こんなスターレイル (霧里)
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ある日のラウンジで

二次創作にありがちな色々。

設定ミス、解釈違いは許して欲しい。

ゆづき←うちの子の名前


「もうっ、ゆづっ! ウチの真似するのやめてってばっ!」

 

豪華な内装、優雅な音楽。

何処を切り取っても特等席に映る列車内に響いたのは、あんまりにも日常的な声だった。

 

桜色の髪を逆立て、丸っこいほっぺを更に膨らませた なのかが、肩を怒らせて見せる。

その勢いに気圧された ゆづきは、金色の瞳を見開くと、きょとんと驚きの顔に囚われていた。

 

「お、ぉぉぅ。なの…えっと、ごめんね?」

 

喧嘩するほど仲がいい。こんな時でさえ、お互いを愛称で呼びあったまま。

それはまるで、幼馴染のじゃれ合いで、付き合いの長い姉妹の戯れの様でもあった。

 

それでも、流石に今日は懲りたのか。

一見 肩を落とした風に、扉の向こうへ流れていくと、入れ替わりに丹恒が顔をのぞかせる。

 

「ゆづき? おい、なんの騒ぎだ?」

 

問いかけに背を向けたまま、その脇を器用にすり抜けると、ゆづきは車両の奥へと消えていった。

 

「三月」

 

居なくなったものはしょうがない。ゆづきを追いかけて問い詰めるより、そもそもが聞こえた大声の主を問い正す方が早かろうと、丹恒は鋭い視線を なのかへと向ける。

 

「あ、丹恒。ごめんね騒がしちゃってさ」

「謝罪は良い。原因を話せ」

「もう、丹恒ってば、そういうとこだってからに」

 

ともすれば冷たくも聞こえる丹恒の言葉。

そうじゃないとは分かっていても、やはりバツは悪く、兄に睨まれた妹の風体で、なのかは唇を尖らせた。

 

「ほら、あの子ったらウチらの真似するのがブームみたいな所あるじゃん? それでちょっと、つい、声を、大きくしすぎちゃって…ね?」

「なるほど」

 

どこか、言い訳をするような雰囲気の なのかに一つ頷き、丹恒は ゆづきが消えていった扉の方へと視線を向けた後、静かに目を閉じた。

 

「存外、アイツも不安なのかもしれんな」

「不安ってそんな…。いやいやいや、だってゆづき だよ?」

 

何を納得したもんか。丹恒の答えに、なのかは大げさなぐらいの反応を返さずに居られなかった。

 

何時も飄々としていて、何を考えているのか分からない。

居なくなったと思ったら、しれっとした顔で戻ってくる。

「任せて」と出どころの分からない自信は、いつになく自分達を不安にさせてくれたものだった。

 

「言いたいことは分かる。普段が普段だ…。何を考えてるか分からんというのもな」

 

皆まで言わない なのかの振りに、丹恒も頷いて見せると、次の言葉に繋がる少しの間。

その一呼吸分の隙間に、一日千秋分の溜息を吐き出していた。

 

「だが、忘れてはいないか? アイツは、あれでも記憶喪失なんだ」

 

宇宙ステーション・ヘルタで、ゆづきを助けたまではいいが、その以前の記憶がまるでない。

その後、火急の自体も手伝って、三月と二人で行動させて以来、彼女によく懐いているようではあった。

 

同年代の同性同士に加え、三月の性格もある。

馬が合っていたのかと思っていたが、改めて見ると刷り込みにも近い依存の影が見えないでもない。

 

それは、悩みなど無縁のように見える ゆづきが滲ませた、少女らしい不安。

そう思えばこそ、似た者同士か、彼女が三月に懐く理由も分からないでもなかった。

 

「そういった不安は三月、お前の方が分かるだろう? 先輩風を吹かせるのなら、ちゃんと面倒を見てやるんだな」

「先輩風だなんて…」

 

丹恒に指摘されて、言葉を飲み込む。

同年代のお友達、それも始めたできた後輩に、はしゃいでしまった部分が無いはずがない。

自分にだって自覚があるのだから、丹恒に気づかれてないはずがないのだ。

 

それはいい。

 

ちょっと調子に乗ってましたって、恥を忍べばそれで済む。

 

そんな些細な見栄よりも、自分が自分を許せなかったことは。

 

「あぁぁ、もうっ。し、失敗したぁ…ウチのバカぁ」

 

唸って悶て頭を抱えて、なのかは自分の頭を叩き出していた。

 

記憶喪失。その空虚感は身をもって分かっている。

知識だけは人並みに残っていても、そこに至るまでの経緯が何もない。

足場もないのに立っていろだなんて、出来るわけもなく、その不自由さにどれだけ藻掻いている事か。

 

忘れてた。忘れてしまっていた。

 

ゆづきが あんまりにもあっけらかんとしていたから、不安の種を見つけて上げられなかった。

「ちゃんと面倒を見ろ」丹恒に言われた小言は数え切れないけれど、これ以上に耳が痛い言葉も無い。

 

「何処へ行く?」

「ゆづきの所っ、謝んないとっ。一人にしておけないじゃんっ」

「待て。あいつがしつこかったのも確かだ。たまには良い薬なんじゃないか?」

「丹恒っ、アンタそういう所だかんねっ。直したほうが良いよっ」

 

ビシィっと丹恒に指を突きつけた なのかは、そのまま ゆづきの後を追うように扉の向こうへと消えていった。

 

「良いわよね、若いって。仲良くケンカ出来て羨ましいわ」

 

ラウンジであれだけ騒いでいたのだ。当然他の者に聞こえていないはずもなく。

一部始終を眺めていた姫子は、駆け出す なのかを見送りながら、丹恒へと声を掛けていた。

 

「姫子。前から聞きたかったのだが。それは振りなのか?」

 

冗談めかして若い若いと、口癖のように聞こえる度に気にかかる。

確かに自分たちよりは大人だろう。三月や、ゆづき、彼女たちに比べれば、その落ち着き様は妙齢の女性と言って差し支えはない。

 

だがしかし。自分を年寄り扱いするような、その言動はいかにも自虐的で、あるいは承認欲求から来てるであろう、ゆづきの言動にも近いものを感じずにはいられなかった。

 

「振り?」

「君もまだ若いじゃないか。と、言われたいのかと気になってな」

「丹恒。アンタそういうとこよ」

 

無遠慮というか、気の置けない関係といえば聞こえは良いけれど。

それでも、大人の女性をからかうには刺々しい物言いに、さすがの姫子も眉根を寄せてしまっていた。

 



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迷子の迷子の

「あ、いた。ゆづ…アンタなんでウチの部屋いんのよ。列車中探したじゃん」

 

灯台下暗し、丹恒ならそうとでも言うのだろうか。

ゆづきの姿を求めて列車内を右往左往してた なのかは、その最後に自分の部屋の扉を開いていた。

 

扉の向こう。見慣れた部屋の休憩スペース。

クマのぬいぐるみを抱えていた ゆづきは、何をするでもなく、壁を飾っていた写真に向けられている。

 

一体どういう心境だったのか。2度と忘れないようにと、撮り始めた思い出の記録。

それは、ゆづきにとってどう映っているのか、変化に乏しい表情からは察することさえ難しい。

 

「なの? どうしたの? そんなに慌てて」

 

今気づいたと言わんばかりだ。

写真を眺めていた視線が扉に向けられると、綺麗な金色の瞳の中に、なのかの姿が映り込んだ。

 

「写真。何か面白いの映ってた?」

「ううん。私の知らない なのがいっぱいだなって」

「そりゃ、アンタとの思い出なんて撮り始めたばっかだし」

 

パシャっと、不意打ち気味に焚かれるフラッシュの明かり。

そこに映っていたのは、突然の強い光に、中途半端に目を閉じかけている ゆづきの顔だった。

 

「あははっ。変な顔」

「不意打ちは良くない。取り直しを要求する」

「いいよ。はいっピースっ♪」

「いぇーい、ピース」

 

カメラを掲げ、狭いファインダー内に二人で寄り添う。

ピースとピース。二人で同じ形を作ると、満面の笑みを浮かべる なのかと、小さく微笑む ゆづきの笑顔が写真を彩った。

 

「ごめんね、急に大きな声出して。驚いたでしょ?」

「まあ、少しは。そんなに、似てなかったかなって」

「いや、そこじゃないんだけど…」

「そうなの?」

「そうなの」

 

だけれど、それをゆづきに指摘した所で、あんまり理解してくれそうにはなかった。

何が楽しくって、この子がウチらのマネをしてるか分からないけれど、それはやっぱり丹恒が言っていたみたいに「不安」という言葉がしっくりくる気がした。

 

「ああっ、私のアルデバランが…」

「何がアルデバランよ、ウチのクマに変な名前つけんなし」

 

ゆづき が抱えていたクマのぬいぐるみを取り上げると、なのかは ゆづきの方へと身体を寄せる。

そのまま、空っぽになった膝の上、柔らかい太ももを枕に変えると、コロっとその場で寝っ転がった。

 

「なの?」

 

不思議そうな顔を浮かべながら、金色の瞳が見下ろしてくる。

キラキラしていて、お星さまみたいで。手を伸ばせば触れられる距離に伸ばした指先は、そっと彼女の頬に触れていた。

 

「やっぱり、ゆづき も不安だったりするの?」

「不安? は、分からないけど。もしかして、心配してくれてたの?」

「これだもんなぁ。そりゃ、するでしょ…アンタすぐ無茶なことするんだもん。何度心臓止まりそうになったか」

「安心して良い。私は2回くらい止まってる」

「得意げな顔しないっ。アンタのそれは余計不安になるわっ」

「なの、痛いよ。ほっぺひっぱらないで…」

 

触れた指先でつまみ上げ、柔らかい頬を思いっきりつまみ上げると、ゆづきの綺麗な澄まし顔にもシワが寄っていった。

 

「そりゃさぁ、一緒に来てくれたことは嬉しかったけど。やっぱり、アンタからしたらいきなり宇宙に放り出されたようなもんじゃん? 開拓だって夢はあるけど、危険に巻き込んだのはそうだし…」

 

言い出したらキリがない。もしかしたら、自分が強く言い過ぎたせいで、彼女は断りづらかっただけじゃないのかとか、フォローするつもりで連れ回して、何度彼女に助けられてしまった事か。

 

「その、嫌になったりしてない?」

「それは…なの の事?」

「まあ…色々」

 

そうだとは言い出せなかった。仮にそうだと言って、頷かれたりした日には、かなりヘビィに響いた事だろう。

 

「あの写真」

「ん、あれって…」

 

言葉を濁した なのかの代わりに、顔を上げたゆづき は、壁に飾られていた写真を指さした。

 

「そう、なのかが最初に撮ってくれた写真。あっちの写真もそう。目が覚めてからずっと、なの と一緒だったから、寂しいとかは無かった、かな?」

「え、なに、ウチ…そんなに ゆづ に構ってた?」

「うん。お姉さん風吹かせてて、可愛いとか思ってた」

「うそ…。ゆづきにまで言われた。ちょっと恥ずかしいんですけど」

「それは心外」

 

クスリと、小さく微笑むゆづきに見つめられた なのかは、染まった頬を隠すように寝返りを打った。

「くすぐったい」そうは言っても嫌がりもせず、お腹に顔を押し付けられた ゆづきは、なのかの頭を撫でると、その桜色の毛先を巻き付けながら小指を遊ばせる。

 

「だけど、今だってほら? なの が探してくれるだろうからって、待ってたんだけど」

「ん、じゃあなに? そのためだけにウチの部屋にいたの?」

「寂しいって言えばそう。なの が全然来てくれなかったら、それが少し。あ、勝手に入ってごめんなさい」

「いや、それは別に良いんだけどさ」

 

そんな見つけて欲しいなら、自分の部屋にでもいたら良かったのに。

それなら一番最初に見つけてあげられた。

だけど、部屋に居着かないというのは、自分も大差はないもので、なんとなくでも、その気持は分かるような気がする。

 

でも、結局、ウチの心配は全部杞憂でしか無かった。

ゆづきはイヤイヤ連れ回されてるわけでもなければ、心細い思いをしてた訳でもない。

だけどそうなってくると、何故? と、最初の疑問に戻ってしまうのは当然で。

 

「だったらアンタなんで、ウチらの真似ばっかしてんのよ。子供みたいにさー」

「それは…そう。皆の良い所を真似できたらって」

「うっ…それは、なんか、急に叱りづらいな…」

「ごめん、嘘。なの の反応が面白いから、つい…」

 

ついと嘯き、視線を逃がす ゆづきの仕草に力が抜けていく。

 

心配して損したとは、言葉以上に初めて実感させられた気分だった。

 

まあ、何でもないならそれでいい。

 

それならそれで思う存分やり返せるのだからと、気合を入れ直したなのかは、ゆづきのほっぺを両手で捕まえていた。

 

「はぁ…。素直で宜しいっ!!」

「ぬぉぅぅぅ、ほっぺ、ほっぺちぎれるぅぅ」

 

一通り、なのかの気の済むまでやり返した後。

ゆづきの白い肌には、なのかの赤い手垢が付いていた。

 



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その翌日

「もう怒ったっ。今度はウチがゆづの真似するからっ、みてなさいよアンタっ!!」

 

豪華な内装、優雅な音楽。

何処を切り取っても特等席に映る列車内に響いたのは、あんまりにも日常的な声だった。

 

桜色の髪を逆立て、丸っこいほっぺを更に膨らませた なのかが、びしっと ゆづきに指先を突き立てる。

 

「おー。ぱちぱちぱちぱち」

 

それの何が楽しみだったのか。

指を差し向けられた ゆづきは動じることもなく、むしろばっちこいとばかりに小さく手を叩いていた。

 

「ルールは、破るためにあるっ…キリッ」

 

バットを構えるジェスチャーと、これ見よがしな ドヤ顔。

一見すれば、ゆづきの真似ではあるのだが。しかしそれは、あくまでも なのか が、ゆづきの真似をしているだけでもあった。

 

「なの。それは違う。それじゃあ、私の真似じゃなくて、いつもの なのだよ」

「え、いや、なに? 恥ずかしいとかないの?」

「ん?」

 

予想が外れた。自分の真似をされれば少しは嫌がろうもんかと思って、ゆづきの真似をしてみたまでは良いものの。当の本人は、嫌がるどころかどこ吹く風で、なのかの指摘に対しても、わからないと首をかしげる始末だった。

 

「不思議そうな顔すんなしっ。ウチが間違ってるみたいじゃんっ。ていうか、何時もって何よっ。ウチこんなんじゃないもんっ」

「思い切りが良いのは買う。だけど、照れ隠しに演技がオーバーになりすぎてるね。それに、ドヤ顔も可愛いんだけど、私はそんなに表情豊かではないはずだよ? もっとよく見てくれないと私は悲しくなる」

「やめっ、ガチのダメ出し止めてっ。てか、なんでウチが悪いみたいになってるのっ」

 

それどころか「いやよ」も「やめて」でもなく、返ってきたダメ出し。

胸に手を当て、しゅんと沈む ゆづきの表情に、だんだんと なのかの方が追い込まれていった。

 

「仲直りは、出来たみたいだな」

 

そんな二人のやりとりを見ていた丹恒は、自分の杞憂が無用だった事に息を吐いていた。

 

女心が分からない。

 

喧嘩するほど仲がいい。とは言ったものの。

昨日の今日で、よりを戻すどころか、更に仲が深まったようにも見える二人に、呆れ半分、感心半分といった具合だった。

 

「仲直り? ケンカしてたの私達?」

「してないしてない。何時も仲良しだもんね?」

「ねー」

 

顔を見合わせ、頷き合って。

「もう怒った」などと、騒いでいたのは一体どこの誰だったのか。深く考えること自体が無駄なことのように思えてくる。

 

「良い、なの? よく見てて? 一番ゆづき。丹恒が絶対言わなさそうな事シリーズ」

「おいやめろ。貴様、その先を言ったら…」

 

ゆづきの不穏な言動に、眉根をひそめる丹恒だったが、しかし彼女は言葉だけで止まる女でもなかった。

なのかの声援を背に受けて、さっと丹恒の前に進みでる。

そうして、元々薄い表情を更に引き締めたゆづきは、確かに、丹恒が絶対言わないであろう単語を呟くのだった。

 

「…おっぱい」

 

そのテンション。その抑揚。

無機質にも聞こえる声の波は、知る人が聞けば間違いなく丹恒のものに聞こえただろう。

少女の喉で再生される青年の声音に違和感こそあれど、身振り手振りで、表される一挙手一投足は、それを補って余り、丹恒が女になればこうもなろうと、奇妙な現実感を伴っていた。

 

「くはっ!? あはははははっ、いわっ、そりゃ言わないわ絶対」

 

先に吹き出したのは、なのかの方だった。

ソファの上で、転げて、お腹を抱え。丹恒が、絶対に言わないであろう言動を目の当たりに、ひぃひぃと身体を震わせている。

 

イッツジョーク。

 

ゆづき からすれば、ほんの戯れ。兄に甘える妹の、先輩に絡む後輩の心境だった。

その時だ。ひゅんっとなった風切り音に、反射的に身体を逸らすと、銀色の髪の一本がハラリと落ちる。

 

「ぬぉっ。こう君、やりは、やりすぎだと思う…。やりだけに…んふっ」

「やかましい。なんだその顔は、どういう感情だ。「こう君」はやめろと前にも…ええい、面倒なっ」

 

キリがない。たかだがアクション一つで、何故こうも疲れさせてくれるのか。

なのか が ゆづきに構いだしてから、多少楽になったと思えば、その3割増しくらいで、ゆづきが面倒を積算させてくる。

 

槍を振るい。乱暴なくらいの警告にも ゆづきは怯むことを知らず。

むしろ、向けられた鋒を前に、上手いこと言ってやったと、浮かべるドヤ顔が、さらに丹恒の頭を悩ませた。

 

「え、だめ? そんなに似てなかった?」

「似ていた。それは認める。だから余計に腹立たしい。まさかとは思うが ゆづき。貴様は、三月がそれで怒っていたとか思っているんじゃないだろうな?」

「ん?」

 

丹恒の予想はしかし、その通りのようであった。

違ったの? 小首をかしげた ゆづきは、不思議そうな顔して金色の瞳を瞬かせる。

 

「不思議そうな顔をするんじゃない。俺が間違ってる気がしてくる」

「シーリズ化の予定は?」

「打ち切りだ、そんなものは」

 

バッサリと、続編を打ち切った丹恒は、鋭い視線をゆづきに向けると、努めて冷静に言葉をかけた。

 

「次は、悪戯では済まさんぞ」「次は、悪戯では済まさんぞ」

 

言葉が重なる。声がハモる。

高音と低音で連なるアンサンブルは和音となり、心地よい響きを列車内に拡げていった。

 

「ふふーんっ♪」

 

得意げ、ドヤ顔、にんまりと。「言うと思った」と隠しきれない喜色が、ゆづきの頬を喜色に染めた。

薄い表情の裏側で一体どれだけの感情が渦巻いているのか、にまにまと滲み出したそれは、いっそ気持ち悪いぐらいに丹恒を苛立たせる。

 

「…」

 

ひゅんっと、風が通り過ぎると、また一本、銀色のきらめきが宙を舞う。

 

「懲りん奴だ。髪型が変わるまで続けるつもりか?」

「どーどー。こう君、落ち着いて。そういうとこだよ、そういうとこ」

「どういう所だ。言いたいことがあるならハッキリと言え」

 

ハッキリと、そう言われてしばらくぶりに ゆづきは考え込んでいた。

 

短気、なのは私が怒らせただけ。理屈っぽいは、むしろ冷静で頼りになる部分。

無愛想は人に言えた義理でもなければ、もっと私に構って欲しいという欲求は既に達成されていた。

 

不満はない。

 

含む所も無ければ、やりたい放題やった結果として怒られている。

 

それは良いがつまらない。

 

私一人で怒られるというのは、いささか情緒に欠ける気がした。

 

なんとか誰かを巻き込もうとして、そんな我儘な欲求を叶えてくれそうな相手に、ゆづきは狙いを付けると、一つ、アリもしない妄言を呟くのだった。

 

「おかしい。こう言えば丹恒は丸め込めるって、なの言ってたのに」

「ほぅ、お前の入れ知恵か三月」

「へ? は? 言ってないっ、言ってないしっ。ウチを巻き込まないでよ、ゆづ!」

 

寝耳に水とはこのことで、巻き込まれてなるもんか。

笑い転げていたソファの上からカバっと身体を起こすと、なのかは慌てて隣の車両に向かって走り出す。

 

「一蓮托生、呉越同舟。そいっ!」

 

投げる様に振るわれた ゆづきの左腕から、一房の黄色いリボンが伸びていった。

 

「良いでしょ、なの? 一緒に怒られよ? 私達友達でしょ?」

「良いわけあるかっ! てか、ちょっ、まっ、何よこの、これっ、離してってっ!」

 

どうにかこうにか。それは交わる運命の様に絡みつくと、手繰り寄せらた手首に なのかが引きづられていく。

 

ぴと…。

 

捕らえた なのかを盾に変えると、ゆづきは満足そうにして、絡まったリボンを自分の手首にも巻き付けていった。

 

「ゆづ。アンタ、覚えてなさいよ」

 

そう言ったつもりだった。他愛もない悪態で、深刻な意味なんてまるでない。

「大丈夫」「任せて」と、そういう言葉が返ってくるものだとばかり思っていた なのかは、難しい表情をする ゆづきに不意を打たれて戸惑ってしまう。

 

「覚えてるのは…ちょっと、自信ないかも」

 

不安げに揺れる表情と、何処か遠くを見る瞳。

それは、いつの日か、いや、毎日か、車窓に映る自分の表情と良く似ていた。

 

また失敗した。

 

意外と地雷多いなコイツ。

 

とはいえ、ココで変に取り繕っても意味はないし。

もう忘れたりなんかしないからって、ありきたりな慰めが欲しいわけでもない。

 

欲しいのは手近な目標。分かりやすい通過駅。

 

もし、また、忘れてしまっても、すぐに思い直せるような自分の軌跡。

 

「なにマジになってんの? 後で埋め合わせして、ウチに付き合ってって、それだけだから」

「そうなの?」

「そうなの」

 

その言葉に心底安心したように、ゆづきが息を吐き出すと、くすっと小さく微笑んだ。

 

「そうなのって、私のマネ?」

「違うしっ。ゆづと一緒にしないでよ」

「それは残念。でも、大丈夫、任せて? お部屋のお片付けとか私、得意だよ?」

「片付けって、ちょっとっ。ウチの部屋が散らかってるみたいに言わないでっ」

「?」

「不思議そうな顔すんなっ。ウチが間違ってるみたいでしょっ」

 

どうして埋め合わせのイコールが部屋の片付けに直結したのか。

年頃の女の子の部屋が、とっ散らかってると思われるのは流石に見栄えが悪い。

 

だけど、おかしい。

 

綺麗とは言わないでも、散らかってる程ではないはずだ。

むしろ、生活感があって好ましいと自分では思っていたのだけど。

 

そういえば ゆづきの部屋って何も無かったような。

 

いや、備え付けの家具くらいは合ったはず。だけど、それはあくまで列車の備品と言う程度の物。

ホテルの一室にも等しい ただの設備でしか無く、個人の部屋と言うにはあまりにも色がない。

 

確かに、そんな殺風景と比べればウチの部屋が散らかってるというのも頷ける。

 

そう思い込み、なのかが自分を納得させようとしていた時だった。

 

「いや、散らかってるだろう、普通に」

「丹恒うっさいっ!」

「ああ、やっぱり。丹恒もそう思う?」

「ああ、やっぱりだ」

「意気投合するのも禁止だってばっ!」

 

頷きあった二人の視線が、さっと なのかの方へと向けられると、慌てる なのかを尻目に、丹恒は一つ、溜息を吐き出していた。

 

「もういい。ゆづき、三月をつれて部屋の片付けでもしてこい」

「任せて、掃除は得意。ごみ袋、パムに貰ってこないと」

「待ってっ、待ちなさいよっ。アンタ、今掃除って、片付けでしょ? 根こそぎ捨てるつもりじゃ、ちょっとっ。ああ、もうっ、馬鹿力っ、せめてリボン解いてって、引きずってる、ウチ引きずらてるって、ゆづきっ」

 

豪華な内装、優雅な音楽。

何処を切り取っても特等席に映る列車内を賑わせたのは、あんまりにも日常的な光景だった。

 



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若い子って

「若い子って良いわね…あんな下らないことで笑えて…けほっ」

 

辺りに漂うコーヒーの香り。一見してそれは香ばしく優雅なようではあった。

だが、それも過ぎれば嫌味だろう。本来、鼻孔を抜けていく香りが直接へばりつき、姫子の鼻の奥をツーンと刺激する。

 

おっぱい…。

 

確かに丹恒なら絶対に言わないだろう。

横で聞いていた姫子ですら、その言葉と丹恒のイメージが結びつかない。

 

だからこその不意打ちだった。

 

ゆづきの物真似には一定の評価をしていた姫子ではあったが、まさかこのタイミングするとは思っていなかった。あるいはそれは、どこかの世界の学生たちにはありふれた光景だったのかもしれない。

だが、もう学生とも言い切れない年齢の姫子がするには憚られる。

 

青春って良いわよね。

 

そんな風に思いながら、若い子たちのじゃれ合いをBGMにして、いつものコーヒーを口に含む。

すべからく平和だ。こんな時間がずっと続けばいいと思う。

しかし平和というのは、あくまで相対的な状態でしか無く、その尊さに気づくのは何時も破られてからだった。

 

丹恒が絶対に言わなさそうな事。

その名目に興味を惹かれた姫子は、カップの隙間からゆづきの遊びを横目にしていた。

 

「…おっぱい」

 

呟かれた言葉は、そんなに珍しいものでもない。

女の子が大ぴらに口にするには品がないとも思うけど、そこはまあ聞き流せもする。

 

だけれどそれが、丹恒の声音で、丹恒の仕草で、なによりも、そうする前に告げられた表題。

「丹恒が絶対に言わなさそうな事」は、本来噛み合うはずがない言葉と、人物像とを無理矢理にフュージョンさせ、姫子の頭の中で、言いそう、言ってそう、今言ったと、耳を疑うレベルまで、急速に解像度が上げられていった結果。

 

「ぶふっ!?」

 

その瞬間に吹き出してしまった。普段の丹恒とのギャップが辛い。

飲みかけのコーヒーを口から吹き出し、勢い余って鼻孔にまで逆流してくる。

辛うじてカップで受け止めたまでは良いものの。弾けたコーヒーの飛沫は、テーブルに、床にと散乱し、有難いことに、姫子の豪奢なドレスにまで、黒いシミをポタポタと滲ませたのだった。

 

「なら、君だって十分に若いじゃないか姫子」

「ほんとね。コーヒー飲んでる時に止めて欲しいもんだわ」

「ほれ、タオルじゃ。あんまり列車を汚さんでくれな」

「ええ、ごめんなさいパム。ありがとう」

 

傍らで苦笑するヴェルトの指摘に、姫子は苦々しく答えるしか出来なかった。

 

ーおまけー

 

没シーン

 

丹恒 「聞いているのか、二人共」

ゆづき「ん、私は元気だよ?」

なのか「はいはーい。ウチも元気でーす」

丹恒 「…」




最後までご覧いただきありがとうございました。

こんな感じでずっとイチャイチャしていたい。

続きは、なんか思いついたら


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