大内家の野望 (一ノ一)
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その一

 時は戦国。

 応仁の乱以降、日本各地は国人や守護大名が各々独立し、戦火を拡大する末世の時代となった。

 刀を振り回し、槍をつき、火を放っては強奪する。そんな悪逆非道が行われているそんな中で、乱世を思わせない風雅を漂わせている庭園がある。

 さわさわと吹く風に桜の花弁が乗って舞う。

 目の前に広がる大きな池は、自然界にあるものではなく、人工的に設計されて作り出されたものだ。

 湖面に桃色の華が咲き、波紋が悠々と広がっていく……  

「美しいでしょう。当家自慢の庭園なのです」

 湖畔には十数人の人だかりがあった。

 皆、豪奢な着物を身に纏い、気品ある背格好をしている。

 その先頭をきって、青年は人好きのする笑みを浮かべて説明した。

 広大な敷地を持つこの館の中には、いくつかの庭園があった。どれも荒廃した時代にあるものとしては信じられないくらいの優雅さと華やかさ、そして幽玄さを備えていて、屋敷の主が多大な財力を有していることがわかるだろう。

「うむ…さすがは大内殿のお屋敷じゃ。これほど見事な庭園はいまや京にもないじゃろうの」

「左大臣様、お気に召しましたか?」

「もちろんじゃ」

 まぶしそうに目を細める男性を青年は左大臣と呼んだ。

 何を隠そうこの男性、その名を三条公頼という。

 甲斐の虎・武田信玄と姻戚関係にあった、とされていたはずなのだが、この世界ではそうではないらしい。この世界、という言い回しはどういうことか。

 それは、青年の隠された出自にあった。

 彼は大内晴持という。

 生まれは土佐一条氏。公家でありながらも戦国大名化した稀有な家柄で、土佐の国人衆からはその家柄から別格とされて崇拝されている家の次男坊だった。

 そして三歳のとき、大内氏第三十一代当主大内義隆の養子となって周防国にやってきた。

 それがこれまでの晴持の人生だった。

 が、それとは別に彼には他の人生の記憶があった。

 思い起こされるのは、争いが身近にない平和な時代。

 年号は平成といったか。すでに体感にして十数年も昔の話であるので、記憶は日に日に薄れつつある。

 それでも、彼には大内晴持としてではない二十余年の人生があったのだ。

(まあ、同年代には負けていられないよな)

 そう思い、慣れない勉学に身を削り、武芸を修めた。物覚えのよい晴持は、家中でもすぐに評判になり、母というよりも姉に近い義隆に非常に気に入られていた。

「京は今動乱の最中とはいえ、このような西の果てまで逃れなくてはならないご心痛お察し申し上げます。我等としても、左大臣様が心安くお過ごしできるよう、精一杯の心づくしをさせていただきたいと存じます」

「かたじけないの、晴持殿」

 左大臣三条公頼は憂いを捨て去ったかのように落ち着いた笑みを浮かべていた。

 三条家の疲弊した財政と、京での内乱は彼の心身に多大な負担をかけていた。今の時代、公家はおろか、天皇家や将軍家ですら日々の食に困る時代だ。都落ちした公頼が、西の果て、この山口にまでやってくる間にどれほどの苦難があったことか。

 当主の義隆は、こうした公家や仏僧を手厚く保護する保守的な政治を行っている。また、周防、長門を中心に、石見の一部、安芸、北九州にまで勢力を持つ大大名であり、明や李氏朝鮮との交易で莫大な資産を有している。

 西日本は、今現在大内家か山陰の尼子家に二分され勢力争いをしているのであった。

 

 

 

 □ 

 

 

 

「つ、疲れたー…」

 自室に戻るなり、晴持は布団に横たわった。

 大物を接待する役回りを与えられ、過度な緊張で精神的な疲労感がすごいことになっている。

 まだ日が暮れてもいないのに、早くも眠気が襲ってきている。

「これではいかん。素振りでもしよう」

 昼間から寝ていては重矩のじいさんになにを言われるか、と晴持は無理矢理脳を動かして修練用の槍を片手に外に出た。

 三条家の人たちは、皆帰ってしまい、今は大内家の家臣のみがこの屋敷内にいる。義隆は今政務に励んでいるか遊んでいるかのどちらかだろう。

 幸いだった。

 公家衆に武芸の鍛錬を見られるのはよいことではない。

 左手を前に槍を構える。

 手の中で槍を滑らせて突き出し、しごくように引き戻す。槍は振り回すか突くかが基本の武器だ。威力だけでいうのなら遠心力を盛大に使った振り落としがもっとも効果的だろう。 

 棹が長ければ長いほどに、遠心力は強くなっていくものだから。

 しかし、その一方で、竿状の武器は隙が大きく、大きな一撃を放ったあとは無防備になってしまう。それであれば、素早い点の一刺でもって敵の命を奪ったほうがいい。

 晴持の槍捌きは、突き技を中心に構成されていた。

 如何に速く突き、如何に速く引き戻すか、それを追及しているのだ。

 一息に二回、三回と突きを放つ。

 二メートルほどの槍ながら、これが曲者で、狙ったところに穂先を持っていくのが難しい。撓りぶれる槍を変幻自在に操るのが楽しくて、ここまで武芸を磨いてきたようなものだった。

 手の平が摩擦で熱をもつ、ここに来て晴持は攻め手を変える。

 突き出した槍をそのまま回す。あたかも相手の槍を絡めて弾き落とそうとしているかのようだ。

 ついで横に振るい、地面を穂先で引っ掛け大きく槍を振り下ろす。

 イメージは足払いからの一撃だ。

 速さを重視しつつも、小手先の技を忘れない。それは、相手が使ってくるかもしれない技を自らも修得するとことで、素早く対処できるようになるからだ。

 頬を汗が伝っていく。

 程よく熱を持った身体に春先の冷たい風が当たって心地よい。

 槍を回して、晴持はほう、と息を吐いた。

 石突を地面につけて、棹を肩に背負う。

「俺が槍を振るう場面がそうあるわけでもないんだがな」

 立場上大将となることの多い身だ。必然的に陣中にあってもっとも深いところにいるのが戦の常であった。

 また、大内軍は精強で、大将が槍を振るうほどに追い詰められたことはこれまで一度としてなかった。晴持が槍を振るうほどの戦。それは、大内軍が壊走するほどの痛手を受けたときに他ならない。

 そうなってからでは遅いので、日々の鍛錬は重要だ。

 なによりも、武断派の武将からの受けもいい。

 そういう意図もあって、晴持はさらに半刻ほど、槍を振り続けた。

 

 

 

 

 ■ 

 

 

 

 最初の一月は何が起きたのかわからず、現実を受け入れることができなかった。 

 山口にある地方大学の卒業を控え、根強い就職活動の結果なんとか地元の企業に就職を決めたのは四年生の夏の事だった。決してよい息子ではなかったし、数多くのやんちゃをしていながらそれでも見限ることなく大学にまで行かせてくれた両親には感謝してもしたりない。

 だから、あのときは飛び跳ねて喜ぶというよりは、がっくりと全身の力が抜けて安堵したという感覚だった事を今でも鮮明に覚えている。 

 人生で、これほど危機感を覚えていた時期もないだろう。受験なんぞとは重みが違う。将来の生活がかかっているのだ。なによりも、大学を出ていながら親のすねかじりなんて真っ平ゴメンだった。恥ずかしくて世間様に顔向けができないし、何よりも両親にさらに迷惑をかけることになってしまう。

 だから、就職活動は死ぬ思いでやって、やっとの思いで手に職をつけたのだ。

 しかし、現実は無情だった。思い返しても涙が出る。

 雨の日だった。 

 狭い路地を通って家に帰る途中、侵入してきたトラックが身体を押しつぶしたのだった。

 痛みを感じることはなかったのが幸いとしかいえない。ひき潰され、もみくちゃになった肉体だったが、脳だけは無傷で残っていた。自分の状況はまったくといっていいほど理解できなかったし、声で助けを呼ぶこともできない。できたとしても助からなかっただろう。

 血が抜け、激しい睡魔に襲われながら、彼の人生は数多くの未練を抱いたままに終焉を迎えたのだった。

(怖気の走る光景だったろうな)

 晴持は、あのときの自分の状態を客観的にそう断じた。

 晴持はすでに元服を済ませ、初陣も終えている。

 現代人の感覚が抜け切っていなかったあのときは、小規模な戦であったが肝が凍りつくかのような感覚に襲われたものだ。

(いや、それは今も同じだ。忘れてはならない)

 戦を恐れる心が慢心を消す。現代人の感覚が、命の大切さを切々と訴えかけてくる。それは決して臆病なのではない。

「若様? ……どうかなさいましたか?」

 混じりけのない涼やかな声に、晴持は現実に引き戻された。

 今は仕事中であった。

「すまない。ぼうっとしていた。今書き上げるよ、冷泉殿」

 冷泉殿、と呼ばれたのは小柄な少女だった。可愛らしい顔立ちをしていて、ほんわかとした印象を受ける。

 髪は肩口で揃えられ、なぜか桃色をベースにした割烹着のような服を着ている。それが可愛いという理由で義隆から押し付けられた代物だという事を晴持は知っている。

 彼女の家は、本姓を多々良氏といい大内家の傍系にあたり、彼女の父親の代から母方の姓を冒して冷泉と称した。

 冷泉家というのは公家の家柄で、藤原道長の子、藤原長家の子孫の家系であり、藤原定家の孫である冷泉為相から始まる。藤原定家は、新古今和歌集の編纂で知られる。その血を受け継ぐ冷泉家は冷泉流歌道を継承し平成に至る。

 彼女の父親がなぜわざわざ母方の冷泉を名乗ったのかはっきりとしたことはわからないが、おそらくは大内家の家風が公家文化に傾倒するものだということから、公家の名門の血を取り入れ名を冒したのだろう。

 隆豊はさすがに冷泉の姓を称するだけあって、歌道に堪能な武将だった。

「まあ、こんなところか」

 さして重要性のない書状ではあるが、誤字脱字は失礼にあたる。もっとも、この時代の誤字脱字は多少仕方のない面もある。筆と墨で書く以上簡単に修正できないわけだし、大目に見てもらえることも多い。しかし、さすがに大内家の人間がそういった手抜きをするわけにもいかない。二度三度確認して、間違いがないことを確かめてから隆豊に渡した。

「冷泉殿、それではこれを」

「はい、確かに承りました」

 隆豊は書状を受け取ると立ち上がった。

 とそこに、ドドドドド! と、表現すればよいか。

 巨大怪獣がタップダンスを踊っているかのような音が聞こえてくる。

「若、いる!? ……とぉ、隆豊も一緒か」

 勢いよく現れた短髪少女は、陶隆房だ。

 陶家は大内家の譜代の重臣の家系で、彼女もまた義隆に幼少の頃から仕えている。

 当然、晴持との付き合いもずいぶんと長い。

「隆房か。一体どうしたというんだ? そんなに慌てて」

「若の仕事もそろそろ終わった頃だと思って!」

「遊びに来たと?」

「うん!」

 元気の良い返事!

 晴持は、一応主家に当たるのだが、このあたりお互いに線引きをしているので問題なし、だろう。陶家は家中でも筆頭に位置しているしいざとなれば父君が拳骨をプレゼントすることになるはずである。

 これまでも何度かそういう場面に出くわしていたし、

「若様も、あまりコヤツを甘やかさないで頂きたい!」

 とお叱りを受けた事もあったのだが、なんだかんだで関係は崩れることなくいまだに続いていた。

 それに、大内家を盛り立てる上で、陶隆房という人物は非常に重要な位置にいる。それは彼女の戦における高い能力の他に、前世の数少ない知識の中にあった大内家滅亡に隆房という武将が大きく関わっているからである。

 それが、果たしてどこまでこの世界に通用する知識かわからない。が、彼女の存在はそれらを差し引いても重要である事には変わりがなかった。

 正直、晴持にとって非常にフレンドリーに接してきてくれる隆房は、日々の憂いを消し去ってくれる存在でもあったのだ。

 現代人の感覚が残る晴持は傅かれることには、なかなか慣れることができないからだ。

「なるほど。それで、その右手に鷲掴みにしている隆元殿はいったい?」

 晴持が指差したのは隆房の右手、にむんずと襟首をつかまれ目を回している毛利隆元だった。

「はわ~……」

 何が起こったのかわからない、という体で隆元は全身を弛緩させて隆房の右手にぶら下がっていた。

「隆元はそこにいたから連れてきた。どうせすることもないだろうしね!」

「まあ、たしかにそうかもしれないけど、丁重に扱ってやれよ」

 毛利家からの人質である隆元には、ここにいたとしても特にすることはない。 

 むしろ、彼女がここにいるということそのものが重要であり、彼女の働き自体には大内家としては大して期待はしていなかった。

「あの、それを堂々と言うのはどうかと……」

 隆豊が控えめに意見するのだが、隆房は意に介さなかった。

 元の世界の隆元の力を知る晴持としては、そんな彼女には商人とのパイプをそのうちに作ってもらいたいと思っているのだが、人質になったばかりでそれほど時が経っておらず、迂闊な動きは周囲の警戒を誘うだけだということで、延び延びになってしまっている。そろそろ、彼女にも活躍の機会を与えてやりたい。なんといっても、大内家は重商主義でやっている家だ。

「はあ……まあいい。それで、いったい何をするつもりだ?」

「鍛錬!」

「だと思ったよ」

 隆房は口を開けば鍛錬鍛錬と言う。

 可愛らしい見た目にそぐわず、武芸は一級品で、考え方もよく言えば武士らしい。所謂武断派の人間で、晴持とは武芸を競う仲でもあった。

 西国無双の侍大将と呼ばれるのも時間の問題かもしれない。

 だが、遊びと鍛錬は違うだろう。

「やれやれだ」

 晴持は立ち上がって背筋を伸ばした。パキパキと音が鳴っている。

「やるか」

「うん! 実は、試してみたい技があって……うげ」

 目を爛々と輝かせていた隆房の表情がにわかに曇った。

「陶、また若様にご迷惑をおかけしているな?」

 現れたのは書簡を持った茶髪にめがねを装備したいかにも文官といった風な少女だった。

 相良武任というのが彼女の名前だ。

「迷惑なんてかけてないー! そういうあんたは一体何しに来たのさ!?」

「ボクが若様のところに何をしに来ようと君には関係がないだろう? 見たところ若様は仕事明けのご様子。そんなときに陶の相手をしてはお身体に障る」

「そんなことないよ。ずっと座っていたんだから身体を動かしたほうがいいに決まってるじゃん!」

 二人は瞬く間に口論を始めた。

 隆房と武任は昔からよくこうして喧嘩をしていた。

 武術を重んじる隆房と学を重んじる武任は、思想の方向性が正反対なのだ。そのために、彼女たちは口論を絶やさず、お互いをライバル視して今日に至っている。

 本来はそれほど仲が悪いわけではないので、いいかげん素直になってほしいところだ。

「まあ、待て二人とも。俺の意見を聞く前にそうやって話を進めるものじゃないだろう」

 晴持はそう言って二人を嗜める。

 すると、隆房と武任は同時に、しゅんとして項垂れた。

「とりあえず、身体が鈍っているような気がするから隆房と稽古をするよ。武任の用件はその後で聞く。武任、それでいいな?」

「……はい。若様がそう仰るのでしたら」

「やた、じゃあ、若、先行ってるから!」

 隆房はそう言って、隆元を投げ出して走り去った。

「若様。本当に良かったのですか?」

「いや、どうかな……」

 隆房は調子に乗りやすいので、下手をすれば怪我をする。無論、一流の武芸者である隆房が、力加減を誤るということもないのだが、鍛錬好きに付き合わされて、体力を削り取られかねない。

「とりあえず、お怪我だけはなさらないようにしてくださいね」

 やり取りを後ろから眺めていた隆豊が、心配そうに呟いた。

 



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その二

 築山館は大内氏館の北方に位置し、居館としての大内氏館に対し、迎賓館としての役割を持っていた。

 ここで接待するのは、多くが京から逃れてきた公家や僧侶といった文化人で、当主の大内義隆は彼らを積極的に保護し、交流を持つ事を何よりの大事としていた。

 もっとも、そういう性質は義隆に限った事ではなく、歴代の大内家当主が持ち合わせた気質である。

 本拠となる山口の町並みも、京都を模したものであり、城ではなく館となっているのもこの山口にあわせたがためであり、軍事的な防衛力というものはあまりない。非常に巨大な館で将軍邸を参考にしており、建設されたのは百年ほどもまえであることからも、大内家の京への憧れがどれほどの歴史であるのかわかるだろう。

 義隆はその日も招待した僧侶達と茶を飲み、談笑していた。僧侶との交流がもたらすものは意外にも大きい。その最たるものが情報であり、高度な学識だった。大内家は彼らを積極的に誘致したのも、諸国、特に山陰の尼子家や九州の大友家、少弐家の動きを知るためでもあった。とりわけ、尼子とは領地を接し、長年の禍根がある。彼らの動きは、義隆にとっても無視できないものがあるのだ。

 義隆が戦火を逃れた学問僧を手厚く保護しているのは、決して彼女の個人的な欲求を満たすためだけではなく、あくまでもお家のための重要な政務であるのだ。

「という言いわけはずいぶんと聞きました、義姉さん。確かに、そのご意見そのものは筋が通っていますし、必要な事ではあるでしょう。苦難の道を歩まれる方々に寛大な慈悲を与えられるのもすばらしいお心だと思います。ですが」

 とそこで晴持は言葉を切った。

 手元には、一枚の書状。誓紙である。義隆の花押もしっかりと入っている。

「そう気前よく寺社仏閣に金銭を寄進されるのはさすがにまずいです」

「だってお金がなくて困ってるって言ってたし」

「そも、仏僧とは清貧を旨とするものでしょう。これから尼子や少弐との戦いが激化すると見られているこの時期にこれほどの額を提示されるとはどういうことですか?」

 拗ねたような義隆に、晴持は誓紙を見せて該当部分を指で指し示した。

 一千貫。石高にしておよそ二千石。砦を守る城将の所領がおよそこれくらいである。それを、ポンと約束してしまえることが大内家の経済力を物語っているのだが、それは晴持にはなかなか受け入れ難い事である。

 公家に生まれ、公家かぶれの大金持ちの大名家にやって来たボンボンと見せかけて、その内実は平成人で、しかもしがない学生だった身だ。金銭の感覚は非常にシビアで、かつては仕送りを浮かせようと雑草を食った事もあるくらいだ。

 大内家の中でも質素な暮らしをしていると自負しているし、大金を目の当たりにしてそれをドカンと使ってしまう神経が信じられなかった。

「むー……晴持ってばケチんぼ。じゃあ、この話はダメってこと?」

「いえ、すでに誓紙まで書かれている以上はなんとか工面しますよ。義姉上のお顔に泥をぬるような事はできませんから」

 正直、拒否感は強いのだが、大内家の信用に関わる問題でもあるので仕方ないと諦める事にする。

 それに、義隆の金銭感覚は問題だが、それでも仏僧の受け入れの政治的に意味合いも大きく、民意を味方につけることもできるのだからムダにはならない。人としても困っていたら手を差し伸べたいと思うものだし、うまく折り合いをつけていくしかないというのが今の晴持の意見だった。なによりもあくまで養子の分際で当主にそこまで強く言うことはできない。

 晴持の許可を得た義隆を大いに喜んだ。

「やったー! さすがうちの見込んだ子!! わかってるじゃない!!」

「はあ……まったく、これからも同じ事が続けるのは勘弁してくださいね」

「わかったわかった。じゃあ、うちは仕事があるからこれで行くね」

 義隆は、話は終わったとばかりに立ち上がり、部屋を出て行った。

 部屋を出て行くとき、できるだけ速く工面してね、と声をかけられた。

「俺も甘いなあ……」

 財政には余裕がある。海外との貿易で得られた多大な財貨が大内家には存在するのだ。経済力では他大名を圧倒して余りある。

 だから、一千貫の出資自体には問題がないのだ。 

 問題なのはこれが続いて家中の和を乱すことにある。

 もともと晴持は大内家という家のことをそれほど知っていたわけではない。中国地方の覇者といえば毛利家であったり、歴史の教科書には細川氏と争った寧波の乱が出てくるが、これ以外については細かいところまで知っているわけではなかった。

 文化人としての傾向に拍車がかかって重臣の陶隆房の手にかかって死亡した。その後、陶隆房を厳島にて破った毛利元就が中国地方に一大勢力を築き上げるに至る、という大まかなあらすじ程度しか知っていない。だから、隆房との確執が生じないようにする必要が何よりも大事。

 すでに家中には武断派と文治派が形成されつつあるようだし、これは家を二分する事態につながりかねないものだ。

 かといって何か妙案があるわけでもない。ただ、漠然とした不安があった。

「今俺にできる事を精一杯していくしかないか」

 血のつながりがないとはいえ親子。それもほとんど姉弟のような間柄だ。十年以上も家族として過ごしたからには情も湧くというもの。ぜったいに史実のような悲惨な結末を迎えさせたりはしない。

 だから、晴持は武断派にも文治派にも付くことなく、その間に立って家中を見る立ち位置に終始する事にしたのだ。

 どちらにもつかない、というのは優柔不断ともとられるかも知れないが、こうした場面では両者の間を取り持つ役割を期待できる。

 なにか不満があれば直接ぶつけるのではなくまずこっちに愚痴をこぼしにこいということである。

 直接ぶつかり合えばどうしても喧嘩になったり不和を生じさせたりしてしまい、大内家にとってまったくよいところがない。

 義隆が文治的である以上は、武断派は面白くない。だから武断派筆頭の隆房に負けないように武芸を磨く事で大内家は決して文治に流れているわけではないということを示そうとしていたのだった。

「しかし一千貫か……これをもっと別のことに使えたらな」

 大金を寄進する心栄えはよいのだが、大国の長が軽挙にしてよいものか。河川の管理や生産能力の向上、各所重要拠点の防衛機能の強化とやらねばならないことが目白押しであるのだから。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 冷泉隆豊が初めて晴持とあったのは実のところそう昔の事ではない。

 父親が大内家に出仕しており、隆豊自身は自らの領地から出ることがほとんどなかったから、必然的に義隆の養子である晴持と出会うこともなかったのだ。

 隆豊が晴持と面識を得たのは父が急死して家督を継いだときが最初だ。

 聞けば文武に秀で、人当たりの良い人物で、将来を嘱望されている逸材だという。

 しかも義隆とほぼ同年代。義理の親子ではあるが、あまりに歳が近く家督継承に問題が生じるのではないかという不安もあったが、姉弟仲もとい親子仲は良好で家臣たちは要らぬ心配をしてしまったという話もある。 義隆に家督を継ぐ旨を伝えた帰り、晴持にも挨拶をしなければと向かっていった隆豊は、庭で大工仕事をしている少年を目に留めた。

 近くにはなにやら書簡を眺めている同年代の少女もいて、真剣に話し合いながら大型のよくわからないものを造っていた。

 木製の漏斗や桶などを備えたそれがいったいなんなのか隆豊にはまったく想像もつかなかったが、物事に一生懸命に取り組む姿には好意を覚える。

 まさかそれが晴持だったとはあの時は思ってもいなかったが。

 そのときのことを思い出してついつい笑みがこぼれた。

 大内家の養子に入った人がまさか手製の農具を作っているとは思わなかった。

「何か楽しい事でもあったのか、冷泉殿」

「ひゃう!?」

 隆豊は飛び上がるほどに驚いた。驚きすぎて背筋がピンと伸びたし、奇妙な声が漏れ出た。

「あ、ごめん。驚かせてしまったね」

「い、いえ……わたしが勝手に驚いただけですから!」

 慌てて取り繕う隆豊は、羞恥で頬を紅くしていた。

「しかし、こんな時間にどうしたんだ? 見たところ俺に用があるように見えたけど」

 すでに日が暮れてずいぶんと経つ。眠りに付くには少し早いがそれでも多くは政務を終えて一日の疲れを癒そうという時間帯である。

 そして、隆豊が向かっているのは館の奥で、そこにあるのは晴持の部屋だった。

「その、取り立てて用があるわけではないのですが」

「……とりあえず部屋に入ろうか。桜の季節とはいっても夜は冷える」

 

 

 

 隆豊が晴持を訪ねた事にはそれほどの意味はなかった。

 強いて言えば軍議で出てきた施政の問題点を詰めていくことだが、それも急ぎの用件ではない。いわば口実だった。

 隆豊の家中での立ち位置は微妙だ。政治的な発言力や家柄ということではなく派閥の問題でだ。

 隆豊は歌を詠ませれば公家衆にも通用し、刀槍を扱わせても一流で軍隊の指揮もできる。なんでもそつなくこなす事ができる秀才なのである。そんな彼女は家中では武断派と文治派という派閥に属することなく両者の間に立つということを長年続けてきた。

 最近はどちらかと言えば武断的になっているようだが、それでも全体のバランスを意識していることには変わりなく、だからこそ同じような立ち位置に意識的に立っている晴持とは気があう。

 だからあまり好ましい事ではないのだけれども、こうして一日が終わると日頃の愚痴、というほどの事でもないが軽い会話を交わしにくることが多かった。 

 また、晴持もそんな隆豊を無碍にすることなく快く受け入れてくれるので、甘えとわかっていても隆豊はこうして晴持を訪ねてしまう。

 なにごとも抱え込んでしまう隆豊にとっては、唯一と言ってもよい理解者であった。

「へえ、また喧嘩か。あの二人も懲りないなあ」

「はい」

 隆豊はその日あったことを取りとめもなく話した。

 告げ口のようなものは決してしないように気をつけて、問題だった事、うまくいかなかったことなど多岐にわたった。

 とはいえ、そこにはどうしても陶隆房と相良武任という水と油の二人の話が出てきてしまうのだが。

「ははっ。まあ、今は好きにさせておくさ。鬱憤が溜まるのもよくないからね」

「しかし、あまり皆の前で喧嘩をされるのも困ります。示しが付きませんし、その…仲が悪いという事に付け入られてしまうのではないかと」

「懸念はもっともだな。何れは手を打つ必要のある事だ。とはいえ、二人は職分を全うしてくれているわけだし、面白い事にあれはあれで互いに認め合っている節があるんだ。まあ、素直じゃないって事だな」

 隆豊にはそのようには見えなかったが、晴持には喧嘩するほどなんとやらと見えたらしい。

「そうかもしれませんが、他の方たちはそう取りはしないでしょう。亀裂が深まってしまえば大変な事になりかねません」

「そうは言うが、どちらも手放せない稀有な才覚の持ち主だ。俺たちでなんとか仲を取り持つしかない」

 仮に、どちらか一方が能力に劣る、ただ相手を糾弾するしか脳のない俗人であれば話は簡単だったのだが、隆房も武任もともに大内家にとっては重要な人材なのだ。簡単に斬り捨てることはできない。

「まったく板ばさみはキツイ。なあ」

「ふふ、そうですね」

 なんとなく楽しそうに語る晴持に隆豊は笑って同意した。

「そうだ、そういえばあれはどうなっているかな」

「あれ、とは?」

「生糸」

「ああ、それでしたら、滞りなく。夏蚕を導入してから、参入する者も多くなりました。やはり、田植えと時期をずらせるというのは強みですね」

 生糸とは蚕の繭から取れる絹の原料である。養蚕業は、農家の副業だったという知識から、数年前から領内で試験的に導入を始めていた。

 それは、半ば必要に駆られてのことだった。

 晴持が表立って行動できるようになってから、真っ先に行ったのが農業に関するてこ入れであった。

 大内家の本拠地である周防国をはじめ、大内家の領国である長門国、筑前国、豊前国などの石高は高いほうではない。豊前国に関しては他よりも収穫できるものの、未だに安定した統治ができているとは言えず、収入が一定しない。四カ国を領有しているといえば聞こえはいいが、勢力を維持するための資金を蓄えるためには、やはり経済に頼らざるを得ないのが、今の大内家の現状なのである。

 だが、経済というのは、簡単に破綻する。

 海上封鎖や関所の設置など、流通を止めてしまえばそれまでだ。大内家の兵力ならば、そういった妨害を排除することもできるが、これから先、どのような事態が起こるか分からないのだから、交易収入に頼ってばかりもいられない。

 晴持は、農業生産を充実させるべく、拙い知識を使って堆肥や農具の歴史を先取りした。

 それが唐箕であり、千歯扱きであったりといったものである。木製の簡素な構造なので、晴持でも簡単に作ることができたのである。

 作業の能率を高めることは大切だが、能率が高まるということはそれ以前に必要とされた人手が必要とされなくなるということである。

 千歯扱きは、その便利さと大内家の後ろ盾によって瞬く間に広まったが、それと同時に、脱穀作業を手伝うことで収入を得ていた者達から収入源を奪ってしまうという結果も生み出した。千歯扱きが、後家倒しなどという不名誉な名前で呼ばれたのは、こうした能率化からくる人手の削減が原因なのだ。

 とにかく、副業を与えることで、削減されるはずの人手をなんとか維持しようという戦略は比較的上手くいっているようで安心した。

「ですので、生糸のほうは、とりあえず軌道に乗ったと判断してよさそうです」

「それは、良かった。後は南蛮が食いついてくれればいいか。あ、カステラ食べるか?」

「え、いえ、そんな……」

「いや、義姉上がどういうわけか大量に持ってきてしまって、俺一人では食べきれないんだ。どうか、消費を手伝ってくれると助かる」

「そうですか。そういうことでしたら」

 くすり、と笑った隆豊に晴持は、カステラを切り分け、麦湯を出した。貴族の飲み物として古くから愛飲されてきたものだが、とりわけ平成を生きた晴持にとっては、この麦湯は茶の湯以上に身近だったこともあり、かつてを偲ばせる大切な飲料となっていた。また、虫歯予防にも力を発揮するとされ、晴持は茶よりも麦湯を好んで飲んでいる。

「夏蚕も上手くいってよかった。これで、生糸の生産量も上がるだろう」

「そうですね。それに、養蚕を副業とすることで、後家の問題も解消できると思いますし」

「生糸を専売とすれば、それだけで収入にもなる。この国は、今、明からの輸入に頼っているだけだから」

 日本に養蚕が伝わったのは、弥生時代。それも紀元前とされる。その後に、徐々に養蚕技術が導入され、租庸調に見られるように税として絹が用いられるようになった。だから、日本にも元々養蚕技術はあるのだ。後は、それを明から招いた学者を登用してなんとか向上させようとしているのだ。品質さえ上がってしまえば、高い輸入品に負けるはずがない。

 できれば、秋蚕もしたいところであるが、それは技術の問題を解決してからになるだろう。

 仕事の話も尽きたので、自然と雑談が多くなった。隆豊は、文武に長じているので、話のネタが多い。生来の聞き上手でもあるのだろう。晴持とは上手い具合にかみ合って、次から次へと話題が出てくる。

「あの、若様……」

 しばらく話していると、隆豊はおずおずと

「今日、その、泊めていただいてもよろしいでしょうか?」

 と言ってきた。頬が桜色に染まっていて、扇情的だ。

「最近、お声をかけていただけていないので……その、添い寝だけでもと」

 俯きつつも晴持の様子を探るように見てくる隆豊は、常とは異なる妖艶な色気を感じさせる。以前、なし崩し的に関係を持ってしまってから、しばしば隆豊は晴持の部屋で夜を過ごすようになったのだが、ここのところは、忙しさのあまりそういったこともなくなっていたのだ。

 ともあれ、誘われて受けないのは男にあらず。まして、相手は飛び切りの美少女だ。こうも慕われて嬉しくないはずがない。

「隆豊さえよければ、こっちからお願いしたいくらいだ」

「は、はい。よ、よろしくお願いします」

 はにかみながら、隆豊は手を突いて頭を下げるのだった。



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その三

 大内家とて安泰とは言い難い。

 中国に覇を唱える大勢力ではあるが、かといって無敵の軍団というわけでもなく周囲には敵を抱えている。

 大内義隆にとって幸いだったのは、彼女が家督を継いだときに大きな混乱がなかったことであろう。どういうわけか、大内家は代々家督相続に際して混乱が見られた。流血沙汰、合戦沙汰になることもあった。しかし、義隆の場合は、父が安定した基盤を築いた上で黄泉路に旅立ったので、国力を維持したまま後を継ぐことができたのである。

 仮に大内家の内部に亀裂が走ったとき、真っ先に介入してくるのは、おそらくは尼子家であろう。

 大内家とは犬猿の仲でもある尼子家は、石見銀山の領有権をはじめ、安芸国への干渉などで大内家と敵対している。現在の状況は、石見銀山も安芸国も共に大内家の影響下にあるが、完全とは言えない。安芸国の国人は独立意識が強く、毛利家のように尼子家と大内家を秤にかけている家が大半なのである。

 そのため、大内家としては、安芸国の国人の心証をよくするために諸々の便宜を図る必要があるし、尼子家が攻め寄せてくれば援兵を寄越さねばならない。対する尼子家もまた、安芸国に兵を進めるとなれば、必然的に大内家という大敵を相手にせねばならないので迂闊に手が出せない。

 安芸国が大内家と尼子家の間に挟まれながらも、未だに国人領主が跋扈する状態にあるのは、大家同士の緩衝地帯として機能しているからでもあった。

 その安芸国内に於いて、特に影響力を発揮する国人が毛利家、吉川家、武田家などである。この内、大内家に従うのは毛利家であり、武田家は尼子方、そして吉川家は去就を明らかにせず形勢次第という態度である。このような状況なので、安芸国内全体で見ても、どっちつかずの国人が多く、大内家にとっても尼子家にとっても頭を悩ませるところであった。

 そのような情勢なので、大内家に就くか尼子家に就くかは安芸国の国人にとって非常に重要な選択であった。毛利元就が尼子家から鞍替えし、己の嫡子を大内家に人質として差し出したのは、彼女なりの戦略があってのことだが、それは同時に大いなる危険を孕む行為でもあったのだ。

 このとき、尼子家を指揮していたのは、若き当主尼子詮久であった。

 詮久は血気に逸る若者で、上洛を目指して度々美作国、備後国、播磨国など東へ出兵していた。元就が大内方に就くことを鮮明にしたころには、播磨国の別所家に手をつけており、そこから怒涛の勢いで京を目指す心積もりであったのだ。

 それが、元就の裏切りによって頓挫した。

 毛利家が大内家に就くとなれば、安芸国内は大内方に流れることになり得る。そうなれば、上洛どころではない。背後を脅かされた状態で、京に派兵などできるはずもない。

 何よりも、この裏切りを放置しては尼子家の沽券に関わる。そういうこともあって、詮久は大いに憤った。

「おのれ、毛利め。小癪な小豪族の分際で、尼子を敵に回すかッ」

 詮久としては、上洛の夢を半ばに邪魔してくれたわけなので、毛利家を叩き潰さないことには腹の虫が収まりそうになかった。

「元就の子は、大内義隆より隆の字を与えられ、毛利隆元と名を改めたようですな」

「おまけに、元就めは大内の斡旋で従五位下右馬守に任じられたとの由。ますます、大内との仲を深めております」

 次々と入ってくる毛利家と大内家の仲睦まじさを示す報告に、ますます詮久は敵愾心を刺激されてしまった。

「断固、毛利討つべし」

 と、目を怒らせて言う。

 家臣達も、元就の所業には腹を立てていたし、主君の勇ましい態度に感服して追従の意を示した。

 議論が毛利討伐に傾きつつある中で、唯一冷静に情勢を分析していた尼子久幸だけが反対の立場を表明した。

 久幸は、詮久の祖父である前当主経久の弟に当たる。もうかなりの高齢であるが、発言力はかなり強く積み上げた経験から全体のまとめ役を担っているのである。その久幸が反戦を唱えるのだから、会議の方向性は様子見というところにまで流れ始めた。

 しかし、それを快く思わない者がいた。

 他ならぬ詮久である。

「臆病野州が。毛利など高々一国人ではないか。何を恐れる」

 そう言って、老臣を嘲笑うばかりであった。

「毛利だけならば、まだなんとでもなりましょう。ですが、その背後には大内が居ります。大内と決戦をするのであれば、我等も多大な出血を覚悟する必要がありましょう」

「そのようなことは分かっておるわ。故に、毛利をだしにして大内をおびき出し、手痛い打撃を与えれば我等の道を邪魔する者もいなくなろう。安芸には大内に属する国人だけではない。武田も吉川もおる」

 結局、久幸が何を言っても結論は変わらなかった。

 詮久は毛利家を討伐し、大内家に打撃を与えることで後顧の憂いを絶とうと考えているのだ。そして、それが実現できるという自負がある。こうなってしまっては、もう誰も彼を止めることはできなかった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 元就を引き抜いたのは晴持が主導した謀略の一つであり、その目的は安芸国の支配権の確立である。しかし、安芸国に表立って手を出すとなれば、必ず尼子家が出てくる。毛利家を引き込む事による利益と不利益を秤にかけて、大内家一同は毛利家を引き抜くのを決めた。

 そうして、引き抜いた結果、毛利元就は跡取りである毛利隆元を大内家に人質として寄越してきたのであった。

 その隆元は、時折晴持の部屋を訪れて談笑したり、茶を飲んだり、またあるいは仕事を一緒にしたりしている。

 当初は、人質という立場があったのだが、商人との交渉に力を発揮することが分かって以来、多方面にその力を発揮しているのである。

「それにしても隆元は有能だな。あっという間に商談を取り付けるとは」

「え、そうですか? きちんとお話を聞いてあげれば大体何とかなりますよ」

 栗毛の髪を腰まで伸ばした少女は、茶器を玩びながらなんでもないように言う。

 しかし、それがどれだけ有用な技術かこの娘は分かっていないのだ。商人との繋がりは、特に大内家にとっては必要不可欠である。商談というのも、また然り。武将の中には、商人を軽んじる者もいて、隆元のように、誰ともきちんと話をして、正しく商談を纏める能力を持っている者は、意外と少ない。

「何を言っているんだ。大内は商業で持ってる家だぞ。商人との繋がりは重要だよ。隆元の力は、もうなくてはならないものになっている」

「本当ですか? えへへ、じゃあ、わたしもっと頑張ります」

「ああ、期待している」

 ふわふわとした印象を抱かせる彼女は、やはり武将としてはまだまだなのだろう。覇気が感じられないところなどは、まさに文化人といったところで、義隆と気が合うのも頷ける。

「若様」

 そこに声がかけられた。

「武任か。どうした」

「緊急の軍議を行うとのことです」

「尼子が動いたか?」

「はい。どうやら、そのようで。尼子の狙いは、恐らくは毛利かと」

「分かった。すぐに行こう」

 隆元が不安そうな顔をしている。その隆元に晴持は声をかけた。

「隆元も来い。郡山が戦場となれば、地の利に明るい君の知識が必要だ」

「は、はい!」

 隆元は、勢い勇んで返事をして、飛び上がった。

 

 

 軍議には、それほど重い空気が流れているわけではなかった。

 尼子家と大内家の力は、どちらかといえば大内側が優勢である。その上、攻め込まれるのは毛利家である、大内家の本領が侵されるわけではないという他人任せな楽天的考えがあった。

 もっとも、最大の理由は尼子家が毛利家を襲うことなど、はじめから分かっていたということであろう。

「武任、尼子はいつ頃動きそう?」

 義隆に問われた武任は、平伏しつつ、

「来年の秋頃と思われます」

 と答えた。

「そのような情報が入っているのね?」

「はい。それに、尼子は今播磨に進出しておりますので、そちらとの折衝に時間がかかるものと思われます」

「そう。じゃあ、隆豊。安芸の様子は?」

「今の段階では毛利元就殿の他、平賀弘保殿、小早川興景殿がこちらに就くと表明しております。また、ですが、沼田小早川家はこちらに就くか判然としておりません」

 平賀弘保は安芸平賀家の前当主であるが、彼の息子は尼子方に属している。今の安芸平賀家は大内家と尼子家の二つに割れて相争っているのだ。そして、小早川興景は二流ある小早川家のうちの竹原小早川家の当主だ。竹原小早川家は、早くから大内家に従う大内方の安芸国人である。

「じゃあ、隆包。武田の動きは?」

 弘中隆包は、ほわほわとした雰囲気をそのままに、間延びした口調で報告した。

「はいー、特に変わった動きはないようですー」

「つまり、武田は今内紛状態にあるままね」

「そうですー。たぶん、信実さんが尼子さん達に援軍を要請したんじゃないかと思いますー」

「ふん、安芸守護も傍迷惑極まりないわね」

 安芸武田家は、安芸国の分郡守護を務める家系だ。若狭武田家が安芸国の分郡守護を務めているので、実際は守護代のような立場だが、若狭武田家も力を衰えさせている時代にあって、実質的な守護として活動していた。 

 それでも、安芸武田家は、名家であるが、近年はその勢いが急速に衰えてきていたのだ。それは、安芸国の国人達が独立心の強い者達だったということと、大内家や尼子家の干渉があったからであるが、最大の要因は毛利元就だろう。

 先先代の安芸武田家当主武田元繁は、当初は大内家の下に就いていた。ところが、安芸国内の平定を任された元繁は、大内家から尼子家に乗り換え独立してしまった。元繁は項羽にも並ぶ武勇の持ち主と恐れられた武将である。その手綱を手放してしまった大内家としては、その衝撃はいかほどのものだっただろうか。

 その元繁を有田中井手の戦いで討ち取ったのが、家督を継ぐ前の毛利元就である。

 安芸武田家はここから一挙に衰退し、遂にその血は先代武田光和で絶えてしまった。

 現当主の信実は若狭武田家からの養子だが、家臣達の争いを纏めきれず、城を捨てて実家に逃亡している。それが、尼子家の裏でなにやら動いているという。

「じゃあ、次。予想される尼子の侵攻に対する対策。晴持何か案はある?」

 問われた晴持は、腕を組む。それから、

「幕府からの尼子退治の命を取り付けるのがいいかと」

「詳しく」

「尼子家の目的は、そもそも上洛です。ですが、幕府はそれを快く思っているわけではありません。今の畿内は木沢長政の反抗に対処するので手一杯ですので、尼子の進出は事態を混乱させかねません」

「なるほど。それを利用して、尼子家の後背をわたし達が突く正当性を貰うわけね」

「はい」

「よし、ならば早々に使者を立てるわ。元就殿には、こちらから最大限の助力をするので、心安く居られよと伝令を遣わす。これでいいわね。隆元。あなたはいつでも兵糧を準備できるように商人達と話を付けておきなさい。隆房。尼子が出てきたら、あなたの力が必要よ。戦の仕度を怠ることがないように」

「は、はい!」

「了解!」

「では、これで解散。各々、尼子とあと西の少弐の動きは特に注意しておくように」

 大内家の敵は東の尼子家と西の少弐家である。この内、少弐家はすでに没落の兆しが見えているのだが、度々の遠征の甲斐もなく、未だに南肥前国を拠点に頑強な抵抗をしている。彼らがいる限り博多を安定して抑えることができないので、これも取り除くべき脅威だ。

 とはいえ、今のところは少弐家に対しては監視で十分であろう。南肥前で暗躍しているものの、大内家に対抗するほどの勢力には至っていないのが実状だ。

 やはり、尼子家との戦いをどうにかしなければ、大内家の危難は去らない。毛利家を介した戦いは、その実大内家と尼子家の熾烈な勢力伸展競争であり、勝つか負けるかで、その後の興亡に大きな影響を与える。

 少なくとも、負けたほうは安芸国内の勢力基盤を失うと考えていい。

「あの、晴持様」

「どうした、隆元」

 自室に下がる途中、隆元が後ろから声をかけてきた。

「その、大丈夫でしょうか。おか、母上は」

 お母さんと言おうとしたのを、慌てて固い言い回しに改めた隆元の顔には不安の色が張り付いていた。

「大丈夫だろう」

 晴持は、その不安を取り去るように笑いながら断言した。

「元就殿は、俺が知る中で最も策略に秀でた方だ。そう易々と敗れることはありえない」

「そうでしょうか」

「策略家と言われるのは、娘としては嫌か」

「そういうことではないのですが。家での母と世間の評が異なっているので、少々」

「武将としての顔、か」

「はい」

 隆元にとって、母の元就はよほどいい母親なのだろう。その一方で、世間では毛利元就と言えば油断ならぬ武将として畏怖を集めている。有象無象の寝返りならばまだしも、毛利元就となれば、敵に回すにはあまりに危険すぎる。それも、尼子家が出兵を急ぐ理由の一つだろう。

「この一年が勝負だな」

「はい。精一杯、頑張ります」

 隆元は、決意を新たにして小さな拳を固く握り締めた。

 その様子を見て、隆元の武将としての決意、あるいは覚悟が、固まりつつあるのを感じながら、晴持は自室へ戻っていった。

 

 

 

 □

 

 

 

 戦に備える一年というのは、瞬く間に過ぎ去った。

 尼子側から毛利家が領する吉田へ軍を進める際に通る道は、二通り考えられる。 

 石見路と備後路である。

 この二つの街道は、赤名というところで分かれる。備後路は、三吉から志和地を通って吉田に出る。石見路のほうが道としては平坦で歩きやすいのだが、尼子詮久の命を受けた尼子国久は備後路を選択した。

 国久に課せられた命は、いわば露払いである。

 夏も盛りという頃に、尼子軍は国久を大将とする先発隊を組織して、進軍を開始した。

 三〇〇〇名の兵を率いて、毛利家に臣従する宍戸氏の祝屋城や五龍城を陥れ、吉田に進出するのが狙いであった。

 作戦に参加した将は、尼子家中でも勇猛な新宮党の武将達。国久のほか、その子誠久、そして詮久に臆病者と蔑まれた幸久といった猛者達だった。

「毛利元就は、何を仕掛けてくるか分からない」

 というのは、依然として幸久の心中にはあった。しかし、それを口に出してしまえばまたしても臆病者と揶揄されてしまう。かくなる上は、己の手で毛利元就の首を獲るしかない。

 しかし、それだけ用心深く元就を警戒していた幸久ですら、この時点ですでに元就の手の平の上であった。

 険しい備後路を選んでしまったことで、兵の体力は削られている。ましてや、今は炎天下。山道を進むだけで、脱落者が出てもおかしくはないという気候なのだ。

 そこに、五龍城の宍戸元源とその孫の宍戸隆家などが襲い掛かった。そもそも、よそ者の尼子勢に対して、宍戸家は地の利に明るい。兵数に劣りながらも神出鬼没の戦法で大いに尼子勢を苦しめた。

 結局、尼子勢は、犬飼平や可愛河岸の石見堂の渡しを中心に構築された宍戸勢の防衛線を突破することができず、退却することとなった。

 

 

 

 戦勝の報告と援軍要請が大内義隆に届けられたのは、そのすぐ後のことであった。

 さすがは毛利元就と大内家中は一気に盛り上がった。

「晴持。援軍、行けるわね?」

「無論です」

 晴持は義隆に言われるまでもなく、兵の準備を整えていた。

 尼子詮久が、毛利家を討つのに三〇〇〇しか用意しないというのがおかしい。元就が座す吉田郡山城は、元就の手で強固な要塞に造りかえられている。控えめに見ても、正攻法では一〇〇〇〇は落とすのに必要な堅城だ。

 だとするのなら、今回の尼子家の動きはあくまでも先鋒であって本隊ではないと考えるべきで、先鋒が崩されたからには、巻き返しを図るべく、より数を増した尼子勢が押し寄せてくることは想像に難くない。

「総大将は晴持。副将は隆房。それに隆豊も加わりなさい。それで、一〇〇〇〇の軍で安芸に向かうの」

「はッ」

 義隆は即決した。

 幕府から尼子退治の命を取り付けたこともあって、俄然やる気になっているのだ。義隆は保守的な性格なので、幕府のお墨付きなど、権威あるものには弱い。それは、幕府の威光に逆らえないということもあるが、同時に幕府を味方につけるのが上手いということでもあった。

 元就からの援軍要請からしばらくして、遂に尼子詮久が動いたとの知らせが入った。

 その数は実に三〇〇〇〇。出雲国、石見国、伯耆国、因幡国、備前国、備中国、備後国、美作国、安芸国から集めた兵を以て、一息に毛利家を押し潰さんとしているのだ。詮久も本気になったということだろう。

 対する大内家も迅速に準備を整えていた。

 尼子家の安芸国侵攻に備えて毛利隆元が奔走した結果、十分な兵糧も集まり、晴持は総大将として軍を率いて安芸国に向かった。

 晴持率いる一〇〇〇〇の兵の中には、隆房、隆豊、そして隆元の他、杉隆相なども参加し、これもまた大内勢の先鋒としては実に華やかな面子であった。

 この背後に、さらに大内義隆が率いる本隊がいるのだから、尼子勢の数の利は事実上なくなったと言えるだろう。

 

 

 集めた情報によると、元就は一族だけでなく領内の農民達も一緒になって城に篭ったらしい。城に篭ったのは、およそ八〇〇〇人。その内、戦えるのは二五〇〇人ほどだという。さすがの毛利元就も十倍以上の戦力差を前にしてはまともにやり合おうとは思わない。守りをしっかりと固めて、敵の隙を窺うゲリラ戦で尼子勢の消耗を狙うという戦い方をしているらしい。

 今回は前回と同じ轍を踏まぬよう、石見路を通って吉田に流れ込んだようだ。

 とはいえ、堅牢な毛利の城を前に梃子摺るのは目に見えている。峻険な山の上に築かれた郡山城は、城に至る山道がとても狭く、よくて三列ほどにしかなれない。尼子勢は、三〇〇〇〇人というの数の利をまったくと言っていいほど活かせないのである。

「あっというまに落とされてしまうということはないと思うよ」

 というのが隆房の意見であったし、他の者達もそのような意見が大勢を占めていた。

「だが、不安もある。隆相に国人衆の一部を割くから、元就殿の応援に行ってくれ」

「御意」

 隆相には小早川興景をはじめとする国人達を加えた一軍を以て先行させる。後詰として尼子勢の背後を脅かすのだ。その上で、晴持達は、厳島神社に向かった。

 

 

 

 □

 

 

 

 厳島神社は、島そのものが神として崇められた神聖な神社である。平清盛が海上に建つ社殿を建て、平家納経を納めたことで有名だ。

 それでも、時代の流れは恐ろしいものだ。

 晴持は平成の写真やテレビで見るような美しい厳島神社を予想していただけに、すっかり寂れてしまった神社の姿を見せつけられて、胸に寒風が吹き込んだかのような気がしてしまった。

「どうか、されましたか?」

 どうやら、傍にいた隆豊に心配をかけたらしい。

「いや、なんでもない。ただ、思っていたのと違ったから」

「厳島神社が、ですか?」

「ああ。もう少し、綺麗なものだと思っていたよ」

「そうですね。……この神社は、水上に社殿がありますから、野分などで被害を受けやすいんです。しかし、修復にはお金がかかってしまいますから」

「毎年のように修復していられない、ってことか」

「はい」

 厳しい懐事情はどこも同じらしい。大内家が他に比べて豊かだからか、その感覚がどうしても狂ってしまう。少なくとも、本城の周囲に、みすぼらしい寺社はない。義隆が、多額の寄進をしているからだ。

「安芸国は、結局国人による連合で成り立っていますので、この地の豪族は厳島神社の管理に費やせるほどの資金を持っていないのだと思います」

「もったいないな」

 寂れてしまった神社を眺める。文化財などという概念が、まだない時代だし、戦と領内の発展に力を尽くさねば生きていけない時代でもある。大内家のように、懐に余裕のある大名だけが、寺社仏閣の管理に多額の資産を投入できるのだ。

 それでも厳島神社の権威は未だ強い。安芸国に於いて信心を集める神社を、わざわざ戦の最中に訪れたのは、戦勝祈願をするためである。

 やはり、呪術的信仰の強い時代だ。神の加護を得るというのは、兵の士気を高めるのに重要で不可欠の儀式である。

「戦勝祈願も兼ねて、厳島の神々に大内家の大義をご理解いただこう」

 軍議で、晴持はそういう提案をした。

「尼子の不当性と大内の正当性を書き記した願文を奉納する。幕府からだけでなく、神々からもお墨付きを得るんだ」

「なるほど。そうすれば、兵の士気も一気にあがるね」

 隆房が頷いて、早速願文の準備を始める。

 そして、願文を神社に納め、戦勝祈願をした。

 

 そこまでは良かったのだが、吉田に軍を進めるに当たって、ある問題が発生した。

 厳島神社から、毛利元就の居城である吉田郡山城に向かう途上には、尼子家に加担する国人がいる。その代表とも言うべき者が武田信実である。

 戦勝祈願を終えて、吉田に向かおうというときに、信実の情報が入ってきた。

「信実殿が、銀山城にお戻りになっているようです」

 隆豊が報告を入れてくれた。

「信実殿が銀山城に居られるので、陸路で吉田に向かうならば背後を襲われる恐れが」

「ならば、海路で迂回して吉田に向かうというのはどうだ?」

「しかし、そうすると退路を絶たれるかもしれん」

「面倒なところに陣取りおって、敗残の守護め」

 と、将兵は憎憎しげに呻きたてる。

 武田信実は、尼子勢の毛利侵攻に対して吉田の後背を突くつもりでいたのだが、晴持率いる来援の兵が予想以上に速く進出してきたために城を空けることができず、篭城の仕度をしているという。

「迂回もできんのでは、することは一つだ。武田は大内家にとっても積年の恨みがある相手。銀山城を叩き潰して先に進む」

 晴持は、そう言って今後の軍の進路を決定した。

 安芸武田家が支配する佐東郡は、広島湾を押さえる格好の位置にあり、大内家にとっても無視できない要衝の地である。さすがに守護家が陣取るだけあって、安芸国内の重要地域となる。晴持が陣取る厳島神社からもそう距離が離れていないので、晴持達の動きは山頂から見えていることだろう。

 

 

 銀山城は、大内義隆の初陣の城であるなど、何かと縁のある城で、今までにも何度か攻めている。しかし、一度として大内家がこれを攻略できたことはないという天然の要害なのである。

 武田山に築かれた銀山城は、五〇近い郭を配し、周囲に支城や寺社を設けて強固な防衛網を築いていた。城の中には、武田信実と尼子家家臣の牛尾幸清らが三〇〇〇人の兵で篭っている。

 見上げる城は、標高四〇〇メートルほどのところに築かれていて、そこに至るまでが非常に険しい。

「どのように攻めましょう」

 いかに銀山城を攻めるといっても、そこが問題になってくる。この城を攻め落とすのが困難であるということは、大内家の者であれば、皆嫌というほど知っているからだ。

 前当主大内義興が落とせなかった、というのが、大内勢のこの城に対する苦手意識の源泉でもある。

「若、行けといってくれればあたしがパパッとやって見せるよ!」

「隆房、それは蛮勇って言うんだよ」

 こうしている間にも、元就の居城は攻められているのだろう。杉隆相が迂回して吉田に向かったが、それだけでは牽制程度にしかなるまい。

 だが、焦ったところでどうにかなるわけでもない。

「御注進! 先鋒小早川殿、敵勢の抵抗激しく撤退!」

「そうか。分かった」

 様子見に当たらせた小早川の軍勢も、跳ね返されたか。敵は鬨の声を上げてこちらを挑発してくる。戦力差はおよそ三倍。兵法書に於いて城を落とせるとされる数のギリギリだ。後に尼子家との戦いが控えているから、無理に攻めることもできない。

「守りを固めて、夜襲に備えろ。敵の挑発には決して乗らないように。勝手な行動は厳罰に処す」

 そう指示して、隆房や隆豊と思案を重ねる。

 力攻めには恐らくは屈しない。できたとしても、こちらにも多大な損害が発生する。尼子家との戦いを控えてそれはよくない。そして、こちらの事情を、武田側も熟知しているだろう。

 勝利条件は、味方の出血を抑えて城を獲る。この際、信実の首は不要だ。そして、敗北条件は郡山城の開城。郡山城が落ちてしまえば、大内勢は途端に形勢不利に陥る。

 とすると、一刻も早くここを抜かなければならないのだが、力攻めもできず、手の打ちようがない。

「若ぁ……!」

「焦る必要はない。焦って功を急げば台無しだ」

 隆房の焦れたような声を封殺し、隆元に視線を向ける。

「隆元」

「はい」

「郡山城には、八〇〇〇人が篭り、二五〇〇人の兵がいると聞く。この人数でどれだけ持つと思う?」

 元就が用意した兵糧の数や将兵の質などは、毛利家のものではない晴持達ではどうしても調べきれない。状況が刻一刻と変わっていく戦場に於いて、それらの分析がより正確にできるのは隆元以外にいない。

「母上の策にもよりますが、篭城に徹しても半年は持ち堪えられるはずです」

「半年か……」

「若様。銀山城もまたそのくらいは持ち堪える可能性があります。降伏開城もまた難しいかと」

 隆豊が調べたところによれば、信実は周囲の村から米を買い叩いていたらしい。

 兵糧米は豊富にあるということだ。それならば、尼子家と毛利家の戦いの趨勢がどうあれ、銀山城は守りを固めて門を閉じ、息を潜めてその時を待つだろう。

 その時とは、毛利家が崩れ尼子勢が一挙にこの戦場になだれ込んでくるときだ。

 武田信実の確実な勝利方法は、その時をじっと待ち続けることだ。

「そっちがその気なら、こっちもそのつもりでやってやればいい」

 城攻めは焦れたほうが負けるものだ。

 晴持はそう心して、この地に腰を据えて銀山城に当たることにした。



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その四

 銀山城を攻囲してから二十日余りが過ぎ、戦線は依然として膠着状態にあった。

 大内勢は、朝昼晩と攻め手を逐次投入して山を登るも、城兵の抵抗にあって敢えなく撤退するというのを繰り返していた。

 敵よりも圧倒的に数が多いということは、こちらは余裕を持って敵に当たれるということ。余裕とは体力的なものもあるし、精神的なものもある。

 攻め手をその都度交代して体力の温存に努めつつ、攻撃する気のない攻撃を幾度も繰り返していた。それは半ば義務的、作業的なものを周囲に感じさせていた。

 ここまでで、死者は十人と少し。敵からは大内弱兵と謗る声も聞こえてくる。

「だが、それでいい」

 と晴持は断言する。

「敵の首を真綿で絞めるようなものだ。こちらを弱兵と侮る気持ちが出てきただけ、敵は緩んでいる」

 晴持はそのように判断していた。

 定期的な城攻めは、ほとんど効果は発揮せず城門付近で矢合戦となった後、大内方が撤退するという状況である。それが一日に最低でも三回。二十日続けば、武田方の将兵は、常に戦を意識しなければならない。晴持が攻め手を入れ替えながら、単調な攻撃を仕掛けている理由の一つであった。

 それはやがてルーティンワークとなり、思考停止を生み出す。そして、ストレスとなって彼らの心身に蓄積していくのだ。

 そうして、銀山城と向き合っているところに、毛利家から書状が届いた。晴持はざっと目を通し、思わず頬が綻んでしまった。

「若様?」

 不審に思った隆豊が、晴持に話しかける。

「元就殿が尼子に手痛い打撃を与えたようだ」

「真ですか!?」

 天幕の中がどよめきに包まれた。

「ああ。さすがは知将と名高い元就殿だ。尼子の兵糧を焼き討ちにしたようだ」

 尼子詮久は毛利攻めの当初風越山に陣取っていた。その後、大内勢が安芸国内に進軍するに及んで陣払いをし、青山三塚山に陣を構えた。これは、郡山城を見下ろしつつ、郡山城と鈴尾城の連絡を断ち、その上で大内勢と事を構えることのできる地理的優位性があった。これによって、大内晴持から先行させられていた杉隆相や小早川興景は元就と合流できず坂村に留まらざるを得なくなった。

 ところが、詮久は失敗も犯していた。

 その一つが、風越山に兵糧を置いていたことである。風越山を、石見国や出雲国との中継地として利用する算段だったのである。そこを、元就は強襲した。選ばれた精鋭によって、手薄になった守りを密かに突破され、三〇〇〇〇人を養う兵糧が炭の塊と化したのだ。さらに、隆相と興景らを少勢と侮った尼子勢は、湯原宗綱にこれを攻撃させた。それに対して、隆相達は元就と連携してこれを挟み、散々にやっつけて撃退してしまった。

 尼子勢の大敗北であった。

 晴持は、書状を諸将に回し読みさせた。

 毛利元就の勝利は、こちらの士気を大いに上げるのに役立つ。無論、彼女の智謀の恐ろしさには舌を巻く以外にない。

「これで、尼子は不利になった。大軍を維持するには食い扶持がいる。だが、その食い扶持の大半が焼かれた今、そう長く戦を続けることはできないだろう」

「若様。この件、銀山城にも流しましょう。城兵の士気を挫くこともできるかもしれません」

「よし、隆豊。すぐに教えてやってくれ。懇切丁寧にな」

「はい」

「少し早いが、元就殿の戦勝祝いでも開こうか」

 晴持はそう言って、意味深長な笑いを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 銀山城に篭っているのは、武田家当主武田信実を筆頭に、前当主の甥である武田信重、尼子家から援軍に来た牛尾幸清らが精鋭三〇〇〇人余りとともに頑強に抵抗している。

 兵数は攻め寄せる大内勢の三分の一程度ではあるが、それでも篭城戦をするのであれば十分な数である。

 それに、武田家には勝機もある。

 なんといっても、武田家の後ろには三〇〇〇〇人の尼子勢がいる。毛利家の郡山城を陥れれば、すぐにでも駆けつけてくれるだろう。そうなれば、人数の差は一気に覆る。憎き大内家に大打撃を与え、安芸国守護の実力を国中に見せ付ける好機となるだろう。

 しかし、それは結局のところ今の武田家が尼子家の傘の下にいなければ独立した勢力として立てないということでもある。それは、信実にとって苦渋以外の何物でもないのだが、そうはいっても大内家を相手にするには尼子家を味方につける他に選択肢がない。何よりも、信実には後がない。

 信実は、安芸武田家の生まれではない。先代光和の代で直系の血筋が絶えたため、縁のある若狭武田家から養子として入っただけの新参者でしかない。

 そのため、家臣団の統率が上手くいかず、大内家との関係で割れた家中を立て直すことができず、城を追い出されて若狭国に逃れた。

 それでも、こうして安芸国に戻ってきたのは、武門の意地があったからだ。

 このままでは済まさぬと、煮えたぎる溶岩のような心が訴えていたのだ。

「よもや、毛利程度に尼子がしてやられるとは……!」

 尼子詮久の大敗は、隆豊の手配によってあっという間に城内に知れ渡った。

 こうなってくると、城兵の士気がガクンと下がってしまう。篭城というのはそもそもが援軍を当てにした戦略である。必死になって命を繋ぎ、援軍の到来を待って敵を撃退するのが常識的な戦い方である。元就のように、篭城しつつも攻め手に打撃を与えるにはよほどの運と策略が必要だ。

 そして、武田家には尼子家以外に救いの手を差し伸べる者はいない。

 そもそも、信実に従う者自体が少ないという問題を抱えている。安芸武田家の譜代の臣は信実が追い出された一件で分裂し、有力な者も毛利家に走ってしまっていた。

 それでも、篭城戦ができたのは、尼子家という後ろ盾への信頼があったからだ。

 だが、毛利家一つに手間取っているという現実が、三〇〇〇〇人という膨大な兵を率いる詮久への不信感となって信実の胸に押し寄せてくる。

 

 ――――それだけの大兵力を指揮しておきながら城一つ潰せんのか。

 

 悪い噂は広まるのが早い。

 流行病が駆け巡るように、城内は尼子敗走の話で持ちきりだった。中にはすでに尼子家は毛利討伐を諦めて本拠に戻った、などという妄言も出始めている。

 戒厳令を敷こうにも、もはや遅い。先行きに不安が現れたことで、城兵の士気は低下する一方であった。

 そして、大内勢の陣からは太鼓や笛の音が聞こえてくる。兵の一部には酒も振舞われているようだ。毛利家の勝利に浮かれ騒いでいるのであろう。

「敵の大将は大内晴持。ふん、所詮は若造か」

「御屋形様。決して、油断されませぬよう。大内晴持と言えば、大内義隆の養嗣子にして、文武に長じるとして大内家中に於いても人心を集める仁。陣中には陶興房の子陶隆房も居ります。若造とはいえ、迂闊は禁物にございます」

「分かっておる。だが、あれを見てみろ。村の家を取り壊したかと思えば、その木材で能舞台を作っているではないか。わしらを甘く見ておる。いつでも倒せると高を括っておるのだ」

 通常ならば、村を焼き討ちにして城兵の士気を下げようとする。挑発行為ともなるし、家を用いた伏兵戦術が使われないようにするためでもある。だが、ここにきて晴持は、山麓の村の家々を取り壊し、木材を能舞台などに流用した。戦場でありながら、武田の将兵に見せ付けるように村の木材を使ってバカらしい加工品に変えていくのだ。これを憤らずしてどうするというのだ。舐めるのもいい加減にしろと言いたい。

「物見によれば、浮かれ女も多数出入りしている模様です。大将も毛利の勝利に浮かれたのか、女将を侍らせて酒を飲み喰らっているとか」

「自分は単調な攻め方しかできん癖に、調子付きおって。大方、毛利の勝利を己の勝利と錯覚しておるのだろう」

 大内家の態度に対して、憤懣やるかたないといった将達が、苛立ちの色を濃くする。

「信実殿。御心を御鎮めくださいませ。毛利が勝利したとはいえ、それは小競り合いの一つに過ぎませぬ」

 尼子からの援軍である幸清は、自身の主君が敗れたなどとは到底信じられなかったし、それが大内家によって大きく虚飾されたものだとも思っていた。

「仮に本当に毛利に兵糧米を焼かれていたとしても、我らにとっては大きな痛手ではありませぬ。失ったものは他所から持ってくればよいのです。兵糧米が焼かれたこと自体が、全軍に与える影響など僅かでしかありませぬ」

「それは真か?」

「無論にございます。三〇〇〇〇の兵を半年は養えるだけの予備の兵糧が備後の三吉に用意してございまする。これを運び込めば、すべては元通り」

「ハハハ、そうかそうか。であれば、彼奴らの余裕もそう長くは続かぬわけか」

「御意」

 幸清は平伏して自分が知る尼子家の準備の周到さを語る。

 兵糧の焼失はあってはならない事態ではあるが、想定し得るものでもある。兵糧がなければ軍を維持することができないのだから、古来より、兵糧の焼き討ちは基本的な戦術として使われてきた。それこそ、この国が国としての形を整える以前の時代、中国での戦でも多用されている。それくらい、狙われて当然の兵糧なのだから、予備を用意するのは当たり前なのだ。

 尼子家は大内家に次いで高い財力を有する大家である。

 十分な量の兵糧の予備には余念がなかった。

「大内晴持。政治では頭が回っても、戦ではまだまだ小僧だったということか」

 能舞台の周囲でこれ見よがしに遊び惚ける大内の将兵。その中心には晴持がいる。

「夜討ちを仕掛けるぞ。連中が勝った気でいる今が好機。単調な迎撃戦でこちらの兵も気を緩めておるからな。ここいらで引き締める」

 信実は敵の様子を仔細に観察しつつ、侮蔑したような視線を大内勢に投げかけるのであった。

 

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 

 毛利元就がそうであったように、数の差というのは状況次第によっては覆されることもある。もちろん、それは局地戦に限った話であって、いくら相手が油断していようとも大将首を獲るまでには至らないだろう。だが、一度でも打って出ることは城兵に溜まった鬱憤を晴らすよい機会であり、また、士気を高揚させる効果もある。とにかく、篭城戦を持たせるために、適度な城外戦闘はあったほうがいいのだ。

 そこで敗北すれば、厭戦気分が蔓延するだろうが、作戦が成功すれば大内弱しと喧伝し、より頑強な抵抗ができるようになる。

 毛利家の勝利に浮かれている大内勢に戦の厳しさを教えるのであれば、今が最大の好機である。

 武田家の内情を考えると、信実は分かりやすい戦果を欲するはずだ。それは、彼が家臣団をきちんと統率できていない、新参の将だからだ。いかに跡取りと雖も、素直に号令に従ってやるほど、この地の者は甘くない。お家騒動の際に武田家を見限って、毛利家や大内家に鞍替えした者も少なくない中で信実が戦力を維持するには大内勢に対して、どうあっても一撃を入れる必要があるのだ。

「あの、若様……本当に、大丈夫なのでしょうか」

「どうした、隆豊」

 篝火の灯りが、布越しに天幕を柔らかい光で包む。今、この天幕の中にいるのは晴持と隆豊だけだ。他の将は皆、それぞれの持ち場に戻っている。

「陣中で能や舞を催すなど。皆、気が抜けてしまうのではないでしょうか?」

「戦の最中とはいえ、気を紛らわせるのは必要だろう」

「しかし……」

「大丈夫だ。隆房が警戒に当たっている。夜襲もあるものとして注意している」

 晴持は、天幕の外に出る。

 目の醒めるような大きな月の天蓋だ。月光は明るく地を照らしている。篝火など、不要と言えるほどの光が、天から注がれている。

 銀山城はその中で漆黒に浮かび上がる切り絵のように建っている。

 その時、夜の静寂を突き崩す鐘の音が、響き渡った。

「わ、若様。これは……!?」

 飛び出てきた隆豊は、すでに武将の顔つきとなっていた。

「ああ、来たようだ」

 この鐘の音は、銀山城のある武田山の麓になる長楽寺からの報せだ。長楽寺は、銀山城の搦め手側に建つ寺で、武田家との繋がりも深いのだが、落ち目となった武田家よりも圧倒的に優位に立つ大内家と組することを選んだ。

 事前に調略した甲斐があり、武田家が搦め手から夜襲に出た場合、音で報せてくれるようにしていたのだ。

 もちろん、それは武田方が大分通り過ぎてからしなければ反転されて押し潰される。だから、武田家の兵は、銀山城を密かに出て、それなりに時が経っているのだろう。

「戦だッ。寝てる者も鐘の音で起きただろう! これは、敵襲の報せ! 山麓の寺が危険を承知で、我らに武田の夜襲を報せてくれているのだッ! 無駄にしてはならんぞ! 者共、武具を持て、寺を武田が押し包む前に、こちらが武田を叩くぞ!」

 昼間に英気を養った将兵は、顔色もいい。彼らは、すぐに体勢を整えた。

 そこに、馬に乗った隆房がやってきた。

「若! 急ぎだから、馬上で失礼! 裏手から敵襲。目視で確認! 数はおよそ一五〇〇! 距離は、一〇町くらい!」

「よし、隆房。お前は夜襲組を率いて正面から突き崩せ」

「承知!」

 隆房は、馬首を巡らせて夜襲組――――晴持が昼間に寝て、夜に夜襲警戒に当たるように指示した一隊と共に颯爽と戦場に向かう。

「隆豊は右翼から隆房を援護だ。上流から川を渡って、伏せ兵を指揮しろ。頼むぞ」

「はい!」

 それから、毛利隆元や家臣の山崎興盛らに出陣の準備をさせる。

 目を凝らすと、晴持のいるところからでも敵影が分かるくらいになってきた。梵鐘がかなり有効的に作用したらしく、動揺の色が窺える。

 その敵影に、景気よく隆房の部隊が突撃した。

 

 

 

 □

 

 

 

 夜襲を指揮するのは、安芸武田家の血を引く武田信重。前当主である光和の甥に当たる彼は、現当主の武田信実を心から信じているわけではなかった。

 彼自身は、安芸武田家の血脈ではあるが当主になろうとは思わず、粛々と若狭武田家からの養子を受け入れた。だが、入ってきた信実は大内家との和平を主張する香川家と依然として尼子家に合力せんとする品川家の対立を解消することができなかった。

 その時点で自分が責任を持って当主の地位を強引にでも引き継いでいればとも考えたのだが、それは混乱に混乱を重ねるだけで終わるのは目に見えていた。

 仕方がないと、割り切ろう。

 安芸武田家が尼子家の支援を受ける以上は、大内家に狙われるのは承知していた。尼子家が毛利家に梃子摺っているのだから、これ以上の援軍を望むのは難しいということもだ。

 そうした中で、大内家の総大将が若く、経験の浅い者でよかったと思う。毛利家の一時の勝利で浮かれている今の大内勢に切れ込めば、敵陣を壊滅させることはできずとも、それなりの戦果を上げることはできる。城兵の士気を高める好機を逃したくないというのは、信実でなくとも希うものだ。

 夜陰に紛れて一五〇〇の兵と共に銀山城の裏手から出馬した信重は、密かに山を下るとそのまま大内勢の右翼側を目指して兵を進めた。大内家の陣は、篝火が焚かれているが、静かなもので、夜襲に対する警戒心がないようにも思えた。

 それは、自分の心がそうなのだと思いたいだけなのかもしれない。

「……何をバカな」

 それでは、まるでこの策に自信がないようではないか。

 一度戦場に出たならば、策に疑問を差し挟んではならない。それは、心と身体を重くし、判断を鈍らせ、命を落とす要因ともなる。信重は弱気な己を戒めて馬を静々と進ませる。

 大内勢に切り込むには、佐東川を渡らねばならない。夏の気配を残す秋の世に、川の水は心地よく感じられた。

 特に問題が生じることもなく、信重は川を渡りきった。

 長楽寺の鐘が鳴り響いたのは、その時であった。

「な、に……?」

 重厚な梵鐘の音。

 この地に来て以来、毎日のように聞いてきた鐘の音である。だが、月が出ている真夜中に鐘を突くことなど、今まで一度もなかった。

 なぜ、このような大事な時に、と信重は歯噛みして、それからはたと気が付いた。それは、決して想像したくない最悪の事態であり、そして最も高い可能性――――即ち、長楽寺が大内勢に味方し、武田家の動きを鐘で報せているという可能性である。

「いかん、我らの動きを読まれておるッ」

 信重が叫んだときには、兵の間に動揺が広がっていた。夜襲とは、直前までそれと悟られず、敵の不意を突くからこそ少人数でも勝利を収めることができる戦術だ。敵がこちらの動きに気付き、対処するとなれば、奇襲は失敗だ。反撃を受けて蹴散らされてしまう。

「おのれ、小癪な坊主めがッ」

 怒気を露にしても、もはや遅い。策は失敗した。それを認めて、次に対処しなければならない。

「信重様! 大内勢に動きが……大内菱の旗印。率いているのは、陶隆房と目されます!」

「陶の娘かッ。槍隊を前に出せ! 押し返すのだ!」

「槍隊、前へーーーーッ!!」

 侍大将が号令を掛ける。夜襲が失敗した直後に大内家でも指折りの実力を持つ陶家の一軍に襲い掛かられるという最悪の展開に、武田勢の動きは鈍かった。

 槍衾を展開したときには、すでに隆房の軍勢は目と鼻の先にいた。

「この程度の槍衾で、あたしを止められると思うなよ!」

 片手で繰り出す槍が、武田方の槍衾を切り開き、先頭の兵を蹄にかけた。隆房は自身を先頭にして偃月の陣で切り込んだ。大将を先頭にして敵陣を切り開くこの陣形は、味方の士気を大いに盛り上げる一方で、大将の討ち死にの危険性を高める非常に危険な陣形でもある。

 隆房がこの陣形を選んだのは、自分の父親が攻略できなかった銀山城に攻めかかることに対する高揚感もあるし、性格もある。が、それ以上に戦術的に適していたと判断したからであった。

 敵は渡河したばかり、且つ、奇襲の失敗で動転している。人数も多くない。防御力は脆弱。これだけ揃っていれば、一息に突き崩すのが手っ取り早い。

「やっぱり野戦が一番だ! しゃー、暴れまわるぞー!」

 変幻自在、細身の身体から繰り出される槍撃は、鎧を着込んだ大の男の骨を砕き、首を跳ね飛ばすほどに強力だった。血飛沫が舞い、可愛らしい顔を汚していく。月光に照らされた隆房の顔は、武田兵にとっては鬼のそれにも見えただろう。

「おのれ、小娘ッ!」

「え、じゃま」

 雑兵の突き出した槍を、隆房はひょいと避けて、籠手で殴り倒した。顔面から血を吹いて倒れた男は、それっきり動かなくなった。

「ば、化けもんだ」

「殺されるッ」

「お嬢に続けッ!」

「隆房様に遅れを取るな!」

 武田勢は隆房の戦いぶりに恐れ戦き、陶勢は士気を高揚させた。

 ただの一度の突撃を受けて、武田勢は一挙に瓦解した。

 そして、武田勢を斬り裂いた隆房が遂に信重を視界に捉えた。

「そこにいるのは、武田の将だな! 名乗れ!」

 隆房は止まらない。兵の壁を物ともせずに、突き進んでくる。

「うぬ、陶の娘がこれほどとはッ」

 父が父ならば、娘も娘。いや、あるいは既に父親を超えているかもしれない。そう思わされるほどの武勇を示している。

「信重様。ここはお退きくだされ!」

「あの娘は我らでお引き受けしますゆえ!」

「あ、ちょっと、逃げる気!? 待てって、もう、あんたらじゃま!」

「すまぬッ」 

 信重は命を賭して身を守ってくれる家臣に涙ながらに礼を言って、馬首を川に向ける。すでに戦列は瓦解し、戦おうとする者は、信重を逃がそうとする心ある家臣だけであった。そうではない兵達は、皆川に逃れていく。追い散らされた状態で、川に飛び込んだことで、溺れる者が続出した。信重が川を渡り終えたときには、一五〇〇人いた兵は、半分以下にまで減っていた。

 すべてが討たれたわけではあるまい。おそらくは、夜陰に紛れて逃げ散ってしまったのだろう。

 追撃が来ることは確実と言ってもいい。川を渡って一息つくこともなく、信重は馬に鞭を入れて銀山城を目指した。

 全力での敗走。その側面に、襲い掛かったのが隆豊の部隊だった。武田勢が隆房に蹴散らされている間に、上流から川を渡り、退路に伏せていたのだ。

「弓隊、てーッ」

 空気を切る乾いた音。

 百を超える矢が、信重達に降り注いだ。

「ぎゃあ」

「痛てえ」

「ひぃいい」

 軽装の者から脱落していく。信重は味方に守られてほとんど怪我はないものの、その味方が次々と倒れていく。

「形振り構わず駆け抜けろ!」

 そう叫ぶのが精一杯だった。

 弓の雨の後は、冷泉勢の突撃がある。武田勢は壊走して、隆豊達に面白いように討たれていく。もはや戦場は武田勢の首を狩る、狩場となったのだ。

 

 

 

 

 □

 

 

 

「お味方勝利! 武田勢、壊乱にございます!」 

 伝令兵が、天幕に入ってくるなりそう叫ぶと、陣中はどっと空気が弛緩した。

「ご苦労。敵は、城に逃げ戻っているな?」

「ハッ」

「ならば、そのまま城に追いたて、攻城に移れと隆房と隆豊に伝えてくれ」

「承知しました」

 伝令兵は、一礼して天幕から飛び出ていった。

「晴持様」

「ああ、隆元と興盛は、大手門から銀山城を攻めろ。この一戦で雌雄を決するぞ」

「はい!」

「お任せあれ」

 隆元と興盛は、それぞれ鎧を鳴らして自軍の元へ急ぐ。

 追い散らされた武田勢が山を駆け上がるのにくっ付いていけば、搦め手から銀山城を襲撃できるのだが、そう上手くもいかないだろう。だが、この一戦で銀山城の兵力を大きく削ぐことはできた。今、城内にいる兵の数は半分ほどだ。敗報で消沈したところに一気呵成に攻撃を仕掛けられれば、さすがの銀山城も落城を免れまい。

 以前と違って、今回は明確な尼子家からの支援がないのだ。

 尼子家が毛利攻めに手間取っていることは周知の事実。その不安を払拭し、士気を向上させる必要性から、敵は夜襲に踏み切らざるを得なかった。かつて、大内義隆が銀山城に出陣した際には、毛利元就の夜襲によって、大内勢は撤退に追い込まれた。敵には、そうした過去の栄光が植えつけられていることもある。

 夜襲の効果を知り、敵の明確な隙を見て、自分達は追い込まれている。打って出たくなるのが人の性だ。

 

 銀山城は、予想に反して頑強に抵抗したものの、一刻と持たずに落城した。

 武田信実、牛尾幸清は夜陰に紛れて逃亡、武田信重は意地を張って抵抗し、隆房の槍で討ち果たされた。



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その五

 銀山城の落城の報は、晴持の指示もあって、瞬く間に安芸国中に知れ渡った。それは安芸武田家が事実上滅亡したに等しい一大事であり、大内家が安芸国内に楔を打ち込んだことを意味していた。

 毛利家の城を落とすこともできない尼子家に対して、安芸国の要衝を奪取した大内家。戦いの趨勢がどちらに傾いているかは、火を見るよりも明らかだった。

「大内晴持様、近日中に到着との由にございます!」

 元就の下にやってきた伝令兵が援軍の現状を伝えてくれる。

 それだけで、篭城している方としては心強いと思える。安芸武田家によって進路が阻まれていながら、一部の部隊を迂回させて早々に援軍に寄越してくれたことといい、晴持の差配には感謝するばかりだ。

「承知しました。皆、聞きましたね。大内勢が駆けつけるのも秒読みとなりました」

「さすがは大内ですな。あの銀山城を陥落させるとは」

「やはり、大内に就いたのは正解でしたな」

 元就の言葉に、評定の間の空気は大いに軽くなった。

 援軍の到来が確実となったことで、不安が小さくなったのである。常に命の危機、滅亡の淵にいる篭城方としては、援軍が来るのか、来るとしたらいつなのか、ということがとても気にかかる。その情報一つで、粘り強さが変わったりもする。

 それを考えれば、晴持のように、小まめに情報を送ってくれる。

 家臣の一人が言った、『大内に就いて正解だった』というのも、賭けにでた元就にとっては重要な言葉だった。

 毛利家も大内家と尼子家の間に立って揺さぶられてきた家だ。元就が家督を継ぐに当たって、尼子家からの干渉があり、当主候補であった元綱を謀殺せねばならなかったという苦い経験がある。 

 尼子家と大内家との間を行ったり来たりして、最終的に選んだのが大内家であった。それには、元就が尼子家に対して様々な遺恨を抱いているからでもあったが、尼子家の領地に近い吉田を領する国人が尼子家を裏切って、大内家に就くというのは、一世一代の大博打でもあった。家臣からの反発も強かっただけに、家臣の中から大内家を評価する意見が出たというのは、大きい。

「ですが、」

 と、元就は目を厳しくして家臣達を見回す。

「ここで気を抜いてはなりません。この情報は尼子にも伝わっています。彼らからすれば、我々に援軍が来る前に方をつけたいと思うでしょう」

「なるほど。では、ここしばらくは寄せての攻撃は激しくなるということですな」

「その通りです。皆も、大内様だけでなく、わたし達で城を守りきるという気概を持ってください」

 元就は深謀遠慮を感じさせる表情で、家臣に語りかけた。彼女の目には、他の者には見えない何かが見えているのだろうか。家臣達は、空恐ろしくも頼もしい主君の言葉に身体を震わせた。

「では、配下の兵に伝え、守りを固めるようにいたします」

「守る? 何を言っているのですか」

 元就の言葉に、家臣達は口を噤んだ。

「この戦は、篭城戦です」

「はあ、それはその通りですが……」

 くすり、と元就は笑う。

「篭城しているのは、尼子も同じ……」

 元就の意味深な言葉に、家臣達ははっとする。

 尼子詮久は三〇〇〇〇もの大軍で安芸国に侵攻してきた。当然、それだけの人員を養うには大量の物資が必要だ。兵糧だけでなく、矢や木材なども用意していなければならない。だが、元就の奇策によって、風越山の物資は焼き払われた。三吉に蓄えられていた予備物資も、元就が手を打って焼いてしまった。それはつまり、安芸国内で尼子勢は兵糧攻めにされているにも等しい状況なのである。

 まして、毛利家とは比べ物にならないほどの巨大な軍勢だ。兵糧の消耗も、かなりのものになるだろう。

「そう、わたし達は常に攻める側なのですよ。そう思えば、敵の寄せ手も恐るるに足りません」

 

 

 

「お母さん、あたしはいつになったら戦に出られるの!?」

 評定が終わった後、元就の部屋にやって来たのは次女元春であった。橙色の長い髪を後ろで結い上げてい

る。勝気そうな表情は、生来の負けん気の強さを表しており、力も強く、頭の回転も速い。

「何を言っているの。あなたにはまだ早いでしょう」

 元就は娘の主張をあっさりと退けた。

「えー、なんでー?」

「あなたはまだ十二。とても戦になんて出せません」

「もう十二だよ。世の中、これくらいで初陣する武将はたくさんいるでしょ!」

「他所は他所。うちはうちでしょう」

「ああああああ、聞き飽きたー!」

 ジタバタとする元春に、取り合わない元就。元就自身の初陣がかなり遅いほうだったので、十二歳での初陣というのは抵抗がある。それに、せっかくの娘の初陣なのだから、きちんとした華のある戦でさせてあげたい。このように攻め込まれる戦ではなく、こちらから攻め込むときなどがいい。

「それはそうと、隆元から書状が来ているわよ」

「え、ほんと!?」

 途端に顔を輝かせて元就が差し出した書状をひったくるように奪い、その場に座り込んで食い入るように読み進めた。

 その様子に、まだまだ子どもだと元就は苦笑しつつ異国の地で一人生活する娘のことを案じるのであった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 晴持が七千の兵を率いて郡山城の東南に位置する山田中山に到着したのは、銀山城陥落の二日後であった。その間、尼子家では、尼子誠久主導による郡山城への苛烈な攻勢があったものの、元就の巧みな用兵はこれを見事に撃退している。

 晴持は、住吉山に陣を構え、旗を掲げて陣太鼓を大いに鳴らした。尼子兵を威圧し、毛利家を鼓舞するためである。

「若様。毛利から、使者がいらしています」

 畳床机に腰を下ろし、広げた絵地図を眺めていたとき、隆豊が毛利の使者がやってきたことを告げてくれた。

「分かった。通してくれ」

「はい」

 しばらくして、天幕の中に入ってきたのは毛利家に仕える宿老であった。

「この度は遠く山口より足を運んでくださいまして、真にありがとう存じます。某は、毛利家家臣国司元武と申しまする」

「同じく、毛利家家臣粟屋元良と申しまする」

 長期に渡る篭城戦からか、疲労の色が顔にありありと浮かんでいるものの、壮年の男性らしい逞しさを感じさせる二人であった。

「毛利家は、大内家にとっても重要な家です。その危難となれば、見過ごすわけにはいきません。我々が来たからには、もう尼子に好き勝手なことはさせないと誓いましょう」

「力強いお言葉。それだけで、我が方の将兵は万の敵を相手に戦えまする」

「共に手を携えて、尼子を安芸国より駆逐しましょう」

 毛利家の使者を丁重にもてなした後、晴持は隆元らを使者として郡山城に向かわせた。

 

 その夜、陣中はひっそりと静まり返っていた。篝火の火が爆ぜる音と鈴虫の声だけが涼しい秋風に乗って耳に届く。秋冷な空気が肌に染みる中、空に浮かぶ月を肴に酒を飲む。

 アルコールは好みではないが、冷える身体を温めるには効果的だし、可愛い娘が酌をしてくれるというのなら、断る理由もない。

 隆豊が杯に注いでくれる清酒を喉に流し込むと、ジンと胃の辺りが熱くなった。

「隆豊も」

 隆豊に杯を手渡す。

「え、そんな……」

「俺だけというのは趣味じゃない」

「あ、ありがとうございます」

 有無を言わさず隆豊の杯に酒を注ぐと、観念した隆豊は杯の酒を飲み干した。

 弱い酒なので、少し飲んだ程度ではどうともならない。

「美味しいです」

「それは良かった」

 ふわりと笑う隆豊に、晴持は笑みを返す。

 穏やかな空気が、二人の間には流れている。

 晴持は、視線を元就が篭る郡山城に向け、それから尼子家が陣を敷く青山城に巡らせる。

 煌々と焚かれた篝火が、両陣営の城を明るく照らしている。光を絶やさず夜襲に備え、こちらはまだまだ戦えるとアピールしているのであろう。

「追い詰められているのは、尼子の方か……」

 兵の数があまりに多いので、物資の不足が顕著になって現れる。

 郡山城攻めの度重なる失敗と、勇猛な武将の死が物資不足と絡み合って非常に大きな精神的打撃を尼子勢に与えている。戦が始まってずいぶんと経ち、末端の兵には里心がついている頃合だろう。そこに、大内家の援軍がやってきたのだから、逃亡兵も少なからず出ている。尼子家が動かないのは、こちらに対する防備を固める必要性に迫られたからであろう。

「俺達も、補給路のことはきっちり管理できるようにしないといけないな」

「そうですね。如何な大兵と雖も糧食がなければ餓えてしまいます。今回の戦は、そのよい教訓を示してくださいましたね」

 今回の戦に関しては、銀山城に一部の兵を残してきたので補給路を断たれる心配はない。安芸武田家の城をそっくりそのまま補給基地として利用することとしたのだ。

「近く、義姉上も山口を発たれる。可能なら、義姉上が到着するまでに決着を付けたいところだがな」

「そうなのですか?」

「そりゃ、そうだ。この戦の総大将は俺だ。義姉上が出てきたら、霞んでしまうじゃないか。俺だって手柄は欲しい」

「銀山城を落とした大功は、紛れもなく若様のものですよ」

「ありゃ、お前や隆房が頑張ってくれたからなんとかなったんだよ」

 晴持は、杯を口に運ぶ。晴持は絵図を描いたものの、あそこまで上手くいくとは思っていなかった。それが、銀山城の落城という最高の結果に結びついたのは、配下の者達が死力を尽くして活躍してくれたからに他ならない。

「そういう謙虚なところは若様の美点だとは思いますが、もっと誇ってもいいと思いますよ」

「嬉しいこと言ってくれるな」

 そこに人の気配を感じて、晴持はそちらに視線を向けた。やってきたのは、隆房であった。

「あ、若。何してんの?」

「見ての通り、軽い酒盛り」

「む、また隆豊と? ふーん、……あたしも混ざっていい?」

 隆房は畳床机を天幕の中から持ってきて、晴持の隣に座った。

「混ざるのは構わない、が生憎と酒器がないな」

 人を呼んで酒を飲むような気もなかったので、そういった準備をまったくしていなかった。気まぐれにその場にいた隆豊と飲み交わしていただけだったのだ。

「まあ、俺はもう十分に飲んだし、俺のでよければ使っていいぞ」

「え……えぇえ、若の……!」

「あ、もちろん拭くぞ」

 晴持は、懐から布を取り出して自分の杯を拭こうとする。

「ああ、待って、拭かなくていい。布、汚れるから!」

 隆房は、慌てたように晴持の杯を奪った。

「まあ、それでいいんならいいけど」

 晴持は、隆房の杯に酒を注ぐ。

「えへへぇ……いただきます」

 隆房は、へらへらとしながら酒を一気に呷った。豪快な飲みっぷりだ。隆房はかなり酒に強いので、この程度の薄酒では満足しないのではないかとも思う。

「なんか、このお酒美味しい」

「次いけるか?」

「うん!」

 見ている方が気持ちよくなれる見事な飲みっぷりを披露する隆房に、ついつい酒を連続して注いでしまう。

「あの、若様」

「ああ、すまん隆豊。そっちも空か」

 前世では酒を注ぐ立場だったことが多いので、未だにその癖が出る。だから、隆豊の杯が空になったのに気付かなかったのは申し訳なく思ってしまう。

「いえ、それはいいのですが、先ほどから陶さんに酒を注いでばかり。若様がそれではいけません。どうか、わたしの杯をお使いください」

「え、それは悪い」

「お使いください」

 隆豊が有無を言わさぬ迫力で迫ってくるので、晴持は押し切られるままに隆豊の杯を受け取り、注がれる酒を飲んだ。

 結局、その後は杯を三人で回しながら酒精を味わうというように変わり、瓶子の中の酒が尽きるまで続いた。

 

 

 

 □

 

 

 

 尼子勢を駆逐するために攻撃の時期を決める必要がある。

 この年は例年よりも寒く、雪が降り積もるのも早かった。尼子勢と小競り合いをしながらも、決定的な打撃を与えるには及ばず、薄らと大地が白く染まる時期にまでなってしまった。

「やっぱり、尼子ほどの敵を相手にすると時間がかかるか」

 戦は長引けば長引くほど金がかかる。早々に蹴りをつけたいところだが、尼子家が陣を敷く青山城もなかなか固い。そう簡単に攻め落とせるものでもなかった。

 寒さは暑さ以上に人命に関わるものだ。今のままならば、尼子勢は撤退するにも雪に阻まれてできなくなる。完全に劣勢に立たされた今、尼子詮久は判断の時を迎えている。撤退ということになれば、尼子家の威信に傷が付くことにもなるので、決断は難しいかもしれないが、そんなことに拘っていれば徐々に状況は悪くなる一方のはずだ。

「さっさと決断すればいいものを」

 俺なら、早々に引き上げるのに、と晴持は詮久に対して憎憎しげな呟きをする。

「このまま、雪が積もるのを待ってもいいかもね」

「隆房。なんでそう思う?」

 軍議をしていると、隆房がそんなことを言ったので、尋ねてみた。

「このままなら敵は孤立したまま雪の中に埋もれることになるから、こっちとしては尼子家に大きな打撃を与えやすくなると思うよ」

「兵は餓えて凍え、まともに戦えなくなるか」

「うん」

「より確実に勝利するなら、それがいいか」

 もちろん、雪が邪魔でこちらから攻められなくなる可能性もあるが、そうなった場合、尼子家は完全に孤立するということでもある。文字通り、兵糧攻めだ。攻めてきたはずの尼子家が、雪と大内家の兵に囲まれて兵糧攻めにあうのだから、どちらが攻め込んだのか分からない。

「元就殿と話し合い、攻め時を決めよう」

 晴持は、あくまでも毛利家の後詰としてこの地にやってきた。だから、極力元就の意見を尋ね、彼女の策に合わせる形で兵を動かそうとも思っていたのだ。

「隆元、すまんがまた使いとして行ってくれるか?」

「はい、もちろんです」

 毛利家からの人質である隆元は、本来であれば戦場にいるはずのない人物だ。まして、その実家である元就の下に向かわせるなどありえない。が、晴持はあえて隆元を使いにした。それは、人質というものに対して、未来人ならではの同情があったこともあるが、それ以上に毛利家に対する信頼を見せようというのがある。この状況下で毛利家が裏切るなどありえないが、今後のことも考えて毛利家の心を掴んでおくに越したことはないのである。

 

 

 

 □

 

 

 

 元就にとっても、自分の娘が大内家からの使者として現れるとは思っても見なかったので、それは度肝を抜かれる展開だった。

 人質をこのように自由にしていたら、人質としての価値がないも同然だが、その裏に、大内家からの信頼を感じて元就はしてやられたと思った。

 ここまでされては、毛利家はそうそう裏切れない。

 心情面だけでなく、世間体が悪すぎる。この状態の大内家を裏切れば、毛利家と同盟を組もうという勢力は現れないかもしれない。ただでさえ尼子家という大家を裏切ったのだ。やはり、大内家の傘の下で勢力を拡大していくというのが毛利家の採るべき未来なのであろう。

 幾度か使者としてやってきた隆元は、常に大内家の使者として振舞った。それは、優柔不断なところのあった隆元が大内家の中で成長している証でもあって、嬉しいやら寂しいやら複雑な感情を元就に抱かせた。

「毛利家としては、降雪の度合いにもよりますが、年明け頃に宮崎長尾の尼子勢に攻撃を仕掛ける予定です」

「年明け、ですか?」

「ええ」

 元就は毛利家当主として振舞い、隆元は大内家の使者として応じる。

「その際、晴持様には尼子家の牽制をお願いしたいのです」

「牽制……それだけで?」

「わたし達が打って出れば、城が手薄になります。そこを突かれてしまえばこれまでの苦労が水の泡です」

「なるほど。承知しました。晴持様にそのように申し伝えます」

「ああ、それと、その戦では元春も初陣を飾ります」

「え、ええッ!?」

 それを聞いて、隆元はついに素っ頓狂な声を上げた。それから、ハッとして顔を赤らめた。

「まだまだですね」

「お恥ずかしい限りで……」

 居並ぶ諸将も、クスクスと笑みを浮かべる。立派になって帰ってきた主家の娘が、やっと自分達の知る素の表情を見せたのが、微笑ましかったのだ。

「隆元殿。この後、少し時間が取れますか?」

「大丈夫です」

「それでは、わたしの部屋に来てください」

「はい、分かりました」

 そう言って、隆元は平伏するのだった。

 

 

 そして、隆元は元就の部屋にやって来た。

 城内に設けられた元就の私室は、平時では使われないため、懐かしいというわけではないのだが、それでも母の部屋というだけで込み上げるものがある。

 興味深そうに室内を眺めていると、元就から声がかけられた。

「どうしたの。早く座りなさい」

「あ、うん」

 隆元は、いそいそと座布団の上に座る。

「忙しかった?」

「ううん。それほどでも。それに晴持様が、母娘で語らう時間を作ってもいいと仰ってくれたから」

 すると、元就はまた目を丸くした。

「晴持様がそう仰ったの?」

「うん」

 隆元は頷いた。

 元就は、眉根を寄せて考え込む。

「お母さん?」

「いえ、信じられないことが続くと、どうでもよくなってしまうわ。あなた、一応人質なのよね」

「え、うん。実の母親から人質って言われると、それはそれで傷つくけど、そう」

「人質をその実家に出入りさせた挙句に、母親と自由に話していいなんて。常識はずれだわ」

「変わった人だよね、晴持様」

 隆元はその重大事に気付いているのかいないのか暢気に茶を啜っている。

 大内晴持。いったい、どういうつもりなのか。彼が考えなしに行っているというわけではあるまい。何かしらの策かもしれない。何せ、うつけに見せかけて武田勢に野戦を仕掛けさせた上で難攻不落の銀山城を奪った男だ。隆元がこれだから、元就が十分に気をつけねばならない。

「あ、そうだ。お母さん。さっきの、元春の話」

「え、ああ。初陣ね」

「そう。早くない? まだ、十二でしょ?」

「あら、でもあの娘はあなたより強いわよ」

「うぅ……」

 隆元は密かなコンプレックスをあっさりと指摘されて、消沈する。

 隆元は武芸の才がない。元春のように、槍や刀を振り回して大の大人を圧倒するような天才的な武芸を見せ付けられては、自信をなくしてしまうのも仕方がない。そして、実は策を練る才は三女が秀でている。事戦に関して、隆元は妹達に劣ってばかりなのだ。

「あ、でもわたし商人の方達と交渉するのは結構得意だよ。今回の戦の兵糧とか武具とか、わたしが用意したのも多いもん」

「ほう、そうなの?」

「うん」

 それを聞いて、隆元は微笑んだ。

 どうやら、隆元は着実に成長を重ねているらしい。少し見ない間に、ずいぶんと立派になったものだと内心で安堵する。

 それから、半刻ほど話をした後で、元隆は大内家の陣に戻っていった。

 

 

 娘を見送った元就はほう、と息を吐いた。

「どうかしましたかな。元就様」

「あら、広爺。寒いのに大丈夫?」

 元就の隣にやってきたのは、一人の老人だった。足腰はしっかりしている。顔に刻まれた皺が、月光を浴びて陰影を作る。

 志道広良。

 毛利家に仕える譜代の老臣であり、元就が当主になる前から元就の才を見抜き、ずっと支えてきてくれた人物である。元就と元就の夫を大切に思いながらも厳しく躾けたのは彼であるし、元就がここまでやってこれたのも彼のおかげだ。

「年寄り扱いしないでもらいたいものですな」

「もう九十に近いのですから、十分年寄りでしょう」

「何を、まだまだ」

 にやりと、広良は笑う。皺が深くなって、また一層威厳が増したように思える。

「隆元様は、ずいぶんと立派になられましたな」

「それこそまだまだ、毛利を背負って立つのだからもっと精進してくれないと」

「大将でありながら、戦中おろおろと落ち着きなく動き回るよりは幾分かましかと思いますがな」

 それを聞いて、元就はムッとした表情を作った。

「若い頃の話はいいんですよ。これからが大切なの」

 家を継いだばかりの元就は、生い立ちの影響もあって気が弱く、広良や幼馴染で後に夫になる軍師を頼ってばかりだった。

 隆元には、そうした幼い頃の元就の気質が遺伝してしまったような気がするのだ。

「まあ、隆元様は隆元様できちんと成長されているようですし、この広良。嬉しく思います」

「そうね。幸い、あの娘には元春と隆景がいるから。三姉妹が手を携えて共に歩めば、毛利は安泰と言ってもいいかもしれないわ」

 三姉妹は、面白いようにそれぞれがそれぞれに天才というべき才を持っている。隆元はどうやら財政面の感覚が秀でているようだし、元春は武芸、隆景は智謀が光る。これらは、そのまま戦と家の発展に必要な要素である。逆に誰か一人が欠けても、毛利家は手痛い打撃を被ることになる。

 子どもの未来と家の将来を思えばこそ、三姉妹には末永く仲良くやっていってもらいたいのだ。

 

 



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その六

 年が明けて、遂に作戦を決行する日がやってきた。

 晴持は、この攻撃に備えて陣を天神山へと移し、青山城の尼子詮久を威圧する。天神山は、青山城の尼子家の陣に真正面から対峙する位置である。これで、いつでも尼子家の本陣を狙える。そうして、準備を整えて、本格的な攻勢に出る日を迎えている。

 毛利元就は、自ら兵を率いて宮崎長尾の尼子勢を攻撃するべく城を出た。

 城は、戦いに参加しない百姓などを守備兵に見立てて、城内に配置して城の守りが堅いように見せかけるという入念な対策を取っての出陣だ。

 宮崎長尾の尼子勢は、三段の陣を築いている。第一陣は高尾久友率いる兵二〇〇〇が守っている。対する毛利勢は、城外の小早川興景や宍戸元源と合流し、三〇〇〇人の兵で正面から挑みかかった。

 

 

 その報告は、すぐに尼子本陣に伝えられた。

 尼子詮久は衝撃のあまり言葉を失いかけた。

「バカな、三〇〇〇と言えば、毛利の総兵力ではないか」

 詮久の言の通り、この数字は元就が動員できる兵の限界値である。そして、それだけの兵を動員しても尼子家の三〇〇〇〇の兵からすれば、十分の一程度でしかない。兵力の差を考えれば、打って出るというのは考えづらい。

 だが、実際に元就は兵を出してきた。しかも、郡山城を見る限り、城兵は相当数が配置されている。

「大内方から兵を借りたのでしょう。小早川も合流を果たしている模様です」

「援兵を出すべきか」

「迂闊に我らが動けば大内に突かれることでしょう。宮崎長尾には合計して四五〇〇の兵がおります。これだけでも毛利を上回っております」

「なるほど、確かにその通りであった」

 詮久は動転していた気持ちを落ち着けて状況を頭の中で整理する。

 元就は、兵三〇〇〇を率いて宮崎長尾に攻撃を仕掛けている。これは、元就が外部の小早川家などを組み込んで仕掛けてきたのであろう。彼女が動員できる兵の上限であるはずだ。その一方で、宮崎長尾の高尾久友、黒正久澄、吉川興経らには、合計して四五〇〇の兵がいる。しっかりと守りを固め、落ち着いて迎え撃てば、毛利勢を跳ね返せる。

 戦は数だ。数が多い方が圧倒的に優位に立てる。ならば、本陣が動転して、余計な手を出さない方がいいのではないか。

 詮久の考えは、とても常識的だった。兵法の常道に照らしても、問題となるところはない。

 戦が始まって、半刻ほど経ったところで、飛び込んできた伝令兵が、倒れこむように告げた。

「御、注進……第一陣、高尾久友殿、御討ち死に」

「何ッ!?」

 詮久は立ち上がって叫んだ。

「どういうことだ。高尾には、二〇〇〇の兵がいたはずであろう!?」

「は……久友殿は、毛利勢を柵外にて迎撃されましたが、毛利勢の勢い甚だ凄まじく……」

「守りを固めておけばよいものをッ」

 吐き捨てるように、詮久は言った。

 続く敗戦で、詮久にも苛立ちが募っていたのだ。

 毛利家の勢いを甘く見た。元就は、勝利するつもりでぶつかってきているのだ。

「黒正には、守りを固め、柵から出るなと伝えよ」

 黒正勢に、伝令を送り、陣地の死守を命じる。

 慌てずに対処すれば、兵力差から確実に勝てる相手なのだ。先陣の久友は、その判断を誤ったに過ぎない。

 詮久はそう自分に言い聞かせて、畳床机に座りなおすのだった。

 

 

 

 対する毛利勢は勢いに乗っていた。

 大内勢の助けを借りずに単独で攻めかかったのは勝機を見出したからである。

 そうでなければ、大内家の援軍に任せている。

「ふん、なんだ尼子なんて大したことないじゃん」

 頬に付いた血を拭って、元春は笑った。第一陣の将の久友の胸を突いた槍の穂先には血がべっとりと付いている。年に似合わず、元春の力は突出していた。

「よい戦いぶりだったわ、元春。でも、少々一人で出過ぎたわね」

「う……言うと思った」

「そう感じたのなら、自重なさい。あなたは、毛利を背負う大事な身体なのだからね」

「はーい」

 空返事をする元春に、元就は厳しい視線を投げかける。戦の熱狂は時として重要な判断を誤らせる。それは命に直結するのだ。

 元就と元春は、根本的に対照的な武将だ。後方で策を練る軍師的な元就に対して、元春は前線で自らが槍を振るう。だから、元就は自分の経験から彼女を諭すことはできないのだが、それでもそういった猪武者が迎えるのは、往々にしてあっけない最期だ。

「次は、あなたは下がっていなさい」

「うぇええッ!? なんで!?」

「そういう約束でしょう。あなたの兵も休ませないと。第三陣には出てもらうから、その時に力を発揮できないようでは困るの」

「……分かったわよ」

 不承不承という感じで、元春は天幕を後にした。

 

 鬨の声が上がる。

 第二陣、黒正勢が追い散らされた証である。

 第二陣までを余裕すら見せる勢いで打ち砕いた元就の軍勢の前に立ちふさがるのは、吉川興経である。

 興経の部隊は一〇〇〇人と一番少ないのだが、これまでにない苛烈で頑強な抵抗を見せた。

 その興経の部隊に、さらに黒正勢や高尾勢の残党が加わって、毛利勢三〇〇〇に負けぬ勢力となって激突したのである。

「さすがは、吉川。なかなかに手強い」

 元就は、はじめから吉川勢こそが最も面倒であると睨んでいた。

 というのは、毛利家と吉川家が縁戚関係にあるからである。此度の戦で、吉川興経は、毛利家との縁と尼子家との関係を天秤に掛けて、苦渋の思いで尼子家に就いた。だからこそ、吉川勢は毛利勢に対して情けない姿を見せるわけにはいかないと、獅子奮迅の働きをするだろうと踏んでいた。果たして、元就の読みは当たっていた。

 吉川勢は、毛利勢に負けるなというのを合言葉に、怒涛の勢いで毛利勢を押し戻そうとする。毛利勢もまた、吉川勢とは知己も同然とあって尻に火がついたように激しく突撃を仕掛ける。

 戦いは、意地と意地のぶつかり合いになり始めた。

 どこかで、切り崩す必要がある。流れを変える一手。それは、やはり娘に託すしかあるまい。

「元春。あなたの手勢で、敵右翼を突きなさい」

「来たあああああああ。承知、元春、いっきまーす!」

 槍を手に携えて、元春勢いよく、飛び出していった。

 その元春の様子を見た宍戸隆家が、元就の前に進み出ていった。

「殿、元春様は少々危なっかしく見えます。某も、元春様のお供をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、むしろお願いしたいくらいです。よろしく頼みますよ、隆家」

「御意!」

 隆家は、宍戸元源の孫に当たる。

 祖父ともども、毛利家にとってはなくてはならない戦力である。しっかり者の隆家であれば、元春を押さえてくれるだろうという期待を込める。もちろん、押さえられなかったとしても、それは隆家の責任ではない。後で、元春を叱りつけるのは母であり、当主である元就の責任である。

 元就の期待と不安を背負って出陣した元春は、いちいち自分を制止しようとする隆家に辟易しながら馬を進める。

「元春様。突出はなりません」

「ああああ、もう、分かってるっての。子ども扱いしないで!」

 馬上で器用に足をバタつかせながら、元春は叫んだ。

 まだ十二の娘を子どもと呼ばずしてなんと呼ぶのか。無論、もうじき成人を迎える年齢ではあるが、それでも大人達から見れば、元春は十分に子どもの年齢だ。その元春が、精一杯背伸びをする姿は微笑ましくもあるが、戦場ということで長閑な雰囲気にもならない。

 しかし、その一方で、元春の圧倒的な実力は第一陣を打ち破った際に皆が見せ付けられているものでもあり、彼女の物怖じしないあり方は心強い。

「勢いに乗っていくよ。戦の流れを敵に渡すな!」

 元春は槍を構えて馬の腹を蹴る。それに続いて隆家らが元春を守るように隊列を組んで突撃する。

 元春は軍神もかくやという勢いで吉川勢を切り開く。巨石が転がり落ちてきたかのような突撃に、吉川勢の右翼が崩れる。

「やあやあ、我こそは、毛利元就が娘、毛利元春なるぞ! 吉川兵よ、臆せずしてかかってこい!」

 元気に名乗りを上げて槍を突く。

 幼い外見からは想像もできないとてつもない威力の刺突が、吉川の兵の胸を鎧ごと貫いた。それは鎧の裏をかくほどであった。

 元春を討ち取らんと攻め寄せる敵兵を隆家が槍で打ち倒す。

「毛利元春。かような娘一人に、我が軍が切り崩されてなるものか!」

 勇んで現れた騎馬兵が、元春に挑みかかった。

 打ち下ろされる槍を、元春は受け止める。

「うぬ……重いッ」

 元春は表情を歪める。槍は、もとより突くよりも振り下ろす方が破壊力が増す。刺突はよほど膂力に優れたものでない限りは使ってはならない悪手の技である。槍の基本は遠心力と重量を利用した振り下ろしである。

「あなたの名は?」

「三沢蔵人。覚えんでもよいぞ」

「いや、覚えた!」

 元春は槍を払って、三沢の胴に向かって横凪に槍を振るう。それを、三沢は敢えて受け止め、片手で槍を挟み込んだ。

「う……!」

「死ねいッ」

「なんのぉ!」

 三沢は元春の槍を脇で押さえつけながら、もう片方の手で槍を振るう。それを、元春は背を反らして避け、自分の槍を引いて自由を取り戻す。

 槍の弱点は一撃の重さからの取り回しにくさである。片手で槍を振るえば次の動作が遅れるのは当たり前のことだ。元春はそこに付けこみ、胴体に刺突を放った。引いた槍をそのまま突けばいいので、三沢よりも速く攻撃できる。

「おおッ」

 三沢は、咄嗟に槍を手放し身をかわす。元春の槍は、籠手を掠めて弾かれる。

「惜しい。でも、槍は失くした。あたしの勝ちだ」

「バカを言うなよ。この程度!」

 三沢は腰の刀を抜いて、元春の槍を凌ぐ。

 だが、すでに勝敗は決したも同然であった。

 元春を相手に、槍を失ったのは大きかった。三沢の刀は元春の槍を受け止めることができずに叩き落され、次の刺突が心臓を貫いた。

「ぐ、ぬ……」

 口から血を吹いて、三沢蔵人は馬から落ちた。

「三沢蔵人、討ち取ったり!」

 元春が勝ち鬨を上げる。毛利勢は大きく鼓舞され、吉川勢は威圧された。

「元春様がまた大将首を挙げられたぞ」

「負けていられぬ。わしも手柄を挙げんと」

「押せ押せ! 吉川を押し潰せ!」

 毛利家の将兵が一丸となって、吉川勢に襲い掛かる。

 戦場は阿鼻叫喚の様相を呈し、互いに血を撒き散らしながら死屍累々大地に転がる。

 激しい攻防の最中、元就の本陣に大内家からの使者がやって来た。曰く、尼子家に援軍を送る様子が見られないので、大内家の手勢で尼子本陣を突く、との事だった。

 これに、毛利家の将は怪訝な表情を浮かべた。

 この戦は、毛利家に攻め込んできた尼子家という構図であり、戦の主役は毛利家であるべきだ。本陣を大内家が切り崩してしまえば、ここまで毛利家が苦労してきたのが霞んでしまう。そういう危惧であった。

 だが、元就はこれを快く受け入れた。

 毛利家は郡山城を拠点に活動する国人の代表でしかない。中国は今、誰がどう見ても大内家と尼子家の二大勢力の争いである。ゆえに、この戦も周囲から見れば大内家と尼子家の戦であり、毛利家が攻められているのも、大内家と尼子家の狭間にあるからに過ぎない。

 そうすると、大内家の庇護を受ける毛利家は、大内家が手柄を挙げるように配慮しなければならない。

 それに、隙を見せた敵本陣を突くというのは常套手段。ここで、毛利家が大内家の行動に否を突きつけることは、自分達を不利にするだけである。

 

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 晴持は、当初天神山から戦いの趨勢を見守っていた。

 毛利の軍勢は敵陣を次々と突破し、破竹の勢いで突き進んでいる。こうなると、尼子勢も加勢に動くなり、郡山城を攻めるなりすると思っていたのだが、予想に反して尼子勢に動きはなかった。

 こうなると、黙っていないのが隆房である。

「若。ここは、あたし達も一戦しないと!」

「落ち着きなされ、陶殿。我らは毛利の後詰でここにいるのですぞ?」

 立ち上がって息巻く隆房に、隣の将がそう言った。

「だから、尼子本陣を狙えば、毛利への支援にもなるでしょ! 毛利を支援しに来たのに、尼子家の本隊と一戦をしないなんて、もったいないよ!」

 などと隆房は言う。

 確かに、隆房の言うことも一理ある。元就から頼まれたのは、城に尼子勢が攻め寄せないようにするための威嚇である。すると、尼子勢にまったく動きがなければ、こちらは完全に遊軍になってしまう。七千の遊軍だ。これは確かにもったいない。

「なるほど、な。隆房の言に異を唱える者はいるか?」

 晴持は諸将を見渡す。この時点で、誰もが尼子本陣を突くという隆房の意見に利を見出していた。晴持自身も、尼子家に打撃を与え、毛利の従属性を強めるにはここで兵を動かすべきであると考えていたので、結論は出た。

「機は熟した、か。……では、元就殿に使者を遣わす」

「あ、晴持様。わたしが……」

「いや、隆元は残れ。地理に明るい隆元にはここにいてもらわないといけない」

 そして、晴持は手ごろな兵を使者に立てて、元就に意向を伝えつつ、使者が帰ってくるのを待つ間に尼子家の陣割を調べ直した。

「尼子はこの辺りの地理に暗く、どうやら山や谷に兵を小分けにしている模様です。その一方で、我らに対しても警戒しているので、正面には多めに兵が配されています」

「正面からは厳しいか。なんとかして背後を突きたいところだな」

 晴持が呟くと、隆元が絵図を指差す。

「それでしたら、天神山を南に下り、郡山の影を通って川の上流から対岸へ渡ればいいと思います」

「ほう……なるほど、確かにそれならば敵の背後を突けるかもしれんが」

「若、尼子の連中はこっちには兵を厚くしているみたいだけど、向こうは手薄。いけると思う」

「よし、では隆元の策でいく。使者が帰ってきたらすぐに動くぞ」

「応!!」

 

 

 

 元就からの返事は簡潔明瞭だった。

『こちらは正面の敵に対するので手一杯なので、尼子を攻撃していただけるのは真にありがたいことです。存分にご活躍くださいませ』

 とのことであった。

 元就が認めてくれたので、晴持は本格的に軍を動かした。

 物見を出し、敵勢の様子を探りつつ、晴持は軍を天神山から動かす。兵二〇〇〇を天神山に残し、旗を立て、こちらの動きを見破られないようにする。

 寒さに負けないように、陣中の酒を思い切り振舞った。

 そして、本隊はひっそりと南から下山し、郡山城を迂回、尼子勢から山を影にして移動する。

 川を上流まで遡って渡河すると、そこは尼子勢が陣を構える青山城の背面であった。 

 晴持を総大将とする五〇〇〇の兵が、山頂の尼子の陣を見上げている。尼子の旗は風に棚引き、寒風の中で吹き曝しになっている。

「若様、これ以上お近付きになるのは危険です」

「危険はどこも同じだ。大将が、怖気づいて後ろにいるわけにもいかないだろう」

 隆豊が心配してくれるのだが、それをそのまま受け止めては決戦を仕掛けようという気持ちが揺らぐ。兵卒にそのような姿を見せるわけにもいかない。

 尼子家の旗が動き始めた。

 やっと、こちらの動きに気付いたらしい。

「よし、お前ら、酒飲んでここまで歩いて身体も暖まっただろう! その火照りが冷めないうちに、さっさと尼子の連中を打ち破れ! 帰ったら酒盛りだぞッ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 地響きすら起こすように、大内勢は喊声を上げて山に攻め上っていく。

 背後を取られた尼子勢は動きが鈍い。彼らは三〇〇〇〇の兵を連れてきているが、そのすべてが本陣にいるわけではない。分散配置されていたために、本陣はむしろ手薄の状態なのだ。そこに、大内勢が直接挑みかかったのだから、尼子勢の混乱は非常に大きなものになった。

 山道を駆け上っていく兵を眺めながら、尼子勢の動きを観察する。

「む、思いの他抵抗が少ないな。こんなものなのか、尼子家の守りは」

「奇襲による一時的なものでしょう。立て直されれば厄介ですし、騒ぎを聞いた他の部隊が援軍を寄越すまでそう時間もありませんよ」

 隆豊の冷静な分析が、優勢であれる時間が短いことを示していた。

 晴持は頷いた。どちらにしても、これは時間との戦いなのである。

「敵将の首を獲るのが最良ではあるが、さて、どうなることか」

 見つめる先で大内菱の旗がはためいた。隆房の隊が打って出た敵と交戦したのである。

 

 

 

「首は打ち捨てろ。欲を出したやつはあたしが斬る。ただし、大将首は別! 皆奮ってかかれ!」

 山道ゆえに、馬が使えない。しかし、それでも隆房は信じがたい脚力で山を駆け上っていく。それはまるで天狗のような俊敏さであった。

「どっせーい!」

 跳んだ隆房は、膝を敵兵の顔に捻じ込み、槍を一閃して首を刎ねる。大木の幹を蹴って敵の集団に飛び込み、五人を纏めて打ち倒す。一騎当千の働きを見せる隆房が、山の中腹にまでやってきたとき、遂に尼子家が対応に動いた。

 兵を率いて押し出てきたのは老兵だった。だが、その身に纏う覇気は並ではない。歴戦の猛者に相違ない。

「老いぼれが数を頼みに出てきたところで何ができようか!」

「尼子一門の者だ。大功だぞ!」

「よし、俺が討ち取ってやろう!」

 狭い山道に大軍は不向き。敵が怒涛のように押し出てこようとも、少数での戦いになるので、敵将を倒せると踏んだのであろうが。だが、それはあまりに稚拙な考えであった。

「バカ、その人に迂闊に手を出しちゃダメだって!」

 隆房の叫びは間に合わず、墜ちる星の如き尼子勢は、拙速にも単騎で挑みかかった大内勢を次々と跳ね除けていく。

「言わんこっちゃない!」

 隆房が槍を持って立ち向かう。老兵もまた大槍を振り回し、大内勢を薙ぎ払いながら、隆房を視界に収めた。

「よき敵とお見受けする! あたしは陶隆房! 願わくば、御身の名を伺いたい!」

「ほう、陶の娘か。このような小娘が、攻め上ってくるというのに、我が方の勇なきが忌々しい」

 老兵は、大きな身体で槍を構えて名乗った。

「我が名は尼子久幸。相手が陶の娘とあらば冥土の土産としては上々じゃ、といいたいところじゃが、生憎と急ぎの用。お主一人の相手をしてばかりもいられぬ! 押し通る!」

 久幸は、臆病野州と主に罵られた男である。しかし、その本質は軽挙妄動を慎み、知略と武勇を併せ持った猛将である。

 この危難を年老いた老兵の死に場所と定めて、臆した仲間の将兵に別れを告げて自ら決死隊を率いて打って出たのである。

 戦では高いところに陣取るのが基本である。高所からの突撃はそれだけで勢いに乗るもので、正面からこれを受け止めるのはよほどの筋力がない限りは難しい。まして相手は歴戦の猛者である。

「うぎぁ」

 隆房の口から妙な声が漏れた。

 久幸の槍があまりにも重かったために、腕が痺れて後ずさる。斜面を転がり落ちるように駆け下る尼子勢に、大内勢は押され始めた。久幸の獅子奮迅の働きが、決死隊を勇気付けているのだ。

「ええい、行かせるか!」

「それはこちらの台詞じゃ!」

 喰らいつく隆房と振り払う久幸。

 勢いさえ殺してしまえばと思ったが、この老兵、中々に強い。足腰だけでなく、意思が強いのだ。死を覚悟して、主のために身を投げ出しているのである。

 死兵となった尼子勢は、腰の抜けた大内勢を追い散らす。

「ああ、もうこんなことしている場合じゃないんだから!」

 苛立ちながらも、相手の槍をかわし、返す刀で反撃する。それを、久幸は悠々と避ける。久幸の豪槍は、まともに受ければ隆房とて無事では済まない。

「臆病野州の最期をその目に焼きつけよ!」

 決死の覚悟をした老兵の意地は、若き隆房の牙城を崩し、槍の穂先がその肩を抉った。

 鮮血が噴き出し、隆房の白い頬を濡らした。

 しかし、隆房は呻き声一つ挙げず、歯を食いしばって前に出た。

「なん……!」

 久幸ほどの猛将を相手にして、無傷で事を終えるのは不可能と断じ、敢えて受けた。致命傷にならなければいいのだ。前に出れば、突き出された槍は振るえない。

「でやああああああッ」

 隆房は先端近くを持った槍を振り上げて、久幸の腕を斬り飛ばした。

「ぐぬうううッ」 

 槍と腕を失い、久幸は数歩後ずさる。

 心なしか、その顔には笑みを浮かべている。

「……見事、大内の若者も育っておると見える。これは、なかなか苦労しますぞ」

「苦労なんて感じる暇はあげないけどね」

 隆房は改めて槍を構えなおした。

 傷ついた肩が熱を帯びているが、不思議と痛みはなかった。戦の高揚が、誤魔化してくれているのだ。

「せめて、お主だけでも冥土に連れてゆく。最期の奉公じゃ」

 久幸が刀の柄に手を伸ばしたところで、隆房はその首を刎ね飛ばした。刀を抜く間を与えてやるほど、彼女は慈悲深くないのである。

「尼子久幸、討ち取ったり!」

 無慈悲な勝ち鬨が戦場に響き渡った。

 

 

 

 □

 

 

 

 晴持の構える本陣に、戦況を伝える伝令が飛び込んでくる。

「陶隆房殿、敵将尼子久幸を討ち取られました!」

 おお、と陣中に感嘆の声が上がる。 

 尼子久幸といえば、尼子家の前当主尼子経久の弟である。長年に渡って尼子家に重きを成してきた老臣で、犬猿の仲である大内家には、その名がよく知られた武将であった。そのため、大内勢はその報だけでも大いに湧き立った。

「隆房はどうしてる?」

「は、隆房殿もまた手傷を負われ……近臣の者達に連れられる形で兵を退かれました」

「なんだと!? それで、怪我の具合は!?」

 晴持の剣幕に、伝令兵は気圧されたように言葉を詰まらせた。

「私が聞きましたところでは、お命に障るものではないとのこと」

「そうか、それは良かった」

 隆房に万一があってはならない。老い先短い尼子家の老臣と新進気鋭の隆房とでは釣り合わないのだ。後で見舞いに行かねばならないか。

「若様、ここはわたしが」

「ああ、久幸殿を討ったとしても隆房が退いたことで、敵は攻勢に出るかもしれん。隆豊、尼子の息の根を止めてきてくれるか?」

「はい、微力を尽くします」

「烏を連れて行け」

「え、あ、よろしいのですか?」

「ここに至っては仕方ない。流れをこちらに引き寄せるには、意表をつく必要がある」

 烏とは、晴持が組織した親衛隊の暫定的な呼び名である。晴持が自分の子飼の兵の中から選び出した者に、特殊な訓練を施して組織したものである。

 この烏には、他の兵にはない特徴があった。

 それは、大内家が貿易によって手に入れた舶来品、鉄砲を装備しているということである。

 積極的に外を見てきた晴持は、貿易で手に入れた鉄砲を複製し、配下に装備させていたのだ。ただし、彼らが実戦に出たことは未だなく、その実力は未知数と言ったところだ。

「隆元、隆春は側面からの尼子兵の相手を」

「はい」

「承知しました」

 毛利隆元と内藤隆春が手勢を率いて展開する。本陣の危難を知って駆けつけてくる尼子勢の側面からの攻撃に対処するためである。

「さて、ここが正念場だ」

 晴持は、しっかりと腰を据えて、絵図を見る。白と黒の碁石が敵味方を表しており、隆房を表す石と代えて隆豊を表す石を青山城に置いた。

 

 

 隆豊は隆房とともに城攻めをしていた諸将と共に山頂を目指した。隆房が退いたことで敵は混乱から立ち直る時間を与えてしまったようで、攻め上る兵を前に決死の覚悟で矢を射放ち、槍で突いてくる。

 流れが尼子家の方に向かいつつあるのを隆豊は感じていた。このままでは来援の兵が敵本陣と合流してしまう。そうなれば、ますます向こうは活気付くことだろう。

「これから先、どれだけ大きな音が鳴ってもうろたえてはいけません。いいですね?」

 隆豊は、まず自分の兵に向かってこのように言い聞かせた。

 隆豊をはじめ、晴持に近い者はこの鉄砲のことを知っているが、末端の兵までその威力や特徴を知っているわけではない。特に発射時の轟音は凄まじく、なんの準備もなくこれを聞けば、震え上がって戦闘に支障を来たす。

「それでは、攻めましょう」

 再び、大内勢の攻撃が強まった。

 隆豊らが率いる兵が山道を駆け上っていくと、尼子勢がそうはさせじと打って出てくる。

「やはり、大分立ち直っているようですね」

 隆豊は、尼子家の対応からそのように判断した。

 敵が勢いづいているのなら、その勢いをそぎ落とす。

「烏の皆さん、お願いします!」

「御意!」

 兵の前面に出た烏は一〇人。道は隊列を組めるほど広くないので、これでも各列五人で二段になる。一段目の烏は膝立ちで鉄砲を構える。

 そして、突出する尼子勢に向かって弾丸を撃ち込んだ。

 響き渡る轟音と共に尼子勢の前列がもんどりうって倒れた。撃ち込まれた弾丸は、鎧を難なく貫通してその後ろの兵すらも貫く。そして、倒れた兵に躓いた後ろの兵が次々と倒れて転がる。

 そこに、二段目の鉄砲が火を噴いた。

 敵は斜面を駆け下りてくるので、正面だけでなくその後ろも狙うことができる。二段目の烏達が狙いをつけたのは、尼子勢の真ん中辺りだ。なぎ倒された前列に巻き込まれない辺りである。

 狙い違わず五人の兵が血を吹いて倒れた。

 矢と違い何が飛んでいるのかも見えず、とてつもない音量が耳を劈く。未知の兵器に恐れを為した尼子兵は、壊乱状態になった。

「今です、突撃!」

 鉄砲で崩れた尼子勢に、大内勢が突撃する。

 尼子勢は散々に打ち破られて敗走する。

「追い散らせーッ!」

「尼子恐るるに足らず!」

 敗走する尼子勢を追走し、次々と討ち取っていく。隆房が切り開いた道を、隆豊は駆け上っていく。やがて、砦が見えていくるが、これもまた鉄砲が大いに役に立つ。

 木製の門や櫓は、確かに矢を防ぐことはできる。だが、音速を超えて飛んでくる鉛玉までは防げない。易々と弾丸は貫通して、櫓の中の守備兵を撃ち殺す。左右の櫓から弓で狙ってくる守備兵を、木々に隠れた烏が優先的に狙撃する。木が楯になるので、次弾を装填するのも余裕がある。三人一組になった烏は、隊を離れて山伏のように険しい山道を登り、敵の指揮官や弓兵に弾丸を撃ち掛ける。一つの轟音が鳴れば一人死ぬ。大内家が導入した武器の詳細が分からなくても、その性質は尼子兵にも理解できる。すると、もう音だけで怖気づく。

 鉄砲という未知の兵器が生み出した流れを変えることなく、一気呵成に本陣に至る。

 門を打ち壊し、櫓を征し、本丸へ向かう。

「本丸一番乗りじゃ!」

「尼子詮久殿は何処! いざ、一戦参られよ!」

「城落ちたぞおおお!」

 最後の門を打ち壊して、大内勢は青山城に突入した。もはや、ここまでくれば尼子勢の抵抗はあってないようなものである。

 尼子家の一団が隆豊達に向かってきたが、衆寡敵せず。尽く討ち取られてしまった。

「城内を隅々まで探しましたが、尼子詮久殿姿はありませんでした」

 報告を聞いて、隆豊は内心で舌打ちをする。尼子家の当主が目と鼻の先にいて取り逃がしたとなれば、それは失態である。

「詮久殿は、落ち延びられたということですか」

「おそらくは」

「分かりました。追手を差し向けます。雪が降る前にできれば始末を付けたいところですね」

 山道を使わなければ、逃げようはある。ただし、逃避行とすればかなり過酷であるし、雪に足跡もつく。本陣の兵と共に落ち延びるのであれば、当然ながらそこには白の中にむき出しになった土の道が生まれるはずだ。

 まだ、そう遠くには行っていない。

「若様に報せてください。それと、山を迂回して追手を差し向けてくださるように伝えてください」

「御意」

 山頂と山麓で尼子家を追走する。可能ならば、詮久の首も獲れるだろう。

「この城に価値はありません。火を放ちましょう」

 毛利家と目と鼻の先にある青山城は、正直に言えば邪魔である。大内家にとっても毛利家にとってもこれと言って利になるものではない。

 すでに日も没しつつある。

 城という巨大な松明で、帰り道を照らすという意味もあり、逃げる尼子勢の姿を浮かび上がらせるものでもある。

 こうして、戦は、尼子家の完全敗北という形で終焉を迎えたのだった。



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その七

 火の手に包まれる城を見て、晴持は勝利を確信する。

 隆豊から入ってきた情報によれば、尼子家の主要な者はドサクサに紛れて逃亡したらしく、追撃の兵を出して欲しいとの事だった。

 そこで、晴持は警戒に当たっていた隆元らを追撃部隊として編制し、山を迂回して回りこむように尼子勢の追走を始めさせた。

 また、それとは別の部隊には山狩りを命じる。

 山道を使わずに逃げるとなれば、山のどこから逃げてもおかしくはない。逃亡兵がどこから出てくるか分からないので、足腰の強い者を中心にして山中に散らせた。

 燃える城が闇を焼き、麓まで明るく照らす。

 火の光は雪原に反射して、多くの伏せ兵の居場所を明らかにした。

 命を賭して、追撃部隊の足を遅らせようという忠義心の篤い者達である。生かしておいても、後々大内家の害になる者達だ。こういう者達を、晴持は執拗なまでに狩り出して討ち果たした。

「降伏ならば、考えなくもないが、僅かでも抵抗するそぶりを見せたものは尽く斬れ」

 害悪は須らく討ち果たすべし。

 それが、大内家の発展のためになるのだから、晴持は首がいくつ転がろうとも苛烈に対処する。固めた表情の奥で歯を食いしばりながら、痛む胸を鎧に隠す。

 戦国時代に生まれてずいぶんと経つが、やはり人死は辛いものがある。昨今は、慣れもあって外面を作る事はできるが、生首などは直視するものではない。

 夜風が強くなってきたころ、空から雪が舞い落ちてきた。

「今宵は冷えるか」

 晴持は呟いた。肌を切るような冷たい風。何も対処しなければ、兵は凍えてしまうだろう。

「酒の供出と、……追撃も、早々に切り上げさせた方がいいな」

 尼子勢が連れてきた兵のうち、どれくらいが出雲国に無事帰る事ができるだろうか。

 兵糧が元就に焼き払われて餓え、体力を消耗した兵が、極寒の中で山を越えなければならない。多くの兵が冬将軍に押し包まれて脱落する事だろう。もしかしたら、尼子詮久もまた寒さに負けてしまうかもしれない。

「隆春、君の兵はまだ動けるか?」

「はい、問題なく」

 内藤隆春は、口数の少ない真面目な武将だ。内藤家は藤原秀郷の流れを汲む一族で、長門国の守護代を務めている。

 戦の何たるかも心得ているので、たとえ尼子家の本隊が逃亡したからといって気を抜いてはいけないという事を理解しているだろう。

「奇襲に気をつけねばならない。物見を方々に出し、情報を集めつつ、いつでも対処できるように準備だけは入念にしていてくれ」

「承知しました。晴持様」

 この勝ち始めが危険な時間帯だ。

 相手の伏せ兵の中に、晴持達が見落とした一隊があって、それが本陣に強襲を掛けたとなれば、まともに抗しきる事はできないかもしれない。

 それが人間の心理というものである。

「死兵が最も危険と心得ております。もしも、そのような事態となってもわたしが楯となり、お守りします」

「ああ、ありがとう。君がいるのはとても、心強いよ」

「晴持様も、決して油断なさらぬよう」

 そう言い残して隆春は自軍の指揮に向かった。

 隆春の理知的で静かな物言いは、所謂委員長的な固さを感じさせる。今までで一度も冗談を言った事がないのではないだろうか。少なくとも、晴持は彼女が冗談を言ったところに出くわした事はなかった。

「一段落したら隆房の見舞いに行くか」

 敢えて私的な計画を脳裏に作り上げ、緊張感を解す。あまり、目の前の事に入り込みすぎると、どうしても視野が狭くなってしまう。

 晴持は茶漬けをさらさらと腹に送り込んで、寝ずの指揮を執った。

 翌朝、雪が止んで朝日が差す頃になって、やっと晴持は睡眠を取ったのだった。

 

 

 晴持が目を覚ましたのは、未だ日が天上に昇りきっていない頃だ。おそらく三刻と寝ていないだろう。だが、寒さのためか、それ以上眠り続ける事はできなかった。妙に頭が冴えているのは、戦場の興奮が未だ身体の中にあるからだろうか。

 寝違えたのか首が痛む。外に出て、目に飛び込んできたのは、太陽を反射する銀世界であった。昨夜のうちに降り積もった雪が、太陽を受けて輝いている。

「明るくなると、どれだけ降ったか分かるな」

 夜のうちはそれほど気にしなかったのだが、一晩でかなりの量の雪が降ったらしい。

「若様、お早うございます」

「隆豊か、お早う。といっても、もうかなり遅いけどな」

 隆豊はクスクスと笑った。

「尼子勢の追撃ですが、昨夜一晩で総計五〇〇人ほどを討ち果たしました。隆元殿達も、尼子勢を追い散らしましたが雪が深く追撃を断念されたとの事です」

「そうか。まあ、昨日は吹雪いてた時間もあったからな、それは仕方がない」

 真冬の夜、それも吹雪の中を行軍するなど危険すぎる。五〇〇年後と違って、この時代は街灯もないし、GPSもない。迷ったら、その時点でほぼ死ぬ。そして、それは尼子家の方が深刻だろう。

「それでは、わたしは隊の指揮に戻りますので」

「ああ、後一踏ん張り、頑張ってくれ」

 尼子勢を安芸国から駆逐し、残る仕事は安全を確認する事だけだ。晴持が自ら動いて為すべき事はもうない。

 晴持は、自分の指揮が必要なくなったと思い、左右の臣にその場を任せて隆房を見舞う事にした。

 

 

 晴持が隆房のいる陣にやってきたとき、騒ぎがあった。

 隆房の家臣達が、団子になって口口に叫んでいるのだ。

「おとなしくしてください、戦は終わったのです!」

「せっかく血が止まったというのに、また傷が開きますぞ!」

「うるさーい! 城取りに失敗したからには、尼子勢を一人でも多く討たないと示しがつかないじゃないの!」

「若様からも今は身を休めよと、言われていたではありませんか!」

「もうしっかり休んだ! どいて!」

「いいえ退きませぬ。お嬢に何かあっては、若様にも御屋形様にも会わせる顔がありませぬ」

 案の定、隆房は尼子勢の追撃をしたいと駄駄を捏ねていた。彼女の性格ならば、そういう事もあり得る、むしろあって当たり前だとは思っていたが、ここまで予想通りだと苦笑するしかない。

「ずいぶんと元気になったみたいだな。安心したぞ、隆房」

 少し大きめの声で家臣団子に声をかける。

 一瞬、騒ぎは静まり、ぎょっとしたように家臣達はこちらを向いた。

「晴持様!? これは、とんだご無礼を!」

「わ、若!? なんでここに!?」

 晴持は平伏しようとする隆房の臣を手で制す。

「戦もずいぶんと落ち着いたからな。見舞いに来たんだ」

「見舞い!? そ、んな事してもらわなくても、あたし元気だし」

 隆房は自分を押さえる家臣の腕を振りほどいて両手を挙げる。自分はまだ戦えるという事を、晴持に伝えたいらしい。

「隆房。右手がちゃんと挙がってないぞ」

 だが、隆房の肩は本人の意思とは無関係にその運動を拒否していた。左手に比べて右手は角度が浅い。

「これは、包帯が邪魔だから……」

「つべこべ言うな。これ以上文句言ったら、命令無視でしょっ引くぞ」

「ええぇ……そんなぁ」

 絶望した、というような表情で、隆房は消沈する。晴持は隆房の首根っこを掴んで、陣中に連行した。

 隆房の傷は、本人が言うほど軽いものではなかった。というのは、彼女の家臣から聞きだした事だ。槍で刺されたのだ。しかも、そのまま前に出たものだから、肩にできた傷は大きなものになる。

「痕にならないといいがな」

 そうは言うが、話を聞いたところによれば、隆房の傷の大きさは相当のもので、塞がっても痕が残るのはほぼ確実だろう。外科手術できないものだから、怪我も布で押さえつけ、感染症を防ぐ薬を使うなどするしかない。

 晴持の呟きを耳にした拗ねた猫のようにふてくされていた隆房が身体を揺らす。

「どうした?」

「若は、さ。傷が付いてるの、嫌い?」

「何で、そんな事」

「だって、あまり見栄えがよくないし……」

「大内家のために傷ついてくれたんだ。感謝こそすれ嫌いになんてならないよ」

「ほんと?」

「ああ」

「そっか、よかった」

 一転して、隆房はふやけた笑みを浮かべた。

「これからも頼むぞ、隆房。お前がいないと、大内家は回らんからな」

 そう言って、晴持は隆房の肩を叩いた。この時、晴持は、間違って隆房の右肩を叩いてしまった。尼子久幸の槍を受けたというその場所である。服に隠れて見えないが、痛々しい傷を包帯で押さえつけているところである。

「ひぎゃいッ」

 びくん、と隆房は身体を跳ねさせた。それから、涙目になって唇を引き結ぶ。

「あ、しまった、すまない。隆房。大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫……」

 痛みに耐えるように俯く隆房を、晴持は慌てて支える。

 同時に、これだけ痛んでいるのに、戦場に出ようとしていたのかと呆れもした。

 その意地と根性には、感服して余りあるが、やはり身体を大切にしてもらわなければ今後に支障を来たす。隆房の武力は大内家中でも抜きん出ているのだ。つまらぬ戦でダメになって欲しくはない。

「本当に大丈夫なのか?」

「うん。平気、痛いのには慣れてるから」

 そう言って顔を上げた隆房は、頬を紅潮させているものの笑みを浮かべていた。

「それに、なんだか若に痛い事されてると思うと、こう、ぞくぞくきちゃった」

「隆房、お前疲れてるんだよ」 

 若干引きながら晴持は、隆房にすぐに寝るように指示した。

 不満げな隆房を言い包めて、晴持は陶の陣中を辞した。

 

 

 

 □

 

 

 

 尼子本陣の壊乱と、逃亡は青山城の炎上によって瞬く間に戦場に伝わった。

 本陣の危急を察して慌てて駆けつけてきた尼子家の部隊や別の地に陣取っていた部隊は、それをみて恐慌状態に陥り、我先にと出雲国へ逃げ去っていく。

 日没ゆえに、兵を退いていた毛利元就もこれには目を剥いた。

「よもや、落としてしまったのですか!?」

 いかに大内勢が優勢であったとしても、山城を陥落させるのは容易ではない。今回の戦いでも、尼子勢に打撃を与えはしても、致命的なところまでは踏み込めないだろうというのが元就の見立てであった。

 指揮していたのは大内晴持だという。

「やはり、彼の人は侮れませんね」

 毛利という国人が、大きく飛翔するために取るべき手段は、そう多くない。

 一つには婚姻や養子縁組で味方を増やしていくという手があるが、はてさて、どうしたものか。

「今後、大内家の安芸への影響力がますます強まりますね。いや、もうすでに属国と考えてもいいという状態ですか」

 安芸国の分郡守護である安芸武田家が滅び、その城を大内家が乗っ取ったのだ。彼らが次に取る行動は大体予想できる。

「元春。隆家、疲れているとは思いますが、もう一働きできますか?」

 元就は、元春と隆家に尋ねた。

 敵陣を切り崩し、必死の戦いから戻ったばかりで兵は休息を必要としている。傷ついた者も多い。

「あたしは大丈夫。夜戦?」

「夜戦というほどではありません。ただの落ち武者狩りですよ」

「尼子家を追撃するのですね。承知しました」

 頬に一文字の傷が走っている隆家が、しっかりと頷いた。疲労の色は隠せていないが、主にやれと言われればやるのが家臣である。

「あたしも問題なし! むしろ、暴れたりない感じだしね!」

 元春は、元気が有り余っているようで、馬上で身体を前後に揺らして万全である事を示そうとしている。

「では、大内家に負けないように、尼子家の追撃を頼みます」

「まっかせて!」

 胸を強く叩いて、元春は五〇〇の兵を率いて本隊から離れる。その元春を、隆家は守るように追いかける。窮鼠猫を噛むとも言う。元春が如何に優れた武将であっても、戦の直後で身体に疲労が溜まっているのは元就の目から見てもはっきりと分かる。本人がああは言ったが、実際はかなりきついはずだ。文字通り追い詰められた尼子兵を相手に油断して痛い目をみなければいいが。

「よろしかったのですか?」

 家臣に尋ねられて、元就は静かに頷いた。

「ええ、あの娘の隊が最も士気が高いんですもの。それに、ここで尼子家を追撃しなければ、毛利家は大内家に二度と面と向かって物を言えなくなります」

 もともと、毛利家の立場は低い。それなりに力を示しておかなければ、大内家に利用されるだけで擦り潰されてしまうだろう。

 今回の戦は、毛利家が大内家に援軍を頼んで軍を出してもらっている。その事実だけでも、世に毛利家が大内家の傘の下に就いたと知らしめる事になっているのだ。

 そこまでになった上で尼子家を蹴散らしたのが大内家だけだったという事になれば、毛利家はあくまでも大内家に従う国人の一つという位置付けから抜け出せなくなる。

 無理を押してでも、尼子家を追撃するのは、毛利家の存在感を強めておかなければならないという切迫した事情が絡んでいるのだ。

 元就は物憂げな表情で尼子家が逃れたと思われる石見路の方角を見る。

 濁った重い雲が西から膨らむように流れてきて、群青色の空を塗り潰してく。

「冷えてきましたな」

「ええ、早く城に戻りましょう。まだ、戦が完全に終わったわけではありませんし」

 粉雪が舞う中で、毛利勢は守備兵と城に篭る領民達の歓声を浴びて凱旋した。

 

 

 翌日の午後、大内家の陣を元就は自ら訪れた。

 尼子家の残存勢力が完全に吉田から撤退したのを確認したので、これからは戦後処理に入らなくてはならない。

 踏み荒らされた田畑に関しては、早めの刈り入れを推奨したので問題にはならない。いくらかの減収にはなったが、たわわに実った米を敵に刈り取られるよりはましである。その一方で、焼き払われた城下の復旧や、失われた兵力の確認など、元就がする事は多岐に渡る。そして、その仕事の中には、大内家の中でどれだけ毛利家の立場を守っていけるかという外交も含まれる。

 攻め込んできた尼子勢を、毛利勢だけで撃退できれば、そのような事を心配する必要もなかった。だが、そのような事は到底不可能で、元就は大内家の力を借りる形で尼子勢を撃退した。

 この戦いで、安芸国内では毛利家の威信は高まった。安芸国内で二つに割れていた国人衆のうち、大内方に就いた国人達は今後外交でも圧倒的に有利になる。そして、その国人衆の頂点に毛利家は納まる事ができたのだ。

 ただし、それは毛利家に手を出せば、大内家が出てくる、という『虎の威を借る狐』でしかない。実状は、大内家の傘下に組み込まれたに等しい。大内家を頼るという事は、大内家の意向には逆らえなくなるという事である。

 おまけに、尼子勢の主要な部隊を蹴散らしたのは、大内勢だった。それは、毛利家の手勢だけでは、勝利は覚束なかったと知らしめる事になりかねない。

 元就には、今後とも大内家に二心なく協力すると表明しつつ、極力大内家の干渉を排除できるように落としどころを探る必要があった。

「この度は、遠く周防より当家のためにご助成戴きまして、真にありがとう存じます。この元就、晴持様の差配にいたく感激し、目から鱗が落ちるようでした。このご恩を胸に刻み、大内様に一朝事あらば、わたし達の手勢が楯となり剣となって駆けつけましょう」

 晴持は、元就の言を社交辞令か定型句のようなものと割り切って、それほど真に受けはしなかった。それを元就は表情と仕草から読み取る。

 煽てて付け上がるような将であれば、その武威だけを頼みにしていればいいのだが、そうではない場合は策を弄するのも面倒である。

「元就殿の冴え渡る采配こそ、天下に誇るべきものでしょう。私が尼子の大将であれば、あなたを相手にして恐れ戦いたであろう事は間違いありません。その毛利が、今後も大内と共に立ってくれるのであれば、これほど心強い事はありません」

 晴持は、そう言って元就の功を誉めた。しかも、自分を引き合いに出して元就を高めるような言い回しである。これには、元就も晴持の腹の内を掴みかねた。

 上手くすれば、そのまま毛利を完全に取り込めてしまえるこの場で、晴持は毛利の立場を確立するような事をする。

「ところで、元就殿。元就殿の御家来衆は、すでに戦勝祝いの宴などされましたか?」

 晴持の問いに、元就は否と答える。

「未だ伏せ兵の有無など定かならぬ時、皆気を引き締めて守りに当たっております」

「そうですか。さすがは毛利の強兵。ですが、敵勢もほとんどが出雲へ敗走した事が確認できておりますし、気を緩めてもよい頃合かと。そこで、尼子家を追い散らした事を祝して、宴など如何かと思いまして」

「はあ……」

 と、元就は晴持の申し出に要領を得ない声で相槌を打つ。

「双方、今後も手を取り合うとなれば、一度くらいは酒を酌み交わすのも一興ではありませんか?」

 晴持の誘いに、元就は微笑んだ。

 兵には疲れが溜まっているし、精神も緊張し続けている。尼子が去ったからとすぐに緊張感から解放されるわけではない。見えない尼子兵が今夜にでも襲ってくるかもしれないという疑心暗鬼は、長期間、篭城していた兵の間に漂うよくない空気だ。酒はそうした緊張を解き解すのにちょうどいい。

 それに、晴持は毛利家の内情を、そして元就は大内家の内情を探る事ができる。自分よりも立場が上の晴持からの誘いを断るわけにもいかないが、毛利家にも利がある誘いだ。

「それもいいかもしれませんね。時頃はいつにしましょうか?」

「今日の夜にでも」

「承知いたしました。では、皆にもそのように伝えます」

 そうして、大内家と毛利家を交えた酒盛りが始まるのだった。

 

 

 

 □

 

 

 

 酒盛りは大いに盛り上がっている。

 会場となったのは、郡山城の評定の間である。まさか、雪が降り積もる外で酒盛りというわけにも行かない。

 これまでにも、戦の最中に陣中で幾度か酒が振舞われた事があったが、それは士気を維持したり、身体を温めたりするのが目的で、娯楽性はほとんどなかった。あったとしても、敵がいつ攻めてくるか分からない状況で酔いつぶれるような飲み方をするわけにはいかず、晴持自身がそのように言い含めていた。だから、宴という軽い雰囲気の中で飲み交わすのは、数ヶ月ぶりの事である。

 晴持と元就は、両軍の大将という事で上座に座っている。両者は更に晴持が上に位置しているが、宴が始まってすぐに晴持は無礼講ゆえと言ってさっさと上座を後にしてしまっていた。酒瓶を片手にうろつき、目に付いた臣に酒を配って戻ってきた晴持に、元就が尋ねた。

「これほど、景気よく酒を振舞われて良かったのですか?」

「ええ、大丈夫です。冬季の戦には酒が必須と思い、雪が降る前に取り寄せていたのですが、少々多すぎまして。持って帰るにも荷物になりますから、ここで大いに飲み喰らった方がいいでしょう」

「なるほど、そういう事ですか」

 元就は頷いて、室内を見渡す。はじめは、互いに甘く見られたくはないと意地を張っていた諸将も、今はすっかり打ち解けたようである。

「よい雰囲気ですね」

 晴持がそのように言うと、元就は、

「はい。そのようで。それもこれも晴持様の援兵のおかげです」

「私は何もしていません。ただ、皆が優秀だっただけの事」

「ご謙遜を」

 元就は、隣に座ってちびちびと酒を舐めるようにしている晴持を観察する。大内家という誰がどう見ても強大で文化的な家に引き取られ、その身に流れる血は一条氏。家柄も血統も、そんじょそこらの武士とは天と地ほども離れている彼が、毛利家を一国人と卑下していないのは言葉を交わして感じた。実に、真面目な好青年だという印象である。 

 謙遜ができるというのも高評価だ。

 名家の者はそれだけ選民思想が強く、下の者には目も向けないという意識を持つ者も珍しくない昨今で、毛利家に不利にならない扱いをしてくれるのはありがたい事だった。

「ところで、晴持様」

「何か?」

「わたしに、何か仰りたい事があったのではありませんか?」

 晴持は、一瞬驚いたような顔をして、それから苦笑した。

「どうして、そのように思われましたか」

「なんとなくです。女の勘ですよ。外れていれば、酔っ払いの妄言と笑ってください」

「いえいえ、そんな。実は、元就殿は尼子家の内情をよくご存知ですので、これから先の事を考えるに当たって、お話を伺いたいというように思っておりました」

「わたしに答えられるものであれば、何なりと。しかし、性急では?」

「……今回の戦。少々、勝ちすぎました」

 晴持は、顔を引き締めて周囲を見渡し、声を潜めた。

 元就も、その意図するところを察して視線を走らせる。宴の空気を壊してしまえば、一挙に友好の空気が崩れてしまうかもしれないからである。

「強引に尼子を攻めよと言い出す輩が現れるかもしれないと」

「はい」

「確かに。それはあると思います。勝ち馬に乗ろうという者も多い。安芸国内で大内様に従わぬのは、もはや桜尾城のみ。ここを攻略すれば、安芸はすべて大内様に靡きましょう。それだけを見れば、大内様に勢いありと判断できると思います」

 今回の戦の結果、安芸国は大内家の勢力圏に完全に落ちた。尼子家と大内家を天秤に掛けていた小勢力も、大内家に心を寄せる事だろう。

 問題となるのは、その先である。

「勢いがあるからと言って、そのまま尼子家に挑みかかってよいものか……」

「武断的な人物ほど、その場の勢いで敵を倒せと訴えるものです。ちなみに、何故、そのようにお悩みになるのですか?」

「それは、尼子家ほどの大家がこの敗戦だけで戦う力を失うとは思えませんから」

 尼子家は大内家に匹敵する巨大な勢力だ。今回は、三〇〇〇〇の兵を繰り出しておきながら戦果を上げる事ができず、真冬の山道を逃げ帰る羽目になったが、それでも尼子家という家の力は油断ならぬものだ。

 敗戦が影響してずるずると滅亡の道を歩んだ例としては織田信長に負けた武田勝頼が挙げられるが、それも、武田家の戦力を回復する前に重臣達の裏切りがあったし、その土壌が元々あったからこそあっけなく潰れる事になった。要するに、あれは内部分裂で滅んだのである。

 尼子家はどうかというと、大内家は尼子家の内情に詳しくない。地理にも疎く、彼らの本拠である月山冨田城を攻略できるか否かの判断も覚束ない。敵の情報があまりにも少ない中で、どうして尼子攻めができるだろうか。

「尼子家は、おそらく出雲や備後に予備の兵力を持っていると思います」

 それが、元就が出した結論であった。

「三〇〇〇〇人の兵も全滅するわけではありません。確かに、これで尼子方の国人達の中から離反者は出るでしょうが、それは尼子も分かっているはずです」

「となれば、逆に今回の敗戦から家中を引き締めに掛かるかも知れないわけですね」

「はい。敗北を知り、成長する余地を十分に残してるのもまた事実。尼子が進んで大内様に手を出す事はないかと思いますが、東進は続けるでしょう」

「そうですか。それではその内、尼子家の中で動きがあるかもしれない、ですね」

「はい」

 元就は頷き、杯を傾ける。それから、晴持の杯に酒を注いだ。

「尼子家の内部分裂は、起こりえますか?」

「分かりません。ですが、塩冶殿の時のような大乱にはおそらく繋がらないかと」

 元就が言うのは、かつて塩冶興久が起こした反乱である。興久は、尼子経久の息子で、塩冶氏の養子となった人物だ。様々な権力争いや不満を背景に激発した興久の反乱は、出雲国を二分する大乱となった。その時は、大内家と尼子家は比較的親密だったために、興久は支援が得られず、最期は備後国で自害した。

 その乱以来、尼子家は主家の力を強める中央集権的な方向に舵を切った。よって、今叛旗を翻しても、その勢いは興久の時ほど大きくはならないというのが、元就の見方であった。

「尼子の中には、新宮党という派閥ができ始めているようです」

「新宮党……」

「尼子久幸殿を筆頭とする武断的な集団です。此度の戦で久幸殿は討ち死にしましたから、次代はおそらく国久殿となると思います」

 新宮党は、居館を月山富田城の北麓にある新宮谷に構えている事にちなんだ呼び名だ。尼子家の戦を支える戦闘集団として、非常に強い影響力を持っている。

「国久殿は、武勇を誇り、誇りの強さが故に増長していると専らの噂です。直接お会いしたのは、ずいぶんと前になりますが、そのような傾向のある方だとは思っておりました」

「なるほど。それなら、新宮党の動きは、注視する必要がありますね」

「はい」

 新宮党が、今後どのように動くかで尼子家の内情は大きく変わる。もしも、増長しているという国久を討伐する事になれば、それは尼子家が膿を出したという事になる。内乱になれば付け入る隙もあるだろうが、そうでなければ、尼子本家の権力を強化する流れになるだろう。新宮党がそのままであれば、後々も合戦に出て手柄を立てる事になるが、その都度彼らの増長が増していくばかりとなる。

 尼子家が抱える不安の芽となるか。

「わたしの個人的な意見を申し上げれば、月山冨田城を攻撃するのは時期尚早かと」

「ふむ……やはり、情報もなく尼子の現状が不明なうちは迂闊に手を出すべきではないですか」

「はい。それに、心を寄せてくる国人のうち、どれだけが真に信頼できるのか分かりませんから」

 戦場で裏切られれば、その時点で大内勢の優位性はひっくり返る。

 関ヶ原の戦いが小早川秀秋の裏切りによって決したように、強壮な軍も内側からの攻撃には弱い。

「気をつけなければなりませんね」

 晴持は、神妙な様子で元就の意見を聞いた。

 今後どういう方向に行く事になろうとも、尼子家に手を出す際には足元を固めながら漸進していくのがいいのだろう。

 

 

 

 元就は、隆元の下にそっと歩み寄った。

「隆元」

「お母さん、どうしたの?」

 自分の隣に跪く元就に、隆元は首を傾げる。

「あなた、頑張って晴持様と男女の仲になりなさい」

 耳元で囁かれた事に、隆元は反応はかなり遅れた。脳がそれを理解した時、沸騰したように顔を紅くした。

「なぁ、な、な、な……」

「毛利家の安泰のためよ。いろいろと考えたのだけれど、大内家中で毛利の発言力を高める手っ取り早い手がそれなの」

「だからって、いとも簡単に言わないでよ」

「大丈夫、別に嫁げと言っているわけじゃないの。一夜の過ちでいいから、胤を持って帰ってきてね」

「娘の将来をなんだと思ってるの!?」

 隆元の反論を元就は笑みとともに受け流した。無礼講の中での冗談だろう、と隆元は思いたかったが、この母が言う事もまた理解できる。それが自分に関わるものでなければ、特に反論もしなかっただろう。

 結局、言うだけ言って去っていく元就の背中を恨めしそうに眺める事しか、隆元にはできなかった。

 



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その八

 大内・毛利連合軍の安芸国での勝利は、必然的に安芸国内での大内家の存在感を急浮上させ、それとは逆に尼子家の影響力を大いに削減する事となった。尼子家に同心する豪族は、瞬く間に大内家に靡き、安芸国はただの一勝を以て大内家の支配下に置かれる事となったのである。

 これが、小豪族がしのぎを削る地域の実情であり、大内家の勢力に陰りが見えれば即座に彼らは尼子家に向かう事になるだろう。そういう意味で、大内家の中枢では安芸国の国人たちへの不信感とも言える感情が漂っているのも事実であった。

 しかし、今回の一戦は安芸国内の豪族の心を大内家に向けるというもの以外にも大きな戦果があった。

 それが、銀山城を直接の支配下に置いたという事である。

 安芸武田家の本領の地である佐東郡を見下ろすこの城は、古くから安芸国の中枢として機能してきた。分郡守護家の持ち城という事もあるが、何よりも佐東川の下流域から広島湾にかけてを有する地域を治めており、地理的な事情から水軍まで備えていた。ここを、晴持が完全に攻略した事で大内家は瀬戸内にかかる良港を得て、より海への影響力を発揮できるようになったのである。

「残る抵抗勢力は、桜尾城の友田興藤だけですが。まあ、即日落ちるでしょう」

 大内家に残された仕事は、とりあえず安芸国内の反対勢力の鎮圧なのだが、前述の通りすでに大部分が大内家に靡き、頼みの綱であった尼子家は撤退するだけで精一杯という有様で援軍を出してくれるはずがない。もはや桜尾城の士気が最低で、落城必至という様相である。

 晴持は、館に戻り、義隆と語らいながら桜尾城の今後についても検討する。

「桜尾城は、安芸の国人に任せないほうがいいよね?」

 義隆に尋ねられて、晴持は頷いた。

「銀山城は城代で十分でしたが、……」

 城代は、大内家の家臣から人を選び、代理としてその地を治めさせるものである。銀山城と桜尾城はともに海に面しているので、安芸国のうち、下半分に大内家の直轄地が生まれる事になる。

「そうですね。桜尾城には城代ではなく、城主として送り込んだほうがいいかもしれません」

「それはどうして?」

「桜尾城を守る友田は厳島神主家を手中に収めています。今の当主は確か、藤原広就……友田興藤の弟です」

「ふむ。なるほど、そういえばそうだったわねぇ」

 厳島神主家は、その名の通り厳島神社の神主を勤める家柄である。推古元年、安芸国の佐伯鞍職が市杵嶋姫命の信託を受けて厳島神社を創建し、初代神主となった事に始まる。佐伯家が承久の乱で後鳥羽上皇に就いた事で鎌倉幕府に睨まれ、神主の座を降り、幕府御家人の藤原親実が新たに神主家となった。今に至る厳島神主家はこうして生まれた。

 四〇年近く前から、厳島神主家は衰退しつつあり、最近は家督争いが頻発していた。当然、安芸国内に影響力のある家の跡継ぎは、安芸武田家や大内家の干渉を受ける事になり、それが内訌を助長してしまった。友田興藤は、安芸武田家の支援を受けて当主となった人物で、厳島神主家の一族の者である。これを、義隆の父である義興が引き摺り下ろして新たな当主を擁立したのだが、今回の騒乱で再び興藤が桜尾城を占拠し、その弟が当主となった、という流れになる。

「厳島神主家は、完全に大内家で乗っ取ってしまうというわけか。うん、それがいいかもね」

「あの家も水軍を持っていますから、これを接収すれば、武田水軍も加えてそれなりのものになるでしょうね」

 水軍を強める事は、海に面し、貿易を重視する大内家にとっては重要な課題の一つであった。特に、対岸には伊予国の村上家が存在し、村上家の指図を受けない村上水軍が勢力を伸張させている。今は、内紛でごたついているが、海賊行為を行う彼らのあり方は貿易に関わる大内家にとっては目の上の瘤なのだ。

「村上を抑えるのにもつかえそうね」

「今はまだこちらに集中しなければ。もちろん、何れは四国にも手を伸ばす事になりますが」

 土佐一条家は晴持の実家である。四国に手を出すとなれば、最悪、激突する事になるかもしれない。だが、正直に言って、それでも構わないと思っていた。もはや、記憶の端に僅かに引っかかる程度の思い出しかないので、恨まれる事になっても気にする事はないのである。

「それと、これから先、尼子家とどのように向き合うかも考えておく必要がありますね」

「ガーッと攻められないかな。鉄砲とか、あるでしょ」

「あれは、そんなに便利な代物じゃないですよ」

 晴持は苦笑する。今回の戦で火縄銃が活躍できたのは、相手がその存在を知らなかったからであり、また、山城が構造上、火縄銃に対しての備えがないという事でもあった。だが、もちろん弱点も多く、使えば勝てるというものでもない。

 陶隆房に冷泉隆豊、相良武任、弘中隆包らがそこにやってきた。

「やっと来たわね。遅いわよ、あんた達」

「申し訳ありません」

 心底申し訳なさそうに謝ったのは隆豊である。他の面々も謝罪こそすれ、どこか真剣さに欠ける。平時で気が緩んでいるのであろう。あくまでも私的な呼び出しなので、これで構わないと義隆は笑う。

「若、今何の話をしてたの?」

 彼女達が来て話が途絶えたので、晴持は、どうしたものかと思っていたが、隆房が興味津々といった様子で尋ねてきたので、話の続きをする事にした。

「今後の尼子家への対応について、だ」

「何、攻めるの!?」

 飛びつくように目を輝かせた隆房であったが、武任がその襟を掴んで引っ張る。

「バカ陶。尼子家にいきなり攻めかかっても手痛い反撃を受けるだけだろう」

「な、む……」

 イラッとしたかのように隆房は武任を睨む。が、言い返す事はなかった。

 隆房は軍事に明るい。武任に言われるまでもなく、尼子家の有する力の強大さを理解していた。

「まあまあ、今日あんた達を呼んだのも、その話をしておこうと思ったからなのよ」

 義隆は茶菓子を頬張りながらそう言った。つまりは、晴持が言葉にするまでもなく、義隆もまた尼子家との関係を憂慮していたという事であった。

「今回の戦で尼子は撤退したよ。勢いはこっちにある。敵に組していた国人達も引き抜ける好機じゃないかな?」

 隆房は尼子家の力を認めつつも、大内家にも勝機があるという見方を示した。隆包もまた、頷いて隆房の言葉を継いだ。

「はいー、尼子さん達は、冬季の敗走で多くの将兵が命を落としたと聞いていますー。厭戦気分が高まっている今、攻め込めば内応なども引き出せそうですよー」

「ボクは反対だね。撤退で失った兵なんて、尼子の力があればすぐに取り戻せる程度でしかない。こちらから出雲に攻めるとなれば、道中の危険がどうしても付きまとう事になる」

 武任の意見に、隆房が眉根を寄せて不快感を露にする。

「そんな事言ってたら、何も始まんないじゃん」

「地形が悪いんだよ。出雲に攻めれば、敵は必然的に兵糧の道を断ちやすくなる。道中の豪族達がボク達に心から従ってくれるはずもないんだから」

 武任が言うとおり、山形な地形の出雲国に攻め込めば、補給路は細く長くなる。背後の豪族が裏切れば、大内勢は一転して窮地に立たされる事になるのだ。

 晴持もまた武任の意見に賛成だった。

「安芸のみならず、あの周辺の豪族達は世渡りが上手い。形勢有利となればこちらに靡こうが、僅かでも城攻めに手間取ればそこで手の平を返すかもしれない。そうなれば俺達は、今回の尼子と同じ目に合う」

 地均しが足りていないのだ。尼子家から完全に離反する者がいるのは結構だが、それに背後を任せるわけにはいかない。

「尼子家はいずれにしても中央とは敵対するでしょうし、今すぐに討伐する必要性もありません」

 晴持としては、将軍家、あるいは管領家と繋がりを強め、その上で尼子家の東進を阻む。業を煮やした尼子家は、無理にでも兵を進めるであろうが、そこまでいけば大内家が幕府を味方につけてその背後を襲える。

「まずは、地盤を固めるのが重要。安芸国内の掃除をして、大内家の力で安芸を押さえるのです。その上で、石見を安定させます」

 石見国には銀山がある。大森銀山は、世界の三分の一の銀を産出するとまで言われる名産地であり、大内家の軍資金としてこの上ないものであった。そして、大内家と尼子家は、以前からこの大森銀山を奪い合ってきた。今は、大内家の支配下にあるが、石見国のすべてが大内家に従っているわけではなく、虎視眈々と隙を窺っている者もいる。

「小笠原、ね。確かに、最近小うるさいわ」

 辟易したように、義隆が言い捨てた。

 石見小笠原家は尼子家に属し、度々大森銀山に手を伸ばしてきた。義隆が家督を継いだ頃に一度、彼らにのっとられた事もあるくらいである。

「小笠原家の者が最近になって尼子と連絡を取っているという話もあります」

 隆豊が義隆にそう言うと、義隆がため息をついた。これまでに幾度も彼らには引っ掻き回されてきたのだ。しかも、大森銀山を占拠されるなど、その被害はかなり大きい。

「いつまでも、あんなのと小競り合いしているわけにもいかないしねぇ……」

「義隆様。ボク達はすでに尼子退治を幕府から取り付けています。これを楯に、尼子と交渉すれば石見から撤退させる事も不可能ではないかと」

「尼子は京に昇りたくてうずうずしてるんだもんね。いつまでも幕府の敵ではいたくないか」

 義隆は頷いて、隆房と隆包に向かって言った。

「じゃあ、尼子とはわたし達が有利な協調路線で行くわ。二人もそれでいい?」

 隆房はやや不満げではあったが、納得したのか頷いた。もともと、尼子家の力を認めていたので、この流れには文句はなかった。ただ、武任が気に入らなかっただけである。

 尼子家に対しては、こちらから積極的な戦は仕掛けないという事で決した。その上で石見国の国人である小笠原家を完全に攻略してしまう事にした。

 そして、ほどなくして桜尾城は義隆の命を受けた軍勢に囲まれて落城した。友田興藤は城内で腹を切り、当主であった藤原広就も敗報を聞いて自害した。

 これによって、鎌倉時代から続いた厳島神主家は完全に滅亡する事となったのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 新たに大内家に臣従した安芸国の国人達は、機を見て義隆の下に挨拶にやってきた。

 その内の一人に吉川興経がいた。

 吉川家は、安芸国の北部から石見国の南部までに勢力を持つ有力な国人であり、毛利家とも縁が深い。尼子家の毛利攻めでは、尼子勢の一員として毛利家と激しい戦いを演じた人物であった。

 はじめは抗戦を主張した興経であったが、元就の説得に応じて降伏、大内家に臣従する事となったのである。

 義隆に挨拶にやってきた興経は、義隆に対して、

「尼子は此度の合戦に失敗し、多大なる被害を被り、また人心も離れております。是非、出雲討ち入りをご検討くださいませ。この吉川興経、義隆様の露払いとなり、月山富田城に押し入ってご覧に入れましょう!」

 と言い出したのである。

 これには、義隆も苦笑せざるを得ない。つい先日、有力な重臣を集めて尼子家との協調路線を決定したばかりなだけに、彼の言葉は聊か滑稽に映った。

「あなたの言葉は一理ある。けれど、安易にそれを認めるわけにはいかないの」

「な……」

 興経は、驚いたように口を開けて呆然とした。どういうわけか、義隆が二の句なく尼子討伐に動くと踏んでいたらしいのだ。

「興経。あなたの所領は尼子家との境にある。毛利の吉田ともども重要な土地。そこをきっちり守るのがあなたの役目よ」

「な、こ、この好機に尼子を攻めないと仰るのですか?」

「ええ、そうよ」

『バカな』

 義隆の言葉に、興経はそう叫びたい気持ちで一杯だった。

 義隆の言うとおり、彼の領地は尼子家に隣接しているため、尼子家が動けば真っ先に激突する事になる。今回も、そのために大内家と尼子家を天秤に掛けて尼子家を選んだ。

 大内家が尼子家を亡ぼせば、少なくとも尼子家からの侵攻はなくなる。興経自身、今回の戦で毛利家の手勢を相手に日没まで戦い続けるなどの活躍をしており武勇に秀でいているのを存分に示していたので、まさか断られるとは思っていなかったのである。

 が、しかし、その後何を言おうとも興経の言葉は義隆には届かなかった。

 吉川興経は確かに武勇に秀でている。だが、その反面、政治的な視野に乏しく信用の置けない相手でもある。

 そしてそれ以上に義隆にとって、興経は安芸国の一国人でしかなく、その価値もはじめから大内家に従っていた毛利家などよりも一段下という位置付けでしかない。本人がどれだけ自分の武勇に自信を持っていても、彼は尼子家からの新参者なのである。

 こうした輩が出る前に、全体の方向性を定めていた大内家中は、勢いに流される事がなかった。

 自分の意見が容れられなかった興経は、苦虫を噛み潰したような表情でその場を後にした。

 

 

 そんな事があって、その晩、どういうわけか晴持は義隆を膝枕する事になってしまった。

 今までにも何度も、こうした事があったので今更ではあるが、いい歳の乙女が無防備に男に触れるべきではない。

「まあ、いいじゃないの。親子なんだし」

 そう言って、義隆はまったくに気にも止めない。義理の親子とはいえ、姉弟程度にしか歳が離れていないのだ。

「興経の言ってる事、やっぱり一理あると思うのよね」

「俺もそう思いますが。しかし、やはり運の要素があまりにも大きすぎます。勢いと一口に言っても、目で見えない要素に頼りすぎれば自ずと敗北を重ねる羽目になるでしょう」

「ま、晴持がそう言うならいっか」

「俺だけでなく、重臣の方々と話し合って決めた事ですからね」

「分かってるって」

 これからやる事がたくさんあるのだ。

 尼子家と決戦するための地均し。そのために、安芸国と石見国を安定させる必要がある。

「遠交近攻。山名と結んで尼子を挟む手もありますが」

「山名は弱いわ。大した戦力にならない」

 尼子家の進路上にある山名家はかつては名門であったが、戦国時代に突入して大いに衰えた。赤松家などもそうだ。尼子家の圧力に単独で抗しきるほどの力のある勢力は、中国には大内家だけしかない。

 尼子家の侵攻速度が遅れているのも、大内家が背後にいるからであり、大内家が力を増せばそれだけ尼子家は背後を気にしなければならなくなる。かといって、背後に気を取られていてはいつまで立っても上洛は果たせない。

 尼子家に石見国撤退を飲ませるには、尼子家の背後の安全の確保を約してやるなどで攻めていくべきであろう。

「まずは、安芸ね」

「はい。興経の領内に間者を放っています。彼に背かれると、いろいろと面倒ですので」

 吉川家の領有する地は、尼子家と大内家の境。つまり、そこが尼子家に就けば、安芸国内に侵攻する際の取っ掛かりになってしまうのである。

「守護の件は?」

「すでに幕府に奏上済みです。これまでの経緯から判断しても、近くにも義姉上は安芸守護に任じられるでしょう」

 安芸武田家が壊滅した今、安芸国内には大義名分のある統治者がいなくなった。そこで、義隆はすばやく安芸守護に自分を任じるように幕府に働きかけたのである。これは、逃亡した武田信実への牽制でもある。義隆が安芸守護になれば、信実は存在価値を失う。守護という大義名分を失い、城を捨てて逃げた情けない男として名が刻まれるだけになるのだ。

 そして、それは安芸国の国人達に戦を仕掛けても咎める者がいなくなるという事でもあった。

「よしよし、順調ね」

 ごろり、と義隆は寝返りを打つ。

 義隆の言うとおり、安芸国の支配は順調に進んでいる。

 大内家の影響力の下にあるだけではあるが、後々には大内家の領土として正式に組み込まれる事だろう。すでに、銀山城と桜尾城に大内家の手の者が入り、厳島神主家を乗っ取って信仰の土台に食い込んだ。そして、その二つの家が持っていた水軍を手中に収めて大内家はより強大な水軍力を手に入れるのである。

 

 

 

 □

 

 

 

 晴持をはじめとする大内家中の者が注視しているのは、安芸国の国人、吉川興経の動向である。

 興経が主張した出雲討ち入りに関しては、義隆と晴持の両名がともに反対の意を示した事で立ち消えになった。しかし、諸将の前で恥をかかされた形になる興経が、どのような対応をするのかという点は、常に気がかりであった。

 そういうわけで晴持を中心に、興経の動向を調べていると、吉川家の家中がしっくりしていない事が分かった。

「吉川の件。あれからどうだ?」

 晴持が尋ねるのは、毛利隆元である。

 吉川家と縁が深い毛利家は吉川家の内情を調べるのに非常に都合が良かったのである。

「はい、経世さんによると、最近は興経さんと仲が上手くいっていないようで、森脇さんと一緒に隠居しようかなんて話をしているみたいです」

 吉川経世は、吉川家の重臣で、興経の叔父に当たる。また、森脇祐有もまた重臣である。この二人がそろって興経とギクシャクしているというのは非常に大きな情報であった。

 興経が大内家に帰参した時、その仲立ちをしたのは毛利元就だ。その際、元就に仲介を頼んだのが経世や祐有ら老臣達だった。これによって興経は許されて大内家の傘下に入ったのだが、我が強く、我侭な性格の興経はそれが自分の力によるものだと信じて疑わない。大内家に屈するのは仕方がないとしても、毛利家の行動を恩着せがましいと受け取り、礼の一つもしない。そのため、元就もこの行動に腹を立てていて、かなり深いところまで探りを入れているのである。

「老臣二人が早々に隠居、ね。そうなったら吉川の家政は誰が取り仕切るんだ? まさか、興経自らではないだろう?」

「はい。えと、確かそれは大塩右衛門尉という方が行われると思います。今でも経世さんを遠ざけて、この人に家政を任せているようですので」

「聞いたことないな」

「何年か前に取り立てられた、新参の将です。ただ、才はあるようで興経さんの寵愛を受けているのだとか」

「へえ、そうか……」

 老臣を遠ざけて、新参者を可愛がる。その新参者が立場を弁えるのであればいいが、そうでなければそれは堰に空いた鼠穴のように一挙に家を破壊する弱所となり得る。

 吉川家の御家騒動が大きくなって、尼子家が介入してくるようになれば大問題だ。そうなる前に、安芸守護家として大内家が動く、などという事も考慮に入れておかねばなるまい。

 

 

 事態が急を告げたのは、それから二月ほどが経って、暖かい空気が流れてくる頃であった。

 この間に、大内家は尼子家に対して脅しとも取れる和解案を提示して、飲ませた。ちょうど、尼子家を引っ張ってきた尼子経久が病死した時期と重なって、家中がごたついたところだったためか、割りとあっさりと尼子家は石見国を斬り捨てた。

 これで、本腰を入れて石見国内の敵対勢力を駆逐できるという時に、吉川家に漂っていた不安要素が表面化した。

「吉川経世殿と森脇祐有殿が大塩右衛門尉殿をお手打ちにされたらしい」

 という情報は、毛利家を通じて瞬く間に晴持の下に伝えられた。

 それは即座に、義隆の耳にも入る。

「吉川が騒いでいるみたいね」

「はい。義姉上」

 呼び出された晴持は、毛利家からもたらされた情報を義隆に伝える。

 大塩右衛門尉がついには家政を牛耳り、人望のあった老臣達を遠ざけるまでになった事で蓄積された不満が、とある一件で爆発したというところであろう。

「吉川興経。……密かに尼子と繋がろうとしたらしいです」

「まあ、半ば予定調和なところはあるわね」

「もともと、興経は毛利嫌いの大内嫌い。諸将の面前で面目を潰されたとあっては、ますます大内に従いたくないとへそを曲げられたのでしょうが、まったく堪え性のない方です」

 晴持は呆れたように呟いた。

 どっちつかずが最も信用できない。晴持が吉川家を注意していたのは、尼子勢に加担した事に加えてその領地が安芸国の北にあり、当主が人間的に信用に値しないと判断していたからである。それらが重ならなければ、ここまで丹念に情報を集めたりはしない。はっきり言えば、彼は安芸国内における懸念材料の最右翼なのだ。

「これで、安芸国内の潜在的反大内勢力の代表格を切り崩す事ができますね」

「晴持、あんた、最初からそのつもりだったわね」

「そこまでは。ですが、我々に勢いがあったのは事実ですから」

 敢えて、晴持は勢いという言葉を使った。

 安芸国を確実に押さえつけるだけの影響力という意味である。興経が尼子家と繋がりを持とうにも、大内家が安芸守護となったからにはそう易々と攻め込めない。これまで以上に、大内家が安芸国内に兵を進めやすくなっているからである。

「で、これからどうする?」

「義姉上の力で吉川を取り潰す事もできますが、それは安芸の国人がいい顔をしないでしょう。毛利殿に出ていただくのがよろしいかと」

「あたしが元就に命を下せばいいのね」

「はい」

 安芸守護からの命という事であれば、元就も吉川家を攻めるのに十分な大義名分であろう。

 そしてそれはつまり、毛利家が大内家の指示に従って安芸国内の国人を攻めるという事になり、毛利家の大内家への従属性がさらに強調される事になるのだ。

 こうして、大内家が描いた絵図の通りに、安芸国内の掃除が始まるのであった。



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その九

 晴持の安芸掃除と銘打った策略に乗ってしまった吉川興経は、ものの見事に内訌を引き起こしていた。

 もとより、そういった下地があったからこそ、このような展開になったのである。それは十分に承知していたが、あまりにも早くあっさりと事態が発展してしまったので、当事者にされた元就としても苦笑していいやら同情していいやらである。

 吉川家とは縁深い毛利家だ。

 同じ大勢力に挟まれた国人として、吉川家の判断を責める事はできない。ただ、家運を大内家に賭けたのか、尼子家に賭けたのかで差が生まれてしまっただけなのだ。

 そう思えばこそ、晴持を介して家名の存続を図ってあげたというのに、義隆に分を弁えない言動を見せ付けた挙句、大内家の悪口を城内で言いふらす始末である。

 長く功のある重臣を遠ざけて奸臣を重用するという大失態を犯していた事もあり、吉川家の先行きに暗雲が立ち込めていたのは、早くから理解できていた。

「なるようになった結果ですか」

 元就はため息をついて、大内家からの命を受けた。

 吉川経世らを支援して、尼子家と通じた吉川興経を排除せよ、との命は、元就の言うとおりなるようにしてなった結果なのだ。

 はじめから目を付けられていた者の憐れな末路であろう。

「問題は、どうやってということですね」

 現在、吉川家の家中は真っ二つに割れている。

 興経の指示に従う者と経世や祐有を慕って彼らの下に就いた者の二つの勢力が睨み合っているのである。興経の人望のなさが露呈した結果でもあるが、当主でありながらも反対派を粛清できないほどに吉川家は混乱しているのであった。

 しかし、経世らは別に主家を亡ぼそうとしていたわけではない。

 重要なのは、興経の行状が改善することである。そのために、彼が寵愛していた奸臣を斬り捨てた。すべては吉川家のためなのだ。

「片付けるのなら急がないと。けれど、相手はあの興経殿。果たして、どうするか」

 急ぐ理由は尼子家にある。尼子家は大内家と和睦して東に力を注げる状態になっているので、おそらくは吉川家のお家騒動に加担する事はないだろうが、それでももしもというものがある。早急に片付けるに越した事はない。だが、その一方で相手が吉川興経というのが問題だ。

 興経は、政治的感覚にはとことん弱い男だが、戦場で槍働きをさせれば一級品である。力攻めに訴えれば、こちらが手痛い被害を被るかもしれない。

「できるだけ穏便に、後腐れなく興経殿には身を引いていただくのが一番」

 だが、それも難しい。あの興経が、大人しく身を引くだろうか。

 大内家の後ろ盾がある毛利家の言葉であっても、素直に頷きはしないだろう。

 元就の下には、経世と祐有の連署がなされた書状があり、興経との和解に協力して欲しいとの旨が記してある。

「早々上手い話があるはずもなし。お二人には覚悟していただくしかありませんね」

 元就は憂いを感じさせる表情で外を見遣る。

 春の暖かい風が流れる庭では、梅の蕾が花を咲かせようとしていた。

 

 

 

 毛利元就、やってくれたな。

 それが、現状の吉川経世の率直な感想である。

 彼は今、朋友の森脇祐有とともに与谷城に篭っている。元就は、二人が篭る城から一里半ほどのところに三〇〇人の兵を差し向けていた。書状によれば、元就からの援軍である。しかし、これでは、経世らが、元就と組んで興経を陥れようとしていると受け取られてもおかしくはない。むしろ、この状況では、そう受け取らないほうがどうかしている。

 つまりは、元就が兵を動かしたことで、経世や祐有らは本格的に興経と対立することになってしまったのだ。

「さて、どうするか。のう、経世」

 元就の行動で、進退窮まったと感じた祐有が皮肉げな笑みで経世に問う。

「これでわしらも枕を高くして眠れるといったところか。ぶつかっても敗北はあるまいが」

 元就は大内家を後ろ盾にしている。いざとなれば、大内家の軍勢が押し寄せてきて、吉川という家を取り潰してしまえる。選択の余地はもう残されていないのだ。

「いや、それならば元就殿に仲介を頼んだ時点でわしらは興経と対立を深めざるを得なかった。これは、元就殿からわしらへの叱責であろうよ」

 そう言って、老臣はどちらともなく笑い合った。

 尼子家から大内家への帰参の許しを得るために、元就には世話になった。もとより縁戚関係にあることもあって頼りやすかったという事もあるが、今回はそれが仇となったか。興経の毛利嫌いは日に日に拍車がかかっていて、すでに意固地になっている面もある。この状況で元就に助けを請うのは、悪手だったのだ。元就もそれを理解して、敢えて兵を送ってきた。

 覚悟を決めろ。

 暗にそう言っているのである。

「今や、わしらは興経の下では働けぬ」

 何をすべきかは分かっている。主家に刃を受ける勇気が出てこない。倫理的な問題である。ちょうど、この時、吉川家の内部では興経のやり方に反発する者が数を増していた。後ろ盾のない状態で、大内家と正面から敵対するのではどうやっても亡ぼされるのは目に見えている。それならば、家名だけでも存続させることはできないだろうか、というのである。

 すでに興経は家臣達から見限られていた。

 この流れに、大内義隆が目を付けた。興経を隠居させて、安芸国人の中から手頃な者を養子に入れるのを認めたのである。

 もう誰にも止められない一つの流れが出来上がっていた。

 興経の系統を終わらせて、新たな血を取り入れるという流れである。経世や祐有も、この流れに乗る事にした。時勢に逆らっては、自らもまた亡ぼされるのみである。

「背に腹は代えられん。縁戚関係のある毛利から養子を取ろう」

 そういう結論になった。

 元就と義隆の許可を得た老臣達は、家中の下の武士達の指示もあって興経とその息子を強制的に隠居させた。

 興経は十数人の供回りとともに、吉川家が領有する有田に隠居する事で決着した。

 小倉山城から興経が出るのは夏頃となる見通した。

 それまでに、諸々の引継ぎを行い、大内家との連絡を密にして、毛利元春改め、吉川元春が誕生した。

 元春は、先の戦で吉川家の兵を相手に縦横無尽の働きを示した元就の次女である。その事を吉川家の将兵も熟知していたから、勇猛果敢で元就の才を次ぐ才気溢れる次代という事で期待していたし、事実元春はその期待に応えるに足るだけの器量を持っていた。

 吉川元春を受け入れた事で、吉川家は毛利家の影響力の下に就く事になったが、そのおかげで大内家からの侵攻を事前に食い止める事ができ、家名の存続という最低限の目的は達成されたのであった。

 

 城を退去させられた興経は、有田ではなく毛利領の布川に移送された。

 当然、約束を違えられた事に腹を立てた興経であったが、もはやどうにもならなかった。隠居ではなく、事実上の幽閉という形となった興経は、二度と吉川の領内に戻る事はなかった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 毛利家が大内家の下で安芸国の盟主の座へと昇り詰めている時、大内家の本隊は山陰道を東進していた。

 安芸国の掃除を毛利家に一任しているうちに、大内本隊は石見国の領有に本腰を入れる事にしたのである。尼子家が石見国から手を引いた事で、国内には動揺が走っている。石見国の国人達も多数が毛利攻めに参加していた事もあり、彼らは尼子家に見捨てられた形になるのだ。

 義隆が名指しで始末するとしたのは、尼子家に従う小笠原長隆と毛利攻めに尼子方として加わった福屋隆兼などである。

 石見国は国土の大半が山間地であり、海岸線を利用した移動で軍を進める事になる。一息に目的地に到達できないのが面倒なところであった。

 しかし、それでも構わなかった。大内家は、この戦に一〇〇〇〇人の兵を送り込んでいる。後方をしっかりと固め、補給路を整え、ゲリラ戦にも対応するために、多くの間者を山野に解き放っていた。二つの国人を討ち亡ぼすにしては過剰とも言える戦力の投入であるが、これが大内家のこの戦に賭ける思いを如実に物語っていた。

 そして、攻め込まれたほうは堪ったものではなかった。尼子家を頼みにしていたからこそ大内家に敵対できたのである。その尼子家が石見国に干渉しないとなれば、彼らはもう孤立も同然であった。

 見捨てられたという絶望感から逃亡する兵も続出した。士気などあってないようなものであった。

 戦を指揮するのは陶隆房と弘中隆包である。

 まずは、福屋隆兼であるが、これはあっさりと降伏した。もともと、大内家と敵対する理由に乏しい国人であった。尼子家が台頭してきたから従ったに過ぎない。

「斬ればいいんじゃない」

 という隆房の意見を、隆包が否定する。

「今回の究極的な目標はですねー、小笠原さんを討ち果たすことですー」

「知ってるけど、それは関係なくない?」

「関係ありますよー。ここで、福屋さんを斬れば、小笠原さん達は死兵になってしまいますー。そうなれば、山間の土地ですから、こちらにも大きな被害が出てしまうかもしれませんー」

 間延びした言葉遣い。すでに慣れた隆房は、ふぅん、と気のない返事をする。

 石見国内における小笠原家の影響力を排除するのが、今回の戦の目的であり、それが同時に尼子家に対する大内家の最前線を整備する事に繋がるのである。大森銀山の領有権を確立するための重要な戦だからこそ、ここまでの大軍を編制している。

 言うまでもなく、小笠原家は孤立している。もはや、彼が頼みとするのは、自らに従う家臣達と、峻険な山々、そして本拠となる温湯城だけであった。

「まあ、いいや。じゃあ、隆兼には先陣を切ってもらおう。小笠原家を落とすには、地理に明るい人がいいでしょ」

 隆兼の降伏を認めた大内軍は、隆兼を先頭に押し出して小笠原長隆を強襲した。

 尼子家の支援がないため、長隆は篭城せざるを得ない。それも援軍の希望のない絶望的な篭城である。もはや、意地を張る以外に篭城する理由が見出せない悲痛な戦いである。

 隆房はまず、長隆が篭る本城である温湯城の支城から攻略を始めた。

 温湯城の北東に位置する赤城をこれ見よがしに燃やし、その明かりを城兵に見せつけた。その次に日和城を攻め落とし、温湯城を丸裸も同然にしてしまった。

 周囲は完全に大内家の手に落ち、尼子家には見捨てられた。助けが来る可能性は万に一つもなく、ジメジメとした季節のために食料が長持ちしない。保存食だけでは限界がある。そういった最悪の状況に置かれたのである。

 夜、篝火を焚いた隆房は、敵が取るであろう行動を考える。

 打って出ることはまずないだろう。油断はできないが、今の長隆の兵力では奇襲を仕掛けることも難しい。死ぬまで篭城するか、夜陰に乗じて逃亡するかの二択しかない。 

 今回の戦は、石見国内から小笠原家を取り除く事が目的だ。つまり、彼の降伏は基本的に許されない。しかし、それは相手には伝えていない。絶対に助からないとなれば、死に物狂いで抵抗してくるだろう。それは隆包が言ったとおりの展開だ。

「面倒だなぁ。もっと分かりやすい戦いになってくれればいいのになー」

 隆房が好むのは野戦だ。尋常の勝負。血肉湧き上がる武のぶつかり合いこそが彼女の本領である。このような城攻めは、正直に言えば好きではなかった。

 晴持がしたように、城攻めが厳しければ、野戦に持ち込むという手もあるが、今回はそれも難しい。野戦に敵が出てくるのは、そこに勝機を見出すからである。今の状況に、野戦に応じる要素はなかった。

「とりあえず、夜に逃げ出すかもしれないから、周辺に間者を放っておくか」

 夜陰に紛れての逃走が唯一、長隆が生き残る手段であった。そう思い立って、隆房はそうしようと思った。

「篝火を減らして、夜闇を濃くしよう。陣も一部を取り払って、奪った城に兵を移す」

 優位性からくる油断を敢えて見せる。

 晴持が銀山城を攻略する時に用いた計略である。その隙を突いて、打って出てくる勇気が向こうにあるのであれば、隆房は全霊を以て相手をしよう。そうでなくて逃げ出すのであれば、山中に放った間者が首を取る。これでも出てこないのであれば、もはや話にならない。一日置いて、二日後の昼当たりにでも総攻撃を仕掛けよう。

 

 

 

 □

 

 

 

 篭城した小笠原長隆の判断は、夜闇に紛れて逃走する事であった。

 長隆が大内家に目を付けられたのは、彼が以前から大内家を煩わせてきたからである。それは、巨大な銀山が目の前にあり、尼子家の支援が得られやすい土地に生を受けた呪いとも言うべきものであったが、それなりに戦果を挙げてきた。それが、大森銀山の占領などである。かつて、大内義隆に代替わりした頃に長隆は大森銀山を大内家から奪い取った。かねてから縁のある尼子家と好を通じ、石見国に於ける反大内家の代表格として、東石見国で蠢動してきた。そのツケが回ってきたのだ。

「おのれ、尼子、大内……」

 憎憎しげに恨み言を呟いて、長隆は城を抜けた。

 ちょうど、夜中。草木も眠る丑三つ時である。空には月があるが、雲がかかっていて光は淡く、辛うじて視界が確保できる程度である。

 昨日、大内勢が陣割を変え、一部の兵を退かせた。物見すら出せない状況では、その兵がどこに消えたのかは分からないが、千載一遇の好機である。囲みが破れたところに一縷の望みを託して飛び込むしかない。

 命を繋いで、小笠原家を再興するには、とにかく中国から離れねばならない。

 大内家は言うに及ばず、尼子家も信用できない。京に昇り、そこで雌伏するのが、彼に与えられた最後の希望である。

 長隆は、尼子家に従うという基本姿勢を貫いてきた。それには、尼子家に信服するというよりも、その権威を利用して大内家に対抗するためであるが、それでも尼子家の大森銀山攻略には度々手と兵を貸してきた。

 それが、この仕打ちである。

 いいように利用され、最後は切り捨てられた。恨んでも恨み切れないどろどろとした感情が胸の奥から溢れてくる。

「殿、とにかく今はこの山を抜けるのに心を砕いてくださいませ」

 側近が息を潜めて忠告する。

 大内家と尼子家が憎いのは彼らも同じ。だが、それも無事脱出を果たせなければ復讐する事も再起を計る事も不可能である。長隆が生きてさえいれば、何れは兵馬の権を取り戻す事もできよう。

 山道は暗く、鬱蒼とした木々が月光すらも遮ってしまう。

 歩くのにも苦労する暗闇であるが、今はそれがありがたい。なんとしてでも、大内家の包囲網から抜け出さねばならないと、長隆は一心不乱に前に進んだ。

 

 

 そんな小笠原家一行の前に、数人の武者が現れたのは不運としか言いようがない。

「うぬ!?」

「殿、お下がりください!」

 月光を弾く刀剣が、夜闇を斬り裂く。

「おいおい、まさかあれか。小笠原の殿か?」

「間違いねえ。俺は一度見た事があるぞ」

「毛利攻め以来だな。まあ、これも戦国の習いってヤツだなぁ」

 武者達もまた、刀を抜いて小笠原一行と向き合った。

「き、貴様ら。無礼であろう」

「何が無礼だ。敗軍の将が」

「俺達福屋勢も生き残りに必死なんだよ。大人しく首を置いてってくれや」

「ふ、福屋の手勢だと。貴様ら恥を知れ。裏切り者めが」

 福屋家は小笠原家とともに毛利攻めに参加していた。そこで、この者達は長隆の顔を見たのであろう。ほんの数ヶ月前までは味方であった者達だけに、長隆はさらに深い絶望を味わった。

 だが、死んでたまるかという一心だけで、長隆は刀を振るった。

「殿、お逃げください!」

「ここは我らが!」

「雑兵に用はねえ。一気に押し包んでしまえ!」

 斬りかかってくる敵兵に、長隆の家臣達が立ち向かう。

 だが、騒ぎを聞きつけた者が続々と現れる。一人斬り倒しても、二人現れるのでは意味がない。やがて、家臣達の守りを突破した一人が長隆に肉薄し、頭に一太刀を見舞った。

「ぐぬッ……!?」

 よろけたところに二の太刀を振るおうとする。

「させぬ!」

 家臣の一人が、この兵を背後から突き殺す。そして、その家臣を新たな敵兵が斬る。乱戦にもつれ込んだが、数の暴力には抗うことができず、長隆の首が遂に討たれた。長隆を懸命に守っていた家臣達も、主君が討たれた事でここまでと観念し、その場で命を散らしていった。

 

 長隆の首は、その日のうちに隆房の下に送り届けられた。

 その首が長隆のものであると確認を取った後、隆房は主なき城を攻め落とした。

 ここに、石見国内に燻る反大内家の気運は終息を見たのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 石見国の城はその地理的な関係から見ても非常に攻めにくい。だが、それも篭城策が取れないほどに追い詰めてしまえば問題なく落とせるのである。今回のように尼子家の支援がなくては立ち行かない敵対勢力はそのほとんどが尼子家の石見撤退によって壊滅してしまった。

 これは、尼子家の最大の失態だったと言えるだろう。

 今回の大内家の迅速な掃討作戦で、尼子家は石見国内での足がかりを失い大森銀山の領有権は完全に大内家が握る事になってしまったのだ。

 二年前、毛利攻めを計画した頃は、これほどの敗戦になるとは予想もしていなかっただろうに。

 しかし、現実として大内家は大勝し、石見国を制圧。同時に安芸国内の尼子勢力を駆逐し、強力な水軍を擁して瀬戸内に進出を始めた。

 しかし、大敗北を喫した尼子家であったが、大内家首脳陣が危惧していたように戦う力を失ったわけではなかった。

 前当主の死去などで家中が僅かに動揺したものの、それを終息させた後は、美作国や伯耆国などの東国への圧力を強め始めていた。

 大内家との約定により、西の安全を確保していた事も関わってきていた。

 そして、尼子家が東に目を向けている間、大内家も尼子家から攻められる事はないので、他に力を注ぐ事ができるようになっていた。

「伊予から救援を求められているわ」

 その日の評定で、義隆が言った。

「伊予から?」

 伊予国は、大内家の領地から目と鼻の先にあるものの、瀬戸内海を渡らなければならないために、縁が薄い。

「救援というと、伊予のどこからでしょうか?」

 晴持は義隆に尋ねる。

「村上水軍の武吉っていうのからよ」

「聞き覚えがありませんが」

「そりゃあね。まだ家督をついでないし、今までは肥後の菊池のところにいたらしいわ」

「つまり、家督相続争いということですか」

 村上水軍は、能島、来島、因島の三つの島に分かれて勢力を争っている国人である。瀬戸内海を渡る船に津料を課したり、水先案内人や水上警護を請け負うなどして収入を得ている。水軍を増強した大内家からすれば、商売敵にもなる勢力だ。

 その村上水軍の中で、武吉が所属するのは能島水軍だそうだ。

「武吉は大内家に友好的。その一方で、反抗している村上義益は知ってのとおり先の尼子との戦の折、桜尾城を支援してたやつの筆頭よ。その時は房胤がなんとかしてくれたけど」

 白井房胤は大内家の水軍を率い、安芸武田家の水軍や村上水軍を相手に縦横無尽の活躍をして、感状が与えられている。

「ということはつまり、この機に村上水軍を掌握してしまおうという事ですか」

「そう、その通り!」

 能島村上水軍は三つに分かれた村上水軍の宗主的立場である。ここの当主を大内家の息がかかった武吉にすることで、瀬戸内海を大内家が制圧する。

 海を制圧した後、伊予国に上陸し、反大内家の首魁である河野通政を討伐する。

 もっとも、河野家に関しては背後に大友家がある。その辺りを加味して、河野家の討伐まではいかないかもしれないが、とりあえず目下のところは村上水軍を手に入れるという方針で固まった。



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その十

 戦国時代初期、大内義隆の父大内義興は上洛し、幕府の政を指導したことがある。

 世に永正の錯乱、あるいは両細川の乱とも呼ばれる管領細川家の内訌に介入したからである。

 きっかけは明応の政変で将軍職を追われた足利義尹が、西国の雄であった義興を頼ったことである。畿内では管領の座を巡って、暗殺された細川政元の三人の養子が相争っており、そこに将軍後継の問題が絡んで大きな闘争に発展していた。

 最終的には、義興が組織した上洛軍に担がれた義尹が反対勢力を近江に放逐し、手を結んだ細川高国が管領の座に就いた事で一旦の終息を見た。

 一年の間に澄之、澄元、高国と権力が目まぐるしく移り変わったこの事件の影響は後々にまで尾を引き、澄元の後継である細川晴元が高国を討って政権を簒奪するものの、高国の養子である氏綱が未だに蠢動しており、四十年余り経った今でも争いの火種は消えていない。

 それでも、この一件が大内家にもたらしたものは非常に大きかった。

 まず、大内家が中央政府から大きな信頼を勝ち得たということ。義興は、幕府だけでなく朝廷とも交流し、時の天皇から文化人として賞賛されるほどであった。

 そして、遣明船の派遣を幕府から永久的に認められたという事である。

 その当時の管領である細川高国は、義興の軍事力によって政権を維持していたという面もあって、この将軍の決定に逆らう事ができなかった。

 こうした背景もあって、大内家は日明貿易を独占する大義名分を得たのである。

 

 

 義隆に救援を求めた村上武吉の曽祖父は、義興の上洛軍に加わっていたという縁がある。

 能島水軍は内乱状態にあり、その原因はこの曽祖父が京で複数の子どもをもうけた事にあり、家督相続争いを継起とした対立関係が内部に燻っているのである。

 武吉もまた、幼い頃に祖父を暗殺され、身の安全を守るために肥後の菊池武俊を頼って落ち延びている。

 

 瀬戸内海を押さえるという政治的な目的もあるが、何よりも敬愛する父の代からの縁という事で、義隆にも無視できなかったし、義興の偉大さを知っている老臣達もまた、この縁を大切にするべきだという意見が大勢を占めた。

 こうして、大内家は能島村上家の家督相続争いに介入する事となったのである。

 

 

 晴持の目の前には一人の男性が座っていた。

 村上隆重という初老の男性である。村上武吉の叔父に当たり、武吉の右腕として活躍することを望んでいる武将である。

 隆の字の武将がまた増えた、と晴持は内心で苦笑しつつ、隆重を観察する。

 筋肉質な身体つきで、顎鬚は綺麗に整えられている。髪は後ろに撫で付けられ、頬には大きな切り傷。戦場に幾度も出てきた証であろう。

「わざわざご丁寧な挨拶、ありがとうございます」

「大内晴持様のご高名はかねてから窺っております。尼子家や武田家を相手に戦い、見事勝利を収められた事、遅ればせながらお祝い申し上げます」

 深々と頭を下げる隆重を晴持は制止する。

「そのくらいで、余り堅苦しいのは好みませんので」

 隆重が晴持の下を訪れたのは、今の大内家で晴持の評価が非常に高まっているからでもある。義隆の後継でもある彼が軍事のみならず農業や商業にまで手を広げているのは、周知の事実であり、近隣の大名達もその言動に注目している。

 それほどの人物なので、当然ながら大内家の中にも信奉者がいる。彼と関わる事は、大内家の中に味方を増やすのに都合がいいのである。

 そして逆に晴持から睨まれる事は、大内家での立場を危うくする。

 晴持がどれだけ自分自身を評価しているか分からないが、少なくとも隆重が挨拶に来ないという選択肢はありえなかった。

「本来であれば武吉が窺うべきではありますが、何分、敵を腹中に抱える身故油断ならず」

「仕方がないでしょう。当主の座を争っている時に拠点から出るわけにもいきません」

 今現在は、武吉と義益は睨み合っている状態だ。担ぎ上げている者が本拠地を離れては大きな隙となる。

「隆重殿。一つ、お聞きしたいことが」

「なんでしょう?」

「何故、武吉殿を支援されようとなさるのですか? 聞けば、義益殿もあなたの甥に当たるとか」

 隆重には兄が二人いた。

 村上義雅と村上義忠である。

 村上家を継いでいたのは当初は義雅であった。しかし、この義雅が早くに死去し、息子の義益も幼かったために当主の地位は弟の義忠に引き継がれた。武吉は、この義忠の子である。

「武吉は、前当主の子。当主の子が跡を継がねば、後々の災いとなりましょう。義益が兄義忠の養子であれば別でしょうが、そのような事情もありませぬ」

「なるほど、確かにその通りです」

 それゆえに、このような事態になる前に早々に他家に養子に出しておくべきだったのではないか。例えば六角家も同じように当主の早世に際して弟が跡を継いだが、兄の子である義政を伊賀仁木家に養子入りさせている。家督相続争いを回避しつつ、伊賀国への影響力を強めたのだ。

 こうした対策を、村上家は取れなかった。

 それが、この家督相続争いに繋がってしまったわけだ。

「ともあれ、我々はあなた方に協力します。先代以来のご縁を頼ってくださった事には、こちらも応えなければなりません」

「ありがたいことです。武吉が当主となった暁には、大内家の水軍の一翼をなし、敵を打ち払うとお約束しましょう」

 そう言って、改めて隆重は頭を下げた。

 気骨ある武人の礼を、晴持は背筋を正して受け入れた。

 

 

 

 □

 

 

 

 村上武吉を能島村上家の当主に据えるためには、水軍を組織する必要性があった。

 村上水軍は三つに分かれており、それぞれが瀬戸内海に浮かぶ孤島を本拠地にしている。厄介なのは、海に浮かぶ孤島の数が多い上に密集しているという点で、水軍は常に島影からの奇襲を意識しなければならない。

 それに能島村上家が本拠としている能島は、来島村上家の来島と因島村上家の因島との間に位置している。来島は明らかに反大内家の河野家と手を結んでおり、これが同じく反大内家の義益を支援しているという状況である。

 しかし、そうした状況でありながら数を頼みとした大内水軍は、早々に広島湾を発し、能島を目指した。

 装備と人数を整えて攻め込めば、圧倒的な武威の前に屈するだろうと甘く見たのである。

 結果は散々だった。

 全体の三割近い損失を受けて、先発隊は命からがら逃げ戻ってしまった。

 入り組んだ島々と複雑な潮流を支配した村上水軍にとっては瀬戸内海は庭も同然である。その一方で、大内家はよそ者で、そういった事情を深く知らなかった。足場が船だけに限られた状態では、数も活かせない。

 この敗戦で大内家は衝撃を受け、村上水軍は意気揚々と引き上げる事になったのである。

 

 

 

 

 緒戦の敗北を受けて、策を見直す必要性に迫られた大内家は、それでもこの戦から手を引くなどという事は一切なかった。 

 面子を潰された義隆は、より一層村上水軍の攻略に気持ちを入れるようになったのである。

 そうして諸々の事情を加味して検討した結果、問題となったのは因島であった。

 能島は因島と来島に挟まれる位置関係にある。因島は安芸国に近い位置にあり、来島は伊予国に近い。能島を攻めるのであれば、どうしても因島村上家と来島村上家に挟まれてしまう。特に因島は安芸国に近いということもあり、問題が大きかった。

 能島を攻めるには、因島を攻略せねば後方を突かれる恐れがある。潰しておく必要があった。

 そのための大義名分はいくらでもあるというのが幸いだ。

「尼子家の安芸侵攻に於いて、村上水軍は皆尼子方に就いて後方を脅かした。我々から彼らを攻めても、文句は言えないだろう」

 広島湾に浮かぶ大型船を眺めながら晴持は呟いた。

 かつては武田領だったこの港も、今では大内家が所有している。水軍力を大いに高めた大内家は、戦力だけならば村上水軍に匹敵する海上戦闘能力を有している。

 兵力は整った。よって、軍議では、どのようにして海戦に強い村上水軍を倒すかという点が焦点となった。

 まず発言した隆房の提案は、能島と因島を同時に攻撃するという過激なものであった。

「広島湾から出れば、能島と因島に両方とも直接向かえる。船団を組織して、同時攻撃を仕掛ければ、後方を突かれる心配もないじゃない」

 この意見に対して、隆重が反対意見を述べた。

「それでは、齎灘の辺りで、来島の者達が出てくる可能性があります。そうなれば、能島勢も加勢して出てきましょう。敵を増やす事になりませんか?」

「隆重殿の意見に賛成だな。一度に複数の敵を相手にするのは、危険だ」

 まして、戦場となるのは船の上だ。

 陸上戦とはわけが違う。

 同時攻撃は、結局自分と相手の戦力が拮抗しているか上回っていなければ、こちらが各個撃破される事になってしまう。

 晴持も二箇所への同時攻撃に反対したので、別の道を模索する事になった。

「広島湾から出れば、来島勢が壁となります。河野家がその後ろにいる以上、次は河野の介入も否定できません」

 隆豊からも冷静な意見が出た。

 伊予の大名である河野家は来島村上家と繋がりが深い。

 河野家と来島村上家が一緒になって能島村上家を支援しないとも限らない。

 慣れない海での戦。大内家には、ノウハウがないのだ。

「多少時間がかかるが、内側から切り崩していくしかないか」

「調略ですね」

 晴持の呟きに、隆豊が頷いて反応する。

「そうだな。そのために、敵の情報を集める必要がある。力攻めではこちらの被害があまりにも大きい」

 そこに、声を上げたのは小早川興景であった。

 歳若く、武勇に秀でた青年は、海にも強い竹原小早川家の一三代目に当たる。

「晴持様。因島は、某にお任せいただきたい」

「興景殿、頼まれてくれるか?」

「因島は某の所領の目と鼻の先。酸いも甘いも交々な長き付き合いがございます。なんとしてもお味方するよう説き伏せます」

「心強い。頼む」

「御意」

 残るは来島と河野家だが、こちらはまだ情報が不足している。

 晴持は、来島と河野家の関係からその内部に至る情報の収集を配下に命じて、軍議を解散した。

 

 

 

 □

 

 

 

 因島村上家は小早川家の者達に一任するとして、問題となるのは来島村上家であった。

 来島は、伊予国の今治に程近く、泳ぎが得意な者ならば泳いでいけるというくらいの位置にある。そのため、河野家の影響を強く受け、現在は独自性を維持しながらも事実上の支配下にある。

 そんな来島村上家と交渉することができたのは、非常に運のいい事であった。大内家もまた水軍を擁し、瀬戸内海に進出しようとしている。来島村上家とぶつかるのは自明の理であり、彼らもまたこちらの意思確認をしておきたいと思っていたのである。

 会合の場は、大三島。

 小さな島が乱立するなかで、とりわけ巨大な島である。三島神社の総本山である大山祇神社を中心とした島なので、大三島と呼ばれるようになったという。

「大内晴持ね。まさか、あんたが出てくる事になるとは思ってなかったな」

「それはこちらの台詞ですよ。村上通康殿」

 晴持の名はどうやら来島村上家にまで届いていたようで、晴持が海を渡って直接来島村上家と交渉するという暴挙に出たのは通康を驚かせていた。

 そして、晴持自身も、まさか当主が出てくるとは思ってなかったのでこれには驚きを隠せなかった。とはいえ、そのいでたちが、思い切り西洋の海賊なのはどうかと思う。

 某海賊映画のジャック船長を彷彿させる彼は、明らかに日本の瀬戸内海にいていい生き物ではなかった。カリブ海のような大きな海でこそ活躍すべきではなかろうか。

 身長は晴持よりも高く、筋肉質だ。そんな大男がどっかと前に座っていて、いつ攻撃してくるかも分からないのは、正直冷や汗ものである。

「腹の探りあいなんて面倒な事はしたくねえ。用件だけ言ってくれや」

「そうですね。私も、同じ気持ちですよ。ですので、単刀直入に、能島村上家の件でこちらに協力していただきたい」

「ありえねえな」

 通康は思考するつもりもないかのように即答した。

 嫌そうな顔までするおまけつきである。

「ありえないと仰る理由をお聞きしたい」

「そりゃそうだろう。俺達は河野に就いてる。お前さん達は大内家。河野家に敵対しているのであれば、支援する理由がねえ」

「あくまでも河野家の家臣としての立場を堅守するということですか?」

「まあな……」

 来島村上家当主の村上通康は、河野家の外交にも携わる重臣格の人物である。来島城を守る将であり、かつて河野家と対立した時は城を守りきって和睦している。

「では、お聞きしますが、何故に単独で私にお会いしようとされたのですか? 河野家の家臣の立場を守るのであれば、ほかに手段もあったはず」

「例えばあんたを討ち取ってしまうとかか? それこそありえねえ。そんな卑劣な真似は俺はしねえし、大内家に攻め込ませる口実も与えねえ」

 通康は河野家と大内家との戦力の差を正しく理解している。伊予国の守護であっても、今までに一度も伊予国内を統一したことのない、国人並の国力しか持たない河野家では、とても地力に勝る大内家を退ける力はないと。本気で大内家と戦う事になれば、伊予国内の国人達の協力を取り付けることから始めなければならない。

 そういう背景は置いておいて、

「卑劣な真似はしないなど、滑稽にもほどがありましょう」

 晴持は嘲弄するようなその一言を言わざるを得なかった。

「んだと……」

 明らかに、怒りに眉尻を上げる通康に対して、内心でびびりながらも晴持は余裕の態度を装う。

 どっからどうみても堅気に見えない大男が怒気を露にしているのだ。これが非公式な会談ということもあって、おっかなくて仕方がない。

「俺が卑劣だとでも言うのか?」

「主家を追い落とした者どもに肩入れするとなれば、そのように取られてもおかしくはありますまい。河野の事情、我らが知らぬとは思われませんように」

 能島村上家がそうであるように、河野家も後継者問題で揉めていた。当主であった河野通直は分家筋の河野晴通と結託した家臣達によって追い落とされ、来島城に隠居させられているのである。通康は、それに反発して通直の味方となったが、来島を反乱軍に攻撃されて和睦する形で鉾を収めた。

 真っ直ぐな男だから、筋道の通らないのは嫌いなのだ。彼はそれを行動で示し、しかし旧主を慮って恥を忍んで鉾を収めた。

「肩入れなんぞしてねえ。世は下克上だ。通直が弱かっただけだ」

「その弱い主に従ったあなたは立派ですよ。下克上も嫌いですが否定はしません。ですが、それはつまり強きが残り弱きが消えるということに他なりません。河野の家名すらも、強きに屈せばいずれ泡沫となりましょう」

「大内は、まさか……」

 伊予国への進出すらも考えているのか、と通康は目を見開いた。

 そして、十分にありえるとも踏んだ。

 大内家は中国の大大名だ。その動向は彼らと近い通康も注視している。尼子家に勝利し、その上で有利な和睦を結んだ大内家は、今中国の雄と睨み合う必要性がない上に、安芸国内の海に面した地域をほぼ大内家の領土に組み込んでいる。四国への足がかりに、小国人が分立している伊予国を狙うのは合理的な判断であった。

「ご理解いただけて何よりです。その際、卑劣な河野家に組するのか、それとも今一度筋を通して河野家をあるべき道に戻すのか。それは、通直殿の唯一の味方であったあなたがお決めになることです」

 晴持がそう言うと、通康は苦虫を噛み潰したような表情で押し黙った。

「もう一つ、海上でなら大内家には屈しないなどという事も、もうありません。因島は我々に就きました」

「なんだと……!?」

「正確には、小早川殿に、ですが。これで、潮流に左右される事もありません。ノウハウ……海での戦いのあれこれは、こちらも備える事になるでしょう」

「チィ……あんた、はじめからか。いや、力ずくでもこっちを潰せるってのに、わざわざ危険を冒して俺に声をかけたのは何故だ」

 因島を味方につけた以上、来島にはそれほどの価値はないはずだ。晴持が言うとおり、河野家は守護とは名ばかりの弱小勢力。とても、大内家に抗する力はない。

「戦も人死も、少ないほうがいいに決まっています。あなたが味方になってくれれば、少なくとも一つは戦が減る」

 晴持の答えは単純明快ではあったが、戦に生きがいを見出すような輩からすれば臆病風とも罵られかねないものであった。

 この時代、人の生き死には非常に軽いものであった。戦は簡単に起こるし、人を殺した数が評価に繋がる。そういう時代で、晴持はそこに忌諱感を持ちながらも妥協してやっているのである。

 そういったところまでは通康も読み取れるわけがないが、理由の一つとして納得はした。

 戦は金食い虫で、長引けば財力に影響する。古の兵法書を引いても『百戦百勝は善の善なる物にあらず、戦わずして人の兵を屈するは善の善なる物なり』とある。来島村上家が大内家に就けば、その時点で戦況は一変するだろう。

「一つ聞くぞ。あんた、通直が立つと決めたら、大内は助成してくれんのか?」

「無論。その時は我らの兵をお貸ししましょう」

 この会話で、晴持は落ちたと感じた。

 能島だけでなく伊予国への足がかりを掴んだと、そう直感したのであった。



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その十一

 伊予村上家の始まりははっきりしないが、有力な説としては河内源氏の庶流である信濃村上家から平安時代に分かれたというものがある。

 村上為国の弟定国が保元の乱の後に塩飽諸島に入り、平治の乱の後に越智大島に移って伊予村上氏の祖となったというものである。

 もっとも、能島村上家などは、村上源氏の源師房を祖としていると主張するなど、詳しい系譜はすでに失われてしまっている。

 

 

 そんな能島村上家の跡を継がんと兵を挙げた村上武吉は、年端も行かない少女であった。

 村上水軍では流行なのか、彼女もまた西洋の海賊衣装を身に纏っている。頭の帽子にはご丁寧に髑髏が描かれている有様だ。

 それでも、能島村上家の跡を継ぐ意思は固く、揺れる船上にあって武吉はしっかと前を見つめていたのである。

「叔父上。やっと、この時が来たね。父上の跡を継ぐのはアタシ以外にいないって、証明してやるんだから」

「武吉様、あまりはしゃぎすぎると船から落ちますぞ」

「落ちるか!」

 子どもの面倒を見るような叔父の言葉に、武吉は反発する。

 その様子がますます子どもらしい。しかし、それでも武吉の潜在能力は非常に高い。隆重はそのように見ていたし、風の読み方から秘伝の戦術まで武吉は瞬く間に修めてしまった。

 隆重が彼女を主に担ごうと思い立ったのも、実はその才覚を認めてからであった。

「そろそろ、敵の勢力圏に入りますぞ。ささ、奥へ」

「大丈夫だってば」

 うっとうしがった武吉は、しっかりと海の様子を見ておきたいと外に出たままであった。

 一度目の敗戦で、大内家は力押しから調略に手を切り替えた。そのおかげで、前回よりも余裕のある戦になるはずである。

 周囲には、武吉に従う派閥の能島村上勢。その周囲を、大内家からの援軍の船が囲んでいる。村上水軍の旗艦は機動力と攻撃力を備えた関船であり、小早にも力を入れている。

 それにしても、壮観だ。

 大内水軍はその財力から多くの船を建造し、この戦に投入していた。

「む、あれは……」

 隆重が遠くに船影を見つけた。

「河野の軍船ね。いいわ、一息にやってしまおう」

 武吉は空に手を向けて、配下に向かって叫ぶ。 

「空は晴れ渡り、絶好の海戦日和。怖気づく者もなし。この戦、アタシ達が勝利を手に入れる! 大内殿に恥ずかしい戦は見せられないよ! 気合入れろ!」

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 海戦の基本は接近して敵船に乗り込む移乗攻撃だ。

 よって、如何に敵船を寄せ付けず倒し、こちらから乗り込んでいくかという点が重要である。

 数で勝る能島村上勢は、敵に囲まれるという可能性はほとんどない。そのため、正面から堂々と進軍し、接近戦を挑んでいく戦法で交戦する。

「弓隊、射て!」

 船が敵味方入り乱れる中で、あちらこちらから号令が飛び、矢が飛び交う。その戦場に、一際高く響き渡る轟音が、武吉の耳を打つ。

「ッー、何、今の音!?」

「陶殿の船からです。どうやら、例の鉄砲なる武器の音かと」

「大内家の武器ってこと」

 武吉の見ている前で、弓兵に混ざって黒い筒を敵兵に向けている者がいる。その筒から火花が飛び出たかと思えば、船を近づけようとした敵兵が海に落ちて沈んでいく。

 武吉はごくり、と生唾を飲んだ。

 この海で死ねば、遺体を上げる事もできない。

 暗い海のそこで永遠に眠り続けなければならないのである。

 そんなことは、絶対に嫌だ。なんとしてでも、この海戦に勝たねばならない。

「とにかく敵を近づけるな。長槍、押し戻せ!」

 敵の小早が武吉の乗る関船の下を掻い潜り、矢を射掛けてくる。それに対して、弓兵が応戦する。船同士の激突で沈んだり、移乗攻撃によって乱戦にもつれ込んだ関船がいたるところに現れる。

 しかし、大内家の船と焙烙玉や鉄砲といった、従来の木製の楯では防げない火薬兵器が戦の流れを変える。

 鉄砲の数は多くない。しかし、火薬を陶器の器に入れればいいだけの単純な構造の焙烙玉は、大内家の財力があればいくらでも量産できる。もっと簡易的に、油を壷に詰めて火縄をつけて落とすだけでも効果的な燃焼武器になる。

 この海戦で大内・能島村上連合軍が優位性を発揮できたのは、火を上手く用いたからであった。

 河野家の水軍は、半ば玉砕とも呼べる形で跳ね返されて撤退していく。

「武吉様……!」

「もちろん、追撃。アタシ達の目的は、あくまでも能島。こんなところで戦が終わりなんて事はない!」

 能島までは、まだかなりの距離がある。

 真っ直ぐ突き進まなければならないので、どうしても追撃戦になる。

 船団は乱れた隊列を整えて斎灘を渡っていく。右手には四国の陸地が見え、正面には大三島や高縄半島が鎮座する。

 海というには聊か狭い瀬戸内海の東側を、大内・村上連合艦隊は突き進んでいく。

 風向きも戦の流れも追い風であった。

 少なくとも、この時までは。

 

 事態が逼迫したのは、船団が高縄半島の先端である梶取ノ鼻にまで差し掛かった頃である。正面の敗走兵を追い散らしながら、進んでいた船団の左手に、突如河野家の別働隊が現れたのである。

 左手にある小島の間、観音崎に潜めていた遊撃部隊による奇襲攻撃であった。

 船団の側面を奇襲された連合艦隊は、大いに乱された。

 船は小回りが利かないのが弱点でもある。奇襲攻撃にはとことん弱い。対応するには、各船を操る船乗りに任せるしかないのが現状である。

「勝ち戦の隙を突かれたか」

 隆房は渇いた唇を舐めて笑った。

 慌てることはない。数は少数。隊列は乱されたが、対応できないほどではない。

「お嬢。正面の敵、回頭しています!!」

「あははッ。謀られたね」

 思わず笑ってしまったのは、してやられたと認めたからである。

 調子に乗って追い散らしていたら、自分達から罠に飛び込んでしまったということか。

「鉄砲も焙烙もまだまだ余裕があるんだし、慌てる事はないよ」

 将が慌てては、下の者の不安を徒に煽るだけである。隆房は余裕の表情で船の外を見つめる。その姿に勇気付けられて、兵達は、自分の作業に集中するようになった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 大内家が、能島村上家の家督相続争いに介入しているというのは、瀬戸内海を領有する者達には好ましく思えなかったというのが正直なところである。

 特に、大名家である河野家は現当主が大友家よりということもあって大内家には敵対的だ。そのような状況下で瀬戸内海を大内家に取られてしまうと、海に面している河野家は干上がってしまう。なんとしてでも、撃退しなければならなかった。

 その河野家も、今回の海戦に向けて着々と準備を進めていた。

 それは来島の村上通康が、大内家に動きがあることを報せていたからである。広島湾に集う軍船の数が増えていて、直に二度目の攻撃があるだろうと。

 一度目は村上水軍を主力とする河野水軍が勝利したものの、二度目となると勝てるかどうか。

 その上で矢面に立ったのは、四国ではなく離島に居を構える国人の大祝家であった。

 大祝家は、大山祇神社の大宮司を務める家である。戦国時代に入って、兵を出すようになったが、この家の特徴は、神職を勤めているということで一族の者から陣代を派遣するという事にあった。

 十年ほど前に大内家が攻めてきたときは、大祝安舎が戦場に出て大内家と戦っている。

 今、関船の上には、性懲りもなく攻めてきた大内家に辟易しながらも、憤りを隠せない表情で薙刀を肩に担ぐ少女がいる。

 名を鶴姫。

 大祝安用の長女であり、三人目の子である。

「お嬢様まで戦場に出られずとも」

 と、配下の兵に諭されても、鶴姫は我関せずであった。兄が戦場に出て妹が戦場に出ないという理屈が分からない。

 武士の家に生まれた女性は名を付けられるその瞬間に、その後の人生がある程度決まる。

 男の名を付けれれば、武士として戦働きが求められ、女の名が付けられれば、そのまま奥に控えて教養を深め、後々には政略結婚など中心とした人生を送る事になる。

 鶴姫は当然、後者に当たる。

 これは、男が二人も生まれたのだから、三人目に生まれた待望の女の子を戦場に送りたくないという親心の発露でもあったが、それが鶴姫には気に入らなかった。

「わたしも兄上やお父様と同じように、戦働きで手柄を挙げます!」

 何を言っても聞かない鶴姫に、周囲も仕方ないと隊の一つを割いた。ただし、それは妥協の末ではない。もしも鶴姫に軍才がなければ、このような判断はしなかっただろう。だが、鶴姫には二人の兄を差し置いて、非常に高い軍才があったのだ。薙刀も、もう大の男でも刃が立たないというくらいの技量である。

 そうして戦場に立った鶴姫は、自分の部隊を島影に隠して戦況を見守った。

 大内家の船団と河野家の船団が、斎島の西側で激突した報せを受けた

「よし、船を動かすわよ!」

「応援に向かわれるのですね」

「何言ってんの。来島の連中が遅れているってのに、勝手に敵に突っ込んでった奴らよ。あっという間に蹴散らされるわ」

 鶴姫はこの海戦、まともにやっても勝てないと分かっていた。

 戦力の違い程度ならば、まだ何とかなる。陸上と違って海上では潮の流れを支配したほうが強い。壇ノ浦の故事を引くまでもない。

 しかし、そのためには熟練の船乗りが必要だ。

 河野家の中で、最も船に詳しいのは、間違いなく来島村上家である。通康は瀬戸内海に様々な情報網を張り巡らせており、行き交う船の警護をして金銭を徴収している。大祝家の領地である大三島でも何度か参拝に来た商人などの警護を勤めていて、鶴姫はそういった海賊紛いの活動を快く思っていなかった。

 それでもその実力は認めざるを得ない。

 今回の海戦でも、彼の力が必要だった。数の多い敵には親大内派の村上水軍が就いている。潮の流れもある程度学んでいるはずである。

 それなのに、前回の戦いで勝利した事で驕ったのか、来島勢と合流を果たす前に打って出てしまったバカ共の一団が斎島の辺りで戦っている河野勢だ。

「ああいうのは、逃げ足は速いわよ。わたし達はそれを待ち受けて、追ってくる大内勢の側面を襲う」

 鶴姫は一団を大崎下島を影にして観音崎まで移動させる。

「わたし達がここで時間を稼ぎ、敵に打撃を与えれば、来島勢の加勢も間に合うはずだわ」

 風に乗った船団は島の影にひっそりと塊り、まるで風景の一つであるかのように息を潜めてその時を待つ。

 鶴姫の白い頬に一滴の汗が流れた。

 戦の高揚と緊張が、身体を小刻みに震わせる。

 僅かな時間が万に等しく思えるくらいの静けさを、荒々しく逃げ帰る河野家の軍船が打ち消した。

 

 大内軍の目的地は、能島なのだ。ならば、斎灘を突っ切り、高縄半島を迂回していくという航路しかない。

 目的地がはっきりしていれば、先回りして待ち伏せするというのも不可能な事ではない。

「いくぞ、敵は大軍だが、勝利に浮かれて周りが見えていない。わたし達が側面を突き、敵陣を混乱させる」

 そして、その隙に正面に逃げている河野家の主力部隊に反転させて、乱れた敵陣に大打撃を与えるのである。

 鶴姫は潮流と風すらも味方につけて敵船団に突っ込んだ。

 勝機に目を眩ませていた敵陣は驚くほどあっけなく崩れ、次々と小早がひっくり返っていく。鶴姫も陣頭に立ち、自ら弓を引き、声を上げて味方を鼓舞した。

「小早なんぞに用はない。大将の船に乗り込め!」

 大内勢の側面に襲い掛かった鶴姫の船は、その陣を切り裂きながら突貫し、ついには、敵の関船にまで辿り着いた。鉄砲や焙烙によって、鶴姫達も大きな被害を受けていたが、味方が勇気を振り絞って反転し、敵勢の正面に喰らいついたおかげで勝機が見えた。

「乗り込め!」

 接舷した船から、鶴姫の掛け声に合せて戦意の高い兵達が飛び移っていく。大内勢はそれを矢や鉄砲や槍で押し戻そうと必死になる。しかし、勢いはこちらにあったようで、一人また一人と敵船に乗り移って槍や刀を振るった。鶴姫もまた甲高い雄叫びを上げて飛び移り、邪魔をしようとした敵兵の首を一度に三つ、斬り落とした。

 気炎を上げる鶴姫の薙刀で命を刈られた者は片手の指の数を越え、今二桁に上ろうとしていた。

「なんという女子だ」

「これは手の付けようがないぞ」

「臆するな押し包んで討ち取ってしまえ」

 逃げようとする者は、鶴姫に蔑みと共に後ろから討たれた。また、抵抗する者は、多少の敬意を込めて首を落とした。

 いずれにしても、鶴姫の武力は圧倒的だった。

「どうした、どうした! その程度か大内の侍は! 京かぶれの軟弱者め、香でも焚いて、奥に引っ込んでなさい!」

 鮮血をばら撒いて、鶴姫は大内勢を斬り殺す。

 その鶴姫の武威に勇気付けられた河野勢も勢いを盛り返していく。乱戦の天秤は少しずつ河野勢に傾いていく。

「強い大内が望みなら、あたしが相手になるよ」

 朱色の槍を担いで出てきた少女が、鶴姫の前に立ちはだかった。

 鶴姫は、それまでとはうって変わった緊張感のある表情で、少女と相対した。

 この娘、相当できる。

 鶴姫の勘が、油断してはならないと警鐘を鳴らしている。

「あなたは……?」

「陶隆房」

「な、……そう、ですか。あなたが」

 陶隆房の名を知らぬ者は、もうこの瀬戸内にはいないだろう。

 大内家の筆頭家老陶家の娘で、若くして武勇で名を馳せた少女である。

「で、あんたは?」

「失礼しました。わたしは、鶴姫。大祝家の娘です」

「へえ、……武士ってわけじゃないのにそこまでできるんだ」

「女だからと戦場から引き離されるのは、納得いきませんので」

「それ、分かる。まあ、あたしは武士として育てられたけど、共感するな」

 槍と薙刀。リーチは同じ。上背は鶴姫のほうがあるが、戦場を駆けた経験は隆房に一日の長がある。刃と刃が触れ合い、金属を引っ掻く嫌な音が響いた。それを合図に、二人は激突した。

 

 

 

 □

 

 

 

 一撃の重さは、槍よりも薙刀のほうが上だ。

 重量と勢いで切断する薙刀は、まさに台風めいた白刃で敵の首を駆り落とす。薙刀を手足のように操る鶴姫は、その名が示すように鶴のようなしなやかさで舞うように死を与える。

 しかし、突く、斬る、叩くと三拍子揃った槍は薙刀以上に取り回しやすい。人間を相手にするのであれば、過剰な攻撃力は必要ない。どこか急所に一撃入ればそれでいいのだ。

 鶴姫の薙刀を台風とするならば、隆房の槍は鎌鼬だ。

 死の蒙風の中を、滑るように突き出される槍の一刺し一刺しが、鶴姫の身体に傷を負わせていく。

 手数、そして鋭さの違い。

 それが、鶴姫が押される要因だ。

 否、それは武器の性能差でしかなく、柄の長さが同じであれば言い訳にならない。薙刀でも使い方次第では、槍のような扱いもできる。それでも押されているのは、単純に技量の問題だ。

「く……ッ」

「そりゃあッ!」

 隆房の刺突を柄で受け止めた鶴姫が踏鞴を踏む、と見せかけて半身になり隆房の追撃をかわし、そのまま反転する。勢いのままに横凪に薙刀を振るった。

 隆房は身体を逸らしてこれを避け、同時に槍を片手で振り上げて下から鶴姫を狙った。

 片手で振り上げた槍は速度が足りず、鶴姫の籠手に弾かれてしまった。

「さすが」

 隆房はにやりと笑う。対する鶴姫は笑う余裕などなかった。一歩何かが狂えば即座に殺されるのが目に見えている。

「噂など当てになりませんね」

 体勢を立て直した鶴姫は、額の汗を拭った。

 周囲の兵は、自分達の戦いを忘れて二人の死闘に魅入っていた。

「噂?」

「あなたの噂。とても強い、鬼のような武人だと」

「へえ、そりゃ嬉しいのかな。あ、でも鬼ってのはなあ」

 頭を掻いた隆房は、歳相応の娘のように見える。だが、その実体は鶴姫は背中に季節はずれの寒気を感じるほどの死神だった。

「そうですね。鬼のような、ではなく鬼そのもの。あなたの武勇に関しては、ですが」

「ははは、他のとこまで鬼って言われたらどうしようかと思った……本当に」

 隆房の手元から槍が消えた。

 寸前まで、だらりとその切先を下に向けていたというのに。

 陽光が何かに反射して、鶴姫の目を焼いた。咄嗟に顔を背けると、頬を槍の穂先が擦過していったのが分かった。

 予備動作もなく、ただ速い刺突で顔面を狙ってきていたのだ。

 鶴姫の目に飛び込んできたのは、穂先に反射した太陽光だったのだろう。

「……本当に」

 鬼のような人。

 鶴姫は頬から滴る血とじわりと染み込んで来る熱を感じて薙刀を握る手に力を込めた。

「ふぅん。避けるんだ。すごいね。若も、似たような事したけど」

「若、大内晴持殿ですか」

「そう」

 隆房の槍を薙刀で払って、鶴姫はまた一歩下がった。

「あなたほどの女将が、ただの男に媚びを売るなんて、ちょっと幻滅です。武勇を示すでもなく、後ろで命を下すだけでしょうに」

 瞬間、怖気が走るような鋭い視線に、鶴姫は射抜かれた。

「ふぅん…………そろそろ死ぬ?」

 柔らかな手がそっと子どもに触れるように、するりと差し出された槍。

 あまりにも自然に向かってくるので、鶴姫は判断を狂わされた。

 隆房の手が伸びたような錯覚すら抱く槍は、途中で跳ね上がり、その直後鋭く振り下ろされた。蛇が鎌首を擡げて獲物に喰らいつくが如き動きであった。

 目で追う事もできず、ただ危ないから下がったというだけの回避行動が、何とか鶴姫の生を引き伸ばした。しかし、鶴姫は衝撃を殺しきれずに尻餅をついた。

「まだ、……ッ!?」

 座っていては首を落とされる。立ち上がって、薙刀を構えようとした時、唐突の薙刀が中央から二つに折れた。

「そ、んな……!?」

 よくよく見れば、それは折れたのではなく、斬れていた。頑丈な鶴姫の薙刀を両断したのは、隆房が打ち込んだ最後の一撃であろう。

「鶴姫様!」

「お嬢様!」

 鶴姫の武器が壊れたのを見て、彼女の配下の者達が慌てて楯になるように隆房の前に立ちはだかった。それを見て、同時に隆房の家臣達も動き出す。

「あー、やめやめ。終わり」

 しかし、両者が切りあいに発展しようと言う時に、隆房は槍を担いでそう言った。

「ここまでにしよう。鶴姫って言ったっけ。もういいでしょ、帰っていいよ」

 何を言われたのか分からなかった鶴姫は、それを理解して激高した。

「情けをかける気ッ!? わたしは、まだやれるわよ!?」

「戦が終わったんだから、帰れって言ってんだけどね」

「ど、どういうことですか?」

 戦が終わったと、肩の力を抜いてそう言う隆房に、目を瞬かせて尋ねた。

「見てよ、アレ」

 隆房が顎でしゃくったのは、艦隊が進む方角である。

 河野水軍が、鶴姫の特攻に合せて突撃していた方向である。今でも、激しく前方では戦いが繰り広げられている。

 しかし、そのさらに奥。高縄半島を回って、船団がやってくるのが見えて鶴姫は目を見開いた。

「来島勢、か」

 来島勢。来島を拠点とする河野家配下の村上水軍。武勇に秀でた村上通康が将として率いている水軍が、今、こちらに向かって来ている。

 遅い、と怒鳴りつけてやるべきだろう。

 来島村上家がこの海戦の重要な要素だったのだ。彼らが戦闘に遅参しなければ、このような決死の戦いに持ち込まなくても済んだ。

 だが、そうなると隆房の余裕と矛盾する。

 来島勢の登場は、確実に大内・村上連合軍にとって不利な事であるはずだ。なのに、何故、隆房はここで戦が終わりだと宣言できた。

 まさか、諦めたわけではないだろう。

 戦力は、それでも大内・村上連合軍のほうが勝っているのだから。相手が、来島村上家の水軍であっても、正面から戦って突破する事もできなくはない。

「ま、さか……!」

 最悪の予感は、得てして的を射る。

 来島村上家は戦場に後れて駆けつけた。ただし、河野家のためではなく、河野家を打ち倒すために。

「裏切り、なんてこと」

 絶句する鶴姫の前で、来島村上家の船に大内家の旗が上がった。河野家の船が今度は挟まれる形になったのである。

 戦場に悲喜交々の絶叫が木霊する。大内勢は勝ち鬨を上げ、河野勢は我先にと退散していく。逃げ道などないが、とにかく逃げねばならないと小早を奪い合い、ひっくり返って沈んでいく。

 河野家の水軍が、完全に崩壊した瞬間だった。

「今頃、能島にも若が攻撃を加えてる頃だよ」

「能島、でもあそこには因島もあるのに……まさか、因島までが」

「水先案内人をしてくれてるよ。来島の連中が遅れたのはね。能島の戦況を見てから出撃したからだよ。能島を挟むか、それともこっちの河野勢を挟むか状況を見て判断してってね」

 隆房の言葉が事実であれば、能島はすでに陥落しているはずだ。裏切った来島勢は、能島の陥落、あるいはそれに近い状態になったのを確認してからこちらを攻める事にしたのだから。

「こっちは囮だったって事」

「どっちも本隊だよ。あなた達がこっちに食いつかなければ、こっちが能島を落としてた」

 結局は戦力の差という事だった。

 因島村上家と来島村上家を取り込んだのだから、海上戦力は能島に篭る村上義益と河野家が束になっても敵わない。

 防戦すらも許されないほどに、力の差があったのだ。

 鶴姫はその場に壊れた薙刀を投げ捨てた。

「情けは無用。斬ってください」

 どっかと鶴姫は覚悟を決めて座り込んだ。

 その鶴姫に、隆房は槍を収めて言った。

「嫌だ。あなたは惜しい」

「ッ……」

 鶴姫は、文句の一つでも言おうとしたが、結局言葉にならず歯を食いしばって俯いた。

「それに、情けじゃない。最後、あなたを本気で殺そうとして殺せなかった。だから、あなたは殺さない事にした。勝者の決定だから、ちゃんと従ってね」

 河野勢は壊乱。

 能島は落ちて村上義益は自害。

 鶴姫はこの戦で最も活躍したと言えるだろうが、隆房との仕合に敗れて降伏する事となった。



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その十二

 瀬戸内海を押さえる三つの村上水軍のうち、来島村上家は大内家に、因島村上家は安芸国人小早川家に臣従し、そして能島村上家もついに大内家が後押しした村上武吉が跡を継ぐ事となった。

 また、来島村上家と大内家の挟撃を受けた河野海軍は壊滅的な打撃を被り、事実上の全滅となってしまった。

 この海戦での勝利は、大内家が瀬戸内海を完全に掌握したという事を示しており、必然的に畿内も含めた諸国の水運貿易の類に大内家は非常に強く影響を与える立場になった。

 能島村上家が武吉の手に渡った事で、やっとこの戦の目的の半分が終わった。

 残りは、来島村上家を丸め込む際に約束した河野家への対処である。

 この時点で、来島村上家の裏切りは、河野家中にも知られているであろう。制海権を取られた河野家は、一方的に大内家に攻め込まれるだけで、防戦以外の選択肢はない。

 晴持は小早川家をはじめとする安芸国人達と共に因島村上家の案内で激しい潮流を渡りきり、能島城を攻略した。

 能島城は大島と鵜島の間に位置する周囲約一キロメートルほどの能島とその南にある鯛崎島の二島から成る。能島は島の中心に本丸を置き、その周囲に二の丸、西に三の丸が配され、さらに南に東南出丸、東に矢櫃と呼ばれる郭があり、潮の流れの複雑さもあって天然の要害を駆使した堅牢な守りを実現していた。

 だが、その堅牢な島城も、因島村上家が寝返り、大内家の兵力を加えた圧倒的な武力を前には為す術もなかった。

 最終的に、村上義益は、来島村上家を頼って落ち延び、そしてそこもすでに敵地と知って自害したのであった。

 来島村上家があえて出陣を遅らせた理由の一つに、村上義益が自分達を頼って落ち延びてくる可能性があったからである。能島城を力で落とすのは面倒だが、相手が篭城を諦めて放棄してくれれば占領は容易い。大内家の海軍力を見れば、単独での抵抗は難しいと判断できるし、そうなれば頼れるのは縁故があり河野家でも有力者の一人と目される来島村上家の村上通康であった。

 こうして、能島を陥れた晴持は、河野水軍を破った隆房や武吉の一団と共に能島正面に浮かぶ大島に上陸し、河野家に属する城を落としていった。

 大島は大三島に匹敵する大きな島で、島内には砦とも呼ぶべき小城がいくつもある。

 大島を越えた先に来島があり、その奥に四国の土がある。よって大島は、現在対大内家の最前線なのであるが、しかし来島が大内家に就いたために四国からの援軍が得られず、完全に孤立してしまっていた。

「四国に足を踏み入れるためにも、さっさとの大島を占領したいところだな」

「そうですね。このまま時が過ぎれば、来島の河野殿にも敵が押し寄せてしまいますし」

 晴持の言葉に、隆豊が頷く。

 来島にいる河野通直は、河野家の前当主。しかし、家臣達と折り合いがつかず、分家筋の河野晴通を担ぎ上げたクーデターによって来島に隠居させられている。来島村上家が大内家に就いたことで、当然ながら彼女を担いで河野家を叩こうというこちらの意図は漏れているだろう。

「通直殿に倒れられたら本末転倒だ。どうにかして、ここを押さえないといけない」

 大島の位置が来島と能島の間にあるのが問題なのだ。能島には今、武吉が入っているおり、その後方の安全は確保されているが、この大島の動き次第では連絡を絶たれる可能性もあった。

「一つ一つの城に時間をかけていられないぞ。どうする?」

「こちらの軍を分散し、各砦に当たらせてはどうでしょう」

「小規模とはいえ山の上に位置する城を分散した兵で攻めるのであれば、一軍を以て次々と攻め落としていったほうが早いのでは」

 という主戦論に混じり、

「すでに敵方に打撃を与えておりますし、敵には勝機もありませぬ。ここは、開城交渉を行い、穏便にすませるのがよいかと」

 というような意見も出始めた。

 力によって攻め落とせない事もないが、少なからぬ犠牲もでよう。ならば、大内家の威容を大いに見せ付けたことであるし、交渉して守備兵の命を救うのを条件に開城してもらったほうがいいというのだ。

 この意見を軟弱と罵る者も幾人かいたものの、支城の出先機関程度でしかない大島にいつまでもかかずらっている時間もないというのは衆目の一致するところであり、妥協とは思いながらもそれも兵法と、城兵とコンタクトを取って一日の後に、大島の主要な砦から守備兵達を退去させるに至ったのであった。

 こちら側に河野通直がいるというのも、彼らには大きかったのだろう。今までのような大内家を侵略者と決め付けた戦いだと決め付けるわけにもいかず、大内家と敵対するという事は、河野通直を否定する事であり、それは大内家が四国に上陸し、通直を河野家の当主に据えなおした場合、自分達の立場を危うくする。

 見るからに大内家が優勢にある今、生き残りをかけるのであればどのように行動すべきか、説かずとも分かるであろう。

 このようにして、因島、能島、来島に至る航路を完全に確保し、補給路を安定させた大内勢は、河野通直を支援すべく四国の土を踏んだ。

 

 四国に足を踏み入れて、何かしら郷愁の念でも湧いてくるかとも思ったが、土佐ではないし、これといって思うところもなかった晴持は少々拍子抜けした思いで河野通直の歓待を受けた。

 伊予国の中央部やや東よりに位置する高縄半島のさらに北東部に来島村上家は勢力を持っている。大内勢が迎え入れられたのは、遠見山城。かつては、詰城として利用されていたが、この地を領有した村上家が吸収したものである。

「この度は、河野のためご出馬を賜りまして、ありがとうございます」

 河野通直は小柄な女性であった。焦げ茶色の短い髪と快活さを思わせる目つきが人好きのする人格を想起させる。

「こちらこそ、斎灘における合戦では、村上殿の救援によって命拾いした者も大勢おります。お礼を申し上げるのはこちらのほうです」

 大内勢の総大将である晴持と河野勢の総大将である通直は、戦勝の宴を催すと共に、河野家を牛耳る河野晴通に対して河野家の家督相続争いを仕掛ける宣言を発した。

 伊予国内に物見の兵を送り出しながらも、海戦での疲労を取り去るために、最低でも三日は出陣を見送るべきとの判断から大内勢は遠見山城の本隊を置き、その周囲の来島村上家の支城に各部隊を配置して漸進的に隊を進めた。

 宴の席は大いに盛り上がった。

 大内家はもともと、文化文芸に深い造詣を持つ家臣が多い。とりわけ和歌、能楽、管弦の類はお家芸と言っても過言ではない。

 それは、歴代の大内当主が代々貴族趣味で、京を羨望し、朝廷や公家との交流を篤くしてきた事で培われた風土であり、大内当主のみならず、直臣ともなれば求められる水準もかなり高いものになる。

 そして歴代当主の中でも突出して文治的な大内義隆は、大陸文化の受容に千金を惜しまず投じ、公家や仏僧から有職故実や四書五経、漢詩に朱子学、和歌、管弦、禅学などなど様々な知識を貪欲に吸収していたから、その傾向はますます強くなっていると言える。

 こうした当主を担いでいる家臣達の催す宴で披露される芸は、京にも引けを取らない高度なものになっていた。

 文化水準の高さを見せ付けられた通直の家臣達は、あるものは眉を顰め、またある者は羨望の眼差しを大内勢に向けるのであった。

 文化というものは、それ自体が地力の違いを如実に表すものである。

 戦国の世に於いて、京にも匹敵する文化水準を持ち、その上でそれを守り続けているという点で、大内家は他家のどこにも負けない地力を持っているのである。

 晴持は、宴の席を抜け出して城内を歩いてみた。さして広くもない砦程度のものだ。天守が考案されるまでまだ時が必要な頃である。遠見山城の外観は、実に質素なものであった。とはいえ、支城や出城などというものは、概してそういうものだ。

「おっと、大内の若旦那がこんなところで何してんの?」

「通直殿、驚かせないでくれないかな」

 月光と篝火しか明かりのない中で、柱の影から声をかけられれば驚きもする。

「うっそ、全然驚いてないじゃん」

 月光の下に出た通直は、にかっと笑ってそう言った。晴持は割りと本気で驚いていたのだが、伝わらなかったらしい。

「して、通直殿は、どうしてここに?」

「通直でいいよ、若旦那。そっちのほうが立場は上でしょ」

「まさか」

 晴持は笑った。

「守護家を差し置いて、俺が上なんて事は言えないだろう」

「わたしはまだ守護を取り返してないし、それにその守護家はあなた達の支援なくしては立ち行かない。有名無実の守護職だよ。悔しいけどね」

「であれば、これから盛り返せばいいだろう。そのための兵も出す。もちろん……」

 そこまで言って、晴持は言葉を切った。

 以降の言葉を、通直は続ける。

「分かってる。大内家にここまでしてもらったんだしね。以後は、そちらの指図を受ける用意はあるよ。そのほうがわたし達にとっても都合がいいから」

「そうか。それなら、それでいいんだ」

 何も、大内家は単なる善意で通直を支援しているわけではない。そこには、通直を守護に返り咲かせるという建前の裏に伊予国を大内家の影響下に置くという本音がある。力で攻めても伊予国を掠め取る事は可能だろうが、正当性のある戦にする事で、以後の支配を安定させる狙いがあるのだ。

 マキャベリが言う「ライオンのような勇猛さと狐のような狡猾さ」というものである。

 また、彼は、君主は信義を守るべきではないが、具えているように見えるのは有益であると説いている。

 こうした考え方は今の大内家のやり方にも関わっていて、本音はどうあれ建前上は伊予国に兵を向ける事に対して文句を言われる筋合いはないと豪語できるだけのものを具えている。

 そして、大内家の兵が通直を当主に据えるとなれば、今後の河野家は大内家の風下に立つという事でもあった。

「で、話は戻るけど、どうしてこんなところに? 言っちゃなんだけど、何もないよ?」

「何もないのは見て分かる。とにかく、宴の席から出たかったんだよ」

「ふぅん。それはまたどうして。あなたが、主役じゃないの」

「いやいや、主役はそちらだろう」

 晴持がそう言うと、通直は口を大きく開けて笑った。

「何言ってんのさ、主役はそっちだって」

「これは君が凱旋した祝いでもあるだろうに」

「わたしは大内家の風下にいるんだって」

「そうは言うが、君を押し立てているわけだから、君だろう」

 互いに主役を譲り合っていくうちに、徐々に意固地になってきてしまう。それでは切りがないので、両者が主役という事で妥協する事になった。

「まったく大内の若旦那はなんていうか謙虚なくせに強情だねぇ」

「その言葉、そっくり返すぞ」

 同時にため息をつく。

 不毛すぎる。

「ねえ、若旦那。こんなところにいるのもなんだし、わたしの部屋においでよ。といっても、本拠じゃないからなにもないけど、お茶くらいなら出せるよ」

「ああ、まあそうだな。今から宴に戻る気にもならんし」

 そうして、晴持は通直の部屋に行く事にした。

 

 

 騒がしい宴の席と異なり、その部屋の中には晴持と通直の二人しかいないという事もあってとても静かだった。

「一つ、改めて確認しておきたいんだが、君は守護に返り咲きたいと思っているのか?」

 通直の部屋で茶を振舞われた晴持は一段落したところで尋ねた。

「今、それ聞くの?」

「今を逃せば、聞く機会もないからな」

 これから先、本格的に戦を始めるとなれば、もう彼女の要望に関係なく進んでいかなければならない。通直が後で気持ちを翻す事があってはならないのである。

「そりゃあね、あんな形で城を追い出されちゃ悔しいし、何よりも通康みたいに、それでも助けてくれる家臣がいたんだ。報いるのが、わたしの仕事でしょ」

「そうか。そうだな。通康殿は、大した方だ」

「でしょう。わたしにはもったいないくらいよ」

 ケラケラ笑う通直にとって、唯一と言ってもいいくらいの家臣が通康であった。状況に流されて敵に就いたりこちらに就いたりを繰り返した者とは違い、一貫して通直の味方であり続けた。

「今、俺達がいるのが、通康殿の力が及ぶ地域の中央部」

「そう。それでも河野家の全勢力の五分の一くらいは押さえた事になるけどね」

 来島村上家は、その実力と実績を買われて通直を隠居させながらも重臣格として扱われてきた。そのため、通康が影響力を発揮できる地域は大きい。それに加えて、河野家は小さい。守護とは名ばかりで、伊予国を統一できた試しはないのである。

「河野が押さえているのは、伊予の中央部。この半島は、その端っこになるのかな。伊予の東は石川家が押さえていて、南にいけば西園寺家と宇都宮家が幅を利かせている。河野の勢力はその間に挟まれている地域くらいよ」

「なるほど、かなり厳しいところだな。今回の目的は、湯築城を取る事だが、そうすると石川家に背後を突かれるかもしれないと」

「こちらに就くようにと書状は送っているけれど、もともとうちとは縁のない国人だからどう出るか」

 伊予国の石川家は、備中守護代石川家からの分かれであるらしい。阿波国が隣国という事もあり、細川家の支援を頼みにする可能性も否定できない。まかり間違っても今の段階で阿波国に兵を差し向ける事はできない。阿波国を襲撃すれば、最盛期の三好長慶と管領細川晴元を敵にする事になるからだ。

「石川家は後回しか。手を出してきたら、それを大義名分にするという形にするべきだな」

「そうね。石川家の動向に対応できるだけの兵は割かなければならないのが厄介だけど」

「中央は、今細川氏綱の反乱を鎮圧するのに手一杯だ。阿波の兵も大分取られているらしいから、石川家を助ける余裕はないと思いたいな」

 現段階では、河野晴通が敵であり、石川家は進路を妨げる存在でもない。石川家を敵とするのであれば、通直が守護となってからでなければ大義名分が立たないのだ。

 

 

 

 □

 

 

 

 大内家の侵攻に対して、河野晴通とその家臣達に対策案があったかというと、これといった妙案はなかった。

 いつかは大内家との戦いも避けられないというのは、河野家全体に共通する危機感ではあった。それが、安芸国を平定し、尼子家と不戦の約を交わしたとなれば、大内家の次の狙いは九州か四国のいずれかであり、養嗣子の晴持が土佐一条家から迎えられた人物であるとするならば四国に来寇する可能性は十二分にあった。

 そのために、家中一丸となり、あるいは周辺国人達と関わりを深めて事態に当たるべきであったのに、まさか来島村上家が真っ先に敵に就いた挙句、通直を押し立ててやってくるとは思いもよらなかった。

 これで、表面上はこの戦は大内家の四国制圧戦から河野家の内訌という次元にまで引き下がった形になる。

「大友だ。大友の援軍が到着するまでなんとしてでも持ちこたえねば!」

「敵の勢い甚だ猛勢! 葛籠屑城開城との由!」

 葛籠屑城が落ちたという事は、敵の先陣はすでに湯築城から十キロメートルと離れていないところにまで迫っているということである。

「根性なしめが……!」

 晴通は未だ若輩の将であり、戦の経験も少ない。自分達ではどうにもならない大軍を相手に、為す術もないこの状況で、冷静でいられないのだ。

「敵の先鋒は重見通種殿にございます」

「通種か。裏切り者の不忠者め」

 歯軋りしつつも、唸るような声を出す。

 重見通種は、かつて河野家に仕え、大内家の侵攻をよく防いだ武将である。しかし、謀反の疑いありとされて河野家によって攻められ、大内家に逃亡したという経歴の持ち主であった。

 おまけに敵は通直を旗頭に据えている。それだけでも河野家中の動揺は必至であった。

「通直……今更出てきて何とするか。大内家に伊予を売る売国奴に、断じて河野の家は渡さぬぞ」

「その意気でございます」

 追放した前当主が今更ながらに兵を挙げている。しかも、宿敵とも言える大内家の兵を引き込んでだ。このような事態になるのであれば、通康を敵に回してでも首を刎ねておくべきであったと後悔するが、もはや詮無い事であった。

 今の晴通単独で大内家の軍勢に勝てるはずがない。伊予国そのものが大内家の手に落ちる可能性もあるこの戦には、伊予国内の国人達も敏感になっている。書状を出して、協力を取り付ければ大友家が来援してくれるまでの時間は稼げる。そのように思っていた。

 しかし、現実には一門が篭る支城も次々と攻略されていく現実がある。

 因島村上家の氏族が入る城もあり、そういった城は早期に内通して無血開城となるところも多々あった。

「御中進!」

 軍議の間に、また伝令が駆け込んでくる。

「村上水軍が、湊山城に攻め寄せているとの由にございます! 至急、援軍をとの事です!」

「湊山……! 海からも来るというのか!」

 来島から四国の土を大内家が踏んだのが十日ほど前。明確に進軍を始めたのが七日前である。この間、敵方に就いた村上水軍はこれといって四国の地を侵す事なく、大内家の背後を守るのに徹していた。

 それが、今になって海岸を守る城に襲い掛かってくるとは。

 湊山城は、河野水軍の本拠地である。

 そのため、河野水軍は湊山衆とも呼ばれ、忽那家が代々城主として守っていた。河野水軍は、大内家の伊予討ち入りの前哨戦とも言える斎灘での海戦に敗走しており、因島水軍と能島水軍を合わせた大内警固衆に勝てるはずがなかった。

 篭城に徹し、本城にこうして窮状を報せる使者を寄越しているというのに、晴通は救援を出すことができないでいた。

 支城が攻撃を受けたときは、救援を出さねばならない。それが、戦国の基本的なルールである。そうしなければ、城兵は本城を見限って敵に就いてしまうからである。湊山城は湯築城から七キロメートルほどのところにあり、すぐに応援が出せない距離ではない。

 しかし、その一方で、大内勢の本隊が葛籠屑城を陥れている。

 つまり、道後平野に突入されてしまったわけだ。

 敵本軍を阻む有力な城は、花見山城のみだ。数で勝る敵に野戦を仕掛けるような真似はできない。

 苦渋の決断ではあったが、見捨てるしかなかった。

 

 



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その十三

 大内家の支援を受けた河野通直の快進撃を、河野家単体で支えようとするのが土台無理な話であった。

 河野晴通は、支城が落とされ、湯築城が丸裸にされる直前、家臣らと共に逃亡した。湯築城は、かつて通直が上洛した際に見聞した畿内の城の構造を基にして改修が施された城であるが、相手が元当主という事もあって内応の危険があり、圧倒的な兵力差があるというこの状況を覆しうる何かが備わっているわけではない。

 篭城できないこともなかろうが、援軍がどうなるかも不透明な今、城の構造を知り尽くした通直を相手に篭城戦を挑むのは愚の骨頂である。

 逃亡できるうちに逃亡するという判断を下した晴通は、早々に城を退去して野に下り、大洲城の宇都宮豊綱を頼った。

 河野晴通が湯築城を離れたという情報が伝わると、抵抗していた諸城も開城を選択する事が増え、河野家の勢力が根を張る中予は、ほぼ通直の勢力圏に書き換えられる事となった。

 しかしながら敵が消えたわけではなく、宇都宮家に走った晴通は、宇都宮家の支援を受けながら今後も通直に抵抗するであろうし、通直の足元は未だにぐらついているのは確かである。

「まさか、宇都宮が晴通を受け入れるとはね。びっくりびっくり」

 宇都宮家は、河野家と対立する伊予国人の一つであり、河野家を除けば最大勢力の一つである。

 宇都宮家は、下野国の宇都宮家を本家とし、鎌倉時代から連綿とその血を繋いできた名門である。伊予宇都宮家は、豊前宇都宮家の六代目当主宇都宮頼房の三男の宇都宮豊房が、伊予守護職を与えられた事に始まる。南予の喜多郡大洲城を中心にして勢力を誇ったが、河野家の台頭で凋落し、守護職を奪われて久しい。

 現当主は、宇都宮豊綱という人物である。

 河野家とは長年対立関係にあったが、大内家の伊予国進出を警戒して晴通を受け入れたようだ。

 通直が久方ぶりの帰城に頬を綻ばせながらも不安の色を消せないでいるのは、南予の動きがあまりにも不穏だからである。

 しかも通直が当主となった事で、従来の河野家を支えていた家臣団が崩壊した。これから通直の左右を固める者の選定が重要になってくる。

 無論、村上通康は筆頭となるだろう。彼の功績はそれだけ大きい。一貫して通直を助けてきた実績と、筋を通すという性格は、家中ににらみを利かせる上で非常に適している。

 通直は、新たに編制した家臣団を以て河野家の再編を急ぎ、帰順した者は罪に問わず許したので領内の反発もすぐに薄れて通直の政権の地盤を固めつつあった。

 また、大内家の兵が方々に出て反対勢力の鎮圧に当たったので、中予に関しては五日もかからず治まったと言ってもよいだろう。

 

 

 晴持は、湯築城の評定の間で通直や通康といった河野家の代表と、隆房、隆豊といった大内家の主要な将と共に、今後の動きを考えていた。

「今現在、わたし達の勢力が及ぶのは伊予郡まで。それも道後平野の向こうにいけば怪しくなってくるし、山を越えれば、宇都宮の喜多郡に入る事になるわ」

 絵図を囲んで、皆で伊予国の情勢の把握に努める。最も勢力関係に強いのは通直と通康である。彼らが各国人豪族に書状を出して味方に就くよう呼びかけており、その結果を絵図の上に表している。

「西園寺も宇都宮を歩調を合わせる動きを見せているみてえだ。なかなかに厄介だぜ、こりゃ」

「西園寺。南予の最南端の国人だったか」

 通康が頷いて指し示すのは土佐国との国境に勢力を持つ国人西園寺家である。伊予国内の代表的な勢力は三つあり、それが河野家、宇都宮家、西園寺家である。河野家や宇都宮家が功を以て伊予国に配されたのに対し、西園寺家は公家が武将化したもので、京の西園寺家の支流である。領地を半ば簒奪している点で他二家とは異なる発展をしてきた一族であろう。

「できることならば、宇都宮家の後背を侵してもらいたかったな」

「敵の敵は味方ってヤツだろう。俺達が大内家と組んだ事に危機感を募らせたな」

「南予まではなかなか使者も飛ばせないからな」

 工作が間に合わなかったというのが悔やまれる。

 しかし、これで伊予国内の情勢は分かりやすくなった。

「つまり、大内・河野連合と宇都宮・西園寺連合が喜多郡を境に睨み合っているという事ですね」

 隆豊が簡潔に纏める。

 通直が朱墨で絵図に大まかな境界線を引いた。

「この線の向こうが完全な敵地」

「守護家がこれじゃあな……」

 通康が改めて伊予国の現状を確認してため息をついた。

「そもそも、河野家は一度も伊予を統一してないんだよね」

 ハハハハハ、と渇いた笑いを漏らす通直。

 哀れ河野家。

 南は宇都宮家と西園寺家が古くから居座り、北は細川家の臣であった石川家が二郡を領有している。

 守護というのが、あまりにも虚しく聞こえる有様であった。

 だがしかし、大内家の助成を得た事で、勢いを増した通直は、このままならば宇都宮家や西園寺家を相手に戦えると考えていた。

 河野家と大内家の連合軍は、総計一五〇〇〇に届く大軍に膨れ上がっていた。もちろん、それらの兵力を分散配置せざるを得ない現状では、すべてを戦に投入できるわけではないが、勢いは紛れもなく通直にある。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 湯築城がある温泉郡から大洲へは街道が通っている。

 道後平野から大洲を目指すのであれば、山間の道を進まねばならない。その道こそが、大洲街道である。

 風早郡近見山城主重見通次、浮穴郡荏原(えばら)城主平岡房実らを先鋒として、大洲街道を進軍する。

 通次は、大内家に逃れた重見通種の妹である。主家に背き、追い落とされた兄とまさかともに戦う事になるとは思っていなかっただけに、通次の心中は複雑である。

 通次と房実を中心とした二〇〇〇人の一軍は、大洲街道を直進する。進路上の城もほとんど抵抗なく落ちた。

 四日ほどかかって、先鋒が大洲盆地に辿り着いた頃には、すでに宇都宮家に従う城は盆地内の諸城だけになっていた。

 そして、晴持の本陣は高森山の竜王城を攻略の後、大洲盆地を見下ろす神南山に陣を敷いた。河野家が大洲盆地に入るには、この神南山と妙見山の間の細い道を通らねばならない。退路を確保するという意味でも、この山は確保する必要性があるのであった。

 高森山は大洲盆地を正面に、そして竜王城のある後方にも小さな盆地があるという土地であり、平地を横切るように山体を横たえているような形になっている。

「大洲城、思ったよりも攻めにくい場所にあるな」

 晴持は、大洲盆地の奥に見える大洲城を見て呟いた。

「二つの川に守られた要害ですね。力で攻めるには、少々血を流さねばならないかもしれません」

 隆豊も地形から判断して、険しい表情を浮かべる。

 大洲城は、別名を地蔵ヶ岳城という。

 肱川と久米川の合流地点である地蔵ヶ岳に築城されている事からその名がついた。

 二本の川の間にあり、その川の両脇には山地が聳えているとなれば、軍勢も展開しずらく、攻めるに難く守るに易き城となっている。

「大洲城を囲みつつ、その周囲の支城を攻略していくしか、なさそうです」

「そうだな」

 晴持は、妙見山に陣取った通直と連絡を取り、翌明朝に上須戒城へ朝駆けを行う事で決した。

 上須戒城は大洲城の北方に位置し、大洲城を見下ろす位置にある山城である。ここを陥れる事で、大洲城とその他の城の連絡を断ち、孤立感を高める事ができると踏んだ。

 上須戒城には隆房に従う重見通種を中心とした手勢を送り込む。

 妙見山の向こうに、故郷の山口が見える。大内軍の中には里心がついた者もいるかもしれない。

 晴持は畳床机に腰掛けて、頬杖をつく。

 長期戦も視野にいれて、陣の周囲を整地させ、風雨を凌げる簡単な屋根を作らせる。

 補給に関しては、河野家が補給路を確保しているから大丈夫だとして、正面の大洲城をどう落とすべきか。

 あの城の中に、河野晴通がいるのは確認できている。宇都宮家の兵と河野家の残党が、この大洲城を中心にして通直に反抗しているのである。

 ここを潰さない事には、通直の政権は安定しないのだ。

 そして、翌日、朝駆けによって上須戒城を制圧した大内勢は、本格的に大洲城に攻勢をかける事となった。

 

 

 大内勢先鋒は陶隆房。元河野家の重見通種を指揮下に収めて大洲城の城兵と小競り合いを演じる。

 矢合戦に始まり、数度の直接攻撃を加えるも城はそのたびに隆房の攻撃を跳ね返す。

 隆房は現状での力押しは難しいと考え、敵に圧迫感を与えるべく川向かいに陣を敷いた。

 ここで城に篭っては士気に関わる。城主宇都宮豊綱は一軍を率いて城外に出て陶勢を睨む位置に陣を敷く。こうして宇都宮・河野連合と大内・河野連合は、肱川を挟んで対陣する事となった。

 乗り込んでこようとする陶勢を宇都宮勢が近づけまいと矢と槍で押し戻す。

 そうして、こまごまとした戦いをしているところに、通種の率いる五〇〇が上順戒城から打って出て敵勢の側面に奇襲を仕掛けた。

 喊声が上がり、宇都宮勢の一画が崩れた。

「でかした。今、押し渡れ!」

 隆房の号令が響き、轟と雄叫びを上げる兵が矢を射かけ、川に飛び込んでいく。

 次第に、陶勢の勢いが勝り、宇都宮勢を押し戻し始めた。

「よし、あたしも行く。本陣を前に押し出すよ」

 隆房は己の朱槍を肩に担いで馬に乗った。大将として兵を指揮する彼女は、自分自身で戦場を駆けるのが好きだった。

 この合戦も、川が目の前にあり、晴持から自重しろと厳命されていたからうずうずしながらもこうして後方からの指揮に徹していたのである。

 しかし、敵が城から打って出ており、こちらの勢いが優勢となれば我慢も限界だ。

「この勢いのまま、一息に晴通の首を取ろう!」

 そう言って、川を渡ろうとする隆房を家臣の一人が止めた。

「お嬢様。しばしお待ちをッ!」

「何よッ。今いいとこでしょ」

「そうですが、神南山の本陣をご覧ください! 様子がおかしゅうございます!」

「え……」

 反射的に、隆房は後方に聳える神南山を振り返る。

 そこには総大将である晴持が陣を敷き、反対側にある妙見山の通直と共に全体を統括している。

 晴持達の位置を示す旗が慌しく動き、山を下っている。それを隆房が認めると同時に、法螺貝笛の音が響き渡った。

 その意味するところは、

「撤退、だって……!?」

 妙見山の河野家の旗も動いている。後方で何かが起こったとしか思えなかった。嫌な汗が背筋を流れていく。一騎の騎兵が旗をはためかせて駆けて来る。伝令兵である。

「失礼致します! 晴持様より、至急撤退せよとの由!」

「何があった!?」

「神南山の南方より、敵勢が押し寄せてまいりました! 森山城を攻略しておられた杉重輔殿の部隊は強襲を受けて壊乱! 晴持様が本陣を押し出してこれに当たっております!」

「なぁ……!」

 隆房は絶句した。

 西園寺家も敵に回っている事から、南からの攻撃にも注意は払っていた。神南山は二つの盆地に挟まれた位置にある独立峰で、その前後を肱川と小田川が流れており、山の南側の森山で合流する。そして、その川が流れて行く先には西園寺領の宇和郡がある。西園寺家の兵が大洲に入るには、街道を北上するか川沿いを遡るかしかなく、川沿いに敵が押し寄せて来たときのために森山の城を落とそうと兵を差し向けていた。

 杉重輔は、豊前国守護代の杉重矩の息子であり彼自身も実力ある武将である。

 それが、こうもあっさりと蹴散らされた上に本陣が表に出てこなければならない状況に陥ったとは尋常の事ではない。

「若が危ない……ッ」

 神南山にまで敵の手が迫っている。それは、晴持がいる本陣が攻撃を受けるという事である。しかも、晴持は、本陣を動かして敵に当たるという。その意図するところは、隆房達前線の将兵の退路を確保するという事である。総大将が自ら殿となっているに等しい行動であるが、そうしなければ全滅してしまう。

「敵はどこの手の者!?」

「某が見たのは抱き杏葉の紋で……」

 伝令兵の言葉を最後まで聞くまでもない。その家紋はあまりにも有名だからだ。

「ちくしょう、大友かッ」

 隆房が歯軋りしつつ、前線を見る。

 宇都宮勢と陶勢が今でも激闘を繰り広げているが、それでも突然の撤退命令が影響して急激に押され始めていた。

 ここで兵を引けば、宇都宮勢に背後を突かれてしまう。

「陶様!」

 また、一人伝令兵が駆け込んできた。身体が濡れているのは、川を渡ってきたからだ。

「重見通種様の手の者にございます。ここは、我ら重見の者で食い止めますので、どうかお退きください!」

「はぁ……!? あなた達どうすんのさ!?」

「旧恩を捨てるのは武家の恥と、一同覚悟しております。では、御免!」

 そう言い遺して、伝令兵は再び前線を目指して走っていった。

「あのバカ……ッ」

 通種が大内家に逃れた時、彼を拾ったのは、陶家であった。諸々の便宜を図り、将として生き残る道を与えたのである。通種は、それを恩義に感じているという事であろう

 いや、今はその行為を無駄にしてはならない。ごちゃごちゃと考えるのは後でいい。とにかく、戻らなければ、すべてが手遅れになる。

「全軍撤退!」

 隆房は血を吐く思いで叫んだ。

 

 

 

 □

 

 

 

 神南山の中腹に本陣を置いていた晴持が異常に気付いたのは、杉重輔から伝令兵がやって来たからであった。

 まさに青天の霹靂、異常事態であった。

「大友が、川沿いを遡ってくるだと……!?」

「ぎ、御意」

 バカな、と晴持は一瞬忘我した。

 大友家の部隊が現れるのであれば、大洲の先、八幡浜から来ると予想していた。大洲城を救援する最も確実な道だからだ。

 何故、南から山と川の狭間を通って押し寄せてくる。

「謀られたか」

 大友家の援軍の遅れ、あるいは宇都宮家や旧河野家の残党は見放されたかとも思っていた。そのため、大友家が介入してくる前に早々に決着をつけようと、急ぎの出陣をしたのだが、実はこの地まで引き込まれていただけだったのではないか。

 大友勢がどこから現れたのか。

 八幡浜でなければ、西園寺家の領内から来たに決まっている。

「端から湯築城を捨て、この地を決戦の場にする公算だった、とかか」

 西園寺の領内に身を潜めてこちらの動きを探り、前に出てきたところで挟み撃ちにする。大洲城を攻めるには、どうしても本陣をこの辺りに敷かねばならないから、大友勢ははじめからそれを狙っていたのであろう。

 大友勢は、どうやら小田川を北上するつもりのようだ。それはつまり、神南山の背後の盆地に出るという事であり、そこを取られれば、完全に退路と補給路を断ち切られる事になる。

 ここで、晴持が逃げれば、前線で戦っている将兵のみならず妙見山の河野勢の退路も絶たれて孤立する事になる。

 側面に展開していた杉家の部隊はもう持ち応えられないという。山間の道のため、大部隊を展開できないのだ。そのため小勢でも大勢を相手にできるはずだが、大友勢は巧みな用兵で杉勢を蹴散らそうとしている。

「敵将は誰だ?」

「おそらくは、戸次道雪と目されます」

「大物だな、クソッ……」

 戸次道雪は、大友家でも随一の将だ。それが、背後を取ろうとしていると聞いて、晴持は心臓を死神につかまれたような心地になる。

 だが、同時に納得する。 

 杉勢が単独で道雪に相対できるはずがない。

「山を下るぞ。道雪殿の進路を塞がなくては、全滅だ」

 すぐに判断した。道雪率いる部隊と大洲城の将兵が呼応しているのは、その動きから分かる。

「貝を吹けッ。撤退だッ! 通直にも撤退を報せよ! 隆房達前線の将兵にも伝令を遣わせ! これより本陣は、杉の兵を回収しつつ、山を下って大友勢の道を塞ぐ!」

 晴持は、配下に手早く指示を出し、攻め寄せてくる大友家の軍勢に相対すべく山を下った。

 



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その十四

 晴持率いる本隊は、五〇〇〇の兵を掻き集めて神南山の麓に陣取った。神南山の五十崎と呼ばれる地域で、小田川沿いの小さな平地に簡易的な柵を作った。

 対する戸次道雪は、川を挟んで反対岸に陣取った。背後には、大登山が鎮座しており、この地がどれだけ狭い土地であるか分かるだろう。

 杉重輔が時間を稼いでくれたおかげで、盆地への侵入は防げた。後は、隆房達がこちら側の盆地に戻ってくれれば、数の優位で押し戻せるはずだ。

「通直は?」

「すでに撤退を始めております。加えて、兵の一部を割いて、こちらに援軍を送ってくれるようです」

「よし。通直には、退路を確保していてもらわないとな」

 それに、この戦は通直のための戦だ。通直が討たれてしまえば、大内家が伊予国にいる正当性が揺らぐ。通直がいなくなれば、自ずと河野家の当主は晴通になるので、後方の河野家家臣達が寝返る可能性も出てくる。そのため、彼女の安全はなんとしても確保しなければならない。

「重輔殿が参られました」

 家臣がそう言うと、一人の騎馬兵がこちらにやってきた。道雪と激闘を演じ、時間を稼いでくれた将、杉重輔であった。

 重輔は、晴持の下まで来ると、下馬した。

「大友の軍勢を押さえきれず、申し訳ございません……!」

「バカを言うな、重輔。あなたはよくやってくれた。あなたとあなたの家臣達の奮闘がなければ、俺達は間に合わず後ろを取られていただろう」

「もったいなきお言葉……」

「下がって休んでいてくれ。ここは俺達で押さえる」

 そう言う晴持に、重輔は否と言う。

「総大将が戦うと仰るのに、私が休んでいるわけにも参りませぬ。お供いたします」

「そうか。それは心強い」

 重輔が再び馬上に登り、持ち場に戻るのを見送った晴持は前面に展開する道雪の軍容を見る。

 さすがに整然としている。強壮な大友家の将兵の中でも突出した強さを誇る戸次道雪。晴持は、立花道雪という名で知っていた。歴史ゲームの九州武将では飛びぬけて能力値の高い武将なので、歴史に詳しくなくても知っている人も多いだろう。

 特に有名なのは雷を斬ったという伝説。

 晴持の知っている歴史では、立花道雪は、雷に打たれて下半身に障害を持ってしまったと伝わる。そして落雷に打たれた時に、雷(雷神)を斬った事で命拾いしたという伝説があるのだ。

 その際に使った愛刀は、雷切と銘打たれ後世様々な媒体でその名が使用される事となる。

 戦に於いて無双を誇った伝説的な強さを持つ武将は多いが、怪物退治の伝説を残した戦国武将はそう多くない。

 源頼光や藤原秀郷、源頼朝のような平安時代の武将には付き物の怪物退治の逸話も、戦国時代になると戦場での武功の話に移り変わっていく。

 そのような時代の中で怪物退治の伝説が生まれたのは、やはり鬼道雪とまで呼ばれたその圧倒的な力によるものだろうか。

 ちなみに、史実の晴持は七人ミサキのような妖怪扱いである。

 文字通り格が違う。

 そして、この世界では鬼道雪も見目麗しい姫武将であった。

 互いの陣が近いため、その姿をよく見える。九州で道雪を見た事があるという者に尋ねてみると、敵陣の中央の騎馬がそうであるという。

「雷に打たれる前かよ……」

「如何されました?」

「いや、何でもない」

 戸次道雪は、堂々とした騎馬武者であった。身体に不安を抱えているようには見えない。そういえば、道雪が雷に打たれ下半身不随になったという話も聞いた事がない。つまり、目の前の道雪は文字通りの全盛期である。

 杉重輔の部隊と小競り合いを繰り返してきたはずなのに、相手方の将兵は意気軒昂、威圧的な静けさでこちらを見据えているではないか。

 むしろ、その静寂さが恐ろしくて仕方がない。

 晴持は、手の中で軍配を玩びながら、自軍の兵が動揺していないかどうかを具に観察する。幸い、相手が道雪だからといって、兵に怯えがあるわけではないようだ。もしかしたら、その雷名も彼らには伝わっていないのかもしれない。

 晴持の役目はあくまでも時間稼ぎだ。道雪をここに足止めし、隆房ら前線の兵が最低でもこの盆地に戻ってくるという目的を達成するためのものである。

 しかし、妙だ。

「何故、相手は動かない……」

「はあ、それは川を挟んでいるからでは?」

「この浅瀬、乗り越えようと思えば越えられるぞ。相手は、時間をかけていられないはずだ。膠着状態と分かれば河野の援軍だって現れる」

 後方が危険だから河野家が退いたのであって、その安全が確保されれば河野家は再び戦場に兵力を集中する事もできるのだ。

 道雪の部隊が晴持の部隊よりも人数が少ないのも気にかかる。山道を早く駆け抜けるために少数精鋭を選んだというのであれば、それは奇襲部隊であるはずだ。だが、道雪の部隊は奇襲部隊ではない。こうして、がっつりと対陣している点で、拠点占拠を想定した戦闘部隊である。

「それならば、数が少ない。多く見積もっても三〇〇〇人。大友の援軍がこの程度なはずがない」

 大多数が大洲に向かった別働隊ならばこの程度でもいい。だが、それならば、その背後にさらに人数がいるはずだ。

「別、働隊……!」

 晴持は右手を見る。

 山間の道で、川が蛇行しているために入り組んでいる。

 晴持がいる平地は山が引っ込むようにしてできている。そのため、右手は山陰となって見えないのである。その一方で、対岸の戸次勢からは、山陰が見やすい事だろう。

 対陣する敵兵の様子。その前線の兵の視線も、晴持の右手側に動いている者が多数いる。それはつまり、彼らの意識を逸らさせる何かがそこにいる、あるいは迫っているということである。

「右だッ。右から来るぞ!」

 晴持が叫んだ瞬間、道雪の陣から一本の鏑矢が飛んだ。

 

 

 

 □

 

 

 

 戸次道雪が海を渡って四国にやってきたのは、七日も前のことである。

 その時点ではすでに、大内家と結んだ河野通直が四国に凱旋しており、湯築城を奪取せんと方々に書状を出しているところであった。

 大友家の動きが遅れたのは、宇都宮家や西園寺家との調整に手間取ったからである。

 この戦はもともと河野家の内訌という位置付けであり、宇都宮家や西園寺家が積極的に関わる必要のないものであった。

 しかし、そこに大内家が関わってくるとなると、伊予国全域に大内家の影響が広がる事となる可能性が高い。

 情報によると、大内義隆が左大臣三条公頼ら山口に滞在する有力公家を介して伊予介の官位を手に入れようとしているらしい。伊予守護が河野家にある以上、朝廷から得られる官位で伊予国への影響を強めようという狙いであろう。

 こうした大内家の動きから、宇都宮家と西園寺家は手を結んで独立勢力として伊予国内で生き残る道を模索する事になった。

 とはいえ、この二つの家には長年の対立構造がある。共闘するなどもってのほかという意識が根底にあり、大友家を頼る事で合意はしたものの、どのように戦略を立てるかという点では遅々として話が進まなかったのである。

 そうしている内に河野晴通が家臣らと共に宇都宮家に逃れる事態となり、大内・河野連合が宇都宮家の領地にいよいよ侵攻するという頃になってやっと話が動き出した。

 道雪が伴うのは五〇〇〇の兵である。

 八幡浜ではなく、その南の宇和郡に渡ったのは、良港があるからだけでなく、三つの要因があるからであった。

 まず一つ目は、大内勢に気取られないという点。

 大友家としては伊予国の支配権を大内家に取られるのは最悪の事態であるが、それと同時に大内家と伊予国内で睨み合う展開というのもよくない。大内家は、尼子家と好を通じ背後の安全を確保しているが、大友家は頭を大内家に押さえられ、肥後国や日向国に、油断ならない勢力が蠢いている状態だ。伊予国の支援に割ける兵も時間も限られていた。可能ならば、西園寺家、宇都宮家、河野家残党と手を結び、野戦で大打撃を与えたかった。

 二つ目は、西園寺家に釘を刺すという点。

 西園寺家は河野家と領地を接していないために、いまいち危機感が薄い。下手をすれば日和見を始めかねないのである。

 それを防ぐために西園寺家の領内にまず陣を敷いた。

 そして、最大の理由が一条家への牽制だ。

 土佐一条家は西園寺家と度々領土争いを繰り返してきた一族であるが、大内家の総大将として入ってきた大内晴持は、一条家から大内家に引き取られた養子である。

 当主の一条房基は大内晴持の兄だ。房基自身も武勇に優れ、一条家の勢力圏を広げている。弟を支援する、というのは、大内家と結んで伊予国に侵入する都合のいい理由となる。

 大友家が援軍に駆けつけた上で、一条家に対しても余計な行動はするなと睨みを利かす。

 そうした上で、道雪には二つの選択肢があった。

 街道を進み、大洲城を支援する事で、敵軍と正面衝突するか、それとも川沿いの道を遡り、山間を抜けて敵の背後を突くか。

 正面から戦えば、確実に支援できるだろうが勝敗は付けにくくなり、場合によってはこちらが疲弊する。背後から襲えば勝率は上がり成功した時に敵に与える打撃は大きなモノとなろう。ただし、狭い道を行くために危険が伴う。

 そして、道雪は後者を選んだ。戦人としての勘もあったが、この策のほうが面白そうだと思ったのである。

 そうして川沿いに軍を進めた道雪は、神南山の麓にある森山城の攻略に梃子摺っていた大内勢に強襲をかける事で戦闘を開始した。

 神南山には案の定敵の本陣がある。総大将の大内晴持が在陣しているという。

 道雪は逃げる敵兵を追い散らしながら、隊を二つに分けた。

 道が狭く、通りにくい事もあるが、晴持の本陣が山を下る動きを見せたのが大きい。蹴散らした杉家の手勢も、道の狭さを利用しての足止めに徹しており、とても晴持が山を下るまでに盆地を押さえる事はできそうになかった。

 

 

 

「総大将が殿とは珍しい」

 道雪は対岸に布陣する敵陣を見て呟いた。

 杉家の兵を追い散らしている時には、あちらの岸を駆けていた道雪であったが、途中から川を渡って神南山から川を挟んで反対側に移動していた。晴持が逃げるのではなく向かってくる動きをしたからである。

「大洲を攻めている兵を逃がすためですか。なるほど、家中の支持を集めるのも分かります」

 くすり、と道雪は笑みを零した。

 大内晴持と、向き合うのはこれが初めてである。だが、噂は耳にしていた。大内家の神童とまで呼ばれ、奇抜な発想で農機具や肥料の開発、絹の生産などに着手し、大内家の財と名声を増し、そして尼子家との戦いで武人としても名を上げた。

 文の義隆武の晴持とすみわけを行っている点も大内家の結束の一因であろうか。

 先代の大内家当主が何を思って晴持を一条家から養嗣子として引き入れたのかは分からないし、それが義隆の息子という扱いであるのは不思議である。あるいは男系にしたかったのであろうか。疑念は尽きないが、大内家でも中心的な立ち位置を確保している晴持を討てば、その時点で大内家の屋台骨が揺らぐのは間違いない。

 この戦。通直と晴持のどちらを倒しても大友家には大きな利益をもたらすのである。

 晴持の失態は、南に対する防御を迅速に整える事ができなかったという事であろう。もしも、杉重輔が森山城を速やかに落としていれば、道雪は撤退せざるを得なかった。この一点が、大内勢を苦しめている要因だ。

「大内晴持殿ですか。なるほど、いい判断でした」

 尻込みせず、自らの陣を道雪の進路を塞ぐように配した事、そしてその陣が川を挟んだ位置にあり、その上で軍勢が展開できるギリギリの広さの土地を利用しているために、道雪側も陣形に気を配る余裕がない。となれば、数で勝る相手のほうが優位に立つ。そして、時間稼ぎに徹する。もしも保身に走り、彼が逃げていれば、道雪は速やかに追い散らして街道を封鎖し、大洲の兵と共に混乱する敵兵を挟み討ちにして大打撃を与えていた事であろう。

 晴持の陣が道雪の目論見を崩したのだ。

 おまけに晴持自身が戦場にいることで、兵の間には緊張感が漂っている。あの陣にいるのは、大内勢の中でも選りすぐりの人員である。さすがに、大内家の本陣と誉めるべきだろう。

「仁ある方を討つのも忍びないですが、これも戦国の倣いと思いましょう」

 ちらり、と道雪は対岸を見る。大内家の陣ではなく、その右手、道雪からすれば左手だが、山陰になっているところに、遅れていた大友勢が到着していた。

 晴持が山を下り、道雪の足止めに動くなら、陣を敷くのは神南山側なのは目に見えている。ならば、敢えて自分は川を渡り、反対側に陣を敷く事でその目を道雪に引き付ける。その上で、遅らせた別働隊が側面に奇襲をかけるというのが、道雪の狙いであった。

 大内勢は、慌しく布陣し、杉家の兵を受け入れた事で混乱していた。遅れてくる別働隊に気付く余裕はなかったのである。

 道雪は陣中で密かに鏑矢の用意をさせた。

 その時、対岸の晴持が右手に視線を向けた。

 明らかに、その目には焦燥が見える。

「気付きましたか。ますます、ここで討つのは惜しい方です」

 そう言って、道雪は鏑矢を放たせた。

 

 

 

 □

 

 

 

 右手から来る。

 その言葉に反応できたのは、やはり晴持の傍に控えていた者だけであった。空に放たれる鏑矢を何事かと見る大内の兵を威す喊声が響き渡る。

 山陰から大音声を挙げて駆けて来る漆黒の一団を率いるのは、黒髪の姫武将、大友家中の小野鎮幸。高らかに名乗りを上げて突撃してくる。

 「剛勇にして智謀あり」と謳われ、道雪が「奇正相生」を引用して「奇」の将、つまり奇策を司る将として賞賛した武将である。有名な子孫はオノ・ヨーコ。正史に於いては、まだ戦場に出る年齢ではないはずだが、この世界ではどうもその辺りが狂っている。そもそも武将が女性という点でおかしいが、鎮幸の名を知らなかった晴持は気にもならない。

「さあさあ、大内侍、派手に一戦行こうじゃないか!」

 槍を振り回し、自ら先頭に立って大内勢を蹴散らす鎮幸に、大内家の兵は悲鳴を挙げて崩れていく。

 奇襲を受けた大内勢の間に恐怖が伝染していく。悲鳴が伝わり、血飛沫が舞い、陣が押し込まれる。

「そらそらそらァ! この小野鎮幸を止められる者はいねえのか!?」

 挑発しつつ、大内勢の陣を右から左へ押していく。大内兵はすっかり肝を潰し、右も左も分からない状態に追い込まれていた。

「鉄砲を」

 その状態を見た晴持が隣に従っていた鉄砲持ちに手を差し出す。烏に属するその兵は、意図する事が分からないまま晴持に鉄砲を渡した。

 鉄砲を受け取った晴持は、鉄砲の銃口を斜め上に向けて、引き金を引いた。

 爆音が轟き、戦場を伝わっていく。

 その音は、鎮幸が生み出した狂騒を上回り、塗り潰した。

「お前達何を怖気づいている! よく見ろ、五〇〇もいないじゃないか! 地に足つけて押し戻せば、怖くないだろ!」

 五〇〇もいないというのは、誇張である。実際は、一〇〇〇はいるだろう。しかし、平地で、しかも道そのものが狭いので、軍勢を展開できず一〇〇〇人も五〇〇人も変わらず、しかも高みから見ている騎馬兵でなければ、その全体像が見えない。

 鉄砲の音に頭を殴られたようになった兵達は一様に狂乱から冷めて体勢を立て直そうとした。その一方で晴持が放った銃声は、鉄砲に慣れていない鎮幸の隊の動きを萎縮させた。騎兵の中には馬が驚いて暴れ、振り落とされた者もいた。

「如何にも、若殿の仰るとおり。大友侍など恐るるに足らず。奇襲に怯えて逃げ散る大失態を演じたはどこのどいつだ?」

 と、前線の将が叫ぶと、そのような恥知らずはおらんとばかりに将兵の目に光が戻る。

「押し返せェェェッ!!」

 鎮幸の部隊に、大内勢が反撃を開始する。

 斬り込んだ鎮幸が危うく取り囲まれそうになるところに、家臣が槍を突き出して大内勢を近づけまいとする。互いに隊列を組んで、槍を振り下ろし、打ちのめす小競り合いとなった。

「ハッ」

 鎮幸が壮絶な笑みを浮かべた。

「そうこなくちゃなッ……とぉ!」

 槍と槍が打ち合わされる。鎮幸に斬りかかるのは杉重輔だ。

「あんたは確か……」

「先ほどは情けない戦を見せてしまい申し訳ない。私が名は杉重矩が一子重輔。拙い槍ではあるが、馳走しよう」

 一合、二合と槍を合せて、互いに手綱を引く。

「いやいや、謙遜だな。嬉しいぞ。剛勇の士の首は自慢になる」

「私の言葉だな、それは」

 重幸が身体を張って奇襲部隊を押さえた。

 これで、奇襲の勢いはそぎ落とした。

 しかし、安心してもいられない、奇襲だけで済むほど優しい戦ではない。目と鼻の先に、敵の本隊が整然と並んでいるのだ。

「乱れた隊列を立て直せ!」

「若様、前方敵先鋒、来ます!」

「木楯を構えろ! 内藤!」

「承知! 弓隊構え! ――――射てッ!」

 号令と共に、矢が一斉に放たれる。空を斬り裂く甲高い弓弦の音がけたたましく鳴り響き、敵味方問わず互いの矢に当たったものは倒れていく。

 そして、轟音が鳴り響く。

 烏の鉄砲隊が、二〇の鉄砲を敵陣に叩き込んだのである。音の数だけ屍が生まれ、小田川を紅く染める。

 だが、戸次勢止まらず。精強な戸次勢は、鉄砲の音に萎縮した者もいたであろうが、道雪の喝のほうが何倍も効いたと見えて、雄叫びを上げて大内勢の前面に喰らいついた。

 鉄と鉄を打ち合わせる音が至るところで鳴る。

 その戦振りを見て、ギリギリだな、と晴持は奥歯を噛む。前線の兵はよく持ちこたえている。川岸に敷いた即席の柵と槍で押し戻している。とはいえ、側面から襲われているという恐怖が常に付きまとっている中で前面にだけ集中できていない。

「敵右翼に動きありッ!」

 見れば分かる。道雪の傍にいた厳つい武将が彼女の傍を離れて一隊を率いて別に川を渡ろうとしている。こちらの左側面を狙い、三方向から挟んで殲滅するつもりだろう。

 しかし、それはこちらも同じ事を狙っていたので対応は早い。

「若様、わたしがッ!」

「隆豊頼むぞ!」

「はい」

 隆豊が馬を駆って離れていく。

 その少し後で、隆豊率いる五〇〇人の兵が、ほぼ同数の敵右翼と川岸で衝突した。

「隆豊の相手をしているのはなんと言う武将だ?」

 隆豊は見た目に反してかなりの実力を持つ武将だ。突出したものはないが大抵の敵には安心して当てられる高水準で安定した万能性もある。その隆豊をともすれば押し込もうとすらしている屈強な兵を率いる武将は何者だ。

「大友家中由布惟信でございます!」

「また、聞き覚えのある名だなッ」

 道雪配下でもとりわけ名の知られている武将だ。こちらは晴持でも知っていた。

「隆豊を信じるしかない。……矢を射掛けるのを忘れるな!」

 隆豊と重輔が側面を押さえてくれているおかげで持っている。しかし、それは本隊に兵力を集中できていないという事でもある。

 晴持の本隊は、奇襲の乱れから立ち直り、続けて惟信の別働隊にも素早く対応した。防御陣形もきっちりとしている。だが、しかしそれは極一般的な武将を相手にするものでしかない。超一流の武将、戸次道雪を相手にするには、定石に過ぎた。

 道雪が開戦と同時に注視したのは、鉄砲の数と位置、そして特性である。そして、多くの鉄砲が連射しておらず、殺傷性の高さに比べて連射性能に劣り、それゆえに戦場を支配できるだけの火力には繋がらないという事も読みきっていた。

 また、鉄砲は致命的な事に、乱戦では使えない。

 距離を取っていては兵の士気があの轟音に削り取られてしまう。音が気にならないくらいの乱戦に持ち込み、鉄砲そのものを封殺する。

 道雪自ら槍を持ち、敵陣にできた僅かな隙を見定めて突撃した。

「マズイッ」

 道雪が自分で馬を駆って突撃してきた。その勢い、力があまりにも凄まじく、前衛が切り崩された。

「若様。お逃げください!」

「ここはわたし達が!」

「道雪が来るぞ!」

 本隊が混乱状態に陥った。味方が圧倒され、押し潰されていくように陣形が変形する。そのため、晴持は逃げようにも逃げられなくなった。味方に退路を絶たれているのだ。

「覚悟を決める」

「わ、若様ッ!?」

 悲鳴のような声が上がった。

「お、お待ちください。まだ早ようございます! 諦めてはなりませんぞ!」

 そう言い寄ってきた老将に眉を顰めて言う。

「誰が諦めるか。俺が言ってるのは、ここで道雪と戦うって事だよ!」

 槍持ちから槍を引っ手繰るように奪うと、晴持は毅然とした表情で切り込んでくる道雪を睨み付けた。

 晴持の覚悟に老将は涙すら流し、お供しますと槍を携える。

「総大将がこうして敵と槍を構える展開をどう思う?」

「少なくとも勝ち戦ではないでしょう」

 隣の内藤隆春に話しかけると、険しい表情でそのように言った。言葉少なに、現状を正直に語っていた。

「相変わらずだな。もう少し冗談を交えられんのか」

「性分ですので」

「そうかい」

 それはそれでいいかと、晴持は頷く。

「さて、ここが正念場だ。道雪殿を押さえる! 前進だ!」

 晴持自ら槍を構えて馬を走らせる。混乱する味方の兵を押し退けて、最も精強な大内家の直臣団が前面に出て道雪の部隊を交戦を始めた。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオッ」

 耳を劈く大音声で、晴持達は道雪に突っかかる。道雪の隊も突出しているために数が多いわけではない。大内家の屈強な侍で構成された非常に硬い部隊であり、それがぶつかったのだから道雪もこれまでのように敵を押し潰すような圧倒的な武威は示せない。

「混乱していない自らの供回りを前に出してわたしを押さえる算段ですか。なんとまあ……」

 自分の主にはない苛烈な戦い方に舌を巻いた道雪は、尚も馬を前に進める。槍を突き、振り回して襲い掛かってくる敵兵を薙ぎ払う。

 その力はいっそ神々しいくらいであった。

 対する晴持は愚直に道雪の兵を打ち倒していく。圧倒的という感はないものの、積み上げた修練の結果が道雪の屈強な兵に血を流させている。

「大内晴持殿ですね。諸事情により、討たせていただきます」

「戸次道雪殿。お噂はかねがね」

 道雪の槍と晴持の槍がここに激突した。火花を散らし、打ち合ったのは初撃の一回。次は道雪の槍が蛇のように晴持の槍に絡みつき、その動きを押さえ込んだ上で心臓に突きこまれてくる。それを、晴持は左手の籠手で受けて逸らす。籠手の表面に焼け焦げたような焦げ跡が刻まれた。

 冷や汗を流す間もなく、晴持は己の槍を右手一本で操り、撓る柄で道雪の小柄な身体を打ち据えようとする。道雪はそれを身を屈めてかわした。

「いやはや、さすがですね。鬼道雪殿」

「あらいやですわ。こんなうら若き乙女を捕まえて鬼だなんて」

 傷ついたような表情を見せながら、道雪は無造作に槍を打ち込んでくる。

 晴持は道雪の槍の下に柄を滑り込ませて上に跳ね上げた。

「できる事ならば表情と行動を一致させていただきたいですね。せっかく美しいお顔立ちなのに」

「ふふふ、そのように口説かれたのは初めてです。気恥ずかしいですね」

 轟、と槍が晴持の身を屈めた頭の上を擦過していった。一瞬判断が遅ければ、トマトめいて頭部を破砕消失しているところであった。

「だから、表情と行動を一致させてくださいと言っているんですよ」

 あるいはそれも相手の油断を誘う技なのか。

 だとしたら、いい性格をしている。

 本当に、冗談抜きで美人だから性質が悪いのだ。

 

「大内の若造が道雪様を口説いただとォ……ッ!」

「首を落として三崎灘辺りに沈してくれるわッ」

「色狂いの艶福家がァ。ここで死に曝せッ」

 まったく晴持の意図しないところで、かなりの反感を買ってしまった。晴持は、襲い掛かってくる戸次勢の男衆に半ば唖然とする。

 反論しようとする晴持の言葉をかき消すほどの怒声が大内勢から放たれる。

「若をお守りしろ! これ以上近づけるなッ!」

「若様に不細工が伝染ったらどうするのよッ。下がれ下がれ、この脳筋共ッ!」

「嫉妬が見苦しいのよ筋肉達磨ッ! 臭いわッ!」

「言い寄るなら戦場以外でどうぞ」

 槍や刀のほか、拳まで交えて乱闘が勃発した。

 罵りあいは戦の基本とはいえ、売り言葉に買い言葉で熱を帯び、その争いは際限なく激しくなっていく。

 

「いい具合に、皆戦意を高めていますね」

「これがいい具合に見えるのなら、一度医者にかかられることをお勧めしますよ」

 事ここに至って、まだ笑っていられる神経に呆れる。

 晴持にはまったく余裕がないというのに。

 晴持を援護しようとする家臣達もそれぞれの相手に手一杯になりつつあるし、道雪に軽くあしらわれてしまっている。晴持を相手にしながら、周囲の大内勢も一緒に打ち払っているのだ。これが、九州最強の武将か。尋常のものではない。

「ッ……!」

 道雪の槍が、晴持の肩に突き立った。鎧が割れ、血が噴き出し、痛みに頬が引き攣る。身体が仰け反ったおかげで深くは刺さらなかったのが不幸中の幸いだ。

 本当に強い。正面からでは勝てる気がしない。

 が、しかし、晴持の左手、盆地のほうからやっと河野家の手勢が押し寄せてくるに及んで天秤が動いた。

「道雪様ッ! 敵の援軍ですッ!」

 そこに駆け込んだ敵の伝令兵が、晴持が競り勝った事を告げた。

 ふう、と道雪はため息をついて、肩を落とした。

「残念です。さすがにこれ以上は、残れませんね」

「残っていってくださっても結構ですよ。歓待しましょう」

「わたし、殿方のお誘いには乗らない事にしているんですよ」

 そう言って、頬についた血を拭う。

「それでは晴持殿。お身体にはお気をつけて。その肩の怪我も放って置けば命に障りますよ」

 そうして、道雪はすばやく兵を退いた。

 駆けつけてくれたのは村上通康であった。通直がしっかりと退路を確保し、隆房達が戻ってくるための道を守りながら、大洲城からの追撃兵にも目を配ってくれたので、撤退はうまくいったらしい。

 戸次勢に押し込まれた大内勢は、道雪を追撃する余力が残っていない。

「ぐ、つぅ……」

 安堵したためか、晴持は血の気が引いていくのを感じた。血を流しすぎたらしい。肩の痛みも気にならないくらいに気分が悪くなり、そのまま意識を手放す事となった。



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その十五

 戸次道雪率いる大友勢を撤退させたものの、大内晴持が意識を失うほどの重傷を負ったため、大内・河野連合軍の攻勢は目に見えて衰えた。

 しかし、それは決して伊予国からの撤退を意味しない。

 晴持が本陣を移し、身体を張ってまで戸次道雪を食い止め、撤退にまで追い込んだのは、偏に前線で戦う将兵を救い、その安全を確保するためである。地形の都合もあったし、杉重輔の部隊が崩されたために、本陣が出て行かねばならない状況に追い込まれたという事もあるが、総大将が身体を張ったという事実は、大内家の将兵を俄然やる気にさせ、大友討つべしと伊予国の平安という目的以上に大友家への敵愾心で士気が高まったし、大内家によい顔をしなかった河野家の将兵の、大内家への評価を好転させる事に繋がった。

 大内家はそれなりの打撃を受けたものの、守るべきものは守りきり、兵の士気が上がっている。まだまだ、伊予国からの撤退を考えるには早いだろう。

 あの戦いの後、晴持は龍王城に運ばれた。

 龍王城は五十崎郷にあり、晴持が死守した盆地を押さえる要衝であった。

 大内・河野連合にとって、この盆地は非常に重要な意味合いを持っていた。

 この盆地は高森山、大登山、神南山、妙見山に四方を囲まれた狭隘な土地であり、神南山と妙見山の間を抜ければ、大洲城を擁する大洲盆地に出る。背後には、大洲街道を背負っている。この盆地を奪われれば、街道を通って瞬く間に湯築城に攻め込まれてしまうのである。

 現在、戦は小康状態にある。

 大洲城から散発的に敵が打って出ては、小競り合いとなるが、それ以上の大きな戦にはなっていない。こちらが盆地をしっかりと固め、神南山と妙見山を押さえているために、攻めるに攻め込めないという状況なのだ。敵が晴持達の陣に攻撃を加えるのなら、神南山と妙見山の間を通る必要がある。川を遡っての攻撃は、一度失敗したのでもう使えないのだ。

 晴持は、布団の上に横たわり、天井を見上げていた。彼の身体に刻まれた傷は大きいものが肩に一つと、小さいものは顔や腕に計三つと言ったところである。肩に傷を受けたとき、その衝撃で骨に罅が入ったらしく、鈍痛が抜けない。意識を取り戻してからも高熱に苛まれ、三日は起き上がる事もできなかったというほどだった。

 長期戦による疲労が晴持の抵抗力を下げていたのであろう。

 ここに、戦国旧来の応急措置を施されていたら、間違いなく死んでいた。糞尿を使った応急措置など、感染症を誘発しかねない暴挙だ。まだ、笹の葉を押し当てていたほうがましである。

「未だに下の者はやってるんだよな」

 馬の糞を水に溶いて飲むだとか、眉唾な都市伝説程度の医療知識が現実である。晴持の手が届く範囲で、その誤った知識の改革に時間をかけたりもしたが、かといって正しい知識が晴持にあるかというとそうでもない。薬学も医学も彼にはとんと縁がない。笹の葉やアルコールにある消毒効果やテーピングが関の山とあっては、実際に命を賭けて敵と斬りあう兵達が縋る治療法には届かない。

 最後は気持ちの問題だということだろう。信仰と同じで、眉唾な治療法でも治ると信じているから戦えるのである。

「若、起きてる?」

 ぼうっとしていたところに、隆房がやってきた。

「隆房、起きてるぞ」

「今、入っていいかな」

「大丈夫だ」

 返事をすると、障子戸を開けて隆房が入ってきた。

 晴持は身体を起こして、出迎える。

 部屋に入ってきた隆房は、身体を起こしている晴持を見て、絶句して立ち尽くし、それから表情を険しくして詰め寄ってきた。

「若! 何起きてんの!」

「何って……」

「寝てなきゃダメじゃん!」

 晴持の反論を聞く前に、隆房は晴持の怪我をしていないほうの肩を押して、無理矢理身体を横たえさせる。

「待て待て、人が来たのに寝ていられるか。落ち着かないんだよ」

 未来人根性か、晴持は他人がいる中で自分だけがだらだらと寝ている事ができない性分なのである。しかし、抵抗する晴持を、隆房は押さえつけて放さない。大内家中随一の武将に上から押さえられては、晴持も起き上がる事はできなかった。

「別にそこまで大騒ぎしなくてもいいっての」

「若、忘れてるでしょ」

 半目で見下ろしてくる隆房が、唐突に橙色の上着をはだけさせた。

「ちょ、お前いきなり何を……!」

「ここ!」

 露になった白い肩には、火傷のような痕があった。

 尼子久幸に付けられた傷の痕だった。

「ここを怪我した時に、若はあたしに寝てろって言ったでしょ。まして、今は戦場でもないんだよ。若は起きている必要なんてないし、寝てなきゃダメなの!」

「ぐぬ」

 以前、隆房に言った事が返ってきてしまった形になった。隆房にああ言った手前、言い逃れるのは難しい。

 晴持はため息をついて、力を抜き、枕に頭を預けた。

「分かったよ。大人しくしてる」

「うん」

 隆房は満足げに笑った。

「みんなで話し合って決めたんだけど、若。明日、龍王城から湯築城に移ってもらうって」

「はあ? それ本人のいないところで決めるか?」

「若に負担はかけられないし、若の状態を考えれば、最前線にいるよりも後ろにいてもらったほうが安心できる」

 要するに、今の晴持が前線付近にいるのは、他の将兵にとって気が気でないということだ。龍王城を攻められた時に、体力の落ちている晴持の存在は足枷となろう。そうならないように、通直達が最前線の二つの山を要塞化しているのである。

「まあ、仕方ないか」

「分かってくれてよかった」

「そうだ。一度、ここに皆を集めてくれないか。通直とか隆豊とか、他にもいるだろうけど、俺を仲間はずれにした恨み言くらいは言わせてもらいたい」

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 大洲城は、大内・河野連合に敵対する河野・宇都宮連合の本拠地であり、敵の襲撃に備えて要塞化が推し進められている最中であった。

 今回の戦では、川を渡る橋を事前に落としていた事もあり、追撃が遅れて敵に効果的な打撃を与える事ができなかった。

 戦を指揮していたのは、河野晴通自身である。宇都宮勢の力を借りながらも、河野通直を討ち果たし、湯築城の城主に返り咲く夢を諦めてはいない。

 大友家の戸次道雪が、大内晴持の本隊の背後を強襲し、手痛い打撃を与えた事は大きな戦果だった。劣勢で低下しつつあった士気を持ち上げる効果があったし、陶隆房の部隊を追い散らした事で、勝てるという認識を持たせる事もできた。

 可能ならば、隆房は生け捕りにしたかった。

 名門大内家に代々筆頭家老として仕える陶家の娘で、武勇も容貌も優れていた。

 この時代、戦に敗れた姫武将の末路は総じて悲惨なもので、特に生け捕りにされた場合は慰み者になるか、褒美として扱われるかというのが主流であった。容姿や血統が優れていればその価値は高く、男の兵の士気を高めるには十二分に利用できる。

 大内家は公家文化という事もあって戦場での乱捕りを厳に禁じており、それが後の領国化への移行を助けている側面もあるので、一概にどちらがいいかを論じる事はできないものの、滅亡の淵にある晴通には金も土地もなく、敵の姫武将や勝利した暁にはという限定的な約束で味方の士気を維持するしかないという事情もあった。

 大洲城には、今、三つの勢力が混在している。

 河野家、宇都宮家、そして援軍に駆けつけてきた大友家である。

 河野家中のこうした下卑た思想は、姫武将を戴く大友家、特に戸次家の直臣達は好ましく思っておらず、目に見えていがみ合う事はないものの、連携には不安を残すものとなっている。

 三つの勢力の代表が、軍議の場に集っても、どことなく空気が張っていて、大内・河野連合のような一体感はない。

 この空気を表すとすれば、それは牽制の二文字となるだろう。

 どの勢力も、互いを仲間として認識していない。

 道雪が感じるのは、同じ場にいながらも警戒されているという疎外感である。

(これでは、とても一丸となって戦をするというわけには参りませんね)

 憂慮すべき事態であった。

 強大な敵を前にして、心が一つになっていないこの状況は、道雪をして勝利への道を見出す事ができないほどに危険なものであった。

 今更惜しんでも仕方がないが、あの時、晴持を討ち果たすか、速攻で背後を取っていれば優位な状況で軍議ができたのだが。

 依然として、押し込まれている戦況だが、道雪の働きによって敵を押し戻し膠着状態に持ち込む事はできた。その一戦をこちらは陶勢を押し戻し、大内本陣に斬り込んだ事で勝利と喧伝しており、その一方で敵もまた道雪を押し返したと自らの勝利を謳っている。

 小競り合い以上に、自分達の優位性を世間にアピールしている情報合戦となっているのである。

「皆々様、お忙しいところ集まっていただき、ありがとう存じます」

 慇懃な口調で話し始めたのは、大洲城主の宇都宮豊綱。二十代中頃の青年城主は、陰鬱そうな顔つきで左右の道雪と晴通に視線を送った。

「特に大友家の皆様は、遠路よりお越しくださいまして誠にありがとう存じます。このように当家が城を維持できているのも、道雪殿の武勇のおかげでございます」

「もったいないお言葉です。敵総大将を槍にかけておきながら仕損じた事、責められこそすれ誉められるようなものではございません」

 あの時、晴持を討ち取ってさえいれば、この戦はすでに決したも同然であった。それを考えれば、道雪が晴持を討てなかった事は、とてつもない大失態と言えた。

 だが、それを責めるものは誰もいない。

 道雪があの時、見事に敵の背後に強襲をかけたからこそ、大洲城は落城を免れた。それは総大将を取り逃がすという失態があったとしても否定できるものではなく、何よりも大内勢と戦うには大友勢の加勢が必要不可欠である。

 援軍でやってきた道雪の立場は、本人の意思に関係なく高い。城主の豊綱や亡命してきた晴通などよりもだ。だからこそ、豊綱や晴通は気分がよくないのである。自分達は独立した大名であるという意識が強く、援軍だからといってでしゃばるなというのが、正直な本音であった。

 連合内部がギクシャクするのも、互いの立場や目的意識に齟齬があるからである。

 晴通の目的は当然ながら同族の通直を追い落とし、河野家当主と守護の座を取り戻す事である。もとより、伊予守護である彼にとっては伊予国内の国人達よりも自分のほうが立場が上であるという意識があり、宇都宮勢が自分を援護するのは、当然であるという認識があった。

 その一方で豊綱にとっては河野家の指図など受けるつもりは皆無であり、晴通を援護する理由もほとんどなかった。場合によっては通直と協力して晴通を討ったほうが後々のためではないかとも思うくらいであった。しかし、大内家の伊予国侵入という事態にあってはそうも言っていられない。前述の通り、彼は宇都宮家が独立している事に価値を見出している。大内家が伊予国に入れば、膝下に降らざるを得ないではないか。そのため、河野晴通を援護せざるを得なかったのである。

 そして、大友家の立場は、そもそも河野家の内訌に興味は欠片もない。

 重要なのは、大内家がこれ以上勢力を広げないことである。晴通を助けるつもりもなければ豊綱を助けるつもりもない。ただ、大友家にとって都合がいいから兵を貸しているという程度に過ぎない。

 大内家の発言力が伊予国に入るくらいなら、大友家の発言力が物を言うように晴通を擁立したほうがいい。

 お互いがお互いを食い物にしようとしていながら、大内という共通の敵がいるために目をそちらに向けているというのが現状なのである。

「さて、それでは皆様にお尋ねしたい事がございます。すでに耳にされた方もいらっしゃるでしょうが、大内晴持の事です」

 道雪の視線が険しくなり、そして晴通はにやりと笑みを浮かべる。

「大内晴持が死んだって話か?」

 晴通が言った。豊綱が頷いて続ける。

「道雪殿から受けた傷が原因で、命を失ったとか。重傷だという話は前々から聞いていおりましたが、その真偽のほどはどうなのでしょうか」

「当方の物見によれば、大内勢の大半が、すでに大洲街道を抜けて湯築城に帰還してしまったとか。龍王城は蛻の殻で妙見山の河野勢も撤退の色を見せていると言います」

 道雪の言葉に、晴通が膝を叩いて前のめりになる。

「ならば真ではないか。大内勢が兵を退くとなれば今が好機。すぐに兵を興すべきだ!」

 今こそ、湯築城奪還の時と、勢い勇む晴通に、道雪は否を唱える。

「現状がはっきりしない中であの細い街道を進むのは危険に過ぎます。大内勢が本当に撤退するのか、それを確かめなければなりません」

「臆されたか、道雪殿」

 顔を赤くして晴通が言い募った。

「それとも、戦場で口説いてきた相手を槍にかけた事で傷心でもされたか」

 道雪の眉が僅かに上がった。あからさまな挑発に素直に乗るほど道雪は子どもではないが、不愉快なのは隠しきれない。いや、これはジェスチャーである。今の発言が、道雪の心証を悪くするというのを示すためのものだ。

 意を汲んだのは、豊綱であった。

「河野殿。少々、口が過ぎましょう」

 窘められた晴通は、むっつりとして居住まいを正し、正面の道雪に対して頭を下げた。

「失礼した。旧領奪還の機に触れて聊か気が大きくなったようだ」

「さて、なんの事でしょう。ご存知の通り、ここ最近忙しく、少々転寝をしてしまいました」

 扇を広げて口元を隠し、道雪は笑みを浮かべた。

 男を魅了する艶やかな所作なれども、その内に恐るべき鬼を見た気がして二人の男は身が震える思いに囚われた。

 おほん、と豊綱は空咳をした。

「話を戻しましょう。大内家が兵を退いているのは、事実のようです。これをどう見るか、というのがお二人に集まっていただいた理由でして。特に大内晴持の件。道雪殿自ら槍を突き立てられたと伺っております。手応えの程はどうでしたか?」

「そうですね。一日二日で治る程度の浅手ではありませんでした。しっかりと治療しても塞がるまで一月はかかりましょう。無論、治療を怠ればそこから毒が入り、明日をも知れぬというのは否定できない事です」

 晴持が熱に苦しめられていた、という情報はすでに情報が入っていた。そこから回復したとも伝わっていたが、真偽の程が分からない。

「病を得て苦しんでいたというのは事実でしょう」

 道雪が言った。

「亡くなったかどうかは、注視する必要があります」

 通常、大将格の死は隠されるものだ。表に出ては、将兵の動揺が押さえられず、隙となるからである。ゆえに、こうも簡単に死の情報が出てくるのは、あからさま過ぎて不審であった。

「重要なのは」 

 そこに、晴通が口を挟んだ。

「晴持が戦場に出られないほどの手傷を負ったということだ。それが命に関わるのであれば、大内家としては兵を退かざるを得ないだろう」

 大内晴持は、大内家の跡取りでもある。大事があってはならないのだから、早々に戦場から遠ざけるのが賢明な判断であろう。

 道雪の意見も晴通の意見もどちらも正しく思えて、判然としない。

 晴持が死んだという情報もあれば、重傷であるが命に別状はないという情報もある。情報が錯綜しており、それが故に、死んだという話の信憑性が上がっている。

「失礼致します」

 と、そこに入ってきたのは、宇都宮家の家臣であった。

「龍王城に出入りしたという僧侶が口を割りましてございます」

「おお、ついにか」

 晴持が死んだという話がさらに大きくなったのは、龍王城に僧侶が出入りしていたからであった。豊綱は、その僧侶の寺に人を差し向け、城内の様子を聞き出させていた。

「住職はなかなか口を開きませんでしたが、その弟子が己の持ち寺を手に入れる事を条件に口を開きました」

「なるほど、欲深い僧侶もいたものだな」

 晴通は皮肉げな笑いを浮かべていた。金と地位に引き摺られて師を裏切ったその僧侶を蔑んでいるのである。

「それで、その僧はなんと?」

「はい、それが城内は一様に沈鬱な様子であったとか。若殿の遺体が朽ちる前に海を渡らねばならず、時間がない故、せめて簡単な経だけでもと城内に呼ばれたとの事です」

「その者は晴持殿の死に顔をご覧になりましたか?」

 道雪が尋ねると、家臣は頷いた。

「死に化粧までしかと見たとの事でした。まるで眠っているかのようだったとも申しておりましたが、その僧が聞いたところでは、昨夜は高熱に魘され、数刻に渡る戦いの末に壮絶な最期を遂げられたのだとか」

「晴持の死はこれで決まりだな! 大内も兵を退くだろう。義隆の気性では、しばらくは喪に服して出て来ないかもしれん! 今が攻め時だ!」

「これ以上の情報は出て来ないでしょう。大内家が混乱しているという今が確かに攻めるべき時ではありますが、道雪殿はどう思われます」

「そうですね。確かに、その情報に誤りがなければ攻めかかるべきでしょう。しかし、どうにも疑念が晴れません。今一度、物見を出し、敵方の情報を探りなおすべきではないでしょうか」

 念には念を、と道雪は意見する。

 それは、このまま敵に攻めかかったとして、それが虚偽であった場合に被害が甚大なものになってしまうという危機感からである。

 大洲街道は狭い。引き込まれたら、退路を断たれやすくなるのである。

 だが、その疑念に対して晴通が

「問題ない。道中の諸城を治めるのはこれといって通直に恩義がある者ではない。優勢なほうに味方するはずだ」 

 と言い切った。

 要するに、下の者にとっては河野の冠さえあればよく、当主が誰であろうとも変わりはないという事である。

 視野狭窄と言わざるを得ないが、話の勢いは晴通にあった。

 そして、議論が白熱している中に、伝令兵が駆け込んできたのである。息せき切って、火急の時を告げる有様であった。

「何事だ」

 豊綱がその慌しい様子に強い口調で問い質す。

「は、はッ。至急お耳に入れたき儀がございます!」

「言え」

「土佐より一条家が兵を挙げたとの由! すでに、宇和郡に侵入しております!」

「なんだとッ」

 さすがの豊綱も驚愕の色を隠せない。

 宇和郡を治めるのは西園寺家だ。この同盟にも参加し、一条家の動きに目を配る役割を持っていた。

「西園寺はどうしたのだ?」

「それが、西園寺殿が一条家を引き入れた模様で……一戦もせず」

「裏切ったか!」

 風雲急を告げる事態に、豊綱は歯噛みし、晴通は苛立ちの表情を浮かべる。あと一歩で河野家の家督を取り戻せるという時に、なんと余計な事をしてくれたのだろうと。

「一条は、弟の仇討ちと叫んでおります」

「くだらん。兄弟の情など欠片も持ち合わせていないだろうに」

 吐き捨てたのは晴通である。晴持が一条家からの養子であるという点で、一条家の介入を注意せねばならなかった。晴持死亡の情報を知ったからには、一条家としては今介入しなければ、伊予国の騒乱に介入する機会がなくなると焦ったのであろう。道雪が、西園寺の領土からこの大洲にまで兵を動かしたのも大きかった。

「それでは一条家の動きに対しては、わたし達で対応しましょう」

 道雪がそう切り出すと、豊綱はお願いいたします、と言って頭を下げた。

 道雪が一条家に対応するのは、彼女の大内家の行動に対する考え方が、他二人と異なっているためである。足並みが揃わないのであれば、共に作戦行動を取るわけにはいかない。道雪としては、晴持が死んだ、あるいは重傷のために大内勢が兵を引いたという話はどうにも信じられず、攻めかかるのは獅子の口に自らの頭を差し出すようなものだと感じていたのである。

 それに道雪は援軍という形でこの地に来たので、あまり目立ちすぎても後々に禍根を残す。どこかで、身を退き、晴通と豊綱を立てる必要があった。

「一条殿のお相手をせねばならないので、わたしはこれで。お二方のご武運をお祈りします」

 楚々とした仕草で道雪は頭を下げ、道雪は配下の将と共にその場を後にした。

 道雪が去った後、晴通と豊綱は肩の荷が下りたとばかりに空気を弛緩させた。大友家の国力は侮れず、道雪という最高位の武将を相手にするのはそれだけで骨が折れる。

「だが、これで一条の動きは押さえたも同然」

「そうですね。我々は、河野通直の首を挙げるだけですか」

 うむ、と晴通は頷く。

 各勢力が手を結ぶには利害関係を明確にするのが大切だ。河野・宇都宮・大友の三家に関しては、手を結ぶほうが利になるという事で一致していた。が、しかし、大友家の介入そのものを、河野家と宇都宮家が喜んだわけではない。できる事ならば、手を結びたくない相手である。それは、大内家が毛利家を取り込んだように、圧倒的な国力の差がある相手との同盟は、その兵力を頼みにした瞬間に属国化の危険性があるからだ。

 まして、大友家は今回大内晴持を死に至らしめ、大内家の撤退に直接関わった。手柄としてはこれ以上ないというものを挙げており、さらに大友家に手柄を渡すのは、河野家にとっても宇都宮家にとってもよくないという点で、両者は一致していた。

 かといって、この二人が完全な味方というわけでもない。

 河野通直を倒し、大内家の影響力を取り去った後は、互いに敵となる。河野家は守護家として悲願の伊予国統一を目指し、宇都宮家は伊予守護を河野家から奪還すべく動くだろう。

 この連合軍はそのはじめからして一枚岩ではなかったのである。

 

 

 

 □

 

 

 

 土佐国司の一条房基は、土佐一条家の四代目に当たり、大内家の養嗣子である大内晴持の実の兄である。

 一条家は公家としても高い家格を持っていて、房基も従三位となり阿波権守に任官している。土佐一条家は姉小路家と北畠家に並んで、戦国時代に地方に土着して武士化した戦国三国司に数えられる。房基は歴代当主の中でも抜きん出て智勇に秀で、彼自身が陣頭に立って兵を鼓舞し、高岡郡の津野家を服属させ、大平家を亡ぼした。土佐国内は、七雄と呼ばれる七つの豪族が割拠している状態であった。その中で、一条家は別格の扱いを受け、所領も他家の二から三倍という規模であった。その上で、房基が七雄のうちの二家を討伐したものだから、その地力は飛び抜けて高まっていた。多くの豪族を戦わずして従えるだけの力を有しているのが、今の一条家である。

 その一条房基が、ついに伊予国に出陣するという。

 旗の下に馳せ参じたのは土佐国の国人豪族達である。西園寺家を結んだ房基は、弟である大内晴持を支援する名目で伊予国に進出するつもりなのだ。

「しかし、迎撃に出てきたのが、よりにもよって大友の戸次道雪とは」

 一条軍の先鋒は、土佐七雄の中でも最弱と蔑まれる長曾我部家である。呟いたのは、長曾我部元親の臣、久武親信である。

「元親ちゃんの言ったとおりになりましたね」

「さすがだよ元親! 世界の誰よりも美しく愛らしい我が主君!」

 可之介の言葉に頷いた親信は、唐突に元親を振り返り叫んだ。大言に過ぎる言葉を元親は馬耳東風が如く聞き流した。まともに相手にしていては気疲れする。

 大槍を肩に担ぎ、馬に跨る長髪の姫武将こそ、長曾我部元親である。かつては姫和子と蔑まれた彼女も、父の跡を継いで立派に当主として振舞っていた。

「相手は九国最強との呼び声も高い戸次道雪殿だ。そんな風に油断していたら首がいくつあっても足りないよ」

 少々自分を甘やかしすぎる重臣を嗜めて、元親は前に目を向ける。

 主君である一条家の血を引く大内晴持と激闘を繰り広げたという道雪の部隊は、しかし、まるで疲労していないというかのように整然と並んでいる。

「鉄壁の布陣だ。しばらくは睨み合いになりそうだね」

 元親が見る限り、道雪の部隊に付け入る隙はまったくない。主がどうするのかは判然としないが、元親であれば、あの敵に手を出したりはしない。

 この数刻後、痺れを切らした房基が果敢にも突撃令を下すに及んで、戦が始まるのであった。




晴持ってポジション的に動かし易すぎる気がする。公家の血を引く名門から武家の名門に養子入りして次期当主。大内家が強い事もあってごちゃごちゃした兵力集めからしなくて済むし、当主じゃないから戦場に打って出てもまあ大丈夫。
下手に身分が高いと戦場に突撃させるのもダメになってしまうからなぁ……。


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その十六

 大内・河野連合軍の主力は、湯築城まで退いた。

 もともとは、重傷の晴持に大事があってはならないというのが全体の一致した意見があったからだ。そこに、晴持からの提案で、晴持の死を偽装し、大内勢があたかも四国から撤退したかのように振舞う事とした。

 その結果は、ものの見事に敵の主力を大洲城から引き出し、道後平野にまで引きずり込む事に成功したのであった。

 敵の総数は五〇〇〇人ほどである。没落した河野家の前当主に一国人の宇都宮家が組した程度ではこのくらいが妥当であろう。

 湯築城の軍議の間に集っているのは、通直を中心とした河野勢と晴持とその直臣であった。大内勢は四国から撤退した事になっているので、湯築城に主だった将兵はいないのである。

 晴持がこの場に残っているのは、いわば大内家は裏切っていないという事を河野家の将兵に理解してもらうための、パフォーマンスであった。

「敵先鋒、大洲街道を抜けて平野にまで到達!」

 その情報が入ると、軍議の場はいよいよと決戦という空気に包まれた。

「まだ、様子を見るのよ。門を固く閉じ、防戦の構えを見せ続けるように」

 通直は緊張した面持ちで配下の兵に指示を出した。

 無理もない。ここは、通直の居城であり、そこを敵軍に攻められるという事は、本来は最悪の事態が起こった事を意味するものである。

 この作戦は綱渡りの賭けである。上手く嵌れば、こちらの圧勝でこの戦いに終止符を打つ事ができる。しかし、一歩間違えば、湯築城を奪われ、通直も晴持も首になってしまうであろう。

 それほどまでに大内・河野連合軍に敗北の可能性があるからこそ、敵が釣れやすくなるという事でもあるが、策士策に溺れるという展開にもなりかねないため、通直の心臓は張り裂けそうになっているのだった。

「龍王城を捨て、大洲街道沿いの諸城も敵にくれてやったのよ。ここで負けるわけにはいかないわ」

 唇を噛み締めて、通直は断言する。それは、家臣に向かって言ったのではなく、自分を奮い立たせるための言葉であった。

 しかし、その言葉はここに集った諸将も同意見である。優勢を放棄してまで、敵との一大決戦を選んだのだ。ここで敗れれば、ただ敵に勝機を与えただけの愚将として後世に名を残すのみである。

「一条の動きが上手く嵌ってくれましたね。大友がいないだけ、私達の勝機も増えます」

「敵の総数を考えても、大内の軍勢を加えた我が方に敗北はありませぬ」

 家臣達の言葉に、通直は頷きつつ、

「確かにその通り。けれど、油断は禁物よ」

 晴持は落ち着いて言葉を発さず、ただ絵図を眺めている。

 開戦の狼煙は、こちらが上げるのではない。湯築城の役割は徹底した防戦であり、攻勢に出るのはすべてがうまくいった後の事である。

 故に、晴持から何か言うべきことはないのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 陶隆房と冷泉隆豊は、それぞれ湯築城を挟むように弁天山と芝ヶ岳の緑の中に兵を潜ませて機を窺っていた。隆房の潜む垣生山は、湯築城から海側に向かった先にある独立峰である。敵が大洲街道から湯築城を目指して進むと、その背後を取る事ができる位置である。そして、芝ヶ岳は、垣生山の反対側、奥道後と呼ばれる地域にある山岳地帯の名である。道後平野に面しており、その背後には幾重にも連なる山脈となっている。

 隆房と隆豊は、各々二〇〇〇人の兵を率いて山中に入り、姿を隠したまま平野を見下ろして敵の動きを仔細に観察する事ができていた。

 

 垣生山の山陰に人数を隠した隆房は、大洲街道から勢いよく進み出てくる敵軍を目視で確認した。

 彼女のいる垣生山は、背後の津田山と連なっており、その奥にはさらに弁天山がある。それぞれが一〇〇メートルと少ししかない小さな山である。

 隆房のいる垣生山には、垣生城が築城されているが、敢えてここには入らない。敵に見つかるのは都合が悪いので、垣生山と弁天山の間の窪みの部分に兵を置き、城そのものは空にしている。

 河野晴通と宇都宮豊綱は道中の山城を攻略しつつ、兵を発してから二日ほどでこの平野にまで辿り着いた。

 大内家が兵を退いた混乱を突くには、迅速果敢に兵を動かす必要があると踏んだのだろう。

 兵力はおよそ五〇〇〇程度だ。湯築城を攻略するには、ギリギリの人数なので兵を分散させる事はできない。だから、大洲街道沿いの城にもほとんど兵を残していないはずである。

 隆房は敵が平野に入ってきたころを見計らって、垣生城に火をつけた。それから、隊の一部を割いて、湯築城に走らせる。

 垣生城を無視して、湯築城を真っ直ぐ目指してもらうためである。

 敵軍が、隆房が走らせた兵を見定めて、軍を動かした。追い散らすには距離がありすぎるが、攻撃目標を湯築城に絞らせるには十分であった。

「後は、機を窺うだけだね」

 山を下った隆房は、自軍と合流してポツリと呟いた。

 隆房は早く敵に突っかかりたくてうずうずしている。平野を悠々と進む敵軍の背後に槍を突き立て、追い散らし、晴通や豊綱の首を挙げる瞬間を想像して期待に胸が膨らんだ。

 隆房は決して殺しが好きだというわけではない。智勇を駆使して命を賭けるのは、武人の誇りとも言うべきものである。故に、隆房が抱くのは殺意ではなくあくまでも戦意である。

 ポツポツと雨が降ってきた。空を覆うねずみ色の雲は、次第に厚みを増し、風と雨を大地に届ける。

 これは、非常に都合がいい。

 騎馬に跨り、隆房は山陰から敵の背中を見送った。

 

 

 

 □

 

 

 

 河野晴通は己の勝利を確信していた。

 五〇〇〇人の兵というのは、大内家を相手にするには、心もとない数字である。しかし、河野通直一人が相手ならば十二分に勝利を掴める数字であった。

 共に軍を進める宇都宮勢を信用したわけではないが、当主に返り咲くために骨を折ってくれた事には感謝している。この時代はギブ・アンド・テイクが常であるので、何れ何かしらの要求はされるだろう。それが面倒ではあるが、現状を変えるには止むを得ない。

 もはや懐かしいとも感じる景色を見て、いよいよ晴通は興奮は頂点に達した。

「天は我に味方せり。湯築城の主は、やはり貴様ではないのだ。通直」

 一度皆から見放されていながら、性懲りもなく兵を挙げたのはしつこい上に迷惑極まりない事である。通康との関係を壊すのはまずいと判断したからこそ、通直を隠居という穏便な形で収めたが、今度ばかりはそうも行かない。

 河野家の当主として、反逆者には然るべき報いを受けさせねばならない。

 死んだほうがましだというくらいに、苦しませてやろう。殺してくれと懇願し、己が生に絶望するくらいでなければ、晴通の被った屈辱を晴らすには足りない。

 湯築城の前面に本陣を構えた河野・宇都宮連合軍は、威圧的な態度で湯築城に罵詈雑言を投げかける。

 罵り合いは戦の基本戦術である。こうして敵の戦意を低下させたり、挑発して野戦に引き出したりするのである。

 湯築城からも応戦とばかりに罵りの言葉が飛んでくる。こちらの戦意は未だ衰えず、いくらでも攻めてくるがいいと自信に溢れる態度である。

「先鋒はどなたが?」

 宇都宮豊綱はこの戦にそれほど乗り気ではない。

 なぜならば、たとえ勝利できたとしても彼が得られる領土は皆無である。後の交渉でいくらか晴通から奪い取れるかもしれないが、彼の性格から考えてもこちらに領土を分割する事はないだろう。

 そのため、できる限り消耗は避けたいというのが本音であった。

 大内家を伊予国外に追い出せたのであれば、彼の目的は半ば以上に達成されており、河野家の当主が通直だろうが晴通だろうが宇都宮家の敵である事に変わりはない。

 それでも、協力を続けているのは、途中で裏切れば世論が敵になる上、大友家からも目を付けられるからである。

 宇都宮家はあくまでもおまけであるという消極的な姿勢を示し、河野家の兵達に視線をやる。

「無論、それは河野が務める」

 晴通が言った。

 これはあくまでも河野家の戦であるというのが彼の認識だ。だからこそ、他所者が目立ってはいけないのだ。

「そちらの戦力だけで、城が落ちますか?」

 挑発的な言葉ではないが、これは晴通を不快にさせた。しかし、それを顔には出さず、晴通は頷く。

「大内が撤退した事で、奴等も浮き足立っておる。すでに内応を確約した者もいる」

「ほう、それは重畳……」

 如何に堅牢な城であろうとも内側からの裏切りには弱いものである。

 内応を引き出すのは城攻めの基本戦略。しかもこれは河野家の内訌であり、敵の側も降伏して許された後は、晴通の下で働くのであるから、内応する事で後々の評判を上げておきたい者も現れるであろう。

「では、我らは城攻めに取り掛かるゆえ、これにて」

 そう言って、晴通は配下を率いてその場を後にした。

 戦場の空気は肺腑に吸い込んだ晴通には、勝利の味を錯覚する。

 城にはためく旗を引き摺り下ろし、自らの旗を掲げよう。たとえ、同じ家紋を掲げようとも、そこには明確な差異がある。敵を象徴するあの旗は、目ざわり以外の何物でもない。

 自らの配下を馬上から俯瞰して、晴通は軍配を振るう。

「者ども、かかれ!!」

 

 

 湯築城に攻めかかるには、東側の大手門と西側の搦手門の二箇所に出入り口がある。河野勢は兵力を一点に集中するため、大手門にだけ兵を差し向けて攻撃した。

 大手門のほうが搦手門よりも攻めやすい地形なのだ。

 湯築城は、搦手門側に水を蓄えた内堀が流れている。大手門側には内堀が届いていないので、攻城には正面からいくほうがいい。

 攻めるほうも守るほうも共に河野家の者である。

 指揮官は城の構造を熟知しているので、守備兵も大手門を抜かれまいと懸命に守っている。

 城攻めは、守る側の三倍の兵力を用意してやっと互角とされる厳しいものだ。内応さえ機能すれば、その必要もなくなり、早々に戦を終える事ができるのだが、晴通が攻撃を宣言してから一向にその気配がない。

「何をやっておる……!」

 苛立ち紛れに軍配を握りしめる。

 攻め寄せる河野勢は、大手門を攻めきれずに跳ね返される。城内から射掛けられる矢が空を裂いて攻め手を傷付けていく。

 勝利を目前にして、足止めを喰らったようなものである。

 ここまでの戦をあっさりと終えてきたので、ちょっとした躓きが癇に障る。

「内応はどうした」

「未だ、その様子なく。呼びかけも答える者がおりませぬ!」

「よもや、しくじったかッ」

「それは、まだなんとも」

 家臣は言葉を濁して主から視線を逸らす。

 彼が叱責を受けたわけではないが、当初の内応による攻城策が頓挫した可能性があるのであれば、正面からの力攻めも考え直さねばならなくなる。

 晴通が持つ選択肢は、このまま攻め続けるか、恥を忍んで宇都宮勢に加勢を頼むかである。

 もちろん、後者を選択するのであれば、それ相応のリスクを背負う事になる覚悟がいる。

 宇都宮家にさらに貸しを作るのは今後の河野家の運営に影を落とす事になるかもしれない。しかし、湯築城を落とせなければ、そもそも当主に返り咲く事はできない。

「まだだ」

 晴通は、それでも尚自力で攻めかかるのをやめなかった。

「敵は大内家を欠いて戦意が低い。兵力にも劣っているはずだ。こちらが敗れる道理はない」

 内応に失敗したからと言って、それは敗北を意味しない。もとより、内応がなくとも攻め落とせる城である。少々、当初の予定よりも時間がかかるという程度でしかないのだ。

 晴通は河野勢本陣をさらに前進させて城兵に圧迫を加えようかとも考えていた時、予期せぬ報に一瞬忘我した。

「な、に……?」

 呆然と、晴通は背後を見遣る。

「晴通様、大内です! 大内の軍勢が、南東よりこちらに向かってきます!」

「そんな馬鹿なッ」

 信じられないとばかりに、晴通は絶叫した。

 大内家は、晴持の死をきっかけに伊予国から兵を退いたはずではなかったか。それゆえに通直は前線を下げて湯築城に篭城するしかなかったのではないのか。

 しかし、大内家の家紋を掲げた一軍が、背後からこちらに迫ってくるのが見える。自陣の中からも悲鳴が上がっている。この状態で大内家の軍と激突すれば、数で勝るといえども蹴散らされる。相手は大内家だ。兵の錬度が違う。

 凶報は続く。

「宇都宮勢が撤退していきます!」

 背後を取られたのは宇都宮勢も同じ。湯築城に未練のない分、判断も早かった。南東から迫る大内勢が湯築城下に到達するまでまだ時間がある。その目標はどう考えても豊綱ではなく晴通だ。早々に撤退すれば、宇都宮勢は被害を受ける事なく帰還できると踏んだに違いない。

「おのれ、ここにきて兵を退くだと! 我らを囮に使うかッ」

「我々も態勢を立て直さねば、後方に喰い付かれます」

「分かっておるわ。兵を退くぞ。宇都宮についていけ!」

 宇都宮家の都合のいいようにさせてはいられない。宇都宮勢と引き離されれば、晴通が指揮できる兵数など僅かしか残らない。

「城門が開きます! 敵が……村上通康が、打って出てきました!」

 通康の率いる一〇〇〇人ほどの兵が、城攻めにかかっていた攻め手の兵を蹴散らした。大内勢襲来の報が前線にまで届き、動揺が広がった瞬間を狙われた。

「うぬ、謀られたか!!」

 舌打ちし、激怒しながら晴通は馬を走らせた。

 晴通が逃げた事で、戦線は崩壊した。通康の攻撃を防ぎ主を逃がそうとする献身的な家臣もいたが、それは数えるくらいで、大した壁にはならない。

 算を乱して壊走する河野・宇都宮連合軍の横腹を、隆豊率いる二〇〇〇の兵が突いた。

 

 

 

 □

 

 

 

「決まったな」

 城の物見櫓から、晴持は戦いの一部始終を眺めていた。

 晴持から指示すべき事は、戦が始まる前にすべて終えていた。軍議の場にいる必要もなく、後は流れに身を任せる事が仕事であった。

 通康と隆豊が二方面から逃げる敵を攻め立てている。

 今回の策は、晴持の死を偽装して敵を湯築城まで誘き寄せ、その背後数キロメートルのところにある山陰に隆房と隆豊の兵を伏せさせて、城兵と共に三方面から包囲殲滅するというものである。晴持の前世での知識の中にあった、九州島津家のお家芸とされる釣り野伏せを参考にしたものだ。

 惜しむらくは、兵を確実に隠蔽するために伏せ兵の位置が離れすぎたことであるが、隆房が上手いこと調整してくれたおかげで取り逃がす事もなさそうだ。

 先頭を切って逃げる宇都宮勢の前に、弧を描くようにその進路を遮る隆房の一団が立ちふさがった。

 距離の関係から隆豊が敵陣に攻撃を加えるまでに、敵は逃亡の構えを見せるだろうというのは事前に予想できたことであった。

 故に隆房は直接敵陣を目指さず、退路を断つように軍を動かした。

 追い立てられた宇都宮勢と隆房が激突したのは、伊予川の畔だった。大洲街道に向かうには、川を渡らねばならない。そこに布陣されれば、身を隠す場所のない平野である。激突する以外に逃げ道はない。

 三方向から食い散らされた敵陣が、押し潰れていくのが良く見える。必死になって逃げようとする敵兵が川に飛び込み流されるものが多数出た。

 折り悪く、降雨による増水で暴れ川である伊予川は濁流と化していた。

 河野晴通、宇都宮豊綱両名の首が挙がるのは、そのすぐ後のことであった。



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その十七

 死屍累々の有様であった。

 戸次道雪は、穂先に付着した血を紙で拭い取り、戦場を見渡した。

 前後に渡って、一条軍の死者が転がっている。

 一条家を筆頭とする土佐の軍勢は、道雪の軍勢と睨みあい、散発的な小競り合いを数日続けた後、大規模な合戦に突入した。

 戦いは三刻に及び、激烈なものとなったが、一条房基の本陣が奇襲されるに至って敵勢は壊乱状態に陥った。

 長曾我部勢や本山勢が懸命に奮闘したものの、瓦解した戦線を維持できず、道雪の突撃を受けて散々に追い散らされてしまった。

 この一戦で、一条家の国力は大きく低下したはずだ。しばらく、大規模な軍事行動は取れないだろう。

「道雪様。河野晴通、宇都宮豊綱両名、討ち取られたとの由」

「そうですか」

 これといって、表情を変えることなく道雪は返答した。

「大内晴持はやはり生きていたようです」

「そうでしょう。晴通殿も豊綱殿も迂闊に過ぎます」

 分かっていて、止められなかったのだから、道雪もこの敗戦の責任を背負う事になるだろう。しかし、状況は逼迫していた。端から敗戦の色が濃い戦であった。敗北は仕方がない。よって、晴通の救援よりも、如何に、大友家の存在感を示すかという事が重要になった。 

 収穫がなかったわけではない。土佐国に楔を打ち込む事ができたわけだからすべてが無駄だったわけではない。

 一条家がこの戦いの後にどのように動くのかは予想できないが、その配下にいる国人達は俄に活動を活発化させるであろう。

 すでに、長曾我部家や本山家が道雪に戦勝祝いを密かに届けている。

 大内晴持と長曾我部元親。この二名の将器は、道雪も目を見張るものがあった。大内家の屋台骨と、今後の成長が大いに期待できる土佐国の隠れた猛将。

「早々に撤退するのが吉ですね。この戦は骨折り損ではありませんでした。それが分かっただけでも、良しとしましょう」

「承知しました……全軍撤退だ! 荷を纏めろ!」

 寸分の領地も得る事ができなかったのは仕方がない。大内家の影響力増大も防げなかった。道雪は大内家に多大な損害と恐怖を与えたが、局地戦で勝利しただけで全体では敗北したという事になるか。

 大内家とは、しばらくは上手くお付き合いしていく事になりそうだ。

 この二日後、道雪は四国から立ち去って行った。

 

 

 

 □

 

 

 

 敵の大将首を挙げた大内・河野連合軍は、大勝利の余勢を駆って大洲城を攻略した。

 旧伊予守護家の宇都宮家はここに滅亡し、時を同じくして西園寺家が臣従を申し入れてきた。これで、河野通直に従わない勢力は、石川家が領有する宇摩郡と新居郡の二郡のみとなった。

 河野家は、正式に大内家の傘の下に入る大名として組み込まれ、大内家の勢力が四国に浸透する足がかりとなった。

 懸念すべき、今回の戦で晴持の兄が大敗を喫したことである。

 土佐一条家と大内家が結べばそれだけで四国の半分を領有する事になる。しかし、その一条家の勢いに陰りが見えるとなれば、隣接する伊予国の河野家も心中穏やかではいられない。

 ともあれ、問題は山積しているが、大内家が直接介入する戦は一旦終了した。

 

 

 伊予国が温泉大国であるというのは言わずもがなであろう。

 とりわけ、湯築城のすぐ近くにある道後温泉は、紀元前一〇〇〇年から数えられる歴史を持ち、聖徳太子が滞在するなど、格式も高い。

 通直が無事河野家当主に就任し、新たな体制で統治が始まった事を祝し、また大内家と河野家の繋がりがより深くなる事を祈念して大々的な宴が催された。

 酒や食事に贅を尽くし、歌に踊りにと連日連夜続いた宴の後、主要な将は河野家が管理する温泉に浸かっていく事となったのである。

「この温泉には白鷺伝説ってのがあってね」

 案内された施設の前で通直が話しだした。

「昔、足を痛めていた白鷺が、ここの湯で傷を癒したって話なんだけど、知ってる?」

「いや。そんな伝説があったのか。知らなかったよ」

 晴持の知識では道後温泉の象徴は白鷺となっている。前世で一度訪れた温泉宿だが、当然ながら戦国時代の道後温泉とは外観も中身も大分異なっている。しかし、地形は記憶にあるままなので、どうにも不思議な気がしてならない。それは、この土地にやってきてから度々思う事だが、前世の記憶と今の記憶の差異を見つけるのも、なかなか楽しいものである。逆浦島太郎の気分だ。

「湯治にはぴったりでしょ」

「なるほど、確かにな」

 傷が癒えるという伝説があるのなら、肩の傷にも効くかもしれない。

「平時は麓の守護所とかにも湯船があるんだけどね」

「再建は急がないといけないな」

 湯築城周辺は、今回の騒乱で焼き払われている。もちろん、防衛設備のない城外の館なども焼き討ちにあった。

「そうそう。せっかく温泉が出るんだもの。他にはない街づくりをしていかないとね」

 破壊された街を建て直すのも、新たに伊予国を治める立場となった通直の役目である。

「そういうことで、今後の事も大内家と連携していきたいから、後でまた話してもいい?」

「ああ。伊予との連携はこちらも考えているところだしな」

 大内家の本拠地と河野家の本拠地は瀬戸内海を挟んで向かい合っている。船での交流になるが、そこも村上家を押さえた今問題にはならない。

 船は陸路よりも多くの財を一度に運べるので便利だ。畿内と博多を結ぶ海路として、瀬戸内海は重宝する。

「じゃ、また後で。ゆっくりしてってよ」

 にかっと笑って、脱衣所の前で通直は晴持の怪我をしていないほうの肩を叩いた。

 

 これも河野家からの心づくしというものだろう。

 晴持はいそいそと服を脱いで、温泉に向かう。

 城という限られた空間に設けられた当主及び重臣のための空間があるという。晴持は、そこを自由に使っていいのだとか。

 温泉らしい温泉に入るのは、戦国時代ではかなり難しい。湯浴み自体が、高価な時代である。天然温泉ほど贅沢なものはないだろう。

 晴持が湯殿へ向かおうと戸に手をかけた時、その奥に人の気配を感じて動きを止める。

「む……」

 温泉を利用できるのは、ごく一部の者に限られると聞いている。侍大将程度では、この湯殿は利用できないのであり、大内家と河野家の重臣だけが利用を認められている。

 ならば、この奥にいるのは重臣の誰かであろう。

 貸切ではないのか、とも思ったが、温泉を貸切というのも味気ないような気もする。やはり大人数で楽しんでこその温泉だろう思うのは、晴持がそもそもこの時代の人間ではないからか。

 いや、もしかしたら背中をお流ししますという展開も、無きにしも非ず。

 期待してしまうのは、男ゆえ致し方なし。

 生唾を飲んで、戸を開け放つ。

 溢れ出る湯煙。

 真白に染まる桃源郷への入口。

 熱い湯で温められた熱気が一気に噴き出し、晴持の身体を焦がす。

 そして、湯煙が拡散し、晴れ渡った先にいたのは――――

「なんだ、大内の若旦那じゃねえか」

 デェェェェン。

 現れたのは、筋肉モリモリマッチョマンの村上通康であった。

 通康は肩に手拭いを引っ掛けて、日に焼けた筋肉を惜し気もなく前面に押し出していた。もちろん、普段は隠すべきペンデュラムも湯殿に於いては束縛を受けるべくもなく、自由の戦士たるの象徴として、常ならぬ輝きを放ちぶら下がっていた。

「なぜ、貴様なのだァァァァ!」

 晴持は右ストレートを放とうと拳を固めるも、肩が上がらずに断念した。

 その代わりに上段蹴りを放つ。

「おおう、いきなりご挨拶だな若旦那よぉ。ちょいと先に入ってただけじゃあねえか」

 歴戦の猛者である通康は晴持の蹴りを容易くかわした。

「ふ、甘いな、若旦那。今のあんたじゃあ、俺には一発も入れる事はできねえ」

「何ッ」

 晴持はキッと通康を睨み付けるも、その屈強な肉体美に圧倒されかける。晴持も鎧兜を身に纏い槍を扱う武人であるので、筋肉は発達しているが、荒くれ者共と海を渡る海賊の棟梁でもある通康には及ぶべくもない。

 とはいえ、あっさりと避けられたのは癪に障る。

「おおっと、筋肉は関係ねえぜ。いや、もちろん若旦那のそれよりも俺のほうが幾分か鍛え抜かれているってぇのも事実だがな。だが、それ以上にどでかい差があるんだな、これが」

「でかい、差だと……!」

 晴持は筋肉と上背以外で劣る部分を探る。反射、経験、技のキレ、どれをとっても隆房との訓練で培い、実戦でも槍を振るった晴持のそれは平均値を大きく上回るはずである。

 ならば、やはり肩か。あの一瞬、肩を庇った事で蹴りが入らなかったのか。

 晴持の思考を読んだのか、通康は、ふっ、と笑った。

「肩の怪我も関係ねえんだな」

「そんな事があるか。あんたがいくら歴戦の猛者とはいえ、俺だって戦場を駆けた武士だ。大きな差があるなどと言われても納得がいかないッ」

「ふん、だったら問おう。どうして腰布などを付けているのかと!」

 通康は腰に手を当てて、晴持の下半身やや上を指差す。

「ぬ……!」

 山口の湯殿ならばまだしも、見知らぬ土地ゆえについつい腰布を巻いてしまっていた。しかし、これはマナーでもある。誰かが湯殿にいると分かっていれば、とりあえずは巻くものだ。まして、女性がそこにいてくれないかと期待していたのだから当然であろう。

「バカを言うな。この程度で差が生まれるか」

「一糸纏わぬこの姿に後れを取った事実。若旦那。あんたは、無意識のうちに腰布が落ちないように自分の動きを押さえていたんだよ。すべてを放り出した姿に、そのような中途半端な格好で及ぶはずがねえ」

「畜生め、説得力があると錯覚させられる不思議がある」

 確かに蹴りを放つときに腰布が落ちないように意識していたような気もする。その僅かな意識の間隙こそが、晴持の技のキレを損なわせたというのか。

「湯殿は自由の国! 規則、常識、体面、羞恥心、そんなもんに支配されたあんたじゃあ、この俺を倒す事はできねのさ!」

「適当言いやがって、つーか、腰を振るんじゃねえよ!」

「HAHAHAHAHA まあ、そう慌てなさんな。再挑戦を受けてやりたいところだが、俺は今すぐに来島に待たせている嫁のところに帰らなきゃならねえからな。若旦那、自由を取り戻せたら、相手してやるぜ」

 通康は、晴持の肩を叩いて、サムズアップ。高笑いして背中を向けて去っていく。

「若旦那よぉ。男は湯殿か布団の中でこそ真価を発揮するべきなんだぜ」

 最後にそういい残して、通康は消えていった。

「通康、今から来島に帰るのか」

 晴持達大内勢も、近日中には来島を経て本州に帰還する。通康は、嫁に会いに行くと言ったが、大内勢を送り出す準備をする必要もあるため、一足早く湯築城を後にするのである。

「一気に疲れたじゃないか……」

 ため息をつき、晴持は軽く身体を洗ってから、湯船に浸かった。

 

 

 

「傷、ずいぶんとよくなってきましたね」

 晴持に宛がわれた部屋で、隆豊が晴持の肩に包帯を巻きながら、そんな感想を漏らした。

「そう見えるか?」

「はい。とても、よくなっていると思います。傷口も乾いてきましたし」

「じゃあ、もう少しだな」

「はい。あと一月もすれば、きちんと塞がると思います」

 一時は本当に死にかけた事もあり、この傷には大変な目にあわされたが、そのおかげで敵を殲滅する策を立てられた事もあり、図らずして災い転じて福と為すを実践する形になった。

「一月は長いな」

「湯治で治りが早くなったかもしれませんよ」

「そうだといいけどな」

 白鷺伝説が事実だといいなと淡い期待をかける。若いので自己治癒能力も高いはずだ。とはいえ骨のほうの問題もあるので、傷が塞がってもしばらくはリハビリを続ける必要はあるだろう。

 もっとも、罅程度であれば、そこまで気を張る事もないだろうが。

 痛み止めがないので、鈍痛は未だに肩の奥に響いている。それがなくなってやっと完治したといえるのだろう。

「若旦那、いる?」

 そこに声をかけてきたのは通直である。

「ああ、いるぞ」

「入っていい?」

 そう尋ねてきたので、構わないと答えると通直が障子戸を開けて室内に入ってきた。

「あ、隆豊殿もいたんだ。そうか、包帯か」

「はい。さすがに、若様お一人ではきちんと巻けませんので」

「そっか。傷の具合はどう?」

 通直が尋ねてきたので晴持は、順調、と答えた。

「それでも、一月はかかるらしいけどな」

「あの戸次道雪と一騎打ちして命を拾っただけでもすごい事だよ。四海に名を轟かせたね」

「大げさだよ。それに、打ち勝った訳じゃない。河野勢の援軍がなければ、討たれていただろうし」

 それが、今の晴持の限界であった。

 戸次道雪の強さは別次元にも思えた。隆房なら、とも思ったが、鍛錬に付き合ってくれる隆房とも本気で殺し合った事があるわけではないので、比較してよいものかどうか。

 今後、道雪を相手にするには、道雪に匹敵する猛将の加入を待つかあるいは陣城を設けて鉄砲や弓矢で敵陣を消耗させるなどするべきではないか。

「若様。今後はあのような危険な行いは厳に慎んでください。若様に何かあっては、大内家は立ち行きません」

「あの時はああするしかなかっただろう。まあ、俺も死にたいわけじゃないし、今後はああならないように注意するさ」

「はい……」

 隆豊も、あの時晴持の傍にいながら、晴持が危険を冒さざるを得ない状況に陥った責任を感じている。

 晴持の傍で戦った者が皆、晴持の武勇を自慢しながらも、その怪我に関しては思うところがあるのである。

「河野のために出兵してくれたのに、こんなところで死なれたら、寝覚めが悪くて仕方がないよ。若旦那が無事でよかった」

 そう言って、通直は晴持の前に座った。

「そうだ、通直。こんな時間に来て、どうしたんだ?」

「これからの事で、話があるんだ」

「ああ、さっき言ってたヤツだな」

 湯殿に向かう前に、大内家と河野家とで今後どのように連携していくか後で話をすると言った。

「うん。で、いろいろと考えたんだけど、やっぱり河野家が大内家に臣従する証は立てたほうがいいと思って」

「む、なるほど。まあ、確かにそのほうが周りの目もあるし、確実に治まるだろうし、大内家としても願ったり叶ったりだが、いいのか?」

 大内家に臣従する証を立てるという事は、今後河野家が独立した大名として勇名を馳せる事はないという意思表示になってしまう。

 伊予国を大内家が支配するに際して、これほど都合のいい話はない。

「あの、それで証というのはどのようなものなのでしょう?」

 隆豊が通直に尋ねた。

 一般的に同盟などをする時には、一族の誰かを人質に出すものである。しかし、今回の河野家の内訌で、晴通に就いた河野予州家は一気に没落した。河野宗家からも人質に出せる人間がいないとなれば、人質政策は使えない。

「だから、今夜はその相談に来たんだ。大内家が受け容れてくれるかって事もあるから。若旦那、人払いを頼んでいいかな」

 晴持はいぶかしむ。この部屋にいるのは隆豊だけである。人払いを頼むという事は、隆豊にも聞かれたくない話だという事だ。

 邪魔だと言われた様なものであり、隆豊は不満げに表情を曇らせるも、徐に立ち上がった。

「ごめんね、隆豊殿」

「いえ、これも大内家のためですから。それに、若様ですし」

 隆豊は、諦観したような表情で笑った。

「あんたも苦労するね」

「今後はあなたもその一員ですよ。それに、義隆様が否を唱えるかもしれませんし」

「そ、その時は口添えしてもらえるとありがたいかな」

「ふふ、その時が来たら、考えます」

 珍しく隆豊は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「それでは、若様。今宵は失礼します。傷に障らぬ程度に、ゆるりとお過ごしください」

 そう言って、隆豊は晴持の部屋を辞した。

 晴持は、隆豊の奇妙な物言いに首を傾げつつ、通直に問い直す。

「それで、話の続きをするか」

 改めて通直に向き直る。通直は、少し身体を縮こまらせて、

「うん、それでね、その、あれよ、わたしを若旦那の妾にでもしてもらえばいいんじゃないかなー、なんて……思ったり……ね」

 頭の後ろを掻きながら恥ずかしそうに通直は、頬を紅くして言った。ろうそくの灯りに照らされていても、それと分かるくらいだった。

 一瞬、何を言われたのか分からなかったが、要するに、

「婚姻同盟ってヤツか……」

 通直は頷いた。

「う、うん。うちはもう、大内家の後ろ盾がないとどうにもならない状況だし、若旦那ももうじき四国から帰っちゃうでしょ。だから、もう、この機会しかないし」

 指を絡ませてもじもじとする通直は、如何にも場慣れしていない感が出ている。普段は元気に溢れる姫武将だが、こうした姿を見ると非常に愛らしい少女だという事が分かる。

「通直がそれでいいのなら、俺が断る理由もない」

「そ、そう。じゃあ、決まりって事で……不束者ですが、今後ともよろしくお願いします」

 通直は、晴持に身体を寄せて、軽く口付けた。

「あの、それと。わたし、経験ないから、優しくしてもらえると助かるんだけど」

「そういう事を言われると、優しくできないのが男の性なんだけどな」

 晴持は通直を抱き寄せると、そのまま布団の上に押し倒した。

 

 

 



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その十八

 周防国山口。

 中国地方の大大名である大内の当主が代々居住し、文化事業を行った事で大いなる繁栄を遂げた西の京。

 いまや、戦乱で荒廃した山城の京以上に文化が盛んであり、焼け出された公家や僧侶が庇護を求めてやってくるほどである。

 その文化事業に熱心に取り組んでいるのが、当代の大内家当主大内義隆であった。

 その義隆は今、目を怒らして仁王立ちしている。

 見下ろしているのは、正座している大内晴持であった。

「何か言う事は?」

「ありません」

 帰国後、晴持は大内家の重臣達から歓声と共に迎え入れられた。

 大内家の次代を担う若殿が、安芸国に続いて伊予国まで落としたと。おまけに、大友家の懐刀である戸次道雪と一騎打ちを演じ、策を弄して宇都宮家と河野家の反乱分子を一網打尽にしたというのは武家の誇りと誉めそやされた。

 そうして気分よく凱旋帰国を果たした晴持を待っていたのは、義母であり義姉である義隆の詰問であった。

「総大将でありながら我が身を楯にして道雪と打ち合い、帰国間際に河野家と姻戚関係を結ぶ話を受けたわけね」

「はい、そうです。義姉上」

「まったく……」

 ふるふると義隆は身体を小刻みに震わせた後、口を大きく開いて叫んだ。

「いったい何をしてるの! あの道雪に一騎打ちだなんて、一歩間違えば死んでたのよ! 肩の傷だって、命に関わったかもしれない。大内家を背負うあなたに万一があったらどうするの! 笑い事じゃあないの!」

「しかし、あの時はああする以外に道はなく……」

「だからって総大将が自分から身体を張ってどうするのよ! それはおかしいでしょ!」

「まあ、確かに余り例がないとは思いますが、しかし先例が皆無というわけでも」

「援軍に行った先で晴持が首になって帰ってきたなんてことになったら、本当にどうしたらいいか。心配したのよ!」

 義隆は思いのたけをぶつける間に気持ちが高まったのか、目尻に涙を溜めている。

 それほどまでに、我が身を案じてくれていたのかと晴持は感動し、彼もまた涙ぐんだ。

「申し訳ありません。義姉上。ご心配をおかけしました」

 深々と頭を下げる。

 今はただ、謝る以外の方策が思いつかなかった。

 義隆はため息をつき、それから、

「河野通直の事は仕方ないから認めるわ。それも大内家のためだしね」

「ありがとうございます」

 通直が正式に晴持の妾になったことで、河野家は大内家の威光の傘下に納まる事となった。そして、義隆は晴持達が伊予国に出兵している間に、山口に滞在している三条公頼を介して伊予介に任官している。政治的な駆け引きは義隆の得意とするところで、伊予国に攻め入る大義名分を得ていたのである。その上で、今度からは幕府に掛け合い伊予守護となる予定でいる。そして、河野家は伊予守護代となり、伊予国を治めていく事になるだろう。

「あなたの活躍のおかげで伊予が手に入り、内海の支配権は大内家のものになったわ」

 そう言って、義隆は微笑んだ。

「お帰り晴持。お疲れ様」

「ただいま戻りました。義姉上」

 

 

 

 

 □

 

 

 

「セイッ!」

 鋭く呼気を吐き出し、先端が丸くなった、鍛錬用の槍を突く。

 隆房の日課となる槍術の鍛錬。山口に戻ってからも、それは続けていた。

 膂力も技のキレも、おそらく大内家中で最も秀でている。そう、自負している。陶家は大内家に仕える臣の中でも筆頭の家格を有する重臣だ。古くは多々良姓であり、隆豊の冷泉家と同じく大内家から別たれた支流の一つである。

 大内家の屋台骨。その自覚があるからこそ、隆房は槍を握る。戦は好きだが、それが誰のための戦なのかという事は常に意識している。

 朱塗りの槍を、振るう。足を払うように。次いで、体重を乗せて突く。鎧を穿ち、心臓を貫くように。脳裏に描き出すのは戸次道雪の戦装束だ。

 想像の中の道雪は、隆房の槍をいなし、弾き、一刺たりとも受けてはくれない。

 正面から戦って、負けるとは思わない。けれど、勝てるとも思えない。そのせいで、隆房は鍛錬の中で感じた事のない苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 撓る槍が空気を切り裂き、弾けるような風きり音を出す。

 常人がこの槍を受ければ、柄の部分で叩かれただけで骨を砕かれて死に至る。それほどの威力があるはずなのだが、一流の武将を相手にするには、まだまだ足りない。

「遅くなった、隆房」

 そこに現れたのは、晴持だった。

「もう、始めていたのか?」

「ただの準備運動だよ、若」

 隆房は槍の石突で地面を突き、額に滲む汗を拭った。

「それよりも、もう始めて大丈夫なの?」

「肩の事なら心配要らない。傷は塞がったし、痛みもなくなったからな。そろそろ本格的に動かしていかないと、固まってしまってダメなんだ」

「そっか。よかった」

 隆房はほっとして、それから胸の中の蟠りが解けていくような気がして首を捻る。

「どうかしたか?」

「いや、なんでもない」

 隆房は首を振る。知らず、苛立ちも収まっていた。

 隆房の前では晴持が袖をまくって隆房と同じ槍を構えている。

「じゃあ、始めよっか。若」

「よし来い、隆房。今日は勝ち越す」

「ふふ、まだまだ若には負けないよ」

 そうして笑って、晴持と隆房は槍を打ち合った。

 

 

 

 八戦しての戦績は、五勝三敗。またしても、隆房の勝ち越しであった。

 槍を打ち合わせながら、晴持の様子を確かめたところでは、肩の怪我を庇う仕草は見られず、槍の扱いも以前に比べて上達しているのが分かった。

 伊予国での道雪との一騎打ちが、晴持の武を高めたのは言うまでもない。

 百の鍛錬よりも、一の実戦のほうがより多くを得る事ができる。隆房の武も、実戦の中で鍛え上げたものであるのだから、それは否定しない。けれど、それでは道雪が晴持を鍛えたような気がして気分はよくない。晴持の鍛錬の相手は、あくまでも隆房なのだから。

「相変わらず、隆房は強いな」

 水を頭から被って汗を流した晴持は身体を拭いてから隆房の隣に腰掛けた。

 ぬるめの麦湯で喉を潤す。服まで換えたため、鍛錬の名残は柱に壁に立てかけられた槍だけとなった。

「そんなことないよ」

 と、隆房は言う。どことなく機嫌が悪そうなので、晴持は目を瞬かせた。

「どうかしたか?」

「別に。ただ、あたしはまだ弱いから。もっと、強くなんなくちゃいけないって、思った」

「隆房に勝てるヤツは、少なくとも大内の中にはいないんだけどな」

 晴持の言う事は、隆房でも理解している。戦でも鍛錬でも、とにかく武を競う場面になれば隆房の右に出る者はいない。もちろん、匹敵する者はいる。例えば、隆豊のように、一定水準に到達した武を持つ武将はいるのだ。しかし、それでも隆房を相手に安定して勝利を収められる者は皆無と言ってよかった。

「大内の中だけじゃだめなんだよ」

 隆房は、ポツリと漏らした。

「他の家の武将よりも強くならないと。若が怪我をしたのはあたしのせい。あたしが弱かったせいで、若が道雪と一騎打ちをしなくちゃいけなくなった」

「違うだろ。あれは、単に相手が一枚上手だったってだけだ。気に病むことじゃない」

「でも、若がああしたのは、あたし達の退路を守るためでしょ。本当は、あたしが若を守らなくちゃいけなかったのに」

 隆房は晴持の肩に手を伸ばした。服で隠れているが、そこには道雪から受けた怪我の痕が残っている。

「若に何かあったらって思うと、怖くなる。戦で、あんな気持ちになったの、初めてなんだ」

「俺は隆房が敵に突っ込むときはいつもひやひやしているよ」

 晴持が隆房の髪を梳くように撫でると、隆房は目を細めて身を委ねた。

 幼い時から、こうして晴持に甘えるのが癖になっていた。妹が兄に甘えるようなものだろうか。あるいは、親猫に擦り寄る小猫か。隆房にとっては、晴持は主家筋に当たると同時に兄貴分であり、昨今は異性として意識し始めた相手でもある。その人物が戦に於いて隆房の退路を守るために危険に身を曝したとなれば、手放しでその功を喜ぶわけにはいかない。晴持の奮戦は武士としては喜び、褒め称えるべきであるのだが、彼を案じる者の一人としては、今後は厳に謹んで欲しい。

「若が危ない目にあわないように、あたし、頑張る」

「あまり、心配かけないでくれよ。隆房にいなくなられたら、本当に困るからな」

「うん」

 隆房は晴持の腕をとって抱きしめる。戦場での修羅のような戦いぶりが嘘のような仕草だ。彼女の勇名だけを知っている者がこの姿を見れば唖然とするだろう。

 しかし、鬼のように戦場を駆ける姫武将も、歳相応の少女であるという事に変わりはない。

 陶隆房もまた、戦の外ではこうした表情を見せる事もあるのである。

 

 

 

 □

 

 

 

 大内家が伊予国を押さえたことで四国での大内家の力は大いに高まった。

 その影響力は、晴持を擁するが故に必然的に土佐国にまで及び、土佐一条家は大内家の威勢を楯に反抗する国人達への攻勢を強めているという。

 しかし、それは土佐一条家が大内家に従っているという事ではない。大内家は、一条家に非常に都合よく利用されているだけなのだ。

 それが、やはり気に入らない者もいる。晴持の活躍を喜ぶ一方で、一条家が大内家に晴持を介して何かしらの干渉を行うのではないかという不安が燻っているのを、皆感じていた。

 そういった空気を不快に思うのは、晴持を慕う武将達であり、最右翼は当然ながら義隆であった。

「腹立たしいわ、この空気」

 プンスカと頭から煙でも出そうなくらいに苛立つ義隆に、隆豊も珍しく不快感を露にしている。

「そうですね。若様がまるで大内家を裏切るかもしれないと言っているようなものです」

「早々に何とかしないといけないわ。家中の和を乱すものは、即刻手打ちにでもしてやろうかしら」

 かなり過激な発言ではあるが、それも一つの解決策ではある。

 根拠のない噂を垂れ流すのは、時に一家を亡ぼす要因ともなるからだ。とりわけ、それが主家に関わるものならば、死罪を申しつけられてもおかしくない。

「それは、おやめになったほうがいいでしょう」

 異を唱えたのは、相良武任であった。義隆の祐筆であり、文治派を形成する文官である。

「力による圧迫は、それ以上の反発を呼びます。それに、若様にとっても不利益になりかねません」

「分かってるわよ。言ってみただけ」

 そもそも、噂話に過剰に反応すれば、他家に付け入られる隙となる。離間の計なるものも世の中にはあるのだ。

 実体のない噂を取り除くには、晴持と一条家の繋がりが大内家にとってよいものである、あるいは無害であるという認識を広めるのが穏便なやり方だ。

「じゃあ、どうしようかなぁ」

 晴持への不信感を抱く者がいる。それが、義隆にとっては最大の屈辱なわけだが、だからといって粛清とも取れる過激な対応を取れば大内家の屋台骨が揺らぐ。彼を庇う事は簡単だが、それだけでは根本的な解決にはならないのだ。

「若様ご自身が、一条家との関係を明確にされればよろしいかと」

「まあ、そうよね」

 晴持が実家の一条家と大内家とを天秤にかけて、大内家を取ると宣言すればいい。そうすれば、悪意のない、大内家の未来を憂える不安は解消される。残るのは、晴持を貶めようとする者の悪意だけなので、そうなったら、それを駆除すればいい。

「それだけでは足りません。若様には、一条家を相手に刃を向ける覚悟をしていただきませんと」

「武任。それは、ダメよ。子が親に刃を向けるのは、どの学問でも否定されているわ」

 義隆が納める学問は幅広い。

 仏教、神道、四書五経、朱子学、能楽、和歌、漢詩、さらには有職故実まで多岐に渡る。こうした学問は、多くの大名が領国統治と外交のために修めているものではあるが、義隆のそれは戦略的用途を著しく越えた傾倒の仕方であった。

「実際に戦をするか否かはまだ先の話ですが、土佐は今動乱にあります。一条家が大内家の威光を利用して活動を活発化しているのは、問題です」

「一条家が、うちに臣従してくれれば何も問題ないのにね」

 晴持の実家だからこそ、どう対応するべきか判断しかねる状況なのだ。いずれにしても、土佐国は大内家が支配下に治めなければならない国だ。

「さすがは若様の兄上様ですね」

 ここ数年の一条家の躍進ぶりを再確認して、隆豊は感服したとばかりに呟く。

 当主の一条房基は、晴持の異母兄である。

 その性格は、非常に好戦的で野心家であると聞いている。

「最近は、さらに版図を広げて、土佐国内では最大勢力となっております」

 伊予国を大内家が押さえたことで、国内に集中できるようになり、しかも大内家の後押しがあるように見せかける事で、国人達を戦わずして屈服させるなど、戦以外の外交戦術も巧みだ。

「そのあたりも含めて、後できちんと話し合うわ」

 

 そして、集まったのは重臣の中の重臣達。国内に散る者すべてを集めるわけにはいかないので、大まかな方針は、少人数で合議して決める。

 その中で、一条家の対処も話し合わねばならないのだが、義隆は気が重い。

 再三に渡る苦言を無視して軍事行動を起こす房基は、明らかに大内家を軽んじている。自分の弟が次期当主という事もあって、多少の無茶も押し通せると考えているのだろう。

 尼子家が美作国で梃子摺っている事や、九州の情勢を報告させた後で、重い空気の中、義隆が口を開こうとして、

「では、義姉上。次は土佐をどうするかですね」

 と晴持のほうから議題に挙げた。

 これに、義隆も集まった諸将も虚を突かれて一瞬固まってしまう。

「晴持様。土佐は御身の生国でございますし、一条家当主の房基様は晴持様の兄君ですぞ」

「如何にも。しかし、この身はすでに大内の者。山口での暮らしのほうが土佐よりも長く、兄の顔も思い出せぬ不埒な弟です。兄上が大内家にとっての障害となるのならば、相応の対応をする覚悟はあります」

 鋭く、何か言おうとする者を視線で制して、晴持は一息で言い切った。

 それは、彼の偽らざる本心であった。

 顔も知らぬ血縁よりも、よくしてくれた大内に尽くすほうがいい。

 少なくとも、大内家の皆を晴持は家族と思っている。土佐が邪魔ならば、排除するまで。その意気込みは、諸将に遍く伝わった。

 ひりつくような空気を変えたのは、義隆であった。義隆は手を叩いて静寂を打ち破る。

「晴持の気持ちは分かったわ。けど、それはあなたの仕事じゃないわ。なんにしても兄を弟が手にかけるなんて義に悖る行いを晴持にさせるわけないでしょ」

 そう言いながら、全体を見回し、

「第一、一条家と一戦を交える方向で話をしても意味がないわ。あの家とは今後もうまく付き合っていくべきでしょ」

 義隆がそう言ったので、場の緊張が緩んだ。

「確かに。今の時点で戦を想定するのは、早すぎましたな」

「晴持様の生国ですからな。外交で取り込む手もありましょう」

 大内家に従わない一条家に対する苛立ちがあったのは事実だが、それも過剰に意識するような事ではない。伊予国を落とした後で、隣接する土佐国の騒動であったので、皆気が気でなかったのだ。

「土佐の事はなんとでもなるわ。今は本家のほうに探りを入れればいい」

「本家と申しますと?」

「京の一条家に決まっているでしょ。武家化した土佐の一条家と本家の一条家の関係を調べておけば、いざというときに役に立つかもしれないじゃない」

 公家は武家よりも格上である。この戦乱の時代、多くの公家は所領を奪われ、落ちぶれているがその血に宿る権威は、多くの大名が欲するところである。力のない公家が、それでも生きていけるのは天皇という至高の存在に近いからであり、そもそも武家とは別であるという意識が公家と武家の双方に働いているからでもある。

 そもそも身分が違うのだから、武家化した同族に対していい感情を抱かない可能性も高い。

 ならば、それはある意味でねらい目である。

「今度開く連歌会に、京からいらした公家の方々を皆お招きするわ。そこで、一条家の動向を探る事にする。って事で、この話は終りね」

 義隆は強引に話を切りあげた。

 話は用水管理の争い事に移り変わる。領内の村々の水の争いを調停するのも統治者の使命である。また、家臣達の土地争いもうまく間に立たねばならない。戦に出ない義隆の本領は、こうした政務にあったのである。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

「伊予が大内家に落ちましたか。思っていたよりも早かったですね」

 書状を書いていた少女は、報告を聞いて筆を下ろす。

 大友家が支援に乗り出していたのは確認している。それが戸次道雪であるという点も彼女達にとっては重要事であった。

 彼女達の最大の敵となり得るのは、現状では九州の雄である大友家である。その大友家の中でも最強と謳われる戸次道雪が戦果を挙げる事ができずにむざむざと伊予国を大内家に明け渡したのは解せない話だ。向こうで何があったのか、探りを入れたいところだが、

「今すぐというわけにはいかないですね」

 今は戦の真っ最中。

 考え事は後にしなければ。

「歳久様。義久様の隊が向かってきます」

「分かりました。こちらも、動きますよ」

「御意」

 島津歳久。

 島津家の三女にして、島津の智を司る少女である。

 こちらの兵は三〇〇。相手はその一〇倍近い。しかし、事前にいくつもの策を重ねてきた上で合戦に踏み切っているので、敗北はない。

 万事、予定通りに事が運んでいる。

「それでは、釣れた魚を捕らえにいきますよ」

 この一戦で、日向に島津の足がかりを築き上げる。

 そのために、伊東家の力を徹底的にそぎ落とすのである。

 



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その十九

 大名の外交政策は様々ある。

 例えば、大内晴持と河野通直との間に交わされた姻戚関係は、同盟の中でも特に強固なもので、破り難く、効率的に他勢力を組み入れるのに向いている。

 また、こうした同盟が組めない敵対勢力に対しては、相手よりも上位の官位を取得する事で戦を仕掛ける大義名分を得たり、相手の士気を下げたりする。

 もはや幕府や朝廷の官位など有名無実のものでしかないが、しかしこの戦国時代にあっても旧来の権威を楯にした政策は非常に有効であり、大名家の「格付け」にも影響するものなので、力ある大名は挙って幕府や朝廷に献金してその見返りとして官位を授与されるという構図が生まれていた。

 この流れは、幕府がそれまでの幕府に対する貢献度を基準にした官位授与から金さえ積めば誰にでも官位を与えるという方向に舵を切った事も大きい。

 これによって、工作次第では成り上がりでも武家官位を手に入れる事ができるようになったのである。

 そうなると、官位を持たない成り上がりの小勢力は幕府に官位授与を打診し、そのような下賎の者に官位を与えられては困るという敵対する名門武家は幕府に苦情を申し立てる。それが続けば、必然的に日本中の勢力が官位を巡って幕府と関わりを持つようになり、自然と幕府の権威が引き上げられる。

 官位授与を餌にした幕府の巧妙な外交戦略である。

 そして、朝廷が出す官位も同じ。

 武家にとっては非常にありがたい箔となる。

 しかし、厄介な事に、当代の帝は献金を嫌っている。幕府のように金銭問題と権威失墜を官位で解決しようとはしていない。権威があるのは当たり前であり、資金繰りに関しては節制をよくし、自筆の書を売る事で生計を維持していた。決して豊かとはいえないまでも、帝としての矜持を貫いているのだ。

 そんな帝だから、大内家からの官位授与を依頼するための献金もすげなく断られたりもした。

 ここに来てやっと、義隆の公家趣味が活きた。

 三条公頼をはじめとする数多の公家と仏僧を保護してきた実績と、彼女自身の教養の高さ、そして中央との結びつきを最大限に活用し、伊予介の官位が授与される事となったのである。

 そして、その繋がりを断つまいと、義隆は密かに帝の側近から宸翰(しんかん)――――天皇直筆の書を購入し続けているのであった。

「なるほど、まあ過程はわかりました。それで、義姉上。その手の中にある物を見せるためだけに俺の部屋に来たわけですか?」

 日が没し、ろうそく以外の灯りのない時間帯である。そんな時刻に、晴持の部屋にいきなりやってきた義隆は、なんとも嬉しそうに和綴じの本を晴持に見せてきたのである。

 それが、京から手に入れた書物である事は流れの中で理解している。しかし、どうしてそこまで嬉しそうにしているのか、その理由まではまだ聞いていなかった。

 晴持に問われた義隆は胸を張って答える。

「そうでもある」

「それ以外に何があるのです?」

「一緒に遊んでみようと思って」

「遊ぶ?」

 晴持は頭の上に「?」を浮かべる。

 こんな夜にできる事などたかが知れている。そして、本を使って遊ぶとなればさらに候補が狭まる。

「これ、なぞなぞ集。なんと、陛下御製」

「陛下のなぞなぞ集!?」

 なるほど、それでそんなに喜んでいたのか。

 これまでにも、幾度か帝直筆の書を購入していたが、遂に書物にまで手を出したか。

「で、こんな時間だけど手近にいた隆豊と隆元を呼んだ。もうちょっとで来るはずよ」

「呼んだって、俺の部屋なんですがね」

「弟の部屋は姉の部屋みたいなもんでしょ」

「アッハイ」

 即答。

 どうしようもないこのジャイアニズム。姉より優れた弟などいないとばかりに我が物顔で振る舞う義隆。しかし、それも当然。何せ義隆は大内家の当主なのだから。当主でなくとも逆らえないような気もするが、晴持はそのあたりをきっぱりと思考停止した。

 そこにやってきたのは、冷泉隆豊と毛利隆元であった。

「夜分遅く失礼します。義隆様、若様」

「失礼します。義隆様、晴持様」

 譜代の家臣である隆豊は、大内家から分かれた一族であるが、その姓は母方の「冷泉」を称している。京の冷泉家が公家の名門ということもあり、大内家内で影響力を与える家名という事で父の代に姓を改めたのである。

 そして、毛利隆元は安芸国の盟主になりあがりつつある毛利元就の子女だ。直に毛利家の跡を継ぐ事になっており、その内安芸国に戻る事が決まっていた。

 晴持は自らが招いた客をもてなすように茶とお茶請けを用意する。

 義姉とその客がいる部屋の主として働かねばならない。残念ながら義理とはいえ弟なのだ。弟の悲しい性とも言うべきものがそこにはあった。

 姉とその女友達が自分の部屋に集まって遊興に耽る。その状況に同席して、心静かにしていられるかと言われれば、否だ。

「す、すみません、若様にそのような……」

「客人をもてなすのも仕事だからな」

 隆豊が申し訳なさそうに頭を下げる。もう、それだけですべて許せる。もともと怒ってはいないが。

「お仕事ですか。あ、これ壁書ですね」

 隆元が晴持の作業途中で放棄された書を見て言う。

 壁書は、大内家に仕える家臣が守るべき規則を必要に応じて殿中に掲げたものを言う。形式としては下知状や書状、あるいは奉公人連署奉書となり、基本的に一時的な法令ではなく永代に渡って守るべきものを書き記す。

 今回、晴持が書いているのはその草稿であり、特筆するような新しい要素はない。強いて言えば、河野家の立場などであろうか。

 以前に出されたものと内容を同じくするものもあるが、それは政治の停滞を防ぎ、新たな家臣に大内家の規則を周知する意味合いがある。

「義姉上が来てから仕事が手につかなくてな」

 その作業は、事もあろうに当主の襲来によって妨げられていた。

「別にそんなのすぐに書かなくてもいいヤツじゃないの」

「確かにそうではありますが、それは当主が言っちゃいけません」

 仕事を任されている晴持が書かなければ、最終的に義隆の仕事が遅れるだけで、結果的に損をするのは義隆である。

 そのため、妨害は義隆の首を絞めているようなものなのだが分かっているのだろうか。

「ま、いいじゃないの今夜くらいは」

「結構な頻度な気もしますけど」

 晴持はジト目で義隆を見据えながら湯飲みに口をつける。

 虫歯予防の麦湯であった。

「あの、それで陛下から戴いたという書物は?」

 隆豊が義隆に尋ねると、義隆はにこやかにその書物を見せる。若草色の本は、手書きで多くのなぞなぞが書き記されている。

「なぞなぞ、ですか」

「なぞなぞ、結構好きですよ。わたし」

 隆豊と隆元が興味深そうに項を捲る。その書物を、義隆が横から攫う。

「答え見ちゃ面白くないでしょ。出題はわたしがするわ」

「義姉上は、もう一通り読んだのですか?」

「うん」

 自分はもう読み終えたので、そのなぞなぞを人に出してみたくなったという流れか。

「それで、どのようななぞなぞがあるのですか?」

 尋ねてみると、義隆は項を何枚か捲る。そして、ある項を開いてここと決めたらしく、そこに書かれているなぞなぞと読み上げた。

「じゃあ、第一問『雪は下よりとけて水の上に添()』。はい、これなんでしょう」

 まったく意味が分からない。

 雪が下から溶けて水の上になんちゃら。どういうことだろう、と晴持は内心で首を捻る。無論、表に出すのは癪なので、表情は無愛想のままだ。

「わかった人は挙手」

「はい」

 手を挙げたのは隆豊であった。

「え、分かったの?」

 晴持が驚いて隆豊を見る。

「え、はい。おそらく……ですけど」

「ほう、じゃあ答え」

 義隆に促された隆豊が答えを言う。

「『弓』だと思います」

 隆豊が答えても、晴持はどういうことなのかさっぱり分からなかった。

 義隆は腕を組んで沈黙し、答え合わせを長引かせる。

 この沈黙、前世で見ていた某テレビ番組で漂った緊張感に似ている。あの独特の重苦しいBGMが頭の中で再生される晴持は、生唾を飲んで義隆の返答を待った。

 そして義隆が、ゆっくりと口を開く。

「正解!」

「やった!」

 隆豊が小さな手を握って珍しく感情を露にする。それから、すぐに顔を赤くして小さくなった。

「あの~、どうして弓になるのか分からないんですけど」

 隆元が、隆豊に尋ねた。

 その返答を聞く前に、義隆が晴持ににやにやしながら尋ねる。

「晴持は、分かった?」

「正直言って、分かりませんでした」

「隆豊、解説」

「は、はい。ええと、『雪は下よりとけて~』の部分で、『ゆき』という言葉の『き』を取り去ります。そして、『水の上に添ふ』で、『み』の上に残った『ゆ』を置いて、『弓』になります。拙い説明で、すみません」

 晴持と隆元は、同時に大きく頷いた。

 言葉遊びというべきか。何か物を連想するのだと思っていたら、言葉から攻めるべき問題だったか。

「隆豊は頭が柔らかいなぁ。目から鱗だった」

「そうですね。すぐに理解されたみたいでしたし」

「さすが隆豊ね」

「そんな事ありません。今回の問題は、相性がよかっただけです」

 隆豊は頬を上気させて謙遜の言葉を口にする。

「よし、じゃあ次行くわよ。えぇとね」

 義隆は視線を開いた書物に向ける。

「『いろはなら()』」

「……それだけ、ですか?」

「うん」

 晴持は唖然とした。あまりにも短い。晴持の知っているなぞなぞは、もっと長く、文章として纏っている。

 この短文からいったい何を連想すればいいのか。皆目検討もつかなかった。

「はい、分かりました」

「嘘だろ」

 思わず口を突いて出た。隆豊が手を挙げたのが信じられなかった。

「答えは?」

「『(かんな)掛け』です」

「あっさり解くね。正解よ」

 義隆は満足そうに頷く。なぞなぞは、分かる人と分からない人が混ざっているから面白い。分かる人だけではつまらないし、分からない人だけでは沈黙が続くだけで終わる。

 であれば、隆豊が頭を回転させ、晴持と隆元は唸っていればそれだけで義隆は満足なのであった。

「義姉上。なんで、今のが鉋掛けになるんでしょう?」

 答えを聞いてもアハ体験にならないので、意味から教えてもらう事にする。

 すると、今度は義隆が得意げに解説を始める。

「『いろはならへ』は、つまり仮名の勉強をしなさいって事」

「それは、まあ分かるけど……」

 『いろは』はいろは歌のいろはで、『ならへ』は習えの意。それが鉋に繋がらないから悩んでいる。

「仮名はね。もともと『かんな』って発音していたのよ。『かりな』が撥音便になって『かんな』。それが縮まって『かな』。だから『いろはならへ』は『かんな』を『書け』って事になるの」

「な、なるほど」

 言われて見れば納得する。しかし、難しすぎではないだろうか。少なくとも、子どもが楽しめるなぞなぞではないという事がよく分かった。

「はい、じゃあ次は……」

 おそらく、この戦いは隆豊の一人勝ちで終わるのだろう。

 晴持はこういった頭を捻るような類は大の苦手だし、隣の隆元も目を回している。

 和歌にしてもそうだが、こういったものは、本当にセンスが光る分野だなと思った。

 

 

 結局、朝日が昇る頃までなぞなぞ大会は継続した。

 勝者は言わずもがな冷泉隆豊であったが、真面目になぞなぞをしていたのは途中までだ。丑三つ時を跨いだ辺りからは、完全になぞなぞを忘れて和歌や漢詩のマニアックな話に興じ、さらには『源氏物語』のあの場面がいいこの場面がいいと、教養人らしい会話が繰り広げられることとなった。この頃になって隆元も脳を再起動させて話に混ざっていった。

 女三人集まれば姦しいとはよく言ったもので、大内家を取り巻く情勢が安定しつつある事も手伝って実に楽しそうに会話を続けていたのである。

「申し訳ありませんでした。お仕事どころか、お休みの時間まで台無ししてしまって」

 と、申し訳なさそうに謝ってきたのは隆豊であった。

 気にするな、と晴持は言う。

「義姉上の我侭につき合っただけの隆豊が謝る必要はないよ」

 義姉は事もあろうにこの部屋で寝ると言い出して、布団に潜って眠りに就いた。よほどの事がなければ昼餉の時間までは目を覚まさないだろうし、晴持も寝かせておこうと思った。

 隆元は、なぞなぞ大会が終わった直後に晴持の部屋を辞している。今の隆豊と同じく、申し訳なさそうにして去って行ったのが印象的だった。

「隆豊も休むなら今のうちだぞ」

「いいえ。若様はお休みになられないのですよね?」

「まあ、な。義姉上に邪魔された仕事を再開して、それからだな」

「それでしたら、わたしもまた休みません。楽しんだ分は、お仕事に力を注がなければなりませんから」

 徹夜明けながら、隆豊は柔らかく微笑んだ。

 

 

 

 □

 

 

 

 凶報というのは、突然にやってくる。

 あのなぞなぞ大会から七日ほど経過したある日の午後、突然義隆の下に呼び出された晴持は、珍しく神妙な表情を浮かべている義隆と向き合う事となった。

 あの義姉が今にも頭を抱えそうな表情をするのは滅多にない。

 何かよくない事が起こったのだと察するには余りある。

「晴持。これから諸将を集めた軍議の場でみんなには伝えるのだけど、あなたも無関係じゃないから先に言っておくわね」

 そう前置きして、義隆は本題に入った。

「土佐の兄君が亡くなられたわ」

「は?」

 晴持は、一瞬の忘我を己に許した。

 それほどまでに、義隆の言葉は重く、受け容れ難いものだった。

「冗談、ですよね?」

「冗談だったらよかったのだけどね」

 義隆はため息をつく。

 その様子から、義隆は確かな情報として、その報を受け取っているのだと分かった。

「どういうことなのです?」

 土佐一条家の当主である一条房基は晴持の腹違いの兄である。伊予国が大内家の支配下に入った事で後方の憂いが去り、しかも晴持を擁する大内家が背後にいるとなって景気よく軍を進めて一条家の領土を拡大していた。

 土佐一条家始まって以来の優秀さで、一家を纏めて土佐国に覇を示した。

 それが、あっけなく死んだと聞かされても実感が湧かない。

「まあ、わたしも信じられないし、裏取りをさせているのだけど、今のところは狂気に陥って自害したとしか言えないわね」

「自害!? 戦で討たれたわけでもなく?」

「そう。だから信じられないのだけど……でも、確かにあの方に関しては奇行の噂もあったしね……」

「それは、確かに聞き覚えはありますが、それほど気にするものではなかったように思います」

「そうね……」

 房基は少々癇癪を起こしてしまうところがあり、攻撃的な性格が問題視されていた。それは半ば病的にも映り、人を不安に陥れる要素でもあった。

「とにかく、この一件で土佐が荒れるのは間違いないわ。遺されたのはあなたの甥っ子の万千代だけ」

「では、土佐に向かいますか?」

 土佐国が荒れ、一条家の跡取りがまだ元服もしていない幼さであれば、大内家に介入の隙がある。晴持が大内家に来たのはまだ三つの時だ。いくら彼が生まれた時から成人並の思考力を有していたとしても、二〇年近くも前に分かれた兄の顔など覚えておらず、当然ながら死んだと聞かされても、衝撃を受けはしても立ち直れないような傷を負う事はない。

 軍議で諸将に宣言したとおり、晴持の土佐一条家に対する想い入れはそれほど強くはないのである。

 しかし、義隆は首を振った。

「事の真偽が分かるまでは静観するわ。今、すぐにわたし達が動けば、房基殿をわたし達が暗殺したのではないかという噂が立つ。それが真でなくとも、その噂は土佐を治める上で都合が悪いわ」

「なるほど、確かにそうですね」

 晴持を介して土佐国に入るというのも不可能ではない。義隆の言葉からも分かるとおり、彼女は大内家の土佐入りを模索している。本来の予定では土佐一条家を介して土佐国を支配しようとしていたのだが、その一条家が大内家の意に沿わぬ行動を繰り返していて問題となった。その果てに、今回の当主の突然死だ。疑いの目は大内家に向きかねない。

 そのため、大内家としてはしっかりとした情報収集にあたり、一条家の出方を伺う必要性があったのだ。

 伊予国を支配下に組み入れてそう時を経ずして、さらなる動乱の気配が伝わってきたのであった。



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その二十

 非常にまずい展開になった、というのが大内家中の総意である。

 土佐国に覇を示していた一条房基の突然の自殺は、一条家が敷いた戒厳令にも拘らず瞬く間に広がってしまった。

 それに反応したのは、一条家の侵略によって所領を脅かされていた土佐国人達である。

 房基の子がまだ分別も分からぬ幼さという事を逆手に取り、誰がこの幼君を擁立するか、という点でもめ始めたのである。

 土佐一条家の中でも、派閥争いが起こっている中で、その外周を囲む国人達の動きは活発化した。指示系統も確立していない一条家は、この国人達の動きに適切に対応する事ができない。内部からの離反も相次いだ。

 この時、一条家を二分していたのは、どこを頼るのかという問題である。

 候補に挙がっているのは、大友家と大内家。主流となっているのは晴持との繋がりから大内家を頼るという意見だが、異を唱える者は、房基が大内家によって暗殺されたのではないかという言説を吹聴して回り、少しずつ勢力を広げている。

 大内家が伊予国を制圧した事が彼らの危機感を煽っているのは明白だ。

 ここで大内家を頼れば、河野家のように膝下に従う羽目になるのではないか。

 その際に、自分達の居場所は確保できるのか。

 そういった不安が、彼らに大内家への敵愾心を抱かせた。

 その背後にいるのは、例の如く大友家だ。

 つくづく、大内家の邪魔をしてくれる。

「土佐の内情はまったくよくありませんね」

 晴持は鬱々とした表情で義隆を見る。

「ええ、この状況ではわたし達がなんの策もなく介入するのは無益な反発を誘発するだけでしょう」

 すでに動きが確認された国人は、本山家、長曾我部家、安芸家などがある。安芸家はまだ一条家を見限っているわけではないようだが、本山家と長曾我部家は、一条家という楔が外れたために旧来の反目が明確化してしまった。

 一条家とは関係なしにこの二家は対立し、やがて独立を画策するであろう。

 さらに不幸なのは、河野家の傘下に治まっていた西園寺家が軍を発して一条家の所領に攻め込んだ事である。ただでさえ一条家は混乱の極みにあるというのに、そこに一応は味方だったはずの西園寺家が攻め込んだ事で不意を打たれた形になった。

 西園寺家は河野家の下にあり、河野家は大内家の傘下である。通直が晴持と関係を結んだ事は周知の事実なので、この西園寺家の軍事行動が大内家の判断だと受け取られてもおかしくはない。

 土佐一条家における大内家の評判を貶めた要因の一つであった。

「西園寺は先の戦に於いて一条家を引き入れて大友と相対した家。まさか、こうもあっさりと手の平を翻すとは……」

「よくよく考えれば、もとは敵方にいたのが伊予での主導権争いに介入するために一条家を引き入れたわけだしね。その時点で返り忠をしているといえばしているのよね……」

 無論、西園寺家としてはその当時はどこに属しているという意識もなかったであろう。

 ただ、自分達に都合のいい勢力と結びついて自家の存続を図っただけである。

 しかし、今回ばかりは大局を見ていないとしか言いようがなかった。

 河野家の傘下に収まったという自覚がなく、未だに独立した国人気分だったのであろう。すでに伊予国の主導権はほぼ河野家にあるとはいえ、伊予国のすべてがこれに服したわけではない。

 通直は分家筋の敵対勢力を駆逐して、長年の敵手であった宇都宮家を亡ぼし、西園寺家を事実上の服属状態に置いた。それによって伊予国の中央部から西部にかけてを手中に収めたわけだが、残念ながら東予地方には手が回っていない。そういった事情も加味して西園寺家は独自に兵を挙げるに至ったのであろう。土佐一条家と西園寺家は、領地を接している事から度々衝突があった事もあり、隙を見せた敵に攻撃を仕掛けるのは、戦国の倣いでもある。大内家と河野家にとってはなんて事をしてくれたんだと言わざるを得ない事態であるが、西園寺家にとっては当たり前の事をしているに過ぎないのであろう。

「わたし達が動かない理由がなくなりつつあるのよね」

「権益を守るのであれば、兵を出さねばならないでしょう。放って置けば、またしても大友が出てきます。一条家は一応こちら側ですから、対抗するには、大友を頼るのが近道です」

「だけど、大友は島津の北上を警戒し、さらに少弐のほうもきな臭いとなれば、迂闊に四国に兵を出せない状況にある」

「そうは言いましても、俺達が兵を出せば一条家を陥れた事を証明するようなもの」

 そして、それは河野家も同じ。

 大内家に組する勢力が一条家の混乱に乗じて兵を進めるのは、西園寺家が仕出かした事を大きな規模で行うのと変わらない。

「で、あれば得意分野で攻めるしかないわよね」

 そう言って、義隆は意味ありげに笑うのだった。

 

 

 

 □

 

 

 

「ああ、もう、なんて事してくれたのよ西園寺のドアホッ」

 四国は伊予国湯築城。

 全国有数の温泉地として古の書物にも顔を出すその地にあって、守護代河野通直は苛立ち紛れに髪を掻き毟る。

 伊予国は土佐国の動乱さえなければ上手く纏っていたのだ。大内家の威がそれほどまでに強烈だったという事も手伝っているし、河野家始まって以来初めて宇都宮家が治めていた領土よりも先に進出した事で河野家そのものに勢いが生まれたという事もある。

 しかしながら、それが今回の西園寺家の独断専行で急ブレーキを掛けられた形になり、河野家の中にも困惑と苛立ちが蔓延し始めていた。

「こんな様じゃ義隆様にお叱りを受けちゃうわ……」

 伊予国を任されているからには、その統治をきっちり行わねばならない。今の河野家はもはや独立した大名ではなく大内家の属する一勢力である。それでも、大内家中に於いて最大級の版図を有しているのは事実だが、大内家の底力に比べれば微々たる物だ。

 恥ずかしながらも婚姻関係まで結んで河野家の立場を安定させたのに、これではすぐに関係がぐらついてしまう。

 通直は、現在自分の立場を確立するために、四国で起こった様々の事件の情報を掻き集めて、山口に送るなど献身的に大内家に尽くしている。それもすべては河野家のため。大内家からよりよい扱いを受けるためだ。

「で、結局どうすんだ?」

 筋骨隆々な筆頭家老、村上通康が通直に尋ねた。

「当然、討つ。勝手な事されて黙ってたらそれこそ問題を大きくするわ。それに、西園寺を討つのはわたし達にとっても都合がいい」

「まあ、確かにそうだわな」

 西園寺家の所領を正式に河野家の勢力下に置けるならそれに越した事はない。もっとも、それは義隆の顔色を伺ってから決める事ではあるが、西園寺家を討伐すれば大内家が西園寺家の行動に関わっていないと示す事もできる。

 勝手な事をした西園寺家には、これを機会に潰れてもらう。

 背後の東予地方に不安があるが、そちらにも兵を割いて牽制すれば問題なかろう。先の河野家の内紛に漬け込まなかった連中が、今更進んで河野家や大内家に牙を剥くはずもない。

「土佐がこのまま荒れれば、大内本家も兵を挙げるだろうな。また、大内の若旦那が渡って来るかもしれねえぜ?」

「そ、そそその時はその時。ちゃんと大内家の支援に徹するわよ」

 一気に顔を赤くした通直は早口で取り繕うように言う。

 誤魔化すように髪を弄り始めるのは、戦場を駆ける姫武将というよりも想い人に恋焦がれる町娘のようであった。

 幼少から知る主君のそのような様子に通康は失笑しつつ、咎めるような通直の視線から逃れるようにその場を後にしたのであった。

 この二日後、通康を中心とする河野勢が湯築城を発して西園寺家の討伐に動き出した。

 

 

 

 □

 

 

 

 土佐国の中で、昨今急速に存在感を示している勢力がある。

 土佐国長岡郡に根を張る国人、長曾我部家である。

 その当主である長曾我部元親は腰の辺りまで伸びた艶やかな黒髪が美しい姫武将であった。元服の際に、土佐国の守護である管領細川晴元から一字を賜り元親とした。白を基調とした衣を纏い、自らが指揮を取って戦う姿に、多くの将兵が心を動かされ敬服している。

 かつては、武家の跡取りでありながら柔弱な性格だった事から姫和子などと陰口を叩かれもしたのだが、武芸にも領国統治に於いても先代である母親を凌ぐ才を見せている。

 土佐国の多くの国人にとってそうであるように、一条房基の突然死は家の今後を左右する重大事であった。

 つまり、一条家にこのまま従い、無難な道を行くのか、それとも独立して土佐に新たな秩序を設ける道を探るのかという選択を迫られているのである。

 そして、元親は迷わず後者を選択した。

 長曾我部家はもとより小身。土佐七雄の中でも最弱の勢力だった。しかし、それでも最弱が真っ先に倒れるとは限らない。

 一条家に飲み込まれた勢力もいる中で、長曾我部家は未だに独自路線を取る事ができるだけの力を維持していた。

 それが、この動乱に付け入る大きな力となる。

 そうして発った長曾我部勢は、瞬く間にその勢力を拡大する事に成功する。

(そろそろ本山と決着を付けなくてはいけないね……)

 父祖以来の宿敵である本山家。

 かつての長曾我部家であれば、決して敵わない強敵であったが、今では元親の進撃を食い止めるのが精一杯と言った有様だ。

 他の勢力が口を出す前に潰せるだけ潰さねば。特にこの宿敵だけは始末しておかなければ後で憂いを遺す事となろう。

 決意した元親は、配下に命じて兵を集めさせ、木枯らしが吹く頃に遂に本山家を討伐すべく兵を興した。

 本山家の当主である本山貞茂は、元親の姉の子、つまり甥に当たる。攻めるのは忍びなかったが、これも戦国ゆえに仕方がないと元親は辛さを表情に出さずに兵に告げる。

「この戦で本山を降す。成功するまで、ここには帰らないから、覚悟しておくように」

 己の覚悟を告げると兵達は喊声を上げる。

 目的地は本山家が領有する最後の砦、瓜生野城。

 山間に建つ瓜生野城は、平地に比べて気温が低く、思わず身震いしてしまいそうになる。あるいは、この地に近付く死神の手であろうか。

 否だ。

 元親は脳裏を掠めた詩的表現を打ち消す。

 元親と貞茂とではすでに兵力が違いすぎる。長曾我部勢三〇〇〇に対して城に篭る本山勢はその十分の一程度でしかない。まっとうに城攻めをしても容易に陥落させる事ができるだろう。

 しかし、元親は城を囲むだけ囲んで強襲はしなかった。

 力によって攻め落とせば、後々怨恨が尾を引く事になろう。

 さらには領民に不安を与えるかもしれない。代々の仇敵を亡ぼすのであれば、それでも構わないが、この戦は長曾我部家の勢いをさらに上昇させるための試金石ともなる戦だ。

 不必要な殺生は控えねばならない。

「真綿で占めるように攻め、敵の戦意を挫く」

 それが、この戦に於ける元親の方針であった。 

 じわりじわりと包囲網を絞りつつある長曾我部家の軍勢に対して、貞茂は歯噛みしながら見ているしかないのだろう。

 打って出るわけにもいかず、かといって援軍があるわけでもない。

 まさに俎板の上の鯉といった有様である。

「そろそろ、開城勧告をしよう」

 城を囲んで三日目にして、元親は決断した。

「条件はどうしますか、元親ちゃん」

 中島可之助(べくのすけ)が尋ねた。

「本山の存続と城主以下全員の助命。逃げたいものは逃げてよし。それ以外は皆長曾我部家の家臣となる事」

「え、そんな寛大な……」

 父祖以来の宿敵を相手に、すべてを許すというのはなかなか取れない選択肢だ。それは心情的な問題以上に、反逆の危険を内包するという点で危険だからだ。

「今後を思えば、ここで寛大な対応を見せる必要がある。本山を落とした後は安芸もあるし、その先には一条もいる」

「そうですね。わかりました」

 元親はそれだけ先の事を思って戦を進めているのだと思うと、力強い。

 可之助は、笑って元親の言葉を認めた書状を書いて、使者を遣わせたのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 

 四国の情勢が激しく移り変わっていく中で、義隆が下した決断は、晴持を京に送る事であった。

 京への道は、軍を進めるのでなければ開かれている。まして、瀬戸内の海を掌握した大内家にとって、京までの道のりは海路を取ればよく、非常に安価で安全な道程を確保できる。

 もっとも、瀬戸内の海を渡るのも通常の船ではそこそこの金を必要とする。

 この時代、水軍、海賊、水運は不可分の存在であった。

 多くの商船が海賊行為という脅威に曝されて海に出る。海運は利益が大きいだけに、海賊行為を放置しては多大な損害を被る事になる。

 それを憂えた幕府が村上海軍に命じたのが、商船の護衛任務であった。

 海では通行料を礼銭といい警護料を駄別役銭などと呼ぶ。堺に入る船はこれを支払う事で、安全を確保するのであり、支払いは責務と言ってもよいものであった。

 しかし、村上海軍を押さえた大内家は、当然ながら銭を支払う必要はない。主家の次期当主を護衛するのは当たり前の行為であり、そこで金を取るなどあってはならない。

 晴持一行の前を遮るものは何もなく、天気にすら後押しされて堺の湊にやってきた。

「でっかい湊だ」

 とにかく、そのような感想しか出て来ない。

 初めて訪れる堺は、さすが日本のみならず世界的にも優れた貿易都市だ。常時二十隻近い商船が停泊している湊を有する交易都市は、周囲を水堀りで囲み、塀を高くし、櫓を置いて城塞都市と化している。

 視界いっぱいに人が溢れ、活気付いており、碁盤状に区画整理された街並みは山口を思わせる。

「若様、お気をつけください」

 隣の隆豊が声を小さくして呟く。

「ああ、これだけ人が多ければ好からぬ事を考える者もいるだろうしな」

 富が集まる場所には、それを狙う輩も集まる。

 大名ですら手が出せない日本で最も安全な自治都市とはいえ、その内部に巣食う悪党を完全に排除できているわけではなかろう。

「それもそうですが、堺は細川家と近しい間柄です。当家はその細川家とは明との貿易権を巡って争った歴史がありますので」

「うちは博多の発展にも力を入れているしな」

 交易都市は、堺だけではない。有名所では大内家が押さえる九州の博多や門司があり、間接統治下にある平戸といった海外と繋がる良港がある。そういった湊は、商売敵となるはずだ。

「ま、大丈夫だろう」

 瀬戸内を押さえた大内家を敵に回すとは考えられない。

 大内家は石高の少なさを補うために重商主義に走っている家であるし、瀬戸内の水運は堺にとっても生命線である。大内家と事を荒立てるはずもない。

 晴持は、堺で待っていた博多商人神屋寿禎(かみやじゅてい)の家中の者に伴われて堺を遊覧した後、神屋家の堺屋敷に一泊してから京に向かったのであった。

「これが日本の中心か」

 山城国の中央に位置する京。およそすべての大名の関心を集める政治の頂点。西暦七九四年に桓武天皇が遷都して以来、まるで世界の中心であるかの如く存在してきた権威の象徴である。

 この京の街づくりは、唐の長安を範とした碁盤の目状になっている事は有名であろう。街並みは北と南に区切られており、天皇や公家、裕福な商人が居住する北――――上京と貧困層が集う南――――下京に分かれていた。

 晴持が向かうのは、もちろん上京である。

「応仁以来の戦の影響か……」

 華やかな京は確かに人通りも多く活気がある。しかし、よく見れば朽ちた空家も目立ち、風には腐臭が混じる。天文年間に生じた複数の合戦は、京を焦土に変え、その都度復興を進めるといういたちごっこが続いていた。幕府は独自の軍事力を持てず、管領である細川晴元が幕政を仕切って統治に当たっているものの、畿内一円に平穏が戻るかどうか先行きが見えない日々が続いている。

「話には聞いておりましたが、まさかここまでとは」

 隆豊も失意を禁じえない様子である。

 家を挙げて京文化の吸収に精力を注いでいるだけに、京の荒廃は空恐ろしいものを感じさせた。雅やかな京は、この時代には存在しない。華やかさの影に付きまとうどんよりとした重々しい空気を感じるのは気のせいではあるまい。

「はあ、気が滅入るな」

 どう考えても、堺のほうが活気があったし、山口のほうが落ち着いている。

「そう仰らず。わたし達も目的はしっかりと果たさなければなりませんし、気をしっかりお持ちください」

「ああ、分かっている。暗い顔をして田舎者と思われても癪だ」

 気持ちを切り替えて、晴持はまず将軍が座す室町殿を目指して歩を進めたのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 伊達に公家文化に傾倒していない。

 晴持を中心とする大内家の臣達の挙措は、京人の目から見ても礼に適ったものであったようで非常に好意的に受け容れられた。

 義隆が京の公家や僧、文化人らを手厚く保護しているという点もそうだが、父祖以来幕府への忠勤が篤いという点も覚えがよかった要因だろう。

 とはいえ、実際に将軍と見えた時、この人だけは他と違うと肌で感じた。

 十三代将軍足利義輝。 

 剣豪将軍と名高い、武の人である。晴持の知る正史では、松永久秀らによる謀反にあって討ち死にを遂げるが、その際に畳に突き刺した無数の刀剣で押し寄せる敵兵を切り捲ったという伝説を残していた。

 実際、伝え聞くところでは塚原卜伝などから剣を学んでいるようであったが、実物を目の前にすると格の違いを思い知らされるようであった。

 王冠の如き金色の髪は、ともすれば獅子の鬣のようにも見える。燃えるような赤い瞳に射抜かれた瞬間に、動けば死ぬと本能が告げた。なるほど、部屋に入った時点で彼女の間合いの中にいるということか。

 この人と相対すれば、隆房ですら数合と持たずに斬り伏せられる。剣と槍の間合いすらも、おそらくは慰めにもならない。

 この衝撃、あるいは感動は、口にできるものではなかった。 

 世の中にこれほどまでに突き抜けた人間がいるとは思わなかった。

「お主が大内家の若殿か。噂は聞いているぞ。ずいぶんな活躍だそうだな」

 声をかけられて、晴持はさらに深く平伏する。

「多々良晴持にございます。この度はご尊顔を拝謁し、誠に恭悦至極に存じます」

 『多々良』は、大内氏の本姓である。

 公家の中に家格があるように、武家の中にも家格はある。とりわけ名門とされるのは『源平藤橘』を本姓とする家で、特に『清和源氏』は将軍家である足利家や鎌倉幕府を打ち立てた本流たる源家の存在もあり非常に家としての格が高い。

 しかし大内家の『多々良』姓は、そもそも武家に縁を持つものではない。

 伝承によれば、大内家の祖は百済の聖明王の第三王子琳聖太子(りんしょうたいし)で推古十九年に周防国多々良浜に上陸、聖徳太子から多々良姓と共に大内県(おおうちあがた)を領地として賜った事に発するという。

 もちろん、そんな王子は歴史上には存在しない。架空である。

 義隆から数えて五代前の当主である大内義弘が朝鮮との外交を円滑にするために名乗り始めたというのが有力な説だ。

 義弘は、あまりにも功を立てすぎ、強大化しすぎたために幕府から睨まれていた。その上、朝鮮との外交を成功させた事が決定打となり、幕府による貿易独占を画策していた三代将軍足利義満に追い込まれて乱を起こすも敗れて死ぬという壮絶な最期を遂げた人物である。

「先の安芸国での騒乱に於いては、我が義母義隆を安芸守護に任じてくださいましたありがとう存じます。殿下のご期待に沿えるよう、今後とも忠勤に励む所存にございます」

 失礼のないように晴持は慇懃に以前に受けた助力の礼をする。

 しかし、義輝は眉根を寄せて不機嫌そうな表情を浮かべる。何か、拙い事でもしただろうかと冷や汗を流していると、 

「堅い」

「は……?」

「堅苦しいと申したのだ。大内殿」

 義輝は、困った事に晴持も前で姿勢を崩していた。こちらを侮っているわけではない。これは、あくまでも晴持の緊張を解くための所作であった。

「そう気を張る必要はなかろう。取って食ったりはせぬよ。大内殿にはわらわも世話になっておるゆえな」

「は、はあ……」

「そなたの父君は、京で大手柄を立てられたと聞くが、そなたは京に上るのは初めてであろう。山口に比べれば、幾分か見劣りするかもしれぬが、ゆるりと楽しまれるがよい」

 鷹揚に構えた義輝は、蠱惑的な口振りで晴持にそう言った。

 それから二言三言と話をした上で、義輝は下座にいた一人の武将に視線を向ける。

「藤孝」

 呼ばれたのは、野干玉(ぬばたま)の髪を腰まで伸ばした姫武将であった。歳の頃は晴持と同じくらいで、いかにも教養人といった風の落ち着いた和装に身を包む京美人であった。

「そなたらが滞在中、何かと入用もあろう。我が股肱の臣である藤孝を就けるゆえ、何かあればこの者を頼るといい」

「は、重ね重ねありがたきご厚情。誠に感謝のしようもございませぬ」

 深く、晴持は頭を下げる。

 だから堅い、とそんな晴持に義輝は苦笑し、その場はお開きとなった。

 

 

 

 □

 

 

 

 細川藤孝は、幕府奉公衆三淵晴員の次女としてこの世に生を受け、後に叔父である和泉半国守護細川元常の養子となるに及んで細川家の一員となった。

 細川家は幕府を支える有力守護の中でも図抜けて高い格式を有する家柄である。

 それは、いわゆる幕府政権のナンバー2にして実質的に政治を差配する管領職を独占しているからであるが、この管領を代々世襲する事ができるのは、細川家の本家筋に当たる『京兆家』であって、藤孝が継いだ『刑部家』ではない。藤孝が養父から受け継ぐ事ができるのは、管領ではなく和泉上半国守護の役職である。

「改めまして大内晴持と申します。お初にお目にかかります」

「細川藤孝です。長旅お疲れ様でございました」

 大内家が宿とする寺院の一室で、晴持と藤孝は改めて軽い挨拶をする。

「こちらは、私の護衛を努めてくれている冷泉隆豊です」

「冷泉隆豊です。以後、お見知りおきくださいませ」

 隆豊もまた挨拶をする。楚々とした動作の中に京仕込の礼儀作法が込められている。遠国周防の人間が、正しい作法を心得ている事に、藤孝はいたく感心したようであった。

「わたしとしても、大内様方をさらに歓待したいところではありますが、あなた様方のお時間が許されないというのが残念です」

「土佐の動きが不透明な状況で、京を訪れねばならなかったというのが口惜しい事です。叶うならば、もっと長く時間を戴いて逗留したいところです」

 藤孝がくすりと笑う。

「どうかしましたか?」

「いいえ。しかし、ここはすでに殿下のお屋敷でもありませんし、互いに肩の力を抜いてもいいのではないかと思いまして」

「これは失礼しました」

 気を遣わせてしまったかと、晴持は内心で舌打ちをする。

 細川藤孝、正史に於いても様々な分野で活躍する偉人の一人である。有名なエピソードでは、関ヶ原の戦いの直前に丹後田辺城に篭った藤孝を石田三成が囲んだ時のものがある。

 この時、藤孝は五〇〇に満たない兵力での篭城戦となったが、寄せ手の将兵にも藤孝から歌道を学んでいた者が多数いて戦闘意欲が乏しく、長期戦となり、最終的には当時の天皇が勅使を下して藤孝を助命するという前代未聞の珍事を引き起こした。

 これは、藤孝が身につけた様々な芸能の知識が失われる事を恐れたためとも言われる。

 芸は身を助ける、を実践した人物であり、後々総理大臣を輩出する家系の祖となった人物だけに晴持も必要以上に緊張してしまったのである。

「どうぞお気を楽にしてください。堅苦しい言葉遣いは、これまでです」

「承知し、た。……今後は、このような口調で」

「はい、それがいいと思います」

「藤孝殿は、口調はそのままなのか?」

 晴持の問いに、藤孝は再び微笑んだ。

「習い性なもので」

「ああ、そう……」

 なにやら妙な迫力があった事は間違いない。晴持はそれ以降、藤孝の口調に関する諸々の質問はしなくなった。

 

 

 在京できる時間は限られている。

 藤孝に言ったとおり、晴持が京を訪れている間にも四国の情勢は移り変わっている。土佐一条家の混乱に乗じて独立せんとする勢力は枚挙に暇がなく、それらを切り従える長曾我部元親の軍略は輝きを増すばかりだ。

 それに対して対策を執るために、晴持は京を訪れた。

 幕府に顔を出したのは、口には出さないがついででしかなく、本命は別にある。

 晴持は大内家の当主名代として京での活動を支援してくれている公家にも挨拶をして回らなければならない。

 今、晴持は、その内の一つである、一条烏丸の山科邸を訪れていた。

「大内家の若君と顔を合わせられるとは、まろも運がいい」

 上座に座るのは家主である山科言継(やましなときつぐ)である。

 山科家は、藤原北家四条流の庶流に当たり、羽林家の家格を有する公家だ。

 『羽林家』というのは、公家の家格の一つで最高では大納言にまで昇進する事ができる。『羽林』とは「羽の如く速く、林の如く多い」という意味で、中国に於いては北斗星を守護する星を指し、転じて皇帝を守る宮中の宿衛の官名となった。日本では、近衛府の別称となり、後に近衛の長を任ずる家――――羽林家となった。

 つまり、羽林家というのは本来武官の家柄なのである。

「某も、山科卿のお人柄を伝え聞き、一日でも早くお会いしたいと思っておりましたので、念願が叶いまして感極まっております」

「そう持ち上げるな。照れるではないか」

 言継は気さくに笑う。

 公家でありながら庶民とも交流を深めている事で有名な山科言継がどのような人物かと興味があったのは事実だ。

 言継は、非常に学問に秀でた人物で、有職故実や(しょう)、薬などに造詣が深く、また三条西公条の門下生として和歌を習い、蹴鞠や漢方医学にまで精通し、公家のみならず庶民にまで無償で治療を施している事で名が知られている。

 また言継は、全国各地に人脈を持ち、幅広いネットワークを構築している。

 彼は現在朝廷の財政の最高責任者である内蔵頭に任官しており、それゆえに諸大名の下に下向しては公家文化の伝承を行い、各地から朝廷への献金を募る事に腐心しているのである。

 そんな言継にとって全国有数の資金力を持つ大内家は繋がりを深めたい大名の最上位であり、朝廷の金を扱うという立場にいる彼は大内家が得意とする献金政策の窓口になるので大内家も関係を崩したくない。そんな両者の思惑が、この会談の中にはあった。

 といっても、することと言えばただの世間話である。

 幸いにして話の種はいくらでもあり、京を追われて山口に在住する公家の近況などは言継の歓心をいたく買った。

「では、左大臣様はご壮健であらせられるのだな?」

「はい。何不自由なく、暮らしていただけております。もっとも、山口は辺境の地ゆえ、口になさらない不備があるかも分かりませぬが」

「何を仰る。そのようなものがあれば、京の公家がその方らを頼りはすまい」

「ありがたきお言葉でございます。願わくば、山科卿にも一度山口にお出でいただきとう存じます」

「うむ、まろも義隆様にご挨拶したいところだ。京がこのような有様でなければ、すぐにでも出立できたものを、口惜しや」

 本当に無念そうに顔を歪める言継。それがリップサービスなのか、それとも本心なのか、晴持にはその胸の内を推察する事はできない。

「ところで、そちらの方は?」

 言継の視線の先には隆豊がいる。晴持の後ろに控えているのだ。

「当家に仕える冷泉隆豊でございます。大内水軍を束ねる役職にあり、この度の上京では我が身の護衛も任せております」

 隆豊が静々と礼をする。その所作を見つつ、言継は引っ掛かりを覚えたように、

「ほう、冷泉、とな」

 と呟いた。

「わたしの祖母が、京の冷泉家から輿入りしておりまして、父の代より冷泉家に肖りまして姓を改めました」

「なるほど。そうであったか。すると、姓を改める前は大内姓であったか?」

「はい。左様です」

 うむ、と得心がいったように言継は頷く。

 京の冷泉家は、和歌を家業とする羽林家の一つ。歌人で名高い藤原定家の孫である冷泉為相を祖とする家系だ。その家の中から大内家の庶流に嫁いだ姫がいるというのは言継も聞き及んでいた。

 隆豊はその孫に当たるのだと聞いて、不思議な感慨を感じていたのである。

 それからいくらか話をして、互いに気心も知れてきたところで、唐突に言継はこのような事を言った。

「ところで、晴持殿。どうであろうか、一つ、蹴鞠などしてみぬか?」

 

 

 蹴鞠は、皮製の鞠を落とさないように蹴り続け、その回数を競う競技である。飛鳥時代以前に、中国から日本に伝来し、この戦国の世では武家の嗜みとまでされるようになっていた。

 言継は、蹴鞠を外交手段の一つと位置付け、尾張の織田家や駿河の今川家を訪れた時には蹴鞠の技法を伝授して献金の下地を作った。

 対する晴持も、蹴鞠は得意であった。 

 頭を使う和歌や漢詩などと異なり、純然たる身体能力が試される競技だ。これは、晴持の気質に実によく合っていた。

(サッカーのリフティングみたいなものだ。俺にとっては朝飯前だ) 

 生前、身体に覚えこませた動きは、この身体になっても残っていたらしく、鞠を蹴る競技は晴持の最も得意とするものとなった。

「それでは準備はよいか?」

「いつでも」

 言継のほか隆豊や藤孝、それから事前に呼び寄せていたらしい他の公家ら計八人がこの場にいる。

 蹴鞠は懸と呼ばれる四角く区切られた競技場の中で行う。競技場の東南には柳、東北に桜、西北に松、西南に楓を植え、その高さを一尺五寸(約4.5メートル)までとし、これを基準に据える。

「では、ゆくぞ」

 それを合図に、蹴鞠が始まった。

 靴を履いているというのが、少々やりにくいのであるが、それもこれまでの練習によって克服済みである。鈍い音を響かせて、鞠が青空を舞う。

 童心に返る心地で晴持は鞠を蹴り上げるが、同時にこれは政治的なパフォーマンスでもあるという点は忘れない。

 蹴鞠の大家を相手にして勝利してしまうのはまずい。そういった気持ちが晴持の中に鎌首を擡げた。

 しかし、それは杞憂であった。

 言継は、晴持よりもずっと年上で、もう最盛期は過ぎたはずなのに、その機敏さといったら唖然とするくらいであった。

 絶対に取れないはずのところに飛んだ鞠を難なく掬い上げ、安定させる妙技を幾度も見せ付けられては、とても勝てるとは思えない。

「いやはや驚きました。山科卿の技の冴えは左大臣様から伺っておりましたが、実際に目の当たりにしますと、話以上のものがございますね」

「ホホ。まだまだ若者には負けぬよ」

「ならば、もう一勝負」

 晴持も負けず嫌いなので、今度は完全なチャレンジャーとして言継に挑む。言継も笑って勝負を受けると、周囲の公家達も第二戦に我も我もと参加する。

 そうして、賑やかに蹴鞠は続けられた。

 そのまま、終わっていれば何の問題もなかったのであるが、事件はあまりにも唐突に起きた。

 ある者が体勢を崩したまま蹴った鞠が、勢いよく言継の胸に当たったのである。

 鈍い音と共に鞠は弾み、砂利の上に落ちる。

 皮製の鞠は、強く当たってもそれほど痛くはない。いつもならば、このまま笑って競技を再開するところであるが、この日は毛色が違った。

 言継は顔に苦悶を浮かべたかと思うと、その場に膝をつき、そしてそのまま崩れ落ちたのである。

 あまりにも突然の事に、誰もが唖然として動き出しが遅れた。

「山科卿!」

 まっ先に駆け寄ったのは隣にいた晴持であった。うつ伏せになった言継を仰向けにする。

「山科様!」

「言継殿!」

 そして、言継を囲むようにその場のいた全員が集まる。

 その中で、晴持は即座に首筋に指を宛がい脈を取る。

「脈がない……!」

「なんと、山科様……!」

 晴持は歯軋りして、冷や汗をかく。言継に鞠を当てた公卿も顔面が蒼白だ。事故とはいえ、実力者である言継の命を奪ったのは彼が蹴った鞠と見られる。

 晴持は即座に言継の衣服を裁つ。

「わ、若様!? 何を!?」

「後で弁償はする!」

 隆豊が悲鳴に近い声を出すが、一言だけ言って晴持は思考の渦に意識を沈める。

「まず、呼吸確認」

 晴持は、努めて冷静に、言継の口元に耳を近づけ、露になった言継の胸が上下しているかを確認する。

 かつて、学んだ知識で、完全とはいかないが、こういう場面で使わなければ何の意味もない。

 言継の身に起こったのは、おそらくは心室細動の類だ。滅多に起こるものではないが、胸にボールが当たるといった程度の軽い衝撃でも心臓の動きが損なわれて心停止に陥る例があるという。

 晴持の知識では心停止から三分が勝負の分かれ目だ。

 晴持は言継の胸に両手を組んで乗せ、肘を伸ばして体重を掛ける。

 AEDもないこの時代では、心臓マッサージと人口呼吸以外に心肺蘇生法はない。

「山科卿、お気を確かに!」

 呼吸がない事を確認した晴持は大声で呼びかけながら心臓マッサージを行う。

 周囲の者達は晴持が何をしているのか分からないでいたが、それでも言継を救うための治療法であると解釈した。

「晴持殿。わたしにお手伝いできることはありますか?」

 藤孝が尋ねてくる。

 ありがたい、と晴持は思った。この状況下で取り乱されるのは、非常に厄介だったが、藤孝が率先して動いてくれるのであれば、周りも冷静さを取り戻せる。

「今はとにかく心の臓を動かすのが先決。皆さんはとにかく山科卿に呼びかけてください。それだけでも変わります」

 それから集まった者達総出で言継の名を呼んだ。晴持は気道を確保して人口呼吸も平行して行う。隆豊が悲鳴染みた声を上げたが無視する。

 晴持も、できることならしたくないのだ。

「お戻りください、山科卿!」

 強く、胸を押す。

 やがて、言継の口から咳が飛び出し、止まっていた心臓が動き出した。心肺蘇生に成功したのである。

「戻られた!」

 晴持が言うと、ワッと周囲は沸いた。

 止まっていた心臓を動かした。死すべき定めを覆したと、大きな賞賛を受けたのである。

「う、む……?」

 唸るように言継が呻いて目を空けた。

「いったい、何があったのだ?」

 と本人はどうして自分が仰向けに倒れ、しかも服が裂かれているのか皆目検討が付かない様子であったが、とにかく意識まで戻ったのだからこれほど嬉しい事はない。とにもかくにも身体を休ませねばと、家臣や公卿らに付き添われて訳も分からぬままに寝所に引っ立てられていった。

 

 

 そして、取り残された晴持達はそのまま元いた客殿へと通された。

 とんでもない状況に直面してしまったものの、無事に切り抜ける事ができたのは運がよかったとしか言えない。

「晴持殿。先ほどはお見事でした。止まった心の臓をあのように動かすなど、想像もしていませんでした」

 藤孝が心底感心したというように賞賛の言葉を紡ぐ。

「大した事ではないよ。今回は山科卿が死すべき定めになかったというだけだ」

「それでも、晴持殿は大きな仕事を成し遂げられました。よろしければ、先ほどの所作についてお教えくださいませんか?」

「それくらいなら、構わないよ」

「若様。わたしにもお教えください」

 隆豊が藤孝に対抗するように頼んでくる。一人が二人になっても大して変わらず、すぐに山科邸を去る事ができる様子でもないので、晴持は二人に心肺蘇生法について自分が知っている限りの事を話した。

 どこで知ったのかという点に関しては当然に出てくる疑問であったが、これは旅の僧との話の中で止まった心臓が動かせれば、人命救助に使えるのではないかという発想が最初である、という形で誤魔化した。 

 晴持はそれからしばらくして、言継の枕元に呼ばれた。

 布団に寝そべる言継が起き上がろうとするのを晴持は手で制す。

「まろの身体も、もう問題はないというのに、皆心配性で困る」

 と、拗ねたように言いながらもどことなく嬉しそうにしている。顔色もとてもよくなったので、当面の危機は去ったのだろう。

「晴持殿。感謝する」

 そして、言継は涙を流して晴持の手を取った。

「止まった心の臓を動かしてくれたとの事。晴持殿がおられなければ今頃まろは冥土への旅路に就いておった」

「お身体は問題なく動きますか、山科卿」

「うむ。手足の指先まで、何一つ不自由はない」

「此度はとても運がよろしゅうございました。某の知るあの方法も、あくまでも応急手当にしかなりませぬゆえ、それで大事ないとなれば、それは天命が未だに山科卿にあるという事でございます」

「そなたにはなんと礼を言ったものか分からぬな」

 言継は言葉を切って天井を見上げる。

「知ってのとおり。今やまろにはそなたらに報いてやれるだけの力はない。それが残念で仕方がないが、それでも、そなたらの今後の動きを支える程度はできよう。この恩は忘れぬぞ、晴持殿」

「そのお言葉だけでも、某にとっては感激の至り。今は我らの事はお考えにならず、ただ養生を第一とされますよう」

 そう言って、晴持は頭を下げて言継の面前を辞したのであった。




現実には心室細動などはAEDを使用しなければまず助かりません。
ここでのことはあくまでもフィクションの中の奇跡であるという点をご理解ください。


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その二十一

 思わぬ形で山科言継の信頼を得てしまった晴持であるが、此度の上洛は決して山科家に取り入るのが目的ではない。

 言ってみれば、ここまでの幕府や山科家への挨拶は通過点に過ぎない。

 本命はここからである。

 晴持は山科邸を笑顔で辞した後、すでに夜の帳が降りていた事もあって、その日は宿に泊まり、翌日の昼過ぎに目的地へと急いだ。

 聊か以上に緊張してしまうのは、彼の身体に流れる血が反応しているからであろうか。

 一条家。

 藤原北家九条流に当たり、五摂家一つ。序列は近衛家に次ぎ、九条家と同格、そして二条家、鷹司家の上位にある。

 言うまでもなく、今現在大内家が関わる問題の中核に位置している土佐一条家の本家であり、晴持から見れば実家の実家と言ったところであろう。

 公家としての格もこれまで接してきた氏族とは別格。関白を輩出する事ができる家柄であり。

 現当主は、早世した兼冬に代わって当主となった弟の一条内基である。

 しかし、内基はまだ幼く、当主として家を差配する事はできない。そのため、隠居していた父親の一条房通が代行している状態である。

「よう来た。晴持殿。ずいぶんと、大きくなったの」

 白髪混じりの一条房通が鷹揚に笑って晴持を迎え入れた。

 晴持は房通の前に座り、背筋を伸ばす。

「は、……関白殿下」

 投げかけられた言葉に、晴持は困惑しつつも頭を下げる。

「わしの事は覚えておらぬようじゃな。まあ、それも仕方ないことじゃ。お主に会ったのは、未だお主が乳飲み子じゃった頃ゆえな」

 それはつまり、晴持が大内家に引き取られるよりも前という事である。覚えていないのは当たり前だ。何せ、死した兄の顔すら覚えていないのだから。

「申し訳ありませぬ」

「いやいや、構わぬ事よ。亡き房基殿といい、晴持殿といい。兄者の胤からはずいぶんな逸物が生まれるものじゃ」

 何かを懐かしむように、房通は目を細めた。

「そのように緊張せんでくれ。晴持殿とわしは叔父と甥の関係。わしも土佐一条家を離れてずいぶんと経つが、家の違いも血の繋がりを薄めはせぬと信じておる」

「はい、では叔父上と」

「おう、それがいいの」

 房通の言葉から分かるように、彼は血筋としては一条家の本筋ではなく、土佐一条家である。房通の父は土佐一条家二代当主の一条房家。彼は房家の次男であり、子宝に恵まれなかった一条家当主の一条冬良の婿養子となる事で一条家の命脈を継いだのである。そして、房通の実兄こそが晴持や自害した房基の父親なのである。

 よって晴持は、時の関白を叔父に持つ事になるのであった。

 それから、晴持と房通は和やかに談笑した。関白と大内家の使者の関係ではなく、叔父と甥の関係で会話を進めた事で、打ち解ける事ができた。二〇年近い隔絶など、関わりのない事であった。

「山科様は禁裏にとっても重要なお方じゃ。まだまだ壮健でいてもらわねばな」

「はい。まだ、お倒れになるにはお早い。無事、意識を取り戻されてほっとしました」

「山科邸での事は、すでにわしらの間では持ち切りじゃ。わしの甥じゃと、自慢できるわ」

「そのような。某はただ当然の事をしたまでです」

 謙遜する晴持であったが、晴持が山科邸で行った『停止した心臓を動かす施術』は瞬く間に京の町衆の間で語り草にされていた。言継もまた、その日のうちに日記に書き写し、後世晴持を紹介する際に取り上げられる事跡の一つに数えられる事になるのだが、それはまた別の話だ。

「さて、積もる話もまだまだあるが、時間も気になるところじゃ。本題に入ろうかの」

「は……」

 晴持は再び居住まいを正す。

 向かい合う老関白は晴持が何をするためにこの屋敷を訪れたのか予想を付けているに違いない。

 彼もまた土佐一条家の人間だ。今、かの地で何が起こっているのか、知らないわけではあるまい。

「某、そして叔父上の実家である土佐の一条家の危難を救うべく、お力添えを戴きたいと思い参上仕りました」

「ふむ……」

 房通は天井を仰いだ。

「危難、確かにそうじゃ。父上が死して二年で兄者も世を去った。傑物たる房基殿も志半ばにして自ら命を絶ってしもうた。遺されたのは、未だ元服にも届かぬ童が一人か……」

「これを好機とし、土佐の国人達の反抗が相次いでおります。とりわけ長曾我部家の勢いは甚だしく、このままでは安芸家もそれほど長く抗しきれませぬ。安芸の次は、間違いなく一条を狙ってくる事でしょう」

「左様か。して、お主はわしに何を望む。わしに何ができるというのじゃ?」

「此度の騒乱に於いて、大内家が兄上を暗殺した下手人であると噂する者が土佐におります。その者らの讒言により、あちらは混乱の極みであると聞きます」

「確かに、お主を頼ろうにも大内家が一条家を狙っているとなれば頼れなくなるのは道理じゃな」

「讒言の出所は大友と判明しておりますが、土佐一条家の中にも信奉者がいるようで……諸国人もこれを貴貨として勢力争いを始める始末。このまま某達が兵を差し向けても、一条家の方々は信頼してはくださらぬでしょう」

「ふぅむ。なるほど、それでわしか」

 晴持はただ頷いた。

 視線を逸らさず、身体を前に乗り出す。

「このまま土佐一条家を捨て置けば、遠からず血の海を作りましょう。某はすでに武門の家に入り、この手を血で汚しておりますが、兄上の子はまだ戦場を知らぬ幼童です。本道に立ち返るのは今を置いて他にありませぬ」

 公家が武家と同じように血を流すのは、決して好ましい事ではない。戦乱の世にあっても、公家達にはそれなりの矜持がある。武家化していく土佐一条家から真っ当な公家社会に飛び込んだ房通は、武家と公家の価値観の違いを正しく認識できる人間だった。

 そして、関白という立場もあり、彼は同じ一条家が武家らしく戦場で血を流すのを認めたくはない。それが、たとえ実家であっても、この身はすでに本家である一条家を切り盛りする立場にあるからだ。

「兄が遺した者に振り回されるのは、弟の宿縁であろうかの」

 房通がため息混じりに呟いた。

 房通の兄が遺した晴持。そして、晴持の兄が遺した土佐の動乱。弟という立場に生まれたが故に他家に入り、そして家を変えても実家の動揺に関わらずにはいられない。

 血脈に宿る宿縁のような何かを感じずにいられなかったのだ。

「それこそ、血の繋がりは家名の違いで薄まらぬ、ではありませぬか」

「フハハ。そうか、そうじゃの。これは一本取られたわい」

 房通はからからと笑った。

「相分かった。久方ぶりに実家に書状でも認めるとするわ。領内経営は大内家と取り計らえとな」

「しばらく」

 と、房通の言葉を晴持は遮った。

「願わくば土佐の領内経営及び新当主の後見人は叔父上にお願いしとうございます」

「ほう、わしにか。何故じゃ」

「大内家が内政にまで干渉すれば、如何に叔父上からの口添えを戴いても内部の反発は必至。某と義姉上が望むのはあくまでも土佐の安寧でございます」

「それでは、大内家にうま味がなかろう。如何するつもりじゃ?」

「土佐に当方の兵を進めるのを認めてくだされば結構にございます」

「ふむ、そういう事か」

 要するに、晴持の要求は以下の二点である。

 一、土佐一条家の武家化阻止。

 二、大内家による土佐一条家の領地以外の領土獲得。

 これらを満たすためには、土佐一条家が武家以外の勢力によって管理されるのが相応しい。そうなれば、関白という地位にいて、しかも土佐一条家の血を引く房通が代理当主をすれば万事解決である。その上で、失った軍事力を補い、領地を保護するために大内家の兵が土佐国に乗り込んでいく。

 晴持からすれば、実家を潰さずに戦闘力を取り除き、土佐国内に新たな大内家の支配地を手に入れる事もできるのだからこれほど都合のいい展開はない。

「さればそれでよかろう。代理当主を先方が受け容れるかは分からぬが、いずれにしても若い当主の世話を分裂した臣下に任せるわけにもいかぬ」

「かたじけのう存じます」

 晴持は深々と頭を下げて礼を言った。

 それから細々とした世間話をしてから、晴持は一条邸を後にする事となった。

 

 

 

 □

 

 

 

「お疲れ様でした、若様」

 上洛の目的を果たし、脱力した晴持に隆豊が声をかけた。

「ああ、いや、何とかなるものだな。関白殿下を相手にするというのは、緊張して仕方がないよまったく。叔父上だったからよかったものの」

 本当にそれに尽きる。

 自分の叔父が関白だというのは、非常に都合がよかった。発言力が桁違いだ。とりわけ、土佐国は国司である一条家の影響を受けてきた土地だ。本家本元かつ関白という強烈な肩書きの一条房通の言葉は、非常に重たい意味を持つ事であろう。

「ともあれ、これで大内家が土佐に兵を進める口実ができた。早いうちに土佐の騒乱を鎮めないとな」

「はい、若様」

 ふわり、と笑う隆豊。

 残る問題は東予の独立勢力か。

 攻め込む口実がないわけではないが、細川家の動向が気になるところだ。

 東予地方の二郡は、現在も河野家の力が及んでいない独立地域だ。そこを治めているのは石川家であり、その上には細川家の支流である細川野州家がいる。管領を狙える地位にあり、今の管領である細川晴元と敵対関係にある細川氏綱と縁が深い家柄だ。

 それならば、上手くすれば東予地方に軍を進めても問題ないかもしれない。

「土佐を押さえたら伊予の完全支配だな」

 伊予国に関しては、河野家に任せればいい。

 後顧の憂いを取り去ってから西に行くか東に行くかを考えればいいだろう。

 後、この京でできることは何か。

 やはり、人材確保であろう。ここは日本の中心地という事で、全国から多くの牢人が新たな仕官先を求めてやってきている。大内家が今後領土を拡大していくためには、それに見合った新たな逸材の発掘が急務である。

 とりわけ、晴持が独自に編制していた鉄砲足軽部隊である烏は戸次道雪との壮絶な近接戦闘によって多大な被害を受けていた。晴持としても、鉄砲を専門的に扱える特殊部隊は今後の戦で大きな役割を果たしてくれるのではないかと期待しているし、鉄砲自体が普及すればそれを運用する知識を持つ者の絶対数が不足するのは目に見えているので、今の内に育てておきたい。

 鉄砲はすでに堺にも伝わっている。現状は、山口が日本最大の生産国であるが、それはすべて内需に費やされている。堺のような外交都市が鉄砲の製造を本格的に始めればあっという間に全国規模に広がるであろう。

 そこで藤孝に頼んで京の街に滞在中の牢人を紹介してもらおうと思い立ったのである。もちろん、名のある武士かその家系に連なる者である必要がある。

 頼まれて、悩んだのは藤孝である。

 大内家に紹介するとなれば、一定水準以上の学を修めているべきであるし、ただ頭がいいだけでもいけない。そう考えると、非常に難しい注文である。

 第一、そのような者がいるのなら早々に自分が迎え入れている。

 と、思ったのは最初だけで、藤孝はその条件に見合う人物を知っている事に気が付いた。

 晴持は隆豊と藤孝と共に京の街を歩く。藤孝に先導されて、案内されたのは粗末な長屋の一室であった。

「藤孝殿。ここに?」

「はい。こちらにいらっしゃいます」

 見ればそこは板壁のところどころに穴が開いた、朽ちかけの長屋であった。晴持は良家に生まれ良家に育ったので、このようなボロボロの長屋で過ごした事はない。かつて、鷹狩りに際して道に迷い、廃寺で寝起きした事があるくらいである。

 しかし、生活保護があるわけでもないこの時代。職のない牢人は貯蓄を崩せば日雇いで食いつなぐしかなく、生活苦から夜盗崩れに身を窶す者も少なくない。

 ここにいるのは、家も城も失いながらも誇りを失わず、再起を期してやってきた源氏の末裔であるという。

 藤孝が戸板を叩き、声をかける。

「明智殿。いらっしゃいますか?」

 ガタガタと今にも壊れそうな戸板の奥から、人が動く気配がした。

「藤孝殿? どうかされましたか?」

 と澄んだ鈴のような声色の女性の声が返ってきた。

「突然すみません。本日はあなたに紹介したい方がおりまして、お連れしたのですが、今、よろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫です。少々、お待ちください」

 と、そう言った声の主は歪んだ戸を無理矢理引いて開け放った。

 露になるのは埃っぽく薄暗い室内。ところどころ割れた板壁から日の光が漏れていて、木漏れ日のような模様を地面に描いている。

 そして、その自然の絵画を隠すようにして立つのは、晴持と同じくらいの歳の少女だった。

 色素の薄い髪を短く切り揃え、白魚のように白い肌はあばら家で生活しているとは思えないほどに木目細かい。凛とした立姿に、確かな教養が見て取れる。

 晴持が抱いた第一印象はすごく可愛いけれども、とても生真面目そうだ、というものだった。

 藤孝が晴持に改めて少女を紹介する。

「晴持殿。こちらが、美濃からお越しの明智光秀殿です」

「とりあえずすぐに約束できる五〇〇石で召抱えたいのですが」

 隆豊が珍しく物理的ツッコミを入れた。

 

 

「あのね、隆豊。まあ、君が仕えているのは厳密には義姉上であって俺ではないかもしれんが、俺も一応、曲がりなりにも主家筋なわけよ」

「も、申し訳ございません。申し訳ございません」

 ぺこぺこと頭を下げる隆豊。己の右手に恨み骨髄、目には涙が浮かんでいる。自分でも本当に思わず手が出たというところであろう。

「お二人とも、夫婦漫才はその辺りで。明智殿が困惑しておいでです」

 め、夫婦……!? と隆豊は頭から湯気でも出しそうなくらいに顔を紅くする。その一方で、晴持は再び光秀と向かい合った。

「お初にお目にかかります。私は大内晴持と申します。まずは突然の訪問の非礼をお詫びさせてください」

 と、晴持は光秀に頭を下げた。

 これには、頭を下げられた光秀や斡旋した藤孝も驚いて目を丸くする。

「え、あ、お、大内……!? あ、と、とにかく頭をお上げください!」

 慌てたのは光秀である。訪問客が名乗った名前もそうだが、そのような人物が――――藤孝が連れてきたのだから本物であろうし、そのような大物に頭を下げさせるなどありえない。

「と、とりあえずお上がりください。ご覧の通りのあばら家で、お恥ずかしい限りですが……」

 光秀が起居するあばら家は、畳四畳もない狭い空間である。そこに茣蓙を敷いて生活しているのだから、ここはもう雨風が凌げるだけましという程度でしかない。

「申し訳ありません。何もお出しできるものがなく」

 四人で茣蓙の上に座る。それから光秀が頭を下げて挨拶をした。

「明智光秀と申します。大内晴持様のご尊名は、以前から伺っておりました」

「こちらこそ、明智殿は文武に優れたお方と聞き及んでおります。何れは長じて大名ともなられる器ともお見受けします」

 晴持の言葉に、光秀は頬を緩ませた。

「お上手ですね。そのように煽てられても、何もできませんよ」

 それから光秀の隣に座った藤孝が口を開いた。

「明智殿の家は奉公衆にも名を連ねる名家でして、美濃を根拠地にされていました。ですが、動乱の中で親族と土地を失い、新たな活路を求めて京にいらしたのです。近くの神社で出会いまして、度々話をする仲となりました」

 そして流浪の旅の中でも誇りと意地を忘れず、みすぼらしい長屋に寝起きしても必ずや再び明智家を再興しようという高い志を持っているのだとか。

「それで、明智殿。こちらのいらっしゃる晴持殿が是非明智殿を召抱えたいと仰っておりまして、お連れした次第です」

「わたしを……?」

 怪訝そうな顔で晴持を見る光秀。それも無理からぬ事で、名を知られていない、ただ家柄がいいというだけの貧乏牢人を、破竹の勢いで勢力を拡大する大内家の若殿が直々に尋ねてきて仕官の誘いをするなど、普通に考えてありえない。

 しかし、晴持は藤孝の言葉を否定しなかった。

「何故、わたしなのでしょうか?」

「私は藤孝殿の誠実さと力量を信頼しておりますので、その藤孝殿が真っ先に名を挙げた人物であれば、信頼に足ると信じております」

 晴持はそう言った後で、一旦言葉を切り、

「明智殿には、私が組織した親衛隊の組頭を努めていただきたいのです」

「親衛隊の……?」

「はい。烏と呼んでおりますが、先の戦で大きな打撃を受けてしまいまして、再編が急務となっております」

「先の戦というと、戸次道雪殿と一騎打ちされたという……」

「如何にもその通り」

 晴持は頷いた。

「その際、不覚を取りまして、本陣を切り崩されかけるという敗北を喫しました。せっかく組織した親衛隊も、半数以下にまで減ってしまい、何とかしなければならぬという状況なのです」

 しかし晴持の親衛隊をどこの馬の骨とも知れぬ輩に任せるわけにもいかず、人選に四苦八苦してしまっているのだ。と、このような状況は、光秀も即座に理解できたであろう。

「ですので五〇〇石をと申し上げました」

 それは本気だったのかと、晴持以外の三人はこの時思った。

「申し訳ありませんが、そのお話はお引き受けできかねます」

 しかし、光秀は晴持の誘いを断った。

「五〇〇石では足りませんか?」

「いいえ、そうではありません」

 光秀は首を振る。

「わたしのような名もなき者に五〇〇石もの禄を与えては、晴持様の評判に傷が付きます。よからぬ者を引き寄せる可能性もあります」

 驚くべき事に光秀は、晴持の立場を慮った上で、自分の名声と禄高が不釣合いであると言い出したのである。それも、禄高が高すぎるという進言は、普通しない。純粋に晴持の今後を憂いての指摘であった。

「それに、組頭にしていただけると仰いましたが、生憎とわたしは未だに満足に兵を率いた経験がありません。そのような大役、とてもお引き受けできません」

 正直に、自分の経験不足を語った。

 牢人してして明日食う米にも事欠くような立場でありながら、仕官の誘いに飛びつかずに自分の実績や力量を加味して辞する判断力と勇気は誰もが持てるものではない。

 やはり、明智光秀は藤孝が推薦するだけの事はある。非常に有能で肝の据わった人間だ。

「失礼しました」

 だからこそ、晴持は謝罪しなければならない。

「は、あの、何が……?」

「明智殿に無礼を働いてしまったので、謝罪したく思います。私は、当初藤孝殿の紹介だからと、明智殿の名とその事実のみで明智殿を判断しておりましたが、それが誤りであったと気付かされました。明智殿が私を見た上で、私の判断の誤りを指摘してくださったにも拘らず、私はあなたを見てはいなかった。これを謝罪せずして日の下を歩く事はできません」

「そ、そのような大げさな。わたしは当然の事を言ったまでですし、わたしに力がないのは事実ですので……」

「力がないなどと」

 晴持は、光秀の言葉を笑い飛ばす。

「それならば、私も同じです。私はご覧の通りの若輩者です。力が及ばぬ事など数え切れないほどありますし、失敗もします。ですが、その時こそ有能な仲間が助けてくれるものです。先ほどの明智殿のように、諫言してくれる方が傍にいてくれれば心強い。そう思っております」

「晴持様……」

 さらに、晴持は自分の親衛隊が大打撃を被った戦いを道雪との戦であるとは言っていない点にも注目した。

 親衛隊は、基本的に晴持の傍に控えている。それが打撃を被るとなれば、必然的に本陣に切り込まれた時である。そのような戦は、近年では道雪との戦いだけだ。光秀が少ない情報からその事実に思い至ったのであれば、それは並外れた頭脳の回転と、四国の情勢をこのような生活を送りながら仕入れていたという事実の証明になるのである。

 五〇〇石をぽんと渡すに足る武将であると、晴持は感じていた。

「明智殿。晴持殿がこのように仰っておりますし、何よりも経験は実際に挑戦しなければ積めないものです。ここでみすみすその機会を逃すのはもったいないのではありませんか?」

 と、藤孝が助け舟を出してくれた。

 光秀は悩んでいるのか、顔を顰める。

「禄や役職などの待遇面は、後で相談するという事もできる。とりあえず、今日のところは、うちに仕えるか否かという答えだけでも聞かせてはもらえないだろうか?」

 藤孝と晴持の最後の一押しが功を奏したのか、光秀は暫し悩んだ後で深呼吸をする。それから、一呼吸ほどの間をおいて、晴持の誘いを受け容れたのであった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 無事、勤めを果たした晴持と隆豊は、新たに仕官した光秀を伴って山口に帰還した。

 屋敷に戻った晴持を出迎えた義隆は、一行に新たに加わった光秀を見て頬をひくひくとさせながらもその場を取り繕い、晴持に仕える家臣達に山口でのあれこれを世話させるという名目でそうそうに引き離した。

 そして、自室に晴持と隆豊を呼びつけた義隆は、

「このデラハルモッチィがッ」

 晴持の腹に思い切り頭突きを喰らわせた。

「ぐふぅ」

 たまらず崩れ落ちる晴持に、指をバキバキと鳴らした義隆が迫る。

「あなたって義弟はぁ~。京に女捜しに行ってたんかい!?」

「俺が捜していたのは女ではなく、有能な将であって、決して不埒な目的ではないのですが……」

「結果的に可愛い女の子ばっかりが集まってるじゃないの!」

 そして、義隆は晴持を背後から羽交い絞めにする。それからクラップラー・クロスフェイスを仕掛けて晴持の顔面を決める。

「ぐぎがががが……」

「義姉ちゃん悲しいわ。晴持がこんなたらしになっちゃって……」

 ホロリ、と涙を流すような悲しげな顔をしつつ、腕の力を徐々に強めていく。

「戦場で姫武将を口説いたって聞いた時にはまさかとも思ったのに……」

「あれは挑発……し、かもその後で刺されてます」

「ええ、本当。屋敷の中でも刺されないといいわねぇ」

 そう言ってから、隆豊ににやりとした、意味ありげな視線を送る。

「ねえ、隆豊」

「へあ!? あの、わ、わたしに聞かれましても、なんとも……」

 顔を紅くして、隆豊は視線を逸らした。

「そ、それに若様は京でのお役目を全うされてます。決して姫武将の勧誘にばかり力を注いでいたわけではありません」

「そうだ、隆豊。もっと言ってくれ」

 義姉の拘束からなんとか逃れようともがく晴持が隆豊に救援を求める。

「山科様とお会いした時など、若様は山科様と唇を交わすほど親しく交わられました」

「え、おい……」

 隆豊の言葉の趣旨が、どうにも晴持の意図する事と違うような気がして不安に苛まれた。

「山科卿は、確か男性だったはず……隆豊! そこんとこ詳しく説明なさい!」

 口を挟もうとする晴持の口を、義隆がロックする。

「はい!」

 と言って、隆豊は頬を上気させながら身体をくねらせて語り始めた。

 彼女が語るのは山科邸での蹴鞠の一件である。

 山科言継が鞠を胸に受けて倒れ、晴持が未来の知識で心臓マッサージと人口呼吸を行い、奇跡的に言継が一命を取り留めた。思うところはあるものの、なんら恥じるところのない。むしろ誇るべき一件である。

「若様は、迸る思いを唇に乗せて山科様と……衆人環視の中で、覆いかぶさるようにです。はい、若様は山科様にいなくなられては困ると、何度もお名前を呼びかけられまして……」

「むーーーー、むーーーー!」

「晴持、暴れるな。隆豊、それで山科卿はなんて言ってた?」

「はい、それはもういたく感動されていたご様子で、涙ながらに若様の手を取り、この事は終生忘れぬと。一回り以上の歳の差など関わりなく、お二人は心を通わされたのです」

 晴持は半ば絶望していた。

 最悪な事に、隆豊の説明は論点がずれているだけで表面をなぞればすべてが事実なのである。そこに、隆豊の余計な解釈が付随しているせいで、受け取られ方が大幅に変わっている。特に、人命救助に関しては、邪魔とばかりに(ぼか)されている。

「げほ、げほ。隆豊! お前、何てこと言ってくれたんだ!」

「え、そんな。わたしは見たまま感じたままを申し上げただけですのに!」

「感じたままが悪いんだろうが! それに、大事な部分がごっそり抜けてる事に気付け!」

「大事!?」

 義隆が黄色い悲鳴を上げた。

「まだ何かあるのね? 大事なナニカが!?」

「義姉上。いい加減、その腐った脳みそを何とかしてください!」

 大内義隆はやはり大内義隆なのであった。

「何を馬鹿な事を言ってるの。衆道は公家の嗜みでしょ。あなたってば女の子ばかりで全然男の影がないものだからとってもつまらな……心配していたのよ」

「言い直すなら内容をよい方向に修正してください!」

 晴持は噛み付くように言った。

「照れるな照れるな。別に悪い事じゃないのよ。むしろ、女に手を出されるより、そっちに目を向けてもらったほうが義姉ちゃんが楽し……安心できるしね。そっか、ついに晴持がねえ~。いや~たまげたなあ。ほんとに、これは……大内版が捗るわ~。えへえへ」

 恍惚の笑みを浮かべる義隆に晴持はゾッとする。大内版とは、山口を中心に稼動している出版事業である。文化を守り広める意味でも、出版事業は非常に重要だったから、義隆はこれを統制下に置きつつも奨励している。何が捗るのか。尋ねたいが尋ねたら最期な気がしてしまう。

「義姉上。一度、真面目に話をしましょう。今回の京での話も真実を語りますから。それと、隆豊! お前も覚悟決めとけよ!」

 晴持は、汚名を雪ぐために死力を尽くす事を決めた。

 放置するわけにもいかないからだ。公家文化に侵食されているこの大内家の中で、そのような噂が立つのは、本当に厄介なのだから。もちろん、大内家に限らずどこにいっても同じくらいに嫌な思いをするのは確実であろうが、愛好者が多いという点で、大内家は他家以上に噂の浸透速度が速いのである。

 

 

 

 ~中世日本に於ける印刷技術の爆発的な普及に関して~

 

 戦国時代のある時期に、全国各地に爆発的に印刷技術が普及したというのは、興味深い事である。

 戦国武将が、政治に用いるために多くの書物を欲したという意見もあるだろが、ここで筆者はもう一つの可能性について言及したい。

 それは、即ち文学の普及である。

 文学と言えば、『源氏物語』や『枕草子』などが有名だが、中世の山口で出版された『西国光源氏』もラインナップに加えておくべきであろう。

 この『西国光源氏』シリーズは、大内版にて出版され、後に公家や大名の間で話題を呼んで全国的な広がりを見せた中世最大のベストセラー小説だ。その特徴は、『男性同士の情愛』の一言に尽きるだろう。

 現在、一部の女性の間で人気を博す『BL小説』というジャンルの先駆けにして完成形とも称され、五〇〇年経った現在でもこれを原作としたアニメや漫画が製作されるなどその人気は衰える事を知らない。

 中世日本で印刷技術が普及した背景に、この『西国光源氏』があるというのは隠し様のない事実である。

 原本を取り扱う座である『貴腐人座』が多くの公家や大名から保護された事で書物が流通し、庶民にも広まる中で過度な需要に供給を追いつかせる必要が生じ、四書五経といった学問書を安価に手に入れるというメリットもあって印刷技術を取り入れる大名が増加したというのが、事の背景にありそうだ。

 『西国光源氏』は伊達氏や朝倉氏も全巻所蔵していた事が分かっており、特に伊達文庫には同じ本が三冊ずつ所蔵されているなど収集に力を入れていた事が分かる。こうした事からも、その人気は全国的であったのは間違いない。

 しかし、こうした人気作の裏に犠牲になった者がいる事も忘れてはいけない。

 『西国光源氏』の主人公『若君』のモデルとされる大内晴持である。

 歴史上の大内晴持が男性と愛を語らったという記録はない。むしろ、彼は姫武将と多くの交際関係にあった。そんな大内晴持をモデルとした小説が、何故『BL』というジャンルになったのかはその作者と共に現在も残る謎となっている。

 しかし、衆道を嗜んでいたわけではないにも拘らず、現代の大衆にそういったイメージが定着してしまった事に関しては、筆者も同情を禁じえない。



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その二十二

 長曾我部元親は、腰まで伸びる黒髪を後頭部で結った白皙の美少女である。幼い頃は、姫和子などと呼ばれ、武将というよりも奥に控える姫といった扱いを受けていたが、初陣を期にその隠れた武将としての才覚を発揮し、今では土佐一条家の混乱に付け込んで長曾我部家を土佐でも一、二を争う一大勢力にまで成長させていた。

 土佐全体でおよそ二〇万石の石高が試算される。長曾我部家だけで、その半分は獲得している事になるので、大名を名乗るには十分であろう。とはいえ、それでも土佐国の中で勢力を維持するには十分とはいえない。隣国である伊予国の大名である河野家は、すでに三五万石に手が届くだろうし、その上には大内家がいる。経済力は、長曾我部家と比較にならないほど巨大だ。近く、この大内家と激突する事も視野に入れておかねばならない。

 家を保つためにどうするか。

 元親は、勢力拡大の先にある、逃れようのない戦いを見据えて頭を使わねばならない状況にある。

 宿敵であった本山家を討った元親にとって無視できない存在が、安芸郡を中心に勢力を伸ばしていた安芸国虎である。本山家を征伐した際にも、その隙を突いて長曾我部家の本領に攻め込んでくるなど油断ならぬ大敵であった。

 元親は八流という地にて、この安芸勢を討ち、その勢いで城攻めを敢行、国虎の自害を以て安芸家は滅亡した。本山家、安芸家を続けて亡ぼした長曾我部家は、飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進し、国虎に組していた安田城主惟宗鑑信(これむねしげのぶ)を妹の香宗我部親泰(こうそかべちかやす)に攻めさせて降伏に追い込み、さらに奈半利(なはり)城の安岡虎頼を阿波国に落とし、北川城の北川玄蕃の首を刎ね、有井城の伊尾木権左衛門を始末した。

 さらに、親泰は元親の許可を得てから家臣を安芸郡の各城に配置し、自ら国虎に代わって安芸城主となる事で安芸郡を固める事に成功する。

 安芸郡を制圧した事で、長曾我部家は土佐国の中央部と東部を支配下に収めた事になる。

 そうなると、必然的に次に見据えるのは西部の一条家だ。

「一条家を攻めるとなると、大内家が出てくる絶好の口実になっちゃいますけど」

 親友である中島可之助(べくのすけ)が不安の色を浮かべて言う。無理もない。大大名である大内家と縁が深い一条家を敵にしようというのだから。

「確かに、その可能性は高い。けれど、わたしも一条家を亡ぼすつもりはないから、そこを妥協点として相手と交渉に及びたい」

 戦国武将化した一条家を公家に戻す。それは、奇しくも大内家の戦略とまったく同じ結論であり、これは、どちらがより早く、迅速に一条家の当主を手中に収め、傀儡と化すかの一点にかかっていた。

 大友家が一条家の内部に大内家がその領地を狙っているという悪評を刷り込んでいる今が独立の好機だ。

「とりあえず、大内家にわたし達の力を見せ付ける必要があるからね。話はそこからだ」

 攻め込んでくるであろう大内家に対して、長曾我部家は油断ならぬと思わせなければならない。単独で戦っても、大内家に競り負けるのは必定で、だからこそ大友家という後ろ盾が必要。しかし、それは最後の最後であって欲しい。あまり、大国に近付きすぎても取り込まれる危険性が増すばかりだからだ。

 可之助と今後の方針について改めて話している時にも、続々と報告が飛び込んでくる。

 一条家に従っていた津野家の重臣達を抱き込む事に成功したという報せが、その中では一番重要だった。

「よし、これで一条家の弱体化は確実だ」

 津野家は、かつては土佐七雄の一つにも数えられた名家である。しかし、一条家の先代房基の侵攻によってあえなく吸収され、独立勢力としての津野家は滅びた。

 戦ばかりでは兵が消耗する。

 元親は、武によって本山家や安芸家といった強大な敵を下しつつも、調略の手も方々に伸ばしていたのだ。

 これによって津野家は落ちたも同然となった。幼い一条家の当主を傀儡に据えれば、大内家と雖も軽々しく侵攻はできまい。

「西園寺家は、どれくらい持ちそうかな」

「それほど、長くは。篭城戦に徹すれば数月は持つかもしれませんが」

「大友の援軍もまだ来ないとなれば、彼らの事だからすぐに手の平を翻すかもね」

 可之助は神妙に頷く。

 西園寺家を唆したのは、他でもない元親だ。大友家とも結ぶ事で、再び独立勢力になる事ができる。戸次道雪は、大内家の前に敗退したものの、それでも海を渡った先の大国の影響は未だに四国に根付いているのだ。

「津野家を落とした後からだ、本番だ」

 元親は己の手に視線を落として呟いた。

 

 

 

 □

 

 

 

「津野まで落ちたか」

 晴持は報告を受けて、眉根を寄せて頬杖を突いた。

 津野家は特別武勇を誇る家ではない。一条家に圧倒され、吸収された事からも分かる。ただ、それによって、長曾我部家は一条家の支配領域の四割近くを奪い取った事になってしまうという点が問題であった。

「津野家が落ちたというのは、亡ぼされたという事ですか?」

「いいや。どうやら、当主を挿げ替えたようだな。血と命脈は保ったようだ」

 光秀に尋ねられたので、そのように答えた。

 元親はただ力のみで土佐国を制圧しようとしているわけではないらしい。

 国内最大勢力は、力で潰して威を見せつけ、弱小勢力はアメとムチで切り従えている。さらに西園寺家との間に書状のやり取りがあるらしく、大友家とも繋がっているとなれば、元親を放置するわけにもいかなくなる。

 が、しかし、土佐国に押し入るとなれば大友家の動きに警戒をする必要が生じる。伊予国に上陸されれば、また土佐国に入った部隊の後方を突かれるかもしれないからだ。

 そのため、大内家は軍備を整えつつも、慎重すぎるくらいに大友家の動向を監視していた。

「ところで、明智殿。山口での暮らしは慣れた?」

 光秀がこの地にやってきて、早一月が経過した。もともと、在野の人間だった彼女は、譜代の家臣が多い大内家では何かと息苦しいと思い、気にかけてはいたのだ。

 晴持の家臣であり、大内に仕える家臣ではないものの、晴持が跡取りである事を考えれば、光秀の立ち位置は流動的なものとなってしまう。

 在野の将兵を登用するのは、晴持の奇癖と見られている側面もある。伝統が息づく大内家の家中にあっては、そういった名もない武将の登用は覚悟が必要になる。

「おかげ様で不自由なく暮らしております。冷泉殿や陶殿とも最近は親しくしていただいておりますし」

「そうか、それはよかった」

 大内家では武を示すよりも文を示すほうが手っ取り早く信頼を得る事ができる。義隆が開催した歌会に、光秀を無理矢理放り込み、頭の回転の速さを見せ付けた事があった。それ以来、光秀は重臣達にも顔を知られるようになったのである。

「あの時は、どうなる事かと思いました」

「でも、結果的に打ち解けられたのだからいいだろう」

「そうですが、無茶苦茶な話でもありました」

 話を受けた時の光秀は目が点になっていた。重臣が参加する歌会に、新参者が放り込まれるのだから当然であろう。事前に光秀の和歌の知識を確認していたから、晴持もこのような無茶を行ったのだが、それでも光秀からしたら堪ったものではない。

「まあ、光秀なら何とかなると思ったからこそだ。あれで、君にとやかく言う人は減っただろう。妬みはあるだろうけど、それは今後の働きで力を示せばいい」

「はい。返す返すもありがとうございます」

「こっちから、来てくれと頼んだんだ。これくらいはしないとな」

 せっかく手に入れた有能な家臣を、つまらぬいざこざで失っては、人材活用など夢のまた夢だ。これから先、大内家が版図を広げていくためにも、新たな人材を登用していく体制は整えていかねばならない。

「それで、烏は何とかなりそうか?」

 鉄砲を装備した親衛隊。烏と名付けられた特殊部隊は、光秀を新たな頭として再編成の真っ只中である。

「そうですね。部隊としては整いつつあります。晴持様が考案された鉄砲戦術を叩き込んでいるところです」

 名高い三段討ちなどは、連射性を維持するための戦術だ。人数が少なくとも、狭い道で使えばその制圧力は桁外れに高いものとなるが、その一方で高い錬度を必要とする。兵農分離が未発達の大内家では、親衛隊のような側近集団でなければ実現できない戦術であった。

「そうか。ならいいんだ。できれば、長曾我部との戦いで活躍して欲しいところだが、それまでに間に合うかだな」

 戦の時がいつになるか分からないので、間に合うかどうかの判断もできない。

「光秀は百発百中の腕だからな、鉄砲」

「わたしも、何故あそこまで上手くいくのか分からないのですが」

 光秀は、ここに来るまで鉄砲に触れた事もなかったという。しかし、それでも物は試しと鉄砲を撃たせたら、脅威の的中率を誇る怪物だった。烏の面々が光秀に大人しく従っているのも、この鉄砲に愛された人というべきその実力があるからだった。

「わたしは、鉄砲に会うために生まれてきたのかもしれません……」

「それは言い過ぎだろう」

 鉄砲を得た光秀はまさに水を得た魚であった。

 彼女自身も、鉄砲にのめりこみつつあり、積極的に火薬の精製方法の研究をするなど余念がない。

「硝石は今は輸入頼りだけど、今後は自家生産したいもんだ」

「何かお考えでも?」

 硝石は、火薬には必須だが、日本では取れない。そのため、大内家のような貿易国家でなければ鉄砲の大量運用は難しい。

「今、実験的に進めているのがあるんだ。まあ、ある程度の成果が出たら報せるよ」

「そうですか。分かりました。その時を楽しみにしております」

 光秀は少し残念そうにしながらも、深く追求してこなかった。

 硝石を自家生産できるとなれば、戦力が圧倒的に増強される。当然、秘匿事項に該当するはずだ。深入りしてせっかくの仕官先から追い出されるような真似はできない。首だけにされる可能性すらある。

 そんな光秀の物分りのよさも、晴持が彼女を評価するところであった。

「晴持様。御屋形様がお呼びです」

 光秀と話をしていると、義隆の小間使いに呼び出された。

「む、義姉上が?」

「火急の用事との事です」

 障子越しにそのように言われた。晴持は頭を掻いて立ち上がる。火急の用事と言われて、じっくり準備をするわけにもいかない。

「すまんな、光秀。少し早いが、いつもの調練に向かってくれ」

「承知しました、晴持様」

 光秀は一礼して晴持の部屋を辞した。本当に無駄口を利かない女性だ。話しやすいが少し淡白なところもある。気疲れしなくていい。

 晴持は、光秀に僅かに遅れて部屋を出ると、そのまま義隆の下に向かった。

 

 

 義隆の部屋には、義隆の他に相良武任もいた。

「晴持いらっしゃーい。お茶いる?」

「いただきます」

 そう言って、義隆の前に座る。

 義隆は手早く茶を点てると、晴持の前に茶碗を置いた。晴持の好む、喉の渇きを潤すための茶ではなく、風流人の茶道の茶であった。義隆の点てた茶を喫してから、晴持は義隆に尋ねた。

「火急の用件と聞きましたが、何事です?」

「ふむ、それなんだけど、武任が詳しいから彼女から聞いて」

 と、義隆が武任を視線で指す。

「それじゃ、武任。何があったんだ?」

「はい、若様。それでは、ご説明いたします」

 武任は、晴持に向き直って、口を開く。

「九国から入った情報なのですが、どうやら日向が島津の手に落ちたようです。伊東義祐(よしすけ)は大友を頼って落ち延びたとか」

「なんだと? 早すぎる……!?」

 さすがに、晴持も絶句してしまう。島津家が大隅国を支配下に収めた後、さらに北上の構えを見せていた事は知っている。が、しかし日向国を押さえているのは鎌倉以来の名門伊東家だ。兵力でも伊東家のほうが上回っていたはずで、島津家が北上するのはもっと先だと見ていたのだが、予想を遥かに上回る拡張速度だ。

「ねぇ、まさか端っこの小勢力が九国の三割を押さえちゃうなんてね」

 義隆はそのように言うがまだ余裕はありそうだ。

 いや、晴持は義隆と異なり、島津家が九州の覇者になりつつある事に驚いているわけではない。島津家といえば九州最強の家柄ではないか。大友家も最近名前が挙がるようになった龍造寺家も強敵には違いないが、それでも島津家に比べれば霞む。歴史知識を通して視た色眼鏡であるが、島津家に関して言えば、それ以上の力があると見えた。

「島津家の北上を抑えていた一角が崩れたか……」

「伊東家がいなくなったからには、遠からず肥後の相良家や阿蘇家、そして豊後の大友家と激突するでしょう」

「大友と島津が結ぶ可能性は?」

「大友家は伊東家の当主を匿っていますし、その可能性は少ないでしょう。大友としても、大内家を敵に回さずに勢力を拡大するには南下するしかありませんし」

「共に進路がぶつかっている以上は戦は不可避か」

 北九州は大内家の領土だ。大国同士がぶつかるよりは小国を併呑したほうが確実に勢力を広げる事ができる。大友家にとっても今の段階で大内家と戦に及ぶのは百害あって一利なしだ。ならば、大友家が進むのは日向国か肥後国となるが、肥後国の阿蘇家や相良家とは同盟関係にある。よって、大友家の次なる標的は島津家が取り込んだ日向国となろう。

「大友が倒れてくれると嬉しいんだけどなー。宗麟のド阿呆、さっさと死なないかな」

「義姉上。この後どうなるか分からないのですから、あまり滅多な事は言わないでくださいね」

 と、晴持は義姉を諌める。

 へいへい、と義隆は鉾を納めるも内心では大友宗麟を軽蔑して止まないといった表情は隠しきれていない。

「大友のご当主は仏教や神道の排除に忙しくしておられますからね。義隆様がそのように仰るのも分かります」

 武任はそのように義隆を擁護する。

 大友家の当主である大友宗麟は、どうやら史実通りに南蛮神教へ傾倒し始めたようだ。同時に、義隆のほうが徐々に南蛮神教から心を離れさせつつあった。どうやら在来の教えと上手くかみ合わない南蛮神教は真新しい学問であっても、宗教として崇拝する気にはならないらしい。

 仏教寺院などを破却しているのも、伝統を好む大内義隆の目には敵対行動に等しい悪行に映っている。

「しかし、島津の台頭は予想以上の速さではありましたが、大友の身動きが取れなくなったのは好都合ですね」

「ええ、そうね。大友の軍神様も、今は雷に打たれて療養中ともなれば、尚の事。この期に土佐を呑むわ」

「というと、戸次道雪が?」

「そ、雷を切ったなんて喧伝しているけど、どうだかね」

 本当に雷に打たれたのか。あの戸次道雪がこの時期に動けないとなれば、島津家もこれ幸いと動きを活発化させるだろうし、大友家も日向国内の旧伊東勢を糾合できる早いうちに動きたいだろう。道雪が動けないからこそ、付けこまれないように外征に力を入れるかもしれない。

 島津家と大友家の激突は、思っているよりも早いかもしれないのだ。

「長曾我部、詰んだか」

「はい。天地人、どれも当家に味方しております」

 関白からの許可も貰っているし、大友家が四国に意識を向ける余裕もない。なるほど確かに、大内家にとって、これほど都合のいい展開もないだろう。

「わたしは大友家に迫害された僧侶や神職の方々をお迎えして豊後の様子を聞くわ。晴持、あなたはこの機に乗じて土佐を呑み込みなさい」

「長曾我部の扱いは、どうしましょうか?」

「それは、追々ね。まずは、一条家の敵を蹴散らし、関白殿下との約束を履行するのが第一よ」

「了解です。では、早々に戦と行きましょう」

 




島津も光秀も天極姫でないんだよね。というか、天極姫めんどくせぇ。挫折しそうだじぇ……戻してください


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その二十三

「どこも動乱ばかりだな」

 呟いたのは、艶やかな黒髪を肩口で切り揃えた柔和な女性だ。

 家臣から齎される各地の情報は、彼女にとっても無視できない貴重なものだ。戦国の世を生き抜くためには、何はともあれ情報が第一である。特に、畿内に勢力を張る彼女は、全国各地の武将から最終的に相手にすべき存在として名を知られている。

 阿波国と摂津国を中心に勢力を伸張させている、三好家の当主三好長慶である。

 頭脳明晰、武にも秀で、情に篤い。そんな彼女は、多くの部下から慕われ、また摂津国内でも彼女に一目置いている勢力は多い。

 木沢長政が管領細川晴元に討たれてからそれなりに時が経ったが、長慶の力は衰える事を知らず、成長を続けている。

「姉さん。いるか?」

「一存か。どうした?」

 慌しくやってきた弟に長慶は尋ねた。

 十河一存は、長慶の実の弟であり、三好家でも最強とも称される勇猛な武将だ。心根は真っ直ぐで、曲がった事を嫌う。実直な性格は、頼りにするのに十分すぎるものだ。

 室内に入ってきた一存は、長慶の前に座った。

「今川が討たれた」

「何?」

 思わず、長慶は聞き返した。

「今川というと、駿河の今川義元殿か?」

「ああ」

 一存は頷いた。が、しかし、長慶は何を冗談を、と取り合わなかった。

 それもそのはずだ。

 今川義元は、今川家の最盛期を築き上げた高名な武将だ。京から遠い駿河国を中心に勢力を張っているが、甲斐国の武田家や関東の北条家と同盟を組み、その地盤を確固たるものとしており、とても東海道では最強の家柄だ。

「討たれたとしても、縁者か誰かだろう?」

 だからこそ、長慶は一存の言葉を信じなかったのだ。

 いくらなんでも、最大動員兵力二〇〇〇〇を上回る今川家の当主が首を挙げられるなどあるはずがない。駿河から京まで、今川家に匹敵する兵力を有するのは、それこそ江南の六角家くらいのものである。

「いいや、どうやら本当に義元の首が挙がったらしい」

「バカな。本当に情報収集をしているんだろうな?」

「本当だって! 城下の商人にまで話が出回っているぞ?」

「討ったのは、いったい誰だ?」

 長慶は尋ねた。

 今川家の当主を討ち果たしたのは、どこの誰だと。

「尾張の織田信長だそうだ」

「織田信長……」

 舌の上で転がすように、長慶はその名を紡いだ。

「ああ、彼女か」

 少し前、少数の供を連れて上洛した信長を長慶はちらりと見た。言葉を交わす事はなかったが、うつけ者と蔑まれていた人物とは思えない苛烈な空気を醸し出していた。

 燃えるような赤い髪を風に靡かせる姿は、まさしく英傑のソレだ。

「知ってるのか?」

「いいや。だが、不思議と彼女ならやりかねないと思ってな」

 細かい話を聞けば、尾張国の制圧に動いた今川義元を、桶狭間という地で強襲した信長が討ち果たしたという。

 その際、今川家は二〇〇〇〇人もの兵を動員していたが、本陣には五〇〇〇人ほどしかおらず、信長勢二〇〇〇の襲撃に対応できなかったとの事だ。

 商人が話を知っているのは、尾張国の貿易港である津島と商取引を行っている者も多いからだろう。商人の情報伝達力は、恐ろしく強い。

「見事ではあるのだろうが、危ない橋を渡る御仁だ」

 おそらくは、一世一代の大博打に出たのだろう。天すらも味方につけ、一〇倍の敵を倒す。それを見事と言わずして何と言う。ただ、恐ろしいのは、その博打に打って出るという胆力と成功させる絶対的な自信であろう。

「荒れるな、これは」

 織田家の今後は、注視していく必要がある。信長ほどの人物が、京に興味を示さないはずがない。今はまだ尾張一国も危うい身だが、これを機に大きく飛翔してくるであろう。

「姉さん?」

「わたしも、そろそろ覚悟を決めるべき時かもしれないな」

 長慶は呟いた。

 親の仇であり、三好家の家督を巡る敵手でもある三好政長。しぶとく生き永らえている彼だが、ここで引導を渡すべき時節が来たようだ。

 同じ細川晴元を主と仰ぐ同士ではあるが、これを放置しておくのは、三好家のためにならない。家のために、立ちふさがる者は尽く討つ。

 知己を得たわけでもない相手に背中を押される形で、長慶は謀反を覚悟したのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 赤い髪と怜悧な容貌が人目を引く女性がいた。

 そこは、肥後国人吉城のお膝元にある、当主が起居する屋敷の一室である。

 女性の名は、甲斐宗運。肥後国の霊山である阿蘇山の麓に位置する阿蘇神社の大宮司家阿蘇家に仕える姫武将だ。主君阿蘇惟将の信任も篤く、阿蘇家の楯として日夜奮闘しているのである。

「ごめんなさい、こんな時に」

 と、宗運に微笑みかけたのは、ふわりとした柔らかい印象の女性である。

 相良義陽(よしひ)

 肥後を代表する国人である相良家の当主であった。

「大丈夫よ、義陽。龍造寺は動く気配はないし、大友とは同盟を結んでいる。目下の敵は、島津でしょう」

 今、北九州に阿蘇家を攻めて得をする勢力はない。大友家と同盟を結んでいるというだけでも、かなりの抑止力を期待できる。

「宗運がそう言うのなら、安心ね」

 義陽は宗運の差配に全幅の信頼を寄せている。

 生まれた家も立場も異なる二人だが、互いの才覚を認めて相互不可侵の約定を結び、そして親友という間柄にまでなった。

 阿蘇家が頼みとする宗運と相良家の当主が親しいのは、肥後一円の騒乱を抑止する働きも生み出しており、ここ数年は比較的落ち着いた情勢だったのだ。

 もちろん、二人が親しくしているのを周囲が認めるには、彼女達が領分をきちんと守っているからだ。宗運など、裏切り者はたとえ親類でも斬り捨てるという非情な一面と篤い忠義心があるからこそ、他家の当主と仲睦まじくしていられる。

「まさか、島津がここまで急速に勢力を伸ばしてくるとは思わなかった」

 苦虫を噛み潰したような表情で、宗運は言った。

 義陽も、表情にこそ出さないものの、胸中は同じだ。

 薩摩国、大隅国、日向国。九州九ヶ国中、三カ国を領有する島津家は、まさに九国の雄に躍り上がった。保有国数で言えば、九州最大。単独で勝負を挑めるのは、肥沃な豊後国に居を構える大友家か、肥前国の龍造寺家のどちらかくらいだ。

「阿蘇家はこれからどうするの?」

「うちは、このまま大友に組するわ。北九州には、島津を近付かせない。そんな事よりも、問題なのは相良家のほうよ。島津が肥後に入るのなら、真っ先にぶつかるのはあなたなのよ」

「そうね。まあ、簡単にやられるつもりはないけれど、厳しい戦は覚悟してるわ」

 朗らかな人柄の割りに、彼女は腹が据わっている。

 如何に島津家と言っても、北九州がその脅威に対して結束を固めつつある今、そう簡単に攻め上る事はできないだろう。

 肥後国人達も、生き残りをかけて連携して事に当たっていく必要性を再認識したところだ。

 親友との変わらぬ友情を確認して、宗運は一先ず安心したとばかりに肩の力を抜いたのだった。

 

 

 

 □

 

 

 

 島津家の予想を上回る侵攻速度に対し、九州の諸勢力は警戒を強め、連合を組むような形で対処しようとしていた。その中で、盟主的な役割を果たしていたのは、言うまでもなく大友家であるが、それによって大友家は四国に兵を割く余裕を失っていた。

 土佐国を大友家の影響下に置き、伊予国を上下で挟めば、四国内であっても大内家に対抗できると踏んでいたのだろうが、それでも海を隔てた最果ての土佐国に救援を送るのは、選択肢の中でも最後のほうに位置づけられている。優先すべきは九州での問題だ。

 大友家を頼ってきた伊東家の者達を九州の覇者として無碍にはできない。彼らを匿い、支援する事は、南下するいい口実になる。

 大友家は、肥前国や肥後国の国人らを連絡を密にしながら、島津家の動きを探り、軍備を整えていた。

 だからこそ、大内家はこれを幸いと兵を四国に送る事ができる。大友家と長曾我部家、この二家を相手に二方面作戦を強いられるとなると、厳しい戦ともなろうが、大友家が動かなければ、土佐国の三分の二ほどを治めている程度の長曾我部家だ。無理をしても、その動員兵力は一〇〇〇〇に届かないだろう。

 大内家は、晴持を総大将として一〇〇〇〇人の兵を四国に送り込んだ。

 途中で河野家と合流し、土佐国へ一気になだれ込む算段だ。

「慌しいままに時間が過ぎたから、久しぶりとも思わないけど、それでも結構伊予を離れていたんだな」

 湯築城の城下にやってきたとき、晴持は感慨深そうに呟いた。

 戦乱で焼き払われた街が、復興を遂げている。山に近く、木材が容易に手に入る事もあったのだろうが、なかなかの活気だ。

 ある程度、領内が安定したら、湯治の街として貴族や有力商人などに売り出していくつもりだという。

「こうして、道後温泉の礎ができるわけだな……」

 やがては、日本各地の神々を招待する一大温泉郷として栄える……という事もあるかもしれない。人の認識の外での話だが。

 埒もない事を考えながら、晴持は守護所に戻ってきた。伊予国に滞在している間、伊予守護が平時の生活の場とする屋敷に寝起きする事になる。

 今は、河野通直は伊予守護ではないが、守護代という立場となって伊予国を纏める立場にある。守護所の使用も、今まで通りに行っているのだ。

 屋敷に戻った晴持は、宛がわれた部屋に入り、畳の上に座った。

 室内には誰もいない。シン、と静まり返った部屋の中には、街の喧騒は飛び込んでこない。離れているというわけでもないのに、不思議な事だ。

 戦時である事を、忘れてしまいそうになる日差しの柔らかい日の午後である。

 刀か槍の手入れをしようか、あるいは読書に耽ってみるか。それとも、兵の管理を任せた光秀の下を訪れてみるか。はたまたそれぞれの軍を率いる隆豊や隆房のところに行くのもいいかもしれない。

 ともあれ、大内晴持は自分のすべき事を終えてしまい、実に手持ち無沙汰になっていた。

「若旦那、今いい?」

 と、そこに声をかけてきたのは河野家の当主である通直だ。

 焦げ茶色の髪を短く切り揃えた快活な姫武将だ。明け透けなところなど、どことなく隆房に似ているようにも思う。

 返事をして、通直を迎え入れる。

「通直、そっちの仕事はもういいのか?」

「うん、終わらせなくちゃいけない政務は、昨日のうちにほとんど終わらせておいたからね」

「すごいな。仕事が速い」

「久しぶりに若旦那と会えると思うと、緊張して寝付けなくてさ。仕方ないから仕事、進めてたんだ」

「そんな大層な」

「大層だよ、あたしにとってはさ」

 通直は、俯き加減にこちらの様子を窺ってくる。普段、元気がいいだけに、こうしたしおらしい姿を見せられると、ドキリとする。

「若旦那は、あたしと会うの、何とも思わない?」

「いや」

 そう聞かれては答えは一通りしかない。

 それに、晴持だって通直とまた逢えるのを楽しみにしていた。

「だったら、もうちょっと表情に出してくれてもいいのに……」

「すまない。どうにも、そういったのは苦手でな」

「何となく分かってた。あたしの我侭だから、忘れて。ところで、ここに来たとき、見慣れない娘がいたけど、彼女は?」

 見慣れない娘と言われて、晴持の傍にいる人物となれば、一人だけ。

「光秀か」

 最近、晴持の側近としてその才覚を惜しむ事なく発揮してくれている明智光秀。ゆくゆくは、右筆として晴持の傍で職務を果たしてくれるのではないかと期待している新星だ。

「京に上った時に、紹介されてな。奉公衆明智家の末裔で、鉄砲が神憑り的に上手いんだ」

「明智……確か、美濃にそんな国人がいたような」

「詳しいな。そうだ。その明智だそうだぞ」

「そう、なんだ。ふぅん」

 通直は、何か言いたそうな視線を投げかけてくる。

 男晴持、彼女の言わんとする事が分からないほど凡愚ではない。

「妬いてるのか」

「ば……ち、がっ」

 沸騰したように顔を紅くする通直に、晴持は失笑する。

「な、何!?」

「いや、しばらく逢わないうちに、可愛くなったなと思って」

「むぅ……そうやって、他の女にも言ってるでしょ」

「俺、正直者だからな」

 人並みに女性慣れしている事もあってか、軽口を叩くのは容易だった。対する通直は、経験の少なさからしどろもどろになってしまっていて感情が表情に表れすぎている。

「ところで、西園寺の討伐の件だが……」

「え、ああ。うまくいったと思うよ。返り忠してばっかだから、領地の召し上げまでしなくちゃならなかったけど」

「その領土だけど、義姉上に聞いたら河野家の好きにしていいとのことだ」

「本当?」

「河野家のには四国の要になってもらいたいからな。伊予一国をしっかりと固めて欲しいんだ」

「伊予一国……」

「東予も含めてな」

 通直ははっとしたように目を見開く。

「それって……」

 伊予国内には、河野家に従わない国人がまだまだいる。それらが集まっているのは、東予地方の二郡で、代表的な勢力は石川家とその下に就きながらも勢力を強めている金子家である。

「大丈夫なの?」

「ああ、お墨付きはもらった」

 石川家は、もともと細川家の家臣の家系だ。高峠城主として宇摩郡と新居両郡の二郡の領主として栄えている。

 元々は、備中国守護代の石川家からの流れであるという。

「管領様は、どうやら相当細川氏綱に手を焼いているらしい」

「ああ、ここ何年か畿内で暴れてるっていう」

 細川氏綱は、管領細川晴元と細川京兆家の家督を巡って争っている。度々乱を起こしては、晴元に反対する勢力を束ねてくるので、畿内は今でも戦乱が尽きない。

「とにかく、管領様は氏綱に味方するものを減らしたいというところでな。特に氏綱と繋がっているという通薫(みちただ)殿は早々に成敗しておきたいらしい」

「なるほどね。向こうの事情をうまく突いたわけだ」

 今回、標的として名が挙がったのは、細川通薫という武将だ。今、畿内で暴れている細川氏綱の義父にして管領晴元の最大の敵であった細川高国を叔父に持ち、その後継者の一人と目された事もある人物である。

 今は、細川通政の養子となっているが、それでも血の繋がりは切れていないらしく、氏綱との書状のやり取りが伺える。

 領地としては備中一国と伊予国の二郡を継承しているというが、その支配は限定的だ。

「備中には、尼子が手を伸ばしつつある。今後どうなるか分からんが、伊予に進出する口実にされかねんしな。中央の勢力図が変わる前に、潰しておかねばならない」

「そうか。仮に氏綱が管領の立場になったら手が出し難くなるからね。今が攻め時って事か」

「東予に関しても、河野家の切り取り自由だそうだ」

「本当にありがたいよ。こっちはますます奮い立つし、先祖の誰も達成した事のない、伊予統一が叶うんだから燃えるってもんよ」

「全力で当たってくれ。土佐のほうも、大友が動けない今のうちに片付ける」

 河野家が味方に就いているという時点で、四国で兵を動かすのが非常に簡単になる。大内家にとっても、これほど心強い味方はいないだろう。

 土佐国の長曾我部元親は、正史に於いては四国を実力のみで切り従えた英傑だ。この世界では、女性になっているようだが、その実力が変わる事はない。

 しかし、彼女も完璧ではない。いくらか誤算はあった。今回はそれが致命的だったというだけであろう。

「おそらく、長曾我部は大友が動けると踏んで行動を起こしたのだろう。大友には、伊予での事があって大内家に敵対する理由があるからな。けれど、大友は島津の台頭で動けなくなった。これが、長曾我部家の最大の誤算だ」

「島津が、こうも簡単に日向を落とすなんて誰も思わなかったもんね」

 ああ、と晴持は頷く。

 島津家など、九州の南端に蠢く豪族の一つでしかないというのが、大友家をはじめとする大国の認識だった。簡単な歴史知識を持つ晴持だけはその動きに注意していたのだが、それでもこの膨張速度を予想するのは困難だった。ただの一戦で、伊東家を粉砕してしまうとは。

 伊東家がそもそも当主と家臣との間に確執があった事も原因の一つだが、日向一国を纏める大家がいとも簡単に敗れ去ってしまったのは、誰にも予想できない惨事であった。

 もちろん、大友家を頼みにしていた長曾我部家にとっては大惨事もいいところだ。

「長曾我部家が降伏とか申し出てきたら、どうするの?」

 と、通直は尋ねた。

「今の段階では何ともな。一戦もせずに降伏するような軟弱ではないだろうし、だからこそ初戦はこちらの勝利で終えなければならない」

 勢いのある敵は、決して調子付かせてはならないのだ。

 元親個人の武勇軍略もさる事ながら、彼女を慕う兵の多さ。これが、土佐国を相手にする上で最も厄介な問題なのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 晴持は、河野勢の一部を加えた大軍で南下し、土佐国内に進軍した。

 晴持に先んじて、関白一条房通が下向しており、大内勢を引き入れる下地を固めていてくれた。

「叔父上、この度はお世話になります」

 晴持は、出迎えてくれた房通に下馬の礼を取る。相手が関白だと知って、率いてきた将兵が大慌てで晴持に倣う。公家社会の最高権力者を前にして不遜な態度を取るような慮外者は、晴持の率いてきた兵の中にはいなかった。

「善き兵を持っておるようじゃな」

「すべて、義姉上のご人徳あればこそ、です」

「心強い限りじゃ」

 朗らかに、笑う房通に晴持も微笑み返す。

「よろしければ、このまま若君にご挨拶申し上げ、その後に父上と兄上の墓前に参りたいと思うのですが」

「そうか。そうじゃの、それがいい。案内させよう。土居殿」

「はっ」

 房通の傍にいた白髪交じりの壮年の男性が腰を低くしながら、その傍に傅いた。

「筆頭家老の土居宗珊(そうざん)殿じゃ」

「宗珊にございます。晴持様。真、ご立派になられましたな」

 土佐一条家で三年余りを過ごした晴持は、当時からいる家臣と顔を合せている事だろう。覚えていないのが申し訳ないところだ。

「お久しぶりです、と言えばいいのか。難しいところですね、土居殿」

「某の事は、宗珊で結構にございます」

「では、宗珊殿と」

 一条家の筆頭家老に対しては礼を尽くす。当然の事だが、あくまでも大内家の人間であるという意思表示にもなる。

 それから、晴持は、宗珊に案内されて幼い土佐一条家当主に会った。挨拶するといっても、相手の歳が歳だけに形式的なものを手早く済ませたに過ぎない。遊び盛りという事もあり、子どものほうがジッとしていなかった。

「申し訳ありません、晴持様」

 挨拶が済んでから宗珊は晴持に頭を下げた。

「いえ、あのくらいの年頃はジッとしているのが苦痛に思えるものです」

「そう仰っていただけるとありがたいです。晴持様が大内家に向かわれる以前は、若様よりも落ち着きがあったようにも思うのですが……」

「思い過ごしでしょう。十五年以上も昔の話ですから、色眼鏡で見てしまうところはあるでしょう」

 晴持が大人しかったのは、偏に中身がずっと年上だったからである。と、そう思っていると、この宗珊の面持ちに見覚えがあるような気がしてくる。写真すらないこの時代で、人の顔を何年も覚えているのは難しい。であれば、この感覚も過去を懐かしむ色眼鏡というヤツだろう。

「何か、かつての事を思い出されたりはしましたか?」

「どうでしょうか。不思議と懐かしい感覚はしますが、それがどこまで私の記憶によるものか……」

「懐かしい、と思っていただけただけでも重畳です」

 晴持と宗珊は、屋敷を辞して馬に乗ってきっちりと区画整理された街を行く。その後ろには供として隆房や隆豊、光秀がそれぞれ数人の兵を引き連れて付き従っている。

 やってきたのは、光寿寺。晴持の腹違いの兄である一条房基が眠っている寺だ。

「隆豊、隆房、それに光秀も。ついてきてくれ」

 晴持は、側近とも言うべき三人に声をかけた。

 彼女達は、晴持の兄が眠る寺に足を踏み入れたものかと迷っていたところだったので、驚いて晴持を見つめた。

「兄上に大内家(むこう)でしっかりやっているという事を伝えたい」

 家臣を宝と称したのは斉の威王であったか。中国の故事に倣うまでもなく、彼女達が至高の臣である事に疑いの余地はないのだが。

「構いませんね、宗珊殿」

「もちろんですとも晴持様」

 ここで土佐一条家の先代を敬う姿勢を示し、以て内部にたゆたう大内家への不信を払拭する。下心が皆無とは言えないが、それは表情にも一切出さない。顔も知らぬ相手とはいえ、縁者の墓というのはそれだけで厳粛な空気を感じるものである。

「兄上との再会がこのような形になろうとは思っておりませんでした」

 墓前に手を合わせた晴持は、宗珊に話しかけた。

「晴持様は運がよろしいのです。他国に行かれた方が、実家の墓に詣でる機会などそう多くはありませぬ。多くは、その地で一生を終えるものですから」

「そういうものですか」

 晴持のように実家を出て他家に入るか、あるいは光秀のように戦乱で故郷を失うか。いずれにしても、よほどの事がない限りは故郷に戻る事はできないだろう。

「長曾我部を討ち、土佐を鎮めるお役目。兄上に代わり、この大内晴持がお引き受けしました」

 誓いを新たにし、晴持は来るべき長曾我部家との決戦に備えて気持ちを引き締めたのであった。

 

 



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その二十四

 長曾我部元親は、思案のしどころに直面していた。

 辺境の土佐国のさらに辺境の地で生まれ育ち、滅亡の一歩手前まで追い込まれていた長曾我部家を、一条家の混乱に付け込む形で過去最大の版図にまで成長させた巧みな戦と外交手腕は、歴代最高の将器であるといえるだろう。

 しかし、そんな長曾我部元親の前に横たわっている問題は、かつてないほど大きい。

 覚悟はしていた。

 土佐国の統一を目指すのであれば、どうあっても一条家と繋がりの深い大内家と争う事になるというのは。

 そのために、大友家と好を通じ、大内家の介入を少しでも遅らせて一条家を傘下に収め、大内家が介入する大義名分そのものを失わせたり、あるいは介入してきても戦えるだけの戦力を整えたりしようとしていたのだ。

 ところが、九国の変事は、長曾我部家にとって最悪の事態を招いた。

 まさか、大友家が四国に感けていられないような強敵が現れるとは。

 そのため、早々に大内家の介入を招き、刻一刻と大内家の圧迫が強まる事となってしまった。

「選択肢は二つある。大内家に降伏するか、それとも一戦して土佐人の意地を示すかだ」

 軍議の場で、有力諸将を集めた元親は、家臣を前にして話しかけた。

 彼女は、極力下々の声を聞くように努力している。権力の集権化を図りつつも、各々独立心の強い土壌に生まれ育った土佐国人達を纏めるには、そうするのが最もよい手法だったからだ。

「その前に戦力を確認しなければなりません。大内家の兵はいったいどれほどのものなのでしょう?」

 可之助に尋ねられた元親は、およそ一〇〇〇〇余騎だ、と答えた。

「一〇〇〇〇ですか」

「さすがは大内家。ずいぶんと羽振りがよろしいですな」

 諸将にざわめきが起こる。大内家が大軍だというのは、河野家の内訌を見ても分かる。戦の前に敵よりも多くの兵を集めるというのは、長曾我部家の国力では不可能だ。

「だが、元親。我らは安芸攻めの際には七〇〇〇を動員した。決して届かぬ兵力ではないぞ」

 長曾我部家の宿老にして、第一の武辺者である久武親信が声を上げた。

「一〇〇〇〇という兵力は、おそらく大内家にとっては寡兵なのだろう。が、それはつまり長曾我部を倒す事など片手間でできると言っているようなものだ。そんな相手に戦わずして降伏などしたくはない」

 諸将は息を呑み、そして膝を叩いて追随する。

 軍議の場に広がった動揺を、親信の剛毅な言葉が打ち消したのだ。

「親信殿、よく申された! 京かぶれの大内に、我らの意地を見せてやりましょうぞ!」

「そうじゃ! 地の利は我らにある! 動員兵力も、大きく変わらないとすれば、降伏などという軟弱な姿勢では軽んじられまするぞ!」

「一戦に及ぶべし!」

 大内家という強敵を前にして、臆するような肝っ玉の小さな者はいなかったようだ。

 元親は頼れる家臣と共に、軍備を整え、攻め寄せてくる大内勢を迎え撃つべく出陣するのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 現在、一条家に属しているのは、土佐国の中でも本拠としている幡多郡のみである。長曾我部家が台頭するまでは、隣の高岡郡にまで勢力を張っていたというのに、この零落振りはあまりにも惨憺たるものだ。

 しかし、関白が中村御所(土佐一条家の居館)に入り、そして大内晴持が大軍を発して海岸線を北上するに及んで勢力図はまたしても塗り替えられようとしていた。

 まず、一条家を離反し、長曾我部家に就いていた久礼(くれ)城の佐竹家が城を開き、降伏を申し出てきた。

 次いで、久礼城を拠点として調略の手を伸ばした晴持は、高岡郡に点在する旧一条家の国人達から寝返りの確約を取り付ける事に成功した。

 腐っても鯛。

 一条家は、力さえ取り戻せば絶大な影響力を有している。

 まして、今回は大内家という大大名が直々に兵を送り出しているのだ。家名の存続を図るのならどちらに就くべきか。合理的に考えれば、結論は一つしかない。

「少なくとも、高岡郡の大半は戦わずして取り戻せそうだな」

 部屋で絵図を眺めていた晴持が言うと、隆豊が大きく頷いた。

「もとより、一条家に属していた方々ですから。帰参を許して差し上げればその多くがこちらに心を寄せるのは道理です」

「力によって屈服させられたも同然だからな。まだ、日も浅いし、返り忠を促すにはいい機会だったか」

 これが、後一年遅ければ長曾我部家に完全に取り込まれていたかもしれない。

 長曾我部家の膨張速度は確かに速かったが、それによって内側の統制が揺らいでしまったのが弱所だったわけだ。

 武や策を以て締め付けを図るしかないが、それでも時間がかかる。

「晴持様。お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 と、そこにやってきた光秀が、晴持に言う。

「どうした?」

「津野家の詳細が掴めましたので報告させていただきたく」

「おお、来たか。それで、どうなっている?」

 津野家は高岡郡の盟主的立場にいた国人で、かつて晴持の兄である一条房基によって制圧されてその傘下に降った。その後、重臣達が長曾我部家に通じ、当主を伊予国に追放、代わりに立ったのが津野勝興であった。

 津野家にも帰参を促していたのだが、これといった返事がなかったのであった。

「津野家の内部は今は大内家に就くべきと主張する者と長曾我部家に就くべきであると主張する者に二分されている模様です。ご当主は長曾我部家に反意を示しておいでですが、家臣の津野新助殿や山内藤右衛門殿はそれに反発している模様です」

「なるほど……」

 それを聞いて、晴持は思案する。

 津野家が拠点とする姫野々城は、晴持が戦場になると想定する海近くの平野部から奥まったところにあり、戦略的な価値は高くない。進路上にあるわけでもないので、無視しようと思えば無視できる程度でしかないのだ。

 すでに、津野家以外の国人、例えば窪川兵庫介や福良丹後守、片岡光綱などは早くから一条家への帰参を求めて将兵を寄越しているのだ。今になってから帰趨を明らかにしても遅いとしか言いようがない。

「なら、多少えげつないが……津野家の問題は津野家で解決してもらおう。味方になるのなら見捨てる事はないが、いつまでも返事を寄越さないのなら真っ先に攻め寄せると言えば行動には移すだろう」

 それでダメなら、津野家は敵に回ったものと判断して押し包むしかない。

 戦略的な価値がないのだから、どうしても帰参させねばならない勢力というわけでもない。

「俺達の軍勢は、すでに一〇〇〇〇を越えている。正面から当たって長宗我部家に負けるとは思わないがな」

「数に劣る相手ですが、率いる将はとても優秀です。地の利もあちらにある事を考えれば、慎重に軍を進めるのがよろしいかと」

「ああ。とりあえず、敵勢を内側から切り崩しつつ、長曾我部を討つ」

 そのために、地勢を見ながらも粛々を軍を進ませなければならない。

 こちらの戦意を見せる事で、帰参を促すのである。

「長曾我部は動くだろうか」

 問題はそこにある。

 城攻めであれば、話は楽なのだ。元親がどこかの城に篭城してくれれば、これを取り囲んでしまえばいい。しかし、野戦となると決着は付けやすくなるがその反面事故が発生しやすくリスクも大きい。

「わたしは、動くと思います」

 答えたのは、光秀であった。

「長曾我部家の置かれた現状では、篭城しても勝ちの目はありません。急速な勢力拡大によって、領内の反対勢力への対応も遅れていますので、軍を編制して行動に移さなければ離反者が後を絶たないという状況だと思います」

 晴持は頷いた。同じ意見だったからだ。それに、今の長曾我部家が率いる事のできる兵力は多めに見積もって一〇〇〇〇に届かないくらいだ。兵力はこちらが勝るが、やりようによってはいくらでも勝利を掴める程度の兵力差である。

 取り込んだ安芸の旧臣に対する押さえにいくらか割かねばならないけれども、それでも十分に戦える。

 大内家さえ倒してしまえば、その勢いのまま一条家を降して土佐国を統一する事も夢ではない。大物を倒せばそれだけで箔がつく。大内家というのは、長曾我部家にとって脅威であると同時に名声を高める好機を運んできた家だとも言える。

「長曾我部は追い込まれているな」

「はい。もとより、大義はこちらにあります」

 長曾我部家の戦意は高いという。だが、その下の国人まではそうもいかない。全体的に見て、大内家は圧倒的に優位に立っている。

「若! 兵の準備はもういいよ!」

 駆け込んできた隆房が、そう言って戦の準備を終えた事を伝えてくれた。

「分かった。隆豊のほうの準備も済んでいる事だし、この勢いで高岡郡を攻略していこうか」

 

 

 

 □

 

 

 

 戦をするといっても、この戦いで実際に戦うのは晴持ではなく、大内家で最強の呼び声の高い陶隆房である。

 総大将である晴持は久礼城に残って全体の指揮を執りつつ、長曾我部家の下に就く国人達への工作を続ける。

 そして、右手に海を望みつつ中村街道を東へ進む隆房は、総勢で七〇〇〇人の兵を率いている。山口から一〇〇〇〇人の兵を率いてきたので、晴持の本陣に三〇〇〇人を残している計算になる。

 さらに、そこに一条家の家臣や帰参した高岡郡の将兵も合わさるので、隆房が率いる兵数は一〇〇〇〇を上回る事となる。

 今回、この一〇〇〇〇の兵をどのように扱うのか、基本戦略に沿う範囲で隆房の自由裁量が認められている。

 全力を尽くし、いいところを見せて大内家に隆房有りを知らしめたい。

 先陣は、この辺りの地理に明るい在野の国人衆に任せる。隆房本隊は、その後ろから兵を進める。寝返ってきた者を前線に置くのは、戦の倣いだ。晴持ならまた別の扱いをするのかもしれないが、晴持ほど隆房は情け深くない。事戦になれば、苛烈にもなるし非情にもなる。

 兵を進めていると、物見の兵が駆けてきた。

「隆房様! 長曾我部元親自ら兵を率い、新荘川の向こう岸に布陣している模様です!」

 新荘川は、全長およそ二五キロメートル。鶴松森という山を源流とし、周囲の田畑に大きな実りをもたらしながら須崎湾に注ぐ。

 元親の陣の背後には須崎湾近くにある小高い丘のような城山に聳える須崎城やその傍にある山の上にも岡本城があり、それらに兵を配置する事も可能というわけだ。

 左手は深い山が続いている。正面の長曾我部家に気を取られて、回り込まれる恐れもある。

「物見を増やす。特に、左手の山中に敵の伏せ兵がいないか念入りに探れ。それから、上流の姫野々城に三〇〇〇の兵を送る」

「三〇〇〇ですか?」

「城一つ落とせる兵力でしょ。これで、帰趨を明らかにしない津野のお尻を叩いてやるのよ」

「承知しました」

 隆房は一門の者を選び、これに三〇〇〇の兵を与えて津野家が住する姫野々城に兵を差し向けた。その様子は、川の対岸に陣を敷く長曾我部家にも見えているだろう。

 しかし、元親に動く気配は見られなかった。

「敵は、ざっと五〇〇〇ってとこか。まあ、こっちと五分五分ね」

 それは、かなり謙遜した表現だろう。三〇〇〇人を割いても大内勢のほうがずっと兵力が勝っているのだ。

 おまけに陣を敷くのは平野部だ。山間の地では奇策も使えようが、平野部では数が物を言う。それでも、土佐国の強兵を相手に、しかも希代の猛将である長曾我部元親に対峙するにはそれくらいがちょうどいい、というのが、彼女の上司の言葉だ。

 それくらい、相手の事を買っているのであろう。

 内側から切り崩され、兵力でも劣る相手に野戦を挑みながら、それでも整然と隊列を整えているのを見れば、晴持の言葉にも頷ける。

「油断するな、が若の口癖だけれど、確かにあの敵を相手に油断は禁物だね……」

 隆房は数回に分けて物見を出している。地の利に疎い隆房は、神経質なまでに山を探らせている。もしも見落としがあって側面から強襲を受けた場合、退路を断たれる形となるので、兵力で上回っていても壊滅してしまう可能性が高まるからだ。

「とはいえ、何事もなく見詰め合っても何の解決にもならないし……」

 隆房は思案する。

 敵との野戦は予想の範囲内だ。長曾我部家には後がない。守りを固めても援軍はないだろうし、領内の反長曾我部勢力が活発化するかもしれないから、攻撃の姿勢を見せ続ける必要が生じている。

 だが、かつて安芸勢との戦では元親は七〇〇〇人以上を動員したという。今回、大内家という大国と戦うのにそれ以下というのは解せない。

 何か策でもあるのか。

「ま、いっか。先鋒に一当てさせよう」

 隆房は決断して、下知を飛ばす。

 先鋒の帰参した部隊に、長曾我部家への攻撃を命じる。

 川の浅瀬を押し渡り、弓矢にて矢合戦をさせる。戦の序盤は通常、矢の応酬となるものだ。

 被害は、こちらのほうが大きくなるだろう。だが、それで構わない。

 矢合戦の後は、川を押し渡った勢力が長曾我部家に突っかかっていく。長曾我部家も槍隊を前面に押し出して、正面からこれに相対する。

 長曾我部家の先鋒は、吾川郡波川(はがわ)城主波川清宗であった。元親に降伏した将兵の中でも従順で、それでいて覇気に溢れる武将であった。もとより、一条家の家臣ではなかった事もあり、元親の先陣を切る選択をしたのである。

 川を押し渡る窪川勢や福良勢に堂々と立ちはだかる波川勢は、士気も高く矢と槍をうまく運用して元親の本陣に近づけない。

 なかなかの戦巧者である。

 喊声が空に昇り、川が血で紅く染まる。水飛沫が上がっては、人が倒れて流れていく。対岸でも、激しい剣戟が絶え間なく続き、おどろおどろしい死霊の群れが互いに喰らいあっているかのような様相となっていた。

 長曾我部家の決死の防戦は、終ぞ本陣に攻め手を寄せ付けず、先鋒の部隊は手痛い反撃を受けて川を逃げ戻ってくる。

 攻め崩せず、申し訳ないと謝罪に来る使者に対して、隆房は、

「構わない。あなた達は先鋒の責務を十二分に果たしたわ。次の下知に備えておいて」

 撤退した事を責めずにその労を労った。

 先鋒の兵は、一条家に帰参したのであって大内家に従っているわけではない。大内家の指図を受けているのも、あくまでも一条家の援軍に来た軍勢という認識でしかないのだ。

 そのため、隆房の目にはいくらでも使い潰せる捨て駒にしか映っていない。土佐国人内部で争ってくれれば、後々大内家に実りが多く入る。

 だが、それを態度に出せば寝返りを誘発するので、尊重する姿勢は堅持する。

「お家の存続を賭けているだけあって、向こうのほうが士気が高いか。こっちは、大軍だからこそ、勝利を確信して気持ちが入っていない」

 隆房は自軍の状態をそう分析する。あまり、いい状態とはいえない。大友家にしてやられた時に、十分に痛い思いをした兵もいるというのに、浮かれ気分なのだ。

 こんな時に、奇襲を受ければただでは済まない。そういう空気を、元親も理解しているようだ。大内・一条連合軍の側面を川の上流から長曾我部勢の一隊が強襲してきたのは、連合軍の勝利の確信を突き崩すのに十分な効果を発揮したといえるだろう。

「側面より敵襲にございます!」

「見れば分かる! 槍隊を押し出して防戦に当たらせるの。二〇〇〇程度だし、大した数じゃないでしょ。慌てずに押し返しなさい!」

 隆房が慌てる家臣を叱咤する。

 隆房は慎重に慎重を重ねて物見を出していたが、彼女の目が届かぬ場所もある。例えば対岸の上流。岡本城が建つ小高い岡山の奥に隠れた伏せ兵は、隆房が序盤に上流に向かわせた三〇〇〇人の兵を無視して機を伺い、そして元親の下知を受けて一斉に渡河、大内・一条連合軍の側面を強襲したのである。

 側面を強襲されて浮き足立った連合軍。特に一条家に属する兵は、柔弱だった。押し返すに押し返せず、逃げる兵によってその後ろの兵の動きが阻害されて被害を広げるだけである。

「長曾我部、本陣が来ます!」

「そう来るよね。そう来るしかないんだもんね」

 隆房は翻る七つ酢漿草の家紋を見て、乾いた唇を舐める。

 その顔には隠しきれぬ喜悦が浮かんでいた。

 兵の多寡を覆す戦術と危機に際して足踏みせず正面から挑みかかる勇気を兼ね備えた智勇兼備の武将が目前に迫っているのだ。

 その戦いぶりを賞賛する事はあっても辱める事はなく、隆房自身がこの強敵との戦いに喜びを見出している。

「隆房様」

「分かってる」

 かつての隆房であれば、喜び勇んで敵陣に突撃していたかもしれない。それはそれで面白そうだと未だに思うが、深呼吸して思いとどまった。

 己は、今大将なのだ。

 槍を片手に突撃するのは最後の最後でいい。万の兵を率いる者が、槍働きの功を争そうものではない。

「貝を吹き鳴らせ。敵は見事な用兵を見せ付けた。ならばこちらも相応の返礼をする必要がある!」

 隆房は長曾我部の攻撃に押されるようにして前線を引き下げつつも本陣はどっしりと構えて動かさない。この辺りは平地なので田園地帯となっており、迂闊に兵を動かせば足を取られて身動きが取れなくなる。前線の将兵だけを、僅かに後退させたのである。

 その上で、ある一定以上の後退は許さず、元親自らが率いる兵との正面切っての戦に臨む。

 足場の悪さもあって、中々優位に立てないが、かといって負けているわけでもない。隆房は努めて冷静に戦場を俯瞰するような意識で眺めていた。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 元親にとってもこの戦は重要極まりないものであった。

 敗北すれば土佐国人の心が一気に離れてしまい、さらに自軍に不利な状況となる。

 幸いにして敵は大内勢と一条勢の連合軍でありながらも、一条勢の士気が低く、特に寝返りを重ねた敵先鋒はあまりにも弱兵であった。

 それがこちらにとって幸いした。

 地の利を活かした奇襲攻撃は、大内家の本陣を動揺させる事はできなかったが、外周に配置されていた一条勢には十分に効果があった。

 崩れた兵は命を繋ぐために後ろに下がる。それが、そのまま大内勢のほうにまで行ったものだから、混乱が敵全体に波及したのだ。

 敵の左翼が崩れたのを見て可之助が声をかけた。

「元親ちゃん」

「ああ、親信がやってくれたな」

 奇襲の成功は、敵に大きな隙を生み出した。

「ここを突かない手はない。全軍前へ! 川を渡り、敵勢を追い散らすんだ!」

 元親が槍を掲げて号令を発した。

 自らの策が奏功しているうちは流れがこちらにあると言える。久武親信が決死の覚悟で敵に切り込んでくれてできたこの僅かな隙を無駄にしてはならない。

 元親が直々に指揮する兵は強壮だった。勢いも士気も、他の国人衆を圧倒して余りある。また、非常に錬度が高かった。足軽隊を構成する一領具足による半士半農の者達は、農民主体で構成される一条家の足軽に比べて、自分達は武士であるという気持ちが強い。農業と戦の双方を生業とし、それを誇りとする者も多い。気持ちが数を打ち破る事もある。柔弱な一条兵など、何するものぞと踊りかかって首を落としていく。

 前線は瞬く間に崩壊し、側面からも押し込まれた敵兵は一目散に後方の大内勢に助けを求めて散っていく。

「討ち取れているのは返り忠をした者だけか」

 元親は崩れる敵勢を見て呟く。

 逃げ出している勢力は前線に配置されていた一条家の将兵の中でも最も信頼されていない寝返り組である。長曾我部家が兵を動かした際に真っ先に激突するのだから当たり前と言えば当たり前だが、その奥にある大内家の本陣が動揺しているようには見えない。

「確か、率いているのは陶隆房殿だったね」

「はい。そうだったと思います」

 可之助は頷いた。

「さすがだ。この状況の中でも涼しげな顔をしている。その上、とても酷な策を用いているようだ」

「酷?」

「おそらくは、わたし達を使って邪魔者を消そうとしているんだ。大内家にとっては、土佐国人の影響力が小さくなったほうがいいからね」

「なるほど……」

 しかも、大内家としては一条家を立てているという名分を立てる事ができる。

 一条家の者だけに戦わせているのは、本心としてはその勢力減衰であろうが、表向きは援軍は口うるさくしないという配慮になっている。表裏卑怯の食わせ者だ。

「このまま攻め込めば、一条家の将兵を壊乱させる事はできるけど……大内家には届かないか」

 陶隆房は話に聞く限りでは猪武者だったはずだが、山のように動かずこちらの出方を常に伺うような老練な技を身につけているようだ。

 やはり、一筋縄ではいかない相手だ。

「相手が反撃に出る前に、一旦陣を再構築しよう。このまま攻め続けるのは、危険だ」

「分かりました。全軍、攻撃中止。敵の反転に注意して陣を組みなおしてください!」

 可之助が馬で方々に飛び回り各部隊の指揮官に元親の言葉を伝える。

 不平を言う者や不審に思う者もいくらかいたが、総大将の指示となれば服さねばならない。

「親信の部隊を回収して、魚燐の構えで敵と向かい合う」

 背後には川。

 まさしく背水の陣である。元親が選んだ魚燐の陣は、兵を三角形の形状に配置したもので、機動力を確保しつつ、部隊の入れ替えも可能な点で消耗戦に強い。その反面側面や背後を取られた際に脆いという問題も抱えているが、背後に川、側面に山があり、平野といっても大して広くないこの地では機動力を活かした戦は難しい。

 戦場が入り組んで狭い日本の土地に適した陣形と言えるだろう。

 津野家を取り込みに向かった敵軍の動向が心配だが、おそらくしばらくは戻ってこないだろう。

「元親! どうだ、やってやったぞ!」

 そこに、奇襲部隊を率いていた親信が戻ってきた。頬を上気させているのは戦の高揚かあるいは元親の用兵に感激したからか。

「親信お疲れ様。おかげで敵をずいぶんと削れたよ」

 笑顔を浮かべて元親は親信を迎え入れた。

 彼の果たした役割は大きかった。敵勢に与えた損害は、かなりのものだ。士気は大きく下がっているだろう。

 ただし、それも大内家と一条家とでは毛色が違う。

「兄者。あまり、興奮すると血管が切れるぞ」

 親信の弟の久武親直が浮かれる兄を諌める。それから敵陣に目を向ける。

「一条は脆いが、大内はまったく手の内を見せなかった」

「彼らからすれば、一条家の兵を失っても痛くはないからね。最悪使い潰してもかまわない程度の勢力としか見られていないんだろう」

 大内家の動きがいまいち掴めない。

 陶隆房自身で攻勢に出る様子はなくその配下の大内勢も動きがない。その動きのなさが不気味に思えた事も、元親が追撃を諦めた理由である。

 長曾我部家の兵力は親信の奇襲部隊を吸収したのでざっと七〇〇〇人にまでなった。依然として敵とは兵力差があるが、一部は烏合の衆という事もあり、ひっくり返せない差ではない。

 

 

 

 □

 

 

 

 総大将である隆房の陣には一条家の一員として長曾我部家と戦い蹴散らされた将兵が集まってきていた。

「何故にあの時、後詰の兵を動かしてくださらなかったのか」

 隆房に詰め寄る将は、唾を飛ばして怒鳴った。

「あの時、というのはいつ?」

「久武の部隊が側面から襲って来た時の事です。あの時、陶殿が兵を出してくだされば、戦線を下げる必要もなく、某も多くの兵卒を失う憂き目に会わずに済んだのですぞ!?」

 そうだ、そうだ、と追従するのは同じように隆房の行動の遅れが原因で打撃を受けた者達であった。そんな彼らに対して、隆房は、

「あなた達は一条家に帰参したわけでしょ。大内家の家臣というわけでもないし、是非手柄を立てていただこうと思ったまで。特に久武親信と言えば、長曾我部家の三家老の一。その首の価値は元親に次ぐとまでされるわけで、討ち取れば名を上げる事ができたはず。それに、あたしは繰り返し側面に注意しろと言っていたよね。それで側面を突かれましたというのは話にならないんじゃない?」

 隆房はこの時、あくまでも大内家は一条家の加勢に来ただけだと主張したのだ。

 全権を預かっているものの、おいそれとそれを行使するわけではなく、指示を飛ばしはするものの、一条家の家臣達の顔は立てる。そういう用兵をしていたわけだ。

 ならば、徒に助けに向かうよりも、その後ろの安全を確保した上で全力で戦えるような土壌を養うべきである。

 高々二〇〇〇人ほどの兵に奇襲され、浮き足立って崩れたのは隆房の責任ではない。その後に、きちんと彼らを収容しているのだから責められる言われはない。

 まして、側面から敵襲がある可能性を事前に通告していたのだから、叱責の対象にはなっても隆房を責める道理はない。

「これから先、一条ではなく大内が主体になって戦を運んでもいいのだけど、それでもいいの?」

 隆房は言葉だけでなく視線や口調も絡めてこの場を制す。

 伊達に大内家の筆頭家老を務めていない。

 戦だけでなく、政治的な駆け引きにも長ずる隆房は発揮する機会こそ少ないものの弁舌にもそれなりに秀でたものを持っているのだ。

 

 

 結局、詰め寄った将兵は隆房に言い包められる形で身を引いた。

 大内家の責任を問おうにも、立場の低い彼らにはどうにもならない。一条家からも裏切り者のレッテルを貼られているのだ。さらに大内家に突っかかったところで己の立場を危うくするだけだ。

 それに今回の戦で一条家の顔も立てた。

 一条家からすれば、とにかく長曾我部家を討ち果たしてくれればそれでいいという高みの見物状態なのだろうが、大内家がそれを許すはずもない。

 帰参してきた者達を長曾我部家との間ですり潰しながら、それを一条家内部での事として大内家への飛び火を避け、その上で戦の主導権を大内家が握る。

「さて、そろそろだね」

 開戦からすでに半日。

 大規模な激突は長曾我部家の最初の突撃のみで、それからは互いに待ちの姿勢に入ってしまった。

 津野家のほうは家臣団と当主の反発が強まり、ついには当主が追い落とされて篭城戦に突入しているという。

 あちらに割いた兵が戻ってくるのはしばらく先になりそうだ。

 隆房から見て、右手には大海原が広がっている。この時代、太平洋は海の裏であり、日本海に比べればまだまだ交易面では劣るところがあった。

 戦場となっている須崎は、深い良港を有しており、長曾我部家に臣従していた津野家が有する水軍も、須崎湾を拠点として活動していた。その須崎湾に、突如として大内家の家紋を掲げた大型船が入港したのだから長曾我部家は大混乱だ。

「若が来たみたいだね」

 長曾我部家が野戦を選択したら、即座に報せるようにと隆房は晴持に言われていた。

 晴持が本陣を置いていた久礼城もまた領内に良港を有している。そこに、船を停泊させて準備をして、長曾我部家の背後に兵を送り込む策だったのである。

 そのためには、長曾我部家を戦場に釘付けにしなければならない。

 今回の戦では野戦に強く、かつ敵の攻撃にも耐えられるだけの統率力を有する者が総大将を努める必要があった。

 隆房が選ばれたのは必然と言えるだろう。

「さあ、みんな奮い立て! 若が来たぞ! 一条家への義理立てももう終わりだ! これからは、大内の戦を見せ付ける時だ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおお!」

 大内勢本隊七〇〇〇が雄叫びを上げて進軍する。それに巻き込まれる形で、前線の一条勢が前に押し出される。

 前方の長曾我部勢は、これでも統率を崩してはいないが、撤退の構えを見せており防御力は極めて低くなっている。

 その背後に、海から上陸した晴持と隆豊率いる二〇〇〇人の兵が迫る。 

 

 

 

 □

 

 

 

 これは負け戦か。

 元親は声を張り上げて撤退の指示を出しながら退路を伺う。

 後方の海側から押し寄せてくる敵の数は多くない。そちらに足止めの兵を割く事ができれば、まだまだ戦える。だが、そのような余裕はない。正面から攻め寄せてくる敵勢は、ここで雌雄を決する腹積もりのようで、全軍に突撃命令を下している。

「元親ちゃん。急いで!」

 可之助が悲鳴染みた声で元親の撤退を促す。

「元親様。お逃げください!」

「岡本城なら、ここからでも間に合います!」

 傍に侍る老臣達が口々に言い募る。

「あ、あなた達は!?」

「誰かが殿を務めねばなりますまい。ならば、老い先短い我らが最適でしょうな」

「左様。若い者達には長曾我部家をますます盛り立てていただかねばなりませんからな」

 元親が幼少期から知る者達である。祖父の代からずっと、長曾我部家を守ってきた筋金入りの忠臣であった。

 殿は敵を足止めするためにその場に踏み留まる決死隊の事だ。当然、自らの生死は度外視する。

「元親様。善き夢が見れましたわい。一足も二足も速く暇をいただく事になりまして申し訳ありませぬ」

「くれぐれも早まる事のなきように」

 そう言い残して、宿老の二人は自らの隊を率いて大軍の前に立ちはだかった。鬼気迫る面持ちで、敵勢を防ぐ肉壁となる。

「ぐ……」

 全軍が混乱の極みにあり、指揮系統が目茶苦茶に崩れている。このままでは元親の命も危うい。

 元親は岡本城を目指して撤退を始めた。側面を襲う敵勢に対して、さらに殿を名乗り出た者達が立ちはだかり、絶叫を上げて突撃する。

 目的地となる岡本城は戦場からさほど距離が離れているわけではなく、僅かでも敵軍を足止めすれば十分に逃げ帰る事ができる場所にあった。

 元親は近臣を引き連れて岡本城に戻り、逃れてきた兵を収容して城門を固く閉じた。

 城を守るのに必要な兵を各郭に配置して、残った兵力を確認する作業に当たらせた。負傷兵や逃亡兵などが出て、当初の兵数を大きく下回るはずだからだ。

 殿の部隊を蹴散らした大内・一条連合軍が、城を取り囲み始めた。

 一息つく間もなく、元親は決断を強いられる事となった。

「元親ちゃん……」

「分かってる。わたしの責任だ……!」

「ち、ちがッ。元親ちゃん!」

 可之助は打ちひしがれる元親に寄り添い、手を取った。

「元親ちゃんのせいじゃないです。みんなで頑張って、それでも相手が強すぎた。それだけじゃないですか」

「そうだぞ、元親。戦は戦術戦略も大切だが、時の運もある。元親だけが負い目を感じる必要はないぞ」

 親信も笑って元親を元気付けようとする。とはいえ、もとより責任感の強い元親は、近臣二人の言葉をそのまま鵜呑みにして前向きになる事はできない。

 今回の戦は、兵数に隔絶した差はなかった。そのために用兵次第では、十分に敵を蹴散らせる可能性があったのだ。だからこそ、長曾我部家は決戦を決意した。しかし、蓋を開けてみればこの様だ。敵が海から回りこんでくる事を想定していなかった。

 相手が悪かった、などというのはいいわけだ。海を想定していれば、それに合わせた陣形を模索できたはずだからだ。

 まして、海から敵を攻める戦術は、以前に元親自身が使っていた。故に、それに思い至らなかった事は最大の過ちであった。

「報告いたします! 城内の兵はおよそ四〇〇〇。しかし、負傷した兵も多く、戦に動員できるのは、これを下回るかと思われます」

「無理をさせて、どれくらいになる?」

「三五〇〇ほどでしょうか」

「三五〇〇、か。半数近くが脱落したわけか」

 殿に残ってくれた者がおよそ一五〇〇人。二方面に割かねばならなかったから、これだけでも多くの兵を失った事になる。さらに、ここに逃げ戻るまでに辿り着けなかったり、逃げ散った者もいるだろうから、妥当な数か。

「この数で、大内の包囲網を突破する事はできないだろうな」

 決死の覚悟で突撃しても、長曾我部家の全滅という最期しか見えない。敵勢は援軍を加えており数は数倍、士気は勝利の勢いに乗って非常に高い。

「仕方ない、か」

 己の命を引き換えにしてでも城兵の命は救ってもらう。

 長曾我部家の夢はここで潰えたが、その先に夢を継いでくれる者もいると信じる。

 元親は唇を噛み締めて、決断を下したのだった。



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その二十五

 長曾我部元親が降伏を申し出てきたのは、日が没してからの事であった。家中の状態を確かめ、それから悩んだ後で苦渋の決断を下したのであろう。

 元親からの使者は、元親の命を差し出す代わりに城兵の命を救って欲しいという元親の切実な願いを伝えてきた。また、元親亡き後は大内家の指図にすべて従う旨も添えられていた。

「どうする、若」

 さっそく軍議を開いて長曾我部家の取り扱いについて議論する。この場には大内家の家臣しかいない。一条家を外したのは、もとより一条家の領土外の問題を彼らに扱わせるつもりがなかった事もあるが、この戦の最中で隆房が戦の主導権を大内家にあると認めさせた事も大きかった。

「どうもこうも、無益な戦を繰り返しても仕方がないからな。降伏は受け入れるのが一番だろう」

「では、この条件で?」

 隆豊に尋ねられて、晴持は唸る。

 当主の首と引き換えに降伏するというのは、通常の戦でもよくある話だ。降伏した家は、当主を挿げ替えて新体制の下で生き残りを図るのである。

 とはいえ、元親の影響力が土佐国内にかなり広がっていたのも事実。本拠地を攻め亡ぼしたわけではなく、うまい事相手を追い詰めたのであって、長曾我部家の本拠地には、まだ彼女に従う勢力が生き残っている。それに、一領具足という半士半農の者達が思いのほか厄介だ。

 正史では、長曾我部家が滅んだ後も、数度彼らによって大規模な反乱が起こされているなど、土佐国は、統治の難しい土地となっている。

「土佐はもともと実りのよくない土地だしな。反乱の討伐に時間を割くのも割に合わない」

 これが、高い石高を期待できるような肥沃な地形であれば、力任せに大内家の領地に組み込んでもいいのだが、土佐国は山なりの地形で、農作業に不向きである。交易には期待ができるが、それも瀬戸内を押さえているので、それほど目新しいものでもない。

「元親を討っても、大内家に反発する勢力を駆逐できるわけじゃない」

「むしろ統率者が消えた事で散発的な反抗が長期化するおそれもあるわけですか」

「いつまでも土佐にかかずらっているわけにもいきませんね」

 晴持の指摘に、隆豊と光秀がそれぞれ補足を加える。

 土佐国は反抗されると地理的に厄介な場所にあるが、直轄地にして治める必要があるほど豊かでもない。できる限り平穏無事に終えたいところであるので、長曾我部家に関しては穏健なやり方で手を打つ事にした。

「元親も含めて全員助命。その代わり大内家に臣下の礼を取り、人質なりなんなりを送ってもらうという事で手を打つか」

 元親は土佐国内に勢力を広める際に、城兵を全員助命するなど、比較的穏当な方法で味方を増やしてきた経緯もある。その元親に対して、大内家が苛烈な処遇を降すのは、地元民からの評価を下げる事にも繋がりかねない。

 少なくとも、元親を生かしておくほうが、後々大内家にとっても都合のいい結果になるだろう。

「それでは、その方向で調整しましょう」

 隆豊が頷き、隆房と共に岡本城に向かった。

 

 

 

 □

 

 

 

 大内家から使者が来たと聞いて、元親は緊張に顔を引き締めた。

 城内は沈鬱な空気が立ち込めていて、皆これまでにないほどに覇気がない。大内家の采配次第では、明日の朝日も拝めないというのだから当然であろう。

 護衛を引き連れてやってきたのは、二人の少女であった。年の頃は元親と同じくらいだ。どちらも小柄で可愛らしい顔立ちをしているが、共に大内家に仕える将の中では代表格だ。

 陶隆房と冷泉隆豊。

 とりわけ、隆房は筆頭家老を務めており、この戦を指揮していたのも彼女であった。

「まさか、お二人がいらっしゃるとは思っていませんでした。わたしが、長曾我部家当主の元親です」

 元親の左右には中島可之助と久武親信が控えている。当主の言葉に口を挟む様子もなく、ただ静かに流れを見守ろうという立場でいる。

「大内家筆頭家老の陶隆房です。戦場では、すでにお目にかかっておりますが、改めましてご挨拶申し上げます」

「大内家中冷泉隆豊です。以後お見知りおきください」

 今回、正使は筆頭家老の隆房。そして副使として隆豊が長曾我部家に送り込まれたのである。二人は、礼に適った正しい姿勢で、決して元親達を侮るような仕草を見せる事なく挨拶を済ませた。

「今一度、確認しますが、長曾我部家は全面的に大内家に降伏するという事でよろしいですね?」

 隆房が尋ねると、元親が頷いた。

「はい。長曾我部家は大内家に降伏します。以後は大内様の指図に従う所存。城内の兵の命だけは何卒、お助けくださいますようお願いいたします」

 平伏した元親が、隆房に懇願した。

 平坦な声色は平静を装っているからである。元親とて死ぬのは怖い。だが、一家の主として戦に敗れ、追い詰められたからには、最期を覚悟せねばならぬ時がある。

 元親の言葉を確かめるように、隆房は一拍の時を置き、口を開いた。

「城兵のために自ら命を絶とうというのは真、天晴れなお覚悟。この隆房、感激いたしました。しかし、残念ながら、その要望にはお応えできません」

「ッ」

 一瞬にして、元親の表情が険しくなった。

 元親の命だけでは足りぬというのなら一戦に及んで華々しく討ち死にするまで。それは、事前に皆で確認していた事である。

「元親殿が腹を召される必要はございません。長曾我部家が、以後大内家への臣従を確約してくだされば、それで城内の兵の命お助けしましょう。もちろん、元親殿の存命が第一条件です」

「な……」

 元親は絶句する。

 死ななくてもいい、という事に安堵した自分を隠しながら、隆房に尋ねた。

「なぜ、そのような寛大な……」

「希代の将器をこのようなところで無に帰すのは惜しい、という事ではいけませんか?」

 そう言われてしまうと、元親としてはなんとも言い返す事ができない。

 うまく誤魔化されているようだが、大内側にも元親を失うと困る理由があるらしい。それが分かっただけでも、今後の身の振り方を考える事ができるようになる。

 

 

 大内家の使者が帰った後、元親は思わずため息をついて肩の力を抜いた。

 命の危機を脱した事で緊張の糸が切れたのである。

「元親、やったな! 一時はどうなる事かと思ったが、大内家に力を認められたって事だな!」

 と、親信は手放しで元親の生存を喜んでくれた。

 彼が言っている事も一理ある。元親が、何が何でも戦う気概を、一度は見せ付けたからこそ、今後の反抗を鎮圧する面倒を大内家が嫌ってくれたのであろう。

「それでも、領地は大幅に削られちゃったけどね」

「だが、本山を攻める前よりは大きい。長曾我部家歴代では最大版図だ」

 大内家は元親が広げた領土の大半を削り取ってしまった。交渉の中で、なんとか長岡郡と土佐郡の二郡、香美郡宗我・深淵郷を安堵してもらったが、東の安芸郡、香美郡の大半、西の吾川郡、高岡郡は召し上げられる事となった。

 長曾我部家は、領土を大幅削減される事になったが、それでも小大名を名乗れる程度には石高が残った。ざっと二〇〇〇〇石もあるのだから、領内経営は十分にできる。

「城内の兵達にも、この事は伝えないと。国許に残してきた者達にもちゃんと説明しないといけないし、気が重いよ」

「まあ、でも大内様に割譲した土地は、わたし達の支配に入ったばかりの地域ですし、支配が行き届いていなかった事も含めれば、打撃としては少ないほうだったのではないですか」

「確かに、国替えになるよりもずっとよかった」

 不幸中の幸いだったのは、元親が地元を離れなくて済んだという事だ。それだけでも、立て直しにかかる労力は大きく変わる。

 元親が長曾我部家を継いだ時は、長岡郡の中の一豪族でしかなく、石高も五〇〇〇石に届かない程度だったので、成長のすべてが無に帰したわけではない。

「それに、大内家の中で手柄を立てれば加増もありうるし、前向きに考えるしかないよね」

「その意気だ元親!」

「がんばりましょうね! 元親ちゃん!」

 長曾我部家の新たな歴史はここから始まるのである。

 一旦、躓きはしたものの、なんとか命脈は保った。これから、どれだけ前を向いて飛翔できるか。それこそ、元親に課された真の試練なのであろう。

 

 

 

 □

 

 

 

 元親が降伏した事で、長曾我部家の本拠地も大人しく開城した。

 長曾我部家内部の戦後処理は、元親に一任するとして、問題になるのは長曾我部家から奪い取った所領の扱いである。

 割譲させた土地には、大内家の家臣を郡代として派遣するなどして治める事になるのだが、高岡郡に関しては中々難しい。

 というのは、この土地に生きる国人の多くは旧一条家の家臣達なのである。長曾我部家に最後まで従った者はどうにでもなるが、寝返ってきた者に関しては扱いが厄介だった。

「自分達は大内家に従っているわけではない、ね」

「申し訳ありません」

 頭を下げるのは、隆豊であった。戦後処理で領地の扱いを決めた際に、高岡郡の国人達がごねだしたのである。隆豊が責任者として事に当たっていたのだが、一部の者が連合して城に兵を集め始めたという。

「盟主格だった津野家も滅んでしまったし、押さえが利かないと面倒だ」

 津野家は隆房の別働隊が攻め落としてしまっていた。

 生き残っていれば、説得に使えたかもしれないのにと少し後悔するも遅い。

 しかし、実のところこれもまた予想の範囲内ではあったのだ。帰参した将兵が大内家ではなく一条家に帰参したのだという意識なのは百も承知であった。大内家が一条家の所領を幡多郡の中の一〇〇〇〇石に限ってしまえば、高岡郡の彼らは所領を失う事になる。大内家に従わないのであれば、敵対者として処理せねばならない。

 ここまでが、晴持の計算であった。

「ならば、仕方ない。高岡郡の反抗勢力は鎮圧せねばならない。一条家にも使者を遣わし、彼らを義絶していただき、その上で一気呵成に攻め立てる」

 元親との戦いで、兵力をすり減らした高岡郡の国人達が大内家に攻められて抗する事などできるはずがない。

 そして、大内家の傘の下に入る事でなんとか所領を維持できている一条家が晴持の使者を無碍にする事もまた不可能である。

 結果として高岡郡の国人達は、頼みとしていた一条家から縁を切られて孤立してしまい、瞬く間に大内勢に呑み込まれて消滅していった。

 そして、この晴持の決断は、長曾我部家を許したのだから大内家は甘い、という土佐国に広がりつつあった風潮を吹き消すには十分であった。

 これは安芸郡や香美郡のような東側にある郡に対しても抑止力としては十分な効果を発揮した。

 大内家は実質、元親を討伐した一戦に全力を費やしただけで、土佐国の大部分を難なく制圧したのであった。

 一月ほどで、土佐国内に漂っていた不穏な空気は消え去り、大内家の支配下に入る事となった。

「予定通りではあったか」

 帰国して、義隆への報告を済ませた晴持は内心でほくそ笑んだ。

 伊予国を落とした時、そして安芸国を落とした時。振り返ってみれば共に在野の国人達に慮って大内家の新たな所領は少なかった。伊予国に関しては河野家にすべてを任せているので、実質大内家の所領に変化はなかった。

 土佐国で、最低でも一五〇〇〇〇石の増加があった事になる。これで、大内家の家臣達に少なからぬ加増をさせてあげる事ができる。

 今回は長曾我部家を味方にし、大内家自身も土地を手に入れたという点では得るものの大きな戦だったのだろう。

 惜しむらくは土地が痩せているという点だが、それには目を瞑るしかない。

 

 

 久しぶりの屋敷は、少々手狭に思えた。戦場と違って、様々な物が室内に置かれているからであろうか。

 日常の風景は、戦場での興奮を冷ますにはちょうどいい。

 そんな中で山口の街に出ようと思い立ったのは、本当に偶々であった。

 西の京とも称される山口の街を整備したのは、二〇〇年ほど前の当主である大内弘世であるという。そして、それをさらに加速させたのが応仁の乱当時の当主である政弘であり、その流れを継承しつつ、さらに発展させているのが現当主の義隆である。

 こうして見ると、少なくとも大内家の京かぶれは二〇〇年にも渡って続いてきた事になり、ある種の執念すらも感じる。街並は碁盤の目のように区画整備され、治安を乱す輩は出て来ない。戦国の世にあって、平穏な日常が長期間に渡って確保されている珍しい例であろう。

 特徴の一つとして、城がないのも上げられる。

 大内家の本拠地でありながら、屋敷はあっても城が建てられていないのである。その強大さ故に、他国に攻め込まれた事のない大内家は、山口が闘争の場になるという機会が非常に少ない。内乱もここ数十年起きておらずそのため、防衛力よりも景観に主眼を置いた街づくりになっているのだ。

 向かう先は、山口のはずれにある刀鍛冶のところだ。山陰は古代から製鉄業が盛んで、確かな技術を持つ職人が多い。

 大内家はそういった職人達を雇い、技術の発展と伝承に努めている。

 鉄砲は、晴持が全国に先駆けて秘密裏に導入し、大内家で実用化した近代兵器。今では種子島から堺に伝わってしまったが、大量生産体制が整うには時間がかかるようだ。

 諸大名に先んじて鉄砲を導入した大内家が、他の大名に比べて鉄砲の保有量が少ないというのは問題になるので、諸大名が鉄砲を揃える前には、全国一の鉄砲保有国になってしまいたい。

「おや?」

 人込みを掻き分けてある鉄砲鍛冶の下に辿り着いたら店先に長身の大男が立っているではないか。

「珍しい。こんなところで何をしているんだ、通康」

 そこにいたのは、村上通康であった。西洋風のこてこての海賊衣装が、あまりにも場違いで目立っている。村上水軍のユニフォームと化しつつあるようで、次第にセーラーに近いモノに変わっていくのだろう。

 女子なら許すが男は……などと考えていると、

「大内の若旦那。土佐遠征以来じゃねえか」

 と、実に気軽に話しかけてくる。

「で、街中で何してんだ?」

「それはこちらの台詞だぞ。海の男が、瀬戸内渡って何をしている」

「そりゃあ、鉄砲をさ。見に来たんだよ」

 鉄砲鍛冶のところにいればそれはそうなるだろう。特にこの店は完成品を扱うところだ。

「村上水軍も鉄砲を導入するんだな」

「ああ。それで、御屋形様にも許可は取ってあるぜ。そんで、あんたんとこのお嬢ちゃんに鉄砲の何たるかを教えてもらってたってわけさ」

 通康が笑った時、店から出てきたのは光秀であった。

「通康殿。晴持様に対してその口の利き方はなんですか」

 真面目な光秀らしい、咎めるような言葉だった。

「おう、相変わらずお堅いなぁ、嬢ちゃん」

「わたしには光秀という名があります。嬢ちゃんなどと言う呼ばれ方は好みません」

 ツン、と突き放す光秀は、晴持に向き合って頭を下げる。

「お疲れ様です、晴持様」

「ああ、お疲れ光秀。通康はこういうヤツだから、目くじらを立てないでくれ。これで、いいヤツなんだよ」

「晴持様がそう仰るのでしたら」

 光秀はしぶしぶという様子でこの件は不問にしたらしく引き下がった。

「この店は完成品しか扱っていないんだな。見れば、刀は作っているみたいだが」

「部品の組み立てが専門なのさ」

「ほう、組み立て。鉄砲に関しちゃ、それだけって事か?」

「ああ」

 晴持は頷いた。

「従来の刀鍛冶は、自分の腕によりをかけて一本の刀を作ってきた。だから、それぞれの刀にはある程度の独自性が現れたもんだが、鉄砲はそうもいかない。細かい部品が多く、銃口と弾の大きさの関係もあるから、独自性を追及されても量が用意できないだろう。だから、それぞれの部品を別々の鉄砲鍛冶が作り、最終的に組み立てて商品として取り扱うようにしたんだ。銃口の大きさも規格を統一してしまったから弾も作りやすくなった」

 それは、工場制手工業(マニュファクチュア)を先取りした発想だが、正史の戦国時代でも堺を中心に鉄砲はこのように作られていたと記憶している晴持にとっては、導入しやすい制度であった。また、これによってそれぞれの鉄砲鍛冶に得意分野と不得意分野が生まれ、鉄砲の技術が漏洩しにくい環境を作り出す事に成功していた。

「ところで、鉄砲を大量購入って事は、次の戦を見据えての事だな」

「おう。鉄砲は、弓に比べて使い勝手のいい武器だ。特に海の上では、固定できる鉄砲のほうが都合がいい」

 揺れる船の上では、弓矢による狙撃も難しい。鉄砲であれば、道具を使うなりして銃身を固定する事もできるだろうし、あるだけで戦術の幅は広がる。

「海戦を想定した編制もありか。土佐も落ち着いたし、そろそろ海をどうにかしないとって頃だからな」

「そういうわけだ」

 他国に攻め入るのはしばし小休止だ。予てからの懸案事項であった、倭寇をどうにかしなければ貿易に差し障るというので、大内家は頭を悩ませていた。

 土佐国の仕置きが済んで、周辺諸国の動きも大内家に向かうものではないので、この機に海賊共の大掃除に乗り出そうというのだ。

「明や朝鮮との関係にも影響する重要な仕事だ。抜かりなく進めてくれよ」

「俺にも意地があるからな。海での戦で、海賊風情に負ける事はねえぜ」

 お前も海賊だろう、というツッコミを晴持は封印した。

「場合によっては対馬を攻めねばならんかもしれんが」

「倭寇を匿うのなら仕方ないだろうな。宗家は朝鮮との窓口だから、極力敵に回したくはないが、まあ、そうなったらそうなったでどうとでもなる」

 すでに大内家は単独で朝鮮との独自交易を行えるのだ。宗家は重要な家だが、戦力は弱小勢力も同然であり、討ち果たすのは容易だ。ただ、本州から距離が離れているので、敵として認識されなかったから生き残れただけの事だ。

「光秀、烏の調練は進んでいるか?」

「はい。そろそろ、鉄砲を用いた狩りでもしようかと思っているところです」

「なるほど。農作物に害を為す動物なら、如何様にもしてくれていい。あ、そうだ。その狩り、俺も見に行こう」

「え、晴持様がですか?」

「ああ、俺が指示してやらせているわけだしな、どの程度になったか、実際に見ない事には何も始まらん」

 猪肉とか食べたくなったという思いも、多分に含まれている申し出だったが、光秀は戸惑いながらも了承してくれた。

「なんだ、俺達が倭寇を討ってる間に若旦那は狩りかよ」

「知らなかったか? 俺は、実は結構良い御身分なんだぞ」

 晴持と通康は尚も軽口を叩きあい、光秀は時折口を挟む。そんなやり取りを続けて、晴持は、日暮れまで街中を散策したのであった。




光秀は友だち集団の後ろのほうを歩きつつ、人の会話に相槌を打っていくタイプだと思った。
だけど会話の中心には入れない、みたいな
伊予の石高でご意見をいただきましたが、ここでは戦国末期の太閤検地で三六万石ほどが試算されていたので、切りよく三五万石とした次第です。それ以前の伊予の石高は、手元に資料がないので分からなかったです。


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その二十六

 神屋寿禎は博多の豪商である。

 貿易業で頭角を現し、大内家の庇護の下で勘合貿易に深く関わった。

 そんな彼は、大内家という強大な出資者を頼みとして一つの歴史に名を残す偉業を成し遂げた事がある。

 石見銀山を世界屈指の鉱山へ成長させたという事である。

 貿易業によって外国の技術者に触れる機会の多かった寿禎は、石見銀山に灰吹法をもたらし、銀の生産性を飛躍的向上させたのである。

 石見銀山に灰吹法がもたらされたのは、大内義興の時代である。それから今に至るまで、銀山経営は安定していたわけではなく、度々小笠原家や尼子家による襲撃を経験してきた。

「先主様はよき跡取りを持たれたようですな」

 山口を訪れた寿禎は、先代からの縁によって義隆との面会を許され、茶を喫しながら談笑した。

 寿禎の力は大内家にとってなくてはならないものであり、同時に寿禎にとっても大内家は最大のパトロンだ。両者が両者の利益のために力を尽くす関係にあるのだから、関係は常に良好でなくてはならない。

 寿禎からの多数の贈物を受け取った義隆は、気前よく彼にも様々な逸品を下賜する。

「石見も経営も安定して行えるようになりました」

「小笠原がいなくなったのだから、しばらくは安泰でしょう。尼子も、今は東に目を向けている事だしね」

 今の状況は、大内家にとって非常に都合のよいものとなっている。

 石見国内に燻っていた独立性の強い国人達は大方一掃され、宿敵である尼子家は大内家の領内に目を向けていない。その機に乗じて伊予国と土佐国を平定するに至った義隆の政治手腕を、寿禎は高く評価している。

 若くして義隆が跡を継いだ時は、果たしてどうなる事かと不安にもなったものだが、今ではその心配も杞憂に終わってくれたようで安心できた。

 先代があまりにも偉大だった上に、義隆をどうにも頼りなく見える部分もあったのだから、不安を抱くのも仕方なかったかもしれないが。

「今更ですが、九国が、少々きな臭い事になっておりますな」

「本当に今更ね」

 義隆は苦笑する。

 九国の問題は、島津家の台頭の一言に表される。

 日向国をあっさりと落とした意外性。寡兵を以て大兵を討つ凄まじい戦術。島津家の四姉妹がそれぞれの得意分野を活かして大進撃を続けた結果である。

「今は、大友様が防波堤となっておりますが、はてさてどうなる事か」

「大友が負けるとでも? さすがに、相手は南端の勢力でしかないのよ?」

 大友家は古くからの宿敵の一つだ。北九州の少弐家を没落させた今、大内家にとっての敵は東の尼子家と西の大友家の二つである。

「その南端の勢力が、瞬く間に九国のうちの三カ国を奪い、さらに肥後にまで食指を伸ばしておるのです。島津家の結束は固く、しかし大友家は……」

「南蛮神教にかぶれて家中の和が乱れているらしいわね」

「如何にも」

 頷く寿禎の前で義隆は腕を組んだ。

 頭ごなしに南蛮神教を否定する義隆ではない。布教を認めた事もあるし、今でも山口の一画には南蛮寺が建立されており、信徒を増やしている。

「大友様の傾倒ぶりは常軌を逸しております。領内の寺社仏閣を破却し、多くの者を異教徒と見なして処罰されました。博多にも、危難を逃れてきた者が多数おります」

「そう。分かったわ。重矩に博多の警備を増強するよう伝えるわ」

「ありがとう存じます」

 重矩は、大内家の重臣であり筑前国で守護代を務めている杉重矩の事である。

 大友家が逃れてきた仏僧などに兵を差し向けるというのであれば、大内家としてもこれを撃滅する必要がある。

「まあ、博多は九国でも最大の貿易都市だし、いくら大友でも手出しはしないだろうけど」

 商人との協力は戦国大名にとって必要不可欠だ。貿易都市を焼き払うなどという事になれば、その後の収入に大きく関わってしまうし、その後の領国経営に大きな支障となる。

「博多はわたし達にとっても最重要都市。大友だろうが龍造寺だろうが、手出しはさせないわ」

「心強い限りです。義隆様のお言葉だけで、我々は日々を健やかに過ごせます」

「大げさよ」

「四国にまで手を伸ばす大内家は、かつてないほどに身代が大きくなられました。御身のお言葉だけでも、多くの勢力は戦う気概を失いましょう」

「わたしの力だけじゃないわ。隆房や隆豊、それに晴持。その他多くの家臣に支えられて大内家は成長してる」

 義隆の言葉に、寿禎は僅かに表情を変えた。意外そうな、それでいて面白そうな顔である。義隆はそうと気付かなかったのか、それとも敢えて無視したのか何も言うことはなかった。

 歳若く、優れた血筋に生まれると、他者を侮る心を育ててしまう事が往々にしてある。自分を世界の中心に据えて周囲を省みない気質は英傑が持つ特質であるが、それ故に己を破滅に導く可能性を大いに秘めたものともいえる。

 なるほど、義隆は戦場には出ないし、槍も振るわない。

 英雄豪傑と呼ぶには、聊か以上に武勲がない。だが、その一方で優れた名君であるらしい。

 この戦国の時代、尊王賎覇は夢のまた夢。王道を行く者は、覇道を行く者によって淘汰されるのが世の定めであるが。

 己は王道を体現しながら、家臣を以て覇道を示す。

 意識的に文武を使い分けている。それが、大内家の強みという事であろうか。

 覇の中核を為すのは、間違いなく大内晴持であろう。

 四国を征伐する手際といい、なかなかの名将だが、この人物も大内家の今後を左右する要注意人物だ。例えば、これから先義隆に子どもができたとして、大内家の家督を継ぐのは果たして晴持かまだ生まれていない子のほうか。

 義興から義隆へは、それまでの家督継承争いの歴史が嘘のように実に穏便に家督が継承されたが、年若くして他家から養子を取った選択が、果たして吉と出るか凶と出るか。

 京の細川家の内訌を見ても、養子というのは家の安泰を約束するものではない。まして、これから先に子どもが生まれる可能性のある人物が養子を取るのは、愚策としかいえない。何を思って晴持を養子入りさせたのか、理解に苦しむところだ。

「晴持様は、お元気ですか? 四国での戦振りは拝聴しましたが、なかなかに手強い相手だったようですな」

「そうね。晴持もそろそろちゃんと休みを取らせないといけないわね。まあ、その話もこれからしようかと思っているのだけど、あの子に倒れられるわけにはいかないものね」

「ずいぶんと気にかけておられるようですね」

「当然、なんたってわたしは母であり姉でもあるからね」

 何一つ気負う事のない返答に、当面は心配する事もないかと寿禎は判断する。

 姉と弟の仲は頗る良好なようだ。

 一族で相食む世の中にあって、そのあり方は眩しく見える。

 それこそ大友家のように、一族と重臣が二つに分かれて殺しあうような凄惨な悲劇を迎えるような家は、協力関係を結びにくい。

 ならば家の内にも外にも問題のない、上がり調子の大内家とは、まだまだこれからも付き合いを続けていくべきであろう。

 それから、さらにしばらく会話を楽しんだ後で、寿禎は屋敷を辞す事にした。

「本日は、非常に有意義な時間を過ごせました」

「こちらこそ。あなたからの情報は大いに役に立つわ」

「そう言っていただけるのは望外の喜びです。私は、この足で博多に戻りますが、対馬の件も含めて、大友と龍造寺の動きを探っておきましょう」

 九国が荒れている間に、大内家は対馬に船団を送った。対馬は銀山を有するとはいえ、その産出量は微々たるもので、朝鮮との窓口という点からも宗家を亡ぼすのは悪手だ。しかし、同時に倭寇の根城にもなっている事から貿易への悪影響を避けるために、本腰を入れて倭寇の殲滅に乗り出したのである。

 水軍を外に向かわせた以上、それが戻ってくるまでは大規模な戦はできない。九国の荒れ様は、大内家の隙を突けるほどの余裕を失わせているが、万が一もある。博多を守るためにも、大内家には大友家と龍造寺家の情報を流しておく必要があった。

「ああ、少し待って」

 立ち上がる寿禎を義隆が呼び止める。

「護衛を就けるわ。あなたに何かあっては困るもの」

「義隆様の領内で何かあるとは思いませぬが、そうしていただけると安心です」

 頬に刻まれた皺をさらに深くして、寿禎は微笑んだ。

 この少女が、父の偉業をさらに輝かせるのかと思うと、幼い頃から知っているだけに、感慨深いものがあった。

 寿禎は義隆が呼び出した護衛に伴われて山口を去り、博多への帰路についたのだった。

 

 

 

 □

 

 

 

 振り返ってみれば、大内晴持の功績は大内家中に於いても比類ないものであろう。

 安芸国の安定に始まり、伊予国の制圧と土佐国長曾我部家の屈服。大内家は、これまでにも山陽山陰における最大勢力として室町時代を通して君臨してきたが、四国にまで手を伸ばした事はなかった。それを思えば、急速に版図を広げた晴持の力は評価するに値する。

 無論、そこには後方で様々根回しを進める義隆の人脈と政治的感覚や最前線で戦う多数の家臣に支えられたものであるものの、軍事面に関しては晴持の存在が、大内家にとって極めて重要な位置付けになっているというのは無視できない。

 そのようにして、三カ国を転戦してきた晴持は、指揮官としての日々に加えて産業振興や農業生産力向上といった領国の地力を底上げする政策にも関わっており多忙な日々を過ごしていた。

「……重要なのは、最後まできちんと発酵させる事で、そうしなかったり、そもそも発酵させないで直播きすると、最悪根腐れを起こす要因にもなってしまうので、注意が必要だ」

 紅葉が目に眩しい秋晴れのある日、晴持は土佐国からやってきた中島可之助とその家臣達に対して講釈をしていた。主に、堆肥の作り方と利用法、そして実践した結果についてであった。

 『西の京』とまで呼ばれる山口も、一歩外に出れば山野や田園が広がる風景に切り替わる。収穫の季節を向かえ、たわわに実った黄金色に輝く稲穂が頭を垂れている。

 ここは、晴持が領主として治める村である。ここは実験施設を兼ねており、年貢の一部軽減と引き換えに、晴持が取り入れた堆肥や外来の野菜などを育成し、その結果を小まめに纏める職務を担う。身分としては半士半農で、戦時には兵として優先的に晴持の部隊に動員されるという側面も持っている。

 このような実験村落を晴持は山口の近郊にいくつか所有しており、少ない面積で多くの収入を得るために、堆肥や農具の研究と普及に力を入れていた。

 そもそも肥料の利用自体は、古くから行われている。

 草木を梳きこむのは古代から、人糞尿の利用も室町時代にはある程度行なわれていたという。しかし、堆肥として使用するというのは、正史では江戸時代を待たねばならなかった。

 晴持が僅かに先取りした事で、大内家の領内では堆肥作りが各農村で行われるようになっていた。

「もちろん、肥料として使うだけでなく、衛生管理にも寄与している。汚い状態を放置しておくと、伝染病の温床にもなるからね」

 晴持は説明をしながら、肥溜めから歩を進め、倉庫の扉を開ける。

「なるほど。と、……これが噂の」

 可之助が興味深そうに見つめる先にあるのは、大きな木製の箱であった。

「知っているのか?」

「はい。噂程度ですが……」

 それは、所謂唐箕と呼ばれる代物である。かつて、冷泉隆豊と初めて出会ったときに試作していたものの完成形であり、山口の近郊にはすでに普及している晴持考案――――という事になっている農具の一つであった。

 脱穀した後に、籾殻や藁屑を風を起こして吹き飛ばし、残った穀物だけを回収するための農具であり、それ以前の塵取りのような形状の箕に比べて必要な労力は格段に減っている。

 この農具が開発されるのは、本来であれば、明の末期であり、日本に紹介されるのはさらに後、十七世紀の後半になってからである。今は本場の明にも存在しない農具のために唐箕などという名前で呼ぶ者もおらず、周防国発祥という事から自然と『周防箕』あるいは『大内箕』などという呼び名が定着つつあった。

「晴持様がお考えになられたと聞きましたが?」

「先達の教えを自分なりに再現した結果だ」

「『温故知新』を実践されているという事ではありませんか。すばらしい事だと思います」

 可之助は視線を周防箕に向ける。

 農家が最も忙しいのは、田植えの時期と収穫の時期の二つだ。特に、戦国武将の多くが農民から兵を徴用しているので、農繁期は戦をする事ができないという恒常的な問題を抱えていた。それに対処しようという試みの一つが、長曾我部家が取り入れた一領具足の制度なのだが、それでも兵達が完全に農作業から切り離されているわけではない。

 結局、一領具足では、戦における戦力の底上げと動員速度の向上は果たせても、農繁期の動員力低下を解決することはできなかった。

 戦国武将の戦力が農民の動員数に因るところが大きいというのなら、農作業の効率を飛躍的に上昇させる農具の発達は、そのまま御家の地力向上に直結するといえる。

 可之助は山口にやってきてその繁栄ぶりに度肝を抜かれたが、それでも公家に傾倒しているといわれる大内家に武門の意地を見せてやろうという気概は持っていた。

 が、しかし、公家文化のみならず、こうした足元を固める努力の一つひとつが長曾我部家の先を行っているのだと思うと、愕然としてしまう。

 そもそも、一条家の血を引き、大内家で育った人物が、農具の開発や堆肥作りに力を注いでいるというのに違和感を覚える。

 血脈と育ちの割りに、思考が平民よりなのだ。発想は奇抜ながら、千歯扱きや周防箕、そして堆肥とこれまでに見せ付けられたものはどれも合理的で農民の生活に即したものとなっている。とても、公家的な生活の中で浮かぶ発想ではない。一体全体、どこからこのような知識や発想を得ているのだろうか。

 気になった可之助であったが、あまり深入りすべきではないと割り切って言及する事はなかった。

 その代わり、

「何故に、わたし達にこれほどのモノを教えていただけたのでしょうか?」

 と尋ねた。

「何故に?」

「我々長曾我部は、つい先日まで大内様に対して槍を向けていた家です。これらの技術は、いずれ広まるにしても、他家に伝わるのは極力避けるべき技術ではありませんか?」

 太平の時代ならばまだしも、戦乱の時代において農業生産力はそれだけで戦力の向上に繋がるのだから降ったとはいえ新参者の長曾我部家にここまでの情報開示がされるという点に違和感を覚える。

 大内家が長曾我部家にどのような感情を抱いているのか、それを探るのも可之助の役割であった。

 問われた晴持は、少し悩んでから口を開いた。

「長曾我部家には土佐の押さえの役割を期待している」

「一条家ではなく、長曾我部家が、ですか」

 晴持の答えは簡単ではあったが意外なものであった。

 可之助が尋ねた通り、土佐国には大内家と縁深い一条家がある。先の戦でも一条家を救援する名目で土佐国内に軍を進めたのではなかったか。

「一条家には戦から遠ざかってもらわねばならないからな。彼らには国司の仕事に専念していただく。それに、武略では長曾我部家のほうが優れているのは明白だしな。いざという時に頼みとすべきがどちらか、言わずとも明らかだろう」

 これは、晴持の偽らざる本心であった。長曾我部家は時の運に見捨てられなければ、四国を統一して天下を窺うだけの力のある家である。味方に取り入れ、適う事ならば完全に臣従していてもらいたい。

「そう、ですか」

 晴持の言葉を額面通りに受け取る可之助ではなかったが、少なくとも大内家が長曾我部家に対して騙し討ちなどを仕掛けて土佐国の完全制圧を望むなどといった野心があるわけではないと分かっただけでも安心できると判断した。

 大内家は長曾我部家に利用価値を見出しており、それを遂行させるために土佐国を可能な限り豊かにしようとしてくれている。

 度重なる戦に疲弊した国土を回復するにはやはり大内家の支援が必要なのであった。

「近く、伊予では魚油の生産をする予定だ。そしたら、その搾り滓からまた別種の肥料を作れる。まあ、土佐は山がちな地形だし、それを使うよりも落ち葉を利用したほうがいいかもしれないけどね」

「はあ……」

 可之助は生返事しかできなかった。文化水準というのか、前提とすべき知識を共有していないがために、話に付いていく事ができないでいたのだ。ただ、分かっている事は、大内家の知恵を利用すれば土佐国の生産性が上昇するであろうという事だ。

 晴持は周防箕を軽く叩く。内部が空洞になっているので、思いの他よく音が響いた。

「長曾我部家にもコイツを送ろう。土佐の生産性が上がってくれるのであれば、こちらとしても助かるからな」

「本当ですか!? ありがとうございます!!」

 晴持の言うとおり、長曾我部家の農業効率が高まれば一領具足が真価を発揮する機会も増える。秋期の徴兵も多少はしやすくなるというものだ。

「もしも、次に戦が起これば、場合によっては長曾我部家にも出てもらう。その覚悟はしておいて欲しい」

「はい。それは、もちろん心得ております」

 可之助は大きく頷いた。

 大内家に従属している以上は、長曾我部家は大内家の先陣を切る覚悟を持ち続けなければならない。農業面でも、多大な支援をしてもらえるというのだから、これに対してもきちんとした誠意を見せる必要がある。

 長曾我部家を再び土佐国の雄とするには、大内家の中で手柄を立てるのが現実的な選択肢。ならば、先陣くらい喜んで切らねばなるまい。

 ともあれ、収穫はあった。

 次の年からは、大内家から送られる農具の自家生産と堆肥などの推進を提言することとしよう。もちろん、それが土佐国の土にあるのか否かも確認しながらではあるのでそれなりに時間を要するのだろうが。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 農繁期を迎えて、全国各地で戦が小康状態となったある日の事である。

 山々は色づき、紅と黄のコントラストが空の青と世界を二分する。うろこ状の雲がゆっくりと空を漂う中で、晴持は大内家の菩提寺である凌雲寺にやってきていた。

 山口の街から北西に登った山間の地で、周囲は開けているものの、東西には川が流れており、その上流から延びる台地の上に建っているので、それだけでも堅牢な砦としての役割を果たせる。

 先代大内義興が、建立した寺で義興の墓もきちんと立っている。

 石垣は、大きな石を積み上げてその隙間を小石で塞いだもので、朝鮮的な構造となっているのが特徴である。

 台地の下には田が広がっているものの、この盆地は狭く周囲は山に囲まれている。山口方面に向かって、開けていくというような地形である。

「若様も、しばらく見ないうちにずいぶんと立派になられましたな」

 客殿で碁盤を挟んで向かい合い、碁を打つ。

 陽光を反射する頭部が眩しい、老僧である。

「そうだろう。最近、よく言われる」

 言葉とは裏腹に、渋い表情を浮かべながら黒の石を置く。

「それでも、こちらはまだまだですな」

「む……」

 住職の老僧は、手加減という言葉を知らないらしい。

 会うたびに碁の勝負を挑むも、未だに一度も勝てていない。この時代は娯楽に乏しい上に、囲碁もまた頭を使ういい練習になるという事で、暇を見つけてはやっているのだか、彼と一戦に及ぶとその努力がまだまだ足りていないという事を思い知らされる。

「相変わらず、えげつないやり方ですね」

「それを仰るのなら、若殿こそ。最近は方々に名を売っているようで。英雄色を好むとは言いますが、羽目を外してはなりませんな」

「好色ジジイに言われたくないな。仏法だけは破らないでくださいね、ほんと」

「何を言う。乙女を愛でるのもまた修行。煩悩を追い払うためには、煩悩に気付かねばならんのです。乙女を遠ざけて、如何にして煩悩の何たるかを悟るというのか」

「その発想がすでに煩悩に塗れてるっつってんだよ」

 晴持は呆れながら石を置く。

 ここまで来たのだから勝利はできないまでも、一矢報いるくらいはしなければ。

「そう仰る若殿の周りにも、見目麗しい乙女が増えているではありませんか。あの烏の組頭。明智殿でしたか。絵に描いたような仕事人という感じですが、それがまた熟れる前の果実を思わせて高評価ですな」

「とりあえず、射殺されないように気をつけてください。鉄砲の間合いならばどこからでも撃ち抜けますので」

「鉄砲のう。あの胡散臭い鉄棒がそこまでのものですか」

「胡散臭さが服を着たような御老体にそう言われるとは、鉄砲が可哀想です」

「言うようになりましたな、と」

「む……」

 老僧が追い込まれていた晴持に止めを刺して、対局は終了した。

「お手柔らかにとの願いは届かずか」

「『柔能く剛を制す』とも申しますな。若殿はまだまだ真っ直ぐに過ぎるのですよ」

「屁理屈を。上手く言ったつもりですか」

 人好きのする、子どものような笑みを浮かべる老僧は、してやったりと満足げだ。

 老僧と晴持との対局が終わるのを見越していたかのように光秀がやってきた。珍しく、衣服の色を黒で纏めている。『烏』の部隊を率いる者というイメージを形にしたのであろう。

「晴持様。こちらは準備が整いました。いつでも、狩りに出る事ができます」

「あ、そうか。分かった。すぐに行く」

 このような好色ジジイに感けている場合ではなかった。

 鉄砲による狩猟を通して、これまでの訓練の成果を確認するのが最大の目的であった。秋は実りの季節であると同時に、農作物を食い荒らす害獣との戦いの季節でもある。狩猟は、最近報告が多くなった害獣を駆除しつつ訓練を施す事ができるという二重の目的を設定した上で行う事になっているのだ。

「おう、お嬢さん、その仕事が終わったら一緒に遊ぼうじゃないか」

「坊主。あんたは黙っとれ」

 背後から光秀に声をかける老僧に、晴持はすげなく言い放つ。

 客殿から退出した晴持に隣を歩く光秀が話しかけた。

「よろしかったのですか?」

「何が?」

「お坊様にあのような事を仰って」

 光秀が気にしているのは、晴持の去り際の言葉が坊主に使うには乱暴だったのではないかという事なのだが、晴持はあの老僧、というよりも怪僧に近い男に対しては容赦がない。かつては尊敬していたような気もするが、ニョ色に惑いすぎるエセ坊主だという認識を抱いてからは、比較的雑な扱いをしていた。

 もちろん、その根底にあるのはある種の信頼関係である。気心が知れているからこそ、気楽に話ができるのだ。

 そのような事を説明しつつ、

「光秀もあの坊さんには気をつけてくれ。何をされるか分からないからな」

「はあ……」

「隆房の尻を触って、きつい一撃を貰ったのに、まったく懲りない。彼を前にして隙を見せるとどこに手が伸びるか」

「気をつけます」

 光秀は表情を引き締めて言った。

「しかし、そのような不真面目な方なのに、どうしてここの住職を?」

「ああ、そりゃ、あれで優秀だからなぁ。欠点も、あそこまで突き抜けると愛嬌になる」

 あの老僧は、仏典のみならず四書五経にも秀でており、漢詩もできる。それだけ学があるから、大内家の家臣に対して講釈をする事もある。

 仏僧の質が低下し、仏教と神道の区別もつかないような者が横行する世の中にあって、基礎を充実し、正しい知識を積み重ねた仏僧はとても貴重なのだ。

「日暮れまでにどれだけの害獣を駆除できるかだ」

「仕留めた後はどうしましょうか?」

「もちろん今夜の食事にする。あまりに多くの肉が余るような事があれば、干し肉にしてこの辺りの家に配ればいいんじゃないか」

 対象となるのは、主に鹿と猪と熊。猿の肉を食べるという発想がないし、鉄砲の音で十分に威嚇効果があるだろう。

 晴持は改めて誤射に注意するように言い含め、鉄砲を標準装備とした新設部隊として再編した『烏』を送り出したのであった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 現在の九国は、主に三つの勢力によって分割されている状況である。

 一つは、大友家。

 九国でも最大の繁栄を誇る名門であり、鎌倉時代に初代当主の大友能直が豊後国及び筑前国の守護に任じられた事で九国との縁を結び、三代目当主大友頼康の代になって、九州に下向したという。

 二つ目は、龍造寺家。

 出自は明らかではないが平安時代の公家である藤原道隆の流れを汲むという。

 肥前国佐賀郡の国人として、千葉家に仕えていたものの、後に少弐家に仕えるようになり、大内家との戦いを征した事で自立を始めた。少弐家が勢力を後退させると、これを討ち、戦国大名の階段を上り始めたのである。

 三つ目は島津家。

 大友家と同じく鎌倉時代から続く九国の名門であり、最南端の薩摩国を拠点とする勢力だ。

 初代では薩摩国の他にも大隅国、日向国の三カ国の守護を兼ねた一大勢力であった。三代目が元寇を機に下向したという点や源頼朝の末裔であるという伝承がある点は、大友家と同様だ。

 

 この三つの家が、九国で一国以上を治めている大勢力である。

 とはいえ、戦力が拮抗しているとは言い難い。

 保有する国の数では島津家が最大数である。大友家や龍造寺家は、それぞれ豊後国と肥前国を治めているに過ぎず、近隣国への影響力を有していながらも、正しくその全体を統治しているとはいえない状況だ。

 当然、国境に位置する国人は、二つ以上の勢力の間で困惑する事になる。

 こうした現状を考えると、最も強大な勢力へと成長したのは最南端にいたはずの島津家と言えるのではないだろうか。

 

 それでも、戸次道雪は、大友家が劣勢であるとは思っていない。

 島津家は潜在的には大友家を凌駕する力があるだろう。だが、大友家には豊後国という豊かな土壌があり、周辺諸勢力を繋げる交渉力がある。

 島津家の急速な台頭は、脅威の一言でしかないが、その結果北九州の諸勢力の団結を促し、大友家の発言力を上昇させたという面もあったのである。

 龍造寺家との関係も一言では表せないくらいに複雑ではあるが、島津家を脅威とする方向性は一致しており、肥後国の相良家や阿蘇家などは、すでに大友家と馬首を揃えて対島津戦線の構築を強めている。

 島津家も、新たに獲得した日向国を完全に掌握しているわけではあるまい。

 今のうちに、諸々の勢力と繋がりを深めて大友家を盟主とする島津包囲網を構築する事が、大友家の九国制覇への近道だと考えている。

 

 そのためには、まず、島津家と繋がり謀反を企てた国人を掃討し、足場を固めなければならないのだが。

「難儀な事です」

 道雪は、ため息をつく。

 目前に聳える立花山は、大友家と大内家が激戦を繰り広げてきた最前線。博多を見下ろす要衝である。幸いにして、大内家から守り続けてこられたが、博多の支配権は未だに大内家にあり、かといって博多を無理矢理奪還しようとすれば、商人達が挙って大内家に就く事になるという難しい状況を象徴する山である。

「道雪様。大内家に動きはありません。博多の周囲に一軍を配置しているようですが、こちらに向かう様子はありません。どうやら、静観する構えのようです」

「そうですか。ありがとうございます」

 差し向けた物見が戻ってきて報告した。

 大内家との国境に位置するだけに、彼らの動向は道雪の進退を左右する重大事。あるいは、立花山城と好を通じていたのではとも疑ったがその様子はない。

 彼らにとって、この城は博多の安全を保証する上で重要な意味をもつはずだ。それを、敢えて無視するというのは、果たしてどのような意味があるのか。

 道雪は一抹の不安を覚えながらも、着々と立花山城への圧力を強めていった。

 

 

 

 □

 

 

 

 ひんやりとした空気が漂う、薄暗い室内。ガラス窓から入り込む光は、十字型の影を床に映し、舞い上がる僅かな埃が光を反射して粉雪のように輝く。

 そこは、教会であった。

 近年急速に信者を増やしている南蛮神教が、最も隆盛しているのが大友家が支配する豊後国であろう。何せ、当代の当主である大友宗麟は、根っからの南蛮神教の信者であり、その権力を利用して国内の寺社仏閣を破却して回るという前代未聞の暴挙にでたくらいである。

 これにより、豊後国内の知識人は挙って大内家に庇護を求めて散っていくという事態となった。

 金色の髪と日本人離れした美貌が目を引く。

 大友宗麟。

 豊後国の支配者にして、南蛮神教最大のパトロンである。

 

 一家の当主としては、なるほど宗麟も一廉のものがある。

 武力は並以下であるが、その頭脳は大友家の家中でも上位に位置するであろう。政治的感覚にも秀でている。

 動乱こそあれ、先代から肥沃な領土を継いだ宗麟は、大友家の地盤を固め、他国に軍を差し向けるなど精力的な活動を見せている。

 そのような中で、彼女がであったのが南蛮神教であった。

 戦乱に荒れ果てた世の中。親兄弟で相争ったかつての自分。既存の宗教に救いを見出せなかったのか、宗麟は瞬く間に南蛮渡来の神教宗教に魅入られた。

 この風潮は、大友家の領内に小さからぬ波風を立てる事となった。

 

 大友家の繁栄の兆しだと、喜ぶ者と、

 大友家の破滅の予兆だと、恐れる者と、

  

 二つに割れた領内は、今前者の意見に傾きつつあった。

 対立する意見に耳を傾ける事が、宗麟にはできなかったのだ。

 旧来の宗教を排斥し、自分の色で領内を染め上げる。少なくとも、領内に関してはある程度の成功を見たといっていい。

 それだけの力を発揮できた事が、皮肉にも宗麟が未だに強い権力を握っているという証拠になってしまった。

 彼女は胸に十字を切り、厳かに礼拝する。

「よろしかったのですか?」

 礼拝堂は恐ろしく静かだ。声もよく響く。背後から宗麟に問う声は、彼女の耳にもはっきりと聞こえたであろう。

「なんの事でしょう」

 宗麟は、伏していた顔を上げ、振り返る。

 そこにいたのは、彼女の側近の一人、志賀親守であった。

 『二階崩れ』と呼ばれるお家騒動の後に、宗麟の家督相続に尽力した人物の一人である。

 無精髭を生やした様は、いかにもだらしなく見えるが、こう見えて真面目な男である。この髭も手入れを怠っているのではく、常軌を逸した多忙に原因があった。

「此度の日向入り。道雪殿は反対しておられました。道雪様がいらっしゃらないうちに、島津と雌雄を決するのは……」

「もう決めた事です。すでに、聖戦の用意も完了しているのですから、今更撤回などできません」

 日向国に兵を差し向けるのは、時期尚早だとして反対する者も多い。宗麟に意見する事のできる戸次道雪はその筆頭でもあるが、今は立花山城の制圧に赴いているため不在だ。

「道雪には苦労をかけます。足が不自由になって間もないというのに、立花山城の攻略という大事を任せてしまいました」

「道雪様でなければ、あの要害の地を攻略する事は難しいでしょう。それに、大内家への牽制も必要です。そのご判断自体は、間違いではないかと」

 道雪が雷に打たれて歩けない身体になったというのは、大友家にとって大打撃となるはずだったが、蓋を開けてみれば、道雪は驚くべき早さで職務に復帰し、戦にまで出るようになった。依然として足が動かないが、指揮官にとってはさして重要な事でもないと、彼女は割り切っているようだった。

「主が道雪に光をもたらしてくだされたのでしょう。わたしも時間を見つけてはこうしてお祈りを捧げていた甲斐がありました」

「…………せめて、道雪様が立花山城を落としてからでも、遅くはないのでは在りませんか?」

 大友家の動員兵力は、五〇〇〇〇に達する。しかし、それは緊急時に農民まで掻き集めた場合の数で、通常の戦に連れて行けるのは、二〇〇〇〇人ほどだ。それでも、大国である事に変わりはないが、今回の島津討伐戦に掻き集められた兵数は四〇〇〇〇人にもなる。この戦に宗麟が並々ならぬ意欲を見せている証左であるが、同時に大きな危険を孕む行為でもある。本拠地の守りが手薄になったり、多額の金を流出したりする事で、今後の大友家の経営に影を落としかねないのである。

「心配はいりません。島津家は日向を押さえ切れておらず、薩摩大隅の国力は低い。動員兵力はこちらが上です。伊東家を救援し、聖都を築くという大義もあります。何も恐れる必要はありません」

 宗麟の決意は固い。

 日向国は、宗麟が排斥する旧来の宗教がのさばる地である。島津家の追い出された伊東義祐が仏教へ深く傾倒していた事もあって、仏教の影響力が強く、また神代から続く高千穂信仰もあって南蛮神教は苦戦続きである。

 宗麟がなんとしても日向国を手中に収めたいと願っているのも、こうした宗教的な事情が背景にあった。

 主への忠節と南蛮神教への不信感の狭間に揺れる家臣団を尻目に、宗麟は我が道を行く。

 『賽は投げられた』

 さらに、問答を続けたのなら、宗麟は南蛮の故事を引き合いにして話を打ち切ったであろう。

 本当に今更だ。

 これ以上の問答に意味などなく、親守自身も解決になるとは思っていない。ただ、どうしても口にしなければ収まりがつかなかったのである。

 日向国を手に入れたとして、その後そこに南蛮神教の拠点が建設されてしまえば、大友家を頼った伊東家の面子は丸つぶれだ。島津家ではなく、伊東家が仏教勢力の庇護者として反乱に加わる事となろう。高千穂を中心とする神道も後を追うように大友家に反抗するのは目に見えている。

 かといって、今、大友家が攻め込める領土は日向国以外にないのが現状だ。北九州は対島津で固まっており、兵を向けるなど言語道断。その上には大内家がいて、手を出せば島津家と挟まれる。大友家が勢力を広げていくには日向国に兵を向けるしかないのである。

 故に、日向国の攻略という戦略目標は間違いではない。

 ただ、時期と目的が現状にそぐわないというだけで、方向性だけは正しいのである。

 いったい、どうすればいいのだろうか。

 親守が欲する答えは、暗闇の中に埋もれて見える事はない。けれども、大友家が今までにない試練に直面しているという事実だけは、ひしひしと感じられたのであった。

 

 




でかい研究発表が終わって燃え尽き症候群もどきでした。もっとも、これから卒論をどうにかしなけりゃならんのですが。


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その二十七

 大友宗麟の命を受けて、四〇〇〇〇人という空前絶後の大軍が豊後国を抜けて日向国へ討ち入る。

 大義名分としては島津家に亡ぼされた伊東家の旧領回復であるが、その実、大友家による日向国支配であり、宗麟が耽溺し、積極的に推し進める領国の南蛮神教化政策の一大拠点を建造するというのが宗麟の胸の内にはある。

 押し寄せる大友勢がまず攻め寄せたのは土持親成が篭る松尾城である。別名を縣城といい、「縣」その一帯を指す地名である。

 親成が当主を務める土持家は、日向国北部に勢力を張る有力国人の家系で、平安時代の荘園領主に始まる。

 宇佐八幡宮の社人として活動し、また、日向国北部の臼杵郡を中心とした宇佐宮領の弁済使や臼杵郡司を務めるなどして勢力を伸張させた。

 日向国の実質的盟主であった伊東家とは長年領地争いを繰り返してきた仲であるが、結果的には敗北しており、数代に渡って旧領回復を念願としてきた経緯があり、大友家とは対伊東家路線を取っているうちは良好な関係を築いていた。

 しかし、今は違う。

 島津家が伊東家を倒し、さらに宗麟が南蛮神教を中心とした領国経営を打ち出した事で、親成は大友家と手を切った。元来宇佐八幡宮に縁を持つ血筋だけに、寺社仏閣を破壊して回る宗麟のやり方に共感する事など、到底不可能であった。

 そうして、島津義久と連絡を取り、島津家に従う形で命脈を繋いだ土持家であったが、大友家の猛攻の前に衆寡敵せず、捕らえられた親成は豊後国で斬首される事となる。

 この攻撃に合せて出陣した別働隊が肥後国から高千穂に攻め込み、玄武城の吉村家を亡ぼしている。

 豊後国にあって戦勝の報告を受けた宗麟は大いに喜んだという。

 

 

 それからおよそ五ヶ月という長い時間を大友家は北日向国で過ごす事となる。

 この間、宗麟の意を受けた大友勢の兵によって、北日向国の寺社仏閣や南蛮神教にとって都合の悪いものは徹底的に破壊され尽くした。後世文化財と呼ぶべき先人の遺品は多くが破壊され、あるいは散逸した。

 そうした破壊活動には、元仏僧で南蛮神教に宗旨替えした者や宣教師もいたといい、土地勘のある者が積極的に破壊活動に参与した事で人目につかないところに建立された寺社仏閣も解体され、釘の一本に至るまでが理想郷建設の材料に当てられた。

 とはいえ、寺社仏閣の破壊には多大な労力を必要とする。

 大友勢による執拗なまでの破壊活動が長引いたのは、数多くの寺社仏閣を虱潰しに破壊して回るのに時間を必要とした事に加えて、戦から逃れるために、ほとんどの地元民が逃げてしまい人足の現地調達ができなかった事が原因の一つであろう。

 もちろん、これから野分の季節を迎えるに当たって、交通事情が悪化する事が容易に想像できたし、農作業との兼ね合いから簡単に進軍できなかったという事情もあろう。

 ともあれ、大友勢のこうした行動は、島津家との決戦よりも南蛮神教の布教にこそ重点を置いているかのような印象を多くの将兵に与えるものであり、旧来の信仰を守り続ける者にとっては不愉快以外の何物でもない。

 それは、この日向討ち入りを指揮する総大将である田原親賢(たわらちかかた)も同じである。

「忌々しい。何故に、わしがこのような罪深い事をせねばならんのだ……!」

 田原家は大友家の流れを引く大身の国人で、主に二流に分かれる。本家筋は国東郡鞍掛城や安岐城を持つ鞍掛田原家で、当主は田原親宏だ。そして、その分家筋に当たるのが親賢を当主とする武蔵田原家である。本拠とするのは本家と同じ国東郡であり、大友家は代々虎視眈々と反逆を企ててきた田原本家に対する押さえとして、分家の武蔵田原家を利用している。

 現に宗麟も、田原親宏から所領の多くを没収し、田原親賢に与えるなど、田原家の勢力をそぎ落とす政策を実施している。

 親賢は宗麟からの信頼も厚く、宗麟の意図するところを汲み取り実行する事のできる官僚的な性格だったためか、宗麟を押さえる事のできた宿老達が相次いで世を去る中で急速に台頭してきた人物だ。

 彼の出世に対して、戸次道雪が異を唱えるなど、家中は決して親賢の台頭を好意的に捉えているわけではないが、宗麟の鶴の一声で総大将に任じられた。

 基本的に、親賢と宗麟の関係は良好であった。

 唯一つ、南蛮神教という問題を除いては。

「宗麟様が何を考えているのか、さっぱり分からん。仏像を投げ捨て踏みつけるなど、罰当たりにも程があろうに!」

 酒を水のように飲んで、親賢は呻く。

 こうでもしなければやっていられない。心の底から嫌悪する南蛮神教に、寺社仏閣が飲み込まれていく様を目の当たりに、さらにその手助けをしなければならないというのは、彼にとって人生最大の悪夢であろう。

 何せ、親賢は旧姓を奈多といい、奈多八幡宮の大宮司の家に生まれ、武蔵田原家に養子入りしたという経緯を持つからである。

 寺社仏閣の破壊は、自らの血筋に泥を塗る行為に等しい。

 かつて、養子にとった田原親虎が南蛮神教に入信した際には、これを廃嫡し、追放するという極めて厳しい対応をしたほどである。

 日に日に、南蛮神教への不信感や嫌悪感は増すばかりである。

「親賢様。先ほど、宗麟様からの使者が参りました。その者がこれを……」

 取り次ぎ役の小姓がやってきて、そのような事を言ったので、親賢は口に運ぼうとした酒器を置きなおし、差し出された手紙を受け取った。

 広げて見ると、美しく丁寧な字体である。どうやら、宗麟の直筆のようだ。

 手紙には、戦の勝利を祝すると共に、親賢の奮闘を賞賛する言葉が書かれ、また、近く海路を使って宗麟自ら日向に入るという事が記されていた。

 ざっと、目を通した後、親賢は小姓に尋ねた。

「その使者はまさか、南蛮人か?」

「いえ、違いますが。何か?」

「何でもない。わしの酒が抜けるまでの間、しばし、酒でも飲ませて饗応せよ。宗麟様からの使者に会わぬわけには参らぬが、酔った姿を曝すわけにもいかぬ」

「承知しました。後でお水をお持ちします」

「うむ」

 と返事をして、出て行く小姓を見送る。

 弱音も文句も、人前で吐き出すものではない。そういった思考によって、己の信仰と現実に区別をつけて職務に励む事ができるのも、彼の美徳の一つであろう。言ってみれば、理想主義的性格の宗麟に対して親賢は現実主義的性格なのである。南蛮神教を頑強に拒みながらも、宗麟からの信頼を衰えないのも、そうした実行力によるものであろう。

 旧来の信仰を維持せんとする保守的な性格の重臣は宗麟が考えているよりも多く、例えば肥後国に出陣している志賀親守なども、親族から南蛮神教に入信する者が現れては頭を抱えている。

 とにもかくにも、宗麟主導の日向国の南蛮神教化政策はそれに従事する家臣達を納得させるだけの説得力があるわけでもなく、「神の教えを広めてあげる」という宗麟の一方的な好意とその他理想によって多くの文化的犠牲の上に推し進められていったのであった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 大友勢が北日向国の国人である土持親成を討ち果たした時、彼と好を通じていた島津家は救援を送るべきであったが、結果としては島津勢は大友勢とは一戦も交えないまま見殺しにしてしまった。

 なぜならば、この段階で戦の主導権を握っていたのは大友家であり、島津家は日向国の南にまで追いやられてしまっていたからだ。

 事実上、北日向国に於いて島津家と通じているのは土持家だけであり、日向国の中央を流れて海に注ぐ小丸川以北の諸城は尽く大友方に寝返っていた。

「すみませんでした。わたしが、しっかりと目を光らせていればこのような事にはなりませんでした」

 島津家を率いる四姉妹は、義久の屋敷に集って対策を協議していた。

 その中で、悔しげに唇を噛むのは島津四姉妹の三女島津歳久だ。

 島津四姉妹はそれぞれに得意とする分野があるのだが、歳久は「智謀」に秀でていると評価されている。彼女は戦の指揮も然る事ながら、戦う前の調略などに力を発揮する将であり、それ故に相次ぐ裏切りによって土持家を孤立させてしまった事に自責の念を抱えていた。

「何言ってんの、歳ちゃんの所為じゃないって。今回は、相手が悪かったのよ」

「そうそう。伊東家の縁者を押し立ててきたら、旧主を偲ぶ人達は傾くよ。歳ねえの責任じゃないと思うなぁ」

 次女義弘、四女家久が立て続けに歳久を励ます。

 人一倍責任感の強い真面目な性格の歳久が一人で抱え込んでしまうのではないかと心配しているのである。

「まあ、今回の件に関しては相手の動きが早かったよね。わたしも逃げてきちゃったし」

「家ちゃん。それはあまり簡単に言っていい事じゃないよ」

 義弘に窘められて、家久は小さく舌を出す。

 とはいえ、家久の判断は正しかった。大友家が攻め込んできた時、家久は北日向国の塩見城を拠点に領内を巡視していたのだが、大友家の大軍に挑めるほどの兵力があったわけではなかった。塩見城が直後に大友方に転じた事からも分かる通り、家久がその場に踏みとどまっていても、敢えなく首だけになるか辱めを受けるかのどちらかであっただろう。

「伊東家の旧領を、そのまま手に入れたのが仇になりましたね」

「そっくり寝返られると、一転して窮地に追い込まれちゃうわけだからね」

 歳久の言葉に義弘が頷く。

 伊東家の主を豊後国に追い落とし、日向国の一円支配に入ったはいいが、多くの地域に伊東家の影響が色濃く残っていた。島津家に縁のある将兵を、各地に新たな支配者として送り込めればよかったのだが、そこまで日向国支配の体制を整える事ができなかったのが最大の失点だったということか。

 大友家は島津家の隙をうまく突いてきた。宗麟がどこまで考えて事に及んだのか分からないものの、状況は島津家を追い込む形で推移している。

 室内に重苦しい空気が漂い始めた時、不意に上座のほうから軽い破裂音のような音が響いた。

 三人が顔を跳ね上げるようにして上座を見る。

「はい、じゃあ、反省会は終わりにして、これからどうするかを考えましょう。というか、今日みんなを呼んだのもそのためだしねぇ」

 長い髪とふわふわとした雰囲気が印象的な美女がそこにいた。

 女性として完成された肉体美が人目を引く彼女こそ、島津家の当主であり、ここに集う四姉妹の長女義久である。

 義久自身には、得意とするものは何もない。

 義久は自分には三人の妹が持っているような実戦的な「能力」は乏しいと考えていた。その反面、彼女は人に気を遣うのが上手く、また人を使うのも上手かった。

 人誑しの素養があるとも言えるだろう。

 家を守るために、当主として何ができるのかを常に考え続けた彼女の結論は、「できる人に任せよう」という形で落ち着いた。

 無責任という事ではない。

 それは、相手の力量を正しく見極める目を持ち、さらに責任は自分が取るのだという強い信念の裏づけを持って人に仕事を任せるという事である。

 絶対の信頼を見せる事で、家臣は義久に心を許す。

 島津家を纏め上げる支柱は、間違いなく義久であった。

 自らに力がないと悟りながらも、家と姉妹にとっての精神的支柱であり続ける姿勢は、毛利隆元に似通っている。

「喫緊の課題を解決しなきゃ、大友さんとも満足に戦えないし。まずは、穂北城をどうにかするのが先決ね。弘ちゃん、何か策はある?」

 穂北城は、伊東四十八城の一つに数えられる強固な城だ。一ツ瀬川の北岸にある標高一〇〇メートルほどの茶臼原(ちゃうすばる)と呼ばれる台地に築かれている。穂北城は、大友家が島津家に打ち込んだ杭の一つでもある。その北方に位置する石ノ城と共に、南日向国に於ける伊東家の旧臣達の対島津基地として島津家の北上を阻んでいるのであり、この二つの城をどうにかして落とさなければ、北日向国には攻め込めない。

 問われた義弘は唇に指を当てて、思案する。脳裏には穂北城近隣の地形を描き、どう攻めるべきかを考えている。

「あの城、南側は崖だから、どうやっても北側に回り込まないといけないんだよね。そうすると、道は二通りになる。一つは、一ツ瀬側の上流にある如法寺の辺りから台地の上に延びる道。もう一つは、下流にある台地の上に続く道」

「しかし、下流にある道は隈城が押さえています。そこを攻めるのであれば、隈城を攻略する必要がありますね」

 義弘の言葉に歳久が続く。

「大友が押し寄せてくる前に、穂北城と石ノ城は落とさなければなりません」

「調略が必要ね。歳ちゃん。頼める?」

「なんとかしてみます。内通者を作り、隈城を手早く落としましょう」

 大まかな方針は、これで決まった。

 軍の指揮を執るのは最も武勇に秀でた義弘で、それを支えるのは歳久だ。義久は後方で全体を支え、家久は遊軍としていつでも動ける状態を維持する。

 歳久が言うとおり、現状の島津家は劣勢に立たされており、大友軍四〇〇〇〇の兵を正面から受け止められるほどの力はない。

 決戦に備えて少しでも有利な状態に持っていく必要があり、伊東家の旧臣達の蜂起は早々に鎮圧しなければならないのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 長期間に渡る戦は兵卒の士気を大いに下げるものである。そのため、敵が目の前にいないのであれば、息抜きに遊びを取り入れる事も少なくない。

 多くは酒や遊女、能楽などであるが、秋風が涼やかな晴天に恵まれたこの日、穂北城の城兵が選んだのは城の下を流れる一ツ瀬川に舟を浮かべ、船上で酒を飲む舟遊びであった。

 穏やかな陽光に照らされた川の流れは緩やかで、水は透き通っている。

 島津家の動きが鈍くなり、背後の石ノ城との連携も深まる一方だ。大友家も遂に北日向国に兵を送り込んできたのだから、島津家には万に一つも勝ち目はない。

 城兵は舟の上で酒を酌み交わし舞い踊る。

「島津は今頃薩摩に篭って震えておるだろうよ」

「大友と我らが組んだのだ。島津一家で何ができるか」

「しかし、四姉妹は美女ばかりであったな。何れ攻め亡ぼすにしても首にするのはもったいない」

「またお主の色狂いか。確かに、義久を一目見た時には驚いたものじゃが」

「見てくれに騙されてはいかんぞ。鬼島津に近寄ろうものなら、こっちの首が飛ぶわ」

「これより、我らはその鬼退治をするというのに恐れてどうする」

 ゲラゲラと老若男女問わず気分を大きくして騒いでいる。

 戦の緊張状態から、僅かにでも解放されたのだから、それも当然かもしれない。

 島津家が一旦兵を引き、主要な武将を本拠地に招集したという情報も掴んでいて、そのためすぐに穂北城を攻撃するのは不可能だろうと判断しての事だ。

 

 

 

 実はこの時、すでに島津勢がすぐ傍にまで接近していた。

 不幸にも対岸は木々が鬱蒼と茂っており見晴らしが悪く、島津勢は城方に見つからないように大きく距離をとって進軍し、そこから一気に鬨の声を上げて岸辺に押し出てきたのである。

「な、何事だッ!?」

「敵襲かッ!?」

「バカな、物見はどうしたッ!?」

「矢が来るぞッ!!」

 酒に酔った城方の兵は舟の上で慌てふためき、岸から射掛けられる矢を浴びて水に落ちていく。

「城に戻るぞ! 舟を出せ、矢を射掛けろ!」

 救いだったのは、島津勢が対岸にいた事だ。奇襲ではあったが、川を渡るには時間がかかるし弓矢であればなんとか防ぐ事ができる。体勢を立て直す時間を稼ぐ事ができた。

 舟を上流の岸に繋ぎ、下船する。その後、東岸に弓兵を展開して追撃してくる島津勢を目掛けて一斉に矢を放った。

 前線の様子を観察していた島津義弘は、馬上で豪槍を肩に担ぎため息をつく。疲れたわけではない。奇襲が上手くいかなかった事を察したのである。

「義弘様。川を押し渡るのでしたら、某が先鋒を務めますが?」

 義弘に声をかけたのは、重臣の新納忠元だ。

 義弘とは二〇ほどは歳が離れている。小柄ながら剛勇の士で、戦功を数える際に最初に名前が挙がる事から「親指武蔵」の異名を持つ。

「いや、ここは退いて立て直そう。相手に動揺を与えただけでも収穫だしね」

「承知」

 言い募ることもなく、忠元は撤収の準備を始めた。

 相手方に追撃の様子はない。守りを固め、島津家の次なる攻撃に備えるつもりだろうと義弘は当たりをつける。

 その日、義弘率いる島津勢の先陣は長徳寺に宿営した。

 巨大な木が立ち並ぶ鎮守の森は古くからこの地の住人によって大切に管理されてきた事を物語っている。

 大友家がこの地に攻め込んできたら、こうした光景も灰燼に帰することであろう。それは、なんとしても防がねばならない。義弘は決意を新たにして軍議に臨む。

「お疲れ、歳久」

「姉上、お疲れ様です」

 人前という事もあって、多少畏まった挨拶をする次女と三女。歳久は別働隊を指揮し、近くの都萬(つま)神社に兵を休ませている。そんな歳久が何故この場にいるのかというと、義弘が呼び出したからに他ならない。

「姉上。敵は?」

「こっちを警戒して篝火を焚きまくってるみたい。対抗してこっちも岸に篝火を並べてやったわ」

 にやりと笑う義弘に歳久が頷いた。

「そうですね。それなら、相手は夜襲を警戒して休めない事でしょう。最低限の見張りを残して、わたし達は十分な休息を取りましょう」

「夜襲はしないのね」

「はい。警戒している相手に立ち向かうのは、こちらも痛手を被りますから。それよりは、寝不足で疲弊したところを狙ったほうがいいです」

 歳久は持ち前の無表情さで淡々と考えを述べる。

 彼女の考えはそのまま義弘の考えと一致していた。後はどのように攻めるかという問題だけである。

「今日の戦で敵の主力は如法寺に注意を向けました。よって、次に攻めるのは手薄になった下流の隈城がいいと思います」

「すると、朝駆けですかな?」

 忠元が尋ねると、歳久は頷いた。

「最も注意力が鈍る時間を狙って攻めます。敵は一睡もしていないので、日が昇ると同時に緊張の糸を切ることでしょう」

「よし、じゃあ決まりね。夜明けと共に突撃するわ。皆そのように心してかかってね」

 義弘の言葉に、諸将が緊張感のある面持ちで承知した旨を口にする。

 島津の将兵はその晩は休息をたっぷりと取って英気を養い、翌朝日の出前に戦の準備に取り掛かったのであった。

 

 

 翌朝、日が昇り始めると、辺りは薄らと朝霧に包まれていた。

「朝霧は秋の季語だったっけ。うん、今日は晴れそう。いい戦日和だ。ね、歳ちゃん」

 馬首を並べる妹に義弘はにこやかに話しかけた。

「そうですね。ですが、霧は火薬が湿気るので、あまり……この濃さでは奇襲に使えるほどではないですし、出るならもっと濃密な霧がよかったのですが」

 頭の固い歳久の返答に義弘は失笑する。

 いきなり笑われて、歳久は眉根を寄せて抗議に視線を送った。

「ごめんごめん。つい、ね」

「わたしは姉上を笑わせるために言ったのではありません」

「ありゃ、怒っちゃったか」

「怒ってなんかないですよ」

 ぷい、と歳久は視線を前方に向ける。

 拗ねてしまったかなと、義弘は頭を掻いた。

 昨夜のうちに密かに用意させた小舟を引き寄せて、忠元の部隊が乗船する。

 ゆっくりと、音を立てないように島津の軍勢は対岸へ渡る。

 戦いは城方にとってはあまりにも唐突に始まった。一晩中、緊張の中にいたために隈城の兵卒は動きが鈍く判断力が弱まっていた。それでも、突撃してくる島津勢に対して勇猛果敢に挑み槍を交える。絶叫と苦悶の声が綯い交ぜになった戦場が、血で赤く染まっていく。

「ここが勝負にしどころよ! 押せ押せ、押し切れ!」

 義弘自ら槍を振り回して敵陣を斬り裂いていく。一振りで三人の敵兵が斬り飛ばされた。義弘の突進は、もはや重戦車の突撃に等しい。衝突と同時に敵兵が薙ぎ払われ、絶命していく。

「鬼だ。鬼島津が出たぞ!」

「こ、殺される。助けッ」

「手柄首だぞ、馬鹿者! 逃げるな、ぐはッ」

「誰が鬼よ、誰がッ!」

 相手の罵声に青筋を立てた義弘は、呵責も容赦もなく首を刎ねる。噴き出す敵の血を頭から浴びた義弘は、血化粧のまま口元を歪めた。

「弘ねえ、そういうところだと思うんだけど」

「何が?」

「いや、何でも。…………この城に価値はありません。速やかに火を放ってください」

 歳久は冷厳とした声で放火の指示を出す。

 義弘と剛勇の配下によって、敵勢は押し潰された。 

 至るところで火の手が上がり、狼煙のように煙が空に上っていく。もはや、相手方にはどうする事もできない。残党を殲滅しつつ、義弘は茶臼原の台地を駆け上がり、それから穂北城を目掛けて進軍する。

「義弘様。敵は城門を固く閉ざしているようですが?」

「構わないわ。突撃ーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 忠元の言葉を聞き、城門が閉ざされて敵が守りの体勢を整えているのを確認しても義弘は止まらない。

 最速の用兵で神風の如く城に攻めかかる。

 鬨の声が上がり、地響きのような足音が城を震わせる。

 島津勢が城門に辿り着く直前、城内で騒ぎが起こった。

 城の中から火が出たのだ。騒ぎは次第に大きくなり、守りは混乱し、そして城門は内側から開け放たれた。

「さっすが歳ちゃん。いい仕事するわ」

 妹の調略が功を奏したのだ。

 裏切り者によって城は無防備となり、乱入した島津勢によって多くの兵が討ち取られ、屍を曝した。

 

 

 戦が終わった後、義弘は戦死者を敵味方の区別なく丁重に弔うよう命じ、自ら手を合せてその冥福を祈った。

 しかし、義弘を初めとする島津勢にとってはこの戦勝はあくまでも初戦でしかないと分かっていた。

 島津領に打ち込まれた大友家の楔の一つを取り除いたに過ぎない。

 とはいえ、反撃の狼煙を上げた事には意味がある。

 大友家がこの報を聞いてどのように動くのか注視する必要を感じながら、義弘は北方の情報を収集させる事にも力を注いだ。

 奪い返した穂北城を修復させた義弘は、そこを当面の指揮所として機能させる事とした。

 島津家にとって最前線となるのは、北東にある高城である。義弘が拠点としたこの穂北城は、高城へ至る街道上にあるので、前線で孤立しつつあった高城との連絡を取るには非常に都合のいい城なのであった。

 義弘は、この戦で負傷した兵卒を見舞い、動ける者には酒を振舞うなどの気遣いを見せる。

 城内を歩いていた時、一人の老人が前からやってきた。

 白い髭を長く伸ばした、儒者風の老人だった。

 名は許儀後という。

 明人で、義弘にとっては医術や学問の師である。

 義弘は一礼して挨拶をした後で、声を潜めて尋ねる。

「先生、次の戦に彼らは間に合いそうですか?」

 彼ら、とは負傷した兵卒の事だ。今回の戦いで、およそ四〇人が深い傷を負った。死者を含めれば一〇〇人ほどになるだろうか。

「次の戦がいつになるかにもよりますが、早い者でも一月は安静にする必要があるかと存じます」

「一月、ですか」

 長い、と義弘は感じた。

 大友家が、どこまで、どの程度の速度で進出してくるか分からない今、一人でも多くの兵が即座に動ける「常在戦場」の状態で待機するのが望ましい。

「仕方がありませんね。彼らには、ここで養生するように指示します」

「それがよろしいでしょう。無理をさせれば、貴重な戦力が磨り減る事にもなりますからな」

 柔らかい笑みを浮かべる好々爺に引き摺られるように義弘は笑みを零した。

 

 

 島津家にとって最も気になっているのは大友家の動向である、というのは言わずもがなであろう。義弘に言われるまでもなく、歳久は多くの密偵を北日向国に忍ばせており、素早く情報を入手するように情報網を構築していた。

 これによって大友家の動きが明らかになったのは、穂北城を陥落させてから一日後の昼頃であった。

 穂北城に在陣する諸将が軍議の間に集められた。そこで、歳久からの報告を聞く。

「大友家が耳川を渡って南下したようです」

 歳久の報告に、諸将が顔色を変えた。

 大友家が島津家と一戦を交えようというのなら、島津家は伊東家の旧臣達と同時に大友家の大軍を相手にしなければならなくなる。城一つ落としただけの今の島津家では、結んだ両者を同時に相手取るのは厳しいところがある。

「それで、歳久。大友は今、どこにいるの?」

「耳川を渡ったところで陣を張って進軍を止めたようですね。ただ、宗麟自身は後方に留まって、南蛮神教を広めるために南蛮寺の建立を進めているようですが」

「どういうこと?」

 義弘は首を捻る。

 大友家の動きが理解できなかったからだ。

「それは当人に聞かない事には分かりませんが、足元を固めようとしているのか、あるいは統率が取れていないのか、舐められているのか、何かの罠か」

 島津家と大友家が睨み合う最前線高城は耳川からおよそ二五キロメートルのところにある。武装した一軍が足並みを揃えて遅めに移動しても、一日もかからない位置にある。何故、高城に攻めかからないのか分からないのだ。今ならば石ノ城も健在なのだから、挟む事もできるし島津勢を石ノ城に任せたまま、高城を大友本隊が攻めるというような二方面作戦も執れるというのに。

「とにかく、わたし達は高城を救援するためにここから北にある石ノ城を取らなければならないわ。だったら、大友が止まってくれている間に攻め寄せるのがいいんじゃない?」

 義弘の言葉に、諸将は思案げな顔をする。

 大友家がすばやく救援に来た場合、島津家は大友家と城側に挟まれる可能性も出てくる。それに石ノ城は、伊東旧臣の長倉祐政(ながくらすけまさ)が篭り、頑強な抵抗を見せる天然の要害である。敵方になった時、島津家は真っ先にこれに攻め寄せながらも返り討ちにあってしまった事からも、攻略には時間が必要だというのは分かる。

「石ノ城に篭る兵は士気が高くとも少勢です。大軍で取り囲み、立て続けに攻撃を加えれば気力も衰え、疲弊していく事でしょう。それに、水の手を切れば、相手は戦い続ける事ができなくなります」

 歳久が意見を述べる。

「水の手。場所は掴んでいるの?」

「はい。以前、調べさせておきました」

「他に意見がある人はいる?」

 義弘はぐるりと諸将の顔を見渡したが、特に反対意見が出る事もなかった。大友家が接近して来ている以上は、どうにかして石ノ城を攻略しておかねばならず、時間をかけている余裕はないのだから、歳久の策以上に確実性のある策を提示できなければ発言の意味はない。

 ここに、石ノ城攻めは決まった。

 

 

 

 □

 

 

 

 石ノ城は島津勢の猛攻の前に屈し、城主として一軍を指揮していた長倉祐政は和睦した上で豊後国方面に去る事になった。

 餓えと渇きに苛まれながら、十日以上も島津勢を相手に孤軍奮闘した祐政の戦いぶりを、義弘は高く評価し、酒や肴を送って礼を尽くした。

 祐政は戦に敗れ、城を島津家に奪われながらも命を拾った。そんな彼は、それでも伊東家の復活を諦めてはいなかった。

 大友勢と合流した祐政は、そのまま新たな戦いに向けて牙を研ぐ事とした。

 しかし、それでも大友家に対する不信感を払拭するには至らない。使命感のみでなんとか身体と気力を保っているが、このままで島津家を駆逐し、伊東家を再興できるのであろうか。

「大友が何を考えているのか分からぬ」

 大友家の者に聞かれないように小さく呟きながら、祐政は思案する。

 彼ら伊東家の旧臣が島津家に対抗したのは、大友家の支援があったからだが、具体的に兵を送ってもらったとか、武器弾薬の供与があったというわけではない。言ってみれば、祐政側からの大友家への一方的な信頼によって蜂起したのである。それは、大友家ならば、島津家を討ち、伊東家を再興してくれるのではないかという期待と実際に兵を送ってくれたから信頼したのである。

 しかし、現実には大友家は石ノ城を救援することはなかった。

 それ以前に、穂北城を見殺しにもしている。

 果たして、大友家は彼らと共に戦うつもりがあるのだろうか。

 きちんと進軍していれば、石ノ城は陥落する事はなかった。

 あまりにも行動が遅い。

 島津側が武士の誇りを持たぬ者であれば、今頃祐政は殺されていただろう。大友家は最前線で戦う祐政を見殺しにしようとしたも同然である。

 どういうことだと問い質したくなるのも当然であろう。

 大友家の異様なまでの進軍速度の遅さは、おそらくこの戦の趨勢を分ける事になった。

 島津家は、小丸川以南の伊東家旧臣達の反乱を完全に鎮圧して、足元を固める事に成功したからだ。もしも、大友家が彼らを救援するために大軍を南下させていたら、今頃島津家は日向国から一兵残らず駆逐されていたに違いない。

 もしも、そういった事に頭が回っていないのであれば、いよいよ大友家に勝機はないという他なかった。しかし、それでも、伊東家を復活させるには大友家を頼る他なく、祐政は苦しい心境のままただただ苦虫を噛み潰したような表情で決戦の時を待つのであった。



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その二十八

 龍造寺隆信は肥前国に根を張る龍造寺家の当主である。

 武勇に秀でるものの、驕りやすく、血気盛んで短気と性格的に難があるのが欠点だ。

 顔立ちは美しい女性ながら、その戦振りから「肥前の熊」とまで呼ばれるほどなのである。

 龍造寺家は、九国三強の一つに数えられる家だが、他の二家と異なり下克上によって成り上がってきた新参者であり、肥前国内に未だ、多くの敵対勢力が蠢いているのが目下の悩みであった。

 龍造寺家のかつての主家は少弐家であった。

 しかし、隆信の曽祖父が勢力を増すと共に少弐資元を裏切り、大内義隆と好を通じて独立を図った事で龍造寺家の命運は分かれた。

 主君殺しに反発した少弐家の重臣によって追放されるなどの艱難辛苦を乗り切り、隆信の代で龍造寺家は独り立ちするに至った。

 天気がよかったので、隆信は政務の合間に広場に出て槍の稽古をしていた。

 もはや身体に染み付いた技の数々は並の兵卒では歯が立たないほどであり、護身術というよりも、彼女の好戦的な性格が反映された殺人術であった。

 空気を斬り裂く小気味よい音が繰り返される中に割って入ったのは、静かでとても落ち着いた女性の声だった。

「殿、大友が耳川を渡ったとの事です」

 声の主は、鍋島直茂。隆信の従妹であり、義姉妹の契りを結ぶ仲である。頭脳明晰で、龍造寺家では軍師の立場でもある。諸国の動静を見極めるのも、彼女の仕事であった。

「ふぅん、そう。近く、決戦って事」

「大友の動きに奇妙なところがあるので、何とも言えませんが、双方共に激突せずに退く事はありえないでしょう。日向の地は、両者にとってそれだけ重要な土地ですから」

「どっちが勝つと思ってる?」

「兵数、国力では大友に分がありますが、大友の兵卒は士気が低く、大将の器のある者が戦に出ておりません。一方の島津は兵数では劣りますが結束が強く、強兵です。実際に戦となれば、おそらくは島津優位に進むかと」

「戦は数で決まる。それは基本だろ」

「はい。しかし、それだけではありません。『孫子』の言うところでは、「君主の賢明さ」「将軍の能力」「天地の利」「軍法の徹底」「兵数」「兵の錬度」「賞罰の明確さ」の七計を開戦前から分析する事を説いておりますが、これに照らしてみると大友家が島津家に勝るのは「兵数」のみです」

 君主は南蛮神教に傾倒しすぎて、領民のみならず重臣達にも蟠りが広がっている。九国でも最高峰の将器を持つ戸次道雪や吉弘鎮理(しげまさ)は北方で生じた立花家や高橋家の反乱に手を焼いていて参戦していない。島津家の調略があったものと思われるが、そのような状況下で南下する事自体、大きな誤りだと直茂は考えていた。

 また、島津家の軍法の厳しさやそれによる強い絆はあまりにも有名だ。地の利も守勢に回っている島津家にある。

「まあ、島津が勝つというのならそれはそれでいいんだ。あたし達にとっては、領土を広げる好機ってだけ」

「では、静観と」

「今のうちに足場を固めるわ。近いうちにエリを松浦半島に向かわせる。平戸を押さえれば、あたし達も経済的に大きく成長できるはずでしょ」

「では、信常殿にはそのようにお伝えします」

 直茂は主君の判断に異を唱えず、その場を辞した。

 大まかな戦略としては、この二人が脳裏に描いている絵図は同じであった。

 大国同士が喰らい合っているうちに、龍造寺家は力を付ける。どちらにしても、大友家とも島津家ともいつかは戦わなければならないのであるから、共食いにわざわざ手を出す必要はない。

 直茂の見立てでは大友家が敗北するという。

 今まで、龍造寺家は独立した大名でありながら、間接的には大友家の指図を受ける関係にあった。完全に独立して勢力を拡大するには、大友家が負けてくれたほうが都合がいい。

 隆信は日向国での戦の様子を観察すると共に、軍を動かし、肥前国の統一に大きく動き始めるのであった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 大友宗麟は、北日向国を流れる北川の南岸沿いにある街に牟志賀(ムジカ)と名前をつけて南蛮神教の布教拠点とした。その名はスペイン語で音楽を意味する「musica」に由来するという。

 縦に長い日向国で、戦場となっているのは南側である。宗麟は、総大将なのだから本来は兵を率いてさらに南進しなければならないのだが、彼女は兵の指揮を田原親賢に任せて南進させるだけで、当人はムジカから動こうとはせず、日々を鷹狩りや能楽、教会でのミサに費やしていた。

 しかしながら、宗麟の余裕も決して実状を反映していないというわけでもない。

 なぜならば、現段階では大友家が圧倒的に優位に立っているからだ。

 兵の多寡で言えば、島津家など一蹴できるほどの差があり、伊東家の旧臣達の蜂起もあって、あっという間に島津家は日向国の南にまで追い込まれる形となった。

 結果、宗麟の目の前には未だに敵は現れず、大兵力は一切の邪魔を受ける事なく悠々と南下する事ができていた。

「今更何を心配すると言うのです」

 と宗麟は側近に嘯く。

「ムジカ近隣の異教の悪魔はすべて根絶やしにしています。神もお喜びになるでしょう」

 宗麟の目には島津家の姿が映っていないのであろう。

 こうした宗麟の態度は、周囲の者達を少なからず困惑せしめ、南蛮神教に入信している者から見てもいっそ異様とすら思えるほどに深い信仰は、宗麟と他者の心との間に断崖の如く立ちはだかるに至った。

 本格的な島津家との激突を前にして、宗麟の姿勢は聊か軽率であったが、人間は「その時」が目の前に来なければ、なかなか自らを振り返らないものである。

 宗麟もまた、戦をしているというのにその当事者意識が乏しく、南蛮神教の庇護者という肩書きのために日向国に降ってきたという考えでいるのかもしれない。

「宗麟様。仏閣の件は置いておきまして、長倉祐政様に関してはどのようにされますか?」

 小姓が尋ねてきたので、宗麟は淡く笑んて言った。

「彼はすでに島津家の領内に潜伏し、伊東家旧臣達と蜂起の準備をしています。複数個所での同時蜂起に合せて水軍を動かし、島津勢の後方を撹乱する手はずになっています」

 長倉祐政は、石ノ城に篭っていた伊東家の旧臣だ。島津家に攻められて、石ノ城は落城したが、彼は和睦を結んで宗麟の下に逃れていた。

「そうなのですか」

 と、小姓は感心しながら呟いた。

 遊び惚けているように見える宗麟が、戦に関して策を巡らせていた事や祐政の不屈の精神に対して、幼い少女は憧憬の念を抱くだけであった。

「あの方にも神のお導きがありますように。わたしは、日々、教会でそのように願っているのですよ」

 宗麟は手を組んで目を瞑るのだった。

 

 

 

 □

 

 

 

 義弘の陣に、伊東家旧臣の一斉蜂起計画が実行前にもたらされたのは、島津家にとって不幸中の幸いであった。

 計画に参与する者の中に、島津家の武威を恐れて裏切る者がいて、そこから計画の仔細が島津家に伝えられたのである。

「即刻、名前の挙がっている者を捕縛しなさい。あるいは斬り捨て!」

 義弘は顔色を変えて配下に指示を飛ばした。

 情報によれば、伊東四十八城の城下に一斉に放火し、都於郡城(とのこおりじょう)に攻め込むというものであった。それに呼応して大友家の水軍が側面から上陸し、島津勢に大打撃を与えるという恐るべき計画だ。

 大友勢が南下し、高城を包囲せんとする今、その背後で騒ぎを起こされては堪ったものではない。

 義弘の命を受けた家臣達は、大急ぎで方々に散り、内通者の助けを受けて加担者の大半を討ち取り、計画を頓挫させた。

 が、しかし、それでも諦めない男がいた。

 長倉祐政である。

 祐政は島津家の迅速な対応と裏切りに歯軋りしながらも、自分のすべき事を全力でこなした。

 首謀者でありながらも島津家の追及から逃れ、潜伏先の三納村でついに蜂起、村々に火を放ちながら一〇〇〇余人という人数を集めて八代、本荘、綾といった地域を陥れ、当初の予定通りに都於郡城を目指した。

 この祐政の暴虐に、島津勢は終始劣勢を強いられた。

 不意を突かれた事に加えて街道を押さえられたので連絡が寸断され、伊東勢の反乱の規模が掴めなくなったのである。

 これに、逸早く対応したのは折りしも高城へ援軍に向かっていた島津家久であった。

 家久は北郷時久やその息子の北郷相久(すけひさ)に命じてこれに当たらせ、鎮圧した。

 祐政はまたしても逃亡し、再起を図って高城を攻撃しようとしていた大友勢と合流したのであった。

「しつこいというか剛毅というか。嫌いじゃないけどねー」

 家久はその報を聞いて呆れたように笑った。

 伊東家の旧臣達の反乱に手を焼く事になったのは、島津家が彼らの主君を追い落とした後に、彼らの勢力をほとんど潰さないまま日向国の支配に入ったからであろう。大友家が攻めてきたのも、日向国の支配が完成する前だったために、伊東家の残党が力を持ったまま敵対しやすい状態になったのである。

「宗麟さんは、それをうまく使えてなかったから助かったけど、そうじゃなかったら大変だったかな」

 冷静に考えて見れば、この戦は島津家が強いというよりも、大友家に過失が多すぎるからこそ、ここまで互角に渡り合えているのだ。

 噂に聞く戸次道雪が出てきたらあるいはどうなるか分からない。

 歳久の計略によって、北九州で反乱を引き起こせたから分断できたものの、綱渡りであった。

 とにもかくにも、窮地を脱した島津家はそのまま家久に一五〇〇人の兵を率いさせて高城への援軍とした。

 これによって、高城を守る兵は二〇〇〇人ほどとなった。

 高城の城主山田有信はこの来援に感謝し、城兵ともども大いに士気を上げた。

「家久様、よくぞお越しくださいました!」

 肩甲骨程度にまで伸ばした黒髪を一本結びにした、面長の少女であった。家久よりもいくらか年上とはいえ、年齢が近い同性なので話しやすい。

「有信さん、お疲れ! これからはわたし達も一緒に戦うからね!」

「はい。真、心強い限りです」

 家久は多くの家臣から信頼されている。

 戦術面に秀でるのみならず、長女譲りの明るい性格と次女譲りの勇猛さ、そして三女譲りの聡明さと家久は三人の優れた姉の長所を濃縮したような天才型だ。常ににこやかで愛嬌を振りまいているが、それは同時に感情の起伏が少ないという事であり、策謀を巡らせる歳久が実のところ感情的なのに対して家久は恐ろしく怜悧な頭脳を持っている。

 こうして、有信と話をしている間にも、家久は自軍と相手との戦力差を考え、城を守る上で必要な兵の配置を脳内に構築する。

 高城は北側を切原川、南側を小丸川に囲まれた岩戸原という平原に突き出るように存在する台地の端に築城されている。

 西側以外はすべて絶壁となっており、また、西側には七重の空堀が掘られている。それだけでも、制圧するには相当の兵力と時間がかかる。有信がこの城に五〇〇人という少勢で孤立した状態で篭城しながら守りぬけたのは、この城が天然の要害だからだ。

「じゃあ、兵数も増えた事だし、それぞれの堀と堀の間にも兵を配置しよう」

 この城と地形ならば、直接敵が攻め寄せるのは、台地と接続する西側だけである。そこに徒歩の兵を配置し、その他三方には弓と鉄砲で武装した兵を多めに配置するという形で守りに入った。

「ここが我慢のしどころだよ、有信さん。本隊の来援まで持ちこたえれば、後はどうとでもなるからね。むしろ、わたし達の役目は……」

「はい。敵勢を一兵でも多く引き付ける事ですね」

「うん。苦しい戦いになると思うけど、相手を引き込めればこっちのものだよ」

 家久は城兵を元気付ける意図もあって、大きい声で前向きな発言を繰り返した。

 

 

 それからしばらくして、攻め寄せた大友勢は、瞬く間に高城を取り囲んだ。

 城兵の一〇倍に達する大軍であり、綺羅星のように陽光を受けて輝く黒塗りの鎧の数に、さしもの家久も生唾を飲んだ。

 生死を賭けた戦いの緊張感が戦場を満たす中で、大友勢の攻撃が始まった。

 大友勢は崖下にまで攻め寄せると高城に向けて鉄砲や矢を浴びせかける。城兵は、三つの城門をしっかりと閉めた上で、矢玉を四方に撃ち掛ける。

 上に矢玉を飛ばさねばならない大友勢と異なり、島津勢は上から下を狙えばいいので、楽々と攻め寄せる雑兵を撃ち殺していった。

 こうした戦闘が三回、断続的に行われた。

 激しい戦闘で城下の村は焼き払われ、島津勢にも負傷者が出た。とりわけ、西側から攻め寄せた大友勢に対応した部隊の損耗が激しい。

 地形を頼みとして優位に事を運んでいるが、根本的に敵を打ち倒せるだけの戦力があるわけではないので、家久は如何に損害を抑えて敵を弾き返すかを、考え続けなければならなかった。

 その時、家久の思考を崩す轟音が響き渡った。

「うきゃッ」

 思わず、首を顰める。

 快晴に似つかわしくない雷のような音は、ほぼ同時に高城の倉庫に何かが着弾した。

「今のは……?」

 家久が外を見ると、大友勢の陣の一つに巨大な鉄砲のようなものを発見した。国崩しと呼称される大砲であった。

「南蛮から買いあさった武器の一つかな」

「家久様、お怪我は!?」

「大丈夫」

 家久は心配する有信にそう言いながら、兵の混乱を鎮めるために城内の兵に声をかけて回る事にした。

 未知の武器はその威力以上に「未知」という事実そのものが恐怖を煽る。大砲は結局大きな鉄砲でしかなく、命中精度も低い。木造の日本の城には壁を崩したところで、崩落が全体に広がることは、早々ない。とどのつまりは、あの武器には過度に警戒するほどのものはないのである。

 家久は冷静にそれを見極めて、さらなる激戦に向けた士気高揚に努めるのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 家久が高城に入って数日が経ち、戦局は膠着状態を迎えていた。

 頑強な城を頼みに抵抗を続ける島津勢を切り崩せない大友勢という構図は開戦当初から変わらない。大友勢は水の手を切って家久に降伏を促したが、運よく古い垣根から水が湧き出しているのが発見され窮地を凌いだ。結果、高城は城門を二つ突破されたものの、それ以上の侵攻は頑として拒み続け、大友勢も力攻めを諦めて包囲戦へと戦略を転換したのであった。

 局地戦では家久が勝利を続けている。

 しかし、城を囲まれた状態ではいつまでも抵抗を続ける事はできない。矢玉が尽きれば、刀と槍で戦わねばならず、食べる物がなくなれば、餓死が待っている。

 家久の苦境を報せる密使が戦場の南方にある財部城(たからべじょう)を拠点とした義弘の下に届いたこの日は、激しい雨が大地に降り注いでいた。

「高城は現在、城に篭れるだけの兵が篭っており守りは万全。士気高く、大友を寄せ付けておりませぬ。しかし、何分、戦が長引いておりまする。兵糧にも限りがあり、このままでは餓えて死ぬか討って出るかを選ばねばならなくなりまする」

「分かってる。何とかして、兵を送るから、もうしばらく持ち堪えるように伝えて。必ず、助けに行くからって」

「ありがとう存じます」

 家久からの使者はその後、義弘の書状を携えた使者と連れ立って高城に戻って行った。

 それから、義弘は歳久と協議する事とした。

 急いで援軍を派遣しなければならないという点では一致したが、ではどのようにとなると難しい。

「敵は切原川の北岸に、四つの陣を敷いています。上流から野久尾の陣、本陣、川原の陣、松原の陣として、さらに高城城を囲むように、小丸川沿いにも敵先陣が布陣しています。高城を支援するにしても、この陣をどうにかしなければなりません」

 歳久は絵図を広げて敵陣を黒い碁石で表現する。

 敵将は総大将の田原親賢他、重臣田北鎮周(しげかね)、佐伯宗天、軍師角隈石宗などなど大友家の中核を為す面々が揃っている。

 正面からぶつかっても、おそらくは弾き返されるか、手痛い被害を被るであろう。

「まず、敵陣を側面から崩す。方法は……」

「釣りますか」

「そうだね。そうしよう」

 標的は敵陣の中央、川原の陣。ここを崩せば、敵陣は東西に分断される事になり、戦局は一気に島津側に有利になる。

 そうと決まれば戦の準備だ。

 作戦を後方で指揮を執る義久に伝えるべく伝令を飛ばし、義弘と歳久は各々最終的に詰めの協議に入った。

 

 

 二日後、雨が上がるのを待って島津勢は密かに進軍を開始した。

 土砂降りで足元はぬかるみ、川の水量は増加していて氾濫の一歩手前であった。この状態ならば、川に囲まれた高城への攻撃はできなかっただろう。

 自然の猛威によって進軍を遅らせてしまった義弘にとっては、それがせめてもの救いであった。

 この二日の間に、地形に詳しい者を召しだして策を再検討し、標的を川原の陣から最下流に位置する松原の陣へと移していた。

 義弘の部隊は小丸川を渡らずに南岸に陣を構えた上で、歳久と一五〇〇の兵に川を渡らせて、山中に隠した。

 

 

 

 □

 

 

 

「この戦いは時間との勝負です」

 歳久が声を潜めて諸将に言った。

 将の中には新納忠元の娘である新納忠堯(にいろただたか)もいた。陽動部隊の一つを彼女に任せているのだ。

「松原の陣を絶対に突破しなければなりませんが、戦となれば敵本陣も動くでしょう。敵の援軍が来る前に如何に敵陣を突破できるかが分かれ目となります」

 それから、もう一度この戦の趣旨とこれが決戦に続く大切な戦である事を再確認した。

「それでは、各々の役目に全力を尽くしてください」

 極力、音を隠して諸将は散開する。

 歳久を陽動部隊の本陣とし、左右に別働隊を潜ませる。

 歳久達は松原の陣の後方の山中にやってきていた。秋の風物詩たる紅葉に彩られた木々が、歳久の頭上を真紅に染めている。

 じっと息を潜めて歳久は五〇〇人の兵と共に茂みに隠れ、様子を窺った。ジリジリとした緊張感が胸を焦がし、心臓の音が耳の奥に聞こえるほどであったが、頭は今までにないほどに冴えているような気がした。

 ちょうど、そこに大友家の小荷駄隊が通りかかった。護衛の兵は三〇〇人ほどであった。

 喉が渇いて生唾を飲み、自ら弓を引いて小荷駄隊の真ん中に矢を射込んだ。

「突撃!」

 歳久の号令を受けて、五〇〇人の島津勢が鬨の声を上げて小荷駄隊に突っ込んだ。

 歳久自身も、弓兵二〇人と鉄砲隊一〇人を直接指揮し、近距離から矢玉を撃ち掛けた。

「し、島津ッ」

「どうして、いきなり!」

「ぎゃあッ」

 不意を突かれた大友勢は壊乱状態に陥って、我先にと逃亡する。

「ついでに荷駄を壊してしまいましょう。この米、一粒たりとも相手に渡さぬように!」

 轟音と硝煙の匂いが立ち込める戦場に、新たに喊声が響き渡る。

 騒ぎを聞きつけた松原の陣の兵が馬に飛び乗り、槍を手にとって向かってきたのである。さらに、その東側の各陣も島津家の強襲を聞きつけて動き出した。

「一当てして退きます。山中に引きずり込みますよ」

 歳久は矢を放って敵を牽制しながら、山道を駆け上がる。彼女に従う兵卒が敵とぶつかりながら山中に消えていった。

 歳久は気丈に矢を放ち、味方を叱咤しながらも、高城の方に注意を払っていた。

 松原の陣だけならばいいが、他の陣まで釣れたのでは敵が多すぎて伏兵が機能しなくなるからだ。その不安を払拭するように、高城の城門が開け放たれ、家久が手勢を率いて城の外に出た。

「あの娘は」

 歳久の意図を汲んだのは明白だが、多勢に無勢だ。

 家久が出てきた事で、上流に陣取った敵はそちらの相手をする事になる。これで、歳久の策はなったも同然であった。

 歳久の部隊を追って山中に引き込まれた松原の陣の将兵の上方から、新納勢が突っ込んだ。上から下へ降りる勢いは凄まじく、敵勢を一息に突き崩すのではないかという勢いだ。さらに、それに続いて下方から攻め上る一隊があり、歳久はそれを確認してから反転を指示する。

「な、に、上からだとッ」

「下からも、……挟まれたッ!?」

「うぬ、おのれ島津。謀ったか!!」

「引け、引けーーーーーーーッ!!」

 上下に挟まれた大友勢の正面を、歳久の部隊が強襲する。

「引け、ですか。残念ですが、それは無理です」

 歳久は壊乱する敵勢を憐れむでもなく、ただただ静かに事実を口ずさむ。

「すでに袋の鼠。逃がしてあげる道理もないのです」

 轟音が鳴り響く。

 退路に先回りさせた鉄砲隊が木の陰から逃げ惑う敵兵を狙撃しているのである。悲鳴と怒号が入り混じり、赤い紅葉が飛び散った血で赤黒く変色した。

「皆さん。隊列を整えて、敵陣に突っ込みますよ。松原の陣を陥落させた後は、川原の陣の後方を抜けて高城を目指します」

 松原の陣を壊滅させた歳久は、そのまま少数の利を生かして素早く移動し、松原の陣の上流に陣取る川原の陣の後方の山中を抜けてから、大友家本陣と川原の陣の間を通って切原川を渡河し、高城の城下に達した。

 また、松原の陣が陥落すると同時に、下流の義弘は上流へ移動を開始、歳久の進路を開くために、川原の陣の正面に攻めかかり、さらに別働隊が最上流に陣取る野久尾の陣と激しく戦っていた家久の部隊と合流し、形勢逆転となった。



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その二十九

 前哨戦で勝利を収めた島津家は、高城の安全を確保する事に成功し、切原川を挟んで大友勢と対陣した。

 高城に詰めていた家久や有信は、戦死した仲間を弔うと共に、島津勢の見事な敵中突破を褒め称え、戦死者に見せてやれなかった事を惜しんだ。

 また、後方から指揮を執っていた、当主である島津義久率いる本陣も戦場に到着した。今は、相変わらず後方にいるが、根白坂と呼ばれる丘陵地帯に陣を構えている。

 事実上、島津家がこの戦に動員したすべての兵がこの地に集っている事になる。

 これは、島津家と大友家の全面戦争の一歩手前といった状態になっているのである。

 そのような状況下ではあるが、高城の城内では笑い声が上がっていた。

 敵が目の前にいるということで、気を抜くわけにはいかないが、その晩、家久はささやかな酒宴を催した。

 飲み食い騒ぐ中、

「大変です、家久様!」

 唐突に、一人の伝令が駆け込んできたのである。

「ど、どうしたの、いきなり。敵?」

 飛び込んできた伝令の様子に家久は若干引きながら尋ねた。

「い、いえ。そうではないのですが、そうとも言えるようなもので」

「はっきりしなさい」

「は、はい。先ほど、城下に大友の使者が参られました」

 家久はそれを聞いて、思わず有信と視線を交わした。事ここに至って、使者とは。以前は降伏勧告が度々出されてきたが、完全に島津家が高城以南を取った今、家久達には降伏する理由がない。では、どのような用件であろうか。

「その使者は、なんという方かな?」

「その者が申すには、田原親賢と……」

「たッ、田原親賢!?」 

 伝令の口から出た名は、大友勢の総大将の名であった。

 さしもの家久も、これには驚愕の色を隠せなかった。

 

 

 

 

 敵の総大将を城内に引き入れるわけには行かない。

 高城の麓にボロボロの畳を敷いた簡易的な陣所を作り、家久はそこで親賢と面会した。

「直接会うのは初めてですね。島津家久です」

「若いとは聞いておりましたが、想像以上にお若い。某、大友家臣田原親賢と申す。単刀直入に申し上げて、此度は和平の使者として参った次第、義久公にお取次ぎ願えまいか?」

 家久はにこやかな表情のままに、相手を仔細に観察する。

 和平の使者は親賢だけではなかった。代々の重臣である臼杵(うすき)家の若き当主統景(むねかげ)や佐伯宗天の弟である佐伯新介なども同行している事から、密約の類ではなく正式な使者という扱いに違いない。

「和平の取り次ぎ役を承る事は光栄です。すぐにでも義久様の陣所にご案内いたしたいところですが、護衛が多いのでとても案内できません。せめて、二〇人ほどにしてくだされば、この足でご案内いたします」

 この時、親賢を守っていたのは五〇人近い精鋭であった。

 本陣に、それだけの大人数を連れ込むわけにはいかない。

 家久の言葉に親賢は大きく頷いて、納得の意を伝えた。

「ところで、どうしていきなり和平なんか?」

「無益な戦を長引かせても、得る物がない、というのでは不満ですかな」

「ううん。納得」

 家久は人好きのする笑みで飛び跳ねるような軽い足取りで親賢を本陣にまで案内する。

 家臣からはここで討ち果たしてもいいのではないかという意見も、密かに家久の耳に入れられたが、それは断固として禁じた。

 和平交渉の使者を斬るなど、島津の誇りが許さないからである。

 

 

 

 □

 

 

 

 総大将である田原親賢と島津義久との間に和議が結ばれたが、大友陣営の中ではそれを快く思っているものばかりではなかった。

 元々親賢に対して好意を抱いている者が少なかった事もあるが、それ以上に血気に逸る武将が少なからずいたという事に問題があった。

 その晩はうなじが軋むような寒さだった。

 どんよりとした雨雲が棚引き、今にも雪が降ってきそうな天候だった。

 大友勢の諸将は、佐伯宗天の陣に集まって、軍議を開いていた。

 パチパチと篝火が弾ける中で、敗戦を喫した直後だからか空気が重い。

 まず、宗天が口を開いた。

「島津は強い。島津家久一人に手を焼いていたところに、さらに義弘と歳久が駆けつけて陣を一つ失ってしまった。この上義久が後詰として布陣している。今、決戦を挑んでも敗北は必至。ここは、宗麟様に事情を説明し、援軍を請うのがよいのではないか」

 宗天の言葉は、田原親賢の和平交渉と近い結論に達していたから出てくるものであった。

 島津家との戦いが怖いのではない。

 そもそも、この戦そのものに意義を見出せていないから出てくる言葉である。

 大友家が南蛮神教に汚染されていく。そのように感じている諸将にとって、南蛮神教の理想郷を建造するという宗麟の姿勢は誉められたものではない上に、伊東家の復興が大義名分となっているからには、獲得できる領地も日向一国とはいかないだろう。徴発された者にとっては対岸の火事であり、まったく関わりのない戦に狩り出されて辟易している者が大勢いたのである。

 が、その宗天の言葉に対して激高したのが田北鎮周(しげかね)であった。

 鎮周は、立ち上がるなり叫んだ。

「何をバカなことを申すか、宗天! この期に及んで宗麟様に援軍を頼むなど、恥知らずにも程がある! ここにおわす諸将がどうお考えかは知らぬが、わしは断固として援軍の要請には反対だ!」

 鎮周にしてみれば、大軍を発して攻め込んでおきながら、島津家との戦いでは黒星しかないというのが気に入らない。時の運や戦術と戦略が噛み合わないなどの問題が重なった結果でもあったが、目の前の戦にすら勝てないのでは恥ずかしくて主君に顔向けができない。

「故に、わしは明日島津に決戦を挑み、義久の首を討つ所存だ! もしも武運拙く敵わなければ、我が首が落ちるのみだ!」

 このように言って聞かない。ギロリと宗天を睨み付ける鎮周を、宗天は負けじと睨み返す。

「まあまあ、お二人とも島津と睨み合っている時に、味方で睨み合ってどうなさる」

 一触即発の二人の間に、穏やかな口調で割って入ったのは軍師の角隈石宗であった。

「石宗殿」

「鎮周殿のお覚悟、真に天晴れながら、冷静になっていただきたい。この一戦、我らの誇りを守るのが目的ならば、それもよろしいでしょう。しかし、島津との一戦は御家の大事。血気に逸って死ぬなどと申されるべきではなかろう。それこそ、宗麟様への奉公を忘れておるのではないか」

 諭すように石宗は言う。

 が、頭に血が上った鎮周には届かなかった。

「石宗殿はもとよりこの戦には反対であったから、そのように言えるのだろう。だが、わしはこの考えを改めるつもりはない。これが、皆々様との今生の別れとなろう!」

 そう言うや否や鎮周は床机を蹴って自陣に戻ってしまった。

「なんだ、あの態度は。ヤツは俺を侮辱しているのか!」

 宗天もまた、鎮周の物言いに激怒してしまったいた。

「御家のために戦をしようというこの俺を、臆病者とでも言いたげな。あのような頭のおかしいヤツとは思わなかった。斯くなる上は勝敗を捨て置き、明日の戦にて俺が臆病者などではないという事を証明する以外にない!」

「何故にお主までそのようなバカな事を言うのだ。そのような事をしては、日向攻めが失敗に終わるだけでなく、御家の名誉にまで傷が付く。悪い事は言わない。頭を冷やし、田原と相談して明日を迎えようじゃないか」

「相談など必要ない。石宗殿。あなたには申し訳ないが、これ以上は何も言わないでくれ。俺は明日一戦に及び、臆病者かそうでないかを世に示さねば、腹の虫が治まらぬ!」

 宗天も怒りが収まらず軍議は散々な結果となってしまった。折りしも、島津家との和平交渉が成立した頃の事で、彼らの行動は結果として和平という名の策略となってしまうのだが、そのような事は怒り心頭の二人にとっては関わりがなかった。そもそも、和平自体が、彼らにとっては承服していない珍事だったのだから。

 面子を潰された形になった石宗は、しかし穏やか表情のまま、ため息をついた。

 この戦は時期尚早である、と幾度も宗麟に説いたが主を心変わりさせる事ができなかった。その時点で、彼は死を覚悟していたのだ。

 宗天でもなければ、鎮周でもない。

 敗北し、異国の地で死ぬ事を覚悟して宗麟に尽くす石宗こそが真に勇気ある者と言えるのではないか。

 

 

 

 □

 

 

 

 和平がなったからと言って、義久は油断しなかった。

 密かに大友家の陣中に忍ばせた逆瀬川豊前(さかせがわぶぜん)からの情報で、敵陣中の口論と翌日の開戦を事前に察知していた。

 よって、島津勢は和平を一方的に破棄する形となった大友勢に対して大義名分を得たと喜ぶと同時に夜陰に紛れて配置に就き、翌日の開戦を待った。

 この時、すでに島津勢と大友勢との間に数の差はほとんどなくなっていた。

 根白坂に陣取った本陣には義久と歳久が入り、総勢一〇〇〇〇人となり、さらに義弘は五〇〇〇人の兵と共に小丸川下流域南岸の丘陵地に布陣する。また先鋒として北郷久盛ら二〇〇〇人が敵陣正面に進出し、伏兵八〇〇〇人が上流と下流に分かれて身を伏せていた。

 夜明け間際、東の空が曙光に濡れたまさにその時、大友勢本陣から勇ましく駆け出てきた田北鎮周(しげかね)の部隊三〇〇〇が小丸川の中心で島津勢先鋒と激突した事を皮切りに、最後の戦いが幕を開けた。

 北郷久盛は二〇〇〇人の兵を必死に指揮して応戦するも、鎮周はもとより死を覚悟しているため勢いが凄まじい。さらに、鎮周に負けじと佐伯宗天も押し出てきたため、島津勢先鋒は瞬く間に飲み込まれて壊滅した。

 この緒戦で、先鋒を指揮していた北郷久盛を初めとする多くの将兵が川底に沈み、大友勢にしても斎藤鎮実ら重臣が討ち死にを遂げるという壮絶なものとなった。

「久盛。……死んだの」

 義弘は唇を噛み締めて、戦場を俯瞰する。

 彼らが壊滅する事は当初から想定されていた。久盛らには、死の危険を伝えた上で送り出したのだから、義弘には悲しむ資格はない。自らを奮い立たせて槍を振るうのみだ。

「義弘様。敵勢、雪崩を打って攻め寄せて参ります!」

「そうね。作戦通り」

 大友勢は、全軍を挙げて小丸川を渡り、島津本陣を目掛けて進軍していた。

 統率が取れておらず、一部の部隊が勝手に動いたために、それに巻き込まれる形でなし崩し的に本陣までが移動しなければならなくなったのである。こうした大友勢の自滅は、島津勢にとっては非常に好都合なものであった。

「いくわよ、みんな。この一戦で、大友勢を叩き潰す。敵は我らの先鋒を崩して勝利に酔っている。この隙を逃すな!!」

 叫ぶや否や、義弘は自ら馬の腹を蹴って丘陵地から駆け下る。

 大友勢にとっては、唐突に五〇〇〇もの大軍が目の前に現れたように見えただろう。

 大波同士が激突するかのように、両者は正面からぶつかった。一瞬の停止の後、島津勢が大友勢を押し込んだ。

「首は討ち捨て! 一兵でも多く叩き切れ!」

 義弘の叱咤が飛び、島津勢は戦意を高揚させて大友勢を斬り伏せていく。

 さらに、義弘の突撃を呼び水として義久が本陣を前進させる。

 また、右翼と左翼に展開していた部隊が姿を現し、二キロに渡る鶴翼の陣は、その本来の役割を忠実にこなして中央突破を図った大友勢を左右から包み込む。

 敵味方の区別もつかぬほどの乱戦の中で、遂に大友勢の先鋒が崩れた。

「佐伯宗天、討ち取ったり!」

 島津勢の誰かが叫び、宗天の身体は人の山に埋もれた。鎮周も、戦場のどこかで果てた。指揮官を失ったそれぞれの部隊は、壊走するも、後方の大友勢と押し問答となって退くに退けず大混乱となった。

「撤退だ! 退け、退け!」

 撤退の指示が出るとすぐに、大友勢は我先にと逃げ散っていく。

 高城の城門が開かれて、突出した家久が側面から逃げていく大友勢を斬り捨てる。

 ここに勝敗は決した。

 大友勢は壊乱したまま、指揮系統も崩れ、ひたすら豊後方面へ走り去っていく。

「追撃します」

 歳久が静かに告げた。

 大友家の力をそぎ落とす好機である。ここで、一兵でも多く討ち取れば、大友家は一気に衰退するであろうし、そうでなくとも、力を取り戻すのに多大な資金と時間を浪費する事になろう。

 

 

 島津勢の追撃は執拗を極めた。

 親の仇であるかのように、逃げ惑う大友勢の背後を脅かし続ける。主戦場となった小丸川は血で紅く染まったが、そこからさらに二五キロも北上した耳川に至るまでに万を超える大友兵が討ち死にして屍を曝した。島津勢は、丸一日かけて、平野中に屍山血河を築き上げたのであった。

 この時、耳川は、連日の雨で川が増水し、それなりの用意がなくては渡れないほどになっていた。比較的川幅の広い耳川を渡るには、舟を用意するか浅瀬を探るしかない。

 逃げてきた大友勢に川を渡る用意があるはずもなく、途方にくれて川岸に広がるのみであったが、背後から迫り来る死神の群れから逃れるには、どうにかして川を渡らねばならない。意を決して飛び込むという手もあるが、彼らがそれをしないのは、対岸に築かれた陣城の影響も大きいだろう。

 小丸川から耳川にかけては日向国でも最大の平野が続いている。しかし、それも北上するにつれて西から山々が押し迫り、耳川に至って海と山の距離が非常に近くなる。耳川を渡った先にも山が続いていて、急に見晴らしが悪くなるのである。

 そんな地形を利用して、山を背後に背負った陣城は、急造ではあるが簡素な砦として機能している。

 これが大友家の陣であれば、喜んで逃亡兵も川に飛び込んだであろうが、問題は風に靡く旗に描かれた家紋であった。

 見る者が見れば、それが大内家の家紋であると気付くだろう。

 この報を聞いた歳久は、それ以上の進軍を危険と判断せざるを得なかった。

 そして、その判断が歳久の命を救う事となる。

 歳久が進軍を止めると、その背後に続く他の島津勢も追撃を止めた。それを見て取ったのか、耳川の南側にある美三ヶ辻という山に一斉に旗が翻り、鬨の声が上がった。

 そして、降ってきた一軍が大友勢と島津勢を分断する。

 一目で強壮な兵だというのが分かる。

 足並みを揃えた黒い集団の中から、白い衣を身に纏った少女が馬に跨り進み出てくる。

「わたしは長曾我部元親。我が主家である大内家と伊東家との縁は深くそれによって、日向まで兵を進めた。大友殿との戦、実に見事と言う他ありませんが、この地はあなた方の土地にあらず。早々に兵を退かれよ」

 突然の事に、島津勢は一瞬完全に忘我した。それから、激しい怒りが沸き起こった。

 それを制して、歳久が前に出た。

「お初にお目にかかります。島津貴久が三女島津歳久です。長曾我部元親殿。一代で土佐一国を手中に収めんとした猛将の噂はかねがね窺っています。お会いできて光栄です」

「あなたが歳久殿ですか。なるほど、確かに聡明そうなお顔立ちだ」

 それを言うなら、と歳久は元親を仔細に観察して相手もまた学に長じていると察した。

 もともと、調査は行っていたので、ただの脳筋ではないという事は知っていたが、正面から対峙すれば弁舌はさわやかで兵の統率はすばらしい。付け入る隙は、今のところ皆無だ。これは、突撃しか脳のない者には決してできない芸当であり、無策に戦ったのでは大きな被害を受けるに違いない。

「兵を退けと仰ったが、はいそうですかと退けるものではないという事くらいご存知でしょう。漁夫の利を狙うような真似をして、恥ずかしいとは思わないのですか」

「撤退の理由が必要というのなら、一戦に及ぶのも構わない。もちろん、その時は相応の覚悟をしていただきたい。敗軍を追い立てる際の危険性は、あなた方の方がご存知のはずだ」

 意味ありげな元親の言葉に、歳久は背筋に氷塊が滑り落ちる気持ちになった。

「まさか……」

 歳久は視線を素早く周囲に向ける。右手は海だからいいとしても、左手には山が迫ってきている。直前まで長曾我部家の存在に気付かなかったように、他の手勢が控えている可能性も否定できない。

 敗走する大友勢を追い立てているうちに、大内勢の囲いに飛び込んでしまったとしたら。

小丸川以南(・・・・・)まで兵をお退きください、島津殿」

「く……」

 歳久だけでなく、島津勢は皆小丸川から耳川までの二五キロを一昼夜かけて走ってきたのだ。途中でそれぞれが休息を取ったが、それでも疲労は溜まりに溜まっている。陣も満足に敷けていないこの状況で、長曾我部家に突っかかれるものではなく、しかも、自分達のお家芸とも言える「釣り野伏せ」を相手に使用されている可能性が提示されたために、味方の士気は挫かれた。

 一旦可能性を疑ってしまえば、動くに動けなくなる。

 この戦術が、これまで島津家にどれほどの恩恵をもたらしてきたか理解しているが故に、自分達に仕掛けられた時の被害が容易に想像できてしまうのである。

 姉や妹と協議するまでもなく、答えは一つだけだった。

 

 

 

 □

 

 

 

 

 大内家が日向国に入ったのは、海路からであった。

 四国を取った大内家にとっては、混乱して海上防衛が満足にできない日向国に討ち入るのは大して難しい事ではなかった。

「倭寇退治に時間がかかったのが痛かったな」

 宗麟が建造半ばに放置したムジカに、新たに築いた陣城の中で戦勝の報告を聞いた晴持は、改めて時期の悪さを毒づいた。

 海を渡るために対馬に向かわせた水軍が戻ってくるのを待つ必要があった。長曾我部家や河野家からもいくらか船を出させていたので、大規模輸送を行うのに必要な数がなかなか揃わなかったのである。

 しかし、それにしても大内家の行動は迅速だった。

 支配者が二転三転した北日向国は統治者不在の混乱状態にあり、さらに大友家による寺社仏閣破壊によって反大友の気運が高まっていた。それも、大内家の討ち入りを助けてくれた。

 とはいえ、このような出兵を晴持は望んだわけではなかった。島津家と大友家の共食いの結果を知っていたので、大友家を滅亡の淵に追い込んだ上で、大友家が大内家に屈する形での同盟を結ぼうと思っていたのだ。

 ところが、日向国での大友家の蛮行に業を煮やした義隆は日向国討ち入りを決意、なんとしてでも日向国に入り、寺社仏閣を守れと命じたのであった。

「いきなり、島津勢の相手などという大変な仕事を任せてすまなかったな、元親」

 晴持は、耳川から戻ってきた元親に酒を振舞い、その苦労を労った。

「大丈夫、相手は疲弊していたし、不意を突いたからこちらの被害はほとんどないよ。ただ、……」

「ただ?」

「全力でぶつかるとなれば、わたし達もかなりの覚悟をしなくちゃいけない相手だ」

「だろうな。そうでなければ、ここまで大友がやられるとは思わないからな」

 結果や大まかな展開を知っていた晴持であっても、絶句するほどなのだ。事前にこの展開を予想できなかった他の者達にとっては島津勢の強さを再認識させられた戦いであったろう。

「それにしても、ここはすごいね」

 元親は周囲に視線を巡らす。

 見た事のない道具が並べられていて、中には宝石や金銀で飾られた物まであった。地球儀やガラス製のグラスなど、南蛮渡来の品がほとんどであり、聖書や油差しも置いてあった。

 そこは、建造半ばの礼拝堂であった。屋根も完成し、聖母像や十字架が飾られた簡素な教会で、内装はほとんど手付かずの状態だった。

 大内勢は、本陣をこの教会に敷いたのである。

「宗麟が宣教師と共に持ち込んだものだろう。大友は、俺達が港に入ったと知るや否や一目散に逃げたって言うからな、置き忘れたんだろう」

「逃げたって話は聞いたけど、まさか、そこまで」

 元親は大友家の慌てぶりを聞いて、苦笑する。

 大内勢は、上陸と共にムジカを目指す部隊と南下して耳川付近に陣取る部隊とに分かれた。南下部隊を率いていた元親は、大友勢の撤退について聞いたのは、陣城を構築している時であった。

「俺達、大友とは一戦も交えなかったからな」

「何の抵抗もなかった?」

「ああ。どうやら、大内家の舟が港に現れた時点で逃げ帰ったらしい。大友は、いろいろと庶民の恨みを買ってるからな。道中、何もなければいいのだが」

「何かあったら困るの? 付け入る隙が大きくなるんじゃない?」

「隙が大きいのは、それはそれで困るんだ。日向の北半分を押さえるには、大友とは友好関係になければならないからな」

 大内家が有する日向国との交通手段は、今のところは海路のみだ。

 陸路で行こうにも、間には大友家の領土が横たわっている。何かあった時に迅速に動けないから、統治は難しいのである。

 よって、制海権を確立し、大友水軍の機能を停止させ、近隣諸国を繋ぐ海上交通を大内家で独占する必要があった。

 加えて、宗麟が生きているからこそ、大友家の内部の亀裂は深まっていく。

 大々的な混乱をされては困るが、同時に結束されても困る。宗麟が生きている限り、大友家が即座に瓦解するようなことにはならないし、家臣達が結束する事もない。

「島津の恨み。相当買っただろうな……」

「それは、たぶん、そうだろうね。目の前で、目標を掠め取られたのだから、忸怩たるモノはあるはずだよ」

「元親もか?」

 かつて、長曾我部家の土佐国統一の夢を横から妨害し、長曾我部家を屈服させたのは、他ならぬ大内家であり、主導したのは晴持であった。

 問われた元親は、晴持に歩み寄る。それから、晴持を覗きこむように、顔を寄せて囁いた。

「……どう思う?」

「さあ、どうだろうな」

 挑発的な元親の視線に、晴持は表情を変えずに応じた。

 五、六秒、視線を絡めた後、元親は笑みを浮かべて引き下がった。

「勝負事に勝敗は付き物だ。いちいち恨んでいても仕方ないよ」

「あっさりしてるな」

「そうでもないよ」

 と、元親は言う。

「でも、うだうだ言っても格好がつかないからね。わたしは、家を纏めていかなくちゃいけない立場だから」

「そうか」

 元親なりに考えて、納得のいく結論を導き出したのであろう。

 自分を破った相手に仕える事例は、戦国の世では当たり前のように存在するが、それでもすぐに切り替える事ができるかというとそうではない。

「そんな長曾我部に、日向の領地を与えたいんだがどうだ?」

「え……?」

「何を驚く」

「いや、突然だったから。でも、いいの? 伊東家の事は」

「もちろん、伊東家にも領地は与える。だが、すべてじゃない。要所はこちらで押さえる。その一部を長曾我部に任せるというのだ」

 元親の土佐国から日向国に至るのが一番近い。治めるのであれば、何かあった時にすぐに向かえる人材に任せておくのがいい。代官を置くなり好きにすればいいだろう。

「そう、晴持さんがそう言うのなら、わたしはありがたく頂戴するよ。ところで、これからの事はどうするの?」

「これからか」

「そう。今回の戦で島津は完全に敵になったはずだし、大友は衰退するのは明らかだ。けれど、九州に大内が参入するのは……」

「ああ、時期尚早だった。義姉上が断固たる決意で命じてきたからな。それは、それで仕方ない」

 島津脅威論から北九州の諸勢力を糾合する事で、大内家への依存度を高める作戦は、これで半ば頓挫した。それでも、大友家を撃滅した島津家の力は九国中に響き渡っただろうし、これからも島津家が北上するのは確実なのだから、連合盟主の大友家の衰退の後には頼るべき別勢力が必要となる。

「大内脅威論が出ないといいがな……」

 問題は、こちらが半ば自発的に九州に入ってしまった事で、大内家が島津家と同等に危険な存在であると思われる事だ。そうなれば、連合は中々構築できなくなるし、島津家の付け入る隙となってしまう。

「とにかく、今は伊東家の再興に力を注いで、印象をよくしておかないと」

「姫君は?」

「大友のところにいるようだから、今回捕虜にした大友勢と引き換えだな。さっき、光秀を豊後に向かわせた」

 元親の言う姫君とは、晴持の実兄一条房基の娘であり、晴持からすれば姪に当たる。政略結婚で伊藤家当主伊東義祐の息子の伊東義益に嫁いだのである。義益は病弱で、若年にして卒したが、嫁いだ姪はこの地に留まっていた。それを利用し、幼い彼女を救援するという大義名分を掲げて、大内家は日向国に介入したのだ。

 大友家からすれば、危ないところを助けられた反面、面子を潰された形にもなり、この直後から良好な関係というわけにはいかないだろう。

 場合によっては、大友家を除外した北九州の新秩序の構築を急ぐ必要があるかもしれない。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 大友家との戦から数日後、島津四姉妹は鹿児島の本拠地である内城に集まっていた。

 大友家四〇〇〇〇の大軍を智謀と勇気で迎えうち、壊滅に追い込んだ大勝利に浮かれるまもなく、介入してきた大内家によって小丸川以北を牛耳られたために、戦勝の喜びに泥を塗られる形となってしまった。

 大友家を利用した広大な大内家の罠に嵌められた、という取り方もできる敗戦であり、四姉妹にとっても初めてとなる大敗北であった。

「まあ、歳ちゃんが悪いわけじゃないよね。あれは」

「むしろ、歳ねえが迅速に兵を退かなかったら、全滅してたかもしれないし」

 義弘と家久が口々に言うのは、歳久が最終的に撤退の判断をした件についての是非であった。

 しかし、これに関しては仕方がないとしか言いようがなく、大内家の不躾な介入への批判の方が強かった。

「結果として、小丸川以南は島津のものとなりましたが……わたし達が退いた事で、敵に北部の領有を認めたような形になってしまいました」

「それはそれでいいんじゃない。南日向を手に入れた事で今はよしとしないと。欲張りだと足元を掬われちゃうわ」

 義久の言葉に歳久はさらにしゅんとする。

 深追いしすぎたのを、暗に指摘されてしまったからだ。義久にその気がなくとも、歳久には響く言葉遣いだった。

「と、とりあえずこれからの事を考えようよ。大内家が出てきた以上、今まで通りにはいかないんだし」

 と、義弘が慌てて話題を変える。

「そうねぇ。どうしようかしら。日向にまた攻め込むわけにもいかないしねぇ」

 困ったように義久が頬に手を当ててため息をつく。

 日向国にはすでに伊東義祐が戻されたという。旧領の全回復とはいかないまでも、伊東家の旧臣を集めて勢力の建て直しに動いているし、大内家の傘下に入るのは明白であった。大内家を後ろ盾にした伊東家は、日向国の旧領主家という事もあって迅速に建て直しを図っている。

「進むんなら肥後しかないよね。でも、また連合ができちゃうのは面倒だなー」

 家久が言う連合とは、伊東家、相良家、阿蘇家の対島津戦線である。伊東家を潰した結果、それらは大友家を背景に結束したが、その大友家も今回の戦で大打撃を被り勢力を減衰した。しかし、その一方で大内家が介入し、伊東家を復帰させた事で、連合は息を吹き返し始めたのである。

「大友と大内がどう関わるか分かりませんが、伊東家と大内家が結ぶ以上は、相良家や阿蘇家とも繋がるでしょう」

「大友家を相手にするよりも厄介よね」

「じゃあさ、こっちも連合作っちゃえばいいんじゃない? どうせ大友さんは内部から混乱が広がるだろうから他と足並みは揃えられないだろうし、今のうちにね」

「そうですね。では、今後大内と敵対する可能性があるのは……」

「肥前の熊さんかな。平戸の松浦家は三代前から大内家と仲いいし、平戸を欲しがってる熊さんなら、大内家と敵対するかもしれないよ」

 家久の意見に、他の三人も頷く。

 龍造寺家は、今のところ島津家と大きくぶつかった事はない。肥後国の国人のように、こちらの膨張にもそれほど危機感を抱いていないだろうし、何よりも龍造寺隆信は、大内義隆から一字を貰っていながら離反し、大友家に就き、さらにその大友家を今山の戦いで破って以降は、大友家からも半ば独立した状態にある。

「大内家に対する危機感を煽って、敵の連合を遅らせ、同時にこちらは龍造寺と結んで九国の統一を目指す。うん、そんな流れでいいじゃないかな」

 当主である義久が、方針を認めた事で以後の島津家の動きが決まった。

「よし、じゃあ打倒大内さんでがんばろー!」

「大内って言ったら、陶隆房とか大内晴持とかいるんでしょ。うわー、一戦交えてみたいな!」

「大内つぶし。大賛成です。特にわたしを釣り野伏せで嵌めた人には、たっぷり仕返ししてあげます。ええ、もうたっぷりとね」

「歳ねえ、顔怖い。誰が発案者か分かんないけど、大変だこれ」

 数日後、島津家を発った密使が龍造寺家に到着。その後、龍造寺家との間に同盟が結ばれる事となった。

 



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その三十

 九国に大内家が本格的に参入した事で、情勢は一気に動き始めた。

 島津脅威に色めき立っていた九国の諸勢力は新たな勢力の出現に警戒の色を濃くし、果たしてどちらに就くべきかを決めかねる状態となった。

 大内家の九国における版図は、日向国北部、豊前国、筑前国北部となっている。

 経済の要衝を押さえているので、他勢力に対する優位性となっているが、問題は、日向国が飛び地となっている点だ。

 海路での輸送が可能とはいっても、事変に対して即座に動けるわけではない。

 仮に島津家や大友家に攻め込まれた場合、その地の将兵が決死の覚悟で守らねばならなくなるし、下手をすれば大内家から独立しようという動きを出しかねない。

 そのような意味では、明らかな失策である。

「肥後近くを取れた事をプラスに考えるしかない、か」

 晴持は現状をそのように考えて、前向きに捉える事にした。

 日向国に関しては、小丸川以北を取った大内家ではあるが、一部を伊東家に返還している。彼らには島津家に対する押さえとして、頑張ってもらわないといけない。

 晴持が日向国での活動の中心と定めたのは、大友家に亡ぼされた土持家の所領であったムジカの周辺だ。

 ここは、複数の川が流れる水運の地で、延岡港という良港に恵まれている。この地を中心にして、四万石ほどの石高を期待できる範囲を所領と定めて日向国の運営拠点とした。

 本当は、一から築城したいのだが、そういうわけにもいかない。時間と資金の問題がある。よって、ここは五ヶ瀬側上流に位置する松尾城を改修して利用する事とした。

 川の北岸にある小さな丘陵の上に建つ城は、大友家に亡ぼされた土持家の最後の城であった。

 そのため、大友家からの攻撃を受け、落城した折の傷がそのまま残っており、使いまわすには修復する箇所が多い。

 これから冬に入り、気温は一段と下がってくる。

 降雪量が少ないのを幸いとすべきか、それとも攻められやすいので不幸とすべきか判断が付きかねるが、とにもかくにも冬であっても作業を続行できるのは嬉しい。

「門の上は多聞櫓にしよう。コの字形の」

 戦国時代後期に出現する多聞櫓は、松永久秀の居城であった多聞城に由来するという。

 簡単に言うと長屋のように兵が常駐できる建物を、そのまま城壁上に築く事で櫓としての機能を持たせられるというものだ。

 兵が建物の中にいるので、攻めにくく、防御力は極めて高い。

 コの字型に配置すれば、敵を引き寄せた上で三方向から挟み撃ちにできる。

 城の縄張りは初めからあるものを使うので、建物そのものにしか手を加えることができない。小山の上にあるというのも自由度を下げる要因だ。

 とはいえ、実際に造るのは晴持ではなく大工だ。

 彼らの技術で、これが造れるのかどうかが問題となってくる。

「はあ、長屋風の櫓ですか……」

 棟梁に尋ねると、興味深そうな視線を向けてくる。

 五〇の大台に入るくらいの、細身の男性だ。額に鉢巻を巻き、一見すれば寒そうな薄手の着物を着ている。しかし、作業をしていたからなのだろう。彼の頬を汗の雫が伝っていた。

「可能ですか?」

「可能か不可能かって事なら、可能としか言えませんな。俺達にも矜持がありますんでね」

「それは心強い」

 職人気質の棟梁の事だから、必ずそう言うと思っていた。

「何、長屋一つ建てるのと大差ないんで、それ自体は難しくねえのよ。ただし、問題もありましてねえ」

「問題……?」

「ぶっちゃけ人手不足なんですわ。大友さんがいろいろとしてくれたおかげで、皆方々に散っちまってなぁ」

 棟梁は恨めしそうな顔をする。

 大友家が日向国に入ってした事は島津家との決戦ではなく、とにもかくにも宗教弾圧であった。

 多くの寺院が破却され、南蛮寺へ造り変えられた。

 その際に、地元民は皆逃げ出してしまい、大友勢は人手不足の深刻化によって南蛮寺の創建に宣教師が自ら木材を運ばねばならない状況だったという。

「なるほど。人手に関しては、何とか呼び戻せるように努力しよう」

 木材を運ぶにしても人手は必要だ。

 今は城の改修に力を注いでいるが、そのうち寺院の再建も行わねばならない。そうなると、人手不足は益々深刻化するだろう。

「こっちでも、何とかやり繰りしますわ。後で図面見てもらいてぇんですが」

「是非とも見せていただきたいですね」

 敵の間者が入り込む可能性を考えると、人手は安易に増やすわけにもいかないし、難しい問題だ。

 地元民を徴発できれば、その危険性は格段に減るので都合がいい。

 敵との戦いもそうだが、戦災を恐れて逃げてしまった人々を呼び戻すために、治安の回復と商業の活性化は必要不可欠な課題なのであった。

 

 

 城下の屋敷に戻った晴持を待っていたのは光秀であった。

 色素の薄い髪。

 出会った頃は、肩よりも上で切り揃えていたのが、最近は切る暇がないのか肩にかかるくらいにまで伸びていた。

 こうして見ると、目鼻立ちが整っている事もあって、姫武将というよりも深窓の令嬢といった風だ。

 大友家に捕虜と伊東家旧臣の交換を交渉しに行くなど、晴持の右腕として十二分に力を発揮してくれており、ここ数日も肥後国の国人阿蘇家に出向いて協力を要請しに行っていたのである。

「お帰り、光秀」

「ただ今戻りました、晴持様」

 光秀はきりりとした表情を崩して、柔和な笑みを浮かべた。

「帰ってきたその足で来たのか?」

「はい。身だしなみだけは整える時間をいただきましたが、極力早くお目にかかりたいと思いましたので」

「そうか。わざわざすまなかったな。疲れているだろうに」

 初めて逢った時から、それなりに長い時間を共有したとはいえ、外見が大きく変わるような月日ではないのだが、光秀の印象も、ずいぶんと柔らかくなったような気がした。

 気心が知れてきたということだろうか。

 光秀を暖かい茶を出して、光秀の苦労を労う。

「こちらは、活気が戻ってきたようですね」

 茶碗を置いた光秀が、そのように言った。

 大友家に破壊された街並の復旧は、最優先事項として進めた。その効果もあるだろうが、それでも棟梁が言ったとおり、以前の水準には遠く及ばない。久しぶりに帰ってきた光秀にとっては、変わったように見えているのかもしれないが、まだまだ、道のりは険しい。

「人手不足が甚だしくてな。城の補修もままならないくらいだ」

「また、奇特な事を仰ったのでしょう」

「奇、特? いや、そこまでではないんだがなぁ」

 そもそも、光秀に奇特と言われるほどおかしな事をしているわけではない。

「しかし、何かしら難題を申しつけられたのではないのですか?」

「まあ、そうかもしれない」

 多聞櫓は、まだ一般に知られている構造ではないし、松永久秀が果たしてこの構造を取り入れた城を建てたかどうかも定かではない。

 まったく新しい構造の櫓という点では、試行錯誤が必要なところも多いだろう。

「だが、必要だ。日向は、いつ死地になるか分からないからな。少しでも、城の守りを強くしなければ」

 多聞櫓の特徴は、これといった弱点がない事だ。

 中の敵を狙撃するのも難しく、上って乗り越えるのはほぼ不可能である。

 よって、構造を相手に知られたとしても、攻め寄せる敵は距離を置くか力押しをするかしかなくなる。ミサイルでもあれば、話は別だが。

「ところで、阿蘇のほうはどうだった?」

 阿蘇家は古代から連綿と続く名家であり、肥後国内でも有力な国人である。

 当主は阿蘇惟将という人物だという。

 光秀を使者に立て、阿蘇家に向かわせたのである。無論、対島津戦線を構築するためだ。

「島津家の北上に対して、阿蘇家の方々は非常に強い関心を示しておいででした。ただ、大友家が島津家に大敗を喫した事から、家中が揺れているのは確かなようで」

 元々は大友家を盟主とした連合であった。

 南肥後国の相良家も含め、一丸となって島津家に対抗しようとしていたのだが、小丸川で大友家が島津家に撃破され、大打撃を被った事で、連合による島津打倒という構想が大きく後退した。

「こちらとの同盟は、上手くできそうか?」

「はい。大友家との同盟よりも、新たな秩序を模索しているご様子でした。わたし達の提案にも、非常に強く関心を示しておいででしたので、後は詳細を詰めていけば問題なく話は進むかと思われます」

「そうか。それはよかった。少なくとも、島津家に就くつもりはないと言う事か」

「そのようです」

 日向国での戦が一応の決着を見た以上、島津家が次に狙うのは肥後国であろう。真っ先に狙われるであろう相良家とも連携を深め、肥後国で島津家の北上を食い止めたいところである。

「晴持様、大友家はどのようにされていますか?」

「大友か」

 光秀に問われて、晴持は唸るように言った。

 大内家にとっては仇敵の一つである。しかし、現状の大友家は最盛期にくらべて陰りが見え始めている。元々、内部に火種は多く燻っていたが、それが島津家との戦いによって大きく燃え上がったような状態である。

 まだ、明確にとは言えないが、大友家が弱体化していくのは火を見るよりも明らかであった。

「実は、阿蘇家に赴いた時に、気になる噂を耳にしました」

「気になる噂?」

「はい」

 と、光秀は真剣そうな視線を晴持に向ける。

「島津家が龍造寺家と結ぼうとしているとか」

「……は?」

 島津家が龍造寺家と結ぼうとしている?

 一瞬、光秀が何を言っているのか分からなかった。

「それ、本当の話か?」

「まだ、噂話の段階ですが」

 確かに、噂と前置きはされていたが。

「それなりの確度はあると見ているのか?」

「島津家にとっては、単独で大内家と戦うよりは他の勢力と連合するほうが都合がいいと思います。龍造寺家は少なくとも肥後を押さえる上では島津の邪魔にはなりませんから、結んでも不思議ではないのではないでしょうか」

「島津と龍造寺が結んだら、これまで以上に厄介な事になるじゃないか」

 島津家の北上に加えて、龍造寺家の侵攻にも注意を払わねばならないという事になる。

 すると、肥後国はまさしく草刈場となろう。

 早いうちに何処の勢力に属するのかを決めておかなければ、あっという間に征服されてしまう。

 このような噂が出るという事は、果たしてどういう事なのだろうか。

 あえて島津側が情報を流している可能性もある。慎重に判断しなければならないところだ。

「その噂が本当なら、ますます大友ともめている場合じゃなくなるな」

 大友家の影響力が激減しているのだから、今まで大友家に就いていた筑後国や肥後国の国人達が龍造寺家に取り込まれていくかもしれない。

 かといって、大友家を取り除こうとすれば、九国に味方が完全にいなくなり圧倒的に不利な立場に立たされる。

「ですので、大友家の内情を確認しておく必要があるかと。場合によっては、早期に同盟を結ぶのも已む無しではないか思います。差し出がましいようですが、一つの策として検討していただければ幸いです」

「そうだな。龍造寺の噂の確認も必要だが、大友と結ぶのも今の段階では重要か。大友家が内訌に揺れてくれているなら、こちらと戦わないという方針を示してくれるかもしれない」

 内憂外患が、大友家の課題だ。

 内憂を放置していては内側から崩れるのは必至。しかし、外患を放置していても、外側から食い破られるのは確実という二進も三進もいかない状態なのである。

「義姉上に書状を認める。大友との同盟を前向きに考えていただけるのなら、日向も守りやすくなるからな」

 加えて、対島津戦線を構築しやすくなる。

 大友家のネームバリューはまだまだ強い。そこに大内家が加われば、安心感を増すことだろう。

 戦というよりも、どのように味方を増やしていくかという点にこそ、重点をおかねばならないのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 味方の大敗の報は風のように素早く道雪の下に届けられた。

 当初は、宗麟の安否すらも判然とせず、眠れない夜を過ごしたものであった。

 筆を置いて、ため息をつく。

 宗麟が命からがら府内に逃げ戻ってきたのは幸いであった。

 困った事に、宗麟は大内家が側面から現れた際に、前線で島津家と戦っている本隊を置いて、一戦もせずに逃げ帰ったという。

 大将のする事ではない。

 とはいえ、宗麟には軍才がない。

 大友家はこれまでに大きな敗戦をする事なく領土を拡大してきたが、それは外交で味方としたり、道雪のような優れた軍略家が前線で指揮を執ってきたからであり、宗麟自身が勝利に貢献した事はほぼ皆無と言ってよかった。

 故に、宗麟が側面を強襲した大内家に対して有効な反撃を加えるのは不可能であり、素早く兵を退いたのは英断とも言えるのだが、最前線で戦ってきた兵達はそれで納得はしないだろう。

 島津家に追撃され、命の危機を乗り越えた彼らは大内家の捕虜としてしばらくの間敵陣に留め置かれ、最近になってようやく帰国の途についた。

 結果として、大友家は何も得るものがなく、失うものはあまりに大きかった。

 

 すっかり冷たくなった風が、心にまで吹き込んでくるかのようであった。

 日向国への介入を、道雪は時期尚早と宗麟に申し入れていた。

 島津家の勢いは侮りがたく、大内家や龍造寺家といった近隣の勢力の動静も不明瞭なままで大軍を南下させれば、本拠地を守る者がいなくなる。

 折りしも、宗麟と南蛮神教に反感を抱いていた立花家と高橋家が叛旗を翻した事もあって、大友家は窮地に立たされていたはずだったのだ。

 しかし、その危機は戸次道雪や吉弘鎮理(しげまさ)の活躍によって事なきを得る。

 立花、高橋は共に大友家にとって大切な家柄であり、それが潰える事はただでさえ内部の統率に難のある現状では好ましいことではない。 

 ましてや、宗麟自身が日向国で大きな敗戦を経験した直後とあっては、なおさらの事。

 そこで、宗麟は立花家を道雪に、高橋家を鎮理に継がせる事としたのである。

 道雪は姓を立花として立花道雪と改め、鎮理は高橋家を継いだのを継起として高橋紹運と名乗る事となった。

 道雪が居城とする立花山城は、博多を見下ろす経済の要衝である。

 ただし、博多の支配権は大友家にはない。

 大内家が守りを固め、大友家の干渉を排除している。

 つまり、立花山城は大友家と大内家の領土が接する地にある最前線という事だ。それ故に気苦労も多いのだが、それ以上に主家の現状が気になる。

 道雪は、立花家を継いだ事で、中央から遠ざけられてしまった。

 大友家を守るためとはいえ、見方を変えれば政治的に敗れたとも取れる。

 宗麟が、今回の敗戦を受けてどのような政治路線を行くかまだ分からないが、問題の根幹にある南蛮神教への耽溺を改めるとは思えない。

 道雪は動かぬ足に鞭を打って立花山城を落とし、居城としたが、できるのならばこれまでと同様に宗麟の傍で彼女を見守っていたかった。

 しかし、時勢がそれを許さなかった。

 未曾有の危機にあって、道雪のような軍才を持つ者を政治に徴用するわけにはいかない。

 今の道雪は軍事に力を注ぐべきであったし、足が不自由になったために移動の自由も制限を受けている。とても、領国と府内を往復して政を行える状態ではなかった。

「義姉上。あまり無理をなさると、お身体に障りますよ」

 そこに、やってきたのは長い紅の髪を頭の後ろで結い纏めた女性であった。

 背は高く、すらりとした細身だが、その歩みにブレがなく、一本の筋が真っ直ぐ背骨に通っているかのようであった。

 よほど、身体を鍛えてきたのであろう。

 彼女の名は高橋紹運。

 道雪とならび、忠誠心に溢れる豪傑である。

「鎮理。そちらこそ、今は大変な時期でしょう。このようなところで油を売っている場合ではないのではありませんか?」

「兄様の件なら、もう大丈夫です。初七日は終えましたので、これからは政務に軍事に粉骨砕身していきます」

 紹運の兄は、吉弘鎮信(しげのぶ)といい、この度の島津家との戦いで壮絶な討ち死にを遂げた。

 伝え聞く小丸川の戦いは、紹運の予想を遥かに超えた激戦だったようで、万を超える兵が屍を曝した事もあって、遺体は帰ってこなかった。

「そうですか。吉弘家の家督は、どなたが?」

「兄の子の統運(むねつら)が、元服しまして、立派に当主を継ぎました」

 兄の子がいる以上は、吉弘家を紹運が継ぐ事はない。

 道雪にはまだ後継者がいなかったため、親類から養子を取り、その養子に戸次家を継がせてから立花家の跡を継いだが、もとより紹運には実家に何かしらの配慮をする必要はなかったのである。

「むしろ、あなたのほうは実家よりも高橋家のほう。こちらも、不穏当な事になっているようですね」

「お耳が早い」

 と、紹運は苦笑する。

「確かに高橋家の旧臣の方々は、宗麟様に命じられて跡を継いだわたしを快く思っていません。まだまだ、家中の引き締めができていないのが、気がかりではあります」

「それもまた、仕方がないとは思いますが」

 高橋家を亡ぼした大友家に、旧臣が好からぬ思いを抱くのは当然の事である。まして、その大友家から跡継ぎが送り込まれたとなっては、反発は必至である。

 旧臣達からも温かく迎えられた道雪とは異なり、紹運は高橋家でも活動に難があるのである。

「すでに家を離れた者も多く、伝手を頼って人を集めているのが現状ですね」

「しかし、そうなれば尚の事旧臣の方々は反発を強められるでしょう。今の時期に高橋家が揺れるのは、あまりよい事ではありません。事と次第によっては……」 

 そこで、道雪は言葉を切った。

 これ以上は、内政干渉に当たる。

「覚悟はできております」

 紹運は、端的にそう答えた。

「それに、高橋家も大事ですが、それ以上に主家の安寧が脅かされているところです。そちらにも意識を払わねばなりません」

「そう。そうなのですよね」

 憂いを帯びた表情で、道雪は再びため息をつく。

「先日、府内の宗麟様の下に挨拶に出向いたのですが、皆右往左往して纏りに欠けておりました。民の中からも、南蛮神教に傾倒しすぎた余に神仏の不興を買ったと専らの噂となっておりまして、家中にもそのように吹聴する者がいるようです」

「その者達は、この機に南蛮神教の影響力を引き下げようとしているのでしょう。ですが、それでも宗麟様はお変わりになられない」

「家中の不満が日に日に増しているように感じられました。これでは……」

「家中の動揺は最小限にしなければなりません。わたしも、宗麟様に書状を認めますが、これから先、苦しい立ち回りになりそうですね」

 道雪と紹運は共に暗雲の立ち込める大友家を支えていく苦難を思わずにはいられなかった。

 しかしながら、両者は共に宗麟を支えていくという方針に変わりはない。

 茨の道も、一歩一歩着実に歩みを進めていく覚悟は、とうの昔にできているのだから。

 

 

 

 □

 

 

 

 大内家、島津家、大友家が日向国で鎬を削っている間に、龍造寺家は肥前国平戸を制圧していた。

 平戸を治めていた松浦隆信は、一時は南蛮貿易にも手を出しており、その財政は潤っていた。そして、莫大な財力を背景に兵力を整え、周囲に兵を繰り出すなど領土の拡大に努めていた強敵であった。

 大内家との繋がりも深いため、迂闊に手を出せば大内家が介入してくる可能性があったのだが、日向国に手を出した大内家は、しばらくの間肥前国に感ける余裕がない。

 時期としては、まさしく攻め時なのであった。

 平戸攻めを任されたのは、信常エリ。

 煌く金色の髪を短く刈った、男勝りの女傑である。スレンダーで女性らしい体形ながら、武勇に秀でサバサバとした性格から男女両方から人望を集める武将でもあった。

「おーす、エリ。平戸の攻略、実に見事だったよ!」

 平戸攻めでも前線で指揮を取り、松浦家を追い落とした活躍は兵の語り草となっている。それだけの活躍をしたのだから、主君である隆信も手放しで喜ぶのは当然であった。

「はい。お褒めに預かり、光栄です!」

「論功行賞の前だけど、一先ずはこれを与えるわ」

 そう言って、諸将の前で隆信がエリに差し出したのは、一振りの太刀であった。

「それを、功の証として持っていなさい」

「はッ。ありがたき幸せにございます!」

 エリは太刀を受け取って、平伏する。

 功を立てた家臣には、惜しみない賞賛を与える。これは、隆信の美点であろう。

 自らの席にエリが戻ったのを確かめて、隆信は諸将を見回した。

「さて、エリのおかげで平戸を手に入れる事ができた。次は島原の有馬を狙うわ。有馬さえ降してしまえば、肥前一国はわたし達のものとなる。皆、心してかかるように」

 次なる標的が明言されて、諸将の間に緊張が走る。

「有馬を攻めるに異存はありませんが、どのようにして攻めるのです?」

 尋ねたのは円城寺胤。

 エリと並ぶ実力を持つ姫武将だ。弓をよくし、智恵も回る。エリが前線で槍を振るうのなら、胤は後方で全軍の動きを操る軍師的な立ち回りを得意とする。

「まずは内側から崩す。すでに、内応の確約も取れているから、大丈夫」

「西郷純堯(すみたか)がこちらに就きたいと内々に書状を送ってきました。必要ならば人質も出すとの事です」

 隆信の答えを裏付けるように、鍋島直茂が答えた。

「その弟の深堀純賢も同じくこちらに就く姿勢を見せていますね」

「確か、その兄弟は南蛮神教を毛嫌いしておりましたね。南蛮神教を深く信仰する有馬の従属下にあるのが我慢ならなかったという事でしょうか……」

「いずれにしても、敵は瓦解する一歩手前。彼らが考えを改める、あるいは造反が有馬に悟られる前に、一気呵成に攻めかかるべきかと」

 直茂がここに来て、改めて有馬攻めの提案をする。

 隆信が勢いで言ったわけではない。

 右腕である直茂もまた、この戦に勝算があるとしている。

 ならば、拒否する理由も見当たらない。

「島津も肥前の事には口出ししない。よって、有馬が島津に助けを求める事はありえない」

 隆信は自信を持って断言する。

「島津との約定は、信頼できるのでしょうか?」

「ああ」

 隆信は頷いた。

 疑う事を知らない子どものように無邪気な笑みではあるが、その裏には綿密な島津家とのやり取りがあった。

「島津はしばらく肥後にかかりきりになる。大友と大内の両方から睨まれているから、わたし達まで手が回らないのさ」

 島津家が北上するには、肥後国か肥前国を狙うしかないが、肥前国を狙うとなれば龍造寺家と激突する事になる。大友家や大内家という大敵を抱えたまま、龍造寺家まで敵に回すのは、明らかに失策であり、島津家としては龍造寺家と同盟、ないし不戦の約定を結ぶ以外に選択肢がなかった。

「島津が肥後を落とすまでに肥前、筑後を攻略し、大友から所領を奪う。これは、早いもの勝ちの競争なのよ」

 屋台骨が朽ち果てつつある大友家とは結べない。大内家とは、以前に仲違いしたのでどうにもならない。そして、大内家は日向国の所領を守るために、とりあえずは大友家との仲を維持せねばならないだろう。隆信からすれば、この二者と結ぶ事に意義はなく、多くの所領を手に入れる事ができるのは、島津家を味方とした時だけだと判断した。

「大友はもう終わりだろうね。筑前の大友派が、少しずつこちらに靡いている。そのうち、内側から瓦解するだろうし、そうなれば、筑後にも入りやすくなる。ね、胤」

「はい。その件に関しては手を伸ばしておりますわ。高橋、秋月が好意的に応じてくださいました」

 筑前国への介入は胤が秘密裏に進めているものなので、そちらについてはよく知っていた。

 高橋家は紹運が継いだが、それに反発する勢力は一定数存在しており、秋月家は大友家に属しているものの、大友家に対しては恨みを抱いており、また、大内家に対しても好意的ではない。この機に独立しようと、両者共に後ろ盾を密かに探しているのであり、そこに龍造寺家が目を付けていたのであった。

「というわけで、肥前の統一を急ぐわ。島津が北上する前に、筑後に兵を向けられるようにね」

「はッ」

 諸将が一斉に返事をする。

 飛ぶ鳥を落とす勢いで、龍造寺家は兵を興すのであった。



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その三十一

 九国の動揺は、不用意に九国に踏み込んでしまった大内家にとって早期に対策すべき喫緊の課題であった。

 島津家と龍造寺家が同盟を結んだ事はもはや疑いようもない事実となり、ただその一事を以て九国の大半は敵方になってしまうという極めて厳しい状況である。

 こうした事態に加えて日向国が飛び地となっているという点が大内家の悩みどころで、この問題を解決するのに、どうしても大友家と協調路線を取らねばならないのであった。

 ところが、そうした現場の状況を知る晴持の焦りとは裏腹に、本国の動きは鈍重であった。

 義隆に大友家との同盟を提案しても、どうにも色よい返事が来ない。

 義隆とて、現状の不利を知っているだろうに。

 晴持の中に焦りが積もりつつあったのは、龍造寺家がさらに肥前国の統一に向けて大規模な遠征に出たという情報を受けたからでもあった。

「このままでは後手に回り続ける事になる」

 大友家の内情も不安定だ。

 前線の兵を見捨てて遁走した宗麟の行動が、先の敗戦に加えて非難の対象となっており、それ故に宗麟の立場そのものが危うくなっているのである。

 幸いなのは、日向国の経営は上手く進んでいるという事だ。

 大内家の領土となった北日向の南側は伊東家に任せているので、大内家が深入りする事なく島津家への防衛線として機能しているし、長曾我部家や大内家の直轄地となった地にも人が戻り始めている。

 大内家の評判が助けになったのである。

 大友家のように宗教に厳しい制限を加えない。ただそれだけで、領民は心安く安住できる。それは、おそらくは錯覚なのだが、大友家の侵攻自体があまりに酷かったために、比較的大内家の支配は恵まれていると思われているのであろう。

 家も蓄えも、大友家に奪われた領民達であったが、宗麟が逃亡した際に残していった大量の兵糧を利用して領民を慰撫し、家屋の再建にも優先的に力を注いだ。城の工事がさらに遅れる事になったが、人が定住しなければ翌年の税収にも悪影響が出るから、これはどうしようもない事だった。

 結局、晴持は義隆への新年の挨拶を使者を送る事で済ませなければならないほどに多忙な日々を送る羽目になった。

 忙しさの余に時が過ぎる事すらも忘れそうになるが、それと同時に日に日に時を無為にしているような錯覚に陥っていく。

 一度島津家に攻め込まれれば、現有戦力でどこまで戦えるのだろうか。

 あの強大な敵に、さらに龍造寺家が足並みを揃えて二方面から攻撃してきた時、晴持に防ぐ手立てはないのである。

 そういった不安もあって、晴持は山口に戻り、義隆に直談判する機会を探っていたのだが、結局新年が明けてからさらに一月ほどが経って、ようやく帰国する事ができたのであった。

 山口に到着した時、すでに日は没しかけていた。

 吐く息は白く、風は冷たい。

 空からは小さな雪の粒が音もなく降り、薄らと視界を白く染めていた。

「今年は暖冬だと思っていたんだけどな」

「やはり冬は冬という事でしょう。最近はめっきり冷え込んでいますからね」

 光秀が、跨る愛馬の首を撫でながら言う。

 馬も返事をするように唸り声を上げた。

「この子も寒いと言っています」

「なら、早いとこ行ってしまおう。日が暮れる前には、館に入りたいからな」

 冬の静けさは身体の芯に響く。

 農村にはほとんど人気がなく、皆家の中に篭っているようだった。その一方で、山口の街は活気付いていた。一万戸を越えるまでになった大都市であるから、それだけ人の出入りも激しい。冬だからといって、商業が滞る事はないのである。

 商人達は、ここぞとばかりに冬物の商品を売りに来るし、鍛冶は年中無休である。故に、農村と異なり、館に向かう道々は人の気配に溢れていた。

 しばらく見ない間に、また人が増えているように思えた。

「発展、しているみたいだな」

「義隆様と晴持様のご尽力の賜物です」

「そうだとしたら、多少は自慢の種にもなるかな」

 などと、軽口を叩く。

 人が多くとも、武装した武士の一団が通るのだから、人は左右に避ける。そのため、これといって進路が妨げられる事もなく、久方ぶりの我が家へ向かう事ができた。

 

 

 

 義隆の部屋は香の香りに満たされていた。

 蝋燭の淡い赤が、義隆と晴持の影を揺らす。

「お帰りー、晴持。長旅ご苦労様」

「ただいま戻りました、義姉上」

 義隆は文机に向かって書状を認めているところであったらしく、先の濡れた筆が筆置に置いてある。

「お仕事中、すみません」

「大丈夫よ。別に仕事ってわけでもないからね」

 微笑みながら義隆は姿勢を崩した。

「京の冷泉殿と文のやり取りをしているの」

「冷泉殿と。すると、和歌ですか」

「そ。まあ、その中に東の情報が混じってたりするのだけどね。尼子の東進に、畿内は警戒感を強めているみたい」

「尼子は確か、播磨に手を焼いていたように思いましたが」

 晴持の情報では、宇喜多直家と尼子晴久との間に抗争が起こっていたはずだ。尼子家の東進は、途中までは順調だったものの、播磨国に手を出したあたりで動きを鈍化させている。

 播磨国は守護代の浦上家が最大勢力ではあるが、その下に複数の国人が自立的な活動をしている複雑な土地だ。そこに、尼子家が侵入したというので、国人達は所領を奪われまいと手を組み、激しい抵抗を続けていた。

「うん。播磨の国人衆は強烈みたいね。あの尼子も手を出しかねている……けれど、それも時間の問題じゃないかしら。地力が違うもの」

「所詮は烏合の衆。ということですか」

「利害の一致で結びついた国人衆は逆に外交から攻めれば脆かったりするのよね。尼子がどう出るか分からないけど、一度崩れれば播磨は尼子の手に落ちるでしょうね」

 そうなれば、京は目と鼻の先になる。管領細川家やその下で勢力を伸ばす三好家を相手にどのような手に出るか見物である。

 しかし、上洛を企図し京に上った後はどうするのであろうか。

 尼子晴久は、野心溢れる青年のようだが、晴持の知る織田信長のように現体制を破壊するほどの気概はないだろう。どうあっても、将軍や管領という旧態依然とした立場に叛旗を翻すという発想は出てこないはずだ。すると、管領の下に甘んじるか、あるいは将軍を擁立して管領の影響を廃するかという流れになるだろう。そこまでくれば、間違いなく京は戦場となる。中央の貴族が不安視するのも頷ける。

「義姉上。此度はお願いしたい事がありまして」

 尼子家が播磨国に進出しつつあるという情報を聞いて、晴持は尚一層、大友家との早期の同盟締結の必要性を感じた。尼子家が中央に軍を進めるか、諦めるかは未知数ながら、尼子家の強大化は大内家にとってよいことではない。

 九国に騒動を抱えながらあの大国を相手に回すのは、自殺行為である。

「書状にも認めましたが、大友家との同盟を前向きに検討していただきたいのです」

「それは、返事を書いたでしょ。大友家との事はわたしに一任しなさいって」

「はい。しかしながら、島津家と龍造寺家が手を結び九国を蚕食せんとしております。この二国を相手に単独で挑むのはあまりに不利です」

 島津家は自軍に倍する兵力の大友家を一戦で壊滅させてしまった。恐ろしい事に、大内家の宿敵でもあった大友家がただ一度の敗戦で瓦解の危機を迎えているのである。さらに、島津家は今年中に肥後国に攻め入るであろう。彼女達はすでにその準備に入っているはずであり、その動きに合わせるように龍造寺家が北九州を席巻するに違いない。

「こちらも島津家や龍造寺家に負けぬよう、足並みを揃える必要があります」

 義隆により前向きに大友家との関係を見つめてもらうために、晴持は九国の状況を具体的に語った。大友家が崩壊すれば、大内家単独で九国の二強に当たらねばならず、肥後国やその他地域の国人を引き入れても限界が生じるのだと。

「晴持。大友は仏法を敬わず、神域を軽々しく破壊した。これは許されるべき事ではないの。それだけじゃない。すでに宗麟は家臣達からの信望を失い、当主として大友家を率いるには値しない。その彼女を相手に、同盟を申し込むわけにはいかないの」

「しかし……ッ」

「くどい」

 ぴしゃり、と義隆は晴持の言葉を遮った。

「この話はこれまでよ。何度も言うように大友との事はわたしに一任して、あなたはあなたの仕事をしなさい。あまり当主の責務に口出しするものじゃないわ」

「…………承知しました」

 納得はできないが、ここは引き下がるしかない。

 義隆が大友家との関係をどのように考えているのか、その一端すらも垣間見る事ができなかったのが無念でならない。

 しかし、当主として義隆が判断を下すというのなら、晴持が逆らってはならないのである。

 食い下がっても結果は変わらないと見て、晴持は義隆の部屋を辞した。

 

 

 晴持が出て行った部屋で、義隆は一人ため息をついた。

「まったく、何を焦ってんだか」

 晴持に言われるまでもなく、九国の状況は理解できている。場合によっては一刻を争う事態に陥りかねないという事も。だが、だからといって焦ってはならないし、今はまだ焦る時期でもない。それが、義隆の判断であった。

「無茶振り、しすぎたか」

 日向国への強襲作戦は、義隆が周囲の反対を押し切って命じた事であった。よって、そのために晴持が窮地に陥るのであれば、彼女自身が兵を率いて救援に駆けつける所存でもあった。

 しかし、それは最後の最後。

 今はまだ、外交の時である。

「失礼します。夜分遅くに申し訳ありません」

 そこにやってきたのは隆豊であった。

 返事をして、室内に迎え入れる。

「どうかした?」

「はい。例の目録が完成しましたので、今日のうちにお届けしようかと思いまして」

「お、さすがは隆豊。仕事が速いじゃないの」

 義隆は嬉々として隆豊から巻物を受け取った。

 慣れた手つきで義隆は巻物を広げ、蝋燭の灯りを用いて内容を確認する。

「うん、これでいいわ。ご苦労様。これは、もう用意できているのね?」

「はい。すでに荷車にも乗せてあります」

「よし。じゃあ、明朝に出発させて」

「承知しました」

 義隆に命じられて、隆豊が作成したのは、幕府への貢物の目録である。

 朝廷と幕府。

 二つの権威が存在する戦国の世では、このどちらとも上手く付き合っていく必要がある。

 とりわけ、将軍の足利義輝は諸大名の戦に手を伸ばし、その仲を取り持つ事で自らの権威を引き上げようとする傾向がある。戦国期に入って以降の時代の流れのままに滅亡を迎えつつあった幕府が息を吹き返しつつあるのは、義輝の精力的な活動の賜物であった。

 そして、その幕府をうまく使う事で、政敵に対して有利に立ち回る事ができる。幕府と戦国大名は、実はWIN-WINの関係を築いているのである。

 今回の貢物は、ただのご機嫌取り。しかし、同時に幕府の役人と更に深く結び付くためのものでもある。義輝周囲の武将と蜜月の仲になる事で、義輝の威光を利用しやすくする。これはいわばロビー活動とでもいうべきものである。

「あの、義隆様」

「ん?」

「先ほど、若様をお見かけしました。日向からお帰りになられているのですか?」

 晴持の帰還は、突然の事であったし、隆豊は仕事に忙殺されていたから知らなかったのだ。

「ええ。久しぶりに帰ってきて、仕事の話ばかりよ」

「若様らしいです」

「まったく、もっと落ち着けばいいのにね。大友と至急結ぶべき、なんて言うんだもの」

「義隆様。それは……」

「晴持もまだまだね。戦上手ではあるのかもしれないけれど」

 義隆は目録の巻物を丁寧に巻く。

「晴持様は、よくできたお方です」

「分かってるわ。じゃなきゃ跡継ぎになんてしてない。父上もわたしも」

 晴持が義隆とは異なる思想を有している事くらい、彼女はとうに知っている。伊達に長いこと家族をしていない。彼の奇抜な発想も、神仏や朝廷への考え方も、自分とは異なり現実的な観点に立脚している。初めのうちはそれが気に食わなかったが、それももはや昔の話だ。

「父上は、大内家を男系にしたかった。晴持を引き取ったのは、そういう考えもあったからよね。わたしにも家を継がせるつもりはなかったみたいだし」

 しかしながら、時代の流れはどうにもならない。男系という思想そのものが古くなる中で、保守的な大内家の当主が男系に拘ろうとするのは当たり前だったのだろうが、世に姫武将が現れていく中では、義隆や彼女の姉にも家督継承の権利が自然と認められるようになってしまう。すると、たとえ晴持を義興の跡取りとしても、誰かが義隆を擁立しかねず、そうなれば、養子よりも実子である義隆に正当性があるという事になる。

 晴持が歳の近い義隆の養子となったのは、義興が思想と現実の狭間で見出した奇抜な発想だったのであった。

 そうして、家督を継承した義隆は晴持を自らの子として、また義理の弟として扱った。

 義隆自身が大内家を発展させるのに晴持の力を有用と判断しての事であり、晴持もまたこの家で生きていくために義隆の指示に服し続ける道を選んだ。

 反目しては家が割れる。

 二人がその事実に気付くのに、そう時は必要なかったし、それは幼心に自らよりも家を選んだ義隆と、自らのために大内を選んだ晴持の利害が一致した瞬間でもあった。

 初め、二人は互いに利用しあう事で自らの身を守っていたのである。

「若様と何かありましたか?」

「なんで?」

「お顔に書いてあります」

 隆豊は心配そうにしつつも微笑ましいものを見るような視線を向ける。

「別に。ただ、ちょっと強く言い過ぎちゃったかなって」

 恥ずかしそうに義隆は頬を掻いた。

「それだけ若様を心配されているという事でしょう。若様も義隆様のお気持ちはご理解くださいますよ」

「……危なっかしいのよ。頭が回るけど、あの子は今表に出すぎている」

「名が広まるのはよい事ではありませんか?」

「それだけならいいの。けど、当主の仕事にまで強く口出しするのは間違いよ。あの子の身を危うくするわ」

 義隆は晴持に軍権を預けている。大内家の中では単独で一〇〇〇〇人を招集する事も可能な家臣が幾人かいるが、晴持もその一人である。しかも、正式に跡取りに認められている以上は義隆との間に亀裂が生じてはならないし、そのように見える行動も慎まねばならない。それは、敵に付け入られる隙となるからだ。

「晴持の言っている事は正しい。けれど、今じゃない。待つのも外交なの。晴持は苦手みたいだけどね」

 晴持は今すぐにでも大友家と同盟すべきだと説いたが、義隆の目から見て今はまだその時ではない。何れ、大友家と和睦なり同盟なりをするにしても、時期を見計らう必要がある。少しでも大内家が有利な状況に持ち込まなければ、九国での優位性を確立できないからだ。

「晴持は戦が前にあると強いんだけどねー」

 村上水軍から河野家の掌握。自分の実家を利用しての土佐国侵攻などは晴持の手柄である。しかし、それは外交を織り交ぜたとはいえ戦という力に頼ったものでもあった。

 晴持は、目前の戦に勝利するための戦略を描いたに過ぎず、未だに戦がどのように起きるか分からない状況で絵図を描く力はまだまだといったところであろう。

「もしかしたら、晴持は落ち込んでるかも。隆豊、ちょっと元気付けてあげなさいな」

「え……?」

 隆豊は、義隆の言葉を聞いて固まった。

「あ、あの、何を?」

「ん? 晴持の様子見て来いって言っただけよ。何も、聞き返すようなことじゃないわよ」

 義隆はさも当然の事のように言う。

 しかしながら、その目にはあからさまに隆豊の反応を楽しんでいる邪悪な光が映っている。

「んんー? なーに紅くなってんの? た、か、と、よー。ちょっと、お姉さんに教えてちょうだいな」

 すす、と義隆は隆豊の背後に移動する。

 文の武将とは思えぬ軽快で隙のない動きであった。

 隆豊の肩を揉むように、その両肩に手を置いた義隆は隆豊を抱きかかえるようにする。

「よ、義隆様。わたし、別に紅くなんてなってません」

「わたしの見間違いだって言うの?」

「え、と。見間違いとまでは……」

 主君の言葉を否定するのに抵抗のある隆豊は、義隆に強く言われるとしどろもどろに肯定してしまう。真面目であるが故に嘘がつけないし、軽口であっても否定できないのである。

「あらまー、この娘ったらヤラシイ事」

 義隆は指で隆豊の頬をつつく。

「そ、そのような事は」

 焦ったように隆豊が声を上げる。義隆にからかわれた隆豊は、蝋燭の薄灯りの下でもそれと分かるほどに顔を上気させていた。今にも煙を吹きそうである。

 義隆はクスクスと笑った。

「ほんと、弄り甲斐があるんだから」

 そう言って、隆豊を解放した義隆は、

「もう遅いし、寝るわ。あなたも、休みなさい」

「……はい。一日、お疲れ様でした。義隆様」

 義隆に振り回された隆豊はほっとしつつ、義隆に頭を下げた。

「ねえねえ、隆豊」

「はい」

「あの、光秀って娘。なかなか美人だし有能だしで、侮れないわよね」

 などと言って、義隆は最後まで隆豊を困らせるのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 大友家にとって、今が我慢のしどころであると誰もが理解していた。

 日向国での敗戦以降、大友家中にはただならぬ気配が漂っていた。

 死の気配である。

 没落の気配とも言い換えられよう。

 それは主家に拠って立つ家臣達にとっても他人事ではない一大事である。必然、生き残りを模索するようになる。

「宗麟様は?」

 発言したのは、宿老の一人である志賀親守である。

 上座には本来居るべき当主の姿がない。

 評定を行うにしても、当主がいないのでは始まらない。

「某が聞いたところでは南蛮寺にて礼拝だとか。使いを遣わしたので、直にいらっしゃるでしょう」

「左様ですか」

 親守は宗麟が信頼する重臣の一人である。

 宗麟を当主に擁立した張本人でもあり、大友家庶流の志賀家の当主でもある事から家中での発言力も強い。

 彼個人は極めて保守的な人柄で、宗麟の南蛮神教への傾倒を苦々しく思っている者達の筆頭でもあった。

「南蛮寺に篭っておられる、か。危機感が足らんのではないか」

 当主がいないのをいい事に、ふてぶてしい態度で悪態をついたのは、田原親宏である。

 日向討ち入りの際に最高指揮官として全軍を指揮した田原親賢の同族であり、本家筋に当たる人物だ。大友氏の一族であり、代々大友家とは内側で暗闘を繰り返してきたという歴史があり、宗麟の代に至って所領の大半を没収されている。

 親宏から没収した所領は、分家筋の親賢に与えられた。

 宗麟がこの二人を反目させようとしているのは明白であり、この件が決定的となって親宏は宗麟に対して深い恨みを抱くようになったのである。

 しかし、力があるのはまた事実。討伐するのは容易な事ではなく、明確に翻意があるという証拠もないのでは宗麟も討伐できない。

 実は大友家の当主の発言力は、それほど強いものではないのだ。

 これまでは強い重臣達が上手く利害調整をしてくれていたが、その重臣達の多くが島津家に討ち取られた今、大友家を回す人材は圧倒的に不足している。

「評定をされるおつもりがないのであれば、ワシは館に帰らせてもらう」

 親宏は堂々と宣言して立ち上がる。

「待たれよ、親宏殿。大友家は今一丸となって事に当るべき場ではありませんか。身勝手は我が身を亡ぼしますぞ」

「志賀殿。お言葉を返すようではあるが、身勝手をされているのはお屋形様のほうではないか?」

「なんと申される」

「言葉のままよ。南蛮神教に絆されて、万の死者を出して改めぬ。頼みの臣も多くが死に絶え、生き残った者も沈鬱な顔を並べて何もできぬ。しかし、そうと知って尚、あのお方は南蛮寺に礼拝などと訳の分からぬ事をする」

 重厚な親宏の言葉には、宗麟への深い憎悪が篭っていた。そして、その威があまりにも強く、誰もが息を呑んだ。

「そなたとて不快だろう、志賀殿。嫡孫が南蛮神教に入信されたのはな」

「ぬ、ぐ……!」

 ビキ、と親守のこめかみが動く。

 奥歯を噛み締め、言葉を堪える様はあまりにも痛々しい。

 親守にとって、最大の悪夢は大友家の敗戦ではなく、むしろ孫の親次(ちかよし)が南蛮神教に入信した事であった。

 不躾にもそれを指摘した親宏は、してやったりと挑発的な笑みを深くする。

「そこまでにされよ、お二方。子どもの口論になっておりますぞ」

 そこに割り込んだのは田北紹鉄であった。

 落ち着いた風貌の細身の老人で、刈り上げた頭髪に白髪が混じっている。

「田北殿。失礼しました」

「ふん……」

 親守は感情的になった事を恥じて引き下がり、親宏は不愉快とばかりに鼻を鳴らしたがそれ以上言葉を荒げる事はなかった。

「田北殿のお顔を立てて引くとするが、評定には出ぬ」

 そう言い残して、足音を荒げて親宏は出て行ってしまった。

 なんとも言いようのない暗い空気が立ち込める。

「田北殿。先ほどは申し訳ありませんでした」

 そのような中で親守は割って入ってくれた紹鉄に頭を下げた。

「お顔をお上げください。このような状況です。誰しもお屋形様の行動すべてに賛同するという事はありませぬ。ただ粛々と御家を盛り上げて行くのが大事と心得まする」

「如何にも仰るとおり。いやはやお恥ずかしい限りです」

 昭鉄の言葉に感銘を受けたのか、親守は再び深く頭を下げて自らの席へ戻っていった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 事はそう上手くは運ばない。

 評定で露呈した家臣間の不和は、そのまま宗麟への不信となって深まっていく。最も頼りにできる道雪や紹運は国外に追いやられ、今や中央は火種を抱えた火薬庫という非常に危険な状態にまで陥っていたのである。

 宗麟は自室で聖書に目を通していた。

 最近は暇さえあれば、このようにしており、その一節を諳んじては神の加護を願っている。

 その生活は敬虔な信徒のそれであり、頑として信仰を守る姿は本場の信徒ですら舌を巻く事であろう。

 太平の世であれば、その生き方も悪くはない。

 しかし、戦国の世にあって当主の職責を果たさず信仰の道を行くのは愚挙もいいところであろう。こうした態度は、家臣の結束を揺るがす元凶であり、現にこうして災厄をもたらす事となったのだから。

「宗麟様!」

 慌しくやって来た志賀親守は、部屋の外で声を張り上げた。

「何事ですか、騒々しい」

「火急の用件にて、失礼致します」

 そう言って、親守は障子戸を開けて室内に入った。

「田原殿が、府内を抜け出し城に戻ったとの報が入りました」

「田原……親賢ですか? あの者ならば、屋敷に蟄居させているはずですよ」

 親賢は大内家に捕縛された捕虜の中にいた事が分かり、家中から批判と嘲笑を受けた。敗戦の責任もあり、宗麟の命で屋敷に蟄居しているのである。

 しかし、親賢はそれでも宗麟との仲を重視している風であり、謀反を起こすとは思えない。何かの間違いではないかと思っていたところで、親守が否と口にした。

「府内を出たのは田原親宏です。すでに兵を集めこちらを窺う動きがあるとの事です。何があるか分かりませんので、戦の準備を!」

「ち、親宏が……!?」

 さすがの宗麟も、それが意味するところを察して絶句した。

 親宏の力は依然として強い。

 今の大友家では、彼に相対するだけの準備が整っておらず、攻め込まれれば府内が陥落する可能性すらあった。

「ど、どうしましょう。宣教師の皆様にも連絡を差し上げなければ。それに、南蛮寺の守りも」

「宗麟様。今はそのような瑣事に感けている場合ではありません。南蛮寺も大切かもしれませんが、まずは親宏への対処をしなければなりません!」

 怒鳴りつけるような親守の言葉に、宗麟は言葉が詰まったような苦しげな表情をする。

「では、どのようにすればいいのです?」

「……親宏からの書状です。これに、まずは目を通していただきたいと思います」

 宗麟に手渡した書状は簡素なものであったが、親宏の花押が入った紛れもない本物であった。

 宗麟は書状を広げて視線を走らせる。

「所領の返還。それが親宏の望みだというのですね」

「親賢殿の失態もあります。訴えとしては正当なものかと思いますが、武を以て主家を威すのは明確な悪。退けられるべきでしょう」

 親宏の要求はあくまでも旧領の返還であり、国東郡と安岐郡の二郡を速やかに返還すれば、鉾を収めると書状には書いてあった。

 しかし、その要求は確かに正当なものではあるが、方法があまりにも乱暴で目に余る。ここは、上手く時間を稼ぎ、兵力を整えて討伐するのが良策ではないか。

「御注進!」

 そこに、さらに凶報が飛び込んできた。

「秋月種実。兵を挙げましてございます!!」

「秋月だと!?」

 親守は目を見開いて驚いた。

 秋月種実は、大内家と大友家の間を渡り歩いてきた国人であり、筑前国の古処山城を拠点として活動している。

 大内義隆と反りが合わず、大友家に鞍替えしたのだが、かつて戦をした間柄でもあるので大内家と大友家の双方に対して一物を抱えている困った男であった。

 それが、この期に及んで決起したのである。もちろん、田原親宏と繋がっていないはずがない。

「まずい。道雪殿との連絡が絶たれた……ッ」

 最悪だったのは、古処山城の位置であろう。

 大友家の最後の楯であり最強の剣である立花道雪の拠点である立花山城と府内を遮断する位置に古処山城はある。また、高橋紹運とも不通となった。これで、大友家の本丸は丸裸にされたも同然であった。

 どこかで敵勢と妥協せざるを得ないのか。

 現実的な解決策を模索せねば、明日にも大友家が消滅しかねないほどに、追い込まれてしまったのを宗麟も親守も自覚するのであった。

 



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その三十二

 宗麟にとって、まさに人生最大の危機を迎えていると言っても過言ではない。

 田原親宏の挙兵を抑える事ができなかった宗麟の責任を問う声が家臣団からも噴出し、内憂外患にまったく対処できないという機能不全を露呈するに至った。もはや、宗麟が単独で事を為すのは事実上不可能であり、かといって頼れる重臣の多くは島津家に討ち果たされてこの場にはいない。頼みの道雪や紹運は、筑前国に孤立し、挙兵した秋月家や高橋家に進路を遮られて府内に近づく事もできない。

 結果として、宗麟は親宏の主張をしぶしぶ受け容れ、その所領を返還するしかなかった。そして、日向国での失態に続き、所領を親宏に奪われる形となった田原親賢は、収入も絶たれて失意に沈む事となった。

 万事、田原親宏の思うとおりに事が進んでいた。

 親宏は宗麟から所領を取り戻したが、かといってその支配下に戻る気はまったくなく、鉾を収める様子を見せなかった。

 ここまで強硬な態度を取った以上は、どこで謀殺されるかも分からない。宗麟が折れたのは、偏に彼女にはそうする以外に選択肢がなかっただけで必然であったが、それほどまでに追い込まれているからこそ、約束を反故にしても成敗されない――――要するに宗麟は敵に領地をただで返還しただけで、それはつまり親宏の動員兵力を増大させる結果しか生み出さなかったのである。

 もともと筋違いをしたのは宗麟のほう。それ故に弓を引いても不義には当たらない。

 親宏はそう信じて疑わず、龍造寺家からの使者を大友家からの使者以上の待遇で持て成した。

「宗麟は自らの財物を家臣に与えてご機嫌取りをしているらしい。まったく、嘆かわしい事だ」

 話に聞く宗麟の惨状は、かつての主君というだけに胸に来るものはある。当然の報いだという思いももちろん事だが、諸行無情を感じずにはいられない。

 だからこそ、田原家の将来のためにも泥舟からは早々に退去しなければならないのである。

 親宏は酒を煽ってから、目の前の使者の杯にも酒を注いだ。

「では、先の話信じるぞ。よいな?」

「御意。我が主もまた大友のお屋形には思うところがあると常々申しておりました故」

「ふん、田北殿にまで背かれたとあっては、大友もいよいよ終わりか」

 使者は田北紹鉄からの内通の誘いであった。

 先日、親宏と志賀親守が口論になった時、落ち着いた口調で諭した裏で密かに謀議を進めていたのである。

「さすがよ。田北殿」

 親宏は勝利を確信した。

 田北紹鉄は、大友家の中でもとりわけ強力な国人として名を馳せている。ロレンソ・メシア神父の書簡に記されるところでは「豊後の領主の中で最も強く、策略に秀でた人」とされている事からも窺える。その実力の高さと独立心から宗麟から警戒されて、要職には縁がなかった。

 大友家の形勢が不利になっていくにつれて、紹鉄もまた次を見据えた行動を取っていたのであった。

「田北殿がお味方してくだされば、我々に敗北はありえない。龍造寺が九国の覇権を握った暁には、十万石以上の大名となる事も夢ではないぞ」

 酒で顔を紅くして、気分よく酒宴を催す。

 しかし、どうやら物事はそう上手く運ばないようだ。

 このまま行けば、そう遠からず大友家を滅ぼす事ができただろう。それは誰の目から見ても明らかである。

 しかし、この時ばかりは宗麟は天に助けられた。まさに、この二日後、突如として親宏は卒倒し、帰らぬ人となったのである。

 

 

 

 □

 

 

 

 城を取り囲む黒い群れを見て、道雪はため息をつく。

 完全に後手に回った。

 宗麟の近況に目を配るあまりに足元を疎かにしたのは、大きな失策であった。

 どうやら、筑前国の諸将の多くが龍造寺家の手を取ったらしい。秋月種実のみならず、筑紫広門、原田隆種らが筑前国を蚕食し始めたのである。立花山城は、秋月家を主体とする敵軍の攻城に曝されて、危機的状況を迎えていた。

「城兵の様子は?」

 道雪が尋ねると、伝令兵が肩で息をしながら答える。

「およそ一二〇〇が戦闘可能でございます」

「そうですか」

 まだ一〇〇〇人いたと安堵すべきか、それともすでに一五〇〇人を割っていると不安視すべきか。

 敵勢は、立花勢の五倍以上。血気に逸って殴りかかってもなぶり殺しになるだけである。

 場合によっては和睦をして、城を明け渡すか、最期まで意地を通すかという二択を選ばねばならない事にもなりかねない。

「紹運の様子も定かではありませんし。二進も三進もいかないというのはこの事ですね」

 端整な顔を曇らせて、道雪は呟く。

 桜色の形の整った唇から漏れるのはため息ばかり。これではいけないと思いながらも、得意ではない篭城戦に追い込まれ、友人の安否は分からず、こうしている間にも府内を窺う裏切り者共がどのような行動に出るかと気が気でない。

「とにかく、今は我が身の心配をしなければなりませんか」

 下半身の自由がない道雪は、いざという時に逃げる事ができない。輿に乗ったり、馬に乗ったりして初めて移動ができる。機動力がないので、守りに回ると不利となるのだ。

 普段は攻めてばかりで、受けに徹する機会がなかったので、これはこれでいい機会かもしれないが、あまり、繰り返したくない経験だ。

「喉下に刃を突きつけられているかのようですね」

 大変、大変と、呟く声には緊張感がない。

 いつの間にか、口元には笑みさえ浮かんでいる。

 心配事は多々あれど、目前の戦に集中しなければ勝てる戦も勝てなくなる。

「道雪様!」

「戦況に変化がありましたか?」

「いえ。大きな変化というわけではありませんが、敵陣の篝火が常ならぬ様子でして、ご報告に上がりました」

「篝火が?」

 道雪は怪訝な様子で眉根を寄せ、しばし考え込んだ。

 それから、手近な者を呼び、己が足として敵陣が見えるところまで運んでもらった。

 狭間から覗き見る敵陣は、確かにここ数日にはない明るさの篝火が焚かれている。

「妙」

「何かの前兆でしょうか。あるいは……」

「鎮幸、兵を纏めてください」

 道雪は小野鎮幸に端的に命じた。

「はッ」

 傍に控えていた鎮幸は、二の句なく走り去っていく。道雪の考えを読み解き、指示される前に動いたのである。

「心配無用です」

 道雪は、何事かと不安げな表情をする周囲の家臣に微笑みかけた。

「あの篝火は撤退の証。敵方に何かしらの不都合があったのでしょう」

 道雪はそう判断した。

 夜襲を仕掛けてくるという割には、それ以前から動きがなかったのが気にかかる。唐突に敵方の事情が変わって、立花山城にかかりきりになっているわけにはいかなくなったというのが考えられる。

 賭けではあった。

 読み間違えれば、大軍の中にむざむざと突撃する事になる。

 しかし、道雪は形勢を逆転し、これからさらに勝ち続けるために、大きな勝利を得る必要があると思っていたし、撤退してくれるのであれば、その隙を突く以外に道はなかった。

 

 

 かくして、立花山城の城下は死屍累々の地獄絵図と化した。

 一陣の雷光と化した道雪の軍勢は敵勢に大きく劣る寡兵ではあったが、相手の油断と撤退という致命的な隙を見事に突いて秋月勢を大混乱に陥れた。

 運悪く、敵本隊、即ち秋月種実はすでに撤退してしまっていて取り逃がしたが、敵の中に立花道雪への恐怖心を徹底的に刷り込む形となった。

「撤退の理由は田原親宏の死去にあるようですね」

 捕虜を嬲って得た情報によれば、種実と同盟関係にあった親宏が急死した事で戦略を見直さなければならなくなったのだという。

 大友家の犯す毒の一つが、自然に抜き取られた形になったわけで、道雪にしても宗麟にしても、一旦は命拾いしたという事であろう。

「しかし、立花山城の状況が多少改善されただけで、実質的には何も変わっていませんね」

 撤退の理由は知れたが、それで大友家が救われるわけではなく、未だに筑前国の諸将による街道の封鎖は続いている。秋月勢が一度コテンパンにされた程度でこの城の攻略を諦めるはずもなく、次の戦に備えて英気を養う以外に道雪には為す術がないのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 道雪が秋月勢を追い払ったのと同じ頃。

 岩屋城に篭る紹運は、道雪ほど幸運に恵まれてはいなかった。

 家臣に矢傷の手当をしてもらいながら、薄い酒で身体を温める。紹運が任された城は岩屋城と宝満城の二つであり、この二つの城は比較的近距離にある。

 当初は宝満城に詰めていた紹運であったが、内部からの裏切りによって宝満城が陥落し、命からがら岩屋城へ辿り着いたのである。

 それから数日。

 篭城戦は懸命に行っているが、何分、準備が足りなすぎる。

 内部からの裏切りによって受けた損害は、紹運が緊急時のために蓄えてた物資をほとんど敵の手に渡してしまうという最悪のものであった。

「おまけに城まで奪われたか。宗麟様に合わせる顔がないな」

 自嘲しながらも、絵図を眺める。

 相手は自分と同じ高橋家の跡取りを自称する高橋元種という人物である。

 これは、大友家を憎む旧高橋家の家臣達が、秋月家から養子を引き取り、高橋家の家督を継がせたものである。正式には、紹運が家督を継いだのであるが、それに納得していない者が水面下で動いていたのである。

「やはり、裏には龍造寺か。厄介な事をしてくれる」

 苦々しく思う。

 道雪からも言われていたというのに。

 当主として、厳しい対応ができなかった事も、紹運を追い詰めた一因になってしまった。

 このようなところで、足止めを受けている場合ではないというのに、自らの力で解決するには、あまりに敵が巨大すぎる。

 従う兵は一〇〇〇に満たない少数である。

 城に拠って戦う限り、早々負ける事はないが、勝つ事もできない。

 備えも少なく、限界は近い。

 あるいは城を枕に討ち死にする事になるかもしれない。

 紹運はそんな悲壮な覚悟を胸に抱いて、奥歯を噛み締めるのであった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 晴持が山口に戻ったのは、義隆に大友家との同盟を前向きに考えてもらうためであった。

 しかし、義隆はその件に関しては一切触れず、晴持の日向国への渡航すらも禁じるまでになってしまったのである。

 晴持に対して下された命は戦の準備をする事であった。

 ただし、戦の目的や対象までは知らされず、兵糧や兵の工面を担当するのが彼の仕事となった。

 もちろん不満はあるが、口にしては家中を割る事になりかねない。

 今の大内家は日向国の問題について難しい時期を迎えており、晴持が余計な口出しをする事で家中の指揮系統を乱す可能性もあると判断したのであろう。

 それは、義隆の厳命であったので、晴持にはどうする事もできないのであった。

 漫然と一月あまりの時を過ごし、桜の蕾が膨らむ季節が近付いてきた。

 季節は緩やかに移ろい、風に温もりを感じる頃、九国からさらなる凶報が伝えられる事となった。

「相良が落ちたか」

 光秀から聞いた話である。

 肥後国南部に根を張る有力国人の相良義陽(さがらよしひ)が島津家に城を攻められ、抵抗も空しく居城を落とされたというのである。

 相良家は対島津戦線の最前線であると当時に南肥後国の要。これが屈した事で、島津家は一気に肥後国を北上できるようになる。

 義陽は、何とか逃げ延びて阿蘇家を頼ったらしい。そうなると、次の標的は間違いなく阿蘇家であろう。龍造寺家からの圧迫も受けている阿蘇家は、もはや島津家と戦う余力は残していない。

 相良武任にも、義隆と仲介し兵を出してもらえないかと打診が来ているという。武任は義陽の相良家とは同族関係であるから、相良家との窓口として武任は幾度か義陽と連絡を取っていたのだ。

 しかし、それでも義隆は動きを見せない。日向国に残した兵だけで援軍とするわけにもいかず、じれったい事この上ない。

「ちくしょう」

 自室に篭り、延々と情報を精査する作業に没頭する。

 それらが、どれも大内家にとって好ましくない展開となる事を予想させるものであるので、鬱々とした気持ちになってしまう。

 義隆が緊急の軍議を行うので顔を出せと、諸将に触れを出したのは、相良家陥落の報が入ってから十日余後のことであった。

 重臣達がずらりと揃った軍議の間。

 麗らかな陽光も、この場に立ち込める空気までは温めてくれない。厳しい状況にあるという事を、諸将は理解していたからである。

「此度、わざわざあなた達に集まってもらったのは、大友家との同盟を皆に確認してもらうためよ」

「あ、義姉上!? それはッ!?」

 晴持は驚愕に目を見開いて、身を乗り出した。

「大友からの使者、志賀親守殿が直接書状を持って来られたわ。今は別室に待機させているけれどね」

「志賀親守殿。あの、大友家の重臣中の重臣」

「そう。その親守殿。実を言うと、彼とは興盛(おきもり)を通して以前から接触を図っていてね、それで、大友家の家中を上手く取り纏めてもらったってわけ」

 以前から、接触していた。

 そう聞いて、晴持は脱力感に襲われた。

 要するに、義隆は大友家とはじめから同盟を結ぶつもりでいたのだ。思い返してみれば、義隆はただの一度として、大友家と同盟は結ばないとは言わなかった。自分に一任しろと言っていただけだった。

 姉を信じ切れなかった晴持が一人で突っ走っていただけだったという事か。

 自らの行いを恥じずにいられなかった。

「大友家は、宗麟を廃して新たな当主に晴英を担ぎ上げたわ」

「宗麟殿の妹君ですか」

「わたしにとっては姪に当たる。まあ、宗麟もそうなんだけどね」

 義隆には歳の離れた姉がいる。

 一人は土佐一条家に嫁ぎ、晴持を産んだ。もう一人は大友家に嫁ぎ、宗麟と晴英を産んだ。晴持にとっても、宗麟や晴英は従姉妹に当たるのである。

「義姉上。宗麟殿は、どうされたのでしょうか? 廃されたと仰いましたが、首になられたのでしょうか?」

「いいえ。宗麟は当主を退き、そのまま南蛮寺に入ったそうよ」

「まさか……」

 ありえない、とは言えない。

 宗麟はもともと政務に憂い、信仰の道を模索する求道的性格の持ち主だ。しかし、そこまで無責任な行動を取ったというのは驚きだ。

 大内家の諸将の間にも、ざわつきが起こっている。

「さて、同盟に当たっての条件は、筑前国をわたし達に割譲する事。他にもあるけど、それは置いとくにしても、筑前はわたし達自身が動かないとどうにもならない状況だし、やるわよ」

「それを、もう大友家は飲んだのですか?」

 晴持が尋ねると、義隆は頷いた。

「ええ。だから、筑前はもうこっちのものってわけ」

「では、戦の準備というのは」

「そりゃ、自分達の土地で暴れてるヤツがいたら追っ払わないといけないでしょ。秋月の阿呆もこれが年貢の納め時よ」

 義隆は気分よさそうに笑った。 

 大友家はもはや手がつけられなくなった筑前国を捨てて、豊後一国を管理しようという方針にしたようだ。そうなれば、立花道雪や高橋紹運は完全に斬り捨てられた形になるが、政治的判断をしたという事なのだろう。

「道雪や紹運を失うのは、大友にとっても痛手。だから、わたし達にあの二人の援軍を頼みたいって言ってきたわ」

「面の皮の厚い事で」

「でも、こっちとしても都合がいい。でしょ?」

「そうですね。確かに」

 理由はどうあれ、筑前国に兵を進める事ができるのであれば、道雪や紹運を救援する事に繋がる。ならば、あの二人に恩を売る事ができる救援という体裁を取ったほうが好都合であろう。

「という事で、筑前に兵を送るわ。晴持、隆房。指揮はあなた達に任せる」

「承知しました」

 晴持と隆房が同時に受命し、一礼する。

「日向はまた別に兵を送るとして、まずは大友の周辺を落ち着けないとね」

 義隆はそう言って、笑うのであった。

 

 

 軍議が終わってから、義隆の部屋を訪れた晴持は、大友家との同盟について教えてくれなかったのは何故かと質問を投げかけた。

「そりゃ、あなたに知らせないほうが、都合がよかったからね」

「都合がいい?」

「あなたは、大友家との同盟を画策していた。それは島津家や龍造寺家に対するには絶対条件だからと思ったからでしょうけど、そうしたあなたの行動は、当然大友にも見えるし、他の連中にも伝わる。現状、大友が頼れるのはわたし達だけだけど、実際に頼れるかどうかは分からないしね。でもこっちが大友との同盟を考えていると思わせれば、その不安は少なからず解消されるでしょ」

「俺を泳がせて、大友家の重臣達に同盟しやすいと思わせたわけですか」

「うん」

 義隆はしてやったりとにやついていた。

「教えてくれてもよかったのでは?」

「どこから情報が漏れるか分からないし、島津を危険視しているあなたなら、自然に大友との同盟を模索してくれると思ったのよ」

 確かに、その通りである。

 反論の余地はない。

「しかし、それは俺が勝手な事をしたら、その時点でご破算になっていたようなものです。危険すぎませんか?」

「晴持は絶対に勝手はしない。こういった件に関しては、必ずわたしの裁可を仰ぐ。そう信じてた」

 晴持はもう返す言葉がなかった。

 今回の策謀は、すべて義隆の手の平の上で行われたというのである。しかも、指示がなかった場合に晴持がどのような行動をするのかという点も考慮に入れて実行に移したと言うのだから恐ろしい。

 義隆の言動には晴持への絶対的な信頼が見て取れた。

「で、どうよ。晴持。やっぱり、こっちからお願いするより、相手からお願いされたほうが後々優位に立てると思うのだけど」

「御見それしました。ひたすら恥じ入るばかりです」

 と、心底義隆に感心して頭を下げる他なかった。

 

 

 

 



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その三十三

 

 道雪と紹運が敵中に孤立して、救援を求める事すらも満足にできない状況である、という点で、筑前国の戦況は絶望的と判断する他ない。

 しかしながら、こうした筑前国に兵を差し向けるほどの余裕が大友家にはなく、それは府内にあっても筑前国と似たり寄ったりといった危機的状況に置かれているからであった。

 もちろん、未だに府内は直接戦火に曝されていないだけまだましではあるが、そのような事は些細な違いに過ぎない。

 田原親宏の急死は、一旦は大友家に安堵の時間を与えたが、それも長くは続かない。数日後には親宏の息子の親貫が父の遺志を継いで宗麟により厳しく対峙する姿勢を見せてきたのである。

 それに加えて、重臣であった田北紹鉄も反意を明確にした事で、いよいよ宗麟は進退窮する事となった。

「このままでは大友家そのものが消えてなくなってしまう。そうなれば、我々も含めて皆路頭に迷う事となるでしょう」

「なんという事だ。よもや、ただの一敗ですべてが無に帰すなど……」

「お屋形様には何か打開案はないのか!?」

「それもこれも、すべて南蛮神教のせいじゃッ」

「おうとも。奴等のせいですべて台無しじゃないか」

 若い。

 感情任せに叫ぶだけで、具体的な対処法への議論がまったくない。

 長年重臣として大友家に尽くしてきた志賀親守は、日向国での敗戦によって一新された面々を見て、苦々しく思わずにはいられなかった。

 これから、大友家を支えていかねばならないというのに、屋台骨でもある重臣格が経験の浅い若者で構成されるというのは、再生の兆しというにはあまりにも頼りない。同じ若者でも、道雪や紹運ほどの人材であれば、このように頭を悩ませる事もなかっただろうに。そのような事を思いながらも、あの二人ほどの逸材がそう何人も現れるはずがないのは当たり前の事であり、考えても仕方がないというのは理解しているのだが、ついついそう思わずにはいられなかった。

「田北殿まで翻意されたとなれば、もはや一刻の猶予もありません。皆々様、南蛮神教へのあてつけは一先ず置いておき、現状を打開する策を探ろうではありませんか」

 現状、この場を纏める事ができるのは親守だけである。

 宗麟が不在なのは、彼女がいると議論が前に進まないからであり、同時にこのような状況下で家臣に舵取りを任せている時点で、大友家の将来は暗すぎる。

 それを理解した上で、改めるための方策を探るのだ。

「志賀様。そうは申されましても……」

「田北殿や田原殿は、名族中の名族。兵力も比較になりませぬぞ」

「何とか交渉して、鉾を収めていただく他ないのではありませんか」

 ため息をつきたくなるような有様である。

 誰一人として、武門の意地を見せようとは思わないらしい。日向国で戦って散っていった先達に申し訳ないとは思わないのか。

 とはいえ、それは自分も同じ事。むざむざを生を貪っている時点で、彼らに合わせる顔はないのかもしれないが、ならば、尚の事大友家が生き残る道を模索しなければならない。

「鉾を収めるとは言いましても、彼らの本来の要求である旧領の返還はすでに行われており、それに輪をかけてとなりますと、こちらに提示できる材料がありません」

 交渉の余地が、初めから存在しないというのが、この問題をさらに難しくしていた。

 こちらにある程度の兵力があれば、旧領を返還せずに、それを楯にして交渉を進めるという手も取れたのだが、今の大友家は反乱を起こした家臣を誅殺する事も満足にできないのであった。

 ため息をつきたくなる気持ちを堪えて、親守は口を開いた。

「一つ、提案があります」

 必要なのは、覚悟だ。

 かつて、先代に反抗してでも宗麟を押し立てた時以上の気概がなければこの策を実行する事は不可能である。

 志賀親守、一世一代の大博打である。

「提案とは?」

 温厚な口調が常の親守が言葉の中に込めた気概は血気に逸る若者も含めて生唾を飲んでしまうほどのものであり、場は完全に親守の次の言葉を待つために静まり返ってしまった。

「大友家単独では、もはや滅亡は必至。どう足掻いたところで、龍造寺家や島津家には及びません。皆様に選んでいただきたいのは、大友家と共に滅亡するか、あるいは大友家の名を残し、他家の庇護を受けるかの二択です」

 ざわ、と評定の場に小波が立った。

「それは、つまり。いずれかの勢力の下に就く、と?」

「如何にも」

 重臣の筆頭格の親守から出た信じがたい発言に、一気に場は氷り付き、それから各々が口々に意見を述べ合う事となってしまった。

「バカな。それでは、鎌倉の世から続く大友の名に傷が付く!」

 特に大きかったのは、やはり反対意見だ。

 大友家の歴史は長く、鎌倉時代にまで遡る名家である。それが、独立性を失ってしまうという事に反発するのは自然な事であった。

 無論、そのような意見が出るのは想定済みであった。よって、親守はゆっくりと誠意を込めて言葉を選ぶ。

「もはや、そうも言っていられないのですよ。今は、その大友の名自体が消えようとしているのです。あまつさえ武門の意地一つ見せぬままにです。こちらのほうがよほど恥ではありませんか?」

 じろり、と見回す親守に、誰一人として口答えする事ができなかった。

 親守の言う事は実に正しい。

 大友家が亡んだ後は、どうなるというのか。妻子を連れて諸国を放浪する事になるか、あるいは首となるか。運よく他の勢力に拾われても、これまで貪ってきた利権はすべてなくなるのである。打算で考えても、大友家が存続してくれたほうが、ずっといいに決まっている。また、意地を張るにしても、主家を亡ぼすような一大事だ。もはや、個人の武勇のための突撃など、自棄になった無駄死にと後世に語られるだけであろう。

 親守は大友家を残すために最良にして唯一の手段であると語った。その具体的な方法も提示し、後はこの場で承認を受ければすぐにでも取り掛かれると説明したのである。

「仮に、貴殿の仰るとおりの道を選んだとする。お屋形様はどうなさるおつもりか? 我らが勝手に動くわけにも参らぬだろう」

 この質問に対して、親守は大きく頷いて、

「この場にいる全員で連署し、お屋形様を説く。後は、皆様のお覚悟次第」

 

 

 その晩、宗麟の寝所に親守以下一〇人の重臣達が押しかけた。

 皆一様に深刻そうな顔をしている。

「何事ですか、このような夜更けに」

「お屋形様に折り入ってお願いしたき儀がございます」

 蝋燭の灯りが怪しく揺れる中、親守は懐から一通の書状を取り出し、宗麟の前に広げて見せた。

 そこに書かれていたのは、名前であった。

 評定の場に昇る事を許された者が自らの血を以て書いた決意の連署である。

「重臣一同より、お願い申し上げます。お屋形様。何卒、今宵限りでご隠居くださいませ」

 親守が深く頭を垂れると、それに続いて他の重臣達も一斉に頭を下げた。

「な……」

 宗麟は言葉を失い、顔色を変えた。

「そ、れは。……何故、……大友の当主は誰が継ぐのです」

「お屋形様の妹君の晴英様でございます」

「八郎が……!?」

 八郎とは、晴英の幼名である。

 宗麟の異母妹である晴英は、大友家に生まれた者として、幼い頃から書を嗜み、様々な学問に長じていた。加えて、大友家に生まれた事を誇りに思っており、近年は宗麟の行動に眉を顰める事も多かった。

 宗麟にとっては唯一の肉親である彼女は、宗麟に何かあった時のために大友家の領内に留め置かれ、しかし、家督相続争いを起こさないように厳重に監視される生活を送っていたのだった。

「晴英様はすでに快諾してくださいました。お屋形様。いえ、宗麟様。手荒な事はしたくありません」

「そ、……んな」

 失意か失望か。宗麟は瞳を揺らして身体を震わせた。親守に退位を迫られるという状況も、彼女に追い討ちを仕掛けた。かつて、宗麟が亡き父と末の弟を手に掛けなければならなかった時、身を挺して宗麟を守ってくれたのが親守であった。

 それが、今度は退位して妹に当主の座を渡せと言ってくるのだ。

「宗麟様は以後、政務を離れ、信仰の道を行かれるといいでしょう」

「信仰の道を?」

「はい。個人的には、南蛮神教に対してよい印象は持っておりません。ですので、当主という責任ある立場であられた宗麟様の信仰にも苦言を呈して参りましたが、一線を引かれるというのであれば、話は別ですので」

「当主の道を捨て、一信徒として生きる。……しかし、本当に、それでよいのでしょうか」

 宗麟は親守の言葉に、未だ懐疑的であった。

 そして、その事には、親守もまた驚いていた。表情にこそ出さないものの、宗麟が当主という立場に思い入れと、多少なりとも責任を感じていた事に改めて気付いたからである。

 故に惜しい。

 実のところ、宗麟は当主の才があったのだ。学問に長じ、品格を持ち、それでいて政策も適切に行えた。その力があったからこそ、親守はじめ多くの家臣が、彼女を見限らずにここまで仕えてきたのである。

 叶う事ならば、かつての宗麟に戻り、現実に正面から目を向けて欲しかった。

 それでも、その願いが故に時節を誤った。

 もっと早く決断していれば、ここまで致命的な事態に陥らなかっただろうに。

「人には適材適所がございます。信仰の道を宗麟様。当主の道を晴英様がそれぞれ担われれば、万事上手くいきます」

「適材適所、ですか」

「晴英様のため、宗麟様のため。そして、大友を守るために、もはやこの道しかありません。何卒、ご決断のほどを!」

 必死の嘆願。

 宗麟は、目を瞑り、じっと考え込んだ。

 信仰の道に生きる。それは、政務への意欲を失っていた宗麟がひたすらに夢見ていた生き方ではあった。心のどこかに、このままではいけないという思いが引っかかりとなって、当主の座に甘んじていたのだが、妹が跡を継ぎ、家臣達が大友をしっかりと纏めていくというのであれば、思い残す事はない。

 宗麟が身を引く事で大友が纏るのであれば、それに越した事はない。

 世俗の責任から逃れ、残る人生を神に仕えるという魅力にも抗い難い。

 結果として、宗麟は重臣達の申し出を受ける形で屋敷を辞し、府内の南蛮寺に身を寄せる選択をしたのであった。

 

 

 

 そうして恙無く当主の交代は行われた。

 大友宗麟から禅譲という形で受け継がれた当主の座は、歳若いながらも才気ある大友晴英のものとなり、新当主の下で大友家は再興を目指す事となる。

 まずは内乱の鎮圧。

 次いで外圧の除去。

 これらが喫緊の課題であり、特に前者は田原親貫や田北紹鉄が未だに反抗の機運を盛り上げている事から素早く事にあたる必要があった。

「とにもかくにも兵が足らんか」

 声は若干低めで落ち着きがある。肩口で切り揃えた金色の髪は、稲穂の輝きを思わせ、蒼穹のような碧い瞳が不満と苛立ちに歪む。

 年の頃は十代の中頃から後半くらいにも見える。

 可愛らしい外見ながらも、その言葉遣いにはどこか捻くれたような印象が篭っていた。

 その生い立ちからすれば、未来を儚み、鬱屈した姿勢になるのは理解できるが、それだけでもなく、生来の捻くれ者なのであろう。

 自室に篭って肘掛に肘を突き、力を抜いてはいても、頭の中は政務の事でいっぱいだ。

「まったく、姉さんもとんだ失態をしてくれたものだ。金もなければ兵もないでは、戦の仕様がない」

 まさしく泥舟。

 大友を守らねばとの一心で当主の交代に応じたものの、実際に当主になってみればその負担の大きさに目を見張る。

 これが、真っ当な当主から跡を受け継いだのであれば、まだましであったのだろうが、残念ながら大友家は往年の輝きを失ってしまっている。

「親守」

 正面に平伏する重臣に声をかける。

「はッ」

「大丈夫なのだろうな?」

「もちろんです。すでに、話は付けてありますので」

「道雪や紹運に救援を出してもらえると?」

「すでに、筑前に大内勢が押し寄せている頃合でしょう」

「ふぅん、そうか。ならばいい」

 晴英はほっと安堵したように吐息を吐いた。

 大内家との同盟の話は、親守を中心に進めさせていたのだが、それが確かなものになったと聞いて、一安心したのである。 

 道雪も紹運も失うには惜しい人材だ。可能ならば、こちらから助けに行きたいところだが、状況がそれを許さない。大内家に頼るしかない、というのが悔しいところだが、仕方がない。

「話が付いてなかったら、わたしはこの話、今からでも降りていただろうな」

「恐ろしい事をお考えで」

「大友を売ったお前に言われたくはないな。いつからだ?」

 晴英は視線を尖らせ、責め立てる様に親守に言った。言葉には棘がある。虚言を許さぬという明確な意思が篭っていた。

「……いつから、というのは?」

 息をする事すらも憚られる緊張感の中で、親守は質問で答えた。

「どの時点で、お前は大内と繋がっていた?」

「何の事か」

「わたしを馬鹿にするなよ。あの大内との同盟が、こんなにも順当に進むものか。こちらが、かなり譲歩し、あちらの利を多分に匂わせたところで、それでも疑ってかかるのが道理だ。そのような気配もなく、さくさくと事を運んだ時点で、事前に粗方条件の刷り合わせがあったと見るべきだろう。姉さんの引退とわたしの担ぎ上げ、そして大内との同盟。すべてに関わっているのはお前だけだ」

 九国内で急速に力を失った大友家はすでに単独で存続するのが難しい状況だ。どうしても、他者からの庇護が必要である。

 しかし、大友家を庇護できる勢力は島津家、龍造寺家、大内家の三つしかなく、その島津家と龍造寺家は手を結んで大友家を蚕食している。よって、選択肢は初めから大内家以外にはないのであった。

 その程度の事は誰もが理解している。

 問題は、大友家の中で大内家に屈するのをよしとしない者がいたという点と、それ以上に大内家が大友家との同盟を認めてくれるかという点であった。

 長年、敵対してきた過去がある。

 無論、常に敵対していたわけではなく利害から時に不戦の約を交わした事もある。その結果生まれたのが大内家と大友家の血を引く宗麟であり、晴英である。

「わたしを祀り上げれば、伯母上の心象もよくなるだろうな。よくできた話だ」

 晴英は、義隆の姪に当たり、晴持の従妹である。

 血縁者が大友家の当主であるのなら、義隆にとっても好都合であろう。

「お言葉を返すようではありますが、断じて大友を売ったなどという事実はありません」

「しかし、そのように受け取られてもおかしくはないだろう。事実、お前は大内家からの密使と幾度かやり取りしていただろうが」

 晴英の言葉に、さすがに観念したのか親守は脱力し、そして口元を吊り上げた。

「そこまでご存知でありながら、何故私を生かしているのです?」

「お前の行動は結果として大友に利する形になったからな。最良とはいかずとも、これ以外に手はなかった。それを考えれば、お前を罰するというわけにもいかんだろう」

「影で他家と繋がった人間ですが」

「その他家はすでにわたしの上に位置している。ならば、問題にはならない。できない。癪に障るがな」

 何よりも、同じ飼い犬に親子二代に亘って噛まれているというのが情けない。父も姉も、この好々爺然とした腹黒家臣にしてやられたのである。

「やはりお前もあの敗戦から姉さんを見限ったか」

 大友家のすべてが崩壊した、日向国での一戦。

 多数の重臣が屍をさらし、家中は大混乱に陥った。

「見限ったわけではありません。ただ、このままではいかんとは思いました。大内様、……より正確には、内藤様から密使がやってきたのはそんな折でした」

「内藤……内藤興盛(おきもり)。長門国守護代か」

「如何にも」

 親守はもはや隠し立ての意味はないと思ってか、素直に頷き、認めた。

 無論、大友家が大敗を喫し、そこに大内家からの使者が来たからといってすぐに蜜月の仲になるような事はない。その当時は、まだ宗麟がこの敗戦をきっかけにして目覚めてくれるかと期待していたのである。しかし、そのような兆候はなく、島津家や龍造寺家の動きが活発化し、領国内やその近辺の動きが不穏になってくるに及んでいよいよ、大内家と結ぶ事を考えるようになった。

 幸い、その時点で大内家は島津家の追撃から大友家の将兵を救ったという事から比較的好印象を持たれていたし、状況から考えても大内家を頼るしかなかった。そうして、水面下で、内藤家とのやり取りが始まったのである。

 それでも、彼が明確に大友家を裏切ったかというとそうではないのだ。

 大内家の動向を探りながら、同盟にこぎつける事こそが親守の目的であり、そのために家中を纏める必要があった。

 大内家から内々に伝えられた条件は、宗麟から晴英への世代交代。

 それを成し遂げるためには、それ以外の選択肢がないのだと重臣達を思考停止状態に陥らせる状況を作る必要があった。田原親宏や田北紹鉄の反乱は、ちょうどいいスパイスであった。

 危機感を意図的に煽り、大内晴持の行動から大内家も大友家との同盟を模索している可能性があると重臣達に説明して期待感を持たせ、その上で当主交代の案を出すという大博打を仕掛けた。

 また、大内家に筑前国を割譲する事で大友家は豊後国内に兵力を集中する事ができるという利点もあった。もはや統治が行き届かない筑前国を領有していても管理できない。

 あちらの問題は、大内家に投げ渡したほうが利になるのである。

「大友を生き残らせるには、これ以外に思いつきませんでした」

「お前の忠義は見事だ。家を守るために当主すらも挿げ替える怜悧さも、わたしの好むところだ」

「お褒めに預かり光栄です」

 家への忠義と当主個人への忠義は別物。保守的な親守からすれば、大友という家を腐らせたのは間違いなく宗麟であった。宗麟を立てたかつての自分がいて、そして、南蛮神教に傾く以前の宗麟を知っていたからこそ、今まで行動に出なかったのだが、それも大友家が亡びる寸前になった段階で我慢の限界になったのであろう。

 恐ろしい男だ。

 あるいは、不要と判断すれば、彼は晴英ですら、大友のために斬り捨てるであろう。

「お前ほど苛烈な思想を有する男が、よく姉さんを生かしておいたな。忌み嫌う南蛮寺に入らせるなどという迂遠なやり方までして。それも大内の指示か?」

「禅譲という形を取ったほうが、領国内の混乱は少なくすみます。それに、番犬にはそれに相応しい首輪がなければなりません」

「ふん、なるほどな。まあ、そこは嘘でも姉さんを殺すのは惜しいであるとか言って欲しかったがな」

 親守のように主家を守るために当主を挿げ替える忠義者がいる一方で、主家と対峙してでも当主を守ろうという忠義者もいる。そういった者にとっては宗麟を力ずくで排除した新当主は敵としか認識されない。そのような者は往々にして頑強だ。押さえるために、少なからず、世代交代に当主の同意が必要だったという事だ。

「まあいい。そこまでして大友を再興しようというのだ。これから先も馬車馬の如く働いてくれるのだろうな」

「無論。この身体が用を成さなくなるまでは」 

「それが分かっているのならばいい。では、早速、伯母上との三つ目の契約を履行するとしよう」

 

 

 親守を退出させた後、一人になった晴英は大きくため息をついた。

 日向国での敗戦の後で残った古株の重臣は、僅かだった。それだけでも危ういのに、そのうち二人は明確に反乱を引き起こし、親守は大内家と繋がって当主交代の機を窺っていた。

 大友という大樹が内側から腐っていたという何よりの好例であろう。

「伯母上にしてやられたというところか」

 大内家の迅速な行動。また、それを表に出さずに水面下で活動し続けてきた事からして、日向国への侵攻からすでにこの状況となるのを見越していたに違いない。

 大友家と島津家を分断したというのは偶然だろうが、日向国に侵攻した大友家が敗れれば未来は決定する。島津家に敗れるか、あるいは背後を取った大内家に敗れるかの違いでしかない。

「姉さんも簡単に当主の座を明け渡すんじゃないと」

 怒ってやりたい気持ちになる。

 半ば軟禁されて育った晴英は、そのために僅かな情報から外部の状況を理解するように努めてきた。その能力が、親守とその背後の大内家の存在を嗅ぎ付けた要因だった。

 そうして、親守を問い質せば、案の定であった。

 しかし、親守がどれだけ重臣を説き伏せたところで、宗麟が是としなければ禅譲という目的は果たせない。最悪、武力に訴えるつもりだったにしても、博打に過ぎる。宗麟に認めさせる一手があった、と考えるべきであろう。

 宗麟の性格や思考を思う。

 彼女は意外にも頑固で、早々自分の考えを曲げたりはしない。南蛮神教を決して棄教せず、大友家の看板以上に重視してしまったのも、その影響であろう。

 そして、その宗麟を降ろすために、以後の人生を信仰に捧げるという信徒としての利を説いた。

 そうして、やっと宗麟は屋敷を出て、府内の南蛮寺に身を寄せるに至った。

 南蛮寺の神父は、実に鷹揚に宗麟の判断を受け容れたという。

「解せんな」

 頬杖を突く晴英は、心中にこびり付く不快感に眉を顰める。

 神父は何故に宗麟の判断を認めたのだ。

 宗麟という最大の庇護者を失う事に抵抗がなかったのか。当主の座を明け渡した宗麟には、もはや政治的な価値はほとんどない。あるいは、大友家を捨てて信仰に生きる宗麟は、旗頭として使えなくもないかもしれないが、家を捨てた宗麟への風当たりは強まると考えるべきであろう。

 晴英は、神父がただ純粋に信仰の道に生きているとは思っていない。

 無論、故郷を離れて日本にまでやってきたのだから、信仰は第一なのであろうが、それでも彼らは人間だ。自身に、更に言えば信仰を広めるために都合のよい展開を望むはずであり、宗麟が大友家の当主を降りるという事は府内での庇護者を失うという事である。それは、彼らにとってあまり好ましいものではないはずだ。

「大友が、彼らにとってすでに用を成さないものになったか……」

 見限られた。

 そう思えなくもない。しかし、宣教師の職務を思えば、軽々しくその地の人間を見限るという事はあるまい。

 そうなれば、考えられるのは一つしかない。

「ハッ。よもや、南蛮人共にまで手を伸ばしていたか。なるほど、それならば姉さんがあっさりと身を引いた事も頷ける」

 この一連のクーデター。

 裏で糸を引いていたのは、内藤興盛であった。

 この人物は、大内義隆と宣教師ザビエルを結びつけた人物であり、大内家の中でとりわけ南蛮神教に理解を示している人物である。彼自身は信徒ではないが、彼の身内からは信徒が出たという。南蛮人と独自の繋がりがあってもおかしくはない。

 宣教師の言葉なら、宗麟も納得するはずだ。

 親守の説得の後に、南蛮寺に駆け込んだ宗麟を優しく諭した神父は、その実大友家の当主に宗麟が返り咲く事がないように枷を嵌める役目を果たしていたわけだ。

 おそらくは親守も知らなかったのだろう。

 親守は南蛮神教を毛嫌いしている。間違っても共同戦線は張らない。となれば、別口で宣教師達に取り入ったのだろう。

 ただの可能性。

 しかし、調べればすぐに分かる事でもある。

 十重二十重に包囲網を構築した上で、大友家から大内家を頼るように仕向けたのである。

「勝ち目は端からないか。まったく、とんだ連中に目を付けられたもんだ」

 とはいえ、滅亡不可避のところから、未来を掴んだのである。

 大友家を再興する時間は、大いに稼げた。これから先も苦労が続くが、苦労できるだけまだ状況は改善したと思ってやっていくしかない。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 夜闇を劈く物音に、目を覚ます。

「な、何事だッ」

 眠りが浅かった事もあって、頭は働いている。

 今の物音は、間違いなく門が突き破られた音である。

 次いで、男女の悲鳴が屋敷内に響いた。魂を切り刻むかのような絶叫であった。

 床板を踏み鳴らして突き進んでくる何者か。

 夜襲であるのは明白だ。

 枕元の刀を取り、鞘を打ち捨て立ち上がる。障子戸が乱暴に開け放たれたのは、ちょうどその時であった。

「おられたぞッ」

「囲めッ」

 室内に押し入ってきたのは屈強な武士達であった。鎧兜に身を包んだ武士達は、差し込む月光に刃を残酷に光らせている。

「な、何者だ、己らはッ」

「大内輝弘様。御首頂戴仕る」

 名乗りを上げる事もなく。

 襲撃者は凶刃を振り下ろす。

 刀一つで何ができようか。不意を打たれた輝弘は、己が寝巻きを死に装束とし、鮮血の海に沈んだ。

 

 

 夜襲によって討ち果たされたのは、大内輝弘とその子息である武弘。そして、彼の妻と傍仕え十数名である。

 首になった輝弘と武弘を検分し、間違いないと判断した親守は、暗殺の成功を晴英に伝えるために使者を送った。

「これも、宿命か」

 大内家と敵対した時のために生かしておいた大内家の血筋。

 半世紀ほども昔、大内義興の弟の高弘が謀反を起こそうとして失敗し、大友家を頼ってきた事を縁とし、その息子をこの日まで食客として養ってきた。

 それも、ここまでだ。

 大内家の庇護を得るためには、義隆が提示した三つの条件を履行する必要があった。

 一つは当主の挿げ替え。

 二つは筑前国の割譲。

 そして、三つ目が大内輝弘とその血脈の殲滅。

 義隆からすれば、謀反人の子と孫であり、大友家が大内家とぶつかった際に旗頭にできる人物であったから、これをむざむざを放置するわけにはいかなかったのである。

 獅子身中の虫として、活動してきた親守からすれば、自分こそがこうなるべきであると思えてならないが、それでも、大義に則った生き方をしていると今でも確信している。

 主家の安泰のために、斬り捨てるべきを斬り捨てる。

 二度も当主を挿げ替えたのだ。

 裏切る形になったとはいえ、輝弘を斬り捨てる事に迷いはない。

「桶を持て」

 短く、親守は指示を出す。

 輝弘と武弘の首が入った桶を、晴英の下に運ばせるのである。

 こうして、大内家との間に燻る火種を掃除して、後は挙兵した謀反人を成敗すれば、建て直す時間は稼げるであろう。

 親守は、両肩にずっしりと業が圧し掛かるのを感じながら、重い足取りで鮮血に染まった屋敷に背を向けたのであった。



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その三十四

 事前に準備を整えていた事もあって、命を受けてから筑前国に向けて出兵するまで、そう時間もかからなかった。

 二〇〇〇〇人ほどが集結し、諸将に率いられて筑前国に押し入っていく。

 晴持率いる本隊が筑前国に入る前に、先鋒は立花山城の周辺に展開されるであろう。

「ところで義姉上。いくつか、質問が」

「何?」

 出立前、挨拶に出向いた時、義隆は相変わらず何かしらの書状を書いていた。

「今回の大友との同盟の件。もしも、失敗していたらどうされるおつもりだったのでしょうか?」

 義隆が事前に大友家の中に味方を作り、その人物を介して都合のいい方向に誘導したとはいえ、必ずしも成功する策ではなかったはずだ。

 もちろん、義隆の言うとおり同盟するならば、優位な条件で同盟するほうがよく、相手が自分達に助けを求めるようにするのが最も大内家の利に適うとしてもだ。

「同盟が成立しなかったからといって、失うモノってほとんどないでしょ?」

 と、義隆は平然と答えた。

「日向が孤立しているのですが?」

「今の島津にとって日向を攻めるのは、なかなか難しいと思うわよ? だって、わたし達は水運を押さえているもの。彼らが仮に北上しても、その背後に兵を送り込める。挟み撃ちしやすい地理的条件を、わたし達は満たしている」

 島津家も水軍を持っているのは確かだが、村上水軍や河野水軍、長曾我部水軍などを要する大内家の船団は、島津家を凌駕している。

 大友宗麟が日向国で晴持らの強襲を受けたのも、海上輸送による優位性がもたらした結果であり、それは島津家を相手にしても言えることだ。

「それに、伊東が壁になってるじゃない。島津が北上しようとしても、あそこで一旦食い止められるでしょ」

「状況次第では、伊東を捨石にする事もあると?」

「まあ、言いたくないけどね。日向自体は、肥後の国人と連絡を取るのに重要な拠点だけれど、あなたが言うように孤立状態だからね」

「いざとなれば手放しても惜しくはない?」

「そりゃ、惜しいわよ。あそこは、利用価値があるもの。もっとも、大友を味方に引き込んだ今では、その価値も従来ほどじゃないわ」

 大友家の領土を飛び越えて、肥後国と通行するには都合がよかった。早期に対島津戦線の構築を呼びかけるには、肥後国人の協力は重要な要素だったからである。

 義隆にとっては、日向国は出先機関程度の認識なのだろうか。一応、長曾我部家の事もあるので、晴持は個人的に、軽々しく捨てたくはないのだが、当主として、そのあたりは冷徹に考えているのかもしれない。

 相良家が思いの他あっさりと下されてしまったので、対島津戦線も引き上げねばならなくなったが、大友家を取り入れた事で、おつりが来るくらいの成果を挙げたと思える。

「同盟がダメでも、あの状態の大友くらい、武で潰せる。ただ、そうなると後々面倒な事になるからやりたくなかったのよ」

 内部まで義隆の手が届いた大友家は、大内家が攻め込めばまともに立ち向かう事もできずに陥落するであろう。船で府内を攻める事もできるし、日向国や豊前国から挟む事もできるのだ。義隆の言うとおり、潰すだけなら容易い相手だ。

 それに力による屈服は少なからず恨みを買うし、資金も浪費する。外交で取り込めるなら、それに越した事はない。

 義隆の言う面倒とは、恐らくは亡ぼした大友家の旧臣達による蜂起などであろう。武威で屈服させるにしても、恨まれるのは必定であるし、大友家の再興を目して龍造寺家と結ばれては本末転倒だ。

「それだけじゃなくて、龍造寺と正面衝突する事になるってのもあるしね。筑前国はごっそり敵に回るし、豊後に兵を出している間に筑後が龍造寺に飲まれるのは目に見えてる。あそこ、大友家と縁深い国人が多いからね」

「大友を潰してしまえば、その時点で大友寄りの勢力が龍造寺に流れる可能性があったという事ですか」

「うん」

 義隆は頷いた。

 兵を豊後国に進めて、宗麟が簡単に降伏してくれるのなら話は早いがそうでなければ、泥沼に陥る可能性もあった。

「できるだけ、大友は力を温存した状態で取り込みたかった。そうすれば、大友には再起の目があると、周辺の国人に思わせる事ができる。戦に敗れて従属化するよりも、大友の看板に傷が少なくてすむし、当主の挿げ替えも、結局は大友の再起を印象付けさせるためだしね」

 大内家に従いたくはないが、大友家ならまだ、という勢力も中にはあるだろう。

 九国でも特に品位ある家が大友家だ。その名前が持つ影響力は、没落しつつある今でも油断ならぬモノがある。

 また、兵力が拮抗した状態ならば、ぽっと出の龍造寺家よりも縁のある名家大友家を選ぶ可能性が高い。間に立たされて揺れていた諸勢力を奪い返すには、確かに大友家の名前は有用だと思えた。

 そして、晴持がそれを筑前国にて体感する事となった。

 

 

 

 □

 

 

 

 筑前国に攻め入る大内勢は、部隊を二つに分けた。

 一方は博多方面から立花山城を救援し、そのまま南下する部隊。そして、もう一方は豊前国から北上していく部隊である。 

 それぞれが一〇〇〇〇ずつの兵を持ち、晴持と隆房が指揮する事となった。

「あなたにはお礼を申し上げるべきなのでしょうね」

 救援に駆けつけた晴持を道雪は鷹揚に城内に受け容れた。

 頑強な立花山城も、度々敵勢に攻め寄せられたと見えて、損傷が激しい。内部も、怪我をした兵がいたるところにいて、否応なくここが戦場であったのだと思い知らされる。

「四国でお会いして以来ですね。晴持殿」

 晴持と向き合った道雪は、近くで見ると尚の事美しい女性であった。

 これが、誰もが恐れる鬼道雪だというのだから、驚きだ。

「足を悪くしたと伺いました。その後、お身体の具合はどのようでしょう?」

「幸いな事に足以外は何ともありません。足が動かぬ事も、さしたる障害でもありませんし」

「そういうものですか」

 どこまでが本音なのだろうか。

 目の前に座る女性。立花道雪は艶やかに表情を綻ばす。

「それよりも、肩の傷は塞がりましたか?」

「ええ」

 と、晴持は頷く。

「もうずいぶんと昔の事です。塞がっていなければ、私は床に臥せっていなければならないでしょうね」

「そうなれば、わたしも城を枕に討ち死にしていたかもしれないわけですね。世の中、どのように運命が流れるか分からないものです」

「道雪殿であれば、敵陣を切り開いて府内まで辿り着けそうに思いますが」

「ふふ、買いかぶりすぎですよ」

 道雪の猛威を文字通り骨身に染み込ませた晴持は、そこそこ本気だったのが、彼女は意に介さない。

 会話をすればするほど、要点が掴めなくなるような錯覚に陥る。立花道雪の生来の雰囲気なのか、それとも話術なのか。雲を掴むような人物である。

「しかし、お元気そうで何よりですよ」

「実は雷に打たれる前よりも身体が軽くなったような気さえするくらいなのです。何故でしょう。こう、しっくりくるんですよね」

「そ、うなのですか。それは、また稀有なご経験をされているようで」

 雷を受けて力が上昇したとでも言うのか。

 電気エネルギーを取り込んで成長するなど、真っ当な人間ではありえない。リントの戦士か電気鼠クラスの怪物に匹敵するというのか、などと意味の分からない言葉が脳裏を行き交う。さすがは立花道雪。もはや破壊のカリスマだ。

 晴持は空咳をして雑念を追い出した。

「宗麟殿の事については……?」

 道雪に目通りした最大の理由が、これである。

 道雪が宗麟を個人的にどう思っているのかを、晴持は知らない。もしも、宗麟が当主の座を退いた事に遺恨があるというのなら、今の内に確かめておかなければならないと思った。

 問われた道雪は、一瞬悲しそうな表情を見せ、目を瞑った。

「宗麟様が出家され、新たに晴英様が当主になられたと聞いた時には、さすがに堪えました」

「道雪殿は宗麟殿とは」

「幼い頃から共に文武を磨いた仲です。とは言いましても、宗麟様は専ら学問を重んじられておりましたが」

 所謂幼馴染というものであろう。 

 道雪の語る宗麟は、巷で聞くような愚図で無能な印象とは異なる才気に溢れた人物なようだ。

「どこで、道を違えたのか、わたしには分かりません。ですが、あの方を傍でお支えできなかったわたしにも、責任の一端があるのでしょう」

 道雪を政治の中央から遠ざけたのは、さすがに失態だったと断言できる。

 いくら、国境の守りを固める必要があるからと言っても、彼女ほど文武に明るい武将は他にいない。道雪が傍にいれば、重臣クラスの武将の反乱は未然に防げたかもしれない。

「……その責任、どのようにお取りになるおつもりでしょうか」

「乙女が打ちひしがれているのに、その言い草。酷いお方ですね、あなたは」

「赤の他人に慰められても、あなたの気分は晴れないでしょう」

「仰るとおりです。が、それはそれ。時には慰められたという事実が、欲しい事もあるのですよ」

 拗ねたように道雪は言う。

 正直に言って、非常にやりにくい。

 思えば、このような捉えどころのない女性を相手にしたのは初めてだ。

 真面目に相手をしていては、手玉に取られる。

 道雪は、そういう女性だ。あまりに危険。色っぽいのがさらに輪をかけて危機感を煽る。道雪の背後に蜘蛛の巣を幻視するほどであった。

「私には、なかなか難しい注文ですね」

「数多の姫武将と爛れた生活を送っていらっしゃる割りに、乙女心には疎いのですね」

「ハハハ、清く正しいお付き合いです」

 平坦な口調で、晴持は言い返す。

 それから、強引に話題を変えた。

「この近辺の敵は、大方撤退した模様ですし、準備が整い次第、南下して岩屋城まで進みたいのですが、道雪殿は如何様に?」

 岩屋城は紹運が立て篭もり頑強な抵抗を続けている。

 立花山城から南に下ったところにあり、そう離れているわけではない。徒歩でも一日とかからない、山城である。

「もちろんお供します、と言いたいところですが、長陣によってこちらの手勢はほとんどが疲弊しきっております。休息を取らなければ、足手纏いになりましょう。申し訳ありませんが、兵を割く事が難しい状況です」

 道雪の配下はついに四桁を割っていた。

 怪我人も多数出ていて、いくら彼女が最高峰の猛者であっても、戦に出て行くのは不可能であろう。立て直すのに、それなりの時が必要であった。

「分かりました。それでは、この城でゆるりとお休みください」

「紹運の事。よろしくお願いします」

「お任せください。道雪殿は、大船に乗ったつもりで吉報をお待ちください」

 晴持は手勢の一部を立花山城の守りに割いた上で、岩屋城を目掛けて進軍。不意打ちを警戒して進軍速度を緩めながらも、大内勢の侵攻を大いに喧伝した。

 相手が大内家と正面から戦えると思っていなければ、それだけで示威効果になるからだ。

「晴持様ぁ。今回の相手は龍造寺じゃないんですよね?」

 途中で進軍と一時止め、陣を張ったところで、やってきた明るい髪の少女が尋ねてきた。

「おう、元春。相手が龍造寺じゃなくて不満か?」

 少女の名は吉川元春。

 毛利元就の次女で、吉川家に養子入りした新進気鋭の姫武将であった。

「んー、不満てわけじゃないんですけど、でも相手、みんな退いてるじゃないですか。正直、ガツーンって戦いたいんですよね」

 元春の性格は隆房によく似ている。

 実直な武将で、剛勇を誉れとする。戦うにしても、力と力をぶつけ合った戦を好む性質だ。

 以前会った時よりも、いくらか身長が伸び、落ち着きが出たとはいえ、生来の気質は変わらないようだ。

「今回、どうなるか分からんからな。筑前の国人は多くが戦意を喪失しているようだし、戦わずして終わるかもしれん」

 古処山城の秋月家は別として、その他の国人達には、攻め亡ぼすほどの恨みも価値もない。降伏してくれば、そのまま受け入れる事も視野に入れている。

「秋月さんとこは、隆房が行ってるんでしょ。じゃあ、もう陥落しててもおかしくないか」

 どういうわけか、元春は隆房と互いに呼び捨てにしあう仲なのだ。

 立場の違いがあるので、公式の場では尊称をつけるが、そうでない場面では古くからの友であるかのように名前を呼ぶ。

「どうかな。秋月はしぶとくて、厄介な相手だからな」

「そんなに?」

「もともと、大内家に従っていたのは知ってるか?」

「まあ、聞いた覚えがある、くらいです」

「義姉上に反発してな、そのまま大友に就いた。まあ、大友とも確執があるみたいで、今度は龍造寺を背景に蜂起したらしいが……」

「なんですぐに討伐しなかったんですか?」

「秋月の古処山城は位置が悪い。当時の大友と大内の境目にあってな、秋月がどちらに就くかで、筑前の勢力図が一変するくらいに価値があった。おかげで、大友が筑前の半ばまで影響力を持つようになっちまった」

 秋月家を討伐すれば、大友家が出てくる。当時の大友家は九国最強の兵力を誇っていたし、尼子家との問題も抱えていた大内家は大友家と激突する道を避けるしかなかった。

「そもそも、どうして秋月は離反したんですか?」

「まあ、面子の問題があったんだ。御供衆って知ってるな」

「うん。そりゃあね」

 御供衆は、幕府の役職の一つであり、将軍の出行に奉仕する役職という点で将軍に最も近い職といえる。戦国期には、御供衆を含めて多くの役職が半ば有名無実と化したが、それでも名誉ある役職として多くの大名が幕府の役職を欲した。

 その考え方は、義隆のそれと同じである。

 義隆が敵対者よりも高い官位を欲するように、諸大名もまた自己に利する形で幕府や朝廷から高い官位や名誉ある職を手に入れたいと熱望している。それが、幕府や朝廷が現在有する権威であり、戦国時代に入っても尚将軍が一定の権威を持ち続けている要因であった。

「あの時は、まだ先代だったから、秋月文種だったかな。彼は、義姉上に御供衆への推挙を願い出ていたんだ」

 大内家では、従属する国人が幕府や朝廷の官位や役職を求める場合は、義隆の許可を仰がなければならないという規則がある。これは、国人が当主を差し置いて幕府や朝廷と繋がりを持つのを防ぐための措置であるが、文種は義隆から幕府への推挙を受ける事ができず御供衆になれなかったのである。

 さらに、同じ筑前国の国人である麻生隆守が御供衆に推挙された事を受けて、文種のプライドは大きく傷つけられたという事だ。

 結果、秋月家は大内家から後に離反し、大友家に従属する事となった。

「秋月は名家ではあるが、御供衆に推挙できるような家格ではないし、忠誠心もなかった。麻生家はもともと幕府の直臣の家系で、そういう意味では大内と同格だ。どちらを推挙するかなんて分かりきっている」

 義隆も文種に何も与えなかったわけではない。

 御供衆にはできないが、五ヶ番衆になら推挙できると言っていたのである。しかし、やはり筑前国の麻生家が御供衆に推挙されたのに、秋月家がその一つ下の位というのは納得できなかったらしい。

「なんだ、ただの身の程知らずか」

「まあ、そういう受け取り方もできるな」

 秋月家は結局、大友家から切り捨てられてしまった。

 戦国の倣いとはいえ、哀れとは思う。

 もっとも、義隆も秋月家は信用ならんとしているし、彼らについては降伏も認めず叩き潰せとの仰せだった。

「晴持様。物見が、帰ってきたみたいですよ」

 元春がつま先立ちになって遠くを見る。

 戻ってきた物見によれば、岩屋城の囲みは解けているようだ。高橋元種も、さすがに一〇〇〇〇の大軍を野戦で迎え撃とうなどとは思わなかったらしい。

 それどころか、元種に従っていた筑前国の国人がこちらに靡き始めているという。

「龍造寺がこちらに出てくるまでに、筑前は押さえられそうだな」

 龍造寺家は、筑後国の蒲池家を相手に戦を始めたという。

 一方、龍造寺家の支援が乏しい今の状況では、筑前国の国人達の士気は下がっている。亡ぼしていては、時間がかかるし、降伏勧告を出しながら、兵を進めていくのがいいだろう。

 




天極姫で終わったのかと思っていたら、6とかマジか。
いつの間にか戦極姫も七年目に突入するか。


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その三十五

卒論やるぜー、のノリで一斉に非公開にしたものの、なんやかんやで戻ってきたり何なりしていたのですが、本作については戻すのを素で忘れていました……。
今までは、ほかの連載ものを集中投下したり、社会人になってうんたらする中でこちらに手が回らなかったのです。すいませんでした。


 ――――古処山城。

 およそ三五〇年前に秋月家の祖となった原田種雄が築城し、以降秋月家の勢力拡大の拠点として輝かしい歴史を紡いできた堅牢な山城である。

 古処山はその長く険しい登山道故に、古来、霊山として名を馳せており、山中で最澄が薬師如来を彫ったという伝説もあるほどの名所でもある。

 城主は秋月種実。

 大内家を裏切った秋月文種の次男にして大友家を裏切った田原親宏の娘を正室に迎えた男である。

 大内家並びに大友家からすればまさしく裏切り者の代表格と言ってもいい存在であり、大内義隆からしても、そして大友晴英からしても亡ぼすべき対象として認識されていた。

 三十万石を上回る領地を治める大名でもある秋月家に相対するには、それなり以上の猛者でなければならない。ましてや、今の秋月家は龍造寺家の後ろ盾を得て筑前国内の国人たちを纏め上げる擬似盟主となっているために、その兵力は油断ならないものがある。結果として選ばれたのは大内家の中でも最強の実力を持つ陶隆房であった。

 短い髪を馬上で揺らす隆房は、露骨にため息をついて退屈さをアピールする。

 無理もない。

 戦、勝負、力のぶつけ合い、それらに愉しみを見出す暴れ馬の如き少女である隆房にとって頭を引っ込めて出て来ない亀を思わせる敵との戦いは腹立たしいという以前につまらなくてやる気が削がれる。

 秋月家は古処山城に篭ったきり一度も顔を出さず、篭城の構えを解く気配は欠片もない。

 三十万石もあれば、相応の戦いができるだろうにまったく情けない話である。隆房は落胆の色を隠さず、古処山の南麓を流れる小石原川の南岸に陣取る大内勢を眺める隆房はしかし、警戒心だけは決して解かず、物見を複数放って情報収集に努めている。

「こっちが大友と結んだ事で筑前の国人は恐れをなして逃げ出し、勝敗は火を見るよりも明らか。さりとて、肝心の秋月は城の堅牢さを恃みに降服の気配は欠片もなしか」

 すでに四度、降服勧告を出している。城主の切腹を条件に、家臣の助命を約束する内容であったが、未だに受け容れられてはいない。

「さて、どうするかね」

 安易な城攻めはこちらの消耗を加速させるのみ。龍造寺家が筑後国の攻略に手間取っている以上、こちらに援軍を差し向ける可能性は皆無と断言してよく、必然的に秋月家は篭城しても徒に消耗していくだけの存在に零落した。

 峻険な山に築かれた城は明日も明後日も隆房を寄せ付けまい。しかし、明日が積み重なった果てに待っているのは、絶望的な流血である。隆房には勝負を急ぐ理由がなく、当然兵力を無駄にして叱られるつもりもない。

 ――――突っ走るだけが大将ではない。

 城攻めは野戦とは異なる条件での戦いであり、用兵もそれに応じて変えなければならない。力攻めが多大な損耗を強いるのは考えるまでもない事で、大内家全体を俯瞰すれば、秋月家如きに兵力を割くのは来る決戦に向けて不利益でしかない。

 天地人。

 これを掌握して初めて戦に勝利できる。

 隆房が思うに、自分にはまだ「人」しかない。「天」の時も「地」の利も不足している。ならば、来る時に備えて、地の利を手にするのが得策であろう。

 隆房は徐に古処山を見上げ、それから尾根伝いに聳える山々を見渡した。

「――――城を、建てるか」

 ふと思い立った隆房はさっそく家臣を集めて軍議を催した。

 絵図を広げて古処山とそれに連なる山々の地形を確認すると共に物見を放って地形を調べさせる。

 それだけでも一日作業になるが、城を建てるとなると数月はかかる事を見越さなければならない。それは遅すぎる。

「城というか簡単な砦で構わないんだけど、兵が常駐できる場所があの山の尾根伝いに欲しい」

 隆房の発言に、古くからの馴染みの家臣や同僚は顔を見合わせて真意を探ろうとする。

 なぜなら、そういった戦術は隆房の本来のやり方ではなかったからだ。正面から襲い掛かり、一気呵成に攻めかかるのが、従来の隆房の戦である。

「今回はこれまでの戦以上に大きな戦が後に控えている。見栄を張って余計な消耗はすべきではないし、戦を楽に進めるのなら、これが一番だと思うんだけど……」

「お嬢様……よもやそこまで成長されるとは……」

「この老骨も涙を禁じえませぬ」

 家臣の一部が感涙して咽び泣いていた。

「ちょっと、どういう事よ!」

「以前のお嬢ならば徒に城攻めし、犠牲を強いて敵を打ち破っていたでしょう。しかしながら、今のお嬢は大局に立って兵を用いようとされております。戦いをその前段階から構築するのは優れた将の証。御父上もさぞ鼻が高い事でしょう」

「ちょ、調子狂うなぁー……」

 褒め称えられて悪い気はしないのだが、逆に失敗した時に落胆させるのではないかという不安も出てくる。

 何を馬鹿な。

 失敗しなければいいだけの話ではないか。

「まずは城、いいや砦の建造。場所は……」

「場所については物見に調べさせた情報がございますが、尾根伝いであればやはり屏山に築くのがよろしいかと」

「やっぱり、そこか。でも、山頂に都合よく砦を作れる場所があるかどうかだけど」

「その辺りは何とでもなりましょう。秋月が妨害しなければ、数日中には形にはなるはずです。もちろん、それ相応の人員を割く必要はありますが……」

「それなら大丈夫。人手は余ってるくらいだから」

 秋月家に数倍する人員で城を囲んでいるのであるから、砦造りに人を割いても問題はない。

 山頂に砦を築くとなると、材木の搬入出のための道の整備などに時間を要するが、これと見定めた箇所に複数人からなる組を置き、競わせるようにしてある程度の広さを確保しつつ、同時に材料を麓で組み上げておく事で時間を短縮する。青写真だけはこれでできる。後は実行するだけだ。都合よく砦が完成すれば儲けモノ。妨害に敵が出てくれれば御の字といったところか。だが、こちらが何かしらの行動を起こしているという事が相手の精神に負担を強いる事になるのは明々白々である。

 突き崩すのならまず心から。

 刃が届かないのなら視覚と聴覚に訴えて不安を煽る。

 幸い、古処山と尾根で繋がる屏山は古処山よりも高く、敵城を山頂から見下ろす位置にある。仮に屏山から古処山へ兵を進めれば、その進路の大半が下り道となり、古処山の麓から攻めかかるよりも負担が少なくて済む。そして、当然麓から攻めるよりも突破しなければならない関門も少ない。そして、麓の兵と挟み撃ちにもできるという利点もある。

 屏山は古処山城を陥れる上で実に都合のいい場所にあったのである。

 砦を造るのに必要な木材は大量にある。道は木々を切り倒して作ればいい。二〇〇〇人ほども動員すれば、山頂への登山道を拓く事は可能だろう。

 こちらの兵力は一〇〇〇〇人に達する。二〇〇〇人を割いたところで問題にならないのである。

 隆房は早急に屏山に人足を送り込んだ。

 

 

 

 屏山の山道を切り開き、その頂上付近に兵を留め置けるだけの砦らしきものが生まれたのは、それから七日後の事であった。

 高所に位置する山間の地という制約上、如何にも城というようなものは造れない。必要だったのは、兵を常駐させられるだけの防御力を持った施設であり、極端な話それは壁で囲まれていればいい。

 敵の本陣である古処山城からは大内家の兵が屏山で何かしている事は分かっても、そこが古処山よりも標高の高い位置にあるため目視で確認する事ができず、また、確認できたとしても対処する事など不可能だ。砦の完成を座して待つ事しかできず、不安な日々を送らざるを得ないはず。

 対して、隆房率いる大内・大友連合は高所と低所の双方から古処山城を監視できる体制を整えた事で大いに士気を盛り上げている。

「軍道はどうなってる?」

 隆房は陣に戻ってきた家臣に尋ねた。

「全行程の三分の一程度といったところでしょうか。難所は越えましたが、これ以上となると敵との交戦が考えられます」

「そう」

 畳床机に腰掛けた隆房は家臣を下がらせ、一人、眉根を寄せて悩む。

 隆房が作らせている軍道は、ある程度形を整えた屏山砦から尾根伝いに古処山城へ向かう道である。報告では全行程の三分の一にまで達しているというが、それはつまり屏山から古処山に入る辺りまでは軍が問題なく通れる道が完成したという事であり、ここまでくれば、敵の物見によってこちらの行動が筒抜けになっている事は間違いない。

 もとより隠す気などなかった。

 攻め落とすために砦を使うわけではなく、示威効果を期待してのものだったからである。要するに、知られて初めて本来の効果を発揮する類の兵器、という認識だったので、知られたからといって焦る必要はない。

 隆房は、ふと陣幕の外に目を遣った。

 そこに、家臣の一人がやってきた。

「お嬢様、明智殿がいらっしゃいました」

「いいよ、通して」

「御意」

 家臣が頭を下げてその場を辞す。数秒の後に陣幕の中に入ってきたのは、見知った姫武将――――明智光秀であった。

 白い装束の上から漆黒の羽織を羽織っている姿が、彼女の落ち着いた容貌を異様なまでに際立たせている。

「お久しぶりです、陶殿」

「やっぱり、光秀じゃないかと思った」

「やっぱりとは?」

「誰か来たなって思った時に、光秀らしい匂いがしたからね」

「わ、わたし、臭ってますか?」

 光秀は慌てて自分の衣服を確認する。

 その様子を目元を緩めて眺めた隆房は、「悪い臭いじゃないよ」と言った。

「ただね、硝煙の匂いを引き連れてるから分かるよ」

「わたしからですか」

「光秀はいつも硝煙の匂いに囲まれてるから、慣れちゃったのかもね。まあ、座って」

 隆房は光秀は席に誘導し、向き合って座る。

「烏の筆頭が来たって事は、若の方は片付いたった事だよね」

「はい」

 光秀は晴持の手勢として付き従う武将である。特異な役目を帯びている存在で、晴持の祐筆のような扱いでもある。

 そんな立場の光秀が、持ち場を離れてやって来た。それも、敵勢によって道が閉ざされているはずの、この地にだ。来た道を逆戻りし、大友家の領内からやって来るのでなければ、敵の封鎖が解かれたと考える以外にない。そして、よほどの問題が発生したのでもない限り、わざわざ光秀を前者の方法で隆房の下に送り込む理由がない。

「晴持様は、岩屋城にて高橋紹運殿と面会された後、すぐさま撤退した敵の追撃に入る準備を始められましたから、もしかしたら、すでに動いていらっしゃるかもしれません。晴持様は、陶殿を非常に気にかけておいででしたよ」

「まだ城を落とせてないの、怒ってるかな?」

「いいえ」

 光秀は首を振る。

「むしろ、血気に逸って陶殿が無茶をされていないか気を揉んでおられました。秋月家は強かでしぶとく、油断ならぬ相手だから苦戦は仕方がないとも仰っておりました」

「苦戦というほども苦戦していないけどね……」

 戦いが始まってからこの方、こちら側に死者は一名もいない。小競り合いでの負傷者が僅かに出ただけで、兵力の損耗は皆無であり、戦そのものが古処山城を監視しているだけという地味なものになっているのだから、犠牲者が出る可能性もない。

「しかし、安心しました。陶殿は妙手を思いつかれたご様子。わたしも晴持様に朗報をお伝えできそうです」

「それなら、すぐに帰るって事はないよね。わたしは近く古処山を制す。それを見届けてからじゃないと、朗報にはならないでしょ」

「それもそうですが、陶殿がどのようにされているのかをこの目で確認するのがわたしのお役目ですし、近くと言いましても数日が限度ですよ」

「二日あれば十分。それ以上、この戦を伸ばすつもりはないから安心して」

 得意げに隆房は言い切った。

 屏山砦の建造、軍道の整備。どちらも、古処山城の城兵への威圧としては十二分に機能しているはずである。そして、そこに光秀から齎された確たる情報もある。ならば、城兵に対して最後の一押しをくれてやるまで。

 

 

 

 ■

 

 

 ――――古処山城内軍議の間。

 上座に座るのは歳若い青年武将である。名を秋月種実。古処山城主にして秋月家を預かる大名であった。城を囲まれて相応の日数が経ちながらも辛うじて士気を維持できていたのは、有能な家臣達の存在もあるが、秋月家という歴史ある名家に生まれた青年の意地もあっての事であろう。

「岩屋城が、解放されただって……!?」

 種実の下に齎された報告は決して朗報とは言い難いものであった。

 大友家に叛旗を翻した当初とは、状況があまりにも変わりすぎていた。

 秋月家にとっては、誰からも指図を受ける事のない大名としての自立が先代以前から受け継がれた夢であり、そのために大友家の失墜は実に好都合であった。妻の父――――田原親宏が表立って大友宗麟に敵対した事で、田原家との同盟は一層強化され、秋月家が独立大名となる大きな好機が舞い込んだのである。大友家が潰れるのは時間の問題であって、種実が不安を覚える要素はなかったはずなのに、どうしてこうなってしまったのか。

 大友家の主力である立花道雪と高橋紹運を揃って追い詰め、龍造寺家の侵攻が始まった事で勝利は確定したかに思えた。

 まさか、大内家と大友家が争う事なく結び付くなどとは考えられなかった。その上、龍造寺家が蒲池家を相手に梃子摺っている事や、同盟相手だった高橋鑑種が思いのほか呆気なく敗れたとの情報が入るに至って状況が絶望的なのだと実感させられる。

 軍議の間に苦い沈黙が広がっていく。

「陶隆房は、屏山の頂上に築いた砦に兵を集結させている模様……」

「この流れでいくと、明日にでも攻めかかってくるかもしれませんな」

「交渉の余地を探してみるのも一つの手ではありませぬか?」

「臆されたか、軟弱な!」

「お家を潰す事になってもよいと申すか!」

「大内に頭を下げ、大友に降る――――それでもよいのか!?」

 侃侃諤諤とした議論が続くものの、打開策が生まれるわけでもなく、状況が状況だけに建設的な話し合いにはどうしてもならない。

 敗北は確定的。

 これ以上争っても仕方がない。

 皆、理性では分かっている。ただ、感情がついていかないのである。

 秋月家の領内に生まれて、秋月家に仕えてきた。当主と同じ夢を見て、当主と同じく秋月家を盛り立てていくために力を尽くした面々なのであるから、敗北を素直に受け入れる事はできなかった。

 大内側に秋月家を見逃すという選択肢がない以上は、種実が降服を宣言する事はありえない。

 そのような中で隆房から送られてきた書状がさらなる波紋を軍議の間に広げる事となった。

「殿、書状には何と?」

 書状を見た種実が顔を蒼くして震えたのを見て取った近くの家臣――――恵利暢堯(えりのぶたか)が尋ねる。

 種実はその書状を乱暴に暢堯に渡した。

「これは……」

 そして、暢堯もまた息を呑む。

「恵利殿。何事ですか?」

「うむ……これは、城攻めの日時を宣言する、書状だ」

 生唾を飲んで、暢堯は言う。

「明朝より本格的に攻城を行う故、それまでに殿に腹を召されるか刃を交えるか決めるようにと、催促しておる……」

「なんと……!」

「どこまで侮るつもりか、陶めが!」

 奇襲するでもなく、降服を促すわけでもない。これから、お前達のところに攻め込むから、死ぬ覚悟をしておくようにという殺害予告でしかない。そんなものを受け取って、憤慨しないはずもない。

「殿」

「ああ……」

 種実は唇を噛み締めて、拳を握る。

「どの道、僕らには戦う以外の選択肢はない。向こうが来てくれるのなら、最期まで相手になるだけだ」

 その一言で、問答は終わった。

 主が戦うと決めた以上は、家臣達は最期を共にするまで。

 奇妙な一体感が、場を包み込んでいた。

 

 ――――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ

 

 外から、雄叫びが聞こえてくる。

 太鼓を打ち鳴らす音が響き、地響きの如き音色を奏でる。

 どうやら、敵の言葉に嘘はないらしい。威圧するように、山麓から響く鬨の声は定期的に繰り返された。




好みのキャラのデザインが大幅変更されてショックだじぇ。
兼続光秀は二大巨頭だったのだがなあ……。
島津も変わってしもうたし。
絵師は変われどデザインに変更がないのは、道雪と南部さん方くらいだろうか。

兼続
初代……忠義の塊魂
2……同上(麻雀のヤツではちょっとデレる)
3……百合
4……同上?
5……比較的真っ当?
6……少年に←NEW

 最初の頃の悪友めいた付き合いがよかった。

光秀
初代……大天使。主人公にでれでれ。NTR有。丹羽長秀のスタンド使い。
2……主人公を暗殺せんと欲す。
3……百合
4……戦国物の織田家から光秀が消えるという衝撃。
5……幼馴染昇格
6……Who?←NEW

 言わずもがなの大天使初代。4だか5だかにもバッドエンドがあったような気がしないでもないが、やはり問題なのは3だろうか。忠義と愛欲を履き違えたらいかんよ。
 まあ、3が悪いわけじゃないよ。政宗とかいうロリ巨乳いるし、隆豊もいるし、島津のデザインも好きだしね。ただ、百合はねえ……。イベントの中に愛がないのよ愛が。
 ともあれ兼続を戻してくださいお願いします何でもしますから

 島津家で個別ルート作ったPSP版も評価したい。


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その三十六

 曙光が東の空から昇る頃、古処山の麓は漆黒の大群がひしめき合い、物々しい空気に支配されていた。

 隆房が定めた期限が到来し、敵方からの使者はなし。交渉する気がないのなら、一戦交えて討ち死にする覚悟をしたという事だろう。

 隆房は槍の石突で地面を突いて、敵地に乗り込んでいく自軍を眺めた。

 可能なら、敵には降服してもらいたかったところだが、厳しい条件だったこともあり説得には応じてくれなかった。

 もっと頭のいい人間であれば見事に開城に導く事もできたのかもしれないが、そのための奇策を隆房は練れなかった。

 結局、隆房がしたことといえば屏山に軍事拠点を築き、敵に心理的圧迫を与えた事くらいである。

 それはそれで意味のある策なのだが、どうしても降伏開城ではなく城攻めに利する形での利用になってしまう。それはもう才能とか性格とかの話になってしまうのであろう。

 相手の精神を完全に屈服させるには時が足りなかった。

 そして、隆房にも「秋月を殲滅せよ」との命が上から与えられていた事もあり、秋月家の存続を出しにしての交渉を進めるという選択肢が取れなかったのである。

「お嬢、いよいよですな」

「勝ち戦で勝つだけよ。気張る必要もないでしょ。まあ、力を抜きつつ、油断だけはしないように」

「御意」

 陶家の家老に相槌を打つも、隆房は内心で無念を抱いていた。

 策を弄して最後はこれだ。

 力攻めに頼るのなら、もっと早く戦を終える事もできたであろうに。

 もっとも、隆房の策が有効に機能しているという点も多数ある。

 古処山城のような山城は、天然の要害であると同時に人の手を加えた軍事拠点でもある。当たり前の事だが、城を攻めるにしても、山道には数多くの郭や堀が張り巡らされていて、本丸に辿り着けずに撤退するというのも日常茶飯事である。

 しかし、隆房が尾根で繋がる隣山の山頂に拠点を設け、軍道を整備した事で古処山に配された郭の大半は意味を失った。

 郭を無視して、隆房の軍は隣山から敵の本丸付近に乗り込む事ができるからである。

 よって、あくまでもこの麓から攻め上がる部隊は囮でしかない。敵の注意をこちらに引きつけ本丸を手薄にするための陽動なのである。

「さらに言えば、それすらも陽動なんだけど、どこまで上手くいくかなぁ」

 期待半分、不安半分といったところか。

 大将なので、見ている事しかできないから歯がゆいのである。

 隣に立つ光秀はそんな隆房に微笑みかける。

「大丈夫ですよ、陶殿。例え敵の上層部が如何に団結していようとも、その末端まで意思統一できているかといえばそうではないでしょう」

「そうだよね、やっぱり」

「はい。陶殿の狙い通りに事が運べば、一刻と経たずに勝敗を決する事も不可能ではありません」

 隆房の狙いは敵の末端。

 本丸や二の丸などの重要拠点ではなく、小さな郭に詰める将兵達を対象に脅しをかけたのである。

 内容は、種実に送り届けたのとほぼ同じ文面であるが、多少脚色して送りつけている。

 攻城の日時を伝え、郭そのものの意味がほぼ喪失している事も教えた。わざわざ屏山の頂上から鬨の声を上げさせたりもした。

 そうして恐怖を煽り、上層部がいよいよ決戦を覚悟した頃には最下層の農民出身者達は明日をも知れぬ我が身を嘆き、生を欲して震えるばかりとなったのである。

 この時点で真っ先に大内家の刃に曝される事になる最前線の郭からは内応の書状が届いていたりもする。

 よって、この書状の通りに内応してくれるのであれば、大内勢は本丸への行程の半分を無血で進む事ができるのである。もちろん、そう上手く事が運ばないという場面もあるだろうが、そこは圧倒的な武力で潰すだけである。

 もとより、何の策もなく攻めかかって落とせるだけの戦力差があるのだから、そこに疑問はない。

 頑強で落とせそうにない城を策を積み上げて開城に持ち込むというのではなく、少しでも楽に、そして流血を少なくして勝利するために策を弄したのがこの戦なのであった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 そして、隆房の策は目に見える形で古処山城を追い詰めていた。

 戦が始まって半刻と経たず、二の丸が陥落したのである。原因は、想像以上の大内勢の進軍速度にあった。郭のいくつかが、あっさりと防衛を諦めて門を開いた事で敵勢は勢い付き、こちらは大いに戦意を衰えさせた。どれほど、種実が声を荒げて檄を飛ばしても、それは末端の兵卒には届かない。種実は当主に就任してから日が浅く、指下々からの信頼を得ていない。それどころか、大友家に叛旗を翻した判断の誤りは目に見えて明らかとなっては、求心力が低下するのも無理はない。

 どこかで兵を引き連れて大内勢と一戦に及び、小さくとも戦果を上げて凱旋していれば士気も上がっていたのであろうが、その判断をせずに城の守りを恃みとしての防衛線に終始した事が士気の低下を招いていた。

 そして、隆房が構築した屏山の陣地の存在は秋月家の家臣達の心に言い知れぬ圧迫感を常に与え続けており、そして彼らが案じていた通り、守りが薄い古処山城の側面を尾根を伝って現れた大内勢に強襲される事となった。

 来ると分かっていても、現在の秋月家の動員力では防衛線を再構築する事など不可能であった。どうあっても、敵の接近は防げない。しかし、尾根伝いにやってくるのなら一度に大量の兵力を動員する事はできまい。たとえ、山麓から攻めかかられても、途中の郭が凌いでいるうちに山頂に現れる敵兵を蹴散らし、その余勢で山麓まで駆け下りる――――という皮算用は空しく崩壊した。

 戦の趨勢は芳しくないを通り越して絶望的である。

恵利暢武(えりのぶたけ)様、お討ち死に!」

 次々と重臣格の敗報が飛び込んでくる。

 種実はちらりと恵利暢堯(えりのぶたか)の表情を窺った。弟の戦死の報に触れても、厳しい表情を浮かべているだけだが、内心どれほどの苦しみを抱いているか。

板波忠成(いたなみただなり)様、手勢五十を率いて出陣されました!」

 種実は頷く事しかできない。

 家老が自ら兵を率いて出なければないほどに状況は逼迫している。

 今となっては、兵を小出しにして時間を稼ぐ事しか打つ手がないのが現状である。 

「殿」

 小さく、暢堯が種実に声をかける。

 それ以上は言わない。

 だが、その瞳には種実に覚悟を迫る力が篭っていた。

「ああ」

 種実もここまで来て命乞いをしようとは思わない。ただ、申し訳なかったのは自分の拘りと判断ミスに家臣達を付き合わせてしまった事である。

「もはやここまでか」

 呟くとその場に残った家臣達が一様に苦しげな表情を浮かべた。

 分かっていた事ではある。

 前日に、陶隆房から宣告を受けた時に覚悟はできていた。

 この城で、枕を並べて討ち死にするものと。

「皆、よくぞここまで戦ってくれた」

 搾り出すように種実は口を開いた。

 心なしか声が震えているようにも思う。

「どうやら、我々は悲願に届かなかったらしい。だが、せめてもの足掻きはして逝こうと思う。腹を切るなら昨日できた。それをしなかった以上は、敵を一兵でも多く道連れにして死に花を咲かせたい」

 歳若い当主の悲壮な覚悟に、家老達は涙し来世での再会を誓う。

 隆房の要求を受け入れていれば、あるいは彼らは生かせたかもしれない。

 しかし、彼らは自分と運命を共にすると宣言してくれた。それが嬉しくて、つい甘えてしまったのである。なんと甘ったれで手前勝手な当主だった事か。それでも、ここまでついてきてくれた家臣達のためにも無駄死にだけはできない。せめて、秋月の名を天下に知らしめるような壮絶な討ち死にで最期を迎えなければ、申し訳なくて死んでも死にきれない。

「それでは、行くぞ」

「応!」

 鎧を着込み、槍を抱えて種実を部屋を出た。

 自ら死を選び、一兵卒と共に戦場の華と散る。そう思えば、幾分か気持ちが楽になる。

 秋月家の当主らしく華々しくと思うと同時に、一人の武者として戦場で槍を振るえる事に今更ながらに高揚感を覚えているのであろう。

 大将では前線には中々出られない。

 種実は武勇に秀でているわけではない。むしろ、その才覚は一流には程遠く、二流にも届かない程度であろう。万全の状態であっても打ち合えば、一兵卒にすら討ち取られる。その程度の弱兵であり、仮に大名家に生まれなければ戦場で功を立てる事もなく一生を終えていたに違いない。

 それが、人生の最後に自ら槍を振るう機会を得たのである。

 すでに敵兵は城門に取り付き、本丸を犯そうとしている。

 城兵達がギョッとしてこちらを見てくる視線を感じて、どこか可笑しくなる。

 彼らからすれば、守るべき対象が敵に姿を曝す形になるのだから笑い事ではないのだが。

「死にたくない者は武器を捨てて下がっていろ。この戦はもう終わりだ。ただし、降服はしない。あの門を破ってくる敵にこれから最期の突撃を敢行する。ついてきたい者だけが、僕に続け」

 静かな主君の言葉に、戦場でありながらも小波を打ったかのように静まり返る。

 種実はそんな彼らの一人一人に視線を向けた。

 見覚えのある者もいれば、いない者もいる。当然であろう。当主が直接関わる者は、身近な極一部の者だけなのだから。

 そんな中で、ある一人の武士が種実の膝下に馳せ参じた。

「死出の旅にお供をされるのが御老体ばかりでは心もとないかと。よろしければ、働き盛りの某を殿の水先案内人としていただきたく存じまする」

「面白い事を言う。お前、名は?」

「芥田悪六兵衛にございます」

「その名前、しかと覚えたぞ。存分に働いてくれ」

「御意」

 死を目前にしても堂々たる振る舞いに心を動かされたのか、次々と守備兵達が追従の意を示す。

 戦場特有の興奮が場を包んでいる事もあるだろう。日常から切り離された事で、ハイになっているのは否めない。それでも、自らの意思で運命を選択したのだという強い確信を全員が共有していた。

「皆と戦える事、心から感謝する!」

 種実は槍を突き上げて怒鳴った。

 万感の思いを込めて。

 今、ここにいる自分こそが、秋月家の当主であるという絶対の誇りを胸に。

 睨み付ける先で遂に門扉が砕け散った。

 黒一色の死神の群れが城内になだれ込んでくる。

「苦労をかけたな、暢堯(のぶたか)

「殿……」

 最後に、隣に立つ老臣に小さく感謝の意を伝える。

「なんの、実に楽しい人生でございました」

 にやりと、秋月家に身命を賭して仕えた老臣は笑う。

「最後に殿にお一つ助言をさせていただきましょう」

「なんだ」

「存分に、楽しみなされ」

 どうせ、これが最後となる。

 最後くらいは楽しく終わろうではないか。

 陽気な老臣の言葉に種実は口角を吊り上げて笑みを浮かべた。

「遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!」

 種実の鎧は見事な装飾の施された大鎧。

 戦うには向いていないが、総大将である事を明確に示す役割は果たしている。そんな馬上の将が怒鳴り声を上げたのであるから、攻め寄せた大内兵もぎょっとして動きを緩めた。

 ――――ヤツは命を賭して自分達と相打つつもりでいる。

 突入した雑兵達が種実の真意を悟るのは、そう難しい事ではなかった。

「我こそは秋月家十六代当主、秋月筑前守種実なるぞ! 我と思わんものはいざ組まん!」

 古風な名乗り。 

 しかし、威風堂々とした名乗りであった。

「突撃!」

 種実を戦闘にして、心を一つにした秋月の兵がまっしぐらに大内勢に突撃を開始する。

 門を乗り越えてきたばかりの大内勢は、体勢が整っていない。隊列は乱れ、各個人がばらばらに城内に入り込んでいる状態であり、そして門の周辺は非常に混雑している。そんな状況で、大人数の突撃を受け止められるはずもなく、大内勢の最前列は一撃で崩れ、押し出される。

「おお、何と見事な大将か。もの共臆するな! あれは希代の大将ぞ! 討ち取って名を上げよ!」

 叫んだのは、大内勢の侍大将だろうか。

 一撃を加えた後はジリ貧になるだけである。

 種実は槍を振るい、家臣達と共に山を転がるように駆け下りていく。最初の突撃は思いのほか上手くいったが、それは不意を突いた事と斜面を駆け下るほうが遙かに有利だという地の利を生かしてのものであった。となれば、僅かでも平らな場所に出ればその優位性は消失する。または、どこかで勢いを殺された瞬間に、なぶり殺しとなるであろう。

 いつの間にか、暢堯(のぶたか)がいなくなった。背後についてくる家臣の数も激減しているのが感じられる。

「ぐ、う」

 突き出された槍を避ける技量など、種実に求めても意味がない。

 腹に深々と刺さった槍を力任せに引き抜き、自らの槍を振り回す。

「うあああああああ!」

 喉を割いて出る叫び声に血が混じる。

 背中から腹から刃が突き出て、目の前が真っ赤に染まる。

 そのまま、目を見開いて秋月種実は壮絶な最期を遂げた。

「殿に続け!」

「後れを取るな!」

「命を惜しむな、名を惜しめ!」

 種実の最期を見届けた家臣達が、一人また一人と大内勢に挑みかかっては命を散らしていく。

 種実の渾身の特攻は、大内勢の最前列を突き崩し、思いもよらない被害を出したものの戦いの趨勢を変える事は終ぞできなかった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 思わぬ反撃に僅かなりとも被害を受けた隆房はむっとした表情で畳床机に座り込む。

 戦には勝利した。

 古処山城は開城し、秋月家は滅びた。すべて、上からの指示通りに事を進めた。

 ――――もう少し、上手くできたようにも思うが。

 日が暮れて、篝火が焚かれると戦場には戦勝に浮かれた将士の影が躍った。

「光秀は、混ざらなくてもいいの?」

 隆房は隣に座る光秀に尋ねた。

「わたしの関わる戦ではありませんので」

 光秀は微笑みながら答えた。

「そう。真面目だなぁ」

「それだけが取り柄ですので、大目に見てください」

「それは大仰じゃないの。鉄砲で光秀に勝てるヤツはそういないし、学問にも精通しているのだから、謙遜しすぎよ」

 光秀は隆房の言葉を持ち上げすぎだと感じるかもしれない。この堅物の性格なら、そう受け取っても仕方がない。しかし、隆房から見ても光秀の活躍は目覚しい。保守的な体制の大内家に新人が馴染むのは非常に難しい。ましてや貴族趣味の当主がいるので、学問にも通じている必要があるくらいだ。その中で光秀が様々な機会に恵まれているのは、義隆ではなくより柔軟な考え方をする晴持に引き抜かれた事や鉄砲の腕前、そして頭のよさなどが総合して彼女の評価を上げているからであろう。

 源氏の血筋という事も大きい。

 もしも、農民出身のような名もなき者であれば、よほどの活躍をしなければここまで成り上がる事はできない。

 光秀は、それだけの力と血統に恵まれながらも戦乱で故郷を失い流浪の旅に出なければならなかった不幸を経験している。

 隆房にはそれがない。

 隆房には持ち得ないものを、光秀はすでに持っているのである。

「若のところにはいつ行くの?」

「明朝にはここを発つつもりです。本来ならば、もっと早く行動するべきなのですが……」

「今は戦が終わったばかりで落ち武者狩りもあるから、止めといたほうがいいでしょ。若が困ってるならまだしも、ここが墜ちた以上、筑前に逆らう勢力はほぼないよ」

「後は、高橋殿ですか」

 秋月家が滅びた事で、筑前国の中で大内家に歯向かう勢力は高橋元種だけとなった。

「あれは、そう持ち堪えられないよ。まだ、物心付くか付かないかの子どもでしょ」

「秋月殿のご子息だったとか」

「若より若いのに、子宝には恵まれたらしい。嫁を娶るのが早かったからね、種実は」

 種実の妻は、この戦いで夫の死を知り失意の中で自害して果てたという。

 幼い息子もその後を追った。

 そして、その弟である高橋元種は当然ながら思慮分別ができる歳ではない。秋月家と高橋家の同盟のためのもので、そこに将としての判断能力は求められなかったのであろうが、追い詰められた状況下では、当主が頼りなければ急速に求心力を失うのが関の山である。

 筑前国はこれで抑えた。

 後は、龍造寺家並びに島津家といよいよ干戈を交えるのみとなったのである。



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その三十七

ミコトちゃんのスキルが数ヶ月の努力の末にスキルマになった俺王子。
スキル覚醒の精霊も取っておいたし、初期からのミコト使いとして一つの壁を越えた。
なおオーブがまったく足りていない模様。


 筑前国内の騒乱を何とか治めきった大内・大友連合は、国境に監視のための兵をいくらか割くと、大友家の本拠地である豊後国に入った。

 何よりも重要なのは、大友晴英との顔合わせである。

 大友家の新当主となった晴英と晴持は、血の繋がりこそあるものの互いに顔を合わせたことはなく、文のやり取りもこの筑前国の騒乱を解決するための事務的なものに留まっていた。

 新たな大友の指導者との会談は、この対島津・龍造寺戦線を維持していくためにも必要不可欠である。

 その旅路には立花道雪や高橋紹運も同行した。

 彼女達は一連の大友家の内訌には関われなかった。

 府内の南蛮寺で信仰の道に生きているという前当主大友宗麟に一言声をかけておきたかったし、現当主ともきちんと向き合う必要があった。

 重要な国境警備は、主として大内家が行う。

 宛がわれたのは陶隆房と冷泉隆豊であった。

 戦に強い隆房と冷静で客観的な視点に優れた隆豊であれば、不安定な国境線を的確に守れるであろうと判断したのである。

 龍造寺家は大恩ある蒲池家に牙を剥いている真っ最中である。

 可能であれば、こちらから蒲池家に増援を派遣したかったところであるが、大友家の混乱を完全に収束させる必要もあり、迂闊に戦線を広げるわけにはいかなかった。

 蒲池家を手中に収める事ができれば、筑後国内への影響力を押し上げる事も不可能ではない。それだけに、惜しいと言わざるを得なかった。

 そして、晴持は大友家の本拠地である府内に到達した。

 各地を転戦し、山口から離れる事もかなりの日数に上る晴持ではあるが、まさか大国大友家のお膝元にまで足を運ぶ日が訪れようとは思っても見なかった。時代の流れについていけない家は、どれほど強大であっても消えていく。それが、戦国の倣いという事であろうか。

 晴持は大友家の「御屋敷」に到着すると、そのまま客間に通された。

「なかなか、大きな街でした。さすがは大友家ですね」

 晴持は、客間で久しぶりに畳に座った。

 最近になって張り替えたのであろうか。

 畳は真新しい香りを放ち、それだけで充足した気持ちにしてくれる。今、この時ばかりは戦乱から心が離れていく。そんな思いに囚われる。

 晴持の隣で、椅子に腰掛けた道雪がくすり、と笑った。

「これでも、ずいぶんと人は減りました。わたしからすれば、寂れてしまったというようにも思えます」

「そうなのですか」

 紹運が道雪の意見に賛同した。

「安定していた時期にはおよそ八〇〇〇人が居住していました。明の者や南蛮の者もいて、実に賑わっておりましたが、昨今の世情の乱れに恐れをなして離れていった者もいるようですね」

「なるほど。確かに、今の大友家は多少不安な面はありますが、それも時が解決する問題ではあります。まずは、お家の安定と外圧の排除が不可欠かと」

「仰るとおりです」

 道雪は晴持の意見に頷いた。

 大友家の衰退は宗麟の迷走と重臣や周辺国人の反乱、そして島津家との一戦による大敗北が影響している。当然、敗れた国にいては命の危険もある。それまでの強大な大友家はここ数年で姿を消しており、斜陽の王国であるという事については府内の人々は風聞で知っていた。離れられる者は、どこかに去ってしまっている。例えば、西日本でも最も安定した統治を行っている大内領には、多数の商人が流出している。

「申し訳ありません。遅参いたしました」

 そこにやって来たのは、小麦色の髪の少女であった。晴持よりも幾分か歳若く、それでいて威厳のある少女である。

 少女は自ら晴持の前までやってくると、その場に座り深々と頭を下げた。

「遠路はるばる、よくぞお越しくださいました。大友家二十一代当主大友晴英にございます。この度は、我等大友家の危難に際して格別のご支援を賜りました事、深く御礼申し上げます」

 ゆっくりと、静かに、搾り出すようにして少女は晴持に告げた。

「これはご丁寧に。大内義隆の名代として罷り越しました。大内晴持にございます。大友様に置かれましては、まったく大変な時期にお家の跡を継がれ、苦労されているかと存じます。この晴持、姉に代わり大友家の安寧に微力を尽くす所存でございますれば、必要とあらばいつでもお声掛けください」

 丁寧な挨拶には丁寧に返すものである。それが、たとえ大内家の傘下に収まる事が確定した家であったとしてもである。まして、相手はあの大友家。以前から大内家と対立していた歴史があるだけに、大内家への感情はよいものばかりではない。対島津・龍造寺戦を前にして不穏な空気を醸し出すわけにもいかない。

「本当に、ありがたいお言葉。此度の戦に於いて晴持様は戦わずして敵を屈服せしめ、かつて伊予で矛を交えた折にはそこの道雪と一戦に及んだとか。貴殿のご勇名はつとに窺っておりまして、もしも同じ家に生まれておりましたら兄と呼び慕っていただろうにと残念に思っていましたところで、このような形でお会いする事が叶い、嬉しく本当に思っております」

「さすがに持ち上げすぎです、晴英様。褒め称えるべきは私ではなく、私を支えてくれる兵達でございます。道雪殿との戦についても、我が家臣が死力を尽くして私を守ってくれたのであって、私が何かしたというわけではございません」

「ご謙遜を」

「謙遜など。ただ事実を申し上げているだけでございます」

 本当に丁寧に言葉を選んで会話をしている。

 しかし、あまりに丁寧な挨拶は、結局のところ形式的な挨拶と変わらない。どこか空々しく、無味乾燥としたおべっかへと成り下がる。

 初対面だから表面的な会話になっているのかというそうではない。

 恐らくは、完全に心を開ききっていないからであろう。長年の宿敵であったのだ。晴持も晴英も、互いに自らが育った環境の影響を受けている。どれだけ客観的な視点を持っていようとも、敵対していた相手と即座に打ち解けるというのは難しい事である。

 冗談を言えるような余裕を持てるのであれば、それもすぐに取り除けたかもしれない。道雪のように、常に泰然自若としているような強い芯のある武将であれば。しかし、晴持も晴英もまだまだ未熟。頭は働いても、経験が少なく結果として相手を観察するような応答が重なってしまった。

「お二人ともお堅い。もう少し、柔和な会話をされては如何ですか? せっかく、手を取り合う仲になったのですから」

 やはり、こんな時に間に入ってくれる人がいるのは助かる。

 晴持と晴英の会話が途切れたところを見計らった、道雪が困り顔で言った。

「むぅ、しかしだな道雪」

 眉根を寄せて道雪に意見しようとする晴英。

 それまでの丁寧な言葉遣いとは異なる勝気な口調である。なるほど、これが本来の晴英の話し方なのかと、晴持は内心で思う。

 つり眼がちで気の強そうな見た目だったので、むしろ納得したくらいである。

「これから強敵と対峙する事になるというのに、上のお二人がそのようでは士気に関わりましょう。疑心暗鬼を生み出しては元も子もありません。この場は軍議の場にあらず。茶菓子でも頂きながら、会話に花を咲かせようではありませんか」

 おっとりとした口調で話す道雪の笑みに、晴持も晴英も返す言葉がなかった。

 言葉にならない凄みを感じる。

 歴戦の猛者が醸し出す空気が、反論を許さなかった。

「確かに道雪殿の仰る事は一理ありますが……」

「大内様にあまり砕けた口調というのも……」

 政治的には、丁寧な対応というのが望ましい。

 大友家の危うい状況は、好転したものの予断を許さぬままであるという点に変わりはない。そして、大内家としても、戦地で友軍と仲違いするのは非常にまずい。大内家の傘下に入った事を快く思わない者も一定数いるであろう。

 そこで、自然と晴持と晴英は一線を引いて対応していた訳であるが、その境界を道雪は取り払えと言ってきたのである。

 晴持と晴英は互いに視線を交わした。

「……それじゃあ、普段通りに」

「……しますか」

 晴英が折れ、そして晴持が同意した。

「とはいえ、改まって口調を変えるとなると、妙に気恥ずかしいものがあるな」

 晴英は、言葉遣いを確認するようにゆっくりと言葉を紡いだ。

 気恥ずかしいというのがどの程度なのか、その表情からは察する事はできないが、彼女の言いたい事は何となく理解できる。

「それが、晴英殿の普段の話し方か」

「晴英だ、晴持殿。歳も立場のそちらが上。敬称は不要だ。むしろ、呼び捨てにしてもらわないとむず痒くて仕方がない」

 などと、晴英は言う。

「それでいいのなら、そうさせてもらう……晴英」

「ああ、それがいい」

 どことなく、すっきりしたような顔をした晴英は、そのまま後ろに下がって晴持を向かい合う形で座布団の上に座り直した。

 大友家の血を感じさせる金色の髪が肩の上で揺れた。

 つり眼がちで、口調も相俟って若干威圧的な印象を受けるが、話をしてみると意外にも取っ付きやすい。彼女の口調は、むしろあっけらかんとしたものであり、フレンドリーと言い換えられるものではないかとも思えるようになった。

 今後の方針を細かく定めておくべき場面ではない。

 それは後日、折を見て他の家臣達もいる中で話し合うべき内容である。

 今はあくまでも挨拶の場。

「うん、まあ晴持殿がせっかく来たのだ。今夜は盛大に宴と行こう」

「この状況でですか?」

「この状況だからこそだ紹運。大内との連携を密にしつつ、余裕を持って事に当たっていると思わせるのも大切だろう。違うか?」

「そうなのですか。わたしはそういった事には疎いので何ともお答えしかねますが……」

 紹運は、視線を道雪に向ける。

「わたしはそれで構わないと思います。これから先も厳しい戦いが待っているはずですから、英気を養うのは悪くないでしょう。それに、すでに準備を始められているわけですから取りやめるわけにもいきませんしね」

「ああ、ここで止めろと言われたら、わたしの立場も危うくなってしまっていたところだ」

 にやりと笑う晴英。

 突如として当主に担ぎ上げられた彼女の地盤は脆く儚い。

 宗麟の後釜として利用できる人物が晴英しかいなかったというだけの理由で当主となったのである。発言力はまだまだ低く、家の内部がごたついて大友家という肩書きが機能しなくなった場合、真っ先に切り捨てられる可能性を背負っている。

「時勢が時勢だけに、手放しに宴を楽しむわけにもいかないが、晴持殿も今宵くらいは羽を伸ばしてもらいたい」

「ああ、楽しみにしてるよ」

 武家の宴は長い時で三日三晩続くものもある。

 食事のみならず様々な芸を披露する者を呼び集めたり、和歌を競ったりと単なる飲み会に終わる事はない。

 こうした宴も外交の一環なのである。

 ただ飲み食いするだけでなく、そこから情報を得たり、相手に自分達の財力や魅力を叩き込んだりと駆け引きが行われる。

 多くの武家は、プライドもあって、こうした宴を盛大に催すために苦しい懐を更に痛めて出資するのである。

 大友家も懐事情はさほどいいとは言えないが、伝統ある名家であるから、同格以上の大内家を招いた手前手を抜く事などありえない。

 龍造寺家や島津家との対決が喫緊の課題でなければ、あるいは本当に連日連夜の大騒ぎを催したかもしれない。

 

 

 

 ■

 

 

 

 電灯のような照明器具のない時代だ。

 日が没せば、一日は終わる。

 蝋燭や篝火の灯りを頼りにして続いた宴会は、大内家と大友家の顔合わせという最低限の役割を終えると同時に乱痴気騒ぎへと突入する。

 互いの家を代表して力自慢が相撲を取ったり、歌を競ったり、共に能楽を楽しんだりと思っていたよりも両家の仲は悪くないらしい。

 昨日の敵は今日の友という事であろうか。

 昔から敵視してきた仲ながら、ここ数年の内には大きな戦いがなかった事も影響しているのかもしれない。

 自分がここにいる意味はなくなった。

 そう判断した晴持は、こっそりと宴会場を抜け出した。

 頭が重いのは、酒と夜更かしのダブルパンチの所為であろう。欲を言えば、今すぐにでも眠りたかったところである。

「晴持様、お加減が優れないのですか?」

 そんな晴持に声をかけてきたのは光秀であった。

 晴持が雇い入れた直臣という立場の彼女は、隆房や隆豊とは立ち位置が異なる。

「少し飲みすぎただけ」

 未来の世界に比べれば、酒の濃度など高が知れている。

 しかし、元々この身体がさほどアルコールに強いわけではないことや疲労などもあって悪い酔い方をしそうになっている。

 粗相をする前に、一時身体を休めなくてはならない。

「光秀は、あまり顔色が変わったように見えないな」

「そんな事はありませんよ。月明かりしかないから、そのように見えるだけではありませんか?」

「そうか。足取りもしっかりしているし、さてはそもそも飲んでいないんじゃないのか?」

 晴持が言うと、光秀は頬を綻ばせた。

「そうですね。いざという時に動けないのは困りますから、遠慮できるところでは遠慮させていただいておりました」

「やっぱり飲んでないじゃないか。まあ、飲みすぎるのもよくないから、きちんと飲酒量を考えているのはいいことだけど」

「ありがとうございます」

 光秀がそう言った時であった。

 背後に床板の軋む音を聞いた。

「おや、宴の席を抜け出して逢引か。さすがだな、晴持殿」

 月光を弾く金色の髪が、廊下の曲がり角からひょっこりと顔を出した。

「そういった点も晴持殿の強みなのでしょう。噂に違わぬ色男っぷりですこと」

 にやにやとした笑みを浮かべる道雪がその後に続く。

「な、……何を仰いますかお二方。わたしは、別に逢引などしていた訳ではなく、ただ、晴持様のお身体に大事無いか心配になっただけです」

 白い肌を僅かに赤らめて光秀が反論した。

 光秀の反論を受けて、晴英と道雪は共にクスクスと笑う。

「な、何が可笑しいのですか?」

「いえ、申し訳ありません、明智殿」

「何ともからかい甲斐のある娘だと思ったまでだ。気にするな」

 二人揃って人食ったような性格である。

 融通の利かない光秀だと、どうしても手玉に取られてしまう。

 相性の悪さは明白であった。

「それで、晴英と道雪は何故ここに?」

 晴持は二人に尋ねた。

 ちなみに道雪を呼び捨てにしたのは晴英を呼び捨てにするのに、その家臣に敬称を用いるのは相応しくないと当人に説得されたからである。

「夜風に当たりにな。男衆が馬鹿な遊びを始めた辺りで退散したんだよ。まったく、もう少し品のある宴はできんもんだろうかね」

「無礼講なんて宣言したからだろう。酒が入れば調子にも乗るさ」

「酒か。諸悪の根源は」

「いや、酒が総て悪いって訳でもないけどな」

「そうだな。わたしも酒が嫌いという訳ではないぞ。酒の勢いで普段出来ない事ができる事もあるしな」

「気分が悪くなる事がなければ尚いいけどな」

 晴持はやや不快そうな表情を浮かべる。

「あら、晴持殿は酒に飲まれてしまったようですね。看病して差し上げましょうか?」

「晴持様のお身体については、ご心配には及びません。大友家の方の手を煩わせる事はございませんので、どうかご安心を」

 光秀が道雪に即答する。

「クク、やけに道雪に食って掛かるな明智殿。主人が口説いた相手がそれほど気にかかるか?」

「あのような経験はなかったものですから、年甲斐もなく照れてしまいました」

 道雪は頬に手を添えて楚々とした雰囲気を醸し出す。

 それだけを見れば、どこぞの国の姫であると言っても信じられるであろう。

「こちらはその直後に串刺しにされかけたんだが」

 晴持がぼやく。

 口説いた、というのも戦場での軽口であって色恋とは異なるものである。

 何よりも道雪には本当に殺されかけているのだから、その当時を持ち出して晴持を責めるのはどうかと思うのである。が、戦場で殺されかけたという事よりも、戦場で相手武将を口説いたという事の方が話題性に秀でているのもまた事実である。人の口に戸は立てられぬ。面白いように、「道雪を口説いた」というネタが広まっているのであった。

「さて、晴持殿が艶福家なのはこの際置いておく」

「置いておくな。人聞きが悪い」

「置いておくぞっと。わたしは以前から大内の重臣格かあるいは山口の伯母上に尋ねたい事があってな、せっかくの機会だから聞いてみようと思うのだ」

「ん?」

「姉さんの事だ」

「ねえ……宗麟殿か」

「より正確には、姉さんの周囲にいた宣教師共だな」

「はあ……」

 晴持は意図が掴めないといった様子で首を傾げた。

 大友宗麟の周囲には宣教師がいて、この府内での布教活動に非常に熱心であったというのは今更語るべくもない事であり、当主の立場を辞して府内の教会で静かに清貧の生活に身を投じたという事もすでに周知の事実である。

「姉さんが当主の座を辞した件についての大内家の干渉を今になってとやかく言うつもりはない。ただ、気になっているのは姉さんが当主を辞した後に向かった南蛮寺の反応だ」

「南蛮寺が宗麟殿を受け入れたと聞いているが?」

「ああ」

 と、晴英が頷く。

「拍子抜けするほどあっさりと受け入れたよ。府内で活動するには、姉さんを後ろ盾にしているのが一番いいと分かっているだろうにな」

「そういう事か」

 晴持は得心がいった。

 晴英の疑問は、宗麟が大友家の頂点から降りることを南蛮寺で布教活動を行う宣教師達があっさりと許した事であるらしい。

 確かに、大友家の家中にも南蛮神教に反対する面々がいるなかでの当主交代は、府内での布教活動に少なからぬ影響を与えるものであると断言できる。

 では、何故彼らは宗麟の決断を支持したのか。

 家を捨て、立場を捨てて神に仕えるという判断は、なるほど聖人そのものであろう。奢侈を改め、清貧の中で民と交わる宗麟の姿は当主の頃に比べてもそん色ないくらいに輝いて見えるとも聞く。神の教えを説く事を第一義とする宣教師達にとって、宗麟の判断を非難する事はできない。むしろ、宗麟を旗頭に大名の立場を捨ててでも神に総てを捧げる尊い思想を広めていくという事もありえる。

 しかし、それをするにしても府内での宣教師の活動に目立った変化はないのだ。

 だとすれば、宗麟を利用して新たな布教をしようというわけではないのだろう。

「大内家が宣教師達に何かしらの支援をしたと考えているわけだ」

「そう考えれば辻褄があう。現に、南蛮寺に詰めていた宣教師の数人が府内から姿を消している」

「国に帰ったのでは?」

「西の港は龍造寺に押さえられている上に南からは南蛮神教が大嫌いな島津が押し寄せている。おまけに東は大内が封鎖しているではないか。それに、彼らの向かった先が門司だという事も分かっているぞ」

「ああ、なるほど」

 門司は豊前国の北端にあり、対岸には大内家が古くから治める長門国がある。

 となれば、宣教師達が向かったのは長門――――その先の山口かあるいはさらに東という事になるだろう。

「大友家は斜陽の王国だったからな。彼らにとっての異教徒である龍造寺や島津に滅ぼされつつある国を見限って、東を目指そうというのは自然だろう。そちらと宣教師との間に密約があったように見えるのだが、実際のところはどうなのだろうか」

「ほとんど確信しているのに、わざわざ聞くのもどうかと思うけどね」

「では、やはり連中と繋がっていたのかな?」

「だとしたら、晴英はどうする?」

「どうもしないさ。だが、まあ、庇を貸して母屋を取られる事になっては元も子もないからな、彼らには目を多めに付ける事になるだろう」

 クックと喉を鳴らして笑う晴英。一体何が楽しいのか分からない。しかし、大友家は南蛮神教の呪縛から解放されている状態にあると見える。もっとも、府内の住民の多くが南蛮神教に入信している事を考えれば、大友家の足元は決して磐石とは言えない。当主交代が、表立って南蛮神教を排斥する動きに繋がらないのがその証拠であろう。

「それで、大内家としてはどうだったんだ?」

「さあ、それについては分からんとしか言えないな」

「それは本当の事か?」

「本当も本当。何せ俺は対大友外交には参加してないからな。姉上に外されていたよ。島津に集中しろとね」

「そうか。では、明智殿に聞いてもダメかな」

「大友家との外交を担ったのは、内藤家が主だよ。俺は関わっていないし、光秀も同じだ。戦場に出てる面々に外交はできんよ。忙しくてな」

「それもそうか。まあ、特段大事な問題でもないから、いいんだ。以前の大友ならいざ知らず、今の我々は大内の傘の下にいるわけだからな」

 晴英はそれ以上その件について聞いてくる事はなかった。

 宣教師の問題は大友家にとって頭の痛い話であるが、かといって喫緊に迫る危険は龍造寺家と島津家である。そして、この宿敵は南蛮神教側にとっても無視できない危険であるから、大友家に害を為す事は現状ではありえない。

 晴英は、大内家に対して思うところがあるわけでもなく、むしろ大内家の戦略によってどこまで最近までの大友家が危機的状況にあったのかを再認識させられた点では感謝すらしていた。

「では、もう一つ。――――どちらかと言えばこちらの方が大切だったりするのだが」

「なんだ、改まって」

「うむ、単刀直入に言えば、晴持殿にはわたしと個人的に親密な関係になって欲しいのだ」

「は?」

 あっけらかんと言った晴英の言葉に晴持は疑問符を浮かべた。

「晴持様。またですか」

「またって何だよ、光秀。またって」

 ジト目で睨みつけてくる光秀に反論した晴持は、再び頭一つ分は低い晴英の顔を見つめる。

「親密ってのは何だ、どういう意味で言ってるんだ? 言っとくけど、外交にも影響する事は義姉上に話を通さないとまずいからな」

「別に河野のように晴持殿の妾にしてくれと言っているわけではないぞ。もちろん、その必要があれば応じる構えではある。生憎と外に出た事すら希だったわたしには、そういった事への知識に疎いという欠点もあるが、まあ、教えてもらいながらであれば何とかできる器用さはあるつもりだ」

「晴英殿。お、乙女がそのような事を言うのは、慎みに欠けるかと思いますよ、さすがに」

 光秀が頬を染めて晴英に言った。

 しかし、晴英は特に気にする様子もない。

「晴持殿。晴英様は何も冗談で口にしているわけではありませんよ。妾云々は別にしても、晴英様には個人的に大内家の庇護が必要なのです」

「大内の庇護? ああ、なるほど。そういう事か」

 道雪の言葉に晴持はやっと納得がいった。

「父はすでに亡く、姉はあの通りだ。わたし自身、今の時点では名目上の当主でしかない。自前の兵もないし、身を守る術もない。――――身内というのも、中々信用ならぬものだ」

 寂しげに微笑む晴英の口調には、自嘲すら篭っているようであった。

 それも無理からぬ話である。

 そもそも、晴英が当主となった経緯が、重臣が宗麟を見限った事で生じた騒動なのである。そして、宗麟が当主となった際にも、同様に家中を二分する争いがあった。

「大内家の勢力拡大の背景に、血縁が深く関わっているのは分かっている。土佐然り、日向然り、親戚筋の危難を理由に兵を出している。わたしもまた大内の血を引く者だ。何かあれば、大内が動くと思わせられるのは、身の安全を確保する上では有効だ」

 確かに、その通りである。

 晴英を当主につけるよう働きかけたのは義隆である。その理由がまさに、大内家の血縁であるからであった。義隆から見れば姪であり、晴持からすれば従妹である。共に義隆の姉の腹から生まれてきた子どもである。生まれた家こそ違うが、義隆の姪、甥という点で同格と言えよう。

 血縁を大義名分にした領土拡大は、ここ数年大内家の膨張に寄与した最大の武器でもあった。大友家に対してもそれを振るう事ができるというのは、脅しとしては中々現実味のあるものであろう。

「わざわざ明言する必要もない。それとなく、匂わせれば十分だ」

「それで、具体的には」

「以後、わたしは晴持殿の事を兄上と呼ばせてもらおうと思うのだが、どうだろうか?」

「兄、上、だと……」

 うっかり、ドキッとしてしまった。

 兄上など呼ばれた事がないわけで、未来の世界ではまず呼ばれる事のない呼ばれ方である。晴持自身、義隆を義姉上と呼んでいるからありえない事ではないが、実際に呼ばれると気恥ずかしさに身悶えしそうである。

「あらあら、晴持殿はお気に召したようですね。兄上が」

「道雪殿、あなたは人をからかわないと生きられない呪いでもかかっているのですか?」

「いえいえ、お二人の反応が可笑しくてつい……」

 にこにこと反省の色を見せない道雪に何を言っても暖簾に腕押しであろう。

「それで、認めてもらえるだろうか?」

「そんな事で身の安全が保たれるのなら、好きに呼べばいい」

「それでは、これからよろしく頼む、兄上」

 やっぱり違和感が凄い。

 呼ばれ方もそうだが、この気が強そうな少女に兄上などと呼ばれるのは、こそばゆい。

 とはいえ、大友家との結びつきが呼び方一つで強まるのであれば、望むところである。妾云々ならばともかく、血の繋がった従妹に兄と呼ばれる程度、義隆も悪いようには思うまい。

 何かあれば、義隆の事も晴持と同じように義姉上と呼べばいい。

 その時は、間違っても伯母上などと呼ばないようにしなければと思う晴持であった。

 

 

 




戦極姫6がまったく進んでいない件。
上杉と伊達くらいですわ。
大内家とか陶家の動向も気になるから、次は毛利辺りで挑戦する所存。
弘中隆包とか個人的に好みのキャラデザだから、後々こっちに影響するかもしれぬ。ちょこっとしか出てきてないし、修正はあるかも。


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その三十八

 筑後国柳川城は、九州でも最高峰の優れた防衛能力を誇る名城である。

 城主は蒲池鎮漣(かまちしげなみ)

 筑後十五城の盟主的立場にある、筑後最大勢力の国人である。

 背の高い骨太でいかつい顔立ちの男であった。そして、見た目に反して知力にも秀でており、統治についても瑕疵なく進める事のできる武将である。

 そんな鎮漣にとって、生涯最大の失策が龍造寺隆信を信じてしまった事だろう。

 もとより敵ではなかった。

 鎮漣の父、鑑盛は肥後国を追われたかつての彼女を匿い、三年に渡って面倒を見て、再起の手伝いをした事もある義の人であった。

 残念な事に、鑑盛は耳川の戦いに於いて並み居る大友兵と共に屍を曝す事となり、思わぬ形で当主の座についた鎮漣が最初にぶつかった大きな問題がまさかかつて友誼を交わした龍造寺家との戦いになろうとは。

 断金の交わりとか莫逆の友とかいうほどではないにしても、心で通じ合っているとは思っていた。幼き日に交わした友誼は終生色褪せぬものと。所詮は錯覚に過ぎず、戦国の世は弱肉強食の非情な世界だという事か。

 筑後国を傘下に収めんと野望を掲げた龍造寺隆信にとって、たとえ味方であっても傘の下に降らない鎮漣は目の上の瘤であったのだろう。

 二〇〇〇〇人からなる大軍は瞬く間に柳川城下に押し寄せて、黒々とした暗雲の如く、天地を覆う蝗の如く城兵と民草を威圧している。

 雲霞の如きとはよく言ったものだと苦笑する。

「いかがなさいます?」

 尋ねてきたのは兄の鎮久だった。

 母に似たのかすらりとした長身の男である。鎮漣とは似ても似つかぬ容貌は、母親違いであるからだろう。鎮久は庶子であるために長男でありながらも家督を継げず、家老として弟を助けてくれている。

 そのことに若干の負い目を感じながらも、鎮漣は当主として返答する。

「あの程度の数ならば、城に篭っていれば問題はないだろう。隆信めは焦っている。大内と大友が結んだ事で、想定していたほどの影響力の増大が見込めなかったからな」

 それは、隆信の筑後国討ち入りに協力していたからこそ言える事だった。

 まさか、協力者である蒲池家にまで手を伸ばしてくるとは思わなかったが、その翻意こそ龍造寺家の焦りを象徴するものと言えるだろう。

 九州で睨み合う二つの連合。

 この二大勢力には、一つ、大きな相違点がある。

 島津・龍造寺連合は、所詮不戦の約を交わしただけの一時の同盟に過ぎない。時期が来れば激突は必至で、足並みをそろえる事もまずできまい。龍造寺家は龍造寺家で、島津家は島津家で領土を拡大していきたいのだから。

 その一方で大内・大友連合は完全に大内家の下に大友家が入るという形に落ち着いている。指揮系統は安定し、大勢力を一つの意思で動かす事ができる下地を整えつつある。

 島津家と龍造寺家は共に肥後国を窺う勢力でもあり、そう簡単に協調などできるはずもなかった。加えて、大友家が零落した事で、一息に揉み潰せると踏んでいたのだから同盟も強固なものではなく、獲得する領土は早い者勝ちという意味合いが強いものだった。

 結果として隆信は島津家よりも早く肥後国への道を切り開き、領土を広げようと積極的な攻勢に打って出たのである。

「いずれにしてもこの城は力では落ちぬ。隆信が力に頼るうちは、我等も相応の相手をしてやるまでよ」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 小勢力の群雄割拠の時代の後には大勢力による激突の時代がやってくる。古くは中国の春秋時代から戦国時代への移行に見られるように。

 今、九州でも似たような形で時代は推移している。

 それまでは、大友家一強の時代であり、その他の勢力は小規模な紛争を抱えている程度のものであった。

 島津家の台頭をきっかけに、その時代は終わりを告げた。

 大友家は勢力を縮小し、その代わりに島津家と龍造寺家が飛躍的に力を高めた。

 大内家が大友家の支援を始めて一大勢力と化すと、島津家と龍造寺家が歩調を整えて対立するようになり、九州は二大勢力が睨み合う魔窟となった。

 不幸なのは間に挟まれた国人や土豪たちだろう。

 彼らに中立は許されない。

 どちらか一方に組しなければ未来はなく、組した側が敗れれば、それもまた破滅への道を突き進む事となる。

 今の時点で宙に浮いているのは肥後国北方の諸勢力であるが、その大半は大内・大友連合に近付いている。それは、肥後国南方の相良家が残存勢力を集めて北方の阿蘇家と結び、大内・大友連合との連絡を密にしているからであった。

 全体的な戦力ではほぼ互角の二勢力。

 大内家が本腰を入れれば、さらに敵を圧倒する戦力を投入できるだろうが、東にも目を向けなければならないという事情もあり総ての戦力を九州に投入するのも憚られる。

 加えて、傘下に入った大友家の土壌がすっかり痩せてしまっている。

 まるで屋台骨をシロアリに食い荒らされたかのような惨状を呈しており、とてもではないが足並みをそろえてすぐに征伐に出ようというわけにはいかなかった。

 当面――――といっても、それほど余裕があるわけではないので、半年を目処に状況を落ち着かせる。そのために、大内家の将兵が国境警備等に当たり大友家の地盤強化に協力するというのが今後の予定である。

「それも島津と龍造寺の出方次第ではあるんだけど」

 地図を広げて九州の大まかな形を視線でなぞる。

 味方と敵が一応は綺麗に分かれていて、防衛線の構築は着々と進んでいる。日向国は改装を進めている松尾城と宗麟が途中まで建設していたムジカの再利用で北方の防備を固めつつ、南方の島津家に対する備えとしている。守るのは長曾我部家の精鋭たちと伊東家の残党たちである。長曾我部家は土佐国も管理しなければならないため、あまり長期に渡って不明確な領土の防衛ができないという欠点を抱えている。何れは代官を立ててもらう形に変えていく必要はあるだろう。

 府内に入る大内勢は三〇〇〇名になる。その他は主として龍造寺家の動きに対処するべく筑後国との国境を守るために割かれている。

 もうしばらく隆豊や隆房とあっていない、と思いながら灰色の空を見上げた。

 凍える北風が着物の裾から入り込み、身体を冷やす。

 晴英が座す大友家の屋敷――――上春館の北川に形成された館群の中の一つに晴持は起居している。縁側に胡坐をかいて、眺めているのは小さな庭だ。苔むした岩が数個と、塀に張り付くようにして配置された背の低い庭木があるだけのこじんまりとした庭。松の周りに立つ木々は、冬枯れによって活力を失い寂しい姿を曝している。

「この寒空の下で黙然と何をしているのだ、兄上は」

「黙然としているんだよ」

 いつの間にか現れた妹分は、首を傾げて近付いてくる。

 膝の上で広げていた地図を折りたたんで懐に仕舞った。

「大友の当主がこのような場所にたった一人で……」

「紹運がそこまで付いてきているから心配に及ばない。それを言うのならば兄上も一人ではないか。ま、すぐそこに光秀殿が控えておられるようだが」

 晴持の屋敷には常時五〇人ほどの人間がいて、身の回りの世話や警備に当たっている。ただ、この屋敷の奥深くにはそれだけの人数が入っていないというだけの事である。

 晴持の背後、六畳ほどの大きさの部屋の片隅に光秀は背筋を正して座っていた。晴持の側近としてその手腕を惜しげもなく振るっている彼女は、この屋敷内の使用人たちや武士たちへの指図もよくしてくれている。

 そういった仕事は光秀でないとできない。身近な隆豊や隆房であっても、一つの勢力の長であり義隆の家臣である彼女たちは晴持固有の家臣ではないのだ。

 その点、光秀は自由が効く。

 晴持が雇って晴持の側近であり親衛隊の頭でもある。仕事ができて、武にも優れるといいところばかりが目立つ武将であった。

「この塀を乗り越えてこられたら、さしもの兄上も一貫の終わりか」

「乗り越えられないだろう。まともな人間は」

 その可能性を完全に否定する事はないが、それでもここの塀の高さは人間が乗り越えられるものではない。梯子をかければすぐに見つかる。

 そもそも、ここは大友家の屋敷のひとつではないか。

 その程度で攻略できるのならば、設計段階から見直したほうがいい。

「さて、世の中何があるか分からんぞ」

「それは同意するよ。人間業とは思えない事をするヤツも、中にはいるだろう。そこにいる光秀もな」

「え……?」

 唐突に話題を振られた光秀がぽかんとする。

「ほう、光秀殿にそのような妙技が?」

 扇を開き、口元を隠した晴英は興味深そうに光秀に視線を投げかけた。

「あの、晴持様。一体、何のお話でしょうか?」

「光秀も人には真似できない特技があるという話だ」

「そ、そのようなもの、わたしにはありませんが……」

 困惑した風に光秀は言う。

 自覚がないのだろう。彼女は、思いのほか自己評価が低いから。

「まあ、そう言うな。光秀の鉄砲の技術は目を見張るほどのものだぞ。自信を持ってもらわないと、寧ろ周りに悪影響が出る」

 鉄砲の命中率は低い。

 弓矢と違って訓練に要する時間が少ないのは兵器として有用ではあるが、それは遠距離武器として射手の実力を問わず一定の威力を期待できるというだけのものであり、狙撃となると話は変わる。面制圧、あるいは威嚇を目的として運用するのであれば、精度はさほど重要ではないが、正確に敵の指揮官を狙撃するなどといった使用ができる者は驚くほど少ない。光秀は、それをやってのける事ができる。

「わたしは、日々の鍛錬を積み重ねているだけで、誰でもこのくらいはできるかと思いますが」

「それが誰でもできたら苦労しないだろう」

 才能は後付けの言葉でしかなく、結果論から導き出される言い訳の類であるとは思う。しかし、光秀のように短期間でメキメキと上達し、まるで手足の延長にあるかのように武具を扱う者もいる。成長速度は人それぞれで、それを差して才能と呼ぶのならば、光秀は鉄砲の才能があると言っていいだろう。

 鍛錬に時間をかければ、というのは易しだが、それでもダメな者もいるし、何よりも鉄砲は鍛錬にしても金がかかる。短期間で力を付ける事ができる者のほうが優れていると結論するべきなのだ。

「ところで、我が妹殿は一体何をしに来たんだ?」

 話を晴英に戻す。

 小麦色の髪をした少女は、今や大友家を支える大黒柱に他ならない。軽々しく出歩くべきではないはずだ。

「別に政務の合間に抜け出してきても問題ないだろう。わたしにだって、外に出たくなる事くらいある」

「まあ、それは否定しないよ」

「大丈夫だ。わたしがなすべき仕事は終わった。少なくとも今日の分はね」

 晴英はそう言って、扇を閉じる。黒い扇が小気味よく、音を立てた。

「で、兄上との心温まる交流をと思ったのだ」

「そうかい。仕事に戻らなくていいっていうのなら、それでいいんだ」

 この状況下で当主が職務を投げ出すわけにもいかないだろう。望まれてその座に就いたとはいえ、今の晴英は飾りのような面がある。それも、大内家の傘下にいるうちは問題にはならないだろうが、この先仮に大内家が九州から撤退する等という事になった場合、彼女は身の危険に晒される事となるだろう。

「ところで、そろそろ部屋の中に入らないか。わたしは寒いのが苦手なんだ」

「何だ、人がせっかく冬枯れの庭を眺めていたというのに」

「兄上が見たいというのなら、もっと大きな庭園に案内するぞ。このような人が十人も入れないようなこじんまりとした庭ではない場所にな」

「それもいいが、小さな庭には大きな庭にはない魅力があるんだよ」

 そう言いながら、晴持は立ち上がった。

 晴英が寒いというのなら、いつまでも縁側で座して風に当たるわけにもいかないだろう。

「光秀、悪いけど茶の準備をしてくれるか。ああ、飲めればいいから作法はなしでな」

「はい、承知しました」

 光秀は飾り棚の下に置かれた木箱の蓋を開けて茶葉を取り出す。

 なんとも雑な管理のしかたであるが、これが晴持のやり方だ。礼儀作法を自分の部屋の中にまで持ち込みたくない。

 火鉢で室内を温めつつも、茶の用意をする。

 冬の足音が近づいてくる中で、戦乱の影もまた動き出す。こうして、湯のみを片手に談笑している間も着実に。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 凶報は動乱の時代には慣れ親しんだもの。

 幼い頃ならば動揺もしただろうが、今となっては如何に対処するべきかを考えるのが勤めである。いちいち騒いでいるわけにもいかない。

 島津歳久は類希なる頭脳を以て名を知られた武将である。

 表情に乏しく冷厳とした口調から、兵から評判は他の姉妹に比べれば幾分か劣るが、それを承知で歳久は政務に励んでいる。

 島津家を支える上で、一人くらいは憎まれ役がいたほうがいい。

 言い訳ではなく心からそう思って、厳しい沙汰を当主たる長女に進言した事は数え切れない。

「龍造寺が、柳川を落としましたか」

 一時の同盟を結んだ相手が一つ、大きな成果を上げた。

 長く苦しい戦いの末に、城を一つ陥落させた。

 柳川城は筑後国の要である。そこを攻略した龍造寺隆信はいよいよ筑後国の制圧に乗り出すに違いない。その過程で、必ず大内家や大友家と激突するだろう。これは、予想するまでもなく確信できる事だ。

 島津家と龍造寺家は同盟を結んだ。

 敵を同じくする間は、互いに戦をせず、領内に侵攻しないと。

 だが、共に戦うという約定は結んでいない。ならば、龍造寺家と大内・大友連合が争っている間に漁夫の利を島津家が取ればいい。卑怯とは言うまい。それが、戦国だ。強大なる大内家と激突しても勝算はある。大内家が全戦力を投入する事など、不可能だから局地戦では島津家が優位に立てる。総合的な数の差ではなく、戦場での戦力差ならば、互角だと踏んでいる。

 当主の部屋に入った歳久の前に、義久と義弘がいた。

「歳ちゃん、何かあったの?」

 義久は言った。

 歳久の顔色を読んだのだろう。

 報告にあった柳川城の戦いについて、歳久は総てを報告した。

 隆信が勝利した事やその戦いに於いて多くの犠牲者が出た事。隆信がかつての友を裏切って、周囲の反対を押し切ってその一族にまで手をかけた事などを余す事なく伝える。

「それはまた、大変な事になったわねぇ」

 相も変わらずのほほんとしている。

 事態が分かっていないという事でもないだろうに。

「龍造寺がここまで早く柳川城を落とした事。これは、こちらも想定外でした」

「噂ほど、頑強な城じゃなかったのかも」

 と、義弘は言う。それを、歳久は首を振って否定する。

「龍造寺側も多数の犠牲を払っています。どうやら、力攻めを繰り返したようですね」

「ああ、そう。それなら、敵も味方も犠牲が出るね」

「何を考えているのか……いずれにしても、これで龍造寺家は筑後を切り取る足がかりを得ました。変わりに名声を地の底に落としましたが、それ自体は朗報と言っていいでしょう」

 同盟相手とはいえ、何れは雌雄を決する相手だ。

 付け入る隙があるに越した事はない。

「だけど、このままだと肥後にまで出てくるかもね。それはまずい、よね」

「はい。今のままだと、肥後北方を侵す勢いで龍造寺は動いています。肥後の諸勢力は島津(わたしたち)と龍造寺に挟まれる形になるでしょう」

 甲斐家や相良家などは、島津家と龍造寺家に同時に注意を払わなければならなくなる。そうなれば、防衛線など軽がると食い破られるだろう。問題は、そうなれば島津家と龍造寺家が明確に対立する構造ができてしまうという事だった。

「いっそ、筑後はあげてもいいです。ですが、肥後はこちらの手中に収めなければなりません」

 肥後国は肥沃な土地だ。

 作物の育成に向かない九州南端の地を根拠地とする島津家にとっては御馳走というべき土地である。それをみすみす奪われるわけにはいかない。何よりも肥後国に龍造寺家が進出してしまえば、それこそ大内・大友連合との戦いに支障を来たす。

「龍造寺家には大内家を当面の敵としてもらわなければなりません」

「同盟を維持するために?」

「はい。そのために、幾らかわたしたちの動きも早めないと」

「そうねぇ。確かに歳ちゃんの言うとおりだわ」

 義久は頷いた。

 予定を繰り上げてでも、動き出す必要はありそうだ。

 龍造寺家が早々に成果を出してしまったからだ。もっと梃子摺ってくれれば、こちらも準備を万端にして一気に北上できたのだが、今の時点ではまだ早い。かといって先延ばしにすれば、龍造寺家が筑後国を取るかあるいは大内家と激突してしまうだろう。――――激突する分にはいいが、その時期にこちらが自由に動けなければ大勢に影響を与える事ができない。

 島津家にとって龍造寺家と大内家との戦いは彼らに生じる最大の隙である。そこを突くに足るだけの位置にまで、戦力を北上させておく必要があった。

「でももうすぐ冬なのよね」

 雪も大して降らない薩摩国周辺と異なり、北上すればそこそこの降雪の可能性もある。戦をするとなると、冬に即した装備を用意しなければならず出費も馬鹿にならない。

「まずは、龍造寺家と大内家、大友家の動向を窺います。ですが、何れの勢力が動くにしても、春頃を目処に軍を発する必要はあると思います」

 



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その三十九

 ――――むごい戦だ。

 いたるところに死者がいる。烏に死肉を啄ばまれ、野犬に臓腑を食い荒らされる者たち。戦とは少なからずこのような光景を生み出すものではあるが、しかし今回の戦は下々の者たちの心によくないものを植えつけた。

 柳川城攻めは、もっと穏便なやり方をすべきだった。いずれ攻めるにしてもだ。これは、流した血が多すぎる。多少の時間をかけてでも謀略を駆使して奪い取るべきだったのだ。

 鍋島直茂は流麗な顔を曇らせる。

 柳川城を攻めたのは龍造寺家の武将たちではあったが、つい先日まで共に轡を並べた相手であった。蒲池家は旧大友家臣の家であり、攻め落とすよう命じられた諸将――――田尻家などもまた耳川の戦い以降龍造寺家に就いた一族であった。顔見知りだったのだ。彼らの配下には、親族が敵味方になってしまった者たちも数多い。上に命じられて父母や兄弟を斬り捨てねばならなかった者たちの事を思うと胸が痛い。

 ふと顔を上げると、同じように戦場を俯き加減で歩く男の姿を見つけた。

 直茂はそっと、その男の傍に歩み寄る。

「田尻殿、共も連れずにどうかされましたか」

 それは、柳川城攻略の要として隆信に命を受けていた田尻鑑種であった。

 薄着だからか、鍛え抜かれた筋肉が盛り上がっていて屈強な武将である事を如実に表していた。

「これは、鍋島様」

 直茂もまた共を連れていない。その事に鑑種は驚いたようだった。直茂は龍造寺家の重鎮であり、鑑種よりも位が高い。鑑種自身もまた一家の長ではあるが、大勢力の軍師であり唯一隆信に諫言できるともされる人物が一人でいる事に比べれば、まだ常識の範疇で行動している。

 直茂はざっと、辺りを見回す。

 両軍入り乱れての乱戦だった。死んだ者が多く、供養もまだできていない。

「戦であると素直に割り切れればよかったのですがな」

 と、鑑種は自嘲気味に言った。

「某が招いたようなもの。叔父上には不孝を致しました」

 すでに首となった柳川城主蒲池鎮漣と田尻鑑種は叔父と甥の関係にあった。攻める側と守る側が致し方ない事情とはいえ血縁で結ばれていたというのは戦国の無情さをこれでもかと突き付けてくる。

「せめて講和の道を探れればとも思ったのですが、中々叔父上も強情でした」

「そうですね」

 瞼を閉じて、直茂はかつての鎮漣を思う。

 有能な将であった。志高く、信義に厚い男であった。失ったのは、大きな痛手だと思うくらいには。しかし、それを口にすれば主への批判に繋がる。最終的に龍造寺家の総攻撃を止められなかったのは、傍にいた直茂の落ち度である。

 失った兵力は補充できなくはない。だが、失った名声はそう簡単には取り戻せないだろう。直茂は龍造寺家の屋台骨の一人である以上、鑑種のように死者を悼む余裕はないのだ。

 今回の戦。

 最もよい結果は、柳川城を攻め落とさず、交渉で膝下に降ってもらう事だった。

 兵も名声も落とさずに筑後国最大の所領を持つ蒲池本家を下せば、それだけ龍造寺家の力を見せ付ける事になっただろうから。

 力攻めを選んでしまったのは、あまりにも急速に大友家が力を安定を取り戻しつつある事が要因だろう。一日でも早く、柳川城を攻略しなければ筑後国の制圧ができなくなってしまうと隆信は踏んだのだ。

 それが総て間違いとは言い切れない。

 結果論ではあるが、龍造寺家は要害たる柳川城と広大な領土を獲得し、筑後国に楔を打ち込む事に成功したのだから。

 失ってしまったものは仕方がないとして、後はこの戦を無駄にしないように立ち振る舞う必要があろう。

 少なくとも、戦を主導する立場にあった者として、この戦そのものの価値を否定するような発言は死した者たちへの侮辱となってしまう。

 その死を悼む資格すらも、直茂にはないのかもしれない。

「隆信様は蒲池家を完全に滅ぼすおつもりでしょうな」

「はい」

「次は山下城の鑑広を攻められますか」

「それは、今後の方針次第です」

 極力、感情を排して直茂は言った。

 山下城に篭る蒲池鑑広は、耳川の戦い以後筑後国の国人たちが大友家を離れていく中で大友家への忠義を貫き、未だに龍造寺家に通じていない数少ない国人の一人である。

 柳川城の蒲池家とは親戚筋であり、下蒲池家と上蒲池家に分かれている。鑑広は上蒲池家に連なる家系であり、龍造寺家に滅ぼされた下蒲池家と合わせると二〇万石に達する大勢力となる。

 その内の半分以上――――およそ一二万石が、すでに龍造寺家の手に落ちた。統治するとなると、しばらくの時間がかかるとはいえ、数字の上でこれならば大きな稼ぎだ。

「鑑広は未だ龍造寺の殿に信服しておりません」

「ええ。すでに、大友方に早馬を走らせているようです」

「いずれにしても討たねばなりませんな」

 その言葉に、直茂は返す言葉がなかった。

 叔父とその家族を皆殺しにしたばかりだ。その上、さらにその一族まで手に掛けよとは、戦国の非情な世界にあっても憚られる。何も彼に手を汚させる必要などないのだから。

「大友家や大内家との戦いも、そう遠い事ではありません。その時は、我々も全力を傾ける必要があります」

「山下城の救援に、彼らは動きますか」

「それも不明ですが……どのように進んでも我々は島津よりも先に大友家と激突する事になるでしょう」

 正直に言えば避けたい展開ではあって、隆信にもそれとなく進言はしているのだが、目だった効果は出ていない。

 可能ならば、もうしばらく筑後国の根回しに時間を割きたいところなのだ。足元が不安定な状態で大国との決戦は避けるべきだ。まして、その後に無傷の島津家との戦いを控えているのならば、一つひとつの戦に万全を整えなければとても持たない。

 だが、隆信は攻め急いでいる。情勢が落ち着く事を許さない。攻めなければ、領土拡大の好機を失う事となる。その一点が龍造寺家を戦に駆り立てている。

 それ自体は正しい。

 ――――儘ならぬ。

 と、直茂は沈鬱な気分になる。

 正しい判断と悪い判断が渾然一体となっている。如何なる選択をしても、必ず有利不利な面が内包されるのだから、より危険の少ない道を選びたいところだ。

 ともあれ、まずは大友家と大内家の出方を見なければならない。こちらとしては、この勢いに乗じてその他の勢力を降していき、叶う限り早期に筑後国全域を支配したいところだが、そうは問屋が卸さないだろう。

 想定よりも早く、大友家との決戦を迎えるかもしれない。

 その不安が、直茂の胸に寒風を呼び込んでいた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 大内家から派遣されてきた大軍は戦のためにいるのではあるが、戦が連日連夜行われるはずもない。当初の予定では春先から初夏にかけて動員するべきではあろう。田植えを考慮するのであれば、初夏がいいか。それまでの間は情報収集と国境警備が主な仕事となる。大友家の内情を察すれば、向こう数年は戦をしたくはないのだろうが、龍造寺家と島津家がそれを許してはくれないだろう。

 目下、島津家よりも龍造寺家の動きが活発だ。

 それに対処していくには、筑後国にいる親大友派の国人との連絡を密にする必要があろう。

 年が明けても、大友家と大内家の臨戦態勢に変わりはなかった。むしろ、ここからが本番というようにピリピリとした雰囲気が立ち込めている。軍議の場であれば、その空気はますます強くなる。

「すでに柳川城陥落以降、龍造寺家は大軍を筑後に止めています。このまま、大友方に就いた方々の所領を食い荒らす心積もりでありましょう」

 赤髪の女性が晴英の前で報告した。長い髪を後ろで纏めた凛とした雰囲気の女性だ。

 甲斐宗運――――評判は聞いている。阿蘇家に仕える名将で、相良家の当主相良義陽とは親友同士であるとか。

「このまま筑後が龍造寺家の思うままにされては、肥後の後背を突かれる事にもなります」

 今の時点で、肥後国の北部を押さえてはいるものの、島津家との戦いに戦力を割かねばならない以上龍造寺家と二方面作戦を取る力はない。肥後国の国人たちは、島津家への防衛ラインを堅持してもらわなければならないのだ。

「そうだな」

 と、晴英が頷く。

「報告ご苦労。筑後への援軍は必ず送ろう」

「お待ちください、安請け合いをされても送るべき兵の数が足りませぬぞ」

 志賀親守が異を唱える。

 援軍と簡単には言うが、龍造寺家は大軍である。援軍を送るにしても、耳川の戦いでの敗戦とお家騒動による国力と求心力の低下は否めない。

「兄上、どうだ?」

「大内としても、援軍を送るほかないと思う。隆房と隆豊を行かせよう」

 晴持は端的に答えた。

 現在国境警備に当たっている大内家が誇る二将を前線に移動させるのである。後詰としてはこの上ない戦力であろう。

 そして、こういうときのために大内家がここにいるのだ。

「大内家が動くのに、大友家が動かんというわけにはいかないだろう。龍造寺が強くなるほど、こちらは不利になる。熊が想定を上回る速度で進軍しているのならば、こちらは想定通りに対処しては間に合わん」

 道理ではある。

 当初、柳川城で敵の足が止まるものと考えていたのだ。まさか、隆信が味方の生死を度外視して戦に臨むとは思わなかった。

 龍造寺家の所領は急速に広がっている。大友家に就いた諸将も、危険に晒されている。こちらが援軍を出さないとなれば、一気に筑後国の国人たちは龍造寺家に臣従する道を選ぶだろう。

「こちらから、誰が行くかだが」

 と、晴英はざっと周りを見回した。

 耳川の戦いによる消耗は、重臣格にも目に見えて現れている。戦で名を馳せた者の多くが、日向国で屍を曝した。

 少ない兵を安心して預けられる者は、必然的に絞られる。

「紹運、頼めるか」

「はい」

 二言なく、紹運は頷いて頭を下げる。

 大友家が誇る二強の一角にまで昇りつめた彼女は、大友家の楯であり鋒である。その人選に否を唱える者はいなかった。

「肥前の熊殿が、果たして戦場に出てくるかは分からんが……できれば討ち取ってしまいたいものだな」

 扇で口元を隠した晴英が気だるそうに言った。

 大友家に仕えていたのは龍造寺家も同じ。滅亡間際からたった一代で大勢力にまで成長した実力は折紙つきで油断ならぬモノではあるが、だからこそ早々に退場してもらいたい。

「まずは欲を出さずお味方の救援が第一とすべきでしょう」

「分かっている。親守は頭が固い」

 辟易したとばかりに晴英は顔を歪める。

 次いで、晴英は宗運に話しかける。

「宗運殿」

「はい」

「こちらも準備が整い次第、筑後に兵を送る事になるが、それまでの間は情報の収集に余念なく努めてほしい。無論、島津についても」

「承知しております。些細な変化も見逃さず、詳らかに報告しましょう」

 微笑み、頭を下げる。

 宗運がここに来たのは援軍を請うためだ。その目的が果たされて、肩の荷が下りたのだろう。

 その後の軍議は今までと同じだ。龍造寺家と島津家の二大勢力と相対するために準備を進める事や、大友家の国力回復のために、商業を振興し、大内家の協力の下で交易を行う事など大きな視点から協議した。

 

 

 

 戦の時期を早めるというのは、致し方ないことだろう。龍造寺家も春を過ぎれば活発に動き出す。島津家も同じく動くだろう。同時に二方面を相手にするよりも、一方を潰してからもう一方に当たるほうがいい。

 仮に龍造寺家と島津家が共同作戦を執ってきたら、さすがに苦戦は免れないだろう。

 けれど、両者にその動きはない。

 信長包囲網が機能不全を起こしていたのと同じ理由ではないか。

 広大な領土を持ち、互いに対等、或いは自分が上であると意識している戦国大名同士が共同作戦を執るのは難しいのだ。連絡手段も限られていて、情報が正しく伝わる保証もない。相互に干渉しないという約束はできても、長期に渡って戦略的な作戦を合同で練るのは難しいのだ。

 いつかはぶつかる敵であるという意識はどうしても消せない。

「まずは、敵と味方を分けるところから、かな」

 と、晴持は広げた九州の地図を覗き込む。

 小さな部屋に、晴英、光秀、道雪、紹運、そして肥後国からやってきた宗運が集っている。

 これから龍造寺家と対峙するに当たって、大友家に組してくれる筑後国の国人たちと龍造寺家に就いた国人たちを振り分ける。

「まあ、耳川以降多くが離反してしまったが……それでも筋を通してくれている馬鹿もいる」

 と、晴英は口元を綻ばせて地図を指差した。

「まずは山下城の蒲池鑑広。親戚筋が龍造寺に降っても、こいつは終始一貫して大友派を貫いてくれている。山下城も天然の要害で、そう容易く墜ちることはないはずだ」

 そして、今最も命の危険に晒されている人物でもある。

 龍造寺家に就いたはずの親族が、無残な仕打ちを受けたのだ。同族である以上、龍造寺家に狙われないはずがない。

 道雪が、晴英の言葉に続けて言った。

「後は、矢部山城の五条家、今川城の三池家、長岩城の問註所家、戸原城の戸原家、犬尾城の河崎家がこちら側に就いてくださっています。敵方には、発心城の草野家、猫尾城の黒木家、西牟田城の西牟田家、鷹尾城の田尻家、久留米城の丹波家……丹波家については、二つに分かれているので、敵と言い切るわけにもいきませんが」

 大まかに分けてみると、思いのほか大友方にまだ残っている者がいるという印象ではある。

 それぞれの国人たちの所領はおのおの一万石から二万石程度。蒲池家だけが群を抜いて突出している。

「この勢力図も、時が経つに連れて変わっていきます。龍造寺の勢いが強まれば、旗色は早々に変わるかと」

 宗運が冷徹な意見を言う。

 もともと筑後国の国人たちは大友家に臣従していたわけではない。その軍事力の下に従っていただけで、家臣だったわけではないのだ。領土の安堵などを通して恩義があると思っているものもいれば、大内家が背後にいるのだから大友家が優位にあるはずと打算的に考えている者もいるだろう。

「強きに靡くは戦国の倣いでもあります。否定的に見る必要もないでしょうし、ならばこちらの威を見せればいいのです」

 光秀が言う。

「それで心変わりをする者もいるかもしれない。軍を発すのは確定だが、できる限り龍造寺の内側を崩したいところだな」

 晴持は光秀の意見に加えて言った。

「此度の柳川城への仕打ちで、すでに筑後衆の間で龍造寺家に対する不信感が生まれているようです。そこを突けばあるいは」

 ――――龍造寺家の進撃を遅らせ、こちらの戦力を高める事に繋がるかもしれない。

 宗運のもたらす情報は有益だ。

 混迷を極める筑後国に情勢は一様には判じ難い。しかし、総合的に見て大友家が優位に立っているように見える。国人の心が離れれば、統治に時間と資金を費やす事となろう。それは、こちらからすれば大きな隙となる。

「柳川城を力攻めにした時点で、こうなる事は向こうも分かっていたはずです。であれば、反攻を許さず一気呵成に軍を進める可能性もあります」

「明智殿の言うとおり、龍造寺家は背水の陣に近い状態にあり、遮二無二戦を仕掛けてくるかもしれん。そういう手合いであれば、やりようはある」

「あっちも猛将揃いだ。油断はできない」

「分かっている。油断などしないよ。手痛い敗北の直後だからな」

「なら、いいけど」

 晴持の指摘を晴英は笑って受け止める。

 島津家を軽んじたが故に、大きな敗北を喫した。敵を侮り、情報収集を怠れば、待っているのは滅亡あるのみだ。

「筑後での勝敗は、国人衆をどう味方につけるかで変わってくるな」

「その点では、龍造寺家は戦略を誤りましたね。今の段階では、戦わずして切り崩せるだけの足場があります」

 晴持の言葉に頷いた道雪が晴英を見る。

「晴英様。ここは、龍造寺方の国人たちに帰順を求められてはどうでしょうか。元は大友家と共に歩んできた者たちです。あちらに利がないとなれば、こちらに就くでしょう」

「そうだな。そうしよう」

 蒲池家への処遇の影響は少なからずあるはずだ。

 兵を集めて筑後国に本格的に攻め入る前の下準備としては、基本的ながらも高い効果を期待できる。

 とりあえずは晴英の名で敵方に就いた国人たちに帰順を勧める書状を出し、様子を見ようという事で、この話し合いは終わった。



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その四十

 柳川城を攻め落とした龍造寺隆信は、自ら奪取した柳川城を筑後国攻略の拠点と定めて筑紫平野の攻略を最優先目標に掲げた。

 筑紫平野は有明湾と山々に囲まれた広大な平野であり、山がちの地形である九州北部に生きる龍造寺家にとっては筑紫平野の生産能力や海に面しているという利点は決して見過ごせない。筑後国の要とも言える柳川城を無理矢理にでも奪い取ったのも、筑紫平野を早々に固めて地盤を強化し、本格的に大友家との一戦に備えるためであった。

 柳川城の攻略によって、強大な武威を示した隆信ではあったが、内心は事が上手く運ばない苛立ちを募らせていた。積年の仇敵である大友家と大友家を庇護する大内家の影響は、彼女の想像を上回るほどに強かった。

「権威に阿る馬鹿ばかり。嫌になるわ」

「権威を蔑ろにしては政治は儘なりませんよ、隆信様」

「ふん、分かってるわよ。分かってる」

 隆信は土器(かわらけ)の酒器に注いだ酒で喉を潤し、火照った頬の汗を拭う。

 腹心である鍋島直茂の怜悧な表情とは対照的に、隆信は感情的な表情を浮かべている。

 隆信は直情的な姫武将だ。

 泣く事はないにせよ、怒りやすく、我慢が足りない性格である。柳川城を攻め落とした一件にしても、その短気な性格が随所に現れる戦いだった。とはいえ、それは短所であると同時に長所でもある。城攻めについて言えば、失う兵の多さが目立ったが、難攻不落の城を短期間で攻め落としたのは紛れもない彼女の実力である。

「で、結局アイツはどうしたのよ」

「アイツ?」

「蒲池」

「山下城の蒲池殿であれば、依然として応じる様子を見せません」

 隆信は不機嫌そうな顔を隠しもせずに脇息に頬杖をついた。

「大内の動きは?」

「すでに不穏な動きがあります。筑後の国人に帰参を呼びかける書状を送っているようです。わたしたちと戦う前に、可能な限り筑後国内の味方を増やそうとしているようですね」

「こっちもやってるでしょ」

「はい。今の段階ですと、およそ七割ほどは当方に靡いているようです」

 七割と聞いて、隆信は気をよくしたのか相好を崩した。

 だが、七割という数字は言葉だけの国人も合わせた数だ。実際に龍造寺家と大友・大内連合が激突したわけではなく、開戦まで時間があるために日和見を決めている勢力も多々ある。柳川城を無理矢理陥落させた事で、龍造寺家側が本気で筑後国を侵すつもりであると知らしめる形となり、そういった日和見勢力は決断を迫られている。良くも悪くも、隆信の決定が状況を動かしている。この流れに上手く乗れれば、龍造寺家が筑後国の主導権を握ることができる。

「間違いなく、筑紫平野が大友方とぶつかる戦場となるでしょう」

「そうだね。地固めを急がせなさい。山下城を何が何でも攻略するのよ」

「はい」

 直茂は静かに頭を垂れる。

 蒲池鑑広は未だに意地を通して龍造寺家への敵対を続けている。

 柳川城の蒲池家が無残な最期を遂げた事も影響しているに違いない。これについては、隆信の行動が裏目に出た形ではあるが、都合よく解釈すれば筑後国内の反龍造寺家の象徴になってくれたとも言える。国力も単独の国人で見れば秀でているほうなので、山下城を落とせば反龍造寺家の勢いが大きく削がれるのは明白だった。天秤が傾けば、自ずと日和見勢力も味方にできるだろう。

 隆信が命じた地固めの第一歩こそが、鑑広が篭る山下城とその支城の攻略なのだ。

 

 

 山下城の攻略を正式に命じられたのは、龍造寺家の中でも猛将と名高い姫武将信常エリだった。

 副将として武勇の誉れ高い重臣の百武賢兼(ひゃくたけともかね)が就き、一〇〇〇〇人にもなる大兵力で柳川城を発った。

 山下城が一揉みに押し潰せるような城ではない事は、歴戦の猛者であるエリと賢兼は理解していた。実際に目で見なければ最終判断はできないとはいえ、事前情報だけでも攻略の難しい城だと感じられた。そもそも山下城は山城である。目を見張るほど大きな山の上に立っているというわけでもないが、それでも山城というのはそれだけで自ずと攻めにくく守りやすい構造になってしまうものである。

 となれば、まずは山下城を丸裸にする必要がある。

 具体的には支城を潰し、取り囲む。

 幸いな事に蒲池家の近隣の国人達は龍造寺家に好意的である。進軍を阻む事もなく、むしろ率先して道案内までしてくれた。

 目的地である山下城は、筑紫平野の南東部に位置する山に築かれた典型的な山城である。筑肥山地の外れにあり、平野部を見下ろす事ができた。

 故にこそ、平野部に建つ支城が攻撃を受ければ、すぐに分かるだろう。

 エリが命じて攻撃を加えさせたのは、蒲池家の支城に当たる知徳城である。城を任されているのは、蒲池家家臣一条和泉守なる人物だ。人に知られている人物でもなく、エリも賢兼もこの男についての事前情報はほとんどないが、二度に渡る攻撃を凌いだところから一廉の武士であると分かった。

 夜。

 篝火を焚いた陣の中でエリと賢兼は身体を温めるために酒を酌み交わす。あまりいい酒ではないのか、酔いも回ってこないが、それはそれでありがたい。戦場で酔い潰れるわけにもいかないからこのほうが都合がいい。

「出てこなかったな、蒲池は」

 賢兼は紅く上気した顔を渋く歪めて言った。

「そうだね。まあ、出てくれたら儲けモノ程度ではあったけどね」

 肩を竦めるのはエリだ。

 同僚として、共に戦場を渡り歩いてきた二人は互いに実力を認め合う仲である。酒を酌み交わし、忌憚のない意見を言い合うのも珍しい事ではなかった。

「支城を攻撃されているのを目の当たりにして、出て来ないとなると徹底的に篭城するつもりだろう。まさか、見えていないということもあるまいしな」

 知徳城は山下城から数里離れた平野の真ん中に建つ城である。より具体的には、平野部の中にある丘陵を利用して作られた城だ。よって、丘城の一種と言えるだろう。山城ほどではないにしても、丘を使用した城は攻め難い。大軍を動員しているものの、一斉に攻めかかれるわけではないからだ。負ける事はないにしても、真っ当にやっていけば時間はかかる。

「上妻郡八万石は伊達じゃないか」

「戦に備えてはいたんだろう。だが、多勢に無勢だ。蒲池に勝利はありえない」

「百武殿、油断は……」

「心配するな、信常。決して敵を侮っているわけではない。あまり上の者が悩んだ顔を見せていると下の者は不安がる。心の余裕は油断ではないぞ」

 筋骨隆々の豪胆な男でありながら、意外にも繊細に物事を見る。百武賢兼という男は、猪武者ではない。知恵者でもあり、戦場で槍を振るう事しか脳のない――――と思っているエリにとっては好敵手であると同時に尊敬すべき先達でもあった。

 その賢兼がそう言うのだ。油断ではなく、心の余裕だというのならばそうなのだろう。

「ともあれだ。山下城から救援に出て来ないというのならば、知徳城はありがたくいただくまでだ」

「ああ。あまり時間をかけても、殿にどやされるからね。できれば、近日中に陥落させて本命に攻め込みたいところだ」

 エリは笑みを浮かべて頷く。

 知徳城に篭る兵の数は、少数である。死兵となっても脅威にならない程度のものでしかない。

「明朝に二方面作戦に出よう。小規模な知徳城に一〇〇〇〇もいらない」

 エリは決断した。

 もとより知徳城を攻めたのは、山下城を攻める時に背後から攻撃される可能性を消すためであり、もののついでとして山下城から敵を誘き寄せるのにも使ったのである。後者は今日の攻撃によってまったくの無駄骨に終わってしまったので、知徳城を落とすのに必要な人数だけ残して残りを山下城の攻略に当てたい。

 知徳城の兵力がそう多くなく、近日中に落とせるのならば、エリが判断したように一〇〇〇〇人もの兵で囲む意味がない。

 

 

 

 ■

 

 

  

 龍造寺家の勢いは、大内・大友連合の予想を遙かに超えた速度で拡大していた。

 山下城陥落の報が府内に届いたときには、すでに更なる戦が大友方の国人に仕掛けられているところであった。

 今や筑紫平野の大半を龍造寺家が席巻している状態だ。

 事態は一刻を争うとして、大内・大友連合もいよいよ龍造寺家との一戦を覚悟した。

 水がぬるみ始める三月の初めに陶隆房を総大将とする一〇〇〇〇人の軍が博多を経て、北西方面から筑紫平野へと乗りいれた。

 事前の内応工作が功を奏した部分もあり、多勢に無勢ということもあった。隆房が率いる軍はほとんど抵抗を受ける事なく筑紫平野の北西部を制圧し、平野部の中央に建つ海津城の攻略に取り掛かった。

 海津城は安武家の代々の城であるが、龍造寺家の筑紫侵攻の際に陥落している。今は龍造寺家の城代が城に篭って応戦している形となる。降服の気配を見せず、懸命に凌いでおり、早期決着を望むのであれば強攻策に出るしかないのが現状ではあるが。

「さすがに無理かな」

「はい」

 隆房の呟きに隆豊が頷いた。

 城一つ陥落させる事は不可能ではない。力攻めができるだけの兵力は揃えている。しかし、龍造寺家の本隊との激突を想定するのならば、ここで消耗するのは得策ではない。

 ここはすでに龍造寺家の勢力圏内である。敵の援軍はすぐさまやって来る。

「龍造寺家はわたし達と事を構えるために兵を集結させています。聞くところによれば、すでに一〇〇〇〇もの兵が集っているとの事ですから」

「思ったよりも動きが遅いわね」

「寝返りを恐れての事かと。近隣の国人衆には、わたし達に与力するよう書状を出しています。龍造寺家は、人質を出させるなどして忠誠を求めているようですが、それに時間をかけたのだと思います」

「国境をあたし達と接している人達にとっては、どっちに就くかで真っ先に攻められるかどうか決まるしね。まあ、それに時間をかけたのは当然か」

 それはこちらも同じ事ではある。すでに大友家に人質を出した勢力もある。忠誠の証にと、戦の際には最前線で戦うと誓う者達がいる。だが、改めて人質を出すような国人は、一度、大友家から離れた勢力が多いのだ。そういった事もあり、大友家が自分達をどのように扱うのかまったく見えず、尻込みしてもいるのだろう。故に、決して無碍にしないという事を実際に見せる事が重要であり、戦はそれを示す場でもあった。

「ご報告!」

 陣に飛び込んできた伝令は肩膝をついて隆房に敵の情報を伝える。

 龍造寺家の本隊に動きがあった。龍造寺隆信率いる約五〇〇〇の兵が柳川城を出立。途中で、犬尾城を奪取した信常エリ率いる約七〇〇〇と合流して知徳城に集結し始めたという。

「この後、どうくると思う?」

 隆房は隆豊に尋ねる。

「さて、どうでしょう。海津城の救援が目的でしょうから、このまま北進するのは明白ですが……」

「ここに一番近い龍造寺の城は、確か田川城か」

 絵地図を見下ろした隆房の視線は、現在地である海津城から南に下ったところにある田川城にあった。

 つい先日、城主が龍造寺家の伏兵によって討ち取られたばかりの城である。龍造寺家の城代が、兵を入れて軍備を整えているのは確認できている。

 隆房は伝令兵に伝える。

「田川城にも物見を放って。大人数を受け入れる用意があるのなら、そうと分かるはずだからね。動きがあり次第、あたしに報せて」

「承知しました」

 伝令兵が隆房に命じられるままに陣を出て行く。

 戦には金がかかり、多くの物資が消費される。もしも田川城を拠点とするつもりならば、一二〇〇〇人もの人数を受け入れるための準備を進めなければならない。

「いざ、戦となれば……ここは一旦放棄するしかないね」

「そうですね。海津城を無理に攻め取る必要も、囲み続ける必要もありませんからね」

「むしろ、城の中と外から挟まれるのが辛い。こっちはこっちで、迎え撃つ準備をするべきだし」

 海津城を目掛けて敵が来るのであれば、一時撤退を視野に入れる。

 城と敵本隊を同時に相手取るのは不利益が大きいからである。

 兵数はほぼ互角。平野部での戦いとなれば、小手先の技よりも兵力で強弱が凡そ決まるものだが、兵力そのものが拮抗している場合はどのような結末になるか予想できないという危険はあるのだ。

 こういった場合、晴持ならば安全策を取る。良くも悪くも冒険しない性格だからだ。守りを固め、敵よりも多くの味方を集め、外堀を埋めて必勝を期すのが彼のやり方だ。

 隆房はどうか。

 戦いの規模が大きくなるにつれて、猪武者では生き残れない事をすでに理解している。魂の奥底には、確かに敵地に飛び込み、槍を振り回したいという思いがあるのは否定できないが、今の隆房は一〇〇〇〇人の兵を預かる総大将である。さすがに、突撃する事は不可能である。

「攻囲を解いて、兵を退こう。本隊は川を渡って西島城に入る。それから、一部は大隈城と中野城に入って龍造寺家の強襲に備えよう」

 隆房はそう決定した。

 本隊が入り西島城は、筑後川の向こうにある城だ。海津城からは一里も離れていない。

 龍造寺家が攻め寄せてきても、川を境にして陣を敷く事ができる。

 中野城は、海津城と西島城の間に位置している砦で、これも筑後川を渡ったところにあり、前線基地として使用できるだろう。そして、大隈城は海津城から北に向かったところにあり、一里ほど離れている。拠点を整備して、主戦場になるであろう海津城に睨みを利かせるのが目的だ。

 直接対陣するまで、まだ数日の猶予はあるだろう。

 実際に刃を交わすのであれば、さらに数日。場合によっては数ヶ月の睨み合いもあり得る。万単位の軍が激突するのだ。簡単に勝敗が決する事はまずないと言える。

 

 

 

 ■

 

 

 

「戦だ、戦! もたもたすんな!」

 威勢のいい声が響き渡る。

 龍造寺家の軍勢が勝利の勢いをそのままに猛々しく吼える。

 未だ出陣前の準備段階にありながら、戦意は非常に高い。

 筑後国内に入ってからというもの連戦連勝を重ねているのだ。筑後国人は別として、肥前国からやって来た国人や重臣達の自信と意欲は非常に高まっている。

 当初からの懸念であった大内・大友連合軍との初戦がすぐそこに近付いているという事もあって、並々ならぬ緊張感に満ちている。

 隆信は自ら集まった将兵を見て回っている。

 大軍を引き連れて、海津城の救援をするのが目的であり、さらに筑紫平野から大内家の軍勢を追い払うためでもある。

 侵攻してきた大内兵は、今まで龍造寺家が相手にしてきたあらゆる勢力よりも強大だ。一国人を相手にするよりも遙かに険しい戦いになるだろう事は容易に予想できる。

「おう、エリ。あんたんとこは、行けそうかい?」

 隆信は馬の様子を見ていたエリに話しかけた。

「隆信様。いつでも行けるよう、準備はさせております」

「ああ。明後日には出陣の予定だ。犬尾城攻めに参加した兵は疲れが溜まってるだろうからね。しっかりと今のうちに休ませてやってくれ」

「ありがとうございます。お心遣い、感謝します」

 敵には厳しい隆信ではあるが、味方にはきちんと気を回す女性だ。

 筑後国の国人からは肥前の熊として恐れられている彼女だが、その人となりを知るほどの重臣達は決して残酷なだけが龍造寺隆信ではないと知っている。

 そのため、隆信が冷酷で残酷な人物だと思われているのは心苦しいのである。

 確かに、勝利のために苛烈な策を執った事もあるし裏切り者と罵られても仕方のない策略を駆使した事もある。だが、それだけで隆信を判断するのは、腹立たしく思えるのだ。

 それは、隆信を知るエリだからこそ思える事ではあって、真実を世に広めるのは非常に難しいものではある。実際に攻め滅ぼされた勢力からすれば、普段の人となりなど一切関係がないのだから。そして、その反抗心に大内家と大友家が上手く付けこんでいるという情報もすでに入っている。

 隆信が去った後、残されたエリの元にやって来たのは華やかな着物を着た姫武将である。

「信常さん。山下城に続き犬尾城まで攻略されるとは、さすがです」

 円城寺信胤。それが、彼女の名だ。可愛らしい顔立ちと淑やかな仕草は公家の姫と言われても疑うまい。どこまでも男勝りなエリは、内心で信胤を羨ましく思っていたりもするのだ。自分もこのように乙女らしくあれればと。気恥ずかしくて、決してそのような事は言えないが。

「円城寺殿こそ、国人衆の取り込みに骨身を砕かれておいでです。犬尾城が開いたのも、円城寺殿の計略があったからです」

「ふふふ、そのように仰っても何も出ませんよ」

「そうですか。それは、残念」

 クスクスと笑いながら、軽口を叩きあう。

 龍造寺四天王などと最初に誰が言い始めたのか分からないが、どうやらエリと信胤はそこに加えられているらしい。同じ姫武将ということもあって、気が合うのだ。意外ではある。他ならぬエリ自身がそう感じる。このような淑やかな女性と自分が共に語らうなど、一昔前には想像もしていなかったからだ。とはいえ、信胤は戦場に出れば、苛烈にして果断な戦振りを示す猛者でもある。外見と言動からは想像もできないほどの、頼りになる武将なのだ。

「大内との戦いには久方ぶりに四天王がそろい踏みするようですね」

「それだけの大敵ということです。大内兵を、信胤殿はどう見ますか?」

 エリが信胤に尋ねると、信胤は悩ましいといった表情で口を開く。

「中々判断に迷います。決して、強壮な兵というわけでもなさそうですが」

「確かに、わたしもそう感じていたところです。しかし……」

「実際に彼らは、この数年の間に領国を著しく広げています。直接戦でぶつかって撃破するというよりも、策を弄して勝てる状況を作り出すのが彼らの手法。そのための財力と兵力を持っています。が、実際に同規模の兵をぶつけ合った場合にどうなるかは分かりません。貴族被れと侮る声もありますが……」

「四国では立花道雪と一戦交えている事からも、そう簡単にはいかないでしょう」

 信胤は頷く。

 大内家も大友家も財力で名を知られた名族であり、特に大内家は非常に貴族的な傾向のある家柄として有名だ。長らく九州北部に影響力を与え続け、龍造寺家もまた大内家の傘の下にいた時期もあった。その名残は今も当主である隆信の名に現れている。

 この戦は、龍造寺家が真に大内家から独立するための独立戦争でもある。

 必要なのは妥協ではなく明確な勝利であり、北九州に於ける龍造寺家の利権の確立であった。

 



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その四十一

 大内・大友連合軍は、歴史と権威のある家の連合軍である。長年相争ってきた二家が力を合わせて事に当たるなど、先代までならば決して夢想だにしなかっただろうが、激動の時代の中で大内家の傘下に入るという形で連合が完成した。この奇跡と言っても過言ではない新たな形に対して、九州に覇を唱える二大勢力、龍造寺家と島津家が同盟を結び対抗勢力へと名乗りを上げた。現在、九州で行われている戦は、ほぼすべてが、この二つの巨大勢力による影響を受けた戦である。小規模な合戦すらも、大内・大友連合派と龍造寺・島津同盟派の対立の代理戦争の側面を大なり小なり抱えているというほどであった。

 これまでは散発的な小競り合いに終始していたものの、暖かな日差しが顔を出し始めた季節を迎えて風向きが変わり始めた。

 龍造寺家の筑後国侵攻の本格化とそれに合わせた大内軍の筑紫平野への進出である。

 龍造寺家の快進撃による筑紫平野の蚕食に待ったをかけた大内軍はさすがの働きだったと言えるだろう。あと数ヶ月遅ければ、筑紫平野の支配権は完全に龍造寺家の手に墜ちていた。それでなくとも、山下城を制圧した時点で、筑後国内に龍造寺家に面と向かって逆らえる勢力は皆無となる。大内家さえ動かなければ、自然と龍造寺家の旗の下に諸国人達は参集せざるを得なかったであろう。

 だが、それを博多方面から入り込んだ大内軍が阻んだ。元々、隆信の苛烈な戦いと恩を仇で返す振る舞いに疑いと不審の視線を投げかける者が多数現れ始めた時期でもあり、大内家の内応工作と権威、そして多数の国を従える国力差への信頼が筑紫平野北部の国人達の取り込みに上手く働いたのである。

 とはいえ、ここまでは両者にとって想定通りの展開であった。

 龍造寺家からすれば、大内家が手出ししてくるのは当たり前のことである。大友家に縁の有る国人が多数いる筑後国は、大友家の影響力が今なお残っている国でもあるため、支配を広げやすい。そこを奪われるのは後々面倒があるので、決して静観する事はないだろう。そして、攻めてくるとすれば本拠地である博多と平野部分が繋がっている北部か肥後国を経由した南部のどちらかであろうとは予測していた。第一候補は大軍を同時に移動させやすく、龍造寺家の活動範囲である筑紫平野南部から離れた博多方面であり、その通り大内家は国人衆を取り込みつつ現れた。

 対する大内家としては、龍造寺家の支配の浅い北部は、退路の確保もしやすく安定した進軍路であるため使わない手はない。龍造寺家との決戦も大軍同士の野戦になるだろうと端から分かっていた。北部の国人衆の取り込みについても、龍造寺家の行いが非道であると受け止められているところを突いて行くことで容易に行えた。いずれにしても、筑紫平野の中心で睨み合いとなることは、必然的な展開であった。

 兵数はほぼ互角。龍造寺家がやや優位にある状況だが、海津城とその傍を流れる筑後川を挟んだ対陣のため、両者共に軽々しく手出しはできない。

 これは、どちらが先にしびれを切らすか、という戦いでもある。

 対峙して二十日が経ち、未だに一滴の血も流れていない。不気味に旗が風に揺れるのみである。

「さて、今日も敵に動きはなし。どうしたもんかね」

 さらさらと小雨の振る中、筑後川の川岸に築かれた砦――――中野城に在陣する隆房は暇そうに呟いた。

 一時は西島城まで退いた隆房であったが、龍造寺軍が本格的に海津城の救援に現れるに当たって兵を率いて出陣していた。手元の兵は七〇〇〇人ほどで、一〇〇〇人を西島城に残している。残りの二〇〇〇人は、大隅城を守っており、ここにはいない。

 川は雨の影響か僅かに増水している。筑後川は九州でも最大級の暴れ川で有名だ。今は梅雨時でないのでそれほどでもないが、仮に大雨が続けば非常に危険である。当然、川の流れに細工する、などという戦術が通用する川ではない。下手をすれば、自軍も押し流される憂き目にあうであろう。

「うーん、こうも広い場所で戦うとなると、突っ込む以外に手がないんだけどねぇ」

「止めてくださいね、そういう無謀は」

 冗談めかして言う隆房に真剣に隆豊が注意する。隆房はぺろりと舌を出して笑う。

「分かってるわよ。そもそも、今の時点じゃ先に手を出したほうが負けるわ。何とか、敵を引きずり出さないと」

「そうですね。ですが、挑発しようにも相手には鍋島殿がいますし」

「うん、あの軍師がいる限りは敵も迂闊な行動は取らないでしょ。それに、四天王もそろい踏みだしね」

 噂に聞く龍造寺四天王。

 今はまだ顔を見たわけではないが、敵の士気、整然とした隊列を見れば非常に優れた指揮官が統率しているのだと分かる。

 直接戦ったらどうなるか。

 不謹慎ながら、確かめてみたいという思いも強い。

「隆房、隆房ー。なんか、ここでじっとしてんのもつまんないよねー」

 明るい髪の少女が気安く隆房に話しかけてくる。

 名を吉川元春。

 毛利元就の娘で、姉妹随一の剛の者である。

 以前までは晴持と共に行動していたが、この戦のために隆房の軍に合流していた。二人は武芸を志す者同士で気が合い、その実力を認め合う親友でもある。

「まあね。でも、待つのも仕事のうちだから」

「うん、そりゃ分かってるけど」

「とにかく、今は我慢のしどころよ。しっかり守って、隙を探すの。ところで、隆豊。あっちの軍って、敵の本隊でいいのよね?」

 隆房は隆豊に尋ねる。

 敵軍の情報収集は隆豊に依頼してあり、対陣前から隆豊は敵軍の情報を探っていた。

「はい。それは間違いありません。龍造寺隆信殿御自ら指揮する、文字通りの本隊です」

 隆豊は断言した。

「隆豊がそこまで言い切るなら間違いないね。うん」

 隆房は満足げに頷いた。

 その上で、

「徹底的に守りを固めるわ。川沿いに柵を設けて、城塞化する。明朝から、さっそく取り掛かるよ」

 何を思ったのだろうか。その決定に、好戦的な元春などは不満げではあるが、決して異を唱えはしない。事実、守りを固めるというのは、現時点でする事のない大内軍にとってはちょうどよい暇つぶしではある。柵を作る材木も、背後の丘陵地に都合よく使えるものが多数ある。隆房らしからぬ戦術ではあるが、これも彼女が成長した証なのだろうか。

 長期戦になると見据えて、大内軍はさらなる守りに入ったのであった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 隆房が防備を固める判断を下したとき、龍造寺側にも動きがあった。

 龍造寺家が誇る至高の軍師たる鍋島直茂は、鬼のような仮面に隠れた顔に憂いを隠しつつ、小雨がぱらつく筑後川を眺めている。

 もうじき、日が暮れる。

 しかし、西日はまったく見えず、さらに重くどんよりとした雲が西から流れてくるのが見て取れる。

 ――――天気は下り坂。誰の目から見ても明らかである。

 川はますます増水し、濁りを増していくだろう。

 直茂は踵を返して海津城に戻る。軍議の間には隆信がいて、四人の家臣と話をしているところであった。

 隆信は直茂に視線を向ける。

「どうだった?」

 端的に問う。

 何が、などという事を直茂が確認する事はない。

「敵方に大きな動きはありません。雨については、西より色濃い雨雲が迫ってきておりますので、間違いなく今よりも強くなるでしょう」

「そう。分かったわ」

 隆信は満足げに頷いた。

「隆信様。よろしいのですか?」

 直茂は、静かに尋ねる。

「もう決まった事でしょ。予定通り雨が降るんなら、敵だって油断するわ」

「しかし、川の水流は非常に速く、渡るとなれば大きな危険を伴います。加えて撤退にも影響が出ましょう。将士の命を徒に危うくするのは控えるべきかと思います」

「ああ、うるさいわね。今更説教なんて聞きたくないわ」

 隆信は苦々しげに直茂に言い放つ。

「直茂。あんたが考える事は、この作戦をどう成功させるかよ。いつまでも睨みあってるわけにはいかないでしょうが」

「しかし……」

「日の出と共に決行するわ。いい?」

 有無を言わさぬ隆信の言葉に、直茂は頷かざるを得なかった。そうしなければ、隆信はさらに意固地になるだろう。作戦は非常に危険を伴うものではあったが、成功する可能性が皆無ではない。ならば、その可能性を限界まで引き上げる以外にない。

 退出した直茂は、その足で城の広場に向かう。雨の中、百人近い男達が木を削り、組み合わせる作業を続けている。

 小船を作っているのだ。

 もちろん、筑後川を渡り、敵陣に攻め入るためのものだ。

 川を天然の防壁として用いる敵に対して攻撃を仕掛けるためには、川を渡る必要がある。どうあっても、小船の調達は必要不可欠なのだ。

「お疲れ様です。進捗についてお聞きしても?」

 直茂は、大工の棟梁に尋ねた。

「これは鍋島様。雨に濡れてしまいますよ」

「構いません。皆さんも雨に打たれているのですから。それで、作業の進み具合は?」

「ご要望の最低限は揃えられそうですが、それ以上となると朝のまでには厳しいですね。現状、向こう岸まで渡れる程度の完成度は十五隻程度です。これを、朝までに三十まで増やします」

「二倍にできるのですか? この短時間で」

「材料はあります。後は組み上げるだけですので、何とかなります。しかし、何分突貫で作っておりますし、何よりこの雨です。渡るとなれば、かなり危険を伴いますよ」

「そうですね。ですが、やるしかありません」

 そう言うと棟梁は頷いて、鉢巻を巻きなおす。

「その通りです、やるしかありません。ここがわしらの戦場ですので」

「よろしくお願いします」

「大船に乗ったつもりでいてくださいよ。まあ、作っているのは小船ですがね」

 川を渡っての奇襲攻撃。

 それが、龍造寺家の手である。無論、大内側も警戒はしているだろう。しかし、雨によって川の水は、直茂の予想通りならば、明け方にかけて益々増える。この筑後川を渡ってくるとは思わないだろう。その油断を突くのが龍造寺側の戦略だった。

「上手く行けば御の字ですね」

 しかし、隆信に度々進言しているように直茂はこの作戦には否定的だ。

 成功率が低く、失敗した際の危険があまりにも大きいからである。ただし、隆信の言うとおり、どこかで攻めねばならないのは変わりない。長期戦は不利になる一方だというのは、直茂も理解しているところではあり、隆信の攻め込むべきという判断そのものを否定する事もできないのだが、しかしもっと確実性のある方法を探るべきで、対陣二十日にして賭けに出る必要性はないはずであった。

 とはいえ、この戦場の他にも気になる事はある。例えば、大友家の動き。筑紫平野に侵入してきたのは、大内家の軍勢である。二十日間注視していたが、大友家の家臣が混じっている様子はなかった。つまり、大内・大友連合軍ではないという事であり、大友家の動きが見えてこないのである。

「こちらも手は打っていますが、果たしてどうなるか」

 やるからには勝利しなければならない。

 陶隆房率いる大内軍は強壮だ。一度や二度の強襲で崩れる事はないだろう。だが、上手く混乱させる事ができれば、撤退に追いやる事も不可能ではないはずである。それだけの攻撃力が、龍造寺家にはあるのだ。

「相変わらず、不景気な顔をしているなぁ、直茂」

「信忠」

 話しかけてきたの石井信忠であった。

 赤茶けた棘々とした髪の女性で、直茂が心を許す数少ない人間である。

「わたしはそれほど不景気な顔をしていますか?」

「さてどうかね。君はいつでも顔を隠しているからな見えないんだがね。まあ、勘だよ。というか、今の状況なら普通は不景気な顔になっても仕方ないだろうね」

「そう、でしょうか」

「あたしからすれば、よくやってるよ。軍師殿」

「此度の作戦。あなたも先陣を勤めるのですね」

「ねえ。まいったね、殴り合いは得意じゃないんだ。兄貴なら、そりゃ喜んで突っ込んだだろうけどな」

 頭を掻いて心底困ったというように信忠は言った。

「あなたも兄上に勝るとも劣らない猛将でしょう。嘘も休み休み言ってください」

 直茂は呆れたとばかりに言って、しかし口元には笑みが浮かぶ。

 信忠の兄は、すでに亡くなっている。

 かつて、肥前国中野城主馬場鑑周(あきちか)を攻めた折に戦死している。当時から隆信に近侍してその身辺を守護する役目を与えられるほどの信頼を得ており、生きていれば今頃は龍造寺四天王にも並ぶ猛将として名を馳せたのは間違いない。

 そして、信忠は確かに彼女が言うとおり武に於いては兄に一歩譲りはしても、総合的に見て決して劣っているというわけではないのだ。

「此度の作戦。あなただからこそ、任せられる。よろしくお願いします」

「やだね、そんな重い頼まれ方するのは。気楽に死ねやしないじゃないか。あんたは使う立場の人間だ。不景気な顔しないで死んで来いの一言で送り出してくれればいいのさ。後は現場の努力次第よ」

 などと言って、信忠は去っていく。

 どこまで本気なのか分からないが、彼女は彼女なりの覚悟を持って戦いの場に臨むのだろう。ならば、軍師たる直茂がするべき事は何か。彼女達現場に出る武士達が、一人でも多く役目を終えて戻ってこられるように地固めをする事である。

 

 

 

 ■

 

 

 

 ひんやりとした夜明けを斬り裂いたのは、血反吐を吐くような叫び声であった。

「何事!」

 隆房は浅い眠りを覚まして飛び起きる。常在戦場。目を開けて三秒で刀を抜き放ち、敵を斬り捨てられる体勢を整える。

「龍造寺の朝駆けです、姉さん!」

 報告に飛び込んできたのは、陶隆信。隆房の実の妹であり、中野城では夜警を担当していた。

「被害状況は!?」

「混乱があるのではっきりしませんが、未だ城内への侵入はされていません。わたしが確認したのは第一陣と龍造寺の先鋒がぶつかったところで……」

 城門が破られたわけではないという事で一応の安心をした隆房は、状況を整理するべく室外に出る。

「隆信、来なさい」

「は、はい……」

 妹を伴い隆房は城内を歩き回る。

 女中から武士に至るまで右往左往しているではないか。何と言う体たらくか。いや、これはこちらの油断であろう。警戒せよと命じていたにも拘らず、いざとなれば対応が後手に回るのでは何の意味もない。

「何をしているの! さっさと持ち場に向かいなさい! 今、前線で戦っている同士の背中を守るのも、城兵の務めでしょう!」

 怒鳴るわけではない。ただ、強い口調で諭すように言う。隆房の声は戦場でもよく通る。敵のいない城内ならば直の事である。冷や水を浴びせられたかのように、城兵達は冷静さを取り戻した。

「隆豊、いる!?」

「冷泉殿は一軍を率いて、城外に出られました!」

 誰かが叫ぶ。隆房はすぐに頭を切り替えて、

「そう、隆信。隆豊の援護に向かいなさい。くれぐれも無茶はしないように」

「はい、姉さん!」

 隆信は駆け足でその場を立ち去る。戦装束のまま、素早く動けるのは日頃の訓練の賜物であろう。

「第一陣破られました。小幡義実殿ご負傷の由!」

「早いわね」

 想像以上の速度で敵が城に迫っているようだ。

 川の下流側から、筑後川を渡ってきたのだろう。小幡義実が一〇〇〇人で固める第一陣をこれほど素早く破れるとはどのような魔法を使ったのだろうか。それだけの大軍で夜陰に紛れて川を渡ったというのか。この雨で。

 隆房は舌打ちをする。

 月のない夜に、夜半から激しくなった雨の二重苦で偵察能力は大きく低下した。平野部なので視界がいいとはいえ、天気の悪い夜ともなれば、視界など無に等しい。日が昇り視界が回復する直前に、雨と夜の名残に紛れて筑後川を渡ったのであろう。恐ろしい事ではある。増水し、流れの激しい川を視界の乏しい状況で渡るなど自殺行為だろうに。

「それが、狙いか」

 ふむ、と隆房は頤に手を当てて頭を働かせる。眠気などすでに去った。龍造寺家にはしてやられたが、決して致命的な敗北を喫したわけではない。小競り合いで、一杯食わされただけだ。

 

 

 

 ■

 

 

 

 第一陣を突破したとの報は、攻めかかる龍造寺家の士気を大いに盛り上げた。

 ほっと一息ついた石井信忠は、喊声の上がる前線に視線を向ける。突撃しているのは信常エリと木下昌直の二将を中心とした二五〇〇人の精鋭である。背後に後詰として信忠の一〇〇〇人が控えているが、合計三五〇〇の兵で城を一つ落とすのは中々に難しい。まして、敵の総数は倍以上である。

「難しい戦だな」

 最終的な攻略対象となる川岸の敵城まではおよそ半里。夜と雨に紛れて素早く川を渡った龍造寺家の精鋭達は夜明けと共に敵の第一陣と交戦し、これを打ち破った。この速攻を実現できたのは、鍋島直茂の尽力によるところが大きい。

 直茂は、川を渡るのに必要な舟が限られている事を憂慮して、迅速に兵の輸送ができるように舟の組分けを行い、船頭を競争させた。多く人を運んだ者にそれだけ多くの手当金が現物支給されるようにしたのである。また、それでも時間が足りないとなれば、対岸まで太り綱を通し、その綱にしがみ付きながら対岸に渡るという強攻策まで取り入れた。これにより、夜明けには三五〇〇人の将兵が敵陣の半里南に布陣する事となり、闇が晴れると共に突撃を敢行できたのである。

 これにより、策の第一段階は達成された。

 最前線で将兵が戦っているうちに、信忠は任された仕事をする。

 簡易的な陣城の構築である。

 今回の筑紫平野討ち入りに於いて抵抗した国人の屋敷を解体し、砦として利用できる木材をそのまま移送する。この二十日はそのための準備期間でもあった。いずれ、川を渡り、敵側に兵を留め置くための拠点が必要だと分かっていたからである。

「棟梁、頼むよ」

 自ら足を伸ばして作業現場を確認する。

 信忠の部下も駆り出され、総出で工事が行われている。手元の材木と時間が限られるため、そう大きなものは作れない。まずは柵の設置、次いで堀。建物本体は後々設ければよい。敵の攻撃を防げるだけの防衛施設を設けるのが目的なのだ。そうしなければ、撤退してくるエリ達先手の将兵を見殺しにする事になる。

 今も工兵を舟で次々とこちら側に運び入れている。人手をできる限り増やす事で、作業の速度を跳ね上げるのである。

「石井殿、お疲れ様です! 犬塚鎮家お手伝いに上がりました!」

「助かるよ、犬塚殿。では、早速手伝いを、と言いたいところだが、是非やって欲しい事がある」

「如何様にも」

「西島城からくる大内兵の警戒に当たってほしい。数の上ではこちらが不利だ。下手をすると命を捨てる覚悟もしてもらわねばならないが」

「二言不要。西島城の警戒ですね。では、失礼します」

 言うや否や鎮家は自ら連れてた三〇〇の兵を共に西の警備に出た。遭遇戦もありうる中での迅速な行動である。

 元々国人級の将が暮らしていた屋敷を移築するようなものである。零から建てるよりも遙かに早く陣地を構築できるはずである。が、しかし、それを敵方がみすみす見ているだけというのはありえない。信忠が心配する事は、敵が本気でここを襲撃してきた時に守りきれるのかという事である。守りきらねばならないだろう。勝利のための、一手となるのだから失敗できはしない。

 

 雄叫びと共に槍が舞う。流麗にして豪壮なる槍の舞が一人、また一人と大内家の兵卒の命を散らしていく。

 黄金の短髪が涼やかな信常エリは、鬼とも見紛う戦ぶりで敵兵を押し込んでいく。第一陣を突破し、追撃。さらに第二陣の攻略に乗り出す。野戦陣地に挑みかかるのは命がいくつあっても足りない危険な仕事であるが、エリはこれまでに幾度も修羅場を潜り抜けてきた猛者である。尻込みせず、しかして油断なく敵の隙を突いて突き崩す。

「そこまで!」

 そこにひらりと赤い線が横切った。

 それが、部下の流した血であると脳が認識する前に背筋を振るわせる怖気に腕を動く。振り上げる槍と振り下ろされる槍が激突して、甲高い音楽を奏でる。

「あんたは……!」

「毛利元就が二女、吉川元春。名のある武士をお見受けする。名乗られよ!」

「信常エリ。あんたの噂は聞いてるよ。相手にとって不足ないね!」

 にやりと笑ったのは両者同時である。

 共に武芸に誇りを持つ者同士の戦いだ。重臣格の一騎打ちという希な戦いではあるが、だからこそ誰も手出しはしてこない。

 元春もエリも、敵対する姫武将が危険な存在だと認め合っていた。部下に任せるのではなく、自分が相手をしなければ、とても抑える事のできない強敵であると理解して槍を合わせたのである。

 エリを元春が受け持っている時、別のところでも大きくぶつかる将兵がいた。

 木下昌直率いる五〇〇人の兵と冷泉隆豊率いる六〇〇人が正面衝突したのである。隆豊はよく退いて守りを固め、弓矢と長槍で昌直の兵達を寄せ付けない。決定力はないが、時間をかければジリ貧になるのは龍造寺側である。勢いに乗ってこちらの陣地を切り崩しそうになっていたエリを相手にはこちら側も危険を承知で斬り合いに望むべきだが、昌直に対しては真綿で首を絞めるように対処する事で押さえ込む事に成功していた。

「ああ、面倒な戦い方するな、あの女!」

 自分と同じくらいの身長の隆豊を相手に昌直は苛立たしげに言った。昌直も小柄な少女には違いない。直茂に仕えて、頭角を現し、次世代を担う新星として注目される姫武将の一人ではあるのだ。

 槍は弾かれ、矢合戦では埒が明かない。鉄砲も、この雨では使い物にならない。だが、それは龍造寺家にとっては救いだったかもしれない。大内家は逸早く鉄砲を戦術に取り入れ、大量生産を始めた火力大国である。当然、隆房率いる部隊にも、相当数が配備されている。

 隆豊は、昌直が苛立っているのを見ても、大きくは動かなかった。

 元春とエリの戦いも気になるところで、全体の戦絵図を脳裏に浮かべて適切に対応する必要があるからである。昌直一人のために、自分が突出する事は控えるべきであった。

 城の大軍で纏めて彼らを飲み込むのがいいだろうか。その場合は隆房に伝令を送らなければならないが。

「冷泉さん!」

 馬に乗って隆房の妹隆信が現れたのは、その時であった。

 二〇〇人の兵がその後ろに控えている。

「隆信さん!? ありがとうございます、助かります!」

「わたしは何をすればいいですか? 突撃ですか!?」

「いえ、まだその段階ではないので抑えてください。突撃してくる相手を押し返せばいいのです。柵から出ることのないようにお願いします」

 こちらは防御側。敢て外に出る必要もない。柵は矢玉は防げないが馬と人は防げるのだ。こちらは近付いてくる敵兵に矢と槍を浴びせかければいい。

「しかし、敵にも増援がありますか。さすがに、この人数でどこまで食らい付くか……」

 隆豊の目に、敵兵の背後から迫る敵の増援が見えた。戦力の逐次投入は愚策ではあるが、大内家の第二陣を破るという目的のためだけで見れば兵数は互角かそれ以上になり得る。総兵力で比較すれば、川の西側にいる兵は大内家のほうが多いが、第二陣という局地戦で見ればほぼ同数になるのである。となれば、迂闊に兵を動かせない。大内家は完全に動きを縫い止められた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 龍造寺家が大内家に対して奇襲を仕掛ける事ができたのは、先に筑紫平野の支配者として力を広げられた事が大きかった。

 直茂は金に物を言わせて、支配下に置いた筑後川沿いの村々から渡し守達を掻き集めていたのである。大内家が筑後川の対岸に布陣したその時から、川を如何にして渡るのかという点を考えた。その解答の一つではある。

 もはや姿を隠す事もないと、直茂は川岸に自ら近付き、直接川渡りの指揮を取っている。

 対岸に築かれる野戦陣地は、まだ未完成だ。強襲されては一溜まりもない。そんな人命と資材を無駄にする事だけは許されないと、直茂は懸命に対岸に兵卒を送り込み続けている。

 あれから、さらに二〇〇〇人を送り込み、対岸の陣城でも三〇〇〇人の軍を編成するまでになっている。その人数で、野戦陣地の構築に当たっているので、かなりの速度で外枠はできてきている。

 折を見て狼煙を上げ、エリ達に撤退の合図を出さなければならない。

 陣城を築いているのは、中野城と西島城のちょうど中間地点である。挟まれる危険はあるが、二つの城の間に楔を打つ事にも繋がる。

 眺めている間にも着々と兵の移動は進んでいる。

「軍師様! 敵襲です!」

「来ましたか」

 静かに直茂は頷いた。

 今度は大内家がこちらの本丸を狙ってくる番である。大隅城から出た大内軍一五〇〇は、龍造寺家本陣となる海津城の北方半里のところに陣を敷き、威嚇を始めている。

「気にせず、作業を続けます。彼らを蹴散らす必要は現段階ではありません」

「よろしいのですか?」

「少数に過ぎます。海津城を陥れるほどの数でもなく、我々を打ち負かせるほどの数でもありません。むしろ、引きずり出されるほうが危険です」

 休みない移送によってすでに、海津城側の人員は六〇〇〇人ほどに減っており、半数が対岸に移動している事になる。ここまで来れば、大内側も迂闊に手出しはできなくなるだろう。そして、海津城側の人員は、それでも大隅城に篭る大内家の総数よりも遙かに多いのである。

「承知しました。こちら側は守りを固め、対岸への移動と連絡を急務とします」

「ええ、そうしてください」

 一度、あちら側に陣地を築いたとしても、川を挟むために撤退などの必要性が生じた場合に厳しい判断を迫られる。

 それが直茂にとっては不愉快な事ではあった。

 が、それについてもあちらできちんとした拠点を確保できればいいのである。

 対岸で石井信忠が旗を振っているのが見えた。

「出てきましたね。陶隆房」

 どうやら、敵も重い腰を上げたようである。もっとも、龍造寺家も第二陣を突破するには至っておらず、一進一退の状況である。

 初撃は成功。しかし、陣城の完成までは決して気が抜けない。相手も本腰を入れて妨害に出てくるだろう。



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その四十二

 陶隆房率いる大内家と龍造寺隆信率いる龍造寺家の戦いは膠着状態に入って早一月が過ぎようとしていた。全体的に見れば大内家が押され気味か。実際に剣を交えたのは一度きりではあるが、その戦いの結末は大内家が守る西島城を攻略するには至らなかったものの、それでも川を渡り敵地の正面に陣地を構築するという目的は達成できたという点で龍造寺家に天秤は傾いていた。

 隆房が想定した筑後川を天然の堀として利用する策はここに崩れた。

 しかし、だからといって容易く城が攻略できるはずもない。

 初戦から激戦となったこの戦い。被害は城攻めを決行した龍造寺家のほうが大きかった。龍造寺家が出した死傷者は一〇〇人を上回るだろう。相手方にどれだけの被害を出せたかは不透明だが、三桁には届くまい。

「なかなか……」

 物思いに耽るように直茂は廊下を歩いていた。途中、すれ違う者達とぶつかりそうになるほど、直茂は頭を悩ませている。

 攻めるに攻められない。

 軍師を拝命する直茂にしてみても、この状況はよいものではない。

 物見を出して敵方の様子を探ってみれば、西島城の城塞化を着々と進めているというではないか。危険を押して自らの目で確認してみれば、堀を幾重にも重ね、平屋の建物がぐるりとその城の周囲を囲んでいた。

 城の全体像が判明しているわけではない。陣城というにはあまりにも手が込んでいるのは事実である。城の外に設けられた陣にも、同じような建物が散見される。おそらくは指揮官級の武士の宿、そして――――

「城の回りに家なんて建ててなあ」

「エリ殿」

 兵達の姉貴分。信常エリが呆れたような口振りで直茂の隣に歩み寄ってきた。

「よう、浮かない顔してどうしたんだ?」

「そのような顔をしていましたか?」

「まあね。大方、うちの大将にまた何か言われたってところかな。城一つ落とそうっていうんだ。時間はかかるよ」

 エリの口調に直茂を慰めようという意図は感じられなかった。厳然たる事実として、城攻めの難しさを知るからこそであろう。

 彼女にとって、そして多くの将兵にとって戦はまだ始まったばかりなのだ。

 だが、だからこそ序盤からの膠着状態というのは士気に関わる、と直茂は考えていた。せめて、敵が敷いた陣の一つでも落とさなければ長い戦いを渡っていけない。

「打って出る予定は?」

 問われた直茂は、僅かばかり悩んだところで頷きもせず、首を横に振るでもなく答えた。 

「陶は完全に守りに入っており、挑発に乗る様子もありません。人数でもこちらとほぼ同等となれば、真正面からの城攻めは難しいでしょう」

 かといって、内応するような不心得物があの城の中にいるとも思えなかった。

 大内家は大友家を傘下に加えて九州を席巻しようとしているものの、今の時点で龍造寺家と対峙している陶隆房とその兵卒はほぼすべて大内家と直接主従関係にある者達である。つまりは純粋な大内軍であり大友家や周辺の国人衆の勢力はそれほど大きな割合ではない。長期戦に備えて一致団結できる者を選んだ、ということだろうか。

「内応する者も現れておりませんし、何よりも城や陣に築かれた平屋。あれは危険です」

「ん? そうか?」

「はい。あれがあるだけで簡易的な城壁となります。雨風が凌げるので、雨天でも鉄砲が使えるはずですし、正面から攻めるとなれば相応の被害を想定する必要はあるでしょう」

「鉄砲が使えないから雨の日に攻めようってわけにもいかないか」

「守りに入った相手です。おびき出す手を考えるしかないのが現状でしょう」

 攻略するには謀略を使うほかない。内応によって内側から突き崩すか、それともあちらから城を出るように誘導するかである。

 とはいえ、陶隆房は城を出ようとはしないだろう。想定外といえば、好戦的な性格の彼女が守勢を享受していることだ。調べた限りの情報では、陶隆房という少女は個人の武勇に秀でており戦略的な思考もできる有能な将ではあるが、個人の武勇を優先する性格でもあったはずである。そういった手合いにとって、長期の防戦はかなりの苦痛を伴うはずだ。

 どこかしらで痺れを切らして、打って出てくるのではないか。

 まして、兵力はほぼ互角である。

 城を背後に戦えるという点で彼女たちのほうが有利であり、だからこそ隆房が兵を率いて現れないのが不気味でもあった。

「まさか、時間稼ぎか……」

 本来ならば守りに徹する必要がない戦で、過剰なまでに守りを固めるのはそれ以外に考えられない。

 通常、篭城戦は必死に押し寄せる敵兵を防ぎ、味方の救援を待つものだ。そうした定石も踏まえて考えれば、隆房率いる大内家の軍勢以外にも敵軍が動いている可能性は少なくない。

「どうかした、軍師殿?」

「物見を増やします。そうですね……山向こうまで四方を探る必要があると思いますので、人員を多めに割きましょうか」

 島津家の北上に備えるならば、大内・大友連合軍とて長期間大軍を筑後国内に留まらせる事は難しいというのは、出陣前の軍議ですでに話し合われていた。

 島津家と歩調を合わせる事ができればなおよかったのだが、それはそれ。不干渉でも十分に龍造寺家の助けにはなる。

 恐らく、島津家もこの機の逃すまいと北上の兆しを見せるだろう。

 時間をかければ、相手は二方面作戦を強いられる事になる。全体的には兵力に劣ったとしても、一度に相対する敵の数が減っていれば、各個撃破は楽になる。

 だが、仮に相手が短期決戦を画して兵力の大部分を筑後平野に送り込み、龍造寺家を打ち倒す事に全力を注ごうというのならば、こちらもそれに合わせて兵力の増員なり、一時退却なり、新たな動きを検討する必要が生じる。

 島津家との関係も要注意である。彼女達とは協力関係というよりも、競合関係にある以上、彼女達の動きにも意識を払い続けなければならないからだ。

 目の前の西島城の攻略と何かしらの動きをしているであろう大内・大友連合。そして、未だ動きの読めない島津四姉妹。さらには、信服していない筑後国人衆等々、直茂を悩ませる要素は枚挙に暇がない。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 直茂が予見したとおり、大内軍は別働隊を動かしていた。

 こちらは半数が大友家の軍勢で占められており、まさに大内・大友連合というに相応しい軍勢であり、その数は一〇〇〇〇に達する。傾きかけた大友家からもおよそ五〇〇〇人が参加したことになり、大友家からすればこれ以上の支出は不可能と言えるほどで、鍋の底が見えているような状況である。

 大内家は別として、大友家としては筑後国が落ちるのは家の存亡に関わる重大事である。この戦で何としても龍造寺家を肥前国まで追い払わなければ、大友家に未来はないと断言できるほどである。

 総大将に晴持を担ぎ上げた一軍は、主要な街道を利用せず、山間の隘路を慎重に進んで筑後国に入った。

 大軍が山道を通るのは非常に危険を伴う。道に詳しい地元民を案内役に頼んでも、簡単に進むことはできないもので、途中で待ち伏せを受ける可能性も否定できず、進軍速度はとてつもなく鈍重なものとなった。

 しかし、通り道の大半が大友領だったことや隆房たちの奮戦もあって、龍造寺家の兵が途中で襲ってくることはなかった。

 いくつかに兵を分けたため、晴持の本隊の総数は四〇〇〇人を上回る程度だ。道雪や紹運等が率いる部隊が先行して道中の安全を確保してくれていたおかげで、精神的な余裕はあったが、もちろん心の底から安楽しているわけにもいかない。筑後国内ではすでに隆房達が龍造寺家を相手に奮戦しているのだ。晴持の傍で笑っていた彼女達が死地にある今、晴持の気持ちが落ち着くということはまずない。一刻も早く決着を、という思いはずっと心の中に燻ったままである。

 山道を抜けた先は、開けた盆地となっていた。絵地図の通りである。

「ここが、黒木郷か」

 暖かい初夏の日差しの眩しさに目を細めながら、盆地の全体像を眺める。

 ここは矢部川と星野川が合流する地点の東側にできた盆地であり、黒木氏が代々所領としてきた土地だ。特徴的な形状の盆地で、三方を山に囲まれ、西側――――平野方面も左右から迫る山すそによって狭まっている。つまり円形の閉じた土地なのだ。

 この地を治める黒木家永は、代々大友家の下に就いてその保護を受けていた国人の一人である。家臣とまではいかずとも、大友家の指図を受ける関係にあったのだが、家永自身は比較的独立心の強い人物であるようだ。大友宗麟とは何度か衝突し、兵を差し向けられることもあったという。

 城は盆地の東側に聳える猫尾山に築かれた猫尾城。典型的な山城である。矢部川と笠原川の合流地点にあり、地形を活かした防御力の高さが特徴だ。

「道雪殿からは話はつけたと使者が来たが……」

 先行していた道雪が猫尾城主家永を完全にこちらの味方に付けたと連絡を寄越したのは三日も前のことだ。彼を味方にできるかどうかは対龍造寺戦線に一定の影響を与えるものであり、道雪の交渉の進み具合がずっと気になっているところであった。強大な龍造寺家との戦いを控えているので、事前に攻める城は少ないほうがいい。その上で、どう足掻いても攻撃しなければならないのが、盆地と平野部の出入り口を見下ろす位置に建つ犬尾城であった。

 一里ほど先、犬尾城が建つ山の麓に道雪と紹運の軍勢がぞろりと並んでいるのが見て取れる。

 二〇〇〇人ほどの軍が、犬尾城の足元に集結しており、彼らの一部が、つい今しがた犬尾城へ向けて山道を駆け上り始めた。まさに、戦端が開かれた瞬間に晴持は立ち会ったのだ。

「予定通り、事が運んでいるということでしょうか」

 隣の光秀が声を小さくして呟く。

「だと、いいけどな。とにかく、道雪殿の援護をしよう」

 状況の確認は必要不可欠だ。

 犬尾城は山城であるため、攻略できるかどうかは不透明。最悪、そのままにするという手もあるにはある。隆房に対抗するため、犬尾城には最低限の兵しか残されていないはずなので、道雪が素早く兵を動かし、強襲すれば一当てで押し潰せるという目論見ではあったが、状況の推移を冷静に把握する必要がある。

 猫尾城は晴持が出てきた山道のすぐ傍にあるので、晴持の軍勢に気付いていないはずがない。案の定、そう時をおかず黒木家の者が晴持の下に使者として遣わされた。

 やって来たのは椿原式部と名乗る一廉の武者だった。

 道雪の戦振りが気になるが、使者を無碍に扱う事もできない。一端、馬を降りた晴持は畳床机に腰を落ち着けて式部と向き合った。

 彼から家永が認めた書状を受け取り、一読する。大内家の下で働くという誓紙と所領の安堵を願うものだった。

「龍造寺ではなく、こちらに就く。それでいいと?」

「御意。我が主は蒲池殿の憐れなる最期に激怒されており、龍造寺討つべしと鼻息を荒くしておられるほどでございます。しかしながら、黒木の手勢では龍造寺の大軍に敵うはずもありませぬ。此度の大内様と大友様の来援は、まさに天軍に等しいものと存じます」

 黒木家永は話を聞く限りでは武将としても中々の剛の者だという。猫尾城に篭った彼を大友家の大軍は破る事ができず、結局兵糧攻めという手段を取らざるを得なかったと聞いている。

 龍造寺家の増大する圧力に屈する国人が増える中、彼が未だに抵抗の意思を示しているのは、柳川城に対する龍造寺隆信の所業に激怒したからだという。

「黒木殿の参陣は大きな助けとなります。龍造寺退治に光明が見える思いです。所領の安堵、確かに約束しましょう」

「は、ありがたきお言葉」

「ところで、家永殿は猫尾城に?」

「いえ。立花様の指揮の下、犬尾城の攻略に着手しております」

「なるほど。話は一応聞いているけれども、犬尾城は落とせそうですか?」

「主要な兵は皆龍造寺の本隊に合流しており、守りは手薄。加えてかの城の構造を、我らは熟知しております。水の手から郭の配置まで粒さに立花様に報告しておりますれば、落城は時間の問題かと」

「そうか。いや、そうだな、当然か」

 聞くところでは犬尾城は猫尾城の黒木家の分家筋である河崎家が所有する城だそうだ。城主は河崎鎮堯(かわさきしげたか)。龍造寺家に犬尾城を落とされた際に、命からがら落ち延びて、猫尾城に匿われたのだとか。多くの家臣と家族を失い、彼もまた龍造寺憎しの心境だと聞いた。

「龍造寺は我らの共通の敵。大内、大友共に龍造寺退治に全力を注ぎます。一先ずは犬尾城を回復し、来る決戦に備えましょう」

 式部に晴持の見解を記した文書を持たせて帰らせ、晴持は自軍を盆地の中央に移動させた。

 そこでとりあえず陣を張り、道雪達の戦振りを観戦する。

 あの軍勢の中には、元々犬尾城の城主だった鎮堯も参加しているという。城の構造を知り尽くした人物と立花道雪という組合せは極めて凶悪だ。噂に名高い龍造寺四天王の誰かやそれに匹敵する武将が控えているのならばまだしも、守備兵が筑後平野の戦いに参加している今の犬尾城では、長くは持つまい。

 重要なのは犬尾城を取り返し、盆地の周囲から龍造寺軍を取り除いた後である。

 ここまで来て、何の戦果も得られないというのは話にならない。せめて筑後平野を龍造寺家から奪い返し、大内家の所領に組み込みたいというのが、晴持の内心である。

 そのためにも、ここで龍造寺家の力を大きくそぎ落とさなければならない。この盆地は、地の利を活かすために晴持が選んだ決戦の舞台である。後は、如何にしてここに敵軍を引き寄せるか。これに尽きる。

「犬尾城を奪われた龍造寺がどう動くか、だな」

「はい。間違いなく、奪還に動くでしょう。放置すれば、龍造寺家の威風に傷が付きますから」

 光秀が神妙な表情で言った。

 火縄銃を背負った彼女は黒い外套で身体を包んでいる。

 おそらく、日本全体を見渡しても大内家ほど火縄銃を多く所持している勢力はないだろう。すでに火縄銃を大規模実戦投入するだけの準備を終えている。

 雨が降らなければ、火縄銃の最大火力を敵にお見舞いできるところだが、そう上手く事は運ばないだろう。

 犬尾城から黒い煙が上がり始めた。

 城兵が自棄になったのか、火を放ったに違いない。

 それは烽火となって、数里離れた龍造寺家に伝わるだろう。

 本格的な大内・大友連合軍と龍造寺軍の激突はもうすぐそこまで来ている。晴持は戦場にやって来て、改めてそう感じた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 犬尾城の落城は、西島城とその周囲に展開する大内家の面々に希望を与え、士気を大いに奮い立たせた。その一方で、龍造寺家の内部には苛立ちが蔓延しつつあった。

 犬尾城の炎上は、龍造寺家が陣を張る地点からもはっきりと見る事ができた。

 それが兵の士気を大きく削っている。

 これは、長期戦を想定するに於いて大きな足枷となる。兵の士気次第では多勢が寡兵に負けるということも可能性として浮上する。今の時点では、そこまで大きな問題ではないものの今後の龍造寺家の行動如何によっては国人衆の離反を引き起こしかねない。

「直茂、大内の動きはどうなってるの?」

 隆信は余計な問答は好まない。単刀直入に自分の軍師に尋ねた。

「は、犬尾城を陥れた後は盆地の内部に篭り、陣を敷いている様子。総大将に大内晴持、大友家からも立花道雪に高橋紹運らが参戦している模様です」

「敵兵の数は?」

「一〇〇〇〇はくだらないかと」

「目の前のと合わせて二〇〇〇〇。フン、大盤振る舞いね」

 隆信は苛立たしげに唇を曲げる。

 西島城を攻略できず、長陣の気配が濃厚であるという事も彼女にとって不快なのだろう。かといって柳川城のように力攻めをするわけにもいかない。兵を使い潰す戦い方は、そう何度もできるものではなく、まして相手は自分達とほぼ同数だ。

「それで、直茂。あなたはどうするつもり?」

「すでに肥前全域に兵の拠出を命じております。相手方と互角以上の兵力を投入するべき頃合かと思います」

 野戦にしても城攻めにしても、相手以上の兵力を用意するのが戦の基本である。

 一〇〇〇〇人を越える人員を動員するのは、財政面でかなりの負担ではある。が、幸いな事に島津家と不可侵の約定を交わした事で、龍造寺家には背後を気にする必要がなくなった。大内家は大大名とはいえ、本国が遠く大兵力を長期間留めるのは難しいだろう。局地的に敵よりも多数の兵力をつぎ込む、という手は頭の悪い方法ながら明確な効果を期待できた。

「援軍が到着しましたら、即座に犬尾城の奪還及び敵勢力の駆逐と猫尾城の攻略に着手します」

「そうね、うん。決着を付けるべきだよね、大内とはさ」

 ある意味で、これは独立戦争である。

 龍造寺家は大内家と縁がないわけではない。隆信自身、大内家の当主から一字を貰いうけ、その庇護下にあった時期がある。

 もう十分に雌伏した。

 彼女にとって、自分の思うように振る舞えないのは苦痛と同じだ。大内家も大友家も自分を縛る枷でしかない。

「大内晴持、が総大将ね。よく聞く名前だ」

「大内家の大黒柱と言うべき方です。文の義隆、武の晴持などとこの姉弟は称されておりますが、どちらかと言えば、鍵を握るのは弟の方でしょう」

「そこまで?」

「はい」

「へえ、ソイツ強い?」

「そこまでは……。個人の武勇を誇る方ではないと聞いております。むしろ、人柄と発想で仲間を増やし、家を下支えする方向に才があります。武官というよりも文官が近いかと」

「なんだ、つまんない。だったら、陶隆房だったり吉川元春だったりがいる西島城の方が何倍も面白いわ」

「武勇をお求めであれば、立花道雪殿や高橋紹運殿も晴持殿の下で行動しています。大内の将とどちらが強いかとなると、この目で見たわけではないので何とも言えませんが」

「ああ、そうだった。あっちには道雪殿もいたわけか。あー、悩むね。どっちをあたしは攻めるべきか」

 困ったように頭を掻く隆信。

 楽しそうなその様子に直茂は眉根を寄せた。

「隆信様。何もご当主自ら敵を迎え撃たずとも、わたしや四天王に命じてくだされば、それで済みます。隆信様はこの城で全軍の統括をしていただかなければなりません」

「……んぅ……あー、はいはい。たく、真面目なんだから」

 鬱陶しそうに手を振りつつ、隆信は何か言いたそうな直茂の言葉を遮った。

「日が暮れる前に、主要な将を集めてきちんとした軍議をするわよ。犬尾城を奪還しないと、士気の回復に支障があるんでしょ」

「はい。奪還、或いはそのための行動を起こす事が必要です」

「龍造寺が弱腰って思われるのは正直ムカつくしね。援軍はいつ来る予定?」

「順当に行けば……半月、いえ、七日で掻き集めて参集するよう調整します」

 準備は事前に進めていた。

 相手は強大な勢力を有するかつてない大敵である。後方支援も充実しなければ、戦にもならない。直茂は大内家が別働隊――――というよりも、別行動している部隊こそが本隊と言うべきであろう――――の動きを察知した直後に、増援の手配を進めていたのだ。

 犬尾城の救援には間に合わなかったのが残念ではあった。兵を割こうにも、目の前の陶隆房らと少数ながらも点在する大内軍の陣に阻まれて、ここからの援軍が出せなかった。兵を割けば、こちらが壊滅する可能性があるというのは誰の目から見ても明らかだったからだ。

「ん、よし。そういえば、さっき大内晴持が大黒柱だって言ってたよね。じゃあ、ここで討ち取れば大内家には大損害?」

「それは間違いなく。あの家の急速な繁栄の原動力とも言うべき方です。とりわけ、四国の統治はあの方の影響が大きい。河野も一条も、あの方の一族と言うべき扱いですから」

 河野家は当主自らが晴持の妻となる事で大内家の後ろ盾を得た。一条家は晴持の実家である。もはや武家としては機能しないが、高貴な血族であり都との付き合いもあるので政治的な利用価値は高い。少なくとも、この二つの家は晴持という一個人を介して大内家に属しているようなものであろう。晴持がいなくなれば、この二家は宙に浮く。それに、大内家の家中でも晴持は大いに信頼されているというのだから、彼の価値の高さが窺える。

「ふぅん。上手い事討ち取れないものかね」

「将士一丸となって最善を尽くします。ですが、晴持殿お一人に拘らずとも、筑紫平野を我々が獲れば、大友も風前の灯となりましょう。島津の動き次第では大内の勢力すらも九国から駆逐する事も可能でしょう」

 大内晴持一人を討ち取るだけで、確かに大内家の勢力に大打撃を与える事ができる。それは、これまでに大内家を調べた結果から断言できる。

 義姉の義隆は義弟を溺愛し、信頼している。義弟もまたその信頼に応えるべく戦から内政まで幅広く手腕を発揮して大内家の発展に寄与してきた。

 それが討ち死にすれば、大きな衝撃を大内家全体に与える事ができる。

 しかし、それは甘い誘惑である。

 下手に手を出せば火傷では済まない。

 晴持を無理矢理討ち取る必要のない現段階では、そこまで欲張らずに大内軍の撃退に心血を注ぐべきである。筑後平野を獲るだけで、大友家に致命傷を与え、島津家の北上を牽制し、大内家を九国から追い払う事すらも視野に入るのだから。



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その四十三

 龍造寺家から奪い返した犬尾城も今は黒焦げの瓦礫と化し、その支城の鷹尾城も尾根伝いに進軍した紹運の部隊が制圧した。守りに入れば、非常に厄介な山城ではあったが、構造を熟知した河崎家の兵にとっては自分の家に帰るようなもの。道雪の屈強な兵と共にあれば、攻め落とせないはずがない。

 そもそも敵兵の数が少ない事や、事前の工作が奏功したという点も見過ごせない。決して、城が脆弱だったというわけではないのだ。

 立花道雪を相手にしては、守りを固めようとも少数では長くは持たない。よほど士気が高くなければ、戦闘を継続する気も続くまい。

 龍造寺家から派遣された城代は城を破却して死を選んだ。城に残されたのは、この城を守るために掻き集められた地元の小さな国人達。彼らは皆、降服を選択した。龍造寺家の侵攻に抗いきれず、仕方なく従っていただけなのだと主張したのだ。

「彼らはどうしたものでしょう」

 戦の後、戦場を検分する道雪に付き従った紹運がポツリと漏らした。

 投降した敵兵は多くはない。

 紹運としては信用ならない一方で、龍造寺家に従わされたという言い分も理解できる。豪族、国人とはいえ、多くは数人から十数人の部下を雇うのが限界の小さな村のまとめ役でしかない。

 軍を進める大勢力を相手に抵抗など無意味。彼らにとって、攻めてきた相手に従うのは自然の摂理でもあったし、本来は大友家が彼らを庇護するべき立場だったのだ。それが機能しなくなったからこそ、この地の国人達は龍造寺家と大友家を天秤にかける事になった。

 極端な言い方をすれば、この戦そのものが大友家の不手際からなるものであり、国人達が龍造寺家に取り込まれたのも大友家の屋台骨が揺らいだ事に原因があった。

 この戦を指揮したのは道雪。捕虜の扱いも彼女に一任されている。総大将である晴持に指示を仰ぐ必要はないし、晴持からも好きにしていいとの言質を取っている。

 晴持自身も心得ているのだ。

 戦に於いて立花道雪の言動に口出しできるほど、晴持は優れた将ではないという事くらいは。素直に自らが劣る事を認めて、道雪に現場の一切を任せたというのは貴族的な性格の大内家で育った人間とは思えない柔軟な思考と言えるだろう。

 道雪が晴持を評価するとすれば、まずはそこだ。

 全体的には中の上から上の下に食らいつけるかという程度。雑兵には勝っても、各国に数人いるかどうかの超一流の将には及ばない。だが、彼は劣る部分を他者で埋めるのが上手い。いや、他者が進んで晴持に欠けた部分を補おうとしている。そういう人物を惹き付けるのが上手いのだ。彼は。戦場における武力も知力も将にとっては重要だろう。だが、大将に必要なのは武力でも知力でもなく、自らを支える「人」である。それさえあれば、足りない部分は家臣達で補える。晴持はどうやら、この「人」に恵まれているようだ。

「彼らの命を無為に奪うのは、今後の筑後運営に支障を来たします。今回は無罪放免、とまでは行かずとも所領の安堵と以後の忠誠を誓わせる形で収めます」

「首を斬る必要はないという事ですね」

「龍造寺家はそれで人心を失いました。力による支配も否定しませんが、暴力には反発心が生まれますし、緩いほうに人は流れます」

 時に優しく、時に厳しく。状況に合わせて接し方を変えるのも統治者の能力であろう。龍造寺隆信の差配も選択肢としては当然存在する。ここは戦場であり、今は領地獲得競争の真っ只中だ。順当に勝ち進める要素があり、その後の領地経営に支障を来たさなければ、敵方の殲滅もやむを得ない場合もありえる。事実、過去の戦では反対勢力を徹底的に駆逐して安定した政権運営を果たした勢力も皆無ではない。とりわけ、大陸では顕著な例ではある。日本にも前例がないわけではない。

 だが、時期というものはある。

 対象となる地域を完全に制圧した後の弾圧ならばまだしも、他国と取り合っている中での殺戮行為は多くの支持を失う要因となるため慎重に考える必要があるのだ。隆信はその舵取りを誤ったと言えるだろう。少なくとも、柳川城の一件で筑後国人は大内・大友連合に心を寄せ始めている。すでに彼女達に従っている者の中にも、こちらに就こうと動き始めている勢力が皆無ではないくらいには。

「一つでも多くの戦力をこちらの味方にできれば、それに越したことはありません。島津の動きも気になります。あの島津が、この状況下で動かないはずがありませんからね」

 大内・大友連合軍にとっての懸念事項であり、龍造寺家にとっての懸念事項こそが南方の強国島津家の動向である。

 島津四姉妹の固い結束により急速に力を伸ばしたかの家は、大友家を耳川に破り天下に名声を轟かせた。大内家の介入により大友家は辛うじて命脈を保ったが、もしも大内家が現れなければ大友家は今以上に苦しい状況に曝されていた事だろう。

 島津家が龍造寺家と不可侵条約を結んだ事はすでに掴んでいる。となれば、ここで二大勢力が激突してる今こそが島津家にとって好機である。

 島津家が北上する前に、龍造寺家に対して一定の成果を上げる必要がある。現状、時間は島津家に利するばかりだ。

「さて……」

 扇で口元を隠し、道雪は背後を振り返る。

 見晴らしのよい犬尾城跡は筑後平野を一望できる。

 数里離れた場所に、黒々とした人の塊がいくつも見えた。

 龍造寺家と大内家が、平野部のど真ん中でにらみ合っているのだ。兵力はほぼ互角。守りに入った陶隆房の軍勢を龍造寺家は切り崩せないでいる。

 確かに犬尾城をさっさと奪い返したのは正しい判断だった。

 これだけ見晴らしがよければ、平野部での敵の動きはすべて丸見えだ。奇襲される心配はほぼ皆無と言っていいだろう。

 龍造寺隆信が果たしてどう出るか。

 道雪達は次の一手に向けて行動を開始している。

 それに対して、あの肥前の熊がどのような反応を示すかで戦局は変わる事となるだろう。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 日が没しても、黒木郷に休まる時はなかった。

 煌々と焚かれた篝火が、一里四方の盆地のあちらこちらに灯っている。多くの人達が木材を運び、土を掘り起こして土木作業に当たっていた。

 蒸し暑い夏の夜、人々の掛け声が響き渡る。金槌の音、木材を切る音、失敗した某かを叱責する声などなど、これまでの黒木郷には存在しなかった新しい音の数々が至るところで上がっている。

 晴持の目的は、誰の目から見ても明らかだった。

 黒木郷そのものを、一つの要塞として作り変えようとしているのだ。

 黒木郷は興味深い形状をした盆地だ。三方を山に囲まれた形状であり、平野に続く道の中央にも小高い丘がある。そのため、実質的に四方が山に塞がれている状態だ。平野に出るには、丘の両脇を流れる川沿いの道を行くしかない。つまり、この川沿いの道を封鎖すれば、黒木郷そのものが一つの城になり得るのだ。

 龍造寺家を迎え撃つための大改造を、晴持は施している。

 陣城としては空前絶後の規模の巨大要塞である。

 その構想を絵図に描き出した張本人は、猫尾城南麓の黒木氏の居館を宿とし軍議に勤しんでいた。

 晴持の目の前に座るのは、この館の主人であり黒木郷の支配者である黒木家永その人だ。髪は白く、顔には無数の皺が走っている。齢六十に近く、第一線を退いてもよいくらいの年齢だろうが、その眼光は鋭く肉体には覇気がこれでもかというくらいに溢れている。一目で、豪胆な性格であると理解できる。

「黒木殿。此度の戦、我々に協力してくれた事をありがたく思う」

「こちらこそ、我ら一門だけでは龍造寺の暴虐には抗えませんでした。援兵、心より感謝いたします」

 家永は背筋を伸ばし、野太い声で礼を言った。

 その姿からは質実剛健という印象を受けた。これはかなりの頑固者だ、と内心で思いながら彼の前に一つの木箱を持ってこさせた。

「これは?」

 家永は疑問を呈する。

 当然だろう、いきなり木箱を差し出されては。前後の脈絡がまったくない。

 家永の前に置かれた木箱は黒漆で磨かれており、艶やかな光を放っている。ずっしりとした重みに持ってきた家臣も苦労していた。

「開けて、中を検めてくれ」

「……は」

 家永は不審そうにしながら木箱の蓋を取る。

 そして、直後に息を飲んだ。

「こ、これは……」

 中から溢れたのは黄金の輝き。

 純度の高い金塊そのものだった。

「いったい……!?」

「此度の戦、黒木郷を主戦場に据えているが、知ってのとおり土地全体に陣を敷く形になっている。田畑も踏み荒らす事になるからな、戦の後の土地の修繕に役立ててくれればと思って用意させた」

「な、んと」

 家永は絶句して固まった。

 家永はどちらかと言えば晴持に助けを求めた側である。黒木郷の要塞化も話を聞いた際には決してよい感情は抱かなかったが、それも大勢力に就いた者の定めとして受け入れてはいたのだ。

 戦が終わった後、残されるのはその土地に住む者達だ。家永は晴持らと違い戦後の事にまで頭を悩ませなければならない立場にある以上は、領民が餓える可能性のある土地そのものの改造には内心で反対する。

 だが、晴持が用意した金を使えば、土地の修繕は可能であり収穫が期待できずとも他所から購入する事は可能となる。

 復旧には多少の時間はかかるが、金があれば大幅に戦後処理が楽になる。

「何ゆえに、ここまで?」

「当たり前の事だが、普通はここまではしない。だが、此度の戦は大内家にとっても大友家にとっても重要すぎる戦だ。確実に結果を出さねばならない」

 龍造寺家に勝利する。

 そうでなければ、大内家と大友家は龍造寺家と島津家の二つの勢力を同時に相手にする事になる。本拠地の遠い大内家にしてみれば、二方面作戦にかける時間は少ない方がいい。龍造寺家が島津家と連携していない今が、最大の好機なのであった。

「黒木殿にはそれを受け取ってもらわないと。所領全域を戦場にする事に同意してくれたのだ。それくらいの礼はさせてもらいたい」

 晴持はこの遠征で与えられた金銀について、ある程度自由に使っていいと義隆に言われている。戦場での金銀はかなり大きな力になる。敵方に対しては寝返り工作に、味方に対しては即興の恩賞にと使い道は他方面に渡る。大内家の豊かな財力が、この軍事遠征の核となっているのは言うまでもなかった。

 家永とて、武勇と豪胆さで知られた武将だ。金に目が眩む事はありえないが、しかし戦後復興まで視野に入れた財政支援と聞かされては、無碍にできない。

 断われば、家永は戦後処理に大きな負債を抱える事になるだろう。それはあまりにも愚かな選択であり、何より晴持の顔に泥を塗る事になってしまう。大内家から睨まれれば、たとえ龍造寺家を退けたとしても黒木家は長くは続くまい。

「は、ありがたく頂戴いたします。大内様のお心遣いに、言葉が出てまいりませぬ」

 家永は木箱を家臣に持たせて自分の席に戻った。

 筑後国の国人も何人かこの場にはいる。今は失われた犬尾城の主であった川崎鎮堯も、恨めしそうに家永を見つめている。が、これは同時に戦果を上げれば、恩賞が約束されている事の表れでもある。鎮堯もまた打倒龍造寺に燃える男だ。結果さえ出せば、相応の見返りは期待できる――――そう思わせる事はできただろう。今は、それで十分だ。

 改めて諸将の顔ぶれを確認する。

 大内家からは明智光秀、内藤隆春、杉重輔、大友家からは立花道雪、高橋紹運、地元国人からは猫尾城の黒木家永、犬尾城の川崎鎮堯が顔を出している。黒木家と川崎家は同族関係なので、実質地元の国人は一勢力のみだが、隆房の方にいくらか就いているので、問題ではないだろう。

「それでは、まずは戦況を確認しよう」

 目配せした光秀が小さく頷いて前に出る。

「それではわたしから簡単に説明します。こちらをご覧ください」

 光秀が絵地図を諸将の前に広げる。もちろん、筑後平野の地図である。

「すでに皆様ご存知の通り、絵図中央の筑後川近くにて、陶隆房殿率いる七〇〇〇と龍造寺家一〇〇〇〇が交戦中です。陶殿は西島城を中心に周囲に三段の陣を設けて龍造寺軍を寄せ付けておらず、戦況は一進一退と言ったところです。この戦の指揮を執っているのが、龍造寺家で軍師と呼ばれる鍋島直茂殿です」

 鍋島直茂の名前が出て、諸将に緊張が走った。

 鍋島直茂は龍造寺家を纏める龍造寺隆信の義理の妹に当たる。何でも、隆信の父が謀殺された後、隆信の母を娶ったのが直茂の父であるらしい。複雑な家庭事情だが、要するに直茂の父は隆信の母の再婚相手だったのだ。この婚姻によって、肥前国の国人だった鍋島家の地位は一気に浮上する事となった。

 そうして隆信の義妹となった直茂だが、彼女は決して地位に胡坐をかくような人間ではなかった。隆信の信頼を得た直茂は瞬く間に頭角を現し、龍造寺家の勢力拡大に大きな働きを為したという。

「鍋島殿がいなければ、龍造寺家もここまで大きくなる事はなかったでしょう。たとえ四天王がいたとしても

それを取りまとめる頭はあの方以外にはありえませんし」

 道雪は感慨深そうに呟いた。

 龍造寺四天王はそれぞれに得意不得意がありながらも、高水準の能力を有する武将達である。まさしく龍造寺家を代表する武将であると言っていい。だが、四天王は横並びの武将である。その動きを逐一纏めて運用するだけの頭脳が必要だった。鍋島直茂は、まさにその頭脳の役割を帯びていた。

「仮に彼女を討ち取る事ができれば、龍造寺は脆くも崩れ去るでしょうね。彼女は要石も同然です」

 紹運が道雪に続いて言うと光秀がさらに情報を追加する。

「彼女のみならず、この戦には四天王が全員参加しているようです。龍造寺家も形振り構わず攻めてきていますね」

「ですが、兵力ではこちらが上ではありませんか? 今ならば陶殿の兵とこちら側の兵で龍造寺を挟む事もできましょう。如何な龍造寺四天王とはいえ、倍の兵力を相手に平野での戦となれば崩壊は必至……」

 鎮堯が勢いよく発言したので、晴持は手で彼を制した。

「兵数については、新たな情報が入ったばかりだ。我らの動きも敵に知られている。すでに肥前から八〇〇〇ほどの増援が来ているようだ。やはり、兵力は互角だ」

「ぬ……」

「龍造寺は侮れない相手だ。とりわけ、野戦での爆発力は目を見張るものがあると聞いている」

 智謀を駆使した戦いも、武力に頼った戦いも龍造寺家はこなす事ができる。が、しかし当主隆信が軍を率いた時、その戦は数と力にモノを言わせた猛攻に次ぐ猛攻が特徴だった。城攻めも野戦も構わずに突撃し蹂躙する。異様なまでの士気と怒涛のような力の奔流こそが龍造寺軍の本領であった。

 同時に、隆信が最高司令官として出てきた以上は最終的には力に頼った戦いになるだろうと踏んでいた。突破口を探るとすれば、そこにあるだろう。

「敵の増援はもうすぐに到着する。今から攻めかかっても、攻め崩すのは難しいだろう。何せ、相手にも城がある。時間稼ぎに徹すれば、増援の到着を待つ余裕はあるだろう」

 そうなれば、逆にこちら側が不利になる。城方と、多数の増援の両方を相手にするハメになるのだから。

 だが、鎮堯は納得いかないとばかりに押し黙った。彼からすれば龍造寺隆信は家族と家臣の命を奪った憎い敵である。一秒でも早くこの借りを返さなければ気が済まないのだろう。

 道雪は小さく笑みを浮かべて血気に逸る鎮堯を嗜めた。

「まあ、そう逸る事もありません。どの道、この戦はそう長くは続きませんよ」

「……何ゆえにそのように仰る?」

「こちらにもあちらにも、長陣が不利になる理由があるではありませんか。必然、そう遠くないうちに本格的な戦端が開かれることになるでしょう」

 多くは語らず、しかし誰もが自明のものとして道雪の意見を受け入れていた。

 この戦をする上で、常に気にかけていなければならないのは南方の島津家である。大友家はもとより、龍造寺家もまた島津家の動きは細心の注意を払っているはずだ。

「島津は龍造寺の同盟相手でしょう。ならば、彼女達が動く前に片付ける必要があるというのならば、やはり守りを固めるだけではいけないのではありませんか?」

「確かに、それもいいでしょう。しかし、その意見には一つ訂正をするところがあります」

「訂正とは?」

「島津は決して龍造寺の同盟相手ではないという事です。わたくし達を共通の敵としているだけの別勢力です。細やかな連携などできるはずがありませんし、できて申し合わせて戦端を開くくらいのもの。ですが、狙う領地が同じである以上、仲良しこよしは不可能です。互いに出し抜こうとあの手この手を使っているはずですよ」

「島津が攻め寄せるのは明白として、だからこそ龍造寺とは早期の決着が望ましいのでは? だからこそ、打って出るべきではないかと思うのですが?」

「現状、島津との戦を想定するのであれば兵力の損耗は少なく抑えなければなりません。晴持様が仰ったように、龍造寺家の野戦での爆発力は危険です。正面からの対峙は可能な限り避けるべきでしょう。それに、先ほど申しましたが、あちらにも戦を急ぐ理由はあります。龍造寺家としても島津家が北上する前に多くの領地を獲得したいのですよ。筑後平野に攻め入ってからの隆信殿の戦ぶりが苛烈を極めたのも、少しでも早く筑後を併呑したいという思いの表れでしょう。最終的には肥後や豊後まで視野に入れるのならば、島津家がいない今こそ九国北部を飲み込む好機です――――よって、隆信殿は援軍が到着し次第、こちらにも兵を差し向けます。ただでさえ犬尾城を失って士気に悪影響が出ている状況です。事態を打開するには、ここで一戦交えなければ退くに退けないのです」

 ほかに質問はありますか? と道雪は朗らかに鎮堯に尋ねた。

 それこそ、龍造寺家が筑後国内を一気呵成に攻め荒らした時にような怒涛の口撃で鎮堯の反論を封殺してしまった道雪に、改めて何か言うような者は誰もいなかった。

「んん、まあ、他ならぬ立花殿がそのように仰るのでしたら、某に異存はありませぬ。ですが、晴持様に一つ聞き届けていただきたき儀がございます」

「何だ、改まって」

「龍造寺の軍に切り込む役、何卒某にお申しつけいただきたい」

 しっかりとした口調で、鎮堯は晴持に告げた。

 反論は許さない。必ず龍造寺家に痛い目を見せてやるという覚悟を感じる瞳である。

「分かった」

 晴持は頷いた。

 もとより、こういった戦ではその地の国人が先陣を切るのが倣いではあった。自ら進んで危険な役回りを担うというのならば、晴持に異論はなかった。

「だが、独断専行は許さない。どれだけ憎い敵であったとしてもだ。我らは確実に勝利する事を念頭にしている。それを乱す事はあってはならないからな」

「承知しております」

 さっと、鎮堯は頭を下げた。

 晴持は再び光秀に視線を投げかける。

「それでは、具体的に龍造寺家と如何に対峙するか、と言うところを詰めていきましょう。絵図の上では形ができておりますが……」

 光秀を進行役として軍議は明朝まで続いた。

 その間にも黒木郷の要塞化は着々と進んでいる。朝の時点で、平野部から盆地にいたる二つの道には柵が設けられ、敵味方の出入りを著しく規制していた。

 その動きを、龍造寺側も当然のように把握していた。

 そして、もう一つ。大内・大友連合の動きを観察していた勢力があった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 遠くに白い入道雲が見える。

 夏の風物詩で、時に強い雷雨を運ぶ白い塔。手を伸ばせば届くのではないか。そう思えるほど、空に浮かぶ雲はひたすら大きかった。

 位置と流れからして、自分達の頭上を入道雲が通る事はないだろう。しばらくは太陽が頭上に煌めき続けるという事だ。

「縁起がいいと言えばいいんだけど、この暑さは何とかならないのかな」

 呆れるほどに夏は暑い。ジメジメとして不快指数がうなぎのぼりだ。鎧の内側が蒸れて仕方ない。城を出て一刻ばかり。もう身体中汗でずぶ濡れだ。どこかに休める温泉でもあってくれれば、今すぐにでも湯浴みをして汗を流したいところだが、そんな我が侭は戦場には持っていけない。

 兵を纏めて城を出た時点で、馬上の彼女――――島津義弘は戦場に立つ一人の武将である。町娘のように身なりを気にしているわけにはいかないのだ。

 緑の黒髪が風に靡く。程よく日に焼けた健康的な肌に、表情豊かな面貌はおよそあらゆる人間に好意的に受け取られるだろう。人柄も領民を慈しみ、部下を大切にする姿から多くの支持を集めているところである。そんな義弘も一度戦場に立てば八面六臂の活躍で数え切れない敵を撃ち滅ぼしてきた。島津家における武を象徴する武将であり、戦略眼も図抜けたものがある。あまりの強さに付けられたあだ名は鬼島津。もちろん、基本的な部分で少女的な義弘からすればあんまりな二つ名である。その名で呼んだ者は例外なくぶち殺す――――とまでは行かないものの、それなりの報復は覚悟せねばなるまい。

 さて、そんな義弘ではあるが今は一軍を率いて肥後国の攻略に乗り出したところであった。

 龍造寺家と大内・大友連合が筑後国でぶつかっている今が好機とばかりに兵を進めている。相良家はすでに攻略済み。当主は逃がしてしまい、今は阿蘇家に匿われて頑強な抵抗を見せているところだ。

 失敗した、と思う。

 相良義陽とは領地接する間柄。決して仲良くはなく、常に互いの首下に刀を突きつけあう仲ではあった。恨みはなくとも、対立すれば厄介な将であると分かっていただけに、水俣城を攻め落とした際に討ち取ったり捕縛したりできなかったのは失態であった。

「一息に肥後攻略とはいかないか」

 小さく口の中だけで呟いた。

 誰かに聞かせるような独り言でもない。

 日向国は土佐国から渡ってきた長曾我部家を中心に纏りつつあって、手を出しにくくなっている。混沌とした情勢に肥後国に狙いを定めるのは定石である。その際は日向国からの横槍に注意しなければならないが、どこから始めても同じ事だろう。

 別働隊を率いる歳久と家久、そして最奥で構える義久の姉妹により本格的な肥後国の攻略を始めた。広く肥沃な国だ。生産能力の低い薩摩国や大隅国とは比較にならない豊かさである。

 ここを龍造寺家か大内家のどちらかとぶつかるまでにどこまで切り取れるか。

 島津家の明日を左右する戦いが、ここに始まったのであった。

 




wikipedia鍋島清房より引用
天文17年(1548年)8月11日に家純の娘である正室が死去するが[2]、弘治2年(1556年)に隆信の母・慶誾尼が押し掛ける形で後室に入っている。

直茂的にこれは想定できたんだろうか。
隆信の母親アクティブ過ぎんよ。実状は色々あったんだろうが……


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その四十四

 風が冷たい、と晴持は不意に思った。

 工事の様子を見るために、猫尾城下の屋敷の外に出た直後の事だった。

 太陽は真上に輝き、日差しは強い。だから、気温そのものは高く、直射日光は肌を焼くには十分な強さがあるのだが、さわさわと梢を揺らす風には秋の気配が混ざりこんでいた。

「今年は夏が早く終わるかもしれないな」

「そうですね。その分、実りが悪くならなければよいのですが」

 光秀は目の前に広がる田園風景に心配そうな視線を向ける。

 まだ収穫には早いが、稲の発育は例年並みだというので今年は飢饉に見舞われなくて済むだろう。敵軍に攻め込まれた村は略奪を受けて干上がるのが戦の常。篭城戦となれば、その城下の田から稲を刈り取って糧食を得るだけでなく敵を精神的に追い込む戦術があるのは語るまでもない事だろう。長期戦における食料は現地調達で賄う場合もある。心苦しいが、それが戦場の常識なのだ。

 一里四方の盆地のあちらこちらで力自慢の男達が声を上げて汗水たらして働いている。中には晴持の配下の武士も混じっており、要塞化に全力を注いでいるのだ。

 地形を利用した天然の要害として、黒木郷は山を城壁とした要塞となる。二本の川の出口を柵で塞げば、後は山道を通る以外に黒木郷に攻め入る道はない。

「この分なら、平野へ通じる道を塞ぐだけでも相当な効果が期待できますが」

「うん、まあ、そうだろう。そのために工事してるわけだし」

 もちろん、巨大城塞は男のロマンであり憧れだ。ここまでやったのだから、上手く活用したいところではある。

 しかし、晴持としても道雪としても、ここを巨大要塞として最後まで活用するつもりは毛頭ない。いっその事、見かけだけでいいとすら思えるくらいだが、かといって手を抜けば相手に余計な不審感を抱かせる事になるし、味方も不安にしてしまう。だから、本来の目的は上層部の一部しか知らせていないのだった。

「龍造寺の誰がこっちに来るのか、だな」

 順当に考えれば、四天王の誰かが兵を預かって攻め寄せてくるだろう。

 犬尾城を攻略した信常エリが可能性としては高い。再び兵を率いて自分が攻略した土地の奪回に動くのではないかとの意見は、大友家からも大内家からも出ているところだった。

 龍造寺四天王の一人、信常エリ。

 彼女は何者か。

 前世の知識など高が知れている。戦国武将の専門家でもない晴持の前世では、よほど有名でなければ武将の名前など知る事もなかった。龍造寺隆信という名前は薄らと、大内家に関して言えばほとんど知識がなかったほどだ。その上で知識をひっくり返しても信常エリなる武将の名前は知らない。単に晴持が知らないだけで、前世の世界でも名の通った武将なのかもしれないが。

 ともあれ、判断材料となるのは現実の今、この時の情報だけだ。

 龍造寺四天王の一角に数えられるほどに有能。龍造寺家中にあって猛将の誉れ高く、自ら敵陣に切り込み槍を振るう陶隆房に酷似した性格の武将と言えるだろう。

 名のある武将と一騎打ちを演じる危険は、道雪に槍を打ち込まれた経験からいやと言うほど理解している。あの時と異なり、今の道雪は下半身不随となってしまったが、その武勇は衰えるどころかむしろ増しているようにすら思える。

 輿に乗り、戦場を縦横無尽に駆け回る事もできるというのだから、彼女の配下の武将がどれほど恐ろしい力を持っているのか窺えるというものだ。

 川の流れに沿って、晴持は光秀と数人の配下を連れて行く。

 馬の足音に気付いた人足達が頭を下げ、平伏するのを制止し、時には馬から下りて言葉を交わし、たっぷり一刻ばかり使って、黒木郷を見て回った。

 山に囲まれた黒木郷は、工事に使う木々に困る事はない。いくらでも切り出して利用する事ができる。人数をかければ、瞬く間に大規模な野戦陣地を築き上げる事ができる。

 問題は、これを如何にして利用するか。

 陣城の目的は、敵が容易く近付けないようにする事が第一である。馬防柵も、堀も、物見台もすべてはそのためにこそあり、必殺を期すのであれば、陣城とは別に相手の急所を突く部隊を用意している必要がある。つまりは人数がかかるのだ。何にしても戦争は数という事だ。

「吉と出るか凶と出るか」

「晴持様?」

 自室に戻った晴持が誰にともなく呟いた言葉を、光秀が拾った。

「如何されましたか?」

「いや、この策が上手く嵌るか否か。それを考えていた」

 失敗すれば、無駄な労力をかけるだけでなく戦を長期化させる事になる。負けはしないだろうが、島津家との戦いを視野に入れれば、後々苦しくなるのは自明の理だ。

「光秀はどう思う?」

「正直を申しまして、賭けだと。これまでも、そのような事例はありましたが、今回は特に。失敗しても危険がないというだけましではありますが」

「賭けだよな。うん、そう思うよ、俺も」

 問題は相手がどう動くかである。

 あからさまに野戦築城の真っ最中の晴持達に対して龍造寺家がどのような反応をするのかを見極めなければならない。

 もしも、こっちに向かってこないで隆房が篭る中島城に攻めかかれば、逆に晴持達が相手に攻めかからなければならなくなる。

 それでも二方面からの挟撃になるからこちらが有利と言えなくもないが、平野での野戦は何が起こるか分からないのが恐ろしいところである。

 負けるとは思わない。

 だが、果たして勝ちきれるかどうか。

 島津家との戦いを想定して、消耗を最小限に抑えなければならない晴持達は、それだけ相手との激突を避ける必要に迫られている。

 言ってみれば、それこそが龍造寺家に相対する大内・大友連合の弱みであった。

「晴持様」

「大丈夫だ。隆房達にはいざとなれば城を破却した後、撤退し、こちらと合流するよう伝えている」

 決戦はあくまでも黒木郷にて行うというのが、道雪と語り合い定めた方針である。

 隆房達最前線で戦っている兵達は、言い方は悪いが時間稼ぎと陽動である。陽動にすら、全力を傾けなければならないほど、龍造寺家の戦力は想定以上に強大だったのである。

「まあ、光秀がいれば何とかなるけどな」

「煽てたって何も変わりませんよ」

 光秀は小さく笑みを浮かべる。

 他愛のない会話。

 戦場でなければ、いくらでもしていたいがそうはいかないのが世の常だ。

 独特の車輪が廊下を踏みしめる音が近付いてくる。

 ギシギシと。

 立花道雪の美しい顔がひょっこりと開け放たれた障子戸の間から現れる。

「晴持様、明智殿、お時間をいただいてよろしいでしょうか?」

 彼女が現れる時は大きく分けて二通り。

 やることがなくて暇を持て余し、からかいやすい人間を探している時と深刻な事態に相談を必要とする時の何れかだ。

 道雪の表情を見れば、今回は後者の可能性が高いと見える。

 晴持は道雪を室内に迎え入れた。

 茶で一服した後、道雪は静かに口を開いた。

「先ほど、わたしの下に伝令がやって参りました。阿蘇家からの使者です」

 その言葉に晴持と光秀が表情を固くした。

 阿蘇家は肥後国で最大の影響力を誇った国人の一つである。相良家が没落した今、文字通りの最大勢力である。

 肥後国は大内家や龍造寺家のような大名に成長する家が存在せず、大小様々な国人達が離合集散を繰り返していた国である。

 そんな肥後国で阿蘇家が大きな勢力となれたのは、阿蘇家が遥か古代から続く権威ある一族だという事が大きい。阿蘇家は大和朝廷以前から阿蘇山を祀る司祭的な立場から豪族となったとされる。神話的には神武天皇の第二子を祖とする家系であり、朝廷から高位を賜り大いに発展した。中央から遠いこの九州に於いて、朝廷から与えられる高位の官職がどれほどの意義を有するのか、それは金を払ってでも官位を手に入れようとする数多の大名国人の動きを見れば分かる事だろう。

 そして、阿蘇家は今対島津家の防衛線を指揮する重要な位置にいる。事が終われば肥後国の大部分を阿蘇家に任せてもいいのではないかと思えるくらいには、彼の地での盟主として務めを果たしている。

「阿蘇家から使者が来た、とすると……」

「はい。島津がいよいよ動き始めました」

「……そうか。来るか」

 予想よりも多少遅かった。

 が、総勢七〇〇〇を号す大軍で北上し、北肥後国を纏める阿蘇家を殲滅せんと動き始めたというのだから、最早大内家は島津家の脅威に曝されていると自覚してよいだろう。

「この報せ、龍造寺家にも届いているだろうな」

「間違いなく。もしかしたら、わたし達よりも早く事の仔細を掴んでいるかもしれません」

「かもしれないな」

 島津家と一応の協力関係にある龍造寺家が島津北上の報に接していないと考えるほうが愚かである。

 となれば、間違いなく龍造寺家にも動きがあるはずだ。

「光秀、諸将を招集してくれ。島津、龍造寺の動向を話し合いたい」

「承知しました」

 言葉少なに光秀は退室していく。無駄口を利かず、やるべきことを最大効率で完遂するよくできた部下である。

 

 

 龍造寺家の動きに目を光らせなければならないので、外に幾人かの将を出しているが、概ね全員が集合する事ができた。

 基本的に黒木郷の中にしかいないのだから、集めようと思えばすぐに呼び集める事ができるのだ。

「単刀直入に言おう。島津が北上の動きを見せている」

 その一言で、ざわ、と軍議の間が僅かに揺れた。大友家からやって来た将の中には、とりわけ様々な表情を見る事ができる。恐怖か怒りか。島津家にしてやられ、凋落の一途を辿った大友家に仕える者としては、島津家に対して敵愾心を燃やす者も少なくないのだ。 

「さて、島津の思うところのある者もいるだろうが、まずは伝えるだけ伝えさせてくれ。島津は二女義弘を大将に七〇〇〇の大軍で肥後を北上、二日前の時点では駒返城を攻囲し始めたとのことだ。阿蘇殿と相良殿が共同でこれに当たり、白川を防衛線として島津に相対するとの書状が届いた」

「持ちますか、島津相手に」

 ある将が尋ねてくる。

「ふむ、何とも言えないところだが、持たせてもらわなければ困る。すでに長宗我部の者達に救援を命じたし、阿蘇家の功臣である甲斐宗運もいる。一朝一夕に防衛線を突破される事はないだろう」

 欲を言えば、押し返すくらいは言いたかった。

 しかし、仮にも島津家。それも、本気で肥後国を攻め落とそうとしている相手だ。まかり間違っても楽観的に事を捉えるわけにはいかない。

「この事態はもとより想定済みのもの。そこまで大きく動揺する必要はないだろうが、龍造寺が行動を変えてくる可能性は高い」

「島津家北上の報を受けた隆信殿が果たしてどのような行動に出るかという事ですね」

 発言したのは紹運であった。

 艶のある赤毛の総髪を流麗に後ろに流した彼女は、武器さえ持たなければ長身の美女として男達の視線を一身に浴びた事だろう。

 だが、実際はそうはならない。

 いや、影で彼女を慕う者は多いが露骨に下心を見せる輩はまずいない。いるとすればよほどの自信家か馬鹿だけだろう。

 それほどまでに高橋紹運という人物は女性というよりも武勇の者として認識されているのだ。

「島津家の北上は我々にとっては危惧すべき事態では? こちらからもいくらか軍勢を割いて救援に当たらせるのがよろしいかと」

 大友の将が発言した。

「確かに、現状筑後平野にいる我らが軍勢は龍造寺を圧倒しております。ならば、一部を救援に差し向ける事も可能でしょう」

「島津の北進を止める事ができれば、その分だけ龍造寺との戦いに時間をかける事もできるというもの」

 口々に発言が飛び出してくる。

 とりわけ大友系の武将からは島津家の北進を食い止めるために、援軍を出すべきだという意見が多く出た。

 だが、それは龍造寺家との戦いに集中できていない証拠である。まだ、阿蘇家が敗北すると決まったわけではない。長宗我部元親が救援に向かった以上、そう容易く防衛線が破られるはずもない。つまり、押さえはできている。

「いえ、ここで救援を送れば龍造寺のまたとない餌食とされかねません」

 反対意見を出したのは光秀だった。それは晴持の意を汲んだ発言でもあり、光秀の意見をさらに補強するために道雪が口を開いた。

「光秀殿に賛成ですね。龍造寺もまた援軍を呼び寄せています。明日中には数が倍に膨らむ予想です」

 敵兵が二倍になれば、戦の勝利はさらに難しくなる。

 龍造寺家も大内家の動きに対応するために、素早く増援を決定し、一〇〇〇〇人近い大軍を本国から送り込んでいるという。

 敵は複数の城に軍勢を分断配置しており、一つひとつ攻め落とすとなると時間がかかる。少なくとも、敵の援軍が駆けつけてくるまでに龍造寺家の本隊と雌雄を決するのは難しいと思われた。

「短期決戦が最重要だ。しかし、短期決戦を挑む余裕はない。当初の予定通り、事を運ぶしかない」

 龍造寺家の戦力が援軍を含まない数であれば、隆房と協力して挟撃する事もできただろう。だが、そうはいかない。肥前国と筑後国の一部を制圧した龍造寺家の力ならば、一〇〇〇〇人以上を動員する事も不可能ではないと分かりきっていた。

「道雪殿」

「はい」

「龍造寺は来るか」

「来るでしょう」

 道雪は断言した。

「隆信殿にとって島津は競争相手ですから。島津が動いたとなれば、当然焦ります。あの方の性格ですから、犬尾城の借りを返そうと躍起になるでしょうし」

「俺達に時間をかけられない理由があるように、あちらにもあちらで短期決戦をしなければならない理由があるか」

 当初の予定は変更しない。

 黒木郷で攻め寄せてくる龍造寺軍を撃退する。

 懸念事項があるとすれば、いきり立つ隆信を諭す誰かがいる事だ。もしも、島津家と歩調を合わせようとすれば、こちらが仕掛けた罠はまったく意味を失ってしまうのだから。

 だが、その心配はまずないだろうというのが軍議の結論だった。

 隆信は元々島津家を出し抜くつもりで兵を起こしている。今になって島津家に擦り寄るのは彼女の誇りが許さない。龍造寺家と島津家は互いにまったく異なる選択をした。龍造寺家は島津家よりも早く行動し、より多くの領土を一気呵成に攻め取る選択を、島津家は漁夫の利を狙い大国同士の共倒れを狙いつつ、領土拡大の期を虎視眈々と狙っていた。

 どちらの選択が正しいのかは結果がでない事には何とも言えない。もしかしたら、龍造寺家の策が当たって瞬く間に九州北部を占領できたかもしれないのだ。

 島津家の北上を吉と認識する見方もある。

 もともと、島津家が動こうが動くまいが、島津家が動いたという偽の情報を流す予定ではあったのだ。それが真実味を帯びたというだけだった。

 策がなるか否かはやって見ない事には分からない。苦しいのは、この策が当面は龍造寺家の動きに合わせなければならないという受動的な点であろう。

 待ちの戦はそれだけ苦しいものだ。

 だが、それも数日の苦しみだ。龍造寺家の事情や隆信の性格を考慮すれば、戦力が整い次第攻めに転じる事だろう。

 その時こそ、大内・大友連合と龍造寺家との最後の戦いが幕を開けるのである。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 晴持達の予想の通り、島津家北上の報は隆信の下にも届いていた。

 直茂が方々に飛ばした物見が、海沿いを北上したのち内陸部へ向かう島津軍を確認していたのである。

「どーなってるの、状況はっ!」

 苛立たしげに問うのは龍造寺家当主隆信。

 不遇の時代を過ごした後、当主としての実権を握るや、天性の戦勘と武勇で肥前国の覇者となった女だ。見た目だけならば少女と呼んでも差し支えあるまい。

 しかし、その性格は熊と形容されるに相応しい力強さと凶暴さを併せ持っていた。

 緊急招集された軍議で、島津家の動きが報告されたのだが、隆信は目に見えて不快感を示していた。

「島津義弘を大将とする一軍が肥後国の半ばまで進軍しております。現在は、阿蘇家を中心に五分五分の戦いと言えるでしょう。島津が阿蘇を屈服させるか、それとも島津が退くかは不透明です」

「大内は」

「相変わらずです。黒木郷に篭り、城塞化を進めております」

 隆信は舌打ちをした。

「何考えてんだか。とっとと出て来いってのよ」

「大内としても、島津の北上は見過ごせないはずです。長期戦を視野に入れているとは思えません」

 直茂は声に感情を込めず、意見を述べた。

「島津家とわたし達を同時に相手にするのは、大内家と大友家が連合していたとしても厳しいはずです。とりわけ大友家は島津家によって大幅に戦力を減らされているわけですから二方面作戦は避けたいと思うでしょう」

 耳川の戦いが大友家に与えた影響は大きい。

 当主の劇的な交代と軍制改革はもとより、大内家の事実上傘下に収まった事は長い大友家の歴史の中で最大の変化と言える。

 とはいえ、過去の栄光はすでにない。

 大友家は単体での戦力がほとんど残っていない。優秀な将と搾り出した兵で軍を維持しているのが現状であり、優秀な将と言っても多くが耳川の戦いで討ち死にしているために人手不足は否めない。

「大内が長期戦を避けるっていうのなら、どうして向こうは黒木郷に城なんて作っているんだ?」

 エリがきょとんとして尋ねた。

「恐らくは、我々を招き寄せる罠ということでしょうね」

 回答は円城寺信胤からもたらされた。

 直茂と共に龍造寺家の知将として活躍する姫武将である。

「罠?」

「あからさまな挑発です。犬尾城を奪われた我々としては士気を回復するために明確な一手が必要です。それを迎え撃つのが相手の狙いでしょう」

 城攻めは野戦よりもリスクが大きい。

 相手は野戦に近い状況ながら、龍造寺家に城攻めを強いる事ができる。陣城は龍造寺家には珍しい考え方ではあったが、その脅威は如実に理解できた。

「なら、こっちが動かなければ、相手は打って出てくるかもしれないわけか?」

「そうなるのではないでしょうか。ですが、その場合は今の陣形では挟撃される事になります。場合によっては陣を払い、新たに敷きなおす必要があるでしょう」

 敵と味方の位置関係がよくない。

 西島城の隆房を相手にしながら、別方面から攻めてくる晴持の軍勢を相手にするのは難しい。陣形を整えるため、軍を下げる必要があった。

「そんな事したら、せっかく作った陣地を手放す事になるでしょ。また士気が下がるじゃないの」

「隆信様。場合によっては、という事です。援軍が合流すれば、陣を守りつつ本隊のみを押し下げる事で対処可能かと」

 直茂が隆信を諭すように言った。

「まどろっこしい。一息に揉み潰してしまいたいわ」

「相手が相手です。柳川の時のような手は控えるべきかと」

 柳川城を無理矢理攻略した際、隆信は城を力攻めで落とした。

 結果、守りに於いて右に出るモノのない強大な城である柳川城を多くの犠牲を出しながら手に入れる事ができた。龍造寺家そのものは勢いに乗る事ができ、筑後平野の多くを制圧できたわけだ。代償として国人達の心が離れてしまったが、どうという事はない。勢力としては弱小もいいところ。一度取り込めたのだから、取り潰すのも難しくない。

「援軍はいつ来るの?」

「明朝には」

「そう」

 しばらく、隆信は口を噤んだ。

 沈黙が室内を支配する。

 援軍として送り込まれるのは一〇〇〇〇人の大軍である。今、この地にいる人数と合わせて二〇〇〇〇人だ。西島城の城兵を遙かに上回っており、数で押し潰す事は不可能ではない。だが、その際は黒木郷の大内勢に背後を突かれる可能性が高く、こちらが不利となる。

 島津家と歩調を合わせるという手――――これは、安全策ではある。危険は少なく、確実に筑後平野を奪い取る事ができるだろう。だが、そこまでだ。その時点で島津家は肥後国を手中に収めており日向国、豊後国といった豊かな土地に派兵する道を手に入れてしまっているだろう。

 島津家との共同作戦は後々に不利になる。島津家とは何れ戦わなければならない以上、向こうよりも多くの領地を確保しなければ割に合わない。

「失礼します」

 そこに飛び込んできたのは伝令兵だ。慌てた様子で駆け込んで、膝をついた。

「何があった?」

 隆信が尋ねると伝令兵は、

「黒木郷の大内勢に動きがありました。兵の一部が肥後方面に移動を始めた模様です」

 と言った。

 それを聞いた隆信は目を見開いて口をぽかんと開けた。

「何、動いたの?」

「は、目視で確認いたしましたので間違いございません」

「ふむ、……数は?」

「移動を始めたのは二〇〇〇ほどかと思われます」

「そう。ご苦労、下がっていいわ」

 伝令を下げてから、隆信は腕を組んで黙り込んだ。

 果たして、彼女の内面がどのようなものなのか。

 諸将には窺い知る事はできなかったが、大内家が動き始めたという事実が隆信を刺激するのは避けられないと思われた。

 ある者は不安げな視線を主に向け、またある者は緊張に喉鳴らす。そして、直茂は――――。

 

 

 



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その四十五

君の名は。四回観た。
端的に感動したし、ところどころ笑えてよかった。

瀧君に入った三葉が「通天閣どころやない、スカイツリーや」って驚いてたとこが特に印象的だった。



 隆房は西島城の物見台に登り、龍造寺軍の様子を眺めていた。

 湿り気を帯びた風が頬にかかり、ふわりと衣服を浮かせる。西日が背後の山の影を大きく引き伸ばしている。もう少しで太陽は山の向こうに消えて、夜の闇が押し寄せてくる事になる。

 これまで、幾度となく刃を交わした敵軍は、ここ数日静かに自陣の内部に篭り動く様子を見せていない。原因は明白だ。

「若を警戒してるってのは、まあ当たり前か」

 当初の予定通りではある。

 二方面から龍造寺軍を叩く。そのため囮として、隆房率いる大内軍が相手の矢面に立つ。

 しかし、それは隆房を捨て駒にするような策ではない。相手の状況によれば、隆房の軍が本隊として敵を叩けるだけの戦力はあったのだ。状況次第で晴持ではなく隆房を総大将としても十分に機能する。

 敵の総数はいまやこちらの二倍を上回るほどになった。一応は城の体裁を保っている西島城ではあるが、長期の篭城戦ができるほどの頑強な作りではない。この時代にはまだ後世の城に見られるはっきりとした石垣はなく、土を盛り上げ、柵や塀を作っただけの簡素な平城が多い。隆房がどれだけの人員を動員しても、城の構造を一から作り直す事はまず不可能であり、まして時代を先取りするような工法を取り入れられるはずもない――――そもそも石垣を作ろうにも、十分な石材が用意できない。結果的に近くの山から切り出した木々を使った柵や塀で城塞化しているのが現状である。それでも防御力はなかなかのものであり、陣を何段にも構えていたり、長屋を設けて兵を休ませつつ簡易的な城壁として利用したりと、彼女なりの工夫は凝らしており、その結果として龍造寺家の攻撃を幾たびも凌いできた。

 とはいえ、完璧な出来ではないだろう。龍造寺家の諸将が大内家の陣を突破できないように、大内家の将兵もまた龍造寺家の守りを乗り越えられないでいる。

 一進一退の攻防が続き、互いに手詰まりになった今に至るのが現状である。

 晴持があの盆地に現れたのと龍造寺家に増援が到着したのは、両者がほぼ同時に最後の一手を打ったようなものだろう。

 遠く見える晴持の陣は昼夜を問わぬ突貫工事の真っ最中と見えて、篝火を大きく焚いてとても明るく見える。まるで地上に現れた星のように、暖かい光を放っている。これが戦ではなく祭であれば、何とも美しい光景だと胸を躍らせる事もあっただろうか。

 ふう、と息を吐き、空を見上げる。

 東から徐々に色を濃くしていく群青が空を支配していくに連れて、夜空には鏤められた星の海が現れる。

「日暮るれば、山のは出づる夕づつの、星とは見れどはるけきやなぞ……ってね」

 小さく唇に歌を乗せ、それからさっと頬に朱が混じる。

「まったく、あたしらしくない」

 ぶんぶんと頭を振って、隆房は気の迷いを振り払う。

 歌は隆豊の領分だ。武辺者を自負する隆房は、教養としてある程度の知識はあるものの積極的に歌う事はない。夜空を見上げてふと歌を口ずさむなど、普段の隆房にはない行動だと自分でも思ってしまったのだ。

 物見台にほかの人がいなくて助かった。こんなところを他人に見られるものではない。物見台の下には何人かの兵がいるにしてもだ。

 隆房は視線を感じて下を見る。

 じっと、隆房を見上げている二つの瞳と視線が交わった。

「何してるんです?」

「そっちこそ、こんなとこで何してんのさ」

 平静を取り繕い、隆房は妹に問い返す。

「わたしは手持ち無沙汰なのでぶらぶらと……ところで大将が率先して見張りというのは」

「ん? ああ、隆信。あんた、怪我は?」

 物見台の下から見上げてくる妹の額には晒が巻いてあり薄らと血が滲んでいる。先の戦いで矢が掠めたのだ。

「ええ? 掠り傷ですよ、こんなのは怪我に入りません」

「そう? 左肩、外れてたでしょ。槍が持てないなら、戦場には出せないよ」

「う、いや、もう大丈夫ですよ」

 ばつが悪そうにしながらも、隆信は左腕を軽く回して治癒をアピールする。

 そんな隆信にため息をつき、隆房は彼女を手招きした。

 物見台に上ってきた妹の額を隆房は軽く小突いた。

「ん、何」

「馬鹿、変なとこで無理するからそうなるの。いい加減突っ込んでばかりの戦い方は止めなさい」

「…………」

「何、そのお化けにあったみたいな目は」

「いや、だって、姉さんにそんな事言われるとは思わなかったから。何か、変わりましたね」

「そんな事ないでしょ」

 変わったと言えば確かに変わったのだろう。以前の自分ならば、ここまで防戦に徹するような戦い方は絶対にしなかった。兵を失っても、敵に打撃を与える戦い方を選んだはずだ。それでも、龍造寺家に負けるとは思わないのが彼女の才覚の証左であった。

 変化は学習の積み重ねだ。

 経験を積めば変化があるのは当たり前で、それを殊更に強調する必要はない。

 よい方向に変われたのなら、それはよい経験をしたという事だろう。

「晴持様のおかげ?」

「かもね」

 からかうような口調の妹をさらりと受け流した隆房に当の妹が意外そうな表情を浮かべる。

 隆房は視線を敵陣に移した。

「敵、増えましたね」

「うん。ざっと、こっちの倍ってとこだってね」

「どうするんです? これから」

「今まで通り。あたしたちから動く必要はない。動くかどうかの選択権は向こうにあるからね」

 一丸となって西島城を攻めるか、それとも兵を二つに分けて晴持に半分をけしかけるか。それは龍造寺隆信の判断にかかっている。

 二〇〇〇〇の兵に攻められたところで、西島城はそう簡単には陥落しない。守っている間に晴持の軍勢が敵の後背を突く事もできるだろう。だから、現実的に考えて、決戦を挑むのであれば龍造寺家は兵を分けるしかない。そうでなければ、兵を大きく下げて大内・大友連合軍に挟まれない位置に陣を敷きなおさなければならない。が、龍造寺家はこの選択を執らないだろうとは思っていた。長期戦は彼女達にとっても不利益となるからだ。決戦を挑む以外に彼女達にはもう選択肢がないのだ。

「じゃあ、隆信。交代ね」

「え? え、姉さん!?」

 隆房は隆信の方を叩いて、笑いかけ、そのまま梯子を降りていってしまう。

「ちょ、ちょっと!」

 隆信は慌てて姉の背中を物見台から見下ろした。

「ない、ないよ、姉さん! 姉さーーーーん!」

 隆信は、去っていく姉に呼びかける。

 しかし、姉は振り返ったものの笑って踵を返してしまった。

 そんなあ、と隆信はぐったりと柱に寄りかかる。

 総大将に命じられれば冗談でも従うのが武士の定めか。隆信は内心で遺憾の意を表明しつつ、物見台から平野を見渡すのだった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 鎧を着たまま座って眠る生活が七日続いた朝の事だった。

 床板を踏み鳴らす音が耳に届いて、晴持は目を開けた。

「晴持様!」

 飛び込んできたのは光秀だった。

「どうした?」

 彼女の顔を見れば、いよいよ事態が動いたのだという事が明白だったが、努めて冷静に問いかけた。

「は……龍造寺、動きました。案の定、凡そ半数の兵でこちらに向かってきております」

「そうか。やっとか」

 晴持はすっくと立ち上がった。

 眠気は一瞬にして吹き飛んでいた。

 この時を待っていたと身体中が叫んでいる。

「誰が率いている?」

「龍造寺の当主自ら率いているものと思われます」

「へえ、それはまた」

 あっちもあっちで必死だな、と晴持は内心の苦笑を唇を引き締めて覆い隠した。

 晴持は光秀と共に軍議の間に上がる。控える諸将の中に数人の欠員がある。事態急変を受けて、対応に出ているのだろう。

 晴持は上座に座り、居並ぶ諸将の顔を見る。緊張に顔を引き締める者が多数。道雪はやや余裕の笑みを隠したポーカーフェイスモドキだ。落ち着き払っているのは場数の違いかそれとも才覚の違いか。

「それでは現在分かっている状況をお伝えします」

 光秀が緊張感のある声で切り出した。

「敵の総大将は龍造寺隆信殿。四天王からは信常殿、円城寺殿、百武殿がおられるのを確認しております。総数は一〇〇〇〇ほど。我々とほぼ同規模の軍勢と言ってもよいでしょう」

「こちらの想定通り、という事ですね」

「はい」

 道雪の問いに光秀は頷いた。

「ならば、後は力を尽くすだけですね。龍造寺家の皆様は覚悟を決めておられます。当主自ら指揮を執るからには生半可なものではないでしょう」

 本来ならば、大将が後ろに控えて兵を送り込むだけでもよかった。

 当たり前の事だが、家の長が戦場で屍を曝すというのはそれだけで領国の滅亡に繋がる大惨事である。史実に於ける今川家が没落したのも、信長に当主を討ち取られ、その混乱を収束できないまま時が過ぎたからである。

 その危険を冒してでも、隆信自ら指揮を執る。

 これは、彼女達にとっても大きな賭けであろう。そうしなければならないほど士気が落ちていると考えたいところであるが、楽観は敗北に繋がる。むしろ、そうする事が龍造寺家の勝利に繋がると考えての事だと捉えたほうが、自然ではないか。

「隆信らしいといえばらしいか」

「おや、晴持様は隆信殿をご存知で?」

「まさか」

 と、晴持は言う。

「会った事もない。けど、これまでの彼女の戦歴なら、直接出てくる可能性も皆無ではないだろう。龍造寺隆信という女性は、決して臆病者ではないし、血気盛んな女傑でもあるはずだからな」

 龍造寺隆信の人物像は、隆房に似た性質の武人。

 戦場に於いて後方から士気を執るのではなく、自ら率先して切り込み、兵を鼓舞する類の武将だ。

 最前線に出るのだから戦死の危険は高まるが、主を守るべく周囲の兵の士気は否応なく跳ね上がる。我が身を危険に曝した時、最大戦力を発揮する事になる捨て身の戦法であるとも言えよう。

 もちろん士気を執るからといって、敵陣に自ら斬り込む事までしなくてもいい。晴持がそうしているように、後ろから戦況を見ている事もできるだろう。

 晴持は諸将を見回して、静かに宣言する。

「ここでけりを付けよう。龍造寺を、筑後平野から追い払うぞ」

「応ッ」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 龍造寺隆信の前半生は苦難と苦渋に満ちたものだったと言っても過言ではないだろう。

 家督相続とは無縁の出家生活で幼少期を送り、曽祖父と共に主君少弐家から逃げるように筑後国へ遁走、その後の家督相続から龍造寺家の再興を果たし、少弐家を滅ぼして下克上を達成、戦を重ねて肥前国の統一し九州でも指折りの勢力に急成長させたのは隆信の生来の天才的な戦の才能が為せる技ではあったのだろう。その過程で多くの離反や反発があったが、それもすべて打ち破ってここまできた。

 そう、隆信は泥水をすすってここまで勝ちあがってきた。邪魔する者はすべて蹴落として、恨みつらみを跳ね除けて、自分の力で龍造寺家を大きく育ててきた。

 隆信は常に危険と隣り合わせの中で生を拾ってきた。これからもそうするだろう。龍造寺家に停滞は許されないのだ。

 たくさんの血を流し、多くの怨嗟を受けて広がった領地。これを維持するには、隆信自身に人をひきつけるだけの魅力と力と実績がなければならない。歯向かえば殺される。従えば生きられる。厳しい生存競争に常に曝される状態を維持する事で軍団の指揮と忠誠心は保たれる。

 よって、より多くの怨嗟を積み重ねて領国を維持するしかなかった。

 急激な領土の拡大に、人員がついていかなかった事もある。実質、龍造寺家という枠組みは隆信一人の肩に圧し掛かっているようなものだ。隆信が決断しなくても機能するような権力の分化と調整が追いついていないのが現状であった。

 それを、隆信自身がよく理解している。

 四天王と直茂の協力があったとしても、五人の手が及ぶ範囲には限度がある。その他有能な武将を登用したとしても、隆信は信用しきれない。

 隆信の独裁状態は、彼女の果断な決断を即座に実行するだけの「速さ」を武器に変える事に成功していた。それは長所というべきであろう。

「ほんとに二箇所を塞いでんのね」

 ざっと敵陣を眺めてみる。

 盆地の入口に鎮座する丘が邪魔で全貌ははっきりとは掴めない。丘の両脇を通る川の両岸に柵と長屋を設けて城壁としている。

「なるほど、天然の城ってわけ」

 報告の通りではあった。

 大内・大友連合は筑後平野内に巨大な城を作っていると。近付いてみれば、確かに陣というよりも城と表現するほうがいい。

「ですが、まだ未完成です。直茂殿が警戒しておりましたが、あれと一戦交えるのであれば、やはり攻める以外にはない、ですね」

「そうよね、信胤」

 うん、と隆信は頷いた。

 筑後平野を完全に手中に収めるには盆地に巣食う敵勢を討ち果たすよりほかにない。

 隆信には大きく三つの選択肢があった。

 一つ、兵を二つに分けて敵陣を同時に攻める事。

 利点は早期決着を見込める事。欠点は敵の迎撃にあい被害を大きくしてしまう事。

 二つ、兵を分けずにどちらか一方の敵から順に叩いていく事。

 利点は一度に相手にする敵が少なくて済む事。欠点は背後を敵のもう一方の部隊に突かれて挟まれる危険性があるという事。

 三つ、兵を退き、陣を立て直す事。

 利点は敵に挟まれる事なく仕切り直せる事。欠点は長期戦に持ち込まれやすく、敵の陣地がより強固になる事と島津家の北進に対処できない事。

 隆信の性格的にも、今後の筑後経営のためにも、そして九州での覇権を争う上でも第一の選択肢を選ぶしかなかった。

 直茂などは御家の安定をこそ第一として第三の選択肢を主張したものの、最後は隆信の一声で方針が決まった。

 これまで戦って結果を勝ち取ってきた隆信にとって、消極的な策ほど成功が見込めないものはない。それは逃げの一手と変わらない。直茂の策は安全策ではあって、確かに大内家との決着を長期的な視点では付けられるかもしれないが、それでは龍造寺家の成長を止めてしまうものだと感じたのである。

 勝算がないわけでもない。

「相手はあたしたちが来るのを想定してる。だから、これは敵の罠にかかりにいくようなもの」

 それは自覚している。

 直茂に言われるまでもない事だった。柵も長屋も守るためのもの。城壁もその内側を敵から守護するのが役割であり、迂闊に突っかかった敵兵は骸に成り果てるのが相場である。

「でも、今ならまだ野戦に持ち込める」

 確信があった。

 一里四方の盆地を城として扱ったとしても、完成には途方もない時間が必要だ、

 丘と長屋で視界を遮り、こちらから詳しい情報を与えないようにしていても、必要な資材や人員を考えれば一朝一夕に十分な防衛施設が作れるとは思えない。

 現時点で、大要塞は完成していない。

 あくまでも壁を作っただけの見せ掛けである。

 これは推測ではなく、物見が持ち帰った情報からでもはっきりしている。盆地の中に堀を掘ったり、柵を立てたりしているようだが、決して十分ではないのだ。

 居並ぶ兵を後ろから眺めて壮観だな、と隆信は思う。

「まずは柵と長屋を壊して盆地の中になだれ込む。一気に野戦に持ち込んで、大内晴持の首を上げる!」

 城攻めならば直茂に負けるが、野戦でなら誰にも負けはしない。

「信胤あんたはエリと一緒に右手の陣を、賢兼は予定通り左手から攻め立てて打ち壊せ。首は討ち捨て、ただ道を作りなさい!」

 大きく轟く命であった。

 これがこの戦で最大の決戦となる事を誰もが予感していた。

 敵の急造の城壁を突破して盆地の中に押し入れば、広い盆地を利用した得意の野戦で殲滅できる。

 貴族趣味の大内と大友が、たたき上げの龍造寺と殴り合って無事で済むとは思わない事だ、と隆信はいよいよ意気を高めたのだった。

 



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その四十六

 龍造寺軍の威容に圧倒される。

 少し前までは一城の主だった彼も、今はただ戦功を挙げ領地を取り戻す事を宿願とする一人の将士でしかない。

 生唾を飲む。

 思えば、これほど大きな戦の最前線に立つなど初めてではないか。初陣から龍造寺家に攻められるまで、彼は小競り合いくらいしか経験していないのだから。地方の地方、主家筋と微妙な関係を続けているだけの一領主だった彼には、あまりも厳しく、大きな戦いだった。

 喉が渇く。

 雄叫びを上げて押し寄せてくる敵兵の数と圧に、やはり気持ちが萎えかける。

 元犬尾城主河崎鎮堯が任されたのは、左右に設けられた長屋の右側だった。率いるは犬尾城が健在だった頃から従ってくれている兵に加え、晴持から貸し与えられた兵の合計二百であった。

 数は心もとない。丘と左側の長屋にも兵を配し、最前線全体で千五百余名。その上で、こちらはあくまでも守りに徹する。

 川の対岸まで続き、盆地への入口を封鎖する長屋を建設するというあまりにも意外性のある戦術は、一先ずは形を見た。

 板一枚向こうが戦場だが、それでも守られているという安心感は大きい。戦いの経験が少ない彼と彼の兵も、これならば多少は落ち着いていられる。

 川の水が足元を流れている。

 突貫工事だったので、城はおろか彼がかつて暮らしていた屋敷にも劣る防御力。しかし、だからといって一方的に蹂躙されるとは思わなかった。

「構えぇーーーー!!」

 弓と鉄砲が木壁に作られた狭間から敵兵に向けられる。

「よいか、引きつけてから撃つのだ! まだ、待て!」

 噂に聞く鉄砲がどの程度の武器か、鎮堯はよく知らないし鉄砲で敵を狙うのは晴持の兵だ。鎮堯の兵は弓矢で敵を狙う。

 どちらも同じ射撃武器である、とだけ分かっていれば後は指示するだけでいい。

 晴持の鉄砲兵は、何をすべきかよく分かっている。鎮堯の指示にもよく従い、冷静に敵に銃口を向けたまま静かに引き金に指をかけている。

「ひきつけよ、ひきつけよ……」

 それは、自分に言い聞かせているかのようであった。

 鎮堯は、狭間から敵の姿を見る。

 龍造寺家の軍勢は川の流れに邪魔をされて、広く展開できない。地形を上手く使った防御陣は、敵の動きを制限するのにうまく働いている。

 丘に配された兵が、弓と鉄砲で龍造寺軍に攻撃を始めた。その向こうからも銃声が聞こえてくる。

「なるほど、これならば……」

 相手としては一気呵成に攻め寄せたいところだろうが、長屋に攻め込むには川の両端から攻めるしかない。長屋の中央からならば、敵の側面を一方的に叩けるという事なのだ。

 それが、兵達により大きな安心感を与えている。

「鎮堯様……」

「もう暫し待て」

 あと少し、あと少し。

 機を見失えば、こちらが不利になるのは変わらないのだ。

 鎮堯に任されたのは、この長屋で可能な限り敵を食い止める事だ。敵も焦れる。こちらも焦れる。その中でどこまで冷静に判断ができるのか。

 そのため、鎮堯は事前に「この線を敵が越えたら射撃許可を出す」という線を事前に定め、兵達にも伝えていた。

 よって、長屋の中も全体的に比較的冷静でいられたのだ。

 そして、その時が来る。

 丘からの矢玉を潜り、味方の遺体を踏み越えてやって来た敵兵が銃撃許可線を踏み越えた。

「鎮堯様」

「よし! ――――撃てェ!!」

 号令の下で、構えられた銃口が、鏃が一斉に龍造寺兵の襲い掛かる。

 銃声が響いた瞬間、線を踏み越えた敵勢がバタバタと倒れ伏せる。

「おお……」

 鎮堯は銃の威力と轟音に思わず感嘆の声を漏らす。

「あれほど屈強な龍造寺兵がこうもあっさりと」

 緊張ではない。勝機に触れた昂揚感に、鎮堯は再び生唾を飲んだ。

 しかし、鉄砲も完璧な武器ではない。

「撃った者は早急に次弾を装填せよ。射手交代、構え!」

 連射ができない鉄砲は、射手を交代して間断ない銃火を加えるしかない。加えて、弓兵に攻撃を続けさせ、敵の足を止めるのだ。

「鉄砲、撃て!」

 二度目の轟音。

 飛び出した弾丸が、敵の鎧を弾き火花を散らせ、鮮血を強いた。

 龍造寺軍もやられるばかりではない。矢玉が長屋に向けて放たれて、壁板を貫通して数人の兵が苦悶の声を上げる。中には脳天に銃弾が直撃して即死した者もいた。

「おのれ。身を低くせい! 極力、相手から自分が見えぬようにするのだ!」

 言っているそばから壁に穴が開く。銃撃の音が響く。長屋の内壁には、石を詰めた竹束が並べられていて、敵の銃撃をよく防いでいるが、その間隙を縫って銃弾が飛び込んでくる。相手にはこちらの様子はほとんど見えない。だが、狭間の位置からある程度射手の居場所は特定できるのだ。

 その当たりに撃ち込めばいい。

 鉄砲の命中精度は低い。狙って撃ってもまず当たらない。ならば、凡その位置に撃ち込む程度がちょうどいいのだ。

「怯むな、撃て! 弓、休まず矢を射放て! 敵を近づけるな!」

 壁板が弾ける。

 竹束を止めていた縄が千切れて、束がバラけた。構うな、撃ち続けろと指示が飛ぶ。銃火の中で、いつ終わるとも知れない戦いが延々と続くのだった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「始まったか」

 鎧を着た晴持は陣の中で静かに座っていた。

 盆地の中央に五段に分けて柵を設け、堀を作り、徹底して要塞化を推し進めていた晴持は、そのできばえに多少の不満を残しながらも、少ない時間の中でよくやったと内心で作業に当たった者達を誉めた。

 鉄砲の音と敵味方の喊声が半里離れたここまで届いてくる。

「龍造寺は、挑発には乗ってきたか」

「乗るしかないのでしょうね。あちらは……」

 真剣な表情で、光秀が晴持の呟きを拾った。

「ですが、晴持様、これからは」

「ああ、こちらの思惑通りにはいかないだろうな」

 いつだって戦場は怖いのだ。

 可能な限り顔を出さないようにしているものの、それでも死ぬのは怖い。痛いのは怖い。そして、そんな場所に知人も知らない誰かも送り出さなければならない自分の立場が歯がゆい。

 だから、できるだけ早期に、最小の犠牲で戦を終わらせたい。主に晴持の精神衛生のためにだ。

 空を見上げると、雨はしばらく降りそうもないというほどの晴天だ。つい、昨日までは雨が降ったりやんだりを繰り返していたのに、この変わりようだった。

「やっぱり晴れ間を狙ってきたな」

「雨が降ればあちらの鉄砲も使えなくなりますからね。野戦ならばともかく、長屋を抜くには矢よりも鉄砲が有効ですし」

 矢よりも鉄砲のほうが貫通力がある。歴史に於いて山城から平城に日本の城郭構成が変わってきたのも、鉄砲が広まったからだという。鉄砲の威力は、山城のような小さな櫓の寄せ集めをあっさりと貫く事ができるのだ。

 それを思えば、今回用意した長屋は鉄砲の餌食となろう。

 それでも、川岸からしか攻め寄せることができない龍造寺軍と川の上にも陣が敷けるため側面をつけるこちらでは、まだこちらのほうが優位ではある。少数でも、時間を稼ぐことは不可能ではない。問題は、長屋と中央の丘のどれか一つが崩れたときにすべてが瓦解するということだ。一気呵成に敵は黒木郷になだれ込んでくることだろう。そうなれば、長屋も放棄するしかない。

「龍造寺がどれだけ入口で足を止めるかで、戦が長引くかどうかが決まるな」

 長屋も丘も敵の足止めにはなっても撃退はできない。それは晴持も割り切っている。何にしても、あそこは死地なのだ。何かあれば全力で撤退するように伝えてはいる。盆地の入口を封鎖するだけの長屋だ。

「はあ……」

「何か?」

 晴持のため息に、光秀が心配そうな顔をする。

「いや……なんでもない」

 光秀に、いいや、この戦場で口にすることではない。

 兵を死地に送り出すのが堪えるなどという弱音は士気に関わる。何を今更と呆れられても文句は言えない。

 あの最前線で戦っている将兵のどれくらいが、戦の後に生き残っているだろうか。最後尾にいる晴持ですら、死んでいるかもしれない戦場にあって、その最も過酷な場所で戦っているのだ。

 まず生き残るまい。

 死ぬと分かって送り出している。

 だからこそ、最も龍造寺家に対して恨みを持つ河崎一門をあの長屋に配置したのだ。

 龍造寺家と真っ先に斬り合いたいという気概を持つ一族。犬尾城を失い、領地を奪われた彼等には龍造寺家と戦う理由がある。戦わなければ武士の面目が立たぬと、自ら死地に出向いたのだ。――――これは晴持が主導した策である。ならば、晴持が死地に出向くように仕向けたも同然であろう。

 彼等とて死にたいわけではない。死ぬ覚悟など問うのは無粋だ。殺す覚悟を問うのも無意味。ここはそういう場所なのだ。生きるために死地に赴き、生きるために敵を殺すのだ。自分のためではない。自分の家族が、自分の家臣が、自分の魂が生き続けるために戦場に出る。それしかないのが小領主に生まれた者の宿命だ。自分の命は、そのために使い潰す。戦わなければ、自分だけでなく家族も家臣も路頭に迷い、命も尊厳も失うことになりかねない。それが河崎鎮堯が戦地に出る理由なのだ。

 だから晴持は、大内という大きな看板を背負う者として鎮堯の意思を守らなければならない。この戦に勝利して、犬尾の城を鎮堯の一族に継がせる。願わくば、それが鎮堯であってほしいものだ。

 軍配を握り締め、晴持は今も命を賭して戦っている者達を思う。

 彼等の思いを無駄にしないというのは、どこまでも晴持のエゴでしかないのだろう。

 戦は開戦までにどれだけ準備を進められるかで勝敗が決まると思っている。その準備のために、彼等には命を賭けてもらう。

 あくまでも準備段階。

 今はまだ、大内の戦は始まってもいないのだ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 百武賢兼は父親の代から龍造寺家に仕える比較的新参者の家の出身である。

 氏は源氏で関東から肥前に移り住んだ戸田の一門であったという。賢兼自身もかつては戸田を姓としていたが、主君隆信より「百人並の武勇」を持つと賞賛され、百武の姓を下賜された。

「百人並の武勇も、鉄砲が相手ではどうにもならぬか」

 やれやれと賢兼は嘆息する。

 任されたのは丘の左右に展開する長屋の攻略。

 突貫工事で作ったと見える長屋の防御力は低く、紙のようと表現して差し障りのないものだが、あの下を流れる川が厄介だ。

 川のおかげで、賢兼の軍は川岸に縦列を作って行くしかない。そうすると丘の上から長屋の中から総攻撃を受けてしまって中々前に進めないのだ。

 薄皮一枚でも天然の地形を利用すれば、厄介な城塞へと早変わり。賢兼側からも鉄砲を撃ちかけているが、敵兵の姿がよく見えないので当たっているのかどうかも定かではない。

 こうなっては味方の士気も徐々に下がってきてしまう。自分達が一方的に撃ち抜かれているだけに思えてしまうからだ。

 後方で指揮を取る賢兼ならばまだしも、前線で直接相手と戦う兵にとっては堪ったものではないだろう。

 威勢のいい兵から先に撃たれて地に伏せる。負傷兵は突撃を命じるごとに増えていく。

「ふぅむ、なるほど確かにこれは城攻めだ」

 せめて広く部隊を展開させることができれば、鉄砲の弾幕も薄くなって壁に取り付くことができるのだが。

 三度目の突撃を銃撃と弓矢で跳ね返されて、賢兼は攻め手を変える頃合かと思い始めた。

 戦いが始まって一刻と少し。

 このままじりじりと戦っていても、あの長屋を打ち壊すことはできるだろう。

 主君から百人力と評された武勇だけが賢兼の長所ではない。戦況を分析し、冷静に対処する将帥の才もまた彼の長所である。

 文武に秀でた猛将としての顔こそが、戦場における賢兼の本質。

「そろそろ隆信様が焦れてくる頃合か」

 これが本当の城攻めであれば、一年、二年と年単位で時間をかける場合もあっただろう。しかし、これは野戦だ。実質的には城攻めに近い状態にはなっていても、ここを乗り越えれば自分達の得意とする野戦に持ち込めるのだと思えば、隆信は積極策を選ぶだろう。

 そのとき、彼女が何をするのかということが問題だ。

 柳川城のような力押しも、この際は許容できる。実際、あの長屋も丘も犠牲を省みずに攻め寄せれば陥落させるのは簡単だ。

「百武様!」

 駆け込んできた伝令兵は、隆信から遣わされた者だった。

「隆信様は何と?」

「は。早急に長屋を攻め落とすべく、火をかけよとのお達し」

「ふむ、火か。隆信様も然様にされると?」

 隆信の軍勢は中央の丘を攻め取るために戦っている。見たところ、丘の斜面には四段からなる柵が設けられていて、隆信の兵は頭上からの矢玉に苦戦している。

「隆信様の策までは何とも」

「うむ、分かった。隆信様には了解いたしたとお伝えあれ」

 伝令を下がらせた後、すぐに賢兼は火矢を放つことを命じた。

 一矢や二矢では、火災にはならない。だが、闇雲に攻めるよりもずっと効果的なのは確かだ。

 そして、隆信も火攻めを敢行したらしい。

 赤い射線が無数に空中に刻まれて、丘の木々の中に消える。

「上に陣取ったのが運の尽きか……我等の狙いはあくまでも敵の本陣。野戦に持ち込むことか」

 隆信はあの丘に陣を敷くという考えを持っていない。

 あそこはあくまでも通過点に過ぎず、そのために丸ごと焼き払っても痛くも痒くもないのだ。奪うべき物資も城塞もない。ならば、勢いのままに蹴散らすのみと思い切って火をかけた。それが功を奏したらしい。雨上がりでしめった木々にはなかなか火がつかない。それでも、何度も何度も繰り返していけば、やがては大火となって敵陣を焼き払う。

 火と煙は高いほうへと登っていく。

 戦において高所に陣取るのは定石だが、その定石も盤ごとひっくり返されれば一たまりもないということか。

 生木が燃えてもうもうと煙が立ち上るようになると、さすがの大内兵も限界を迎えて陣を捨てて散っていく。

「やれやれ、あれではこちらも丘を取れん。まったく、仕方のない人だ」

 火勢が強くなり、煙で味方にまで被害が出る。隆信は頭に血が上れば、あの丘を登れと言い出しかねない。

「よし、丘は落ち、敵は左右で分断されたぞ! この機を逃すな! 我等も火を放ち、敵陣を打ち壊せ!」

 下知に従って兵が動き出す。火矢が飛び、長屋の壁に次々と刺さっていく。心なしか鉄砲の弾幕も薄くなっている。

 やはり火の効果は凄まじい。

 心理的にも相手を追い込んでいる。

 続けて射よ、と賢兼は声をかける。

 歴戦の猛者の勘が、あの長屋の崩壊を感じ取っていた。

 

 

 

 



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その四十七

 火を用いた戦術は苛烈さに定評のある龍造寺軍の戦を象徴しているようにも思えた。

 開戦から三刻ばかりが過ぎ去って、大内家が設けた長屋と丘による防御壁は限界を迎えていた。

 生木に火がつき大量の煙が濛々と立ち上る中央の丘。その左右に造られた長屋に対して、龍造寺軍は一気呵成の攻撃を仕掛けてきたのだ。それはもう総攻撃と言うに相応しい猛攻であり、火矢を放ってくるために危険度が極めて高くなったのだ。

 天秤は龍造寺家に傾きつつあり、守備兵はどれだけ長い時間、敵を足止めするかという事よりも、いつこの長屋を放棄するのかという事に頭を使うべき時が来たという事だろう。

 太陽は中天を過ぎ、西に傾きつつある。山の影が少しずつ長くなり、戦場から太陽が顔を隠すのも時間の問題であろう。

 夜になれば、また潮目が変わるかもしれない。

 上手く夜まで持ち堪える事ができれば、鎮堯達が夜陰に紛れて兵を引くという事も叶うはずだ。

 懸命の防衛戦が続いた。

 不幸中の幸いだったのは、中央の丘は火勢が強く敵兵も登れないでいる事と反対側の長屋も奮闘を続けているという事だ。

 雨が降ってくれれば、火矢の危険性は大分減るのだが、空には雲が一つもない。後数日は雨が降る事はないだろう。

 敵の矢弾を受けて負傷する者も少しずつ増えてきている。射掛けられる火矢の火を消すのにも労力を割かねばならず、矢弾の膜は開戦当初に比べて激減した。攻め手が押し寄せにくい地形のおかげで何とか持ち堪えているが、すでに限界が見え始めている。

 自身の苛立ちからくる唸り声も、銃火の音にかき消されてしまう。

 堪えろ、手を休めるなと声を荒げるのもさすがに疲れてきた。当初は壁に囲まれている事による安心感で落ち着いた戦振りを内外に示す事ができた守備兵達も、いつ終わるとも知れない龍造寺軍の波状攻撃を前にして、厭戦気分が高まってきているようだ。

 四角い箱は逃げ場のない棺桶のようにも見える。壁はすでに圧迫感を与えるものに変わりつつあり、気持ちが落ちれば銃も弓も精度が落ちる。体力の限界を気持ちで支えていたが、鼓舞する側の疲労も隠せなくなってきた。

「何……!」

 その時、鎮堯の耳に届いたのは龍造寺軍の大歓声。丘を挟んで反対側にある長屋がついに落とされたのだと理解した。

「もはや、これまで」

「鎮堯様!」

「負傷者を連れて早急にここを脱せよ。大内殿より借り受けた諸君らも早々に撤退されるよう」

 壁板が爆ぜて、飛び込んできた銃弾が不幸にも鎮堯の右脇腹を貫通した。

「ぬうッ……ぬ!」

 生来の剛毅な性格が、倒れる事をよしとしない。その場に踏み留まった鎮堯は側近から銃を奪い取り、狭間から外に目掛けて射撃した。

 鎮堯は銃を大内家からやって来た兵の一人に投げ渡す。

「大内様には感謝しているとお伝えあれ」

「鎮堯様。晴持様は、長屋が落ちる事があれば全力で撤退するように仰いました。ここで退かれた事でお叱りがあろうはずもありません。お怪我の治療も必要です」

「構わぬ構わぬ。撤退するにも殿は必要だろう」

「しかし」

「何より、ここは河崎が所領。この一時のみ、これは河崎の戦と相成った。如何に大内といえど邪魔はさせぬよ」

 見れば鎮堯のみならず、河崎家の面々は覚悟を決めた様子であった。戦火の中で静かに自分の死に場所をここと定めた男女がそれぞれの武器を手にしている。

 大内家の者も大友家の者も、彼等の選択を無碍にはできない。

 ご武運を、ただその一言言い残して守備兵の多くが長屋を後にする。

 当初の予定通り、撤退は川に沿って行う。平野部の真ん中には、大内・大友連合軍が敵を受け止めるために陣を敷いているからだ。戦場を大きく迂回して、帰陣する事となる。反対側の長屋の兵は果たしてどれくらい逃げ延びる事ができるだろうか。

 残った河崎兵はとにかく弓を引き、矢を射掛ける。最早死ぬまでと定めた以上は消火に労力を割く必要もない。

「こっちにも槍を寄越せ」

 鎮堯は自ら槍を振るい、長屋に取り付く敵兵を隙間から突き落とす。身体に力を込めるたびに傷口から血が吹き出すようだった。少しずつ確実に命が磨り減っているのを感じながら、鎮堯の顔には笑みがあった。

 よき夢を見た、と心の中で呟く。

 まったく歯が立たなかった龍造寺軍を相手に、ここまで戦えたのだ。これほどの大軍を相手にして、一歩も引かずに戦い抜いた。長い河崎の歴史にあって、このような武勇を誇る者がいただろうか。

 ついに長屋の壁が敵兵によって蹴破られた。

「まだぞ! 追い返せ!」

 穴から入り込もうとする敵兵に河崎の兵が踊りかかる。撓る槍に顔面を強打された敵が崩れ落ち、刀で眼球を抉られた敵が悲鳴上げて倒れ伏す。煙と火薬の匂いに満ちていた長屋の中が瞬く間に血の匂いに満たされる。

「ぬおお!」

 口内に血の味が混じる。

 遮二無二槍を突き出した。狭い長屋に万の大軍は展開できない。まだまだ時間を稼ぎ、一人でも多くの龍造寺兵をあの世に送り届ける事はできる。

 突き、薙ぎ、そしてまた突き出す。槍が折れたら刀を抜いた。荒れ狂う虎のように猛々しく暴れまわる河崎兵に、龍造寺軍の足軽達はひるまずにはいられなかった。

 どれほどの時を稼げたか。体感ではかなり長い時間戦っていたように思う。現実には、ほんの僅かな時間であっただろう。

 気付けば立っている味方は一人もいない。鎮堯自身も身体中から血を吹いて、生きているのが奇跡と言えるような状態だ。

 長屋の中は敵も味方も分からないほどに死体が折り重なっているではないか。

「一足先に、地獄に来てしまったか」

 さて、それでは終いとしよう。

 鎮堯は自分の腰くらいの大きさの壷に身体を預け、隠し持っていた火縄を取り出した。

「我等の首、龍造寺にやるには惜しいゆえ、三途の向こうまで持っていく」

 ぎょっとしたのは長屋に押し入っていた龍造寺の兵達である。鎮堯の傍にある壷の中身が火薬であると理解したからだ。

「と、止めろ!」

「いや、間に合わぬ!」

 火縄が壷の中に落ちると同時に、激しい光と熱、そして轟音が長屋を内側から吹き飛ばした。

 長屋に押し入っていた龍造寺兵十数名とそれに倍する死体を道連れにして河崎鎮堯は跡形もなく消し飛んだのだった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 敵に奪われた長屋が豪快に吹き飛んだ様は、戦場の全域から確認する事ができた。空高く舞い上がった瓦礫が川面で水飛沫を立て、地面に突き刺さる。

 衝撃は盆地を吹き抜けるように駆け抜けて、木々を大きくゆるがせた。

「河崎……!」

 晴持は息を呑んだ。

 中央の丘が火に包まれた時点で、あの長屋のどちらかが落ちるのは明白だった。片方が落ちれば、もう片方を維持する必要性はない。

 早急に撤退するべきではあった。

 河崎家に貸し出していた兵が持ってきた報告を聞いて晴持は唇を噛んだのだ。

「意地を張りやがって」

 鎮堯の行為は晴持の命を無視した行いだった。死地ではあったが、彼には生き永らえる選択肢が確かにあったのだ。

 それでも、鎮堯は長屋に残り最後の最後まで龍造寺家に抗い続けた。

 鎮堯が何を思い、何に殉じたのか。それは、晴持には分からない。龍造寺家に二度も所領を蹂躙されたくはないという思いだろうか。それとも、敵に背中を見せたくないという意地だろうか。

 その生き様、いや死に様は晴持には理解はできても共感はできないものではあった。

 晴持は太平の時代を生きた記憶がある。細かい記憶はほとんど薄れてしまい、夢幻のような過去の話ではあるが、彼が世の中を見る視点はどうしても平成の人間としての視点になってしまう。戦国乱世の価値観に染まりつつあり、また合わせようとはしていても命のやり取りに対する認識は、やはり本当の武士とは異なるものだ。

 晴持の価値観はどちらかと言えば武士よりも貴族に近いのかもしれない。そう考えれば、大内家の中は居心地がいい。殺伐とした明日には滅亡しているかもしれないという不安を抱える小領主ではないのは、あらゆる意味で恵まれていた。

「ご注進!」

 伝令兵が晴持の前に息を切らせて駆け込んだ。

「龍造寺軍、両長屋を突破し、丘の麓に陣を敷きましてございます」

「ああ。龍造寺は全軍、こちら側に入ってきたか?」

「は、間違いなく」

「そうか、分かった。報告ご苦労」

 伝令兵は手早く報告を済ませたら、持ち場に戻っていった。

「晴持様……」

「大丈夫だ、光秀」

 晴持の前には長い木机。上に広がる絵地図に、主戦場となる盆地が描かれている。四方を囲む山と二本の川。戦は川の間に広がるこの広い盆地が舞台となる。

 ややひし形に似た地形は中央が膨らんでいて大軍を展開するに都合がいい。龍造寺家は長屋を抜いた勢いのままに攻めたかったのかもしれないが、鎮堯の自爆に伴う大音響が敵方の馬を惑乱させたと見えて多少の混乱が見られた。そのおかげで、長屋を脱した兵が追撃を受ける事なく戻ってこれたのだから、それだけでも鎮堯には十二分に功があると言える。彼は無事に、殿の務めを果たしたのだ。

「よし、これからだ」

 大内・大友連合の策はとにかく「待ち」である。龍造寺軍が攻めかかってきたところを、徹底して反撃する。とにかく野戦に強い龍造寺家を相手に同じ土俵で戦っても、負けるとは言わないまでも大きなリスクを背負う事になるだろう。それよりは、陣城を設けて押し寄せる龍造寺軍を受け止めたほうが確実性が高い。

「光秀。隆信は食いつくと思うか?」

 晴持は尋ねた。

 隆信が攻勢をかけてこなければ、晴持の戦略は大きく狂う事になる。その不安は今でも確かに胸の内に燻っている。

「ここまで来れば、龍造寺殿も攻めかかるほかないかと思います」

「そうか」

「はい。何より、彼女は長屋攻めに際して火を放ちました。逸早く決戦に持ち込みたいという思いからの命であると推測します」

 怜悧な視線が絵地図に注がれる。

 彼女にはどのような景色が見えているのだろうか。武将としては自分よりも有能な光秀の頭脳は晴持の頼みとするところである。

 遠くから遠雷の如く喊声が上がった。ついに来たかと晴持は大きく息を吸い込んだ。龍造寺隆信が、一〇〇〇〇人と号する大軍によって大内・大友連合軍を討ち滅ぼさんと攻めかかってきたのである。

 

 

 

 ■

 

 

 

 長屋を攻略した勢いで盆地の中に侵入しようとした龍造寺軍は、河崎鎮堯の自爆による混乱を収拾するのに手間取り、速攻の機を逸してしまった。

 しかし、隆信としては長屋を抜いた事という事実が大きく爆発についてもさほど気にしてはいなかった。

 むしろ、

「わたし達の勝利を派手に祝ってくれているようなものよ」

 と、前向きに捉えていた。

 火薬に火がつけば、当然爆発する。敵は長屋の中で鉄砲を使っていたのだから、火薬を壷か何かに入れているのは当たり前だ。火の使用を命じた時点で、長屋が爆発する可能性を隆信は予見していたのだ。

「たく、不甲斐ない連中め」

 そのため、隆信にとっての想定外は馬と前線の足軽達が浮き足立った事であった。鉄砲を軍備に取り込んだと言っても、まだまだ普及しているとは言い難いのが龍造寺軍の内情である。足軽の中には火薬の存在を知らない者も少なくなく、馬は火薬の炸裂音に慣れているとは言い難い。

 まして、あれほど大きな爆発だ。恐らく一生に一度の体験だっただろう。

 蟻の子を散らすように前線の敵は逃げ帰っていったが、こちらはこちらで意味もなく足を止めてしまった。

 せっかく長屋を攻略したというのに、勢いが削がれてしまった。

「御屋形様! 整いましてございます!」

「ご苦労!」

 馬上の高みから全軍を見渡し、さらに半里ほど先にある敵陣を眺める。

 こちらは混乱から立ち直り、整然とした陣立てで並んでいる。あちらも同じか――――、

「……柵なんて作ってんじゃないっての、腹立つわねッ」

 長屋までならまあいいとしよう。だが、野戦を見越して突入したというのに、敵は土塁を築き、先端を鋭く削った杭を地に埋めて柵を設けているのだ。

 隆信が集めた情報では、特に大内軍は鉄砲を大量導入しているとの話である。伝来してからさほど時間が経ったわけではなく、威力の割りに命中精度や連射性の低さから武器として扱えるのか疑問視されていた新兵器を逸早く取り入れ、自国の領内で大量生産に当たらせていると聞いている。

 大内晴持が、その舵取りを担っていたとされ、大内家の軍事的成功は彼の存在に支えられていたと断言できる。

 直茂によれば、晴持は武将としては中の上程度。優秀ではあるが、突出した特徴はなく組み討ちに持ち込めば四天王は疎か雑兵であっても討ち取れる可能性があるという。彼の真価は戦の前段階――――戦略面であり、開戦した時にはすでに勝敗が決している状態に導く事にあるという。

 ならば、この状況はどうか。龍造寺家の猛攻を支えられず、大内の用意した長屋は崩壊した。守備兵は散り散りになり、守りの壁は大爆発で消え去った。たとえ、ここまでが晴持の絵図であったとしても、戦は生き物だ。予定通りになどいくものか。

「大内の鉄砲恐れるに足らず! 正攻法にて攻め崩す!」

 隆信は怒声を上げる。

 敵が鉄砲を何挺所持していようが、その威力だけで戦の趨勢をひっくり返せるものではない。

 鉄砲に対する正攻法は、一気呵成に攻め立てて、装填の隙を与えずに攻略する事である。しばらく雨は降りそうになく、島津家の押し上げを気にかけるのならば、長屋を攻略したという勝勢に乗った士気の高い今を於いて攻撃の機はない。

「貝を吹け! この一戦で筑前を制圧する!」

 

 

 隆信の命により、ほら貝が吹き鳴らされた。

 決戦の開始を意味する音に、信常エリの心臓は高鳴った。

 槍を片手に馬の手綱を引き、敵陣をきっと見つめる。

「気味が悪いですね、信常殿」

「円城寺殿、臆されましたか?」

「いいえ。ですが、こちらは野戦に持ち込むべく盆地に乗り込んだのに、城攻めのようになってしまうのはどうかと思いまして」

「確かに」

 エリが頷くのは、敵があくまでも受身であるという事に危険な臭いを嗅ぎ取ったからだ。

 これが野戦であるのは間違いない。しかし、敵とこちらの間には柵と土塁が横たわっている。

 土塁は高さが人間の腰に届かない程度で、柵は土塁のすぐ目の前に作られている。こちらが攻め寄せるのを防ぐのが目的なのは言うまでもなく、それはつまり大内・大友連合は、龍造寺軍が攻めてくるのを待っているという事である。

「罠か。まあ、そうなんだろうね」

 エリは乾く唇を舐めた。

「大内もここまで意気地がないと呆れるね」

「そういう事では」

「分かってる。でもこれはあっちがあたし達の突撃をそれだけ警戒してるって事でしょ。結局、どっちがどっちの得意分野に相手を引き込めるかって事にかかってるんだよ、これ」

 大内家は受身の戦術が得意らしい。事前に敵を倒す準備を徹底して、相手を迎え撃つ戦い方だ。対する龍造寺家は電光石火の如き攻撃。高い士気と突撃で敵を踏み砕く。まさしく鋒と盾の戦いとなったわけだ。

 ならば、後はどちらが強いかという単純な勝負になってしまうだろう。もはや戦略を語る段は通り過ぎ、戦術によって結果を呼び込むよりほかにない。

「進め! 声を上げよ! 柵を越え、土塁を壊し、大内の弱卒に龍造寺の強さを刻み込め!」

 右翼を任されたエリの一声に感化され、黒い大軍が前へ前へと押し進む。左翼の百武賢兼もほぼ同時に前進の命を下した。

 先陣を切る筑前国の国人衆に続き、龍造寺家の維持を見せようとエリと信胤も馬を走らせる。

 前線から銃火の音が聞こえた。

 激しい轟音である。突撃する軍の足が鈍ったのを見て取った。

「怯むなッ。鉄砲は連射できないッ。この隙を逃すな!」

 誰かが叫ぶ。

 大内軍の一斉射によって、前列がバタバタと倒れた。その屍を踏み越えて、龍造寺軍は柵に向かう。

 再度、銃声が聞こえた。龍造寺家の銃声も多分に混じっているが、大内軍からの銃声がそれ以上に響いてきた事がエリを驚愕させる。

「鉄砲隊を入れ替えて……!」

 なるほど確かに鉄砲は連射ができない。先込め式の火縄銃は、銃を一発撃てば火薬から再装填しなければならないのだ。騎兵であれば、その間に距離を詰める事は決して不可能な事ではない。

 あの柵と土塁は、鉄砲を放つ時間を稼ぐためのものでもあるというのは分かりきったものではあったが、柵に取り掛かる前に二発目が「一斉射」という形で襲ってくるとは思わなかった。

 鉄砲は連射ができない、という正論を頭から真に受けていたために度肝を抜かれる事となった。

 そもそも、鉄砲を戦に大量動員するという事自体が、まだ珍しい時期である。弾幕というものを龍造寺軍はここで初めて経験したのだ。

 柵と土塁の向こうにいる敵は、多くが身を低くして土塁と柵の影に隠れている。そのため、こちらが鉄砲や矢を撃ち掛けても、大きな戦果にはならない。その上、走っているこちらとは異なり、向こうは静止している。命中精度も龍造寺軍以上ではあった。

 それでも、鉄砲が一斉射撃を永遠と続けられるはずもない。一斉射撃の轟音は三度目まで響いたが、その後は散発的な銃声に留まった。交代要員を使いきったのだ。敵は鉄砲を一斉射撃するのではなく、弾を込め終わった者からそれぞれの判断で銃撃する方向に舵を切った。

 これで、弾幕を注意する必要もなくなった。

「進めッ! 弾幕は薄らいだ! 今が好奇だッ!」

 龍造寺軍は俄然勢いを盛り返した。もとより自身の身を省みずに突撃し、敵を血祭りに上げる戦い方でここまで膨れ上がった強兵達である。勢いに乗ってしまえば、痛みも恐怖も感じず我武者羅に戦場を駆け抜けるだけだ。

 そして、遂に降り注ぐ矢弾を突破して土塁まで残り十メートルばかりとなった時、不意に土塁の上に黒い筒が増えた。中央だけで、ざっと三〇ばかりはあろうかという鉄砲である。土塁の向こう側に潜んでいた鉄砲兵が、近付きすぎた龍造寺軍に銃口を向けたのだ。前衛は当然足踏みし、後ろから来る兵とぶつかり合いになる。そこに、再び一斉射撃を加えられた。土塁に現れた新たな鉄砲兵だけでなく、もともと姿を曝していた鉄砲兵からの銃撃も終わっていない。

「うおおおおおおッ、一番乗り……がッ」

 土塁自体はそれほど大きな物ではないので、踏み越えるのは容易である。柵をよじ登り、或いは壊していけば敵陣に飛び込む事ができるのだ。

 だが、それは大きな隙となる。鉄砲といわず、矢といわず、あらゆる刃が侵入者に向けられた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 血風吹き荒ぶ戦場を、紹運は馬上から眺めていた。

 大内家の鉄砲戦術もさすがながら、龍造寺家の鬼気迫る戦いもまたさすがである。攻め手を緩めない龍造寺軍は、大内家の第一陣を多大な犠牲を出しながらも突破した。柵を壊し、土塁を乗り越えて、一兵、また一兵と大内軍に斬りかかる。無論、大内軍も第一陣が突破されたからといって慌てふためく事もない。主力となりうる鉄砲隊は早々に第二陣以降まで撤退させ、弾込めを行わせているし、紹運のように敵部隊との直接交戦に優れた武将もいるのだ。

 戦い方が違うというだけで、敵に勢いがあるかと言えばそうではないと紹運は考える。

 むしろ、上手い具合にこちらの陣中に敵を引き込んだともいえるのだ。

 土塁と柵で戦場は分断されている。こちら側の反撃で撤退しようにも、障害物があって撤退が困難になるとの考え方もあるのだ。

 紹運の視線は戦場から、自分の部隊に戻る。

 彼女の持ち場は左翼の第二陣である。前方からは第一陣を乗り越えんと暴れまわる信常エリや円城寺信胤を大将とする軍勢が迫りきて、敗走する味方の収容に当たりつつ、敵の追撃を防がなければならないという忙しい局面である。

 だからこそ、第二陣の左翼を紹運が任されたと言ってもいいだろう。難しい仕事をやり遂げるには、それだけの胆力と経験と才覚が求められる。勇猛なだけではなく、将として頭が使えなければならないのだ。

 紹運の命を受けた一〇〇〇人が、前に押し出て龍造寺軍に当たる。その背後にいる紹運は、自軍の最も左端に配置した黄金色の筒――――フランキ砲の使用を許可した。

 それは、彼女のかつての主である大友宗麟が南蛮人から購入したこの国で初めての大砲である。

 青銅製の後装砲は先込め式に比べれば威力に劣り、事故率も高いという欠点はある。それでも、野戦で使う分には威力は十分。射程も鉄砲の三倍はある上弾は鉄製かつ球形のため、着弾した後に地面を跳ねる。

 とりあえず、敵が密集しているところに撃ち込めば、相応の被害を与える事が期待できた。

 使い勝手のいい武器ではないが、死蔵しているのももったいない。使えるだけ使って、使い潰してしまえばいいと、この道雪と紹運で一門ずつこの戦場に持ち込んでいた。

 土を盛って造った土台に設置したフランキ砲が、敵が密集している場所を目掛けて火を吹いた。

 目に見えないほどの速さで撃ち出された鉄球が、龍造寺軍を斜めに斬り裂く。土煙が上がり、直撃した敵兵の身体が無残な姿となって地に落ちた。

 右翼を預かる道雪の部隊からも、フランキ砲が放たれて、左右から大砲の挟撃にあった龍造寺軍の中央が俄に及び腰になった。

「なるほど、これが国崩しか。ああ、すごい威力だな」

 これが多量に導入されれば、さすがに今までの戦は通じなくなるかもしれない。

 もちろん、欠点も多いために改良は必要だし、戦況をひっくり返すほどの力はないという事も今の一射で分かった。

 あくまでも戦術を支えるための、一つの選択肢でしかない。

 威力の割りに、巻き込めた兵は存外少ない。費用対効果で見れば、新兵器だと持ち上げるまでもないだろう。

「フランキ砲、さらに撃て!」

 この砲の特徴はカートリッジ式という点にある。

 鉄砲のように弾と火薬を一々押し固める必要はなく、カートリッジを取り替える事で次弾を放てる。

 砲撃音が戦場に響く。

 何発か撃てば、砲身が熱を持ち、砲撃できなくなってしまう。これは鉄砲と同じ弱所であった。紹運は三発だけフランキ砲を撃たせた後、槍持ちから槍を受け取った。

「よし、ちょっとばかり打って出てみるか」

「ハッ!」

 敵の前衛は第一陣と第二陣の間で足止めを食っている上に、第一陣もすべて瓦解したというわけではないので、乱戦状態である。

 紹運は陣を守るに足りるだけの人員を残した上で、五〇〇人を率いて、第二陣を離脱。柵を乗り越えて、第一陣を越えてきた敵と戦う味方を助ける事にした。

 新たな増援に左翼の大内・大友連合兵は活気付き、敵兵は高橋紹運の名を恐れた。

「高橋紹運が通るぞッ。死にたくなければ、早々に立ち去るがいい! そこを退け、龍造寺!」

 紹運が馬上より槍を振るえば敵の喉が掻き切られ、真紅の血潮が噴き出した。

 後に続く兵卒も、よく鍛えられた武士の子達だ。農民出身者が多数の龍造寺軍前衛では気合も気概も及ばない。

「高橋殿、助かりました」

「兵を集めて、落ち着けよ。第二陣まで下がるぞ。わたしについて来い」

 知己の将兵にそう語りかけ、同様の事を声を上げて叫ぶ。自身の手勢を敵にぶつけて撤退の道を切り開く。

「真っ直ぐに第二陣まで下がろうとするな! 味方の鉄砲の餌食になりたいかッ!」

 紹運は馬を駆り、味方を助けて戦場で檄を飛ばす。

 彼女の叫ぶ通り、第二陣は鉄砲兵を再編成して柵から銃口を向けている。味方を撃たせないように、そして味方の射撃の邪魔にならないように、紹運は来た道を引き返し、第二陣の正面を空けた。当然、射線が開けるという事は敵兵の進路が開けるという事である。先走った龍造寺軍の兵が瞬く間に蜂の巣にされ、負けじと前に押し進む龍造寺兵は死者を積み上げながらも第二陣に迫った。

 

 



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その四十八

 大内・大友連合と激突してからさらに二刻。さすがに攻め続ける事もできず龍造寺家の兵卒は疲労と一向に戦局が好転しない状態に厭戦気分が高まっていた。

 左翼を任された賢兼も、兵達の気持ちが十分に理解できている。正直に言えば、この状況を打破する術を賢兼は見出せていない。いや、あるにはあるが決定打を与えられるか不透明であり、そしてあまりにも危険が大きく――――すでに、その策は実行済みだった。

 即ち、敵の抵抗を上回る波状攻撃にこそ、敵陣を突破する光がある。主君である隆信が命じた正面突破はあながち戦術として無意味なものではない。そう思うからこそ、賢兼も苦言を呈さなかった。

 とはいえ、野戦築城というものを賢兼は見たことも聞いた事もないのだから、手探り状態ではあった。そして、手探りのままに突撃を敢行した結果が多大な損害という結末ではあった。

 敵は受身に徹している。こちらから猛攻を受け続けているにも関わらず、頑強な守りは崩せず、矢弾を浴びて龍造寺軍は全体的に看過しがたい損害を受けているはずだ。

 敵に対して与えた損害と自分達が被った損害を比較すれば、この戦が龍造寺軍の今後に悪影響を及ぼすのは言うまでもない。島津軍と雌雄を決するだけの体力までもつぎ込むのは、愚の骨頂ではないか……

「いや、ダメだな」

 この戦場を去るには、少なくとも大内家とは手打ちにしなければならない。交渉の必要はあるが、その際はどうあっても、筑紫平野からの撤退を迫られる事だろう。隆信がそんな条件を飲むとは思えないし、飲んでしまえば二度と龍造寺家は立ち上がれなくなる。

 見れば、敵の前衛も一応混乱はしている様子である。厄介な鉄砲の弾幕も、第二陣を突破された時点で散り散りになっており再構築は難しいはず。となれば、今の内に今まで以上に一気呵成に攻め立てるべきではないか。陣を取り払えば、野戦となる。野戦となれば、勢いがある方に形勢は傾くものだ。被害は大きいが致命的ではなく、勝機がないわけでもなかった。

「ご報告します! 成富様、敵右翼第三陣を突破したとの由!」

「成富殿か、さすがだな。よし、土肥殿に成富殿の援護をするように伝えてくれ」

 武勇逞しい味方の勇戦に元気付けられ、賢兼は久方ぶりに笑みを浮かべた。

 開いた穴から味方を押し込み、穴を広げて敵を追いやる。しっかりと固められた土手が鼠の巣穴から崩壊するように、強固な守りの敵陣も一箇所を破れば瓦解させる事も難しくはない。

 厳しい戦ではあるが、幸いにして負け戦ではない。

「押しているように見えて、決定打は与えられず。しかし、まだ勝機がないと断ずるには早すぎるか」

 ならば、勝機を明確に引きずり出すまで。

 こっちは疲弊しているが、相手もまた度重なる龍造寺家の猛攻に崩れかけている。

 せめて乱戦にでも持ち込めれば、十分に大内晴持の首に槍が届く。左翼を任された自分は、龍造寺軍の左翼全体を安定させる役目があるが、武士の面目というのか、槍を振るい敵陣で暴れたいという思いはふつふつとして消える事はない。徴発されただけの農民達とは考え方が根本的に異なるが、やはり賢兼は武勇で成り上がった生粋の武人なのだ。

 その上で冷静さも併せ持っている希代の将帥でもある。

「全体を前に進める。馬を曳け!」

 前線が前のめりになっている。一度落ち着けるのもいいかとは思ったが、今を於いて好機はない。前と後ろが分断される危険を避けるため、賢兼は左翼を前進させた。

 

 

 龍造寺軍の左翼全体が前に進み出てくるのを輿の上から眺める道雪は、口元を扇で隠しつつ、小さなため息をついた。

「さすがに機微を心得ていらっしゃる」

「四天王とはよく言ったもの。こちらが嫌がる場所を率先して狙ってきますね」

 小野鎮幸は夜の気配を纏う風に靡く黒髪を抑えながら、道雪の言葉を拾った。

「頼めますか?」

「承知」

 何を、とは聞かない。

 鎮幸はそこまで説明されなければ分からない愚将ではないのだ。

 立花道雪の懐刀であり、ここぞという重要な局面を幾度も乗り越えてきた猛将は、馬首を巡らせて直属の配下一二〇人を従えて戦場を迂回。混乱しつつある第三陣に側面から援護に入った。

「逃げるな馬鹿者ども! 臆せば死ぬぞ! 前を向け! 中野、そっちは任せるぞ!」

「ハッ!」

 騎兵が敵に血飛沫を強いながら返答する。戦場に乱入した小野隊は、寡兵ながら縦横に暴れ回り味方の体勢を立て直す時間を稼いだ。

「あれは小野和泉! 立花家中の小野和泉に他ならぬ! 手柄首ぞ!」

 どこかの誰かが声を上げた。

「おう、上等だ。かかって来い! だがな、雑兵風情にくれてやるほど、この首は安くねえ!」

 突っかかってくる敵兵を槍の一閃でたたき返す。鞭のように撓る槍は強烈な打撃武器。馬上からの一撃は鉄製の強固な鎧をへこませて人体に甚大な傷を与えるのだ。

 この世界に時折現れる驚異的な怪力、戦闘センスを持った武将の一人に間違いなく数えられるだろう。

 龍造寺兵を五人ほど手ずから討ち果たした鎮幸は、不意に襲い掛かってきた槍を背を逸らして避け、反撃とばかりに横に槍を薙いだ。常人ならば、この一撃で撃ち殺せるはずの一閃は、獲物を討ち取るには及ばず空を切る。

「てめ」

「相変わらずの剛勇ぶり。心胆が震え上がるようじゃわ」

 鎮幸が目を吊り上げた。

「成富のジジイか」

「戦場での口の悪さも相変わらずか」

 鎮幸に槍を向けたのは、白髪の目立つ男だった。

 成富信種。

 龍造寺家の家臣であり、かつて道雪と戦場で相見えた事のある人物であった。その際に、信種は武勇ではなく言葉を操り道雪の足止めに成功したほどの策略家でもあった。

「爺さんがこんな戦場のど真ん中で何してんだよ。隠居したって聞いたんだが?」

「御家の大事となれば歳など関係あるまいよ。我が身がいまだに役に立つのなら、使い潰しても構わぬ。お主の首一つでも上げられれば、この凡骨にも意味があろうよ」

「何が凡骨だ、死にぞこないが」

 苛立ち混じりに鎮幸は槍を合わせた。

 別に相手が老人だからといって手を緩めるわけもない。戦場に情けは不要であると、心得ている。源平合戦の時代とは価値観が違うのだ。そういう綺麗な戦は上の人間がやればよいこと。戦国の世に生まれた一介の武人は、手柄ほしさに犬のように敵首に食らい付けばいい。

 だが、老齢で体力も筋力も衰えただろうに、信種の武技は若い頃よりも冴えているのではないかと思えるほどだ。

 鎮幸であっても老人だからと甘く見て打ち合えば命の保証のない相手である。

 三合ほど打ち合って、互いに傷はない。その間にも敵味方の怒号と悲鳴が入り混じり、大地が新鮮な血を啜った。

 鎮幸と信種の一騎打ちは、そう長くは続かなかった。

 道雪が送り込んだ第二の援軍が功を奏し、第三陣に深く入り込んだ敵勢の多くが討ち果たされ、龍造寺軍は退却しなければならなくなったからである。

 道雪の下に戻った鎮幸は道雪に謝罪した。

「敵将をむざむざと取り逃がしてしまいました。申し訳ございません」

「相手は成富の御老体。老いてなお衰える事を知らぬ武技に感服こそすれど、彼と互角以上の戦いに持ち込んだあなたを責めはしません。よく働いてくれましたね」

「は、はい。ありがたき幸せ」

 一武人として敵を討ち取れなかった事は恥じるべきではあろう。しかし、将としては命じられた仕事は最低限こなせた。道雪は後者にこそ重きを置く。鎮幸が敵を散らさなければ、右翼第三陣は崩されていたかもしれない。片側が崩れれば、それはもう片側にも伝播する。鎮幸の活躍は、戦全体を左右する重要なものだった。

「鎮幸、怪我はありませんか?」

「問題ありません」

「それでは、いつでもいける準備をしてください。日が暮れる前に、この戦を終えてしまいましょう」

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 道雪が戦の仕上げに取り掛かった頃、龍造寺本陣では隆信が腕を組んで戦の趨勢を見守っていた。

 度重なる突撃命令で前線の兵が疲弊している――――というのは、隆信も重々承知している。戦が始まった当初は最前線を筑後国の国人達に任せていたが、大内家のお家芸とも言うべき鉄砲の釣瓶打ちにたまらず瓦解したのを見るや、隆信は後方から全体を押し上げるように兵を繰り出して筑後国人衆の崩壊を防ぎ、波状攻撃を仕掛けて敵陣の突破を目指した。

 隆信の攻撃は極めて正攻法。肉弾肉壁で矢弾を防ぎ、屍を乗り越えて敵陣を攻略する。死を恐れない兵卒による怒涛の攻撃こそが、大内晴持の首を取る最善策であると承知していた。

 隆信の威は弱卒を死兵に変える。たとえ死しても家族に恩賞が約束されるとなれば、命を賭すのがこの時代の弱者達の在り方であり常識だ。前線の兵にとっては前も後ろも死地なのである。

 そうして送り出した兵の大半が、戦の序盤で討ち死にした。第一陣があった場所の近辺は、すっかり龍造寺兵の屍で埋もれている。

 ここまでやって、まだ第三陣に梃子摺っている。それは、隆信にとって苛立ちの温床ともなる事実であった。

 負け戦は許されないが、現実的には厳しい場面である事も理解している。敵が予想以上に防御を固めていた。日が暮れれば、戦は続けられなくなる。下手をすれば、攻略した敵陣が再構築される恐れもあった。決着を急ぎたいところだが、かといって全力で敵陣にぶつかっていっても無為に命を散らすのみ。

 何かしらの手を打たなければ、隆信が不利になっていく一方だというのは分かっていた。

「御屋形様」

 そこに伝令兵がやって来る。

「怪しき者がおりましたので、ひっ捕らえましたところ斯様な文を隠しておりました」

「何……?」

 隆信は伝令兵が差し出した書状を受け取り、中身を確認した。

「あん? 西牟田が?」

 隆信は眉ねを寄せて、いかにも不機嫌な顔をした。

「御屋形様、如何されましたか?」

「ふん、見てなさい」

 隆信は書状を陣内にいた将達に回覧した。

 書状を見た者は顔色を変えたり、怒気を発したりする者も珍しくなかった。

「御屋形様、これは」

「西牟田に内応の誘い。大内側からの文書でしょうね」

 つまらなそうに隆信は言った。

「ねえ、これを持っていたヤツはどうした?」

「は、それが口の中に毒を含んでいたらしくその場で」

 伝令兵は深く頭を下げた。生かしておけば、事の真相もすぐに分かっただろうに。捕らえた敵兵に死なれたのは、大きな失態であったと言うほかない。

「如何されますか?」

「何もしない。西牟田からは人質も取ってるし、勝利の暁には所領の安堵も加増も約束してる。くだらない離間の計に乗って相手の手の平の上で転がされるのは嫌よ」

 西牟田家は筑後国の国人の中でも有力者である。それを内通を匂わせる書状一枚で手打ちにしたとあっては、いよいよ筑後国人からの支持を失ってしまう事となろう。厳しい戦の最中にそこまではできない。何よりもあからさま過ぎて大内家の言いように動いたと思われるのが癪だった。

 離間の計は戦の常套手段。大内家がこちらに仕掛けてきたのと同じように、こちらも大内家に対して工作を行っている。もっとも、その結果は芳しいものではないのが現状だが。

「これ以外にも出回っているはずよ。手元に届いている者がいれば、即時提出させなさい。噂だけでも立場を悪くする事もあるでしょうよ」

 後になって書状の存在が分かれば死罪もあり得る。そういう脅しは隆信の得意とするところだ。彼女の一言一句が、将兵の生死に関わる。それだけ強い権限を隆信は行使できる立場にあり、実際に行使してきた実績があった。この「強さ」が龍造寺家大躍進の原動力と言っても過言ではないだろう。

「御屋形様、あれを」

 不意に、将の一人が空を見て言った。

 陣幕の中からでも分かる、立ち上る煙。

「狼煙? ――――ッ」

 隆信は床机を跳ね飛ばすように立ち上がり、陣の外に飛び出した。

 煙は西方の山の頂上から立ち上っているようだ。ずいぶんと風が強いのか、斜めに角度をつけている。

 風向きを調べるために煙を上げる事も時にはあるが、あれがそのような意味だとは思えない。

 狼煙は伝達手段だ。文を届けるよりも早く、声を届けるよりも遠く情報を伝達できる。扱いは難しいが、うまく使えば万軍を助ける事にも繋がるだろう。

 問題はあれが隆信の指示によるものではなく、敵方が上げた狼煙だという事だ。戦が膠着状態に陥った今、狼煙を上げたとすれば間違いなく戦局を一変させる奇策に出たという事だろう。

「戦闘準備だ! 大内方が攻勢に出てくるぞ! 気を引き締めろ!」

 隆信は自分でも驚くくらいに大声を発した。彼女の覇気に触発されて、居並ぶ諸将が奮い立ち、自分の持ち場に戻っていく。隆信自身も愛馬に跨り、隣の槍持ちからすぐに槍を受け取れるように準備をした。

 

 

 

 ■ 

 

 

 

 太陽はすでに山の影に入りつつある。

 筑紫平野は明るい橙色に染め上げられ、涼やかな風が木の葉を揺らす。

「風が出てきたか」

 戦が始まってから丸一日、晴持はじっと座ったままだった。ここまでのお膳立ては晴持を中心に進めたが、実際に戦を動かすのは前線の武将である。その中でも突出した才覚と実績を持つ道雪に晴持は最後の一手を任せていた。

 やるべき事は明確で関わる武将達全員が意思を統一している。

 が、成功するかしないかは五分五分だ。奇策は所詮奇策に過ぎず、正攻法の前に敗れ去るのが道理である。

 全十段を数える陣の内、敵は第三陣まで手をかけた。味方の猛反撃により追い返したが、敵もやるもの。やはり鉄砲や矢を撃ち掛けているだけで勝負を決するほど甘くはなかったか。

 戦にはすでに慣れた。この戦いが終わった後には、敵と味方の死体がうずたかく積みあがっているのだろう。その姿は見るも無残なものに相違ない。これまではそうだった。これからもそうだろう。

 ならば、晴持がすべき事はその死体の山に可能な限り味方を入れない事である。野戦築城もそのための手段に過ぎない。臆病風に吹かれたと罵る者もいるだろう。気にするものか。一人でも多くを生かして先に進む事が大内家の躍進に繋がるのだ。

 さわさわと戦場を吹く風は、冷たい追い風だった。

 運が向いてきた兆しであろうか。追い風は矢弾を遠くへ運ぶ。耐え難い死臭も嗅がずに済む。

 戦場にあって追い風は吉兆である。そんな晴持の思いが通じたのであろうか。山の稜線から濛々と狼煙が上がったのである。

「晴持様、狼煙が上がりました!」

 光秀が叫んだ。

 戦いの趨勢を見守るばかりだった黒衣の臣も、いよいよこの時が来たのかと顔を紅潮させている。

「ああ、そうだな」

 努めて冷静に、晴持は答えた。

 タイミングは道雪に任せていた。晴持はただ、彼女の判断を信じて行動するだけだ。

 大きく息を吸って、吐き出した。肺腑の底からすべての空気を抜いてしまったのではないかとすら思えた。

 居並ぶ諸将は言わずもがな、晴持以上にこの時を待ち続けた者達だ。龍造寺何するものぞと意気巻いていた筑後国人。煮え湯を度々飲まされてきた大友家中。そういった面々である。大内家から来た将の方が少ないくらいである。

「立花殿から文字通り決戦の狼煙が上げられた。準備は良いか、などと聞くのは無粋か?」

「無論の事」

「待ち侘びすぎて身体が鈍ってしまいそうでしたがな」

「座っているのは性に合わぬゆえ、早々に出立したいと存ずる」

 等など、頼もしい発言が飛び出してくる。

 晴持は軍配を握り締めて、

「では、決戦と行こう。狙うは龍造寺隆信の首唯一つ。矢弾を撃ち掛け、槍で突き、刃で以て首級を挙げよ。一切の情け容赦なく、日が没するまでに戦場を敵の血で染め上げるのだ!」

「応ッ」

 声という声が重なった。

 武将達が本陣を足早に出て行き、然る後にほら貝が吹き鳴らされた。それは全軍突撃の合図であった。

 柵の後ろに隠れていた連合軍の将兵達が先を争って戦場に踊り出て行く。

 それまで攻撃をするばかりだった龍造寺家の前線は、突然の反転攻勢を受け止められずに散らされてしまった。

 度重なる突撃により陣形も隊列も崩れていた龍造寺家の前線部隊が、波のように押し寄せる大内・大友連合を相手にできるはずがなかったのだ。

 左翼からとりわけ華やかな威を背負った部隊が龍造寺家に襲い掛かった。朱色の総髪を靡かせた高橋紹運とその家臣達である。猛烈な突撃はさながら暴走列車のようだと晴持は思った。彼女の槍の前に敵はなく、彼女の馬が駆け抜けた後には屍だけが残った。

 

 

 

 突進する紹運は味方を鼓舞するべく派手に槍を振るった。目に映る赤は生臭く鉄錆の匂いがする。これが紹運の知る戦場だ。硝煙の臭気が立ち込める戦場ではなく、命と命がぶつかり合い、血の花が咲く戦場こそが彼女がもっとも輝く場所である。

「だあッ」

 ごん、と振るった槍が逃げ惑う敵兵の後頭部を打った。手ごたえからして頭蓋骨が砕けただろう。首を取る必要はなかった。紹運は雑兵の首をいくつ挙げようが手柄とは思わない。取るのであれば、名高い武将の首であるべきだ。そう、例えば紹運の前に立ちはだかる精悍な顔立ちの姫武将など、好敵手と呼ぶに相応しい立ち振る舞いであると見える。

「名のある将と見た! お相手願いたい!」

「もとよりそのつもり。ここから先は通さないよ!」

 紹運の刺突を敵将は辛くも避けた。それと同時に鋭い槍の一撃が斜め下から振り上げられる。

 身を引いて躱すと、紹運は二撃目を牽制とし三撃目で首を狙った。紹運の必殺を敵将は見事な槍捌きで受け流す。馬と馬が絡み合うように戦場を駆け、付き従う互いの家臣達も主人を守ろうと激突した。

「素晴らしい槍捌き。感服したぞ」

「そっちこそ、ここまでとは思わなかった。さすがは音に聞く高橋紹運だね」

「む、わたしをご存知か。名乗りの機を逸してしまうとは恥ずかしい限りだ」

「名乗る必要はなかっただろう。あんたを知らない人間は、もうこの戦場にはいないだろうからね」

 高橋紹運は九国全域に鳴り響く大友家の勇将である。道雪か紹運が戦場にいれば、相対する敵は必ず警戒する。武名を轟かせようとする者は、愚かにも首を狙う事だろう。それだけ、紹運の名は広く知られているのだ。

「わたしも有名になったものだ。が、名乗りがいらんというのならば、そちらも同じ。龍造寺四天王の一人、信常エリ殿と見受けるが如何に」

「正解。雑兵に知られたところで嬉しくはないが、あんたに知られているとなるとさすがに嬉しいね」

 龍造寺家が紹運を警戒するのと同じく、大内・大友連合もまたエリを警戒していた。当然である。龍造寺四天王などと内外から呼び称えられる武将の一人である。ともあれ、エリが身を挺して紹運の前に立ちはだかった事で、高橋隊の進軍は止まった。時を同じくして、後続部隊の援護で体勢を立て直した龍造寺軍は、戦場の至る所で大内・大友連合軍に牙を向き始めた。

 恐らくは、いや間違いなくこの戦に於いて最も多くの血が流れたであろう夕暮れの決戦。この時、道雪が上げた狼煙の意味を龍造寺軍は敵方の総攻撃の合図であると理解した。その理解は大筋としては正しい。道雪は確かに総攻撃のために狼煙を上げたのだから。しかし、理解の仕方を誤った。龍造寺軍が何とか体勢を整えて、敵軍に当たった時、彼等の後方から大地を鳴らす馬蹄の音が響き渡ってきたのだ。

 

 

 

 ■

 

 

 

 男の名は由布惟信。立花家中にあって豪傑の名を欲しい侭にする猛将の中の猛将である。小野鎮幸と並び道雪の信任が厚く、これまでに幾度となく一番槍、一番首の誉れを手に入れてきた。

 そんな男にとって、今回の作戦は余り心地の良いものではなかったというのが正直なところである。

 惟信に与えられたのは一〇〇〇の兵と伏せ兵の指揮官という立場。

 一番槍は疎か、まともに戦場に出る事すらも叶わない状況は相当に鬱憤が溜まるものではあった。

 戦場を囲む山の奥に身を潜め、敵に悟られてはならぬと満足に物見も出せず、銃火と喊声を遠くに聞く。戦が始まってから丸一日。この場に身を伏せて三日は経っている。龍造寺家が攻め立ててこなければ、さらに長い時間を山の中で過ごしていたかもしれない。とはいえ、大いに不満ではあったが、彼の忠誠心も中々のものだ。道雪にやれと命じられれば、最期の最期までその命に従うだけの胆力があったし、だからこそ道雪は彼にこの役目を与えたのである。

 大内晴持が計画した小賢しい策も、嵌ってしまえば確かに効果的。龍造寺隆信は長屋を制した勢いを頼みに盆地の内部深くに入り込んだ。そうしなければ、陣を構える大内・大友連合を相手に満足な戦いなどできないからだ。地の利を大いに活かした味方は、血気盛んな龍造寺軍に上手く立ち回り、守りに徹しながら敵に流血を強いた。そして、今、ほどほどに厭戦気分と苛立ちを高めた龍造寺家を相手に大内・大友連合軍は初めて攻勢に出た。龍造寺軍が逃げ出すのならばよし、立ち向かうのならばそれもよし。盆地の中に入り込んだ時点で策はほぼ完成していた。隆信が敵陣を突破するために、突撃を繰り返したために龍造寺軍は縦に間延びし、兵馬は疲弊している。

「こんだけお膳立てされちゃあ、やるしかないってんだ!」

 戦場から見て南側の山の小道に身を伏せていた惟信の部隊が狼煙を見て走り出す。山を迂回し、龍造寺家の後背を突く。それが惟信達の役割だった。戦場まではかなりの距離があるが、狼煙が上がってから惟信達が戦場に現れるまでの時間調整は道雪達が上手くやってくれる。――――龍造寺家が逃げ腰になり、戦場を離脱してくれれば、惟信達は走る距離が短くなるのでそれはそれで楽でいい。

 どちらにしても、惟信達襲撃部隊にとっては、只管走り、敵の喉笛を噛み千切る事以外に考える事はないのだ。

 戦場が山の影に覆われた頃に、彼等は盆地の入口から現れた。龍造寺家にしてみれば背後に敵勢が現れたに等しい状況である。

「あっ」

 と、惟信は声を漏らす。

 反対側の入口から惟信と同じように盆地に飛び込んできた部隊があった。その部隊は大内家の武将が率いているらしいが、彼の方が惟信よりも先に敵勢に接触しそうなのである。

「うぬ、許せぬ! 負けてなるものかよ! 大内侍に先を越されたとあっては道雪様に合わせる顔がない! 者ども全力で走れ、声を上げろ! 由布惟信ここに有り! 龍造寺の兵卒めが、恐れずしてかかってくるがいい!」

 戦場を山の上から俯瞰する物見には、惟信の突撃は錐のように見えただろう。

 本陣を守るべく惟信に向かっていく龍造寺軍に彼は恐れず突撃し、穴を開けるように敵陣を抉っているのだ。

 同じように背後を取った大内方の武将も勇戦しているが、彼ほど貫通力のある戦振りは見られない。さすが、立花家随一の武将であると言った所であろうか。

 

 

 そして、龍造寺軍はよく持ち堪えていた。

 三方から攻めかかられていても、それぞれにそれぞれの武将がぶつかって上手く凌いでいる。押し込まれている部分もあるが、局地的なものであり大局的には互角の戦いではあっただろう。

 敵の策に嵌りはしても、その策ごと叩き潰すのもまた龍造寺家の攻撃的な戦振りの本領である。

 四天王の中から三人がこの戦場に出ていて、隆信自身もまた後方に控えているとなれば、そう易々とは食い破られない。四天王には及ばずとも名将と言うべき武将も多数いるのだ。

 が、その統率もまた限界があるのは言うまでもない。

 戦況が互角であると分かっているのは、戦場を俯瞰できる立場にある者だけだ。それは後方に控える隆信やその供回りの者か、戦場を離れた物見の兵くらいであろう。実際に刃を交える前線の兵達はただ必死になって敵と「思われる」者を打ち倒すばかりである。西の空から群青が伸びてきたこの黄昏時とも呼ばれる時間帯は、まず以て視界が悪い。昼間ならば敵味方の見分けがついても、混乱した兵卒にそこまでの冷静さは望むべくもない。あちらこちらで同士討ちが散見された。

「西牟田殿が裏切ったぞッ」

 どこからか、そんな流言が飛んだ。もちろん、嘘である。叫んだのは大内家の者だ。だが、真贋を見極める時間も余裕もない。嘘だと分かっているのは、やはり上の者だけだ。そして、時には嘘が真になる事もある。この大内方の攻勢で龍造寺不利と察した筑後国人の一部が本当に裏切ったのである。

「後ろからも敵が来た! 三〇〇〇人を越えているぞ!」

「挟まれちまった! もうダメだ、川の方に逃げるんだ!」

 龍造寺家のものなのか、大内家のものなのか、それとも大友家のものなのか。もはや検討もつかない流言が戦場を飛び交っている。

「下がって立て直します! 妙な事を口走る輩は斬り捨てなさい!」

 馬上で信胤が叫ぶ。高い女性の声は、戦場にあってもよく通る。的確に周囲の兵を落ち着けて、攻め寄せる敵兵をいなしながら下がっていく。自ら前線に立ち、馬上から弓を射放ち敵兵の喉を刺し貫いた。

「信胤様! 信胤様もお早く!」

「分かっています。けれど、一先ずはここを押さえなくてはなりません。このような時こそ地に足をつけなければ混乱を全体に伝えるだけです」

 己が焦っても仕方がない。そう言い聞かせても、龍造寺軍は瓦解しつつある。一度、大きく戦場を離れなければ、この混乱は終息しないだろう。敗走だ。なんとしてでも隆信を戦場から離脱させる。龍造寺家の勝機は潰えた。信胤の目に勝利はもはや見えないのだ。

 立て直すには後方から援軍を呼ぶしかない。しかし、その後方もまた敵の強襲により右往左往している。

「く……こうなれば――――」

 兵を纏めて一点突破を図る。自分の逃げ道はなくなるかもしれないが、敵勢の勢いを大きくそぎ落とし攻撃力を低下させるくらいにはなるだろう。

 信胤が唐突に何者かに突き飛ばされたのはその直後の事だった。味方に囲まれた中であったのに、彼女の視界はひっくり返り、背中から地面に落下した。

「ぐ、くは……ッ」

 喉が熱く、舌に苦味が広がった。

 じわりと痛みが胸から登ってきた。

「信胤様ッ!?」

 家臣が悲鳴のような声を上げた。すぐに撃たれたのだと気付いたが、もう手遅れだった。胸の真ん中を貫いた銃弾は、致命的な傷を信胤に与えていた。

(隆信様……)

 声を出そうとしても出せず、小さく血の塊を吐き出しただけだった。家臣の声も戦場の狂騒もすぐに遠のき、信胤の意識は闇に落ちていった。

 

 銃口から立ち上る薄い煙を振り払うように光秀は銃を家臣に渡した。彼女のさえ渡る一射が最前線で指揮を取る敵将の胸に吸い込まれたのを目の当たりにして、周囲が一瞬静まり返ったほどだった。神憑かっていたとさえ思える一射は、ただそれだけで拮抗を崩すに足る働きをした。

「円城寺信胤殿、明智光秀が撃ち取った!」

 わっと味方が沸いた。

 光秀の武功に続こうと、味方の進撃が激しくなった。四天王の一画を崩された龍造寺軍は、前線を維持できずにずるずると後退していくが、後方の兵も引くに引けず団子状態になって混乱が助長されていく。

 龍造寺軍はすでに軍としての秩序が取れていない。逃げ惑う龍造寺軍と追い散らし、首を取る大内・大友連合という構図が成立してしまったのだ。

 負け戦となった時点で兵卒は戦えない。戦って敵の首を取っても、恩賞がもらえない可能性が高いからだ。ならば、身一つでも戦場を抜け出して故郷に帰りたいと思うのが当然である。主家に尽くそうなどと考えるのは、それこそ武門に生まれた上の者達だけである。

「逃げるな、逃げれば死ぬぞ!」

 必死に声を上げる百武賢兼は突き出される槍をむんずと掴んで、持ち主の首を刎ね飛ばす。すでにいくつの首を挙げたのか分からない。戦功にもならない首を地面に打ち捨て、味方を鼓舞する。

「成富信種、立花家中小野鎮幸が討ち取ったァ!」

 どっと敵兵が喊声を上げた。

 どこでどのように死んだのか賢兼には分からない。

 味方の討ち死にの報も、敵が叫ぶ声を聞くだけで真実の所がまったく不明。この状況だ。真実である可能性が高いが確かめる術はない。

 ただ、彼にあるのは敵を押し留めなければという強い思いだけだった。

 ここで賢兼が退けば龍造寺家の左翼は完全に崩壊する。将が撤退するという事は、将に従うすべての兵力が撤退するという事である。よって迂闊に馬印を動かす事はできないのだ。その行動が軍に致命的な傷を与える事になりかねない。

「ぬおッ」

 賢兼は折れた槍を捨てて刀を振るった。

 雑兵にくれてやる命はないと自身に言い聞かせる。

「ぐ……」

 膝裏に激痛が走った。敵兵に槍で突かれたのだと分かったが、どうでもよかった。槍を突き出してきた者は尽く斬った。右足の膝から下には力が入らないが、馬の腹を締める太ももも、武技を披露する両手も健在だ。また戦える。少しずつ兵を下げながら賢兼は戦った。敵の勢いが味方の退却に勝り、取り囲まれてからも奮戦した。賢兼の供回りは全滅する瞬間まで主人に従い続け、賢兼もまた彼等の死を無駄にするまいと最期の瞬間に至るまで戦い続けた。

 龍造寺軍の、特に前衛は端的に言って疲れていたのだ。

 度重なる突撃で、重い鎧を身につけて敵陣まで駆けていく。銃火が轟く中で、次の一瞬で自分は死ぬかもしれないという恐怖は体力を異常なまでに消費させる。

 それが繰り返された。疲れ果てた前衛は、守りに徹して体力を温存した大内・大友連合に対応できるはずもない。重たい足では逃げる事もままならない。そうして前衛は崩れ落ち、後方もまた挟撃に曝されて龍造寺軍は中央に圧縮されるように押し込まれた。押し込まれたらどうなるか。余計な力は力のかからない方へと逃げていく。戦意を失った龍造寺兵は、逃げ道として西と東の川に向かって逃げ散った。前と後ろから敵が来るのならば、横に活路を見出すほかにないからだ。

 隆信は瓦解した自軍に呆然とする事も許されず、槍持ちから槍を奪い取って自ら構えた。彼女自身が剛勇の将である。

 味方の悲鳴と怒号を踏み砕いて本陣を強襲したのは、いつか戦場で相対した人形のように美しい女だった。

「輿に乗って登場とは、ほんとふざけたヤツ」

 立花道雪。

 大友家と争っていた時には、常に隆信を邪魔していた姫武将だった。

 彼女にとっては輿は鞍であり、輿を操る家臣は愛馬であった。

「これでも、足が動いていた時よりも調子が良かったりするのですよ、龍造寺殿」

「ハッ、言ってろ」

 隆信は獰猛に顔を歪めた。

「降服してください、龍造寺殿。もはや、これまでです。あなたの軍勢は完全に崩壊しました。勝機はなく、降れば悪いようには扱いません」

「ふん」

 隆信は道雪の言葉は鼻で笑った。

「生憎と、もう生き恥を曝すつもりはないんでね」

 今までに散々な苦渋を舐めてきた。幾度も裏切られ、幾度も裏切ってきた。その結末がここに結実するのならば、望むところであった。立花道雪の首を取れば、味方を奮い立たせる事にも繋がるだろう。捕縛されて生き恥を曝すよりも、万に一つの可能性に賭けたかった。龍造寺隆信にも意地がある。

「そうですか」

 道雪の目には何の感情も浮かんでいない。敵意もないし殺意もない。憐憫もなければ興奮もない。その瞳に見据えられて、隆信はぞくぞくとした。道雪は隆信を炉端の石と同じくくらいにしか思っていないのかもしれない。敵と見定めた者は尽く討ち果たす気概をそこに感じた。

 自分がどのような叫び声を上げたのかは分からない。

 隆信は生涯で最高の一刺しを道雪に仕掛けた。その手応えを感じ、直後の雷光を思わせる道雪の一閃でもってその人生に幕を引いた。



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その四十九

 如何なる兵すらも相手にできる自信はあった。肥前国に発し、苦難という苦難をその腕っ節で平らげてきた隆信にとって、敵は自分の前に討ち果たされるだけの存在だった。油断はしていない。ただ厳然たる事実として、彼女を上回る剛の者はいなかった。四天王のように、隆信に匹敵、あるいはある分野に於いて凌駕する者の存在を認知しないでもなかったが、ここ一番という時の勝負強さは、隆信が突出していたのは事実であった。

 どれほどの逆境であっても、覆せると自負していた。得意とする野戦に持ち込み、勢いのままに大内・大友連合軍を蹂躙するのだと、信じていた。彼女のその絶対の自信は、眼前に現れた死神によって打ち砕かれた。

 一合と打ち合う事もなかった。

 常の隆信であれば、あるいは道雪を討ち取る事もできただろう。だが、道雪は「乗って」いた。勝勢に乗り、勝利を確信した雷神は万軍をも屠る怪物となる。足の不自由も、輿に乗っている事も何一つ彼女を弱者たらしめる要素にはならない。隆信の槍を、道雪は物ともせずに白刃の一閃で首を刎ねた。

「龍造寺隆信、討ち取ったり!」

 高らかに宣言する道雪に、戦場が湧いた。

 龍造寺軍は失意と落胆、そして恐慌によって千々に乱れ、蟻の子を散らすようにバラバラになっていく。

 戦場で一国の主が戦死するという事はほとんどない。よほど前に出ていない限りはうっかり死ぬ事を家臣達が許さない。敗色濃厚となれば、真っ先に撤退する必要がある立場である。

 だが、この戦は本陣すらも混乱してしまい、さらに背後を押さえられた事で逃げ道が限られてしまった。敵味方が入り乱れた戦場では、迂闊に動く事もまた死に直結するのだが、どちらを選ぶべきか判断が付かないうちに本陣深くまで攻め込まれたのは隆信の一世一代の失態だったのだろう。

 とにもかくにも肥前の熊と恐れられた龍造寺隆信は、一昼夜にして戦国史から消え去った。残されたのはただ戦場を逃げ惑う龍造寺軍の雑兵だけである。こうなっては、いかな名将であろうと軍を立て直して、仇討ちの一戦に及ぶなどという事は不可能だ。

「龍造寺の大将が討たれたぁ」

「もうダメだ! 龍造寺はもうダメだ!」

「討て、討て! とにかく討ち取れ!」

「追い散らせ! 龍造寺の者どもを一兵残らず討ち滅ぼすのだ!」

 悲鳴と怒号。喊声と奇声。あらゆる声という声があちらこちらで上がっている。今となっては戦場は命を賭けて相争う場ではなく、一方が他方を蹂躙する狩場となってしまっていた。

 隆信の首が挙がったという朗報は、すぐに晴持の下に届いた。情報が情報なので、最初は疑った晴持であったが、戦場の盛り上がり――――龍造寺軍が一挙に崩れていく様を見て、正しい情報であると確信した。

「本当に隆信の首が挙がったのか……」

 これにはさすがの晴持も驚くばかりだった。

 龍造寺軍を壊滅させるつもりで、この会戦に臨んだのは確かだ。しかし、まさか総大将の首を獲れるとは思ってもいなかった。龍造寺軍に壊滅的打撃を与えるという当初目標を達成するだけでなく、その先まで駒を進めてしまえるとは。

 逃げる龍造寺軍はもはや軍としての規律を失い、組織的な行動ができなくなっている。こうなってしまえば、どれほど数がいたところで敵にはならない。龍造寺兵は一人で万の敵を相手にしなければならないのと同じ状況に置かれている。大内の刃にかかるか、大友の槍に突かれるか、はたまた筑後国人の報復の剣に貫かれるか。残された道は少なく、そして過酷だった。

「晴持様、御下知を!」

「ああ」

 促された晴持は僅かばかり言葉を飲み込む。

 戦場から聞こえてくる、ありとあらゆる声が交じり合った雑音に耳を傾けて、

「逃げる者は追うな。まずはこの狂乱を鎮めて、隊伍を整えよ」

「晴持様!? しかし、この機に敵を討つべきでは!?」

「討つべき敵は雑兵共ではない。まだ、隆房達と睨み合っている龍造寺兵一〇〇〇〇がいるのを忘れたか。ここで逃げ散った敗残兵を追い回すより、敗報を聞いて浮き足立った鍋島勢を討ち減らす方が今後のためになる。隊を整え次第、筑紫平野に進軍する」

 心臓が高鳴っている。

 勝利の余韻に浸っていたい。戦は終わったのだから、腰を落ち着けて府中にでも帰りたい。望郷の念が押し寄せてくるのを堪えて、晴持は努めて冷静に言った。

 勝利に浮かれた頭に冷や水を浴びせかける言葉ではあっただろう。だが、あまりに浮かれて騒いでは、どこかしらで躓いてしまう事もあるだろう。思わぬ反撃を受ける事も考えられるし、隆信の死を知った直茂の撤退をみすみす見逃すのも不味い。

「は、はッ」

 伝令が四方に走る。

 法螺貝を吹き鳴らし、狂乱に溺れる兵卒達を我に返らせる。勝利した事で命の危険から解放され、気分が昂ぶっている。今の大内・大友連合軍の兵卒は、目の前にいる敵を殺すだけの機械のようなものだ。法螺貝の音は、そんな彼等の頭にぶちまけられる冷や水の役割を果たしている。

 もちろん、不満もあるだろう。首を取らなければ収入にならない。末端の兵にとっては、ここが稼ぎ時である。

 だが、勝手自由は許さない。

「手柄首はこの先にも転がっていよう。功名を得んとする者こそ続け。雑兵の首に目を奪われている場合ではないぞ!」

 叫び、晴持は手勢を率いて自ら戦場に割って入った。本隊が動いた事でいよいよ全体が引き締められた。鬨の声はお預けである。

 自分の仕事を終えた光秀が配下と共に晴持の傍まで戻ってくる。もとより晴持の警護は光秀の役割の一つである。四天王の一人を撃ち取るという大手柄を上げたのだから、これ以上の高望みはしない。光秀は野心もあれば我欲もあるが、現実主義的な物の考え方をする。今、何をすべきなのかを適切に判断する能力は極めて高い。

「晴持様、ただいま戻りました」

「ああ、光秀。いい活躍だった」

 彼女の銃が敵前衛の総崩れを引き起こしたのは事実である。総大将と一騎打ちをして首を獲った道雪には見劣りするが、光秀の手柄もかなり大きいものだ。大幅加増は間違いない。

「さっそくだが、これから兵を平野にまで進める。気を抜くなよ」

「承知しております」

 さっと光秀は馬首を巡らせた。

 やはり光秀は聡い。すぐさま気持ちを切り替えて次の戦に備えている。

 本陣が前に進むのにあわせて、前線の兵達も次第に隊伍を整えていく。晴持の命を受けた伝令達が前線の将に事情を伝え、将達が自分の手勢に声を荒げて指示を飛ばしている。彼等も手柄が欲しい。これから龍造寺軍の別働隊と戦うとなれば、そこでさらに活躍しなければ数多の好敵手に遅れを取る事になってしまう。

「晴持様。お気をつけください」

「ん?」

 馬を並べる光秀が呟くように晴持に言った。

「上はともかく、下の者達の間には気の緩みが感じられます。このまま鍋島殿と当たって、負けるとは思いませんが……」

「手痛い反撃を受ける可能性は無きにしも非ず、か」

「はい」

 晴持の周りを固めるのは生粋の武士達だ。農兵達の姿は晴持からは遠いものでしかない。しかし、その気持ちは分からなくもないと思う。

 龍造寺隆信を討ち取ったので、この戦そのものは消化試合と化している。隆信を討ち取った時は農兵にとっても特別だった。長陣が続き、その間過酷な戦場に留め置かれた彼等が、ついに生きて故郷に帰る事ができると実感した瞬間でもあったのだ。

 ほっと気持ちが緩んだだろう。勝機に浮かれて武具を振り回していた彼等は我に返った途端に命が惜しくなったに違いない。この上さらに鍋島直茂率いる龍造寺軍と対峙するというのは、厭戦気分を高める一因となるだろう。

 散々この場で戦い抜いたのだ。体力も大きく減っている。駆け足で次の戦場に向かっていても、着いたころには疲労困憊して動けなくなっているのが目に見えている。

 光秀が警告したとおり、功に逸って突出すれば疲労が蓄積した身体が思うように動かず直茂の反撃に会う可能性を否定できない。

 もしも、敵が我が身を省みない仇討ちを決行すれば、こちらは正面から敵を受け止めなければならない立場である。

 だが、そのような事態にはならないだろうとも考えている。

 鍋島直茂は合理的な武将であると聞いている。突撃を好まず、慎重に戦を進めるので隆信の戦い方と彼女のやり方が合致しなかった。今回、隆信が直茂を後方に残したのも、戦の進め方が根本的に異なっていたからだろう。即断即決を旨とする隆信と慎重な用兵を得意とする直茂では要所要所の対処法が正反対だろう。重要な局面にあって指揮系統が二分されるのは具の骨頂であり、その点では隆信の判断は正しかった。ただ、結果がついてこなかっただけだった。

 逃げる龍造寺兵を追い立てるように大内・大友連合軍は平野に分け入った。

 味方の大勝利と隆信討ち死にを叫びながらの進軍である。隆房と睨み合う龍造寺軍の動向に注視しながら、晴持達が前に進んでいった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 劇的な展開を迎えた黒木郷の戦いとはうって変わって、筑紫平野での大内軍と龍造寺軍の睨み合いは小規模な小競り合いを繰り返すばかりで大きな変化がないまま時間が経過していた。

 互いに戦の主役は自分達の主人であると考えている。よって、両者共に相手をこの場に釘付けにしておく事が何よりも重要な役回りであると理解していた。兵力は拮抗しており、将の才覚も同格。となれば、迂闊な攻勢は自軍に多大な犠牲を強いるものとなるのは明白であった。戦の趨勢を握る大将同士の戦いが行われているのは音で分かるが、その内実までは見えない。兵を動かすべきか否か、情報がまったくない状態では判断のしようがなく、結果的に戦は止まったままであった。それは、隆房と直茂の思惑が一致した結果であるとも言えるだろう。申し合わせたわけではないが、自然と相手と自分が同じところに落ち着こうとしているのが分かったのだ。

 隆房も直茂も、今は軍を動かさない。それは、睨み合いの中で両者が行き着いた共通理解であった。

 大内軍の本陣で、隆房は一言も発する事なく座っている。眼前に広げられた絵地図を見るでもなく、武具の手入れをするでもなく、書を読むでもない。ただ、床机に腰を落ち着けているだけだった。

 見るものが見れば、隆房の意識が今、この場にない事がすぐに分かるだろう。幽体離脱のような超常現象を自在にするわけではなく、聴覚を頼りに遠方の戦の趨勢を探っているのだ。

 心配がないわけではない。晴持が決して強い武将ではないという事くらい幼少期より仕えてきた隆房はよく理解しているし、これまで勝利を積み重ねてきたからといって、今回も勝てるとはいえない。勝負は時の運とも言う。運を引き寄せるために幾重にも準備を重ねてきたが、最後にものを言うのは、どちらに勝負の神が味方するかという事であろう。

 そういう勝負強さに関しては晴持は天才を持っているが、相手は肥前の熊。果たしてこれまで通りに上手くいくだろうか。

 心配事はそれだけではない。

 今、大内家出身者の多くは隆房の陣営にいる。それはつまり、晴持の陣営は大内家が中心になっているわけではないという事である。多くはこの土地に縁のある者。大友家や在地国人達からなる烏合の衆だ。晴持をよく知らない者どもが晴持の指示通りに動くであろうか。龍造寺憎しで団結していたとしても、どこかで手の平を返してしまうのではないか。

 大内家は所詮は外様なのだ。戦の趨勢が明らかにならない限り、どこまで行っても他国衆は信用ならない。

 戦が始まってから丸一日。大友家が南蛮から購入したという国崩しの砲音は、晴持が健在であるという事を遠方の隆房達に伝えてくれていた。

 戦の流れが変わったと直感したのは、黄昏時の事であった。砲撃の音が止み、微かながら戦場から聞こえる声の質に変化があった。狼煙が上がり、山を迂回した味方の軍が盆地の中へ突入していく。晴持が勝負に出た証であった。敵を引き付けて側面、あるいは後方から別働隊で切り崩すのは晴持の十八番の一つである。敵よりも多くの兵を用意する事のできる大内家が、効率的に戦を終わらせるために取る野戦に於ける必殺の戦術であった。

 ――――ここで動くのは勇み足か……。

 一武将として、決戦から外されたのは口惜しい限りであった。

 あの場に自分がいれば、我こそはと隆信に挑みかかり、その首を挙げていただろうに。

 だが、隆房に求められているのは、隆信の首を取る事ではない。隆房一個人の手柄ではなく、大内家全体の利益のために行動すべき立場にいる。隆房は今の自分をそのように定義づけした。戦国武将としては稀有な考え方ではあるのだろう。かつての隆房からは想像もできない正反対の考え方だ。

 自分の部隊が戦場で功績を作らなければ評価される事はない。それが、戦国の一般的な考え方だ。

 だが、晴持は違う。

 直接敵と切り結ぶ事も大事だが、そこに至る過程も大切にしている。確実に勝てる準備を怠らず、そのために力を尽くす者もまた彼は正当に評価するだろう。

 隆房はもはや武勇を誇る立場にない。

 軍団の長として、戦の管理と運営を司る立場になった。彼女が戦場で槍を振るうとなれば、それは陶隆房の武名が戦を有利に導くと判断できた時になるだろう。

「陶殿!」

 鎧を高らかに鳴らして陣幕の中に入ってきたのは、冷泉隆豊であった。

「隆豊……」

 隆豊は息を切らせている。よほど急いできたのだろう。表情を見る限りは悪い報告ではない。

「黒木郷から龍造寺兵が逃げ散っています。恐らく若様の策が当たったのではないかと」

「うん」

 やはり、そうか。

 隆房は気付かれないようにしつつ、内心で安堵の吐息を漏らした。

「敵の様子、鍋島勢の様子を探って。敗報を聞けば、撤退するしかない。夜陰に紛れて兵を退くはずだから、一兵でも多く討ち取るよ」

 睨み合いもここまでだ。本隊が敗れたと知れば、直茂がここに留まる理由はなくなる。むしろ、龍造寺家に無理矢理従えられていた筑後国人達が隆房方に鞍替えする可能性が高くなる。

 

 

 

 ほぼ同時刻、直茂の下にも黒木郷の戦いに決着が付いたのではないかという疑義が上がった。

 戦場は直茂のいるところから見通す事はできないが、黒木郷の向こうから自軍の兵が走ってくるのは確認できる。隊列も何もない走り方を見れば、それが凱旋でない事くらいは分かる。

 直茂は報を受けて即座に動いた。

「事実確認を急いでください。それと、情報統制を。敗報が伝わるのは避けたいところです」

 手短に指示を飛ばす。 

 敗北が確実でなくとも、噂だけで士気はくじける。とはいえ、人の口に戸は立てられない。直茂達上層部が必死になって敗報が伝わるのを防ごうにも、下の者達に情報が伝わるのは時間の問題であろう。

 こちらは士気が挫け、敵は士気が上がる。

 隆信やあちらに就いた四天王の安否も気になるところだ。

「鍋島殿。どうなっている?」

 直茂が最初の指示を終えたところにやって来たのは、四天王の一人成松信勝であり、遅れて四天王入りを目指す木下昌直が駆け込んできた。

「目下、状況を確認しているところです」

「鍋島殿の見立てでは?」

「類推でしかありませんが……」

「構わん」

「状況からして、黒木郷での戦がこちらの敗北となったのは、ほぼ確実かと。隆信様や他の四天王の安否は不明ですが……」

 信勝は言葉を発せず、目を瞑って天井を仰ぐ。一方の昌直はカッと目を怒らせて、床を踏み鳴らした。

「だったら、こんなとこで暢気に話なんてしてる場合じゃねえだろ! 御屋形様をお助けしないと!」

「その気持ちは分かりますが、わたし達が動けば大内軍の挟撃に会います。すでに日が没し素早い行動は困難、この上大人数の渡河は大きな隙を生む事になります」

「な……お、お前」

 昌直は絶句して、わなわなと震えだした。

「そ、それでも御屋形様の義妹なのかッ! 真っ先にお前が助けに行かなくちゃならないところだろうがよッ!」

「わたしは隆信様より、この戦場と兵を預かった身です。木下殿の仰る事は分かりますが、考えなしの行動は我が身を、引いては龍造寺軍全体を危険に曝す行いとなります」

「この――――」

 直茂の毅然とした態度が気に触ったのだろう。昌直はさらに顔を紅くして言い募ろうとした。

「そこまでにしろ木下。全軍の指揮を任されているのは鍋島殿だ。頭を冷やせ。御屋形様がお討ち死にされたと決まったわけでもない。軍規を乱して御屋形様の不興を買う事もあるかもしれんぞ」

「ぐ、ぬぅ……オレは、兵のところに戻る。いつでも出られるようにしておくからなッ」

 そう言い残して、昌直はズンズンと足音を立てて去っていく。

 昌直の背中を見送って、直茂はため息をついた。

「大変だな、鍋島殿」

「あ、申し訳ありません」

「俺も気が立っていた。昌直がああ言わなければ、俺が言っていただろう」

「それは……」

「いや、鍋島殿が正しい。感情的に動けば我が軍は全滅する。今こそ冷静に対処するべき時だ」

 信勝の落ち着いた声に、直茂は助けられる思いがした。

「御屋形様の生死如何を問わず、この戦は俺達の負けだ。となれば、いつどのように撤退するかが鍵だ」

「退くのならば今夜中に。ですが、御屋形様の安否が分からぬ以上は兵を完全に退く訳にもいきませんが」

 隆信が無事ならば、どうにか戦場を逃れてくれているのならば、昌直が行ったとおりすぐにでも軍を差し向けて救出しなければならない。龍造寺家は隆信がいるからこそ纏っていられるのだ。隆信を失った龍造寺家は、もはや龍造寺家の枠組みを維持できない。

 一方で、もしも討ち取られているのであれば、すぐにでも兵を退くべきだ。一兵でも多く肥前国に帰し、隆信の親類を探し出して龍造寺家を守り立てなければならない。再出発には、それだけ多くの兵力が必要になる。

「ご注進!」

 軍師と四天王の一画。龍造寺家に於ける頂点の二人が思い詰めた表情を浮かべるところに、息を切らせてやってきたのは、物見の一人であった。戦場を観察し、隆信と連絡を取るために、直茂が放っていた者である。背中に矢を受けながらも、ここまで辿り着いたようだ。

「はあ、はあ……ぐ、鍋島様に、至急お報せせねばと」

「分かった。聞こう」

 落ち着けとも、座れとも言わない。この男はすでに死に体だ。

「御屋形様……お討ち死に……立花道雪との一騎打ちにて、首を取られましてございます!」

「――――ッ」

 直茂は絶句し、信勝は目を見開いて物見に迫った。

「真か? 嘘をついているのではあるまいなッ!? 冗談ではすまされんぞッ!?」

 ぐいと信勝が物見の襟を掴む。

 物見は小さく咳き込んで、膝から崩れた。瞳孔が開いていた。背中の矢が致命傷となっていたのだ。信勝が手を離すと、音を立てて物見の男は倒れて二度と動かなかった。

 痛い沈黙が室内に満ちた。

「撤退です」

「鍋島殿」

 直茂は唇を噛み、拳を握り締めた。

「彼が命懸けでもたらしてくれた報を無駄にするわけにはいきません。大内軍は嵩にかかって攻めてくるでしょう。夜陰に紛れて、少しでも多くの兵を肥前に連れ帰らなければなりません」

「……仕方あるまい」

 信勝が踵を返した。

「どちらに?」

「玉薬のところだ。妙なところで激発されても困るだろう」

 疲れたように笑みを浮かべた信勝は、そう言って直茂の下を去った。

 外に出る。

 信勝自身、どうしたものかと思っているところではあった。隆信が死んだというのが、信じられないというのが本音である。悪い冗談だといわれたほうが納得できる。あれほど生命力に富んだ女が、屍を曝すとはどういう事だと。

「世の無情を感じずにはいられんな」

 と、そんな事を呟いた直後である。前方から先ほど見た顔がやって来るではないか。

「木下か。ちょうど良かった。お前に話がある」

「成松殿、オレはまず軍師殿に話がある。申し訳ないが、後にしてくれ」

「恐らく、お前の話と関わりがあると思うがな。鍋島殿から伝言だ。お前には先に伝えておかねばと思ってな」

「伝言?」

「撤退だ」

 ガツン、と派手な音がした。

 昌直が壁を殴りつけ、壁板に穴が開いたのだ。

「隆信様が討たれたってのは、本当なのか?」

「物見が命懸けで情報を持ち帰ってきた。お前が出て行ったすぐ後の事だ」

「だったら、だったら何で撤退なんだ!? 仇討ちが先だろッ!? こっちには一〇〇〇〇の兵がいる。陶の抑えにいくらか残したって、まだ戦えるだろ!」

「木下。気持ちは分かる。だが、それは将の考えではない。今、俺達がするべき事は仇討ちではなく、敵の追撃を躱して撤退する事だ。そうしなければ、仇討ちの機会も訪れん」

「……ッ」

 ギリリ、と音が鳴るほどに昌直は奥歯を噛み締めた。何を言っても信勝は動かないだろうし、昌直を通す事もないだろう。

「御屋形様の事はこれ以上他言するな。士気に関わる。この上筑後衆が離反されては、撤退どころではなくなる」

「ッ……分かりました」

 昌直は納得したわけではなかったが、かといって問答を続けても意味がない事くらいは感じている。信勝が立ちはだかったおかげか、多少は頭も冷えた。

 敵に気づかれずに撤退するのは困難を極めるが、出来る限りの時間稼ぎをしたいところである。ならば、昌直が仇討ちを叫べば叫ぶほど、隆信が討たれたという情報が広まってしまい、時間稼ぎも何もなくなる。

 こうなっては仕方ない。昌直は悔しさに自刎しそうになりながら、頬を叩いて気持ちを切り替えた。

 

 

 

 太陽はすでにほとんど沈んでしまった。黄昏時は終わりと告げて、月明かりが支配する夜がやって来た。

 幸いにして雲ひとつない快晴だった。夜になってからもそれは変わらない。心もとない月明かりではあるが、正真正銘の真っ暗闇よりは遙かにマシというものだ。

 筑紫平野を流れる川の向こう側から、敗残兵達が逃げてくる。それを追いかける大内・大友連合の足音も徐々に大きくなってきた。

 龍造寺軍はここに来て己の敗北を悟った。上層部が隠そうとした情報も、目視で確認できるまでになれば隠しようがない。 

 直茂は、味方の大半に敗報が伝わりきる前に指揮官級の武将達には撤退を伝えていた。とにかく、これは敗走である。暗くて視界の悪い中、真っ直ぐに肥前国まで逃げ帰る。侵略するための戦から、生きるための戦へと形は大きく転換した。

 撤退を開始してすぐに、背後から怒号が上がった。陶隆房が追撃を命じたのは明らかだった。勝利に勢いに乗った大内軍が、龍造寺軍の末尾に食らいついた事で久方ぶりに両軍は衝突する事となった。

「とにかく走れ!」

「もうダメじゃ! 龍造寺はもうダメじゃ!」

「足を止めるな! 追いつかれたら、殺されちまうぞ! 逃げろ逃げろ!」

「助けてくれッ! 死にたくないッ!」

 部隊の後方では攻め寄せる大内軍の追撃隊と龍造寺軍の殿との間で激しい銃撃戦が起こっている。逃げる方も追う方も必死だった。龍造寺軍は隊伍を整える事もできず、我先にと逃げる。鎧を着ていては走る事も儘ならぬと道々に脱ぎ捨て、刀を捨て、兜を捨てて身軽になって走っていく。大内軍の矢弾がそんな無防備な龍造寺兵を背中から貫き、足を負傷して動けなくなった者は例外なく無情の刃に斬り刻まれた。

 平野部での戦だった事も災いして大内軍に追い回される龍造寺軍は多大な戦死者を出して肥前国まで逃げる事になった。筑紫平野に横たわる屍の九割近くが龍造寺兵だとされ、隆信がこの戦に動員した約二〇〇〇〇人の内、七〇〇〇人もの人命が無為に散ってしまった。何よりも龍造寺隆信という絶対的支柱を失ったのはあまりにも大きな痛手であり、龍造寺家を頂点とした肥前国の支配体制そのものが揺らぐ結果となってしまったのであった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 戦国時代の戦というのは単なる殺し合いの場ではない。武士同士が互いに将来を賭けた戦いをしている傍らで、商人達は先を挙って武具や薬、兵糧を売り歩き、白拍子は将士の下を尋ねては春を売る。数こそ少ないが男娼が姫武将の相手をする事もあるという。とにもかくにも、戦場というのは多くの人と金が動くため、戦そのものとは無縁であってもそこにやって来る人を目当てに商売をする者がたくさんいるのである。

 また、倒れた兵の屍から鎧や刀を奪い商人達に売り飛ばす事で生活費を稼ぐ者もいる。戦利品である。軍律の厳しい大内家でも、こうした行為を咎める事はないし、末端の領地を持たない兵卒は、これこそが収入源である。禁止すれば、兵が集まらなくなるし戦場に屍や武器をいつまでも打ち捨てるわけにもいかないので、むしろ助かるという側面もあった。

 そうした戦場を渡り歩く商人の中には、人身売買を生業とする商人もいる。家を焼け出されて帰る場所を失った農民や、敗残兵を捕らえて売り飛ばすのである。戦国時代は各地で戦が行われている事もあって、どこも人手不足だ。大きな戦があれば、それだけ多くの商品が手に入る可能性が高まる。

 そうした理由で、戦場の周辺で手頃な商品を探し回っていたある人買いが見つけたのは、槍が折れ、剣を失い、鎧兜も泥に塗れて気を失っていた姫武将であった。

 恐らくは龍造寺家の姫武将であろう。まかり間違って大内方の姫武将を捕らえてしまえば、後でどのような罰を受けるか分かったものではないので、人買いは姫武将の持ち物から龍造寺家のそれなりの身分の将である事を確認した上で下郎を使って荷駄に乗せた。

 身分ある姫武将というのは、商品の中では特上である。男女で比較すれば、女の方が高価なのは言うまでもないが、その上で姫武将という身分があれば極めて高価な値がつく。が、しかし扱いに注意しなければならない存在である事も事実だ。本人が異常なまでに強く、人買いが打ち殺された例は枚挙に暇がなく、また姫武将の首に多額の賞金がかけられている場合もある。その反対に、姫武将が所属していた大名が、金銀と引き換えに引き取ろうとする場合もあるので、どこに売り飛ばすのかという点でも頭を悩ませた。

 何にしても生かしておくべきではあるが、龍造寺家に連れて行くのか大内家に連れて行くのかで扱いは変わるだろうし、彼女の身分がそれほど高くないのならば、そこそこの身分の武将に金銀と引き換えに引き渡してしまうのも有りだろう。下手な扱いをしてあらぬところから恨みを買うべきでもない。

 首を取るのか、身体を取るのか、それは大内方の買主に任せるとして、人買いは懇意にしている武将のところまで龍造寺の姫武将を連れていく事にした。

 

 

 

 信常エリが目を覚ました時、そこは暗く寒い土の上だった。身動きを取ろうとしたが、後ろ手に縛られていて動けない。どうやら、敵に捕縛されてしまったらしいという事はすぐに分かった。

 戦が終わってどれくらい経ったのかまったく分からない。

「お、なんだ目が覚めたのか」

 ぼう、と辺りが赤くなった。

 火を持った男がやって来たのだ。そのおかげで、ここが放棄されたあばら屋の中だという事が分かった。

「あんた、誰だ?」

「口の利き方に気をつけるんだな。今日からあんたの主人になるんだからな」

「は? 何言ってんだ。いいからこの縄を解き、ぐ……!」

 男はエリの口を手の平で塞いだ。

「あんまり騒ぐんじゃないよ。俺はあんたを匿ってやってんだぜ、信常殿」

「……んぐ、ぐ」

「まさか、あんたが人買いに連れられてくるとは思わなかったがよ、いい買い物だったぜ。あの人買いはあんたがそこまで身分の高い女だとは思ってなかったみたいだが、戦場であんたを見てた俺はすぐにピンと来たんだわな」

「……ならばすぐに討てばいいだろう。手柄首だぞ」

「だろうなぁ。今からでもあんたを連れて上に出向けば、加増も間違いないんだろうが、かといって上玉をむざむざ殺しちまうのももったいない。まあ、あんたら龍造寺に滅ぼされた連中だって、同じ目に会ってきたんだろうし、因果応報だと思っておけよ」

 男の発言は大いにエリを怒らせるものではあったが、一方で事実でもあった。戦国の常で、勝者が敗者を辱めるというのは珍しい事ではなかったし、高貴な身分の者が下女下郎に貶められて使役されるのも下克上が罷り通るこの時代では当たり前の事であった。

 かつて姫武将であった者、貴族の血を引くという美しい姫、そうした者達が身分卑しい立場になったのをエリも目の当たりにしているし、男の言うとおり龍造寺軍に蹂躙された土地の娘が売り買いされる事もあったわけで、その順番がエリに回ってきたに過ぎない。

「龍造寺が終わっちまったんだ。龍造寺の四天王なんぞ、金にはなるがそれ以上の価値はないし、この戦で俺も大分稼がせてもらったからな。特上の上玉を金に換えるようなもったいない使い方はしないのさ」

「龍造寺が、終わっただと……馬鹿を言うな、ふざけた事を」

「ん? ああ、あんた戦が終わる前に気絶しちまったのか? そうかい、そりゃ残念だったな。あんたの大将、龍造寺隆信は道雪様が討ち取ったぞ。龍造寺軍は崩壊、這々の体で肥前まで逃げ帰ったって話だ」

「嘘だ。嘘だ、そんな……隆信様が、討たれたなんて……」

「これから首実検だってよ。まあ、あんたには関係ないんだけどな」

 男はエリの髪を掴む。

「離せ……!」

「騒ぐなっていっただろ。声を聞いて来たヤツがいても、ソイツは俺の味方だ。末代までの恥を曝していいっていうのなら、声を出しても構わんけどな」

 エリは憎悪を交えた表情で唇を噛み締める。

 これから行われる事は戦場に出ていれば覚悟すべき事ではあったが、だからといって受け入れる事ができるはずもない。彼女にも龍造寺四天王としての矜持がある。

 このような結末を断じて受け入れる事などできるはずもなかった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 晴持にとって、最も嫌な仕事の一つが首実検であった。今回は乱戦になり、敵が大敗北したために高い身分の首も多く、晴持の仕事が増えたのであった。

 度重なる戦で大分慣れたとはいえ、人の生首を見るのは耐え難い。戦の最中であれば、興奮しているし、晴持も死にたくはないのでそれほど気にならないが、すべて終わって平静を取り戻した後で改めて首を見るというのは、精神衛生上良くない。

 しかし、首実検は平等な論功行賞に欠かせないものであり、戦の終わりを告げる大切な儀式でもある。

 このために命を賭けて敵と戦っているのだから、総大将が浮き足立っていてはいい笑いものとなってしまうだろう。

 これは正式な戦で敵を討ち取ったのだと証明する場であり、敵将に敬意を示す場でもある。大内家の者として、疎かにするわけにはいかない。

 首実検に持ち込まれる首は、基本的に騎馬武者以上の手柄首。黒木郷の合戦の時の首だけで数十個だ。百武賢兼の首や円城寺信胤の首等他国に轟く者達の首が並び、そして龍造寺当主、龍造寺隆信の首は大きなどよめきと共に迎えられた。

 晴持は首実検の後で懇ろに弔うのはもちろんの事、隆信の首を肥前国に帰すために首桶に入れさせて、まずは近くの寺まで運ばせた。

 首実検が終わって、晴持は深くため息をついた。

 十人ばかりの傍仕えの者と共に天幕から出て、星を見上げた。

 煌々と焚かれる篝火の灯りが夜空を照らす。夜闇でよく見えないが黒木郷には、数え切れない死体が転がっている。

 敵と味方、合わせてどれくらいになったのだろうか。隆房の追撃によって、筑紫平野に死体の道が築かれた事もある。龍造寺家が動員した兵力の内、どれくらいを削り取れたのか気になるところである。

「若様!」 

 やってきたのは隆豊であった。鎧を着てはいるが、その身のこなしは平時とさほど変わりはない。見た目とは裏腹に、彼女もまた武士として数多の戦場を渡り歩いてきた猛者なのだ。

「隆豊、何か久しぶりだな」

「はい、お久しぶりです。この度の大勝利、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

 屈託なく笑う隆豊に癒される思いである。

「若様」

「どうした?」

「いえ、お顔色が優れないご様子でしたので。どこか、お怪我を? それとも、体調が優れないとか?」

「大丈夫だよ。ただ、ちょっとだけ疲れただけだ。まあ、俺の疲れなんて、必死に戦った皆にしてみれば大した事はないのだろうけどな」

 大将は後ろに座っていただけだ。最後の最後に全軍を動かすために多少を前に出たがそれだけだ。人によっては十キロ以上の道を敵を追いまわして走りぬいたりもしている。肉体的な疲労も精神的な疲労も、今日はかなり溜め込んでしまっただろう。

「隆房は?」

「西島城にて、周囲の警戒に当たっております」

「そうか。働き者だ」

 もう夜も遅いというのに。いや、だからこそか。戦いに勝利した後の気が緩んだ隙を狙ってくる敵もいる。今回は敵軍を徹底的に痛めつけたので、反撃の余地は残っていないはずだが、古来の戦を紐解けば、勝利の後に反撃を食らって甚大な被害を受けた例もある。

 今、陣営内は二つに別れている。

 一つは疲れて昏々と眠りに落ちている者。もう一つは戦勝を祝い、興奮して眠りにつけぬ者。晴持はそろそろ前者に続きたいところだったが、今眠ってしまうと生首が夢に出そうで寝るに寝れないのであった。

「御大将であらせられますか」

 静かな声が晴持に届いた。

 その声は聞き覚えのない女のものだった。兜を深く被り跪いた兵が、晴持に声をかけたのである。血塗れの鎧兜はところどころ欠けていて、激戦を潜り抜けてきたのだと分かる。彼女の傍らには、一つの首級が置いてある。

「誰だ? 実検の続きは明日行う事になっているぞ」

「は、しかしそれは困ります」

「何故だ?」

「わたしに明日はありませぬゆえ」

 ぬぅ、と女から何かが伸びてきたような気がした。

 それは、彼女の傍に置いてあった一本の槍だった。その先端が、恐ろしく滑らかに晴持の顔面に吸い込まれる。その僅か前、晴持は咄嗟に顔を背けて一撃を避けた。

「ッ……」

 驚くべき動きだった。跪いた状態から、一瞬にして槍を携えて晴持に飛び掛ってきたのである。彼女が跪いていなければ、もっと速く動いていただろう。

「若様ッ!」

 隆豊が悲鳴を上げる。

 晴持の近衛が刀を抜き放ち、斬りかかった。

「邪魔ッ」

 憤怒の叫びだった。

 女は槍を振り回して近衛の胴を叩き、乱暴な足技で蹴り飛ばす。ほんの僅かな交錯で三人が弾き飛ばされ、晴持にさらに槍を突き出した。晴持は刀を抜いて応戦し、穂先を反らす。耳障りな金属音が響き、晴持と入れ替わるように隆豊が女を斬り付けた。

「んああッ」

 隆豊の斬撃を、女は兜で受けた。兜の装飾に隆豊の刃が引っかかって、兜が飛んだ。露になったのは、金糸の美しい髪と怒りに打ち震える美女の面貌である。

「邪魔だってのッ」

 隆豊が斬り返す前に、女は隆豊の腕を掴み振り回して投げた。小さな悲鳴を上げて地面を転がる隆豊と隆豊を投げた勢いを利用して晴持に槍を突き込む女武将。

 とてつもない槍の名手である。隆房に稽古をつけてもらっていなければ、三合と持たずに討ち取られていただろう。

 彼女はきっと龍造寺家の誰かだろう。顔も知らない相手に狙われる理由に心当たりがありすぎて困る。

「大内晴持、覚悟!」

 必死に晴持が女の槍を防ぐ。五合目を凌いだ時、彼女の顔に苦悶の色が浮かんだ。隆豊が後ろから女を刺したのである。

「ご、ぐ……!」

「ッ」

 口から血を漏らす女の首を、晴持は一刀の下に斬り落とした。鮮血が吹き上がり、生暖かい血が雨のように降り注いで晴持の身体を濡らす。

「若様……若様、お怪我はッ!」

「大丈夫、掠り傷があるくらいだ。はあ……死ぬかと思った」

 ほっとした。

 人の命を奪って、自分が生きている事に安堵する。そんな自分がいる事に、内心で驚くと同時に納得する。

 騒ぎを聞きつけて人が集まってきた。

「あ、この者は……龍造寺四天王の信常エリでございます。間違いございません」

 ある者が首を見ていった。

 戦場で彼女と見えた事があるという。

 戦が終わった後で、じっと身を潜めて機会を窺っていたのだろう。どこに潜んでいたのかは分からないが、他人の鎧兜と首を調達し、首実検に託けて晴持に近付いたのだ。

「素晴らしい剛の者だった。懇ろに弔ってやりたい」

 晴持は命じてエリの遺体を無碍に扱わないようにさせ、隆信の首と同じく寺に運ばせるようにした。

 命を狙った敵とはいえ、こうなっては仏である。恨みや憎しみを感じるほどの付き合いもない。晴持にとってエリはほんの一瞬、雷のように現れて消えた脅威の一つでしかなかった。だが、それでも胸に刻まれる事はある。敵にも家族がいて、家臣がいる。戦というのは、どこまで言っても大内家と大内家に味方をする者達が繁栄するために、他者を貶める行為に他ならないのだ。

 初めから分かっていた事だったし、これから先も続いていく事でもあった。晴持の仕事は、味方を一人でも多くこのような目に合わせない事である。そう、実感した。

 

 

 

 

 

 

 轟々と燃え盛る高森城は肥後国の東に位置する城である。

 現在、島津家の肥後攻略戦に於ける主戦場は駒返城だが、そこからそう距離は離れていない。どちらも阿蘇山の南東部に位置している

 この城は、城主である高森惟直によって固く守られていたのだが、義弘が率いる駒返城攻略部隊の後方を突くために兵を繰り出したところを、密かに忍び寄っていた歳久の手勢一五〇〇に攻め寄せられて陥落した。

 義弘の部隊が駒返城からの反撃により、大いに乱れて壊乱したという誤情報を掴まされ、まんまと外に引きずり出されたのが運の尽きであった。

 高森軍は最後の最後まで頑強に抵抗したが、結局、当主諸共力尽きて、城を枕に討ち死にした。

 別に戦略的に大きな意味を持つ城ではなかったので、ここを落としたからといって歳久に然したる感慨があるわけでもない。

「歳久様、火急の報告が」

「何事ですか」

 巨大な松明を眺めながら、歳久が尋ねる。

「昨日、龍造寺軍が大内軍に敗北。龍造寺隆信が討ち死にしたとの由」

「……それは本当ですか?」

「は、ははッ。間違いございません。陶隆房と対峙していた鍋島直茂等も昨夜の内に肥前国まで撤退。筑紫平野には、龍造寺兵の屍が幾重にも折り重なっている模様です」

「そうですか。その話、もっと詳しく聞かせてください」

 聞けば聞くほど耳を疑う話ではあった。

 戦場に誤報は付き物で、総大将が討ち取られた等という話は十中八九嘘である。とはいえ、黒木郷に引き込んだ上で後方から別働隊を突撃させる戦法は、大内家、特に晴持が好んで使うものであり、その威力は極めて大きい。似たような戦術――――釣り野伏せを操る島津家は、晴持の戦い方の恐ろしさを知っている。聴き取った黒木郷の地形に敵の大軍を招き寄せれば、確かに逃げ道を塞いで敵軍を徹底的に叩きのめす事ができる。かなりの賭けではあるが、その賭けに成功したのだとすれば、隆信の討ち死にも強ち間違いとは言い切れない。

「なるほど、大内晴持ですか」

 何となく、気に食わない相手だ。島津家のお家芸を真似て結果を出している辺りが何とも小癪。

 龍造寺家が大内家に負けただけならば島津家には大きな損はない。しかし、隆信まで死んだとなれば、今後の方針も含めて考える余地はある。

 このまま肥後国の攻略を進め、来るべき時に大内家との決戦に及ぶのか。それとも、肥後国の攻略を棚上げして大内家と和議を結び、支柱を失ってぐらつく肥前国に兵を送り込むのか。

 島津家がどこまで戦い続けるのかという根本的な問いにも関わる重大な問題である。大内家と戦うのであれば、島津家は際限なく戦いを突き詰めていく事になるだろう。一方で大内家と和議を結べば、島津家の拡大政策には歯止めがかかる。以後は内政に力を注ぎ、勢力を維持する方向に舵を取る事になるだろう。

 どちらが島津家にとってうま味があるのか。

 その答えを近く出さなければならない。少なくとも、大内家がこちらに矛先を向ける前に。

 

 




なおエリを買った男は後日首をへし折られた姿で発見されたのだとか


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その五十

 龍造寺隆信の戦死。

 その衝撃的な報せは、瞬く間に九州中を巡り巡った。圧倒的な力で敵を討ち、従属させてきた肥前の雄は、その存在そのものが龍造寺家を安定させる重しであった。その重しがなくなれば、燻っていた不満の火が燃え上がるのは必然とすら言える。 

 筑後国人は龍造寺家に送った人質と大内家への臣従のどちらかを迫られる事となった。

 筑後国での戦いから五日。晴持は筑後国の仕置きを家臣に任せて府内に戻った。

 大友家の本拠地である府内は、おそらくは九州で最も栄えた貿易都市である。そのため、複数の街道が方々に向かって伸びており、交通の要衝としても重要な位置付けがされるのだ。

 龍造寺家との戦は、大内・大友連合軍にも相応の被害を出したものの快勝というに相応しい結果であった。

 府中での戦勝祝いは大きく華やかに行われ、龍造寺退治の話は多分に誇張されて市井の間に飛び交った。

「此度の戦で筑後を制したはいいが。さて、どうなる事か」

 戦は勝ってからの後始末が大変なのだ。論功行賞は人心掌握の基本であるし、筑後国は石高が高い割りに領土そのものは大きくない。大内方に就いた国人の所領を安堵しつつ、功のある味方に領土を分割するのは、中々に骨のいる作業である。もっとも、大内家の当主はあくまでも義隆である。晴持は義隆に諸々の状況と活躍した者の名を公正に報告する仕事があった。ここで手落ちがあると後々まで引き摺る面倒事が起きる事もあるし、刃傷沙汰を誘発する事もある。皆、手柄のために命を賭けているのだから、当然と言えば当然である。

「おや、そちらにおわすは兄上様ではありませんか」

「人を食ったような口調でなければなあ、と思ったりもするよ」

 やたら丁寧な言葉でありながら、口の端が小さくあがっていたり目元が笑っていたりと小憎たらしい表情を隠そうともしない義理の妹分に晴持は毒気を抜かれた。

 さらに言えば、晴持に与えられた館の中である。大友家の当主がここに自由に出入りしているのは、前からではあるがやはり事前に一言欲しいところである。廊下に出てみたら、何故か金髪のツインテール娘が立っているのだから、顔には出さずとも驚いてしまう。

「晴英殿もお元気そうで何よりです」

「殿はヤメロ殿は。うぅむ、寒気がするじゃあないか」

 心底いやそうに。気持ち悪そうに晴英は顔を歪めた。晴持と彼女は義理の兄と妹。正確には晴持の義理の母の従妹であるが、年齢が近く、大内家と大友家の関係から晴英は晴持を「兄」と呼んでいる。

 彼女が何を思っているのかは、正直晴持も掴めない。出会ってからそう時が経ったわけではなく、晴英の性格が妙に捻れているように思えるからだ。

「で、晴英はどうしてここに?」

「理由がなければ会いに来てはならんのか? わたしは親族だぞ?」

「戦が終わった直後。そっちだって慌しい頃だろう」

「といっても、大まかな仕事はわたしがしなくてもいいからな。人に任せて問題ないところは、とりあえず人に任せている。わたしのためなら馬車馬のようにこき使われたいと申し出る輩は、存外多いのだ」

「大友もそれでいいのかって感じだな。まったく……」

 とはいえ大友ブランドを捨てるに捨てられないのが、大友家の重臣達の本音でもある。前当主を追い落としてまで晴英を担ぎ上げたのだから、今更前言を撤回する事などできはしないし、状況が好転しているのも事実ではある。大内家の下に就いたといっても九州での影響力は最低限保持している。今の大友家は、大内家への窓口として方々の国人から頼られるという新しい在り方を確立しつつあるのだ。それに大友家はもともと貿易国家でもある。大内家と結び付く事は経済を回す上でも大きな意義がある。大内家の後ろ盾を持つ晴英は、今の大友家にはなくてはならない存在だ。晴英の人格や政治手腕を度外視したとしても、ただそこにいるだけで価値がある。

「龍造寺が討たれた事で、我が大友を苛む厄介事の一つが消えたのだ。もとより、龍造寺とうちは犬猿の仲だったからな。喜ぶ者はかなりいる。戦勝の宴も盛大に催されるぞ」

「そうか。じゃあ、楽しみにしている」

「乗り気でないな……大将がそんなんでは士気に関わるぞ?」

「分かってるよ。ただ、厄介事の中でも最大の厄介事が消えていないからなぁ」

 晴持が素直に筑後平定を喜べないのも、まだ戦そのものが終わっていないからである。九州で最強の戦闘能力を持つといっても過言ではない島津家の存在がある限り、晴持は気が抜けない。龍造寺家も脅威には違いなかったが、付け入る隙があっただけ島津家よりはマシな相手だったように思う。

 晴持は晴英を自室に招き、とりあえず白湯を出してやった。晴英も、丁寧なもてなしを希望したわけではないので、舐める程度に白湯を口に含んでからは茶器には手をつけなかった。

「で、そんな兄上に朗報と悲報があるのだが、どっちから聞きたい?」

「朗報」

「島津が各城の攻囲を解いて軍を下げたようだ。隆信が討たれて戦略を見直したのかもしれん」

「へえ、それはいい話だ」

 島津家が兵を退いた真意が分からなければ何とも言えないところではあるが、島津家の北上に備える猶予がいくらか出来たのは嬉しい事だ。

 島津家の中でどのような話し合いが持たれたのかは不明。しかし、こちらとの戦を避けたいという思いがあるのならば、交渉の余地はあるだろう。

「それで、悲報は?」

「撤退する島津に追撃を仕掛けた馬鹿共が挟撃を受けて手ひどくやられた。挙句に城まで乗り込まれて破却された。突貫工事をしても、元の防衛機能を取り戻すのはしばらく先になりそうだな」

「何で尻尾を踏むような事するかな……」

 やられたのは肥後国人らしいが、非難しようにも討ち取られてしまってはどうにもならない。晴持も死者に鞭打つようなまねはしたくないのだ。

 そこに至るまでの経緯は想像できる。

 攻撃側にも防衛側にも龍造寺隆信討ち死にの報は届いたのだろう。島津家はそれを受けて撤退したように見せて、勢い付いた防衛側の国人をつり出して殲滅し城を破壊したのだろう。確かに島津家と繋がっていた龍造寺家の凋落は、島津家が撤退する口実になる。撤退して当たり前だと思わせる事も簡単だったはずだ。彼等はまんまとつり出されて、ボコボコに叩きのめされてしまったわけだ。

「それでも、島津は退いたんだよな?」

「退いたといっても城攻めを止めただけだがな。龍造寺がいなくなれば仕切りなおす必要はあるだろうからな。城を破却したのは、また来るぞという意思表示かもしれんが」

「次に攻め寄せた時の防御力を低下させておく狙いか。まあ、そうだろうなぁ」

 あの島津家がそう簡単に頭を垂れるとは思わない。

 前世の知識によるところも大きく断言はできないが、秀吉の大軍を相手に喧嘩を売った連中である。単純な国力で見れば大内家が圧倒的に上だが、それですべてを諦めるわけでもあるまい。

「島津の動向が気になるな」

「一応、探らせてはいるが、目下調査中としか言えんな」

「軍備の再編は急務だな」

「わたし達は島津の次の侵攻に備える。龍造寺がああなった以上、島津に腰を据えて当たりたいところだが、かといって肥前を放置するのももったいない気がするというのが正直なところだな」

 晴英は悩ましいとばかりにため息をついた。

 晴持の気持ちを代弁するかのような意見であった。何れ軍議で諮る必要がある話題でもあった。龍造寺家の混乱がどの程度なのかはっきりさせなければならないが、しばらく龍造寺家からの侵攻はないだろう。

 柱を失った肥前国に軍を進めるか、それとも懐柔していくか。島津家とどのように対峙するか。悩みどころはまだまだ尽きない。

「島津との決戦は、もう少し先延ばししたいところだな」

 晴持が言うと晴英も頷いた。

「確かにそうだ。戦は立て続けに行うようなものではないからな」

 龍造寺家は先の一戦で手ひどい打撃を受けた。そう易々とは立ち直れない。しかし、島津家は損耗らしい損耗がない。龍造寺家がどうなろうと島津家にとっては大した傷にはならないのだ。

 もちろん、都合は悪いだろう。龍造寺家には、大内家と大友家をもっと痛めつけておいてほしかったはずだ。島津家が軍を下げたのも、本格的に大内家と事を構えるべきか否かを判断するためではないのか。

 あるいは、大内家よりも先に肥前国を攻め取ってしまおうと考えているかもしれない。

「どの道、しばらく軍を発するのは難しい。一区切りついてしまったからな」

 晴持は小さく吐息を漏らした。

 戦を継続するために必要なものの一つに士気がある。これが崩れてしまうと、どんな大軍であっても瞬く間に崩壊する。そして、士気の維持は軍を統制する上で必要不可欠であった。大内軍も大友軍も、龍造寺隆信を討ち取った事で士気が下がった。武士はそうでもないが、末端の農兵にとっては大戦が終わったのだから故郷に帰るのが筋であった。

「軍制改革をしなければならないな。少なくとも、農兵の負担を軽減しなければとても持たない」

「ああ、確かに。農民だと季節に質が左右されるからな」

 晴持の呟きを晴英が拾った。

 農民を徴兵して軍を補強するのは、常套手段である。しかし、農民がいなくなれば田畑を管理する者もいなくなり、税収が落ち込んでしまう。そのため、戦は農閑期に行われる事が多いのが戦国時代の常であった。

 この問題を解消するためには、常に領主が戦をできるだけの兵力を保持するしかない。農民ではなく完全な武士を主体とした部隊構成を整える必要があり、大胆な改革を断行しなければならない。

 といっても改革というのは難しいものだ。それが秩序だった組織はそれが顕著になる。新しい風というのは、時に毒ともなるからである。

 光秀のような新参者を側近に取り立てる事自体も、晴持でなければ考えもしなかっただろう。そういった点は大内家も大友家も似たようなもので、良い部分もあるが拡大政策を取ろうとすると足枷になる面もあった。

 が、しかし、晴持と同じように晴英もまた大友の気風から離れて暮らした少女である。彼女自身が新しい風となって、虫食いだらけの大友家に吹き込んだ。それが毒となるか薬となるかは分からないが、それでも何かしらの変化が期待できるものではあった。晴持と晴英は、家風に染まっていないという点で似た者同士なのであった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 龍造寺隆信の討ち死にの報を受けて島津義久が命じたのは、退却。ただし、あくまでも一時的なものであり、勢いに乗った大内家や大友家が攻めかかってくるのを警戒してのものであった。

 決して、肥後国の攻略を諦めたわけではない。肥前国がこれからどのように変わるのか、大内家や大友家の動向はどうなるのか。激変した九州国人の力関係を把握し対応する時間が必要だったからこその撤退であった。

 とりあえず島津家が借りの宿としたのは駒返城であった。かつては阿蘇家の家臣の城であり、義弘の活躍で先日落としたばかりの城であった。このまま北上を続け、南郷、吉田、下田、長野と城を抜いて阿蘇家に止めを刺したいところであったが、長曾我部元親の援軍を受けた阿蘇家の立ち回りによって、うまく時間を稼がれた形となっていた。

 肥後国の三分の二ほどまで北上してきたが、思わぬところで石に躓いた。

 いい勢いだったのだが残念だ、というのが島津家の次女、島津義弘の率直な感想であった。

 艶やかな黒髪の快活な少女は、身だしなみに気を遣えば相当な美人になるのだろう。特に気を遣わずともかなりの美少女であるのは誰の目から見ても明らかだが、何しろ戦場での猛烈な働きから鬼義弘などと呼ばれるような少女である。色恋よりも武芸を尊ぶ在り方は、男が異性と認識する機会を致命的なまでに奪っていた。

 軍を発してから今まで、ずっと最前線で戦い続けていた義弘が姉妹の前にやって来たのは実に久しぶりの事であった。まさにこれから軍議が開かれようというところであり、義弘は他の将に若干遅れて軍議の間にやってきたのであった。

「弘ねえ、遅いよー」

「ごめんごめん。もう始まってた?」

 四女家久に謝りながら、義弘は自分の席に座った。

 義弘はすばやく軍議の間全体に視線を走らせた。この場にいる将の顔を即座に把握し、肥後国に攻め入った将の中でも特に島津家の中心を支えている者達が集っている事を確認した。

 総大将にして当主の島津義久、参謀とも言うべき立ち回りをする三女歳久。文武に秀でた四女家久。それに加えて武勇の誉れ高い次女義弘と、島津家を代表する四姉妹が他国の中で勢ぞろいするというのは珍しい。さらに、新納忠元、北郷時久、伊集院忠棟、川上忠智、鎌田政近等々今後の島津家を支える面々が顔を揃えている。

 当面、睨み合いが続きそうなこの状況で、だからこそ彼等のような戦場で共に戦う者達と情報を共有し、今後の方針を定めておくべきなのだ。

「はいはーい。じゃあ、だいたい集まったみたいだし始めましょうか」

 緊張感のない声で義久が言った。

 およそ戦とは縁がなさそうな、美しい顔立ちの女である。立ち居振る舞いは貴族の姫のようであって、無骨者が集まる島津家を治める者として、これほど不釣合いな者はいない。

 しかし、誰も彼女が場を制す事に異を唱えない。島津義久には逆らわない。当主の言は絶対であるというのが島津家の掟ではある。そして、義久は無能ではない。当主として何をなすべきかをしっかりと理解している。彼女は島津四姉妹の長女である。見た目だけの姫武将ではないのだ。

 この軍議も義久が発起人であった。

「みんなも知ってる通り、龍造寺隆信さんが討ち取られてしまいました。龍造寺軍は壊乱し、肥前の居城まで逃げ戻っています。今後、大内家と大友家に島津家がどう振る舞うのか。それを話し合いたいと思います」

 笑みを消し、義久は真剣な面持ちで言った。

 義久が話した後で、すぐに発言する者はいなかった。無理もない。すぐに、どうこうと言える状況ではない。肥後国の統一を目前にしているとはいえ、その先を考えると迂闊な発言はできないのだ。

 そんな中で最初に口を開いたのは歳久だった。

「まず、この軍議の最終的な着地点は、大内家と事を構えるか構えないかという二択です。そのために、諸々の条件を精査しなければなりません」

 事を構える。つまり、大内家と戦うという事。事を構えない。つまり、大内家と和平交渉を行う、あるいは臣従するという事。どちらに島津家の未来を託すのか。それが、この軍議で出すべき答えである。

「戦わずして降服など、できるものではありませんな」

 重苦しい声で呟いたのは、時久であった。常在戦場を心がける、荒々しい武者である。口髭の下で不愉快そうに口を曲げている。

「大内家は強大。我等との国力差は明白です。正面からぶつかるのは避けるべきだと思います」

 対して、慎重論を唱えたのは忠棟であった。

「臆病風に吹かれたか、伊集院殿」

「戦わぬと申したわけではありません。ただ、正面から戦うのは愚策であると申したまでです」

 挑発的な時久の言葉にも忠棟は対して心を動かされなかったらしい。「敵の数が多くとも一人で十人倒せばいい」と叫ぶのが島津家の将兵であるが、忠棟は血気に逸りやすい島津兵の中では比較的冷静な人間性の持ち主であると言えよう。

「戦うんなら勝機はあるのかって話になるし、戦わないのならどうやって戦を回避するかって事にもなるよね。わたしは戦って負けるとは思わないけど、かといって無事で済むとも思えないしなぁ」

 家久の無邪気さを感じる声が、場を和ませる。緊迫した雰囲気も、家久の存在がやわらげてくれるのだ。

 相手が大内家であろうとも、戦える自負が島津家全体には漂っている。大友家という九州の雄を圧倒した実績を見るまでもなく、彼女達もその家臣もすべてが強い。生産能力の低い土地で生まれ育ち、同族同士での骨肉の争いを制してここまでのし上がってきたのが今の島津家である。厳しい環境で切磋琢磨してきた島津兵は頂点から末端に至るまでが血で血を洗う戦いを経験しているのだ。

 そのため、相手がどれだけ強大でも負けると思って戦をした事はないし、するつもりもない。

「戦を回避するのであれば、こちらから大内家に出向く必要がありましょう。そうなっては臣従に等しい……」

「ここまで来て臣従などできるものか。大内侍が何するものぞ」

「しかし、現実的に大内家の兵力を考えれば、仮に一戦に勝利したとして先が続きませぬ」

 各々が声を荒げて言葉を尽くす。それぞれの意見があるのを十分に見て取った義久は、あからさまに大きく頷いて見せた。

「うん、じゃあ、みんなの今の意見はあらかた聞いたので、具体的な話に進みたいと思います。歳ちゃん、改めて状況の確認お願いできる?」

「……分かりました」

 歳久は小さく頷いて、

「大内・大友連合と龍造寺軍の激突までは、わたし達の予定通りでした。竜虎が相争っている間に、肥後を攻め取るというのがこれまでの方針でしたので、此度の結果で方針を見直す必要が出てきたというのは、皆様ご理解いただいているかと思います」

 何を今更、とは誰も言わない。

 分かってはいるが、こうして改めて口に出されると忸怩たる思いがある。予定通りに事が運ばないなど日常茶飯事ではある。肥後国の三分の二を攻略した事実もある。しかし、大内家が内外に賞賛される結果を出しているのに、こちらは肥後国を切り取るまでに至らなかった。競争に出遅れたという感覚は島津家の将兵が共有するところであった。

「今分かっている情報から、龍造寺家は万に届く死傷者を出しています。当主だけでなく、四天王にも欠員が出たとあっては、混乱は不可避。もともと、力で肥前を押さえていたわけですから、鍋島殿の立ち回り次第ではありますが肥前の分裂は避けられないでしょう。龍造寺家は当面、わたし達の脅威にはなりませんし、今なら肥前に攻め込む事も可能でしょう」

「ふむ、確かに肥前の熊亡き今、かの国を纏める者は鍋島殿くらいのもの。しかし、鍋島殿とて、国を纏めきる事ができるかどうか」

 事の成り行き次第では、龍造寺家の後釜を狙った反乱が生じる可能性は高い。鍋島直茂という稀有な政治力を持った武将がいるのが不幸中の幸いではあるが、かといって彼女一人の力で乗り越えられる難局とも思えない。何よりも後継者の選定からもめるに違いない。肥前国が分裂すればそれでよし。纏ったとしても、島津家の脅威となる国力まで回復する事はまずないだろう。

「今ならば肥前を攻め落とす事も難しくはない……場合によっては戦わずして領土を拡大する事も可能という事ですか」

「しかし、そのためには大内家と和平を模索しなければなりません。肥前に攻め込んでいる最中に大内家に背後を狙われては堪りません。つまり、肥前に攻め込み、龍造寺家を滅ぼすという事は、大内家と手を結ばなければならないという事です」

 和平と肥前侵攻。どちらを先に選んでも行き着くところは同じである。大内家は北九州を押さえた。そんな大内家と結べば、島津家の領土拡大策は肥前国方面に手を伸ばすしかなくなる。そして、それも肥前国を落としきってしまえば終わりである。

「大内家と同盟ないし不戦の約を結べば、島津家の成長限界が見えちゃうわけだ」

 義弘が腕を組んで言った。

「短期的に見れば、大内家との同盟は利があります。兵力をわたし達は温存していますし、このまま肥前を叩く事ができるのですから。ですが、長期的に見るとわたし達が侵攻できる土地は肥前しか残っていないわけですから、そこ止まりです。一方の大内家は九州を相手にする必要がないので、東に軍を差し向けて京を伺うでしょう」

「国力差が開いていくわけだ」

「その通りです」

 歳久は頷いた。

 九州で止まらざるを得ない島津家と京を越え、さらに東まで進める大内家では今後の可能性が大きく異なっている。島津家が足を止めている間に、大内家はどんどんと拡大していくだろう。

「しかし、同盟も和平も永遠不変ではありませぬぞ」

 時久が唸るような声で言った。

「時久殿のお言葉の通り。うむ、確かに。和平で我等が拾えるのは多くても肥前一つ。……九国を越えて勢力を広げようとするのならば、大内とぶつかるのが必然とはいえ……」

 難しい判断を迫られた政近は、ため息をついた。武勇でも智謀でもどうにもならない地域格差にやるせない思いだ。

 どこかで、大内家に対する手立てを考えなければならない場面がくるのは初めから分かりきっていた事ではあった。

「和平交渉をするにしても、何しないで話を持って行っても足元を見られるだけだよね。基本的な国力は向こうが上なんだし」

 若年の家久であっても、単純な国力比が大内家に傾いているのは理解している。地図を広げてみれば、大内家の版図の広大さが分かるというもの。対して、島津家が支配しているのは南九州と肥後国を半分ほどである。局地戦では勝てるが、その後に続くかどうかは不透明、というのが家久の見立てであった。

 自然と皆の言葉が止まったところを狙い定めて歳久が口を開いた。

「和平を取った時の利点は、肥前国を攻め取りやすくなるという事でしょう。大内家は恐らく、九州にはさほど興味がないはずです。あちらの目は常に東を向いています。今回戦場に出た理由も、後背を突かれる可能性を排除するためだと思われます。ですので、わたし達が大内に味方をすれば、後は屋台骨が揺らいだ龍造寺家だけしか九州には敵が残らないので、大内家はいよいよ東征に入れるわけです。わたし達が肥前に兵を進める事は、容易でしょうし大内家は容認するしかないかと思います」

 肥前一国ならば、わざわざ大内家が本隊を動かす必要はない。大友家や筑後国人らに任せても十分に戦えるし、島津家が天草あたりから北上すれば瞬く間に平らげる事ができるだろう。東に進みたい大内家は、早急に九州のゴタゴタを治めてしまいたいはずであり、島津家に不利益がないように交渉を進めるのも不可能ではないだろう。

「交渉するのならば、大内義隆殿がいいでしょう。最終的な命令権は、結局のところ当主が持っているのです。おそらく、晴持よりは義隆殿の方が京への思いも強いはずです」

 歳久は集めた情報から義隆ならば、晴持よりも島津家が優位に立った交渉ができると踏んだ。なぜならば義隆は晴持と異なり、島津家を地方の一領主としてしか認識していない。地方の地方でいくら島津家が暴れたところで、彼女はさほど気にはしないと考えたのだ。義隆が政治能力に劣っているわけではなく、優先順位の付け方の問題だ。

「ですが、危険もあります。北郷殿がおっしゃるように和平は永劫には続きません。どこかで破綻する可能性があり、島津家の成長は肥前一国で頭打ち、対して大内家は順当に行けばさらに勢力を拡大するでしょう。そうなれば、もはやわたし達に太刀打ちはできません」

「んー、まあ確かに幕府に攻められた六角さんみたいな例もあるわよねー。わたし達、大内さんと和平交渉するには、ちょっと大きくなりすぎたのかしら」

 義久が困ったように頬に手を当てた。

 歳久は頷いた。まさしく、そこが大きな問題だったからだ。

「仮に和平を結んだとしても、わたし達には大内家の背後を脅かせる兵力がありますし、わたし達を脅かす勢力もありません。島津は地理的に、大内以外の攻撃対象がなくなってしまいます。東に兵力を集中したい大内家にとって、これは困った状況です」

「わたし達、目の上の瘤になるわけね」

 義弘が苦笑するのも無理もない。島津家に戦意がなくても、大内家は常に島津家の動向に気を配らなければならないのだ。これが三国同盟のように島津家を牽制する勢力が別にあればいいのだが、周りは海と大内だらけだ。さらには無害だと無視するには島津家の兵力は大きくなりすぎてしまった。必ずどこかで和平は破綻し、島津家が一方的に領土を削減される未来がある。

「となると、やはり戦しかありませんが……」

 忠元は緊張感のある声で言った。

「さて、勝算となると如何なものか。局地戦では負ける事はないでしょうが……」

 大内家は戦場を取り巻く環境を支配できるだけの経済力を持っている。兵力も馬鹿にならない。一兵の強さは島津家が勝っても、数と経済の暴力は戦う前から勝敗を別ってしまう。

「何も大内家の単純国力で比較しなくてもいいかと思います。確かに、大内家は領土も経済力も島津を上回っています。兵力でもそうでしょう。しかし、それは平時の話です。今は戦時。大内家は龍造寺家という大敵を討ち取った直後なのですから、相応に疲弊しています」

「でも、歳ねえ。龍造寺さんを倒した勢いで乗りに乗っちゃうって事もあるんじゃない?」

「その可能性もありますが、島津との戦は彼等にとっては他人事です。上の人間は別として、下の一兵卒にとっては、もう戦は終わったものという認識であってもおかしくありません。一度下がった士気を上げるのは、骨が折れる作業です」

「うーん、それもそうかもしれないけど、大内さんって龍造寺さんとまともに戦わなかったから、兵力消耗してないんだよね」

「そうですね。龍造寺隆信率いる本隊と戦ったのは、総大将大内晴持が率いる大友軍と筑後国人衆の混成部隊。大内勢は比率としては少ないはずです」

 これは、かなり大きな戦略を孕んでいる部隊構成だ。大内軍は鍋島軍の足止めを行っていたが、戦局は膠着状態が続いたために死傷者が少なかった。対して、大友軍と筑後国人衆は龍造寺家の本隊と激しく戦ったためにかなり消耗した。大内家にとっては龍造寺家も大友家も筑後国人衆も同時に消耗させた上で自軍を温存できたのだから一人勝ちの状態である。

「わたし達が狙うのは、あくまでも大友。大内に引っ込んでいてもらうのがいいでしょう」

 歳久は静かに宣言した。

 戦う、というのであれば九州制覇が大前提である。敗れれば滅亡するかもしれないという大きな危険を孕んだ賭けではあるが、戦わなければ真綿で首を絞められるようにしてじわじわと衰退していくしかない。

 ならば、薩摩武士の本懐を遂げるに越した事はない。

「歳ちゃん、もしかして話進んでた?」

「何とか。久ねえには報告していましたが、あまり口外するべきではないと思い黙っていました」

 ざわ、と場の雰囲気がにわかに変わった。歳久の言葉が真実であれば、確かに島津家に光明が見出せる。

「上手くいけば、先鋒に隆信敗死の報せが届いている頃でしょう。わたしは戦うにしろ、和平をするにしろ、向こうの出方を見てから動いても遅くはないと思っています。――――ああ、個人的な意見ではありますが、戦わずして頭を垂れるのは正直嫌です」

 

 

 

 

 

 龍造寺隆信の死後、一ヶ月。島津家に大きな動きはなく、大内家は島津家の北上を警戒しながらも比較的穏やかな生活を続けていた。

 そんな弛緩しかけた空気を激変させる報せは、東からもたらされた。

 尼子軍一二〇〇〇が不戦の約定を一方的に違え、石見国に侵攻を開始したのだ。



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その五十一

 源氏とは、時の天皇の子らが臣籍降下した際に与えられる氏の一つであり、嵯峨天皇が自身の子に源姓を与えたのが始まりであるとされている。

 以降、源姓を賜った氏族はそれぞれの祖となる天皇の号を頭に添えて源氏を名乗ってきた。有名所は清和天皇を祖とする清和源氏で、恐らくは源氏の中で最も繁栄した氏族であろう。源頼朝も足利尊氏もどちらも清和源氏であったため、武家の棟梁として歴史に名を残してきた。

 そして、清和源氏でなくとも天皇を祖としているというだけでも大きなブランド力が血に宿る。下克上の時代を迎えたこの時代であっても、名門というのは強い。

 戦乱の世では力を持つ者が正義ではあり、歴史ある家が打倒されうる時代でもあったが、同時に歴史はあっても権力の下で燻っていた名家が一挙に頭角を現す時代でもあった。

 結局のところ下克上をするにも兵がいる。兵を集める事ができるのは、一定以上の影響力を持つものだけなので、下克上をされるほうもするほうも、どちらも皇孫であるという場合が多かったのだ。

 西国の雄である尼子家もその例に漏れず源氏の家系であった。

 尼子家は宇多天皇を祖とする宇多源氏であり、その中でも近江国を領有した佐々木氏から発生した佐々木源氏である。

 尼子という姓は南北朝時代に近江国、飛騨国、出雲国、隠岐国、山城国、石見国の計六カ国の守護となった佐々木源氏京極高詮の弟高久が守護代を務める近江国尼子郷に館を構えた事に始まり、尼子高久の次男持久が守護代として出雲国に下向した事で、今に繋がる出雲尼子氏が興る。以降、月山富田城を拠点として権力闘争、領土獲得競争を繰り返し、一時は国を追われるという困難に見舞われながらも出雲国を中心に戦国大名として花開いた。

 尼子家は守護代が在任地で主家に当たる守護大名から独立して戦国大名化した例の一つであり、その中でも特に成功した例であるとも言えよう。

 そんな尼子家の現当主である尼子晴久には、一つの悩みがあった。

 他所からすれば取るに足りない、人に相談するようなものでもない悩みではあったが、決して無視する事のできないものでもあった。

 それは先代、尼子経久があまりにも有能すぎたという事であった。

 無論、晴久が無能というわけではない。

 経久存命中は、若気の至りで毛利家に攻撃を仕掛けて手ひどい反撃を受けた事もあった。ほんの数年前の出来事だが、晴久にとってあれは痛い教訓となったのだ。

 敗北も大内家との和平も晴久のその後に暗雲を立ちこませるものではあったが、そこから立ち直る事こそ重要であるとばかりに晴久は政務に明け暮れた。一族の不穏分子――――新宮谷の新宮党を謀略を駆使して滅ぼし、国内を引き締め、大内家との和平により西の不安を抑えたを好機として東へ兵を差し向けた。

 伯耆国、美作国、因幡国を武力で切り取り備後国、備中国へも食指を伸ばしている。尼子家の領土拡大は大内家に比べれば遅滞しているが、それでも着々と勢力を押し広げている。

 さて、そんな晴久がここにきて大内家との不戦和議を破棄した。

 家臣達と幾日も話し合い、自分達と大内家の戦況を鑑みた結果の判断であった。

 理由は簡単で、金が必要だったからだ。

 尼子家の財力は決して弱くはない。しかし、戦線が拡大し動員兵力が大きくなればそれだけ財政負担も肥大化する。大内家ほど産業に強いわけではなく、かといって尼子家の領土は農業生産能力が高いほうではないとなれば、鉱山からの収益が見込める大森銀山はやはり手放せない。

 そして、何よりも大内家の勢力が無視できない規模となった事が大きな理由であった。

 かつての大内家も中国の大国ではあった。尼子家と互角の戦力を誇る名門であり、文字通り中国地方の覇者であったのは事実だ。

 しかし、この数年の大内家はかつてないほどの隆盛を誇っている。四国の半分を支配下に置き、北九州を事実上制圧した。南方から攻め上る島津家を倒してしまえば、東進するだけとなるだろう。そうなれば、尼子家は西と東の敵に挟まれる形になる。

 島津家を滅ぼした後の大内家は西側の敵を一掃している。ゆえに尼子家との和議を継続する必要性がない。つまり、時間をかければかけるほどに大内家は強大化して尼子家の背後を脅かすのだ。

 よって、晴久だけでなく重臣一同の心は一致した。

 東側の諸勢力は後回しでも問題ない。西の大内家が、九州に力を注いでいるうちに叩けるだけ叩いてしまわなければならない、と。

 強大化した大内家はもはや和議を結んでいるから安心していられる相手ではなくなった。血縁関係すらも容易く血みどろの争いにもつれる時代にあって、不倶戴天の敵との約定ほど信じられないものはない。

 尼子家、大内家に並ぶ大国を巻き込んだ三国同盟にでもすれば、否応なく同盟維持に努めただろうが、生憎とそのような都合のいい家は中国近辺には存在しない。

 よって、尼子家と大内家の和議は、両者の力関係がある程度つりあった状態でしか維持されない不安定なものであった。

 それが、大内家の急速な強大化によって崩壊した。

 いつの日か訪れる破綻が、やって来ただけの事。尼子家中には動揺はなく、積年の恨みを晴らせるとばかりに勢い勇む者がいるほどだ。

「やはり、こうなりましたか」

 陣中で熱い湯漬けを一飲みにした老将が、数里先に聳える山城を見上げて呟く。

 老将の名は亀井秀綱。

 祖父の代から尼子家に使える重臣の一人であり、石見遠征軍の先手を任された身でもある。

 祖父と父は経久の月山富田城奪還作戦に参加して功を上げたという。秀綱自身もかつては大内義興に従って上京した経久に随行し、将軍家や管領家を相手に大立ち回りを演じて見せた事もある。

 あれからずいぶんと時は流れて、世の中は様変わりした。長寿を保った主君は逝去し、その後継者が尼子家を大きくしようと知恵と勇気を振り絞っている。老骨に鞭を打つには、それだけでも十分であった。

「やはり、大内とは雌雄を決せねばならぬ」

 口内で小さく自分に言い聞かせるように秀綱は言った。

 国境を越えて大内領へと攻め入った秀綱は、手早く大内方が設置した砦のいくつかを破却して地盤を固め、尼子方に寝返るように国人達への圧力を強めた。

 大内家とて、近日中には彼の前に現れるだろう。九州に全軍を送り込む、などというヘマをするはずがないからだ。

 それまでに、足元を固められるだけ固めておく。石見国はもとより大内家と尼子家が奪い合いを続けてきた地域だけの、どっちつかずの国人が多いのが特徴である。

 それ故に、尼子軍の来襲に対してまともに防備を固めるという対応をする者は少なく、挙って尼子の陣営に駆けつける始末であった。

 国境付近に生きる国人の処世術である。かつての毛利家がそうであったように、一時であってもその瞬間の強者の側に付く事でしか、生き残りを図る術がないのである。

 こうして、出雲国を出た当初は一二〇〇〇人であった尼子軍は数を増し、現段階で四〇〇〇人は兵力が上乗せされた形となった。

 それなりの山城であっても、攻め落とせるだけの兵力であるといえよう。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 尼子家の石見国侵攻は、隣接する安芸国にも動揺を広げていた。数年前に尼子家が侵攻してきた際に二つに割れた安芸国人も、今の段階では大内家への臣従を定めている。今や安芸国の中心人物と言っても過言ではない毛利元就の下には、連日安芸国人の使者が訪れていて、情報収集を活発化させていた。

 そして、元就を訪れるのは安芸国人だけではなかった。

 入れ替わり立ち代わり人がやって来る。慌しい一日の中で、最も厄介な情報を持ち込んだ者がいた。

 額に巻いたサラシに赤黒い染みができている。一目で戦で傷ついたものと分かる。まだ若い武者であるが、勇猛そうな顔つきであった。

「お久しぶりです、山内殿」

「このような姿をお見せして申し訳ない、毛利殿」

「何を仰います。戦で付いた傷は誉れも同然。尼子の大軍を相手によくぞ戦ってくださいました」

 若武者の名は山内隆通。備後国の北方、出雲国との国境にある恵蘇郡に根を張る国人であった。

 地理的に尼子家の影響下にあった山内家だったが、隆通の祖父は強かに立ち回り尼子家と大内家の重臣の両方と姻戚関係を結ぶ事で独自の立ち位置を確立していた。その祖父が、尼子家により追放されたため隆通が跡を継ぐ事になったのであった。

「尼子は備後の深くまで踏み入っているようですね」

「某らを攻め立てた時点で一五〇〇〇を越える大軍でした」

「石見攻めよりも力を入れているように思えますね。ふむ、彼等の目的は、備後を押さえる事でしょうか」

 備後国は以前から大内家と尼子家の間で揺れ動いていた地域だ。突出した大名がいないため、周辺の大名の影響を受けやすいというのは、国人領主がひしめき合う地域には珍しい事ではなく、国人相互の連携は拙く、武威を示せばすぐに味方に引き入れる事ができるという点で攻め込みやすいと言える。

 大内家の優先順位は、間違いなく大森銀山を有する石見国の死守である。備後方面は手薄になると踏んでの進軍であろうか。

 もしも備後を手に入れれば、尼子家は瀬戸内海に進出する事となる。水軍の面で遙かに大内家が有利とはいえ、京への通商路に悪影響を及ぼすのは疑う余地がない。

「二方面、いいえ九州を含めれば三方面作戦を大内家は強いられるという事になるわけですか。なるほど、確かに……」

 元就は状況を噛み砕くために動いていた唇を止める。不用意な発言は控えるべきであった。安芸国に尼子家が踏み入ってくる可能性は、現時点では低いが備後国も石見国も隣国である。落ちれば安芸国は尼子家の勢力に挟まれる形となってしまい苦しい戦いを強いられるだろう。

 せっかく安定した安芸国が揺れるのは元就の本意ではない。

「ですが、驚くには値しませんね」

「さ、左様ですか?」

「はい。動員された兵力も、こうして兵を差し向けてくる事も十分に予想できた事。石見と備後に同時に攻め寄せるのも、不思議ではありません。それだけの戦力の余剰はあるでしょうから」

 仮にも尼子家に従っていた時期もあったのだ。元就にとってみれば、以前よりも勢いの増した尼子家ならば、最大四〇〇〇〇、いや無理をすればそれ以上の大軍を持ち出しても納得できる話であった。

「大丈夫でしょうか。このまま尼子が勢力を拡大するというのは……」

「大内様も警戒はしておいででした。直に石見、備後双方に派兵するはずです。それまで、備後の皆様には持ち堪えていただかねばなりません」

「しかし、持ち堪えるにしても敵は万を越えております。奴可の者どもなど、真っ先に尼子を引き入れる始末」

「承知しております。大内様が兵を纏められるまで、我々安芸の者どもが備後の後背を支えます」

「毛利殿が、出馬されると?」

 元就はゆっくりと首を振った。

「わたしは石見と備後の両方に目を光らせねばなりません。代わりにわたしの娘を行かせます」

「ご息女を」

「小早川を継いだので毛利ではありませんが。ご不満が?」

「滅相もありません」

 小早川隆景は、元就の三女。最前線で戦い武功を重ねているという吉川元春と異なり、安芸国に留まっているが、その実力は確かである。まだ若いのに、養子に入った小早川家を取りまとめる政治手腕は内外で高く評価されている。

 彼女が兵を率いてくれるのであれば、心強い事この上ない。

 隆通が去った後、元就は隆景と安芸守護代弘中隆包に向けて急使を走らせた。

 元就が勝手に兵を備後国に入れれば、守護代の面目を潰してしまう。現時点でも、様々に動いている元就は、これ以上隆包に睨まれるような動きはできないのだ。しかし、安芸国内で兵を素早く動員する事ができるのは吉川家と小早川家を事実上支配している毛利家だけだ。よって、隆包に間に入ってもらう形で大内家を立てつつ、毛利家主体の軍で備後国に援軍を送るしかなかった。

 いっその事、自分が守護代であればと思ったが、所詮毛利家は外様である。欲を出せば、即座に斬り捨てられる程度の存在でしかない。

 毛利家がより大内家に必要とされる存在になるには、功を立てる必要があるが、今回の大内家がそうであるように、あまりに過剰に力を持ちすぎると周囲から叩かれる原因になってしまう。

 ならば、力があって然るべきという立場を手に入れねばならない。

 だからこそ、長女の隆元あたりには晴持に取り入って側室にでもなってもらいたいところなのだが、それもなかなか難しい。色仕掛けができる性格ではないし、こちらから攻勢をかけても余計な火の粉が舞うだけだ。

 女の争いに巻き込まれて娘が苦しむのも見たくはないので、何とも歯がゆいところであった。

「ずいぶんと楽しそうですな」

 しわがれた声が元就にかけられる。

「広爺、楽しいではなく大変なのですよ」

「言うほど大変でもないでしょう。少なくとも、此度の戦程度ならばずいぶんと経験したではありませんか」

「そうですね」

 兵乱の規模は桁違いだが、毛利家が未熟な時期のほうがずっと大変だった。大内家が十二分に成熟し、その庇護下に入ってからは、幾分か楽になったのだ。

「広爺はこの戦、どのように思いますか?」

「大内様の出方次第といったところ。もともと御屋形様は九州よりも尼子を警戒しておいででしたので、対抗する兵力は十分残しているでしょう」

「その通りです。義隆様にとっては島津以上に尼子のほうが危険だと思われていたのでしょう。まあ、分からなくもないですが」

 実際、元就もそう思う。毛利家は尼子家と領土を接しているので、九州に兵を奪われるよりも尼子家の動きに逸早く対応できる体制を整えて欲しいところだった。義隆も南の果ての国人が台頭してきたからといって、本拠が即座に脅かされるわけではないのだから危機感は抱けない。龍造寺家のように、大内家から離反して一大勢力を築こうとしている連中は別だが、島津家は義隆の関心をそれほど引いてはいなかったのだ。

 九州の戦も大内家の戦というよりも大友家を救援しただけであって、主体は大友家にあったはずだ。

 龍造寺家が大人しくしていれば、戦端を開く必要性すらない。大友家が往時の力を大内家の下で取り戻せば、大友家、龍造寺家、島津家の三国の睨み合いとなり、北九州の安定化を図る事もできたはずだったのだ。

 龍造寺家が大きく勢力を後退させた事は、九州の泥沼化を招きかねない失策だった可能性もある。

 尼子家の出兵は、そうした状況を招いた原因――――龍造寺隆信が討ち取られた事に起因している可能性が高い。

 しかし、龍造寺隆信を討たなければ北九州の親大内派は壊滅していただろう。ままならないとはこの事だ。

「おそらく、島津は島津で攻勢を強める事でしょう。北九州はまだまだ荒れます。こちらはこちらで対処するしかありません」

「左様ですね。大内家の来援も、そう遠いものではないでしょうな」

 尼子家に裏切られた形となった義隆が、座して尼子家の侵攻を無視するはずがない。即応して反撃に出る事だろう。

 石見国が先か、あるいは備後国が先か、その両方を同時に叩くか。今の勢いならば、石見国よりも備後国のほうが先に尼子家に降る事になろう。それを押し留めるのが当面の元就の仕事となるか。

 



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その五十二

今回は幕間の温泉回。てこ入れとも言う。

新宿のアサシンの腰を捻った回し蹴りのシーンスゲーカッコイイ。


 濛々と立ち上る湯気が白く美しい。

 別府湾をなぞるように走る小倉街道を南に進むと、現れる光景である。海に面した桃源郷か。どこか温かな風に流れる湯気は大地から立ち上っている。

 そう、ここは温泉地。遥か未来に於いても有名な別府温泉。その内の一つであり、原型ともいえる浜脇温泉であった。

 浜の脇から湧く温泉の名の通り、別府湾を臨む海沿いに現れた温泉郷である。

 と言っても、この時代にはまだ庶民の温泉利用は限られており、温泉街もきちんと形成されているわけではない。少しばかり寂しい感じは否めないが、それはそれ。ここは大友家が代々直轄地として管理してきた湯治場で、元寇では傷ついた兵士が傷を癒しに訪れたとかいう由緒ある温泉なのだ。

 戦の最中。果たしてこのような場所に来ていいのだろうかとも思ったが、これはあくまでも「湯治」である。娯楽ではない。疲れた身体を癒し、次の戦いに備えて活力を蓄えるための訪問である。

「温泉は、久しぶりな感じだな」

 前回、温泉に浸かったのは伊予国での事だ。道後温泉という後世に残る温泉を堪能したのはいい思い出だ。

 道後温泉も別府温泉も名前は聞いた事はあったがまったく縁のない観光地だったのに、生まれ変わってからどちらも経験できるとは。

 西国生まれの特権というヤツだろうか。

 西の尼子家と南の島津家。どちらも強敵には違いなく、対応するための軍備を急がなければならない時節だが、同時に晴持の軍は休まなければならない状況だ。長期に渡って続いた龍造寺家との睨み合いは、さすがに兵士達の心身に疲労を蓄積させていた。そのため、前線を離れての小休止を余儀なくされていたのだ。

 さて、晴持に宛がわれたのは大友家所有の屋敷の一つ、浜脇館であった。

 何でも、二階崩れの変で大友宗麟の父が殺害された時に、宗麟が滞在していた館なのだとか。いわば大友家の別荘といったところであろうか。

 大友家が管理し、整備を進めた事でそれなりの街として成り立っている。小倉街道沿いにあるために、宿場として相応の立ち位置を確執しているらしいのだ。

 そこで、晴持は温泉を堪能する前に街を歩いて回る事にした。館を一巡りした後で、晴持が玄関にやって来ると、光秀と隆豊が立ち話をしていた。

「晴持様。どちらかに行かれるのですか?」

 玄関先にいた光秀が晴持に尋ねた。

「せっかくだから、その辺を散策しようかと」

「お一人で?」

「……光秀と隆豊も来るか? いや、来るよな」

「はい。晴持様お一人で外に出るなど、危険です。必ず護衛を連れていただきませんと」

 厳しい口調で光秀が言った。

 至極当然の物言いに、晴持は返す言葉がない。いや、もともと誰か連れて行く予定ではあったのだ。誰を連れて行くかはこれから考えるつもりだっただけである。

 護衛もなく外を出歩くと、後で何を言われるか分かったものではない。特に真面目な光秀は、こういった事には厳しいのだ。

「若様。お出かけになるのでしたら、馬か輿を用意させます」

「隆豊。必要ない」

「しかし……」

「一々馬に乗っていたら、店に入れないだろう」

 外を歩いて回るだけ。いっそ目立たないようにしているほうが安全でもあった。それに、すでに慣れたとはいえ、如何にも貴人といった扱われ方は、苦手な部類であった。輿も馬も時と場合を考えて使う。今は、その必要性を感じなかった。

「隆房はどこにいる? さっきまでいたような気がしたが?」

「陶さんなら、先ほど郎党を連れて外出されました。街の作りを見て回るのだと仰っておいででした」

 晴持の問いに隆豊が答えた。

「そうか。アイツも仕事熱心だ」

 街の構造を把握するのは有事の際の避難経路を確保するなど重要な意味を持つ。本来は下の者に任せてもいい仕事だが、隆房は自ら検分するつもりだったようだ。

「どうせ出かけるなら一緒に出て街を検分すればよかったが……ま、仕方ないか」

 晴持のこれは百パーセント思いつきでの行動だったのだ。隆房が合わせられなくても仕方がない。

「さて、行くか。隆房には申し訳ないけどな」

 もしかしたら、街を歩いている間に隆房に会えるかもしれない。そういった期待も加味して晴持は光秀と隆豊を連れて浜脇の街に繰り出した。

 この時代、堺のような正真正銘の大都会か山口や京のような文化都市でもなければ景色など似たり寄ったりなものだが、浜脇はさすがに温泉地なだけあって異国情緒を感じさせる景色が多々あった。 

 やはり、地面から湧き出る湯気がそう思わせるのだろうか。建物の並びも決して珍しいものではないのだが、湯気がここに加わると一気に観光地に来たような気持ちになれるのだ。

「なかなか、街中は賑わっているな」

 率直な感想を晴持は呟いた。

 山口や府内ほどではないが、ざっと二〇〇〇人、いやそれ以上の人が浜脇にはいるのだろう。ここは街道沿いにある街なので、商人らの出入りも激しい。それで、実際の人口よりも多くの人の姿があるに違いない。

「きっと、大友家に力があればもっと賑わっていたのでしょうね」

 隆豊はかつての大友家の繁栄ぶりを知っているために、街の賑わいがむしろ弱まっているのではないかと思ったのだ。事実、大友家が衰退してからは浜脇にも暗雲が立ち込めた。商人が出入りする街だからこそ、情報の伝達が速い。まして街道沿いにあるのだから、島津軍が押し寄せてくる可能性は大いに存在した。街を捨てて逃げる者も少なくなかったという。

「でしたら晴持様が、この街を救ったとも言えますね」

「おいおい、それは持ち上げすぎだろ」

「いえ、晴持様が島津家の北上を阻止したからこそ、この辺り一帯は焼け野原にならずに済んだのです。戦に巻き込まれれば、この景色もなかったでしょう」

 光秀の言葉に若干照れながらも、晴持は頷いた。

 晴持が救ったかどうかは別にしても、戦の常套手段は建物への放火だ。敵兵の隠れ場所を潰しつつ、戦意をくじく効果が期待できる。

「まあ、たらればの話をしても仕方がない。結果論でしかないしな」

 別府温泉を救おうなんて気は、まったくなかった。それどころか、ここに温泉がある事自体、まったく気付いていなかった。

「それはそれとして」

 晴持が感じたのは空腹感。

 大通りに漂うのは多種多様な人々の声と足音だけでなく、茶屋や酒屋から溢れる美味そうな匂いもある。

「どこかに入ろう」

 茶屋は何件も並んでいるというのに、どこも混雑している。ちょうど昼時と重なったため、店員は大忙しで、飛ぶように店内を走り回っている。

 どこに行ってもすぐに食にありつけそうには思えない。

 大内晴持の名を出せば、席を用意するくらいは容易いのだろうが、それではいらぬ不興を買う事になる。ここまで来て嫌な思いをする必要などなく、大内家に対しての不満を煽るなどまったくもって意味がない。

 よって、晴持はうろうろと街を練り歩いて腰を落ち着けられそうな茶屋を探し、五軒目にしてようやく席に座る事ができたのだった。

 ちょうど、昼食時が過ぎたくらいだ。街の活気も多少は落ち着いてきただろうか。晴持が座れたのは、昼を過ぎた時間帯だったという事もあるのだろう。

 やや落ち着いた雑踏を店の中から眺めた晴持は、次いで自分の手元に視線を落とす。この店の自慢の一品だという水団汁。ゴロゴロとした里芋と濃い目の味噌で味がついていて、汗水流して働く職人に人気なのだとか。

 しかし、こうしたところでも人の性格や育ちは出るものだと晴持は内心で笑ってしまう。

 例えば光秀はかつお出汁ベースの湯漬けで、手早く栄養を摂取しようとしているのに対して隆豊はみたらし団子と白玉の蜜漬けだ。この時代に甘味が店に並んでいるのは、街道沿いかつ海に面しているからこそであろうが、値段は隆豊が味わう甘味類が一番高い。

 光秀は貧窮時代を経験しているので、こうした庶民の茶屋を利用するのも慣れたものか。隆豊も山口では街に繰り出したりはしていたか。

「そういえば、陶殿はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」

 光秀が隆房を探して周囲を見回した。

 街を見て回っているのなら、どこかでばったり出くわす事もあるだろうと思ってはいたが、それらしい集団を見かけないのだ。

「この街、意外に広くて入り組んでいるところもあるようですよ。道も広くはないので、視界はよくないですね」

 隆豊が最後の団子を飲み込んで答えた。人を隠すなら人の中とはよく言ったものだ。隆房の身長はさほど高くはないので、人込みに飲まれればまったく見えなくなる。街の視察と言えば聞こえはいいが、ここは一応大友領なので政治的な意味合いはそれほど強くはない。当然、連れ歩いている配下も人込みに紛れる程度のものだろう。

 大内筆頭家老の家柄を誇る陶家の令嬢は、家中の発言力は晴持に次ぐ。それだけの力がありながら、彼女は政治的な発言はあまりしない。戦場での指揮官としての職務に忠実に邁進しているのが現状である。

「失礼、こちらの席はどなたかお座りになっておられるか?」

 晴持に声をかけてきたのは、晴持よりも少し背が高いくらいの青年だった。

「いや、特に誰も座っていない」

 晴持の隣の席がちょうど開いている。それを目ざとく見つけたのだろう。

「では失礼ながら相席させていただきたい」

「どうぞ」

「忝い」

 人の入れ替わりが頻繁に行われる店内は、今再び盛況さを取り戻しつつあった。昼を過ぎて落ち着いたかと思いきや、昼に食にありつけなかった人達が大挙して押し寄せてきた感じだ。

 この別府も商業都市の形を取り始めている。となれば、多種多様な人々が集まる職業の坩堝となっているといってもいいのだろう。

 隣に座った青年は果たして何者だろうか。見たところ、商人ではあるまい。誰もが武器を手にできる戦国時代なので、腰に差した刀だけでは武士と明言できないものだが、彼のような筋肉質な身体付きと頬や額の傷跡を見ればそれなりの戦場を経験してきた武士だと言えるのではないか。

 大友領とはいえ、これだけ多くの人が行き交っているのだ。いったい、どこの武士なのか気になる。

 そんな事を考えていると、青年は酒と奈良漬を注文していた。

 昼間から酒を飲み、漬物をもりもり食べているのは不健康極まりないといわざるを得ない。かといって、晴持がそれを指摘する立場にあるわけでもなく、ダメなヤツがいるなというくらいでしかなかった。

「ところで」

 と、青年が晴持に不意に話しかけてきた。

「腰に差した刀は大層な業物と見受けるが、あなたは剣術を嗜まれるのか?」

「剣術と言えるほどのものは修めていない。生憎と、武芸もかじりはしたが人並みでね」

「左様か。では、そちらのお二方は如何に?」

「彼女達はなかなかの手練だが、人前で見せるようなものでもない」

「ふむ、なるほど。それは残念」

 酒でほんのりと紅くなった青年の顔付きが一瞬、鋭く変わるのを晴持は見逃さなかった。それは、まるで猛禽のような目であった。

「もしも、人前で見せられると答えていたら、あなたはどうしていたのだ?」

 晴持は青年に尋ねた。すると、青年は人好きのする笑みを浮かべて答えた。

「無論、一勝負挑ませていただいた」

 と、自分の刀の柄を叩く。

「兵法家の類ですか。大層な自信ですね」

 光秀が口を開いた。あからさまに青年を警戒している風である。

「まだまだ未熟ゆえに数多の兵法家と鎬を削りたいのだ。剣の道は一朝一夕に極められるものではないという事くらいは分かっているのでな」

 青年は謙遜したように言った。しかし、自分の技術に自信がないというわけでもなさそうだ。相応の実力を身につけた上でさらに上を目指したいというところだろう。

「そういえば、あなた方の名前を聞いていなかった。身なりからして、この辺りの者ではなさそうだが」

「俺か? 天城颯馬。この二人は珠と五郎だ」

 さらっと嘘をつく。前々からお忍びで外を出歩く時にちょこちょこと使っていた偽名である。光秀を珠としたのは適当、五郎は隆豊の幼名である。

 唐突な偽名に光秀と隆豊は驚いただろうが、さすがに顔には出さなかった。

「それで、兵法家のお兄さんの名は?」

「ああ、失礼した。私は丸目長恵。かつては相良家に奉公していたが、わけあって流浪の身となったあぶれ者。今は上泉様より新陰流の理を学び、剣の道を志している」

「上泉というと、上泉信綱殿か」

「ほう、我が師をご存知で?」

「名前だけは。京では大層なご評判だとか」

「如何にも。理に適ったすばらしき剣の冴えであった。我が剣、未だ師の域には至らず、果たしてどれほどの修練に打ち込めば、あの域に手が届くのか……」

「是非一度お会いしたいものだ」

「私も今一度お会いしたいと思い京に上ったものの、上泉様とはお会いできず無念であった」

 自棄気味に長恵は酒を煽った。かなり強い酒のようだが、彼は酒に強い体質であるらしい。まったく酔ったそぶりを見せない。

「颯馬殿は何ゆえに別府に?」

「商談だ」

「ほう、商談。颯馬殿は武士ではないのか?」

 長恵の視線が晴持の刀に向かう。

「如何にも武士だが、武士とて商人の真似事くらいはするだろう。俺はもともと山口でご恩をいただく身でな」

「山口、すると大内家か?」

「ああ。豊田幾之進という酒屋の護衛を兼ねてここに来たのだ。まあ、商談といっても豊田殿が進める話であって、我々は蚊帳の外。時間が空いたのでこうして街に繰り出している」

「左様か。大内家といえば、今や跳ぶ鳥を落とす勢いで成長している大家ではないか。しかし、大丈夫か?」

「大丈夫かというと?」

「東の尼子が大挙して押し寄せていると聞いているぞ。すぐに山口を侵される事もあるまいが、心配ではないのか?」

 その通り。死ぬほど心配である。尼子家は大内家の終生の天敵であり、いずれは滅ぼさねばならぬ相手とはいえ、九州で島津家と睨み合っている時に尼子家が来襲するというのは、考え得る限り最悪の展開であった。せめて、島津家を屈服させてから尼子家に腰をすえて当たりたかったところである。

「心配か否かで言えば、もちろん心配だが、俺が心配したところでどうにかなる話でもない。それに、尼子家が挙兵をする事くらいは誰もが予期している事だった」

「そうなのか?」

「そうなのだ。当然の展開だ。だから、準備だってしているさ。剣の道は一朝一夕に成らずとさっき言っていたが、尼子家がどれだけの軍装を整えようと大内家を攻略する事もまた一朝一夕には成らぬ事だ」

「ふむ、なるほど。確かに、そうかもしれん」

 ぐい、と長恵は酒を飲む。いつの間にか、三合ほども酒を飲み干している。

「ところで、丸目殿は京には詳しいのか?」

「諸国行脚の最中に立ち寄った事もある。こう見えて将軍殿下の前で剣を披露した事もあるのだ」

「本当か?」

「嘘をついてどうなる」

 にやりと長恵は得意げな笑みを浮かべた。なるほど、この表情は嘘ではない。

「殿下は剣術に夢中になっておいでと聞いた事があるが……」

「ああ、そのおかげで目通りが叶ったのだ。もっとも、私は師の付き添いでしかなかったが、それでもお褒めの言葉を賜った……ああ、殿下も別格だったな。将軍職にありながらあれほどの剣才をお持ちとは。少しばかり常軌を逸している」

 将軍に目通りしたという時点で、長恵の剣には箔が付く。

 彼が会ったのは将軍義輝だろう。彼女もまた剣の道を志す者であり、優れた兵法家を招いては剣の仕合をさせているという。

 晴持も、以前に一度だけ会った事がある。

「丸目殿、もしよければ大内家に出仕しないか? この時分だ。どこもかしこも人手不足。大内家であっても実力があれば仕官を許されるぞ。こう見えて上にも知り合いはいる。話を通す事くらいできるぞ」

「興味深い、が。しばらく保留とさせてもらおう。今更戻るに戻れぬが、相良家に厄介になっていた事もあるのでな」

 その相良家も、今や風前の灯。甲斐家に拾われて辛うじて命脈を保っているに過ぎない状況だ。島津家がこれ以上北上してしまえば、その甲斐家すらも潰える可能性は否定できない。

 大内家に仕えれば、間接的にでも相良家を救う事もできるかもしれない。だが、できれば相良家に直接奉公したいという思いも捨てきれないというところだろうか。それとも、また別の気持ちがあるのか。読心術でも使えない限り、長恵の気持ちを完全に読み解くのは不可能だ。

「無理強いはできないが、頭の片隅にでも入れておいて欲しい。優秀な人材を紹介すれば、俺も引き立ててもらえるかもしれんしな」

 等という事を言い添えて、長恵と別れた。

 相良家に思いがあるのなら、島津家に流れる事もないだろうと楽観的に考えて、やっぱり本名を名乗っておくべきだったかなと少しばかり後悔した。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 温泉に来たからには温泉に入らなければならない。湯治は地位のある武士にとっては馴染みのもので、もともとそのためにここまでやって来たのだ。

 そもそも湯浴み自体がまだ高級だった時代。地下から湯が出るというだけで珍重され、領主の管理下に置かれるのは当然なのだ。

 歴代の大友家が守り、整備してきた浜脇温泉。晴英肝いりの夕食に舌鼓を打った後、いよいよ湯に浸かる時が来たのである。

 隆豊、隆房、光秀の姫武将三人組にとっても、この温泉は楽しみにしていたものの一つ。むしろ、このために浜脇温泉までやって来たといっても過言ではない。

 戦場では鎧兜に身を固める彼女達も、浴場にあっては生まれたままの姿である。唯一の装備は手ぬぐいくらいのものである。

「ちょうどいいお湯加減。すぐに入れそう、きゃっ」

 手を湯につけて温度を確かめていた隆豊が小さく悲鳴を上げる。隆房が勢いよく飛び込んで、水飛沫が顔にかかったからだった。

「陶さん、いきなり飛び込むのは危険ですよ」

「あはは、ごめーん。広い温泉とか飛び込まざるを得ないかなって」

「ダメですよ。きちんと慣らさないと身体にもよくありません」

 急な温度変化は心臓や血管に負担をかけるという。高齢者が時たま浴室、あるいは脱衣場で倒れる要因の一つだ。至って健康体の隆房がそこまで細かく気にする必要はないのだが、それを差し引いて礼に反するという事はある。

 隆豊は隆房を注意した後で、ゆっくりと湯に浸かった。じわりと熱が体内に染み込んでくる感覚に酔い痴れつつ、ほう、と息を吐く。

「明智殿もお早く。そこにいては身体が冷えますよ」

「あ、はい……」

 促された光秀は、おずおずと湯に入る。

 光秀にとっては上役と一緒に密室に閉じ込められるようなものだ。冷静に考えてみると、かなり異常な事ではあった。

 清和源氏に名を連ねるとはいえ没落した地方の氏族の一員に過ぎない光秀が、西国の大大名の直臣、それも最高峰の家格の二人と一緒に湯浴みだ。

 晴持が関わる時ならば、光秀も晴持という傘の下で落ち着いていられるが、その外でとなるとどう接したらいいものか未だに分からない時がある。

 光秀からしても隆豊と隆房は可愛らしく、そして綺麗な身体をしている。隆豊に至ってはすでに晴持に抱かれているらしい。確かに、光秀よりも小柄な隆豊ではあったが意外にも凹凸ははっきりとしていた。胸は大きすぎず、かといって小さいとはいえないくらいあるというのはちょっとした驚きだった。普段の服からは、想像もできなかった。

「明智殿、どうかされました?」

「あ、いえ、なんでもありません」

 どうも不躾な視線を送ってしまった事に気付かれたらしい。光秀は慌てて首を振った。

「よし、これ行ってみない?」

 隆房がどこから取り出したのか酒瓶を持ち出した。ご丁寧にお猪口まで用意しているではないか。

「え、ここでですか?」

 温泉の中で酒を飲むなど聞いた事がない。そもそも、そこまでして酒を飲む必要性も感じない。

「あ、いいですね」

 ところが、隆房の提案に隆豊は乗り気だった。

「冷泉殿……?」

「いいじゃないですか。せっかくの湯治なんですから。それに、浜脇の湯でお酒というのも一度やってみたかったんですよね」

 妙にうきうきして隆房からお猪口を受け取った隆豊。すでに透明な酒の精が並々と注がれている。

 それを一気に飲み干す。

「おう、イイ飲みっぷりだね」

「ふふ、陶さんもどうぞ」

「いただきまーす」

 隆房のお猪口に酒を注いだ隆豊に促され、隆房はお猪口を空にする。

「明智殿は?」

 隆房が光秀に酒が入ったお猪口を渡す。

「う、いや、わたしは」

「まあまあ、一杯だけ一杯だけ。もったいないって」

「は、はあ……」

 困惑しながら光秀は酒を飲んでしまう。

 もったいないとまで言われてしまえば、断わる理由が見つからない。そこまで強い酒ではないのか、喉越しはさわやかで喉を上ってくるようなアルコールの香も少ない。

「はい、じゃあ次ー」

 隆房が光秀のお猪口に酒を注ぐ。

「え、あの、一杯だけって」

「そう一杯だけ。でも、もう一杯いけそうじゃん。わたしも行く」

 にこやかに隆房がお猪口を空ける。

「陶さん、あまり明智殿に無理を押し付けるのはよくないですよ」

「んん、隆豊いつのまにか一人で盛り上がってんじゃないわよ」

 隆豊の顔が紅いのは、温泉の熱気に当てられたからではないのだろう。光秀が隆房と飲む飲まないのやり取りをしている間に、一人でかなり飲み進めたらしいのだ。

「お二人とも、お酒はお好きなのですか?」

 光秀は二人の意外な一面に目を剥いた。

「ん? まあ、好きか嫌いかで言えば好きだけど。隆豊は?」

「わたしですか? 好きですよ、お酒。まあ、日常的に飲むわけではないですが」

 酒を飲むのは武士の基本。名のある武将の中には大酒飲みで有名な人物が多々いる。

 歴史に名を残すほどの大酒飲みではないが、隆房も隆豊も酒を嗜むくらいはするのだ。

「あ゛ー、なんで、ここ混浴じゃないのかなー」

「陶さん、突然何を仰っているのですか!?」

 あまりにも唐突の発言に光秀は湯を飲みそうになってしまった。

「いや、だって、男女で分かれてなかったら若と入れたのになーって。今からでも護衛名目で男湯行こうかな」

「晴持様と入るって、そんな、その破廉恥な」

「え、光秀だって興味あるでしょ、そういうの」 

「あ、いや、興味というか、別に……」

 核心を突く事をさらっと問われて光秀はごにょごにょと言葉を濁した。

「そ、それに、男女別になっているのはきっと破廉恥に及ぶのを防ぐ目的があるとかそういうのではないかと考えるのですけど」 

 大友家が管理する温泉なのだ。男女が同じ温泉に浸かっていれば性の乱れもあるだろう。ただの武士ならばまだしも大友家の当主がそのような事をしては場合によっては跡目争いの種となるだろう。

 恐らく、そのような理由で男女を分けたのだ。

「それは違いますよ、明智殿。ここが男女別になっているのは男女が一緒だと問題が起こるからではありません。男性だけの湯というものに意味があるからなのです」

 と、光秀に反論したのは隆豊だった。

「男性だけの湯に意味があるとは?」

「そりゃあ、薔薇園に女は不要に決まっているじゃないですか」

「はあ、薔薇園?」

 光秀は頭に「?」を浮かべる。隆豊は自身の言葉に酔っているのか恥じ入っているのか頬に手を当てて身を捩っている。

「光秀ー、隆豊のそれに付き合うと長いよ」

「名前……」

 隆房がいつの間にか光秀を名前で呼んできた。驚いたが悪い気はしなかった。

「あの、ところで薔薇園とは」

「ご存じないのですか!?」

 隆豊が身を乗り出して驚愕する。

「は、はあ」

「薔薇園っていうのは、隆豊が嵌ってる『西国光源氏』って本の巻名。何帖だっけ? 十?」

「十三です。そして、巻名にもなっている薔薇園の舞台となっているのがこの温泉なのです」

「そうなのですか?」

 『西国光源氏』の名くらいは光秀も聞いた事がある。ここ数年の間に出回り始めた娯楽専用の本だ。光秀は読書家ではあったが、目を通すのは学術的な本ばかりだったので娯楽目的で書物を手に取る事はなく、当然『西国光源氏』も読んでいない。

「そうなのです。まあ、実際は豊後国の海に面した湯の町といった風に暈しておりますけどね。豊後の大名大智某が、誰にも邪魔されずに衆道に励むため男女の別を設けた温泉を若君が訪れるところから十三帖は始まるのです」

「え、へ、衆道、ですか。それは、あの、男性同士のいかがわしい、あれですよね」

「そうです。そして、十三帖の特徴は主人公が若君ではなく、明智殿のような衆道をいかがわしいと表現する潔癖な姫武将なのです。姫武将は若君に好意を寄せ、共にこの温泉を訪ねます。一時の休息。羽を伸ばして湯に浸かっていると、隣の男湯から若君のお声が……そっと耳を澄ませていると、何と別の男と愛を語らっているではありませんか。しかもその相手は身分の低い図体が大きい事だけがとりえの農民出身足軽。驚いた姫武将は、男女を別つ竹壁の隙間からこっそりと様子を窺うのです。そして、そこに広がっていたのは一面の薔薇の花! あの若君が己を差し置いてあのような男とッ! 姫武将は嫉妬の妄念に駆られつつ、何もできない。何故ならばそこは女人禁制の男湯だから。指を咥えて若君と足軽の情愛を眺めている事しかできないのです。そこで、傍と姫武将は気付いてしまう。く、くやしい、でも目を背けられない、この不思議な胸の高鳴りは何? と。これがこの作品の大きな罠。『西国光源氏』最大の魅力。姫武将に感情移入していた読者は、姫武将と一緒に薔薇の魅力にどっぷり嵌って抜け出せなくなるのです。以降、姫武将は度々物語の語り手となって、若君の愛を女性目線で描写する役回りとなるのです」

 じゃぶじゃぶと水面を叩き、高説を続け、喉が渇けば酒を煽る。隆豊は興奮気味に『西国光源氏』の何たるかを語った。語ったが、光秀は情報の大半が頭に入ってこなかった。

 はあ、そうですか、とだけ答え、隆房に視線を向ける。

「あ、まあ、がんばって」

 と隆房は光秀に助け舟を出そうとはしない。助けようとしても無駄だと分かっているのだ。それに隆房も『西国光源氏』の読者でもある。隆豊ほどではないにしても、隆豊の主張に理解は示しているのだ。

 隆豊は大分酒が回っているらしく酒臭い息で饒舌に語っている。光秀はこんな隆豊を見た事がない。

「冷泉殿、その辺りで。そろそろ、のぼせてしまいそうですし」

「まだ行けます」

「あの、わたしがもうダメなのですが」

 隆豊の目が座っている。これはダメなヤツだと光秀は生唾を飲む。

「お、広い温泉だなー」

 と、聞こえてきたのは晴持の声だった。竹壁の向こう、男湯の方からだ。隣に晴持が来ては姦しく騒ぐ事はできず、隆豊も押し黙った。

 シンと女湯が静まる。男湯から聞こえてくる水音は晴持が湯に入った音だろう。

「『西国光源氏』では、竹壁の穴から向こうが覗けたはず」

 隆房が言った。湯を蹴り、隆房は竹壁をぺたぺたと触りだす。

「ちょっと、陶殿!? 何を、それは本当にダメなヤツではッ!?」

「え、いや、ほら、若に何かあったら大変じゃん? 湯浴みは一番無防備になるところなんだし、襲われる例がないとも言えないし」

「つまり、わたし達には若様を影ながらお見守りし、若君のような事態が発生したら義隆様に報告する義務があるという事れすね」

 そう、ここは男女で別たれた温泉。命に別状がなければ、何があろうと見守る事しかできない。その無力感もまた『西国光源氏』の魅力の一つ。

「冷泉殿、呂律が……」

「だいじょぶです。最初に若様にお情けをいただいたときも、こんな調子ですた」

「え、ええ……」

 聞きたくなかった、と光秀は頭を抱える。

 しかし、すでに隆豊はふらついていて本当に危険だ。今にも睡魔に負けそうな様子で、湯殿から連れ出したほうがいい状態だ。

 光秀が隆豊の手を掴んで湯に沈まないように支えていた時、隆房が、

「光秀、光秀、ここ、あった。見える見える、薔薇園が」

 声を殺した隆房が興奮気味に言ってきた。隆房が指差す竹壁には、確かに小さな亀裂が入っていて向こう側が見えそうだった。

「え、いや、わたしは……」

「いいの? こんな機会、もう二度とないのに」

「う、いや、その…………えと、ちょっとだけなら」

 

 

 

 

 晴持が温泉から上がってくると、お付の姫武将三人がダウンしているとの話が聞こえてきたので見舞いに行った。

 出迎えたのは光秀だったが、妙に視線を逸らそうとしており、隆豊は轟沈、隆房も布団の上に転がっていた。

「長湯をしすぎまして……」

 と、光秀は上気した顔で言った。



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その五十三

 時は大内家と龍造寺家が事を構えるよりも前に遡る。

 龍造寺隆信が筑後国に侵攻し、柳川の城を落とした頃の事である。龍造寺軍は意気を盛んにし、筑紫平野を席巻せんと軍備を増強しており、その動きに対抗するため陶隆房率いる大内軍が博多を経由して筑後国に押し入った少し後、戦地に赴く万の軍勢を見送った博多の街の一画で、ある会談が行われていた。

 博多を中心に活動する商人神屋宗湛の屋敷である。彼は、大内家と懇意にしている神屋寿禎の血族であり、彼が先年病を得て死去してからは、神屋家を取り仕切って商いに奔走しているのであった。

 宗湛がいるのは、七、八畳ほどの茶室である。普段使っている客間よりも離れた場所に設えられている。この屋敷が建ってから十年以上の月日が経っているが、畳や家具漆器類のみならず柱などが真新しく見えるのは、よほど細やかに手入れをされているからなのだろうか。あるいは、滅多に人の出入りがないという事なのだろうか。

 それはどちらも正しい。

 この部屋はただの商談ではなく、より高度で政治的な話題を出す際にのみ使用する事になっている。

 集まったのは宗湛のほかに三名。その内一人は、宗湛とそう歳も離れていないであろう姫武将であった。

 中年の肥満体ながら視線が鋭く脂肪の下に筋肉の鎧を着込んでいる事が見て取れる男が豊後国府内の商人にして、大友家の貿易政策の中核に位置していた仲屋乾通。

 乾通に対面し、緊張感のある面差しの細身の翁は、肥前国平戸からやってきた安藤市右衛門。そして紅一点となる姫武将毛利隆元。

「さて、折りしも陶様が龍造寺退治に出陣されましたが、我々も我々の戦をする時が来たものと思い、こうして皆々様にお集まりいただきました」

 口火を切ったのは家主である宗湛だ。

 先刻までの歓談の気配はとうにない。ひりひりとした見えない炎が肌を焼いているかのような緊張感が室内に立ち込めた。

「我々の戦、のう。まあ確かに、戦は刀やら槍やら振り回す事ばかりではないからの」

 乾通は胡坐をかいた膝を手の平で摩りつつ、顔に笑みを浮かべる。

「もっとも、うちは大内さんのおかげでそこそこ持ち直しましたし、宗湛さんのとこは初めから大内さんの派閥。戦をしなければならないのは、市右衛門さんのとこでしょうのぉ」

 鷹の目のように鋭く細い乾通の眼が市右衛門に向けられる。

 もともと大友家に抱えられ、外国船の誘致に成功するなど府内を中心に手広く商いを展開していた乾通も、近年の大友家の失速具合に危機感を抱いてはいたのだ。領主の交代は領国内の様々な人々に何かしらの影響を与える。とりわけ商人はその領主の「経営方針」によって身持ちを崩す可能性も否定できない。利を貪るだけが商人ではないとはいえ、それなりに利益を上げられなければ領主に協力する事はできない。この戦国の世にあって金食い虫の戦は商人達にとって稼ぎ時であり、強い領主はそれだけ彼等に金を落としてくれるのだが、その半面、領主が没落してしまえば、大損をする事になる。投資した分が回収できなくなるというだけならば、まだましで下手をすれば自分達の商売が立ち行かなくなる。

 乾通が胸を撫で下ろしたのは、大友家が滅びる事なく大内家の傘下に収まった事と、とりあえずは商人達の活動に支障が出ていないという事である。それどころか、瀬戸内を支配する大内家と繋がった事でさらなる利益が上げられるようになるのではないかという期待感もある。

「安藤さん。まずは、ご足労いただいた事に感謝いたします。平戸でのご苦労のほど、お察しいたします」

 隆元は簡単な挨拶から、市右衛門と交流する。ここに集まり軽く話をしてはいたが、正式に会談が始まったので改まって話を始めたのだ。

「こちらこそ、毛利様に拝謁する栄に浴しました事、真に嬉しく思います」

 この席で最も力があるのは隆元だ。しかし主役ではない。この席の主役はどちらかと言えば市右衛門だ。隆元と市右衛門。両者の思惑が一致したからこそ、この会談が実現した。

「まずは平戸について」

「は……」

 市右衛門は頭を下げ、巻物を隆元に渡した。

「私が発つまでの平戸の様子を書き記して参りました」

「ご苦労様です」

 隆元はさっと巻物を広げて目を通す。武芸よりも学問を得意とする毛利家の長女は、流し読みするだけで書物の要点を把握する事ができる。本人は自覚していないが、こうした能力は派手な戦功を上げ注目を集める妹達にも匹敵する長所であると言ってもいい。

 武勇が称揚される戦国の世ではなく、太平の世に生まれていれば名君として早くから期待されたであろう。

 そして、大内家のような規模の大きな大名家にあっては隆元のような「政治家」の存在をこそ重要視するべきであった。武家ならば武勇を示してこそ、と思われがちな世の中で、大内家、とりわけ晴持は隆元の後方支援能力を高く買っていたのである。

「やはり、ずいぶんと荒れているようですね」

 隆元は憐憫を僅かに込めて、寄り添うように呟いた。

「龍造寺様との戦いで、平戸は焼けてしまいました。再建には多額の費用と時間を要する事になります」

「そうでしょう。といっても、龍造寺家もすでに再建に向けて動いているのでしょう。それ自体はさほど大きな問題ではないはず……」

 平戸は九州でもとても大きな市場である。いや、であったといったほうが正確か。平戸は松浦家と龍造寺家の騒乱の中で焼けてしまい、今は往時の姿を留めていないのだという。それでも、天然の良港であるので龍造寺家が再建を進めるのは分かりきっている事だが、南蛮貿易も長崎に奪われているため、平戸の商人は非常に苦しい状況に追い込まれている。

 市右衛門が提出した書類には、平戸の無残な様子と彼の逼迫した現状が綴られている。

 龍造寺隆信は飛ぶ鳥を落とす勢いで成長しており、今まさに筑後国を手中に収めんとしている。大内家はこの企みを封殺するために動いており、隆房が進軍したからには遠からず両軍はぶつかり合う事になるだろう。

 その結果がどうなるのかは、未だ不透明。龍造寺家も決して弱い軍ではない。大内家が負けるとは思わないが、かなりの痛手を被る可能性も否定できず、南の島津家の動向も気になるところである。

 そのような心配事をおくびにも出さず、隆元は巻物を巻きなおして横に置くと、市右衛門に向き直った。

「それと、お願いしていたものについてはどうでしたか?」

「はい。それにつきましても、用意いたしました。平戸の状況が状況だけに、聊か苦労しましたが……」

 市右衛門が差し出したのは、もう一巻きの巻物であった。

「目録の通りに用意してございます」

「ええ、ありがとうございます。これで、晴持様、義隆様もお喜びになるでしょう」

 ふわりと隆元は笑みを浮かべた。

 彼女にとっても、重責から解放されたようなものだったからである。

 隆元が入手したのは、サトウキビの種や砂糖の精製方法などを記した書物である。この時代はまだ日本にはなく、正史では十七世紀に琉球王国が明に製造方法を学んだのが始まりであるともされる。

 砂糖の生産は一大事業になる事が予想され、諸国に先駆けての製品化は晴持にとって悲願でもあった。

「それでは、お礼の品をお渡しします。この戦で勝利した暁には平戸にも更なる支援をする事も叶うでしょう。それだけの価値があなた方にはありますから」

 隆元はそう言って、市右衛門に金品を渡した。サトウキビの情報に対する報酬である。そして、龍造寺家を討った後に、平戸の商人達を抱きかかえるための手付金でもあった。

「ああ、それと仲屋さん。例の件は今どうなっていますか?」

 隆元は今度は乾通に尋ねた。

「手は打っておりますが、さて、どこまで上手くいくものか。それに、まだ決行の時期ではないのでしょう?」

「はい。しかし、いざ決行となって上手く行かなかったら、それはそれで別の手を考えなければならないので」

「一応、向こうの仲間に話はしていますが、あちらさんも命は惜しいはずですからのう。命よりも利を優先する連中ですが、だからこその危険は伴いますぞ」

「承知の上です」

 以前から、内々に話をしていた事ではある。晴持に持ちかけられ、そのまま豊後国の一大商人である乾通に相談した。

 晴持曰く、島津家への嫌がらせ。

 島津領内の米を相場よりも高い額で買い取ってこちらの兵糧にしてしまおうという意地の悪い作戦であった。

 島津家が領有する南九州はもともと稲作に不向きな土地だ。米の収穫量も多いとは言えないので、兵糧の管理はかなり厳しいものになっているはずだ。それでも、年貢を銭で納める以上は金に換えなければならない。金に換えるのならば、少しでも高いレートで取引したいはずである。島津家と大内家が入り乱れている戦場近くならば、介入しやすく、少しずつ買取を進めている段階であった。

「しかし、晴持様も嫌らしい策を用いますな。銭はいくらあっても食えませんからなぁ」

「島津に銭が入ろうと、米にできなければ兵糧にはなりませぬからな。その米が島津領内から消えてしまえば、厳しい戦いを強いられる事になりましょう」

 乾通と宗湛は苦笑いを浮かべていた。 

 島津家の農民達は商人を通じて米を銭に換える。そして、商人は米を上方等で売りさばいて利益を得る。瀬戸内海を押さえた大内家は、この流れに干渉できる。米価を吊り上げて、島津家の兵糧、財政を圧迫する戦の外で行われる戦を大内家は仕掛けているのである。

 戦で勝敗を決するのではなく、その前の段階から勝負を仕掛けるのは最近の大内家、とりわけ晴持が得意とするやり方であり、それは武士というよりも商売人的な思考によって成り立っていると乾通は見ている。

 彼が大内家との取引を拡大しようとしている背景には、大内家が西日本の覇者となり流通を握っている事に加えて、こうした晴持の金を戦に有効利用しようという発想に注目したからでもあった。

 戦をその場その場における局地的なものと見るのではなく、そこに至る過程に着目して金をかけて準備する姿勢は、武士にはあまり見られないものだった。

 とはいえ、この島津家から米を買うという戦略は、かなり成功率の低い策である。中途半端に行えば、ただ島津家に金を入れるだけの結果となるだろう。しっかりと、島津家の兵糧や収穫状況を確認した上で事を進める必要があった。

 そのため、乾通は知己を得た島津領内の商人にそれとなく島津家の内情に探りを入れているのだ。

「天候不順に火山の噴火、度重なる戦もあって島津領内は、まあ例年通りに不作が続いている模様。米の価格も相応に上がっております。もっとも、原因には大内様が流通を抑えた事もありますが」

「どこも苦しいのは一緒と言えば一緒ですが……」

「こう言っては元も子もありませぬが、島津と戦をしても大内様にはさほど利益はありませぬでしょう」

 確かに、それを言ってはお終いだ。島津家との戦に利を感じている者はさほど多くない。島津の領国は土地が痩せていて、面積の割りに収穫高は低いのだ。中央から最も遠く、大内家が形成する経済圏の外に位置しているので、わざわざ兵を差し向ける理由に乏しい。

「それでも降りかかる火の粉は払わなければならない、という事のようです」

 隆元は武家の長子ではあるが、戦の事はよく分からない。戦うよりもこのようにして商談に励むほうがずっと性に合っているからだ。晴持が人質に過ぎない自分をこのような大役に抜擢してくれたのは嬉しい限りで、精一杯励まなければならないと思ってはいるが、時として同時に戦の戦略決定に必要な情報が流れてくる事もあり、戦は分からない等とは言っていられない状況となっている。

 それが、隆元にとってはストレスでもあり楽しみでもあった。

「それともう一つ。先ほど、島津家に兵を差し向けるのは利にならないと仰っておりましたが、琉球を含めた貿易の可能性が拡大するのは十分、利になるかと思います」

 



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その五十四

 戦というのは、何も戦場で殺し合いをする事だけではない。その前段階の軍略を練るところからすでに戦は始まっていると言っても過言ではなく、むしろこの点こそが戦の勝敗を別つ最も重要な部分であると島津家の三女、島津歳久は考えていた。

 戦場で武勲を立てるというのが、武士の誉れである以上、従来その前段階にはさほど注目はされてこなかった。もともと、戦場で個人が活躍する事が求められ、またそれが可能だった時代が長かった。国では戦術を軽視する向きすらあって、戦を遂行するための「軍」としての動きが研究されるようになったのは比較的最近の事なのである。

 古の戦は、日時と場所を相手と打ち合わせて、大将同士の簡単に一騎打ちや矢合戦から会戦した。戦の中にも暗黙の了解があって、武士はその中で命のやり取りをしたのだ。言ってみればそれは殺し合いではあったが名誉を賭した試合でもあったのだ。

 だが、合理性よりも名誉が重んじられた古き良き時代の戦は、今は通じない。政治体制も、戦に傘下する兵卒の意識も、武器も何もかもが変わってしまった。

 如何にして効率よく敵を打ち倒すのか。武士の集団を一個の軍として的確に運用する戦略と戦術が求められる時代へ突入したのである。

 そうなると、歳久のような頭で戦に当たる武士も日の目を浴びるようになる。大陸では軍師、この国では軍配者などと呼ばれる立場にある者の重要性は日増しに高まっている。

 戦は高度に政治的な問題を孕む行いだ。敵を討ち、領土を広げ、また新たな敵を討つ。時には手を取り合い、互いの背中を守りあう事もある。

 島津家にとっての不幸中の幸いは、背面を脅かす勢力が存在しない事であろうか。九国の最南端に位置する島津家の敵は常に同じ方向からしかやってこないし、進路もまた限定されている。中央から遠いというのは、政治的には不利だが、歳久を初めとした姉妹は天下への野望等というものはない。

 彼女達の目的は第一に「三州統一」即ち、薩摩国、大隅国、日向国という源頼朝より任された土地を奪い返す事にあり、次に九国制覇を果たし西国の大勢力としての地盤を固める事になった。

 とにかく御家の存続と領土の保全を確かなものとするためには、島津家は他家に付け込まれる余地のない実力を内外に示す必要がある。

 長年の親族内での対立により疲弊した島津家がここまで大きく勇躍する事ができたのは奇跡にも等しいが、今のまま安穏としていても安泰とは言い難い。

 世の情勢は流動的だ。

 室町幕府の権威も失墜し、今や諸国が好き勝手に領土を貪りあっている状況である。弱い勢力はすぐさま強い勢力に取り込まれてしまう。

 島津家にとって当面の敵は大内家。

 九国北部に長年、根を張っていた大大名だが、この数年で急激に力を増して勢力を拡大する戦国の雄である。

 九国の大勢力であった大友家を取り込み、肥前国からのし上がってきた龍造寺家を叩きのめした事で、大内家の力はすでに九国北部から南へ浸透してきている。内部工作も進めているようで、国境付近の豪族達は大内家に利があると見て鞍替えを始めている。

 歳久は自室で黙然と爪を噛む。

 島津家と大内家とでは国力が大きく異なっている。大内家が全力を傾ければ、島津家の全兵力を揃えても数の暴力に押される展開となる事は目に見えている。

 それでも大内家が島津家に本気にならないのは、大内義隆の目的はあくまでも東にあるからだ。降りかかる火の粉は払っても、本腰を入れて島津家を潰す意図はあまり感じられない。

 しかし、その一方で義隆の義理の子である大内晴持は島津家を当初から危険視していたらしく、対島津家のための水面下の工作活動に余念がない。情報収集の結果からしても、彼は東よりも西、とりわけ島津家をどういうわけか初めから注視していた事が分かっている。

「気持ちの悪いヤツ」

 情報を集めれば集めるだけ、歳久は晴持が気に食わなくなる。

 農耕技術の発展、養蚕業の勧奨、戦場での差配。新しい事を貪欲に進め、それが的を射るというのは、別に問題ではない。あの男は名門の生まれであり、大内家に幼少のうちから引き取られているのだ。国外からの渡来の技術に触れる機会もあるだろうし、島津家のような辺境の国人にとっては未知の知識であっても習得できただろう。それを的確に運用する能力については、評価せざるを得ないが、その力を最大限に発揮できたのは結局のところ大内家という後ろ盾があったからこそである。

 歳久にとっても島津家にとっても、晴持の活躍そのものは脅威ではない。

 彼女が脅威を感じるのは、奇妙な先見性であった。

 そもそも晴持は何故、島津家を脅威であると判断したのか。

 彼と大内家の動きを見れば、非常に素早く大友家と島津家の間に割って入っている。これは、初めから大友家が島津家に敗れると予期していなければできない動きだ。その後の大友家の当主交代についても、島津家の勝利と大友家の没落を念頭に置いて準備を進めていた事が窺える。

 あの時点で、島津家が大友家に勝てる要素は――――対外的にではあるが――――存在しなかったはずだ。誰もが、大友家の勝利を信じて疑わなかったし、島津家中にあっても死力を尽くした決戦を挑んだのが耳川での戦いであった。

「いったい、何時から……」

 晴持は、何時から島津家を危険視していたのだろうか。

 耳川以前の島津家は確かに勢いのある家ではあった。伊東家を倒し、その余勢を駆って北上する見込みもあった。

 歳久にとっての想定外は、まさしく大内家の介入であり、それまで島津家が大内家に目を付けられている事すら意識していなかったのである。いつかぶつかる可能性は頭に入れていても、まさかあの時点で介入するなど予想外にもほどがある。

 それとも、単なる偶然か。考えすぎなのか。大友家を取り込むために九国の戦に介入した事が、偶然島津家を敵視する結果に繋がったのか。

 考えても詮のない事ではあるが、晴持が九国で本格的な戦いを始める前から島津家を敵視ないし危険視していたのであれば、これまでの晴持の戦い方からして入念な対島津戦の準備が進められているのは間違いない。

 あの男の戦い方は、勝てる状況を作り出してから戦いを始める新しい戦の形である。晴持の土俵に上がった時点で、ほぼ勝敗が決してしまうのだから、大内家との戦いは戦略的な視点が求められる。

 「天地人」を味方につけた状態での開戦が望ましい。

 しかし、現実にはそのような都合のいい展開は存在しないし、そのような状況を作り出す事も困難を極める。

 強いて言えば、今がその時ではあった。

 連戦に次ぐ連戦で晴持率いる九国遠征軍は疲弊している。東からは尼子家が攻め寄せ大内家の本国を狙い、島津家からしても大内家以外に敵がいない状況が生まれている。島津家は全力を対大内家につぎ込めるが、大内家は東西から敵に挟まれた状況なのでそれは難しい。

 そして、当主を討ち取られて反大内の声が高まる龍造寺家の残党勢力を糾合し、肥前国から火の手を上げる。

 とにかく、敵が島津家だけに集中できない状況を生み出せるのは今しかない。

 本来であれば、龍造寺家と大内家の戦いはもっと長引くはずであったし、龍造寺隆信が討ち死にするはずもなかったのだが、こればかりは運がなかったとしか言えない。

「歳久様」

 と、部屋の外から声をかける者がいた。

「何でしょうか」

「至急、ご報告が」

 この忙しい時に、と思ってしまったが、それは皆分かっている事だ。となれば、わざわざ歳久に報告を上げてきたという事は、それなりの大事であるという事でもあった。

 部屋に家臣を上げて、その報告を聞くや、歳久は眉根を寄せた。

「それは本当ですか? 何かの間違いではなく?」

「はい。間違いない事です」

「まさか、こんな馬鹿馬鹿しい手を打ってくるんですか……」

「歳久様?」

「いえ。十中八九、大内の手の者による仕業でしょう。大友かもしれませんが、どちらも同じですね。それにしても、米価を吊り上げてくるとは……」

 金で勝利を買うかのような方法だが、米が高くなるほど商家は潤う。もともと島津領は米の不作が続き、米価がただでさえ高く、兵糧米を備蓄するのも大変だというのに。

「外貨を稼げても、食べる物がなくなるのは問題です」

「はい。しかし、一部の村では備蓄米を手放してまで金に換える者も出ているようです」

「でしょうね。異様に米価が上がっているのは国境付近ですから、その地域の者にしてみれば高く米を売って安い地域から米を買えばいいとなります。問題は、大量の米が島津領から運び出されていくことにあるわけですが、彼等にそこまでの問題意識はないでしょう」

 国境付近の村というのは、そもそも島津家に対する忠義等期待できない。大内家と島津家の間で揺れ動いている者達だ。

「しかし、放置もできないのでは? このままでは米価が跳ね上がり、領民の生活にも支障を来たします」

「そうですね。まさか、このような経済で攻撃を仕掛けてくるとは思っていませんでした」

 本当に何を仕出かすか分からない男だ。

 米の買占め等、常識はずれにも程がある。しかし、同時に兵糧米に不安のある島津家に対してはこの上ない嫌がらせとなる。

 単純に銭が増えるというだけの話ではない。

 どれだけ高価な財宝も、ただ貯蓄するだけでは意味がない。金は使うからこそ意味があり、経済はそうやって回っていくのだ。今の島津家は西への通商路を封じられた立場にあるため、そもそも経済が回らない――――わけではない。

 歳久は小さく笑みを漏らした。こればかりは、晴持も読みきれなかったと見える。

「いかがなさいましたか?」

 四姉妹の中では珍しく表情の変化がない歳久が零した笑みに、不吉さすら覚えてしまう家臣はおずおずと尋ねた。

「何でもありません」

 と、歳久は言う。

「米価の高騰は防がなければなりませんので、元凶となっている商人を摘発してください。おそらく、大内側の商人と結託している者がいるはずです。ですが、命は取らないように」

「では、どのように?」

「正しい商売をしてもらえれば結構。多少、高値で売っても構いませんが市場への影響を抑えるように言い聞かせてください。ただし、高騰が続くようであれば厳罰も辞さないと付け加えるように。商売で発生した問題ですから、商人に解決してもらいましょう」

「はい」

「それと、儲けた分には税をかけます。これは、姉と協議しますが、せっかく大内が金を落としてくれるのですから活用しないといけませんね」

「一時的な課税ですか」

「そうですね。もとより、黒い取引をしている方たちです。見逃してあげる見返りくらいは求めてもいいでしょう」

 大内方との取引を即座に禁止はしない。

 利潤を島津家に入れるようにして、取引そのものに島津家を直接介入させる事で利益を掠め取る算段であった。

 島津本家が潤っても、金の使いどころが制限されては意味がない。大内家としては、米を買い占める事で広範囲に渡る兵糧攻めを狙ったのだろうが、稚拙な策ではあった。放置すれば致命的な毒ともなったが、こればかりは抜け道を用意していた歳久に軍配が上がったと言える。

 確かに、島津家は今、京への道を閉ざされている。経済圏の外に放り出されて、商売が上がったりという状況に追い込まれた。四国の外海を渡る技術は未だにないため、どうあっても瀬戸内を通らなければならないのだが、それができないというのは商業面で致命的である。

 しかし、南方のはずれであるからこそ築ける通商路も存在しているのだ。

 未だ、大内家が手をつけていない通商路――――琉球王国を介した諸外国との繋がりを島津家は整えつつあったのだ。

「琉球とうちが交流を深めたとなれば、大内からの経済攻撃も止むでしょう。それまでは、精々稼がせてもらうとしましょうか」

 せっかく永楽銭を持ってきてくれるのだ。有効活用するに限るではないか。

 この日、ほんの少しだけ歳久の機嫌は回復した。側近でも分からない程度の、微々たるものではあったが。

 



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その五十五

 大内領に侵攻した尼子軍の目的は二つ。

 一つは石見の銀山を確保し、経済基盤を強化すること。もう一つは備後国を押さえあわよくば安芸国にまで勢力を広げることであった。

 過去に一度、毛利家を主体とする大内軍によって安芸国侵攻作戦は頓挫し、尼子家の将兵の中にも安芸国、とりわけ毛利家に対する苦手意識は根強く残っている。それでも、近年の大内家の成長具合を見ると、いつまでも捨て置くわけにもいかないのが現状であった。

 尼子家にとって大内家は不倶戴天の敵であり、同盟関係にあるとはいえ不可侵条約は大内家に有利な形で結ばれた不平等条約とも言うべきものであった。これについても、尼子家中に不満は渦巻いており、現当主である尼子晴久にとって頭の痛い問題なのである。

 大内家と結び続けることは、東進する尼子家にとってよい面もある。背後を気にせず京に軍を進めるというのは魅力的であり、現に尼子家は過去最大の領土を獲得するに至っている。大内家との小競り合いや睨み合いを繰り返していては天下の時流に乗り遅れるというのは、先代とも意識を共有していたところであるし、何より強大な大内家と事を構えれば、致命的な打撃を受ける可能性も否定できない。

 軍事力という点で、尼子家は大内家に劣る。新宮党を粛清し、精鋭を失ったことも軍事力低下に若干の影響を与えている。

 しかし、それを差し引きしても宗家を脅かす新宮党を排除したことによって得られた利益は非常に大きく、晴久は分裂しかかっていた家中の引き締めに成功していた。

 大内家との同盟を一方的に破却できたのも、東進によって力と実績を蓄えたことと家中の引き締めが適ったことが大きな理由であった。

 晴久は名実共に尼子家の当主として表舞台に立ったのである。国力を蓄え、西国の雄として上洛を果たす。それが、晴久の最終目標であった。そのために、大内家という後顧の憂いを取り払う必要があった。

 大内家は強大な軍事力と莫大な財力によって朝廷と幕府の両方に取り入っている。尼子家と代々敵対してきた間柄であり、義隆も父以来の上洛を夢見ていることは把握している。尼子家が上洛するのを、座して待つはずがなく、すでに在京している家臣同士で熾烈な政治工作が繰り広げられている状況であった。

 どうしても、上洛の夢を果たすためには大内家を叩いておかなければならない。少なくとも大内家との間に結ばれた不平等条約――――尼子家の敗北の歴史を清算しなければ、いつまでも大内家の下に見られてしまう。

 晴久の目から見ても、大内家と戦うのは今以外にない。島津家に後背を脅かされ、挟撃の形を作り出せることに加え、三好家の台頭で混乱し、こちらの戦いにまで手が回らないであろう京の状況を観察し、開戦を決意したのだ。

 

 

 遥か後方、月山富田城から新たな主の激励を受けて起った遠征軍は、大内家が察したように二手に分かれて進軍している。

 一つは日本海側を進み、大森銀山の獲得を目的とする遠征軍。もう一つは瀬戸内海に向けて進み、備後国から安芸国にかけてを征服せんとする遠征軍である。共に一五〇〇〇人弱の主力に現地で尼子方に靡いた国人衆を加えた大軍である。

 これほどの大軍が相手では一郡の領主程度で対抗できるはずもなく、大内家に与する国人達は皆逃亡か降服を余儀なくされていた。

 まずは順調。

 大森銀山を目指して進む亀井秀綱は、制圧した大内方の砦の解体作業を眺めながら深呼吸をした。

 とにもかくにも、大森銀山の周辺は大内家が張り巡らせた防衛線が厄介であった。尼子家が大森銀山を最優先目標とすることは大内家でも承知していた。和議を結んだからといって、そう易々と侵攻を許してはくれない。それでも、長年争っていた土地だけに、尼子家にも大森銀山周辺の地理に明るい者が多く、国人衆も比較的尼子家に靡きやすい者がいたことも手伝って、大森銀山を視界に収めるまでに進軍できたのは僥倖であった。

 この侵攻速度は、大内家にとっても想定外であっただろう。油断があったのだろうか。それとも、やはり本国から離れた石見国の国人衆までしっかりとした統制が行き届かなかったのだろうか。

 まず間違いなく後者であろう。

 もとより石見国の者達は独立意識の強い国人が多いのだ。利に聡く、強きに靡く信の置けない者と秀綱が認識する程度には頻繁に鞍替えをする。

 山間の土地で収益も少ないこの土地で生きていくには、そうでもしなければ厳しいのは理解しているが、主人のために喜んで命を投げ捨てる気概を持つこの老将にとっては、そのような生き汚さは不快でしかない。

 彼等にとっては、大内家も尼子家も自分達を庇護する存在でしかなく、どちらであっても構わないということであろうか。

 命を賭けてもよいと思える主人に出会えなかったことはむしろ不幸であろうと、秀綱は若干の哀れみすら抱いたほどであった。

 ともあれ、この忍原の地に軍を進め、見事に敵から奪取する事ができたのは僥倖であった。この忍原は大森銀山を攻める上で非常に重要な補給拠点となる土地であり、大森銀山を巡る戦いでは必ずと言っていいほどに戦場となるのであった。

 今回、尼子家が忍原の亀谷城を占拠できたのは大内家に対して、強い圧迫感を与える事になったであろう。

「父上。指揮官がこのようなところにいて大丈夫なのですか?」

 そう声をかけてきたのは、威風堂々たる若武者であった。

 山中幸盛――――山中鹿介のほうが通りがよいか。尼子家の中でも文武に秀でた若者と評判で、麒麟児とまで称される姫武将であった。

「何、心配はいらぬ。この辺りに大内の者はおらんからな。それに、これからが本番だ」

 秀綱は最後の攻撃目標である山吹城を思った。峻険な山に築かれた強固な山城であり、大森銀山を守り運営するための城である。これまで尼子家が制圧してきた砦や城の大半は、この山吹城の支城に過ぎず、つまりはあの要害山に築かれた山吹城こそが大森銀山のみならず石見国運営のための心臓であり、尼子家の最終目標にして大内家の石見国内の最終防衛拠点なのであった。

「山吹城を落とせば、この国も陥れることができる。激戦となろう」

「はい、それはもちろん心得ております」

 こくり、と彼女は頷いた。優秀に過ぎる娘は槍を握り笑みを浮かべる。戦場の空気に酔っているわけでも勝利を確信しているわけでもない。また、余裕があるわけでも、油断しているわけでもない。ただ、自然と笑みが浮かんだだけなのだ。これから命を賭した戦いをするというのに、何一つ気負うところがないというのが、彼女の優れた点であろう。

 初陣からそう経っていないというのに、すでに歴戦の猛者のような風格を感じさせる。尼子家が今後大きくなっていけば、必然的に若い世代が台頭することだろう。そのとき、鹿介は尼子家の新時代を築く中心人物になっているはずだ。

 多少の親心は混ざっているが、尼子家の家老としての目で見てもそれは間違いないと思われたし、鹿介も尼子家を支える存在になろうと智慧と武術を磨いている。

 肝の据わった娘に、今更その身を案じる言葉を投げかけるわけにはいかないだろう。それは、義父という立場からの自己満足というものだ。

 今、ここにいる亀井秀綱は山中鹿介の父ではない。尼子軍の未来のために兵を動かす、指揮官なのだから。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 大森銀山は度々大内家と尼子家との間で争奪戦が繰り広げられてきた中国地方で最も重要な土地である。

 それだけに、攻め手も守り手も、この銀山を守護する山吹城の中心とした戦いがどのように推移するのかを事前に予測する事ができる。

 狭隘な山間の土地であり、大軍の展開は難しい。また、山吹城は急峻な地形を生かした鉄壁の山城である。ここを力攻めで陥落させるのは並大抵の兵力では不可能であり、大抵は交渉か兵糧攻めを選ぶ事になる。

 即ち、長期戦。

 篭城を決めた大内軍も、月単位ではなく年単位での篭城にも耐える意気込みであり、救援する側も山吹城が如何に要害の地であるのかを理解していたので、多少の余裕を持って進軍していたのであった。

 長門の街を発った大内軍は二〇〇〇〇もの大軍であった。尼子軍の侵攻に備えて残しておいた「余力」の一つであり、この軍勢は日本海沿いの道を進んで石見国へと突き進んだ。

 大内軍を率いるのは長門国守護代内藤興盛。

 実戦経験豊富な老将であり、文化人でもある。義隆の信頼の厚い智勇兼備の武将であった。

「此度の戦、長引くぞ。長陣の備えをせよ」

 出立前。そのように指示を出し、兵糧を掻き集めた興盛はこの膨大な人員を数ヶ月餓えずに戦わせられるだけの備えをした上で兵を進めた。

 大森銀山の死守と包囲され、兵糧攻めに遭っている山吹城の解放という目的のために突き進む大内軍の人数を見れば、大森銀山をどれほど重視しているか分かるであろう。

 銀山が大内家にとって重要な収入源である事は言うに及ばず、中国地方の覇権を象徴する地である事も大きい。

 大森銀山を保有するという事は、それだけ多くの外敵に狙われやすくなるという事であり、強大な外敵から銀山を守るだけの兵力を持っている事を内外に示すものでもあった。

 そのため、何がどうあっても大森銀山を失うわけにはいかない。もしも、大森銀山を失えば、大内家の内部にも大きな動揺が走る事になる。

 それは対尼子のみならず、九州の安定にも悪影響を及ぼす要因となるだろう。

 山吹城の戦況は好ましいとはいえない。僅かも陥落する様子を見せてはいないが、堅固な城も守る城兵の士気次第では落城も有り得る。

 城兵の士気を保つためにも、援軍の有無は極めて重要であった。

 大内軍は進軍の途上にある温泉(ゆの)城を経て、内陸部に向けて進路を変えた。温泉城は温泉氏の居城であり、丘陵の上に築かれた典型的な山城だ。城下には湯里川が流れており、四方を山に囲まれた盆地にはありがたい事に小さいながらも耕地を確保できる地であった。

 この湯里川に併走するように走っているのが銀山街道であり、山吹城の支城に当たる矢筈城と矢滝城がこれを守っている。

 平時は銀山から産出された銀がこの街道を通って温泉津港まで運ばれ、そこから方々へ輸出されていく言わば銀の血管とも言うべき街道であった。そして、戦時――――特に大森銀山を巡る戦の折には、兵を山吹城に送り届ける軍道となるのである。

 夜の移動を避け、興盛は日の出と共に温泉城下から銀山街道を遡上した。勝手知ったる我が領土というかのように軍を進める興盛であったが、二〇〇〇〇という大軍を進めるには銀山街道は狭い。必然的に部隊は長く間延びする形となってしまった。

 大内軍にとって想定外であったのは、この時点で矢筈城の城代が尼子家に寝返っていた事であろう。

 大内家の勢力が広がり強大化するに連れて、既存の既得権益を冒されるのではないかという恐怖を覚える国人も存在した。そんな内在的な反乱分子に尼子晴久は密かに近づき、鼻薬を嗅がせたのである。例えば、大内方の援軍として事前に矢筈城に入っていた刺賀長信(さすかながのぶ)などは尼子家にとっていい働きをしたといわざるを得ない。

 彼は、もともとは大森銀山近辺に勢力を誇っていた小笠原長隆の叔父に当たる。小国人が覇を競っていた出雲国は敵も味方も縁戚関係である事が多い。そのため、それそのものは珍しくもないが、故にこそ付け入られる隙もあったということか。

 長信は大内家に滅ぼされた小笠原家の残党と密かに連絡を取り、内心で尼子家と大内家を秤にかけていたのであった。

 そして侵攻してきた尼子軍と歩調を合わせて内応し、矢筈城が陥落したとの報せが興盛の下に届いたときには、すでに大内軍は銀山街道の半ばまで踏み込んでしまっていた。

 兵を戻し、戦略を練り直すか、それとも矢筈城の裏切り者を始末するか。その選択を迫られた矢先に、不意の銃声が轟いた。

「伏せ兵かッ」

 左右を山に囲まれた狭隘な街道である。潜んでいた尼子軍からの唐突な射撃は、間延びした大内軍の中央で炸裂し、前と後ろに狂乱する兵を追い立てた。

 矢筈城の刺賀軍が五〇〇人が打って出て、混乱から逃れようと駆けてくる大内軍の前衛に矢弾を浴びせかけた。

 ほんの五〇〇人の手勢であっても、銀山街道は狭い。軍としての規律を乱され、統率の取れなくなった以上、如何に大軍であってもその動きを封じる事は不可能ではなかった。

「全員突撃! 山中隊の力を示せッ!」

 山中に伏せていた一団が、姫武将の声に触発されて雄叫びを上げて大内軍に襲い掛かった。鹿の角を飾った兜を被った鹿介は槍を自在に操って大内軍に多大な流血を強いた。

「退けェ! 退けェ! 一時退却じゃッ!」

 退き鐘が叩かれ、大内軍は命からがら銀山街道を逆走した。だが、繰り返すように銀山街道は大軍が大挙して移動するには不向きな狭い道だ。押し合い圧し合い、逃げようとする兵卒達の怒号と山中隊の槍働きで、大内軍の多くの兵が死傷する事となってしまった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 出雲国内が動揺しているとき、その反対側、九州もまた情勢を動きつつあった。

 大内家と尼子家が大森銀山を巡って刃を交え、その戦が一朝一夕に終わらないと見るや、島津家が動き出したのである。

 最初に島津家が矛先を向けたのは、大内家と争奪戦を繰り広げている肥後国内ではなく、大黒柱を失って混乱の極みにある肥前国であった。

 大内家にとって大森銀山に比べれば九州の戦の趨勢などさほど重要ではない。例え晴持が対島津の姿勢を見せたとしても、義隆は銀山を優先せざるを得ない。大内軍は、今までのように九国に力を注ぐ事ができなくなっていくだろう。

 その分析を下に五〇〇〇の兵を纏めた家久は、臣従を申し出た有馬晴信と共に肥前国の南方から討ち入り、島原地方に兵を進めた。

 龍造寺隆信の力によって押さえつけられていた有馬家にとって、隆信の討ち死にはこれ以上ない復讐の好機であった。これまで雌伏していた分だけ、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく、龍造寺方の砦に攻撃を加えていた。

 そして、辿り着いたのは有馬家から龍造寺家に鞍替えしていた元家臣島原家の居城である浜の城であった。有馬家中でも大きな力を誇っていた島原家の裏切りが、どれだけ大きな禍根を残す事になったのか。それの答えを島原純豊は身をもって知る事となった。

 島原軍と島津軍の戦いは、鉄砲と矢による遠距離戦だけで互いに大した死傷者が出ないまま二日目の夜を迎えていた。

 星明りで薄らと闇が和らぐ深夜、城門を守る兵がゆらゆらと揺れる赤い光を目ざとく見つけた。

「火縄だッ」

 守備兵が見つけたのは、島津軍が携える火縄銃の火縄の光だった。蛍のように小さな、しかし明確な殺意を感じさせる火縄は、夜中でもはっきりと見る事ができた。

 それどころか、昼間よりも明確に火縄銃の数を把握できる。ざっと二十挺といったところか。

「島津が来たぞ!」

 危険を知らせる鐘が鳴り、先制攻撃とばかりに矢弾が放たれる。銃弾よりも矢のほうが有効射程に勝っている事が多い。城兵は火縄が見える方角に向けて、矢を浴びせかけた。島津家からも反撃の銃弾が飛び込んできて、城兵の一人が悲鳴を上げて倒れる。

 夜気を斬り裂く、激しい銃撃戦が繰り広げられた。

「馬鹿め。丸見えだぞ」

 火縄銃は火を使う特性上、夜はよく目立ってしまう。守る側からすれば、とりあえず火縄が見えるところに矢弾を叩き込めばいいのだから精神的に楽な仕事であった。火縄銃の数も警戒するほど多くはない。

 これならば、退ける事は容易。

 そう思った、ちょうどその直後であった。わっとどこから湧き上がった黒い一団が城門に攻めかかったのである。

 火縄で視線を引き付け、黒塗りの鎧に身を固めた兵が密かに木陰を縫って攻めかかるという単純な策だったが、矢合戦に夢中になっていた島原軍はこの奇襲に度肝を抜かれた。鉄砲の轟音が、鎧の音を掻き消したという事もあって不意打ちは成功した。至近距離から矢で城兵は射抜かれ、木製の城門はあっさりと島津軍によって破られた。

「総員、突撃ィーーーー!」

 城内になだれ込む島津の軍勢が、槍と刀と弓と火縄銃で手当たり次第に島原軍を追い散らす。門を破られた城は脆いものだ。なけなしの反撃に出る島原軍の銃火の雨を、島津軍は血飛沫を上げながら突破する。

「右手が撃たれたって!? 喚くな馬鹿やろう、左手で槍突け!!」

「この城落とせば島原落ちる! この城落とせば島原落ちる!」

「次は誰じゃ! 手柄首ぃ、どれじゃぁ!」

「家久様ぁーーーーッ。やり申したぞぉーーーーッ!」

 首を切り取り、槍を振り回す島津軍の猛攻で瞬く間に浜の城は陥落。乱捕り騒ぎの中で火の手が上がり、島原家の本拠地は天にまで立ち上ろうかという火の柱となってしまった。

 この一戦で所領を失った島原純豊は、今更有馬家に戻る事もできず、着の身着のままで逃げ去り、鍋島直茂を頼ったという。 



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その五十六

 破竹の勢いで勢力を拡大していた龍造寺家が一敗地に塗れることで瞬く間に斜陽を迎えつつある。

 龍造寺家の急速な拡大は希代の姫武将隆信のカリスマ性に依存しており、強引とも思える拡大政策が機能していたのも、隆信に対する恐れと期待が肥前国内の勢力の共通意識となっていたからである。

 その隆信が、戦の中で倒れた。当主を戦で失うという大惨敗を喫したこと自体が領国を不安定化させる要因ではあったが、隆信という頂点に依拠した領国経営をしてきた龍造寺家にとって、隆信の死は極めて甚大な問題をいくつも露呈させるものであった。

 龍造寺家の弱体化と大内家と島津家の拡大は火を見るよりも明らかであり、肥前国がこの二つの大勢力に蚕食される未来はそう遠くない――――国境沿いの国人達の多くはもともと隆信に対して不信を抱いていたこともあって、すでに離反の動きを進めている。

 龍造寺隆信を失ってから、そう日は経っていないにも関わらず、龍造寺家の屋台骨はすでに崩れかかっている。

 この状況を改善するには、新たな当主を擁立し、新当主の指導力の下で龍造寺家を一丸とするほかない。

 候補者は二人。

 龍造寺周家の次男にして隆信の弟である龍造寺信周(のぶちか)とその異母弟の長信である。まさかの敗戦と当主討ち死にという非常事態に際し、この二人の出方次第では国をさらに二分する戦乱が繰り広げられる事も考えられた。

 それは、大内家と島津家に挟まれた今の龍造寺家では考え得る限り最悪の展開だ。仮に当主に成り上がれても、国が荒廃し大勢力に攻め込まれれば滅亡する以外にない。

 次期当主候補も家臣もそれは分かっていた。分かっていて、争いがやめられないのが戦国の常であり、それによって滅亡した家は枚挙に暇がない。まして、龍造寺家は急進的な勢力だった。多くの恨みを買ってきたが故に、早期安定を図らなければ敵に攻め込まれる前に内部崩壊する可能性も否定できない。

 そこで誰よりも早く動いたのが鍋島直茂であった。

 重臣の中でも隆信の義理の妹という特殊な立場にあった彼女は、実質的な軍の指導者として敗軍を纏めて肥前国まで撤退した。多くの犠牲者を出したが、大内軍の追撃から軍の中核を為す者達を逃がしきったのは、彼女の差配に拠るところが大きい。無論、軍師として作戦立案を担当していた直茂に、敗戦の責がないはずもない。

 ただ、四天王すら壊乱したあの敗戦の影響が凄まじく、責任を追及できるほど家中が落ち着いていないのだ。

 そういった自分の立場も責任もすべて理解した上で、今できる最善手を打った。

 直茂が頼ったのは、義理の母にして隆信の実母に当たる慶誾尼(けいぎんに)であった。

 龍造寺家の興りは、藤原秀郷八代孫の藤原季善が肥前国龍造寺村を領有したことに始まる。後にいくつかの家に分かれて集合離散を繰り返していたが、本家として長く中心にあったのは、村中龍造寺家であった。慶誾尼はこの村中龍造寺家の生まれである。彼女は、龍造寺家十六代当主胤和の娘であり、分家筋に当たる水ヶ江龍造寺家に嫁いで隆信を産んだ。その時は、まさか夫が龍造寺家の本家に成り上がるとは思ってもいなかったであろう。

 ともあれ、運命の悪戯で本家の娘から本家の嫁になった慶誾尼は、その生まれからか最も強く『龍造寺』という家柄を表す人物となった。

 姫武将としてではなく、姫として育てられながら政治的な能力に秀で、戦場に出たことがないにも関わらず誰よりも強い心を持つ女であった。

 隆信の好戦的で前向きな性格は、母親譲りであったか。

 隆信が当主となった後も、彼女は度々重要な政治的決定を下してきた。

 そんな龍造寺そのものと言っても過言ではない彼女が、まさか自分の父の後妻になるとは夢にも思っていなかった直茂は、実に気まずい思いをしながら実家の門を潜った。

 例え、自分が腹を斬ることになろうとも叱責は甘んじて受け止める覚悟であった。

「義母上、この度の敗戦並びに御屋形様御討ち死にの責は……」

「よいのです」

 還俗し再び妻となった慶誾尼は、老境に入ろうかという年齢にも関わらずしっかりとした声で直茂の言葉を遮った。

「そのような口上、母娘の間には不要。ここはあなたの家であり、わたくしの私室です。楽になさい」

「は……はは」

 優しく甘い声音。実の母以上の慈愛すら感じてしまう不思議な魅力のある女性だ。このカリスマ性もまた、慶誾尼の力の形ではあるのだろう。

 それでも、直茂はついつい肩に力を入れてしまう。

「まだ固いですね。わたしを母とするのは、まだ慣れませんか?」

「いえ、そのようなことは。しかし、此度の件……御屋形様の、ことは」

「ええ、未だに信じられません。武士たるもの戦場にてその生を終えることは本望であるかもしれません。謀殺された先代よりは、武士らしく逝けたのでしょう。とはいえ、やはり我が娘。胸にぽっかりと穴が開いてしまったような気持ちです」

 そっと自分の胸を摩る慶誾尼。

「ただただ無念。しかし、このまま無為に時を過ごすわけにも参りません。国内を治めねば、あの娘の菩提を弔うこともできません」

「はい」

「あなたがここに来た理由も分かっています。新たな当主に、我が子を立てるつもりですね」

「ご慧眼、感服します」

 慶誾尼の子――――即ち龍造寺長信である。姉ほどではないが、武功を挙げており、かつての主君少弐家の再興を画策した多久宗利を打ち破り、その居城、梶峰城を我が物とした。

 大内家との戦には参加していなかったが、逃げ帰ってくる龍造寺軍の惨状を目の当たりにして、敗残兵の収容にすばやく動いた判断の早さは、評価に値する。

「それでうまく治まるとよいのですが」

「治めるほかありません。当主にどちらを立てても、争いは必至ならば……」

 この時代、正室の子と側室の子では立場が明確に異なっている。当主を継ぐのは正室の子が第一である。ゆえに、慶誾尼の第二子である長信が指名されるのは自然な流れではあった。

 とはいえ、納得するしないは別問題だ。

 特にもう一人の候補である信周は、長信の異母兄である。弟が自分を差し置いて当主に就任するという判断に、大人しく従うかどうか。

「いざとなれば武を以て征すほかにありません」

 慶誾尼の言葉に直茂も賛意を示した。

 戦国の世の倣いを否定することはない。むしろ、後顧の憂いは断っておくべきであろう。争いが拡大しないように、時期を見計らう必要はあるし国内の状況を考えれば敵と味方を判別することも難しいのだ。

 新当主の擁立は間違いなく波風を立てる。新たな指導者とその家臣は、その波風を最小限に抑えることが求められるのだ。

 

 

 ■

 

 

 兼ねてより、自分の立場は空気で察していた。

 低い身分から身を起こし、ついには一国を治めるまでに成長した龍造寺家に生まれながら、正妻の子ではないという一点だけで弟よりも低く見られる日々。明言こそされなかったものの、明らかに周囲の人間は自分を軽んじていた。

 それが、事実か否かはもはや信周には分からない。しかし、慣例的にも母の身分がその後の人生を左右するというのは明白であった。

 生まれは人には選べない。

 龍造寺の家に生まれるのであれば、側室の子ではなく正室の子として生まれたかった。

 努力に努力を重ねても、どうしても側室の子という立場から抜け出すことはできない。信周は常に劣等感を抱いて生きてきた。

 それでも、姉が――――龍造寺隆信が当主であるのならば何の文句もなかった。生まれた順番も母の位もそして才覚もすべてが彼女が当主であるべきだと告げているし、隆信であれば命を惜しんで戦働きをするのも悪くない。彼女がもたらす熱狂は、信周にとっても心地よいものだったのだ。

 隆信がいる限り、龍造寺家は隆信のものだ。その後も、彼女の血筋が家を纏めていくのだろう。

 それならば、それでよい。むしろ、それが正しい在り方だと納得もした。姉が当主となり龍造寺家を発展させていくのは天命であり、理に適っている。

 その隆信が、大内家との戦いに敗れて首を取られた。

 敗報を聞いた信周にしてみれば、青天の霹靂であった。足元の大地が崩れ落ち、奈落の底に落ちてしまったかのような衝撃に眩暈を覚えて、膝を突いたほどであった。

 これからどうすればよいのか。

 姉を支えに生きてきた信周にしてみれば、将来の見通しがまったく立たなくなったも同然の事態である。

 家督相続争いが勃発するのは火を見るよりも明らかであった。隆信は後継者を指名していなかったので、母の身分で自分が不利ではあるが相続権が信周にないとも言い切れない。

 これは端的に言って命の危機である。

 立場が低いにも関わらず家督の継承権はあるのだ。まともに弟と戦えば負けることは必至であり、戦わなければみすみす殺されるだけ。後顧の憂いを取り去るのならば、対立候補は消してしまうのが常道である。

 ならば、やはり軍を興すほかにはない。

 完全なる奇襲。完全なる不意打ちによって、『敵』を討ち果たし龍造寺城を占拠する以外に生き残る道はない。

 懊悩しながらも、信周の行動は早かった。

 家が二つに別れ、後先が見えなくなったときは、往々にして勢いが勝敗を決することもあると信周は知っている。

 信周は弟のように戦場で功績を挙げることはあまりなかった。その代わり、外交で力を発揮した男である。大友家に人質として預けられ、和議の成立に奔走した経験はこの時大きな力となって信周を助けた。

「これより、本城を乗っ取る」

 未だ、当主が明確になっていない段階で、信周は集めた少数の家臣にそう打ち明けた。

「我にとって、姉はかけがえのない存在であった。龍造寺の未来を照らす偉大な将であった。いずれ、大内、島津を打ち払い九国を征すものと信じていた。それが、あのような惨い姿で帰ってきたことは真に無念である。――――今、龍造寺家はまさしく存亡の危機を迎えている。大内、島津といった外患に加えて、内憂を抱えている。言わずもがな当主不在の混乱である。我はこの混乱を鎮め、今再び龍造寺に活力をもたらすため、心を鬼にして弟を討つ。もし、事ならず敗れたとなれば潔く腹を斬って果てる所存ゆえ、各々方もそのように覚悟されよ」

 一度そうと決めれば、信周は迷うことなく行動を起こす。

 作戦は複数を同時に完遂することが求められる。もとより立場の低い信周は、力のある重臣達が自分よりも弟のほうに靡きやすいことを肌で理解している。

 その一方で、混迷した国内事情や龍造寺家がそもそも烏合の衆、とは言わないまでも決して一枚岩でないことを考えれば、先に政策方針を表明したほうが有利になることも理解していた。

 今、家臣達は闇夜の海を進む小船のようなものである。

 明かりを灯せば、それを道しるべにして進路を変えるだろう。

「我、姉の如き太陽には成れねども、月の如く御家の先を照らさん」

 本城――――即ち、龍造寺城を乗っ取ることで、一門を率いるに足る存在であると内外に見せ付けるのが第一。

 弟の母であり、家中に強い発言力のある慶誾尼の身柄を押さえることが第二。

 そして、最大の敵である弟長信を討ち取ることが第三。

「信周様。軍師殿が慶誾尼様の下に向かわれたとの由」

 そのような報告にも、信周は表情を変えずに頷くだけである。

 初めから分かっていたことなのだ。鍋島直茂は、弟を立てるのは確定事項であった。何せ、慶誾尼の義理の娘だ。

「我が当主となった暁には、あの奸臣めの首を落としてくれよう」

 その日の夜、信周は兵を挙げた。

 龍造寺城を強襲して占拠し、登城していた慶誾尼と直茂がつけた護衛を惨殺して龍造寺家の当主となったことを宣言したのであった。

 

 

 

 

 同日、屋敷に近付く物々しい空気を感じ取ったのは、長信の第一の家臣、龍造寺康房であった。長信に従い転戦し、多久女山城主となって統治者としても力を発揮する姫武将は、騒乱の兆しを感じて主君を叩き起こした。

「な、何事だ」

「申し訳ありません。長信様、今すぐに脱出を」

「何?」

「何者かが兵を挙げたようです。夜闇に紛れて身をお隠しください」

「何だと!? それはどういう……」

「お急ぎ下さい! この時期に兵を挙げるとなれば、その狙いは長信様である可能性が高いのです! ぐずぐずしていたら、屋敷を囲まれてしまいます! わたしの手勢に道を塞がせましたが、長くは持ちません!」

「……分かった」

 暗がりでよく見えないが、長く共に過ごした家臣の必死の呼びかけを無視することはできない。

 長信は頷くや立ち上がり、枕元に置いていた太刀だけを荷物として落ち延びることを決意した。

 長信は康房の家臣が命を賭けて作ってくれた時間を活かして、一命を取りとめ、自らの居城である梶峰城まで逃れたのであった。

 

 いつの世でも骨肉の争いは痛ましく、そして武将であれば避けては通れない道でもあった。多くの家が、その歴史の中で親子、あるいは兄弟姉妹、またあるいは同族間で相争ってきた。

 大内家、大友家、島津家……龍造寺家を悩ませてきた家々も、そうした血生臭い歴史とは無縁ではいられない。

 兄弟による相続権争いは、骨肉の争いの中ではありふれたものと言ってもよい。戦国の倣いであると放言するものも少なくないだろう。

 そうした、いわば常識に対し立場が上と胡坐をかいていた龍造寺長信はいささか危機感に欠けていたと言うほかない。

「おのれ……ッ。おのれ、信周!」

 長信は苛立たしげに自分の膝を叩く。

 龍造寺家の跡目を継ぐために兄が兵を差し向け、龍造寺城を乗っ取ったのみならず母の首を獲ったというのだから、その怒りは相当のものであった。

「不当にも力で以て城を奪い、我が母を殺したと……! このような無道、許してなるものか! 直茂、お主は母上に目通りしていたのであろう。いったい、何をしていたのだ!」

「真に申し訳ございませんでした」

 申し開きもないとばかりに直茂は頭を下げる。

 長信を擁立する動きを見せることで、信周を牽制する構えであったが、それが仇となった。まさか、信周がここまで大それた行動をするとは思っていなかったのだ。当主不在という未曾有の事態に当たり、可能な限り重臣達が納得する流れで長信を当主に据えるために慎重に行動した結果、信周の速攻に対応できなかったのである。

 家中の意見が、長信に傾く中で無理をするのは避けたいというのは合理的ではあった。

「長信様、鍋島殿を責めても仕方がありません。これからのことを考えなければ」

「左様です。すでに本城には兄君を推す者どもが集まっているとのこと。長信様も急ぎ立場を明確になさらなければ、お味方が集まりませぬ」

「分かっている!」

 長信にしてみれば、龍造寺家の当主は自分以外にはない。

 確かに長幼の序に従うのであれば、兄である信周が当主に就任するという論法も成立するだろう。だが、信周は慶誾尼の子ではない。龍造寺本家の血を引く慶誾尼の子こそが、真の意味で龍造寺なのだ。

 本城を乗っ取った信周は、すぐに宣伝工作を始めている。

 彼は自分に従う者に恩賞を早々に約束して取り込みを進めつつ、長信への非難を大々的に行っているのだ。

 さらに信周は自分が正室の子ではなく、龍造寺本家の筋ではないと明言した上で、だからこそこれまでとは異なる政治ができるのだと脱龍造寺宣言をしたのである。

 大内家との戦いで信周を低く評価していた主流派が打撃を受けた今、中々中枢に入れなかった反主流派は信周に出世の希望を見出した。

 信周得意の外交戦略が、時と共に勢力拡大に寄与しているのである。

 家臣が言うように、これから何を為すのか不明確なままでは、信周には勝てない。今や、正室の子などというのはただの飾りと成り果てたのだ。

「無論、龍造寺の当主は私が継ぐのが道理だ。信周には決して渡さぬ。母の弔い合戦だ」

 座して死を待つほど長信は愚かではない。

 正統性は我に有りとする根拠は長信にもあるのだ。

 

 

 

 

 



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その五十七

 大内家が置かれた状況は危機的とは言わないまでも、決して良いとはいえないことになっている。

 目下の敵は西の島津家と東の尼子家であり、尼子家は二方面作戦を展開して大内家に対して攻勢をかけている。

 そして、島津家も九国で蠢いており肥後国で睨み合いを続けている。未だ、北九州での小競り合い程度であり、それも地元の大内派の国人との戦いに終始しているが、このまま行けば本格的に会戦する可能性が高い。

 その上、龍造寺家が真っ二つに割れて内訌を始めた。

 大内家としては龍造寺隆信の仇討ちのために戦を仕掛けられるのが嫌だったわけであり、内輪揉めをしている間は龍造寺家からの干渉はあまりないだろう。それどころか、こちらから調略の手を伸ばしたり、内政に力を入れたりする好機でもあった。

 龍造寺家から取り戻した筑後国の支配体制を整える必要もある。尼子家にも対処しなければならない現状では、龍造寺家の内訌にまで手が回らないので、戦ではなく外交での干渉を進めることになってしまう。

「島津の動きも特になし。静観しているというわけじゃないんだろうが……」

 忍を放って情報収集しているが、晴持が驚くようなセンセーショナルな情報はまったくない。

 「肥前大乱」が勃発して一ヶ月余り。

 西国の情勢は、ほぼ全域にわたって膠着状態に陥り、戦時とは思えないくらいに兵の動きがなくなった。

 これもまた嵐の前の静けさというものだろうか。できれば、このまま過ぎ去ってもらいたい嵐ではあった。

「兄上としてはどうみる?」

 黄金色の妹分が唐物の茶器を手の中で玩びながら尋ねてきた。

「どうとも。話を聞く限りでは、優勢なのは信周の勢力だが、島原に入った島津とどう折り合いをつけるかという問題もある」

「確かにな。島津が兵を引くか、あるいは肥前大乱にどのように関わるか……ああ、うちも兵力があれば肥前に軍を進めるんだがな!」

 笑みを浮かべて晴英が嘆く。

 大友軍は耳川の戦い以降兵力を大きく損耗していて独自に軍を興すのは難しい状況であった。その援護に入っている大内家も、度重なる連戦で兵を休ませる必要が出ている。厭戦気分の高揚もあって、一部の将と兵を帰らせて予備兵力と入れ替えなければならなかった。

 大内軍は調整期間に入ったのだ。東の戦いもあるので、無理に軍を動かすこともできない。戦線の不用意な拡大は慎まなければならなかった。

 晴持は府内の館に篭り、各方面からの報告書と睨み合う日々に若干の苛立ちを覚える。

 まったく以て無為に時間を過ごしている。

 戦など早々に終わらせて、山口に戻り富国に努めたい。そういう思いも、晴持にはあった。

「島津が肥後を狙っているのは変わりない。肥前に兵を進めれば、間違いなく島津家は肥後での活動を活発化するだろう。せめて、尼子との戦が落ち着いてくれればいいんだが……」

 尼子家との戦いが落ち着けば、兵力を九州に向けることができる。義隆も当面の危機が去ったものとして、山口の予備兵力をより多くこちらに回してくれるかもしれない。

 とにかく、島津家と龍造寺家。この二家は今に至っても晴持の頭を悩ませている。事実上の九州方面軍司令官と言ってもよい立場の晴持にしてみれば、大友家を初めとする大内家以外の面々に兵力の大部分を頼っている現状をまず何とかしたいのだが、ない袖は触れないのであった。

 そうした状況なので、筑後国が完全に大内家の傘下に入ったのは実に大きな収穫ではあった。

 筑後国内の国人領主も半分近くが龍造寺家に従ったために没落した。吹き荒れた戦乱の嵐の後に晴持は大内家の家臣から選んだ功労者達に筑後国内の所領を任せることで大内家の影響力を大きくした。

 ここまで強引な政策を進められたのは、偏に大内家の威光と戦果があってこそである。

 晴持が府内に在陣しているのも、島津家や龍造寺家の変事に備えてということもあるが、筑後国内の統治を安定させるための後詰の意味もあってのことであった。

 大内晴持という武将の名は、今や九国内外に響いている。気恥ずかしいとも思うが、自分の存在が敵に対して脅威を、そして味方に対して安堵を与えるのであれば、存分に活かすべきであろう。

「義姉上に手紙でも書くか」

 尼子家との戦の詳細について尋ねてみるとしよう。風聞では大内家不利とも聞く。大森銀山の重要性の前には九国の情勢も霞んでしまうだろう。

 こういうときこそ連絡を取り合うべきだ。たとえ特に連絡を取る必要を感じなくとも、何と言うことのない日常会話が助けになることもあり得るのだから。

 

 

 

 ■

 

 

 

 柔らかな日差しが降り注ぐある日の午後、明智光秀は新たに宛がわれた所領に設けた屋敷で政務に当たっていた。

 龍造寺隆信との大会戦。後の世に黒木郷の戦いとして名を残す戦で、光秀は龍造寺四天王の一人、円城寺信胤を鉄砲で撃ち取るという大功を挙げた、

 これまでの仕事ぶりも評価され、豊前国門司に二千石の領地を与えられたのだ。これは、光秀が何の後ろ盾もない一兵卒から大内家での生活を始めたことを思えば、中々の大出世である。

 京で牢人していた頃には、いずれは千石取りの士となるのだと夢物語をしていたものだが、今やその二倍の石高だ。

 零落した明智家の再興にまた一歩、確かに近付いた。屋敷地を与えられ、そこで筆を取っていると、夢に近付いている実感がひしひしと湧いてくる。

 本来ならば、ある程度領地の経営を軌道に乗せたら後は代官に任せればよい。しかし、光秀にはもともと直参の家臣がいない。

 光秀にとっての悩みどころは、大きく広がった土地を運営するための家臣を召抱えることから始めなければならないということであり、同時にそれは懐かしい顔との再会が叶うということでもあった。

 光秀は論功行賞での大幅加増を受けてから、京や美濃国などで流浪している親類縁者に使いを送って門司まで呼び寄せ家臣化し、山口で知り合った同僚にも声をかけて召抱えた。

 そうしてやっとのことで数を揃えて落ち着いて政務に取り掛かれるだけの準備を整えたのである。

 領地の経営となると、村民からの訴状を受け付け対応しなければならないなど雑務も増える。幸いにして、光秀はもともと城持ちの家系でありその親族もまた領地経営の経験を有しているので、美濃国と豊前国の違いはあってもさほど苦労なく政務を進めることができていた。

 光秀は、さらさらと紙面を走らせていた筆を置き、一息ついた。目を外に向けると開け放った戸板の向こうに穏やかな光に包まれた小さな庭がある。

 今日は風も微弱で爽やかだ。雲ひとつない晴天ではあるが、暑いわけでもなく過ごしやすい。

 光秀は、ふと傍らに置いた文箱の蓋を撫でた。

 螺鈿と黒漆で装飾された高級な文箱は、隆豊から貰ったものだ。光秀が持つ刀よりも金銭的な価値があると後で知って顔を蒼くしたものだ。

 光秀は外様の武将だ。領地を失い流浪の日々を送ってきた底辺の牢人であった。それが、晴持にたまたま見出されて一廉の武士になることができたのだが、保守的な大内家に比較的受け入れられているのは光秀自身の教養だけでなく晴持や隆豊、隆房といった重臣達から目をかけてもらっているからだろう。

 文箱の蓋を開けると、中には書状が入っている。黒木郷の戦いでの戦功に対して発給された感状である。

 破らないように丁寧に書状を開き、文面に目を通す。知行地を宛がう旨と光秀の武功を賞賛する言葉が並ぶ。

 仕事に疲れたときや就寝前に、こうして感状に目を通す。玩具を貰った子どものように、何度も読み返している。

「あれ、またそれですか、姉さん」

 部屋の中をのぞきこんできた姫武将が呆れたように口開く。

 光秀によく似た顔立ちで、肩にかかるくらいの髪を後頭部で纏めている。

「それとは何ですか、それとは」

「書状を読み返してニヤニヤしてるヤツのことです」

「ニヤニヤなんてしていません」

 そう言いながら、光秀は感状を文箱に仕舞った。

「いーや、してます。ちょっとどうなのっていうくらい顔に出てます」

「え、うそ」

 光秀は自分の口元を咄嗟に手で隠した。今更、そんなことをしても遅いのだが、反射的に手が動いた。

「それで、今回は何の書状です? 恋文ですか?」

 光秀が読んでいた書状に興味を抱いた妹分の明智秀満が手を文箱に伸ばすと、光秀は秀満の手を叩いて文箱から遠ざけた。

「そんなわけありません。わたしなどにそのような物を送る酔狂な方がいるはずないでしょう」

「そうですか」

 特に何の恥じらいもなく答えた光秀に、妹分の明智秀満は白けた視線を送る。

「何ですか?」

「いいえ、何でも。ただ、このままだと姉さんが行き遅れてしまうのではないかと若輩ながら心配したまでです」

「よ、余計なお世話です」

「いいえ、余計ではありません。姉さんが明智家の大黒柱。跡継ぎのことを考えてもらわないと、わたし達が路頭に迷います」

「……分かってますよ」

 光秀はばつが悪そうに視線をそらした。

 大内家に来る前は流浪の旅、大内家に来てからは仕事一筋でやってきた光秀には、浮いた話がまったくない。

「大内家に仕えると聞いたときには驚いたものです。それもあの晴持様直々にお雇いになったとか。なのに、傍仕えをしていながら夜のお相手もなさっていないとは、いったい何のために女に生まれてきたのです?」

「夜のお相手をするために女に生まれたわけではありません! それにわたしは外様ですし、晴持様のお相手などとても……冷泉殿も陶殿もおられるわけですし」

「外様なら河野様も外様では?」

「あの方は一国の主です。わたしとは身分も違います」 

 光秀には光秀なりの理屈があるのだが、それがどれも自分に対する低評価から始まるので話が先に進まない。

 秀満にしてみれば、光秀に言ったとおり光秀の将来は御家の将来でもあるので、だらだらと先延ばしにしていい問題ではないだけにとても心配なのだ。

 龍造寺家がそうであったように当主が唐突に戦死するということもありえる。明智家全体が一度明智城を焼け出されて散り散りになっているのだ。

 晴持は大内家の跡取りと目される人物で、都合のよいことに男でもある。上手く取り入れば、一気に家運を高められる。光秀は見目も性格も悪くないのに、生真面目過ぎて機を逸しているのが残念でならない。

「じゃあ、もし晴持様からお相手せよと命じられたらどうするのです?」

「え……いや、そんなことはないと思いますが」

「もしですよ、もし」

「それは……まあ、わたしにできる限りのことは、ええ、うん……」

 言葉少なく、ぶつぶつと要領を得ない回答をする光秀。

 こんなところかと秀満は内心でため息をつく。

 光秀は外様であるが故に縛りが少ないという強みもある。晴持から胤をもらってくるくらいは迫れば容易くできそうだが、と思わなくもない。

「ところで、斉藤から書状が届きました」

「本当ですか? どうして、それを先に言わないのです」

 思い出したように書状を取り出した秀満を軽く叱責して、光秀は書状を受け取った。

 書状の送り主は光秀の故郷の友人斉藤利三であった。

「うん、利三もこっちに来てくれるようです」

「久しぶりに三人揃えますね」

「ええ、楽しみです」

 御家再興は懐かしい面々との再会も意味している。

 秀満がそうであったように、利三もまた光秀の成功を我がことのように嬉しく思ってくれているのが文面から読み取れた。

 よい家族、友人、そして主君に恵まれたことに感謝しながら光秀は仕事を再開するのだった。 



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その五十八

 ゴロゴロと雷が鳴り響き、猛烈な雨が大地を濡らしている。大きな雫が無数に降り注ぎ、視界に数え切れない直線を刻み付けている。いつもは五月蝿い蝉の声も、この日ばかりは元気がない。

「はあ、まったく……」

 東西の戦で雲行きが怪しいというのに、天気までこれでは気分も乗らない。

 大戦が続き出費が重なり、これからさらに出費が嵩むことが予想されている中で、川が氾濫などしてしまったら一大事だ。それだけはないようにしてほしいと思いながらも、こればかりは天の気分に任せるしかない。

 大内家至上最大の繁栄を手にした義隆は流麗な顔を曇らせる。

「将軍殿下も大変なご時勢か……」

 在京させている家臣からの報告を取りまとめ、ため息をつく。

 今、京を支配しているのは三好長慶とその一派だ。将軍義輝と管領細川晴元を京の外に放逐し、新たな管領に細川氏綱を立てて実質的な支配者として君臨している。

 三好軍は入京の際に、各地で乱暴狼藉を働き、大いに公家衆を困らせたと報告にはあった。大内家とも昵懇の山科言継が方々に掛け合い、横領された公家領や天皇領の一部を返還させたようだ。

 この騒動そのものは、長慶の意に反することではあったようだ。直接、義隆と長慶は面識があるわけでも、文を交わしたことがあるわけでもなかったが、人づてに聞くところでは教養人であり仁のある姫武将であると評判だ。

 それが、このような形で幕府と敵対するというのは、かなり根深い問題を抱えていたのだと推察される。

 あるいは、幕府との敵対関係すらも彼女の意に反するものでなし崩し的に将軍に弓を引いた形になってしまっただけなのかもしれない。

「しっかし、殿下を追い落として五体満足ってのもねえ」

 すでに権力を失って久しい室町将軍の化けの皮が剥がれたと言うべきか。

「ま、そういえば今まで幕府に逆らっても何だかんだで生き残ってる(とこ)も多いもんね」

「そもそも大内の御家もその類ではないですか?」

 義隆の言葉に頷いて答えたのは相良武任だ。

「ははは、まあそうだねー」

 書状を畳んで文箱に入れた義隆が、臆面もなく認める。

 大内家は平安時代に始まる古い家柄で、周防国から勢力を伸ばし南北朝期に南朝について長門国を攻略した。その後、足利尊氏との外交交渉の末に防長二国の守護として北朝に帰順した。山口を本拠地としたのはこのころである。

 足利義満と対立して当時の当主が敗死し、和泉国と紀伊国の守護職を剥奪されるなどしたが、今に至るまで存続している。

「将軍の首を挙げた赤松家が未だに残ってる時点でお察しっていうかね……」

「今や将軍家も威光のみ。義輝様はそれを十全に活かしておいでですが」

「八方美人過ぎてどうにもね。殿下に尼子方に肩入れされると困るし、かといって今は三好が中央を握ってるし、さてどうするかねぇ」

 今後、義輝と長慶の対立が激化するとそれに付け入って外交上の立場を上げようとする勢力が現れる。義隆もそれを狙っているし、当然敵対する尼子家もそうだろう。

 例えば、将軍家に戦の仲介に入ってもらい自分に有利な条件で和睦できるようにし、和睦に応じなければ幕命に背いたとして攻撃する根拠とするなどやりようはいくらでもある。

 幕府には未だに利用価値がある。

 問題は、今の「幕府」を将軍とするのか長慶とするのかである。

 長慶と交流を深めれば、将軍と管領を敵に回すことになるが、実利を得ることもできる。実際に行使できる兵力という圧は、将軍も管領も黙らせることができるだろう。

 その一方で幕府の敵だと明言されれば、これまで幕府と上手く付き合って築いてきた大内家の信用に響く。

 幕府を利用するということは、その権威の下に就くということでもある。幕府に取り入ってきた大内家はそれだけ幕府に借りがあるわけで、幕府の要請を断りにくい立場にあった。

「幕府の権威ね。何と言うか、今となっては空しいものね」

「そのようなことを仰って、よろしいのですか?」

「ここにはあなたしかいないじゃない。他言する?」

「まさか」

 武任は怜悧な視線のまま、めがねを直す。

「ボクも同感です。権威は朝廷、権力は幕府。そうやって今まで朝廷と武家は上手くやってきましたから、武威を失った幕府の威光は果たしてどこまで実利を伴うのか……」

「権威だけなら朝廷でいいものね。まあ、わたし達も散々幕府に献金してきたし、今後も続けるけど……そろそろ、卒業も考えないといけないんじゃないかな」

「そうですね。現実的に考えて、幕府の権威に依存した政治体制は危険です。三好家の行動が、その証拠です。あまり幕府に近付きすぎては、幕府を傀儡にした者が現れたときに対応が難しくなりますからね」

「だよね。今までは大内の内輪で片付ければよかったけど、長宗我部とか大友とか入ってくるとそうも言ってられないもんね」

 外様が増えるということは、大内家の家風に合わない勢力が増えるということでもある。今後、そのような勢力を纏めていくには、幕府に頼らない『大内』という独立した傘を用意しなければならない。

 幕府のルールではなく大内のルールに諸勢力を組み込まなければ、大内家以上に幕府との繋がりを持つ勢力の付け入る隙を作ってしまう。

 今後、大内家に求められるのは、身内を大切にしながらも、外様と上手く付き合っていくことである。

「若様もきっとそう仰るでしょう」

「あら、あなたに晴持の気持ちが分かるのかしら?」

「そこまでは。しかし、若様のこれまでの言動から考えれば、幕府権威から距離を取ることを考えておられてもおかしくはないかと。あの方、権威を利用しても、崇拝はしておりませんから」

「そういえば、そうね」

 晴持は戦略上幕府や朝廷の権威が必要だと感じれば、それを利用することに抵抗はないが、無条件で権威を崇めるようなことはなかった。

 一条家所縁のものであるという自分の血縁すらも利用して大内家の勢力拡大に努めた男である。

「あら、もしかして晴持ってば結構な腹黒さんなのでは?」

「今更ですか?」

 武任は呆れたように顔を顰める。

「ともあれ、今後の課題……『御屋形様』の権力を強めるために、多少強引にでも事を運ばなければならないこともあるでしょう」

「政治改革ね。分かってるわ。尼子の問題を解決したら、それ、取り掛かりましょう」

「はい。旧来の守護大名からの脱却を。……すでに果たした大名も多々おります。これまで通りでは御家は纏め切れません」

 従来の当主と家臣の関係は比較的平坦な繋がりだ。大内家旧臣ならばまだしも、外様が増えると見込まれる今後を見据えるのならば危険な構造だ。

 大内家にとっても大名権力の強化が喫緊の課題であり、古くから続く守護大名家であるが故に、政治改革は相当の困難を伴う可能性があった。

 一から成り上がった者ならば、自分の家臣を自分で編成することができるが、大内家の場合はそうではない。

 小大名級の力を持つ古参の家臣が領内に散在し、それぞれの在所で特権的に振る舞えるのだ。

 場合によってはこれは脅威でもある。それぞれの家臣は独立した戦闘集団である。中央集権が果たされない限り、彼等は大内家の軍事力を支える強力な味方であると同時に潜在的な脅威としてあり続ける。

 奇しくも室町幕府と同じである。

 複数の守護大名に支えられる形で力を発揮する構造になっていた室町幕府は足利家独自の軍事力の低さが仇となって、独立していく守護大名や守護代を抑えられないまま戦国の世の到来を許した。

 大内家は幕府の失敗と守護大名からの脱却に成功した諸大名の政治に学ばなければならないのである。

「うん、ともかく尼子を何とかしないとダメね」

「銀山方面は芳しくありません。数は揃っていますが、起伏の多い山並みの地形のために睨み合いが続いています」

「やっぱ、難しいか。いっそ晴持もこっちに呼んでみるっていうのは」

「そうなると九州の情勢が不安です。良くも悪くも若の武名は効果があります。迂闊に若を呼び戻せば、あちらの国人の中に不安を覚える者も現れるでしょう。それに、若は少々功績を挙げすぎています」

「ダメ?」

「そろそろ他の者に功績を挙げてもらわなければ、家中で均衡が取れません。瀬戸内方面軍の毛利が功績を挙げるのも、あまりいいとは言えませんが」

「あっちは毛利に任せるしかないでしょう。安芸の国人に対する影響力も含めれば、毛利は大名級なんだし」

 武任は表情を変えず、義隆を見据える。

「分かってるわ。毛利の立場は微妙よね」

 もともと安芸国の国人だった毛利家はその領土の立地から大内家と尼子家に挟まれて生きてきた。そのため強きに靡きながら両勢力を行き来してきたのである。特に毛利元就の先見の明は図抜けている。頭が切れすぎて不気味とも思えるほどだ。

 本来の大名ではなく、大内家の武威に屈したわけでもない。大内家の傘下にいる国人でありながら、大内家と尼子家を天秤にかけてきた歴史があるだけに、力を持たせすぎるのも不安なのだ。

「でも毛利の力はこれから先も必要よ。なんで……もういっそ晴持とくっ付けちゃうか」

「は?」

「それが一番手っ取り早いかなって。隆元だっけ? 年頃のいい娘もいるじゃん」

「え、ああ、はい。それでよろしいのであれば、そのように取り計らいます」

 困惑気味の武任ではあったが、毛利家をより深く大内家に取り込むために婚姻政策を選択するというのも一つの手ではある。

 現時点で、隆元を人質として手元に置き、元春も大内家の戦力として活動しているのでそう簡単に大内家を毛利家が離れることはできないので杞憂だろうとは思うが、相手が相手だけにさらにもう一つ釘を打っておきたいというのは為政者として当然の判断であろう。

 武任が退出した後で、義隆は盛大にため息をついた。

「あ゛~~~~いい訳ないじゃん、もーほんと」

 

 

 

 ■

 

 

 

 戦に於いて第一に必要なモノは何か。

 ある者は兵と答え、またある者は武具と答えるだろう。兵がなくては戦にならず、武具がなくては戦えない。

 その意見を否定はしないが、それでもそれらは第二、第三であるというのが毛利元就の考え方である。

 元就にとっての第一は兵糧。

 どれほどの大軍であっても、食うに困れば全滅もあり得る。兵は人間であり、人間である以上は食を欠けば生きてはいけず、空腹は冷静な判断力を奪い人に人であること忘れさせる。

 ゆえに自軍にあっては兵糧を失わないように最大限の配慮をし、敵軍にあっては兵糧を枯渇させるように仕向けるのが戦の常套手段なのである。

 兵糧はすべての戦でまず問題になる課題であり、兵糧を安定供給できるか否かで兵の指揮は大きく変わる。

 指揮官が頭ならば兵糧は心臓だ。戦闘能力はまったくないが、戦場には不可欠で、そして守るために兵を割く必要がある。言い換えればお荷物とも表現できるだろうか。そのため、あの手この手を使って大名は兵糧の確保や輸送に心を配った。

 貨幣経済に強い大内家であれば、可能な限りの現地調達。

 この時代の戦は商人にとっての稼ぎ時だ。兵糧も、彼等の売り物の一つであり尼子軍が攻めてきた今回の戦に於いても元就は兵糧ではなく、まずは銀を送って現地での兵糧確保を命じている。

 主戦場が大内領であり、顔見知りの商人達が多いことに加えて、もともと商業活動に強い影響力を持つ大内家は、商人を味方につけやすい家風でもあった。

 元就の下に届いた一通の書状。

 そこには兵糧の備蓄が少なく、今にも陥落してしまいそうであるとの苦境が記されていた。

 送り主は山名理興(まさおき)。備後国安那郡神辺城に篭城し、多勢の尼子軍に対抗している大内方の武将である。

 今、備後国の攻略に動いた尼子軍は備後国の半分ほどを攻略し、備中国との境にある瀬戸内沿いの安那郡へと食指を伸ばした。驚異的な速度での進軍であるが、これは事前に備後国の国人衆を懐柔していたからであろう。

 大内家と尼子家の国力そのものは大内家が勝っているが、絶対的な差ではない。大軍を以て一気呵成に攻め込めば、どっちつかずの国人はすぐに旗色を変えてしまう。備後国には特定の国主がいないので、そうやって国人衆は身を立てている。

 特に大きな激突もなく尼子軍は海沿いにまで顔を出した。

 安那郡は山の多い備後国の中でも開けた土地だ。海に面して良港がある。ここを攻略されると瀬戸内交通にも影響が出る。

 尼子軍の狙いはまさにここにある。

 大内家の西と東の通商路の遮断。商業活動に陰りが生じれば、大内家の動きは鈍くなる。大森銀山と瀬戸内の通商路が落ちれば、大内家の損失は計り知れない。もちろん、毛利家にとっても見過ごせないものであり、安那郡の争奪は当然に行われるものであった。

 出陣を命じられたのは元就の三女、小早川隆景であった。

 商人達と会談し、財務と文化に強い長女とも戦場で槍を振るう次姉とも異なる静かで才知に満ちた智謀の人だ。

 「隆」の字がついていることから分かる通り、その才は義隆も知るところであった。

 あるいは、知将で知られた元就の才覚を最も強く受け継いだのが彼女なのかもしれない。

「尼子の軍勢一〇〇〇〇に包囲された神辺城の救援が、第一目標ですか」

 尼子家の瀬戸内方面軍とも言うべき軍の主力部隊である。このほか総勢五〇〇〇名になる軍が攻略した各所に陣を設けて備後国の制圧を進めている。

 隆景に任されたのは、そんな備後国から尼子軍を追い払う重大な役目だ。

 大内家の力を背景に安芸国中から掻き集めた兵は三〇〇〇ほど。これ以上は、大森銀山の戦況にも影響するので、すぐには集められない。後日、大内家からの増援を待たなければならなかった。

「大内からの増援はいつ来ますか?」

「明後日には守護代様が五〇〇〇の兵を率いて御着陣される模様です」

 つい先ほど戻ってきた家臣の答えに、隆景はこれといって表情を変えることなく頷いた。

「五〇〇〇ですか。少ないとは言いませんが、十分ではありませんね」

 頤に手を当てて、敵との戦力差を考える。

 備後国内にのさばる敵の総数はおよそ一五〇〇〇以上。二〇〇〇〇には届かない程度だろう。毛利家が掻き集めた兵と大内家の増援を合わせても八〇〇〇ほどであり、神辺城の敵の中核軍に対しても少数である。

 大森銀山に九国と三方面に軍を展開しなければならない状況だ。どこかが手薄になるのは仕方のないことではある。

「まあ、敵は分散していますから、各個撃破もできるでしょうが……」

 それでは時間がかかりすぎる。

 何にしても神辺城の救援は第一義である。備後国はもともと大内家の勢力外で、大内家と尼子家との暗闘が繰り広げられている土地だ。大内家が頼りにならないとなれば、雪崩を打って尼子家に国人衆が流れてしまう。

 大将は安芸守護代の弘中隆包。

 隆景とも面識があり、彼女ならば致命的な失態は冒さないだろうという信頼感はあった。掴み所のない変わり者なので、そこだけは苦手ではあるが。

「河野と掛け合って、少しでも兵を貸してもらうしかないか」

 単純に尼子家を追い散らすだけでいいのなら、やりようはある。しかし、神辺城の救援をするとなると、尼子瀬戸内方面軍の本隊と睨み合いにならなければならない。助けるために軍を出したというパフォーマンスが必要になるからであり、そのためには相応の数をそろえなければならないのだ。

 そこで、隆景が目を付けたのが瀬戸内海をはさんで対岸に根を張る河野家。

 大内家の力を借りて、史上初の伊予完全制覇を果たした河野家は、外様ながらに大内家への忠誠心が厚いことで知られる。

 今のところはどこの戦にも本格的に参戦することなく、河野水軍を運用して各地に物資を届ける後方支援に専念している。

 瀬戸内のみならず、豊後水道まで征したことで、大内家の兵站はかなり強固になった。

 水軍を持つ河野家は九国でも備後国にでもすぐに兵を送り込める遊軍でもあるのだ。

 隆包を通して河野水軍に兵糧を神辺城に移送するように働きかけてもらう。その上で、隆景たち陸路をゆく部隊は神辺城を囲む尼子軍と対峙し、包囲を取り払う。

 河野家が協力してくれれば、兵力差はほとんどなくなるだろう。



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その五十九

 燦燦と降り注ぐ太陽に炙られて、肌がチリチリと痛む。

 しばらく続いた悪天候の影響か、瀬戸内の波は比較的高く、船は上下に揺れて大変乗り心地が悪い。

 小早川水軍と河野水軍を中心にした瀬戸内方面軍の先陣は敵の妨害を考慮して海から安那郡へ侵攻することを選択した。

 先発隊三〇〇〇名の小早川軍が深津郡に上陸し、梶島山城へ入った。深津郡はさほど大きな郡ではなく、このすぐ北方に尼子瀬戸内方面軍が在陣する安那郡がある。つまりは目と鼻の先である。

 隆景は弘中隆包が率いる大内軍本隊が上陸する前に梶島山城へ入り、足場を固め、情報を集める役割があった。

 河野水軍がいつでも動ける状態であったのが功を奏したが、それでも神辺城からの救援要請から半月は経っている。今、こうしている間にも城内の兵糧は枯渇し士気は破滅的な様相を呈しているだろう。

 厳しい篭城戦でどれだけ戦えるかは、ひとえに城主の人格と能力に左右される。備蓄が厳しくなって、内乱が起きるか、それとも城兵と共に最期まで戦えるかは装備や経歴、官位の有無よりも心の繋がりが重要だ。さらに、城主の大内家への忠誠心も試される。

 それらを考えていくと、余り時間的猶予はない。

 山名理興は残念ながら忠誠心に厚い武将ではない。これは、何も特別なことではなく大内家の譜代武将でもなければ、武威に屈したわけでもなく、大内家の支配地域の国人でもない。ただ、大内家のほうが尼子家よりも勢いがあるから好を通じただけの外様の外様である。だからこそ、命を賭けて大内家に尽くす必要がない。このまま戦況が好転しなければ、容易に尼子方に転がるであろう。隆景が僅か三〇〇〇名であっても、先発隊として備後国に乗り込んだのは援軍到来の報せを目に見える形で神辺城に届けるためでもあった。

 入城した隆景は、すぐに家臣達に現状の把握を命じた。先に送り込んでいた忍行に通じた者達と連絡を取るだけでなく、地元民からの情報提供を募る。さらに地形や土着の権力者達の情報もより詳しく収集した。

 一通りの指示を終えて、隆景は温めの白湯で喉を潤し、汗を拭った。今日は酷く蒸し暑い。水分を適宜補給しなければ、戦う前に倒れてしまう。

「隆景様、備後の絵図をお持ちしました」

「ありがとうございます。では、さっそく」

「はい」

 丸めた絵図を持ってきたのは、毛利家家臣渡辺(とおる)である。その名を見れば分かるとおり、平安時代後期に鬼退治で勇名を馳せた渡辺綱の後裔の一人である。

 通は伝説に名高い武士を祖としているが、戦乱の世の常か苦しい少年時代を送ってきた苦労人だ。通の父が毛利元就の弟相合元綱を擁立して元就に叛旗を翻した咎で命を落とすと、備後国の山内直通の下に逃亡し、元服の後に元就に許されて帰参したという経緯がある。

 名前の「通」は、恩人である直通から取ったものであり、此度の戦ではその山内家も尼子家の脅威に曝され、すでに城を奪われている。

 毛利家中にあっても、通の士気は俄然高い。

 備後国内から尼子軍を放逐し、山内家に報恩しなければならないからである。

「まるで瓢箪ですね」

「はい。本当に」

 隆景は絵図を見て素直な感想を呟いた。

 隆景が瓢箪と言ったのは、神辺城付近の地形である。

 海に面した平野部を東西からせり出した山裾が窄めている。隆景がいる梶島山城は山裾の南側で神辺城は北側にある。さらに神辺城は東側の山に築かれた山城だが、そこにたどり着くには東側の山裾を迂回するか、いくつか連なる小山を越えて行くかだろう。そして、そこには尼子家の目が当然ながら光っている。

 よって、神辺城を救援するためには、この邪魔者を潰すことから始めるというのが正攻法であった。

「地元の者によれば、尼子軍はこの宇治山城に兵を入れている模様です。これで海から来る我々を妨げるつもりかと。物見を出したところ、相当数守備兵を入れているのが確認できました。具体的な数はまだですが……」

 通が指差すのは東側の山裾に築かれた山城だ。決して大きくはなく、城というよりは砦だが、隆起した地形を活かした攻めにくい構造である。神辺城を取り囲む砦の一つであり、海に対する備えの第一というわけだ。

「構いません。城にいくら立て篭もったのか、具体的に算出するのは困難ですから」

 構造上、それほど多くの兵を押し込められるわけではない。しかし、それでも地形をうまく使い、後方の本隊と連携すれば少数でも十分に大軍の足を止められるだろう。

「大内本隊を待って、一息に取り囲んでしまうのが一番ですか」

 小さな城だが地形を味方につけて防御力が跳ね上がっている。攻め落とすには相応の人数が必要だ。

 落城させることができれば御の字。上手く行けば宇治山城を救援に尼子軍が動くかもしれない。そうなれば、いつかと同じように尼子軍と正面から戦うことになるだろう。

 神辺城は政治的・地理的に非常に重要な城である。

 神辺平野を一望する絶好の位置に建ち、穀倉地帯一帯を監督することができ、さらに京から山口を経て下関に至る街道を監視する役目も併せ持つのだ。まさしく、備後国の要というべき城だ。尼子家が大内家に打撃を与えようとするのなら、確かに真っ先に目を付けてもおかしくはない城であった。 

 この戦で重要なのは、神辺城を尼子家に渡さないことであり、そのためには尼子家の包囲を解くことと神辺城に兵糧を運び込むことの二つを平行して行う必要がある。

 もちろん、尼子家を早々に撤退させれば兵糧の心配はないが、残念ながらそう上手く事は運ばない。

 神辺城の東側にあり、尼子軍の死角になっている春日村を経由するという手も考えたが、尼子軍が考慮していないとは思えない。運よく山間を抜けて神辺城下に出ても、包囲している尼子軍との戦いは避けられない。荷物になる兵糧を死守しながら、襲い来る尼子軍と狭い土地で戦えば波に飲まれる砂上の楼閣の如く無為に散らされることとなる。

 確実に犠牲が少ない方法を選ぶのであれば、やはり宇治山城を奪い、神辺城への道を切り開くほかにない。

「ともあれ、今日中に蔵王山城の城兵を増員します。その上で、宇治山城に攻めかかる準備を進めるとします」

 隆景が指で絵図の一点を指差す。そこは、現状大内軍が兵を進めることのできる限界――――即ち最前線で尼子軍と睨み合う蔵王山城が描かれていた。

 現在地からはおよそ一里ほど離れている山城で、宇治山城と神辺城を一目で見ることのできる位置にある。

 城を守るのは大内派の安芸国人平賀隆宗であり、平賀一族が蔵王山城へ寄せる尼子軍を今日まで退けてきたのである。

 もしも、蔵王山城が尼子軍の手に落ちていたのなら、神辺城の救援はさらに困難な任務となっていたのは間違いない。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 神辺城と瀬戸内との通行を封鎖する位置に建つ宇治山城は、五段の曲輪で構成されている。山頂の本丸、本丸を囲む二段目、西南に位置する三段目の腰曲輪、四段目が西側から西南に伸びる帯曲輪となり、最下層の五段目が宇治山城最大の曲輪として防御力を支えている。

 それでも宇治山城は東西に二〇メートルもない極めて小規模な山城である。地形を活かして防戦しても、背後の天王山に陣を敷く尼子軍本隊の力なくして長く城を守れるものではない。

 よって、宇治山城の城兵は死を賭して戦うだけの気骨のある者を選択して入れる必要があった。

 それが功を奏したのか、これまでのところ蔵王山城から出てくる大内方の平賀勢との小競り合いでは、負傷者こそ出したものの勝敗を決するほどにはなっておらず、互いに攻め手に欠く状態を維持して来れた。

 備後国の趨勢は、神辺城が落ちるか否かにかかっている。神辺城を落としたい尼子軍と神辺城を救援したい大内軍。尼子軍が神辺城に圧力をかけている今、大内軍の援軍の足止めを任される宇治山城の城兵の働きは、この戦の勝敗を別つものでもあった。

 そんな宇治山城に弘中隆包や小早川隆景の軍勢が瀬戸内から上陸したとの情報が入ったときには、城兵に閃電が走った。

 城主を務める米原綱寛(よねはらつなひろ)は城中を駆け回って動揺を鎮め、さらに天王山に早馬を出して大内軍の来襲を報告させるだけで、かなりの疲労感を覚えた。

 米原家は、尼子家の中でも名家の一族だ。米原家の祖は近江六角氏の一族である六角治綱で、叔父である定頼の養子になり、米原(まいはら)郷を領有したので米原と称した。主家の尼子家の祖である京極家とは遠祖が同一ということになる。その伝手もあったのか、米原治綱はその後、尼子経久に仕え、出雲に移住したものと伝わる。六角定頼は近江六角家の先代当主である。近年まで存命していたことから分かるとおり、米原家はそれほど歴史のある家柄ではないが、経久より信任を得て綱寛の父、綱広は備中国に一七五〇〇石の所領を持つに至った。

 綱寛は、そんな米原家の次代を担う智勇兼備の若武者であった。

 綱寛は槍を手に、鎧を着こんで宇治山城に篭る城兵五〇〇と死力を尽くして戦うことを確約して回った。敵勢は一〇〇〇〇を優に超える可能性も否定できない。それほどの大軍を相手に戦うには、城の守りだけでなく士気も高く維持しなければならない。

「我等の背後には牛尾様ら一〇〇〇〇の軍勢がおる。敵は小城と侮って数を恃みに攻めかかってくるやもしれぬが、恐れることは何もない。ただ門を守り、敵を城内に入れないことのみに専念せよ」

 と、努めて冷静に語って聞かせた。

 若くとも武勇で名を知られた綱寛がそのように落ち着いていたので、城兵一同はいたく感心し、迫る大内軍との戦いに対して悲観的なことを言う者は一人もいなかった。

 綱寛の戦略は至極真っ当なもので、ただ只管篭城を続けることである。綱寛の役目はあくまでも時間稼ぎだ。神辺城が落ちるまで瀬戸内から攻め上ってくる大内軍の足止めに徹することが味方の勝利に繋がるのだ。

 決して打って出ることはない。まして、相手が毛利の息女となればどのような手を打ってくるか分からない。亀のように閉じ篭って、後方の尼子軍と連携して戦線を維持するのが最善の策であった。

 それから七日が過ぎた。

 七日の間に大内軍が蔵王山麓に着陣し、小早川軍、河野軍と共に固い陣を敷いていた。大軍である。まともに戦っては押し潰されるほかないが、二度に渡って綱寛は降服勧告の使者を追い返していた。

 後ろに遠征軍の本隊が控えている以上、降服する理由などどこにもないからである。

 その日は朝から土砂降りだった。叩き付けるような猛烈な雨と突風、そして雷が怒号を放ち、視界は無数の雨粒によってずたずたに引き裂かれる。そんな悪天候であった。

「梅ヶ唐花の旗、俄に動きましてございます!」

 全身から水の礫を滴らせ、家臣の一人が飛び込んできた。

「真か!?」

「はっ。平賀勢、蔵王山を出でて大内軍と合流した模様」

「相分かった」

 報告を受けた綱寛はすぐさま軍配を握ると、

「落ち着いて門を固めよ。生憎の天気だが、幸いにして大内得意の鉄砲は使えぬ。恐れる必要はない。牛尾様に早馬を出せ。大内に動きありと仔細漏らさず伝えるのだ」

 矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 篭城戦に於いて、大将がやるべきことは限られる。城の外にいる後詰との連絡を恙無く行うことと、城内の士気を保つことくらいであろう。

 そして、静まった陣屋内で雨音と雷鳴に耳を済ませる。唾を飲む音すらも恐ろしいほどよく聞こえた。

 やがて、とりわけ大きな雷鳴が大気を震わせた直後、地鳴りを思わせる喊声と足音が近付いてきた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 初戦から五日が経過した。

 宇治山城は、未だ健在。これまでに三度攻撃を行い、尽くが跳ね返されてきた。剛勇でならした河野軍の村上通康も、見事な堅城と膝を打った。

「敵を誉めている場合ですか」

 と、隆景は一回り以上も年上の猛将を言葉で刺す。

「誉めるところのない敵を倒したって武門の誇りにはなりゃせんだろうよ」

 悪びれず通康は言う。

 小早川隆景、村上通康、弘中隆兼、平賀隆宗が一同に集っていた。

「通康さんの仰ることも一理ありますが、しかし、この宇治山を抜かぬことには神辺城の救援はなりませんぞ……」

 ごほごほと痰が絡んだような咳をしながら老将隆宗は言った。

「そのとおりですー。わたし達の勝利条件は、神辺城の救援ですので、宇治山城にいつまでもかかずらっているわけには、参りませんねー」

 何とも気の抜けた話し方をする少女だと、通康は思った。決して口には出さないが、どうにもこの弘中隆兼は苦手だ。

 しかし武辺者にはまったく見えないものの、戦巧者なのは過去の戦歴からも明白だ。あまり目立たないが、要所要所をしっかりと押さえる無難な性格は安定した領国経営にも見て取れる。安芸守護代を任されるだけのことはあるということだ。

 それであれば、通康自身の好悪など然したる問題にはならない。個人の感情を理由に内部崩壊させては河野家に迷惑がかかるというものだ。

「小城ながら厄介なのは、この五日で十分分かった。ああも亀みたいに篭られちゃ、小手先の技は通じん。手っ取り早く、数に物を言わせて押し潰してしまうのがいいが……」

「それを許す尼子ではないでしょうね。すでに後詰に三〇〇〇ばかりの敵勢が山向こうに陣を敷いています。下手に軍を動かせば、城とこの後詰の部隊に挟まれてしまうでしょう」

 加えて、入り組んだ地形が大軍の展開を許さない。

 敵の後詰に注意を払わずに済むのならば、存在を無視して軍を進め、一気呵成に攻め立てて陥落させることは不可能ではない。今の戦力ならば一昼夜のうちに勝敗を決することができるだろう。

 だが、そう上手くことは運ばないのが戦場の常だ。後詰でやってきた尼子軍三〇〇〇と小早川軍はすでに一度激突しているのだが、これが士気旺盛で付け入る隙がなく、折を見て兵を引かざるを得なかった。

 とりわけ厄介だったのが老将平野久利とその子久基が指揮する三〇〇人の部隊であった。勇猛果敢かつ強力な平野軍は小早川軍に槍先を付け、大いに奮戦して帰っていった。

 大きな合戦に出た経験の少ない隆景にとっては、よい刺激を受ける機会だったとも言えなくもないが、小競り合いで大勢に影響はないとはいえ、敵の好きにさせてしまったのは大変悔しさの残るものであった。

「ところで、平賀の爺さんは大丈夫か?」

「某も若くはありませぬからな。長陣の疲れが出たのでしょう。身体は動きますのでご心配には及びませぬ」

 老体を酷使しての篭城だったのだ。隆景が着陣するまでの間、自らの手勢のみを恃みに戦を続けてきた心労が祟ったのであろう。隆宗はここのところ、体調を崩し気味であった。

 本人は気丈に振る舞っているが、顔色も悪く本来は養生に努めるべきではあるのだろう。だが、歴戦の猛者である彼は戦場を体調不良で離れることを嫌っている。休めといって休む人ではなく、そして彼の存在もまたこの戦場では不可欠の要素であった。

「えー平賀殿には、これからも武勲を立てていただかなければなりませんので、山口より医師をお呼びしますねー」

「それに及びませぬ。某の身体のことは某に一任していただきとうございます」

「それはダメですよー。平賀殿がよくても周りが心配しますのでー」

 隆兼は笑顔を浮かべるが、そこには言葉にならない圧があった。決して臆したわけではないが、事実上の司令官である隆兼の言葉に頷かないわけにもいかない。それに、周囲に心配をかけて戦に集中できないというのも問題だ。

「みなさん、休めるときにはきちんと休んでくださいねー。この戦は、決して備後の中で終わるものではありませんからー」

 隆景は、隆兼の言葉に無言で頷いた。

 尼子軍が二手に分かれて大内領内に侵攻した。これは、山陰山陽地方を揺るがす大きな事件である。かつて、尼子家は毛利家を打倒し安芸国に勢力を広げようと大軍を催し、そして大敗を喫した。

 その際、播磨国や美作国、備前国からも兵を集ったため、その方面の圧力が弱まり、敗北と共に国人衆が独立の動きを見せたことがあった。無論、大内家もこの動きを影ながら支援した。播磨国の赤松家、美作国の三浦家、備中国の三村家などが反尼子を表明していた。この内、大内家と尼子家が不可侵条約を結んでいる間に赤松家や三浦家は東進する尼子家に飲まれて服属を強いられ、あるいは和して自らその膝下に入ったが三村家は未だに抗い続けている。ともあれ、長陣は敵味方問わず長期間に渡って軍が領地を離れることになるため、潜在的な敵対勢力が浮上しやすい。仮に、この戦いで尼子家を撤退に追いやったとしても、それで尼子家との戦が終わりになることはなく、各方面で上がるであろう反尼子の旗をどれだけ大内家に引き入れることができるのかという問題とも向き合わなければならない。

 そして、それは大内家にも言えることである。

 急速に領土を拡大した大内家にも潜在的脅威は存在する。尼子家に敗北すれば、そういった嫌々大内家に従っている者達の独立の気運を高めてしまう。

 事はすでに備後一国に収まらないのだ。一度の敗戦が超大国そのものを空中分解させるということが、歴史上間々あるのだから。

 龍造寺家のように当主が討ち取られるという最悪の結末を迎えた家だけが、滅びるというわけではない。主家の力が弱まった結果、内部の諸侯が独立を画策して崩れ去るという展開のほうが、むしろ多いのではないか。

 尼子家との睨み合いは残念ながら、すぐには終わりそうもない。兵力はほぼ拮抗しているので、正面から戦を挑んではどのような結果になるか分からないうえ、こちらは城攻めまでしなければならない。尼子家のようにじわじわと時間をかけて神辺城を干上がらせるという手は選べないとなれば、多少の出血は覚悟する必要がある。

 出来る限り血を流したくはない。しかし、血を流さなければ勝利条件は満たせない。難しい判断が隆景に迫られていた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 東方で尼子軍と大内軍が激突しているその時も、西方の情勢は刻一刻と変わり続けている。とりわけ、肥前国内の騒乱が今、最も大きい。大勢力に拡大した龍造寺家を真っ二つに割る内乱状態である。

 後継者候補の双方が、それぞれに自らの正統性を主張している。これまで龍造寺家に従っていた国人衆もどちらに就くべきか思案して高みの見物をしている者や、家運を賭けて馳せ参じる者など様々であったが、全体を俯瞰してみると真っ先に兵を挙げた龍造寺信周が優勢との見かたが強い。

 少しずつではあるが、信周側に就くことを表明する国人が増えてきている。こうなると、対抗馬の長信はどんどんと不利になっていく。

 主家の敗北は御家の滅亡に繋がる。誰もが勝ち馬に乗りたがっているそんな時勢に、敗色濃厚な側に敢て味方をする必要はないのだ。

「やはり島津と結びましたか」

 薄暗い部屋の中で、鍋島直茂は秀麗な顔を曇らせた。書状には予想通りの最悪の展開が記載されていて、信周が天草島原地方を手放すことを条件に島津家と同盟を結んだという。

 その時、障子戸の向こうで影が動いた。

「直茂姉さん、今、いい?」

 障子戸の向こうから康房が声をかけてきた。彼女は直茂の実の妹で、龍造寺家の分家筋に養子入りしたため龍造寺の姓を名乗っている。以前から長信の傍に仕え、公私にわたって補佐してきた姫武将である。

「そのままで。今、わたしと直接顔を合わせるのは避けたほうがいいでしょうから」

「…………でも、いえ。分かりました」

 僅かな動揺が伝わってきた。

 一月前から、信周は直茂を排除するべく悪評を振り撒き始めたのだ。隆信という偉大な当主を戦死させた軍師、龍造寺家の義理の娘となり当主の座を狙っているなどという離間の計を執ったのだ。

 長信は何を馬鹿なと一蹴したが、家中には彼女を快く思わない者も少なくなかった。龍造寺家乗っ取りは眉唾にしても、筑前国での戦については直茂と隆信の間に生じた溝が敗因ではないかと見る向きもあり、直茂は自室に謹慎することになってしまったのである。敬愛する当主が戦で果てた。なぜそうなったのか、誰も明確な説明ができず、これだけの苦境に陥った。誰かに責任を取らせなければ腹の虫が治まらない。そういった悪い空気が蔓延していたところに打ち込まれた離間の計は、家臣の取りまとめに苦慮する長信にとって痛撃となったのだ。

 しかし、完全に切り離すこともできない。直茂の能力を失うのは、あまりにも厳しい。出仕を禁じた上で、こうして連絡を取ることは認めていた。

「それで、要件は?」

「あ、はい。えと、本日信房姉さんから書状が届きました。藤津の将兵揃ってわたし達に味方してくれるみたいです。ですが、信俊兄さんは」

「彼は、信周殿との縁がありますからね。心苦しいですが」

 姉が味方についてくれたことは心強い。信房は藤津郡の家臣達を取り纏める存在だ。それが味方になるだけでも、大きな戦力増強が見込める上、藤津郡の地理的に島津家と信周軍を分断することも可能となる。

 一方で、弟の小河信俊は敵に味方をしてしまった。こればかりは仕方のないことだ。生き残った方が鍋島の血を残すと考えれば悪くはない。

「康房、もう知っているかと思いますが、島津家は信周殿に味方をします。そうなれば、戦力差は絶望的です」

「分かっています。もちろん、龍造寺の当主に相応しいのは長信様ですが、もし武運尽き果てたとしたら、わたしも黄泉までご一緒する覚悟」

 康房の言葉に悲壮感はない。日頃思っていることを当たり前のように口にしただけだ。

「では、もう一つ。四天王のお二人は、どうしていますか?」

「成松殿は、静観のご様子です。どちらに就くとも明言しておりません。相手方からも誘いの使者が度々向かっているようではありますが」

「彼らしいですね。是非味方になってほしいところですが、難しいでしょう」

「え、では……」

「あちらに就くということもないでしょう。あの方にとっての主君は隆信様だけですから。しかし、一応、書状は出しておきなさい。様子を窺う意味はあるでしょう」

「はい、分かりました。えーと、後は木下殿なんですが、さっき長信様のところに……あ」

 康房の言葉が切れるのと、どかどかと床板を踏み鳴らす音が聞こえてきたのは同時であった。

「お、妹の方か。ちょうどよかった。軍師殿はいるな」

「あ、ちょ、ちょっとぉ」

 康房の静止を待たずに障子戸が開け放たれた。スパンと、あまりの勢いに軽妙な音が響いた。

 部屋の中に入ってきたのは、ちょうど今話をしていた木下昌直であった。

「木下殿、お久しぶりです」

「お久しぶり、じゃねーよ。軍師殿、ずいぶんとまあ湿気たとこに座ってるな」

 ずんずんと歩み寄り、手近なところにある円座を引っ手繰って直茂の前にあぐらをかいて座った。

「ここに来られたということは、お味方くださるということでよろしいのですか?」

「まあな」

「そうですか。いえ、少し驚きました。あなたは、てっきりあちらに就くものと思っていました」

「ん? なんでだ?」

「わたしに好感を持ってはいないですよね」

 虚を突かれたというように、昌直はぽかんとした顔をした。

 それから、

「まあな」

 と、笑みを浮かべた。

「隠してもしょうがねえから白状するけど、軍師殿は苦手だと思ってる。オレは軍師殿の頭にはついていけねーからな。だけど、その、なんだ、嫌いってわけじゃないぞ」

「そうなのですか?」

「……まあ、軍師殿が隆信様の役に立っていたのは事実だし、そりゃ、あのときはオレも気が立ってて突っかかったけど、あんたに二心がなかったのは分かってるからな」

 あのときというのは、隆信の討ち死に際し、撤退を表明したときのことを言っているのだ。直茂も昌直も、それどころか隆信の死を知ったすべての将兵が動揺し、冷静さを欠いていた。過去最大級の衝撃であったのは間違いない。

「あれだ、ほら、何て言うかな。苦手ではあっても嫌いじゃないっていうか……あー、まあ、細かいことはいいんだよ! なんだこれ、恥ずかしいな!」

 顔を赤らめて昌直は髪をガリガリと掻き乱した。その様子を見て、直茂はついつい笑ってしまった。

「笑うなよ。分かってるよ、オレらしくないこと言ってんのはさ」

「いえ。はい、本当に助かります。あなたの存在は、わたし達にとって大きな支えとなります」

「止めてくれよ、ますます恥ずかしい。オレはただマシなほうに仕えるってだけなんだ。馬鹿だからな。細かいことは考えんのはダメなんだよ」

「こちらのほうがマシですか?」

 状況から考えれば、圧倒的に長信派が不利である。どちらがマシかと言われれば、十中八九信周派ではないか。

 だが、昌直は直茂の問いに大いに頷いてみせる。

「ああ、断然マシだね。だまし討ちも不意打ちも夜襲も兵法なんだから否定はしない。けどな、慶誾尼様は御屋形様の母君だ。それを……武士でもない母君を害するなんてもっての他だ。あれは、龍造寺家の後継者には相応しくない。要するに、アイツは嫌いだ。気に食わんのだ」

 昌直は直情傾向のある武将だ。危機的状況にあって、それが状況を打破するきっかけになることもある。今回は、果たしてどのような結果に結び付くかは不透明だが、気さくな性格の彼女は、将兵から人望がある。実力も兼ね備えているので、上手くすれば不利な状況を覆しうるかもしれない。そうでなくとも低迷する士気を盛り上げる役目は十二分に果たせるだろう。

「とりあえず、軍師殿の蟄居はすぐに取り消してもらう。どう考えても敵のためにしかならないからな」

 昌直の行動によって、小さいながらも突破口は開けた。

 戦力という面で見れば、まだまだ厳しい状況が続いているが何はともあれ味方を増やすことが重要事項である。正統性のアピールだけでは、足りない。どこの誰に、どのような切り口で話を持ちかけ味方に引き入れるのかという視点がなければ到底この状況をひっくり返すには至らない。

 相手が気に入らないからこちらに就くという者もいれば、こちらの条件のほうがいいからこちらに就くという者もいるだろう。そして、相手方に勝たれると困るから、こちらを支援するという者も当然ながら存在する。

 義と利の二点から、敵と味方を判別していく作業。これは、直茂の得意とするところであった。

 



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その六十

 口惜しいことではあるが、大内軍は各地で苦戦を続けている。もとより、大内家は大勢力とはいえ、新たに増えた領土、家臣共に完全に統率が取れているとは言いがたく、大兵力を催すことは不可能ではないにしても、戦域があまりに広く、局地戦での兵力が五分五分になってしまうのは避けられないことであった。

 大森銀山と備後国、そして九国。どれも失うには惜しい。大森銀山は大内家にとって巨大な収入源である。失えば、大内家の経済強国というアイデンティティに傷が付く上、経済だけでなく軍事力にも悪影響が出る。かといって備後国を疎かにすれば瀬戸内交通が絶たれることになり、これもまた巨額の損失を被ることになる。九国にも博多があり、動乱は商業活動を翳らせる。商売による巨利が大内家を潤してきただけに、商売を滞らせるわけにはいかない。優先順位は大森銀山、備後国よりも下ではあるが、一つ間違えば九国を飲み込んだ巨大な敵対国が誕生する可能性も否定できないだけに捨て置けない。

 どこも捨てるわけにはいかず、すべてを守らなければならないためにどの軍も決定的な仕事ができない。九国に至っては、敵地に侵攻することができず、現状維持を貫く以外に手がない状況だ。

 はっきり言って、兵が足りない。山口からやってきた大内軍は、龍造寺軍との正面衝突で大いに疲弊している。厭戦気分も高まっているため、一部を国許に返す必要もあったくらいだ。長宗我部家のように、領土を九国内に持っている大内家の勢力や、大友家を筆頭とする在来の九国国人衆の連合による防波堤によって島津家の台頭に抗っているのが現状だ。大内家の兵力を島津家との戦に全力投入できれば、この拮抗した九国情勢を一気に塗り替えることも不可能ではないというのに、尼子家の侵攻に対応するためにそれができないのが大変にもどかしい。

 自分の事は自分でするというのが、この時代の基本的な規則とはいえ、せっかく大内家に臣従を表明してくれた勢力に丸投げするのは信義に関わる案件だ。下手を打てば、今後の九国経営にも悪影響が出てくるだろう。

 九国の特に肥後国や日向国といった地域は、石見国や備後国とは大内家との付き合い方がまったく異なっている。

 これまでも大内家と尼子家が度々戦闘を繰り返し、その都度優位な方に鞍替えを繰り返してきた石見国や備後国の国人とは違い、九国の国人達のほとんどは大内家との直接的な繋がりが薄いのだ。

 どのように自分達と関わっていくのかということを見定めようとしている節がある。島津家の猛威から庇護してくれることを念頭に於いているが、完全に支配下に入ろうとは思っていないだろう。

 そもそも独立気運の高い地域なのだから、反感を買えば瞬く間に敵に流れてしまう危険性を内包している。

 肥後国の国人領主達を統率する難しさは、この世界ではない晴持の知る『正史』に於いても語られるところである。

 天下泰平の世になって、到底軍事力で敵うはずがないにも関わらず、大規模な国人一揆を引き起こすような気質なのだ。それは、この世界でも同じであろう。長らく肥後一国を治める大名が出現しなかったことや、島津家の侵攻に未だ持ち堪え続けていることからも、肥後統治の困難さの片鱗がうかがえる。

 このような状態で、晴持ができることは九国を時勢を維持するために後ろで圧力をかける程度であった。

 豊後国府内にあって大友家と連携し、兵を整えて変事に備える。受身の対応ではあるが、混沌とした状況にさらに石を投げ込むわけにもいかない。

 そのようにして、後手に回らざるを得ない状況に追い込まれた大内家に、さらに追い討ちをかける事態が発生した。

 空気が涼み、稲穂が黄金色に染まり始めた秋口のことであった。

 肥後国最後の雄、阿蘇家当主惟将(これまさ)が倒れ、そのまま帰らぬ人となったのである。夏風邪をこじらせたとも、食に中ったとも言うが、実際のところは分からない。しかし、本来秘匿すべき当主が死去したという情報が、瞬く間に拡散していることからも、阿蘇家の屋台骨が大きく揺らいでいることが伺えた。

 

 

 

 

 阿蘇惟将の死は、三日と経たず島津家にも伝えられた。折りしも龍造寺信周と好を通じた直後だけに、島津家にとっては朗報続きとなった。

 大内家は大森銀山と備後国神辺城への対応に兵を割いており九国に注力できない。

 遠交近攻の大原則が、大いに威力を発揮している。

 肥前国も概ね島津家に都合のよい形で動いている。島津家の後援を受けた信周軍はじわじわと対抗馬への圧力を強めている。 

 もちろん、どこかの段階で龍造寺家とは手切れになるだろう。信周も一時的に島津家の力を利用しているだけなので、お互い様だ。とりあえず大内家の動きを阻害してくれればそれでいい。信周が龍造寺家を統一したとしても、決してそれ以前のような強大な勢力には成長しない。島津家に対する脅威にはならず、政治的にこちらが優位に立っていればいい――――。

「まさしく好機到来と言うべきかと」

 野太い声が響いた。 

 島津家が築いた肥後国攻略拠点、花の山城の軍議の間に集った重臣の一人新納忠元である。これは肥後国攻略のため、島津義弘が呼びかけた軍議である。島津四姉妹中、義弘、歳久が出席し、忠元以下十二名の家臣が集結していた。

「阿蘇を固めていたのは実質的には甲斐宗運。そして、同盟者である相良義陽を中心とした勢力です。これは健在。果たして、そこまでの動揺があるか否か」

「当主が代わろうと、宗運を中心とした政には変わりあるまい。新たな当主は誰になるか」

「弟の阿蘇惟種が継ぐのが最有力ですな。龍造寺のような対抗馬もおりませぬ。これといって、波乱もなく就任されるかと思われます」

 口々に意見が飛び交う。

 阿蘇家は肥後国での最大勢力であり、国人達の心のよりどころ。いわば盟主である。大和朝廷以前の神代より続く、九国はおろか日本全体で見ても最古の名家。およそ家格という観点では到底太刀打ちできない別格の家柄である。

 だが、それも今は昔。家格や信仰だけで世が治まる時代はとうに過ぎ去ったのだ。戦国の世は武と政が物を言う。

 阿蘇家そのものが持つ武力は、もはや風前の灯である。

「新たに当主を継ぐであろう惟種殿は、身体を壊しているとの話もあります」

「これといって戦場で槍働きをしたという話も聞かぬ。大宮司は務まるかもしれませぬが、武家の長は難しいでしょうな」

 龍造寺家のように内輪揉めに発展する見込みはない。もしも、内部分裂をしてくれるのであれば、そこに付けこんで一息に肥後国を制圧できたのだが、そこまでは望めないだろう。

 阿蘇家にとって、新当主の対抗馬が存在しないというのは幸いなことであっただろうが、その一方で、新当主に就任すると目される阿蘇惟種が生来の病弱という難点も抱えている。

「惟種殿が当主の任に耐えないとなれば、ますます甲斐殿を中心とした体制を強くするでしょう。ですが、この場合当主の権力との摩擦が生じやすい。甲斐殿が如何に当主を立てる姿勢を示そうと、そうは受け取れないのが人の性です」

 歳久が淡々とした口調で言う。

「時間をかければ、甲斐家と阿蘇家の間に楔を打ち込むことも可能でしょう。しかし、相手は阿蘇家だけではありません。わたし達には時間がない」

「大内が尼子に手を焼いている間に、九国内での島津家の領土を拡大、安定させる。肥前を味方とすれば、大内そのものにも対抗できる力となります」

 たとえ、九国北部を手に入れられなくとも、肥後国、日向国を手中に治め肥前国の龍造寺家を屈服させれば、数万からの軍勢を整えることも難しくない。そうなれば、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長する大内家と拮抗する軍備を整えられる。

 敵が巨大であるほど倒したときに得られる利益も大きなものとなる。大内家が転べば、その領土が一気に島津家の手に落ちることもあり得る。

「逆に言えば、大内家が全力をわたし達に傾けられない今が最後の好機ということよね」

 義弘は神妙な面持ちで歳久に確認する。

 およそ考え得る限り、これ以上の好機は存在しない。如何に島津家が勢いのある勢力といっても、現時点での大内家との兵力差は歴然である。それを否定するほど義弘は自分達の実力に酔ってはいない。

 九国制覇。その大願を成就させるために、最大の敵となる大内家が最も困難に直面しているこの時に兵を進める以外にない。

「あ、そういえば調略の方はどうなってるの?」

「隈本の城親賢から人質を差し出す旨の返答がありました。宇土の名和顕孝(なわあきたか)からも接触があります。川尻方面の制圧に兵を貸すことで、名和家を引き入れることは可能かと」

「いいわ。後ろ盾になってあげて」

「はい。では、そのように」

 川尻は、古くから甲斐家と名和家との間で領土争いが繰り広げられてきた地である。城家もまた同じ。共に甲斐家を共通の敵とした勢力であり、甲斐家とその主家である阿蘇家が大内家から信任を得ている以上、領土争いに勝利するためには大内家に対立する島津家に助けを請うのは自然の流れであった。

 これまでは、大内家のほか、大友家、龍造寺家、島津家と九国を大勢力が四つに分割しているような状態であった。これが、大友家が大内家に吸収され、龍造寺家が内乱状態に陥ったことで、九国の盟主は大内家と島津家に二極化された。当然ながら、大内家に就いた某かに不満がある者は、島津家に好を通じることになる。

 皮肉な話ではあるが、大内家の活躍が結果的に島津家の肥後進出を容易なものとしていた。

 歳久はその場で家臣を呼び、一軍を率いて城家を後援するよう命じ、隈本城へ援兵を差し向けた。

「さすが、行動が早い」

「もとより、準備を進めていただけです」

「大内家からの嫌がらせも止んだんだっけ?」

「商人達への統制を強めましたから。兵糧の流出は押さえ込めているはずです」

「そう。ならいいわ」

 島津領内から持ち出された多数の兵糧は、そのまま山口を経て東部の戦場に送られていたようだ。ただでさえ兵糧の欠乏が問題視される島津家にとっては致命的とは行かないまでも神経を逆なでする嫌がらせであった。

 肥後国人衆が二つに割れ、島津家に従う者が現れた。さらに、大内家は東に目を向け、龍造寺家は内政すらまともにできない始末。実質的に、倒すべき敵は阿蘇家ただ一つだ。

「さあて、北上の足がかりはできたみたいだし、一つ、派手にやりますか」

「応ッ」

 義弘は自らの手を打って、好戦的な笑みを浮かべた。薩摩隼人たちも同様であった。

 

 

 

 その夜、義弘は歳久を誘い、館の庭を歩いていた。

 今となっては義弘も歳久も互いに領土を与えられている身である。戦がなくとも、家族水入らずで話ができる機会はあまりない。まして、このように二人だけで話をすることなど、何年振りになるだろうか。

 顔を合わせることはあるが、私的に会うことは、思い返してみれば久しぶりなのだった。

 雲の切れ間に月が顔を出し、青い光が山の影を映し出している。

「ちょうど月が出てくれたね」

 満月には届かないまでも、月の光は薄く世界を照らしている。松明の明かりがなくとも、隣に佇む義弘の顔がはっきりと見えるほどの明るさだ。

「今年はみんなでお月見できなかったなぁ」

「また来年すればいいのです。そのころには、肥後、もしかした豊前まで島津の旗が立っているかもしれません」

「そうだね。うん、理想的な展開だ、それ」

 三州統一を掲げて兵を興した島津家。日向国は残念ながら手中に収まってはいないが、肥後国、肥前国と兵を進め、島津家勃興以来最大の版図を獲得するに至っている。

 収穫期を終えれば、冬が来る。北国と異なり、肥後国は積雪に行軍を邪魔される可能性が低いので、冬でも合戦は起こり得る。十分な兵糧を確保し、軍兵を整えて発つとすれば今年の冬になるだろう。

 順調ならば、その一戦で阿蘇家は崩壊し、肥後国は島津家の手に落ちる。然る後に日向国を攻略し、豊後国へ刃を付ける。雪崩のように九国の国人達が崩れれば、歳久の言うとおりに一年と待たずに島津軍は九国の最北に到達する――――ほんの僅かの可能性。文字通りの夢物語ではあるが、夢だからこそ燃えるのだ。

「十月十夜まであと三日。その頃には米の収穫も概ね終わっているでしょう。軍備の準備を急がせます」

「そうね。うーん、戦、もうちょっとか」

「やはり、気が逸りますか?」

「もちろん。あたしはほら、前に出て戦うのが仕事だからね」

 鬼島津と渾名された義弘は、どの戦でも前線に立ち、自ら槍を振るって戦ってきた。乗り越えた修羅場の数は、姉妹の中では最多であり、その分だけ挙げた功も多い。血気盛んな島津家にあって、義弘の存在は非常に大きいのだ。言ってみれば、島津という家のあり方を象徴する人物であると言ってもいいだろう。

「ここまで島津が大きくなるなんて、お爺ちゃんは想像してたかな?」

 不意に、義弘が呟いた。

 二人の祖父は島津忠良。日新斎の号で知られる伊作島津家中興の祖であり、現島津家を打ち立てた人物である。分家が乱立し、守護の座を巡る内乱に明け暮れた薩摩国を平定し、伊作家を島津家の本家としたのは義弘や歳久の祖父忠良と父貴久である。姉妹は、祖父と父が命懸けで生き抜いた島津家の歴史の上に立っているのだ。

「さて、あの人が何を考えていたのかいまいちわたしは分かりません。ですが、夢には見ていたのではないですか?」

「夢かー。確かにお爺ちゃんは夢見がちなとこはあったよね」

「三州統一。昔はそれこそ、夢物語でしたが……」

「もうすぐ、手の届くところに来た」

 秋風が義弘の髪を掻き揚げる。

 柔和な表情が引き締まったものへと変わった。

 島津家の未来を憂うのは簡単だ。誰でもできることである。だが、未来を掴むためには、憂えているだけではダメなのだ。実際に行動し、時に博打を打つ覚悟も必要になる。

 歳久も義弘も、そして島津家のすべての将兵は大内家を牙にかける可能性を見てしまった。尼子家の大攻勢と龍造寺家との戦で疲弊した大内家の将兵達。勝負に出れば、勝利することができるのではないかと感じてしまった。

 勝てるかもしれないと感じた時点で、血の気の多い輩は止まらない。薩摩隼人の血が騒ぐのだ。

 冷静沈着を旨とする歳久ですら、「勝てるかもしれない」という誘惑には抗い難かった。

 戦わずして負けるというのは、選択肢には入らない。島津家が今後生き残っていくためにも、大内家との戦いは避けては通れないのだ。ならば、最も勝負になる時期を見計らうのは当然であり、その時が刻一刻と近付いている。

 阿蘇攻略は、その試金石となる戦いだ。島津家と大内家の戦いの前哨戦。必ず勝利しなければならない大一番であった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 大森銀山を西に眺める交通の要衝石見城を占拠した尼子軍の総大将亀井秀綱は、頑強な抵抗を続ける山吹城を思い、深くため息をついた。

 戦が始まる前から、そう容易く崩せない頑強な城であることは分かりきっていた。長期戦も覚悟していたが、やはり戦は早く終わるのならばそれに越したことはない。

 何せ、戦が長引けばそれだけ兵の中に厭戦気分が広まり士気が低下してしまう。そろそろ冬を迎える季節である。尼子家としては収穫期にまで戦をしただけに、手ぶらで帰るわけにもいかない。

 冬が深まれば、雪になる。山陰の冬は寒い。毛利攻めの敗北で、多くの凍死者を出した尼子軍は、寒さに備えて相応の装備を準備させている。それでも、やはり冬前に戦いを決してしまいたいところであり、度々降服の書状を送りつけている。もちろん、その回答はまったく果々しくないのだが。

「やむを得ぬ。あまり戦火を広げたくはないが、大内軍の本隊と一戦に及ぼう」

 と、秀綱は言った。

「本隊というと温泉城に篭る内藤軍のことですか?」

 家臣に問われた秀綱は大きく頷いた。

「左様」

「しかし、敵は二〇〇〇〇に達する大軍。野戦となれば、こちらも被害は免れませぬ。例え退けられても、山吹城の奪取は困難なものになるのでは?」

「内藤の軍は、山吹城を救援するために矢筈城を攻略しなければならない。故に、山間の銀山街道にはどうあっても踏み込まなければならぬ。二〇〇〇〇もの大軍も、街道にあっては烏合の衆。山中隊のみで退けられたのもそれが理由よ」

「矢筈城との連携で、内藤軍に打撃を加えると?」

「矢筈城を攻めるため、内藤軍は兵を小分けにして進軍している。温泉城に篭る本隊は、一部に過ぎぬはず」

 内藤興盛は、悠々と大軍で乗り込んできたはいいが、数の差を活かせないでいる。少数ながらよく守る矢筈城と援軍の山中隊が内藤軍を追い返しているからだ。地の利を得た尼子軍は、防戦だけならば、内藤軍が率いる大軍とも渡り合える状況を作り出した。拮抗した状態にさらに一手を加えて、内藤軍に大打撃を与えることで、山吹城を大いに動揺させる。それが、秀綱の立てた策であった。

「援軍が退いたとあれば、如何に頑強な城であっても士気を下げざるを得ぬ。ともすれば、落城の期待もできようぞ」

 秀綱は諸将に通達を出し、山吹城への押さえを残して軍を山陰道に進ませた。

 石見城から温泉城までは一里弱しか離れていないが、その間に高山や城上山が横たわっており、物見にさえ気をつければ兵の動きを悟られることはない。夜陰に乗じて兵を進め朝日と共に砦を抜き、一息に温泉城の城下に達する。

 そのように軍議を決し、軍議が終わるや否や、諸将は戦の準備に追われた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 庭の池を赤く色づいた紅葉が染めている。

 木々を揺らす風の冷たさに季節の変わり目を感じた義隆は、思わず小さく身震いをしてしまった。

「そろそろ一年が終わるかぁ」

 近いうちに、吐息が白くなり、この庭もまた白色に染まることだろう。その頃には、各戦線でも大きな動きがあるに違いない。

 山口にあって、義隆は各地の情報を集めさせている。こう見えて、彼女は情報通なのだ。前線から送られてくる報告だけでなく、商人や僧侶との交流を通して様々な情報を仕入れている。

 どこの戦況も膠着状態である。一進一退といえば、聞こえはいいがこれまで多くの戦で勝利してきた大内家にしてみれば、この状況は好ましくない。足踏みを余儀なくされているという事実。もしも負ければ、御家が瓦解しかねないという現実。それらの責務を一身に背負っている義隆は、彼女なりのやり方でこの未曾有の事態に対処しようとしている。好ましい情報がこないものかと一日一日首を長くして待ち、兵糧や援軍の要請に応えるために、各方面に書状を飛ばして調整に努めているのだ。

 義隆は戦場の人ではない。姫武将であり、戦の経験もあるが彼女の真価はそこにはないし、それは彼女も理解している。だからこそ、余計な口を挟まず、状況を好転させるために後方から活動しているのだ。

 それでも、いや、だからこそ不安は募る。

 戦場が目に見えないということは、そこで何が起こっているのか分からないということでもない。 

 尼子家と島津家。どちらにどう対処するべきか。

「幕府を頼る。いや、ないな」

 将軍家の威光を利用し、仲裁に入ってもらう。それも選択肢の一つではあったが、今の将軍義輝は三好長慶との戦いを優位に運ぶために各地の大名に書状を送っている。助けて欲しいのは将軍家も同じだ。そのような体たらくの将軍家の仲裁に期待できるものなどない。

 まして、義隆は将軍家から距離を置くことを決めたばかりだ。幕府の仲裁は、極力頼りたくない一手である。かといって、三好家を頼れば、それこそ将軍家から目を付けられる。前述の通り威光も権力もない将軍家でも、尼子家の支援に回られれば厄介極まりないことになる。義隆は気にしなくても、地方の国人には未だ強い影響力を持つのが将軍家である。よって、就かず離れずの距離を維持しながらも、適当に尻尾を振るそぶりだけは見せておかなければならないのだった。

「義隆様、内藤殿が尼子軍と一戦に及んだ模様です」

 と、情報を持ってきたのは相良武任であった。

「それで」

「……はい。内藤殿らが拠点とする温泉城に、尼子軍が朝駆けを敢行したようです。矢筈城に行軍していた部隊は刺賀の部隊に強襲されて算を乱し、温泉城も敵に囲まれ一時は危うかったようですが、内藤殿の奮戦もあって、追い払うことに成功したとのこと」

「損害は?」

「具体的にはまだ。篭城戦だったこともあり、大局には影響はなさそうです」

「そう。なら、よかった」

 義隆はほっとした。内藤興盛を総大将とする兵は大内軍の主力とも言うべき大人数である。それが敗北したとなれば、他の戦場への影響も計り知れないものとなる。

「備後も気になるし、肥後も……うーん、毛利はどう出るつもりなのかしら」

 知将と名高い毛利元就ならば、この状況で如何なる手を使うのか。もしかしたら、すでに戦の絵図はできあがっているのではないか。そんな期待もしてしまう。それほどまでに、頼りがいのある武将ではあった。

 そんな義隆に、武任は声を潜めて言った。

「お言葉ながら、義隆様。あまり毛利に深入りされないほうがよろしいかと」

「うん?」

「昨今、外様の方々の力が強まるにつれて、譜代のお歴々の間に不安が広がっております。河野殿も毛利殿も力あるお方ですが、あまりそちらの顔ばかり立てられるのも問題かと」

「あー、それねぇ」

 これもまた義隆が頭を悩ませる問題であった。

 晴持を中心とした遠征軍が各地で戦功を挙げた結果、大内家の領土は膨れ上がり、膝下に下った勢力も多々存在している。代表的なのが伊予国の河野家と安芸国の毛利家、豊後国の大友家である。また、土佐国と日向国の一部を持ち、実質的に大名級の石高を有するに至った長宗我部家も台頭している。これらの勢力に対して大内家譜代の内藤家や杉家は、目ぼしい戦功を挙げておらず、石高も横這いだ。もちろん、そもそも大内家と肩を並べる大家である河野家や大友家と比較するのがおかしいのだが、家臣という立場になった場合、兵力も財力も外様が勝るという状況が面白いはずもない。

 おまけにこれら新興勢力は、晴持の軍事行動を機に現れた存在であり、言ってみれば晴持派である。家中には義隆よりも晴持を重視する見方も増えてきており、由々しき事態であるとも言えた。

「義隆様にも若にも、互いが互いを害するお気持ちがないのは分かっておりますが、すでに若が兵を挙げて山口に向かう、などという妄言を広めようとする動きがあります」

「どこの馬鹿よ、それ」

「恐らくは尼子の手の者かと」

 義隆は苛立たしげに舌打ちをした。

「一条殿のときとは状況がまた異なります。現状を思えば、流言飛語の影響も無視できません」

「で、わたしはどうすればいい?」

「ともあれ、譜代の臣を蔑ろにしないという姿勢を示していただく他ありません」

 譜代の家臣は、大名がとりわけ大切にしなければならない友である。主君を見限って別の主君を探し歩く者も珍しくない戦国の世で、代々仕えてくれる譜代は特に信頼の置ける家臣である。

 譜代の家臣は主家が危急のときにあった防波堤の役割も果たす。これらに背かれることがあれば、それこそ御家存亡の危機であろう。

「なら、内藤には励むように伝えて。どの道、成果を挙げてもらわないといけないのは変わらないんだから」

「御意」

 武任は一礼して、義隆の前から姿を消した。

 やれやれだと義隆は肩を落とした。

「さて、と……次は誰に書状を送ろうか」

 ぐるぐると右肩を回した。昨日は日がな一日書状を書き続けて筋肉が悲鳴を挙げているが、戦場にいる者の苦労を思えばそれくらいは大したことはない。

 内藤家の次は杉家、それから問田家も気にかける必要はあるだろう。九国に出張っている陶隆房や冷泉隆豊あたりは心配ないだろうが、一応雑談を兼ねて書状を送ることにする。それこそ、あの二人なら義隆よりも晴持からの書状のほうが嬉しいかもしれないが。そんなことを考えながら、義隆は自室に戻ったのだった。



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その六十一

「まったく、このような火急の折に」

 と、呆れたように呟いたのは毛利元就であった。安芸国が誇る知将。敵は彼女を恐れて謀将などとも呼ぶ妙齢の姫武将である。

 年頃の娘がいるという割りには、非常に若く見えるので、元就は鬼道か何かをやっているのではないか、などと言う腹立たしい噂が立っているくらいである。

 元就がいるのは、とある重臣の屋敷であった。夜の帳が下りた頃、急使が元就の下に飛び込んできたのである。

 室内にいるのは、元就ともう一人、幼少期より彼女を支えてきた忠臣志道広良である。蝋燭の明かりだけがぼんやりと室内を照らしている。浮かび上がる元就の影が大きく壁に投げかけられ、儚く揺れる。

 座り込む元就と、布団に寝そべる広良。常であれば、広良が元就の前でこのような姿を曝すことなどありえない。

 広良は元就が幼い頃から一端の武将になるべく彼女を養育してきた功臣で、毛利家を支え続けてきた大黒柱である。その大黒柱が、倒れた。冬の寒さが近付いてきた時期である。老臣の身体には、大変に堪えたのであろうか。数日の間、高熱と咳に苦しみ続けてきた。

「元就様がおいでになるまで、息をするのも困難なご様子でしたのに」

 このように、傍で見守る志道家の家臣たちは口々に訝しがった。元就にとってみれば、何も不思議なことはないのだが。ただ、この老臣は元就の前で不甲斐ない自分を見せまいと振る舞っているのだ。

「知ってのとおり、わたしは忙しい身上なのですよ、分かっているのでしょう広爺」

 と、人払いをしてから、元就は語りかけた。

「無論、承知しておりますが、ならば何ゆえに、ここにいらしたのですかな?」

 と、病床の広良は目を開けた。

 すっかり衰えた身体は棒のように細く、目元も落ち込んでいる。少し前まで、元気に歩き回り、一々昔のことを語っては元就をからかっていたというのに、この変わりようには元就も息を呑んだ。

「あら、わたしがここに来るのは嫌だったかしら」

「叶うことならば、この老いぼれた姿をお見せしたくはありませんでしたな」

「そう」

 元就も、同じ気持ちではあった。

 元就には、父の記憶がさほどない。元就の父弘元は、大内家と幕府の板ばさみとなり、酒に溺れて死んだ。元就が十歳にも満たない頃のことだ。跡目を継いだ兄も二十五歳を迎えるころに酒毒に中ってこの世を去った。人生を賭けて元就を養育してくれた養母のおかげで、真っ当に成長することができたが、元就には大きな父の背中というものが分からなかった。

 そんな元就にとって、人生の師とも言うべき存在が広良であった。

「困りますな、そのように涙されては」

 黙った元就に広良が薄く笑って言った。

「やはり、目も悪くなりましたか。夜とはいえ汗と涙を見間違うとは」

「左様ですか。ならば、爺も一安心。毛利の当主を継がれた頃と同じ顔をされていたように見え申した。このままでは、心配でうっかり黄泉路に迷ってしまうかと……」

「馬鹿を言うものではありません。まだまだ、広爺には働いてもらわないと困ります」

「この老いぼれをまだ働かせると仰る。人使いの荒さはいつになっても変わりませぬな」

「毛利の現状をよく知っているでしょう。人手はいくらあっても足りないくらいです。まして、あなたのような名軍師、ほかにおりません」

 元就は広良の手を取った。固く筋張った手は、まだ熱を持っている。

「元就様……元就様の判断に、誤りはありませぬ」

「爺……」

 元就は、目を見開いた。

「病床にあって、ずっと考えておりました。大内と尼子、どちらに未来を託すべきか。これまでと同じく、危急にあって強きに靡く。戦国の世を生き抜くために、渡り鳥の如く大家の下を渡り続けてよいものか……」

 大国が手を出せば、いつでも消え去る程度の小国人、それが広良が仕えた毛利家であった。いつ滅びるとも分からない主家を守り立て、生き永らえさせるために常に最善を選択し続けなければならなかった。今でこそ名宰相、名軍師などと呼ばれる彼も、ここに至るまでに幾度もの挫折を経験していたのだ。そんな環境が、広良をここまで押し上げたとも言えた。

「元就様……他家を天秤に掛け、渡り歩いて生き残りを図る毛利は、爺と共に終わりとしなされ。かつて申し上げたとおり、大将たるもの腰をどっしり据えて事に、あたるべし」

「あ、待ってください。わたしには、まだ……」

「よき当主になられた。まさしく、我が生涯の珠玉。……よき当主、よき後継者に後を託して逝けることほどの至福はありませぬ」

 元就は、口を開きかけて、それから何一つ彼にかける言葉が見当たらないことに気が付いた。何を言ったらよいのか、まったく分からないのだ。頭が真っ白になってしまう。この喪失感は、養母たる杉大方が死去したときのそれによく似ていた。

「……あなたは、わたしの父でした」

 元就が搾り出せた唯一の言葉である。心の底から、自然と溢れ出た言葉であった。

「この上なきお言葉。……元就様」

「はい」

「それでは、暫しの暇をいただきます。……父なれば、娘を煩わせた小癪な軍師を叱りつけに行かねばなりませぬゆえ……」

 最期に大きく息を吸ってから、広良は静かに眠りに就いた。

「広爺…………長く、お世話になりました」

 涙を拭い元就は深々と頭を下げた。

 この日、毛利家最大の功臣が旅立った。毛利元就という稀代の傑物を育て上げ、毛利家を安芸国内最大勢力にまで成長させた功労者は、九十一年という長い人生を生き抜いたのである。

「逝かれましたか」

 声が聞こえた。広良の孫の志道元保(しじもとやす)である。隆景と同年代の姫武将で、祖父に似ず愛らしい顔立ちだ。

「ええ。苦しまれることもなく、静かに、逝かれました」

「左様ですか。何よりにございます」

「これより、志道の家督はあなたが継ぎなさい。祖父同様の変わらぬ忠節を期待します」

「はッ。私もまた祖父の背を見て育った身。元就様のご期待に沿う働きを全うする所存」

「頼もしい限りです」

 本当に頼もしい。広良が後を託す喜びを語ったが、嫡男を早くに亡くした彼にとって、元保の存在が如何に大切で愛おしかったことだろう。

 なるほど、確かに元保が正しく後を継ぐのは、広良にとって無上の喜びであったのだろう。

「後は任せます」

 そう言って、元就は部屋を辞した。

 もう涙は流さないと決めた。せっかく安堵して逝った広良を、迷わせるわけにはいかないからだ。

 屋敷を出ると、ちょうど東に太陽が昇った。朝の光に元就は手を合わせる。

「決めました。備後の騒乱。座して見ているだけではダメですね」

 大内家にあっても微妙な立場に置かれている毛利家の体制を磐石のものとするために、大内家そのものに揺らがれては困る。

 広良が託したモノを後に残すために、毛利家は毛利家で新たな戦いを始めなければならないのだ。

「隆元が大内の血を残す立場になるのが手っ取り早いのだけど」

 そうすれば、一足飛びに一門衆の仲間入りだ。外様だからと一々気を使う必要もなくなり、余計な仕事が激減するというものだ。

「……うちの娘はやっぱりまだ頼りないわ」

 

 

 

 ■

 

 

 

 キンと冷え込む朝の空気が、骨の芯に染み渡る。そんな日に、隆房と五〇〇〇余の兵は筑紫平野を進んでいた。

 半月ほど前に飛び込んできた急報――――筑後国内で発生した反乱を鎮圧するためである。筑後国はすでに大内家の所領である。旧来の筑後国人で、大内家に協力した者や大内家で功のあった家臣に所領を割り当てていたのだが、やはり治めたばかりの土地で、不満の爆発は避けられなかったか。

 隆房の手勢の中にも筑後国人は少なからず存在する。大内家内部での戦ではあるが、事実上筑後国の内乱であった。

 首謀者は龍造寺家に味方して没落した西牟田家。その呼びかけに応じた草野家と田尻家の面々に加えて、大内家の支配に反発したその他国人達がこの国人一揆の構成員である。彼等は久留米城の丹波家を強襲して当主を殺害、城を乗っ取り、大内家に叛旗を翻したのだ。

 先の戦で兵力を大きく損なった国人衆の脅威はさほど大きくはない。隆房はすでに草野家の手勢を追い散らし、武威のみで寝返った国人を屈服させている。

 だが、命など惜しくはないという気骨のある者達は頑強な抵抗を続けている。

「この戦、西牟田兄弟を滅ぼさないと、いつまでも終わらないな」

 西牟田家が築いた城島城を目指して隆房は兵を進める。

 城主西牟田家親は、龍造寺家の敗北に際して大内家に降服するのを受け入れず、落ち延びていった武将である。それもすべて、大内家に降服するくらいならば死に花を咲かせてみせるという覚悟の表れであったらしい。

 曰く――――、

「昨日までの味方が大内や大友に媚びてその手先となるのは口惜しきことなり。この期に及んでは、不義の賊どもを滅ぼし、それが敵わなければ一戦して忠義の重さを天下に示さん!」

 と檄を飛ばしたという。

 また弟の家和は、兄の言葉に、

「仰せの通り。この一戦、武門の冥利に尽きます」

 と返答し、最期の最期まで龍造寺家のために戦うことを決意したという。

 西牟田兄弟が、これほどの忠義を龍造寺家に誓うのは、大内家が西牟田家の名を騙り、離間の計を仕掛けたことも根底にあるのだろうし、それに対して龍造寺隆信は一笑に付し、取り合わなかったという事実もあるだろう。

 隆信から信頼されていたということが、生粋の真面目人である兄弟に火をつけた。この上は、西牟田家の名誉を貶めようとした大内家に一矢報い、以て亡き隆信の信頼に応えんと決死の兵を挙げたのだ。

 そんな勇士であったから、味方からの信頼も厚い。もともとは同じ国人衆の一員である草野鎮永や早期に龍造寺家と好を通じていた田尻鑑種も、総大将を西牟田家とすることに異論はなかったのだ。

 このようにして始まった筑後国人一揆は、火の手ほど大きくは燃え上がらなかったものの、中々消し止められないでいた。

 一揆勢の士気は高く、多くが玉砕を覚悟していた。さらに、どうやら島津家が後援しているらしい。

 島津家は肥前国の半数を味方につけているに等しい状況である。となれば、筑後国人と連絡を取るのも、難しくないのだろう。肥後国内の影響力も日増しに増大している。

 恐らく、この期に乗じて島津家は肥後国を北上するに違いない。阿蘇家が倒れれば、いよいと大内家は島津家と領地を接することになる。そのとき、筑後国に島津家に内通する者がいれば、さらに状況を悪くする。

 可能な限り阿蘇家に援軍を送りたいところだが、こうも広範囲に戦線が散ってしまえば、「御家の外」にまで兵を送る余裕がなくなってしまう。

 阿蘇家を見殺しにしてよいなどということは、誰も思っていない。だが、現実的に今の救援は困難を極めるであろう。

 隆房にできることは、できる限り迅速に筑後国内を平定し、大内一色に染め上げることである。

 

 

 そして、筑後国人一揆と時を同じくして、島津家の北上は現実のものとなった。

 島津義弘を総大将とした二五〇〇〇を号す大軍は、疑う余地なく肥後国の完全攻略を企図したものであった。

 日向国の伊東家にも、兵を割き横槍を妨げている。結果、憂いなく掻き集めた大軍は、阿蘇家を叩きのめすには十分すぎるほどの戦力となった。

 もはや、獅子と猫ほどの戦力差だ。

 進路上の国人達が、戦うことを諦めて開城降服を選択し、命を賭して戦った者は尽く玉砕の憂き目となった。

 大内家の苦境や度重なる調略も手伝って、島津軍が瞬く間に肥後国を蹂躙し、出兵から僅か五日のうちに阿蘇家の喉下に刃を突きつけるところまで兵を進めた。

 兼ねてから島津家の北上が予想されていたとはいえ、この大攻勢と進軍速度は想定外であった。

 次々と支城が陥落していく中で、阿蘇家譜代の重臣からも逃亡者が発生した。

「使えるのは、僅か一五〇〇にも満たぬ数か」

 慌しく行き交う人の流れを眺め、宗運は嘆息した。

 岩尾城は阿蘇家の本城。危急の際に、篭る最後の防波堤ではあったが、如何な堅城も十倍以上の敵を相手に果たして何日持ち堪えられるだろうか。

 大内家に救援を求める早馬を出したが、あちらはあちらで島津家が煽動したと思しい国人一揆の対応に追われている。

 とはいえ、国人一揆は陶隆房が鎮圧に乗り出している。士気が高く手を拱いているとは聞いているが、それでもそう時間をかけることなく一揆そのものは鎮圧できるはずだ。――――そう思いたい。

 ならば、篭城して時間を稼ぐ以外に手はない。阿蘇宗家が有事の際を想定して築いた岩尾城は、生半可な攻撃では陥落しない。心許ない兵力ではあるが、それでも城の守りを駆使して戦えば、大内家からの援軍を待つだけの時間は稼げると踏んだ。

「宗運、ここにいたの!」

 声をかけてきたのは、相良義陽であった。ふわりとした優しい雰囲気の彼女は、島津家に所領を奪われ、甲斐家が保護した相良家の当主である。宗運とは昔馴染みで、国人として勢力を保持していた時代には、相互不可侵の盟約を結んでいた。

「探したわよ」

「どうしたの、血相を変えて」

「阿蘇のご当主様が、ご乱心を!」

「何……ッ」

 

 

 

 急報を受けて、宗運は廊下を駆け抜けた。

 途中、何人かの侍女や兵とぶつかりそうになりながら走っていると、義陽が言うとおりに軍議の間で騒ぎが起きている。

 駆けつけた宗運を見て、見物人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「何事ですか!」

 軍議の間に宗運は駆け込んだ。

 そこには篭城のために集まった阿蘇家の家臣たちと、新当主に擁立された阿蘇惟種がいた。惟種は酒を飲んでいたのか顔が赤い。

「このような大事に酔うほどに酒を煽るとは……!」

 宗運は愕然とした。

 言わずもがな、酒は単なる嗜好品ではない。篭城戦を行う上で重要な兵糧の一つであり、冬を迎えるこの時期には、身体を温め戦意を高める重要物資である。当主が嗜み程度の舐めるのは目を瞑りにしても、このように風紀を乱すのは許されることではない。

「おお、宗運か。よう来た。今、大事な話をしていたところじゃ。主も聞けい」

 絶句する宗運の様子にまったく気付かないのか、惟種は赤い顔で宗運を手招きする始末。周囲には倒れた床机やかわらけの器が転がっており、酔いに任せて宴でもしたのかと思える惨状である。

「何度も申すとおり、わしは決心したぞ。これより、島津に降服するぞ」

「は……!?」

 絶句を通り越したこの感情を、果たしてなんと表現すればよいのか。ガツンと頭を殴られたような気分にすらなった。

「な、何を仰るのですか、惟種様。今になった降服など……!」

「何を? 主こそ何を言っておるのじゃ? 二〇〇〇〇を越える島津の大軍が迫っておるというではないか! それでこの城の兵力は如何ほどじゃ? 島津の十分の一にも満たぬ。このまま戦えば犬死にぞ!」

「そうならぬための篭城です。すでに大内家に早馬を出しております。そう時を置かずに援軍がやってくるはずです!」

「それはいつじゃ? 大内は尼子と筑後で手一杯で、とても島津家と戦う余力はないと専らの噂ではないか」

「噂はあくまでも噂です。大内でも最強と誉れ高い陶殿が、筑後の騒乱を鎮めるために動いております。希望を捨てるには早すぎます。この城とて一朝一夕には落ちるような造りではありません。城兵一丸となって、守りに徹すれば持ち堪えることは可能です。どうか、気を強くお持ちください!」

「黙れぃ! そんな御託はたくさんじゃ! 兄上が死に、なりたくもない当主に担ぎ上げられたかと思えば、島津に降伏したくないから命を賭せと? 馬鹿馬鹿しい。わしは阿蘇神社の大宮司じゃぞ? 戦場で命を賭すのは武士で十分じゃ!」

 阿蘇家は大名であると同時に阿蘇神社を神代から受け継ぐ大宮司を世襲している。大名家として続かなくとも、大宮司家として存続できればそれでよい。むしろ、それこそが本職である。その理屈も、分からなくはない。命脈を死に物狂いで繋ぐのも、当主の役目ではある。

 まして、惟種は先代当主であった兄の急死によって突如当主に就任したばかりである。武士として活躍してきたわけでもなく、どちらかといえば神官としての立場が強い。

「島津家も神仏を大切にしておると聞いている。阿蘇神社の大宮司たるわしを粗末に扱うはずもない。のう、宗運」

「ッ……それは、それはあまりにも希望的観測が過ぎます。阿蘇家の影響力は神社に限らずとも非常に強いのです。阿蘇神社の力を利用する際に、惟種殿の自由が保障されるかどうかは分かりません」

 惟種の言葉も一理あるが、同時に惟種を幽閉して強制的に隠居させてしまうということも考えられる。粗末に扱われないというのは、虫がいいとしか思えない。阿蘇家の影響力を考えれば、排除、あるいは完全な傀儡とされる可能性のほうが高い。いいように使われ、疲弊するのが関の山だ。

「とはいえ、それは大内家も似たようなものでありましょう」

 ここで、発言したのは初老を迎えたくらいの男であった。

「井芹殿。似たようなものとは」

「言葉の通りですよ。ご当主も仰ったでしょう。島津も大内も傘下に入るのならば変わりないと」

「それはあくまでも阿蘇家が滅ぼされない限りに於いてです。その保障がない以上、軽々に態度を変えては面目に関わります。何より、大内家の兵力を考えれば島津家よりも頼りになるのは間違いありません」

「その大内家が我等に兵を差し向ける余力がないというのが問題なのです。現実の島津という脅威に対して、戦わずとも生き残れる手があるのならばそれに越したことはない。何、大内家が攻めてくれば、再びそちらに旗色を変えればよいだけのこと。何せ、我等が奉じるのは阿蘇に連綿と続く阿蘇神社の大宮司家なのですからね」

「馬鹿な! 信義も何もあったものではない!」

「主家を滅ぼすような選択は我が身をも滅ぼすものでしょう。もとより、この状況を作り出したのは、甲斐殿でしょう」

「何ですって……」

「島津に追われた相良家の当主を匿い、大内家と結んだ。その結果が、この島津家の大攻勢です。惟将様は心労が祟り逝去され、惟種様は実質的に初めての戦がこれです。主家を惑わせた甲斐殿が責を取るべきです」

「な……ッ」

 あまりに言い草に、宗運は言葉をなくした。

 確かに大内家と結ぶのも島津家と対立する道も、宗運が主導したものではある。だが、それはすべて阿蘇家を後世に残すための決断だった。本音を言えば、どこの影響も受けずに完全に独立した勢力として安定させたかったが、時代がそれを許さなかったのだ。

「何とご無体を仰るのですか。宗運がこれまで阿蘇家にどれほどの忠節を尽くしてきたか、知らないはずはないでしょうに」

 宗運に代わり怒気を挙げたのは、近くで様子を見守ってきた義陽であった。

「相良殿は黙っていていただきたい。これは、あくまでも阿蘇家の行く末を決める話。あなたはすでに領地を持たぬ客将の身、この場にいること自体が分不相応です」

「いいえ、黙りません。わたしは阿蘇家にも甲斐家にも恩義があります。それに、島津家と直接相対したことがありますから、島津家のやり方も窮状も知っています。薩摩の土地柄や大内家との戦いを見据えるのならば、肥沃な肥後は島津家の兵站を支える役割を担うでしょう。当然、阿蘇家の権益は徹底的に利用され、収奪されてしまうのは間違いありません。島津の将兵を養うために、阿蘇家は極限まで切り刻まれることになります」

「多少の困難はあるでしょう。ですが、厳しい戦いに賭ける必要はないのです。先ほど、甲斐殿は阿蘇家を島津家が滅ぼす可能性を憂慮しておいででしたが、それはすでに問題にはなりません」

 余裕の表情で、井芹は言い切った。

「……井芹殿。まさか、あなたは……」

「様々な可能性を考慮するのは当然のこと。島津家も阿蘇家を力任せに屈服させるよりも懐柔するほうが得であると判断したようです」

「馬鹿な。あなたは……」

 裏切るのか、と宗運が言い放つことができなかった。

 当主である惟種が、明らかに井芹の肩を持っているからだ。政策路線の変更を惟種が追認したに等しい。

「降服すれば、阿蘇家の命脈は保たれます。これがすべてです。この戦国の世を生き抜くために、強きに靡くは道理でしょう」

 宗運は目の前が真っ暗になったような気がした。これまで自分が積み上げてきたものがすべて為す術なく瓦解したようなものだ。

「島津に就く以上は島津の勘気を被る輩の扱いを決めねばなりませんね。ご当主」

「お、う、うむ。宗運と相良の一派をただちに捕縛せい。島津殿への土産となろうぞ」

 惟種が自ら命じた。おっかなびっくりといった風であって、場の状況に流されたようでもあったが、当主の命である。

 状況の変化についていけない者も多かったが、そうと決まれば各々が刀を抜いて宗運と義陽を取り込んだ。

「宗運殿。申し訳ござらぬ」

 誰もが、宗運の活躍を知っている。宗運がどれだけ阿蘇家のために粉骨砕身の努力を続けてきたのかを理解しているのだ。

 だが、当主がこれでは篭城にはならない。島津軍の猛威が迫る中で生き残りを図るという決定を悪いものとは思えないのだ。

「あぅ……そ、そんな……わたしは、阿蘇家のために……これまで……」

「知らぬ知らぬ。わしは島津と争うつもりなど毛頭ないのじゃ。すべて兄と宗運が仕組んだことぞ。早よう、捕らえよ! 何をしておるのじゃ! 都合が悪ければ親族すら手に掛けたとも聞く将ぞ、捕らえられねば討ち取れぃ!」

「あなた達、恥を知りなさい! この、無礼者!」

 戦意を喪失した宗運を庇うように義陽が刀を抜いた。義陽の家臣と宗運の家臣も彼女達を守るために刀を構えた。

「宗運様、ここはお逃げを。今ならば、まだ落ち延びられます。宗運様ッ!」

 ついに、軍議の間で刃傷が起きた。切り込んできた阿蘇家の兵を、宗運の部下が斬った。つい先ほどまで共に城を守ろうとしていた仲間だった者である。流れた血が呼び水となって、喊声が上がり、火花と血が舞う乱戦となる。

「宗運、しっかりして! あの子たちの言うとおり、こんなとこで討ち死になんて絶対だめだから!」

「だ、ダメだ。だって、皆、阿蘇家の兵だ。こんなことをしている場合じゃないんだ」

「分かってる。けど、もうダメよ。わたし達の居場所は、ここにはないわ。とにかく、あなたに死なれたら、わたしが困るの」

 背中で宗運を庇う義陽は自ら刀を振るった。品のいい着物が、同朋の血を浴びて紅く染まる。

「助けてもらっておいて、恩人を見殺しになんてできないものね。赤池さん、犬童さん。こんなことになって、ごめんなさい」

「何を仰いますか、義陽様。あなたのためならいつでもどこでも、死ぬ覚悟はできております」

「血路は某らで切り開きます。その隙にお逃げを。この騒ぎ、下まで波及していないはず」

 流れからして突発的な事態ではある。井芹はこうなるように仕組んでいたようだが、宗運を慕う家臣も少なくない。完全に退路を絶たれたわけではないはずだ。

「ああ、そのとおり。けっこう逃げ道はあるぜ」

 白刃が舞い、義陽に踊りかかってきた敵兵が薙ぎ払われた。

 まるで空から降ってきたように、突然現れたのは場違いな軽装としばらく整えていないであろう無精髭の若い男であった。

「あ、長恵!? どうしてあなたが!?」

「ただの通りがかりですよっと」

 刀を軽々と振るう男は一度に三人の兵を打ち倒した。大胆な太刀筋ではあったが、正確無比に相手を打ち払っていく。倒れた敵兵は血を流していない。全員、峰打ちで昏倒させているのだ

 丸目長恵。

 かつて、相良義陽に仕えていた男である。

「長恵、助けてくれるのですか?」

「ええ、もちろん。昔みたいなやらかしはしませんよ。お二方、血路ならば俺が開きますので、どうかご安心を」

 

 

 

 

 



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その六十二

 島津家の阿蘇侵攻に際し、宗運より救援要請を受けた晴持は、座して事の次第を見届けたりはしなかった。

 今、晴持が即座に動かせる兵は少ない。筑後平野の国人一揆の鎮圧に隆房を向かわせていることもあり、大内家としてはかつかつの状態だ。

 晴持が在所とする豊後国府内を治める大友家も、島津家との戦で生じた損害を補填し切れているわけではない。どこもかしこも人手不足甚だしい状態であって、少ない兵力をやり繰りして軍を編成しなければならない状況であった。

 大きな戦での敗戦は、大家であっても衰退を招く。

 晴持の知る「正史」に於いては、島津家に敗れた大友家の転落は言うに及ばず、武田家、今川家、朝倉家……敗戦前夜までは大国であった勢力が、敗戦と共に瓦解して行くのが戦国の恐ろしさである。

 この世界では、まだ長篠の戦こそ起こっていないものの、今川家、大友家はほぼ史実に倣って衰退してしまった。

 これらの事例に共通するもの。

 それは、大攻勢からの敗戦である。

 兵力を大量動員した戦での敗北がどれだけ致命的なものとなるのかよく分かる事例とも言えるだろう。

 自前の勢力圏内から掻き集めた兵の統制を失えば、立て直しがそれだけ困難になる。巨大な兵力を催して勝てなかったという事実が、諸侯に広く伝わってしまうからであり、相手方は大兵力に立ち向かい勝利したという事実ができあがる。その後の勢いの差は雲泥のものとなるに違いない。

 ならば、戦に於いて重視すべきは第一に確実な勝利。第二に負けても防衛には影響がない範囲に損害を抑えることの二点だ。敗北時の保険をかけるのも必要であり、よほどの大事でもない限りは余力を残して戦をすべきである。

 理想は関東の北条家のように、守りに徹して時を稼ぐこと――――即ち、干戈を交えずして勝つのが最善だが、それを選択すれば島津家に襲われている諸侯の切捨てになる。大内家に見捨てられれば、彼等は島津家に従わざるを得なくなる。九国は瞬く間に島津家の旗に覆い尽くされることになるだろう。

 結論を言えば、晴持は阿蘇家の救援に兵を出さなければならない。

 大内家は自分たちに従う国人たちの領土支配を承認する代わりに、その力を我が物とする立場だ。いざという時には彼等を助ける義務がある。最低でも大内家は見捨てないというスタンスを取り続けなければ、独立意識の高い国人たちを従わせることはできないのだ。

「ここで弱みを見せることは、大内家全体の支配力に疑問符をつけることになる。厳しい状況だからこそ、我が身を削る姿を見せないとだめだ」

 晴持に与えられた選択は見捨てるか助けるかの二択であり、実質的に答えは決まっているも同然であった。

 すぐに阿蘇家の救援に向かえて、確かな実力を持つ者が必要だ。晴持が選んだのは、日向国北部に陣を構える長宗我部元親だった。

 

 

 

 元親が動かせる軍勢は、日向国から掻き集めた四〇〇〇余名。長宗我部家の直臣だけでなく、大内家、大友家からも参加している。さらに後日、豊後国より援軍が送られる予定だが、事は急を要する。

 先に先発隊として、元親は進軍を決定した。

「なかなか、追い込まれているな」

 集った兵を見て回った後、陣中で元親は呟いた。

 大内家に大敗し、臣従を余儀なくされた長宗我部家。あの当時は、大内家が守勢に回るとは露ほども思っていなかったが、世情の移り変わりは激しいものだ。飛ぶ鳥を落とす勢いで領土を伸張していた長宗我部家が躓いたように、大内家も今躓きかけているのをひしひしと感じている。

 このままずるずると戦を続けていれば、いずれ大内家は瓦解する。そんな未来が現実のものとなり得ると元親は直感している。

「――――さて、どうするか」

 もともと敵対者。忠誠心など口にできる立場ではないし、実際そこまで大内家のために身命を賭そうなどとは思っていない。

 元親の夢を潰した大内家が苦慮する様を見ているのも、悪くなかったりする。

 自分の中にそうした黒い感情があることに驚きながらも、元親は現実を見据えた。

 今は、まだ下克上という段階ではない。

 元親の本領である土佐国とこの日向国は海路を行くしかなく、土佐国の真上には大内家に完全に従属している河野家がいる。元親は本領から引き離された上に土佐国を河野家に監視されている状態なわけだ。

 晴持にそんなつもりがあったかどうかは不明だが、捉えようによっては領土そのものを人質にされているようにも見える。

 いや、それはあまりにも穿った見方ではあるか。

 ともあれ、元親は格上の敵に度々勝利して領土を広げてきた経験がある。仕掛けるべき時期というものを見抜く目には自信があった。

 その上で言えば、この戦は厳しいものとなることが容易に予想できる。

「元親。こっちの準備はできたぞ」

「ありがとう、親信」

 兵を集めたのは日向国高千穂。神話に舞台にもなった歴史ある地であり、長宗我部家が預かる領地でもある。高千穂に集った手勢を確認した久武親信は、元親の親友であり、兄貴分であり、頼れる重臣の一人である。

「ここから阿蘇までは目と鼻の先だ。岩尾城は、さらにその向こうだ」

 これから向かう南阿蘇は、以前の島津家の肥後侵攻で島津軍が踏み込んだ地域の中では北限になる。

 龍造寺隆信が討ち死にしたことで島津家はこの地域に留まることを否とし、阿蘇家の本城である岩尾城よりも南まで兵を下げていた。

 南阿蘇は今、かつて島津軍に破却された城を建て直したり、砦を設けたりと再整備を進めており、次の侵攻に備えていた。

「ああ。だが、時間がないぞ。島津家は圧力を強めている。阿蘇の家臣も、次々と寝返っていると聞いているしな」

「そう。辛いね、それは」

 長宗我部家とは比べ物にならないほどの長きに渡って阿蘇の地に君臨してきた阿蘇家。人々の信仰と尊崇を一身に受けてきたはずの名家が、今、屋台骨から崩れようとしている。

「栄枯盛衰か。平家のそれよりは見劣りするけどね」

「こんな時代だ。力のある者が上に立つのは仕方がない。乗り切るにも力がいる」

「うん」

 親信の言葉に、元親は頷いた。

 力がある者が力のない者を支配する戦国の世にあって、阿蘇家は旧来の権威しか残っていない。実行力が求められる時代に、彼等は対応できていないのだろう。

 彼等のあり方は、飾りと成り果てた幕府や朝廷によく似ている。そして、その権威すらも、島津家の猛攻の前に失墜した。

「よし、じゃあ行こう。立花殿の援軍を待ちたいところだけれど、そうも言っていられないからね」

 今の元親の軍勢では、島津家に単独で勝負を挑めるはずもない。戦うのならば、大友家からの援軍を待たなければならないが、阿蘇家は少しでも早く援軍が欲しいと思っているに違いない。

 ならば、危険を冒すことにはなるが救援を急ぐことにする。

 元親率いる阿蘇救援軍は、高千穂を出て阿蘇山の南に再建した高森城を目指すこととした。途中、社倉城に到着して早々に、高森城へ向かう柳谷の道が山崩れで塞がっていることが分かったため、やむを得ず宇奈月山の東麓を縫うように北上して高森に入り、そこから直線距離でおよそ二里弱離れた高森城を目指す迂回路を選択した。

 狭く険しい山道を抜けて高森まで指呼の間に迫った元親の下に、先行させていた物見が戻ってきた。

「元親様! この先に、島津の手勢がおります!」

「何ッ!?」

 慌てた風に走ってきた物見が、息も絶え絶えに叫ぶ。

「数は二〇もおりませぬ。おそらくは山狩りの最中であるものと思われますが地元民と言い争っている様子」

「そうか……ん? 山狩り? ……いや、よし、このまま兵を進めるぞ。島津の現状を知る好機だ。その島津兵、生け捕りにするんだ」

 違和感を覚えつつも元親はそう厳命し、兵を進ませた。

 元親の手勢は野山に紛れて集落を包囲して逃げ道を封じた上で、威圧するように堂々と集落に踏み入った。

 高森に来ていた島津兵は、末端の末端であった。徴用された農兵で、しかも元は相良家の領内で生活していた者だという。

 彼等は山狩りに駆り出された兵で、本隊から離れて略奪行為に及ぼうと騒ぎを起こしていたところだったようだ。

 大半は長宗我部軍を目の当たりにして戦意を喪失し、逃げ散ってしまったが、元親が回りこませた部隊の強襲を受けて壊乱、十五の屍と五人の捕虜ができあがった。

 元親はそうした騒ぎから距離を取り、このまま高森の地に陣を敷いた。地元の中心地でもある小さな神社を本陣として、捕虜のみならず地元民からも聴取を行ったところ、衝撃的な事実に接してしまった。

「……阿蘇家がすでに降服している?」

 拝殿前に張った天幕の中で、元親は絶句した。

「間違いないのか? 流言の類ではなく?」

「間違いございません。島津兵、高森の領民共に阿蘇家が島津家と繋がったと証言しております」

「早すぎるだろう。島津軍が北上しているとはいえ、篭城すれば十分に持ち堪えられるはずだ」

 島津軍本隊の攻撃があったわけでもない。島津軍は、阿蘇郡の一歩手前で圧力をかける姿勢を取り続けている。

 だが、島津兵の取調べを行った家臣によれば、一日前に阿蘇家は島津家に臣従しているという。

 だとすれば――――、

「調略に応じたか」

「はい。そのようです。阿蘇家は島津家に心を寄せる者の働きかけで甲斐宗運殿を放逐し、島津家と好を通じたとのこと」

 元親は舌打ちをした。

 甲斐宗運ほどの名臣を、家中のゴタゴタで失うとは、名家の失墜は名臣を切るところから始まるのは世の常だろうに。

 家臣に支えられているという自覚のない当主を元親は好まない。

「そうか。うん、阿蘇がわたしたちの手を離れたということだけ分かれば収穫だ。このまま、事実確認を進めてくれ」

「はッ」

 元親は物見の報告を聞いた後で、近くにいた親信に視線を向ける。

「どうする?」

「俺たちの目的は阿蘇家の救援だ。救援対象がいなくなったんじゃ、兵の進めようがない」

「うん、同感」

 岩尾城が島津家の手に落ちたのならば、そのままの勢いで島津家は北上してくるだろう。阿蘇山周囲の城も、そう遠くないうちに攻撃対象になるに違いない。

 肥後国の国人としては最大勢力だった阿蘇家が島津家に靡いた以上、肥後国内の世論はなし崩し的に島津家に流れていくことになる。

「でも、一応わたしは大内家に属しているわけだからね。高森城までは行こうと思う」

「危険だぞ」

「阿蘇山が大内家の防衛線だ。ここを死守するのが、今のわたしたちの仕事だ。このまま退いても、後が怖いでしょ」

 どうしたところで島津家は来る。ならば、その影響を最小限に抑えるのが元親の役割ではないだろうか。完全な現場判断になるが、高森城を前線基地として情報収集に当たり、周辺諸城の離反を防ぐ。

 再整備した城と自分の手勢、そして後日到着する大友軍を合わせれば島津家に伍する戦いができると踏んだ。

 何よりも今の長宗我部軍は、元親の手勢ではあるが名目上は大内軍である。軍勢の中には長宗我部家に所縁のない者もいる。

「ともかく、情報だ。島津家があえて北上しないということも考えられる」

「それは?」

「阿蘇家の情報をひた隠しにして、わたしたちのような援軍を誘き寄せるために、わざと膠着状態を演出している可能性も否定できないということだ。事実、さっきの島津兵が口を割らなかったら、わたしたちは無警戒に敵の網に飛び込むところだった。もちろん、それが島津兵の嘘だっていうこともあるけどね」

 本当に阿蘇家が島津家に降服しているのか、それとも島津兵が言っていることがそもそも元親に阿蘇家の現状を誤認させるための嘘なのか、情報が出揃っていない今、確実な判断は下せない。

 確実なのは、岩尾城の阿蘇軍と島津家に流血を伴う戦が起こっていないということだけだ。これを膠着状態と見るか、そう見せかけて元親たちを誘い込む罠なのかはこれから探りを入れる必要がある。

 とはいえ、それは確実を期すためのもので元親自身は阿蘇家の背信をほぼ確信していた。

 家を安泰に保つことが当主の務めでもあるし、阿蘇家は別に誰の下にも就いていない独立大名だ。阿蘇家の行為を裏切りというのは、少々的を外しているようにも思える。救いの手を差し伸べない相手に尽くす必要などないというのも戦国の倣いである。この点は、きっちり救援できなかった大内家に非があると言えよう。が、その一方で直前までは味方だったのだから、もう少し信じて欲しかったという思いもある。

「阿蘇家には使者を出して真意を探らせてもらう。それと、甲斐殿の捜索を。島津兵が甲斐殿を探してここまで来たのならば、甲斐殿が近くにいるかもしれない」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 岩尾城を脱出した甲斐宗運と相良義陽は、着の身着のままで北に向かって走った。

 岩尾城内でも宗運の失脚は想定外だったらしい。惟種の唐突な路線変更に家臣たちが困惑している間に、宗運たちは何とか死地を脱したのだ。

 家臣たちに守られているとはいえ、落ち延びるようにして城から飛び出したため手勢は僅かだ。追っ手を食い止めるため、岩尾城でわざと騒ぎを起こした甲斐家の臣も多く、有能な家臣たちの多くを義陽と宗運は瞬く間に失ってしまった。

 宗運は阿蘇家の中でも名の通った武将だ。道中に設けられた関所を通ることは造作もないことだったが、それが通じるのも時間の問題だ。宗運の失脚が地方にまで広まれば、関所を封鎖して宗運を捕縛することだろう。宗運の失脚が、なし崩し的な展開だったため、情報が伝達されていないのだ。

 だからこそ、宗運と義陽は阿蘇家の手が回る前に、阿蘇家の領内から出なければならなかった。

 少なくとも阿蘇家の影響を受ける城に助けを求めることもできない。外輪山を越え、南阿蘇の南郷谷を流れる白川で喉を潤し、疲弊しながらも阿蘇山麓のあばら家に逃れた。風雨を凌ぐことができれば儲けものだ。

「阿蘇家に仕えていた者が、家を追われてこの山に入ることになるとは……」

 自嘲気味に宗運は呟いた。

 崩れた壁の隙間から見上げる阿蘇山は、物言わぬ父のような偉大さで眼前に聳えている。

 古くから九国を見守ってきた守り神でもある山だ。阿蘇家はこの山と共にあり、宗運もまた同じであった。

 頼りとなるのは阿蘇山。この山中に逃れれば、万が一にも見つかることはないだろう。それだけ険しい山道だ。自分が遭難して死者の列に加わる可能性も低くはないが、もはやここ以外に逃げ込める場所がない。

 今でこそ、南郷谷の領民たちも宗運らを見逃してくれたが、阿蘇家の触れが回れば忽ち彼等は敵となる。

 主君に追われ、領民に追われ、忠臣をたくさん死なせてしまった。

 ――――わたしは一体何をしてきたんだ。

 心の底から憂鬱な気分に支配されていく。必死になって、ここまで走ってきた。気力も体力も使い果たし、足を止めたこのあばら家で全身が溶け落ちてしまいそうな倦怠感に襲われている。

 生まれてから今まで、持ちうるすべてを費やして阿蘇家を盛り立ててきた。主家に背いたとなれば、親族であっても切り捨ててきた。すべては主家のためと思い、その一心で駆け抜けた半生であった。

 時にその行動が苛烈に過ぎると非難されることもあったが、宗運は信義の下に己を律し、常に自ら困難に立ち向かう姿勢を見せ続けてきた。

 その結末が、主家からの追放。あまりのことに現実が受け入れられず、流されるままにここに来てしまった。

 ただの政策変更ならば、まだ受け入れられた。その上で、阿蘇家にとっての最善を尽くせばよいのだし、過ちがあればそうと指摘することもできた。

 しかし、主家から命を狙われ罪人として非難されたとなれば、宗運に返す言葉はなくなってしまう。

「宗運、あまり考えすぎたらダメよ」

 そう言って義陽は竹筒を差し出してきた。

「水、飲まないとね」

「ありがとう」

 宗運は受け取った竹筒から水を一口飲んだ。冷たい水が、疲れた身体に染み込んでくる。

 義陽は宗運の隣に腰掛けた。

「大丈夫?」

「……ああ、わたしは大丈夫だ。それより、ん……」

 義陽が宗運の頬を指でつついた。

「いきなり、何をするんだ?」

「だって、宗運があんまりな嘘を言うから」

「嘘?」

「大丈夫って、こんな状況で大丈夫なわけないでしょう。あなたって、本当にどこまでも自分を追い込むんだから」

 呆れたような怒ったような、そんな表情で義陽は言った。

「まあ、それがあなたのいいとこでもあるんだけど……結局、人よりも自分の無力さのほうが憎らしいんでしょう」

「……そういうわけでは、ないけど」

 口篭る宗運は、視線を下に向ける。膝の上で作った握り拳。その関節が白くなっていた。胸が酷く痛んだ。

「あれ……?」

 手の甲に雫が落ちた。

「わたし、なんで……こんな」

 零れた涙の意味を、宗運は理解できなかった。止めどなく流れる整理できない感情に押し出されるように涙が溢れてしまう。

「ごめん、義陽。わたし、疲れてるのかも。こんな風に……なんで……」

 戸惑うを隠し切れない宗運は、涙を拭い無理に笑おうとする。こんな自分を見せてしまって、義陽を不安にさせては申し訳がない。

 そんな宗運を、義陽は自分の胸に抱きしめる。

「ばかね。そんなになってまで頑張らなくてもいいのに。ほんと、不器用なんだから」

「義陽……」

「人払いはしてあるから、泣いたって誰にも分からないわ。吐き出すものをきちんと吐き出してから、明日のことを考えましょう」

 義陽の心遣いが胸に染みた。

 彼女自身、多くの仲間を失っている。宗運がもっと上手く立ち回っていれば、このようなことにはならなかったのか。

 忠義に見返りを求めたことはない。宗運の思いは「御恩と奉公」の関係にはない、無私の奉公であった。そのように生きていながら、主家に見限られて裏切られたと感じてしまう。それは自分が主家から見返りを求めていたからではないのか。自らの浅ましい思いに心が捩れてしまいそうだった。

 義陽はそうではないと言ってくれる。宗運の思いは何も間違ったものではないと。今回の件で宗運に非はないのだと。諭すように囁いて、義陽は宗運を抱きしめる。

「わたしは、どうしたらいいのか分からないよ」

 生来生真面目な宗運は、主家を恨むことすらできないのだ。彼女は人に悪感情を向けられない。事が上手く運ばなかったのならば、自分のやり方に不手際があったのだと考えてしまう。とりわけ阿蘇家に対する思いは、ここに至っても消えていない。だからこそ、空しいのだ。阿蘇家は宗運を放逐して島津家に就いた。そうして生き残りを図った。新しい生き方を選んだ阿蘇家の中に、自分がいないというのが何よりも悲しかった。

 最後に泣いたのはいつだっただろうか。堰を切ったように溢れ出る涙を宗運は恥ずかしげもなく流し、義陽は何も言わずに宗運の背をさすり、彼女の涙を受け止め続けた。

 宗運と義陽の一行が、元親の手勢に保護されるのは、ここからさらに数日を経てからのことであった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 激動の時代を迎えた西日本の中でもとりわけ先行き不透明な状況に置かれているのが、肥前国の国人たちであろう。

 龍造寺隆信という強者の下での結束は、彼女の死によって瞬く間に瓦解した。

 後継者を指名しないままに死去し、政治的発言力を持っていた慶誾尼が討たれた今、それまでの龍造寺という枠組みが事実上崩壊してしまっていた。

 隆信の急進的な政策と戦によって傷付けられた諸侯も多い。それが結果的に隆信の死によって表面化して、反龍造寺という第三勢力の発生に繋がっていた。

 龍造寺家の跡目争いは、この第三勢力を如何に懐柔するかにかかっていると言っていい。

「状況は一進一退。木下殿がこちらに来たおかげで、肥前国内の味方は一気に増えました」

 話しているのは、鍋島直茂だ。木下昌直のとりなしにより蟄居を解かれ、再び軍配者として辣腕を振るっている。

 もとより劣勢の戦だ。

 各人ができることできる範囲で最大限の行わなければ勝利はない。

 直茂の復帰に異を唱える者は誰もいなかった。先の敗戦は決して直茂一人の責ではないと誰もが理解していたし、讒言の類は敵を利する結果しか生まないと冷静になれば分かるからだ。

 直茂が就いた長信派と相対する信周派は小競り合いを繰り返しながらも対立を深めているが、本格的な戦には発展していない。

 現状は味方を増やす外交での戦いが中心で、度々発生する小競り合いも敵を倒すためのものではなく、取り込みたい相手に対する示威行為が主であった。

 そのような状況下にあって、四天王の生き残りがこちらの味方になってくれたのはありがたい。昌直は四天王としては未熟な面も多々あったが、気さくで分け隔てのない性格から多くの将兵に慕われていた。人望と実力のある昌直が長信に就いたのは、少なからぬ動揺を信周派に与えることになり、長信派を鼓舞する結果となったのだ。

 残る問題は兵力差を如何に埋めていくのかという単純なものだが、これが難しい。当然ながら徴兵できる範囲は肥前国内に限られ、兵を内部で取り合っているのだ。肥前国の中だけで、これ以上味方を増やすとなれば、どうあっても信周に味方する敵を攻めて降服に追い込むしかない。だが、それをすれば、こちらの準備が整わないまま敵と本格的な会戦に発展する恐れが生まれてしまう。

「オレを呼んだのはまたどういうわけだ?」

 例の如く臆面もなく直茂の前にどっかと座った昌直は、直茂の私室に呼び出されたことを奇妙に思い首を傾げている。

「一つ、頼まれていただきたいことがあります」

「……うん? わざわざ、人払いまでしてか?」

「あなたが、こういったことを苦手に思っているのは存じております。ですが……」

「あ゛~~分かった分かった。導入から長いんだよ、軍師殿は。手早くいこうぜ」

「……分かりました」

 昌直の裏表のない性格に、直茂は多少の心配がある。

 これからの相談は決して彼女にとって快いものではない。好き嫌いがはっきりしている昌直に持ちかけた場合、それをきっぱりと否定してくる可能性もあるのだ。そうなれば、泥沼である。はっきりしていることは、長信派の中での昌直の影響力の強さと直茂の立場の悪さだ。下手に昌直を敵に回せば、直茂自身の首を絞めることになりゆくゆくは敵の思う壺となりかねない。

「まず、わたしたちと敵との戦力差ですが、肥前国内に於いてはほぼ拮抗状態に持ち込めました。これは木下殿の功績です」

「ん? そうなのか?」

「はい、間違いなく。さすがに四天王の名は強い」

「へへへ、そう誉めるなよ」

 嬉しそうに昌直は頭を掻いた。実に単純である。

「ですが、それは国内にあっての話。外まで見れば……」

「島津、な」

「はい」

 信周派はすでに島津家と約定を交わしている。詳しいことまでは分からないが、肥前国内に一部地域、天草などの割譲を条件に攻め寄せてきた島津家と和睦し、さらに後援を得ているという。

「信周殿は、島津家との繋がりを持った状態を維持していますが、徒に領内への侵攻を許していません。島津としても信周殿が明確に劣勢になるまでは手を出すつもりはないのかもしれません」

「同盟してんのに? なんで?」

「もともと信周殿が有利だからです。今のままでも島津家に不利益はないのですが、そこからさらに利を上げようとするならば信周殿が助けを求めてきたときが都合がいいですし、何より大内家との戦を想定している島津家としては兵力は温存したいでしょうしね。漁夫の利を狙っていると考えられます」  

 肥前国の戦にまで兵を出せば、大内家と同様に多方面での戦を強要される恐れもある。島津家の国力では、そこまでの余裕はないのだ。島原半島の領有化に力を注ぎつつ、成り行きを見守るのが島津家の方針と考えられた。

「よく分からんが、あれだ、とりあえず戦う気はないってことだな?」

「そうですね。信周殿としても、島津家に早々に介入されては立つ瀬がない。今は背中を支えてもらうだけでいいのでしょう。ですが、どちらにしても島津家が向こうについている以上戦力差は歴然です。いざとなれば、島津家は権益を守るため、あるいは同盟者を守るためと称して肥前に兵を送り込むでしょう。今で五分五分の戦況は、瞬く間に塗り替えられてしまいます」

「……だろうな」

 少し前の昌直ならば、ここでも否定しただろう。自分が槍を振るい、敵を押し返すのだと。だが、致命的な敗戦を経験した昌直は少しだけ謙虚になった。少なくとも彼我の実力差、兵力差は一騎当千の武将だけでは覆しようがないと理解したのだ。

「それでも勝たねばなりません」

「当然だ。負けるためにこっちにきたわけじゃねえ」

「はい。ですので、わたしたちにも強力な後ろ盾が必要です。先代の御屋形様がそうであったように、そして御屋形様――――隆信様がそうであったようにです」

 苦難の歴史を歩んできた龍造寺家は、力がない時には大内家や大友家に結びつき、肥前国内での力を付けてきた。その例に倣うほか道がない。やっと手に入れた独立大名の地位ではあるが、そこに固執するだけの力はすでにないのだ。

 だが、それは大きな方針転換であった。少なくとも、龍造寺家に残された選択肢としては最も選び難いものである。

「……後ろ盾なんて、もう大内しかねーじゃねえかよ」

 理解を示した昌直は見るからに不機嫌そうな顔をする。九国内で覇を競うのは今となっては島津家と大内家の二つだけだ。島津家が敵に味方をする以上、こちらが同盟を組めるのは大内家だけである。

 おまけに大内家とは、龍造寺家から縁を切った過去がある。その上で、都合が悪くなったからといって庇護を求めるのは、何とも浅ましい行為ではないか。

 そして、何より、大内家は龍造寺家が零落した最大の原因である。隆信が大内家に討ち取られたから、彼女たちはこうして苦境に立たされることになったのだ。

「勝つために残された唯一の手立てです。尼子家と結ぶことも考えましたが、九国との距離が開きすぎていますし、畿内方面に彼等は進むでしょう。結局、大内家以外に選択肢がないのです」

「ほぼ、禁句だぞ、それ」

「分かっています。相手方は大内家を打倒するという方針を掲げていますしね。わたしたちからしても大内家を敵視する見方が強い。ここで大内家と結ぶなどと言えば、首が飛びかねません」

「なら、なんでそんなことを言ったんだよ」

「勝つためです。大内家と結べば勝機が見えます。実際のところ、大内家を敵視しているのは龍造寺家の譜代衆が中心です。国境近くの国人たちの中にはすでに大内家と連絡を取っている者もいる。大内家と結べば、そういった国人たちも取り込めるはずです」

「オレにわざわざ話したのは?」

「内部の反発こそが最大の問題点。それを抑えるために、内々に話を通しておかなければならなかった。特にあなたには」

 軍議の場で突然この提案をされれば、昌直は間違いなく反発しただろう。じっくり考えることもできず、その場の感情で否定したはずだ。この直茂の私室で一対一で面と向かっているからこそ、直茂の真意まで問い質せるし考える余地も生まれるのだ。

「生き残りを図るため、皆が必死になっている。わたしたちもまた形振り構わず使える手を使い潰す気概がなければこの苦難を乗り切れません。わたしたちは今、取捨選択の時に来ているのです」

 真っ直ぐに直茂は昌直を見つめた。声は小さく、外に漏れない程度に抑えているが、その覚悟は本物だった。

 直茂の提案は長信派にとっては劇薬にも等しいものだ。

 隆信を討ち取った勢力の庇護を得るなど、正気の沙汰ではない。

 だが、現実的にはそれ以外に頼れる味方がいないのだ。誇りを取って敵に押し潰されるか、誇りを捨てて家名と血を存続させるかの二者択一である。

 長信を初めとする味方からも異論が噴出するのは間違いない。そのための昌直だ。彼女さえ首を縦に振ってくれればどうとでもなる。長信派の軍事力は昌直に依存するところが大きいのだ。

 昌直を口説き落とせば、当主との交渉も進めやすい。後は大内家との交渉に入るだけだが、彼等も今は仲間を欲している時期のはずだ。名前だけの同盟であっても周囲に与える影響を考えれば前向きに検討してもらえるはずだ。

 昌直は苦虫を噛み潰したような顔をした後、何も言わず黙り込んだ。腕を組み、じっと考え込む。重苦しい沈黙がしばらく続いた後で、昌直は大きく深呼吸をした。

「話は分かった。次の軍議でそれ、提案するだろ?」

「そうですね」

「オレは、賛成すればいいんだな?」

 直茂は驚いたように目を見開いた。

「よろしいのですか?」

「よろしくねえ。よろしくねえけど、他に何も思いつかねえ。大内家と組むなんて最悪だけど、負けないためにはやっぱりそれしかねえんだってな」

 感情論で言えば、やはり大内家と結ぶのは論外だ。感情だけで物事は動かないが、感情を考慮しなければやはり動かない。人間とは感情も含めた理屈の上で行動を決するものだからだ。

 今、長信派に求められるのは感情論を超えて一致団結できるのかどうかという極限の判断だった。

「間違いなく非難を受けるでしょう。内部調整から難航する可能性が高い策ですが……」

「いきなり弱音を吐くなっての。軍師殿の復帰を進言したのはオレなんだぞ。もう一蓮托生? 運命共同体? みたいなもんだろ。水臭いことは言いっこなしにしよーや」

 さきほどまでの暗い表情が嘘のように昌直はさっぱりとした笑顔を浮かべた。

 この切り替えの早さもまた彼女の長所だ。大内家への蟠りを残したまま、それでも次のために汚名もやむなしと割り切れる力はかけがえのない武士の素養であるとも言えた。

「大物になりますね、あなたは」

「だから誉めるなってーの」

 直茂にとっての大きな関門を一つ越えた。だが、ここから先は家中の意見を取り纏め、大内家とも交渉しなければならない。

 昌直に事前交渉をしたからといって、それですべてが解決するわけではなく、むしろここからが本番なのであった。

 

 



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その六十三

 いつの間にか燃えるような紅葉が消え、木々の多くは葉を散らして寂しい景色が見えるようになった。

 東国の凄まじい降雪量に比べれば、九国の雪は生活に直撃するほどではない。はらはらと降った雪の多くが、地面に触れて消えていく。

 本格的に真冬になれば、少しは雪が積もる日もあるだろうが、それそのものが命や生活を危うくするということはまずないと言っていいだろう。

 日本列島という一つの枠組みではあるが、豊後府内と越後あたりだと気候がまったく違っている。

 雪で道が閉ざされる東国では、真冬の戦はあまり行われない。雪国に迂闊に攻め入れば、一軍が丸ごと雪に埋もれて身動きが取れなくなり全滅する可能性も出てくるからであり、越後国などは冬場は大自然の力で守られることになる。

 その一方で、大して雪の降らない九国は冬場でも軍道が塞がることはない。収穫の秋を終えた直後ということもあり、むしろ兵糧が潤沢で農民の徴用もしやすいという利点があり、大軍を動かしやすい季節であった。

 これから、島津家の大攻勢に備えなければならない。そのような状況下にあって、甲斐宗運と相良義陽という稀有な将の安全を確保できたというのは大きな成果であろう。

 宗運一行を元親が保護してから半月。やっと、彼女たちは豊後府内に到着した。

「宗運殿は?」

「まだ、具合が優れないようです」

「そうか」

 義陽と面談した隆豊が晴持に報告にやってきたのだ。

「阿蘇の御山を農夫に扮して彷徨っておられたのです。気力も体力も尽き果てられるのも無理はないかと。特に宗運さんは、阿蘇家からむごい仕打ちを受けられたのです」

「分かってるよ」

 阿蘇家が島津家を選んだのは腹立たしい限りだが、それ以上に宗運に対する扱いの酷さには閉口する。義陽も腹に据えかねているようで、宗運の手前悪くは言わなかったものの、阿蘇家で起こった一連の政変については立腹している様子だったと隆豊は報告してくれた。

「誠心誠意尽くしてくれた忠臣への報いがあれでは、阿蘇家の進退も決まったようなもんだ」

 宗運の忠義は九国ではよく知られたものだ。

 彼女ほど己を殺し、大義のために戦った武将はいないのだ。その忠義の行き着いた先が、主家からの裏切りとなれば、その失意はどれほどのものだろう。

 宗運にとって、阿蘇家の維持、発展は至上命題であり、そのためだけに今まで生きてきた。彼女にしてみれば人生の否定に等しい。努力ばかりしてきた人間が、その努力を否定されたとき、精神的な打撃は非常に大きなものになる。

 しばらく現場を離れるのも、やむを得ない。宗運の武将としての能力は高くとも、引き連れる兵もほとんどいないのが現状だ。余裕ができたら知恵者として働いてもらえばいい。

「とりあえず、落ち着いたら顔を見に行く」

「はい」

「それと、義陽殿は大丈夫だな?」

「はい。すぐに謁見の手はずを整えます」

「よろしく頼む」

 一通り言葉を交わした後で、晴持は隆豊を下がらせた。

 宗運と義陽の件は朗報だった。さらに加えて、隆房が担当する筑後国内の平定の調子も悪くない。

 筑後国の国人一揆は、大内家が優勢で進んでいる。隆房の軍は、久留米城下で討って出てきた西牟田家和を撃退し、篭城に追い込んでいる。閉じ篭った久留米城が、どれほど堅牢であろうとも、突発的な挙兵で兵糧の備蓄も少ないはずなので陥落は時間の問題との見方が強い。

 西牟田兄弟さえ叩けば、筑後国はすぐに治まる。彼等が一揆勢の精神的支柱である。筑後国を無事に治めれば、その分の兵力を肥後国に割ける。

 

 

 義陽とは知らない中ではない。これまでに何度か島津家との防衛線の構築する上で、阿蘇家からの連絡役として骨を折っていたので、顔見知りであった。

 よって、重苦しく権威的な場を設ける必要性はない。

 最低限の重臣を左右に置いて、後は自由にすればいいという姿勢で義陽を迎えた。

「何はともあれ、無事でよかった」

 相良義陽は、一見すれば公家の姫のような柔らかい雰囲気の姫武将だ。色素の薄い長い髪と慈愛を感じさせる朗らかな表情は武士という言葉から連想されるイメージとはかけ離れている。

 実際、彼女の評判を調べるとかなり「女性的」な性格だというのが分かる。

 その一方で、芯の通った強い女性で肉体的にも強靭だったようだ。阿蘇山中を敵に襲われる恐怖と戦いながら彷徨い続けていたのだ。保護された当初から、精神的に追い詰められていた宗運の分もと元親への情報提供や離れ離れになった家臣や、相良家所縁の家臣が篭る砦などに書状を出すなど精力的に働いていた。

「本来ならば、真っ先にご挨拶せねばならないところ、格別の配慮をいただきましてありがとうございます」

 義陽は楚々とした動作で頭を下げた。

「気にしないでくれ。こちらこそ、疲れているだろうに働かせてしまって申し訳ない」

「このようなときだからこそ、身体を動かせるのはありがたいのです。わたし、こう見えて何かしていないと落ち着かない性質でして」

 と、義陽は小さく笑みを浮かべた。

「能力も意欲もあるのは、頼りがいがあっていい。まあ、働かせている者が言うのもお門違いだが、仕事は身体を壊さない程度にして欲しい」

「この戦が落ち着いたら、目一杯休ませていただきます」

「だったら、早く終わらせないといけないな」

「はい。微力ながら、最善を尽くします」

 義陽の微力は、晴持にとって大変に大きな力である。

「晴持様、一つ提案があります」

 少し声を落として義陽はそう言った。

「なんだ?」

「宗運のことです」

「ああ」

 宗運は今、宛がわれた部屋で伏せっている。数日続く高熱に魘されている状況である。

「宗運の体調が戻ったら、あの娘に仕事を与えてください」

「仕事を?」

「はい。仕事を与えれば、きちんと結果を出しますし、宗運にとっても今は働いていたほうがいいと思うのです。宗運には、目的が必要です」

「そういうこと……分かった。何かしら仕事を手伝ってもらうことにする。どの道、人手不足なのだから、個々の能力は最大限活かしてもらわないといけないからな」

 辛いことがあったとき、どのように自分の気持ちに対処するのかということは人によって異なる。

 睡眠に逃避する者もいれば食事に逃避する者もいる。趣味にのめりこむこともあるだろう。

 宗運や義陽は、仕事に打ち込むことで落ち込んだ気持ちに対処する性格のようだ。

 宗運にとっては阿蘇家の存続というお題目が失われたために、新しい目的を設定させるのが一番の薬となるのだ。

 

 

 宗運の熱が下がったのは、その翌日のことであった。病み上がりに配慮して一日置いてから、出仕してもらうことにした。

 そういった諸々の話は、義陽から宗運にすべて伝えられていた。宗運自身もいつまでも眠っているわけにはいかないという思いが強く、出仕することに否やはなかった。

 とりあえず、宗運の立場や肩書きをどうするのかという点が問題であった。特に宗運の主家である阿蘇家は、大内家から離反して島津家に就いた。大内家の武将からすれば裏切り者である。その阿蘇家から追放され、追われる身となったとはいえ、牢人となった宗運の立場は中々難しいものがあった。

 これまでは阿蘇家の重臣として彼女は振る舞っていたし、大内家としてもそのように扱ってきた。

 しかし、今は阿蘇家が敵になり彼女は所領を持たない一介の牢人である。その立場を宗運自身がどう思っているのか、ということもあるし、今後どういった立場で大内家と関わっていくのかということもある。

「まずは、無事に回復してくれたことを嬉しく思う。体調はもう問題ないのか?」

 晴持の前に宗運がいる。

 以前に比べると少し痩せたように見えた。

 心身の不調が、彼女から肉と体力を削いだのだろう。それでも目に力が戻っている。少しずつでも体力と気力が戻ってきているのだ。

「長らく調子が優れず、ご心配をおかけしました」

 本調子ではないだろうに、宗運は気丈に振る舞ってみせる。

 もともと責任感の強い性格だ。義陽が言ったとおり、伏せっているだけでは落ち着かないのだろう。

「義陽から聞いている通り、今後はこの屋敷に出仕してもらうことになる」

「はい、承知しております」

「だが、その前に、確認しておかないといけないことがある」

「それは――――」

 宗運の目の色が変わった。

 聡明な女性なのだ。今の会話だけで、晴持が何を尋ねようとしているのか理解したのだ。

「宗運殿。今後、あなたが大内家に出仕するに当たり、どのような心持でいるのか。それは、はっきり聞いておきたい。未だ、阿蘇家の家臣なのか、大内家の家臣となるのか。今後、島津家との戦いが激化して、阿蘇家の軍勢と対峙することになったとき、戦えるのか。宗運殿にとっては、辛い問いだと思うが、どうか答えてほしい」

 宗運の表情に変化はなかった。

 晴持が言ったとおり、この問いは阿蘇家と大内家を天秤にかけさせるものだ。阿蘇家と敵対する大内家に出仕するには、阿蘇家との繋がりにきっちりとケジメをつけなければならない。

「正直、覚悟はしておりました」

「そうか」

「はい。阿蘇家を追われ、大内家に救われたときから、わたしが今後どうすればいいのか、と。晴持様から、何れはその問いを投げかけられるだろうと、思っておりました」

 当事者である宗運が、そのことを考えなかったはずはないのだ。阿蘇家を追われたそのときから、今に至るまでいつも頭の中は自分の進退のことで一杯だった。

「わたしは……」

 宗運は、すぐに言葉を発することができなかった。

 とても重要な話である。晴持は、宗運が口を開くまでじっと言葉を待ち続けた。彼女の中にある葛藤は、口で覚悟をしていたと言ってもそう易々とは払拭できない。だが、結論を晴持が強要することはできないし、してはならないのだ。

 宗運は、二度、三度と深呼吸をしてから言葉を続けた。

「わたしは、もう阿蘇家には戻れません。口惜しいことですが、わたしは主家に必要とされなかった……」

 唇を震わせて、宗運は呟いた。目尻には涙が浮かんでいる。悔しいのか悲しいのか、それとも怒っているのか分からない。ありとあらゆる気持ちが綯い交ぜになった宗運は、感情を昂ぶらせてしまったのだ。

「もはやこの身はただの牢人。晴持様が拾ってくださるのであれば、誠心誠意お仕えします」

「いいんだな? 以後、大内家の臣という立場になるということで」

「はい」

 宗運は頷いた。

 その上で、

「ただ、一つお願いがあります」

「願い?」

「差し出がましいことだと分かっておりますが、どうか――――阿蘇の家名は、残していただけませんか? 今後、阿蘇家の軍と矛を交えることも厭いません。ですが、どうか……」

 大内家の臣となり、阿蘇家と戦うことになっても構わない。しかし、阿蘇家そのものは存続させて欲しい。

 虫のいい話――――とは思わない。彼女なりのケジメなのだ。阿蘇家と敵対してもいいと口にするだけでも、宗運にとっては相当大きなストレスだったはずだ。それを、乗り越えて言葉にしたのだから、宗運の誓いには嘘はない。その上で、阿蘇家への思いも捨てきれないために、家名を残して欲しいという最大限の譲歩を願い出てきたのだ。

「分かった。宗運殿がそうまで言うのならば、阿蘇家の家名存続について義姉上に言上しておく」

「あ――――は、ありがとうございます」

 張り詰めていた空気が弛緩したような気がした。

「義姉上も阿蘇家の事情は分かってくださるはずだ。何より、我が大内家は神仏と伝統には五月蝿い……阿蘇家の歴史は紐解けば神代から続くという。これを絶やすのは惜しいと、義姉上ならば思うだろう。もっとも、阿蘇家の出方にもよるし、断言はできないけどな」

「はい。よろしく、お願いします」

 阿蘇家の価値は、晴持にも分かっている。肥後国内に於いて古代から続いてきた名家であり、神官だ。取り扱いには注意が必要だし、土佐一条家をそうしたように武家から遠ざけて無力化してもいい。

 ともかく、滅ぼすよりも生かしておくほうが何かと便利なのが、歴史と権威ある家なのだ。何よりも、ここで突っぱねて宗運の心象を悪くする理由がなかった。

「では、宗運殿にはしばらくは祐筆ということで働いてもらおうと思っているが、構わないか?」

「もちろんです」

 光秀が領地を管理するために下向したことで、有能な側近が一人減ってしまった。光秀は、特殊部隊の長でもあるので、落ち着いたら代官にでも領土経営を任せて戻ってきてもらわないといけないが、宗運が傍仕えをしてくれるのなら、光秀に勝るとも劣らない働きを期待できる。

 彼女の仕事ぶりは、これまでもよくよく見せ付けられているところである。

 本人の意欲も高いので、病み上がりではあるが早速文書の発給を始めてもらうことにした。

 

 

 

 ■

 

 

 

 甲斐宗運と相良義陽という心強い味方を引き込んでから、また新たな動きが九国で起こった。

 島津軍が阿蘇家の本城に兵を押し入れて、阿蘇惟種を逼塞させ、その息子の惟光を当主に擁立したという。

 曰く、惟種が戦を敬遠し、島津家の陣触れをのらりくらりと拒否していたことが原因のようだ。

 島津家にとっても大内家にとっても今は時間が惜しいときだ。島津家は少しでも早く軍備を整えて北上し、九国の統一を急ぎたい。大内家はその時間を遅らせて、島津家に対抗できる態勢を整えたい。対立する二者がそれぞれの目的と計算で日々を過ごしている中で、戦嫌いの神官出身という立場の惟種は、危機感や戦略の共有ができなかったようだ。

 阿蘇惟種は島津家の足並みを大きく乱した。権威ある家で、しかも降服してきた相手を無碍に扱えば島津家の名折れであり、下手に攻撃を加えれば阿蘇家の所領が荒れる可能性もある。

 歳久は次善の策として阿蘇家を取り込みつつ、その頭を切り落とす策に出たのだった。

 擁立された阿蘇惟光は僅か二歳の幼君だ。

 周囲を固める重臣たちは、島津家の横暴に何の文句も言わずに従った者たち。幼君の父が蟄居に追い込まれたのを眺めているだけだっただけに、事実上阿蘇家は島津家に乗っ取られたも同じという状況に陥ったのであった。

 図らずも島津家の進軍を抑えてくれていた阿蘇家が、完全に島津家に従属したことで道が開けた。新年を迎えて一月と経たないうちに、島津軍の北上の動きが見えてきた。

 大森銀山、備後国を巡る戦いでも目立った動きはなく、どこも睨み合いや小競り合いが続いている。

 もしかしたら、最初に大きな激突があるのは九国かもしれない。そんな危機感が府内に漂う中で、突然の訪問客があった。

「晴持様、如何致しますか?」

 取次ぎを担当した宗運が尋ねてくる。

「わざわざ会いに来たのだから、追い返すわけにもいかない」

「お会いになるということですね」

「直接会って、話を聞く。目的は、まあ想像はできるからな」

「そうですね。では、お部屋にてお待ちいただくように伝えてまいります」

 退席した宗運を見送って、晴持は深呼吸をした。

 いつかはこの時が来るとは思っていた。しかし、時期が悪い。何ともこちらの突かれたくないところに飛び込んできたものだ。

 

 

 今、下座には一人の女性が座っている。

 艶やかな髪を後ろで束ねた、怜悧な瞳が特徴的な美しい女性だ。

 名は鍋島直茂。

 龍造寺隆信の義理の妹で、隆信に唯一意見することができたとされる重臣中の重臣だ。隆信の死後、分裂した肥前国にあって、大内家との戦に敗れて主君を亡くした責を問われて立場を危うくしたこともあったというが、最近は龍造寺長信の下で復権していると聞いていた。

 その直茂が、府内にまで晴信を尋ねてきた。

 要件は端的に和睦と同盟。龍造寺長信が大内家の傘下に入り、その先陣を申しつけて欲しいという親書を携えてきたのだ。

 大内家と龍造寺家の戦は、特に交渉を進めているわけでもないので継続中であるとも言える。その上での和睦だが、実質的にこれは「全面降服」を宣言したに等しい。

 とはいえ、龍造寺家と大内家の確執は非常に大きなものがある。

「鍋島殿、この話、簡単に進められるものではないということはご理解しているかと思うが」

「はい」

 言葉少なに、直茂は頷く。

「龍造寺家と我々大内家は、長年の因縁があります。亡き隆信殿は、肥前統一のために我が義姉(あね)と好を結び、山城守にまで任じられました。しかし、その後は大内と手を切り、独自に戦線を拡大された。この一連の行動は我が義姉の顔に泥を塗る行為であったことは言うまでもありません」

「承知しております」

 助けを求めてくれば基本的に受け入れる。そのほうが、大内家の利益に結び付くからだ。西国の盟主である大内家はそうやって自家の影響力を増してきた。軍事力だけでなく、経済力も加えた総合的な政治力が大内家の強みだ。

 それを都合よく利用したのが龍造寺隆信だった。当主に擁立された直後は政治基盤が脆弱で、内外に敵を抱えていた隆信は、義隆から「隆」の一字を貰いうけ、さらに義隆の斡旋を受けて官位を得た。大内家の力を背景に家臣を押さえ込んだ隆信は、十分に力を蓄えた後に独自路線を突き進んだ。

 大内家には、龍造寺家に対する根本的な不信感が漂っている。

 おまけに――――、

「我々大内家とそちらは、過日戦でぶつかったばかり。ご当主を討ち取った我々の膝下に入るという選択は大変な判断だと推察しますが、家中は本当にそれで纏っているのですか?」

 他の勢力と異なり、彼等は直近まで明確に大内家の敵だった。龍造寺家に攻撃されて領地を追われた者が救援を要請してきたという大義のもとに晴持は出馬したのだ。

 大内家に心を寄せた者の中には、龍造寺家を恨む者も少なくはない。何より、大内家は龍造寺家にとっては仇敵ではないのか。

「先代の死は、戦国に生きる将の倣い。過去に囚われて戦国の荒波を乗り越えられるほど、今の龍造寺家に力はありません」

 僅かも動じず、直茂は言い切った。

「肥前はご存知の通り二分されております。敵方には島津が就きその背後固めている状況。島津家が肥後の攻略に力を注いでいるからこそ、龍造寺の内紛の枠を出ませんが、島津が積極的に兵を肥前に入れてくれば、わたしたちに抗する術はありません」

 辛うじて拮抗している程度の戦力差だ。島津家の援軍が本格的に動き出せば、直茂が属する龍造寺長信派に勝機はない。

「生き残りを図るために、大内家に下るか……」

「それもまた戦国の世の倣い……家を守り、後世に伝えるのは、生き残った者の責務です」

「長信殿だけでなく、他の者たちも納得の上での交渉と見てよろしいのですか?」

「家老一同、及び長信様を交えた上での決定です。異を唱える者がいれば、わたしがその者を斬ります」

 内心で晴持は嘆息する。

 いつもいつも、斬るだの殺すだのと殺伐としすぎている。晴持自身もまた命を奪い、そして家臣に奪わせる立場にいる。生き残るために、仇敵にすら頭を下げる悲壮な覚悟の表れか。

 長信派の劣勢は伝え聞くところではある。龍造寺家の家督相続だけでなく、家臣たちの対立関係や利害が絡み合った複雑な様相を呈しているというが、長信に従うのは旧来の重臣格が多く、新たな当主の下で出世しようという新興勢力が敵対する信周の支援に回っている。

 厄介なのは、重臣格は大内家との戦で討ち死にしている者が少なくないということであって、長信は支持基盤を大内家に奪われた形になっているのだ。

 それでも大内家と結ぼうとしているのは、九国の勢力図を見るにそれ以外に助かる道がないからだろう。

 現状、長信が味方にできるのは島津家に敵対する勢力のみであり、それは大内家以外にありはしない。

 苦渋の決断だっただろう。仇敵と結ぶことにより、仇討ちを叫ぶ者たちの離反を呼ぶ可能性も捨てられない。

 これは恐らく、長信派にとっての一世一代の大博打だ。

「これだけの大きな話、俺だけで決めることはできません。山口の義姉と相談して、決定したいと思います」

「是非ご検討をいただきますよう、お願いいたします」

 直茂は続けて、

「もしも、大内様のご助力を賜りましたら、我が殿長信自ら、肥前に押し入る島津の者どもを押し返してご覧に入れます」

 と言った。

 晴持は、頼もしい限りですと言いつつ、内心では何とも言い難い思いに駆られていた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 直茂を城下の屋敷に逗留させ、さて、この問題をどうしたものかと思案する。

「龍造寺、ですからね……」

 と、隆豊が複雑そうな顔をする。

「昨日の敵は今日の友とも言いますが、よくあちらも舵取りしたものですね」

「それだけ内情が厳しいということだ。そして、それはこちらも同じ……」

 本当に、狙い済ましたような時節に飛び込んできたものだ。

 大内家には長信派を支援する余裕はない。それと同じように島津家も肥後国に兵を集中動員するのに肥前国に目を向ける余裕はない。

 よって、今の肥前国は大国の影響を極力排除した状態で内輪揉めができるのだ。

 大内家に従っても、大内家からの干渉が少なくてすむ上、もしも長信派が敗れれば島津家の脅威が肥前国からも忍び寄ることになる、と暗に脅しをかけていった。全面降伏と言いつつも、受け入れてくれなければ牙を剥く用意があると示唆するのは、さすがの外交術だ。

「しかし、龍造寺と和睦したところで援軍を送る余裕はありません。必要なのは大内家の後ろ盾だけで、後は独力で対抗勢力を押し切る算段なのでしょうか?」

「かもしれない。俺たちが島津家に勝てばその時点で肥前の勝敗も決する。防戦のまま、俺たちの戦の経過を見るという手もある」

「大内家からの干渉を最小限にするには、大内家が勝利する前に失った領土を取り戻す必要はあると思いますから、座して見守ることはしないはずですが……」

「味方になってくれたから万々歳というには、少しばかり不気味なのは否めないな」

 大内家に助けを請う理屈は分かる。

 同じ立場ならば、きっと晴持も同じような選択をしただろう。

 相当に苦痛を伴う選択だが、長信、あるいはこの献策をした誰かは辛い決断を押し通して大内家に直茂を遣わせた。それは事実なのだ。

 万全の状態ならば、龍造寺家の家督争いに乗じて肥前国に兵を押し入れていた。直茂はそれを分かっていた。だからこそ、大内家が万全ではない今を狙って交渉してきたに違いない。今ならば、直茂たちの要求を通しやすく、大内家が長信派を支援する明快な理由を用意できるし、味方である以上は攻撃できない。

「時間もない。すぐに義姉上に書状を送る必要が……いや、もう使者を向かわせてしまうべきだな。宗運、頼めるか?」

「はい」

 控えていた宗運に義隆への使者を頼むことにした。

 龍造寺家の取り扱い。下手を打てば爆弾と変わるだろう。長信と結ぶ利はある。確かに、島津家への防波堤は一つでも多く作っておきたい。 

「主君の仇に頭を下げるか。何とも……」

「直茂殿が仰るとおり、生き残りを図るのはどこの家も変わりません。大きく力ある勢力を頼みとする以外に道はなく、龍造寺家は目先の感情を擲って賭けに出たのです」

 小勢力の中でもがいてきた宗運には、直茂の気持ちが理解できるのかもしれない。どことなく二人は似ているようにも見える。重責を担い、主君のためにと死力を尽くして奉仕しながら、不利になった途端に周囲に責任を押し付けられる不遇さ。能力があるだけに、そういった面も目立ってしまう。容貌のよさもやっかみに繋がるのかもしれない。

「男児当に死中に生を求むべし、ですね。まあ、わたしも直茂殿も女ですが」

 冗談めかしてそう言った、宗運は笑みを浮かべた。

「それ、有名だけど出典は何だったかな。前に、見た覚えはあるんだが……」

「『後漢書』の「隗囂公孫述列伝」にある延岑(えんしん)の言葉ですね」

「そうだった、そうだった。しばらく見てなかったから、頭から抜けてた」

 延岑は後漢の光武帝と天下を争った公孫述の家臣だ。宗運が引用した部分は、光武帝を相手に劣勢に立たされた公孫述が、延岑に相談を持ちかけた場面だった。

「続いて、坐して窮さんや。財物は(あつ)め易きのみ、宜しく愛する有るべからず……となったかと」

「溜め込んでいた金を放出して兵士を雇い、反撃に転じたんだったか……」

 結局、その後公孫述は光武帝との戦いに敗れて屍を曝すことになるのだが、この時の戦いでは無事に勝利を収めていたのではなかったか。

「目先のことに縛られていたのは、こちらも同じだったのかもな」

「晴持様……?」

「阿蘇も龍造寺もそれぞれが博打を打っている中で、俺たちばかり安穏としているわけにもいかないなと。……考えがある。俺は府内を離れられないから、義姉上には宗運から伝えて欲しいんだが、その前にいけるかどうかを相談したい。隆豊、人払いをしてくれ」

 相談するのは信頼の置ける隆豊と名将の宗運のみとした。

 頭に浮かんだのは杉重矩(しげのり)。幼少期の義隆の守り役を務めていた武将のことであった。

 



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その六十四

 晴持が宗運を義隆への使者に選んだのは、彼女が阿蘇家の重臣として外交の重きを成してきた実績があるというのが大きい。宗運の政治的な能力も、最後まで大内家との同盟を堅持しようとしていた姿勢も、すべて義隆には好意的に映るだろう。

 本来ならば、晴持自身が山口に向かうべきところであったし、晴持も山口が恋しくなってきた頃合ではあるが、府内を晴持が離れるというのは、それだけ大内家の関心が九国から離れたのだと諸将に印象付けてしまうことになる。

 晴持が九国に留まっている限り大内家は九国を見捨てていないという立場を内外に示し続けることができる。

 精神論は晴持の好むものではないが、危機的状況下にあっては馬鹿にできないのだ。

 かくして、宗運は供と共に一路山口に向かった。

 門司から海を渡る頃に空が灰色の雲に覆われ、白雪が舞い始めた。宿を借りて底冷えのする朝を迎え、薄らと道を染める雪を馬の蹄で汚しながら山口に入った。

 戦の強さは経済力の強さに繋がり、大名のお膝元となる街を活気付かせる。二〇〇年余り昔に京を模して造成されたという山口の街は、豊後府内以上の活気を以て宗運を出迎えた。

 戦場から最も遠いこの街は、大内領では最大の安全圏でもある。中国地方の雄の座を名実共に手に入れた大内家の本拠地として、西日本に於ける歴史と文化の集積地として、そして堺から博多へと至る海上交通の中継地点として、山口は今尚発展を続けているのだった。

 戦いと謀略の日々を送っていた宗運にとっては、この景色だけでも異世界に等しかった。

 戦が目の前に迫っていた九国にはない、緊張感の欠如。道を行き交う民の顔に不安はなく、日々を戦とは無縁で暮らしている。

 戦のない日常が行き着く先が、この景色なのだろうかと宗運は圧倒されつつも羨望の思いを抱いた。

 阿蘇家は終ぞこの景色には届かなかった。

 兵力、経済力、そして文化力。すべてに於いて大内家は阿蘇家の先を行っていた。

 出迎えたのは相良武任であった。九国の相良氏――――つまりは義陽とは同族に当たると伝わる義隆の側近である。

 迎賓館として扱われている築山館の門前で、下馬した宗運は一礼した。

「お初にお目にかかります。甲斐宗運と申します。晴持様より、義隆様へ書状を持って参りました。また、ご検討いただきたき儀がございまして、参上いたしました」

「ご丁寧にありがとうございます。部屋に案内いたしますので、どうぞこちらに」

 見るからに武任は文官という出で立ちだ。言葉数も少なく、必要最低限のことしか口にしない。

 普段からこうなのか、それとも公私混同を避ける性格なのか。表情に乏しい武任の人となりをこの僅かな交流で把握するのは難しそうだ。

 武任に通された部屋は、意外なほどに飾り気のない落ち着いた部屋だった。畳が敷き詰められた、僅か六畳ほどの小さな部屋で、床の間には唐物の壷が飾ってある。金銀の類が施された装飾はほとんどないと言ってもいい。掛け軸は見事な水墨画。どこの景色かは分からないが、力強さと儚さが共存した作風が落ち着いた部屋の雰囲気に溶け込んでいる。

「それ、気に入った?」

「ッ!?」

 水墨画に目を奪われていたからか、義隆に宗運は気付けなかった。

 すぐに宗運は非礼を詫びたが、義隆はからからと笑って上座に座った。互いに距離が近い。宗運が刀を抜けば、一瞬で首を刎ねられる距離である。もちろん、武具の類は一切持ち込んでいないが、不埒者であれば義隆の命はないだろうに。

「……いつも、このようなお部屋で会談を?」

 宗運はついついそんなことを尋ねてしまった。

 目の前にいるのは晴持の義姉。大内家の当主である。第一印象は、公家の姫。鎧姿が想像できない華奢な身体が、艶やかな着物の上からでも見て取れる。

「まさか」

 と、義隆は答える。

「あなたが晴持の祐筆だからよ。ここなら、目も耳も入り込む余地はないわ」

 絢爛豪華な広間もあるが、私的な会話ならばこうした小さな空間のほうが重苦しくないということもある。

 宗運が阿蘇家からの使者であれば、公的な空間で出迎えたであろうが、今は晴持の使者である。伝え聞く人となりからも、豪奢な場を用意するよりは、こうした質素な場のほうが気楽であろうとの配慮もあった。

 だが、最大の理由は晴持が宗運を寄越したという一点にあった。

 宗運のことは義隆もよく知っている。彼女が晴持に仕えるに至った経緯も余すことなく義隆の耳に入っている。

 わざわざ晴持が宗運を寄越したということは、書状や伝言だけではない何かがあるに違いないと察したからこそ、この場を用意したのだ。

「左様ですか」

「うん。それに、ここならわたしの首は取れない(・・・・・・・・・)。心配は無用」

 義隆の瞳に見据えられて、宗運はじわりと背筋に汗をかいた。

 何か備えがあるのか。まさか、義隆自身が宗運を組み伏せるだけの体術を習得しているはずもないだろうに。いずれにしても、宗運の心配は口に出さないうちに義隆に見抜かれていたようだ。

 緊張の糸を断ち切ったのは義隆が打ち合わせた手の平だった。

「じゃあ、単刀直入に、要件は何?」

「はい。それでは、まずはこちらを……」

 それまでとうって変わって気さくな表情を浮かべた義隆に困惑しつつ、宗運は晴持から預かった書状を義隆に手渡した。

 晴持らしい定型句と要件のみが記された遊び心のない直筆の書状である。

「なるほど、龍造寺がね」

「はい」

「ま、いいんじゃない」

「は……?」

 あっさりと義隆は龍造寺家の帰参を認めた。

 これには、宗運も開いた口が塞がらなかった。義隆にとって、龍造寺家は顔に泥を塗ってきた張本人であったはずだ。

「あの、よろしいのですか?」

「何が?」

「龍造寺といえば、義隆様にとっても因縁のある相手。だからこそ、晴持様はこのように事情を説明すべくわたしを派遣されたのですが」

「それは分かってる。平時ならば突っぱねるどころか、隆信を討ち取ったついでに肥前まで攻めさせたでしょうね」

 肥前国は九国でも肥沃な土地でもある。攻め取って損が出ることはない。しかしながら、今の状況下で新たな敵を作るのは愚の骨頂である。

「この戦にわたしたちが勝てば、龍造寺が以前の勢力を取り戻すことはできなくなる。敵にならないのなら、早いうちに取り込んでおいたほうがいいし、それに先ず隗より始めよ、とも言うでしょ」

「……遺恨のある龍造寺家にすら手を差し伸べるのだから、元からのお味方を見捨てるはずがないと?」

「加えて、うちの庇護を欲しがる連中が行動に移しやすくなるかなって。あっちがわたしたちを利用する気なら、こっちも利用してやるのよ」

 隆信を討ち取ったことで、義隆の気は晴れた。龍造寺家そのものに思うところは何もないし、わざわざ敵にする意味もない。使えるものは今のうちに使っておくべきであろう。宗運と義陽のような血と家を超越した信頼関係を築くほうがどうかしている。裏切ったのであれば、処断し、擦り寄ってきたのであれば利があるうちは手を差し伸べる。少なくとも、現状の龍造寺家は敵にはなり得ないし、戦わずして肥前国内に影響力を行使できるのであればそれに越したことはない。

「ただし、人質と平戸。これは、うちに差し出してもらう」

「承知しました。では、そのように」

 直茂ならば人質くらいは覚悟していただろうし、貿易重視の大内家が平戸に目を付けることも読めていただろう。これくらいならば、直茂も首を縦に振るはずだ。もっとも、平戸は長信派の手にはないのだが。あるいは、いざというときには平戸を回収するという名目で肥前国に兵を入れるのであろうか。

「晴持からは、それだけ?」

「いえ。どちらかというと、これが本題でして」

 もう一通の書状を宗運は義隆に渡した。

「これは?」

「晴持様からの献策になります。わたしや冷泉殿のご意見も含まれておりますが……」

 義隆はさっと書状を広げて視線を走らせた。すぐさま、義隆は書状を読み終えて呆れ顔を作った。

「献策というよりも、諫言に近いんじゃない?」

「決してそのようなものではありません。九国にて知ることのできる範囲での情報を掻き集めた上でのご意見でございます」

「なるほど。まあ、策というほどのものじゃないわね」

 宗運には返す言葉がない。義隆の言うことはすべて事実だったからだ。晴持が伝えてきたことを一言で言えば「考え方を変えろ」ということだった。

「銭に囚われすぎか」

「恐れながら、義隆様も尼子家も目先の利に釣られ過ぎているのではないかと」

「晴持が言っていたのね」

「はい」

 義隆は腕を組んだ。

 幾度も書状を読み返す。

「二兎を追う者は一兎をも得ず……これ、どこの言葉よ」

「南蛮の言葉だと仰っておりました」

「ふぅん、よく言ったものね。それに、言わんとすることも分かるわ。二兎は銀山と備後。両方を取ろうとしているわたしたちは行く行くはその両方を失うことになるってわけね。その上で――――」

 晴持の提言。それは、大森銀山の救援に向かった兵の半数を備後国に移動させるというものだった。

「兵が足りないのならば、今ある兵を運用するしかない。それは分かるけれど」

「銀山を失うのはあまりにも痛手」

「分かっているでしょ」

「承知しております。ですが李欲しさに、桃を倒しては元も子もありません。今の兵力で戦況を変えられぬ以上、兵を一点に集中して現状を打破するべきと存じます。そこで、大森銀山から兵の半数を備後に移し、以て備後の戦を終息させることで突破口とするのが晴持様のご意見です。銀山は失えない、備後も捨てられない、九国も守らねばならない。捨てる覚悟ができぬままに戦線が広がった結果が今の苦境」

 大森銀山は世界でも有数の銀の産地。これを開発し、莫大な銀の産出に成功したのは大内家が投資したからだ。

 言わずもがな大内家の本来の所領は石高としては低く、山地の多い土地柄農作には向かない。商業が命綱と言ってもいい土地で、銀山の有無は経済力に大きな影響を与える。

 備後国に出兵したのも、瀬戸内交通を守るという商業面の都合があってのことだ。九国の博多も同じだ。対南蛮、対明、対朝鮮の貿易に関わる博多を失うわけにはいかない。何にしても九国の安定は大内家にとって不可欠なのだ。

 義隆の中の優先順位は大森銀山が第一位。次いで備後国だ。だが、その順番はほぼ横並びと言ってよく、どちらも失いたくないというのが本音だった。

「銀山は捨てられない」

「義隆様。銀山を捨てる必要などありません。彼の地はもとより銀山防衛のために多くの砦が築かれた山間の地。山吹城単体でもまだまだ持ち堪えられるはずですし、大軍の運用が難しい土地でもありましょう。少勢でも守りに徹すれば、十分に銀山を守れます」

「それは確かに……」

「先ほど申しましたとおり、銀山という巨利に皆の目が曇っております。兵を退けば、尼子軍は嵩にかかって攻めてくるかもしれませんが、これを退け、銀山を守るくらいならば二〇〇〇〇も兵は不要です」

「敢て銀山の尼子を撃退まではしない。というよりも、尼子を銀山に釘付けにするという感じになるわね」

「左様です。尼子家が真に欲しているのは銀山です。その守りが手薄となれば、その隙を見逃すことはできないでしょう。そして、こちらは退いた兵を備後に討ち入らせ、瀬戸内を目指す尼子軍の背後を陥れます」

 そうすれば、神辺城を攻める尼子軍は本国との連絡を絶たれる。失敗しても、圧力をかけることができるようになる。

「備後に尼子の援軍が来る可能性も否定できませんが、そのときこそ決戦のときと」

「確実性はないけれど……要するに適材適所ね。もはや銀山には拘らず。むしろ、銀山を囮にしてしまうのか」

 長年大内家と尼子家の争奪の対象となってきた大森銀山。だからこそ、大内家は銀山を守るために大人数を動員したし、尼子家も銀山攻めに多数の兵を送り込んできた。

 銀山を失えば、大内家は面目を失う。銀山を奪えば尼子家は名声を得ることができる。銀という明確な利益以上の戦果が大森銀山にはある。

 それを、敢て投げ出す。

 大内家の象徴とも言うべき経済拠点に敵を招き入れるようなものである。

「死中に生を求むべし。故事に於いては私財を投じて兵を買いましたが、此度は銀山を以て勝機を買うのです」

 この策は時間との戦いだ。

 撤退した兵が備後国になだれ込むことを、どれだけ隠し通せるか。可能な限り尼子家の増援を遅らせて、備後国内での数的有利を作り出すことにかかっている。

「任せられるのは……重矩か」

 挙げた名は杉重矩(しげのり)

 豊前守護代として大友家や少弐家と対峙し、数々の戦場を生き抜いてきた猛者であると同時に大内家の家臣らしく教養人でもある。

「多少不安もあるけれど、確かにどこかの戦場で勝利するしかないものね」

 戦いは動かなければ始まらないし終わらない。大森銀山を守るだけならば、大軍を腐らせておく意味もないので、言われて見れば備後攻めに兵を割くのは道理でもあった。

 大森銀山に踊らされていたと、思わないでもない。

 今動員できる戦力と地形などを考慮して再配置する。大森銀山に残す部隊には勝てなくとも負けない戦を厳命し、真に勝利すべき備後国での戦に力を注ぐ。

 奏功するかはまったく分からない。不確定要素も大きい。しかし、確かに限られた人的資源を運用するには、こうでもしなければ状況は好転しない。

「杉重矩殿。晴持様も、此度の策を考えている時に名前を出しておられました。杉殿の教えが身に染みると」

「ああ。まあ、ね」

「その教えとはどのようなものか、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

「んー、別に大したことじゃないけどね」 

 と、義隆は恥ずかしげに視線をそらした。

「重矩はわたしの守役でね。昔、同世代の子どもで集まって銭を玩具にしてたことがあったのよ」

「銭を玩具に?」

「そう。で、わたしも遊びたいって言ったら重矩が怒って、銭なんて穢れた物を主君が見てはいかんって言って、(こうがい)で銭を突き刺して捨てちゃったって話」

「は、はあ……それは、また何とも」

「まあ、それだけの話よ。あなたが持ってきた話の通りにするのなら、銭に囚われていたと言われても仕方がないんだけどね」

 重矩の発言は、極端な例ではある。

 商人を蔑視するのは、海を渡った明よりの思想であるが現実的ではない。重矩もそれを分かってはいたが、幼君を教育するためにそのような行動に出たのかもしれない。

「分かった。この話に賭ける価値はあると思うわ。今日はわざわざありがとう」

「わたしは晴持様からの書状を届けたまでですので」

 宗運は恐れ多いと慇懃に頭を下げる。

「宗運、あれ、あなたにあげるわ」

 そう言って義隆は掛け軸を指差した。

「あの掛け軸を、ですか?」

「ええ。さっき、見蕩れてたでしょ。それとも不満?」

「め、滅相もありません。良き掛け軸だと思いますが、わたしは義隆様からそのような褒美を賜るわけにはいきません」

「あら、そう?」

「はい。大内家に仕えて日が浅く、なんら功を立てておりません。何より、わたしは晴持様に仕える身ですので、お気持ちだけ頂戴いたしたく思います」

 宗運は義隆からすれば陪臣だ。主人のいないところで、そのさらに上の立場の者から褒美を貰うのは道理に反する。

 これは、何も筋道の問題だけではなく、家中の秩序と統治にも関わる問題なのだ。

 例えば、将軍が義隆を越えて大内家の家臣と繋がってしまったらどうだろうか。家中の和が大いに乱れることは容易に想像がつく。よって、ほぼすべての大名は将軍と家臣が直接繋がることを嫌い、禁令を発している。

 それと同じく義隆が陪臣に対して直接恩賞を与えるというのも、場合によっては家臣と陪臣の不仲に繋がりかねない。晴持なら万に一つもありえないと義隆は自信を持って言えるが、秩序の視点から言えば愚行であった。

「分かった。そうまで言うのなら、この話はなかったことにするわ。でもね、宗運。あなたに期待しているのは、晴持だけじゃないのよ」

「ありがたきお言葉です」

 宗運は嬉しそうに頬を緩めて再度、頭を下げた。

 

 

 

 宗運が退席した後で、義隆は武任と細かい話をつめていた。

 大森銀山の兵の一部を備後国に回すというのは、可能か不可能かで言えば可能だが、問題もある。

 例えば人選。大将は杉重矩としたが、その下に誰を就けるのかを考えなければならない。さらに、今は冬というのも問題だった。備後国への最短距離を進むのならば、山中を通って安芸国に出るのが手っ取り早い。しかし、真冬の山越えは危険を伴う。変わりやすい山の天候。寒さと雪が進路を阻むのだ。よって、退路は海沿いの平地を進むしかない。遠回りだが、やむを得ない。調整や季節の都合で、備後国に兵を送り込めるのは早くて一月後だろうか。ともかく、即座に行動しなければならないのは確かだ。

 万単位の軍の再編だ。義隆だけでは到底時間も手も足りない。大まかな枠組みを定めてから、武任ら文官に細部を詰めさせなければならない。

「戦局を覆す一手となるか否かは、まったくの不透明ですね。銀山をともすれば手放さなければならないという危険もあります」

 武任は渋い顔で呟く。

「兵が田んぼから生えてくれば、こんな手間はいらないんだけど、そうも言ってられないし。銀山を囮にするっていうの、考えてもみなかったわ」

「大内家にとって何よりも重要な資産です。危険に曝すという発想そのものが異質なのです。しかし、肉を斬らせて骨を断つというくらいの気概がなければ乗り越えられない戦局なのも、口惜しいことですが分からないでもないですね」

 武任は爪を噛んだ。

 財政にも関わる彼女にとっては、大森銀山の喪失によって被る害を思うと身震いしてしまうのだ。

「御屋形様、それで甲斐殿はどうでしたか?」

 と、敢て武任は話を変えた。

 一度、話題を変えることで頭を整理しようと思ったのである。

「話に聞いていた通り、有能そうな娘だったわ。あれを手放すなんて、阿蘇も乱心したもんだわ」

「それほどの御仁ですか」

「ええ。能力があって真面目で忠実、それに器量もいい。晴持の家臣じゃなかったら、さっそく閨に呼んでたのに。惜しい、いやほんと惜しい」

「どうかご自重を……」

「分かってるわよ」

 唇を尖らせる義隆に武任は深いため息をつく。義隆は別に性に奔放というわけではない。それならばどちらかといえば晴持のほうが色を好むようにも見える。が、時たま義隆は姫を閨に誘うことがあるのだ。当主という立場もあって、男と軽々しく関係を持つことができないので、姫武将に手を出しているのだ。

「ま、冗談はさておき。これから忙しくなるわよ」

「承知しております」

「じゃあ、三日で軍の再編案を提出するように」

「三日ですか」

「三日よ」

「……承知しました。すぐに取り掛かりますので、失礼します」

 義隆の難題に取り組むため、武任は大慌てで仕事に取り掛からなければならなかった。

 戦が始まって数ヶ月。義隆の座す館はずっと静かなままだった。戦場とは程遠く、飛び込んでくる情報を精査するばかりの日々。

 それが、ここに来て一転した。

 戦場もかくやとばかりに文官たちが駆け回り、書物や絵地図、名簿等々と睨み合う光景が誕生したのだった。

  

 



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その六十五

 義隆の密使が温泉城の内藤興盛の下にやって来たのは、宗運が義隆と会談してから七日後のことであった。

 広がった領土を管理するために、武任主導で要請された文官たちが寝る間を惜しんで馬車馬の如く働いたおかげで素早く命令を下せたのである。

 とはいえ大森銀山を担当する興盛にとっては、快い話ではない。

 自分を総大将とする軍から半数を九国の変事(・・・・・)のために後退させる。こちらは残る兵で守りを固め、山吹城の救援に当たる……兵力の半減は、現地の指揮官としては頭が痛い。そして、それ以上に二〇〇〇〇もの兵を与えられていながら、明確な戦果を出せていないことが屈辱であった。確かに、守りを固めれば敵を退かせるくらいはできるだろう。

「ぬぅ、矢筈城を奪還した矢先にこれとは」

 唸るように興盛は呟いた。

 銀山街道を押さえる矢筈城は、敵に寝返った刺賀長信によって奪われていた。それを、流血を強いながら奪還したのは、つい先日のことである。これで、山吹城に至る道は確保できた。兵糧の運び込みの目処も立ち、いざこれからという時であった。

「御屋形様の命であれば、仕方ないでしょう」

 と声をかけたのは石見国人の吉見正頼であった。正頼は、吉見家の五男。もとは僧籍であって家を継ぐ立場でなかったが、兄が山賊に襲われて落命したため家督を相続した。その際、兄に嫁いでいた義隆の姉、大宮姫を娶ったため今は大内家の親族衆の一人となった。

 いつも余裕のある態度を崩さない冷静な男である。大内家の親族となったことで、家中での立場も上がっている。

「お気持ちはお察ししますが、迅速な動きが肝要かと」

「承知しておる」

 半数とはいえ兵馬の権を取り上げられるのは、将としては得心がいかない。今の大内家が置かれた立場も分かっているが、理屈と感情は別のところにあるのだ。

 何より必要なのは戦果だ。功を挙げなければ武将としての花がない。しかし、まずは守りに徹し、尼子家を銀山に引き付けろというのは、如何なものか。

「矢筈城を取り戻し、山吹城の兵站を確保したことは大きな戦果だと思いますが?」

「攻め寄せる尼子を追い散らしてこそ、戦の勝利だ。勝利に貢献することこそが誉れではないか」

「それも分かりますが、何はともあれ大内家全体を俯瞰すべきときが来たということでしょう」

「ぬう」

 渋面を作る興盛に声をかけたのは、正頼ではなかった。

「内藤殿ならば、半数の兵でも立ち回れるという御屋形様のご信頼の証ではないかね」

「重矩殿。来られたか。話はすでに聞いておられるとおり」

「聊か、戸惑っておるところだが、九国は我が所領でもある。わしが大将に選ばれたのは、そういう事情もあってのことだろう」

 杉重矩は豊前国の守護代である。九国がいよいよ危ういとなれば、そちらに派遣されるのも分かる。

「今日は雲がない。月の光で道はよう見えるだろう。夜のうちに、わしが担当する大方の兵を退かせる。後は、興盛殿にお任せする。貴殿ならば、万に一つも問題はなかろう」

「夜のうちに動くと?」

「敵に見つからぬほうがよかろう」

「危険では?」

「勝手知ったる一本道が危険なものか」

「……承知した。ならば、今宵のうちに密やかに兵を退かれよ。この時節、海風は強く冷たい。ゆめゆめお身体には注意されよ」

 義隆の命が下ったのならば、拒否することはできない。重矩を指揮官とする一〇〇〇〇人が、この夜、戦線を離脱する。

 大きな戦力低下となるのは明白であるが、興盛にできることはこれまで通りの戦を続けることである。

 そして、重矩は自分の家臣に命じて部隊を小分けにして日の出ているうちから兵を退かせていた。大きな部隊が一気に動けば、それだけで大きな音や振動が発生するし目立つ。一〇〇〇〇人を二列にして動かしても、およそ一里にもなる長い渋滞が発生することになる。先頭が目的地に到達してから最後尾が追いつくまでに、半刻はかかる。少しでも一度に動かせる兵を減らすのも、素早い行軍のためには必要だと判断したのだ。

 義隆からはとにかく早く移動せよ、と厳命されている。それほどまでに九国の情勢は危ういのかと、重矩自身も不安に駆られているのであった。

 

 そして静々と石見国は離れた重矩は、まず萩に入った。

 そこで、待っていたのは相良武任であった。

 湯漬けをさらさらと腹に収めながら、武任に手短に話を聞く。

「此度の備改めは、九国の事変のためではないと?」

「はい」

「どういうことか説明してもらいたい。わしは九国の事変と聞き、興盛殿の下から一〇〇〇〇もの兵を預かって参ったのだ」

「もちろん、これから説明させていただきます。まず、此度、重矩殿に向かっていただきたいのは、九国ではなく備後です」

 怪訝そうな顔を重矩はする。それから、すぐに理解の色が浮かんだ。

「敵を騙すにはまず味方からということかね」

「真に申し訳ありません。戦地にあっては、どこに敵の目と耳があるか分かりませんので、九国に兵を差し向けるということにしていただいたのです」

「兵法の常道ゆえ、謝罪の必要はない。それに、今ので大方の事情も見えた。備後に中入りし、神辺城を囲む尼子軍の補給を絶てばよろしいのだな?」

「ご推察の通りです」

 さすがに歴戦の将だけあって、状況がよく見えている。

 大森銀山だけでなく、備後国の情勢にも関心を向け、情報を得ている。

「安芸の毛利殿は如何にしておられるか?」

「すでに動いておられますが、別行動となります。毛利殿は、調略に専念していただいているところです」

「わしの一〇〇〇〇が、その助けとなるか。戦わずに国を取れるのならば、それに越したことはない」

 権威だけでなく確かな力を見せ付ける。大軍が新たに備後国に押し入れば、大内家に靡きかけている国人であれば、好を通じてくるかもしれない。

 いずれにしても急がなければ、尼子家が大勢を整えて増援を送ってくる可能性も無きにしも非ずだが、今は真冬だ。峠道は雪に閉ざされ、出雲国からの援軍を送るのは難しい。

「雪を避けて平地の多い道を選ばねばならぬ。少々遠回りになるが、可能な限り急いで山口に向かうとする」

「よろしくお願いします」

 話の分かる将は、文官としてもありがたい。時に気に食わないであろう命を伝えなければならない立場にあるからだ。

 萩から山口に向かう道はいくつかあるが、どれも山道を進む箇所がある。最短ならば十里ほどの距離で、夏場ならば二日もあれば山口に辿り着けるが、冬場ということもあって道を選ばなければならない。

 そうした悪条件も重なって、杉軍が山口に到着したのは萩を出てから五日後のことであった。

 さらに重矩は、軍容を整えて山口を発し、村上水軍の力を借りて備後松浜湾から上陸した。

 松浜湾から東に進めば、小早川隆景がいる蔵王山の背後に出るが、重矩はこの道を選ばず日本海方面へ進み、高増山と大谷山の間を抜ける道を選択した。

 この道を進めば、神辺平野の西部に出る。平野部に集中する敵の城や砦からは大内軍が突然現れたように見えるだろう。

 この行軍を支えたのが、国竹城主有地清元であった。

 彼女は兄である宮元信との不和が原因で袂を別ち、国竹城を築いて独立していた。備後国内でも最大勢力に数えられる宮家との対立は単独では不可能なので、毛利元就を頼り大内家に好を通じた。

 そんな清元の所領である国竹城は、運のよいことに大谷山の北麓にあり、隣接する高増山の利鎌山城に拠る福田久重を攻め滅ぼし勢力を拡大している最中であった。

 清元が味方になったことで、大谷山と高増山の間を通る道の安全が確保され、また、大内軍の接近を平野部に出るまで隠匿することができたのである。

 極寒の風が骨身に染みる真冬の神辺平野で、ついに重矩率いる一〇〇〇〇の大軍は尼子家の後方に躍り出た。

「敵は我等の進出で浮き足立っているはずだ。この時を逃さず、一気呵成に城を攻め落とし、交通を遮断する!」

 第一の目的はすでに定めてある。

 平野を真横に横断する芦田川を渡ってすぐの丘陵に建つ法光寺山城である。川を挟んで隣接する掛平山城は、事前に義隆の命を受けた光成隆正という武将が清元と共に落城させ、乗っ取っている。背後を突かれる心配もなく、渡河した重矩は、休むことなく軍を進ませ攻城を開始した。小さな城は大軍の猛攻に対抗する術を持たずに忽ちに陥落してしまった。

 これにより、大内家は芦田川の両岸を押さえた形となり、神辺平野を東西に二分することに成功したのであった。

 その夜、法光寺山城を訪れる者がいた。

 小早川隆景である。

 老境に差し掛かった杉重矩とは、孫ほど歳が離れている。簡単な戦勝祝いと助力の感謝を伝えに来たのである。

「これほどの大軍で駆けつけて来られるとは、思いもよりませんでした」

「わしとて、まさか備後に派遣されるとは思ってはおらんかった。戦略の大転換というヤツよ。一先ずは備後の戦を早々に終わらせて、然る後に大森銀山を攻める尼子を撃滅するというのが新たな構想だ」

「その後には九国、ですね」

「左様。わしも豊前に所領がある身。どちらかと言えば、九国の情勢が気がかりなのでな。次の九国遠征には是が非でも参加させてもらわねばならん」

 好々爺然とした口調ながら、苛烈な武士としての信念を窺わせる響きが重矩にはあった。

「小早川殿は酒は、まだ飲めぬか」

「いえ、いただきます」

 重矩が引っ込めようとした瓶子に土器(かわらけ)の小皿を差し出す。

 やや逡巡した後、頑固そうな少女と争っても意味がないと重矩は土器に酒を注ぐ。それを、隆景は一口で飲み干した。

「見事」

 隆景の快い飲みっぷりに相好を崩した重矩は、自らも酒を口に運ぶ。戦時である。酔いつぶれるほどに飲みはしないが、寒さを忘れる程度には酒精を取り込んでおきたいところであった。

 酒を軽く飲み交わしたところで、隆景が口火を切った。

「尼子方は重矩殿のご活躍に肝を冷やし右往左往しております。この隙を突き、明朝、神辺城救援のために宇治山城への総攻撃を開始します」

「うむ」

「ついては、重矩殿には天神山城の牽制をお願いしたく」

 備後国には実は三つの天神山城が存在している。隆景が口に出したのは、神辺城近くで尼子軍が陣を張る天神山城であった。

「無論、そのつもりだ。が、そのためには邪魔をする城塞を突破せねばならん」

「正戸山城ですね」

「如何にも。件の天神山城まではちょうど一里ばかり。目の前の石崎城からはすでにわしらに就くという旨の使者が来ておるからな。立ちはだかるのは宮一門の篭る正戸山城のみよ」

 石崎城を守るのは、宮家と長年領土争いを繰り返してきた石崎信実である。石崎城があるのは服部谷の出口付近で、南北に流れ芦田川に注ぐ服部川沿いに建てられている。この服部谷を上流に向けて進んでいくと、尼子家に就いた宮一族の宮信清の泉山(せんざん)城が現れる。

「泉山城を石崎殿にお任せする。わしらは、正戸山城を明後日の日の出と共に攻撃する。それでよろしいか?」

「はい」

 大内家の大軍が現れたことで、神辺平野での情勢が急激に変わったのを隆景は実感していた。これまで日和見をしていた国人たちの中からも、態度を改めて大内家に靡く者が続出し始めたのである。

 尼子家の援軍が頼みがたい冬季に、平野の中央を奪い取った大内家には孤立感を深めた国人たち単独での勝利は覚束ない。意地を貫き尼子家に味方するという気骨ある者でもなければ、戦わずして大内家に靡くのは当然と言えた。

 

 

 ■

 

 

 

 大内家の備後国強襲に震え上がったのは、反大内家の急先鋒である宮一族であり、中でも目と鼻の先に大軍が現れた宮正味であった。

 彼女が任されている正戸山城は、平地にポツンと浮き出た独立丘陵に築かれた丘城で三方を沼地に囲まれた要害である。

 容易く攻め取られはしないだろうが、かといって大軍に対抗できる戦力があるわけでもない。頼みとなるのは尼子家の軍勢だけである。

「至急、牛尾殿に早馬を出せ! 大内が平野に進出している。そう遠からず、この城に攻め寄せるのは間違いない!」

 神辺平野で行われているのは神辺城の奪い合いだ。そのために尼子軍は天神山城に在陣し、神辺城を攻囲しているし、正味はその背後を守るように正戸山城に入ったのである。

 となれば、互いの位置関係上真っ先に正戸山城が狙われるのは目に見えている。

「いったい、どこから湧いて出てきたというのだ、あれは……!」

 大内家もまた兵力に余裕はなかったはずである。

 だからこそ、だらだらと長い睨み合いを続けてきたのではなかったのか。

 とにかく、援軍が来るにしても一〇〇〇〇人もの大軍を用意してくるとは想像もしていなかった。おかげで、大内家に靡く者も出て数を増やしている。

 正味にできることは、とにかく尼子家からの後詰を待つことだけであった。

 

 

 同日、天神山城の尼子家にも大内強襲の報が飛び込んでいた。

 神辺平野に押し入った大内軍の動きは手に取るように分かる。天神山城もまた、平野部にある丘陵に築かれた城だ。見晴らしがよく神辺平野全体を見ることができる。

 よって、宮家からの使者が来る前に、尼子家の諸将はこの緊急事態を把握していた。

「まずいところを獲られましたな」

「平野西部の国人衆との連絡が絶たれてしまいました。それだけならばまだしも、このままでは我等の補給路も……」

 尼子家は、言わずもがな侵略者という立場である。宮家のように受け入れている勢力もあるが、それは尼子家の力を頼みにして大内家に敵対するためであり、尼子家を助けるためではない。

 そして、尼子家の本拠は出雲国――――中国山地という険しい山を隔てた向こう側である。尼子家が援軍にしても兵糧にしても本国から補給を受けるためには、山を越えて救援を請い、大量の物資を山を越えて運び込まなければならない。

 兵糧は荷物になるので、できる限り現地調達を行う。だが、敵味方が入り混じったこの状況で、大内家が数的優位に立った今、兵糧の現地調達は難しい。

「敵はまずは正戸山城を攻める。援軍を出さねばなるまいが」

 と、発言したのは牛尾幸清である。尼子家でも有力な家臣であり、この遠征軍の総大将でもあった。

「援軍を送れば、宇治山を攻められてしまいますぞ」

「敵もそれが狙いであろう。しかし、このままでは時をおかず挟まれよう。今、この時点では我々の兵数が圧倒的に不利」

 蔵王山城に陣を張る弘中軍と拮抗している今、弘中軍と挟む形でほぼ同数の敵が現れたのでは、太刀打ちできるはずもない。

 もともと少勢で辛うじて持ち堪えている宇治山城は、あっという間に攻め落とされる。

 そして、一〇〇〇〇近い兵を抱えていながら、孤立無援は尼子軍も同じであった。大内家の兵が実質二倍に膨らんだが、こちらは国人衆の離反もあって減るばかりだ。

「事ここに至ってはやむを得ぬ。兵を退くよりほかになし」

「……しかし、それでは」

 幸清の言葉に一同が息を呑んだ。

「今のまま戦わば、敗北は必至。雪に覆われた長き山道を、敵に追われながら出雲まで逃れられる者がどれだけいようか」

「お言葉の意味は、分かります。されど、一戦に及ばずして兵を退くは、武門の名折れ。晴久様もお許しになりますまい」

「今は一兵でも多く出雲に帰還させる道を選ぶべきではないか」

 諭すように、幸清は諸将に語りかけた。

 天神山城だけで、大内家を返り討ちにするのは困難である。戦うのならば野戦しかないが、ここは伏せ兵を置く場所すらない平野部である。こうなれば、数の差が如実に戦力に影響する。

 二倍の戦力差が生まれた野戦で勝利する術があるものか。

「なれど、私は戦いたい。まだ、負けたわけではありませぬ!」

 と、発言したのは立原久綱であった。

「我等はかつての毛利攻めに際し、大敗北を喫し申した。二度目の戦でも、同じく逃げ帰ることができようか!」

「そ、そうじゃ。そのとおりじゃ。武門の意地を見せるときではないか」

 血気に逸る久綱の発言が軍議全体に波及し、各々が熱に浮かされたように唾を飛ばして決戦を叫んだ。

「おぬしら……」

 振り上げた拳の落とし所がない。まして、以前痛い目を見た相手に二度も負けるわけにはいかない。

 彼等の考えも幸清には理解できる。

 ここで尼子軍が退けば、備後国人は尼子家に見捨てられたものと思い雪崩を打って大内家に靡くことになるだろう。

 何よりも尼子家の誇りが退却を許さないのである。

「牛尾殿、まだ勝機がないわけでもありませぬ」

 久綱が拳を握り締めて言った。

「平野に現れた敵は物見によれば一〇〇〇〇余名。我等と睨み合う弘中軍もまたほぼ同数。対する我等もまたほぼ同数。ならば、弘中軍を宇治山の米原殿らと連携して押しとめている間に、残る兵で決戦を挑めば如何に? 二つの敵を同時に相手すれば、兵力差は二倍。されど、足止めの兵のみを宇治山に向かわせれば、ほぼ同数での決戦が可能。正戸山城の兵と合わせれば、押し返すことも適いましょうぞ!」

「その通りじゃ!」

「宇治山からこちらの平野に至る道を塞げばできるかもしれぬ」

 まるで坂道を転がる岩のように、勢いのついた議論は決戦の二文字へと急速に傾いていく。

 もはや、幸清の言葉が通じる段階ではなくなった。この危機的状況にあって、狂乱にも似た連帯意識が彼等を突き動かしている。

 冷静に現状を認識できているのは、幸清と他数名といったところか。ならば――――、

「相分かった。諸君等の思い、この幸清十二分に理解した」

「ならば!」

「久綱殿の策で以て、大内を叩くべし」

「応!」

 内心のため息を覆い隠し、幸清は決断した。

 今となっては彼等と運命を共にするしかない。

「弘中軍を押さえ込む者は誰ぞあるか?」

「私が」

 手を挙げたのは久綱であった。

「決死隊となろうぞ」

「無責任に策をぶちまけたわけではありませぬ故」

 久綱に続いてさらに複数の将が手を挙げた。幸清は頷いて、

「その意気やよし。米原と協調しようとも、小勢では無意味。最低でも三〇〇〇は必要であろう」

 と言って決死隊を結成した。

 内心、この心意気を持った者たちこそ尼子家の未来に必要な人材であると感じながら、手放さざるを得ないことを悲しく思った。

 

 

 

 ■

 

 

 

 久綱は与えられた三〇〇〇の兵と共に天神山城を出て、宇治山城の眼前にある丘に陣取った。

 瀬戸内へ向かう道の中央にある丘で、この丘の上からならば左右どちらの道を敵が選んでも攻撃を加えることができる。宇治山城を狙うのならば、そちらを挟み撃ちにしてしまうことも可能であった。

 とにかく、久綱ら将士はここで玉砕する覚悟を決めていた。少しでも長く敵の足を止めて、本隊が勝利する時間を稼ぐための捨石となる部隊であった。

 それに、何も死ぬと決まったわけではない。

 幸清らが大内軍に勝利して返す刀で救援に来てくれれば形勢は逆転する。一時的にでも兵力差一対二が、七対十になるのだ後者のほうが勝ちの目があるのは言うまでもない。

 敵は時間をかけずに攻めてくるだろう。

 今日、神辺平野に押し入ってきた敵軍は、そのままの勢いで攻め寄せる。早ければ明朝には戦闘が始まるはずであった。

 篝火を焚き、丘の木を切り倒して見通しをよくして、さらに柵や堀を作る。一昼夜でこれをするのは並大抵のことではなかったが、弘中軍が手を出してくることもなく、何とかそれらしい物は出来上がった。久綱も斧を手に取り、身分の大小関係なく全員一丸となって作業に当たった結果であった。

 そして、久綱は眠れぬ夜を過ごした。

 いつ敵が攻めてくるとも分からない。

 朝を向かえても決して安心はできなかった。指呼の間にある蔵王山は、山城のみならず麓の陣からも朝から炊飯の煙が上がっている。

 敵方の旗が風に棚引き、人々が慌しく行き交っている。さては戦の準備をしているのではあるまいか、とこちらも臨戦態勢を整えなければならなかった。

 

 

 対する蔵王山城では、日の出と共に法光寺山城を辞した隆景が杉重矩との会談の結果を報告していた。

 彼女は重矩が神辺平野に押し込んできた道を逆に辿り、蔵王山城の裏手から戻ってきたのである。

 朝から馬を飛ばしてきたので全身に疲労が溜まっているが、早急に動かなければならないので休んでいる暇はなかった。

「小早川殿、首尾は?」

「上々です。案の定、重矩殿に尼子、というよりも宮家に反抗的な勢力が集いつつあります」

 平賀隆宗の問いに、息を整えながら隆景は答えた。

「こちらの様子は?」

「眼前の丘陵に、尼子の一手が陣を構えている様子」

 昨日の大内家の動きを見て、さっそく尼子家が動いたのであろう。

「わたしたちの足を止めるつもりですね」

「恐らくは」

「すると、尼子の本隊は、決戦を挑むつもりですか」

 こちらの軍勢が神辺城を救援し、尼子の遠征軍本隊に攻撃を加えるのを阻止するために身体を張って足止めに徹するつもりであろう。

「意地なのか、それとも尼子に就いた国人たちへの義理なのか……いずれにしても明日で決着です」

 隆景は断言し、弘中隆兼がその理由を問う。

「明朝、日の出と共に重矩殿らが正戸山城に総攻撃を敢行します。恐らくは尼子家はこの救援に兵力を傾けるのでしょう。文字通りの決戦です」

「あー、つまりはあそこに陣を敷いている方々は、わたしたちを決戦の場に近付かせないためにいるのですねー」

「だったらよ、今のうちにアイツ等を片付けちまったほうがいいんじゃねえの?」

 と、村上通康が言う。

 陣を構える前の相手ならば、こちらから攻めて守りを固める前に潰すべきではないかというのである。

「しかし、それでは手順が狂う。何より、尼子の本隊が押し出てくるでしょう。正戸山城を抜かない限りは重矩殿の軍勢はこちらに来れません。これまでの焼き直しになるだけだと思います」

 もっとも、正戸山城を手早く重矩が奪ってしまえば、尼子軍を上下に挟むこともできるのだが、それはどうなるか分からないので棚上げだ。敢て、重矩と話し合って決めた計略を変える必要性はないだろう。

「何より、彼等があそこに陣を構えるというのであれば、そこから動けなくなるということでもありますし、わたしたちはその隙を突く」

「ふむ、何か考えがあるのですか?」

 隆宗が興味深そうに隆景に尋ねた。

 

 

 そして、夜が来た。煌々と城と山麓の陣には篝火が焚かれている。敵が築いた簡素な砦も明るく燃え立っているようであった。

 空から見れば、地上に星が瞬いているようにも見えたかもしれない。

 それでも、この時代の夜は暗い。一寸先を見通すことすらできない暗闇となることも珍しくはない。

 松明を持たなければ、僅かな月明かりや星明りを頼りに、動くしかないのがこの時代である。

 蔵王山の裏手から出た隆景は、一軍を引き連れて密かに神辺城を擁する黄葉山の背後に進んだ。位置関係から敵の盲点になる箇所である。朧な月明かりのみを頼りに、移動し、敵の目が届かなくなった当たりで松明を付けた。

 隆景が向かったのは、黄葉山の西麓にある春日村である。ここでは兵糧を神辺城に運び込もうとする村上軍とそれを阻止しようとする尼子軍が小競り合いを起こし、村が火に包まれるという事件があった。

 村人は戦火を逃れて逃げ散ってしまった。戻ってきても家を建て直すところから始めなければならない。

 すでに放棄された村であることや、敵の目が杉重矩に向いていることを勘案して、隆景は夜のうちに手勢を春日村に潜ませることにしたのだ。

 目的地に辿り着いてしまえば、明かりは不要だ。すべて消させて、息を潜めて夜明けを待つ。

 作戦については、出発前に聞かされていた。今更、何も話すことはない。隆景だけでなく、誰一人として口を開く者はいなかった。

 月がゆっくりと空を流れて、消えていく。それに合わせて、太陽が顔を出す。東の空が白く染まり、夜の帳が晴れていく。

「今日は見事な冬晴れですね」

「戦をするには、少しばかり爽やか過ぎる嫌いがありますが」

「何、新たな門出を思えばよいのですよ」

 渡辺通と軽口を叩き、笑顔を浮かべた後で、すぐに引き締めた。

 気合を入れるようなことは言わない。

 ただ全員が腰から下げた瓢箪や竹筒を取り出して、一口だけ酒を含んだ。寒空の下で戦うために、身体を酒気で暖めたのだ。

 そして、遠くから陣太鼓の音が響いてきた。

「始まりましたね」

 音の方向や大きさからして、間違いなく正戸山城への攻撃を開始した音であろう。

 遠くから大軍を動かす音がする。万単位の人間が鎧を着て動けば、それはもう大きな音がする。

 そして、それを合図に蔵王山城も動いた。

 界が吹き鳴らされて、わっと喊声が上がる。

「遅れてはなりませんよ。全員、駆け足!」

 隆景の声に合わせて、彼女の手勢が一斉に動き出したのだった。

 

 

 案の定、神辺城下の警備はほとんどあってないようなものであった。

 尼子軍の多くが決戦のために兵を引き上げた。そのため、ここに残ったのは神辺城の、餓えて打って出るのも困難になってしまった城兵を見張るための僅かな手勢だけだ。

 数にしても隆景の手勢と互角。

 ならば、不意をついた今ならばいける。

 隆景は手勢を二つに分けて一つに、

「突撃!」

 の命令を下した。

 神辺城下にある左右を木々で囲まれた僅かな平地に一〇〇の兵が飛び出した。敵も声を挙げて突っ込んでくる小早川軍にぎょっとしたようであったが、すぐに迎撃の用意をした。

 これに向かって鉄砲と弓矢を打ち掛け、槍を合わせた。

 敵の先手が小早川軍の先手とぶつかった頃合を見計らって、隆景は迂回して森を突っ切り敵勢の横腹に向けて矢弾を浴びせかけた。

 神辺城下の僅かに開けた細長い地形は、隆景にとって実に都合のよい形状をしていた。奥に敵を誘い込めれば、簡単に横槍を入れられるのである。

「崩れたぞ、行け! 追い散らせ!」

 側面からの攻撃で敵の陣形が崩れた。それを見て取った隆景が突撃の合図を再度送った。

 ここから先は無我夢中である。

 戦場の熱狂のままに誰も彼もが槍を振るい、時に拳で殴りあった。

 虚を突かれた尼子軍は、抵抗を早々に諦めて背中を見せて逃げていく。

「隆景様、追い首は?」

「不要です。通、すぐに神辺城に兵糧の搬入を!」

「はい」

「動ける者は次に行きます。敵の背後を脅かしますよ」

 隆景が言うのは、神辺城下から宇治山城の方面へこのまま兵を進めるということであった。

 二〇〇人程度の寡兵である。神辺城の軍は長い兵糧攻めでまともには戦えないだろう。

「神辺城の解放には成功しました。逃げていった者たちが、すぐにそれを伝えるでしょう。多少は敵の士気も下がるはずです」

 神辺城の救援という本来の目的をこれで果たした。敵にしてみれば、今までの攻囲が水泡に帰したのだから精神的打撃は大きい。それに、これで小早川軍は宇治山城や即製の砦を設けた尼子軍の背後を押さえた。

「背後を脅かすと言われましても、この兵力では……」

 小早川軍は僅かに二〇〇。敵が少なく、不意打ちが決まったから何とかなっただけで、敵城に与える影響はさほど大きくはない。

「直接攻撃することだけが、攻城ではありません。敵から辛うじて見える山中に旗を立て、麓に陣幕を張ってください。準備ができたら太鼓を叩いてわたしたちの存在を知らせてあげるのです」

 彼我の戦力差は歴然である。三〇〇〇の兵が決死の覚悟で丘に駐屯しているが、あれがきちんとした砦ならばまだしも即席の砦では防御力に期待はできない。

 陥落は時間の問題だった。

 

 

 神辺城の解放と背後に小早川軍が現れたことで、立原久綱の陣にも動揺が走った。

 もとより戦後のことなど考えても仕方のない決死隊だ。自分たちの陣が全滅するかもしれないという程度で動揺はしない。

 彼等にとっては、背後――――即ち、牛尾幸清らの本隊への道が開けてしまったことが問題であった。

 小早川軍にはどれくらいの戦力がある?

 それすらもこの混迷を極めた状況では把握できない。ただ、旗と陣太鼓のみが敵の存在を伝えてくる。

 矢弾が飛んで来る。頭に何かが当たって前立が弾け跳んだ。

「久綱ッ!」

「問題ない、掠めただけだ! 攻撃の手を緩めるなッ!」

 持ち込んだ鉄砲の引き金を必死になって引く。丘の下に向かってとにかく矢を放ち、攻め上ってくる敵に槍で押し戻した。

 身体が疲れて動かなくなるよりも前に声が枯れた。声をかけるべき味方は誰もいなかった。逃げ散ったのか、討ち死にしたのか分からない。気がつけば仰向けに倒れている。弘中軍が取り揃えた大量の火縄銃が即製の砦の柵を壊し、鎧を射抜き、将士の命を薙ぎ払っていた。久綱もまた、無慈悲な鉛の雨に打たれて余命幾許もない。

 いざ自らの死期を自覚して、痛みはなくいっそ清清しい気分ですらあった。

 一人また一人と味方が消えていく中で、丘の頂上に仁王立ちした久綱は槍を携えて坂を下った。

 追い散らされる味方の波を掻き分ける。

「立原久綱……ここに死に花を咲かせん」

 坂を上ってくる弘中軍の兵に槍を突き入れる。体重をかけた刺突はあっさりと敵の最上胴を貫いた。

 もはや、足の力も入らない久綱は、衝突の衝撃を支えられずに膝から崩れて斜面を転がる。槍は真ん中から折れて使い物にならなくなったので放り捨て、刀を抜いた。

「あの武者、剛の者ぞ! 討ち取って名を挙げい!」

 騎馬武者がそう叫ぶや、手柄欲しさに足軽たちが襲い掛かってくる。一人二人斬り捨てたが、多勢に無勢は否めない。奮戦も空しく組み伏せられて首を取られた。

 久綱の死で、決死隊は瓦解した。

 二五〇人余りの戦死者を出し、這う這うの体で逃げ出すほかなかったのだ。そして、ここが崩れたことで向かい合う宇治山城も陥落した。米原綱寛は、自害しようとするところを家臣に押さえつけられ、裏手から連れ出されて落命を免れたようだ。

 弘中軍は、逃げ去った敵には目もくれずに軍容を立て直し、尼子本隊への攻撃に移ったため追撃を躱し切ることができたのだ。

 

 

 

 

 久綱が命を賭して稼いだ時間は二刻にもなった。

 即席の砦と寡兵でよく凌いだと言えるだろう。

 牛尾幸清は、明朝に案の定仕掛けてきた杉重矩と正戸山城下でぶつかった。城に攻めかかる重矩の軍に対して城方と連携して猛攻を加えた。

 尼子家は一丸となっていた。負ければ死ぬほかないと分かっていたからだ。

 戦に際しては死に臨む兵――――死兵が最も恐ろしい。命を投げ捨てて死ぬまで戦うために強い。城を攻めるときには逃げ道を用意して死兵になるのを防ぐのが常道であった。また、一向一揆のように死後の安楽が約束されていると信じる者たちは、常に死兵も同然であった。よって、彼等を相手にした場合、大勢力であっても多大な犠牲を覚悟しなければならなかった。 

 大内軍に挑みかかる尼子軍は、まさに死兵と化していた。七〇〇〇人の死兵である。そこに城方が加わった。

 僅かな兵数の不利は、士気で覆せる。

 細かな策の通じない平野での会戦である。兵数と士気で勝るほうが勝つ。勝利を確信していた重矩軍には油断もあっただろう。まさか、総攻撃を仕掛けてくるとは思いもしなかったからだ。

 背後を弘中軍に突かれる恐れはないのか。あるいは、弘中軍を抑える何かがあったのだろうか。だとすれば、完全に想定外である。そういった困惑も、大内軍には漂っていた。

 だが、受けて立つ重矩も歴戦の猛者である。

 尼子軍が如何にして大軍を纏め上げ、こちらに送って寄越したのか。そのからくりを見抜き、当初の予定通りに事を運ぶ方向で決定した。

 この時点で、大内軍と尼子軍の戦闘方針は正反対のものとなった。

 大内軍は尼子軍の背後に弘中軍が現れるまでの間時間を稼ぐ。尼子軍は久綱が道を封鎖している間に決死の覚悟で大内軍を蹴散らす。どちらに勝機があるかは言うまでもないが、尼子軍にはそもそもこれ以外の活路がない。

 このようにして激突した両軍であったが、当初は尼子軍が士気に勝り、大内軍を押し込んだ。負けない戦いをすればよいという消極的な大内軍に対して勝たなければ命がない尼子軍の士気は高く、多少の兵力差を物ともしない戦いぶりを見せたのだ。

 勇戦甚だしい尼子家に押されて、大内家は軍を押し戻された。だが、その勢いも長くは続かない。次第に戦の流れは大内家に傾き始め、互角の様相を呈するようになると焦り始めたのは尼子家であった。

 時間がないというのが如実に彼等を苦しめている。

 そして、運命の時がやってきた。

 日の出からおよそ二刻。

 尼子家の決死隊を打ち破った弘中軍が、神辺平野に姿を見せたのである。

「お味方、大勝利! そのまま、こちらに進み、尼子軍の背後を脅かさんとする勢い!」

 と、重矩に報告に来た家臣は歓喜の色を湛えて言った。

 ほぼ同時に、

「後方に大内軍が出現! このままでは挟まれます!」

 と、牛尾幸清にも報告が届いた。

 幸清は、嘆息して床机に深く腰を沈めた。

「牛尾様……」

「うむ、ここまでだ。退き太鼓を鳴らせ」

 長い長い太鼓の音が鳴り響いた。

 狂乱の熱が冷めたように尼子軍は沈黙する。それは、この戦の敗北を決定付ける太鼓の音だった。

 

 

 正戸山城に尼子軍はすべて収容できない。かといって天神山城に戻ることも難しい。正戸山城の周辺に陣を敷いた尼子軍はそこを固く守ることで、大内軍と睨み合う形となった。

 その上で、幸清は大内家との間に和睦交渉を持ちかけた。

「やっとですか」

 と、その話を聞いた隆景は、尼子家の対応の遅さに呆れていた。このような状況に追い込まれる前に、停戦交渉から始めるべきだったのだ。

「あの牛尾が、この状況を分かっていなかったとは思えねえ。大方、血気に逸った連中を抑えられなかったんだろうよ」

 と村上通康は言った。

 大将として備後国に乗り込んできた牛尾幸清は名の知れた武将である。このような致命的な戦をするとは思いがたい。

「もしかしたら、初めから負けると分かっていたのかもしれませんねー」

 相変わらずのほほんとした表情の隆兼は、頬に手を当てて勝利の酒に酔っていた。

「振り上げた拳の降ろしところを探っていたと考えれば、迅速な撤退も分かります。周りは死兵になっても牛尾殿だけは理性的に戦場を見ていたのかもしれません」

 大内家と尼子家の関係が悪いのは言うまでもない。

 好敵手と呼べるような関係でもなく、隙あらば喉元を食いちぎってしまいたいという不倶戴天の敵であった。

 そんな相手に戦わずして和睦などできるはずがない、と尼子家の将兵は思ったのかもしれない。

 和睦を無理矢理進めれば、間違いなく不満分子は暴発する。

 よって、そういった者たちでも納得できるようにやむを得ず戦をしたのではないか。負けたのだから和睦もやむなしと味方を諭しつつ、大内家に対しては不当な要求には武力で応える意地があると見せ付けた。

 総大将として部下の統率ができていないと言えばそれまでだが、幸清と他の武将は君臣の関係ではない。危機的状況下にあって、統率することの難しさというのはある。もしも、尼子晴久がこの場にいれば、また違った結果があったのかもしれない。

 こちらの大将である杉重矩と尼子家の使いで交渉が行われている。

 互いに落とし所を探るというよりも、大内家側の要求を相手に飲ませるための話し合いである。

 これ以上の戦は無意味というのは、大内家も尼子家も承知していた。その上で、尼子家は大内家の軍勢に包囲されている状況であり、こちらに意見できる立場ではない。

 しかし、目の前にいるのは尼子晴久ではない。国主でもない相手とこの場でできる取引は限られており、徒に反感を買って、今度こそ死兵になられても面倒が増えるだけであるという思いも重矩にはあった。何よりも彼にはこれから大森銀山に取って返して、再び尼子家と戦わなければならないのであって、兵の損失は可能な限り抑えたいところであった。

 そういった事情が重なった結果、尼子家の備後国からの完全撤退という寛大な内容でこの場での和睦が成立した。

 尼子軍は和睦成立から二日後、朝日と共に神辺平野から去っていった。その背中を見送りながら、隆景は重矩に尋ねた。

「本当に、寛大なご決断。幸清殿に腹を召させることもできたのではありませんか?」

 牛尾幸清は尼子家の中でも頂点に近い力を持つ重臣である。ここで切腹に追い込めば、尼子家の戦力低下も期待できた。

「あの御仁ならば、確かに切腹を否とは言わなかったであろう」

 と、重矩は言った。

「だが、ならぬ」

「ならぬ、とは?」

「ここであれに腹を切らせれば、いよいよ尼子は手がつけられなくなる。これより、険しい山を越えるのだ。統率力のある将がおらねば、忽ち尼子の軍勢は逃散し、山野に潜み後の害となろう。だが、幸清殿は一兵でも多くの兵を出雲に連れて帰らねばならぬ立場。極力乱暴狼藉はさせぬであろう」

「それで、腹を切らせなかったのですか?」

「左様。それに、寛大な対応をすれば、それだけ民の心も安らぐというもの。これから小早川殿らには備後国内の尼子家に心を寄せた国人らを屈服させる必要があるのだからな」

 この和睦はあくまでも大内家と尼子家との間に結ばれたものだ。尼子家に心を寄せた備後国の国人は対象に入っていない。

 これから、隆景たちは備後国内の反対勢力の鎮圧を行う必要があるが、敵対勢力に対して交渉の余地があると思わせれば、戦わずして投降してくる者も現れるであろう。

 これは、そのための下地作りの和睦でもあった。

「わしは明朝には備後を発ち、御屋形様に戦勝報告をせねばならぬ。後のことは、そちらにお任せする」

「承知しました。重矩殿は、このまま石見へ?」

「うむ。準備が整い次第、大森銀山の尼子軍を成敗せねばならぬからな」

 そう言った老将は、深い皺を刻んだ顔を朗らかに緩ませた。

 彼にとっては隆景は孫ほど歳が離れている。

 会話をするだけでも、活力をもらえるような気になるのであった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 備後国に於ける闘争は、尼子家の敗北で決着した。本隊が敗れて撤退することになったため、他の地域に駐屯していた尼子軍も我先にと撤退を開始した。

 中には睨み合っていた備後国人の勢力に追い散らされて多大な打撃を被った部隊もいたというが、それは大内家との和睦とは関係のない話である。

 この和睦について、全体的に評価しつつも残念に思っていたのは安芸国で情勢を見守っていた毛利元就であった。

「隆景様の勝利にございますぞ?」

「ええ、それはもう。あの娘も上手く立ち回ったようですし、ほっとしています」

 母として、将として隆景が無事であったことと、それなりの活躍をしたことを嬉しく思っている。

 それに毛利家として大内家に御家の存亡を賭けることにしたばかりだ。備後国の戦で敗れていたら、その目論見がすべて泡沫と消えるところであった。

「それでは、何ゆえ残念などと?」

「それはもちろん、せっかく尼子軍を退治するために進めていた準備が日の目を見なかったからですよ。和睦せずに、尼子が逃げ出していたら、牛尾殿も含めて全滅させることもできたでしょうから」

 と、元就は瞳に怪しい光を湛えて微笑んだ。

「もしや、三村殿のことでしょうか?」

 と家臣は尋ねる。

「ええ。そして、馬屋原家。この二つはすでにわたしを介して義隆様に誓紙を出すと連絡を寄越しました。三村殿と馬屋原殿の領地は隣接しており、その間の峠道は神辺平野から出雲へ至る最短の道。追撃戦となり尼子軍がここを通れば、呼応した両家が左右より尼子家を挟み殲滅する手はずでしたのに、和睦したのでは戦はそこで終わりです。だから、残念と申したのです」

 智謀と人脈が元就の武器だ。安芸国にいながら遠方の知人と連絡を取り、尼子家の退路を密かに塞いでいた。

 確かに、逃げ戻る途上であれば如何なる大軍であっても統制は取れておらず三村家と馬屋原家の攻撃に為す術もなかったであろう。

 元就としては自分が描いた絵図の通りに事が運ばなかったことが悔しかったのである。

 とはいえ、余り彼女自身が目立つのもよくない。今回の件は、隆景が武名を上げ、備後国の騒乱が終結に近付いたと分かっただけで良しとしよう。

 

 



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その六十六

 関門海峡を渡って九国に戻った宗運は、この十数日の間に積もった雪に足跡をつけた。

 この日は一日を通して太陽が顔を覗かせる快晴だった。先日まで空を覆っていたどんよりとした黒雲は東に去っていったようで、二、三日は晴れ間が続きそうな天気である。

 気温は生憎と上がりそうにないが、日光が当たるだけでも雪は溶けていくだろう。幸いにしてさほど積雪があるわけではない。足跡には土が顔を見せるくらいだ。少しの日差しがあれば、すぐに雪は溶けて消えるだろう。

「寒いな」

 宗運の吐く息は白い。シン、と骨の髄にまで突き立つような冷たい空気に身震いする。冬は寒くて当たり前だ。季節の移り変わりに文句をつけても仕方がないが、一年を通して過ごしやすい暖かな気候であればと思わなくもない。

 希代の姫武将である宗運も、人の子である。寒いものは寒いのだ。

「お近くの宿なり寺なりに暖を取らせてもらえるよう、話をして参りましょうか?」

 宗運の呟きを聞いた家臣が、尋ねた。

「いいや、必要ない」

 と、宗運は言った。

「少しでも早く府内に戻らなければならないからな。せっかく、しばらく天気が良さそうなのだから、一息に進んでしまおう」

「左様ですか。承知しました」

 日向街道に積もる雪は、宗運の歩を邪魔するほどではない。

 僅かな供回りのみの移動なので、早ければ三、四日もあれば府内まで辿り着けそうだ。

「そういえば、門司には宗運様の前任者がおられるとか」

「前任? もしかして、明智殿のことか?」

「そう、明智殿。私は明智殿がどのような方か伝聞でしか存じ上げておりません。宗運様は何度かお会いしたことがあるのですよね?」

「ああ。そこまで交流があるわけではないが、明智殿は晴持様の命を受けて様々な国人の元を飛び回っておられた調整役だったからな」

 家臣が言ったとおり、宗運の前任者であった光秀は、今宗運が任されている仕事の多くを以前担当していた。

 完全に任を解かれたわけではなく、あくまでも新たに獲得した領地の運営のために一時的に晴持の傍を離れているだけであるとのことで、領内が落ち着いたら代官なり家臣なりに領内の運営を任せて晴持の傍に戻ってくると聞いている。

「どのような方ですか? 美濃で牢人した後、京で若君に取り立てられたという話は有名ですが」

「そうだな。人となりは、生真面目な教養人といった印象だな。晴持様もよくあの方を見つけて来られたものだ」

 光秀が望んで晴持に自分を売り込んだわけではなく、晴持から光秀に声をかけたというのは、有名な話であった。

 光秀自身が美しい女性であったこともあって、光秀が晴持を誑しこんだ等という噂もなかったわけではないが、彼女は実力でそういった声をねじ伏せていった。

 今でも、光秀に関する悪い噂はあるが、大抵は根も葉もない嫉妬混じりの風聞でしかない。大内家という古い家に吹き込んだ新しい風に対する反発心もあるのであろう。

「明智殿が戻ってこられれば、宗運様と明智殿が両輪となって若君をお支えする形となりますね」

「そこまで大仰なものではないだろう。わたしなど、新参者に過ぎないし、晴持様の周囲には有能な人材が揃っている」

 もちろん、宗運とて負けるつもりはない。が、今の彼女はそこまで未来のことは思い描けない。

 今はただ、晴持に拾ってもらった恩に報いるために日々を過ごすくらいしかない。阿蘇家を放逐されたことで、所領のみならず夢と人生の大半を喪失した。そんな宗運にとっては、今の日常こそが掛け替えのない宝であった。むしろ、彼女にあるのはそれくらいしかない。

 光秀が一から身を立てたというのであれば、宗運もまたそれに倣って晴持からの評価を勝ち取るだけのことである。

 

 山口への使いの任を無事に終えた宗運は、やっと豊後府内へ戻ってきた。途中で雪が降ることもなく、府内へ到着した頃には足元から雪は消え去っていた。

 関門海峡を越えてから四日目の正午過ぎであった。

 今年は比較的積雪が少ない年になりそうだと思いながら馬を繋ぎ、屋敷の門を潜る。

 半月と少しぶりに戻ってきた屋敷は、出発前となんら変わらない様子で、特に火急の用事で騒がしいという風にも見えない。

「戻ってくるのを、今か今かと待っていたよ」

 新たな主は、私室で刀の手入れをしているところであった。いつも通りに、晴持は堅苦しい挨拶や礼の一切を割愛して宗運の来訪を受け入れた。

「遅くなって、申し訳ありませんでした」

「いや、この時期に追い立てるように使いに行かせてしまったんだ。むしろ、半月で戻ってくれたのはありがたいくらいだ」

「山口までの積雪が少なかったことが幸いしました。山のほうは、そうでもないようですが」

「それは、都合がいい。天運はあったようだな」

 晴持はほっとしたように言った。

 その意図するところを、宗運はすぐに察した。

 義隆の動きは晴持にはすでに早馬で伝えてあるので、大森銀山から備後国に兵が動くのは分かっている。

 中国山地の積雪の如何によっては、尼子家の動きも変わってくる。雪が多いほうが、大内家にとっては好都合なのだ。

「宗運が義姉上を動かしてくれたおかげだ」

「いえ、わたしは晴持様のご意見をそのまま御屋形様にお伝えしただけです。決して、特別なことをしたわけではありません」

「特別なことをせずに目的を達するのが一番だ。余計な手間は省けるなら省くほうがいいし、それができるのは能力がある証左だ」

 手放しで晴持は喜び、宗運を誉めた。純粋に宗運を誉めてくれるので、そういう言葉に不慣れ宗運は聞いていて恥ずかしくなってしまった。

「今回は義姉上が動いてくれなければ、何も始まらなかった。結果的に思惑の通りに行ったわけだし、この硬直した戦況に一石を投じられるなら、それは大きな成果だ」

 晴持は立ち上がって部屋の片隅に置いてあった木箱から一幅の掛け軸を取り出した。

「これを、宗運に渡そうと思う」

「は……ありがとうございます」

 突然のことに驚きながら、宗運は掛け軸を受け取った。

「開いて見ても?」

「ああ」

 宗運は傷付けないように丁寧に掛け軸を広げる。

「これは……」

 と、宗運は目を見開いた。

 それは、義隆と会談した時に目に入った掛け軸であった。

「ど、どうしてこれを……?」

「俺の手からでないと受け取らないと、律儀に突っぱねたって言うじゃないか。だったら俺から渡せば問題ないだろうと義姉上が早馬で送ってきたんだ。本当に、雪がさほど積もっていなくて助かったな」

「本当に、ありがとうございます。大切にします」

 宗運は掛け軸を巻いて胸元に抱きしめた。

 確かに素晴らしい水墨画だと見とれたが、欲しいと要求したりはしなかった。例え、恩賞が下されるにしても、晴持からでなければ受け取らないとまで言ったのだが、それをわざわざ早馬で晴持に届けた上で下賜するというのは、宗運としても想定外の出来事だったし、宗運が嬉しく思ったのは、こうまでして宗運に報いようとしてくれる大内姉弟の対応であった。

「気に入ってくれたのなら、俺も嬉しい。雪舟という絵師の山水画だそうだ」

「せ、雪舟……」

 宗運は絶句する。

 雪舟は、応仁の乱が始まった頃から活躍していた水墨画の巨匠だ。その活動は主に西国から九国にかけてであり特に大内家は雪舟の後援者として、彼を支えていた。後年、より高い評価を受けるであろう絵師だが、この時点でも雪舟の作品は名物というに相応しい評価を得ている。

 そして、支援者らしく大内家には雪舟の作品が多数保管されているのであった。

「雪舟を知っているか?」

「それは、もちろん。名前だけですが、実物を見るのは初めてで……このような名物をいただいて、本当によろしいのですか?」

「よろしくなければ、渡してない。宗運には今後共に活躍してもらわなければならないから、その期待も込めて、俺と義姉上から贈らせてもらう」

「は、はい。このご恩、必ずや報いて見せます」

 宗運は深く頭を下げた。

「さて、と。長旅の疲れもあるだろう。今日は下がっていいぞ」

「いえ、長らく不在にしておりましたので、今からでも仕事に戻りたいと思います」

「そうか。なら、好きにしてくれ。ただし、無理はしないことだ。近く、島津の攻勢があるだろう。そのときに体調不良では困る」

「もちろんです」

 それから、宗運は晴持の下を辞した。

 一つ、大きな仕事を終えたからか、久しぶりに晴れやかな気分であった。

 仕事の成果を正しく評価されたことが、一度は失われた宗運の自信を取り戻すきっかけとなったのだろうか。

 

 

 

 

 宗運の交渉により、義隆から正式に龍造寺長信と結ぶことと対尼子戦略の見直しが決定した。

 これは、九国で厳しい戦いを続けている晴持たちにとっても朗報であった。

 尼子家との戦いが優位に進めば、晴持たちの士気も上がる。勝利すれば、こちらに援軍を寄越す余裕もできる。

 圧倒的な兵力差で島津軍を追い詰めることが可能となるのだ。

 宗運が仕事に戻った直後、入れ替わるように別の客がやって来た。この日は妙に来客の多い日だと思いながら二人を受け入れる。

 やって来たのは立花道雪と相良義陽であった。

「珍しい組み合わせだな」

 と、晴持は思わず口にする。

 道雪と義陽はさほど交流がなかったように思う。義陽は宗運と異なり、他国に顔を出すこともほとんどなかったため、名前を知る者は大勢いても直接顔を合わせたことがある者はほとんどいなかった。

 それが、いつの間にか仲良くなっていたらしい。

 義陽自ら道雪の車椅子を押してやって来たのだ。

「最近は道雪さんとよく物語をすることがあるんです」

「義陽は教養のあるすばらしい姫ですから、話をしていて飽きないのですよ」

 道雪も義陽も、共に一軍の将としては申し分ない実力と知識を持っている。領国統治についても素人ではなく、文芸方面の教養も豊かだ。話が合えばとことんまで話し合えるのだろう。

「ところで、晴持様。先ほど、宗運とすれ違いましたが、ずいぶんと晴れ晴れとした様子でした」

「ああ、会ったのか。大仕事を終えたばかりだというのに、ろくに休まないで次の仕事をしようとしている。まあ、本人がするというから任せはしたが、無理をしているようなら止めてくれ。ダメそうなら報告して欲しい。無理にでも休ませるから」

 そんな晴持の言葉に義陽は楽しそうに笑った。

「何だ?」

「いえ。宗運のことをきちんと心配してくださっているのだと思って」

「そりゃ、そうだろ。有能な将が大事なときに倒れたなんてことになったら困る。これからが、本番なんだからな」

「ええ、その通りです。宗運はとても優秀なんです。おまけに頑張り屋なので、人一倍無理をしてしまう性質なんですよ」

「何となく分かる。彼女は光秀と似た感じがするからなぁ」

「明智殿も?」

「ああ」

 晴持は頷いた。

「光秀も真面目が服を着て歩いているようなヤツだ。完璧主義者というと言いすぎかもしれないけど、とにかく休むことを知らない」

 光秀の場合は無理矢理休暇を取らせても、家の中で黙々と勉強していたりする。仕事で使う知識の収集にも余念がないが、一般的な娯楽にはなんら関心を示さない。というよりも、娯楽との関わり方を知らないといったほうがいいだろう。

 そして、そんな光秀と宗運は性格面で似通った点がある。優秀かつ強い責任感を持ち、牢人から這い上がらなければならない立場。それが、彼女たちを仕事に駆り立てているのであろう。

「大内家は文化の家でもあるのだから、無益な過労死は許さんのだ」

 もっとも電気のないこの時代で夜遅くまで仕事をしようと思うと、それはそれで大変なのだ。蝋燭や油もただではない。日が没してある程度すれば一日を終えたとして、寝ても文句は言われない。

「まあ、頑張りすぎる嫌いがあるのは上もまた同じ。人の振り見て我が振り直せと申しますし、晴持殿も休むときはきっちり休まれるべきでしょう」

 道雪が口を開いた。

「俺は別にそこまで働いてはいないぞ」

「どうでしょう。それは、なかなか怪しいところですね。昨日もずいぶんと遅くまで明かりが点いていたようですし」

「何でそんなことを知ってるんだよ」

「それは、人に聞けばすぐに分かることですから。聞かずとも雑談なり何なりが聞こえてくることもありますし」

「地獄耳というか何と言うか……」

「情報収集は基本中の基本ですから。性分と思ってください」

 人の屋敷の情報を探ったことを悪びれもしないで道雪はにこやかに笑う。

「ところで、道雪殿。車椅子の調子は?」

「快適ですよ。止め具のおかげで坂道も楽になりました」

「それは、結構です」

 道雪の言う止め具とは、彼女の車椅子の肘掛についている鋏のようなレバーのことだ。これは肘掛の下で車輪を挟み込むように設置されている部品と連動しており、レバーを強く握るところで鋏が閉じ合わさるように車輪を挟み込み、回転を止める仕掛けになっている。これが、両方の車輪についていた。簡単に言えば、ブレーキである。

「大内家の次期当主とは思えない意外な特技だと思いますよ」

「え、晴持様がお作りになったのですか?」

 レバーを握ったり離したりしながら話をした道雪に、驚いたような視線を向ける義陽。

「昔から、こういうのが好きだったからな」

 曲がりなりにも唐箕や千歯扱きの発案者とされているのだ。長年、色々と手を出してきただけに、車椅子に簡単なブレーキを増設するくらい何ということもない。

 それにこれは、あくまでも簡易的なブレーキでしかない。勢いのついた状態では焼け石に水だろうし、急な坂道を一人で移動するなんてことは絶対にしてはならない。

「車椅子も晴持様の発案だったりするのですか?」

「いや、それは違う」

 と、義陽の質問に晴持は答える。

「これはわたしが府内の大工に作ってもらったものです。『三国志演義』の諸葛孔明に影響されまして」

 道雪は恥ずかしげに小さく笑った。

 車椅子そのものも、この時代では珍しい。発想自体は存在しているようで『三国志演義』では諸葛孔明が使用している描写がある。明で有名なこの小説は当然大内家にも大友家にも存在する。

 伝説的な大軍師を引き合いに出したのが、さすがに恥ずかしかったのだろうか。道雪らしくなくやや頬を染めている。

「それで、名軍師様のご用件は何でしょう?」

「そうそう、今宵、晴英様が歌会をしたいそうです。宗運殿も戻ってこられましたし、是非晴持様もと仰っておいでです」

「それはまた突然だな。参加者は?」

「晴英様とわたし、紹運、義陽、これから声をかけますが宗運殿も加えたいところです。せっかくの歌会なので冷泉殿にも来ていただきたかったのですが、とりあえずはこの面々ですね」

「ああ、何とも濃い面子だな」

 隆豊は府内を離れているため誘おうにも誘えない。隆房もまだ筑後国から帰って来ていないので大内家からの参加者は晴持と宗運になりそうだ。

 この時期に、唐突に言い出してきたとなれば、何が目的なのかは大体察しがつく。

 歌会と言いつつ、義隆との交渉結果を取り纏め、今後の動きを検討するつもりなのだろう。備後国での動きとはいえ、敵に漏れれば妨害される可能性もあった。そのため、内々で進めた話だったので、晴英も詳しいところまでは知らないのだ。

 それを報告するいい機会になる。

 晴持は、すぐに参加する旨を伝えたのだった。

 




戦極姫に限らず大抵の作品で真面目すぎる光秀さん。
戦極姫でも例に漏れない真面目キャラ。作品によっては無趣味→主人公と○○○するのが趣味になったり、忠義を拗らせて主人公を毒殺しようとしたり、忠義を拗らせて百合になったり、忠義を拗らせて本能寺したり、一途な幼馴染だったり、何故か織田家から抹消されていたりと変遷は激しいが真面目な性格はずっと継続している感じ。
多数のヒロインが登場する戦極姫にあってバッドエンドイベントが多い印象。


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その六十七

 晴持の武器は大内家の莫大な財力と未来の知識である。重要なのは前者で後者は、戦ではほとんど役に立たないし、日常生活でも有用なものはあまりない。

 例えば自動車は便利だと知ってはいても、その構造までは知らないし、当然作ることは不可能である。

 道具の存在と使用方法を知っているだけで、その作成方法を知らなければ、知識など使い物にはならない。よって晴持がこの時代で実現できるものは、この時代の人間でも発想さえあれば作成できる程度の道具だけである。

 逆に言えば、手作業で作れるものならば、多少時代を先取りしても晴持は作成できるということでもある。 

 そして、そういったときに役に立つのが学校で習った歴史や化学の知識であった。

 今、晴持の前で、抱きかかえられる程度の大きさの陶器が火にかけられている。

 奇妙な形の道具だ。

 釜を三つ重ねたような形状で、上二つには管がついている。下の段に入れられた混合液が熱せられ、沸点の低い液体から蒸気となって上段に移り、最上段の冷却層で冷やされて再び液体に戻り、管を通して排出されることで、水とその他を分離する。

 ランビキと呼ばれる蒸留器で、蒸留酒を作る時などに使われるものだというが、晴持が欲しいのはさらに濃度を高めたエタノールだ。

 中学校の理科でも習うことで、大体八〇度程度でエタノールは気体になる。水はまだ気化しないので、沸騰前の蒸気を冷やせば高濃度エタノールが取り出せる。

 目的は当然、消毒薬として使うことである。

 焼酎は最近やっと作られ始めた日本の蒸留酒だが、アルコール度数が低くとても消毒には使えない。消毒に用いるのならば、最低でも度数六〇パーセントはないとダメだと聞いたことがある。日本人が好む飲料用の酒類にそこまでのアルコール度数は望めない。

 よって、エタノールはエタノールとして使う。冬場ならば燃料としても利用価値がある。晴持だけでは数は用意できないが、製法と有用性を確立すれば、後は勝手に広まっていくものだ。 

 度数の低い日本酒から取り出せる量はたかが知れているし、原料となる酒自体も手に入れられるのはそれなりに金のある上の立場にあるものばかりだ。そして、酒をこのように使うくらいなら飲んだほうがマシという意見もあるだろう。

 しかし、晴持からすれば、傷を負ったら馬糞を水に溶かして飲むとかいう常軌を逸した不健康極まりない応急処置をするくらいなら、少しばかり酒をエタノール精製に回したほうがずっとマシだと思っている。

 下々にまでは行き渡らなくても、それなりの立場にある者が自弁できるように環境を整えるくらいは、これからの時代には必要ではないか。

「まあ、そう一度に使うようなものでもないしな」

 少しでも戦後の死亡率を引き下げるために、初期の治療は大切だ。特に戦場では清潔な環境は期待できないのだ。殺菌、消毒を徹底するというのは夢物語にも等しい。それでも、僅かなりとも清潔な状態を作れるように努力は続けなければ、いつまでたってもこの状況は改善しない。

 重要なのは意識と知識だ。

 百歩譲って尿で傷を洗うのは仕方がないとして、馬糞を使うのはいい加減改めるべきだと心底思う。

 これから厳しい戦いが予想される中で、生き残れる者にはきちんと生き残ってもらわなければならないのは言うまでもないのである。

 

 風雲急を告げる報に接したのは、晴持が作業を一度切り上げて、休憩を取ろうかと思ったときであった。

「晴持様、火急の報告がございます!」

 と、宗運が慌てた様子で晴持の下にやって来た。

「どうした?」

「二日前の明朝、島津軍が駒返城に攻めかかったとのこと!」

 その報告に晴持は表情を厳しくした。

「駒返城の状況は?」

「はっきりとしたことはまだ分かりません。深水殿が城を守っておいでですので、一日、二日での落城は考えにくいとは思います」

 深水長智は相良義陽に仕える名将と知られた人物だ。

 深水家は、第四代当主相良長氏の孫である蓑毛長陸を祖とし、第十八代当主の義陽に至るまで代々相良家の家老として忠勤に励んできた。

 特に長智は優秀な内政手腕を発揮することで名高く、教養人としても知られていた。

「そうは言っても、駒返城を守る兵はそう多くないだろう」

「確か、五〇〇程度だったかと」

「島津軍がその気になれば、すぐに落とせる。晴英はこのことは知っているな?」

「はい。すでに、方々に使者が飛んでおりますので、ご存知のはずです」

「なら、大友からも援軍を出させる」

「晴持様は?」

「もちろん、俺も兵が整い次第出る。島津との本格的な戦に、俺がいないのでは締まらないからな」

 正直、怖いとは思うが、それでも九国に於ける総大将なのだ。

 耳川での戦で大友家が大敗したとき、宗麟が自ら兵を率いるのを渋ったために前線の士気が下がったという話を聞いたことがある。

 大将の有無は、前線で命を賭ける者たちに与える影響が違うのだ。気持ちの面で負ければ、島津家に勝つのは難しい。

「宗運」

「はい」

「敵には阿蘇の将兵がいるはずだが」

「大丈夫です」

 宗運は真っ直ぐに晴持を見て、答えた。

「覚悟の上です」

 新参者が最前線に送られるのは戦国の倣いだ。そこで死に物狂いの働きをして、新たな主人に忠誠心を見せられるかどうかが進退にも関わってくる。

 特に阿蘇家は、九国最大の名家である。大内家の歴史に倍する長い歴史を持ち、今まで誰の下にも就いたことがない。大和朝廷以前から阿蘇の地に根を下ろす阿蘇家の影響力は、決して無視していいものではなく、領国支配に有効活用すべきであった。

 島津家も阿蘇家を滅ぼすことはせず、傀儡とした上で活用する方向に舵を切った。

 下手にこの家を滅ぼせば、阿蘇地域の農民たちからの反発は計り知れない。ほかの国人と異なり、阿蘇家は阿蘇大宮司家――――悠久の時を阿蘇神を祭って過ごしてきた神官の家系なのだ。

 そして、その阿蘇家の将兵が島津家の先陣を切る可能性は少なくない。

 今、島津家が攻めかかっている駒返城も、元々は阿蘇家の城だ。阿蘇家が離反した際に、大内家が城代を押し込んで乗っ取った。

 よって、阿蘇家としては駒返城等の阿蘇山の南麓を守る城に兵を送る道理は通るのだ。島津家にしても大義名分として利用しやすく、そうなれば間違いなく阿蘇軍と相見えることになる。

 阿蘇家の最盛期を演出した名将は、旧主の軍勢と戦うことをもとより覚悟していたと言う。

 顔見知りも多いだろうし、親類縁者もいるだろう。

 それでも宗運は、大内家の家臣として戦場に出ることを選んだ。一度決めた道を違うことはできない。それが、宗運の意地であった。

「晴持様こそ、よろしいのですか?」

「何が?」

「わたしは、阿蘇家のために、敵に寝返った親族をも容赦なく斬り捨ててきました。惟種様をはじめ、阿蘇家の同輩はわたしを恐れてすらいたようです……そのような非情の女を近くに置いても、よろしいのですか?」

 宗運は重苦しい口調で晴持に尋ねた。

 宗運自身はそれを正しいと思いやってきた。しかし、巡り巡ってその所業は家中にある種の畏怖をもたらし、宗運の首を絞めていた。

 阿蘇家の内部には宗運を慕う者も多かったが、それと同じくらいに宗運を恐れる者も多かった。それが島津家と大内家に挟まれる中で派閥を形成し、島津家の圧力が強まる中で反宗運派の発言力が強まっていった。

 それが宗運が追放されるに至った経緯であった。

「気にするな、とは言わない。けど、俺は宗運を恐れはしない」

「晴持様」

「宗運の行いは忠義の表れだ。何を責めることがある。第一、親族との争いは悲しいかなこの時代では珍しくない。そもそも、俺なんて大内家のために実家の弱みに付けこんで、土佐を併呑したんだぞ。おまけに一条の敵だった長宗我部を重用してる始末だ。どっちが罪深いか」

 土佐一条家に生まれ、大内家の跡取りなった晴持は、決して実家を特別視はしなかった。むしろ、積極的に縁戚関係を利用して領土拡大の口実に利用したほどである。

 主のために親族を敵に回した、という点では晴持も宗運も同じである。

 彼女はすでに退路を絶っている。晴持に仕えると決めたその日から、阿蘇家の家臣としての立場を捨て去ったのだ。

 しかし、それでも主から投げかけられた言葉は忘れられなかった。阿蘇家での最後の一日は、宗運を未だに苦しめている呪いであった。自分が心血を注いできたことを否定されたときから宗運は自分に自信を持てないでいた。少しずつ自分を取り戻してはいたようだが、まだまだ引き摺っている部分もあったのだろう。

 晴持にできることは、とにかく宗運を信じて任せることだけだ。

「宗運」

「はい」

「戦の準備を」

「はい!」

 宗運は身を翻して去っていった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 肥後国攻略のため軍を北進させるという決定を下したのは義弘であった。

 大内家が思うように動けない隙を見計らって大軍で圧力をかけ、気弱で政権基盤の脆弱な阿蘇家の新当主を揺さぶり、戦わずして降服させるという調略を仕掛けたのは、こういった方面に強い歳久であり、妹が挙げた戦果を無駄にしないために、早々に決着をつけるという意気込みであった。

 義弘にとっての想定外は、阿蘇家が出兵を様々な言い訳を並べてごねたことであろう。義弘は好きか嫌いかで言えば、阿蘇惟種が嫌いだった。島津家が仕掛けた謀略とはいえ、甲斐宗運を追放するような輩は彼女の性格からして軽蔑の対象ではあったのだ。

 本音を言えば、宗運と戦場で向かい合いたかった。そうなれば、阿蘇家を落とすのは困難だったことは分かっている。効率を重視すれば、確かに阿蘇家そのものが島津家に靡くほうを選ぶべきだし、実際に選んだ。

 戦嫌いで自分の身を危険に曝したくない阿蘇家の新当主は、島津家からの出兵要請に対する返事を意図的に遅らせたり、言い訳を並べたりして兵を出さなかった。

 名門の意地が島津家の言いなりになるのを拒んだのか、それとも別の理由があったのか分からない。そうまでするのなら、初めから宗運を追放せず、対峙すればよかったのだと義弘は内心の苛立ちを押し隠して、阿蘇家の使者に笑顔で告げた。

 ――――当主交代、と。

 かくして、阿蘇家は判断能力のない二歳の幼君をいただくことになり、北進の障害物を取り除いた島津家は、阿蘇家内部の動揺を抑えつつ兵力を増強し、ついに肥後国全域の掌握のための大戦を仕掛けたのであった。

「阿蘇山方面の各砦、城はすべて大内家に通じる者たちばかり。阿蘇より大内を選んだような人たちだから、一筋縄じゃいかないわよね」

 義弘たち島津軍本隊は、阿蘇家の居館である浜の館を指揮所と定め、阿蘇家を先頭に先発隊をすぐ北方に位置する駒返城に向かわせた。

 駒返城は、浜の館から最も近い場所にある敵城であり、阿蘇山の南麓――――南郷に至る駒返峠の入口を守る要害である。

 峠の出口にも南郷城が控えており、この二つを突破してやっと阿蘇山の南郷に押し入ることができる。

 今後、平野部での戦が起こるとすれば、間違いなく南郷での戦いになる。

「大内家は今までの相手とは隔絶した強敵です。本来は時間をかけて外交で戦を長引かせた上で、兵力を増強したいところだったのですが」

 と、歳久は言う。

「分かってる。何度も言ってることだもんね。もう、今しかないって」

「はい」

 歳久は頷く。

「東の尼子がどうなっているのか、情報が入ってきません。万が一、尼子家が大内家に敗れることがあれば、兵力で劣るわたしたちは圧倒的不利な状況に追いやられます。局地的に拮抗した状態を作れる今しか、肥後統一の可能性はありません」

 悲観的な観測だが、仕方のないことだ。 

 大内家の動員力が島津家を上回るのは覆せない事実である。

 おまけに島津家は侵略する側で、財力、軍事力ともに上回る大内家に民意も好意的だ。南郷の城が、阿蘇家から大内家に変わっても大きな問題が起きなかったのも、大内家がそれだけ民に受け入れられているからに他ならない。

 そして、そこを攻撃するということは、島津家から大内家に対して挑戦するということでもあった。

 これまでのように、大内家と繋がっているが大内家の管轄外にある勢力への攻撃とは意味するところがまったく違う。

 いよいよ、島津家にとっても大きな決断となったのだ。

 

 

 このような情勢下で阿蘇家の軍勢を率いたのは、隈庄守昌(くまのしょうもりまさ)であった。

 燃え立つような赤毛が特徴の武将で、甲斐一門の一人だ。

 実は甲斐家もまた長らく同族間で争いを続けてきた一族であり、宗運が属する御船方と守昌が属する隈庄方は度々領土争いを繰り返していた。

 近年は甲斐家といえば御船方の勢いに押され、不利な立場に置かれていた隈庄方であったが、まさかの宗運の政治的敗北により復権した。

 守昌には、彼と同じく宗運と対立してきた宇土地域の国人である名和顕孝(なわあきたか)も来援し、阿蘇家として大内家に加担した駒返城への攻撃を開始したのであった。

 この戦には島津家と結ぶことをよしとした甲斐一門のほかに、渡辺、村山、仁多、井芹といった阿蘇家の重臣格がずらりと顔を揃えており、その軍勢の総数は三〇〇〇にも届こうかとしていた。

 勝手知ったる阿蘇山への道である。

 道に迷うことなく、敵が篭城する駒返城に到達した。

 

 駒返城で阿蘇軍に対峙するのは、相良家家老の深水長智ら相良勢と甲斐宗運を慕う宗運派の武将たちである。その筆頭は宗運の妹の甲斐親房であり、ほかにも反島津の立場を鮮明にする甲斐重当(しげあき)等がいた。

「お久しぶりです、深水殿。このような形でお会いすることになろうとは、残念極まりないことです」

 と、駒返城を訪問した守昌は長智に言った。

 城主の長智は、戦場を駆け回る武将には見えない華奢な身体つきの男であった。目鼻たちがすっきりとしていて、深い知性を思わせる黒い相貌が不思議な魅力を醸し出していた。

 最後に会ったのはまだ、阿蘇家が反島津で一致していた時であった。相良家の家老である長智は様々な調整役として阿蘇家と行き来していたので、以前から顔見知りではあったのだ。

「その言葉、そのままお返ししましょう。とはいえ、壮健そうで何よりです」

「互いに老いたと言うような歳ではないでしょう」

 二人とも、まだ若い部類には入るだろう。身体を壊して難儀するということもないし、思考力が低下するということもない。

「さて、余計な会話はこれまでとして、早速本題に入りましょう」

「拙速ですな」

「そうせざる得ない立場です。ご存知かと思いますが」

「ふむ、島津殿に色々とせっつかれているご様子。心中お察し申し上げる」

「ならば、私の申し上げることもお察しのはず」

 守昌は身を前に乗り出して、

「島津の軍門に降り、駒返城を開城してください」

「ならぬと申せば如何に?」

「言葉にせずともお分かりでしょう。無益な戦となります。大内は尼子との睨み合いで島津に敵うほどの兵を出せません。だからこそ、惟種様は島津に降り、阿蘇の命脈を保つ道を選ばれた。あなたほどの将をここで失うのは本意ではありません。ご一考を」

「阿蘇の命脈か。その惟種殿は、蟄居させられたというではありませんか。今はご子息が家督を継いでおられるとか」

「阿蘇の命脈は問題なく保たれております。惟種様も不自由ない生活が保障されております」

「左様ですか」

 詭弁であるが惟種が厳しい状況に置かれるのは、初めから予想されたことでもあった。当主個人ではなく阿蘇家という家そのものに仕えるのであれば、家臣が当主を挿げ替えるということも選択肢の一つではあるだろう。まして、惟種は統率力のあった惟将とは違い、将器にも覇気にも欠ける男であった。

 宗運を追放し、島津家に属すると決めた以上は島津家の命を受け入れることになるのは当然である。家臣たちも覚悟していたことなのに、惟種だけはそれを明確に理解していなかった。

「駒返城は、峻険な山に築かれてはおりますが決して頑強な城というわけでもありません。よくご理解されているはずです」

「認め難いが、否定しても仕方がありませんね」

「当方だけで三〇〇〇の兵がおります。後方には島津家の本隊が今か今かと攻撃の時を伺っているのです。島津が出てくれば、深水殿とてただでは済みません」

 さすがに阿蘇家に仕えているだけあって、駒返城のことはよく知っている。

 防衛能力という点で駒返城は不安が多い城である。敵に指摘されなくても、この城にそれなりに長く在陣している長智は重々承知していることであった。

 仮に島津家が力押しを始めれば、到底持ち堪えることは不可能である。

「仰ることは理解しております。こちらの兵力では、三〇〇〇もの兵を相手にするのも困難でしょうね」

「であれば……」

「曲がりなりにも私は相良の家老。島津の軍門に降ることはできませんが、城を明け渡し退去することは適うでしょう」

 長智なりに主家と現実を天秤にかけた上での返答であった。

「できることならば、深水殿には阿蘇家で辣腕を発揮していただきたかったです」

「それは無理な相談です。次にお会いするときは、再び戦場でとなるでしょう」

 残念そうに長智は表情を曇らせた。

「皆を説得する時間をいただきたい。何分、混成軍ですので私の一存だけでは納得しない者もおります」

「……島津が迫っているということを念頭に入れていただきたい。そう時間は与えられません」

「夜通し説得しましょう。明朝には、門を開け放てるよう調整します」

「左様ですか。分かりました。であれば、明朝、城を受け取りに上がります」

「ご苦労をおかけします」

 深く長智は頭を下げた。

 その後、酒を振る舞うという長智の誘いを断わって守昌は下山した。

 守昌を送り出した長智の下に駆け寄ってきたのは、守昌と同じような赤毛の少女であった。

「深水殿ッ! 聞きましたよ、城を明け渡すと言ったとッ!」

 肩口くらいの髪を後ろで纏めた少女だ。背丈は長智の胸に届かないくらいと、非常に小柄である。

「親房殿。もう日が暮れているのに、そう大きな声を挙げては迷惑になりますよ」

「何を暢気なことを仰っているのですか!?」

 顔を真っ赤にしてかんかんに怒っているのは、宗運の妹の甲斐親房であった。背伸びをするように長智に迫っている。

「よもや、明朝には門を開けると……信じ難いことですッ! よりにもよって、隈庄の軍に開門するなんて!」

「そんなに彼のことが気に入りませんか?」

「当然です! あれは、姉さまの仇敵! 姉さまの敵はわたしの敵です! こんなことならば、わたしも会談の席にいるんでした! そもそも、降伏開城はありえないとすでに決めていたはずです!」

「あなたが会談に参加していたら、さぞ大騒ぎになっていたでしょうね」

「首を獲るまたとない好機でした。あんなの、さっさとぶっ殺せばよかったのです」

 ずいぶんと頭に血が昇っているようで乱暴な言葉を投げかける親房。

 一族の敵なのだから、負けを認めるのは感情的に許せないのだ。この確執は、長智とは関係のない甲斐家内での問題である。

「まあ、親房の言葉は言いすぎにしても、説明は必要だろう」

 と、静かに一連のやり取りを見守っていた男が口を挟んだ。

 すでに鎧に身を固め大身の槍を肩に担ぐ臨戦態勢である。

「こっちはいつでも切り込めるように準備はしていたんだがな。一戦も交えずに門を開くとはどういう了見か」 

「重当殿も、頼もしい限りですね」

「深水殿のことだ。何かしらの考えがあってのことだろう。それをお聞かせいただけるのだろう」

「ええ、まあ、正直に言って、これから考えるのですよ。皆さんと一緒に、一晩かけてね」

 

 

 翌朝、約束の通りに阿蘇軍が山を登り、駒返城の眼前に迫ってきた。数はおよそ五〇〇人ばかりで、残りは山麓の陣から動いていないようだ。

 城門の前で深水長智は待ち構えていた。

 丁寧な仕草で一礼した長智は、

「お待ちしておりました、隈庄殿」

 と、ゆったりとした仕草で応対した。

「深水殿、その顔は如何されたのですか?」

 まず、守昌が気になったのは長智の額に布が巻かれていたことであった。血が滲んでおり、怪我をしているのである。

「昨夜より説得を続けておりましたが、開門に反対する者もおりまして。やむを得ず斯様な仕儀となりました。いやはや、説得すると申しましたのに、面目ありません」

「何の、傷は武門の誉れと申します。むしろ面目を施したとお思いになったほうがよいのではありませんか?」

「然程のものでもありません。単なる仲間割れに過ぎません」

 そう言って長智は門を開け、一行を中に引き入れた。

「昨夜の騒ぎがあったもので、掃除も行き届かず重ね重ね申し訳ありません。引き渡すとなれば、きれいにするのが道理ではありますが、とても間に合わず」

 行き交う侍女たちや将兵は昨夜城内で起こったという小競り合いの後始末に駆られていた。血のついた床を雑巾で拭き、壊れた戸を外して建物から運び出している。負傷兵であろうか。担架に乗せられて運ばれている者もいた。

「亡くなった方々を一所に纏めております。今は冬なので死臭はそう酷くはないかと思いますが、近いうちに荼毘に付すなり埋めるなりしなければなりません」

「その手配はこちらでしましょう。城内を検分させてもらったら、今日のうちには城を出ていただきます。もちろん、考えが変わってこちらに就くのであれば、そのように申し出てください」

「ありがとうございます。生憎、相良家以外の水は合わない性質でして」

「真に、残念です」

 その後、長智は自分の家臣も含めて刀や槍の類を阿蘇家の明け渡した。鎧兜のみとなった長智たちは、侍女などの非戦闘員も一緒になって一軍を率いて城外に出ていく。

 山の中腹辺りで、長智は家臣に命じて陣太鼓を叩かせた。大きな音は山彦となって反響し、どこまでも響いていくかのようであった。直後、明け渡した城の中から喊声が上がり、銃声が轟いた。

 長智は、上の騒ぎを確認してから家臣を引き連れて木々の間に飛び込み、足元の枝葉を払い除ける。土中に隠されていたのは刀と槍であった。夜間のうちにこれを隠していたのだ。

「長智様! 甲斐殿の救援に参りましょう!」

「うむ、あの娘、下手を打つとここで死にかねないからな」

 昨日の晩に大荒れした甲斐親房は、今日は朝から死体の真似事をして過ごしていた。戦いで傷ついた死体を放り込んでいるとしていた小さな蔵はその実、死体に扮した親房ら強襲部隊の隠れ蓑であった。

 誰も死体が放りこまれた小屋を細かく検分したいとは思わない。長智の話術もあって、そこは上手く見逃されていた。ばれたところで、騒ぎを起こすのが繰り上がるだけなのでさほどの問題はなかったのだが。

 この策を実行する上で重要だったのは、敵の数だ。

 もしも、城を受け取りに来た敵の数が多ければ、長智は門を開けずに銃撃からの徹底抗戦を主張していただろう。

 今回は引き込んで勝てる人数で城を受け取りに来たので、内と外からの挟撃という形を選んだのだ。

 和睦した振りをして敵を討つのは下策ではある。次に本当に和睦したいときにできなくなるからだが、すでに宣言している通り、長智には相良家以外に身を寄せるつもりはない。義陽が降服していないのに、長智が降服する理由がないのである。

「さてさて、どこまで敵を討ち減らせるか」

 異変に気付いた麓の阿蘇軍が山を登ってくるのも時間の問題である。

 それまでに城門を閉じ、迂闊にも内部に入り込んだ敵兵を一掃しなければならない。

 こちらは完全に敵の不意を突いた。敵は城内に散っているので、軍としての統制が取れておらず、親房を初めとする士気の高い甲斐軍に突き崩されて壊滅していった。 



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その六十八

 長智の眼前には、ひしめき合う敵の軍旗。黒々とした鎧兜がずらりと並ぶ姿は、凄まじい迫力で、心理的な圧迫感が日に日に強くなる。

 阿蘇軍の侵攻を口八丁とだまし討ちで大いに遅らせ、敵の兵を減らすことに成功した長智であるが、残念ながら隈庄守昌は手傷を負わせたものの仕損じてしまった。

 初戦で挙げた首級は七十を数え、城内での激戦でこちらにも多数の死傷者が出た。安心しきった敵を自分の城内に引き込み不意をついて挟撃するという悪辣な手を使ったため、もう交渉の余地は一切ないだろう。

 もともと、駒返城の防御力は高いとは言えない。山の頂に本丸を設けてはいるが、空堀すら設けていない。防衛のための城というよりも、駒返峠を往来する人たちを監視するための城と考えたほうがいいだろう。

 そんな城なので、そう何日も篭城できるものではない。

 開戦から十日が経過している。

 すでに府内にも早馬が届いていると見ていいだろう。

「そろそろですか」

 西に太陽が沈む。遠く東の空から夜が押し寄せてくる。今日も天気が良さそうで、月を隠す雲はほとんどない。

 長智は、軍議の間に指揮官級の五人の将を呼び出した。共に篭城している仲間の生き残りである。その中には甲斐親房や甲斐重当もいる。

「えー、簡単に言うともう城門も限界が近くなっているので、今宵後方に退こうと思います」

 緊張感のないのほほんとした言葉遣いで長智は言った。

「敵の第一陣を足止めするという役割は十分に果たしたと思いますので」

「待ってください。まだわたしは戦えます」

 真っ先に身を乗り出したのは、親房だった。

 額に血が滲んだ包帯を巻いている。服に隠れて見えないが、二の腕にも切り傷を抱えていた。それでも、彼女の顔に恐怖はなく、ただ滾々と湧き上がる戦意だけがあった。

「まあ、待て親房」

 と、血気に逸る親房を止めたのは重当であった。

「まだ深水殿の話が終わっていない」

「ありがとうございます、重当殿」

「戦えるというのならば、俺も戦える。だが、それは深水殿も承知の上だろう」

「もちろんです。そして、まだ戦えるからこそ、この辺りで退くべきなのです」

 長智は微笑を浮かべて言った。

「なぜですか?」

「ここで玉砕するよりも、背後の南郷城を拠点に敵を迎撃するほうが、より長く敵を足止めできると考えるからです」

 長智たちが篭る駒返城は駒返峠の入口を守る拠点だ。昔の阿蘇家当主が、矢部から南郷へ移動しようとした際に、険しい峠道で馬が引き返してしまったという故実からその名がついた。この近辺でも特に足腰に来る峠道である。

 この駒返城を抜けると山道の先に南郷城があり、そこを越えると南郷の平野部に出る。

 このままで城下にまで敵の陣が迫る状況を座して見ているよりも、背後に城を背負い山道を駆使して敵の足止めに専念するほうが効果的ではないか、というのが長智の意見であった。

「我々は敵を散々に虚仮にしましたからね。そろそろ、痺れを切らせて総攻めにかかってもおかしくありません。現状、この駒返城では耐えられないでしょう。無為に落城すれば、南郷城まで敵を遮るものはありません。城に篭っているだけでは、足止め役としては不十分。南郷へ至る山道の途上に逆茂木のように人員を配し、只管足止めに徹することで時間を稼ぎます」

「地の利を活かすと言えば響きはいいが、それは……」

 まだ戦えると口にした重当ですら、絶句する。

 少数精鋭を山道に配置して、攻め寄せる敵を受け止める。あくまでも少数なので突破はされるが、それを何度も何度も繰り返すことで敵全体の足を止める。

 それは背後の味方のために、兵を使い捨てる狂気の策であった。

「まだ戦える。そして、この城に集った皆は最初から命を捨てている者ばかり。だからこそ、その命を最大限に使い潰させてもらいます。すべては義陽様の恩ために。そして、あなた方のお仕えする主人のためにです」

 物静かな言葉遣いに宿る信念に一同は総身が震える思いがした。

 誰かが生唾を飲んだのは確かだが、自分の喉は渇くばかり。皆、そのような感覚に囚われている。

「さて、それで撤退の件ですが、委細は重当殿にお任せします」

「深水殿は、如何される?」

「この策を言い出した者として、まず第一の逆茂木となります。即ち、私と相良の手勢はこの城と運命を共にします」

 長智の言葉を聞いて、親房が勢いよく立ち上がった。

「待ってください! それでは、話が違います! この城では戦えないから、後方に退くはずではないのですか!?」

「その通りです。ですが、それでも城というのは敵を惹き付けます。落城すれば、この城内の者は皆死にますし、それももう時間の問題となりました。ならば、無為に死者を増やす意義はありませんし、城も有効活用すべきなのです。先ほど申しましたように、皆さんには命を使い潰していただきます。その先陣を、この深水長智が務めさせていただくのです」

 どうあっても城は落ちる。ならば、落ちる城に大人数を込めておく必要はない。その背後に伸びる少人数でも時間稼ぎが可能な山道に配置したほうが効率的だ。その上で、自分は落城までこの城に残るというのだ。

 命懸けの作戦になる。

 あくまでも、後方の本隊が来るまでの時間を稼ぐ殿のような仕事だ。そして、本当に大内家や大友家が増援を送ってくれる保証まではされていない。見捨てられる可能性すらある中で、迫り来る敵の大軍を引き受けるのは、とてつもない胆力が必要だ。

 そのために、長智は城に残るのだ。

 命を賭けることが前提となる策を提案した将として、その最も分かりやすい例を示そうとしているのである。

「死ぬ気だな、深水殿」

「死ぬつもりはありませんが、そうなる可能性は高いでしょうね」

 死への恐怖をおくびにも出さず、長智は言った。

 重当の鋭い眼光にも、長智は怯まない。

「そんな。深水殿が残るのであれば、わたしも残ります。おめおめと引き下がるわけには行きません!」

「却下です」

「どうしてですか!?」

「あなたには、後ろをしっかりと支えてもらわなければなりません。勢いのある人でなければ、危険な任はこなせませんからね」

 危険極まりない殿の仕事ができるのは、高い統率力と前向きな心を持つ者だけだ。

 猪突猛進なところはあるが、前線で槍を振るえる指揮官ならば、配下もしっかりついてくるだろう。長智はそう考えていた。

「でも……!」

「もういいだろう、親房」

 なおも食い下がろうとする親房を、重当が制した。

「確かに、この城はもう持たないだろう。落ちれば、一足飛びに南郷城までの道が開ける。それだったら、道沿いの関を増強して、敵の足止めに利用したほうがずっといい。深水殿の案に、俺は賛成する」

 重当が明確に賛同したことで、ほかの諸将も渋い顔で同意する。

 長智を見捨てる形になる申し訳なさと、敵に城を渡すことになる不甲斐なさがあった。

「待って、わたしはまだ……」

「親房、時間がない。決まったことに文句を垂れる前に、自分の仕事を始めろ」

 厳しい口調で、重当が親房に言った。

 反対したい気持ちは全員が共有しているのだ。納得だってしていないだろう。その上での決定だ。多数決で決まったことに、軽々に反意を唱えることはできない。

 親房は唇を噛み締めて俯くしかなかった。

 その後、日が沈む前にと一押ししにきた敵兵を何とか退けてから、親房は自分の手勢を纏めて静々と城を出た。

 独立峰に築かれた山城や平野部の丘城と違い、この駒返城は東西一繋がりの外輪山の峠道沿いに建てられた城だ。完全に包囲するなど、どれだけ人手を掻き集めても不可能である。よって、抜け道を通れば敵勢の目を盗んで城を脱することもできた。

 空には三日月。

 光量は少ないが、皆無ではないという程度。身を潜めて行動するには都合がいい。

 落ちていった親房たちを見送った長智は、安心したとばかりに吐息を漏らした。

「まずは親房を逃がしたかったというところか、深水殿」

「宗運殿には、ずいぶんとお世話になりましたからね」

 長智の主君である相良義陽が宗運と竹馬の友であることなど、九国にいる武将ならば誰でも知っている常識である。

 その縁を頼り、相良家が阿蘇家に逃れ、そして宗運と共に大内家に去ったことも周知の事実である。

 長智にとって、宗運は主君の親友であり相良家の命脈を繋いでくれた恩人なのだ。まして、宗運の妹の親房が、自分と共に討ち死にしようとしてくれている。それだけで、十分であった。

「まだ若い身空で討ち死にする必要もありません。後のことはよろしく頼みます」

 と、長智は親房と同じ甲斐一族の重当に頼んだ。

「ああ、まあ、仕方ない」

 ひゅん、と空気を切る音がする。

 そうと分からないうちに、長智は膝から崩れ落ちた。倒れた長智が頭を打たないように、重当は襟を掴んで乱暴に身体を支えた。

 重当が長智の顎先を拳で弾くように打ったのだ。仲間からの不意打ちには、長智も対応できなかった。もともと突出した武勇の人というわけでもない。咄嗟の回避は叶わなかった。

「し、重当殿、突然何を!?」

 長智の家臣が色めきたった。当然である。自分の主が、突然意識を断たれたのだから。

「騒ぐな。申し合わせた上のことだ」

 そう言うと、ぞろぞろと重当の家臣たちがやって来る。それだけでなく、先ほどの会合に出席していた将も混じっている。

「敵は島津とはいえ、攻めてくるのは阿蘇の者どもだ。言うなれば、これは阿蘇家の内訌であり、相良家の者があえて先頭に立つ必要はない」

 そう言って、気絶した長智を彼の家臣に受け渡す。

「親房が辿った道を使えば、問題なく外に出られるだろう。深水殿の智慧は窮地にこそ必要だ。何より、あの猪娘の手綱を握るのは御免だ」

 城に残るのは重当と名乗り出た者を合わせた僅かに一〇〇余名。これで、城門を固く閉ざし、できる限りの徹底抗戦を図るつもりなのだ。

「さっさと行け。主人が目を覚ましたときには、引き返せない場所まで行っててもらわないと俺も困る」

「重当殿……忝い」

「礼は不要。今しがた言ったとおり、まだ相良の出番ではないというだけのことだ」

 そもそも、この城自体が阿蘇家の物だった。長智が城代を務めたのはその能力が買われてのことだが、だからといって最後まで共にする必要はない。阿蘇家の不始末は、できる限り阿蘇家所縁の者で対応したい。

 阿蘇家の者に相良家累代の名将が討たれたとなったら、宗運がどれだけの衝撃を受けることか。

 重当と宗運は特別親しいわけでもないが、その能力は高く評価している。そして、二心なく阿蘇家に仕えていたからこそ、宗運に対する仕打ちに義憤を燃やしてここにいる。

 長智が倒れた今、城内の発言力は重当に一極集中している。

 暴力的に権力を手に入れた重当だったが、反発の声は上がらなかった。

 長智がそれだけ慕われる将であったということでもあった。

 家臣に背負われて城を退去する長智を、寂しげに重当は見送った。

「すまんな、深水殿」

 強く決死の覚悟をしていたであろう長智の思いを無碍にしたことを小声で詫びた。

 この後、さらに三日間駒返城は篭城を続け、最後の一人になるまで抗い続けた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 大内家が尼子家と島津家を相手に苦慮している時、京では大きな動きがあった。

 長らく対立していた三好家と将軍家が和睦したのである。

 三好家は阿波国に発した名族で、もともとは細川家に仕える家柄だ。現当主の長慶の父元長が、管領の座を巡る細川家の内訌で駆り出されたことで畿内への足がかりを得た。

 元長は、細川晴元の勝利に大きく貢献したものの、後に危険視され一向一揆と手を組んだ晴元により攻め滅ぼされてしまっている。

 この争いには、細川家の権力争いだけでなく、三好家総領の座を巡る争いも関わっていたとされ、晴元と蜜月の関係にあった三好政長が首謀者であったともされている。

 ともあれ、長慶は父の仇である晴元の下でじわじわと頭角を現し、政長と政治的な暗闘を続けながら勢力を拡大して、ついに武装蜂起、晴元と政長を追い落とし自らが政権の中心に立った。

 この事件の際に将軍家とも対立してしまったのが、今に至るまで続いていた京における権力争いの根である。

 長慶としては、敵はあくまでも晴元と政長。政長はすでに討ち果たしたので、晴元さえどうにかできれば、将軍家と敵対する理由はなかった。

 管領は細川氏綱が就任している。長慶が晴元に代わるものとして担ぎ上げた。そして、傀儡でもある。実権は一切与えられず、ただそこにいるだけの存在だ。

 将軍と和睦して、氏綱の管領継承を正式に認めさせれば、晴元の影響力をほぼ排除できる。将軍を朽木から京に帰還させるというのは、長慶にとって重要な政治工作であった。

「此度の和睦、祝着至極に存じます」

 艶やかな着物を身に纏う妖艶な美女だった。

 長慶の腹心松永久秀である。

 出自ははっきりとはしないが、それなりの財を成した家の出であろう。噂では摂津国の土豪出身ともされるが、この乱れた時代では出自を脚色する者も多数いる。明確に遡れるだけの名族であっても、意図的に自分の系図に手を加えることもあるくらいだ。久秀のような、身分の低い者の出自は当てにならないし、能力を重視する長慶の下ではさほど重要なことでもない。

 祐筆として長慶に近侍し、軍事に政治に力を発揮し、今では大和一国を任されるまでになった出世頭の筆頭である。

 ――――黒い噂も聞こえてくるが、それが事実なのか嫉妬による讒言なのかは分からない。

「久秀が骨を折ってくれたおかげだ」

「わたしは自分にできることを最大限に行ったまでです。皆、戦に疲れ飽いていた頃合でしたので、運よく実現しました」

「謙遜を。あの難しいお方を説得できたのは、何にも勝る功績だ」

「六角家が仲介してくださったことも、大きいのです」

 近江国の大名である六角家は、幕政に強い影響力を持っている。三好家の台頭で、その力が大きく減じているとはいえ、それでも強力な大名だ。義輝が逃れた朽木も、六角家の勢力圏内で、将軍家にとって六角家は切っても切れない重要な存在だ。

 そこで長慶は久秀を通して六角義賢と連絡を取り、和睦した。幾度か鋒を交えた間柄であった、義賢としても強大化した三好家と敵対し続けても意義がないと判断したようだ。彼女には浅井長政という宿敵がいる。これと長慶が結ぶくらいならば、長慶を味方にして背後を固め、江北に対抗するほうが得策だった。

 義賢が長慶と和睦したことで、義輝は梯子を外された形になった。

 義輝は個人としては、高い戦闘能力を持っている。剣豪将軍などと渾名されるほどだ。しかし、軍事力という観点では脆弱に過ぎる。彼女を担ぎ上げる大名の軍事力に頼らなければ、戦も満足にできない。中央を三好家が押さえ、六角家が三好家と結んだ以上義輝の軍事力は皆無と言っても過言ではないだろう。

 それが分からないほど、義輝は凡愚ではない。

「殿下は、まだ諦めてはいませんよ」

 と、久秀は言った。

「分かっている。あの方は、気骨に溢れる方だ。自分で動かせる軍をお持ちならば、畿内のみならず、日ノ本すべてに号令を掛けるくらいはしてのけるだろう」

「そうでしょうね。もっとも、それを実現するだけの力をお持ちではありませんが」

「武力はないが、将軍の権威は厄介だ。そうだろう?」

 久秀は微笑を浮かべて頷く。

 現実の武力は三好家が将軍家を圧倒している。義輝など、長慶が攻めろと命じればそこまでの儚い存在でしかない。

 その一方で、将軍であるというだけで立場は長慶よりも上になる。長慶はあくまでも細川家の家臣であり、義輝は主君のさらに主君なのだ。

 通常の大名家であれば、下克上として上の者を追い落とすものだが、将軍ともなるとそうもいかない。結果、長慶は畿内全域を支配下に収めながら、将軍の下に甘んじている。

「殿下と和睦したものの、このまま殿下が静かにしてくださるとは思えません。恐らくは、今後、長慶様のご政道にも、いろいろと嘴を挟んでくることでしょう」

 三好家の政治はそのまま幕政に関わる。長慶は将軍を軽んじるつもりはないが、かといって手に入れた領地を寄進するようなこともできない。そのようなことをすれば、三好家が瓦解してしまうからだ。

 京に服した義輝は間違いなく将軍親政を目指すことだろう。必然的に幕政に対する長慶たちの影響力をそぎ落としにかかるはずだ。

 事実上の支配者と名目上の支配者が異なっている。それが、日ノ本の中心でのことなのだから当事者も含めて皆が頭を痛めている。

 義輝が大人しく傀儡に甘んじてくれればいいが、自己主張が強いだけでなく、政治的な感性も優れている義輝が黙っているはずがない。

 そうなると、今後も義輝との対立は継続していくことになる。やむを得ないとはいえ、長慶は巨大な爆弾を内部に抱え込むことになってしまったのだ。

「これから、どうなさいますか?」

「さて、どうするかな。一先ずのところは、殿下が京に無事戻られたことを喜ぶとしよう。いずれそのときが来るかもしれないが、今ということでもないから」

 明確な決定を長慶はしなかった。

 ここで余計な発言をするもの問題だと思ったからだ。内々のこととはいえ、長慶の発言は三好家総領の発言となる。明確に義輝に敵対するわけにもいかないし、かといって義輝に完全に従属する発言をして、付け入る隙を与えるわけにもいかない。

 どこに義輝方の耳目があるとも限らないのだ。高度に政治的な話題は、時と場所を選ぶ必要があった。

 長慶の言葉を受けて、久秀は表情を変えることなく微笑を浮かべるばかりだった。

 長慶の置かれた難しい立場も悩みも、久秀は承知している。畿内を統べるということは、将軍権力との激突を避けられないということでもある。

 長慶は今後、どうあっても義輝と今まで以上にぶつからなければならないし、今後三好家を発展させていくために、強硬な手段を取る必要も出てくる。

 後は、長慶が決断を下せるかどうかという、ただその一点にかかっているのであった。



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その六十九

 島津家の肥後国攻略の動きが俄に激しさを増したことで、九国全域が痺れるように震えていた。

 北部は迫る敵に恐怖し、南部は更なる発展に期待感を高め、そして北部と南部の思惑が入り乱れる肥前国にあっては、島津家も大内家も直接介入はしていないにも関わらず、受ける影響は極めて大きかった。

 島津家と大内家という二大勢力が睨み合っている肥後国以外では、肥前国が最も混迷を極めている。

 龍造寺家の分裂に端を発する戦火は各地で小競り合いを繰り返しながら、肥前国内全域に広がっていた。

 この事態を収拾するには、どちらか一方が倒れるか和議を結ぶかの二択だ。後者を勧める者もいたが、龍造寺信周も龍造寺長信も互いに譲れないものがあり、さらに和議が履行されるかどうかも怪しい状況である。和議の話は立ち上がった直後に消えてなくなった。

 最早、決着がつくまで戦うしかない。

 そういった緊迫した状況下で、阿蘇家の陥落からの島津軍の北上により、島津家と結びついた信周派の勢いが強まった。

 島津家という猛毒を背景に肥前国の南部からの支持を取り付けた信周は、足元を固めるために藤津郡に進軍した。

 藤津郡は有明海に面した肥前国の南側の地域である。

 南部では数少ない長信派の地域で、鍋島直茂の姉である鍋島信房の指揮下にある。

 信周はここを攻略するために、肥前国南部へ調略を仕掛けており、隆信の時代に冷え切った南蛮との関係改善を標榜してキリシタン大名たちとの連携を実現していた。

 その急先鋒が島津家と結んだ有馬晴信であり、その影響下にある大村純忠、大村家に属する長崎純景もまた好機到来とばかりに信周に与する形で出陣した。

 大村純忠は有馬晴信の叔父に当たり長崎純景もまた祖父が有馬家からの養子である。つまりは有馬家の血縁者だ。さらに、彼等はキリシタンという共通項を有していた。

 血縁者であると同時に宗教的同朋でもある彼等は、もともと反南蛮神教の立場であった隆信との折り合いが悪く度々攻撃を受けていた。晴信が島津家と結んだのも、龍造寺家からの圧迫を跳ね返すためであった。

 そして、今、困難に直面した信周はそれまでの方針を捨ててキリシタン大名を容認する方向に舵を切った。さらには、信周自身の改宗もちらつかせている。それを、真に受ける晴信ではなかったが、都合がいいのは確かだ。信仰の道は万民に開かれているものだし、信仰に目覚める動機は人それぞれだ。その芽を摘むよりも、手を携えてより多くの人々に信仰を伝える下地を整えるほうが建設的であった。

 さらに、彼等が信周派を応援する理由は長信派の構成員にもあった。

 今、進軍している先にある藤津郡には、長信派の武将が集結している。その中には、反南蛮神教を掲げて度々純忠や純景を攻撃していた西郷純堯、深堀純賢兄弟がいる。この二者が長信派にいるというだけで、南蛮神教を信奉する南肥前国の諸将は手を取り合うというものだ。

 このような理由もあって、有馬晴信を筆頭とする軍勢が、信周に味方をして藤津郡を踏み荒らさんと意気も高らかに進んでいたのであった。

 

 

 肥前国の南部が龍造寺家の内訌を理由にした宗教戦争の様相を呈していたころ、島津家の動きに応じた信周は、自ら三〇〇〇の兵を集めて長信への圧力を強めた。

 往時には万を越える軍勢を擁した龍造寺軍だが、分裂と内訌によって動員能力が大幅に減じてしまった。肥前国内各地で、長信と信周を主として小競り合いが続いている。多くは主人の名の下に領土争いをしていた敵対者を倒して権益の拡大を図る者たちだ。忠誠心には期待できない。

 それでもそういった者たちの盟主が龍造寺家なのだ。

 龍造寺家の本城たる龍造寺城を奪ったことで、肥前国の政治の中枢を確保した信周は、島津家と結びつつそれまで敵対的だったキリシタン大名を取り込むことに成功した。軍事面でも政治面でも優位に事を運んでいる。

 この情勢下で三〇〇〇人もの兵を動員したこともまた、彼の力を誇示するものでもあった。

 信周出陣の報に接した長信派は、動揺した。

 藤津郡からの援軍は、信周派の武将たちからなる軍勢の相手をしなければならないために期待できない。

 大内家と何とか和睦したものの、そちらからの援軍も島津家の北上に対応するために難しい。

「篭城以外にない」

 というのが、自然な流れであった。

 とはいえ、篭城策というのは援軍が期待できる状況下で効果を発揮するのが常である。敵と野戦するだけの兵力がないために、援軍が来るまで耐え凌ぐ時間稼ぎの戦術だ。

 援軍の見込みがまったく立たない現状では、死期を先延ばしにすることしかできない。落ち延びるという手もあるが、どこに逃げるのかという問題に直面する。

 長信が篭る梶峰城は、龍造寺城の西に位置する。大内家の領土に行くためには、信周派の地をすり抜けるという危険を冒さなければならない。

 何よりも、ここでの逃亡は肥前国を完全に信周に明け渡すことになる。意地を見せない統治者に下の者は就いてこない。長信派が一瞬で瓦解してしまう。

 梶峰城を恃みとして、一戦に及ぶ以外の選択肢がない。

 長信は頭を抱えた。

 集まったのは信周の半数に届くくらいだ。

「大内家が島津家に勝利すれば、流れは変わります。しかし、いつ彼等の決着が付くかは不透明です」

 意見を求められた直茂が、率直に言い切った。

 大内家と島津家。この二つの家の権勢を背景にした内訌だ。肥後国での戦いに目処がつけば自ずと肥前国での旗色にも変化は出る。

 大内家との和睦は、はっきり言って毒であった。何せ、隆信を討ち取ったのは大内家だ。龍造寺家の家督争いに勝利するために、龍造寺家の当主を討った相手と結ぶなど形振り構わないやり方には批判も出ているし、信周にとっても格好の批判材料であった。姉の仇討ちを標榜する信周からすれば、姉の仇と手を結んだ不忠者を成敗するという論法が出来上がった時点で勝利が確定したものと思ったであろう。

 その一方で、信周は隆信と長信の母である慶誾尼を討ったという事実も抱えている。長信にしてみれば、直接的な母の仇である。信周と対立する名分はすでに得ている。

 どちらにも譲れない主張があるからには、勝敗を明らかにするしかない。長信が生き残る道は、この戦を乗り切ることでしか開けないのだ。

「他力本願しかないのか」

「大まかな流れとしては、大内家と島津家の動向に左右されます。低い可能性ではありますが、敵の大将を討ち取れれば単独での勝利もありえます。言うまでもないことですが」

 長信と信周の争いだ。敵の大将――――信周の首を挙げることができれば、この戦いは終わる。

 寡兵で大軍の中に潜む大将首を挙げるなど、理想論だ。そういった戦いが過去にないわけではないが、多種多様な運が味方をしてくれた結果でしかない。

 かつて、大友家が龍造寺家に対して六〇〇〇〇もの大軍で攻撃を仕掛けてきたことがあった。味方の兵は僅かに五〇〇〇人に届くくらいの絶体絶命な状況であった。

 それを、直茂は五〇〇人前後の夜襲部隊で打ち破った。大将首を挙げて、大友軍を蹴散らしたのだ。

 その記憶は龍造寺家の諸将には色濃く残っている。

 直茂の存在は、長信たちにとっても最後の支えであった。

「敵はおそらく明日には到達するでしょう。篭城するにしても、一方的に攻撃を受けるだけでは、耐えられるものも耐えられません」

「どうするんだ?」

「兵力差はそう大きくありません。今後、敵の数が増えるでしょうが、そうなる前に一撃を当てる必要があります」

 篭城だけではない。敵が三〇〇〇人ばかりであるのならば、外に出て一戦に及ぶことも不可能ではない。さすがに二倍の敵を蹴散らすのは困難な作業ではあるが、戦いにならないというわけではない。

「篭るだけでは意味がないか」

「何もしなければ、敵に同調する者が集結してしまいます。こちらに、戦う意思があることを明示するのは重要です。不利なままを享受していては、兵の集まりにも影響しましょう」

「信周を追い返すことはできないのか?」

「可能です。ですが、そのためにも長信様には冷静でいていただかなくては」

「分かっている」

 兵力差を考えれば、信周を追い返せる可能性はある。不可能でないだけ、まだ希望はあるのだ。

 それに、大内家の手を借りずに信周に勝利できれば、長信の名声は広く知れ渡るだろう。大内家と結びはしたが、その副作用として内政干渉に悩まされることも覚悟しなければならない。であれば、できる限り大内家の力に頼らない形で優位に事を運ぶのが、将来のためであった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 駒返城の落城は、すぐさま南郷地域全体に知れ渡った。城山の頂上付近に設けられた城塞は、建物全体に撒かれた油と火薬によって火達磨と化し、城兵共々灰燼に帰した。炎と煙は狼煙となって、島津軍の接近を知らせる事となったのだ。

 城を攻め落とした勢いに乗じて、阿蘇家は峠道を下っていく。城山を下れば南郷の平地に出る。阿蘇家の領地とはいえ、今は事実上大内家に占拠されている。それを取り戻すという大義名分を掲げての進軍である。

 狭い峠道を駆け下りる阿蘇軍。

 城を落としたことで勢いに乗る彼等は、そのままに次の標的となった南郷城を目指した。

 南郷城は、阿蘇家が今の領地に城を構える前に拠点としていた城。阿蘇家の先祖が築き、日々を過ごした場所だけに、その奪還は彼等の沽券にも関わる重大事だ。

 どっと押し寄せる阿蘇軍の兵の足が不意に地面を踏み損ねた。

 足元にあった枯葉が舞い上がり、天地が逆さまになる。

「あああああああああああああああ!?」

 峠道に仕掛けられていたのは深い落とし穴だった。落下した数名は、穴の底に埋め込まれた杭に貫かれて絶命する。何とか杭を避けられた者も、重傷は免れなかったし、止まれなかった後続が足を踏み外して落下したことで、その下敷きになってしまった。

「今! 撃て!」

 パンパンパンと銃声が響く。木々に隠れていた兵が、足を止めた阿蘇兵に銃撃を加えたのである。

 バタバタと倒れていく阿蘇兵。狭い峠道だ。銃撃は十分以上に効果を発揮してくれる。

「退けッ、退けッ!」

 浴びせかけられる銃火に勢いを殺された阿蘇兵は、一目散に逃げていく。

 そこに、

「掛かれッ!」

 の号令と共に側面の山肌を無理矢理に滑り降りてきた甲斐兵が飛び掛る。

 身軽にするために、胸元を守る古臭い皮の鎧だけという格好の十五、六人の兵が横槍をつけたのだ。

 大軍で押し通ることのできない山道だ。しかも降り坂である。攻めれば勢いが付き過ぎ、逃げれば駆け上らなければならない。

 味方同士で押し問答をしている間の強襲で、阿蘇兵は壊乱した。

「深追い禁物。持ち場に戻ってください」

 指揮を執っていたのは、深水長智だった。

 駒返城で命を断つつもりが、思いがけず延命してしまった。それを口惜しいと思いながらも、為すべきことを為さなければならないと即座に切り替えた。

 戦友の死を悼むのは、この戦を終えてからでも遅くはない。もしも、力及ばず首を獲られても、それはそれ。重当の下に逝き、頭を下げることができる。

「ここはもうしばらく持ちそうですね」

「まだまだ行けます」

「ええ、この穴を再利用します。しっかり隠してください」

「また引っかかるでしょうか?」

 落とし穴がそう何度も通用するだろうか。落とし穴があると知られれば、対策もされるだろう。

「この穴の所在を正しく把握しているのは我々だけです。敵からすれば、穴があると分かっていても、どこにあるのかは具体的には分かりません。穴が見えなければ、相手は足元を警戒して進軍速度を緩めるでしょう」

 なるほど、と家臣は頷いた。

 敵の足が止まれば、矢弾の的だ。落とし穴が仕掛けられている可能性を捨て去れないのならば、敵は峠道を駆け下ることができない。道の安全を確かめながらの行軍は、ただでさえ時間のかかる山道で、さらに時間をかけることになるのだ。

「戦はまだ始まったばかりです。心して仕事に取り組んでください」

 穏やかな語り口に厳しい表情を織り交ぜて、長智は家臣に話しかけた。ともすれば、これが最後の会話になるかもしれないという状況にも関わらず長智は冷静であった。

 南郷へ至る山道には、彼等を初めとする決死隊が、幾重にも関を設けている。さらに、落とし穴のような罠も張り巡らせているので、ちょっとやそっとでは突破できない。

 決死隊ながら戦意も高い。まだまだ戦いは続けられそうであった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 阿蘇家の不甲斐なさに嘆息したのは、作戦立案を担当した歳久であった。もともと、宗運のいない阿蘇家にはさほど期待していなかったのだが、それでも肥後国最大勢力として名を馳せていただけあって、個々の力はそれなりに高い。

 しかし、個としての質が高くても、それを運用する側の質はいいとはいえない。阿蘇家は阿蘇惟将と甲斐宗運という二本の柱を失った時点で、張子の虎となったのだ。

 期待した阿蘇家の名も、あまり効果がない。大内家に靡いた南郷谷の勢力にとっては、阿蘇家とはその程度のものだったのだろう。

 阿蘇家が駒返峠の攻略に苦慮している頃、島津家は新たな行動を起こしていた。

 奮闘する阿蘇家の背後をすり抜けてまったく別の道から南郷へと至ろうとしていたのである。送り込まれた新納忠元は、主君の容赦のない人使いに苦笑しつつ、二の句なく命令を受け入れた。

 標的としたのは慈水城。久木野備前守が城主として篭っている外輪山に築かれた山城の一つだ。

 山道の険しさは駒返峠に勝るとも劣らない。冷たい冬の風が吹き抜ける山道を音を立てないように細心の注意を払って行軍する。戦時でなければ、山腹からの景色を題材に一句詠みたいところだ。

 山道が険しいということは、敵には忠元たちの姿が見えないということでもある。何も悪いことだけではないのだ。

 早朝に動き出し、山頂付近の慈水城に至ったのは正午を回ってからであった。それでも暗くなる前に、これといった妨害もなく到達できたのは僥倖であろう。城方もぎょっとした様子で、新納軍の到来に対応しようとしている。

「敵は寡兵。おまけに駒返峠の攻防に意識を割いていたためか、今更に俺たちに気付いたらしい。このまま一気呵成に攻め立てて、一息に慈水城を抜いてしまうのだ」

 登山の疲労もあるだろうが、休む余裕はない。万が一にも増援が現れれば、厄介だ。迅速な行軍のために、忠元たちもまた寡兵であったからだ。この山道を撤退のために下るのは命懸けとなる。とにかく、決死の覚悟で慈水城を攻略するしかない。

「まずは降服勧告の使者を出して様子を見よ。ただし油断はするな。駒返城を攻めた阿蘇家のようなことになっては新納家の面目に関わる」

 使者として遣わされたのは家老は、固く閉ざされた城門より撃ちかけられた威嚇射撃によって引き返さざるを得なかった。

 それを以て、忠元は総攻めを決断する。

「流れる血は少ないに越したことはないにせよ、こうなっては仕方がない。者ども、命を惜しむな!! 死力を尽くして城を獲れ!!」

 忠元の下知が発せられるや否や、新納軍は色めきたった。目の色が変わったのだ。怒号を発して城門に襲い掛かる新納軍は撃ち掛けられる銃弾に怯みもしない。倒れた味方を踏み越えて、城を奪わんと強襲する。

 大きな黒い瞳を爛々と輝かせた少女が大身の槍を掲げて突貫した。並み居る将兵よりも背は低いが、鎧を着ていながらもその動きは野鼠のように素早い。

「新納忠元が長女、新納忠堯! 一番槍をいただく!」

 叫んでから、忠堯は槍を投じた。唸りを上げた投槍が、城門上で鉄砲を構えていた敵兵の喉を突く。悲鳴を上げることもできずに敵兵が門下に落ちる。

「姫、危のうございますぞ!」

 忠堯の傍に侍る将が叫ぶが、忠堯は城門に攻めかかる新納軍の兵に混じって姿が見えなくなった。背が低いので、男の兵が複数いるとすぐに隠れてしまうのだ。そのため、彼女の槍は居場所がすぐに分かるように真紅に染め上げられていたのだが、その槍を事もあろうに真っ先に投げてしまったので、どこにいるのかが分からない。

 そのおかげで、鉄砲から狙われないで済んでいた。城門に取り付いた忠堯は、一緒に駆けて来た友人の川上忠堅と目配せする。

「忠堅、投げろ!」

「気をつけろよ!」

 忠堅は忠堯とは対照的に背が高い。がっしりとした体格の男である。この男が両手の平を重ねて姿勢を低くすると、忠堯はその手に飛び乗った。いつの間に回収したのか、真紅の槍もその手に戻っている。

「うらあッ!」

 全身をバネのように使って、忠堅は忠堯を投げ上げた。矢弾で門の上の敵兵の多くが倒されているが、それでも根気強く守っている者もいる。そうした敵兵の真っ只中に、忠堯は飛び込んだのだ。

 城といっても土塀に門を設けた程度のものだ。乗り越えること自体も然程難しくはない。

「何だとッ」

「小娘、貴様ッ」

 門を死守しようとしていた敵兵に忠堯が槍を入れる。振り回した槍で胴を払い、思いっきり蹴飛ばして敵を門から落とす。忠堯の活躍で混乱し手薄になった門の上に、追撃の新納軍がよじ登る。門を抉じ開けるよりも先に、門を乗り越えてしまったのだ。そして、城内に飛び込んだ新納軍は城門周辺の敵を蹴散らし、門を開け、味方を引き入れた。

 城主久木野備前守も、城門が破られたとなれば持ちこたえることは不可能と、慌しく城を捨てて逃げて行った。

 

 



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その七十

 島津軍の北上の報に接し、晴持たち大内軍も急ぎ軍勢を召集した。

 島津家はこの機会に一気に肥後国を攻め取ろうと考えているだろう。

 阿蘇家が陥落した今、大内家を除いて島津軍の北上を阻む勢力はなく、そして肥後国に対する大内家の支配は限定的だ。

 島津家に対する反感から大内家と結んだ国人はいても、明確に大内家に仕える者が所領を持っているというわけではないのだ。

 そのため、可能な限り早く兵を整えて戦地に送り込む必要があった。

 もともと備えとして高森城を守らせていた長宗我部元親に、大友家からの援軍として派遣した立花道雪という二人の名将が南郷谷に入っている。

 だが、それだけでは戦力不足である。

 島津軍の全力を受け止め、跳ね返さなければならないのだ。

 兵力は敵よりも多く用意しなければならないし、率いる将も歴戦の猛者を掻き集めるべきだ。

 幸いにして筑後国の鎮圧を終えた陶隆房がいるし、島津家のやり方をよく知る相良義陽と甲斐宗運も味方になってくれている。

 すでに相良家縁故の者も続々と集まっており、旧領奪還の意欲は高い。

 義陽と宗運は、肥後国内における反島津の旗頭的な存在でもあるのだ。

 雪の舞う季節を終えたはずだが、まだ風は冷たい。

 晴持は庭に植えられた桜の木に目を向けた。

 まだ蕾もできていない。固い幹と枝だけの冬の姿のままである。

「若様、準備ができた模様です」

 駆けて来た隆豊が声をかけてくる。

「若様、如何されましたか?」

「いや、戻ってくる頃には花が咲いているかもしれないと思っただけだ」

 長陣になれば、春だけでなく夏まで戦が続くかもしれない。

 そうなれば、桜どころではない。

「島津家の問題を解決すれば、やっと落ち着いて花見ができますね」

「ああ、そうだな」

 ここ数年は、大内家が急速に拡大した成長期であり、その分だけ忙しかった。晴持も転戦に転戦を重ねているので、もう長らく山口に戻っていない。義隆と顔を合わせたのも、最後はいつになるだろうか。

「皆、もう向かったか」

「紹運殿が先ほど出立されました。黒木殿ら筑後衆も、後を追って続々と南郷谷に向かっております。三、四日以内には、長宗我部殿との合流が叶うものと思われます」

「そうか。まあ、それくらい掛かってしまうよな」

 小さく晴持は言葉を零した。

 戦国時代は何かと不便だ。衣食住に於いてこの時代の基準で何不自由ない生活を保障されている晴持ではあるが、平成の世と比較すればやはり不自由を感じることは多々ある。その代表例が移送であった。あらゆるものが機械化されていた時代を知るものとしては、豊後府内から南郷谷までに、数日をかける必要があるというのがじれったい。しかし、この時代はすべて徒歩が基本だ。数千からなる人の流れを、統率しながら目的地まで連れ立つというのは、とても苦労するもので、さらに小荷駄といった物資の輸送もしなければならない。

 軍道を整備しても、短縮できる時間は高が知れている。まして、今回の戦場は南郷谷だ。山の向こうとなれば、移動するだけでも一苦労である。

「そういえば、宗運はどうした?」

「先ほど、明智殿をお迎えに行かれました。そろそろ戻ってくるかと思います」

「やっと着いたか、光秀」

 新たな領地を宛がったために、傍を離れていた光秀もこの戦いには当然、参加する。

 明智家は、もともとは美濃国の国人だったという。明智城に居を構え、領地を持っていたというのだから、それなりの身分であっただろう。光秀は、「過去の栄光」については多くを語らない。美濃国を覆った戦乱の気運の中で、明智城は落城し、光秀は領地を失い京に流れ着いた。

 光秀にとって大内家での日々は、明智家再興のためのものだ。功を立てて領地を与えられたことで、その第一歩がようやく踏み出せたのである。

 

 

 書状では何度もやり取りを重ねていたが、実際に晴持に会うのは久しぶりのことだ。

 与えられた領地の代官を定め、村々を巡り、領民に新たな領主として名と顔を覚えてもらう地道な活動を終えて、やっと光秀は府内に戻ってきた。

 ここを離れたのは秋口であったから、考えてみればそれほど長い時間離れていたわけではないが、冬を迎えて空気感が変わったからか、まったく新しい街に来たように思えた。

「はあー、立派な街ですねー」

 と、面白みのない感想を漏らしたのは秀満であった。

 各地を放浪した秀満にしてみれば、豊後府内の発展振りは驚くべきものであった。もちろん、ここに来る前に立ち寄った山口は、京が戦火に巻き込まれずに発展していたらこうなっていただろう、というほどの見事さで、それに対して戦が近付いている府内は多少山口に比べれば活気は劣るが、それでも大友家累代の都なのは変わらない。

 宗麟が推奨した南蛮神教は、宗麟の出家と共に力を失ってしまったが領内の信者も少なくないので禁教まではされていない。

 そのため、街中には南蛮寺が今も信者たちに教えを説いている。

「へえ、ちょっと後で寄ってみようかな」

「止めておきなさい。無用のいざこざは避けるべきです」

 宗教間の対立が、国家を弱体化させるのは大友家を見ていれば分かる。神道と仏教のように、見事なまでの共存を図れればいいが、そうはならないだろう。

 もしかしたら、この先南蛮神教の神が神道や仏教の神仏と習合して新たな渡来神となるかもしれないが、それは宣教師が許さないはずだ。

 光秀の周囲でも、宗旨替えをした者はいる。光秀自身は熱心な仏教徒なので、この動きには眉を顰める立場を取っていた。

 久しぶりの府内を散策する前に、まずは主人に挨拶を、と光秀は晴持が滞在する館にやって来た。晴持の下で政務に当たっていた頃には、毎日出入りしていた門である。

「明智様、お戻りになられたのですね」

「お久しぶりです。火急の折り、急ぎ手勢と共に参上しました。晴持様にお取次ぎを願いたいのですが」

 今日の門番とはこの地に来たときからの顔見知りだ。

 光秀ならば、問題ない。しかし、そう簡単には行かないのが世の常である。確認してきますと言い残して門番が門の中に入ってからしばらく光秀は落ち着かない思いでそわそわとしてしまった。

「姉さん、後ろ寝癖」

「え? うそ!」

 狼狽した光秀はさっと自分の髪を撫で付ける。

 自分の髪に自信があるわけではないが、かといって整っていない状態で晴持の前に出るわけにもいかない。

 女としても将としても、そして当然ながら大人としてもやってはいけないことである。生真面目な光秀ならば、身だしなみは人一倍気を使う。

 光秀は寝癖があると指差された箇所の髪を押さえたが、これといって問題があるようにも思えなかった。

「秀満?」

 じろり、と睨み付けると秀満は視線を反らして口笛を吹いた。あからさまな態度に光秀は秀満の脛を蹴った。

「痛った!? ちょ、何も蹴ることないじゃないですか!?」

「この程度で済んだことを、むしろありがたいと思ってください」

 冗談通じないなぁ、と秀満はぶつくさと文句を言う。

 光秀は取り乱した自分を恥じて、深呼吸をした。

「お待たせしました、明智殿」

 そこにやって来たのは、目の覚めるような美しい赤毛の姫武将だった。

「甲斐殿、お久しぶりです」

 甲斐宗運。

 かつては阿蘇家に仕えていた九国に轟く名将である。晴持の下で取次をしていた光秀は、阿蘇家の使者として赴いてきた彼女を接待したことがある。また、晴持の使者として阿蘇家を訪れた際に光秀を出迎えたのは宗運であった。

「奇妙な感覚ですね。甲斐殿がそちらにおられるのは」

「わたしも、最近やっと慣れてきた頃合でして……どうぞ、中へ」

 晴持を尋ねた光秀を宗運が出迎える。

 以前とは正反対だ。

 光秀が晴持の傍にいて、宗運が阿蘇家にいた頃では考えられないことだ。まさか、宗運が晴持に仕えることになるとは、思いもよらなかっただろう。

「一先ずはお部屋でお待ちください」

 宗運に通された客間で光秀は静かに円座に座った。

 秀満が声を小さくして、光秀に話しかける。

「あれが、甲斐宗運殿ですか」

「はい。以前より面識はありましたが、まさかこのような形で再会するとは思ってもいませんでしたよ」

 宗運が阿蘇家を追われたとの報は九国中を駆け巡った。あの時は光秀も驚愕したものだ。何らかの形で大内家を頼るだろうということは想像していたが、そのまま晴持の傍仕えになってしまうとは誰が想像できただろうか。

「文武に秀でた器用な方です。甲斐殿がお味方くだされば、百人力です」

 大内家の中で阿蘇家に仕えていた当時の宗運を知る者はそう多くない。光秀は度々宗運と交渉の場を設け、共に迫る島津家の脅威について語った経験があるために彼女の能力を高く買っていた。

 九国の名門菊池家の流れを汲み、阿蘇家を支える重臣であった宗運と次期当主に引き上げられただけの光秀では立場が違うと思いつつも、見据える先は一致していた。

 そんな光秀に対して、秀満は小さくため息をついた。

「姉さんはもう少し、危機感を持ってください」

「?」

「あのですね、考えてもみてください。あの高名な甲斐殿が、色々あったにしても晴持様の傍にお仕えしているのですよ。取次に祐筆と、精力的に活動されている様子」

「よいことです。わたしも、同じようにお仕事をさせていただいておりましたが、人手不足を痛感していたところです。有能な人が増えれば、それだけ安定した政務ができるというものです」

「今、甲斐殿がされているのは、以前姉さんが任されていた仕事も多いと聞きます」

「そのようですね」

「当然、その仕事振りは姉さんと比較されるのではないですか?」

「……それは、まあ……そういうことがあるかもしれません」

 秀満が言うとおり、宗運の仕事には光秀が任されていた仕事も一部入っている。立場的にも宗運は光秀の後任のような扱いであった。

「晴持様に、甲斐殿のほうが姉さんよりも仕事を任せられると思われたらどうするのですか?」

「え……いや、それは……」

 あまり、人と自分を比較することのなかった光秀だ。もともと謙虚な性格なので、誰かと競争するという意識自体がそれほど強くない。あくまでも自分の努力は自分に跳ね返ってくるという気持ちで仕事に取り組んでいたのだ。

 だが、明確に有能と分かっている人物が自分の後任としてやって来た。光秀がどういう考え方であろうとも、自然とその仕事振りは比較されることだろう。

 もしも晴持に「宗運がいれば十分」などと言われた日には、

「それは、ちょっと、困ります」

 ちょっとどころではない。

 これからの出世は疎か晴持との関係にすら影響する一大事である。

「明智家の未来が関わっているのですから、姉さんも今後は出世欲なり何なり出していかないと、今までとは状況が違いますよ」

「わ、分かってますよ。そんなことは」

 妹分に諭されて、若干身を引いた光秀。

 所領を与えられたことで、光秀に求められている仕事の幅は広がった。自分の領地をきちんと保持しながら、政務でも軍事でも結果を出さなければならないのだ。

 

 

 光秀を客間に案内した後で、宗運は晴持に声をかけるために廊下を歩いていた。

 戦の用意をするために、慌しく行き交う人を眺めながら歩を進める。

「宗運、宗運」

 と、聞き慣れた声が背後からする。

「義陽、来てたの?」

「今しがたね。数は心許ないけれど、それでも島津家との戦だもの。わたしが出ないわけにはいかないでしょ」

 大内家に腰を据えてからの義陽は、方々に散ってしまった旧臣を探し、もう一度仕えて欲しいと声をかける日々を送っていた。

 傍を離れず義陽を守ってくれている者もいれば、深水長智のように最前線で意地を見せてくれている者もいる。しかし、義陽が領地を追われた後、そのまま散ってしまった者も少なからずいた。阿蘇家に食客として匿われている間も、家臣に十分な禄を与えられていたわけではない。

 相良家の当主として、様々な苦悩を彼女は抱えているのだ。

「上手くいけば、戻れるかも知れないし」

「人吉城に?」

「ええ」

 もちろん、人吉城だけでなく父の代で最盛期を迎えた頃の相良家は、肥後国の南部に広く根を張っていた。大内家と結んで明との貿易までしていたので経済的にも他を圧倒していたのだ。

「でも、欲は言わないわ。せめて、わたしについてきてくれている皆に、きちんと禄を出せるだけの報奨があれば、それでいい。旧領が一番だけどね」

「そう……」

「ところで、あなたはどうなの宗運?」

「もちろん、わたしも出る。義陽がそうであるように、わたしにも因縁のある相手だから」

 少しだけ寂しそうな表情を浮かべて、宗運は言った。

「お互い頑張りましょうね」

「ああ、もちろん」

 義陽は旧領の奪還を目標にしている。島津家との戦いで先祖伝来の土地を失ったのだ。宗運にしてみれば、旧領とは御船城の一帯になるだろう。とはいえ、御船城は宗運が勝ち取った城ではあるが先祖伝来の土地というわけではない。

 だからだろうか。宗運は、これといって旧領奪還という響きには、さほど興味が持てないでいた。

「とりあえず、宗運は晴持様の下で結果を出さないとね。明智さんに負けちゃダメよ」

「勝ち負けを競うものでもないと思うけど……」

「そうね。でも、ほら。比べられて、明智さんのほうがいいなんて言われたくないでしょ」

「まあ、それは……」

 宗運はこくんと頷いた。

 せっかく働き甲斐を見出したのだ。あっさりと前任者に仕事を奪われるのは困る。

「うん、そっちも込みで頑張ってね」

 義陽に言われて、改めて宗運は頷いた。

 言われるまでもないことだが、今更ながらに気付かされた。

 今の立場は晴持の恩情によるものだ。結果を出さなければ、いい評価は得られない。光秀が能力のある女性だということを知っているので、義陽の言うとおりうかうかしていられないのだ。

 

 

 ■

 

 

 

 光秀が到着したと宗運から報告を受けた晴持は、光秀を待たせていた客間に足を向ける。客間で待っていたのは光秀だけであった。供回りの者と連れ立ってきたと聞いていたので、晴持は首を傾げた。

「誰かと一緒だったんじゃないのか?」

「秀満でしたら、席を外しました。荷駄の準備をさせております」

 何かあったのだろうか。妙に冷ややかさを感じる。

「ともあれ、よく来てくれた。首を長くして待ってたよ」

「……待っていてくださったのですか?」

「そりゃ、そうだろう。光秀は、今まで俺を支えてくれてたんだ。無事に再会できて嬉しいと思うのは当然じゃないか?」

「あ、ありがとうございます」

 光秀は上ずった声で言った。

「わたしも、お会いしたいと思っておりました」

 言ってから、光秀はかっと頬を赤らめた。内心で口が滑ったと思い、悶絶しつつ可能な限り表情には出さないように冷静を装った。

「領地のほうは問題ないか?」

「はい、おかげさまで恙無く」

「それはよかった。光秀さえよければ、またこっちに出仕してもらいたいと思っていたところなんだが、どうだろうか?」

「はい! もちろん、ご奉公させていただきます!」

 光秀は安堵混じりの笑みを浮かべた。

「そうか。ありがとう。知ってのとおり、人手が足りないからな。今は宗運を中心に何とかやり繰りしているが、光秀が加われば仕事の効率は上がるだろう」

「甲斐殿、ですね」

「光秀は面識があったよな?」

「はい。何度か、交渉の席で」

「彼女も能力のある人だから、光秀にとっても刺激になると思う。ま、言うまでもないか」

「え、ええ。はい……そうですよね」

 宗運を噂だけでなく、実際の仕事振りから知る光秀は、確かに宗運と一緒に仕事ができるというのも自分を高めるよい機会だと思えた。

 それと同時に、薄ら寒い形容し難い感情が湧き上がるのも感じていた。

「ともあれ、光秀が戻ってくれるのなら安心だ。鉄砲のほうでも、かなり骨を折ってもらったから、さらに負担を増やすのは本意じゃないんだけど」

「そのようなことはありません。鉄砲も、晴持様にとって必要なものでしたし、わたしが適任だったと判断していただけたのですから、ありがたいことです」

 光秀には鉄砲の使い方を教授する教官として働いてもらっていたのだ。

 自領での仕事に謀殺されながら、晴持が派遣した将兵に鉄砲の運用を教えるという多忙な日々。鉄砲が大内家の中でそれなりに市民権を得始めた武器ではあるが、まだまだ慣れない者も多く、教えられる者を増やしていく必要に迫られたための措置であった。

「鉄砲で光秀に勝てるのは、大内家にはいないだろうから、光秀にしか頼めなかったんだよな……」

「自分の得意分野を活かせるのは、幸福なことだと思います」

「そう言ってもらえると、こっちも助かる」

 光秀の善意に甘えるところが多々ある。急速に拡大した大内家の所領を監督するために、必要な人材数が跳ね上がったために、色々なところで手が足りていない。その上で、さらに厳しい戦に臨まなくてはならない。

「この戦を終えたら、光秀にはますます負担を強いることになりそうだ。すまないな」

「そのようなことはありません。頼っていただけること。それだけで、わたしは嬉しく思います」

 光秀の言葉に嘘はなかった。

 自分を重用してもらえるのは、それだけ自信に繋がった。ただ働かされるだけでなく、きちんと見返りまで与えてくれるのだから努力のし甲斐もあるというものだ。

 晴持にしても、光秀のような有能な家臣が自発的に成果を出してくれるのは望外の喜びである。

 初めは名前に魅せられて雇い入れたが、今では彼女個人を高く評価していたのだ。

 久しぶりの再会に、仕事の話ばかりというのも味気ないが、晴持と光秀の会話というのは、仕事関連に始まり、仕事関連に終わることが多い。この会話も最早懐かしいと思いながら、時間が来るまで会話に花を咲かせるのだった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 慈水城の陥落は、駒返城の陥落以上に重大な問題を南郷谷にもたらしていた。

 というのも、駒返城が落ちても、その背後に南郷城があるため、敵の盆地への侵入を妨げることはまだ可能だったが、慈水城はここが陥落すればまっすぐに南郷谷に入れてしまう。山道に関を設けているのは、駒返峠と変わらないが、焼け石に水であろう

 島津軍が駒返峠を無視して南郷谷に押し入る道が確保されてしまったことで、戦況が動いた。

 南郷谷は、阿蘇五岳と外輪山の間に位置する盆地である。外輪山は、固有の名称ではなく火山の火口を有する丘を取り巻くように形成される蹄形の山の連なりを言うもので、火山活動により生じた窪地――――カルデラの縁に当たる部分である。

 阿蘇山は日本有数のカルデラ火山で、巨大な窪地の中央に鎮座する阿蘇五岳が南北にこれを分断している。

 今、戦場になろうとしている南郷谷は、分断された窪地の南部に当たる。

 南郷谷を東西に流れる白川を初めとする良質な水資源に支えられ、また平坦な土地のため古くから人が定住し、生活してきた。

 平時であれば、東西南北を山に囲まれ、半ば外界から切り離されたような南郷谷は、まるで時間が止まったかのような日常の光景が広がっていたであろう。

 しかし、それも戦時となれば一変する。

 平地であるということは、軍勢の展開が容易であるということでもある。

 南郷谷に築かれた下田城や吉田城は、大軍を留め置けるような広さはない。戦のための城ではなく、村の政庁としての機能が重視された構造である。

 仮に攻め込まれた場合、何日も篭城できるものではないだろう。

 必然、野戦に備えた陣を設ける必要があった。

 島津軍が南郷谷に押し入ってくるのは時間の問題である。

 そこで、長宗我部元親等大内家に属する諸将は、島津軍を待ち構えるべく白川を天然の堀に見立てた砦を新たに築いていた。

 もちろん、一箇所ではない。複数個所に設けた砦に兵を滞在させ、敵の襲来に備えていたのである。

 さらに白川の底には杭を打ち、敵の渡河を阻む。

「駒返城が燃え、慈水城も陥落しましたね」

 車椅子の姫武将が緊張感のある面差しで山を見上げる。東西に長い外輪山の稜線から立ち上る黒い煙は、開戦の狼煙でもあるのだ。

 島津家が山を越えてやって来る。

 それは、南郷谷に集う将兵にとって強い緊張を強いる事実であった。

 道雪が話しかけたのは、元親だ。

「まさか、道雪殿と共闘することになるとは思っていませんでした」

「そうですね。以前は敵対していましたからね。これも戦国の倣いというものでしょうか。奇縁ではありますね」

 心底不思議そうにしながら、道雪は目元を笑わせる。

 元親と道雪は過去に交戦経験があった。

 大内家の伊予国介入とほぼ同時期に土佐国の一条家が北上を開始した。それを阻止するために動いた道雪と一条家に味方をしていた元親との対決であった。

 といってもあの当時は元親も一条家に従う国人の一人でしかなかった。

 過去に敵対した二人が、共に大内家に取り込まれた形で味方として再会するというのも奇妙な話である。

「大友の皆さんは大丈夫ですか?」

「ええ、ご心配には及びません」

 短く、道雪は答えた。

 島津家は大友家にとっては鬼門となる相手だ。

 大友家が坂道を転げ落ちるきっかけとなった敵であり、苦手意識を抱いている者やここぞとばかりに気炎を上げている者がちらほらといる。彼等彼女等にとっては、友や主人、家族の仇でもあるのだ。命のやり取りは戦国の倣いと一口に言うが、戦っているのは人なのだ。水に流せないものもあるし、妥協するべきこともある。

 少なくとも指揮を取る立場にある道雪は、私怨で兵を動かしたりはしない。

 もちろん、思うところがないわけではない。

 当時の大友家と今の大友家の違いはあまりにも大きい。今が悪いとは言わないし、大内家の傘下に入ったおかげで持ち直したという面は大きく評価されるべきだ。今の大友家では単体で存続することはまず不可能なのは、道雪自身も実感しているところである。

「耳川での敗戦の際、島津軍に立ちはだかってくださったのは元親殿と聞いています。おかげで、宗麟様は命を長らえました。感謝します」

「わたしは晴持様の命に従って、横槍を入れただけです。正直に言いまして、宗麟殿をお助けしたという意識はありませんし、感謝される必要はないと思います」

「そうですか。分かりました」

 余計なことは道雪は言わなかった。彼女の気持ちは伝えたのだからそれをどう受け止めるかは元親が決めればいい。そういう一方通行な言い回しも、いっそ潔くて気持ちがいい。 

「耳川での戦いのことをお伺いしてもいいですか?」

「わたしは参陣していなかったので、答えられることがあるか分かりませんが?」

「戦場で何があったのかは、生き残った方々から聴き取っています。わたしがお尋ねしたいのは、道雪殿があの場にいたら、敗北はなかったとお思いかどうかです。どのようにお考えでしょうか?」

 そう問われて、道雪は口を噤んだ。

 かなり率直な問いだ。  

 大友家の運命を変えた耳川の戦いに道雪は関われなかった。それを口惜しいと思ったことは一度や二度ではない。

 もしも、自分があの場にいたら敗戦はなかっただろうか。それを考えたことも、もちろんある。

 結論は――――、

「そうですね」

 黙考した道雪は、車椅子の背凭れに体重を預けて遠い目をした。山の向こうからやってくる島津軍に思いを馳せているのか。やがて、道雪は力なく首を振る。

「あの場にわたしがいても、結果は大きくは変わらなかったでしょう」

「あなたでも、ですか?」

「なるようにしてなった結果です。何より、あの敗戦の原因は島津の策略のみならず、身から出た錆でもありました。わたしでは、止められなかったでしょう」

 道雪に絶対的な強権があれば、話は変わってきたかもしれないが、彼女は宗麟の信頼厚い重臣の一人ではあっても、すべての意思決定に自分の意見を優先させられるほどの権力があるわけではない。

 耳川の戦いを実質的に取り仕切った重臣たちが相互不信に陥り、連携を欠いた結果があの敗戦でもあった。

 立花道雪が如何に戦上手でも万能の神ではない。怒涛の如き戦の流れを単身で捻じ曲げるのは、到底不可能なことだ。

 優秀な武将が、敗北すると知っていながら戦場に出なければならなかった事例など、いくらでもある、

 道雪がこの場で息をすることができるのは、あの戦いに参加しなかったから――――つまりは、運がよかったという一点に尽きる。

「わたしがあの場にいてできたことは、恐らくあの方々の後を追うことくらいでしょう。内部崩壊した軍が如何に脆弱であるかを、大友家は思い知らされたのです」

 だからこそ、家中の意思統一が必要だった。

 宗麟の出家を強い、晴英を当主に担ぎ上げたのも、それまでの大友家の体制を一新する捨て身の策であった。

 晴英を当主にしたのは、何も大内家の関心を買うためだけではないのだ。

 すべてを新しくした大友家の再出発の象徴として、晴英が必要だったのだ。

 宗麟を廃してまで大友家の存続を図るその欺瞞を、道雪は否定しない。

「鬼道雪なんて呼ばれていても、実際はこんなものです。どうですか?」

「いえ、答え難いことを聞いてしまって申し訳ありませんでした。少し、安心しました」

「安心とは?」

「道雪殿は、しっかりと物を見ておられる」

 道雪の意見が正しいかどうかは、仮定の話になるので分からない。しかし、根拠もなく自分がいれば勝てたと言うような返事よりは信用ができる。道雪は悲観的になるわけでもなく、淡々と、当時の状況と自分の力量や立場を推し量った上で答えを出した。彼女なりの根拠を下に、戦果を推測したのである。それは、とても冷静な物の見方であって、将として信頼するに足るものだった。

「ご無礼を」

 試すような真似をしたことを元親は謝罪する。道雪は微笑みで、元親の謝罪に応えた。

「島津と対峙する上で、自分の立ち位置を省みることができました。こちらこそ、感謝します」

 冬は過ぎつつあるが春には遠い。

 迫る戦の気配をひしひしと感じながら、二人は身を切る風に黒髪を靡かせるのだった。




宗運「ぐぬぬ」


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その七十一

 南郷谷に、数え切れないほどの軍旗が立ち並んでいる。

 山道を越えてきた晴持は南郷谷の開けた景色に目を楽しませた。

 華やかな花が咲き乱れているわけでもなく、特筆した寺社仏閣があるわけでもない。カルデラの内側に位置する南郷谷では、どこを見ても連なる山の稜線が視界に入る。南北に短く東西に長い盆地といったところか。島津軍の旗が揺れる外輪山の城山や高城山は晴持から見て南にあるので山の様子がよく見える。

 島津軍は、焼失した駒返城と占拠した慈水城、そして山麓の南郷城を拠点としている。

 総大将の島津義弘は慈水城の陣におり、参謀と目される島津歳久は駒返城跡地に入り、周囲の木々を伐採して砦を築いているとの情報も入っている。

 事実、晴持がいる場所からでも、山頂付近の人の動きは小さいながらも見て取れる。

 そして、晴持が島津軍の様子を目視で見ることができるということは、山に陣を張った島津軍からは、大内軍の様子が丸見えであるということでもある。

 包囲することの難しい外輪山の山頂からは、安全に南郷谷を一望することができるだろう。

 地の利は島津軍にある。

 阿蘇五岳を背負う大内軍は、九国内で動員できる限界を搾り出した二〇〇〇〇の大軍である。対する島津軍も、その詳細は不明ながらそれに近しい兵数を用意しているとの情報があった。

 島津軍と直接対峙したのは、南郷城を中心に防衛戦を行っていた相良家と甲斐家の者たちである。

 慈水城陥落により、背後を脅かされる恐れがあったため、やむなく南郷城での篭城を切り上げて白川以北に退き、元親たちに合流したものである。

「宗運の妹が、確かいたな」

「はい。先ほど、顔を見てきました。怪我はありますが、命に別状はありません。再戦のために、気炎を上げております」

 宗運の妹である親房は、南郷城で戦っていた「肥後衆」の一人である。事実上、宗運に連なる御船系の甲斐家と相良家との連合軍で、その指揮官の一人が親房なのであった。

「そうか……後で顔を見に行こうか」

「親房にですか?」

「それに、長智殿にもな。何せ、彼等のおかげで島津軍の侵攻を遅らせることができたんだからな」

 親房や長智の命を賭した戦いぶりがなければ、島津軍は今頃南郷谷を制圧して、さらに北上を図っていたに違いない。

 それを思えば、晴持が軍を率いてやって来るまでの時間をしっかりと稼いだ彼女たちの活躍は評価するに値する。

 宗運に心を寄せる武将たちは肥後国に於ける大内家の足がかりでもある。宗運の妹ともなれば、政治的な価値も見過ごせないわけだ。

 深水長智は、前線に出て戦ったわけではないので怪我はしていないようだ。すでに、義陽に合流し、方々から駆けつけてきた相良軍を纏め上げている。

 

 

 晴持が着陣したとき、陣幕がすでに設営されている状態であった。先に着陣していた元親や道雪を中心に馬防柵や空堀等の防衛施設が作られており、物々しい雰囲気の中で工事が行われている。

 陣幕に置いた床机に腰を下ろした晴持は、可之助を呼び出した。

 可之助は元親の家臣である。大内家の土佐攻めで降服した長宗我部家の中から、選ばれて山口に在住し、大内家と長宗我部家の間を取り持つ仕事をしていた。

「可之助。とりあえず、この戦は元親に与力してくれ」

「よろしいのですか?」

「構わない」

 短く、晴持は答えた。

 可之助は元親の近親ではなく、気心の知れた仲ではあるが重臣というほどの家格でもない。そんな彼女が長宗我部家で力を発揮できたのは、家臣の能力を正しく運用することのできる優れた当主がいたからだ。

 晴持の下に就けるよりも、元親の下で力を発揮させたほうがいいと判断した。

 やがて、可之助と入れ替わるようにして元親が陣幕を訪れた。

 風貌爽やかな土佐の麒麟児が加わったことで、一層陣幕内が華やいだ。

 軍議に集ったのは、陶隆房、冷泉隆豊、吉川元春、立花道雪、高橋紹運、長宗我部元親、相良義陽といった錚錚たる面々である。そこに加えて晴持の側近として明智光秀と甲斐宗運が控えている。大内家にとっては最大戦力とも言える面子が揃っていた。

「島津の動きは今のところありません。本陣を山頂に構えたままです」

 床机に腰掛けて、元親が物のついでとばかりに口を開いた。今しがた見てきた景色をそのまま伝えたのだ。ここは開けた平地である。島津軍が攻めてくれば、目視で分かる。

「島津は、もう少し兵を多く出してくると思っていたけど、兵数としては五分五分くらいかな」

 広まった噂では、島津軍の兵数は桁外れの大軍であるとのことだった。さすがに、それだけの兵力を彼女たちが揃えるのは難しく、経済事情や兵糧事情を加味すれば、動員できる兵力には限りがあるのは間違いない。

 噂に惑わされないよう、方々に走らせた物見の報告を加えて精査した結果、島津軍は二〇〇〇〇人から三〇〇〇〇人といったところであった。

 それでも、相当な大軍である。

 薩摩国から大隅国、日向国と肥後国の南部を切り従えた島津家の総力を結集したものと見ていいだろう。

「島津軍は急速な領土拡張の結果、内部にはまだ反乱分子が残っている状態です。敵対するのが大内家ということもあり、不穏な動きに対応するために攻略した地域に兵を一定数残すしかないのでしょう。それに、日向の伊東家も動いています」

「肥後の南部を空にはできないから、この戦いに動員できる兵力は減らすしかないもんね」

 道雪と隆房が口々に発言する。

 肥後国に於いて、島津家の足元は磐石とは言い難い。阿蘇家を下したことで、地固めができたものの、反抗的な国人が皆無というわけではないのだ。加えて、以前島津家に叩かれて所領を奪われた伊東家が背後から島津家を刺そうと動いている。それに対応するために、兵の一部を割かなければならない状況である。

「島津宗家の中で、戦場にいるのは義弘殿と歳久殿の二人だけのようです。当主義久殿は本国で政務に当たっており、四女家久殿は島原で確認されています。もっとも、こちらは兵を返して肥後に侵入する可能性を多分に残していますので、油断はできません」

 道雪がすらすらと情報収集の結果を伝えてくれる。

「さらに、島津家の重臣である新納忠元殿や分家の島津義虎殿も確認されています。このほかにも注意すべき将が多々おりますね」

「うーん、さすがに島津も本気ですね」

 苦々しい表情で紹運が呻く。

 道雪も紹運も耳川での戦には不参加であったが、大友家の人間として島津家に対する並々ならぬ思いがある。

 島津家にとっても、ここが正念場である。

 九国の情勢は大内家と島津家に二分された。島津家にしてみれば、大内家さえ倒せれば九国全域を支配下に入れることが現実のものとなる。さらに、九国全域から掻き集めた兵を以てすれば、大内家を一息に滅ぼすことも夢ではない。

「この戦、島津にとっては勝利以外に意義はないものです。そのため、何が何でも勝ちに来るでしょう。大内家と尼子家の睨み合いもいつまでも続くものではありません。大内家の「本隊」が尼子家に釘付けになっている間にしか、彼女たちに勝ち目はないのです」

 道雪の言葉に一同は頷いた。

「さほど、時間をかけることなく、島津家は攻撃を仕掛けてくるか」

「そう思います。そして、大内家と尼子家の戦は、直に転換期を迎える。そうなのですよね?」

「すでに備後国の尼子家を撤退に追い込むよう動いている。そう遠くないうちに、情勢の変化があるはずだ」

 現時点で、九国には備後国での騒乱がどのような形で動いているのかといった情報は入っていない。

 義隆が石見国から兵の一部を転じさせ、備後国に押し入らせたということは確認されているが、続報は届いていないのであった。

「雪が溶ける前には、備後の戦は終わる。その後、石見を片付ければ本格的にこちらが主戦場となる」

「となると、こちらの戦略は持久戦に持ち込み、山口からの援軍を待つのが得策かと。大勢を以て寡兵を討つのは戦の基本でしょう」

「少々弱腰だと思うけれど、無難な線ですね。龍造寺の時と同じように、待ちの姿勢で敵の出方を伺うと」

 道雪の提案に、元親が追随する。

 晴持が関わる戦の多くで採用される戦術である。自ら攻め寄せるのではなく、敵を罠に誘い込み、大軍で取り囲む。

 最も安全で、確実に勝利を得ることのできる戦術であった。そもそも、戦の基本は敵よりも多くの兵を用意することである。そのため単純な兵力は国の豊かさと密接に関わるもので、領土と財との両方で日本有数の大名となった大内家が、兵力を恃みに戦をするのは至極当然の選択と言えるだろう。

「えー、鬼島津がいるのに戦わないの、つまんないよ」

 不平を漏らしたのは元春であった。

 小さな身体で大の男を放り投げる膂力のある、毛利家の烈女だ。

「元春殿、お気持ちは分かりますが軍令に反することはしないでください。島津を相手にする上では、命取りとなります」

 静かに元春を諫めたのは義陽であった。

「島津家は常に士気高く、上から下まで恐れを知らない猛獣のような戦をします。その上で、知略を駆使した戦上手が揃っているのです。勝手な行動で足並みが乱れれば、瞬く間にその隙を突いてくるでしょう」

「相良殿。失礼ながら、それは経験に基づくご感想ですか?」

「恥ずかしながら、その通りです」

 隆豊の問いに義陽は頷いて答えた。

「わたしが城と領地を失ったのも、偏に敵の策に嵌ったが故のことでした。勝機を見出して打って出たことが、そもそもの敗因……まさに天から地に落ちたかのようでした」

 伊東家に始まり相良家も大友家も島津家の戦術の前に敗れ去った。

 数的優位を覆す策謀が死を恐れない将兵を統率する。それが、島津軍の強さの源である。結局、こまごまとした策を幾重にも折り重ねるよりも、それを上回る単純さで圧倒するほうが効果的な場面もある。

「とはいえ、こちらが動かずとも相手は動く。作付けの時期が近いことを考えれば、長期の睨み合いにはならないと思うが……」

 大内家も島津家も兵農分離は一部でしか行われていない。無理矢理、農繁期に兵を動員するのならば、それだけの財力が必要になる。

 大内家ならばまだしも、島津家はもともと稲作に不適な薩摩国を拠点とする勢力である。農繁期の行動は大幅に制限されるのは目に見えている。

「間違いなく敵は早々に行動してくるはず。血を流さずに時間が流れることはないでしょう。となれば、待ちの姿勢を維持しつつ、攻め寄せる島津軍を受け止め、跳ね返す態勢を早急に整える必要があります。敵方で最も危険なのは、やはり義弘殿でしょう。これを受け止めるには、相応の将を配置しなければなりません」

「あたしがやるよ」

 名乗り出たのは、隆房だった。

 大内家譜代の家臣の中で最大の武力を持つ陶家の当主であり、大内家の筆頭家老を勤める少女である。西国無双と渾名される隆房の実力は、折紙つきだ。

「あたしが右翼を固める。義弘殿がいるのは、慈水城なんでしょ。突っ込んでくるとすれば、右からだ」

「確かに、陶殿であれば鬼と呼ばれる島津義弘殿を相手に取って不足はないでしょうね。わたしは賛成です」

「しかし、陶殿が最初から前に出る必要はないでしょう。右翼を固めるのであれば、中段か後段を。右翼前備は相良家に任せていただきたいです」

 諸将の事情を考慮した上で、陣立てが決められる。

 本陣を中央後段に配置した上で、そこから前、中、後ろの三段に分けた緩やかな鶴翼の陣とした。

 先手中央に高橋紹運を配置し、左右を筑後衆、肥後衆、日向衆ら九国国人で固める。右翼の大将は名乗りを上げた相良義陽が担当する。中段の中央を立花道雪を中心とした大友軍。中段右翼に陶隆房、中段左翼を吉川元春に担わせる。総大将はもちろん晴持で、その周囲には甲斐宗運や明智光秀、長宗我部元親らが配置されることとなった。後備は冷泉隆豊が指揮し、後方の警戒と小荷駄の管理を行う。

 大まかな陣立てはできた。山口と連絡を取りつつ、島津家の動きに対応していくことになる。

 

 

 

 

 慌しく人が動き回っているのは大内家も島津家も同じである。

 砦を構築するために周囲の木々を切り倒してしまったために、この時代の多くの城山は山頂付近の山肌がむき出しになっていることが多い。

 島津家の三女歳久が本陣と定めた城山もその例に漏れず、地肌を曝す憂き目に遭っていたが、さらに歳久は焼け落ちた駒返城に代わる陣地を構築するために、山の中腹から木を切らせているために、城山の木々はさらに数を減らす結果となった。

 木材の伐採による環境破壊は、戦国時代の日本で多々問題になっていたが、だからといって目の前に戦があるのに環境に配慮することはできない。それは圧倒的強者がすることで、島津家は勝負強さに自信はあるが、大内家を相手にして余裕を見せられるほど慢心していない。

 歳久は遠眼鏡を使って南郷谷に集った大内軍を見下ろした。

 戦力はほぼ同数で、予想の通り大内家は守りを固めて時間を稼ぐ腹積もりのようだ。

「大内は、すでに陣立てを定めたようですな」

 背後から声をかけられた。

「ご足労ありがとうございます。親指武蔵」

「山を降りたり登ったりと、年寄りには堪えますな」

「何を言っているのですか。まだまだお若いでしょうに」

 親指武蔵と歳久が呼んだのは、重臣の一人である新納忠元であった。

 歳久と歳の近い跡取りがいるが、忠元もまだまだ若い。ちょうど油が乗って、これからが働き盛りといった年齢であり、慈水城からここまでやって来るだけで足腰を痛めるような柔な鍛錬をしていない。

「老将を気取るのならば、髪を白くするか、肩で息をするかしてください。堪えると言いつつ、汗もかいていないではないですか」

「ははは、これは手厳しい」

 忠元は陽気に笑い、歳久の手にある遠眼鏡に目を向けた。

「それは?」

「有馬からの献上品です。遠くがよく見えますよ」

 そう言って、歳久は忠元に遠眼鏡を渡した。

 長い筒状の遠眼鏡は片目で覗き込むものだ。忠元は、いぶかしむ様子を見せた後で、遠眼鏡を覗き込んだ。

「ほう、これはまた……」

 そして、感嘆の声を漏らした。

「遠方の景色が何倍にも……物見に便利そうですな」

「ええ。使い方によっては役に立つ代物です。南蛮は、わたしたちの知らない技術がたくさんありそうです」

 遠眼鏡を受け取った歳久が複雑そうに顔を顰める。

 もともと、日本でも辺境となる薩摩国の国人である島津家だが、南端に位置するために対外貿易を行っている。貿易相手は琉球だけでなく、南蛮も含まれる。

 宗教的には相容れないが、多様な珍品を持ち込んでくる南蛮人を無碍にすることもできない。

「有馬のように南蛮に被れるつもりはありませんが、彼等との繋がりが有用なのは認めざるを得ません」

 使えるのであれば、使う。歳久は感情よりも現実を優先することのできる将ではあって、政治的な感覚も有していた。徒に南蛮人と敵対する愚を犯すことはない。

「して、敵勢をどのようにご覧になりましたか?」

「そうですね。まあ、予想通りの安全策を執ったようです」

「つまり長期戦狙いということですね」

「彼等は山陰と山陽の戦で味方――――大内軍が勝利し、南郷谷により多くの兵を集中する時を待っていると考えるのが自然です。わたしたちを攻撃するのではなく、わたしたちを待ち構える形で備を配しています。相手に合わせていては、思う壺というわけです。わたしたちには時間がありませんから」

 時間は大内軍に味方する。

 もしも石見国と備後国での戦で大内軍が勝利すれば、眼前の敵は俄に活気付き、さらに援軍として万を越える敵軍が九国に乱入してくることだろう。そうなれば、島津家単体ではとても戦線を維持できない。

 兵糧の問題もある。そもそも領地の多くが豊かな土地ではない。たとえ貿易で銭を増やしたところで食べるものがなければ兵站は維持できない。

「我々の事情は、大内もよく分かっているでしょうな」

「もちろんです。ですので、わたしたちが短期決戦を挑むことも承知しているはず」

「では、馬鹿正直に討ちかかるほかないですか」

「最終的にはそうでしょう。この開けた戦場で相対するとなれば、地形を利用した戦術はほとんど意味を成しません。遮二無二乱戦に持ち込んで、大内晴持の首を落とす。それ以外に活路はありませんよ」

「大内家の跡取りさえ何とかしてしまえば、大内家は総崩れですか」

「どう足掻いたところで戦線を維持できません。ほかの誰でもない、晴持こそが大内軍……いいえ、大内家の心臓です」

 晴持を大内家の心臓と評した歳久は、晴持を討ち取ってしまえば九国に出張ってきた大内軍だけでなく、大内家そのものを弱体化させられると踏んでいた。

 とりわけ河野家と大内家との繋がりを分断できるのは大きい。河野家が大内家から離れれば、土佐国と大内家の領国が分断されるので長宗我部家と結ぶことも視野に入る。

 この時点で歳久が読めていないのが晴持を失ったときの大内義隆の反応である。

 失意のままに腑抜けてくれればありがたい。一息に九国を攻め落とし、その勢いで山口まで侵してしまえる。

 しかし、もしも復讐の鬼となったとしたら厄介だ。もっとも、晴持を失った大内家がどこまで統制の取れる軍団として機能するかは未知数だ。

 ここのところ大内家の戦は晴持を中心に動いていた。尼子家もここぞとばかりに行動を活発化させるだろうし、大きな敗戦はなし崩し的に大名家を滅ぼすことにもなり得る。

 義隆が復讐に燃えたとしても、反撃の準備を整うまでに九国を制覇してしまえば、大内家以上の兵力を動員できるようになる。

 よって、晴持を討ち取れば高確率で島津家の九国制覇は完遂できる。

「義弘様に伝えてください。当初の予定通りに事を進めるので、心の準備をしてくださいと」

「御意」

 忠元に言ったとおり、この戦は如何に乱戦に持ち込むかが鍵である。守りを固めた大内軍の陣形を乱し、崩し、浮き足立たせることで本陣を手薄にする。それだけの働きができるのは、総大将である島津義弘だけである。

 ぐずぐずしていても意味がない。敵が守りに入るのであれば、時間と共に敵陣の防衛設備は充実していくはずだ。野戦が城攻めになる前に、島津軍が主導権を握りたい。

 歳久は徐に自らの頬を叩いた。

 明朝には先手部隊が大内軍に銃火と浴びせる。気弱なことを考えている余裕は持てない。総大将である義弘から陣代として全体の運用を任されているのだ。

 今までにない大戦だ。恐怖とも興奮とも思える感情が歳久を震わせた。



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その七十二

お坊様もインフェルノちゃんもロマン性能で聖杯使いたい願望出てきた。


 杉重矩は、備後国での戦を終えて山口に帰着した。兵の間にも、戦の疲れが見えている。大森銀山から山口を経由して備後国の端にまで向かい、それから山口まで蜻蛉返りしてきたのである。また、さらにこれから大森銀山に向かうことを考えると身体よりも先に心が疲弊困憊するのも無理からぬ話と言えた。

 そこで、重矩は山口で態勢を整えるために一時的な休息を決めた。

 義隆に報告に向かう道すがら、重矩は賑わう街並に目を細めた。

 もともと山口は発展した文化都市であったが、ここ数年の賑わいは過去に例がない。大内家が戦で方々から圧力を受ける中でも、多くの人々が普段通りの日常を送っている。

 戦から最も遠い地にある戦国の楽園とも言えるのだろう。

「流民の問題も出てくるか」

 戦場から遠い地であるが故に、逃げ込んでくる者もいる。路地にはそうした働く場所も金もなく、物乞いをして慎ましく暮らしている者もいる。

 放置すれば、治安の悪化に繋がる。こうした流民問題も、為政者が頭を悩ませるものであった。

 金は無尽蔵にはない。彼等は故郷に帰るか、新しい土地で自立する術を与える必要がある。

 そのためにも、農民が土地を失う原因である戦を早期に終結させなければならないのであった。

 義隆の屋敷を訪れた重矩は、義隆自ら点てた熱い茶で喉を潤した。

「結構なお点前で」

 恭しく丁寧な所作で重矩は茶碗を置いた。

 無骨な武人のようでいて、文化人でもある。大内家の譜代の臣として、和歌を嗜む一面もある男であった。

「まずは備後での戦勝、お見事。さすがは、歴戦の猛者ね」

「何の。御屋形様の判断が功をなしたまでのこと。時節も味方をしてくれました」

 出雲国からの増援が見込めない冬季に、大内家から想定外の大増員がされたことで敵は浮き足立ったのだ。冬でなければ、尼子家がさらに兵を増やすか、あるいは決戦に及ばす態勢を立て直す余裕も作れただろう。

「きちんと結果を出したことが、重要でしょう。重矩のおかげで、備後が静謐に向かうのだから」

「後は毛利のご息女等が対立する者どもをどう手懐けるかですな。平賀殿もおられるので、そうそう不味いことにはならないでしょう」

「あちらは安定すると見ていいわね」

 ほっと義隆は胸を撫で下ろす。

 三方から攻められて、危機的状況であるという情報が立て続けに飛び込んでくる情勢である。

 ただ報告を聞くだけで有効な手立てをほとんど取れないでいた義隆にしてみれば、杉重矩を大森銀山から呼び戻して備後国に配置換えをするという大胆な決断は勇気が必要だった。

「大森にはいつ発つ予定?」

「先発隊は明日の朝に発たせます。以降はそれぞれ準備が整った部隊から順に出立することにしております。纏って行軍するには、狭い道でありますので」

「そうね。冬だし、道もよくないでしょうし……」

 義隆の本心としては、今すぐにでも山口を発ち、大森銀山を巡る戦に終止符を打ってほしいところであった。

 それを命じれば、重矩は二の句なく兵を率いて石見国に出立するだろう。しかし、士気の上がらない軍に春が近付いているとはいえまだまだ寒く雪の積もった道を行かせても途中で瓦解しかねない。

 軍事が不得手な義隆であっても、それくらいは当たり前のように分かる。きちんと予定を立てて行軍するのだから、嘴を差し挟むべきではない。

「わしとしては九国が気がかりですが。島津が遂に阿蘇を降したとか。大友領と直接島津の領国が接する事態となりましたな」

「もう島津を南の小豪族と侮っていられないわよね。晴持が危惧していた通りだったわ」

「確かに。晴持様は以前から、島津を妙に気にしておられた。相変わらず、奇抜な事と言いますか、先見の明と言いますか。何とも表現し難いところがありますな」

 重矩は義隆を教育した重臣であり、当然ながら晴持を幼少期から知っている。晴持が大内家にやって来たその時を知る臣であった。

「いいのよ。晴持はちょっと人と物の見方が違うだけで、それ以外は普通でしょ」

「確かに」

 重矩は頷いた。

 晴持を普通と評価する者はそう多くはない。その人となりを知る身近な者たちばかりで、それ以外の者は高評価を下す場合が多い。

 実際、晴持の実績は軍事と内政の双方に影響を与えている。彼が為した結果だけを見れば、確かに異質ではあって、麒麟児などと評されるのも納得ではあるが、義隆や重矩からすれば、晴持の人格は普通と断言できるものであった。

「晴持がきちんと皆を纏めてくれるから、後は安泰だわ」

「よい後継者と?」

「ええ」

 義隆は頷き、重矩は小さくため息をつく。

「それでよろしいのですか?」

「何が言いたいの?」

「御屋形様のご本心をお聞きしたいと思っております。お家の今後のためにです」

 義隆の視線が鋭く重矩を貫いた。重矩は退かず視線もそらさずに、じっと義隆を見つめている。

「古来、為政者は自らの血筋を後継者に指名したがるものです。跡継ぎがいない場合はやむを得ないとして養子を取ったり、親族を後継者に指名したりします。しかし、御屋形様の場合は毛色が異なります。まだお若く、婿を取れば十二分に子を成せるお身体です。現実に、婚儀の話も出ているではありませぬか」

「尼子の名が挙がったときは、本当に提案してきたヤツをぶった切ってやろうかと思ったわ」

 義隆と晴持の関係は、非常に異質であった。

 大内義興の子である義隆は、大内家の正統な跡取りである。それが健在なうちに、義隆の養子という形で一条家から引き取られたのが晴持であった。伯母と甥の関係だが、歳の近さから義理の姉と弟として振舞っているほどだ。外から見れば――――内から見ても大いに頭を捻る判断である。

 西国の太守であり、一流の政治家であった大内義興が、何故そのような家中を割るような政治判断を降したのか。

 それには義興なりの理由があって、それを知るのは今となっては重臣たちばかりとなった。

「ともあれ、これから先大内家が拡大していけば自然と問題になることではあります」

「晴持がそのまま継げば、何の問題もないでしょう」

「そう簡単ではないということは、お分かりのはず」

 義隆はむっと唇を引き結ぶ。

 晴持にスムーズに権力が移譲できればいいという話でもない。大内家が大きくなり、数多くの外様を抱えるようになれば、自然と血縁関係を持ちたいと申し出る勢力が増える。義隆に婿を送り込もうとする者もいれば、晴持に嫁を差し出そうとする者もいるだろう。さらには、義隆がもしも、それまでの方針を覆してしまえばどうなるか。家中は外様を巻き込んで真っ二つに割れることになる。

 後継者問題は国を滅ぼす一因となる。大内家は義隆こそ順当に当主に就任したものの、それ以前は毎回のように内乱を繰り返していた。

「若いうちから後継者を指名したものの、後に跡取りとなる子が生まれて騒乱の種となった例もございます」

「幕府がまさにそれよね」

「然り。御屋形様にそのつもりがなくとも、周囲が不安に思うこともあります」

 義隆は答えず不機嫌そうに視線をそらした。

 重矩の言葉の意味が分からない義隆ではない。

 彼が言うとおり、義隆はまだ若く健康を害していない。自分でも気付いていない病を抱えていない限りは、子どもを作ることは可能だ。そして、多くの先例が示す通り、人の上に立つ者の多くは自分の血筋を跡継ぎに指名したいという欲を持つ。義隆が例外であるとするには、彼女自身が身を持ってその証を立て、公に示し続けなければならない。女として、母としての幸福を捨て去る必要があった。

 選択肢としては出家して尼になるか、早々に晴持に当主の座を明け渡して隠居するかであろう。

「重矩はわたしが当主であることに不満があるの?」

「まさか。御屋形様は大変よくお家を切り盛りしておられる。領国の経営については先代を上回っておられるとも感じている次第」

「なら、晴持を廃してわたしに婿を取れって言いたいの?」

 晴持は土佐一条家からの養子だ。晴持の母が義隆の姉なので大内家の血縁者ではあるが、他家からやって来た人物だけの「大内家」という共同体の中で当主を決めたいという気持ちが重臣たちの中にあってもおかしくはない。とりわけ、譜代の家臣は長く大内家という看板を掲げてきただけに、排他的な面もある。

 しかし、重矩はそれも首を振った。

「晴持様を失うのは、お家の損失です。それは断じてなりません」

 加えて、今の大内家は晴持を中心とする派閥が強い。筆頭家老の陶隆房を初め重臣格で晴持に好意を抱く者もいるし、多くの国と勢力を切り従えてきた実績は抜きん出ている。晴持を失えば、大きな打撃となるのは目に見えている。

「なら、何? 何が言いたいの?」

「晴持様と当初の関係に戻られるのがよろしい」

「……ッ」

 義隆は息を詰まらせたように絶句した。

「ちょ、ちょっといきなり何を言っているのよ!」

「理に適っているかと考えます。晴持様を失わずに、御屋形様の血を残すにはこれが最適。元より、御屋形様は晴持様に嫁ぐ予定だったではありませぬか」

「いつの話をしてるのよ。わたしが当主になる予定がなかった頃の話でしょ! 今更過ぎる! 何年前の話よ!」

「ざっと十数年前の話になりますか。最近ですな」

「年寄りの最近は最近じゃないのよ。分かりなさいよ、時間感覚の違いを!」

 顔を赤らめて義隆は抗弁する。

 重矩にとっては最近の話でも、義隆にとっては幼少期の思い出の一つである。

 義隆の父義興は文武に秀でた武将であった。応仁の乱で上洛し、西軍の主力として十年もの歳月を畿内で戦った大内政弘の後継者として、自らも細川家の内訌に与力して上洛し多くの戦功を挙げ、大内家の勢力を拡大させた人物である。

 また、義興は戦以外の手段でも影響力を増大させている。

 その政策の一つが婚姻政策で、義興は自分の娘を有力な西国武将に嫁がせて同盟を結んでいたのである。周囲の大名が男性で、六人もの娘がいたことがこの政策を後押しした。

 長女は一条家に嫁いで晴持を産んだ。そして次女は大友家に嫁いで宗麟と晴英を産んだ。また、石見国への影響力を確保し、迫る尼子家に対抗するべく石見国人の吉見家にも娘を嫁がせ、広頼が誕生した。また、義隆を後継者に指名した後で義隆の妹を阿波国の足利義維や細川持隆にも嫁がせている。

 こうした婚姻政策の中で、土佐一条家との繋がりを深めるべく義興はさらに自分の娘が産んだ子――――つまり自分の孫に、自分の娘を宛がうという突飛な政策を秘密裏に進めたのである。これには、大内家の権威を盾に長宗我部家などの台頭に対抗しようという土佐一条家からの申し出もあったという。一条家を介した朝廷との繋がりを強めたい義興の狙いもあり、この話はとんとん拍子で進んでいた。

「わたしが当主になったのは偶然。父上は、わたしを当主に指名したくはなかったでしょ」

 義隆は気持ちを落ち着けるために深呼吸をしてから、ふてくされたような表情を作った。

「事故みたいなものだわ。あの子がいなくなったから」

「弘興様のことを忘れよとは申しませぬが、晴持様に重ねるのは無理がありましょう」

「分かってるわよ、それくらい」

 義隆には弟がいた。

 名を弘興と言って、義興にとっては待望の男子だった。義興は男子の誕生を大いに喜び、当然のようにすぐに後継者に指名した。弘興には、史実に於いては義隆に与えられるはずだった亀童丸の幼名が与えられ、名実共に大内家を継ぐことを期待されていた。

 復古主義的な性格の義興は、台頭する姫武将を表立って非難しなかったものの、自分の後継者は男子にしたいと強く思っていた。

 そのため、亀童丸の誕生と同時に女子である義隆は後継者候補から脱落した。

 だが、それを義隆は気にしなかった。もとより、父が自分を武将ではなく姫として扱っていたから、当主になるとは夢にも思わなかったのだ。

 義隆もいつか偉大な父の跡を継ぐ弟を可愛がり、よく抱いて面倒を見ていた。

 その後継者が、ある日突然に死んだ。

 流行病を拗らせて、医師が処置する間もなく息を引き取った。

 義興は悲嘆に暮れ、幼少の義隆も心に傷を負った。

 そして、一時は安泰であるかに思われた後継者問題が再燃した。

 男子がいなくなり、女子のみが残った大内家で、跡取りを男子にするには他家から養子を取るしかない。義興の血縁で都合のいい男子は、晴持しかいなかった。義隆との縁談が進んでいた晴持が一躍大内家の後継者候補に持ち上げられたのは、こうした事情があってのことであった。

 それでも、大内家としての直系を望む声もあった。家中を割る恐れを孕みながら、男子を後継者に据えるために、一時的な当主として「やむを得ず」指名されたのが義隆であった。

 よって義隆は自分が父に認められて当主になったとは思っていない。情勢に対応するための苦渋の決断であって、直系の男子を後継者にできなかったことから、次善の策として義隆から晴持への権力移譲を期待していたということを知っている。

 義隆が自分の子を作らないというのは、義興の理想に適っているのだ。

「やれやれですな。晴持様は晴持様で御屋形様を支える立場を厳守しておりますし、困ったものです」

「だから、今までずっとそうして来たじゃないの」

「すべてが今まで通りならば、何の問題もありませぬよ。しかし、今は外様が増えております。晴持様の周りにも、事情を知らぬ姫たちが侍っている状況。陶殿や冷泉殿ばかりではないわけです。英雄色を好むと申しますし、それ自体は悪いものではありませぬが、義隆様に置かれましては何卒、後悔されぬような振る舞いをなさいませ」

 義興の意向を曲げてまで、義隆が当主になれたのは、彼女を推す重臣たちが義興でも無視できない勢力となっていたからである。義隆は立場上、そんな重臣たちを無視できない。

 義隆が当主の座を晴持にすぐに渡せない事情も、そこにあった。

 重矩の忠告は、重臣内でも義隆の直系を望む者がいることを示している。つまりは、その勢力が晴持が当主となった場合にどう動くのか不透明であるということだ。

 晴持が活躍して派閥が強まれば、自然とそこから漏れた者たちは義隆を担ぐだろう。

 義隆は将来は安泰だと言っていたが、実際には危うい綱渡りをしているような状況であった。

 重矩は言うだけ言って帰っていった。

 残された義隆は、複雑そうな何とも言えない表情でため息をつく。

 重矩の忠告は、ありがたいとは思う。とはいえ、義隆と晴持の関係は様々な事情や感情が複雑に絡み合ったものだ。子どもの頃ならばまだしも、今になってから過去の話を持ち出すのは義隆が言うとおり今更である。

 それでも、確かに義隆が瀬戸内海を隔てた先にいる許婚を恒持様(晴持と名乗る前の名)と慕った時代はあったのだ。

 




最近の戦極姫は知らないけれど、個人的には島津家はPSPの2で個別ルートが選択できたのがよかった(うろ覚え)。

個人的な戦極姫に於ける島津家の印象

貴久・・・高水準万能系、いつのか忘れたが強力なユニークだったので序盤に多くの兵を持たせて失敗した思い出有り。
義久・・・戦場には出さないで石高を増やす方向で活躍。
義弘・・・童子切や天下三名槍とか持たせて突撃する簡単な仕事。相手は死ぬ。
歳久・・・戦場に出すより石高増やす方向で活躍。攻城戦にも強かったので編成に入れることも多かった。
家久・・・兵全員に鉄砲を持たせて発砲するだけの簡単な仕事。毎ターン鉄砲が使えたときは雨天射撃スキルもあって敵軍が軒並み蒸発した思い出。


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その七十三

 南郷谷の長閑な空気は、大内軍と島津軍の邂逅によって崩壊し、物々しく物騒な緊張感に包まれていた。

 領民は山野に逃れ、あるいは地元の長野家等に徴兵されて人夫として駆りだされている。

 日増しに馬防柵や櫓が設けられ、長大な陣城に代わっていく南郷谷。対立する島津軍もまた、大内軍に対抗するべく柵や空堀を作っていた。

 互いの陣は目視で確認できるほどに近く、真正面から向かい合っている。阿蘇五岳を背負った平野部に陣を敷く大内軍に対して、島津軍は、背後に回りこむことができないので、戦うとなれば正面からのぶつかり合いになるのは目に見えている。

 白川を天然の堀とする大内家の陣容は、あからさまな守りの姿勢であった。攻める島津軍と守る大内軍という形で戦を展開する意図は明白で、長期戦の構えである。

 大内軍としては徒に島津軍と戦う必要はない。

 彼女たちの北上を阻止できれば、義隆が後詰の兵を送ってくれる。時を稼げば数的優位に立てるのだから、それまでは拮抗した戦を続けるのが吉であった。何も無理をして勝敗を決する意味はないのだ。

 その一方で島津軍は戦い、勝利する必要に駆られている。時間と共に不利になるのならば、早期に決着をつけるために迅速に攻勢に出なければならない。

 互いの置かれた状況を考えれば、自然と早期開戦という結論に落ち着く。

 そうして、晴持が戦場に到着してそう日が経たないうちに銃火と共に戦は始まった。

 明朝のことであった。

 島津軍の先陣が白川の対岸に押し寄せ、鉄砲と矢を放ってきた。

 鉄砲を逸早く量産し、部隊に配備したのは大内家であるが、島津家もまた鉄砲に早い段階から興味を示し、量産体制を構築していた。

 鉄砲伝来の地とされる種子島では良質な鉄を産出し、火薬の材料となる硫黄を大量に入手できる硫黄島を領有している島津家は鉄砲を生産し、部隊に配備する地力があった。

 よって、初戦は様子見を兼ねた射撃戦となった。

 白川も川幅はさほど広くない。川岸からならば、対岸まで鉛弾を届けるには十分であった。この日は風もなく、銃撃も矢も相手方に存分に届けられた。

「さっそくか。何とも、気が早い」

 遠眼鏡で晴持は前線の様子を観察した。平地のため、櫓をいくつも設けて、指揮官は高所から戦場を俯瞰している。その一つに、晴持は登ったのだ。

 初戦が始まったのは、右翼からであった。やって来た敵は三〇〇人程度であろうか。率いる将は誰か分からないが、川を渡ってくる様子はない。

「挑発か」

「間違いなく」

 答えたのは宗運であった。

 険しい表情で、銃撃戦が行われている右翼前方を見つめている。

「あれは、阿蘇の兵か?」

「いいえ。ですが、肥後の国人です。宇土の名和家が中心となっているものと」

「そうか。まだ、島津本隊は動いていないわけだ」

 肥後国人の忠節を確認するためか、それとも名和家の者が自ら率先して先陣を切ったのか。

「名和家、というのは……」

「悪党から成り上がった古い一族です。何でも、後醍醐天皇より八代を賜ったのだとか。その八代を巡って、相良家とは長年抗争が絶えない一族でした。阿蘇家や甲斐家とも領土問題を抱えていたので、肥後国人の中では逸早く島津家に就いたようです」

「根っからの島津派ってことか」

「そういうことになります」

 宗運や義陽ともともと対立していたのであれば、島津家の北上に真っ先に味方をするのは自然であろう。

 名和家そのものはさほど大きな勢力ではない。阿蘇家ほどの政治的な価値も感じられない。となれば、島津家の中で生き残りを図るには、自ら危険な役割を引き受けるしかないのだ。

「敵に引き摺り出されることがないようにと」

「承知しました。右翼、いえ全体に再度伝令を飛ばします」

「頼む」

 島津軍が大内軍を倒すためには、こちらの隙を突いて陣を瓦解させるしかないだろう。

 守りを固めている間は如何に島津家であっても付け入ることはできない。足並みを揃えて迎撃していれば、精強な軍団を追い払うことも可能である。

 開戦から半刻ほどが過ぎて、戦線は少し広がった。右翼で小競り合いを続けていた名和家のほかに、左翼でも島津側に味方した甲斐家や阿蘇家が押し出てきたのである。銃撃と挑発を繰り返し、死傷者が立て続けに出た。敵も味方も鉄砲と矢で傷つき、倒れていく。

 それでも、銃声の数の割には死傷者は少ない。

 互いに竹束を全面に押し出して銃弾を防いでいるためだ。確実に敵の命を奪うには、もう少し距離を近づける必要もあった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 駒返城から戦場を眺める歳久は表情を変えることなく、落ち着いていた。

 いざ戦が始まってしまえば後には退けない。覚悟を決めた島津の姫は、心身ともに強靭だ。

 明朝から始まった銃撃戦は果々しい結果を出さないままに推移し、名和家、阿蘇家共に十数名の死傷者を出して撤退した。

「どうされます?」

 と、歳久は家臣に尋ねられた。

「続けます」

「渡河は?」

「もうしばらく後で。今は、相手の出方を伺う場面です」

 初戦から全力投入というわけにはいかない。

 まず、付け入る隙があるのかどうか。なければ、どのようにして作るのかというのを探る必要がある。そういった策略が一切通じないのならば、やむを得ない。力を頼みにして攻撃を加えることになる。

 もっとも、力攻めは多大な危険を孕む。特に守りを固める相手に突っかかれば、撃退される可能性が飛躍的に高まるし、こちらが壊乱する恐れもある。

 肥後国人を使い敵陣の固さを確認し、攻めどころを調べるのだ。

「敵右翼の先手は相良。左翼は……黒木?」

「筑後の国人であるとのこと。恐らくは龍造寺家と決戦した黒木郷の領主ではないかと」

「ああ。筑後衆ということですか」

 敵の陣割もある程度分かった。歳久がよく知る肥後国の国人だけでなく、筑後国からも国人が押しかけてきた混成軍だ。

「敵陣は大きく分けて大内、大友、筑後肥後国人衆に分かれると」

「大内家と大友家は、同一ではないのですか?」

「そうですね。政治的には大友家は大内家に取り込まれていますが、風土気質面では独立しています。つい最近まで、九国北部を領有する大国だったのです。そう簡単に大内家に心は寄せません。上はともかくとして……」

 大友家の上層部は、大内家に臣従を明確にしている。大友家の新当主は大内家の血を引く者で、義隆の姪だ。事実上、大内家に取り込まれているも同然である。

 しかし、下の者たちはどうか。

 大友家に長年仕えてきた者たちがどこまで大内家に従っているというのか。

 もともと大友家そのものが分裂の危機であったのだ。大内家に従うことを内心で嫌がっている者も少なくないのではないか。

 現状、大内家と干戈を交えたのは他国の者だけだ。島津家の将兵はまだ戦っていない。そろそろ、こちらの島津兵が焦れてくることであろう。

 じりじりと動かない戦局。

 日は中天に差し掛かった。

 そろそろ頃合か。

「先手の山田殿に兵を進ませてください」

「ハッ」

 しばらくして、離れ六つ星の旗が動いた。

 山田有信の兵が、喊声を上げて大内軍に向かっていく。それに合わせて、どっと島津軍の先手が駆け出した。

 薩摩山田家は平将門の叔父、平国香に始まる歴史ある家である。有信の祖父が、島津中興の祖とされる島津日新斎と争い、臣従したことを契機に島津伊作家に仕えるようになった。祖父は不幸にも讒言によって命を落としたが、その子、そして孫は宗家を継いだ島津伊作家に変わらぬ忠誠を誓っている。

 有信は、川岸まで行って鉄砲を撃ちかけ、矢を飛ばし、そして渡河を試みる。

 阿蘇家を味方にした島津家は、白川のどこが浅く渡りやすいのかを心得ている。そこに銃火に臆せず山田隊が押し入った。

 さらに、先陣を切った山田隊に負けじと島津軍の将兵が続く。

 鉄砲と矢の援護を受けて、矢弾に傷つきながら島津軍の先手が敵左翼とぶつかった。

 山田有信は、日向国高城を守っていた武将だ。耳川の戦いのきっかけとなった城を、大友軍の大軍を相手にして島津軍本隊が反撃態勢を整えるまで死守した武将である。

 島津宗家に対する忠節も厚く、どの戦場で倒れて死んでも本望であると熱弁するほどであった。

 だからこそ、この危険な先陣を任せた。敵の大軍に向かっていくには、死を恐れない猛将が先頭に立つ必要があった。

 彼女の勇姿で、背後の兵卒が奮い立つ。鉄砲も矢も、戦場の熱狂の前に霞み、島津軍は一本の川のように纏って大内家の左翼に喰らい付くのだ。

 近付く兵が射殺される。辛うじて銃火を突破した兵も柵に阻まれている間に、槍で突かれ、矢弾に倒れる。

 そうして、大内軍の守りを突破できないままに山田隊は退却を余儀なくされた。川を渡っての退却で、後ろからさらに矢弾が飛んでくる。這う這うの体で有信は逃げ帰ってきた。

 初日の戦は、島津軍が跳ね返される形で終わった。

 夜の帳が降りて、戦は小休止となった。

 大内軍の戦略からして夜襲はないと思われるが、篝火を大いに焚いて夜襲に備えさせた。

 そして、歳久は密かに下山して、山麓の山田家の陣を尋ねた。

 傷ついた有信は、地面に蓆を引いて寝そべっていた。天井のない完全な屋外である。周囲は陣幕で囲っているものの、野ざらしも同然である。

 歳久に気付いた有信は、無理矢理身体を起こそうとする。それを制して歳久は声をかけた。

「お疲れ様です、山田殿」

「申し訳ありません。不甲斐ない姿をお見せしてしまいました。敵陣に切り込み、首を討とうとしたものの、力及ばず」

「いいのです。あなたはよい働きをしてくれました。むしろ、あの戦場を生きて戻ってきたことがありがたいと思います」

「戦場の露と消える覚悟でしたが、家臣に諫められ、こうして戻ってきた次第です」

 端から死を賭して突撃した。歳久が命じたが、有信は決してその策を嫌悪していなかった。

「全力で死を前提とした突撃をしてくれる方はそういません。あなたは、文字通り奮戦してくださいました。それが、重要なのです」

「明日以降もこのように?」

「はい」

 歳久は頷いた。

 暗がりで有信には表情がまったく見えなかったが、決して悲観した顔をしているわけではない。

「相手を本気にさせるには、わたしたちが本気で戦わなければならないのです。命を賭して、死を前提として、本気で戦い、本気で勝利をもぎ取るための突撃をしなければなりません。それくらいの気迫を大内に見せ付ける必要があります。そして、あなたの戦振りは見事にわたしたちの本気さを示してくれました」

「久しぶりに、我武者羅に戦わなければなりませんね」

「はい」

 頷いた歳久は小さく笑った。

「そういうの、得意ですよね」

「薩摩大隅育ちは大概そうでしょう」

 多くの将兵が小さく貧しい領地を巡って戦いに明け暮れた日々があった。島津家という肩書きも分裂して入り乱れ、多くの血が流れた。今の島津家はそうした日々を勝ち抜いて、強大化したたたき上げの兵卒を多数抱えている。

「明日も突撃を?」

「ええ。明日も同じように。必要ならば、明後日もその次も、何度でも攻め立てます」

 

 

 

 ■

 

 

 

 よく飽きもせず繰り返せるなと、感心する。

 歳久が何度でも攻め立てると宣言したことなど知る由もないが、現実に晴持は島津軍の断続的な攻撃を目の当たりにしていた。

 先手が代わる代わる大内軍に突っ込み、銃撃戦を演じ、時には渡河を図った。その度に、島津軍は大内軍の銃火を浴びて屍を曝し、次々と白川に底に沈んでいった。

「島津には大将が討たれた場合、その仇を討たない限りは部隊全員を切腹させるという軍律があると聞きますが……」

 床机に座る晴持に光秀が困惑したように話しかけた。

 初戦から五日が経ち、島津軍の攻勢は変わらない。日に数度、喊声を上げて突撃をしてくる。最初こそ、様子見の銃撃戦に終始していたが、今は前衛を磨り潰すつもりなのかと思えるほどに苛烈に攻め込んでくる。

 多くの将兵が水底に沈み、枯れた田に倒れている。

「意図が見えない。まさか、本当に手がなくて突撃を繰り返しているわけではないだろう」

 あの島津家がそんな愚を犯すとは思えない。それとも、晴持の過大評価であったのだろうか。

 銃声が南郷谷に轟く。

 乾いた冬の風に乗って、遠くまで轟音が響き渡る。

 銃撃戦によってこちらにも、多少なりとも死傷者が出ているが、島津軍の死傷者は大内軍の死傷者の数倍にもなるだろう。

 中には柵に取り付き、乗り越えてくる猛者もいるが尽く討ち死にしている。

「頭がおかしいのか。死を恐れないって、簡単に言うけど……そんな単純なものじゃないだろう」

 つい、そんなことを口走ってしまう。

 武門の家系に生まれると、大概の者は死を恐れない猛将たらんとする。生き恥を嫌う民族性というか、武将の生き様のようなものが呪いのように纏わり付いている。いつの時代の武士も軍人もそういう理念で現実に打ち勝とうとする。もちろん、人間は生き物だ。本能的に死を忌避する。だから、死ぬと分かっていて討ち死に覚悟で行動するというのは、本能に打ち勝つ教育や環境があってのことだ。

 朝鮮戦争の際に、中国軍は米軍が仕掛けた地雷原に犯罪者を突撃させて地雷原を突破しようとしたと聞いたことがある。

 島津軍がしていることは、それに似ている。違いがあるとすれば、突撃してくるのが犯罪者ではなく、島津軍そのものであるということか。

「やっぱり、考えなしに突撃させているとは思えないな」

 長期戦を嫌うにしても、ただ突撃を繰り返すだけでは事態の打開には繋がらない。

 総攻撃というほどではないにしても、非常に力の篭った突撃は、ともすれば柵を突破してこちらの懐に飛び込んで来かねない勢いがある。

「その通りです。あの島津家が無策に攻撃していると思うのは危険です」

 凛とした声。

 車椅子で現れた道雪は、いつもと変わらぬ優美な容貌で微笑を湛えている。――――そこに、余計な感情はない。ただ、場を和ませるための技術の一つであって、内心の余裕はなく、冷静に戦の趨勢を見つめている。

「道雪殿、そちらの様子は?」

「こちらの変化はありません。島津軍の攻撃は先手部隊によって完全に阻まれておりますので。前線の被害が徐々に広がっていますが、損耗の度合いは島津の方が大きいでしょう」

「俺たちが見た通りか」

「今のところは。ですが、晴持様が仰るように、島津がこれで終わるとは思えません。どこかで、さらに大きな攻勢を仕掛けてくると思っていいでしょう」

「どこか、とは?」

「それは分かりません。ですが、彼女たちの狙いは十中八九、あなたです」

 道雪が晴持を指差した。無礼、と咎める者はいなかった。それを分かった上で道雪は晴持を指差している。それだけ差し迫った状況であるということを端的に伝えているのだ。

「島津にはそれを為すだけの力があり、策があると考えて事に当たるべきでしょう」

 道雪が言うことはもっともだ。

 ただ、それが何か分からないのが不安だった。

 これまで、見事な戦術でジャイアントキリングを達成してきた島津家が無為に将兵の命を散らせているとは思えない。

 無策な突撃に見えることが、異質さを際立たせていた。

 

 

 

 戦は膠着状態に入り、守る大内軍と攻める島津軍という構図に変化がないまま一月余りが経過する。

 島津軍の攻撃も数日置きに小規模なものが断続的に続いていたが、大内家の守りが決壊するようなこともなく、島津軍が目を見張るような横槍を入れてくるようなこともなく、石橋を叩いているような慎重な戦運びが継続していた。

 じりじりと島津軍は大内軍の前衛を削っている。

 だが、それだけではジリ貧であるということくらい、誰もが分かっているだろう。島津軍が削った大内軍以上の人員を島津軍は喪失しているはずだからだ。

 彼女たちの次の一手がどのようなものなのか、ということを大内軍の誰もが図りかねている。

 守りを固めるということは、結局のところ相手の出方を待つということだ。受身である以上、敵の策を事前に潰すというのは困難であった。

 大内軍左翼先手部隊は、国人衆の混成部隊である。国人それぞれは、単独で備を作れるほどの兵がいないので、より大きな勢力に与力してその指揮下に入る。

 左翼先手は筑後国の黒木隊が取り纏め、複数の国人たちを束ねている。

 その中に日向国から参陣した伊東家も入っていた。

 日向国に根を張る伊東家は、南北朝時代までは日向国の守護であった島津家に仕えていたが、その後島津家が分裂し内乱状態に陥るとその影響下から独立し、日向一国を支配するまでに成長した。

 それが、数年前までの伊東家である。

 今は、島津家に追い落とされ、大内家に拾われる形で何とか日向国の中央部に領土を保持している。

 島津家は旧主であると同時に、仇敵でもあった。

 この度の出兵では島津家への抑えのために兵を割いたため、伊東家の将兵は200余名と言ったところであろうか。

 率いるのは伊東祐兵。伊東家の当主である義祐の孫に当たる。

「また島津が攻め寄せてきた」

 わっという島津軍の大声に、祐兵は眉根を寄せる。

 まだ歳若い元服を済ませたばかりの武者である。

 彼がいるのは最前線である。島津軍の猛威を間近で受ける位置である。

 左翼を任された国人たちと連携して、柵に近寄ろうとする島津軍を押し返すのがここ最近の祐兵の仕事であった。

「戦ではあるのだろうが、戦とも思えぬなぁ」

 繁栄を極めた伊東家を追いやり、没落させたのは他ならぬ島津家である。その島津家が、柵を越えることなく屍を曝し、無為な突撃を繰り返している。

 まるで、岩に叩きつけられる波のように、跳ね返されては散っていく。

 銃声が鳴ると同時に、敵軍の誰かが倒れる。簡単な仕事だ。こちらは向かってくる敵に、飛び道具を浴びせかけるだけなのだから。

「祐兵様。島津軍が撤退して行きます。如何なさいますか?」

「如何も何も、柵の守りを固めよというのが総大将の方針であろう。ならば、そのようにすればよい」

 柵に篭り、敵を撃つ。

 本当にこれだけなのだ。

 この一月余り、島津軍は徒に突撃を繰り返しては、返り討ちに遭ってばかりである。

「さすがの島津も大内家を前にしては形無しですね」

「このまま戦が進めば、自ずとお味方の勝利は間違いありませぬ」

 口々に家臣たちが祐兵に声をかける。

 今日も一日が終わった。島津軍を追い散らした国人衆たちは、夜襲に気をつけつつも、戦場の愉しみとして酒を口に運び、労を労いあった。

「南郷谷が島津の墓場になるのも時間の問題よ。彼奴らはこの柵よりこちらには一歩も踏み込めぬわ」

「島津の姫も、そろそろ頭を垂れに来る頃合ではあるまいか」

「あの鬼とまで恐れられた島津義弘が地に伏す時が近いか。雌伏してきた甲斐があったというものよ」

 伊東家の島津家への反感は強い。いや、伊東家だけではない。島津家に領地を追われた国人や小領主は少なくないのだ。その島津家が、まったく歯が立たない。まるで的当てのような感覚で、バタバタと敵が倒れていく。

 強大だったはずの敵が、逆に自分たちの手で倒されていくというのは、嗜虐心を煽る。

「殿、しかしこのままでは伊東の名が立ちませぬ」

 祐兵に酒を注ぎながら、伊東家の重臣である落合兼朝は静かに語りかけた。

「名が立たぬ?」

「はい。確かにここを守るは我等のお役目。ですが、直接切り結ぶでもなく、鉄砲と矢によって追い払うばかりでは武門の名折れでございましょう」

「それは確かにそうだ。言わんとすることは分かる」

「私は無念です。島津の首が目の前にあるというのに、これをただ見ているだけというのは。逃げる敵を敢て生かしても、翌日には我等を討ち取りに来るだけ。戦えるときに戦わず、情けをかけるのは、後々の禍となりはすまいか……」

「落合殿。仰ることは分かるが、我等は白川を死守するのが役目。確かに武門の意地もあろうが、貝の如く守り、攻め寄せる島津を退けることが肝要であると立花様も仰っていたではないか」

 祐兵は大友家に起居していたことがあるので、道雪とも顔を会わせたことがある。左翼中段には元春の部隊が配置されており、背後に元春がいてくれるというのは強い安心感を与えてくれる。

「左様です。私も分かっておりますが、何よりも悔しいのです」

「悔しい?」

「日向一国を治めていた太守たる伊東家が、今や……」

 兼朝はふと周囲を見回し、喧騒に満ちた陣内に目を配ってから声を潜めた。

「このような小さな陣に、それもどこの馬の骨とも知れぬ黒木家の采配を受けねばならぬということが、堪らなく悔しい。一つ、敵のよき大将首と手合わせし、伊東を再び日向の太守としたいと思うのはおかしいことでしょうか」

「む、ああ。何もおかしなことではない。それには同意する」

 祐兵も伊東家の繁栄を知っている。もちろん、父が様々な問題を抱えていたことも事実であり、困窮と命の危機に陥った苦しい時代も知っている。

「俺も、叶うのならば伊東家をあるべき姿に戻したいと常々思っていたところだ」

「さすがは祐兵様です。此度の戦で武功を挙げれば、大殿も喜ばれましょう」

「だが、柵を越えず、島津を追い返すというのが、此度の作戦の要であろう。それはどうするのだ?」

「島津軍は思いのほか柔弱。この一月、彼奴らは寄せては退くを繰り返すのみです。数日の後にまた攻めてくるでしょうが、何のことはありません。また追い返せばよいのです。そして、敵はいつも通り追い討ちをしてこないと油断するでしょうから、そこを追撃してしまうのです。そうすれば、祐兵様は多くの首級を挙げ、第一の武功を立てることができましょう」

「ふぅむ、なるほど」

 祐兵は興味を持ったようで、重臣の言葉に耳を傾けた。

 日向国のごく一部に追いやられた伊東家を再興するには、確かな武功を挙げて大内家から領土を与えられなければならない。

 そのためには、確かに守っているだけでは状況の改善には繋がらないのだ。島津家は倒せても、伊東家には何一つ利益が入らない(・・・・・・・)

「しかし軍規に反する行いだと、後で非難されてしまうのではないか?」

「祐兵様、お忘れですか。大内家が何を大義に日向に押し入ってきたのか」

「それは……阿喜多様を救援することだろう」

「如何にも」

 兼朝は満足げに頷いた。

 阿喜多は、祐兵の亡き兄義益の妻で、一条家から輿入れしてきた姫である。まだ幼さを残した年齢で、今は豊後国で寺に入っている。

 総大将である晴持にとっては、姪に当たる人物で、日向国に討ち入った際の大義名分は阿喜多の安全を確保するというものであった。

「大内家にとって伊東家は特別なのです。何せ、日向にて島津と睨み合っているのは他ならぬ我等なのです。さらに阿喜多様の存在……多少軍令に背いたとしても、成果さえ挙げていれば問題にはなりませぬよ」

「なるほど……確かに……」

 伊東家の立場は決して安定しているとは言えないが、大内家にとっては島津軍の日向国討ち入りを防ぐ防波堤の役割をしている勢力だ。一条家との血縁もある。黒木家のような島津家と国境を接していない勢力と違い、その有無が戦の趨勢に関わると言ってもいいだろう。

 国境の言わばどちら側でもない勢力を如何に引き入れることができるかというのも、戦の重要な視点になる。明確に大内家に味方をすると表明している国境沿いの国人が伊東家という名のある勢力なのは、大内家にとって非常に大きい――――と思えた。

「多少の非難は成果で黙らせることもできましょう。何より、伊東家は日向の名族。このまま、名を挙げずに燻っていることがどうしてできましょうか」

「ああ、そうか。確かにその通りだ」

 酒を口に運びながら、祐兵は頷いた。酔いが回っているので、気分もいい。

「して、どうするのだ? 何か考えがあるのか?」

「簡単なことです。島津軍の撤退に乗じて、追い首をすればよろしい。これまで見てきたとおり、この守りを突破することなど、彼奴らには不可能。となれば、逃げ惑う鼠を駆除するが如く首を取れましょう。どの道、我等が出れば、他の者どもも負けじと兵を繰り出します。時節を誤らず、思い切って駆けなければ、名を挙げる機会はありませぬ」

「うむ」

 祐兵は頷いた。

 そして、周囲に目を配る。

 酒が入って喧騒はさらに大きくなっている。二人の声は、誰にも聞こえていないようだった。

「この儀は直前まで誰にも話してはなりませぬ」

「味方にもか?」

「無論です。黒木等に抜け駆けされては、堪りませぬからな」

「もっともだ」

 伊東家が第一に功を立てるためには、一番に飛び出す必要がある。左翼の国人たちは決して伊東家に肩入れしてくれているわけではないのだ。

 彼等は味方であると同時に功を争う好敵手である。出し抜くには、情報を漏らさないように細心の注意を払わなければならない。

 祐兵はさらに酒を煽った。

 酔い潰れるほど飲みはしない。夜襲にも備えなければならないからだ。それでも、気分が高揚する程度には酔いが回った。

 果たしてこの昂揚感は酒の所為だけではないだろう。

 己が、一廉の武将として名を挙げる好機が目の前に迫っている。そういう実感が、ふつふつと祐兵を滾らせているのであった。 

 



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その七十四

 夜空に三日月が輝いている。

 冬の空気は澄み渡り、星と月の光は何物にも遮られることなく地上に届いている。

 空から降る星の光が、遥か彼方、気が遠くなるほどに長い時間をかけてやって来ていることを歳久は知らないが、ただその儚さと尊さは感じている。

 彼女の人となりを知らない者は、彼女の表情や言動から冷たい、恐ろしいなどという感想を抱くが、実際の歳久は情に篤く、義を守り、筋を通すことを誉れとしている。自然の機微を楽しみ、四季の移ろいに思いを馳せることもある。その一方で、やはり冷徹に判断を下す覚悟も姉妹では随一だった。

 作戦立案に関わることが多いのは、歳久がそういった仕事を得意としているからなのは当然であるが、やはり性格というのは大きな影響を与えているのであろう。

 床机に腰掛ける歳久は、冷たい夜気を肺腑に吸い込んで頭を冷やした。

 戦が始まって、早一月余り。

 もとより想定していたものではあるが、果々しい戦果がないどころか死傷者が増える一方である。

 上層部にとっては予定通り。しかし、使い潰される形になっている者たちの間では不満も溜まっている。戦い方を変えるように進言してきた者もあったし、そうまでしなくとも、今のままの戦では事態を打開できないと思っている者は大勢いるだろう。

 戦意は決して挫けていないが、大計の準備段階で内部分裂することが最も歳久にとって恐れる事態であった。

 そう大計だ。

 この戦で大内晴持を討ち、九国を一統するために仕掛けた計略は着々と進んでいる――――はずである。

 決して表には出さないものの、成功するかどうかは運任せの面もある。今、どうなっているのか、万全に把握できるものでもない以上毎日毎日吐きそうで逃げ出したくなるほどの緊張感に苛まれている。

 大将はどっしりと腰を据えて、事態が動くのを待つのが仕事だ。それを理解しているが、やはり辛いものは辛いのだ。

 陣幕の中には歳久だけでなく、数名の武将が待機している。

 空気が張り詰めている。普段余裕を崩さない彼等だが、夜で人目に付かないからこそ、疲労や不安を滲み出させることになる。

 そんな折に歳久の下に客がやって来たと取次役の家臣が声をかけてきた。

「歩き巫女が歳久様にお目通りしたいと申しております」

 歩き巫女は特定の神社に仕えるのではなく、各地を放浪し、祈祷や託宣を行うことで生計を立てている者のことだ。

 信濃国ではノノウなどとも呼ばれるが、この形態の巫女そのものは各地に存在している。

「歩き巫女?」

 陣幕内の武将たちは不思議そうな視線を歳久に向ける。

「違いますよ」

 と、歳久は武将たちの視線を一蹴する。

 歩き巫女は、時代の変化と共に商売をしたり遊女として戦場を渡る者も現れた。

 夜間にわざわざ商売をしようという者もいない。人目を忍ぶとなれば、あるいは……という下衆の勘繰りを歳久は否定したのである。

「その者が、わたしの客なのは確かです。通してください」

「御意」

 取次が出て行ってから、しばらくして陣幕にやって来たのは美しい巫女であった。目立つ服装ではあるが、遊女として度々戦場に現れる彼女たちは咎められることが少ないのである。

 彼女たちは山伏や商人と同じく各地を放浪する性質上、情報通でもあった。

「お初にお目にかかります。出雲より参りました、松とお呼びください」

 歩き巫女は一挙手一投足が艶めかしい。篝火に照らされた横顔に、見とれる武将も少なくないようだ。

 同性に惹かれる性質ではない歳久も、この歩き巫女の妖艶な美しさは認めるしかない。

「お松殿、要件を」

 あまり彼女を長居させるのは、士気に障ると思ったのか歳久は単刀直入に尋ねた。

 松は、歳久の反応に気を悪くすることもなく懐から一通の書状を取り出した。

 歳久は直接それを受け取ると、手早く中を確認した。

「間違いありませんね」

「先日、ご本人の手から預かったものです。大内の目もあるので、時間がかかってしまい、申し訳ありません」

「いいえ。僅か、一両日中に届けてもらったことに感謝こそすれ、責めることはありません」

 そう言って、歳久はすぐ近くの武将に手紙を回した。

「これは……?」

「一つ前に進みました。いよいよ、ということです」

「おお……!」

 陣幕がざわついた。

 雌伏してきた時間が遂に、実を結んだのである。

「お松殿。当家のための多大な骨折り、感謝します」

「いいえ。わたくしは、自分の仕事をしたまでです。懇意にしていた殿方から、使いを頼まれたというだけの、他愛のない仕事でございます」

「あなたにとっては他愛のない仕事であっても、我々にとっては重大事。ですので、まずは感謝を。あなたの忠勤に、報いたいところです。しばらく、当家に逗留されるのは如何です? これから戦は激しくなります。帰路の安全を保障するのも難しくなります」

「……多大なご配慮、ありがとう存じます。そこまで仰るのでしたら、しまし骨休めをさせていただきたく存じます」

「ええ。ゆるりとお寛ぎください」

 

 

 松が出て行った陣幕の中で、歳久は小さく苦笑する。

「少し露骨過ぎましたか」

「あの手の者は、こうした事態に慣れております。下手を打つことはありますまい」

「そうでしょうね。ですが、少なくとも次の攻勢までは大人しくしてもらいます」

 歳久が目配せすると、武将たちも意図を読み取って頷いた。

「念には念を。相手にするのは姫武将に限る事としましょう。戦場から遠ざかっていただくため、朝一番に下山していただくのはどうでしょうか」

「そうですね。役に立ったのは事実です。うっかり問題を起こさないうちに、陣を離れてもらうのが得策ですね」

 彼女が運んできたのは機密文書というに値する重要な書状である。その内容を、彼女が知っているのかどうかは知らないが、確認する術がないので知っていることを前提に動くべきだ。

 作戦開始前に、彼女が陣を抜け出し大内家の手に落ちればすべてが水の泡だ。

 とりあえずは身柄を確保し、いざとなれば闇に消えてもらう必要もあるだろう。松もそれを察したからこそ、下手に抗うことなく歳久の要求に従ったのだ。

「日の出と共に、軍議を開き、最後の確認を行います。その旨を、各々に伝達するようにしてください」

「御意」

 張り巡らせていた計略の一つが大きく前進した。

 それは歳久に大きな安心感を与えた。策士策に溺れることがないように、万全を期して進めるべきだが、そう上手くことが運ばない場合もある。

 そうなれば後は地力と勢いだ。

 歳久は、その後久しぶりに深い眠りに就いた。

 落ち着いたということもあるが、決戦を前にして今はきちんと頭を休ませるべき頃合であると判断したからだった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 その日、明け方には靄がかかるような氷雨が降って、冬枯れの田をしっとりと濡らしたが、そう雨は長くは続かず、気付けばからりとした晴天が広がっていた。

 いよいよ春の気配を感じる陽気である。風にも冬の寒さではなく春の暖かさが混じっているように思えた。

 晴持は陣幕から外に出て、島津軍が陣を敷く外輪山の稜線を眺めた。東から昇る太陽を背にした山並みは気高く眩しい。

 晴持の傍らに侍る光秀と宗運も、視線を鋭くして島津軍の陣を見つめている。

「今日も変化がないようだな」

「このまま長陣になれば、間違いなく当家の優勢に進みます。それを座して待つ島津とも思えませんが」

 と、宗運は不審げなことを言う。

「わたしも、そのように思います。やはり、何か企んでいるとしか」

 光秀もその不安は長々と抱えていた。しかし、かといって何をしてくるのかというところまでは想像ができない。

 度重なる島津軍の攻撃を跳ね返していることから、軍の内部に楽観的な考えが蔓延しつつあることも不安を煽る。

 島津軍がここまで手の足も出ないというのに、大内軍は攻撃命令を出さないということが、特に前線の兵の間で不満になっているという話も上がってくる。

 彼等にしてみれば、武功を挙げて生活を向上させなければならないのに、この戦術では評価が上がらない。出世欲や命を惜しまず槍働きをしたいという面々には、面白くない戦い方なのだ。

 優勢でありながらも、士気が下がっている。

 今の大内軍はそのような状態だった。

「迂闊に攻めかかって島津にしてやられた者も多いだろうに」

「分かってはいても、今は大丈夫だと思ってしまうのが人の性ではあるのでしょう。もっとも、全軍の気をもう一度引き締めるようにしなければなりません」

「流言飛語は厳に慎むよう、触れを出します。いつ島津が攻めてくるのか分からない状態で、浮ついた流言が飛び交うのは避けたいものです」

「頼む、光秀」

「はい」

 光秀はすぐに動いてくれた。

 その場を離れた彼女は、各部隊に規律の遵守を徹底するように通達を出したのである。

 長引く戦で気持ちが離れている者に、目の前の戦に集中するように促したのだ。

 戦は本来、命懸けだ。敵を殺すし、味方も殺される。死者の中にいつ自分が混ざることになるかも分からない先行きの見えないものだ。通常ならば、そうした不安を常に抱いて戦場に出なければならないが、大内家の戦は安全を突き詰めようとするものだ。将士に不安を抱かせないように守りを固め、陣を定め、向かってくる敵に城攻めにも似た過酷な戦いを要求する。

 常に、優位に立てる環境を整えるのが晴持の戦い方だが、長陣が続けば緊張感を欠きやすい構造になっているとも言えた。

「晴持様、あれを……!」

 宗運が慌てた様子で島津軍を指差した。

 島津軍に動きがあったのだ。旗が動き、黒々とした鎧の集団が山麓からこちらに向けて進軍してくる。

「いつもよりも、少し数が多いな」

「いよいよ大攻勢というところでしょうか」

「かもしれん」

 島津軍の散発的な攻撃は度々あったが、今回はいつもよりも参加する部隊の数が多い。いよいよ、こちらの陣の内部に攻め入ろうという意思の現れであろうか。

 

 

 

 最前線を任される大内軍にも緊張が走った。

 兵たちは一斉に鉄砲を手に取り、弓に矢を番える。

「今日は敵の数が多いが、問題ない。よく狙って撃つ。これだけだ。この一月で慣れたものだろう。島津の者どもを存分に打ちのめすがいい!」

 黒木家永が声を張り上げる。左翼の国人混成軍を束ねる家永は、筑後国の国人だ。龍造寺家と対峙するために大内家との繋がりを深め、筑後国での影響力を強めることに成功した。その縁もあって、この戦に参戦することとなった。

 激しい銃声が鳴り響く。飛び交う鉛弾が、木楯を貫通してその後ろにいる兵を貫く。お返しとばかりに放たれる銃弾は、島津軍の前列をばたばたと倒していく。

「怯むな進めッ!」

 島津軍の将兵が銃火を恐れず白川を渡河する。

「近づけるな! 槍持て! 断じて柵を越えさせてはならんぞ!」

 家永自らも槍を持って兵を鼓舞した。

 銃弾が家永の眼前を掠め、側近に当たった。

「無事か!?」

「何とか……」

 衝撃で倒れた側近を助け起こすと、鎧の右脇が凹んでいるのが見て取れた。

「上手く逸れたみたいで、命拾いを」

「そうか。運のいいヤツめ」

 ほっと家永は笑った。

 戦場での幸運は、縁起がいい。

 島津軍の先鋒の一部が、柵に取り付けるところまで接近した。凄まじい形相で、押し入ろうとしている。

 その兵を数人かかりで槍で突き殺す。

「……島津の兵は、当家の数人力にもなるか」

 まさしく死力を尽くした戦いであった。

 島津家も家の発展のために戦う理由がある。しかし、こうまで将士を死に駆り立てられるとは、よほどの人望があるか厳しい軍律があるか。

 家永は胸に穴が開いてもなお、絶命の瞬間まで柵にしがみ付く名もなき島津兵に戦慄する。

「こやつらを中に入れるな。追い返せ!」

 至近距離からの銃撃と矢、そして長槍が島津兵を近付けない。

 柵を乗り越えなければならない島津兵は如何に強靭であっても動きを止める一瞬がある。そこを、狙って槍が襲い掛かる。易々と鎧を貫通する鉄砲の至近弾も、島津兵には脅威だった。直撃すれば即死は免れない。状況によっては、数人を丸ごと貫通することもある。

 怒号と悲鳴の入り乱れた前線を支えるのは、黒木家だけではない。左翼前段の中では、最も多くの兵を抱える伊東家が、この戦の中心にいると言ってもいい。

「殿、殿。本日は真に吉日にございますなぁ」

 と、兼朝が祐兵に呟く。

「何ぞ卜占でもしたか?」

「左様で。厳しい戦とはありますが、ご家運の開けたまう日にございます」

「ほう」

「当家が最も命を賭して戦い、最も華々しく戦果を挙げるには、厳しい程度の戦でなければなりませぬ」

「確かに、それもそうだ」

 楽な戦で勝ったとしても評価はされない。勝利が約束されている戦いでの武功がどれほどの自慢になるだろうか。

 島津軍という脅威が最も激しい段階での活躍にこそ、家運が開ける道がある。

 度重なる島津軍の襲来に対応する兵も慣れてきているのか、伊東家の陣中には余裕の表情を浮かべる者もいる。

 そこで、祐兵は自分の存念を明かすことにした。

「みな、聞いてくれ。此度の島津の攻勢は甚だ強い。だが、これまで通り無事に守り通すことはできるだろう。しかし、それだけではならぬと思う」

「それだけ、とは?」

「この一月、敵は士気が高いままで斯様な攻撃を繰り返している。守ってばかりでは、いつまでも戦が終わらぬ。そこで、当家が率先して島津軍に大打撃を与えて見せようと思う次第だ」

「それは……」

 重臣たちの間にも緊張が走った。

 というのも、この時点ではどれだけ優勢になろうとも決して柵の外に出てはならないと大内家から厳命されていたからである。

 祐兵の策は明確な軍令違反である。

「迂闊なことを仰っては後の災いとなりましょう。昨今の島津は確かに柔弱に見えますが、それが罠ということもあるでしょう。むしろ、総大将はそれを懸念しているのではないですか?」

 慎重論を唱えたのは、川崎祐長であった。

 大内家に目を付けられれば、厳しい状況に置かれるのは目に見えている。おまけに、伊東家はかつて島津家に十倍の戦力差を覆されて大敗するという苦い経験がある。

 島津家に対する憎さは人一倍だが、それを戦場でどのように活かすのかは人それぞれであった。

 島津家は油断ならないと慎重にことを運ぼうとするのか、それとも恨みを力に変えて積極的な攻撃を行おうとするのか。

 祐長は前者であり、祐兵は後者に近かった。

「さりとて、このまま戦局が変わらなければ当家は兵力を損耗するだけでしょう。大内、大友は損害なく、事を終えられるにしても我等は使い潰されるだけで恩賞に与る余地もない」

 口を挟んだのは兼朝であった。

 密かに祐兵の考え方を攻撃方面に誘導していた者である。

「それは分かるが、耐え忍べばこちらの優位のまま戦は進むのです。伊東家だけが突出すれば、同士に多大な迷惑をかけることになる」

「祐長殿は、伊東家の家臣かそれとも大内家の家臣か。先ほどから聞いていれば、まるで晴持殿こそが主君であるかのような物の言い様」

「何をッ! 軍にあって伊東家が法を無視するはお家の先を細らせる一方ではないかッ! この戦は伊東家のみの戦にあらずッ! 大内家の叱責を受ければ、背後の軍勢がそのまま敵になりかねんのだぞッ!?」

「島津との国境を守る伊東家を大内家が無碍にすることはできませぬよ。我等は同士たちを出し抜き、功を挙げる好機を目の当たりにしているのです」

 淡々とした兼朝の言葉に、確かにと頷く者が現れる。

 このままだらだらと戦いが続けば、真っ先に磨り潰されるのは伊東家等の前線の軍である。勝勢に乗って島津軍を撤退に追い込まなければ、結局同じ事を繰り返す。

「今日、島津軍を追い払っても、明日、同じように攻めてきますぞ。我等が先んずれば、流れが変わり、敵を一息に瓦解させることにもなりましょう。伊東家で、この戦の勝敗を決するには、多少の危険は覚悟すべきです」

 兼朝は、祐長だけでなく同席する同輩にも語りかけた。

「当家が兵を前に進めれば、他の国人たちも我先にと前に出ます。当家が突出し、孤立することはありませんが、功を争うことにはなります」

「何を馬鹿な。島津を徒に追いかけることが、どれほど危険かお忘れか!?」

「もうよい、祐長。お前の言うことも分かるが、今はあの時とは状況が違う。当家の後ろには毛利殿もおられる。かつてのように伊東家のみでの戦ではない。島津の計略など、恐れることがあろうか」

 祐兵の中で答えが決まっている。声をかけても結果が変わらないと分かり、祐長は目を伏せた。

「殿、島津軍の退き鐘にございます!」

 鐘の音が響き、島津軍が撤退していく。

 祐兵は伊東家の陣幕を出て、馬に飛び乗った。

「確かに退いてゆく……」

 島津軍が撤退していくのが見て取れる。激しい戦いで敵味方に死傷者が出ている。伊東家からも、相応の怪我人が出ただろう。田畑は再び多くの血と屍で汚れ、白川の底に新たな死体を沈んだ。

 ごくり、と祐兵は喉を鳴らした。

 今、突撃すれば決定的な何かが起こると確信できた。 

 島津軍の猛攻を凌ぎきった先にある、勝利が見えた。

「兼朝、行くぞ」

「それでこそ、殿――――者ども、今が攻め時! 島津を叩きのめす大好機に他ならぬ! 進めェ!」

 まさかの展開に、軍を纏めていた家永が絶句した。

 伊東軍が撤退する島津軍を目掛けて柵を乗り越え、突撃したのである。

 この突撃は伊東軍の中でも周知されていなかった。結果、突出した主君を守るために、将兵が慌しく飛び出していくことになった。

 だからこそ、状況が掴めないがとりあえず突撃するしかない者たちが続出してしまった。

「ば、馬鹿者、何をしているのだ!?」

 家永は、水量が減り、川底も浅くなった白川を楽々と渡って逃げる島津兵を討ち取っていく伊東家に何も声をかける間がなかった。

「何ということだッ。伊東の小僧ッ、わしに腹を切らせる気かッ!?」

「家永様、他の者どもが伊東家を追って陣の外へ!?」

「馬鹿者ども! 引き戻せッ! 軍令に反した武功は武功にならぬぞッ!」

 家永の叫びも空しく、国人たちは雪崩を打って陣を出る。

 それまで溜まっていた鬱憤を晴らすように島津兵を背後から追い散らし、首を刎ね、突き殺していく。

 遠目から見ても分かるほどに熱狂している。

 この流れを止めるのは、家永の一〇〇名余りの兵では不可能だった。

 突然、左翼が引き摺り出される形になった大内軍。内部では、突然の展開に突撃するか見守るかで意見が分かれた。

 この混乱は左翼だけでは留まらなかった。

 左翼の国人衆が突出したことで、右翼の国人衆もまた動いた。相良義陽が懸命に制止したものの、彼女に与力していた国人の中には伊東家と同じような考え方の者たちもいた。

 島津軍に一矢報いる好機を逃すまいと、前に出てしまった。結果、大内軍はなし崩し的に前衛が柵の外に飛び出してしまうことになった。

 

 

 先頭を行くのは伊東家の将兵だ。

 当初は突然の攻撃命令に困惑していた彼等だが、壊走する島津軍に気をよくしたのか乱捕りでもするかのように次々と島津兵の背中に刃を突き立てる。

 反転して殿を買って出た部隊と激突し、勝勢のままにこれを蹴散らすと、さらに追い首を続ける。

 伊東家の快進撃は、島津軍を峠道に追いやるほど苛烈であった。

「いけるぞ。山道は細く険しいものだ。大軍で逃げることなどできないッ」

 島津軍もまさか反撃があるとは思っていなかったのかもしれない。

 二〇〇〇人から三〇〇〇人にはなろうかという島津軍の精鋭が、千々に乱れて逃走している。

「かつてとは立場が逆だな」

 祐兵が思うのは、島津義弘に敗れた一戦。

 たった三〇〇人程度の島津軍強襲を受けて、伊東軍三〇〇〇人の軍勢は壊滅してしまったのだ。

 あの敗戦で伊東家は没落の一途を辿った。だが、今は違う。少数の伊東軍が中心となって、島津軍を叩きのめしている。

「殿、追い首もこの辺りでよろしいでしょう!」

 祐長が制止する。

「島津軍が反転し、攻勢をかけてくるやもしれませぬ! 陣形が整っていない今の状況では、不意の攻撃には対応できませぬぞッ!」

「何を言う。島津は皆、背を向けて逃げているではないか」

 ごねる祐兵に祐長が馬首を並べた。

「深追いは禁物。兵法の基本です。とりわけ、相手は島津ですぞ」

「祐長は島津を過大に評価しているな。確かに、かつて当家は島津に敗れたが、それは運が味方をしなかっただけで、真っ当に戦えば勝利は確実であったと兼朝も言っていたぞ」

「兼朝殿が?」

 祐長が背後を振り返る。兼朝が大声で兵を叱咤し、軍を取り纏めている姿があった。

 と、そんな折である。

 耳を劈く轟音が戦場に木霊した。

「何……!?」 

 追撃戦では鉄砲はあまり使われない。基本的に鉄砲は待ち構え、向かってくる敵を撃ちぬく武器だ。走りながらではそもそも狙いを付けられないし、一発撃てば再装填のために立ち止まらなければならない。

 よって、この轟音は味方の鉄砲ではなく敵の鉄砲であると考えるべきであった。

 祐兵は、信じ難いものを見た。

 逃げ散っていたはずの島津軍が、いつの間にか結集して伊東軍の最前列に猛烈な攻撃を加え始めたのである。

「何だ? 何が起こっている?」

 動転しているのは祐兵だけではなかった。伊東軍の突撃に引き摺られて出てきた味方の軍も、島津軍の急な反撃に即応できなかったのだ。

 飛び道具が満足に用意できない鼻面に、矢弾が浴びせかけられた。

「殿軍が足止めと目隠しの役割を果たしのでしょう! 引き付けられたのは、我々です! すぐに退きましょう、これは、島津の釣り野伏せに他なりません!」

「ま、まさか、そんなッ!?」

 島津軍のお家芸とも称される、鮮やかな戦術。味方を囮にして敵軍を引きずり出し、伏兵によって三方から取り囲んで殲滅するというものだ。

 伊東軍は、この脅威をその身で体験したことがある。よって、島津軍の術中に嵌ったという考えが頭を過ぎった瞬間に、士気が砕けた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 歳久は遠眼鏡を使わずに目視で南郷谷全体の状況を俯瞰した。

 上手く引きずり出されてくれた大内軍の前衛部隊が、島津軍の反撃にあって足を止めている。

 ここに至るまでに、何人もの勇士を失った。そうしなければ、敵を本気にさせることができなかったからだ。

「上手く釣れましたね」

 と安堵で胸を撫で下ろした家臣が話しかけてくる。

「そうですね」

 とりあえず三手目までが成功した。

 最初の一手は、単調な全力攻撃を繰り返し、島津軍は思いのほか脆弱であると思わせること。

 三十六計に言うところの「瞞天過海」。同じ行動を繰り返して相手の油断を誘う偽装作戦である。それを、将士の命を散らせる形で実行した。

 次の手は、敵の内部に潜りこませた島津派の将士による誘導作戦。その中心となったのが、伊東家の重臣である落合兼朝であった。

 兼朝はもともと伊東義祐の側近だった男だ。古くから伊東家に仕える側近中の側近であり、島津家を相手にした領土争いでも、伊東家優位に戦いを進めたこともある実力者である。

 そんな兼朝が島津家と通じ獅子身中の虫を買って出たのは、伊東家への恨みがあったからだ。

 兼朝は一人息子を伊東家の重臣である伊東祐松に討たれたのである。理由は同輩の家督相続争いで、祐松は当主である義祐の寵愛を受けた人物であった。祐松の判断が、当時の伊東家の政治判断そのものと言っても過言ではなく、一方的に息子を斬り伏せられた兼朝は、祐松とこれを除かない主家に対して深い恨みを抱いていた。 

 そこに付け込んだのが歳久だった。

 主家への復讐と所領の安堵を確約し、密かに連絡をやり取りしていた。いつか伊東家が大内家の先鋒として島津家と敵対するのは目に見えていたから、その時が来るまで重臣としての顔を維持し続けた。

 そして、三手目。

 兼朝を通じて伊東祐兵を攻勢に出るように仕向ける。

 島津家に勝利することができれば、一躍、日向国の国主にまで返り咲けると吹き込めば、功に逸る祐兵を転ばせることは容易だった。

 かくして、歳久が描いた絵図は形を得た。

 伊東家の背後で、ついに兼朝が叛旗を翻して一瞬前まで味方だった将兵に手勢を向かわせた。重臣の裏切りと前後に現れた敵兵で、伊東家は大混乱。当然、伊東家に釣られて飛び出してきた諸将も逃げ散っている。

「さて、家久は上手く纏めてますね」

 殿を装い始めから前を向いていた部隊を指揮しているのは、肥前国からやって来た家久だ。彼女は持ち前の統率力を駆使して、逃げてくる味方を収容しつつ、殿軍を瞬く間に釣り野伏せの正面軍に編成し直した。

「では、四手目。義弘様のご出馬を」

「はっ」

 指示を受けた家臣が法螺貝を吹き鳴らした。

 

 

 

 法螺貝の音は銃声よりも遠くまで届く。

 重厚な響きは三度続いた。申し合わせていた通りの響きに、慈水城からすでに下山を終えていた島津軍はざわついた。

 麓の茂みに潜ませていた将兵と次々に合流しつつ、駆け足で南郷谷の平野部に押し入った。「準備はよろしいですか、義弘様?」

 馬を揃えて進軍する新納忠元が尋ねてくる。

 すでに中央を纏める家久は自らの部隊を先頭にして、逆襲に転じている。包囲するにしろ中入りするにしろ、急がなければ敵の多くを取り逃がし、再び戦局が膠着してしまう。

「分かって、る。うん」

 義弘はこくこくと頷く。大身の槍を握り締めて、深呼吸をした。暫し眼を閉じ、開いたときには我の強い鬼島津の視線が敵陣を見据えていた。

「行くよッ。島津の命運はこの一戦にかかってる。全員、総攻撃! 一気に突撃! 大内晴持の首を挙げろッ!」

 穂先を敵の本陣があるであろう場所に向ける。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 地響きにも似た喊声を上げて、島津軍の左翼が一直線に大内軍の右側を目掛けて突撃を敢行した。

 その数は先陣だけでも四〇〇〇人に達する。その背後からも軍勢が駆けているので、総数はさらに跳ね上がるであろう。

 家久により伊東軍を初めとする先走った大内軍が壊滅状態にあり、敗残兵が必死になって敵陣に逃げ込んでいる。そして、味方を救うために出てきた大内軍と命令を遵守するために陣の中に残った大内軍とで大きな対応の差が出てしまった。その結果、前衛は纏めることもできず、場所によってはその後ろまで引きずり出されてガタガタになっている。

 大内軍が全体的に前のめりになった。その一方で命令が徹底されている後方は、守りの姿勢を堅持する。するとどうなるか。前衛は孤立し、中段は前に引き摺られる部隊と残ろうとする部隊に分かれて密度が下がるという状態に陥った。

 歳久が突いた、大内軍最大の弱点。

 連合軍であるが故の統率力の弱さである。

 義弘が引き連れるのは、島津軍の最精鋭を中核とする軍団だ。進軍速度の速さは随一と言ってもいい。それが、大内軍の前を迂回するように軍を進めた。

 全体で見れば、家久の中央軍は伊東軍を蹴散らしつつ軍を斜め左方向に進めている。つまり、狙いを定めたのは崩壊した右翼ではなく、辛うじて形を保っている左翼である。家久の用兵により、右翼から突出した者たちは、自分たちが出てきた穴に飛び込むように逃げ込んでいく。

 逃げる自軍を収容するために、大内軍の前線は機能不全を起こしている。家久が上手くその隙を突く。大内軍を追い立てるように左翼を目掛けて斜めに戦場を突っ切り、その家久の軍の進路を遮らないように義弘もまた兵を左側に寄せる。白川を渡り、密度の下がった敵の左翼中軍を狙う中入りを敢行するのだ。

 その義弘の動きを察した大内軍の一角が、兵を引き連れて対応に動いた。

 大内菱の旗である。大内家の一門衆の誰かであろう。弱卒な伊東家とは相手が違う。

「鉄砲来るよッ!」

「承知ッ」

 大内軍からの銃火を浴びせかけられても、今度の島津軍は怯まないし止まらない。倒れた仲間の屍を背負って、さらに前に進む。

 恐るべき気迫を背負って、遂に義弘の軍は大内軍と干戈を交えた。



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その七十五

 戦局の意外な展開にさしもの晴持も言葉を失った。

 晴持の位置からは伊東家の動向までは見えない。平地であり、見通しが悪い。家臣たちからの報告や自ら櫓に昇り戦場を眺めることもあったが、常に全体を把握できるわけではない。そういうこともあって、伊東家の突出で前衛が崩れたという情報は目視ではなく、家臣からの報告で知った。

「意味が分からんのだが」

「某も、詳しくは……ともかく、伊東軍が突出したことで、その他の者どもも引きずり出された模様」

「伊東家の近くには黒木家がいただろう。家永はどうしたんだ?」

「黒木殿は伊東殿を制止すること能わず、やむを得ず伊東殿の救援に向かわれたとのこと」

「何してんだ……!」

 晴持は陣幕を出た。

 伊東軍の動きによって動いた戦局で、周囲が動揺しているのを感じた。

「晴持様ッ。伊東軍が……!」

「飛び出したんだろ。これから、確認する。島津の動きに注意を払うように伝達しろ」

 家臣に声をかけながら、櫓に登った。

 そして、白川の向こうで、伊東軍に引きずり出された味方が次々と島津軍の背を追っていくのが見えた。

 中段の軍も、前段が空になった穴を埋めるために前に出なければならないと判断したようだ。この状況は、明らかな罠。伊東軍が上手く島津軍の追い首を成功して戻ってこれれば問題にはならないが、もしも釣り野伏せだったら、伊東軍は壊滅する。それどころか、反転した島津軍が左翼の穴を突いてこちらの内部にまで攻め寄せて来る可能性すらあった。

「やられた……か」

「若様ッ、あれを……! 伊東軍が島津軍に飲まれますッ!」

 櫓で物見を担当していた家臣が叫んだ。

 晴持にもその様が見えていた。

 反転というよりも、初めから控えていた島津軍の殿軍がそのまま伊東軍に反撃の狼煙を上げたのである。

 それに合わせて逃げていたはずの将兵が集合して、殿軍の背後に並んだ。事ここに至って、伊東軍等突出した者たちは島津軍の反撃に気付いたようだが、もう遅い。

 個々人で敵を追いかけていた彼等の隊列は乱れに乱れて軍としての機能を喪失している。

 これでは個人で統制の取れた島津軍と戦うようなものだ。

 狩る側から狩られる側に転落した伊東軍は、家臣が述べたように島津軍に為す術なく飲み込まれていく。

 鎧袖一触。島津軍の凶悪な戦闘能力をまざまざと見せ付けられている。

「俺は戻るが、状況は常に報告しろ」

「はいッ」

 島津軍が伊東軍等前衛の部隊を壊滅させる程度のために、計略を仕掛けるとは思えない。

 本格的な攻撃はこれから始まると見ていいだろう。

 晴持は櫓を降りて陣幕に戻る。

「晴持様、前衛部隊が壊乱しております」

「分かっている」

 中段を前に動かして穴を塞ぐか、そもそも防衛線を中段以後に再設定するか。白川を天然の堀とする戦略に変わりはないが、今を乗り越えるために何が必要か――――。

「晴持様! 島津軍の左翼に動きがあります!」

 飛び込んできたのは光秀だった。

 島津軍の左翼というと、こちらの右翼側だ。陣形の崩れは、左翼ほどではないが、追い首に出た国人が皆無というわけではない。

「誰の部隊だ?」

「率いる者は定かではありませんが、三〇〇〇以上の大軍と見えます」

 島津軍の左翼となると、島津義弘が陣を張っていたはず。まさか、義弘が出てきたか。

「まだ、崩れているのは前衛だけだ。立て直す時間がなければ、道雪と隆房を中心に、中段で踏み留まってもらうしかない」

「突出した前衛部隊は如何なさいますか?」

「救援を送ることは許さない」

 ここで前に出れば、敵の思う壺だ。崩れていない前衛は、そのまま最前線を維持し、中段を守りの中心に切り替える。出て行った者はやむを得ない。救う手立てがない。無事に逃げ戻ってくることを祈るしかないのだ。

 島津軍が本格的な攻勢に出たのは明白だ。こちらの前衛が総崩れになっているが、それに釣られて後ろまで崩れれば一貫の終わりだ。敵の計略に嵌ったという事実は、すでに全体に知れ渡っていることだ。この時点で大内軍の士気は下がり、島津軍の士気は最高潮に達している。将士の間に横たわる不安を何とか解消するには、はっきりとした命令が必要だ。

 逃げるか戦うか。その二択を明確化して全員に伝えれば、それだけで踏み止まれる。

「右翼の部隊は隆房が抑える。正面には紹運がいるから問題はない」

 戦に慣れている紹運と道雪が中央にいる。ここが柱のように全体を安定させているのだ。前衛も中央が一番固まっている。これは、紹運が上手く味方の突出を抑えてくれたからだ。

 あの軍は国人連合ではなく大友軍を主体としていたことも功を奏したわけだ。

「まだ完全に敵の術中に嵌ったわけじゃない。あくまでも敵は前から来る。囲まれたわけじゃない。それぞれの部隊が自分たちの役割をこなせば、持ち堪えることはできる」

 島津軍は精強だが、こちらも負けてはいない。崩れた部隊で防げないのは当然だが、無事な部隊が対応すればよいのだ。何も焦ることはない。

 

 

 

 晴持が思うとおり、島津軍とて容易く晴持まで一直線というわけにはいかない。

 左翼から展開し、中入りを敢行した義弘の部隊に相対したのは隆房が率いる大内軍であった。

 大内軍の中でも精鋭揃いの最強部隊だ。これが槍先を揃えて島津軍の強襲を受け止めた。

「どぅりゃああああ!」

 義弘が吼えた。 

 深く兜を被り、鎧に身を固め、超重量を物ともしないで巨大な槍を軽々と振り回し、大内兵を薙ぎ払う。

「義弘様。あまり突出されませぬよう」

「分かってる!」

 言いながら、さらに纏めて三人の首が胴から切り飛ばした。

「ひっ」

 大内兵が後ずさるほどの気迫。一撃の重さは鎧を砕き、兜ごと頭蓋を割る。一騎当千の姫武将の活躍に、島津軍は士気をさらに上げた。

 また、彼女の傍には新納忠元が控えて義弘が孤立しないように上手く兵を動かしている。細かな指示が意味を成さない戦場で、確実に義弘を不意打ちから守るために目を光らせている。さらに自ら槍を手にして大内兵を突き殺している。

「島津義弘ここに有りッ。どうした、どうした。天下の大内兵が情けない。我こそはと思う者は、わたしの首を挙げてみろッ!」

 突いて薙いで跳ね飛ばす。分かりやすいほどの剛勇だ。遠目から見れば、島津兵と大内兵とでは躍動感が違うということに気付くだろう。

 一人一人が、まるで背中に翼が生えているかのように軽やかに大内兵に飛び掛っている。

 対する大内兵も懸命に抗っている。隆房と共に多くの戦場を戦ってきた猛者を中核とする部隊だ。正面からの戦いで後れを取るわけにはいかない。

 意地を見せる大内兵を、一蹴しながら義弘は兵をさらに前に進めようとする。そこに、朱槍が襲い掛かった。

「ッ……!」

 辛うじて防いだ朱槍の矛先が、素早く義弘の喉に攻め込んだ。

 三合の打ち合いで、相手の馬が離れる。

「あなたは……」

「陶隆房。悪いけど、これ以上先には進ませない」

 戦場の熱狂から離れたような精悍な表情で、隆房は義弘に語りかけた。

「陶隆房? 大将格じゃない。よくも、ここまで出てきたものね!」

 義弘としては、隆房を討ち取ればこの戦は勝ったも同然だ。大内軍の中段は崩壊し、晴持への道が開ける。

 義弘の打ち込みを、隆房は朱槍で弾き返した。

「その言葉――――そのまま返すよ、鬼島津!」

 義弘の兜から火花が散った。

「義弘様ッ」

「邪魔させるな!」

 忠元に切り込んだのは、隆房の妹の隆信が率いる一隊だった。義弘と忠元を分断し、勢いをそぎ落とす。

 義弘が孤立すれば、島津軍の動きは鈍りに鈍る。態勢を立て直す時間を稼ぐには十分であると言えた。

「チィ。こんなことしてる場合じゃないんだけどな!」

「じゃあ、さっさと帰れば?」

「あはは、冗談。あたしは前に用があんのよ!」

 豪風を纏った槍が隆房の小柄な身体を馬ごと押し返す。あまりに重い一撃に隆房が顔を歪める。

 そもそも、隆房とまともに打ち合うことのできる武将自体がほとんどいない。

 ましてや笑顔を浮かべて反撃してくる者など、どれだけいることか。精鋭揃いの隆房の部隊で、義弘と張り合えるのは大将の隆房しかいない。

 とはいえ、戦えないことはない。

 義弘さえ封じれば、島津軍はここで足を止めるしかない。奇襲部隊は時間をかければ、目的を達成できなくなる。

 義弘が引き連れる部隊は大軍だが、それでも隆房が背負う大内軍が態勢を立て直して迎撃に出れば、足止めから反撃に転じることも不可能ではない。

 結局のところ、個人の武勇で覆せる戦局には限度がある。その一方で、大将一人の生死が部隊を存続を左右することは常識であった。しかし、義弘が活躍すればするほど島津軍は勢い付く。どうあっても義弘を止めなければ、大内軍が押し込まれてしまう。隆房が義弘の前に出るしかなかったのだ。

 

 

 ■

 

 

「島津義弘を陶殿が抑えていますか」

 道雪が顔を険しくして呟く。

 伊東軍をきっかけにして、大内軍の守りは崩れつつある。土手に開いた鼠の穴も同然で、そこから一気に決壊することも考えられるだけに、細心の注意が必要だった。

「道雪様。如何致しましょうか?」

「腰を据えて前を見なさい。わたしたちの欠点は機動力のなさですが、それが奏功することもあります」

 と、いつも通りの口調で道雪は家臣に言う。

 道雪は足が動かない。馬に乗れないし、走ることもできない。そのため、戦場では輿に乗って移動している。結果、道雪の部隊は機動力で他の部隊に及ばない一方、どっしりと腰を据えた戦が得意だった。

「現状では右翼と正面からの敵……ですか」

 釣り野伏せであれば、三方から取り囲んでの殲滅戦となるが、南郷谷の地形では大内軍を取り囲む奇襲攻撃は不可能だ。

 伊東軍ら前衛部隊を引きずり出して袋たたきにするのも合理的ではない。彼等が潰れたところで、こちらは揺るぎもしない。

 確かに大きな打撃を被ることにはなるだろう。

 正面から来る島津軍は紹運の部隊が何とか対応している。しかし、逃げてくる味方を収容しながらでは、満足な戦にはならないだろう。

 状況次第では、味方ごと敵を討つというような非情な選択を迫られるかもしれない。

 

 

 道雪が全体像を把握しようと頭を働かせている時、その正面にいる紹運はそれどころではなかった。

 迫る島津軍に直接相対しなければならず、全体にまで目を向ける余裕がないからだ。

「島津の十文字か」

 目を細めた紹運が敵の旗を目視する。伊東軍を追い散らした島津軍が、眼前で二つに分かれたのだ。

 中央の紹運の部隊を目掛けて進軍してくるのが、敵中央の本隊であろう。分かれた別働隊は、そのまま大内軍の正面を避けて右翼を狙う構えだ。そちらはそちらに任せるとして、今は正面の敵を追い払うようにしなければならない。

「遠目ではありますが、あれは四女の島津家久ではないかと」

 家臣が紹運に話しかけた。

「知っているのか?」

「某、耳川の戦にて高城攻めに加わっていたことがございます」

「そうか。なるほど、あれが噂に聞く島津家久か。いつの間に肥前から戻ってきたんだ」

 開戦から一月余りが経っている。

 肥前国からここまでやって来るには十分な時間ではあったが、大内軍はその情報をまったく入手していなかった。

 上手く情報を隠したか、それとも相当な強行軍で南郷谷までやって来たのか。

「とにかく、あれはここで止める。それ以外にない」

 逃げ戻ってくる味方を収容しつつ、島津家久の進軍を止めるために、紹運は自軍の鉄砲を全面に押し出した。

 ここで踏み止まるのならば、味方を助ける余裕はない。収容するといっても、それは運のいい者に限られる。左右のどこかに逃げて、敵に備える必要のないところに逃れた者ならば助けることもできるだろう。

 島津軍に鉄砲を撃てば、味方に当たるかもしれない。

 だが、それを分かった上で紹運は非情な決断を下した。

「味方に当たるかもしれないが、致し方ない。――――撃て」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 歳久が見下ろす戦場で、島津軍が大内軍を押し込んでいる。

 敵の崩れ方が甘い。隊列が整った部隊が多く、本陣まで混乱が波及していないのが分かる。歳久は内心で舌打ちをして、爪を噛んだ。

 できることならば、このまま大内軍の半ばまで崩れてくれればよかったが、やはりそこまでは上手く運ばない。

 野戦で取れる策は限られてくる。陣形をどう整えるかということと、何時攻めかかるかということくらいだ。

 後は、前線に出る兵の力量と勢いに任せるしかないというのが戦の怖いところだ。

「さすがに大友の二将は揺らぎませんね」

 紹運と道雪が大黒柱のように中央で戦列を支えている。混乱が全体に波及しないのは、彼女たちがどっしりと構えているためだろう。

 これを策で切り崩すのは、状況からして不可能だ。力で押すしかない。今のままでは、薄皮一枚を剥ぎ取っただけで、心臓には届かない。

 それでも僅かにでも穴が開いたのだから、そこを基点にして穿ち抜けるしかないではないか。

「家久と義弘様が上手く崩してくれました。総攻撃の時間です」

「御意」

 さらに歳久は攻撃的な圧を加える決断をした。

 兵力に大きな差はまだないのだ。崩れた相手に対して士気も含めて島津軍が優位に立っている今が最大の好機であることに疑いの余地はない。

 後は怒涛の勢いで、敵勢と切り結ぶのみだ。

 号令の下で島津軍が正面から次々に大内軍の陣に向かって駆け出した。左右も何も関係がない。

 全員が死力を尽くして、我武者羅に戦う。島津軍が最も得意とする戦い方だ。

「京被れに薩摩魂を見せ付けてやりますよ」

 九国の中で優れた将は各地に散見される。義弘だけではなく、他家にもこれはという武将はいる。しかし、兵の質で見れば島津軍が頭一つ飛びぬけていると歳久は考えている。

 要素となるのはいくつかある。

 まず、農業が難しく貧しい土地のために肉食の習慣があること。肉体面で頑丈になりやすい下地がある。

 そして、お国柄。戦はどこの国でも日常的に起こっていることだが、薩摩国や大隅国も島津家の内乱が長く続いた影響で戦慣れしてしまっている。もともと貧しいためか、戦い、奪うことで生計を立てる厳しい気質が育った。

 加えて、他国との最大の違いが軍制だ。

 島津軍には、士分の兵の割合が多いという特徴がある。

 島津家では、領国支配に地頭・衆中制度を導入している。

 これは、島津家独自の制度で、土地の管理を地頭として一門衆や重臣に任せ、その管理下に士分の家臣を就ける。地頭に管理される者たちは衆中と呼ばれて普段は田畑を耕すが、戦となればすぐに武器を持ってその土地の地頭の下に駆けつけることになっている。

 戦場でも日常生活でも衆中の侍は地頭の指図を受け、その命令は絶対遵守の法として機能する。

 その一方で、衆中は地頭の家臣ではない。衆中はあくまでも島津家の直臣扱いだ。そのために、頻繁に配置換えが行われ、地頭と衆中、そして土地が過度に結び付くことを防いでいる。

 こうした制度を、島津家は戦で獲得した土地で敷き、その土地の地侍たちを急速に家臣化することに成功した。

 島津家の直臣なので活躍すれば、より高い身分に取り立てられる可能性がある。

 生産性の低い土地を与えられるよりは、出世して身分を高めるほうが貧困から抜け出しやすいという心理も働いて、戦場で大きな活躍をしてくれるようになる。

 もっとも、今回の戦で物を言ったのは国人衆をどのように束ねていくのかという両家の方針の違いだろう。

 大内家のやり方は甘い。

 島津家のように厳しい軍律で縛っていない。大内家に従う国人の多くは、戦と武力を背景に従わせた国人ではなく大内家に庇護されている立場の国人だ。

 大内家は立場上彼等を支援することになるが、結果的に各々に対する強制力は弱まる。あくまでも「支援」だからだ。

 もともと、国境近くの国人は二大勢力に挟まれればどちらにも尻尾を振るし、それを戦国の倣いとして黙認されている。

 信州真田を例にすれば、彼等は武田家に近寄りながら、同時に上杉家にも贈り物を贈り、連絡を取り合っている。両家はそれを承知しながら真田家を処罰できない。悪いように扱えば、身を守るために敵に就いてしまうからだ。

 こうした浮き草のような国人たちをどのように扱い味方にするかというのが、戦の趨勢を決する大問題であり、この戦でも大内家が彼等から甘く見られていたからこそ、島津家が付け入る隙を作ることができた。

 恐らく、いや、間違いなく今が一番の攻め時だ。

 ここを逃せば次はない。

 千載一遇の好機に、最後の切り札を使って勝負を決める。

 我武者羅に下手糞に乱れた大内家の陣形を突き崩して大内晴持の首を狙う。それができる一騎当千の武将と最強の精鋭で、敵の左翼を迂回強襲する。

 

 

 

 ■

 

 

 

 総攻めの合図と共に、島津軍が一斉に攻撃態勢に入った。

 家久率いる正面軍は、さらに背後から駆けつけてくる北郷軍や頴娃(えい)軍、喜入軍、入来院軍などの譜代、一門の軍勢に、肥後国人衆まで動員した大攻勢の先頭に立つことになった。

「一気に増えた。うん、みんなー、負けてらんないよー。不手際あれば、切腹覚悟! いいね!」

「御意ッ!」

 家久の号令で、大内軍正面を固める高橋紹運の部隊に向けて発砲、前列の崩れに反応し突撃を敢行する。冬の白川を乗り越えて、家久の先鋒が高橋軍と間隙を交えた。

 怒涛の攻勢に対応するには、敵もまた相当の人数と陣形を組まなければならない。乱雑に入り乱れていては総崩れになる。

 左翼中段の吉川元春は、軍を前に押し出すしかない。

 吉川軍は、乱れに乱れた左翼を取り纏めながら、敗残兵を糾合して素早く陣形を固めている。なるほど、さすがは音に聞こえた毛利元就の子だ。三姉妹の中で最も武勇に優れていると評判の元春は、島津四姉妹で言うところの義弘のような存在だろうか。

 年齢は、きっと家久と同じくらいではないだろうか。まだまだ子どもだと侮られることもある程度だと聞いている。

「鎌田さんなら、吉川軍にも引けを取らないし、何とかなるか」

 どっと敵の左翼に攻撃を加えようと駆けているのは、鎌田軍を中心とした島津軍の右翼である。率いるのは島津四天王の一人、鎌田政年の嫡男、鎌田政広。家久とは軍を同じくすることが多く、軍配者として後方にいる機会が多い。冷静で落ち着いた用兵が評判の武将である。

「いい感じになってきた」

 家久の軍は正面を攻撃しつつ、僅かに矛先を左にずらしている。敵の敗残兵も左側に向かって追い立てるようにしたし、攻撃も同じように中央やや左よりを意識した。

 総攻撃前のそうした下準備によって、大内軍の右翼――――島津家から見て左翼側に敵の守りが偏ったのである。

 さらに、義弘による強襲で隆房が動かざるを得なかった。大内軍は全体的に防御の主軸が歪んだ状態となっている。

「鬼道雪がいくら頑張ったって限度はあるもんね。吉川元春も前に出てきた。これでやっと弘ねえの出番だ」

 

 

 

 ■

 

 

 

 大内軍右翼。

 隆房が率いる大内軍は、島津軍の強襲部隊の足止めに成功していた。

 凶悪な突破力に出鼻を挫かれた隆房たちだが、義弘を隆房が受け止めたことで鼓舞され、猛烈な反撃に出ていた。

 槍と槍が打ち合い、刀と刀が火花を散らす。

 義弘を誰かが突こうとすれば、島津方の誰かがそれを阻止し、隆房を誰かが突こうとすれば、大内方の誰かがそれを阻止した。

「だあッ!」

 振り下ろした隆房の朱槍を義弘が槍の柄で受け止める。

「く……!」

「まだまだぁ!」

 隆房は槍を回して石突側を振り上げる。身を反らして躱した義弘の顔面を、ぎらりと光る刃を狙う。

 義弘はそれを顔を逸らして回避した。

 掠めた刃で首の薄皮が切れて血が滲む。

 一騎打ちは隆房が押していた。

 隆房の猛攻が、義弘の籠手を打った。その痛みで義弘は顔を歪めて、槍を取り落としてしまった。

「しまっ……!」

「島津義弘、覚悟!」

「や……ッ!」

 咄嗟に義弘は頭を低くして兜を盾にした。隆房の槍は兜を上滑りして、火花を散らせたが、義弘の首を獲るには至らなかった。

 兜を打たれた衝撃で、義弘の顔が跳ね上がる。

「痛ッ……」

「しぶといッ」

 追撃をかける隆房の前に、忠元が割り込んだ。

 返り血で頭の先から真っ赤に染まった無骨な男だ。

「そこまでぞッ」

「邪魔を……うわたッ」

 忠元の槍勢もまた凄まじい。さすがに島津家の大将格なだけのことはあり、凡百の兵士では歯が立たないだろう。

「姉さん、ごめんなさい!」

「つべこべ言わない、次!」

「は、はいッ」

 忠元を抑えられなかった妹を黙らせて別の兵に当たらせる隆房。

 義弘と忠元の追撃を警戒した隆房が朱槍を構え直した。

「あの……た、忠元さん。ありがとうございます」

「よい、下がれ」

「あ、はい……すみません」

 義弘が、それまでの勇猛さをなくしたかのように後ろに下がっていく。

 隆房の胸中に一抹の不安が湧き上がった。

「陶様ッ。至急、お耳に入れたき儀がございます!」

 そんな隆房の下に、一人の兵が駆け寄った。大内軍の伝令である。息せき切って、戦場の真っ只中にいる隆房の下に駆けて来たのだ。

 一騎打ちが一時的にしても睨み合いになったことで、飛び込む隙ができたのだ。

「何?」

「陶様と戦っておられた相手、島津義弘ではない……別人であるとのこと!」

「……どういう」

「耳川にて、島津義弘を直接見た者がおりました。兜の下の顔が、よく似てはいるが別人であると断言しております!」

 隆房は息が詰まったかのような錯覚に陥った。

 目を見開いて、忠元とその後ろに下がった「義弘」を見る。

 確かに、島津義弘の顔を直接見知っている者は大内軍の中にはいない。よく似た誰かに義弘の鎧と兜を渡せば、簡単に島津義弘を演出できる。

 要するに影武者だが、この手法は敗戦時に大将を逃がすための変わり身として使われるのが定石だ。

 攻め時に、武功を上げなければならない状況で敢て他人の振りをする等、非常識だ。

「あんた、誰よ」

「誰って、さっき言いました……わたしが島津義弘です」

「戯言をッ」

 隆房が義弘に向けて突き出す槍を、忠元が弾く。

「さすがに重く、鋭い筋だ。見事」

 隆房が唇を噛んで、顔を歪めた。

 これは不味いと直感した。

 島津家は本気の本気でこの戦に勝ちに来ている。隆房が義弘を抑えるために出てくることを、敵が初めから想定していたとすれば、本物の義弘が、本物の精鋭部隊を率いてどこかに潜んでいるのは明白である。

 つまり、晴持の身に危険が迫っている。

「ぐ……!」

 忠元が振り下ろした槍が、隆房を掠めた。

「余所見を禁物……義弘様は真正の傑物だが、わしもまた長年の経験があるのでな。ジジイと思って侮っていると、痛い目を見るぞ?」

「こいつ……」

 どうやら、目の前の武将が新納忠元本人なのは間違いないようだ。

 とすれば、この精強な軍の中核を担っているのは義弘の軍ではなく忠元の軍ということか。それが、さも義弘に率いられているかのように振る舞っていたわけだ。本来の大将は、目の前の男だったのだ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「ひゃあー、これはすごい。今までにない大戦だ」

 中央を攻める島津軍の最後列に彼女はいた。

 各地で土煙を上げ、鉄砲の轟音と硝煙が風に流れていく。

 全体的に島津軍が優勢になったが、戦は水物、生き物だ。流れが変われば、今度は大内軍の逆襲もありえる。

「源平合戦の平家にはなりたくはないし」

「潮目が変わらぬうちに、行きますか、義弘様」

 黒髪黒瞳の少女が人好きのする笑みを浮かべる。

 肩に担ぐ大身の槍、身に付けた鎧兜はすべて隆房と一騎打ちを演じた姫武将と同じ物だ。それでも、身に纏う雰囲気が異なっている。破格の存在感とも言うべきものが、この少女からは漂っているのだ。

「盛淳に無茶振りしちゃったり、ここは一つ派手に決めないとね」

「しかし、よりにもよって義弘様の御名を名乗らせるなど……」

 失礼だと言うのは、義弘が認めている以上口にはできない。義弘としては、義弘の影武者としてこの大きな戦いに出陣させてしまったことを申し訳ないと思っているくらいだ。

「畠山殿は、義弘様をずっと見て育っておりますから、例えこの戦で屍を曝すことになろうと本望でしょう」

「あんまり気持ちのいいことじゃないんだけどね。死ぬことは恐れないけど、どうせなら笑って薩摩に帰りたいし。みんなでね。ま、勝たなきゃ始まらないし、勝つために頑張るんだけどね」

 畠山盛淳。

 それが、義弘の影武者を務めた姫武将の名前だ。

 容姿が義弘に似ていたことと、義弘を参考にして武芸に励んだことで義弘の「物真似」ができるようになった。本当に一時的にだが、義弘が乗り移ったのではないかというほどに見事な演技ができるのだ。

 普段は不敬を咎められかねないのでやらないが、義弘が宴会などで投げかける無茶振りによく応えている。それが、ここで役に立った。

「ある程度まで敵陣に近付いたら、一気に右翼をすり抜ける。合図はあたしがする」

 義弘の部隊は、家久たちの部隊の後ろに隠れている。高台から見下ろせば分かるが、大内家の位置では、櫓の登っているものくらいしか分からないだろう。おまけに、それが義弘の部隊だということは、まったく気付いていないはずだ。

「じゃ、覚悟決めて――――行くよ」

 そうして真打が戦場に現れる。

 島津軍最大最強の精鋭部隊が、大内晴持の首のみを狙って表舞台に躍り出たのであった。



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その七十六

 大内軍が島津軍の猛攻に曝されて、四半刻といったところだろうか。状況は大変悪い。先手部隊は、中央と右翼が辛うじて持ち堪えているが、徐々に押されて柵の内部への侵入を許してしまっている。もともと陣形が崩れたところに、攻撃力のある島津軍が殺到したことと、敗残兵が逃げ込んできたことで守りが疎かになってしまった不幸が重なった結果であった。

 幸いなことに軍の柱となる中央の高橋紹運と立花道雪が全体を抑えてくれているが、左右のどちらかが崩れれば、そうも言っていられなくなる。

 島津軍と白兵戦となった部隊は猛烈な乱戦を強いられた。こうなると兵一人一人の質に左右されることになる。飛び掛ってくる島津兵に臆することなく立ち向かい、撃退できる者がどれだけその部隊にいるか。

 まずいことに、耳川の戦いで痛い目を見た大友軍の一部には、島津軍に対する苦手意識を持つ者がいる。

 紹運が押されているのは、そうした及び腰になっている者たちから統率が乱れているからであった。

 むしろ、崩れそうになる部隊をよく鼓舞している。恐怖に駆られて踏みとどまれない兵の背中を支え、前に足を踏み出させるカリスマ性。それが、優秀な将に求められる資質なのかもしれない。

 これだけ、各方面から攻撃を受けていると晴持が出せる指示というものがなくなる。それぞれの部隊で、適切に対応してもらうしかない。

「正面と右翼が島津に食いつかれる形になったか」

 正面からくる島津軍は、釣り出された国人たちの敗走に乗じて、嵩にかかって攻め込んできている。

 一方の右翼から襲ってくる島津軍は、島津家中で最強とも名高い島津義弘が率いているようだが、隆房が上手く凌いでくれているようだ。

 島津義弘が動いたと聞いたときにはどうしたものかと思ったが、隆房の奮戦で何とか体勢を整えられそうではある。 

 後ろを固めてしまえば、島津軍がどれだけ精強だったとしても、跳ね返せる。

「ご注進! 若様、ご注進にございます!」

 飛び込んできた伝令兵が、顔を青くして跪く。

「どうした? 何かあったか?」

「左翼より敵襲! 吉川隊が押し込まれております!」

「何だと!?」

 晴持は報告を受けるや否や、陣幕の外に出る。

 戦況の悪化がここにまで伝わっているということは、外は本陣以上の混乱状態にあるということでもある。少なくとも、うまく対応して敵を撃退したという報告は一つも入っていない。

 事ここに至っては、左翼に攻め込む大将が誰かなどということは重要な問題ではなくなった。

「晴持様、撤退も視野に入れるべき事態かと」

 と、光秀が言う。

「馬鹿を言え。ここで撤退すれば、総崩れとなる。容易く動かすことはできない」

「承知しております。しかし、万が一ということもあります。御身を危険が迫れば、すぐに退けるようにしてください」

「それは……分かってる」

 立場上、何としてでも生き残らなければならないし、死んで本望などとはこれっぽっちも思わない。

 だからといって、簡単に逃げるわけにもいかない。

 ここで、晴持が退くということは大内家が戦場から消えるということだ。大友家を初めとする九国の諸将を見捨て、自分だけが助かろうとすれば、瞬く間に島津家が九国全体を席巻することになるだろう。

 島津家の勢いはそれだけ凄まじい。大内家が頼れないとなれば、島津家を頼る以外に生き残る術はないのだから、国人衆は挙って島津家に臣従を誓うだろう。

 九国が落ちれば、山口は目と鼻の先だ。それだけは、何としてでも防がなければならない。

「吉川隊、崩れますッ!」

 悲鳴のような声が上がった。

「晴持様!!」

「外に出る」

 結局のところ、陣幕の中にいたのでは状況が掴めない。元春の部隊が崩れたというのならば、この時点で島津軍は本陣を捕捉できてもおかしくない距離まで詰めている。

 晴持は、陣幕の外に飛び出した。

 望遠鏡を片手に、繋いでいた馬に跨り、左を見る。

「よかった、まだ元春は無事みたいだな」

 確かに吉川隊は崩れつつある。

 どうやら、側面から突入した島津軍と正面から柵内に踏み込んだ島津軍、そして敗残兵が飛び込んできたために、部隊としての機能が著しく低下したのだ。

 元春でなければ、すでに壊乱していただろう。

 島津軍の将はそうとう戦運びが上手い。

 前に集中せざるを得ない吉川隊の後尾を抉るように突入したらしい。一撃を貰った吉川隊は、前後に敵を抱えることになった。

「真っ直ぐこっちに来るか!」

 吉川隊と左翼後備の間を切り裂くように、島津軍は大内軍の中に飛び込んでいる。確実に数を減らしながらも、味方の屍を乗り越えて、一直線に大内軍の本陣――――晴持を目掛けて突っ込んでくるのだ。

 じわりと、脂汗が滲む。

 久方ぶりの不味い展開だ。これだけ敵と接近したのは、道雪と対峙したときと信常エリの奇襲に曝されたときくらいのものだろう。

 鎧兜に身を包み、槍と刀と鉄砲で武装した数千からなる軍勢が大地を踏み鳴らし、喊声を上げて、自分一人を殺しに向かってくる。悪意とか狂気とかそういったものではなく、理性的に晴持を殺すことで活路を開こうとしているのだ。

「まいった、マジでこれは怖い」

 これまで生きてきた中で、こんな状況に曝されたことはない。

 よくよく考えてみれば、ここまで多くの人間に死を望まれることもないだろう。戦場に立つ将というのは、得てして多くの人々に死を望まれる立場になる。今は、その視線、その考えが晴持に集中しているのだ。

 島津家にしてみれば、晴持を討ち取らなければ先がない。逆に討ち取ってしまえば、大内軍は瓦解する。

 所詮は連合軍だ。

 彼女たちの策に乗せられ、晴持からの指示を守れずに突出する者が続発するような軍である。頭を失えば、山口から来た大内軍以外は逃げ散ってしまうだろう。

 さらに言えば、状況的には晴持が死なずとも、逃げ出せば同じようにこの軍は維持できない。

 大将の存在はそれだけ重いのだ。

 言ってみれば、大将というのは兵を戦場に縫い止める楔である。

「逃げるか……」

 とはいえ、逃げ場がない。ここは平原だ。前も右も後ろも味方の大軍で塞がっている。敵は左から攻めてきているが、晴持が逃げて軍が瓦解すれば、前と右からも敵が来る可能性は否定できない。もっとも、それは味方を捨石にすれば、解決する。島津家の得意技の捨て奸を真似てしまえばいい。できるかどうかは別にしても、最低限の時間稼ぎはできるだろう。

 僅かな思案が永遠とも思える時間に感じた。

 吉川隊を抜けた島津軍の先鋒に続き、その後ろから続々と敵が走ってくるのが見える。よく見れば、島津軍は、追撃を阻むためにすでに捨て奸に近いことをしているようだ。晴持の首を狙う者たちは全員が決死隊ということだ。

 それを見て、晴持は自然と腹を括った。

 これは、逃げても追いつかれるなと。理屈ではなく、天啓に近い発想だった。確かに島津軍は疲れ、気力も体力も搾り出して駆けている。それでも、不思議と逃げ切れる気がしない。そんな簡単に逃げられれば、耳川の戦いの折に無数の屍の山が築かれることもなかっただろう。

「晴持様、何か考えでも?」

 静かに様子を見守っていた元親に話しかけられた。

「いや……ああ、敵が一直線に向かってきてくれるのなら、迎撃もしやすいだろうなと」

「撤退はないってことね?」

「あの勢いだと、ちょっと逃げられそうにないしな。ああ、面と向かってぶつかる以外になさそうだ」

 腹を括ると、不思議と視野が広がるものだ。

 島津軍に攻められて、計略に嵌り、万事休すかとも思ったが、実のところ五分五分ではないかと思えてくる。

 確かに、不利な状況に変わりはないが、本陣が崩されたわけではない。

 賭けにはなるが、左翼を切り崩した島津軍を本陣で受け止めれば、自然と突出した島津軍を包囲することになる。

 結局、ここに至っても時間の問題は付き纏ってくるわけだ。突撃してきた島津軍は大内軍が体勢を立て直す前に勝負を決しなければならない。

「島津ってだけで、臆していた……策に嵌って、もうダメだとも思ったが、冷静になれば、挽回の目は残っている。逃げるのは、まだ早い」

 すでに、味方も動き出している。

 近付いてくる島津軍に対して、銃と弓矢を構え、槍の穂先を揃えている。

「元親の隊か。行動が早い」

「もともと、わたしの部隊が本陣の左端だっただけ。晴持様が撤退するのなら、殿くらいはするつもりだったけど、退かないっていうのなら、一番槍を長宗我部が貰っていいってことかな?」

「ああ、頼まれてくれるか?」

「晴持様。そこは、もっと強く命じないと。大将なんだからさ」

 若干、呆れたように元親が言う。

「……そうか」

「そうだよ」

「分かった。……島津軍の抑えのため、最前線を任せる」

「承知しました」

 端的に答えた元親は、可之助等側近を連れて自軍の下に向かった。

 こんな時でもしっかりと展開を見ていた元親は、あるいは晴持ほど島津軍の動きに過度な反応はしていなかったのかもしれない。撤退と抗戦のどちらでも最善を尽くせるように、事前に動いていたのだろう。

「光秀、宗運。本陣で島津を受ける。道雪殿と隆豊なら、すぐに兵を動かしてくれるはずだから、それまでの短時間を持たせるように、陣を固めさせろ」

「はい」

「了解しました」

 『計略に嵌った』という事実のみが過度に受け止められて、大内軍全体の士気も大分低下しているように見える。

 きっと、皆晴持と同じような心理状況だったのだ。

 島津軍はこれまでの戦でも寡兵で大兵を打ち負かしてきた策謀の家だ。大友家の衰退を目の当たりにし、耳川の戦いで如何に島津軍が驚異的な立ち回りを見せたのかを大内軍の将兵も知っている。

 それが、島津軍の策に嵌ったら終わりだという極端な受け止め方になってしまってはいなかったか。

 その時点で、心理戦で圧倒されてしまっていたのではないか。

 一度崩れてしまえば、一溜まりもない。

「光秀」

「はい」

「ここまで崩されて、本陣と敵が直接ぶつかるような戦ってのは、他にあったかな?」

「どうでしょう。大内の戦以外ですと、伝え聞くところで川中島での上杉と武田の一戦が思い当たりますが」

「ああ、あの……そうか、そりゃよかった」

 あまりにも有名な、戦国時代で最も多くの戦死者を出したという大決戦のことがすっぽりと晴持の脳から抜け落ちていた。

 確かに、第四次川中島の戦いでは、上杉軍が武田軍に切り込んでいる。乱戦の中で、武田信玄を上杉謙信が斬りつけ、信玄は謙信の太刀を軍配で受け止めたという逸話がある。

 真偽は不明だが、この世界でも数年前に上杉家と武田家が同様の激突をしたのだと風の噂で聞いた。

「よかった、とは?」

「切り込まれた武田信玄は、少なくとも死ななかっただろ。いい前例だ。まだまだやれる」

 強がりとも取れる晴持の言葉に、光秀は顔を引き締める。

「……島津軍がここまで攻め入れたのは、お味方の陣形が崩れていたからです。陣を固めれば、島津軍を跳ね返すことは可能です。ご安心ください」

「もう心配はしていない。なるようにしかならないからな」

「はい」

 頷いた光秀は、自分の手勢にも指示を素早く飛ばした。明智秀満や斉藤利三といった面々が光秀の意を受けて晴持の護衛のために周囲を固めた。

 宗運ら甲斐家も光秀と共に本陣の中枢に手勢を配して来襲する島津軍を待ち構える。

 

 

 ■

 

 

 

 現状、最も混乱を来たしているのは、大内軍の左翼――――島津軍から見て右翼側である。義弘は部隊を迂回させて、素早く吉川元春が指揮する部隊とその後続部隊の間を狙って横槍を突くことに成功した。

 最前線を守るべき右翼前段が壊滅状態にあり、島津軍に対応するため元春が前に進まざるを得なかった。縦に伸びて防御力が下がった一点が、弱所となり、猛烈な島津軍の一撃に吉川隊は押し込まれる形になったのだ。

「ちょっと! 後ろ、取られてるじゃん!」

「前後を挟まれております。味方の支援どころではありませんぞ!」

 この瞬間、元春の部隊は島津軍に対して数的不利に陥っている。前から来る島津軍と横槍を突いた島津軍。この二つに同時に攻撃をされたことに加えて、逃げてくる国人たちという最悪の条件が重なっているのだ。

「何て速さ」

 元春が美しいとすら感じた島津の用兵。迂回した後の迷いのない突撃は、並大抵の軍では不可能であろう。

 注目すべきはその速度だ。

 元春の指示が味方に行き渡り、対応のために陣形を変えようとしたときには、島津軍は眼前に迫っていた。

 吉川隊は大前提として元春を守らなければならない。前と後ろに敵を抱えた場合、その陣形は自然と元春を中心とした方陣に近いものとなる。

 それもまた、義弘の狙いであった。

 元春が守りに入れば、中段と後段の間の道が広がる。元春隊に一部をぶつければ、元春を守るために密集せざるを得ないので、道はさらに広がる。

「元春様、彼奴ら本陣を狙っているようです!」

「分かってる! 何とか、押し戻してッ!」

「元春様ッ、前方の敵、勢い甚だ強し! 堪えてはおりますが、背後までは手が回りませぬ!」

「ああ、もうッ!」

 吉川隊だけならば、まだ対処のしようもあった。決して愚鈍な兵ではないのだ。だが、今の吉川隊は味方の敗残兵を一部に収容しているために軍としての能力にばらつきが出ていた。守る者や気にかけなければならないことが普段よりも多いという状況での、奇襲めいた島津軍の強襲だ。

 むしろ、一息に崩されなかったことが奇跡に近い。

 元春の指揮と元春を守ろうという家臣の献身により、吉川隊は瓦解することを免れたのだ。

 だが、守りに入った吉川隊に背後を通過する島津隊の勢いを殺すことはできない。命懸けで吉川隊の追撃を封殺するために、残った島津軍の猛将の存在が、さらに追撃を困難なものとした。

 

 

 

 義弘の指揮する部隊は決死隊と言うべき過酷な役目を与えられている。

 敵中に突撃して本陣を強襲し、大内晴持の首を獲る。当然、その後に敵の反撃を受けるだろうし、敵の真っ只中に突撃するのだから、生きて戻れるかどうかは分からない。

「晴持の首を挙げられたのならば末代までの誉れ。力及ばず討ち死にしても、それもまた薩摩隼人の誉れ」

 と、自分を鼓舞して各々武器を構えて南郷谷の大地を駆けている。

 目的意識が完全に共有され、それぞれの役目を理解している統率された集団は、有象無象の集団よりもずっと強力だ。

 吉川元春の部隊は、大内軍の中でも統率力に優れた部隊ではあるが、前段部隊の崩壊とそこに付け込む鎌田政広の部隊を相手にしながら義弘の強襲部隊にまで対応するのは困難を極める。

 義弘の一撃で敵兵の身体が吹き飛ぶ。

 彼女が振り回す大身の槍が、空気を引き裂くごとに相対した敵の命が儚く消える。

 敵にとって止めようのない自然災害にも等しい怪物。それが、鬼島津と呼ばれる由縁でもある。

「義弘様、敵本陣へこのまま!」

「分かってる! 一気に穿ち抜くよ!」

 もとより、義弘に対応する余裕のない吉川隊の背後を掠めて、大内軍中段と後段の間を抜ける。

 左翼後段が慌てて動いているが反応が鈍い。対応のお粗末さは、危機的状況に慣れていないことを意味しているのか。

 突発的な事態に、それぞれの部隊の対応が分かれてしまっている。一丸になっていない。義弘はそう感じた。

 とにかく、大内軍に横槍を入れた義弘の部隊は縦列を成して大内軍の守りを穿ち抜く。

 本陣の位置は、山の上から捉えていた。晴持の居場所は知れている。

 吉川隊を抜いた義弘の視界には、島津軍を待ち受ける敵本陣の姿が映っている。

 大内軍の本陣は崩れていない。隊伍を整えて、義弘を迎撃する構えだ。ここで退いてくれれば、さらに混乱が全体に及んでいただろうにと、義弘は舌打ちする。

 しかし、今更後には退けない。行けるところまで行き着くしかない。結果は、後で知れるだろう。

「義弘様! 立花隊に動きが!」

「義虎! 足止め、よろしく!」

「御意!」

 命を受けた島津義虎が、立花隊の後方に向けて一部の兵と共に向かっていく。

「義虎殿……」

 義虎は、義弘たち伊作家と長年島津宗家を巡って争ってきた薩州家の六代目である。父や祖父が、伊作家との対立路線を深める一方で、義虎は早い段階から伊作家と好を通じていた。

 島津貴久の時代に、島津家の多くの分家が姓を島津から各々が治める所領の地名に改名させられた時にも、例外扱いとされ、島津姓を許されている重臣中の重臣である。

 そういった事情から義虎の立場は極めて不安定であった。命を惜しめば、瞬く間に足元が揺らぐ。ここぞという時に、前面に立って戦う姿勢は、生来の性格のほか、自らが置かれる立場に従ったものでもあったのだ。

 だからこそ、義虎は重大局面で最大の力を発揮できる。

「義虎の相手は?」

「立花三河守かと!」

「……いや、義虎なら大丈夫!」

 義虎が食い止めるのは、立花隊の中でも有名所の薦野増時であった。文武両道で冷静沈着。そして、勇猛果断と優秀な武将で仕えて早々に立花家の家老にまで取り立てられた。

 「立花三河守」の名乗りを許されて以降は、大々的にその名を喧伝している。

 総力戦らしくなってきた。

 島津軍も大内軍も、持ち得る手札のすべてを使って勝敗を争っている。

 義弘は、乾いた唇を舐めた。最早、意識するべきは大内軍の本陣一つだけだ。

「あれは……」

「長宗我部です!」

「分かってる! 鉄砲、あるね!? 撃ったらすぐに走る! ここが正念場だッ!」

 長宗我部元親。

 土佐国でその猛勇を響かせた姫武将とその家臣たちだ。

 島津家とは貿易で結びついていたこともあるだけに、そこそこ情報は入ってきていた。そのため、彼女たちを義弘は決して侮らない。

 侮らないが、止まりもしない。

 ここまで深入りししたからには、最後まで駆け抜ける以外に選択肢がないのだ。馬も人も疲労しているが、誰もそれを苦には思っていなかった。

 フローやゾーン、あるいは無我の境地とも呼ばれる精神状態に入っていた。時間の流れは遅くなり、戦場の熱狂は遠のき、どのような困難であっても踏破できる自信に満ちていた。

「突っ込め!」

 義弘の指示一つで鉄砲を撃ち放ち、敵の前列が倒れるや怒涛の勢いで敵陣に殺到する。猛烈な銃火を浴びて尚、味方を盾にして飛び掛った。

 島津家のお家芸は、釣り野伏せだけではない。義弘が用いるのは、穿ち抜け。鉄砲で敵の前線を挫き、縦列に槍を押したて敵の中央を突破する猛烈果敢な進軍術であった。

 とどのつまりは長宗我部隊すらも眼中にはないのである。とにかく、目的を邪魔するのならば蹴散らすだけだとばかりに、義弘隊は元親たちに牙を剥いた。

 

 

「凄まじい、ですね。これは……」

 前線に食いついた島津軍の勢いに、可之助が唖然とする。

 ここまで走ってきた疲労を感じさせない戦いぶりは、この世のものとは思えないものだった。

「生きながらにして死んでいるかのようだ。これが、島津か。確かに、警戒するに値する相手だったね……」

 晴持が島津家を早期に警戒していたのは、彼に近しい立場にいる者ならば誰でも知っていることではあった。その理由までは当初は分からなかったが、勢いよく勢力を拡大する軍事力を見れば、自ずと知れることでもあった。

 しかし、それが自分たちに向けられるととてつもない脅威となった。

「格好つけて先鋒を任されてみたけれど、数が違いすぎるな」

 長宗我部隊だけでは、攻め込んできた島津軍を抑えられない。それは、単純な数の暴力である。よって、長宗我部隊を先鋒としつつ、その背後を大内家の武将たちが支えている。 

 下手な姿を曝して家中の評価を下げるわけにもいかない。

「敵味方入り混じった、乱戦に持ち込むほうが、むしろいいかもしれないな!」

 飛んできた矢を元親は頭を伏せて交わした。

 強引に前を切り開こうとする島津兵に、元親自身が槍を撃ち込み、死を与える。

 敵の強みは統率の取れた「軍」であるということだ。それが、足並みを乱した大内軍を斬り裂いてここまでやってきた。ならば、敵もまた軍としての体裁を取れないように、乱してしまえば、少なくともこれまでのような苛烈な突破力は期待できなくなる。

「だあああああ!」

 元親が側近衆と共に敵に槍を付ける。

 久武親信や可之助も頭から血の雨を浴びながら、刃を振るった。

 一人斬り伏せる。その屍の後ろから三人が現れる。全体としての兵力差はさほど大きくはない。長宗我部隊だけでは抑えられずとも、ほかの部隊の助けを借りれば数的不利には陥らない。むしろ、島津軍のほうが少しずつ押されていくのが常道だというのに、可之助の眼前に迫る島津軍は異常なまでにしぶとく、数が多いように感じてしまう。

 一人一人の姿が、大きく見える。

「らあッ!」

 可之助が喉を突いた敵兵が、鮮血を撒き散らしながら可之助に組み付いた。

「う、あ……きゃあッ」

 血に濡れた地面に足を取られて踏ん張りが利かず、可之助は組み敷かれた。

「姫武将、大将首ぞ!」

「掻き切れ!」

「欲を出すな。殺したら走れ!」

 血走った目をした島津兵が可之助を殺すべく殺到する。

 さながら野犬が弱った鹿を取り囲み、食い殺すが如き光景であった。

「可之助ッ!」

 飛び掛った野犬の群れを打ち払った元親は、さながら熊のようであった。一撃に三人を打ち倒し、後続を転ばせ、蹴り飛ばした。

「怪我は!?」

「掠り傷です!」

 可之助は、自分の上に圧し掛かる島津兵の死体をどけて、立ち上がった。本当に命に別状はないようで、元親は安心した。

「者ども、踏みとどまれッ! 時を置かずして、味方が敵軍を包囲するッ! それまで持ち堪えろ!」

 元親の叱咤に、長宗我部隊が轟然と応えた。

 島津軍も精強だが、長宗我部軍も負けてはいない。鍛え上げた精鋭と編成した一領具足は、こうした野戦での泥臭い戦いにこそ真価を発揮する。

 まさしく血みどろの戦いであった。血なのか泥なのか分からないほどに全身を汚し、それでも島津軍も長宗我部軍も止まらずに武器を振るい続けた。

「敵将がいない……!」

 騎馬武者がいつの間にか姿を消している。

 全員が一人の武者となって戦っているということか。目的意識が完全に共有されているのならば、いちいち指揮をする必要もない。ただ只管に本陣に向かい、晴持を討ち取る。大将も一兵卒も関係ない、全員での武功争いであった。

「可之助、ここは任せる!」

 元親の身体に悪寒が走った。

 乱戦を突破した島津兵が、さらに奥深くに走っていく。

 長宗我部隊は何とか堪えているが、その周囲が少しずつ浮き足立っている。周りが崩れれば、長宗我部隊が島津軍の中に孤立してしまう。

 それに、ここが崩れればそのまま晴持が丸裸にされるも同然だった。

 

 

 いい具合の乱戦だった。

 槍を持って敵中に飛び込み、自ら大内兵を突き殺す。前途多難な道のりを、死に物狂いで切り開いていく感覚が好きだった。

 天運が味方になったと思った。

 大内軍が算を乱している。

 本陣の連中は統率が取れているはずだったが、我武者羅な島津兵の前に大いに乱れてしまったのだ。理屈ばかりで頭のよい連中が多かったのかもしれない、などと埒もないことを考える。 

 槍を振るって敵が倒れ、そうしている間に、隣を走っていた味方が消えている。どこかで戦っているのか、はたまた討ち取られてしまったのかは分からない。

 ともかく、義弘は目に付く敵を討ち取り、跳ね飛ばし、剛勇を大いに振るって味方を鼓舞しつつ、ただ一人の武者として晴持を目掛けて走っていた。

 彼女には独特の嗅覚があった。

 戦功を挙げる嗅覚だ。一番の手柄首がどこにあるのか、何となく分かってしまう。戦場に出て、戦いの昂揚に身体を浸しているうちに、そこへの道筋が見えてくる。

「フッ……!」

 呼気を小さく吐き出して、鋭く突き出す槍が騎兵の一人を貫いた。

「馬、貰うよ」 

 倒れる騎兵と入れ替わり、義弘は馬を奪うと群がる敵兵を槍の一線で蹴散らして、颯爽と馬を走らせる。

「よ、義弘様ッ!?」

「義弘様を追え!! ぐずぐずするなぁ!!」

 慌てて家臣たちが義弘を追いかける。

 死を賭して突撃をした島津軍ではあるが、義弘を死なせるわけにはいかない。彼等は命懸けで晴持を殺すのと同時に、命懸けで義弘を生かすことも使命としているのである。

 風のように戦場を駆け抜ける義弘を、必死になって家臣たちが猛追する。吉川隊に突撃した当初は四〇〇〇ほどはいた味方だったが義弘の傍には一〇〇ほどしかいない。大内軍を穿ち抜く過程で脱落したり、どこかで今も戦っていたりするのだろう。

 銃火の音も遠くに聞こえる。頬や肩を矢弾が掠めるが、気にもならない。

 義弘は、にやりと笑った。

「大内晴持、捉えたぞッ!」

 眼前で、馬に跨る男。間違いなく、大内晴持であった。

 噂に聞く明智光秀、そしてかつての大敵甲斐宗運らが身辺を固めているというが、最早それも思考の埒外だ。

 撃ちかけられる銃撃から、家臣が義弘を庇う。

 向かってくる敵を打ち倒し、引き飛ばし、荒れ狂う嵐のように槍を振り回す。

「晴持様をお守りしろ!」

「島津の大将首だ! 討ち取って手柄にせよ!」

「義弘様の邪魔をさせるな!」

「突き伏せ! 斬り伏せェ!」

 壮絶な戦いが晴持のすぐ目の前で繰り広げられた。

 轟然と振るわれる豪槍が、大内兵を纏めて薙ぎ払う。人間離れした膂力から繰り出される巨大な槍の一撃は、遠心力を最大限に活かして、途方もない破壊力を生み出しているのだ。

 さすがに、最後の砦は固い。

 晴持の直臣たちだ。彼を守るために命を差し出すのも、望外の喜びとばかりに飛び掛ってくる。島津家にとって最大の敵ではあるが、これだけ家臣から慕われているのであれば、良い将なのだろう。そこだけは、好感が持てる。それだけに、討ち取らなければならないのは残念だ。良い武将とは、どうあっても一期一会は避けられないか。

「その首、貰うわッ。大内晴持!」

 ほんの僅に開いた突破口に、義弘は馬を乗り入れた。

 

 

 人と人の間を縫うように駆ける姿は一陣の風のようで、血の臭いを全身から漂わせた彼女の姿は晴持から見れば、さながら鬼のようであっただろう。

 晴持が反応するよりも速く、彼女の槍が打ち込まれる。

「させるかッ!」

 さっと横槍を入れたのは、宗運だった。真横から槍を義弘の喉を目掛けて突き出した。

「ッ……」

 間一髪、身体を反らした義弘の鼻先を宗運の槍が通過する。

「甲斐宗運!」

「島津義弘!」

 互いに因縁のある相手だ。一目で両者の首の重要性を察する。とはいえ、あくまでも義弘の優先順位は晴持が第一だ。

 馬上の晴持が馬首を巡らす前に、手槍を叩き込めば島津軍の勝利だ。

 義弘は宗運の槍を籠手でいなし、槍を石突のほうから背中越しに回した。想定外の方向からの攻撃に、宗運は米神を打たれて倒れる。

 義弘の視界の隅に、銃口が煌めいた。

 光秀が至近距離から義弘を狙っていたのである。

 さすがに、義弘が如何に人並みはずれた武将でも銃弾を回避するのは困難を極める。

 それでも、相手が並の銃手であれば、義弘は対応しただろう。発砲の瞬間に射線から身体を外していればいいのだ。無茶苦茶な理屈だが、義弘ならば、できないことはない。

「クソッ……」

 義弘の背中に悪寒が巡る。

 直感的に、この銃から逃れることができないと悟った。並の兵が持つ銃ならば、避けることもできたかもしれない。少なくともできないと確信するようなことはなかった。だが、光秀に狙われていると察した瞬間に万事休すを覚悟した。

 晴持までが一歩遠い。

 光秀が引き金を引き、銃口から鉛玉が火花と共に飛び出してくる光景が目に焼き付く。

 その瞬間、唐突に義弘の身体が前に投げ出された。

 跨っていた馬が、義弘の感じている悪寒を同様に感じ取ったのかもしれない。突然に膝を突いて前傾姿勢を取ったのだ。このとき、義弘はあえて姿勢を整えようとせずに、鐙を蹴って、宙に身を投げ出した。光秀の弾丸は、義弘の風に舞う後ろ髪を掠めて陣幕に穴を開けるだけに留まった。

 驚嘆する光秀。食い下がろうとする宗運。晴持を守ろうとする供回りの小姓たち。それらの動きがすべてよく見えていた。

 小姓の頭を跳び越えて、義弘は晴持に槍を振るった。

 

 

 

 

 ガツンと衝撃が全身に走る。

 まるで車に衝突したかのような強い力に曝されて晴持は、肺腑の底から息を吐き出した。

 義弘が空中で振るった横薙ぎの一撃を晴持は、自分の槍の柄で受け止めていた。足場のない空中で、腕と身体の捻りだけで生み出した力とは思えない一撃で、晴持は馬上から投げ出された。

「ぐ、あ……!」

「チィッ」

 舌打ちする義弘が着地と同時に追撃のために晴持に向かって駆け出している。晴持も倒れた勢いを殺さずに地面を転がり、その勢いのまま立ち上がる。

「大内!」

 叩き付ける二撃目を晴持は辛うじて槍で流した。隆房の槍筋と似ていたのが功を奏したか。だが、次はとても凌げそうにない。槍が風を切る音が、爆発物でも扱っているのかというくらいの轟音だ。人間が出せる音なのかと、耳を疑った。

「晴持様に近付くな、島津!」

「下がれ、下郎!」

 宗運が槍を手に義弘に突きかかり、光秀が晴持との間に割って入る。

「晴持様、無事ッ!?」

 そしてそこに、危機を直感して蜻蛉帰りしてきた元親が合流し、義弘を視認するや元親が鋭く槍を打ち込んだ。素早い状況判断と明確な殺意を持った一撃であった。

「邪魔をッ……!」

 元親と宗運の槍に阻まれてさすがの義弘も下がらざるを得なかった。

「義弘様ッ!」

「若様ッ!」

 どっと、島津兵と大内兵がなだれ込んでくる。晴持と義弘の交錯はほんの一瞬の出来事で、その僅かな時間で起こったことが両者の運命を大きく変えたと言ってもいいだろう。

 晴持は右腕に激痛を覚えながらも、義弘と視線を交わした。二人の間には、大内兵と島津兵が入り乱れた戦場が横たわっていて、もはや容易には近付けない。

 しかも、状況は島津軍にとって悪くなる一方であった。

「今の一撃で獲れなかったのが、運の尽き、だったな」

「まだまだ……!」

 晴持の首を落とさなければ島津軍に勝利はない。そうと分かっていて、簡単に引き下がるわけにもいかない。しかし、義弘の周囲を固める島津兵に対して、晴持を助けるために駆けつける大内兵のほうが多い。突破するだけの勢いを失った今、この状況で晴持を討ち取るのはまず不可能だった。

 戦は生き物だ。

 勢いがあれば、寡兵で多勢に打ち勝つこともあり得るが、その勢いが死んでしまえば、天秤は多勢のほうに傾いていくのが道理であった。

「義弘様、お退きください。このままでは完全に包囲されます!」

「何を馬鹿な。目の前に晴持がいて、それで逃げるわけにはいかないわ!」

 鉄と鉄がぶつかり合う音が響き渡る。

 血と火花が舞い踊り、狂ったような絶叫と喊声が雨のように降り注いだ。

 晴持と義弘のほんの僅かな距離が数百里も離れているかのような感覚に見舞われる。

「義弘様、ここから先は無駄死にになります。それだけは避けねばなりません!」

「ッ……!」

 義弘は唇を噛み締めた。

 敵に囲まれて四方から縦横無尽に攻撃を受け続ければ、義弘を初めとする決死隊は全滅不可避だ。今のままでは、敵中に飛び込んで全滅しただけの愚者にしかならない。

 義弘が生き延びれば、挽回の機会があるかもしれないのだ。

「ああ、もう! 撤退!」

「包囲だッ。逃がすなッ!」

 晴持が叫ぶ。

 無論、誰もがここで義弘を逃がす愚を犯すまいといきり立った。

「義弘様をお守りしろッ。何としてでも、本陣までお連れするのだッ!」

 と、島津の将兵が口々に叫ぶ。

 義弘は相当慕われているらしい。

 島津兵と大内兵の殴り合いと斬り合いが勃発する。馬を奪い、供回りと駆け出す義弘に矢弾が浴びせかけられる。狙われた義弘の前に飛び出した何人もの島津兵が肉の壁となって義弘を守った。

「捨て奸じゃあ! 義弘様のご恩に報いるは今ぞ!」

 義弘は退路を右翼に求めた。来た道は、すでに大内軍によって狭められている。しかし、右翼は隆房たちが釣り出された影響で隙間がある。そこに活路を求めたのだ。

 島津兵が次第に義弘の周囲に集まり群れとなり、そこから零れ落ちた数名からなる少数精鋭が大内軍の追撃を阻む肉の壁となった。

 広い南郷谷では捨て奸の効果も半減以下だ。しかし、それでも義弘の帰還を信じて島津兵は大内軍中に飛び込み、暴れて斬り死にしていった。

 川上忠堅も、捨て奸を買って出た武将の一人であった。

 義弘一人が生き残ればそれでよい。

 義弘を死なせて自分が生き残るようなことは、願い下げだったし、晴持の首も獲れなかった。ここは、一つ大きな武功を挙げなければ、薩摩隼人の名が廃る。

 歳の離れたはとこの川上久朗(ひさあき)も、かつて大口城での戦いの折、義弘を逃がすために殿を引き受けて壮絶な死を遂げた。

 その武勇譚を聞き知っていながら、義弘の背中を守らずに逃げ帰ることがどうしてできるだろうか。

 突っ込んでくる多くの大内兵の中に見事な兜を被った騎馬武者を見つけた。

「そこの騎馬武者! この川上忠堅の最期を飾る一戦に相応しい、よき武士と見た! 名乗られよ!」

 戦場の騒音を貫く大音声。戦の最中で疲弊しているとは思えない強い言葉に、指名された騎馬武者が刺激を受けたのか、答えた。

「筑紫惟門が一子、筑紫晴門である。川上とやら、望みの通り我が槍を馳走仕る!」

 突撃する騎馬武者の突きを躱し、忠堅は組み討ちの要領で飛び掛る。

 晴門の従者と忠堅の味方がほぼ同時に激突し、戦いは砂埃と喧騒の中に消えていった。

 



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その七十七

 義弘の撤退戦は味方を削りながらの壮絶なものとなった。

 不幸中の幸いだったのは、島津軍全体が崩れたわけではないということである。陶隆房と対峙している新納軍は、未だに健在で、その分隆房は義弘の追撃に感ける余裕がない。

 最前線を戦う者たちの攻撃も続いている。

 敵中に孤立はしたが、大内軍にも義弘を包囲するだけの連携が取れない状況ではあったのだ。

 そこが抜け目だった。

 一人、また一人と義弘を逃がすために犠牲を申し出る家臣たちに、感謝しながら義弘はひた走る。

 陶軍の一部が義弘を追い、させじと新納軍の後備が横槍を入れる。

 そうして、島津軍は義弘の退路を決死の覚悟で切り開いていた。

「く……!」

 身体中に痛みが走る。 

 肩に刺さった矢を無視して、義弘は駆けに掛ける。馬も疲弊して、動きが鈍っている。追いつかれて取り囲まれるのも時間の問題かと思った矢先、十文字の旗を掲げた一軍が義弘の前に現れた。

 歳久の手勢が山を駆け下って、向かってきたのである。

 陣形の整わない追撃部隊では、歳久が引き連れてきた一五〇〇人からなる新手には敵わない。歳久に横槍を入れられては、追撃部隊が壊乱するのは目に見えている。

 歳久を警戒して、義弘への追撃の手を緩めざるを得なかった。

 辛うじて、義弘が自陣に戻ってきたとき、ついてきた兵は僅かに一〇〇と少しとなっていた。

「かふ……」

 馬上から義弘は崩れるようにして落ちる。

 小さな身体を出迎えた家臣が受け止めた。

「義弘様ッ! お気を確かにッ!」

「義弘様ッ!」

 支えられた義弘は、指先から身体が冷えていくのを感じていた。

「ごめん。ちょっと、疲れたかも。情けない……」

「何を仰います。情けないなどということがありましょうか。すでに敵勢の追撃もなく、我等一同、あの大内軍の真っ只中より生還してございます。後は義弘様のお怪我の治療をするのみ。どうか、それまでは気を強くお持ちください!」

 言われなくとも分かっている。

 ここで、義弘が力尽きれば、義弘のために散っていった多くの仲間がそれこそ無駄死にとなってしまう。

 義弘の気力は人一倍だ。

 ここにたどり着くまでずっと駆け続けてきた。その過程で、全身に矢傷や刀傷を負っていたのだ。 

 どれだけの血が流れてしまったのか分からないが、相当の重傷である。内臓に傷がないのが、不幸中の幸いではあったが、だからといって安心できるような状態ではなかった。

 義弘は、血で汚れた服を脱がされ、傷の手当を受ける最中に気を失った。

 

 

 義弘を逃がすことに成功した歳久であったが、これだけではまだ安心できなかった。

 義弘の撤退が、大内軍を活気付け、島津軍の士気を低下させる可能性は大きく、敵の出方を見極める必要があったからだ。

 いざとなれば、歳久が率先して殿を引き受ける覚悟であった。

 歳久がやるべきことはやり尽くした。大内晴持の首に迫ることはできたのだ。その上で、彼の首級が挙がらなかったのは、天運としか言いようがなかった。

 一歩、いや、半歩届かなかったのだ。

 それが、この戦の流れを決めた。

「歳久様……」

「陣貝を」

「は……」

 戦いの流れを逸した。

 策はなったが、及ばなかったのだ。ここで無理をすればさらなる損害が発生するだけである。

 博打に負けた以上は大人しく引き下がるしかない。

 陣貝の音が、西日に照らされる南郷谷に鳴り響いた。

 そう遠くないうちに、阿蘇五岳の影が迫ってくる。闇が深まる時刻だ。追撃はできないだろう。

 義弘は重傷を負っている。度合いの報告はないが、大内軍に深入りしていたのだから、油断はできない。

 敵を正面から相手にしていた家久も、撤退しているところを狙われては危険に陥りかねない。

 この策の提案者として、できる限り戦場に残り、殿として身体を張るつもりであった。

 しかし、歳久のそうした覚悟は肩透かしに終わった。

 結局、大内軍の追撃は想定していたものよりも遥かに緩かったのである。

 恐らくは、伊東軍が釣り出されたことをきっかけに軍が瓦解しかけたことが、大内軍の心理的な枷となっているのだろう。

 それに、義弘の突撃が与えた影響も大きかったに違いない。

 島津軍がそうであるように、大内軍も建て直しを迫られている。迂闊に攻撃には踏み切れないのだ。

 

 

「後一歩というところでッ。口惜しッ!」

 どん、と地面を殴る音がする。

 その夜、将兵は開戦以来最も過酷な一日を終えて、一息ついていた。口に上がるのは、自らの武勇伝か、あるいは義弘の突撃と晴持に肉薄した一幕についてであった。

 今日の一戦は、島津兵の間では敗戦とは受け止められていなかった。こちらが攻めて、攻め切れなかったから引き上げたという程度の認識である。

 それは誤りというわけではない。

 確かに島津軍は今日の戦で大内軍を崩し、晴持に迫った。常の戦であれば、この時点で勝敗は決しているし、島津軍が勝利したと言える。

「やっかい……」

 と、呟くのは将兵のいきり立つ声を聞いた歳久であった。

 被害を確認するため、歳久自ら各陣営を回っているのである。

 場所によっては、丸々消えてなくなった者たちもいた。あの暗闇に包まれる南郷谷のどこかで、家臣一同と共に倒れているのかもしれない。

 歳久が星明りを受けた南郷谷を眺める。真っ暗な闇夜だ。篝火の近く以外は何も見えない。南郷谷は深い闇の中にあるが、日が昇れば忽ちに死屍累々の凄まじい光景が広がることになる。

「歳久様。義弘様の軍についてですが……」

「どうでしたか?」

「やはり、損害が極めて大きく、当面の戦闘は困難かと。現状、戻ってきた兵を数えても四〇〇ほど。これから、さらに戻ってきた者がいたとしも、五〇〇には届かないでしょう」

「そうですか」

 歳久は表情を変えずに、その報を聞いた。

 とても大きな犠牲だった。

 それに近しい数の敵の首を挙げたものの、こちらは精鋭を失ったに等しい被害を受けている。

 帳尻が合わない戦となってしまった。 

 勝つために全力を尽くしたが、結局届かなければ自家の存亡を危うくしただけだ。

「……姉の容態は?」

「今は落ち着いております。呼吸も安定しているので、疲れが取れればお目覚めになられるかと」

「そうですか。それは、朗報です」

 戦から引き上げてきた後、義弘が倒れたと聞いて血相を変えて会いに行った。

 陣幕の中で机に横たえられた義弘は死んだように眠っていた。あまりに呼吸が浅かったので、このまま息を引き取るのではないかと戦々恐々としてしまったし、実際命の保障はできない状態であった。

 刀傷十七箇所、矢傷三箇所。擦過傷や打撲痕を含めれば、傷を負っていない部位が見当たらないほどであった。

 義弘に尽き従って出陣し、帰ってこなかった者の中には将来の島津家を担うべき才覚の持ち主も多数いた。島津義虎や川上忠堅は、その最たる者であろう。彼等の抜けた穴は大きい。単純に兵力を多数損耗したということもある。

 全体を見回せば、これ以上戦を長引かせても事態が好転するとは思えない。

 落とし所を探る局面に差し掛かっているのは、誰の目から見ても明らかではあったが、末端の兵卒は、まだまだやれると息巻いている者も少なくはない。

 義弘が突撃して、晴持の首に迫ったという部分を抜き出せば、確かに後一歩で大内家に勝利できるというようには受け取れる。しかし、二度目があるわけではないのだ。

「どれだけ戦えるかは、朝になってみないと何とも言えませんが」

 今は敵の陣容が見えない。

 相手にも相当な損害を与えたし、とりわけ最初に崩した前備の国人衆は散々に打ち破っている。しばらく、使い物にはならないだろうし、国人衆の戦力が激減したとなれば、大内家としても簡単に戦を再開することはできないはずであった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 大戦と呼ぶに相応しい乱戦が終わり、各々が陣営に戻って一息ついたのは大内家も同じであった。

 大内家のほうは、大いに押し込まれ本陣まで踏み荒らされる被害を受けているので心理的には敗色が濃厚といった状態である。

 特に、前備の国人衆の被害は甚大だった。

 今は戦を終えたばかりで、各々が自分のことで精一杯だが、その内突出して敗因を作り出した伊東家への風当たりは強くなるだろうと思われたし、当然これに対応することが大内家には求められた。

 夜襲への警戒と陣の建て直しはとにかく急務だ。

 晴持はすぐに比較的被害が軽微だった立花軍と後詰の冷泉軍を中心とした新たな陣割を策定した。後の数日を持ち堪えるための簡易的な陣割で、後のことは被害の全容が知れなければ検討もできない状態であった。

 パチパチと薪が爆ぜる音がする。

 篝火が煌々と焚かれ、新たに整備した陣幕を照らしている。

「若様、ご無事で何よりでした」

 と、諸々の雑務を終えてやっと本陣に顔を出せた隆豊が、やっとの思いで口を開いた。

「何とか無事だった。それもこれも、助けてくれたみんなのおかげだよ」

「わたしも、もっと早く若様の下に駆けつけるべきところ……申し訳ありませんでした」

「位置が位置だけにやむを得ないよ。今回ばかりは相手が悪かった。だから、そんな風に泣くな」

「う……うっ」

 隆豊は目に涙を溜めて、今にも号泣してしまいそうになっている。

 泣かれてしまうのは、本当に参ってしまう。

 こういうのに、晴持は弱い。心から心配をさせてしまったことを、深く詫びなければならない。

「とにかく、今回は乗り切れた。島津が総力を挙げて挑んできた決戦だったんだ。同じようなことには、ならないさ」

「はい……」

 こくん、と隆豊は頷いた。

「あの、若様。お怪我の具合は?」

「右手を痛めただけだ。大したことはない」

「そうですか。よかった……」

 心底ほっとしたというように、隆豊は肩の力をがくりと抜いた。

「隆豊、ほら、涙拭いて。そろそろ、皆が集まる頃合だ。どれだけ集まれるか分からんけど、その顔で人前にはでられないだろう」

「ありがとうございます」

 晴持が渡した手ぬぐいで涙を拭いて、隆豊は小さく笑った。

 

 それからしばらくして、陣幕に集まった諸将は一様に疲れた様子を見せていた。

「義陽の姿が見えないが?」

 居並ぶ将の中に、相良義陽の姿が見えず、晴持は光秀に尋ねた。

「相良殿は矢傷の手当てをしております。相良隊は、今日の戦の矢面に立たれた部隊の一つでもありますので、損害が大きかった模様です」

「怪我の具合は?」

「お命に別状はないとのことですので、ご安心ください」

「そうか……」

 確かに、義陽が担当していたのは右翼の前段だ。

 完全に崩されるまではいかなかったものの、敵の猛攻を正面から受け止める立ち位置におり、さらに一部の国人たちは早々に統率が取れない狂乱状態にあった。

 むしろ、よく持ち堪えたと賞賛するべきであろう。

 大将格で怪我をしていない者のほうが少ないというのは、異常な状況だ。本来、敵と直接相対する立場にない指揮官が、前面に立たざるを得なかったということなのだから、今日の戦がどれだけ激しかったのか、それだけで分かるというものだ。

 怪我らしい怪我をしていないのは、中央で全体のバランスを取ろうと懸命に指揮をしていた道雪と、家臣が身を挺して守っていた元春くらいだろうか。紹運は額に包帯を巻いているし、隆房は腕や頬に切り傷を作っている。宗運や光秀も、擦過傷や刀傷で衣服に血が滲んでいる状況であった。

 晴持自身の腕の怪我は、いまだにジンジンと痛んでいるが動くので折れてはいないといったところだろう。もしかしたら罅は入っているかもしれないが、今ははっきりとしない。戦の昂揚感が続いているせいか、色々と感覚が鈍っている。

「しかし、まあ、ここにいる皆が無事に顔を合わせられたことをまずは感謝したい。各々が粉骨砕身してくれたおかげで、今日を乗り越えられた」

 間違いなく過去最大級の危機的状況であった。それを乗り越えることができたのは、それぞれが自分たちの仕事を最大限にこなしてくれたからである。

 島津軍に散々に打ちのめされても、彼女たちが最後まで戦場に踏みとどまってくれたからこそ、晴持は生きているし、結果的に島津軍を撤退させることができたのである。

 まずは、それを労わなければならなかった。

「とはいえ、島津は退いたわけではなく、未だに南郷谷を見下ろす場所に布陣している。形としては振り出しに戻ったことになるが、この状況をどう見るか……」

 今日の戦は磨り潰し合戦となった。

 大内家も島津家も多大な犠牲を払い、そして決定的な致命傷は互いに負わなかった。強いて上げれば、こちらは国人衆が大幅な打撃を受け、島津家は分かっているところでは、島津義虎と川上忠堅の首級が確認されているくらいだった。

「大規模な戦の割りには、兜首は少ないといった印象があります。ただ、島津方の被害は不明ですが、こちらは日向、筑後の国人衆の被害が甚大です」

 と紹運が所感を述べた。

「伊東家は、結局どうなった?」

「幸いと言うべきか、あの状況下で祐兵殿は生還されたようです。傷は深いとのことで、今後どうなるか分かりませんが」

「真っ先に島津家に飲まれたのに、戻ってこれたのか。悪運の強いことだ……」

 きっと、彼に仕える忠臣たちが命懸けで守ったのだろう。島津軍の目的が大内軍への総攻撃で、伊東家の首級をさほど重視しなかったことも助かった要因かもしれない。

「全体の被害はどれくらいか、分かっては……」

「未だ、はっきりとはしていません」

 光秀が首を振って答えた。

「攻撃を受けた部隊が広範囲に渡っています。全滅してしまった部隊もありますし、被害状況の把握には今しばらくの時間が必要かと」

「現状、それぞれが自分たちの被害状況の確認に追われている状況です。申し訳ありませんが、正直に言ってわたしの部隊も死傷者数が分かっていません。他の方々も同じような状況かと思います」

 と、紹運が光秀の言葉に続けた。

 紹運の部隊は、前線で島津軍と相対していたために被害が大きい。同様に隆房も、直接攻め込んできた新納軍とぶつかったために、少なくない死傷者を出したようだ。

「若、あたしたちは、まだ戦えるのは確かだよ」

 隆房は強気な姿勢を崩してはいなかった。

「今日は島津にしてやられた。鬼島津の相手をするつもりが、釣り出されちゃったし、それで若に危険が及んだのなら、あたしにも責任がある」

「あそこは隆房が抑えなければ、どうにもならない場面だった。相手が島津義弘だろうが、別の誰かだろうが、突っ込んでくるのなら、対応するのが当然だ。気にするな」

「……うん」

 隆房は納得はしていないという気持ちを抱えながらも頷いた。

 もともと、義弘を警戒しての配置だっただけに裏を掻かれたことになる。それが悔しいのと、晴持が危険に陥っている状況で、敵に釘付けにされてしまったことも悔しい。

「元春は、大丈夫か?」

「うん。あたしは、何とか」

 義弘の突撃を最初に受けた吉川隊の被害も大きかった。特に吉川隊は前門の虎、後門の狼といった具合で島津軍に挟まれており、元就から預けられた児玉就秋が戦死するなど、名のある将にも死者が出ている。

「結局、こっちの被害の全容は掴めず、相手がどれだけ被害を受けたのかもはっきりしないか。となれば、守りを固めて、夜襲に備えるしか、今は動きの取りようがないな」

「そのように思います。兼ねてからの予定通り、わたしと冷泉殿で動ける者を纏めます」

 道雪がそのように言ってくれるので、安心して後のことは任せられる。

「島津軍の今日の攻撃は、多分、あちらの全力だったんだろうな」

「間違いなく、持ち得る手のすべてを費やしたものと思います。だからこそ、今日を乗り切れたのは大きな意義があります。島津軍の全力を凌ぎきったのです。彼女たちに残された手は少ないと見ることもできます。もちろん、油断は禁物ですが」

「もともと、島津軍が短期決戦を図ることは予想できていたしな。想定外の暴れっぷりにしてやられたが」

 島津軍は言ってみれば、大砲の弾のような存在だ。

 一発の威力は極めて大きいが、継続能力に欠ける。それは、彼女たちの経済事情によるところが大きい。常勝であれば、兵糧の心配もいらないが大軍を長期間維持しつつ、膠着した戦いをするとなると、経済的な負担が大きくなっていく。

 大内家は畿内と繋がっており、経済力もあるのである程度の長期戦に耐えられる蓄えがあるが島津軍は、そもそも蓄えがないからこそ、勢力を広げなければならなかったという事情を抱えている。

 今回の被害を補填し、戦いを続けるだけの能力が彼女たちにあるのかどうか。あったとして、今日のような攻撃を再度、行うことができるのかどうか。

 それを考えると、大変厳しいものと思われる。

「命を賭した突撃は、そう何度もできるものじゃありません。戦の熱狂が消えれば、いくら島津の兵であっても今日のような戦い方はできないでしょう」

 と、宗運が意見を述べた。

 島津軍が決死の戦いを繰り広げることができたのは、鋼の結束があってこそだ。それは、恐らくこの先も変わらないだろう。しかし、下々にまでそれを強いるのは困難極まりない。如何に衆中制度とはいっても人形ではない以上、士気を永遠に保ち続けることはできない。

 それは、大内家にしても同じことではある。強大な敵に、ここまで食いつかれてしまった。負けるかもしれないという思いが生まれれば、その時点で戦力は大幅に低下し、厭戦気分が高まってしまう。ただでさえ、晴持たちは九国に入ってから山口に帰ることなく、長期に渡って遠征を行っている。兵の入れ替えをしてはいるが、駆り出されつづけている者もいるわけで、命の危機が明確に迫ってくれば、戦えなくなる者が出るのは否めない。

「これから先は睨み合いになるか、あるいは……」

「和睦というのも、選択肢に入れるべきでしょう。少なくとも、この戦での島津との戦いに何らかの形で決着を付ける必要はあります」

 道雪がそう提言した。

「和睦か……」

 武力による決定的な勝利ではないが、余計な戦力の消耗を避けるのであれば、そのほうがいい。

 大内家にとっても、島津家と戦ううま味はさほど大きくないのだ。薩摩国も大隅国も痩せた土地で生産性がない。それにも関わらずに兵は精強で、反骨精神に溢れている。無理に戦えば、無為に血を流すだけである。

「かといって、こちらから和睦を提案するわけにもいかないだろう。負けたわけじゃあないんだ」

「確かに、今のまま和睦を提示すれば、島津方優位に話が進みかねません。此度は攻め込まれたのは我々ですし、あちらも、次の手がなくとも、今回は勝利したと喧伝するのは目に見えていますから」

 実際の勝敗は置いておいて、自軍が勝利したと言いふらすのは昔からよくある話だ。それも日本に限ったことではない。戦の勝敗は政治的な駆け引きに作用するし、統治にも影響する。大名の株にも関わってくる。これは沽券や誇りといった内面的なものではなく、土倉や酒屋などの金融業者から金を借りるときの信用に関わる重大事なのだ。

 戦に弱い領主は、借金の返済能力がないと判断され、借書は二束三文で投げ売られる。戦に強いということは、国を富ます力があるということなので、金回りがよくなる。だから、おいそれと負けたとは言えないのだ。今回のように、痛みわけで終わるような戦の場合は、両者が勝利をアピールすることは珍しくない。

「島津はここで叩いておかなければならない勢力ではあるが……」

 やりたいことと、できることは異なっている。

 今回の戦では島津家にも少なくない被害が出ているはずだ。あのような目茶苦茶な戦い方で、損害が軽微だなどという冗談は、さすがにないだろう。

 島津家に話が通じるのならば、恐らくはこの戦の落とし所を探っているはずである。

 しかし、大内家も島津家も振り上げた拳はそう簡単には降ろせない。

「また誰かに間に入ってもらうのが堅実かな」

 和睦するにしても、まずは話し合いが必要だ。直接の対話は難しいので、権威ある誰かに取り持ってもらうのが一般的であった。

 もちろん、これはあくまでも選択肢の一つだ。

 もうじき水が温む季節を迎え、農繁期に入る。それを理由に互いに兵を退くということも考えられる。

 ともあれ、手札が大いに越したことはない。

 大内軍は守りを固めつつ、山口への戦況の報告をすると共に島津家との和睦について義隆の意見を仰いだのであった。

 




応援してるよと言ってくれた親友が想い人と関係を持っているところに出くわした宗運からの肥後ヒロインどろどろ背徳エンドという妄想。


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その七十八

 九国の騒乱に、一つの転機が訪れようとしている。

 大内家と島津家との初めてにして最大の衝突は、多くの死傷者を出しながらも互いに決め手に欠き、厭戦気分が両陣営に漂うこととなった。

 事ここに至って、南郷谷の大内軍と島津軍は睨み合いを続けながらも和睦の可能性を模索し始めていたのである。

 とはいえ、当事者同士での話し合いなどできるものではないし、話し合いの場を求めることすらも困難である。

 和睦をしましょう、などと口に出せば、その時点で相手の風下に立つことになる。

 戦の勝敗は、家の存亡に関わる。

 兵を減らしての敗北は言わずもがなだが、負けたという評が広まれば、それだけで商人や寺社からの信頼を失いかねず、最悪の場合は自分に味方をしている国人たちの離反を招く。

 頼りにならない主家を見限り新しい勢力に就くというのは、この時代では珍しくないのである。影響力を保持するためにも、名目上でも勝利という旗は掲げなければならない。

 とりわけ、注目度の高い大きな戦ともなれば影響力は小競り合いの比ではない。

 交渉で決着を付けるのならば、少しでも自分に有利な状況に持ち込みたいと思うのは当然であり、自分たちから交渉を求めるのは、自分たちが不利な状況だと認めるに等しい行為であった。

 局地戦では、島津軍が大内軍に攻め入り、大いに引っ掻き回した。本陣に突入し、総大将である大内晴持を後一歩のところまで追い込んだという事実がある。

 しかし、その一方で島津軍はこの一戦に多くの将兵の犠牲を強いた。島津軍の残存兵力は、まだまだあるものの、使い物になる将兵が果たしてどれだけ残っているであろうか。

 島津軍の大攻勢を凌いだ大内軍に逆転の目があると見ることもできるが、大内軍も国人衆の壊乱や指揮系統の混乱、そして何より烏合の衆であることが露呈したことで迂闊な軍事行動には出られなくなった。

 軍内部の引き締めを図る必要があるという点で、大いに身動きが鈍ったと言える。

 両軍に戦の幕引きを図りたい事情があるが、それを言い出すわけにはいかないという事情もあった。最も近い第三者は龍造寺家だが、仲介能力は皆無に等しい。

 九国内に、大内家と島津家の双方の影響下にない勢力が存在しない以上は、中央に仲介を頼むしかないが、公家とも幕府とも大内家のほうが強い繋がりがあるため、島津家は誰が仲介に名乗りを上げても不快感を示すだろう。

 そんな中で、仲介に名乗りを上げたのは、畿内を牛耳る大勢力である三好家であった。

「……三好が出てくるか」

 義隆から書状が届いたのは、三月も終わりに近い田植えの時期が見えてきた頃であった。

 南郷谷には、一月以上も血が流れていない。

 それだけ、両者が疲弊しているということでもあった。

「三好家ですか」

「現状、それが最も現実的ではありますが」

 光秀と隆豊が悩ましいというかのように、表情を翳らせる。

 大内家にとって最も都合が良かったのは、公家の誰かに仲裁を依頼することである。自分たちに近い者のほうが、有利な状況で島津家と和睦できるからである。

 ところが、大内家は三好家とはさほど交流がない。

 将軍という権威を保持しており、四国では領地を接している強大な隣国だ。

 大内家以上に権威を利用できる立場にあり、軍事力も侮れないとなればなるほど島津家にとっても仲介役として相応しい相手ではある。

「仕方ない。うだうだしていても現状は動かない。有耶無耶のまま撤退するよりも、一つ区切りをつけたほうがいい」 

 厭戦気分はいまや極限まで高まっている。死臭の漂う戦場に、これからも残り続けるのは精神的にも辛いものがある。

 軍を維持するのも金がいる。無駄に戦を長引かせるくらいなら、仕切りなおして新たな対島津戦線を構築するべきであろう。

「尼子のほうも、上手くいったようだしな」

「左様ですか」

 義隆の報告には、大森銀山に展開していた尼子軍が撤退したとあった。

 かつてない規模で巻き起こった大内家の危機だったが、これで何とか乗り越えられそうであった。

「九国の心配は尽きないが、ともあれ一旦終わりにしよう。隆豊、後の交渉を任せる」

「承知しました」

 隆豊は緊張感に満ちた表情で頷いた。

 この交渉の如何によっては、南郷谷に再び血が流れることになる。

 隆豊の双肩に、大きなプレッシャーが圧し掛かることとなった。

 しかしながら、こうした交渉は隆豊にしか任せられない。大内家として、島津家と交渉するのであるから大内家の直臣が顔を出すべきであり、九国内の勢力と関わりがないほうが拗れない。

 交渉できるだけの事務能力がある直臣となると隆豊が第一候補となるわけだ。

 

 

 

 三好家の使者がやってきたのは、義隆の報告から半月後のことであった。

 わざわざ九国まで足を運んだのは、三好政権内で飛ぶ鳥を落とす勢いで発言力を高めている松永久秀であった。持ち前の交渉力を買われての抜擢である。また、彼女には三好家の重臣でありながら、幕臣としての立場も併せ持っている。

 ここで結ばれた約定は将軍の前で結んだも同然であるという受け取り方もできるわけだ。

 事前に三好家の使者たちが大内家と島津家から要望を聞き取り、ある程度まで条件の刷り合わせをしてから交渉に入る。

 島津家からは島津家の肥後国支配の正統性を認め、大内家の兵を退くよう要求された。

「何とふてぶてしい……」

 憤りを露にしたのは、宗運であった。

 彼女は島津家の北上によって領土を失った国人の一人である。主家から追放された以上、阿蘇家が島津家から独立しない限りは本領に戻ることもできない厳しい状況である。

 宗運としては、本領への拘りはもうない。阿蘇家に戻る意思がない以上、阿蘇家に下賜された領土に戻ることはできないと自ら決めているのである。しかし、宗運はそれでよくとも、親友の相良義陽はそうもいかない。相良家の当主として代々守ってきた地を追われているのである。島津家が肥後国から撤退しなければ、義陽は戻るに戻れない。

 もっとも、島津家の肥後国支配のお墨付きを大内家が与えることなどありえない。それは、大内家の肥後国出兵を根幹から否定することであって、大内家に救援を求めたすべての肥後国人への裏切りとなるからだ。

「……むしろ、島津家が肥後から出て行くのが道理。こちらは、島津家に不当に領地を追われた国人たちから助けを請われて兵を出しているのです」

 連絡を受けた隆豊の答えは明瞭で、当然のものであった。

 もちろん、その回答を島津家も三好家も予測しているだろう。

 その上で、どのように出るか。

 もちろん、肥後国の国人たちにとっては、島津家の肥後国からの撤退が最善である。大友家にとっても、島津家の脅威が去るような終わり方が望ましい。

 様々なことを考えながら、隆豊は久秀に口を開いた。

「島津殿は、伊東家と相良家が連合して島津家に牙を剥いたために身を守るため兵を出しただけであると主張しております」

「両家の間に何かしらの因縁はあったのかもしれませんが、それは大内には関わりないこと。甲斐家と共に相良家もまた当家の同盟者です。その危難に立ち上がるのは当然のことでしょう。また、日向についても、伊東家には我が主の弟君のご親族が嫁いでおられるゆえ、その安全を確保するために出兵した次第。道理に悖る戦はしておりません」

「すべて、救援に応えたまでということですね?」

「左様です」

 同盟者を救うための出兵であり、こちらに非はないという主張を隆豊は崩さない。

 久秀は隆豊の意見を島津側に持ち帰り、さらに島津側の主張を大内側に伝える。幾度もやり取りを重ね、互いに主張は平行線のまま三日が過ぎようとしていた。

 大内家は他者への救援が目的であると一貫しており、島津家も自分達の正当性を主張し続ける。肥後国出兵は正当防衛であり、日向国に至っては元来島津家が任された国であるため、伊東家の不当な支配に抗っただけであるとの主張だ。

 これでは幾度話し合いを重ねようとも、決着がつく見込みはない。

 元より、どちらも悪いのは相手であって、正当性は自分たちにこそあるという立場を崩さないし、崩すわけにはいかないのだから、自分たちから折れることはありえない。

 よって、いくら仲介者が現れたところで意見が纏るはずがないのだが、そんなことは久秀も分かっている。

 両陣営が主張を出し尽くしたところで、『三好家としての提案』を捻じ込むのである。

「大内殿と島津殿。お互いのご意見を拝聴しましたが、今のままではいつまで経っても話は前に進みません。ここは、わたくし共から一つ提案がございます」

 分かりきった前置きを述べてから、久秀は神妙な面持ちで隆豊と視線を交わした。

「どのようなご提案でしょう」

「この南郷谷の外輪山以北を大内領、以南を島津領として、この戦を終えるのです」

 久秀の提案は、南郷谷は事実上の軍事境界線となり、ここを国境として大内家と島津家が領地を接することになるというものである。

 事実上、島津家は今まで確保した領土の保持が認められる形となるため、島津家に有利な提案であると言える。

「相良家が島津家に奪われた領地の返還は?」

「島津家と相良家の私闘については、わたくしの口からは申し上げることはありません。此度の仲介はあくまでも大内家と島津家の戦に関わること。この場を収める条件についてご相談しているだけでございます」

「それで、こちらの納得を得られると?」

「これ以上戦が長引くのはそちらとしても不利益ばかりのはず。兵を出したことで肥後の国人衆への義理は果たしたと見てもよいのではありませんか?」

 相良家の取り扱いについて、久秀は意図的に明言を避けている。

 ――――三好家は島津家よりの判断を下そうとしている。

 そのように隆豊が受け取るのも無理からぬ態度ではあった。

 しかしながら、それは同時に三好家の動向次第では大内家はさらなる苦難に曝される可能性が示唆されているということでもあった。

 三好家は四国に於いて大内家と――――厳密には大内家の傘下に入った河野家と領土を接している。兵を陸路で大内領に送り込める大勢力としては、尼子家以上の脅威となりうる存在であり、さらには幕府軍としての立場を使うことも不可能ではないという厄介さを秘めている。

 非難の声を、隆豊は喉下で押し留めた。

 久秀の後ろにいるのは三好家だけではない。将軍家がいる。彼女は長慶の家臣であると同時に幕臣でもある。久秀の意見は、そのまま幕府に対して意見したものと同義として捉えられかねない。

 実際の幕府への久秀の発言力がどれほどのものかは不明だが、三好家が幕政を仕切っていることを考えれば、過大評価するくらいがちょうどいい。

「一先ず、松永様の仲裁案は承りました。今一度、この件について上を話し合ってみたいと思いますので、返事は今しばらくお待ちください」

 冷え冷えとする声音で、隆豊は久秀に伝えた。

 久秀に隆豊が抱く不快感はどれだけ伝わったであろうか。

 彼女の薄らとした笑みからは、一切の感情を伺うことはできなかった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 隆豊が持って帰ってきた久秀の仲裁案は、隆豊が感じたとおり他の面々にも受け止められていた。

 肥後国を分割して大内家と島津家に配分するというのは、それだけを切り取ってみれば確かに両者共に得るものがある。

 しかし、島津家が保有する領土はすべて相良家を初めとする肥後国の国人から奪ったものであり、大内家はそれを取り戻すことをお題目として出兵している以上、島津家は目的の一部を達成し、大内家は目的を達成できなかったという結果になるだけだ。

 肥後国北部を正式に大内家が領有することになるという点を差し引いても、素直に「仲介ありがとう」、と感謝できる案ではないのは明らかであった。

「松永殿は、将軍家の威光を背景に島津家に有利な形でこの戦を終えようとしている。そのように感じます」

 隆豊は悔しげに唇を噛んだ。

 交渉役を任されている以上、より大内家のためになる結果をもたらすのが隆豊の責務である。現状、それが果たせているとは言い難い状況だ。

「……この案、恐らく島津は飲むだろう。だから、後は俺たちの出方次第というわけだ」

 戦を長引かせたくないのは、どちらも同じなのだ。よって、自分たちに都合がよければそれで手打ちにする。外輪山以南の領有が認められれば、それだけでも島津家にとっては収穫があったと言える。

 一方で、国人衆の救援を掲げて肥後国に入った大内家は領土拡張を素直に喜んではならない立場である。

 肥後以北を大内家のものとするという案は、そこに領土を持つ国人たちを無碍にしている。――――事実上、大内家の所領はほとんど増えない。

「率直に言いまして」

 口を開いたのは道雪であった。

「此度の案は、戦を終える口実としては良案であると見ます。無論、大内家にとってこれを受け入れるのは苦渋の決断ではありますが、肥後の領有を巡り、三好家と幕府まで敵に回すよりは殿下の顔を立てたほうが後々のためではありましょう」

「三好が尼子、島津と結びより大きな反大内の動きが生まれないとも限らないか」

 ただでさえ三好家はそれ単体でも他の追随を許さない大勢力なのだ。

 軍事力と権威は、現在の日本国内に於いて並ぶものはない。それが尼子家や島津家と結びつけば、如何に大内家が強大であろうとも、崩壊する危険性が大いにあるし、将軍の「御敵」に認定されては困ったことになる。様々な権威を利用してきた大内家にとって、権威と敵対するのは致命的だ。

 まして、この戦で一枚岩ではないことが露呈した直後である。

 迂闊に大内家の屋台骨を揺るがす可能性を増やすことはできない。

「概ね、この案の通りにするしかない」

「はい」

 隆豊が首を縦に振る。

 島津家が軍事的敗北を認めない以上は、奪われた領土の奪還は難しいし、何よりも阿蘇家が降服しているというのが大きい。

 阿蘇家の領土を返せとこちらから主張することができないのである。救援する対象がいなければ、救援のための出兵という大義がない。相良家の領土は阿蘇家の領土のさらに向こう側であるから、そこだけ取り戻しても島津領の中にポツンと飛び地になってしまうだけになる。これでは、すぐに奪い返されるのが目に見えている。義陽の旧領を取り戻すには、どうあっても阿蘇家の領土を大内家のものとするしかない。

 阿蘇家が島津家に味方しなければ、状況は大きく変わっていたのだろうが、そればかりは言っても仕方のないことだ。

 戦をするのならば、最大級の戦果が欲しい。

 だが、建前としては肥後国人の救援ではあったが、晴持が島津家と対立した最大の理由は島津家の北上を阻止する必要があったからであり、肥後国人の救援はそのための布石であったのだ。

 この和睦案は当面は島津軍との対決を避けることができるという点で大内家にとってもメリットがあった。

 大利のための小利は斬り捨てるべき。

 相良家を初めとする南肥後の領土奪回は政治的判断の下、延期せざる得ない。

「ただ、こちらも条件をつけさせてもらう。松永殿の案を受け入れる代わりにな」

「若様、それは、一体?」

「朝廷に掛け合って、義陽を正式に修理大夫に任命してもらう。そのために骨を折ってくれるのであれば、この和睦案を受け入れよう」

 

 

 

 かくして、大内家と島津家との間に両者にとって不本意な形(・・・・・・・・)で和睦が締結された。

 阿蘇山南部の外輪山を境に大内家と島津家が肥後国を分割する。久秀が幕臣という肩書きを有する以上、この和睦によって得た領土は幕府が承認したも同然となった。

 大内家にとっての最大の戦果は島津軍の北上を食い止めたことで、次点が肥後国北部の領有を認められたこと。島津家にとっても肥後国南部の得たのは、戦果としては十分であっただろう。晴持を討てず、多くの将兵をすり減らした結果に釣り合っているかと言うと微妙なところだが。

「正直、殺されるかと思いましたわ」

 と、晴持と対面した久秀はにこやかに言った。

 初めて会う三好家の重臣は、見た目は隆豊と同じか、もう少し若い少女といってもいいくらいの姫武将であった。

 彼女の出自はよく分からない。

 畿内の武将にしては珍しく、身分の貴賎に囚われない能力主義的な政策を採る三好長慶の下で急速に力を付け、今となっては筆頭家老とも言うべき立場にまで成長したという。

 松永久秀という名前は、晴持も聞き覚えがあった。

 もちろん、京で台頭する三好家に目を光らせる中で名前が幾度も上がってきている人物だが、晴持の知る正史にあっても、非常に重要な働きをした武将で、乱世の奸雄などと呼ばれ、数百年に渡って戦国時代を代表する悪人の一人に数えられていた人物である。

 その知識に引っ張られて同一視するのは危険だが、現状では様々な意味で注意を要する相手であった。

「何のことでしょう」

「お分かりでしょう。修理大夫の件です。取り纏めるときの島津殿のお顔ときたら、今にも斬りかからんばかりの形相でございました」

 島津姓の武将は何人かいるはずだが、さて誰のことを言っているのであろうか。

 歳久かあるいは義弘か。もしかしたら家久かもしれない。

「島津殿への意趣返し、実にお見事でした。おかげでわたくしは危ない橋を渡ることになりましたが」

「骨を折ってくださったことにつきましては、真にありがたく思っております」

 久秀の皮肉をさらりと聞き流した晴持は、事務的に会話を続けた。

 彼女とここで腹の探り合いをしても、何の益もない。

 戦は終わったのだ。 

 であれば、一刻も早く山口に戻って、軍を解散する。一日分の維持費を払うか否かは大きいのだ。

「ですが、晴持様。お分かりかと思いますが、修理大夫は朝廷の役職。正式な任官となりますと、わたくし一人の裁量では実現できるか分かりませんよ」

「松永殿と三好殿のお力であれば、さほど難しくはないと思いますが」

「……まあ、引き受けた以上は手を尽くす所存ではあります」

「よろしくお願いします」

 修理大夫は、義陽が名乗っている受領名だ。

 修理職は役職としては内裏の修理造営を司るが、もちろん現代では有名無実と化している。修理大夫はその長官で、従四位下相当の令外官である。 

 受領名は極端に言えば、誰でも名乗れるものではある。

 よって、義陽以外にも修理大夫を名乗る者は複数名存在しており、島津義久もその一人である。というか、島津家の当主は代々修理大夫を受領名とするのが慣わしで、義久にとっても修理大夫にはこだわりがある。それを、義陽に朝廷が認めるというのは、島津家にとっては屈辱以外の何物でもない。

 久秀が殺されるかと思ったというのも、血の気の多い薩摩隼人の前で小名の相良家が修理大夫を正式に任官される可能性が示唆されたことが原因であった。

 もっとも、如何に島津の将兵が血気盛んでも、久秀に斬りかかるほど愚かではなかったようだが。

「二日後の正午、両陣営には南郷谷から退去していただきます」

「承知しております」

「それを見届けてから、わたくし達は京へ戻ります」

「船の用意をさせましょう。豊後から海路を行くほうが早い」

「そうですね。それでは、お言葉に甘えるとしましょう」

 淡々と会話を重ねる。

 互いに含みを持たせるような発言もない。目の前の仕事を処理する感覚だ。

 久秀が京に帰るには、瀬戸内海を渡るか陸路を行くかの二択しかなく、どちらも大内領を通ることになる。何れにしても安全に京に戻るには大内家の助けが必要であった。

「この度は真にありがとうございました」

 と、晴持は礼を言う。

「わたくし共としましても、大内殿とは仲良くしていきたいと思っておりますので、これくらいの骨折りは当然のことです」

 久秀は着物の袖で口元を隠して、目元を笑わせる。

 半ば脅しをかけておいてよく言うと晴持は内心で呆れつつ、三好家も存外頑強ではないのかもしれないと考えを新たにする。

 大内家にとって三好家が脅威であると同時に、三好家にとっても大内家は脅威であるはずだ。そして、良くも悪くも日本の中心に拠点を置く三好家にとっては、脅威は西だけではない。

 容易に周囲を敵に囲まれやすい畿内という地域を治めるからには、簡単に大内家を敵に回すこともできないのであろう。

 ともあれ、今回はここで手打ちだ。

 戦の早期終結は実現したし、三好家と将軍の顔も立てた。島津家には最後の最後で喧嘩を売ったが、それくらいは許して欲しいものである。

 



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その七十九

 後世の歴史書に「南郷谷の戦い」と記述されることとなる大内家と島津家の激突は、三好家の仲介による和睦という形で幕を引いた。

 互いに痛みわけで終わった戦いの後に残されたのは、数え切れない戦死者たちの亡骸だ。それを大内家が派遣した黒鍬衆が埋葬していく。

 戦は終わった。

 後は、戦後処理を済ませなければならない。

 今回の戦では多数の問題点が浮上し、対応しなければならない課題も山積している。

 本音を言えば、今すぐにでも山口に戻って義隆に直接報告に上がるべきではあるが、もうしばらくは豊後府内に留まり、今後の対応を協議しなければならない。

 すっきり勝って終わっていれば、後腐れもなく勢いのままに問題点を解決していくこともできただろうに、今回は国人衆の暴走や壊滅もあって、色々と手を回さなければならないところが浮上してきたのであった。

 和睦に従い晴持は軍を退いた。

 府内に戻ってきたときには、雪の気配は遥か遠くに消えてなくなり、梅の蕾が俄に膨らみだしていた。水も風も、温かさを帯びる季節である。九国は、日本で最も早く冬が終わる。新たな季節を晴持は迎えようとしているのであった。

 晴持は、府内に戻ってきた。

 数ヶ月ぶりとなる府内の街は相変わらず活気に満ちていて、間違いなく博多と並び九国でも最大の賑わいを見せていることであろう。

 島津家との和睦がなったことで、島津家の北上が停止した。島津の将兵が府内に乱入すれば、この街は灰燼に帰していたであろう。それを防いだというだけで、今回の戦には価値があったのだ。多くの死傷者を出したこの戦いにも、意味があったのだと思いたい。

 久しぶりに帰ってきた自室――――といっても、大友家から借り受けている館のものではあるが――――で、畳に寝転がる。

 年初に取り替えた真新しいイグサの匂いが室内に充満している。

 晴持が府内に滞在するようになってから、この部屋は晴持専用になっている。戦で長期に渡って留守にしている間も、晴持以外の者が利用するようなことはなかったようだ。

 島津家というのは、晴持にとって最大の敵であった。

 そもそも、歴史の大まかな知識を有する晴持は、その知識を基にして物事を見てしまう悪癖がある。この世に生まれてずいぶんと経ち、晴持の知識がさほど役に立たないということは、実体験を通して理解している。

 道具にしても、物が溢れた時代を知る晴持からすれば不便極まりない戦国時代であるが、それを持ち前の知識を駆使して改善できるかといえば否である。

 結局はこの時代の技術水準で物事をやっていかなければならないし、晴持自身完成形を知っていても制作方法を知らない物のほうが多い。

 また、歴史上の事件についても、そういった事件があったことは分かるが、それがこの世界では何時起こるのか、また本当に起こるのかはまったく分からない。例えば本能寺の変は有名な出来事ではあるが、それが何年後に起こることなのかは、まったくの謎だ。それどころか、晴持の歴史知識が史実かどうかという保証もないのである。

 よって、活用できる知識は主に簡単な自然科学系と近代化以前の文化史くらいが関の山。大まかな各勢力の力関係や歴史上の有名人を要注意人物としてマークできるというのも、一つの取り得ではあるが、それも、大内家が大きく歴史を動かしている現状では、参考資料の域を出るものではない。

 学校の知識をそのまま当て嵌めていくパズルゲームは、何の意味も成さない。必要なのは、応用力や企画力といった教科書を飛び出した知恵である。

 そして、そればかりは発想力の問題でもあるので晴持一人では如何ともし難く結局は人に頼ることになる。幸い、大内家は発展途上かつ巨大な組織であり、人材には事欠かない。

 これまで大内家を牽引してきた原動力はそういった屋台骨を支える人々の存在であった。

 家臣があり、公家があり、寺社仏閣があり、町人があり、農民があり、それらが絡み合って形成される大内文化圏が、大内家を発展させている。

 巨大な勢力の誕生は文化を産み、それが各地に波及していく過程で影響力を強めていく。文化圏に囚われた者たちは、徐々に中心地に巻き込まれていく。最終的には戦をする意味すら失わせ、無条件で降服に追い込まれてしまうまでになる。

 文化というのは、それだけ強力な武器となる。

 そういった文化を破壊するのが、外から来る敵対勢力である。

 西洋ではかつて最強を誇ったローマが、フン族やゴート族によって衰退を余儀なくされたように、その文化圏に属さない勢力の突然の勃興は文化を武器にする勢力にとっては致命的であり、大内家には島津家こそが間違いなく天敵であったのだ。

 それを退けたことで、大内文化は命脈を保った。

 文字通り力を振り絞った島津家は、この戦いで体力を限界まで使い尽くしたに違いない。しばらくは身動きが取れないだろう。

 大内家も尼子家と島津家の二方面作戦を、龍造寺家との決戦の直後に強いられたことで、大きく力を消耗したが、十分に取り返せる範疇である。将来への投資と考えてもいいだろう。

 長く大内晴持を悩ませていた台頭する島津家という課題に一つの結果が出たというのは、彼にとって大きな成果であった。

 蓄積していた疲労もあって、眠気が押し寄せてきたとき、こちらに近付いてくる足音に気が付いた。

 身体を起こして、客人を出迎える。

 やって来たのは、大友晴英――――晴持の妹分を名乗る大友家の現当主であった。

「わたしだと分かっていたのか、兄上?」

 最後に会ったときとまったく姿容の変わらない金髪の少女は、どこか不満げに晴持に言う。

「足音で、何となく分かる」

「まさか。道雪や紹運ならばいざ知らず、兄上にそのような技術はないはずだろう?」

「そらそうだ。俺に足音で人を判別する技術なんてない。でも、晴英は別」

「何故?」

「特にこっちに配慮することもなく、ずかずか歩いてくるのは君だけだ」

 まるで我が物顔で、響く足音に気を止めない歩き方である。

 足音というよりも、足音の立て方に性格が滲み出ているのだ。

 ここは大友家の屋敷で、彼女は大友家の当主なので、自然な振る舞いと言えばそうだろう。もともと、晴持の従妹という立場でもあり、大内家の外様の中でも一番高い地位にいるのは確かだ。

 大友家の当主は、今でこそ大内家に臣従したが、そもそも義隆と並ぶ大大名である。勢力を大きく失ったとはいえ、豊かな豊後国を丸々領有している時点で、大内家のほかの重臣たちよりも巨大な所領を有している――――少なくとも数字の上では。

 実際のところ、大友家の当主が自由にできる所領は極僅かだ。

 室町幕府と同じように、家臣に所領を多く分け与えた結果、当主自身の所領が少なくなり、家臣たちの下支えに頼らざるを得ない状況である。また、そんな状況で家臣内で当主への反感が強まった結果が、大友家の没落を招いた。

 傍目からだと、大友家の没落は幕府の没落と同じような経緯を辿っているようにも見える。

「なるほど。それは、気付かなかったな。以後、改めたほうがよいかな?」

「別にそれくらいで目くじらは立てないから、一々こまごまと改めようとしなくていい。妹分なんだろ。私的な場面くらい、遠慮を抜きしたほうが、お互いのためじゃないか?」

「うん、まあ、そう言うと思ったよ、兄上ならばね」

 小柄な見た目の割りに、態度が大きいのも相変わらず。

 少し捻くれた性格なのは、出自や環境も大きいのだろうが、何よりも

「そろそろ、挨拶にいかないととは思っていたんだが……いいのか、また、政務を抜け出して」

「またとは失敬な。戦に出ないからといって、日がな一日遊んで暮らしているわけではないぞ。三好一行のあれこれもこっちで手配したのだからな。親守なぞ、目の下に隈を作るくらいだ」

「……きちんと労わないと、宗麟殿の二の舞になりかねないぞ」

 忙しい忙しいと嘯いておいて、家臣に丸投げしているのではないかという疑惑。

 実際、実務を有能な家臣に投げるのは、珍しいことではないが、過酷な労働環境を強いたのであれば、それに見合うだけの報酬なり労いなりはあって然るべきだろう、というのが平成を生きた人間の感覚である。

 三つ子の魂百までとはよく言ったもので、前世の感覚は戦国時代に生まれて二十年ばかり経つ今でも、晴持の感性に大きな影響を与えている。

「もちろん。親守には然るべき報奨を取らせているし、休みもやった。ただ働くだけでは、作業効率が落ちる一方だからな」

「そうか。ちゃんと、その辺は考えてやってるんだな」

「無論だ。当主とはいえ、好き勝手にできる立場ではないからな、わたしは。家臣は大切(・・)に扱わなければ、やっていけんのだ」

 晴英は担ぎ上げられた当主である。

 大友家が大内家との関係を深めるための道具という見方もできる。家臣たちが、彼女に求めたのは彼女個人の能力ではなく、その身体に流れる大内の血であった。

 大内家が健全で、大友家を凌駕する力を持ち続ける限りは、晴英の身辺は安全だ。彼女が晴持を兄と呼ぶのも、血縁関係にあるというだけでなく、大内家との良好な関係を家臣にアピールするためであった。

 何よりも家臣に心を許せないというのは、どれほどの孤独であろうか。

「それで、今、ここに来るのは問題ないのか?」

「そこは問題ない。無事、帰還された兄上の下に、非公式ながら戦勝祝いに来たのだ。文句が出るはずもないだろう」

 戦勝祝いは、戦が終わってから何度も受けている。

 大内軍は、形としては島津軍の北上の野望を挫き、北九州に安寧をもたらしたとなっている。当然、大内家の影響を受ける国人たちは我先に戦勝祝いをしに来ることになり、それへの対応も晴持を慌しくさせていた。

「いの一番というわけにはいかなかったが、それは豊後で後方支援に精を出していたからなので、悪く思わないで欲しいな」

「そんなことで悪く思ったりはしない」

「うん、まあ、そうだろうね。兄上ならば」

 晴英は、一人でうんうんと頷く堂々たる態度である。

 彼女が言うとおり非公式な――――プライベートな会話なので、晴持は気にしない。

「ところで、兄上はまた危なっかしいことをしたそうじゃないか。何でも、本陣にまで踏み込まれて、斬りかかられたとか」

「まあ、そんなこともあった」

「しかも相手は鬼島津だとか。よく生き残れたな」

「悪運が強い性質なのかもしれないな」

 鬼島津と呼び名の高い島津家の猛将島津義弘の突撃に、大内軍は一時押し込まれ、危うく晴持を討ち取られる寸前まで行った。

 味方の援護と島津軍の限界によって晴持は九死に一生を得た形になる。

「以前はうちの道雪ともやり合ったと聞いているし、信常エリだったか……龍造寺との対決でもあわやのところだったのだろう? やめてくれよ、大友の命運は兄上の生命にかかっているのだから、うっかり討ち死にされては大変困る。太守を失った今川がどうなったか、兄上が知らぬはずはないだろう?」

「俺だって死にたいわけじゃあない。まあ、今回は判断を誤ったのは、確かだ。そこは、反省してるよ」

 晴英の言うとおり、晴持が討ち死にすれば、その時点で大内軍は壊滅するし、勢いに乗った島津軍は大挙して追撃戦に出るだろう。そうなれば、真っ先に攻撃を受けるのは大友家だ。

 万が一、晴持が討ち死にしたら、大内家がどのような混乱に見舞われるか分かったものではないのだ。

 今川家は次代が跡を継いだものの、それ以前のような強大さは鳴りを潜めて、武田家と北条家の圧迫に苦しんでいるという。

 晴持はあくまでも次期当主という立場ではあるが、人望があり、家中の中心人物でもある。彼を失ったとき、大内家が今川家のような状況にならないとは言い切れない。

 万難を排するのならば、義弘が攻め込んできた時点で、晴持は後方に避難するべきであった。しかし、判断を誤り、義弘の槍が首に届く一歩手前まで状況を悪化させてしまった。結果的に踏みとどまれたからよかったものの、一つ運命が悪いほうに転がれば、今頃晴持の首は胴体から離れていた。

「実際のところ、兄上は武芸の名手というわけでもないからなぁ。雑兵なら何とかなるかもしれないが、一騎当千の猛者でもなし、敵と直接斬り結べば、どこかで討たれるのは、目に見えている」

「元親にも言われた。大将は生きることが仕事だとさ」

「長宗我部の? 珍しい」

「初陣で突撃した経験があるからだろうな」

 元親が晴持に諫言するのは、滅多にない。もともと接点もさほどない外様であり、武力の前に屈した過去があるため、どこまで好意的なのか測り難い。そんな彼女が、珍しく諫言してきた。それは、彼女自身が初陣で身の危険を顧みず、敵中に突撃して、敵の兜首を獲った経験からのものであろう。

 元親が危険を犯したのは、彼女自身が家臣に軽んじられていたため、武勇を示す必要があったからだ。しかし、晴持にその必要性はない。

 ついてくる家臣が数多くいて、晴持が命を失えば、家臣の全生命が危うくなる立場ならば、まず、自身の安全を確保するべきである、と。

「三度生き延びた実績は確かだが、次はないかもしれない。それは肝に銘じてもらいたい」

「分かってる。ずいぶんと心配をかけたみたいで、悪かったな」

「本陣に踏み込まれたと聞いたときは冷や汗ものだったぞ。討たれるのならば、わたしを孕ませてからにしてもらわないと。大友の将来のために」

「いきなり何を言ってるんだよ」

「大内家との繋がりがわたしの生命線だからな。兄上も、そこのところを弁えて欲しい」

「それは承知している。大友は今や大内家にとっても最重要な同盟者で、当然、晴英を悪く扱うことはない」

 肉体関係はまた別の話だが、九国に睨みを利かせる上で大友家は必要不可欠だ。

 大内家の家臣も同然の存在ではあるが、大友家の影響力は大内家を後ろ盾にしたことで、回復傾向にある。大内家とのパイプ役となることで間接的に九国内での力を取り戻しているのである。

 しかし、それは大内家という巨大な勢力が大友家の背中を守っているからである。大内家との縁を失えば、大友家は瞬く間に瓦解する。

 それを分かっているから、晴英は晴持と親しい間柄であると周囲に知らしめる必要があった。

 大内家から親族の一員であると認知されれば御の字で、晴持の子を産めば安泰といったところなのだろうが、それは政治的な影響が大きすぎるので、晴持もよろこんで手を出すというわけにはいかない。

「ま、それはそうとして、それで、伊東の処分はどうするつもりだ? 此度の戦では、伊東家の軍規違反が事の発端なのだろう?」

「伊東から、仲介を頼まれでもしたのか?」

「そんなところだ。大友も伊東と縁がないわけではないのでな。とはいえ、事が事だ。わたしもおいそれと引き受けることはできんから、回答は保留している」

 勝手に引き受けて期待感を煽っても、仲介に失敗すれば大友家の面子が潰れてしまう。

 今は伊東祐兵を暫定的に蟄居としているが、軍令違反の果てに晴持の身に危険が迫ったのである。お家取り潰しもあり得る状況であった。

「で、伊東の扱いはどうするのだろうか? 謝罪にやって来た家老たちを追い返したとも聞いているぞ」

「……そうだな。伊東の関係者とはまったく顔を合わせていない。当面、会うつもりもない」

「意外だなぁ。兄上は怒りを長引かせない人間だと思っていたが……」

「怒ってるわけじゃない。個人的にはな。だけど、伊東の先走った行動が、多くの死傷者を出したことについて、俺たちは看過しない姿勢を示さないといけないからな」

「そういうことか。伊東は戦々恐々としているだろうな。憐れなことだ。島津に踊らされたばかりに」

 島津家の手の者が内部にいたことは晴持に報告されている。

 それで大目に見るわけではないが、伊東家の扱いが難しいというのも事実だ。

 伊東家は大内家に助けを求めた国人の一つであり、旧領の一部を大内家に任されている立場だが、彼等には大内家の家臣になったという意識はない。あくまでも国境付近に領地を持つ国人の一つで大内家の庇護を受けているだけという程度である。

 また、大内家が日向国に討ち入った理由は、伊東家を救援することであった。そうなると、救援対象を潰してしまうのは、日向国の支配に遺恨を残しかねない。

 幸いなことに今回の戦では、大内家の策が破られたというよりは、伊東家の抜け駆けに対して非難が集中しているので、当面は伊東家にサンドバックになってもらいつつ、北九州の国人たちの家臣化を進めていくつもりであった。

 そしてゆくゆくは、伊東家を完全に家臣に組み込んでしまう。島津家との睨み合いが、まだ続く状況では、大内家と島津家が直接所領を接するよりも緩衝地帯としての伊東家を残したほうが有益とも思えた。

「伊東の件は置いておく。しばらくはな。九国は龍造寺の問題が残っているし、肥後北部の島津方国人たちもいる」

「赤星統家」

 大内軍と島津軍が睨み合っている間に、島津家と通じて兵を起こし、菊池城を奪った。

 赤星家は隈部家と城家と並ぶ菊池三家老の一つで、名門菊池家に連なる家柄である。肥後国の国人としても強い勢力を持っていたが、隈部家との戦いに敗れて追放されていた。 

 隈部家と城家は大内家に従う姿勢を見せたが、彼等と対立する赤星統家は島津家と結んで挽回の機会を狙っていたのである。

 統家が奪った菊池城は、大内家が領有を認められた北肥後に属している。

 そのため、彼の占有は認められず、早急に明け渡すよう要求しているが、応じる気配は一切ない。

「気骨のある武将だ。味方なら好ましいが、敵となると面倒くさいことこの上ない。あまり長引かせたくないもんだが」

「戦は終わったばかりで、すぐに兵を送り込むのも不味いか。田植えもこれからと考えると、赤星を攻めるのは早くてその後になりそうだな」

「島津は俺たちよりも多くの損害を被ったはずだ。赤星が救援を呼んだとしても動かないだろう。猶予は十分あるから、時間をかけて開城させればいい」

 そうは言っても、大内一色になるべき肥後国北部に染み付いた汚点とも見える菊池城は、本来ならば速やかに叩いてしまいたいものだし、そうすべきなのだが、何分、戦を終えたばかりだ。動くに動けないというのが実状である。

 ともあれ、島津家の北上という極めて危険度の高い問題は、一応の解決を見た。これにより、山口に迫る脅威は去ったため、折を見て晴持は帰郷することを決めたのであった。



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その八十

連休がキングクリムゾンされたみたいだ。


 島津家との戦から戻っても、思いのほか休みが取れないのが、ここ数日の晴持の悩みであった。

 戦勝を祝う宴が晴英を発起人として執り行われ、連日連夜の大騒ぎだ。

 山海の幸が並ぶ豪勢な食事や無礼講の酒盛りがあったかと思えば、能楽や雅楽などで目と耳を楽しませることもあった。

 いつ死ぬか分からない戦場から帰ってきた将兵にとって、こうした宴は最大の楽しみであり、疲れた心身を癒す最良の薬ともなるが、往々にして数日間休みなく宴を続けることもあった。

 今回は島津家という大友家にとって最も忌諱すべき敵との戦を終えた直後ということもあってか、事の外、羽目を外して騒ぐ将が多いように思えた。

 余り酒を好まない晴持は、例の如く宴もたけなわのところで抜け出し、火照った身体を冷やしてから、再び会場に戻るという落ち着きのない動きを繰り返すこととなった。

 長く続いた宴によって、余計に体力と気力を消耗したような気がする。当然、寝起きは最悪で、二日酔いの気分の悪さで頭に鈍痛が走っている。

 日が昇ってからそれなり経っていて、すでに正午に近い。

 晴持にしては珍しく、ずいぶんと遅い起床となった。

 今すぐにこなさなければならない仕事があるわけでもなく、久方ぶりの休暇と思えば、昼頃まで寝ていたとしても問題にはならないだろう。

 手早く身だしなみだけ整えて、晴持は部屋を出た。

「おはようございます、晴持様」

 真っ先に挨拶をしてきたのは光秀だった。

 すでに仕事を始めているのか、彼女は巻物の束を抱えている。

「おはよう、光秀。今日も早くから仕事を始めていたのか?」

「いえ、そうでもありません。いつも通りです」

「光秀のいつも通りは、相当早いからな。日の出前から、仕事を始めていることもあるんだろ?」

「それは、本当に急がしいときだけですよ」

 そう光秀は謙遜するが、彼女の場合は大抵日の出前から仕事に取り掛かっている。

 どこも人手不足な時代で、彼女のように裏方の仕事ができるものはさらに限られる。識字率の低さや計算能力を身につける機会の少なさは、事務仕事を任せられる人材の登用を難しくしている。

 人命がそこかしこで失われる現状で、知識人階級が重宝される理由が分かる。

 肉体労働は極端な話であるが、誰でもできる。五体満足ならば、性別も年齢も問わないからだ。しかし、事務となると文字が読めるかどうか、計算ができるかどうか、先を見通して計画を立てられるかどうかといった教養が必要になってくる。

 幼少期から学業に専念できた平成とは、根本的に異なる戦国時代では、読み書きすらも大変貴重な能力と言えたし、大内家や大友家といった規模の大きな家を回していくには、求められる能力の質も段違いであった。

「もう少し、人材を増やせれば光秀の負担も減らせるんだが……すまない」

「そんな、謝らないでください、晴持様! 宗運殿もいらしたこともあって、非常に効率が上がっているのですし」

 光秀と共に働く宗運も、様々なところに目端の利くよい武将だ。

 指揮官としても優れているが、彼女の能力は何よりも政治に秀でたものがある。 

 厳しい立場に立たされていた阿蘇家を、彼女一人で背負っていた時期もある。そうした実践に裏打ちされた政治力が、晴持の下で大いに活かされているし、彼女を慕って集まってくる者たちも助けになっている。

 宗運がいるのなら、自分も一緒に働きたいというのである。

 改めて九国での彼女の仁徳を思わせる例で、宗運を味方にできたのは、この九国遠征で最も大きな成果ではないだろうか。

「ああ、すまなかった。引き止めてしまって」

「大丈夫です。実のところ、これは仕事というよりもただの確認で、急ぎの用事ではありませんから」

「確認?」

「はい。届けられた戦勝祝いの目録と実際の贈答品の確認です。ここで消費するものもあれば、山口に持ち帰るべきものもありますし、仕分け作業が必要ですから、その準備ですね」

「あぁ、そうか。かなりの量になるみたいだからな」

 晴持には、贈答品の全貌はまだ伝えられていない。

 続々と運び込まれているようで、多種多様な宝物や食べ物が蔵に溢れている。

「何があるか、興味あるな。ちょっと、見に行ってみたいんだが、行けるか?」

「はい、問題ありません。何れ、晴持様にご報告するべきものですから」

 

 

 

 大きな蔵の中には、運び込まれた戦勝祝いの品がそこかしこに置かれていた。 

 誰が送ってきたのか分かるように、送り主の名が書かれた紙が貼り付けてある。

 ちょうど、蔵の前には宗運と道雪がいて、なにやら立ち話をしているところであった。

「あら、晴持様。お加減は如何ですか?」

 一目で晴持が二日酔いに悩まされていることを見抜いたのか、道雪はそのように尋ねてくる。

「それなりに。道雪殿は、特に悪酔いもされていない様子だな」

「もともとお酒には強い性質ですが、必要がなければ舐める程度にしております。この世の中、何が起こるか分かりませんからね」

「ごもっともで、耳が痛い」

 有事に動けるように、道雪は酒を少量で済ませたという。有事の際に、有力な将が酔って動けないなどと言うことがないようにという彼女なりの心配りであった。

「晴持様は主賓となる方、むしろ大いに飲み食いしていただいたほうが、宴席が盛り上がるのですけれど」

「大いに楽しみましたとも。そうでなければ、二日酔いになるほど飲みませんよ」

「そうですか。それは、重畳です」

 晴持の答えに満足したのか、道雪は笑みを浮かべた。

「ところで、道雪殿はどうしてここに? 宗運は、光秀と同じだと推測できるが」

「偶々通りかかっただけですよ。こんな身体ですからね。日々、動かしていないと、すぐに鈍ってしまうのです」

 道雪は自らの膝を叩く。

 何でも落雷の影響で下半身不随になってしまったと聞いているが、足が動かないにも拘らず戦場に出て、それまで以上の猛威を振るっている。曰く、足が動かなくなってからのほうが調子がいいのだとか。晴持からすれば、まったく意味が分からないが、道雪ならそれもアリだろう。

 足が動かないという大きな障害を、彼女はまったく物ともしていない。これを一つの経験として、新たに自分にできることを模索し、実行し続けている心身ともに頑健な人物である。

「晴持様、見て行かれますか?」

 そう尋ねてきたのは、宗運だった。

 彼女の手にも巻物が握られている。献上品の目録の一つである。

 頷いた晴持は、数段の階段を飛び上がって蔵の中に入った。蔵の中は広く、導線がきちんと設けられていて整理が行き届いている。

「詰め込んでも、運び出すのが大変なので、入りきらないものは屋敷の空き部屋に回しております。また、食べ物で、長持ちしないものは昨日の宴で使うようにしました」

「ここだけじゃ、ないんだな」

 予想以上の贈答品の数に、晴持は驚いた。

 手近な葛篭を開けると、薄絹の帯が入っていた。

 このほか、刀や槍、鎧のような武具から、唐物の茶碗や皿、蒔絵や螺鈿で彩られた文箱等のお宝が眠っている。

「今回の品だけじゃないな」

「もともと大友家の蔵の一つですから」

 と、光秀が答える。

 それでも、相当数の贈り物があって、蔵を圧迫している。

 国人だけでなく、商人達からもかなりの良質な品が献上されていると見える。

「道雪殿は、ご覧になりますか?」

 晴持が道雪に尋ねると、道雪は困ったような表情を浮かべた。

「そうですね。興味はありますが、お気になさらず。わたしの足では、その階段も昇れませんし」

「それこそ、気にしなくていいのでは?」

 そう言いながら、晴持は蔵から出た。

 車椅子で階段を乗り越えるのは至難の技だ。バリアフリーの概念自体がこの時代には存在しないので、道雪は日常生活に困難を抱えている。人の手が必要な場面が増えたのは、道雪にとってもため息をつきたくなる問題の一つであったが、そういう女性に手を貸さない晴持ではない。

「道雪殿を抱えて階段を昇るくらい、わけないですよ」

「え、ええ……?」

 珍しく困惑した道雪だったが、晴持の意図をすぐに察した。

「よろしいのですか? 大内の若殿が、そのような肉体労働をして」

「この程度、肉体労働に入りません」

 晴持は道雪を抱き上げる。所謂、お姫様抱っこというものだ。道雪は思いのほか軽く、内心で晴持は驚いてしまった。

「光秀、車椅子を頼む」

「え、あ、はい……」

 晴持に言われて、光秀が慌てて道雪が座っていた車椅子を持ち上げる。

 蔵の中に車椅子を運び込み、道雪を座らせる。一息ついたのは、晴持ではなく、道雪のほうだった。

「何と言いますか、大変気恥ずかしいものですね」

「そうですか?」

「そうです。乙女を抱き上げておいて、ろくな感想もないとは、何と嘆かわしい御仁」

 怒っているのか呆れているのか、道雪はぷうと頬を膨らませてみせる。

 晴持が道雪に何かすると、こうして彼女は晴持の反応を楽しむかのように、あえて弱弱しい言動をすることがある。

 いつものこと、と晴持は受け流した。

「む、何と言うか、慣れてきましたね」

「何だかんだで道雪殿との付き合いも長くなりましたから。初対面のときは殺されかけましたが、こんな風に話ができるようになるとは思っていませんでした」

「ああ、そんなこともありましたね」

 晴持にとっては過去最悪の悪夢の一つではあるが、道雪にとっては大した思い出ではないのかもしれない。

「それは、もしや、四国で晴持様と道雪殿が戦われたときのことですか?」

 興味を示したのは宗運だ。

 晴持と道雪が戦ったのは、大内家が河野通直と結んで四国の伊予国の平定を目指していた頃で、光秀すらまだ加入していない段階だ。

 大内家の急激な勢力拡大の端緒となった四国遠征で立ちはだかったのが道雪だった。

「知っているのか、宗運?」

「それは、もう。当時から晴持様と道雪殿は共に注目を集める御仁でしたから、お二人が戦でしかも一騎打ちをされたという……その話を伺ったときは、非常に驚いたものです。大将格の一騎打ち自体、珍しいことですし、晴持様は亡くなったという風聞も流れましたから、わたしたちも大騒ぎでした」

「阿蘇家まで騒いでたのか」

「晴持様がお亡くなりになれば、大内家が揺れます。そうなれば、阿蘇家にも影響を及ぼすでしょう。結果的に、それは虚報で、晴持様は見事に伊予の制圧を成されたわけですが」

 晴持と道雪の激突が、まったく関係のない第三者にも注目されていたとは驚きだ。しかし、確かに宗運の言うとおり大内家が揺れれば、その周辺各国の動きにも変化をもたらす。

 大友家と龍造寺家の間に挟まれていた当時の阿蘇家にとっては、大友家と龍造寺家を牽制し得る大内家のゴタゴタは他人事ではなかったのだろう。

 万が一にも大内家が対外的な影響力を失えば、大内家を気にする必要がなくなった大友家が間違いなく九国の覇権を握ったであろう。

 もともと大友家の影響下にあった阿蘇家にとっては、将来を左右する重大事であった。

 小さな国人達は自分達の戦の正否以上に、周辺各国の情勢の影響を受け易いのだ。

「……道雪殿との一騎打ちなんて、したくないもんだ」

「あら、再戦のご希望はないのですか? 決着を付けずともよいと?」

「決着も何も俺の負けでしょう。生きてるだけ儲けモノですし、一撃貰って死にかけたのは事実ですからね」

 道雪と対峙したとき、晴持は彼女の槍を肩に受けて怪我をした。その怪我が原因で、高熱を出し、一時は本当に危ないところまで行ってしまったのだ。

 現状、晴持が本当の意味で死にかけたのは道雪と対峙したあの時だけだ。

「あなたが油断ならないのは、ご自身の不調を逆手にとって、死亡説を実しやかに流したところでしょうね。怪我のことも、敵味方を問わず多くの人が知っていることですから、信憑性が高まっておりました」

「といっても道雪殿を騙せたわけではないでしょう」

 道雪は曖昧に笑むだけだった。

 実際、当時の道雪は晴持死亡説を支持しなかった。道雪の援軍を得ていながら河野・宇都宮連合軍が壊滅したのは、道雪の諫言を受け入れなかったからであって、彼等が道雪の言葉を信用していれば、今頃は大きく結果が変わっていたかもしれない。

 晴持が道雪から生き延びたことと、河野・宇都宮連合軍が道雪を信用しなかったことの二点は、歴史の転換点と言ってもいいだろう。

「それにしても、大内家と大友家がここまで親密な関係になるとは思っておりませんでした。晴持様と道雪殿も、かつては戦場で対峙した仲ですのに……」

 と、光秀は感慨深そうに言った。

 その当時、光秀はまだ大内家と関わりを持っていなかったが、西国を代表する大内家と大友家のことは度々京にも情報が届いていた。

 宗運がそうであるように、大内家と大友家が四国でぶつかったという話は、京でもちょっとした噂になっていたのだ。

「まあ、大友家と大内家は互いに姻戚関係も結んでいましたから、言うほど仲が悪いということもないのです。今だって、その縁で助けていただいているわけですからね」

 道雪が言うように、大友家の現当主である晴英は大内家の血を引いている。

 先代の大内家当主が婚姻政策を推し進めた結果であり、大内家と大友家はいがみ合いながらも必要に迫られれば和睦することも珍しくなかった。領土を接する大勢力同士という事もあって、常に意識する相手であったが、優先的に排除する相手でもなかった。

 大内家は東の京に目を向けていたし、大友家は九国での勢力拡大を目的にしていた。両者の進行方向が正反対である以上、同格の相手を敢て戦う意味は薄い。大内家が大友家と戦うのは、大抵が九国内にある領土を巡って争う場合であった。

「今となっては昔の事です。過去を蒸し返して争ったところで、大友にもうま味がありません」

 道雪にとって、大内家との対立は過ぎ去った過去の出来事でしかない。

 そこに拘っていても、大友家の状況が好転する事はないのだ。すでに、大友家の栄光は失われ、大内家の傘下で活動するしかないのだから。

「おや、これは……?」

 道雪は色々と蔵の中の荷を検めていたが、とある品を目にして手を止めた。

 手近な葛篭を開いて中を覗き込み、珍しく興味を引かれたらしい。

「何か、気になる物でもありましたか?」

 宗運が道雪に尋ねた。

「見たことのない物が収まっておりましたので」

「これですか?」

 宗運が道雪の指差した葛篭の蓋を取って、中にあるものを取り出した。

 それは黒いワンピースと白いエプロンがワンセットになった衣服であった。もちろん、日本の和装とはまったく異なる物だ。

「服、ですか?」

「見慣れない着物ですね。南蛮の……服ですか。どこがこのような物を?」

 道雪にも宗運にも縁のない変わった服だ。

 女性用の衣服だというのは見れば何となく分かるし、晴持に献上しても仕方のない物である。

「宗運殿、何があったのですか?」

 道雪と宗運が見つけた品に興味を持った光秀が、二人に歩み寄る。

「ああ、明智殿。このような物がありまして、南蛮の衣服のようです」

 宗運が光秀にそれを見せる。

 折りたたまれていた衣服を広げると、ロングスカートの飾り気のないメイド服である事が晴持には分かった。

「きゃッ、可愛い!」

 メイド服を見た光秀が発した声は蔵の中に響き渡った。

 自分の声の大きさに驚いた光秀はすぐに萎縮したように縮こまり、次いで顔を真っ赤にした。

「あ、いえ、その……今のは……」

「明智殿、分かりますよ。わたしも、愛らしい衣服だとは思っていたのです」

 道雪が水を得た魚のように表情を輝かせた。

 道雪は非常に整った顔立ちの美女であるが、晴持には今の彼女の表情がどうしても愛らしいとは思えなかった。むしろ、光秀には同情する他ない。

「道雪殿……その、わたしは別に」

「愛らしい衣服を愛らしいと言うのは、間違ったことではないでしょう。ですよね、宗運殿」

「はい、それは、もちろん。そういった感性も時には重要でしょう」

 道雪の問いに宗運はいたって真面目に答えた。

「明智殿、どうでしょう。一つ、これを着てみては」

「え? え?」

「服は人が来て初めて価値を持つものです。可愛らしい服は可愛らしい方が着るに越した事はありません。明智殿は適任かと」

 道雪がにこやかに光秀にメイド服を着るように迫る。メイド服を持つ宗運は、何も言わずに首を小さく振った。光秀に諦めろと促しているようである。

 もちろん、後ろで一連の会話を聞いている晴持が助け舟を出すこともない。この時点で晴持は「道雪殿が珍しくいい事を言っている」と道雪を内心で応援していたからだ。

 晴持としても、光秀のメイド服は見てみたい。彼女の性格や雰囲気からも、けっこう似合うと思うのだ。

「う、えぇ……」

 困惑した光秀は助けを求めるように晴持を見る。

「……着てもいいんじゃないか」

「晴持様まで、そのようなことを」

「光秀が可愛いって言うくらいだし、せっかくだから着てみたら?」

「ほら、晴持様もこのように仰っております。南蛮服などそうは着れませんよ。女は度胸です、明智殿。ここは思い切って」

 道雪に迫られて光秀は言葉を失う。

 可愛いと一言、うっかり漏らしてしまった事で追い詰められてしまった。

「晴持様も明智殿がこれを着ているところを見たいと思われますか?」

「ああ、見たい」

「このように主君が見たいと仰せです。明智殿。晴持様のご期待に、どうか応えてください」

 道雪の意図を看破した晴持は、即答し、道雪はさらに光秀を追い詰める。

「く……う……」

 視線を彷徨わせた光秀は、観念したように肩を落とした。

 生真面目な彼女には、道雪の百の言葉よりも晴持の一の言葉のほうが重いのだ。

 光秀はメイド服を着ることに同意して、宗運と共に蔵の奥に消えた。

「道雪殿も人が悪い」

「そうですか? 明智殿は真面目すぎる嫌いがありますから、多少の息抜きは必要でしょう。わたしは、そのお手伝いをしただけです」

「趣味が八割くらいでしょう。まあ、確かに光秀は少し肩の力を抜く機会が必要かもしれませんがね」

 光秀の性格上、必要以上にストレスを溜め込みやすいところはあるし、なかなか好き嫌いをはっきりさせないという問題もある。基本的には真面目で勤勉でいい娘なのだが、それが祟って自分の感情を表に出さないという欠点も出てくるのである。

 今日のように「可愛い」などという言葉を光秀が使うのは滅多にないのだ。

「まあ、人が悪いのは晴持様も同じです。本当に悪いと思っておられるのならば、止めればよいだけのことですから」

「共犯というのは、否定しない……」

 光秀には悪いと思うが、彼女のメイド服を見たいという欲求には勝てなかったのだ。

 蔵の奥からはひそひそと光秀と宗運の声が聞こえてくる。

 衣擦れの音が止まり、宗運が先に出てきた。

「とりあえず、終わりました」

 宗運は物陰に隠れた光秀に視線を向ける。

「明智殿、隠れていても終わりませんよ?」

「わ、分かっています。でも、待ってください。心の準備があります、ので!」

「大丈夫ですよ。とても、可愛らしいです。ほら」

 そう言って、宗運は光秀に手を伸ばした。

 物陰の光秀の手を取った宗運が、光秀を引っ張り出す。

「あ、待って、ください! もうちょっと、ひゃあッ!」

 現れた光秀は、日頃の彼女とはまったくの別人になっていた。

 顔貌はそのままだが、衣服一つでここまで印象が変わるのかと驚いてしまう。

「あ、うあ……う、晴持様……あの、あまり、見ないでください」

 光秀は赤面した顔を俯かせ、エプロンをぎゅっと握り締めている。

 見事なメイド服姿に、拍手を送りたい。

 もともと落ち着いた印象の光秀だ。メイド服が似合わないわけがないのだ。

「はあー、これは、いいな。すごいよく似合ってるぞ、光秀」

「そ、そんな……世辞はよしてください、晴持様」

「いや、お世辞じゃなくて、心底本気なんだが……なあ道雪殿」

「ええ。本当……驚きました。衣服は着る人の魅力を引き出す物ですが、着る人によっては衣服の魅力もまた引き出される……まさしく相乗効果というものですね。明智殿、お見事です」

 感服したというように道雪が感嘆の言葉を漏らした。

「う……うぅ」

「まあ、明智殿。そう恥ずかしがらずとも、似合っておられるのは事実です。それに、南蛮の方が日頃着ている衣服でしょうから、そうおかしなものでもないでしょう」

 宗運が光秀に助け舟を出す。

 宗運の言うとおり、日本では珍しい衣服だが、南蛮ではその限りではないのだ。

「そもそも、これは南蛮の普段着なのですか? わたしは、見た覚えがありませんが」

 と、光秀は言う。

「南蛮のメイド……女中が着る服だからな。俺たちが普段相手にする宣教師だったり商人だったりが着る服とは違うな」

「晴持様はご存知だったのですね。なるほど、女中服ですか。南蛮の女中は、このような愛らしい服を着ているのですね」

 宗運が興味深そうに光秀が着ているメイド服を眺める。

 思えば、白と黒の配色の女中服が日本では珍しいかもしれない。メイド服は単純な色彩の割りに濃淡がはっきりしているので、印象に残りやすい気がする。

「女中服だから、光秀が着るのは確かに違うかもしれんが……異国の衣装だしな」

 そういえば、隆豊も女中服をよく来ている。動きやすいとかそういった理由で。今度、メイド服を着せてみようと思う晴持であった。

「あの、ところでわたしはこれをいつまで着ていればいいのでしょうか?」

「うーん、今日一日?」

「え?」

「いや、冗談冗談。着替えるのはいつでもいいぞ。ちょっと、もったいない気もするけど」

 恥らう光秀を見ているのもいいが、さすがにこれ以上は彼女も限界だ。あまり慣れないことを強いて機嫌を損ねるのもよくない。

「ところで、葛篭の中にもう一着、メイド服が入ってたぞ」

 晴持は宗運がメイド服を取り出した葛篭から、さらにもう一着のメイド服を取り出した。光秀が着ているのとまったく同じデザインのメイド服である。

「どうして二着も……?」

「さあ。それはばかりは送ってきた人に聞かないと分からんが……何だ宗像の宮司さんかよ」

 送り主はなんと宗像家の当主であった。

 確かに、古代から交易で栄えた名門であり、博多に近く交易品を手に入れやすいが、よりにもよってメイド服を二着も送って寄越すとは、何を考えているのだか。

「さて……これは、やっぱり言いだしっぺの法則を適用すべきか」

 晴持はメイド服を道雪の前にぶら下げる。

「……晴持様。これはどういうことですか?」

「私の聞き間違いでなければ、確か道雪殿もメイド服を愛らしい服だと思ったとか」

「それは、言葉の綾と申しますか……!」

「可愛らしい服は可愛らしい方が着るに越した事はありませんとも仰っておいででした。真に仰るとおりかと」

「いえいえ、わたしなど明智殿の足元にも及びません。第一、このような足ですし、あの服に着替えるのは厳しいかと」

「問題ないでしょう。ちょうど、そこに女中がおりますし」

 と、晴持は光秀に視線を向ける。

 光秀は頷いた、道雪に歩み寄る。

「明智殿? もう着替えてよろしいのでは?」

「いえ、せっかく南蛮の可愛らしい女中服を着たのですから、一度くらいはそれらしい事をしてみようと思いまして。お着替えを手伝わせていただきます、道雪殿」

 反撃の好機到来とばかりに光秀は、車椅子に乗せた道雪を蔵の奥に連れて行く。道雪はなにやら反論していたが、それもやがて聞こえなくなる。

「宗運、手伝ってあげて」

「……分かりました」

 光秀一人では、道雪の着替えは大変だ。苦笑いを浮かべた宗運が二人の後を追った。

 しばらく後で、メイド服に着せ替えられた道雪をお披露目されたが、その姿は非常に珍しい羞恥と意地が綯い交ぜになった表情と共に晴持の脳内に永遠に残る事となった。




宗運「実はわたしも着たかった」


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その八十一

 例年よりも聊か早い桜前線が山口の門を叩く。

 雪解けの季節を迎え、眠っていた動植物が動き出す頃、晴持は久方ぶりに山口に凱旋した。この街から各地の戦場を転戦し、四国、九国を大内家の威光を広げてきた。豊後府内を拠点としたことで、山口に戻る必要性が低下したこともあって、しばらく足が遠のいていたが、九国での騒乱に一定の区切りがついたことで帰国の途につく理由ができた。

 何となく、何かと理由をつけて帰省を遅らせる学生のような気分だった。命のやり取りから離れ、眠気を誘う穏やかな春の陽気に包まれていると、本当に戦国乱世なのか疑問すら湧き上がってくる。

 実際、山口を擁する周防国はこの十数年戦乱を経験していない。義父義興以来、大内政権が安定しており、外敵の周防国侵入を許さなかったからだ。

 大内家の最盛期は、一般に大内義弘の頃とされ、百数十年も前になるが、近年の大内家の躍進を目を見張るものがあり、そろそろ義隆の時代こそが大内家の最盛期とされてもいいのではないだろうか。

「せっかく、山口にお戻りになるのです。服装を整え、見栄えのよい凱旋としなければなりません」

 そう言ったのは光秀であったか。

 義隆とも連絡を取り、晴持を総大将とする九国遠征軍に煌びやかな衣服を着せ、長槍や鉄砲を揃えて整列させて軍事パレード――――馬揃えを行うこととしたのである。

 山口の人々は、大内軍を常勝不敗と信じている。自分の領主が強大であればあるほど、安心した生活ができる。税負担や徴兵の負担はあるものの、戦で田畑や家を失い、一家離散の悲劇に見舞われることはない。守られているという安心感を、より鮮明に民に焼き付けるための政治工作の意味もあった。

「あまり、こういう目立つことは好きじゃないんだがなぁ」

 と、晴持はぼやく。

 仕事を終えて故郷に帰ってきたのだから、久しぶりの屋敷に手早く戻り、ゆっくりとした時間を過ごしたいものである。

「義姉上の命とあらば、仕方がない」

 精強な大内軍が大きな仕事をして帰ってきた。尼子家と島津家による二方面からの攻撃を跳ね除け、領国を守った強兵たちの姿は、山口の人々に大きな衝撃を与えることだろう。

「公家の皆様もご覧になるとのこと。朝廷への工作にも、利用されるお考えでしょうか」

「それもあるし、周辺諸国への圧力も兼ねて、だろう。俺たちには、これだけの兵があるから戦をしても勝ち目はないぞってな」

「尼子ですか」

「ああ」

 光秀が晴持に太刀を渡す。鞘に煌びやかな螺鈿細工を施したものだ。武器としてもいいものだが、こうした儀礼で用いるために特別に作らせた代物である。

 とりあえずは市中を行進するだけだが、様々な身分の人々の目が集中するので、細かいところに気を使う必要がある。

 馬揃えの情報は、大内家の動きを注視している尼子家に伝わるだろう。大内家の軍事力を見せ付けるこの行動に、彼等がどのような反応を示すか。

 二度の遠征を失敗し、多くの兵と信望を失った尼子家は、しばらく大規模な軍事遠征はできないはずだが、兵を起こせなければ、外交で対抗するという手もある。将軍家や朝廷を使って、大内家より優位に立とうとする可能性は否定できないし、大内家が大きくなりすぎたが故に、中央から睨まれるということもありえる。とりわけ、今の将軍家は三好家の傀儡だ。三好家が大内家を敵視する危険性はかなり高く、三好家が尼子家と同盟を結んだ場合は、再び大内家は危険な状況に追い込まれることとなろう。

「始まる前から疲れてきたな……」

「残念ながら、まだまだお休みになられるには早すぎます。これが終わった後は、御屋形様への挨拶がありますし、公家の皆様との顔合わせも予定されております」

「義姉上は当然だけどなぁ。公家との繋がりも大事だが……」

 大内家の繁栄を下支えするのは旧来の権威である。とりわけ公家文化と結び付くことで、大内文化は花開いた。朝廷との繋がりを考えると、山口に逃れてきた公家の保護と生活支援は必要不可欠で、彼等を雑に扱うのは大内家の顔に泥を塗ることになる。

 馬揃えに関しては晴持に拒否権があるわけではない。見世物にされたような気分になってしまうが、仕事だからと割り切るほかにない。

「晴持様、お時間です」

 肩で息をしながらやってきた宗運が晴持に声をかけた。

 武任等の文官と共にこの馬揃えのために奔走した彼女は、自分自身も晴持の傍仕えとして馬揃えに参加する。神代から阿蘇の神を祀ってきた阿蘇家の栄華を支えた甲斐宗運の名は、山口の文化人たちにも知られているのだ。

 晴持は頬を叩いて背筋を伸ばし、引かれてきた馬に跨った。

 戦場を共にした仲間たちととも、左右から群集の視線を浴びながら山口の街を練り歩く。何ともいえない気恥ずかしさと昂揚感に胸を高鳴らせながら、晴持はもはや懐かしい街並に踏み出していく。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 人が集まるところには、物が集まる。

 晴持の馬揃えは事前に義隆が通達していたこともあって、見物人が大勢訪れ、その見物人を標的とした商売人もまたこの波に乗り遅れまいと集まる。もとより重商主義の山口は、稼ぎ時にここぞとばかりに働く者も多く、馬揃えは同時に門前市のような賑わいを呈することとなった。

 馬揃えの結果は大成功であったが、人の多さもあってすべて予定通りとはいかず、公家たちとの顔合わせも、何件かは翌日以降に繰り越さなければならず、それでも義隆の下に戻れたのは日が傾いてからであった。

 晴持の眼前には数ヶ月ぶりに再会した義姉がいる。

 大内家当主としての義隆への報告は、さきほど広間で済ませている。今は、義隆の私室に招かれて、茶を一服したところであった。

「結構なお点前で」

 熱い茶が喉から滑り落ちて、胃の辺りに熱を届ける。

「よかった」

 と、義隆は微笑む。

「こうして茶を点てるのは、実は久しぶりなのよ」

「意外ですね」

 茶の湯は畿内を中心に発展した武士の文化の一つであり、武士が習得すべき学問の一つといってもいいものだ。交渉事で力を発揮するだけでなく、それ自体が娯楽としても側面も持つ。晴持の感覚では「ゴルフ接待」に近いものがあり、義隆は外交的な役割とは別に個人で茶の湯を愛好していた。

「とりあえず、おかえり、晴持」

「はい。ただいま、戻りました。義姉上」

 晴持は、深々と頭を垂れた。

 今更ながら、一番大切な挨拶を忘れていたことを思い出した。形式的な挨拶をしたものの、家族としての挨拶を済ませていなかった。公を離れた私の場であるという義隆の意図を感じて、晴持は気持ちを落ち着かせた。

「九国の戦、本当に大変だったわね。龍造寺から島津から」

「はい。しかし、多くの味方に助けられ、戻ってくることができました。大将一人で戦果は挙げられないものだと、痛感することが多々あります」

「そうね。一騎当千の武者だって、万の凡夫に打ち勝てるはずもないわけで、有能な家臣は国の宝よ。そう考えると、大友を傘下に加えたのは大きかったわね」

「間違いなく、九国支配を支える要となります」

 勢力を減衰させたとはいえ、もともと九国最大級の大名だったのだ。大友家の影響力を考えれば、九国支配に於ける外交・軍事の前線基地として十分に機能するだろう。

「一度、会いたいわね、晴英に」

「そのように取り計らいます。大友領については、有能な家臣も多く国主が多少不在にしても、今更問題を起こすことはないでしょう」

 道雪や紹運が睨みを利かせているということもあるし、大内家がなければ立ち行かないのは今も変わらない。大友家の家臣たちが親大内の立場で晴英を擁立した以上、彼女が義隆に謁見するのを妨げるとは考えにくい。

 大友家が大内家に従ったことを内外に示すには、晴英が山口にやって来るのが最も効果的である。九国への影響力を格段に高めた今、それを行えば、九国の国人たちに動揺を広げることができるだろう。

「後は龍造寺と島津の問題だけど、ま、そっちはそっちで何とかなるでしょう」

「正直、両者共に大内に敵対する余力があるとは思えないというのは同感ですが、世の中どう動くか分かりませんから……」

「そうね。でも、龍造寺については、半分はこっち寄りでしょ。しばらく、相手方は島津の支援を受けられそうにないし」

「島津は島津で、我々に対処しなければならなくなりましたからね。勢いに乗っていた頃は昇り調子でしたが……」

 島津家は大逆転勝利を繰り返し、伊東家や大友家を散々に打ち破り領土を急速に拡大してきた。島津の将兵の中には、敗北の二文字を想像もしてない者たちもいただろう。それくらい、彼女たちは順調だったのだ。島津領は空前の好景気だった。

「南郷谷の戦いで、島津の勢いは止まったものと思います。すると、それまで勢いのままに島津に従っていた者たちは、冷静さを取り戻すでしょう」

「冷静になれば、数字を直視できるようになる。領土も動員兵力も簡単に比較できるものね。確かに島津は強いみたいだけど、精鋭の多くを死なせてしまった事実も隠せない。となれば、特に国境周辺の国人衆は、今まで通りにはいかないと思い始める……って、ところかな」

 今日の馬揃えも、そんな国人衆を心理的に揺さぶる効果もある。

 大内家はまだ戦えるぞ、とアピールすることで内部から敵対者に揺さぶりをかけるのである。

 今後、島津家がぶつかる相手は大内家しかない。今回は痛みわけに終わったわけだが、次に戦った時にどのような結末が待っているか。

 未来がどうなるかなどということは誰にも分からないし、大内家と島津家が再戦したらどちらが勝つかは断言できない。しかし、今、参照できる情報を基に考えるのならば、大内家が優勢に事を運ぶと考える者が多いのは自然であろう。

「わたしが思うのに、奇跡でも起きない限り島津には負けない気がする」

「数を揃え、確実に勝てる状況を作りながら敗北を喫した今川の例もあるので、油断は禁物かと。俺も、今回は危うかったわけですし」

「そう、それよ!」

 義隆は膝を叩き、閉じた扇を晴持に突きつける。

「危なかったで済む話じゃないわ。何、敵将に切り込まれてるのよ!」

「鬼島津が本陣に踏み入った件であれば、正直、相手が想像を越えた動きをした結果としかいいようがないといいますか……通常ならば、その前に退けられるはずだったのですが」

「報告を受けた時は、もう、何をどう言ったらいいのか分からなかったわ。四国から戻ってきたときに、心配したって言ったでしょうが」

「申し訳ありません」

「もう、まったく、ほんとにもう……!」

 義隆は、極めて複雑そうな表情を浮かべて唇を尖らせる。

 多くの戦を繰り返すことで発展した大内家だ。戦そのものを否定はできないし、戦に出ることは必ず死の危険を背負うことになる。

 晴持を最も安全な状況に置くのならば、初めから戦に出さないようにすればいい。

 以前の大内家であれば、晴持が戦に出ることで士気を上げるとともに晴持自身に武士としての功績を立てさせ、次代に繋ぐという意図もあった。しかし、晴持の大内家での立場も、ほぼ確立したようなものだ。武勲はもう十分であろう。当主が戦場を離れて政務中心の生活をするのは、どの勢力も同じだ。大名が戦場に出ること自体が希。世の中には敵中に突撃をする俄には信じ難い戦い方をする大名もいるというが、晴持はそういう戦い方をする武将ではない。適材適所と考えるのならば、後方にいたほうが活躍するだろう。

 それこそ、使える将兵が増えてきたのだから死なれて困る人材を戦地に送る必要性はない。

「うん、晴持。あなた、しばらく戦から離れなさい」

「……はあ」

「で、あなたには領地をあげるから、その運営に力を注ぐのよ」

「加増ですか。俺に?」

「功にはきちんとした形で報いるものでしょ。まあ、大人しく受け取っておきなさい」

 義隆は晴持の額を扇で小突く。

 晴持に領地を与えるということは、巡り巡って大内家の直轄地を増やすということにも繋がる。幕府や大友家の失敗は、直轄地の少なさから軍事力の大半を守護大名や家臣に頼らざるを得なかった点にある。外様の勢力が増えてきたので、地域の連合盟主という立場は維持できないとなれば、大内家自身が立場に相応しい直轄領と直轄軍を所有する必要が出てきた。

 晴持に所領を与えるという口実によって、義隆は「大内家」という家そのものの軍事力強化を狙っていたのである。

「場所は……そうね、筑前のどこかにしましょうか。希望はある? 今回、国人衆の顔ぶれも大分変わりそうだし、ある程度融通も利きそうだけれど」

 島津家との戦いで一部の国人衆の力が低下した。命を賭して大内家のために働いた彼等には、相応の恩賞が下されるべきではあったが、当主の討ち死になどでそもそも勢力を維持できないくらいの打撃を被った者たちも少数ながらいたのである。

「筑前となれば、そうですね。福崎の辺りは、まだ手付かずの土地も多く、開墾のし甲斐もありそうです」

「福崎? ああ、博多のすぐ西側ね」

 大内家の庇護の下で空前の発展を遂げた博多は商人の町だ。その西側に福崎という地があった。博多を睨むと同時に西からくる外敵に備えるための防衛拠点としても利用できるようにしてはどうだろうかという算段であった。

 博多に圧力をかける城であれば、立花山城などすでにいくつか存在している。それ以外に新たな拠点とするのであれば、未だ手付かずの原野が残る福崎以西を開墾していくのがよい。

「わかった。じゃ、とりあえず、そこね」

「ありがとうございます」

「それと、今度小林をあなたに譲ることにしたから。後で、みんなには伝えるけれどね」

「小林? 小林と言うとあの小林ですか?」

「ええ。あなたが想像している通りの小林よ」

「あ、えぁ……家宝じゃないですか」

「いいのよ。いずれはあなたの物になるんだし」

 小林とは、大内家に代々伝わる薙刀の号である。三代将軍義満の時代に活躍した大内義弘が振るった薙刀だ。当時十一カ国を保有し、六分の一殿とも称され絶大な力を誇っていた山名家の勢力を削ぐために、幕府は山名家の分裂工作や挑発で激発を誘導、これを成敗した。後世、明徳の乱と呼ばれる戦いである。この際、大内家の当主であった義弘は幕府方として奮戦。山名氏清配下の小林義繁と一騎打ちの末、これを討ち取る目覚しい活躍をした。大内家は、この武功もあって加増を許され、最盛期を迎えるに至る。

 小林義繁を討ち取った薙刀を、小林と号して現在まで代々の家宝として大切に保管してきたのである。

 家宝の薙刀を晴持に譲るということは、即ち、晴持の立場をより明確にする行為でもあった。

「小林だけじゃないわ。これから、晴持に譲っていく物がどんどん増えていくわ」

「それは、はい。覚悟します」

「うん」

 晴持にとっても、義隆にとっても重たい話題である。

 義隆が晴持に家宝を譲っていくということは、いよいよ義隆が大内家の当主の座を退く準備を始めるということでもあった。

「ねえ」

「はい」

 義隆は晴持に声をかけ、押し黙った。言いたいことがあるが、口には出せない。そんな複雑な心境を表情が物語っていた。

 少しの逡巡の後で、義隆は小さく吐息を漏らす。

「……晴持さ。この後は、予定あるの?」

「予定ですか? もう、遅いですし特には」

「ない? 隆豊のとことか行く用事もないの?」

「そうですね。隆豊も今は非常に忙しくしていますから」

 晴持と共に九国に遠征していた将兵は、帰国してからも大変だ。隆豊自身、安芸佐東銀山城を任されるなど軍事以外の面でも幅広く仕事をしている重臣である。派閥は武断的中道派といったところか。文武に秀でた彼女は、武を重視する家臣と文を重視する家臣に別れやすい大内家の中で、家中の調整役という一面も持っているが、それゆえに山口に戻ってからも仕事が多い。

 まして、帰国したばかりで馬揃えを終えた直後である。多種多様な仕事に奔走するのも、当然であろう。

 数多くいる家臣の中から、あえて義隆が隆豊の名を出したのは、隆豊が大内家の重臣で義隆にとっても気安く話をすることのできる親友のような存在であるからなのだが、同時に晴持と関係を持つ女性の一人であって、夜に会いに行く可能性があったからだ。もしも、これから晴持が隆豊のところに行くというのであれば、さてどうするのがいいのだろうか。

 以前の義隆ならば、苦笑いをしながら軽口を叩いてからかって、隆豊の下に送り出していたかもしれない。今でも、そうしようという思いもあるが、しかし同時になにやら心中には言葉にならない感情の澱みが揺蕩っている。だからなのか、隆豊と会う用事はないと聞いて、ほっとした。

「じゃあ、用事ないんなら、もうちょっとここにいなさいよ」

「……しかし、もう夜も更けてきましたが」

「いいの。いいから、時間とか気にしないで。久しぶりなんだし」

 子どもが駄駄を捏ねるように、義隆は晴持の袖を引っ張る。

「九国の話を聞かせてよ。戦以外にも、面白い話もあるんでしょう?」

「分かりました。面白いかどうかは分かりませんが」

 義隆が喜びそうな話は何があるか。大した話はできそうもないが、あちらでも文化人との交流はあったわけだし、その辺りから話をしていくことにしようか。

 土産話としては長くなりそうだが、義隆がそれでよいのなら構わない。晴持としても、義隆が喜ぶのならばそれに越したことはないからだ。




大内義弘は大内氏の中でもバリバリの武闘派で文系のイメージが強い大内氏の中だと浮いている感じがする。


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その八十二

 筑前国福崎。博多のすぐ傍でありながら、未だに人の手が入っていない土地である。原野と言ってもよく、一から開墾する必要がある難儀な場所だが、博多湾を利用することができるため物資の調達に困ることはなく、人の手を借りることも難しくない。博多商人の協力も得られているため、開拓は重労働が必須という点を除けば比較的容易に勧められそうであった。

 ともかく、街の建設と生活基盤の確立。これが必要だ。晴持に与えられたこの領地を、山口にいる晴持が直接運営することはできない。それだけの能力のある人材を代官として送り込む必要があり、白羽の矢が立ったのは、相良義陽であった。

 肥後国で勢力を伸ばしていた相良家の当主が、異国の将の下で働かされることに涙するものもいたという。往時の隆盛はすでになく、着の身着のままで所領を追われた義陽には、もはや大した権力も権威もないのだということをまざまざと実感させられる。

 だが、義陽はこの命を二つ返事で引き受けた。

 かつて大名だったというだけで、今は何の肩書きもない流人も同然だ。拠るべき領地はなく、支えてくれる家臣を養うだけの財力もないという有様である。おまけに大内家には、島津家に攻め滅ぼされる寸前だった相良家を拾い上げてくれた恩がある。加えて仕事までくれるというのだから、断わる理由は何もなかった。大名としての誇りは捨てないとごねる輩も世の中にはいるだろうが、義陽はそうではない。真面目で人を優先する嫌いのある彼女は、とにかく自分の代で相良家を絶やすわけにはいかない。自分を慕ってついてきてくれた僅かな家臣たちを路頭に迷わせるわけにはいかないという思いで、どんな仕事でも引き受ける所存であった。

 たとえ、今は晴持の一家臣として扱われようとも、何れは勲功を上げて大身に至ろうと、槍を鍬に持ち替えてでも大内家に貢献するつもりだったのだ。

「うーん、何もない」

 と、義陽は脇息に肘を乗せて呟いた。

 そこは、福崎に設けた義陽の新たな城の自室である。城といっても、土壁と空堀で四方を囲んでいるだけの武家屋敷だ。ここを自邸としつつ政務を執っている義陽であったが、ここ数年間の激動の日々とは比較にならないほどの穏やかな日常に、物足りなさすら感じてきていた。

 すぐにしなければならない仕事は朝のうちに片付けてしまった。大名だったときに比べて仕事量が激減している。開墾を進めると言えば厳しそうだが、実働部隊に義陽が含まれることはなく、結局、義陽は小山の大将よろしく座っているだけになってしまう。

 屋敷はしっかりしているし、生活に不足はない。必要なものはすぐそこの博多で仕入れられるし、人手も十分だった。戦火で住む場所を失った人の一部をここに移住させる計画だったようで、彼等を指揮監督し、計画通りに街づくりをして、農地を広げるのが義陽の仕事だ。そして、その費用も義陽が晴持の家臣扱いということで基本的に上が持ってくれる。

 晴持の所領を義陽のなけなしの金で開墾するなど無理のある話だったが、費用負担の多くを上がしてくれるのだから、義陽は本当に書類仕事だけで一日が終わってしまう。

 久しぶりに感じる退屈という感情は、どうにも義陽の心身を腐らせてしまうようで性質が悪い。働いていないと落ち着かないのだ。

「殿、お客様がお見えです」

「どなた?」

「甲斐宗運様でございます」

「すぐに通して」

 義陽は即答した。

 親友の登場は、暇を持て余して腐っていた義陽にはこの上ない清涼剤だった。

「宗運、久しぶり」

 やって来た宗運に喜悦の表情で声をかける義陽。

「久しぶり、というほどでもないように思うけど」

 と、宗運も笑みを浮かべる。

「今日はどうしたの、急に」

「驚かせてごめん。博多に来る用事があったから、寄り道させてもらったの」

「真面目な宗運らしくないわ。いいのかしら、そんなことをして」

「少しくらいなら大丈夫よ。ところで、庭園が完成したって聞いたわ」

「ええ、一応ね。見ていく?」

「もちろん」

 屋敷そのものがさほど大きなものではないので、庭もこじんまりとしたものだ。これは、晴持の意向が反映されている。庭の広さも歩いて散策するようなものではなく、縁側で眺めれば十分という程度だ。

「簡単に作れるようにという注文ではあったけれど、さすがに庭もないのでは貧乏性が過ぎるというもの。ここは晴持様の領地なのですから、それ相応の趣向は凝らさないとね」

 と、義陽と晴持のやり取りで池の設置が決まった。

「うん、まあ、あの方らしいといえばらしい」

 やり取りの一部始終を聞かされた宗運は、苦笑する。すぐ傍に侍り仕事をしている宗運は、義陽と晴持の会談の場を何度も設けている。この屋敷の建設にも宗運は関わっているのだ。晴持の性格を理解しているので、立場に似合わない申し出を何度も聞いてきた。それを思えば、屋敷を最小限に留めようとするのは十分に考えられる。義陽はそれを貧乏性と表現したが、当たらずとも遠からずといったところだろうと宗運は考える。晴持の普段の言動からは、できる限り無駄な出費はしたくないという意思を感じる。

「まだ、何も入れてないんでしょ。この池には」

「うん、まだ」

「じゃあ、ちょうどいい。これ、持って来たよ。晴持様からは許可を貰ってる」

「ん?」

 宗運が持ってきた木箱の中には陶製の入れ物があり、それを開けると一匹の亀が入っていた。

「あら、可愛い」

 手の平大のイシガメが甲羅に頭を隠している。

 亀は古来、縁起物として扱われている。その甲羅は、亀甲占いに用いられ、その結果は国家の大事を決するほどの影響力を有した。中国文化の影響を多分に受けた日本でも、亀には特別な力があると信じられていた。

「縁起がいいわね」

「それに、大内といえば亀だからね。晴持様の領地には相応しいと思って」

「亀? そうなの?」

「そうなんだって。大内家の氏神は、代々妙見神なんだけど、知ってる?」

「それは、当然。有名な話よね」

 大内家は古くから妙見信仰に厚い家柄だというのは有名な話で、大内家に取り込まれた義陽は、当然のものとしてその情報を掴んでいる。

 とはいえ、その歴史にまで踏み込んではいない。武士としては毘沙門天や八幡神の信仰が一般的な中で、妙見神を長年信仰し続けているというのが、物珍しいと思った程度だ。

 大内家及びその前身となる多々良氏の妙見信仰の歴史は、はっきりしないところが多い。鎌倉時代まで遡るのは確実とされるが、詳しいことは大内家でも把握していないだろう。

 大内家の氏寺は山口近くにある大内村の氷上山になる興隆寺である。そして、ここには氷上山妙見社があり、妙見信仰の聖地として崇められている。それのみならず、大内家の重臣たちが参加する重要な年中行事も多数開かれている信仰の拠点でもあった。

 とにかく、大内家は自らの氏族神話に妙見神を取り込んで語り伝えている。伝説によれば、推古十七年に鷲頭荘青柳浦の松の上に七日七晩輝き続ける大星があった。人々はこれを奇妙に思っていたところ、ある巫女が「異邦の太子が来朝する。そのため、妙見神が降臨してこれを守る云々」という信託を受け、その三年後に多々良氏が祖と主張する琳聖太子が上陸したという。妙見神が松に降ったことから、地名を下松浦と改め、その名は下松市として、遥か未来にも残ることになる。

 在庁官人時代からの妙見信仰に琳聖太子祖神伝説を複合した神話である。これが、現在の大内家が語り伝える氏族神話の中核である。

 ゆえに、妙見信仰は大内家の信仰の要となり、妙見神に関わる聖獣は大切にされる。その代表格が亀であった。

「義隆様まで三代に渡り、幼名は亀童丸だと聞くし、先々代の頃には亀、すっぽん、蛇を鷹のエサにすると所領没収、追放の処分が下されたこともあるらしいよ」

「そこまで……?」

 義陽は内心で亀を受け取ることのリスクを思ったが、晴持に許可を得て宗運が持ってきてくれた亀を無碍にすることもできない。

 それに、亀を大切にする姿勢を見せれば、大内家から睨まれなくてすむかもしれない。

 晴持も義隆も悪い人ではない。その人柄は善良な部類であり、義理人情を大切にしているように見える。しかし、義陽は結局のところ外様であり、かつてのように島津家への防波堤としての役割を演じることはできなくなった。「大内家」としてみれば、その他大勢に格下げしてもいい身分である。

 ゆえに、義陽は宗運と同じく実力と忠誠心を見せなければならない立場となった。

 少しばかりあざとい気もするが、庭の池で亀を飼うくらいはしてもいいかと思った。どの道、ここは晴持の領地である。それらしく飾るのは悪く思われないだろう。これは、宗運からの気遣いでもあったのだ。

 亀を受け取り、庭の池に放してやる。気持ち良さそうにぷかぷかと浮かんだり、岩に這い上がって甲羅を干したりしている。思いのほか元気で、運動量の多い亀だった。

「亀って意外と動きが速いのね」

「鈍重の象徴みたいな扱いだけど、本気で走ると速いのよね。わたしも、亀を飼うってことは今までしたことがなかったから驚いたけどね」

 感心する義陽の隣で、同じ気持ちを数日前に味わった宗運が言った。

 亀一匹でも話の種にはなった。

 退屈で死にそうだった義陽にとってはいい贈り物だったかもしれない。生き物は動く。動くので、眺めているだけでも楽しいのだ。

「それにしても、元気にしててよかったよ義陽。キツイお役目だと思ってたけど、ここのところはどう?」

「それが、時間に空きが多くて困っていたの。ほら、いくら開墾だなんだと言っても、わたしが肉体労働するわけじゃないでしょ?」

「贅沢な悩みだねー。まあ、それもそうなんだけど」

「宗運のほうこそ、山口での暮らしには慣れた?」

「うん、そうだね。いろいろと大変だけど、楽しくやってる。明智さんと一緒に当たる機会が多くてね」

「気が合いそうね、二人とも」

 義陽が思い浮かべる光秀は、いつでも真面目で、晴持の事務官僚のような立場で東奔西走しているという印象だった。ちょうど、宗運もそういったことが得意な性格である。一緒に仕事をしていれば、自然と仲良くもなるだろう。

「宗運は、ずいぶんと楽しそうな顔をするようになったわね」

「そう?」

「ええ、そう」

 阿蘇家に仕えていた頃の宗運は、当主の右腕として政治に軍事にと慌しく駆け回り、大国に挟まれて立場のない主家を守るために死力を尽くしていた。命懸けの仕事ばかりをしていたので、気持ちの面でもかなり追い込まれていた。主家から裏切られた直後の宗運など、見ていられないほど気落ちしていたので、今のように肩の荷が下りたかのように明るく振る舞う宗運を見るのは初めてかもしれない。

 かつては互いに立場があった。義陽は相良家の当主であり大名。宗運は阿蘇家の重臣。お互いに異なる立場であり、それを超えて親友にまでなったが、共に背負うものがあった。今は、それも大分変わってしまった。一家の主としてすべきことはあるが、かつてほどに重いものではなかった。

「晴持様は、今どうされているの?」

「今頃は、堺に着いた頃だと思う」

「堺?」

「そう。堺に視察に向かわれたの。明智さんと冷泉さんが同行してる」

「そうなの。また、急ね」

「京でも気になる動きがあるみたい。ちょっと、不穏だから視察は堺までにして様子を窺うとのことよ」

「何も晴持様が行かれなくても、と思うのだけど」

「堺に懇意にしてる商人がいるんですって。その人と話をすることもあるみたい。まあ、晴持様が行かれなくてもというのは、確かだけど……堺は大内相手に喧嘩を売ったりはしないでしょう」

「……まあ、そうね」

 堺は博多と並ぶ商業都市だ。日本国内の流通拠点とも言うべき堺は、大内家が瀬戸内交通を支配したことで南蛮とも明とも交流を結べず、苦労しているという話もある。その一方で、やはり東国から京にかけての物資の集積地の一つでもあるので、商業の重要拠点の一つという見方は依然として根強い。

 大内家ともめて流通を止められれば、堺の一大事だ。火薬も陶磁器も手に入らなくなる。彼等が他の大名家から尊重されるのは偏にその経済力を交易能力によるもので、その核というべき商品の流れが滞れば、遠からず立ち枯れてしまう。

 大内家の恐ろしいのは、堺がなくなっても問題ないと断言できるところであり、それは他の大名家と決定的に異なるところであった。

 博多と堺を結ぶ交易路の確保が、堺商人にとっての最重要事項である以上、むしろ大内家には好意的に接するだろう。

「ところで、龍造寺に動きはあったか、なんて分かる?」

 雑談の後に、宗運が口火を切った。

 問われた義陽は思わず笑ってしまう。

「何、宗運。やっぱり、今日は仕事で来たの?」

「いいえ、そうではなけれど、ここまで来たら手ぶらでは帰れないもの。龍造寺に近い場所にいる義陽なら、いろいろと動いてるんじゃないかと思うけど?」

「そうね。ええ、できる範囲で、だけどね」

 晴持が、何故この地に所領を求めたのか。

 博多の管理監督、防衛、それもあるが未だ動きがはっきりしない龍造寺家に対応するための拠点作りも兼ねている、と義陽は読んだ。 

 故に、彼女は手勢を肥前国内に潜ませて情報収集に当たっていた。

「南郷谷の戦いで島津の北上が抑えられたから、肥前の島津派は梯子を外されたような状態になってるみたい。島津はすぐに兵を興せる状態ではないと見られてるのね」

 肥前国の龍造寺家は今も二つに割れて対立している。龍造寺長信は大内家と同盟し、その異母兄である龍造寺信周は島津家を恃みにしている。

 ところが、龍造寺家と関わりのないところで両者のパトロンが激突した。南郷谷の戦いである。ここで、大内家と島津家は激しく戦い、決着がつかないまま痛みわけとなった――――あくまでもその戦場では。

「損害は島津のほうが大きかったのは言うに及ばず。彼女たちの影響力は格段に下がったわ。各地で反乱の芽が出てるし、それに対応するために肥前への支援は難しくなってる。だから、肥前国内は少しずつ長信派に揺れてるわね」

「大内家が失ったのは、九国の諸国人衆。言ってみれば外様ばかりだから、島津とは事情が違うよね」

 その国人衆の中に相良家も甲斐家も入ってはいる。ただし、彼女たちはすでに敗れた身だ。全体の戦況を変えうるほどの勢力があったわけではない。南郷谷で悪名を轟かせた伊東家は大内家に萎縮しつつも島津家に尻尾を振るわけにもいかず、首が回らない状況だ。独立勢力を維持するのは、もう難しいだろう。宗運たちと同じく、大内家の家臣団に組み込まれるのは時間の問題と言えた。

「龍造寺のほうは、遠からず動きがあると思う。島津の支援に頼ってた信周にとっては、決着を急がないと不利になるばかりだもの」

「時間をかければかけるほど、離反者が出る可能性が高い、か。確かに、島津家の勢いが止まった以上、後は単純な物量の問題になる。大内家には及ばない。どうあっても」

 島津家の勢いは凄まじかった。小勢力を束にしたところでまったく歯が立たない怪物たちで、それが南の果てから迫ってくる恐怖は、九国の誰もが知るところだ。

 しかし、それも大内家という強力な防壁に阻まれた。仮に島津家が大内家を破ったとしても、大内家にはまだ余力がある。全力で走り続けなければならない島津家に対して、大内家は交代しながら休み休み走ることができる。その違いはあまりにも大きかった。

「御屋形様の準備が整えば、それだけで肥前の事は決すると思うのだけど」

「戦ばかりしてられないというのもあるから、すぐにとは言えないわ。ちょっと聞いてみた範囲でも厭戦気分は高まってる。もうちょっと、準備期間が要るかもね」

 戦には金がかかる。人命も消費する。如何に大内家が大大名と雖も、大規模な遠征をするには時間も経費もかかるのだ。

 その負担は最終的に民に向かうことになる。搾取してばかりではいずれ愛想を尽かされることになるのは明白だ。

 山口は勝利に湧いている。それは事実だが、同時に戦続きで消耗している者もいる。そこから目を背けるわけにはいかなかった。

 しばらくは、南郷谷の戦いのような大規模な合戦は控えたいというのが大内家の考えだった。

「そろそろ帰るよ。長居してごめんね」

 宗運はそう言って立ち上がった。うっかり話し込みすぎてしまった。日が暮れる前に博多に戻らなければならなかった。

「泊まっていかないの?」

「明日、朝から仕事があるから。また、時間を貰えたら来るよ」

「そう。だったら、仕方ないわね。気をつけて」

「うん」

 宗運は屋敷を出て博多に向かった。任されている仕事をきちんとやり遂げて、晴持に認めてもらわなければ。そういう決意を新たにした表情だった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 夏の暑い盛りに、晴持は堺に入っていた。商船に乗り込み、村上水軍の護衛によって堂々と堺入りを果たした形になる。

 付き添うのは自らの右腕とも言うべき存在になった光秀と大内家の重臣隆豊である。

 堺は相変わらず発展し、人の往来も激しい。

 どこの大名権力にも属さない自治都市として発展した堺は、文字通りの商人の都市である。ここには日本中から富と共に情報が集約する。商人は耳が早い。東国の情勢も、比較的早く堺に届けられる。昨今の畿内から東国にかけての情勢が、著しく変わっていると聞く。そのため、懇意にしている商人宅を訪れて、話を聞いてみることにしたのだ。

「冷泉殿は、畿内での仕事がお得意ですよね」

 と、光秀が言った。

 光秀と京で出会ったときにも、隆豊が随行していた。

「はい。わたし、こちらには色々と伝手があるのです。といってもわたし個人のものではなくて、祖父以来のものなのですが」

「冷泉殿のお爺様ですか。そういえば、冷泉殿のご親族については、わたしはあまり……」

「ああ、そうですね。あえて、説明することでもないので口に出すことがありませんでしたが、もともとは畿内の出なのです、我が家は」

「え? そうなのですか?」

「はい。意外でしたか?」

「そ、それは……はい。てっきり、先祖代々大内家にお仕えのものとばかり」

「先祖代々というと、そうですね。間違ってはいないと思いますが、大内の一族も様々な土地に根を張りましたからね。例えば、古くは加賀に所領を貰った者もいたはずです。我が家の場合は摂津に所領がありまして、以前は幕府の奉公衆も勤めていました」

「奉公衆!? しかも、摂津ですか!?」

 驚いた光秀は思わず声を挙げてしまう。

「父の代から周防に戻ったのです。冷泉と号したのはその頃で、それ以前は大内姓でした」

 人に歴史ありだ。隆豊を見ていると、古くからずっと山口にいて大内家を支えてきた名家であるように見える。しかし、実際は山口の大内家に仕えながらも本拠地を摂津に置き、畿内で活動しており、山口に戻った際には、その間だけ臨時の所領が与えられていたという。

 明智家もまた古くは奉公衆に名を連ねていた。もしかしたら、先祖が知り合いかもしれない。

「そういうわけで、畿内にはまだそこそこ当時の伝手が残っているのです」

 と、隆豊は簡単に説明してくれる。

 その他、文武両道で気配りができるので畿内を連れ歩くのに適した人材であるというのもある。

 喧嘩っ早い家臣を連れて自分の勢力外に足を伸ばして、余計な揉め事に巻き込まれるのは御免だという晴持の感覚もあったし、何だかんだで隆豊への信頼感は強い。

 さらに、ここに加えて光秀だ。これまで、大内家にはいなかった畿内以北出身者である。おまけに京で就活していて、藤孝のような地位のある知り合いがいる。大内家に仕えて名を挙げた光秀にとっては、畿内への凱旋と言えなくもない。

 一向の目的地は、堺のど真ん中であった。

 数年前から大内家に接近し、積極的に関わりを持とうとしていた商家の一つである。

「お久しゅうございます。晴持様の九国でのご活躍、遠く堺にも響いております」

 慇懃に晴持を出迎えたのは、大変美しい女性だった。深い黒の長髪が、彼女の白い肌を際立たせているようにも思える。

 手を握れば折れてしまいそうな華奢な身体付きをしているが、これでも納屋業で荒稼ぎしている堺の豪商だ。父から受け継いだ魚屋(ととや)を切り盛りし、より多くの稼ぎを生み出している商才確かな女性だった。

「人に助けられてばかりで、俺の活躍ではないけどな。それはそうと、与四郎のほうはきっちり商売繁盛させているようじゃないか。店先の賑わいを見たぞ」

「ふふ、おかげさまでたんまり稼がせてもらっとります」

「それなら結構。当家としても堺のお得意さんには、元気でいてもらわないと困る」

 博多と堺を繋ぐ交通路を確保しても、堺から先の流通に商品を乗せなければ売れない。堺商人の協力は大内家にとっても必要だった。

「堺には三好の手が入っていないのだな」

「堺は商人の街どす。如何に三好様と雖もそう簡単に手を出させたりはしません。まあ、懇意にはさせてもろてますけども」

「まあ、この辺は三好の勢力圏でもあるからな」

 三好家は阿波国から勢力を伸ばし、長慶の代で天下の中枢を治めるに至った。長慶は政治にも軍事にも明るく、四国では領土を接しているので要注意人物でもあった。

 京を三好家が抑えている以上、迂闊に三好家に睨まれることはできない。将軍かあるいは天皇から睨まれることに繋がるからだ。

 どれだけ、大内家が幕府や天皇家のご機嫌取りをしようとも、実際の軍事を司る三好家に彼等は逆らえないのが現実だ。管領細川家も頑張っているが、もう風前の灯だろう。

 堺には、そんな三好家に所縁のある南宗寺がある。長慶が父を弔うために創建したもので、つい最近できたばかりの寺だが、天下人の財力が投じられたので、その規模はかなりのものだ。

「南宗寺はええとこどすよ。うちも、時間を見つけて通っとります」

「そうか。じゃあ、俺も時間があれば見てみようか」

 あまり関心を示さず晴持は流した。

 三好家の寺だ。何があるか分からないので、近付かないのが吉だろう。

「東では動きがあったらしいな」

「単刀直入どすなぁ」

「君と腹の探り合いをしてどうする」

「それもそうどすね。大きな動きというと……南近江の守護様が、いよいよみたいどすなぁ」

「六角義賢、だったかな。それで、相手は織田信長か」

「なんや、やっぱり知っとったんどすか」

「山口で聞くのと堺で聞くのとでは情報の精度が違う。織田の動きは、以前から気になってはいた」

「さすがは晴持様のご慧眼どすなぁ。飛ぶ鳥を落とす勢いというと大内家もそうなんどすけど、あっちはあっちで大したさかいどす」

 ジャイアントキリングは、いつの世も人々を驚かせ、愉しませる。織田信長が桶狭間で今川義元を破った戦いは、驚愕と共に山口にまで語り伝えられている。

 その後、斉藤家を破って美濃国を攻略し、そして今、南近江国の名門六角家を滅ぼそうとしている。

「六角に再起の可能性があると思うか?」

「まず無理どすなぁ。織田家は北近江の浅井と同盟してますし、さらに三好様とも仲良うしとる。完全に挟まれとる上に内部分裂してどうにもならへんくなってるわけで、こら、もうせんないやろうな」

 織田家が南近江国に侵攻する前から、六角家は一枚岩ではなくなっていた。家臣団と当主の間で溝ができて、結束力を失っていた。浅井家から北近江国を取り戻すことができず、それどころか三好家とも敵対してしまい、東から織田家が攻め寄せてきた。踏んだり蹴ったりのまま滅亡の縁に追い込まれている。

「あの六角がな」

 織田信長という時代の寵児に攻め滅ぼされるのは、ほぼ確定していたことではあった。しかし、六角家の歴史を知れば、あの大大名がいとも簡単に消えてしまうのが不思議でならなかった。

「それを言えば、大友も似たようなもの。さらに言えば、幕府がこんな体たらくでは……。むしろ、『あの大大名』ほど、もろく崩れとるように見えますなぁ」

「肝に銘じないといけないな」

 守護家の多くが守護代に取って代わられている下克上の時代だ。大内家も他人事ではない。

 問題なのは織田家と三好家が仲良くしているということだ。

「織田と三好はどこまで繋がってるんだ?」

「六角は織田様と三好様の共通の敵。その後はどう出るか分かりまへん。まあ、長くは続かんやろう」

 信長はいつかは京を狙うだろう。そうなれば、京を押さえている三好家との衝突は避けられない。

 敵の敵が味方だっただけというのならば、まだ安心できる。しかし、織田家が北上、三好家が西上するというのならば話は別だ。あるいは尼子家と手を結び、対大内戦線を形成する恐れもある。

「少なくとも今の三好様は大内様に手出しするつもりはなさそうどす」

「そうなのか?」

「はい。どうも、ご当主の長慶様は、あまり戦を好まれへん方のようで、畿内から領土を広げよう言う気概は感じられまへん」

「現状維持が政策方針か。それならそれで助かるからいいか」

 京を治めるにしても、三好家も一枚岩ではないところがある。六角家が滅び、織田家がどうでるか分からないから、西に兵を進めるのも不安があるといったところだろうか。

 長慶自身に領土欲が少なければ、進んで大内家と敵対することはないだろう。となれば、大内家は九国と尼子家への対処に時間を費やせる。

「うん、ありがとう。これは、土産だ」

 晴持は小さな茶器を与四郎の前に置く。与四郎の目がきらりと光った。

「こ、これは……肩衝?」

「ああ。飾ってるだけではかわいそうだから、使う人が持ってたほうがいい。まだ名もない品だが、それなりにいいもんだぞ」

「そりゃ、見れば分かりますが……これ、戴いてええんどすか?」

「いいよ。まあ、今後ともよろしくということで、挨拶の品と思ってもらえれば」

「こんなええもん戴けるんなら、情報の一つや二つ、安いもんや。こちらこそ、今後ともよろしゅうお願いします」

 はあはあと妙に興奮した様子で茶器を眺めている与四郎。以前から、闇が深そうな気配はあったが、ここまでとは。これがマニアの真髄か。今にも涎を垂らさんばかりだ。それも美人だから問題ないのだが。

「なら、もう一点相談があるんだが」

「なんですか?」

「博多で取り扱う商品を堺で売るときの、本格的な拠点が欲しい。商業に力を入れるにしても、色々な商人の手を介していけば値が上がる。堺で我々の商品を取り扱う専門業者が必要だと感じている」

「まさか、うちにそれを?」

「ああ、そういうことになる」

 晴持は頷いた。

 特産品を堺で販売するときの拠点となる店が必要だった。商品を売買するにしても、その他の取引をするにしても信用できる商人を名代としたほうが効率がいい。

「なるほど、確かにそうすれば大内様の領内から優先的にうちの蔵に商品を運び込めるし、ほして楽に商いができますな。その話、乗らせてもらいます」

 魚屋は大内家御用達のお抱え商人となることでさらなる増収が見込める。大内家としては確実に商品を売り捌いてくれる実績と実力のある商人と契約を結べればいい。どちらにとっても悪い話ではなかった。これまでの付き合いもあって、与四郎は二つ返事で引き受けてくれた。

「そろそろ夕餉の時間どすなぁ。待たせてる人もいてはるし、今日のところはお開きにしまひょか」

 とりあえず、話したい事は話した。

 東の情勢の変化も、与四郎が御用商人となってくれたことでより早く山口に伝えられるだろう。堺商人の情報収集能力は、極めて高度だ。

 今後の大内家にとって、注視すべきは東だ。島津家や龍造寺家も脅威といえば脅威だが、東からの動乱は彼女たちを遥かに凌ぐものになる可能性が高い。

 待たせてしまった隆豊と光秀と共に、与四郎の屋敷で一泊した。

 

 

 

 ■

 

 

 

 堺の街は多様な人々が訪れる。商人は元より武士から南蛮人まで様々だ。取り扱う品数では日本一と言ってもいいだろう。経済の集積地は、そのまま情報の集積地となり、情報収集のためにさらに遠方から人が来る。常に人と者が循環する都市の発展振りは、その他の地域から来た者たちの度肝を抜く。

「京とは全然違うなぁ」

 と、一人ごちたのは軽い茶髪の少女だった。背の低さから年齢よりも若く見られてしまうのが悩みの種ではあったが、それはそれとして快活そうな表情には人を惹き付ける魅力があった。

 二日ほど前に訪れた京は、政治的には日本の中心ではあるが、活気がなかった。長い戦乱でくたびれた王城は、三好家の支配下ではあったが、まだまだ往時の輝きを取り戻すには時間がかかるだろう。それどころか、さらに荒廃する可能性もあった。

 未だ、将軍義輝が三好家排除のためにあれこれと不穏な動きをしているという噂があるからだ。近いうちに戦が始まるかもしれない。

 そう聞いて長居するほど、少女は能天気ではない。京の情勢は理解した。ならば、堺はどうだろうかとやって来た次第だ。

 想像以上に人が多い。あまりに発展しすぎていて、どうしたものかと悩んでしまうほどだった。

 そんな折、聞こえてきたのは、

「大内家の方が魚屋に来ている」

 という話だった。

 それも、何と大内晴持であるらしい。

 魚屋は豪商田中家が切り盛りする店の屋号だ。貸倉庫業で財をなし、会合衆の一員でもあるという。そして、大内家のお得意様で、しばしば大内家の家臣が出入りしているというのだ。

 話を聞かせてもらったおじさんは、その田中家と商売上付き合いがあるというので、偶然にもその情報を掴んだのだという。

「あんた、お武家さんか?」

「あたし? 違う違う。ただの目薬屋。堺で一旗挙げようと思ってきたんだけど、ちょっと考え直さなきゃなった思ってたとこ」

「ほう、もったいない。商機があれば、一か八かでもやってみればよいぞ。薬売りとなれば、あるいは武家に雇ってもらえるかもしれんだろう。ここにはそういう出会いもあるはずだぞ」

「うーん、そうなんだ。ちなみに、最近だとどこがおすすめ?」

「うぅむ、そうだな。この辺りで旗揚げするんなら三好だろう。当然にな。だが、ちょっと足を伸ばそうってんなら大内だろうな。織田の殿様も悪くない。今後、どう出るか見物ってとこか。ああ、松永はやめとけ」

「どうして?」

「あそこの兵の評判はあまりよくない。松永様はお優しくて、美しいんだがなぁ。俺も一度見たことがあるだけだが、黒い噂もあるっちゃあるからな」

 渋い顔をしておじさんが声を潜める。

 松永久秀は、三好家の家老だ。身分定かならない身から長慶に取り立てられて、出世魚のように成り上がっていった。その過程で、様々な噂が流れている。

 それを、周囲の僻みと受け取ることもできるだろうが、関係のない商人たちの間で実しやかに囁かれるとなると、いくらかは信憑性はありそうだ。

 そして、有望株として上がった大内の若殿様が近くに来ているらしい。

 なるほど、これは面白くなってきたと彼女は思った。どうせ、堺に来たのなら、何かしらの収穫は欲しいところだったのだ。大内晴持の様子を窺えるのなら、成果としては十分だ。そこで、彼女は魚屋の場所をおじさんから聞きだして、軽やかな歩みで魚屋に向かっていったのだった。

 




京言葉が難しい……


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その八十三

 堺は日本で最も重要な商業都市として諸大名に知られている。和泉国内にありながら、大名権力にすら公然と歯向かえるほどの経済力を有する堺は、極めて特殊な都市と言える。

 上からの圧力を物ともせず、時に軍事力を行使してでも異を唱えることもある。溜め込んだ財と伝手は、敵対者に戦争ではなく話し合いを選択させるだけの力となる。

 堺とは「銭」が形作った一つの世界なのだ。

 大坂本願寺のような宗教施設ではない。その正反対の世俗の垢に塗れた背徳の都でありながら、そのあり方は同じく世俗の権力に立ち向かえる寺社勢力に似たものがあった。

 畿内一円は三好家が支配している。幕府もほぼ三好家の手の平に納まっている。そんな中でも、堺は三好家に対しても臆することなく対応しているという。

 三好家も、堺の重要性を認識しているし、堺と争う愚を理解している。権力者としては目の上の瘤ではあるが、それでも利用価値のほうが高い。

 堺の価値は商業力とそれを営む人にある。戦を仕掛けて土地を手に入れることができたとしても、商業がだめになればその価値は灰燼に帰すこととなる。

 堺は商業という盾により、大名権力に戦を仕掛けているのである。

 そんな堺を相手にして、正面から戦いを仕掛けられるのが大内家だ。領内に博多を擁し、強大な軍事力と海上交通を我が物とする大内家は、堺にとって最も難しい相手であった。

 商いには商いで対抗する。

 それが可能な大内家は、堺の風下に立つことはない。そして、同時に大内家と繋がりを持った堺商人は日本の東西に自らの商業圏を広げることが可能となる。敵対よりも協同で事に当たったほうが得であるというのは、堺側から見ても明らかだった。

 堺に逗留して三日が経ったが、特に大きな問題が起きることもなく晴持の旅は小旅行となっていた。仕事らしい仕事はすでにない。晴持がこなすべき案件は終わったも同然だったからだ。

 晴持護衛のために堺入りした明智、冷泉の配下も時に外出して堺漫遊を楽しんでいるようだ。このところ戦続きだったので羽を伸ばすにはいい機会だ。風紀の乱れ、乱暴狼藉を厳に慎むことを条件に、彼等家臣にも交代で休みを与えている。

 以前、堺を訪れた時には上京し、公権力との繋がりを深める目的があったが、今回はそうではない。あくまでも、堺で商いの拠点を形成しつつ、東国の様子を窺うのが目的だ。晴持は逗留期間中、堺から出る予定はない。ここならば、何かあってもすぐに船で帰国することができるという理由もあった。

 魚屋の女主人、田中与四郎は、自治都市を取り纏める評定衆の一員である。それゆえに交友関係が広く、彼女を通して晴持と友誼を結ぼうとする者は少なくなかった。

 晴持はそういった堺商人らと言葉を交わし、文物を交換して交友関係と見聞を広めた。山口では手に入らない貴重な情報も多々あった。

 つい先ほども、与四郎の知人という僧侶を相手に囲碁を打っていた。晴持は、囲碁が得意というわけではないが、嗜みとして幼少期から触れてきたので、多少はできる。その僧侶も、出家前は武家の次男だったということで囲碁ができると言う話になり、一局、相手をしてもらったのだった。結果は晴持の負けであった。普段から囲碁に触れている彼と時々手並み草に碁石に触れる程度の晴持では、勝負にすらならなかったのだ。

「若様、若様」

 と、隆豊が声をかけてきた。

 愛らしい顔に柔和な笑みを浮かべている。

 辻ヶ花の小袖は、晴持が隆豊に贈ったものだった。

「如何でしょう」

 と、隆豊は晴持に尋ねてくる。

 辻ヶ花の小袖を着た隆豊は、大人しく愛らしい少女にしか見えない。姫武将として各地を転戦し、血と硝煙に塗れることも一度や二度ではなかった。見た目からは想像ができないだろう。普段の彼女と戦場の彼女は別人だと言われたほうが納得できる。

 新たに入手した着物を着て、その姿を真っ先に晴持に見せにきた健気さにこそ晴持は心を打たれる。

「あの、若様?」

 返事をしない晴持に不安になったのか、隆豊が心配そうに聞いてくる。慌てて晴持は言葉を探した。

「ああ、見惚れていた。よく似合ってる」

「本当ですか?」

「もちろん。似合っていたから、驚いて言葉に窮してしまった」

「そんな……もったいないお言葉です」

 そう言いながら、恥ずかしげに目を伏せる隆豊。頬を朱に染めて嬉しそうにしている。今が夜でないことが惜しい。この愛らしい姫を抱き寄せてしまいたいという思いがむくむくと鎌首を擡げてくるのだ。しかし、そうするとせっかく隆豊が着てくれた小袖を脱がすことになるので、それはダメだなと自制する。

 そんな晴持の内心の葛藤には気付かず、隆豊は晴持に身を寄せる。

「碁を打たれていたのですか?」

「さっきまで。例の坊さんだよ」

「ああ、昨日いらした」

 隆豊は、昨日やってきた妙国寺の僧侶を思い出す。

 三好氏に所縁ある寺の一つであり、警戒もしていたが、だからといって警戒してばかりでは得られる情報も得られない。

 大内家と三好家は、共に不用意な軍事衝突が起こらないように注意している。三好家は三好家で、大内家は大内家で別の敵がすでにいるのだ。あえて敵を増やす必要性はないだろうと、共に理解している。

 もちろん、まったく遺恨がないわけでもない。阿波細川家に対する三好家の対応は、義隆も大いに不満を抱いている。 

 前阿波守護細川持隆を、三好実休が殺害したのだ。持隆の正室は、義隆の姉妹だった。三好家と良好な関係を形成していた持隆がなぜ殺され、その子が守護に擁立されたのかは未だに不明だ。しかし、大内家としては、相手が将軍家を戴いていなければ、四国統一の口実に利用できる事件ではあった。それを、今は棚上げしている状況だ。両家に遺恨はない。ただしそれは、直接戦に発展したことがないというだけの薄氷の上に成り立っている。

 状況が許せば、大内家と三好家は戦争状態に移行するだろう。

 それが、戦国の世の倣いでもある。

「……それで、その方はなんと」

「世間話しかしなかったよ。それでも、面白い話は聞けた」

「面白い話?」

「先日、長慶殿は、岸和田城の救援に実休殿を送ったそうだ。直に戦端が開かれるかもしれない」

「岸和田城というと、近いですね」

 隆豊が深刻そうな顔をする。 

 岸和田城は、堺から見て南西部に位置する城だ。

 建武元年。和田氏が岸と呼ばれていた地域に城を作ったことが、岸和田の由来である。この時建てられた岸和田古城が、信濃泰義という人物によって現在地に移築され、今の岸和田城の原型が出来上がる。

 岸の名を冠したとおり、この城の二の丸は海に面しており、守りに適している。堺の南西にあって、紀伊国との交通を遮る位置であり、三好家にとっては反三好勢力への防衛線となっているのだ。

 その岸和田城は、今、畠山高政を首魁とする反三好連合軍に包囲されている。

 岸和田城主であり、長慶の弟であった十河一存が病を得たことを好機と見たのだろう。実に一〇〇〇〇もの兵で攻囲された岸和田城は、すでに落城寸前であると言う。鬼十河も病に勝てぬと堺では専らの噂となっていた。

「三好家としては、十河殿も岸和田城も失えませんからね。しかし、如何しましょうか。岸和田城で戦となれば、堺にも戦火が及ぶかもしれません」

「そうだな。今日明日、戦端が開かれるということもないだろうが、きな臭くなってきたし、ここらで切り上げてもいいかもな」

 万が一ということもある。堺は土塁と堀で囲まれた城郭都市でもある。攻撃されたとしても、これを跳ね返すことは可能だが、戦乱に巻き込まれるのも不本意だ。 

「どこへ行こうと、戦ばかりだな」

「仕方がありません。そういう時代ですから」

 日本全国どこでも戦は起こっている。大なり小なり小競り合いは日常茶飯事だ。とはいえ、岸和田城での戦は、想像以上に大きくなりそうだった。

 万を越える兵を擁する軍勢同士の激突となると、その被害は周辺にも及びかねない。しかし、同時に大軍は動きが遅くなるものだ。数ヶ月は睨み合いになる事も珍しいことではない。堺まで戦火が飛び火することがあっても、今すぐという話にはならないだろうし、だからこそ堺の町民たちは面白おかしく三好対畠山の戦を語っている。 

 彼等は商人だ。

 近郊で大きな戦があれば、商機とばかりに情報収集に躍起になる。戦場は、大量の銭が動くのだ。兵糧から武器、奴隷等多種多様な商品が取引される。

 堺は、むしろ大戦の予感に熱を帯びている。今こそ稼ぎ時とばかりに、武器の仕入れに走る商人たちの慌しい声が飛び交っているのが聞こえる。

 戦も彼等にとっては重要な収入源なのだ。それを考えると、難しい世の中だと思わずにはいられない。

「晴持様、よろしいどすか?」

 鈴のような雅やかな声で語りかけられる。

 相手は与四郎だ。

「何か?」

「晴持様に是非目通りしたいと仰る方がおいでどす」

 正直、またかという思いではあった。しかし、同時に不自然でもある。事前に予定を組んで顔を合わせるのが常であり常識だ。晴持の立場を考えれば、飛び込みで顔合わせができるなどありえないのだ。

「若様は、そのように気軽にお会いできる方ではありません。どこのどなたか分かりませんが、お退きとりいただきたい」

 と、不快感を露にしたのは隆豊だった。彼女からすれば、相手の行動は不誠実極まりなかったし、何の準備もしていない状況での顔合わせとなれば警備上の問題も出てくる。当然の反応であった。

「まあ、待て隆豊。名も聞かずに追い払うのは、大内の沽券に関わる。相手が名のある御仁かもしれん。与四郎、尋ねてきたのは誰だ?」

「播磨の黒田官兵衛と言うてますが、どうしまひょか」

「黒田官兵衛? 本物か?」

「さて、それはうちには何とも」

 それもそうだが、さすがにその名を聞いては無碍に追い払うこともできない。

「播磨の黒田というと、小寺家にそのような家臣がいたような」

「ああ、その黒田で間違いないはず」

 まだ、この時代では名を挙げていないのか、あまり表舞台には出ていない。諸国の情報を集める際に、播磨国のことも当然に調べているので、官兵衛の存在そのものは把握していた。まさか、ここで名前が出てくるとは思ってもいなかったが。

「分かった、会おう」

「若様、よろしいのですか!?」

「黒田の者の目的もそうだが、播磨の情勢も気になるからな」

 播磨国には、統一政権がない。播磨守護の赤松家は零落し、その権威は失墜している。一応、今でも播磨国内では力があるほうではあるが、それは国人の中ではという程度のはずだ。大名としては下から数えたほうが早い。

 赤松一色山名京極。かつて栄華を極めた四職の守護大名たちは、そのどれもが力を失い没落していた。とりわけ、赤松家は浮き沈みの激しい家柄だ。一度は取り潰しになりながらも、復活した生命力の強さには感服するところである。

 血で血を洗う騒乱の最中にある播磨国からやって来た黒田官兵衛。非常に有名な知恵者だが、果たして晴持に何のようがあるのだろうか。

 

 

 

 ■

 

 

 

 やって来たのは年端もない少女だった。茶色みがかった髪が目に鮮やかで、まだ悪戯好きから卒業できていないような雰囲気すら感じる。歳若い晴持から見ても、まだ若いと思わざるを得なかった。これが、後の世に名軍師と呼び称えられる黒田官兵衛なのだろうか。

「お初にお目にかかります。黒田官兵衛と申します。突然押しかけたにも関わらず、ご挨拶の栄を賜り、真に忝く存じます」

 と、畏まった様子で頭を下げる少女。

 その姿勢からは確かな教養を感じた。見よう見まねではなく、幼少期からきちんとした薫陶を受けているのは確実だった。

「黒田殿、まずは要件を伺いたい。黒田官兵衛といえば、播磨は小寺の家老黒田家の者のはず。それが何ゆえに堺にいて、わざわざこちらに参られた?」

 晴持にもともと用があって堺に来たということはないだろう。大々的に堺に来ることを宣伝していたわけではない。それに、晴持が堺に来たと言う情報を掴んだとしても、播磨国からここまでやって来るには早すぎると思われる。

「はい。まずは堺にいた理由を申しますと、小寺に変わる新たな仕官先を探しておりました。京と堺、そのいずれかで良縁を待つのが得策であろうと」

「新たなる仕官先? すると、小寺を出奔されたか?」

「はい、左様です」

 官兵衛は頷いた。

 顔には出さなかったが、これには驚かされた。黒田官兵衛と言えば、小寺家から秀吉に鞍替えした武将ではあるが、積極的に小寺家を飛び出したという印象はなかった。

 しかしながら、この時代は主を見限り次の仕官先を探すのは一般的でもある。主家への忠義を果たそうと奮闘する武将がいる一方で、何度も仕官先を変えて、時代を渡り歩く者もいる。

「小寺を出られた、その理由を聞きたい」

「自分の力を発揮できる場をずっと求めておりました。尼子が播磨に侵攻してきた際、当家は赤松と事を構えておりました。あた、私は赤松、別所と結び尼子に対抗するべきと献策したものの、入れられず、危うく尼子に播磨を席巻されるところまで追い込まれました」

 尼子家が大内家と不可侵条約を結んでいたときの話である。西からの脅威を取り払った尼子家は、畿内を目指して東征をしていた。美作国を陥れ、播磨国に兵を進めた尼子家に、播磨国の国人たちは浮き足立った。

 当時、そして今も播磨国は三大国人が勢力を持っている。赤松家、別所家、小寺家である。しかし、それも絶対的なものではない。赤松家は歴史的にみれば三つに分裂しており、その勢力は言わずもがな。別所家、小寺家もそれぞれの影響力を発揮できる土地は限られており、それ以外の地には三木家や明石家、櫛橋家等が乱立している状況だ。さらにそれらが婚姻政策で繋がってきたので親戚関係にあり、しかしながら互いに互いを信の置けない相手として敵視しているのだ。複雑な関係がさらに入り混じり、混迷としているのが播磨国の現状である。尼子家の侵攻に対しても辛うじて一時の同盟を結んだ彼等だったが、足並みがそろうはずもなく赤松家は膝を屈し、その小寺家内部でも降服が検討されていたという。

 しかし、結果的に小寺家は独立を維持した。大内家との戦を優先した尼子家が播磨国から兵を退いたからだ。

「播磨は尼子出兵以前の状態に服しました。赤松は尼子からすぐに離れて、小寺との戦を始め、その他勢力も小競り合いを繰り返しております」

「それで、黒田殿はその後どうしたのだ?」

「はい、私はその後、軍議等への参加する事ができず、姫路の守りを固めるようにと、ただそれだけでした」

「遠ざけられたと?」

「恐らくは」

 官兵衛は若い。そして、実年齢よりもさらに若く見える。幼いとも言えるだろう。そんな少女に、ずけずけ物を言われたら、年寄りたちは腹を立てるだろう。

 播磨国はある意味で時が止まっている。これまでどおりの旧態依然とした関係性を維持する方を選んだのだ。それが時代にそぐわないものであっても、彼等はその殻から飛び出せない。尼子家という未曾有の敵が現れて、その安定が壊れそうになったものの、尼子家撤退により小寺家も周辺の国人たちも変化せずに済んだわけだ。

「きっと次はないものと思います」

「次というと……」

「尼子、あるいは三好が播磨に兵を進めるのは火を見るよりも明らか。あるいは、尼子を征した大内様かもしれませんが、いずれにしても播磨の全兵力を結集してもこれを退けることは困難です。しかし、彼等はそれが可能であると信じております」

「播磨の兵を結集してどの程度だ?」

「多く見積もって一五〇〇〇程度でしょう」

「播磨は肥沃な地のはずだが……」

「土地そのものは肥沃でも、そこに生きる者たちはそうではありません。老若男女の区別なく掻き集めれば、さらに数は増えますが、戦力には数えられません。ですので、よくて一五〇〇〇と。さらに言えば、統率には欠きますので、実際に使える戦力としては半数程度にしかならないでしょう。井の中の蛙が徒党を組んだとて、烏合の衆にしかならないのは目に見えております」

 泥舟に乗るつもりはないということだった。どれだけ才気があろうとも、中央から遠ざけられてはそれを発揮する機会は訪れない。播磨国の現状を憂慮しつつ、打開策を実行に移せない歯がゆさに官兵衛は耐え切れなくなったのだった。

 内側から播磨国を変えることは不可能だ。ならば、外から無理矢理変わるのを待つしかない。放っておいても、三好家や尼子家に攻め込まれるだけだし、それを越えても大内家が東進するのは確実だった。すでに、時勢は播磨国人の独立独歩を許さないところまで来ていた。

 彼女の主はそれが分からなかった。だからこそ、官兵衛は小寺家を見限ったのだ。

「では、三好が最も近いはずだが、何故大内を選んだんだ?」

「三好は内部に敵が多すぎます。将軍、管領、朝廷と権威からは尽く覚えが悪いのです。また、すでに畿内を掌握しているために、却って守りに入ってしまっております。東に織田、西に大内を抱えながら余計な政争までしなければならない三好家の将来性を考えると、聊か……今でこそ旭日の勢いがありますが、ここから先ののびしろには疑問があります」

 三好家が内部に敵を抱えているというのは、大内家でも疑う者はいない。管領とも将軍とも仲が悪いのだ。畿内一円を支配して政治の実権を握るというのは、それだけ難しい舵取りが必要になる。長慶としては、管領はともかく将軍を切り捨てることはできないが、口出ししてほしくもないだろう。かといって、義輝のあの性格だ。大人しく傀儡になってくれるはずもない。長慶の民への対応そのものは、善良だ。しかし、それを維持するためにお上に対して不敬を重ねていて、それが反三好勢力の格好の口実となっている。まさしく、泥仕合だった。長慶が政治を行えば行うほど、将軍との対立は激化する一方なのだ。

「しかし、三好家は織田家と同盟を結び、六角家を滅ぼそうとしていると聞く。六角が潰えれば、東の敵はいなくなる。岸和田城を取り囲む畠山家に対しても大軍を動員できるだろう」

「これまで三好家の軍事力の要であった十河一存殿が病床に伏されており、これに代わる将がおりません。また、織田の真意は京にあり、今は六角家という共通の敵がありますが、それが済めば三好家とは近く敵対するのは確実かと思われます。いずれにしても、将軍を抱え込んでいるという事実そのものが、三好家を攻撃する理由となります。先年、長尾――――すでに上杉と名を改めましたが、越後の上杉景虎が三好家の将軍殿下への対応に憤り、あわや京で戦かと騒ぎになった例もあります」

 上杉景虎。

 戦国時代を代表する人物だ。甲斐国の武田信玄との五度に渡る川中島の合戦を初め、関東北陸で名を上げている。彼女――――案の定女性――――は、この時代でもとりわけ伝統とか旧来の権威とかを大切にしている事で有名だった。

 ゆくゆくは幕府からの卒業も必要であると考えている晴持にとっては、苦手な思想を持っているのであった。

「尼子は言うに及ばず。大内様との戦に二度敗れた尼子家は、今後も播磨へと足を伸ばすでしょう。しかし、その勢いは往時のそれには遠く及びません。播磨国内にあっても、尼子家の評判は下がる一方です。そして、大内様は九国平定の後には東征をなさるでしょう。当然、その過程で播磨の攻略は必須。その際には、私の伝手が使えます」

 官兵衛の言葉は理路整然としていた。自分の考えをきちんと咀嚼し、整理して吐き出しているのが分かる。また、彼女が口にした通り、いずれは播磨国への対応が必要になるだろう。そして、それは遠い未来の話ではない。

「黒田殿の伝手は出奔しても使えるものか?」

「出奔したのはあくまでも私個人です。故郷には未だ一族がおりますし、播磨の国人は皆同族のようなもの」

「なるほど……興味深い話だった」

 黒田官兵衛というネームバリューを除いても、使えると思った。播磨国への対処もそうだし、その弁舌もいい。

「では、当家にとって必要な人材はなんであると思うか?」

「大内様に必要な人材、ですか」

 と、官兵衛は少し考えてから答える。

「それは、算勘の才を持つ者だと考えます」

「理由は?」

「はい、例を挙げれば、大内様の領土が近年まれに見る速度で拡大している事が挙げられます。治める土地が増えれば、治める人も増え、それを管理するためにさらに人材を登用する必要が出てきます。すなわち、人件費の膨張は避けられません。そして、国境が広がる事で生じる防衛線の維持、管理費用も以前の比ではないはず。街を作るにも人を呼ぶにも戦をするにも、とにかく金がかかります。多くの軍勢を動員するとなれば、それだけ準備期間を要しますが、だらだらと準備に時間をかけられないのも実状でしょう。ならば、算勘の才を持つ者とそれを取り纏める者、これは必須となります」

 まさしく、その通りだった。

 大内家が直面する課題の一つだ。

 小競り合いならばまだしも、大きな戦となると何かと金がかかる。そして、その金を計算して正しく運用するには、それだけの計算能力を持つ家臣を揃えなければならない。

 しかし、武家の厄介なところで算術を見下している者が少なくないのだ。武士の習い事は武術が第一で、次いで兵法と儒教、その次に詩歌などの公家文化である。算術は商人や僧侶の習い事なので、そもそも手を出さない武士も多かった。

 大内家ではそういった事務方は、相良武任を中心に回していたが、正直手が足りていない。ただでさえ人手不足が深刻な戦国期に、高度な算術を修めた者は多くない。

 大名家でも算盤勘定で立身出世する者がいるが、これには需要と供給が見合ってないという理由があるからだった。

「黒田殿は、それが可能か?」

「もちろんです」

 と、官兵衛は断言する。

「黒田の家は、もともと目薬売りから立身したものですので、算勘は武経七書と共に幼少より学びます」

 これまでの問答から、官兵衛の能力の高さは理解できた。何よりも商業への偏見がないのがいい。武家は銭勘定を嫌う性質がある。大内家は、その歴史から商業に力を入れている重商主義路線を取っているが、個々の武将を見ていくと銭を不潔なものとして嫌う者もいるのだ。特に中国の思想を学んだ者には、その傾向が強くなる。学問の基礎が儒教であるだけに、これは頭の痛い問題であった。

 官兵衛にはそれがない。商業で身を立てた家門だけに、銭の重要性をしっかりと理解している。彼女の能力の使い道は、いろいろとありそうだ。

 隆豊と目配せすると、彼女は諦めたように頷いた。隆豊の中には様々な葛藤があったのだろうが、ここまで正論を並べられては、反論の余地がなかった。軍事的に見ても、播磨国人との繋がりは重要だ。

「分かった。黒田殿さえよければ、君を雇う」

「本当ですかっ!?」

 嬉しそうな顔で晴持を見る官兵衛。少し素が出たのか、子どもっぽさが現れていた。

「ただし、君が求める立場に辿り着けるかは努力と結果次第だ。一先ずは、俺が領地として賜った福崎で様子を見る。これに納得できれば、晴れて大内の一員だ」

「福崎……博多の近くですね。晴持様が、先の戦で賜ったっていう」

「博識だね」

「有名な話です。大内様の動きに目を光らせない者は、西国にはいません」

「それもそうか」

 誰がどこを領有するかというのは、勢力争いにも関わる重大事だ。まして、大内晴持の動向ともなれば、あらゆる勢力が気にかけているだろう。

「それで、どうする?」

「もちろん、全力を尽くします。よろしくお願いします」

 勢いよく頭を下げる官兵衛。

 重要人物が仕官してくれたことは素直に嬉しい。彼女の能力が本物であれば、大内家の飛躍をさらに高めてくれるだろう。

 



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その八十四

 たった一つの戦で状況が大きく変わった。

 それも、自分達とは関わりのない戦によってだ。

 龍造寺信周は、南郷谷の戦いの顛末を、愛鷹の世話をしている時に聞いた。大内家と島津家の初めての激突。本格的な二大勢力の大会戦だったという。

 結果は痛み分け。大掛かりな戦ではあったが、睨み合いの期間に比べて、刃を直接交えたのは一度だけだった。その上で畿内の三好家が間に入り、肥後国の領地分配を行って手打ちにしたと聞く。

 その時点では、そんなものかという程度の認識だった。

 島津家と結んだ信周からすれば、島津家が負けていなければいい。彼女達の戦の強さは、急速な領土拡張速度からして明白だ。

 島津家は強く、龍造寺家ならば真っ先に敵視すべき大内家と敵対する立場にある。同盟者としてこの上ない相手であり、龍造寺家の家督を継ぐ者は、島津家を味方としなければならない。何故ならば、いずれは大内家と激突するからだ。肥前国から領地を拡大するのならば、東に行くしかない。南に向かう利がない以上はそうなる。必然的に大内家を敵とするのだから、島津家以外に結ぶ相手がいないわけだ。

 島津家が大内家と引き分けたからといって、それで信周の立場が揺らぐということはない。

 大内家は龍造寺家が凋落する原因となった家である。家中に大内憎しという者は少なくない。これと長信が同盟したのは意外だったが、それ以外に手がないというのも事実。隆信の仇に擦り寄り、形振り構わず当主の座を狙おうとする浅ましさには反吐が出る思いだ。

 信周は血筋の正統性を示せない。

 血筋で見れば、隆信と母を同じくする長信が優位だ。

 だからこそ、信周は旧来の龍造寺家の体制そのものを見直し、抑えられてきた弱小国人達にも目を向けて味方を増やす策を取らなければならなかった。味方を増やし、血筋の正統性を超えた道理によって当主の座を得る必要があった。

 島津家と結び大内家を敵視するのも、その一環だ。

 分かりやすい味方と分かりやすい敵を作り、自分が有利な状況を演出する。

 大内家と結んだ長信に対しては、姉の仇に尻尾を振った卑怯者という、これまた分かりやすい悪評をばら撒けた。

 信周は、この時代では珍しい「世論を意識する政治家」だった。

 幼少期から常に人の視線と評価を気にしていた。低い立場に生まれたから、そういう世渡りを身につけざるを得なかった。

 龍造寺家の家臣の間での評判。

 人質に出された大友家の中での評判。

 敵対する大内家の中での評判。

 同盟した島津家の中での評判。

 そして、肥前国内での領民の中での評判。

 これらを、信周は意識している。

 だからこそ、真っ先に彼は兵を挙げて、本城を乗っ取り、慶誾尼の身柄を押さえようとした。今にして思えば、あの時慶誾尼の命を奪ってしまったのは失策だった。あれで、敵側にも自分と対立する大義名分を与えてしまったからだ。

 とはいえ、全体的に世論は信周よりだ。

 隆信の政道に対する不満があったのは知っている。それを変革しようとする、「もともと低い立場だった」信周というのは民からも期待されているのだ。

 判官びいきは、どの立場にも存在する。信周は、奇しくも人の同情と期待を誘える立場にあり、姉の敵討ちという大義名分まで背負えている分だけ、信周には有利だった。実際、集まった兵数は長信よりも上であった。

 後は、大内家との戦を終えた島津家が、約束どおりに兵を動かしてくれれば、長信を一息に揉み潰してしまえる。そこまで、天秤は信周に傾いていた。

 躓いたのは、南郷谷の戦いの状況が詳しく広まってからであった。

 大内家も島津家も互いに勝利したのは自分達であると喧伝していたので、確実な情報がなかなか入ってこなかった。

 決着から五日。

 情報収集の結果、南郷谷の戦いでは確かに両者は引き分けたが、損害は島津家の方が多いらしいということが分かった。

 島津義弘は重傷を負い、精鋭の多くが南郷谷に骸を曝したとか。

 一時は大内晴持の本陣を踏み荒らすまでに至ったものの、討ち取るには至らず多大な損失を出してしまった。島津家は、戦力の多くを失った。

「馬鹿な……ッ」

 ぎり、と信周は奥歯を噛んだ。

 何が想定外かといえば、島津家の損害の大きさだ。

 これでは、同盟を結んでいたとしても島津家が実際に兵を動かせるかどうか分からないではないか。あそこで、大内家を島津家が破ってくれていれば、信周の勝利は確定だった。しかし、これでは――――。

「島津家と大内家が引き分けた事実に変わりはありません。島津の損害は大きいものですが、大内も同様です。ならば、両者ともに動けなくなったと考えることもできるのではありませんか?」

 と、家臣の一人が声を挙げる。

「ああ、確かに、そういった考え方もできる。大内もすぐには手出ししてこないだろう。むしろ、これは好機だ」

 搾り出すように、信周は言った。

 内心では好機なものか、と愚痴っている。

 大内家には余力があるはずだ。今回の戦で崩壊した戦列の多くは九国の国人衆だ。有力な大内家の戦力には、ほとんど被害らしい被害が出ていない。

 しかし、その現実を彼等に告げたところで士気を落とすだけだ。見渡す家臣の中には気付いている者もいる。冷静になれば、下々までその事実に気付くだろう。

 大内家は力を残しているが、島津家は怪しい――――そんな世論の動きがあれば、勝ち馬に乗ろうとしていた信周派の国人衆から離反者が出るのは時間の問題だ。

 つまり、信周は追い込まれている。

 優勢が一転して劣勢になりつつある。

 南郷谷というここから遠く離れた場所で、龍造寺家とは直接関わりのない戦の結果で、信周は窮地に立たされつつあった。

「殿、如何なさいますか?」

「決まっている」

 選択肢は一つだけだ。

「梶峰城を落とし、長信を討ち果たす。島津の援軍を待つまでもない。今の我々の戦力であれば、直接戦っても負けはない」

 それは、味方というよりも自分を鼓舞するために搾り出した言葉だった。

 下々の者たちは信周の味方をしてくれるだろう。善政が期待されているからだ。しかし、国人領主以上の者たちは、よほどの信念や利害関係がなければ勝ち馬に乗る。

 幸い、まだ南郷谷の戦いの後の大内家と島津家に目立った動きはない。明確に勝敗がついたわけではないから、いくらでも誤魔化せる。

 島津家が、島原以北に進軍できなくなったとしても、それはそれで都合がいいと解釈しよう。信周の軍だけで長信を倒せたのなら、肥前国支配に他国の指図を受けなくていいからだ。

「島津の援軍は期待できぬ。だが、同時に今ならば大内が敵方に援軍を出すこともないだろう。今、この時が最後の好機だ」

 島津家の援軍は望めない。島津家がこれまで行ってきた加速度的な領土拡張は、大内家との戦の影響で停止した。当然、その反発をもろに食らうことになるだろう。下手をすれば内部分裂もあり得る状況だと信周は睨んだ。

 そして、大内家も連戦に次ぐ連戦だ。兵を休ませなければならないから、肥前国内にまで兵を入れることは考えないだろう。――――これは希望的観測ではあるが、とにかく現状では、それに縋るしかない。

 いつか、大内家が長信救援を口実に兵を入れてくる。あの家が安芸国から四国の半分、そして九国にまで領国を広げてきた手口と酷似している。助けを求められたことを口実に軍を起こし、そのまま支配者にすげ代わるのだ。長宗我部家も大友家もそれでやられた。次の標的は龍造寺家だ。長信は、勝利したとしても大内家の支配からは逃れられまい。

 長信が勝利すれば、九国内に大内家に対抗する勢力は島津家のみとなる。島津家の現状を考えれば、到底大内家に抵抗はできないだろうから、龍造寺家が独立勢力として復権する見込みは立たない。

 龍造寺家の隆盛を取り戻すのならば、大内家と島津家を睨み合わせ、その間隙を突いて勢力を広げるしかないのだ。そのためには、何としてでも三国鼎立の状態にまで戻さなければならない。それができるのは、信周派だけであった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 信周が近く攻め寄せてくるに違いない、という見立ては長信派の中でも確かなものとして受け入れられていた。

 長信は南郷谷の戦いの結果を、信周よりも一日早く入手していた。大内家の使者が早馬を飛ばして梶峰城にやって来たからだ。そこで、使者は南郷谷の状況を仔細に説明していたから、長信は状況をしっかりと把握できていた。その上で、まずは肥前国と筑後国、筑前国の国境近くの国人土豪を味方に取り込むべく工作を始めていた。

 彼等は龍造寺家の直接の家臣ではない。いわば外様である。いつでも、隣接する大勢力に擦り寄らなければ存在することすらできない者たちだ。しかし、その一方で戦国の世に於いて、国境に所領を持つ弱小勢力はある意味で最強の存在だ。

 大勢力に挟まれながら、その両者のどちらにも同時に与することが暗黙了解として認められている。有名所は信濃国の真田家だろうか。真田家は、武田家と上杉家の両方に媚を売って自分の存在感を高めていた。そうすることで、弱小領主の価値を高め、迂闊に攻撃されないように身を守るのだ。武田家に攻撃されそうになれば上杉家に助けを求め、上杉家に攻撃されそうになれば武田家に助けを求める。尻軽ではあるが、見捨てれば敵が自国に侵攻する際の足がかりになるので助けなければならない。国境沿いの国人を弱小と侮っていると、いいように振り回されてしまうのである。そして、肥前国の国人たちも国境沿いに生きる者は当然ながら大内家とも繋がりを持っていて、いつだって龍造寺家と天秤にかけている。

 南郷谷の戦いの顛末を聞けば、島津家がすぐに北上しないという事は分かるから、彼等は自然と大内よりの姿勢を取るだろう。

 大内家と同盟を結んでいる長信は、彼等を取り込みやすい立場になった。

「大内家が龍造寺の仇敵というのは、龍造寺の中だけの都合だ」

 と、長信は苦渋を舐める気分で呟く。

 龍造寺隆信は、長信にとってもそして家臣たちにとっても絶対者だった。恐怖の対象であると同時に太陽のような存在だった。 

 しかし、国人たちからすれば、絶対的ではあったが死後も忠誠を誓う相手ではない。ころころと立場を変える彼等にとって隆信の仇討ちという義戦のために大内家を敵に回すのは不合理極まりない話だ。大内家と戦うとなれば、真っ先に自分達が攻撃対象になる。それでは割に合わないから、大内家と敵対しない長信に味方をしたほうが、生き延びる機会は増える。こう考えるのが彼等の常だ。

 大内家は勝利する必要はなかった。島津家の北上を止めてくれさえすればよかった。それが、長信の立場であった。大内家を倒してもらわなければ困る信周との違いであった。

 結局のところ、龍造寺家は大内家の動向に左右される程度の存在でしかなかった。それが無念でたまらないが、信周には負けられないという強い思いが長信にはある。

 負ければ死ぬ他ない。しかし、命長らえるために戦うのではなく、自分の期待をしてくれた母の遺志に応えるために立つのである。

 大内家と結ぶのを卑怯であると敵は言う。ならば、母を殺し、一方的に城を武力で乗っ取るのは卑怯ではないのか。都合のいいことばかりを言って、自分達の行いを正当化しようとしているのはまったく以て不愉快であった。

 

 

 

 そうして、戦いの時は刻一刻と近付いていった。

 戦力では未だに長信が不利ではあったが、南郷谷の戦い以降こちらに好を通じてくれた者が多数いて、戦力差は大きく縮まった。

 また、島津北上の心配がなくなったことで、藤津衆を束ねる鍋島信房の支援が受けやすくなったことも大きかった。

「久しぶり、みんな」

 と、朗らかな笑みを浮かべてやって来たのが信房だった。直茂の私室をふらりと訪れた信房は、最後に会った五年前と大して変わった様子がなかった。

「お変わりないようですね、姉上」

「直茂はちょっと痩せたかしら? 康房ちゃんは、背、伸びた?」

 直茂と康房。この二人にとって彼女は一番上の姉だ。鍋島家の跡継ぎで、藤津郡を領有する一軍の将であった。直茂の陰に隠れてしまっているが、彼女自身の将としての力量は高い。

「信俊はダメだったわ」

 と、不意に口調を落として信房は言った。

「そうですか。仕方がありません」

 敵方に就いた弟を思って直茂は目を伏せる。

 鍋島家の中で唯一、小河信俊のみが信周派であった。これは龍造寺家の家督相続争いだ。当然、家臣も敵味方に分かれてしまったし、その中には親族が分裂したという者も珍しくはなかった。

「まあ、どっちが勝っても鍋島の血は残ると思えばね」

「信俊兄さんも覚悟してる事ですし……」

 と、戦国の世に生きる切なさを噛み締めながらも、悲観的になりすぎないようにする。

 覚悟は初めからしていたことだ。内部工作も兼ねて声をかけてはいたが、こちらと好を通じるつもりはないようだった。

 できることならば、死なないで欲しい。

 しかし、一度敵対を選んだのならば、その望みを口にすることはできなかった。

「ところで、本城に新たに兵が集ってるって話は本当なの?」

「はい、それはもう間違いないようです。信周は、近くここに向けて進軍してくる事でしょう」

「あらあら、そうなの……よほど焦っているのね」

 信周の攻撃を、焦っていると評している。これは、信周が状況に押されて止むに止まれず戦を仕掛けてくる羽目になったのだと理解しているからこその台詞だ。

「信周からすれば、島津家の支援がなければ立ち行かないから、どの道、戦しかないんだよね。後は、わたし達がこれを退けられるかどうか」

「退けるしかありません」

 末の妹である康房に、直茂はきっぱりと言った。

 康房は深刻な表情で頷いた。

 龍造寺家の家督相続争いだ。他の国への侵攻とは問題の大きさが違う。負ければ、長信は刑死する事だろうし、長信派に就いた者たちは冷や飯を食わされることになる。それどころか、重臣格は首を断たれる可能性もあった。

 これは、己と一族の存亡を賭けた戦いなのだ。

 戦の準備は着々と進められていた。

 長信が篭る梶峰城は、梶峰山の頂に建つためにそのように呼ばれるが、別名を多久城ともいった。多久は、地名であり、この地を鎌倉時代から治めてきた多久家の名でもある。

 かつては少弐家に仕えていた同僚でもあった多久家を、龍造寺隆信が攻め、奪った梶峰城を長信に与えた事で、長信は多久の地を治める立場を手に入れた。

 多久は、四方を山に囲まれた盆地だ。盆地の中を牛津川が流れ、川を囲んで田が広がっている。山で囲まれてはいるが、東部は佐賀平野と接続しており、交通の便は悪くない。これを利用し、長信は隆信政権下では木材の調達、搬送を担い、その戦を支えていた。

 この地形は、攻めるに難く、守るに易き地形と言える。

 その地形を利用し、信周との戦に備えて、盆地を囲む山々には砦を築いていた。

 信周が身を寄せる本城――――村中城との距離は、直線でおおよそ六里程度だろうか。一度兵を発せば、その日のうちに山麓まで敵軍はやってくる。

 幸いなことに、村中城は佐賀平野の真ん中にあり、彼等の動きは丸見えだ。不意を突かれるということはそうそうない。

 

 

 

 

 苦しいにらみ合いは両陣営の予想以上に長引いた。

 防備を増強しつつ味方を増やそうとする長信派に対し、兵を増員し、味方を引きとめようとする信周派という構図が、ぴんと張った糸のような緊張感を維持したまま、季節が巡っていく。

 早急に軍を起こしたかった信周だったが、時期が悪かった。田植えの時期の進軍は、ただでさえ求心力が衰えつつある中で強行するには無理があったのだ。所詮は彼の軍は寄り合い集団でしかない。国人衆の機嫌を損ねては戦力を維持できない。 

 そして、それは長信派も同様であった。

 農民に負担のならない時期を見て、開戦する。必然的にそれは、田植えを終えた頃を見据える事となった。

 時間をかけてしまった信周には悪い流れであった。

 青々と新緑が日を反射する季節になると、南郷谷の戦いは広く肥前国内に広まっていた。どちらが新しい御屋形様になるのかと日和見していた勢力が、少しずつ長信と好を通じ始めていた。

 ここで決定的な何かが起これば、一気に流れは長信に傾くだろう。そういう危機感が信周にあった。さすがに、これ以上座して見ているわけにはいかなかった。

「出陣するぞ!」

 気勢を発した信周が動員できた兵力は、四〇〇〇ほどだ。敵方も同じくらいの兵力だ。五分五分の戦力差で、こちらは城攻めとなると不利に見えるかもしれないが、信周には秘策がある。

御屋形様(・・・・)、有馬の兵が杵島郡に至った模様」

「そうかそうか。さすがは有馬殿だ」

 信周はすでに家臣たちに自分のことを御屋形様と呼ばせていた。内外に自分が龍造寺家の家督を継いだのだと宣言しているのである。

 そして、家臣が口にした有馬の兵。これは、有馬晴信の兵である。有馬家は島津家と結び、肥前国内に攻め寄せていた。南郷谷の戦いで島津家が兵を退いてからは、彼等も撤退していたが、信周の救援要請を受けて兵を進めたのである。

 有馬軍は長信派だった藤津を陥落させ、有明海沿いに兵を進めた。総数三〇〇〇程度か。信周と同程度の兵数で、単純に戦力が二倍になった。

 信周が正面から梶峰城を攻め、有馬軍が梶峰山の背後を突く。そういう手はずになっている。多久は山に囲まれた地ではあるが峠道がいくつもあるのだ。有馬軍に梶峰山の背後に伸びる鬼の鼻山を通り抜けて、梶峰城を攻めてもらえば、信周はより優勢に立てる。

 有馬軍と信周軍は、二方向から梶峰城を目指した。

 信周軍の先鋒は、多久館を襲撃し、ここを奪った。この館は盆地の内部の開けた場所にあり、小高い丘を背負う場所にある。城館だけあって堀があり、すぐに前線基地として利用できたのだった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 信周軍が多久館を奪った事はすぐに直茂に伝わった。

 彼我の距離は半里も離れていない。

 そこに四〇〇〇もの敵兵が集結している。

 おまけに、山の向こうからは有馬軍が迫っているという。

「信周は、平戸をキリシタンに献上するとまで言っているようですね」

 犬塚鎮家が不満げに言った。

「彼も形振り構っていられないということでしょう」

 同意はしないが気持ちは分かる。

 慌しく人が行き交う城内の廊下を歩きながら、直茂が呟く。

「現実味のない空約束ですよ。平戸をキリシタンに、なんてできるわけないのに」

「まずは目の前の問題を解決したいということですよ。信周が政治的に追い込まれていたことは事実です」

 ただ、惜しむらくはこちらにも一手が足りなかったということか。

 信周を完全に瓦解させる前に、有馬軍との連携が成立してしまった。もう少し藤津郡で足止めできていればよかったのだが、そうはいかなかった。

 さすがに有馬軍は強い。小城だけではいくらも足止めはできないのだ。

 有馬軍がすぐそこまで来ているという情報は、城内を自然と悲観的な空気にしてしまう。信周だけならばまだしも、有馬家まで同時に相手をするとなると厳しい戦となるのは火を見るよりも明らかだったからだ。

「仮に大内に援軍を要請したとしても、一日二日では来れまい。敵はすぐそこ迫っており、あるいは……」

 と、呟く者もいる。

 大内家の動きも、この戦の鍵ではある。しかし、自分たちの未来なのだ。他人任せにせず、自分たちで切り開いていかなければ意味がない。

「直茂、どうなっている?」

 と、軍議の場に入るや否や長信に尋ねられた。

「信周は、想定の通りに多久のお屋敷に入られた模様です」

「そうか……」

 直茂は、信周が攻めてくるとなれば、多久館が利用されると踏んでいた。ゆえに、それ自体に驚きはなく、むしろ予定通りという感覚すらあった。

 問題があるとすれば、有馬軍の動きだけだ。

「有馬は……?」

「先ほど、福母城を攻め落としたようです。城兵は少なく、彼等は城を焼いて落ちたようです」

 福母城は鬼の鼻山の南部に設けられた小城である。有馬軍が迫ると聞いて監視のために人を入れていただけなので、落ちたところで痛みはない。

「後は西郷純堯、深堀純賢兄弟が、どこまで有馬を抑えられるか……そこに掛かっていますね」

 純堯、純賢兄弟は肥前国の名家の出であり、どちらも反キリシタンの急先鋒だ。南蛮被れの大村家と敵対し、その流れで昔馴染みの有馬家とも敵対した。

 二人は藤津郡を守っていたが、有馬家の攻勢に曝されて、手勢と共に杵島郡まで撤退していたのだった。

 直茂は、彼等に追加で五〇〇の兵を与えて久津具城を守らせていた。この城は、杵島郡から梶峰城に至る峠道を守る要衝の一つであった。

 まるで捨石のような扱いで、心が痛む。しかしながら、今は彼等に死地を守ってもらう以外に手がないのも事実だった。

 後は、彼等が有馬軍を食い止めている間に、信周軍との雌雄を決するだけだ。

 どたどたと床板を踏み鳴らす音がした。何事かと思う間もなく軍議の間に伝令兵が飛び込んできた。

「敵軍に動きあり。山麓に向けて進軍を開始した模様!」

 ざわ、と軍議の間に緊張が走った。

「いよいよ、ですね」

 直茂は長信に視線を送る。

「各自持ち場に就け。敵を一歩も城内に入れるな!」

「ハッ」

 長信の言葉を機に、一部の家老格を除いて将兵が持ち場に向かっていく。

 城を守るのに必要なのは和だ。誰がどこを守り、どのように敵を退けるのかという意識が共有されていなければならない。

 城内に篭る農民等も含めて、それぞれに役割があるのだ。

「信周さえ退ければ、有馬にも対処のしようはある」

 直茂はそう考える。

 有馬軍も数で見れば、そう多勢というわけではない。怖いのは信周軍と有馬軍が協力したときであって、今はまだ分断されているから個別に対処が可能だった。



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その八十五

 梶峰山の麓に到達した信周軍の先鋒は、これ見よがしに田畑を荒し、植えたばかりの稲を踏み荒らしていった。民家は家財を略奪されて、火を放たれ、黒々とした煙が濛々と空高く舞い上がった。

 一瞬にして、それまで積み上げた苦労の結晶を灰燼に帰された農民の嘆く声が城内に響いた。それと同時に、信周許さじ、と自らを鼓舞する者も少なくない人数が現れた。

 篭城戦に於いて士気は重要な要素となる。士気が崩壊すれば、どれほど堅牢な城に篭ろうとも一日と守り通すことはできないどころか、内部から城門を開きかねない。そうなると、敵に対する敵意を上から下まで共有できたのは悪いことではない。

 梶峰城には二つの支城がある。南東に雌城、北に雄城であり梶峰城とは山の尾根沿いに地続きだ。支城というよりも、大きな曲輪と言ったほうがいいかもしれない。

 信周軍は、最初にこの雄城の攻略に取り掛かった。

 鉄砲を撃ち掛け、矢を射放つ。城方も同様に飛び道具で応戦する。矢弾を交わし、攻め手の鎧から火花が散って悲鳴と共に斜面を転がし落ちていき、味方の喉下に矢が突き立って声もなく梯子から落ちる。

 戦は、序盤から激しい矢合戦となった。

「敵を一歩も城中に入れてはいけません! 近付く者は容赦なく、突き伏せ、射落としてください!」

 声を枯らして叫ぶのは、直茂の末妹の康房だ。

 城方は門や塀の内側に木材を組み上げて作った井楼を設けていた。この上から矢弾を向かってくる敵に浴びせかける。銃声と同時にばたりと敵兵が倒れ、音もなく飛び交う矢に射られてさらに一人が倒れる。しかし、敵も易々とくじけてはくれない。屍を乗り越えて、次々と寄せてはやって来る。まるでイナゴの群れのような徒労感を覚えながら、康房は矢を放つ。

 狭く急な山道を登ってきた敵は格好の的だ。鎧兜を装備して山を登ってくる。辿り着いた頃にはへとへとになっていて、満足に動けない。気力を振り絞って門に向かう敵を鉄砲と矢と投石が薙ぎ払う。

 同じような光景が、何度も繰り返された。

「敵は攻め疲れてきている。山の中腹辺りまで、一気に追い落としてしまいましょう」

 と、攻撃の手が緩んできたことを好機と見た康房が一隊を率いて打って出た。まさか、いきなり出てくるとは思っていなかった敵軍は、急な山道を転がり落ちるように追い落とされていく。

「とりゃあああッ!」

 大身の槍で敵の桶側胴のど真ん中を刺し貫く。血を吹いて倒れる敵兵を踏み越えて、康房とその仲間が声を挙げて槍を振り回す。

 崩れた敵軍は、為す術がなかった。

 狭く急な山道で突然方向転換することは困難だ。さらに、山道というのは登るよりも降るほうが危険である。鎧兜の重量で足腰に負担がかかっている今ならばなおさらで、康房たちは声を挙げて山道を降るだけで、登ってきた敵を追い落とすことに成功した。

 

 

 

 ■

 

 

 

 梶峰城に篭る長信の戦力は、有馬軍の援軍を加えた敵の半分に満たない。

 それでも山城の特性を活かすことで、十分に防衛戦が可能だった。一度に、敵全員を相手にすることはない。城に寄せてくる敵は、山を登ってきた相手だけだ。

 鉄砲と矢があれば、これを撃退するのは難しくない。

 だが、あまり長く続けられる戦でもない。

 有馬軍が到着してしまえば、城を明け渡すよりほかになくなる。逆転の目が潰える前に、こちらからも行動を起こす必要が会った。

 信周は、多久館で指揮を執っている。堀に囲まれた城館だ。指揮所としてはこの上ない構造であろう。ここから、自分が手足として操る四〇〇〇の兵に指示を出して城攻めに当たらせているのだ。

 十日も城方が踏ん張っていると、いよいよ痺れを切らせた信周は、さらに苛烈な城攻めを命じた。

「あの程度の支城一つに何をもたもたしているのだ!」

 信周が苛立つ理由はほかにもある。

 有馬軍だ。

 初日こそ悠然と進んでいた有馬軍の動きが鈍くなっているのだ。

 長信が派遣した西郷純堯らの抵抗が激しかったとはいえ、決して倒せない相手ではないだろうに。

 有馬軍は杵島郡内で進軍を止め、西郷軍とにらみ合ったまま数日を無駄にしている。

 長信と信周を共食いさせ、弱ったところで利を横から掻っ攫おうとしてうのではないかとすら思えてくる。徐々に、信周の内心に焦りが生まれ始めていた。

 信周が率いる兵の中には、これが初陣というものも多くいた。同様に長信の兵にも若い将兵が多く顔を揃えている。

 経験を積んだ有能な兵卒が、多く筑後国内で屍を曝したからだ。龍造寺家は、全体的に「戦力」を落としていた。数だけでなく経験そのものが失われてしまっていたのだ。城攻めも、大内との戦を生き残った者が陣頭指揮に立っているわけだが、血気に逸る若者もいれば、臆する若者もいる。それらを束ねるのが、存外苦労するのであった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 敵が逸っている。攻めかかり方が当初のそれを違うのは、梶峰城から戦況を窺う直茂にも伝わった。

 信周は、早期決着を狙っているのだ。力押しでも梶峰城を攻め落とし、長信の首を挙げたいのであろう。

 どうしてそこまでして焦っているのか。それは、大内家の存在だろう。彼等が本格的に動き出す前に決着をつけなければ、敗北は必至だ。そうでなくとも借りたくもない有馬家の兵を借りているのだ。これで結果を出せなければ、いよいよ信周の信用がなくなってしまう。

「兼ねてよりの策、いよいよ実行に移すときが来たものと考えます」

 と、直茂は長信に言った。

 諸将がぐっと表情に緊張感を露にする。

「討って、出るか」

「開戦からすでに十日余り。城内の備蓄からすれば、向こう半年は持ち堪えられますが、城兵はさにあらず。有馬の足止めも何時まで叶うか分からない以上、信周が前のめりになった今が最大の好機です」

「これ以上、時間を稼いでも不利になるか」

「攻め寄せる敵を追い散らす程度ならば造作もありませんが、有馬と合流されれば勝ち目は当然ながら減ります。兵の士気、体力の問題もあります。外に出て戦えるうちに戦わなければ、ジリ貧です」

 外交戦略としてはいい線をいっていた長信だったが、何分、大内家との国境沿いの国人たちはどれだけ味方をしてくれようとも遠方だ。

 彼等との連絡は、信周に阻まれていて簡単にはいかない。頼れるのは、梶峰城近郊の以前から味方をしてくれていた者たちばかりだ。

 篭城は気力を使う。体力ももちろん消費する。いつ終わるとも分からない戦を、何ヶ月も継続するのは気が滅入る。

 あまり長期戦になると、厭戦気分が高まってしまうし、これから暑い時期を迎える。閉塞した城内に病が蔓延する可能性もあった。

「いや、直茂に任せよう」

 こと戦に於いて、直茂の才覚は龍造寺家の誰もが知るところである。

 長信も、直茂のその点については評価せざるを得ないと思ってはいる。姉の片腕でありながら、姉の無謀を止められなかったことには、今でも鬱々としたものを抱えているが、生き残るために彼女の力は必要不可欠だった。

 差し出口をして、勝機を失っては元も子もない。

「ありがとうございます。それでは、払暁にも多久館を攻撃いたします」

「ああ、朗報を期待している」

 気張った様子で長信は言った。

 直茂の行動は早かった。 

 予め、この策に参加する将は決められていた。

 夜明けと共に、敵の本陣たる多久館を強襲し、信周の首を獲る。言葉にすれば簡単だが、実行に移すとなると極めて危険を伴う。

 参加する将兵も選りすぐりとなる。

 四天王の一人である木下昌直は当然として、そこに鍋島信房、犬塚鎮家、石井信忠、信易ら石井党の面々、上瀧信重といった武辺者までいる。現状、長信派の武将の中で突出した武勇を持つ者とその家臣による総攻めだ。長信派の力の限りの大反攻である。

 もちろん、それだけの攻勢に出るのだから、反動も覚悟している。失敗すれば、後はもう運を天に任せるしかなくなる。

 信周が入った多久館の構造は、把握している。敵が攻めてくる前までは、自分達の持ち物だったのだから当然だ。

 直茂自ら鎧を着て、槍を担いで出陣する。

 月のない新月の夜だった。星明りのみが頼りの山道を、直茂たちはぞろぞろと進んでいく。歩みは遅いが、急いで敵に気づかれる危険を犯すわけにはいかない。じっくりと時間をかける。それこそ、野山に潜み獲物を待つ猟師のように息を潜める。

 軍勢は、城の裏手から外に出た。密かに獣道を進むと、少しだけ開けた土地、天ヶ瀬に出た。ここまでで一刻ばかりとかなり時間を食っていた。

 多くの人員が暗い山道を進まなければならないのだ。こればかりは止むに止まれぬことであった。

「やっぱり、軍師殿はついてこないほうがよかったんじゃないか?」

 と、昌直が声を潜めて言う。

「何故です?」

「もしもってこともあるだろ。失敗したとき、立て直すには軍師殿が必要だろうが」

「大丈夫ですよ。失敗しませんから」

「こっちもそのつもりだけどよ」

 ふっと直茂は笑う。

 新月の夜だ。僅かな星明りのみが頼りである。

 直茂の僅かな笑みを昌直を空気の変化のみで察した。

「ここから先は一本道です。まさか、迷うこともないでしょうが足元には気をつけてください」

「心配すんな。もう慣れた道だ」

 以前から、この策は計画されていた。その頃から昌直は先陣を切る予定だったし、そのために目的地への道をしっかりと頭に叩き込んでいた。実際に、夜中に城から多久館まで歩いていったこともある。

 乾坤一擲の捨て身の策である。城外に出た決死隊の人員は、梶峰城に篭る戦闘要員の七割に達する大所帯だ。文字通り、今振り絞れる全力を尽くした朝駆けなのであった。

 誰にも使われない山道は、小川沿いに延びている。夏にはかれてしまうような小さな川だが、そのおかげで木々に邪魔されることなく夜道を進むことができた。

 ジリジリと虫の音が五月蝿い。

 耳元を蚊が飛び交い、汗で鎧の内側が蒸れる。暗闇の行軍という精神的にも辛い作業を、昌直が黙って続けた。自分の後ろには千を越える兵がいて、昌直が道を誤れば、その全員が夜道に惑うことになる。

 ゆっくりと深呼吸しながら、木の枝を払い除け、下草を踏みしめて進んだ。

 どれくらい時が経っただろうか、黒々とした木の陰が消えて、視界が開けた。山を降って麓に出たのである。

 この時点で、敵の懐に飛び込んでいる。多久館まで二町半といったところだ。夜襲を警戒してか、今でも煌々と篝火を焚いている。暗闇を行軍していた直茂たちにとっては、さながら夜の海の灯台のようなものだった。

 一軍は、山道を通って大きく山そのものを迂回した形になる。梶峰山麓に布陣する敵の攻城部隊の背後に出た。敵部隊の位置も彼等が篝火を炊いているので、手に取るように分かった。

 四〇〇〇人程度の軍勢で、複雑に入り組んだ多久の山々を完全に押さえることは不可能だ。

 いつの間にか蒸し暑い夜の空気がひんやりとしてきた。星明りが消えて雲がにわかに湧き立ってきた。ポツポツと雨が降ってきて、それはやがて突風を伴う豪雨となった。

 篭城している城方にとっては恵みの雨だ。そして、夜陰に身を隠している決死隊にとっても、それは同じだった。雨音が決死隊が発する物音を隠してくれるからだ。

 日が出るまでの僅かな時間を、昌直を雨に打たれて過ごした。汗を雨が洗い流してくれる。ぎゅっと槍を握り、目指す先を睨み続けていたとき、さっと東の空が明るくなった。雨雲の向こうに太陽が顔を出したのだ。陽光こそ雲に隠れてしまっているが、朝が来たことは間違いない。

「木下殿、準備はよろしいですか?」

 と、隣までやってきた直茂が尋ねてくる。

「当然。いつでもいけるぜ」

 答えは決まっていた。分かりきったその言葉に、しかし直茂は安堵と期待を込めて頷いた。

 済ました顔に若干の熱を帯びさせて、直茂が軍配を振り上げる。

 息が止まった。空気が固まり、呼吸一つが致命となるような静寂が軍内に満ちる。

「かかれッ!」

 そして、直茂の軍配が振り下ろされた。

 

 

 

 ■

 

 

 豪雨の中で湧き上がった喊声は、さながら雷鳴のようであった。

 梶峰城下ならばいざ知らず、まさか多久館にまで敵の手が伸びるとは思っていなかったのだろうか。信周方の抵抗は遅い。館近くの牛津川にかかる橋を落とす時間はさすがになく、かといって打って出て橋を渡らせないようにするだけの判断もできていないようだった。

 長信方は声を発することなく、一息に館までの距離を詰めた。豪雨が音を消してくれているのに、雄叫びを上げて自分たちの動きを悟らせる必要はない。

 直茂が味方に言い含めていたのは、とにかく行軍中は声を発しないことであり、それは彼女が軍配を振り下ろした後も有効だった。

 雨中を不気味に迫る鎧兜の集団に、番士たちは狼狽した。

「かかれ、かかれ、取り付いて門を開けろッ」

 昌直が怒声を上げると、彼女の家臣が次々と館の門や塀に取り付こうとする。それを食い止めるために、敵兵が鉄砲と矢で応戦してくる。

「時間かけられんぞ! 死ぬ気で押せ!」

 飛んで来る矢を槍で払い、味方に発破をかける。

 時間との戦いだ。あまり時間をかけていると、外に出払った敵が戻ってきてしまう。電光石火の攻撃で、多久館を攻め取ってしまわなければならないのだ。

 塀に梯子がかけられて、次々と昌直の兵が館の中に入っていく。門が内側から開かれるのに時間はかからず、門が開いてしまえば、館の防備など何の役にも立たない。

「信周殿ッ。龍造寺信周殿は何処かッ」

 赤銅の武者を槍で突き、蹴り飛ばす。

 多久館は、さすがに前代までの統治者の館だけあって広大だ。建物だけで十五棟はある。敵兵の抵抗も凄まじく、激しい乱戦になった。

 昌直に続いて直茂も兵を繰り入れた。

 泥水を跳ね上げて、刃が煌めき雑兵の首を落とす。

「お見事です、軍師様」

「世辞はよしてください」

 と、顔色を変えず直茂は次の敵を屠る。

 油断をすれば、直茂も屍を晒すことになる。さっと反射的に顔を逸らすと、頬を矢が掠めていった。危うく顔を串刺しにされるところだった。その代わり、直茂に「お世辞」を言った兵が矢に当たって倒れた。生死を確認する余裕はない。次の敵が来る。直茂を射ようとした敵兵は、横合いから繰り出された槍に突かれて討ち取られていた。

「抵抗しない者は殺すな。生かして捕らえ一箇所に纏めてください」

 ここは元来戦場ではなく、信周が陣を敷いた屋敷である。当然、世話をするために連れてこられた奉公人もいる。武士でない者の首を取っても名誉になるはずもない。無益な殺生は厳に慎むべきだ。敵方であっても、肥前国の民なのだから。

「軍師殿」

「木下殿。信周は?」

「すまん、まだ見つかってない」

 直茂は内心で舌打ちをする。

 敵は四半刻と経たずに征圧できた。もう抵抗する者はほとんどいない。館の奥から、時折けたたましい声が聞こえてくるが、それも散発的だ。

 事ここに至って信周の姿がないといことは、館の中にいなかったということか。

「いや、もともといなかったのであれば、ここまで抵抗する理由がない。逃げたか」

 しかし、だとしてもそう遠くには行っていないはずだ。

 館の裏には小高い丘があり、緑が生い茂っている。そこに逃げ込まれたとしたら厄介だ。騒ぎを聞きつけた城攻めをしている敵軍が引き返してくるかもしれない。

 信周が、逸早く攻撃を悟り、館の中の味方を放り捨てて落ちたのだとすれば、行き先はどこか。村中城に戻るか、あるいは丘の林に身を潜めて、味方の軍が引き返してくるのを待つか。

「館の中の畳から家財まですべてひっくり返して人が隠れられそうなところを徹底的に洗いなさい。姉さん、裏山に逃れた可能性があります。至急、捜索をッ!」

 手早く指示を飛ばす直茂。

 逃げたとしてもそう遠くにはいけないはず。

 村中城に逃げ帰るにしても、見晴らしのいい平野を逃げられるかというとそれはありえない。裏山か館の中にいるとしか思えない。

「いたぞー!」

 と、声が上がったのは、直茂が苛立ち爪を噛んだ直後だった。

 パッと顔を上げて、声がしたほうに走っていく。

「ぎゃあああああ」

 と、悲鳴が上がったのを聞いた。

 館の奥まったところにある武器庫と思しい漆喰塗りの蔵の前に人が集まっていた。

「な、直茂様!」

「どけ、どけ、軍師様がお見えだぞ!」

 小物たちが慌てて道を開ける。

 雨の中、蔵の前に血溜まりができていた。

 首を討たれ、屍となった身分ある武士が三人。怪我をした者多数。斬り合いになり、こちらも五名が致命傷を負っていた。

「ああ……」

 泥と血に塗れた敵将の首を見て、直茂は唇を震わせた。

「信俊……」

 龍造寺信周の首も転がっている。しかし、直茂は血を分けた弟の首から目が離せなかった。

「直茂様……」

「分かっています。……顛末は、どのような」

「は、このお三方がこちらの蔵の中に潜んでおりまして、それを見つけた者と斬り合いに……信俊様は、最期まで戦われた後、自ら首を突いてご自害なされました」

「自害……そう、ですか」

 信俊は、最期まで主君に付き従ったのだ。

 それを、誇らしく思うべきか。もう少し、早くついていれば止められただろうにという後悔の念も抱いてしまう。

 吐きそうになりながら、直茂は懸命に表情に出さずに亡骸に手を合わせる。

「首を持って、城に戻ります。早急に」

「はッ」

 龍造寺信周は幸いにして討ち取ることができた。乾坤一擲の大博打で、大当たりを引いたも同然である。直茂としては、最善は討ち取ることであったが、失敗しても信周が村中城に逃げ帰ってくれればよいと考えていた。それで、彼の求心力は致命的なまでに低下するはずだからだ。

 相手の油断もあったのだろう。払暁を狙った一気呵成迅速果敢な攻めが、逃亡の機会を奪った。

 長信の最大の対抗馬はこれで潰えた。しかし、だからといってすべて解決というわけでもない。長信に叛旗を翻す者もまだまだいるだろうし、信周の遺児もいる。これらを片付けて、初めて龍造寺家の統一はなるのである。

 



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その八十六

 十河一存が病に倒れたところで、これ幸いと畠山高政が兵を挙げた。

 一存という三好家の屋台骨の一つが揺らぎかけている中での迅速な挙兵と、岸和田城攻めは、一存を大事に思う長慶の心胆を寒からしめた。

 常に姉を心配してくれる弟の存在は、長慶にとってなくてはならない存在だ。

 京に兵を進めて以来、長慶は内憂外患を抱える事となった。将軍家と管領家を抑えれば、必然的に様々な恨みと疑心を買うのは目に見えていたが、畿内に勢力を伸ばすのであれば、いずれはぶつかる問題でもあった。長慶はうまく状況をコントロールしていたというべきだろう。

 父の仇であった細川晴元はすでにその力を失い、再起の目はほぼない。同族の三好政長もすでにこの世にはない。

 長慶が挙兵したのは、もともとは父の仇討ちと自身を正当な父の後継者とするためだった。それは、父の役職所領立場を長子である長慶が相続するのは至極当然の流れである。それを、断ち切ったのが晴元と結んだ政長だった。

 これを誅する力を持たなかった長慶は、晴元政権下で忸怩たる思いを抱えながらも少しずつ力を溜め込んで、晴元に対する反発心を抱く国人たちに呼びかけて叛旗を翻した。

 武力で晴元を追い落とした長慶だったが、正直に言って想定外な事が多く起こりすぎた。

 何せ、長年の仇敵どもが、あまりにも脆かったのだ。その脆弱さは罠かと思うほどで、長慶はあっという間に京に入ってしまえたのだ。

 こうなると、長慶は京に留まらざるを得なくなる。

 京の公家や天皇家からは治安維持を期待されるようになり、京に残る幕臣たちからも御機嫌伺いをされて、あれよあれよという間に京の実質的な権力者になってしまった。

 家臣たちは喜んでいる。

 自分の行いの結果だ。そこには責任が生じるし、急速な権力拡大により権益を冒された者たちの恨みも多々買っている。

 晴元派の者たちを処分して、領地を取り上げ、自分の家臣に褒美として与えた。晴元派の復権を防ぐと同時に三好家の惣領として立場を明確にするためだった。

 そうして、幕府内、そして畿内に自らの影響力を浸透させるにつれて、やはり将軍との対立も激化した。争いたくはなかったが、だからといって将軍の命に服することもできなかった。義輝と表面上の和解した後も、水面下での政治的対立は継続している。

 義輝が望むのは将軍親政。彼女自身が政治の舵取りを行い、日本全国津々浦々に足利将軍家の威光を満遍なく行き届かせる事こそが望みだ。

 そうなれば、これだけ義輝と対立してきた三好家の立場はなくなる。

 討伐されることになる可能性は高かった。長慶は、自分と家臣の身を守るために何としてでも義輝の政治力を奪わなければならなくなった。

 将軍家との対立の日々は今も続いている。

 長慶は、畿内を支配下に置く権力者でありながら、幕臣の一人である。将軍を補佐する立場でありながら、これを蔑ろにし、朝廷に媚を売って自らの権勢維持のために政争に明け暮れている。

 今日、唐突に義輝から呼び出された。幕臣としての立場もある長慶は、その圧倒的な兵力に物を言わせて幕府内にも確固たる立場を築きつつある。すでに義輝の権威は、長慶の権力に押し包まれている。

「殿下、この度は如何なる用向きでしょう」

 と、長慶は義輝の前に平伏する。

 御所の奥座敷で、義輝は双眸を妖しく光らせている。長慶を見た義輝は、その顔に強い憤りの念を浮かべた。

「長慶、貴様、わらわに隠している事があるだろう」

「は……?」

 義輝の問いは、回答するには難解であった。

 というのも、長慶が義輝にしている隠し事はごまんとある。彼女に余計な情報が入らないように、周囲を固めているので、義輝は世の流れを知らないのだ。

 幕府の重鎮ですら、もはや義輝と直接顔を合わせることはできない。それほど、長慶は徹底して義輝を隔離しなければならなくなっていた。

 それというのも義輝と上杉景虎の一件以降、義輝と諸大名との交流は、危険なものと三好家の中で判断されたのである。

 松永久秀の発案で、義輝は御所の奥座敷に半ば押し込まれてしまっている。

 皮肉なもので、彼女ほど優秀な将軍がいなくなったとしても、政務が滞るような事態は起こらなかった。幕府の行政機能はきちんと機能しており、長慶たちが将軍に代わって決済する事で政務は問題なく回っている。

 幕府の仕事そのものがほとんどないということもあるが、将軍という立場がどれほどに有名無実であるかを物語っていた。

「わらわに報告すべき事があろうと言っているのだ」

「仰る意味が分かりかねます」

 迂闊な事は言えないと判断した長慶は、それだけ言って口を閉ざした。

 すると、義輝は大きく表情を嫌悪に染めて、

「六角の件だ」

 と、言った。

「……ッ」

 長慶は平伏した姿勢のまま、内心の動揺を押し殺す。

「六角が、尾張の織田信長に攻め滅ぼされたと聞いたぞ。何ゆえにわらわに報告しなかった?」

 値踏みするような義輝の視線を感じながら、長慶は内心で舌打ちをした。

(どうして、義輝様がそれを知っている? 然るべき頃合までは秘しておくはずの案件だぞ)

 義輝と六角家との繋がりは深い。義輝が幼少の頃に、細川晴元から京を追われた彼女は六角家の庇護を受けていた。先代の六角定頼は、幕府の管領代として権勢をほしいままにするだけでなく、義輝の烏帽子親となって彼女の元服を助け、少なからぬ支援をしていた。

 義輝にとっては、六角家は大恩ある家であり、幕府を支える屋台骨そのものであった。

 義輝は静かに激怒していた。彼女の怒気が長慶にははっきりと感じ取れていた。

「報告が遅くなったことにつきましては、申し訳ありませんでした。あまりにも大きな出来事ゆえ、不明瞭な情報を上げるわけにもいかず」

「たわけがッ。貴様、意図してわらわに秘していたのであろうッ」

「決してそのような事はありません」

「嘘を申すなッ」   

 長慶は、只管に報告が遅くなったことを謝罪しながら、翻意はないと繰り返すだけだった。

 六角家に関して、はっきりしたことを長慶は口にしない。

 六角家とは、将軍を巡って敵対していた。一時は友好関係を築きかけたが、長慶が幕府の中枢に食い込んだ頃から急速に関係を冷却化していた。

 晴元や政長を追い落とした今となっては、六角家こそが最大の敵だった。

 しかしながら、六角家の滅亡に長慶は関与していない。六角家は自滅したのだ。お家騒動で君臣の和が乱れたところに、織田家と浅井家がなだれ込んだ。裏切りに次ぐ裏切りで、六角家は壊滅した。最大の原因は内部崩壊であって、三好家は一切関わりがない。

 だが、どれだけそう説明しても義輝は納得しない。

 六角家は義輝が最も頼みとする勢力だ。恩もある。それが、いつの間にか消え去っていた。義輝が遠ざけられている間に、あの強大な守護大名が消えたとなれば、それだけの陰謀があったと考えるほかない。

 義輝には情報収集をする機会も与えられていない。だからこそ、僅かな情報と状況証拠から「三好家」の陰謀であると決め付けていた。

 不味かったのは、義輝が六角家のことを知ってしまったことであり、それを長慶が報告しなかったことだ。

 義輝に知られると、後が面倒だから報告しなかったのだが、知られてしまった以上、報告しなかった事実が義輝への翻意と取られてもしかたがなかった。

 猛る義輝から逃げるように、長慶は御所を出た。今や御所につめている者たちも三好家中の者ばかりとなっている。京は完全に長慶の言う事を聞くものばかりで、義輝の味方は一人もいない。そういう状況が、景虎のような反三好の姿勢に繋がってしまうのだが、長慶は三好家を守るためにそうせざるを得なかった。

(苦しい……)

 不意に、そんな言葉を胸中に浮かんだ。

 どうして、こんなことになってしまったのか。自分はただ父の跡継ぎとしての正当性を示したかっただけなのに、傍から見れば、長慶は幕府を牛耳り、将軍を意のままにして、権益を(ほしいまま)にする業突く張りだ。

(これでは、晴元と何も変わらないではないか)

 権力欲のために父を利用し、使い捨て、長慶とその一家を不遇な目に遭わせた前管領。その権勢を憎み、正すために兵を挙げたはずだったのに、振り返れば、長慶自身が同じ事をしている。

 義輝の憤りは、間違いではない。長慶はそれだけのことをしている。しかし、だからといって義輝に政権を返すわけにはいかない。このまま、行き着くところまで行くしかないのだろうか。

 両肩が重く、肺腑が苦しい。胸が締め付けられるように痛かった。生来、善良な性質の長慶だ。本来の望みとは異なる状況に向かっている現状に心が痛まないはずがなかった。

 しかし、だからといって弱みを見せるわけにもいかない。京は、華やかで陰湿な貴族文化の極みだ。政敵の多い長慶は、迂闊に弱った姿を曝すわけにはいかず、いつでも自信を持って事に当たらなければならないのだ。

「長慶様!」

 と、自邸に戻ってきた長慶に呼びかけてきたのは三好政康であった。

 すらりとした長身の美女で、長い髪と蠱惑的な表情が魅力の女性だ。

 頭を使うより、戦場で刃を振るうほうが得意という性格だが、父親譲りの智謀も負けてはいない。

「政康、何かあったか?」

「はい……かなり、不味いことになりました。急ぎ、お人払いを」

 周囲の目と耳を気にする政康の様子に、事態の深刻さを感じ取った長慶は頷いて奥座敷に向かう。

「それで、一体何があった?」

 と、長慶は尋ねる。

「……心して、お聞きくださいませ。一存殿と実休殿が、お亡くなりになりました」

「……な、に……?」

 長慶は耳を疑った。どくん、と心臓が跳ねる。

「何を言っている? まさか、そんなはずがあるわけないだろう?」

「……残念ながら、事実でございます。早馬による報せがございました。今朝、一存殿が兼ねてよりの病にてお亡くなりに。それにより士気の下がった岸和田城が陥落した後、救援に赴いていた実休殿も畠山軍との交戦の末……」

「死んだ、と……何を、馬鹿な」

 長慶は、薄らと笑みを浮かべた。冷や汗が額に滲み出る。身体中の血の気が引いていき、眩暈を感じた。

「急ぎ対応を検討しなければなりません。畠山の軍勢が、京に上らないとも限りませんので」

「……いや、待て。一存と実休が死んだ等と、まずはその真偽を確かめるのが先だろう。あの二人が、こんなところで死ぬはずがないッ。何かの間違いだッ」

「長慶様、信じたくないというお気持ちは分かります。情報の真偽というのも確かです。しかし、このような情報が入った以上は、最悪を想定して動かなければ取り返しの付かない事態になり得ます。真偽の確認はするとしても、ここは京に敵を踏み込ませないようにするのが先決ではありませんか?」

「……ならば、任せる。河内から和泉にかけての情勢を具に調べ、より確実な情報を持ってきてくれ」

 ぐっと、長慶は感情を押し殺した。

 畠山家の狙いは概ね分かる。一気呵成に京に攻め上ろうとはしないだろうという推測が、長慶の脳内で組みあがった。彼女の冷徹な武将の勘だった。畠山家には、とにかく拠点が必要だ。長慶によって所領を追われていた彼等は恐らく――――報告が事実だとして――――次に狙うのは本拠地となる高屋城であろう。

 政康を部屋から帰して、長慶は一人で頭を抱えて蹲った。胸がズキズキと痛んで、息ができなくなった。涙が次々に溢れて、声を押し殺して泣いた。

 長慶には分かっていたのだ。政康が持ってきた情報が、誤りではないということを。彼女の能力を、長慶はよく理解している。真偽不明の情報であれば、初めにそう前置きをする。少なくとも、政康は一存と実休の死を事実であると確認した上で長慶に報告していた。

(弟たちまで先に逝ってしまって……わたしは、ここで何をしているんだ……こんな)

 

 

 

 ■

 

 

 

 さすがに、一存と実休の死はすぐには受け入れられなかったか、と政康は冷静に主を観察していた。

 一存については、覚悟していた。彼の病は、軽くはなかったからまだ若いが近い将来、その時が来るのは分かっていた。長慶は、一存を深く信頼していたから、その死で受けた衝撃はかなりのものだろう。

「まさか、実休殿までとは思いませんでした」

「そうね。こればかりは、本当に」

 政康の目の前で、書状に目を通していた久秀が同意を示す。

「長慶の様子は?」

「京の警備と情報収集は任せると。感情を押し殺しているようではありましたが、頭は冷静だったように見えました」

「……ふぅん、意外ね。少しは取り乱すと思っていたのだけど」

「ええ、本当に」

 ここは久秀の邸宅だ。実のところ、政康に一存と実休の死を知らせたのは久秀だった。

 政康の目から見ても、長慶は思っていたほどに取り乱さなかった。

 取り乱しているように見えて、きらりとした怜悧な知恵の光を見た。長慶は、感情的になりそうな自分を抑えて、状況を瞬時に理解していたのだろう。

 ある意味では嘆かわしいことだった。

 最も親しい親族の死を、悲しみながら冷静に情勢を判断してしまうという二律背反な情動を長慶は可能としていたのだ。もともとの才覚もあるだろうが、京での政争の日々が、彼女をそのように育ててしまった。いっそ、町娘のように惑乱してしまったほうが楽だろうに。

「ま、長慶の言うとおりにするのが一番ね。この一件は、かなり重いわ。畠山は勢い付くし、他の反対派も息を吹き返すでしょうね」

「ええ」

「そうなると、長慶はますます忙しくなるわ。当然、わたしたちも慌しく動き回らなくちゃいけなくなるわね」

「そうね」

「京でお茶、なんてしばらくできないかも」

「今のうちに、楽しんでおけばいいんじゃない? 多少なら、茶会の時間も作れるでしょう?」

「いいわね、それも。でも、さすがに遠慮しましょう。重鎮が二人も鬼籍に入ったんですもの。彼等の菩提を弔うのが先。その後は、周りと長慶の動き次第ね」

 扇を開いたり閉じたりしながら、久秀は言う。

 政康には彼女が分からない。

 その才覚を長慶に気に入られて取り立てられ、あっという間に立身出世を果たした傑物ではあるが、何かと黒い噂の絶えない人物だ。長慶も一存も、それを気にしてはいたのだが。

 だが、政康は特にそれを気にしない。

 彼女が長慶にとって薬になろうと毒になろうと興味はなかった。

「あなたはどうなの、政康」

「どう?」

 問い返しても、久秀は何も答えなかった。

 ただ艶然と微笑んでいるだけだ。 

 政康は何もしない。

 一存が死んだからといって思う事はないし、実休が死んだからといって、悲嘆することもない。どこまでいっても、彼等は他人でしかなかった。むしろ、大きな視点で見れば政敵とも言えた。政康にとっては、上席に二つも空きができたという程度でしかないのだ。

 かといって、自分から欲を出しても、政康に利益はない。

 長慶は、弟の死に悲嘆しているだろう。表面上はそうでなくとも、内心では悲しみに暮れている。人一倍家族愛の強い女性だ。

 そんな時期に、これ幸いと出世欲を見せればどのような仕打ちが待っているか分かったものではない。

 政康は長慶にとってとても厄介な存在だ。

 何せ、政康の父は三好政長だ。そう、長慶の父を晴元と共に自刃に追いやり、三好家総領の座を奪った張本人だ。長慶は人がいいので、今はまだ信頼を得ているが、人間はどこでどう変わるか分からない。下手を踏めば首が飛ぶ。

 久秀が何を考えているのかも、いまいち分からない。京は混沌とした街だとよく言われるが、何のことはない。三好家の内部ですら、この有様だ。一存と実休の二人が消えた今、外患だけに気を取られていれば、どこでどんな事故が起こるか分からないだろう。

 

 

 

 ■

 

 

 

 堺での暮らしもここまでだ。

 三好実休討ち死に。三好軍、壊乱の情報は瞬く間に堺にまで届いた。敗残兵が堺を目指して撤退しているという話もあって、晴持も即座に堺を出なければならなくなった。

 堺が戦火に巻き込まれるほどではないだろうが、三好家の敗残兵が阿波国へ逃れるために堺の船着場にやってくる可能性もある。その時に、大内家の船が接収されたのでは堪ったものではない。本格的に、三好家と大内家が激突してしまう。

 幸い、もともと帰国する日が近付いていて、畿内の情勢不安定ということもあって船の準備はできていた。

 さっさと荷物を纏めて船に乗り込んだ晴持たちは、惜別の念を抱く間もなく出航した。

 ちょこちょこと晴持の傍近くで動き回っている者がいる。背負った風呂敷の中には、油紙で包んだ書籍が入っているらしい。

 黒田官兵衛。

 播磨国小寺家に仕える黒田家出身で、堺で晴持に接見し、仕えることになったのだという。兵の間では、いったいどれほどの者なのかとすでに噂になっている。

 というのも、晴持が京で雇った光秀が、飛ぶ鳥を落とす勢いで成果を挙げているという前例があるからだった。

 京と堺という違いはあるが、唐突に晴持が雇ったという事実は共通している。そこで、黒田官兵衛という年端もいかないような少女の実力に関心が向けられたのである。

 興味を抱いたのは、そこらの雑兵ばかりではない。立場のある者も、将来の競合相手になり得るため当然に注目する。

「機嫌が悪そうですねー、姉さん」

「急に何です、秀満」

「いや、あの黒田殿が来てからというもの、姉さんがどうも落ち着いていないように見えまして」

「勘違いです」

 と、言いながら光秀はムッとする。

「わたしはとても冷静です。常日頃からそうです」

「もう言葉遣いから違いません? ……まあ、新入りの黒田殿の動向、みんな注目してますもんね」

「晴持様からはいたく期待されているようです。あのお身体ですし、主に文官としての仕事になるようですが」

 官兵衛は戦場で槍働きをするタイプではない。

 身体は小さく、筋肉もあまり付いていないようだ。元服は済ませているというが、未成熟な身体であることに変わりはなく、戦場に出て敵将の首を取る働きは期待できない。

 しかし、その反面頭の切れはそうとうのものがあるようだ。晴持はその一点を評価して、彼女を取り立てた。

 光秀は晴持に近い立場にいる。直接、晴持と言葉を交わせる側近の扱いだ。それだけの実績を積んできたし、晴持の期待に応えられるよう努力も欠かしていない。

 光秀自身がぽっと出の外様だから、周囲から何を言われても堂々とできるように居住まいを正していたから、今の評価がある。

(黒田殿は、少々気安すぎるのではないですか……)

 晴持以外に知り合いがいないからであろう。大内家に仕えることになってから、官兵衛は基本的に晴持の傍にいた。今ではかなり打ち解けていて、まるで拾われた小猫のように晴持の後ろをくっ付いて歩いている。これでは、官兵衛が側近であるかのようではないか。

(もともと晴持様は誰に対しても分け隔てなく接される方。だからこそ、わたしも取り立てていただけたわけですけど、あのようにお近くをちょろちょろと)

 宗運や義陽といった名門出の実績がある相手ではない。

 本当に突然やって来て、何故か晴持の傍にいる官兵衛に対して、光秀はどうにもいい感情を抱けていなかった。だからこそ、今になっても官兵衛ときちんと話ができていないのだった。

 立場というか晴持に仕える経緯が似ているからか、意識しないではいられなかった。

「まあ、晴持様が黒田殿に期待しているのは、明らかですし、黒田殿も拾われた恩を仇で返しはしないでしょう」

「もちろんです。晴持様からのご恩を仇で返すような者は、わたしが撃ちます」

「見目もいいですし」

「はい……んんッ!」

 光秀は頬を紅くしながら、咳払いをする。にやりと笑う秀満を光秀はぎろりと睨んだ。急に変な事を言い出すんじゃない、と目が言外に伝えてくる。

 古くから姉と慕う主人のいじらしい態度は微笑ましいものがあって、ついついからかってしまうが、この調子ではいつまで経っても状況が好転することはないだろう。

 光秀は明智家を背負って立つ身だ。いつまでも独り身というわけにはいかない。このことは折りに触れて何度もそれとなく光秀に伝えているが、まったく前に進んでいないのだった。

 秀満もまた明智家の一員だ。光秀が今のまま何もしないのならば、秀満が行動を起こしてもいいとすら思っている。

 とにかく重要なのは跡取りだ。

 戦乱の中で一家離散の憂き目にあった明智家は、光秀という後継者がいたからこそ長らえた。しかし、次がどうなるかは不透明だ。

 今は光秀が支えているが、一家安泰のためにはきちんとした跡取りを産んで、養育し、次代に繋いでいく必要がある。それが、家長の務めなのだ。せっかく、大内一門に明智家が加わる好機があるというのに、これを活かさない手があるだろうか。

 晴持のお手つきになりたいと思っている女性は、光秀が思っているよりもずっと多い。見た目がよく、性格も悪くない大内家の御曹司だ。その胤には、とほうもない価値がある。女好きなどと噂されてはいるが、彼が抱いた女性は実のところそう多くない。はっきりしているのは冷泉隆豊と河野通直くらいのものだ。陶隆房も怪しいが、あれはあれで光秀と似たような感じだろう。しかし、だからといって安心していいわけではない。大内家の次期当主が正室をいつまでも定めないわけにはいかないし、相手によっては側室を認めない場合もあり得る。すでに妾としての立場を確立した通直くらい内外にはっきりと示していれば話は別だろうが。

「強情なのか意気地がないのか……」

 これは、いよいよ真剣に話をする必要がありそうだ、と秀満は思った。

 すべては明智家の将来のためだ。

 晴持がダメなら別の男性で手を打たなければならない。光秀が他の男性は嫌だと言うのなら、自分が子を授かって次代に繋ぐ他ない。

 またしても悶々とした表情で官兵衛と晴持を見つめている光秀の横で、秀満はため息をついて覚悟を決めたのだった。



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その八十七

 晴持が山口に帰還して後、畿内からは様々な情報が舞い込んできた。

 十河一存や三好実休の死は、さすがに隠し切れず、瞬く間に周辺各国に広まっていった。

 三好家が受けた打撃は、想像以上のもので、和泉国の支配権を完全に喪失し、南河内国までも畠山家の手に帰した。畠山高政は、笑いが止まらないだろう。積年の恨みの一割でも返せたのだ。高屋城も取り戻し、追い落とされた名家は、復権のきざしを見せ始めている。

 重臣たちを集めた軍議の間でも、当然三好家の話題が取り上げられる。

「三好は、なかなか大変なことになったわね」

 と、飛び込んでくる書状や伝令の報告を受けながら義隆は呟く。

「他人事ではありませんぞ、御屋形様。三好が揺れるとなれば、その影響は計り知れませぬ」

「四国の情勢も変化する可能性もあります」

 杉重矩と相良武任が、危惧を口にする。

「幕府の事もあります。長慶は、将軍殿下を事実上の軟禁状態に置いているようです。この一件で、その状況に変化があるかもしれません」

 晴持がさらに付け加える。

 三好家と領土を接しているのは四国だけだが、幕府を手中に収めているという問題は大きい。将軍の意向を操作できるというだけで、諸国に対して優位に立てる。

 三好家と敵対するより、取り入ったほうが得策だと判断する勢力は少なくない。

 三好長慶は、天下に最も近い人物と言えるだろう。

 しかし、その足元が揺らいできている。

「三好政権を支えていた一族のうち、二人までもがこの世を去った。これを、好機と見る輩は多々おりましょう。特に阿波は油断なりませぬ」

「阿波、ね。どう思う?」

「恐れながら……」

 重矩が、恭しく頭を下げる。

「阿波は三好の本拠地とはいえ、そのすべてを掌握しているわけではありませぬ。とりわけ、実休めには深い恨みを持つ者もおります。ご存知かとは思いまするが」

「持隆殿のことね」

 阿波守護であった細川持隆が、阿波国の完全掌握を目論む三好実休によって殺害された事件は、阿波国内に暗い影を落とした。

 実休は、持隆の家臣という扱いであった。しかし、実質的には京で力を付けた長慶の命に従っており、持隆には守護の実権などなかった。当然、両者は対立する。そして、何がきっかけだったのかは不明ながら、実休は主君に当たる持隆を殺害し、その子を守護に挿げ替えたのである。

 それに反発し、大規模な戦が起こった。実休はこれを鎮圧したが、不穏分子は未だに燻っている状況だ。

「阿波の戦にて、先代の阿波屋形を慕う者たちはほぼ全滅の憂き目となりましたが、その一族郎党のすべてが根絶やしになったわけではありませぬ」

「その者たちが、阿波で兵を挙げるかもしれないってことね」

「如何にも。さすれば、領土を接する土佐にも兵乱があるやもしれませぬ」

「そこまで大きなモノになるかしら?」

「あくまでも極論でございます。が、万一ということもありえまする」

 阿波国に動乱の兆しがあるというのは事実だ。その種は、ずいぶんと前から撒かれている。問題は、三好家がどう対処するかである。

 たとえ、阿波国で、反三好の戦が勃発したとしても、大した兵力は集まらないだろう。二千に届けばいい方だ。となると、いくら十河一存や三好実休を欠いて混乱する三好家であろうと、鎮圧できない道理はない。

 どこかに助けを求めてくる可能性は高い。

「ならば、これを機に三好と一戦するのは如何か?」

 と、声が上がる。

 石見守護代の問田隆盛である。

「実休めは御屋形様の姉君の仇でもあります。阿波公方様も閉塞されており、これを救援すると申せば大義名分も立ちましょう。三好討伐の兵を挙げれば、反三好勢力は挙ってお味方するに違いありません」

 熱を込めて、隆盛は言う。

「某も、問田殿に同感です。今の大内家の力であれば、先代、そして先々代の如く中国路の諸国人を従えての上洛も叶いましょう。問田殿が仰るとおり、三好に反感を持つ者も少なくない今、姉君の仇を討つ絶好の機会と考えます」

 同意を示したのは、隆盛と同じ石見国人の吉見正頼であった。

「吉見殿に同意いただけるとは、珍しいこともあるものですな」

「親族衆の一員として、当然の事を申したまでのことです。義姉上の弔い合戦とならば、我が手勢が先陣を切るのもやぶさかではありません」

 正頼の妻は、義隆の実の姉である大宮姫だ。もともとは、正頼の兄である隆頼の妻であったが、隆頼が後継者がないままに殺害されたため、その弟の正頼に跡目を継がせてその正妻となった。

 義興は多くの周辺大名に自分の娘を嫁がせているが、自分の家臣に娘を与えたのはこの一例のみである。吉見家をそれだけ重視していたということの証左であろう。

「今、三好と戦っても得るものはないと思う。それよりも、九国と尼子に注意するべきじゃない?」

 と、疑義を呈したのは陶隆房だった。

「三好だって馬鹿じゃない。阿波で事が起こるだろうってのは分かってるし、撤退した三好軍の多くは淡路島と阿波に引き上げたって聞いてる。てことは、三好軍が阿波にいるんだから、兵を挙げたって先手を取られるのは目に見えてる」

「それも、大内の兵を持ってすれば蹴散らせましょう。伊予から讃岐、土佐から阿波と攻め入ればよいのです」

 隆房の意見に、あからさまな不快感を示したのは正頼であった。

 眉根を寄せて、即座に隆房に食って掛かったのだ。

「四国を落としても、三好の拠点は京にあるんだから、軍を率いて上洛するまで戦は終わらないよ。京を落としても、その後の統治を考えれば、現実的じゃないでしょ」

 もちろん、隆房も負けてはいない。

「いずれは三好と対峙するのは明白。敵が最も弱っているうちに叩くのは兵法の常道でしょう。懸念は尼子ですが、出陣すれば中国路の諸国も大内の威勢になびくは必定。その兵力を以てすれば、尼子すら飲みこめましょう」

「その尼子が独立したのだって、そうやって軍を京に進めた隙を突いたからでしょ。同じ事を繰り返すのは、得策じゃない」

「陶殿は御屋形様が同じ過ちを繰り返されると仰るのですか?」

「そういうことを言ってるんじゃない! 三好と戦うのは時期尚早だって言ってるの!」

「今、この機を逃して如何とするのですか。三好が最も弱った今こそ、打って出る時でしょう。陶殿ともあろう方が、まさか臆されましたか?」

「不用意に必要のない戦を仕掛けるのは、馬鹿のすることだよ」

「一息に京まで上れる好機を逃すほうが、如何なものかと思いますがね」

 バチバチと火花が飛び交う。

 正頼の意見と隆房の意見の両方に、理があるのは聞いていて分かる。

「そこまでにしなさい。二人とも、勝手に喧嘩しない」

 二人が睨み合いになったところで、義隆が口を挟んだ。

 呆れたような、困ったような、そんな表情である。

 自分と関わりのないところで、勝手に家臣同士が争うのが一番当主としては困るのだ。

「晴持、あなたはどう思う?」

 と、義隆が晴持に意見を求めた。

「そうですね」

 晴持は一拍置いてから、

「吉見殿のご意見も分かりますが、現時点では三好との戦は時期尚早……という隆房の意見に賛成です」

 三好家と争うなどとんでもない、というのが晴持の考えだ。

「確かに、今の三好家は揺れておりますが、だからといって有能な家臣がすべて失われたわけではありません。十河一存と三好実休は大物ですが、何も家臣は彼等だけではないのですから、すぐに立て直すでしょう。三好は織田と結び、六角を陥れましたので背後を脅かす者もおりません。開戦すれば、全面戦争となることは必定です。九国が安定していない今、そこまでするのは危険でしょう」

 一存と実休の存在感は大きい。この二人が一気に抜けてしまったので、三好家が大きく根幹から揺らいでいるのは明白だが、同時にそれを支えるのも家臣だ。二人が抜けた穴はそうそうに塞がれるだろう。畠山家がどこまで態勢を立て直した三好家と対決できるのかを見定める必要はありそうだ。

「何より、困るのは勝った後です。三好に勝利し京に入ったとして、そこから天下に号令するのは困難でしょう。せめて、中国路を完全に押さえ、尼子を制圧しなければなりません。準備不足のまま上洛すれば、三好家の二の舞になるだけです」

 三好長慶が京の支配者となったのは、江口の戦いで管領軍を打ち倒したからだが、その勢いのまま京に入ってしまった。そのまま畿内一円の支配者となったが、当然ながら様々な問題を一手に引き受ける事になった。

 最大の問題は将軍の扱いだろう。

 征夷大将軍は、京に健在だ。その権威は、京から離れるほどに強くなる傾向がある。

 晴持は、義輝と直接言葉を交わしたことがある。

 あの強烈な個性を有する将軍が、虜囚の運命を簡単に受け入れるはずがない。長慶は、義輝の扱いにずいぶんと困っているようだし、義隆が長慶を追い落として京に入ったとしても同じ展開になるのは目に見えている。

 京に入ったら入ったらで、さらに周辺国人との戦いが待っている。その向こうには織田家や浅井家もいるのだ。それとも戦うことを考えると、やはり山陰、山陽は完全に制圧した上で入京したいところである。

 おまけに、今でも幕府は三好家の手中にある。三好家を下手に刺激して大内討伐の御教書でも出された日には、権威を利用してきた大内家だからこそ大きな打撃を受けかねないし、島津家など服属していない遠方の諸勢力が活気付く可能性もあった。

「重矩は?」

「わしは、若様と同意見ですな。戦うべきは、他にもおりましょう。確かに、姉君の事を思うと心苦しいところではありまするが、上洛するにも陸路の確実な確保は必要でありましょう。京は、なかなかに遠き場所でございます」

「なるほどね……他に意見ある人はいる?」

 義隆は、全体を見渡したが、特に手は上がらなかった。

「じゃあ、三好の件は様子見。阿波の変事に備える事とする」

 義隆がそう決定し、この話はここで終わった。

 晴持と重矩の双方が隆房の意見を支持したのが大きかったのだろう。さすがに次期当主と重鎮の一人を相手に意見するほどの剛の者はいないようだった。

 何より、やはり厭戦気分というのはあるのだ。

 四国から九国に至るまで、大内家は頻繁に戦を繰り返してきたので出費も嵩んでいる。そろそろ戦続きの状況に一区切りを付けたいというのが、山口に在住する重臣たちの本音ではあった。

 三好家と敵対すれば、泥沼化するのが分かっているのだ。確かに勝ち目のない戦いではない。今の大内家が兵を動員すれば、一〇〇〇〇〇人に届く兵力を準備できるだろう。もちろん、そんな数を用意すれば、負担も極めて大きなものとなる。国力を著しく弱めるのは明らかで、現実的な数字ではない。三好家と、場合によっては織田家、さらに畠山家に根来衆らとの戦いを想定するのならば、かなりの準備が必要だ。

 正頼が言う仇討ちの戦ができないわけではないのだ。

 万が一にも成功してしまったら、その後に終わりが見えないということが問題なのだ。

 京に攻め入るというのは、それだけ覚悟がいる。

 義隆の祖父政弘も父義興も、京で戦ったが、結局山口に戻っている。京で得たものなど、何もないのだ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

「隆房と正頼にも困ったものね」

 と、義隆は渋い顔でごちた。 

 義隆の私室で、晴持しかいない。

「どうしたものですかね、あれは……」

 晴持も同感だった。

 重臣同士の対立というのはいつの時代も主家を惑わせる。

 おまけに隆房も正頼も大身だ。それぞれが国主並の兵力を動員できる。

 筆頭家老の陶隆房と姉の嫁ぎ先である吉見正頼の対立は義隆にとっても由々しき事態であった。

 だが、それは今に始まったことではなく、隆房と正頼が生まれる前から続く一族間の対立である。それこそ、祖父の代から陶家と吉見家は反目していた。ゆえに一朝一夕の解決は難しい。こじれにこじれて、顔を合わせれば睨み合いという状況だ。

「でも、まあ隆房が血気に逸らなくなったのはいい変化よね」

「そうですね。ずいぶんと、落ち着いてきたと思います。以前の隆房なら、逆に三好攻めに同意していたかもしれませんから」

 隆房の精神的な成長は、大内家にとっても大きな出来事である。

 ここ数年の間に、隆房は将として急激に成長した。立場が人を変えるというが、陶家の後を継ぎ、筆頭家老となったことも影響しているのだろう。

 しかし、そんな隆房であっても正頼が相手だと冷静さを欠くところがある。そして、普段は落ち着いている正頼も隆房に対してだけは刺々しくなる。

 祖父から続く対立構造は、理屈を越えて二人の間に亀裂を入れていたのである。単純な個人の対立であれば、修復できなくもないが、一族を絡めているとその取り巻きも含めて問題を大きくしてしまう。

「できるだけ、二人がぶつからないようにしたいところだけどね」

「出会い頭に刃傷沙汰になるようなことは、さすがにないと思いますが、戦の際の備えを遠くするとか、そういった対応は必要かもしれませんね……」

 はあ、と二人でため息をつく。

 他人の喧嘩にまで心を砕かなければならないというのは、大変心苦しいところだった。

「ま、こればかりはどうにもね。で、晴持、また人を雇ったんだって?」

「耳が早いですね」

「小柄で可愛い娘なんだって?」

「まあ、そうですね」

「ほう……で、もう抱いたの?」

「抱いてませんよ。義姉上、飛躍しすぎです。有能であると思ったから雇ったのです」

「ふーん……」

 なにやら疑いの眼差しを向けられているようである。

「晴持がまた姫武将に声をかけたと持ちきりよ。わたしはまだお声がけいただいていないのに余所者なんて……みたいに恨み節を言う女性もいるくらいだっていうのに」

「そういう関係になるために連れてきたわけじゃないですって。第一、俺が声をかけたのなんてそんなに多くないんですけど」

「まあ、ね。実際はね。隆豊と通直くらい? まあ、瀬戸内の向こうで全然構ってもらってない通直がこういう噂をどう思ってるか分かんないし、近くで晴持見てる隆豊があのほんわかした笑顔の裏側でどんなどろどろ抱えてるのかも知らないけどねー」

「何か怖いこと言わないください」

「女の執念舐めてると、酷い目に会うかもよ」

 身震いするようなことを義隆は言う。

 古来、女の妄執の恐ろしさは語り継がれるものである。嫉妬に狂った女が、鬼になるというのは平安の世から語られるものであって、この時代でも実しやかに伝えられている。

 あるいは、義隆は隆豊や通直から晴持に関するなんらかの愚痴を聞いているのかもしれない。

 遠方の通直にも、小まめに手紙を送ったりと気を使っているのだが、瀬戸内海を挟んでいて行き来が簡単ではないというのが、難しいところだった。

「それで、その黒田の娘は使えるの?」

「間違いなく。そろそろ福崎に着いた頃合と思いますので、義陽の下であれこれと働いてもらう予定です」

「ま、使えるのならいいんだけどね。播磨の伝手も欲しかったところだし」

 三好家との対立を避ける方針を執ったとはいえ、上洛そのものを諦めたわけではない。足場固めをして、準備を整えた上で兵を発する必要があるというだけなのだ。

 いずれにしても、尼子家という障害を取り除かなければならない。依然として山陰に無視できない勢力を維持している尼子家は、大内家としても早期に排除したい大敵である。

 それこそ、父の代からの因縁の相手だ。これを下さなければ、上洛など夢のまた夢である。

 

 

 

 逃げるようにして義隆の私室を辞した晴持は、自分の屋敷に戻り、蝋燭に火を灯す。ぼんやりと室内が明るくなる。今日は明るい月夜だ。外から入ってくる冷たい月光だけでも、室内を照らすには十分に思えたが、火の明かりというのは安心感をもたらしてくれる。

 眠気がやって来るまで、もうしばらく時間がかかりそうだ。

 寝つきは悪くないものの、あれこれと慌しかったために、気持ちが昂ぶってしまっているようだ。

 しかしながら、寝るまでの時間をどう過ごすべきか。白湯でも飲んで気持ちを落ち着かせるかとも思ったが、準備が面倒だ。妙に目が冴えて仕方がないが、やはり大人しく明かりを消して布団に潜っておくべきだろうか。

「あの、晴持様。夜分遅くに申し訳ありません」

 と、光秀の声がする。

 光秀がこんなに遅い時間帯にやって来るのは珍しいことだった。来るにしても晴持と事前に打ち合わせてからということがほとんどで、突然やって来たのは記憶にない。

「光秀、どうかしたのか?」

「あ……いえ、その……ぅ……」

 月明かりが差し込む障子戸の向こうで座り込んだ光秀の影がゆらゆらと揺れている。

 なかなか入ってこない光秀に何かあったのではと思った晴持は、障子戸まで歩み寄り、戸を空けた。

「ふあっ!?」

 今まで聞いたことのない珍妙な声を上げた光秀。

「は、晴持様ッ……えと、これは、その……!」

 と、見る見る顔を紅くしていく光秀。

 晴持は晴持で、固まっていた。涙目になる光秀の格好が、まさかのメイド服だったからだ。

 九国で宗像家から送られたメイド服で、光秀に与えたままになっていたものだ。

「とりあえず、入れ」

「はい」

 光秀をそのままにしておくわけにもいかない。夜の帳が下りて、人の目が届かなくなっているとはいえ、見回りの者もいるのだ。

「その格好できたのか?」

「う、上に羽織りを……」

「そうか」

 ただの着物ではなく、時に奇抜な服装をする者もいる。メイド服は大いに目立つものだが、突飛な格好を好む武将の衣服を考えるとまだ地味なほうかもしれない。上から何か羽織っていれば、この暗闇だ。さほど目立たないだろう。

「それで、急に、どうしたんだ?」

「それは……その」

 正座をする光秀は、エプロンが皺になることも気にせずギュッと白い布地を握りこんでいた。よほど緊張しているものと見える。

 顔をますます紅くして、視線があちこちに彷徨っている。

「……夜這いか?」

「ぁ……ぅ……ぅ」

 まさかと思ったが、図星のようだ。光秀はもうこれ以上紅くなる事はないだろうというほど顔を染め上げて俯いてしまった。

 生真面目で恥ずかしがりやの光秀が夜遅くにメイド服を着こんでこっそりやって来たのだから、それくらいはさすがに分かるが、そこまでするとは想像の範疇を超えていた。

 光秀のような真面目な性格だと、追い詰められてタガが外れると、突発的に驚異的な行動力を見せることがあるものだが。

「も、申し訳ありません。こ、今宵のことは、どうかお忘れくださいッ!」

 急に光秀が頭を下げて脱兎の如く逃げ出そうと立ち上がる。

 逃げようとする光秀を晴持は腕を掴んで引き止めた。

「待て待て、急展開過ぎる。とりあえず、落ち着いて、話を聞かせてくれ」

「う、ぅ……」

 光秀は言葉もなくしおしおとしゃがみこんだ。居た堪れなくなり逃げ出そうとしたのに、それを止められてしまったのだ。

 もう煮るなり食うなり好きにしてくれとばかりに、諦観の表情を浮かべた。

「とにかく、光秀。そのなんだ、要件は大体想像がついたが、唐突に過ぎると思うぞ」

「……はい。その、お察しの通りです……。今宵は、晴持様に抱いていただければと、思って参りました」

「それでメイド服まで着てきたのか」

「はい。秀満が、普段の格好ではなく晴持様にお褒めいただいた服で臨むべきだと申しまして……」

「明智一族の者だったな、確か」

「そうです。秀満とわたしは従姉妹の関係にあります。幼少からの付き合いがありまして、晴持様に拾っていただいた直後から、わたしの下に馳せ参じてくれたのです」

 光秀にとってはよい相談役でもある。幼馴染で従姉妹となると、かなり信頼できる間柄なのだ。

「わたしは、晴持様に拾い上げていただいてから、ずっと晴持様の臣としてお力になれればと思って職務に邁進しておりました」

「分かってる。それは、重々承知している。光秀の働きは目覚しいものがあるからな。俺の想像以上によくしてくれているよ」

「ありがとうございます。そう仰っていただけるだけで、わたしは満たされていて、それで十分だと思っていたのです……ですが、わたしはいつしかあなた様を、目で追ってしまうようになりました。主君としてでなく、男性として……はしたなくも、あなた様に求められたいと、思うようになりました。あなた様に、懸想をしました」

 一度言葉にしたら、滔々と思いが溢れてくるようになった。

 光秀は自分の胸中の思いを、ゆっくりと言葉に変えていく。

「わたしを……将としてだけでなく、側女としてでもお傍に置いていただけないでしょうか?」

 覚悟を決めた瞳で光秀は晴持を見つめてくる。

 もう視線を逸らそうとはしなかった。

 こんなにも慕われて、どうしてこの想いを無碍にできるだろうか。

「光秀に、それほど想われていたとは思わなかった。俺の不明だな……そして、俺は幸せ者だ。こうまでして慕ってくれる人がいるんだからな」

「晴持様……」

「光秀の想い、ありがたく受け取らせてもらう」

「あ、ぅ……よろしいのですか? 本当に、わたしなどが……」

「今更何を言ってるんだ。あまり自分を卑下するのは感心しない」

 晴持は光秀を抱き寄せる。

 将として戦場を駆け抜けていながら、彼女の身体は線が細く、華奢だ。

「今日は泊まっていくんだろう?」

「あ……はい、その、不束者ですが、よろしくお願いします……」

 光秀は夢でも見ているかのように半ば放心しつつ、そう言って晴持の胸に顔を埋めた。

 




光秀の後ろに丹羽殿が!


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その八十八

 近江国。

 日本列島の中心に位置し、さらにその中央には日本最大の淡水湖である琵琶湖が鎮座している。古来、実り豊かな国であり、交通の要衝でもあったため、数多の勢力が虎視眈々と狙ってきた歴史がある。また近江国は、琵琶湖を挟んで北と南に別れ、それぞれ京極家と六角家が反目してきたが、それを除けば大きな騒乱なくここまでやってきた。

 京極家は、下克上の荒波に流されて浅井家に乗っ取られてしまったが、南近江国の六角家は幕府の重鎮としての役割も得て、中央政権に強い影響力を与え、政争に敗れた将軍を匿うなど日本全国を見渡しても知らぬ者のいない大大名として君臨してきた。

 とりわけ、六角家の最盛期を築いた六角定頼は、名君として名を馳せていた。

 日本で初めて家臣団を観音寺城下に集め、楽市楽座を実施し、類希な商業都市を生み出した。

 その六角家が、没落した。

 尾張国から勢力を拡大してきた織田信長率いる織田軍との戦いに敗れ、ついに観音寺城が攻め落とされてしまったのだ。

 最後の当主である六角義賢は行方不明となり、今も織田軍による執拗な捜索が行われている。

 鎌倉時代から続く名門佐々木源氏、その本筋に当たる六角家の没落は、驚愕となって日本全国に伝わった。もともと織田信長は、今川義元を桶狭間で破って名を挙げていた。その後も尾張国を統一し、美濃国を奪って目覚しい成長を遂げていて、そんな中で六角家を滅ぼしたので、信長をぽっと出の大名と侮っていた勢力も、いよいよこれを無視できなくなった。

 とりわけ、織田家と所領を接する武田家や朝倉家、北畠家等は楽観視できなくなっている。今後、織田家とどのように付き合っていくかで、家の未来が左右される。それほどに、織田家とそれを取り纏める織田信長という人物は大きな存在となっていた。

 まさに飛ぶ鳥を落とす勢いとはこのことだ。

 西では大内家が勢力拡大を続けているが、注目度は京の話題は織田家で持ちきりだ。何せ、南近江は京のすぐ近くだ。大内家が上洛するのはまだまだ先だろうが、織田家はその気になれば明日にでも京に兵を進めることができる。

 三好家と同盟しているので、すぐに動くことはないと看做されているが、時代の流れというものはある。十河一存や三好実休がいなくなった三好家と六角家を滅ぼした織田家のパワーバランスが崩れつつある。

 信長が京を抑えようと思えば、長慶とてどうなるか分からない。そして、京が戦場となれば、戦う力を持たない公家は逃げるしかない。すでに荷物を纏めて知己を頼って疎開している者もいるという。

 そんな時代に愛された大名は、自らが築き上げた岐阜の街並を城から眺めながら、満足げな表情を浮かべていた。

 風にそよぐ燃えるような赤い髪は、腰に届く程度の長さだ。顔立ちは美しく、出るところは出て、引き締まるところは引き締まっている身体は実に女性的だが、如何せん眼光が鋭い。頭脳明晰で、はっきりと物を言う性格だ。そして何より、彼女の全身から発せられる覇気を浴びせかけられれば、大抵の男は劣情を抱くことは疎か彼女を女性として認識することすらできなくなるだろう。

 信長が見下ろす「岐阜」の街並。かつて、ここは稲葉山城の城下町であった。斎藤義龍を追い落とし、美濃一国を瞬く間に飲み込んだ彼女が本拠地に選んだのがここだ。井ノ口を岐阜に改名し、町割りを実施、まったく別の街づくりを行って斎藤色を一掃した。

 武士の本懐は一所懸命。自分に与えられた土地を生涯守りぬくのが大原則の時代で、信長は本拠地を尾張国から美濃国にあっさりと移していた。

 すでに信長は、織田家を完全に掌握していた。本拠地の移転という大事業すら、主要な家臣からの反対がないほどだった。

 楽市楽座で商人を呼び寄せて、一気に商業都市として繁栄した岐阜の街並を見ていると、いよいよ斎藤義龍を下したという実感が湧いてくるのだ。

 さらに、彼女は南近江まで手に入れた。これで尾張国、美濃国、南近江国三カ国を治めるに至ったことになる。尾張織田氏の傍系出身で、もともと彼女個人の地盤すら危うい状況から始まったことを考えると、その成長速度は異常と言ってもいいだろう。

 信長は名門の出ではない。織田氏は尾張国の守護代の家であるが、信長の家はその庶流だ。さらに、幼少期から母に疎まれ、主要家臣の多くが妹を戴いて信長に反抗するという事件すら起きた。それを乗り越えて今に至ったのだ。

 信長の側近ですら、彼女がここまで成り上がるとは思っていなかっただろう。

 さて、信長という武将は合理性を貴ぶ。悪しき伝統を思い切り蹴飛ばして、新しい風を取り入れることにかけてはずば抜けた才覚があるし、そういう意味では怖いもの知らずである。

 その一方で、怖いと思った相手には、恥を忍んで頭を下げるくらいに形振り構わない対応ができる人物でもある。

 先見の明に優れているとも言えるだろう。

「信長様、ここにおられましたか」

「おお、米五郎左。どうかしたか?」

「お部屋にいらっしゃらないので、また出歩かれているのかと心配しましたぞ」

 やってきたのは、信長が心から信頼する腹心の家臣である丹羽長秀だ。やせぎすの男で、最近髪が薄くなってきたのが悩みだという。

 文武両道の武将だが、特に内政に力を発揮し、縁の下の力持ちとして信長の戦を支えている。

 信長が彼を米五郎左と呼ぶのは、米のようになくてはならない大切なものだということを示しているのだとか。

 家臣に独特な渾名をつけるのは、信長の癖の一つだ。

「城下に出ても、いいかとは思っていたぞ」

「ははは、いえ、城下を見回るのがダメとは言いませんが、お一人での外出はそろそろ控えていただきませんと。すでに御身は三国の主。まして、関所を取り払ったために、何者が城下に潜んでいるか分からないのですから」

「分かっている。――――まあ、わたしはそういう不意打ちには強いぞ。心配するな」

「心配しますし、何かあってからでは遅いのです。せめて、供回りを付けていただかなければ。何であれば、拙者でも」

「よせよせ、お前の渋い顔を連れて城下を歩いていられるか。心配しなくとも、小姓あたりをつける。先日、森家の長女が出仕するようになったところだ」

「ほう、森家の……それはまた将来有望そうですな」

「ああ、あれはよい武将になるぞ……と、来たか」

 信長の目が細まった。

 彼女の視線の先は、城下町の大通りであった。

 馬に乗った姫武将とその護衛の一団がやってくる。

「あれは、信行殿では?」

 長秀が驚いた表情を見せた。

 信長によく似た、幼さを残した姫武将だ。

 織田信行――――信長の実の妹で、かつて家督を巡って争った相手だった。

 信長に敗れた後、助命され、これまでずっと蟄居していた。

「信行がここに来るのが不思議か?」

「え、ええ。何も聞いておりませんでしたので」

「ふふふ、そうだろう。誰にも言ってないからな」

「何ゆえに? せめて、一言言ってくだされば」

「信行がわたしの前に出てくるくらいで、いちいち誰かしらに許可を取る必要などないだろう。あれに蟄居を命じたのはわたしだ。それを解くのもわたしの一存で決まることだ」

「それは、確かに……そうですが。わざわざ岐阜まで呼び出して、如何なさるおつもりですか?」

「まあ、そう困った顔をするな。悪いようにはしない。働かざるもの食うべからず、だ。いつまでも部屋住みというわけにはいかんだろう」

 その答えを聞いて、長秀はほっとした。

 あるいは、信長がいよいよ妹を手打ちにするのではないかと危惧したからだ。

 信長の足元は安定しつつある。そのような状況下で、対抗馬かつかつて実際に敵対した信行は扱いが難しいのだ。

 信長の急進的な政策についていけないと感じる者もいる。勢力拡大により、彼女に恨みを抱く者も増えた。信行を担ぎ、信長に反抗する者が現れる可能性は皆無ではないのだ。

 信長をよく知る長秀は、この烈女にも人の情があることを知っている。本心では妹と争いたいとは思っていない。

 妹を手に掛けることがあれば、信長の心に暗い影を落とすだろう。

 そうでなかっただけよかったと思えたのだ。

 

 

 

 尾張国で蟄居生活を送っていた織田信行の下に、突然信長からの使者が来た。それは、一大事件だった。ただの近況報告ならばまだしも、今すぐに岐阜に来いというただそれだけの文面だったのだ。

 信長らしいといえばらしいが、呼び出しの理由はまったく書かれていなかったのだ。

 側近や侍女は、大いに心配した。

 信行は、外に出ることも外部の者と直接顔を合わせることも許されていなかった。そんな生活に押し込められていたところで急な呼び出しだ。

 もしかしたら、信長は信行を討つのではないかという不安が出てくるのは当然だった。

「それならそれで仕方ないわ」

 と、信行は言った。

 姉のことは大好きだった。

 信行は幼少期から聡明だった。その聡明さを彼女の母は深く愛した。彼女の周りにいる者たちも、「うつけ」の信長よりも物分りのよい信行を次期当主にと囁くようになった。

 しかし、信行は、その聡明さが故に自分の限界を知るのが早かった。そして、同時に信長の才覚を悟っていた。織田家の当主となるべきは信長であると、信行は確信していた。

 しかし、父の葬儀の場で信長が起こした不始末が、信行を擁立しようとしていた者たちに火をつけた。

 信長の家督相続を認めず、信行を次期当主に立てるため、母を巻き込んで彼等は決起した。

 彼等は信行を主人と仰ぎながら、信行の話に耳を傾けようともしなかった。

 柴田勝家などは数少ない例外ではあったが、彼女は信行をどうこうするのではなく、信長を倒すという一点だけを見ていた。

 いずれにしても、このままでは織田家はダメになる。他国ではなく、身内に滅ぼされてしまう。仮に信行が信長に勝てたとしても、傀儡にされるのが目に見えていた。

 反信長の激動を信行は止められなかった。だから、身を任せた。信長に、織田家の膿を自分ごと取り除いてもらうために、彼等の話に乗ることにしたのだ。

 結果は、考え得る限り最良のものとなった。

 信行は負けた。織田家の中でも、突出した強さを持つ勝家ですら、信長に敗れた。そして、信長は降服した者たち全員を――――信行も含めて許した。

 以降、信長をうつけと侮る者は、織田家中にはいなくなった。

 信行は、謀反人の汚名を一身に引き受けたまま、蟄居生活を命じられ、今に至る。

 そのため、信行は岐阜に向かう途上で寸鉄も帯びなかった。

 もしも、信長が信行を手打ちにするというのなら、一切の抵抗もなく斬り捨てられるつもりだったのだ。

 それが、信行なりの誠意だった。

 歯向かった自分を許した信長の優しさに報いるため、そして、最期は信長の従順な妹でありたいという願いからの行動だった。

「こ、これが岐阜……」

 そんな悲壮な覚悟を抱いてやって来た信行は、岐阜の繁栄具合に絶句していた。

 人々がこんなにも集まっている街を信行は知らない。

 どこもかしこも人で溢れていた。

 商人たちの客引きの声が、あちらこちらから聞こえてくる。

「すごい、話には聞いてたけど……まるでお祭みたい!」

 ちょうど、市が開かれる日に当たったらしいが、出店している店の数も信行の知る市とは比較にならない。

 尾張国ならば津島あたりならば張り合えるだろうか。内陸部の岐阜で、良港を抱える津島に匹敵する市が開かれているというのが、信じ難い光景ではあった。

 やはり、信長が織田家の当主になったのは正しかったのだ。

 信行ではこうはいかなかっただろう。それどころか、今頃は今川家に飲み込まれて、織田家そのものが消えていただろう。

 信長が当主となってから、彼女の行動を信行はずっと追いかけていた。今川家を撃退し、斎藤家を滅ぼし、六角家を粉砕し、三国の主となった。さらに、軍事面のみならず、内政面でも突出している。織田家が抱える人材の中で、これほどの結果を出せる者が他にいるだろうか。

 間違いなく、織田家は信長の才覚一つで成り上がった。

 信長が当主でなければ、織田家は滅んでいた。

 信長が築き上げた岐阜を、この目で見ることができたというだけで、信行は満足だった。

「来たな、信行。遅かったな」

「申し訳ありません、姉様……」

 岐阜城に到着するや否や、信行は城の軍議の間まで連れて行かれた。

 周囲に居並ぶのは、信長をここまで支えてきた重臣たちである。さすがに全員ではないが、名だたる武将が雁首をそろえていた。

 中には、信行の謀反に加担した柴田勝家もいる。

 信行が謀反を起こしてから数年が経過している。ずっと屋敷から出られなかった信行にとっては、多くが初対面なので、誰が誰だか分からないという面々が多い。

「さて、改めて……初めての者も多いだろうから紹介しておく。我が妹の信行だ。以前、わたしと家督を争った後、蟄居させていたのは皆の知るところだが、今日限りでその蟄居を解くことにした」

「え?」

 信行は予想外のことを言われて、頭が真っ白になった。目をまん丸に見開いて、信長を見る。

 重臣たちもざわついている。

「疑問があれば、すぐに発言せよ」

 信長はじろりと周囲を見渡す。

 それだけで、多くの者が萎縮する。

 信長が決めたことに疑問を差し挟む余地はないのだ。命を受けた者は、それに粛々と従うのが織田家の家風である。

 加えて、蟄居を解くのも不可解とまではいえない。

 勝家がそうであるように、信行と共に謀反を企てた者たちは、信長に許されて、新たな働き口を与えられている。

 信行に利用価値があると認めれば、信長は躊躇なくこれを用いるだろう。

 これは、単純にただそれだけの判断なのだ。

「さて、皆の働きにより、南近江の『老害』を追いやることができたわけだが、それで足を止めるわけにもいかん。皆も承知しての通り、次なる戦がすでに差し迫っている」

 織田家の拡大を恐れる勢力との争いが待っているのは想像に難くない。

 加えて、より大きな発展を望むのならば、こちらからも戦を仕掛けていく必要がある。

 織田家は戦で領土を勝ち取り、人を集めて成り上がってきた。その流れを断ち切るわけにはいかない。常に次の獲物を求めていた。

「六角を下した我等が、次に相手をするべきは誰か……信行、誰だと思う?」

 信長は信行をじっと見つめる。

 試されていると直感した信行は、急に眩暈を覚えた。極度の緊張で、発汗機能に異常を来たしたようであった。唾を飲んでいるのに、喉がからからになる。途方もない圧迫感であった。

 信行は酸欠になりそうになりながら、必死に頭を働かせた。

 不思議なことに、緊張状態を極限まで高まると、人の視線まで感じられるようになる。武勇の人ではない信行は、普段はそういった視線には疎いのだが、今は自分に突き刺さる視線の数をしっかりと数えられそうな気すらした。

 信長だけでなく、織田家の重臣一同が信行の回答を待っている。

 それは、ある意味で拷問のような時間だった。

「姉様の次の相手は……」

 くらくらとする。

 謀反に負けて、信長の前に頭を垂れたときですら、こんな気分にはならなかった。

「次の相手は……」

 落ち着けと自分に言い聞かせる。

 何も漫然と蟄居生活を送っていたわけではない。

 近臣に頼み、信長の近況をそれとなく聞かせてもらっていた。

 情報が皆無というわけではないのだ。今ある情報から、信長が最も目を付けそうな相手を選び出す。

「次の相手は……い、伊勢」

 搾り出すように、信行は答える。

「伊勢の北畠、だと思います」

「ほう……」

 ごくり、と生唾を飲む信行。信長の次の発言が気になって仕方がない。

「甲斐の武田でもなく、京を治める三好でもない、その理由を説明してみろ」

「は、はい……ッ!」

 信行は、大きく深呼吸をする。落ち着けと自分に何度も言い聞かせた。

「……武田は、今川家が弱体化した隙を突いて、今川領へ侵攻した結果、北条家を敵に回しました。越後の上杉とも関係がこじれていますので、武田から姉様に戦を仕掛ける余裕はない、と思いますし、こちらから手を出す必要もないと思います。いざとなれば、北条、上杉との連携も模索できる相手ですので……。三好は、将軍殿下と帝を手中に収めているので、戦うのなら、政治的な下準備が必要な相手です。それに、京を維持するには体力が必要です。将軍様の扱いなど、戦以外にも問題があり、手を出すのは時期尚早です。伊勢は尾張と国境を接しており、一向一揆も活発です。いつ背後を突いてくるか分からない相手ですので、今のうちに倒しておくべきだと考えます」

 以前から、伊勢国の国人衆や一向一揆、そして北畠具教は信長に敵対的であった。尾張国と伊勢国が近いということもあり、領土を争うことも度々だ。

 今川義元の侵攻時にも、信長の背後を脅かそうと一向一揆衆が蠢いていたという。

 その一方で、伊勢国は織田家から見れば孤立状態にある。

 隣接する大和国は三好家、南近江国は織田家の手にある。紀伊国に根を張る根来衆などは、どこまで味方になるか分からない手合いであり、織田家と明確に敵対していない。伊勢国を織田家が落とせば、信長は背後の心配が一気に減る。東から武田家が迫ってきても、兵力を投入しやすくなる。

 そう考えると、武田家が北条家と上杉家を相手にしている今が、伊勢国攻略の好機であった。

 それだけの意見を、信行は一気に吐き出した。

 こんなに自分の意見を人に語ったことはない。

 信長の反応を窺う信行。

 信長と視線が交錯する。数拍置いてから、信長が相好を崩した。

「確かに、信行の言うとおりだ。わたしも、次は北畠めが相手だと睨んでいた」

 と、信長は言った。

 それは同時に、信長自らが伊勢国へ侵攻するつもりだと宣言したのと同じであった。

「そして、信行は知らなかったのだろうが、伊勢にはどうも義龍が逃げ込んでいるようだ。いずれにしても早急に退治しなければならん。北畠がこれを援助する動きもあるからな」

「そ、そうなんですか?」

「ああ」

 信長は頷いた。

 そうすると、北畠具教は、斎藤義龍を旗頭に据えて信長に戦を仕掛けるつもりだろう。尾張国から美濃国まで攻め取ろうとでも言うのだろうか。

「所詮は伊勢一国も維持できない公家崩れだ。当人は剣術にかぶれているようだが、剣が鉄砲に勝るものか。何から何までかび臭い、井の中の蛙に現実を教えてやらねばならん。せっかく信行を娶わせてやろうとしたというのにな」

「は?」

 信行は頭の上に「?」を浮かべた。

 理解できない言葉が信長の発言に含まれていたからだ。

「あの、娶わせるとはいったい?」

「北畠の跡取りとお前の縁談だ。まあ、足蹴にされたがな」

「き、聞いていませんが……ッ」

「言ってないからな」

 信長は何の悪気もなく言い切った。

「北畠がお前を娶った後、当主の座を禅譲してくれれば楽だったのだがな。そうすれば、伊勢一国まるまる手に入る。ただ、そういう条件をつけたら拒否してきたから、この話はもう過去のものだ」

「は、はあ……?」

 信長が何を考えているのか、まったく分からなかった。

 信行を娶った北畠の次期当主が、北畠家の当主の座を信行に譲る。そんな条件で婚姻するような大名が、この世にいるだろうか。

 初めから、縁談を破綻させるために条件をつけているとしか思えなかった。

 相手からすれば馬鹿にしているも同然だ。

 北畠家は、土佐一条家と同じ武士化した国司の家柄だ。当主の具教は朝廷から中納言に叙任されるほどの高官で、さらに一流の剣術家でもある。武将としての能力も高いと聞く。そんな北畠家の中には、低位の織田家を軽んじ、勢力拡大を妬む声が大きいという。そんな状況下で、不利な婚姻政策に同意するはずがない。

「まあ、仕方がない。わたしも、北畠とは仲良くしたかったが、こうもこじれては戦で解決するより他にない――――ということだ。あ奴等は公家どもと親しいというが、その公家どもは三好とわたしの御機嫌伺いで忙しい。然したる障害にはならない」

「では、本当に北畠と雌雄を決するんですか?」

「ああ、そうだ。そして、北畠討伐の後、お前が北畠の名跡を継ぎ、伊勢を纏めよ」

「わ、わたしが北畠を?」

「そうだ。そのためにお前を呼び出した」

 今日は本当に予想外のことがよく起きる。

 あまりのことに、今度こそ失神してしまいそうだった。

「どうした信行。返事が聞こえないが?」

「あ、ぁ、ん……し、承知しました。姉様のお力になれるよう、全力を尽くします」

 信行は深々と頭を下げる。

 非現実的なほどの大役を仰せつかったと、困惑と同時に嬉しさで泣きそうだった。

 信長の期待を裏切るわけにはいかない。これは、信長が信行を信頼してくれているからこその大役なのだから。

 信行は感激に瞳を潤ませながら、与えられた使命を胸に刻み込んだのだった。

 




カッツは生きてました。戦極姫なので。


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その八十九

 南郷谷での戦いを終えてから、島津家は大規模な戦を控え続けていた。

 大内家と和睦したことで、肥後国南部の領有を幕府に認めさせることができたという点は、大きな収穫ではあった。その代償に、失われた将兵は数多い。論功行賞でも様々な利害関係の調整が必要になり、かなり紛糾した。力で家臣を押さえては、いらぬ反発を招くだけだが、かといってすべての望みを叶えてあげることもできない。

 島津家の重臣級の家格でも当主の討ち死にで代替わりしたところもある。その問題もあった。

 島津家にとって、南郷谷の戦いの影響は、想像以上に大きかった。

 悪いことばかりではないが、全体的に見ればマイナス面が目立つ。

 領土は確かに拡大した。

 あのまま戦域を拡大していけば、どこかで限界に達し、島津家は内部から瓦解していただろうというのは、冷静な目で見れば分かる。

 もともと、島津家は内輪の結束の強さが売りだった。それを有効活用し、薩摩隼人の勇猛な軍勢として島津四姉妹を中核として多くの戦を勝利してきた。

 島津兵は強い。それは、誰に聞いてもそう答えるだろう。ただ勇猛なだけでなく、それを的確にコントロールする頭脳を司る将もいる。全体的に高水準で纏った軍である。

 それゆえに九国三強の一に数えられるまでに成長することができたし、これからも成長し続けられるだけの力もあった。

 だが、それは長期的に見ればという前提があってのことだ。

 短期的に広域で戦い続けるだけの余力は島津家にはなかった。

 何故ならば、金も食料もなかったからだ。島津家は――――というよりも、薩摩国も大隅国も貧しい国だ。日本の最南端にあり、中央政治から最も遠く省みられることもなく、しかし降灰被害は止むことなく、毎年のように野分が上陸し、それによって降る大量の雨は大地を潤す前に地中に染み込み栄養分と共に流出していく。

 保水力の低い土地は稲作に向かず、農家は貧苦に喘ぐことになる。そのため、自然と肉食の文化が根付き、肉体的には強くなったのが皮肉なことではあるが、強くなった身体で内部抗争を繰り広げていたのだから救いがない。

 守護たる島津家が分裂を繰り返し、長年骨肉の戦いを繰り広げていたので、戦はなくならない。貧困なのに戦は終わらないという状況は、屈強で頑固な精神性を育てる養分となった。

 島津兵は、そうして育まれた。近隣の諸国人であれば、一溜まりもなく屈服させられる程度には強い。志を一つにして出陣すれば、自分達よりも遥かに強大な敵を打ち破ることもできるだろう。

 しかし、やはり貧しさからくる継戦能力の低さは弱点であった。

 人員も限られている。

 兵站が伸びきれば、容易く各個撃破されるだろう。

 島津家にとって――――振り返ってみればだが――――南郷谷以北へ進軍しなくて済んだのは、幸運な面もあった。

 自分達の能力以上に領土を拡大すれば、維持できずにジリ貧になるからだ。

 貧困から抜け出すには戦って、相手から資源を奪わなければならない。強いが故に、それが容易にできてしまった。大友家を耳川に破ったことで、将兵全体にまだまだいけるという自信がついた。日向国で大内家に跳ね返されたところで、止まればよかったが、そこで止まるには島津家は勢いを付けすぎた。全力疾走から急停止は不可能なのだ。そこで止まれば、領土拡大の原動力――――「現状への不満」がそのまま島津家に跳ね返ってしまうからだ。

 大内家との戦いで、領土拡大戦争が止まった。これで、対外戦争に力を使う必要はなくなったのだ。そこを素直に評価すべきである、と考えられるのは残念ながらごく一部の者だけであった。

「厳しいか」

 と、渋い声で呟くのは島津家に長らく仕えてきた重臣の一人、伊集院忠棟であった。

 戦を止めたとはいえ、島津家を取り巻く状況が厳しいことに変わりはない。

 現状を少しでも好転させるには、少なからぬ改革が必要だった。

 上方は三好家が将軍家を掌握し、その東に織田家が勢力を拡大している。そこに至る道は、すべて大内家の支配下であり、軍事力で大内家と相対するのは最早困難と言える。万が一、大内家が本気で島津家を潰しに来れば、極めて不利な戦いとなるのは言うまでもない。

 今一度、島津家が将兵一丸とならなければならないが、すでにところどころで叛旗を翻している者もいる。忠棟自身、先日そういった手合いを成敗したばかりだった。

 領内にも、近々大内家が総力を上げて攻め込んでくるという噂が流れている。

 龍造寺家の内乱も、大内家と同盟した長信派が優位に進んでおり、島津家は孤立しつつある。

 島津家単独で、大内家と相対するのは不可能だ。

 しかし、有力な同盟相手だった龍造寺家はすでに味方とは言えない。

 繋がっていた尼子家も連携するには遠すぎる。

 将軍家との繋がりも大内家ほど強くはない。

 大内家と敵対するのならば、大内家の拡大を危険視しているであろう三好家と手を結び、将軍家を通して大内家に有利な対応をしてもらうしかないが、政治工作に於いて大内家を上回るのは現実的とは言えないのだ。薩摩国は中央から遠すぎる。地理的にも大内家に対して風下に立っていた。

「いずれにしても、家中の和を如何に保つか、だな」

 当主の義久は、先代貴久から当主の座を引き継いでから、島津家内部の勢力争いをほとんど経験せずに今に至っている。

 それは、貴久が薩摩国中に散っていた島津家の分家筋に対して島津姓を禁じ、それぞれの所領の名を名乗らせたことで、君臣の別を明確化したおかげであった。これにより、「島津」姓は大幅に減り、対抗馬がない状態で当主の座を移譲することができたのだ。

 それが、下手をすれば崩れるかもしれないという危機感があった。

 今、明確に島津家に敵対を表明したのは肥後国や日向国の島津領にいる新参の国人ばかりだが、これが、旧臣や一門衆に広がれば、大規模な内訌に発展しかねない。それだけ、島津宗家の求心力が翳り始めていたのだ。

 かといって、義久が責任を取って隠居というのは、さらに状況を悪くするだろう。

 あまり目立たないが、島津家は義久の器の大きさが荒くれ者どもを包み込んでいるから成り立っている面もある。

 義久は特定の誰かを贔屓したりはせず、大らかに、時に残酷に全体を俯瞰して物事を決める性質がある。おまけにそれを周囲に悟らせない強かさ。まさに当主となるために生まれてきた人物だ。それを失っては、いよいよ島津家は分裂する。

「責任を明確にしなければなりません」

 義久の前で、忠棟は言葉を搾り出した。

 忠棟は義久の筆頭家老として幼少期から彼女に仕えてきた。こうして、顔を合わせて直接、今後の舵取りを話し合う機会も多い。

 南郷谷の戦に参加した者たちの中には、大きな不満が渦巻いている。多くの死者を出したのだから、それに見合った報酬がなければならないと。肥後国南部の領有を認めてもらったとは言え、その不満のすべてを解消できるはずもない。誰かが責任を取らなければ、収まらないという状況が差し迫っていた。

「わたしが当主として責を負い、弘ちゃんに当主を代わってもらうって、考えていたのだけど」

「なりません。それでは、宗家を割ることになりかねません」

「どうして?」

「義弘様もご当主の器をお持ちではありますが、同時にすでに独自の家臣団を有しております。これは、歳久様も家久様も同じことではありますが、ともかく、義弘様がそうでなくとも、その下にいる者に野心がないとも限りませぬ。まして、今御身が義弘様に当主の座を明け渡しても、戦後処理を押し付けるだけとなりましょう」

「う……まあ、確かに」

 厳しい状況に置かれている自覚は、義久も持っていた。だから、それを妹に押し付けるのは気が引ける。

 それぞれに派閥があるというのも問題をややこしくする。

 義久がこれらを統括し、上手く纏めていたから今までは問題なく回っていたのだ。義久は、三人の妹たちを奉ずる各派閥の者たちからも、そのさらに上の主として仰がれていた。

 義久が引退するということは、その求心力の中心がぽっかりと消えてなくなるということだ。

 そうなれば、各派閥が各々で相争う結果を生みかねなかった。

 姉妹仲と派閥仲はイコールにはならない。

 場合によっては歳久や家久を旗頭にする者たちの暴走もありえなくはないし、義久の引退によって立場を失う者もいる。当主の交代は、簡単には決められない。

 しかし、責任というのは明確でなければならないのも事実だった。

 ゆえに――――、

「辛いことを申し上げますが……此度の戦については、歳久様に責任を取っていただくべきかと」

 と、忠棟は言上した。

「……それ、本気で言っているのかしら?」

 底冷えのするような声音で、義久は言った。

 急激に室温が氷点下にまで下がったかのようだった。普段のおっとりとした表情が掻き消えて、まるで能面のように表情がそぎ落とされる。

 これだ、と忠棟は内心で頷いた。

 大声を上げずとも相手をひれ伏させるような威圧感を出せるのは、義久だけだ。義弘でも、歳久でも、家久でもこれはできない。

 これで、普段は明るく誰彼なく話しかけるのだから、驚きだ。

 しかし、ここで退いては忠棟が言葉を搾り出した意味がない。

「御意」

「あの戦の責任は当主であるわたしにあります。歳ちゃんにその責めを負わせることはできません」

「しかし、それでは歳久様をますます追い詰めることになりましょう」

「……え?」

「歳久様が、すでに自ら屋敷に篭られているのはご存知の通りです。敗戦(・・)の責任を痛感しているからです。義弘様はお怪我が癒えておらず、危うく命を落とすところでしたし、従っていた者たちも多くが討ち死にしました。その策を実行したのは歳久様です」

「わたしが許可をしました。乾坤一擲の戦いをしなければならないというのは、共通理解だったはずです。その上で、あの結果だったのです。大内との講和も含めて、わたしが最終的に判断をしたものです」

「それでも、歳久様があの戦の指揮を執っておられました」

 表向き、南郷谷の戦いは島津家が勝利し、島津家優位に講和したと発表しているが、それが目晦ましであるのは言うまでもない。 

 時間が経てば、大内家がほとんど無傷だったことが分かってくるし、龍造寺家も大内方が勢力を伸ばしてくるだろう。

 多大な犠牲を出したのに、勝ち切れなかった。その責を、戦の指揮官に求める声が出てくるのは自然なことだった。

 特に、最も犠牲者が多かった義弘の派閥からの反発がじわじわと島津家の内部に広がっている。表立っての非難こそまだないが、放置すれば爆発するだろう。

 義弘自身も重傷を負い、まだ戦線復帰が叶わないのだ。

 人情に篤く、家臣団の中で最も人気のある義弘が、歳久の策で死地に突撃して重傷を負った。そこで、多くの将兵が討ち死にした。これは、事前に覚悟していたことであったし、義久が言うとおり参戦した者の間では共通理解でもあったが、その家族や最下層の者たちは別だ。そこに、戦の流れや状況を無視した表面的な事実が伝わっているのであった。

 忠棟から見ても歳久は人望があるとは言えない。

 恐らく、四姉妹の中で最も求心力が低い。それは、性格的な問題だ。確かな戦略眼と冷徹な判断力は、味方にすら恐怖心を抱かせる。それで、人当たりがいいとはいえないので、明るい性格の義久や義弘、家久に人が流れてしまっていた。

 おまけに、作戦立案や総指揮を担当するという立場から最前線で槍を振るうこともあまりない。時に家臣と鍋をつつき、戦場では自ら危険に身を曝して戦う義弘と比較すると、どうしても評価が下がってしまうのだ。

 そこに、今回の南郷谷の敗戦が追い討ちをかけた。

 歳久がすべて悪いというわけではない。南郷谷の戦は、むしろ歳久が策を用いなければ、あそこまで善戦することはできなかっただろうし、責任というのはいくらでも追及できるものである。 

 例えば、大内晴持の首に後一歩まで迫った義弘に対しても、討ち損じた責任を追及することはできる。法に抵触せずとも、「あそこは誰誰も悪いだろう」という評価を周囲がすることは珍しくないのだ。法的に正しいかどうかは、そこには関係がない。苦境に置かれたときの人間の悪意というのは、そういうものだ。自分たちが苦しくなればその原因を他人に求め、対象をここぞとばかりに、必要以上に攻撃することがある。

 義弘は、彼女自身が重傷を負うほど奮戦しており、無謀な策の被害者という側面を周囲が見出したからこそ、同情を集めているのだ。そして、残念なことに歳久は、義弘が同情を集める分だけ、厳しい意見に曝されることになる。

 それは、義久も分かっていた。だからこそ、歳久が過大な非難を集めていることに不満があった。もちろん、大事な妹だからと贔屓する気持ちもなくはない。

「歳久様に甘い判断を下したと思われるのが、最も危険です」

「……叱るところはきちんと叱らないとダメってこと?」

「御意。そうして、責任の所在と処分を明確にすることで、戦後処理の第一段階がやっと終わるのです。ここで、義久様が責任を取ってしまいますと、それ以上の選択肢がなくなります。御身が責任を問われてはならないのです。当主が責任を取るのは、もっと重大な問題に対して切るべき手札です」

 言わんとすることは、義久もよく分かる。

 南郷谷の戦いの結果で、島津家が明日をも知れぬという状況になったわけではない。苦しい状況だが、大内家が大軍で押し寄せてきているということでもない。

 家臣の中に、義久を非難する声もほぼ皆無に近い。

 そんな状況で義久が「敗戦の責任」を取ってしまうと、当主の価値が暴落しかねない。今後、事あるごとに当主の責任が追及されることになっては、政治の混乱をもたらす。島津家の当主は、そう簡単に揺らいではならないのだ。

「歳久様にも、きちんと責任を取ったという事実が必要です。有耶無耶のままにしては、ますます問題が拗れてしまいます。そうなれば、さらに重い処分を求める声が出てくるでしょう」

「……ぅ、む」

 歳久が、一部の家臣から反感を買っているというのは、義久が頭を悩ますところではあった。それが、南郷谷の戦いの影響で表に吹き出てきたのだ。

 義弘は、怪我で動けない。命に別状はないが、動けるようになるまでまだ時間がかかる。歳久は今の時点で自主的に謹慎中である。当主の義久は、家中取り纏めのため本拠地を動くことができないので、四姉妹の中で戦に出ることができるのは家久だけとなる。

 四姉妹が力を合わせれば、万障を砕く力となったものだが、一度の戦で思いのほか手薄になってしまった。

 義久は、妹達の意見を聞きたかったが、皆傍にいない。

 正直、寂しいし心細いという思いは否定できないものであったが、島津家の当主として、ここが正念場だということも理解している。

 今後、島津家が弱体化したと風聞が流れれば、力によって屈服していた諸勢力が息を吹き返すのは想像に難くない。そうならないよう、今の内に家中を纏めなければならないという忠棟の意見におかしなところは何もない。

 そのための第一手が、歳久への処分だというのは納得しかねるところはある。これは理屈ではない。歳久の現状を知っているが故に、姉として彼女を支えたいと思うのは間違いではないのだ。しかし、それは当主として誤りでもある。忠棟は、言外にそう訴えていた。

 歳久を守るためには、歳久の問題を当主の立場から終わらせなければならない。

 一度、きっぱりと裁定を下せば、それ以上の責を問われることはない。

 悔しいが、忠棟の言うとおりではあった。

「……歳ちゃんは、しばらく蟄居、これでいい?」

「申し訳ございません」

「いいの。あなたが謝ることじゃないわ。わたしが判断しなければならないことでした」

 優柔不断な対応は、さらに問題を加速させる。

 決めるときには決めなければ、侮られてしまうだろう。また、親族だからといって甘い裁定をするのも、それはそれで反感を買う。

 蟄居は重い判断だが、所領没収に比べればまだマシだ。歳久には今後も働いてもらわなければならないのだから、彼女の戦力そのものは手付かずのまま残しておかなければならない。

 忠棟は伏して義久に謝意を示し、辛い判断をさせたことを詫びた。

 義久がどれほど妹のことを想っているのかを知っているためだ。

 それから、しばらく忠棟は義久と雑談を交えつつ、今後の展望を話し合った。なかなか、よい未来のために何をすべきか曖昧模糊としていて判断が難しい局面であるが、これを何とか支えていかなければと気持ちを新たにする。

「これで、南郷谷の非難が義久様に向かうことはない。一先ずは安心か」

 屋敷に戻る道すがら、馬上で忠棟はポツリと呟く。

 長々と話し込んでしまい、気が付けば日が暮れそうだ。橙色の光が、西の空から差して、長い影ができていた。

 島津家にとって、そして義久にとって何が最もよいのかを考え、実行に移すのが筆頭家老の職務である。

 そのために粉骨砕身の努力をすることは厭わないし、自らが戦場に立つことも選択肢に入れることができる。そして、その俯瞰的視点は義久の妹達にも向けられる。

 本来、当主の兄弟姉妹というものは相続争いの原因として遠ざけられるものだ。歴史上、仲のよかったはずの兄弟が、長じて後に反目して骨肉の争いとなった例は枚挙に暇がない。

 また、あるいは当主に万が一のことがあったときのための予備でもある。

 個々の人格や能力を考慮に入れないとすれば、義弘も歳久も家久も義久という当主を守り、島津家という家を維持するための部品なのだ。

 南郷谷での損害は、肥後国南部を得たという程度で帳消しになるようなものではない。

 戦力の低下は明白だし、何よりも不平不満が高まっているという事実がある。この矛先が義久に向いては困るのだ。

 義久のことだから、南郷谷での責任は自分にあると言い出しかねなかった。そうなると、今度はその責任をどのような形で取るのかという問題が生じるだろう。いつの間にか、当主の責任を家臣たちが追及していくことになってしまう。

 義久の政治的影響力の低下は免れない。それを阻止するためには、明確な「悪」を用意しなければならなかった。

 歳久には悪いとは思っている。しかし、歳久には現場で実際に指揮を執っていたという事実があるのだ。義久が当主としての責任を取っても、歳久の指揮官としての責任が不問になるわけでもない。誰かの不満は燻り続ける。ならば、歳久が責任を背負えるうちに背負わせてしまったほうが都合がいいのである。

 義弘が政治の舞台に戻ってくるのは、もうしばらく後になるだろう。島津宗家の中で戦に出られるのは家久だけだが、彼女はまだ若い。能力もあるが実績の積み重ねは、義弘に遠く及ばない。義弘であれば、ただそこにいるだけで離反を牽制することもできただろうが、家久では侮られることもあるだろう。

 これまで、姉妹で担ってきた役割を、重臣たちが背負わなければならないということになるだろう。

 その重臣たちも、各々の立ち位置がある。

 忠棟を筆頭とする義久派。これは所謂主流派だ。次いで勢力を誇るのが義弘派。これは、南郷谷で大きな損害を受けているが、義弘の命懸けの突撃と大内晴持に最も迫った実績もある。義弘の人柄を慕う者が多いので、むしろ結束が強まっていると言える。歳久派は少数派だが、不思議と結びつきが強い。歳久の内面を知る者たちの派閥である。家久派は新興勢力だ。派閥に中道的な考え方の者が多く、別の派閥と自由に行き来している者も少なくない。

 これらの派閥が、姉妹の意思とは無関係に形成されてしまっている。これを上手く回していくのは、義久だから可能な芸当である。忠棟はそう信じて疑わないし、実際そうだろう。よほど手ひどく打ちのめされて、当主交代を余儀なくされるようなことがない限りは、義久が当主である今が最も安定するはずだ。

 大内家が本腰を入れて侵攻してくれば、今の島津家にこれを凌ぎきる力はない。

 義久を当主として仰ぎ続けるためには、当然の策として大内家と敵対しないような立ち居振る舞いを検討する必要も出てくるだろう。

 もちろん、それを快く思わない者が大勢を占めるのであろうが――――。

 



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その九十

 降り注ぐ陽光が、夏の山口を暑くする。

 昨夜の雨で喉を潤した庭木も、すっかり晴れ渡った青空と高い気温には呆れていることだろう。

 アブラゼミとミンミンゼミの大合唱が、あちらこちらから聞こえてくる。 

 足を伸ばして田を見に行けば、青々とした稲の間から蛙の音もするだろう。

 うだるような真夏の日差しの下に佇む隆房の頬を汗の雫が伝っていく。

 彼女の手には大きな弓。直立のまま半身となって、ゆっくりと矢を番える。

 ここは、山口に設えた陶家の屋敷の矢場である。

 安土にかけた的に鏃を向けてぴたりと制止する。身の丈ほどの大弓だ。それを、一切のぶれなく完璧に支配下に置くのは並の技量と力では実現できない。

 キリキリと耳元で弦を引き絞る音がする。大きく吸った息を止め、目をしっかと見開く。一瞬を数十秒にまで引き伸ばしたような感覚の中で、隆房は手を離す。

 放たれた矢は真っ直ぐ飛んで、的の中央に突き刺さる。

 まるで、矢と的が紐付けされているかのようであった。

 隆房がふうと吐息を漏らし、弓を下げるとひりついていた空気が弛緩した。

「見事なものですね。的の真ん中を射抜くとは」

 感嘆の声を漏らしたのは、隆房の射を見つめていた宗運であった。

 真夏の炎天下で、陽炎の先にある的を射るのは並々ならぬ集中力と技術がなければならない。

「甲斐殿にお世辞でもそう言ってもらえると嬉しいよ」

「世辞などではありません。心から申し上げております」

 宗運は、大内家の中では新参者だが、武略に秀でた将として阿蘇家に長く仕えてきた。彼女自身が戦場で槍を振るい、矢を射て来たし、人を使う立場にあったのだからそれなりに目が肥えているという自負もある。

 その宗運から見て、隆房の武将としての実力は、極めて高い。多くの将を抱える大内家の中でも最上位を争うものであろう。

 聞けば、彼女の父も優れた武将だったという。

 先代の大内家当主、大内義興もまた天下に知れた名将だ。名将の下には名将が集まると言うが、まさに大内家はそういった家門だったのだ。 

 当代の義隆は、武ではなく文の武将だ。

 そのためか、戦場での功績は乏しく、先代ほど目立った逸話はないが、その一方で支配領域は過去の大内家のどの時代よりも大きい。恐らくは過去最高の成果を大内家当主としては成し遂げている。そういった意味では、彼女もまた傑物と言えるだろう。

 隆房はまだ若い。筆頭家老を父から引き継いでから日が浅く、家門と彼女自身の戦場での功績から、やっかむ声を封殺してきた。

「日々の鍛錬にも余念がないということですね。わたしも見習わなければ」

「まあ、そうだね。といっても、そろそろ射に力を入れておかないと二月に間に合わないからね」

「二月?」

「そっか、甲斐殿はまだ聞いてないんだ。大内家の年中行事の中で、一番大きな催しが二月にあるんだよ。氷上山興隆寺の二月会」

「興隆寺というと大内村の?」

「そうそう。よく知ってるね」

「さすがに、お仕えしているものとしてはそれくらいは」

 興隆寺は「大内氏」の総氏寺である。創建は七世紀にまで遡るとされ、本尊は釈迦如来だ。また、九世紀に大内茂村が妙見神を勧進し、大内家との関わりを強くした。以降、大内家が本拠地を大内村から山口に移した後も、その権威が衰えることはなく、大内家の勢力が強まるに従って、寺院の力も強く大きくなっていた。今では、氷上山全体が興隆寺となるほど隆盛を極めているのだった。

「二月会というと東大寺のものが有名ですが」

「お水取り? ああ、あれも大きい行事みたいだよね。あたしは見たことないけど、興隆寺のも負けてないよ」

「それほどですか?」

「もちろん」

 と、隆房は胸を張った。

「何せ、大内家も差配するからね。興隆寺は大内の総氏寺だから、年中行事もこっちにお伺いを立てなくちゃいけないことになってるの」

 大内家は、寺院の味方という印象が根強くある。遠く京にも、その姿勢は伝わっている。しかし、それだけではないのだ。大内家は寺院を保護しつつ、その内部にも深く食い込んでいる。興隆寺は長年、大内家と一緒に育ってきただけに、大内家からの干渉を強く受けているのだった。

「今、あたしがしてたのは歩射の鍛錬。二月会では、大内家から六人が選ばれて矢を射るの。今年はあたしも、その役を仰せつかってるから下手な射はできないってことで、今から気合を入れてるってわけ」

「ははぁ、なるほど」

 大きな武家には何かとしきたりや年中行事が多い。神官の家柄だった阿蘇家に仕えていた宗運には珍しいことではなかった。

 興隆寺の二月会では、隆房が言ったとおり大内家の重臣から六人が選ばれて矢を射る歩射が目玉行事だ。

 参加するのは大きな誉れだが、失敗すれば大きな恥となる。

 何よりも隆房は筆頭家老という重役中の重役だ。

 侮られないよう、できる限り「さすがは隆房殿」と賞賛される射を成功させなければならない。

 二月会の歩射は、身分を問わず解放される。

 高い身分の者は桟敷まで用意して観覧するほどで、山口に疎開している公家たちも見に来る。恥をかきたくはない。

「ずいぶんと気合を入れておられると思ったら、そのような理由でしたか。さしずめ、陶殿にとっては勝負の年といったところですか」

「まあね」

 はにかみながら隆房は手ぬぐいで汗を拭った。

 程よく日に焼けた小麦色の肌と天真爛漫の少女のような笑顔が眩しい。

 この少女とも見える姫武将が大内家になくてはならない筆頭家老の重責を背負っているとはとても思えなかった。

「ところで、甲斐殿。すっかり忘れてたんだけど、要件は?」

「あ、そうでした。晴持様から、書状を預かっていたのでした。今後の鷹狩りの件だそうです」

「ん、分かった」

 隆房の射に見とれて、すっかり要件を伝えるのが遅くなってしまった。宗運は申し訳ないと思いながら書状を隆房に手渡した。

「甲斐殿、今晩は予定ある? もしだったら、うちで一献どう?」

「……大変申し訳ありませんが、まだ仕事が残っておりまして」

「そう? 残念」

 隆房からの申し出を断わるのは気が引けたが、晴持から頼まれていた仕事がある。その上、新参者ということで、色々と学ばなければならないことも多い。

「じゃあ、しょうがない。返事は明日には出すからって若に伝えといて」

「承知しました」

 隆房は断われたことを何とも思っていないというように、宗運の背を叩いた。

 宗運の立場は、晴持の祐筆ではあったが、その武名を大内家にいて知らない者はいない。

 神代から続く阿蘇家を懸命に支え続け、しかし主家に裏切られた悲運の将――――そのような認識の者が多い。そのため、彼女は新参者とは思えないくらいに好感を持たれているのであった。

 恐縮しながら隆房の下を辞した宗運は、足早に晴持の屋敷に戻る。

 すでに太陽は中天に至ろうという頃合だ。そろそろ、腹の虫が鳴き出しそうだ。

 晴持の屋敷の前に牛車が停まっているのを見て、宗運は足を止めた。

「来客か?」

 牛車に乗って晴持の屋敷を訪れる人物として真っ先に思いつくのは義隆だ。彼女は、移動に牛車を使う。公家かぶれと揶揄される行動の一つだが、これはあくまでも高位の身分であるという自負によるものだ。

 次いで、公家の誰か。

 京の動乱から逃れるため、大内家に寄食している公家は少なくない。

 突っ立っているのも不審だが、身分のある人と迂闊に顔を合わせて因縁をつけられても困る。対応次第では晴持の責任にされてしまいかねないので、触らぬ神に祟りなしと距離を置かせてもらうほうがいいか。

 そのように思案していると、屋敷から牛車の持ち主と思われる人物が出てきた。

「どなただろうか」

 今まで、宗運が見たことのない姫だった。

 公家の姫のように豪奢な着物を着込んでいる。

 遠目に見ても美しいと分かる。通った鼻筋に、意思の強そうな瞳。肌は白く、しかし頬の血色がいい。艶やかな髪の長さを見れば、彼女は武人ではないということは明白だった。

 付き人たちに付き添われた姫は、牛車に乗って去っていく。

 その背中を見送ってから、宗運は屋敷の門を潜った。

「あの、先ほどどなたか貴人がいらしていたようですが、何かありましたか?」

 と、女中に尋ねてみた。

「ああ、あの方は、大宮様です。吉見様の御正室で、御屋形様の姉君なのです」

「御屋形様の姉君? なるほど、道理で」

 義隆の姉には、吉見家に嫁いだ姫がいると聞いたことがある。普段は山口の吉見家の屋敷に起居している。高貴な身分ということもあって、あまり外を出歩かないので、宗運は顔を見たこともなかった。

「大宮様は、どうしてこちらにいらしたのだろうか?」

「さあ、わたくしには何とも」

 と、女中は答えにくそうにする。

 それもそうだと、宗運は時間を取らせたことを詫びた。

 吉見家に嫁いだとはいえ、義隆の実の姉なのだ。

 大内家の中では、極めて高位にいる人物である。

 一般人が直接顔を合わせるというだけで不敬とされてしまうこともある。

 その後、宗運は晴持を探して奥座敷に向かった。

 隆房への書状を手渡してきたという報告を、まずしなければならないからだ。ほかにも何かと処理しておきたい仕事がある。

「晴持様、いらっしゃいますか?」

「宗運、帰っていたのか?」

「はい、ただいま」

 晴持は、奥座敷に向かう廊下にいた。

 これから部屋に戻ろうというところだったようだ。

「急に隆房のところまで行かせてしまって、悪かったな」

「いいえ、これくらいどうということはありません。ところで、先ほど大宮様がいらしていたとか」

「宗運、大宮様の顔、知ってたのか?」

「いえ、先ほど女中から伺いました。わたしは遠目から、今日初めて拝見しましたが美しい方でしたね」

「ああ、義姉上とはそこそこ歳が離れていらっしゃるが、そうとは思わせない若々しさだ。俺も会ったのは久しぶりだけど、以前会ったときと大して変わっていないように見えたな」

 晴持は、長らく山口を留守にしていた。そのため、山口を出ることのない大宮姫とは疎遠となっていた。義隆は書状のやり取りをしているようだし、年末年始等では顔を合わせているようだ。

「何か、ご用でもあったのですか?」

「いや、ただの世間話だったよ。九国での話を聞かせて欲しいだとさ」

「九国の話ですか」

「ま、あの人は基本的に外に出ないからな。義姉上と違って、姫としての立場を堅守されている。だから、まあ、外のことが気になるんだろう」

「そうですか。ええ、気持ちは分からなくもないです。未知の土地に関心を持つのは、珍しいことではありませんし」

「宗運もそうなのか?」

「はい。やはり、京には興味があります」

「京ねえ」

 晴持は京の荒廃ぶりを思い出してしまった。 

 日本の中心地ではあるが、公家が屋敷の雨漏りを修繕できないほどに困窮しているという惨状だ。病や飢餓で倒れた遺体は放置され、風向き次第では死臭が漂ってくる。

 もちろん、きちんと整備されている場所もあるが、残念ながら三好家でも京の状況改善には手が回っていない。

 きっと、宗運も京に足を踏み入れれば、理想と現実の差に愕然とするだろう。

 遠方の武将のほうが、京を理想化しやすい傾向にある。

 奥座敷に戻って、晴持は宗運から報告を受けた。

「隆房は、歩射の鍛錬をしていたのか」

「はい。それはもう、ずいぶんな気合の入れようでした」

 武術について、隆房は研究に余念がない。

 自らが身体を動かすのは、昔から得意で、槍も刀も弓も上手い。晴持は未だにどれをとっても彼女には敵わない。

 男として恥ずかしいという感覚は、もう持っていない。

 この世界に、そういった感性を持っている者はそう多くない。

 隆房のみならず、異様に強い女性が多い世界だ。

 応仁の乱以後、姫武将の台頭が進んでいる。今となっては主要な大名家の多くが姫武将という有様で、中国から九国にかけては、ほぼ姫武将が当主を勤めている状況だ。

 晴持も負けてはいないと思ってはいても、現実に歯が立たない相手はいる。

 身近なところでは隆房の名が挙がるが、大内家の外でも立花道雪や島津義弘といった次元違いの実力者がいる。

 宗運も単純な一対一の戦いでは彼女たちに劣るところがあるが、勝ち目がないわけでもない。勝負事に、運は付き物だ。時には実力差を覆して勝利する事もありえるだろう。強い者の勝率は高いだろうが、だからといって絶対に負けないということもありえない。

 そういうわけで晴持は腐らずに鍛錬しているところだが、才能ある隆房が鍛錬を怠っていないのなら、差は縮まるどころか広がっていくのではないだろうか。

「二月会は大切だからな、うちにとっては」

「とても大きな催しであると聞きました」

「そう。大きな行事だ。見ている分には楽しいが、参加する側はかなりの緊張を強いられるだろうな。義姉上も、七日も篭らなければならないしな」

 二月に入ると大内家の当主は二月七日から十三日まで、興隆寺の護法所に参篭する。十三日が二月会の最終日で、歩射はこの日に行われる。

 二月会における歩射は、一年の領国経営の安定を祈る儀式のフィナーレを飾るものなのだ。鍛錬に力が入るのも当然だろう。

 晴持への報告を終えた宗運は、足早に次の仕事に向かう。

 晴持が経営する福崎から使者が来たとの報せがあったためだ。

 福崎の代官は、相良義陽だ。

 宗運にとっては親友に当たり、九国の情勢に対応するため苦楽を共にしてきた人物である。大名相良家の当主と阿蘇家の重臣という異なる立場にあった二人だが、今となっては同じ主を戴く身となっていた。

 福崎には最近、一人の姫武将が送り込まれていた。

 黒田官兵衛という少女だ。

 何でも、晴持が堺で雇い入れたのだとか。

 元は播磨国の小寺家に仕える重臣の娘だったが、遠ざけられたのをきっかけに出奔したという。

 晴持が直々に雇ったのは光秀に続いて二人目である。

 光秀も当初は晴持に美貌で取り入ったのではないかと侮られたが、すぐに実力を示してこうした声を黙らせた。官兵衛が果たしてどのような人物で、何を期待されているのか分からないが、晴持がかなりの期待を寄せている人物であるということは近くで見ていて理解できた。

 宗運は使者と面会し、義陽からの書状を受け取る。そこには、福崎の様子が流麗な筆致で記されており、新たに開墾した田の状況や人口が増加傾向にあることなどが報告されていた。加えて、黒田官兵衛の働きぶりを賞賛しており、晴持の下で働かせるべきであると進言していた。

「義陽にここまで言わせるとは、相当の人物なんだな」

 と、宗運は呟く。

 もしも、晴持が義陽の進言を受け入れれば、すぐにも官兵衛は山口にやって来るだろう。

 義陽の下で、どの程度できるのか確かめさせるというのが福崎に送られた理由だ。できるとなれば、山口に呼ばない理由はない。

 晴持は試用期間を半年と言っていたが、先ほど話題に挙がった二月会が控えていることを考えると、さらに短縮される可能性はなきしもあらずだ。

「はあ……」

 無意識のうちにため息が漏れた。

 このままではダメだと思った。まだまだ、自分の努力は足りていない。能力のある人が集まるこの大内家で立場を確立するのは、並の働きでは評価されない。

 宗運は、まだまだ仕事を頑張らなければと気持ちを入れ直した。

 官兵衛が優秀な事務方だというのなら、今の宗運の立場や仕事にも影響が出るかもしれない。

 そのことに、宗運は息が詰まるような不安を覚えていた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 晴持がやりたいと言い出した鷹狩りは、公務というよりも趣味の範疇のものだ。そこまで大々的にするようなものではなく、山口の郊外にふらりと出て行って、愛鷹を放つという程度である。

 しかし、それはそれとして晴持の行動は多かれ少なかれ人目を引く。鷹狩りが個人的な趣味であるということは、逆にそこに同行する者は個人的に親しい間柄であるという認識を持たれる。

 政治的に晴持に取り入りたい者たちは鷹狩りへの参加をそれとなく求めてくるし、それが叶わないのなら周囲を固める側近と親しくなろうとする。

 このように、ただの趣味による行動も、最終的には仕事との関わりを余儀なくされる。

 鷹狩りは一人ではできないし、護衛も必要。となると、今から行くぞとは言えない。それなりに計画し、準備を整えてから行うことになる。

 実行するのは二ヶ月ほど先になるだろう。

 鷹狩りの季節は一般に木々が葉を落とし、雪がちらつく頃だ。

 葉が少なくなることで、見晴らしがよくなるからだ。

 そのために、夏の間から鷹の餌の量を調節したり、狩りの練習をさせたりと調整を行うのである。

 晴持は、来る鷹狩りに隆房を誘っていた。隆房は鷹狩りにも造詣が深く、彼女の知るいい狩場を案内してもらおうとしたからである。

 領内の視察に託けて、山口の外に出る機会を虎視眈々と狙っている晴持であった。

 野分がやって来る季節でもある。

 今年は気候が穏やかで豊作が期待されているが、しかし野分の直撃ですべてが水泡に帰す可能性も捨てきれないのである。

「それにしても暑い日が続くとキツイ」

 戦国時代にクーラーはない。

 外気温が生活環境に著しい影響を与える。

 風通しのよい造りになっている屋敷は、戸を全開にすることでより多くの風を受け入れようとするが、同時に蜂やら虻やらが屋内に侵入してくる。この前は、知らない間に書庫に蜂の巣ができていて騒ぎになった。

 そして、今日はあまり風がない。それが、不快指数の上昇に一役買っている。

 じっとしていると余計に暑く感じる。運動をしていると、暑くても平気なので雰囲気次第なところもある。ともかく、部屋に篭っていても気温が下がることはないので、水を飲みに行くことにした。

 廊下を歩いていると、前方から宗運が歩いてくるのが見えた。巻物の束を盆に乗せて運んでいる。

「晴持様、おはようございます」

「ああ、おはよう、宗運。どうしたんだ、それは?」

「これは、お借りしていた巻物をお返ししようと。中国方面の地理や諸勢力について、まだまだ不案内ですので」

「それで、これで勉強してたのか」

 日々の仕事で忙しいだろうに、勉強までしているとは。大内家に仕える以上は、九国の外まで知っている必要があると考えるのは当然ではある。

 まして、晴持の祐筆となれば、諸国人へ文書を発給することもある。それぞれの事情や力関係、所領の状況等の知識があれば、心強い事この上ないし、晴持も十分に安心して仕事を任せられる。

「はい……あ、申し訳ありません、失礼します」

 宗運は頭を下げて、晴持から離れていく。

 その頬に紅みが差していたのが気になったが、その時は敢て止めなかった。

 ガタンと、大きな物音がしたのは直後のことだった。

 何事かと振り返ると、宗運が跪くような姿勢で倒れていて、巻物が散らばっていた。

「宗運!?」

 驚いて、駆け寄った。

 晴持は宗運の背中を支え、様子を確認する。

「あ、晴持様。あれ、わたし……」

 宗運は自身の状況が掴めていないらしく、目を白黒させている。その顔は真っ赤で、とても尋常のものではなかった。

「宗運、大丈夫か!? 急に倒れたんだぞ!?」

「倒れ、え? ぁ……」

 起き上がろうとする宗運は、身体が上手く動かせないのかまごついている。

 これは重大事だ。

 晴持は宗運の額に手を当てる。

「熱い。熱があるじゃないか……!」

「いえ、大丈夫です。大したこと、ありませんから。申し訳ありません。ご心配をおかけしまして」

 と、宗運は立ち上がろうとしている。

「何を言っているんだ。そんなになっておいて、大したことないなんてありえないだろう」

 宗運が何やら意地を張っているが、ばたりと倒れたところを見ているのだ。これで、宗運の言を鵜呑みにすることはできない。

 まだ会話ができているが、だから安心かというとそうではない。容態が急変する可能性も否定できないし、熱の原因もはっきりしているわけではない。咳や鼻水といった風邪の症状がないので、熱中症の類だろうと予想はしても、それが正しいかどうかは晴持には何とも言えない。

「誰か、いるか!? 手を貸せ!」

 晴持はとにかく誰でもよいので人を呼んだ。

 呼びつけられた家人たちは、何事かと飛んできた。晴持がこのような形で人を呼びつけるのは滅多にないからだ。

「あ、甲斐様!?」

「何事ですか!?」

「これは、大変だ。すぐに水をお持ちします!」

 バタバタと家人たちが走り回る。

 ふらつく宗運を抱きかかえ、比較的涼しい部屋に運んだ。

 

 

 

 ■

 

 

 

 宗運を運んでからすぐに晴持は、宗運から引き離されてしまった。

 侍医によれば、もしも夏風邪であれば移ってしまうかもしれないからとのことだ。

 この時代の風邪は侮れない。ちょっとしたことで命に関わることになる。

「宗運は、大丈夫なんだな?」

「はい。このところ、暑い日が続きましたので、熱に当てられたのでしょう」

 と、侍医が言った。

「今は、濡らした手ぬぐいにて身体を冷やしております」

「そうか、大事がないのならそれでいい」

 一安心した晴持は、侍医を下がらせた。

 予想したとおり、軽い熱中症だったらしい。もちろん、熱中症は侮れるものではない。あまり、この時代だと理解がないので、水分と塩分の補給を周知徹底するべきかもしれない。

 それからしばらくして、回復した宗運が晴持の元を尋ねてきた。顔色は大分よくなっていて、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

「もう動いて大丈夫か?」

「はい……この度はご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

 と、晴持の前で深々と頭を下げる。

「体調不良は誰にでもあることだから、いちいち謝らなくてもいい。まあ、事前に水を飲んでいなかったというから、そこは注意しなければならないところだな」

「重ね重ね申し訳ありません」

 水を飲まなければ倒れるというのは、熱中症の原理を知らなくても経験的に知られていることだ。というよりも常識の範疇である。それを、宗運は仕事に熱中する余り怠っていた。この暑く、風のない日に部屋に篭っていれば、倒れるのも当然であろう。

「それに、あれこれと聞いたが、人の仕事まで手伝っているらしいな」

「それは、はい」

「手伝いをするなとは言わないが、自分の身体を第一にしないと。それで、体調を崩していたら元も子もない。最近、寝不足なんじゃないか?」

「……そのようなことは」

 こうして見ると、宗運の目元に隈があるようだ。今まで気が付かなかったことは、素直に反省すべきだった。

「夜遅くまで仕事をしているというのなら、それはそれで問題なんだ。手に追えない事務があるのなら、きちんと報告してもらわないと」

「そ、そのようなことはありません! 仕事については、問題はないのです! 本当です!」

 と、宗運は身を乗り出して言う。

「そ、そうか。なら、寝不足の原因は」

「それは、何とも……その、最近は寝つきがよくないので……結局、睡眠時間が少なくなるのです。早く就寝しようとしても……でも、大したことはありません、大丈夫です」

「そうか……」

 たぶん、大丈夫ではないのだろうなと晴持は思う。

 こうして見ると、最近の宗運は取り憑かれたように仕事に当たっていたようにも思う。現在の彼女の状況を無理矢理に結び付けてしまっているだけなのかもしれないが、いずれにしてもいい傾向ではないのは確かだ。

「それじゃあ、今日のところは帰って、休んでくれ。疲れも溜まっていることだろうし」

「あ、いえそれは……半日も休ませていただいたので、日が暮れるまでは」

「ダメだ、それは」

「あの、しかし……」

「体調不良を押して仕事をしても、いい結果にはならないし、周りに気を遣わせることになる。まして、倒れたばかりだ。俺の評判にも傷が付く」

「……あ、ぅ、申し訳ありません」

 宗運は、声を弱めて誤った。

 ずるい言い方だとは思う。宗運は、どうにも自分を省みていない。どうして、こうなってしまったのかは分からないが、自分をどこまでも追い込もうとしている。そういう状態の人間に、自分をもっと大事にしろと言っても効果は薄い。とことんまで自分を酷使して倒れてから後悔するものだ。だから、真面目さに付け込むしかない。こういう手合いは人に迷惑をかけることを嫌うから、それを突いて説得するのが無難だ。光秀にはこれが効く。似通った性格の宗運にも同じように効果があった。

 宗運の仕事ぶりは目を見張るものがあったのは事実だ。

 そこまで追い込んでいるという自覚はなかったし、仕事量が過大だったとも思えない。

 しかし、彼女はどうも他人の仕事を手伝ったり、自分で空き時間に勉強していたりと晴持の見ていないところでも動いていた。

「仕事も努力も大事だけど、倒れたら元も子もないし、大事なときに病気で動けないということになったら目も当てられない。宗運は人の上に立っていたのだから、家臣の体調がどれだけ大切か分からないわけじゃないだろう。今日の仕事はもういいから、必ず帰って休むことだ。後で、侍医を行かせるからな」

「……はい」

 納得できていないような表情で、宗運は引き下がった。

 日が暮れた頃に侍医を行かせよう。その上で宗運が万が一にも仕事を持ち帰っているようなことがあったら報告させなければ。

 今の宗運の状況は決していいとは言えない。

 しかし、何がそこまで宗運を追い込んでいるのか。これは、晴持にも分からなかった。本当に、気が付いたらこうなっていたのである。日頃から彼女の仕事の早さと正確さを頼りにしていたが、そこに甘えていた部分もあったのかもしれない。

 話をした限りだと、宗運は今の状況がおかしいと気付いていない。恐らくは、周りの者も宗運は働き者で立派な人だ、という程度の認識だろう。

 だとすると、このままだと同じことを繰り返すだけだが、内心に抱えたものを晴持に吐き出すことはないだろう。宗運にとって晴持は雇い主だ。その雇い主に直接、自分がこういう理由で追い込まれていますと直訴するのはやはり難しい。

 まして、労使間の契約など口先一つで覆るような時代だ。

 働けないとか能力がないと看做された新参者が、職を解かれるのは珍しい話ではなかった。

 となると、晴持が取れる手段は限られている。

 できる限りそれとなく、働きながら休めるようにするのだ。



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その九十一

 遠目に宗運が巻物を盆に乗せて歩いているのを見た。

 この前も、同じような状況で倒れていた。季節は夏の真っ盛りで、夏ばてで調子を崩す者も少なくない時期である。

 晴持の傍に仕えている家人の中にも、調子を崩す者がちらほらと出ていた。

 対策として、とりあえず身分ある者には梅干しを食べることを奨励し、そうでない家人には低濃度の塩水の摂取を呼びかけた。

 梅干しは栄養価が高く、塩分を摂取することもできる。疲労回復にはもってこいで、熱中症対策には都合がいい。

 古来、薬としても利用されている梅干しは、戦略物資の一つでもあり、戦国大名は挙って梅の植樹を奨励している。足軽から一軍の将に至るまで、梅干しを戦に持ち込んでいるのは、それだけ食物としても消毒薬としても優秀だからである。

 長期間の保存にも耐えられる超優秀な食べ物だが、戦略物資であるがゆえに家人に毎日支給するというわけにもいかないのが残念なところであった。

 ともかく、熱中症は意識付けで予防できる。

 水分と塩分補給を怠らないよう通達してからは、目に見えて体調不良の訴えは減少した。

 夏の耐え難い暑さも、それを過ぎれば懐かしいものとなる。秋の色が濃くなればなるほど、夏の暑さが偲ばれるものだ。

 この夏も、そう長くは続かない。あと一月もすれば、稲穂が黄金に実るだろう。

 熱中症は、適度な休養と水分、塩分摂取で対策できるが、宗運のあれはどうしたものか。

「甲斐様は、どうもお休みになっておられぬ様子」

 と、女中が耳打ちしてくる。

「夜も働いているのか」

「そのようです。蝋燭を灯して、なにやら書物に目を通しておられます。勉学に励まれているとのことですが、ここ三日は蝋燭が消えてから甲斐様がお部屋から出るまでに二刻ほどしか」

「ほとんど寝てないじゃあないか」

 そこまで多くの仕事を宗運に振っているわけではない。彼女がその能力の範囲内でできる仕事をしてもらっている。

 晴持の家臣は彼女だけではない。事務仕事を一人で背負い込むことはないのだ。必要に応じて、仲間内でやり繰りしていいのに、それができていないのか。あるいは、女中が言ったように個人的な勉強により多くの時間を費やしているのだ。いずれにしても、このまま放置するわけにはいかない。

 日が沈めば眠り、日が昇れば起きるというのが基本的なこの時代の生活だ。

 蝋燭の明かりも、それほど強いわけではない。蝋燭の明かりで勉強するのは、より疲れを増すことになる。体力が落ち込んでいる宗運が、そんな無理をこれからも続けようとしているのは大問題であろう。それを、晴持に報告しないのも困ることだ。

「君にも無理をさせた。今日は一日、休んでくれて構わない。これは、お礼だ。取っておいてくれ」

 と、宗運の動向調査に当たってくれた女中を労い、褒美を取らせる。

 彼女も、夜から朝にかけてじっと宗運の部屋を見てくれていたのだ。疲れる仕事をさせてしまった。

 残るは宗運をどうするかだ。

 宗運は所謂有能な働き者になるわけだが、明らかに無理を重ねていてこっちが心配になってしまう。

 家臣が無理をしているのなら、それを止めるのも上司の仕事であろう。

 大内家はホワイト企業であるべきなのだ。過労で倒れるなど容認できないことである。

「言って聞くなら、もう解決してるんだけどな」

 働くなとは言えない。早く寝ろと頭ごなしに命じることも現実的ではない。晴持に仕え始めた当初は、こうではなかったはずで、ここ二、三ヶ月の間に無理をするようになっているようだった。

 何かあっただろうかと振り返って見ても、思い当たる節はない。

 宗運に何度か確認したが、「わたしは、大丈夫です」とか「まだまだ余裕はありますから」とか言うのだ。無理をしているという自覚がないのか、意図的に隠しているのかだが、晴持が口頭で注意しても効果があるようには思えなかった。

 真面目な働き者が、労働環境について上司に相談するのが困難だということは、晴持はよく承知しているし、だからこそ、できる限りコミュニケーションを取るようにはしているが、身分や立場から相手のほうが萎縮してしまうことも珍しくない。価値観の違いもあって、なかなか困難な課題であった。

 不幸中の幸いなのは、日が暮れれば仕事の効率が著しく下がると言うことだ。蝋燭の明かりの下で仕事をするよりも、翌日に持ち越したほうが効率がいい。夜遅くまで仕事をするという状況は、自然と発生しにくくなっていた。 

 その上で宗運は夜な夜な何かしら、仕事を探して取り組んでいたり、勉強したりしている。頑張ることは悪いことではないが、何事も限度はある。

 頑張る理由を聞き出し、無理をしている事実に気付かせることができるかどうかだが、恐らくは晴持では難しいのだろう。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 夜、眠れないことがある。

 最近はそれが特に顕著になってきて、眠れないから蝋燭に火を灯して本を読み漁っている。そうして、眠気が来るのを待ち続け、やっと少し眠いなと思ったところで東の空が白んでくる。そうすると、眠ると起きれなくなるので眠らない。そんな日々を繰り返していると、睡眠時間がどんどんと減っていく。体力が低下している自覚もあった。その所為で、倒れてしまい晴持に介抱されるという失態を曝してしまった。

 このままだと良くないのは百も承知だった。何れは仕事が回らなくなるだろうという危機感もある。晴持からは休むように言われたが、それはできないと心の底から反発心が浮かび上がってきてしまう。

 晴持の前で倒れ、介抱されるという無様を曝したのだから、それを取り戻すにはさらなる働きで評価(・・・・・・・・・)を上げるしかない(・・・・・・・)

「そろそろ」

 この日、ほどほどの眠気が来たので蝋燭の火を消した。

 布団に潜って、まどろみに揺蕩う。

 身体が疲れているが、気持ちは逸っている。まだ何かできるはずだといつも考えている。眠るために目を瞑っても、頭の中では一日を振り返り、次の日の仕事のことを考えている。

 スッと身体の力が抜けて、意識を落とす。

 眠っている自覚があるのは、眠りが浅い証拠だ。

「阿蘇家を頼むぞ、宗運」

 旧主の言葉が不意に蘇る。

 病床にあって、阿蘇家の未来を案じた人物だった。

 長い付き合いで、実力も人望も申し分なかった。阿蘇家という歴史ある大家の命脈を続けるために、その人生のすべてを擲った人物で、そんなだからこそ、宗運もまた自分の人生を賭ける思いで一身を捧げたのだ。

 相良家と結び、大内家を頼り、阿蘇家が大名として名を残せるよう尽力した。島津家が攻めてこようと、大内家を頼みとして迎え撃てば、阿蘇家は独立を維持できる。

 それは、決して夢物語ではなかった。

 不安はあったが、自信もあった。

 阿蘇家は一致団結し、島津家という未曾有の大敵を退けるはずだった。

「……何ゆえに阿蘇家は屈したのだ?」

 病床に伏した旧主の顔が、豹変する。

 瞳が熾火のように燃えている。宗運は竦みあがった。心臓を鷲掴みにされたように固まってしまう。

「神代より続く阿蘇が、島津に屈したのは何故だ」

 申し訳ありませんでしたと旧主にひれ伏した。

 主君に合わせる顔がない。

 あれほど信頼を寄せてくれたのに、彼が死去した直後にすべてが瓦解した。後を継いだ惟種は、宗運の言葉よりも親島津派の言葉を信じた。

 ならば、自身が咎められる謂れはない――――と、開き直れるほど宗運は柔軟に考えることはできなかった。

 『何かできたはず』

 という思いは消えることなく、胸の中に漂っていた。

「阿蘇家が島津に頭を垂れたのは誰の所為じゃ」

「甲斐殿がもっと上手くことを運べばこうはならなかった」

 旧主の顔がかつての同僚に変わる。

 ぐるりと周りを取り囲まれて、言葉の刃で滅多刺しにされる。

 違う、とは言えない。否定できない。あの当時、阿蘇家の家政を任されていたのは宗運だ。宗運の日頃の行いが、阿蘇家のあの結末に繋がったのだとしたら、言い訳のしようがない。

 夢の中で、期待に応えられなかったことを旧主に詫び続け、同僚からの非難に曝され続ける。

 そして、今後は同僚が晴持に変わる。

 今の主だ。宗運を拾い上げ、再起の機会をくれた恩人だが、今は恐怖しかない。晴持が口を開くが、声が聞こえない。ただ、恐ろしい。感情だけが先走り、何も分からない。身体が動かず、息苦しさで胸が潰れそうだ。

 目の前が黒塗りになった直後に、眩い光がどこからともなく差し込んできた。

「ぅ、ぁ……」

 見慣れた天井。障子戸から朝日が差し込んできて、宗運の顔を照らしていた。朝日の眩しさで、目が覚めた。身体がずっしろと重くて、寝汗が酷い。井戸に行って、水浴びをしなければと上半身を起こした。

「はあ……」

 ため息をつく。まったく休めた気がしない。目元を擦ると濡れていた。

「涙……」

 何か酷い夢を見たような気がする。

 思い出そうにも思い出せないが、苦しい夢だったのは分かる。

 眠れないというよりも、眠るのが恐ろしいのだ。

 頭を空っぽにすることができず、常に恐ろしさに追われている。

 自分でも理解できない焦燥感が、宗運から休むという選択肢を奪っている。

 また苦しかった。きっと、今日の夜も同じだろう。蛇が全身に絡みついて、這いずり回っているかのような不快感だ。

 宗運は、気持ちを落ち着かせるために井戸に行き、冷たい水を頭から被った。

 冷たい井戸水が心身に染みて、頭がすっきりするような気がする。

 今はとにかく仕事をしていたい。

 仕事に没入しなければ、心穏やかに過ごせないと思った。手早く朝食を摂り、政務に入り、筆を執る。書状に目を通し、先例と比較し、必要に応じて晴持に裁可を仰ぐ。一日は慌しく、今日もすぐに夜が来るだろう。

「甲斐殿、お時間よろしいですか?」

「明智殿? ええ、構いません」

 宗運に声をかけたのは光秀だ。

 宗運と同じ、晴持の祐筆の一人で、共に仕事をする機会が多々あった。

 とても能力のある人物で、一緒にいて学ばされることも多い。

 それに、最近妙に綺麗になったような気がする。やはり、晴持と関係を持ったからだろうか。光秀が恥らいながら教えてくれたことだ。彼女から口止めをされているが、その分かりやすい態度の所為で公然の秘密になっていた。

「晴持様からすぐに来て欲しいとのことで、お声がけをしました」

「え? あ、左様ですか。承知しました。すぐに伺います」

 晴持からの呼び出しとなれば、すぐに向かわなければならない。

 何かあっただろうかと思いを馳せていると、

「甲斐殿」

 と、光秀が声をかける。

「はい?」

「……いえ、何でもありません。呼び止めてしまって、すみません」

 珍しく歯切れがよくない。

 しかし、必要なことならば、光秀が口を噤むことはないだろう。光秀が何でもないというのなら、今はそれでいい。

 あまりここで長話をしても、晴持を待たせてしまう。

「では、これで」

「はい、お身体にはお気をつけください」

「……もちろんです。ご心配をおかけしました」

 光秀からも心配されて、宗運は申し訳ない気持ちになる。

 この前倒れたのが、広まってしまったのだ。

 人の口に戸は立てられないという。仕方のないことだが、顔を合わせるたびに体調を気遣われることになってしまった。気恥ずかしいことこの上ない。自分の体調管理の悪さが招いたことだが、時間を巻き戻せるのなら、あの日の朝に戻ってきちんと対策を取りたかった。

 宗運は足早に晴持の下に向かった。

「晴持様、宗運です。ただいま、参りました」

「ん? 宗運か。入って」

 気さくな返答に、深刻さは感じない。 

 何か問題が起こった、ということではないらしい。少し安心した。

 奥座敷で胡坐をかいている主の前に罷り出て、平伏しようとする宗運を晴持が止める。

「堅苦しいのはなし」

「は、はい」

 これは、未だに慣れない。

 晴持の気性はとにかく誰に対しても平等に接しようとする。自分の立場を分かっていないというわけではないので、公の場ではそれ相応の口調、仕草をするが、それ以外の場ではまるで友人に語りかけているかのように振る舞う。

 宗運に対しても、家人に対してもそうだし、街の人々に対してもそうだった。これには、いい面と悪い面の両方があるが、現状、そうした気性は好意的に見られていた。

 戦で明確な実績を挙げているおかげだろう。

 晴持を侮る言説は、今のところ聞かない。

 晴持がそれでいいのなら、宗運がそれを改めさせる権利はないので、宗運のほうが慣れていかなければならないことであった。

「あの、ご用件は?」

 と、単刀直入に尋ねた。

 世間話に呼んだということはないだろう。何か、仕事を与えられるのであれば、可及的速やかに処理してみせようと気合を入れた。

「……まあ、いいか。宗運に、一つ頼みがあるんだ」

「はい。何なりと」

 宗運は身を乗り出した。

 どんな命でも受けるという姿勢を表明するのだ。

「これを福崎に持って行ってほしい」

「書状? 福崎というと、義陽にですか?」

「そう」

 晴持は頷いた。

 手渡された一通の書状は、何の変哲もない。きっちりと封をされていて、内容は窺い知れない。

 山口から福崎は、それなりの距離がある。馬を乗り潰しでもしない限りは一日二日で往復できない。

「すぐに戻ってこられないので、こちらの仕事に支障があるかもしれませんが……」

「こっちのほうが優先順位が高い。後回しにできる仕事は帰って来てからでいいし、そうでないものは光秀に引き継いでくれ」

「あ……はい、承知しました」

 光秀に引き継ぐというところで、引っかかりがあったが、断わることもできないので頷いた。

 僧侶でもなければ、山伏でもなく、あえて宗運に持たせる書状の中身が気になったが、開けるわけにはいかない。

「路銀は後で渡す。向こうに着いたら義陽によろしく伝えて欲しい」

「はい、お任せください」

 何はともあれ、任されたからには全力でこれに応えるのみだ。

 宗運は書状を大切に懐に納めて、その場を辞した。

 福崎には何度か通っているので、道も所要時間も分かっている。

 休まず歩き続けて一日と少しの距離だ。現実的には片道でも二日から三日はかかると見ていい。

 光秀への仕事の引継ぎや準備を考えると、出立は二日後の朝が最短だろう。

 義陽に会えると思えば、道中辛くはない。勝手知ったる九国の道というわけではないが、近況報告も兼ねて福崎に向かうとしよう。



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その九十二

 愛馬に跨り、供と共に山口を出た宗運は、一路、福崎に向かった。

 真夏の日差しは相変わらず強烈だ。

 関門海峡に至る一本道を迷うことなどありえないが、高い気温が愛馬の歩みを妨げる。時に小川の畔で馬を休ませ、水を飲ませなければならなかった。

 馬を大事にするのは武士の大原則だ。水を飲み、草を食む愛馬の首下を撫で付けて、宗運は深い緑の葉に陽光を弾く稲を眺める。

 大内家の本拠地である周防国は山がちな地勢で、平野部のように稲作を大々的に行うことができない。石高の低さを補うべく、重商主義に走るのは自然な流れではあった。

 風にそよぐ稲を見ていると、そうした稲作の不利が嘘であるかのようだ。

 山口付近は盗賊も少なく、ここ十数年は戦もない。徴兵されることはあるが、田畑が敵に踏み荒らされることもなければ、村が焼かれることもない。力のある大家が、よりよい政治を民に施しているからこそ、この実りがあるのだ。

 宗運が育った九国は荒れに荒れた。

 島津家との戦い以外でも、各地で小規模な戦が頻発していた。阿蘇家にいた頃から、宗運の治める土地もそれ以外の土地も常にいつ起こるか分からない戦に脅え、外敵に備え続ける日々だった。

 ここで働く農民には、そうした不安がないようだ。いつでも大内の殿様が守ってくれるという信頼感が、彼等にはあった。

「何か長閑ですね、姉さま」

 と、妹の親房が言う。地べたに座り、さっそく握り飯を頬張っていた。

「山口に近ければ、戦もそれだけ遠のくからな」

 民に安寧をもたらすのが統治者の使命とするのなら、大内家はとてもよくやっているのだろう。戦が終わったわけではないが、少なくとも自分の手の届く範囲から、戦を遠ざけている。

「大内が版図を広げれば、こうした光景がもっと広がっていくだろう。九国にも、な」

 戦が起こるのは国境からだ。今のところ、九国でその可能性が高いのは阿蘇家の所領である。かつて宗運が治めた地は島津家に押さえられたが、そこもまたいつ何時戦乱に巻き込まれないか分からない状況である。

 大内家と島津家が二度目の激突をするか、あるいは島津家に叛旗を翻す何者かが兵を挙げるかすれば、忽ちのうちに戦火に曝されるであろう。

 同じ日ノ本にありながら、住む土地によってこうも違うものなのかと、ため息をつきたくなる。

 九国にいたころは、終ぞこうした光景を作ることができなかったのだから。

「あー、風が涼しいー」

 親房がパタパタと両手を振って風を袖の中に入れている。夏草を靡かせる風がどこからともなく吹いてきて、汗に濡れた身体を冷やしてくれる。

「風が心地よいもの、夏の旅の醍醐味だな」

 宗運はそう嘯いて、汗を拭う。

 小川沿いの木陰だからか、しっかりとした涼しさを感じる。風と和やかな川のせせらぎが、心を落ち着かせてくれるのだ。

「姉さま、これをどうぞ」

 親房が差し出してきたのは、李であった。

「どこから?」

「そこの木に成っておりました」

「目ざといな」

 幼少期から学問と武芸に勤しんできた宗運よりも、外を駆け回っていた妹のほうが野山には詳しい。宗運は人の営みを眺めていたが、親房は野山に目を凝らしていたのだ。

「まだ酸っぱいぞ」

「ちょっと、早かったかもしれませんね」

 親房は眉を潜めつつ、自分も李を齧っている。

 とはいえ、夏場の果物は水分補給にもってこいではある。強めの酸味は気付け薬にもなる。宗運は、ともすれば居眠りしてしまいそうな穏やかな風情に流されないよう、気を引き締めた。

 宗運が山口を出たのは物見遊山ではなく、晴持から書状を託されたからだ。

 福崎で代官職に励む義陽に晴持が充てた書状を、確かに届けなければならない。情報伝達は早いに越したことはなく、まかり間違って紛失したなどということになればどのような責を問われるか分からない。

 書状の内容を宗運が見たわけではないが、わざわざ宗運に持たせて届けさせるくらいだから、重大な内容なのだろう。

「もう少ししたら、行くぞ。日が暮れる前に、赤間関まで早々に行きたいところだからな」

「そんなに急いで大丈夫ですか?」

「何だ、体力に自信がないのか?」

「そんなことないですよ。もちろん、赤間関くらい走って行けます。けど、この子たちも疲れ気味ですから」

「そこまで無理を通すつもりはないよ。要所要所で休めばいい」

 馬に乗って早足で向かえば、途中で休みを取っても赤間関には夕暮れ頃には到着するであろう。

 関門海峡の本州側の港町である。古くから大いに栄えた大内本拠地の玄関口とも言うべき地だ。そこから、海を渡って九国に行く。

 赤間関で宿を取った宗運は、翌朝には渡し船に乗り込んだ。

 関門海峡を渡るには船しかない。

 関門海峡は一日に四回潮流が変わる上に岩礁もあって、渡るのに高い技術を要するが、ここで生まれ育った船乗りにとっては日常茶飯事だ。そうそう座礁することもなく、宗運は問題なく対岸に渡ることができた。

 久しぶりの九国だ。ここから福崎まで、また一日がかりの行軍となる。普通に歩いていては日が暮れる。馬に駆けさせて、何とか日暮れ前に着くかどうかといったところか。

 

 

 

「まさか、宗運が書状を持ってくるなんてね」

 と、義陽は当初、驚いた様子だった。

 晴持の祐筆として、方々に顔を出している宗運なので、山口の中では動き回っているものの、外に出ることはそう多くない。

 その数少ない例が、博多と福崎への出張だが、それにしても頻度としては低いほうだ。

「突然、ごめん」

「いいのよ。また会えて嬉しいわ」

 クスクス笑って、義陽は宗運から渡された書状に目を通した。

 それから、義陽は深刻そうな表情を浮かべる。

 蝋燭に照らされた彼女の顔は、相当に危うい何かを感じさせた。

「宗運、あなた、この書状の中身は知ってる?」

「いえ、わたしが中を見るわけにはいかないし、晴持様からも伺っていないよ」

「そう、分かったわ」

 そう言って、義陽は徐に立ち上がり、書状に蝋燭の火をつけて、使っていない火鉢に放ってしまった。

「義陽、そこまでする内容だったの?」

「ん? まあ、即火中って書いてあったし」

「そう……?」

 晴持の私信には頻繁に登場する文言である。宗運は即火中と書いてあっても、文箱に入れて保管しているし、光秀や隆豊もそうしているらしい。これは晴持も知らない家臣の間だけの秘密である。

 義陽は、指示通りに書状を火にくべた。

 ただ指示に従っただけか、あるいはその内容が本当に他所に知られては不味い重大事であったか。晴持から内容を知らされていない宗運は、確かめたい思いに駆られたが、すぐに思いとどまった。こういったものに一介の使者が首を突っ込むのはいい結果にはならないのが世の常だ。宗運が統治者であれば、そのような好奇心の塊に大切な書状を預けようとは思わない。どこで開封され、誰に情報が漏れるか分からないからだ。

 晴持が宗運に大切な秘密の書状を預けたということは、それが宗運の口の固さや真面目さを評価してのものであろう。ならば、その評価を裏切るわけにはいかない。

「さぁて、宗運」

「何?」

 急に雰囲気を明るくした義陽に若干、気圧される宗運。

「長旅で疲れているでしょうから、今日はゆっくりしていってね」

「え、ああ、うん。そうさせてもらうよ」

 何を言われるのかと身構えていたが、何のことはなくいつもの義陽の言葉だった。

「でも、残念。事前に宗運が来るのが分かっていれば、ご馳走も用意していたのだけど」

「そんなの、気にしなくていいよ」

「そういうわけにはいかないわ。本来なら、晴持様からの正式な使者なのだし、何よりわたしとあなたの仲じゃない。まだ、明るければ博多に馬を出させたのだけど、それは明日にしましょう」

「明日? いや、でも義陽、申し訳ないけど、明日にはわたしはここを発とうと思っているんだけど」

「あら? それはダメよ」

「え?」

「宗運には、せっかくここまで足を運んでもらったのだから、それ相応の饗応をしないと。さっきも言ったケド、あなたは晴持様の正式な使者なの。受け取る側にも、きちんとした姿勢が必要でしょう」

 と、如何にもな理由をつける義陽。

 もちろん、相手が格上で政治的な事情が入り組んでいる場合には、盛大に持て成して相手の歓心を買うことに腐心する場合もあるが、義陽からそこまでの接待をしてもらう必要性を宗運は感じない。義陽の心根を知っているから、今更、そのような工作を仕掛けられても困るだけだ。

「わたしにも外面はあるの」

「むぅ、ぅ」

「それに、大丈夫よ。ちょっと、宗運にはこっちでやってもらわなくちゃいけないこともあるんだし」

「どういうこと?」

「晴持様から、福崎の現状を報告するよう命じられたの。明日から宗運には、福崎を回ってもらうことにするから」

「それを報告しなければならないってこと?」

「そう」

 それが、書状の中身だというのなら、予め宗運にも話をしてくれてもよかっただろう。何か裏があるのかもしれないが、今の宗運には判断できる材料がない。

「ともかく、宗運にはちょっとの間ここに逗留してもらうことになるので、いいわね?」

「う、うん」

 有無を言わせぬ義陽の言葉に、ただ頷くばかりの宗運。強引さでは義陽には敵わない。淑やかな見た目で実際に華奢な女性ではあるのだが、これでも、相良家を背負って島津家の北進を防ぎ続けてきた女傑なのだ。いざとなれば、義陽はかなり強く押してくる。ただ唯々諾々と他者の都合のいいように生きる深窓の令嬢などではないのだ。

 

 

 

 日の出と共に人々の仕事は始まる。

 農民は農作業に出る。稲葉に虫がついていればこれを取り除き、雑草が生えていれば、これを刈り取る。農業に休みはなく、油断をすればすぐに一年の収入が水の泡になってしまう。

 商人もその日の商売の準備を始める。仕入れから、つり銭の確認までやることは多い。そう考えると、武士の一日は比較的緩やかなほうと言えるだろう。

 戦で命を賭して戦うというのが武士の仕事だが、毎日戦場に出るわけではないのだ。することは武芸の鍛錬と学問が主である。ここに何かしらの役職を与えられている者は、その雑務に追われるのである。

 朝食を軽く済ませた宗運と義陽はさっそく領内の視察に出ることになった。

「官兵衛ちゃん、後は任せていい?」

「うん、こっちは大丈夫」

「それじゃあ、よろしくね」

 にこやかに義陽と会話を交わすのが、先ごろ噂になっていた黒田官兵衛だ。ずいぶんと義陽とも打ち解けているようで、仲良く会話をしている。

 一見して子どものようにも見える華奢な少女だ。宗運よりも、若干年下だと聞いている。歳相応というべきか、悪戯好きそうな、好奇心旺盛そうな明るい表情が印象的だ。

 宗運と官兵衛の視線をふと絡み合う。官兵衛は小さく頭を下げて、パタパタと足を音を立てて去っていった。義陽から与えられた仕事をこなすためである。

「黒田官兵衛殿か」

「ええ、そう。晴持様から、福崎に送られた即戦力。実際、とてもよく働いてくれるの」

「彼女の働きは、そんなに目覚しいものなの?」

「それはもう。晴持様には人を見る目があるのね。あの娘のおかげでわたしの仕事、ますます減ったわ」

 優秀な人材はどこも喉から手が出るほど欲しがっている。そうした状況下で、官兵衛を引き抜いてこれたというのは、天運が味方をしたとしか思えない。

「いずれは晴持様のところに帰っていくんだけど、それまでにはこっちも人手の問題を解消したいわね。農地のほうは、手が回ってないとこもあるし」

 ここは相良家が治める土地ではない。あくまでも晴持の直轄地で、そこを義陽が管理しているという状況だ。相良家には別に土地が与えられていて、相良家の旧臣たちの多くはそこにいる。その上で、義陽が自らこの地に入って運営することになったのは、偏に晴持への従属を印象付けるための生き残りをかけた措置であった。そこまでしなくても、というところまで突き詰めなければ戦国の世を渡っていけない。

 それに、最近は一から開墾するというのが楽しくなってきたところである。

「最近、やっと形になってきたところ」

 と、義陽が案内したのは水田だった。しかし、まだ水を張っておらず、稲も植えられていない。

「新田か。結構な規模なんだ」

「うん、みんなが頑張ってくれたから、来年はここから米が取れるわ」

 福崎はあまり人の手が入っていない荒野であった。

 そこに義陽主導で人を導き、固い土を掘り返して田を作った。

 戦国時代は人手不足の時代だ。

 戦場で傷つき、路頭に迷った人が奴隷商人に捕らえられ売り買いされるのは、それだけ人手の需要があるからである。

 税は少ないに越したことはなく、実りは多いに越したことはない。荒れ果てた土地を捨てて新天地を模索する人々もいるし、戦で焼け出された人もいる。

 そうした人々の中から体力のある者を選んで、福崎に移住させ開墾に従事させている。

 開墾に必要な道具も生活費も、すべて大内家が負担するという大盤振る舞いだ。それだけしなければ、開墾という重労働に従事する者は出てこない。もともと生活ができなかったのに、少なくとも一年は見入りのない開墾作業をさせるのならば、その生活を保障する必要があるという判断だったが、これは一応形になりつつあった。

 開墾事業の形ができてくると、そこに一定の需要が発生する。それには、実際に農地を耕す農民だけでなく、その農民の生活を支える商人や職人たちも含まれる。そうした技術者にも移住してもらい、福崎を街として発展させる。今はそうした需要に応えているのは博多の商人たちだが、福崎の中である程度循環させなければ、持続的な街づくりとは言えない。

 人が増えれば、内需が拡大し、近場の博多と経済圏が形成されるだろう。それで、より大きな銭の動きが生まれる。福崎は博多を巻き込んで、さらに発展できるし、将来的には一つの街となるかもしれない。

 どのような大名の街づくりにも言えることではあるが、まずは人を呼ばなければ街は生まれない。そのために、税制や商売での優遇や特権をエサにしたり、生活保障を謳ったりするのだ。

「移住した人の最低限の衣食住を晴持様が保障してくださっているから、彼等はここで働けるのよ。それがなければ、ここの開墾にはもっと時間がかかっていたでしょうね」

 と、義陽は言う。

「商業地としての博多と農地としての福崎を渾然一体のものとして、生活圏を拡大することで、福崎と博多の双方がより実りある街になる。それが、最終的な目標」

「うん、理想的だね。早く実現するといいんだけど」

「龍造寺のこともあるし、島津のこともあるからね。そのための準備を今からしてるんだけど」

「準備?」

「そう、これから案内するわ」

 義陽が宗運を案内したのは、福崎にある丘陵地だ。博多を見下ろす絶好の位置にあり、雄大な日本海を見渡すことができる。涼やかな潮風が髪を撫でる。

「ここに、城を築く」

「え?」

「いつかね。晴持様の所領として、過不足なく機能するには、相応の姿が必要でしょ? それを考えれば、博多を守る好位置にあるここは、城を作るには最適じゃない?」

「うん、それはもちろん」

 宗運も、義陽の意見には賛成だった。

 この丘陵地なら城を建てるのに適している。立花山城のような堅牢な山城は難しくても、上方にあるような堅牢な石垣を組み上げた城を設けることができるだろう。

 義陽の目には、すでにそのときの姿が映し出されているのかもしれない。

「後は、あれ」

「あれ?」

 義陽が指差すのは丘陵の下、すこし人家から離れたところにある建物だった。見た範囲で四人の武士が武器を持って警護している。

「晴持様肝いりの、硝石丘。聞いたこと、ある?」

「ああ、もちろん。晴持様が、山口にいくつかそういう場所を運営しているから」

「びっくりよね、硝石が人工的に作れるなんて知らなかったもの」

「わたしも、初めて聞いたときには驚かされたよ。そして、実感もした。大内家は、こういった点でも、わたしたちの遥かに先を行っていたんだってね」

 ここ数年のうちに鉄砲が戦場で幅を利かせるようになってきたが、その運用に先鞭をつけたのは大内家だった。大内家は晴持主導の下で積極的に鉄砲を導入し、大量生産を図ってきた。そうなると、大量の鉄砲を運用するために、大量の火薬が必要になる。その原料となる硝石は、日本では自然に産出しないので、自ずと外国からの輸入に頼ることになるはずだが、大内家ではそれすらも一部は自家生成しているのだ。

 いくつかの手法を同時並行で試しているという。晴持の所領となったこの福崎では、時間のかかる硝石丘を設けて硝石を作り始めたのである。物になるには、四から五年はかかる見通しだが、同時にヨモギと尿を使って硝石を生成しており、これによって鉄砲の大量運用を可能としていた。

 農民たちにとっても、硝石は貴重な資金源となるので、一石二鳥であった。

 これまで、晴持が考案し、広めてきた技術の多くは農業従事者の負担を軽減するものであった。

 より効率の良い農具を作り、提供し、広めるとともに、農閑期に絹を作らせるなど殖産に努めていた。重商主義に留まらない経世済民の考え方が晴持の政策にはあった。

「晴持様は、やっぱり領民にはお優しい。そう思わない?」

 宗運は頷いた。

 慈悲深い、と殊更に持ち上げる者も少なくない。晴持は善政を敷こうとしているし、事実、彼が行動したことで、民の暮らしがよくなった面はある。

 だが、晴持の中には優しい面とそれが行き過ぎて甘いと断ずるべき面もある。それが、彼に危機をもたらしたことも確かにあったという。

 宗運が加入するよりも前、戦場に孤立する家臣の退路を、自ら殿となって守ったことがあったという。その時の相手は、よりにもよって立花道雪であった。

 結果的にいい方向に転がったので、今では美談だが、あそこで命を落としていれば天性の愚者と成り果てただろう。

 晴持はそういう危ない橋を、甘さによって渡ってしまうことがある。一概に優しいからいいというわけではない、というのは、厳しい環境で戦ってきた宗運にはよく分かっている。

 だからこそ、口惜しいし、胸が苦しい。

 甘さを抱えながら版図を広げた晴持と厳しさのために身内からも恨みを買い、阿蘇家を追われた宗運。もともとの地力の差もあって、それは仕方がないと割り切れるが、それでも心のどこかで、何故という思いは残ってしまう。

 自分は間違ったことはしてこなかったはずなのに、と。もちろん、宗運は晴持のそうした甘さによって救われ、禄を食む身となったのもまた事実だった。

 宗運が思い悩んだのは数瞬のことではあったが、義陽はそんな宗運を心配そうに見つめていた。

「宗運」

「ん?」

「そろそろ帰りましょうか」

 義陽はそう言って、さっと馬に跨った。

「今日は、もういいの?」

「ええ、後は簡単な裁断だけね。大まかなものは、官兵衛ちゃんに丸投げしてるの」

 それで大丈夫なのだろうかと、宗運は内心で思う。官兵衛は何れは山口に行くことが決まっているのだ。そんな官兵衛に丸投げしていては、いなくなった後が大変だろうに。

「その時は長智さんが来てくれることになってるから、大丈夫」 

 城代として義陽の所領を守る深水長智は、智謀の人である。領国経営に於いて、義陽のよき相談役となってきた。これからも、その役割を果たすことになるのだろう。



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その九十三

 宗運が福崎を見て回った日の夜は、宴が催されて多いに盛り上がった。

 近くの山で獲れたという山菜と猪肉、鹿肉、また珍しいことに鯨肉も用意されていた。豆腐とワカメの味噌汁と白米、鮎の塩焼きは、普段からよく見る食べ物だ。庶民でも手に入る食材を使ったのは、気がねなく逗留できるようにという義陽の配慮であろう。

 供される料理に舌鼓を打ち、酒を口に運ぶ。相良家と甲斐家は共に手を携えて島津家という脅威に立ち向かった戦友である。家の垣根を越えた「連帯感」を共有する珍しい家臣団である。

 共に島津家によって駆逐されたものの、大内家の庇護を受けて、同じ屋根の下に集えたというのは幸運なことであった。

 甲斐親房もまた、相良家の残党軍と共に島津家と戦った。相良家は相良家で、甲斐家の奮闘によって貴重な人材を失わずに済んだので、両者共に相手を尊敬しているのである。 

 まるで同族であるかのように、各々が語らい酒を飲んでいる。

「では、ここで某が一指し舞って進ぜよう」

 と、徐に扇を取り出した相良家の武者が、おどけた様子で幸若舞を舞い始める。それを皆が面白がって囃し立てた。

 義陽は困ったような苦笑いだ。しかし、楽しんでいないというわけでもなく、止めることはなかった。

 武士は普段は基本的に質素な生活をしている。大名であっても、豪奢な食事を日常的に獲ることは、皆無ではないにしても一般的とは言えない。まして、旧知の客人を迎えて、何人も一箇所に集まり、酒を飲んで騒げる機会は珍しいと言えた。

 それで、皆気分をよくしたのだ。ほどほどに酒が入って、全員顔が紅い。この場に酒に飲まれて粗相をするような下戸はおらず、宴は最後まで大いに盛り上がった。

 次の日、空は黒々とした雲に覆われた。

 朝日は差さず、異様に冷たい風が屋内に吹き込んでくる。

「ちょっと、天気が悪くなりそうね」

「うん」

 宗運は心配そうに空を見上げる。

 雲はその厚みを徐々に増しているようだ。昨夜から強くなってきた風は、遠くから甲高い音を発して吹きつけてくるようになって、薄い戸板を激しく叩いた。

「宗運、戸を閉めるわ。この分だと、すぐに雨になるから」

「分かった」

 びゅおう、と突風が吹く。緑豊かな庭木ががさがさと揺れ、池の水面にポツポツと波紋が広がる。本格的に雨が降ってきたのだ。

 ゴロゴロと雷が鳴り、あっという間に猛烈な雷雨となった。

「……この感じ、野分か」

「そうかも。まあ、しばらくは外に出られないわね」

 ものすごい音を立てて、戸板が震える。

 家が吹き飛ばされるのではないかと思えるくらいに激しい風である。

 野分――――即ち台風である。強い風と雨による自然災害で、毎年やってくる大変迷惑な恒例行事だ。火山や地震のように突然、大災害となるものとは違い、やってくる時期が決まっている分だけマシではあるが、それでも河川の氾濫や家屋の倒壊など被害数え上げればキリがない。風に弱い品種の稲は、一度の野分で根こそぎなぎ倒されることもありえるので、飢饉の原因の一つになることも珍しくない。

 せめて事前に野分が来ることが分かれば、何かしらの対策を取れるのかもしれないが、強烈な風と雨の接近を予知することなど不可能だ。精々が雲の動きから、雷雨を予想するという程度でそれも、屋内に避難するくらいにしか使えない。災害は基本的に不意打ちでやってくる。この時代では野分ですら、その例に漏れない。

「もうちょっと、ここにいなくちゃいけなくなったわね」

 と、義陽は楽しそうに話しかけてくる。

「うん、ごめんね」

「なんで謝るのよ」

「いや、正直、そこまで長逗留する気はなかったし、迷惑じゃない?」

「まさか、そんなことないわ。むしろ、嬉しいの。ほら、わたしたちって何だかんだでこうしてお泊り会することってなかったでしょう」

「そう? 何度かあったと思うけど……」

「そのときはいつも、島津をどうするとか大内家とどう付き合っていくかとか、そういう話ばかりだったじゃないの」

「それは、確かにそうだね」

 もともと大名とも言うべき勢力を築いていた義陽と古から続く阿蘇家の重臣であった宗運は、互いの立場もあって「友人」として互いの家を行き来するようなことはできなかった。

 そもそも、距離がありすぎたし、顔を合わせて話をするとしても、政治と軍事の話ばかりである。これが同じ家に仕える、同じ立場の友人であれば別だっただろうが、状況はそれを許さなかった。

 気心の知れた、一番の友人にはなれても、友人付き合いはなかなかできなかったのである。

「ともかく、お茶にしましょう。野分となると、しばらくは何もできないわけだしね」

 外の様子が気にならないわけではないが、かといって何ができるというわけでもない。害獣駆除や野党退治ならばまだしも、自然現象には太刀打ちできない。

「それにしても不味いことになったなあ」

 と、宗運は義陽の囲碁の相手をしながら、呟く。

 屋外はかなりの荒れ具合のようで、風雨で屋敷が悲鳴を挙げている。

「帰りが心配?」

「そうね。だって、かなりの雨風だから、途中で橋が壊れてたりしたら、時間がかかっちゃう」

「風があると、海を越えられないしね」

「それもあるのよね」

 野分が過ぎ去った後、帰路を倒木が塞げば馬が通れない。川が氾濫し、橋が落ちていれば当然ながら足止めを食う。まして、途中には関門海峡という難関が控えている。風と波が収まらなければ、山口への帰還は絶望的なものとなる。

「……じゃあ、これで」

「う……ぅむ」

 宗運の一手で戦局は決した。義陽は唇を尖らせて、険しい表情を浮かべて思案する。どうあがいても現状をひっくり返すことは不可能だ。

「参りました」

 義陽はぐうの音もでないとばかりにがっくりと項垂れた。

「これで、二戦二勝だね」

「こういうのだと、宗運には勝てないわ」

 官兵衛だといけるだろうかと思ったが、呼ぼうとは思わなかった。今のところ、官兵衛と宗運を引き合わせるつもりはない。官兵衛も宗運に必要以上の興味は抱いていないようではあって、今も新設の書庫の整理に当たっている。

 外国から輸入される貴重な書物を収蔵している。目ぼしいものは、ここで筆写して山口に原本を送る。晴持が重視しているのは、特に農業や飢饉対策に使えそうな書物だが、そういった代物はあまり入ってこない。多くは仏教の経典であったり、儒学や易学の書物であった。それも貴重であることには変わりなく、義隆は喜んでくれているようだった。

 とはいえ、大内家の現当主と次期当主とで、こうも趣味嗜好が異なると贈り物をする側としては困ることもある。

 大抵は事前に何を送ったら喜ぶか調べてから贈り物を用意するのが常ではあるが、やはり世代交代で趣味嗜好が変われば、それは関係者にとっては困ったこととなるだろう。

 例えば、猿楽を愛好し、保護してきた当主から刀剣を愛好する当主に交代した際に、保護されてきた猿楽が突然梯子を外されることもありえなくはない。

 贈り物も相手に合わせる以上、それまで用意してきた物は通用しなくなる。

 義隆は伝統芸能や経典、歌道の教本などを好む。晴持は、どちらかといえば実学を重んじているようだ。芸能もそれなりにこなしているが、それはあくまでも仕事の範疇に留めているようであった。

「そういえば、宗運。晴持様は、何か趣味をお持ちなの? あまり、そういった話は聞かないのだけど」

「……最近は鷹狩りの話をよく聞くけど」

「鷹狩り、そうなのね。ふぅん」

「何?」

「ふふ、何でも」

「えー、ちょっと何? 何なの?」

「鷹狩りがご趣味なら、それに合わせて贈り物を用意しなくちゃって思っただけ。何せ、これからご当主になられる方なんだからね」

 羽の綺麗な鷹でも見繕ってみようかと、義陽は思う。

 この日は、とても静かに時間が流れていった。

 雷が上空で鳴り響き、風雨が戸板を震わせてはいたが、それは自然の物音だ。声を挙げる者もなければ、何か騒ぎが起こることもない。

 義陽も宗運も、この日のうちに片付けなければならないものがあるわけでもなく、将棋や囲碁で時間を潰していた。

 一日が過ぎるのが、こうもゆったりしているのはいつ以来だろうか。不意に宗運は山口の様子が気になった。野分の被害は大丈夫だろうか。自分が残してきた仕事は、いまどこまで進んでいるのだろうか。そういったことが気になってしまう。

「あ、王手」

「え? あッ!」

 宗運が将棋盤を確かめると、確かに詰んでいた。どこにも王の逃げ場がない。

「今回はわたしの勝ちね」

「そうだね」

「宗運が油断するからよ」

「油断なんてしてないよ」

「そんなことないわ。だって、別のことを考えていたでしょう。分かるわよ、それくらい」

「それは……」

 図星を突かれて宗運は口篭った。

「さしずめ、山口でのお仕事が気になったんでしょう。最近のあなたは、どうも働きすぎているようだから」

「どうして……」

 と、宗運が尋ねかけたところで、はたと気が付いた。

 宗運の現状を知るには山口から報せがなければならない。晴持が宗運に持たせた手紙は、それだったのではないか。

「……もしかして、最初から?」

「だって、あなた強情なんですもの。そこが宗運のいいところといえば、そうなんだけど。悩んでることがあるんでしょ?」

「それは……ぅ」

 いつになく真剣な眼差しの義陽に見据えられて、宗運は言葉に詰まった。

 政治が絡めば別だが、日常会話で義陽には勝てない。彼女の押しの強さや、本質を突く能力は宗運の虚勢を詳らかにするだろう。

「まあ、書状がなくても、何となく分かったけどね。あなた、酷い顔してたわ。それに今もね」

「そんなことないよ」

「本人は気付かないものなんだけどね、目の下、隈ができてる。きちんと寝ていないんでしょ。そんな顔、阿蘇家に仕えていたときにはしてなかったわ」

「……そんなことは」

 宗運は酷く喉が渇いたような気がした。

 阿蘇家に仕えていたころの自分の顔と今の自分の顔がどう違うのか分からない。

「わたしは、別に何も変わってないよ」

「そうね。でも、環境は変わったでしょ? 立場もそう。阿蘇家の筆頭家老から、晴持様の祐筆」

「でも、それは悪いことじゃない。わたしは、もう阿蘇家の人間じゃない。晴持様に拾ってもらったんだから、わたしはもう大内家の人間よ。晴持様には、返しきれない恩があるわ。だから、しっかりそれを……義陽?」

 義陽はこれ見よがしにため息をついた。

「宗運、あのね。そうやって、自分を追い込んでるから、晴持様が心配なさるのよ」

「晴持様が、心配?」

「何がそんなに怖いの?」

「何がって」

「今のあなたは、何かに怯えているみたい。らしくないわ」

「……ッ」

 言葉が出ない。

 諭すような義陽の声が、酷く胸に突き刺さる。

 それは、自覚があるからだ。

 義陽の言うとおり、宗運は恐怖している。そこから逃れるために、我が身を削って働いている。何かしていないと気持ちが落ち着かないのだ。

「……らしくないって何? 義陽にわたしの何が分かるの」

 ギリギリと胸を締め付けるような痛みが走った。口走ってしまったときにはもう手遅れだった。気付いたが止められない。

「分からないわよ。何も言ってくれないんだから。でも、想像はできる。……そうね、あなたが怖がっているのは、晴持様に見限られること。それこそ、阿蘇家にいたときみたいに」

「ぁ……く」

「そうでしょう」

 義陽は断言した。宗運の急所を抉るような言葉で、宗運の虚勢を崩した。あまりにも無慈悲に突き付けられた事実に宗運はたじろぐ。

「何で、そう思うの?」

「晴持様のために頑張るって、さっきからそればかりなんだもの。晴持様から評価されたいって気持ちが溢れてて、ちょっと眩しいくらいよ」

「べ、別にそんな」

「それが行き過ぎて、こんなことになっているのだから、宗運の体調不良は完全に自滅よ」

「手厳しい……」

「宗運は晴持様が信用ならないの?」

「そんなことない! 変な事を言わないで!」

「そうよね。あの方が、まさか阿蘇家の面々のようにあなたを放逐するなんて考えられないわ。あなたは信頼されているし、それに見合う力を示してる」

「でも……」

 宗運の目が泳ぐ。

 不意に胸中に去来した不安は、宗運の気持ちを暗澹たるものにする。

「もし、もしも、また、あのときみたいなことになったらと思うと、苦しくなる」

「……わたしも、あなたの気持ちは分かるわ」

「義陽?」

「わたしだって、所領を奪われ、着の身着のまま逃げ出したんですもの。そんなわたしを拾ってくれたのは宗運なのよ。宗運はわたしが使えるから助けてくれたの? それとも、友達だから?」

「……政治的な判断ではあったけど、でも、個人的にも友達だから助けたかったよ」

「そこは、友達だから何としてでもって答えてほしかったな」

「ごめん」

 宗運の搾り出した答えに、義陽は苦笑する。

「いいのよ。あなたってそういう人だし」

 宗運はどこまでも律儀で真面目で自分にはとにかく厳しい。あの当時、義陽を助けることが阿蘇家にとって不利になるのなら、あるいは助けなかったかもしれない。自分の内心では、どれだけ救いたいと思っても、忠義が最優先だからだ。

 そんな宗運だからこそ、阿蘇家から見放されたことで受けた心の傷は浅くない。

「わたしは相良家の当主としての責務を果たせなかった。先祖代々守ってきた土地を他国の者に奪われ、家臣たちを離散させてしまった。それが、悔しい。もっと力があればって思うし、上手くできたんじゃないかって何度も考えた――――あなたはどうなの?」

「……わたしも、そうだよ。もっと、何かできたはずだったと思う。それに……義陽の言うとおり、これからも晴持様の期待に応え続けられるか、不安はあるの。もし、ダメだったらわたしは……」

 宗運は膝を抱えた。

 苦しい胸の内を明かせば、さらに苦しくなる。もともと他人に弱みを見せない宗運は、他者に愚痴を言うことにすら抵抗感がある。まして、自分が将来のことに恐怖しているなど口が裂けても言えることではなかった。

「晴持様は、あの阿蘇の当主とは違うわ」

「もちろん、分かってる」

「晴持様があなたを見限るなんて、ありえないわ」

「どうして、そう言い切れるの? 義陽は、晴持様のお傍にいるわけじゃないでしょ? なのに、どうして?」

 宗運は常に晴持と行動を共にしている。側近中の側近である。光秀と両輪となり、祐筆として政務に励んでいる。晴持とは日常的に会話を交わせる位置にあるのだ。しかし、義陽は違う。彼女は書状のやり取りはあるにしても、遠方にいて、晴持と直接顔を合わせたのも、先の南郷谷の戦いの戦後処理をしていた時が最後となる。

「むしろ、あなたはどうしてそんなに不安になっているのかしらね。こんなに晴持様にご心配をおかけして」

「晴持様にご心配をおかけしているというのは、分かってるよ。本当に申し訳なく思ってるよ」

「本当に分かってる? 書状を届ける役目をどうしてあなたに与えたのか、その辺理解してる?」

「どういうこと?」

「晴持様から頂いた書状はね、あなたが最近疲れているようだから、こっちで息抜きさせて欲しいっていう内容だったのよ。お仕事の話じゃないの。お仕事っていうのは、あなたを休ませるための方便よ」

「え、ええッ いや、どうして、そんな」

「だから、心配してるからだって言ってるの。それだけ、晴持様はあなたを心配してるし評価もしている。関心を持たない人にここまでする? あなたは晴持様に大事にされてる。これからも、それはきっと変わらないわ。だから、断言できるのよ」

「そ、そう……」

 晴持に心配してくれていたのは、理解している。しかし、それはそれとして仕事をしなければという思いに駆られていた。その宗運の姿勢に、業を煮やした晴持が書状を運ぶという名目で無理矢理、山口から宗運を遠ざけて、旧知の義陽の下で養生させようとしたというのが、今回の顛末だ。山口にいては、いつまでも宗運は休めないだろうという晴持の配慮である。

 粉骨砕身働き忠義を示すというのも、美学ではある。しかし、美学で身体を損なっては元も子もない。そういう働き方は、足軽以下立身出世を夢見る者が戦働きですることであって、宗運に求められる働きではないのだ。

「自分自身を見誤ってはダメよ。あなただって、何れは人を使う立場に戻るんでしょ? 甲斐家の惣領として、ね」

「うん……」

 宗運は途端に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 晴持と義陽の間で交わされたやり取りはすべて、宗運を思ってのものだったのだ。

 義陽の言うとおり、ここまでしてくれる主人はそうはいない。

 宗運も領主であったから、家臣の大切さやその心情を鑑みることの大切さは身に染みて分かっている。

「ここまでしていただいて、さらに評価が欲しいなんて、それこそ強欲というものだわ」

「わたしは、強欲か」

「そうよ」

「そうか」

 自分に置き換えて見ても、晴持が宗運にした配慮は家臣に向けるものとしては最大の配慮であろう。宗運を休ませるためだけに、一芝居打ったのだ。ここまで家臣に心を砕くというのは、珍しいを通り越して珍妙ですらある。

「もしも、宗運がこれ以上を求めるというのなら、それこそ明智さんを見習わないと」

「明智殿を? それって、どういうこと?」

「そりゃあ、晴持様に閨でご奉仕するってことよ」

「ちょ、ちょっと、それは、さすがに」

 宗運は急に話の方向性が変わって困惑する。

「おかしな話ではないでしょう。閨は政治闘争の場でもあるんだから。晴持様のような権威ある方のお相手を勤めるからには、一族の未来を背負うことになるわけだし」

「……確かに、それはそうだけど」

 為政者のお相手とその一族がそれだけ強い発言力を得ることができるのは昔から変わらない。

 自分の子が後継者となれば、その力は他者を圧倒するだろう。そうして無位無官から成り上がった者の例は、道鏡を挙げるまでもなく古今東西枚挙に暇がない。

 後宮が戦場とは別の形でドロドロとした政治闘争の場になるというのは、決して珍しいことではないのだ。

 そして、晴持もまた胤を狙われる立場にはある。

 未だに正室を定めていないということもあって、彼の隣を狙う者は少なくない。

「まあ、それはそれとして、あなたは晴持様の心配りをありがたく受け取って、きっちり休んで山口に帰ること。帰った後も、晴持様にご心配おかけしないようにする。約束できないのなら、外に出さないからね」

「わ、分かったよ。約束する。晴持様にも義陽にも、もう迷惑かけないから」

 気圧されるままに宗運は義陽に誓った。

 先々の不安がないわけではないが、胸のつかえは取れたような気がした。 

 心の内に秘めた感情を吐き出したからであろうか。親友であり、苦楽を共にした義陽が相手だからこそ、話すことができた。何も聞かず、義陽にこの件を投げてくれた晴持には頭が上がらないし、自分の仕事もあるだろうに宗運に付き合ってくれた義陽には感謝してもしきれない。

 後で晴持にもきちんとお礼をしよう。心配と迷惑をたくさんかけたのだから、今度は晴持が安心して自分を使ってもらえるようになりたいと、強く思った。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 福崎を巻き込んだ野分は、ほぼ時を同じくして山口にも暴風雨をもたらしていた。

 黒々とした雲がにわかに湧き立ち、空気が冷え、瞬く間に雷雨となる。降り注ぐ雨は川の水かさを増し、人々を不安に陥れた。

 一度洪水となれば、復旧には相当の時間がかかる。農地がやられれば収穫も期待できなくなり、飢饉の原因となる。今後の生活がかかっているだけに、野分は一年を通して最も警戒しなければならない災害と言えるだろう。

 激しい風雨が屋敷を叩く。ビリビリと身体にまで響いてきそうな轟音を立てて雷が鳴る。

「どこかに雷でも落ちましたか」

 声を発したのは女性だ。

 明るい髪を腰まで伸ばした嫣然とした姫である。貴族然とした佇まいは、蝋燭の火に照らされた薄暗い室内で妖しい気品を醸し出していた。

「外はとても出歩けぬほど荒れているようです。何でも、目の前が真っ白になるほどの豪雨だとか」

「まあ、それは恐ろしい」

 薄らと笑みを浮かべる姫――――大宮姫。その傍らにいるのは大宮姫の夫である吉見正頼である。

「先ほど、小耳に挟んだのですが」

「はい」

「妹が、晴持様に小林を下賜したそうですね」

 と、大宮姫は正頼に言った。

「小林は大内累代の家宝。それを下賜するということがどういうことか……」

「御屋形様は、いよいよ若様に跡を継がせるおつもりでしょう」

「その通りです。ああ、ついに、その時が差し迫っているのです、旦那様」

 妹の義隆が父から受け継いだ大内家当主の座を晴持に明け渡そうとしている。自身は隠居して、自由気侭な趣味の世界に生きるか、それとも裏で引き続き権力を握り続けるかは分からないが、ともかく晴持が当主になるという路線が確定しつつある。

「妹が父の跡を継いだのは、弟が流行病で逝去したからです。その時に偶々、うちに残っていたのが義隆だったから、これを継いだのです」

 ドロドロとしたどす黒い感情は、まるで蛇が這い回っているかのように正頼に絡みつく。

 大宮姫は、義隆が当主となったことに納得していないのだ。大内家の版図を最大に広げ、最盛期を築き上げた名君と外の者たちは口々に話をしている。それを聞くたびに、何とも言えない暗い思いが牙となった胸を抉る。

 父は、男系を欲していた。

 生まれた姫は、幼少期から政略結婚のための道具として様々な技術を叩き込まれて、それぞれの嫁ぎ先に下っていった。

 阿波足利家、阿波細川家、大友家、石見吉見家、そして、土佐一条家。そうそうたる顔ぶれだ。そして、最後に家に残ったのが偶々義隆だった。跡継ぎの弟が死んで、晴持と結ばれるはずだった義隆がそのまま玉突き事故のような形で当主に担ぎ上げられただけのことだ。

 本当に偶然、運命のいたずらで義隆は当主となった。

 姉である大宮姫は、それ以来鬱屈とした思いを抱えていた。

 女でも当主になれるのならば、自分にだって可能性はあった。先に嫁いで家を出たために、吉見家の奥という立場に甘んじることになっただけだ。

「期待しておりますよ、旦那様」

 服を肌蹴て、正頼に枝垂れかかる大宮姫は、彼の耳元で囁く。

 美しい顔を淫蕩に歪ませて、毒蛇のように男の首に歯を立てる。

「姫が獣のようですね」

「ふふ、獣はそちらも同じこと。わたくしは、あなたの獣に期待しているのですよ」

 ――――夫からわたくしを奪ったときのように。

 と、言葉を添える。

 それは、正頼の心胆を凍えさせるものではあったが、今となっては過去の話だ。

 大宮姫が嫁いだのは、正頼の兄、隆頼だ。隆頼は、名の知れた文化人で義興からの信頼も厚かったが、山口に滞在中に山賊に殺害された。その後、僧籍に入っていた正頼が還俗し、大宮姫と吉見家を引き継いだのだ。

 証拠は何も残っていない。

 だが、夫婦となって床を同じくしているうちに、大宮姫は事件の裏に正頼の手引きがあったものだと確信した。僧籍にあった者とは思えない獣性をその瞳に見たのだ。

 大宮姫は、それをおぞましいとは露ほども思わなかった。

 武将ではなく姫として育てられた大宮姫には、力ある者に逆らっては生きられないということが分かっていたし、兄を弑してまで自分を奪った正頼の行動は、彼女の暗い自尊心を満足させるものでもあった。

 そして、大宮姫は男子を授かった。

 幼名は亀王丸。吉見家の将来を担う男子だ。大内家当主の幼名、亀童丸に似せて、童に替えて王の字をつけた。

 義隆の姉の子という立ち位置で言うのなら、亀王丸は晴持と同じだ。

 晴持の対抗馬となり得る男子だ。

 そう思うと、抑え切れない感情が噴き出してくる。

 吉見家に嫁いだからと堪えてきた深い思いは、正頼の強い獣性に惹かれて表に出てしまう。

 いずれにしても時間の問題なのだ。戦国の世にあって、対抗馬は早々に粛清される危険性を帯びている。時代の荒波に飲まれて消えるくらいなら、一思いに行動してしまったほうがいい。

 



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その九十四

お久しぶりです。
明けましておめでとうございます。


 野分が過ぎて、秋が深まる季節になった。

 今年は珍しく気候が安定し、温暖で、ほどよく雨が降ったおかげで豊作だった。心配された野分の悪影響も、農作物にはさほどなく、昨年を上回る収穫ができた。

 島津家や龍造寺家、そして尼子家といった隣接する敵国も今は注目するべき動きがない。懸念される畿内情勢も、不気味なくらい静かだ。三好家と畠山家の諍いの決着は来年に持ち越されそうである。

 晴持は、朝の麗らかな日差しを感じて眠りから覚めた。まだ日の出の直後である。雀の声がそこかしこから聞こえてきて、秋の涼やかな気配が室内にも忍び込んできていた。 

「今日は少し冷えるな」

 今年の冬はどうだろうか。

 雪があまり降らなければいいが。

 寒いのは好きではない。冬の雪が降るような時節は、室内に篭って火鉢で暖を取り、一日中布団の中にいたいくらいである。

「晴持様……おはようございます」

 晴持の隣で寝ていた光秀も目を覚ました。

「おはよう、光秀。起こしたか」

「いえ……大丈夫です。……少し、寒いですね」

「光秀もそう思うか。もうすぐ冬になるんだな」

「もう年の瀬、ですね」

 一年が終わりに向かっている。

 庭の紅葉が燃えるような紅に染まりつつあるのも、季節の移ろいを感じさせる。

「人が来る前に着替えたほうがいいぞ、光秀」

「あ……はい。そうですね」

 光秀は自分の格好に目を見遣る。

 日本ではまず見る事のない白黒でひらひらとしたデザインは、俗に言うメイド服である。

 光秀は以前、ヴィクトリアンメイドの姿で晴持に夜這いをかけた。それ以降、どうにもコスプレに抵抗感がなくなってきたらしい。さすがに人前に出ることはないが、晴持と二人切りの時には度々メイド服を着るようになったし、服の種類も少しずつ増やしているようだ。真面目で堅物が表向きの光秀が、今着ているのはミニスカのメイド服だ。とても愛らしいが、それ以上にエロイとしかいいようがない。光秀がそれを着ているというだけで凶器と言えるだろう。

「光秀、寝癖がついてる」

「み、見ないでください! 恥ずかしい……!」

 それこそ、色づいた紅葉のように顔を紅くして光秀は髪を整えようとする。

 寝癖を整えるには髪を濡らすのが効果的だが、水場に駆けて行くには着替えが必要だ。光秀は逃げ出したくなる気持ちを抑えて、いそいそと着替える羽目になった。

 手早くメイド服からいつもの和装に着替えた光秀は、改めて正座をして晴持に向き直った。

「改めまして、おはようございます」

 寝癖はそのままだが、姿容は怜悧な姫武将になった。

 服装一つでここまで印象が変わるものなのかと、毎度のことながら驚かされる。

「うーん、またしばらく光秀のメイド服が見れなくなるのは寂しいな」

「な、何を仰っているんですか……別に、晴持様が望まれるなら、いつでも……」

「いつでも? ほう、なら昼間でも?」

「そ、それはダメです。早くても、今夜……なら。その、昼間なんて、絶対……人に見られたら、誤魔化しようがないじゃないですか」

 普段見慣れない服というのは、否応にも人目を引くものだ。

 光秀からすれば、晴持以外の他人にメイド服姿を見られるのは恥ずかしすぎて切腹ものの恥なのだ。そんな格好でも晴持と二人切りの状況なら喜んでしてくれるのが、光秀なのだ。

「人に見られるのが嫌っていうのは、まあ、な……俺も光秀を好奇の視線に曝すつもりはないし」

「はい」

「……でも、誤魔化しようがあるのなら、昼間でもあり? 誤魔化すっていっても、何だって感じだけど」

「ええと、それは、その、パッと見で分からないことというか、ちょっとしたこと、その接吻、のような、すぐ終わるものなら……ぁ」

 実に可愛らしい。

 先ほどの光秀が紅葉した紅葉なら、今の光秀は熟したトマトだ。顔を真紅に染めて、俯いてしまう。そんな光秀の様子に、晴持はついつい噴き出してしまう。

「わ、笑わないでください」

「すまんすまん、光秀が可愛かったからついな」

「そういうことも、言わないでください。やっぱり、恥ずかしいですから」

 光秀は、自分の容姿を誉められるのが苦手らしい。

 一部自己評価が低いのは今後の課題でもあるだろう。それは謙虚とも言い換えられる美徳でもあるが、もう少し、自分を高く評価してもいいのではないかと思う今日この頃であった。

 それにしても、光秀の言によれば、物陰等の人目につかないところであれば、昼間でもキスしていいらしい。今度やってみようと思う晴持であった。

 

 

 

 玄米のお茶漬けをさらさらと胃に流し込み、昼食を終えた晴持は、一日をどう過ごすか思案した。

 戦がある程度落ち着くと、武士の仕事はめっきり減る。それこそ、次の戦の準備に武器を整備したり、稽古したりが常になる。政治の立場にある晴持はそれ以外にも当然、仕事があるにはあるが、そういった仕事も有能な家臣がやってくれるようになった。

 祐筆として光秀や宗運が控えてくれるし、そろそろ官兵衛が福崎での試用期間を終えて山口にやって来る。すると、ますます晴持の政務に余裕が出てくることになる。

 やはり、有能な人材は積極的に登用して活用するに限る。

 人件費もかかるが、そこに文句をつけていては組織は回らない。潤沢な資金力のある大内家は積極的に経済を回してやるという意気込みであるべきではないか、と思いながらも、それはそれとして蓄財もしなければ火急の出費が捻出できなくなる。

 そもそも、この時代には予算の考え方が未発達だ。

 足りなくなれば下々から徴集すればいい。臨時税を取るのは珍しくないご時勢である。それを延々と続けていては、民の生活は成り立たないし、先々の不安に苛まれることになる。

 安定した統治のためには、民の不安を可能な限り取り除くことが求められる。

 それは晴持の一貫した政治姿勢であった。

 そのためにも、税制をどうするか。できる限りその場しのぎの課税を減らす政策をしたいところだ。戦が減れば、一年に必要な出費も分かる。備蓄もよりできるようになるし、いいこと尽くしなのだが、残念なことに戦はまだまだ続く。九国にも山陰にも火種が燻っている状況だ。いつ、この火種を消しに行くか。これから、大内家が向き合う課題の一つだろう。

 龍造寺家と島津家――――共に、無視するには大きな勢力だ。龍造寺長信は大内家に実質的に降っているが、島津家はまだまだ敵愾心を抱いていることだろう。最悪の場合には、また九国の南まで兵を進めなければならなくなる。

 正直、島津家と戦って得るものはあまりないので、できれば戦をしないで解決したい案件ではある。

 兵が強いくせに土地は貧困とか、攻め込むだけ無駄ではないか。

 ただ、島津家にもプライドがある。強い目的意識もある。島津宗家に着き従う一癖も二癖もある家臣団の意向も、関わってくる。島津家の問題は、しばらく尾を引きそうだ。

「晴持様、お客様です」

 慌しくやって来たのは宗運だ。

 福崎での逗留で疲れを取ってきた彼女は、目に見えて回復していた。

 元気が戻ったのはとてもよいことだ。仕事ぶりも冴えているし、倒れるまで漂わせていた焦燥感は感じられない。

「晴持様への取次を願うと……龍造寺の鍋島殿です」

「鍋島殿が、直々に?」

 龍造寺家の内訌は、今まさに大きく状況が動こうとしていた。

 直茂の活躍により、龍造寺信周が討ち取られて親大内派の龍造寺長信が一転して国人衆の支持を集め始めたのである。

 そういう報告を晴持は受け取ったばかりであった。

「分かった、会おう。今、彼女が来るということは、きっと大きな企てがあるに違いない」

 龍造寺家が誇る軍師が自ら山口を訪れるということは大事だ。

 しかし、直茂は山口まで足を伸ばした。それはきっと大内家にも関わる話を持ってきたからなのだろう。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 夜襲を仕掛けて龍造寺信周という最大の敵手を討ち取ることに成功した龍造寺長信は、しかし、完全に肥前国の支配権を手に入れたわけではなかった。

 たしかに、敵の旗頭を討ち取るというのは快挙である。戦の中で、大名に比する大物が倒れることは滅多にない。日本各地で日々大小様々な戦が繰り広げられていながら、大将首というのはそうそう上がらないのだ。 

 大将首は当然ながら、敵軍の急所だ。獲られれば、それだけで軍が崩壊し、再起不能になる。事実、龍造寺家はカリスマ性溢れる隆信を大内家に討ち取られてからというもの泣かず飛ばずで、終いには内部崩壊して、こうして内訌にまで発展してしまった。

 信周が討たれた後、敵軍は算を乱して逃げ散った。

 長信は追撃を命じ、逃げる敵を追い散らして、さらに戦果を挙げた。

 兵力差を覆した大勝利は歴史に長々と語り継がれるだろう。

「あちらは信周の次男を元服させて、旗頭に担ぎ上げたようです。名は信昭だとか」

「形振り構わずということか。今更、こちらに恭順などできぬという腹だな」

 信周を討ち取った後も、抵抗は続いている。

 飛び込んでくる敵の情報からは、信周派が信周の次男信昭を担ぎ上げ、引き続き長信に敵対する構えである。

 これは家督相続争いだ。

 単純な領土争いとは様相が違う。

 肥前一国を治めた龍造寺家という巨大な家の跡を誰が継ぐのかという重大な問題は、家臣たちや下々の者たちにとっても死活問題だ。

 負けたほうは家臣も含めて滅亡だ。それを避けることができたとしても、家中に居場所がなくなってしまう。自分が推戴する主の敗北は、自分の敗北。再起の芽すら潰されて、没落するのは誰の目から見ても明らかで、信周派の家臣たちは、『信周が討たれたくらいで』負けを認めるわけにはいかないのだ。

 もはや、主を差し置いて家臣同士の戦に成り果てているようにも見える。

 信周の首を挙げた夜襲を無事に成功させた直茂にも、安穏とした時間を過ごすことは許されなかった。

 敵が諦めない限り戦は続く。

 信周が引き入れた有馬軍からも土地と城を奪い返さなければならないのだ。

「信周……いえ、信昭側から寝返る者も増えております。今となっては、時間は我等を利するものと思いますが」

「立場が逆転したものだなぁ」

 城の包囲が解けて、命の危険を脱したのみならず、大将首を挙げる大勝利をしたのだ。

 ずっと、不利な状況に置かれて心身ともに疲れていた長信は、気分を昂ぶらせて感慨に耽った。

 数日前まで、時間に追われていたのは長信のほうであった。

 それが、たった一つの戦で一変した。

 戦国の世はかくも儚く移ろいやすいものなのか――――と。

 信周戦死と長信大勝利は、すでに肥前国全土に広まっている。味方は大いに活気付き、反対に信周派は、一気に勢いをそぎ落とされた。

 大内家を味方につけている以上、僅かでも優勢になれば、天秤は長信派に傾いていく一方だ。

「かといって時間をかけていても仕方がない。内乱は早期に終結させ、俺の下に政権を帰さねばならんぞ」

「はい、もちろんです。喫緊の課題はやはり本城の回復です。敵の本拠地はそのまま龍造寺家嫡流の本拠地でもありますので」

「それは俺も考えていた。今のままでも俺が龍造寺の跡継ぎであることに変わりはないが、目に見える形でそれを示す必要もあるからな。何より、本城こそが姉上が打ち立てた龍造寺家の威信の象徴であるからには、これを奪還しないことには勝利とは言えないな」

 うむ、と長信は何度も頷いた。

 信昭派が居座る本城――――龍造寺城は、亡き隆信の下で発展した龍造寺家の象徴とも言うべき城であり、それは即ち、この城の主こそが龍造寺家の当主であると内外に示すものである。

 信周はこの龍造寺城を不意打ちで奪取し、以降は自分の城として扱ってきた。長信にとっては屈辱も屈辱であり、龍造寺城の奪還は何にも勝る優先事項であった。

「しかしながら懸念も」

「何だ?」

「有馬です。彼等は、未だ肥前の地を侵したまま……このまま本城へ攻撃を加えれば、有馬勢に後方を攻撃される可能性があります。分かりきっていることではありますが、これをまず退けなければなりません」

「うむ……むぅ」

 渋い顔をする長信。

 長信が追撃に徹し切れなかった理由が、有馬軍の存在だ。彼等は信周と密約を交わし島原半島から北上してきた。

 有馬軍を信昭派とするのなら、未だに長信に抗しうるだけの兵力が敵にはあるのだ。それも、有馬軍は信周の生死に左右されはしないだろう。救援対象が信周から信昭に変わるだけだ。

 龍造寺城も堅城として有名だ。その堅牢さは、長信もよく知っている。だからこそ、後顧の憂いを断って、龍造寺城の攻略に取り掛かりたいところであった。

「まったく、目の上の瘤とはこのことだな。有馬め……」

 背後に有馬軍を背負った状況で、強固な龍造寺城を攻めるのは困難だ。

 状況が長信に有利になったというだけで、兵力差まで隔絶したわけではない。一息に敵を揉み潰すとまではいかないのが現状だった。

 龍造寺家だけの問題であればよかったのだが、信周が引き込んだ有馬軍は信周の死後も長信の背後を脅かし続けていて、彼等は龍造寺家の都合に合わせて動いてはくれない。その上兵力も馬鹿にできないものがある。龍造寺家一丸となってぶつかるのならばまだしも、長信が動員できる兵力を考えると迂闊に戦える相手ではないというのが正直なところである。

「何とか蹴散らせんか? あれが後ろにいたのでは、枕を高くして寝られんぞ」

「戦えば、勝利はできるでしょう。しかし、今後の信昭派との戦いを想定すると、有馬軍と開戦するのはあまりお勧めできません」

「そこを何とかするのが軍師じゃあないか。信周をやったようにはできんのか?」

「さすがに……奇襲はいつも成功するわけではありません。むしろ、信周を討ったことで敵方も守りを厚くしていることでしょう。有馬との戦は、少なからず兵をすり減らす戦いとなります。よしんば勝てたとしても、その後が辛くなりましょう」

 長信は眉間の皺を深くする。

 これは単純な算数の問題であった。

 信昭軍と肥前国に侵入した有馬軍の総兵力と長信の総兵力を比較すれば、まだまだ敵方のほうが優勢なのだ。ただ、信昭軍は信周の敗死によって大きく戦意が削がれており、これから離反者も出るだろうから、龍造寺家の内部だけを見れば長信が優勢と言えるし、有馬軍も信昭軍も各個撃破は可能だろう。ただし、有馬軍は動きを停滞させ、こちらの様子を窺ってはいるが、すぐそこまで迫っている。信昭軍も軍備を整えて再度、攻撃するだけの余力はあるだろう。とどのつまりは、有馬軍が敵に味方をしている限りは、戦全体として長信が優勢に立つことはできないということになる。

 信周が討たれて、一転して敗色濃厚になった信昭だが、有馬軍が肥前国内に留まっている間はまだ逆転の芽があるということでもある。

 軍備を再編し、立て直した信昭軍が有馬軍と長信を挟撃するという展開もありえなくはない。主の気分を害さぬよう、あえてぼかしてはいたが、時間が長信に利するというのは一面的な見方に過ぎないのである。

「まったく、信周め……何という面倒な置き土産を残してくれたのだ」

 苦々しく長信は呻いた。

 自らの領内に他国の軍勢を引き入れるだけでなく、領土分割の約定を交わしていたというのだから驚きだ。何がなんでも長信を討ち取り、自分が龍造寺家の新当主に成り上がろうという強い意思を感じる。それだけ、信周が覚悟を持ってこの戦に挑んでいたということだろう。

「長信様」

「何だ?」

「一つ、ご提案が」

「何? それは、有馬をどうにかする妙案ということか?」

 直茂の言葉に、長信は目を輝かせた。

「はい。上手く行けば、この戦をより優位に運ぶこともできましょう。ただし……」

「ただし?」

「長信様には相応のお覚悟を求めなければなりません。信周が有馬を引き入れたように」

「何だと?」

 直茂の言葉の意味を、いまいち長信は理解できなかった。

「鋒を交えることだけが、戦ではありません。ここは交渉で事を進めるべき局面だと思います」

「今更交渉だと? 信昭に、戦をやめてくれとでも頼むのか?」

「いいえ、もちろん違います。交渉の相手は、有馬……彼等を味方につけることができれば、この戦の趨勢を決することができるでしょう」

「有馬を味方につける? そんなことができるのか?」

 有馬家は龍造寺家の積年の敵である。

 隆信は長らく有馬家を敵視し、攻撃を仕掛けていた過去がある。

 信周はこれを味方に引き入れるのに、島原半島の割譲という屈辱的な条件をつけていたくらいだ。

「有馬家にとってこの戦は他人事です。自家の命運を賭けるようなものではありませんし、龍造寺家の次期当主と関係を改善できれば、当面は戦を仕掛けられることもなくなる。おまけに島原半島が手に入るのならば、儲けモノ……彼等が信周に味方をしたのはそういった利があったからでしょう」

 隆信が肥前国を支配してから、龍造寺家は各地に侵略戦争を仕掛けていた。島原・天草地域も同様に龍造寺家の猛攻に曝され、有馬家は島津家を頼って勢力を辛うじて繋いできた。

 たとえ、内訌で戦力をすり減らしたところで、龍造寺家が脅威であることには変わりない。世の流れを見れば、龍造寺家を打倒して、肥前国まで支配することができるかといえば、それはないだろうというのは分かるので、如何に龍造寺家と関係を破綻させないかという点が最大の関心事となる。

 有馬家は島津家を頼っていたのだから、同じく島津家を頼った信周を支援するのは当たり前の戦略だっただろう。

「味方といっても兵を借りるのではなく、兵を退いてもらうだけです。それだけで、敵方には大きな痛手を与えることができますから」

「交渉で兵を退かせるというのか」

「こちらに就くことが、有馬家にとっていい結果に繋がると分かればあちらも交渉を無碍にはしないでしょう。有馬家にとっては、肥前国の戦後がどうなろうと自家に利があればよいのですから」

「有馬が信周に肩入れしているのは、義理人情ではなく利害関係によってか……なるほど」

 人と人、家と家の結びつきは義理人情と利害関係にどちらかだ。

 戦国に世に君臣関係以外の義理人情は信頼に値せず、他国と同盟を結ぶ場合には人質を交換するほどだ。今回、有馬家と信周との同盟は土地を担保に行われた。信周としては龍造寺家の当主になるのが最優先であった。負ければ命がない状況で、四の五の言っていられない。島原半島くらい切り離してもいいと判断したのだろう。しかし、それは有間家にとって信周は土地を担保にした同盟関係という程度の繋がりでしかないということでもあったし、同じ条件なら長信にも提示する権利がある。むしろ、信周が敗死し、長信が龍造寺家の当主となれば、反乱分子との約束事など守るに値しない。島原半島の領有権を長信が主張し、有間家に攻撃を仕掛ける口実にも使えるようになる。

 もしも、長信が勝利すれば、当然ながら有馬家は面白くないし、長信との関係性を見直す必要に迫られることになる。その時に、島原半島の領有問題は大きな懸念材料と化す。

「島原半島を、長信様からも手放していただく……完全に有馬家に引き渡すことで、後の諍いを回避します」

「島原を有馬に引き渡す……」

 長信にとって、これは大きな譲歩と言える。

 何せ、武士の本懐は一所懸命――――土地を死守することにある。

 一家の長として、先代が勝ち取ってきた土地を他者に明け渡すのは腸が煮えくり返るほどに悔しい。

「どうしても、必要か、それが……」

「有馬家を早急に納得させ、兵を退かせるには、最低でも島原の割譲は必要です」

「より広大な領土の割譲を求めてくる可能性もあるぞ」

 長信が有馬家に助けを求める形になるのだから、有馬家は長信から信周以上の好条件を引き出そうとするのは目に見えている。

「もちろん、その可能性もあります。ですが、わたしたちが提示するのは島原のみです」

「考えがあるのか?」

「はい」

 直茂は頷く。

「大内家に仲裁を依頼します」

「大内家にか……」

「はい。有馬との戦を内訌から切り離し、個別の案件として対処します。大内家の仲裁を得て、有馬家と講和という形に持っていきます。島原だけでも、大きな譲歩ですが……こればかりは、信周殿の覚悟を長信様に超えていただかねばならぬ場面と言えましょう」

 有馬家との戦を終えるため、第三者として大内家を引っ張り出す。大内家は長信と同盟関係にある。頼られれば、出てくるのが盟主の役割だ。断りはしないだろう。それに、形はどうあれ、そろそろ大内家に参加してもらう必要のある時期だと直茂は考えていた。

 龍造寺家の内訌ではあるが、長信と信周がそれぞれ大内家と島津家を頼って戦ってきた。大内家を頼ると言っておきながら、大内家に何の断りもなく戦を終えたとなれば『可愛げ』がない。大内家からすれば、権威を利用されただけになって面白くないだろう。

「大内に借りを作ることになるな」

「大国の顔を立てるとお思いください。それに、大内家が出てくれば有馬も鋒を納めざるを得ません。彼等の背後に島津がいるにしても、彼女たちは最近は内部のゴタゴタに忙しい状況です。大内家と二度目の対決ができる余裕はありません……有馬にしてみれば、後ろ盾が心の許ない状況で大内家に睨まれたくはないでしょうし、この機に大内家に取り入る好機にもなります。大内家にしてもこれは有馬を引き込む機会……どちらにしても損はありません」

 南郷谷の戦いで、大内家が島津家に痛打を与えてくれたことが功を奏した。

 今、島津家を頼っていた諸勢力が動揺している。そんな中で親大内派の長信の勝利は、大内家を利するだろう。大内家からの協力は確実に見込める――――というか、協力してもらわなければ困る。大内家にも平戸を差し出して頭を下げたのだ。

「……やむを得ない、か。分かった。その線で話を進めてくれ。委細、直茂に任せる」

「承知いたしました」

 まさに苦虫を噛んだような表情で、長信は直茂に命じたのだった。




光秀がちょっと積極的……原作シリーズでも大体光秀から主人公に迫るパターン多いし多少はね。

現パロ光秀(妄想)
自由人な生徒会長信長に振り回される堅物な副会長。
裏垢で投稿しているコスプレ自撮画像を見つけるイベントを発生させるとルートに入れる。
ルートに入った後で選択肢を誤ると特殊イベント本能寺が発生する。


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その九十五

 近年まれに見る豊作だった秋が過ぎ、これまた近年まれに見る冷え込みとなった冬。山口にもくるぶしまで届く積雪があった。

 先日は強風と吹雪で一時は前が見えず、外に出れば肌が紅くなり、ひりひりとしたしもやけになってしまうほどの荒れた一日となった。

 この寒空の下で、まともな布団もないまま生活している者がいると思うと胸が痛い。晴持は立場に恵まれて、部屋の中では暖かく過ごすことができている。生き抜くだけで大変な戦国の冬は、戦以上に人命を損なう。何とか山口の民だけでも暖かく過ごさせてやりたいが、布団すらも高級品な世の中で、各家庭に行き届いた福祉政策を施すのは至難の技だ。

 戦に勝つだけで、国が富むことはない。経済活動を活発にし、農作物を多く収穫できるようにし、税率を下げて民が貯蓄できるようにする。文字にすれば一瞬でも、晴持一代でどこまで実現できるかまったく想像もできないことである。

 戦をすれば、人が死ぬ。人口が減り、土地が痩せて生産力が下がる。できる限り戦はしたくないというのが、晴持の本音だ。

 戦わずに勢力を拡大するには、大内家の財力と軍事力を盾に臣従を迫るやり方しかない。諸勢力を味方に取り込み、従わない者だけを選んで潰してく。

 至極、当たり前の戦略だ。大内家ほどの大国となれば、細かな策謀を張り巡らせるまでもなく、数で勝負できるのが強みだ。

 こうなってくると晴持の存在は大内家にとっては都合がいい。

 今の世の中は姫武将が台頭し、一家の当主が女性であるということも珍しくなくなった。そうなると、政略結婚がしにくくなるという面は否めない。人質同盟があるので、表だって問題になることはないが、それでもより強いつながりを持たせるために、婚姻政策を進めたいという勢力は多い。

 今、一つの政略結婚が執り行われた。

 大内晴持に毛利隆元が輿入れしたのである。

 毛利家の能力と重要性を高く買っていた義隆が、前々から毛利元就と話を進めていたことである。九国出兵などで、時期を逸してきたが、大内家の戦がとりあえず落ち着いてきたために、輿入れの話を一気に進めたのである。

 大内家にとっては、何代も前から当たり前のように行ってきた政略結婚の一つだが、毛利家にとってはお家の未来を左右する重大事である。

 政略結婚の花嫁は、実家と嫁ぎ先を結びつける重要な役目がある。花嫁は質だ。同盟を口約束以上に強固なものとするための人質であり、保険である。

 隆元に託されたのは毛利の未来そのものだ。

 毛利家は小勢力だ。今でこそ安芸国の盟主的立場に躍り出たものの、それは大内家との繋がりがあってこそだ。大国の当主の意思一つで消え去る程度の小さな力しか持たない毛利家にとって大内家との緊密な繋がりは生命線なのだ。

 当初は正室に、という話を持ちかけた義隆に対して、元就はこれをやんわりと断わり、正室不在のまま側室として隆元は晴持の傍に侍ることになった。

 大内家の中で毛利家の存在感を高めることは、いいことばかりではないからだ。出る杭は打たれるものだ。毛利家としては、あくまでも大内家との同盟上の繋がりを保持できればいい。側室で十分なのに、まかり間違って正室になってしまったら、それこそ内憂に悩まされることになる。

 晴持の正室はそれなり以上の身分のある姫でなければならない。大内家の権威を維持してもらうのも、先々の毛利家を守るためだ。

「晴持様……その、お茶、でも、いかがですか?」

 隆元がぎこちなく尋ねてくる。

 初めて出会ったから数年が経った。その時間は、愛らしい少女が一人の女になるには十分な時間ではあったようだ。

 こうして見ると、どこか艶めかしい雰囲気が漂っている。

 隆元とこのような関係性になるとは、出会った頃の晴持は想像もしていなかった。隆元は毛利家の跡継ぎだ。それが大内家に嫁ぐというのは、大きな賭けとなる。何せ、隆元の妹二人はすでに他家の当主となっているのだ。隆元の産む子は、大内家の跡取りとなるだけでなく、毛利家の跡取りにもなりうる存在だ。元就が隆元にかける期待は大きい。

「何か、緊張してるな」

「そう、ですね。すみません……あはは」

 恥ずかしさを誤魔化すように隆元は笑った。

 とんとん拍子に話が進んだとはいえ、隆元にとってこれは初めての結婚だ。仕事ばかりで男性経験もまったくない。

「その、晴持様と本当に夫婦になるなんて、思ってなかったので、まだ夢を見ているみたいで」

「つい最近まで、仕事の話しかしてなかったからな」

「そうですね。平戸がどうしたとか、琉球がどうしたとか……ですよね」

 隆元は毛利家を離れて大内家のためにこれまで粉骨砕身の仕事ぶり発揮してくれた。龍造寺家から接収した平戸の再建にも精力的に取り組んでくれている。

 南蛮貿易ができなくなって廃れた平戸を琉球との外交窓口にする。それが、新しい外交方針だ。この先、明も動乱の時代を迎えることが予想される。そうなると貿易がどうなるかは想像ができない。歴史通りに明が倒れて清が出てくるのか、あるいは別か。その時期はいつになるか。まったく分からないのである。今は明との貿易が上手く行っていても、先々のことがあるので、対外貿易は様々な選択肢を持っていたいところである。

 隆元は、商業の感覚が秀でている。武でも智でも妹には及ばない彼女だが、経済感覚は縁の下の力持ちとして十二分に役に立つ。経済感覚の欠如した武将は意外と多い。

 重商主義の大内家でもそれは同じ。それどころか、対外関係から儒教に触れる機会の多くなった大内家上層部には、商業を見下す者もいるくらいだし、金勘定を下賎の仕事と捉える者もいる。

 そんな中で、商業が重要財源の大内家にとって彼女の才覚は必要不可欠だったし、これからも益々大切になってくるのは目に見えて明らかだった。

「隆元には、今後とも頼まなくてはならない仕事がまだまだあるからなぁ」

「お任せください。商人方との折衝は、得意とするところですから」

 と、隆元は胸を張る。

 隆元にとって大内家での仕事はやり甲斐があった。

 毛利家では経験できない大きな仕事が多々あって、そのどれもが隆元の力を必要としていた。

 隆元の才覚は毛利家の中では活かせない。籠の中の鳥でいるよりは、大内家に来て正解だったかもしれない。自分の力を正しく発揮できる場所。それが、隆元にとっての大内家であった。

 今、屋敷には多くのご祝儀が届けられている。

 その中には隆元が仕事で関わった九国商人たちからの贈り物もある。

 隆元が大内家の親族衆になったことが、商人達を刺激している証である。この時点で、九国の商人たちは隆元との繋がりが大内家と繋がる上で必須であると見ている。それは、隆元の地道な活動が結んだ成果である。

「あ、でも……」

 と、隆元は不意に不安げな表情を浮かべる。

「どうした?」

「いえ、その……」

 隆元は言い難そうに視線を彷徨わせた後で、諦めたようにはにかんだ。

「妻としての仕事をまずは覚えないとダメですよね」

 商人との折衝ならば、彼女の家臣に任せることもできるが、妻の仕事は他人任せにはできない。というよりも、奪ってでも自らの手で行うべきなのだ。

 晴持の周囲にはすでに何人もの美姫がいる。恋愛の果てに関係を結んだわけでなく、政略結婚による始まりである以上、隆元はこれから晴持からの寵愛を得なければならないのだ。

「そうだな」

 晴持は苦笑した。

 隆元の扱いには、少し悩んでいた。

 妻として彼女を迎え入れたとはいえ、武将としてやって欲しい仕事は山ほどある。どちらに優先順位を置くべきかということが、課題であった。

 毛利家としては、当然ながら奥の仕事が最優先だが、大内家が求めるのは表の仕事である。しかし、それで武将としてのみ扱うのは、様々に覚悟して来てくれた隆元には辛いことでもあるだろう。

「妻の仕事と言ったけど、隆元は辛くないか?」

「辛い、とは?」

「この婚姻は多分に政治色が強いものだ。隆元の気持ちよりも、情勢が優先されている。俺もこうなった以上は、君が大内家で不自由しないよう努めるつもりだが、あまり無理をして妻として振る舞わなくともいいんだぞ」

「そ、それは……その、わたしでは不足ということですか?」

「そうじゃない。むしろ……そう、隆元の気持ちが無視されているのではないかということが気がかりなんだ」

 晴持の偽らざる気持ちである。

 乗り気でない女性と関係を持つのは、気が引ける。それが、毛利家にとって重大事であろうと、隆元にその気がなければ、互いに苦痛なだけではないか。形式上の婚姻関係となった上で武将としてのみ行動することもできなくはない。もちろん、それが毛利家の意に沿わぬものであったとしてもだ。

「わたしのことでしたら、ご心配には及びません。むしろ、わたしのほうが晴持様のお相手が勤まるか不安なくらいで……はい、晴持様のように、わたしのことを気にかけてくださる殿方に輿入れできたのは、とても幸運だと思います」

「それで、いいんだな」

「もちろんです」

 大名の当主ですら、自分の意思で相手を選べない世の中だ。輿入れする相手によって、その後の人生は大きく左右される。

 隆元にとって、晴持との縁談は毛利家の威勢を増すだけでなく、個人としても喜ばしいことだった。

 武芸でも智謀でも妹に劣る隆元は、毛利家の跡取り娘でなければ、それこそ人質や婚姻政策でしか利用価値がない。隆元自身はずっとそう思っていたし、昔からいつその時が来るのかと思っていたし、大内家に人質に出されたときには、やっぱりそうかとも感じたくらいだ。商人たちとの折衝の才があるとは思ってもいなかったので、隆元の自己評価はもともと低かった。

 大内家は隆元に活躍の場が与えてくれただけでなく、嫁ぎ先まで用意してくれたのだから、文句のつけどころがなかった。

 後は、与えられた立場に相応しくなれるように日々努力するだけだ。

「隆元の覚悟も知らず、変なことを聞いてすまなかった。今後とも、よろしく」

「はい、よろしくお願いいたします」

 会話をして、やっと緊張が解れてきたのだろう。

 隆元はいつも通りの朗らかな笑みを浮かべた。

 それは、一足早く春が訪れたかのような、暖かな笑顔であった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 京――――古くより日本の中心であり続け、そしてこれからもそうあるべき場所である。

 社会の中心は文化の中心であり、政治の中心でもある。華やかな文化が咲き乱れ、風光明媚な極楽浄土の如き場所であると、地方の者は夢想する。中心から離れた末端は、見えない京に理想を重ねるのが常であるが、内情は理想郷とは程遠い。

 社会の中心はすなわち、騒乱の中心である。

 この戦国の世すら、京から各地に伝播した戦いの中で醸成されたものである。応仁の乱から百年。世代を越えて、血みどろの戦いは広がっている。

 京は魑魅魍魎の住まう地だ。

 流血のない戦が日夜行われている暗闘の世界である。理想は現実の前に無力であると、誰もが思い知らされる。

 そして、京に今まさに、新たな戦いの火種が生まれようとしていた。

 喊声が夜の京に響き渡る。

 酔っ払いの喧嘩などではない。

 まるで鬼のように暗闇に現れたのは武者である。それが、数え切れないほどの人数が集まっている。長柄の槍を持ち、鉄砲を掲げ、弓を背負っている。

 月光に照らされた鎧兜が、怪しく光を反射する。

 薄暗い京にあっては、一人一人の顔は影になって見えない。だからこそ、一層不気味なのだ。およそ京では見ることのない戦装束である。

「……さて、と。いよいよかしらぁ」

 ほう、と姫武将が息を吐く。

 白い息がキラキラと輝いて、消えていく。

 冷えた京の空気が肺を侵し、身体の芯から凍っていくようだ。

 だが、それでいい。

 これから為すのは非道である。身も心も凍てついて、氷のようになっているくらいがちょうどいいのだ。

「これも時代の流れってヤツかしら。ま、仕方ないわよね」

 小さく呟くのは三好政康である。

 いつしか三好三人衆などと呼ばれるようになった、三好家の重臣格三人組の一人だ。

 思い描くのは主君長慶の顔。

 ここ数年、ずっと息苦しそうにしていた。

 正直、政康は長慶には敬意を抱いている。智謀と武略に優れた彼女には、ひっくり返っても勝てないだろう。

 そう、政康は何度も長慶に挑んでは返り討ちに遭ってきた。

 政康の父は江口で長慶と戦い、敗れて屍を曝した。政康は父の救援に間に合わず、逃亡し、以後は長慶と敵対する道を選び、戦って戦って戦い抜いた。そして、その結果、これは勝てないと理解した。剣を振り回すことしかできない自分では、長慶の武略に太刀打ちできないのだ。一対一ならばいざ知らず、軍を以て戦うとなると長慶は無類の強さを発揮する。

 降服した政康を長慶は受け入れて、重用した。長慶にとっては父の仇の子であり、三好家の惣領を争う相手だというのに、そこに譜代との区別はなかった。

 ついていってもいいかな、くらいには思ったものだ。何事もなければ。どうせ、長慶には勝てないのだし――――と。

「もったいないな」

 心底、そう思う。

 長慶の天下というのも、見てみたい気がした。

 だが、それでも――――政康には、どうしても抑えられない衝動が生きていた。

「あなたが、父上を父君の仇として討ったなら、あたしもそうしなくちゃいけないわよねぇ」

 このまま、長慶の天下が続けばよかった。

 三好家が安泰で、将軍との折衝も上手くいって実休も一存も健在ならば、こんな夢は見なかっただろう。三好家の惣領を父から受け継ぐなどという夢物語を見る余地がなければ、自分は長慶の一家臣として一生を終えたに違いない。

 だが、そうはならなかったのだ。

 長慶の権威は失墜した。一存も実休もいなくなった。将軍との不仲は、三好家の内外に亀裂をもたらした。政康が付け入る隙ができるくらいにだ。

 南の畠山家は未だに河内国内で蠢動していて、これをすぐに取り除くことができないでいる。それも当然だ。何せここに集まった軍は畠山家と戦うために動員した者たちだ。それを、長慶に閲兵すると偽って連れてきた。

 後は一蓮托生だ。

 自分だけでなく、彼等も後には退けないように囲い込む。

 勢いに任せて事を成す。

 長慶のことは好きだった。人間的にも武将としても、尊敬に値する主君だった。だが、血で血を洗う戦国の世で、互いに世代を越えた骨肉の争いを背負ってしまった。隙を見せたのならば、これに食らい突かなければならないと思うくらいに。

「後は松永ね」

 京に兵を入れたので、政康はもう逃げられない。

 いまいち信頼できない久秀も、別の場所で彼女の戦いに向かっている。

 後は、長慶の寝所を襲うため、号令を発するだけだ。

 緊張して、喉がからからになっている。

 かつて、命を賭して求めたモノがすぐそこにある。やっと長慶に勝てると思うと、それだけで全身が熱くなってしまう。

 大きく深呼吸をして、政康は軍配を手に持った。

 やはり、しっくり来ない。

 総大将なんてやるものではないなと思った。もっと気軽に生きたかった。

 政康と長慶。

 かつては敵対関係だった。だから、これは謀反ではあっても、本来の関係に戻るだけのこと。ただ、それだけだというのに、軍配がやけに重かった。



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