機動戦士ガンダム0088 ideal of Titans (わいるどうぃりぃ)
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prologue

友人にハッパをかけられたのでついに書いてしまいました。
文字通り星の数ほどあるガンダム・ストーリーの中、あなたに星の煌めきを見せられたら幸いです。


人類が、増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、すでに半世紀が過ぎていた。

 

地球の周りの巨大な人工都市は、人類の第二の故郷となり、それに従い人々は権利を求め、その流れはやがて総人口の半数を死に至らしめた。

人々は、自らの行いに恐怖し、争いの種を摘むべく巨人の集団を作り出した。

その名はティターンズ。

 

しかし、時代の流れは巨人たちをも飲みこんでいく。

 

時に、宇宙世紀0088、1月23日。

時代は、彼らに最終的な役割を与えようとしていた。

 

 

 

漆黒の宇宙空間。

星の光が砂をまいたようにまばらに光るそこを、ゆっくりと進む四つの影があった。

 

紺と濃紺に彩られているその人を模した巨人は、モビルスーツと呼ばれ、そして識別名として「マラサイ」と名付けられていた。

 

そのうちの一機が兜のしころと形容される頭部をもたげ、僚機に一つ目、モノアイを向ける。そこから発せられる指向性レーザー通信は各機体にリンクしていき、やがて全機体との接続をパイロットに知らせる。

 

 

「霧が濃いな」

 

「ミノフスキー粒子ですか。確かに、これはごく最近散布された濃度ですね」

 

 

壮年の男の声と、落ち着いた女性の声が交わり、そこにまだ少女といっていい声が割り込んでくる。

 

 

「隊長、見つけた! 2時の方向下40度!」

 

「相変わらず早いなシャロ、ミノフスキー粒子のおかげで相手も目が霞んでいる。先手を打つぞ。シャロとカイルは先行しろ。俺とトシは挟み込むように動く」

 

「了解です」

 

「りょーかい!」

 

 

若い男と少女の返答とともに、バックパックから伸びた機体機動補助システムのブームが動き、先端に増設されたスラスターが瞬き二機のマラサイが離れていく。原型機にはないその装備は、かれらの機体が特別なものであるということを示していた。

 

そのかすかな噴射炎をマラサイのモノアイは追いながら、同時にその進行方向にある物体を画像処理していく。

 

 

「シャトルに、ゲター、そしてザク二機か。トシさん、ザクに特別な改装は?」

「今のところは見当たりませんね。おそらくジオン残党かと。最近は乗り捨てられたゲターを再利用している奴らも多いですから」

 

 

共有された画像をさらに自機で解析しながら、女性は応えた。

 

 

「ゲターに乗っているザクのハッチは開いてます。おそらくシャトルに乗り込んでいるのでしょう」

 

「ゲターを使ってでも追っかけなければならず、かつ撃墜もできない用事があのシャトルにあるということか。さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

 

その声の主、盾に01とナンバリングされたマラサイの全周モニターの片隅にグリーンのマークが瞬いた。先行した二機のマラサイが配置についた知らせだ。

 

 

「それではみんな、行くぞ」

 

 

前方の二機が親指を上げるサインを送ってくるのと同時に、マラサイに増設されたプロペラントタンクが切り離される。そして、無線の全周波に男の大音声が響いた。

 

 

「我々はティターンズである! シャトルのそばにいる不審機は武器を捨て、投降せよ!」

 

 



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接触

その5時間前。

 

 

宇宙、と一言で表現される空間でも、いろんな色彩を見せるものだ。

 

コロニーが集まっているラグランジュポイントでは開放型コロニーのきらびやかな光に、行き交う連絡艇の噴射光が蛍のようにきらめいている。

 

そして、いまペガサス級後期型「ドーバー」が進んでいる航路は、星の光のみがその紫に塗られた姿を照らしている。

 

しかし、静寂というわけではない。

艦の両側に突き出たモビルスーツ用デッキでは、人々の熱気であふれていた。

 

 

「隊長」

 

無重力状態の空間を作業員たちが行き交い、様々なパーツが積まれ雑然としたMSデッキ。そこに怜悧な女性の声が響いた。

 

「ああ、トシコさん」

 

振り向いたのは整備員と話していた男だった。

その姿は巌、という表現がぴったりの男だ。パイロットというより格闘家と言われたほうが似合いそうなその体格は、身にまとう黒を基調とした制服が窮屈そうに見えるほどだ。

 

 

「機関の調子は復旧したそうです。このままならペズンに着くのは予定より2日遅れ、1月25日です」

 

 

声をかけた女性は連邦軍のモビルスーツ、その戦技データの供給を司る教導団が駐屯する基地の名を出した。ふむ、と男は首をかしげる。

 

 

「いかに後期型といえども、ペガサス級だからな。もう建造されて10年近い。ハライタも起こすさ」

 

 

隊長と呼ばれたティターンズ将校、コンラッド・イステル大尉はその顔に似合わぬ人懐っこい笑みを浮かべた。その笑みを見て、コンラッドと同じ制服を着た黒髪の女性、トシコ・ヒシカワ中尉は眉間にしわを寄せる。顔立ちは美しい、と評していいが、まとう怜悧な雰囲気が魅力を損なっている。

 

 

「隊長、遅れを受容するようなことをみだりに口に出すものではありません。そもそも……」

 

「え、なになに? 着くのはあと二日? たのしみー♪」

 

 

小言を口にだしかけたヒシカワの顔が上を向いた。ふわり、と後ろで結ばれたポニーテイルが波打つ。

 

その冷たい視線の先には、赤毛をショートボブにした少女がいた。

胡坐をかくような格好で、口の端にパイロット用のスポーツドリンクチューブを咥え、上下逆の姿勢でゆっくりと近づいてくるその姿は、身に着けてる黒い制服より、学校の制服を着せたほうがよほど似合っているように見える。

 

 

「シャルロッテ・ラガルド少尉、訓練は終わったのか」

 

「終わったよー。新人君はなんと、5分保つようになりました! すごいねー!」

 

 

にぱ、と破顔するシャルロッテの後ろから、精魂尽き果てた、というような長身の男が顔を出す。

 

 

「なんとか、食いつけるようになりましたっす……」

 

 

その表情を見て、コンラッドはにやり、と笑う。

 

 

「だいぶ絞られたようだなアイランド少尉。しかし、配属当初に比べればだいぶマシになってきたぞ。結構なことだ」

 

「はい……、一年戦争のころからのベテランの方に、そう言ってもらえるのは有難いっす」

 

 

アフリカ系の血を色濃く備えた長身の男、カイル・アイランド少尉は冴えない声で答えた。もとより黒い肌というのも相まって、顔色が必要以上に青く見える。

 

 

「ペズン楽しみだなー。むこうにはゼク・アインとかあるんでしょ? ひょっとしたらツヴァイにも乗れるかも。それにいま運んでいる機材も使えるし、向こうに着いたらカイル、また特訓だよ!」

 

 

器用に体を回転させ、床に降り立った呑気なシャルロッテの言葉に三人は三人なりの反応を見せる、コンラッドは仕方のないやつだ、と片目をつぶり、トシコは氷点下の視線を送り、カイルは勘弁してくれ、という表情になった。

 

 

「こらシャル坊、アグレッサーのテストパイロットに選ばれて浮かれてるのはいいが、手前はもちっと機体を丁重に扱え」

 

「うえ、おやっさん!」

 

 

慌ててシャルロッテは振り向くと、背後の人物に直立不動の姿勢をとった。この艦「ドーバー」の建造当初から配属されているとうわさされる、ベテランの整備班長が立っていた。

 

 

「手前はスラスターを無駄に動かしすぎる。それに加えてAMBACも激しいからサーボモーターの消耗がひどいし手間がかかってしょうがねえ。推進剤消費も馬鹿にならねえぞ」

 

「あうううう……」

 

 

さすがに機体を整備してもらい、さらには自分の年齢よりも長く軍隊の飯を食べている人間にはエリート部隊とうたわれるティターンズの威光も通じにくい。助けを求めるように周囲を見渡すが、三人はそろって視線を逸らす。

 

そういう、部隊の「日常」が繰り広げられているとき。

 

 

「連絡。コンラッドMS隊長、至急ブリッジに来られたし」

 

 

流された一本の艦内放送で、刻は動き出す。

 

 

 

そして現在。

 

コンラッドの大音声が響き渡った直後のザクの動きは早かった。

 

一機が迎撃するために反転し、あわててノーマルスーツのパイロットらしき人間がシャトルから飛び出してくるのが確認できる。

 

しかし。

 

「甘い甘い!」

 

二条のビームが闇を切り裂き、正確にゲターの推進器を吹き飛ばす。先行し、ゲターの下腹に潜り込んでいたシャルロッテ隊の攻撃だ。拡散率と出力を絞られたビームの一撃は、見事にゲターのエンジンだけを吹き飛ばしていた。

 

それを確認したコンラッドのマラサイはスラスターから炎を噴射し、一気に反転したザクに向けて突進する。

慌てたようにザクはその手に持つ銃、ザクマシンガンを乱射するが、真っ直ぐに向かってきているはずのマラサイに当たらない。

 

スラスターを精密に操り、真っ直ぐ飛んでいるように見せかけつつ進行方向に角度をつけ、敵の照準を巧みに狂わせながら、コンラッドはトリガーを引き絞った。

 

一撃はザクマシンガンを腕ごと吹き飛ばし。

二撃目は推進剤を満載したランドセルに当たらない角度で、コクピットだけを蒸発させる。

 

 

僚機の無力化を尻目に、パイロットが乗り込んだもう一機のザクはバーニアを全開にして逃走を図る。が。

 

 

「落とすな。生け捕りにしろ」

 

「おまかせあれー♪」

 

 

盾に「03」のステンシルが描かれたもう一機のマラサイが、派手なバレルロールをしながらザクの前方に回りこむ。

行く手を塞がれたザクは、とっさに腰からヒートホークを抜き、振りかざすが。

 

がら空きになった右足が吹き飛ぶ。

 

間髪入れずヒートホークを振り上げた右手が吹き飛ぶ。

 

左足も左手も同様の運命をたどり、安定を失い、でたらめに回りだした胴体を、コンラッドのマラサイががっちりと掴んだ。

 

 

「カイル、初撃お見事!」

 

「相変わらず無茶やりますね……」

 

 

ライフルを構えた「04」の識別番号が書かれたマラサイがシャルロッテ機の隣に並ぶように位置取りする。

そのまま二機は、ザクのコクピットにまだ発射直後で赤く光るビームライフルを向けた。

 

 

「よし、それでは容疑者の確保に移る。俺が乗り込むからシャロとカイルはそのまま銃口を突きつけておい……」

 

「隊長! そいつから離れて!」

 

切羽詰まったその声に、コンラッド機は反射的に胴体だけとなったザクを突き放す。同時に核融合炉を暴走させたのか、ザクは大爆発を起こした。

 

「シャロ! 助かった!」

 

ガンダリウム合金で装甲されたマラサイといえども、推進剤を巻き込んだ核融合炉の爆発にはただでは済まない。しかし、爆炎の中から現れたコンラッド機は、塗装に傷が目立つが無事であった。

 

礼を言うコンラッドの声に安堵のため息をつきつつも、シャルロッテは独り言ちた。

 

「まったくもう、何が『ジーク・ジオン!』だよ」

 



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雲中

字数はやや少ないですが切りがいいので投稿です。
今回は説明回。


「コンラッド大尉、トシコ中尉、入ります」

 

戦闘から2時間後。

「ドーバー」の艦橋にその巨体が現れると、一段高く設置された艦長席に座るやせぎすな人物は振り向いた。

 

 

「ご苦労だった。何か収穫はあったかね」

 

 

穏やかに「ドーバー」艦長サウス・レストン中佐は尋ねた。年の頃は50に近いだろうか。年相応に落ち着いた雰囲気を持つその姿は、戦闘艦の艦長というより船乗り、という印象を周囲に与えている。

 

 

「少なくともペズンの方に遅れを納得させる程度には。アナハイム・エレクトロニクス社の社員証をつけた遺体から、携帯用メモリを回収しました。ただ、シャトルの機体ログは、テロリストが設置した爆発物により、シャトルが自爆するまでにすべては吸い出しきれませんでした」

 

 

説明とともにトシコが差し出したタブレット端末からのデータを、サウス艦長は自身のコンソールに転送し、ざっと目を通していく。

 

 

「ミノフスキー粒子まで散布されていたとは。救難信号が不自然に途切れたのもそのせいか。回収したメモリの方はどうなっている?」

 

「ただいま解析を進めておりますが、強度の高い暗号でプロテクトされているので少々時間はかかります」

 

「解析を急いでくれたまえ。本艦の機関故障にこの案件で、ペズンへの到着が予定よりいささかに遅れてしまったのは事実だからな。正直、このフネもドックに入れて重整備をしたいところだが、エゥーゴに加え、戻ってきたアクシズ連中の跳梁が激しい。なかなかそうもいかん」

 

 

トシコの説明を聞き終え、憂いを浮かべたサウス艦長の姿は、いまのティターンズの状況を端的に表していると言ってよかった。

昨年11月半ばに、議会を占拠するかたちて行われたジオン・ダイクンの遺児、シャア・アズナブルによるダカールでの演説以来、ティターンズの立場は悪くなるばかりだ。

 

しかも、演説に呼応するようにジオン残党やそれを名乗る宙賊がはびこりだした。

そのため、末端のティターンズ部隊はまずは目の前の脅威に対処するしかなかった。

 

この「第31任務部隊」も例外ではなく、駐屯先のサイド3周辺の宙域を昨年末から不休で哨戒、臨検を行っていた。

 

今回のペズンへの「アグレッサー用機材」の輸送はそんな中、貴重な休息といっていい任務だったのだが。

 

 

「まあ、少々の遅れならペズンのブレイブ・コッドもうるさくは言わんでしょう。そこらへんはあいつは融通が効く。むしろ融通がきかんのは……」

 

「申し訳ありません艦長、大尉。その、『融通が効かない方』からの通信です」

 

 

オペレーターからのすまなそうな声にコンラッドは露骨に顔をしかめる。回れ右して逃げ出そうとするが、トシコに文字通り首根っこを捕まえられた。

 

 

「隊長は隊長らしく振る舞ってください。それも給料のうちです」

 

 

観念したかのように直立不動の姿勢をコンラッドはとる。やがてモニターにノイズ混じりながら、一人の人物が浮かび上がる。不機嫌さを丸出しにしたその顔は三十歳前半だろうか、表情からは奇妙なほど余裕のない印象を与える。

 

 

「君たちは何をやっているのだね」

 

 

初っ端からこれだ。コンラッドは早くもうんざりした気分になった。

 

 

「はっ、カッシング大佐。すでに一報はしましたが、本日13:28に救難信号を受信したため、その地点にモビルスーツ隊を急行させ、シャトルを破壊しようとしていたジオン残党らしきザクⅡ2機を発見したのでこれを……」

 

「そんなことはどうでもいい! 貴様らは重要機材を運搬しているという自覚があるのか! 反政府軍が大手を振るい、地球連邦軍の存亡がかかっているこの時勢において、ここまで遅れるとは何事か! そもそも……」

 

 

父親並みに歳が離れている部下を叱責する、妙にノイズが入るモニターの顔を見上げながら、コンラッドは心のなかでつぶやいた。

 

 

本当に、変わっちまったな。英雄よ。

 

 

「コンラッド大尉」

 

「イエッサー」

 

 

コンラッドの思いを嗅ぎ取ったのか、この部隊、第31任務部隊の指揮官であるジョン・カッシング大佐は今度は彼に矛先を向ける。

 

「貴様も貴様だ! わたしが骨を折って調達してきた新型機を受領しておいていい気なものだな!」

 

 

新型機ねえ。マラサイをアップデートした程度のもので恩を売られては正直かなわんな。あれはあれでいい機体だが。

 

 

「とにかく、だ! これ以上予定から遅れることは許さん。機材を届けたらすぐにサイド3駐屯地に戻れ! それと、一時間以内にこれからのペズンへの航路と航路ポイントへの到着時間を提出するように! いいか、繰り返すがここからは遅れることは許さんからな!」

 

 

まさしく、言いたいことだけをぶちまけてから通信は切れ、ブリッジは沈黙に包まれる。それを打ち破るように、艦長が厳とした声で命令した。

 

 

「聞いてのとおりだ、スミス君。航路予定図を至急作成したまえ」

 

 

慌てて航海士が航路をチェックし、到着予定時刻を算出していく。それを横目に、コンラッドは重い口を開いた。

 

 

「申し訳ありません、艦長。わたしがあくまでも救助を主張したから」

 

「イステル君、気にする必要はない。救助に向かうと最終的に決断をしたのは私だ」

 

 

制帽をかぶり直し、サウス艦長は言葉をつなげる。

 

 

「それに、海で救助要請を無視するものは船乗りではない。そうは思わないかね?」

 

 

コンラッドは無言で敬礼を返した。

 



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流動

0088.1/25 AM10:30

「ええ!? いきなり哨戒任務なの? 聞いてないよ!?」

 

パイロット控室、という名の娯楽室と化した部屋に、すっとんきょうな声が響き渡る。

 

そこには駒をつまんだまま、あからさまに嫌そうな顔を向けるシャルロッテと、ゲーム真っ最中のチェス盤を挟んで目を丸くしたカイル、そして二人にタブレットを突きつけているトシコがいた。

 

 

「口を慎めシャルロッテ少尉。すでに哨戒スケジュールは組んである。それともいま私がやっている暗号解読の方をやるか?」

 

「い、いやその……、どちらかというと哨戒の方を……」

 

 

ひたすら地味な作業をやり続けるのにはまったく向いていない、良く言えば生粋のパイロット気質、悪く言えば脳筋気質であることを自他ともに認める娘は、目の前に差し出された画面を不承不承見て、ええ、と再度不満の声をあげた。

 

 

「一番手! それも今すぐじゃないですかやだー! それにごはんの時間をまたいじゃう!」

 

「ちゃんと残しておいてやる。あとサービスで温め直しておいてもやる。私としてはランチ抜きで続けて二直目をやってもらってもいいんだぞ? 早く行け」

 

「オニ! アクマ! 冷血ふくちょー!」

 

 

盤面に駒を叩きつけるように置き、ぷりぷりと怒りながら、それでも素直にシャルロッテは控室を出ていった。

その様子を首をすくめて見ていたカイルが尋ねる。

 

 

「しかし、どうしてまたいきなり哨戒任務なんすか? あと3時間もすればペズンの領空域っすよ」

 

「もうすぐ領空域だから、だ。仕掛けるならな」

 

「いやまさか、なんぼなんでも連邦軍の教導団の鼻先でコトを起こす馬鹿はいないっすよ」

 

 

カイルの軽口に、トシコはクルーに「氷の女王」と恐れられる冷たい瞳で、カイルを見下ろした。

蛇に睨まれたカエルのように硬直するカイルを見つめたあと、ふ、と盤面を指して言った。

 

 

「Rh8。チェックメイト。シャルロッテが戻ってきたら次はカイル少尉、お前の番だ。準備しておけ」

 

「え、ちょ、ホントだ! いつの間に……」

 

 

盤面を見直すカイルを尻目に、トシコは控え室を出る。

騎士は盤面に置かれた。あとは「対手」がどう出てくるか。

 

 

「……と、いうわけでいま出てるってわけ」

 

「あはは、そりゃシャロちゃんも災難だ」

 

0088.1/25 AM11:56。

艦長は休憩に入り、もう少しで目的地に到着する、という状況ではどうしても気が緩む。「ドーバー」のブリッジでも例外ではなく、通信オペレーターは哨戒機相手に無駄話に花を咲かせていた。

 

 

「そうだよーふくちょーが哨戒しろしろってうるさいから一回りしてるだけだし。だいたいうちの艦がやられるわけ無いじゃん。異常なんてないない」

 

 

くるん、とブリッジから見える位置で、シャルロッテが駆るマラサイ高機動型が華麗に宙返りをする。

 

原型機が重装甲がゆえに、機動性という点においていま一歩であることを、この機体は改善している。

結果、参考にされたザクⅡ高機動型と同じ、稼働時間が低下したというデメリットを除けば、部隊のパイロットに好評を持ってむかえられていた。

 

 

「まあそれも軍隊ってやつね。どうしてもビシッとさせる、ということにお偉方はこだわるから……ん?」

 

 

そこまで軽口を叩いたところで、オペレーターは通信が入っていることに気づいた。

 

 

「ペズンから……? 本艦宛ではない、全域放送……? ちょっと、何これ!」

 

 

ペズンから発信された放送を聞く、オペレーターの顔色がみるみる変わっていく。

 

 

「ごめん、シャロちゃん通信を中断するね。艦長、MS隊長は至急ブリッジにお願いします」

 

 

血相を変えたオペレーターの様子に、ブリッジがざわつく。その喧騒を聞きながら、マラサイのコクピットに座るシャルロッテは、全周モニター越しに周囲を見渡していた。

 

 

「なにか、いる。なに、このざらついた感じ……」

 

 

その少し前。

 

 

「中々破れんな」

 

 

艦の情報中枢ともいえるCICで、コンラッドとトシコは、シャトルから回収された携帯メモリの暗号解読を行っていた。

 

 

「これはジオン軍のレベル5暗号です。時間をかければ解けますが、暗号表がなければ、解読にとにかく時間がかかるように作ってあります」

 

ふむ、とコンラッドは眼の前のモニターを見つめる。暗号解読自体はほぼ自動化されているが、まだまだ意味を成さない図形、単語が踊っている。

 

 

「それと、シャトルの乗員の身元がわかりましたが、一つ問題が」

 

「なんだ?」

 

「彼、アナハイム・エレクトロニクスの社員ではありません。身内です」

 

「なんだと!?」

 

 

自分のデスクから立ち上がり、コンラッドはトシコのデスクのモニターをのぞきこんだ。そこにはシャトルで映された動画と、連邦軍の制服に身を包んだ証明書らしき写真が並んでいた。

 

 

「顔認証で判明しました。ペズンの情報士官です。現役であることも確認できました」

 

「なぜペズンの将校が、わざわざアナハイムの社員に化けて一体何をやってる……?」

 

 

急に疲労を感じたコンラッドは眉間を揉んだ。くそ、状況が交錯しすぎてて何がなんだかさっぱりわからん。

 

その時、艦内放送が鳴り響いた。

 

 

「艦長、MS隊長は至急ブリッジにお願いします」

 

 

0088.1/25 PM12:15

 

「何事かね」

 

 

上着を袖に通しながら、サウス艦長が艦長室から直接降りてくる。

やや遅れて、コンラッドとトシコも入室したのを確認して、通信オペレーターは録画した映像を再生する。

 

 

「……もはや、スペースノイドにおもねる地球連邦政府に義はない。我々はニューディサイズと名のり、地球連邦軍からの離脱を宣言する……」

 

 

「ブレイブ……! 一体何が!?」

 

 

決起の演説を行っている男を見て、コンラッドは愕然とする。それはまさしく、ペズン駐留連邦軍教導団の実質的司令、ブレイブ・コッドだった。

 

 

「なんということだ……、これでは今回の任務そのものが破綻してしまう」

 

 

同じく驚愕しているサウス艦長と上官を落ち着かせるように、トシコが冷静に話し始める。

 

 

「とにかく、このままペズンに入港するわけにはいかなくなりました。アグレッサー機とはいえ、反乱者にむざむざ有力な機材を渡すわけにはいけません」

 

 

サウス艦長は二度、三度と首を振り、深呼吸をする。そして帽子をかぶり直し、不安そうに見つめる艦橋クルーに声をかけた。

 

 

「諸君、聞いてのとおりだ。我々は至急、現宙域を離れ、サイド3駐屯地に帰還す……」

 

 

「隊長!」

 

 

その言葉を遮るように、艦橋に切羽詰まったシャルロッテの声が響き渡った。

 

 

「9時、上角20度、なにか来る! 隊長、回避を!」

 

 

それを聞いたコンラッドはとっさに大音声を発した。

 

 

「回避運動始め!」

 

 

慌てて操舵手が舵を回し、一気に艦が傾く。その瞬間。

 

 

一条のビームが、「ドーバー」を襲った。

 

 

高出力のビームが着弾する不気味な振動が艦橋を揺らした。

 

 

「被害状況知らせ!」

 

 

サウス艦長の命令に、艦内オペレーターが被害診断プログラムを起動する。モニターに、左舷エンジンに被弾したことを示す赤いマークが点滅していた。直後、機関室からも報告が入る。

 

「こちら機関室! 左舷補助エンジンに被弾、主機ミノフスキー場不安定化、出力落とします!」

 

 

切羽詰まった報告が飛び交う中、コンラッドは状況の急変に対応すべく心のスイッチを入れ替える。

 

 

さあ、なんでも来い。

 

 

そう、心を鎮めたときだった。

 

 

「隊長、敵機体発見! こいつ……」

 

 

シャルロッテの声が、再度艦橋にこだまする。

 

 

「こいつ、『ガンダム』だ!」

 

 

 



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機体解説~高機動型マラサイ~

今回はちょっと休憩がてら、「第31任務部隊」の使用モビルスーツである「高機動型マラサイ」の解説です。
スペシャルな機体ですが、あくまでも現実的なところに落とし込んでいるつもり。


RMS-108S 高機動型マラサイ

 

 

【挿絵表示】

 

 

武装

ビーム・ライフル

ビーム・サーベル×2

60mmバルカン砲×2

フェダーイン・ライフル

海ヘビ

 

紆余曲折の上、ティターンズに納品されたRMS-108マラサイはガンダリウムγを全面的に採用した堅牢な装甲、ジェネレーター出力の高さ、そしてハイザックとの部品共用化による整備性の良さなどもあって、第二世代機屈指の傑作機とされる。

 

しかし、それでも現場からは改善の要望があがっていた。

 

エゥーゴ側の高級量産機、例えば「リック・ディアス」と相対したときなど、相手の機動性の高さに不覚を取ることもあり、さらにエゥーゴに運動性に優れた「ネモ」が配備されだすとその傾向はさらに深まった。

 

おかげであえて「ハイザック」に乗り換える士官まで現れ、何らかの対策が必要とされた。

 

そのような中、提案されたのがかつてのジオン軍で採用されていた「高機動型」コンセプトの復活である。

 

すでにマラサイは、バスク親衛隊の機体として重装高機動タイプが製作されていたが、高出力、重装甲を追求した結果、モビルスーツというよりモビルアーマーに性格が近くなり汎用性が失われていた。

 

そして、ただでさえ高コストが指摘されたマラサイをさらに高価にするのは式典用ならともかく、実戦用とは言い難い。

そのため、可能な限りコスト上昇を抑えた設計にする必要があった。

 

設計陣は手慣れていて、マラサイとも相性のいいハイザックのバックパックを基にして、大改修を行うことに決定する。

推進機をマラサイのものを強化した型に換装し、AMBAC補助のブームにスラスターを追加しロール性能の向上をはかった。

脚部のスラスターも併せて高出力のものに換装された。

 

 

【挿絵表示】

 

 

また、あらかじめ抜刀しておかないと盾を失えば使えなくなる、と不評だった盾へのビームサーベルの装備を止め、左腰に移設している。

この改造で、マラサイの武士に例えられる姿も相まって設計陣には「二本刺し」とあだ名されるようになった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

空いたスペースには使い切りの三連ミサイルポッドが装着され、これはのちにギラ・ドーガの兵装配置の参考となった。

 

これらの改造により悪化した燃費は、プロペラントタンクを使い補うとされた。

 

武装は上記のミサイルポッドを除き、あえて通常型のままとなっている。これは開発当初、本機は十分な出力の武装を持っていたからであり、専用武器によるコストの上昇を抑えるためである。

 

 

完成した「高機動型マラサイ」はテストパイロットからも「やや操縦難易度は上がるが、それを補って余りある運動性能の上昇」と高評価を得て、既存のマラサイを段階的にアップデートしていく計画まで立てられた。

 

しかし、その計画は実行されることはなかった。

 

すでに時代は恐竜的進化とまで称された第三世代機の時代に入り、この世代のモビルスーツは「ありとあらゆる機能を詰め込んだ超高級機」と、「数合わせの廉価な量産機」の二極化が進み、中途半端な高級機は時代遅れになっていたのだ。

 

余談ではあるが、同時期に乱発されたワンオフ機の「量産型」がことごとく不採用、もしくは少数生産になっているのもそのせいである。

 

直後にティターンズが壊滅したこともあり、結局「高機動型マラサイ」は試作機、増加試作機を合わせて6機のみが生産されたとされる。

 

グリプス戦役後の混乱もあって、これらの機体群がどうなったかはいまも謎に包まれている。



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濁流

今回は戦闘回。
書いても書いても終わらなかった……。


「なんだと、ガンダム!? エゥーゴか! シャロ、Zか、それともマークⅡ強化型か!?」

 

 

平常心を吹き飛ばすような報告に、コンラッドの叫びがブリッジに響き渡る。直後に帰ってきたシャルロッテの返事は。

 

 

「やったああああああガンダムと勝負だ! 一度戦って」

 

 

そこまで伝えて、通信は雑音に包まれた。

 

 

「あのバカ! シャロ、一体どうした!」

 

「ミノフスキー粒子の濃度、急速上昇! 戦闘濃度まで上がっていきます!」

 

「なんだと!」

 

 

オペレーターからの報告に、コンラッドは愕然とした。ミノフスキー粒子散布は煙幕のようなもので、目標を追跡しながら展開できるというものではない。

つまり、少なくとも航路を予測し、待ち伏せをしないといけないが、濃度が上がっているということは。

 

 

「我々は、はめられたというわけか」

 

 

絞り出すような艦長の一言に、「ガンダム」の名前で動揺していたコンラッドの心が一気に落ち着いていく。

ぐっ、と奥歯を噛み締め思考を回転させ、いまの状況の最適な判断を引き出していく。

 

 

「艦長はCICに移動を。防空戦闘はわたしが指揮を取ります。トシコは防空指揮所に上がれ」

 

 

もうこの状態ではモビルスーツで出撃はできない。核融合炉の始動、推進剤の充填ほか前準備をやってたら前世紀のナグモ・タスクフォースの二の舞だ。

ならば、艦長に操艦を任せ、モビルスーツの特性を知った自分たちが防空戦の指揮をとるのが合理的である。

 

 

「任せた。頼むぞ」

 

「了解しました」

 

 

その判断にうなずいた艦長は、副操舵手に操舵をスイッチさせて操舵手とともに艦の中枢部にあるCICに、トシコも戦闘艦橋直上にある防空指揮所に移動していく。

 

残ったオペレーターが次々と指示を出し、手空きの人間は宇宙服に身を包んでいった。

 

 

「モビルスーツデッキの人員は至急退去せよ。敵襲につき与圧を抜く」

 

「対空機銃座展開完了。迎撃準備よし」

 

 

船体の両脇に設けられたバルジから、種が芽吹くかのように次々と格納式のレーザー砲座が顔を出す。即座に戦闘態勢に移行できたのは、幾多の実戦をくぐり抜けてきた艦とクルーということを示している。

 

 

「敵モビルスーツ確認。形式は……、リック・ドム!? エゥーゴじゃないの!?」

 

 

防空指揮所、モビルスーツのコクピットを応用した全周モニターについたトシコは、迫りくるモビルスーツ群を確認して困惑の声をあげた。

 

9年前、一年戦争のときにジオン公国軍が開発したモビルスーツ、通称「リック・ドム」は、旧式化が進んでいるためティターンズと敵対する組織であるエゥーゴでは使われていない。

 

滅多にないトシコの動揺した声に発破をかけるように、コンラッドは叱咤した。

 

 

「いまは考えるな! 機数知らせ!」

 

「申し訳ありません、機数3機、1時下方30度から突っ込んでくる!」

 

「敵の狙いはMSデッキだ! 取舵10、下げ20!」

 

「機銃群、前方に火力集中!」

 

 

サウス艦長の号令とともに、「ドーバー」の巨体が一気に傾く。投影面積を減らし、レーザー砲を一門でも敵機に指向させるためだ。続けてコンラッドの命令に従い、右舷・左舷のレーザー機銃が一斉に射撃を開始する。

 

狙うべき戦艦の機動を確認したリック・ドム小隊は、即座にその黒と紫の丸っこい機体を横滑りさせるが、遅れた一機が火線に絡め取られ、爆散する。

 

しかし、残った二機はさらに肉薄、ジャイアント・バズを発射し、それはやや狙いは甘いものの、「ドーバー」を捉えた。

 

衝撃が、ブリッジを襲う。

 

 

「右舷前部MSカタパルト被弾! 損傷大!」

 

 

セオリー通りか。まずは発進口を潰して、それから反転、機関かブリッジを狙ってくる。

 

コンラッドはモビルスーツでの対艦攻撃の方法を思い返しつつ、次の取るべきアクションを考える。

 

その時、

 

 

「カイル・アイランド少尉、右舷リーディングエリア到着。上部発進口展開願いますっす」

 

 

いつもの通り、呑気ともいえるような声がブリッジに届いた。

 

 

「カイル! なぜそこにいる!」

 

「先輩の次がオレの哨戒だったんでモビルスーツの中で待機してたんっす。コクピットなら下手に避難するより安全っすから。それに……」

 

 

いままでの朴訥な口調が、急に引き締まった。

 

 

「シャロ先輩のマラサイ、そろそろ推進剤が切れるっす。早く行ってあげないと」

 

 

その言葉にコンラッドは凍りつく。なんたる失態。哨戒が交代直前だということを失念していた。

部下の推進剤残量の把握は隊長の第一の役目なのに。

 

さらに追い打ちをかけるように、切羽詰まったトシコの報告が耳朶を打つ。

 

 

「隊長! シャルロッテの動きに余裕がなくなってきました! おそらく推進剤が限界です!」

 

 

コンラッドは、自分に5秒だけ迷う時間を与えた。宝石のように貴重な秒数を費やして結論を出す。

 

 

「艦長、発艦許可を願います。上部折りたたみカタパルトは使えますか」

 

「最近使っていなかったが、整備は行っている。やれるか」

 

「やらなければ『ドーバー』は沈みます。やってみせます」

 

「よろしい。上部発進口開け!」

 

 

そして、「ドーバー」よりやや離れた宙域。

 

 

「本っ格的にヤバくなってきた!」

 

 

フットバーを蹴飛ばしながら、シャルロッテは叫んだ。眼前のモニターには、胴体、脚部ともに推進剤が10%を切ったことを示す警報が流れている。

 

 

「この、『ガンダム』め!」

 

 

シャルロッテの駆るマラサイは、彼女の叫びとともにビームライフルを連続で撃つが、そのことごとくが外され、それに倍する連射速度のビームが飛んでくる。

 

 

「何あれ! どんだけおっきいジェネレーター積んでるの!」

 

 

推進剤が切れかけているからこそ、機体は軽く、運動性が上がっているがゆえに回避に徹していればそうそう撃墜はされない。

 

しかし、それはジリ貧に陥っているということも示している。

 

 

「なんとかしなきゃ、なんとか……」

 

 

迫りくる破滅の時を見据えながら、シャルロッテはひたすらに相手の隙をうかがっていた。

 

 

そして、ドーバー艦上。

 

 

「面舵一杯! 続けて右舷の下部スラスター吹かせ!」

 

 

サウス艦長の操艦指令に従い、舷側に並ぶレーザー砲を、上方より襲い来る敵機に向けるべく操舵手が艦を操るが、エンジンの被弾のせいもありその動きは巨鯨のように鈍い。

 

それをリック・ドム隊は見逃さなかった。

 

レーザー砲の分厚い火箭が自分たちに向く前に、回り込むように機動し、ジャイアントバズを撃ち込んでくる。それはあやまたず、光を瞬かせるレーザー砲群を襲った。

 

 

「左舷機銃群に被弾! 機銃BからD、Fからの信号途絶! 通信アンテナ被弾!」

 

「左の防空エリアに大穴があいたか!」

 

 

被弾の衝撃に耐えた直後に、オペレーターが読み上げる被害報告にコンラッドは歯噛みする。

 

その傍らでは、発艦担当のオペレーターが、額に汗を浮かべながらカイル機の誘導を行っている。

 

 

「上部カタパルト展開よし。ガイドビーコン……、点灯しませんが支障なし」

 

「リーディングエリアよりカイル機、上部カタパルトエリアに移動しました」

 

 

象が鼻を伸ばすかのごとく展開したカタパルト基部に、下部格納庫から姿を現したカイル機は射出器に脚部を固定し、加速に備えて腰を落とす。

 

 

「カイル機、発進! ……!?」

 

 

発艦オペレーターがスイッチを押すが、反応しない。再度押すがやはり反応がないことを認め、顔色がみるみる青ざめていく。

 

 

「カタパルト反応なし! 電路故障のようです!」

 

「脚の固定を外してくださいっす! そのまま行きます!」

 

 

カタパルトによる加速がなければ、十分に速度が乗る前に、すでにスピードが出ている敵モビルスーツに翻弄される危険性がある。しかし、置物のまま撃破されるのは耐え難い。

 

MS隊長として、決断を下そうとしたときだった。

 

 

「よう、お前さん方お困りのようだな」

 

「親父さん!?」

 

 

急に入ってきた第三者、整理班長の声に、コンラッドは驚きの声をあげる。

 

通信の箇所を確認すると、カタパルト前方に設置された発着艦誘導所からだ。ブリッジからでも半球状の透明ドームに、かすかに人影が見える。

 

 

「さっきの被弾で避難所の電源が切れたから、もしやと思って来てみれば案の定だ。こっちで再起動する」

 

ほどなくして発着艦灯が灯り、ガイドビーコンが進路を照らす。

 

その瞬間、下方からリック・ドムが艦体と交差するように上方に抜けていく。発進直前のカイル機を確認したのか、慌てて反転しようとするが、十分に加速がついた機体は中々振り向けない。

さらに、残ったレーザー砲も二機の進路を邪魔するようにばらまかれ、時間を稼ぐ。

 

 

「いける! もういいおやっさん退避を!」

 

「もう間に合わねえ」

 

 

淡々とした口調にカイルは絶句した。

 

 

「カイル、このフネを、シャロ嬢ちゃんを守ってやれ。任せたぞ」

 

そしてカイルは見た。進路クリア・発進の指示を示す、指を二本突き出し真っ直ぐに前方を指す、整備班長の姿を。

 

 

「……カイル・アイランド、行きます!」

 

「敵機直上、急接近!」

 

 

トシコの絶叫と、カイルの叫びが交差し。

 

「ドーバー」の右舷格納庫上部に、火柱が上がる。そして。

 

 

その爆炎の中から、蒼く塗装されたマラサイが、宇宙を駆ける。

 

マラサイは、乗り手の意志を示すかのようにモノアイを光らせた。

いまだ母艦に取り付こうとする敵に、その手に持つビームライフルが光を放った。

 

 

 

「右、左、左……」

 

 

ビームライフルの射撃をかわしつつ、シャルロッテは相手の動きをひたすら観察していた。そして相手の動きがある一点に来たとき、くわっ、と目を見開く。

 

 

「そこだ! とっておきだよ!」

 

 

マラサイ高機動型の隠し玉、シールドに増設した三連ミサイルポッドからミサイルを斉射する。クレイ・バズーカの弾頭と似た散弾式の弾頭が転回しつつあった「ガンダム」の鼻先でばらまかれ、「ガンダム」は急ブレーキをかける。

 

 

「もらった!」

 

 

その隙を見逃さず、スロットルを全開に叩き込みシャルロッテは相手に突進する。左腰からビームサーベルを抜刀し、左手から伸びた黄色い刃が宙を裂いた。

 

あっという間に「ガンダム」に肉薄していくシャルロッテがその刃を振り下ろそうとした刹那。

 

それは偶然ではなかった。

 

まるで蛇が鎌首をもたげるかのように、円盤状の物体が両機に割って入ったのが見え、対処できたのは、彼女の並外れた反射神経と、鍛えられた操縦技術のたまものだった。

 

その円盤状のものが光るのと、サーベルを振り下ろさずにマラサイの右手が自身のコクピットを守るのと、ほぼ同時だった。

 

 

「ビームライフルが!」

 

 

右手の上腕部が吹き飛びつつマラサイは「ガンダム」と交差した。シャルロッテは機体を反転させ、牽制のために頭部バルカン砲をばらまいていく。

 

 

「何あの武装! 知らない! でももう一回!」

 

 

バルカンの弾が切れるのと同時に再突撃をかけるべく、シャルロッテはスロットルレバーを握りしめる。

しかしその時、コクピットに警報音が鳴り響いた。

 

 

「しまった、推進剤切れ!?」

 

 

ランドセルに残っていた推進剤の最後の一滴を使い尽くし、マラサイは主推進力を失う。それを見てとったか、「ガンダム」は勝ち誇るようにビームライフルを撃ちかけてくる。

 

 

「まだまだ!」

 

 

即座に機体をマニュアルに切り替え、辛うじて推進剤が残っている脚部のバーニアを使い、まるで跳ねるようにマラサイは回避していく。

しかし、それも限界が近づいてきていた。

 

 

「手こずらせおって。たかが量産型モビルスーツが『ガンダム』に勝てるとでも思ったか」

 

 

そのパイロットは舌なめずりをするかのように、ビームライフルを乱射し、青く塗られたマラサイを追い詰めていく。

 

 

「だが、そろそろおしまいだ。死ね」

 

 

ロックオンカーソルが縦横無尽に跳ね回るマラサイに忍びよっていく。その光景に、パイロットは歪んだ笑みを浮かべる。

 

だから、気が付かなかった。

 

自身の機体がロックオンされた、という警報に。

 

 

「何っ!」

 

 

突如、「ガンダム」は反転し、盾を構える。当時に、盾が蒸発するように吹き飛んだ。

 

コクピットのモニターに、全速で迫ってくるもう一機のマラサイが映し出される。それを見て取ったパイロット、ジョン・カッシングは悪態をついた。

 

 

「あの雑魚どもは何をやってる! ええい、ここでこれ以上『ガンダム』を傷つけるわけにはいかん、撤退だ!」

 

 

そして白い機体は、反転し去っていった。

 

 

「……先輩! シャロ先輩!」

 

 

完全に推進力を失い、漂流状態に陥ったマラサイを捕まえ、停止させるとカイルはコクピットを開き、中破状態のマラサイに取り付く。

すると、ハッチが開いていく。

 

「先輩、大丈夫っすか!」

 

覗き込むと、ぐったりとパイロットシートに倒れ込んでいるノーマルスーツ姿のシャルロッテの姿が見えた。慌ててカイルは操縦室の中に潜り込む。

 

 

「おなかすいた……」

 

 

天を仰いだまま、ぼそりとつぶやいた先輩の言葉に、カイルは体勢を崩しかけた。のろのろと上体を起こしたシャルロッテは、カイルのそんな姿を見て、にこ、っと笑う。

 

 

「助けに来てくれてありがとね、カイル」

 

「まったくもう、無事でよかったっす」

 

 

手を取り合い、コクピットから抜け出す二人の目に、満身創痍だが、いまだその威容を見せつける、「ドーバー」が近づく姿が映った。

 

 

 

 

班長、約束、守れました。




この時代の艦船のMS対策は、

・とにかく分厚い対空砲火で寄せ付けない、もしくは積極的に撃墜を狙う
・当たっても「被害が少ない」場所に当てる

方面に特化しているのではないかと推測して描写しました。

何しろ相手は対策しなければ、「ブリッジの至近まで肉薄してバズーカ撃ち込んでくる」ほどの機動性を持つ化け物ですので。


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迷走

「敬礼!」

 

 

号令とともに、遺品が並べられた祭壇に、礼装に身を包んだ士官たちが一斉に敬礼をした。その遺品の中には使い込まれた整備帽もある。

その後方では、涙をこらえる整備員たちの姿があった。

 

先日の襲撃で、戦死した人数は25名。

艦が撃沈され、すべての乗員が行方不明になることも少なくない時代だが、それでもMSデッキは重い空気に包まれていた。

 

「ドーバー」が先の戦闘で被った損害は以下の通り。

 

・左舷補助エンジン2基大破

・右舷モビルスーツデッキ大破

・左舷対空レーザー砲群5基使用不能

・通信施設中破、長距離通信用アンテナ群全壊

 

控えめに言っても中破判定が下されるレベルであり、即ドック入りをするべき損傷である。

 

特に損傷により通信施設が麻痺したのが大きく、モビルスーツ管制などの近距離なら問題ないが、遠距離通信ができない状態で単艦で行動しなければならない、とあって、艦長は不眠不休でブリッジに立ちっぱなしという有様である。

 

それでも艦は、サイド3へと着実に歩を進めていた。

 

 

「その顔はまた面倒事を持ってきたな?」

 

葬儀の後、事務室に姿を現したトシコの顔が、仏頂面を通り越して凶相のそれになっているのを見て、椅子に座ったままあえて軽い口調でコンラッドは話しかける。

 

「面倒事は朝だろうと夜だろうと構わずもってこい、と着任当初に聞いておりましたので」

 

「言ったかな、そんなこと俺」

 

 

とぼけるように応える上官にため息をひとつついて、トシコは報告を始める。

 

 

「報告はふたつあります。まずひとつめですが、ようやく例の暗号が解けました」

 

「やっとか。これでディナーのメニュー表だったら目も当てられんが」

 

「メニューはメニューですが、素材は岩塊ですね。サイド3をどう料理するかの」

 

「なんだと」

 

 

コンラッドから、あえて作っていた軽い雰囲気が消え、治安維持部隊の長としての顔が現れる。

 

 

「詳しく聞こう」

 

「はい、一年戦争時、ジオン公国軍は本土決戦のために衛星ミサイルの配備を進めていました」

 

「ソロモンやア・バオア・クーで使われたやつだな」

 

 

衛星ミサイルとは、宇宙に漂う岩塊にロケットブースターと誘導装置をつけた、単純とも言える兵器だが、大質量をシンプルに投げつけるだけあって威力は艦艇を一撃で沈めるほどで、コストパフォーマンスは良好なものがある。

 

 

「大半は終戦後に解体されましたが、存在を秘匿されたものがいくつかあり、そのひとつを『ジオン解放戦線』が嗅ぎつけたようです。そして、設備を使いサイド3を攻撃、もしくは脅迫することを企図していたようです」

 

「あのテロリストどもか!」

 

 

サイド3駐屯基地に、第31任務部隊が貼り付いている最大の理由である過激派集団の名前が出て、コンラッドは思わず声をあげた。

 

「ジオン解放戦線」を名乗るセクトは、数あるジオン残党の中でも特に過激なものであり、サイド3に入港する貨物船ですら「腐ったカイライ政権の延命行為であり、真のスペースノイドの独立を掲げるため」と唱え、海賊行為の餌食にしているほどである。

 

そのため、大規模な掃討作戦も計画されたが、エゥーゴとの抗争が激化したために先延ばしになっていた。

おかげで対処療法的な対応しかできず、第31任務部隊にとっては因縁の相手ともいえる。

 

 

「あのシャトルの士官は、衛星ミサイルを使ってのサイド3へのテロ攻撃を察知、制御室のコンピュータにロックをかけて逃走したようです」

 

「大体の内容はわかった。しかし、なぜペズンの士官がテロリストどもとつるんでたんだ」

 

「そこでふたつ目です。あの『ガンダム』の正体がわかりました」

 

 

トシコはタブレットに、モビルスーツの記録カメラから取り出したと思しき写真をいくつか表示させ、デスクに置く。

 

 

「シャルロッテが落とされずに粘ってくれたおかげで、3号機から映像資料が回収できました」

 

「こいつが、『ガンダム』か」

 

 

タブレットをのぞきこんで、コンラッドは機影を確認した。

側頭部がやけに張り出したデザインは、ガンダムというにはどこか異質さを感じさせる。

 

 

「しかし、満足な支援設備がないのに、残党連中がガンダムのようなフラッグシップ機を開発したり稼働させ続けることなど不可能だぞ」

 

「疑問はごもっともですが、この機体もウチのものです」

 

「なんだって!?」

 

「この機体はガンダムマークⅣ。オーガスタ研で開発されていた機体です。そこにウチの司令はコネを持っていたとか。それと、気づきましたか。最後の通信のとき、『ドーバー』の正確な航路と予測到着時間を要求していたこと。

そして、後ろに映る壁面がいつもあのろくでなしが尻を磨いていた執務室ではなく、見慣れぬ戦闘艦の壁であったことを」

 

 

コンラッドは、なぜトシコが入室時、あそこまで凶悪な顔をしていたのか理解した。感情としては否定したいが、事実は覆せない。

 

 

「トシコ、君が言いたいのはつまり」

 

「十中八九、あの司令は、私たちを裏切りました。ペズンの士官は彼に同行していた人間なのでしょう」

 

 

そして5日後。

 

 

「もお! 結局閉じ込められっぱなしじゃん!」

 

 

シャルロッテが口を尖らせながら、パイロット待機室のソファに寝転がる。

そこにはコンラッドをはじめ、パイロットの全員がいた。

 

あのあと再度の襲撃も、ペズンからの追撃もなくサイド3の連邦軍駐屯基地に帰還できた「ドーバー」だが、待っていたのは「ガンダム強奪」の容疑による憲兵隊と、それに続く査問会だった。

 

「ドーバー」側はそれを見越していた艦長とトシコによる、「ガンダムに襲撃された」データ、そしてペズン士官のデータの解析記録を提出する。

 

駐屯基地側でデータの分析が進められ、ジオン共和国にも問い合わせた結果、衛星ミサイルの配備状況が掘り起こされ、位置などが符号する、という回答があった。 

 

大規模テロの可能性が極めて高い。

 

データの裏付けが取れた結果、導き出された結論に、駐屯基地はパニックに陥った。

 

おかげで「ドーバー」の乗員も拘束が緩められ、乗員はようやく自室から出ることは許されたが、艦を離れることはいまだ許可されずにいる。

 

 

「あのろくでなし、見事にわたしたちに罪をなすりつけていきましたからね」

 

「しっかし、いけすかない上司とは思っていたっすがまさか裏切りまでやるとかひどいもんっす」

 

 

思い思いにくつろぎながらも、口々に不満を吐き出す部下たちを、スツールに腰掛けたコンラッドは寂しげに見つめていた。

やがて、ぽつりと言葉を漏らす。

 

 

「あいつ、昔はそんなやつじゃなかったんだよ」

 

「ふえ!? たいちょーあのろくでなしのこと昔から知ってるの?」

 

 

がば、とシャルロッテが体を起こす。

 

 

「シャルロッテやカイルは知らんだろうからな。あいつと俺は同期、そして一年戦争のとき、同じ部隊だったんだよ」

 

 

まったく知らなかった情報に、ある意味年少組と言っていいシャルロッテとカイルは目を丸くする。

 

 

「でも、すみませんっすがえらくその、階級が離れているような」

 

「ア・バオア・クーの戦いのとき、やつは要塞に一番乗りをして連邦の旗を立てたんだ。当時はずいぶん騒がれたものだったが、覚えていないか?」

 

「うーん、確かお父様の読んでた新聞にそ~いう写真があったような」

 

「すんません覚えてないっす!」

 

「まあ、その程度の戦果さ。それでも宣伝効果はあって、あいつは上層部に取り立てられた。元々、上昇志向が強いヤツだったからな。パイロットしか能がない俺も、ついでに引っ張られた、と言っていい」

 

 

自嘲するような笑いを浮かべているコンラッドを案ずるような視線を注ぎながら、トシコは口を挟んだ。

 

 

「お気持ちはわかりますが、いまは感傷に囚われている場合ではありません。プロテクトはいつかは破られるものですから」

 

「ああ、そうだな、すまない。しかし、こうなると俺たちが動けないのは厳しいな」

 

元々、ティターンズはエリート部隊がゆえに慢性的な人員不足に悩まされていた。

 

加えてサイド3という「敵地」に置かれる人員は傍流であり、さらにはエゥーゴとの決戦に備えて兵力が引き抜かれていたので、実働部隊で動けるのは第31任務部隊くらいなものである。

 

 

「実際、あのロック強度だと、楽観的に見ても二週間程度しか保ちません。わたしたちが戻ったのは向こうも把握しているでしょうから、もっと早くなるでしょうね」

 

「たいちょー、そうなるとサイド3やここに隕石がぶつかってくるの?」

 

 

不安そうに聞くシャルロッテに、コンラッドは重々しくうなずいた。

 

 

「端的に言えばそうだ。可能な限り早く討伐艦隊を出さなきゃならんが、あいつが裏切った以上、ティターンズの命令系統は崩れたと言っていいし、連邦軍はペズンの反乱の件もあるし元々腰が重い。間に合ってくれるかどうか」

 

「このままある日突然隕石が飛び込んでくる、あるいは砕けって出撃させられるのは嫌っすねえ……」

 

 

そんな同僚たちの苦悩を見ながら、シャルロッテはそっとつぶやく。

 

 

「そっか、上から命令してもらえればいいんだ」

 

 

どこか思い詰めているような表情をしている彼女を、いつの間にかトシコはじっと見つめていた。




次回、ついにネームドキャラが出ます!
二次創作で中盤を過ぎるまで原作キャラが出ないのもなんですが。


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模索

ついに原作ネームドキャラが登場!
しかし大抵の人はツッコむであろう。


その夜。

 

消灯された人口重力下の艦内の廊下を、足音を忍ばせて歩くシャルロッテの姿があった。

はしごのように急な階段を登り、いくつもの隔壁をくぐり抜けてとある部屋までやってくる

 

「通信室」とステンシルがあるそこは、いつもなら夜でも通信士官が詰めているが、艦全体が謹慎中とあって、無人であった。

その部屋に潜り込むと、ややおぼつかない手つきで電源を立ち上げ、とある番号を押していく。

 

はぁ、と一息ついて、相手が出るのを待つ。ほどなくして映像とともに相手が出た。

 

 

「おお、これはシャーロット嬢。息災かな」

 

 

すでに老年に差しかかるも、まだまだ衰えを知らない声が、通信モニターから流れ出す。通信が安定しないのか、まだその姿は見えない。

 

 

「夜分遅くに失礼します伯父様。ご迷惑でないとよろしいのですが」

 

 

いつもの奔放な笑顔ではなく、どこか張りついたような笑顔を浮かべ、普段の彼女を知る人間なら卒倒しかねないほど丁寧な言葉で、画面に浮かび上がった人物にシャルロッテは応対する。

 

 

「なに、他ならぬシャーロット嬢のためならかまわんさ。して、どうやら君の部隊は少々厄介事に巻き込まれているようだが、察するにその件かな?」

 

 

先んじられてうっ、となりながらも、平静を装ってシャルロッテは答えていく。冷や汗が流れたのが見えないといいのだけど。

 

 

「あら、相変わらず伯父様はお耳が早いのですね。そうですね。ちょっとばかりサイド3の方にも危険が迫っていますので、なんとか伯父様のお力をお借り願えれば、と思いまして」

 

「ふむ、構わないが、そういえばそろそろそちらの父上にも、君の顔を見せなければならんだろう。その件と引き換えにどうかな?」

 

 

シャルロッテの顔がこわばった。一息、もう一息とついて答えようとしたその時だった。

 

 

「なにをやってる!」

 

 

部屋に響く声に、シャルロッテの体が硬直した。

彼女が振り返ると通信室の扉が開けられていて、コンラッドをはじめパイロットの全員がそこにいた。

 

 

「あ、あの、たいちょー、これ違うの、なんでもないから……あはは」

 

 

悪戯が見つかった子供のように、モニターを隠そうとしているシャルロッテに、鋭くトシコが問いかける。

 

 

「夜中にこっそりと居室を出て、どことも知れぬ場所に連絡をして何でもない、はないでしょう。スパイ行為としか思えませんが」

 

「シャルロッテ、とりあえずどこに連絡しているかを言うように」

 

「あ、あの、その……」

 

 

その時、戸惑うシャルロッテの背後からいかにも愉快そうな笑い声が漏れてきた。

 

 

「はっはっは、成程、シャーロット嬢は良い仲間を持っているとみえる」

 

 

その声に、コンラッドとトシコは顔を見合わせた。そして信じられないような顔でシャルロッテを押しのけ、モニターをのぞきこむ。

その間、状況のわからないカイルはただ視線を泳がせていた。

 

 

「ふむ、その顔だと私を知っているとみるが」

 

「ええ、軍の選挙公報でいつもお顔を拝見させてもらってます。この前も一票を入れさせていただきましたからね」

 

 

コンラッドは内心の動揺を抑えつつ、ようやく鮮明になったモニターに映るでっぷりと太った、いかにも老獪そうな年配の男に向かって、彼の名前を言った。

 

 

「ゴップ議員」

 

 

そう、葉巻を手に取り、悠然たる趣きでこちらを見つめている男はかつては地球連邦軍大将であり、そしていまは政界に転身し、議長の座すら視野に入っている老政治家だった。

 

 

「おや、君も投票してくれたのか。清き一票をありがとう」

 

「わたしはノンポリなので。ところで議員はウチのエースとどんなご関係で?」

 

 

どうしていちMSパイロットにすぎない隊員が、地球連邦上院議員と親しく話をできるのか、という問いをはじめ、疑問はいくつも湧いてくる。

 

が、可能な限り強い言葉を使わないようにしながらコンラッドは問いかけた。

 

 

「シャーロット嬢、言ってもいいかね? このままでは君の誤解も解けないだろう」

 

 

シャルロッテは不安そうにコンラッドの顔を見て、そしてモニターを振り向く。そして、こくんとうなずいた。

 

 

「よろしい。実は、この娘さんはとある上院議員のご令嬢でな。私が後見人となって軍に入ったのだよ」

 

 

「じ、上院議員の娘さん!? シャルロッテ先輩が!?」

 

 

カイルが信じられないように声をあげる。

 

 

「まあ、そちらに入隊許可が出るとは思っていなかったのは確かではある。正直な娘さんではあるが、少々奔放なところはあるからな。

君たちも思い知っているだろう」

 

「ええまあ、確かに」

 

「ちょっと! 思い知ってって」

 

 

シャルロッテは抗議の声をあげるが、トシコの咳払いにたちまち沈黙してしまう。

 

 

「ところで本題に入るが、シャーロット嬢の頼みでは、君たちの部隊の拘束を解いてほしい、ということだったな」

 

 

マッチに火を点け葉巻を回しながら、片側をじっくりと炙りつつ、ゴップは問いかける。

 

 

「だが率直に言えば、いま君たちの組織は大変に不利なことになっている」

 

「やはり、ですか……」

 

 

駐屯基地に戻ってきてから、ティターンズの指導者であるジャミトフ・ハイマンがエゥーゴに暗殺され、得体のしれぬ木星帰りの男が権力を振るっている、といううわさが流れてきている。

真偽はともかくとして、どうひいき目に見ても自分が属する組織が落ち目であることは、基地内の隊員の態度を見ても明らかだった。

 

 

「そのまま連邦軍に拘束されていたほうが、君たちの部隊にとってはいい結果をもたらすかもしれない。それでも出撃するのかね」

 

 

葉巻を口に咥え、ゆっくりとくゆらせながら投げかけられるゴップ議員の悠然たる問いに、コンラッドはここが正念場と感じ取った。強敵と相対するのと同じく、腹に力を込める。

 

 

「はい。相手はもはや狂信の域に入ったテロリストであり、衛星ミサイル基地を確保し最悪なことに我が方の司令経由で『ガンダム』まで手に入れました。ペズンが反乱を起こし連邦軍は対処に追われ、ティターンズ本隊はグリーン・ノアで馬鹿騒ぎをやっている以上、サイド3へのテロ攻撃を防ぐのはわたしたちしかいません」

 

 

まず前線指揮官としての分析をコンラッドは答えた。そして一瞬だけ、かすかに目をつぶり、言葉を繋ぐ。

 

 

「わたしは一部隊を率いる前線指揮官でしかありません。しかし、それゆえに理想を守りたいのです。かつて、ティターンズという組織が持っていたはずの、『テロ組織を打倒し、市民の安寧を守る』という理想を」

 

 

値踏みするような視線を感じながら、一気に想いを吐露する。おそらくトシコは余計なことを、と評するだろうが、コンラッドはどうしても、己が気持ちを眼前の人物に伝えたかったのだ。

 

 

「ふむ、状況はわかった。よろしい、少々動いてみよう」

 

 

しばしの沈黙のあと、老政治家が発した言葉にコンラッドは口を引き締めた。

 

 

「ありがとうございます」

 

「ただ、条件が一つある」

 

 

モニターの向こうの瞳が、油断なき光を放った。

 

 

「シャーロット嬢を、部隊から外すことだ」

 

 

やはりか。

 

予想されていた条件に、コンラッドはうなずいた。もとより、上院議員の娘という政治的なリスクが高い人物を、危険なものとなる作戦に連れて行くことはできない。それは理解している。

 

 

「承知しております。作戦は、我々だけで行います」

 

「よろしい。それでは吉報を期待している」

 

 

そのまま通信は切れ、モニターの人影が消えた。あとには奇妙な沈黙が残される。

 

 

「あ、あの、たいちょー、そしてみんな」

 

 

その空気に耐えられなくなったのか、シャルロッテはおずおずと口を開いた。

 

 

「その、いままでうそついてきて、ごめんなさい……」

 

「シャロ」

 

 

コンラッドは、いつもの元気さが霞のように消え失せた赤毛の少女を見据えた。その肩に手を置く。

 

 

「何も言うな。お前は本当にいい隊員だった」

 

「……はい」

 

シャルロッテはそのまま、無言で通信室を飛び出していく。




ゴップさんは「ジョニー・ライデンの帰還」では議長をしていますが、このお話では2年前なので、あえてまだ議員に設定しています。


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決意

今回も原作キャラが出ます。が、変化球と思う人もでるかも。


それからの動きは早かった。

 

 

連邦軍経由の正式な命令が届けられ、放置状態だった「ドーバー」の修理が一気に行われていく。

 

といえども、作戦開始日まで3日しか時間的余裕はなかったので、行われた修理は、

 

・右舷モビルスーツデッキは復旧せず

・損傷した対空レーザー砲は格納機構を省略、むき出しのまま搭載する

・エンジンはメインエンジンのみ調整、破損した副エンジンは修理せず

・通信用アンテナはユニットごと全交換

 

という戦時の突貫工事そのものとなった。

 

幸いにも、左舷モビルスーツデッキはほぼ無傷だったためにコンラッド隊のモビルスーツ3機を整備、発艦させるのには支障はない。

 

それでも問題は山積しているので、シャルロッテと別れたあとのコンラッドとトシコは、ほぼ不眠不休でチェックやスケジュール調整に明け暮れていた。

 

そして出撃前日。

ふと、コンラッドは書類が映し出されたモニターから顔をあげた。こりにこった肩をほぐすように首をぐるりと回すと、オフィスから出ていこうとして、トシコからの視線を浴びる。

 

 

「煙草吸ってくる」

 

「吸わないでしょう。それに、原則コロニー内は禁煙です」

 

「んじゃコーヒーで」

 

「お早いお戻りを」

 

 

オフィスを出て、休憩所へと足を進めようとしたが、ふと思い立ち逆の方向へコンラッドは歩を進める。

 

しばらく歩くと、カーテンで区切られた区画が見えてきた。「ドーバー」の紋章をあしらったそこをくぐり抜け、扉をノックする。

 

 

「入りたまえ」

 

 

「艦長室」とプレートがかけられたそこをくぐると、戦闘艦とは思えないほど気品のある部屋が目に入る。

 

この部屋の主であるサウス艦長はコンラッドの姿を認めると、デスクの椅子から腰を上げ、ソファを勧めた。彼が腰を落ち着かせると、自らも対面に座る。

 

 

「出撃前日とあってはさすがに酒というわけにはいかんな。コーヒーを出そう。厨房から直送の挽きたてのやつだ。艦長の特権というやつだな」

 

「有り難くいただきます」

 

 

しばらくして、艦長付きの従兵によって持ってこられたコーヒーは、普段カフェイン補給のために飲むものとは比べ物にならない味と香りだった。

久しぶりにコンラッドは地球の味、というものを堪能した。

 

 

「やはり、サイド3駐留艦隊は動かんそうだ」

 

 

コンラッドが飲みきったところを見計らって、サウス艦長はぽつりと切り出した。

 

 

「いざというときの最後の盾ですからな。いたし方ないかと」

 

「その代わり、ジオン共和国軍が同行するらしい」

 

「彼らですか」

 

 

内心の失望を押し隠しつつ、コンラッドは応える。

 

ハイザック主体のジオン共和国軍は、確かに残党より機材の質では上回っているがとにかく士気が低く、下手すれば内通の危険すらある。

 

特に、スペースノイドから蛇蝎の如く嫌われているティターンズの士官が率いるとなればなおさらだ。

 

 

「まあ、なんとかなるでしょう。というよりなんとかします。もうこうなっては意地でもありますから」

 

「意地か」

 

 

サウス艦長は自らのカップに残っていた黒い液体を飲み干した。そのままソーサーに置くと、改めてコンラッドと向き合った。

 

 

「ひとつ聞いておきたい。君がそこまでこの作戦にこだわる理由とはなんだ? 確かにカッシング大佐の裏切りはその理由にはなるが」

 

「そうじゃありません」

 

 

手を組み、そこに視線を落としたまま、コンラッドは沈黙した。話すべき言葉を探している部下に、サウス艦長はポットのコーヒーを空になったカップに注いでやる。

 

 

「……わたしは三年前、30バンチにいたんです」

 

「例の事件か!」

 

 

ティターンズの悪行の中でもひときわ際立つ、反連邦デモ鎮圧のために、当時使用が禁止されていたG3ガスをコロニーに注入、1500万人を虐殺した「30バンチ事件」がコンラッドの口から出てきたことに、サウス艦長は驚きの声を上げた。

 

 

「弁解するわけではないですが、わたしがいたのは外周警備です。寄せ集められた部隊の統率をしていたのですが」

 

 

コンラッドの脳裏に、ザクマシンガン改を突きつけてくるハイザックの姿が浮かんだ。そして響く、命令に従え、という声が。

 

 

「あの時、確かにわたしは自分を裏切りました。だからこそ、二度と民間人をどちらの側であろうともテロの脅威に晒したくない。そう、願っております」

 

 

部下の告白に、サウス艦長は先程のコンラッドの鏡写しのように考え込んだ。いくばくかの時が流れ、彼は口を開いた。

 

 

「……君は、整備班長から聞いたりして、この艦の過去を知っているかね」

 

「いえ、彼は実務的なことしか話さなかったので」

 

「そうか。君が過去を打ち明けたのなら、私も語ろう。この艦は五年前、コロニーの阻止限界点にいた」

 

「0083……、デラーズ……、まさか!?」

 

 

ペガサス級で、デラーズ紛争に参加した艦は一隻しかない。その艦の名前は。

 

 

「この艦の前の名はアルビオン。核搭載型として試作されていたガンダム2号機を、デラーズ・フリートに奪われ、終わり無き追撃を行った艦だ。だが、その結末は君も知っているだろう」

 

 

そう、あのときの連邦軍はすべて後手を踏んだ。結果、コンペイトウでの観艦式を襲撃され、ガンダム2号機の核弾頭により参加艦艇に大被害をこうむり、あげくに北米穀倉地帯にコロニー落下まで許したのだ。

 

皮肉にもその行為こそが、ティターンズの設立に決定的な追い風となり、宇宙市民はさらなる弾圧に晒される事になるのだが。

 

 

「歴史に『もし』はない。しかし、私は思うのだ。もしあのとき、もっと良い手を打てていたら、歴史はもっと穏やかなものになったのではと。そして、君の苦悩も無かったのではないかと」

 

「まさか、あなたは」

 

「私は死人だよ。墓を掘り起こしてくれるな」

 

 

さみしげに笑う艦長の言葉に、コンラッドは口をつぐんだ。

 

彼は知っていた。最善を尽くしたはずなのにすべてが裏目に出てしまった男を。

結果としてデラーズ紛争での責任を一手に引き受け、極刑に処されたとされる一人の男の名を。

 

 

「今度は、成功させましょう」

 

 

長い沈黙のあと、コンラッドはそれだけしか言えなかった。それで十分でもあった。

 

 

「ああ」

 

 

そうして、艦長は立ち上がった。それが会話の終わりの合図だった。

去り際に、コンラッドはポットを取り上げる。

 

 

「サウス艦長、このコーヒーは貰います。うちの怖い副官がそろそろしびれを切らしている頃ですので」

 

「ポットは主計科に返しておけよ」

 

 

答えを背に、コンラッドは艦長室を出る。

 

そして扉が閉まる前に、コンラッドは艦長のひとりごとであろう声を聞いた。

 

「『ガンダム』を追い、テロを阻止するのは、この艦の宿命なのやもしれぬ」

 

 

 

出港当日。

 

コンラッド隊は「ドーバー」のブリーフィングルームに集合していた。

 

しかし、空席がひとつあるのがどこか寂しさを感じさせる。

 

 

「目標地点は資源採掘用アステロイドベルト区画のひとつ、通称『オイル・アレイ7』。

ある程度の資源が採掘されたあと、事故が発生しデブリが大量発生し、採算割れを起こしたので放棄された区画です。

衛星ミサイル施設が隠匿されるだけあって、周辺宙域はデブリが多いので注意するように。

また、衛星ミサイルというリスクも存在するので、母艦は後方に待機。モビルスーツ隊はプロペラントタンクを装備して出撃します」

 

 

大型モニターに映し出される図面に示されているルートを指しながら、トシコは流れるように説明していく。

 

 

「目標は、採掘所時代、岩塊に作られた作業施設を転用した指揮所、コードネーム『ギガース』。

軍用とまではいかないまでも、事故に備えてある程度の装甲は施してあります。なので、ビーム兵器の使用を前提として攻撃を行います。なにか質問は」

 

 

説明が一段落ついた時、カイルはおずおずと手を上げた。

 

 

「カイル少尉、なにか」

 

「あの、こう言っちゃなんすけど、ジオン共和国軍の方たちは? 共同作戦っすが呼ばれてないっんす?」

 

 

たちまちのうちに表情が険しくなるトシコを見て、カイルは地雷を踏んだ、と質問したことを後悔した。

 

 

「かれらは、独自に動くそうだ。どうやら身内の不祥事は自分たちで解決したいらしい。こちらから資料は送っておいた」

 

 

吐き捨てるような答えに、どれだけ邪険な対応をされたのか、とカイルは首をすくめた。

 

ふたりのやりとりを聞いていたコンラッドは重々しく口を開く。

 

 

「今回のミッションはかなり厳しくなる。しかし、やり遂げなければまたテロの連鎖が起き、地球も宇宙もさらに傷が深くなる。どうか、皆の力を貸してくれ」

 

「つまりいつもの我々の仕事ですね。長引かせず、すぐに終わらせましょう」

 

「先輩方から見ればまだまだですが、シャロ先輩の分まで頑張りますっす!」

 

 

自らが鍛え上げた、気負わぬ部下の返事に感謝と頼もしいものを感じながら、コンラッドは叫んだ。

 

 

「第31任務部隊、出撃!」




0083のOVA最終巻、エンディングで流れる「彼」の運命に理不尽さを感じてはや31年。自分なりに「もし」を込めて書いてみました。


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飛翔

「ドーバー」が駐屯基地から出撃してから半日後。

 

 

「エージェントさんとの待ち合わせの場所はここ、かな。軍用デッキなんだけど……」

 

 

着慣れた黒い制服から、タンクトップにウインドブレーカー、長めのズボンと簡素な私服に着替え、小さなボストンバッグを持ったシャルロッテはあたりを見渡す。

 

緑が形成された居住区とは違う、無重力対応型のクレーンや作業用プチモビが並ぶ殺風景な光景は、待ち合わせ場所というには少々奇妙だった。

 

その様子は軍港に間違って入り込んだハイティーンの少女、としか見えない。

実際、先ほども警備兵に絡まれかけたが、殴るようなことはせずに身分証を突きつけて黙らせた。

 

そうして落ち着かなげにあたりを見渡していたシャルロッテが、突然振り向いた。

そこには、いつのまにかでっぷりと太った、悠揚迫らぬを体現したような人物が護衛とともに立っていた。

 

 

「おお、シャーロット嬢、相変わらずカンが鋭いな」

 

「伯父様! 宇宙《そら》に上がっていらっしゃったので!?」

 

「私もいつまでもジャブローのモグラと言われるのは業服なのでな。まあ、ジャブローのオフィスはもう消滅してしまったが。快適だったのだがね」

 

相変わらずとぼけたような物言いのゴップに、シャルロッテはやや戸惑いながらも、姿勢を正して言った。

 

 

「伯父様、この度は色々手を回していただいてありがとうございました」

 

「なに、子供に範を示すのは大人の義務だ。気にすることはない」

 

 

ゴップの言葉に、シャルロッテはかすかにうつむいて唇を引き締める。子供でないことを証明したいがために軍に志願したのに、結局、大人を頼ってしまった。

 

その様子を見ていたゴップはふ、と微笑むと、後ろに控えている護衛をちらりと見ると、指を鳴らす。

 

すべて同じ格好のせいか、どこか無機質にも見える彼らのひとりがシャルロッテの前に進み出て、スーツケースを差し出し、開ける。

 

そこには、黄色く生地が染められている女性用の、連邦軍標準ノーマルスーツがあった。

 

「伯父様、これは……!」

 

「さて、『シャルロッテ・ラガルト少尉』、君にはふたつの選択肢がある」

 

 

困惑するシャルロッテを見つめながら、ゴップはかつて己の職で行ってきたように、重々しく宣言した。

 

 

「ひとつはこのまま私と一緒に同行し、家に帰ること。もう一つは」

 

そのまま片手を上げると、ゴップの後ろにそびえる耐爆ドアが開いていく。

 

そこには黒と銀に彩られたモビルスーツ、そう、「ガンダム」が鎮座していた。

顔はゼータ系列だろうか。しかし、細身の体はどこか百式を思わせ、変形機構がないことをうかがわせた。

バックパックからは二本のビームキャノンが伸び、両肩から突き出てることが見て取れる。

 

 

「地球連邦軍の少尉として、第31任務部隊が運んでいた『ガンダム・レーヴァン』に乗り、作戦に参加するか、だ。君がテストパイロットとして乗る機体だった、な」

 

 

シャルロッテはうなずいたが、その表情には迷いが見える。

 

 

「でも、伯父様のお立場は」

 

「シャーロット。私が提案しているのだよ。そして、大人とは自分で決断するものだ」

 

 

諭しながら見つめてくるゴップの瞳を、シャルロッテは逆にのぞき込んだ。次の瞬間、自分のボストンバッグをゴップに投げ渡す。

 

 

「舐めないでよね、伯父様! いーい、わたしなら任務をこなしてこの子も無傷で持って帰ってきてあげるんだから!」

 

「おお、私の知るシャーロットに戻ったようだな? では、あの夏の別荘のときのように、大漁を期待しよう」

 

「任せて、伯父様!」

 

 

その勢いのまま、シャルロッテは跳ねるようにゴップの体に飛び込みぎゅっ、と抱きついた。

そして、そっと耳に口を寄せてささやく。

 

 

「でも伯父様、こういうやり方はわたし以外にしちゃ駄目だよ。カンのいいコだと嫌われちゃうから」

 

「心しておこう」

 

 

敬愛する伯父代わりの人物から体を離し、シャルロッテは「ガンダム」を見上げた。

 

物言わぬ鋼の巨人は、ただじっと自らの操り手を見つめていた。

 

 

目の前で、次々にモニターに火が灯っていく。

 

ノーマルスーツに着替え、コクピットに収まったシャルロッテは、その名前の由来となった「レーヴァン」と名付けられた黒に塗られた外部ユニットが接続され、機体との同期を取っていくのを確認していた。

 

エゥーゴのスーパーガンダムを範とし、限界のあるモビルスーツの航続距離・行動範囲をユニット接続により「渡り鳥」のように伸ばし、装甲、武装面も充実させることを目的として設計された「ガンダム・レーヴァン」。

 

それは、かつて計画されたGP計画三号機のコンセプトを元にして、ビグザムクラスのモビルアーマーに対抗するために肥大化した原型から、可能な限り余分なものを削ぎ落とした形にしている。

 

このタイプの機体に対処するためのアグレッサーとしてペズンに送られるはずだった機体が、いま、シャルロッテの手にある。

 

 

「待ってて、みんな」

 

 

自己診断プログラムのスキャンが終わり、すべて異常なし、と出た。同時に、整備員たちが一斉に機体から離れていく。

 

 

「伯父様、この機体、お借りします」

 

 

アイドリング状態だった核融合炉が通常出力まで上がっていく。同時に、ドッキングした「レーヴァン」のポンツーンが「ガンダム」を抱え込むような形へと変形し、「Gフライヤー」と呼ばれる巡航形態へと変形した。ゆっくりと前方の発進口が開いていく。

 

 

「いくよ、『ガンダム』! 全てはティターンズの理想のために!」

 

 

あのとき上官が啖呵を切ったときの台詞を、シャルロッテが叫ぶのと同時に、出撃指示灯が発艦許可を示すグリーンに切り替わる。

そして、リニアカタパルトは彼女を乗せた白い機体を射出した。それは放たれた矢のように、急速に遠ざかっていく。

 

 

「行ったか」

 

 

管制室で小さくなっていく光を見つめながら、ゴップはひとりごちる。

 

 

「さて、今回は永遠の厄介者とは言えんからな」

 

 

手を振り、人払いをさせると携帯型端末を取り出す。

無人となった管制室に呼び出し音がかすかに響き、相手が出る。

 

 

「うむ、ご令嬢はいま行ったよ。さて確認だが、彼女を使って君は何を成すのかな?」

 

 

相手からの声が返ってくる。

 

 

「サイド3のテロ攻撃を防ぎ、連邦支持を上げることにより、アクシズの浸透を可能な限り抑え込んでいきます」

 

「作戦が失敗したときは」

 

「後詰めの連邦軍を動かし、サイド3周辺にミノフスキー粒子を大量に散布させ、実質封鎖させます。テロ攻撃を防ぐためとあっては彼らもノーとは言えないでしょう。しかも実質、身内の反抗ですから」

 

「作戦が成功したときは」

 

「その時にはわたしの娘は『英雄』になってもらいます。放蕩娘には過分な対応かもしれませんが」

 

「よろしい。しかし、君はもう少し娘に目をかけたまえ。だから家を飛び出されるんだよ。ジョン・バウアー君」

 

 

通話が終わり、ゴップは光が消えていった宇宙空間を見据えた。

 

 

「人と違う能力があるというのは大変だな、シャーロット嬢。だが、無事に帰ってきたまえ」

 

 

 




今回はタイトル回収会。
なお、シャルロッテは天然物です。


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激闘(前)

今回は前編です。
いよいよクライマックスに。


「よくもまあここまでの戦力をそろえたもんだ!」

 

 

滑るような動きで自らの機体を岩塊の影に隠し、上半身を露出させないようにしつつ腕だけ突き出しビームライフルのセンサーを使用し、狙撃しながらコンラッドはぼやく。

その機体はザクの爆発に巻き込まれかけたときのまま、あちこち塗装が剥げている。

 

 

サイド3より、距離にして一日ほどかかる資源集積所、オイルアレイ7での第31任務部隊・ジオン共和国防衛隊とジオン残党の戦いは、さらに加熱していた。

 

予定通り、第31任務部隊のモビルスーツ隊単独で進出し、偵察・進路確保を行いながら進んでいると、相手の待ち伏せに出くわしたのだ。

 

 

「相手もコトが成るか成らないか瀬戸際ですからね。在庫の総ざらいをしているものかと。一機撃破」

 

 

後方に陣取ったトシコの放つフェダーインライフルの一撃が、突撃してきたドラッツェの半身を吹き飛ばす。

 

 

「でも時間稼ぎされたらやばいっすよ。相手はそれが目的でしょうし」

 

 

突撃を囮にした側面迂回をミサイルの斉射で潰しながら、カイルも応答する。

 

 

「露払いは俺たちがやっているから、あとはジオン共和国軍が仕事をするかしないか、だな!」

 

 

不用意に顔を出したザクの頭を吹き飛ばしつつ、コンラッドは答える。

 

その言葉が届いたわけでもないだろうが、後方からスラスターをふかし、ハイザックの一団がコンラッドたちを追い抜いていく。

 

ジオン共和国にとっては虎の子の、最新鋭の機体を投入するというところに、今回の事件が危機感を持って受け止められているということを示していた。

 

サイド3の期待に答えるかのように、ハイザック隊はあっという間に敵の前衛を一蹴していく。

その無駄のない動きにコンラッドは、乗り手がベテランである匂いを感じた。

 

 

「いいぞ。俺たちも続く……」

 

 

そこまで言った時、先頭の一機がいきなり爆発した。

 

続いて二機、三機とたちまち背面やランドセルを撃ち抜かれて爆散していく。

 

 

「インコム攻撃だ! おいでなすったぞ!」

 

 

すでにシャルロッテが戦ったときに、「ガンダム」が使ってきた兵器のデータは入手していた。

 

インコム。

 

小型のビーム兵器で、有線で繋がれたそれは擬似的なオールレンジ攻撃、つまり死角からの攻撃ができる。

 

有線誘導ゆえに、近距離しか使えないという欠点はもつ。

 

しかし、誘導による視界外からの攻撃は、ミノフスキー粒子によりニュータイプが操るサイコミュ兵器を除いて不可能な宇宙世紀において、極めて強力な兵器といえる。

 

 

「さすがにあの機体相手ではハイザックでは不利だ、行くぞ!」

 

 

そう列機に声をかけ、加勢をすべく遮蔽物から移動しようとした時。

 

トリコロールに彩られた、「ガンダム」、正式名称「ガンダムマークⅣ」が漂う隕石から姿を表す。

 

 

「が、ガンダム……!?」

 

「ひいっ、ガンダムだ!」

 

 

その姿を見た瞬間、ハイザック隊に明らかに動揺が走る。

 

いきなり前衛がまとめて撃墜されたのもあって、明らかに逃げ腰になっていた。

 

 

「何、どうしたの!? 資料はきちんと渡しておいたはず……」

 

 

トシコの動揺した言葉に、コンラッドは冷たい汗が背中を伝うのを感じた。

 

完全に命令系統が異なり、しかも反目している組織同士の共同作戦でしばしば露出する問題、情報共有の軽視が一気に出た。

 

しかも、ジオン共和国のベテランなら、一年戦争に参加している割合いが高い。

「ガンダム」への恐怖を現実も虚構も、骨身に染みて知っている。

 

それはビームライフルが一機のハイザックを貫いたことで確定した。パニックが広がり、ハイザック隊は露骨に後退を始めた。

 

 

「いかん、あいつを仕留めないと総崩れになるぞ!」

 

 

コンラッドはなんとか肉薄しようとするがしかし、勢いを取り戻したジオン開放戦線側の射撃が移動を許さない。

 

 

「機動兵器が機動できんとは!」

 

 

完全に釘付けにされたコンラッドは歯噛みする。そのとき、モニターの片隅に専用回線の接続を要求する表示が出た。

 

その発信主は。

 

コンラッドは無言で専用回線をオンにした。

 

 

「久しぶりだなコンラッド」

 

「つい先日会ったばかりですな。いささかノイズは多かったですが。で、逃亡した司令官殿が何の御用で?」

 

 

予想通り、それは彼らの元上官、ジョン・カッシングその人であった。

 

 

「減らず口を叩く癖は相変わらずだな。しかし、もう大勢は決した。降伏しろ。俺はこの『ガンダム』を使ってネオ・ジオンで成り上がる」

 

 

カッシングのその言葉と同時に、彼の後方にある無数の隕石群が動きだした。その中心にはそれらをコントロールしているであろう、目標たる「ギガース」も含まれている。

 

 

「あんたの野心の代償がサイド3とは、随分と割に合わん話ですな。民間人を大量虐殺するということですぜ」

 

「しょせん宇宙人にすぎん愚民どもをいくら巻き込もうが、単なる数字に過ぎんさ。我々はそんな大衆よりも価値がある存在だ」

 

 

コンラッドはため息をついた。

元同僚、現上官の歪みはわかっていたつもりだが、かつての後輩がここまで思想に汚染されるのを見るのはあらゆる意味でつらい。

 

 

「まことにもって残念ですが、わたしは三年前にそういうことはやらんと決めたのです。ほかを当たってください」

 

「そうか、ならば死ね」

 

 

回線が一方的に切られた。

 

 

「トシコ、聞いていただろう。俺が殿をつとめる。お前はカイルと一緒に引け」

 

「隊長! いけません!」

 

 

トシコの悲鳴のような声が耳朶を打つが、それを聞かなかったことにして、コンラッドは向かってくる「ガンダム」と、その取り巻きを見据える。

多勢に無勢を絵に書いたような状況だが、臆することなく立ち向かおうとしたその時だった。

 

 

「そうだよたいちょー! たいちょーはひとりじゃないし『ガンダム』は相手だけのものじゃないんだから!」

 

 

戦乙女の叫びのような声とともに、放たれたビームは槍のように先頭のドムを貫通し、それを爆散させる。

 

そして、怯んだ敵モビルスーツの集団に嵐のようにマイクロミサイルの群れが襲いかかり、あっという間に半数が巻き込まれて撃破されていく。

 

その爆風に突っ込み、Gフライヤー形態の「ガンダム・レーヴァン」が文字通りの敵中突破を行い、相手をかき回しさらに混乱を撒き散らしていく。

 

 

「先輩! シャロ先輩来てくれたんっすね!」

 

 

カイルの歓喜の声が通信に響く。

 

「シャロ、シャロか! なぜここにいる!」

 

 

対象的なコンラッドの困惑したような問いに、いつも通りの勝ち気な声が返ってくる。

 

 

「あっひどーい! だいたいあたしが黙ってテロ攻撃から逃げると思ってたのたいちょー! それにね」

 

 

相手の隊列を突き抜け、巧みに隕石混じりのデブリ群を利用しつつ反転し、再度「ガンダム・レーヴァン」は、猛禽のように相手に襲いかかっていく。

 

 

「サイド3にはわたしのおばあちゃんのお墓があるんだ! それをテロリストなんかに壊させてたまるものか!」

 

 

まったく。

あいつらしい、とコンラッドは苦笑する。

 

そして、トシコは通信ログからシャルロッテの叫びを切り取り、全回線で流し、状況の激変に戸惑っているであろうジオン共和国軍に呼びかけた。

 

 

「諸君、案ずるな。我々の『ガンダム』が来た」

 



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激闘(後)

ようやくすべての決着がつきます。
なんとかまとめれた。


その通信が流れた瞬間、ジオン共和国軍の動きが変わった。

 

 

「ガンダム……?」

「援軍がガンダム!?」

 

 

壊乱しかけていたハイザック隊の動きが明らかに変わってきた。後退をやめ、徐々に前進を始める。

 

その様子を見て、コンラッドはスロットルレバーを叩き込み、叫んだ。

 

 

「トシコ! カイル! ハイザック隊の援護に向かえ! シャロ! ここはもういい、お前は動き出した『ギガース』を狙え!」

 

「了解しました。ご武運を」

 

「わかりました!」

 

「司令塔だね、りょーかい!」

 

 

隊員たちの動きは早かった。

トシコとカイルはハイザック隊の尖峰となり、シャルロッテは実質的に宇宙戦闘機であるGフライヤーを、それと感じさせない軽やかな動きで反転させ、宙域から離れだした岩石群を追う。しかし、それを止めようとする者もいた。

 

 

「行かせるか!」

 

 

カッシングは猛攻から辛うじて無事だったガンダムマークⅣを操り、Gフライヤーの進路上にビームライフルを構える。

だが、そこに蒼い影が飛び込んできた。

 

 

「コンラッド!」

 

「ジョン!」

 

 

コンラッドのマラサイ高機動型のビームライフルが、的確にガンダムマークⅣを襲う。

しかし、その攻撃のことごとくを、マークⅣは驚異的な高機動でかわしていく。その動きに、コンラッドは驚愕した。

 

 

「シャロの動きと似ている……? いや、同じか!」

 

「ふははははは、見たかガンダムマークⅣの性能を! 貴様の部下の動きを『学習』させてもらった! そんなボロボロの機体など通用するか!」

 

 

これが機密指定になっていて読めなかったところか、とコンラッドは歯噛みする。

おそらくは次世代の学習型コンピュータなのだろう。しかし一戦闘という短期間で学習できるとは。

 

 

「この『ガンダム』さえあればどこに行こうが成り上がれる! 俺たちを利用するだけして切り捨てるような組織など頼らずともな! 俺と一緒に来い!」

 

「御免被りますな」

 

 

相手からの一撃を最小限の動きでかわしながら、コンラッドはかつての上官の誘いを再度、すげなく断った。

 

 

「何故だ! もうティターンズはおしまいだ! そうなれば、俺もお前も30バンチ虐殺の罪で軍法会議だ! 死刑だってありえる!」

 

「そのために治安維持、という筋を違えるのはわたしの流儀じゃないってだけですよ、司令殿」

 

「理解できん! 貴様も同類か! 俺を英雄とおだてあげたあげくにゴミのように捨てた奴らと! 許せん、許すものか!」

 

 

血走った目でカッシングはビームライフルのトリガーを引くが、すでにエネルギーを使い切ったそれはカチカチと虚しい音を立てるだけだった。

 

役立たずになったライフルを捨て、ビームサーベルを抜刀する。

モニターの中の傷だらけの蒼いマラサイも、それに応えるようにビームライフルを捨て、腰の後ろにマウントされていたフェダーインライフルを改装した大型ビームサーベルを抜いた。

さらにマラサイは、腰からも抜刀し、二刀の構えを取る。

 

 

「ならば、俺の野望の礎となれ、コンラッド・イステル!」

 

「お前を止めてみせる、ジョン・カッシング!」

 

 

双方の機体が交差し、ビームサーベル同士が打ち合う磁場は機体を歪ませて見せた。

 

加速して突っ込んできたマラサイの大型ビームサーベルが振り下ろされるが、リミッターを外されたガンダムマークⅣのビームサーベルはそれを受け止める。そこに左のビームサーベルが打ちかかるが、間一髪マークⅣは避け、両者は間合いを取った。

 

 

「ククク、さあ来いコンラッド。貴様のデータもほぼ集積されている……」

 

 

モニターの片隅に映し出される分析率を見ながら、カッシングはつぶやいた。

完全に学習してしまえば、機体の性能差で押し切れる。

 

相対するマラサイは半身の構えを取り、右手に持つ大型ビームサーベルを突き出した。出力が上げられさらに刀身が伸びる。

そのまま、スラスターを噴射し、マークⅣ目がけて突進してくる。

 

 

「バカめ、破れかぶれか!」

 

 

単純な突進ならかわしてしまえば、なんの脅威でもない。彼は勝利を確信した。

 

そして、一直線に突っ込んでくるマラサイをやすやすとかわしたその時、マラサイの左手がしなるように突き出された。

 

そこから伸びる何かは、蛇のようにマークⅣに食いつく。そして。

 

 

「ぐあああああああああああ!」

 

 

機体に高圧電流が流しこまれ、すべての機能が停止する。操縦の自由を失った機体は引き寄せられ。

 

 

何故だ。

 

 

それが、ジョン・カッシングの最後の思考だった。

 

 

大型ビームサーベルが、ガンダムマークⅣの胴を文字通り真っ二つにする。

 

ちら、ちら、と火花が散ったかと思うと、推進剤に着火、大爆発した。

 

それを背に、コンラッドはゆっくりとビームサーベルを腰にしまった。

 

 

「『モビルスーツの性能の差が、戦力の決定的な差ではないことを教えてやる』か……」

 

 

コンラッドは、一年戦争でもっとも有名であろう、エースパイロットの言葉をつぶやいた。

 

あえて右手の大型ビームサーベルに注目させ、その間に左手のビームサーベルを左腰につけていた「海ヘビ」とあだ名される行動阻害武器に持ち替える。

 

単純なトリックだが、初見殺しと言っていいやり方ゆえにAIでの判定も難しい。そこにコンラッドは賭けたのだ。

 

 

「これくらい、いまのモビルスーツはやれるようになってるのさ、ジョン。さらばだ」

 

 

かつての戦友に、黙礼をする。

そこに仲間たちが集まってくる。

 

 

「すごいっすよ隊長! ガンダムを倒しちゃうなんて!」

 

「残党はほぼ掃討できました。裏切り者の粛清、お見事です」

 

「まあ、なんとかなったな。あとはシャロがうまくやってくれたら上首尾なんだが」

 

 

その頃。

 

 

「んもー、しつこい!」

 

 

機体を縦横に振りながら、シャルロッテは後ろを振り返る。

背後からはどこか蟹にも似た可変型モビルスーツが三機、編隊を組んで追いかけてくる。

 

 

「アクシズの新型かぁ。この子に追いつけるとは速いなぁ!」

 

 

側面モニターに投影された機体解析では「ガザC UNKNOWN」と出ている。

叩きつけられる殺気と、それに連なるビームを巧みに避けながらシャルロッテはぼやいた。

 

 

「遊んでる暇はないから、ちょっと無茶をするよ、ガンダム!」

 

 

その言葉とともに、操縦の一部をマニュアルに切り替えた。そしてあえて直線に「ギガース」への進路を取る。

それを察知したガザCの編隊は、ガンダム・レーヴァンの真後ろにつく機動を取った。そして、彼らが射点につこうとしたそのとき。

 

 

「びっくりしちゃえ!」

 

 

Gフライヤーの中に抱え込まれたガンダムが、足を突き出すようにして逆噴射をかけると、機体がコブラが鎌首をもたげるような機動とともに急減速した。

 

旧世紀のジェット戦闘機の機動、「プガチョフ・コブラ」を思わせる機動に、シャルロッテの体には数倍のGがかかる。

対Gスーツも兼ねたノーマルスーツによって締めあげられるが、シャルロッテは歯を食いしばって耐える。

 

 

「こ、の、こうだ!」

 

 

かすむ視界の中、追跡対象が急減速することによりオーバーシュートして、逆に背面を晒すことになったガザCを素早くロックオンする。

抱えられていたガンダムはそのままビームライフルをかまえ、あっという間にガザCを撃墜していく。

 

 

「よし! それじゃいくよ!」

 

 

その勢いのまま、シャルロッテは衛星ミサイルが密集している宙域に侵入した。すると、残党軍によって衛星上に設けられたのであろう、対空レーザーが一斉に火を吹いた。

 

 

「見た目は派手だけど!」

 

 

しかし、ろくに統一指揮ができないのか、その火箭はまったく漆黒の機体を捉えきれない。

 

 

「ちょい、ちょいと……、軸線乗った! いっけー!」

 

 

「ギガース」の正面に設けられた指揮所を照準に捕らえ、シャルロッテはトリガーを引き絞った。機体側面に取り付けられたロングビームライフルが閃光を吐き出し、ビームが指揮所に放たれ、

 

届く前に霧散した。

 

 

「ビーム撹乱膜!? そんなものまで!」

 

 

シャルロッテはモニターに出た分析結果を確認し、思わずうめく。しかし、まだ彼女は諦めない。

 

 

「ごめんなさい、約束破ります伯父様!」

 

 

即座にコンソールを操作し、コマンドを打ち込んでから非常用レバーを出し、それを思いっきり引く。

 

 

「この機体、無傷で持って帰れない!」

 

 

勢いを落とさぬままガンダムから切り離されたフライヤーは、即座に戦闘機のかたちに変形し、指揮所に突っ込んでいく。

 

漆黒の色のそれは、獲物を襲う烏のごとく指揮所に突入し、大爆発を起こした。

 

それでも、隕石衝突を想定して作られた指令所は耐えていた。

しかし、大気のない宇宙空間であろうとも、ビームライフルで狙撃できるほどの穴をビーム撹乱膜に開けるには十分だった。

 

 

「今度こそ、いっけええええええ!」

 

 

そして、「ガンダム」から放たれたビームの一撃は、巨大な敵を正確に撃った。

 

 

残敵掃討をしながら、第31任務部隊とジオン共和国軍はいまだ進む隕石群にようやく追いついた。

 

その時、一定の速度で進んでいた隕石群の隊列が乱れ、あちこちで衝突が起こりだす。

 

 

「これは……!?」

 

「中心部からの誘導電波の途絶を確認。うちの放蕩娘が成功したようです」

 

「さっすがシャロ先輩だ!」

 

ほどなくして、一機のモビルスーツが向かってきた。そして元気な声もまた聞こえてくる。

 

 

「みんな、おまたせだよ!」

 

 

その、「ガンダム」を見たハイザック隊から歓声があがる。

 

 

「ガンダム!」

 

「ガンダムだ!」

 

 

無線に響く声に、コンラッドは苦笑しながら言った。

 

 

「さあ、みんな帰るぞ。このままだとシャロが踊りだしかねん。いくぞ、『ドーバー』へ!」

 

 

そして、彼らは母艦への会合予定ポイントへと向かっていった。

 

 

 

時に、0088.2月5日。

第31任務部隊は作戦完了せり。




ようやくエピソード終了。
あとはエピローグに続きます。


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epilogue

むちゃくちゃ時間がかかりましたが、エピローグ完成です。
いや決してディアブロ4にハマっていたわけではクソっユニークが出ねえ。

それはそれとして、コンラッドたちの行き着く先がどうなったか、どうかお確かめください。


四年後。宇宙世紀0092。

今日も抜けるような青空だった。

 

 

「ちょ、ジムストライカーすか!? マジ博物館モノっすがこれレストアするんすか!?」

 

 

カイルの呆れた叫びがオーストラリアの青空に響きわたる。

 

 

「無駄口を叩くなアイランド少尉。ただのレストアではない。全周モニター化、新型核融合炉への換装でどれだけ出力が上がるかのテストも兼ねてる」

 

「実質ジムⅡ化みたいなもんじゃないですか! ああ、向こうのチームみたいにバイアランに乗ってみたい……」

 

 

二人の部下の見ようによっては微笑ましいやり取りを、コンラッドは離れたところから眺めていた。

 

四年前、あの作戦が終了してからすぐに、サイド3へのアクシズの浸透が表面化する。

 

もはやプロパガンダなどやるいとまもなく、「ドーバー」は夜逃げ同然に帰港したばかりのサイド3から、1名のVIPを乗せて出港する羽目に陥る。

 

地球本星艦隊基地である、低軌道連絡宇宙ステーション、「ペンタ」に到着すると、VIPと他の1名を降ろし、「ドーバー」は地球に降下した。

 

それからコンラッドたちは「ドーバー」を降り、それから地球の基地をドサ回りしていく。

キャリアは改ざんされ、エリートではなく一般の兵士として。

 

そして今は、ここオーストラリアのトリントン基地に腰を下ろしている。

 

 

「そう言えばシャロ先輩、どうしているのかなぁ」

 

「噂では政財界のお偉方に混じって、慈善パーティや寄付の看板になったり忙しいようだ。のんきなものだ……、と言いたいところだが、彼女がいなければわたしたちも今頃アクシズか、火星か」

 

「それはマジ嫌っすねえ……」

 

 

そう、結局彼女のおこぼれに預かって、俺たちはここにいるようなものだ。そう、コンラッドは想う。

 

俺個人に限っても凶状持ちとも言える身分だが、冷たい宇宙の果てではなく、大地にいることができる。贅沢を言えばコーヒーのいいやつが手に入らないことだが。

 

いや、地球産のコーヒーが手に入ってもだ。

 

以前偶然に、テレビに映る「シャーロット・バウアー」を見たことがある。

笑顔をふりまき、綺麗なドレスを身につけているその姿は何も苦労がないように見える。

 

しかし、あのティターンズの日々を知るコンラッドの目には、その姿は風切羽を抜かれ、飛び立てない白鳥に見えた。

 

シャロ、「作られた英雄」になるな。あいつは、ジョンはそれで全てを失ったのだから。

 

身勝手だとは思いつつ、コンラッドはそう祈るしかなかった。

 

 

「大尉、その、お客様です」

 

 

そう物思いにふけっていると、整備員から声をかけられた。

 

「お客様? こんな田舎まで、追いかけて来る女はいないつもりだったけどな?」

 

 

トシコの強烈な冷たい視線を感じつつ、コンラッドは返す。どうにもいつまでたってもこの軽口だけは変わらない。

 

 

「いやその、なんというか。ヒシカワ中尉とアイランド少尉もご同行をと」

 

「わたしも」「自分もっすか」

 

 

三人は互いの顔を見合わせた。

 

 

「いやいや、あなたたちのような高名な方々がこんな辺境までよく来ていただきました。コーヒーは軍隊風ですが一杯いかがですか」

 

 

ソファに座って、目の前のふたりの人物と対面したコンラッドは、自分の声が若干震えるのを感じた。後ろの二人にいたっては直立不動となっている。

 

 

「世辞はいい。要件だが、単刀直入に言う。我々の部隊は人員を補充中だ。ジョン・バウアー議員とその娘さんから、君たちのことを推薦された」

 

「シャロ先輩! 俺たちのこと忘れてなかったんだ!」

 

 

目を輝かせたカイルの脇腹に的確にトシコの肘が突き刺さった。悶絶するカイルを尻目に、コンラッドは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「たしかにそれについては『慣れて』おりますな。そして、あなた方の部隊の任務からすると、ついにあの仮面の男が動きますか」

 

 

「言っておくが、かつてのティターンズのように強権的な捜査権はない。規模も一個艦隊がいいところだ。それでも我々はやらなければならない」

 

 

片方の人物の黒目がちな瞳が、真剣な眼差しをもってコンラッドを見つめる。

 

 

「そうですな、そろそろ地上の重力に縛られているのも飽きました。わたしはどんな待遇でも行かせていただきますが、お前たちは?」

 

「わたしはいつでも隊長のお側に」

 

「お、俺は問題ないっす!」

 

 

部下たちの返答に、コンラッドは笑みを深くする。

 

 

「決まりだな。それではよろしくお願いします、ブライト・ノア大佐」

 

 

手を差し出し、ふたりと握手する。

 

 

「俺も同期だな。よろしく、コンラッド・イステル大尉。ロンド・ベルにようこそ」

 

 

コンラッドの手を握り返しながら、目の前の青年、アムロ・レイは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

Fin




というわけで、「ティターンズの理想」、完結です。
最後に逆襲のシャア「MAIN TITIE」の音楽が読者様の心に流れたのなら、作者にとって望外の喜びです。


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