落雷のごとく光り――――爆散する。

 

爆発の震動により神殿は揺らぎ、その風圧は大仰な窓ガラスを盛大に割っていく。

床の舗装はひび割れ粉砕されていく。

 

「ふむ……やはり」

 

ようやく止んだ爆発に一息した。

 

文字通りバラバラに吹き飛ばされた四肢。

しかしやはり、髑髏の肉体は破裂し千切れ砕けようともその命はしぶとく残る。

証に、見よこの生命力を。

 

「へへ…………」

「…………うっ」

「…………悪趣味ですねぇ」

 

さすがのゼノヴィアも口元を押さえる。

生首が笑った。 もはや人は辞めたフリード・セルゼンの姿に、ナインは哀れむ。 そして、ほくそ笑んだ(・・・・・・)

 

「こんなんで……死ぬわけがねぇんだよ。 『禍の団(カオス・ブリゲード)』の錬金術師がお前だけだと思うなよ? かはは……連中すげぇぜ。 こんなナリになっても生きてるんだからよ――――はは、はははは!」

 

爆発音と、その異様な光景に、向こう側で戦闘の最中であったリアスたちも手を止めていた。

もちろんディオドラの眷属たちも……

 

「これは悪魔でも、人間でもない……錬金術とはこのような恐ろしいものを作り上げるのですか…………っ」

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』に錬金術師の派閥が……? それともナインと同じ単独か?」

 

そう考え込むゼノヴィア。 不思議ではないだろう。

様々な勢力から色々な実力者たちを集めているのが「禍の団(カオス・ブリゲード)」なのだから。

 

「面白い」

 

しかしその空気の中、この状況を楽しむような声音でナインは歩き出す。

生首のフリードがそれを目で追いながら嘲笑した。

 

「ようナイン、さっさと殺してみろよ。 はははははは! 殺せねえだろ? てめぇは所詮独り善がりの錬金術師なんだよ! いまからでも他の術師と交流してみればいいんじゃねえか? きっとその極狭の視野が広がるぜ? なんちゃってなぁひゃははははは!」

「…………ナイン」

 

心配そうにナインを見詰めるゼノヴィア。

 

フリードのこの発言は、ナインに向かって無知だ無能だと言っていることと同じなのだ。

なぜなら、現在(いま)のフリードはその錬金術師たちの成したいわば芸術品なのだから。 それを解除、もしくは然るべき姿に戻す術を知らないならば、ナインはその術師たちより下ということ。

 

おもむろにしゃがみ込む。

 

「あなたは、私が先ほど言ったことが聞こえなかったのですか? フリード・セルゼン」

「ああ? …………ぁっ」

 

嘲笑の表情が瞬時に一変するフリード。 ゆっくりと立ち上がるナインに、口をぱくぱくとさせて青ざめる。

そうだ、なぜこんな回りくどいことをしたのだ? ナインは無駄が嫌いだ。

 

そんな男がこんな、フリードをバラバラにしてまでしたかったこととは? いや、バラバラにするのはむしろ本人の望むところであったが、その過程が不可思議だった。

 

そんなことではフリード・セルゼンは死なない。 それは解っていたはずなのに。

 

「血印。 血印と言ったでしょう、私は初めにそう言ったはず」

 

拾い上げた物は、フリードの胴体に入っていた――――内臓の一部。 そこにそれはあったのだ。

――――血で描かれた錬成陣。

 

「あなたは内臓の奥深くに、この血印が記された骨の一部を隠し持っていた。 もちろん普通の人間ならばそんなところに骨は入らない、だが、光の前ではその真の姿を晒すあなたなら、それは簡単なことだったのでしょう」

「なんで…………」

 

直後、フリードが消え入るような声音で歯を震わせた。

 

そうか、そうかこいつ、最初からこれが狙いで。 俺を吹っ飛ばしたのは、バラバラに分解して血印の在り処を暴き出すために――――

 

「そのほうが手っ取り早かったのでね。 もっとも、あなたの体の謎が解らなくても、爆発まではしていたんじゃないかなぁ。 へへ、ほら私、爆弾を作って爆発させるのが趣味ですし」

「ぎ―――――クソが…………結局こうなんのか、こうなんのかよ! クソがぁぁぁッ!」

「いったいどういうことなの、ナイン?」

「この血印は、フリードの魂とその異形の肉体を繋ぎ止めるためのファクターのようなものだ。 しかしそれはかなり脆いのです。 少しでもこうすれば――――」

 

血の錬成陣、それに指を掛けつつナインは笑った。

 

「――――”Auf Wiedersehen” かつてのカメラード」

「俺は結局、お前には一生勝てないのかよ…………クソ、クソ…………―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し…………『禍の団(カオス・ブリゲード)』所属の錬金術師を調べてみる必要がありそうですねぇ。 派閥なのか、それとも単独か…………」

 

一部霞んだ血印の描かれた骨の欠片を、まるで丸めたちり紙のようにピンと弾き捨てるナインが難しい顔でそう呟いた。

いままで自分以外の錬金術師には目もくれなかったが、事ここに至っては無視できまい。

 

「魂の定着なんてねぇ。 実際やったことないんだよなぁ」

 

しかし、それを成功させる者は少なくとも凡人ではないのだ。

 

「まぁ、それは追々考えていくとしようか。 いまは当面のお楽しみをと…………で、ほら、さっさと決着付けてくださいよ」

「あ……。 ふ、ふんっ、あなたが派手に爆発なんて起こすから!」

「他人の所為ですか」

「う……ごめんなさい」

 

しゅんとなるリアス。

しかし先ほどから戦いの勢いが無い。 こちらの戦闘に気を向ける前は、炎や雷光、魔力やらが飛び交っていたというのに。

 

「なんで戦ってないんですか?」

「それは…………」

「聞いてください、ナインさん」

「む、姫島さん?」

 

言いづらそうにまごまごしているリアスを押し退け、朱乃が出て来た。 そのただでさえ凛々しい瞳が、今度は子供のようにキラキラと輝き始める。

 

胸の前で手を合わせ、嬉しそうに口を開いた。

 

「私、イッセーくんとデートできることになったのですわ!」

「…………」

 

静まり返る場の空気。

ややあって、ナインが肩で溜息を吐いた。

 

「相変わらず、あなた方の関係は宙に浮いたままですか」

「イッセー先輩は優柔不断なんです」

 

と、いつの間に横に来ていた小猫がそう言った。

 

どういう経緯でこういうことになったのかは知らないが、はっきりとせず煮え切らないのはナインでも嫌悪を感じる。 好きなら好き、嫌いなら嫌い。 理由は多々あろうが、少なくとも複数人相手取ろうと考えているなら即決すべきだ。

 

小猫の話によると、戦闘前に一誠が朱乃に口走ったことが原因だった。

それを指示……というより提案したのが小猫というのだからなお始末に負えない。

 

「あなたが唆したのか…………意外ですね」

「迅速に突破しなければならなかったので」

 

逆に遅々として進んでいないのは気のせいか。 ディオドラの眷属三人が手持無沙汰でイライラしているのをナインは横目で見た気がした。

 

「前から思っていたのですがね。 意志が弱いからこうなるのだ。 雄々しく在りたいなら己の選択に迷うな、全部欲しいなら全部欲しいと、そう言えば良い」

「ぐ……そ、そんな簡単な問題じゃない……んだよ」

 

後半が半ば失速気味にナインに言い訳をする一誠。

 

「一途であれないなら開き直ることも肝要だよ。 自分はそういう人間なのだと、自覚した上ならだいぶ違うと思う」

「…………」

「まさか、『女性の側が勝手に俺を取り合っている』などと不遜を抱いてはいませんね?」

「そんなことは…………」

 

ない。 そう否定しようとしたが、一誠は口を閉ざした。

そう思っていないことは確かだが、行動が伴っていないことをナインは言いたいのか、と一誠は気づいた。

 

言い合っているリアスと朱乃を見る。

 

「正直、甲乙付け難い…………」

「欲を出すなら、半端は辞めた方がいいですよ。 のちの後悔に繋がりかねない」

「お前は、こういうのに反対だと思ってたぞおれ……」

 

ヒク、とそう言いつつ頬を引きつらせた顔をナインに向けた。

 

「反対とは言いませんが、お勧めもできない。 一人の女では満たされないなら、叶えるといい。

しかしまぁ、限度もある」

「限度…………?」

「要は、豚は醜い」

 

疑問符を浮かべる一誠の横に、祐斗が入って来る。

 

「ある程度空腹の状態の方が人間は動きやすい、ということかい?」

 

その言葉にナインが大きく頷く。

 

「ハングリー精神です。 豚は満たされるまで飯を食らう。 そして満たされたゆえに動かない、醜い、醜悪だ。 なにせ、動く必要性が無くなってしまったのだからね。

だからといって、何も食べずにいればそれは馬鹿だ、自滅行為に他ならない」

「適度……ってことか」

「『適度』の基準が如何ほどかは個人差によりますがね」

 

食べるために行動する。 動力源がある限り、生物は行動できる。 それが求める物であればあるほど。

だが空腹を満たす―――腹十分目と言おうか。 これは愚かな行為である。 満たされれば動力源が無くなるのだから。

 

ゆえに、やはり腹八分目ほどだ。 もっと下回ってもいい。

 

「うん」

「決めましたか?」

「ああ、言ったことは取り消せない。 たとえ宙吊りの状態でも、この言葉に嘘は吐けない」

 

そうして、ギャーギャーわーわーと言い合って魔力を飛ばし合っている二人の乙女に、一誠は割って入った。

朱乃に向いて言う。

 

「朱乃さん、デートの件、分かりました」

「! イッセー…………」

「うふふ、それでは今度、ですわね」

 

嬉しそうに微笑む朱乃、反面、リアスは俯き気味に一誠から目を逸らす。

とりあえず終息したのを見たナインは舌を打って項垂れるリアスに続投を促した。

 

「ほら、決まったらさっさと決着。 先に進めやしない」

「…………ナイン」

 

これでよかった。 変なところで誠実な一誠は、言わされたとはいえ自分で放った言葉に嘘は吐けなかった。

だが、その決断の後、いままでに無かった気持ちに取りつかれることになる。 「もやもや」と表現した方が良いのか…………

 

「……ねぇ、ナイン、私―――――」

 

そう、とてつもない後悔に――――苛まれることになる。

 

「ナイン、私とデートしなさい」

「……………………え、嫌です」




アクセスいただきありがとうございます。

今回はナインとフリードの決着。 フリード生存とか嘘やんと思う方も居られると思いますがご了承ください。
最後の台詞で、「リアスとデート? ないわー」と思っているのは読者だけでなくナインも思っていますので安心してください。



さて、無事投稿したし、今週末はビッグサイトに車飛ばそうっと。
ベイ中尉のタペストリーを手に入れなければ。


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45発目 各個決戦。 出現、無限の龍神

一ヶ月以上……遅れてごめんなさい。 仕事に忙殺されてましてね……へへ……(汗)



行くぞボンバーマン、火薬と変態の貯蔵は充分か[∩∩]


あらすじ

アーシア攫われた、一誠たち追いかける。

以上。


「ナイン、私とデートしなさい」

「………………え、嫌です」

 

唐突に飛び出たダイレクトな発言に、周囲が唖然とする。 もちろんディオドラの眷属の女性たちもいままでのやり取りを見ていただけに、リアスの言葉に驚いていた。

 

そして案の定、ナインは嫌そうな顔をする。

 

「どうして私がそんな面倒くさいことをしなければならないのだ。 あなたは馬鹿か?」

「…………う、うるさいわね。 だ、だって…………」

 

チラリと、リアスが一誠の表情を見た。 チクリと、両者の胸が痛む。

 

「ぶ、部長?」

「…………イッセーが朱乃とデートするなら、私も…………」

「だから、どうして相手が私なのだ」

 

さすがのナインもこの事態には対処に難航しているようだ。 なぜリアスがこんなことを言いだしたのか。

彼女は一誠が好きなのではないか……いや、それ自体を間違っていないし変化も無いが……

 

「ねぇナイン、私では嫌かしら?」

「…………」

「メリットはあると思うのよ? 日本のことはあなたより知っているつもりだし、行き先とか、計画とかは全部こっちで組む……面倒なことはさせないから……ねぇ?」

「………………」

「…………な、なんとか言いなさいよ、ナイン。 私じゃ、不満?」

 

困ったような苛立っているような、そんな感情の混ざった顔をしたナインは、リアスの潤んだ瞳を見詰めた。

何か考えがあるのか? リアス・グレモリーのことだ、何の考えも無しにこのような行動に出るなど有り得ない。

 

しかし、ナインはリアスを厳しく睨んだ。 縋るように熱を孕んだ瞳が揺れる。

 

「なんで私なのですか」

「そこを押して頼んでいるの。 お願いナイン!」

「むぅ…………」

 

普段ならくだらない却下と一蹴するはずだが、リアスにも考えはあるようだと先の言葉で分かった。 要は個人の違いだ。

 

どうして自分を選んだのか。

男なら同じ下僕である祐斗が居るのではないか。 その理由を明言するでもなく言葉を濁す。 これが一誠や小猫など、素直で正直な者たちが言えばナインはきっと疑い続ける。

 

しかしそれが比較的頭の回るリアスなら、後からでも理由を聞き出しても嫌とは言わないだろうと判断した。

 

何より、彼女は必死だ。

 

「…………」

 

一誠がかなり複雑な顔でリアスを見ているが、これはこんなになるまではっきりとしなかった彼の自業自得であろうとナインは断じた。

複数の若い女性を相手取るのは構わないと言ったが、自己管理できなければ崩壊するのが世の常だ。

 

(あんな痴態を晒し合ったにも拘らず尚も中途半端な関係を続けていたことに私は驚きだ)

 

痴態とは、言わずと知れた兵藤一誠の禁手(バランス・ブレイカー)に至る、その手法を指す。

あのような、他人には言えないような秘め事を共有しておきながらこの状態はなんたることだと。

 

「よろしい、承諾しましょう」

 

面倒だから嫌だという言葉を取り下げ、ナインはリアスの誘いをここに受けた。

 

自分が一切手を尽くす必要が無いならばいいだろう。 仕事が無ければ一日中錬金術の読み物に耽っていたはずの毎日の、たった一日間にそういう催しがあっても不満は無かった。

 

むしろ、人と接するのは色々とためになるし、何だかんだと楽しい。

そしておそらく、リアスは一誠の気を引きたいだけだ。 ならばこちらも利用させてもらうとしよう。

 

「本当!?」

「しかし、そうと決まったからには私も楽しませてもらいますよ」

「ぜ、善処するわ………」

「そ、そんな、部長…………」

 

もはや何が起こったのか解らない一誠は唖然とするしかない。

朱乃も、このときばかりは空気を読み一誠から離れた。 後ろめたさでも感じているのか、リアスは朱乃と一誠を交互に見遣り、そしてナインの腕に抱き着いた。

 

「…………ごめんなさい、とは言わないわ。 い、イッセーが悪いんだからね」

「お、俺の所為ですか!」

「…………ごめんなさいっ」

 

結局謝っているじゃないか、とナインは大きな溜息を吐いた。 まぁだが、黙っているよりいくらか誠実だろう。

精神的には削れていくがそれも仕方あるまい。

 

奥手な一誠、本音を素直に言えないリアス。

 

ナインはリアスに囁く。

 

「だから前にも言っただろう。 あなたたちの関係はどこかで瓦解しかねないと。

どちらかが歩み寄らなきゃ進歩しない。 それがお互い立ち止まったままなのだ、上手く行くはずがないよ」

 

男が察してくれない、もしくは察してもその一歩が踏み出せないなら、女から手を引いてやるしか道は無い。

いまの一誠とリアスの在り方では、溝が余計に開くばかり。 その点きっかけは別としても、朱乃が一誠をデート相手として獲得したのは、朱乃の積極性が功を奏した結果と言える。 もっともこの状況は小猫が作り上げたも同然であるが。

 

「では、話が纏まったところで――――」

 

そう言ってナインは、改めて敵眷属たちに向き直った――――その瞬間。

 

「ぐっ――――」

「がぁッ…………!」

「なに――――くぁッ!?」

 

――――指弾三連。

 

再び爆弾の魔石がナインの指の上で炸裂し、三人に飛来していた。

 

爆弾に錬成された石が猛スピードで弾かれたのだ。 その直撃を受けたディオドラの眷属たちは、焦がされた腹から煙を噴出させた。

エクスプロージョンを起こしている。 一歩間違えれば腹の皮膚が根こそぎ焼き切れ、中身が飛び出るというグロテスクな場面がそこに現れていただろう。

 

――――殺せば外野がまたうるさいことを言ってくる。

 

ゆえに不殺。

爆煙を背景に、着いてくるリアスたちに鬱陶しさを感じながら歩き始めるナイン。

 

「…………あぁ、むしろ先ほどまでの外野は私だったか」

 

その場で蹲って悶絶している敵眷族たちの横を、スッと通り過ぎていった。 そしてつぶやく。

 

「まぁいいか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナインたちが神殿内を駆け抜けている頃、こちらでもテロリストたちの襲撃に対抗する人物がいた。

もとよりあちら側からこちらに攻め込んできたと言っても過言ではない。 ゆえに土俵で言えばこちら―――冥界側の士気が高いのは当然のことだった。

 

飛んで火に居る夏の虫。 冥界側、特に三大勢力で同盟を締結した以上主要陣は魔王だけではない。

 

この男――――堕天使を統べる総督アザゼルも、テロリストを文字通り掃除をし終えたところだった。

宙に飛び上がり、眉を顰めた。

 

「…………」

 

手元にある自前の神器(セイクリッド・ギア)が光り輝いている。

 

――――「堕天龍の閃光槍(ダウン・フォール・ドラゴン・スピア)」、黄金龍君(ギガンティス・ドラゴン)ファーブニルの宿した人工神器(セイクリッド・ギア)が反応している。

 

それを手掛かりに、アザゼルはその高反応する何かへと駒を進め…………そして辿り着いていた。

 

後ろ姿を察するに、幼い少女然とした者だった。 腰まである黒髪の少女。

黒いワンピースを身に付け、細い四肢を覗かせている。

 

その者の後ろから、アザゼルは声を掛けた。

 

「…………お前自身が出てくるか」

 

声に反応し、顔を向けた。 薄く笑う。

 

「アザゼル、久しい」

「以前は老人の姿だったが……今度は美少女とはな。 何を考えている――――オーフィス」

 

アザゼルもすでに何年も生きている堕天使ゆえに、この者のことは知っていた。

姿形は変えても、そのオーラは隠し通せないほど強大だからだ。

 

無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)」のオーフィス。

現在は「禍の団(カオス・ブリゲード)」のトップとして君臨し、旧魔王や他派閥にその「力」を与えている。

 

「見学、ただそれだけ」

「高みの見物か…………なら、お前をここで倒せば世界は平和になるか?」

 

苦笑しながらアザゼルはその槍の矛先を突き付けるが、オーフィスは首を横に振った。

 

「無理、アザゼルでは我を倒せない」

「――――では二人ではどうか」

 

そこに、巨大な翼を羽ばたかせながら降りてきたのは、紛う事無きドラゴンの勇姿だ。

 

「タンニーン! 外は片づけたのか――――なんて、元龍王にそりゃ愚問だったな」

 

降り立ったタンニーンは、大きな眼でオーフィスを睨む。

 

「せっかく若手悪魔が未来をかけて戦っているというのに、貴様がつまらぬ茶々を入れると言うのが気に入らん!

あれほど世界に興味を示さなかった貴様が、今頃テロリストの親玉だと!? 何が…………」

「…………」

「…………何が貴様をそうさせた。 なぜ現在(いま)なんだ、オーフィス。 世は和平に向けて前進しつつあるというのに…………」

 

悲痛、そして憤怒の表情で睨む元五大龍王の気迫は凄まじいものがあった。 味方であるアザゼルですら、頼もしいを通り越して、敵に回したときのことを考えて身震いをしていた。

 

アザゼルが頷く。

 

「暇潰しなんていまどき流行らない理由は止めてくれよな。 お前の行為ですでに各地で被害が出ている」

「我、力を貸しただけ。 旧き魔王も、勝手にやっているだけ」

「だから、なぜ『力』を貸しているのだ!」

 

何がオーフィスを突き動かし、テロリスト集団の上に立たせたのか。

アザゼルもそれだけが解らなかった。 いままで世界の動きを静観していた最強の存在がなぜいまになって動き出したのか。

 

「静寂…………」

「なに?」

「我は、静寂を得たい。 故郷である次元の狭間に戻り、真の静寂を得たい」

 

つまり、静かな場所。 オーフィスの故郷、それはアザゼルでも知っていた。

しかしあそこには――――

 

「そう、グレートレッドがいる」

 

真なる赤龍神帝(アポカリプス・ドラゴン)」”グレートレッド”。 オーフィスに次ぐ世界一の怪物に分類される存在。

現在それが次元の狭間を支配権を握っているのだ。

 

「そうか、それがお前の…………オーフィスの本当の目的か」

 

家である次元の狭間。 しかしそこにはグレートレッドが居る。 それを追い出すため、テロリスト集団を結成したのもうなづけた。

 

オーフィスはタンニーンからアザゼルに視線を移した。

 

「我、グレートレッドを追い出してくれる力を求める。 ゆえに、アザゼルに一つ聞きたいこと、ある」

 

雰囲気が変わった。 それは、一番の目的から話が逸れたからに他ならない。

他愛も無いことだと、オーフィスはその表情で語っているが…………

 

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』の傘下に存在している者について、聞きたい」

 

その直後、オーフィスは水晶を宙に出現させ、映像を映した。

そこには、神殿を駆けるリアスたちが居る。

 

傘下に存在している? ヴァーリチームならともかく、その他大勢にオーフィスが気が付く程の者が居たのか。 アザゼルは疑問符とともにその水晶を覗いた。

 

「こいつらは俺が担当している悪魔眷属たちだが…………。 !」

 

正直、驚愕した。 オーフィスは水晶に映し出されたリアスたちを指したのでもなく、それに混じって行動する一風変わった男を指差したのだ。

差した指が徐々に距離を詰め、水晶にコツンと当たる。

 

「誰」

「…………」

「誰、アザゼル。 お前に訊いてる」

「いやいやいやいやいや! いまお前、自分の傘下の者って言ったろ。 なら分かるはずだよなぁ!?」

「いちいち調べていない。 特に知っているのはヴァーリチームだけ」

「いや、そのヴァーリチームの一員なんだがな、一応」

「情報が少なすぎる」

 

眉間を指でつまんで考え込んでしまうアザゼル。

そうかこいつ、この男のことまるで何も知らないんだな。

だがどうしていまになって気になりだした? 眼中に無いのなら聞く必要がないはずだから。

 

「なんで知りたいんだ」

「…………魂」

「?」

 

オーフィスは、真顔で言った。

 

「魂が、この男だけ大きい」

「なに…………?」

 

その、よくわからない龍神の言葉にアザゼルは眉を顰める。

 

「複数個の命を持っているわけではない、かと言って、魂そのものに変質も見られない。

純粋で強大な魂を感じる。 人間単体でここまで至るのは、異常。 人の皮を被れていることに、我、驚いている」

「…………なんだと」

 

飛びつくように水晶に映るそのオーフィスの目に留まった人物――――ナイン・ジルハードを見た。

そして、オーフィスが笑っているのに気づき……

 

「何がおかしい、オーフィス」

 

ゆっくりと振り返ってその笑みを睨み返した。

すると、それでも笑みを止めないオーフィスが、そのままの表情で小首を傾げる。

 

「アザゼル、いままで気付かなかった?」

「――――――」

 

アザゼルは言葉に詰まる。

あの、爆発が好きでイカれた価値観を持った紅蓮の男。 うちのコカビエルを斃したんだ、ただ者ではないことくらい分かっていたが、まだ何か隠しているのか、もしくは無自覚か。

 

分かったのは、この龍神が目を付けたこと自体が異常事態だってことだ。

 

しかも、オーフィスくらいの人物でなきゃ見破れない何かを持っている……?

 

「俺たち以上の大御所クラスでなきゃ見極められねえってのか……」

「我の他に会っているなら、北欧も気付いていると思う」

 

北欧ということはオーディンか。 確かにそれらしい思わせぶりな態度を取っていたような。

考えていると、オーフィスが言った。

 

「名には興味が無い。 けど、興味がある」

 

と、再度水晶に映るナインを指差し、笑った。 アザゼルが呆れるように顔を手で覆う。

 

「あいつもとんでもない奴に目を付けられたもんだ……敵ながら同情するぜ」

「我が望みを叶えてくれるかもしれない――――使える」

 

これが他の者だったら、有り得ないぞ笑わせるなよと軽くあしらっていたところだが、如何せん発言者はこのオーフィスだ。 ナイン・ジルハードの存在がますます大きくなってきたと言える発言である。

 

「グレートレッドをどうにかできる力があんのかよ、あいつに…………」

「それはこれから見極めていく」

「俺はさすがに過大評価のしすぎと思うが――――」

 

言おうとしたとき、オーフィスの横に魔方陣が出現し、何者かが転移してくる。

そこに現れたのは、貴族服を着た一人の男だった。

 

その男はアザゼルに一礼すると、不敵に笑んだ。

 

「お初にお目にかかる。 俺は真のアスモデウスの血を引く者。 クルゼレイ・アスモデウス。

禍の団(カオス・ブリゲード)』の真なる魔王派として、堕天使の総督である貴殿に決闘を申し込む」

 

三大勢力の会談の折、襲撃してきた者がいた。

「終末の怪物」と謳われた、旧魔王の一人、カテレア・レヴィアタン――――この男はつまり、その同期の……

 

「旧魔王派、アスモデウスかよ。 ったく、カテレアといい、お前といい…………」

 

現れた人物を確認するやいなや、クルゼレイは全身から魔のオーラを迸らせた。

純粋な魔力という表現は変だが、いまのこの男から放射されるオーラは元来の魔力の性質から逸脱したものだった。

 

「旧ではないっ。 真なる魔王の血族だ! ……カテレア・レヴィアタンの敵討ちをさせてもらうッ!」

「いいぜ。 おいタンニーン、お前はどうする?」

「サシでの勝負に手を出すほど無粋ではない。 オーフィスの監視でもさせてもらおうか」

 

ドラゴンといっても、まるで武人のような気質を持っているのがタンニーンだ。

本来強力な能力を有するドラゴンは、それゆえに自由気ままな性格の種が多い。 しかし、タンニーンは他と比較して非常に平和的思考だ。

冥界に悪魔入りしたのも、彼の柔軟で実直な性格を買われたからだろう。

 

そして、現赤龍帝の特訓相手にも――――

 

「頼む。 さて、混沌としてきたが……さっきの水晶からして、俺の教え子どもは無事にディオドラのもとに辿りついている頃かな。 どうやら成り行き上ナインとも共同戦線を張っているようだしよ、こりゃお前のとこの旗色は悪いと思うが?」

 

それを聞いたオーフィスは小さく頷く。

 

「…………そのよう。 我の蛇を飲んだディオドラ・アスタロトでも、この男には敵わないと思う」

 

しかし――――

 

「でも、それに対処しないほど、今回の神滅具(ロンギヌス)所有者は無能ではない」

「なんだと…………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…………」

 

神殿の最奥らしき扉に、ナインたちは居た。

これまでいくつもの扉を開け放ち、廊下を抜けて来たがこれほど巨大な扉はもはや何かあるとしか思えない。

 

「如何にもなデカイ扉だな。 来るなら来いってか?」

「そのようね。 さ、みんな準備はいい?」

 

紅髪をたくし上げて眷属たちに号令するリアス。

 

「アーシア、待っていて…………!」

 

ディオドラ・アスタロトは絶対に許さない。 大切な眷属であるアーシア・アルジェントを連れ去ったことも理由の内であるが、かつての所業にも胸糞の悪さを覚えていた。

 

「開けますよ~」

「ええ、お願いナイン」

 

ナインの声とは裏腹な重厚な音とともに動き出す巨大扉。 何があってもいいように、眷属皆臨戦態勢を取っている。 矢先――――

 

―――――ドクンッ。

 

「あ……れ? なんだこれ――――」

「方向感覚が…………!」

「…………」

「これは…………?」

 

本当に唐突だった。

開け放ったはずの扉の先が、まるで暗闇のように染まり何も見えぬ闇と化している。 そしてそれは瞬く間に開けた者を中心にリアスたちを呑み込んでいく。

 

「―――――」

 

いったい何が起こっているのだ。 こんな経験はいままでしたことがない、異空間に飛ばされる感覚はレーティングゲームで何度も感じているため知っているが、これはあまりにも――――

 

「この……呑み込まれるような感覚…………なんなの!?」

 

そして、その空間の歪みで発生した闇は、扉を開けた者を重点的に喰らおうとその食指を伸ばしている。

さすがのリアスたちもそれに気付いたのか、呑まれようとしている者――――ナインに手を伸ばした。

 

「ナイン!」

 

手を伸ばせば届く距離――――にも拘らずだ。

ナインは片手をポケットに突っ込んだまま目を瞑り、伸ばされたリアスの手を完全に無視した――――狂っている。

 

「絶えぬ霧は人を魔境へ誘う………ああ……懲りないねぇあなたも」

「え!?」

「いえ、単なる独り言です。 気にしないでください」

 

ナインは気づいた。 これはあのときと同じ感覚。

口角を上げ、愉快そうに笑った。

 

「部長!」

「手を取ってナイン! いまならまだ――――」

 

こんな状況でも落ち着いていられる人間は異常でしかない。

しかしナインは逃れることも、慌てることもせず、ただその歪みの空間をいつもの無表情の顔で冷たく静観していた。

 

「いやいや、あなたもお召しのようですよ? リアス・グレモリー」

「え――――ああッ!?」

 

それもそのはず。 ナインは、リアスもそうなっていることを知っていたから。

 

手を伸ばした先から、リアスもその歪みに捕らえられていた。 後ろを振り返ると、いつの間にか眷属たちの姿が居なくなっている信じられない光景が瞳に飛び込んでくる。

 

いや、自分たちが一誠たちから姿を消したのか。

 

「こちらだ、離れるんじゃない」

「――――きゃッ!」

 

宇宙空間のように歪む世界の中、ナインはリアスの腕を掴んで引き寄せた。

 

「あなた、次元の狭間は初めてだろう、私がリードしていこう」

「…………え、ええ……あ、ありがと――――」

「…………ほぅ、ふむ、霧使いは転移に成功したようだな」

 

第三者の男の声で、二人が現実に戻されるとともにアメーバのように揺らめいていた空間もやがて平常に戻る。

強制的な座標の移動だけが成されたのか、ここは先と同じような神殿内ではあるようだ。

 

辺りをひとしきり見回したナインは、顎に手を添えて苦笑する。

 

「次元の狭間を介しての強制転移ですか……また器用なことをする」

「お前がかの堕天使の幹部コカビエルを討ち倒した男か」

 

宙に浮き、マントを翻す。 外見から高貴な生まれであることが分かった。

そしてそんな雰囲気とは裏腹に迸る強大で禍々しいエネルギーが感じられる。

 

その男の視線がリアスに移った。

 

「お初にお目にかかる。 忌々しき偽りの魔王の妹よ。 私の名前はシャルバ・ベルゼブブ。 偉大なる真の魔王ベルゼブブの正統なる後継者だ。 突然だが、貴公はそこな人間の男とここで揃って死んでもらう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『絶霧(ディメンション・ロスト)』の所有者だと!?」

 

驚愕するアザゼルに、旧魔王アスモデウスであるクルゼレイは口角を上げて笑う。

 

「その通りだよ堕天使の総督。 いま、シャルバが今回の目的のために動いている。

偽りの魔王の家族――――サーゼクスの妹君をこの世から抹消しにな。 そのため業腹ではあるが、神滅具(ロンギヌス)の所有者の力を借りたのだ」

「…………それは本当か、クルゼレイ」

 

アザゼルの傍らに、魔方陣とともに現れる者がいた――――サーゼクス・ルシファーである。

一瞬驚いたもののクルゼレイはその紅髪の魔王の姿を視認するや、憤怒の表情でアザゼルから視線を変える。

 

「…………サーゼクス! 忌々しき偽りの存在ッ! 直接現れてくれるとは……貴様さえいなければ我々は…………ッ!」

 

旧魔王の間でもっとも忌避されている現魔王は、明確な理由は不明だがサーゼクス・ルシファーに集中している。

逆に考えれば、それほど強力な力を有した男だったことが分かる。

 

「…………クルゼレイ」

 

しかし、そんな怨恨を向けられようと怒ることをせず、逆に悲しみの表情でその魔王は旧魔王に語り掛けるのだ。

リアスの兄。 これだけでもはや説明不要。 彼女の慈愛も、兄を見ればごく当たり前の事だった。

 

そして、妹の危機を突き付けられようと大局を見失わない。

 

「クルゼレイ、矛を下げてはくれないだろうか? いまなら話し合いの道も用意できる。

私は、前魔王子孫の幹部たちと会談の席を設けたい。 貴殿とは現魔王であるアスモデウスであるファルビウムとも話して欲しいと思っている」

 

悪魔であろうと善性を持ち合わせる現魔王のサーゼクス。 それはこの魔王に限ったことではない。

 

先に出たアスモデウスのファルビウム。 レヴィアタンのセラフォルー。 ベルゼブブのアジュカ。

いずれも現在の冥界の魔王であるということは、皆平和を望んでいる者ということだ。 反対意見を持っているとしたらいまの魔王職など放り捨てるだろうから…………。

 

だからこそ、目の前のクルゼレイは魔王になれなかったのだろう。

いまは亡きカテレアや他の旧魔王とともに、他勢力との徹底抗戦を訴えているから現在がある。 いわば、自業自得であるが。

 

「ふざけないでもらおう! 堕天使どころか、天使とも通じ、汚れきった貴様に悪魔を語る資格などないッ。

それどころか、俺に偽物を話せという…………大概にしろ!」

「よく言うぜ。 てめぇら『禍の団(カオス・ブリゲード)』には三大勢力の危険分子が仲良さそうに集まっているじゃねぇか、これをどう説明するんだ、んん?」

 

すると、口の端を吊り上げる。

 

「手を取り合っているわけではない。 利用しているのだ。 忌まわしい天使と堕天使は我々悪魔が利用するだけの存在でしかない。 和平だと? 笑わせるなよ! 悪魔以外の存在はいずれ滅ぼすべきなのだ!

オーフィスの力を利用することで俺たちは世界を滅ぼし、新たな悪魔の世界を創り出す! そのためには貴様ら偽りの魔王どもが邪魔なのだ!」

「破滅願望かよ…………この絶滅主義者が」

 

奪い、欲し、人間の魂を奪い、地獄へ誘う。 それこそが悪魔の本来の在り方だ。 主張するクルゼレイにもはや話し合いは通用しない。

いつの時代も、過激な者たちの頭には歩み寄り理解するという選択肢が存在しない。 平行線だ。

 

「…………理解した上で我が道を行く誰かさんの方がよっぽど清々しいぜ、なぁナイン…………」

 

このときなぜ話に関係の無い紅蓮の男の姿が浮かんだのか、アザゼルでも解らなかった。

ただ一つ言えることは、クルゼレイよりもナインの方が大きく見えることだった。

 

世界を滅ぼし、再構築し、悪魔だけの世界を望む孤独主義。 そんな願望に着いて来れるのは文字通り昔の先人しかいない。

世代というものを分かっていない旧魔王たち。

 

対し、周りに迷惑や被害こそかけたり被ったりしているものの、一種の哲学めいた望みを持っているあの男の方が見ていて飽きない。

厄介な相手だろうが、こちらの話が通じる時点でこいつらとは敵としての毛色がまったく違ってくる。

 

なによりあいつと戦っていると、いつも新しい発見を得ることできる。 そして、人間の無限に近い可能性を感じることができる、面白い。

 

「サーゼクス。 時間がねぇよ…………」

 

旧魔王がお前の妹、リアスに手を出した時点で話し合いなんてものは無駄なのだ。

 

「…………」

「そうだ、それでいい。 サーゼクス、行くぞォッ!」

 

両手に禍々しいオーラを持った魔力を持ち、突撃していくクルゼレイ。 オーフィスの「蛇」の力が働いているのがよく解る。

しかし――――

 

「…………どうしてお前らじゃなくてサーゼクスたちが魔王になったのか。 今の時代に考えが合っているから?

それもあるが、違う。 お前それを解ってねぇよ…………」

 

ここで、クルゼレイは思い知る。

過ぎ去った者は、いまを真面目に生きる者に勝てないということを、この旧魔王の血族は知ることになる。

 

単純な話。 旧式は、最新式には勝てぬということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな、部長!」

「ウソだろう? ナインが居なくなってしまった……」

 

何者かの強制転移により、リアスとナインが飛ばされた。

残された眷属たちは、王の喪失にその統率を失いつつある。

 

突然の出来事に対応できない。 いま彼らは、前時点での最強戦力と統率者を失ったのだ。

 

そして最悪なのはこの状況。

 

「ふふ…………ようやく来たねぇ。 どうだい、目の前で頼りにしていた人たちを失うさまは」

「…………ディオドラ!」

 

リアスとナイン二人を呑み込んだ闇はすでに無く、扉の奥は広大な神殿を映していた。

そして、巨大な装置を中心として、その足元に討ち倒すべき男が笑みを浮かべて立っている。

 

「どうやら上手く行ったようだね。 はは、あの錬金術師には居て貰っちゃ困るからねぇ、僕のシナリオにはあんなの必要ないんだよ。 まぁついでにキミたちの王様も飛ばしてあげたけど、アハハッ!」

「…………イッセー、どうやらここは我々だけでやるしかないようだぞ」

 

ゼノヴィアの言葉に、一誠が重く頷く。 彼ももとより、ディオドラの顔面を吹き飛ばしたいのと、アーシアを助けたい一心でこの神殿を駆けぬけて来たのだ、是非も無い。

逆に、一人二人失ったからと一気に隊列を崩壊させるようなら貧弱極まりないであろう。

 

「もし二人が生きていて、転移されただけであれば――――」

「二人は同じところに飛ばされたってことか…………」

 

すると、祐斗が口を開いた。

 

「まさかナイン・ジルハードがこれを機にリアス部長を殺すなんてことはしないだろうけど…………」

「祐斗くんはナインさんを意識しすぎだと思いますわ」

「…………朱乃さんはどうしてそんなにナイン・ジルハードを信じているのですか?」

 

問われた朱乃が、胸に手を当てる。

 

「部長も言っていましたわ。 彼は、悪党だけど下衆ではない。 騙し討ちなどというものに、無縁でしょう」

「………………」

「それは、祐斗くんも思うところがあるのではないですか?」

 

目を逸らし、口を噤んでしまう祐斗。

未だ彼は聖剣計画についてナインから聞き出せていない。 謎のまま。

かのバルパー・ガリレイに協力して組織を運営していたことははっきりしているが、その全容が迷宮入りしているのである。

 

だが、ナイン・ジルハードという人間が、どんなことをするにしても真正面から堂々と来る人間であるということは分かっている。

 

「ディオドラ、アーシアを返してもらう!」

 

目の前の怨敵に、一誠が叫ぶ。 ディオドラは不敵に笑んだ。

 

「はは、君が僕を倒せるつもりかい? 薄汚い赤龍帝くん?」

「…………ひくっ……うっ……」

「アーシア!?」

 

遠目でよく見えなかったアーシアから嗚咽を聞いた。 一誠は聞き逃さなかった。

両腕を頭上で、両足を括られたまま、その聖女から確かに聞こえた、

 

その瞬間、アーシアが泣いていたことをその場の全員が悟る。 一誠は歯が欠けるほど食い縛り、ディオドラに怒気を放つ。

 

「…………アーシアに、事の顛末を話したのか!」

「ん~?」

 

にやにやと勿体付けるように手を振るディオドラは、薄ら笑う。

 

「いやぁ、良かったよ。 自分がしたことは真実善行だったのだと思い込んで今日まで生きてきた彼女。 それを綺麗さっぱりぶち壊してやるのは。 おかげでとても良い表情が見れた――――記録映像も残しているんだ、見るかい? はは、はははは! 真実を知った時の彼女の絶望はとても美しかったよ!」

「黙れ」

 

赤く煮えたぎる煉獄のドラゴンから破滅の波が放たれる。 持ち主の人間、兵藤一誠を介して確かな怒りが音も無く震えはじめる。

 

兵藤一誠はこのとき、殺意を抱いていた。

 

そんな明白な力の塊を察することができていないディオドラ・アスタロトは、未だ「蛇」を保有している自分が有利なのだと幻想を抱いていた。

 

――――肉薄され、一発の拳が己が顔を撃ち抜くまでは。

 

「べを―――――ッ!?」

 

まったく見えない。 近づかれたことすら気づけなかった。

 

「ディオドラ、お前だけは許さない――――覚悟しろ」

 

主の無事を祈りつつ、眼前の敵を叩き潰す事を決意した。




次回は、真の魔王(予定)の二人が、偽りの魔王()のシスコンニーソマンや、リア充のボンバーマン(変態犯罪者)を退治しようと頑張るお話。

色々カオスやな。



―現在の状況―


―神殿奥―

味方:イッセー、朱乃、祐斗、小猫、ゼノヴィア、ギャスパー、アーシア(トラワレノオヒメサマ)

敵:ディオドラ・アスタロト(アーシアハボクノモノダァフヒヒ)

―神殿外―

味方:サーゼクス、アザゼル、タンニーン

敵:真のまおークルゼレイ・アスモデウス

ニート:オーフィス(ユビデッポウジュンビチュウ)


―神殿(?)―

味方:デート確約済みの二人(ナイン、リアス)。 黒い猫がアップを始めたかもしれません()。

敵:真の(ry しゃぶr……シャルバ・ベルゼブブ



霧の人(ナインコワイヨー ブルブル)


オーケー分からない。 だが良い、状況だけ把握してもらえれば。

最後まで読了ありがとうございます。 またよろしくお願いします。


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46発目 謀略の魔王

約一ヶ月ぶりです。

最近ワンピースでCP9再登場の確定があり小躍りしてた人間花火です。 ルッチ大好きやわ。


「死ぬが良い、リアス・グレモリー…………」

「あ――――」

 

霧の神殿にて―――旧魔王シャルバ・ベルゼブブと対面してすぐのこと。 

ふと、背後からした声で背筋が凍った。

 

戦闘はすでに始まっている。 ここで先手を打って出て来たシャルバはなるほど、戦場の理を理解しているのだろう。

 

転移魔法――――座標の瞬時入れ替えにより、男はリアスの背後に出現していた。

手にするのは、悪魔にはおよそ有り得ない神々しさを纏った槍。 その切っ先が、飛来するように突き出される。

 

魔王サーゼクスの妹であるリアスを亡き者にせんと、ナインより先に光の槍で先手の攻撃をシャルバは繰り出していたのだ。

あまりの速さに、呆けと驚愕が一度にリアスを襲う――――速すぎる、祐斗の比では無い。 いやそもそも、高速の移動と転移魔法とでは移動技のスペックとしては大きく変わってしまうだろう。

場と場の移動と、道に倣って速く移動するのとでは次元が違う。 ゆえに必殺。 光の槍は深々とリアスの胸に突き立てられた――――

 

「安心しろ。 時期、貴公の兄も後を追う」

 

嘲笑いながらそう言った。

片手間に悲鳴の一つでも聞いてやろうと思い、すぐ抜かないでやったのに、嗚咽の一つも上げぬとはつまらぬ女。

このまま刺し貫いて黄泉路を渡らせてやる。 そうシャルバは不敵な笑みを浮かべ、目的達成を確信した。

 

「ふは……はははっ。 所詮は偽りの魔王の血族、呆気の無いにも程がある―――――――むッ!?」

 

しかしその直後にシャルバの表情が笑みから瞠目に変わる。

リアスの体がまるで霧のように霞んでいる。 なにが起こっている?

 

そして、シャルバの手から槍による刺突の手応えを根こそぎ奪っていった。

 

「バカな、分身……? 違う――――」

 

すぅッと消えていくリアスだったはずのモノ。

胸を光の槍で刺し貫かれても道理で無反応だったはずだ。

その手応えは確かなものと思い込んでいた――――それが間違いだったか!

 

「隙の在る方から殺していく……実に合理的です」

 

消えていくリアスを象った霧を背景に、少し離れた場所でナインがにやにやしつつも佇んでいた。

転移してくるシャルバより前に攻撃範囲より逃れ出ていたのだ。

 

「…………なんなのかしら、会う度に私の扱いが酷くなっている気がするのだけれど…………」

 

そう吐露したのは、肩に担がれているリアス・グレモリー。 ゲンナリした様子でナインの肩の上で項垂れていた。

即座に振り返ったシャルバはぎろりと紅蓮の男を睨み付ける。

 

「…………邪魔立てするか、爆弾狂」

 

人間では有り得ない洞察力でシャルバの動向を数瞬前に察知し、人間では有り得ない速度で神殿の床を高速で移動していた。

 

こういった古い思考を持つ者には、柔軟性が無いとは言えないがその動きは一種の教科書的な部分がある。 

弱く、トロく、そして、経験の浅い者から狩っていくのが常套である。 戦闘の雰囲気を察せない者など、先手と不意打ちでいくらでも狩れる。

 

ナインは、そういったシャルバの動向を予測していた。 シャルバの名乗りが終わった直後にはすでにナインはリアスの細い腰を抱えていたのだ。

 

そして、ナインの肉体もすでにスイッチが入っている。

 

「なんだ、それは」

 

うねる電撃はナインの錬金術によるモノである。

肉体を魂のレベルから外皮に至るまで錬成して頑強にし、鋼鉄の硬度に引き上げさせる外法錬成。

 

リアスを肩から下ろしたナインは、シャルバの問いに息を吐く。

 

「錬金術のちょっとした応用ですよ」

「有り得ない。 人の体を鋼鉄にはできまい」

「それがね、シャルバさん。 魂に直接働きかければその限りではないのですよ」

 

ナインのこれまでの生は、シャルバの生きてきた歴史の半分にすら満たない。

 

「魂を強化だと…………? あまりふざけるなよ人の子よ。 錬金術など我々の扱う『魔力』の通過点に過ぎぬ。 いや、『魔力』を使うに至れぬそこが錬金術師の限界点なのだ。 であるからこそ、人間は魔術や魔法を、自分たちでも扱うために独自に開発したりしているではないか」

 

だが、シャルバはナインの錬金術を知らない。

 

「錬金術などとうの昔に廃れている。 聖剣の修復? ああ、確かに人間どもには役立っているようだが、所詮我々真の魔王の及ぶところではない」

「いやまぁ、実はこういった錬金術の使用は国家錬金法上、違法なのですがねぇ」

 

シャルバの長広舌は、ナインの薄気味悪い笑いを含んだ独白で完全に無視される。

 

そう言いながら、態勢を低くして――――一気に地を蹴り上げた。 驚異的な瞬発力で瞬く間に旧魔王との距離を詰めつつ薄ら笑う。 それは本心。 心底より出てくる言葉だった――――

 

 

「――――人道上の建前など、戦場では(ごみ)だ」

「――――!」

 

ズンッ! 重厚感を帯びた衝撃音が周りの霧を震わせて神殿に響く。

斜め下から大気ごと蹴り上げられてくる鉈のような一撃がシャルバに叩き込まれる――――いや、受け止められていた。 しかしその表情に余裕は見られない。

 

「バカな――――」

 

そんな吐き捨てるような言葉とともに、弾かれるように距離を取る。

舌打ちをしたシャルバに、蹴り上げた足を下げつつナインは笑った。

 

「そんな法則は知らない、知ったことではない」

「私の張った対物理障壁を破るとは…………こんなことは有り得ない……!」

「何を以て有り得ないと言うのです。 これが事実だ」

「ぬぅ――――!」

 

再び突き刺さるナインの蹴り。 鋭い爪先が、鋭い速度と重さでシャルバの腹に――――。

 

「な、なに!? 防ぎきれんだと―――――!?」

 

障壁は突き破られる。 そして先ほどとは異なり、その勢いは死なず、生身の腹腔にその蹴りが重く突き刺さった。

 

「舐めすぎでしょう、ベルゼブブ(・・・・・)

「―――――」

 

言葉にならない痛烈な腹へのダメージに顔を歪ませるシャルバ。

まさかこれほどとは思わなかった。

コカビエルを斃した男と言えば逆になぜ警戒せずに見下すような行為をしたのかと問いたくなる。

 

「コ、コカビエルはただの間抜けでは無かったのか…………!」

 

しかし、シャルバは悪魔である。 心の何処かで堕天使であるコカビエルを軽視していたのだろう。

 

とはいえ、聖書にも名を連ねていた彼を軽く見てしまっていたことは、己こそが「真の魔王」という過剰な自己主張が前に出過ぎ、他者を認めることをしなかったその固い頭が生み出した最大の欠点であり原因であることは明らかだった。

 

そして、そのことはナインも気づいていて……

 

「…………」

 

右の手を擦りつつも、口元だけ笑った。

 

「結局のところ、あなたたちは他の血統に対しても敵愾心しか持っていない。

現魔王たちを見るその眼も、粗を探す事しかしていない。 視野狭しだし、ちょっと閉鎖的すぎだよねぇ、ククク…………」

「我々が正しき血筋、正しき魔王の後継だ。 偽物を罵倒して、何が悪い!」

 

自分たちが真なる魔王なのだと、頑なに己の意見を曲げないシャルバ。 曲げない部分に関しては、ナインも思うところはあったのか、毛ほどの先程度だが親近感は沸いたようだった。

 

「自己を主張するのは良い。 独り善がりは私も同じだ。

しかし、私が気に入らないのはそうやって他を罵り、蔑んでいることだ。 性根が小さい」

「私が……小人だと…………!」

 

ぶわっ、とシャルバの体から強大なオーラが迸る。 人間にここまで虚仮にされたのは初めてだ。

 

「いまの魔王たちはあなたたちよりも能力があったのでしょう。 だからいまの地位にあるのだと、どうしてそれを認めることができない?」

 

まるで子供だ、と笑いから呆れに変わった。 大衆が決めたトップを否とするなら、相応の説得力と能力を持って対抗しろ。 能力とは言わずとも分かるだろうが、強さではない。

 

「武と暴を用いた統率では誰も付いて来ない」

「付いて来ないのではない、付いて来させるのだ!」

 

巨大な魔力がナインに向けて放たれた。 それを難なく躱しつつ、リアスも蹴飛ばして攻撃範囲から外してやる。

 

あっ、という叫びが聞こえた気がした。

 

「いつつぅっ…………ちょっとナイン! 女を足蹴にするなんてどういう神経をしているの!」

「五月蠅いですねぇ、助かっただけありがたいと思いなさい。 あなたはただでさえ足手まといだというのに…………」

 

腰をさするリアスは頬を膨らませてなにやら抗議しているがそれも視界から外す。 いまは目の前の強敵の動きを探るのに意識が向いている。

この場ではもはや非戦闘員と同様のレベルにまで下がっているこの紅髪は正直に言って役に立たないのだ。

 

「確かに、時代は我々を選ばなかったのかもしれん。 しかしだからこそ、私は時代を塗り替えるべく、現魔王を殺す。 邪魔者も消していくのだ」

「…………そうですか」

 

内心、ナインは思った。 この者も、自分の道を行く求道の性質。

だが、それを本人たちは自覚していない。 求道が敷く覇道など、他者が付いてくるわけがないだろうに…………。

 

「私はここで斃れるわけにはいかん。 カテレアのこともある、こんなところで貴様のような下賤な者と問答をしている場合ではないのだ―――――ゆえに」

 

言うと、シャルバの体に蛇のような影が纏わり付いていく。 その影は徐々に鮮明に映し出される。

 

「む」

 

色素が浮かび上がると、それは濃縮された緑だった。 禍々しいオーラを放ちながら持ち主のパワーを上げていく。 いや、持ち主というより、寄生主のようなものなのか。 明らかに悪魔が初めから持っている力とは別種のものだと、このときナインは素早く察知していた。

 

「―――――手ずから殺してやる。 人間らしく天に滅せ」

「あなたでは私を殺せない。 それに――――」

 

壁に這わせた手から紅蓮の術法が流れ出す。 それは幾重も枝分かれしていき拡散――――敵手へと爆心の魔の手を伸ばしていく。

いつも紅蓮の伝導に使われる道筋は一つだったが、いまはもう違う。 いわば、爆心の群集。 錬成元は一つでも、地面を伝う青雷は術者の渇望に従って加増している。

 

「死んだらそれで終わりでしょう――――死後の世界などバカバカしい」

 

ニヤリと、不気味に笑む。

その瞬間、巨大な魔力の塊を、一つに結集した爆発の火柱が盛大に撃墜した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにかの間違いだ……僕がこんな…………」

 

情けなさそうな弱音が口から漏れる。 これが先刻、人質を取って強気に口上を垂れていた男だ。  

 

「瞬殺がどうしたって?」

 

神殿最奥で繰り広げられていた戦いは、圧倒的格差によってもはや消化試合の様相を呈していた。

 

――――蛇の恩恵では赤い龍には抗しえない。

 

「ぐふぁッ!」

 

深々と突き刺さるドラゴンの拳は、魔法障壁ごと易々とその防御を貫き通す。

ディオドラ・アスタロトの敗北はすでに決まった。 一誠はそれよりも一番に、アーシアのことを気にかけていた。

 

心に深い傷を負っただろう。 あのような真実を突き付けられて平気でいられるほど彼女は強くない。

そう、強くないのだ。

 

「こんな事実を知っても、アーシアはきっといまのお前を見たら助けようとするだろうっ! 良い子なんだ……本当に。

でも、お前は許さねぇ。 きっちり落とし前を付けさせてやる」

「あぁぁぁぁぁぁぁッ! 僕がっ、僕がお前みたいな薄汚いドラゴンに負けるはずがないんだよ!

ここまで来るのに僕がどれだけ――――」

 

拳の衝撃が連続する。 ディオドラの顎がぶち上げられ、上がり切る寸前に今度は横から飛んでくる。 まるでサンドバックだ。

ドラゴンの力を宿した拳の応酬。 聖女を貶め、穢した代償は重い、ゆえにお前はこのまま――――

 

「…………っ」

 

俺はいま何を思った? 一誠の中で走る疑問符。

このまま…………ディオドラを殴り殺す? いや、殺すなんてそんなこと俺がするはず―――――

 

『相棒、少々熱くなり過ぎだ。 ドラゴンの負の部分が相棒の意志に呼応しようとしている――――自制しろ』

「わ、分かったドライグ」

 

顔を腫らせたきったディオドラが、攻撃中止によって床にドタンと倒れ伏す。

見て分かった、自分はやり過ぎたのだと。

ドライグに礼を言う。

 

「サンキュ、ドライグ。 危うく変になるところだった…………」

『いいということだ、相棒。 ただ、今後気を付けろよ』

「ああ…………」

 

神器(セイクリッド・ギア)は所有者の思いに反応する。 それは良い事ばかりではないのだ。

負の感情にも力はある、そこに働きかけてしまうこともある。

 

ならばドライグが直接自制すれば良いではないか? それは違う。

何せ、結局のところ赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)ドライグというドラゴンは、神器(セイクリッド・ギア)に宿った魂にすぎないから。

喩えれば、「神器」という宿り木に移された「力」という実にすぎない。 つまり、ドライグの意志一つで神器を操ることは不可能なのである。

 

すべては使い手次第だ。

ただ、さっきのように魂が宿主とのコミュニケーションを取れていればその限りではないが。

 

『この男の眼はもう死んでいる――――ドラゴンに怯えきった眼だ、再起は無いだろう』

「…………そうか」

 

これで戦いは終わった。 少しだけ意識はあるようだが、もはや戦う気力も体力もディオドラには存在しない。

ゆえに勝負あり。

 

「アーシア、いま行く」

 

そう言って、磔にされている聖女へと手を伸ばそうとした――――そのときだった。

 

「――――――!?」

 

ズゴンッ!

 

突如として、鋭い爆発音とともに神殿最奥に位置する壁が盛大に吹き飛ばされた。

砕け散った瓦礫は弾丸の如く飛来し、周囲の壁面にめり込んでいく。

 

あまりの衝撃に神殿は激しく揺さぶられた。

 

「…………っ」

「なんだ!?」

 

吹き飛ばされた壁の向こう―――一誠たちは何事かと、そちらへと視線を向ける。

 

「…………なにか聞こえますわ」

 

徐々に聞こえてくる怒号――――つまりそれは、戦線の再来―――――。 並ならない力の波動が近づいてきている。

からん、と瓦礫から生じた小石が神殿の床を叩いた――――その瞬間。

 

「おぉぉぉッ!」

 

シャルバ・ベルゼブブ。

旧魔王の一人、そして、禍の団(カオス・ブリゲード)旧魔王派の主犯格がある人物に向かって肉薄しようと追撃している光景が、一誠たちの視界に飛び込んできた。

ゼノヴィアが叫んだ。

 

「あれは―――――!」

 

―――――ナイン・ジルハード。

紅蓮の錬金術師が、シャルバの猛追撃から逃れながら高速で後退移動している。

ポケットに片手を突っ込みつつ、所々を手で触れて爆発していき、シャルバの進行を妨害している。

 

「小細工を――――!」

「その割に届きませんね。 存外に効いているということかい、ふへへ」

 

爆発の度に障壁を展開するシャルバは、いい加減辟易していた。 自分がこうも防戦に回されるとは、冗談ではない。

かといって、あの紅蓮の男には隙が無い。 こちらが作り出す魔力を、あの訳の分からない爆弾で撃墜してくる。

 

複数個で攻めようにも、それすらもナインに漏れなく打ち消されてしまうのだ。

 

「次はそこですね。 まるでシューティングだ――――つまらない」

 

完璧な対処。

 

なぜだなぜだ、私は真なる魔王。 人間など有象無象にすぎず、本来ならこんな魔力を作り出さなくとも挙動一つで揉み潰せるはず――――何故!

 

「コカビエルはこいつに斃され。 北欧の主神オーディンはこいつを取り逃した。 フェンリルにもどういうわけか見逃された――――天は…………。 天はぁっ!」

 

歯ぎしりとともに、シャルバは渾身の魔力をナインに叩き付けるべく凝縮させる。

 

「天はお前に何をさせようとしているッ!」

 

強大な力。 蛇の恩恵により増幅された魔力弾はしかし、ナインの残像をかき消しただけに終わっていた。

パワーでも魔王クラスと拮抗できるレベルにまで、この男の錬金術は魔業と化しているのに、スピードももはや目で追えない。

 

その事実に、当の本人も驚いている様子だ。

 

「変だなぁ、私の錬金術も、さすがにそろそろ魔王クラスとなると限界に近いかなぁ、と思っていたのですが…………」

 

ビシッ、と瓦礫を横に投げ、爆発させる――――それだけで壁は崩落した。

 

「まだ行けますね。 私はまだまだ上に行ける―—―――楽しいなぁ」

 

心底楽しんでいた。 シャルバをして「とうの昔に廃れている」という錬金術で、互角以上に渡り合えていることに。 目に見よ、これが錬金術であると。

 

「ああ、シャルバ! シャルバ! 助けておくれ!」

「む…………?」

 

声に、シャルバは苛立ちのこもった瞳の色で睨み付けた。 いまはあの男を殺す方法を考えている最中だ、邪魔をするなと。

 

ディオドラだ。 顔面を腫らしたディオドラ・アスタロトが、縋り付くようにシャルバのマントにしがみついている。

 

「キミと一緒なら勝てる! 赤龍帝を殺せるよ!」

「黙れ」

 

ドガンッ、とディオドラは簡単に吹っ飛ばされた。

 

「がッ―――――」

「お前になど、私は微塵も期待をしていなかったよ。 疾く去るが良い」

「な…………なぜだシャルバ! 旧魔王と現魔王である僕が力を合わせれば、冥界を支配することも夢じゃない!」

 

もはや敗者に用は無し。 興味が無くなった様にシャルバはディオドラから視線を外す――――いま対するべきは紅蓮。 リアス・グレモリーは二の次だ。

 

「お前は、ここで殺しておかねばならぬ男だ、紅蓮の錬金術師」

「ふ~ん」

「その錬金術、力、そしてお前の頭はおかしい!」

「何度言われたことか」

「いま確信した。 お前はこの世に居てはならない!」

 

ドンッ――――! 一気に接敵していくシャルバ。 その猛追を再び華麗に回避していく。

 

「……悪魔にも硫黄は含まれているのか?」

 

そうボソリとつぶやくと、ナインの手はすかさずディオドラの腕を掴んでいた。

 

「失礼」

「なにを――――う゛ッ!?」

 

体に電流が走る。 何が起きたか分からない。 何をされたかも分からないディオドラは、その直後に異変に気付いた――――しかし、もう遅い。 この錬金術は、行使されたなら解除はほぼ不可能だ。

なにせ、人体を爆弾に変えることはできるが、元に戻す錬成法を、ナインは知らないのだから。

 

詰まる所、爆発への片道切符ということだ。

 

「ぬ―――――!?」

「ちょうど良かった。 試させてください、悪魔で錬成した爆弾が如何なものか。 威力の程を――――ここで拝見させてもらいます」

 

ナインに軽々蹴り飛ばされるディオドラの肉体。 シャルバはそれを見遣り、即座に叩き落とす姿勢を取った。

 

「悪魔で錬成した爆弾? 何をバカな――――」

「おや、私の錬金術の神髄をご存じなかった? それは残念――――では、試験的にどうぞ」

 

ディオドラの体が白銀に光出す。

皮膚は黒ずみ、筋肉は弛緩していく――――スポンジのようにぐにゃぐにゃになった肉体は、周囲の酸素を吸収していく。 急速に収縮していく体は、爆発まで秒読みであった。

 

「―――――」

 

断末魔も許さない、容赦も慈悲も無い暴発。 それも大爆発だ。

周囲を呑み込み、破壊していく灼熱の轟爆。

アーシアが居た磔台も、一誠たちすら呑み込んで――――無論のこと、シャルバ・ベルゼブブも。

 

「バカなこんな―――――!」

 

爆風で割れる窓ガラス。 崩落崩壊する神殿。 爆炎で焼き尽くされ、炙られる神聖なる場――――原型留めず。

至近距離でその爆発に曝されるシャルバは、周りの光景と同じくして紅蓮の炎に包まれる。

 

「う、うぉぉぉぉぉッ………………! おのれ、おのれナイン・ジルハードぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

シャルバも―――――呑まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ナインったら、いつもいきなりなんだから」

 

実は先ほどナインとシャルバの戦いがこの場に乱入した際、しばらくして彼女も追いついてきていた。

彼女―――リアスの姿にいち早く気づいたのは一誠。

 

「部長、無事だったんですね!」

「ええ、なんとか」

 

ほっと胸を撫で下ろす。 離れ離れになったときはどうしようかと思っていたが、リアスには傷は無いようだ。

多少制服が汚れてはいるが、それ以外は問題は無い。

 

一誠が話す。

 

「良かったです。 これで全員揃った……!」

「アーシアは?」

「大丈夫ですよ、ディオドラのヤツは俺がぶっ飛ばして、アーシアは助けました、これで―――――」

 

爆発の煙が止んでいく。 それに伴い、アーシアが張り付けられていた十字架が見えてくる。

それにしても大きい爆発だった、危うく巻き込まれるところだったが、局地的で且つほとんどシャルバが受けたようだからそれほど被害は無い。

 

アーシアが居る場所へ駆け寄っていく。

みんな無事で良かった。 これでまた楽しい日常に戻れる――――当分こんな胸糞の悪い戦いはしたくない。

そう一誠は安堵しながら、ボロボロに粉砕されつつも吊り上げられた十字架に駆け寄り、そこに居るはずの少女を助けようとした。

 

「…………あ、あれ?」

 

それが、居ない。 どこにも。

 

「あ、れ……おかしいな。 アーシアが磔にされてたところって……この辺のはず…………」

 

気持ちの悪い汗が、一誠の頬を伝う。

 

「アー……シア? なんで居ない?」

「どうして、ま、まさか―――――!」

 

バッとリアスがナインの姿を確認する。 そして言い放った。

信じたくなかったが、しかしこの状況。 疑わざる負えない―――――

 

静かに、ゆっくりとナインに近づき、リアスは訊いた。

 

「…………ナイン、いまの爆発――――」

「………………」

 

沈黙が訪れる。

 

「あなたの起こした爆発が、アーシアを巻き込んだ可能性は?」

「…………………………」

 

沈黙したままのナインの胸倉をリアスが掴み上げる。 

まさか、まさか――――この男に限って爆発の範囲を計算できないはずがない。 しかし万が一ということもある?

いや、だが――――

 

「答えて!」

「…………………………………………さて、どうでしょうか」

「―――――――ッ!」

 

こんなところでそんな曖昧な答えは訊きたくない。 いま目の前にあるのが事実、アーシアが居ない。

アーシアが張り付けられていた十字架はボロボロに砕け散っている、では答えは一つ。

 

「お前が…………アーシアを…………」

 

ゆらりと、尋常ならぬ雰囲気を纏った赤い少年の心臓が鳴動する。

良くないものに触れてしまったのか、否か――――

 

ナインはリアスを押し退け、無表情で一誠と対峙した。

 

「っぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああッっっっ!」

 

絶叫とも、雄叫びとも取れる大声量。 その音は衝撃となり、爆発で崩壊寸前の神殿に追い討ちのごとく壊していく。

兵藤一誠が吼えている。 いや、これはもはや彼本人の声ではない。

重なった声音、まるで呪いのごとき言霊が紡がれ始める。

 

 

 

 

 

『我、目覚めるは――――――――』

 

<始まったよ> <始まってしまうね>

 

 

 

『覇の理を神より奪いし二天龍なり――――――――』

 

<いつだって、そうでした> <そうじゃな、いつだってそうだった>

 

 

 

『無限を嗤い、夢幻を憂う――――――――』

 

<世界が求めるのは――――> <世界が否定するのは――――>

 

 

 

『我、赤き龍の覇王となりて――――――――』

 

<いつだって、力でした> <いつだって、愛だった>

 

 

 

 

≪何度でもおまえたちは滅びを選択するのだなっ!≫

 

兵藤一誠の鎧が変質していく。 赤い凄烈さは変わらず、しかしオーラはどす黒く。

明らかに所有者本人の色ではない。

 

鋭角なフォルムが増していき、翼まで生えていく。 それは悪魔の翼ではない――――龍翼。

 

―――――ドラゴン。

 

 

 

 

「「「「「「「汝を紅蓮の煉獄に沈めよう――――」」」」」」」

 

Juggernaut Drive(ジャガーノート・ドライブ)!!!!!』

 

一誠の周囲が弾け飛ぶ。 床が、壁が、柱が、天井までもすべて破壊されていく

血の様に赤いオーラは、破滅の理しか引き連れない。

 

「ぐきゅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァッっッ!」

 

もはや正気は無し。 獣の叫びにも似た声が、兵藤一誠だったものから発せられる。

 

『…………ついに龍の逆鱗に触れてしまったか、ナイン・ジルハード』

「ん~?」

 

暴れまくる怪物から、ドライグの声が聞こえてくる。 ナインは首を傾げた。

 

『こうなってしまったからには、もう止まらん…………。 なぜ弁解をしようとしなかった』

「する気がないですねぇ」

『なぜ…………あのような曖昧な答えを出した』

 

つい数分前のやり取りを思い出す。

 

『答えて!』

『…………………………………………さて、どうでしょうか』

 

『あの時点でお前がはっきりと弁解をしていれば、相棒もこうはならなかったはず…………』

 

その言葉に、ナインはひとしきり考える。 考えるとは言っても、かなり惚けた様子で。

 

「どうして私がそんなことをしなくてはならない?」

『人間の本質だ! 疑われたら誰しもそれを否定しようとするだろう…………! それとも…………』

 

本当にお前がやったのか?

 

そのドライグの無言の問いに、ナインは笑った。

 

「いいえ、私が爆発範囲を計り間違うことはない」

『…………バカな! ならばなぜ!』

 

自分はしていない、やっていない。 なぜにそう訴えなかった!

あの場ではお前は完全に孤立し、疑われて当然だった。

 

『それが解らぬお前ではあるまい、錬金術師ィッ!』 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁッッ!」

 

ドライグの声に重なる様に、一誠の奇声で塗り替えられる。

仲間の変わり様に放心するリアスたち。

 

ナインはこのときすでに悟っていた。 それと同時に、感謝もしていた。

己が死ぬかもしれない――――そんな気持ちに囚われる甘美を噛み締め――――

 

「クク…………上手くやりましたねぇシャルバさん。 あなたの十八番は権謀術数にありましたか。

少々雑で荒い部分はありますが、まずはお見事」

「ぎゅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「ま、私にも否はありません。 喜んであなたの術中に嵌ってあげますよ」

 

覇龍へと変わり果てた兵藤一誠が、紅蓮の男へと猛然と襲い掛かって行った。

 

期せずして、再戦の時が訪れた。

一誠にとって三度目の正直となるか。 それとも、再びナインに軍配が上がるか。 その結末は、誰にも解らない。




シャルバさんが策士と化している件について。 さすが中の人聖餐杯だね☆

平日投稿です。 誤字脱字ございましたらご指摘ください。


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47発目 鉄の意志

誤字脱字、ございましたら。  ごめんなさい。


覇龍。 通称”ジャガーノート・ドライブ”

これは赤龍帝と白龍皇、同二天龍に備わる神器(セイクリッド・ギア)の力。

 

「イッセー!」

「イッセーくん!」

 

曰く、あれは技などではなく暴走状態。 理性が消し飛び、ドラゴンの破壊本能が全面に押し出されて見境なく暴圧を奮うようになる禁じ手である。

 

「ぐぎゅああああああッ!」

「イッセー! そんな…………」

「僕たちの声が聞こえていないのか…………っ!」

 

とはいえ、獣の方がまだ可愛かろう。 一誠のいまの状態は仲間の声も届いていない。 怒りで我を喪い、周囲を破壊していく災害(ジャガーノート)と化している。

 

「暴走はともかくとして、ヴァーリさんにもこの力があると考えた方が良いですね…………」

 

まったく二天龍は天井知らずだ。

そんな状況を鼻で笑うナインは、四足で地に立つ獣と化した一誠にゆっくりと向き合った。

 

「とりあえず話しかけてみますか……お~い」

「ぎゅあぁぁぁぁぁぁッ!」

 

当然だ、いまの一誠は正気を失っている。

そんな分かり切っているはずのことを試している。 理性的に分析しようとするナインらしさが出ていると言えるだろう。

 

「あ~…………ダメだこりゃ」

 

通じない。

 

仕方ないなと、頭をがしがしと掻いた。

まさに一触即発の一誠に言葉は通じない。 ただ一つ言えるのは、彼はナインしか見ていないことだ。

 

「…………正気を失おうとも標的は嗅ぎ分けますか」

 

仲間だから危害を加えないのではない、目の前に標的が居るからそれに的を絞っている。

正気だったときの最後の思考が、覇龍(ジャガーノート・ドライブ)に働きかけてナインを狙っているのだ。

 

「会話ができたら面白そうだったんですけどね。 ハァ…………この分だとドライグさんも引っ込んでしまいましたか…………」

 

残念そうに首を振りつつ息を吐く。 獣どころか、災害には言葉は通じない。

やるしかないか、と意識を戦闘へと切り替える。

 

両腕をだらりと弛緩させる…………すると、怒れる赤龍の眼が怪しく光った。

ナインのだらしなく緩みきっている腕。 だが、あの赤い龍はそこにこそ狂気の源を感知したのだ。

 

――――あの両手は普通じゃない。

 

不気味なほどに鎮まり返る神殿。 先ほどの咆哮や奇声が嘘のように消える。 しかし、これはここに居るすべての者たちに、嵐の前の静けさを想起させた。

 

「本当の……獣みたいだ」

 

つぶやいた祐斗の手は汗を握り、脂汗が噴き出ている。

剣呑そのものが空間を支配していく。

 

「―――――もはや是非も無し」

 

先に動いたのは―――――ナインだった。

 

ナインと一誠、両者をピンと張り詰めていた糸が完全に切れる。

 

グバンッ! 足元の瓦礫を踏み砕き、舞い上がらせる。

同時に両手より迸る錬成の稲妻――――本来ならば対象に触れることで錬金術は初めてその力を発揮するが、この男の錬金術はもはや違った。

 

両手を繋ぐように走る電光は、舞い上がった瓦礫の一部に流れていく。

 

手も触れず、迸る雷が対象物を打つ。 この一連の動作は間違いなく錬金術の法則のそれを逸脱していた。

一種の超能力的なものに近しいものがある

 

「そらっ!」

 

そのまま重力に従って落ちる瓦礫を一誠に向かって正面に蹴り飛ばした。 それは一個の爆弾と化し、見えぬ導火線に火を付ける。

しかし――――

 

「ぐぎゃぁぁぁぁぁおッ!」

 

赤龍帝は、目にも止まらないスピードを持ってそれを躱した。

獣の身体能力は未知数である、人間の動体視力ではどうあっても追いつけない。

 

「避ける気はあるのかい、少しやりづらいですね」

 

錬成爆弾を避けざま、上下の咢で突進してくる怪物。 それを間一髪で回避したナインは歯を食い縛って踏み止まった。

 

「ぎゅああああああああああああッ!」

 

一方的な突進攻撃。 ナインの周囲を文字通り超高速で駆け続け、一拍ごとに攻撃を加えていく。

そこに人間的な動きは一切なく、獣のごとく速度を落とさずに、意志あるサイクロンを形成していた。

 

「…………!」

 

交差させた腕で目元と顎を守るナインに降り注いでくる衝撃。

”錬気”の付加効果で鋼鉄の防御を有していると言っても、この怪物の物理攻撃は強力だ。 そんなものに、いくらナインでも真正面から肉弾戦を挑むわけにはいかなかった。

 

しかし、一つ一つの衝撃で体を揺さぶられるなか、腕の中でナインはつぶやく。

 

「確かに、獣は計り知れないほどの身体能力を持っています。 ただまぁ言わせていただきますと…………」

 

そう言い、ふっ――――と防御していた腕を解除した。 背後から迫り来るドラゴンの咢は、ここぞとばかりにナインの喉元を噛み千切ろうと襲い掛かった。

 

「…………短絡」

 

ごんッ―――――!

 

その直後、突っ込んできたであろうそれを、なんとナインは素早く振り向き、思い切り蹴り飛ばしたのだ。 その際インパクトの瞬間、みしりという嫌な音は強靭を誇るはずの赤い鎧からしていた。

 

「獣の本能などこんなものだ。 すぐ釣られ、無駄な動きも多い」

 

あの暴風のような高速移動をする赤い龍に蹴りをねじ込む荒唐無稽。

壁を破壊しながら吹っ飛んでいく赤い鎧を目に止めたナインが、忌々しそうに舌打ちをした。

 

「でかい図体でよく動く…………少しは落ち着きなさい」

 

いまの一誠は理性と引き換えに膨大な力を手にしている。

だがそれがどうした、そんな些細な事で怯む要素は皆無である。 そうナインは目で語っていた。

 

戦っている二人以外では目視できないほどのスピードバトルであったが、これにより可能となった。

ピンボールのように蹴飛ばされた一誠は、やや空中ですぐに態勢を立て直し、四足で地面を噛む。

 

「ぎゅ…………あああ、ぐぎゅああああああッ!」

 

先ほどの一撃で覇龍状態の一誠の警戒レベルが上昇していく。 いや、理性が無いいま、それは本能からの警報だった。

 

――――ただの力押しでは、この男には勝てない。

 

「ぎゅ、ぐあああああああああああッ!」

 

咆哮で再び地面にひびが入る。 音にすら殺意が篭った衝撃を受けながら、ナインは目を細めていた。

 

「会談でヴァーリに激怒したとき以上だ…………!」

 

戦場よりやや離れた場所。 祐斗がそうつぶやくと、すぐにリアスたちのもとに駆け付けた。 そして叫ぶ。

 

「―――――『双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)』!」 

「祐斗ダメ! まだイッセーが!」

「いまは危険です、部長! このままではあの二人の戦いに巻き込まれます!」

 

グレモリー眷属たちの周りを次々と囲んでいく祐斗の聖魔剣。 彼の判断は正しいのだろう。

あの戦場とここは距離が近すぎる。

 

離れればいいと思うだろうが、この状況で聖魔剣というバリケードから抜けたらどうなるか。

運が良ければ離脱に成功するだろう、だが、余波に当たれば一発アウトだ。 それほどいまの兵藤一誠は危険域の中心となっている。

 

ゆえに、ナインと一誠以外の者たちはそこから二人の戦いを覗き込むことしかできなかった――――そして、終わる事を願うしか…………。

 

「イッセーは、アーシアが居なくなったのはナインの所為だと思っているのよ…………」

「…………部長は違うんですか?」

 

祐斗の問いにリアスが首を横に振った。

 

「分からないわ…………! 祐斗は、ナインがアーシアを殺したと思う?」

「…………シャルバ・ベルゼブブを爆風だけで吹き飛ばすほどの威力です。 巻き込まれたと考えるのが、普通だと思います」

 

ナインは紅蓮の錬金術師。 目の前に資源があれば爆弾へと作り替えて吹き飛ばす。

あの男の前では、鉄血すべて紅蓮に消える。

物も人も、そしてそれは悪魔ですら例外ではない。 それは先刻、ディオドラが身を持って証明してしまった。

 

ナインの錬金術は、種の垣根すら超えて来たのだ。

 

「ただ一つ言えることは…………いまのイッセーくんは、誰にも止められない」

「…………ナインさんが斃れない限り、イッセーくんはあのままということですの!?」

「それは…………」

 

朱乃が縋る様に訊くと、祐斗が目を逸らす。

その彼の反応に、ハッとして黙り込んでしまった。 祐斗もこの状態の一誠を知らない。

ここにいる誰もが、憶測でしかいまの状況を計れないのだ。

 

「いったい、どうすれば…………」

 

二人の戦いを見守る。

自分たちにはこれしかできない。 すると、リアスが静かに声を上げた。

 

「なっ、あれは…………」

 

見ると、ナインと対峙する赤龍帝の翼が眩しく光り輝いたかと思うと、聞き慣れたドライグの音声で有り得ない力が引き出されていた。

 

Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)Divid(ディバイド)!!』

 

白龍皇ヴァーリの半減の力を、赤龍帝である一誠が使っている。 かつて会談でヴァーリと戦った際に一時的に取り込んだ力であった。

それはナインが駆動させる錬金術を徐々に半減させていく。 赤龍帝の真下から突き上げてきた紅蓮の波動もその力を失う。

 

「…………」

 

会談でのナインは、赤白の戦いが始まる前にその場より離脱してしまっている。

赤龍帝である一誠が、白龍皇の力を行使したことに驚くのも無理は無かった。

 

「…………なるほど、これは面白い」

 

己の形成する爆発の錬金術を無効化されてなお笑いは絶やさない、それはなぜか。 楽しんでいる……わけでは無かった。

 

「…………フェンリルは理性ある獣でした。 いままでの私の敵中、もっとも恐れを抱いた相手です」

 

再び錬成を行使すると、今度は赤龍帝の周囲を囲むように爆発の火柱が立ち昇る。

それでもやはり、半減の力が機械的な音とともに働いている限り、その火柱も瞬く間に消し止められてしまう。

 

「しかし、あなたから恐怖は感じない」

 

――――ごりッ。

白龍皇の力を最大限に使用し、爆発の威力を無効化させることに成功したその直後、赤い鎧の背中に、いつの間にか巨大な砲身が突き付けられていた――――回避不能。

 

「ぎゅああぁぁ―――――!」

 

鋼鉄の戦車が、紅蓮の火を噴くと同時に破滅の一撃を撃ち出した。

無距離で直撃した赤龍帝の体は、その赤い鎧を粉砕させながら一直線に吹き飛んでいく。

 

――――ティーガー戦車。 ナインが作り上げた生ける鋼鉄。 その破滅の砲が、時間差でもって赤い龍の背中を撃ち抜いていたのだ。

 

立ち上がりながら修復していく赤龍帝の纏う鎧。 だが、ダメージは確実に加算されている。

単純に、暴走状態であるゆえに痛みをさほど感じていないのだろう。

 

「ぐぎゃああぁぁぁぁぁあッ!」

「見ているこちらが痛々しい」

 

ついには戦車に掴みかかる赤龍帝。 だが、その戦車には感情は無く、恐怖も抱かなければ怯みもしない鋼鉄の戦争兵器だ。

砲塔を素早く旋回させ、赤龍帝の横面を弾き飛ばす。 そして照準、砲撃。

 

少しずつ減っていく赤龍帝の体力、力。 感情があり、考える頭があれば戦車など目もくれず奏者であるナインを狙っていただろう。

 

だがいまの一誠は、破壊しか頭に無い――――そして、鋼鉄の虎と戦っている赤龍帝に、ナインも素早く接近していた――――。

 

スっ。

 

折れぬ砲身に躍起になっている赤龍帝の足に、その手は触れた。

 

「残念です。 以前のあなたの方が、戦っていて私は楽しかった――――ヒトには感情がありますからね」

 

流れていく紅蓮の術理――――編み込まれていく紅蓮の錬金術。 ドラゴンだろうと、力の塊だろうと、その肉体に血が流れている限り逃れられない「爆」の一文字。

 

「ぎゅあああッ!」

 

それに対して警戒はしていた、だが、頭が働いていない――――遅すぎる。

 

錬金術はもう成った。

素早く離脱したナインは、意識を鋼鉄へと向けて指令を下す――――Feuer(フォイア)、と。

 

ゴォンッ!

 

刹那に、二度目の砲撃で吹っ飛ばされる一誠。

それでも立ち上がり、砕けた鎧を再生していく。 力ある限り、このドラゴンは止まらない。

 

しかし、すでに異変は訪れていた。

 

再び立ち上がろうと赤龍帝は足に力を込める――――だが。

 

「があぁぁぁあぁあぁッ!!」

 

片足が一気にぐにゃりと歪み、持ち主の重みで潰れ崩れた。 再生しようにもできない、修復不能。

元に戻すには、錬成の仕組みを理解しなければ戻せない。 これも、ナインの力によるものだ。

 

――――私を理解できなければ、その錬成を解くのは不可能だ。

 

「ぐ…………ぐるるるる…………!」

 

ギロリと、鎧越しに光る眼光。 それはナインに向けられていた。

 

「…………」

 

その鋭い視線に気づいたナインは、肩を揺らして笑う。

 

「あなたの足は、いまゆっくりと大気中の酸素を吸収しています。 それはもうゆっくりね」

 

しかし、そんなことも構わず、赤龍帝は翼で飛び上がる。 足が使えないなら翼がある――――そう言わんばかりにナインに突撃していく。 しかしその攻撃も、ナインにはすでに読まれていた。

 

「片足を失って私を捕らえられると思っているのですか」

 

片手をポケットに入れたまま、その攻撃を軽く横に受け流されてしまう。

飛ぶには翼だけで事足りる。 ならばそのコントロールもすべて翼で賄えるかと言われれば実はそうでもない。

 

片足を失っているのだ、方向感覚が狂い、いつも通りの飛行ができないのも当然だった。

攻撃を躱され、着地した赤龍帝。 瞬間、その覚束ない足に更なる追い討ちがかけられる。

 

ごしゃあッ!

 

「ぎゅ…………ぎゃあああああああ、つあああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

回避行動から瞬時に攻勢へと転じていたナインの踵落としが足上に落とされる。 鋼鉄と成ったその足技は、さながら巨大な釘打ちである。

 

苦悶に沈みつつある赤龍帝に、すかさずその魔手を伸ばした。

 

「次は翼…………」

 

瞑目しつつ、物憂げな表情で、赤龍帝の片翼を再び爆弾へと作り替えてしまう。

真っ赤で雄々しかったドラゴンの翼。 その片翼は、闇に融けるようにどす黒く染まっていく。

 

黒色火薬の錬成は、対生物に最適な錬成法ゆえにナインは重宝している。 

木炭、硫黄、酸化剤として硝酸カリウム。 それらを混合して成る火薬の一種。

 

人間に限らず肉体を持つ生物には、爆発物となり得る元素を持ちすぎる。 例外はあるが、そちらの方がごく少数だろう。 ほとんどがナインの錬成に嵌ってしまう。

ドラゴンも肉があり、骨があり、血液も流れている。

 

錬金術で神秘に指をかけつつあるナインにとっては、悪魔も人間も同じく紅蓮の理で吹き飛ばすことができる。

 

そして、爆発四散した無残な翼の残骸は、避難しているリアスの目の前で飛び散った。

 

「…………あ、ああ……。 イッセー…………やめて、もう…………やめて、ナイン…………お願い…………」

 

これは断じて戦いなどではない。

途中こそそうであったものの、いまは違う。 ほとんど作業的におこなわれるナインのペースだ。

 

足も使えなくなり、翼も潰される。 身動きの取れない状態に陥った赤龍帝だが、なおも紅蓮の男にその鋭い眼光を向けている。

 

憎悪、怒り、哀しみ。 すべてが籠った龍の眼光がナインに注がれる。

 

「………………」

 

だがそれでも、ナインの心と姿勢は一時も怯むことは無い。 逆に哀れみ、獣へと堕してしまった赤い龍から視線を逸らして、そして言った。

 

「でもまぁ、こんなものか」

「ぐ……が…………あ…………あぁ……」

 

ついに、その真紅の体は地に伏した。

力が尽きたのだろう。 もともとは暴走だったため、過剰に体力を消費しすぎた。

歩み寄っていくナインは、何の躊躇いも無くその両手を合わせる。

 

祈り? 違う。 何度も言うように、祈る暇があるなら行動する男だ、ならば真意は一つしかない。

 

いまここで、この男を―――――

 

「………………」

 

―――――赤龍帝、兵藤一誠を殺す。 否、爆発させる。

一般人には過ぎたる力がその手に渡った。 その結果が暴走であるのなら、最期は「死」という結末を迎えるのが良いだろうと。

 

制することができない力など力ではない。 結局のところ、彼は神器(セイクリッド・ギア)という神からの賜り物に振り回されるだけの人生だった。

 

本人はそう思っていなくとも、ナインはそう思い、少なからずこの少年の運命にも同情はしていた。

 

「過ぎる力は持ち主を滅ぼす。 まったく真理だ」

 

爆発の元力を引っ提げ、虫の息となった覇道のドラゴンにその手を伸ばしていく。

もしかしたら、彼は知らない方が幸せだったかもしれない、と苦笑も乗せながら。

 

「―――――」

 

だがそれは、ナイン個人の気持ち、判断である。 そこにヒトが在る限り。

そこに仲間が居る限り、その男の言い分などどう足掻いても一人分にしかならないのも、また真理だった。

 

「………………」

 

その「死」に待ったをかける者たちがそこに居る、存在する。

 

戦いから逃れた安全圏で物を言う、身の程を知れ、邪魔だどけ。 敗者に生死いずれかを下せるのは勝者のみ。

だが、その者たちはそんなことはお構いなしに―――――

 

「させない…………イッセーは殺させないわ!」

 

覇龍状態が解け、元の姿に戻った一誠に覆いかぶさるように守るリアス・グレモリー。 それだけではない。

 

「…………すまない、ナイン。 だが、止めてくれ…………っ」

「…………黙って仲間を殺されるくらいなら、手始めに僕が相手する」

 

ゼノヴィアが巨大な青き刀身を、祐斗は漆黒と光、両属性を有する刃を、それぞれナインの首元に交差させるようにその動きを止めさせる。

 

「…………」

 

そして、両手に力を込めてナインの腰にしがみ付く者も居た。 それは小柄で健気な少女――――小猫だった。 彼女は終始無言だが、込める力からナインに聞こえぬ言葉として伝わって来る。

 

「む…………」

 

本当ならばそれくらいのことで歩みを止めるわけがないのだが、他にも、この紅蓮の前進を阻む者が存在した。

 

黒い闇をこさえた影が、ナインの足元を完全に停止させている。

 

「…………い、イッセー先輩は、や、やらせません!」

 

停止結界の邪眼(フォービトゥン・バロールビュー)』 まだ未熟ではあるものの、足元のみにその力の重きを置くことでナインの前進を止めていた。

 

「動いたら、ナインさんと言えども問答無用に、私の雷で頭を吹き飛ばします! だから……………………お願い動かないで……」

 

紫電をうねらせて両手に雷撃を込めているのは「女王(クィーン)」の朱乃。 背後からナインの頭にしっかりとその手を照準している。 その表情も皆と同じ複雑だ。

 

そして――――

 

「…………私は、ナインがやったわけじゃないと思っているわ。 それが本当で、もしイッセーの思い違いで、あなたに攻撃をしたなら、それはきっと許されない……けど…………」

「………………」

「けど、お願い…………殺さないで…………」

 

最後は消え入るような声で懇願する。 リアス・グレモリーは、一誠を庇いながらナインと向き合った。

 

「………………」

 

無表情に向き合った後、全員を見回していくナイン。

 

『…………っ』

 

その視線に、その場全員の背筋が凍りつく。

先ほどは複数人で取り押さえると言ったが実際のところ、この場の誰一人としてナインを止める術や算段、計略を持ち合わせていないことを全員が解っていた。

 

この男がその気になれば、この場を本当の平地にできる。 誰一人残さず、曇りも無く、この場を諸共吹き飛ばし、生物は大地に消える屑と果てる。

 

しかし、そのナインは大きなため息を吐いた。

 

「私は――――」

「ナイン、いい加減そいつらを苛めるのも程々にしてやればどうだ?」

『―――――!?』

 

声のした方に、ナインも含めて全員が注目した。

 

「兵藤一誠が『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』を暴走状態で発動させたと聞いて来た――――随分と派手に壊したが…………ほとんどナインだな?」

 

笑いながら降りて来たのは、白龍皇――――ヴァーリ・ルシファーだった。

 

「まったく、暴走した赤龍帝よりも、お前は辺りを吹き飛ばし過ぎだ」

「…………ヴァーリさん」

「うわ、また派手にやったねぃ」

「知らないの? ナインに掛かれば、一生懸命建てた豪邸も一日で均されちゃうのよ?」

「…………エクスカリバーに匹敵する破壊力……これは凄まじいですね」

 

その傍らには、錚々たるヴァーリチームの面々が四人揃っていた。

美猴と、アーサー。 そして黒歌だ。

 

すると、ナインは美猴の抱えている何かを見付けた。

 

「よく助けられましたねぇ」

 

美猴の腕には、爆発で死んだと思われていた金髪の聖女――――アーシア・アルジェントが可愛い寝息を立てて眠っていた。

 

「アーシア!」

「アーシア!」

 

泣き付いてくるグレモリー眷属たちにアーシアを渡しながら、美猴は得意げに胸を張る。

 

「次元の狭間で捜し物してたんだけどねぃ、偶然にもこの金髪の嬢ちゃんを見付けてな」

「良かったな、あのままでは『無』に中てられて死んでいたぞ」

「…………ありがとう!」

 

安堵に暮れるなか、まだ一誠を庇っていたリアスにもヴァーリは言い放つ。

 

「そちらはむしろナインに感謝することだ。 あのまま暴走が続いていたらそちらこそ死んでいた――――あの暴走を阻止できる男が居てくれて良かったな、リアス・グレモリー。 覇龍は解除されているため、もう大丈夫だろうさ」

「………………!」

 

現在のところ彼はリアスたちにとって敵という立ち位置だが、同じ二天龍である白龍皇のお墨付きなら間違いは無いだろう。 リアスはここで、アーシアと一誠が無事であることを再認した。 眷属たちに遅れる形で安堵の溜息とともに崩れ落ちた。

どうやら腰が抜けたようだ。

 

そんな一転変わった光景を見て、ナイン・ジルハードは肩を竦めた。

あのままであれば、この男は確実に兵藤一誠を殺していた。 では、邪魔をされて苛ついているのか? 否だった。

 

「ごめんなさい、そしてありがとう、ナイン。 あなたは、アーシアを殺してはいなかった」

「…………まぁ、曖昧に答えたのは私ですしねぇ」

 

結果としてアーシアの死は免れ、犯人はナインではない事が分かった。

しかし、あの場ではあえてどっちつかずな答え方をしたのも自覚しており、事実だった。

 

暴走ではあったもののアーシア・アルジェントの仇討ちをとナインに刃を向けた一誠に罪は無い。

 

なにより、この男はそんなこと……微塵も気にしてはいないのだから。 他がどう言おうと、当事者がなんとも思わなければそこでこの話は幕引きだ。

 

「実のところ途中で、ああ、私は嵌められたのだと気付きました。 シャルバさんは戦闘よりも頭で動いた方が良いと思うよ、ふふふっ」

「あれは、シャルバ・ベルゼブブの仕業だったの?」

 

すると、ヴァーリが割って入ってきた。

 

「いいや、シャルバ・ベルゼブブにそんな力は無い。 おそらく、今回の計画を裏でサポートしていた輩の仕業と思う。 それも、神滅具級(ロンギヌスクラス)のな」

「…………神滅具(ロンギヌス)。 やはり他にも存在していたのね」

「もっともシャルバは、赤龍帝とナインをぶつけるつもりは無かったと思うがな。 単に、分が悪いと見てナインの爆破と同時に姿を消したのだと思う……策というより偶然が多く重なった結果だろう」

 

なにはなくとも、シャルバはすべてにおいて誤算が多すぎた。 ただ用意周到が彼にとって功を奏した結果と言える。 まんまと逃げ果せているのだから侮れない。

 

「とはいえ、旧魔王派はほぼ瓦解だな」

「ほぅ?」

 

ナインは首を傾げた。

 

「それは早計では? 旧魔王派は未だカテレア・レヴィアタン一人しか喪っていませんし」

 

すると、ヴァーリは不敵に笑んで向こう側に視線を遣る。

その先には、遅れて到着してきたアザゼルがサーゼクスを連れて手を振っていた。 後ろには、どういうわけか白い翼で浮遊しているイリナも一緒だった。

 

「よぉ、ヴァーリチーム主要メンバーお揃いで。 テロの打ち合わせかぁ?」

「俺が旧魔王派の計画に乗っかると思っているのか、アザゼル」

「それもそうか」

 

では戦闘の意思は無いということ。 何気なく交わされた会話だが、周りの者からしてみれば剣呑だった。

ここでヴァーリが「まだやる」といえば再び戦う羽目になる。

 

「今回は俺ももう面倒くせーや。 旧魔王派の一角を落として疲れちまったよ」

「アザゼル…………」

 

後ろで溜息を吐く美丈夫――――現魔王、サーゼクス・ルシファー。

 

「や、わりぃわりぃ。 斃したのはサーゼクスだったな」

「おや、そちらにも古い方が現れていたのですか。 誰です?」

 

しれっとした顔で話題に入ったナインは顎に手を添えながら発言した。 それにアザゼルは小さく笑う。

 

「古い方って……旧魔王派のことか。 まぁ、クルゼレイ・アスモデウスだな。 サーゼクスが始末した」

「…………やむなく、な」

 

物憂げな表情でそう短く返すサーゼクスからは、やはり少しばかりの後悔の念を感じた。 優しい魔王であるがゆえの苦悩だろう。 かつて同胞だった者をその手で葬り去るのは心が痛む。

 

「なるほど、レヴィアタンに続き、アスモデウスまで失ったということかい…………この短期間で大打撃ですねぇ、可哀そうに…………」

「絶対可哀そうなんて思ってねぇよこいつ、で――――」

 

ありゃ、なんだ。 と目元を引きつらせながら――――空を見上げる。

いや、空ではない。 空に空いた大きな穴から、さらに空を覆い尽くしそうな程の巨体が存在している。

 

「いつの間にあんな穴…………と、いうか大きいですねぇ」

 

――――グレートレッド。 黙示録のに記される赤いドラゴン。 ヴァーリは、ようやく会えたと、待ちくたびれたぞと言わんばかりに嬉々として口を開いた。

 

「…………ヴァーリさん、あなた、ここに来たのは兵藤くんの状態を聞きつけたからではなかったんでしたっけ?」

「それもある。 が、第一の目的はこれだよナイン。 ああ、いつ見ても掻き立てられるよ」

 

穴の向こう――――次元の狭間に住まう真紅のドラゴン、グレートレッドに、ナインは首を傾げていたが、そんなことはヴァーリは知らない。 本当にまっすぐな瞳で、その錚々たる姿を見ていた。

 

――――「真なる赤龍神帝(アポカリプスドラゴン)

 

「ナイン、あのドラゴンはな、遥か太古よりこの次元の狭間を飛び続けているドラゴンだ」

「ふ~ん」

 

ここで空返事。

ヴァーリは話す相手を間違えたと言って良い。

 

と、そこに小さな姿が現れる。

 

「―――――我は、いつか静寂を手にする」

 

その姿は小さいなれど、影は計り知れない無限の龍神。 いま象っている姿も、おそらく仮の姿。

姿形など彼にとってみれば何の意味も持たないのだ。

 

「さーて、オーフィス。 やるか」

 

その小さな姿をした少女に向け、光の槍を突き付けるアザゼル。 だが、オーフィスはそれを一瞥しただけで興味無さげに元の視線に戻した。

 

「何度も言った。 アザゼルでは我を殺せない」

「だから、さっきも言ったろ。 俺一人でやるつもりはないって」

「それでも、我を滅ぼし切ることはできない」

 

そんな彼らのやり取りを、ナインは無表情で観察し始めた。

そう、この男は、オーフィスと会うのは初めて。 ゆえに、話し掛けるのも当然だった。

 

「やぁ」

 

初対面のナインはオーフィスの背後でそう挨拶をした。

振り向いたオーフィスは、ナインをじっと見つめる。

 

「……………………」

「……………………」

 

目を細めるナイン。 読めない、オーフィスの表情には感情が感じられない。

 

「…………『セフィロトの樹』を理解できれば、更なる深部へ」

「………………」

 

そう一言、オーフィスは言った。

 

ポケットに手を突っ込んだまま、身を翻し消えていくオーフィスの姿を見送るナイン。 その表情は何を意味しているのか。

ただ、いつも不気味に笑っていたナインは居ない。

 

しかし、訳が分からぬと怒りもせず、何を言っているのだと疑問も返さず。 ただただ、思案顔に暮れていた。

 

 

 

 

 

 

「ねぇそこの教会コンビ、ちょっと良いかにゃん?」

「な、なんだ…………?」

 

身を屈めながらこそこそと近づいてくる黒歌に、ゼノヴィアとイリナは身構えた。

龍神から告げられたよく解らない言葉のせいで思案に暮れるナインの横顔。 それをチラッと見た黒歌は、ひそひそ声で二人に訊いた。

 

「二人はぁ、ナインとは長い付き合いなのかにゃ?」 

「なんでそんなこと聞いてくるのよ」

 

イリナが訝る。 かなり怪しんでいるようだ。

 

「そうだ。 それに、素直に答えてやるほどお前とは仲良くない」

 

黒歌は人差し指でチッチッ、と笑みを浮かべた。

 

「解らないかにゃ~? こうしてお互いのナインの情報を交換し合って、もっとナインを知るためのいわば作戦なのよ?」

「な、なに!」

「そこで喰いつかない」

 

ゼノヴィアは相変わらずだが、イリナは堅かった。 ゼノヴィアを手で制す。

ダメ?と、黒歌は舌をペロっと出した。

 

「私、これまでナインに付いて来たけど、表面的な部分しか分からないのよねぇ。 聖剣研究、錬金術、称号。 あと、ナインの好きな事はだいたい理解して来たんだけど…………」

 

腰に手を当てつつ、イリナ、ゼノヴィアの二人を指差す。

 

「やっぱり、私としてはナインと出会う以前のことを知りたいわ。 ナインは、教会ではどんな男だったの?」

 

うっ、とそのとき二人の嫌なうめき声が見事にシンクロしたのを黒歌は見逃さなかった。

 

「知ってるんだぁ。 訊かせて訊かせて、ねぇいいでしょ~?」

「や、やめろ! 戦闘服を引っ張るな! 破けやすいんだぞこれ!」

「残念だけど」

「んにゃ?」

 

ゼノヴィアと黒歌の間に冷静なイリナが入ってきた。

 

「ゼノヴィアと私も、ナインの教会時代なんて知らないわ。 人伝や、噂程度でしか聞いたことが無いのよ」

「え? なに? ってことは、あなたたち二人とも、コカビエルの聖剣強奪のときが初めての共同作戦だったの!?」

「そうだよ」

「うぇ~、使えな」

「かっちーん」

 

頭の血管にピキリと来たイリナは、黒歌に詰め寄る。

 

「そもそもあなただってナインのこと何も知らないでしょ! 私たちのこと言えないじゃない! な~にが、『情報を交換し合うにゃ』よ!」

「む、私そんな言い方してないにゃー。 安易ににゃーにゃー言ってれば良いってものじゃないのよ?」

「それこそどうでもいいこと!」

 

女二人の醜い争いが繰り広げられる。 ぬぐぐ、と二人して額を突き合わせて睨み合う。

しかし、そんななかゼノヴィアが思いついたように頷いた。

 

「そうだ。 確かに我々はナインの教会時代を知らない。 しかし黒歌よ」

「にゃによ」

「果たして、以前のナインを知っている者など居るのか?」

 

黒歌とイリナはそれを聞き、はたと取っ組み合いを辞める。 そして、目を見開いた。

 

「そういえば、嘘か本当かは解らないけどフリード・セルゼンがよく教会時代のことでナインに突っかかってた記憶がある」

「だが、そのフリード・セルゼンは今さっき斃されたぞ」

 

驚愕するイリナに、ゼノヴィアが重々しく、そしてゆっくりと頷く。

 

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』に入ることで生き永らえていた。 が、殺された」

「殺―――――」

「ああ、ナインが相手だったからな。 半端は好まない」

「ああそれで…………ってちょっと待ってよ、じゃあ…………」

 

ナインの過去を知る者。 ヴァチカン時代を知る者。 つい前まではごく少数に存在していた情報源だが…………

 

「他にも、聖剣計画の件でもナインとのつながりがあったと思われる元大司教バルパー・ガリレイ」

「ああ、その名前は知ってるにゃ。 ヴァーリが言ってたし」

 

ゼノヴィアの視線が黒歌に向く。

 

「バルパーも、ナインによって殺されている…………」

「…………死んでるってのは訊いてたけど、そいつもナインに?」

 

ナインを知る者が……居ない。 知っていた者はことごとく殺されている。 黒歌もさすがに口が引き攣る。

 

教会入信から、悪魔祓い(エクソシスト)従軍、聖剣研究員。 どれもこれも漠然としか伝わらない単語ばかり。

ナイン・ジルハードの教会時代。 悪魔滅殺で手を組んでいたフリード・セルゼンは死亡。 聖剣研究チームに組み込まれていたとき、指示していたであろう首謀者のバルパーも死亡している。

 

「これ以上、ナインを知っている者はいるのか…………?」

「教会に行けばあるいは…………」

 

考え込んでしまう二人に対して、黒歌は溜息を吐くだけだ。

 

「だーれも知らない。 知ってた人は死んじゃった…………どうすんのよこれ」

「ちょ、直接訊くというのは?」

「ダーメ。 ナインは自分で自分のこと話したがらないもの…………爆弾のこと以外はね」

 

”人間なんてそんな大したものじゃない”

 

彼の真の心情は”人間が”ではなく、”自分が”大したことが無い存在だと思っている。 そのため、ナインは己の事を明かさない、口に出さない。 自分はこの世界で異端であり、脆弱であり、悪党であるという自覚。

 

もっとも、低位置に身を置くがゆえにより高いところへと手を伸ばさんとしているその姿勢が、あの男の錬金術を結果として超常の域にまで召し上げているのだ。

 

「まぁ、仕方ないかにゃー」

「だが、なぜ急にそんなことを言いだした」

「ん~」

 

豊満な胸の下で腕を組み、そして得意げに言った。

 

「好みの男を知りたいと思うのは当然じゃないの? 嫌いな相手なんて別に知りたくもなんともないし」

 

そんなイキイキとした、そして恥ずかしげも無く言い放つ彼女に、イリナは自分の拳を影で握る。

 

「くっ、ときどきこの女の気楽さが恨めしいわゼノヴィア!」

「イリナはまだましだ。 私なんて、想いを告げたら『感情論です』のたった一言で斬られたんだぞ」

「ありゃりゃ、カワイソー」

「うっさいこの妖怪乳女、盗み聞きとは趣味が悪いわよっ」

「妬みにゃーん?」

 

ほれほれーと、黒い和服から今にも零れ落ちそうな巨乳を見せ付ける黒歌。

デートもした、キスもした。 そして何よりも、やることをやっている彼女には余裕があった。

 

するとそこに、三人を覆う影――――

 

「――――黒歌さん、出ますよ」

 

噂をすればなんとやら。

 

リアスやアザゼルたちと話していたナインが、いつの間にか三人の間に入っていた。

黒歌の肩を叩いたナインは、イリナとゼノヴィアに向けて、いつもの笑みで手を挙げる。

 

「やぁ、ゼノヴィアさん、紫藤さん。 聖剣の具合はどうですかね」

「…………まぁ、上々だ」

「転生天使になってから、ミミックの扱いが上手くなったんだよナイン!」

「それは良かった。 今度、私に見せてくださいね」

「うん!――――って、それダメじゃない!? 次会うときって、また敵同士だよね? わーん!」

 

泣きそうになっているイリナの言葉に、後ろ手に振りながらナインはそれを肯定していた。

戦う理由は、いまは無し。

 

「別れの言葉は済ませたか、ナイン」

「ああ、私は最後で良い。 あと一人言っておかなければならないことがある女性がいましてね」

「ふ…………お前は、なんだかんだと、女との繋がりが多いな」

 

不敵に、不気味に笑みを浮かばせながらナインはヴァーリたちの後を付いて行く。

そのとき、本当にすれ違いざまに、ある人物に寄って耳打ちした。

 

それは、揺れる紅髪。 不機嫌そうにこちらを睨んでくる美女、リアス・グレモリーだった。

 

「…………デートの件ですが」

「な……なによ」

 

立ち止まり、美しい紅髪に隠れた耳元に、ナインはそっと近づいた。

 

「あの話、無かったことにしましょう」

「え…………」

 

その言葉に面食らったリアスを内心嗤いながら、ナインは肩を竦める。

 

「今の私の言葉に、あなた自身一番安堵しているはずだと思うけどね」

 

そうナインの視線は、未だ気絶し、倒れている赤い少年に注がれる。

 

「じゃあね、リアス・グレモリー嬢。 これに懲りて、感情で物を言わないことだ、ククク…………ふふはっ…………」

 

唖然とするリアスを横目に、ナイン・ジルハードは次元の狭間に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、イリナはどうしてアザゼル先生たちと一緒に居たんだ?」

 

「それは…………あはは、色々事情があってね」

 

「事情? なんだそれは」

 

「いや、これは言えないことよゼノヴィア。 絶対!」

 

「なぜだ、私くらいには教えてくれてもいいではないか」

 

「ゼノヴィアでもダメなのー! リアス先輩には特に―――――あ」

 

「ほぅ、リアス部長には絶対に言えないことなのか。 なるほど」

 

「ダメ、ダメよゼノヴィア! 待って止まって!」

 

「リアス部長、実はイリナが―――――」




ちちりゅーてーの歌が華麗にスルーされました。

アザゼル以下、作詞作曲者涙目の今回の結末ぅっ! 果たしてリアスとドライグの今後の運命や如何に!CV.千葉繁

デートも無くなりました。 楽しみにしていた方、すみませんねぇ(ゲス顔

オーフィスって、ギャグ抜きでやれば完全にメルクリウス枠だよな。
でもいまは、次元の狭間(部屋)に引き籠りたいアウトドアニートだもんね。



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紅蓮と悪神
48発目 夏祭りと異国の神影


夏祭りの浴衣って、慎み深いけどなぜか映えるよね。
ニポンのカルチャー素晴らしいネ。


都内の道路を、異彩を放つ二人の男女が歩いていた。 すれ違う人も思わず二度見をするほど、彼らは普通ではない雰囲気があった。

少し大げさに喩えれば、一般人に紛れて歩く芸能人だ。 

 

紅蓮色のスーツをルーズに着こなす長身の男。 胸に光るは鉄十字(アイアンクロス)

そして、白昼堂々と黒い和服を着崩した胸元全開の妖艶な女性。 彼女が隣りのその男の腕に密着している。 道行く男は女性の方に目を奪われるが、次に隣りの男を見ると肩を落として去っていく有り様だった。

 

「ねぇナイン、リアス・グレモリーとデートの約束してたって本当なのかにゃー?」

「耳が早いことで。 ちなみにどなたから…………?」

 

とは言え、本人たちはそんな視線もどこ吹く風。 二人になった途端、不機嫌になった彼女を相手にする羽目になったナインは、この状況をどう捌こうものか算段を立てていた。

 

冥界から人間界へと帰還した二人は、ここからそう遠くない家の帰路に付いていた。

 

いつもの表情を崩さず、質問に質問で返してきた彼に、彼女――――黒歌はいじける様につんとした片目で睨む。

 

「小声で話してたみたいだけど、私には聞こえていたんだからねっ」

「あぁ…………ははっ、いやはやあれを聞き取りますか。 とんだ地獄耳だねぇ」

 

乾いた笑い。

さすがのナインも、リアス・グレモリーとの束の間の密談をまさか聴かれていたとは思わなかったようだ。 あのときは誰も彼も騒がしく、自分と彼女の会話に興味を示す者など居ないだろうとタカをくくっていた。

 

実際あの場に居たほとんどの者たちは、オーフィスやグレートレッドへ関心が集中していた。

ただ、黒歌だけはそうでなかったということだろう。

 

ナインは、ちょっとした悪戯が見つかった子供のように笑う。 腕を組まれている方の手で、いじける黒歌の背中を宥める様に叩いた。

 

「まぁ結果としてご破算になっている、そこのところは広い心で見て欲しいものですね」

「それも聞いてる……けど、何を考えているのよあの泥棒猫。 にゃーっ、思い出したらムカついて来た!」

「猫はあなただけどね。 それに、短気は良くないよ」

 

地団太踏む黒歌に対し冷静に、そして的確な返しをしていくナイン。 すると、黒歌は腕を離して、正面から問い詰める形でナインの歩みを止める。

 

「誘いを断ったのはナインの方だったじゃない! 何も言わなかったらデートしてた!」

「そうですかねぇ…………?」

「そう」

 

心底不満のようだ。 無意識にひょっこり出て来てしまった尻尾が不機嫌を表すように左右に振れている。

 

「ああコスプレです」と道行く人の好奇の視線に適当に言って捌いていく。

そして、彼女の尻尾を隠すように、お尻に押し込めた。

 

「ひゃんっ」

「出てるよ尻尾――――っとまぁ、あまり意識しても疲れるだけだと思いますが?」

「…………」

 

やはりこの男は、こと恋愛沙汰に関しては無能で無神経であった。 いや分かってはいるが、自分の興味の無いことだと、使命や任務、仕事等で無ければとことん適当に済まそうとする。

 

ただ初期の頃よりは変わったことはある。

それは、彼が自分の横に、黒歌を置くようになったことだ。 最初の認識より明らかに変化している。

微々たるものだが、その変化には二人の肉体関係も一旦を担っている。

 

「そういじけることはないと思うんだけどね」

 

とはいえ、ナインの軸自体はブレはしない。 誰かの機嫌を窺うとか、無償の人助け、すべてナンセンスだと心底思っている。

偶然助ける結果になったことはいままでに何度もあるしこれからもあるだろうが、それによる見返りの要求もしないし、たとえお礼をしたいと言って来ても丁重に断る。 それでもしつこく言ってくる輩には押し付けがましい奴だと鬱陶しがるのがこの男の性質だ。

 

黒歌が口を尖らせた。

 

「贔屓目に見てもナインは女受けするのよ!」

「…………え、そうだったんですか?」

「無自覚!? ウソ無自覚だったの!?」

 

有り得ないものを見たような声音で黒歌は捲し立てる。

 

「物憂げな表情とか、話に付き合ってくれるところとか。 特に後者は女にとってかなりプラス点にゃの!」

 

ずい、と顔をさらに寄せる。

 

「ナインは両方を満たしてるの、解る? 女殺し二段構えなの」

「………………こ、これほど私のことを持ち上げる女性はあなたしかいませんね」

 

若干引き気味のナインだが、仕方なく顎に手を当てて目を瞑る。

 

「女殺しねぇ…………」

「なんたって心にゃん!」

 

自分の胸をパシッと叩く黒歌。 豊満な胸が和服の中で揺れる。

 

「ナインはさぁ、ブレが無いのよね。 そこが一番いいところだと思う」

「………………」

「ま…………まぁたまには私のことも考えて欲しいなって思う事もある、けど…………………」

 

自分で言っていて徐々に恥ずかしくなっていき、顔を赤面させていく。 羞恥心に耐えきれずついに袖で自分の顔をサッと隠してしまった。

 

黒歌は自信家で、どんな男にも物怖じしない性格だ。

長年の経験則から、いまの男性というものを知り尽くしている。 その妖艶で豊満な容姿を活かした誘惑で幻惑されない男は居ない。。

 

そして、大半の男性というものは大きな胸にも逆らえない。 例外の方が少ないだろう。

 

ただ話は戻る。 ここまで彼女の長所を語ったはいいが、問題は、それがナインには全く通用しないという難点。

ナインの異常とも言える明鏡止水に対し、手玉に取ろうとする黒歌が逆に手玉に取られ、そして惹かれていく。

 

いまでも、ナインは黒歌の一挙一動に肩を揺らして笑っているのだ。

 

「………………はっ」

「むぅ…………」

 

何も言わず、ナインは笑うだけに留まる。

 

「ともあれ、人目も多くなってきました。 さっさと歩きましょう。 ヴァーリさんたちと途中で別れたのは新居を獲得したからだ、違うかい?」

「ああー! そう、そうにゃのよ!」

 

歩き始めて早々に、にゃーと拳を振り上げる黒歌は、先ほどとは一変してはしゃぐ。 そう、ナインが先のテロ襲撃に出陣する前に、黒歌に任せておいた一件があった。

 

それは新居。 チームリーダーの指示のもと、ヴァーリチームの拠点を二つに分ける話。 もともとナインは住居にはうるさくない人間だ。

以前、ゼノヴィアとイリナで宿探しをした際はマンションを提案していた。 だが、それはあの二人が教会に住むなどと言い出したからである。

 

(…………教会はそんなに好きじゃない) 

 

それ以外ならば、ただ食べて寝られれば問題は無い。 更に究極的に言えば、野外でもいける男だ。

 

「それでさナイン、その件にゃんだけど」

「うん?」

「ナインのお金、結構使っちゃったんだけど大丈夫だった? 事後報告で悪いんだけど」

 

舌をペロリと出し、指で輪っかを作る黒歌。 そんな彼女にナインは手を振った。

 

「問題ありません。 使い道も分からなかった物なのでね。 ドブにさえ捨てなければどういう使い方をしても結構。 であるからこそ、あなたにも口座番号を教えたんだしねぇ」

「よっ、太っ腹ナインにゃー! そこも大好き!」

「現金ですねぇあなたも」

 

再びナインの腕にくっついて擦り寄った黒歌は、そのまま彼の頬に口付けをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「目立ちすぎるのも良くないと思ったから、テナント住居にしたの。 って言っても、買い取ったからほぼ一軒家になるけど」 

「ほぅ、これは…………」

 

中に入っていく二人。 ナインは感心の溜息を吐いた。

 

「荷物移動も済ませてくれたのですか」

「業者に頼んでね」

「あなたにそのような生活力があるのは正直驚きました」

「滅茶苦茶怪しまれたけどね」

 

えっへん、と得意げに胸を張る。 確かに迅速だ。

ナインが黒歌に言ってから、まだ一日ちょっとしか経っていないというのにだ。

 

「一階が、ナインの希望してた事務所形態の作り。 二階は普通の住宅になってるにゃん」

 

都内の二階建てテナント住居を買い取るなど、尋常ではない金額が掛かったのだろうが。 それでもナインの懐には余裕があったという。

 

黒歌が首を傾げる。

 

「そういえば、事務所の形を取ったはいいけどここで何するの?」

「仕事です。 生活のために必要なのはなにか――――金だ」

「ひゃー、仕事人の顔にゃ。 それで、どんな仕事をしようと企んでるのー? 教えてー」

 

好きな男となら何をするにも楽しいのだろう。 黒歌は内心小躍りしながらナインに訊いた。

 

「美人局です」

「え」

「まぁ嘘だよ、特に仕事など考えていない。 実際、私の財産でしばらくはどうにかなりますからね」

「その、呼吸をするみたいに嘘を吐くのやめにゃい?」

 

相変わらずの悪い冗談の後、二人は二階へ上がっていく。

その途中、黒歌がボソリとつぶやいた

 

「美人局。 意外と良い考えかもね」 

「は? 本気ですか」

 

本当に冗談で口走った提案だったのだ。 ナイン自身、そんなアウトローなことで稼ぐつもりは無い。

しかし、黒歌は満更でも無いようで、自信満々にその豊かに実った胸を下から持ち上げる。

 

「バカな男釣って、ナインがふんだくる! 面白そうじゃない?」

「却下です。 それは仕事として遣り甲斐を感じられない、何より情けなくは無いのですか。

あなたたまーに大馬鹿になりますね、黒歌さん?」

「いい考えだと思うけど……ナインが嫌なら辞めとこっか」

「そうしなさい」

 

実際、彼女の発言の虚実はナインでも読めない。

 

しかしにわかに、あらぁ?と妖艶な笑みを黒歌は浮かべた。 上目遣いをナインに送る。

「んあぁしまったなぁ」と頭を抱えるナイン。

 

「まぁ、私はナインに対してならぁ、そんな回りくどいことしなくても本気で―――――」

「馬鹿なことを言っていないで、二階へ行きますよ」

 

目の前には誰も居なかった。

それもそのはず、その光景に目すらも暮れず、ナインは階段を昇っていたのだから。

 

「……………………………………」

 

前屈み悩殺ポーズのまま硬直する黒歌。

彼女にしてみればいまのは絶妙のアングルだったはずなのだ。

階段の途中、ナインが上に、自分は下に。 角度的に考えれば、黒歌自慢の巨乳の谷間がナインの視界に飛び込むはずだった。

だというのにこの男の態度はこれである。 もはや病気だ。

 

「…………もうっ! つまらない男は腐るほど釣れるのに、どうして本当に欲しいものは釣れないの! にゃぁーっ!」

 

何はともあれ、ナインと黒歌、二人の居住地が決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇーねぇーナイン、今夜この辺で夏祭りがあるみたいよー?」

 

一階、事務所。

 

ナインと黒歌、二人きりの同居生活が始まって数日が経ったある日のことだった。

ポストに投函されていたチラシを黒歌が見せる。

 

あれから特に活動も無く、ナインもナインで読み物に耽る日々を送っていた。

 

「夏祭り?」

 

何やら楽しそうにそのチラシを渡してきた彼女に首を傾げながらも目を通すナイン。 

やがて言葉を漏らす。

 

「ほぅ、花火も打ち上げるのですか」

「言っておくけど、合法的な花火だからね」

「えっ…………」

「そこで残念そうな顔しにゃーい。 でもまぁ、日本の花火、じっくり見るのは初めてなんじゃないの? ナインは」

 

チラシを流し読みしていくナインの首に、大きく後ろから抱きつく黒歌。 むっちりとした胸元が、ちょうどナインの首を挟んで淫靡に形を変える。

ナインは頷いた。

 

「ふむ、確かに日本の花火どころか、夏祭りなど私は行ったことが無い。 テレビやニュース等で見かけたりしていたことはありますがね」

「画面の向こうと生で見るのとじゃ大違い……なんて言わなくても分かるわよね?」

「それは当然です。 二次と三次では迫力は違うものだ」

「でしょでしょ? で、さぁ。 えっと…………ね、ナイン」

 

急にもじもじと胸の前で指遊びをし始める黒歌。

耳にも赤みが掛かった顔は上がることはないが、傍から見ても湯気が出ていそうな姿。 普段の黒歌からは予想もできないだろう。

 

いままで何度も、ナインと唇と舌を貪り合って体の隅々までも重ねてきた。 だが、それとこれとは違うのだ。

要は心と体、内と外の問題だ。 黒歌は、体で気持ち良くなることには躊躇いが無いが、心で好意を表現することが昔から著しく下手くそだった。

 

最近はだいぶ良くなってきた部類だが、やはりこういうのは慣れていない。

まだ、「エッチをしましょう?」と直球で言う方が黒歌自身さほど恥ずかしくないのだ。 彼女のそこがまた通常とズレたところだろうが。

 

「ナ、ナイン…………そ、それ、一緒に行かない?」

 

ナインの居るデスクを乗り出し、真っ赤な顔で言葉を搾り出す。

 

(デートはこれで二回目だけど、一回目はなんて言うか…………きっかけがあったから楽だったわよねー)

 

実際自分からデートに誘うのはいざとやってみると恥ずかしい。

 

「………………」

 

デスクに両手を突く黒歌に対し、ナインは頬杖を突きつつも不敵に笑んだ。

あ、これはからかう時の表情だと黒歌は悟った。

 

「おやおや、ヤることはヤッている間柄だというのに、今更これを誘うことに恥ずかしさを覚えるとは。 いやこれは可笑しい」

「…………」

「天下の猫魈も、純心者の真似事は修羅の道に見えますか?」

「…………うっ」

「う?」

 

黒歌がふっと、下唇を噛んだと思った、その瞬間。

 

「………………―――――っずずっ」

「えっちょ……」

 

突然ポロポロと涙を流し始めた黒歌に、さすがのナインも頬杖が外れてつんのめる。

滴る涙はデスクを濡らす。

 

あの黒歌が涙? そんなバカなとナインは少し狼狽える。

涙目で胸板をぽかぽかと叩いてくる。

 

「ナインがいじめる。 にゃーにゃー、にゃーーーーー!」

「痛っ、痛っ、引っ掻かないでください…………分かりました言い過ぎましたよ」

「じゃあ、来てくれる?」

 

バサリと、「納涼! 夏祭り★」と描かれたチラシをナインに見えるよう顔の前で持ち上げた。

頭を掻くとナインは立ち上がり、黒歌と視線と角度を合わせる。

 

「行きますよ。 というか、最初から行くつもりだったから」

「やった!」

 

笑顔に戻った黒歌に、溜息を吐くナイン。 すると、彼女はナインの首に正面から抱き付き、足も絡める。

 

「黒歌さん?」

「ナインがリアス・グレモリーにデートに誘われて、一回は断らなかったのよね?」

「…………」

「ナインが取られちゃうって思って、そしたら今日の朝にこれがポストに入ってたから…………」

 

ナインの持つ夏祭りの広告誌に視線を移す。

 

「なるほどそれで」

 

やっと得心した。 それならば、黒歌がどうして急に夏祭りに行こうなどと言い出したのか理由がはっきりする。

 

「私も少々無神経すぎた」

 

そもそも、この二人の関係はすべてにおいて順番が逆行している。

 

「私はあなたを、一人の牝としか見ていなかった」

「ま……まぁそれは私のせいなんだけどね…………」

 

すると、黒歌の長い髪にナインの手が入れられる。 梳かれ、撫でられる彼女は猫のように喉を鳴らし、その手に寄り添う。

ナインが口を開いた。

 

「あなたも一人の女だった。 もう少しでその尊厳を踏みにじるところでした――――すみません」

 

ナインは基本利己的な人間であるが、他人の尊厳や気持ちを踏みにじるような悪趣味は持ち合わせていない。

堂々としている者なら、その尊重を優先する。

 

一誠のように、考えていることは滅茶苦茶でくだらなくとも、戦う「覚悟」を持っているがゆえに彼も真剣に向き合う。

ならば黒歌も同様に扱うべきだ。

 

女は強かだが、どこまでも柔らかい生き物だと。

 

 

 

 

 

 

 

夜の街並みにある大きな公園が使われた一大イベントがおこなわれていた。

そこに、お囃子が鳴り響く人混みの喧騒の中に二人が居た。

 

「にゃ! ナイン、あそこあそこ! 射的やろ射的!」

「なに、射爆?」

「爆発はしにゃい」

 

黒歌はいつもの和服だが、珍しく着崩さず首元まできちんと襟を合わせている。 ただ、色気を出すのは忘れずに衣紋はしっかりと抜いていた。

 

ナインは着流し。 赤を基調とし、そこに黒線と混ざったような揺らめく陽炎の模様。

最初黒歌は、ナインを着つけてあげようかなぁなどと思っていたが、着こなしは意外と見事なものだった。

 

これまでで声をかけられた回数はなんと黒歌を超えている。

まぁ、男女問わずに数えれば、だが。

 

「それにしても、都内の祭りは怖いねぇ。 お構いなしに絡んでくる輩がいるとは」

 

ワンコインを店員に渡して射的の道具を手に持ちつつ、笑いながら言うナイン。 それに黒歌が釣られてクス、と笑った。

 

「ナインてば絡まれ過ぎにゃん。 ま、その目つきと顔が問題だろうと思うけど」

 

外国人で金色の瞳。 前髪は逆立ち、後ろで束ねられた長髪。 その手の人たちにとってみれば因縁を吹っかけてくださいと言わんばかりの風貌だ。

 

「仕方が無いでしょう、よっ。 髪型はともかく、ほっ。 この顔立ちは生まれつきです」

「にゃははは、ナインの当たってるけど倒れにゃい。 プークスクス」

「むぅ、なぜこの射的は爆発しない」

「いやしちゃヤバいでしょ。 貸してみてー」

 

首を傾げながらも、もうワンコイン店員に渡すナインを横目に、黒歌は構える。

ピンと背を張り、片目を瞑って標的に狙いを定める。 舌で唇を濡らしたその直後。

 

タン、タンタンタタン! 乾いた音が響いたと思うと、その発砲音分の標的が見事に倒れていたのだ。

 

『おー!』

 

周りにもいつの間にかギャラリーが集まっており、黒歌の射撃の腕前に感嘆の声が揃って聞こえた。

 

「おーい、彼氏の兄ちゃんは形無しだな」

「違いねぇ、これからは彼女のねーちゃんに守ってもらえよーははは!」

「顔だけ良くたってねーっはっは」

「いやぁ、これは手厳しいですね」

「こいつら、好き勝手言って――――!」

 

むっとした黒歌。 というより、カチンと来ていた。 しかし、

 

「あはは、では私たちはこれで」

「あ、ちょっとナイン? 待ってってば――――」

 

彼女の肩を一つ叩いたあと、ナインはすぐにその場を後にする。 黒歌は、心ないことを言った者らに文句も言えないまま同じように付いて行った。

 

人気の無い外れの路地裏に行き着いたところでナインは立ち止まる。

 

「どうしてよナイン。 あいつら、ナインのことバカにして――――」

「いやいや、私の射的が上手くないのは事実。 それに、些細な事だ。 そう怒る事ないんじゃないかなぁ」

「だって…………」

 

黒歌の一番頭にキたのはギャラリーの二言目だった。

 

「…………守ってもらってるのはどっちだと思ってるのよ」

「ムキになりすぎです黒歌さん。 私は気にしていない―――――んむっ」

「ん…………ちゅ……ちゅぅぅぅぅぅ…………」

 

怒り心頭の黒歌を、両手を広げて説得するナイン。 だが、その無防備な顔に黒歌が唇を寄せた。

ナインの首に腕を巻き付かせ、力強く唇を押し付ける。 舌も差し込み、黒歌流の”好き”を唾液に乗せてナインの口内に流し込む。

 

「はぷ…………はぁ……ちゅ、ちゅぅぅぅぅぱ、ちゅ……れろ……」

「見せ付けてくれるねぇ」

「…………」

 

横槍の声が突然入ってくる。 舌を抜き、唇もゆっくりと離した黒歌は舌なめずりしつつ振り向いた。

見ると、若い青年たちが五人ほど、二人を囲むようにニヤニヤと佇んでいる。

 

「お、こいつだこいつ。 さっき射的の出店で女の方に見せ場取られてたひょろい彼氏だぜ」

「はは、だっせ」

「マジかよ、そんなんでこんなエロい彼女連れてるなんて納得いかねー」

 

すると、青年の一人が言った。

 

「あそこがデカかったからじゃね?」

「ひゃっはは! 外国人だからか?」

 

下世話に言いたい放題に言う青年たち。

 

「…………」

 

男をバカにされ、お楽しみを邪魔されてただでさえ苛立っているところにこれだ。 ナインの人の引きつけ易さは、もうここまで来ると才能だろう。

 

「ねーちゃんさーそんななっさけない彼氏なんか捨ててこっち来ない?」

「そーそー。 俺なら君のこと守ってあげられるぜ」

「お前ボクシングやってるもんなー。 こんな奴より全然強いぜ。 な、いいだろこっち来なよ」

 

シャドウボクシングを繰り広げる青年の一人。 しゅしゅっ、と拳の速さをアピールする。

これは暗に、悔しければかかって来いということだろう。

 

しかしやはり面倒そうなナインは、とりあえず黒歌を後ろに退かす。 彼女の身を案じてではない、いまの彼女は何をするか分からない。

 

「お、受けるか、俺の拳!」

 

その間一発。 放たれた拳はナインの顔に吸い込まれていく。

 

「へっへ」

 

青年たちは、もうこの後のことを考えていた。 この男を砂にしたら、連れの彼女を――――と。

 

「弱い奴は女を選べないんだよ! 沈めよ!」

 

一撃―――――と思ったか、その顔は一瞬にして消え去る。

自称ボクサーの一撃は、気付けば手の平に衝撃と共に吸い込まれていた。

 

「な、なに!? おい、放せよ」

「先ほどの言葉」

「ああん?」

 

やっと喋り出したナインから、意外な言葉が出て来る。

 

「弱い奴は女を選べない。 ふむ、確かに正論でしょう」

「な、なにぶつぶつ言ってんだこいつ。 はは、おい、いつまで遊んでんだよ。 こんな奴早く――――」

「うっせーな分かってんよ!」

 

(なんだこいつ……全然振りほどけねぇ、嘘だろ。 こんな細いひょろっちい腕に!?)

 

内心狼狽する中、なんとか力づくでナインの手の抱擁から逃げようとする。

 

「しかしね、私はまず選ぶことをしないから」

「な…………」

 

ぐぐぐ、と掴んだ拳を下げて行く。 青年は力を入れているが、ビクともしない様相に、顔色にも焦燥が浮かびあがってきた。

 

そして――――握手する形に。

 

「でも強いて逆を言うならば、”強くても女は選べない”ということでしょうか。 面白いですよね、方程式ではないんですよ」

 

いや、良い言葉を聞きました。 とナインはニッコリとその青年に笑いかける。

いよいよ不気味に見えて来た目の前の男に、青年たちの顔色も変わってくる。 これはなんかヤバい奴だ。と後ずさる。

 

その瞬間――――

 

青い雷。 それは錬成反応だ。 その数秒後、握手していた青年の腕に、見知らぬ腕時計が巻かれていた。

秒針が動き出す。 が、これは普通ではない。

 

「な、なんだこれ!」

「なんだよいまの光……で、電気!?」

「しかもこんなデカい腕時計あるのかよ…………」

 

不気味に感じた青年は、外そうと腕時計に手を掛ける。

 

「な、なんだよこれ外れねぇっッ!?」

 

無意識に裏返る声は、緊張と恐怖の証。

確かに、腕時計にしては重厚すぎる。 昔でもこんなごつごつした大きい腕時計は無いだろう。

 

なにより、この秒針はなんだ。 いま現在の時間に合っておらず、なぜか長針は真上の”XII”を刺したままだ

短針は秒を刻んでおり、いまちょうど半分を回ったところだ。

 

「そういえば」

「こ、これ! これ外せよ! なんだか知らねぇが外せよおいぃぃぃぃぃ!」

 

喚く青年を無表情で見下ろすナイン。 そして考える様に顎に手を添える。

 

「今日は締めに花火大会があるそうな。 とても良い眺めなのでしょうね。

私も、ドイツ国民としてその花火の前座をお披露目したいと思っている」

「ぜ……前座…………? う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

訳が分からない恐怖に包まれる青年。 他の青年たちはすでに逃げ出していることに、ナインは哀れみの目を向けた。

 

秒針は”Ⅹ”。 もはや猶予無し。

横で見ていた黒歌は、ふん、と未だ気分が悪いようだ。 べー、と泣きじゃくる青年に舌を向ける。

 

二つの針が合わさった、その瞬間――――

 

「あ――――」

「お」

 

するとちょうど、祭りの方で花火大会の花火が打ち上げられていた。 蛇のようにひゅるひゅると上空に上がっていき、綺麗な七色の花火が散っていく。

どん、どーんっ、と大きな音で鳴る花火の下。 黒歌はナインの腕に抱きついた。

 

「これ、狙ってたの?」

「まさか。 彼にはいつぞやの女性に差し上げた腕時計で、本当に前座を楽しんでもらうつもりでした」

「でもグッドタイミング花火にゃ。 もー、ナインカッコイイ!」

 

きゃー、にゃー、と黄色い声で益々ナインに密着する黒歌。 もっと近くで見ようと黒歌がねだったところで歩みを再開していた。

 

哀れにも、その青年はこの素晴らしい打ち上げ花火のとき、盛大に粗相をしてしまっていた。 花火の爆散の音と同時に、恐怖が絶頂に導いたのだった。

 

「ね、ナイン」

「なんですか」

 

芝生に腰かけた二人。 黒歌はナインの肩に寄り添い、寄り掛かかりながら猫撫で声で訊く。

 

「このあと、私帰りたくないわ」

「………………ふっ」

 

目を瞑り、笑みを浮かべるナインに返答は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「オーディンさま! 今日は何をしに来たと思っているのですか!」

 

「なんじゃ、ロスヴァイセ――――おほ、いまのねーちゃんは乳がいい感じに突き出ていたのぉ。 よいぞよいぞ」

 

「この街に来た目的、お忘れですか! 北欧の主神、オーディンさま!」

 

「うるさいのぉ、ちょっとくらい良いではないか。 それに分からんのかロスヴァイセ。

こちらの文化を学んでいけば、日本の神々とも生産的な話ができる。 情報は大事なのじゃぞロスヴァイセ――――真面目なだけではダメじゃ」

 

「…………こうして遊び呆けることに何の意味があるのですか」

 

「若いぬしには理解できんか。 こういう人混みの中からも意外な人物を捕捉することもできるのじゃぞ」

 

「できていないではありませんか―――――え…………」

 

「そりゃの、言ったじゃろうが」

 

「どうして…………ここに…………こんな、ところにあなたが」

 

「………………こんなところで出会うてしまうとはのぉ、紅蓮の。

さてさて、先行き不安だの。 無事に日本神話の連中と話が出来れば良いが…………」




また出しちゃったよ、頭ン中ロックンロールヤンキーボーイたちを。

それと、オリジナルストーリーですが、ここから七巻の展開に繋げていきます。

リアスは犠牲になったのだぁ…………


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49発目 ヴァルキュリア、再び

この話の後、ピーな部分を抜粋した話をR18の「紅蓮の男 妄想と現実」に同時投稿してあるので、暇があればそちらもどうぞ。


夜の都内は昼間とはまた違った明るさがある。

電光看板が立ち並び、その横を仕事帰りの社会人が通り過ぎていく。 それもまた色々居り、酔い気味に千鳥足で歩く人や、逆に寄り道などせずに真っ直ぐ帰路へと向かう人間も居たりする。

中には、その手の店の客寄せ等、様々だ。

 

そんな賑やかな通りを抜け、一際閑散とした雰囲気の持つ建物の中で、黒歌は声を弾ませていた。

 

「ふーん、色々あるのね。 ナイン、どれがいいと思う? この部屋? それとも、こっちの丸型のベッド? いやー迷うにゃー」

 

そうにゃーにゃー言いながらラブホテルの部屋割りタッチパネルをひょいひょい叩いていく彼女。

人目がほとんど無いのをいいことに、猫耳と尻尾は元気良く飛び出ている。

 

「う~ん」

 

しかし、肩を寄り添わせてくる彼女に、ナインは首を傾げながら言った。

 

「なんでもいいんじゃない? 寝るだけだしねぇ」

「え、にゃんで!? 朝までねっとりエッチしてくれるんじゃないの!?」

「え?」

 

予想外の話の流れに、途端にナインに詰め寄る黒歌。 確かに、こういった雰囲気のホテルならそう思い込むのも無理は無い。 と、言うより嫌でもそういった気になるはずである。

 

「ま、また私の空回り? ……にぃ…にゃふー」

「あーあーもう」

 

ナインの胸板からずるずると床へ崩れ落ちていく黒歌。

それを申し訳程度に出した片手で抱き留めると、少しすまなそうに言う。

 

「ふむ、どうやら過剰に期待をさせてしまったようですね」

 

謝罪に、黒歌は首をゆっくり横に振った。

 

「ううん、いいの。 ナインはそういう人間だって、私は分かってるから…………」

「ならいいか」

「躊躇って! ちょっとは躊躇って欲しいにゃー!」

 

一種のテンプレートのやり取りは、ナインの一言で改変されること必定なのである。 つまり、相手がいくら頑張ったとしてもナインの行動は情や情けが欠落しているため、読むに難い。

 

「もう、ナインのいじわるぅ……」

 

だが、黒歌はこういうやり取りは嫌いじゃない。 むしろ最近は、ブレないのはナインらしさの象徴だと思っている。

だから、こうして話していると充足感を感じることができる。

 

一番近くに居るはずの自分にすら左右されず貫徹できる意志は、逆に捉えればナインはナインであり続け、誰のモノにもならない安心感があるのだ。

 

「私のモノになってくれたら、それに越したことは無いんだけどね…………」

 

そう言いながら、タッチパネルをいじるナインから見えない角度で黒歌は舌で自分の唇を濡らす。

 

「おっさん!? どうしてこんなところに?」

「ワシがここに来てはいけんのか? まったく若造が、盛りおってからに」

「朱乃、これはどういうことだ」

「が、学生の本分は勉学です! こ、このようなところで何をするつもりだったのですか!」

 

すると、入口向こうから何やら聞こえてきた騒がしい声にナインはおもむろに振り返った。

 

「…………!」

 

何かに気付いて目を細める

遠目から見る限り、尋常では無い雰囲気が二つ。 それ以外では三つ察知できた。

 

「…………どうやら、私たちに続く珍客のようで」

「この気配…………!」

 

黒歌の妖艶だった雰囲気が、鋭い獣の雰囲気に一変した。 忘れもしない、この、心臓を鷲掴みにされる感覚。

警戒する猫よろしく、総毛を立たせた黒歌がフシャーと威嚇の金切声をあげる。

 

「むん?」

「え」

「なん――――」

「…………」

「ウソ…………」

 

ばったりと、出会ってしまった。

 

「…………ナイン? ど、どうしてお前が…………」

「ふむぅ」

「…………お退がりください、オーディン殿。 この男、手配書で見覚えがあります」

 

対峙した直後に、オーディンの横に控えていた濃い髭の偉丈夫が前に出て来る。

それに呼応し、ナインも半身からゆっくりと体を正面に向けた。

 

「…………紅蓮の錬金術師か……話には聞いていたが、まだ――――」

「まだ子供、ですか? それとも、若い? まぁ確かに、あなたたちからしてみたら私など殻の付いた雛同然でしょうよ」

 

一般的に長身のナインを更に上回る大男は、威圧感を出しつつナインを見下ろす。

すると、オーディンが咳払いをした。

 

「よい、バラキエル」

「しかし…………」

「よい」

 

戸惑うバラキエルを押し退けた北欧の主神。

そのオーディンは、異様に光る左目で紅蓮の男を見据えた。 いや、これは目では無いのかもしれない。

 

すると、その目は隣に居た黒歌をもその視界に捉える。

 

「え…………にゃ…………?」

 

ふらりと、よろける黒歌をナインは後ろに退かした。 左目の視界全体が彼を捉えるようになる。

しかしナインは、そのオーディンの異様な瞳を覗きこみながら、やがて鼻で笑い飛ばした。

 

賢者の神(ミーミル)では錬金術師(わたし)には通用しないですよ、クックク…………やれやれ、いきなり牽制してくるとはねぇ…………」

 

オーディンの左目は神秘の力を宿している。 ミーミルとの取引による代償――――無限の知識と、その左目。

横に控えていた偉丈夫――――バラキエルは目を見開いた。

 

「なるほど…………大した胆力と精神力だ」

「まったく…………」

 

オーディンは左目で視るのを止めると、ナインと同様不敵に笑んだ。

 

「おぬしらも、もしかしてナニをしに来たのか?」

「第一声で、しかも訊くのがそこですか」

「良いではないか、ワシとおぬしの仲じゃろうがい」

 

分かっている、これはオーディンの皮肉だ。 だが、あえて乗ってやるのも一興か。

 

「私はあなたに殺されかけた記憶しかないのですがねぇ」

「ふん、皮肉で言っとるんじゃたわけめ。 赤龍帝もおぬしも、夜な夜なホテルにべっぴん連れてしっぽりとは、良い身分じゃわい」

「老人の僻みは逆に微笑ましく見えますよ、オーディンさん。 ふふふ、ふっはっはははっ!」

「ぐっぬ……っ言うのぉ面白い。 だがやはり、からかうのは赤龍帝の方が楽でいいわい」

「お、おっさぁん!?」

「お、オーディン殿…………?」

 

おそらくは、いつもより少し違ったオーディンの態度に戸惑っているバラキエル。 周りを振り回すような性格は、バラキエルも分かっていた……が、対等に話す男に驚愕を覚えていた。

 

「…………よ、よろしいのですか、この男は現在、三大勢力間で最重要危険人物として認定されているナイン・ジルハードその人。 ただの殺人犯やテロリストとは訳が違う危険度を孕んでいると、アザゼルからも聞き及んで――――」

「おや、アザゼルさんの知り合いでしたか」

「アザゼルんとこのグリゴリ幹部、バラキエルじゃ。 こやつも、ロスヴァイセと同様堅い男なんじゃよ。 アザゼル坊の方が話してて面白い」

「へへ、柔軟性の無い部下や護衛で大変ですねぇ」

 

くっくと口を愉快そうに歪ませるナイン。

すると、オーディンが思い出したように「そうじゃ」と手を叩く。

 

「のぅ紅蓮の、おぬしに頼みたいことがあるのじゃが……なに、悪い話ではないと思うぞ?」

「頼みたいこと…………?」

 

 

 

 

 

「ナイン!」

「む?」

 

オーディンとの話が終わると、後ろからかけられた声にナインは反応する。

そこには、真剣な面持ちで立つ兵藤一誠の姿があった。

 

重そうな口を、彼は開いた。

 

「その…………ごめん」

「?」

「この間のことだ。 俺は、とんでもない誤解でお前を殺す気で襲っちまった」

「…………」

 

無表情、そして無言でその姿を見るナイン。 一誠は続ける。

 

「アーシアを、お前が爆発で巻き込んで殺したって……ひどい誤解でお前に襲い掛かった。 本当にごめん」 

「ふ~む」

 

すると、顎に手をやり、なんでもないようにナインは息を吐いた。

 

「別に、気にしていないよ。 そんなことより、あなたは眷属に感謝しなければいけないと思いますよ」

「………………」

「殺されかけたのはむしろあなただ。 あの事件は、私をリアス・グレモリー以下眷属たちが止める形で終息している。 彼女もね」

 

顎でくい、と一誠の後ろに居る朱乃を指した。

 

「私はあの状況はむしろ上等だと思っていました――――それに、過ぎたことをいつまでも引きずるのはよくないね」

「…………でも、やっぱりすまん。 ナインがどう思っていようと、俺は謝らずにはいられないから…………それだけだ、じゃあ………………」

「あ、イッセーくん」

 

ナインの横を通り過ぎていく一誠。 その表情から、本気で気落ちしていることが伺えた。

黒歌が横から顔を覗かす。

 

「かなーりしょげてたにゃーん。 ナインも、謝ってたんだからもう少し柔らかく言ってあげれば良かったじゃない」

「私なりの発破だったのですがね。 まぁでも、いままでのことを通して分かったことがあります」

 

不敵に笑い、後ろ姿の一誠と朱乃の姿を見た。

 

「彼は信念はあるが、大器とは言えない悪魔だ」

「きっついこと言うわね。 上級悪魔になるって、相当努力が必要だって聞くけど」

 

苦笑いの黒歌に、ナインは吐き捨てるように言う。

 

「私からしてみれば、他人様から与えられる称号など無意味だ」

「”紅蓮の錬金術師”は?」

「私という人間を体現してくれるモノです。 ゆえに教会を脱退した現在でも、この銘を誇っている。

だが私は、称号でなくとも、向こうに認識させる説得力を持ち続ける」

 

自己主張も重要だが、周囲にそう思わせる程の印象と力を見せ付ける必要もある。

ナインの二つ名は教会から与えられたものだが、それが気に入らなかった。 気に入った銘だったからこそ、与えられるだけではない、本当の”紅蓮の錬金術師”になりたかったのだ。

 

「しかしどうやら、兵藤くんの本当の目的は上級悪魔になることではないようだ」

「まぁ、ハーレム形成のための布石でしょ?」

「でしょうね。 私はそれが気に入らないのだ」

「冥界の社会って、色々複雑で大変だしにゃー。 いきなり一足飛びでハーレム作れるわけじゃにゃいし、そのためには上級悪魔になって『(キング)』にもなって、自分のチームを作れるところまで来ないと叶わないわね」

 

ふーん、とナインは興味無さげに踵を返す。

兵藤一誠の目標は、詰まる所それである。 上級悪魔へ昇格するというのはその過程にすぎない。

別に、段階を踏んで目標を達成するのに文句は無い。 ナインも、世界の真理を知るために、能力を練磨しつつその身を戦地に投じている。

 

ただ、一誠のいまの目標と最終的な目標に繋がりを感じないのだ。 段階と目標が逆になっている気すらする。 いや、彼の求める、複数の女性を侍らせるという行為に利益を見出せないでいる。

 

上級悪魔に成ってまで求めた先がハーレム(それ)か。 理解はできるが共感はできない。

 

「まぁ、リアス・グレモリーとセックスできるという理由で和平に賛成していた時点で察するべきことでしたがね…………」

「価値観の違いだと思うの。 ナインも人のこと言えないでしょ?」

 

黒歌のその言葉に、ナインは息を呑む。 そして、苦笑。

 

「ああ……ふふ、そうか」

 

大切なことを忘れていた。 そうだ、ナインも……一誠や他の者たちには理解できないことを多くしてきている。

思えば、世界の行く末を闘争で以て知りたいと思う考えに賛同する者などほとんどいない。 そのような破滅的なやり方では、世界の将来どころか、終末に行き着く可能性すらある。

 

「どうやら、私は社会を抜けてから少々常識が抜けていたかもしれません」

「いや、あにゃたに常識とか期待してないし」

「それは違いますね黒歌さん。 要は処世術。 最近は少し非常識が目立っていた、猛省せねばなりませんね」

 

一人うんうんと納得するナイン。 まだ十分な力も無い内に非常識で突っ走るのは愚か者のすることだ。

それではそこらの犯罪者と変わらない。

 

自分はまだまだ弱い。 そう言い聞かせ、教会に居た頃の『異端を自覚した常人』を認識していくナイン。

 

「ところでナイン」

 

すると、黒歌が首を傾げて訊いてくる。

 

「さっき、何をあのスケベジジイに言われていたの?」

 

ナインに耳打ちをしていた北欧主神の姿が、黒歌の頭の中で浮かんだ。

仲が良いわけでもあるまいに。

 

それをナインは鼻で笑ったあと、適当にホテルの部屋をタップして歩き出す。

 

「どうやら、さすがのオーディンさんでも頭を痛めていることがあるようでしてね」

「うーんとねー…………」

 

聞いて、首を傾げつつ考え込む黒歌。

オーディンですら思い悩む事柄。 あの意気軒昂な老人に、いまになって悩み事があったことにまず驚きだ。

そうなると政治関係が濃厚な線だろう。

 

以前、小勢の北欧神話の兵隊がヴァーリチームの本拠地に送り込まれてきたときに相対した黒いローブの、どこか軽口な悪神が思い浮かぶ。

あれは明らかに、オーディンの方針に反対的な意見を述べていた。

 

「ロキかにゃ?」

「惜しいですねぇ、しかし目の付け所は絶妙だ、90点」

「90点でも正解とは言ってくれないのがナインらしいけど…………え~? じゃにゃによ。 教えてっ」

 

90点はほぼ合格ラインにゃ、と黒歌はそのまま考えることを放棄してしまう。 ナインは溜息。

 

「彼の息子、フェンリルをマークしておいて欲しいとのことです」

「………………」

 

その瞬間、黒歌の纏う雰囲気が変わる。 今日は剣呑な話が多いわね、と内心不機嫌になりながらナインの瞳を見つめ返した。

 

「で、どういうことなのよ」

「北欧の代表として、日本の神々との対談にオーディンさんはご出席するようです。 そして、その異文化交流に水を差してくる者が出て来る可能性がある」

「それがロキご一行?」

「詰まる所、そういうことです」

 

オーディンが日本の神々と会談を開くという話は初耳だが、それを妨害する者がいることにはナインはなんら不思議を感じなかった。

 

「古きを重んずる者は人間に限らず絶えないものです。 懐古主義はどこにでも湧いて出て来る」

「ナインはそれに関してどう思うの?」

「本音を言えば…………どうでもいい」

「そう言うと思ってたっ」

 

予想通りの言葉に、黒歌は嬉しそうにナインの腕に抱きついた。 しかし、言葉を続ける。

 

「古き良きモノに価値を見出し、信仰する。 これは誰にでもできることじゃない、実に素晴らしいと思います」

 

立ち止まったナインは不敵に笑う。

 

「がしかしだ。 それが時代に乗り遅れるのが嫌で言っているのであれば話は変わってくる。 あの悪神さんがどう思っていようとね」

 

現在の礎となってきたものは、古くも分厚い土台である。 ゆえに古きものは尊く、崇高なものであり、壊すべきものではないと主張する者。

 

「その盲目な信仰心のおかげで、現代の進化を停滞させている」 

「そういえば、冥界もそうだしねぇ。 大御所の上級悪魔たちが台頭してるせいで、未だに階級差別はあるみたいだし。 知ってたナイン? 冥界では、下級悪魔は学校にも通えないんだってよ?」

「なるほど…………」

 

黒歌も一時期冥界の悪魔だったのだ、知っていても不思議ではない。 そしてその知識が確かなら、黒歌が居た時からも冥界は何も変わっていないということになる。

 

話は戻る。 どうしてナインはオーディンの頼みを聞き入れたのかだ。

 

「………………そろそろ、あの狼殿とも決着を付けておきたいところです」

「まさか、フェンリルと戦いたいからオーケーしちゃったの?」

「うむ」

「うむじゃないし…………それって、あのお爺ちゃんに良いように利用されちゃったんじゃないの?」

 

黒歌の言い分ももっともだ。 詳しい話も聞かず、あの神殺しの牽制になって欲しいという条件にしては割に合わない。

しかし、ナインの笑みは変わらない。

 

「心配には及びません。 もう一つ条件を提示しました」

 

不安そうな黒歌に振り返り、後ろで手を組む。

訝しげに首を傾げた黒歌――――その直後、ナインの後ろから現れた人物に、目を見開く。

 

「あなた…………」

 

麗しい銀髪が揺れるその中に、なんとも言えない表情をしたロスヴァイセが居た。

黒のパンツスーツに身を包んだ彼女は、そのままナインを遠慮がちに見上げる。

 

その視線を一顧だにせず、ナインはくるりと進行方向を戻した。

 

「あのフェンリルに対して直接的な切り札にはなりません、が。 この女性は非常に優秀だ。

オーディンさんはこの方を未熟者呼ばわりしますが、それは上手く実力を引き出せていないだけだ」

「と、言うことは、もう一つの条件って…………」

 

オーディンはもうこの場には居ない、一誠たちも当然帰宅している。

ならば、ここに北欧神話お抱えの戦乙女が居るということは、そういうことなのだろう。

 

―――――戦乙女(ヴァルキリー)を、主神が売ったことになる。

 

「ロスヴァイセさん、単刀直入にお伺いします…………私と一緒は嫌ですか?」

「………………」

 

未だ沈黙するロスヴァイセ。 思い出してもみて欲しい、彼女は以前ヴァーリチームと行動をともにしていた際、ナインのこの魔性とも言える性格になぜか惹かれ、ついには恋慕すら懐いてしまった女性だ。

 

しかし、やはり彼女もヴァルキリー。 テロリストに傾倒する人間に、北欧神話の戦乙女が果たして、好きな男と一緒になったから嬉しいなどと単純バカなことを言うだろうか。

 

「分かりません…………」

「ふむ…………」

「しかし」

「む?」

 

俯き気味だった顔をやっと上げたロスヴァイセ。

いつの間に目の前に居たナインに驚き、若干引き気味に後ずさるも口を開く。

 

「あなたには言いたいことが山ほどあります……が、いまここで言うつもりはありません」

「うん、で?」

「………………」

「おーい?」

 

何やらぷるぷると震えているロスヴァイセに、ナインが気の抜けた声で呼びかける。

頬は朱に染まり切り、肩を怒らせている。

 

そして、ナインが指を鳴らした。

 

「あわかった、トイレに行きたいんですね。 早く言ってくださいよ。 ちょうどいまホテルの一室を取ったところでしてね、中でゆっくり――――」

 

瞬間、彼女の怒りが噴火する――――

 

「どうしてこんなところにあなたが居るんですかぁぁぁぁぁぁぁぁっ! あと、ホテルって何!? その人と入ってナニをするつもりだったんですか!? それだけ教えてくださいっナインさん!」

「決まってるじゃない。 朝までしっぽりと、ねっとりエッチするにゃん!」

「なっ…………は、ハレンチです! 不潔ですぅぅ…………!」

 

黒歌の淫猥な言葉で目を回してしまったロスヴァイセだが、すぐに状況回答を求めてナインに詰め寄る。

瞬時に復活した彼女にナインは無表情で制する。

 

「ロスヴァイセさん、黒歌さんの言う事は間違いだ。 私はただ、一晩の宿を取りにここへ来た」

「ウソです! 寝るなら自分の家で眠れるはずです!」

「そうにゃ! ナインは観念するべきにゃ!」 

 

いつの間にか、さり気なく自然を装ってロスヴァイセの主張に乗っかっていた黒歌。 抜け目がない彼女のことだ、この勢いを利用してナインに言質を取ろうとしているのが見え見えだ。

 

「夏祭りは最後まで居ましたからね。 終電はすでにありません。 いくら私でもここから歩いて帰ろうなどと思わない」

「なんか、もっともそうな意見並べてるだけよね、ナインは。 ていうか、次元の狭間くぐって行けばいいし」

「…………」

 

なんかもうダメだこりゃ、と溜息を吐き、チェックインした部屋まで歩いていくナイン。

 

「あ、ナインが逃げる。 待つにゃー!」

「待ちなさい! 今日こそ、あなたたちに道徳の大切さを叩き込んであげます!」

 

こうして、男一人、女二人がホテルで同時にチェックインをしたのだった。

 

これは余談だが、後になってロスヴァイセの分を追加チェックインをしに行った際、受付嬢に汚物を見るような目で見られたナインだった。 だがそんな視線にも動じないナインもまた、変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

『という条件を提示してきておる。 お主はどうなんじゃロスヴァイセ』

『………………』

 

いつになく真剣な眼差しで、北欧の主神は一介の戦乙女にそう訊いていた。

 

『…………わしとしては、お主の意見を尊重したい。 否と言えば、よかろう、この件は紅蓮の小僧ではなく他の者に頼む。 なに、フェンリルを抑えられる者は他にも居る』

 

戦乙女はヴァルハラの住人。 勇者を導き、永遠に戦い続ける英雄(エインヘリャル)を生み出すヴァルキュリア。

生まれ故郷もそこであり、いまの役職を続ければそこに骨を埋めるであろう世界だ。

 

『…………』

『やはりダメか』

『オーディンさまは私に行って欲しいんですか?』

『そうではない』

 

それは断じて違う、とオーディンらしくもなく首を振った。

 

『お主の祖母にも、以前のことで、その…………怒られておってな』

『お祖母さんが…………?』

『ヴァーリチーム――――ナインとの交戦でお主を置いて行ってしまったことを指摘されてのぉ』

 

難しい顔で顎鬚をさするオーディン。

ナインと黒歌。 オーディン、フェンリル、そしてロスヴァイセ。

この戦いの際、オーディンは、先にナインと戦って戦闘不能となったロスヴァイセを帰還のときにその場に置いて行っている。 ロスヴァイセの関係者なら咎めるのは当たり前だ。

 

『扱いが酷過ぎたと反省しておる』

『…………』

『しかし一時的なものであろうと、条件は条件。 ナインがお主を指名しているのは本当じゃ』

 

いつになく真剣だ。 こんな真剣な顔をしたオーディンなどあまり見られないだろう。

そんなことを考えていた彼女に、そのオーディンは、遠くで黒歌と話しているナインを見遣り――――そして耳を打つ。

 

『じゃがお主……自分で気づいておるか?』 

『何がです』

『お主――――さっきからずーっと、目で追っているぞ? あの金色の瞳を』

 

金色の瞳――――妖しく光り、視る者を魅了する鋭く不気味なナインの瞳。

すると、はっと気づいた彼女はみるみる内に紅潮させていく。 すぐにオーディンに強く捲し立てた。

 

『な、なにを言ってるんですか! な、なんでもありませんよ。 ふ、ふん、オーディンさまの見間違いじゃないですか? わ、私が…………ナインさんを目で追ってるなんて有り得ません!』

『はて、紅蓮の小僧のことは一言も口に出していなかったはずじゃが…………』

『~~~~~~~!』

 

古典的な手に引っ掛かり、ますます頬を真っ赤に染める彼女。 銀髪を振り乱し、顔を両手で覆い隠し、すぐに口元を押さえた。

 

『わ、私……は、違…………』

『意識し始めたらもう終わりじゃなこれは』

『な゛に゛が終わりなんですかぁぁぁぁッ!』

 

すごい剣幕で詰め寄ってくるロスヴァイセに、彼女の祖母を重ねるオーディン。 どうどう、とロスヴァイセを落ち着かせようと肩に手を置く。

 

『では逆に、なぜ行きたくない?』

『だって彼は…………』

 

オロオロしつつも、俯いてつぶやいた。

 

『テロリストに傾倒している悪人で、これからも世界の平穏を脅かす存在…………そんな人とともに行動など、たとえ一時的であろうとも私の良識が許しません…………た、たとえ…………』

 

握り拳を作って、体を震わす。

 

『気になる男性で……あろうとも…………っっ』

『バカめロスヴァイセ。 そこが馬鹿正直で柔軟性が無いと言うておる』

『ば、バカとはなんですか!』

 

これで二度目ですっ、と目元の涙を拭きながら自分を二度も泣かせた男を思い浮かべる。

 

『ここだけの話…………紅蓮の小僧はいま、そう悪くない立ち位置に居る』

『天界を裏切り、三大勢力の会談を妨害した彼のどこが良い立ち位置なんですか!』

『まぁ聞け』

 

確かに、ナインの言動には、謎と狂気に溢れている。

世界の真理を戦争で以て見極めようとしている。 戦争狂とも違う、戦闘狂とも違う、目的の為なら己すら捧げて真理に近づこうとする度し難い狂人。 北欧の主神と神喰狼(フェンリル)に挑もうとしたのがいい例だ。 あれは結果としてナインは逃げを選択したが、おそらく、自分はここで死ぬべきではない(・・・・・・・・・・・・・・)と思ったのだろうと思う。 どういう理屈でそんな思考に至ったのかは分からないが。

 

加えて、ナインは敵を作るつもりがない。 否、そんなこと、意識すらしていない。 敵味方の損得勘定が皆無に等しい。

彼が説く戦争とは、すべての競争を指しているのだ。 誰彼構わず戦争を始めようとすることはない。

 

槍を突き合い、銃火器を撃ち合う戦争。 理論を武器にその場を支配しようとする政治的舞台でする論戦。 

大きいことから小さいことまで、多種競い合う事柄を彼の中では戦争と言う。

 

『あれはそれを広めようとしている。 それが成れば、世界が変わるかもしれん』

『そんな…………』

 

一人の人間がもたらす影響力など高が知れる。 だが、オーディンが言いたいのはそんな当たり前のことではなかった。

 

『…………危惧していることがある』

『…………?』

 

長い髭をなぞって、眉を顰めた。

 

『世が平和になることで、皆の気が抜けすぎることじゃ。 そこに求める貪欲さは無く、ただ現状で満足する世。 文明の進歩は滞り、世界は先細りを起こす…………っ』

『オーディンさま…………』

 

それゆえにオーディンは悩んでいた。 アザゼルにも、サーゼクスにも見せない主神の本音。

平和は良い。 戦争は文明の進歩どころか数多ある命を無駄に散らしてしまう愚かな行為。

しかし、どうしても。 オーディンは、この世界が完全に平和になったその先が思いやられる。

 

『老いぼれのワシが気にすることでもないのかもしれんがな。 紅蓮の小僧の成長速度を見ていると、争いも少しは有った方が良いのではと思ってしまう。 ―――――あ、お主なら大丈夫だと思うが、このことはあまり言いふらすでないぞ? 北欧の主神が争いを推奨したなどと広められてはめんどいからの』

 

戦争に限らず、本気でぶつかれる相手の居る争いこそが、心身ともに磨くことができる場なのではないか。

 

『まぁこのことは追々考えていくとする。 ただお主を見ていると、紅蓮の小僧への気持ちを、無理矢理理由を付けて一緒になることを避けているように見える。

…………紅蓮の小僧は、これからも外の世界を飛び回るだろう。 ロスヴァイセは自分の能力、開花させてみたいとは思わんのか?』

『―――――――』

 

これからもナインは自由気ままであり続ける。 行きたいところへ行き、戦いたかったら戦い、吹き飛ばしたかったら吹き飛ばす。 それはなんとも刹那的で、普通なら命がいくつあっても足りないギャンブルな人生だが、リスキーなだけあってその見返りも大きい。

 

彼はすでに、堕天使の幹部、旧魔王レベルの者たちと互角以上に渡り合っている。

 

『素直になれ。 お前のようなタイプの女子はな、一度惹かれた男からはなかなか離れられぬものよ…………』

『私は………………私、は…………』

 

 

 

 

 

「―――――どうしよう」

「―――――とかにゃんとか言いながら、ちゃっかり部屋に入ってきてる時点でもうねー」

 

ベッド前の椅子で、”考える人”よろしくうんうん唸って悩み中のロスヴァイセ。 その浮かない表情の彼女の肩に、白く艶めかしい手が置かれた。

 

「自分に嘘は吐かない方が良いと思うわよ、ヴァルキリーちゃん?」

 

そう言った黒歌の視線の先を辿る。

 

「…………」

 

窓際の椅子に座り、本を片手にコーヒーを口に付けるナインの姿。

どこか弛緩している彼の常なる雰囲気も、読み物とコーヒーだけでこんなに変わるものなのか。 その目は真剣そのもので、彼が如何に思考的な生き物か解る風景だった。

 

いつもは薄笑いを絶やさず、時折「ふへへ」などと意味も無くにやけるような変人なのに。

 

「いつも薄気味悪い笑いしてるのに、たまーにあの表情するのは反則よねー……ってロスヴァイセ? おーい?」

「………………」

 

顔の前で手を振られようと心ここに在らずのロスヴァイセ。 その視線は完全にナインに向いていて、覗き込んできた黒歌の姿すら映さない。

 

「ねぇナイン?」

「…………ん?」

「あの子……あなたに視線が釘付けみたいよ?」

「――――――!」

 

いつの間にか黒歌がナインの隣に居てそう告げ口していた。

読書をするナインの首に後ろから抱きつき、悪戯に微笑む黒歌に、ロスヴァイセは立ち上がる。

 

「黒歌さん、あなたねぇ!」

「ねーナイン? ちょっと性格悪い事言うけどいいかにゃん?」

「…………ん? まぁどうぞ」

 

そう言うと、おもむろに黒歌は服を脱ぎ始めた。

 

「よいしょーっとぉ…………ぬぎぬぎ…………」

 

布擦れの音は異様に部屋内に響き渡る。

口を開けたまま固まるロスヴァイセを余所に、火照った貌とともに上半身だけ見せるような半裸になった。

重力に逆らう張りのある双丘が露わになり、そのもっちりとした乳房をむにゅん、とナインの背中に押し付ける。

 

「ロスヴァイセは乗り気じゃないみたいだし、ここで見せ付けちゃわない?」

「…………」

 

何を? と本人も分かり切っている回答をわざわざ求めるナイン。 ただその表情は変わらず、本に集中するインテリジェンスな雰囲気は崩れない。

 

「もー、ナインってばノリ悪いにゃ! 私たちの子作りをあの堅物で自分の気持ちも分からず屋の戦乙女に見せ付けてやるのよ!」

「え、やだ」

「…………即答にゃ、にゃんでよ!」

「当たり前です」

 

本を置いたナインは、わざとらしく溜息を吐いた。

 

「そんなことをしたら、元の主のもとに帰ってしまいます。

私は、そんなことをするために彼女を欲したわけじゃない」

「でも、素直になることも必要だと思うわ。 こんな雰囲気じゃこの先絶対上手くいかなくなるわよ? 一時的って言っても、相手が相手にゃん。 万全を期した方が絶対いいにゃ」

 

拗ねる様に言う黒歌。 確かに、対フェンリルの条件としてオーディンから貰った戦力だが、この精神状態で戦闘に集中できるとは考え難い。 まして、考え別けることができない不器用な彼女では尚更に懸念されることだろう。

 

「ふむぅ……あなたはどうしたら満足か? 私はロスヴァイセさんの能力とひたむきさを買っている」

 

黒歌にそう訊くと、曝け出された大きな胸を張って言い放つ。

 

「肝心なのはこの娘の気持ち」

「さ、さっきから聞いていれば好き勝手を…………! わ、私の気持ちなどどうでもいいのです! 私を使いたければ使いなさい、ナイン・ジルハード!」

「ちょアンタ…………っ人がせっかく助け舟出してやってるのに…………!」

「余計なお世話です! あなたも、何を躊躇うことがあるのです紅蓮の錬金術師! 私に利用価値があるならその通りにすればいいではないですか!」

 

半裸の黒歌をナインから押し退けた。 キッと彼を睨み付ける。

百歩譲って自分がナインに惚れているとしても、仕事と恋愛の区別はできる。

 

今の今までそんなものにうつつを抜かして仕事を疎かにした覚えは無い。

 

そんな理由で侮られたことに腹を立てたロスヴァイセは、ナインの前のテーブルをバンと両手で叩いた。

ナインは、本を読む姿勢を変えずロスヴァイセに視線だけを移す。

 

しかしすぐに視線を戻しつつも口を開いた。

 

「私はね、あなたの戦闘技能になど興味は無い」

「はぁ……? で、ではなぜ私などを―――――」

「私が買っているのは能力とその心です。 その揺るがない心は、後の貴女の糧となる。

いいですか? 私は以前、あなたは頭の良い女性だと説きました。 あれは本心だよ」

「――――――」

 

器量良しと言われたことはあれど、頭が良いとは言われたことは無かったから驚いた、そして嬉しかった。

一つのことにしか集中できず、要領も良いとは言えなかった。 であるからこそ、いまこんな理由で揉めている。

 

「恋人ができない、不器用ゆえに何をするにも一単位に偏り勝ち。

そんなものは自分を卑下する理由にならない」

 

不器用ならそれで良い。 あちこち手を付け中途半端になるより一本筋を究めることこそ寛容。

 

「一を極めることは美しい。 それ以外何もできないと卑屈になるなよそこにこそロマンがあるのだ」

 

語るその絵は淡泊極まりないが、この言葉から情熱と重みを、ロスヴァイセはこのとき確かに感じていた。

だがそのとき、未だに半裸の黒歌が手を挙げた。 服を着る気はまったくもって無い様である。

はい黒歌さん、と指名するナイン。

 

「たぶんそれでここまで心身ともに強くなれるのはナインだけだと思うの……女っていうのは弱いからにゃー。 誰かから何かを貰わないと生きていけない生き物にゃん」

「割り切れないと?」

「うん」

 

勢いよく頷く黒歌に、ナインは納得いかない表情でつぶやいた。

 

「…………分からない、肉体関係にどれほどの需要があるというのだ」

「大アリにゃーん。 少なくとも、私はナインと繋がってる時が一番満たされるもの。 そのときだけだけど、いまならナインの性欲を呼び覚ましてあげられるかもって思うしぃ…………って思ってるだけだけど!」

 

半ば自棄になった黒歌が顔を赤くしてそう言い放った。

 

ただ、その思い込みは大切だ。 マイナス方向では無く、プラス方向に向けられるその自己暗示行動。

ナインの扱う錬金術は、術者の念によって力を増している。

 

決して錯覚ではない幻想の実現。

 

「好きな男と繋がって、気持ちよーくなれば心にも余裕ができて自信も付く。 ナイン以外の人間ってほとんどこういうものよ、解ってあげて?」

 

ねぇ、と妖艶に目を細める彼女にナインは唸る。

肩に頭を置いて猫撫で声で、黒猫は囁く――――

 

「…………シよ? ねぇ。 じゃなきゃあの娘、使い物にならにゃいわよ?」

「………………」

 

気持ちの余裕は大事だ。 何かが引っかかったまま事に臨むのは、失敗に繋がりかねない。

なによりロスヴァイセは、ナインを意識しすぎている。 こんな状態ではできることもできない。

 

そのために素直じゃない彼女を素直にさせるために黒歌との夜伽を見せ付け挑発する。

 

「…………回りくどい」

「そう言わないの。 ね、今回は私もあなたとシたいだけで言ってるわけじゃないの。 女だから解る心の機微ってやつね。 本番はしなくていいからさ、そういう気持ちにさせてあげるだけでもだいぶ違うと思うにゃん」

「…………じゃああなたも本番は無しでいいんじゃない?」

「それはい・や♪」

 

弾ませた声音でそう言いながら、黒歌はナインに覆いかぶさる。

ナインの浴衣の帯を外しながら、二人の影は月の影の隣で重なった。




ハイスクールD×D 原作がついに最終章突入です。 長かった。

とかなんとか言っておいて、中だるみしまくってて作者は話まったく把握しとらんばい。
どっかで四天王になってそうな破壊神のシバさんがどうしたって?



そして、言っちゃ悪いが22巻の告白シーンの挿絵がイッセーくん面長すぎて……隣のリアスは激カワだったのにどうしてこうなった…………ワロタ…………ワロタェ…………








リント・セルゼンってなんだよ。 おい! そりゃねえだろ! フリード関係粘り過ぎでしょう。


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50発目 紅蓮の男と北の主神

遅くなりましてすみません。 本当に。


「ほっほっほ、というわけで訪日したぞい」

 

兵藤家の最上階に設けた一際大きな部屋で、北の主神が楽しそうに笑っていた。

日本に来た理由、そして兵藤家に来た理由。

 

それは、昨日オーディンがナインに話していたことに他ならない。 日本の神々との対談。

 

そしてもう一つは、至極単純。 悪魔、堕天使、天使の各勢力の協力態勢が強いこの町の方が、何かと都合がいいと言う事だった。

 

確かに、この町――――駒王町は、堕天使の総督を始めとして、魔王の妹など、要人が多く滞在している。

 

「ほっほ、そうじゃそうじゃ、アザゼル坊」

 

机に茶を置いたリアスの、艶めかしく揺れた豊満な胸を見つつ思い出したようにオーディンが手を叩いた。

 

「昨日、紅蓮の小僧と会っての、あの男生意気にも女とホテルに来ておったわ。 赤龍帝の小僧と言い、あの男と言い、良い身分じゃわい」

「ほぅ…………」

「………………へぇ、イッセー、その話、後で詳しく聞かせて頂戴ね」

「ぶ、部長…………これには訳が…………」

 

リアスの後ろにどす黒い何かが見える。 昨日は一誠と朱乃のデートであったため、オーディンの言葉で察していたのだろう。

アザゼルが苦笑しつつ手を振った。

 

「イッセーがここに居るってことは…………ははぁん、さてはヘタレたなぁお前」

「ほっといてくださいよ!」

「やれやれ、片や入口で引き返し片や二人の女を連れ込みしっぽりときたものじゃ」

「だから、ほっといて――――って、二人?」

 

女二人と聞いて疑問符を浮かべる一誠。 一人は予想できる。 自分も昨晩出会ったあの黒猫は、人前でもナインにくっついて離れなかった。 正直羨ましすぎる光景だっただけに印象に残っている。

 

しかし二人? 黒歌の他に、ナインはどこの誰とホテルに入っていったのか周りの者は一人を除いてまったく検討が付かなかった。

察しの良いアザゼルが「ははぁん」と口元をにやけさせる。

 

「…………お付きのヴァルキリーか。 なぁジジイ、ナインと一体何の取引をしやがったんだ?」

『―――――!』

 

その言葉にその場の誰もが目を見開いた。

オーディンは髭をさすりつつ真顔でこう言う。

 

「それも踏まえて、この場を借りて話し合っていこうというわけじゃよ。 そう急くでないわ」

 

「当の本人もこの場に来る予定じゃしの」と、一同にとっての衝撃の事柄が北欧の主神から発せられた。

 

 

 

 

 

 

 

しかし一方。

 

「ああしかし…………フェンリルの牽制を引き受けたのは良かったものの、これから行くところに少々の面倒を感じるねぇ」

 

愚痴をこぼしつつ、事務所のソファーに腰かけてまったく動こうとしないナインが、本当に面倒そうに項垂れていた。

オーディンとの取引に応じて、ロスヴァイセという隠れた逸材を引き抜いた。 それはいい。

 

「なんで? 話し合いなら別に適当に聞いてくればいいじゃない」

「そう単純なものでもない」

 

隣りに座る黒歌が足をパタパタさせながら訊くと、ナインは首を横に振った。 目の前のロスヴァイセに視線を送る。

 

「いまのあなたもいわば担保だ。 条件として預かる事になったものの、オーディンさんの危惧が本当にならなければこの話は何も起こらず終わりを迎える。 要は、本当にあの悪神が襲ってくるのかが問題だ」

 

襲ってこなかった場合、これから行く兵藤家でおこなわれる作戦会議とやらも、ここにいる優秀な戦乙女も無駄になり、そして手放さなければいけなかった。

 

それも一つ。

 

「そして黒歌さん、あなたも知っている通り、私はチームワークというのを知らない。 集団戦で作戦を立て、個々に役割を決め…………あぁ面倒だ」

「うわー、出たナインの悪癖。 単独行動大好きマンにゃん」

「よ、よくそのような性格でいままで生き残れましたね」

 

笑顔を引きつらせるロスヴァイセ。

ナインは一人行動を好む。 だが、周り――――特にヴァーリなどは、ナインの不気味なまでのカリスマを利用して複数人で行動させようとする。

実際その手の展開の回し方は上手いし、人を使うことにも長けているナインだが、だからといって好きかどうかは別だった。

 

苦手だから嫌いは解る。 だが、得意だから好きというのは違うのだ。

 

「だから決めました」

「にゃにを?」

「ある程度あちらの話が纏まったところで私は顔を出しに行こうと思います。 あちらにはグレモリー眷属も居るのでしょう? 何が楽しくてそんなごった煮会議に何時間も居なければならないのか」

 

その放言に呆れる様な顔をしたロスヴァイセ。 自分はとんでもない男に付いてしまったのでは、と本当に今更ながら気づいてしまった。

すると、ナインはその呆れ顔のロスヴァイセを数秒見遣ると、「あそうだ」と立ち上がった。

 

「ロスヴァイセさん、あなたが行けばいい。 ああこれだ、これがありましたね、実に名案だ」

 

ナインの言葉に絶句したロスヴァイセも立ち上がった。

 

「なっ…………どこが名案なんですか! 鬼ですかあなたは! 嫌ですよ? ついさっきまであちら側に居た私が、今度はあなたの名代として話し合いに参加してこいと? もう一度言います、鬼ですねあなたは!」

「ナインは結構サド気質あるから、そういう他人の胸を抉ってくるようなこと平気でするにゃ。

かくいう私も、白音の件で被害者にゃ」

「あれはヴァーリさんの目的もありきのことでしょう。 結果としてもいい方向に転がった、何を悔やむことがあるのだ」

「ナインのその終わりよければすべて良し的な性格、嫌いじゃないけど、たまに嫌いにゃ」

 

かくして論争の末、立場の弱いロスヴァイセが、更に口車の達人であるナインに抗う術も無く収束したのだった。

ロスヴァイセを不憫に思った黒歌が付いて行ったのは、彼女なりの温情なのだろう。

 

自分はとんでもない男に付いてしまった。 これは紛う事なき事実だったことを思い知ったロスヴァイセだった。

 

 

 

 

 

 

「で、オーディン。 誰が来る予定なんだよ?」

 

これはアザゼルなりの皮肉である。

 

北の主神が日本の神々と対談する際のイレギュラー対処について、一同はいままで話し合いをしていた。

そして数刻と少し経った現在、皆が座っているテーブルには数分前に遅参した女性二人が、一人は複雑そうな表情で、もう一人は頬杖を突いてにやにやしていた。

 

アザゼルの言葉にオーディンが「むぅ」と唸りつつ髭を弄った。

 

「…………のぅロスヴァイセ」

「…………は、はいオーディンさま」

 

この状況に息苦しさを感じている女性二人の内の一人、ロスヴァイセはゲンナリした様子で返事だけした。

 

「ナインは()んのか」

「…………申し訳ありません、来られません」

「…………理由を言うが良い」

 

あのオーディンが何とも言えない空気でそう訊く。 その場にいたリアスたちも、ロスヴァイセの次の言葉に耳を傾けた。

 

「…………どう……伝えたら良いものか」

「繕いは不要じゃ」

「は…………」

 

咳払いを一つすると、「あー、えー」と言いづらそうに口を開く。

 

「『何が楽しくてそんなごった煮会議に何時間も居なければならないのか』と。 それと補足ですが、彼は団体行動………つまりチーム戦は苦手とのことで…………」

 

――――団体戦、タッグ戦を張りたいならばそちらだけでやるがいい。 こちらは好きにやらせてもらおう。

 

「約束の件は違えぬため、そちらの方は心配要らない…………と」

「ちっ…………ったく、面倒くさがりやがったな紅蓮の野郎」

「まさかこの儂の言葉がこうも容易く覆されるとは…………やってくれるのぉ」

 

ナインは、遅参するどころか参加すらしないことを、ロスヴァイセを通して表明した。 一方では笑いながら毒づいていたアザゼルがカラっと笑い飛していた。

 

「ハハッハハハッ。 だがまぁ、『ごった煮会議』か。 くくく、確かに的を射ているぜ、言い得て妙だ」

 

北欧の主神に堕天使の総督、幹部。

魔王の妹とその眷属…………多種に渡る勢力がこの場に居る。 なるほど確かに混沌としているだろう、ゆえに”ごった煮”とはナインなりの喩えである。

 

「ちなみに、私はそんなロスヴァイセが可哀そうになったから来ただけよ」

「黒歌姉さまも加わるのですか?」

 

ロスヴァイセとともにやってきた黒歌にいち早く気づいていた小猫がそう訊くと、彼女は得意そうにその大きな胸を張った。

 

「そうよ~、今回はナインと一緒に来るからね。 正直、留守番は退屈で堪らないし」

「ほぅ、良いのか――――ナインに致死の傷を負わせた儂の護衛じゃぞ? 奴は何を考えているか分からないから問うのは辞めたが、お主の神経はまだ普通じゃろうよ…………」

 

オーディンが目を細めて黒歌を見据えた。 黒歌の治療が無ければこの世には居なかったであろうナイン。 ナインにそれほどの傷を負わせたのは目の前に居る主神オーディンだ。 恨んでいてもおかしくないが、黒歌はなんでも無いように鼻を鳴らした。

 

「解ったのよ。 本人が気にしてないのに私がいくら気にしたって仕方ないって」

「…………」

「とは言っても、完全に気にしなくなったわけじゃないけど」

 

オーディン相手にも物怖じせず、ナインと同じ金色の瞳を細めて睨み付けた。

 

「そっちのお爺ちゃんがもし変な動きを見せたら、最中にロキ側に回ることも考えているわ。 ナインもきっとそうするはずだし」

「本気かよ」

「本気よ堕天使の総督さん。 言ったでしょ、ナインはヴァーリと違って生き残ることを考えているんだから」

「―――――」

 

アザゼルはいつかの光景を思い出す。

もし世界中の強者を討ち果たしてしまったなら、その後死にたいと嘯いていた白い龍。

 

生存競争の果てに生き残り、世界の選択を見届けることを胸に懐く紅蓮の男。

 

「…………話は分かった。 ナインがここに来ない理由もな。

オーディンが言ったかは知らないが、もともと早まった来日だったんだ」

「仕方ないじゃろ、厄介なもんにワシのやり方を批難されたんじゃから。 予定通りに動いていたら回るモンも回らなくなるかもしれんからな。 まぁそっちよりも――――」

「――――神器(セイクリッド・ギア)の強制禁手化(バランス・ブレイク)の件か」

「うむ、そちらの方がいまは厄介じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアスの報告書から推察すると連中、禁手(バランス・ブレイカー)を故意的に発動させようとしているな」

 

この頃特に、三大勢力に対して戦闘の意思を見せ始めている「禍の団(カオス・ブリゲード)」。

昨日も、リアス・グレモリーとその眷属たちが討伐に当たった。

 

もちろん、これが初めてではない。

リアスたちのみならず、他の上級悪魔や他勢力の兵隊が迎撃に当たりことごとく撃退している。

 

そうして襲来が頻発するなか、こちらが優勢であるにもかかわらず敵の戦闘意欲は高まっているようにも見えたという。

むしろ逆に、その逆境をこそを求めていると、いままでの「禍の団(カオス・ブリゲード)」の動向で断定した。

 

禁手(バランス・ブレイカー)ってのは本来特殊な状態であるはずなんだがな。 それを無理やり覚醒させようとしている。 強者が集う場所に神器(セイクリッド・ギア)の所有者を向かわせ、至らせる――――諸刃だが、成功すれば強大な力を得られる」

「下手な鉄砲、数打ゃ当たる…………か。 でも先生。 それをやっている連中って、どういう輩なんですか?」

 

ナインの傍に居た黒歌にとって、この話は初めてだった。 それも当然、彼らはヴァーリチームの一員で、「禍の団(カオスブリゲード)」の一大派閥。 刺客を向けられないのも頷けた。

 

「英雄派の正メンバーは伝説の勇者や英雄がこぞって集まっている。 身体能力も天使や悪魔にも引けを取らんし、所有する神器(セイクリッド・ギア)も強力なのが揃っているだろう。 無論、神滅具(ロンギヌス)も」

「ま、また強敵ですか…………」

「んにゃ…………?」

「ん…………?」

 

馬耳東風な黒歌の耳に、一つだけ聞いたことがある名称が出て来たのを逃さなかった。 それは、ロスヴァイセも同じことで、彼女たちは二人同時に手を挙げた。

 

「ん、なんだナインラバーズ、なんか言いたいことあるのか?」

「ラバっ…………」

「一括りとは気に入らないにゃ!」

 

だんっ、とテーブルを叩く黒歌とロスヴァイセの両人。 アザゼルはにやにやと笑みを浮かべる。

 

「息ぴったりじゃねえか。 いいなナインの奴。 女同士仲の良いハーレムってのは長持ちすんだぜ? お前も覚えとけイッセー」

「いぃぃぃ、いまは二人の話でしょ先生!」

 

続いて同じくテーブルを叩く一誠。 そして、ロスヴァイセが咳払いをして席に着いた。 どうやら黒歌は話す気が失せたらしい。 というのも―――――

 

「私はそのときナインと一緒に居なかったから、一番その娘が説明しやすいんじゃにゃい?」

「で、なんの話だ」

 

アザゼルが向き直り、ロスヴァイセに発言権を渡した。

 

「英雄派…………その者たちとは、私とナインさんはすでに顔を合わせております」

「なんだって…………?」

「それは本当?」

 

リアスたちが目を見開くと、アザゼルが呆れた声で苦笑する。

 

「ナインはなんだっていつも渦中に居るんだか。 ……で、聞くまでも無いことだとは思うがそれは当然、正メンバー連中だよな? 英雄派派閥の構成員なんて、いまじゃ腐るほど出てきているからな」

 

そのアザゼルの言葉に、ロスヴァイセは力強く頷いた。

 

「間違いありません。 英雄派のリーダーらしき人物、並びに伝説の英雄や偉人の子孫があちら側には存在していました」

「固まって行動してたのか? するってーと、お前らは仕掛けられた方かよ」

「次元の狭間を通っている最中に離れ離れにされたにゃ。 実際会ったのはナインとロスヴァイセだけよ」

 

手を振ってそう言う黒歌。

アザゼルは意外そうにしているが、オーディンは目を細める。

 

「しかしなぜナインとロスヴァイセなんじゃ」

「わ、私は成り行き上で…………当時のあちらの狙いは、間違いなくナインさんでした」

「なんでだ」

「…………詳しくは解りません。 ただ、同じ人間として、ナインさんを引き込めないか便宜を図ったものと思われます」

 

ロスヴァイセも実際のところよく解っていない。

その場に居ただけの彼女と、英雄派の面々と様々な言葉を交わしているナインとでは視方が変わってくるであろう。

 

「お主は何をしておった」

「わ、私は…………その……諸事情で」

「腰でも抜かして一言も交わせなかったか?」

「…………もとはと言えばあなたが…………あなたが私を置いて行ったからそうなったんでしょうがー!」

「うぉ! わ、悪かった悪かったと言うておろうにロスヴァイセ……」

 

ぎゃーぎゃーと元上司を糾弾するロスヴァイセ。 するとリアスが割って入って来る。

 

「ナインはそれでなんと返したのかしら」

「え…………ええ。 それで、ナインさんはその誘いを蹴り、戦いに発展しました。 もともとはあちらも戦う気はあったようなのですが」

「…………」

 

その場の全員が鎮痛な面持ちになる。

戦いとは殺し合い、緊張感が最高潮に達している状態だ。

しかし、ロスヴァイセは別の気持ちを懐いていた。 多勢に無勢、いくらナインでも苦戦は免れなかったろうとその場の誰もがそう思っていた。

 

実際、英雄派の構成員だけでも、リアスたちは念入りに練った作戦で順調に撃破できている。 が、逆を言えば作戦も無くただ力押しをしたらどこかしらで穴が生じる。 そこに付け込まれたら痛手は必至だったのだから。

 

「敵は皆、当然のように神器(セイクリッド・ギア)を所有していました。 中には神滅具(ロンギヌス)らしき物も複数見受けられました」

「全員!? しかも神滅具(ロンギヌス)持ち……」

「――――だがナインは昨夜会ったときもピンピンしてた……それが答えだろ」

 

なにをもったいぶってやがる。 アザゼルがそう一同に目で訴えていた。

そうなんだろ、と昨夜ナインと出会っているオーディンに目を配る。

 

「どこか負傷している風にも見えなかったしのぉ、要はそういうことなんじゃろい」

 

リアスはいち早く理解した。 彼女は、自然と口元が引く付いてしまうのを感じている。

 

「つくづく可愛くないわね。 それで逃げ帰ってきたとかなら、助けようという気にくらいはなったのに」

 

いつもナインにからかわれ、弄ばれているリアスだ。 当然の反応だろう。

 

「指導者らしき者は、他のメンバーが撃退されると素早く撤退してしまいました。 ナインさんもそこまで追う気は無かったようです」

「…………なんというか、ナインは負け無しだな。 だというのに退き際も絶妙…………私ならそこまで追い詰めたら追撃してしまうぞ」

 

なんだか満足そうに言うゼノヴィアに、イリナが続く。

 

「しかも一人で」

神器(セイクリッド・ギア)も無しだろ?」

「それが一番怖いのぉ」

 

ほっほっほ、と髭を摩りつつ笑う北の主神。 これは朗報と言えるだろう。

いま、ナインはオーディンとの取引で味方として扱っている状態だ。 もし英雄派の主力が出てきても、なんとかなるだろう。 一誠たちはそう思っていた…………が。

 

「おいおい、安心するのは早いぜお前ら。 そのときは連中の狙いはナインだったが、いまは俺たち三大勢力と交戦しているところだ。 あいつが他人様の戦いに協力してくれると思うか?」

「思いません!」

「いい返事だ、イッセー。 花丸とおまけに二重丸やろう」

 

そうだ。 これはあくまで三大勢力と英雄派の抗争。 あのナインが進んで戦おうとしてくれるはずがない。

自分の身に降りかかった火の粉は自分で払えというのがあの男の性分だ

だがまぁ、期待はしていただけに実際言われると落胆を隠せない一誠。

 

「で、でもそうなると、話しだけでも訊いてみたいですよ。 あちらはどんな神器(セイクリッド・ギア)を使って来るのかとか」

「ばーかイッセー。 それも含めて、ナインが協力してくれると思うのかって話しなんだよ」

「えー、でもナインはいまは…………」

「味方……か? あのなイッセー。 そういう理屈が通用しない奴を味方にしたんだぞ?」

「そ、それじゃあ意味無い…………」

 

涙目になる一誠。 協力とは共闘だろう。 友軍なのに加勢してくれないとはどういう了見なのかと、文句を言いたそうにしている。

 

ただ、アザゼルもこれに関しては扱いに困っている。 しかしすると、オーディンが言葉を発した。

 

「まぁ、いまは目先の戦いはいいじゃろ。 それに、ワシと日本の神々との対談には、もっと厄介なもんが来てしまう可能性がある。 ナインにはそれを任せておるからのぉ」

「…………ま、ナインともっと仲良くなってからそういうことは頼めばいいんじゃねえかイッセー」

「う…………」

 

思想の食い違い。 主義のすれ違い。 お互いに求めている物が違う。 そんな自分に、ナインとの友好は結べないことは理解している。

 

そう落ち込む一誠の頭に、アザゼルの手が置かれた。

 

「お前は自分を鍛えてればいいんだイッセー。 もともとこれは俺たち大人の事情だ。

最悪のケースまでは行かない。 俺が行かせないからよ」

「せ、先生…………」

「ってことでよ、ジジイ、時間も空いたことだし、どっか行きたいところないか?」

 

五指をわしゃわしゃとするアザゼルに、オーディンはすかさず反応していた。

 

「おっぱいパブ行きたいのぉ」

「お、いいところ突くねぇ。 ちょうど最近うちの若い娘っこらがその手の店始めてな。 そこ行こうぜそこ」

「ほっほっほ、アザゼル坊は分かっとるのぉ」

「もう嫌だ、この人たち…………」

 

悪魔からはリアス・グレモリーとその眷属たち。

 

堕天使からは総督アザゼルと幹部バラキエル。

 

天使からは紫藤イリナ。

 

ヴァーリチームからはナイン、黒歌、そしてロスヴァイセ。

 

北欧主神オーディンの呼びかけに応じ、これより日本の神々の対談に際しての防衛網が敷かれる。

 

それとは別に「禍の団(カオス・ブリゲード)」。 旧魔王派が瓦解してから一大派閥として名が上がり始めた英雄派。

そうして、人間界の与り知らぬところで戦乱の歯車が回り始めるのだった。

 

「そういえば、結局ロスヴァイセのこと話さなかったわね、あのお爺ちゃん」

 

 

 

 

 

 

「ねぇ黒歌、英雄派の話だけれど…………」

 

アザゼルとオーディンの大人組が人間界の街に繰り出した後、リアスがそう呼び止めた。

一誠と朱乃も、バラキエルに呼ばれ、部屋の向こうに出て行ってしまった。

 

呼び止められた黒歌が振り向く。

 

「なぁに、リアス・グレモリー。 まさか、詳しく教えてくれって言うんじゃないでしょうね?」

「そのまさかよ」

「いやにゃん」

「ど、どうしてかしら?」

 

即答の拒否発言に、リアスは苦笑の上に口角を引きつらせていた。 黒歌が腕を組む。

 

「話を聞いてなかったの? 英雄派の正メンバーについて知っているのは、ヴァーリチームじゃナインだけにゃん」

 

彼らと直接言葉を交わし、戦ったのはヴァーリチームではナインのみ。 過去にヴァーリがそのリーダーと死闘を繰り広げたのを黒歌は覚えているが、それはあえて明かさない。 理由は単純、色々説明が面倒だからだ。

 

ただ、ナインについては一人に留まらず、ほぼ全員と矛を交えている。 なによりごく最近の出来事だったために口を突いて出てしまったのだ。 まぁ、黒歌が明かさずともロスヴァイセが明かしていただろうが。

 

「今からナインを呼べないかしら。 それなりのもてなしを考えているから――――」

「ん~、聞いてみるくらいならできるけど。 たぶんナインは喋らないと思うわよ? それでもいいんだったらいいけど…………」

 

オーディンとの条件下にある以上はナインも協力的にならねばならないが、今回の件で英雄派について情報を提供する必要は皆無である。

なぜなら、日本の神々と北欧の主神の対談に際しての障害が「禍の団(カオス・ブリゲード)」である確率は極めて低いからだ。

 

「英雄派が今回の対談を妨害してくる理由は無いにゃー。 ナインから聞いたことだけど、あいつらの頭領は無謀はしない策略家タイプのテロリストだって言ってたもの」

 

ゆえに、北欧と日本の神話体系が友好を結ぼうが戦争になろうが、彼ら英雄派にとっては気にするところでは無い。

 

「ナインもそこら辺はお爺ちゃんとの取引通りに進めるわ。 だから今回関係の無い英雄派について詳細を喋ることはしない」

「そんな…………」

 

肩を落とすリアスに対して、黒歌は人差し指を立てて指摘するように揺らす。

 

「そーれーに、あなた分かってる? 派閥は違うけど、一応同じ『禍の団(カオス・ブリゲード)』の構成員よ。

角が立つからなんてそんな臆病な理由でもないけれど、私やナインにそれを訊ねるのは見当違いよね」

 

知りたいことなら教わるのではなく知ろうとしろ、と黒歌は言う。 すぐに人に聞こうとするなと。

しかしリアスは負けじと黒歌に食い下がる。

 

「でも、相手はテロリストよ、命懸けで戦うことになる相手だと思うの。 被害は最小限に抑えたい………だから少しでも事前に攻略法が欲しいのよ」

 

その言葉に驚いた表情をする黒歌だが、すぐに噴き出した。

 

「ぷっ――――アハハ……アハハハハッ!」

「な……なにがおかしいの…………」

 

呆気に取られるリアス・グレモリー。 真剣な話をしているのに、急に笑われては良い気はしない。

ただ、彼女は訊ねる立場だ、ここは怒気を抑えた。

 

しかし、気の流れを読ませれば右に出る者はいない黒歌にとって、彼女のわずかな怒気は感じ逃さなかった。

腹を押さえながら涙目でリアスの肩をポンポン叩く。

 

「アハハっごめんごめん。 つい笑っちゃった」

「…………ついってあなたね」

「でも、そっちこそ忘れてるんじゃない?」

「え…………?」

 

被害は最小限に抑えたい。 戦う前に相手の戦法を教えて欲しい。 命懸け――――

 

「それが戦いなんじゃないの」

 

リアスはすぐにはっとした。 それというのも、黒歌の金色の瞳に紅蓮の男のあの薄ら笑いが重なったからだった。

 

「…………ところで、オーディンさまと結んだ契約というのは……なんだったのかしら」

「…………ナインは、神々の対談で妨害してくるであろうある魔獣からのガードを請け負う代わりに、ロスヴァイセを所望したのよ」

「―――――!」

 

魔獣。 いずれこの先、二天龍をも脅かす存在になる北欧の魔獣。

 

「ナインはきっとそっちに掛かりっきりになると思うわ。 だから邪魔をしないで」

「…………」

「それに、ナインは良くも悪くも中庸よ。 味方になったとは思わない方がいい…………もちろん私も」

 

軽くウィンクをしてみせる黒歌は踵を返す。 それに続き、ロスヴァイセも軽く会釈をしてから歩き出した。

 

ナイン・ジルハードに理屈は通じない。

命がかかっているからすべてを教えてくれ。 事前に敵の戦略、情報を教えてくれ。

しかしナインはこう言う。 それら情報をもとに作られた策略戦術その他諸々、総じて何の役にも立たない。

 

現実的に、戦争は数で決まろう、次点で団結力。 しかしこういった少数で動くに際し求められるのは個々の武力と賢しさである。

結局、策とは拮抗した状態で真価を発揮する――――有体に言えば上げ底だ。

 

黒歌は最近、ナインに影響を受け、一種の哲学的なことを考え出した。

 

人外とは、人でないものを指すのではなく、質で量を圧倒する一騎当千の存在を指すのでは無いだろうか。

諸説はあるが、いまの悪魔などを見ていると特にそう思えてならないのだ。

 

「力を合わせて……なんて聞こえは良いけど、それって、徒党を組んで一人を滅多打ちにすることもあるってことよね。 それってなんか――――」

 

―――――――美しくない。 すかし顔で言うナインの顔が浮かんだ。

 

「………………カッコわるいわよ」

「それが巨悪だったのなら、正義なのでしょう」

「ロスヴァイセはまぁ、勇者輩出のヴァルハラ出身者だからそういう考えなのかもにゃー」

 

すると、黒歌はおもむろに自分の胸の谷間に手を突っ込んだ。

 

「な、なんですかそれは…………」

「ん? 知らない?」

 

よいしょ、と、ただの物にすら絡みついてくる豊満な乳肉からそれをスポンと取り出した。

 

「自信作だって。 爆弾じゃないけど、やっぱりえげつない物しか作らないわよね、ナインは」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや、黒歌さんも中々歪んだ考えになって来ましたね」

 

事務所内で静かに薄ら笑うナイン。 その耳にはイヤホン。

 

「どうやら、大人組にはすべて気づかれていたようですが…………ノリが良くて大変よろしい」

 

やってみるものだ、と笑い息を吐いた。

 

「しかしまぁ、英雄派のことなら別に全部話しても良かったんですけどね……黒歌さんが意地悪をしているようで……ククっ…………」

 

黒歌が豪語した手前、話すわけにはいかなくなった。 もし話せば黒歌が拗ねるだろう。

 

「さて、明日から本格的にオーディンさんの護衛だ…………面倒だが、仕事はしなければなりませんね」

 

そうして、黒歌とロスヴァイセの帰りを待つ。

事は起こるか、否か。 できれば大騒動に発展して欲しいと思うナインであった。




読了ありがとうございます。 スクロール流し読みでもありがとうございます(笑)

補足として、ナインは出かける前の黒歌に錬金術で作った盗聴器を持たせて話し合いに参加させていました。
気付いていたのはオーディン、アザゼルの二人。 バラキエルさんは可愛い我が娘が気になり過ぎて気づいていないということで。









誤字脱字ありましたら…………お願いします。


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51発目 飛翔

新年おめでとうございます。


「オーディンさん、あなたは何を考えているのだ」

「む? なんじゃ紅蓮の小僧、どこぞ不服か?」

「不服というわけではありませんが。 私とて得手不得手はあるものだ」

 

スレイブニルという空を飛ぶ馬車に揺られつつ、ナインとオーディンは話していた。

雲上の道を走るこの巨大な馬車は、北欧神話から伝わる乗り物である。

 

しかしだ、紅蓮の男はこの状況に抗議する。 抗議と言っても、立ち上がって怒鳴り散らしたり嫌な顔をしながら文句を垂れ流すようなものではない。

むしろ表情は薄笑い、その抗議する状況に諦観と苦笑を織り交ぜているのだ。

 

「あのねぇ……」

 

チラリと、馬車の周りを飛行警護している祐斗、ゼノヴィア、イリナたちを一瞥した。

 

「ククク……これは新手の嫌がらせですか? 私が空を飛べると思っているのかい? 否、飛べないよ」

「にゃぅー」

 

膝の上で丸まっている黒猫を撫でつつそう言うと、不意に妖艶な声音が聞こえてくる。

 

『ふふ、いざとなったらぁ、私が足になってあげるけど?』

 

猫の姿を象っている際の彼女の会話は念話となる。 そして、この言葉はナインの耳にだけ入った。

 

――――が、無視。

 

「すまんの。 しかし仕方ないじゃろう。 人間界の娯楽はほとんど遊びつくしたし、あとは適当にドライブするしかやることがない」

「まったく、とんだ物臭だよ」

「でもよナイン、これは一般人を巻き込まないためでもあるんだぜ?」

 

隣に座っていたアザゼルがにやりと笑ってそう言う。

確かに、これほどの上空ならば、もし妨害工作の襲撃を仕掛けられても周りを気にせずに戦うことができる。

地上の場合もやれないことは無いが、守るものが多すぎるのはこちらとして不利な状況に追い込まれかねない。

 

「それに、空をこうやって優雅に飛べるなんて人生でそうそう無いだろ? 飛行機とかじゃ味わえないものがあるはずだ」

「どうしてこう、あなたたちはお遊び優先で物事を考えるんですかねぇ。 やれやれ、先が思いやられますよ?」

 

同じ堕天使でもこうも違うとは、と、厳格な空気を纏いつつ外を飛んでいるバラキエルを見た。 おそらくあちらとこれとではタイプが異なるのだろう。

 

ちなみに「これ」とはこの堕天使の総督のことである。 

 

「けっ、ほっとけ」

 

口角を上げて悪態を吐くアザゼルはそっぽを向いてしまう。 ナインとしては、ひとまず五月蝿いのが黙ったので良しとした。

 

「それよりもグレモリーさん。 それどうにかならないんですか?」

 

後部座席に居るリアスに声だけ向けた。 すぐに合点がいったのか、彼女は複雑な表情で小声で囁く。

 

「とてもデリケートな部分なのよ、あまり触れないで頂戴。 ……あなた、朱乃の事情は知っているのでしょう?」

「ええまぁ」

「なら聞かないで頂戴。 あなたみたいに悩みが無い人には分からないでしょうけれど、朱乃にとっては複雑なことなの」

 

あまりに真剣にそう言って来るので面倒くさくなったナインはああそう、とぶっきらぼうに返答した。

 

「時間が解決してくれるとは思えないけどねぇ…………まぁ当事者たちがそう言うなら何もしないよ」

 

朱乃とバラキエル。 これは件に話した彼女たちの家庭の事情というものだ。

堕天使と悪魔の混血。 これについてはやはり当人の問題なのでそう言われては引き退がる他ないのである。

ただ、あれから進歩がないことにナインにとっては失笑を禁じえなかった。

 

―――――と、そのときだった。

 

「うわ!?」

「きゃ!?」

「にゃーっ!?」

 

突如、馬車を引くスレイプニルがその歩みを止める。

八本足で前進していたスレイプニルの急停止で、皆が態勢を崩していた

 

「何事ですか!? まさかテロ―――――って、お二人はこんな時に何をやっているのですか! い、厭らしいっ」

「…………私は悪くない」

「急に止まるのが悪いにゃぅーん」

 

ロスヴァイセの、悲鳴にも似た怒号。

 

驚いた黒猫は、ナインの膝の上で変化を解いてしまっていたのだ。

むっちりとした太ももと尻でナインの膝上を絡め、さらには豊満な乳房を胸板でいやらしく潰すという淫靡な光景。 ロスヴァイセがまくし立てるのも無理は無い。

 

しかし、ナインは目を瞑ってそれら抗議を無視。

 

「揺れの原因を調べるのが先だ」

 

ハプニングをいいことに、そのままぎゅむーっとナインの胸板に顔を擦りつける黒歌。

 

抱きつかれたまま馬車の扉を開けると、そこにはすでに臨戦態勢をとっている外周り組がいた。

祐斗、ゼノヴィア、イリナ、そしてバラキエルがそれぞれ展開する。 その視線の先には、整った容姿をした目つきの悪い男が上空で浮遊していた。

 

男は羽織っていた黒いローブを広げると高らかにしゃべりだす。

 

「はっじめまして、諸君! 我こそは、北欧の悪神! ロキだ!」

 

その名乗りに一誠以外、皆、目元を引きつらせていた。

ナインもその名だけは知っていた。 過去にあの神狼を送り込んできた神の名であることを。

 

「これはロキ殿、このようなところで奇遇ですな。 何か用ですかな? この馬車には北欧の主神オーディン殿が乗られている。 それを周知での行動だろうか」

 

冷静に問いかけるアザゼルだが、僅かに怒気が含まれている。

しかしその警戒の念を軽くいなしてしまうように、腕を組んだロキは口を開く。

 

「なに、我らが主神殿が、我らが神話体系を抜け出て、我ら以外の神話体系に接触していくのが耐え難い苦痛でね。 もはや我慢できずに邪魔をしに来たのだよ」

 

堂々とした口上に皆呆気に取られていたが、ナインは笑みを絶やさなかった。

 

「言ってくれる…………」

 

完全に警戒態勢――――黒い翼を羽ばたかせ、馬車を出た。

どれほど鈍感な者ですら気づく程度にまでその怒気を膨れ上がらせるアザゼル。

 

「ふはははは! これは堕天使の総督殿。 本来、貴殿や悪魔たちとは会いたくなかったのだが、こうなってしまっては致し方があるまい。 ―――――オーディン共々我が粛清を受けるがいい」

「お前が他の神話体系に接触するのは良いのか? 矛盾しているな」

「他の神話体系を滅ぼすためならば良い。 でなれば、見たくもない北欧以外の神話体系とは話もしない。

我々の領域に土足で踏み込み、そこへ聖書を広げたのがそちらの神話――――そんな者らに、何故無条件で和平を結ばねばならぬ?」

「それを俺に言われてもな。 その辺はミカエルか、死んだ聖書の神に言ってくれ」

 

頭をポリポリとかきながらアザゼルはそう返す。

ロキは憎憎しげに言った。

 

「どちらにしても主神オーディン自らが極東の神々と和議をするのが問題だ。 ユグドラシルに勝るほどの情報など、このような国の神々に在ろうものか。 極東と北欧とでは格が違うことを自覚しておらんのか」

 

半ば独りごちる形の口上に、アザゼルはロキに向かって指を突きつけた。 聞きたいことは山ほどあるが、いまの悪神に大人しく数多の質問に応える殊勝さは持ち合わせていないだろうと察したのだ。

 

「ひとつ訊く! お前のこの行動は『禍の団(カオス・ブリゲード)』と繋がっているのか?」

 

ロキはおもしろくなさそうに返す。

 

「あのようなテロリストと我が想いを一緒にされるのは困るし不愉快極まりないところ。 己の意志でここに参上しているのだ、そこにオーフィスの意志は無い」

「神さまがテロリストなんかに加担したらそれこそいろんな意味で黄昏でしょうよ。 神の世界も終わりが近い」

「ナインも一応テロリストなんじゃ…………」

 

笑いをこらえるナインに一誠がツッコミを入れた。 しかし言われたその顔は笑っていて、この状況に対して高揚感を覚えていた。

場違いにも笑みを絶やさないナインを横目に、アザゼルが馬車の中に居るオーディンに問いかける

 

「おい、笑ってるが。 ナインはこいつのことを知っていたのか? 要するに、これが北の抱える問題なんだよな」

 

問われたオーディンは、ロスヴァイセを引き連れて馬車から出、足元に魔方陣を展開して空中を移動していく。

未だ馬車に乗ったままのナインの横に近寄った。

 

「ふむ、まぁの。 こやつとロキは面識こそ無いが、名だけ知っておる――――どうやらロキはそれだけではない心情を持っているようじゃがな。 まったく、頭が痛いわい。 そんなことで自ら出向いてくる視野の狭い大馬鹿者め…………」

「ヴァルハラでの為政も大変のようですね。 まぁ、いつの世も、外法を取り入れることを良しとしない者が居るのは当然の流れだと私は思うよ。 古き良き世界が恋しいのだ、気持ちは分かりますよ」

「ロキさま! これは越権行為です! 主神に牙をむくなどと、許されることではありません!

しかるべき公正な場で異を唱えるべきです!」

 

スーツから鎧姿に変わり、ロスヴァイセも物申していた。 すると、ナインが首をもたげ、やる気無さげに手を振った。

 

「公正な場では勝てないと分かっているからこのような強行に出たのではないですか?」

 

神もそこまでバカではないはず、と続けた。

もっとも、だからと言って単身で、それこそ他神話体系に入り込んで武力行使をしようとしてくるのは、よほどの自信家か愚か者しかいるまい。

 

「一介の戦乙女が我が邪魔をしないでくれたまえ。 オーディンに訊いている。

まだこのような北欧神話を超えたおこないを続けるつもりなのか?」

 

返答を迫られたオーディンは平然と答えた。

 

「そうじゃよ。 少なくともお主よりもサーゼクスやアザゼルと話していたほうが万倍も楽しいわい。 日本の神道を知りたくての。 和議を果たしたらお互い大使を招いて異文化交流をしようと思っただけじゃよ」

 

ロキはそれを聞き苦笑。 しかしそれは、怒りを含んだ呆れ笑いに近かった。

 

「……認識した。 なんとおろかなことよ――――ここで黄昏をおこなおうではないか!」

 

巨大な敵意に空間が比喩ではなく振動している。 オーディンの発言でついに火が付いてしまったようだ。

しかしその直後、ロキに波動が襲い掛かる。

 

馬車の中からすでに小石を構えていたナインは、その波動の主を一瞥すると構えを解いた。

 

「これはこれは、一番槍を取られてしまいましたか――――ゼノヴィアさん、やりますね」

 

聖剣デュランダル――――ゼノヴィアの持つ聖なる波動がロキを吞みこんでいたのだ。 大質量のオーラはその強大さを物語る。

 

兵は拙速を尊ぶを見事に表した行動である。

 

「先手必勝だと思った、後悔は無い!」

 

ナインに視線を移しつつそう叫ぶ。 しかし、悪神の影は先と変わらず立っている。

 

「歴然たる差の力に対するは先手。 思考などなんの役にも立たない――――ゼノヴィアさんを見習ってほしいものだ、グレモリー眷属」

「うぅ、ナインが辛辣だよぅ…………」

「ちょっと、あなた最近私たちに対して棘が多いのではないの!?」

 

リアスの追及に、すでに馬車の上に昇り立っていたナインが鼻を鳴らす。

 

「相手は神、出し惜しめば死ぬね」

「む?」

 

その瞬間には無数の小石がその影の周りで滞空していた。 デュランダルの攻撃の余韻が残ったままに、ナインは攻勢を開始。 そのあまりの次手の早さにリアスは息を吞む。

 

聖剣の波が晴れ、姿を現したロキが薄ら笑む。

 

「貴殿か――――しかしこれでは我は斃せぬぞ」

 

さながら機雷のようにばら撒かれていたそれらは、ナインの指鳴らしを聴くと一斉に弾けた。 爆風は大規模に及び、辺り一帯に見えていた雲は吹き飛ばされる。

 

そこで爆煙に巻かれていたアザゼルが、障壁を展開しつつ困り顔で口を開く。

 

「ナイン、頼むから程ほどでな。 俺はともかく、爆風で飛ばされちまうやつがいつかは出てくる」

 

ここは空中。 皆、翼を使って方向転換や移動をしている。 ゆえに、空中を足場に羽ばたくリアスたちにとっては爆発による突風は鬼門そのものだった。

 

「それもそうでしたか」

「――――先の聖剣よりは効いた。 だが、まだまだ指を掛けた程度ではな」

 

爆発の灰はマントを汚すが、ロキ自身は健在。

腕を組んだまま空を浮遊して平然と立っていた。

 

馬車の上に立つ紅蓮の男に、悪神は愉悦と不敵の笑みで視線を移す。

 

「貴殿もよく来られた、周りが悪魔や堕天使ばかりで息苦しかったろうに。 なに、我は人間を害する気など毛頭無い、どうだね、ここで敵対行動を辞めるのならば貴殿の身は保障しよう」

「…………」

「ナイン…………!」

「おいおい、そこでそんなのありかよ!」

「俺がいま嵌ってる歴史シュミレーションゲームで言えば忠誠心5段階中1のナインだぞ。 やばいな」

 

ナインの沈黙に、ロキがにやりと口角を上げた――――のだが。

 

「どうだ、神に敵対するなど人のすることではなバ――――」

 

直後、口上の最中のロキの顔面に、火炎爆弾が叩き込まれていた。

チュドンッ、と燃え上がる悪神の姿を見遣った紅蓮の男は、小石をぽんぽんと弄びながら片眉を吊り上げる。

 

「神に対し、人間の私がこんなことを言うのは憚られますがあえて言いましょう。 旧態依然とした思想には賛同できかねる。 なによりちっとも面白くないしね」

 

言いながらくつくつと嘲笑う。

 

「「ナイン……!」」

 

胸を撫で下ろすと同時に、晴れやかに笑うゼノヴィアとイリナ。

 

日進月歩を望むナインの思想に、旧態依然とした閉鎖思想の悪神は合わない。

ここに、宣戦布告は成った。

 

「ぐっぅ………………っ――――認識した。 ――――紅蓮の錬金術師ぃッ!」

 

端正な顔を爆撃されたロキの顔は、灰で汚され頬は切れていた。

アザゼルがゆっくりと目を見開く。

 

「…………あいつ、神に攻撃を通しやがった」

「ぬぅ、妄執しか無いはずの貴様の錬金術に、どんな神秘があるというのだ…………!」

 

不敵に笑む紅蓮の男。 だがすぐに笑みを止める。

 

「妄執ですか…………まぁ確かにね」

 

未だ真理に辿り着けず、オーフィスから言われたことも理解できずにいるいまのナインは、ロキの言う通り妄執で戦っているに等しい。 この業がどうして神へのダメージに変換できたのか、なぜ自分の錬金術は法則を悉く覆して駆動されるのか。 実のところ術者のナインはその理由を解っていない。

 

ただナインは己であろうとした。 何があっても曲げず、逸れずに信仰してきた。

解らない。 問われれば答えられない。 しかしだからと言って、立ち止まって困惑する理由など無かった。

ナイン・ジルハードという男は、じっとしていられない人間だから。

 

「むず痒くはありますがね。 しかしそれが生き残る術として私の人生に働きかけてくれたなら御の字だ――――私はもともと、生き残るために戦っているのだから」

 

いまは糸口すら掴めていなくとも。

 

「生き方を変えなければ、いつかきっと答えは見つかる。 ――――ならばこの戦いにも意味はある。 来てくれて感謝しますよ、悪神殿。 あなたが居てくれて――――本当に良かった」

「…………よく分かった。 そうか。 我が息子は、貴様のそういうところが――――」

 

そう瞑目したロキの傍らで、空間が大きく歪み始める。

 

「だが解っているのか? お前は自分で自分を破滅の道へ向かわせていることを。

生き残りたいなら、何もせず生き続ければ良いではないか。 人並みの幸せを得て、人並みに生き、人並みに死んでいく。 人間とはそういう生き物だろう?」

 

歪んだ空間から先に出てきたのは獣の足。 神聖さを感じさせる白銀に染まったそれは厳かに空地を踏む。

 

悠久の時を生きる彼ら神にとって、人間の生は短すぎる。

そう嘲笑いながらロキはナインを見詰める。

 

「……お前は人間の癖に強欲だな。 お前の望みは、定命では叶えることはできない。 それが人だ」

 

神聖さを感じさせながらも、暴力性をも持ち合わせる魔獣。

空間を震え上がらせる唸り声もロキの比ではない。

 

「こりゃ…………まずいな」

 

アザゼルの冷や汗もずいぶん久しいだろう。

 

全容が顕になった。 足の巨大さを先に見せ付けられて、それが現世の獣ではないことは皆理解していたが、この存在を前に平静を保てる生物はそう居ない。

 

「………………ぬぅっ」

 

――――神ですら総毛立つのだから。

 

「否、神であるならばこの姿を前に恐れおののくべし! フェンリルよ!」

 

父親の号令に呼応して轟く神殺しの咆哮。

空間に亀裂を入れ、オーディン並びに護衛の者たちの前に伝説の魔獣”神喰狼”フェンリルが立ちはだかった。

 

「先生! あれって!?」

「イッセー、これはよく覚えとけ」

 

腕で顔を覆いながら、堕天使の総督は赤い龍の宿り主にあれの危険性を説いていく。

 

「神は殺せる。 あいつの牙だ」

「オーディン殿、お退がりください! 危険です!」

 

場の空気が変わると、バラキエルはいち早く北欧の主神の護衛のために側に侍る。

元教会の二人――――ゼノヴィアとイリナも手に持つ剣を握り直す。

 

「あれが、神を食い千切ることができる牙…………!」

「それを持つ伝説の狼……初めて見たわ…………!」

「お前ら! あのでかい狼には絶対に手を出すな!」

 

アザゼルが遅れて皆に伝達する。

しかし、ナインと黒歌。 この二人だけは無表情にフェンリルを見据えていた。

 

「さて、まず手始めに魔王の血筋を味見してみるとしよう。 紅蓮の男よ、貴殿はオーディンとともにディナーにしてやる」

「え…………」

「ゆけ、フェンリル!」

 

巨体がその場から姿を消す。 兵藤一誠はそこで目を見開いた。

 

「てめぇぇぇぇッ!」

 

憤怒と怒気を孕んだ咆哮が赤龍帝からも放たれる。

ロキの言った魔王の血筋――――それは一人しか居ない。

 

「あ――――」

 

呆気に取られるリアス・グレモリー。 完全に反応が遅れた。

フェンリルの威容恐るべしと、硬直を余儀なくされたいまのリアスには死相が出ていた。

普通に反応しても迎撃すらできないのに、そこに一瞬でも躊躇いが生まれればどうなる。 無論のこと回避も遅い。 待っているのは死である。

 

「触るんじゃねぇぇぇぇ!」

 

しかしそこに、考えるより先に動いていた兵藤一誠がリアスを守らんと立ちはだかっていた。

彼は悪魔の翼のコントロールができないため空を飛べないが、禁手化(バランス・ブレイク)の状態に限りジェット移動が可能であった。

 

それを駆使し、迫り来るフェンリルの顔面を正面から殴り飛ばした。

 

「ぶ、部長、大丈夫ですか!?」

「え……ええ、あなたが守ってくれたから大丈夫よ。 ありがとうイッセー」

 

一瞬のことで何が起こったから解らなかったリアスだが、一誠がフェンリルの突撃から守ってくれたことは理解できた。

呆けながらも礼を言うリアスに、一誠は照れ笑い――――

 

「ぐぶ…………え? 血…………」

 

しかし、己の口より噴き出る血糊に一誠は瞠目していた。 実はこちらも、リアス同様何をしたのか解らなかった、その反応は当然。

 

「イッセー、そ、そんな……!」

 

守護の代償として、一誠は腹部を引っ掻かれて(・・・・・・)いた。

そう、あの怪物にとってみれば一誠の咄嗟からの拳など痒くも無いし、あの瞬間に軽くど突き返す程度のことは容易だったのだ。 つまり…………

 

「ごふッ…………」

 

膝から崩れ落ちる一誠を、リアスが抱きとめる。

完全に舐められている。 フェンリルからしたらいまのは攻撃ですらなく、まさに引っ掻くレベルのじゃれ合い。

 

次元が違う。

 

「だが、フェンリルのスピードに少しでも追いついた。 それは恐るべきことだ…………息子よ、標的を変えよう。 赤龍帝から血祭りに上げる」

 

ロキの指示が飛んだ。

再びフェンリルの突撃が来る。

もう一度赤龍帝の血で、己が爪を潤そうと赤い瞳が妖しく光った。

 

「………………」

「…………む? どうした息子よ。 早く止めを刺さないか。 でなくば悪魔どもの治療を受けてしまう、それでは面倒だ」

 

アーシアの治癒を受ける一誠を見遣りながら、ロキはフェンリルに視線を飛ばした。

 

「フェンリルの動きが…………止まった?」

「バラキエル、行くぞ!」

「うむ!」

 

アザゼルとバラキエルがフェンリルに攻撃を仕掛けようとしたが、悉く振り払われる。

 

「ぬぅ…………」

「くそっ…………そう簡単には隙を見せちゃくれねぇか…………あ?」

 

難なく二人の堕天使を振り払ったフェンリル。 しかし再び立ち止まり、ある一点のみを見詰めて動かない。

かの者の異様な挙動に、皆は疑問を抱かずにはいられなかった。 彼の生みの親、悪神ロキを除いては。

 

「なぜ動かぬフェンリル…………」

 

これは単なる疑問ではない。 天地がひっくり返っても有り得ない光景を見た反応。

一向に動く気配の無いフェンリルに、苛立った悪神は業を煮やして叫びだした。

 

「父が命じているのだ! 赤龍帝を始末せよ!」

 

不動。

まるで太陽が西から昇ったのを見たようにロキは唖然として佇む。

 

「…………一体、どうなってんだ」

「なぜ、父の命令を飲み込まない…………っ」

 

思えばあの時もそうだった。

オーディンが興味深そうにしつつも口を開く。

 

「あのときは現場にロキがおらなんだからナインを殺さなかったと思うておったがなぁ。 ここに来て確信できたわい…………父親の命令とナインとの優先順位がフェンリルの中で逆転しておる。 どうやら偶発的なものではなかったようじゃのぅ」

 

フェンリルの見詰めるその先にはナインが居た。

ナインも同様、微動だにせず馬車の上から伝説の魔獣を睨み上げている。 そのままの状態で、ポケットに手を入れた。

 

「私はあなたを意識している」

 

初黒星の敵手。

ナインは、フェンリルとの戦いで敗北を味わっている。

編み出した錬金術は破れ、その爪で、牙でズタズタに引き裂かれた屈辱。

しかしそのとき、屈辱のほかにもう一つ、得るものがあった。

 

福音である。

 

「私は生まれてこのかた、負けることはあろうと屈辱感を味わったことがなかった。

自分の生存を念頭に置いておけば、自ずと引き際を見定めることができるからだ」

 

戦いに負ければ死ぬ。 ナインはそういった環境で戦いを繰り広げていたが、負けても死ぬことはなかった。

ナインの中では死ぬことこそ敗北。 己は死んでいないから負けていない、そんな子供じみた愚かな理論。

敵が勝ちを確信したころには、ナインはあの手この手を使って逃げおおせている。

 

「必死に逃げるなんて……クク、なんとも情けない光景が浮かぶでしょう。 だが私はそれで良いと思っている。

命は脆い、弄くるだけで爆発する。 しかしそれゆえ尊い。 生き恥は晒せばよろしい」

 

さも死が尊そうに嘯く敗北主義者は銃殺刑だ。

 

「私に死は想えない。 あなたに死に際まで追いやられて改めて分かりました…………」

 

生きることは素晴らしい。

 

「ところで…………」

 

ふと、ナインがフェンリルをもう一度見詰めた。

 

「あなたはなぜ喋らない」

「――――――――」

「え…………?」

 

それはこの男の素朴な疑問だった。 自分を一度殺しかけておきながらも見逃したとき。

ではどうして見逃した? 獣の本能や、単に興味を失くしたというのが理由ならばナインもこのような問いは投げかけない。

 

明らかにそのときの銀狼の目には意志が宿り、意図した行動に見えた。 自惚れだろうか?

 

しかし、そう思考していたとき、彼の父ロキが一瞬だけ歯軋りをしたのが見えた。

そして、一言。

 

「…………殺せ」

『――――――――!』

 

ロキの声音が激変した。 地の底から搾り出したかのような呪詛の言葉は彼の息子を動かす。

オーディンは目を細め、アザゼルは舌打ちをした。

 

駆動(・・)せよフェンリル! お前は私の息子! 私の歯車!

命令を突っぱねるなど父が許さぬ! 屠れ! 人間が豚を、牛を、屠殺するように…………お前はその人間を八つ裂きにしろ! その男はお前の糧にならぬ……食い殺せば獅子身中の虫になる…………! 骨まで残さず、奴のすべてを鏖殺しろ!」

「フェンリルが動いたぞ、全員警戒!」

「さっきまではロキの命令でも動かなかったのに……突然どうして聞くように!?」

「解らん!」

 

言う通り、先ほどまで父親の言うことすら聞かずに紅蓮の男と対峙していた神殺しの狼が、何かを押さえ込むように身悶えしたあと、何事も無かったように殺意に従い、動き始める。

 

「天国へも地獄へも行かせぬ…………! 貴様はここで存在ごと消えるがいい……」

「どうやら、喋れないのは父親にその原因があるようですね。

おかしいと思ったのですよ。 それほど知性に溢れた魔獣殿が、神仏や父親の敵を噛み殺すだけのただの戦闘マシンとして使われる不幸。

私ごときが解せぬくらいの絆が、あなたたち親子にあると言われればそれまでですが…………どうやらあなたはご自分の息子さんを真に愛しておられぬ様子」

「黙れ、人の子に愛など説かれて堪るものか………………!」

 

ヒュッ――――銀色の巨体が殺意とともに消え、瞬間にナインの目の前に迫り来た。

ギロチンのごとく鋭く巨大な上下の顎に、ナインの首から上を丸ごとを捉える――――

 

「死ね、我が息子を迷わせる害悪は取り除く。 死後も彷徨え」

『ナイン、危ない!』

 

張り裂けるような声で、ゼノヴィアが、イリナが叫ぶ。

 

「くそっ速過ぎる!」

「間に合わんっ!」

「くっナインさん!」

 

神殺しの威容は、いつも飄々としている者をも焦燥させるほどの怪物。 これだけは洒落では無く、本物の死を与える存在ゆえに。

 

「なにっ?」

 

しかし、死の顎は落とされることなく――――突如爆発した。

爆発の火炎とともにフェンリルの巨体が僅かにぐら付く。 煙の中にはナイン。

 

「私に対して不用意に口を開けない方がいいと思うなぁ。 何かと突っ込みたくなるじゃないですか」

 

ナインが馬車の上で薄ら笑む。

 

先ほどまで、彼は小石を手で練り続けていたのである。 片手の中でごりごりと、集まったそれらは紅蓮の理を刷り込まれ練り込まれていく。

 

先ほどロキに放ったのは、まさに小石の一投にすぎない即席の爆発物。

しかし、反対の方の手で弄り続けていた小石はすぐには放たず、小一時間手元で育て続けていたものだ。 それ投げ放っていた。

 

唖然としていたアザゼルがにわかに顎に手をつける。

 

「な、なるほど……つまり、同じ質量を持つ材料でも、ナインが時間をかけて錬成すれば強大な爆弾になるのか…………」

「あんなちゃちい石ころが…………すげえ爆発だったぞいま…………」

 

いまので完全にスイッチが入ったフェンリルは煙から復活して再びナインに狙いを定めた。

 

「黒歌さん、協力しなさい!」

「にゃ!」

 

命令口調のナインの言葉に反応した黒歌は、彼の側に素早く駆けた。 背中には悪魔の翼。

 

「場所を変えましょう…………これより私は飛び降りる」

「………………にゃん?」

 

その突然の飛び降り宣言に、黒歌自身「聞き間違えかにゃ?」とナインを二度見する。

 

自殺志願としか、思えない。

 

「いまあいつ、飛び降りるって言わなかったか?」

「おいおい…………ここが上空何万メートルあるか分かってんのかあいつは…………!」

「生憎、この馬車にはパラシュートは常備しておらんぞ」

「ちょっとナイン、あなた何を考えているの!?」

 

リアスの問いに、ナインはため息を吐いた。

赤いスーツが夜風に吹かれて揺らめくと、目をつぶって自嘲気味に言う。

 

「私にとって、ここは足場が悪すぎる」

「あ――――」

 

言葉を聞いたリアスははっとして黙り込んだ、そして辺りを見渡す。

この中で唯一、空を移動する術を持っていない。 いまもナインを支える足場は、悪神と神狼の出現で動揺しているスレイプニルの引く馬車一台。

 

「だから私は地上に戻る、人間は人間らしくね。 足が地に付いてないんじゃあ仕方がないでしょうに」

 

この悪条件下で戦おうとするほどナインは死にたがりではない。

人間は空を飛べない、これは摂理である。

 

「…………」

 

だからと言ってその場から飛び降りて地上に戻ろうとすることも十分狂気の域にあるだろうという言い訳は皆が胸に懐いていた。

 

「黒歌さんが適任だ」

「即答の指名、嬉しい限りだけど………」

 

大丈夫なの? と上目遣いで黒歌は訴えてくる。

もとより命懸けの対戦カードだ、覚悟はしている。 だが初めの相手が、夜空が綺麗な大自然であるなどやってみる方からしてみたら洒落にもならない。

 

しかも、十中八九地上に着くまで空中戦をフェンリルと争うことになる。

 

「未知だぞナイン」

 

アザゼルが真剣な顔でナインの背に語りかけた。

 

「さすがにロキも、飛び降りる奴が居るなんて予想してないと思うが、空ってのは何も無いだけに恐ろしい。

何も無いところで、お前、錬金術師でいられるのか?」

「その言葉はまさか、私に対する挑戦かい?」

「………勘ぐるな、一人飛べんで何ができる!」

 

馬車の縁にナインが立ったところでアザゼルが怒号を飛ばした。

優しいなぁと、すごい形相で必死に引き留めようとするアザゼルを見ながら思う。

 

「黒歌さん」

 

横目で見ると、黒歌が体をぷるぷるさせている。 クク、とナインの表情に悪そうな笑みが浮かんだ。

 

「……ぅぅ、も、もうーっ! 付いていけば良いんでしょ! 行ってやるにゃ!」

「………すみませんね」

「………ナインが謝っても………面白くないもん」

 

ふくれっ面になる黒歌を宥めるように彼女の頭に手を乗せるナイン。

するとその瞬間、横合いから神速が突っ込んできた――――。

 

フェンリルの猛攻一撃が、二人の間を間一髪で擦過する。

ここは大空。 雄叫びは目印になるし気づきやすい。 そして明らかに強くなった風の流れを読んだナインは、寸前に黒歌を自分とは反対方向に押し飛ばしていた。

 

「さて、行きましょうか――――しばらく後に、よろしくお願いしますよ黒歌さん」

 

その言葉を最後に、ナイン・ジルハードはその場から居なくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいちょ――――ナイン………あの馬鹿野郎、マジで飛びやがった! 黒歌は行ったのか!?」

「『突き飛ばすならそう言ってお願いー』とか言いながら落ちてったぞい」

「落ちてったのかよ!」

「だがアザゼル坊、おかげでワシも動きやすくなった」

「なに?」

「フェンリルが居なくなったいま、ワシも戦線に出るぞい」

「!」

「やはりフェンリルは、何らかの理由でナインさんを狙っているのでしょうか………ロキさまの支配を撥ね除けるほどの執着…………並ではありませんよ、オーディンさま」

「ナインに何かがあるのじゃろうて。 ま、今更あやつが何者でもワシは驚かんわい」

「くそっ、こっちよりあっちの方が心配になってきたぜ。 なぁ、爺さん居るんなら俺はここに居なくても問題ねえよな?」

「戯け、おぬしは場の指揮を執れ。 数で押せる相手でもないのじゃぞ」

「………ちっ。 つか爺さんよ、あの二人のことだ、追加で何か要求してくるかもしれないぜ?」

「そのときはそのときじゃ。 …………………………………フェンリルを二人で抑えてくれるなら儲けものじゃよ」




Dies iraeが放送される年になりました。 秋だけど待ち遠しいなぁ。


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52発目 月下攻防戦

―あらすじ―
闇夜の上空で始まる対悪神ロキの戦線。 隣に侍るのは、伝説の神殺し、フェンリル。
アザゼルやバラキエルは最大限に警戒し、オーディンですら戦闘を拒否。
非情且つ強力な攻めを有するフェンリルに苦戦する一誠たちだが、そこにある男が作戦を提案し、勝手に可決する。


ナイン・ジルハード。 この男が、フェンリルの殺意を一手に引き受けた上でついに上空に身を投げたのだった。


「おやおや大丈夫ですか、黒歌さん」

「…………ちょっと顔貸しなさいよ」

 

夜の上空。 心底可笑しそうに笑うナインは、同じく上空から遅れて来た黒歌に頬をつねられていた。

 

理由としては、突如降下作戦を立案したナインが、理解する間もない彼女を突き落とす暴挙に出たためだ。 女性のエスコートの作法としては最低の部類に入るであろう。

 

「だいたい、女を突き飛ばすなんてどうかと思うんだけど」

「すみませんねぇ、あの場に至っては迅速に決断する必要があったので」

 

そしてふと、ナインは自分の置かれている状況を確認する。

いまのナインは黒歌によって落下速度を抑えられ、緩やかなものとなっている。 悪魔としての翼、そして、得意の仙術による付与能力によるものだ。

 

ぐっとサムズアップしてくるナインにイラっとした。

 

「あんな上空に人間が生身で居続けること自体大変なのよ?」

「確かに、気圧の変化には人間はどうしようもない。 だが生きている、それがすべてだよ」

「誰のお陰だと思ってるのよ、もう………無茶ばっか」

 

笑いながらおもむろに上を見上げる。 何も無い夜空だが確かに感じる。

 

神秘が接近してきているのが分かる。

ナインが苦笑いをした。 

 

「空中での戦いはできるだけ避けたかったのですが。 事ここに至っては仕方がありませんか……」

「凄いプレッシャーよ……この速度のまま体当たりなんかされたら吹っ飛ばされて地面の染みになるだけね……」

「あの狼殿は我々の数倍の速度で落下して来ている。 まず戦闘必至………参りましたね」

 

化け物には、気圧の変化も落下衝撃もまったく関係無い。

人間の理解の範疇を超えた常識外れの存在こそが化け物たる所以なのだから。

 

「まぁだが、とりあえずこの戦い(・・)は私たちの勝ちだ」

「え、フェンリルに勝てる算段があるの!?」

「え? ……ふはははっ!」

「なんで笑うの!?」

 

興奮気味に迫ってくる黒歌に、ナインは馬鹿にしたような乾いた笑いで返した。

 

「未だあの神殺しを打ち倒す方法は見出せていません、が。 押さえつける策ならね」

 

しかしそれで充分。 と不敵に笑った――――その瞬間だった。

 

間一髪。 毛むくじゃらの巨体がナインのすぐ横を擦過した。

風圧により吹き飛ばされたナインは、辛くも空中で体勢を整える。

 

「……予想より早い。 黒歌さんは下へ。 私が落ちた際に受け止められるよう待っていなさい」

「分かった! ………無事で」

 

悪そうな笑みを浮かべるナインに、黒歌は表情を崩さず真剣な表情のまま指示に従った。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、我が息子を人間一人に向かわせるとは考えたな。 これでは私が一人でお前たちの相手をせねばならぬではないか」

 

まぁ、我が指示してことではあるが、と言葉とは裏腹に、ロキは楽しげに腹を抱えていた。

 

「俺たちゃ初耳な作戦だけどな。 おかげで戦いやすくなったのは事実だ」

 

睨み合うアザゼルとロキ。

 

「しかし嘗めてくれるな。 一人だろうと神は神である。 私の相手にはまだまだ役者不足と知るが良い」

「やってみなけりゃ――――」

「分からないだろ――――!」

 

刹那、堕天使総督の光槍と悪神の北欧魔術が激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「行かずとも良いのか」

 

対ロキの戦線が開幕したとき、オーディンが髭をさすりつつも自分の身の回りの警護を務めているヴァルキリー――――ロスヴァイセにそう訊いていた。

彼女は首を横に振る。

 

「私の今の役目は、オーディンさまの護衛です」

「お主はすでにヴァーリチーム……いや、ナインの元に居ることに決めたのでは無いのか」

「…………」

 

二人の間が沈黙する。 しかし、ロスヴァイセは堂々と。

 

「これは私の勝手なけじめです。 あなたの護衛に任命されておきながら、彼の元に走った自分自身への。

私は、仕事よりも男性を取った半端物……。 ならばせめて、いまはこの大仕事を完遂してからの方が後腐れがないものです」

「ほんに勝手なものじゃのう」

「………申し訳ありません」

 

でもオーディンさまが悪いところもありましたからね? とロスヴァイセは少しむくれた。

 

その半端を取った方も叶うかどうかも分からない。 だが、不思議と心が満ちていくのだ。

あのナイン・ジルハードという男に必要とされていることに充足感を覚えている自分が居る。

 

「なぜナインと共にありたいと思った」

「………直感、でしょうか。 曖昧ですみません」

 

謝るな、とオーディンが鼻で笑った。

 

「お主は根っからの戦乙女だったという訳じゃな」

「え………?」

「ヴァルキリーとは、戦い続ける者にのみ尽くす生き物。 ヴァルハラに呼ばれる勇者や戦士たちを癒やし、激励する戦場に咲く美しき華たち。 戦場に身を置く者たちの唯一の癒やしが、お主らじゃ」

 

それは己が存在意義。 永遠に戦い続けることを望んだ戦奴たちの楽園(ヴァルハラ)

 

「不戦派のワシや、平和を願う赤龍帝にはお主の肌は合わなかったのかもしれぬなぁ」

 

それはつまり、充足感を感じていたのはナインが戦い続ける意志を持っていたから。 戦乙女の本能が、彼に尽くしたいと欲したからに他ならない。

 

「戦い続け、死んでいく男しか愛せぬその宿命。 しかしそれこそが戦乙女の本懐なのかもしれぬ」

「………彼からは不思議な生命力を感じさせます」

「…………」

 

仕事人だが、いままでどこか自信の無かったはずのロスヴァイセがそう言い切ったことにオーディンはにやついた。

 

「ときにロスヴァイセよ、あれにはちゃんと抱いてもらったのか?」

「はっ!?」

「惚けるでないわ。 そんなに想うておるならこの日まで一回や二回するのが女の甲斐性じゃろうが。 まして必要とされているならナインも満更ではないはず」

「………」

「まさか………何も仕掛けとらんのか?」

 

信じられないといった顔をするオーディン。 向こうではアザゼルや一誠たちが戦っているというのに、この温度差と来たら無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、戦乙女の尽くしたいその男はいま、神話の怪物と激闘を繰り広げていた。

 

夜空を照らす赤光の炎が咆哮するように、大規模な爆発が巻き起こる。

その爆炎の中、更なる爆撃を敢行するべく手と手を合わせた乾いた音が鳴り響く。

 

硫黄と水銀――――この手に交われと。

 

纏わりつく煙を切りながら飛び出したのは巨躯の銀狼フェンリル。

煙を脱した後、この狼が取った行動は腹の底にまで響くほどの咆哮だった。

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!

 

「ちっ―――」

 

物理的な衝撃も伴った咆哮はナインの体を叩きのめす。 当然のように煙も吹き飛ばされ、ナインの姿も暴かれる。

この咆哮はただの咆哮ではない。 この神話の獣の一つ一つの動作にはすべて神秘が宿っていた。

 

無防備を晒したナインの身体に向かって超重量の突進が炸裂する。

 

「ぐっ……!」

 

直撃を免れたものの、腕を掠った。

しかしその直後、歯を食い縛ったナインは、ついにフェンリルの尻尾を捕らえた。

 

「――――なめるな……ぐっ!?」

 

引き寄せたフェンリルの腹腔を蹴り上げると、今度はナインがフェンリルの後ろ蹴りでぶっ飛ばされた。

ハイリスクハイリターン。 殴れば殴られる正攻法が化け物と人間の間で繰り広げられている。

 

「っっ―――――こんなスマートじゃない肉弾戦など久しぶりですよ。 まさに野生の戦いといったところですね」

 

型も武も、作法も礼法も何も無い。 だが、この銀狼はすでに完成された魔獣なのだ。

 

「洗練されてもいない、間合いも滅茶苦茶、読み合いもせず。 本当に相手を殺すためだけに繰り出される一撃」

 

当然だ。 獣が鍛錬することはない。 ただあるがままの爪で、牙で、切り裂き、食い破る。

 

「だというのに、一分も隙が無いとはね。 先ほど上で話しかけたときは感情のようなものがあったと思ったのにね。 戦いのときだけはこうなるのかい」

 

まさに神話の怪物。 おそらく、この狼は理性が本能なのだろう。

話せずとも、言葉を理解した時点でナインは察した。 理性と本能が混ざり合い、半ば機械的に対象を殺していく殺戮兵器だ。

決して獲物の匂いを見失うことはない。

 

「やはりグレイプニルが必要ですか………やれやれ、神話というのはこういう所が面倒極まりない。 伝承通りでなければこの手の怪物は御しきれないときた。 後は馬鹿の力押ししか通じない」

 

単独では、この凶獣を斃すことはできない。

険しい表情で舌を打つナイン。 大局を見るに、これは防衛戦に徹するのが良策であろう。

指令塔であるロキがあちらで負傷か撤退の意思を見せればこれも止まる。

 

「………受け身はあまり好きではないのですが。 ()る気で行けばこちらも()られる覚悟をしなければならない。 いまそれは御免ですからね」

 

だが――――、とナインは口元をにやつかせた。

 

「止めておく分には何の苦にもならない」

 

足の裏に仕掛けておいた錬成済みの小石がその瞬間爆発する。 フェンリルの突進はそれにより空振り。

空中での方向転換に成功したナインは堪らず笑う。

 

「……なんでもやってみるものだ。 これだから辞められない」

 

錬気によって強化された肉体で爆発への耐久力を上げているのだ。

 

「こんなちっぽけな石塊でも武器になる」

 

さらに、小石はここに来るまで地上で回収したものだ。

瞬く間にフェンリルの周囲には爆弾に錬成された岩石がばら撒かれていた。

 

「さぁ、どう来る」

 

すると、視線を素早く動かしたフェンリルはさすがに判断が早く、爆弾の群れをかい潜ってナインの目の前に肉薄していた。 すでに攻撃態勢。

 

「よっ」

 

素早くコートを脱いだ。

 

事もあろうにナインは、脱いだ紅蓮のコートを突っ込んでくるフェンリルとのすれ違いざまに頭に投げつけた。

こんなもの少しの障害にもならないだろうが、一瞬でも目を眩ませられれば十分だと言わんばかりに。

 

次には、視界を塞がれ怒り狂うフェンリルの鼻っ柱に思い切り肘を打ち込む。 ぼぐッ、と鈍い音がした。

一瞬だけだが、フェンリルの口からうめき声か怒気か分からない鳴き声を聞くとすかさず離れる。

 

「おっとと、へへ。 どうやら鼻っ柱を嫌がるのは普通の犬と大して変わらないようだ……ではここでお一つ」

 

ナインに空を飛ぶ術は無い。 黒歌のお陰で滞空時間に余念はあれど、手放されたら重力に従い落下するしかない。

そんな中この男が取った行動、それは――――

 

「さぁ、来なさい」

 

一撃入れられ、鬼のような形相となっているフェンリルを相手に両手を広げて挑発を始めたのだ。

そしてフェンリルはその誘いに――――

 

ズンッ!

 

「ぐっおぉっ!」

 

体当たりで応えてきた。 四肢が粉々になりそうな激痛に晒されながら、ナインはそのままその銀色の体毛を掻き抱く。 その表情には、なぜか不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

「……落下速度が急に速くなった、まさか、ナインの身になにか!」

 

ぼんやりと見える人影を認識しながら、黒歌は急降下を始めていた。

艶やかな黒髪を靡かせつつ、もう一度落下する人影を見ていた、と、そのとき――――ナインとフェンリルの姿を捉える。

 

「…………!」

 

目を凝らして見ると、ナインがあの銀色の巨体と組み合っているではないか。 黒歌はすぐさまギアを切り替え、戦線に近づきつつ速度を上げる。

 

「何あれ……ナインがいつも錬金術を使うときに起こる電気……?」

 

確かナインは錬成光とか言ってたっけ、とつぶやく黒歌。

遠目から見ると、ナインがフェンリルを羽交い締めにして包み込むように錬金術を行使しているように見える。

連続的に行われる錬成により、断続的に夜空を照らす、青白い光と電撃。

 

「いやいや、とにかく、あの速度だと地上ももうすぐだし、準備しなくちゃね。 いくらナインでもあれで着地は無理でしょ、常識的に考えて」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ。 どうです、片方とはいえ足を封じられる屈辱は。 おまけに落下の下敷きにしてやりましたよ……ざまぁみろって言うんですよ」

 

やってやったぞといったような子供のような笑みで、地表にめり込んでいる銀色の狼を睨み据えた。

ナインがフェンリルと組み合いながら落下していたとき、錬金術によってフェンリルの右前足を一時的(・・・)に爆弾と化していたのだ。

 

「しっかし……はぁ、爆発には至らないとは。 少々、焦りましたよ」

 

黒色火薬を規格とした錬成でフェンリルの右前足のそれは酸素を吸収、次第にぐにゃぐにゃとした粘土細工のようなものに入れ替えた。 ナインの言う通り、爆発までには至らなかったが、あの怪物の方向感覚を一瞬だけでも狂わせたのは技術というより運に近い。

混乱するフェンリルを押さえつけ、落下時にクッション兼下敷きにしたのだ。

 

 

「ナイン、無茶しすぎ! あとなんで私を避けたのよ、こうして待ってたのに!」

 

両手を広げて落下時のナインを抱き留める再現をしてみせる黒歌。 しかしナインは息を切らせたまま首を横に振った。

 

「あなたあれを本気で受け止めようとしていたのですか?」

「う……だってもし……」

 

もしも下敷きだったのがフェンリルではなくナインだったら。

泣きそうになる黒歌。 突然のことで彼女も気が動転しているのだ。 まさか両者ともに固まって落ちてくるとは思わなかったから。

 

「死んじゃうかもしれなかったのよ………?」

「ふぅ……でしたらあなたが潰れても良かったと?」

 

土埃を払いながらも困り顔をするナイン。

 

「…………感謝はしています、しかし無駄に命を散らすことも無い。 あの場の最善は、間違いなく私を見離すことだった」

「ナインにはできても、私にはそんなことできないわよ……」

「合理的な判断だよ――――むっ!」

「合理的って……きゃっ!」

 

瞬間、言いながら詰め寄ってくる黒歌を突き飛ばしたナインが、瞬く間に吹き飛ばされた。

そのとき尻餅を付いた黒歌の瞳に映ったのは、土まみれな銀色の毛並みを逆立たせた銀狼であった。

 

「普通ならスプラッタよね……どんだけタフなのよこいつ……」

 

ていうかナイン! と彼が吹っ飛ばされた方向に目を向ける、そこには肩で息をしながら立ち上がるナインと――――

 

「地上ならばこれ(・・)を出せる。 ひとまずは上々でしょうか」

 

ナインの横には、鋼鉄の虎であり、最硬の戦車であるオリジナルのティーガーが聳えていた。

自身の服を首元から指で伸ばして見ながら、不敵に笑う。

 

「骨は何本かイったかい……しかしそれも想定内だ――――さぁ続きをしよう、フェンリル、神殺しの狼殿」

『なぜそこまで戦う』

「!?」

「ナイン、どうしたの?」

 

 

突如頭に響いてきた荘厳な声音に、ナインは目を見開いた。 目の前のフェンリルに警戒しながらも辺りを見回す。

 

「なんですか、いまのは……」

『貴様が我輩に勝つことは不可能だ。 伝承通りグレイプニルを使わなければ捕らえること叶わぬ』

「……ああそうか」

 

見回すのを止め、目の前の銀狼に意識を集中する。 ゆっくりと顔を上げて生唾を飲み込むナイン。

 

『だがそれも我が父は見通している。 当然だ、神も人間と同じように進歩するのだ、それも人間よりも早くな』

「テレパシーの類かい? 口は利けないらしい」

『答えよ錬金術師』

「冗談は通じない性格のようで」

「誰と話してるのよ、ナイン………」

 

一先ずティーガーの物陰に身を隠す黒歌。 突然話し出したナインに訝るが、相手が誰なのかすら掴めない状態だった。

頭をガシガシ掻くナインは、口元を緩める。

 

「あー、なんで戦うのかって質問だったかい?」

 

戦況はともかく、こちらとしては時間は気にしていない。 むしろあちらがロキを退けるまでの繋ぎだと思えばこの問答は受けるしかなかった。

 

『理念等は概ね理解しているつもりだ。 貴様は二天龍よりも動きが酷く派手すぎるのでな』

「悪目立ちということですか。 参ったねどうも。 しかしならば私に問うまでもなく私を知っているのではないですか。 それ以上語ることがあるというのかい? 私が戦い続ける理由など」

『質問を変える。 我輩に挑む訳だ。 何か因縁があったか』

「無いね。 だいいち初回も現在(いま)も、あなたが私に食ってかかったことですよ?」

『そうだが、貴様も我輩を意識しているだろう? どちらからかなどはこの際些細なことよ――――気持ちの問題だ』

「なるほどね」

 

顎に手を添え、可笑しそうに頷くナイン。

つまりナインが自分を意識しているだろうとフェンリル自身が断言したということだ。

 

「傲慢な狼殿だ、くくっひひひっ! 」

 

事実であるが故に否定はしないが、減らず口は健在のナイン。

 

『神とは得てしてそういう存在であろうが』

「なぁに言ってんですか。 あなたはそれを殺す側でしょうが」

 

あくまでもナインにのみ語りかける。 おそらくテレパシーの類だろうと、この男は適当な解釈をした。

なぜ口を使って話さないのか、なぜ自分の頭にのみ念話を送ってくるのかそんな理由はどうでも良かった。

この相手とは二度目の会合だ。 強さと恐ろしさは一回目で思い知った、もう何をしても驚かない。

 

なによりナインを歓喜させたのは、いままでに渡り戦い続けてきたこの怪物が、期せずして人語を理解していることが判明した事実だった。

 

「黒歌さん……ふはは! この狼殿しゃべりますよ! くくく、ひひ、ははははははっ! これは愉快だ!」

「…………駄目だ、一人で勝手にトリップしてるにゃ」

 

ナインの爆笑っぷりに黒歌が唖然とした。 当然フェンリルはしゃべってなどいない。

少なくとも彼女には。

どうすんのよこれ、と困惑したようにナインを揺する。

 

「しかし、まぁ、クク。 あなたに挑む理由かぁ………」

 

片手で覆った顔の裏で、冷めやらぬ笑いを必死に堪える。

 

「いえね、先日とある龍神殿に興味深い助言をいただきまして……何しろこの身はいままで爆弾のことしか考えてこなかった無能者故に……」

 

――――セフィロトの樹を理解すれば、更なる深部へ。

 

苦笑を織り交ぜた自虐とともに、自身もあの少女の形をした龍神に言われた言葉を思い出す。

 

ただ言うならば、ナインはそれを理解をしていると言えば理解はしているのだ。 なぜならセフィロトの樹、別名”生命の樹”は錬金術師にとって必須事項であるから。 だがそれでも、まだ奥があるとあの龍神は言ったのだ。

 

つまり、ナインは真にセフィロトの樹を理解していないということだ。

単なる通過点に過ぎなかった項目が、龍神の言葉とともに記憶から掘り起こされてしまった。

 

一口に理解すると言っても、関連の書物はすでに読破している。

 

各元素に対応する記号。

何に何をすれば分解できるか、さらにそれを再構築するには何が必要か。

 

これは無数の数字と多種の化学の領域で、算数と理科などでは錬金術は発動しない。

 

ならばどうするか。

 

「ただの人間やその他人外の(ともがら)を爆発四散させたところで、私の嗜好が達せられることはあっても錬金術の質が上がるわけでは無い」

 

これでは駄目だ、と。 目を瞑って独白する。

やはり結局、試行錯誤の積み重ね、彼の道は、未だ見えない。

 

「爆発は純粋に好きだ。 那由多繰り返そうと決して飽きることの無い究極の私の、娯楽だ。

だが同じ事を繰り返すという行動は単調に過ぎる。 私自身、錬金術師として、そこは恥じたいと思っているんだよ、曲がりなりにもね」

『………』

 

フェンリルはこのとき何も言わずにナインの長広舌を聞いていた。

 

「この忸怩たる思いを胸に、足りないものを探すのだ。 私自身に生むことのできない、未知の存在を」

 

いままで吹き飛ばすことしか考えていなかった。 どんな強者であろうとナインにとってそれは轍でしかなく、心地良く纏わり付いてくる爆煙でしかなかった。

ゆえに、いままでまったくしてこなかったことをいま――――

 

「相手取る者に対し、敬意は払おうと学ぼうとはしていなかった。 私に吹き飛ばされる者ならば吸収する価値など無いと断じ……そうやって、ときには堕天使を、ときには悪魔を――――時には人間を紅蓮の炎に沈めてきました」

 

神殺し(フェンリル)と初めて相対したときから腹は決めていた。

 

「――――あなたの神殺しが欲しい」

 

ナインの挙げた右手が合図となり、無人の鋼鉄が火を吹いた。 フェンリルはそれを一瞥もせずにその場より姿を消し――――ナインと彼の戦車の後ろに瞬時移動していた。

 

 

『我輩の牙や爪を奪うか? 無駄だ。 いままで幾人もの神や知恵者たちが我輩の力を欲したが、奪おうとはしてこなかった。 喩え奪おうとしても我輩の餌になるだけだからだ。 現に貴様もいまからそうなる――――必然だ』

「ほぅ~、余程自信があるようだ。 まぁ当たり前か」

『高名な者ほど我輩の神殺しとしての力を恐れる。 我輩の父、ロキですらな………』

「これは可笑しい。 育ての親たるロキ殿が息子たる貴方を恐れるとは」

 

親子であるというのにそのおかしな関係。 ナインから疑念とともに笑いが生じる。

 

「オーディンさんが警戒するのはよく分かる。 しかし父親も例に漏れず、とは……面白いですねぇ」

『……っ。 なんにせよ、貴様はここで倒れよ』

「おっと、話を変えましょう。 貴方は先ほど、なぜ私が貴方に勝負を挑むか問われましたね。 では逆に問う」

『何を……』

 

指をフェンリルに向け言い放つ。

 

「貴方も私を意識しているでしょう? でなければ、父親を置いて私のような雑魚一匹のためにここまで追ってくるまいよ」

『………』

 

睨みを利かせながら、両者は円を描くように歩み出す。

 

『勘違いをしないでもらおう。 我輩は父ロキの命により、貴様を殺しにきたのだ』

「であるならば、さっさと殺しに来てくれよ、フフ。 強いんでしょう?」

『……ずいぶんと余裕ではないか』

 

ヒュン、とナインの懐にまでフェンリルの巨体が肉薄する。 これは挑発。 だがそれがどうしたと。 フェンリルはその鋭利で強靱な牙を剥いた。 このときナインはまったくの無防備、両手を広げ薄気味悪くニタニタ笑う。

 

両顎が、獲物を捕らえようとした。

 

そのとき――――

 

『――――!?』

 

ナインの四肢に牙が食い込むかと思われた瞬間に、フェンリルの目の色が変わった。

三日月のごとく裂けた目の前の男の口とは対照的に驚愕とともに歯を鳴らす。

 

―――――父の、異変だった。

 

 

 

 

数分前、上空。

 

「ぬ、少しまずいか……」

 

白みがかってきた辺りを見上げ、北欧の悪神がつぶやく。

目の前にはグレモリー眷属、アザゼル、バラキエル、オーディン、そしてロスヴァイセ。

 

グレモリー眷属は、赤龍帝をいなせば簡単に崩すことができるし、堕天使組織上位陣のアザゼル、バラキエルの二人は北欧の魔術をある程度投げていれば抑えられる。 だが――――

 

「オーディン、我が息子が戦線から離れたと見るや参戦とは。 恥ずかしくは無いのか臆病者め」

「ほっほ、お主にそんなこと言われても痛くも痒くも無いわい。 第一、儂はもうジジイじゃぞ? ちっとくらい打算で動いてもバチは当たらんじゃろうて」

 

実際その場合、ジジイにバチを当てるのって誰なんだろうな。 トール辺りかねぇ? などとふざけたことを言うアザゼルはまだ余裕が見える。

言っている場合か、と突っ込むバラキエルも同様だろう。

リアスたちも、この強力なタッグのおかげで善戦しつつある。 ロキは舌を打つ。

 

「くっ、よもや紅蓮の男を仕留めるのにこれほど時間を要するとは……っ我が息子は何をしている!」

「ほらそれよ、だから痛くも痒くもないんじゃよ。 お主とて息子におんぶにだっこではないか」

 

白い顎髭をさすりつつ笑う北欧の主神オーディン。 手に持つのは伝説の槍グングニル。

 

「フェンリルに一人を追わせたのは失策じゃなロキよ。 ああ、あの仙猫もおるから二人か。

過信、軽率の報いじゃ」

「でも心配です。 ナインさんと黒歌さん二人だけであのフェンリルの迎撃なんて……」

「っと、そうだな。 一度経験があるとは言え、ナインの負担も大きいだろうよ。 おいジジイ、ここは一つ本番と行こうぜ」

「儂はもう投げぬぞ」

「なにぃ!?」

「当たり前じゃ。 あやつ一人くらいアザ坊たちだけでやってみろい」

「ここで働かねぇのかよこの田舎ジジイ……本格的に隠居モードだなこのヤロー」

 

毒を吐くアザゼルに見向きもせずにオーディンが引っ込んでいく。 もはや趨勢は決したも同然だろう。

 

「もともと、私たちはオーディンさまの護衛のために呼ばれたのですもの、ここで役目を果たさなければ、グレモリーの名に傷が付くわね」

「よし、私からやろう」

「またっすか」

 

イッセーのあきれ顔を余所に、ゼノヴィアが本日二度目の大放出をおこなった。

 

「甘い!」

 

腕の一振りでデュランダルの波動は消え去る。

 

このとき、ロキの機嫌はすこぶる悪くなっていた。 己より格下の者どもにこのような仕打ちは初めてである。

おまけにオーディンすら身を引いた。

 

「私はこの悪魔どもごときの稽古相手だとでも言うのか……舐めるなっ」

 

我は北欧の悪神。 魔王の血筋? 堕天使の総督、幹部? 戦乙女? どれもこれも神を相手にするには不足過ぎる。

ならばなすべきは絶望を与えること。 オーディンの動かぬいま、我が力を一点に集中すれば瞬時に一人また一人と葬ることができよう。

 

この場で最弱は、魔王の血筋とその眷属だ。

 

「――――っ!」

「自分は狙われぬと思ったか小娘」

「野郎!」

「アーシア!」

 

後ろで後衛を務めていたアーシア・アルジェントに目を付けたロキに躊躇いは無かった。

収縮した魔力が爆発し、アーシアに迫る。

 

Half Dimension(ハーフ・ディメンション)!」

 

しかし、その魔力の弾は標的に到達する前に削り取られ、ついには消滅させられていた。 周りの空間を纏めて歪ませて対象を消滅させる力。 そんな真似ができる者は限られる。 全員が上を見上げるとそこには――――

 

「ヴァーリ!」

「なぁヴァーリ。 俺っちたち、来る必要あったんかな? 超優勢っぽいんだけど」

「まぁなにせ、あの悪神の持つ最悪の生物、フェンリルを、ナインが一手に引き受けているんだ。 こうもなろうさ」

 

白銀の翼を広げ、降りてきたのはヴァーリ・ルシファーと美猴だった。

歪んだ空間を苛立たしげに回避したロキは、大きくため息を吐く、そして一言。

 

「退くとしよう」

「あ、待ちやがれ!」

 

引き留める間もなく、ロキは虚空へと消えていった。




後書きで御免。

明けましたおめでとうございました!

一年経ってしまいました。


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