IS インフィニット・ストラトス 3番目の兵器と呼ばれた少女 (DON-KAME)
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プロローグ これまでの流れ

つい衝動で書いてしまいました・・・
反省はしている、だが後悔はしていない。

プロット有り、だが時間がない。
こんな絶望的な状態で始めてしまいましたが、皆様の暇つぶしにでもなれれば幸いです。


 空を切る音とともに振り抜かれた拳、まともに受ければ歯の一本は折られるほどの破壊力を持っているが、訓練されたその少女に取っては避けるのは容易い。

体をずらすように避けた自分は、残った力を振り絞って拳を繰り出した男の右腕の二の腕に躊躇することなくナイフを突き刺す。

「右腕もらったぞ」

 

ナイフを腕に刺された男は痛みを食いしばり、壁に背を預ける形でその場に座り込む。

渾身の一撃を避けられた男にはすでに勝機はない。

 

満身創痍の男の目線に合わせるように腰を落とした無傷の少女は、太ももに装着されたもう一本のナイフを男の首に沿わせた。

男が少しでも変な素振りを見せればその頸動脈をいつでも切り刻むことができる。人を殺すということに疑問を感じないならなおさらだ。

 

「もう一度聞くぞクソッタレのテロリスト野郎、次の狙いはなんだ?」

男は黙りを決めようと今にも情報を吐いてしまいそうな口を震えながらも、必死に塞ごうと勇気を振り絞っているかのように見える。

 

だが、ふと前を見ると目の前に並ぶ二つの深海のような深い蒼の色をした目がそこにあった。

 

恐怖

これまで多くの目を見てきた彼でも見たことのないような、深い 計り知れない 光沢を失った 獲物を狩らんとする猛獣のような鋭さと、焦点の合っていないような そんな少女の目に吸い込まれるような恐怖を感じた。

恐怖に飲まれそうになった彼が下した決断はすぐに下された。

 

「言う、言うから命だけは助けてくれ」

 

少女の目から鋭さが薄らぎ、代わりに舐めるように、また同時に楽しむような雰囲気を持ち始めた。

 

「テメエらの次の標的は・・・何だ」

少女は男の耳元で同じことを聞き、男は部屋に転がってぴくりとも動かない男達にも聞こえないような小声で同じように耳元で答えた。

 

「———————・・・」

 

「本当だな?」

 

「・・・神に誓って」

 

首筋に当てられた大きなナイフは元の場所に戻されたのを見て、男は安堵する。

次に考えたのはこれからのこと、どこの隠れ家を使うか、どうやって国境を越えるか、滞在期間は———

 

「Sun,What does he say?」

 

「Yeah Yeah・・・ I"ll say latter」

 

「OK. Odd,Mark burn out.」

 

「「Yes sir.」」

最新の装備に身を包み、信頼性に満ちた銃を持った白人達、それと少女。突入してから10秒もかからず6人の護衛を全滅させるほどの技術をもっている。男の仲間を一瞬で皆殺しにした男達がどこからともなく取り出したポリタンクで何かを部屋中に撒き始めたではないか。

 

部屋に特異臭が満ち始め、ガソリンが充満しているという警告に気が付く男。彼は思わず疑問を口にしようと腰を上げようとする。

だが、躊躇なく男の眉間に弾丸が叩き込まれ、頭の中身を後ろの壁にこびりつかせる。

ホルスターに拳銃を戻した少女は死体に向けて吐き捨てるかの様に言った。

「何百人も人殺しているテロリスト風情が、仲間売っておきながら助かろうだ? ざけんな」

 

ガソリンを巻き終えた2人の男が少女の言葉に苦笑しながら、少女と隊長の元へと戻ってくる。

 

「サンが不機嫌だ、怖えっす」

と1人がわざとらしい怯える素振りを見せた。

20代後半のまだ若い力を感じさせる顔つきをしている。首筋まで伸びた金髪を一つの纏めてはいるものの、ひげは若干伸び気味、だがそれがまたユーモラスな性格を際立たせているのだ。

 

そんな彼の動作に軽く笑った隊長が仕上げのために確認を始めた。

「Odd、爆薬のセットは」

 

オッドと呼ばれた30代前半の、黒のフリースキャップとサングラスのような黒いアイウェアを身につけた男が返事をする。

「完了しています」

 

「よし、完璧だ。 撤収するぞ」

 

 

 

「・・・uh」

転がっている男の1人がうめき声を上げる。

 

だが,

Sunと呼ばれたその少女は素早く拳銃を抜き、その転がっている男の頭部に数発を撃つ、躊躇無しに。

男の頭から血が飛び散り、他の転がっている男達同様に動かなくなった。

 

「おいおいSun、どうせ爆破で死ぬんだ。 弾もったいないぞ」

Oddと呼ばれた男があきれたような口調で行ってくるが、少女はギラギラとした目で言った。

 

「こいつらはちょっと油断しただけでヤバい一発を喰らわせてくる。コレくらいがちょうど良いんだよ。 それにさっき、油断するなっつたのはそっちだろ」

 

男達は血の気の多い少女に軽いため息をついた。

 

 

 

外は草木が一つもないような、埃っぽく乾燥した日差しのきつい砂漠であった。

 

4つの人影が見つからないようにネットを被せて止めておいたバギーにたどり着くと早速水を飲み始める。先ほどまでの切れるような感じではなくどこにでもいそうな明るアットホームな雰囲気だ。その会話の内容は物騒この上ないものではあるが。

 

「そろそろこの辺にしておこう。Mark、お前はもう少しSunを見習って近接戦闘の訓練に励め、いいな。 Odd やれ」

 

「了解」

男が信管を作動させる。

一瞬の輝きの後、300メートルほど離れた場所にある一つの家が文字通り消えてなくなった、その上にそびえ立つ小さなキノコ雲が爆破の威力を物語っている。

 

「ワァーオ、コイツはぶっ飛んだぞ」

 

「弾薬庫に誘爆させたからな、IEDの原料ごと」

 

「よし、諸君よくやった。これで世界はまた一歩平和に近づいたぞ」

 

ふと、隊長が気が付いたように聞く。

「そうだ、Sun。ヤツらの目標は分かったのか?」

 

「ああ、薄々分かってはいたけどよ・・・」

後部座席に座っているMarkが膝の上に置いておいた手を軽く浮かせ、焦らすなと言ってくる。

 

軽くため息をつきながら彼女は言った

 

「イチカ オリムラ だ。 あの日本人のガキ。」

 

全員がため息をつく。

これで3件目だ

 

疲れきったような空気の中、Markが口を開いた。

「それじゃあ、次の目的地はジャパンですか」

 

「こちらテルマーsix-two、ホテル、over?———任務完了、これより帰還する。 Mark、詳細は帰還してからだ。 Odd、出せ」

Oddの運転の下、バギーが猛々しいエンジン音を響かせて動き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イチカ オリムラ

世界で唯一「インフィニット・ストラトス」(通称「IS」)を動かすことのできる()

まさに、世界に1人だけってやつだ。

 

当然世界中のテロリスト、いや、世界中の男性がその存在に大きく注目している。

拉致して洗脳、そして兵力にするも良し。

神経の一つ一つを解析して未来の発展に利用するも良し。

男性の地位復活のためのキャンペーンに利用するも良し。

そして、この男を餌にしてテロリストを狩っていくのもまた良し。

 

多くのテロリストに標的にされた少年を考える少女は、どうもこのとき嫌な予感がしていた。

 

 

 

 

 

———10日後

 

3月20日 21:02 日本

 

目標がイチカ オリムラなら当然狙うのは2つにしぼられる。

一つは本人、だがこの国(日本)の警察や政府の人間が護ってくれているらしいのでまだ良いのだが問題と言えば二つ目、そう、彼の専用機となるISを狙うケースだ。当然ISを狙うとなれば相手もISを出して来ないとは限らない。だが専守防衛に勤めている日本にこのような場合に対処することができるISが実質いないといっても良い。

 

だからこそ、実績と安心の自分たちが呼ばれたのだ。

「ッチ、チャイルドソルジャーかよ・・・」

準備に追われる中、私を見る周りの眼は白いものだった。それもしょうがない。こいつらはチャイルドソルジャーに対して良い思い出が無いに違いない。

爆弾を抱えて車列に突っ込まれ、引き金を引くのを躊躇ったコンマ一秒が、昨日まで親しかった友人を少年、少女兵に殺される原因になっちまったんだから。

 

対してやることも無く、かといって周りを見渡せば無機質な装甲車や重機関銃の装着された車両ばかり。

欠伸を堪え、無線機能を搭載したイヤーマフで曲を流そうとしたその時だった。

『サン、調子はどうだ』

「ん?ああ、ばっちり」

イヤーマフに接続した音楽プレイヤーを操作する手を止め、指揮車型であるボクサー装輪装甲車の上に寝そべり、足をぶらつかせながら無線に応答する。

『そうか、新たな連絡を待て。アウト』

初春のためかまだ肌寒い。そしてこの国らしく湿っぽい感じもする。まあ、中東の砂埃に比べればまだマシかもしれねえけど。

 

周りで慌ただしく動き回る大人達、戦域情報処理用のタブレット端末を確認しているヤツもいれば5.56ミリ軍用弾の弾倉が顔をのぞかせるベストを着込んだ野郎なんかもいる。対して私の格好と言えばダイビングスーツのような、シャチの色をモチーフにしたデザインのISスーツを着込み、その上にその格好でうろつくなと隊長に言われて渡されたLLサイズのタクティカルジャケットを羽織っているというものだ。

 

その肝心の隊長は装甲車の装甲一枚を挟んだ場所で、各部隊の確認を取っているってわけだ。さっきの通信は”ついで”に確認を取られたとも言える。

 

睡魔を追い払うかのように、90年代のロックを流し始める。

 

—————

 

———

 

 

 

トラックに積まれたコンテナの中には一機のISが佇んでいる。

ただそこにあるだけというのにその美しいフォルムは立っているだけでさながら美術品のような雰囲気を感じさせる。

トラックの周囲にはまだ出発前なのか人1人おらず、文字通り無防備な状態だ。その気になればトラックを奪うことも容易い。

だが、例えトラックを奪ってもすぐに場所を特定され奪還されるのは考えるまでもなく、そんなバカなことをしでかすのはイカれたやつくらいであろう。

 

1人の女が暗闇の中から現れた。迷いのないその歩みはトラックへと向けられている。

 

だが女は気が付いていない。

トラックの決して見つけることのできない場所には数えるのも馬鹿らしくなるほどの爆薬、700メートル先のビルとビルの間を通して対物ライフルを構える狙撃手、遥か彼方に偽装されたミサイルコンテナの口を開き空を仰ぐ地対地ミサイル群、歩兵携帯型対戦車ミサイル「ジャヴェリン」と歩兵携帯型対ISミサイル「クレイモア」の存在を。

そのトラックを目標にした時点で、狙うものはキルゾーンへ突入してしまっているのだ。

 

兵士は念には念を入れ、無線を閉鎖している。

すべては爆薬を起爆させる隊長の指示を待ち、獲物を今か今かと待ち構えているのだ。

 

 

女は無防備に見えるトラックに近づくにつれ、口をゆがめ笑う。

たいしたことない、所詮は日本(平和ボケの国)だと。自らが既に狩り場に入り込んでいることに気付きもせずに。

 

トラックの後ろに到着した女は、躊躇することなくコンテナを開く。

 

「ッハッハッハ。 Booomb」

女の様子を双眼鏡で監視していた隊長は軽く笑いながら信管を起動させる。

一瞬輝き、文字通り桁違いの量の爆薬が化学反応と共に爆発、周囲を文字通り更地にせんと言わんばかりの破壊力で衝撃波が生じるほどだ。

 

『全部隊へ、状況を知らせろ』

 

『こちらフォックストロット、ターゲットは健在 繰り返す、ターゲットは健在 ISを展開している!!』

 

隊長は動揺することなく指示を出す。

『アーロンよりベケット、チャップリン、攻撃を開始しやつを牽制、その場に釘付けにしろ。』

 

『『Yes sir!!』』

クモのような8本のアームを持つISに身を包んだ女はその場に佇んでいた。

同時に、彼女が手に入れようとしていたISは爆発を物ともせずに・・・とはいかず、遥か彼方へと吹き飛んでいってしまった。

 

女は額に青筋を立てて体をふるわせた。

だが、兵士達は動く事なく震える彼女に容赦はしない。

 

四方八方から迫り来るミサイル群、中には当然対ISミサイルも含まれているため一発でも受ければひとたまりもない。

・・・はずだった。

 

8本のアームに展開されたマシンガン、つまり8門は8方に対処することができるため、全てが迎撃されてしまう。

 

『こちらベケット、目標に命中を確認できず!』 『こちらチャップリン、すべて迎撃されました』

 

だが、それでも隊長は表情を変えない。

『フォックストロットよりエコーへ、プランBを決行せよ。 ベケット、チャップリン、そのまま撤退しつつ攻撃を続行。グリーンゾーンまで行け。 Shine、着弾と同時に突撃を決行せよ』

 

『エコー了解、これより攻撃を開始する』

 

『Shine了解』

 

遥か彼方にある部隊は無駄のない動きで偽装ネットを取り払い、即座に発射できる姿勢であったため命令を受けてすぐさま地対地ミサイルを惜しげもなく全弾発射した。

そのミサイルの発射時に生じたバックブラストで、昼のようにそこが明るくなったほどだ。

 

空には数えるのも馬鹿らしい数の輝きが空を飛んでいる、その行き先はISを展開した女。

これまでの常識からするとやり過ぎと言えるほどまでの攻撃も、ISを相手取るにはまだ足りないとも言える。

なお、着弾地点の周辺には住宅地が無く、さらに最寄の市町村からも離れているためにこうして心置きなくミサイルを撃てるのだ。それに国連及び日本政府からも正式に許可が与えられているためにクレームが来てもあしらうことができる。

もっとも、彼らの所属する民間軍事企業には国連に認められている数多くの特権があるために、世界中のどこでも現場に合わせての作戦行動も可能でもあるので、いちいち現地政府及び国連からの許可を求めずとも行動は可能であった。だが、あくまでひとつのサービス業を扱う会社でもあるため、そのようなところは可能な限り丁寧に対応をするのが彼らの所属する企業らしいとも言える。

 

エコーからの無線が入る。

『着弾に備えよ 

 

 

 

 

 

 

 

 

shit!全弾迎撃された!!』

 

女がいたであろうコンクリート製の道路は絶え間なく襲いかかる強烈な爆風によって本来の姿である地面と化していた。しかも、女は最初から一歩も動く事なくその場にいた。

 

兵士達は戦慄する。

女のISは8本のアームから発射したマシンガンで、全てのミサイルの信管を正確に撃抜くことで迎撃をしたのだ。

一機のISで軍を、数機のISで国を相手にできる。

ISを使用されれば、男性はものの3時間で女性に制圧される。

その言葉に偽りはないのだと、これだけの兵器を以てしてでもやつにはかすり傷程度しか与えられないのだと。

『ISにはISでしか・・・」

思わず無線でつぶやかれた疑問はすぐに答えられた。

 

これから自分を骨一つのこさず吹き飛ばそうとした兵士達をどう殺さずに痛めつけ、どう絶望させるかを考えていた女は思わず油断していた。周辺にはISの反応がない。こうしてミサイルの雨を降らせることしか能のない男共しかいないのだと。

だから気が付かなかった、ステルスモードをオンにして、息を潜めていた一機のISが、弾丸のようにこちらへ突っ込んでくることに。

 

一機のISが女に突っ込んだのと、女が危機を感じたのはほぼ同時。

時速200キロのショルダータックルを受けた女のISはくの字に体を曲げ吹き飛ばされ、先ほど吹き飛ばされた辛うじて原型を留めるトラックの残骸へと突っ込んだ。

むき出しの地面からは衝撃によってもうもうと土煙が立ちこめ吹き飛ばされた女の姿を隠す。

 

『フォックストロットより全部隊へ、撤退しろ。 あとはShienが引き受ける』

 

遥か遠くで双眼鏡を構えていた隊長はため息をつく。

やはり、彼女とISを使うしかないのだと。

自分たちのあの泥臭い戦いを繰り広げていた時代は本当に過ぎ去ってしまったのだ、と。

その瞳は悲しげに閉じられた。

 

『フォックストロットよりShineへ、死なない程度に叩き潰しとけ。以上』

『こちらShine、了解した! 全力を持って目標を捕獲する!!』

 

吹き飛ばされた女は軽い脳震盪に耐え、今下された命令である撤退をしようとした。

土煙に姿を隠されている今なら逃げるのは容易い。

 

即座にPICで浮遊し、イグニッションブーストで急加速。戦域を抜けようとしたのだが・・・

 

「どこ逃げようってんだ クモ野郎!」

先ほど突っ込んできたISに足を掴まれ、そのまま地面へと引きづり降ろされてしまう。

 

「2段イグニッションブースト!!」

Shineとコードネームで呼ばれたISは自分が踏みつけているクモのようなISに向け、コールしたIS用ショットガン「ISM450 ラリサ」の引き金を引く。それもほぼ零距離から。

蜘蛛型のISはショットガンの攻撃に耐えつつも8本のアームを近接戦闘用に変更し、自分を足で踏みつけている相手を囲むように刺さんとするも、すぐに上空へと避けられてしまった。

 

そのISは暗く、また動き回っているせいでよく見えないがこれまで見たことのないような機体だ。

全体的に灰色の印象を感じさせ、普通なら見える操縦者も全身装甲のため見ることができない。ヘルメットのこめかみの両側から前でつながっている部分まで続くラインが不気味にぼんやりと赤く光る。

 

「ッざけやガって!」

無線からは撤退をするよう言ってくるが、ただでさえ作戦が破綻し、挙げ句の果てには踏みつけられたことでプライドが傷つけられ、頭に血が上った彼女の耳には届いていない。

 

「調子に乗りやがってよぉ・・・野郎ぶっ殺してやらぁ」

 

8本のアームからマシンガンの弾幕を張り当てようとするも、3次元的、且つ予測不可能な素早い動きで避ける相手にはかする程度しか当たらない。

 

そのひらりひらりとかわす様子にさらにヒートアップしそうになるも、彼女も素人ではない。深呼吸とともに冷静になり撤退の判断を下す。

このような場所でプライド云々言っていては元も子もない。それに、こいつは避けるばかりで攻撃を控えている。時間を稼いで無駄玉を撃たせ、抵抗力をなくしてから増援を呼んでこっちを押さえつけるつもりなのだろう。

こいつらにISがあると分かっただけで儲け物だ。

 

 

「ッハ! お前、名前は」

射撃の手を止め、回避を続けていた相手に突然名前を聞く。

 

「Ms.Xだクソ野郎」

まじめに答える気のないコードネームShineはおちょくるように言う。だが、すでに冷静になった女に挑発はすでに効かない。

 

「『オータム』だ! いつかてめえを八つ裂きにするヤツの名前だ。 覚えておけ・・・」

血も凍るような低く、あらん限りの殺意を含んだ声でそう言うと、射撃を再会・・・すると見せかけてイグニッションブーストで戦域離脱を謀る女。

 

フェイントに引っかかってしまったShineは即座にその後を追おうとする。だが、行動は先読みされてしまっていた。

慌てて追おうとしたがために、動きが直線的になってしまっていたのだ。

そこを狙ったのか、アームを後ろ向きにした相手の一斉掃射をモロに受けてしまい、イグニッションブーストをするタイミングが僅かに遅れる。

イグニッションブーストは時速に換算すると軽く百キロは越える速度。

その一瞬は女がもう手の届かない場所まで行かせるには十分すぎる時間であった・・・

 

たった数分、いやもっと短いかもしれない。

これだけの戦闘だが、得られたものは大きい。

 

「・・・ファック!」

遠ざかっていく敵のブースとの輝きを、フルフェイス状マスクの赤い輝きは睨みつけるように見つめる。

 

———オータム か。 ・・・お前なら、殺せるか?

 

 

『汚い言葉を使うなSun、ほら、さっさと戻ってこい』

隊長の指示に従いShineというコードネームとSunという名前でよばれたその少女は自分に対する怒りと、仲間が懸命に戦ったのにも関わらず作戦を失敗に終わらせてしまったという申し訳のない、複雑な気持ちでたった数秒の加速で遠ざかったいた仲間の元へと戻っていく。

 

 

 

 

 

———2日前

 

薄暗いブリーフィングルームには空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

そこには作戦に関する情報が見やすいように表示されている。

 

作戦地域の風土、建物の構造、作戦目標、参加人数、想定される敵の情報・・・

 

 

「つうわけだ。俺たちはイチカ オリムラがいるIS学園の警備をすることとなった」

 

イチカ オリムラがいる限り、テロリスト達からの接触はあるに違いない。ならば、その日本人の少年を餌にし獲物を狩り場に誘い込めば良いだけの話だ。IS学園へ入るにはまず厳重なセキュリティと四方を囲む湖という自然のセキュリティを抜ける必要があるので、たどり着けるのはかなりの大物に違いない。

学園に入ろうとし、湖に面した街で手を拱くであろう雑魚は別の部隊が”狩り”をする。もちろん、表の世界には知られないようにしてだ。

 

 

 

即座にMarkが食いつく。

「隊長それ本当ですか!?あそこってカワイ子ちゃんの花園ですよッ!!」

 

ブリーフィング室の何人かが呆れと同時に、彼の一言に同感する。

IS学園は世界で一つしかないとある分野を扱う学園であるだけあって、世界中から志の高い少女(・・)が集まってくる。それに、その学力の高さより皆優秀だ。

そしてなによりも、皆美人ということもある。

 

「安心しろMark、てめえなんか見られただけで逃げられちまうさ」

と、190センチはあろうアイスランド系の大男がからかう。

皆からはDJと呼ばれており、なんでもこの仕事を始める前はDJをやっていたらしい。まさに、文字通りだ。

それが今では、このチームでは屈指の爆薬の使い手である。

 

「おいDJ、型だけが取り柄の酔っぱらいアイスランド人には言われたくねえよ」

と、Markが返すも別に本気ではない。皆長い付き合いだからこそこういうことを言い合えるのだ。

「ロンドンのスモッグ恋しくなって頭逝かれたのかと思ってよ」

 

だが、そんなやり取りはお構いなしに隊長は続ける。

 

「ブリーフィングはまだ続いているぞお前ら。やるなら後でやれ。 メンバーは俺たちと第7対テロリスト駆逐小隊を連れて行く。 Sun、お前は学園に現地入りしてイチカ オリムラを監視しろ。 ひょっとしたらやつらからのコンタクトがあるかもしれない。貴重な餌だ、死なせるなよ」

 

「Yes sir.」

 

「さてここからは別の話だ、連れて行くのは20人、学園の警備は5人だけだ・・・そのうち1人はすでに俺が入っているから実質は4人、あとは勝手にお前らが決めておけ」

 

「ああ、ええっと・・・隊長それずるくないっすか」

 

「常識的に考えろSledgehammer、隊長である私が現地入りするのは当然だ。 それよりも残ったポストを早く決めておけ、それ以上文句言うとロリコンハンマーと呼ぶぞ」

 

「待ってくださいよ、俺はそんなつもりで———」

 

 

ブリーフィングルームのイスにもたれかかり笑い声の絶えないブリーフィング室で思考に耽る少女がいた。

 

この間ISに乗っていたあの少女だ。

年はまだ子供らしさの残る16歳になろうという辺りなのだが、頬に傷跡が残っている。

ブロンドのセミロングの髪を乱れるのを気にせずワシャワシャとし始めた。

 

深海のような、蒼色の目はどこか悲しげだ。

 

 

 

学園か・・・

 

どうもああいう場所は苦手だ、友達と仲良くし、バカやって、恋愛して・・・絆を深め合って

 

 

———俺たちは、チームだ。互いを信頼し合い家族だと思え!良いな!?

 

 

———危なかったな、大丈夫か。ほら、手を掴め。 よし良いぞ。

 

 

———お前、好きなヤツとかいるのか?

 

 

———誰か、誰か助け、来るなてめえら。 こっちに来るな!撃つぞ!!

 

 

———どうして?

 

 

———ふん、所詮は作られた兵器、いや(チャイルドソルジャー)

 

 

———なにやってるんだてめえ 

 

 

———どうしてかって?正解平和のため、さ。

 

 

———Sun・・・お前はまだ若い。命を大事にするんだ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———生きろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ックソ!

・・・嫌なこと思い出しちまった

 

 

「———だ。いいな、解散。 便のチケットは出発前に配るから荷造りだけやっておけ。 今回は長くなるぞ。

それとSun、後で来い。制服のサイズを合わせる、ちなみに改造は良いらしいからお前の好きなようにして良いぞ」

 

彼女はあわてて返事をしようとしたのだが、ふととある人物2人が思い出され冷や汗が流れ始めた。

「・・・隊長、ところでRoseとカマ野郎は?なんか見当たらねえんだけど」

 

「喜べ、あいつらはコーディネートしてやるってコーディネートルームに籠りっぱなしでいる。張り切っていたぞ」

 

「だぁああああああちっきしょぉおお!!」

 

悲鳴はそれをみていた隊員達の笑い声にかき消された・・・

 

 

 

 

———現在 

 

日は既に落ちかけており、美しいオレンジ色の空が広がっていた。

 

目の前にはIS学園がそびえ立っている。

その広さはこれまで見たことのある最も大きい軍事基地に値するほどであり、呆気にとられそうになりそうだ。

そしてなによりも・・・迷いそうであり、ターゲットを監視するのに苦労しそうなことに軽い目眩を覚える。

 

バンには私と隊長、「第4回:最強は誰だ!?グランプリ」(上位四人にはIS学園警備のポスト)の4人の勝者、運転手としてこの学園の事務員が乗っており、軽い最終確認をしている最中だ。

とは言っても、ほとんどは軽い雑談程度の内容とも言える。やれ、日常品はどこで買う、やれ、汚い言葉は可能な限り使うな。

 

分かっている。

 

だが、確かに「友達作り」には若干の不安があるんだよな。

これまで過ごしてきたのは緑に同年代の若者がたくさんいる空間とは程遠い、硝煙と血に塗れた世界だったからだ。

 

「そろそろ着きますよ、皆さん。とは言っても降りるのはお嬢さんだけですよね」

流暢な英語、IS学園に勤める以上国際的言語である英語は当然話せなければならないのだ。もっとも、優秀な学園の生徒達の大概は現地の言葉である日本語でコミュニケーションをしているらしい。

 

運転手の声に反応し隊長は短く返事をする。

私は寮で自分の部屋を確認するために降りる。他の5人は自分たちの寝床の確認、どうやら職員の寮の空き部屋に泊まることになっているらしい。

 

私はというと、あくまで一般の生徒として編入することもあり、一般の生徒と共に過ごさなければならない。

むしろそっちの方が護衛対象である「イチカ オリムラ」と距離が近いため、緊急事態などに関しては都合が良いともいえるんだけどな。

もっとも、その緊急事態は教員や世界各地で戦ってきた歴戦の5人にとっては些細なトラブルに過ぎないのだが。

 

それに今回の任務は単に護衛だけではない。

たった今首にネックレスとして掛けられているこいつ。銀の銃弾として待機している「ピースメーカー」の試験パイロットとしても、条件の良いIS学園に入学することでもある。

IS学園には世界各国のISが集まるため、それらの情報収集と共に様々な条件の元で多くの実戦データも集められるし、この学園内では無償(血税)でISのメンテナンスや調整をすることができる。

まさに、IS関係にとっては聖地と言っても良いほどの場所だ。

 

だが、保護者のような存在でもあるチームの皆が、自分に学園という空間で少しでも若さを感じて欲しいという願いも含まれているってのは薄々気付いている。

 

全く、本当に余計なお世話だ。

こんな兵器として育てられた自分に、いつ本部の命令に従って自分たちを殺すかもしれない自分に、そんな優しさを持つだなんて・・・

本当に、最高に、優しくてお人好しな仲間達だ。

 

 

「着きましたよ」

 

バンのスライドを開け、出て行こうとする私に肩を置く隊長。

「・・・頑張ってこい」

 

「楽しんでこい」

 

「気をつけてな」

 

「イチカオリムラには気をつけろ、コイツのプロフィールを見る限り ってOdd!オレの前に出るな」

 

「・・・・・」

 

どれに反応すれば良いか分からないが・・・私はできる限りの笑顔を見せた。

「ああ、行ってくる!」

 

 

 

バンが閉められ、Sunはボストンバックと装備の詰まったケースを担いで寮の入り口へと入っていく・・・

その表情は見ることができないが、おそらく清々しい表情をしているだろう。

 

バンが発進し少しすると、グレネーダー担当、イギリス人のMarkによって沈黙が破られた。

 

「はぁー・・・これが親の気持ちってやつか」

その顔は何かをやりきったような、そしてどこか寂しげな表情だ。

 

ライフルマン兼狙撃手のイタリア人であるエコーが苦笑する。

「うまくやれるか、アイツ」

 

爆破物処理担当、東洋人の色黒のOddはどこか確信したような表情で、Sunと共に過ごしたこれまでを思い出していた。

「まあ、アイツに任せよう、きっとうまくやっていくさ」

 

情報処理担当の日本人であるTanakaは相変わらず目を覚まそうとしない。

 

「大丈夫ですよ、うちの生徒は皆良い子たちですので」

運転手の声に皆が安堵の気持ちを強くする。

 

 

1人を除いて

 

そう、隊長だ。

どこかいろいろと不安そうな表情で苦笑いをする。

「おいお前ら。気付いてないのか・・・ありゃあ、”狩り”の時の笑い方だったぞ・・・」

 

「What!?」

 

遠のいて行く寮を振り返り、男達はこれから先に憂いを感じ始めていた。

 



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第1話 あのベッドを一緒に使うのはどうだ

自分の文章力の低さに涙が・・・
アドバイスや改善すべき点などがございましたら、ご指摘御願いします。
また、書き方などの改善点も教えていただければ幸いです。



寮の事務所へ来た私は、窓口の呼び出しボタンを押す。

 

静かな空間。生徒の話し声が優しく廊下の向こうから響いている。

そんな穏やかな雰囲気にどこか、懐かしさと若干の不安を覚えてしまい、そわそわしそうになるのをなんとか堪える。

 

少しして呼び出しを聞きつけた職員が窓口にきた。

20代後半の柔らかい雰囲気の女性、日本人らしい。

 

受付で軽い挨拶を交わした後、割り当てられた部屋の番号とその部屋はどこにあるのかということと、注意事項などの簡単な説明を受ける。

 

とっくに頭の中に入っている情報だが、決してもう知っているような素振りは見せない。

知っている情報は寮だけではない、この学園の敷地全体の地形から構造、狙撃ポイント、アンブッシュポイント・・・全てを頭の中に叩き込んでいる。

 

それでも相手の好意を無駄にしないべく、初めて聞くような素振りをする。

いくら言葉遣いが荒くとも人との接し方は荒くはない。

むしろ、仲間に背中を預けなければならないような状況下で生きてきた彼女は義理堅い性格なのだ。

 

説明を聞き終わった私はその職員に礼を言い、上へと向かう。

 

—————

 

———

 

 

 

「えぇっと、確かこの辺に・・・お、あったあった。 ここだなぁ」

部屋を探している間は新顔であるためじろじろ見られると思っていたんだが、今日はまだ学校が始まってから初日。新顔が混ざっていても今日見た新顔の中にまたひとり追加されるだけ。

 

とはいっても、初日の授業に出られなかったのはさすがに痛い。まさか輸送機が足止めを喰らったせいで半日も潰れただなんて・・・

あの堅い警備員め、「国際指名テロリストに似ているから」って私たちを拘束しやがって!

だからこの(日本)の警備員は嫌いなんだ、ケツに弾丸が残ったのが金属探知器に引っかかった時だって———

 

やり場の無い怒りを抑え、ドアをノックする。

時刻は16時前、授業も終わっている時間だからルームメイトはいるに違いない。

 

 

・・・だが返事がない

もう一度、一回目よりも強め目にノックをすると慌てたような気配がドア越しに感じられた。

 

彼女はこのとき、もし3回目に返事がなければ部屋に”強行突入”しようと考えていたので、ルームメイトはあわてて正解だったと言える。

 

「は はい! どなたですか!? ひょっとして謝罪に! 」

出てきたのは金髪のロングヘアーの西洋人。英語の発音からすると英国人か?

そんなことを考えながら、ここに来るまで何度も頭の中で繰り返した自己紹介を言う。短すぎず、かつシンプルに。

「ルームメイトのサン=エヴァンスだ。今日からよろしく頼む」

 

彼女は笑顔で歓迎してくれた。

「セシリア=オルコットです。こちらこそよろしくお願いいたしますわ」

だが、サンは見逃さなかった、開けられた瞬間のセシリアの若干強ばった表情を。

 

「貴族様と寝食を共にするとは、光栄だね」

 

「あら、私のことを知ってらして?」

嬉しそうに彼女の顔がはにかむ。

 

「そりゃあ世界最年少で当主になって、ギネスを記録したんだ。 まあ、こっちが物好きだってこともあるけどな」

 

英国人、オルコット家の生まれであり幼くして当主となった少女。

オルコット家の資産は莫大であり英国でも5本指に入る。テロの犠牲となった両親と死別してからというもの、その資産は減るばかりか今でも増加を続けているという。

自分の所属する民間軍事生産兼傭兵派遣会社『New America GroBal Armaments』への有力な投資者にしたいところだが、どうやら各地の紛争に介入、または意図的に引き起こしては血と金の河を作り出しているというのはあまりお気に召さないらしい。

 

・・・両親が巻き込まれた脱線事故の際に、警備していたうちの傭兵も10人犠牲になった。

実行犯のテロ集団はいつの間にか存在自体が消えていたのだが、あまり気にしてはいけない話題である。

 

今の状況で重要な情報と言えるのは彼女がイギリスの国家代表候補生であり、また専用機もイギリスの最新技術の塊である第3世代型IS『ブルーティアーズ』のパイロットでもあるということ。

 

プライドが高く、下手にからかわないほうが吉。バストサイズに若干の悩みあり。

だが、親しい人物に対しては非常に友好的であることが確認されている。っと、ん?

 

追記、間違っても彼女の祖国である英国の自虐ネタには触れないでおくこと。(by,女王陛下万歳 Mark)

 

 

 

マークの報告書を思い出しつつも彼女に案内されて部屋に入ると、そこには生半可なホテルとは比べ物にならないような光景が・・・

シンプルでありながらもその贅沢さと気品を兼ね備えたベッド、その4本の足にまで細々としていない美しい彫刻が成されていた。

イスも貴族らしさを感じさせ、どこか懐かしく、安心する雰囲気を部屋全体に醸し出しており、ベッドに掛けられたレースはその美しさと相まって何とも言えない美しさが見て取れる。

 

ベッドのシーツだってそうだ。ここから見ただけで純白の輝きを放ち、触ればどれほどすばらしい手触りを感じられるのかと、つい想像してしまいそうになってしまうほど・・・

 

問題は、だ。

 

なぜこのベッドが一つしか部屋に置かれていないのだということである。

まだ、それは許容範囲としておこう。

 

 

 

 

 

でかい。とにかくでかい。

胸はまあまあなくせに、なぜか2人のベッドスペースの6割を占め、私の”領土”に軽くはみ出してきている。

ベッドの大きさは見るからにして、なんとか2人で寝られるかという程度。

もしコレが堂々としたダブルベッドだったなら自分は即座に廻り右をして食われる(・・・・)前に撤退をしていただろう。

 

そんな貴族様はやんわりとした笑みを浮かべている。

垂れ目がまた可愛らしさを際立たせているではないか。けれども、私は言う。

 

「Hey、オルコットさん」

 

「ん?どうかしましたか」

 

「・・・これは、自分の家具を持ち出してきたのか?」

 

「ええ、イギリスでも有名なデザイナーに作らせたものでして、本当にすばらしい出来映えだと思いませんこと」

などと言い、うっとりとしている彼女は本当に嬉しそうだ。

 

「ああ、本当に今まで見たことのないくらいすごいと思う・・・ところで、一つ聞いていいか」

 

「はい、どうかして?」

 

笑顔の彼女に私は遠慮の無い質問を笑顔でぶつけた。

「私の寝る場所はどこだ」

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

「本当にすばらしいと思いませんこと?」

「Hey、セシリア=オルコット。 もう一度聞く。 私の 寝る 場所は どこだ」

笑みを崩すことなく、聞くサン。

それを聞き、同じく笑みを崩さないセシリアは冷や汗を流す。

 

芸術的なオーラを放つ部屋に沈黙が流れた。そんな沈黙に耐えきれず、彼女はぽつりぽつりと話を始める。

「・・・寸法は確かに測るべきだったのですが・・・その、寸法にミスが生じてしまったらしく・・・」

「つまり、私の寝るスペースはこのでかいベッドとくっついているやつ、ということか」

 

本来ならばベッドとベッドの間は空けられているはずなのだが、サンのベッドとセシリアのベッドは隙間がほとんどなく、無理矢理入れた感じが漂ってしまっている。

 

「申し訳ございませんわ」

そういう彼女は本当に申し訳なさそうな表情で謝罪をしてきた。

 

貴族である彼女は小さい頃から両親の遺産を狙う大人達を疑い、使用人達に支えられながらも、こうしてオルコット家を護り続けてきた。そんな生活を送ってきた彼女が同年代の信頼できる友人ができると思えば、彼女の失敗は必然的だったかもしれない。

そして、彼女は今、これからもっとも親しい関係になるであろうルームメイトにこのようなことをしてしまい、自分を恥じると同時に若干の自分に対する怒りも感じていた。

だからこそ、貴族としてのプレイドも威厳も捨て、1人の人間として謝罪をしたのだ。

 

 

自こめかみに手を当て、軽くため息をつくとサンは言った。

「まあ良いさ」

 

ヒラヤマ山脈での偵察任務じゃ、4日間ずっと雪の中から身動きすることなくテロリストどもの空軍基地を偵察したこともあるし、薄暗く、熱く、狭っ苦しい装甲車の中であいつらとぎゅうぎゅう詰めにされながらも半日過ごしたこともある。

それと比べれば(比べる対象がおかしいが)サンにとってこれくらいどうってことない。

 

むしろ、きちんとしたベッドと屋根のある清潔な部屋、それに加え「砲弾が降って来ない」というだけで彼女は満足している。

だが、サンにとっては平気だとしても彼女にとってはまだ納得がいかないらしい。

「ですが、それでは私が悪いのに、せめてなにかしらの謝罪を」

 

埒があかないと即座に判断したサンは、両手を前でパチンと合わせ、それをセシリアに向ける。

「それじゃあ———たまにセシリアのあのベッドを一緒に使うのはどうだ」

「え、それでもよろしいので・・・って、一緒に?え、でも」

 

「いいな? よし、これでこの件は終わりだ」

セシリアの疑問が言い終わらないうちにサンはぱんぱんと手を叩きながら自分の荷を解き始める。

 

もっとも、この提案にも問題点はあるが後で改善すれば良いのだ。

終わりよければ全て良し。

そう思いながら、サンは装備の詰まったケースを目立たない場所へ気づかれないように置き、手際良くボストンバックの中身を取り出し、整理していく。

 

セシリアはサンの後ろ姿を感謝の気持ちを抱きながら見つめていた。

少し強引なところもありますが、私をあくまで1人の友人として扱ってくれる、そんな彼女で良かったかもしれません、と。

 

だがしかし、このとき2人は気が付いていなかった。

セシリアのベッドは一つ、つまり約束を果たすには2人で身を寄せ合って寝る必要があるのだと・・・

 

—————

 

———

 

 

5分ほどすると、サンの荷造りもだいぶ落ち着いたものとなった。

もともと必要最小限のものしか持ってきていない、その他のものは現地で調達したほうがフットワークを落とすことなく移動することができるからでもある。

荷物を整理している最中に互いの紹介もしたため、2人はすぐに親しい関係となっていた。

2人の性格は正反対と言えるものではあるが、なぜか気が合うのだ。

 

あとは制服を脱ぎ、部屋着になろうとした時だった。

ふと、疑問に思っていたことを思い出し、シャワーを浴びようと脱衣所で制服を脱いでいるセシリアに聞く。

「ところでよ、今日何か嫌なことでもあったのか」

 

そんな何気ない質問にセシリアは軽く動揺を覚えた。彼女の前では一切そんな素振りを見せたつもりはなかった、というより、嫌なことすら思い出せないほど会話が弾んだのだ。

思い当たるとすれば、あの男が誤りにきたのだと勘違いしてドアを開けた瞬間。

あの一瞬で表情を読み取るサンに若干の違和感を感じ始めてしまった。彼女も自分を取り巻く大人達と同じ、相手のささいな表情の変化から情報を読み取り、それを元に心理戦を仕掛けてくる彼らと同じではないのかと。

「ど どうしてそう思いになって?」

若干怯えるような聞き方になってしまったが既に手遅れだ。返答次第ではこれからの付き合いを考えなければならない。

 

「いや〜、だってさ。 こう、なんか感じるんだよね。 嫌なこととかあったヤツってよ、少しだけガチガチしちゃってるからさ」

聞いているセシリアにとって何気ないような返事だが当然嘘だった。

だが、サンは相手に不安と不信感を与えないようになんとなくそう答える。内容からして確かに嘘でもない。

 

そして、自由奔放な雰囲気を持つサンならあり得ると思ったセシリアは制服を一枚脱いだYシャツ姿でサンの前に姿を現す。

彼女のような人物ならそのような感覚が研ぎすまされているかもしれないのだと安心し、ふともう一度相手の顔が見たくなったのだ。

 

「え、ええ わかります? 実は、今日オリムラという殿方にお会いしたのですが、なんとまあその方の礼儀のなさと言ったらさすがの私でも気を荒げてしまうほどでしたのよ!」

いつもの貴族としてのプライドを持つセシリアになり、あつく語り始める。そして、サンはきちんと相づちをうち話を聞く。

 

 

 

その時間15分

 

 

 

「———たった1人の男性IS操縦者だからと思ってはいたのですが、まさかあんな無知で失礼で残念な方とは思いませんでしたわ!!そもそも男性がISに乗れるという時点で私としては———」

 

「まあまあ、とりあえずそのなんとかって野郎は、ありえねえヤツってことなんだな」

 

話を区切られたことでセシリアは冷静さを若干取り戻しふと時計を見て、申し訳なさそうな表情に早変わりした。

「私としたら! ああもう、今日はあなたに迷惑ばかりお掛けしてしまって・・・」

 

サンは苦笑いをしながら、ベッドに腰掛けるセシリアの隣に腰を下ろす。

その包み込まれそうなるベッドの柔らかさに頬を緩ませそうになるが、そこはどうにか耐える。

 

「いや良いさ、それほどセシリアはその男に腹が立ったんだろ。それなら決闘でぼこぼこにしちまえばそいつも誰に喧嘩を売ったかわかるだろうさ」

 

話の内容を要約すると、親切心で声をかけたセシリアに対しそのオリムラという無知な男(実際自分たちの監視対象だ)は彼女曰く非常に失礼な態度で受け答えをし、さらには彼女の祖国、イギリスを侮辱したらしいのだ。

 

・・・無茶しやがって

だが当然サンはどちらにも就くつもりはない、アクシデントというものはどちらが悪いかではなく、かならず両方に問題点があり、それらが干渉し合うことで起こるのだ。

冷静に物事を見極めることで常に状況を把握し、優位に立つことができる。

 

それにセシリアの主張には本人は気づいていないであろう若干の主観性が見え隠れしてしまっている。ここで下手に彼女のいうことを全て鵜呑みにしてしまっては取り返しのつかない事態になりかねない。

なら、相手の方にも聞き込みにいけば早い話だ。

ちょうど表向きとしてはその男の護衛、護衛として挨拶にでもいく理由でそいつの部屋に行けば良いだけの話だし。なにもそこまでしなくとも良いのかもしれないが、なにせ自分の監視対象に関わる事態だ。

それ加え、サンには少々オリムラの部屋に行く用事があるため、そのついで感覚で話を聞こうと思ったところだったしな。

もっと器用な方法があるかもしれないけど、なにせ私は不器用なのだ。ダイレクトに行動することくらいしか人間関係を知ることができない。

 

 

「よし、それじゃあちょっくら見てくるかな、そのオリムラとやらを」

床から立ち上がり、力強くそう言うと当然、セシリアから遠慮の返事が来る。

「え、いいですわ! 友人にそんなスパイみたいなことをさせるだなんて」

 

そんな、笑顔で行かなくて良いと言ってくるセシリアにサンはぐいっと顔を柄づけた。

「でも、気になるだろ? っつうか、こっちが気になるんだ。 いや、セシリア言わなくても分かる。 今あっちが反省しているのなら仲直りしたいんだろ!? まかせろまかせろ これは私の有名な男を見たいっつう自己満足でもあるんだ! まあ、紅茶でも用意して待っていてくれよ」

 

呆気にとられるセシリアを置いて、素早く道具の入ったポーチを回収し部屋からでていく。

ドアが閉まる際にセシリアの声が聞こえた気がしなくもないが。まあ、空耳だろう。

 

そう思いながらさっそく記憶しているオリムラの元へと向かおうと部屋の位置を思い出そうとする。

 

だが・・・思い出す必要もなかった。

廊下はにぎやかになっており、露出を気にすることのないラフな格好の寮生たちがたくさんいた。もしこれをうちの男どもが見たら歓喜に包まれるだろうに・・・すまん、違った。1人だけだった。

 

途切れ途切れに聞こえてくる女子達の会話から判断するに、どうやらオリムラになにかがあったらしい。

悲鳴が聞こえないことから大丈夫そうだが、念のため急いだ方が良いかもしれない。

本人が油断力が落ち、疲れている授業初日なら接触はしやすい。

そこを狙われたのかもしれない。

 

若干の不安を覚えつつ、人混みをくぐり抜けていく。

 

それにしても少なくとも6人程度軽く見たところ、皆顔が整っておりまた健康的な体つきをしているのがそのラフな格好より確認できる。

それに比べ自分の体は古傷だらけ。

いくら医療が発達したと言っても治しきれないものは治しきれないのだ。

 

風呂に入る時は注意しないといけないかもしれない・・・

 

そう思いながらも、美女達の合間を縫っていくとそいつはいた。

特別にオーダーメイドで作られた男子用のIS学園の制服を身に包み自分の部屋のドアを背にしてへたれ込んでいる。

そうとう慌てていたのか肩で息をしている程だ。

その背にしている木製のドアはどころどころこぶし大の穴ができて・・・

 

何があった?

 

オリムラは肩で息をしながらも誰かに助けを求めようとしたのか周囲に目を泳がせる。

だが、どこを見ても普段目にすることのない女性の絹のような肌ばかり、目が完全に行き場を失い泳いでいるだけだ。

そして、こっちを向いた・・・ッハ?

 

どうやら自分がまだ露出の少ない制服姿(しかもズボンだから足も直視できる!)のため、面と向かって見ることのできるこっちに視線が固定されてしまっているらしい。そして一秒も掛からないうちに直感した。

「あ、助けてくれって言ってくるぞ。」と

 

ヤツがなにかを言おうとした瞬間、ヤツが背にしていた穴だらけのドアが開く。

そこには・・・ええと、浴衣?の白いヤツを身に纏い、手には木刀を持っている巨乳の大和撫子が現れたではないか。髪を後ろで纏めており、それがまた凛とした容姿と相まって様になっている。

 

「入れ」

低く、美しい声で彼女は言う。

すると、その日本人の言う通りにオリムラは部屋に入っていく。

・・・まったく状況が把握できない。

襲われているのならそのまま逃げ出せば良いのに・・・なぜ逃げない。

 

扉が閉められた後、記憶を探るとどこかで見たことのある巨乳の日本人が思い当たった。

 

ホウキ シノノノ(隊のメンバーのほとんどが名前を噛んでいたためにモップとあだ名されていた)

今現在世界で最も有名な人物の1人である「タバネ シノノノ」の妹。

「イチカ オリムラ」とは幼なじみであり、小さい頃には共にシノノノの家にて剣道を習っていた模様。

しかし、『白騎士事件』以降、2人は離れ離れとなり、彼女は政府の保護プログラムの元で渡り鳥のようにせわしない生活を送ってきていた。

IS適性はB判定、しかし、剣道の扱いに長けており、その実力は全国大会で優勝するほど。だが所詮はスポーツの剣道、実戦ではどこまで役に立つのやら・・・

姉に対して抵抗感があり、同時に巨乳であることにコンプレックスを持っている模様。

 

たしかに、動き回るには大きすぎるサイズだ。

事実、体のラインを強調しないあの服の上からでもどれほどの大きさかが分かるほどのインパクトを兼ね備えていた。

やはり、動き回るには自分のようにバストが小さい方が助かる、決して負けたという感情はない。

 

決して。

 

そんなことを考えながら壁に背を預け、事態の収拾を待つことにした。

今日は一度に多くのことが起こりすぎている。少しは頭の頭の整理をする時間が欲しい。

目を閉じ耳神経を集中、2人の入っていった部屋から微かに音が聞こえてくる。

女の声。

そして、それに続く男の声。

軽く走り回るような騒がしさの後、軽い悲鳴にも近い驚いたような女の声が聞こえた。

ほんの微かに男のつぶやくような声・・・

 

突然鈍い音!?

続いて人が倒れる音

 

頭が急に冴えていき、戦闘態勢となる。

ナノマシンがアドレナリンの分泌を確認し、感情を戦闘にあわせられるよう薬品を分泌してくるのだ。

そのせいで興奮にも近い好戦的な感情を覚えるが、もう慣れてしまったためやり過ごす。

まずは状況を把握しなければならないが、時間のない今は部屋の中に入って行くのがベストだ。

 

「ちょっとあなた!?」

偶然通りかかった生徒の1人が他人の部屋にノック無しで入ろうとする私に声をかけてくるも聞き流す。

ドアにカギが掛けられていなかったため蹴りやらずに済んだものの、1秒でさえ惜しい状況。

ここでアイツに死なれてしまっては、テロリストを一掃する機会が失われ、テロリズムに怯える世界に逆戻りしてしまう。それだけは防がなければ!

 

たとえ幼なじみという親しい関係だとしても殺すかもしれないというのに!もっと警戒しておくべきだった!!

 

ドアを開ける際、廊下の女子から驚きの声が上がるも、それを気にすることなく素早くドアを開け部屋に突入。

早速これを使うハメになっちまうとは・・・

意識を集中させると、体内のナノマシンが脳波をキャッチし起動する。

 

《Stasis System ON》

時間の流れは変わらない、そう全てに対して平等だ。違うのはそれをどう過ごすか。

時間の流れの中で脳が確実に、早く、優位に動くという体感速度を飛躍的に跳ね上げるドイツの代物だが、本当に使える・・・使い終わった後はとんでもない空腹感に教われるのはしょうがない。

 

ドアを開けると同時に滑るように突入するサン。

その動きに無駄はなく、その洗練された動きより多くの経験を積んできたことが読み取れる。

 

蒼色の両目が機会的な機械的な金色に輝き、室内を素早く見回し状況を把握する。

 

オリムラ!倒れている!!

そしてとなりにいるシノノノ、木刀を持っている。

木刀も鈍器だ。その気になれば人も殺せる、彼女の剣術なら尚更!!

ヤツがこっちに気が付き、恐ろしい速度で迫り来る自分に対し反射的に木刀をふるってくる。

その迷いのない筋は良し、速度も十分、これを直に受ければ対速度の関係もあり下手すれば頭蓋骨骨折になりかねない・・・

 

まっすぐシノノノへ突進していく最中、改造を施した制服の両袖から仕込みナイフを落とし、それをそれぞれの手で掴む。

そして自分を狙い、上段の構えより振り下ろされた木刀を体を捻るように回避し、そのまま彼女の斜め後ろ回り込むと流れるように素早く拘束。

 

首に回した右腕には引っ掛けるように右手のナイフを首筋に、互いの左腕を絡めその手に握られたナイフは相手の左手首を捕らえる。

下手に拘束を解こうとすれば自分から切ってしまう体位となっている。

左手に握られた木刀では取り回しにくく、抵抗しようにもむしろ自分の動きを制限してしまっているのだ。

 

今度はこのシステムを切るように集中する。

このシステムは体内のナノマシンに血液中のエネルギーを変換し送ることで作動させているのだが、その消費する量が半端ではない。

あまりに長く使うと栄養失調か空腹で倒れてしまう。

これの元となったものは燃費も良く、長時間の仕様が可能らしいが幾分制御が難しいという。

だが、基本的な性能はNAGA社がドイツより研究者を引き抜き、莫大な研究費を与え作らせたこちらのバージョンが上という事実は変わらない。

その事実とは、以前ドイツで行われたドイツとNAGA社の特殊部隊同士の合同訓練で証明されたのだが、詳しくは後の機会にさせてもらおう。

 

《Stasis System OFF》

体感速度がしだいに早まっていき、元通りとなる。

極限状態とはまた異なる感じはやはり何度やっても慣れることはできない。

今はほんの数秒だけだったのでそこまでエネルギーの消費は押さえられているはず。

 

 

 

 

私は迫り来る何かを感じた生存本能の警告に従い、自分でも信じられないほど鋭い一撃を放った。そして、さらに信じられないことに、避けられしまった。

 

・・・気が付くと拘束されていた。

 

とにかく混乱した状態ながらも口を開いた。

「ッぐ!! 貴様いきなり何を!?」

帰ってきたのは低く、恐ろしい声であった。

「この男に危害を加えた理由を簡潔に答えろ、じゃねえと刺身にすっぞ」

「ッ!?」

 

私はこれまで感じてきた中でも恐ろしい威圧感を、私は背中に密着している同年代であろう女から感じ取っていた。

これまで剣道の大会でも、強敵と出会ったときは体のすくむようなものを感じたのだが、今感じているこれ(・・)は明らかに別の次元。

 

そう、力も何も感じさせない。

単なる殺意。

これはすくみもしないし足も震えそうにもならない。ただ、殺意しか感じられない。

「答えろ・・・何をどうしたらこうなるんだ?」

「私はただ———」

 

 

 

コレまでの経緯、一夏との再会、それがシャワー上がりのときだったこと。

再会できた嬉しさと同時に恥ずかしさから手を上げてしまったこと。

せっかく部屋にもう一度入れたのにまた恥ずかしさから手を上げてしまったこと。

止めは明らかに向こうの「下着、つけるようになったんだな」という一言が悪いこと・・・

洗いざらい、自分の心情を自分で言う恥ずかしさも堪えて話した。

 

最後まで言い終わらないうちに、私は拘束が解けていることに気が付いた、首と手首に感じていたあの鋭くて冷たいナイフの感覚もない。

 

見ると、彼女は倒れている一夏を担いでベッドに横たえさせていた。

こちらを見ることなく彼女は言う。

「・・・オーライ、つまり照れ隠しってやつだな」

先ほどの声とは全く異なる、クールで軽く冗談を含んだ声。って、照れ隠し!?

 

「て 照れてなど! ———」

すぐに反論をしようとするも、またあの感じが襲ってきたから、私はしぶしぶ口を閉じた。

 

明らかに怒りを含んだ声だ。

「黙って聞け、照れ隠しをするのは勝手にしろ。だけどな、今度コイツに死ぬようなことしたら・・・殺すぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

このシノノノってやつからは殺意を感じらないし、情報処理班が作ってくれたプロファイルのおかげですぐに照れ隠しだと分かることができた。

本当にうちの情報部門は頼りになる・・・まあ、世界各国の情報機関でクビになったり左官された優秀なヤツを雇っているんだ。

高い給料に見合うだけの働きをするのは当たり前かもしれない。

 

それにしても、照れ隠しで大切な()を殺されてしまっては溜まったものではない。

この作戦が失敗すればせっかく知り合ったセシリアとも数時間でお別れなんてことも起こりかねないのだ。

それに、この作戦のために様々な準備を重ねて来てくれたヤツらにも申し訳が立たない。

 

・・・一応このツンデレ野郎には釘を刺しておいたから良いし、任務を始めるとするか。

 

 

部屋から出て行ったサンが廊下に置いてきたポーチから持ってきたのは金属探知器、それもNAGA技術課お手製の特殊仕様のものである。

 

早速機動させ、手当り次第に部屋のあちこちに先端の輪になっている部分を近づけていくと、空港で良く聞くあのモルモットの鳴き声のような音が聞こえてくる。

 

ビンゴ!

 

—————

 

———

 

 

すっかり私に抵抗感を感じてしまい、黙って見ているしかできなかった箒も今は別の意味で黙っている。

その視線の先には黒い機械的な何かがゴロゴロと転がっていた。

 

「な なんだこれは」

 

恐る恐る聞いてくる箒に、部屋にある3つ目の照明から何かを取り外している私が返事をする。

「ああ、知らない方が良いぞ。 知ったら多分失神するから」

 

「そ、そうか」

渋々引き下がる箒。

確かに興味心が強く聞くよう促してくるが、先ほどの殺気といい、目にも留まらぬ早さにも関わらず性格に自分を拘束したこの女の「知らない方が良い」は、本当に知らない方が良いのだと思わせてくれる。

知らぬが仏・・・とも言うしな。

そう箒は自分に言い聞かせて興味心をなんとかしまい込んだようだ。

 

「あとは・・・大丈夫だな」

そう言って私は黒い何かを手際良く回収していく。

 

よくもまぁ、こんな部屋に24個も巧くしかけるもんだ。風呂にも2個しかけるなんて・・・

幸い風呂に仕掛けられていた機種は一定の時間になれば録画を中止、その後にワイヤレス方式で一旦保存したデータ送信するタイプだからあの巨乳は秘密のベールに包まれたまま・・・のはずだ。

 

「それじゃあ、オレはこの辺で失礼させてもらうぞ」

探知器と回収したものをなんとかぎゅうぎゅう詰めにしてポーチにつめていくサン、箒はそれを複雑な心境で見ていた。

彼女は一体何者なのか。なぜ一夏を護ろうとするのか。なぜ部屋中に仕掛けられた何かを回収していったのか。 そして恥ずかしいという感情で流されそうになった己の未熟さに痛感を感じていた。結局一言も聞けないまま・・・人見知りの性格がこうも悪く出るとは。と。

 

 

邪魔(・・)したな」

そう言って部屋から出て行く私を、ただ箒は見送る。

おっと、一つ忘れていた。

「ところでよ!」

にょきっと突然ドアから出てきた私の顔に心臓が止まりそうになりながらも箒は返事をする。

 

「な、なんだ」

「そこのオリムラとイギリスの代表候補生のセシリアってなんかあったのか?」

 

箒は思い出したくないような表情をする。

それもそうである、突然話しかけてきたと思えば突然一夏を侮辱し始め、終いには日本をバカにしてきたのだ。

「ああ、あいつのことか。向こうが突然一夏に絡んで、勝手に怒っただけだ。 悪いのは向こうだと思うぞ」

 

ふぅんと、私は軽く唸る。

「今度こそ邪魔したな」

私の首は引っ込んでいった・・・

 

 

 

部屋を出たサンは端末をいじり、今日の早朝に終わらせるはずであった任務の完了を隊長率いる別働隊に伝える。

 

オリムラとのコンタクトは失敗に終わったが、むしろオリムラに気づかれることなくこの盗聴器と盗撮カメラを撤去できたのは不幸中の幸いと言えるかもしれない。

シノノノに関しては誰かに言うような性格でもない、というより言う相手がいるとは思えない。

それに一つ気になることがある、回収したこれらの機材が全部、最新でありながらも民間人でも作れるような物だったのだ。

 

予想では軍や情報機関が使うような型を使われると思っていたサンは、不可解に思った。

 

・・・とりあえずこのことは情報処理班に任せることにしよう、まずはティータイムだ。

サンは紅茶の香りが漂っているであろう自分の部屋へと足早に歩みを進めて行った。

その背後を見つめる視線に気づくこと無く———




(後書き)

「うまいなこの紅茶!!それにこの茶菓子も!」
「でしょう!イギリスの老舗より取り寄せておりまして、茶菓子のクッキーも有名パティシエの工房から取り寄せておりますの」
「うん、本当にこの先、普通のものが食べれるか不安だ。でもうまいからしょうがない!」
「そう言ってもらえるとうれしいですわ」
「・・・そうえいえばさセシリア」
「なんでして」
「バスト、気にしてるんだろ」
「・・・ええ、多少」
「知ってるか、カフェインは体の脂肪を燃焼させる作用があるんだ」
「ええ、しっておりますが」
「あまりとりすぎると、とらなくてもいい場所からも脂肪燃焼させちまうらしいぜ。うん、紅茶御代わり!」
「・・・・・ック!(プルプル)」

貧しい者はもう失うものはない、だが豊かに持っている者は失う物がある。
それは邪魔であり、同時に必要な物


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第2話 コミュニケーションの基本は目を見て話せ、だ

前回よりは、良くなっているといいのですが・・・


体内時計に従い、いつも通りの時間に目が覚める。

少女は念のため傍らに置いてある腕時計を確認するが、時刻は予想通り5時を示していた。

 

学園に入学したからといってトレーニングを怠るわけにはいかない。

 

隣のベッドで熟睡しているルームメイト(セシリア)を起こさないように、寝間着であるTシャツから吸水性の良い服装に着替え、静かに部屋を出ようとする

だが、ルームメイトに注意を払っていたせいか、ついうっかり机の上にあったティーカップに引っかかってしまう。

カタカタと音を立てたことにより少女はしまったと思うも既に遅い。

 

音に反応したルームメイトの上半身がゆっくりと起き上がる。

 

「ふぇ・・・? ん・・・むぅ」

その目は虚ろでまだ寝ぼけているようだ。

普段からは想像もできない姿に苦笑しながら少女はあやすかのように二度寝を勧める。

 

「ま、まあまあ、もう少し寝てろって・・・」

 

「んんぅ・・・」

ルームメイトはたいした抵抗も無く、ゆっくりと倒れるかのように再びベッドに身を委ねて寝息を立て始める。

そのことに安堵し、少女は今度こそ音を立てないようゆっくりと部屋を後にした・・・

 

 

 

 

 

 

IS学園は世界で唯一のISを扱う学園であるだけあってか、その広さは通常の学園を軽く上回っている。

そう、彼らが敷地内をバンで移動することができるくらいの広さだ。

校舎はもちろんのこと、学園に通う全生徒と教員を収容できるだけの寮、そしてISのメンテナンスや生徒による研究を行う建物を始めとする数多くの建物が敷地内に建っている。

 

豪華リゾートホテルなのではないかと思ってしまうほど大きな寮、その生徒用玄関からサンが出てくる。

 

時間が時間だけに、芝生を整理する職員や部活のための体力作りを行っている生徒達を除き、出歩いている人はいない。サンは深呼吸をし早朝のさわやかな空気を肺に取り入れると、その広い敷地を迷う様子も無く歩き始めた。

 

 

「Good mornning!! オッサン達」

軽口を飛ばしながら私が挨拶をしたのは先日、一緒に現地入りしたチームの4人。

皆、私と同じようにハーフパンツや吸水性に優れたTシャツなどを身につけ、初春の寒さを気にしないといわんばかりの運動しやすい格好をしている。

 

イギリス系アメリカ人である隊長が声に気が付き、こちらを見つける。

彼は既に50代を感じさせる顔つきだが白髪はそこまで生えておらず、黒髪も未だに豊かだ。

加えて、その鍛え上げられた肉体といいまったく老いを感じさせない。

まぶたを上下に通過したような傷跡もまた透き通ったようなグリーンの瞳も相まって、彼の男性としての魅力を引き出している。

 

隊長に続き、ほかの隊員もこっちに気がつき挨拶を返してくる。

だが、どうやら話の途中だったらしい。

 

挨拶の次は恒例の毒の吐き合いが始まる。

 

「っへ、朝から調子のいいじゃじゃ馬だことで。どうやら、ここでの任務は楽しくなりそうだな」

「Mark、あんまり女の子に気を取られてコケるなよ?」

「うるせえなOdd、だから言ってんだろ。

なあSun聞いてくれよ、こいつらみんなして俺のこと変態呼ばわりするんだぜ。 俺は紳士だって言っているのによ」

「そいつはどうやら?」

「Echoまでかよ!?ああもうちきしょう・・・Sun、お前は俺の味方だよな?」

「ロリコンMark、早く行くぞ」

「オーマイゴッド、オォーマイゴット!」

 

いつものように賑やかな空気を纏い、彼らは隊長を先頭に走り始める。

 

 

 

学園の敷地内には小川の流れる公園まであるため、このように早朝からトレーニングをする人にとっては非常にありがたい環境となっている。

 

その公園に差し掛かったあたりで、隊長は静かな表情で言った。

顔は先ほどまでとは異なり、部下を束ねる責任と作戦の行方を担う1人の男の顔だ。

「Sun、昨日のあれはなんだ」

突然聞かれた私も無表情となりつつも、答えた。

「・・・なんだよ、知ってたのか。あのときは目標に及んだ危害を排除しただけだ」

 

「ふざけるな、相手もお前と同じまだ幼い少女だぞ・・・あんな脅迫紛いなやつが作戦だぁ? ふざけるな、やっていることはそこら辺のギャングと同じだろ」

普段からは想像もできない、怒りを含んだ声で淡々と吐き捨てるかの様に言う。

おお、怖え。

 

こちらの正当性を訴える反論は続く。

「それでもターゲットは護った」

「Sun、お前忘れたのか?

俺たちは世界で最高の傭兵会社に所属する一番のテロリスト狩り部隊だ。そこらのチンピラと同じことをするようならさっさとこんな会社辞めて、ヤク売っ払う野郎のボディーガードにでもなってろ・・・チームの名前を落とすな。そして二度とあんなことはするな。いいな? お前らもだ!これから何が起きるかわからないからな」

Yes sir.という威勢の良い返事が私と、私の周りから返される。

 

彼らのような行動の一つ一つに重大な結果をもたらしかねない部隊では、ほんのささいな油断と図に乗るだけで途中結果に関わらず、作戦の失敗を引き起こしかねない。

だからこそ、隊長である彼は常に部隊のコンディションをベストな状態に保たなければならない。

油断をしていれば喝を入れ、調子に乗っていればいやでも分からせる。

友人ができたことで少々図に乗っていた私があのような行動をとってくれたおかげで、むしろほんの僅かではあるが緩みそうな雰囲気であった部隊の気を引き締める良い機会を生み出してくれたんだろう。

 

だが、ムチを与えた後はアメも与えなければ、部隊の士気は下がってしまう。

隊長と呼ばれている男、Woodsは悟られないよう軽くため息をつき、声をいつもの明るい調子へと戻す。

「ところでMark」

「なんだ・・・?」

「通信手段としてポケベルを使うというのは良いアイデアだったぞ。良くやった」

「それほどでもないだろ」

 

ポケベルなら傍受されてしまっても、チームの間でしかわからないような意味を含んだ数字だけであり情報の漏洩を防ぐことができる。

例え通信妨害をしようものならば、異変に気づくこともできるし同時にIS学園も異変に気づくことできる。

周囲に聞かれてもアナログな人間だと説明すればそこまで不審に思われることは無い。

 

デジタル化が進むにつれ、皮肉なことにこれまでのアナログが有効な手段となってきているんだ。

 

「それとサン」

「・・・なんだよ?」

「ナイフたくさん持ちたいのは分かるが、ああいう隠し武器はヤバいときまで隠しておけ。むやみに出しちまったら単なるカッコつけになっちまうぞ」

「・・・わかった———アドバイスありがとう」

 

笑みの戻った5人は、走り続ける。

 

その背後に視線を感じ取りながら

 

 

—————

 

———

 

「名前はサン=エヴァレンス。サンと読んでください。 USA、ミズーリ出身。 New America Grobal Armamentsのテストパイロットとしてここにいさせてもらっています。 これからよろしく」

 

私ことサンは今、1人だけ席を立ち上がり自己紹介をしているところだ。

昨日、私だけが輸送機のトラブル(警備員のせい)で出席することができなかったために、1人だけ終わっていなかった自己紹介を一日遅れてするハメになっている。当然ながら、私1人にクラス全員の視線が集まってくる・・・

 

だが、今の自己紹介で必要最低限の課題はこなしたはず。

ミッションクリア、こちらサン、任務の完了を報告!

と、彼女は一刻も早く突き刺さる好奇心の目より抜け出すべく、焦る様子をさとられないよう着席する。

それに続くクラスメイトによる歓迎の拍手が響く。案の定肩に力が入り過ぎ、呂律も危うく、仕舞いには最低限のことしか口にしていないことから、拍手をするクラスメイトは温かい視線を投げ掛けていた。

 

拍手聞いた私はほっと安堵のため息をついて、ノートを書くべくシャープペンを握る。

そう、一時間目の一部を省いてもらって自己紹介の時間を設けてもらっていたのだ。

 

ノート。ココにいる生徒達に取ってはありふれた勉強道具だがこれまで満足に学校へ行ったことの無い私に取っては新鮮な道具であった。

そう、教師が生徒達に見せる授業の内容をノートに書き写すという動作一つでさえ、憧れる動作なのだ。

 

担任であるMs,ヤマダは、若干遅れてしまった授業時間に慌てる様子も無く、花の咲いたような明るい笑顔で授業を始めた。その接しやすさから生徒からの評判は良い。

 

「みなさん、今日はISの基本構造と簡単なメカニズムを扱います。 そもそもISは操縦者の体の一部となるようなものですので、簡単に言うと人の骨格に極めて近い構造となって———」

 

まだ学校が始まってから二日目というだけあり、授業の内容はISの構造と簡単なメカニズムという基礎部分。

IS学園に入学したというだけあって一部を除きクラスのほとんどが余裕を感じさせている。

これくらいは事前の学習で分かりきっているような範囲だから、もはや彼女達にとっては軽い復習のようなものなんだろう。

 

私はこの学園にくるまでに強硬手段(ナノマシン)を使ってISに関する膨大な知識を全て覚えた。

そのおかげでこの先3年間、軽い予習と復習さえすれば十分にやって行けるほどの知識が頭の中につまっているんだが、この方法を行った次の日は一日中頭痛がひどく、また体もだるいというレベルなんてものじゃない状態になってしまうためにある意味、本当の最終手段だった。

 

この席は縦に6個、横に5個机が並んでいる教室の中では1人だけ窓側の前から7番目、つまり飛び出している形である。

確かに、授業開始の数日前に織斑一夏のいる無理矢理1年1組に入ったような形でIS学園に入学したのだ。

学園側としては世界で唯一の男性IS操縦者がただでさえ危険だと言う事態に加え、一機で軍を相手にすることのできると言われるISを所有するテロ組織に狙われていると分かれば、それを一度ではあるものの撃退するだけの力をもつNAGA社の力を借らざるを得ないと判断したらしい。

 

そして、一番の理由が、NAGA社によるIS学園への持続的な投資という餌に釣られたというのだというのはここだけの話だ。

IS学園は基本、国による全額援助に依存しているため緊急時が発生したときへの対処ができない。

さらに近年、経済の緩やかではあるものの悪化によって引き起こされる国民からの反発も後押しする形で、徐々にIS学園の自立性の確保が目指されてきている。

そこでタイミング良く現れた有力な企業による投資、これに食いつかなければチャンスはもうないかもしれない。

だから、生徒1人のごり押しともいえる入学に比べれば今後で得られる利益は大きく、NAGA社からの要請である特殊部隊4人の学園敷地内での駐在も許可したのだ。

そう、どの企業も手を拱いてIS学園を品定めしている中、世界でも発言力のある企業であるNAGA社の投資が始まれば、それに続くように他の企業からの投資も期待できる。

 

だが、こっちにとってそんなことはそれほど重要ではない。

重要なのは、織斑一夏によってくるテロリストをいかにして釣り上げ、刈り取るか。

ついでに、NAGA社が開発した試作ISのプロトタイプである「ピースメーカー」のデータ収集、である。

銀の鉛玉を模様したネックレスとして待機状態の「ピースメーカー」は今、首から制服の中に入れる形で首に掛けている。

 

さて、気を取り直して。

私は山田先生による授業を聞きながらも観察を始める、情報は多いだけ損はしない。

 

教室のちょうど中央最前列のイチカ オリムラはというと・・・必死にノート書いて、次に教科書とにらめっこして、また慌ててノート書いてと、まあ実にヤバそうだ。

世界で唯一の男性IS操縦者への若干の残念感を味わっちまったが、ひとまずエールを送ることにしよう。

 

教室の最前列、窓側の隅にはホウキ シノノノ。

慌てる様子も無く他の生徒達と同様、時折山田先生の問いかけに頷いている様子から彼女は大丈夫そうだ。

 

前に二つ、右に一つずらした先にはルームメイトであるセシリア=オルコット。

さすがエリートの象徴でもある国家代表候補生というだけあってか、実に余裕そうな様子を見せている。

もっとも、ちらちらとオリムラの方を向いていることから、やはり根に持っているらしい。

 

この2人の問題にどう介入すればベストな結果となるか。

面白くなってきたぞ・・・

 

—————

 

———

 

 

 

さて休み時間である今の問題は だ。

教室の中央前方部にいる監視対象、イチカ オリムラなのだが、彼に興味を持った女子達に囲まれてしまい、文字通り見ることができない(・・・・・・・・・)のだ。

こうなってしまったらリスクを冒してでもあのハリケーンの目よろしく集団に混ざるしかない。

そう思い、席を立とうとするが、ふと自分の席の前に1人立っていることに気が付く。

 

「わぁ〜、エヴァヴァってNAGAにいるんだねぇ〜」

随分と拍子抜けするような話方をする少女が目の前にぴょんぴょん跳ねていた。

袖は意図的なのかだぼだぼで、目は眠そうにしている。

 

・・・誰?

クラスメイトのリストを思い出す、布仏(ノホトケ) 本音(ホンネ)

生徒会に勤める姉が一人いる。

 

これだけ?

これだけの情報でいかにも自分が苦手なタイプと接しろと!?

と、これまで接したことの無い性格という道への動揺を軽く覚えながらも返事をするサン。

 

「え、ええと。エヴァヴァ・・・?」

 

「う〜ん、そうだよぉ〜」

恐る恐る指を自分の方に向け首を傾げてみると、えへへぇ〜と笑いながら彼女はずいっと顔を近づけてくる。

 

Mark、Odd、みんな・・・help

完全にサンのペースは彼女に掌握されてしまった瞬間である。

 

そうこうしているうちにこのノホトケの積極的(?)アプローチに突破口を見つけたのか、次々と彼女に興味を抱いたクラスメートが来てしまった。

 

「エヴァレンスさんってNAGAに行ってるの? ねえどんな感じ?」

 

「良いコネ教えてぇ〜!」

 

「やっぱり専用機持っているの!?」

 

「NAGAがセクター88持っているって本当?」

 

「本社の地下にエイリアンの標本あるんでしょ!!」

 

「悪の秘密結社と裏でつながっているって噂聞いたんだけどさぁ〜」

 

ただでさえペースを崩されてしまったといのに、更なる動揺と一度にされる多くの質問がペースを取り戻そうとする彼女に止めを刺した。

 

・・・アイ ニード ヘルプ

しかし、彼女の救援要請は誰にもキャッチされることは無かった。

 

 

 

あれからというもの、休み時間の度にNAGA社へ興味、感心、そしてオカルトや都市伝説好きの女子に質問攻めにあっていた。

休むための時間なのに、休めないってのはどういうことだ。というサンの素朴な質問にさえ、残酷な現実は答えてくれない。

パターンは大抵決まって、ノホトケによるアプローチ→女子による突撃→質問タイム→気が付けば次の授業の最中→休み時間・・・これを全部で5セット、つまりその日の授業の終わりまでやっていたということになる。

 

確かにNAGA社は、ISの登場によって職を失った優秀な人材を世界中から集めた為に、今では世界屈指の軍事関係の企業となってしまっている。

軍事関係とはいってもその分野は数えきれないまでの分野にまで進出しているため、ISもその一つであった。

 

NAGA社はISの研究に力を注いだのだ。

参加した研究者は様々な分野からかき集められたために異なる分野同士が刺激し合い、時にはその刺激がきっかけで急速にその技術力を高めていった。

そう、どの企業や研究機関にもない、NAGAならではの方法でこの力を手にしたのだ。

 

そうなれば当然、IS関係の研究職に就きたがる者にとっては能力さえあれば自分のやりたいようにさせてくれるNAGAは憧れの的にもなる。

そうなれば当然そのNAGAとつながりのあるサンは質問攻めにされてもおかしくはない。

 

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———

 

 

終わった、やっと一日が終わった。

 

寮に戻ったらまずISの勉強して・・・ってあの分厚いやつ終わるのか!?一週間で!!

どうしてあのとき電話帳と間違えて捨てちまったんだオレ・・・

 

でもその前にまずやらないといけないことが———

 

そんなことを考えながら、教室から出ようとした時にふと1人の女子が目についた。

確か一日遅れて学校に来たアメリカのなんとかって会社に勤めている人だったはず。

 

オレはこのとき、休み時間の度に質問攻めにあったために、ぐったりとしていたそいつに妙な近親感を覚えた。

 

これはまさしく俺と同じだ!

 

そう、仲間と出会うことのできた感動にも近い喜びを感じた俺は迷うこと無く声をかけることにした。

 

机に突っ伏しているところを見たところ、疲れているようだ。

よし、ここは一言労いの言葉をかけてやろうじゃないか!

 

「よ、お疲れさん!」

 

「Emm? Hhm? ・・・oh no.」

 

英語かよ・・・

でも確かあのとき日本語しゃべっていたから大丈夫なはず

 

「大変だよな人に囲まれるって! オレなんか昨日からパンダみたいに囲まれて ってこの意味分かるか?」

「・・・NO.」

よし、言葉は通じている!

 

「ああ、つまりだ。 見せ物になったみたいで辛かったよなってことだ! これからよろしくな」

そう言ってええっとヨン?だっけか・・・違い違う、サンだ!

俺は机に突っ伏しているサンを励ますように、肩を軽く叩いてやる。

肩を置いてもサンの突っ伏した姿勢は一切変わらない。

こうも反応がないと、昨日今日とほとんどが返すばかりの会話だったオレは、もっと反応が見たいというコミュニケーション欲に駆られる。

 

さらに話題を振ろうとかと考えていると、突然サンは顔を上げてこちらを見てきた。

奇麗な深いブルーの瞳がこちらを見てくる。

けれども、俺はその輝きに欠けた瞳になんともいえない不気味さを感じてしまう。

 

俺が何かと思っていると、真顔でこう言ってくる。

「なあ、お前セシリア=オルコットとなにかあったのか?」

「セシリアって同じクラスのセシリアか?」

俺がそう聞くと、サンは突っ伏した姿勢を崩さず器用に顔だけをこちらに向けて言った。

・・・なんだかこわいぞ

 

「そうだ、金髪のロング、前の部分がドリル状になっている。そのセシリア=オルコットだ」

 

ドリルと言われ若干吹き出しそうになるが、まじめに話しているサンの顔を見て俺はすぐに顔を引き締める。

サンなら分かってくれそうな気がする。

初めて話したばかりだけど、なんだかそう思えた。

 

「ああ、いきなり話しかけてきたと思ったら急に怒り始めたんだよ。挙げ句の果てには俺たちのことを猿だのサーカスだの言い始めたからいい加減腹が立って言い返したんだ。そうすると今度は決闘を申し込んできたから、俺は 」

「引き受けた。と」

「ああ」

サンは突っ伏した姿勢から起き上がったと思うと、頬の部分を覆い隠すように右手を顔に当てて少し考えていた。

その切れ目といい、妙に様になっている。

やっぱり、外国人ってこういうポーズが似合うんだろうか?

昨日のあのセシリアってやつの胸を張るポーズだって妙に様になっていたし・・・

そういえば胸もなかなか大きかった気がっていかいかん。

 

俺がそんなことを考えている間にサンは考え終わったらしく、フレンドリーな笑みを浮かべた表情で話しかけてきた。

・・・っていうか、日本語うまいな

 

「なあ、オリムラ。お前はあくまで普通に接したんだな」

そうだ、俺は普通に接した。

 

「ああ、そうだ」

「そしてセシリアが突然怒ってしまったと」

 

俺の返事を聞いたサンは再び考え始める。

と思いきや、なにかわかったらしい。

突然表情を変え恐る恐る質問をしてきた。

「いや・・・待てよ。オリムラ、お前まさか・・・ちょっとそのときを再現してもらっていいか」

「? 別にいいぞ」

 

サンは席を立ち、俺を自分の席に行くよう顔で促してくる。

なんか探偵みたいに本格的だな。

 

おれが席に座ると、サンは質問してきた。

「そのとき、セシリアはどう近づいてきたんだ?」

 

「ええと、確か・・・」

 

——————

 

———

 

 

「・・・ああ、そう言われれば目を合わせる前に返事をしちまった気が」

 

つい深いため息をつく。

謎は大体解けた、「文化摩擦」ってやつだ。

 

国際力に今だに乏しいこいつのために、分かりやすいよう説明を始めようじゃないか。

「なあオリムラ、もし緊張したお前が勇気を出して相手に話しかけたとしよう。

相手は外国人、それも自分は今見知らぬ土地にいるんだ」

「ああ」

きょとんとしたオリムラは、なにもまだ分かっていない表情だ。

 

「仮にだ、そいつがお前に適当な返事をしたとしよう。お前は不愉快を感じるだろ」

「まあ、確かに。でもよ、あの後ちゃんと話をしたぞ」

 

ため息をこらえ、続ける。

「そこだ。外国語って言うのは結局意味(・・)が同じだけであって、それが含んでいるニュアンスとか雰囲気までその場では再現しきれないんだ。 お前は初対面のセシリアに対して何気なく返事をしたんだよな。 そしたら、しっかりとしたコミュニケーションを重視する西洋人はそれが適当にあしらわれているようにも感じちまうんだ」

「そうういうものなのか?」

「ほらそれだ。今のは思い込みの激しいやつのパターンだと『俺そんなの知らなかったんだ、わるいな。でもここは日本だからわからなくても仕方ないだろ』って風にも感じちまう。

それに・・・相手は歴史ある貴族だ。平民の俺たちは普通に接するにしても最低限、目はあわせないとだめだ。される方からしてみると嫌われているんじゃないかって思っちまう」

「ああ、そうか」

「そうか、じゃねえだろ!途中経過はどうであれ根本としてはお前が悪いんだ。

 

ちゃんと目を合わせて謝ってこい!」

 

自分のしでかしたことの重大さに気が付いていないこの男に若干の苛立ちを覚えちまう。

それもそうだ、国家代表候補生、それもイギリスの女王陛下が一目置く貴族となれば分が悪すぎる。

 

それに加え、NAGA社の表向きは護衛している男とイギリスの名門貴族の当主との仲が悪くなられてしまっては、NAGA社に投資を行っている他の貴族へのイメージが悪くなってしまう恐れもある。

 

なによりも、この男は世界で1人だけ(・・・・・・・)ということの責任にも気が付いていないし、こいつのとる行動によっては、世界の男性と女性の平等化がまた一歩遠のきかねない。

 

「だけどよ、セシリアは日本人を!」

「あ や ま っ て こ い」

「・・・分かったよ」

 

 

 

 

「・・・ほら行くぞ」

さて、私も仲介役のためについて行くか。

そう思い教室から出ようとした矢先、後ろについてきていたオリムラがあっと何かに気が付く。

「なんだ、どうかしたのか」

「セシリアって・・・本当に貴族だったんだな」

 

私はそのとき、人生で初めて”ずっこける”というものを体験した。

 

——————

 

———

 

 

「へえ、以外と近かったんだな・・・」

「そりゃあ同じ寮の中で同じクラスなんだ、近くて当然だ」

2人の目の前にはサンと、セシリアの部屋の扉がある。

ただの扉だが、一夏にとっては越えなければならない関所の様に思えてしまう。

 

この扉の向こうにはあのセシリアがいる。

互いに干渉しなければ互いに何も傷つかずに済むのだが、それは同時に決定的な何かが足りなくなってしまうかもしれない。

確かに一夏は再びセシリアと対峙することに若干の抵抗を感じるも、その一度だけの対峙で互いを許し良い関係を築けると考えれば些細なものだ。

 

サンは様々な思惑と同時に、ただ純粋にこの2人には仲直りをしてもらえれば。

そう思い一夏に声をかける。

「ついたぞ。いいか、ちゃんと相手の目を見てコミュニケーションをしろ、そして感情的になるな」

「わ、わかった」

改めてコミュニケーションについて意識をするとさすがの一夏も緊張を感じるらしい。

だが、一夏の気が変わる前に仲直りさせなければ・・・

 

「セシリア、入るぞ。 って・・・まじかよ!?」

サンはこの状況が最悪すぎるあまりに逃げ出したくなりそうだった。

 

部屋に入る前にノックをしたのはまだ良かった。

だが、バスタオル姿のセシリアがそこにいた。

 

美しいブロンドの長く伸ばされた髪からは艶めかしく水が滴っており、その体の前を隠すかのように手に持ったバスタオルの隙間から僅かに見える体はほどよく引き締まっているようにも見える。

その一糸纏わぬ姿は彫刻が動き出したかのような芸術性を感じさせ、見る者を惹き付ける魅力がある。

 

このとき、セシリアはうっかり部屋のテーブルに置いてきてしまったブラシを取りにシャワー室から出てきてしまったのだ。

そしてはしたないと知りながらも慌ててシャワールームに戻ろうとしたちょうどそのときに、2人が部屋に来てしまった・・・

 

一夏はまじまじとそのバスタオル越しの裸体を見そうになるが、なんとか理性で視線をセシリアの瞳に固定しようとする。

視線の先には抗議するかのように羞恥心と怒りを含むブルーの瞳がそこにあった。

 

女性の裸体を前にし、一夏は軽くパニックのあまり頭の中で出来上がっていたセリフを言い始める。

「よ、よう。 き 昨日はわるかったな。 仲直りでもさせてもらえれば・・・と・・・思いまして」

一夏はしっかりとセシリアの美しいブルーの瞳を見つめて謝った。

 

これが予定通りであればどれだけ良かったことか・・・

 

セシリアの驚きに見開かれた瞳は次第に涙を潤ませ、恨めしそうに一夏を睨みつける。

 

「うー・・・ううー!」

威嚇するかのようにうなり始めたセシリアに危機感を感じ取ったサンは即座に判断を下す。

「オリムラ、悪いことは言わない、さっさと逃げろ」

そして、一夏は待ってましたと言わんばかりに即答する。

「喜んで逃げさせていただきます!あ、それとセシリア、できれば今度こそ仲直りを」

「早く行けっての!!」

 

さて、脱兎のごとく駆け出していった一夏の次はセシリアをどうにかしないといけない・・・

涙をいっぱいにためた目でこちらをにらんでくるが、その垂れ目と美貌も相まってか全然怖くはない。

むしろ、この小動物が必死に威嚇をするかのような必死さに、もっといじめたくなるような気持ちが湧いてきてしまう。

 

このままセシリアを攻めてみたいという誘惑と、友人として慰めるという選択肢に迷っていると、涙を浮かべたセシリアはぽつりとつぶやいた・・・

「絶対に・・ない ・・・絶・に・・・」

 

セシリアの異変に気が付いたサンが焦点のあわない瞳でぶつぶつつぶやいているセシリアに耳を近づける。

 

「———ない・・・絶対に許さない 絶対に叩きのめす 絶対に許さない 絶対に叩きのめす 絶対に(以下略)」

 

口調でさえ変わってしまったセシリアに恐怖を感じるサン。

そして同時に、水だと思って注いだものが油であったことに頭を悩ませる・・・どうしてこうなった。

まずは、このセシリアをどうにかしないと。

 

「おーい、セシリアー? おーい。 Hello〜? ってうわ!」

顔の前で手を振るなりして反応を待っていると、突然顔を上げたセシリアは顔を上げてくる。

同時に顔の前で振っていた手を握られ、驚きの声を上げるサン。

だが、セシリアは何かを決意した目でサンの瞳を見つめる。

青と蒼の瞳が交差した。

 

「私、決意いたしました!」

「お、おう」

「あの殿方を完膚なきまでに叩き潰すためにも、訓練に付き合ってくださいませんか!?」

 

サンは熱くなってしまっているルームメイトを見て冷や汗を流した。

まずい、このままではセシリア側に就くことになっちまう。

だが幸い「ピースメーカー」はまだ整備環境が整っていないから、セシリアの依頼を仕方なく(・・・・)断ることができる!

けど・・・マネージャー程度のことはしても大丈夫だろ。

 

「セシリア、悪いけど・・・って今度はなんだ!? セシリア悪い、ちょっと着信が」

そのことを言おうとサンが口を開くと同時にポケベルのバイブレーションが応答を急かしてくる。

 

断りを入れながら、握られていない方の手でポケベルを確認すると、「ちょっとこっちにこい。できれば早く」という旨を表す数字が表示されていた。

一度に多くのことが起きることに軽く舌打ちをしそうになるのを耐え、もう片方の手でセシリアの手をぎゅっと握り返す。

「悪ぃ、ちょっと呼び出しくらったからよ。 少し待ってくれないか」

するとセシリアは表情を和らげ、やんわりと微笑む。

どうやらいつの間にか怒りは収まったようだ。

さすが当主というあってか、感情のコントロールはきちんとできているらしい。

「ええ、お茶を淹れておまちしておりますわ」

 

それに返すようにサンは少年のような笑みを浮かべて言った。

「ありがとな・・・それと、セシリア」

「どうしまして」

「どうやったらそんなにプロポーション良くなるんだ」

 

セシリアはサンの視線を追い自分の体を見る。

 

そこには一糸纏わぬ、精美の取れた絹のように美しい己の裸体があった

 

あまりに興奮しすぎていつの間にかタオルを落としていたことに気が付かなかったのだ。

 

セシリアが両手で己の体を隠すと同時に、サンは部屋を飛び出していく。

部屋に取り残されたのは口をぱくぱくとさせる英国淑女だけであった・・・

 

—————

 

———

 

 

「おう、来たな」

待ち合わせ場所である、学園敷地内の公園の入り口にサンとウッズはいた。

 

「なんの用だよ、こっちはいろいろと忙しいんだよ」

走っていたのか、サンの呼吸は若干荒めだ。

そんな彼女にお構いなしに隊長は公園の中を歩き始める。

「まあそう荒れるなや。良いニュースと悪いニュースがある」

サンは歩幅を合わせ、隊長の横に並んで歩く。

「悪いニュースから」

「1人、編入してくる。 中国人だ」

サンはよくわからないという顔で、夕日に照らされた隊長の横顔を見る。

別に1人編入してくるだけで、影響はないはずだ。

 

「それも国家代表候補おまけに専用機持ち。

名前は(ファン) 鈴音(リンイン)、陸軍の幹部である叔父を持ち、そのコネでIS学園に編入する模様。

両親がSum(一夏)の近所でレストランをしていたため、彼女とSumは互いに面識があると推測される。

さて、ここからが本題だぞ」

一息入れる間に、サンとウッズの顔は1人の兵士のものと変わった。

 

「母親である(ファン) (リン)は中華人民民主国国家安全部 第18局 国外重要人物情報収集部隊(狐隊)に所属。

定かではないが、中国人と日本人のハーフらしい。

現在は国内で極秘指名手配中だが38歳で夫と離婚後、その後は行方不明。

諜報班が情報を集めているものの、生死すらわからない。

だが、功績を見る限りそいつは生きているに違いないだろうよ、なんせCIAのパラミリ《実力行使部隊》とロシアのSVRの特殊部隊、挙げ句の果てにはイスラエルのモサドとまでやり合う度胸の持ち主だ。

残りの情報はあとで見ておけ」

緑にサンを見ることなく悪いニュースを伝え、そのまま封筒を渡す。

 

サンは重要な情報を全てを覚え、続けるよう促す。

「それで、良いニュースは」

 

それを聞いたウッズはにんまりと笑ったかと思うと、不意に自分の影になっているサンの方を向いて言った。

「なんと、「6日後だったはずの予定が繰り上がりましたぁ〜」なぁんて、巨乳の可愛らしい女性が教えにきてくれたんだぜ」

「・・・なあ、それってまさか」

サンの脳裏をよぎったいやな予感、そしてどうか外れてくれと彼女は祈った。

だが、ウッズはそんな彼女の心境を知らずしてか、こう言い放った。

「喜べ、「ピースメーカー」の整備スペースが確保できた。 これで思いっきり飛び回れるぞ・・・どうした、嬉しくないのか?」

 

サンは入学してから立て続けに起こるハプニングに、目眩を覚えそうになる。

そう、これでセシリアの練習に付き合うことが可能となってしまったのだ・・・

「ああ、タイミングの最高さに涙が出そうだ」

 

ウッズは死んだ魚のような目になったサンに深く言及はせず、2、3度軽く頭を叩いてやる。

普段なら問題があれば迷わず相談してくるサンだが、今回は自分で解決しようとしているのを悟った彼は、彼女が抱えているであろう個人の問題を任せることにしたのだ。

 

後はとりとめも無い会話を数分していたものの、間もなくして2人は別れることにした。

 

 

サンは帰る途中にて、道場の出入り口で疲れ果てた姿でいる一夏となにやら不満そうな表情をした箒を見たものの、関係ないと言わんばかりに2人と鉢合わせにならないルートを選ぶ。

 

もうすでに避けられないと判断し、彼女はセシリアの側に着くことにした瞬間でもあった。

もっとも、友人の裸を見たこともあるし、ISの開発者である姉を持つ箒の指導という大きなハンデもあるのだ。

 

 

吹き抜けた肌寒い風に肌をふるわせ、少女は帰路を急いだ。

 

 

とある部屋の窓から己を見つめる視線に気が付くことなく




少し前、男達の事務室にて
山「失礼します」
W「Hmm? Come in. Oh、これはMs.山田、ようこそ。 どうかなさいましたかな」
山「あ、Mr.Woods。 ひとつ学園よりお伝えすることがございまして」
W「?ほうほう、それとミスターなんてよしください、コイツらと同じようにWoodsと呼んでください」
コイツら「「「(珍しく敬語だ・・・)」」」
山「できませんよ私には・・・目上の方を呼び捨てにするだなんて」
W「・・・まあ、どうぞ好きに呼んでください。それで、話とは」
山「あ、実は申請されていたNAGA社専用のISの整備スペースが予定よりも早く確保できそうなので、その旨をお伝えに伺いました」
W「おお!それは良いことだ。 具体的にはいつ確保できるので?」
山「ええと、遅くとも明日の学校終了時には使えるはずです」
W「それはそれは・・・随分と早いことで(本部め・・・圧力かけやがったな)、電話で呼んでくだされば、こちらから出向いたものを。わざわざ出向かせてしまいましたな」
山「あ、気にしないでください。これも仕事ですので! それでは失礼しました(体大きくて怖かったぁ)」
・・・・・
W「Echo、どう思う」
E「隊長、あれはいかんせん、でかすぎる気がする。俺はあんなの見たことねえ。MarkとOddは?」
M&O「「同じく」」
E「それにしても・・・」
W&M&O「「「???」」」
E「日本人は仕事熱心で、それも丁寧だ。 サンもあんなんだったら・・・俺はつい、そう思っちまう」
W「じゃあ、あんな風に胸でかくて、よく懐いてきて、それでもって丁寧な言葉遣いのアイツ(Sun)なんて想像できるか?Hey,Guys!?」
Guys「「「NO!!!」」」
W「そもそも、巨乳なSunを想像したことあるか!?」
Hentai「「「Never!!Never!!Never!!」」」
W「よし、Sunにこのことを伝えるとするかな(ポケベル入力中)」
Guys「「「ッッッッッ!!??」」」
W「ッハッハッハ! ポチットな」

Sun「セシリア、悪いけど・・・って今度はなんだ!? セシリア悪い、ちょっと着信が」


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第3話 楽しい楽しいトレーニング

一日の終わりを象徴する夕日。その夕日が地平線へ顔を渦組めていき始めてからまだ間もないそのときに、1年A組の副担任である彼女、山田 真耶は黙々とパソコンに学園のデータベースに保存されるデータを入力していた。次々と打ち込まれていく1人の生徒のプロファイル。

本来ならば担任である千冬がするべき仕事なのだが1年生の寮長、IS委員会の評議員など元ブリュンヒルデである故に

クラスに関わる仕事の優先順位が必然的に下がってしまい、どうしても手が回らなくなってしまう。

そのため、真耶は自分から進んで千冬の手伝いを行っているのだ。1人の職員である彼女でもクラスに関わる仕事なら担任を補佐するという名目で手伝うこともできる。

 

名前:Sun=Evalense

身長:167cm

体重:53kg

血液型:AB+

出身国地名:アメリカ合衆国ケンタッキー州XX市△△通

国籍:アメリカ合衆国

所属企業:New America Global Armaments

 

本人が入学の際に提示した個人情報とNAGA社から提供された情報を照らし合わせては、慣れた手つきでキーボードを軽やかにたたいていく。

 

(民間軍事企業から送られてくると聞いたので一体どんな子かと思いましたが、本人も年相応に可愛らしくて、それにいい子ですし安心しました。今でもあの緊張した、口をきゅっと閉めた顔が思い浮かびます。ふふ。

それにしてもSun(太陽)だなんて変わった名前ですね)

そんなことを思いながらもキーボードを叩く指は止めないあたり、優秀な職員であることが伺える。

 

そんな調子で滞り無く情報の入力を終えた彼女が休憩がてらに背を伸ばすと、その驚愕的とも言える大きさを誇る胸がますます窮屈そうに服へ抗い、強調される。

放課後の職員室では決して少なくはない、というよりはクラスの担任を受け持つ教師のほとんどが彼女と同じように己の業務をこなしていた。

本日の事後処理から明日、明後日、そのさらに先への備え、さらにはそう遠くない「クラス対抗戦」と言われる各クラスの代表同士がISを使用した試合を行うという行事に備えての準備も少しずつではあるが始まっていた。

 

今のところ世界で唯一のISに関する人材を輩出するための教育機関であるIS学園は、その行事の特殊さでも有名であり、「クラス対抗戦」も新たに入学した生徒の歓迎式ともいえる。

ISは世間一般ではまさに雲の上のような存在だ。

だが、そんな雲の上の存在によって繰り広げられる戦闘を観戦し、身近な同じ学年どうしで競わせる。

それによって「インフィニット・ストラトス」という存在に慣れさせようという目的も含まれている。

 

統一されたオリジナリティ溢れる”制服”。

”行事”の特殊性とその多さ。

学園の本来の目的でもある”イフィニット・ストラトス”の専門的な知識の会得。

 

これらの特殊な要素こそがIS学園の入学志望の桁外れとも言える倍率を生み出しているのは、言うまでもない。

 

話を戻そう

いざ彼女がこれまで入力したデータに目を通そうとしたその時、職員室の扉が唐突に開かれる。そこに立っていたのは1年A組の担任である織斑千冬ではないか。

その黒いスーツが後ろで一つに纏められた黒髪、そして威厳を感じさせる鋭い目つきと相まってその美しさを助長させている。

 

「山田先生。少し見せて欲しいものがあるんだが、いいか?」

世界を騒がせた1人の青年、織斑一夏の姉であり、かつてブリュンヒルデという名で呼ばれた彼女はハイヒールの靴音と挨拶の声を職員室に響かせつつ真耶の席へと歩いていく。

「ええ、いいですよ。何を見せればいいんでしょうか」

「1年A組のサン=エヴァレンスなんだが、少しデータを見せてもらえないか」

「あ、ちょうどよかったです」

ちょうど今できたところなんですよ。と真耶が見やすいように向きを変えた空中へ投影されたホログラフィックディスプレイを千冬は見つめる。正確には、ディスプレイに表示された1人の少女の個人情報なのだが。 

 

「いやあ、ついにあの(・・)NAGAからもISが作られるんですねぇ・・・もし上手く教えられなかったらと思うと緊張してしまいますね」

「ああ・・・そうだな」

そう言う真耶だが、千冬はなぜかデスクトップをじっと見つめたままあやふや気味に返事をする。

その様子にどこか不安を覚え始める真耶。

不思議に思った彼女が千冬の視線を追ってデスクトップを見つめても、そこにはサン=エヴァレンスの名前と顔写真、そして名前の上に表示されたNAGA社のロゴマーク。別にこれといった問題は無いはずなのだが、こうも凝視されていてはだんだんと不安に駆られてしまう。

もっとも、その目に見つめられては緊張を通り越して恐怖にも近い物を覚えてしまうのもしかたがない。

 

「あのぉ〜・・・どこか間違っていますかね」

恐る恐る真耶が訪ねてみても画面を凝視しているばかり。

一瞬日頃の疲れが溜まったせいで勘違いをしてしまっているのではないかと考えるも、別に疲れた様子も無いためますます不安に駆られてしまう真耶。

 

「いや、なんでもない。手間をかけたな、すまない」

そんな後輩である真耶の心境を悟ったのか、千冬はそう言うとはきびきびとした足取りでと自分の席へと行ってしまう。

1人取り残された彼女は己の未熟さにため息を吐きそうになるも、後悔は非生産的な行いだ。

気を取り直すと改めて自分の方へ向かせたディスプレイを見る。

 

そこに映し出されているのはエヴァレンスの顔写真と、三角形の形をした自分の尾を噛む青いヘビ、ウロボロスをイメージしたNAGA社のロゴマークだ。

そしてロゴの三角形の中にはN、A、G、Aのアルファベットが隠れているとも言われている不規則に絡み合った線。まるでだまし絵のようにも見えなくもない。

真耶も初めて見た時はただの変わった三角形だと思ったのだが、同僚に解説されると確かにコミック調に描かれた3角形を描くヘビと、4つのアルファベットが確かに3角形に囲まれた部分にあるのを確認し、驚きの声を上げたのはまた別の話である。

 

企業のロゴというものにはほとんどと行って良いほど”意味”が含まれている。世界中で使用されているインターネット通販会社のロゴには社名の下側をまたがる形で始めの文字のAから途中の文字のzをつなぐ、つまり(A)から(Z)まで取り揃えるという意味を含んでいるのが有名だ。

しかし、NAGA社のロゴの中から隠された文字や絵を見つけることはできても、永劫回帰の象徴であるウロボロスの表す”意味”は未だに企業から説明が成されていない。

推測が飛び交っているというのが現状である。

—————

 

———

 

 

「以上が、オリムラとのファーストコンタクトです。自宅からの通学は学園側からの計らいで寮に移行した模様。さらに、彼は倉持製の”専用機”を手にします」

「そうかそうか、わかったわかった。それにしても・・・まさか向こうからコンタクトを図ってくるとは。参ったよ本当に。日本の連中(カンパニー)は僕らの方針を無視して勝手に専用機あげちゃうとはねぇ。反抗期ってヤツかな?」

この話し方は慣れたとはいっても、相変わらず違和感に塗れている。常にこちらの腹を探ってくるような、かといって意識しなければ普通に話しかけてくるようにも聞こえる。隙を見せて何度考えている事を引っ張りだされたことか。

 

「私の目的に対象はまだ気付いておりません。今のところはまだ不確定要素が多いですが・・・脅威レベルは下げても安全かと思われます。私から見たところではまったくの弩素人です」

若干ハスキーな若い男の声が返ってくる。この2年聞き続けていた声だ。

ん?あれ?3年だっけか

 

「いや、脅威レベルは維持してくれ。年頃の子供は何をするかわかったもんじゃない。

さてと、そんなことはまあさておいてだ。そいつの監視はチームが行うことになったから君は”アレ”の実戦データを採ることに専念してくれ」

つい一週間前には彼、つまりイチカ・オリムラを近くから可能な限り、一挙一動を見る覚悟で監視をしておけって言っていたくせに・・・まあ、仕事はさせる気は満々と言うのも気に食わない。

そんなことを思い、軽く心の中でため息と毒づきをする。こんなことにはもう慣れっこだ。

そう、去年中東に行く途中だった。とつぜん輸送機のハッチが開いたと思うと命令だと言われてヒマラヤ山脈に突き落とされた事があった。まあ、そこで現地のゲリラ(ロシア解放自由戦線)と合流して偵察させられたんだった。

こいつに抗うのを、山々がみるみる近づいてくる中、私はパラッシュートの自動展開システムが作動するまでの間に諦めた。

「・・・よろしいので?」

「ああ、行動を共にするときくらいで別にいいからね。まあ、ガールフレンドにでもなって一緒にいる時間を作ってもらった方がありがたいけど」

「了解」

 

「あと、なんだっけ?えーと、セシール?「セシリアです」そうそうその子。その子も一応マークしておいてくれ、監視兼警護もヨロシク!最近その子の周り嗅ぎ回っているやつらがいる、恐らく拉致部隊だ。4ヶ月前の対テロ宣言をした他の英国貴族たちにも部隊は送ろうはしたけど、オメガ社のヤツらに先越されちゃったんだよな。しかもそっちに増援送る余裕ないと事務所の連中に言われるし、無人機(ドローン)部隊そっちに送ろうとすれば経理部のヤツら最近またケチになって 」

 

素っ気なく応答をするも、相手は続ける。こんなやりとりが3年も続けられているのだから、もはやこれが普通となっている。仕事の話と命令を聞き、あとはさりげなく愚痴を混ぜてくる話を適当なところで繰り上げる。

簡単だ。こんな私にもできる。

 

「話は以上で?」

「あとそれと、ちょっと用事でそっち行くことになったから!

いやいやいやぁ、そっちの学園の偉い人に呼ばれちゃってさー、『”お茶会”しませんか』って。こっちはアメリカ西海岸内戦のパワーバランス調整で忙しいってのに。

アジアの半島だって予想よりも早く終わっちゃいそうだしさぁ〜、やっぱり試作のラウンドハンマー(YGF-4地対地ミサイル)あげちゃったのがあれかなーって」

流れるような動きでそのまま通信を終了させるボタンを押そうとすると、慌てたような声が聞こえてきた。

・・・なんだよ、まだあんのか。

「あ!待った待った」

いつもなら報告が済み、愚痴が始まると通信終了のボタンを押すこととなるが今回は違った。

相手は何か思い出したような声を上げたと思うと、通信を切ることなく続けやがった。Damm it.

「ところで、学園生活は楽しんでいるかい?」

またコイツはこんなことを聞いてくる。所詮は暇つぶしにしか過ぎないだろうに。

きっとにやけた顔をしながら聞いてきているに違いない。絶対。

 

「はい、任務の支障を来さない程度に」

どこかからかうようなものを含んだ声に対し、さっさと朝の走り込みを終わらせたい私は怒りを堪えいかぶしげに返事をする。

 

「そうかそうか。だが、君はあくまで国連によって依頼を受け、NAGAによって派遣された”社員だ”。仲の良い友達つくって、授業を受けて、おしゃべりして・・・実にすばらしいじゃないか!うらやましいくらいだよ本当。

誰かと付き合ってみたらどうだ?良い人生経験になるぞ」

 

突然コイツは何を・・・

 

自分の頬が引き攣るのがわかる

 

私は至って冷静を装って、言葉を紡いだ

 

サー(Sir)、ここは『女子校』ですが」

 

沈黙

 

3秒ほどだろうか。息を吸い込む音が聞こえる。

 

「・・・・・ああ、ええと。うん。まあ、”そういう経験”も大事なんじゃ、ないかな?———」

「・・・・・ッチ」

 

ごまかしのような置き土産と共に通信がお構いなしに切れる。

取り残された私は舌打ちをし気だるそうにため息をつく。

 

通信終了と表示された画面を前にパイプイスにもたれ掛かかってバランスをとり、十数秒ほど足を遊ばせる。

今日の予定を頭の中で整理。朝練、朝食、授業、セシリアとの訓練、こちらを監視する目の持ち主の特定・・・スクールライフのスタートを切ってみればそこは山積みとなった問題と忙しさ。

でも、なんだろうか。この忙しさもさほど嫌とは思えない。むしろ自分が充実していくようにも感じられる。

少なくともアドレナリンで充実するよりも健全なのは確かだ。

 

イスから立ち上がり、デスクトップ型のパソコンの画面をNAGA社のロゴがメインの画面に戻す。

この部屋は近年IS学園が増加を続ける受験者の倍率増加に対応するため、生徒の受入数を増やそうと新たに建築された寮の事務所だ。

けれどもIS学園は国からの援助に依存している。ただでさえ莫大な予算がISを扱う以上必要なせいで、予算を増加させてもらうにはこの国の政治家の御機嫌取りを少なくとも数年間は続ける必要があるらしい。

そこで呼ばれたのが戦争経済によって得た一国の国政予算にも匹敵する資金をその手に握るNAGAってわけだ。

最近は世界の”景気”が澱み始めたらしいから、世界中の企業が協力して準備してきた火種を起爆させるってアイツが言っていたのはこういうことか。

 

IS学園は独立した資金ルートを。

NAGAは他の企業に先駆けてISに関する開発技術の獲得。

そして宇宙開発の成功による国家と平和に暮らす人々からの信頼獲得(Publicity)

企業連盟から金を吸い取ろうとする国家への抑止力の会得。

 

つまり、NAGAは世界に名高い平和の象徴でもある「IS学園」でさえ飲み込もうとしているのか・・・

 

まあとりあえず、この部屋は一時的に使用させてもらっている部隊の宿舎兼派遣事務所でもあるから当然このパソコンは部隊の誰でも使う事ができる。

これでパスワードを入力しなければ”あいつ”と通信することはできない。

パイプイスを机に戻し、コンピューターをスリープモードに。あとはドアノブをひねるだけだ。

 

部屋を出るとそこには壁に背をもたれていたウッズがいた。

その目は閉じられどこか老いを感じさせる表情を浮かべている。

私が”通信”をしている間はたとえ同じチームであるウッズであろうとも、部屋に入ることは許されていない。

 

「・・・終わったのか」

ドアが閉まると同時にそうつぶやくウッズ。

「  ああ」

 

「ほら、行くぞ」

気まずそうに返事をする私を気にすることなく、彼は歩き始めた。その表情は、後ろからでは伺うことができない。

 

 

—————

 

———

 

 

 

話は飛んで放課後。

ア”?もっと可愛い生徒達のにゃんにゃんとか巨乳の先生が見たいだって?

自分の鏡見て我慢してろ。それかアニメのブルーレイでも買って見てろ。

どうだ、嬉しいだろ。小説の書き下ろしもあるぞ?

 

「どうかしまして?」

「あぁーいや、なんでもない」

セシリアから声をかけられるも、私は何事もないかのように返事をする。全体的に青い印象を受けるISを身に纏ったセシリアに対してこっちは灰色一色のISだ。

いつも使っている軍用の全身装甲が施されたやつと違ってIS学園で使うのはスポーツバージョン。

腹を覆う装甲と頭部装甲は取り払われ、肋と脇腹に申し分内程度の装甲がある程度だ。

スラスターの出力も控えられている。

そしてなによりも、この体に密着するISスーツもあってか、ボディーラインが丸見えだ。

 

ISスーツは登場者とISとの接続の障害となる衣服を最小限にするために作られた特殊な繊維で作られたものだ。

衣服などを身に着けている時とISスーツを身に着けている時とでは動きやすさを始め、ISの反応速度も後者を身につけていた方が良い。

加えてカーボンナノチューブの技術を応用した特殊繊維を使用しているからゴムよりも高い伸縮性と耐久性をもち、さらに肌触りも良いし下手な運動着よりも動きやすい。

拳銃弾といった小口径なら弾丸の運動エネルギーは相殺できないものの、弾丸そのものによって身につけている者の肉体が破壊されることを防ぐという防護能力の高さもISスーツの特徴とも言えよう。

こうやって、解明が進まないにもかかわらず、開発だけが進んでいくのがISというものだ。

ちなみにあくまでISは宇宙開発を元に開発、つまり人類の進展を目的とした開発物であるため、ISに関わるものは国際IS機関からの援助で手の届きやすい値段で市場に出回っている。

つまり何が良い言いたいかっていうと、ISスーツの原価は一番チープなものでこの国の単位で250万は少なくともする。

そんな魔法のようなISスーツを開発したのは日本人。

なのに、露出の多いデザインをもう少しマシにできなかったのかって。それだけが言いたかったんだ・・・

 

この第4アリーナはもっぱら専用機、つまり自分専用のISをもっている優秀な生徒たちがほぼ独占できるアリーナだ。

幸運にも上級生の予約は入っておらず、同学年である4組のもうひとりの名前も見当たらず、空白となっていたこの時間帯に滑り込んだというわけだ。いやあツイてたよ本当に。

おかげで思う存分戦う事が出来るからな。

 

「そんじゃ始めるとするか。まずは軽くからだな。遠距離戦から中距離線へ、最後に近距離戦に展開していくってのはどうだ?」

「ええ、構いませんわ」

まずは互いの実力を把握する必要がある。そのためにもまずは・・・この方法でいいんだよな?「セシリア=オルコットの練習に付き合っても良いか」ってリーダーに報告したものの、帰ってきたのは好きにしろの一言ときたもんだ。

こりゃ試行錯誤でやるしかない。

今回、ISのメンテナンスはしていないけど1週間のメンテナンス不要っつうテストをしねえといけないから、大丈夫のはずだ。ルームメイトの練習に付き合えて、それでノルマも達成できる。まさに一つの石で2羽の鳥を落とすってやつだ。今んところ注意もされていないからノープロブレム。

 

楽しい楽しいトレーニングの始まりだ

 

私がNAGA社製12.7mmアサルトカノン「シャーリー」を右手に、同じくNAGA社製30mmスナイパーカノン「リーズ」を左手にコールすると、セシリアもまたその大きな特殊レーザーライフル「スターライトmkIII」をコールし、こちらに照準を向けてくる。双方共に安全装置(セーフティ)が外されているから、いつでも撃てる状態だ。

 

———Warning!! Enemy'"Infinite Stratos" change to shooting mode.(警告!敵IS射撃姿勢に移行。)

———Observe enemy's "trigger".(トリガー確認)

———Enemy charge the first enegy bullet.(初弾エネルギー装填)

 

容赦ないな。

警告音を聞きながらも気持ちを落ち着けるためにゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 

これは命を賭けた実戦なんかじゃない。かるいじゃれ合いみたいなもんだ。大丈夫、リラックス。程よく気を抜け。

 

———よし

 

一瞬の静寂

 

閉じられていた視界が色彩にあふれる瞬間、一気に後方のアリーナの壁にまで後退。

動き出した瞬間にセシリアはこちらへレーザーを放つも、左後ろへ下がる形であったために機体を擦る程度で当たることはなかった。

初弾を外してしまったことを気にする暇もなく、セシリアはすかさず私がカウンターとして放ったアサルトカノンとスナイパーカノンの弾丸に対し上下左右へと掴み所の無い3次元的な回避行動を取り始める。

アサルトカノンで回避行動をとらせ、スナイパーカノンで隙を狙い撃つ。基本中の基本の戦法だ。

だが、その基本も戦法であることに変わりはない。油断すれば痛手を負うことになりかねない。

 

秒速2発というアサルトカノンの連射速度から生じる弾幕の隙間をセシリアは冷静に見つけ出し、なおかつスナイパーカノンが狙っているであろう意図的な弾幕の隙間をスナイパーカノンの銃口の向きから判断し、機体を予測した位置よりずらした場所に移動する。

ISの機動は操縦者のイメージ通りに動く。

私もそうだがセシリアを含め、たいていの操縦者は自動操縦補助機能(AMAS)を使っているから”だいたい”のイメージでも言い。

それ故にそのイメージが乱れてしまえば機体はバランスを崩し、大きな好きが生まれてしまう。しかし迫り来る弾幕を前に呼吸を乱さず、冷静に判断し、なおかつ先読みとスラスターの制御を同時にこなしている様子から、国家代表候補生の名は伊達ではないことを改めて見せつけられる。

 

いつのまにか隣接する大型のアリーナを共同使用していた生徒達も代表候補生と一大企業から派遣された生徒が訓練をしていると気付き、技術を見、盗み、吸収するために観客席へと集まってきていた。

もはやハイパーセンサーのおかげで死角の存在しない私の”目”には観客の中には上級生もちらほらと写っていた。

たとえ下級生だとしても技術を持っていることには変わりない、自己鍛錬に関しては熱心である彼女達もまだ見ぬ技術を見ようとやってきているんだ。

アリーナ内での録画は原則厳禁であるために、直接己の目で見る必要がある。

映像にはないその場の空気、戦闘から流れてくる”感じ”、それらを得ると得ないとでは精神的な違いも大きくある。

そのせいか噂が噂を呼び、少しずつ観客も増え始めていた。

本来ならば見るべき織斑一夏も幸か不幸か、幼なじみに鍛えられているためにアリーナからは遠い道場で鍛え不足悲鳴を上げている最中。

残念だ。

もしセシリアの実力を見ればすぐにも停戦協定を結べるというのに。

残念だ。

 

「ック!ここまで当たらないなんて」

弾丸が頬をかすめていく音がさながらやかましいオーケストラのように絶え間なく聞こえるも、冷静に隙を見つけては的確にレーザーを放つセシリア。

こっちもまたアリーナの壁を背にしつつ、セシリアと同じように3次元的な動きで音速を超えて襲いかかるレーザーを回避する。

レーザーライフルは通常の実弾の武装とは異なり、連射が効かないためにサンは射撃に影響を及ばさない必要最低限の動きで回避をしている。

けどそれはあくまで理論上・・・あの国(イギリス)なら、やらかすかもしれない。

 

すぐ隣を音速を超えたレーザーが通り過ぎ、一瞬遅れてやってくる衝撃波(ソニックブーム)の影響を受けてしまう。

そのせいで集中力を切らすことなく冷静に射撃を続けないといけない。

 

狙撃型のレーザーライフルは撃つたびに照準を合わせる必要がある。いや、彼女の性格上無駄弾は撃ちたくないのかもしれない。

まあどちらにせよそのせいでどうしてもセシリアは2、3発の弾丸を受けてしまう。

それもそうだ、ただとりあえずばらまいていれば最低でも1発は当たる。

対して私はかすめるだけで一発も当たりはしない。

このまま進めばこっちの優勢のまま終わるかもしれないが、これはあくまで訓練だ。互いの弱点を把握すらせず終わらせるのでは意味がない。

 

サンは回避行動をとりつつも「シャーリー」と「リーズ」を投げ捨てると、今度は12.7mmアサルトカノン「ケイ」を両手にコールし、セシリアとの距離を縮めるべく予測不可能なシザース機動を描くようにスラスターを吹かす。

間一髪といえる危うさだが、レーザーは私に命中することない。

まるで当たらないことに対しての抗議をするかのように、地面に命中したレーザーが次々と大きな土ぼこりを作り出していく。

連射はできずとも、その威力は十分すぎるほどを誇る。

サンもまたかすめていくレーザーに冷や汗を流しながらも気を緩めるわけにはいかない。

 

2人の距離は70メートル。

サンは次の段階に入る。中距離戦闘だ。

 

「セシリアどうしたぁ!?そんなんじゃテディーベアはもらえねえぞ!」

「そう言えるのも今のうちでしてよ!!」

レーザーの陽炎がかすめていく中、爽快な軽口と共に笑みを浮かべるとセシリアはどこか余裕のある表情でレーザーを言葉とともに返してくる。

セシリアが両手に構えたケイの一連射を不規則な機動で回避したと思うと、私からさらに距離をとり彼女のIS「Blue Tears(ブルー・ティアーズ)」を第三世代型たらしめている兵装を”展開”した。

それは、母機から離れたかと思うと、まるで意志を持っているかのようにその口をこちらに向けてッ!?

 

「ワオワオワオワオ!?こりゃッヤバいって!!」

これまではスターライトmkIII一門だったのに対し、今度は4機のビット。つまりセシリアの攻撃手段が5門に増えたのだ。

当然降り注ぐレーザーも増えるって話で、上下左右、四方八方。

予測不可能な動きをするピッドが私を取り囲み絶え間なくレーザーを吐き出してくる。

首を捻り辛うじて左上からの一発を避けるも続いて右、左下、真後ろと吐き出されたレーザーに溜まらず背中と左足に被弾してしまう。

続いて空中投影ディスプレイに赤い文字で警告が目の前に表示される。

 

———Damage "32". (ダメージ32)

———Remaining of shield enegy "656".(シールドエネルギー残量656)

———Substantial damage level "low"(実体ダメージレベル 低)

———Damaged left leg thruster. Level"low".Decrease the power.(左足スラスター損傷”低”。出力低下)

———Damaged main thruster. No problem.(メインスラスター異常なし)

———Warning. Amount of left arm and right arm armo is 80% now.(警告。現在左腕及び右腕残弾80%)

———Warning! We were damaged! Take a  (警告!直ちに )

 

「うっせんだよ!回避なら今してっからッ! だあああもう!」

パニックを誘発しそうな文字列が視界の隅に申し訳なさそうに表示された事に文句を言っても、意味の無い事は自分でもわかっている。

再び襲いかかってきた左上からのレーザーを右方向に急加速することで回避するも、今度は右水平方向からの待ち伏せ。

体を捻り込むことでこれも辛うじて避け、一瞬の後にくる衝撃波に顔をしかめる。

こうしている間にも次、そしてまたその次を予測し、回避としないといけない。

文字通り四方八方より襲いかかるレーザーの雨に、たまらず地面へと逃げるしかない。

地面付近ならば雨宿りはなくとも、下からの攻撃はなくなる。

急降下をする私を逃さまいと放たれた3発のレーザーをスラスターを微妙に吹かす事で回避。

命中したアリーナの地面より土埃を巻き起こし、その土煙の中へと私は突っ込んでいく。

 

ビット

そう、セシリアのIS「ブルー・ティアーズ」と同じ名を冠した兵装である。操縦者の意思や命令を脳波よりキャッチすることで操縦者自らがわざわざ引き金を引かずとも、文字通り思った通りの場所から望むタイミングで攻撃をすることができる武装だ。

有事の際、世界に467機しかないISはその限られた機体数の上で効率的に戦闘を行わなければならない。そこで現在世界で開発が進んでいる「ビットシステム」。一機のISに数機のビットを装備させることによって、複数のISとの戦闘を可能にするという半ば卓上の理論に近いものをイギリスは採用したのだ。

操縦者は全てのビットを1つずつ制御する必要があり、熟練した技術と経験が大きく必要とされるのに加え、戦略の幅も広く盛り合わせる必要がある。そしてなによりも、味方との連携が難しい。

だが、少数精鋭という形に必然的となるISならば、その点において理にかなっていると言えるのかもしれない。

 

ちなみに彼女、セシリアが身に纏っているIS「ブルー・ティアーズ」の他にもイギリス本土には射撃能力に加えてシールドを展開することができという、攻守に優れた『シールドビット』機能を搭載している「Silent(サイレント)Zephyrus(ゼフィルス)」、ビットから射撃能力を排し、代わりにエネルギーソードを先端に発生させる、近接戦闘を重点に置いたソードビットを搭載した「Jack the Ripper(名無し)」。

ちなみに未だにロールアウトすらされていないために名称が不明なので、最後の一機はこの名前が付けられた。

 

地面を這うようにフェイントも混ぜた素早い機動で辛うじてレーザーの雨を躱していくと、すぐ近くでアリーナの地面が爆発し、次々と土煙を生み出してく。

当然ながら反撃なんか暇もない。

無意識のうちに撃ち返そうとするも、そこはなんとかこらえる。

こっちは土煙に熱遮断粉塵煙(スモーク)電波欺瞞紙(チャフ)を合成したやつを撒いておいたんだが、ビットに変化がないことがから電子妨害くらいじゃビットはなんともないらしい。

せいぜい、スモークでこっちの姿を見えなくするくらいだな。

 

ふと、ビットによる攻撃の手が止む。

ビットのエネルギー切れかと考えるが、全てのビットのエネルギーを同時に使い果たすようでは国家代表候補生にはなり得ない。

却下。

 

「審判の日まで踊り続けるおつもりでして?エヴァレンスさん」

 

上等だ

 

土煙のドームから上昇してセシリアと目線が合うようにする。距離は10メートル。

どこか悪戯っぽい色を兼ね備えた瞳。

その瞳を見た私は口の端が歪むのを感じる。

そうだ。この感じだ。

今まで感じた事のないこの感じ。

どうしてかわからないけど、どきどきする。

これが、心が踊るってやつなのか?

 

まあ、どうでもいい。

 

「ちょうどいい準備運動さ。そっちこそ、バテるんじゃねえぞ!」

肺に溜まった空気を一旦吐き出しながらも、砂などが機関部に入り込んでいないか、レーザーに当たって銃身が溶けていないかと両手に構えたケイの状態を確認する。

セシリアもまたこっちが踊るハメとなっていたビットを呼び戻し、エネルギーを補充する。

 

確認が済み、互いを見たのは同時であった。

視線を交わらせると、戦闘によって高揚した野性的な笑みを浮かべる。

今この時、私は充実していた。

 

—————

 

———

 

 

「セシリアはなぁ・・・中距離から遠距離戦闘じゃ強くても近距離戦が苦手だってことか」

「う”・・・」

私が試合の様子を思い出しながらそう言うと、セシリアが気まずそうな声を出す。

訓練が終わった後2人はアリーナの使用が済んだことを職員に告げ、録画された訓練の様子を分析するためモニター室へとやってきていた。

該当するアリーナによって部屋が分けられており、なおかつ防音が施されているため、スパイなどに見られる危険性はない。まあ、隠しカメラや盗聴器の一つや二つはあるだろうけどな。

オリムラの部屋のやつはIS学園公認の下で撤去したものの、ここのヤツは下手にいじると国家間の争いにまで発展しかねないから放っておいている。

けど、話す内容には気をつけねえと。

 

「じゃあまずセシリアのIS『ブルー・ティアーズ』は中〜遠距離対応狙撃型の第三世代型ISなんだな」

「ええ、装備されているBT兵装も試作型ですわ」

会話に合わせてセシリアが操作するモニターに表示されたのは、先ほど私と戦闘訓練を行ったイギリス製第三世代型IS「ブルー・ティアーズ」。

レーザー兵装、つまりBT兵装を中心とする種類のものだ。

名前にもある通りデザインは青を中心とした機体であり、騎士のような風貌を兼ね備えている。

どこかクラシックな雰囲気ではあるものの、ブルーとブラックのシンプルなカラーリングと最新鋭のISというだけあってモダンな雰囲気もまた良い感じにマッチしている。

 

「エヴァレンスさんのISは・・・データが少ないですわね」

「NAGA社製第三世代型IS『Raptor(ラプター)Ⅱ』。汎用性の高さを重点におかれた全距離対応型。

ほれ、これが特殊兵器『Creater(クリエーター)』、さっきは使う機会がなかったんだが———」

イスに座りパネルを操作するセシリアの横に体を滑り込ませ、片手でテンポ良くモニターを操作する。

地肌のぬくもりが伝わるほどまでに近いこの感じはなんだか妙だ。

 

 

 

 

 

 

なんだか妙ですわ。ルームメイトであるサンの顔を見たときにセシリアオルコットはそう思った。

 

どこか近代的な時代に、ジェンダーなどといった拘束に縛られる事なく生きる少女とはズレた雰囲気。

鋭い目つきと自分とは違う若干くすんだブロンドのセミロングヘアー。

この違和感とも何とも言えないむず痒いような感じ。

ふと、セシリアの視線を感じたのか顔をこちらに向けるサン、近距離で目が合ってしまった。

深海のような深く美しいブルーの瞳。

それなのに、諦め、苦悩、悲しみ、怒り、狂い、バイオレンス、タフネス、陽気さ。

カオスであった。

その瞳孔は全てを吸い込むかの如くどこまでも黒かった。

 

底知れぬ黒の瞳孔。

思わず引きずり込まれてしまいそうになる。

 

 

目が離せない。

 

 

「Hallo~? お〜い、セシリアー?」

「ひ、ひゃぁ!ど、どこを触ってッ!!」

「セーシーリーア〜 アーユーオーケ〜?・・・hmm,この柔らかさはなかなか・・・」

「や、やめてください!」

 

(うん、少し寂しいような気もしなくはないが、悪くない。

あるのと無いのとでは、あった方がマジだしな。ソレに対してどうだよ私のは・・・東洋人にも負けるかもしれないぞこりゃ。

ってやばいな。

この目は明らかに怒っている。

まあ顔を赤めらせて、睨まれてもそんなに怖くはないな。

オーケイ、話を続けよう)

 

ある意味、胸フェチであるサンはどこか上の空のような思考で続ける。

「それにしても、中距離の射撃はなかなかすごかったぞ。あのビットの連携なんか気を抜いたらあっという間に穴空きチーズになっちまってたよ」

「ありがとうございます。ですが、あそこまで回避するエヴァレンスさんもなかなかでしてよ?」

そう言いながらも、いつのまにやら中距離戦闘の場面を再生するセシリア。

褒められた事で胸を触られた事に関してはチャラにしたのか。それともただ単に甘いのか。

そんなことには構わずに、画面は2分割されセシリアの視点に近い映像が流れる。

レーザーを吐き出して襲いかかるビット、そしてそのレーザーを地面を這うようなシザース機動で回避するサン。

「それにしても、ビットの操作中は棒立ちになっちまってるな」

しかし、サンの言った通りセシリアはスターライトmkIIIを撃つこと無くその場で回避し続ける私を見続けているだけだ。

「ビットの制御は結構難しいことでして・・・今は4機を制御するのに手一杯ですわ」

どこか恥ずかしそうにそう言うセシリア。

それも仕方が無い、ビットを4機同時に制御しろと言われるのは4つのことを同時にこなせと言われることに等しいのだから。

さらにビットは機動制御から射撃制御、安定制御、エネルギー残量の考慮とさらに複雑だ。

「そうは言ってもな、隙を見て相手が強烈な一撃を出してきたらって場合もあるしな・・・」

「ん〜・・どうしたものですかね」

そう言ってうなる2人。

5秒ほど沈黙が訪れるも結局今ここでどうこうできるわけでもないため、話題を変えることにした。

 

「問題は、格闘戦だ!」

「ヒィッ!」

サンにまさにビシッという効果音が似合いそうな勢いでディスプレイに指を突きつけると、セシリアはセシリアで何かに突かれたような反応をする。

 

サンがいつの間にか展開した空中に浮かび上がったディスプレイに『逆転裁断!』という文字がほぼ一方的に近接戦闘で圧されるセシリアの映像と共に表示される。

おまけにサンはサンでどこからともなく取り出した伊達眼鏡を掛けているではないか。

正確には空中投影ディスプレイと平行して使用するための補助機のようなものなのだが。

 

「ここを見ると分かるだろ・・・セシリア!近接戦用装備はどうしたんだ!?」

サンがIS用バヨネッタ(銃剣)を両手に持ち、セシリアに切り込んでいく映像が流れる。

反応が遅れてしまい3回斬りつけられてしまうセシリア。

すぐに距離をとり再びビットで包囲攻撃を加えようとするも、同様の成果正確さを失ったレーザーの防衛網をかいくぐり再び接近を許してしまったサンに斬りつけられていく。

スターライトmkIIIを盾にして右上段からの撫でるような切り込みを防ぐも、がら空きの左手により腹辺りを左右を往復するように2回切られてしまう。

真下からのレーザーを一旦セシリアから離れて回避するサン。

その隙にセシリアは右手を掲げ、何かを言おうとするも投げつけられた一本のベヨネッタにそれを中断させられる。

 

あとはこういう繰り返しだ。

 

「じ、実は・・・近接戦闘が苦手でして。私も努力はしているのですが、どうしても近接戦用の装備は、その・・・」

「まさか、近接戦用の装備は呼び出すのに時間がかかると・・・」

冷や汗を流しながらも視線をサンからさりげなく反らすセシリア。

代表候補生と呼ばれるにあたって武装のコールは瞬きをする間よりも早く済ませなければならない。

だが、映像を見る限り明らかにも近接装備をコールするのに、もたついてしまっている。

Objection!(意義有り)!!!」

「ッヒィ!?」

突然のサンの張りのある声に思わず体をビクッとさせてしまうセシリア。

「まずは近接戦闘対策・ビットの制御対策。この二つのうちどっちをやっておかないと、最悪引き分けになっちまうぞ?」

それを聞いたセシリアは顔をふと驚いた表情から不適に笑いへと変え、どこか余裕のある表情を浮かべる。

 

ため息。

そして言った。

「私があのような殿方ごときに負けるはずがありませんわ。授業にも緑についてこれないのでは、私に勝利するなど夢のまた夢でしてよ」

 

ダメダこりゃ。言っちゃ悪いが、これは一旦痛い目を見ないと将来が不安だな。

事前情報と第一印象で相手を判断するのは愚の骨頂に近い。一族の当主たる者がいくら良くない印象を抱く相手をこうも見下しているようじゃ上手くやっていけるかどうかすら不安だ。そう、若気の至りだとしてもだ。

だからこそ、若い今のうちに失敗を体験して自分を見直す機会が必要かもしれない。同い年(生まれた年月さえ不確定な私には正確に分からないが)の自分が言うのもあれだが。

 

そう判断したサンは右手を顔に当ててどこか悩むような表情を浮かべている。

 

「そうか。セシリアがそう思うんだったら勝てるかもな」

「ええ、伊達に国家代表候補生は勤めておりませんことでしてよ」

自信に満ちた表情で胸を張り、手を胸に合わせるポーズをとる。

サンとは異なる、流れるような美しいブロンドヘアーがまたその様を助長させている。

 

 

 

 

 

「っと、もうこんな時間か。次2年生来るから早めに行くか」

セシリアもまた壁にかけられている時計を見て、貸し出し時間の終了まで8分前なのだと気がつく。

いままでモニターに集中していたためか、背伸びをして息を吐き出す。骨の鳴る音が心地よく響く。

アリーナとこのモニター室は基本セットで生徒に貸し出されるため、自分自身で時間を調整する必要があるのだ。

現にちらほらといた他の生徒達も2人と同じように個室から出て行き始めている。

 

 

自分たちが使っていた個室のロックが掛かったことを確認し、廊下を歩き始める2人。

靴音だけが廊下に響き渡る。

「今日はいろいろと感謝しますわ。やはり、向こう(イギリス)にいた時よりも得るものが多いことですし」

彼女はそう言って飾り気の無いやんわりとした笑みを向けてくる。

柔らかい笑みの魅力を引き出すのはその垂れたブルーの瞳。

「まあ、こっちも堪能(・・)させてもらったしな・・・ウゲヘ!」

「え?ええ・・・ええぇ!?」

最初は理解できない様子で何となく返事をするセシリア。

上品な笑みのセシリアに対し、私がにやりと笑いながら手をわきわきとし始めるとその(クエスチョンマーク)のオノマトペをを浮かべた可愛らしい表情は、次の瞬間に恐怖に満ちた表情へと変貌し、とっさに両手で胸を庇う。

 

「揉ぉーまーせぇーろー!!」

「ひ!ヒィィィー!!」

 

可愛らしい悲鳴とそれを追いかける爽快な笑い声。

夕日の差し込む廊下に胸を庇う影とそれを追う影が夕日に見つめられ放課後の黄昏を謳歌するかのように。

 

『えぇ、問題ありません。計画通りに運んでおります。はい。それでは。親愛なるスコール』

 

クラス代表決定戦まで残り5日。

 

「足跡を追ってはいるんですが、なにせ国連のおじ樣方が邪魔をしてくるんですよ。これってつまり、更識家と対立する博打を打ってでも、国連、というよりは世界が隠そうとする事があるということなんですかねぇ」

「ハハハ、そうやって年上に物事を言わせるのもあまりよくありませんよ。・・・ですがまあ、考えている事はあながち間違いではないかもしれませんよ。ささ、お茶が冷めないうちに。今日はちょっといい葉なんですよ」

 

すでに、歯車は動き始めていた。

 

「箒ぃ・・・あと何回振ればいいんだぁ・・・」

「あ、あと34回だ!男ならそれくらい耐えてみせろ!!」

「ひぃぃ〜!!」

 

 

 

 




とある暇人たちの茶番

「今回俺たちが使用する装備はコレDA☆」
「おぉーーー!」
「H&K社製アサルトライフルをNAGA社とH&K社で共同改良した『XM8A2』。本当はいつもの『G36A1』を使いところだったんだが、学生の目につきやすい学園敷地内で使用することを考慮し、親しみやすいデザインのコイツに決定した。
レールシステムを使わないときにはカバーを取り付けることで刺々しさをなくすこともできる。
そして、対IS用兵装が『50mm歩兵携帯型特殊徹甲弾電磁式発射装置』。所謂レールガンがこのケースの中に入っている。なんでも理論上じゃ2発で戦車の装甲をバターのように穴を開けられるらしい。ちなみに重さは25キログラム」
「・・・見せないのか?」
「まだ試作段階だ。技術研究班からパク おっと!わがまま言ってなんとか持たせてもらったんだ。緊急事態以外の使用を許可しない」
「それ使うくらいなら支援要請でジャベリン(対戦車ミサイル)の雨を降らせた方がマシじゃねえのか?」
「それか30mm(アベンジャー)を喰らわせるとかだな」
「この前のクモ女を見ただろ。今までの兵器じゃISには勝てない。オートミールになるのがオチだ」
「・・・ま、一発も撃たない事態が望ましいんだがな」
「まったくだ」


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第4話 普通の休日

新作ゲーム
「セインツ・ストラトス」
あのバカゲーが、ついに日本のラノベに殴り込み!?
IS学園の平穏は・・・消え去ってしまうのか

主人公に突然判明したISのSランク適性。
己の可能性を確かめに、そして学園生活をするためにIS学園へと向かうことになる。

主人公の性別はもちろん、容姿、年齢まで自分の好みで設定可能!
兄貴属性から千冬に並ぶほどの女性にまであなた好みに!
ヒロインからモブ、そして一夏まで攻略が可能。エンディングは全ての登場人物に5通りをご用意しております。

スキルはカンスト済みで、前作のデータの引き継ぎも可能。
銃で撃たれようがビルから転落しようが車に潰されようがノーダメージ。

発売日:未定
音声は日本語と英語の選択が可能。
声優はベテランから期待の新人まで、約100人を用意。
年齢指定:Z


手にした書類を眺つつ、ウッズはマグカップを手に取りその湯気の立つ中身を啜る。

 

コーヒーだ。

NAGA社の派遣社員である彼はここIS学園の職員室や事務室へ立ち入る事ができるため、こうして事務室へ顔を出している。

他の隊員達は特にする事が無いために各々で時間を過ごしているのだが、エコーとマークはIS学園の警備員として派遣されたというこの部隊の面目を保つために巡回中だ。

 

IS学園に駐在する彼らは基本的には暇とも言えよう。

なにせ4人では警護対象を監視するには数が足りない。

警護をするのにもシフト体制は人数的に厳しく、且つ24時間体制で行おうものならば肝心の”脅威”が現れる前に部隊が行動不能になるという笑い話になりかねない。

そのために、彼らはあくまで”保険”であり、本社の諜報班や部隊、学園が湖を挟んで隣接する町に駐在する別の部隊が主に周囲に眼を光らせ、対処する。

加えてかつてにないほどテロリズムに脅かされる先進国の中でも治安が良く、テロリストの入る隙もない。

辛うじてこの国に潜り込めたとしても警察や、一般には”存在しない”とされている防衛省直属の諜報部隊、加えてNAGAの世界各国より引き抜かれた(ーーー亡命とも言える)優秀な人材で組織された諜報班が眼を光らせる中、行動することとなる。

なので、台風の目とも言えるIS学園に配属された彼らは任務という名の有給休暇を与えられたに等しい。

 

そんな暇を満喫している彼の手元には書類がある。その内容は自分たちの警護対象であり、獲物をおびき寄せる餌でもある織斑一夏の顔写真とそのプロフィールだ。人に見せても大丈夫な項目しか無いのでこうしてぶらぶらと他所で堂々と見る事もできる。

『どうですか?職員(女性)の方からは好評なんですが、お口に合いましたかね』

ふと、このコーヒーを淹れたらしい同じ室内にいる掃除用務員がウッズに声をかけてくる。

末端である掃除用務員までもが流暢な英語をしゃべるあたり、IS学園の特徴である”多国籍”は伊達ではないらしい。

そんなことを思いつつもウッズもカップを軽く持ち上げて言う。

『ええ、美味しいですよ。まあ、これ(コーヒー)には男も女もありませんがね』

互いに笑みを浮かべると再び互いの作業に没頭する。

 

ウッズは警護対象の再確認を。

コーヒーを淹れたこの学園では数少ない”彼”は新聞を。

 

活発的、且つ直情的な傾向有り。幼い頃に武道を嗜んでいたものの中学校在校時には武道を休止。またクラブにも所属せずアルバイトを行っていた事からその性格及び人格に若干の留意点有り。女性経験は無い模様、されどチフユ=オリムラからの情報より、異性からの注目及び好意を集めやすい要素を持ち、本作戦においての特異的環境より作戦行動への支障が発生する可能性への注意が必要。

 

(直情的ねぇ・・・)

カップの中で若干ぬるくなったコーヒーに渦を作りながらウッズは諜報班からの情報を思い出す。

当然ながら今手元にある書類には書かれていない情報だ。

作戦前に殺害、捕獲、警護、救助といった人間そのものが作戦の核になる場合、その対象の情報を可能な限り収拾し、プロフィールを作成、関係者からの第3者からは得られない情報を照らし合わせて修正、その繰り返しで対象の癖や行動パターンなどから対象の”性格”を情報化し作戦行動をさらに円滑にする。

時にはその情報化されたそれによって反って作戦行動の妨げとなる危険性もあるが、あるだけマシとも言えよう。

もっとも、半世紀にも近い月日を過ごし、多くのものを見てきた彼には何かしらの勘というものが頼りになる時がある。

現に今がそうだ。

彼の勘は語りかけてくる、この少年は絶対に何かやらかしてお前の予想の斜め上の問題を引き起こすぞ、と。

事実、入学して間もなく英国の貴族と問題を起こし、ついには決闘まですることになったあたり、彼の勘はあながち間違ってはいない。

さらには自分の部下である少女がその警護対象と対立する側に着いてしまったようなものだからこそ、予想の斜め上

の問題という勘も的中している。

 

部下の1人はきな臭い子供兵、警護対象はトラブルメーカー、己の容姿にすれ違うここの学生からは怖がられる、上司は気まぐれな天才、部下(エコー)と学園職員との接触を規制するべきか否か。

 

早くも悩みの種ができてしまった彼だが、とりあえず今は残り少なく、且ついつのまにか湯気を立ててないコーヒーを飲み干す事を優先することにしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

色とりどりの看板に目移りしそうになるも、まずは腹ごしらえをしないといけない。

この国のことわざ、「腹が減っては戦は出来ぬ」ってやつだ。

さぁて、「タコヤキ」に「ラーメン」「ドンブリ」「ハンバーガー」「フライドチキン」・・・

多過ぎだろおい。

 

これはいったいどこまで続いているのやら。

そう思いつつも、視線を前へ移すとそいつらがいた。

 

「Damm it.」

しまったと思ったときにはすでに汚い言葉が私の口から発せられ、隣のセシリアがちらりと私を見やる。

私の発言に対してか、それとも文字通り直面している問題に対しての意見を求めたのかはわからない。

ただ、私は・・・少しでもいいから良い方向へ物事が進んでくれる事を、切に願う事しか出来なかった。

 

 

 

 

ーーー6時間前

 

 

 

Welcome Sunday.

もし日曜日が目の前にいたらハグしてやりたいくらいだ。

これはあくまで”普通”な休日。

友人とショッピングをすることなんて、一般では”普通”。

 

3日前、いつものように対オリムラ戦を兼ねた訓練も終え、部屋の照明を消していざ寝ようとしたときのことだった。

「ねえ、エヴァレンスさん」

「ん〜What?」

「せっかく日本に来た事ですし、どこかお洋服でも買いに行きませんか。丁度学園のすぐ近くに街もございますし」

「いいアイデアだ。丁度身の回りの物も買いたかったし。それでいつ行く?」

 

体の向きを変え、声が届きやすいようにする。この暗闇じゃ声だけが頼りだ。

それに続くように隣からも布のこすれる音が聞こえ、同時に息をそっと吐き出す音がこちらに直に響くようになる。

おそらくセシリアもこちらを向いたのだろう。

「今度の日曜日なんてどうでしょう。丁度休みですし」

「オーライ。楽しみにしているよ」

「ふふ、私も楽しみにさせていただきます」

「それじゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 

『なあ今度の休みは基地の外にある闇市で海賊版DVD買おうぜ!』

『でもあそこはまだ掃討済んでないだろ?ヤバいと思うぞ』

『大丈夫だって。ターバン巻いて神は偉大なりって呟いておけばノープロブレムだ』

『オーケー、でも私は念のためにG18を持っていくとするよ。お前の背中をフルオートで試し撃ちできそうだしな』

『新しく買ったのか。なあ、今度みせてくれよ』

こんな会話をつい1ヶ月前までしていただなんて、自分でも信じられない。

ちなみにその時買ったのはイギリスの諜報機関に所属する2枚目な男が、世界を救うために撃っては飛んで、車からミサイルを飛ばしたりするわでまったくスパイをする気配の無い、それでもって映画ごとに別の美人とイイ感じになる映画だ。

閑話休題。

 

モノレールの中はさすが休日とだけあってか、私服姿の生徒が多い。

セシリアはクリーム色のセーター、首回りからは青いTシャツが顔をのぞかせている。

それにシャーリング加工の施された黒いスカートという格好。

対して私は”いつもの”格好”だ。

IS学園の周辺には容姿も優れた生徒を狙った連中もいると聞いたから、対策としてあまり声のかけられないように意識したのだ。

髪は後ろで一つの玉にし、それを隠すようにベースボールキャップをかぶっている。

そのおかげで、女と気付かれる確率は低くなる。体の凹凸の少なさがそれに拍車をかける。

・・・なんだか悲しくなってきたぞ。

まあ事実、これが”いつもの格好”であることに変わりはないけど。

 

今日のランチはどうするかなどと、とりとめもない話をしているとモノレールが駅に到着する。

片道で7分はかかるということから、このIS学園が点在するこの湖の大きさがどれだけか分かる。

なんでも、隕石が落下したことによってできたクレーターらしく、そこにこの周辺のわき水が一斉に流れ込んで湖になったらしい。

今では、豊かな自然が湖を取り囲み、つながった小川などからも魚や水鳥などの生息地域となっている。

 

暖冷房の効いたモノレールを降りれば、そこは見渡す限りの雲一つない青空。

若干湿度を含んだ空気はおそらくもうすぐ春の季節になるってことだろうか。

冬の名残をわずかに感じさせる涼しげな空気、それを暖めるのはその燦々と降り注ぎ肌を撫でるかのようにも感じられる暖かさを含んだ太陽の光。

 

さて、少し駅舎を歩いていくと目的地のショッピングモール「レゾナンス」の大人数に対応した入り口が見えていた。

ちなみに一緒にモノレールに乗っていた生徒たちは各々の目的地へ向かったためか姿は見えない。

 

学生に配られたIS学園の周辺に関するパンフレットにも書かれているこのショッピングモールはとにかくスケールが違った。

地下鉄やバスを始めとする町中へつながるアクセスの中心であり、地下にはさまざまな店や娯楽がひしめき合っていた。おまけに地下は駅舎にも直結ときたもんだ。

さすが、世界に名高いIS学園が目と鼻の先なだけあってか飲食店は世界中の食文化を楽しむ事ができるほどの多様さを誇り、衣類も学生のお財布に優しい量販店から値札の桁を疑うような高級ブランド店までもが鎬を削る激戦区でもある。

レジャー施設も充実しているためにゲームセンターや広場、ホビー店といった子供向けのものから自然が豊かで噴水がある広い庭、レトロな物を扱った骨董品店、賭け禁止のボードゲームやカードをその場で知りあった人と楽しむ部屋といった中高年向けのものまであるという。

 

しかも、これはまだメインの施設であり、大なり小なりかなりの数の施設があるらしい。

もはや驚愕を通り越して呆れてしまうほどまで充実した”ショッピングモール”だ。

 

IS学園はもちろんの事、このショッピングモールを目当てにこの街へやってくる物好きまでいるものだから、この街は福祉が充実している。

そう、標的になりやすいIS学園がある故に、警察や軍(「ジエイタイ」ってタナカが言っていた)の設備や装備も”充実”しているのだ。

 

一見のどかに見えるこの街も、アメリカのCIAやイスラエルのモサドといった世界中の諜報機関から、中東の田舎過激派組織「赤き月」やアフリカでかなりの規模を誇り、世界中の戦争経済を動かす燃料でもある「自由の夜明け」

といったテロ組織もその根を町の地下に張らしているらしい。

 

これもまた、知らないふりをするのが一番だ。

下手に手を出して散り散りに逃げられるよりは、慎重に作戦を立てて一網打尽にするほうがベストなのだから。

だから、こういうスケールのでかい事は上層がやってくれる。

 

さて、今は買い物だ。

ええっと。

地下がフードコーナーで、この階が「土産」ってやつを売る店とアクセス関連の階、2階(ーーー日本じゃ階数が1つマイナスされているんだよな・・・)が衣類コーナー、3階が物品コーナー、4階が娯楽施設、5階が・・・ってどこまであるんだよ。

 

それに加えて・・・すげえ人だ。

人 人 人 人 人、視界から最低でも5人の人が映り続けているぞ、これは。

休日のせいか人数、密度がともに高い。

 

いかん、これは酔う。

人の多さに酔うとは聞いた時はまさかと思ったが、これは本当にまずい。

隣のセシリアはおそらく舞踏会やパーティーとかに出た事があるおかげだろうか、若干驚いた様子ですんでいるようだ。

 

「と、とりあえず2階行こうか」

「ええ、そうしましょう」

そういうなり私が先陣を切る形で人と人との間を文字通り縫うように歩みを進める。

 

「ッ! Gotcha(捕まえた)!!」

5歩ほど歩いたとき、ふとセシリアが気になって見てみると、文字通り人の波に呑まれそうになっていたではないか。

すかさずその手を掴み、こちらに引き寄せてやる。

人にぶつかりそうになるもそんなのは気にしていられない。

 

「大丈夫か?」

「え、ええ。助かりましたわ」

ホッと息を吐き出し、冷や汗を流す彼女。

でもこの調子じゃ絶対に逸れてしまう。

「セシリア手をつなぐぞ。このままじゃ逸れちまうからな」

「ええ、私もそう考えていましたわ」

「よし、行こうか」

 

そして始まった手繋ぎでの移動。

その手はまるで、絹のように繊細な肌触りで、気を抜いたら握っている手からすり抜けてしまうんじゃないかと思うほどだった。

冷たいような、暖かいような絶妙な温もり。

その触り心地はいつまでも握り続けたくなるほど。

 

そんな、セシリアの手の触り心地を楽しむ半分、頭に叩き込んだ地図と今見える光景を比較しながらも確実に上のフロアへと通じるエスカレーターへと近づいていた。

右、次を左、この広い通路を人ごみに呑まれないようにまっすぐ40メートル。

ほぉら、人類の発明の一つ、さらに高い場所へと登るための動く斜面「エスカレーター」を発見だ。

左側が動かないで、開いた右側に急ぐ人が乗るのか・・・日本人ってやっぱりこういうところは凄いな。

 

まるでベルトコンベアに運ばれる商品のようにエスカレーターの列に並び、2階へ上がり、後ろにいるセシリアを見ると・・・ってあれ?

「セシリア、大丈夫か」

「だ、大丈夫ですわ!」

動いていたせいか、いつの間にか握っていた手が熱くなっており、若干汗ばんでもいた。

セシリア自身も若干ペースに付き合ってもらっていたせいか、息が乱れ気味のようにも見られる。

休憩させようかと声を掛けるも、肝心の本人が逆にこうじゃ休憩させること自身が難しいかもしれない。

ここは休憩がてらゆっくりと歩きながら見ていくか。

 

聞くところによると、どうやら私とおなじ年代の女子たちは季節に合わせて服装を変え、さらにはその服装自身も季節の変わり目よりも先取って買ってしまうらしい。

服からボトム、アクセサリーも・・・良い女と良い酒には金がかかるってフランス人のエコーが言っていた気がする。

 

なら、いまここで

 

「ところで・・・エヴァレンスさん」

「ん?」

どうしたと言いかけた私の口は、それ以上動く事はなかった。

なぜなら、声を掛けてきたセシリアの表情がいつもと異なる雰囲気を纏っていたからだ。

どこか、決意を感じさせるそのブルーの瞳が、私を捕らえて話さない。まるで赤外線追尾ミサイルの先端のカメラのように。

 

「ど、どうしたんだ」

そう、ぎこちなく返事をする私。

やっぱりあれか、少し自分のペースに巻き込んだ事だろうか。確かにあれは焦っていたかもしれないーーー

そんな悪い方の思考に陥っていく私に、セシリアは言った。

 

「私に、コーディネートさせてくださいませんか」

 

・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・

 

・・・・

 

・・

 

 

この1秒弱でわかった。

改めて自分の服装を見渡す。

カーキ色の動きやすいズボンに、寒さを凌ぐと同時に湿度調整が可能な灰色のタクティカルジャケット。

加えて黒いベースボールキャップにカーキ色のタクティカルブーツという格好だ。

 

これまではこの格好で過ごしていたんだが・・・なにかまずいのだろうか。

ゆっくりと過ぎ去っていくショーケースに色とりどりの洋服が展示された洋服店を背景に、セシリアは隣に歩く私を足の先から頭の頂点までを見回し、こう言った。

「エヴァレンスさんは・・・ええと、いつもこの格好で過ごしているのですか」

「ああ、そうだけど・・・セシリア?」

困惑の声を上げる私の両肩には、セシリアの両手。

 

「私に、お任せください!」

「お、おう。任せるよ」

迫ってくるセシリアの気迫に思わず承諾してしてしまう。

 

この後、安易な返事によって私は「ファッション」というものを身をもって学ぶ事になる。

ーーーーー

ーーー

「まあしかし、どうりでそれらしき殿方が見えても、一人も声を掛けてこないはずでしたわ・・・私とした事が、失念しておりました」

そう自責のようにつぶやくセシリアの両手にはハンガー。

右の手には白地のフリルをあしらわれたワンピース、左の手にはスリットの入った黒いカーディガンのかかったハンガーだ。

セシリアはそれを満足のいかないといった表情で元の位置に戻す。

そしていつの間にか取り出したハンガーにはシンプルなデザインの赤いブレザーがかかっているではないか。

 

それに対し、私は女性の店員に3サイズを測られながら、視界に映る見た事もないような種類に富む服を見ては驚いているしかできなかった。

たかが服、されど服。

それが女性というものなのだと、実感させられる。

これまで、戦ったり、ナノマシンやらISのデータをとったりでファッションだなんて気にしたことが無かった。頬の傷がさらにファッションに対しての逃げ道を作ってしまう。

まあ、他の人曰くよく見ないと気が付かないらしいが、それでも鏡をみると自分の目にははっきりと、頬からあごにかけての傷を意識してしまってしまう。

 

どうりであのオカマ野郎たちがうるさかったわけだ。

今度会ったら、少しは「ファッション」を勉強させてもらおう。

まあ、さすがに”あの制服”は着る気はないけどな。

 

と、そんな現実逃避ともいえる思考にふけっているとふけっているとセシリアがいつの間にやら別の店員と店員とときおりこちらを見ながら話しているのが見える。

その両手にはまた別のハンガーが・・・

 

「私としてはやはり、こちらのブレザーがよいのではないかと」

「ええ、確かにそうですが・・・赤色はさすがにアクセントが強すぎるような気も」

「スタイル良いですねぇお客様。あとはここの肉を寄せればさらに」

 

ワレ 混乱ヲ 極メル

 

結局、クリーム色のジャケット。少しゆったりとした黒いズボン。紺色の吸汗性に優れた長袖の首筋が見えるVネックのTシャツ。

それに木製の足輪を購入し、見た目は動きやすく、またこの湿度の多い気候に対応できるという暑くもなく寒くもないという格好だ。

ズボンは脛が見えるか見えないかという長さであり、足輪が一つの控えめなアクセントとなっている・・・

露出が少ないかと思いきや首元や足下で控えめに露出をしたつもりなんだが。

フリフリがたくさんついた服を着せられそうになったから、半ば強引に、自分が良いと思う服を買ったという結末になったのだ。

もっとも、そんな服装も黒い円盤にシンプルな白く目盛りや数字が刻まれ、夜光塗料の施された腕時計、つまりクラシックなミリタリーウォッチのせいで台無しとなっているんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか久しぶりだなぁ・・・」

とはいっても、2週間ぶりなんだけどな。

箒との特訓も、今日ばかりは休みにしてもらい、俺は駅前のショッピングモール「レゾナンス」へ来ていた。

IS学園に来る前まではよく「鈴」と「弾」とでここに遊びに来ていたっけ・・・

 

思い出すのはすげえ大雑把な千冬姉の言葉。

「着替えと携帯電話の充電器さえあれば十分だろう」

いやいやいや、いくらなんでも少しは生活の潤いも大事だろ。

ただでさえ男は俺だけっていう過酷な環境なんだ。娯楽用品のひとつやふたつ、あっても困るはずがない。

というよりは、ないと多分俺は色々な意味でおかしくなる自身がある。

 

それに俺は望んで学園に入学したわけじゃないんだ。

試験でISを動かしたと思うと、いきなり中学の先生に家に立て篭もってろっていわれて、マスコミとか世界中の研究機関が家に押し掛けて・・・黒い服を着た男達に入学手続きを”書かされて”。

気付いたら俺の行きたかった「藍越高校」は勝手に受験が取り消されていて・・・

 

確かに千冬姉の言う通り、俺個人の意見は多数決の意見でいうと極少数のもので、採決されるはずもないものなんだ。

せめて、千冬姉の恥にはならないようにしていかないと。

 

そのためにも、まずは生活の潤いをだな

俺が必死に今日ばかりは生活用品を買わせてくれと箒に言うと、しぶしぶ今日は休みにしてくれたのだ。

やっぱり、さすがにシャンプーとか石鹸をずっと使わせてもらうわけにもいかないからな。

箒自身も、それじゃあまるで夫婦だなんて言って顔を真っ赤にしては嫌がっていたみたいだし。

 

ええと、今日買うのはシャンプーに石鹸、綿棒とか雑誌に漫画、それと一旦家に帰って近くに置いておきたい物、あとは弾とか数馬から借りた機密書類(やばいモノ)を例の場所に隠しておかなければ・・・

まさか、箒のいる部屋に隠すわけにもいかないし・・・1人部屋になっても女子しかいない学園の中に持ち込む時点でいろいろとダメな気がするし。

 

まあ、なんとかなるだろ。

「人間の欲求は、理性で制御できるって」哲学でもあるしな。

 

さてと、はやいところ行くかな。

 

ーーーーー

ーーー

 

 

「おい、やめろよ。嫌がっているだろ」

そう言い出したのは俺。

両手には買ったもので膨らんだ大きなビニール袋がぶら下がっている・・・口で言ってる割にはかっこ悪いと自分でも思う。

 

俺の前にいる6人の男たちは誰かを取り囲むかのように立っていた。

髪はどいつもこいつも染められているのか、金髪やら茶髪やら、前髪も視界に映るくらい伸び垂れていた。

今で言うイケメンってやつだ。服装もみんな俺の手の届かないくらい値段が高そうだ。

 

普通なら運が悪かったんだと囲まれている女性に心の中で詫びをして、見ぬ振りをするに違いない。

関わらないほうが、メリットもなければデメリットもない。今まで通り平穏に過ごせる。

けど、俺はそんなことをするくらいならあえて首を突っ込む。

何か出来るのに、だれかを助けられるのに助けないのは最低なやつのする事だと思うんだ。

それにこいつらだって、結局わざわざ6人で囲んでいる。

どうせ一人じゃ満足にナンパもできやしない奴らに違いないんだ。

 

だから、拒絶を表す声が、男自身の檻の中から聞こえたとき、俺は無意識のうちに声を出していた。

 

「何?部外者はどっか行っててくれないかな」

檻を形成しない男の一人が俺の前に立つ。身長も高い。175センチはあるかもしれない。

上から笑顔でそう言ってくる男。

鼻をくすぐるような、嗅いだら咽が渇くような・・・そんな、俺の苦手な香水の匂いがする。

その浮かべられた笑みも、どこか嫌な雰囲気を纏っている。他のやつらも同じだ。

分かっている、引き返すなら今しかないってことぐらい。

 

でも、それでも・・・俺は見ず知らずだとしても、そこにいるであろう女性を助けたかった。

 

「聞いている?逃げるなら今のうちだよ、見逃してあげるからはやく」

「おい、織斑か!?ったく、何処行ってたんだよ。ほら、どいたどいたぁ!」

 

・・・え

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男達が退散していったとに取り残されたのは私と、セシリア、そして・・・オリムラであった。

まさか・・・こいつがいたとは、まあすぐ近くにIS学園があるからあたりまえっちゃあたりまえなんだがな。

 

それにしても本当に困ったもんだ。

IS学園は無論、この町にも当然小中高の学校はあるし、オリムラの友人の多くもこの町の高校の生徒だ。

もともと都市部でもあったこの町には学園都市があるほど学校が多くあり、若者のエネルギーにあふれている。

そして、容姿に優れた学生の多い町としても知られている。

優秀で容姿に優れ、さらに将来の可能性に満ちあふれたIS学園の生徒と親しくなればそれだけ、男の肩身が狭いこの国では大きなアドバンテージとなる。

それを計算にいれてこの町にやってくる奴もいれば、さっきのように容姿さえ優れていれば良いなんていうバカ共も大勢いる。仲良くなって、関係を築いて、飽きたら捨てる。そんな奴らはこの女尊男猥となった世界にも存在する。

 

そう、ホステスなんていう店で女のご機嫌取りをするやつらだ。

さっきの奴らの雰囲気と香水の種類からしてそういった類いの人間に違いない。

女尊男卑の風潮になってからというものの、女のご機嫌取りをするサービス業は業績を上げている。

女に払われる給料が増え、その増えた分もろともそういった店に流れていく、実に簡単な理由だ。

それにともなって、女に気に入られるような容姿の男共は甘やかされ、男尊女卑とはまた違う歪んだ誇りを得て、まるで世界の頂点になったような気になる。

そして、気に入った女を取り囲むなんていう暴挙にまで出る。

自信を得た人間ほど、厄介なモノはないからな。

 

それにしても、本当にタイミングが良いんだか悪いんだか・・・

後少し気付くのが遅かったら、織斑は男共と問題を起こしそうになり、別動隊の連中はいちゃもんを付けてこの男共を引きはがしていたに違いない。

オリムラの向こうには見慣れたやつら、そう、この町にいる別動隊のやつらがちらほらと見え、再びオリムラを包囲するような配置に着こうとしている。

さすがに行動が早いな。

これなら、私の負担も少なくなるだろう。

 

「ありがとうなオリムラ。助かった・・・ほらセシリアも」

「ふん!」

「気にするなよ。クラスメイトだろ?それに、男が女を助けるのは当然だ」

吹き出しそうになるのをこらえ、感謝の印である握手をする。

セシリアは相変わらず、顔をしかめっぱなしだ。

まあ、口喧嘩をした揚げ句に裸を見られちゃこうなるのも仕方ない。

そもそも喧嘩が原因で決闘をすることになった相手と仲良くするだなんて、ヤクの売人と政治家に仲良くなれと言っているようなものだ。

 

「サン=エヴァレンス」

「え?」

「名前だよ。よろしく」

「あ、ああ。織斑一夏だ。こちらこそよろしくな」

自己紹介を兼ねた握手を終えると、オリムラはセシリアの方へと向き手を差し出そうとしては・・・やめた。

握手をしようとする気配を察したセシリアがネコよろしく毛の逆立つような警戒心を露にしたからだ。

 

「ま、今はこんな感じだし、”決闘”が終わったら一つおごらせてくれ」

オリムラの肩を軽く叩いてやり、そっと耳打ちをするとオリムラは苦笑しつつも静かに頷いてくる。

これで、事後処理の手はずは整った。

途中経過はともあれ、オリムラとセシリアの2人に親しくなってもらえればそれだけオリムラが”エサ”としての価値が上がり、大物もやってくるかもしれない。

 

・・・やっぱり、自分は最低だな

 

表情を変えないように勤めるも、心の中は突然降り出したスコールのように憂鬱に。

セシリアをエスコートするも、肝心のセシリアはオリムラとすれ違うときまでネコみたいに警戒心むき出しだったけどな。

 

「ーーーーーまあ、感謝しますわ」

「え?」

「ッ!明日を楽しみにさせていただきますわ!!覚悟しておくのですね」

すれ違いざまにオリムラへ、呟くかのように言ったセシリアの一言。

聞こえなかったのかオリムラが声を出すのも構わず、セシリアは全く別の意味の言葉を言い、顔を「ぷい」という擬音が一致するように顔を背けて行ってしまう。

まったく、オリムラに対しての態度はどうかと思うものの、こうしてみるとかわいらしいものだ。

 

その後、2人はランチにパスタ店に入り、大皿に入った「スパゲッティナポリタン」と「茄子と春野菜の和風スパゲッティを小皿に取り、デザートはカラメルプディング。

それらの味を楽しんだのであった。物価の高さに驚きつつではあったが。

 

当然、水面下では人目に触れられることのない戦いが起きていたらしい。

まず、反西洋過激主義組織「アラブの矢」の潜伏部隊の掃討と、オリムラの監視をしていた男の捕獲が日本政府及び国連の公認の元で行われたというのだ。

郊外のアジトとなっていた安アパートもオリムラの監視チームとはまた別の部隊が突入し、”掃除”が完了。

これで、そこらの小規模なグループはオリムラには近づかなくなるに違いない。

残されたのは、先進国(中でもアメリカとイギリス)が警戒するでかい組織。

アフリカの「自由の夜明け」、詳細不明の「亡国企業」、東欧とシベリアの「ロシア自由戦線」。

この3つが代表例だ。

 

まあ、何かあったら本部がなにか言ってくるだろうし、私はただセシリアの回りに目をやればいいだけだ。

そんな事を思いつつ、死んだ顔をしているタナカに頼まれていた「冷えピタ」っていうやつを渡していた。

まあ、この4人は戦闘能力は高く、おまけに皆ナイスガイときたもんだから、異性への意欲が強いここの女性職員から強いアプローチがあったに違いない。

でも隊長はもちろんのこと、こいつらは二日酔いになるくらいまで酒を飲むことはまず無い。

そうすると、女性職員への差し入れなんだろう。

 

帰りに気をつけるようにと手を振るタナカに見送られ、夕日も沈み切り薄暗くなった公園をセシリアの部屋へと戻る。

 

夕食を食べている際に、食堂で目の合ったオリムラに手を挙げてコミュニケーションをとる。

ちなみに、メニューは「豆腐ハンバーグのフレッシュハンバーガーセット」という、肉はないに等しく、野菜は多めという内容でありながらも満足感を感じさせてくれるメニューだった。

 

そんな感じで部屋のシャワーを浴びつつ今日一日の出来事を思い出す。

今日はあまりにもたくさんのことが起きすぎた。

ショッピングモールで歩き回ったせいか疲れがたまり、記憶もあまりはっきりとしない。

警戒していなかったためか、無意識のうちに無駄な動きが多かったらしい・・・もっとも、お洒落なんていう特殊な状態で、無意識のうちに緊張していたのも無駄に疲れた要因かもしれない。

これまで、ドレスや年ごろに見合った格好をしたことはあっても、それはすでに任務のために用意された物に体を通し、着ている物なんかに気を配る余裕がなんか、なかったのだ。

セシリアも同じだったのか、夕食を過ぎた辺りからしきりにあくびを噛みしめていた様子が、うっすらと思い出すことができる。

 

ふと、前を見ると鏡があり、顔が映っている。私の顔だ。

パウダーを落としたせいか、傷跡がよく見える。右の頬からあごにかけて、顔をなぞるかのような傷跡。

狂気に満ちた殺し合いによって残された傷の一つ。

背中、左胸、腹、私自身の小さな細胞を元として人工的に作られた右腕、その付け根にあるよく見なければ気付かないほどの接合の後。

不可視のバーコードが至る所に刻まれたこの成長過渡期の体。

 

この胸が

この尻が

この身長が

 

大きくなるときまでに、私は生きているのだろうか。

 

 

きっと疲れが出たんだ。

そう、ネガティヴな考えを忘れようと前髪をかき上げて顔にシャワーを浴びせかける。

今日買ったばかりの洗顔に含まれる成分で生み出された、透き通るような爽快感が気分を少しはよくしてくれる。

蛇口を捻り、上から降り注ぐ暖かな雨を止めると防水カーテンの向こうにあるバスタオルを手に取り、体の水滴を吸い込ませていく。

思わず髪もさっさと拭こうとするも、髪は大切に撫でるように拭くようにという教えを思い出し、慣れない手つきで髪の水滴をなくしていく。

 

面倒な体だ。

生まれるなら男に生まれたかった。

そう思うも、今生きているのはこれまで”少女”という理由で幾度か助かってきたことを思い出すと、生まれたからには我侭は言えないと自分に言い聞かせる。

むしろ、女の特性を活かせば良いだけの話なのだから。

 

明日は再び学校が始まる月曜日。

そして、ルームメイトが決闘をする特別な日。

応援、というよりは観戦に行くと言っておいたものの、どうも嫌な予感がする。

結局この学園に来ているはずの”アイツ”は顔を出さなかったわけだし。

 

「あら、髪は梳かないので」

風呂から上がると、丁度クシをドレッサーに置こうとしていたセシリアが寝巻き代わりであるTシャツと、膝くらいの長さで涼しく、伸縮性に優れ快適に過ごせるルームパンツというラフな格好でシャワールームから出た私に声を掛けてくる。

「ああ、軽くで良いんだよ」

そう言いながら2,3回簡単に梳いて私も同じように櫛をドレッサーに戻す。

しかし、それを見逃すセシリアではなかった。

「いけませんわ!髪は大切にしないとなりませんわ。ささ、ここに座ってください」

両肩に手を載せ、私を優しくイスへと誘導する。

特に抗う理由も見当たらないから、おとなしくイスに座ると私の使っていた櫛を手に取ると髪を梳き始めるセシリア。

私とは違い、撫でるように、ゆとりを持ってゆったりと櫛を流していく。

「髪というのはただ洗えばいいというわけではなく、こうやってトリートメントを使うのも大事でしてよ」

「へぇ、本当か」

「そうでしてよ。髪を保護するとそれだけ艶も出て美しくなるのが髪というものなのですわ」

櫛が終わると次はクリームらしき物を手に乗せてはそっと髪をその手で撫でてくる。

頭を撫でられるのに近く、また微妙に違う気持ちよさに思わず目を細めてしまう。

子供のように扱われているかもしれないけど、そんなことはこの気持ちよさの前ではないに等しい。

 

「ふぁぅぁ〜」

「ふふふ」

とうとうこの心地よさが疲れと合成し、とてつもない睡魔を生み出してくる。

思わずあくびをすると、後ろのセシリアは母性を刺激されたのか、その手つきがよりいっそう柔らかなものとなって睡魔を助長させてくる。

これは、色々な意味でたまらない・・・

 

「それにしても、今日は楽しかったですわね」

「ん、ああ。また今度行こうな」

「ええ。そうしましょう。楽しみですわ」

そんな今日一日の思い出を2人で共有しつも、髪の手入れを終わり、ベッドへと向かう。

2人であくびを噛みしめつつだけど。

 

電気が消され、部屋は光源が一つもない空間となる。

ここからは視覚が必要とされない状態となる。

 

「なあ、今日のオリムラもなかなか男前だったと思わないか?6人相手に立ち向かったんだ」

「それでも、失礼な方ですわ。紳士には程遠いい野蛮人。いえ、もはや類人猿のできそこないですわ」

「・・・そうか。明日頑張れよ」

「ええ、代表候補生にふさわしい華麗なる勝利を飾ってみせますわ」

 

電気が消えていて助かった。

なぜなら、今の私の顔は差別的発言を行う友人を、冷ややかなもので見ていたからだ。

暗闇という障害の向こうにいる友人の声の音色からは、誇りと優越に満ちた感情が感じられる。

 

「まあ、油断だけはするなよ?」

「当然ですわ。なにより、エヴァレンスさんが練習に手伝ってくれたのですから。おかげでビットの稼働率も上昇したわ」

まあ、あんだけ斬新な戦法を繰り出し続ければ、ISの独自学習機能とか非限定情報共有(シェアリング)への影響もあったはずだし、私にもセシリアにも、そしてお互いのISにも、良い経験だったに違いない。

私の専用機、ピースメーカーの経験値もそうとうたまっている・・・はずなのに、なぜか”次のステップ”にいけないんだよな。

 

まあいい、とにかく今日は寝よう。

果報は寝て待て。寝る子は育つ。

寝ることは罪ではないのだから。

それに、こうして余裕をもって熟睡できるのも本当に久しぶりだ。

寝られても長くて5時間、最短で30分。命令があれば5分で支度を済ませて指示を受けるあの日々。

不眠でISのテスト機動実験やナノマシンの人体実験もした。少女という理由で中東で部隊と現地民との仲介役をしたときだなんて、回収のヘリが砂嵐に巻き込まれて墜落。掃討の済んでない地で孤立し、夜襲を警戒するために一晩中睡魔と戦うことだってあった。

まあ、どこかのバカが居眠りしたり、勝手にトイレのために陣地を離れたりして・・・首から上の無い死体が5つも発見された。

 

そんなことを思い出していると、気付いたときには時計が朝の5時を指していた。

 

 

 

 

 

 

 

少年、織斑一夏が己の部屋を目指し家に入ったその時、状況は開始されていた。

もっとも、彼が学園を離れた瞬間からそれは始まっていたのだが。

 

ショッピングモールで少年を監視し、いざ人気の無いところで掴み掛かろうとして後ろから羽交い締めにされた男。

少年の部屋の窓にSV98狙撃銃の照準を付けた瞬間に、スコープ割ってを通ってきた7.62mm弾に脳神経を破壊された狙撃手。その死体は床に血を撒き散らしたアパートの一室で横たわっている。

少年の家のある住宅街の一角で、突然車内に流れ込んできた催眠ガスによって気を失い、捕虜となった拉致部隊。

 

 

『何がどうなっている』

『第1から第5小隊との通信途絶、尖兵との連絡も途絶。即席爆弾(IED)も反応しない・・・』

額に汗粒を浮かべ、豊かなヒゲを蓄えたアラブ系の男は己の心臓が高鳴っていることを嫌というほど感じ取っていた。

この国が少年に付けた警備部隊はすでに気付かれないよう始末しておいたはずだったのだ。

あとは、計画通りに少年を捕らえ、己の信ずる神を冒涜する列強諸国への交渉の材料とする。

なのに、その計画がまるで元から見透かされていたかのように目の前で崩れていく。

どこか、胸を締めつけられるような危機感に男は現地で取引し手に入れたM4A1カービンライフルを手に取った。

すでにこの時代では”旧式”に分類される突撃銃だが、整備をしっかりとしていれば精度も良く扱いやすい銃なので、彼らのように少数精鋭を掲げるテロリストの間では1人前の象徴でもあった。

皮肉なことに、彼が嫌悪する列強諸国の一つ、アメリカという国の軍がかつて使用していた突撃銃でもある。

今では、かつての5分の3まで軍縮が進んだためにアメリカ軍兵士は皆、最新のType15(15式自動小銃)という日本製の最新のアサルトライフルに更新が完了していた。

打撃を受けたアメリカの銃製造企業は、急遽民間軍事会社へ路線を変更したことが、それらの企業を保護し、同時に吸収したNAGA社の巨大化にも貢献することとなったのだ。

 

突然、ドアがノックされる。

郊外に建つ、現代人の誰もが住みたがらないような古びたアパートだが、彼らのとってマシな物件であり、郊外のために行政の網にもかかりにくいという良物件でもあった。

ドアのノックしたのは、前祝いとして注文しておいたピザの入った箱を持つ配達人。

男の部下の一人が安全を確認すると、努めて穏やかな顔でそれを受け取りに行った。

いつも注文している店なので、常連のようなものだったのだ。

「ハイ、イクラデスカ」

片言の日本語で日本語をしゃべりながら男は財布の中身より視線を上にする。

つい、いつもの癖で先に財布の中身を確認してしまうのだ。

 

『無料だよ』

流暢なアラビア語と干した布団を叩いたかのような、抑えられた銃声の後に、男は頭の中身を玄関の壁に散らせた。

玄関からは見えない位置に立っていた男の手には、M1911A2拳銃に消音機の取り付けられたそれが握られていた。

力の抜けた男の体が床に崩れ落ちる音とガラスの突き破られる音が響いたのは同時。

 

後は一方的とも言える状況だ。

窓ガラスを突き破り、屋上からつるしたハーネスを使い突入してきた部隊、無防備に開かれた玄関からはピザ店の使用する箱より消音機と光学照準器の取り付けられたKRISS Vectorをとり出し、ストックを展開してはアパート内部を警戒、拳銃を持つ男は誰も近づけないように周囲を警戒していた。

 

催涙ガスが立ちこめる室内からは悲鳴と次々と拘束されていく男達の罵声が響く。

 

『こちらチャーリー、掃討完了1名射殺、4名を捕獲。こちらに被害なし。オーバー』

アパートの掃討が済み、司令本部へと通信をする男。

その胸のパッチには、そのときルームメイトと休日を楽しんでいるであろう少女の所属する企業の、3角形のロゴが付いていた。

 

早く、静かに、正確に行動した別動隊。

アパートの周囲はまるで何も起きていないかのように、平穏を保っていた。

 

 

 

 

 

 

 

フランス パリ

 

オレンジ色の夕日に包まれ、芸術の都とは別の一面を見せ始めるパリ。

そんな”別の一面”の世界に生きる人間も存在する。

 

横倒しとなった防弾使用のテーブルに隠れる2人の男。

次の瞬間、ショットガンの銃声とともに散っていくテーブルの一角と血飛沫、それと男の拳銃を握る右腕。

 

「まったく。給料のわりには対したことの無いチンピラ共だ」

無精髭を生やし、カーキ色のコートを着こなした男が気だるそうにつぶやくとショットガン、SPAS12の空となったシェルを排出する。圧力によって排出されたシェルはくるくると回転しながら床に落ちていく。

ジャコンという気持ちのよい操作音だが、テーブルに隠れている男にはまた一歩死が近づいてきた音にしか聞こえない。

シェルが2、3度床を跳ねる。

 

『くそったれ!』

拳銃を男が隠れている部屋の入り口に牽制として乱射する男だが、コートの男は耳障りであるかのように、特に動揺することもなくため息をつく。

男はいくら依頼主による要望だとしても、この銃があまり好きではなかった。

 

撃つ度に手動で薬莢を排出せずとも、発砲時に生み出されたガス圧を利用して自動的に排出することのできるという聞こえの良い特徴も、「安価・頑丈・対人専用である」という売り文句も、結局現場でトラブルが起きてしまえばただのお荷物に過ぎないのだから。

彼は重火器のトラブルを従軍経験があることから特に嫌っていた。そのトラブルのせいで、なんどもアフリカの地で死にかけたことだってあるのだ。

 

カチ カチ と撃鉄が銃本体をノックする音が寂しく響き、続いて男の引き攣ったような悲鳴。

 

M92 Elite IA(ベレッタ)の装弾数は確かに心強い。でも、パニクっていちゃ意味ないんだよ素人)

そんなことを思いつつ、隠れていた壁から素早く姿を現した男は、躊躇無くショットガンの引き金を引く。

発射されるのは一つの鉄の塊、スラグ弾と呼ばれる対人での使用はその人体的破壊力の高さより非人道的という理由で禁止されているものであり。本来なら生命力の強い生き物などに猟で使われる。

依頼主は、「これで極力殺さないように、そして有らん限りの痛みを与えて戦え」と男に言い、これを渡したのだ。

 

燐の香りが漂う部屋に残るのは、すでに原形を留めない右腕を庇うようにのたうち回る男たちと、気怠そうにため息をつく男。流暢なフランス語だ。

『あぁ〜あ。パリのやつらも弱くなっちまったなぁ』

『ックソが!このイカれ野郎がぁ!!』

まるで、そこら辺に捨てられた子犬を見るような、慈悲とも同情ともつかぬ感情を含む瞳で男は、血に染まったスーツを着、片腕を吹き飛ばされたことへの怒りを含んだ瞳でにらみつけてくる男を見る。

 

そして、足下に転がっていたフォークをおもむろに手に取ると、男の無事なほうの手先を無理やり床に広げさせる。

 

『悪いね。依頼主からはとにかく痛めつけて、殺すなって言われているから。まあ、リーダーのあんただけは活かしておけってことだけど』

そんなことをいいつつも、現在進行形で顔写真を胸ポケットを取り出して本人かを確認する男。

指の間に存在するスペースにフォークを差し、その隣のスペースに差し、次々と素早くフォークを刺していく。

 

『や、やめろ!仲間が来たら、今ならまだ許し』

 

男の顔が恐怖に歪んだ瞬間

「上司の金パクって逃げようとした時点で、覚悟しておけばよかったんだよ」

先程まで食べていたであろうナポリタンに赤く塗れたフォークが、手の甲へ振り落とされる。

『それに、あんたの言う4人の仲間だって本当に無事なのかい?』

 

 

手入れのされていないであろうぼさぼさの黒髪に手を当て、男がため息をつく。どうやら参った様子だ。

ふと、かの有名なベートーベン作曲の「運命」を着信音に設定された携帯が、マナーモードに設定されていたために音を吐き出すことなく控えめに震える。

先ほどの銃さばきとは異なり、特に急ぐ様子もなくのっそりとした動きで携帯を内ポケットから取り出し、着信に出る男。

「こっち終ったよ。こいつら雑魚ばかり!フヒヒ」

幼さの残る嬉しそうな声とは裏腹に、内容はおぞましいものだ。

「ほい、おつかれさん。じゃいつもの場所で」

「はぁーい!」

 

携帯を折り畳むと、かすれるような悲鳴の響く部屋を後にし、表へ出る。

3ブロックほど歩くと、先程までの静けさが嘘のように人通りの多い通りとなる。

休日のためか、通りの両脇では仕事の疲れを忘れるべく、表に置かれた丸テーブルを囲み会話を中心として己のペースで少しずつディナーを楽しむカップルやグループがいた。

食事が冷めようとも、口が何かを求めればフォークに巻き込ませてはそれを口に運ぶと、再び会話に花を咲かせる。

俗に言うスローフードというものだ。

夕方に食べ始め、店じまいとなる時にようやく食べ終わるのは当たり前。

男もまた、仕事のない日には行きつけの店でその場で出会った者たちと朝まで語り尽くすような人間である。

 

ただ、最近は”弟子”のおかげでそれもあまり出来なくなっているのだが。

「おーい!ジラフー!!」

1ブロック先からでも見えるほど、元気に手を振るその弟子。

仕事が終わればいつもそのオープンカフェに行き、ミートスパゲティを食べるようにしているのだ。

決めた時間までに片方がいなければもう片方は即座に、隠れ家へ駆け込む。

それをはじめとするいくつものルールがあるのだが、追っ手もいなかったために男は思わず頬を緩めてしまう。

足を速め、その弟子へと歩みを進める。

次第に開けていくその視界に映るのはプラチナブランドのショートヘアーに黒い革のノースリーブジャンパーと黒いTシャツ、そして黒いハーフパンツという服が全て黒という格好の少女。

その格好からも感じられるその活発そうな性格に見合う、茶色の瞳が男を捕らえていた。

 

2人とも、使用した武器は指定された場所に捨ててきているために、仕事帰りにもかかわらず直行してきたのだ。

もっとも、彼らの依頼主はもっぱら国家権力にまで影響しえる組織、つまりマフィアであるために、警察も彼らに手出しすることが出来ないのだ。

事実、一度新人の警官がこの男を逮捕し留置所へ入れたとき、新人の所属する警察署が”なくなった”のだから。

ちなみに、この少女に与えられた武器は2本のグルカナイフであり、閉鎖的空間で刃物を振り回す少女にとっては身に付けている下着よりも体になじむものだ。

 

「よおお二人さん、今日もいつものやつでいいのかい」

「ああ、頼むマスター」

「あ、チーズも頂戴!」

少女の好物の追加注文に対し、あいよ。と店主が気前のよい返事をして店内へと引っ込んでいく。客はまだまばらだが、日がすっかり沈んでからこの店はにぎわうのだ。

 

「本当にチーズが好きなんだなお前は」

「だっておいしいんだもん。ジラフだって好きでしょ」

水代わりのようにワインを飲む彼にとって、チーズは好物でもあるため苦笑することしか出来ず、してやったりというような少女は笑みを浮かべる。

 

 

「今度はでかい依頼だ」

「うん」

「これまで以上にでかいヤマだし、ヤバい仕事でもある」

「うんうん」

「・・・今回うまくいけば、もう俺たちは戦う必要がないくらいの大金が入る」

「ふ〜ん・・・って本当!?」

「こら!食事中は行儀よくしろ」

そう言われると、少女は思わず乗り出しそうになったその身を再びイスの上へと戻す。

テーブルの上のナポリタンはまだ半分も減ってはいないが、すでに周囲は暗くなり店の柔らかな証明が路地を照らす光源のひとつとなっていた。

確かに多少は手元が見にくいかもしれないが、古い町並みの景色を崩さないようにするためなのだ。

あえてこの地域の店々は消費電力の少ない最新の照明を使用せず、昔ながらのランプや間接照明を使用する。

それによってこの心落ち着かせてくれる風景を守り続けてきていた。

 

少女の顔を店の外に吊るされたランプが優しくうっすらと照らし出す。

「ジラフ、私頑張る」

「ああ、おれも頑張る。だから、かならず生きて帰るぞ」

「約束だよ」

「ああ」




誤字脱字の報告。
感想お待ちしております。

「皆、理由があって戦争の犬になった。隊長の俺は詮索はしないし、詮索もされない。
人々は俺たち傭兵をテレビのニュースで見てはトーストを噛り、どこでどれだけの人々が紛争で死んだかを忘れる。それでも、俺たちは戦うんだ。金のために。自由のために。己の思想のために。平和のために。いいかい、君はまだ若いんだ。結婚はあせらず、相手をしっかりと見定めてからーーー」
「隊長・・・飲み過ぎですよ」
「まるでマリファナ吸ったときみたいにべらべらしゃべってる」
「まあ、強面は変わらないけどな」
「あそこまで隊長にしゃべらせるだなんて・・・チフユオリムラ、恐ろしい女だ」
「ワオ!エコーが早速ハーレムつくってやがる」
「おい、タナカ。お前も飲んだらどうだ?今は勤務時間外だぞ?」
「これだから日本人は」
「オー!モーレツ!!ってやつかぁ!」「マークが早速潰れたぞ」


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第5話 白

誠に申し訳ありませんが、私事によりこれから長くて1年間はインターネットのない環境へ行くこととなりましたので、投稿が途絶えてしまうかもしれません。
一応プロットは作成可能ですので、楽しみにしている方には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
ですが、執筆はエンディングを迎えるまで続けさせていただきますので、どうか気長にお待ち下さい。

また、今話は若干駆け足で書いたのでどこかおかしい箇所があるかもしれませんので、ご指摘なり、感想なり送っていただければ幸いです。


グルカナイフをホルスターからゆっくりと引き抜き、舐めるように眺めると鋭く研がれた刃が私の瞳を映す。

その重みは鉄の重みであり、人の命を奪う道具であることを実感させてくる。

様々な向きを見るように手首を捻り、その芸術的な美しさを堪能する。美しさへの感動と同時にどす黒い、狂気とも言える感情が久しぶりにくつくつとわき上がる。

敵の肉を切り刻む感触。手を染めるヌルヌルとした生暖かい血の感触。

切り刻まれ、切り落とされ、悲鳴を上げる敵を前にしたときの絶対的な優越感。

頸動脈を切り裂いたときに浴びる返り血の独特の咽せるような鉄のような香り。

血に染まった刃に映る他人の血に染まった自分を見た時に感じる罪悪感と自己嫌悪の情、それに混じってくる精神的快感によって混沌とした意識。

 

人の道を踏み外しているとは分かっていても、人を殺す瞬間の爽快感が私を殺人マシーンという外道へと引きずり込もうとする。

だから、オンとオフをしっかりしないとけない。

 

 

このナイフという武器は故障もしなければ暴発することも無い。

刃こぼれと手入れにさえ気をつければ文字通り一心同体、自分の望む通りに動いてくれる。

そして、美しい。装飾することなくただ対象を切り刻むことを目的に機能性を重視して生まれる危険を孕んだ芸術。

 

手を切らないように手を這わせる。冷たい。

けれどもその冷たさがまた心地よい。

 

「おいサン、なにやってんだ。さっさと整備を終わらせろ」

「オーライオーライ、あとこれだけだから」

久々の再会を邪魔されたことに舌打ちをしそうになるのをこらえ、渋々コイツ(グルカナイフ)をホルスターへと戻し、ケースへと仕舞う。

箱には私の体格に合うようにストックを少し縮めたXM8A2に、ククリナイフ。

他にもコンバットナイフとサバイバルナイフ、それとM9銃剣がM10銃剣鞘におさめられている。

皆と走り込みを終えた私は今、突如命令を受け武器の点検をしている最中なのだ。

今日使うことになるかもしれないことを受け、念のためにチームの皆は各々の使う装備の点検を行っている。

私のケースに入っているナイフや武器はどれもNAGA社製であり、ナイフは黒をモチーフとし白く社のロゴがレーザープリントされているたモダンなデザインだ。

それに対し、ククリナイフは形は整っているものの若干クラシカルな感じ。

 

寮の部屋には一応制服の中に忍び込ませることの出来るポケットホルスターと小型のアメリカ製小型拳銃「P-11」をベッドの下に貼り付けるように隠しているから、今日はそれを制服の下に装備すればいいだろう。

まさか緊急事態だからって言って皆と同じようにXM8A2を持ち歩くわけにも行かないし、それよりも担任(オリムラ)に文字通り殺されるかもしれない。

あの出席簿攻撃だけは食らいたくないしな。

 

「いい加減そのククリナイフ取り替えたらどうなんだ?かなり古いぞそれ」

M320、40mmグレネードランチャーを装着し、安全のために弾倉を外しているXM8A2を片手に呆れ半分、忠告半分で行ってきたマークに私は素っ気なく応える。

「いいんだよこれ。グルジア兵が使ってきたやつだけどこれがまた切れるんだわ」

ククリナイフの腹にはどこかの言語で書かれた文字が書いており、グリップは強化プラスチック製に取り換えている。

だが刃は鹵獲したものを研いでいるだけだ。

そこらの物には無い使い込まれた雰囲気を醸し出し、無意識のうちに美しさを感じさせる代物。

 

「それいくらで売ってくれるんだ・・・?」

「100億ドル」

「じゃあ持つだけでも」

「訓練で勝てたらな」

「ポーカーは」

「2回分の借りをまだ返してもらってない」

「・・・ッグ、ロイヤルストレートフラッシュとか反則だろありゃ」

「フルハウスごときでオールインするマークが悪い」

顔を引きつらせたかと思うと、どうしてこんなんになっちゃのかねぇ〜と愚痴をこぼしながらマークが部屋から出て行く。

このククリナイフだけは特別、気安く触ろう物ならそいつには鉄拳制裁が待ち受けている。

 

今日は私のルームメイトとこの学園で唯一の男が「決闘」をする日。そして同時に、戦闘が行われる日でもある。

イギリスを標的にし唯一神を信じるテロリストども、通称「砂漠の夜明け」。

NAGA社が国連と共有する衛星からの情報からそいつらの活動が活発化し、さらに諜報班からは怪しいヤツらがこの国に来ているという話なのだ。

 

そして同時に、オリムラに倉持開発というお国の抱える企業のISがIS学園に向け発送される。

そこで、つい最近でも警護の仕事を受け持ったNAGA社に依頼が来たというわけらしい。

日本では民間軍事会社(PMC)はまた設立されておらず、せいぜい民間警備会社(PSC)があるくらい。そのせいで装備は短機関銃くらいが精一杯らしく、もし相手が射程圏外からの狙撃なり対戦車ミサイルなり、装甲の施された車両を持ち出されてしまったら手の施しようがないという。

なので、今回重装備で来るであろう”テロリスト”には普段からそいつらとドンパチやっているPMCで抵抗しようという、正しい選択を選んだのだろう。

 

作戦は、まず配送されるISの奪取をもくろむ敵の部隊を強襲する部隊、ISを警備する部隊、配送されるルートを監視する部隊、IS学園を警備する部隊とに別れ、各々の役割を果たすというものだ。

敵はすでに衛星によって捕捉されており、現在進行形で監視が行われている。

IS学園は私たちの部隊が担当し、ISの警護にはなにやら「私の知り合い」がイタリア製のISを装備してこの学園に来るらしい。

なんでも、私のパートナーとして派遣されるらしいが・・・まあどうせ互いに監視させ合うつもりに違いない。

それにしても、本社はもう一人を学園に滑り込ませるのに一体どれだけの出費をしたのやら・・・

 

そう思いつつも、装備の収納されたケースを閉じる。

ケースを開くには5桁の暗証番号と指紋認証、それかNAGA社の戦闘要員として登録されている社員の手の甲に印刷された不可視のバーコードを認証させる必要がある。

とはいっても、不可視のバーコードは本社のセキュリティーに申請がされていないと、せっかく認証させてもケースを開くことが出来ないんだけどな。

 

「0915より状況が開始される。それまで気を抜くことのないように。サンはオルコット嬢とオリムラのそばにいるように。エコーはポイントの警備。マークはオフィスで待機、タナカはモニターの監視と緊急時には無人機の操縦。俺とオッドで巡回。敵と遭遇した際には連絡をし、正当防衛の場合に限って発砲を認めるが、極力生かしておくように」

いつの間にかマークがウッズと一緒に武器管理庫に戻ってくるなり、装備を点検しているチームにそう声を掛ける。

当然私を含む全員の口から迫力のある返事が返される。

咽を壊さないようにしながらも精一杯声を出しても、皆の声にどうしてもかき消されてしまう。

ちきしょう・・・

 

 

 

 

 

 

 

「なあ箒」

「・・・」

「なあって」

「・・・」

「おーい、聞いてるかー」

「ええい、どうしてお前はそうものんきにしているのだ!少しは緊張というものをだな」

「セシリアとエヴァレンスさんって、なんかいつも2人でいるよな」

「そういうお前は敵を気にする余裕があるのか」

俺が見る先にはなにやら真剣な表情の金髪お嬢様ことセシリアと、苦笑しながらもきちんと話をしているエヴァレンスさんがいる。

どうして急に呼び捨てにしたかって?

そりゃあ決闘をする相手にさん付けで呼んでいたら、戦う気にならないからだろ。

戦うには戦うなりにそういう姿勢を見せないともいけないしな。

そういうことで俺は彼女をセシリアと呼び捨てにすることにしたのだ。

・・・でも、さすがにエヴァレンスさんは呼び捨てにしたら外国人だし嫌がるかもしれない。

まだ親しくもなっていないからこっちの方がいいだろう。

 

セシリアがエヴァレンスさんの席でなにやら紙に何かを書きながら一生懸命何かをしゃべっては、エヴァレンスさんはその紙に一つか二つ書いて、そして少し考えてはまたオルコットさんが紙に何かを書いているという繰り返しだ。

それはまるで仕事の出来る研究員が何かを開発しているような光景だ。

そういえば中学の時に絵のうまいやつの席で「理想の女性像について」なんてことをあんな感じで弾たちがやっていたな。

「でもよ・・・練習で一回もIS使ってないよな」

「だ、だが使用者本人の鍛練によってISは動くものであってだな」

じぃー・・・

「・・・・・」

 

なぜ目をそらす

 

セシリアの戦い方は分からないけど、やれることをやるだけだ。

それに、これで俺が勝てばこのあいだみたいに男を見下すことも無いに違いない。

それに「専用機」ってやつだって今日届くはずだし、なんとかなるさ。

箒も箒なりに俺を鍛えてくれたんだ。この一週間の訓練は決して無駄ではない。

あとは本番で俺なりに成果を出すだけ。

 

「織斑君って、そういう顔するんだぁ」

「誰か写真!写真!!新聞部に高く売れるわよ!」

なんだか他の女子たちが集まり始めたんだが、ってこら、なに写真撮っているんだ。

俺は二足歩行するレッサーパンダじゃないんだぞ。

そもそれ俺の了承無しっつうか盗撮なんじゃないのか。

・・・まあ、これくらいのことに動揺するのはもう諦めたからもういいか。

 

最初の頃は一定の距離を保って、『興味津々、ですよ。でもがっつきませんよ』なんて感じであまり近寄ってこなかった女子たちも、だんだんとコンタクトする回数も増えて・・・こうして盗撮も増えていったってわけだ。

『興味津々、もう大丈夫そうですのでいただきます』って俺は魚のエサか!

しかもどうどうと俺にもわかるように撮影をする女子もいれば、いったいどんな改造をしているのか一切音を発することなく、そして悟られることなくシャッターを切る女子もいるのだから、慣れないほうがおかしい。

写真の出所は分かっても、どこに流れ着いているのかが分からないってここまで怖いんだな。

まあ、エリートばかりって聞いたし、そこら辺は最低限のモラルを守ってくれていると信じよう。

 

そして、少しでも早く俺の「専用機」が届いてくれることも一緒に願おう。

 

・・・カシャ

「追いつめられている織斑君もかっこいい!」

 

 

 

 

 

 

 

作戦会議を開くってわけで箒と一緒に食堂に来ていた。

他にもオルコットさんとエヴァレンスさんの戦闘を見ていたっていう女子も手伝ってくれくれることになった。

まあ、俺も箒も道場に篭って、竹刀で打ち合っていたから肝心の相手の情報があまりにも少なすぎたしな。

ほんとうにありがたい。

本来なら男の俺に協力してくれる人がいるのは相当運がいいか、相手がそれだけいい人でないとありえないことだ。

まあ、オルコットさんの差別用語連発発言のためか日本人の生徒はもちろん、留学生の中にも俺に味方してくれる人もいる。

 

おれも期待に応えられるように頑張らないとな。

 

ワインのような、栗色のような、そんな髪の色をした谷本さんがくるくると指を回しながら講義を始める。

「いい、オルコットさんのISはBT兵装が中心の装備で」

「待ってくれ、びぃーてぃー兵装ってなんだ」

「さっそくかぁ・・・わかりやすく言うと、レーザー。BT兵装に割り当てられたエネルギーの消耗に気を配る必要があるの。実弾と違って着弾までのタイムラグがないから相手の銃口の向きに注意するようにね」

「おう、わかった。あと気をつけることはあるのか」

俺がそういうと、左端に座っていたショートの黒髪の鷹月さんが手を挙げる。ちなみに前髪をピンクのプラスチックピンで留めている。

「う〜ん、織斑君ってISの搭乗時間ってどれくらいかわかる」

「1分だ」

隠すことなく堂々と答えると苦笑いをする鷹月さん。

「まあ・・・そうだよね、うん。ええと、オルコットさんの第3世代ISには『ブルーティアーズ』っていう特殊兵装があって、ビットによる包囲攻撃が可能になっていてね」

「ええと、ビットってなんだ」

するとついさっきまで、他の女子も食べると聞いてむっとしていた箒がとつぜん復活する。おお。他の3人も何を言うのかと注目をしている。まるで退院演説をする社長のようだ。

「ビットというのはこう、びゅんびゅんって来てズババってやってスィーといくハエみたいなやつだ」

「箒・・・すまん、どういうことだ」

「だいだいあっているかなぁ〜」

「のほほんさん、なんだか違う気がするよ」

「あ、噂をすれば」

 

食堂が混むから授業が終わって早々に食堂のテーブルを占拠した俺たちだったのだが、話しているうちにいつのまにか混んできていた。

その込み合う人の中にいつもオルコットさんといるエヴァレンスさんが歩いているのを、この学園で箒以外に初めて話しかけてきた3人の女子たちが見つける。

ん?今は一人か。

 

「ねえねえ、思いきってエヴァレンスさんに話聞いてみようか」

「賛〜成〜」

「もう、なるようになれ!」

おお、行動力あるなぁ。

箒はなんだか気が乗らないようだが、まあ、どうせだし俺が行こう。

「よし、俺が行く」

「わ、オリムーアグレッシブ!」

「よ、日本一!」

「大統領!!」

「ま、まて。お前いくのなら私も、ってもうあそこまで・・・」

声援に送られていざエヴァレンスさんのすぐ後ろまでやってきた。

いやいや、エヴァレンスさん歩くの早いだろこれ。

大股で、それも早歩きでようやく追いついた俺。

「なあ、エヴァレンスさ 」

「ッ!?」

「ああ、ええと、驚かせたか」

「あ、いや、問題あるが問題ない。どうした」

肩に手を置くと文字通り弾かれたかのようにこっちに振り向いたことに、つい俺までびっくりしてしまう。すれにしてもすごい早さだったな。

まあ、あえて問題があるのにないということには触れておかないでおこう。

「エヴァレンスさんっていつもオルコットさんと一緒にいるだろ。できれば決闘の時に気をつけることがあれば、なにかアドバイスでもくれればなって・・・やっぱりダメか」

「Look carefully.」

「え」

「目をひん剥いてでもよく見ていろ。私に言えるのはそれだけだ。Good luck.」

「あ、ああ。ありがとな」

エヴァレンスさんがそう言うなり、さっさと行ってしまおうとする。

かろうじて感謝の言葉が間に合うと、エヴァレンスさんはこちらを見ずに手をひらひらさせて行ってしまう。

すげえ、これがハードボイルドってやつか・・・いや、違うか。

 

「なんだって」

「いや、よく見ていろ。って言われた」

「それ・・・当たり前じゃ」

「オリムー玉砕〜?」

「まあ、アドバイスをもらえただけでもよかったと思えばいいんじゃないかな」

まあ、そうだな。

あとは

「一夏、腹が減っては戦は出来ぬ。今のうちに食べておけ」

箒の言う通りだ。

どうのこうの話し合っても仕方がないしな。

今日の昼食は決闘前という事もあってカツ丼を思いきって注文。

今日はカツ!なんてな。

 

「一夏・・・お前というやつは」

どうした?箒だけがジト目で俺を見ている・・・っは、欲しいのか!

「箒食べるか」

「ば、馬鹿者!いまは集中しろ!!」

なんだよ。

育ち盛りなんだから遠慮するなって。

それに女子はどうしてそんなに食べないんだ。

やっぱり燃費の問題なのか?

・・・まあいいか。確かに箒の言う通りかもしれない。

 

いただきます!

 

「オリムー、すごい食べるねぇ!」

「男子はよく食べるって言うし」

「燃費の悪い生き物なのね」

 

うん、衣はサクサク。卵はふんわりとしていてほくほく。肉も柔らかくてそれで肉汁があふれてくる。たれの味付けがまた絶妙だ。

本当にここの学食は美味しいからな。

今度思いきっておばさんたちに聞いてみようかな。

おお、白菜の塩漬けがうまい。

みそ汁のダシもまた効いていて・・・

 

 

 

 

 

 

おかしい。

「来ないな」

「ああ」

 

俺と箒は今、本来なら俺に渡される「専用機」がある”はず”のビット搬入口で立ち尽くしていた。

斜面でかみ合うタイプの防壁扉は全てを拒絶する引きこもりの心のように堅く閉ざされている。

なんでも、倉持開発の方で開発とか運搬でトラブルが生じているらしく、今こうして遅れてしまっているらしいのだ。

このままではせっかく6日間箒が俺に剣道の稽古をつけてくれたのに、棄権扱いになってしまう。

それだけはいやだ。それじゃあまるで、俺が逃げたみたいになるじゃないか。

相手を、それも女を前にして男がしっぽを巻いて逃げただなんて言われてみろ。それこそますます女尊男卑の風潮が強まってしまう。

 

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

大事なことなので3度呼びましたって慌てぶりで山田先生がこっちに走ってくる。

途中でなんどももつれそうになったりして本当に見ていて危なっかしい。

今はさらにもっと危なっかしい。ああ、ほらほらまた転びそうになっている!

 

「先生まずは落ち着いてください。ほら、深呼吸を。吸ってー」

「はぁ、はぁ・・・はい。すぅーーー」

「吐いてー」

「はぁーー」

「吸ってーー!」

「すぅーーーーーー」「はいそこで止めて!!」

「す・・・・・」

冗談でそう言うと先生は本当に息を止めてしまう。冗談の通じない人だなぁー。

「教師で遊ぶな馬鹿者!目上の人には敬意を払え馬鹿者」

 

パァンッ!

 

おうふ。

脳細胞が虐殺された・・・そして2回も馬鹿者呼ばわりされた。

「織斑くん、ま・・・だですか」

「山田先生も真に受けないでください」

「ぷはぁ〜!すみません、織斑先生」

「あ、千冬姉」

 

パァンッ!!

 

なぜでしょう。音がこんなに軽やかなのに、ダメージがこんなに重いのは。

 

ぐっは・・・さっきより痛ぇ!

「何度も言っているはずだ。ここでは織斑先生と呼べ。それともなんだ、お前には学習をするだけの知能がないのか。馬鹿なのか。ついでにこの学園に馬鹿はいらんからな」

俺もう疲れたよ・・・もう、いいかな

 

アリーナを使用できる時間は限られているんだ。早くしろ」

「え、それって」

「あ、そうなんです!ついさきほど織斑くんの専用機が届いたんです!!今くるはずなので」

 

え、本当に

 

突然重々しい機械音が響いたと思うと、堅く閉じられていた防壁扉がゆっくりと開いていく。

 

広がっていく隙間からはコンテナらしき物が見え、それが同時に開いていくのが見える。

 

一つのISと、搭乗者・・・あれ?

誰?

 

「ご依頼頂きました時間に遅れてしまい誠に申し訳ございません。この度倉持技術研究所より『白式』の警備を依頼されましたNew America Global Armaments所属フランチェスカ=フィルナンデスと申します。今回の延滞につきましては後ほど詳細をご報告させていただくことになっておりまして、お手間をおかけしますが」

 

「「「「そ れ は 後 で!!」」」」

俺たちの息の合った声に顔をしょぼーんとさせると、フランシェスカと名乗った若干日に焼けたような健康的な肌色のISの搭乗者は地面からわずかに浮かんでいる灰色のISをまるで滑るようにコンテナの横にずれる。

なんだかすまないことしたなぁ・・・

 

「「「は や く!」」」

あ、そうだそうだ。

 

改めて見てみると、コンテナの中から施設と連結したレールに沿ってそれが現れた。

 

白い

 

それがまず思ったことだった。

飾られることはなくとも、その無とも言える白さが美しさを感じさせる。

空気の抜ける音と共に装甲を解放し、搭乗者・・・俺を歓迎していた。

 

「・・・すげぇ」

「一夏、まず座るように体を預けろ。あとは自動で機体がやってくれる」

千冬姉が言った通りに、体を開かれた装甲の中に沈めていくとまるでもとからそうだったかのように、カシュ、カシュと空気の抜けるような音と共に装甲が閉じて俺の体に装着される。

 

馴染む

 

理解できる

 

わかる、コイツが

 

まるで生まれたときから一緒だったみたいに

 

”あの時”みたいな、電流が流れるような感覚もなく、なんだか拍子抜けしてしまう。

まあ、ないだけいいんだけどな。

 

「次に腕と足を動かしてみろ。違和感があっても動かし続けるんだ。違和感がなくなったあとも動かし続けるんだ」

言われた通りにきたい動かしてみると最初はほんの少し抵抗があったものの、すぐに生身の時と変わらないように

滑らかに動かすことが出来るようになった。

 

視界もそうだ。

少しちらついていた視界が、抵抗がなくなると同時にクリアになっていく。

そして膨大な料の文字と記号、数字があちこちから表れては視界の端に流れていったと思うと機体のありとあらゆる状態を示す数値が簡素に表示される。

表面の装甲に量子化された装甲が少しずつ形成されていっては、俺の、正確には男性の体格に合わせて変化していく。

 

これも”わかる”。

 

上下左右すべてが、解像度を一気に上げたようにクリアに見える。

これがハイパーセンサーか。

 

体を少し傾けると機体が浮かび上がって、ピットゲート(正確には電磁カタパルト)に向けてゆるやかに前進する。

思っていたよりも簡単だな。

「ハイパーセンサーは機能しているようだな」

「すごい、本当に動かせるだなんて」

「今ゲートを解放しますのでって、うそ」

「一夏・・・」

 

俺を囲む異性の反応は皆ばらばらだ。

5メートル先にあるカタパルトに機体を連結させようと動かすと、驚きの表情になるのは共通だったけど。

でも、俺の姉は違った。

 

いつもにまして真剣な表情で千冬姉は言った。

「一夏、この障害を乗り越えろ。でなければ」

「わかっている」

いつもなら会話を途切らせようものなら出席簿アタックが飛んでくるが、今回は違った。

ハイパーセンサーで千冬姉の声が震えているのが分かったから。

俺は姉に心配をさせないようにするために。

 

「千冬姉、行ってくる」

「・・・ふぅ。織斑先生と呼べと言ったはずだ。帰ったら覚悟しておけ」

「ああ」

 

まだ声は震えているものの、いつもの調子が戻ったのか不敵な笑みを浮かべる千冬姉。

はは、墓穴掘ったなこりゃ。

 

「一夏」

「箒?」

俺はISを装着して若干浮かんでいて見下ろす形になっている。

そのせいか、箒はうつむいていて表情が分からない。

 

「男なら これくらいの障害を 乗り越えてみせろ!」

「当たり前だ!」

箒が顔を上げる。

なんだよ、箒も心配してくれていたのか。

相手が代表候補生、だから俺は恥をさらすなんてこと考えてるわけじゃないだろうな。

 

「箒」

「な、なんだ」

「行ってくる」

「あ、ああ・・・行ってこい」

 

俺なりにとびきりの笑みを浮かべて、頷く。

 

「織斑くん、いつでもどうぞ!箒さん、離れてください」

「は、はい」

「はい!お願いします!」

箒が離れたのを確認し、山田先生の声に返事をすると、カタパルトが起動する。

 

操縦者保護機能のおかげで、一瞬で時速80キロまで加速される電磁カタパルトに引っ張られる俺の体は慣性の法則によって生まれる苦しみを感じずに済んでいるのだ。

 

すさまじい速度で過ぎる視界の後、アリーナの上空に放り出された俺の前に対面したのは、セシリア=オルコット。

主席入学。

 

・・・下手なジェットコースターよりこれは怖いぞ。

なんだかこう、地面に足がつかないって感じでそわそわするし。

 

「ついてっきり恐れをなして隠れていたのかと思いましたが、ようやく出てきたのですね」

「ああきてやったぞ。それに、人を嘗めるのもいい加減にしろよ」

「あら、聞き違いでしょうか。期待していた言葉とは違うようですが」

 

ふざけやがって。

おまけに俺よりも高い場所から見下ろしてきてやがる。

 

俺とセシリアが言葉の応酬をしている間にカウントがすでに始まっていた。

 

 

「謝罪をするというのなら」

 

 

「お前こそ、日本を屈辱したことを誤れ」

 

 

「・・・まあ、考えておきますわ」

 

ーーー警告!初段装填を確認。射線より退避してください。

 

っ!!?

 

背筋がひやりとした瞬間、俺は思わず左へと避けていた。

 

 

「あら、避けましたのね。褒めて差し上げますわ。でも」

「っく!」

急下降をすると、上からレーザーが通過する音が聞こえていた。

 

「このまま逃げ続けるおつもりでして?」

「っかは」

 

ボディーブローを食らったような衝撃と痛み、そして苦しさが俺の頭を真っ白にする。

いくらISの装甲や皮膚装甲(スキンバリアー)に守られているからって、痛みは感じるのかよ!

 

あのとき確かに避けたはず。

セシリアは上にいる。

 

なのに

 

ーーーどうして下からレーザーが飛んできたんだ!?

 

「さあ、猿は猿らしく踊りなさい!私とBlue Tearsの奏でる円舞曲《ワルツ》で!!」

 

これが、ビット。

 

横にもいる!

 

これじゃあんな事を言われているのに、馬鹿にされているのに、何もできない。

「くっそぉぉぉお!!」

ーーーーー

ーーー

「口の割には、対したことないですのね」

「間に合わ」

回避が間に合わず、左肩にビットのレーザーが当たり、左肩から手先にかけて痺れと痛みを感じる。

それによって俺の左肩の装甲がぼろぼろに黒く漕げ、痛々しさ30%増しとなった。

うん、これはあまりうれしくないな。

 

勘とも言える、”感覚”でこのISを操縦しているものの、さすが代表候補生と呼ばれるだけあって確実に当ててくる。

セシリアの構えているそれはハイパーセンサーに「スターライトmkIII」と表示される。

弾速や飛躍距離における弾道、威力を始めとするさまざまなデータが表示されるんだが、正直邪魔だったから適当に空中に投影されたディスプレイのいろんなボタンを押して消したばかりだ。

おかげで視界は機体のエネルギーやスラスターのステータスなど、最低限の表示のおかげでクリアになるんだが同時に、”こいつら”を自分で識別しなくちゃならないってことだ。

 

ええい、ちょこまかと!

本当にハエみたいに厄介だ。

 

最悪なことに、俺の手持ちの装備といえば「雪片弐型(ゆきひらにがた)」というブレード。これだけだ。

飛び道具があればなにか違ったかもしれないが、泣いても笑ってもこれしかない。

対してセシリアのIS「ブルー・ティアーズ」は中〜遠距離型の機体。

 

いくらなんでも相性が悪すぎる!

 

それに、俺の周りをうろついてはレーザーを撃ってくるビットにだって、対応することが出来ない。

でも、それでも。

俺は見た。

2機のビットがもう2つの別のビットと入れ違っていたことに。

そして、セシリアの方へ向かったビットが、セシリアのISと連結したことにも。

 

今俺を駆り立てているビットは2機。

 

ーーービットというのはこう、びゅんびゅんって来てズババってやってスィーといくやつだ

 

この3分でわかったことが、セシリアのビットは明らかに俺の油断している方に回り込んで、確実に当ててこようとしていることだ。

ハイパーセンサーがあれば確かに全方位を”視る”ことができる。

でも、それは同時に全部の方向へ気を配らないといけないってことだ。

だから、脳をいじったりしない限り、ISを身に付けていたとしても”死角”はできてしまう。

 

タイミングさえ合えばこのブレードで壊すことも出来る。

でも、後2つ残っているってことは作戦を変えてその2つで戦ってくることもあり得るからな。

この戦いで博打を打つのにはあまりにも負けるというリスクが高すぎる。

 

ーーーまあ・・・そうだよね、うん。ええと、オルコットさんの第3世代ISには『ブルーティアーズ』っていう特殊兵装があって、ビットによる包囲攻撃が可能になっていて

 

ーーー衣はサクサク。卵はふんわりとしていてほくほく。肉も柔らかくてそれで肉汁があふれてくる。たれの味付けがまた絶妙。

 

あれ?

なんで今こんなこと思い出しているんだ俺。

ああでもあのカツ丼は最高だった・・・五反田食堂のカツ丼も食いてえなぁ。

受験前に親父さんがサービスでくれたんだよな。

 

ーーーオリムー、すごい食べるねぇ!

ーーー男子はよく食べるって言うし

ーーー燃費の悪い生き物なのね

 

ーーー燃費の悪い生き物なのね

 

ーーー目をひん剥いてでもよく見ていろ

 

そうだ、よく見ろ俺

落ち着くんだ

 

ピットは2つ、あと2つはISと連結している。

どうして連携する必要が?

一斉に4つ解放してしまえばいい話じゃないか。

 

ゆっくりじっくり、あぶるように倒すため?

そもそもここのアリーナはもう時間がないはず。

あの真面目なそうな性格のセシリアは教師に迷惑をかけてまでそんなことをするのか。

 

燃費

 

レーザー

 

エネルギー

 

ーーーBT兵装に割り当てられたエネルギーの消耗に気を配る必要があるの

 

はは、なんだ。

そういうことか

 

「おい金髪ドリル!代表候補生のくせにこんなに時間がかかってるじゃないか。本当に代表候補生なのか?」

「き、金髪・・・ドリルですってぇ!?この髪形をば、馬鹿にするだなんてっ!今度こそ許さない!」

 

はは、怖い。

ですわ口調がなくなってるし・・・

 

そして、ビットに囲まれているし。

あ、そうか。

これが俺の狙いだったんだ!

 

「せっかく話しかけた私をあしらって!」

レーザーライフルを避け

 

「さらには突然部屋に入ってきたと思うと裸を見て!!」

撃ってきたビットに突っ込むようにすれ違い、切り裂いて。

 

「そして謝罪もせずに逃げて!」

「それは誤ったし、悪かった!あぁ、ええと、ミロのヴィーナスみたいに綺麗だった!!」

まずできるだけ褒めようと思って言った一言・・・本当にあの彫刻綺麗だったんだよな。

あのくびれとか、健康的な体つきとか。

やっぱりあまり痩せるとか太るとか気にしていちゃだめなんだよ女子は。

 

頭を狙ってきたレーザーを接近しつつも首を捻って避け、撃ってきたビットを一刀両断。

これであと2つ!

 

「き、綺麗だっただなんて、それも・・・ヴィーナス像だなんて。ななな何を突然!?」

「初めて会ったとき、嫌な思いをさせたんだったら悪かった!!」

連射してきたビットを蹴り飛ばしてアリーナの壁に激突させる。

あと1つ!

 

「それに、それに、ええと、昨日ショッピングモールでも助けて・・・って、あれ?」

「セシリアたちが無事で良かったと思ってる!!」

目の前には方向をこちらに突きつけてきているビット。

乱射したせいかエネルギーが切れ、ただぷかぷかと浮かぶビットにブレードを突き刺しては、すぐに抜く。

『イギリス製ビットの刺し身、硝煙の香りと共に』うん、やっぱりイギリスってつくだけでまずそうだ。

 

「あとは、お前だけだぁ!」

見たところ、セシリアの装備はあの大きなレーザーライフルだけ。

近接戦闘用の装備も見当たらない。

あんだけ大きければレーザーライフルをこちらに向けるのにもわずかに時間がかかるはず。

 

俺はブレードを上段から振りかぶり、セシリアに向け振りかざす。

だがセシリアはレーザーライフルを盾にしてブレードを食い止める。

すかさずレーザーライフルを削りつつブレードを引くと、レーザーライフルにブレードを突き刺す。

これでもう高威力の装備はないはず!

 

ハイパーセンサーがなくても分かるほど、セシリアは息を乱している。

俺も見え始めてきた勝機を前に鼓動が早まり、息も荒くなりつつある。

 

「な、待て!」

しかし、セシリアはレーザーライフルの爆発と共に俺を蹴り飛ばし、再び距離をとってしまう。

いや、これならまだ間に合うか!?

 

「まだ、2機ありましてよ!!」

「まさかっ!」

俺がセシリアに向けて一気に間合いを詰めようとした瞬間だった。

 

セシリアのISの腰部より広がるスカート装甲の突起物が突然こちらを向いて

 

◇◇◇

第3アリーナのモニター室。

ここではアリーナの様子が終始記録されており、一夏とセシリアの戦闘もまた貴重な男性IS操縦者の戦闘記録として保存されていた。

「織斑くんすごいですね。本当に初めてとは思えない動きです!」

そんなことをモニターを見つめ興奮気味にそう言うのは、山田であった。

その後ろには今にも泣き出しそうな表情をしている箒と、目を細め真剣な顔つきでモニターを睨むように見ている千冬の姿がある。

本来ISというのは基礎的な知識はもちろん、PIC(パッシブイナーシャルキャンセラー)という肩部にある推進翼(スラスター)と任意で装備できる小型推進翼を使って姿勢制御、加速、停止などの3次元的な動勢を行う装置の操作をすこしずつ理解していく必要があるのだ。

しかし、今アリーナで戦っているのはそのような訓練を一切受けたことのない男だ。

ISとのリンクと同期が完了するなり早速そのPICを、まるで以前使ったことがあるかのような自然な動きですでに制御していた。

その様子を見ていた3人が驚いたというのは言うまでもない。

なにせ、自分が苦労してやっと会得した基礎的な機動をその場ですぐに行ってしまったのだから。

 

(オルコットは戦法を変えたようだな)

コーヒーの注がれたカップを片手に千冬はふと思う。

今は安易な挑発によってかつての、4機のレーザー発射型のビットを全て展開し、短期決戦で相手を圧倒するという戦法をとっているが、先程までは2機ずつ交代で制御する戦法をとっていた。

確かにその方が火力は低下するものの、相手に隙を与えることなく持続的に攻撃を与えることも出来る。

加えて、制御するビットの数が半減するため操縦者自身も回避機動もでき、手に持つ武器で攻撃を加えることが出来る。

万が一接近を許してしまってもミサイル型のビットともう2機のレーザー発射型のビットで迎撃を行うことも出来るため、急な近接戦闘を苦手とするセシリアにはまさにうってつけとも言える戦法だ。

もっとも、燃費の悪い第3世代機であるためにそれだけ確実に攻撃を命中させる必要もあるのだが。

 

「オルコットめ、あんな挑発にのるとはな」

思わずつぶやく千冬。

モニターには冷静に欠けた制御によって次々と破壊されていくビットが映し出され、同時に聞こえてくる2人の叫び。

思わずマグカップを掴んでいないほうの手で、こめかみに手を当ててしまう。

「あの馬鹿者。浮かれているな」

「え、どうして分かるんですか」

「あいつの手を見ろ。開いたり閉じたりしているだろ。あいつは昔からあれをするときはくだらないミスをする」

「へえぇぇ・・・!やっぱり姉弟だから分かるんですね!」

「まあ、当然と言えば当然」

ふと出されかけた言葉と動きが止まる。

「やっぱり弟のことですし、心配なんですよね」

「山田先生、根拠もなしにそのようなことを言わないでください」

「あ、照れてるんですか?照れてるんですねー!だってほら、塩と砂糖を間違えてってイタタタタタタ!」

モニターから顔を赤らめさせているであろう千冬の顔を見ようと振り向いた瞬間、視界を今から己の頭部を鷲掴みにしようかとする手のひらに埋め尽くされる。

俗にいうヘッドロックだ。

「先生、私はからかわれるのが嫌いだ。ましてや、目上の人間にそのようなことをするのはいかがなものかと」

「すみません許してくださいなんでもしますからぁ!」

 

ぎゃあぎゃあと悲鳴を上げる山田と実力行使を行っている千冬には目もくれず、ただモニターに映る想い人を見つめる少女、箒がいた。

彼女は堂々と祈るような性分ではないため、ただ心の中で少年の無事と勝利を祈ることしかできない。

(・・・勝て、一夏)

 

そんなやり取りの中、状況は確実に進行していた。

「一夏!!」

食いつくようんモニターを見ていた箒から悲鳴ともいえる声が発せられる。

モニターに映るのは懸命に己に向かって飛来するミサイルを回避しようとしたものの、直撃を受け黒煙に包まれるアリーナの上空。

そしてエネルギーが尽きて無様な姿を晒しているであろう黒煙に包まれた場所を勝ち誇った表情で見つめるセシリア。

それもそうだ、セシリアはまだエネルギーの1割も減っておらず、対して一夏はセシリアの減ったダメージの分だけしかエネルギーが残っていない、つまり1割を切っていたのだから。

 

「・・・決まった?」

「そんな」

呆気なさに某然とするいつの間にか拘束を解かれた山田と思わず己の手に力を込めていた箒。

しかし、千冬だけは冷静な表情を崩さなかった。

「ふん、機体に救われたようだな。あの馬鹿者め」

その顔にわずかに笑みを浮かべて。

◇◇◇

 

「おあいにく様、ブルー・ティアーズは6機ありましてよ!!」

「しまっ」

あれはレーザーじゃない、「弾道型(ミサイル)」!!

 

急いで期待を逆上がりをするように反転させ、一刻も早く迫り来るミサイルから逃げようとする。

しかしミサイルは映画なんかと違ってしつこく追いかけてくる。

宙で円を描くように、そして急降下とみせかけてすかさず上昇して一気に加速。

 

おもわず振り返った瞬間、ミサイルの目のようなカメラが目の前に

 

・・・あれ

おかしい

 

まだ飛んでいる

 

聞こえるのはハイパーセンサーが捉えた観客席にいる女性たちのささやき声。

俺を心配する声もあれば、やっぱりかなどというあきらめの声もある。

 

視界は黒煙に包まれ、何も見ることができない。

思わず煙越しでも周囲を見ることができる赤外線(サーマル)モードにしようとハイパーセンサーを見たときだった。

 

ーーーフォーマットとフィッティングが完了しました。確認ボタンを押してください。

思わず目の前に表示された確認ボタンを押すと、さっきとは比べ物にならないくらいの文字列の波が流れていく。

 

そうか、整理しているんだな。

どうしてかわからないけど、直感でそう感じた。

我が身であるISの装甲も輝きながらその形を変えていくのがわかる。

それに、俺にとどめを刺そうとしたミサイルは今じゃ無防備な俺を守ってくれる黒煙を作ってくれたんだ。

キィィィィィィィン

輝きが強まり、文字列も装甲の形成もよりいっそう早まっていく。

 

刹那、俺を包み込んでいた光を帯びた粒子がはじけ、ISの姿を露にする。

 

純白

濁り一つない白だ

それもさっきまでよりもよりいっそうその白さを感じさせる美しさ

 

「ま、まさか・・・一次移行(ファースト・シフト)!?」

輝きから推測したのか、セシリアの驚愕に満ちた声が響いて来た。

はは、ハイパーセンサー無しでも聞こえるくらいだ。

 

そうか、つまり、このISはとうとう俺専用になった。

 

改めて、まだうっすらと輝きを発する機体を見てみると、今でのいかにもロボット感を表していた無駄な凹凸は消え流れるようなフォルムとなっていた。

それはまるで、中世の騎士の鎧だった。

 

そして何よりも、武器が変わっていた。

 

近接特化ブレード「雪片弐型(ゆきひらにがた)

まるで日本刀のような形状のブレードは刀自身よりも反りがあり、太刀と呼ぶに等しい。

鎬にはわずかに溝があり、わずかに光が漏れている。

そのブレードは美しくも機械的な印象を感じさせ、明らかにそれがISの装備であることがわかる。

 

でも、俺は特別驚きは感じなかった。

見たことがあるから

 

以前千冬姉がISで戦っているのを何度も見たから

 

その姿に憧れていたから

 

その千冬姉が使っていた、まさに”それ”だから

 

でも、今は感動に浸っている暇なんかじゃない。

まずは、目の前の敵を倒さねえと。

俺個人はおろか、全ての男性、この日本を馬鹿にしたやつを。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「な、イ、インターセプ っ!?」

黒煙が晴れないうちに俺はセシリアが先ほどまでいた場所に向けて、スラスターを前回にして突っ込む。

案の定、位置を変えることなく目を見開いたセシリアはそこにいた。

近接戦闘の装備を呼び出そうにも間に合わず、おれはすかさず薙ぎ払うかのようにブレードを振るう。

バターを切るかのような、抵抗とも呼べない何かをブレード越しに感じ、思わずセシリアを見ようとするも、すかさず逃げられてしまう。

 

でも、もう一回だ

 

「インターセプターッ! 調子に乗るものいい加減に!」

ブレードとショートブレードがぶつかり、火花を散らす。

だが、勝機はまだこちらにある!

 

いける!

 

「まさか・・・それは!そんな、あり得ない!!」

「勝たせてもら」

『試合終了!勝者、セシリア=オルコット!!』

「私とて、負けるわけには・・・ってあれ?」

「あれ?え?なんだ?」

試合の終了を知らせるブザーとともに、俺とセシリアの声が重なる。

 

「嘘だろ・・・まだいけるのに!」

 

混乱する俺の視界の端には、輝きを失い普通のブレードと変わらない輝きを発する「雪片弐型」が映っていた。

 




ご指摘、批判、ご感想お待ちしております・・・むしろお願いします。


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第6話 冗談だって言ってくれ

「FCSクリア、ジェネレーター駆動率は正常、スキャナー感度も良好。もういいだろ」

「まだ3割も終わってないわよ。ほら次、脚部バランサーのテスト」

セシリアの試合が始まって5分が過ぎ、ストレスが順調に私の中に生み出されていく。

いきなり呼び出しを喰らったと思えばラウマコーポレーションから送られてきたアップデートキットのチェックをしろとのことお達しだ。

とっくの昔に腕部と胸部のオートアーマーパージパーツのチェックから神経伝達回路のコンヴァートスピードのチェックまでやったっていうのにこれで終わる様子はない。

そりゃほんの数パーセントでも性能が向上するなら嬉しいんだけどよ、何事もタイミングってやつがあるだろこういうのってさ。

なんて文句の語句を並べつつ順調に蓄積していくストレスをため息と一緒に吐き出そうとする。

けれども不快感だけは虚しく残り、鼻腔をISの整備棟を満たすオイルの薫りを通り抜けていくだけに過ぎない。

「あたしだって急に呼び出し喰らったんだから文句言わないの。ええと」

「エヴァレンス」

「エヴァでいいかしら」

「気安く呼ぶほどお互いを知らないと思うんですがね」

「怒らない怒らない。別にいいじゃないの」

そうわざとらしくおどけながら空中に投影されている5つのデータに視線を這わせていくのはフィンランド人のコルホネンとかなんとかっていう名前の3年生。名前は正直面倒だからフィンと私は呼ぶ事にしている。

いかにも北欧人らしい訛りにいかにも北欧人らしい色素の薄いプラチナに見えなくもないヘアー。

事ある度に魔法瓶からコーヒーをマグカップに半分ほど注いでは一気に飲み干し、また作業をする。中身を一杯だけ飲ませてもらったものの泥水みたいなもんだから飲む気が起きないそれ。あんなもの飲んでいるっていうのに肌は本当に白い。稼働ロックを再チェック。

「はい、左の12番脚部スラスターの出力を上げていくわ。まず初期出力は15パーセントから10秒おきに15パーセント上昇のペースでやっているのだけど」

「オーライ」

今回のアップデートは総合演算処理において1.3パーセントのエネルギー負担軽減に成功したもの。

正直なところ演算処理の効率に関してはもう十分な領域に達しているから後回しにしてもいいんだがスペックが上がって損はしないしこの先開発されるであろう新武装に備えても必要であることに違いない。

ひょっとしたら衛星軌道上のデブリ掃討装置だってISとステーションとの連結無しで使えるときがくるのかもしれない。

デブリの森から目障りな宇宙ステーションとかISもまとめて蒸発できるし、地表に向けて使えば基地の一つや二つ地下シェルターまで丸焼きにできちまう。神々しさをも思わせるこれからの戦争を考えるとぞっとする。

「ため息やめてちょうだい」

「だったらちゃちゃっと終わらせて欲しいんだ。というかあとどれくらいで終わりそうなんだ」

「んーそうね夕食まではかかるかも」

「冗談だって言ってくれ」

「残念だけどそれはハードのチェックよ。残っているのはソフトのチェック。あとは駆動制御ソフトウェアの書き換えアプリのインストールと火器管制ソフトウェアのアップデートと新兵装のデータインストールとそれのコンバージョンソフトのインストール。おまけにそれぞれの制御プログラムがダイレクトに接続されているおかげでそれが終わったら全プログラムの再起動とスキャニング、テスト、あと全部終わってもあんたと私のサイン入りのレポートがいるんだから」

「面倒だ」

思わず笑ってしまうと一瞬目線をこちらにやったフィンランド人は乾いた笑みを浮かべては鼻で笑う。

「同感よ。やってられないわまったく。もうちょっとこっちの都合を考えて欲しいものね。16枚分の技術理念授業のレポートが残っているのよ、信じられる?」

「どうせならピザのデリバリーでも頼みたいね。ラージサイズコークとポテトサラダもセットにして、クーポンももらえるだろうよ」

「悪くないけど太りそうだからパスね。うん、メインブースターは異常なし。次は13番よ。何か変な感じとかない?」

やけくそ気味に冗談を飛ばし終えると言われた通りモニターを覗いてみる。演算処理バックアップを中心とした通信回路のデータ通信のモニタリング画面が映し出されていた。

蛆虫のように蠢くグラフとその数値の変化を大人しく見つめても特に何も問題はないようにも見える。残るシステムが順番にテストされていく中グラフが映し出されていく。

この調子なら一つあたりチェックを含めて45秒はかかるこのふざけたテストを私はしなくちゃならないおかげで当然ルームメイトの”決闘”は見れそうにない。

「今のところ問題はないわ。神経伝達信号の変換ラグは許容された範囲内だし、この調子なら何事もなく終わりそうね」

「だとしたらピザはお預けってことか。最高、本当」

無音の整備棟を彩るのは私たちの声と機材の駆動音。対してこのIS、その気になればこのフィンランド人を誰かわからなくなるまで壊すことができるラプターⅡは命令を待つ放牧犬よろしく照明を鈍く反射するばかり。

薄暗い空間をディスプレイの輝きが柔らかく照らし出す。緊張感がなく、泣きたくなるような作業を淡々と進行する静かな空間。淡々と流れる時間に私は思考を渡しそうになる。

けれども20分経つころには会話らしい会話もなくなり、30分、45分と終盤に近づけばそれはもう会話ではなく、次の作業へのスイッチと化し、思考の幅を狭されていく。考えていたことといえば一刻も早く終わらせて自由な時間を得るはずだったのに気がつけば作業を終わらせることそのものが目的となっては固定化させ作業効率を低下させメンタルの低下を引き起こす。

まだ終わらない、まだまだ先だ、これが終わってもまだ半分以上残っている、頼むから早く終わってくれ。そんな義務の放棄を望む声が次第に大きくなっていく。

「ここは使用中だから、第3ブロックを使ってちょうだい」

集中が切れそうなそのとき突然フィンが声を出す。声の大きさからして私に大してじゃないのは確かだ。

入り口方面に対して意識を集中すると眼鏡をかけた東洋人が戸惑った様子で突っ立っている。第一印象からして誰にでもフレンドリーという印象はない。正直私からしたら面倒なタイプのやつ。

「でも、わ、ここは私が予約して」

「ごめんなさい、聞こえないからもう一度言ってくれるかしら」

「私、予約したんです」

明らかに苛立った様子でフィンが声を抑える。モニタリングしていた時とは大違いだ。

そうか、思い出した。ありゃ生徒会長の妹だ。関わると本当に面倒なことになる。そりゃいらない任務がハグしにやってくるくらいに。

「他の生徒が作業中のときの部外者は原則立ち入り禁止のはずよ。あと20分くらいで終わるからそのときにでもまた来てちょうだい」

フィンなりの優しさなのか、余計な一言を添えて東洋人を追い払う。

何かを言いかけた東洋人は結局小さな声でわかりましたと言うと私たちに背中を向けて厚さ25センチはあるであろう防壁から出て行ってしまった。

「20分で終わるとか、なに言ってんだよ。終わるわけねえだろ」

「ちょっと仕事をパッパとやってくれるプログラム組んじゃえばいいのよ」

「止めろよそういうの。しくったら減俸だってわかってんのか」

「ただのユニークなアルゴリズムパターンの構築をするだけだから大丈夫よ。それに自作したプログラムによる報告書の記入を行ってはならないなんて言われてないし」

「だけどよ」

「もし馬鹿正直にやっていたら22時までかかるかもしれないって言っても真面目にやるのエヴァ」

そう言うなり、というよりは話の途中から既にプログラムの構築を始めるフィン。その顔はイカサマを思いついたギャンブラーそのもの、まさに私の知り合いにいる大バカと同じ顔。

もう何もしなくてもいいのだろうと判断して学園内のISコアの位置情報を確認。セシリアはシャワールーム、オリムラは決闘を行ったであろうアリーナの管制室にいることをぼんやりと確認してはとりあえずはセシリアの勝利なんだろうと考える。

きっと部屋でたくさん話を聞かせてくれるに違いない。下から上へと流れる記号の羅列。とりあえず私はラプターのそばまで椅子を引きずってそこに座る。読みかけていた核戦争の後を生きる人々を描いたSF小説を読み進めることにした。

 

 

 

 

 

未だに冬の名残を感じさせる肌寒さの中白く吐いた息を眺めては記憶にこびり付く程の生臭さを忘れようと彼は潰れた煙草の箱を取り出す。

既に禁煙は4回に渡って挑戦してきたものの既に諦めている。ついこの間までは寿命や健康よりもタバコの高価格による出費から再び禁煙を試みてはいたのだが今回ばかりは吸わなければ気が保たないと判断しての行動であった。

目をつむれば浮かぶかつて脳の指示に従って動いていたであろう人体の一部、細切れにされた人体そのものが散乱する部屋の光景が目に浮かぶ。

腐乱死体を含む様々な現場を経験してきたであろう上司でさえ口をへの字に曲げていたのだ。使用された凶器は刃物や工具と手広く使用されており、どの被害者にも死を迎えるその時まで苦痛を与えられていたという憶測が一目でできた程。

切り落とされた手首、指先に打ち付けられた釘、爪ごと潰された指、水ぶくれの残る焦げ後、いくつも小さな風穴が開いた指のない手。

五体を失った胴体に残る這うような火傷痕とぱっくりと割れて中身を覗かせる肌ーーー体中に巻かれた発火性の紐のようなものに火をつけられたんだろうと彼は聞いていた。何よりもこれから先、彼の心に残るであろう光景、扉を開いた来訪者を迎えるように並べられた被害者の首。体が震える。気を紛らわせるために頭を振る。

現場検証は既に行われておりそんな中で上司から与えられた休憩時間は残り10分。残り4本かと憂いつつポケットを弄るも肝心のライターなかなか見つからない。祈るように内ポケットに手を差し込もうとすると差し出されるマッチが視界に入る。本能的に火を守りつつ咥えた煙草を突き出しては火をつけ、煙を肺に吸い込むのと上司がマッチの火を振るのは同時だった。

ニコチンの摂取に脳が歓喜の声を上げるも上司からの煙草の請求に思わず煙草をくわえた口をへの字にしてしまう。慌てて表情を正そうとするも意地悪く笑う上司の顔を認め大人しく彼は1本飛び出した箱を差し出す。残り3本。

「大丈夫だお前だけじゃない。よっぽど運の悪くない限り今回みたいなのはもう見ないさ」

「高華組の奴らですかね」

「あいつらはここまでやらない。海渡ってきた来たやつらどうしでやり合ったかもな」

名残惜しそうに携帯灰皿へ灰を落とす。被害者は以前からマークされていた外国人。それが最近目立った動きを見せなくなったと思えば決して忘れられないであろう形でこの世からいなくなった。

このまま順調に事が運べばある程度の出世を望む事ができる。そもそもこの町では自分たちの出番は少ないのだから下手に動き回りさえしなければ安泰のはずなのだ。なにせIS学園という金食らいが存在する以上面倒事は自動的に消滅してしまうのだ。

治安も潤沢な予算のおかげで想定の範囲内にとどめられている。重武装のテロリストが現れたとしても今日のように民間の治安維持を担う武装会社により重大な被害が出る前に解決されてしまう。市民団体からの矛先も大抵は彼らに向けられ自分たちは肩身の狭い想いをせずに済む。それどころか市民と共に彼らを責める事さえ許されてしまう。

マッチのカスを携帯皿で受け取りそのまま左の内ポケットへ仕舞う。

白い息に煙草の香りが混じっていることを嗅ぎ取り、家に帰るまでにはごまかさなければならないと思いつつ近隣への聞き込みのため上司と並び歩みを進める。きっと今回もどうにかなると彼は己を納得させる。

新聞から批判されていたあの学園への武力事業を請け負う民間企業による試験的人員配備の実施も、芸能人の性差別発言スキャンダルも特別気にすることもない。来年の今頃も自分と妻は今日のように安心して暮らしているのだろうかという疑問をも彼は煙草の後味とともに吐き出す。

「また煙草が増税で値上げだってよ」

「まじすか」

「今のうちに味わっとこうや。ほんっとうに煙草飲みの俺たちはどこまで落ちればいいんだか」

己の子供にさえ別れた妻から会わせてもらえないと愚痴る顔を彼は思い出した。

結婚記念日をもう一度頭の中で指折り数える。

 

 

 

 

 

「ええと、そうだ自己紹介!俺、織斑一夏っていうんです。いや違うか、マイネェム、イズ、イチカ、オリムラ、ナイストゥミーチュゥ、ミス・・・ええと」

「Hi Orimura.My name is 冗談よ。コルホネン、よろしく」

「コルホネンさんですか、よろしくお願いします!」

94秒の沈黙に耐えられなくなったのか向かい合わせで座るオリムラが訛りなんてやさしいものじゃない放送禁止な形容詞が付くほどの意味不明な言語で自己紹介を始めようとしたところコーンスープを飲み込んだフィンがオリムラに気を遣うかのように付き合う。

それに続くようにシノノノが耳障りな音を立ててミソスープを飲み私もポテトサラダを飲み込み次第ハンバーグステーキを口に突っ込む。本来ならフィンと軽く自己紹介をしながら食事をするつもりだったのに整備課のフィンがいるってだけでオリムラたちと一緒にいた3人組がコネ欲しさなのか一緒のテーブルに着いて、この有様ときた。

東洋人の顔には慣れたつもりだったのにこうして手にしたフォークを突き刺せる程の距離で見ると違和感を感じる。顔面の各パーツの彫りの深さ、比率、肌の色。白人という集団に属する私とは違うつまり私を含む集団とは別の集団に属する人間。私の視界に写るアジア人は今のところ髪型でしか見分けがつけられない。

ノホトケを最後に各自の自己紹介ならぬコネ作りが終わると今度は企業についての質問が始まる。やれ仕事はどんなことをしているのかやれ職場の環境はどうかつらくないのかいつから始めているのか働くきっかけエトセトラ。どうしてそんなことを言わないとだめかと思うとうんざりしつつ表情にならないように努める。

「ねえエヴァレンスさんってバイトをしているって教えてくれたけど、どういう仕事をしているの?」

「書類の流通に関係していること。電子メールとかじゃやり取りできないようなものとか」

軽くあしらったはずの質問をここぞとばかりに聞いてくるものだから嘘ではない言葉を返す。

「へえ、なんか意外っていうか」

「それってやっぱりシークレットなものとかも運んだりするの?」

「私はまだそこまでの仕事はまかされていない。むしろコーヒー配ったりとかパシらされたりとかならまだやらされる」

これも嘘じゃない。暇な時はおっさんたちから走らされる。やれコーヒーもってこい。コーヒーを淹れてこいとかミルクをもっと入れてこいとかとかとか。そんな適当な話をオリムラと3人組は物珍しそうな顔を向けてくる。

「やっぱり偉い人は秘書とかそういう専属の人とかいるのか」

「いるぞ。つうかあいつらの淹れるコーヒーめちゃくちゃ美味い。ハイヒールでコツコツ耳障りな音を立てなきゃいい人たち」

「へえ、なんていうかやっぱすごいんだなNAGAって」

「なんだよいきなり」

そんなことを真面目な表情で突然言い始めるものだからつい私もフォークを止めてしまう。そこへ営業スマイルのフィンも面白そうに口を出す。

「オリムラくんは秘書とかを見た事がないのかしら」

「ないですよ。日本じゃ秘書ってだけで女性差別だなんて言われるくらいですし」

やっぱりお前馬鹿だなと言いかけた言葉を急いでポテトサラダで黙らせる。この不特定多数の人間が聞き耳を立てているであろう食堂で旧時代的な思想発言をするのは固定概念を破壊する英雄的革命者か馬鹿のどっちかだ。万国共通である女性人権保護団体の本当の恐ろしさを知らずに生きてきたんじゃないだろうか。

「その女とムキになって勝てない喧嘩をしたのはどこの男なんだかな」

マズいと思ったときにはもうつい八つ当たりじみたことが口から飛び出す。自分を罵りながらフォローの言葉を考える。

「いや、今のは言いすぎた。悪い」

ただでさえ繊細な話題はこの先を考えると避けるべきだったのに。これ以上ターゲットとややこしくなる前にさっさと切り上げた方がいい。

幸い何かを言いかけていたオリムラの表情が意外そうなそれになったのを見て私は安堵する。

「まさかエヴァレンスさんも決闘を申し込んでくるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたんじゃないの織斑くんってば」

そこへすかさず赤毛がからかいをいれる。

「え、いやそんなつもりじゃ、はっはは」

「え、まさか図星」

そいつの顔が引きつった笑いで固まるのを尻目に私は一度落ちつこうと水を胃に流し込む。するとどうだろうか、チョップスティックを震わせていた隣人が彼を睨んだかと思いきや口を開く。

「まったくお前というやつは。そうやって腑抜けているからあのような女にも負けるのだぞ。まったく本当に情けない!」

「あのときはあと少しだったんだ。箒も見ていたろ!」

「言い逃れるつもりか!負けは負けだ馬鹿者!」

棘のある声で彼女は彼に言葉を投げつける。それもヒステリックに近い全力投球。

このバイオレンスコミュニケーションをオリムラに対して恨みでもあるかの如くいともたやすく行う女が残っていたことを念頭に置いていなかったことを強く後悔するしかない。そして同時にセシリアがこの男に焼死した事はこれでわかった。

「シノノノ、確かにオリムラは勝てない喧嘩で負けた、だからって馬鹿とか言いなんじゃないのか」

「なんだと、事実は事実だ。部外者が口を挟むな」

「二人ともよそうぜ。エヴァレンスさんもほら俺は気にしていないから」

「オリムラはシノノノにベッドで伸ばされても構わないかもしれないが今私はシノノノに対して言っているんだ」

「貴様何をいきなり!あ、いや、あれはこいつが、風呂上がりのときにその」

「ちょっと待ちなさいオリムラ、あなたもう女の子に手を出したっていうの」

「違います!先輩は誤解をしています。って箒も睨むなよ!」

「織斑君って肉食系なんだ」

「のほほんさん、気をつけようね。のほほんさんが狙われたら最悪私が食べるから」

「わぁ〜オオカミさんだぁ」

「だから違うっつうの!そもそも俺はそういうのはこう、なんていうか、好きな人にしかやらないから!」

収集のつかなくなってきた状況の中そいつが動揺に震える口を噛み、身体を強張らせる。前にもこういう反応をしてきた奴がいたし多分こいつもあいつと同じ反応する可能性がある。あの時のような異性の完全なる混乱を望む私はあの時と同じ言葉を、賽を投げることにした。

「オリムラ、お前はその好きなやつとかはいたのか」

「まだいないぞ」

「つまりまだそういうことしたことないってわけか?」

「ああ、まあってちょっと待て!いやいやいや!待ってくれちがうんだ!」

戯れ合いを唐突に止める3人組。私の一言でその頬を紅く染めるシノノノ。爆笑するフィン。どこかで吹き出しそうになるやつ。顔を赤めらせるやつ。野獣の如き眼光をオリムラに向けるやつ。どういうわけか私たちの席を中心に収拾のつかなくなる一歩手前の状態に陥る食堂。伝言ゲームのように食堂中に広まるオリムラに関連する噂。

先ほどまでとは打って変わり、収拾のつかなくなった光景を前に私は隣で腹を抱えて爆笑するフィンにもたれられながらもボイルドキャロットを口に放り込んではさっさとこの場を抜け出そうとするついでにシノノノを一瞥する。さっきまでの不機嫌面は相変わらずだがオリムラを捉える目はそれどころじゃない。目が合ってまたこのサムライガールに絡まれたらたまったもんじゃないと肩を揺らしながら呼吸を整えるフィンとテーブルの面子に短い別れの言葉を残してはさっさとプレートを返すべく私は立ち上がった。もうこれ以上に情報は得られそうにないしルームメイトを待たせすぎたかもしれない。

 

 

 

部屋に入るとシャンプーの香りがした。シャワーから出たばかりなのかもしれない。気取らないその香りを吸うと落ち着く。奥へ行くと案の定でかい鏡を前に髪をブラッシングする彼女がいた。まだ湿気の残る髪がブラシに合わせて色気のある動きを見せる。既に寝巻きに身を通している姿はメイクもアクセサリーも身につけておらず待機状態のISだけがあった。他の人は見てないであろう普段とは異なる姿の彼女を見ていると理由の分からない優越感を感じてしまう。そんな小さな満足を胸に収めつつリュックを置きベッドへ横になると疲れが取れると思っていたはずなのに何も変わらない、ただ疲れを意識するだった。

「勝利を祝わせていただきますオルコット嬢」

「祝いをありがとうございますエヴァレンス殿。勝利を目撃しなかった罰として明日のティータイムへ出席をなさい。さすればあなたの罪は赦されるでしょう」

演劇よろしくわざとらしい英国アクセントで話しかけると彼女もそれに乗じて英国女王陛下のような口調で返事をする。互いに軽く笑っていざ武勇伝が返ってくると思えば微笑んだまま髪を弄る始末ときた。怒っているのかどうかもわからない彼女の振る舞いにアクションも取りにくくただただ時間が過ぎていく。スキンケアを終えると彼女はベッドへ向かっていった。

「明日のISのレッスンは何を話すと思う?」

ベッドの隅へ腰かけて話しかけると腕を伸ばして本を手にしたところだった。

「んー、やはり細部には触れず概要などを詳しくやると思いますがあの男性の専用機とフォームシフトとワンオフアビリティーについて触れるかもしれませんわね」

イチカオリムラの急速的操縦技術と適応の確認は学生間でもその話がされているし各国および各企業が血眼になって情報を集めているのは事実。さっきからの様子からするとあの男についてかもしれない。実際に戦闘、正確には決闘で接触をしたこのセシリアそして英国は最も情報的アドバンテジを得ているということになる。その言動から何かを得ようとしても多分難しい。ルームメイトの私には特に気をつけているに違いないだろうからこの振る舞いもそういうことなのかもしれない。

「なにせあのブリュンヒルデだから予習復習は油断できないしご褒美はさすがにきつい。もう寝るのか?」

「いえ、時間があるので本でも読もうかと思いまして」

向こうから関連性を出してきた以上あまり触れることができないし本人から情報を引き出せると考えるのは難しい。手詰まりとなった上に今回の情報を聞き出せと言われた覚えはないし給料もそれをやるとなると物足りない。シャワーを浴びようとベッドから立ち上がって着替えを取り出そうとかろうじて部屋に入れた着替え入れを前にしゃがむ。

「ねえエヴァ、さん」

どうもいつもとは違う様子で話しかけてきた彼女にいつものように返事をする。

「んー?どした」

「あなたはいままで立派な男性というものと出会ったことはありますか」

立派な男性という言葉を聞いた瞬間に過酷な山で命を救ってくれた人を思い出した。スコッチ入りのフラスコ持ち歩いていてしかも女運が悪くて、もっとたくさん一緒に過ごしてもっとたくさん話したいと思ったあの男。そもそも立派な人間とは何かと考えそうになって頭を振る。

「ある。セシリアはあるのか」

「ありませんわ。その人について聞かせてくれませんこと」

「その時が来たらな」

個人的にあまり彼のことを話したくないっていうのもあるが何よりヒマラヤの山中でロシアに新たな国を作ろうとしたアホどものやっていた核兵器の取引をぶっ潰してきただなんて口が裂けても言うことができない。

「ではその時に」

彼女にはこの返事が想定通りだったらしく納得と好奇心の混じったようなその笑みを見届けて彼女との絡んだ視線を外した。

下着からの開放感と清潔で暖かいシャワーを味わうこの時の私はまさか明日からまた面倒な事態に巻き込まれることなど考えられるはずもなく文明的生活を満喫しているばかりだ。私の目的を果たすために来たこの学園、ここにいるとどこか心が浮かんでいってしまいそうであり得ないとはわかっていてもよくわからない焦りとも表現できない迫るものを感じてしまう。私の大事なものは何だろう。ずっと何かを守って、何かを奪って、そんなことを続けて生きていくのか。ひょっとしてここで見つけられるかもしれないし見つけられないかもしれない。どちらにせよこれ以上何もトラブルが起きなければいい。そうすればみんな生きることができるはずなんだ。人の幸せを邪魔するやつらなんか殺せばいい。

今週はやることも終わらせたし特に忙しくなることもないはず。

明日はどんな一日になるんだろうか。




前回よりアホかと言われても仕方のないほど時間が経ってしまいましました。
楽しみにしていた方がいたらすみません。
そういえばISも最新刊が発売されますね。この先どうなっていくんでしょうかね?


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