うちには妖精さんがいる (朝潮)
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うちには妖精さんがいる
うちには妖精さんがいる


 

 

 

「社長〜最近ありがとね」

「あ?何がだ?」

「最近うちの家事やってくれてるでしょ〜」

「どう言う事だ?」

「いや〜ご在知の通り初めての一人暮らしで色々手が回らないくてさ。助かってるよ」

「俺は知らねぇぞ。ミヤコがやってんじゃねえか?」

「そっかー」

「親代わりとはいえ、黙って女の部屋に入るほど俺も落ちぶれちゃいねぇよ」

 

何かおかしいと思い始めたのはこのあたりから。

 

親に捨てられた私は、これまで孤児院で生活していた。

社長から中学生アイドルにスカウトされ、引き取られた私は事務所契約の際にマンションを一室契約してもらった。

親代わりの社長は当然鍵を持ってるし、部屋の鍵を持っているのが社長以外に思い浮かばなかった。

 

「私じゃないわよ。社長がやってるんじゃない?」

「ふーん」

「気持ち悪かったら私から言っておくから」

「んー、大丈夫。助かってるから」

 

この人は社長の奥さん。

社長より1回りも2回りも若い美人さん。美容に結構こだわってるっぽい?

うちのメンバーが社長の若い子贔屓に引いてる事は伝えた方がいいのかな。

 

ともかく。

社長の奥さんも違うとなると、いよいよわからなくなった。

じゃあ、誰がうちの家事をやってくれてるんだろう?

妖精さん?座敷童?ちょっと気になってきた。

あの人意外と面倒見いいのね、なんて言葉を背中に事務所を出る。

 

 

 

───家に帰ると、机の上にラップに包まれた料理が並んでいる。

 

ちょっと前から、家に帰ると微妙に物の配置が変わってる事があった。

最初は泥棒でも入ったかなと思ったけど、盗られた物とかはなくて。

気のせいかなぁと放置してたら、段々存在を主張し始めてきた。

最近では、帰ったらご飯ができてたり、食器や洗濯物が洗われてたり、掃除がしてあったり。

流石に黙ってられなくなって、社長に確認してみたけどやっぱり違うみたいだし。

 

うーん、やっぱり誰かいるのかな?

妖精さんなら嬉しいんだけど。

私はいつもの調子で、食事の用意された机につく。

 

「今日は生姜焼きだ!」

 

腹ペコだった私は、早速ラップを剥いて箸を用意する。

電子レンジもあるけど、時間待つのめんどくさいんだよねー。

それに、冷めててもすっごく美味しいし。

 

「いただきまーす!」

 

うんうん。今日もおいしー!

誰が用意したにせよ、ご飯は悪くないもんね。

せっかくだから食べてあげなくちゃかわいそうだよ。

 

黙々と箸を進めていると、段々とからくなってくる。

ご飯と食べる前提の料理。味付けがちょっと濃い。

 

いつもは飲み物で流してるけど。

……今日は、挑戦してみようかな。

震える箸で、白米を摘んでみる。

 

口の中へ入れると、冷や汗が流れる。

どうしても噛んだり飲み込んだりができない。

 

「ペッ」

 

ゴミ箱を引き寄せ、直接口の中の米を吐き出す。

今日も妖精さんがゴミ出しをしてくれている。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

また無駄な事をしてしまった。お米が食べられるわけないのに。

妖精さんは、毎回ご飯を残す私をどう思ってるんだろう。

それなのに用意してあるのは、やっぱり食べて欲しいって事なのかな。

挑戦する度に吐いちゃうけど。

 

私は、妖精さんに手紙を書いてみることにした。

適当な裏紙にスラスラとペンを走らせる。

 

 

いつもご飯ありがとう

私はお米が苦手だから食べられないんだ、

もう少し薄味にしてくれると嬉しいな

 

 

そんな感じの手紙を書き終えテーブルの上に置いておく。

返事が来たら面白いんだけどな。

 

お米以外を綺麗に食べ終えた私は、食器をまとめて放置した。

こうして放置しているとあら不思議。明日帰ってきた時には綺麗に洗われているのだ。

 

 

 

次に帰ってきた時、手紙は無くなっていた。返事は返ってこなかった。

ちょっと残念。ただ、その日から食事にお米が並ぶことはなくなった。

どうやら手紙は読んでいるらしい。

 

そんな生活が何だか楽しくなってきて。

今日もまた手紙を書いてみる。

 

 

今日もご飯ありがとう!

明日はハンバーグがいいな

あと、お風呂は覗かないでね

 

 

妖精さんがいるかもと思ったら気になり出したお風呂のことも書いておいた。

えっちな子なら聞いてくれないかもだけど。

やっと楽しくなってきたのに、そんな事で家に帰りたくなくなるのはいやだ。

 

やっぱり返事は返ってこなかったけど、ご飯のリクエストは聞いてくれた。

お風呂の件は、わからない。まあ最初から視線を感じるなんて事はなかったし。

 

 

 

 

 

 

それから数日。

相変わらず掃除していないのに部屋は綺麗に保たれている。

洗濯していないのに着替えが洗われて棚に仕舞ってあるし、

食材も買ってないのに毎日食べたい料理が作られている。

 

ああ。妖精さんのいる生活、なんて楽なんだろう。

 

もうこの快適な生活から抜け出せなくなってきている。

それと同時に。妖精さんの正体が気になって気になって仕方がない。

 

妖精さん以外の可能性も色々考えてみた。

例えば、昔この家に住んでいた人の雇っていたメイドさんの幽霊とか。

私の大ファンがストーカーして家まで入ってきてるとか。

実は私は夢遊病で、寝てる間に全部1人でやってたとか。

 

このまま黙ってお世話されていたいけど。そろそろ好奇心が抑えきれない。

今日は、妖精さんの正体を暴くつもりだ。

 

実は出かける前に部屋の中にカメラを仕掛けて出かけて来ている。

私はただ、自分の部屋を撮影してるだけで悪いことは何もしてない。

上手くいけば、妖精さんの正体がカメラに映っているはず!

 

期待と不安が入り混じった不思議な気持ちのまま帰宅すると、いつも通り机の上にご飯が用意されていた。

今日はご飯より先に、カメラの確認へと急ぐ。

目立たないように隠していたカメラは、録画中のままでしっかりと残っていた。

 

録画を止めて、再生ボタンを押し早送りで録画の様子を確認する。

私がカメラの位置を調整する事数分。しっかり隠れているのを確認した後、部屋を出ていく。

 

誰もいない、何も変わった様子のない私の部屋。

しばらく同じ風景が続き、不意にドアが開いた。

 

「あっ!」

 

慌てて早送りを止める。

入って来たのは、全身黒の服の男の人だった。

一時停止して拡大してみても、あまり画質の良いカメラじゃないから顔まではわからない。

妖精さんは男の人だったんだ。でも、なんとなくそんな気はしてた。

もしかして、顔も知らないお父さん?……でも、大学生くらいに見える。

早送りに戻して動画の確認を再開する。

 

黒の男の子は、画角から見切れたり見切れなかったりしながら食器を洗い、掃除機をかけて、机を拭いて、料理を作っていた。

いつの間にか綺麗になってるから、魔法みたいだなって思ってたけど。

毎日、私のためにこんな感じで掃除してくれてたんだ。嬉しいな。

 

男の子は、全ての家事が終わったのか少し休憩をしてから、クローゼットの中に入っていった。

数分流してもなかなか出てこない。そこから何の進展もなく、変わらない画面が続き。

 

───そして、私が帰ってきて録画を止めた。

 

 

 




元ネタ

カクヨム
-不法侵入系ストーカー VS ストーカーをシルキーってことにして徹底無視する男
https://kakuyomu.jp/works/16817330651584484057


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妖精さんじゃなかった


星野アイは、自分を刺したストーカー相手に微笑むハイパーメンタルの持ち主である。




 

 

 

「こんばんは。えっと……初めまして、だよね?」

 

私は笑顔だった。だって、こんな楽しい事他にない。

録画された、妖精さんが隠れる姿を見て。

私はすぐにクローゼットを開けた。早く会いたくて。

 

吊るされた服を退けて、段ボールを超えて。

クローゼットの奥の奥。端の方に隠れるようにして座っていた人影。

こんな空間ができてたんだ。荷物はここに何でも入れてたのが失敗だったかな。

 

見た事のない人だった。顔は、何というか。普通な感じ。

通りすがりに会っても一切目に止まらないような。特徴のない男の子。

 

「ねえ、あなたの名前は?」

「……」

「どうして喋ってくれないのかなー。私、寂しいなぁ」

 

真っ青な顔で口をぱくぱく開閉させる男の子。

私は笑顔で、怯える彼の手を握る。

とても冷たい手に、体温を分け与える様に優しく指を絡める。

彼は震えていたけど。それでも逃げようとはしなかった。

もし逃げようとしても絶対逃がしてあげないけど。

 

「とりあえず、狭いしここ出よっか」

 

手を引いて、クローゼットから出る。

明るい場所で、改めて彼を見てみる。意外と優しそうな顔だ。

歳は20歳くらい?目も髪も黒で、黒ずくめの服を着ている。

特徴がないのが特徴、といったパッと見、どこにでもいる普通の男の人。

ストーカーの人って、ざ・犯罪者!って感じの見た目なのかと思ってた。

 

「私の名前は星野アイ。って、知ってるかな?」

「はい……」

「じゃあ、自己紹介はいらないかな。それで、お兄さんの名前は?」

 

その瞳の輝きは過去一番。

生まれて初めて、両目に映る一番星が瞬いた。

 

「……あ……う……お、オレは……」

「大丈夫」

 

彼は、震えながら私を見つめる。

その瞳には、はっきりと恐怖が浮かんでる。

私はもう一度震える手を包み込んで、彼の目を見て優しく笑いかける。

 

「警察に行くつもりはないよ。だから安心して、あなたのこと教えて欲しいな。お話できる?」

「……はい……ごめんなさい、ごめんなさい、ゆるしてください、なんでもします……」

「大丈夫、大丈夫。落ち着いて?」

 

何度も謝って、許しを請おうとする。

そんな彼を抱きしめて、背中をさする。

まるで子供を相手にしているみたい。

私の方が背が低いのに、なんだか立場が逆転しちゃったみたい。

 

「オレは屑原辿っていいます……」

 

私は、彼が落ち着くまでずっとそうしていた。

それから、やっとまともに話ができるようになった彼に色々と質問をしてみた。

まず、この部屋に来た経緯を聞いてみると。どうやら私が鍵を落としたのが切っ掛けらしい。

 

私を街中で見かけて一目惚れしたお兄さんはストーカーを初める。

気付かなかったけど、一時期は私の外出中ずっと追いかけていたらしい。

 

そして、ある日鍵を落とした私はそのままレッスンに向かった。

ストーキングで私の家と予定を把握できたお兄さんは、合鍵を作った後、鍵を家の中に置いた。

確かに、何ヶ月か前に家に鍵を落としていたことがあったようななかったような。

鍵がないと思ったら空いていて。家の中に落ちていたから閉め忘れていたのかと思ってたけど。

 

それから、私の家に不法侵入するようになって。

物を動かしたりして存在をアピールしていたらしい。

無頓着な私はこの時点では全く気づいていなかった。

それから、食器を洗ったり、掃除をしたり、洗濯をしたり。

ついにはエスカレートしてご飯を作り始めたとの話だ。

最近は私が独り言を言ってたご飯の感想が聞きたくてクローゼットに隠れていたのだとか。

最近は手紙を貰って、同棲気分でいたらしい。ふぅん……

 

どうやらこの人が妖精さんの正体で、ご飯を作っていた本人で違いないようだ。

話では何度もすれ違ったことがあるらしいけど。やっぱり顔に覚えがない。

どこにでもいるような平凡顔の彼はどうも印象に残りにくい。

 

「サドルお兄さん?だっけ」

「辿です」

「そっかそっか。私ね。タドルお兄さんの行動次第で許してあげようと思うんだ」

 

全て聞き終えた私は笑顔のまま、彼に伝える。

すると、緊張した様子のお兄さん。そんなに怖いかな?

でも安心して。私は最初から警察に突き出す気なんてないから。

 

「今日から、私が帰ってきたらおかえりって言う事。ご飯は一緒に食べること。そして、着替えとお風呂は覗かない事」

 

私が条件を突きつけると、お兄さんは呆然とした表情で固まった。

わからなかったのかな?言うこと聞いてくれないなら、ちょっと怒らなきゃだ。

 

「それって」

「そう。今日から私とここに、出来るだけ一緒に住むってことだよ」

「な、何で……」

「理由とか聞いてどうするの?私は、そうするなら許してあげるって言ってるんだよ?」

 

去年まで小学生だった女の子の家に忍び込むなんて普通じゃない。

そう。きっと、普通じゃないほど()()()()()()()のだ。

ロリコンの変態さんでも。きっとこの人は、世界で一番、私を愛している人。

それだけの愛を持って愛されたのなら、愛の何たるかがひとかけらでもわかるかな?

 

「これまで通りストーカーをしながら一緒に住んで許してもらうか、お巡りさんに行くか。ふたつにひとつだよ」

 

それに。無料で家事をやってくれて、美味しいご飯を作ってくれる。

そんな便利な家政夫、今更手放すわけがないでしょ?

 

 

 





(*ᴗ*)ニガサナイヨ


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アイの巣かと思ったら蜘蛛の巣だった

 

 

 

「アイ。また顔にソースついてるぞ」

「えー?どこー?」

「ほら、取ってやるから待ってろ」

 

お兄さんはティッシュで私の頬を拭う。

その手つきが優しくて、によによと口端が上がってしまう。

そんな顔を見咎められたのか、お説教が飛んでくる。

 

「全く。アイドルは顔商売なんだから人前でご飯食べる時は気をつけろよ?」

「はーい」

「毎回返事だけは元気なんだよな」

 

大丈夫だよ。

だってお兄さんがいないなら、わざと汚す必要ないんだもん。

 

「ほら。また握り方が変になってる」

「あ、ホントだ。ね、サドルお兄さん。また教えてよ」

「まだ名前覚えてないのか」

「ペダルお兄さんだっけ?」

「最低でも自転車は関係してるみたいな覚え方するなよ。辿だから」

「そうそう、タドルお兄さんだ」

「いつになったら覚えてくれるんだ。もう3年の付き合いなんだからいい加減覚えてくれ」

 

どこまで行っても家政夫扱いなのか、としょげている。

そんなわけないじゃん。

私のファン一号の君の名前はすぐに覚えた。

覚えられなくても3年もあれば流石に覚える。

お兄さんの反応が可愛いのがいけないんだよ。

 

「ペン持つみたいにこう持って、ここの指で開け閉めするんだ」

 

実は、箸の握り方もちゃんと覚えてるんだ。

時々気が抜けて変な持ち方に戻っちゃうけど。

 

「わかんないからもっと教えてよ」

「しょうがない子だな……」

 

お兄さんは背中から私の手を包み込んで、箸を持たせてくれる。

体が触れ合うと、視界が白くチカチカと瞬いて世界が煌めく。

世界が鮮やかに見えるのはお兄さんが一緒の時だけ。

この人以外、この世界に価値なんてない。

 

こうしてみると、あの生き物とは血縁関係があるだけで親ではなかったんだ。

この世界に産んでくれて、捨ててくれた事だけには感謝している。

そのお陰で私は今ここにいる。

 

「アイ。ちゃんと聞いてるか?」

「ごめん、聞いてなかった。最初から言って?」

「はぁ……」

 

そう言いながらも、頭を撫でてくれる。

私は嬉しくなって、もっと甘えたくて。

テーブルの下で足をパタつかせる。

今は、ふたりきりの夕飯の時間。

嘘を利用してでも、あなたと、少しでも長くくっついていたい。

 

あなたの瞳に映るのは私だけがいい。

そのためなら、どんなズルでも平気でしてしまう。

私は嘘吐き。

 

 

 

 

「お兄さん、お風呂一緒に入る?」

「馬鹿言ってないでさっさと入りなさい」

「ねーそろそろいいんじゃなーい?」

 

お兄さんのお気に入りのポーズをとりながら、上目遣いでお願いする。

これが私の悩殺コンボ。このおねだりで負けたことは一度もないのだ!

 

「……1人で入って来れたらご褒美やるよ」

「ご褒美!」

 

お兄さんの言葉に私は飛び上がりすたたたっとお風呂へ向かう。

何だろう。頭なでなでしながら褒めてくれるのかな?

抱きしめて愛してるって囁いてもらうとか最高かも。

それとも、もっとエッチなことー!?

 

「タドル!あがった!」

「服を着なさい!!!」

 

久しぶりに本気で怒られた私はポタポタと水を滴らせながら脱衣所へ戻る。

わしゃわしゃと適当に水分を拭き取る。

うーん。そんなに魅力ない体してるかな?

鏡の前でおっぱいを寄せて上げてみる。これでも初めて会った時と比べたら結構成長したんだけど。

それとも、ロリコンだから小さいままの方が好きだったのかな?

 

「覗かれるのはあんなに嫌がってたのにどうしてそう見せたがりなんだ」

「覗かれるのと自分から見せるのは違うよ」

「一応言っとくけど、覗いたことも覗こうと思ったこともないからな」

「それよりご褒美はー?」

「はぁ……」

 

下着だけ身につけた状態で再びリビングへ。

文句は聞かないけど。今更ご褒美なしとは言わないよね?

そんな理由でおあずけされたら、さすがの私でも怒っちゃうよ。

 

「はい。ご褒美」

「えーこれがご褒美ー?」

「いらないなら返しなさい」

「いただきまーす」

 

私は突き出された棒アイスを口に咥える。

こんな子供騙しに引っかかるなんて。

そもそもアイスなら私はハーゲンなやつがいいのに。

 

「はいはい、拗ねない拗ねない」

 

ぶおーとドライヤーの暖かい風が頬を撫でる。

わしゃわしゃと髪を弄られながらすこしずつ噛み砕いていく。

もう私自分の髪の乾かし方も忘れちゃったな。

 

「はい、終わり。歯ブラシ持ってきてやるからそこにいるんだぞ」

「はーい」

 

それにしても。順調にダメ人間に調教されているような気がするけど、気のせいかな?

とか何とか考えつつ、甘えて歯を磨いてもらう私なのでした、まる。

 

 

 

一緒の布団で寝てくれるようになったのはいつからだっけ。

ベッドに入ると、お兄さんが抱き寄せてくれる。その腕の中で今日も幸せに浸る。

 

「いつもみたいになでなでしてよ」

「はいはい」

 

私はお兄さんの服を捲りあげて胸板に擦り付く。

 

ちゅっちゅっ……ぺろぺろ……カリカリ……

 

お兄さんの体には、至る所に既にキスマークや引っかき傷がついている。

内出血を作ったり、傷を舐めたり、爪を立てたり。今日も私はマーキングをする。

 

「私以外の人に触れちゃダメだし、触れられるのもダメだよ」

 

消えかかっていた場所に新しいキスマークをつける。

その隣に、噛んで歯形もつけちゃおう。

 

こんな体で、他の人とえっちなんてできないよね。

私の印だらけだもんね。私のものだもんね。

私が我慢している間に浮気なんて絶体させないから。

 

お兄さんは何でも許してくれる。

私のお願いなら何でも聞いてくれる。

でも、えっちなことはまだ禁止なんだー。

 

「お兄さん、わかってるよね?16歳になったら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セッ──、だからね」

「……わかってるよ」

 

でも、それも16歳までっていう約束。

逃げられると思わないでね。私のこと、こんなに夢中にさせておいて逃げるなんて許さないよ。

もう誕生日まで数ヶ月だよ。覚悟はできてるの?

お兄さんの体にちゅうちゅうと吸い付きながら微睡む。

これがきっと愛なんだ。これが愛じゃなかったら私は愛を知らないまま死ぬ。

 

「あ。お兄さんも私のおっぱい吸ってみる?」

「早く寝ろ」

 

だってこんなにも幸せだ。

ぎゅっと抱きしめて頭を撫でてくれる。

撫でられると、チカチカと世界が輝く。もう真っ暗な星には戻りたくない。

私とお兄さんの間に隙間なんかないくらいぴったりとくっついて、私は眠りについた。

 

 

 




~誰も興味ない名前の由来~

星 野  アイ
屑 原 タドル

一番初めに思いついた熟語を当てはめただけ。
なのに意外と意味通っててなかなか気に入ってる。
アイの住所を辿ったド屑なストーカーくんにピッタリの名前。
原とタは知らん。


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最近吐き気すごいんだよね〜*

 

 

 

「この度は誠に申し訳ありませんでした!!!」

 

大事な話があると家に呼び出した社長とその奥さん。

目的は、妊娠してしまったことの報告と謝罪。そして両親への挨拶。

お兄さんが結婚してくれるかはまだわかんないけど。まずは顔見せからだよね。

 

「何の言い訳にはならないと思いますが最初の一度以降避妊には気を遣っておりまして……」

「それからゴムありで毎日シてるけどね〜」

「お前はもう黙ってなさい」

「え〜何で〜?」

 

酷いなあ、ちょっと小粋な冗談で和ませようと思っただけなのに。

 

「ははは、終わりだ……」

 

そんな私を見た社長は何もない空間を見上げて空笑いを始めた。

社長の奥さんは凍ったみたいに固まってるし。

ちょっとおもしろー。

 

「ところで、私の両親に挨拶は済んだ事だし。次はお兄さんの両親に挨拶に行きたいなって思ってるんだけど」

「もうお前の神経がわかんねえよ」

「アイ、すまない。君を親に合わせる事はできない」

「まさか、もう亡くなって……」

「昔ストーカーしてた時の示談金を払ってもらった代わりに親からは勘当されてて。連絡先も知らないんだ」

「お前の神経もわからねぇ!今言うことかそれ!?」

 

お腹の底から、目の前が真っ暗になるくらいどす黒い感情が湧き上がる。

ストーカー?あはは、何それ。聞いてないけど?

 

「私以外の女が好きだったの?」

「今はアイ一筋だから」

「話逸らさないで」

「もうやめてくれ……」

 

お兄さんに私よりも先に好きな女がいたなんて許せない。

どこのどいつか突き止めて。近寄る女は全員……

 

わたしは、お兄さんの肩に噛み付いた。

ぐりぐりと歯型をつける。これは私のだって証拠をつけないと。

うっかりしてた。外から見てもわかる所にも証がないといけないよね。

 

「ああ、安心してください。いつもの事なんで……」

 

お兄さんはそんな私の頭をそっと撫でてくれる。

ああ。やっぱりお兄さんは私のことをわかってくれている。

そうだよ。私はお兄さんを傷つけてるわけじゃない。この痛みは愛なの。

私以外の女を見たことは一生許さないけど。今だけは誤魔化されてあげる。

 

ちゅぽっ……

 

お兄さんの首筋にはくっきりと私の歯形がついている。

血が出るくらいに噛んだつもりだったけど、失敗しちゃった。

だって血の味がしない。いつも通りの、汗の味。

 

「満足した?」

「一旦は」

 

そんな裏切りを、そんな浮気を。一生許すわけにはいかない。

お兄さんは、毎日私の機嫌をとらなきゃなんだよ。

一日中私の事を考えて、私の為に掃除をして、私の食べるご飯を作る。

夜には一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、えっちして。

私が満足したら、その日は許してあげる。出来なかったら、満足するまでえっちするの。

 

「これからお兄さんが見ていいのは、私と私たちの子供だけだから」

「わかってるよ」

 

よそ見して良い例外は家族だけ。

私は今度こそ愛のある家族を作るの。

いっぱいえっちして、いっぱい家族をつくろうね。

 

「アイ。まさか産む気なのか……」

「もちろん*」

 

愛されること、そして愛すること。それが私の夢。

愛されることはお兄さんのおかげでわかった気がする。

 

「佐藤社長。私をスカウトしてくれた時に話した事覚えてる?」

「当然だ」

「この人といたら、いつか言えそうな気がするの。心からの、愛してるって言葉を」

「つってもよ……」

 

アイドルと、私だけの愛を見つける事。

どっちも大切だけど、どちらかを選ぶなら愛。

アイドルは仕事。愛は人生だから。

 

「アイさん。その歳で子供を産むなんて大変なことなのよ。言うのは簡単だけど。お金もかかるし、時間も。育児は毎日休みなし。それにあなたはまだ若いから骨盤も開ききってない。お産で死ぬかもしれないのよ」

「わかってるよ。でも、せっかく私の下に来てくれたんだから産んであげたい」

「でもな。このことがバレたらアイドル生命即終了。監督責任を問われて事務所も終わり。全員仲良く地獄行きだぞ」

「あ、社長。私アイドル辞めるから」

「ええええええええ」

 

私の言葉に、社長だけでなくお兄さんも驚いていた。あれ、言ってなかったっけ。

 

「このままアイドル続けてたらいつか隠しきれなくなる時が来る。でも、どうしても産みたいんだ。誰にも愛される前にさよならなんて、可哀想だもんね」

 

まだ膨らんでもいないお腹を撫でる。

この中に小さな命がいるなんて不思議な気持ち。

私は、絶対にこの子達を幸せにする。あの生物を反面教師にして。

 

「これでも感謝してるんだよ。できるだけ社長には迷惑をかけないようにするから。安心して。星野アイはもう2度と表舞台には立たない。子供のことも隠し通すから」

「……勝手に決めつけてんじゃねえよ」

 

怒ってる?

社長がこんなに怒るところを見るのは初めてかもしれない。

名前間違えた時はいつも怒られてるけど。

 

「アイ。俺はお前を見つけ出した事が人生最大の幸運だと思っている。B小町がここまで成長したのはお前のおかげだ」

「うん」

「お前は苺プロ最強で無敵の嘘吐きだ。子供の1人や2人くらい隠し通してみせろ」

「じゃあ……」

「アイドルアイの活動は、病気療養のため一時休止。その間の運営は俺に任せとけ。一年後、今度こそ日本を獲るぞ」

「いいの?」

 

アイドルはやってて楽しいし、他の働き方なんて知らない。

できれば、子供を産んでからも続けたかった。

 

「私、まだアイドルしてていいの?」

「馬鹿か。まだ契約は終わってねーぞ。こっちが逃すかよ」

「佐藤社長!」

「斉藤だ、この生き急ぎアイドルが」

 

 

 

 

 

 

「それにしてもどうして……何もこんな冴えない子相手じゃなくても」

 

は?何この(メス)

何か文句あるわけ?

 

「そんな事言ったら社長も冴えないおじさんじゃん」

「お前らな……」

 

流れ弾に当たった社長はプルプル震えていた。

 

 

 




社長も社長で星野アイの狂信者の1人なんだよなあ。
星野アイに人生オールイン!


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私の宝石箱

 

 

 

社長は活動休止中、しっかり私の椅子を守ってくれていた。

まあ、何というか。私が抜けている間の人気は低迷してたみたいだけど。

私の復帰直後からB小町は快進撃を遂げた。

まずは歌番組の生放送で活動を再開して。ライブハウスで歌って、ドラマに出演して、グラビア雑誌に載って、クイズ番組に出て、ドッキリ番組でドッキリを仕掛けられて。

ドミノ倒しみたいに段々と仕事が増えていった。

 

そして遂に20歳の誕生日にドームライブを成功させ、B小町は正真正銘伝説のアイドルグループとなった。

そして現在。

 

「お兄さん、今日はハンバーグ作って〜」

「また急にリクエストを……材料あったかな」

 

私の休日の過ごし方は、子供達と一緒にお兄さんと家で過ごす事。

伝説のアイドルになった私が不用意に外に出たら人だかりができて休みどころじゃなくなるからね。

 

「ミャコ姐さん。飯作る間子供達見ててください」

「はいはい」

 

お兄さんの手の回らない所を手伝ってくれるようになった社長の奥さんのミヤコさんも一緒。

私は家事全般が苦手であまり役に立たないんだ〜。

私の子供達の方が余程得意なの。遺伝しなくて良かった。

 

苺プロの名前は大手の事務所と肩を並べられるくらいにまで成長した。

そのおかげで、社長は急成長した事務所の舵取りで毎日大忙し。

所属タレントが増えて、社長1人じゃ制御しきれなくなってきて。

今は社長はアイドル部門、奥さんはネット部門。って感じでそれぞれ別分野の運営をしてるの。

ネットメインだから社長ほど動き回らなくても良いとはいえ。うちの子達のお世話までしてくれてるんだからホント感謝だよね〜。

 

ドームライブの頃までは社長がマネージャーを兼任してたんだけど、B小町にも遂にマネージャーがついたの。

でも、お兄さん以外にお世話されるのはどうしても嫌だったから、マネージャーはお兄さんじゃないとアイドル活動厳しいかもって脅しちゃった*

そしたら私専属のマネージャーってことで認めてもらえたんだ。経験ない人を全員のマネージャーには出来ないからって。

そのせいでまた私を贔屓してるって当時のメンバーとは更に溝ができちゃったけど。

 

でも今はそんな事ないんだ。だって、私は正真正銘伝説のアイドルになったから。

新しくB小町に加入する子達は、私に憧れて入ってくる娘が多い。

例えば今年得票数一位でセンターを取った娘もそうだった。

えっと、確か名前は……何だっけ?

 

「ハンバーグできたぞ。チビどもは離乳食な」

「はーい」

 

まあ、何でもいっか*

今はお兄さんのご飯の方が大事。

 

「ミャコ姐さんも食べていってください」

「毎日悪いわね」

「いえ、こっちの台詞です、本当に。毎日助かってます」

 

とはいえ、すぐに食べられるわけじゃない。

私達より先に、子供達にご飯を食べさせなきゃいけないから。

私たちは順番に食べて、子供の世話をローテーションで交代してるの。

赤ちゃんは危ないから食事中だとしても一時も目を離しちゃダメなんだ。

 

「ミヤコさん。お仕事の暇を見つけて手伝ってくれてるんだから、ホントありがたいよね〜」

「正直、アイに会ってから女は全員じゃがいもにしか見えてなかったんだけど。ミャコ姐はいい女だな」

「は?」

 

やっぱりこの(メス)ダメだ。私のお兄さんを奪う悪い(メス)

私が一番ってだけじゃ満足できない。私が100で、それ以外の人間が0。それが私の理想なの。

専属にしてもらってからは24時間私と一緒にいて、浮気には目を光らせてるけど。

まさか既婚者も危険だったなんて。失敗失敗。

 

「ちょっ……アイ?お前のリクエストでハンバーグ作ったんだけど……」

「ハンバーグなら後で食べれるよね?」

 

お兄さんを無理矢理立たせて、服を引っ張る。

いつからか姉さんって呼び始めたから、家族愛かと思って油断してたよ。

私もお兄さんを愛してるんだから、初めから間違ってたんだ。

お兄さんには、私以外要らないってこと。また1から教えてあげる。

 

 

 

 

 

 

「もー。ママってば相変わらずなんだから」

「もうあれはああいう病気だから仕方ないだろ」

「あ、それ知ってる。ヤンデレって言うんでしょ?」

「俗っぽい言い方だが。間違ってはないな」

「それにしても、星野家(うち)も賑やかになったよね〜。私、長女の瑠美衣(るびぃ)と、長男の愛久愛海(あくあまりん)。そして──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次男の我愛熱人(があねっと)、三男の雨次須斗(あめじすと)四男の代矢紋人(だいやもんど)、次女の愛芽良瑠戸(えめらるど)、三女の波愛留(ぱーる)。五男の縁戸津人(ぺりどつと)、四女の沙中愛(さふぁいあ)、六男の雄破或(おぱある)、五女の兎葉愛子(とぱあず)。11人兄妹だもんね」

「まさかあれから9人も兄妹が増えるとはさすがに予想できなかったな」

「でもママ昔からたくさん家族が欲しいって言ってたじゃん」

「まさかこんな大家族を目指してたとは思わないだろ」

「それに関してはパパも悪いけどね〜」

「そういえば、今日もホテルで泊まりだとか」

「またパパが『ミャコ姐はいい女〜』とか言うからママも怒っちゃうんだよ」

「言わんとする事はわからなくもない。父さん1人じゃ手の回りきらない、俺たち11人の世話を手伝ってくれてるんだからな」

「ママは家事ド下手だもんね〜。昔からパパに全部任せてたとか」

「あれはあれで理想的な形なのかもしれん」

「今でもラブラブだもんね」

「こっちが恥ずかしくなるくらいにはな」

「パパ無事に帰ってくるかな?」

「まあアイも無理はしないだろ。お腹に羅陽須羅瑠璃(らぴすらずり)がいるんだから」

「そう言えば。パパが今回こそは俺の考えた名前を〜って張り切ってたけど」

「まあ今回も無理だろうな」

「パパがママに勝てる訳ないもんね〜」

「まさか将来この名前で良かったと思う日が来るとはな」

「羅陽須羅瑠璃ちゃん?くん?には悪いけど私も瑠美衣でよかった〜」

「ネーミングセンスが誰にも遺伝してないといいけどな」

「確かに〜。子供に名前つける時はみんなで考えよ?」

「ちょっと気が早すぎないか?」

「でも、ママは今の私達くらいの歳に私達を産んでるんだよ」

「どれだけ大変だったかは見てきてわかってるだろ。反面教師にしろよ」

「わかってるよ〜」

「本当かよ」

「それにしても。流石に三回目か四回目かの妊娠ですっぱ抜かれて大炎上した時は、ママのアイドル人生終わった〜!と思ったけど……」

「その後まさか、何度妊娠しても体型が崩れない奇跡の体って再ブレイクするとはな」

「ママもママで炎上とかあんま気にしないタイプだったのが良かったよね。社長ももう自棄で、経産婦だって個性だ〜!とか言い出しちゃうし」

「俺もこの事務所絶対終わったと思ったもんだが。まさかそれが跳ねるとは」

「今は女性人気も高いんだよ。ママだけ安産祈願系のグッズばっかり売れてるの面白すぎでしょ」

「七人目産む頃にはもう炎上というか。またか、って反応だったからな」

「多産系アイドルって何〜!?って笑っちゃったわ〜」

「プラシーボなんだろうが、本当にアイのステージを見に行った不妊治療中の夫婦は妊娠確率が上がっていたらしいからな」

「あ、その番組私も見た!やっぱりアイドルは人を救う職業なんだよ」

「お前も苺プロのアイドル候補生だもんな。やっぱりB小町入りを狙ってるのか?」

「勿論!今の目標は去年の人気投票1位のメムを超えること!」

「アイはいいのか?」

「私に殿堂入りは無理だよ〜。ママの票って他のB小町メンバー全員の倍はあるんだよ?」

「いつ聞いても圧倒的だな」

「長年の固定ファンを掴んでるからね〜。30超えてあの若さは反則だって」

「でも実はメムもそろそろアラサーという噂が……」

「えっウソ!?絶対ガセだよ〜」

 

「ちょっとルビー!アクアー!あんの色ボケ夫婦がいないんだからあなたたちも子供達見るの手伝いなさい!」

「はーい」

「しょうがないな」

 

斯くしてプロローグは終わり。新たな物語の幕が上る。

そして、俺達はそれぞれの目標へ向かって走り始める。

 

 

 

-完-

 

 

 




思いつきの短編とはいえ初めて完結まで持っていけました。
重くなりそうなので、最後は軽めのギャグテイストにしてみました。結構気に入ってます。

感想中毒という重い病気を患っているため返信ができず申し訳ありません。
この場を借りて謝罪と感謝を。ありがとうございました。


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