ダンまち×ドラクエ (スターゲイザー)
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第一章
第1話 アルスは レベル2に あがった!





 ドラクエの基本設定は主にドラクエ11を踏襲するも、階層主や一部のモンスターはダンまち準拠です。

〇主人公=アルス・クラネル(ベルの双子の弟)
〇カミュ=ベル・クラネル



 

 

 

 

 

 遠い昔、神は人間達が暮らす下界に刺激を求めて降りてきた。そして神達は決めた。この下界で永遠に人間達と共に暮らそうと。神の力を封印して、不自由さと不便さに囲まれて、楽しく生きようと。

 神達が人間達に与えられるのは、たった一つ。恩恵という名のモンスターと戦う力だけ。与えられた子供達はその神の眷属、ファミリアになる。

 これは竈の女神のファミリアとなった二人(・・)の少年の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 ダンジョンの5階層に響き渡る獣染みた雄叫び。

 ベル・クラネルは双子の弟のアルス・クラネルを肩に抱えながら必死に逃げていた。

 

「アルス! アルス、しっかりして!」

「――」

 

 頭部が血まみれなアルスに何度も呼びかけるも反応は薄い。

 息をしているので命があるのは間違いないが意識があるかどうかは分からない。力の入っていない手をしっかりと肩に担ぎ、徐々に近づいてくるモンスターから必死に逃げる。

 

「なんでミノタウロスが5階層に……」

 

 出会い頭に遭遇したのは、本来ならば中層である15階層以下に出現するのが一般見解とされているミノタウロス。

 上級冒険者とされるLv.2と同等にカテゴライズされるモンスターに、冒険者となって半月程度の新人のステイタスではたった一撃で瀕死のダメージを負うこともある。実際、ミノタウロスの一撃でアルスは防御した片手剣を粉砕され、微かに頭部を掠めただけでこの有様となった。

 

「ブゥムゥンッ!!」

 

 急に間近に聞こえたミノタウロスの声にベルが顔だけ背後を振り返る。自分達が直線状にいること、明らかにミノタウロスが突進態勢を取ったのに気づいた。

 

――――――――――ミノタウロスは ツノを構えた突撃を しかけてきた!

 

「いっ!?」

 

――――――――――ベルは すばやく みをかわした!

 

 ベル達を標的と定め、凄い速さで数十メートルはあった距離を瞬く間に詰めてきたミノタウロスのタックルを横っ飛びして躱す。

 奇跡的に回避に成功するも突進の風圧と、ミノタウロスが壁に激突した衝撃で抱えていたアルス諸共に吹き飛ばされた。ゴロゴロとダンジョンの床を何度も転がる。

 

「あ、アルス――」

 

 固い地面に体を打ち付けた痛みに呻きながら同じように吹き飛ばされたアルスを探していると、目の前に仁王立ちするミノタウロスに気づいて言葉を失った。

 

「ブゥー、ブゥーッ……」

 

 固い壁に突進したにも関わらず傷一つない体で、荒い鼻息が地面に尻もちをついているベルの髪を揺らす。

 

「ぅぁ」

 

 少しでも距離を取ろうと臀部を床に落とした状態で後ずさりすると何かに当たった。ミノタウロスから視線を離せないので、横目で確認すると壁際で倒れているアルスだった。つまり、これ以上は下がれない。

 

「あ、アルスは僕が守るんだ」

 

 意気込んで見せたところで、半月分のお金を注ぎ込んで買ったアルスの『どうのつるぎ』が『ひのきのぼう』のように簡単に粉砕されたのだ。二回りは大きく筋骨隆々なミノタウロスを前にしたら手に持つギルド支給の短剣のあまりの頼りなさに泣きたくなった。

 赤銅色の体皮のミノタウロスが足を振り上げて、その蹄で自分達を踏み潰そうとしてもベルには身を守るように腕を掲げるだけで他には何もできなかった。

 

――――――――――アイズの こうげき!

――――――――――ミノタウロスに ダメージ!

 

「え?」

 

 掲げた腕の合間から見えた、ミノタウロスの振り上げた足に突如として横一文字の線が走った。

 

「ヴォ?」

 

 ミノタウロスが間抜けな声を上げた片足を失ってバランスを失い崩れ落ちる。

 

――――――――――アイズの こうげき!

――――――――――ミノタウロスに ダメージ!

 

 なんとか振り返ったミノタウロスが背後に向かって振るった左手が、細い剣のようなもので真っ二つに切り裂かれて中の肉が剥き出しになった。

 

――――――――――アイズの こうげき!

――――――――――ミノタウロスに ダメージ!

 

 更に銀閃が走り、左肩から右腰まで真っ二つに切り裂かれたミノタウロスから噴き出した血が背後にいたベルごと壁にビシャリと撒き散らす。

 

「グブゥ!? ヴゥ、ヴゥモオオオオオオ――――!?」

 

 最後の断末魔が残響だけを残してやがて消えるように、体を幾重にも切り裂かれたミノタウロスはその体を霧散させた。

 

――――――――――ミノタウロスを たおした!

――――――――――アルスは 1321ポイントの経験値を かくとく!

 

 ミノタウロスの血のシャワーを全身に浴び、あっという間の展開に呆然としているベルの前に立つ銀閃を放った少女が剣を鞘に収める。

 

「――――後ろの人は、大丈夫ですか?」

 

 長い金髪に身軽さを重視した銀の装甲を纏った少女が問いかけてくる。

 ベルは何も答えられない。

 

「あの、立てますか?」

 

 少女が差し伸べた手を見て、ミノタウロスを瞬殺できるはずの熟練冒険者のはずなのに柔らかそうだと思い、再びその相貌へと視線を戻す。

 

「だっ」

「だ?」

「だぁあああああああああああああああああああああ!!」

 

 がばっと跳ね起きたベルは内心で吹き荒れる感情に振り回されて、正しく脱兎の如く全力で逃げ出した。

 ポカンと手を差し出した姿勢のまま、ベルが逃げ去った通路の奥から奇声が木霊する。

 

「――」

 

 実は意識があったアルスが覚えていたのは、ここまでだった。

 目を見開いて立ち尽くす少女と、その後ろで震えながら腹を抱えて必死に笑いを堪えている獣人の姿を見たのを最後に途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パッ、と意識が回復する。

 目を開けて最初に見るのは、ヘスティア・ファミリアが拠点としている壊れかけの教会のボロボロな天井ではなく、明らかにランクが違うと分かるどこかの一室。

 

「――」

 

 横になっているベッドにしても、古くて固い教会のマットレスと違い柔らかくアルスの体を優しく包み込んでくれていた。

 もう一度眠りたい衝動に駆られながら、直ぐ近くの人の気配がある方へと顔を動かす。

 

「やあ、起きたようだね」

 

 アルスが起きたのを確認して、ベッドの脇の椅子に座る金髪の少年が穏やかに微笑む。

 

「ここは、ロキ・ファミリアのホームだよ。僕は団長のフィン・ディムナ」

 

 ゆっくりと体を起こしたアルスは頭に手をやり、痛みどころか傷一つない状態に気づいて恐らく治療をしてくれたのだろうと判断して、自分の名前とファミリア名の後に礼を述べる。

 

「ああ、意識を失う前のことは覚えているんだね。礼はいらないよ。むしろこっちが謝罪をしなければならない立場にある」

 

 なんのことか分からないとばかりに首を傾げるアルスに、フィンは苦い表情で続ける。

 

「あのミノタウロスを中層で逃がして上層にまで行かせてしまったのは僕達だ。手当てと、安全の確保は当然の義務。此度のこと、本当にすまなかった。ロキ・ファミリアを代表して深く謝罪する」

 

 説明を受けてアルスは上層にいるはずのないミノタウロスの遭遇と、やけに早かった上級冒険者の登場に納得した。

 十分な対応に、オラリオトップの派閥の長に深く頭を下げられて、逆にこちらの方が申し訳なくなって頭を下げる。

 

「今回のことで武器を失ったみたいだね。賠償というわけではないが、武器のいくつかを受け取ってはくれないだろうか。見たところ、冒険者になってそう時間も経っていない。資金に余裕があるわけではないだろう?」

 

 その提案にアルスの心は動いた。

 冒険者になった頃は資金もなくギルド支給の装備を使っていたが、今回の直前に半月分のお金を使って『どうのつるぎ』を購入してそちらに切り替えていたがミノタウロスに粉砕されてしまった。

 フィンが言うように手元に資金はなく、新しい武器を買うお金がない。

 アドバイザーに止められていたにも関わらず5階層にまで潜ったのも、使った分の資金を補充する為の側面が大きかったのだ。

 

「決まりだね。これから取ってくるから少し待っていてくれ」

 

 即物的な心の動きを正確に読み取ったフィンが部屋を出て行った。

 人の気配の無くなった部屋に一人残されたアルスはそろりとベッドから抜け出し、好奇心に駆られて部屋の中を見回す。

 アルスがいる部屋は来客用か、単なる空き部屋かは分からないが、テーブルとベッドの他には簡単な荷物を入れられるチェスト、服を収納するクローゼット的なものがある。

 まずはクローゼットを開いて中を確認する。

 

「――」

 

 何も無かった。

 次はチェストを順番に開けていくと、一番下の棚に何かを見つけた。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『プラチナの武器目録』を 手に入れた!

――――――――――プラチナソードの レシピを 覚えた!

――――――――――プラチナブレードの レシピを 覚えた!

――――――――――プラチナのやりの レシピを 覚えた!

――――――――――プラチナクローの レシピを 覚えた!

 

 レシピを懐に隠したアルスはベッドへと戻る。

 すると、ドアがバンと大きな音を立てて開かれた。

 

「やあやあ、起きとるな」

「ロキ、入り口で止まらないでくれ」

「へいへい」

 

 ドアを開けたのは糸目の女神で、背後にいる両手の塞がったフィンに急かされて室内に入ってくる。

 

「待たせてしまったね。君達がどの武器を使うか分からないから幾つか持ってきてみたんだが」

「無難に短剣、片手剣、両手剣と大穴のブーメランや。うちの見習いが駆け出しを卒業した時に使う代物やからそんなに恐縮せんでもええで」

 

 テーブルに置かれた四種類の武器を見る。

 片手剣『せいどうのつるぎ』、大剣『どうの大剣』、短剣『ブロンズナイフ』、ブーメラン『クロスブーメラン』は今までロキ・ファミリアで使われてきた年季が感じられるが、武器としては十分な性能がある。

 整備もしっかりとされているので、今回の賠償として受け取るには十分な代物だろう。

 なによりもアルス達が半月分のお金を注ぎ込んで買った『どうのつるぎ』よりも『せいどうのつるぎ』の方が武器性能でワンランク上。

 

「――」

「満足してくれたやったら良かったわ」

 

 ここで断ってもいいが、先立つものがないので有難く受け取ることにして四つの武器を全て手にする。

 

――――――――――アルスは せいどうのつるぎ、どうの大剣、ブロンズナイフ、クロスブーメランを 手に入れた!

 

「て、全部取るんかい」

「ロキ」

「いや、普通全部とは思わんやろ」

 

 全部鞘付き、固定具付きなのでとても助かる。

 『ブロンズナイフ』を腰の後ろに差し、『せいどうのつるぎ』を左腰に固定する。『どうの大剣』は背負って抱え、『クロスブーメラン』を手に持つ。

 

「――」

「良き冒険を。君達のファミリアが壮健であることを祈っているよ」

 

 貰える物を貰ったアルスは、懐に『プラチナの武器目録のレシピ』を抱えてルンルン気分でロキ・ファミリアのホームを去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロキ・ファミリアのホーム「黄昏の館」からスキップでもしそうな雰囲気で、ヘスティア・ファミリアのホームである教会へと帰ってきたアルスは入り口のドアを開けようとしたところで手を止めた。

 何やら中が騒がしい。しかも声がどんどん近づいていた。直感が働いてドアから二歩ほど下がる。

 バンとただでさえボロボロなドアは力任せに開かれて勢いで蝶番が外れて飛んでいき、中から少女が走る勢いで飛び出してきた。

 

「アルス君を迷宮に置いてきたって君は何を考えているんだ――!」

 

 背後にいる誰かに叫びながら走る少女は立ち止まっていたアルスに気づかずにぶつかった。

 

「アイタッ!?」

 

 体格で劣り、大剣や片手剣にブーメランまで備えているアルスとぶつかった少女が弾き飛ばされた。

 そのまま倒れるかと思われた少女を、後を追って教会から出てきた白髪の少年が受け止める。

 

「あ、アルス!?」

 

 よっ、とばかりにブーメランを持っていない方の手を上げて軽い双子の弟の元気な姿にベルは泣いた。

 

 

 

 

 

「ミノタウロスに遭遇して死にかけただけじゃなくて、ダンジョンにアルス君を置いて帰ってきたと聞いた時の僕の気持ちをベル君は知るべきだと思うんだ」

「はい、すみません」

 

 ボロボロな教会の外見に負けず劣らずの室内の床に正座したベルが、極東で最上級の謝罪のポーズだという土下座を繰り返して先ほどとは違う理由で泣いていた。

 

「せっかく、露店の売り上げに貢献して貰った大量のジャガ丸くんでパーティーにしようと思ったのに、たった二人しかいないファミリアがいきなり一人になってたら僕は泣いちゃうぜ」

「はい、すみません」

「大いに反省してくれたまえよ、ベル君。君には団長として、これから大きくなっていくヘスティア・ファミリアを纏めていかなくちゃいけないんだからね」

 

 一人ソファに座って訥々語っていたヘスティア・ファミリアの主神であるヘスティアを土下座の姿勢から顔を上げたベルが見上げる。

 

「…………本当に僕が団長でいいんでしょうか? アルスの方が」

「アルス君は止めておけ」

 

 つら、とヘスティアが顔を横に向ければ話題の中心でありながら、一人でパクパクとジャガ丸くんを腹に収めていくアルスがいた。

 

「唯我独尊というか、自分本位というか、現時点ではマイペースなアルス君よりベル君の方が団長に向いていると僕が判断したんだ。頑張ってくれよ」

「はい……」

「アルス君も食べるのはいいけど、僕とベル君の分も残しておいてくれよ」

 

 了解、とばかりに口を大きく膨らませたアルスが親指を立てる。

 

「この有様だからね。アルス君も気にしてないようだからこれ以上は言わないけれど、君一人のファミリアでないことは理解しておくれ」

 

 自分がアルスの分もしっかりしなければ、と物心ついた時から何度も決心した内容を反芻しているベルにヘスティアは一つ頷く。

 

「まあ、あのロキから賠償として武器をせしめてきたのは良くやった! 褒めて遣わす!!」

「神様ぁ……」

「当然の要求だろ? ベル君はともかくアルス君の武器は彼らの不手際の所為で失ってしまったんだ。これぐらいは補填して貰わないと割に合わないよ」

「でも、こんな上等な武器を貰って本当に良かったんでしょうか」

 

 壁に立てかけられた四つの武器に視線をやり、ベルは返した方がいいんじゃないかと思わずにはいられなかった。

 

「いいんだよ。寧ろ足りないぐらいのをこっちが妥協してやってるんだ。感謝してほしいくらいだね」

「そうでしょうか……」

「そんなことより死にかけるほどの冒険だったんだろ。先にベル君の方からステイタスを更新しておこうか」

「はい!」

 

 それはそれとして、待ってましたとばかりにベルは上半身の服を脱いでベッドにうつ伏せになり、ヘスティアがその上に乗る。

 ヘスティアが取り出した針を指先に差し、滲み出た血を露出したベルの背中に描かれている黒の文字群へと滴り落とす。ベルの背中に落ちた血が光の波紋を生み出し、ヘスティアが指でなぞると中空に神聖文字が浮かび上がる。

 

「ベル君、君はダンジョンに夢を見過ぎだよ。君がオラリオに出会いを求めてきたのは知ってるけど、あんな物騒な場所に君の求めるような出会いがあるもんか」

「は、はぁ」

「そのアイズ・ヴァレン何某だって、それだけ強くて美しいなら他の男が放っておかないよ。お気に入りの男の一人や二人囲っているに決まっている!」

「神様、なんだか怒ってません?」

「怒ってない! はい、終わり! いいかい、ベル君。もっと周りを見るんだ。出会いは直ぐ傍に転がっているだろ。いや、君はもう既に優しく包み込んでくれる素晴らしい相手と出会っている。そうに違いないよ!」

 

 喋っている間にステイタスの更新を終わらせたヘスティアがベルの上から降り、用意した用紙に更新したステイタイスを書き写す。

 ステイタスは神聖文字で書かれているので、下界で用いられている共通語に書き換えてもらわれなればベルとアルスには読むことができないからだ。

 

「ほら、これが君の新しいステイタスだよ。アルス君、次は君だよ」

 

 入れ替わるように服を脱いでアルスがステイタスの更新を行っている間に、ベルは渡された共通語に直された自分のステイタスを見る。

 

【ベル・クラネル Lv.1/力:I77→I82/耐久:I13/器用:I93→I96/敏捷:H148→H172/魔力:I0/《魔法》『 』/《スキル》『 』】

 

 敏捷は目を見張る上がり方をしているが、耐久は動かず、力と器用は微増に留まっている。魔法は発現せず、スキルも空のまま。

 

「敏捷は上がったけど魔法は使えずで、先は長いなぁ……」

 

 ギルドで聞いたアイズ・ヴァレンシュタインはLv.は5。半月をかけても今だ殆どのステイタスが最低ランクのIから抜け出せていない中で、Lv.5までの道のりの長さを実感する。

 

「あれ、神様。このスキルのスロット欄に消したような跡が――」

「はわっ!?」

 

 振り返って問いかけようとしたところで、ヘスティアがアルスの背から転げ落ちてきたので慌てて受け止める。

 

――――――――――アルスは レベル2に あがった!

――――――――――アルスは メラの呪文 を覚えた!

――――――――――アルスは レベル3に あがった!

――――――――――アルスは かえん斬り を覚えた!

――――――――――アルスは レベル4に あがった!

――――――――――アルスは レベル5に あがった!

――――――――――アルスは ホイミの呪文を 覚えた!

――――――――――アルスは レベル6に あがった!

――――――――――アルスは レベル7に あがった!

――――――――――アルスは ぶんまわしを覚えた!

――――――――――アルスは レベル8に あがった!

――――――――――アルスは ギラの呪文を 覚えた!

――――――――――アルスは レベル9に あがった!

――――――――――アルスは イオの呪文を 覚えた!

 

「大丈夫ですか、神様」

「い、いや、でも、え? は?」

 

 ベルの腕の中にいることにも気づいていない様子のヘスティアは、信じられないものを目にしたように混乱していてこちらの声が届いていない。

 彼女を揺り動かして気を戻させる。

 

「どうかしたんですか、神様?」

「…………ベル君、すまない。ちょっと支えてくれるかい。腰が抜けてしまったみたいだ」

「あ、はい」

 

 ダラダラと汗を掻き目が泳ぎまくっているヘスティアの頼みに、怪訝ながらもベルは彼女を支えて立たせる。

 ヘスティアは起き上がろうとしたアルスを制止し、その背中を凝視する。

 

「んぅ、やっぱり変わらない。いや、待て。あれ、なにか違う? え? どういうこと?」

 

 遠くを見るように目を窄めてみたり擦ったりをして、やがてベルの支えなしに立ったヘスティアが首を捻りながら用紙にアルスのステイタスを共通語に書き直していく。

 神聖文字が読めないベルではアルスのステイタスを見ても何が書いてあるのかは分からないが、ヘスティアの様子を見るに余程信じられないような何かが起きているのだと察した。

 

「もしかして、魔法が……」

 

 ベルが熱望していた魔法がアルスに発現して、ヘスティアの様子からよほど珍しいタイプではないかとワクワクとした気持ちで待つ。

 

「――――これがアルス君のステイタス、だ」

 

 妙に歯切れの悪いヘスティアが差し出した用紙を受け取ったアルスの後ろからベルも覗き込む。

 普通は同じファミリア内でもステイタスの詳細は伝えられないが、ヘスティア・ファミリアはクラネル兄弟二人の零細ファミリアなのでその辺の規律がかなり緩い。

 

「は? なんですかこれ?」

「おかしいだろ。僕もそう思う」

 

 ベルはアルスのステイタスの自分との違いに目を丸くしていると、頭が痛いとばかりに手で額を抑えるヘスティアも横から覗き込んでくる。

 

【アルス・クラネル Lv.1(レベル9)

 HP:50 

 MP:27

 ちから:25

 みのまもり:12

 すばやさ:29

 きようさ:19

 こうげき魔力:25

 かいふく魔力:27

 みりょく:22

《魔法》

 【メラ】     ・火炎魔法(小)

 【ホイミ】   ・治癒魔法(小)

 【ギラ】     ・閃光魔法(小)

 【イオ】    ・爆発魔法(小)

《技能》

 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る

 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能

《スキル》

 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

《次のレベルまで:665》 】

 

 おかしいところしかなかった。

 アルスのステイタス用紙をひったくったヘスティアは自分で書いた物をマジマジと見つめる。

 

「レベル表記がおかしいし、ステイタスの基本要素がなんか増えてるし、魔法がスロットを超えた四つもあるし、技能なんてのもあるし、なんで次のレベルまでの必要経験値があるんだよていうか聖竜の加護(ドラゴンクエスト)ってなんだよぉおおおおおおっ!!」

 

 がなり立てるヘスティアがステイタス用紙を放り投げてベッドを何度も叩く。

 ボロボロな教会の壁の隙間から外に漏れそうな大声でシャウトするヘスティアに耳を抑えつつ、気持ちも分かる気がするベルはヒラヒラと舞い降りてきた用紙を掴んで、もう一度マジマジと書き写されたステイタスを見る。

 

「なんなんですかね、これ」

「ベル君、これは夢なんだよ。夢なら醒めないと…………僕の頬を力一杯引っ張ってくれるかい?」

「神様――――これは現実です」

「うぐっ」

 

 当のアルスは技能だけでも試そうと、『ブロンズナイフ』を抜いて振り首を傾げ、次は『せいどうのつるぎ』を抜いて軽く構えて何かに気づいた様子を見せた。

 

「――」

「え、武器ガード率が上がった気がするって? そんなバカな」

 

 『ブロンズナイフ』では上がっている感じがしないというアルスの言葉にそれ以上の否定の言葉を飲み込んだ。

 嬉々としているアルスに、情動が消滅した様子のヘスティアが伏せていたベッドから立ち上がった。

 

「僕は、寝る」

「神様?」

 

 爽やかな顔をしたヘスティアの宣言に、女神を見上げたベルは後悔した。

 これは爽やかなのではなく、虚ろなだけだった。

 

「明日のことは明日の僕に任せるよ。今日の僕は何も見なかった。いいね?」

「いや、でも」

「い! い! ね!!」

「…………はい、おやすみなさい」

 

 それはただの問題の先送りではないかとツッコミは今のヘスティアには正論過ぎて、とても言う気にはなれなかった。言ってはならない気がした。

 外で試し斬りしてくると『せいどうのつるぎ』を持って出て行ったアルスと、ヘスティアが現実逃避のふて寝に突入したのを確認し、ベルは自分のステイタスを見比べて肩を落とした。

 

「いいなぁ、魔法」

 

 眠れるはずもなかったヘスティアはベルの呟きを聞いて、やはりアルスと兄弟なのだなと実感するのだった。

 

 

 

 

 







 家探しはドラクエあるある。

 スキルパネルの必要SP数値のレベルで習得となります。
 片手剣・両手剣は必要SP数値のまま、けんしん・ゆうしゃの必要SPは数倍となります。これは他のキャラクターにも適用されるようになっていきます。
 『ソードガード』と『ブレードガード』はシステム的に合わないので備考欄に(第一巻後ステータスに記載)
 『ぶんまわし』などの『とくぎ』は明らかな武器特性が違わない限り、両手剣とくぎでも片手剣で使えるとします。

 呪文は可能な限りレベル通りに取得となります。ただ、本来ならばレベル9でリレミトを覚えるのですが、ダンジョン物でダンジョン内部から一瞬にして脱出する呪文はリレミトされました。
 従って取得呪文が一個繰り上がりって、本来ならばレベル15で習得するイオがレベル9で習得になりました。
 ただ、リレミトは習得順番が一番最後に回るかも。

 いきなりレベルが9に上がっているのは、アイズがミノタウロス撃破した時に彼女がアルスだけパーティ扱いになっていた為、経験値が入ったからです。
 序盤のどうやっても倒せない敵として、ドラクエ11でのブラックドラゴンを撃破した時の経験値をミノタウロス撃破の経験値としています。
 ブラックドラゴンを倒した経験値は「1321」。一気にレベル9まで上がります。という流れです。




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第2話 アルスは メラを となえた!




 早速の感想、お気に入り登録ありがとうございます。


 本作でのダンジョン1、2階層はドラクエ11での『神の岩』と『デルダカール地方』に現れるモンスターが出現します。







 

 

 

 

 

「メラ」

 

――――――――――アルスは メラを となえた!

――――――――――スライムに ダメージ!

――――――――――スライムを たおした!

――――――――――スライムを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 2ポイントの経験値を かくとく!

 

 ダンジョン1階層で、アルスから放たれた火の玉が出現したばかりの水滴状の体にグミ状のモンスターに当たって燃やし尽くした。ベルが知る中では、恩恵を持っていない一般人でも武器があれば倒せる文句なしの最弱のモンスターが魔石を残して消滅する。

 

――――――――――スライムは 魔石を 落としていった!

 

「おお、スライムを一発で。流石は魔法」

 

 スライムが消滅した後に残った魔石を一応確保する。

 

「持って帰るのかって? 換金してもたったの20ヴァリスでもないよりはマシだしね」

 

 最弱でオラリオ以外にも普通にいるスライムの魔石はありふれていて、例え換金したとしても子供の小遣いにしかなりはしないが閑古鳥が鳴いている財布事情では贅沢は言ってられない。

 スライムに関わらず、この1階層に出現するモンスターの魔石の換金額自体が子供の小遣いレベルなのだが。

 早朝ということもあって、他の冒険者が全くないダンジョン1階層で集団の足音がこちらに近づいてくるのが聞こえる。

 

「次のモンスターが出てくるよ。いける? 僕も次は戦うよ。折角、貰った武器は使わないとね。アルスはどっちを使うの?」

 

 今回の冒険ではアルスの代わったステータスの確認と、魔法の試し打ちや貰ったばかりの武器に慣れるのを主目的としていた。

 四つの武器は全て持ってきており、片手剣と大剣はアルスが、短剣とブーメランはベルが持っている。

 

「――」

 

 アルスは背中に背負っていた大剣を外して手頃な高さの岩に立てかけ、腰に吊るした片手剣『せいどうのつるぎ』をスラッと鞘から抜き放った。

 同時に曲がり角からモンスターの集団が姿を現す。

 

――――――――――モコッキーたちが あらわれた!

 

 モンスターの集団はスライムには勝るが最弱に近いモンスターで、ヘルメットから綿のような髪とヒゲがはみ出している小人が三体向かってくる。

 二体が先行し、一体はベルから見て左側にやや遅れた位置にいる。

 

「モコッキーか。右は僕が、左の二体は任せるよ」

 

 コクリと頷いたアルスが『せいどうのつるぎ』を持って切り込む。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――モコッキーAに ダメージ!

――――――――――モコッキーAを たおした!

 

彼我の強さを感じ取った左側後方にいたもう一体は逃げようとする仕草を見せるも、その速度はアルスの目から見れば鈍重そのもの。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは かえん斬りを はなった!

――――――――――モコッキーBに ダメージ!

――――――――――モコッキーBを たおした!

 

 切り返した火炎を纏った『せいどうのつるぎ』による一刀によって、先に両断されたモコッキーと同じ末路を辿る。

 

「おっと、僕も」

 

 見事な戦いぶりに見とれている場合ではなかった。隙を晒していたベルだったがも最後のモコッキーの方へと顔を戻す。

 

――――――――――モコッキーCは 軽快に ステップを ふんでいる

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――モコッキーCに ダメージ!

――――――――――モコッキーCを たおした!

 

 ベルが担当するモコッキーは「軽快にステップを踏む」をしていて、あまりにも隙だらけだったので『ブロンズナイフ』を突き刺して簡単に倒せた。

 

――――――――――モコッキーたちを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 9ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――モコッキーたちは 魔石を 落としていった!

――――――――――モコッキーAは やわらかウールを 落としていった!

 

「…………ギルドの短剣と全然違うや。流石、ロキ・ファミリアの武器」

 

 武器を買うお金がない新人冒険者の為にギルド支給品の短剣では、以前に遭遇したモコッキーを同じように突き刺しても一撃では倒しきれなかった。武器の性能の大事さを実感した瞬間だった。

 それ以上に実感したのがアルスの強さ。

 

「武器もそうだけど凄く強くなったよね、アルス。昨日までは僕の方が早かったのに」

 

 モコッキーに接近した速度、一刀両断した力と技、全てが昨日とは雲泥の違いだった。流石にミノタウロスと比べると劣るだろうが、単純な速度では確実にベルよりも何倍も早い。

 当の本人は嬉々として倒したモコッキーの魔石を確保し、運よくドロップした『やわらかウール』を手にして飛び跳ねているが。

 

「言われなくても取るよ」

 

 ベルが倒したモコッキーの魔石を何時までも取らないのに気付いて聞いてくるのに苦笑する。

 ステイタスは確実に上がっているのに、中身は何も変わっていないことに安心を覚える自分の内心に少し呆れつつも、次なるモンスターの足音に気持ちを切り替える。

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

「次が来たみたいだ」

 

 自分も負けじとモンスターを倒してステイタスを上げるのだと意気込む。

 ドダッドダッドダッドダッ、と先程の比ではない足音の主達が直角の曲がり角から現れた。

 

「おおがらすにドラキー、ズッキーニャ、いっかくウサギ、フロッガーにおおきづち、マンドラ、ももんじゃ…………なんで?」

 

 モンスターは本来ならば同種でない限り徒党を組むことがないはずで、先ほど倒したスライムとモコッキーを除いた1階層のオールスターモンスター達が一塊となってこちらに向かってくる。

 

「アルス、逃げ――」

 

 一体一体はよほど油断しなければ新人冒険者であっても倒される危険は薄いが、何体も纏めて襲って来ているこの状況をベルは危険と判断して、逃げると言おうと口を開いている途中だった。

 

「イオ」

 

――――――――――アルスは イオを となえた!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――まもののむれを たおした!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 46ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれたちは 魔石を 落としていった!

――――――――――いっかくうさぎは うさぎのしっぽを 落としていった!

――――――――――おおきづちは けものの皮を 落としていった!

 

 迫ってきていたモンスター達は自分たちの中心に投げつけられ、破裂した爆発に成す術もなく、魔石とドロップアイテムを残して消えていく。

 

――――――――――スライムたちが あらわれた!

 

 絶望が呆気なくどこかへ消え去ったと思っていたら、モンスター達を消滅させた魔法の爆発に釣られのか、三体のスライムが更に現れた。

 

「またスライムだ。気を――」

 

 先ほどのモンスターの群れが魔法一発で致命傷を負って灰となる前に、アルスは岩に立てかけていた大剣『どうの大剣』を手にしており、向かってくるスライムの一群に向かって両手に持った大剣を振りかぶっていた。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは 剣を ぶんまわした!

――――――――――スライムたちに ダメージ!

――――――――――スライムたちを たおした!

 

 スライムの先頭集団の前に飛び込んでの一撃は、集団を纏めて斬り飛ばした。

 

――――――――――アルスたちは 6ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――スライムたちは 魔石を 落としていった!

――――――――――スライムたちは スライムゼリーを 落としていった!

 

「うわぉ……」

 

 大剣を振った風圧でモンスター達の消滅の痕すら吹き飛ばし、ボトボトと次々に魔石が地面に落ちる。

 いっかくうさぎから『うさぎのしっぽ』、おおきづちから『けものの皮』、スライムからは『スライムゼリー』のドロップアイテムを獲得できて、小躍りするアルスは軽そうに大剣を振り回しているが、ベルがあの大剣を振るうと重さを制御できなくて体重が流れる。

 自在に操ってモンスター達を瞬殺した双子の弟の昨日との変わり具合に、ベルは内心で引いている自分に気づいてハッとする。

 

「神様の言った通り、朝早くに来てよかった。他の人に今のところを見られたら誤魔化しが利かないや」

 

 一番早く寝たはずなのに、明らかに寝てない風体の目元の隈をこさえたヘスティアの念押しに感謝する。

 

「ステイタスの詳細の口外禁止か。当たり前のことだけど」

 

 次々と現れるモンスター達を鎧袖一触とばかりに屠っていくアルスを見ながら、双子の弟の特異性に頭を痛める。

 

「僕はともかく、アルスはもうこの階層じゃあ冒険にならないなあ。アルス、交代!」

 

 今日は妙に多いモンスターとの遭遇(エンカウント)に首を捻りながら前衛を交代する。

 アルスと違って武器が短剣で攻撃力が低いこともあって一撃で倒せる率はかなり下がったが、自分が何があってもリカバリーの利く上位者となったアルスがいるので思い切った動きができる。

 

「アルスは魔石を拾っといて!」

 

 ぶー垂れているアルスに指示を出して戦闘に集中する。

 本来なら魔石やドロップアイテムは『サポーター』と呼ばれる非戦闘員が回収してくれるのだが、たった二人しかない零細ファミリアにはそんな余裕はなく、相方の安全に気を配りながら行わなければならなかった。

 背負っている特殊な製法で見た目よりもずっと多くを収納できる黒いバックパックに入れていくアルスを横目に戦闘を進めながら、頭の端でフリーのサポーターでも雇うべきだがお金がないなと考えた瞬間だった。

 

――――――――――ももんじゃは するどいツメで ひっかいた!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

「うっ!?」

 

 ももんじゃの攻撃が、皮の帽子と皮の胸当てしか防備を身に着けておらず無防備だった肘の部分を僅かに掠めた。薄皮よりは深いが大した怪我ではく腕は問題なく動く。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――ももんじゃに ダメージ!

――――――――――ももんじゃを たおした!

――――――――――ももんじゃは 魔石を 落としていった!

 

 現れた新手は全て倒し、魔石とドロップアイテムを回収し終えたアルスが近づいてきてベルの裂傷部分に手を伸ばす。

 

「ホイミ」

 

――――――――――アルスは ホイミを となえた!

 

 魔法名の直後、アルスの手の先から光が放たれてベルの肘の部分を覆い、傷が瞬く間に癒えていく。

 光が消え、癒えた肘周りを動かしても痛みは全くない。

 

「凄いね。攻撃魔法に回復魔法もなんて。僕とは全然違う――あだっ!?」

 

 ネガティブになっていくベルの頭が『どうの大剣』で叩かれた。

 視界に星が散るほどの衝撃に、頭を抱えて蹲る。

 

「な、なにを……」 

 

 グワングワンと歪んでいた視界もようやく落ち着きだしたところで恨み節を漏らすと、アルスは肩で大剣をポンポンとしながら邪気なく笑う。

 

「はぁ、分かったよ。もう言わない」

 

 毒気を抜かれたベルはさっきのは活を入れられたと好意的に解釈する。

 頭頂部にタンコブが出来ていそうだが、またホイミをかけてくれたので治った。ベルの痛み損なだけなのは忘れることにする。

 

「シャァーッ!」

 

 突如として響き渡るモンスターの叫び。

 聞こえてきた叫びの元を辿ってベルが顔を上げると、どこからか出現した霧が集まって集合体を形成する。

 

――――――――――スモークたちが あらわれた!

 

「スモーク!? 初心者殺しの!」

 

 頭上に出現したのが1階層で現れては、ダンジョンに慣れてきた頃の新人冒険者を殺してきた霧のモンスター。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは 剣を ぶんまわした!

――――――――――スモークAに ダメージ!

――――――――――スモークAを たおした!

――――――――――スモークBは かわした!

 

 飛び退いたベルと入れ替わるように、アルスが『どうの大剣』を振るってスモーク二体を切り払おうとするも、倒せたのは一体だけで、もう一体には霧の端を掠めるに留まった。スモークBにダメージを負った様子はない。

 

――――――――――スモークBの こうげき!

――――――――――アルスに ダメージ!

 

「駄目だ! スモークは霧だから実体の攻撃を躱しやすいんだ! エイナさんの言う通りなら魔法が有効だ。前衛は僕が出る。アルスは魔法で攻撃を!」

 

 スモークの反撃に傷を負いながら、アルスがバックステップで距離を取るのとスイッチするようにベルが前に出る。

 

(スモークは通常攻撃を高い確率で回避する。だから初心者殺しとも言われている。そのため通常攻撃ではなく魔法攻撃による攻めが有効だ。僕がするのは注意を引く囮、倒す必要はない!)

 

 ギルド職員でベル達のアドバイザーとなってくれたエイナ・チュールの薫陶を思い出しながら、火の息にさえ気を付ければ遠距離攻撃を持たないスモークに近づきすぎないように注意する。

 彼我の距離ではベルも攻撃できないことはないが、試したが狙っても碌に当たらないブーメランでは使わない方がいいだろう。

 

「ギラ」

 

――――――――――アルスは ギラを となえた!

 

「あ」

 

 ベルが戦術を練っている間に背後のアルスが魔法を放ち、閃光がスモークを貫いた。

 

――――――――――スモークBに ダメージ!

――――――――――スモークBを たおした!

 

「シャァーッ!?」

 

 スモークは断末魔を残して灰となって消え去り、魔石だけが存在した証明のように残された。

 

――――――――――スモークたちを たおした!

――――――――――アルスたちは 40ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――スモークたちは 魔石を 落としていった!

 

「ホイミ」

 

――――――――――アルスは ホイミを となえた!

 

「…………強くなるってのも、考え物だなあ。え、もう魔法が使えない気がするって? なんで?」

 

 大剣を床に突き刺して自分を癒したアルスがベルに向かって手を振る。

 

「MPが尽きた? マインドが尽きたら気絶するらしいけど、そこも普通(・・)と違うのかな」

 

 気絶するどころかアルスはピンシャンとしているが自分にしか分からないことは往々にしてある。本人がそう言うのなら暫くは魔法が使えないと判断するしかない。

 

「どうする? 大体は試せたし、一度ホームに戻って休…………はいはい、もっと先に進むのね。エイナさんと神様と約束してるから降りても2階層までだよ」

 

 大剣を振り回してやる気を見せているアルスに付き合うではないが、こんな短時間ではベル自身も消化不良なので前に進む。

 

「取り合えずバックパックが一杯になるまで頑張ろう。シルさんのお店に行く予定だから稼がないと」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインの隣に立つにはもっともっと強くなられなければならない。その前に今日、ダンジョンに入る前に出会ったシル・フローヴァに誘われた店に行く為の資金を稼がないといけないという即物的な理由があった。

 

「一人で突き進むな、アルス!」

 

 まずは先行しがちな双子の弟を止めるベルだった。

 

 

 

 

 







 ドラクエではモンスターを倒すと何故かお金を得ることが出来ますが、本作ではモンスターを倒すと魔石とドロップアイテムを落とす。

 魔石を換金することでお金を得ることが出来ます。例えばスライムは獲得ゴールドは2ですが、流石に少なすぎるので10倍の20ヴァリスとしています。

 上層で得られるモンスターの魔石、ドロップアイテム、上層レベル武具はドラクエ11の10倍、中層で100倍、下層で500倍、深層で1000倍と本作では設定しています。




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第3話 アルスは 黄金の指輪入門を 手に入れた!




 主人公の二つ名が思いつかぬ……。

 ベルの二つ目の二つ名『白兎の脚(ラビット・フット)』に寄せて、『白兎の剣士(ラビット・ソード)』にすべきか。

 勇者と剣神はまだ早いし。

 あ、うちのリリルカは『小さな爆弾娘(リトル・ボマー)』に決めています。





 

 

 

 

 

 時刻はあっという間に流れて早くも夕方。

 夕闇に染まっていくオラリオの中心たるダンジョンから続々と帰還した冒険者達が街中へと消えていく中、ベル達はギルド本部を訪れていた。

 

「これが預った魔石とドロップアイテムの換金額の8000ヴァリスだ。確認してくれ」

「は、はい…………確かに。ありがとうございました」

「おう」

 

 目の前のカウンターに積まれた金貨の山を、震える手で一つ一つ亜麻色の袋に入れていき、最後に紐をしっかりと結んで手に持つ。

 せっかちなのか、貧乏ゆすりをしている次の人が待っているのでカウンターから離れて辺りを見渡すと、アルスがギルドの受付嬢エイナ・チュールと何かを話しているところを見つけた。

 

「ベル君、こっちこっち」

「あ、エイナさん。すみません、お待たせして」

「いいのいいの。受付の仕事はもう終わってたし。またアルス君に色んな所を物色されても困るしね」

「…………今回は?」

「もうやっちゃってたね。本人は何も無かったとは言ってるけどね」

 

 本当だか、と疑わし気にエイナが睨むも、アルス・クラネルはヒューヒューと下手糞な口笛を吹いてそっぽ向いてる。

 

(怪しい……)

 

 とは思うもののベル・クラネルもアルスが何かを取ったとしても、その現物を一度も見たことがないのでなんとも言えなかった。

 

「すみません。どうもうちの弟は荒らし癖というか、なにかを探さずにはいられないみたいで」

「本当だよ。君のことだよ、アルス君!」

 

 誰のことだ、とばかりにとぼけるアルスに叫ぶエイナだった。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『黄金の指輪入門』を 手に入れた!

――――――――――きんのゆびわの レシピを 覚えた!

 

 半ば諦めているエイナは嘆息して、目をベルが手に持つ袋に向けた。

 

「アルス君から2階層までしか行ってないって聞いたけど、随分と多そうだね?」

「う、嘘なんてついてませんよ。今日は結構、ドロップアイテムが多くて、ダンジョンに潜るのも結構早かったですから」

 

 本当かなぁ、とアルスの所業に続いてちょっと疑わし気な目で見られるのは、昨日無断で5階層に潜っただけに自分でも少し仕方ないかと思いながら弁明するベル。

 

「ふふ、疑ってなんかないよ。でも、決して無理はしないようにね。冒険者は――」

「冒険しないように、ですよね」

「分かればよろしい」

 

 年上のお姉さんの訓示をベルが有難く受け止めていると、先ほどまでベルがいたカウンターの方から乱暴な怒声が聞こえてきた。

 

「たったの12000ヴァリス!? ふざけるなっ! アンタの目は節穴か!」

「馬鹿野郎、何年この仕事で食ってきたと思ってるんだ! 俺の目が狂ってるわけねえだろ!!」

 

 換金所のコーナーであることと、話を少しでも聞けば換金の内容をめぐる揉め事であることは明白だった。

 

「あちゃぁ、またか」

また(・・)?」

 

 良くあることのような言い方に鸚鵡返しに聞く。

 

「ベル君もそうだけど、冒険者も命懸けでダンジョンに潜って魔石やドロップアイテムを持ち帰っているから、換金所に来て想定していた金額より少なかったら、割に合ってないって文句を言うのは良くあることなんだよ」

 

 だからギルド職員の方も対応に慣れているとエイナが言うように、今も冒険者相手に臆せず負けないほど声を張り上げている職員を見ればベルも納得する。

 それに換金額交渉自体はベルも何度も見たことがある。あそこまで怒声をぶつけ合っているのは初めて見たが、どういう姿勢であれ冒険者があの手この手で換金額を吊り上げようととするのは、毎日のありふれた光景だった。

 

「ドロップアイテムもちゃんと勘定に入れたのか!? なぁ、もう一度確かめてみろ! ほらっ、これだけの筈が、筈がないだろっ!」

 

 価格交渉はありふれた光景だとしても、今にも足に縋り付いてきそうなほどの懇願具合に、異質な気持ち悪さを感じて肩を摩る。

 

「僕もあの人の気持ちが少しは分かりますけど、あそこまでしなくても……」

 

 ヘスティア・ファミリアの金庫番を預かる者としてお金の必要性は重々承知しているが、裂けそうなほどに目を見開いて懇願する姿は尋常ではない狂気すら覚える。

 

「またソーマ・ファミリアだよ」

「毎日のことだぜ。いい加減にしてくれっての」

「ギルドも出禁にすりゃいいのな」

「もしくは別枠にしてほしいぜ。こっちは疲れてるってのに」

 

 冒険者とギルド側の交渉は平行線を辿り、一向に終わる気配を見せない。換金待ちの列の中で、ダンジョン帰りで疲れ切っていて苛立ちを募らせてていく冒険者達の会話がベルの耳に入る。

 

「エイナさん、ソーマ・ファミリアって?」

 

 二大派閥のロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアに始まり、有名どころのファミリアならおおよそ知っているつもりのベルも知悉していないファミリア名だった。

 

「ソーマ・ファミリアは、ベル君達のファミリアと同じ探索系のファミリアだね。規模としてはまあ中堅どころで、突出した人はいないけど構成員の数はかなり多い。他と違うのはちょっことだけ商業系にも片足を突っ込んでことかな」

「商業系? 市場とかに商品を卸しているってことですか?」

「うん、お酒を販売してるの」

「お酒……」

 

 子供のうちは体に悪いから酒を飲むのは止めておきなさいと、まだ存命だった頃の祖父が言っていたこともあって縁遠かった物なので、意表を突かれたような気分になった。

 

「物自体が少ないらしいから流通は殆どしてないみたいだけど、味は絶品だって噂だよ。オラリオの中でも需要は高いみたい」

 

 ファミリアとしての特徴はそれぐらいだが、問題は殆どの構成員に共通するある悪癖にあるとエイナは語る。

 

「悪癖?」

「異様にお金に執着しているの。あんな感じにね」

 

 人前だというのに頭を抱えて蹲り出した冒険者を遠目に見る。

 

「冒険者間で大きなトラブルを起こしたという報告は聞かないけど、小さなトラブルは幾つか上がっているからベル君達も気を付けてね」

 

 忠告を聞いて気を付けようとベルが思っている横で、難しい話に興味を失ったアルスは器用にも立ったまま寝ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ベル・クラネル Lv.1/力:I82→H120/耐久:I42/器用:I96→H139/敏捷:H172→G225/魔力:I0/《魔法》『 』/《スキル》『 』】 

【アルス・クラネル Lv.1(レベル9)

 HP:50 

 MP;27

 ちから:25

 みのまもり:12

 すばやさ:29

 きようさ:19

 こうげき魔力:25

 かいふく魔力:27

 みりょく:22

《魔法》

 【メラ】     ・火炎系魔法(小)

 【ホイム】   ・治癒系魔法(小)

 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)

 【イオ】    ・爆発系魔法(小)

《技能》

 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る

 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能

《スキル》

 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

《次のレベルまで:327》 】

 

 クラネル兄弟のステイタスを更新をしたファミリアの主神ヘスティアは、昨日同様に自分の目を疑った。

 

「なぜ?」

 

 ベルの方については、まあいい。

 『憧憬一途』という成長促進スキルがあるので、芽生えた経緯が経緯だけにかなり内心ギリギリものだが辛うじて納得できる。だが、アルスの方はおかしすぎる。

 

「ステイタスが全然上がっていませんね」

「上がるどころか微動だにしていないよ。なに、なんかバグったのこれ?」

 

 自分で恩恵を刻み更新して、書き写す際に何か間違えたかと起きようとしたアルスをベッドに押し付けて、穴が空きそうなほど何度も確認する。

 

「でも、まったく変わってないわけではないみたいですよ。昨日のと見比べて見ると、ほら『次のレベルまで』の数値が減ってます」

 

 先に服を着たベルが横から昨日のステイタスを更新した用紙をヘスティアの前に差し出し、該当する場所を指で示す。

 ヘスティアは今日更新した用紙とベルが持つ用紙、そして起こさしてもらえないアルスの背中の恩恵を見比べる。

 

「…………普通は獲得した経験値(エクセリア)は基本アビリティに反映されるのだけど、アルス君のはレベルが上がるごとにステイタスに反映されるのか?」 

 

 同じ冒険をして熟練度上昇160オーバーのベルと、まったく変化はないが次のレベルまでの必要経験値が減っているアルスのを見比べるとそのような推測が成り立つ。

 

「今回の冒険で必要経験値が半減してますから、近いうちにレベルアップ…………ランクアップではないんですよね? すると思うのでその時には分かると思いますけど」

「はは、まさかレベル9から切りよく10(二桁)になったらLv.2にランクアップするなんて、そんなことあるわけが」

「アルスみたいな前例が他にないから絶対に断言できませんよね」

「うぐっ」

 

 少なくともベルはアルスのようなレベルステイタスは初めて知ったし、エイナにも聞けないので独力でギルドで調べた限りでは、他のファミリアでも似たような事例は確認できていない。

 何が起こってもおかしくはなく、ベルのツッコミに喉で唸る。

 

「確かLv.2の最速の記録って」

「アイズ・ヴァレンシュタインさんの1年だそうです」

「速いな、早いな……」

 

 今日のペースで冒険を行った場合、このままでは早くて数日でランクアップするかもしれない。そうなると恩恵を刻んで、たった2週間というアイズの1年を大幅に超短縮しての最短記録を更新することになる。

 

「絶対に問題になるよぉ……不正を疑われるよぉ……なんでベル君はヴァレン何某の記録を知っているんだよぉ……」

 

 一年から二週間という短縮するにしても限度を超えており、絶対に神の力(アルカナム)による不正が疑われるのは確実で、ベルがきっと慕っている相手の記録を調べたのだろうと察してしまい、二重の意味でヘスティアの心をブレイクしてくる。

 

「ま、まあ僕もこんなにステイタスが伸びているんですから、きっと僕もアルスも成長期なんですよ」

「…………うん、そうだね」

 

 双子だから変なところで似ちゃうですよね、なんてベルの成長促進スキルのことも言えない誤魔化しがカウンターとなってヘスティアを襲う。

 もしも立っていたら肝臓にボディブローを浴びたようにフラついただろうヘスティアは、受け止められる許容量を超えたので全て忘れることにした。

 アルスに服を着るように促し、ヘスティアは部屋の奥にあるクローゼットへと向かう。

 

「二人が頑張ってくれたんだ。うじうじ悩んでも仕方ない。前向きに捉えよう!」

 

 扉を開けてプルプル震えながら背伸びをして、自身用に採寸された特注のコートを取り出した。小さな体に不釣り合いな胸を覆い隠す外套を羽織り、秘儀『問題は明日の自分が解決してくれるさ』を発動した。

 

「せっかく、店にお呼ばれしたんだ。今日は祝杯を上げようじゃないか!」

 

 人は、それを現実逃避と呼ぶ。

 

 

 

 

 



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第4話 アルスは 魔女っ子バイブルを 手に入れた!

 

 

 

 

 

 太陽が完全に西の空へと消えて空が暗闇に覆われても、冒険者が暮らすオラリオの街は騒がしい。日中に比べれば減りはしたがまだまだ多い人の多いメインストリートを歩く三人の影。

 

「まだなのかい、ベル君。誘われた店というのは」

「朝、シルさんに会ったのは、この辺りのはずなんですけど……」

 

 一向に見つけられない店を探し、辺りをキョロキョロと見渡すベルにヘスティアは優しく微笑む。

 

「責めているわけではないよ。日中と夜では風景も違って見えるからね。焦らずに行こう」

「はい」

「アルス君も、美味しそうな匂いに釣られてどっかに行かないようにね。ほら、手を繋ごう」

 

 恐縮しているベルを慰め、フラフラとタレ肉の焼ける良い匂いの発生源である店に吸い寄せられているアルスを引き戻したりとヘスティアは忙しい。

 まだ人が起き出していなかった早朝とはまったく違う風景を見せるストリートを暫く歩き、ようやく見覚えのあるカフェテラスを見つけたベルはホッと息を吐く。

 

「アルス、確かここだったよね?」

 

 それでも少し自信が無かったのでヘスティアに手を引かれたアルスに確認すると、親指を立てて返事が帰ってきた。

 

「覚えてないんだね、やっぱり」

 

 無駄に笑顔なアルスの内心を読み取ったヘスティアは、この子は一人で街に出して大丈夫なのだろうかと心配になってきた。

 取り敢えず今は腹ごしらえが優先と、目の前の建物にかけられている看板を見上げる。

 

「豊穣の女主人――――凄い名前だね。周りの建物より一回りは大きいし、もしかして騙されていないかい?」

「少しそんな気がしてきました」

「案外、中は普通かもしれないから取り合えず覗いてみようか」

「あ、僕が見てみます」

 

 もしも危険があったら大変だと、率先したベルがこっそりと入り口から中を窺ってみる。

 まず目に入ったのは、入り口から見た奥のカウンターの向こうで料理を作っているドワーフの中年女性。恐らく彼女が店名になっている女主人だろう。

 テーブル席やカウンター席で冒険者や労働者達が酒や料理を酌み交わし、その間を給仕服を着た女性達が料理を運んだり片づけたりで行き来している。酒場としては規模はデカいが掃除は行き届いているので、ベル達の心配は杞憂で終わりそうだった。

 こっそりと店を覗くベルに気づいた銀髪のウエイトレスが入り口まで出てくる。

 

「冒険者さん、来てくれたんですね」

「あ、はい。シルさん」

「どうぞ、豊穣の女主人へ。歓迎します」

「お、お手柔らかにお願いします……」

「ふふ、よろしくお願いします」

 

 知り合いを見つけたベルは一安心してシル・フローヴァを前にして、後頭部を掻く。

 見方によっては女の子にデレデレしていると取られてもおかしくはない状況に、当然ながら意中のベルがそんな状態になっているのを見せつけられて、ヘスティアは面白くないわけで。

 

「むぅ」

 

 頬を膨らませて不満を露わにし、アルスを引っ張りベルの前に立つ。

 

「ぼ! く! のベル君が世話になったようだね。主神のヘスティアだよ。神だけどお邪魔してもいいかな?」

 

 対抗心をむき出しにして小柄な体を大きく見せるように胸を張るヘスティアを、身長差の関係で微笑まし気に見下ろしたシルはにっこりを微笑む。

 

「当店は神様方もよく利用していただいていますので、遠慮なくどうぞ。お客様三名入ります!」

 

 シルは開きっぱなしの入り口を示し、案内されたヘスティアは相手にもされていない敗北感に打ちのめされた。そんな彼女の肩をドンマイとばかりにアルスが二度軽く叩く。

 

「うぅ、気遣いが辛い」

 

 初めて入った酒場にオドオドするベルと、欠片も気にした様子のないアルスの後に続く肩を落とすヘスティアの三人が案内されたのは、入り口から見て奥にあるカウンター席のコの字の左側。

 後ろには壁があって、奥に座ったアルスの左側には壁があって間にヘスティアを挟んだベル達がいるのは正しく隅っこの席だった。

 

「招いておいて、こんな席なのかい?」

 

 少しでもやり返そうとチクリとヘスティア。

 

「すみません、本当ならテーブル席にご案内するんですけど、今日は大手ファミリアの宴会の予約があって」

「いや、そんな。酒場って初めてなので僕はこういう隅っこの方が安心するので、ここで良かったです」

「ほら、お待ち!」

 

 ドンドンドン、と頭を下げるシルとベルのやり取りの間に三人の前に置かれたのは、皿に大盛りにされたパスタの山と飲み物。

 ベルがカウンターの中に顔を向けると、ドワーフの女将が恰幅の良い笑みを浮かべて座る三人を見下ろしていた。

 

「冒険者のくせに可愛い顔をしてるね。迷惑かけた詫びに大盛り分はサービスしたげるよ。一杯食べてゴツくなりな!」

 

 豪快に笑って去っていく女将に、勝手に出てきた料理の値段が気になったベルは壁にかけられたメニューの立札を見るために背後を振り返る。

 

「パスタで300ヴァリス!? 飲み物だけで100ヴァリス!?」

「そんなにするのかい!?」

 

 今にもフォークでパスタを口に入れようとしていたヘスティアが、隣のベルの叫びを聞いてメニューがかかった壁を振り返る。

 壁に木札で並べられたメニュー一覧の中で運ばれたパスタはまだ安い方で、例えば今日のおすすめメニューなどは850ヴァリスとかなり高額。

 

「今日のおすすめメニューだけで、一週間は食べていけるよ……」

「1人当たり1食50ヴァリスもあれば十分にお腹を満たせますもんね、僕達」

「…………ベル君、今手持ちは?」

「過去最高のモンスター撃破スコアと、ドロップアイテムが割かし多かったので8000ヴァリス強はあります」

「それだけあれば今日の支払いは大丈夫そうだね。安心した」

「ええ、まあ」

「安いパスタにしてくれたのは気を使ってくれたのかもしれないね。大盛りのサービスまでしてくれたんだ。有難く食べよう」

「はい、神様」

 

 飲み物とパスタで十分にお腹は満たせるので、もう出されてしまったものは仕方ないと食べ始めたヘスティアに隠れてベルはこっそり計算する。

 

(支給装備の返済金の支払いは終わっているけど、ギルドの徴税金の用意や万が一の為の貯蓄に、教会の修繕費の為の積み立て、装備の整備費やポーションとかのアイテム購入費用…………)

 

 他にも新しい武器の調達費用等々、お金は可能な限り手元に残しておきたいベルはパスタを見ているだけで、腹ならぬ胸が一杯になってきた。何も気にせずに勢いよく食べているアルスが羨ましくて仕方ない。

 

「食べないんですか?」

 

 虚ろな目をしてパスタを見下ろすベルを、他の配膳を終えたシルが近づいて訊ねる。

 

「ちょっと、胸がいっぱいで」

「はあ」

 

 まさかファミリア内の金事情を外部の人に打ち明けられるはずもなく、なんのこっちゃとばかりに首を傾げているシルに癒されるベルだった。

 ようやく食欲が湧いてきたベルはパスタを一口口にする。

 

「あ、おいしい」

「でしょう。このお店は、冒険者さん達においしいって人気があって繁盛してるんですよ。お給金もいいですし」

「シルさんって、もしかしてお金が好きな人なんですか?」

「嫌いな人はいないと思いますよ。どうせ貰えるならより多く貰えた方が嬉しいじゃないですか」

「確かに……」

「でも、お給金を多く貰えるとしても楽しくない仕事は出来る限りしたくないですし、ここには沢山の人が集まるから毎日が楽しいんですよ」

 

 ギルドの換金所でソーマ・ファミリアの醜聞を目にしたのもあって敏感になっていたベルは、楽しそうに仕事をしているシル以外のウエイトレスを見れば自分の考え違いを悟る。よく考えれば金勘定をしている自分の方がソーマ・ファミリアに近いので反省して食事を続ける。

 

「ニャア! ご予約のロキ・ファミリア様御一行のご来店にゃ!」

 

 入り口近くにいたウエイトレスの言葉に酒場内がシンと静まり返る。

 その直後に入り口を通って統一性のない一団が先のウエイトレスに案内されて、酒場内に入ってきた。

 

「げっ、ロキ」

 

 先頭を歩く朱色の髪をした人物を見たヘスティアが嫌な物を見たとばかりに表情を歪める。

 ファミリアの名を冠することから、神の一柱なのだと悟ったベルは集団を注視する。

 ヘスティアがロキと呼んだ神物の後に統一性のない集団が続き、彼らは酒場中から注視されながらも慣れた様子で右側の誰も座っていないテーブル席とテラス席に別れていく。

 

(アイズさんっ!?)

 

 最後尾に現れた金髪の軽装をした美少女をベルが見間違うはずがない。

 ベルが気づいたように、他の客達もコソコソと注文をしているロキ・ファミリアを見ながら話していた。

 

「あれが巨人殺しのファミリア」

「第一級冒険者のオールスターじゃねぇか」

「えらい別嬪もいるぞ。口説くか?」

「止めとけ止めとけ。お前程度じゃ相手にもされねぇって」

「なにおう!」

「どれだけ美人でもロキ・ファミリアの幹部だぞ。万が一でも怒らせたらファミリアごと潰される羽目になる」

「関わらない方がいいな」

「くわばらくわばら」

 

 熟練の冒険者の風情の者達も畏怖を込めてロキ・ファミリアの視線に入らないように体を縮める中、ベルは物理的に見られないようにカウンターの影に隠れていた。

 

「ベルさーん?」

 

 なにをしているのかと聞いてくるシルに、アイズがいて混乱したベルはこの先の行動を決められずに隠れ続ける。

 助けてもらったお礼を言えばいいのか、アルスが勝手に武器を貰った謝罪をすればいいのか。

 当のアルスは何をしているのかと見てみれば、挨拶でもする気なのか、カウンターの椅子から降りてヘスティアとベルの後ろを通ってロキ・ファミリアの方へと向かおうとしていた。

 

「ちょっと待った! 僕のパスタあげるからこっちに!」

 

 カウンターの端から出る前に引っ張って、まだ殆ど食べていないパスタを餌にしてロキ・ファミリアから隠れさせる。

 食欲に負けたアルスが大人しく隠れて座って食べ始めてくれたのに安心して、再度ロキ・ファミリアの様子を窺う。そのベルを見るヘスティアの目は暗く淀んでいた。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征ごくろうさん! 今日は宴や! 飲んで食って騒げ! か・ん・ぱぁーい!!」

「「「「「「「「「「「乾っ杯」」」」」」」」」」」

 

 ロキが音頭を取り、テーブルを横つなぎに並べた席についた冒険者達がジョッキをぶつけ合って騒ぎ出す。

 ロキ・ファミリアが宴会に突入すると、他の客達も彼らを刺激しないように幾分か静かになりながら飲食に戻った。

 

「予約していた大手ファミリアってロキ・ファミリアだったんだね」

「ええ、彼らの主神ロキ様が私達のお店を気に入って頂いてます」

「…………ロキが来るならもう二度と来ないぞ、この店に」

 

 なにかロキと確執でもあるのか、真後ろにいて一人だけヘスティアの呟きが聞こえたアルスは考えたが、食欲に負けて考えることを放棄した。

 

「?」

 

 ふと、アルスが顔を上げるとカウンター席の荷物置きに紙が置いてあるのが見えたので、フォークを口に含んで空いた手を伸ばす。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『魔女っ子バイブル』を 手に入れた!

――――――――――ランタンステッキの レシピを 覚えた!

――――――――――まどうしの杖の レシピを 覚えた!

――――――――――まじょのターバンの レシピを 覚えた!

――――――――――まじょの服の レシピを 覚えた!

――――――――――まじょのてぶくろの レシピを 覚えた!

 

 アルスがラッキーとばかりにレシピを懐に入れている間に、ベルはロキ・ファミリアの楽しそうな宴会に自分が水を差すのは良くないよなと思いながらも観察を止められない。

 

「そうだ、アイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」

「あの話……?」

「あれだって、帰る途中で逃がしたミノタウロスの最後の奴を仕留めた時にいたトマト野郎の話!」

 

 ドクン、と酒を飲んで顔を真っ赤にした狼人が言う人物が自分だと直感したベルの心臓が嫌な音を立てる。

 

「ミノタウロスって17階層で襲い掛かってきて返り討ちにしたら、直ぐ集団で逃げ出したやつ?」

「それそれ! 5階層で如何にも駆け出しって感じのひょろくせえ冒険者(ガキ)が兎みたいに震えあがって壁際に追い込まれてたのを、アイズが間一髪で細切れにしてやったんだけどよぉ。あのくっせえ牛の血を浴びて真っ赤なトマトになっちまったんだよ!」

 

 バンバンと机を叩いてその時を思い出して笑う狼人と違ってアイズは膝の上に置いた手を強く握って目を伏せていたが、その時のことを思い出していたベルは屈辱に震えていて見ていなかった。

 

「それでだぜ、そのトマト野郎、叫びながらどっかに行っちまって、うちのお姫様は助けた相手に逃げられてやんの! しかも傷ついた仲間を置き去りにしてだぜ。情けねぇってたらねぇぜ。野郎のくせに泣くわ、仲間を置き去りにするわ。久々にあんな情けねぇ奴を目にしちまって胸糞悪い」

「いい加減にその口を閉じろ、ベート」

 

凛とした声が遮る。

 ベルが顔を上げれば、長い耳をした明らかに高貴と分かるエルフが狼人に柳眉を逆立てていた。

 

「ミノタウロスを上層にまで逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利はない。恥を知れ」

 

 それまで笑っていた者達も気まずそうに顔を逸らす中で、ベートと呼ばれた狼人だけは気にした風もなく、持っていた持っていたジョッキを傾けて酒を喉に流し込み、ドンとテーブルに叩きつけた。

 

「あん? ゴミをゴミって言ってなにが悪い!」

「ベート、もう止めい。せっかく向こうで飲み比べしてたのに酒がマズうなってしゃあないわ」

 

 離れたテーブルで飲み比べ勝負をしていたロキが顔を顰めながら注意するも、ベートにとっては火に油を注ぐ行為でしかなかった。

 

「うるせぇ、ロキ! なあ、アイズ。お前はどう思うよ。例えばだ、俺とあのトマト野郎ならどっちを偉ぶってんだ、おい!」

「…………今のベートさんだけは嫌です」

「じゃあ、あのトマト野郎の手を取るってのか? 自分よりも弱くて仲間を見捨てる最低の野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありゃしねぇ。他ならないお前自身がそれを認めねぇ! 雑魚には釣り合わねぇんだよ、アイズ・ヴァレンシュタインにはな!!」

 

 ミノタウロスの前で震えて泣くことしか出来なかったベル・クラネルはアイズ・ヴァレンシュタインに助けられた、その事実。

 片や二大派閥の幹部で、片や零細ファミリアの底辺冒険者。

 ベートの言うことが最もでありアイズから否定の言葉が上がらなかったことで、何か(・・)を期待していたベルはもうその場にはいられなかった。

 

「ベルさん!?」

「ベル君!?」

 

 ベルは走り出した、店外に向かって。

 

「え、なに食い逃げ?」

「アイズさん?」

 

 仲間達の声を耳にしながら、シルとヘスティアの後を追って店外へと出たアイズは左手のダンジョンの中心部がある方角を見るが、既に少年の姿は見えなくなっていた。

 追おうと思えばレベル差もあるので不可能ではなかった。しかし、敢えてしなかった。追ったところで何を言えばいいのか、そもそもどうしたいのかもアイズ自身にも判然としない。

 それでもすぐに店内に戻らず、背中を届く仲間達の呼び声よりも少年が去った方角を見つめていると、ヘべれけのロキが近づいてきた。

 

「ほいほい、アーイズたーん。急に外出てどない――」

「ろ~~き~~ィッ!!」

「げっ、ドチビっ!?」

 

 アイズに抱き着こうとしたロキは、彼女の背に隠れて見えなかった向こう側から発せられた呪いが混じっていそうな自分の名を呼ぶ声に、ようやくヘスティアの存在に気が付いた。

 

「なんで、ドチビがここに」

「君達と同じく、ファミリアの宴でね」

 

 バッ、とロキが振り返ると、手に皿を持ってパスタを口に含んだアルスが呑気な足取りで店外に出てくるところだった。

 よっ、とばかりにフォークを持った手を上げているが、ロキの頬が状況を理解してヒクついた。

 

「もしかして今の食い逃げ…………んんっ、走り去ったんは」

 

 全然誤魔化せていなかったが、それだけロキも動揺していていた証だった。

 

「僕の団員だよ。君のところのファミリアが! 逃がしたミノタウロスで被害を被ったのに嘲笑われた! トマト野郎だよ」

「あ~、それは酒の席のことで」

「逆に言えば本音とも言えるんじゃないかい?」

 

 状況は明らかにロキに分が悪い。

 店内にいたロキ・ファミリアの面々も二人の会話を聞いて状況を悟り、やべっとばかりに醜聞を笑っていた者同士で顔を見合わせる。

 ここは団長の出番だと、金髪の小人族(パルゥム)のフィン・ディムナは急いで水を飲んで酔いを醒まそうとしていた。

 

「まだ冒険者になって半月程度の駆け出しの彼らがミノタウロスに遭遇した恐怖が君達に分かるかい? 治してもらったとはいえ、アルス君は怪我までしたんだ。下手をすれば死んでもおかしくない状況……」

 

 主神同士の場に口を出せず、オロオロとしていたアイズが回収されている間に状況はロキの不利へと傾いていく。

 

「それを反省もせず、全ての冒険者の規範足らなければならない第一級冒険者の君達があまつさえも嘲笑う!? 子供達にどういう教育をしているんだい、君は!!」

「ぐぅ、なんも言い返せへん……っ!」

 

 気圧されたように後退るロキの代わりに、これ以上はマズいとまだ顔が赤いフィンが前に出る。

 

「神ヘスティア、あなたの言うことは最もです。そしてそれは同時にロキだけではなく僕の責任でもある」

「君は?」

「フィン・ディムナ、ロキ・ファミリアの団長です」

 

 自分よりも小柄な金髪の少年と、ここは任せるとばかりに後ろに下がったロキの二人をギロッとヘスティアが睨む。

 

「非は全て我らにあり、ロキ・ファミリアとして再度の謝罪をさせて頂きたい」

 

 フィンが深々と頭を下げても、ヘスティアの怒りは収まらない。

 

「そうやって上辺だけ取り繕って、また知らないところで嗤うんじゃないのかい?」

「信じてもらえないのも無理はありませんが、今後はこのようなことがないよう団員達の指導を徹底します」

「…………嘘はついていないようだね」

「神を前にして、嘘をつく無意味さはよく理解しているつもりです」

 

 下界に降りてきた神々は全知零能となって神の力(アルカナム)さえ使用を禁じられ、身体能力に限っていえば一般人と変わらないが共通して下界の者の嘘を見抜く能力を持っている。

 しかし、嘘はついていなくても騙す方法は幾らでもある。一辺たりとも信用を置けないロキ・ファミリアに、更に言い募ろうとしたヘスティアは己を引っ張っる者に気が付いた。

 

「ん、なんだいアルス君?」

 

 ちょいちょい、と怒り心頭なままのヘスティアの紐を引っ張ったのはアルス。

 手招きをして二人で後ろを向いてヘスティアに耳打ちする。

 

「――――え、でも、このままじゃ僕の怒りが…………うーん、君がそう言うなら」

 

 こちょこちょ、とアルスの耳打ちにひと悩みしてヘスティアは納得した。

 

「待たせたね」

「いえ」

 

 ハラハラとしているロキと違って、第一級冒険者ともなればこの近距離でのひそひそ話は聞こえるのでフィンは落ち着いていた。

 

「ロキ・ファミリアの謝罪を受け入れるには条件がある」

 

 そう言ってヘスティアは人差し指を立てる。

 

「一つ、ここの支払いを代わりに払ってもらう。二つ、前回貰った武具のワンランク上の物を貰う。掛かった費用の全てをあの狼人に支払わせてくれ。僕らからの条件は以上だ。条件を飲んでもらえるならこれ以上、事を荒立てないと約束しよう」

「寛大な処置をありがとうございます。神意のままに、滞りなく行わせて頂きます」

「頼むよ。アルス君も何時までも食べてないでベル君を向かいに行って来ておくれ!」

 

 えー折角の奢りなのに、と不満顔のアルスの尻を蹴っ飛ばして後を追わせたヘスティアに、話の纏まりを見届けたロキが唖然としていた。

 

「…………それだけなんか?」

「なんだい、ロキ。不満なのかい」

「いや、そんなことないで。でも、本当にええんか?」

 

 ヘスティアとの確執があるだけにロキはもっと大きな条件を課されるかとも思ったが、出てきたのは嘲笑した当人だけが実害を被ってロキ・ファミリアにはなんの被害もない破格ともいえるもの。

 

「僕としてはもっと吹っ掛けてやろうと思ったけど、アルス君がほどほどで良いって言うんだ。ベル君の双子の弟のアルス君がこれで良いって言ったんだ。子供(ファミリア)がそう言っているのに、僕の怒りを叩きつけても誰の得にもならないからね」

「ほぅ……」

 

 ロキとしてもこの程度の条件ならば、悪いのは悪口を言ったベートだと内外に示すことが出来て、後で主神として追加で罰則を与えれば団の規律も保てる。

 ファミリアとして何も損のない提案に、追加で贈り物を足そうと心に決める。

 

「僕は君達のファミリアが嫌いだ。出来れば、もう二度と関わり合いになりたくないもんだね」

 

 そう言って去ったヘスティアだが嫌でもロキ・ファミリアと何度も関わることになることを、この時の彼女は知らなかった。

 

 

 

 

 







 ヘスティアがシル・フローヴァの正体に気づかないのはスルーしてください。

 朝は■■イヤだったけど、ベルが「神様含めたみんなで行きます」って言っちゃったから夜は■■ンに代わったのかもしれません。

 夜にはロキも来てるし。




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第5話 アルスは よろい作り入門を 手に入れた!

 

 

 

 

 

 ベル・クラネルは早朝に目を覚ました。

 隣にファミリアの主神ヘスティアが寝ていたのには驚いたが、起きた瞬間に顔を真っ青にして共に寝ていたベッドから飛び降りた。

 

「ごめんなさい!」

「ふみゅっ!?」

 

 床にジャンピング土下座した音とベルの声に、ヘスティアが変な声を上げながら飛び起きた。

 

「なんだなんだ!? またアルス君が何かやっ…………ああ、ベル君か」

 

 スプリングでベッドの上で跳ね上がり、両腕を上げて防御の構えを取ったところでベッド脇で土下座をするベルに気づき、揺れていた大きな胸を撫で下ろした。

 

「ご心配をお掛けしました、神様!」

 

 未だ土下座を止めないベルにヘスティアは嘆息する。

 

「碌な武装を持たずにダンジョンに潜って、朝にようやく帰ってきたと思ったら6階層まで潜っていたと、アルス君から聞いた僕の心労を察してくれ」

「はい……」

 

 防具は何も身に着けておらずただの『布の服』だけで、持っていた武装も護身用のギルド支給の短剣だけ。

 そんな装備でダンジョンに潜って帰ってきたベルは、アルスに肩を抱えてもらわなければ歩けないほどで、治癒魔法で直されたとはいえそこら中に血の痕を残していた。姿を見たヘスティアの顔が真っ青になっていたとは後になってアルスに聞いた。

 

「ごめんなさい」

「謝ってばかりだね、今日の君は。悪いと思ってるなら、ちゃんと反省してくれよ。後、ちゃんと連れて帰ってくれたアルス君には礼を言うように。君の血を拭いて着替えもしてくれたんだから」

「そこまで……ダンジョンで助けてくれたのは知ってましたけど」

 

 ようやくベルが土下座から顔を上げる。

 

「結構しっかりしていることに僕も驚いたよ。ちゃっかり魔石とドロップアイテムも持って帰ってきてるし」

「ああ、そう言えば拾ってましたね」

 

 ダンジョンでの出来事を思い出したベルが深く頷いた。

 

「アルス君は君と比べれば全然元気だよ。一休みしたら夕方には起きてロキ・ファミリアに行ってもくれたから。帰りに寄ったギルドの換金所の列が凄かったから諦めて、今日は朝から行くって言ってたよ。いないみたいだから行ってみたいだね」

「え? 夕方?」

 

 ベルがバッと顔を巡らせると、ボロボロの壁から隙間から外の太陽の光が室内に差し込んでいる。

 どう見ても日中。決して夕方には見えない。

 

「ああ、ベル君、君は丸一日寝てたんだよ。よほど疲れていたんだろうね」

 

 時間を勘違いしていた様子のベルに苦笑し、ヘスティアは未だ正座の姿勢のままの手を引っ張ってベッドに引き上げる。

 

「丸一晩ダンジョンに潜っていたんだ。ステイタスも上がっているだろう。更新しておこうか」

「はい、お願いします」

 

 ステイタス更新の為、着ていた黒の長そでシャツを脱ぎかけたベルは先程のヘスティアの話に気になることがあった。

 

「神様、なんでアルスはロキ・ファミリアに行ったんですか?」

「簡単なことだよ。君を侮辱した落とし前として、武器を貰いに行ったんだ」

 

 枕元に置いてあった、ステイタス更新用の針ケースに手を伸ばしていたヘスティアがなんでもないように答える。

 

「へ?」

「さっきからそこに立てかけてあったんだけど、気づいていなかったのかい?」

「…………うわぁ」

 

 ヘスティアが指さした先の壁に無造作に並んでいる四つの武器『てつのつるぎ』『てつの大剣』『せいなるナイフ』『やいばのブーメラン』を見てしまったベルは、なんてこったとばかりに開いた口を手で覆った。

 

「ひゃ、百歩譲って謝罪の品を受け取るにしても、こ、これってどう見ても駆け出しの冒険者が持つような武器に見えないんですけど……」

 

 ロキ・ファミリアからミノタウロス被害の謝罪として武器を貰っている前例があるから、貰うことに関しては自分を納得をさせることは出来なくはない。だが、どう見ても今、壁に立てかけられている武器は駆け出しのベル達が持つには質が高過ぎる。

 

「前の時点でLv.1の上位が持つような代物だったんだ。前回以上となればLv.2相当になっても仕方ないだろ?」

「ないだろって言われても分不相応ですよ!? まだ駆け出しですよ、僕達!」

「じゃあ、返すのかい? お前達の謝罪なんていらないって」

「そっちの方が失礼なのは分かりますけど、気分的にはそうしたいです。出来ないのは分かってますけど!」

「気持ちは良く分かるよ。でも、もう僕達は受け取ってしまったんだ。なら、その武器達に見合うように成長するしかないだろ?」

「ぐぅ……」

 

 ぐうの音しか出ないベルは歯噛みしながらも飲み込むしかなかった。

 肩を落として諦めて受け入れると、アルスが武器を受け取ってしまった時の情景がありありと思い浮かぶ。

 

「アルスは嬉々としてたんでしょうね」

「はは、その通りだよ。流石にランクアップするまでは使う気はないようだけど」

 

 貰える物は喜んで貰うタイプのアルスの姿が脳裏に簡単に思い描けたベルに、ヘスティアが解説を加える。

 

「それとロキ・ファミリアから貰ったのは他にもあるんだよ。これとこれだよ」

「『きんのネックレス』とレシピですか?」

「ネックレスの方は二つあって、一つは先にアルス君が身に着けているよ」

 

 ヘスティアがステイタス更新用の針と同じように枕元に置いてあったネックレスとレシピブックをベルに渡す。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『よろい作り入門』を 手に入れた!

――――――――――せいどうのよろいの レシピを 覚えた!

 

「どっちも防御系の装備…………攻撃だけじゃなくて防御にも目を向けろというアドバイスでしょうか」

「こっちはロキと団長からの気持ち(プレゼント)だってアルス君が言ってたから、そう考えるべきだね」

 

 口に出して言わないところがロキらしい、と顔を背けたヘスティアにロキ・ファミリアの主神とやはりなにかあるのかと考えたが、レシピブックを持ってベルは困った。

 

「レシピだけあってもどうにも出来ませんよ。うちのファミリアには鍛冶師がいませんし」

「そうなんだよねえ」

「どうしましょうか?」

「…………伝手もあるし、ちょっと僕の方で考えてみるよ。それよりも君を侮辱したあの狼人のことを覚えているかい?」

「え、ええ……」

 

 ベルの場所からは狼人の顔をよく見えていたし忘れるはずもない。

 沈んだ様子のベルに、ヘスティアはにんまりと笑った。

 

「あの狼人、酔っぱらっていたから翌朝にはなにも覚えていなかったらしいけど、罰としてロキ・ファミリアのホームの軒先に簀巻きにして吊るされているんだ。後二日は吊るされるらしいから行って笑ってやるといい。なんだったら石を投げてやったらいい」

「で、出来ませんよ、そんなこと!」

「そうなのかい? アルス君は散々笑って、何個か石を投げて来たらしいよ」

「なにをやってんのアルスは!?」

「ベル君も起きたし、僕も後で行く予定だよ」

「神様!?」

 

 止めるべきなのだが、親指を立てて満面の笑みを浮かべるヘスティアの目が本気と書いてマジだった。

 

「さあ、君達の時間は有限なんだ。ステイタス更新を終わらせちゃおうよ」

 

 促されるままにベッドに横になったベルは、このことは聞かなかったことにしようと決めて目を閉じた。

 ヘスティアの血が背中に垂らされ、ステイタスが更新される感覚。

 

――――――――――ベルは、レベル2に あがった!

――――――――――ベルは、レベル3に あがった!

――――――――――ベルは、スライムブロウを覚えた!

 

「――――ふわっ!?」

 

 バタン、と奇声を上げたヘスティアがベルの背中から転げ落ちた。

 

「か、神様っ!?」

 

 慌てて起きたベルがベッド脇で尻もちをついているヘスティアに駆け寄ると、彼女は「あわわわわ」と言いながら目を見開いていた。

 

「だ、大丈夫ですか? というか、何が――」

 

 よろよろと動き出したヘスティアが用意してあった紙に、ベルのステイタスを書き始めた。

 震える手でステイタスを書き込んだヘスティアが、ベッドに座ったベルに向かって紙を渡そうとして一瞬躊躇する。

 

「ベル君、これが、君のステイタス、だ」

 

 渡されたステイタスをベルは見た。

 

【ベル・クラネル Lv.1(レベル3)

 HP:34

 MP;10

 ちから:13

 みのまもり:8

 すばやさ:15

 きようさ:15

 こうげき魔力:11

 かいふく魔力:0

 みりょく:4

《魔法》

《技能》

《スキル》

 

 【スライムブロウ】  ・スライム種に対して投擲武器効果強化

 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■

《次のレベルまで:49》 】

 

 上から下を見て、次は横に倒して見て、最後に上下を逆さまにしてみる。当たり前だが結果は変わらなかった。

 

「え?」

「これは現実だよ」

「…………現実ですかね?」

「残念ながらと言った方がいいのかな。これは変えようのない現実なんだ」

 

 取り敢えずもう一度見方を変えて一巡してみるが、やはり結果はヘスティアの言うようにステータスは変わっていない。

 

「喜んだ方がいいんでしょうか?」

「難しい選択だ。他の冒険者と違うステイタス表記になってしまったわけだけど、早くもスキルが生まれている」

「そこは素直に嬉しいです」

「取り敢えず万歳でもしておこうか」

「はい」

「せーの」

「「ばんざいばんざいばんざーい!!」」

 

 よく神々がやる万歳三唱をやって、気持ちを切り替えたベルは現実を前向きに受け止めることにした。

 

「そう言えばアルスは殆ど戦闘はしてませんでしたけど、ステイタス更新はしたんですか?」

「なんのことだい?」

「だからアルスのステイタス更新――」

「なんのことだい?」

 

 空っぽのガラスのような瞳が近づいてきて、ベルは三度目の問いを発することができなかった。

 ベルが口を開けなくなると、ヘスティアが小声で「後少しでレベルがアップしてしまう。もしもレベルが二桁になってランクアップなんてことになったら……」と虚ろな瞳になっているので、それ以上の追及はお互いの為にならなかった。

 

「僕の新しいスキル、聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)ってアルスの聖竜の加護(ドラゴンクエスト)からの派生というか繋がりが強そうですね。同じく効果が黒塗りで読めませんけど」

「そこだけ言語が違うようで、読めないのは僕も同じだから黒塗りで書いたんだよ」

「へえ、そうなんですか。なんなんですかね、このスキル」

「僕が知りたいよ。このスキルが普通とは違うステイタスの原因なのかもしれないし、読めれば何か分かるのに」

 

 ギリギリ、とベルのステイタスを書き写した紙を見ながら歯ぎしりをするヘスティア。

 

(しかも元からあったベル君のスキル(憧憬一途)も成長促進じゃなくて、対魅了に特化した内容に変わってるし)

 

 スキルが生まれた経緯が経緯だけに書けなかったベルの憧憬一途(リアリス・フレーゼ)は『魅了に対する完全耐性。懸想が続く限り効果持続』に内容が変化していて、ヘスティアの胃にダメージを与え続けている。

 シクシクと痛み出してきた胃を抑えつつ、他の箇所もベルと一緒に読む。

 

「魔法はまだ発現してないんですね」

「技能があるからいいじゃないか」

「アルスと違って一つだけですし、どうして僕の方がレベルが低いんでしょうか? ずっと一緒だったのに」

「なんでだろうね。スキル発現の時期の違いか、何か他の要素があるのか……」

「うーん……」

 

 まさか5階層でのミノタウロス撃破の経験値が加算されたとは夢とも思わない二人は一頻考えたが答えは出そうになかった。

 

「仕方ないんで、ちょっとダンジョンに行ってきます」

 

 ベッドから立ち上がったベルの手をパシッとヘスティアが掴んだ。

 

「待ちたまえ。何故、ダンジョンに?」

「スキルって使う時にどんな感じかするか確かめたくて」

「実はウキウキだね、君は?!」

「だって仕方ないじゃないですか! スキルですよ! 能力なんですよ! 使ってみたいに決まってるじゃないですか!!」

「お、おう……」

 

 予想以上の勢いにヘスティアが気圧されている間に、装備置きになっているクローゼットに向かったベルはバガッと音を立てて開ける。

 

「投擲武器となると、最初にロキファミリアに貰った武器の中にブーメランが…………あった!」

 

 クローゼットには使わなくなったギルド支給のギルドの剣や、値崩れしていて売るには勿体なかったドロップアイテム等が入っている中から、最初にロキ・ファミリアに貰った四つの武器の一つ『クロスブーメラン』を取り出して掲げる。

 

「じゃあ、行ってきます!」

 

 満面の笑みはとてもアルスと良く似ていた。

 

「流石は双子……じゃない! ソロでダンジョンに潜るなんて危険なこと、僕は許さないよ!!」

 

 シュタッ、と片手を上げて部屋から出て行ったベルを慌てて追うヘスティア。

 急いでヘスティアも部屋を出て、教会の隠し部屋から出た。

 

「あいたっ!?」

 

 外に出てすぐの所でベルが足を止めていることに気づかず、背中に鼻からぶつかってしまった。

 冒険者になっただけあって、ヘスティアがぶつかっても小動もしないベル。

 当たった鼻を抑えながらヘスティアが横からベルの見ているものを見ようと体をずらした。

 

「へ?」

 

 そこにいたのはギルド帰りと思われるアルスと、見覚えのない少女。

 

「初めまして、リリルカ・アーデと言います。今日からサポーターとしてよろしくお願いします!」

 

 少女はヘスティアよりも小さな体にその体よりも二回りはデカいバックパックを背負い、ベル達のことを見上げて瞳を少し怪しく輝かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<昨日のリリルカ>

 

 ゲド・ライッシュに酷い待遇を受けていたリリルカ・アーデは奇妙な噂を聞いた。

 

あの(・・)ロキ・ファミリアから武器をせしめた駆け出し冒険者がいるんだってさ」

 

 次の寄生先を決めた瞬間だった。

 

 

 

 

 







 今話でベルがスライムブロウを習得していますが、本作では『とくぎ』ではなくスキルとして、劇中説明であるようにブーメランを投げるとスライム種に対する特攻効果が付与されるものとしました。


 リリルカ・アーデのフライング登場です。




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第6話 アルスの こうげき!

 

 

 

 

 

 教会前の一騒動後、ベル達は装備を整えてダンジョンに向かった。

 途中で豊穣の女主人によって先日の醜態を謝罪して、サポーターを加えての即席のパーティーで反省を踏まえて、まずは3階層でベル・クラネルは自らの変化したステータスを試すことにした。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

 

「イオ」

 

――――――――――アルスは イオを となえた!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――リリパットを たおした!

――――――――――ベビーパンサーを たおした!

――――――――――おばけきのこを たおした!

――――――――――きりかぶおばけを たおした!

――――――――――びっくりサタンを たおした!

 

「……っ!」

 

――――――――――リリルカは たたかいのゆくえを 見守っている

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――キラーパンサーに ダメージ!

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――キラーパンサーに ダメージ!

――――――――――キラーパンサーを たおした!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 159ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――リリパットは 皮のぼうしを 落としていった!

――――――――――ベビーパンサーは けものの皮を 落としていった!

――――――――――おばけきのこは めざめの花を 落としていった!

――――――――――きりかぶおばけは きれいな枝を 落としていった!

――――――――――キラーパンサーは まじゅうの皮を 落としていった!

 

 直近のモンスター達を倒し、ダンジョンが直ぐにモンスターを産み出したり、見えない位置から迫ってきている様子もない。

 

「ふぅ、しっくりとする感覚はあったけど、やっぱりブーメランだと攻撃力が弱いなぁ」

 

 一息つきながらも完全には警戒を解かない。

 ブーメランは射程が広く、全体攻撃が出来るのは利点ではあるが単純な攻撃力で比較すると、アルス・クラネルの大剣どころかベルの持つ短剣にも及ばない。

 

「リリとしては、アルス様の魔法にベル様が驚いていないことが驚きです」

「ああ、初めて見た時は僕も驚いたけど人間って慣れるものだから」

「慣れるものなんでしょうか……?」

「嫌でもね」

 

 言いつつも、リリルカ・アーデはモンスター達が落としていった魔石やドロップアイテムを手際良く回収して、背負ったバックパックに次々と入れていく。

 モンスターへの警戒はアルス達が行っているとはいえ、その手際の良さは流石は本職(サポーター)だとベルは感心せずにはいられない。

 

「にしても、まだお二人は冒険者になって二週間なんですよね?」

「うん、正確には今日で16日目だったかな」

 

 魔石やドロップアイテムを回収し終え、バックパックを背負い直したリリルカがなんともいえない顔でベルを見る。

 

「数日は誤差の範囲ですが、少なくともそんな短期間でこの階層の殆どのモンスターを一掃できる魔法を、魔導士でない者が使えるなんてのは生まれた時からオラリオにいるリリでも聞いたことがないです」

「やっぱり?」

「ええ、しかも実質的な3階層の主であるキラーパンサーを、いとも簡単に倒す駆け出しも、です」

 

 行き掛けの駄賃とばかりに、1階層や2階層のモンスターを鎧袖一触とばかりに薙ぎ払うアルスの姿を見ているだけに、多くの冒険者を見てきたリリルカにはベル達がかなり特異に映っていた。

 

「キラーパンサーは単体のレベルとしては、中層にいてもおかしくありません」

「そうなの!?」

「攻撃力や防御力は上層相応ですけど、耐久力というか生命力がずば抜けているんです。経験の浅い冒険者が戦って倒し切れずにやられてしまったりすることが良くあります」

 

 ギルドでも熟練冒険者がパーティーにいない時は退避を推奨しています、とリリルカに纏められてベルはちゃんとエイナの授業は受けようと心に決めた。

 

「でも、逃げたら追ってきたりはしないの?」

「基本的にキラーパンサーは子供のベビーパンサーと一緒に行動していますから、攻撃性はそこまで高くありません。下手に刺激さえ与えなければ大人しいものですよ」

 

 今までのベルの経験ではモンスターはこちらが逃げれば追ってくることも多く、キラーパンサーのように明らかに足が速そうなモンスター相手に逃げ切れるように思えなかったが、しっかりと理由があったらしい。

 

「良く知っているね、リリ」

 

 勉強不足を実感し、自分が出来ないこと知らないことを出来たり知っている人をベルは素直に称賛する。

 

「小さいころからサポーターをしていますから知識だけは一人前ですが、何をやっても鈍くさくて同じファミリアの方々にも愛想をつかれてしまったのです。そこで別ファミリアのパーティーに入れてもらおうと、ギルドに行ったらアルス様と出会ったのです」

 

 その話は最初に教会で会った時も聞いていた。

 

「それだけの知識があったら十分な助けになると思うけど」

「普通は駆け出しの冒険者は同じファミリアの熟練冒険者から手解きを受けますから、リリ程度の知識はある程度冒険者をしていたら自然と身についていくものなのです」

「やっぱり駆け出しだけで、パーティーを組むことなんてないもんね」

 

 設立したてのファミリアも好条件で他のファミリアの熟練冒険者を引き抜いたりして、駆け出しだけの冒険者で冒険を始めることはまずないとエイナから聞かされていた。いたとしても、主神の伝手で他のファミリアの冒険者パーティーと同行したりして、駆け出し冒険者だけでは長生きはしないと懇々と説明を受けたことがある。

 

「ファミリアに居場所が無くて、安い宿屋を転々としていて資金が心許ないのです。こんなに小さいですから腕っぷしもからっきしですが、ベル様たちに足りない知識面をお助けできると思いますので、今日一日と言わずにパーティーに入れて頂けると嬉しいです」

 

 アルスの力があるから大して苦戦していないが、生き死にに関わる知識を持つリリルカの存在は、以前から欲していたサポーターの役目も合わさってベルの目にはとても魅力的に映る。

 

「リリはソーマ・ファミリア、なんだよね?」

「はい、ですがソーマ様は他の神様達のことに未来永劫無関心なので、敵になるとかならないとか以前の問題です。そちらの神様がソーマ様を目の敵にしない限り、ファミリアの間で争いが勃発することはまずないと思います」

 

 訝しんでいるベルをファミリア間の問題になるのではと勘違いしたのか、先回りして問題になることはないと説明するリリ。

 

「ええっと、教会でも言ったと思うけど、僕達に他派閥のサポーターを継続的に雇うお金は」

「ダンジョンでの収入の何割かを分ける形でいいですよ? リリは3割も恵んでもらえると、飛び上がってしまうほど嬉しいです」

「えっ、それだけでいいの?」

「はいっ!」

 

 他ファミリアのサポーターを雇うとなると契約金とか事前金だとか、色々と考えていたベルは右手を上げるリリルカに断る理由を探す方が難しくなっていた。

 

(うーん、あまり金にがめつい感じはしないけど、先入観を持ちすぎかなぁ……)

 

 ソーマ・ファミリアはお金に執着しているのだと思い込んでいたが、リリからはそんな様子は窺えない。

 条件としては悪くないので前向きに捉えようと顔を上げると、さっきまでそこにいたはずのアルスの姿がない。

 

「あっ、アルスがいない!?」

「え? あ、あっちに下の階層に降りる階段が――」

「あいつ、人が喋っている間に勝手に行ったなっ! 神様から一人で行動するなって言われてるのに……………追うよ、リリ!!」

「は、はいっ!」

 

 双子の弟の行動原理をベルは良く知っている。暇になると突飛な行動を良く取ることがあるので、一人で下の階層に降りた可能性が高いと見たベルはリリを急かして階段を降りて行った。

 リリの速度に合わせて下の4階層に降りたベルは、既に戦闘に入っているアルスを見つけた。

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――ビッグハットに ダメージ!

――――――――――ビッグハットを たおした!

 

 アルスが攻撃している間にベルはクロスブーメランを背中の固定具に止め、剣帯に差していたブロンズナイフを抜き放つ。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――リップスに ダメージ!

――――――――――リップスを たおした!

 

「……っ!」

 

――――――――――リリルカは たたかいのゆくえを 見守っている

――――――――――おにびドングリは 逃げ出した!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 24ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――ビッグハットは けものの皮を 落としていった!

――――――――――リップスは まんげつそうを 落としていった!

 

「――――こら、アルス! 勝手に行動したら駄目じゃないか!」

 

 戦闘終了を確認したベルは、リリルカよりも先に魔石やドロップアイテムを拾ってるアルスを説教する。

 

「――」

「一声かけたって? 相手が聞こえてなかったからって了承した内には入らないんだよ」

「――」

「いや、僕も単独行動した前科があるから強くは言えないけどさ」

「あの、ベル様」

「間違いはちゃんと反省して、次からはしないように改めないと成長できないってお爺ちゃんも――」

「ベル様!」

「うわっ!? な、なにリリ?」

 

 アルスに対して注意をしながらも、自分も改善していかないなと内心で考えていてリリルカの呼び声に反応するのに遅れた。近くからの大声に驚いて飛び上がって振り返る。

 

「次のモンスター達が来てます」

「え?」

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

「メソコボルトの群れとバブルスライム…………後者には注意して下さい。バブルスライムは全身毒まみれです!」

「スライム!?」

 

 現れた二体のモンスターの内、最弱モンスターであるスライムの同系統であるバブルスライムは主に相手を毒状態にする攻撃を得意とするので注意を促したリリルカだったが、なぜかベルは目を輝かせていた。

 

(これはスキルを試すチャンス!)

 

 ステータス表記がアルスと同じになってから生まれたスキルは、名称からしてスライムに対する特攻効果を持つ。

 ブロンズナイフを剣帯に戻し、再びクロスブーメランを手にする。

 

「アルスはメソコボルトを!」

 

 指示すると頷いたアルスはどうの大剣を持ってメソコボルトの群れに突っ込んだ。

 

「――――はっ!」

 

――――――――――アルスは、剣を ぶんまわした!

――――――――――メソコボルトたちに ダメージ!

――――――――――メソコボルトたちを たおした!

 

「僕も――――スライムブロウ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――バブルスライムに ダメージ!

――――――――――バブルスライムを たおした!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 65ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――メソコボルトAは ブルーアイを 落としていった!

――――――――――バブルスライムは スライムゼリーを 落としていった!

 

 戻ってきたクロスブーメランを掴み、一撃でバブルスライムを倒せたことにベルは感動していた。

 

「おぉ、流石はスライム特攻スキル。ブーメランなのに一撃で倒せた」

 

 新しい技能の使い勝手にベルが一人満足していると、魔石とドロップアイテムを回収し終えたリリルカが近づいてきたので口を噤む。

 

「お疲れ様です、ベル様、アルス様」

「リリもありがとう。お蔭で助かってるよ」

 

 魔石とドロップアイテムを拾う手間と、バックパックに物が少ないので動きやすいので『すばやさ』が持ち味のベルとしてはとても助かっていた。

 

「いいえ、リリにはこれぐらいしか出来ませんから」

 

 卑下が過ぎるのではないかと伝えようかとも思ったが、他ファミリア所属のリリルカにベルがそこまで口を出していいものかと悩む。

 

「そろそろ地上に戻りませんか? 魔石とドロップアイテムも十分に溜まりましたし」

「…………そうだね。そうしようか」

 

 冒険者は冒険してはならない。帰り道の戦闘も考慮しないといけないので、安全マージンを取るのならば余裕がある内に帰還することにした。

 4階層から1階層まで、来た道を辿って遭遇(エンカウント)するモンスター達を倒しながら地上を目指す。

 

「リリ、今日は神様が帰ってくるのが遅いらしいから、僕達は豊穣の女主人で食事を取るつもりだけど一緒にどう?」

 

 親交を深めるには、もっと互いに接する時間が必要だと考えて提案する。

 

「すみません、今日は用事があって…………でもでも、また誘っていただけますか?」

「うん、その時はよろしく」

 

 予定があるなら仕方ないと諦め、ふとヘスティアが遅くなると言っていた時のことを思い出す。

 

「神様が言っていた、友人の開くパーティーって神様関係のやつなのかな」

「恐らく『神の宴』と呼ばれる、神達が集まる会合のようなものに参加されるのだと思いますよ」

「へぇ、そんなのがあるんだ」

「『神の宴』は不定期開催ですが、三か月の一度開催される『神会(デナトゥス)』などもありますね」

「あ、それは知ってる。ランクアップした冒険者に二つ名が付けられるんだよね」

 

 僕がランクアップしたらどんな二つ名が付けられるんだろうとベルが想像を膨らませている間に、『始まりの道』と呼ばれる呼ばれる1階層の大通路を進み終えていた。

 ここからは安全地帯なので張り詰めていた緊張を解いた瞬間だった。

 

「道を開けてくれい!」

 

 後ろから響いた大声に驚きながら言われた通りに壁際に移動すると、底面に車輪が付けられた巨大なカーゴの周りを固めた複数の冒険者と共に通り過ぎていく。

 

(いっ!?)

 

丁度、ベル達の前を通る際にカーゴが一人でに動いた。

 

「あれってモンスターだよね?」

「ええ、あのエンブレムはガネーシャ・ファミリアのものなので、怪物祭(モンスターフィリア)の為に捕獲したんだと思います」

怪物祭(モンスターフィリア)?」

 

 聞き覚えのない単語にベルが首を捻る。

 

「ギルドが企画して、ガネーシャ・ファミリアが観客の前で闘技場を一日中使ってモンスターを調教する祭典です。闘技場に繋がる東のメインストリートが混雑するぐらい盛り上がるんですよ」

「へぇ、そうなんだ。あ、じゃあ、リリも僕達と一緒に怪物祭(モンスターフィリア)に一緒に行かない?」

「…………一度、ファミリアでの予定を確認してみます。返事はそれからでもいいですか?」

「うん、待ってる」

 

 リリルカから怪物祭(モンスターフィリア)に同行すると返事があったのは翌日のことだった。

 

 

 

 

 







【ベル・クラネル Lv.1(レベル3→6)
 HP:34→48
 MP;10→21
 ちから:13→20
 みのまもり:8→11
 すばやさ:15→28
 きようさ:15→23
 こうげき魔力:11→20
 かいふく魔力:0→0
 みりょく:4→22
《魔法》
《技能》
 【スリープダガー】  ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
《スキル》

 【スライムブロウ】  ・スライム種に対して投擲武器効果強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:258》 】




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第7話 アルスに ダメージ!



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 オラリオの東端にある巨大な闘技場施設に続く東のメインストリートは大勢の人でごった返していた。

 一般人はもとより、この日はダンジョンに潜るのを止めて祭りを謳歌しようと軽装の冒険者達も祭りに参加し、数え切れない出店を冷やかしている。

 

「…………遅いですね」

「遅いね、神様。どうしたんだろう? シルさんを探しに行かないといけないんだけどな」

「シルという方も闘技場におられると思いますし、先に行った方がいいのでは? 随分と待たされていますよ」

「人の多さに迷ったのかな。だから、一緒に行こうって言ったのに」

 

 先日の約束通り、ヘスティア・ファミリアのホームにまで来てもらったリリルカ・アーデと怪物祭(モンスターフィリア)に向かう際、主神ヘスティアは闘技場近くでの待ち合わせを提案してきた。

 ベル・クラネルとしては事前に多くの人が集まると聞いていたので共に行くことを求めたのだが、「デートの気分を味わいたい」と固辞したヘスティアだけ現地集合と相なった。

 

「…………リリも女なので気持ちは分からなくはないですが、待たされる側としては文句の一つも言いたくなるのです」

「ごめんね、リリ。アルス、ちょっとそこでクレープ買ってきて。うん、三つね。はい、お金」

 

 ガッテンダ、とばかりに良い笑顔を浮かべたアルス・クラネルが親指を立て、先程から良い匂いをさせていたクレープ店に向かって人ごみをスルスルとすり抜けて向かった。

 

「埋め合わせはして頂けるのであれば、リリとしては何も言うことはないです」

 

 スルスルと戻ってきたアルスからクレープを受け取ったリリルカは、ホクホク顔で白いクリームの詰まった焼き菓子を食べ始めた。

 

「おーい、みんな!」

「神様?」

 

 どこからかヘスティアの声が聞こえたが、辺りを見渡しても人人人……で、姿は見えない。

 

「こっちだよぉーっ!」

 

 人ごみを掻き分けて、時に体の小ささもあって人の流れに飲まれたりして、揉みくちゃにされながらヘスティアが駆け寄ってきた。

 

「お待たせ――――って、僕がいなかったのに何を食べてるんだ君達はっ!?」

「神様が遅いからですよ……」

「僕も食べたい!」

「じゃあ、僕のをどうぞ。まだ手を付けていませんので」

「む、そこは食べさせ合うところだろ!」

「知りませんよぉ…………いらないんですか?」

「いる!」

 

 予定が全部パーだ、とモソモソとベルから受け取ったクレープを食べ始めたヘスティア。

 半分ほど食べたところで、残っているクレープをベルへと差し出した。

 

「さあ、ベル君も食べるんだ!」

「神様、一体何をっ!?」

「神が子供(ファミリア)分まで全部食べるなんて許されるわけないじゃないか。残りはベル君に食べさせてあげよう。あーんってやつだよ。一度やってみたかったんだ」

「っ!?」

 

 ベルはヘスティアの食べ痕が残っているクレープを見下ろして固まる。

 食べさしのクレープを差し出すヘスティア(ちょっと鼻息が荒い)と、固まっているベル(無礼を働く申し訳なさと照れ臭さに顔が真っ赤)の二人の様子を、クレープを食べながらリリルカとアルスは見ていた。

 

「私たちは一体、何を見させられているのでしょうか? え、なんですかアルス様…………はぁ、なるほど分かりました」

 

 クレープを食べ終えたアルスの耳打ちにリリルカは頷いた。

 

「ヘスティア様、ベル様は甘いものが苦手だそうですよ」

「え、そうなのかい?」

「はい、実はそうなんです……」

 

 申し訳なさそうなベルに事実と悟り、ヘスティアはクレープを下げた。

 

「小さい頃、行商人からアルスが有り金全部使って甘い物ばっかり買って、何日か食べ続ける羽目になってそれ以来苦手になってしまって」

 

 ヘスティアの下げたクレープを狙っていたアルスは視線を向けられ、少し罰が悪くなったようで顔を逸らした。

 

「そっか……でも、ジャガ丸くんなら大丈夫だもんね。ジャガ丸くんを買って食べさせておくれ!」

「懲りませんね、この女神様は…………リリは奢って頂けるならなんでもいいのですが」

「ま、待って下さい神様!? 僕、実はお使いを頼まれているんです!」

「そうなのかい?」

 

 あーんに執着していたヘスティアも、流石に頼まれごとをしているベルを引っ張っていくのはよくないと自制した。

 

「はい、ここに来る前に豊穣の女主人を通りかかった時に、祭りを見に行ったシルさんが財布を忘れたので届けてほしいと頼まれまして」

「途中で財布を忘れたことに気づいて、行き違いになったりしそうじゃないか?」

「一応、そうならないように気をつけてはいましたけど。アルスに外周部を見てもらって、環境整備をしていたエイナさんも見ていないそうですし」

「エイナってベル君達のアドバイザー…………ああ、怪物祭(モンスターフィリア)はギルドの主催だったっけか」

「闘技場に入るには入場料を取るので、流石にもう気づいて戻ったかもしれません」

 

 ベル達が財布を持っていくように頼まれたのは、すぐに向かえば追いつけるからということだったので、ヘスティアをそこそこ待っていたのでリリルカが言うようにシルが闘技場に入る際に財布を忘れたことに気づいた可能性は高い。

 そうこう話している間に祭りの開始が近くなってきたみたいで、ストリートの人はだいぶまばらになってきた。

 

「一度戻ったのなら私たちが財布を持っていることは聞いているでしょうし、再度の行き違いにならないようにここで待ちますか?」

「うーん、どうしようか……」

 

 闘技場の入り口が一つだけならそこで待てばいいのだが、何か所か出入口があるのでベルは即断出来ず悩んだ。

 と、ジャリとアルスが鳴らした石畳の砂利を擦った靴音に、意識が向いたベルの耳に微かな声が聞こえた。

 

「悲鳴?」

 

 ベルの呟きを重ねるように、通りの向こうから複数人の大音声が響いた。

 

「モンスターだぁあああっ!!」「に、逃げろぉおおおっ!!」「いやぁああああああっ!!」

 

 闘技場方面の通りの奥から聞こえた声に、アルスが一目散に駆け出し、一拍遅れてベルが続く。

 厄介事に慣れたオラリオの人達が逃げる間を縫い、ステータスの差もあってみるみる離されていくアルスの背中を追っていると、その向こう側で光が瞬いた。

 

「ワンワンワンッ!!」

「ヒャヒャヒャヒャッッ!」

 

 そこそこいた人達が蜘蛛の子を散らすように瞬く間にいなくなった後に残っていたのは、荷車に繋がれたまま暴れ狂う()と、指を指している笑っている紫の体皮に額に2つの触角を持ったモンスターだけ。

 

「あれは、インプ?」

 

 5、6階層に現れる小悪魔型のモンスター。怪物祭(モンスターフィリア)用に調教(テイム)されたのか、それともダンジョンが出てきたのかベルには直ぐに判断がつかない。

 この前の豊穣の女主人での宴以来、どこに行くにも完全武装をしているアルスも同じなのか、背中の「どうの大剣」の柄を持ったまま抜いていない。

 

「はぁはぁ……い、いいえ、あれは怪物祭(モンスターフィリア)の名物モンスター『いたずらデビル』です」

「ぜぇぜぇぜぇぜぇ…………い、いたずら、ぜぇぜぇ…………デビル?」

 

 遅れて息を乱したリリルカが到着し、最後に大きく遅れてヘスティアが今にも心臓が口から飛び出そうな様相で到着した。

 

「5階層に出現するインプの強化種です。モンスターを別の生物に一時的に変化させる怪光線を放ち見栄えがいいので、毎年の怪物祭(モンスターフィリア)の大取りを務めていました。調教師(テイマー)の姿が見えないので脱走したのではないでしょうか」

 

 笑う『いたずらデビル』の首には首輪と途中で切れている鎖が胸にぶらりと垂れ下がっている。

 

「あれって荷車だよね。もしかして馬を犬に?」

「恐らく」

 

 荷車に繋がれたまま暴れ狂う『()』を笑っていた『いたずらデビル』が何かに気づいたようにベル達の方を見た。

 ビタリ、とその目が荒れた息を整えようと膝に手をついている女神で視線を止めた。

 

「ヒャーッ!」

「――メラ!」

 

――――――――――いたずらデビルは 怪光線を はなった!

――――――――――アルスは メラを となえた!

――――――――――怪光線と メラは 相殺された!

 

 頭の二つの触覚からヘスティアに向かって怪光線が放たれたが、射線に入ったアルスのメラが相殺する。

 

「アイツ、神様を――っ!」

 

 主神を襲われて激発しかけたベルはアルスが『どうの大剣』を抜き放ったのを見て、思考を戦闘に切り替えて自分も剣帯から『ブロンズナイフ』を取った。

 

「ヒャヒャーッ!!」

 

 アルス達を邪魔者と見た『いたずらデビル』が一気呵成に距離を詰めてきた。

 

――――――――――いたずらデビルが あらわれた!

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――いたずらデビルに ダメージ!

 

 『どうの大剣』による薙ぎ払いを受けたにも関わらず、『いたずらデビル』に大きなダメージを負った様子はない。

 精々が若干打たれた部分を痛そうに抑えている程度で、今の強さになってからほぼ全てのモンスターを一撃で仕留めてきただけにベルは驚きで目を見張った。

 

「気を付けてください! 上層に現れるモンスターも強化種となれば、中層レベルの強さを得ている可能性があります!」

 

 リリルカの注意喚起の声に気を引かれた様子の『いたずらデビル』に、ベルが素早く踏み込む。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――いたずらデビルに ダメージ!

 

 隙をついたにも関わらず『ブロンズナイフ』での斬りつけは『いたずらデビル』に大きなダメージを与えることは出来ていない。

 寧ろ怒らせたようで、標的をアルスとベルに切り替えて右手の人差し指を向けた。

 

「ヒャヒャッ!」

 

――――――――――いたずらデビルは ギラを となえた!

――――――――――アルスに ダメージ!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

「二人ともっ!?」

 

 『いたずらデビル』より放たれた閃光がクラネル兄弟を襲い、ヘスティアの目には二人の無事は確認できないほどに巻き上がった砂埃が姿を隠す。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――いたずらデビルに ダメージ!

 

「かえん斬り!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――いたずらデビルに ダメージ!

 

「ビャッ!?」

 

 砂埃を目くらましに近づいたアルスと、武器をより攻撃力の高い『せいどうの剣』に切り替えたベルのかえん斬りを連続で受けて、流石に『いたずらデビル』も負ったダメージが大きくフラついた。

 

「畳み掛ける!」

 

 絶好の好機と見たベルが踏み込もうとした。

 

「アビャッ!」

 

――――――――――いたずらデビルは ホイミを となえた!

――――――――――いたずらデビルの キズが 回復した!

 

「いっ!?」

 

 自らの傷を治癒魔法で癒した『いたずらデビル』が崩れた姿勢を瞬く間に整えたことで、逆にベルが隙を晒すことになった。

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――カウンター!

――――――――――いたずらデビルの こうげき!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

「うわっ!?」

 

 振るわれた爪を受け止めた『せいどうの剣』ごと弾き飛ばされたベルは石畳を転がりながら跳ね起きるが、先程の攻撃魔法のダメージも合わさって負傷度合いはかなり大きくガクリと片膝をついてしまう。

 

「メラ」

 

――――――――――アルスは メラを となえた!

――――――――――いたずらデビルは ひらりと みをかわした!

 

 ベルへの追撃はアルスが魔法を放って邪魔をしたことで、『いたずらデビル』もダメージを負うのを嫌って回避を選択してバックステップで躱した。

 二人と一体の距離がまた開き、戦闘の場に一呼吸する間が生まれた。

 

「ホイミ」

 

――――――――――アルスは ホイミを となえた!

――――――――――ベルの キズが 回復した!

 

 アルスが放った治癒魔法の光がベルの体を覆い、閃光魔法によって焼かれた皮膚やカウンターによって負った裂傷が瞬く間に癒えていく。

 

「ありがとう、助かった」

 

 傷を負う前の全開状態になった体にホッと息を吐いて立ち上がったのも束の間、未だ戦意を隠そうともしない『いたずらデビル』を油断のない眼差しで見据える。

 

「…………避難は順調。だけど、救援の冒険者が来る気配がない。モンスターが脱走したのはこいつだけじゃないのか?」

 

 残っているのはアルス達が戦っているから心配したヘスティアと、付き合いもあって彼女に付き添う形となってしまったリリルカの二人だけ。その二人にしても近くの建物の影に隠れてこちらを窺っているだけで、良くも悪くも荒事に慣れているオラリオの市民達は見える範囲から姿を消していた。

 それだけの時間がありながらも、いい加減に騒動を聞きつけた他の冒険者か、最低でも怪物祭(モンスターフィリア)に大きく関わっているガネーシャ・ファミリアが姿を見せてもいいはずだが、一向に姿を見せないことから脱走したモンスターは『いたずらデビル』だけではないかもしれないとベルは推測を立てた。

 

「ここで、僕達が倒すしかない」

 

 モンスターを街中に放置することはできない。

 いくら調教(テイム)したモンスターであろうとも、ベル達は制御する術を知らず『いたずらデビル』を安全に制圧出来るほどの大きな力の差はないので倒すしかなかった。

 

「タイミングを合わせて仕掛けよう――――シャドウアタックだ」

 

 コクリ、と頷いたアルスが『どうの大剣』を『いたずらデビル』に向かって投げた。

 

「ヒャヒャッ!」

 

 横回転しながら飛んでくる『どうの大剣』を見た『いたずらデビル』は、最も強い敵が自ら武器を手放したことを嘲笑う。

 

――――――――――いたずらデビルは ひらりと みをかわした!

 

「ヒャッ!?」

 

 しかし、『どうの大剣』を投げた後、ベルから『せいどうの剣』を受け取ったアルスが目の前に同じ高さに跳んで振りかぶっていた。

 

「はっ!」

「やっ!」

 

 上から叩き落とすような斬撃が『いたずらデビル』を切り裂き、その無防備な背後へと回り込んだベルが振り返りざまに『ブロンズナイフ』を切り上げた。

 

「ビャッ!?」

 

――――――――――いたずらデビルに 大きなダメージ!

――――――――――いたずらデビルを たおした!

――――――――――アルスたちは 102ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――いたずらデビルは 魔石を 落としていった!

 

 断末魔の叫びと魔石を残して消えていく『いたずらデビル』を確認し、ベルはアルスが投げて石畳に転がっていた『どうの大剣』を拾う。

 

「やったね、二人とも!」

「凄いです。中層のモンスターをLv.1の冒険者が倒すなんて」

 

 モンスターの消滅を確認したヘスティアとリリルカ、が隠れていた建物の影から出てきて二人の元へと駆け寄ってきた。

 

「結構、ボロボロですけど」

「ホイミ」

「ありがとう、アルス」

 

 興奮した二人に対応していたベルにアルスが治癒呪文をかけてもらい、傷も癒えたことで固まっていた肩の筋肉から力が抜けて緊張感が解けた。

 突如として日陰に入ったかのように暗くなったと思うよりも早く、アルスがベルから受け取った『どうの大剣』を振り上げていた。

 

「ギアァッ!!」

 

 アルスが巻き起こした風を切り裂くように空から現れる二体(・・)の有翼のモンスター。

 

――――――――――イビルビーストたちは こちらが みがまえるまえに おそいかかってきた!

 

 

 

 

 






いたずらデビルは、DQ11に登場する最初のボスモンスター。


そしてイビルビーストは、DQ11に登場する次のボスモンスター。

連続ボス登場、連戦となります。




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第8話 アルスは 渾身斬りを はなった!





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 前話から続くボス連戦の二戦目。
 対イビルビースト戦になります。





 

 

 

 

 

――――――――――イビルビーストAは するどいツメを ふりおろした!

――――――――――アルスに ダメージ!

 

「っ!?」

 

 空から急接近してきたもう一体のモンスターの鋭い爪による二連撃を受け、唯一襲撃に反応できたアルス・クラネルが攻撃を受けて弾き飛ばされた。

 

「アルスっ!?」

 

 未だ戦闘者としては甚だ未熟なベル・クラネルは、眼前の敵よりも負傷を負ったアルスの方に一瞬意識を奪われた。時間にすれば1秒や2秒の程度でも、モンスター達が次の行動を起こすには十分な時間。

 

「わっ!?」

 

 視界の端でもう一体のモンスターがヘスティアの肩を掴み、空に浮かぶのを辛うじて視認した。

 

「た、助けてくれぇ――っ!?」

 

 振り返った頃には、アルスに攻撃したもう一体のモンスターと共にヘスティアを掴んで飛び去ろうとしていた。

 ヘスティアの助けを求める声に応えんとして、どうやってもブロンズナイフを持つ今のベルではモンスターを止められないと瞬時に判断し、武器を投げ捨てて背にあるクロスブーメランに持ち替える。

 

「駄目です! 下手をしたらヘスティア様に当たりま――きゃっ!?」

 

 リリルカ・アーデの叫びに、全力でクロスブーメランを投擲しようと振りかぶっていた腕を止める。

 上層とはいえ、モンスターを殺傷し得るクロスブーメランが万が一でも当たれば、神とはいえ只人と変わらない肉体強度しか持たないヘスティアが危ないと思ってしまったからだった。モンスターに必ずと当てると自信を持てなかったベルの迷い。

 

「っ!」

 

 その横をリリルカを掻っ攫って抱えたアルスが駆けていく。

 

「くそっ!」

 

 ベルも遅れまいと、先程捨てたブロンズナイフを拾って走り出す。

 アルスがリリルカを抱えていることもあって、低空を飛行する有翼のモンスターを追う二人に直ぐに追いついた。

 

「なんでモンスターが神様を…………いや、今はそんなことはどうでもいい。リリ、あのモンスターは一体?」

「あれはイビルビースト、『いたずらデビル』のような強化種ではありませんが、中層に現れる獣人系のモンスターの一種です」

 

 『どうの大剣』を持つ関係上、脇に抱えられているリリルカは物凄い揺れながらベルの質問に答えた。

 

――――――――――イビルビーストAは バギを となえた!

 

 ヘスティアを掴んでいない方のイビルビーストが自分達が追われていると理解して、振り返りながら真空魔法を放つ。

 身軽なベルは咄嗟に回避行動に移れたが、リリルカを抱えていたアルスにはその選択は取れなかった。

 

――――――――――アルスに ダメージ!

 

「ぐっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 リリルカを抱えている方を後方に半身にして庇ったが、その分だけダメージは大きい。

 

「アルス様、リリなど投げ出せば」

「っ!」

「で、ですがこれではリリはお荷物です!」

 

 リリルカが邪魔になりたくないと暴れるが、半身を血に染めながらもアルスは足を止めない。

 

「リリはお荷物なんかじゃない! 僕たちはあのモンスターのことを知らない。教えて、あのモンスターのことを」

 

 先の魔法攻撃を踏まえて、今度はイビルビーストの挙動を見逃すまいと睨みつけるように見上げながら、リリルカに情報を求める。

 

「…………あのイビルビーストは二体で行動するタイプのようですが、基本的な行動は他の個体と変わらないはずです」

 

 アルスが自身を抱える腕の力を決して緩めることなく、ベルも自分の言うことを聞いてくれる様子はないとリリルカは諦めた。

 

「攻撃パターンは主に二つ。するどいツメと、特に危険な先程の風による範囲攻撃です」

 

 ですが、と否定・逆説を表す接続詞を続ける。

 

「イビルビーストは中層のモンスターですが危険性は高くありません。寧ろ神々が言うところの安パイと言われています」

「僕は聞いたことないんだけど安パイってどういう意味?」

「ええと、簡単とか無難とかそういう意味らしいです」

「無難って、中層のモンスターなのに?」

「はい。弱点というか明確な対処法があるのです、イビルビーストには」

 

 基本的にLv.1とLv.2の間には隔絶した差が存在しており、中層にはパーティーにLv.2以上がいないと潜るのは命取りだと言われている。

 実際、戦った感触としてイビルビーストが上層にいるモンスターよりも強いと分かる。なのに、中層のモンスターの中で無難と言われたベルは困惑した。

 

「睡眠耐性が低く『ゆめみの花』の匂いを嗅ぐと簡単に寝てしまうので、簡単に倒せると割と有名なのです」

「そ、そうなんだ。確か『ゆめみの花』ってダンジョンに生えている花だよね。そんな効果があるなんて知らなかった」

「まだベル様達は冒険者になって二週間ほどなのでしょう? 無理はありませんよ」

 

 そこまで言ったリリルカは肩を掴まれて飛んでいるヘスティアが「助けてくれぇええええ!!」と叫んでいるのを見上げる。

 

「リリはその『ゆめみの花』って持ってる?」

「いえ、今は残念ながら……」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)に参加するだけで、別にダンジョンに潜るわけではないのでアイテムは殆ど持ってきておらず、精々が護身用の武器ぐらいだった。ほぼ完全武装のクラネル兄弟の方が異端なのだ。

 

「…………代わりになるものがあるなら、『ゆめみの花』は別に必要ないってことだよね」

「え、ええ」

「なら、手はある。けど、その前に神様を助けないと」

 

 ベルに手があるというのなら任せるとして、リリルカはイビルビースト達が向かっている方向を確認する。

 

「このまま行くとダイダロス通りに入ってしまいます。あそこに入られると見失ってしまいます」

「ダイダロス通りって、オラリオのもう一つの迷宮って言われているあの? ど、どうしよう!?」

 

 ダイダロス通りとは度重なる区画整理で秩序が狂った広域住宅街の名称で、住んでいる住人ですら一度迷ってしまったら複雑怪奇な領域に目的地を見失ってしまうと噂されるほどの場所。

 一度も入ったことのないベル達が迷わない保証はどこにもない。

 

「先回りするしかありません。リリは生まれた時からオラリオにいますから、抜け道の一つや二つ知っています」

「そ、そうか。じゃあ、先回りする役目は……」

「きゃっ!?」

「わっ!?」

 

 前振れもなくアルスがリリルカを投げて来たので慌ててキャッチするベル。

 先回りは任せる、と血まみれの手で親指を立てるアルスの傷だらけの姿に不安を覚えたベルはポーションを取り出して渡す。

 

「この前、ミアハ様から貰ったポーションを飲んどいて」

「リリは人を荷物みたいに投げたことに対して文句を言いたのですが」

 

 アルスはリリルカの文句など聞いていないように、コルク栓を抜いてポーションを中空に投げる。

 下を向いて落ちてきたポーションを器用に口部分で咥えてキャッチ。そのまま上を向いてゴクゴクと飲んでしまった。

 

「うわっ、器用ですね」

「器用というか、もう奇術の類で怖いよ」

 

 ペッ、と行儀は悪いが飲み切ったポーションの瓶を道端に吐き出したアルスの傷は癒えていた。

 じゃあ任せた、とばかりに速度を上げたアルスに、不承不承ながらもリリルカも先回りの為の道順を示し、ベルが従って道を進んでいく。

 

「もうどこを走ってるのか分からないよ。リリはよく分かるね」

「オラリオの住人なら、これぐらい簡単ですよ」

「…………リリは生まれた時からオラリオにいるって言ってたけど」

 

 右に左と次々に通路を曲がりながら緊張を解す為の会話が続く。

 

「ええ、リリはソーマファミリアに所属していた冒険者夫婦の子供です。他の場所のことは話でしか聞いたことはありません。ああ、両親はとっくの昔に死んでいます。金を求めるあまり、力量と釣り合わないダンジョン階層に潜って、あっさりモンスターに殺されたそうです」

「そ、そうなんだ……」

「この街なら形は違えど良くある話ですから気に病まないで下さい。これから向かうダイダロス通りには冒険者の親を亡くした孤児もいることでしょうし」

「――リリは」

 

 ふと、ベルの声の調子が変わった。

 

「冒険者が嫌いなの?」

 

 ビクリ、とリリルカの体が震えた。

 

「な、なにを言っているのですか? リリも冒険者ですよ」

「なんとくなく、そう感じたんだ」

 

 そんなはずないと、言いかけたリリルカはゴクリと唾と共に言葉を飲み込んだ。次に口から出した言葉次第で今後、ベル達との契約が続くかどうかが決まってしまうと感じたからだった。

 

「リリ、改宗して僕たちのファミリアに入らない?」

「へ?」

 

 最も予想外の言葉に意味が直ぐに分からずリリルカの目が点になり、次いでその意味を反芻して頭に染み渡ってようやく理解した。

 

「どうしてそんなことを……?」

「リリが困っているなら助けたい。でも、違うファミリアだと出来ないことが多い」

 

 後は単純に勧誘かな、と続ける。

 

「ヘスティア・ファミリアはたった二人しかいないから、せっかくリリと仲良くなれたのだからいっそと思ってね」

 

 どうかな、と意向を問われたリリルカは、今までされたことがない勧誘に思考が追いつかない。

 

「ぁー―」

 

 何かを言いかけたリリルカの言葉を掻き消すように、割と近くで爆音が轟いた。

 

「止まって下さいっ!」

「っ!」

 

 リリルカの指示にベルが急ブレーキをかける。

 少し開けた路地の地面に二本の筋をかけて止まったベルの腕からリリルカが降りる。

 

「先程の爆音から考えて恐らく後、十数秒でアルス様達がここを通ります」

「分かった。僕は上から奇襲をかけるよ」

「では、リリがヘスティア様を救助します」

 

 壁のとっかかりを確認して、飛び上がろうとしたベルが動きを止める。

 

「いいの?」

「戦闘に参加は出来ませんが、お二人がモンスターに集中できるようにするのがリリ(サポーター)の仕事ですから」

 

 頷いたリリルカにベルは「ありがとう」と礼を告げる。

 

「返事、待ってるから」

 

 背を向けて飛び上がって壁をかけ上げっていくベルに、リリルカは何も言えなかった。

 一度足元を見下ろしたリリルカも、路地の端に体全体を隠せる大きな木箱が並んでいたので、その背後に回って身を隠す。

 

「ベル様は人が良過ぎです」

 

 ベルの誘いに心が揺れなかったといえば嘘になる。

 

「冒険者なんて、みんな同じです」

 

 ベルとアルスは、初めての冒険で得たお金の半分をリリルカの取り分として渡してくれた。それどころか今日の怪物祭(モンスターフィリア)での食べ物も全て奢ってくれている。

 

「みんな、弱いリリに酷いことをする」

 

 サポーターだからと身に覚えのない所業をでっち上げられ、搾取され続けてきた。モンスターに殺されかけても見向きもしない。治療もしてくれず、荷物を無くしたらただじゃおかないと蹴りが飛んでくる始末。

 

「ええ、ベル様。あなたの言った通り、リリは冒険者が嫌いなのです」

 

 そう言い捨てたところで、路地の向こうから大きな物音が連続して響いた。

 隠れていた木箱からリリルカが顔を僅かに出した瞬間に、ヘスティアを掴んだまま飛んでいるイビルビーストが現れた。

 真上を陣取っていたベルがブロンズナイフを手にして、現れたイビルビーストに向かって飛び降りる。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは スリープダガーを はなった!

 

「ギアァッ!?」

 

――――――――――イビルビーストBに ダメージ!

――――――――――イビルビーストBを ねむらせた!

 

 直上からの奇襲に顔だけ振り向こうとしたイビルビーストの背に突き立ったブロンズナイフ。

 睡眠属性を付与された斬撃を受けたイビルビーストが眠りに落ち、掴んでいたヘスティアが空中で放り出される。

 

「わわっ!?」

 

 冒険者でもない、ただの一般人と肉体の強度が変わらないヘスティアが数メートル上空から落ちれば大怪我は免れない。

 咄嗟の反応で、腕をジタバタと振り回すが無駄な足掻きでしかなかった。

 

「えいっ!」

 

 ベルが攻撃を放った直後、彼を信用して木箱から飛び出していたリリルカが落ちてきたヘスティアをスライディングで受け止める。

 

「むぎゅぅっ!?」

 

 低ステータスであっても一般人を超えた身体能力でヘスティアを見事に受け止めたリリルカだったが、デカすぎる胸が顔にジャストフィットしてしまった。

 

「メラ!」

「ギアァッ!?」

「やっ!」

「はっ!」

「ギ!? ギアァッ!?」

 

 なんとかヘスティアの胸から脱出して彼女を地面に下ろす。

 

「た、助かったよ、サポーター君……」

「二人は!」

 

 九死に一生を得たヘスティアの礼を流して、体を動かして彼女の体で見えない向こう側を見る。

 墜落してもまだ眠ったままの仲間を背後に庇った傷だらけのイビルビーストと対峙する二人の背があった。

 

「ギアァッ!」

 

――――――――――イビルビーストAは バギを となえた!

――――――――――ベルに ダメージ!

――――――――――アルスに ダメージ!

 

「ぐっ!?」

「うっ!?」

 

 傷だらけでも戦意が衰えないイビルビーストの魔法が二人を襲い、防具を超えてダメージを追いながらも二人が動く。

 

「メラ」

「やっ!」

 

――――――――――アルスは メラを となえた!

――――――――――イビルビーストAに ダメージ!

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――イビルビーストAに ダメージ!

 

 バギを放った直後に飛び上がって空の利を得ようとしたイビルビーストにアルスが火炎魔法を放ち、ダメージで動きが止まったところにベルが追撃を仕掛けた。

 地に叩き落とされたイビルビースト。

 火炎魔法を食らった箇所が焼かれて焦げ付き、更に斬撃を幾つも受けたイビルビーストはもう虫の息だった。

 

――――――――――イビルビーストAは ボミオスを となえた!

――――――――――アルスたちの すばやさが すこし さがった!

 

 トドメを刺さんとこちらに向かって来ようとした二人に向けて、イビルビーストが右手を向けながら魔法を放つと目に見える形で二人の動きが遅くなった。だが、イビルビーストが負っているダメージも重く、次の行動に移るよりもベルの攻撃の方が早かった。

 中途半端に腕を上げているイビルビーストに、真正面から突っ込んだベルがブロンズナイフを突き刺した。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――イビルビーストAに ダメージ!

――――――――――イビルビーストAを たおした!

 

 胸の中心を貫かれたイビルビーストが、魔石だけを残して消滅していく。

 目の前に落ちた魔石という確実な敵を倒した証明に、安堵がベルの体を覆う。

 

「良くやった、ベル君!」

「アルス様!」

 

 背後から聞こえた声にベルが振り返ると、喜んで駆け寄ってくるヘスティアとリリルカの姿。

 ヘスティアなどモンスターに攫われた後だということもあって涙目で、ベルが苦笑して声をかけようとして駆け寄ってくる二人の背後に起き上がる大きな姿を見た。

 

「あ――」

 

――――――――――イビルビーストBは バギを となえた!

 

 危ないと続ける前に、スリープダガーによる睡眠から目覚めたもう一体のイビルビーストがバギを放った。

 

「っ!?」

 

 ベルが割り込むより早く『どうの大剣』を捨て、身軽になって駆け込んだアルスがその身を盾とした。

 

――――――――――アルスに ダメージ!

 

 防御の姿勢も取れず、まともに真空魔法を食らったアルスの体から血が背後にいたヘスティアやリリルカに飛び散る。更に真空魔法を放った直後のイビルビーストBが、仲間を殺された怒りに燃えて追撃を仕掛ける。

 ポミオスによって素早さが落ちているベルは、どれだけ必死になって急いでも間に合わない。

 

――――――――――イビルビーストBは するどいツメを ふりおろした!

――――――――――アルスに ダメージ!

 

 振り上げた二撃を受けたアルスの体が力を失って、背後にいたヘスティア達二人を押しつぶして倒れる。

 ようやく追いついたベルがブロンズナイフを振りかぶる。

 

「スリープダガー!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――イビルビーストBに ダメージ!

 

 睡眠攻撃を放ったのにダメージを負っただけで、イビルビーストに眠る様子はない。

 

「くっ、眠らないっ!?」

「ギアァッ!」

 

――――――――――イビルビーストBの こうげき!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

 頼みの綱であるスリープダガーによる攻撃は効果を発揮しない。 

 攻撃は当てられているし、イビルビーストも相応のダメージは負っているがベルでは基本的なステータスで劣ってしまっている以上、戦いを続ければ負けるのは自分だと感じ取っていた。

 本来、イビルビーストは中層に出現するモンスター。まだLv.1(レベル6)のベルが単身で立ち向かうには無理がある敵。

 

「それでも、やらなきゃならないんだ!」

 

 ベルが身を削って耐えている間、ヘスティアとリリルカは二人がかりでアルスの体を抱え上げたところで、その体に刻まれた多数の傷を見ることになった。

 

「ひどい……」

「アルス君! アルス君! しっかりするんだ!」

「お待ち下さい、ヘスティア様!? これだけの傷を負っているのです。下手に動かすと危険です!」

 

 目を閉じたままぐったりとしていて、意識がない様子のアルスの肩を揺り動かそうとするヘスティアを、リリルカが慌てて腕を掴んで止めた。

 

「これだけの傷と出血量では命に関わります。ヘスティア様はポーションなどの治癒薬はお持ちではありませんか?」

「持っていない。サポーター君は?」

「私も持ち合わせておりません。まさか怪物祭(モンスターフィリア)でポーションが必要になるようなことは想定していませんでしたから」

「普通はそうだろうね。ベル君達みたいに完全武装でいる方がおかしいんだ。くそっ、ベル君がまだ戦っているっていうのに!」

 

 アルスが復活さえすれば、二人がかりで残ったイビルビーストを倒すことが出来るのは先例が証明している。しかし、それにしても決して余裕があったわけではなく、ベルだけで踏襲することは不可能だと戦闘の素人であるヘスティアにも分かる。

 

「助けは来ないのかい!?」

「…………このダイダロス通りに運良く上級冒険者(Lv.2以上)が救援に来ることを望むのは、ダンジョンで危機に陥った時に救いの手を求めるようなものです」

 

 ダイダロス通りの住人達の視線は感じるが、助けに入ってくれる感じはしない。

 仮に助けに入られても、一般人や大半を占める下級冒険者(Lv.1)では下手をすれば足手纏いになりかねない。

 安易な第三者の救援は望むべくもない。そしてアルスの傷を癒す治癒薬もまた手元にはなく、治癒魔法を使えるのもアルスだけ。

 

「Lv.2……?」

 

 助けの手はない。自分で自分を助けられない。ならば、残るのは奇跡を祈るのみ。

 祈る以外に奇跡を起こす方法はヘスティアの手の中にあった。

 

『後少しでレベルがアップしてしまう。もしもレベルが二桁になってランクアップなんてことになったら……』

 

 ヘスティア自身が数日前に口にした言葉。

 

「なあ、サポーター君。冒険者はランクアップ(・・・・・・)したらどうなるんだい?」

「こんな時に何を……!」

「いいから答えてくれ!」

 

 この危機的状況で、まったく関係ないと思われる話を上げたことにリリルカが激昂するよりも勢い強くヘスティアが言い募る。

 場に合っていないながらも、気圧されたリリルカは自身の知る知識を思い起こす。

 

「…………又聞きですがLv.1の皮の上にLv.2の新しい皮を被せるようなものだと。だからこそ、たった1のLv.の差が天と地ほどの違いがあると聞いたことがあります」

「それだけかい?」

 

 ヘスティアが聞きたいことは、そんな良く知られた当たり前のことではなかった。

 

「ランクアップに伴う肉体の変化は、それだけなのかい?」

 

 この話の流れでリリルカもヘスティアが何を求めているのかを察した。

 

「今、ここでアルス様のステイタスを更新してランクアップさせると……? アルス様はまだ冒険者になって二週間強――」

「出来る」

 

 そう、出来てしまう。出来たのにやってこなかった。あまりにも早過ぎたから。

 

「もう、どんな問題が起ころうが受け止めてみせる。全ては命があってのことだ」

 

 アルスは聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)のスキルでステータス表記が変わっているので、普通とは違うランクアップになるかもしれない。そもそもランクアップするかどうかも怪しいが今はその普通と違うということに賭けるしかなかった。

 

「サポーター君、アルス君を抱えてくれ」

「わ、分かりました」

 

 リリルカに意識を失っているアルスの体を前から抱えてもらい、イビルビーストの攻撃によって損傷して最早意味をなしていない『皮のよろい』を外す。

 『布の服』一枚となったアルスの背中に生地の上から神血(イコル)を沁み通らせ、神聖文字を刻み付けていくヘスティアの動きは限りなく淀みがない。布一枚隔てていようと、経験値(エクセリア)さえ掌握できていればステータスの更新に支障はなかった。

 

「出来たっ!」

 

 ステータスの編纂が終了したと同時にアルスの体が発光する。同時にイビルビーストの攻撃を受けたベルが吹っ飛ばされた。

 

――――――――――アルスは、レベル10に あがった!

――――――――――アルスは、渾身斬りを覚えた!

 

「うっ!?」

 

 全身傷だらけのベルが三人の直ぐ近くの地面に転がり込む。

 ベルにトドメを刺さんと飛び掛かったイビルビーストが、するどいツメを振り上げている。

 

「ベル君っ!?」

 

 せめて盾にならんとヘスティアがベルの前に飛び出すよりも早く、その横を通り過ぎる人物。

 

――――――――――イビルビーストBの こうげき!

――――――――――カウンター!

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――イビルビーストBに ダメージ!

 

 ベルとの戦いでダメージを負い、アルスのカウンターによる一撃が効いた様子のイビルビーストが恐れるように二歩、三歩と後退る。

 ランクアップと同時に傷が全快し、MPすら回復したアルスが道中で拾った『どうの大剣』を両腕で右上に掲げると同時に刀身が光を放つ。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは 渾身斬りを はなった!

 

「ギアァッ?!」

 

――――――――――イビルビーストBに ダメージ!

――――――――――イビルビーストBを たおした!

 

 ベルとの戦いで蓄積したダメージの上に、カウンターで負傷を重ねたところに極大の一撃を袈裟切りに受けたイビルビーストの体が霧散する。

 

――――――――――イビルビーストたちを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 121ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――イビルビーストたちは 魔石を 落としていった!

 

「やったねアルス君!」

「凄いです!」

 

 回復してからのモンスター打倒というあっという間の展開。ヘスティアとリリルカが諸手を上げると同時に、この戦いを見ていたダイダロス通りの住人達が興奮を爆発させた。

 

『――ッッ!!』

 

 魔石を残して消滅したイビルビーストを前に振り下ろした『どうの大剣』がそのままだったアルスは、まるで血を払うように一度振ると背中の鞘に戻す。歓喜の声に応えようと右手を上げかけたところで何かが足を掴んだ。

 

「ぼ、僕に治癒魔法を……し、死ぬぅ……」

 

 歓喜の波に乗る前に、黄泉路に足を突っ込みかけている双子の兄に治癒魔法(ホイミ)をかけるのが、真っ先にアルスのすることだった。

 尚、帰りに豊穣の女主人に寄るとシルが待っていて財布を忘れ、遣いをさせてしまったことへの謝罪があったことを疲れ切ったベルが覚えているかは謎であった。

 

 

 

 

 







 レベルアップでダメージ全回復を再現。

 ドラクエ11でいたずらデビル・イビルビーストの連戦を、主人公(Lv.9)、カミュ(Lv.6)でしたら苦戦するだろうなと思います。


以下、第一部終了時点のステータス・装備になります





【アルス・クラネル Lv.1→2(レベル9→10)
 HP:50→56
 MP;27→29
 ちから:25→27
 みのまもり:12→13
 すばやさ:29→32
 きようさ:19→20
 こうげき魔力:25→28
 かいふく魔力:27→30
 みりょく:22→24
 【メラ】    ・火炎系魔法(小)
 【ホイム】   ・治癒系魔法(小)
 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)
 【イオ】   ・爆発系魔法(小)
《技能》
 【かえん斬り】 ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ぶんまわし】 ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能
 【渾身斬り】  ・敵一体に大ダメージ
《スキル》
 【ドラゴン斬り】・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:509》】

【そうび
 みぎて  『せいどうのつるぎ(どうの大剣)』
ひだりて  『』
 あたま  『皮のぼうし』
 からだ  『皮のよろい』(破損によって損失)
アクセ1  『きんのネックレス』
アクセ2   『』         】

備考
〇片手剣装備時
 ソードガード(3回に1回以上の割合で武器ガード率アップ)
 装備時攻撃力+3
 装備時攻撃力+6
 装備時会心率+2%
〇両手剣装備時
 ブレードガードド(3回に1回以上の割合で武器ガード率アップ)
 装備時攻撃力+5
 装備時攻撃力+10
 装備時会心率+2%





【ベル・クラネル Lv.1(レベル6)
 HP:48
 MP;21
 ちから:20
 みのまもり:11
 すばやさ:28
 きようさ:23
 こうげき魔力:20
 かいふく魔力:0
 みりょく:22
《魔法》
《技能》
 【スリープダガー】   ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
《スキル》

 【スライムブロウ】  ・スライム種に対して投擲武器効果強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:30》 】

【そうび
 みぎて  『ブロンズナイフ(クロスブーメラン』
ひだりて  『』
 あたま  『皮のぼうし』
 からだ  『皮のよろい』
アクセ1  『きんのネックレス』
アクセ2   『』         】

備考
〇短剣装備時
 装備時攻撃力+3
 装備時会心率+2%
〇片手剣装備時
 装備時攻撃力+10
 装備時会心率+2%
〇ブーメラン装備時
 装備時攻撃力+5
 装備時命中率+5%





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第二章
第9話 アルスは 私は蝶になりたいを 手に入れた!


 

 

 

 

 

 夕方のギルド本部にある談話室。

 昨日の怪物祭(モンスターフィリア)での一件をヘスティア・ファミリアから聴取を行っていたエイナ・チュールは全てを聞き終え、ソファに座ったまますぅっと大きく息を吸い込んだ。

 

「この――」

 

 エイナの胸が息を吸い込むことで、大きくなるのを見逃さなかったアルスが座ったままバッと手で両耳を塞ぐ。

 

「――――お馬鹿ぁっ!!」

 

 机を挟んで放たれた大喝が向けられたのは、仰け反るベルと、何度もされて割と慣れていて対処できたアルスの二人。

 ふぅ、と一息をついたエイナはグラングランと頭を揺らしているベルと、彼を支えているアルスを見ながら話を続ける。

 

「インプの強化種と中層のイビルビーストに駆け出し冒険者だけで挑むなんて自殺行為、アドバイザーとして私は教えた覚えはないよ」

 

 ようやく回復したベルは、アルスに礼を言いながらエイナを見て困ったように眉を寄せる。

 

「そうは言ってもあの状況じゃあ、どうにも出来ませんよ」

「戦ったことを責めているわけじゃないよ。話を聞いた限りだと、助けが来るのを待つよりも倒すことを目的としていなかった?」

 

 ベル達も望んで戦ったわけではない。『いたずらデビル』には最初から狙われ、『イビルビースト』にはヘスティアが攫われ、両方とも戦わざるをえない状況にあったから戦ったに過ぎない。

 

「結果的にそうなっただけで、僕達も助けが来るのを待ってました」

「防衛よりも攻勢に重きを置いていなかったと言える?」

 

 問われてベルは返す言葉を持たなかった。

 

「神ヘスティアが攫われた対イビルビースト戦は別にして、対強化インプ戦なら例えば防衛に専念して、可能なら退避することは速攻魔法があるアルス君の力を有効的に使えればできたんじゃない?」

「…………出来たかもしれませんけど」

「まだ駆け出しのベル君達に多くを求めるのは間違っていると私も分かっているよ。でも、冒険者は冒険しちゃいけない」

 

 命は誰にだって一つしかないのだから、と続けられると実際に死にそうな目にあっただけに抗弁の言葉を持てない。

 ベルは気まずげに頭を掻き、アルスは壁を見てボーッとしていてしっかりと話を聞いていないのをエイナは見逃さない。

 

「アルス君はロキ・ファミリアとの一件で武器を貰ってから大剣ばっかり使ってるよね」

「ええ、はい。それが何か?」

「それって攻撃力が高いから、じゃないよね」

 

 今度は問いではなく半ば断定に近い確信に、いつの間にか殆ど片手剣を使わなくなったことを思い出したベルがアルスを見る。当の本人は下手糞な口笛で誤魔化そうとしていて、その顔には冷汗が浮かんでいた。

 

「ベル君は身軽さを活かした戦闘姿勢(バトルスタイル)だから仕方ないけど、アルス君はもっと防御に重きを置いた方が良いと思う」

 

 具体的に言うなら盾を持つべき、と纏めたエイナにベルは少し考える。

 

(盾を持つとなると大剣じゃなくて片手剣が主武器になるわけで、主戦力のアルスの攻撃力が下がるのは痛い)

 

 現実問題としてサポーターのリリルカ・アーデは殆ど戦闘に関わらないので、ベルとアルスの二人組(ツーマンセル)で戦っている中で主戦力の攻撃力低下の影響はかなり多い。

 

(けど、治癒魔法を使えるアルスが行動不能になると色々と困るのは事実なんだよね)

 

 実際、イビルビースト戦でもアルスがダウンしたことでかなり追い詰められた。ヘスティアによるステータス更新によるランクアップで傷が回復なんて奇跡がなければベルは負けていただろう。

 

(僕が攪乱して攻撃力の高いアルスが仕留めるってパターンが多かったけど、アルスが盾を持つことで違うパターンも作れる。悪くない選択かも)

 

 生存能力を高めることの重要性を思い知っただけに、エイナの提案を前向きに受け止めたベルが顔を上げる。

 

「分かりました。アルスには盾を持ってもらうことにします」

 

 え、とばかりにアルスがベルを見る。

 

「盾を持つことで僕達の戦いの幅が広がると思うんだ。騙されたと思って一度試してみようよ」

 

 エイナに続くベルの口添えにアルスは腕を組んで天井を見る。

 アルスの揺れる心情を読み取ったエイナは天秤を傾けるべく切り札を切る。

 

「ギルドとしては、此度の一件で貴ファミリアが負った損害などを賠償する用意があります――――――具体的に言うなら、壊れた防具や使用した回復薬とかの補填費用をギルドが負担するってこと。そのお金で盾を買ってみたらどうかな」

「え、そんな……」

 

 言いかけたベルはファミリアの財政事情と、ボロボロになって使い物にならなくなって廃棄した『皮のよろい』の代わりを買わなければならないことを思い出した。使ったポーションも買い直さなければならず、更にアルス用に今のレベルに合った盾も買うとなれば相応の資金が必要になる。

 『いたずらデビル』と『イビルビースト』の魔石はガネーシャファミリアによって回収されて、今回の一件でベル達の儲けはゼロ。幾らかギルドに出してもらえるのであれば願ったり叶ったりと結論付けた。

 

「ありがとうございます! 甘えさせてもらいます!」

「じゃあ、この後に買いに行こうか」 

「いいんですか? お仕事中じゃあ」

「領収書を切らないと費用は出ないからね。これも仕事の内だから。構わないかな?」

「はい、今日は静養の為にダンジョンに潜ってないので特に予定もありませんし。あ、そうだ。エイナさんに一つお願いが」

 

 聴取を纏めた資料をトントンと机で整えていたエイナに頼みたいことがあったのを思い出した。

 

「何かな?」

「まだリリとは話してないんですけど、明日から5階層に潜ろうかと思って。エイナさんに許可を貰おうと」

 

 つい一週間前、無断で5階層まで潜ってミノタウロスに襲われたこともあってエイナから4階層までしか探索の許可が出ていなかった。アルスがLv.2にランクアップしたので、この機会に5階層以降の探索許可も取っておこうと今朝の内に話していたのだ。

 

「はぁ、キミは本当に私が言ったこと分かってる? 一週間とちょっと前にミノタウロスに殺されかけたのは一体、誰だったかな」

「ぼ、僕達ですけど、中層のモンスターにも勝ったんですよ。もう大丈夫だと思うんですけど……」

 

 流石にまだ中層に進出するのは流石のベルも時期尚早と分かっている。

 中層のモンスター数体だけではベルはレベルアップしなかったが、ランクアップしたアルスがいれば5階層以降にチャレンジしても大丈夫でないかと考えていた。

 

「私としてはインプは強化種になってもそれほど強くなかったか、イビルビーストは弱っていたんじゃないかって思ってるんだ。じゃなければ冒険者になって半月程度の未熟な新米に倒せるはずがないもの」

「いやいや、物凄く強かったですよ」

「アビリティ評価Hの冒険者の基準で言われてもね」

「評価H?」

「半月の時間幅(スパン)で到達する能力ラインがアビリティ評価Hなんだ。それでもかなり腕の良い人に限るんだけど」

「?」

 

 言っててもベルの顔に浮かんでいる疑問符に、エイナは以前からの謎が再び頭をもたげた。

 

(武器が変わったにしても、一週間前から急に伸びたモンスターの撃破数と探索スピード。サポーターが参加したことで戦闘に専念できたとしてもあまりにも早すぎる)

 

 他にも理由はあった。

 

(魔導士じゃないにも関わらず、早すぎるアルス君の魔法の目覚め)

 

 しかも一つではなく、攻勢と治癒という本来ならば相反する魔法に同時に目覚めた前例はエイナが知る限りでは存在しない。それが駆け出し冒険者ともなれば、まず存在しないだろうと確信があった。

 これが冒険者になる前に魔導士と治癒術師に教えを受けているのならば同時に目覚める可能性が無いわけではないが、ベルから聞いた話では少年達は元農民である。しかし、現実としてアルスは攻勢・治癒魔法を使っている。

 

「…………ねえ、ベル君。5階層以降潜っていいか判断する為に、キミ達のステータスを見せてもらえないかな?」

「えっ!? で、でも冒険者のステータスは一番バラしちゃいけない情報ですよね」

 

 Lv.は各個人のランク付けやファミリアの強さとしての指標としてギルドに報告をする義務があるが、ステータスに関しては希少なスキルや特殊な魔法を持っている者もいるのでギルドどころから同じファミリア間でも共有されないこともある。

 

「うん、そこを曲げてお願いしたいの。アドバイザーとしてキミ達の現状を正確に把握する為で、見たものは絶対に口外しないと約束する。もしも二人のステータスが明るみになることがあればキミ達に絶対服従を誓うよ」

 

 妙齢の女性がするには問題がある対価にエイナの本気度を感じたベル。

 

(神様には絶対に人に見せるなって言われてるけど……)

 

 ヘスティアが何度も念押しするステータスになっていることはベルも分かっている。

 しかし、ベル達が初めての眷属であるヘスティアと違って、ギルド職員として何人もの冒険者と関わってきたであろうエイナに意見を貰える機会はもうないかもしれない。

 

「…………分かりました。僕のは絶対に人に見せたらいけないと言われているのでアルスのなら」

「どうしてベル君のはダメなの?」

「さあ、神様もそこだけは教えてくれないんです」

「ん、分かった。アルス君のを見せてもらえる?」

「はい、アルス」

 

 頷いたアルスが立ち上がり、シャツの裾を持ってポッと頬を赤くする。

 

「あんまりジロジロみないでねって言い方!」

 

 冗談冗談、と怒るエイナに笑いながらバッとシャツを脱いだアルスが後ろを向いてステータスを見せる。

 エイナは眼鏡の位置を調整して、アルスのステータスを確認する。

 

「…………………………なぁに、こぉれ?」

 

 アルスのステータスを見たエイナは自分の目がイカれているのかと思った。

 

【アルス・クラネル Lv.2(レベル10)

 HP:56

 MP:29

 ちから:27

 みのまもり:13

 すばやさ:32

 きようさ:20

 こうげき魔力:28

 かいふく魔力:30

 みりょく:24

《魔法》

 【メラ】     ・火炎系魔法(小)

 【ホイム】   ・治癒系魔法(小)

 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)

 【イオ】    ・爆発系魔法(小)

《技能》

 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る

 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能

 【渾身斬り】       ・敵一体に大ダメージ

《スキル》

 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化

 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

《次のレベルまで:509》】

 

 まずステータス表記が違う上に、見たことも聞いたこともない技能が存在していて、未発見のスキルもあった。だが、真の衝撃はLv.を見た時の比ではない。

 

「…………」

 

 真に人が混乱の頂点に到達した時、感情は爆発するのではなく無になるのだとエイナは知った。

 

「やっぱりおかしいですよね、僕達のステータス」

 

 止まっているエイナの姿を半ば予想していたベルは、アルスに声をかけて服を着させてソファに座り直す。

 

「…………どういうこと、これは」

「ミノタウロスの一件の後にステイタスを更新したらアルスのステータス表記がこっちに代わって、僕もその二日後にこっちに代わりました。後、アルスがLv.2になったのは昨日の戦闘中です」

「戦っている途中にステータス更新した時?」

「はい。そのお陰でイビルビーストにも勝てたんです」

 

 ステータス表記変化の時期と、急に到達階層とモンスター撃破数の増加の時期は合致する。Lv.2にランクアップしたのなら中層モンスター撃破も納得できてしまった。

 

「ステータス表記が変わった原因に心当たりはあるの?」 

「それが全くないんです。先に代わったアルスの時も、それこそミノタウロスの一件ぐらいしか変わったことはありませんでしたから」

 

 駆け出しがミノタウロスに襲われるのは特別なことかもしれないが、ステータス表記が変わるほどのこととも思えない。数多くの冒険者を見てきたエイナでもありえないと思えるほどの成長性の大本の理由が分からない。

 

「半月足らずでランクアップ…………申請は、するの?」

「神様と相談して、ギリギリまで遅らせるつもりです」

「あまりにも早すぎるものね。ヴァレンシュタイン氏の一年でも凄いことなのに、たった半月でだなんて異質過ぎる」

 

 トップ派閥の幹部が出した駆け出し(ルーキー)の頃に打ち出した最短記録を、新興ファミリアの無名の駆け出しが大幅に縮めるなど悪目立ちするのは確実。出来るだけ期間を稼ぎたいというのがヘスティアとベルの意志だった。

 

「本当ならランクアップは喜ばしいことなのに」

「まあ、本人は気にしていないので大丈夫です」

「そこは救いなんだけどね……」

 

 話題の張本人はソファから立ち上がり、盾を持った時の戦いをイメージしていて聞いていない始末。

 

「原因が分からないことには新規団員獲得も慎重にならざるをえないけど、周囲に知られた時の他所のファミリアの干渉を避ける為には勢力を大きくしておかなければいけないから難しいところだね」

「はい、そこでリリ――――雇っているサポーターに改宗の提案をしてみました。僕達と一緒に冒険して異質さは知ってくれていますから」

「ソーマファミリアの団員、か」

 

 明らかに含みのある言い方にベルは引っ掛かりを覚えた。

 

「リリはお金にそれほど執着していませんでしたよ。物凄く良い子です」

 

 まだそれほど付き合いが深いわけではないが、当初は『ソーマファミリア=金にがめつい』という先入観さえ無くせば仲間として信用における相手だと確信できていた。

 

「ん? あ、ああ、サポーターのことじゃなくてファミリアの方でちょっと言いたいことがあってね」

「ファミリアのことですか?」

 

 うん、と頷いたエイナが眼鏡の位置を直す。

 

「昨日の怪物祭(モンスターフィリア)の件で助力していただいたロキファミリアのホームに窺った時に神ロキからソーマファミリアのことを聞けてね」

「待って下さい…………どうしてロキファミリアが?」

「逃げ出したモンスターは強化種インプとイビルビーストだけじゃなくて他にも数体いて、それらに居合わせたアイズ・ヴァレンシュタイン氏が対処してくれたの…………待ってたら救援が来たはずって言った意味、ようやく分かってくれた?」

「はい……」

 

 Lv.5が対処に動いていたのならば確かに救援を待った方が良かったのかもしれない。反対にまた(・・)助けられる前に倒すことが出来て良かった気もしてベルは複雑だった。

 

(ロキファミリアには出向いて、僕らは呼び出しか。まあ、ファミリアの規模を考えればあっちはトップ派閥でこっちは零細だし仕方ないか)

 

 ギルドのある意味で露骨ともいえる対応の違いに思うところはあれど納得することにした。

 

「それで、ソーマファミリアがどうしたんですか?」

 

 この話題は色々と複雑なので話を進める。

 

「神ロキは神ソーマのことを、純粋に趣味に生きる趣味神と仰っていたの」

「趣味というと、確かお酒を販売してたからお酒を造るとかですか?」

「うん、そう。その為にファミリアを作ったって」

 

 だから酒を販売する商業系も兼ねているのかと納得する。

 

「だけど、市場に出回っている酒は失敗作なんだって。それでも60000ヴァリスもするんだよ。凄いよね」

「60000!? 失敗作で!?」

 

 自分たちの食事代が何人分になるのか、そもそもその金額で出回っている物が『失敗作』であることにまず驚く。

 

「流石に私も手が出せなかったけど、失敗作でも神ロキが運命の出会いと豪語するほどだから余程美味しいんだろうね」

 

 失敗作ですら寿命のない神が運命の出会いとまで称するならば、本物ならばどれほどなのかと少し興味がそそられる。

 

「お酒を造るにはお金がかかるけど、ソーマファミリアはファミリアとしては所属団員は多いけど規模としては中堅以下で稼ぎは決して多いとは言えない。そこで神ソーマはこの完成品の神酒(ソーマ)を褒美としたって」

 

 なんとなく展開が読めてきたベルは嫌な予感を覚える。

 

「まさかソーマファミリアがお金に執着するのって。でも、たかが(・・・)お酒にそんなに」

「そのたかが(・・・)お酒の為にって姿をベル君も見てるよね?」

 

 ギルドの換金所で足に縋り付きそうなほど金を求めていた思い出し、二の句が告げなくなった。

 

「ギルドには今のソーマファミリアに出来ることは何もないんだ。出来るならベル君達もあまり関わり合いにならない方がいいと思うけど、気持ちは変わらない?」

「はい。明日、もう一度勧誘するつもりです」

「ちゃんと話はするんだよ」

 

 ベルの目にはリリルカが酒に溺れているようには見えず、しっかりと正気を保っている筈。

 一度決めたことを変える気はないので深く頷く。

 

「5階層へのアタックだけど、アルス君がLv.2になっているのなら到達階層を増やすのを止める理由はないね。けど、一足飛びに潜るんじゃなくてしっかりと各階層を攻略してから進むように」

「そこは分かっているつもりです」

「攻略したって分かるように地図作成(マッピング)して提出すること。じゃないとまた禁止します。後、5階層以下に潜るなら、この機会にLv.やステータスに見合うように防具ももうワンランク上の物にしてもいいんじゃないかな」

「…………そうですね。先を見据えて良い物を選びたいんですけど、僕達はあまり武器の良し悪しの判断に自信が無くて」

「じゃあ、丁度いいから盾と一緒に私が見繕ってあげる」

「助かります!」

「準備してくるから受付前で待っててもらっていいかな」

「はい」

 

 話が纏まった頃、途中から完全に存在感を消していたアルスは二人が話に熱中している間に席を外し、談話室の中をコッソリと探検していた。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『私は蝶になりたい』を 手に入れた!

――――――――――バタフライダガーの レシピを 覚えた!

――――――――――バタフライマスクの レシピを 覚えた!

 

 

 

 

 



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第10話 アルスは はぐメタ装備時典を 手に入れた!

 

 

 

 

 

 ギルドの談話室で怪物祭(モンスターフィリア)でのモンスター脱走事件の聴取を行った後、防具を一新する為にエイナ・チュールを伴って買い物に行くことになった。

 ベル・クラネルは武器屋か防具屋を回るものと思っていたが、エイナが指し示したのはオラリオ内ならばどこからでも見える巨大な摩天楼(バベル)

 

「え、あれってバベルですよね?」

「ふふん、目的地はあのバベルの中にあるんだよ」

 

 業務の内なので受付制服のままのエイナに促され、アルス・クラネルが勝手に他所に行かないように手を引かれてメインストリートに出る。

 

「バベルってダンジョンの入り口とか、公共施設があるだけじゃ」

「いやいや、他にも簡易食堂や治療施設もあるんだよ。そして、多くの商業系ファミリアが店を出していて、鍛冶系ファミリアのヘファイトスファミリアなんかはその代表だね」

「ヘファイトスファミリアって、あの大手の……」

 

 駆け出し冒険者であるベルでも良く噂を聞いていたファミリア名が出てきて気持ちがしり込みしてしまう。

 

「ベル君はヘファイトスファミリアについて、どれぐらい知ってる?」

「えっと、武具を扱う鍛冶系ファミリアで、凄く品の質が良くて高いけど冒険者なら誰でも欲しがるってことくらいですね」

「うん、間違ってないね。職人気質のゴブニュファミリアと比べると、戦力や規模を考えると実質的な鍛冶系ファミリアのトップ派閥と言ってもいいだろうね」

 

 ほへぇ、と感心しながら零細ファミリア団長である自分と比べてちょっと落ち込むベルだった。

 

「ヘファイトスファミリアが扱っているのは武器や防具に始まって、冒険者用の服やアクセサリーまで手広くやってるから目を養うためにもベル君達には一度訪れた方が良いと思ってたんだ」

 

 夕暮れに染まっていき、ダンジョンから出てきた冒険者達と彼らを目当てに商売する人達の流れに逆らってバベルへと進む。

 

「で、でも、僕達にはヘファイトスファミリアの物を買えるような大金は」

「ああ、やっぱり(・・・・)勘違いしちゃってるか」

「え?」

 

 理解していないベルの勘違いにエイナは苦笑する。

 

「普通の鍛冶系ファミリアは基本的に一人前の職人になってから作った品が店頭に並ぶんだけど、ヘファイトスファミリアは例外的に末端に当たる職人…………冒険者で言うなら駆け出しに当たる職人が作った品を店頭に並べているの」

「え、でもそれじゃあ質がバラバラになるんじゃ」

 

 大分間近になってきたバベルを見上げたベルの脳裏に浮かんだのは、もしも鍛冶系ファミリアに入った場合の自分が作ったダメダメな武具を前に落ち込んでいる姿だった。

 

「そうだろうね。流石に質が悪過ぎる物は店頭に並ばないだろうけど、逆に駆け出しとしては質が良い物も出てくることもあるから、買う側の冒険者の目利きが重要になってくるわけだよ」

「うう、僕は良い物を選べる自信がないです」

「まあまあ、その目を養うために来たわけだし。これから頑張ろ?」

「はい!」

「うん、良い返事。冒険者がそうやって良い物を買っていれば、悪い物は売れなくなる。工房だけの小さな世界で下される評価よりも、より公平な目で与えられる評価は良くも悪くも職人にも影響を与える」

 

 更に販売する店側の利点として、駆け出し冒険者等の客層の取り込み等もあると続ける。

 

「ここで一番重要なのが、冒険者と鍛冶師の駆け出し同士が、この時点で細い太いに関わらず繋がりを構築出来ているいうことなの」

 

 バベルの門の直ぐ前で開かれている露店で焼かれる肉の匂いにアルスが釣られていきそうなのを引き戻す。

 門を潜ると白と薄い青色を基調にした大広間が目に映る。

 

「店側、職人、冒険者の間で繋がりを上手く活かすことで、ヘファイトスファミリアは鍛冶系ファミリアのトップ派閥を維持してるんだろうね」

「凄いですね。勉強になります。ということは、これから行くのはヘファイトスファミリアの下級冒険者向けの店っていうことですか?」

「そうそう。ついでに上級冒険者用の店も覗いてみようよ」

「お高いのは買えません」

 

 大広間を通りながら、両手で×印を作って拒否姿勢を示す。

 

「違うよ。良い物を見るのは勉強になるから目を養う為に、ね」

「はっ!? そこまで考えていませんでした……」

 

 話の流れを考えれば十分に思い至れたはずなのに、店に行ったら何かを買わなければいけないという思い込みからの先走りに反省する。

 

「気にしなくてもいいよ。4階からがヘファイトスファミリアの店舗で、下に近いほど熟練冒険者向けの店になっているから順番に見て行く?」

「いえ、僕の心が持ちそうにないので寄るのは一か所だけでお願いします」

 

 そこまで高階層ではないので、魔石商品の一つである昇降設備を利用するのではなく、エイナが運動も兼ねて階段で登ろうということで4階まで歩いていく。

 

「低階層の方が熟練冒険者向けとなると、一番下の4階は第一級冒険者(Lv.5以上)が対象ですか?」

第一級冒険者(Lv.5以上)も含むってところかな」

 

 殆どの場合、第一級冒険者(Lv.5以上)ともなれば専属の鍛冶師が付いてるから、わざわざ店で買うことは殆どないとしても、高い基準を誰にでもはっきりとした形で見れるのは冒険者にとっても職人とっても良いことであると続ける。

 

「はい、到着と」

 

 階段を登りきり、ヘファイトスファミリアのロゴ『Hφαιστοs』がかけられたプレートの下を通って店内に入る。

 その際、入り口には屈強な体格で完全装備のヒューマンの男二人が立っていて、発する威圧感に気圧されながらベルは気にした風もなく陳列窓に向かうエイナとアルスの下へ急ぐ。

 尚、外で問題を起こされては適わないと、アルスはエイナに継続してガッツリと手を握られている。

 

「…………さっき、入り口にいたのって店員さんですか?」

「多分、ヘファイトスファミリアの構成員が護衛してるんだと思うよ」

「護衛って、何から?」

「冒険者からだろうね。ここにあるのは上級鍛冶師が作り上げた一点物。分不相応でも欲しがる人は多いだろうから、売れば一財産築けるから邪なことを考える人はいるから」

 

 ある意味で世知辛い理屈にベルは酸っぱい物を食べたような気分になりながら、手近の陳列窓を覗き込んだところでホームである教会近くにあるヘファイトスファミリア支部との違いに気づいてしまった。

 

(ここのは全部、鎖で繋がれてる上に窓で遮られて直接触れないようになっている)

 

 他に殆ど客がいないとはいえ、店員が向けてくる値踏みするような目を向けている眼光の鋭さや発する雰囲気だけで明らかにベルよりも遥かに格上の冒険者だと分かる。

 入り口だけでなく店内にも施されている盗難防止の数々の理由は飾られている武器・防具の値札を見れば明らかだった。

 

「ええと、ケイオスブレード。お値段は……………………4500万ヴァリスゥウウウウッッ?!」

 

 売り場の中で一番目立つ赤い両手剣の値札を見たベルは、今までの人生の中で一度も見たことがない金額の値段に口から大声が出た。

 

「ベル君、気持ちは分かるけど静かにね」

 

 目をひん剥いて値札を凝視しているベルに苦笑しながら、エイナは口に人差し指を立てて当てる。

 

「で、でも、よ、よんせんって――」

第一級冒険者(Lv.5以上)の武器ともなると下層や深層のドロップアイテムで作るからね。どうしても高くなるんだよ」

 

 エイナは未だ動揺が収まらない様子のベルに、仕方ないなと笑いながら受付の人に謝りながら少し動いて、防具などの鎧が展示されているコーナーへと向かう。

 値段を確認して、この辺りではまだ安めの鎧の一つに目を向ける。

 

「4千8百万ヴァリス……」

「防具の方がどうしても高くなるからね。例えばこの『はぐれメタルよろい』は、『メタルスライム』系のドロップアイテム『メタルのカケラ』が必要になるんだけど、異常な逃げ足と守備力と耐性を持っていて、倒すのがとても難しいんだ」

「『メタルスライム』って確か9、10階層で偶に出現するんですよね。そのぐらいの階層に現れるなら熟練冒険者なら簡単に倒せるんじゃ……」

「仮に倒せてもドロップする『メタルのカケラ』はそれほど多くないらしくて、この『はぐれメタルのよろい』に使われてる『メタルのカケラ』は主に下層に出現する『はぐれメタル』の『メタルのカケラ』を使ってるらしいよ」

 

 だから『【はぐれメタル】よろい』と名前が付けられているのかと納得する。

 ベルが納得している横で、エイナに手を握られたままのアルスは『はぐれメタルよろい』が陳列してある窓下に紙が挟まっていることに気付いた。

 

「下層に行ける冒険者も限られるからね。深層ともなればトップクラスの派閥にまで狭まって、需要に対して供給が追いつかないから相場が比例して高くなる。更に下層や深層のドロップアイテムを鍛冶出来る鍛冶師も高Lv.で希少となると金額はうなぎ上りというわけ」

 

 冒険者の半数がLv.1、その半数の半分がLv.2なので、得やすい上層のドロップアイテムは充実しているから価格が下がり、逆に下層や深層に行けないからドロップアイテムは殆ど得られないので価格が吊り上がるという仕組み。

 オラリオだけでなく世界中に名声を轟かせているヘファイトスファミリアといえど、深層でも通用する武器を作れる鍛冶師は多くないだろう。

 

「理屈としては分かりますけど、この金額は……」

 

 『ケイオスブレード』や『はぐれメタルよろい』を買うお金だけで、ベルがいた田舎ならば贅沢をしなければ一生過ごせかねない。ファミリアの金勘定を担っているだけにベルは憧れとかよりも別の感情の方が大きかった。

 

「今は現実感がないかもしれないけど、アイズ・ヴァレンシュタイン氏などが使っている武器はこのレベルであることは心に留めておいてほしいな」

「っ!?」

 

 言われて、ハッとしたベルは改めて『はぐれメタルよろい』を見上げる。

 

「理由はなんであれ、最短ランクアップしたアルス君のこと考えれば決して夢物語じゃないかもしれない。無理だと思って諦めるよりも、目標は高く持ってほしいんだ」

「――――」

「逆に遠くを見過ぎて足元を見ていないのも駄目だし、そろそろ本来の目的を果たしに行こうか」

 

 やる気に満ち溢れだしたベルに、上層階への移動を勧めるエイナ。

 アルスは二人の目が自分から離れているのをいいことに、『はぐれメタルよろい』の陳列窓の下に挟まっていた紙をそっと引き抜いた。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『はぐメタ装備辞典』を 手に入れた!

――――――――――はぐれメタルの剣の レシピを 覚えた!

――――――――――はぐれメタルの大剣の レシピを 覚えた!

――――――――――はぐメタブーメランの レシピを 覚えた!

――――――――――はぐれメタルのやりの レシピを 覚えた!

――――――――――はぐれメタルの盾の レシピを 覚えた!

――――――――――はぐれメタルヘルムの レシピを 覚えた!

――――――――――はぐれメタルベストの レシピを 覚えた!

――――――――――はぐれメタルよろいの レシピを 覚えた!

 

 飾られている『はぐれメタルよろい』を見上げ、良い物を得たとレシピを懐に入れている間にベルとエイナの間で上層階に行く話が纏まったらしく移動を始めた。

 

「ヘファイトスファミリアはこの4階から8階までテナントを出していて、大体7~8階が駆け出しからLv.2に成り立てぐらいが使う武器・防具を扱ってるからそこに向かうよ」

 

 4階の店を出て階段を登って、まずは7階の店に向かう。

 上層階に行くほどチラリと見えた通路に客がどんどん増えていき、7階に上がると丁度昇降装置から数人の冒険者が出てくるところだった。

 

「なんかジロジロと見られてる気がするんですけど……」

 

 お前に見合うのはもう一つ上の階だと言われているような気がしてベルは身の置き所がない。

 

「この手の所為だと思うよ」

 

 そう言ってエイナがアルスと繋いだままの手を上げる。

 

「あ」

「流石に目立つだろうしね。離したら何かしそうだから離す気はないけど」

「いい加減、大丈夫では? アルスもそこまで子供じゃないだろうし」

「甘いよ、ベル君!」

 

 そういえばバベルに向かう道中でも矢鱈と注目を集めていたことを思い出していたベルに、繋いでいない方の手の指を突きつけるエイナ。

 

「さっきの店でも何度勝手に移動しそうになるのを戻したことか…………ギルドと違って、ヘファイトスファミリアの物を壊しても私は弁償出来ないよ!」

「その節は御迷惑をおかけしました」

 

 ベル達がヘスティアとファミリアを作って冒険者登録をする時にギルドでアルスが行った『ツボ』や『タル』の複数破壊や、勝手に開けまくったタンス。後者はともかくとして、前者はギルド始まって以来の珍事として今も語り継がれているほど。

 最初は特に悪びれた様子の無かったアルスの分まで謝りまくったことを想起して、ベルはエイナに深々と頭を下げる。

 

「だから、私はどれだけ注目を浴びても手を離さない。分かった?」

「はい。それはもう…………でも、いいんですか? 変な噂とか立ったりしません?」

「アルス君って弟みたいなもんだから平気平気」

 

 なんか不服とばかりに頬を膨らませているアルスの頬っぺたにブスッと指を突き刺すエイナに影はないので、まあいいかと注目を集めるのは仕方ないかと諦めることにした。

 4階と同様に両脇の護衛にも見られながら入り口を潜ると、既に複数人の客が店内にいて商品を見ている。

 

「まずは鎧とかを見てみる?」

「はい。でも、下の階とは陳列の仕方が全然違うんですね」

 

 当初の目的だった防具系コーナーに移動しながら見た中には、綺麗に陳列してある商品とは別に木箱に乱雑に積み込まれていてガラクタのような扱いを受けているものも多かった。

 

「この階ぐらいだとまだ上級鍛冶師以下が作った作品になるし、量が多いから全てを陳列は出来ないみたい」

 

 綺麗に陳列されている物と木箱に積まれている物は傍目から見ても質に違いがあるのが分かる。質が良い物ほど売り場の良い場所に置かれて一つ一つ丁寧に展示されているのとは対照的に、悪い物の扱いは粗雑になっているのだろう。

 あまりにも残酷な違いにベルはなんとも言えない気持ちになる。

 

「例え扱いが悪くても、経営側が見抜けなかった鍛冶師の資質を見抜く冒険者が発掘することもあるそうだよ」

「そうなんですか……」

「ベル君、手持ちのお金はいくら?」

「えーと、怪物祭(モンスターフィリア)で使うつもりで何時もより多めに入れていたので、大体20000ヴァリス強ぐらいです」

「結構あるね。まずは手分けして選んでみる?」

「…………そうですね。自分の目で見てみたいです」

「決まりだね。こっちはアルス君の盾から探してみるよ」

「よろしくお願いします」

 

 ということで、ベルは一人でエイナ・アルス組と別れて店内を見てみることにした。

 この機会なのでベルは以前にロキファミリアから貰った武器の値段を確かめようと、防具コーナーから武器コーナーへと移動する。

 

「『せいどうの剣』3800ヴァリス、『てつのつるぎ』5000ヴァリス、『どうの大剣』3000ヴァリス、『てつの大剣』7800ヴァリス、『ブロンズナイフ』1500ヴァリス、『せいなるナイフ』9500ヴァリス、『クロスブーメラン』7500ヴァリス、『やいばのブーメラン』はないや。『きんのネックレス』15000ヴァリス―――――――――』

 

 『やいばのブーメラン』は金額不明ながらも、それなしでも最低68100ヴァリスなり。

 

「…………今度、ロキ・ファミリアに五体投地で謝罪しに行った方がいいのかな」

 

 ベル達がダンジョンに潜って稼げる何日分か、考えるだけでも冷や汗が止まらなくなりそう。

 

「僕も防具を見よう」

 

 これ以上、このことを考えると心が破壊されそうなので当初の目的に沿う為に防具コーナーに戻る。

 

「『てつのよろい』18000ヴァリス、か」

 

 純白のトルソーが纏っているアーマーは、それ一着で資金の大半を食い潰すことになるが白銀の輝きは目を引き付けて止まない。

 

「鉄製品は全体的に高いんだよな。『てつのむねあて』でも15000ヴァリスもするし。『てつのつるぎ』とか『てつの大剣』の方が安いのは作りやすいのかな?」

 

 素人考えになるが、鎧とか胸当ての方が構造が複雑な分だけ作り難いのかと考えながら別の品を見ていく。

 『ぼうし』や『かぶと』などにも目を通してみるも、ピンと来るものがない。

 

「あっちも見てみるか」

 

 木箱が積まれている方に行ってみると、注意書きが壁に貼ってあった。

 

「へぇ、ファミリアに価値が低いと評価されたものや機能に支障はなくても少しの不備があったものか」

 

 注意書きを読んだ上でそれぞれの木箱を見ると、赤い数字はまちまちではあるが値札が貼ってあった。

 端から順番に木箱の中を見ながら横に移動していると、不意にベルの足が止まった。

 

「これは……」

 

 一つの木箱に手を伸ばし、肩と胸部分にアーマーのついた鎖の編み込まれた鎧を引き上げる。

 

「重すぎないし、丈夫そうだ」

 

 不思議と強く引かれたそれ(・・)はベルにぴったりで、サイズ違いがもう一つあってこっちはアルスに合いそうだ。

 双子なのにアルスの方が少し背が高いので、これで二人分を確保できる。

 

「一つ5000ヴァリス。値段も手頃だ」

 

 首元のアーマー部分を覗いてみると、製作者の名前が刻まれていた。

 

「ヴェルフ・クロッゾ、か」

 

 ヘファイトスファミリアのブランド名はまだ許されていないようだが、不思議な縁を感じて鍛冶師の名前を一発で覚えた。

 

「おや、ベル君。こっち(・・・)の防具にしたんだね」

「エイナさん」

 

 振り返ると大きな盾を持ってホクホク顔のアルスを連れたエイナが屈んでいるベルを見下ろしていた。

 

「『くさりかたびら』か。二つってことはアルス君の分も?」

「はい。これが良いって感じたんです」

「君がこれって決めたんなら、それで良いと思うよ。こっちもアルス君の盾が決まったしね」

 

 ジャーン、とばかりにアルスによって突き出されたのは全体的に緑系統の色をした大きめの盾だった。

 

「『せいどうの盾』。お値段3700ヴァリスの割に大きくて守備力の高い私のお勧めだよ」

「ありがとうございます。わざわざ」

「後、『皮のぼうし』の代わりに『はねぼうし』と、私のプレゼントで『スライムピアス』も付けてあげる」

「え、そんな悪いですよ!」

「身を守るためならケチケチしない! ギルドからの支援金もあるんだからこの機会に装備はきちんとしないとね」

 

 カウンターへ押されて支払いを済まされてしまってはベルもそれ以上は何も言えない。

 

「本当に冒険者なんて何時死んじゃうか分からないんだ。どんなに強いと思っていた人も、神の気まぐれみたいに簡単に亡くなっちゃう。私は、戻ってこなかった冒険者をたくさん見てきた」

「…………」

 

 ベルが何も言えない間、エイナの意識が自分から離れているのを見計らったアルスは、木箱の下敷きになっている紙を見つけて足を伸ばす。

 

「いなくならないでほしいなぁ、二人には。あはは、これじゃあ二人の為じゃなくて自分の為かな?」

 

 微かに足先が紙を捉え、破かないように慎重に引き抜いていく。

 

「それにさ、ベル君。私のこと大好きって言ってくれたじゃない?」

「えあっ!? あれはそのっ、エイナさんが僕を励ましてくれて嬉しかったから……」

「私もさ、嬉しかったんだよ。ベル君に好きって言われて。そういう意味じゃないっていうのは分かってるよ?」

「そ、そうですよね」

「だからってわけじゃないけど、ちょっと力になってあげたいなって思ったんだ。頑張ってる君達にね」

 

 ようやく引き抜けた紙をエイナに気づかれないように引き上げる。

 

「ありがとう、ございます」

「どういたしまして」

 

 なんか良い雰囲気の二人を尻目に、ついにアルスは紙を手にした。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『鋼鉄武装目録』を 手に入れた!

――――――――――はがねのつるぎの レシピを 覚えた!

――――――――――はがねのブーメランの レシピを 覚えた!

――――――――――はがねの盾の レシピを 覚えた!

――――――――――はがねのかぶとの レシピを 覚えた!

――――――――――はがねのよろいの レシピを 覚えた!

 

「こういう装飾品(アクセサリー)は二つ以上、身に着けると効果が無くなってしまうから気をつけてね」

 

 頷いているベルを尻目に、アルスはレシピを懐に隠すのだった。

 

 

 

 

 

 本日の支払い

 

 くさりかたびら  5000ヴァリス×2

 はねぼうし    2800ヴァリス×2

 せいどうの盾   3700ヴァリス

 スライムピアス  4000ヴァリス×2

-----------------------------

 合計       29300ヴァリス

 

 皮のよろい    1800ヴァリス×2(3600ヴァリス)分をギルドより支給。

 スライムピアスの代金8000ヴァリスはエイナ持ち。

 

 ベル達は17700ヴァリスの支払い。

 

 

 

 

 







 作中に出てきた『ケイオスブレード』はDQ11 イシの村で村復興イベント後のデクの店で買うことが出来ます。

 ほぼ、最終盤で買うことの出来る武器なので深層に到達するパーティー(第一級冒険者(Lv.5以降))が使う武器としています。

 本作設定で、深層の魔石・武具は1000倍でカウントしています。45000Gが1000倍で4500万ヴァリスとなります。

 ちなみに上層の武具である『てつのつるぎ』は500Gが10倍で5000ヴァリスとなっています。




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第11話 アルスは、レベル11に あがった!



感想ありがとうございます。とても、とても励みになります!




 

 

 

 

 

 バベルにあるヘファイトスファミリアの店で装備を誂えた翌日、ソーマファミリア所属のリリルカ・アーデと共にダンジョンに入って目指すはエイナ・チュールに探索の許可を貰った5階層。

 Lv.2にランクアップしたアルスと、一新した装備のお蔭で苦戦らしい苦戦することなく5階層へと到達していた。

 

「――――それで装備が変わったのですね、お二人の」

 

 5階層に来るまでの道中に先日にあった出来事を聞いていたリリルカは、怪物祭(モンスターフィリア)以前とは装いが変わったクラネル兄弟の防具を見て納得する。

 

「やっぱり『くさりかたびら』だと『皮のよろい』とは防御力が違うよね。流石にちょっと身軽さは落ちたかもしれないけど」

「大して変わらないのでは? 『くさりかたびら』は分類的には鎧に属していますが、『すばやさ』を阻害するようなものではないですし」

 

 失礼します、とベルに断ってからリリルカは『くさりかたびら』に触れる。

 

「難のある売り方をされていた割には上質な作りですね。アルス様の戦いを見ても機能に不備があるようには見えませんから、寧ろ綺麗に飾られて然るべき物のように見えます」

「ああ、それには理由があってね。この首アーマー部分に製作者が自分の名前と一緒に作品名を刻んでいるんだけど……」

 

 リリルカに見えやすいように屈み、頭を前に倒して首元部分に刻まれている作品名を見せる。

 

「…………『兎鎧(ピョンキチ)』? なんですかこの作品名は?」

 

 角度的にリリルカの目では製作者の名前は見えなかったが珍妙な作品名が刻まれているのは見えた。

 

「質は良いのに、こんな名前だから購入される一歩手前で止める人が多いんだって」

「確かにこんな名前では止む無しでしょうね」

 

 そのネーミングセンスが原因で不備品扱いされているのは明白で、仕方ないだろうなとリリルカは製作者に呆れてしまう。

 

「冒険者も生き残ってナンボですから、防御力が上がるのは良いことだと思います。作品名が戦いに関係するわけではありませんし」

「まあ、そうだよね。アルスなんか盾を持っちゃってるし」

 

 この階層に着くまでに現れたモンスターを文字通りバッサバッサと斬り捨ててきたアルスの左手には、体の半分近くを覆うほどの大きさの緑系の大楯が持っている。

 リリルカは今もプチアーノン相手に盾で体当たりをして弾き飛ばし、体勢を崩したところで追撃の斬撃でトドメを刺しているアルスを見た。

 

「防具じゃなくて殆ど鈍器として攻撃で使っていましたが」

「うん、正しい使い方じゃないだろうけど、有効活用してるからいいんじゃない?」

 

 いいのだろうかと、『せいどうの盾』があるからと単身特攻を繰り返しているのは本末転倒な気がしないでもないリリルカだった。

 

「ダンジョンに来る前、試しで盾を持っている方の手も剣を持てないかって試したらしいけど駄目だったみたいなんだ」

「それは無理でしょう。というか、やる前に気づきましょうよ」

 

 せめて盾が肘部分を覆う程度の大きさならともかく、『せいどうの盾』レベルの大楯では二刀流に無理があるのは子供でも簡単に想像がつく。

 呆れを滲ませるリリルカに、朝の実演を間近で見学していたベルは苦笑いを零す。

 

「アルス曰く、『なんか行ける気がした』らしいよ。上手く攻撃出来ない上に、誤って自分を刺しそうになったんで僕が没収したんだ」

 

 没収した『せいどうのつるぎ』は今はベルの腰に差してある。

 

「アルス様なら次は短剣で試してみようとか言い出しそうですね……」

「残念、もう言った上に試してるよ」

「…………結果は?」

「今、使ってない以上は分かるよね」

「ああ、はい。そうですね」

 

 右手に『てつのつるぎ』、左手に『せいどうの盾』のスタイルでここまでの戦闘を行ってきたのだから、短剣を使った試しは上手くいかなかったことに行き着く。

 

「メラ」

 

――――――――――アルスは メラを となえた!

 

 盾を持っている方の手から放たれた火炎魔法がビックハットを飲み込んだ。

 

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 31ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――プチアーノンは ピンクパールを 落としていった!

 

「あの状態なら魔法も使いやすいんだって」

「そうみたいですね……」

 

 一度『てつのつるぎ』を軽く振ってから背中の鞘に直すアルスの横を通り、プチアーノンとビックハットの魔石とドロップアイテムであるピンクパールを回収する。

 

「アルス様の魔法の威力が上がったような気がするのはリリだけでしょうか?」

「うーん、どうだろう。体感ではあまり感じられなかったけど」

「ランクアップ、したのにですか」

「ステータスは上がっているけれど、劇的に変わった感じはしないんじゃない?」

「確かに……」

 

 そんなことはない、とばかりにアルスが腕を振ってアピールしているが、ベルとリリルカは「うーん」とばかりに視線を合わせた。

 

「どうも僕らは普通(・・)と違う在り方しているらしいから、ランクアップも普通とは違うんだろうね」

 

 自分を含む言い方をしながら、ベルは考える素振りを見せながら軽い調子で口を開く。

 

「リリの目から見て、アルスの強さは普通のLv.2と比べてどうだろう。強い弱い?」

 

 問われたリリは少し困ったような表情を浮かべる。

 

「リリはサポーターです。冒険者様の強さを聞かれても『皆様、凄いです』としか答えられません」

「僕らは他の冒険者を殆ど知らないから、今のアルスの強さがLv.2として相応しい強さなのかどうか分からない。冒険者歴が長く、僕らの戦いを間近で見たリリの忌憚の無い意見を聞きたいんだ」

 

 アルスがいきなりレベル9に上がった時は劇的に強くなったことはベルにも分かったが、今のLv.2になったアルスがそのLv.に相応しい強さなのか分かっていなかった。

 この件に関してはアドバイザーであっても冒険者ではないエイナ・チュールに聞いても答えが返ってくることはない。間近で見たことのある冒険者の戦闘はLv.5のアイズ・ヴァレンシュタインだけでLv.が違い過ぎて参考にならず、サポーターとして多くの冒険者と行動を共にしたであろうリリルカの意見を聞いておきたかった。

 

「…………リリの主観になりますよ?」

「リリを信用してるから大丈夫」

「また、恥ずかしいことを臆面もなく……」

 

 赤面したリリは一度大きく深呼吸して気持ちを切り替えて記憶の中の冒険者たちと、今日一日の間に見たアルスの動きなどを比較していく。

 

「素人混じりの意見になりますが」

「リリはプロだよ」

「い! け!ん! になりますが! 強さに関してLv.2成り立てとしては妥当と言えるものだと思います。装備もLv.2相当ですしね」

 

 但し、とベルに背伸びをして顔付近に指を突き付けたままのリリルカが続ける。

 

「複数種の魔法と剣技の組み合わせを考慮に入れれば、Lv.2中位から場合によっては上位に食い込むのではと推測します」

 

 リリルカの指の先で、魔法とかのことを考えていなかったとベルの表情が何を考えていたのかを分かりやすく物語っていた。

 

「追加して言いますが、あくまでリリの主観です。正しいとは思わないで下さい」

「信じるよ。リリの言葉の全てを、僕は」

 

 また人に全幅の信頼を寄せてくるベルに慣れない心持ちにさせられたリリルカが突きつけたままの指を引き戻し、そっぽを向くとそこにはニヤニヤした顔をしたアルスがしゃがみこんでいて顔が合う。

 リリルカの顔がカーと真っ赤になっていく。

 

「なんなですかアナタ達は!?」

 

 リリルカが腕を振り回して、うがーと叫べばクラネル兄弟は楽しそうに笑う。

 その笑みが今までリリに向けられてきたサポーターや小人族(パルゥム)に対する蔑みや哀れみと違って、仲間に向けられるとても温かいもので慣れない感覚に戸惑ってしまう。

 

「ゴメンゴメン。からかうつもりはなかったんだ。ただ、こういう感じって悪くないなって思って…………仲間って感じしない?」

「…………」

 

 サポーターは冒険者のオマケでしかなく、場合によっては都合の良い盾や囮扱い、最悪は邪魔者扱いされることすら日常茶飯事だったリリルカにとって馴染みの遠い言葉。リリは何も答えられなかった。

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

「新手か」

「はっ!? もしかして私の大声に反応したのでは!?」

「偶然だと思うよ。なんたって、ここはダンジョンなんだから」

 

 リリルカを庇って前に出たアルスとベルの前に現れたモンスターは全部で五体。

 スライム系が一体、コボルト系が1体、カニ型が二体、黒いランタンが一体。

 

「スライムならこれだ!」

 

 ベルはスライムタイプのモンスターがいるなら必ず取ると決めている戦術を行う為、背部に固定しているクロスブーメランを手に取る。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――バブルスライムを たおした!

 

 全力での投擲にはスキル【スライムブロウ】によってスライム種に対して投擲武器効果強化が働き、バブルスライムは倒れたがスライム種ではない他のモンスターたちのダメージはそこまで大きいものではない。

 そこにアルスが追撃の攻撃を仕掛ける。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――ぐんたいガニAに ダメージ!

 

「え、アルスの攻撃で倒せてない?」

「ぐんだいガニは物理防御力の高いモンスターです! ですが反対に魔法防御力はそこまで高くありません!」

「そうか、アルス!」

 

――――――――――メソコボルトの こうげき!

――――――――――アルスの カウンター!

――――――――――メソコボルトに ダメージ!

――――――――――メソコボルトを たおした!

 

 斬りかかってきたメソコボルトの『どうのつるぎ』を『せいどうの盾』で弾き返し、カウンターで仕留めたところでアルスがバックステップをしてモンスター達から距離を取る。

 

「メラ」

 

――――――――――アルスは メラを となえた!

――――――――――ぐんたいガニAに ダメージ!

――――――――――ぐんたいガニAを たおした!

 

「よしっ!」

 

 火炎魔法(メラ)がぐんたいガニを貫き、魔石を残して消滅した直後におにびドングリがその体を振って、燃え続けている火から火の粉をアルス達のいる方へと飛ばしてきた。

 

――――――――――おにびドングリは 火の粉を まきちらした!

――――――――――アルスたちに ダメージ!

 

「っ!?」

「あちっ!?」

「あっつぅ!?」

 

 撒き散らされた火の粉事態の攻撃力は左程ではないが、ぐんたいガニ撃破に意識が向いていたアルス達を熱が襲う。

 アルスが『せいどうの盾』を大きく振るい、まだ舞っている火の粉を振り払う。

 

「やっ!」

 

 再度の攻撃動作を見せたおにびドングリにベルが踏み込み、抜き放ったブロンズナイフで斬撃を仕掛ける。

 

――――――――――ベルは スリープダガーを はなった!

――――――――――おにびどんぐりに ダメージ!

 

 睡眠付与の攻撃を行うもおにびドングリは眠ってくれない。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――おにびドングリに ダメージ!

――――――――――おにびドングリを たおした!

 

「ベル様、残ったぐんたいガニが仲間を呼んでいます!」

 

 モンスターを倒したことによる安堵をしている暇などなかった。

 

――――――――――ぐんたいガニBは なかまを よんだ!

――――――――――ぐんたいガニCが あらわれた!

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――ぐんたいガニBに ダメージ!

 

 単純物理攻撃ではなく魔法剣による攻撃を加えるが、ベルの攻撃力ではぐんたいガニBを倒し切れない。

 アルスもおにびドングリを攻撃した直後で一呼吸間が空いていて、その間に呼ばれて現れたぐんたいガニCが次の行動に移っていた。

 

――――――――――ぐんたいガニCは なかまを よんだ!

――――――――――ぐんたいガニDが あらわれた!

――――――――――ぐんたいガニDは なかまを よんだ!

――――――――――ぐんたいガニEが あらわれた!

――――――――――ぐんたいガニEは なかまを よんだ!

――――――――――ぐんたいガニFが あらわれた!

――――――――――ぐんたいガニFは なかまを よんだ!

――――――――――ぐんたいガニGが あらわれた!

――――――――――ぐんたいガニGは なかまを よんだ!

――――――――――ぐんたいガニHが あらわれた!

――――――――――ぐんたいガニHは なかまを よんだ!

――――――――――ぐんたいガニIが あらわれた!

――――――――――ぐんたいガニIは なかまを よんだ!

――――――――――ぐんたいガニJが あらわれた!

――――――――――ぐんたいガニJは なかまを よんだ!

――――――――――ぐんたいガニKが あらわれた!

 

「ちょっ、仲間を呼びすぎです!」

 

 呼ばれたぐんたいガニが更にぐんたいガニを呼び、ぞろりぞろりと現れて合計10体のぐんたいガニに辺りを囲まれてしまった。

 

「ギラ」

 

――――――――――アルスは ギラを となえた!

――――――――――ぐんたいガニB、C、Dに ダメージ!

 

 リリルカが虎の子の『魔剣』を取り出すよりも早く、完全に囲まれる前にアルスが放った閃光魔法(ギラ)が包囲に穴を開けるも、そちらは迷宮の壁で逃げ場はない。だとしても四方をモンスターに囲まれるよりはマシだと駆けた先で壁を背にモンスターと相対する。

 

「アルス、あの爆発魔法で一気に倒すんだ。リリは僕が守るから」

 

 アルスですら一撃で倒せない物理防御が高いぐんたいガニとの数的不利を解消するには魔法しかないとベルは覚悟を決める。

 頷いたアルスが盾を持っている手を掲げる。

 

「イオ」

 

 何時もなら前に差し出した手から放つ爆発魔法(イオ)をアルスは手元に押し留め、爆発直前に投げた。

 そして『せいどうの盾』を構えてその裏に隠れて構える。

 

――――――――――アルスは イオを となえた!

――――――――――ぐんたいガニたちに ダメージ!

――――――――――アルスに ダメージ!

――――――――――ぐんたいガニB、C、Dを たおした!

 

 近づいてきていたぐんたいガニの中心で爆発した魔法によって、先程ギラを受けたぐんたいガニ三体が消滅して魔石化。他のぐんたいガニたちも大きなダメージを負っていた。

 盾を構えたアルスの後ろにいたことで殆どダメージを受けなかったベルがクロスブーメランを抜き放つ。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――ぐんたいガニたちに ダメージ!

――――――――――ぐんたいガニE、F、Gを たおした!

 

 より爆心地にいて弱っていた個体がクロスブーメランに引き裂かれて倒れた。

 残りの四体は比較的、ダメージの少ない方でダメージを負ったことに怒りを抱いたように鋏を鳴らしたところでアルスが動く。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、剣を ぶんまわした!

――――――――――ぐんたいガニたちに ダメージ!

――――――――――ぐんたいガニH、I、Jを たおした!

 

 両手で『てつのつるぎ』を握ったアルスが大きく踏み込んで剣を大きくぶん回し、三体のぐんたいガニを吹っ飛ばす。

 反対の壁に叩きつけられたぐんたいガニ三体はピクピクと小さく痙攣し、魔石とドロップアイテムである『赤いサンゴ』を残して消滅する。残るぐんたいガニは後一体。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬り はなった!

――――――――――ぐんたいガニKに ダメージ!

――――――――――ぐんたいガニKを たおした!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 258ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――メソコボルトは どうのつるぎを 落としていった!

――――――――――ぐんたいガニは 赤いサンゴを 落としていった!

 

「ふぅ、なんとか倒せたね」

 

 迷宮の壁に突き刺さっているクロスブーメランを回収して、ブロンズナイフも鞘に収める。

 治癒呪文(ホイミ)をかけようとしてくるアルスに、必要なほどの怪我を負っていないと止めてモンスターが直ぐ近くにはいないことを確認して肩から力を抜くベル。それでも腰に差した『せいどうのつるぎ』から手は離さない。

 アルスも前後の通路の奥を何度も睨みつけたりして臨戦態勢を解いていない。

 

「一瞬、もうここまでかと思いました」

「僕もだよ。ぐんたいガニがあれほど連続して仲間を呼ぶなんて。どんなに多くても一体か二体しか仲間を呼ばないって聞いていたのに」

「リリもこんなことは初めてです。かなりのレアケースだと思います」

 

 魔石を回収し終えても新たなモンスター来襲の気配はなく、とりあえずの間は出来たようだと汗で張り付いた前髪を掻き上げる。

 

「防具が新しくなったからって油断はいけないね。アルスも突破してくれるのは助かるけど、方向は考えないと」

 

 それは反省、と背中の鞘に『てつのつるぎ』を収めながら頷くアルス。

 

「教訓と割の良いドロップアイテムを得た良い冒険になりましたね」

 

 魔石とドロップアイテムを体よりも大きいバックパックに直し終えたリリルカが言った言葉に引っ掛かりを覚えた。

 

「割の良いドロップアイテムって?」

「メソコボルトの『どうのつるぎ』です」

「『どうのつるぎ』って僕らも使っていたけど、もっと大きかったよ?」

 

 メソコボルトは人間でいえば子供ぐらいの身長、小人族(パルゥム)程度の大きさしかなく、人間(ヒューマン)種の冒険者は成人した大人が多いのでベルが知る『どうのつるぎ』とはサイズが違う。

 それこそ小人族(パルゥム)の冒険者が持つのが丁度ぐらいのサイズの小さな『どうのつるぎ』はサイズ的にリリルカの手に合いそう。

 

「これは迷宮が生み出した天然武器(ネイチャーウェポン)になります。厳密には冒険者様が使う『どうのつるぎ』と比べて形・切れ味共に劣っているので同一とは言えませんが、『どうのつるぎ』等の銅を使う武器を作る際に、これを溶かせば素材代が浮く済むので需要は高いのですよ」

「ギルド支給の武器が大体、銅を使ってるのって」

「低階層ですし、天然武器《ネイチャー・ウェポン》にしては色々と再利用が可能なので売れば良い値がつくのですよ。冒険者も買う側も両得です」

 

 迷宮で得られた資源は上手く還元されているのだと納得がいった。

 

「ちなみにお幾ら?」

 

 言い値がつくというので、ベルは頭の中で皮算用を立てる。

 ベル達の食事代が一人一食50ヴァリス程度。4階層のモンスターの魔石が100ヴァリス前後なので、そのことを知悉しているリリルカが割が良い(・・・・)というぐらいなので上を見て200ヴァリス前後と予想する。

 

「確か、今の相場だと1350ヴァリスだったかと」

「1350っ!? …………あれでねぇ」

 

 想像の5倍以上の金額に目をひん剥き、予想以上の高効率具合にリリルカのバックパックに直された不出来な『どうのつるぎ』に思いを馳せる。

 

「冒険者に成りたいって人は何時でも一定数いるので、一時期乱獲されて供給過多になりすぎて問題になったぐらいです。それで今は一パーティにつき、売却は一日一本までと制限されています。なので一晩気前が良くなる程度の値段にされているという噂すらあります」

「深いんだね。まあ、一本でも効率は良いか」

 

 噂が真実かどうかはともかく、モンスターが持つ天然武器(ネイチャーウェポン)すら貪欲に利用しようとする人間種の欲の強さを垣間見たようで、一周回ってベルは感心してしまった。

 

「あ、『どうのつるぎ』で思い出した。明日のことなんだけど」

 

 昨日、ギルド・バベルから帰った後、ヘスティアから言われたことを思い出してリリルカを見る。

 

「神様の紹介でヘファイトスファミリアのホームに行くことになったんだけど、リリも一緒にどうかな?」

「えっ!?」

 

 ヘファイトスファミリアはオラリオでもトップに近い大派閥。そのホームに行くなど普通ならばありえない。

 まさかそんな誘いを受けるとは思いもしなかったリリルカは必死に頭を働かせる。どう言ったらベル達の心象を損ねずに上手くこの事案を回避させるか、言い方も考えて口を開く。

 

「リリはベル様達と違うファミリアに所属しています。ヘファイトスファミリアほどの派閥の紹介ならば、同ファミリアだけで行かれた方がよろしいかと」

「じゃあ、この機会にリリもヘスティアファミリア(うち)に入るのはどうだろう」

「…………本気だったのですか?」

「僕は、本気だよ」

 

 まっすぐに見つめられてリリルカは自分でも顔の紅潮を制御できない。思考が空回りして、纏まりを欠いていく。

 今まで、ここまで自分を肯定してくれた人はいただろうかと考える。ここまで自分のことを考えてくれた人がいただろうかと思ってしまう。ここまで、ここまで、ここまで、ここまで―――――。

 リリルカがここまで他人から求められたことは初めてだ。だから、普通に考えるなら答えは一つしかない。しかし、それを今ここで口にすることは、 今までの自分の生き方と反する。

 

「そんなに早く改宗(コンバーション)は出来ませんし、まだリリは答えを出していません」

「内定?っていうんだっけ。話だけでも進めてもいいと思うんだ」

「外堀を埋める気ですか……」

「機会は有効に活用しないとね」

 

 胸を張って得意気なベルに苦笑してしまう。本当に自分なんかがこんなに良くしてくれていいのかという疑問と、こんなにも自分を求めてくれる人がいる嬉しさが同居していて、どうしようもない気持ちになってしまう。

 リリルカは俯いて、両手を強く握る。

 

(どうせ、また捨てられる。きっと裏切られる)

 

 もう二度誰かを信じないようにしてきたはずなのに、どうして自分はこんなに弱いのだろうと唇を噛む。

 ベルの押しの強さに、精神的に追い詰められたリリルカは頭の中のメモ用紙の端っこに書かれていた情報に飛びつく。

 

「なんにしても、明日はソーマファミリアの月一回の集会に参加しなければならないので同行は出来ません。申し訳ありません」

「そうか、残念だけどまた機会を見るとするよ。僕らは何時でもリリを歓迎しているから」

 

 用事があるなら仕方ないと、ベルは残念そうにしながらも引き下がることにした。

 

「本当にベル様は……」

 

 なんの衒いの無い瞳に自分の汚さを思い知らされるようで、リリルカは居た堪れなくなってベルから体ごと逸らした。そんなリリルカを辺りの警戒を続けながら見ていたアルスは後どれぐらいで押しに負けて折れるだろうかと指折り数えていた。

 その後、5階層から6階層まで探索を終えて帰還するまでリリは必要以上に口を開くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

――――――――――アルスは、レベル11に あがった!

 

――――――――――ベルは、レベル7に あがった!

――――――――――ベルは、ヴァイパーファングを覚えた!

――――――――――ベルは、メタルウィングを覚えた!

――――――――――ベルは、レベル8に あがった!

 

 

 

【アルス・クラネル Lv.2(レベル10→11)

 HP:56→64

 MP;29→34

 ちから:27→29

 みのまもり:13→14

 すばやさ:32→35

 きようさ:20→22

 こうげき魔力:28→31

 かいふく魔力:30→33

 みりょく:24→26

《魔法》

 【メラ】     ・火炎系魔法(小)

 【ホイム】   ・治癒系魔法(小)

 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)

 【イオ】    ・爆発系魔法(小)

《技能》

 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る

 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能

 【渾身斬り】       ・敵一体に大ダメージ

《スキル》

 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化

 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■

《次のレベルまで:1150》】

 

【そうび

 みぎて  『てつのつるぎ』

ひだりて  『せいどうの盾』

 あたま   『とんがりぼうし』

 からだ   『布の服』『くさりかたびら』

アクセ1   『金のネックレス』

アクセ2   『スライムピアス』         】

 

 

 

 

 

【ベル・クラネル Lv.1(レベル6→8)

 HP:48→61

 MP;21→26

 ちから:20→24

 みのまもり:11→12

 すばやさ:28→35

 きようさ:23→30

 こうげき魔力:20→27

 かいふく魔力:0

 みりょく:22→29

《魔法》

《技能》

 【スリープダガー】  ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる

 【ヴァイパーファング】・敵1体に攻撃、たまに猛毒にする

 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る

《スキル》

 

 【スライムブロウ】  ・スライム種に対して投擲武器効果強化

 【メタルウィング】  ・メタル種に対して投擲武器効果強化

 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■

《次のレベルまで:619 】

 

【そうび

 みぎて  『ブロンズナイフ』

        『せいどうのつるぎ』

ひだりて  『クロスブーメラン』

 あたま   『とんがりぼうし』

 からだ   『布の服』『くさりかたびら』

アクセ1   『金のネックレス』

アクセ2   『スライムピアス』         】

 

 

 

 

 

 その夜、二人のステータスを更新したヘスティアが初の同時レベルアップに卒倒して、翌日のヘファイトスファミリアのホームに行くのが遅れたのは余談である。

 

 

 

 

 







 本作では装備の重ね着が出来るので、『からだ』に『布の服』に『くさりかたびら』を合わせることが出来ます。
 但し『よろい』の重ね着などは出来ません。




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第12話 アルスは うっとりしている……

 

 

 

 

 ヘファイトスファミリアは下の下の構成員にも鍛冶をさせ、主神と幹部に認められなければヘファイトスの名は刻まれないが店で売りに出すことができている。しかし、百人を超える構成員の鍛冶品を一つの店で全て売り出せるはずもなく、オラリオ内でもバベル内を始めとして幾店もの支店を各ストリートに出店している。

 ヘファイトスファミリアの主神ヘファイトスの執務室は北西のメインストリートにある支店にあった。

 

「…………遅かったわね、ヘスティア」

 

 約束の時間を超過して到着した神友に、右目部分に眼帯をした赤毛の女神は諦めと怒りを滲ませて呟く。

 ジトリとした目を向けられたヘスティアはここまで抱えてきてもらったアルスの背より降りて、腰を低くして頭を下げる。

 

「す、すまない、ヘファイトス。ちょっと気絶が長引いてしまってね」

「気絶?」

「いや、こっちの話」

 

 怪しげな物言いをするヘスティアにヘファイトスは追及したそうな空気を出すが、まさか自分の眷属が初の同時レベルアップにメンタルオーバーになって気絶して回復に時間がかかったなどと言えるはずもなく。

 まごついているヘスティアに疑問符を浮かべるも、大派閥らしく仕事の多いヘファイトスは神友が寝坊でもしたのだろうと考えることを止めて傍に立つ二人の冒険者に視線を移す。

 

「そっちの二人がヘスティアの眷属の子ね」

「ベル・クラネルとアルス・クラネルです。今日はわざわざありがとうございます、ヘファイトス様」

 

 ヘスティアファミリア団長として、アルスが粗相をしない内に纏めて挨拶して頭を下げる。アルスは片手を上げて、やっほーとばかりに笑っているので色々と台無しだったが。

 ヘファイトスはクラネル兄弟を見比べ、納得するように小さく頷いた。

 

「面白い子たちね。確か双子だったかしら」

 

 白髪に赤い眼、体格に若干の差異はあれど良く似ており、ヘスティアから話を聞いていたヘファイトスの確認に二人は揃って首肯する。

 

「団長のベル君が兄貴なんだぜ!」

「こっちの団長も紹介したいのだけど、ちょっと待ってね。今、手が離せないようだから」

「いえ、そんな。こちらがお願いしている立場なので幾らでも待ちます!」

 

 大派閥の団長を急かすなど、零細ファミリアがしていいことではない。

 ヘファイトスの言葉に慌てて答えるベルだが、アルスは壁に飾られている武具を興味津々で見ている。実に対照的な兄弟の姿に微笑ましさを覚えながら椅子から立ち上がる。

 

「連絡してあったのに遅れているのかい?」

「そもそも遅れたあなたに言う資格はないけど…………ロキ・ファミリアから次の遠征の協力要請があってね。その準備とかが色々とあるのよ」

「ロキ・ファミリア!? 遠征っ!?」

 

 またもやのビッグネームに、ベルからすれば心躍る協力関係など驚きばかりの情報が出てくた。

 チクリとヘスティアに言い返しながら、素直に反応してくれるベルに面白みを覚える。

 

「待っているのも退屈だから工房を見学してみる? 駆け出しというなら鍛冶の現場は見たことないんじゃない?」

「有難いですけど、迷惑じゃないですか?」

 

 流石にただでさえ多忙であろうヘファイトスの手を煩わせるわけにはいかない。そう考えるベルであったが、ヘファイトスはクスリと笑って首を横に振った。

 この場で待たせるよりも案内することで時間を潰してもらった方が遥かに良いと判断したその時、入り口のドアがバンと外から開かれた。

 

「来たぞ、主神様!」

 

 現れたのは、黒髪と褐色の肌をしたヘファイトスとは逆の目に眼帯をした長身の女。

 

「…………椿。思ったより早く来てくれたのは良いけど客人の前よ。ちゃんと服を来なさい」

「鍛冶場は熱いのだ」

 

 ヘファイトスファミリア団長、椿・コルブランドは下半身は真っ赤な袴で、上半身に至ってはなんと豊満な胸のみを隠すさらしのみである。

 

「だとしても、工房の外に出る時は上に何か羽織りなさい。あれほどさらし姿で歩き回るなと言っているのに」

「涼しくて気持ちよくて、つい! 次からは気を付けよう」

「そう言って、直した試しかないじゃないの……」

 

 カンラカンラと快活に笑う椿に頭が痛そうなヘフェイトスを、二人の目を隠しながら団員(主にアルス)に振り回されるのが自分だけではないことにヘスティアは安堵を覚えていた。

 

「だが、確かに少し冷えて来たな。工房に籠りきりで人肌の温もりが恋しいな――――そこな少年! 抱きしめさせてくれ!」

 

 椿はベルを見るなり、ずんずんと歩み寄ってくる。

 

「だ、駄目だベル君は!?」

「じゃあ、そっちの少年」

 

 ヘスティアは椿の意味不明な行動に驚きながらも反射的にベルを背中に隠す。椿はむぅっと頬を膨らませて次にヘスティアから解放されたアルスを見た。

 バッチコーイ、とばかりにアルスは腕を広げて待ちの姿勢を見せていたので遠慮なく近づく。

 

――――――――――椿は アルスに ぱふぱふを してあげた!

――――――――――椿「ぱふぱふ ぱふぱふ……

――――――――――アルスは きもちが よさそうだ!

――――――――――アルスは うっとりしている……

 

「ア、ア、ア、アルスくぅぅぅぅぅんんんんんんんんっっ!!」

 

 スッキリした様子の椿と腰から崩れ落ちたアルス。

 処女神である為、椿が色事に関係なく本当に人肌が恋しかっただけなのが分かってしまった。怒るに怒れないヘスティアは行き場を失った感情を崩れ落ちたアルスを揺り動かすことで晴らす。

 ぱふぱふにちょっと羨ましそうなベルと、四人のカオスな状況にヘファイトスは困ったように眉尻を下げる。

 

「…………えっと、いいのかしら」

 

 誰に対して、何に対してかは聞かぬが花というもの。

 

 

 

 

 

 暫くして復活した面々で執務室から会議室へと移動し、向かい合う四人掛けのソファに座って上に一枚服を羽織った椿の紹介が終わった後、ヘファイトスが口を開く。

 

「ヘスティア、鍛冶師を紹介してほしいという話だったわね」

 

 少し前に開催されたガネーシャ・ファミリアの主神ガネーシャが開催した神の宴で、とある事情でヘファイトスに頼みごとをした。

 

「うん、ロキから防具のレシピを貰ったんだけど、僕らのファミリアには鍛冶師がいないし、ヘファイトス以外に伝手がなかったんだ」

「そのレシピは?」

「持ってきてるよ。これだ」

 

 ヘスティアはアルスが取り出した『よろい作り入門』のレシピを受け取り、それを向かいのソファに座るヘファイトスに手渡す。

 天界のトリックスターの異名を持つロキは、特にヘスティア相手に大人げない行動に出ることが多いので悪戯をしかねないところがある。レシピを受け取ったヘファイトスは目を通し、本物のレシピであることを確認する。

 

「本物のようね。ロキのことだから偽物を渡すなんてこともあるかもって思ってたけど」

「ロキも詫びの品でふざけるほど馬鹿じゃなかったってことだよ」

「ということは、あの噂は本当だったのね」

「どういう噂なのか、気になるけど聞かないでおくよ」

 

 神達の間での噂など、大抵は禄でもないものなので聞かないでいる方が精神衛生上良いと判断したヘスティア。

 

「椿、あなたは誰がいいと思う?」

 

 受け取ったレシピを隣に座る椿に渡す。

 団長として意見を聞かれた椿は考えるまでもないと、一度アルス達が着ている『くさりかたびら』を見て首を横に振る。

 

「主神様よ。分かっていることを聞くのは野暮というものよ」

「ああ、やっぱり? 二人とも同じ物を着ているし、こういうのも縁というのかしら」

「うむ、こういうのを逆指名というのだったか」

「それは、ちょっと違うんじゃないかしら」

 

 椿がどこからそのような知識を得たのか、逆に気になってしまった様子のヘファイトス。

 ヘファイトスと椿が何に納得しているのか分からないベル達が首を捻っていると、同じように蚊帳の外に置かれた形のヘスティアが眉を顰める。

 

「どういうことだい?」

 

 内輪の話になりかけていたのを自覚し、ヘファイトスは苦笑してベルの『くさりかたびら』を指さす。

 

「あなたの団員が着ている『くさりかたびら』(それ)ヘファイトスファミリア支店(うちの店)で買った物でしょ?」

「はい、バベルの支店で。僕が一目惚れして買わせてもらいました」

「なら、丁度良かったのかもしれないわね、色々と」

 

 ベル達が色々の意味が分からないでいる間にもヘファイトスは隣に座る椿を見る。

 

「椿、悪いけどそろそろあの子が来るはずだから連れてきてくれるかしら」

「噂をすればなんとやらだ。もう来たようだぞ」

 

 椿の言葉で入り口方向を見たアルスが気づき、少し遅れてベルが近づく気配を感じ取った。

 

(これが第一級冒険者……)

 

 気配に気づくのが早すぎる。

 鍛冶師という必ずしも戦闘を専門としていない職業なのにも関わらず、アルスですら言われなければ気づくことが出来ていなかった。

 

(椿・コルプランド…………単眼の巨師(キュクロプス)の二つ名を持つ、オラリオの中で随一の腕を持つ最上級鍛冶師(マスター・スミス))

 

 ベルはヘスティアからヘファイトスファミリアを訪問し、鍛冶師を紹介してもらうと聞いてからギルドで照会した情報を思い出す。

 鍛冶ファミリアでありながらLv.3以上の冒険者を二十人以上抱え、大派閥を維持し得る求心力を持つ団長であり鍛冶師でありながらLv.5という第一級冒険者級の戦闘力を誇る奇人であり、鬼人。

 

(アイズさんと同じ強さを持つ人)

 

 その強さの一端を垣間見た思いで、一度会議室を出た椿の帰りを待ちながらベルは目指すべき目標の高さを改めて実感する。だが、同時期に冒険者になったアルスがアイズの歴代最短Lv.2へのランクアップを大幅に更新し、自身もまたそれに続く道を進んでいるとなれば臆するよりも熱意が湧いてくる。 

 確かな希望の熱にベルが胸を高鳴らせていると、椿が赤毛の青年を連れて会議室に戻ってきた。

 

「ヘファイトス様、自分に用があるとのことですが」

 

 赤毛の青年は明らかにヘファイトスファミリアでない三人をチラリと見た。

 客だとしても団長である椿がわざわざ自分を出迎えて連れてきたのだから、何か関係があるのだろうと訊ねる。

 

「ええ、ヴェルフ。こっちに」

 

 呼ばれた赤毛の青年(ヴェルフ)はヘファイトスの隣に移動し、促されて四人掛けのソファに座る。ヘファイトスを挟んでヴェルフの反対側に椿が座り、これで三人ずつが向かい合う形になった。

 

「まずは紹介といきましょうか。この子はヴェルフ・クロッゾ。言うまでもないけど私のファミリアの鍛冶師よ。ヴェルフ、彼らはヘスティアファミリア。ヘスティアは私の同郷で神友よ」

「ヘスティアファミリア? 聞いたことないな……」

「まだ出来て一カ月も経ってない新興のファミリアだからね。これから大きくなっていくのさ!」

 

 ロキ・ファミリアから賠償をせしめたことで一部で有名だが、嫌な有名な成り方なので知らないならばそれ以外では無名なのは事実なのでそのまま押し通そうとヘスティアは決めた。

 団長としてヘスティアに大きく同意のベルはヴェルフの家名に引っ掛かりを覚えた。

 

「クロッゾ……?」

「っ!?」

「『アルゴノゥト』に出てくる武器職人と同じ家名ですよね。不思議な偶然もあるもんだなぁ」

「はぁ?」

 

 身構えたヴェルフは想像の埒外の関心を見せるベルに肩透かしを食らったように座ったままコけかけた。

 

「ははは! ヴェル吉の名前を聞いてそのような反応を見せる者は初めてだのう!」

 

 大口を開けて笑う椿と手を口に当てて忍び笑いを漏らすヘファイトス。

 

「あ、あの、何か間違っていましたか?」

「生憎と喜劇の登場人物を祖先に持ったことはねぇよ」

 

 膝に置いた肘で頬杖を突きながら、困惑するベルをふてくされた様子で言い捨てたヴェルフは未だ笑い続ける二人を睨みつける。

 一早く笑みを収めたヘファイトスがコホンと咳ばらいをして居住まいを正す。

 

「『クロッゾ』とは、一昔前にラキア王国に『魔剣』を献上することで貴族の地位を得た名門鍛冶一族の名前で、ヴェルフはその一族の末裔なの」

「こと魔剣に関しては、手前よりも全くもって上だぞ」

「それは凄いですね…」

 

 自分の来歴を他者の口から語られているヴェルフは不愉快そうにそっぽを向く。

 団長でLv.5である椿よりも魔剣に関しては上だと彼女自身が認めたことにベルは素直に感心していた。

 

「俺は魔剣を造らねぇ。その話なら俺は帰らせてもらうぜ」

「ヴェル吉よ。まだ魔剣を打ちたくないなどと戯言を抜かしておるのか?」

 

 不愉快そうに立ち上がったヴェルフを、椿が責めるようにように冷え冷えとした声音を発する。

 

「才能だろうが、『血』であろうが、あるもの全てを注ぎ込まねば子供(我々)は至高の武器に至れん。お前が惚れ込んでいる主神様(化け物)の領域など、夢のまた夢だ」

 

 冷然とした女鍛冶師の迫力にベル達が息を飲む中、顔を見ていればヴェルフの頭に血が登っていくのが分かった。

 

「止めなさい、椿。魔剣を造るも造らないもヴェルフの自由よ。客人の前でする話題ではないわ。ヴェルフも座りなさい。今回は魔剣の話じゃないから」

 

 団長とその部下の一触即発の空気を主神であるヘファイトスが和らげ、魔剣関係ではないと言われたヴェルフも不承不承の様子でソファに座る。

 子供達(椿とヴェルフ)が互いを見ないようにそっぽを向いていて、ヘファイトスは溜息を漏らす。

 

「ごめんなさいね、ヘスティア。変なところを見せて」

「いいや、ヘファイトス。気にしないでくれ。君も、大変なんだな」

「どこのファミリアでも大なり小なり似たようなものじゃない? 逆に子供達が苦労しているファミリアもあるだろうけど」

 

 ヘスティアはアルスとベルの異端のステータスに思いを馳せて遠い目をして、オラリオ歴が長いヘファイトスは欲望に素直すぎる神に振り回される子供達を知っているので同じように遠い目をするのだった。

 

 

 

 

 







 ぱふぱふはドラクエの様式美。

 ヴェルフ・クロッゾのフライング登場。




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第13話 アルスは、どうぐぶくろを 手に入れた!

 

 

 

 

 

 二柱の神が揃って遠い眼をしているのを見て椿・コルプランドが口を開く。

 

「主神様よ、そろそろ本題に入らんか」

「そ、そうね。ヴェルフ、ヘスティアファミリア(彼ら)と直接契約する気はない?」

「なに?」

 

 そっぽを向いていたヴェルフ・クロッゾは主神ヘファイトスの提案に顔を戻す。

 

「俺が駆け出しのこいつらの専属を? ふざけろよ」

 

 結成して一カ月と経ってない新興のファミリアで、ベル達がどう見ても17歳の自分よりも年若く見えるので他のファミリアから改宗(コンバーション)したとも思えないので、結論として駆け出しの冒険者と判断したヴェルフの推測は普通ならば正しい。

 

「何を言っておるのだ、ヴェル吉。お前の方こそ足手纏いにならないようにしないといかんぞ」

「は? 駆け出しなんだろ。なんで俺が足手纏いになんて」

 

 半月程度ならばステータス評価Hが妥当なラインで、平均ステータスがCからDのヴェルフではダンジョンの適正階層が全然違ってくる。

 専属契約は下っ端鍛冶師には喉から手が出るほどほしいが、相手が零細新興ファミリアの駆け出し冒険者では将来性があるかも分からないのでは躊躇が生まれる。

 

「お前さんよりもこいつらの方が強いだろうよ」

 

 椿の目から見て、アルスとベルはLv.2前後の雰囲気。駆け出しという話を忘れていた。

 鍛冶師として多くの冒険者を見てきた椿の目を信じない理由のないヘファイトスは、ベル達が半月で戦闘が専門職ではないとはいえ数年以上の冒険者歴があるヴェルフ以上の強さを持つと聞いてヘスティアを疑いの目で見る。

 

「ヘスティア、どういうことかしら? あなたまさか神の力(アルカナム)を……」

「違う! 僕は断じてそんなことはしてない!」

「確かにあなたは不正とかはしないタイプだけど、だらける癖があるから」

「そこは申し訳ないけど、もう少し信じておくれよ……」

 

 天界から降りてきてヘファイトスを頼り、追い出されるまで脛を齧って過ごしていただけに微妙に言い返せない面があるヘスティアはヘニョとツインテールを萎れされる。

 

「…………詳しくは言えないけど、ヘファイトスだけに伝えるよ。こっちに」

 

 立ち上がり部屋の隅に移動してヘファイトスを手招きする。

 

「詳細は言えないけど、アルス君に成長促進系スキルが目覚めて、その影響がベル君にも及んでいるんだ」

「個人じゃなくて集団に作用するスキルで、それが成長系なんて聞いたこともないわ。レアスキル、よね」

 

 屈んで耳元で囁かれた内容にヘファイトスは左目を大きく見開き、熟考する。

 

「ああ、成長ではなく飛躍。異常にして異端。明らかに普通の領域を超えた現象だ。一回りも二回りもキャリアの長い冒険者に追いつき、あっという間に突き放して発展を遂げている…………」

 

 アルスを例に挙げれば、Lv.2への歴代最短記録を一年から二週間に大幅に短縮してみせた。

 記録保持者であったアイズ・ヴァレンシュタインは今やLv.5の第一級冒険者に至っているが、冒険者になったばかりのアルスにアイズほどの才能があったとはヘスティアにはどうしても思えない。

 

「…………ギルドへのランクアップの申請は?」

「まだしていない。というか、限界ギリギリまでしないつもりだ」

「まあ、正解でしょうね。それにしたって次の神会(デナトゥス)まででしょうけど」

「二週間よりも一カ月半の方がまだマシだい」

 

 大分感覚がおかしくなっているな、とヘファイトスは思いはしたが、究極的には他人事なので同情はしても神会で味方するぐらいしか出来ることはなかった。

 

「取り合えず、娯楽に飢えている他の神々がちょっかいをかける前にベル君達には可能な限り強くなってもらう。それにヘファイトスとの明確な繋がりは他の神々への牽制にもなる。悪いけれど協力してくれないか?」

 

 明らかに面倒がネギを背負ってやってきたようなものだが、あのぐうたらなヘスティアが子供のことを思っての行動ならば助けてやりたいとも思える。これもヘスティアの神徳というものだろう。

 

「いいわ。手伝ってあげる」

「ありがとう、ヘファイトス。僕は良い神友を持った!」

 

 主神同士で合意が出たところでソファに戻ると、意外にヴェルフとベルが意気投合していた。

 

「自分で言うのもなんだが俺は良い物を出している自信がある。だけどなぁ、全く売れないんだよ、コレが。購入される後一歩で返却されるんだ」

「素人意見だけど武具の名称に問題があるんじゃあ」

「何の問題がある! ベル達が着てる『くさりかたびら』も、そんな無骨な名前じゃなくて兎鎧(ピョンキチ)って良い名前を付けたんだぞ!」

「ネーミングセンスが終わってる……」

 

 ヴェルフが完全に心を開いている状況の推移が理解できず、ヘファイトスは面白そうに二人を眺めている椿を見る。

 

「私たちが離れている間に何があったの?」

「ようやくヴェル吉が自分が造ったものを買って使ってもらっていることに気づいたのよ。それからはあっという間だ」

「ああ……」

 

 ヴェルフは本人が言うように良い物を造るのだが、壊滅的なネーミングセンスの所為で店での扱いは良くなく、初めて防具が売れたと聞いた時は飛び跳ねて喜んでいたことは伝えたヘファイトスも見ていたので知っている。

 ステータスが自分と同等以上で何か事情ありとしても、将来有望な冒険者二人と契約を結べるのならば自身にも箔がつき、事情持ちなのは自分も同じなので目的を達成する為には飲み込める範囲。

 

「なんにしても、この『よろい作り入門』のレシピで必要な素材は、おおよそ7階層で揃うからお試し期間と考えるなら丁度いいかしら。ヴェルフも到達階層は6階層よね」

「ええ、ソロじゃあ俺のステータスだと6階層が限界です」

「ソロ?」

 

 鍛冶師(スミス)がLv上げの為にダンジョンに潜るのはベルも知っていたが、ヘファイトスファミリアほどの大派閥の団員がソロで潜る必要性などないはず。

 

「Lv.1にも関わらず団長である椿以上の魔剣を製作できるものだから、ファミリア内でも浮いた存在なのよ」

「神曰く、ハブられているという奴だ。いや、ボッチというんだったが」

「うるせぇぞ、椿!」

「こんな感じで頑固な気質と喧嘩っ早さで他の眷族とのいざこざが絶えないのよ」

「はぁ……」

 

 団長である椿にすら噛みつくのだからヴェルフが他の眷属達に遠慮などするはずもないのは、短い付き合いながらもベルにも分かる。

 エイナ・チュールが常々ペアでもダンジョンを潜る危険性を懇々と言っていた。実際、サポーターとはいえリリルカ・アーデが入っただけでも出来ることは多くなったので、パーティーを組む必要性は嫌でも分かっていた。

 

「あなたたちの到達階層は6階層なのよね?」

「はい、つい昨日、6階層まで攻略しました。早ければ明日にも7階層に行こうと考えてます」

「ヴェルフを入れて7階層でパーティーを組んでみるのはどうかしら? 合う合わないはあるだろうし、お互いに専属がいないのだからお試しということで」

「僕達は構いませんが……」

 

 パーティーメンバーが増えるのは喜ばしいことなので、ベル達にとっては否はなくてもヴェルフ当人の了解を得ずには出来ないと視線を向ける。

 ソロでの限界を感じていても同じファミリア内では爪弾きにされていて、外部に手を伸ばそうにも『クロッゾ』の名が足を引っ張ってしまっていたヴェルフにとってはこの提案は得にしかならないので拒否する選択肢はない。

 

「助かるぜ、ベル。明日は頼むな!」

「はい、よろしくお願いします、クロッゾさん」

「俺は家名嫌いなんだ。ヴェルフでいい。堅苦しいのは止めにしよう。俺たちは仲間になるんだからな」

「…………分かった、ヴェルフ」

「ああ、頼むぜベル」

 

 まだ少しぎこちないベルとヴェルフが握手して契約は成立した。尚、アルスは話が長くて寝ていたりする。

 

「マイペースだな、そっちのは」

「それがアルスの良いところでもあるから大抵のことに動じないし、気にしないタイプだから付き合いやすいと思うよ」

「まあ、これから関係を深めていくんだ。気長にやっていくとするさ」

 

 ベルが寝ているアルスの鼻を摘まんで、「はがっ」と変な声を出しているのを見て二人で笑う。

 

「どうなるかと思ったけど、上手くやれそうね」

「これでヴェル吉も変わってくれるといいのだが」

 

 落ち着くところに落ち着いたヴェルフに、紹介した側のヘファイトスも安堵する。

 今回の主とする目的をおおよそ果たしたので、話をここで終わらせてもよかったのだがヘファイトスは一つだけ気になっていたことがあった。

 

「そうね。そう言えば、ヘスティア。何か大きな荷物を持ってるけど、結局それはなんだったの?」

 

 ヘスティアが会議室にまで持ち込み、ソファの後ろに置いている風呂敷に包まれているナニ(・・)か。

 この話し合いにわざわざ持ち込むぐらいなのだから関係する物だと思っていたら話題に上がることなく終わりそうだったので、ヘファイトスから話を振った。

 

「ああ、思い出した! ヘファイトスが何か知っているかと持って来たんだ」

 

 素で忘れていたヘスティアの目配せにベルが立ち上がり、ソファの後ろからナニ(・・)かを持ってヘファイトスの前に長机に置く。

 風呂敷の中の物が立てたドスンという重たい音に、ピクリとアルスが片目を開けてまた寝た。

 

「教会の隠し部屋の更に隠しスペースにあった物なんだ。壊れてはなさそうなんだけど使い方が分からなくてね。あそこはヘファイトスの所有物件なんだろ? なにか知っていないか」

「所有しているといっても、半ば押し付けられたようなものだから聞かれても――」

 

 ヘスティアの手で風呂敷の包みが解かれて中身が見えた時、ヘファイトスの口が止まった。

 

「主神様?」

 

 ヘファイトスはソレ(・・)を見た瞬間に顔を強張らせたが、ヴェルフは見たことがないので興味深げに覗き込んでいる。椿は初めて見せる主神のリアクション(驚愕)の方が気になっていた。

 大きさは四人掛けソファの前に置かれた長机を占領するほどで、四つの足が付いた長方形の台の上部に料理で使うような蓋付きの鍋がくっついたような奇妙な形。

 

「まさかこれをまた見る日が来るなんて……」

 

 ヘファイトスは言葉を失っているようだったが、ようやく絞り出したように呟く。

 

「ヘファイトスはコレ(・・)を知っているようだね」

「ええ、良く知っているわ。天界にいる時に私が造った物だもの」

 

 万感の思いが滲み出るように、ヘファイトスの言葉には懐かしさを他者に感じさせた。

 

「ヘファイトスが造ったということは、鍛冶に関わるものかい?」

「関わるどころか、そのものよ」

 

 不思議な光沢を放つソレ(・・)に触れたヘファイトスは在りし日の過去を思い浮かべるように目を細める。

 

「その名も『ふしぎな鍛冶台』。私が天界にいる時に神の力(アルカナム)を使って作り、下界に降りてくる時に持ってきた数少ない物。無くなって久しいから壊れて失われた物と思っていたのだけれど、まさかまたこうして触れる日が来るとは思いもしなかったわ」

 

 ベルは正しく神器そのものである名を聞いて驚きを隠せなかった。

 鍛冶神であるヘファイトスがその権能を使って創った道具は全てが神話級に等しく、英雄譚に語り継がれる伝説級の武具にも匹敵する。そんな物が今まで暮らしていた直ぐ傍にあったというのだから、英雄譚を読み込んできたベルの驚きは一入だった。

 

「主神様よ、鍛冶台という話だがどうやって使うのだ?」

 

 椿はヘファイトスの手前、無遠慮に触れはしなかったが角度を変えてふしぎな鍛冶台を見る。

 

「使い方はシンプルよ。この中に素材を入れて、付属のハンマーでトンカン叩けば、なんとビックリ金属の剣は勿論のこと、木のブーメランになんと布の服までなんでも材質を問わずに装備が作れる」

「ほう、このサイズでも工房の炉と変わらぬとは確かに凄い。そうか、だからふしぎな(・・・・)鍛冶台か」

「名前に特に意味はないのよ。私はただ鍛冶台と呼んでいたし、当時の眷属が面白がって付けただけだから」

 

 台の底からハンマーを取り出して、状態を確認し終えたヘファイトスは不備もなく以前と変わらない状態に笑みを浮かべる。 

 

「それほどの物ならば手前も欲しいな。神ヘスティアよ、手前に譲ってはくれぬか?」

「え? いや、しかしね」

「止めておきなさい、椿。あなたではふしぎな鍛冶台は勿体ないわ」

「…………主神様であっても、その言葉は容認できんな」

 

 能力への不信と取られてもおかしくない主神の言葉に椿の右目が剣呑さを増す。

 別ファミリアとはいえ、主神と団長の間に流れる張り詰めた空気。ベルなどはただならぬ気配に緊張気味だ。その中にあっても熟睡していられるアルスの肝の太さが今は羨ましい。

 

「別に椿がどうこうというものではないわ。ふしぎな鍛冶台は担い手と共に成長する道具。初期化してあるから、Lv.5のあなたでは物足りないと感じるはずよ」

 

 言うなれば、熟練の冒険者が駆け出しの武器を使うようなもの。

 使い続けていれば自分と共に武器自身も成長していくが、Lv.5という上限が見えてしまっている中では自分に見合うまでに至るかどうかは未知数。

 

「つまり、担い手になるのならばL.v.1の者が望ましいと……」

「そういうことになるわね。ヘスティア、一つ頼みがあるのだけれど」

「な、なんだい……?」

 

 思ったより大物を見つけてしまった驚きにあわあわとしていたヘスティア。急に話題を向けられたヘスティアはどうしてもっと早く言わなかったのかと怒られるのかと身構える。

 

「この鍛冶台をヴェルフに貸してもらえないかしら」

「貸すって言っても、あの教会はヘファイトスが所有してるんだろ? あそこで見つけたのだから、やっぱりヘファイトスの物じゃないか」

「一度失われた物に所有権を主張する気はないわ。ヘスティアが見つけてくれたものだから、ヘスティアファミリアと契約したヴェルフが使うのが最も良いと思ったのよ。どうかしら?」

「ヘファイトスが言うなら僕達は構わないが……」

 

 担い手となれと事実上言われたに等しいヴェルフは興味津々な様子で『ふしぎな鍛冶台』を見つめていた。

 

「俺が使ってもいいのか?」

「自分だから相応しいと思ったのなら止めておきなさい」

 

 真反対な言葉に、ようやくヴェルフは視線をヘファイトスに向ける。

 

「あなたを選んだ理由は条件があったのとタイミングが良かったからに過ぎないわ。ふしぎな鍛冶台は鍛冶師にとって都合の良い道具だから、思い上がって破滅する担い手もいたことを肝に銘じて、それでもという覚悟はある?」

「聞かれるまでもない」

 

 極限まで熱い熱で、極限まで素材とやり合う。鍛冶師が素材と正面から向き合って、やっと一つの武器が出来る。

 

「ふしぎな鍛冶台? 大いに結構だ。既に『(クロッゾ)』に囚われているんだ。一つ二つ厄介事が増えようと大したことじゃない。俺は、俺だ!」

 

 魔剣を造れるその体に流れる血が皮肉にも、ヴェルフ・クロッゾが鍛冶の本懐を忘れることを許さない。

 

「…………ということだけれど、いいかしらヘスティア」

「ああ、よろしく頼むよ、ヴェルフ君」

「はい!」

 

 力強く返事したヴェルフに嬉しそうに頷いたヘスティアならば道を誤ることはないだろうと考え、ヘファイトスは隣でうずうずしている椿に苦笑する。

 

「問題なく使えるだろうけど、試運転してみる?」

「ここでかい?」

「ふしぎな鍛冶台の良いところの一つは場所を選ばないことよ。素材と鍛冶台とハンマーさえあればどこでも鍛冶が出来る。デモンストレーションみたいなものだから簡単な『せいどうのつるぎ』を作りましょうか。レシピは上げるわ」

 

――――――――――アルスは レシピブック 『ふしぎな鍛冶入門』を 手に入れた!

――――――――――せいどうのつるぎの レシピを 覚えた!

――――――――――せいなるナイフの レシピを 覚えた!

 

 流石に長机の上に置いたままは良くないので、ベルがふしぎな鍛冶台を持って床に移動させた。

 ヘファイトスがヴェルフを連れてふしぎな鍛冶台の下へ連れていき、担い手の認証を行うのをベルとヘスティア、そしてようやく起きたアルスが寝ぼけ眼で見守る。

 

「――――これでふしぎな鍛冶台はヴェルフを主と認めたわ。後は素材だけれど」

「持ってきたぞ!」

 

 早っ、と『せいどうのつるぎ』を造ると分かった時点で椿は会議室を出て、必要な素材である『どうのこうせき』を2個と『つけもの石』を持って戻ってきた。Lv.5のステータスを活かした超速度にベルが目を剥く。

 

「ありがとう。じゃあ、素材はここに…………あら、うちなおしの宝珠が入っているわね。前の使用者が残していたようだけど」

「次は! 次はどうするのだ?」

「俺より張り切るなよ、椿」

「まあ、いいじゃないの。素材を入れると自動的に炉に火が入るから、ヴェルフは準備して」

「お、おう」

 

 上部の鍋部分の蓋を外して、中に入っていた『うちなおしの宝珠』と呼ばれる光る玉を二つ取り出して代わりに素材を入れる。すると自動的に炉の火が入って、たちまち温度が上がり1000℃に到達した。

 説明を受けたヴェルフがヘファイトスと入れ替わるようにふしぎな鍛冶台の前で膝をつき、専用のハンマーを持つ。

 

「まずは叩いて、地金を鍛える。打ち過ぎても、足りなくても駄目。そこは普通の鍛冶と同じよ」

 

 ヴェルフが振り上げたハンマーを幾度も振るい、カーンカーンと音を立てる。

 

「今の段階では叩くごとに炉心温度が下がっても上げる方法はないから、その前に仕上げるしかない」

 

 カーンカーンとヴェルフがハンマーを振るう度に会議室に音が響く。

 

「――――これで、どうだ?」

「詳しく見てみましょう」

 

 暫くハンマーを振るい、感覚として上手く出来たと感じたヴェルフの求めにヘファイトスが状態を確認する為、鍛冶中の『せいどうのつるぎ』をじっくりと眺めた。

 

「今、仕上がればとても出来の良さそうな『せいどうのつるぎ』になりそうよ。後は地金に水を入れれば完成よ」

 

 これまた急いで水を取りに行った椿がヘファイトスに渡す。

 

「――――大成功、よ。初めてでやるじゃない、ヴェルフ」

 

 水を入れ、鍋を外して取り出した『せいどうのつるぎ+3』の出来の良さに、鍛冶では本当に滅多に人を褒めることのないヘファイトスが目を細める。

 

「そうですか? へへ……」

 

 椿が羨ましそうに見つめる中、照れくさそうにハンマーを持っていない手で鼻の擦るヴェルフ。

 そんな中でアルスがヘファイトスに歩み寄る。

 

「持ってみる?」

 

 コクコク、と二度頷いたアルスがヘファイトスから『せいどうのつるぎ+3』を受け取った。

 

「――――」

 

 少し離れて人のいない方を向いて軽く『せいどうのつるぎ+3』を振るう。

 ほう、と風斬り音の後にアルスがうっとりと息を漏らしながら感心する。

 

「アルス、僕も僕も」

「次は手前だ」

 

 羨ましくなったベルはアルスから『せいどうのつるぎ+3』を譲り受けようとしていると、椿も便乗した。

 ベルと椿が『せいどうのつるぎ+3』の出来の良さに感心している間に、アルスがヘファイトスに背の『てつのつるぎ』を抜いて何かを頼んでいた。

 

「え、『てつのつるぎ(これ)』も同じように鍛冶してくれって、それは流石に迷惑だろアルス君」

 

 見咎めたヘスティアがアルスの肩を押し留める。

 ヘファイトスは最初から入っていた『うちなおしの宝珠』2個と、『せいどうのつるぎ+3』を作った時に生まれた『うちなおしの宝珠』2個を見る。

 

「丁度いいわ。ヴェルフ、ふしぎな鍛冶台はアイテムを造ると、この『うちなおしの宝珠』を生み出すの。この『うちなおしの宝珠』を使えば既に造られたアイテムを打ち直すことが出来る。必要な『うちなおしの宝珠』が揃ってるから『てつのつるぎ』を打ち直してみなさい」

「みなさいって、簡単に言うがな」

「やらぬなら手前に寄こせ。やはり惜しいぞ、これは」

「椿にはやらねぇよ! 俺がやる!」

 

――――――――――『てつのつるぎ』を うちなおして 『てつのつるぎ+3』に 強化した!

 

 

 

 

 

「今回のことではこちらにばかり得がありすぎるからこれを上げるわ」

 

 帰り際、ヘファイトスはそう言ってアルスに小さな袋を渡してきた。

 

「この『どうぐぶくろ』は『ふしぎな鍛冶台』と同じように天界から持ってきたものだから、中に入れられる許容限界はないの。冒険者にとって垂涎の物だから注意して使ってね」

 

――――――――――アルスは、どうぐぶくろを 手に入れた!

 

 

 

 

 








 本作では『ふしぎな鍛冶』はヘファイトスが天界にいる時に神の力(アルカナム)で作った神創武具相当のアイテムとしています。

 『ふしぎな鍛冶』の『とくぎ』に『ヘパイトスの炎』があるのでその繋がりです。

 そしてドラクエの謎アイテム、どんなに物が入っても膨らまない『どうぐぶくろ』もヘファイトス製として入手です。




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第14話 アルスたちは、呪文を ふうじられた!



 感想、評価ありがとうございます。
 頂けると創作意欲が沸々と湧いてきます。

 勝手ながら投稿時間を変更しました。



 

 

 

 

 

 玉葱形をした軟泥状のモンスターが視線の先で跳ねる。半分液体のようなオレンジ色のスライムが笑った風な顔のまま跳ね回っていた。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――スライムベスに ダメージ!

――――――――――スライムベスを たおした!

――――――――――アルスたちは 20ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――スライムベスは 魔石を 落としていった!

 

 柔らかな体を震わせながら襲い掛かってきたスライムベスが、アルス・クラネルの一閃によって魔石を残して消滅する。

 戦闘終了を確認してリリルカ・アーデがスライムベスが落としていった魔石を回収する。

 ダンジョンから発生した直後に倒されてしまったので、スライム種に対する特攻スキルが目覚めてから喜び勇んで見敵必殺(サーチアンドデストロイ)なベル・クラネルはクロスブーメランを持って一人残念そうに肩を落としていたりするのは余談である。

 魔石を回収し終えて一行は進む。

 

「7階層のモンスターを一撃か。ここまでの階層での戦いでも思ったが椿の言った通り俺よりも強いな、アルスは」

 

 ヘファイトスファミリアの団長である椿・コルプランドの見立てを疑っていたわけではなかったが、ヴェルフ・クロッゾが心の中で抱いていた疑念は見事に晴れた。

 ダンジョンに突入して特に5階層以降に入ってからのアルスの戦いぶりはヴェルフから見ても驚くばかりだった。7階層に降りるまで、ほぼ一人で全てのモンスターを一撃で倒すことは今のヴェルフには出来ない。

 

「その強さの一因はヴェルフにあると思うよ」

「はは、そう言ってもらえると鍛冶師冥利に尽きるぜ。どうだ、『せいどうのつるぎ+3(得物)』の使い心地は?」

「前とは段違いだよ。武器が強化されてると攻撃力が全然違うね」

 

 アルスも同じことを考えていたので深く頷く。

 

「あれだけ質の良い物が出来るのなんざ、年に一回か二回くらいなもんだ。『ふしぎな鍛冶』様様だぜ。つまりはベル達のお蔭ってこった」

「でも、僕達ばかり良い思いをしすぎだよ。戦闘用アイテムまで貰って」

「気にすんなって。『ちからのゆびわ』はパーティーを組んでもらった礼だ」

「今更返せって言われてもアルスは返しそうもないけどいいの?」

「いいさ。埃を被ってた物を『ふしぎな鍛冶』で強化したんだ。有効に活用してくれ」

 

 元々、ヴェルフは保有していた『ちからのゆびわ』を『ふしぎな鍛冶』で打ち直し、強化された『ちからのゆびわ+3』は今、アルスが装備している。

 指に嵌める物だから最初は違和感を感じていたようだが、強化された『てつのつるぎ+3』と相まって激増した攻撃力のお蔭で、ベルがサポートしたとしてもここまでの階層での戦いはほぼアルスの無双状態と言えるものだった。

 

「あの後に『ふしぎな鍛冶』を使ったんですか?」

「いや、今日の朝だ。あの後も造ろうとしたんだが、集中力が続かなくて碌な物が出来なかった。来る前にヘファイトス様に聞いたら、曰く『レベルが足りない』ってことらしい」

 

 レベルが上がれば集中力も増えて、『ふしぎな鍛冶』で使える特技も覚えていくと併せて聞いたとヴェルフは続く。

 

「お二人とも喋っている間に新手が来ましたよ!」

 

 リリルカ・アーデの警鐘にベルとヴェルフが前を向くと、通路の角向こうから太鼓の音が聞こえてきた。

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 現れたのは、顔のついた太鼓を持った屈強な緑色のお化けのようなモンスターと白い二頭身の体に杖を持ったモンスターが2体。

 前者は相変わらず太鼓を叩いているが、後者の杖を持ったモンスターはアルス達を認識すると同時に敵意を向けてきた。

 

「ドルイドは魔法を使います! 気を付けてください!」

 

 ドルイドAが杖を構えたのを見て、リリルカのアドバイスに『てつのつるぎ+3』を抜いたアルスが飛び出す。次いでベルも動くがブーメランは必殺の威力は無いので『せいどうのつるぎ+3』を選択する。

 アルスには魔法があるが現状では7階層になるとブーメランと同じく必殺の威力はなく、パーティーで唯一の治癒魔法の使い手であるのでMPを温存する為に物理攻撃を選択したのだった。

 二人と違ってその場を動かなかったヴェルフはドルイドAに右手を向けながら詠唱していた。

 

「燃え尽きろ、外法の業――」

 

 ドルイドの魔法発動の方が速いがアルス達に焦りはない。

 

「――――ウィル・オ・ウィスプ」

 

――――――――――ヴェルフは ウィル・オ・ウィスプを となえた!

 

 ヴェルフの対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)が発動し、ドルイドAが放とうとしていた魔法の魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を誘発して爆発。

 

――――――――――ドルイドAの 魔法が失敗 爆発した!

――――――――――ドルイドAに ダメージ!

――――――――――ドルイドAを たおした!

 

 守備力が高くないドルイドAには大きなダメージで、魔石を残して消滅する。自爆の衝撃は間近にいたドルイドBとドラムゴートにも及び、体勢を大きく崩している。その隙に接近した二人が攻撃を仕掛ける。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは かえん斬りを はなった!

――――――――――ドラムゴートに ダメージ!

 

 アルスによる火を纏った斬撃はドラムゴートに確かなダメージを刻み込んだが、倒すには後少し攻撃力が足りなかった。ドルイドBを狙おうしていたベルが標的を変更する。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――ドラムゴートに ダメージ!

――――――――――ドラムゴートを たおした!

 

 ベルの追撃によって大きなダメージを負っていたドラムゴートは魔石を残して消滅する。残ったドルイドBの魔法が発動した。

 

――――――――――ドルイドBは マホトーンを となえた!

――――――――――アルスたちは、呪文を ふうじられた!

 

「――っ!」

 

 アルス達がドラムゴートを倒している間に接近していたヴェルフが、魔法封印魔法(マホトーン)によって声を出せなくなったままドルイドBに向かって『てつのオノ』を振り下ろす。

 

――――――――――ドルイドBに ダメージ!

 

 ドルイドBは弾き飛ばされたが、元気一杯という風情で再度杖を構えて魔法を放とうとする。

 

「っ!」

 

 そこへドラムゴートを倒して直ぐに転進していたアルスが『てつのつるぎ+3』を振り上げていた。

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――ドルイドBに ダメージ!

――――――――――ドルイドBを たおした!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 87ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――ドルイドBは まどうしの杖を 落としていった!

 

 新手が現れる気配はなく、アルス達は武器を収める。倒したモンスターの魔石とドロップアイテムの回収をリリルカが行っている間、ベルはモンスター達の強さを思い返す。

 

「7階層になるとアルスでも一撃で倒せないか。ヴェルフがソロで7階層に進出できないのも分かるよ」

「Lv.1がソロで潜れる限界は6階層までと言われてるぐらいだ。ソロだと攻撃・防御・回復、地上に帰還する為の余裕を残した上で全てを一人でやらないといけない。役割を分担できるからパーティーは楽でいい」

「一人増えるだけで大分変わるからね。多分、僕とアルスだけで戦ってたらもっと苦戦してたと思う」

 

 ドルイドAの魔法を防ぐ為にはアルスが魔法を使うか、ベルのブーメランを使うしかなく、その後の行動の選択肢が狭まる。ヴェルフがいなければダメージを負っていたが、アルスのMPを今以上に消費していたことは間違いない。

 

「…………苦戦以前に、クロッゾ様が『魔剣』を使っていれば危険を冒す必要もなかったとリリは思います」

 

 魔石とドロップアイテムを回収し終えたリリルカがチクリと零す。

 

「今の戦いで魔剣は必要なかっただろ」

「結果論です。もっとモンスターが多かったり、途中で新手が現れていたらダメージを負っていた可能性があります。『ちからのゆびわ』よりもどうせなら『クロッゾの魔剣』を渡すべきでした」

 

 リリルカの懸念も可能性に過ぎないが、ダンジョンでは備え過ぎるに越したことはない。

 そんなことはダンジョンに潜るヴェルフにも分かり切っていることだが、そうは出来ない事情が彼にはある。

 

「俺は、魔剣を造りたくない」

「だから、剣ではなく斧を使っているとでも? 恵まれたモノがあるのに使わないとは、随分と余裕がおありのようで」

 

 初顔合わせの時以来、どうにもヴェルフを嫌っている様子のリリルカが噛みつく。

 喧嘩上等のヴェルフも臨戦態勢で胸を張り、間に挟まれたベルがオロオロと二人の顔を見る。

 

「ソロだと防御を重視しなくちゃいけないから盾を持つのは必須。片手で使えて攻撃力の高い武器が斧だったってだけだ。俺の信条とは関係ねぇよ」

「じゃあ、その背中の剣はなんですか?」

「昔に打った魔剣だ。ソロだった時に危ない時用に持ってるだけだ。意地を張るのも自分の命があってのものだからな」

「命と天秤に賭けたら負ける程度の安い意地ですか」

「安かろうが意地は意地だ。ないよりはマシだろ」

 

 馬鹿にするようなニュアンスの言葉に、ハンと鼻を鳴らして応えるヴェルフ。

 バチバチと目で火花を散らす二人に、ベルはどうしたものかとオロオロとして、アルスは座り込んで地面に落書きしていた。

 

(やはり気に入りません、この人(ヴェルフ・クロッゾ)は)

 

 没落したとはいえ、鍛冶貴族と呼ばれた過去があり、ヴェルフは一族で唯一魔剣を打てる鍛冶師。しかも世界に名を轟かせるヘファイトスファミリアに所属していて、異常な成長速度のベル達に紹介されるということは将来を嘱望されているのは間違いない。にも拘わらず、本人は魔剣を打つことを断固として拒否している有様。

 クロッゾの末裔が魔剣を打てるのにどれだけ金を積まれても売らないと数年前に噂になっていた。噂レベルでも情報収集を欠かしてこなかったリリルカは特異な者もいるのだと記憶していた。

 恵まれた資質を持ちながら活かさないのに、都合の良い時に利用する。生まれからして真逆の立場にいるリリルカからすればヴェルフの存在自体が癪に障る。

 

――――――――――ガルーダは こちらが みがまえるまえにおそいかかってきた!

 

「リリ助!?」

 

 飛んできた鳥型モンスターが上空からリリルカを目掛けて急降下してきたことに真っ先にヴェルフが気づいて動く。

 

――――――――――ガルーダの こうげき!

――――――――――ヴェルフに ダメージ!

 

「ぐっ!?」

「クロッゾ様!?」

 

 リリルカを庇ったヴェルフが盾でガルーダの攻撃を受けるも苦痛に呻く。

 ガルーダは攻撃を放った後、上空に上がって旋回する。

 二人に駆け寄るも先にモンスターを倒すことを優先したベルは、上空を飛び回るガルーダに向かって背中で固定しているクロスブーメランを取って投げる。

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――ガルーダに ダメージ!

 

 右翼にクロスブーメランが直撃し、ダメージを負ったガルーダが落ちてくる。落下地点に先回りしたアルスが『てつのつるぎ+3』を振りかぶる。

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――ガルーダに ダメージ!

――――――――――ガルーダを たおした!

――――――――――アルスたちは 35ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――ガルーダは 魔石を 落としていった!

 

 

 

 

 








 7階層は、DQ11 ホムスビ山地のモンスターが出てきます。

 活動報告にて、「ダンまち×ドラクエ 除外代替魔法について」というのを挙げているので意見を頂けたら助かります。






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第15話 盗んだ

 

 

 

 

 

 攻撃を仕掛けてきたガルーダを倒した後、リリルカ・アーデが自分を庇ったヴェルフ・クロッゾの下へ駆け寄る。

 

「大丈夫ですか、クロッゾ様?」

 

 ヴェルフを気にしているリリルカの代わりにアルス・クラネルが魔石を回収する。

 

「その名前で呼ぶなって。おいちち……」

「アルス様、クロッゾ…………ヴェルフ様に治癒魔法を」

「『てつの盾』のお蔭で平気だって、これぐらい。『てつのよろい』も着てるんだ。殆どダメージはねぇよ」

 

 痛みはあるだろうが動くことに支障はなさそうで、腕を回すヴェルフに庇われたリリルカはホッと安堵の息をつく。

 

「いいなぁ、『てつのよろい』」

 

 ヴェルフが装備している『てつのよろい』は『くさりかたびら』よりも二段階はランクが上の装備なので、ベル・クラネルは羨まし気に見る。

 

「速度を重視するベルにはあまり合わんだろ」

「だよねぇ」

 

 鍛冶師として見抜いていたヴェルフの言うように自覚のあったベルは肩を落とす。『てつのむねあて』ならともかく、全身鎧はベルの戦闘スタイルに合わない。

 

「俺の場合、ソロだったから身の守りは死活問題だからな。鍛冶師の特権で自分専用に良い物を誂えたが、7階層になると良い装備でも限界があるがパーティーを組んだのなら別だ。これからはお前達の装備は手に入れた素材でどんどん良い物にしていくぜ」

「うん、頑張るよ」

「その意気だ。『せいどうのよろい』に必要な素材は後一つだけだ。『ホカホカストーン』はこの階層のどっかにあるはずだから探そうぜ」

 

 歩き出したところで、リリルカは前を歩くヴェルフの背中を見上げて眉を顰める。

 

「造るなら『せいどうのよろい』よりも、ヴェルフ様が着ている『てつのよろい』の方がいいのでは? ベル様には合わなくてもアルス様なら問題ないでしょうし」

「装備する分には問題ないんだけどね……」

 

 他の部分で問題があるのだとベルは続ける。

 

「問題、ですか?」

「金がかかる」

「え? ヴェルフ様が造るのであれば足りない素材分だけで良いのでは?」

「同じヘファイトスファミリア内ならな」

「まさか……」

 

 本来、製法を記した手法(レシピ)はファミリア内だけで共有されるもので、外部の者の為に使うことはご法度とされている。

 門外不出のレシピを閲覧可能になると、制約の魔道具と契約を行い、破ると呪い等の罰則(ペナルティ)がかかるようにしているファミリアもあるほど重要という証拠。

 

「申し訳ありません。リリの早とちりでした……」

「外部の鍛冶系ファミリアとパーティーを組むなんてことは殆どないから仕方ないさ。俺もヘファイトス様に教えられて初めて知ったぐらいだ」

 

 考えてみれば当たり前のことを失念していたリリルカの謝罪を、ヴェルフは気にしていないと笑い飛ばす。

 

「つうわけで、ヘファイトスファミリアのレシピで装備を造るなら別途金が必要になってくる。それが嫌なら一からレシピを作るか、どこからかレシピを得るしかない」

「ヘファイトスファミリアのレシピを使う場合でも、素材さえ集めれば作業代だけだから少しは安くなるみたいだよ」

「苦労に見合うとは限りませんね。新品を買うのとほぼ変わらないのでは?」

 

 ベルが擁護するがリリルカはヴェルフへの疑いを消せない。

 

「そうだな。例えば今、俺が装備している『てつのよろい』は新品で18000ヴァリスする」

「ええ、そのぐらいですね」

 

 武器・防具の値段には詳しいリリルカも同意の値段。

 

「必要な素材は『てっこうせき』3個、『みがきずな』2個、『けもののホネ』の合計6個あればいい。『てっこうせき』が一つ1200ヴァリス、『みがきずな』が一つ2500ヴァリス、『けもののホネ』が1000ヴァリスぐらいだったか」

「今の相場は大体その辺ですが…………残り8400ヴァリスが作業代ですか」

「後は鍛冶に使う物の備品代も含んでいるぞ」

 

 薪に樽、鉄製の作り付けられた棚に始まり、大小複数の槌、鋏、鉄床など鍛冶道具といっても千差万別で、『ふしぎな鍛冶台』のようにハンマーさえあれば良いというものではない。

 かといってレシピを得ようにも、高ランク用のレシピは下手をすれば第一級冒険者が使う武器防具よりも高い価格で設定されている物もある。

 

「仮に素材を集めて装備を鉄製品で揃えようとしても、今のヘスティアファミリア(僕ら)じゃあ払えないよ。レシピを買う方が高くつくしね」

 

 防具を揃えるのに資金のかなりを費やしたので、無理をすれば買えないこともないが後々の資金計画に響く。

 

「良く使う物でないのなら損が多すぎますね。普通は鍛冶系ファミリア以外は武器防具系のレシピなんて持ってませんし、ぼったくりでは?」

「俺達も慈善事業をやってるわけじゃないからな。じゃなきゃあ、鍛冶師も育たねぇ」

 

 道理で昨日の帰り際にヘファイトスが申し訳なさげに『どうぐぶくろ』を無償で渡してくるはずだとベルは納得した。

 ベルも知らないことだが、ヘファイトスもまさかアルスが既に複数のレシピを得ているとは予想だにしていなかったのだろう。ようやく点と点が線で繋がったアルスは納得して、肩から下げている『どうぐぶくろ』に手を伸ばす。

 

「理屈は分かりますが……」

「だから、俺ばっかり貰い過ぎだから少しでも返せたらって、『ちからのゆびわ+3』を渡したんだ。俺の私物を渡す分には金はかからねぇからな」

 

 トントンとヴェルフの肩が叩かれた。

 

「ん? どうしたアルス――」

 

 振り向いたヴェルフの視界を埋める紙の束。

 アルスが突きつけている紙の束がレシピであることに気づいたヴェルフは絶句する。

 

「お、おま、こ、これ、どこで!?」

 

 →拾った

   盗んだ

 

「拾ったって、どこにこれだけのレシピが落ちてんだよ…………うわぁ、これって俺も見たことのないやつだぞ」

 

 紙の束を受け取って次々とレシピを捲っていくヴェルフは、ヘファイトスファミリアの上級鍛冶師の中でも団長の椿などの幹部レベルしか閲覧出来ないようなレシピに目が釘付けだった。

 

「アルス、まさか……」

「やったな、ベル! これで素材さえ集めれば良い武具を幾らでも作ってやれるぞ!」

「う、うん」

 

 双子の弟の悪癖を良く知っているベルは限りなく正解に近い答えに瞬時に辿り着いたが、喜色を露わにして肩をバンバンと叩いてくるヴェルフの勢いに飲まれて追及することが出来なくなった。

 ヴェルフが負い目に感じていたのは、半ば無理やりに『ちからのゆびわ+3』を謝罪と共に押し付けてきた時にベルも分かっていたから喜びに水を差すことが出来ない。

 10枚を超えるレシピを数日の短期間でアルス一人で手に入れられたはずもなく、事件や噂になった話を他の人やギルドのエイナ・チュールから聞いたことがないので口を閉じておくことにした。

 

(売れば一財産築けまずが……) 

 

 チラリと見ただけでも第一級冒険者が持つ武具のレシピだったので、最低でもリリルカがソーマファミリアを脱退できるだけの金を得ることが出来るだろう。但し、鍛冶師でもないリリルカでは手にする動機がなく、何よりも今の心地よい関係を崩すことに躊躇いを覚えていた。

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 即座にベル達三人は武器を抜いて戦闘態勢に入り、リリルカは下がって自身の身の安全を確保する。

 

――――――――――くさった死体は どくのねんえきを はなった!

――――――――――アルスは どくのねんえきを はらいとばした!

 

 くさった死体が口から吐き出した粘液を、『せいどうの盾』で受けたアルスは気持ち悪そうに『どくのねんえき』を振り払う。

 アルスの後ろで備えていたベルがガルーダに放った後、持ったままのクロスブーメランを投げた。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――まものむれに ダメージ!

 

 最初にくさった死体、ドロル、ぬすっとウサギにと順番に命中するが、ブーメランによる攻撃は敵に当たる度に威力を落としていく。それでも攻撃を受けたモンスター達の行動を遅らせる効果は確かにあった。

 

「おらぁっ!」

「はっ!」

「やっ!」

 

――――――――――ヴェルフの こうげき!

――――――――――ドロルに ダメージ!

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――くさった死体に ダメージ!

――――――――――くさった死体を たおした!

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――ドロルに ダメージ!

――――――――――ドロルを たおした!

 

 『せいどうのつるぎ+3』に持ち替え、ドロルにかえん斬りを放った直後のベルに向かってぬすっとウサギが踏み込んだ。

 

――――――――――ぬすっとウサギは ドロップキックを はなった!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

「うわっ!?」

 

 ぬすっとウサギは勢いをつけて高く飛び上がり、揃えた両足で思いきり蹴り飛ばされたベルがもんどりうって倒れる。

 

「この野郎! おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフの こうげき!

――――――――――ぬすっとウサギに ダメージ!

 

「か、固ぇっ!?」

 

 これまでの階層どころか同階層のモンスターと比べても明らかに固いぬすっとウサギの守備力を、ヴェルフは放った『てつのオノ』による攻撃の手応えから感じ取った。

 ヴェルフの様子から即座に相手モンスターの能力を読み取ったアルスが『せいどうの盾』を捨て、『てつのつるぎ+3』を両手で持った。すると『てつのつるぎ+3』が光を放つ。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、渾身切りを はなった!

――――――――――ぬすっとウサギに ダメージ!

――――――――――ぬすっとウサギを たおした!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 93ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――くさった死体は くさりかたびらを 落としていった!

――――――――――ぬすっとウサギは ぬすっとグローブを 落としていった!

 

 ふぅ、とアルスは息を吐きつつ、『てつのつるぎ+3』を一度軽く振って背中の鞘に直す。

 

「アルス様、ベル様に治癒魔法を!」

 

 ぬすっとウサギにドロップキックを受けたベルは地面に伏せたまま苦悶に呻いており、これは治療の必要があると判断したリリルカがアルスを呼ぶ。

 

「ホイミ」

 

――――――――――アルスは ホイミを となえた!

――――――――――ベルの キズが かいふくした!

 

 アルスの治癒魔法の光を受けたベルの表情から苦悶の色が消える。

 

「ありがとう、アルス。助かったよ」

 

 光が消えた後、礼を言いながら攻撃など受けなかったかのように立ち上がるベルにヴェルフが感心したようにアルスを見る。

 

「話には聞いていたがアルスは本当に治癒魔法も使えるんだな。駆け出しで前衛なのに三つも魔法に目覚めて、一つは治癒魔法なんて大したもんだ」

 

 7階層に来るまでの間に多数のモンスターに対して爆発呪文(イオ)を、ガルーダのように上空を飛ぶモンスターを落とすのに火炎魔法(メラ)をそれぞれ一回ずつヴェルフの見ている前で放っていた。

 ざっくりと攻撃と治癒魔法を使えると事前に説明していたが、まさかもう一つ魔法(ギラ)を使えるとは魔法スロットは3つまでと先入観があるので思いつきもしないだろう。

 

「そうだよね、はは」

「ふふん」

 

 パーティーを組んでいればその内に披露する機会もあるだろうが、問い詰められる苦労を先延ばしにしたベルは本当のことが言えず苦笑し、リリルカは閃光魔法(ギラ)のことを知っているので勝ち誇った顔をしていた。

 二人の反応にヴェルフは奇妙な物を感じていたようだがモンスターのドロップアイテムの方に気を取られた。

 

「『くさりかたびら』と『ぬすっとグローブ』がドロップアイテムか。運が良いぞ、これは」

 

 少し汚れている『ぬすっとグローブ』はともかくとして、『くさりかたびら』はところどころ穴が開いている上に、くさった死体の肉等は消滅と共に消えたので付いていないが腐臭だけは消しようがない。

 サポーターの役目を果たす前にドロップアイテムを回収してしまったヴェルフにリリルカの目は厳しい。

 

「『くさりかたびら』はくさった死体の匂い付きな上にボロボロですけどね」

「洗って補修すれば、また使えるんだ。新品を買うより安上がりだろ」

「そうですが……」

 

 ヴェルフの言うことは最もだが、生理的に死体が纏っていた物を使うことに忌避感は拭えない。

 むむ、と眉間に皺を寄せるリリルカにベルは良いことを思いついたとばかりに表情を輝かせる。

 

「直したらリリが使ってみたら?」

「…………申し出は有難いのですがリリにはサイズが合いそうにありません。これだけサイズが違うと調整も出来ないのでは?」

「そうだな。流石に無理だ。俺は『てつのよろい』の下に着てるし、二人は言わずもがな。リリ助も無理となると、予備としておいておくか、使わないのならいっそ売ってしまうって選択肢もあるな」

「『くさりかたびら』は売れば2500ヴァリスになります」

「じゃあ、売った方がいいかな」

 

 置いていても使い道がないということで、満場一致で補修して売却するということになった。

 

「やっぱり7階層になるとモンスターの強さは違うな。ソロだったら間違いなく死んでた。パーティーを組んで良かったぜ」

 

 飛行能力を持つガルーダや特に防御能力の高いぬすっとウサギなど、複数で遭遇(エンカウント)すればヴェルフ一人では対処しきれなかっただろう。

 

「僕達も同じ思いだよ」

「大分、ヴェルフ様は厚かましいとリリは思いますがね。Lv.2になって鍛冶のアビリティを取得するまでの期限付きなんて、完璧に臨時のパーティー要因じゃないですか」

「取り敢えずの、だぞ。『ふしぎな鍛冶台』がある以上は長い付き合いになるのは確実なんだ。一回の冒険での取り分は、幾つかの素材とその日の冒険で得た金額の一割で良いんだ。アルスが持ってたレシピがあるんだから俺とベル達は悪い関係じゃないと思うぞ」

 

 同じように外部ファミリア参加のリリルカには口を出す権利は本来ないとも続ける。

 

「むぅ、それはそうですが……」

 

 それを言われてしまうとリリルカは何も言えなくなってしまう。

 

「安心して、リリ。ヴェルフがパーティーに入ってもリリの取り分を減らすなんてことはしないから」

「そうなるとヘスティアファミリアが損をしませんか?」

「ヴェルフがいてくれるから、武器購入の為の貯蓄の必要性が減ったから実質的には変わらないよ。それにヘファイトス様からそれ以上の物を頂いているからね」

「ああ、『どうぐぶくろ』ですか」

 

 リリルカの目がアルスの肩に斜め掛けされている道具袋に向けられる。

 

「収納限界が無く、どれだけ物が入っても大きさも重さも変わらない神造アイテム。まさかそんな物が実在するなんて、サポーター泣かせのアイテムです」

「ヴェルフに『ふしぎな鍛冶台』を使わせてもらう礼にってアルスが勝手に貰っちゃったんだ。こんな凄い物貰えないから返そうと思ったら受け取ってくれないし」

「レシピがないと思ってたから、ヘファイトス様も詫びの気持ちだっただろうからな。仕方ないさ」

 

 ヘスティアは『どうぐぶくろ』の効果を聞いて、「四次元ポケット……」なんて呟いていたがベルには意味が分からなかった。

 

「お蔭で『どうのこうせき』として使えるメソコボルトが持っていた『どうのつるぎ』を大量に入れても余裕があるんだ。使える物は使わないとな」

「神話に登場するような神創武器に匹敵するアイテムを軽くなんて考えられません。リリは絶対に持ちませんからね!」

 

 当初はサポーターであるリリルカに『どうぐぶくろ』を持ってもらうつもりだったのだが、この調子で断固として拒否。

 実際は売り払うか迷うに決まっているので持てなかったのだが、結論としては一緒なのでリリルカは敢えて言わなかった。

 

「あっ、ホカホカストーンを見つけたんだ、アルス」

 

 大事な物ということで、一番生存能力が高いアルスが持つことになったのだが、当人は『せいどうのよろい』の素材を見つけて拾っていた。

 

「『せいどうのよろい』よりもっと上のレシピもあるが造るのか?」

「…………素材はこれで全部そろってたよね?」

「ああ、麻の糸は工房にあるからな」

「じゃあ、頼んでおこうかな。ランク上の防具が今すぐ作れないなら目先の戦力向上を計っておくよ」

 

 ベルも怪物祭(モンスターフィリア)での戦いでアルスがLv.2になっていれば死ぬような思いをしなかったはずと、ヘスティア同様に出来る備えは早めにしておこうと常々考えていた。

 買ったばかりで一回しか実戦で『くさりかたびら』を使っていないことになるが、少しの守備力の差が戦局を左右する可能性があるなら教訓から学んだベルに迷いはない。

 

「正しい判断だと思います。ダンジョンは何があるか分かりませんから。備えは万全にしておくべきです」

「よし、分かった。帰ったら早速造るぜ」

 

 今後の方針が決まったところで8階層に降りれる階段の近くまで来ていた。

 

――――――――――ごうけつぐまが あらわれた!

 

 階段前には大きな熊型のモンスターが座って眠り込んでいる。

 

「7階層の実質的な階層主と言われる『ごうけつぐま』です。先程の『ぬすっとウサギ』よりも強敵ですよ」

 

 ごうけつぐまはある程度の距離に近づいたら目覚めるということで、気づかれないようにリリルカが小声で話す。

 

「そろそろ時間だし、このモンスターを倒したら地上に戻ろうか。みんなで帰りに豊穣の女主人でご飯食べない?」

「リリは構いません」

「悪いが俺は止めとく。今は早く帰って『せいどうのよろい』を造りたい」

 

 この後の行動も決まり、最大火力で倒そうと三人はごうけつぐまに迫った。

 

 

 

 

 



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第16話

 

 

 

 

 

 ガヤガヤとダンジョン帰りの冒険者で賑やかな豊穣の女主人にクラネル兄弟とリリルカ・アーデの姿があった。

 今日は三人でテーブルを囲み、配膳された食事に舌鼓を打つ中でベル・クラネルの表情は暗い。

 ガツガツと全く気にせず食事を進めているアルス・クラネルと違って、雇用主(クライアント)に対面で暗い顔をされたらご機嫌を窺わなければならない立場のリリルカが口を開く。

 

「ベル様、まだ気にされておられるのですか?」

「やっぱり『ぬすっとのグローブ』は売った方がいいと思うんだ」

 

 日中のダンジョン探索で遭遇したぬすっとウサギのドロップアイテム『ぬすっとのグローブ』。

 普段ならば冒険で得た魔石やドロップアイテムはギルドの換金所で現金化している。換金額は状況によって変動するので想定値を下回った場合は売らない時もあったが、『ぬすっとのグローブ』は査定すら出さずに今はベルの手に嵌められている。

 

「話し合ってベル様の装備となったのです。諦めて下さい」

「でも、売ったら15000ヴァリスになるんだよ」

 

 15000ヴァリスで買い取られるレアアイテムは上層ではかなり希少で、同じ冒険で獲得したドロップアイテム『まどうしの杖』で6500ヴァリス。魔法を使える者がアルスだけで戦士系なので杖を持っても鈍器としてしか使いそうにないので、『まどうしの杖』は売却されていた。

 

「リリも目先の利益を取るなら賛成ですが、『ぬすっとのグローブ』はレアアイテムの部類だけあって効果は確かです。ダンジョンに潜るなら装備の充実を図るのは必要なことです」

「なら、アルスに装備させたらいいんじゃ」

「アルス様は盾を持っていますし、明日にはヴェルフ様次第で『くさりかたびら』より守備力の高い『せいどうのよろい』に代わります。ベル様の身軽さを優先しつつも守備力を上げられる『ぬすっとグローブ』は適任です」

 

 今日のダンジョン探索で『せいどうのよろい』作成のアイテムは揃い、別れ際に明日持ってくることを宣言したヴェルフはスキップでもしそうな元気振りで自分の工房に帰って行った能天気な姿がリリルカの脳裏に浮かび上がる。

 『ぬすっとのグローブ』は装備するだけで守備力を向上させる(+3する)効果を持つ。盾持ちで鎧もワンランク上の防具に代わり、守備力が向上するアルスに更に『ぬすっとのグローブ』を装備させるよりもベルに持たせた方が良いと考えるのは自然の流れ。

 盾のように重量のあるアイテムではないので、ベルの戦闘スタイルを阻害するものでもないのは主な理由だった。

 

「うう、でも『ぬすっと』のグローブなんて名前の装備を持つのは……」

「名前に拘ってどうするのですか」

 

 ベルとしてはアイテム名が問題なのだが、英雄願望のことなど知る由もないリリルカは呆れるばかり。

 

「そうだ! リリかヴェルフが持てば」

「リリではサイズが合いません。ヴェルフ様は十分な装備があるので必要はないでしょう」

 

 思い付きは簡単に否定される。

 肩を落とすベルに、パスタをかき混ぜたリリルカは横目で我関せずに食事を続けているアルスを見て、ある種能天気な性格が妬ましくなる。

 

「諦めるべきです。多数で決めたことは少数ではひっくり返せませんよ」

 

 気持ちの問題を理性的に論理で纏めれば、子供ではないのでベルも何時までも駄々を捏ねてはいられない。

 

「分かったよ。お金に見合う活躍をしてみる」

「ほどほどでお願いします。完全な補填は出来ませんが、ヴェルフ様が補修される『くさりかたびら』には殆ど元手がかからないのですから気負うことはないと思います」

 

 気合いを入れるベルにリリルカは釘を刺しておくことを忘れない。

 半ば機先を制されたベルは一度頷いてみせて、フォークに巻き付けたパスタを口に運んだ。

 

「そのヴェルフが今日初めてパーティーに入ったけど、どうだった?」

「内容が抽象的ですが…………そうですね、恵まれていながら活かそうとしない奇特な人だとは思います」

「つまり?」

「サポーターへの偏見もありませんし、パーティーの一員として実際に守ってくれたので頼りにはなります。今のヘスティアファミリアには得難い人材であることは間違いないでしょう」

「そこまでなんだ」

「はい」

 

 今まで一緒に行動してきた冒険者の中で最もサポーターであるリリルカを守ってくれた相手でもあったので素直に答える。

 

「ベル様達の特異性に神創武具並のアイテムの存在が、ヘスティアファミリアを規模は最小なのに特異に特異を重ねたファミリアにしています」

「だよね。お蔭で新規団員の獲得も慎重にならざるをえないし、他のファミリアとの協力にも躊躇う。ヴェルフがパーティーに入ってくれたのも、神様同士の仲が良かったからで、普通はありえないと思う」

 

 創設・冒険歴共にまだ一ヶ月も経っていない零細ファミリアと、外部ファミリア所属の小人族(パルゥム)のサポーター三人のパーティー。

 スキルによるステータス表記変化による早くなった強くなる速度と、『ふしぎな鍛冶台』と『どうぐぶくろ』の存在によってヘスティアファミリアは閉鎖的ならざるをえず、仮に新規団員希望が現れても容易に受け入れ難い状況にあった。

 

「経緯はなんにせよ、ヴェルフ様のパーティー入りは間違いなくプラスに働くのは間違いありません」

「ヴェルフが入ったことで出来ることは増えたもんね」

「単純に手数が増えただけではなく、役割分担が出来るようになったのは大きいです。後ろから見ているだけのリリにもパーティーに安定感が増したのが分かります」

 

 装備の質が上がったりアルスが盾を持った影響もあるにせよ、リリルカの守りをヴェルフと分担出来るようになったアルスの行動の選択肢が増えたのは大きい。

 

「他にも、普通のパーティーならまずいない鍛冶職なので、両ファミリアの関係性を考えるなら今後とも長く付き合いを続けていけるでしょう」

 

 ヴェルフが『ふしぎな鍛冶』を使っているが、所有権は変わらずヘスティアファミリアにあり、主神同士の関係性もあって易々と切れる状況にはない。

 

「懸念点としてはアルス様とベル様が早く強くなりすぎて、Lv.差が広がってパーティーを組めなくなる時が来ることでしょうが、ヴェルフ様のパーティーへの志望理由を考えればLv.2になりさえすればパーティーを組む必要はなくなるので問題はありません。パーティーを組まなくても鍛冶師なので関係は続けていけますし」

 

 そこら辺はサポーターであるリリルカも似たようなもの。

 アルス達が順調にレベルアップを重ねて適正階層が中層や下層になれば、Lv.1のサポーターであるリリルカでは共に行動することは出来なくなるのだから。

 

「ヴェルフがパーティーから抜けた後の考えると、アルスがLv.2の内に新規団員が入ってくれるのが望ましいけど難しいところだよね。それこそ秘密を既に知っている人に入ってもらうのが最も手間が無い」

 

 チラリとベルが意味ありげにリリルカを見る。

 

「ならば、ヴェルフ様を誘うのが如何でしょうか。全ての条件に当てはまります」

 

 その視線の意味を理解しながらもリリルカは敢えてとぼけてみせる。

 

「ヴェルフにも勧誘はしたよ。ヘファイトス様の下で学びたいって袖にされちゃったけど」

 

 鍛冶師として今の環境を手放してまでヘスティアファミリアに入団する気はないのは当然のこと。あっさりと断られたことを思い出し、ベルは苦笑して肩を落とす。

 ベルとしても無理強いするつもりはなく、悔しい気持ちはある。

 

「勧誘は続けるけど、前にも言ったけどリリはどうかな? 僕はリリにこそヘスティアファミリアに来てほしいと思っている」

 

 来た、とリリルカは膝の上に置いた手をギュッと握る。

 

「…………条件があります」

「聞くよ」

 

 即答する迷いのないベルの返事に一瞬言葉を失うが、直ぐに気を取り直して口を開く。

 

「ソーマファミリアには幾つかの決まりがあります。その中にファミリアを抜けたい場合、脱退金1000万ヴァリスを支払うこととあります」

「1000万ヴァリス!?」

 

 及び腰になるはずだと予測していたリリルカの期待を裏切って、ベルは徐々に心を落ち着けていた。

 

「そうか、1000万ヴァリスか。今すぐは無理だけど、払えない金額ではないね」

「え? 1000万ヴァリスですよ」

「確かに高いよ。でも、第一級冒険者の武具よりは安い」

 

 ベルの脳裏を過るのは、エイナと共に行ったギルドにあるヘファイトスファミリア支部にあった『ケイオスブレード』の値段4500万ヴァリス。

 

「階層を潜るほどに、魔石やドロップアイテムの質が上がって換金額が確実に上がっている。今の僕達なら順調に到達階層を伸ばせると思うんだ。流石に下に行けば速度は鈍るだろうけど、今の面子なら中層にも進出できるし、装備更新の問題はアルスが持っていたレシピ集で解決したから1000万ヴァリスを貯めることは決して不可能じゃないよ」

 

 それほど厳しい金額ではないと判断出来た根拠の理由。

 今まで問題になっていたヘスティアファミリアの懸案事項だった強くなる速度がここで活きてくる。今でも階層を潜るほどに獲得金額は段階的に増えているのだから、1000万ヴァリスは決して届かない金額ではないとベルには思えた。

 

「リリのLv.とステータスでは中層にはお供できません」

「それこそヘスティアファミリア(うち)に改宗すればリリのステータス表記も変わる可能性は高いから、僕達と同じように劇的に強くなるかもしれないよ。これに関しては試してみないと分からないけど」

 

 サポーターがパーティーにいるのは当たり前のことなので、Lv.1であっても中層に行くことは珍しいことではないことをベルは知っている。

 スキルの目覚めによるステータス表記変更は最初に目覚めたアルスを別にして、前例がベルしかいないので確実とは言えない。逆に目覚めないことが分かることも十分に収穫となる。

 

小人族(パルゥム)にそんな奇跡など得られるはずがありません」

 

 小人族(パルゥム)はヒューマンや他の亜人と比べ、その可愛らしくも小さな外見も相まって種族としての潜在能力は最も劣っていると言われている。事実、遥か昔日から現代にかけて小人族(パルゥム)が世界に轟かせた武勇伝は他の種族と比べて圧倒的に少ない。

 そんな小人族《パルゥム》の一人として、物凄い速さで強くなっているベル達に憧憬を抱いていたリリルカには魔性の誘惑であったが、自分にそのような奇跡が起こるとは決して思えない。

 

「前例がないのですから、何も変わらない可能性の方が高いです」

「仮に何も変わらなかったとしても、ダンジョンに入らなくても、リリの頭脳は十二分に僕らの助けになってくれるはずだ」

 

 リリには副団長の立場を用意している、とベルは褒め殺しに来ているのではないかと思えてしまうほどだった。

 

「何故、そこまでリリに拘るのですか」

「最初は僕達に都合の良い存在だったからかな」

 

 新規団員獲得の為、最もリリルカが良い立場にいたから。

 自分からサポーターとして売り込んで来て、流れもあったとはいえベル達の秘密を共有しても誰に言うでもなく関係が続いている。

 

怪物祭(モンスターフィリア)で必ずしも必要ないのに一緒に戦ってくれたこと、とても感謝してるんだ」

「逃げるタイミングを逃しただけです」

「そう言うリリだから同じファミリアでやっていきたいと僕は思っている」

 

 始まりがなんであっても、一緒に接して性格・能力共に申し分なしとなれば誘わない理由はない。

 

「…………リリは生まれた時からソーマファミリアの団員です」

 

 ファミリアからはぞんざいな扱いをされ続け、逃げ出して善良な老夫婦の家に住まわせてもらったこともある。

 しかし、これもファミリアの冒険者のせいで台無しになってしまい、巻き込まれた老夫婦から罵倒され追い出されてしまった過去がリリルカを卑屈にさせていた。

 

「ソーマファミリアがどんな過酷な場所でも、環境を変える勇気が、踏ん切りがつきません」

 

 ベルの善意は本物だろう(また騙されるに決まっている)

 ベルを信じたい(冒険者はみな同じだ)

 

「今暫く考える時間を下さい」

「何時までも待つよ。1000万ヴァリスを稼ぐ必要もあるからね」

「脱退金に関しては、リリルカにも貯えがあるので1000万ヴァリス全額は必要ないです」

 

 今の状況が心地よいと感じているから、結論の先送りしかリリルカには出来ない。

 

「だとしても、そのお金はヘスティアファミリアが支払わせてほしい。リリにはそれだけの価値があると向こうにも知らせたいから」

「…………泣かせるようなことを言わないで下さい」

「え、そんな泣かせるようなこと言った?」

 

 なんでもないように言うベルを信じたいけど信じられない。

 

(冒険者は敵なんです。敵、なんです)

 

 涙が浮かびそうになるのを必死に堪えて、リリルカは心の中で呪文のように同じ文言を繰り返す。でなければベルに絆されてしまいだった。

 

「ベルさんは天然ジゴロ……」

 

 と、給仕の仕事をしながら通る時に断片的に二人の話を聞いていたシル・フローヴァがそんなことを言っていたりしていた。

 

 

 

 

 

 



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第17話 傍観する



 本日、原作19巻が発売です。
 仕事で買いに行けぬ……。こういう時に限って連勤だとは。
 話の展開次第では、学区編を前倒しで入れないといけなくなるかもしれないのに。

 私、ニイナ・チュールが気になります。





 

 

 

 

 

 豊穣の女主人で夕食を取り会計を済ませた後、帰宅するリリルカ・アーデを見送ったベル・クラネルは双子の弟のアルスがトイレに行ったので店先の脇で戻るのを待っていた。

 

「アルス、まだかな……」

 

 リリルカを見送った後に帰ろうとした時にトイレに向かってから割と長い。

 結構な時間を店先で待たされているベルはボンヤリとした目で夜になっても人が絶えないストリートを見ながら、背後の豊穣の女主人でとある人物がいなかったことを思い出した。

 

「そういえば、あのエルフの人いなかったな。確かリューさんだったけ」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)の日の朝にシル・フローヴァが忘れた財布を届けてほしいとベルに頼んできたエルフの姿が今日の豊穣の女主人にはなかった。休みだったのか、別の理由か。

 英雄譚に登場する見目麗しいエルフによって性癖を歪まされて、金髪長髪エルフ好きのベルはエルフであるだけで気になる。

 ベルがリューのことを考えていると、眼前で誰かが立ち止まった。

 店先の脇にいるが豊穣の女主人に入るのに問題のない位置に立っている。

 眼前に立つのは種族はヒューマンで男。体格はかなり良く、年齢は確実にベルよりも上だろう。その目は店の入り口近くに立つベルに向けられていて、明らかに何がしかの用があることを窺がわせていたが見覚えが無いので面識はないはず。

 

「ようやく見つけたぞ、ガキ」

 

 別人と間違われているのかと辺りを見渡すも、それらしい人物は近くにいない。

 恍けられている思ったのか、男は苛立ったように舌打ちをした。

 

「お前だよ、白髪のお前」

「どちら様ですか?」

 

 ガキにお前と、初対面なのに相手を下に見ている態度の冒険者風の男にベルは胡乱気な目を向ける。

 

「お前が飼ってる小人族(パルゥム)の前の主人だよ」

「…………小人族(パルゥム)がリリのことを指しているとしても、仲間を飼ってるなんて表現しないで下さい」

「サポーターなんて大して役にも立ちもしねぇ能無しだ。何を怒っていやがる?」

「あなたは!」

 

 ベルは目の前の男――――ゲド・ライッシュに対して不快感を覚えて声を上げる。だが、ゲドの方は何故怒っているのかと本気で理解していない態度だった。

 そもそもゲドの目的はリリルカであって、ベルではないのだ。ゲドはベルの反応を無視して話を続ける。

 

「なんだっていい。こっちに来い。場所を変えるぞ」

 

 ベルが怒っていることはストリートを歩く者たちにも分かり、冒険者の街だけあって喧嘩を見世物とする風潮もあるオラリオでは見物しようとする者もいる。

 注目を集めているのを察したゲドが顎で近くの路地へと誘い、内容が内容だけに無視できなかったベルも後についていく。

 路地に入って少し歩いてストリートの喧騒が遠くなった場所で歩みを止めて振り返ったゲドは、ついてきたベルを確認して口を開く。

 

「話は簡単だ。あの糞小人族(パルゥム)が勝手に俺のパーティーを抜けやがったんだ。その落とし前をつけてもらうぜ」

「落とし前?」

「金だよ、金。絞り取れるだけ搾り取らなきゃ割に合わねぇ」

 

 ゲドの言い分を聞いて、ベルはますます不快さを募らせていく。

 要するに金銭を巻き上げようと画策しているということであり、冒険者としても人間としてもあるまじき行為だ。

 ベルの心情などお構いなしのゲドは話を進めていく。

 

「どうせなら糞小人族(パルゥム)を嵌めるのに協力しろよ。そうしたら分け前をくれてやる」

「…………リリがあなたに何かしましたか?」

「あん? サポーターなんざ、冒険者(俺達)のお零れに預かれなきゃ生きていけねぇ奴らだ。どうしようが冒険者(俺達)の自由だろうがよ」

 

 この発言を聞いて、ベルの中で怒りが爆発しそうになる。同時にエイナ・チュールから聞いたサポーターの扱いの悪さを思い出した。

 他派閥のサポーターのことで親身になるベルが異端であり、蔑視の対象になりやすいと言っていたその意味を目の前で見せられる。

 明らかにベルの表情に怒りが浮かんだことを見て取ったゲドが鼻で笑う。 

 

「はっ、小人族(パルゥム)の女が好みか。神達が言うところのロリコンってやつかよ」

 

 ベルがオラリオに来たのは女の人との出会いを求めてという面があり、年頃なので女の人に興味はあるのは事実。

 

「まあ、あの糞小人族も小さい割には出るところは出ているからな。楽しむ分には悪くねぇんじゃねえか」

「今ならリリが冒険者を嫌いだと言った理由が分かる」

 

 ベルは静かに呟くと、ゲドに対する敵意を隠すことなく表出させる。

 しかし、ゲドはそれを見ても余裕綽々な態度を崩さない。むしろ、馬鹿にするように口角を上げて笑みを浮かべている。

 

「あなたのような下衆と一緒にしないで下さい。僕から言えるのは一つだけ――――――今すぐ僕の前から消えろ」

「なんだと……?」

 

 格下と見下している相手から舐めた態度を取られてゲドの顔色が変わる。

 

「消えろと言ってるんだ。リリは僕達の仲間で素敵な女性だ。仲間を物扱いするような人にリリは絶対に渡さない」

 

 ゲドの目つきが鋭くなる。だが、それも一瞬のこと。すぐに余裕を取り戻してゲラゲラと笑い出した。

 

「はっ、テメェらのことは調べたぜ。冒険者になって一カ月も経ってない駆け出し風情がキャンキャンと良く吠える」

 

 ゲドの指摘にベルは内心で苦笑する。

 確かにゲドの言う通り、ベル達はダンジョン探索を始めてからまだ日が浅い。Lv.2への最速ランクアップ記録が一年である以上、普通ならばステータス評価値は良くても下から数えた方が早いはずで、まさか既にベルがLv.1でも上位にいるなど考えられるはずがない。

 

「馬鹿は死ななきゃ直らねぇらしいからな。死なねぇ程度に教育してやる!」

 

 言いながらゲドは背中に差していた片手剣『さんぞくのサーベル』を抜き放った。ベルも腰の剣帯からブロンズナイフを抜く。

 

(男だったら女の子の窮地には立ち向かうに決まってる)

 

 ベルの心持ちとは裏腹に、アルスとの模擬戦以外で初めての対人戦にブロンズナイフの剣先が僅かに揺れる。

 

「ガキがっ!」

 

 剣先の揺れを怯えと見て取ったゲドはニタリと笑い、意気盛んにベルに攻撃を仕掛けようと踏み込んだ。

 

「止まりなさい」

 

 静かな声がベル達が対峙する路地に響き、第三者の出現にゲドは舌打ちしてベルの前でバックステップして距離を取る。

 ベルが声が聞こえた背後を振り返ると、大きな紙袋を両腕で抱えた給仕服を着たエルフの少女が立っていた。

 エルフの少女はベルの横を通って数歩前で足を止め、未だ『さんぞくのサーベル』を持ったままのゲドを見据える。

 

「あなたが剣を向けているその人は、私の同僚の伴侶となる方です。手を出すのは許しません」

「どいつもこいつもワケの分かんねぇことを」

 

 邪魔をされた上に意味の分からない理屈を告げられて、ビキビキと青筋を浮かべるゲド。

 

「りゅ、リューさん?」

 

 ベルも自分を指して伴侶と言われて困惑していたが、遅まきながらエルフ特有の長い耳を見て豊穣の女主人のリュー・リオンだと気づいた。

 

「テメェも纏めてぶっ殺されてえのかあっ! ああっ!?」

「吠えるな」

 

 ゲドの怒号に怯むどころか、冷たく言い放ったリューから放たれた威圧感は一瞬ながらもベルの心胆を寒からしめた。同じものを感じ取ったゲドも『さんぞくのサーベル』をビクリと大きく揺らす。

 

「手荒なことはしたくありません。友人曰く、私はいつもやりすぎてしまう」

 

 小太刀を取り出してゲドに向けるリュー。

 

(み、見えなかった……)

 

 斜め前で常にリューの姿を視界の中に収めていたはずなのに、何時どのようにして小太刀を取り出したのか全く見えなかったことに衝撃を覚えていた。

 

「あっ、アルス」

 

 そのタイミングでゲドの背後にベルを探していた様子のアルスが現れた。

 アルスはその場にいる三人が全員武器を抜き放っているのを見て考える。

 

→武器を抜く

  傍観する

 

 アルスが背中の鞘から『てつのつるぎ+3』を抜いた。

 武器としてのランクはゲドが持つ『さんぞくのサーベル』の方がこの場で最も高い。アルスが持つ『てつのつるぎ+3』と比べても攻撃力は高い。だが、3対1という人数の差は決して無視できる要因にはならない。

 ベルが持つブロンズナイフも、駆け出しが持っていいはずではない武器が妙に様になっている。

 

「くっ、くそがぁ……!」

 

 何よりもあの一瞬で給仕服のエルフが放った威圧感は確実に自分よりも強いとゲドに思わせた。そういった強さを感じれなければダンジョンでは生き残れない。

 

「このままじゃあ、絶対に済まさねぇ。覚えておけ!」

 

 趨勢不利を悟って捨て台詞を残してゲドは一目散にアルスの横を通って逃げ出した。

 ゲドの退散を見送ったリューが小太刀を下ろし、アルスも剣を鞘に直す。

 飄々としている二人と違って安堵のため息を漏らしたベルは顎の下に溜まっていた汗を拭う。アルスは別にして、リューには礼を言わなければならないと振り返った彼女に頭を下げる。

 

「ありがとうございます。えっと、リューさん?」

「名前を憶えていてくれたのですね、クラネルさん。ですが、礼は必要ありません」

「え?」

 

 礼が必要ないのは、アルスがリューから僅かな遅れで現れたことだろうかと考えた。

 

「私がいなくても、クラネルさんの方があの者よりも強いので手助けなどいらなかったでしょう」

「そうでしょうか?」

「ええ、足りないのは自信ぐらいです」

 

 リューはベルを真っ直ぐに見つめて断言する。

 先ほどまでのゲドとのやり取りも見ていただろうに、どうしてそこまではっきりと言えるのかベルには不思議だった。

 

「リューさんはどうしてここに?」

「買い出しです。その帰りに偶々、クラネルさんを見かけまして、つい口を出してしまいました」

 

 店にいなかったのは買い出しの為だったのかと納得していると、リューはまたどうやったのか小太刀を給仕服のどこかに直すとその目はベルが豊穣の女主人からずっと持っている物に向けられた。

 

「ところでその本は一体?」

「ああ、お店でシルさんから預かってほしいと頼まれまして」

 

 会計を終えたところでシル・フローヴァから本が客の冒険者の忘れ物で、女将さんが店に置いておきたくない様子だったから忘れ主が現れるまでの間だけ預かってほしいと頼まれたことを説明する。

 一通り説明を聞いたリューはジッとベルが持つ本を見て眉根を寄せた。

 

「これは魔導書(グリモア)ですね」

 

 本から魔力を感じ、手にすることなくリューはそれが魔導書(グリモア)であると見抜く。

 

「ぐ、ぐりもあ?」

 

 聞き覚えの無い単語にベルの頭上にクエスチョンが浮かび上がる。

 

「簡単に言うと魔法の強制発現書です。魔道・神秘といった希少スキルを極めた者だけにしか作成できない著述書……」

「もしかして読んでいたら魔法が発現したとか?」

「ええ、そして一回読んだら効果は消滅します」

「ち、ちなみにお値段は?」

「第一級冒険者の装備品と同等の価値があるでしょう。発現する魔法によってはそれ以上の可能性もあります」

「いっ!?」

 

 目標にするのと突然同価値の物を手にしているのを教えられれるのとは全然違う。高価なものを自分の手にあることなど全く信じられなかったベルの悲鳴じみた声が路地裏に響く。

 

「ミア母さんが店に置いておきたくないというのも納得です。手放した時点で所有者も喪失は覚悟するでしょうが、どんな諍いの種になるか考えたくもありません」

 

 高値で売れることが確定している魔導書があると周りに知られたら、目当てに奪いに来る輩も現れるかもしれない。正しく面倒事にしかない物を手元に置くべきではないという女将(ミア)の判断も理解できた。

 とはいえ、この場において一番困るのは魔導書を預けられたベル本人だ。

 

「あわわわ、どうしたら」

「落とし物としてギルドに届けるのが一番無難でしょう」

 

 慌てるベルにリューは冷静な提案をする。

 

「ギルドは信じてくれるでしょうか…………盗んだとか言われません?」

 

 不安を口にするベルにリューは首を横に振った。

 

「従業員の私も同行しますから信憑性は生まれると思います。それでも信じてくれなければミア母さんに任せればいい」

「女将さんに振って大丈夫なんですか?」

「この本は豊穣の女主人にあったのです。店主であるミア母さんが対処するのが真っ当な筋ですよ」

 

 筋の通った理屈に納得するベルだが、疑われるという意味では相手が変わるだけではないかという懸念があった。

 

「今度はギルドが女将さんを疑いません?」

 

 この一件に関してベルも巻き込まれた口だとしても、知り合いが疑われる状況を作り出すのは本意ではない。

 

「ミア母さんなら大丈夫です」

 

 はっきりと自信を持って断言するリュー。ベルにも他に妙案はないので選択肢は無いに等しかった。

 

「リューさんがそこまで言うなら…………ギルドに行くよ、アルス」

 

 渋々と納得したベルは路地の端で何やら屈んでいるアルスに声をかけてリューと共にギルドに向かうのだった。

 遅れて歩き出したアルスの手には、豊穣の女主人のトイレと今しがた路地の樽を壊したことで出てきた二枚の紙が握られていた。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『銀の使い方』を 手に入れた!

――――――――――ぎんのかみかざりの レシピを 覚えた!

――――――――――ぎんのむねあての レシピを 覚えた!

――――――――――シルバーメイルの レシピを 覚えた!

――――――――――アルスは レシピブック 『大魔道のススメ』を 手に入れた!

――――――――――ウィッチハットの レシピを 覚えた!

――――――――――ウィッチローブの レシピを 覚えた!

――――――――――だいまどうローブの レシピを 覚えた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベル達がギルドに向かっている頃、真反対の入り組んだ路地で足を止めたゲドは、何かの店の裏手に置かれている樽を見て足を振り上げる。

 

「ちくしょうがぁっ!」

 

 Lv.1の上位に位置するステータスで放たれた蹴りは樽を粉砕し、バラバラと木片が地面に落ちる。それでも尚、ゲドの怒りは収まることを知らず、木片を粉々になるまで踏みにじる。

 

「この俺を虚仮にしやがって。許さねぇぞ、あのガキ共」

 

 最適解の行動であったとしても気分が良いとは限らない。年下と女相手に格好悪く逃げ出す羽目になったことにゲドのプライドは痛く傷つけられていた。

 思い出すだけでもはらわたが煮え返りながら、もはや木屑以下になった樽の残骸に怒りをぶつけるゲドの背後に忍び寄る影。

 

「旦那旦那」

 

 怒りに飲まれていようともそこは冒険者。背後から接近していた人物に気づいていたゲドは驚くことなく振り返る。

 そこにいたのは中年の狸人(ラクーン)

 

「誰だ、テメェ」

「アーデの…………旦那の言うところの糞小人族(パルゥム)の関係者ですぜ。おっと、あのガキ達の仲間でないことは先に言っておきやす」

 

 慌てた様子で付け足す中年の男に言われるまでもなく、その顔に滲み出ているモノを感じ取ればベル達の仲間であるはずがないと直ぐに看破していた。

 

「はっ、その腑抜けた面を見りゃ分かる。お前、俺の同類だろ?」

「ひひひ、よくお分かりで」

 

 胡麻をするように卑屈な物言いをしつつ、中年の狸人(ラクーン)――――カヌゥ・ベルウェイは短い尻尾を揺らしつつゲドに近づく。

 

「旦那にいい話がありやす。乗るか降りるかは旦那次第。どうしやす?」

「決まってるだろうが」

 

 その提案を断る理由がゲドゥにはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――ベルは、レベル9に あがった!

――――――――――ベルは、ヒュプノスハントを覚えた!

 

 

 

【アルス・クラネル Lv.2(レベル11)

 HP:64

 MP;34

 ちから:29

 みのまもり:14

 すばやさ:35

 きようさ:22

 こうげき魔力:31

 かいふく魔力:33

 みりょく:26

《魔法》

 【メラ】     ・火炎系魔法(小)

 【ホイム】   ・治癒系魔法(小)

 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)

 【イオ】    ・爆発系魔法(小)

《技能》

 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る

 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能

 【渾身斬り】       ・敵一体に大ダメージ

《スキル》

 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化

 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

《次のレベルまで:345》】

 

【そうび

 みぎて  『てつのつるぎ+3』

ひだりて  『せいどうの盾』

 あたま   『とんがりぼうし』

 からだ   『布の服』『くさりかたびら』

アクセ1   『金のネックレス』

アクセ2   『ちからのゆびわ+3』          】

 

 

 

【ベル・クラネル Lv.1(レベル8→9)

 HP:61→68

 MP;26→28

 ちから:24→25

 みのまもり:12→12

 すばやさ:35→39

 きようさ:30→33

 こうげき魔力:27→30

 かいふく魔力:0

 みりょく:29→33

《魔法》

《技能》

 【スリープダガー】  ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる

 【ヴァイパーファング】・敵1体に攻撃、たまに猛毒にする

 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る

《スキル》

 

 【スライムブロウ】  ・スライム種に対して投擲武器効果強化

 【メタルウィング】  ・メタル種に対して投擲武器効果強化

 【ヒュプノスハント】  ・眠りや混乱の敵に通常攻撃の6倍のダメージ

 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■

《次のレベルまで:565 】

 

【そうび

 みぎて  『ブロンズナイフ』

        『せいどうのつるぎ+3』

ひだりて  『クロスブーメラン』

 あたま   『とんがりぼうし』

 からだ   『布の服』『くさりかたびら』

アクセ1   『金のネックレス』

アクセ2   『ぬすっとのグローブ』            】

 

 

 

 

 







 ファイアボルトはリレミトされました。

 代わりに、活動報告で意見を頂いた、主人公は『マホステ』が採用されそうな予感。『モシャス』はストーリー的に使い勝手がいいのですが、あまり万能キャラにするのはという思いもあり。

 リリルカのシンダーエラと微妙に被るのがまたなんとも。

 意見お待ちしています。





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第18話 アルスは、レベル12にあがった!




――――――――――アルスは、レベル12にあがった!
――――――――――アルスは 二刀の心得を覚えた!
――――――――――アルスは メタル斬りを覚えた!
――――――――――アルスは フリーズブレードを覚えた!

――――――――――ベルは、レベル10にあがった!
――――――――――ベルは ドラゴン斬りを覚えた!
――――――――――ベルは レベル11にあがった!
――――――――――ベルは ジバリアを覚えた!



【アルス・クラネル Lv.2(レベル11→12)
 HP:64→72
 MP;34→38
 ちから:29→31
 みのまもり:14→15
 すばやさ:35→38
 きようさ:22→24
 こうげき魔力:31→34
 かいふく魔力:33→36
 みりょく:26→28
《魔法》
 【メラ】     ・火炎系魔法(小)
 【ホイム】   ・治癒系魔法(小)
 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)
 【イオ】    ・爆発系魔法(小)
《技能》
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能
 【渾身斬り】       ・敵一体に大ダメージ
 【フリーズブレード】  ・氷の力で敵1グループに攻撃
《スキル》
 【二刀の心得】     ・左手にも武器を装備できる
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:1706》】

【そうび
 みぎて  『てつのつるぎ+3』
ひだりて  『せいどうのつるぎ+2』
        『シルバートレイ』
 あたま   『てつのかぶと』
 からだ   『くさりかたびら』『てつのよろい』
アクセ1   『金のネックレス』
アクセ2   『ちからのゆびわ+3』         】



【ベル・クラネル Lv.1→2(レベル9→11)
 HP:68→82
 MP;28→33
 ちから:25→28
 みのまもり:12→13
 すばやさ:39→46
 きようさ:33→40
 こうげき魔力:30→37
 かいふく魔力:0
 みりょく:33→40
《魔法》
 【ジバリア】     ・地雷系魔法(小)
《技能》
 【スリープダガー】  ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる
 【ヴァイパーファング】・敵1体に攻撃、たまに猛毒にする
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
《スキル》

 【スライムブロウ】  ・スライム種に対して投擲武器効果強化
 【メタルウィング】  ・メタル種に対して投擲武器効果強化
 【ヒュプノスハント】  ・眠りや混乱の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:569 】

【そうび
 みぎて  『せいどうのつるぎ+3』
        『せいなるナイフ』
ひだりて  『やいばのブーメラン』
 あたま   『とんがりぼうし』
 からだ   『くさりかたびら』『てつのむねあて』
アクセ1   『金のネックレス』
アクセ2   『ぬすっとのグローブ』         】





 

 

 

 

 

 ダンジョン上層の8階層。今日はヴェルフ・クロッゾ抜きの三人パーティーでダンジョンに潜っていた。

 

「ようやく落とし穴のエリアを抜けましたね」

 

 リリルカ・アーデは11階層までの地理を完全に把握している。

 8階層の特徴ともいえる落とし穴があるエリアを超え、今日はこのまま無事に乗り越えられると判断したリリルカは安堵の息を吐く。

 

「苦節、四日。今までの探索で一番時間のかかった階層になっちゃったか」

「あれもこれもアルス様が勝手に進んで落とし穴に落ちるからです」

 

 7階層までは順調に攻略してきた油断なのか、8階層に入ってもアルス・クラネルは無警戒に進んで仕掛けられていたダンジョンの罠に引っかかってしまったのだ。

 床が崩れてぽっかりと空いた穴に落ちてしまったが、幸いにも深さはそれほどでもなかったので怪我をすることはなかった。一度や二度程度なら仕方ないで済まされるのだが、それが三度・四度と続けばリリルカでなくとも文句の一つも言いたくなる。

 

「勘はいいはずなんだけどね」

「まあ、全くのハズれというわけでも無いのは救いです。逆にこういうのも勘が良いと言うんでしょうか」

「落ちた先で、素材とか大分前に同じように落ちた冒険者の落とし物を拾うのは勘が良いって言わないと思うよ」

「時間以外は損をしていないし、問題ないのでは? お二人方のステータスも上がっていますし」

 

 ベル・クラネルはこの四日間の間に上がったステータスと、獲得した素材とアイテムで更新した装備を見下ろす。

 

「お蔭でヴェルフのクエストをクリアできたしね」

「品薄になった『てっこうせき』をダンジョンで採取してくれば、報酬として『鉄製の防具のレシピ』を出すって普通なら胡散臭すぎます」

「僕達の防具を充実させる為に、特別にヘファイトス様が許可してくれたんだから喜んでおこうよ」

 

――――――――――クエスト『鍛冶神の親心』を引き受けました!

――――――――――クエスト『鍛冶神の親心』をクリアしました!

――――――――――アルスは レシピブック 『鉄製の防具のレシピ』を 手に入れた!

――――――――――てつかぶとの レシピを 覚えた!

――――――――――てつのむねあての レシピを 覚えた!

――――――――――てつのよろいの レシピを 覚えた!

 

「まあ、私達が一方的に得していますから文句はありませんが…………そう言えば、ベル様も魔法に目覚められたとか」

「そうだよ! 僕も遂に、遂に! 魔法が目覚めたんだ!」

「は、はい……」

 

 遂に魔法に目覚めたベルの勢いに押されて頷くだけのリリルカは少し身を引く。

 

「やっちゃう! 見せちゃおうかな、僕の魔法!」

 

 あまりの嬉しさに、リリルカに引かれていることすら気づいていないベルは魔法を使おうとしてアルスに腕を掴まれた。

 何時もとは逆の兄弟に、ため息を漏らしつつリリルカはベルの前に立つ。

 

精神(マインド)が勿体ないので、モンスター相手に使って下さい」

 

 当たり前の正論にベルは肩をガックリと落とす。

 

「そっかぁ、まあそうだよね……」

 

 シュンとしてしまったベルに、リリルカは少し可哀想かなと考える。

 

(物凄く残念そうです。でも、無意味に使う意味はありませんし)

 

 人に披露したいだけで魔法を使うなど、先ほど言った通り精神力の無駄遣いでしかない。それでもベルは諦めきれないのか、ブツブツと呟いているので話題の転換を図る。

 

「この四日間の苦労に見合う成果は出ています。獲得したレシピと素材で、お二人の装備も更新出来ました」

「僕のこの『てつのむねあて』と、アルスの『てつのかぶと』と『てつのよろい』だよね。やっぱり鉄は違うよ」

 

 もう一つ『てつのかぶと』と『てつのよろい』を作れる素材は手に入れられたが、ベルの戦闘スタイル的に適しないので『てつのむねあて』を作って貰って装備していた。

 

「ベル様はブーメランも変えたんですね」

「良い機会だから、そろそろ使っても良いと思えたんだ」

 

 Lv.2にランクアップしたので『クロスブーメラン』から『やいばのブーメラン』に、『ブロンズナイフ』から『せいなるナイフ』に切り替えた。

 

「でも、本当に落ちた『シルバートレイ』は勝手に使ってもいいのかな? 落とし物としてギルドに渡した方がいいんじゃ……」

 

 この8階層の落とし穴で上がれる階段を探している時に偶然見つけたシルバートレイは今はアルスの左手に装備されている。

 

「落とす方が悪いのです。それに普通は正規ルートを使うはずなので、シルバートレイに積もっていた埃の溜まり具合からして放置されて数年は経っていますから今更落とし主が現れるとは思えません。ギルドの倉庫に置いておかれるよりかは有益でしょう」

 

 落とし物を勝手に使っていることに罪悪感を覚えていたベルに、リリルカは何度目かの説明を行う。

 

「アルスが左手でも武器を使えるようになっても、『せいどうの盾』だと大きくて併用は出来なくて困ってたから助かるって言えば助かる」

「そのままでは使えませんからヴェルフ様に改良してもらいましたから、落とし主が現れても返せませんけどね」

「だよね。現れたらどうしよう」

「可能性はかなり低いですが、元に戻すしかないでしょう」

 

 アルスの成長速度を考えれば、『シルバートレイ』を使う期間はそれほど長くはないと思われるので、ますます持ち主が現れる可能性は低いとリリルカは見ていた。

 

「最初からギルドの地図情報(マップデータ)を使えば、このようなことで悩まなくても良かったのです」

 

 ギルドには先人達によって1000年に及ぶ間に貯えられたダンジョンの各階層の詳細な地図情報(マップデータ)がある。

 立ち入れる者が少ない下層以下は別にして、上層ともなればほぼ完璧とも言える地図があった。当然、8階層で落とし穴のない正規ルートもとうの昔に発見されているので、普通の冒険者は落とし穴に落ちることはまずない。

 

「エイナさんとの約束なんだ」

 

 アドバイザーであるエイナ・チュールはベル達が5階層以下に進出する条件を出していた。

 

「各階層をしっかりと攻略した証拠として、ギルドの地図情報(マップデータ)に頼らず自分達で地図作成(マッピング)したものを提出するようにって」

 

 本来ならば詳細な地図情報(マップデータ)を元に冒険するので、地図作成者(マッパー)を除けば地図作成(マッピング)の知識を多くの冒険者は持たなくなった今の時代、多くの冒険者が完全なる未知に挑むことは殆どない。

 

「ベル様達のアドバイザー、厳しすぎませんか」

「リリがパーティーに入る前、それまで3階層までだったのに行けるからって、無断で五階層に潜ってミノタウロスに殺されかけたから心配してくれてるんだよ」

「単純に信用がないだけでは?」

「ひ、否定できない……」

 

 当時は今のように強くなかったので、忠告を無視して強さに見合わない階層に潜るのは自殺行為に他ならない。信用などされるはずもないのは仕方ない。

 ベルは巡り巡ってタメになっていると気を取り直す。

 

「この8階層からダンジョンギミックが本格化してくるからアルスには良い教訓になったと思うよ」

「ダンジョンギミックと言っても、8階層に限って言えば正規ルートさえ知っていれば引っかかることはないのですが」

「それも含めて、だよ。ギルドの地図情報(マップデータ)に頼り切っていたら、もっと下の階層で痛い目にあったかもしれない。その前に気づけたのは確かな収穫だ」

「だから、敢えてリリに黙っているように言ったのですね」

 

 地図を把握しているのは単純にサポーターとして必要な能力であったからというのもある。

 リリルカが冒険者を陥れる手口の一つに、何らかのハプニングを人為的に見舞って混乱している隙をついて有り金を奪って一目散に逃げる為、柔軟な対応が可能なように完璧な逃走経路を頭に叩き込むことで身の安全を確保していた。

 8階層ならばどこに落とし穴があるかなど、目を瞑っていても分かるほどなのに事前にベルはリリルカに口止めを図っていた。

 

「実感しないと覚えないからね、アルスは」

 

 何度も落とし穴に落ちて、ようやく慎重さを覚えたアルスが背中の鞘から『てつのつるぎ+3』を抜き放った。

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 三人が進んでいた前方の通路から三体のモンスターが現れた。

 

「どろにんぎょうにスカルライダー、タホドラキーです!」

 

 ベルが背中から『やいばのブーメラン』を取ったのと同時に、左手で腰の鞘から『せいどうのつるぎ+2』を抜いたアルスがその手を三体のモンスターの中で先頭にいるタホドラキーに向ける。

 

「メラ」

 

――――――――――アルスは メラを となえた!

――――――――――タホドラキーに ダメージ!

 

 メラを放ったアルスがその足でモンスターへと駆ける。その後ろからアルスの体を隠れ蓑にして、ベルが『やいばのブーメラン』を振り被る。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――タホドラキーに ダメージ!

――――――――――タホドラキーを たおした!

――――――――――どろにんぎょうに ダメージ!

――――――――――スカルライダーに ダメージ!

 

 先にメラでダメージを負っていたタホドラキーが魔石と化し、どろにんぎょうとスカルライダーもベルの『やいばのブーメラン』の攻撃でダメージを受けて足が止まった。そこへアルスが切り込む。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、渾身切りを はなった!

――――――――――スカルライダーに ダメージ!

――――――――――スカルライダーを たおした!

 

 オーラによって巨大化した『てつのつるぎ+3』で両断されたスカルライダーを見たどろにんぎょうは勝てる相手ではないと判断して背を向ける。

 

――――――――――どろにんぎょうは にげだした!

――――――――――しかし まわりこまれて しまった!

 

 戻ってきた『やいばのブーメラン』を持ちながら、腰の剣帯から『せいなるナイフ』を抜き放ったベルがどろにんぎょうの進行方向に回り込んでいた。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――どろにんぎょうに ダメージ!

――――――――――どろにんぎょうに ダメージ!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 97ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――タホドラキーは グリーンアイを 落としていった!

 

 モンスターがいなくなったのを確認してリリルカが魔石とドロップアイテムの回収を行う。

 連続の襲撃はないと判断して、それぞれが武器を仕舞った頃には回収を終えたリリルカが二人の下へと戻ってきた。

 

「今日はヴェルフ様が所要とのことでお休みされているので、苦戦するかもと思いましたが取り越し苦労でしたね」

「装備も新しくなったし、四日間で何度もこの階層のモンスターと戦ってるから慣れたんだよ」

 

 例えばさっき戦ったスカルライダーは下の獣のホネみたいなのが火の粉を吐いたり、上の行者の方はベルやアルスと同じように火を纏った剣で切りかかってくることもある。タホドラキーは物理攻撃以外に防御力を下げる魔法を使うし、どろにんぎょうはふしぎなおどりでこちらのMPを吸い取ってくることがある。

 何度も戦えばある程度の対処の仕方は嫌でも覚える。

 

「この先の広間(ルーム)を通ったら9階層への階段があります」

 

 落とし穴が多くてあまり使われない方の正規ルートを進み、残すところは幾つかの広間(ルーム)のみ。リリルカが緊張を滲ませて告げると、アルスがゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「いよいよ、か」

 

 自らを落ち着けるように敢えて言ったベルが通路を進むと、50Mはある広間(ルーム)に入ると四人の人物が待ち構えていた。

 その中の一人が待ちくたびれたように凭れていた壁から体を離す。

 

「よう、四日ぶりだな糞ガキ共」

 

 四日前に豊穣の女主人から出た後にベルに絡んできたゲド・ライッシュが威圧的に凄む。

 

「勝手にパーティーを抜ける不義理をしたとゲドの旦那から聞いたぞ、アーデ」

「ゲド様、カヌゥ様」

 

 待ち構えていた残りのメンバーが自分のファミリアの一員であるカヌゥ・ベルウェイと、彼とよく一緒に二人の姿にリリルカは眉を顰めた。その姿を見たカヌゥはニチャァと笑みを浮かべる

 

「同じファミリアの仲間として情けない。だからなぁ、アーデ。許してもらう為に詫びを入れないとな」

「…………詫びとはどのような?」

「お前ら全員の金に決まってるだろうが。有り金全部を吐き出せば、俺も器のデケェところを見せてやる」

「大人しくいうことを聞いておけ、アーデ。ゲドの旦那は俺達よりも到達階層が上なんだ。下手に逆らえば殺されかねんぞ?」

 

 そこまで言ってカヌゥはようやくリリルカ達の反応に違和感を覚えた。

 リリルカはともかく、ベルもアルスもカヌゥ達が待ち構えていたことに驚いている様子がない。まるでカヌゥ達がいることを最初から知っていたかのようで――――。

 

「…………ゲド様、あなたは今の状況に疑問を覚えないのですか?」

「なに?」

「私も、ベル様達も、ゲド様が待ち伏せしたことに何の驚きも見せていないことに」

 

 ビビッていたとしても何の反応もないのはおかしい。普通ならば最低でも驚きや怯えなどの何らかの反応があるはずで、その素振りすら見せないのは明らかに異常だ。

 リリルカの落ち着きよう。カヌゥ達がリリルカと同じファミリア。そこから導き出される結論は、罠に嵌められたのは一体どちらだったのか。

 今まで考えもしなかった可能性に気づいた時、ゲドの背筋にゾワっと冷たいものが走った。

 

「おい、カヌゥ。お前、まさか」

「何を言っている、アーデ!?」

 

 疑念を向けられたカヌゥは泡を食ったように唾を撒き散らしながらリリルカに向かって叫ぶ。

 最早、カヌゥに臆する必要のないリリルカは至って平静な顔で口を開ける。

 

「ベル様達を始末させ、消耗したゲド様をも始末するというカヌゥさんの計画。ヘファイトスファミリアと事を構えたくないからとヴェルフ様がいない時を狙う必要があるからと、ベル様達の予定を把握する為に私にまで協力を求めたのは杜撰過ぎます」

 

 ベル達が弱すぎてゲドを消耗させることが出来ない不安があり、サポーターであるリリルカならば不意打ちを打てるだろうと考えたのだろう。だが、そもそもとしてゲドもカヌゥも前提を間違えている。

 

「仮に私が協力したとしても、勝つのはベル様達です。失敗すると分かっている計画に乗るバカはいません」

「というわけです。そちらはそちらで協力してても構いませんが、やるというなら倒させてもらいます」

 

 罠に嵌めたつもりが罠に嵌った四人を見据え、ベルが言いながら『せいどうのつるぎ+3』をバッと抜き放つ。ワンテンポ遅れてアルスがゆっくりと背中の鞘から『てつのつるぎ+3』を抜いていく。

 

「…………なんだろうと関係ねぇ。テメェら全員をぶっ殺せば済む話だ!」

 

――――――――――ゲド・ライッシュが あらわれた!

 

「ちっ、アーデの所為で計画がおジャンだ!? 構わねぇ、ゲドの野郎ごとやっちまえ!」

 

――――――――――カヌゥ一味が あらわれた!

 

 ゲドにとってカヌゥ一味も敵で、その逆も然り。両者が協力することはありえないが、当座の敵としてベル達を別々に倒そうという思惑は一致したらしい。

 ベル達にとって一番厄介な展開とは、四人で連携して向かって来られることだった。そうなると幾らランクの差があったとしても、人数差でリリルカを人質にされかねない。その可能性を早期に排除できたと見たベルは当初の予定通り向かってくるゲドに相対する。

 

「死ねゃあっ!」

 

――――――――――ゲドの こうげき!

――――――――――ベルは 攻撃を武器で はじいた!

 

 正当防衛の為にわざと初手は許したがベルにダメージを受ける気はなかった。『さんぞくのサーベル』による斬撃をステータス差を活かして『せいどうのつるぎ+3』で弾く。

 

「何ぃっ!?」

「そんなに驚くことですか?」

 

 割とギリギリだったが敢えて余裕を見せることでゲドの怒りを意図的に引き出す。

 案の定、初対面の印象通り激発しやすいゲドはベルの思惑通りに目を剥き出しにした。

 

「駆け出しの癖に!」

「あなたはその駆け出しに負けるんですよ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――ゲドに ダメージ!

 

「ぐっ!?」

 

 怒りで思考の幅を狭めたところに攻撃を重ねる。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――ゲドに ダメージ!

 

 服に火が移り、攻撃を受けて倒れ込んだゲドはそのまま地面を転がって消そうとする。

 

「リリに謝って下さい。そして二度と僕達の前に現れなければ、これ以上のことはしないであげます」

 

 直ぐに服に点いた火は消えたが、格下と思っていた相手に明確に見下されたゲドは立ち上がりながら、砕けんばかりに『さんぞくのサーベル』を握る。

 

「俺を……俺を……舐めるんじゃねぇ!!」

 

――――――――――ゲドは ニードルシャワーを はなった!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

 浴びせるように高速で突き刺しを繰り出したゲドによってダメージを負う。

 開いた彼我距離は幾らベルの上がったステータスと言えども一足で詰めるとまではいかない。技を放ったゲドが口を大きく開ける。

 

「!」

 

――――――――――ゲドは 大きく息を 吸い込んだ!

 

 戦闘中にも関わらず深呼吸をするはずがない。何かの技の予兆と察したベルは背中の『やいばのブーメラン』を取る。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

 

 真っ直ぐにゲドに向かうように投げたのではなく、『やいばのブーメラン』はベルから見て左に大きく弧を描く。

 自らに向かってくる『やいばのブーメラン』に気づくのが遅れたゲドには技を放つ以外の選択肢は取れない。精々動かせるのが首だけで技を放つ対象を変えるぐらい。怒りによって思考の幅が狭まっているゲドは咄嗟に身の安全を優先した。

 

「っ!?」

 

――――――――――ゲドは つめたい息を 吐き出した!

――――――――――ミス! ゲドは ダメージを 受けない!

 

 ゲドが放ったつめたい息が『やいばのブーメラン』を撃ち落とした。その間に『せいなるナイフ』に持ち替えたベルが右側から切り込む。

 懐に潜りこまれたゲドが顔を向けるも、ベルが技を出す方が次の行動に移るよりも早い。

 

「眠れっ!」

 

――――――――――ベルは スリープダガーを はなった!

 

「がっ!?」

 

――――――――――ゲドに ダメージ!

――――――――――ゲドを ねむらせた!

 

 あまり成功率が高いとは言えないスリープダガーを受けたゲドは、蓄積したダメージもあってか眠りに落ちた。

 直ぐに起き上がってこないゲドを確認してリリルカが近寄ってくる。

 

「流石はベル様です。楽勝で勝てましたね」

「結構、これでもギリギリだったよ。経験が違うから、最初にノレた勢いで押し切れなかったら負けてたのは僕だよ」

 

 手際よくゲドを拘束していくリリルカに返し、ベルは息を吐いて武器を仕舞い、もう一つの戦いへと注意を移す。

 

「アルスの方は?」

「援護の必要も無さそうです」

 

 カヌゥ一味に囲まれたアルスが両手に持った『てつのつるぎ+3』を顔の前にまで掲げる。

 

「はっ!」

 

 アルスを中心に地面が凍り付いて氷柱が幾つも生まれ、『てつのつるぎ+3』を頭上に掲げると氷が砕けた。

 

――――――――――アルスは、フリーズブレードを はなった!

――――――――――カヌゥ一味に ダメージ!

――――――――――カヌゥの仲間A・Bを たおした!

 

 氷属性のダメージを負ったカヌゥの仲間は倒れ、カヌゥ自身も決して浅くはないダメージを負っていたがまだ動ける。

 

「ひっ、ひぃっ!」

 

――――――――――カヌゥは 剣を 薙ぎ払った!

――――――――――アルスは 攻撃を盾で はじいた!

 

 シルバートレイで薙ぎ払いの攻撃を弾きながら、その手で腰の『せいどうのつるぎ+2』を抜き放つ。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――カヌゥに ダメージ!

――――――――――カヌゥを たおした!

 

 『てつのつるぎ+3』と『せいどうのつるぎ+2』の二連撃を受けたカヌゥが力尽きたように崩れ落ちていく。

 

――――――――――ゲド・カヌゥ一味を やっつけた!

――――――――――アルスたちは 670ポイントの経験値を かくとく!

 

「アルスの方も片がついた。次は――」

 

 カヌゥ一味もゲドと同じように拘束したベルは頭上を見上げた。

 

 

 

 

 







 ゲド・ライシュの技『ニードルシャワー』はメモリアフレーゼの前のスマホゲー『クロス・イストリア』でゲドが使う技です。

 後、ゲドはDQ11のボス『デンダ』と紐づけているので、同じ技を使ったりします。




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第19話 早く帰ろう




――――――――――ベルは レベル12にあがった!
――――――――――ベルは ザメハを覚えた!
――――――――――ベルは メタル斬りを覚えた!



【アルス・クラネル Lv.2(レベル12)
 HP:72
 MP:38
 ちから:31
 みのまもり:15
 すばやさ:38
 きようさ:24
 こうげき魔力:34
 かいふく魔力:36
 みりょく:28
《魔法》
 【メラ】     ・火炎系魔法(小)
 【ホイム】   ・治癒系魔法(小)
 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)
 【イオ】    ・爆発系魔法(小)
《技能》
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能
 【渾身斬り】       ・敵一体に大ダメージ
 【フリーズブレード】  ・氷の力で敵1グループに攻撃
《スキル》
 【二刀の心得】     ・左手にも武器を装備できる
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:257》】

【そうび
 みぎて  『てつのつるぎ+3』
ひだりて  『せいどうのつるぎ+2』
        『シルバートレイ』
 あたま   『てつのかぶと』
 からだ   『くさりかたびら』『てつのよろい』
アクセ1   『金のネックレス』
アクセ2   『ちからのゆびわ+3』         】





【ベル・クラネル Lv.2(レベル11→12)
 HP:82→89
 MP:33→36
 ちから:28→30
 みのまもり:13
 すばやさ:46→50
 きようさ:40→43
 こうげき魔力:37→40
 かいふく魔力:0
 みりょく:40→44
《魔法》
 【ジバリア】     ・地雷系魔法(小)
 【ザメハ】      ・覚醒系魔法
《技能》
 【スリープダガー】  ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる
 【ヴァイパーファング】・敵1体に攻撃、たまに猛毒にする
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
《スキル》

 【スライムブロウ】  ・スライム種に対して投擲武器効果強化
 【メタルウィング】  ・メタル種に対して投擲武器効果強化
 【ヒュプノスハント】  ・眠りや混乱の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:826 】

   
【そうび
 みぎて  『せいどうのつるぎ+3』
        『せいなるナイフ』
ひだりて  『やいばのブーメラン』
 あたま   『とんがりぼうし』
 からだ   『くさりかたびら』『てつのむねあて』
アクセ1   『金のネックレス』
アクセ2   『ぬすっとのグローブ』         】





 

 

 

 

 

 ゲド・ライッシュ、カヌゥ・ベルウェイとその仲間の襲撃に合った翌日昼過ぎ、ギルドでエイナ・チュールとリリルカ・アーデと合流したクラネル兄弟とヘスティアはソーマファミリアに向かっていた。

 先導するのはホームの場所を良く知っているリリルカ。その後をエイナとヘスティアが続き、最後にクラネル兄弟が歩く。

 

「――――あれだけのことをしておいて、厳重注意だけとはどういうことだい?」

 

 ソーマファミリアに向かう道すがら、彼らに与えられたという処分を聞いたヘスティアは軽すぎるように思える内容に目を吊り上げる。

 

「ベル君達の嘘じゃないことは、ガネーシャの子が見ていてくれたんだろ? ええっと、確かナントカって名前の子が」

「そんな名前の人、ガネーシャファミリアにいましたか?」

「え、ベルーカだったけ」

「ロロピアーナじゃなかったですか?」

「クータナでは?」

 

 拘束されたゲド達は地上に上がったら待っていたエイナやガネーシャファミリア副団長イルタ・ファーナによって連行されていった。

 名前を聞いたはずなのに何故か全員名前をはっきりと思い出せず、取り敢えずガネーシャファミリアの眷属が見ていたのは証拠になっているとエイナは纏めた。

 

「一人は嵌められたと主張していますが、襲撃に参加している時点で同じことです。証人もいるので言い逃れは出来ません」

「だけど、厳重注意だけなんだろう」

 

 納得できるはずがないとヘスティアは顔面全部で主張している。

 

「ギルド職員の私が言うのはどうかと思いますが、ダンジョン内での闇討ちは珍しいことではありません」

「そうなのかい、サポーター君!?」

 

 ヘスティアは真実かと確かめるために、この中で一番冒険者歴が長いリリルカに聞く。

 

「はい、表沙汰になっていないだけで良くあることです。理由は様々ですが、有力ファミリアや名を馳せた冒険者を妬んだり、個人間の諍いなど、ある種の有名税のようなものです」

「基本的にダンジョン内のことにギルドは干渉しませんが、今回のように事前に情報が流されてギルドやガネーシャファミリアがこうまで完璧に取り締まれるケースは稀有かもしれません」

 

 振り返って肯定するリリルカと、補足するエイナの言葉にヘスティアは言葉を失う。表沙汰にならないということは、闇討ちが成功して被害者が死んだり、逆に加害者が返り討ちにあって死人に口なし状態になったからだと察したからだ。

 ベル達が殺されていたら帰らぬ彼らを待つ運命にあったヘスティアのショックの受け様に、エイナは加害者達(ゲド・カヌゥ一味)の処分に対して補足の説明が必要だと感じた。

 

「神ヘスティア、彼らに与えた厳重注意とは、ギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に乗るということです。再犯するなどしてギルドが悪質と判断すれば、罰則として冒険者登録を抹消することもありえるので、一度でも要注意人物一覧(ブラックリスト)に乗ってしまった冒険者は、この都市で非常に生きづらくなります」

 

 冒険者登録を抹消されれば、それだけで魔石やドロップアイテムは買い取ってもらえず、見返りなしで引き取られることになる。そこから連鎖して、最悪の場合は神から見捨てられてファミリアの脱退も可能性としてはある。

 そこまでいかなくても、罪に見合った罰金、一定期間のダンジョンへ潜ることの禁止、労苦として強制労働や一定期間の収監と段階を踏むことになる。更に行けば、恩恵に関わる部分もあるので所属ファミリアの主神の協力が必要になるが、協力が無ければ即、都市外追放。都市外追放とまでもいかなくても恩恵封印ともなれば冒険者として再起を図ることはできない。

 主神が所属団員を守ろうとギルドの決定に逆らえば、ファミリアに対して様々な罰則が科せられるので基本的に闇派閥を例外として神は従う。

 

「一般人なら強盗未遂と殺人未遂なら牢屋への収監が適当ですが、血の気の多い冒険者に一般人の理屈を当て嵌めることは出来ないことはご了承下さい」

 

 何よりも襲撃を人的物的被害なく返り討ちにしていることが大きい要因になっているとエイナは続ける。

 冒険者がストリートで喧嘩をすることは、露店でバイトをしているヘスティアも良く知っているのでエイナの理屈は理解できてしまう。

 

「彼らには前歴がありません。ですので、厳重注意(ブラックリスト載せ)が適当なのです。後は彼らが所属ファミリアに対して訓告を出しました」

「くんこく?」

「責任の確認と将来を戒める行為で、主に口頭や文書で注意となります。厳重注意(ブラックリスト載せ)がこれに当たります」

 

 ゲド達に犯歴はなく初犯であることを考慮して、厳重注意と所属ファミリアに対して訓告を行っていた。あまり厳しい処分にし過ぎると逆恨みするパターンもあるので、ギルドも丁度良い塩梅を考えなければならないのだ。

 

「訓告も累積すればファミリアに処分が下されるので、行動に気をつけます。特に同じ相手への行為が原因で次も訓告を受ければ即戒告と決まっています。戒告ともなれば、罰金以上の処罰が下されます。ファミリアの評価にも影響しますし、主な影響としてランクや徴税額にも響いてきます。普通ならば訓告を受けた時点でファミリア内での罰則を受けることになると思いますが」

 

 そこまで言って、エイナはふぅっと息を吐く。

 

「もしもファミリア内で罰則を受けなかったらどうするんだい?」

「そこまではギルドは口を出しません。ですが、ソーマファミリアが過大な処分を負うのは神ヘスティアも望まないのではありませんか?」

「…………そうだね。サポーター君のことを考えれば、後を引くのは控えたい」

 

 ヘスティアが言ったところで、先導していたリリルカが足を止めた。

 

「着きました。ここがソーマファミリアのホームです」

「大きいねぇ……」

 

 教会の隠し部屋がホームであるヘスティアファミリアと比べるまでもなく、ソーマファミリアのホームは大きい。

 謎の敗北感に打ちひしがれながら、玄関から中へと呼び掛けているエイナを暗い目で見やる。

 

「神様?」

「なんでもないよ、ベル君。ちょっとした僻みだから」

「はぁ」

 

 ヘスティアの様子にベルが気づいていても、持たざる者が持つ者に向ける妬みは理解できなかったらしい。

 ぐぎぎぎ、とヘスティアが内心で地団太を踏んでいると、呼びかけに答える者がいなかったのでエイナが困ったようにベル達の方へと振り向く。

 

「おかしいですね、誰も出てきません。事前にこの時間に訪れると連絡しておいたはずなんですが」

「昨日の今日だ。連絡の行き違いでもあったんじゃないのかい」

「困りましたね」

 

 誰もいなくて当然だ、とリリルカは内心で思った。

 普段から殆どの団員が金策の為にダンジョンに潜っていて誰もいない日が多いが、特に団長ザニス・ルストラが確実にいない日の前日を襲撃日として選ばさせたのだから。

 

(この時間ならソーマ様は畑にいるはず)

 

 ソーマファミリア所属のリリルカならば主神の行動を知っていてもおかしくはない。後はそれとなく知らせればいい。

 

→あっちに誰かいる

  早く帰ろう

 

「あ、向こうの方に誰かいますね」

 

 アルスが塀を攀じ登ったのを止めようと背中に飛びついたベルがソーマを発見したらしい。

 

「そちらは畑があります。となると、恐らくソーマ様かと。ソーマ様は眷属であろうと畑に入られるのを拒まれますので」

「じゃあ、上がらせてもらおうか」

「ちょ、神ヘスティア!?」

 

 自分の手間が省けたのでソーマがいる説明をすると、頷いたヘスティアがエイナが止める間もなく中に入ってしまった。

 ベルと引きずり降ろされたアルスが後を追い、最後にリリルカがソーマファミリアの敷地に入る。

 開いた距離を埋めるために小走りで畑の方へと向かうと、普段ならば眷属が話しかけても無視し続けるソーマも流石に同じ神のことは放置できないと考えたのか、手を止めてこちらを見た。

 

「いらっしゃい」

「やあ、初めましてだね、ソーマ」

「ヘス……ティア、だったか?」

「ああ、合ってるよ」

 

 そこまで話をしたソーマが再び鍬を振るい始める。

 

「今日は君の眷属のことで話がある」

「ああ」

「聞いていると思うが昨日、君の眷属が僕の眷属を襲ったんだ」

「ああ」

「…………話、聞いてるかい?」

「ああ」

「こいつ、話聞いてない」

 

 取り敢えず「ああ」とだけは返事をしているので、ヘスティアが何かを言っていることは分かっているようだが、明らかに内容を理解しているようには見えない。

 

「もういい、ベル君アルス君。ソーマを連行しろ」

「神ヘスティア!?」

 

 こういう神には実力行使が一番であると知っているヘスティアの、正しく神をも恐れぬ行為にエイナが驚愕している間にアルスが動く。

 

「いいんですか、神様?」

 

 マズいんじゃないかぁ、と思っているベルにヘスティアは顎でしゃくって鍬を振るい続けるソーマを見る。

 

「構わない。いいね、ソーマ?」

「ああ」

「ほら、本神もこう言っているんだ。やってくれ。サポーター君、ソーマの部屋に案内してくれ」

 

 まさかの展開にリリルカも開いた口が塞がらないまま案内にすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 ソーマの部屋は、神酒を貯蔵する倉庫である酒造が左右五戸前ずつ並ぶ管理棟内の最上階にある。

 最上階は通路を除き、丸々主神たるソーマの部屋となっている。広いバルコニーが備わった部屋の奥にある作業机の上には乳鉢を用いて何種類もの植物を混和させている。

 

「ヘスティア、ここまでして何か大事な用でもあるのか?」

 

 薄汚れたローブ姿で、袖や裾が土で薄汚れているソーマは作業を邪魔された怒りで、全くまとめられていないぼさぼさの髪の間からヘスティアを睨んでいた。

 

「本当に話を聞いていなかったんだね。まあ、初対面の僕の名前を憶えていただけマシか」

 

 エイナ経由でロキが感じ取ったソーマの神物評から、酒造り以外の他に興味を持たない趣味神だと聞いていたので評価する基準自体が低かった。

 

「昨日、君の眷属が他のファミリアの眷属と共謀して僕の眷属を襲ったんだ。こちらに被害はなかったが、だからといって何も無かったというわけにはならない」

「ガネーシャファミリアの聴取によって、貴ファミリア所属の眷属が強行に及んだ動機は神ソーマの神酒を得る為の資金が必要だったと供述しています。ギルドとしては、最近のソーマファミリアの眷属が起こす問題は目に余ると見ています。目的の為に手段を択ばなくなるのは意味がありません」

 

 エイナの補足に、少しだけ淀んだ目をエイナに向けたソーマは直ぐに関心を失ったようにヘスティアに戻した。

 

「雑事は全て団長のザニスに任せている」

「任せていて、全然統制が効いていないからギルドは問題視しているんじゃないか」

「今回の処分として、対象眷属だけでなく、ファミリアにも訓告が出ています。書面にして届いていると思いますが、見ていないのですか?」

「知らん」

 

 誤魔化すでもなく、はっきりと答えたソーマにエイナは想像以上の自派閥への無関心具合に内心で呆れる。

 

「では、口頭で簡潔に説明させていただきます。主な内容としては、派閥内部でのソーマを報酬とした資金調達制度の是正です。為されないのであれば、酒造りの禁止を通告するとあります」

「なに? 流石にそれだけは困る。ギルドにファミリアの運営方針にまで口を出す権利はないはずだ」

「ファミリア内部の問題ならばギルドは口を出しません。ですが、今回は他ファミリアや一般からも苦情が出ていますので」

 

 ようやく困った表情になったソーマに、助け舟を出すわけではないがヘスティアも口を挟む。

 

「嫌ならば団長に任せるのではなく、主神として眷属の手綱はしっかりと握るべきだよ、ソーマ」

「…………」

 

 苦虫を噛み潰したように、明らかに嫌そうな顔をするソーマにエイナはまだ終わっていない話を続ける。

 

「そしてもう一つ、今回の一件で情報提供を行ったリリルカ・アーデ氏の安全についてです」

「アーデ?」

 

 そこでようやくリリルカの存在に気づいたようで視線を向ける。

 リリルカはソーマと目を合わせることにすら恐怖を覚え、恐れ戦くように身を小さくしてベルの影に隠れようとしていた。自分を惑わせた神酒の魔力に、それを作り出したソーマにリリルカはここまで来ても怯えを拭えずにいた。

 

「このまま、アーデ氏がソーマファミリアに留まるのは危険とギルドは判断しました。仕方なかったとはいえ、今回の一件でアーデ氏の安全が脅かせることがあっては今後、同じような事例があった場合、情報提供が為されなくなる恐れがあります。安全対策は急務ですが、アーデ氏はサポーターという専門職の状況で、身の安全を自身で行うのは限界があります」

 

 一方のソーマはリリルカに少しの間だけ視線を向けただけで、他には何の反応も示さずエイナに目を戻す。

 

「そこでアーデ氏とパーティーを組んでいるヘスティアファミリアが氏を迎え入れたいと申し出がありました」

「改宗ということか?」

「はい、ヘスティアファミリアからの提案で、ギルドとしてもアーデ氏の安全を考えれば改宗することが最善であると考えました。神ソーマがファミリア内の統制を即座に取って頂けるなら別ですが」

「面倒……」

「少しの苦労で大きな面倒を負わなくてもいいのなら、私なら前者を選びます」

「改宗でいい……」

 

 長い髪に埋もれる顔は雄弁に今のソーマの改宗を行うことに対する心情を伝えてくる。

 

「では、後日に予定を調節して改宗を――」

 

 言いかけたエイナに手を向けてソーマが止める。

 

「必要ない。時間を浪費するだけだ…………今、この場で行う」

「…………ステイタスは冒険者にとって最上級の秘匿情報です。通常は第三者に知られぬように厳正な場所で行われるべきです」

「俺の子供達は近くにいない。多少の危険があっても早い方がいいのだろう」

 

 エイナがソーマと話している間、ヘスティアやベルの意識が二人の会話に集中している間にアルスは部屋の隅へと移動して衣装ケースをそっと開けた。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『毛皮で作る装備のレシピ』を 手に入れた!

――――――――――毛皮のフードの レシピを 覚えた!

――――――――――毛皮のポンチョの レシピを 覚えた!

 

 レシピを懐に隠したアルスはみんなが気づかない間に何食わない顔で戻る。

 

「そ、それはそうですが、上級冒険者なら遠方から窓を通して見ることも可能な場所で改宗を行うのは――」

「上級冒険者がそこまでする価値がアーデにあるのか?」

「…………」

「構わないな、アーデ?」

「は、はい、それでいいです」

 

 理屈としてはソーマの言い分も正しいが、改宗してしまえば他所のファミリアの眷属になるリリルカに対する配慮すらないことが今までの対応が透けて見えてくる。

 しかし、変にゴネて臍を曲げられても困るので、当人のリリルカが認めてしまっては所詮は立会人でしかないエイナに口を出す権利はない。

 

「改宗の前に一つだけ聞かせてくれ、アーデ」

 

 作業がしやすいようにリリルカが座る椅子だけを移動してきて、後はベル達が出ていくだけというところで唐突にソーマが問いかける。

 

「は、はい、ソーマ様。なんでしょうか」

 

 当初の予定通りに進んでいる状況に喜びを感じていたリリルカは内心を隠して答える。

 

「俺はお前の気持ちを何も聞いていない。改宗は本当にお前が望んだことか?」

「……っ!?」

 

 ソーマの問いに、リリルカは目の前が真っ赤になるほどの怒りが湧き出す。

 

「い、今まで私の、私達の言葉を何一つ聞こうともしなかったあなたが何を今更……っ!」

「聞く必要などなかった。簡単に酒に溺れる子供達の話を聞くことに、何の意味がある?」

 

 起伏の少ないソーマの返しに、絶句するのはリリルカの方だった。

 凍り付いたリリルカを放って、ゆっくりと動いたソーマが壁に作り付けられた棚から白い液体が入った瓶と空の杯を取り出す。

 

「だが、この場ではそうはいかないだろう。なのに、お前は何一つ口にせず、ギルドの者やヘスティアに喋らせるだけで自身は何も言おうとしない。自覚があるからじゃないのか、自分は神酒から離れられないと」

 

 下界の全てを見抜く神の視点で、リリルカの隠していた深奥を暴き出す。

 

「リ、リリは……」

 

 リリルカが抗弁しようとしたその時、瓶の中身を杯に注ぐと部屋中に眩暈を起こすほどの涼しい芳香が香ってきて口が止まる。

 

「…………こうやって問答するこの時間が無駄だ。どうせ神酒の魅力に負けて戻ってくる。これを飲んで、まだ同じことが言えたのなら、お前の好きにするといい」

「あ、ぁ……!?」

 

 差し出された杯に、リリルカの喉が鳴る。

 神酒の魅力に翻弄され、おかしくなった当時の記憶が蘇って全身が震えた、もう一度あの感覚を味わえると歓喜で。

 差し出した杯を取ろうとしないリリルカを、ソーマは何の感情もなく見下ろしている。

 

(飲みさえすれば、ソーマファミリアから解放される)

 

 望んでいたことだ。望んでいたことのはずなのに、足が手が動かない。

 

「――――神酒を飲むのは別にリリじゃなくてもいいですか?」

 

 そんなリリルカの窮状を助けんと、ベルが名乗り出た。

 

「ヘスティアの子か。ああ、神に二言はない。誰であっても結末は同じだ」

「言いましたね。約束は守ってください」

「待って下さい、ベル様はそれは――」

 

 リリルカが我を取り戻して止める暇もなかった。

 あっさりと杯を受け取ったベルが、数多の人生を狂わせてきた神酒を躊躇いもなく呷った。

 

「ぷはっ――――苦っ!?」

「は?」

「あ、でも、後味はおいしいのかも……」

 

 第一声は予想外で、頭を捻っているベルに魅了された様子はない。

 

「べ、ベル君?」

 

 市場に出回っている、ソーマ曰く失敗作ですら魅了されかけたことのあるエイナの恐る恐るの声掛けに、ベルは本題を思い出した。

 

「はっ、そうだ。僕は何度でも同じことを言いますよ。後はリリの好きなように――」

「なんとも、ないのか?」

 

 憐れむほど愚かな下界の住人に見切りをつけたソーマは一番の驚愕に苛まれながらベルを見る。

 

「へ? なんか苦くて、でも後味はおいしいぐらいでしたけど、これってお酒ですよね。あ、僕、未成年なのにお酒飲んじゃった……」

「あ」

 

 ヘスティアは気付いた、ベルが魅了されていないカラクリに。

 

(ソーマが造る酒は神々すらも容易に魅了(・・)する神酒(ソーマ)。ベル君には憧憬一途(リアリス・フレーゼ)で魅了が効かないんだ。しかも、あの様子からしてお酒を飲んだことがないから慣れてない分、酒の良さが分からない。つまり、純粋に味だけの評価をしたということ)

 

 ベルはスキルの効果によって魅了に対して絶対的な耐性を持っている。酒を飲んだことのないベルにとっては、神酒ですら酒なので苦かったらしい。つまり子供舌。

 マズい、とヘスティアは危機感に支配された。

 

「ソーマ、僕にも試させてくれ」

「あ、ああ、いいぞ」

 

 ベルから杯を受け取り、ソーマに注いでもらった神酒を一気に呷る。

 

「――――」

 

 次の瞬間、ヘスティアの世界がぐにゃりと曲がった。

 果てしない陶酔感に支配され、意識を捻じ曲げるほどの感動の絶頂が襲い掛かってくる。全てが神酒によって洗い流され、しかして最後にヘスティアを支えたモノは、眷属への愛と主神としての意地だった。

 

「…………ど、どうってことないね。これぐらいならミアハと飲んだ安酒の方が美味かったくらいだ」

「足がガクガクと震えているが?」

「気の所為だ! 酒ってのはね、どういう気持ちで、誰と飲むかが大事なんだ!」

 

 ヘスティアは生まれたての小鹿のように震える足のまま続ける。

 

「ソーマ、君は子供達を利用して造った酒を一人で飲んで、心の底から美味いと思えるのかい? 僕は君の酒を飲んでも美味いとは、とても思えないよ!」

 

 明らかに勢いで言い募ったヘスティアに、ソーマはやはり無感動に聞き届けた。

 

「酒のことで論じられる気はない…………だが、まあいい。約束は約束だ。ヘスティアよ、アーデの改宗を受け入れよう。但し、一つだけ頼みがある」

「なんだい?」

 

 未だこの世のものとは思えない美酒の味わいに心身が溶けていきそうなのを、ヘスティアはエイナが感動を覚えるほど意地だけで応える。

 

「お前の子を俺にくれないか?」

「絶対に嫌だ!」

 

 震えていた足がシャンと伸び、白濁していた意識が一気に鮮明さを取り戻した。

 

「そう、言わず。神酒を飲んで苦いと言った子は初めてなのだ。なんなら、アーデと一緒にザニスも付けるから」

 

 ソーマは先程までの無感動振りはどうしたのだと言わんばかりにヘスティアに詰め寄る。

 

「嫌だって言ってるだろ! ベル君は僕のだ! というか、君の所の団長なんかいらないから。大体、君が条件を出せる立場なのかい?」

「俺が協力しないと何時までも改宗は出来ないぞ」

「ひ、卑怯な……!」

 

 結果として、一年間の期限付き。一ヶ月一回ベルがギルドでエイナの立会いの下、ソーマの神酒を飲んで味を判定するということで決着した。

 代わりとして巨額の脱退金は免除。ヘスティアファミリア側の都合で破棄するなら、破棄した残りの期間分の脱退金を支払う。ソーマファミリア側の都合で破棄するなら、脱退金免除。一年を経っても継続するかどうかは、期限が来てから再度の話し合いをすることで合意した。

 

(リリは……)

 

 何も決断できないリリルカを置いたまま事態は進み、改宗は事前にかかった時間とは裏腹に呆気なく終わった。尚、リリルカが改宗中の間、ソーマが置いていた神酒に興味を引かれたアルスが盗み飲みして一発で魅了されていたのは余談である。

 

【リリルカ・アーデ Lv.1/力:I42/耐久:I42/器用:H143/敏捷:G285/魔力:F317/《魔法》『シンダーエラ』/《スキル》『縁下力持』】

 

 勇気を示さない者に、答えるモノは何もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜半過ぎ、娼館より上機嫌でホームに戻ってきたソーマファミリア団長のザニス・ルストラは、ガネーシャファミリアから先にホームに戻ってきて待っていたカヌゥ・ベルウェイとその取り巻きから報告を受けた。

 

「勝手にアーデがファミリアを抜けただと?」

 

 リリルカ・アーデがファミリアを脱退した経緯について、彼らに取って都合の良いあらましを聞いて真実を察しながらも激怒した。

 

「ソーマ様が認めようが、俺を通さず勝手にファミリアを抜けるなどあり得てはならない。お前達、集められるだけの人を集めろ」

「「へい、団長!」」

 

 自身の取り巻きに勝手に指示を出したザニスに怒るでもなく、強き者には巻かれるのは当然のことと受け入れているカヌゥには懸念があった。

 

「アーデに思い知らせるにしても、奴らは結構な手練れですぜ。なによりソーマ様はアーデの改宗を既に行っているから下手にギルドとかに知られればマズい事になります」

「知られなければいい。ギルドにも、我らに興味のないソーマ様にもな」

 

 ザニスは理知人を気取っていても、実際は非常に陰険で自らの欲望に忠実な人物であり、その内心では主神たるソーマすら見下していることを隠しもしない。

 カヌゥも信仰しているのは神酒であって神ソーマではない。ソーマに対して忠誠を誓っている団員などいないと団長たるザニスは知っていた。

 

「カヌゥ、お前の失敗は楽をしようとアーデに頼ったことだ。俺ならばそんなヘマはしない。絶対に裏切らない方法がある」

 

 どこか芝居じみた動きで、ゆっくりと次の言葉を続ける。

 

「集まった奴らに伝えろ。俺に従うのなら、神酒を分けてやるとな」

「へへっ、流石は我らが団長だ。俺たちのことを分かってらっしゃる」

「なら、お前も行け。無関心なソーマ様もギルドの影響で俺達の動きに勘づくかもしれん。勝負は事を起こす速さで決まる」

「へい!」

 

 カヌゥを見送ったザニス自身も準備の為に自室へと向かう。

 

「ふふっ、アーデよ。お前は身を以て知ることになる。このソーマファミリア(ザニス)に逆らうことの恐ろしさを」

 

 隠しきれない嫌らしさを口元の笑みから滲み出させながら、歪み(神酒)が産み出した悪意が蠢動する。

 

 

 

 

 






 ドラクエ11連携『聖者の詩』でフィルヴィス・シャリアを助けるってアリナシ?



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第20話 ナイス、ツンデレ!



 タイトルは選ばれなかった選択肢です。




 

 

 

 

 

 ベル・クラネルが団長を務めるヘスティアファミリアのパーティーに別ファミリアでありながら参加しているヴェルフ・クロッゾは、昨日にこのダンジョン内で行われた襲撃、及びそれに付随して巻き起こった一連の騒動を聞いていた。

 

「――――――まさか、そんな大事になっていたなんてな」

 

 完全に蚊帳の外に置かれたヴェルフは少し寂し気に呟いた。

 

「簡単に言いますが、結構大変だったのですよ」

「そうだよ、ヴェルフ。リリは僕達の方が強いと言ってくれたけど、僕達も初めての対人戦で余裕なんてなかったんだから」

 

 リリルカ・アーデに同調したベルは昨日の戦いで、何かが違えば敗北したであろう予感に体をブルりと振るわせた。

 

「おっと」

 

 その拍子に足元の砂が滑って危うく転びそうになるが、そこは冒険者。すぐさま体勢を整えて堪える。

 

「気をつけて下さい、ベル様。この9階層と下の10階層は砂や岩石の多い砂漠地帯。慣れていない冒険者は転びやすいです、ヴェルフ様みたいに」

「おい、リリ助」

「一例として挙げたまでです」

 

 9階層に降りて直ぐに砂に足を取られて豪快に転倒したヴェルフは被っている『てつのかぶと』の中で唇の端をヒクヒクとさせる。

 

「ヴェルフも9階層は初めてで、僕と違って武具が重量級だから仕方ないよ」

「下手な慰めはよしてくれ。惨めになる……」

 

 油断していたのを慰められ、情けなくなったヴェルフは大きなため息を漏らす。

 

「別に仲間外れにされて悔しいとか、そんな子供染みたことを言いたいわけじゃないんだ」

 

 襲撃者のゲドとカヌゥ・ベルウェイ一味は、ヴェルフが所属しているヘファイトスファミリアに喧嘩を売るような愚を犯さなかった。彼らの小賢しさを示していたが、だからこそ襲撃のタイミングを読みやすくギルドやガネーシャファミリアと連携を取ることが出来た。

 

「力になりたかった。ただ、それだけなんだ。何もするなってのは、結構クる」

「ヴェルフ……」

 

 ベルにも分かる理屈だった。

 

「僕は、僕達は、ヴェルフとはまだまだ短い付き合いだけど、間違いなく仲間だと思っているよ」

 

 だから、と続けて。

 

「こんなことが二度とないように改宗しとこ?」

「だあっ!?」

 

 感動の場面を台無しにするタイミングでの勧誘に、豪快に足を滑らせたヴェルフが尻から転倒する。

 ヴェルフによって撒き散らされた砂を邪魔そうに払うアルスと、同じように足を滑らせながらもギリギリで堪えたリリルカ。

 

「イテテテ、今言うことかそれ?」

 

 尻を抑えながら立ち上がるヴェルフ。

 

「ヘスティアファミリアに入ったら全部解決する問題だもん。誘うなら今だと思ったんだ」

「思ったんだ、じゃあないですよ。機会を見つけたら勧誘するのは止めて下さい」

「はは、モンスターの気配は近くにないし、流石に僕も時と場所は選んでいるって」

「能力の無駄遣い……」

 

 このパーティーの中でベルの役割は、盗賊(シーフ)斥候(スカウト)の両方を兼ねている。

 斥候の主な役割は偵察。パーティーから先行して道の先にモンスターがいないか確認したり、或いは釣って特定のエリアに誘き出したりする。地形を利用する職業柄、迷宮資源の採取・採掘を担当するのもザラにある。

 しかし、そこは少数パーティーの問題として一人で複数の役割を兼ねることがある。

 迷宮資源の採取・採掘はサポーターであるリリルカの役割と被るところもあるし、気配察知の勘はアルスの方が上なのでモンスターの接近にベルの方が気づくのが遅いこともままあるので、厳密な役割分担が為されているわけではない。

 

「前にも言ったように、俺はヘファイストス様の下を離れる気はない。が、仲間だと思っているのは本当だ。頼ってほしいし、頼りたいとも思っている」

 

 後はそうだな、と続ける。

 

「パーティーに入る条件として言った、Lv.2までって言うのは忘れてくれ」

 

 『てつのかぶと』に覆われた顔を逸らして言ったヴェルフに、リリルカは鼻で笑ってやった。

 

「ずっと仲良くしてくれと、分かりやすく言えばいいのに。素直ではありませんね」

「うっせえ」

 

――――――――――かさくれネズミたちが あらわれた!

 

 現れたのは軽快なステップを踏む砂漠のかさくれネズミ(ファンキーダンサー)。大体が家族か兄弟でグループを組み、活動するペアのモンスターの出現に緩まっていた空気が緊張する。アルスが武器を抜き放つよりも速く、ベルは背中に固定していた『やいばのブーメラン』を取る。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――かさくれネズミたちに ダメージ!

 

 先制のベルの攻撃に追従して、攻撃を受けて足を止めたかさくれネズミの懐にアルスが飛び込む。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――かさくれネズミAに ダメージ!

――――――――――かさくれネズミAを たおした!

 

 二刀流による連撃を受けたかさくれネズミAが魔石となって消滅する。そこへアルスからワンテンポ遅れたヴェルフが『てつのオノ』を振り被る。

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフの こうげき!

――――――――――かさくれネズミBに ダメージ!

 

 『てつのオノ』によってかさくれネズミBにダメージは受け、瀕死に近く逃げることも出来そうにないが倒し切れていない。アルスが追撃を仕掛けるよりも、かさくれネズミの決死の行動の方が早い。

 

――――――――――かさくれネズミは ばくだん石を 放り投げた!

 

 かさくれネズミが投げた拳よりももう少し大きな石を振り払わんと、アルスが左手の『せいどうのつるぎ+2』を持つ手に力を込める。アルスが何をしようとしたのかを察したリリルカが顔色を真っ青にする。

 

「爆弾です! 斬らないで!」

 

リリルカの叫びに踏み留まったアルスが咄嗟に傾けた顔の横をばくだん石が通り過ぎる。

 

「ベル様!」

「任せて!」

 

 向かってきたばくだん石の前に無手で飛び込んだベルがふわりとキャッチし、そのまま回転して投げ返す。

 投げ返されたばくだん石が赤く染まっていく。

 かさくれネズミは戻ってきたばくだん石に慌てるが、蓄積したダメージが大きすぎて動けない。

 

「来い、アルス!」

 

 『てつの盾』を構えたヴェルフの背後にアルスが隠れた直後、かさくれネズミの足元でばくだん石が爆発する。

 アルスのイオを超える規模の爆発に、『てつの盾』を支えるヴェルフの腕がビリビリと震える。ヴェルフの後ろの方にいて、爆発の影響範囲外にいるベルとリリルカの下にも爆発による衝撃波が襲い掛かってきて、咄嗟の反応で腕を翳す。

 爆発による煙がモクモクと上がり、やがて視界が晴れた頃には爆心地にかさくれネズミの姿はなく残ったのは魔石だけ。

 

――――――――――かさくれネズミたちが やっつけた!

――――――――――アルスたちは 100ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――かさくれネズミたちは 魔石を 落としていった!

――――――――――かさくれネズミAは ばくだん石を 落としていった!

 

 サポーターの役割を果たす為、リリルカが魔石を回収している最中、かさくれネズミAがいた場所に砂に埋もれた魔石と一緒にばくだん石を発見してビクゥと体を震わせる。

 

「り、リリ? それってばくだん石じゃ」

「ええ、砂を被っていたお蔭で爆発はしなさそうです。ですが、衝撃を加えると爆発する恐れがあるので、アルス様の『どうぐぶくろ』に入れておくのが最善だと思います」

「おいおい、大丈夫なのかよ」

「『どうぐぶくろ』の中に関しては分からないことばかりなので完璧な保証は出来ませんが、いざという時に道具としても使えるので確保しておくのは良いことでは?」

「アルスの魔法よりも威力が強かったもんね。もう一個も連続で爆発してたらヴェルフも危なかったんじゃない?」

「むぅ、大丈夫と言える自信は確かにないが」

 

 今も僅かに痺れとして残る爆発の衝撃を思い起こし、不安げな眼差しでヴェルフは腰に吊るしている『どうぐぶくろ』に『ばくだん石』を入れているアルスを見る。

 

「『どうぐぶくろ』の中で爆発したりしないか?」

「中に入れた物はそれぞれ違う場所に保存されているみたいなんだ。例えるなら一つ一つ棚に入れてるみたいな感じかな」

「こんな小ささでリリのバックパック以上に入りますから、内部がどんな不思議空間になっていてもおかしくはありません。流石はヘファイトス様と言ったところでしょうか。下界の常識が通用しません」

「ふふ、だろ?」

「凄いのはヘファイストス様であって、ヴェルフ様ではありませんよ」

「主神が褒められたら眷属は嬉しくなるもんさ」

「…………良く分かりません」

「これから分かって行けばいいさ。爆弾を持ち歩くなんて正気の沙汰じゃないが、ヘファイストス様の作った『どうぐぶくろ』なら安全だろう」

 

 さらりと自身の主神への信頼を滲ませるヴェルフ。

 

「ところでヴェルフ様、ばくだん石は鍛冶の素材にはなるのですが?」

「使うレシピもあるが、殆どないに等しいぞ」

「では、やはり道具として使うのが最善でしょう」

 

 ヴェルフがばくだん石を素材とする武具が『インフェルノソード』『しゃくねつのツメ』の二つしかないことを思い起こしていると、浮かない顔をしたリリルカの姿が目に入る。

 

「ヘスティアファミリアに入った割にはあまり嬉しそうじゃないな、リリ助」

「そのリリ助というのは止めて下さい…………嬉しそうじゃないというのは承服できかねます」

 

 『どうぐぶくろ』に入れても爆発しないのを確認して、探索行に戻った中でリリルカは満面の笑みを浮かべる。ただ、ヴェルフにはやはりその笑顔には影があるように思えてならなかった。

 一瞬チラリとベルを見ると、彼も小さく頷いたが原因には心当たりがないようで少し沈んだ雰囲気が滲む。

 

「正式にヘスティアファミリアに入れて頂き、宿ではなくベル様達と同じホームに住居を移して、過大にも副団長に任を頂戴してファミリアの金勘定も任せて頂いているのです。一サポーターには過分過ぎるほどの責任と立場、これでやる気に満ち溢れないリリではないのです。正しくこの世の春を謳歌しているのですよ。アルス様、一人で先に行かないで下さい!」

 

 興奮して早口で捲し立てるリリルカは、確かに本人が言うように任せられたことに対する重責と嬉しさを感じているかもしれないが、ヴェルフにはどこかカラ元気に見える。早速、突出しかけたアルスの裾を掴んで押し留めている姿からはそうは見えないが。

 

「いきなり副団長を任されて気負ってるのか?」

「嫌って感じでは無さそうなんだよね。もしかして前のファミリアに思うところがあるのかな……」

 

 ベルも理由が分からず困惑している様子を見て取り、ヴェルフが考えていると足を止めたアルス達に追いつく。

 本人の話題を目の前でするのは良くないだろうと考えたヴェルフは話題の転換を図る。

 

「ベル、今回の装備はどうだ?」

「かなり良いよ。毛皮だから、ちょっと熱いけど」

 

 毛皮で作る装備のレシピの素材が揃ったので、ヴェルフが『ふしぎな鍛冶台』を使って『毛皮のフード+2』と『毛皮のポンチョ+1』を作っていた。

 ベルは『とんがりぼうし』は『毛皮のフード』に切り替え、『くさりかたびら』『てつのむねあて』の上から『毛皮のポンチョ』を羽織っている。

 

「砂漠の階層で毛皮の防具を選ぶヴェルフ様の感性が信じられません」

 

 9階層は砂漠の為かそれまでの階層と比べて平均気温が高いにも関わらず、見るだけで暑そうな毛皮に話題に乗ったリリルカはわざと嫌味を漏らす。

 

「冒険は常に万全の準備が必要だ。環境に合わせることも重要だが、前の装備よりもベルの守備力は確実に上がっているんだ。鍛冶師として文句を言われる筋合いはない」

 

 ヴェルフは嫌味には皮肉で返し、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ちゃんとリリ助にも防具を作ってやったろ」

「この『きんのゆびわ』に、それほどの効果があるとは思えませんが」

「身に着ければ守備力を上げる効果があるぞ」

 

 リリルカが身に着けている指先から肘近くまでサポーター・グローブで見えないが、左手中指に嵌められた金で出来たなんの変哲もない指輪を見やる。

 

「であれば、サポーターのリリが付けるよりも戦闘を行うベル様達が装備すべきです」

「ベルは『ぬすっとのグローブ』、アルスは『ちからのゆびわ+3』をしているから、同時に装備してもどちらかの効果が打ち消されちまう。それじゃあ意味がないだろ」

「ならば、ヴェルフ様が」

「俺もこの『熱砂のイヤリング』とは別の武具を手に装備しているから一緒だ。ほら、消去法でリリ助しかいない」

「ぐぬぬ……っ」

 

 本当はヴェルフも暑さ対策で身に着けた『熱砂のイヤリング』以外は身に着けていないが、手袋をしているのでバレるはずがない。

 不服そうなリリルカをベルが追加の説得を試みていると、アルスがヴェルフの肩を軽く叩く。

 

→素直じゃないな

 ナイス、ツンデレ!

 

「うっせぇ」

 

 『きんのゆびわ』は最初からリリルカの為に作ったであることを見透かしたアルスのからかいを撥ね退ける。

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 

 

 

 



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第21話 クエスト『美味なるサボテンステーキ』を引き受けました。




 9階層はDQ11 サマディー地方。
 10階層はDQ11の同じくサマディー地方の魔蟲のすみかとなります。





 

 

 

 

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 現れたモンスターは三体。

 大きな木槌を持ったブラウニー、ハゲタカとヘビが混ざったようなキメラ、灰色のローブを纏って暗いフードの奥の目だけを怪しく光らせたまほうつかい。

 

――――――――――ブラウニーは 全身に ちからを ためた!

 

 ブラウニーはアルス達の姿を認識した瞬間、即座に短い脚を止めて力を貯め始める。

 彼我の距離はまだあり、アルス達が距離を詰めるよりも早くキメラが大きく息を吸い込む。

 

――――――――――キメラは 火の息を 吐き出した!

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

 

 ベルが放った『やいばのブーメラン』がキメラが吐き出した火の息を散らす。

 

――――――――――ベルは 攻撃を武器で はじいた!

――――――――――アルスとヴェルフは 攻撃を盾で はじいた!

 

 散らされた火の息を更に各々の武器や盾で振り払うことでダメージを負わずにやり過ごす。その間にまほうつかいが呪文を唱えていた。

 

――――――――――まほうつかいは メラを となえた!

――――――――――アルスは ダメージを 受けた!

 

「ぐっ!?」

 

 狙われたアルスは『シルバートレイ』で受け止めるも、弾けた火の粉によって体に小さな火傷を負いながらも前進する。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、剣を ぶんまわした!

――――――――――まほうつかいとキメラは ダメージを 受けた!

――――――――――まほうつかいを たおした!

 

 ぶんまわしによってまほうつかいを倒したが、キメラは飛んでいる分だけまだ傷が浅い。

 

「ジバリア」

 

――――――――――ベルは ジバリアを となえた!

――――――――――ブラウニーの足元に ジバリアを しかけた!

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフの こうげき!

――――――――――キメラは ダメージを 受けた!

――――――――――キメラを たおした!

 

 追撃を仕掛けたヴェルフの『てつのオノ』によってキメラが魔石と化す。直後、力を貯め終わったブラウニーが動いた。

 

――――――――――ベルの ジバリアが 発動!

――――――――――ブラウニーは ダメージを 受けた!

 

 進行方向の地面に描かれた魔法陣がブラウニーが真上に来た時点で発動し、大地が爆発して飛び散る岩石がブラウニーに襲った。しかし、倒すほどのダメージを与えることは出来ず、ブラウニーは衝撃でたたらを踏んだだけで元気一杯。

 そこへ『せいどうのつるぎ+3』を持ったベルが飛び込む。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――ブラウニーは ダメージを 受けた!

――――――――――ブラウニーを たおした!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 210ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まものむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――ブラウニーは ちからのたねを 落としていった!

 

 落ちた『ちからのたね』がコロコロと転がってアルスの足元へとやってきた。自分にホイミをかけて火傷を癒したアルスは『ちからのたね』を拾う。

 

→食べる

  どうぶぶくろに入れる

 

 手にした『ちからのたね』は村にいた頃に良く食べていた木の実と似ていたので、マズかったら直ぐに吐き出すつもりで開けた口の中にポイッと入れる。

 

「ああっ!? なにを食べてるの!?」

 

 モンスターから出てきた物を安易に口にしたアルスを見咎めたベルが慌てて止めに入るが、その拍子にゴクリと飲み込んでしまった。

 

――――――――――アルスは ちからのたねを つかった!

――――――――――アルスの ちからが 2ポイント あがった!

 

「吐き出しなさい! ほらっ、ペッとして!!」

 

 ベルは急いでアルスの口をこじ開けようとするも、当の本人は何の異常も感じていないのだから必死にブロックする。

 二人のちからのステータスは1だけアルスの方が上だったが、『ちからのたね』を食べて+2されたことでベルが必死に力を込めるもアルスの方はまだ余裕がある。

 

「ベル様、アルス様が食べたのは『ちからのたね』だと思われるので、食べても悪影響はありませんよ」

「そうなの?」

「はい、レアアイテムの部類に入っていますが『力』のステータスを2だけ上げる効果を持ちます。今のところ、悪影響は報告されていません」

「へぇ……」

 

 初めて聞いたアイテムとその効果にベルが感心してアルスの手を離すと、知っていたヴェルフが苦笑する。

 

「力のステータスをたった2だけ上げる効果だと、下手をすれば自主練をするだけで得られるからな。それこそ限界値まで上げて上昇幅が見込めない時なんかに使うアイテムだ。あまり需要があると思えないし、売ってもそんなに高くないんじゃないか?」

「確か『ちからのたね』は150ヴァリス程度だったと思います。なので、アルス様が食べてしまってもリリは怒れないのです」

 

→じゃあ、そういうアイテムは全部食べさせて 

 じゃあ、次からは食べるのを止めとく

 

「ええ、構いませんよ。狙って集められる物でもありませんから、お好きにどうぞ」

「俺もいいわ。モンスターから出た物とか、ダンジョンにある物は安全が確認されている物以外、口に入れたくない」

「ん~、ステータスが上がるなら惹かれるモノがあるけど、アルスが食べたいならいいよ」

 

 三人の了承も得られたので、ステータス上昇系のアイテムが確保出来たらアルスが食すことが決定した。

 

「食べると言えば、ここまでサボテンゴールドどころか、サボテンボールすら見かけません。これではクエストを果たせそうにありません」

「この階層にはいるんだよね。もっと探してみる?」

「止めとけ止めとけ。クエストと言っても、この9階層に来るついでにって話だろ。探し物は探してる時には出てこないぞ」

「ですが、クエストの報酬が」

「『みかわしのカード』と一週間酒場での飲食無料券が報酬なんだろ。サボテンゴールドはただでさえ滅多に現れないレアモンスターなんだ。見つかればいいなって気持ちで行こうぜ」

「ヴェルフの言う通りだよ。サボテンゴールドの目撃例は少ないらしいし、サボテンハンターなんて人がいるぐらいだから」

 

――――――――――クエスト『美味なるサボテンステーキ』を引き受けました。

 

 依頼主はサボテンステーキを提供する火蜂亭の店主。

 紅玉を煮詰めたかのような真っ赤な蜂蜜酒と共に店の名物となっているのがサボテンステーキ。

 店主はサボテンステーキの改良を常に行っており、9階層に出現するサボテンボールの亜種であるサボテンゴールドを倒して入手できるゴールドサボテンを材料に使えば改良が捗ると考えた。

 ゴールドサボテンは店主曰く「普通のサボテンとはツヤや厚みが違う」との事で、糸引くような粘りと舌を刺すような酸味が素晴らしいそうでクエストを出したとの事。

 

「――――と、噂をすればなんとやらってのは本当だったのか」

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 ゴロゴロと転がってきたのは緑と金色のサボテン。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは かえん斬りを はなった!

――――――――――サボテンボールに ダメージ!

――――――――――サボテンボールを たおした!

 

「よし、このままサボテンゴールドを――」

 

――――――――――サボテンゴールドは ボールとなって 高速で転がった!

――――――――――アルスたちは ダメージを 受けた!

 

「痛ぇっ!?」

 

 不規則な軌道で襲い掛かってきたサボテンゴールドに盾ごと弾き飛ばされたヴェルフが苦痛に喘ぐ。

 全員を弾き飛ばしてようやく止まったサボテンゴールドに、いち早く体勢を整えたベルが逆手で持った『せいなるナイフ』を構える。

 

「ヴァイパーファング!」

 

――――――――――ベルは ヴァイパーファングを はなった!

――――――――――サボテンゴールドは どくに おかされた!

――――――――――サボテンゴールドは 高くジャンプ!

 

 『せいなるナイフ』を突き刺され、毒が回ったサボテンゴールドが間を置かずに飛び上がった。それを見たアルスが『てつのつるぎ+3』を構える。

 

――――――――――アルスは フリーズブレードを はなった!

――――――――――サボテンゴールドは トゲで こうげきしてきた!

 

 アルスを中心に地面が凍り付いて氷柱が幾つも生まれ、そこにサボテンゴールドが落ちてきた。

 

――――――――――アルスは ダメージを 受けた!

――――――――――サボテンゴールドは ダメージを 受けた!

 

 氷柱に落ちたサボテンゴールドもダメージを受けたが、飛んできたトゲがアルスに幾つも刺さる。

 

「強い!」

 

 毒状態になっても構わず動き続け、多少のダメージを物ともせずに尚も戦いを仕掛けてくるサボテンゴールドにベルは戦慄する。

 全力で倒さんと魔法を使うことを決意した。

 

「ギラ」

「ジバリア……あ」

 

――――――――――ギラと ジバリアが まざりあい もえさかる 魔法陣を つくりだす!

――――――――――サボテンゴールドの あしもとに 火炎陣を しかけた!

――――――――――サボテンゴールドの 炎耐性と 土耐性が すこし さがった!

 

「不発?」

 

――――――――――サボテンゴールドは ステテコダンスを おどった!

――――――――――しかし、アルスたちは わらえなかった!

――――――――――ベルたちの 火炎陣が 発動!

――――――――――サボテンゴールドに ダメージ!

 

「ええぇっ……」

 

 アルスのギラとベルのジバリアが競合して不発になったかと思ったら、サボテンゴールドが何故か変なダンスを踊った直後に二人の魔法が混ざり合ったような効果の爆発が起こった。

 全く思いもしなかった展開にベルの思考が置いてけぼりを食らってしまった。

 

「皆様、今がチャンスです!」

「おう、やっちまえっ! おらっ!」

 

――――――――――ヴェルフの こうげき!

――――――――――サボテンゴールドに ダメージ!

 

「はっ!」

「やっ!」

 

――――――――――アルスとベルは 同時にかえん斬りを はなった!

――――――――――サボテンゴールドに ダメージ!

――――――――――サボテンゴールドを たおした!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 361ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――サボテンゴールドは ゴールドサボテンを 落としていった!

 

「強いかと思ったら最後は一体、何だったんだろう……」

「最初はかなり強かったし、倒せたんだからなんだっていいんじゃないか」

「いいんだろうか……」

 

 ベルとヴェルフがサボテンゴールドを強敵認定すべきか悩んでいる間に、受けたダメージが結構大きかったのでアルスが順次ホイミで癒していく。

 

「っ!? リリは大してダメージを負っていないので大丈夫です。アルス様の貴重な精神力(MP)は温存しておくべきです」

 

 最後にリリルカの順番が回ってきたところで、まさか非戦闘員である自分にまで治癒魔法を使ってくれるとは露とも思っていなかったのでアルスを制止する。

 

「ダンジョンでは何があるか分からないから、治せるなら治しておくべきだよ」

「だな。何時でも万全にしておくべきだ」

 

 アルスは三人の反応を確かめた上で次の行動を選択する。

 

→ホイミを使う

  ホイミを使わない

 

――――――――――アルスは ホイミを となえた!

――――――――――リリルカの キズが 回復した!

 

「さ、サポーター如きに精神力(MP)を使って頂き、申し訳ありません!」

 

 恐縮して謝るリリルカに、ベルは流石に突っ込んで話をしようと足を踏み出したところでヴェルフが「新手だ!」と声を上げた。

 

――――――――――メタルスライム達が あらわれた!

 

 タイミングが悪いと舌打ちを漏らしたところで、三体いた銀色のスライムの内の一体が背を向けた。

 

――――――――――メタルスライムCは にげだした!

 

 回り込む暇もないほど、言葉通りのあっという間に逃げ出したメタルスライムの姿が見えなくなる。

 残りの二体はイマイチ感情が分からないスライム特有の表情でアルス達を見ていて、直ぐに逃げ出す様子がない。それどころか体当たりで攻撃を仕掛けてきた。

 

――――――――――メタルスライムBの 攻撃!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

「ぐっ……って、痛くない?」

 

 衝撃は受けたものの、ダメージはかなりの軽微。

 ぶつかって跳ねたメタルスライムBは地面をポンポンと転々とする。

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフの 攻撃!

――――――――――ミス! メタルスライムAは ダメージを 受けない!

 

 振るわれたヴェルフの『てつのオノ』は確かにメタルスライムAに直撃したはずなのに、そのプリんとした体の上をツルリと滑っただけでダメージは与えられていない。

 

「メタルスライムは攻撃力は全然ありませんが、固いだけでなく素早さにも秀でています!」

 

 リリルカのアドバイスを聞いて、ベルはアルスを見た。

 目を合わせて一瞬で意図を理解したアルスがコクリと頷く。

 

「やっ!」

「はっ!」

 

――――――――――メタルボディを きりさく 息を あわせた こうげき!

 

 ベルがメタルウィングのスキルを活かす為に『やいばのブーメラン』を投擲して全体攻撃を行い、直後にメタル斬りのスキルを持つアルスが剣をぶんまわした。

 

――――――――――メタルスライムたちに ダメージ!

――――――――――メタルスライムたちを たおした!

――――――――――メタルスライムたちを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 4020ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――メタルスライムたちは 魔石を 落としていった!

――――――――――メタルスライムたちは メタルのカケラと命のきのみを 落としていった!

 

「呆気なく倒してしまいましたね。メタルスライムは倒すどころかダメージを与えるだけでも一苦労で、直ぐに『にげる』ので非常に倒しづらいはずなのですが……」

 

 手分けして魔石とドロップアイテムを回収していると、アルスは『命のきのみ』を拾い上げてパッと口に入れる。

 

――――――――――アルスは 命のきのみを つかった!

――――――――――アルスの HPが 5ポイント あがった!

 

「また食べてるよ。良く食べれるね」

「功労者なんだから、いいじゃないか。ベルももう一つのドロップアイテムはリリ助と分けてくれ。俺なんて攻撃が当たらなかった」

 

 どうにもベル達とパーティーを組んでからは、自分の冒険者としての能力に自信を失ってしまいそうになりそうなヴェルフだった。

 

「普通はメタルスライムに攻撃が当てるのは難しいので気に病むことはありませんよ」

「そうは言うがな……」

 

 先のメタルスライム戦にしても、ベル達の特異なステータスによるスキルのお陰と知っているリリルカは慰めるが、自信喪失中のヴェルフはどこか信じ切れない様子だった。

 ヴェルフを励ます為にリリルカが言葉を探していると、パチパチと気の抜けた拍手が聞こえてきた。

 

「あのアーデが人を慰めるたあ、奇妙なもんを見れるもんだぜ」

 

 つい先日と同じように取り巻き二人を連れたカヌゥ・ベルウェイがニヤニヤと心の籠ってない拍手を繰り返す。

 ベルがカヌゥの存在を認識した瞬間、腰の剣帯にある『せいなるナイフ』を掴みながらリリルカの姿を隠すように前に立つ。

 

「何の用ですか? 今のリリは改宗してヘスティアファミリアの所属です。何かあればギルドから厳しい処罰が下されますよ」

「おお、怖い怖い。ギルドの後ろ盾を使って脅すたあ偉くなったな、アーデ」

 

 両手を上げてベルではなく、敢えてリリルカに向けて言葉を向けるカヌゥ。

 明らかにリリルカ関連の人物と察したヴェルフが取り敢えずアルスと一緒に静観していると、ベルの影に隠れながらリリルカが顔を出す。

 

「この広いダンジョンで偶然遭遇するなんてありえません。目的はなんですか?」

「目的、目的か……」

 

 問いに対して考えるように顎に手を当てたカヌゥはやがてニチャリと音を立てて嗤う。

 

「親の顔に泥を塗った子供に躾を施しに来たのさ!」

 

 そう言って取り巻き共々、カヌゥが武器を抜き放つのに合わせて、相対するようにベル達もそれぞれが得物を手にする。

 

「実力差も理解せずに挑むなど、一昨日みたいに倒されるだけですよ」

「酒に溺れて目も曇りましたか?」

 

 カヌゥ一味はゲド・ライッシュがおらず、ベル達側にはヴェルフが追加されている。

 一昨日よりも戦力差が逆転しているにも関わらず、謎の自信に溢れたカヌゥの思惑が読めないリリルカは思考を巡らせる。

 

「まさか、実力差は理解しているとも。だから、今度はファミリア総出で潰してやる。おい、お前ら!」

 

 カヌゥがそう言うと、一味の背後の通路から10人以上の冒険者が続々と現れる。

 

「ファミリア総出で闇討ちなど、ギルドが知れば闇派閥認定されて即取り潰しとなりますよ!?」

「バレなければいいのさ!」

 

 肩を震わせるリリルカに対して、両手を広げたカヌゥの瞳は前を見ているようで見ていない。彼が見ているのは神酒だけだ。

 辛うじて理性を繋ぎとめているような表情で続ける。

 

「アーデは生きて捕まえろ。足掻けないように手足は潰しても構わない。他は証拠も残さず殺せ。貢献した者には神酒が与えられる。神酒が欲しけりゃ、アイツらを生かして帰すな!!」

 

→逃げるぞ!

  迎撃だ!

 

 流石にこの人数は厳しいとアルスは逃走を選択。アルス達が踵を返して脱兎の如く走り出すと、背後からカヌゥを含めた10人以上の冒険者が地響きを立てながら後を追ってくる。

 命を懸けた逃走劇が始まった。

 

 

 

 

 







 この世界ではキメラのつばさは殆ど得られず、仮に得られても使い方が分からず、何故かキメラのつばさだけどこかに飛んでいく奇妙なドロップアイテムとなっています。


 この世界でもサボテンステーキは存在しており、クエストがありました。


 火鉢亭は原作・漫画・アニメにも登場していますが、その店主がサボテンステーキ云々は独自設定となるのでご容赦ください。




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第22話 降参しよう



ちょっとモチベーションが停滞気味な感じ。

順調にお気に入り登録件数は増えているのですが、こう微々たる歩みというか。

増えるのは本当にありがたいのですが。

というわけでソーマファミリア襲撃編です。




 

 

 

 

 

「待てや、ゴラァ!」

 

 柄の悪い冒険者が逃げるアルス達の背に向けて静止の声を上げるも、命がかかっているのに待てと言われて待つ馬鹿はいない。とはいえ、10人以上の冒険者に追われているアルス達にも余裕があるわけでもない。

 

「アルス様、どうぐぶくろを失礼します」

 

 逃走する際、ステータス差もあって一人で走ってはカヌゥ達に追いつかれると思われて、今はアルス・クラネルに右小脇に抱えられているリリルカ・アーデが身を乗り出して左腰に吊られている『どうぐぶくろ』に手を伸ばす。

 

「…………あった」

 

 ゴソゴソと探して目的の物を取り出したリリルカに、後ろを走っていたヴェルフ・クロッゾがギョッとする。

 

「リリ助、それは――」

「え、何?」

「ヴェルフ様、避けて下さい!」

 

 リリルカが抱えられている方にいて状況が良く分からないベル・クラネルが覗き込むよりも早く、リリルカは先の戦いで得た『ばくだん石』を背後に向かってポイッとした。

 

――――――――――リリルカは ばくだん石を 放り投げた!

 

 慌てて避けたヴェルフの後ろで、暫くして着弾した『ばくだん石』が盛大に爆発して悲鳴が連鎖する。

 

「…………今ので全滅にはならないでしょうが、足止めにはなったはずです」

「お、お前な!?」

「必要な犠牲です。この先の通路を右に曲がれば上層へ上がれます。地上にさえ上がってしまえばこちらのもの――」

 

 言っている間に通路に差し掛かり、右に曲がろうとしたところで数名の冒険者が待ち構えていた。

 

「神酒の為に死ねヤァッ!!」

 

――――――――――ソーマファミリア冒険者の こうげき!

――――――――――ベルは 攻撃を武器で はじいた!

 

 リリルカという荷物を抱えていたアルスよりも半歩前に進んでいたベルがソーマファミリア冒険者の攻撃を弾くことに成功するも、背後から更なる足音が聞こえてきたので誰もいない左へと曲がらざるをえなかった。

 

「ぬかりました。こちらは奥へのルートです。待ち構えていたのなら地上へのルートは抑えられている可能性が高いです。このままでは地上どころか下の階層に降りてしまいます!」

「そうは言っても……!」

 

 別ルートから地上に向かおうにも、数人のソーマファミリア冒険者が待ち構えている。

 倒して進もうにも、一人一人はそれこそヴェルフの方が強いが、集団で遅いかかられればアルスやベルでも倒すのに時間がかかる。そうしている間に後ろから追いつかれてしまったら、彼らの目的であるリリルカを奪われるかもしれない。

 必然、誘導されていると分かっても誰もいないルートを選択せざるをえない。

 

「彼らの目的はリリを捕まえることです。リリさえ捕まえれば彼らも諦めて――」

「くれるわけないな。ファミリア総出の闇討ちがバレた日には闇派閥認定は間違いなしだ。確実に証言が出来ないように殺しに来てるぞ」

「既に訓告を受けているんだ。リリを渡しても、彼らは僕らを生きて返す気なんてないだろうから、自分が犠牲になんて考えないでね」

 

 現実として、彼らはベル達を生きて返すなとはっきりと言っていた。リリルカの言葉はヴェルフとベルによって封殺された。

 

――――――――――アルスは イオを となえた!

 

 話している間に距離を詰めてきていたソーマファミリア冒険者に向かってアルスが爆発魔法(イオ)を放ち、拳大の以上の大きさの光の玉が後を追って来ていたソーマファミリア冒険者の前の地面に着弾して爆発を起こした。

 

「傷ついた仲間を助けるどころか、踏みつけて追ってくる……」

「恐らく今回の神酒はよほどの量が用意されているのでしょう。彼らは神酒を貰う為ならどんな手段も取ります」

 

 先頭や先頭近くでダメージを多く受けて倒れた仲間を邪魔だと撥ね退け、地面に倒れていても気にせずに踏みつけて顧みることすらしない。

 つい先日まで所属していたファミリアであるからこそ、自分があの踏みつけにされていた者の中にいてもおかしくないと知っているリリルカは忸怩たる思いで口にしていた。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――ソーマファミリア冒険者に ダメージ!

 

 先頭を進んでいたベルが横道から突如として現れたソーマファミリア冒険者に一撃を放ち、前の別れ道の片方からもワラワラと現れる新手に違う通路に行かざるをえない。

 

「階段!? まさかこの先は――」

「10階層です。9階層よりも砂漠の範囲が多くなっていますから気をつけて!」

 

 階段を下りきると、目の前に広がるのは一面の砂漠エリア。

 

「ギラ」

 

――――――――――アルスは ギラを となえた!

 

 追っ手の足止めの為に扇状に広がる閃光熱を放つアルス。

 

「そんな場合じゃないのは分かってるが、アルスの魔法って三つ以上ないか?」

「気の所為です!」

 

 熱で怯ませている間に距離を取ったところで、ヴェルフはアルスが魔法を四つ使っていること気づいたが時間がないのでリリルカは全力で誤魔化した。

 ヴェルフもステータス差で気を抜けば置いていかれるのは自分なので、追及している暇もないと走ることに集中する。

 

――――――――――じごくのハサミが あらわれた!

――――――――――アルスたちは にげだした!

 

 モンスターが現れても戦っている余裕は今のアルス達にない。

 

――――――――――ウィングスネークが あらわれた!

――――――――――アルスたちは にげだした!

 

 無視して走り抜けた背後で、人とモンスターの悲鳴が木霊する。

 

――――――――――さまようよろいが あらわれた!

――――――――――アルスたちは にげだした!

 

 アルス達が駆け抜けた後で迫ってくるソーマファミリア冒険者達に攻撃を仕掛けるモンスター達。

 ソーマファミリア冒険者たちは最低限の防御で、攻撃を行うのも進行方向にいて邪魔だからという理由だから。彼らの目的はあくまでベル達を捕まえることであって、モンスター達は道を阻む障害物でしかない。

 中には、さまようよろいやじごくのハサミの痛恨の一撃の食らって致命傷、または明らかに死んだと分かっても仲間の命を顧みることすらしない。邪魔扱いしたり、肉盾として乱暴に扱う者すらいる。

 

「狂ってやがるぞ、あいつら」

 

 人間の狂気を表出させる彼らだが、ベル達をどこかに誘導することは確実に行っていた。

 人数差を活かした人海戦術で、やがてベル達は10階層奥の袋小路の広間(ルーム)まで追い込まれてしまった。

 広間(ルーム)唯一の入り口には、集結したソーマファミリア冒険者の一団が集まっていて、その人数は20人を超えている。その中からあちこちから血を流したカヌゥ・ベルウェイが進み出る。

 

「へへへっ、ようやく追い詰めたぞ。やりましたぜ、団長!」

 

 カヌゥが大声を上げると、大なり小なり傷を負っているソーマファミリア冒険者の中でただ一人無傷の男が現れた。

 眼鏡をかけた神経質そうな男――――ザニス・ルストラは長い外套を翻す。

 

「ああ、よくやったカヌゥ。今のところ、最も大きい功労者は此度の指揮を取ったお前だと認めよう」

「じゃ、じゃあ神酒は!」

「逸るな。まだ追い詰めただけに過ぎん。なあ」

「へっ、へへへっ、アーデを捕まえさえすればいいんすよね!」

「勿論だとも」

「…………黙っていればなんなんですか、あなたたちは」

 

 いい加減に我慢の限界だったベルが二人の話に割って入る。

 

「リリはもうヘスティアファミリアの一員だ! あなたたちがやっているのは犯罪でしかない!」

「だから、何だというのだね」

 

 ベルの言葉を一蹴したザニスが眼鏡の位置を調節する。

 

家族(アーデ)を団長の私の許可なく勝手に奪っておいてその言いよう。随分と身勝手にほざく」

「何が家族だ! リリはずっと傷ついてた! 冒険者が嫌いだって苦しんでた! 寄り添わないで何が家族だ!」

「家族の有り様を簒奪者が語るほど滑稽なことはないぞ」

 

 クツクツと喉の奥で嗤ったザニスが握った右手を前に出す。

 

「カヌゥを嵌めた罪」

 

 人差し指を立てる。

 

「勝手にファミリアを抜けた罪」

 

 続いて、中指。

 

「そしてその全てを私に報告しなかった罪」

 

 最後に、薬指を立てる。

 

「この三つの罪は重い。報いと罰を受けねばなあ、アーデよ」

「はっ、リリは自分の身を守っただけだ! 闇討ちしようとした方が悪いに決まってる! それともあなたは主神が決めたことを覆すんですか?」

 

 合計三本立った指を見たベルはザニスの言い分を彼らしくなく鼻で笑って言い返す。

 

「覆すとも。ソーマファミリアにとって神とは神酒を扱う、この私なのだから」

「おい、神を自称するなんて本気か……?」

 

 この神時代において、神が決めたことは絶対であり、神を僭称するなど最大級の不敬そのもの。信じられないことを言い出したザニスの正気を疑い、ヘファイトスの眷属であるヴェルフが問い質す。

 

「本気だとも」

 

 ザニスは三本立てていた指の手を上げて拳を握り、背後にいるソーマファミリア冒険者達の方へと振り返った。

 

「ソーマ様が神酒を造れるのは誰のお蔭だ?」

「団長が差配し、金を集めたからですぜ」

「お前達が神酒を飲めるのは誰のお蔭だ?」

「団長が集めた金を上手く使い、ソーマ様に造らせたからですぜ」

「そうだ! ソーマファミリアは俺があってこそ回る! これを神と言わんとしてなんと言う!」

 

 カヌゥに合いの手を入れさせて自論を披露したザニスを否定する者はいない。

 内心では別にして、ソーマファミリアで数少ないLv.2でありソーマから絶大な信頼を得ているザニスが派閥を私物化しても逆らえる者はいない。なにより神酒が貰えるなら、誰からでも彼らは構わないのだ。

 現状でザニスに従っていれば神酒が貰える。だから、ザニスがなんと言おうと神酒が貰えるなら従う。その程度の理屈でしかない。

 

「俺はソーマ様の作る神酒が欲しい! 金も女も欲しい! もっと美味い物だって食べたい! 体を満たすこの世のありとあらゆる物を貪りたい!」

 

 その強欲ぶりを語るザニスの顔は、この場にいる神酒に溺れている誰よりも醜怪な形相であった。

 ベル達には醜悪さしか感じられなくとも、神酒に溺れている者にとっては同意出来る部分があるのか、寧ろ尊敬の眼差しを向ける者さえいる始末。

 

「…………話を戻そう」

 

 理知の仮面を被り直したザニスは手で禍々しい口元を隠す。

 

「既に改宗してしまったものは仕方ない。だが、払わねばならない物は払ってもらわねばな。通常ならば脱退金は1000万ヴァリスだがお前の罪は重い。よって、脱退金は1億ヴァリスとする」

「なっ!? い、一億!?」

「仲間の命の代金としては安い物だろう?」

 

 いや、と言い直すように顎に当てる。

 

「命は金では買えないというが、安くはない。代わりに、アーデが今まで貯めた金の在り処と、ヘスティアファミリアの金を全ては当然として。そうだな、ヘファイトスファミリアの弱みを言うなら少し割引してやっても良いぞ」

「誰がお前のような糞野郎の言うことなんざ聞くものか」

 

 怒りからはっきりと否と答えたヴェルフを一度視線をやり、再びザニスはリリルカに目を戻す。

 

「と、お前の仲間は言っているがお前はどうだアーデ?」

 

 リリルカの答えなど、この詰みの状況に追いやられてしまった時点で決まっている。

 ベルの背後から進み出て、砂の地面に膝と両手をつく。

 

「ソーマファミリアに戻って、どれだけかかってもリリがお金を払います。だから、ベル様達は見逃して――」

「駄目だよ、リリ」

 

 頭を下げようとしたリリルカの肩をベルが抑える。

 

「あんな外道に頭を下げる必要なんてない」

「そうさ。何を言ったってああいう手合いは、ここまでのことをして生かして帰す気はないんだ」

「ほう、アーデほど愚かではないようだ」

 

 どれだけ手で隠しても下劣な本性を滲ませ続ける声で、リリルカの希望をザニスは踏みにじる。

 

「偽りであっても希望がないよりはいいだろう?」

「一度希望を与えておいて、奪おうとする方が性質が悪い」

 

 アルス達の選択はたった二つしかない。

 

→戦おう

  降参しよう

 

 戦意を滲ませたアルスの言葉に、深く頷いたベルも前に進み出る。

 

「アルスの言う通りだ。戦って騒げば騒ぐだけ他の冒険者が気づく可能性が高くなる」

「こんな腐れ野郎に従うなんて死んでもごめんだ。一丁、派手にやってやろうぜ」

「みなさん……」

 

 それぞれが武器を手に、一歩も引かない姿勢を見せた三人を膝をついたまま見上げるリリルカ。

 

「救いようのない馬鹿の集まりだったか。まあ、いい。死んでから有り金を頂くとしよう、カヌゥ」

「へい、お任せあれ」

 

 下がったザニスと入れ替わるように前に出たカヌゥがソーマファミリア冒険者達へと振り返りながら武器を掲げる。その直ぐ足元で砂がサラサラと流れていく。

 

「よし、お前達、アーデを捕まえた奴が一番多く神酒を貰えるんだ。気張れよ!」

【おう!】

「お前達、やっちま――」

 

――――――――――つうこんの いちげき!

 

 号令をかけていたカヌゥが砂から生えたナニカに背後から胴体を貫かれた。

 口から血を垂らしながらカヌゥは信じられないような目で自身の胴体を貫いたツメのように見えるソレを見下ろす。

 

「な、がっ、ぁ……」

 

 砂が盛り上がり、カヌゥの胴体を貫いている主が現れた。

 4本のハサミと2本の鎌のような腕を持つ黄色いサソリの魔物――――デスコピオンは腕を振るって鎌の先にいるカヌゥを放り捨てた。

 

「砂漠の殺し屋デスコピオン…………オラリオが出来てから、たった数例しか発見例のない伝承の中だけのモンスターが何故」

 

 砂漠に投げ捨てられたカヌゥは何度かバウンドして、砂に埋もれるようにしてうつ伏せになって動かない。幾ら一般人よりも強靭な冒険者といえど、胴体を貫かれては致命傷だろう。

 カヌゥの生死に興味などないデスコピオンは周りにいる有象無象の冒険者を見渡し、臨戦態勢を示すようにハサミと鎌を広げて叫びを上げた。

 

「う、うわぁああああああああああああああっっ?!!」

 

 明らかに10階層にいるモンスターとは格の違う大型モンスターの出現に、恐慌を来した一人が逃げ出そうとした。その前にさまようよろいが立ち塞がる。

 

――――――――――つうこんの いちげき!

 

「ぎゃぁああああああああああああああっっ!?」 

 

 強力な一撃を受けたソーマファミリア冒険者が血を撒き散らして倒れる。

 血を浴びたさまようよろいの後ろには新たなさまようよろいや、ホイミスライム、じごくのハサミ、ウィングスネークの姿があった。

 前後でモンスターの挟み撃ちにあったソーマファミリア冒険者の恐慌を来たした叫びが広い広間(ルーム)に木霊する。

 

怪物の宴(モンスターパーティー)……」

 

 10階層から下の階層では、同一地帯で瞬間的にモンスターが大量に発生する怪物の宴(モンスターパーティ)と呼ばれる現象が発生するこの現象が起きると、ガラガラだったはずのエリアはあっという間にモンスターで溢れ返るという。

 モンスター達は広間(ルーム)の奥にいるアルス達よりも、より多くの人数がいる方を狙っていて惨劇を見つめている余裕があった。

 

「これはチャンス、なのか?」

「寧ろ生存率が低くなったんじゃ…………特にあのモンスター(デスコピオン)は強すぎる」

 

――――――――――デスコピオンは 背中の紋様が 怪しく光った!

――――――――――ソーマファミリア冒険者たちの 頭は こんらんした!

――――――――――ソーマファミリア冒険者の こうげき!

――――――――――ソーマファミリア冒険者に ダメージ!

――――――――――ソーマファミリア冒険者の こうげき!

――――――――――ソーマファミリア冒険者に ダメージ! 

――――――――――デスコピオンは サンドブレスを はいた!

――――――――――ソーマファミリア冒険者たちの目に すなが はいった!

――――――――――デスコピオンは ルカナンを となえた!

――――――――――ソーマファミリア冒険者たちの、守備力が すこし さがった!

――――――――――デスコピオンは するどいツメを ふりまくった!

――――――――――ソーマファミリア冒険者たちは ダメージを 受けた!

 

 ソーマファミリ冒険者も攻撃を加えてデスコピオンにダメージを与えているが、総合的に見た時にどちらのダメージが多いかは火を見るより明らか。しかも敵は前方のデスコピオンだけでなく、後方で発生している怪物の宴(モンスターパーティー)で集まったモンスター達がいる。

 

――――――――――さまようよろいの こうげき!

――――――――――ソーマファミリア冒険者は ダメージを 受けた!

――――――――――ウイングスネークは 毒の息を 吐いた!

――――――――――ソーマファミリア冒険者たちは どくに おかされた!

――――――――――じごくのハサミは こうげき!

――――――――――ソーマファミリア冒険者は ダメージを 受けた!

――――――――――ホイミスライムの こうげき!

――――――――――ソーマファミリア冒険者たちは ダメージを 受けた!

 

 倒しても倒しても無限に出現するように後からやってくるモンスターの群れに、ジリジリとソーマファミリア冒険者は人数を減らしていく。

 

「お前達、私を守れ! そうすれば持っている神酒を全てくれてやる!」

 

 ザニスはその中を逃げ回り、神酒を餌にして自分を守らせるように動いていた。

 全体を指揮する者もおらず、連携もなく個々人で対処するだけで場当たり的に動いて削れていく。やがてソーマファミリア冒険者たちが全滅するのは時間の問題だろう。

 

→戦おう

 ソーマファミリアが消耗させてくれるまで待つ

 

「一点突破でこの状況を離脱する。さっきと同じだよ。ただ、戦う相手が変わっただけだ」

「人間相手にするよりかは気が楽でいい」

 

 『どうぐぶくろ』から取り出した回復薬を取り出してHP・MPを全快させたアルス達が、その辺に空のポーション瓶を放り投げる。

 武具の調子を確かめる三人を、立ち上がれないでいるリリルカが見上げる。

 

「正気ですか? あんな場に飛び込むなど自殺行為です」

 

 準備運動をするように腕を回していたベルが顔を向ける。

 

「このまま待っていても同じことだよ。ソーマファミリアが全滅してから動いても、全てのモンスターの標的がこっちに変わって逆に突破することが困難になる」

「どうせ死ぬなら戦って死んだ方が男らしいしな」

 

 快活に笑ったヴェルフに微笑み、ベルはリリルカの両脇を持って立たせる。

 

「リリは隙を見つけて逃げてほしい。突破口は必ず開く。そしてヘファイトス様にこの『どうぐぶくろ』を返しておいてほしい」

 

 ベルはアルスから受け取った『どうぐぶくろ』をリリルカに渡す。

 生きて帰れないことを覚悟しているベルから受け取らざるを得なかったリリルカは『どうぐぶくろ』の口をギュゥッと強く握る。

 

「男の自己満足です。リリはそんなこと望んでいません!」

 

 リリルカは取り繕っていた本性を隠す必要性も失って叫ぶ。

 

「まだ騙されていることに気づかないのですか! リリはベル様達が思っているような善良な小人族ではありません!」

 

 換金の際にお金をちょろまかしたこと。

 お使いを頼まれた時も定価との差額をくすねたこと。

 ヘスティアファミリアとの分け前を半分ではなく、3・7にしたこともあること。

 他の冒険者の武具やアイテムを盗み、売り払ってきた。一度や二度ではなく何度もしてきたこと。

 

「これで分かりましたか!? リリは悪い奴です! 嘘ばかりついてきた最低の小人族です! それでもみなさんはリリを助けるんですかっ!」

「うん」

 

 あっさりと頷いたベルは今更何を言うのだろうと首を傾げる。

 

「リリが何かを隠していたのは分かっていたよ。それでも僕はリリが困っているなら助けてあげたいと思っていた」

「分かっていたならなんで!」

「寂しそうだったから」

 

 簡単に言い放ったベルに、リリルカは言葉を失った。

 

怪物祭(モンスターフィリア)で、リリは僕達を助けてくれた。今度は僕達がリリを助ける番だよ。助けを望まれていないのなら、それでもいい。それでも僕は、僕達はリリを助けるよ。ヴェルフには悪いけど」

「いいってことさ。俺たちは臨時だとしても仲間(パーティー)だ。女を見捨てて逃げたとあっちゃあ、ヘファイトス様に顔向け出来やしねぇ。仲間なら生きる時も死ぬ時も一緒だぜ」

「うん」

 

 喋っている間にモンスターがやってこないように一人見張っているアルスの後ろで、ベルとヴェルフが武具を持ったままの手をガチャンと音と立ててぶつけ合う。

 清々しく笑う彼らに俯いたリリルカが口を開く。

 

「リリは、リリは仲間ではないのですか……?」

「仲間だよ、だから生きてほしい」

 

 バッと顔を上げたリリルカは涙が光る眼でベルを睨む。

 

「本当に仲間だと言うのなら、言って下さい! 一緒に来いと!一緒に死んでくれと! リリは皆様の仲間ではないのですか!」

「リリ……」

「今までずっと逃げてきました! ソーマ様から、神酒から、ファミリアから、冒険者から!」

 

 だから、と追い詰められて開き直っただけかもしれないがリリルカは叫び続ける。

 

「最後ぐらい立ち向かってやりますよ! 今のリリにはみなさん以外に失う物なんてなにもないんですから! リリを仲間だと思ってくれるなら言って下さい! 一緒に死んでくれと!」

 

 はぁはぁ、と息を荒げるリリルカに目を見張ったベルは僅かに口角を上げる。

 

「分かった。けど、死んでくれなんて言わないよ。一緒に生きて帰ろう、リリ!」

「はい!」

 

 ベルの言葉に力強く返事をしたリリルカは、駆け出したアルス達の後を追う。

 

 

 

 

 






 ソーマファミリア襲撃と見せかけた第二章ボスモンスターはデスコピオンの登場です。

 リリルカの覚醒? 変革的なお話です。或いは吹っ切れか。


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第23話 他所でも元気でやれよ、リリルカ・アーデ



 感想・評価・お気に入りが増えるごとにモチベーションが上がります。

 というわけで第二章完結編です。




 

 

 

 

 

 アルス達の後を追ったところで、戦闘能力がないリリルカでは出来ることがないのは本人が最も自覚していた。だからこそ、リリルカの目的はこの騒動の主犯でLv.2でありながら戦闘に参加せず、逃げ回っているザニス・ルストラにあった。

 迫りくるじごくのハサミに完全に腰を抜かしているザニスを助ける為、リリルカは虎の子の魔剣を放つ。

 

「ひっ、ひぃいいいいいいいいぃぃぃぃぃっ!?」

「えいっ!」

 

――――――――――リリルカは 魔剣を はなった!

 

 リリルカが振った短剣タイプの魔剣から炎の塊が飛んでいき、今にもザニスに襲い掛かろうとハサミを振り上げていたじごくのハサミを呑み込んだ。

 

――――――――――じごくのハサミに ダメージ!

――――――――――じごくのハサミを たおした!

 

 ギョロついていた左目に炎塊が直撃し、会心の一撃によって悶え苦しんだじごくのハサミが魔石と化す。

 

「あ、アーデ……」

 

 助けられたザニスがリリルカを信じられない思いで見上げるが、転がり込んだ場所はデスコピオンの攻撃範囲内。手近に来たザニスを仕留めんとデスコピオンがハサミを振り上げる。

 

「うおぅっ!?」

 

――――――――――デスコピオンの こうげき!

――――――――――ヴェルフは 攻撃を盾で はじいた!

――――――――――ヴェルフに ダメージ!

 

 ヴェルフが割り込んでデスコピオンのハサミを『てつの盾』で受けるも、それだけで手が痺れてダメージを受けるほどの威力。

 

「こちらへ!」

 

 低ステータスとはいえ一般人を遥かに超える冒険者であるリリルカの力は強い。未だ動かない成人男性(ザニス)を力任せに戦闘圏内から離脱させる。

 デスコピオンはザニスを標的と定めたのか、狙うように体を動かす。そこへアルスとベルが飛び込む。

 

――――――――――アルスとベルの こうげき!

――――――――――デスコピオンに ダメージ!

 

 流石にダメージを負わされ、明確に敵と定められて狙われている状況でデスコピオンも戦意のないザニスに構ってはいられない。

 ザニスを放って、アルス達を睨みつける。

 

「な、何故、私を助けるのだ、アーデ?」

「見捨てられるものなら見捨てたいですよ! ですが、今は一人でも戦力が欲しい時です!」

 

 自分で動こうとしない木偶の棒(ザニス)を連れて戦闘に巻き込まれないように広間(ルーム)奥の安全地帯まで退避したリリルカは、たった数秒で掻き分けた死線に目をギラつかせる。

 

「無理だ。私は戦えない」

「はっ、何年も搾取するばかりでダンジョンに潜らず、享楽に耽っていたあなたにいらぬ期待などしていません」

「分かっているならば何故……!」

 

 襟元を掴んで続く言葉を封じられるザニス。

 

「先程、何故助けたと聞きましたね。簡単です。あなたがソーマファミリア団長で求心力があるからです」

 

 でなければ助けるものか、と吐き捨てたリリルカは襟元ではなく背中の後ろに持ち替える。そして未だ混乱を深める怪物の宴(モンスターパーティー)の現場の方へとザニスの体を向ける。

 

「聞きなさい、ソーマファミリアの同胞達よ!」

 

 リリルカの凛とした声が迷宮(ダンジョン)中に響き渡る。その言葉は確かにソーマファミリアの構成員達に届いた。

 事前の打ち合わせ通り、デスコピオンと戦っていたアルスが広間(ルーム)の上部に向けて爆発呪文(イオ)を放つ。

 

「イオ」

 

――――――――――アルスは イオを となえた!

 

 モンスターを狙ったわけではない爆発呪文(イオ)の衝撃が戦場の時間を一瞬停止させ、刹那に過ぎないとはいえ冒険者とモンスターの殺し合いが止まった。

 

「下がって体勢を整えなさい! 落ち着いて周りの者と連携すれば倒せない相手ではないでしょう!」

 

 酒に溺れていても彼らは冒険者。一歩間違えば簡単に生死の境目に追い込まれている状況だからこそ、リリルカの指示に正当性を認めて従った。その中にもリリルカを知る者は従わずに、一人でこの場を切り抜けようとした者がいる。

 

「団長ザニス・ルストラが保証してくれました! この危難から生き残った者には、秘蔵してあった全ての神酒を万遍なく振舞うと!」

 

 ザニスの背中を押して前面に押し出す。見えない位置でザニスに短剣型の魔剣を突きつけて、何も言わないように脅しながらのリリルカの声を聞いたソーマファミリア冒険者達は武器を握り直す。

 

「神酒が呑みたいなら、自身が生き残る為に最善の行動をしなさい!!」

 

 冒険者は個人(ソロ)の限界を知っているから、ダンジョンに潜る際はパーティーを組む。そのことを良く知っているソーマファミリア冒険者達は直ぐ傍にいる者と臨時でパーティーを組んで目の前のモンスターに対処し始めた。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、剣を ぶんまわした!

――――――――――しかしデスコピオンに 攻撃を はじかれた!

 

「ヴァイパーファング!」

 

――――――――――ベルは ヴァイパーファングを はなった!

――――――――――デスコピオンに ダメージ!

――――――――――デスコピオンは もうどくに おかされた!

 

 アルスが切り込んだ逆からベルが斬撃を浴びせかける。

 片方が囮になって注意を引いている間の攻撃に、毒に侵されたデスコピオンは苛立つようにハサミを振り回してアルスを狙う。

 下がるアルスを追って伸びた体の横側からヴェルフが『てつのオノ』を持って仕掛けた。

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフの こうげき!

――――――――――デスコピオンに ダメージ!

 

 隙だらけな横っ腹に強かに打ち付けたが、ヴェルフの力では大きなダメージを負わせることが出来ない。純粋なステータス不足にヴェルフが歯噛みして後退するよりも、行動を邪魔された怒りでデスコピオンがハサミを振り上げる方が早い。

 

「メラ」

 

――――――――――アルスは メラを となえた!

――――――――――デスコピオンに ダメージ!

 

 振り返ったアルスが無防備な横っ面を晒すデスコピオンに向かって火炎魔法(メラ)を撃ち込んだ。ヴェルフの一撃よりも大きな衝撃にデスコピオンの大きな体が傾く。

 

「畳み掛けろ!」

 

 ベルが叫んで自らも追撃を仕掛けんと迫ったところで、デスコピオンが傾いていた体を利用してそのまま背中を見せる。

 

――――――――――デスコピオンは 背中の紋様が 怪しく光った!

――――――――――アルスたちには きかなかった!

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――デスコピオンに ダメージ!

 

 振り返ろうとしているデスコピオンの背中に一撃を与え、耽溺せずに距離を取る。

 ベルと入れ替わるようにアルスが前に出た。

 

「ギラ」

 

――――――――――アルスは ギラを となえた!

――――――――――デスコピオンは するどいツメを ふりまくった!

 

 アルスが放ったギラがデスコピオンが振りまくったツメによって散らされる。

 舞い散る火の粉が多少のダメージは与えられただろうが、真っ当にギラが当たった時と比べれば微々たるダメージに留まる。

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフの こうげき!

――――――――――デスコピオンに ダメージ!

 

 意識が前面に集中した瞬間を狙ってヴェルフが背後を強襲する。

 背面からの攻撃にデスコピオンの意識が一瞬背後に向かう。その瞬間、アルスが両手の武器にオーラを纏う。合わせるようにベルも武器を手に集中を高めた。

 

「はっ!」

「スリープダガー!」

 

――――――――――アルスとベルは スリープアタックを はなった!

――――――――――デスコピオンに ダメージ!

――――――――――渾身斬りで ひるんだ敵を ねむりへと いざなう!

――――――――――デスコピオンを ねむらせた!

 

 アルスが渾身斬りを放ち、間断を置かずに打ち込まれたベルのスリープダガーによってデスコピオンは大きなダメージを負い、崩れ落ちるように砂の地面へと大きな音を立てて倒れ込んだ。

 体が消滅せず魔石化しないので倒し切れてはいない。呼吸の度に体が上下しているので、ただ単に眠っているだけのようだ。

 スキルで眠りや混乱の敵に通常攻撃の6倍のダメージを叩き出せるベルが、攻撃でデスコピオンを起こしてしまう可能性を前に次の行動に迷う。

 

「眠ったのなら敢えて倒す必要はありません! アルス様達で脱出の血路を開――」

 

 今必要なのはこの広間(ルーム)からの脱出であってデスコピオンの討伐ではない。

 手が空いたアルス達を活かす為に指示を出そうとしたリリルカの意識が、希望が見えたことで何割かザニスから集中が薄れた。ずっと魔剣を突きつけられていたザニスが直ぐに気づいて動く。

 

「寄こせ!」

「きゃっ!?」

 

 隙さえあればステータス差で魔剣を奪うなど簡単なことだった。リリルカから魔剣を奪い取ったザニスがデスコピオンに向けて振るう。

 

――――――――――ザニスは 魔剣を はなった!

――――――――――デスコピオンに ダメージ!

――――――――――デスコピオンは めをさました!

 

「よくもこの私を脅し利用してくれたな、この糞小人族(パルゥム)があっ!」

 

 魔剣さえなければリリルカにザニスを抑えられる強さはない。砂の地面に倒れていたリリルカの腹部に振り上げた足を叩きこんだ。

 

「――ぁ!?」

 

 ボールのように吹き飛び、何度も地面をバウンドして砂を撒き散らす。

 勢いがようやく止まった頃、リリルカは襲い掛かってきた蹴られた腹部の痛みに悶え苦しむ。

 

「あぁっ、づぐぅ……」

 

 リリルカが蹴り飛ばされた場所は目覚めたデスコピオンの前。

 目の前に現れた哀れな弱者をデスコピオンが見逃す理由はない。目覚めたばかりのデスコピオンが鎌を振り上げる。

 

(あ、死んだ)

 

 己を覆った影にリリルカが顔だけ振り仰いでも、腹部に走る痛みで動けないので避けることは出来ない。

 アルスとベルの位置からでは決して間に合わない。だからこそ、近かったヴェルフが飛び込んだ。

 

「うぉおおおおっっ!」

 

――――――――――つうこんの いちげき!

――――――――――ヴェルフに ダメージ!

 

 攻撃を受けた『てつの盾』が粉々に砕ける。それでも攻撃の威力は収まらず、ヴェルフの『てつの鎧』にのめり込んで背後にいたリリルカを巻き込んで弾き飛ばされる。

 

「リリ! ヴェルフ!」

 

 広間(ルーム)の壁近くまで弾き飛ばされた二人の名を呼びながらベルが疾走する。

 明らかにヴェルフはアルスの治癒魔法が必要なダメージを負っているはずで、リリルカもヴェルフ越しに攻撃の衝撃を受けているので状態を確認する必要がある。

 

「貴様らはここで死んで行け!」

 

 視界の端で、これだけの被害を産み出したザニスが自壊した魔剣を捨ててLv.2のステータスを活かして、ソーマファミリア冒険者が連携したことによって生まれたモンスター達の隙間を縫って逃げていく姿が見えたが直ぐに意識から消した。

 

「アルス!」

 

 双子の弟はベルが何を言う必要もなく意図を読み取って動いてくれていた。

 

――――――――――デスコピオンは サンドブレスを はいた!

――――――――――アルスは すばやく すなをふりはらった!

 

 アルスは進路上を覆ったサンドブレスを振り払うが、その全てを除けることは出来ない。小さなダメージを負いながらも進んで突破したところで、目の前にデスコピオンのハサミが割り込んだ。

 

――――――――――デスコピオンの こうげき!

――――――――――アルスに ダメージ!

 

 咄嗟の反応でアルスはデスコピオンの攻撃をシルバートレイで受けたが、力任せに弾き飛ばされた。

 アルスを弾き飛したデスコピオンが全速力で地に伏したままのヴェルフ達を目指す。先回りしたベルが『やいばのブーメラン』を取る。

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――デスコピオンに ダメージ!

 

 『やいばのブーメラン』は確かにデスコピオンの傷をつけたが前進は止まらない。

 背後にヴェルフとリリルカがいるからベルは自身に退避を許さなかった。

 

「ぐっ!?」

 

――――――――――ベルは みをまもっている!

――――――――――デスコピオンは するどいツメを ふりまくった!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

 グループに対して放たれる攻撃がたった一人に向けられる。

 防護姿勢を取ったベルを、デスコピオンは鋭い爪を幾度も振って傷つけていく。そこへ一度は弾き飛ばされたアルスがデスコピオンの背後から飛び掛かり、振り上げた武器が光を纏う。

 アルスから片時も意識を外していなかったデスコピオンは、振り返りながら鎌の一撃を放った。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、渾身切りを はなった!

――――――――――つうこんの いちげき!

 

 何かが砕ける音が広間(ルーム)に甲高く響き渡る。アルスの二刀による渾身斬りと、デスコピオンの鎌によるつうこんのいちげきは、互いを砕きながら相殺された。 

 武器を半ばから折られて空中に押し上げられたアルスと違って、地面にいるデスコピオンにはもう一つの鎌があった。

 

「あ、ルス……っ!」

 

 ベルの位置からではデスコピオンが壁になって何が起こったのかは分からない。ただ、直感的に良くないことが起こったと悟ったベルだったが、防御で全身に力を入れていて直ぐには次の動きに移れない。ただ出来たのは名を呼ぶことだけだった。

 

――――――――――つうこんの いちげき!

 

 デスコピオンの鎌の一撃がアルスに迫る。

 防ぐ暇も避ける暇も迎撃する暇もないアルスの体が貫かれる刹那、「これを!」と叫び声と共に飛んできた何かがデスコピオンを弾き飛ばした。

 

「使って!」

 

 デスコピオンを弾き飛ばしたのは、中ほどで折れた大剣だった。一瞬、アルスは中空に浮かんで大剣を投げた姿勢の金髪の少女――――アイズ・ヴァレンシュタインを見た。アイズを見て、デスコピオンに当たった反作用で目の前に浮かんだ大剣の柄を掴む。

 アルスは大剣を持ち、大剣にオーラを纏って地に倒れ込んだデスコピオンに向かって振り下ろす。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、渾身切りを はなった!

――――――――――デスコピオンに ダメージ!

 

 37階層にいる階層主ウダイオスを単身で撃破することで得られるレアドロップアイテム『ウダイオスの黒剣』。半ばで折れようともLv.6の迷宮の孤王(モンスターレックス)が持つ武器はその強大過ぎる攻撃力を発揮してデスコピオンを文字通り叩き潰した。

 

――――――――――デスコピオンを やっつけた!

 

 斬るのではなく、体内に存在する魔石ごと叩き潰されたデスコピオンはその存在を消滅させた。

 

「ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを。焼きつくせ、スルトの剣。我が名はアールヴ!」

 

 もう一つの戦場で響き渡る玲瓏なる声。紡がれていた長大な詠唱が完成へと至り、弾ける音響と共に魔法円が冒険者を避けて全てのモンスターの足元に広がる。

 アイズがウダイオスを撃破し、三日をかけてダンジョン上層へと共に上ってきたリヴェリア・リヨス・アールヴは、上級冒険者の務めとして騒動に駆けつけて魔法を発動させる。

 

「レア・ラーヴァテイン!!」

 

 地面の魔法円から突き出す無数の炎柱。

 Lv.6のリヴェリアが10階層のモンスターに本気を出す必要はなく、出力を絞っても劫火の奥に次々とモンスターの姿が消え、絶叫が折り重なる。

 

「すっ……すげぇ……」

 

 ソーマファミリア冒険者が呆然と見ている中でモンスターは全て焼き尽くされた。

 

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 1440ポイントの経験値を かくとく!

 

 熱気と火の粉がふわりと舞い、広間(ルーム)に翡翠色の長髪に白を基調とした魔術装束を着たエルフが入ってくる。

 

「随分と騒がしいと、帰りがてらに様子を来てみれば」

 

 白銀の杖を持ったリヴェリアは立っている者の方が少ない広間(ルーム)内を厳しい面持ちで見渡す。

 

(第一級冒険者様が来てくれた……)

 

 落ちそうになる意識を辛うじて留めていたリリルカは、高潔で有名なリヴェリアの救援に安心する。途端に今まで張り詰めていた糸が切れて、リリルカの意識は闇の中へと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室で手に瓶を持っていた神ソーマはドアを叩く遠慮がちな小さなノック音に気づいた。

 

「どうぞ」

 

 入室を促すと、「失礼します」とつい先日もソーマの自室に来た見知った小人族(パルゥム)のリリルカ・アーデが頭を下げて入ってきた。

 リリルカは部屋に入って、ソーマの自室にはもう殆ど物がないことに気づく。

 

「お邪魔して、申し訳ありません」

 

 荷物を片付ける時に来てしまい、手を止めさせたことに再度頭を下げるリリルカにソーマは少し寂し気に笑う。

 

「ホームを移転されるという噂は本当だったのですね」

「移転ではなく追い出されるというのが正確だな」

 

 ザニスに任せていたツケだ、と続けたソーマは持っていた瓶を机に置いていた木箱に入れる。

 

「ファミリアほぼ総出で他ファミリアの闇討ちを行ったのだ。取り潰しにならないだけ奇跡に近い」

 

 ソーマファミリア冒険者に多数の死傷者が出たあの場で、リヴェリア・リヨス・アールヴにソーマファミリアの所業が明らかにならないはずもない。

 ファミリアぐるみでの他ファミリアの闇討ちするなどという蛮行を、利害関係のないロキファミリアが黙っている理由もなく全てギルドに報告されて瞬く間に行政処分が下されることになった。

 

「多額の懲罰金で、ホームを抵当に入れても残る借金。運営にギルドの指導が入り、要因となった神酒の製造禁止となって、生き残った者も多くがファミリアを抜けた」

 

 元々、団員達の殆どがソーマが作る神酒を目当てに入団・改宗した者だった。

 尚残る莫大な借金もあって、襲撃に関与しなかった者の中にも脱退者が出て最終的に残ったのは、リリルカが考えているよりもずっと少ないのかもしれない。

 

「ザニスは見つかっていないと聞きました。新たな団長を選出したとしたらどなたに?」

「襲撃に関与しなかった中で、最もLv.の高かったチャンドラ・イヒトに頼んだ」

「ああ……」

 

 孤独であったリリルカがファミリアの者達に苦しめられていた時、助けるでもなく、そして同時に害にもならなかったドワーフが脳裏に浮かぶ。

 

「貧乏籤を引かせてしまうが、なんとか無理を言って頼み込んだ」

「それは、あの方も困ったでしょうね」

「苦虫を百匹ぐらい噛んだような顔をしていたよ」

 

 何を思ってチャンドラは残ることにしたのか、一瞬だけ思考を巡らせて今はもう他ファミリアの眷属になった自分には栓もないことだと、リリルカは頭を振って考えを追い出した。

 

「今の私達には何もない…………ギルドだけでなく、ヘファイトスやヘスティアにも賠償として渡せる物は全て渡した」

 

 ギルドへ多額の懲罰金を支払い、ファミリアで管理していた武具やアイテム、レシピに至るまで差し出したソーマファミリアに金になる物は何もない。

 

「アーデよ、私を笑いにでも来たか?」

 

 そこでリリルカは未だに目的を口にしていないことに気づいた。

 いいえ、と首を横に振ってリリルカはサポーターグローブを纏っていない手をギュッと握る。

 

「脱退金のことです」

 

 全くの予想外の話題に、長い前髪に隠れていたソーマの体が揺れて目が見えた。

 

「前回は有耶無耶にしましたが、今すぐは無理でも必ず貯めてお支払いすることを伝えに来ました」

「いや、いい。ザニスが勝手に決めたことだ。守る必要はない」

「これは、リリなりの意地なのです。お願いします」

 

 闇討ちの主犯であるザニスは恩恵を刻んだソーマの証言で生きていることは分かっているが行方を暗ませている。ソーマも脱退者多数の中で、ギルドによって指名手配されたザニスが決めた脱退金を撤回していた。

 意地を張るリリルカに、やがて根負けしたソーマが肩を落とす。

 

「好きにしなさい。その時は受け取ろう。話はそれだけか?」

 

 立ち退きの期限があるので荷物の片づけを急がなければならない。莫大な借金があるので貰えるならば貰っておこうと適当に答えて、用件が終わったなら出ていくように暗に伝える。

 面倒くさがりのソーマの心情を理解しているリリルカは再度首を横に振る。

 

「いいえ、リリは決着を付けに来ました」

「決着だと?」

 

 既に別ファミリアに改宗したリリルカに何の決着があるのかとソーマは疑問に思った。

 

「…………ここで改宗の話しをした時、神酒を飲んでも同じことが言えればソーマ様はリリの望んだ通りにしてくれると仰いました。その言葉は今でも有効ですか?」

「既に改宗は終わっている。意味はない」

「意味はあります、ここに」

 

 そう言ってリリルカは握った手を左胸に当てる。

 

「リリは過去を超克出来ていません。神酒に打ち勝って初めて、リリは本当の意味でヘスティアファミリアの一員になれる気がするのです。だから、どうかお願いします」

 

 もう一度、試しをさせて下さいと頭を下げるリリルカに、ソーマは少しの間考えてから、分かったと小さく呟いて机の上の木箱の中から酒瓶を取り出す。

 

「…………これがファミリアに残った最後の神酒だ」

「頂きます」

 

 ソーマに歩み寄ったリリルカは酒瓶を受け取り、躊躇いもせずに蓋を外す。

 匂いだけで人を狂わせるに足る芳醇な香りが室内に漂う。しかし、リリルカは何の感慨も躊躇いも見せず、一気に中身を飲み干した。

 

「――――リリを狂わせた神酒、この程度のものだったのですね」

 

 飲み切った後で、瓶を机に置いて口の端に垂れた一滴を拭ってからソーマを見上げる。

 

「ソーマ様、今まで育てて頂きありがとうございました。リリは行きます」

 

 背を翻したリリルカに、ソーマはまるで初めて見るかのように嘗ては眷属だった少女の背中を目を細めて見つめた。

 

「…………リリルカ・アーデ」

 

 はい、と振り返らずに返事をしたリリルカにソーマは言う。

 

「すまなかった。体には気をつけなさい」

「はい……」

 

 リリルカは扉の前で立ち止まって、振り向かずに答えて出て行った。

 少しして、リリルカが出て行ったドアからドワーフの男――――新団長チャンドラ・イヒトが入ってきた。

 

「引き止めなくてよかったんですかい?」

「私が勝手に失望して、見限って、放り出した子だ。自らの意志で巣立ち、仲間を見つけたのなら祝福こそすれ、引き止める権利などあるはずもない」

 

 チャンドラの質問に、ソーマは静かに答える。

 

「ただ、あの子が幸せになってくれることを願っているよ」

「…………変わりましたな、ソーマ様。以前のあなたならそんなことは決して言わなかったでしょうに」

「子が変わったのだ。不変を言い訳にして()が変わらないでいては、あの子に笑われてしまう」

「違いない」

 

 チャンドラは肩を揺らせて笑う。

 

「それで、どうするんで? これから」

「借金を返す為にも稼ぐ必要がある。すまないがお前達に負担をかける」

「ダンジョンに潜って、金の為にモンスターを倒す。なんとも冒険者らしい理由で」

 

 ソーマの部屋でそんな会話が為されている頃、ソーマファミリアのホームから出てきたリリルカは待っていたベルとアルスの下へ駆け寄った。

 

「お待たせしました」

「もう、いいのかい?」

「はい」

 

 ベルの確認に、決別は済ませたリリルカは静かに頷く。

 

「ベル様達こそ良かったのですか? 今のリリは、着ているこの服以外には何も持っていない嘘つきの小人族です」

 

 サポーター・グローブもバックパックも僅かでも金になる物は売り払い、今までリリルカが盗みを働いてきた冒険者達に返金した。お金は1ヴァリスもなく、道具もなくてサポーターとしてもやっていけないリリルカを抱え込む理由は普通ならばないはず。

 俯くリリルカに、アルスの脳裏に選択肢が浮かぶ。

 

→これからよろしく、リリルカ・アーデ

  他所でも元気でやれよ、リリルカ・アーデ

 

 アルスが手を差し出す。

 

「もう、アルスは良いところだけ取るんだから。よろしく、リリ」

 

 アルスに遅れてベルも手を差し出す。

 リリルカの返事はとっくの昔に決まっていた。

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 満面の笑みを浮かべて、二人の手に飛びつく。

 ここからがリリルカ・アーデという冒険者の、本当の始まりだった。

 

 

 

 

 

――――――――――リリルカは メラの呪文を覚えた!

――――――――――リリルカは、レベル2に あがった!

――――――――――リリルカは ギラの呪文を覚えた!

――――――――――リリルカは、レベル3に あがった!

――――――――――リリルカは ヒャドの呪文を覚えた!

 

 

 

 

 

【リリルカ・アーデ Lv.1(レベル3)

 HP:19

 MP;12

 ちから:2

 みのまもり:0

 すばやさ:11

 きようさ:9

 こうげき魔力:18

 かいふく魔力:0

 みりょく:8

《魔法》

 【シンダーエラ】     ・変身魔法

 【メラ】     ・火炎系魔法(小)

 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)

 【ヒャド】   ・冷気系魔法(小)

《技能》

《スキル》

 【縁下力持(アーテル・アシスト)】   ・一定以上の装備過重時における補正

 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■

《次のレベルまで:49 】

 

 

 






 タイミング良く現れたアイズとリヴェリアですが、ベル達側は色々と日程が変わっていますが彼女達は深層の階層主ウダイオスを倒した後、地上に戻る途中で10階層の騒ぎに気付きやってきました。

 アイズが投げた大剣『ウダイオスの黒剣』は、18階層迷宮の楽園で譲ってほしいと頼み込まれるも、前にアルスが他の武器と一緒に大剣を持って行ったことを思い出したので断っています。
 

 リリルカ・アーデの声優と、ベロニカの声優は一緒です。
 じゃあ、リリルカはどうなるかといえば……。

 次話より投稿時間が変わります。

 以下は、第二章終了時点でのステータスです。


――――――――――アルスは、レベル13に あがった!
――――――――――アルスは、レベル14に あがった!
――――――――――アルスは、レベル15に あがった!
――――――――――アルスは ラリホーの呪文を覚えた!

――――――――――ベルは、レベル13に あがった!
――――――――――ベルは、タナトスハントを覚えた!
――――――――――ベルは、パワフルスローを覚えた!
――――――――――ベルは、レベル14に あがった!
――――――――――ベルは、レベル15に あがった!
――――――――――ベルは インパスの呪文を覚えた!

――――――――――リリルカは メラの呪文を覚えた!
――――――――――リリルカは、レベル2に あがった!
――――――――――リリルカは ギラの呪文を覚えた!
――――――――――リリルカは、レベル3に あがった!
――――――――――リリルカは ヒャドの呪文を覚えた!



【アルス・クラネル Lv.2(レベル12→15)
 HP:72(+5)→98(+5)
 MP;38→50
 ちから:31(+2)→40(+2)
 みのまもり:15→18
 すばやさ:38→48
 きようさ:24→29
 こうげき魔力:34→44
 かいふく魔力:36→45
 みりょく:28→35
《魔法》
 【メラ】     ・火炎系魔法(小)
 【ホイミ】    ・治癒系魔法(小)
 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)
 【イオ】    ・爆発系魔法(小)
 【ラリホー】 ・催眠系魔法
《技能》
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能
 【渾身斬り】       ・敵一体に大ダメージ
 【フリーズブレード】  ・氷の力で敵1グループに攻撃
《スキル》
 【二刀の心得】     ・左手にも武器を装備できる
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:615》】

【そうび
 みぎて  『てつの大剣』
ひだりて  『シルバートレイ』
 あたま   『てつのかぶと』
 からだ   『くさりかたびら』『てつのよろい』
アクセ1   『金のネックレス』
アクセ2   『ちからのゆびわ+3』         】

備考
〇片手剣装備時
 ソードガード(3回に1回以上の割合で武器ガード率アップ)
 装備時攻撃力+3
 装備時攻撃力+6
 装備時攻撃力+10
 装備時会心率+2%
〇両手剣装備時
 ブレードガード(3回に1回以上の割合で武器ガード率アップ)
 装備時攻撃力+5
 装備時攻撃力+10
 装備時攻撃力+15
 装備時会心率+2%
 装備時会心率+3%



【ベル・クラネル Lv.2(レベル12→15)
 HP:89→110
 MP;36→43
 ちから:30→38
 みのまもり:13→16
 すばやさ:50→61
 きようさ:43→53
 こうげき魔力:40→50
 かいふく魔力:0
 みりょく:44→55
《魔法》
 【ジバリア】     ・地雷系魔法(小)
 【ザメハ】      ・覚醒魔法
 【インパス】     ・鑑定魔法
《技能》
 【スリープダガー】  ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる
 【ヴァイパーファング】・敵1体に攻撃、たまに猛毒にする
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
《スキル》

 【スライムブロウ】  ・スライム種に対して投擲武器効果強化
 【メタルウィング】  ・メタル種に対して投擲武器効果強化
 【ヒュプノスハント】 ・眠りや混乱の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【タナトスハント】  ・毒や麻痺の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【パワフルスロー】 ・投擲時、全体に等しくダメージ
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:3178 】

【そうび
 みぎて  『せいどうのつるぎ+3』
        『せいなるナイフ』
ひだりて  『やいばのブーメラン』
 あたま   『毛皮のフード+2』
 からだ   『くさりかたびら』『てつのむねあて』『毛皮のポンチョ+1』
アクセ1   『金のネックレス』
アクセ2   『ぬすっとのグローブ』         】

備考
〇短剣装備時
 装備時攻撃力+3
 装備時会心率+2%
 装備時会心率+4%
 常時身かわし率+3%
〇ブーメラン装備時
 装備時命中率+5%
 装備時命中率+5%
 装備時攻撃力+5
 装備時攻撃力+10
〇片手剣装備時
 ソードガード(3回に1回以上の割合で武器ガード率アップ)
 装備時攻撃力+10
 装備時攻撃力+20
 装備時攻撃力+25
 装備時会心率+2%




【リリルカ・アーデ Lv.1(レベル3)
 HP:19
 MP;12
 ちから:2
 みのまもり:0
 すばやさ:11
 きようさ:9
 こうげき魔力:18
 かいふく魔力:0
 みりょく:8
《魔法》
 【シンダーエラ】     ・変身魔法
 【メラ】     ・火炎系魔法(小)
 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)
 【ヒャド】   ・冷気系魔法(小)
《技能》
《スキル》
 【縁下力持(アーテル・アシスト)】   ・一定以上の装備過重時における補正
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:49 】

備考
〇両手杖装備時
 装備時MP吸収率+2%



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第三章
第24話 アルスは『邪を破るつるぎの書』を手に入れた!





 感想・評価・お気に入りが増えるごとにモチベーションが上がります。

 というわけで第三章開始です。やはり色々と順番が狂ってます。




 

 

 

 

 

 怪物祭(モンスターフィリア)での聴取を行ったのと同じギルド談話室で、アドバイザーであるエイナ・チュールと向き合って座るのはクラネル兄弟の二人のみ。

 

「昨日、聞いた話と齟齬はなさそう。ごめんね、レポート作りに付き合わせちゃって」

 

 つい二週間前と同じ構図に既視感を覚えながら、エイナは纏め終わったレポートのファイルの上に羽ペンを置く。

 

「いえいえ、寧ろ僕達の騒動に巻き込んじゃって申し訳ないぐらいです」

「悪運に悪運が重なっているから、今回の件でベル君達に非はないよ」

 

 目の前の二人が再び元気な姿を見せてくれただけで十分なので、エイナもギルドの仕事を増やしてくれた文句は心の中で留める。

 

「本当に、パーティーに犠牲者が出なかったことが奇跡みたい」

「ファミリア単位の闇討ちに怪物の宴(モンスターパーティー)強力モンスター(デスコピオン)と何回か死ぬかと思いました」

 

 何か選択を間違えていたらパーティーの誰かが欠けてもおかしくないことの出来事の連続を想起し、思い出したくもないとベルは首を振って思考を頭から追い出す。

 

「それでもベル君達は生きている。生きて帰ってこれた」

「…………やっぱりソーマファミリア冒険者の中には亡くなった人も?」

「うん。中立のギルドの者として言うのは良くないのかもしれないけど、因果応報ってことなんだと思う」

 

 エイナも明確に人数を口にすることはなかったが、多くのソーマファミリア冒険者が亡くなったことを察したベルは数秒瞼を伏せて黙祷を捧げた。例え彼らに襲われたとしても、死んでほしいと思わなかったから。

 

(ベル君は、優しいね)

 

 瞼を開けたベルの目に、死者を悼む色を読み取ったエイナは薄っすらと微笑む。尚、ベルの横でアルスは大きな欠伸をしていて、なんとも対照的な兄弟にエイナは真顔になってしまった。

 

「それで、ソーマファミリアはどうなるでんすか?」

「え? あ、そうだね。まだ伝えてなかったね」

 

 コホン、とエイナは一度咳ばらいをしてから続ける。

 

「神酒を褒美として資金を集めさせておきながら、団長に管理を放り投げて独裁・暴走を許した主神ソーマには管理能力なしと判断。大半の団員が襲撃に関わったことから、本来なら闇派閥認定を受けてファミリアの取り潰しも有り得るという意見もあったんだ」

 

 未だ暗黒時代と言われた7年前の痛みを払拭できていない中で起こった一連の事件。闇派閥認定が適当だという意見も古株の職員から上がるほど。

 

「あった、ということは主流にはならなかった?」

「被害者であるアーデ氏やベル君達の嘆願があったのと、神ソーマが襲撃を主導したわけではないということを考慮すれば、そこまでするのはやり過ぎだって」

「でも、何もしないわけにいかないですよね。前に訓告が出されてますし。後、神様からヘファイトス様が大層お怒りでギルドに乗り込んだとも聞きましたけど」

「神ヘファイトスはギルドが潰さないなら自分達が潰してやるって言ってて、対応したあのギルド長がやせ細るぐらい凄い剣幕だったよ」

 

 ヘファイトスファミリア所属のヴェルフ・クロッゾの負った傷は、ポーション類やアルスの治癒魔法によって癒えても破壊された防具はそのまま。

 一連の事件を隠すことは出来ないと、ベル達から事情を聞いたヘスティアが神友として直接謝罪と説明に赴くも、目をかけていた眷属を闇討ちされたと聞いたヘファイトスの怒りは強かった。

 怒髪天を突く勢いだったヘスティアが糾弾仲間を求めて行ったのに逆に冷静になってしまうほどで、抑えに回らなければならないほどヘファイトスの怒りは大きすぎたのだと後でベルは聞いた。

 

「最終的に呼び出した神ソーマを含めた神達の話し合いで、神ヘファイトスもソーマファミリアに懲罰的損害賠償を課すことで矛を収めてくれたよ」

「神様に聞いた感じだと生半可な額ではないんじゃ……」

 

 煤けた様子で帰ってきたヘスティアの姿を思い出しているベルに、エイナはなんとも言えない表情を浮かべる。

 

(言えないよ。まさかソーマファミリアが自主的に(・・・・)潰れるように過大な懲罰金を課したなんて)

 

 ギルドは団員だけは多かった割に貢献度が高くなかったソーマよりも、有力派閥であるヘファイトスの機嫌を損ねない方を選択した。口実も十分にあっただけに、ソーマファミリアに課される懲罰金はオラリオの歴史に残る物になるだろう。

 

「ソーマファミリアが懲罰金と賠償金を支払う為に資産を売却しても尚残る負債予想額は…………約2億ヴァリス」

「にお、く?」

「うん、二億ヴァリス。資産を売却した上でもまだ足りずに残る負債だから、神ソーマは借金してでもファミリアを存続させることにしたみたい。直にベル君達の所にも賠償金代わりの物が届くと思うよ」

 

 想像の二桁上の金額にベルは目を丸くする。

 気持ちが分からないでもないエイナは苦笑を浮かべたところで、賠償金という単語が自分達にも払われる可能性のある類のものだと悟ったベルは手で口を覆った。

 

「え、待って下さい。賠償金って神様からお金を貰うなんて話は聞いてないです」

 

 使用したアイテムや壊れたアルスの武具など、その分の賠償の話が出る良いとしても話の流れ的に賠償金を得るなんてことはヘスティアは口にしていなかった。疲れた様子だったので忘れていただけの可能性は否定できないが。

 

「ベル君達の下へ行くのはお金じゃなくて賠償金代わり(・・・)の物だよ。一番被害が大きかったのだから十分に貰うに値するけど、ギルドと神ヘファイトスが要求した金額を神ソーマが借金してでも支払うってなった時に、神ヘスティアは流石にこれ以上のお金を請求するのは酷だと考えて武具のレシピと少しの素材・アイテムにしたんだって」

 

 ヘスティアらしい優しさにホロリとするべきか、貰う物はしっかりと貰う辺りちゃかりとしているべきか。もしくはそれだけヘファイトスの圧が強かったのか。

 ソーマファミリアがどれだけの武具のレシピ・素材を貰えるかは分からないが、既に持っていて被ってしまった分は売却すれば資金が得られる。

 あれだけの事件があっても、ヴェルフはパーティー契約の継続を申し出てくれたので、鍛冶の問題はない。例えば低レベルの武具しか作れないレシピでも、長期的に見ればこれから入る新人冒険者に持たせることが出来るので得とベルの中で計算が働く。

 

「もう資産売却の手続きが始まっていて、ソーマファミリアが所有していた武具のレシピ・素材の一覧がこれなんだけど、どうだろう」

「見させてもらいます」

 

 エイナから受け取った目録に記されているレシピは16種。

 団長ザニス・ルストラがLv.2だったから、ソーマファミリアにあったレシピもおおよそLv.2中位以下の武具レシピで、16種の内の半数は既に持っているレシピだった。

 

「はい、これでお願いします」

 

 ベルにもソーマファミリアに対する怒りが無いわけではないので、貰える物は貰っておくと決めてエイナに目録を返す。

 

「伝えておくよ。じゃあ、次はデスコピオンについてだけど」

 

 目録を受け取ったエイナは、人の頭を砕けそうなほど分厚い本と下手糞なエビのような物が書かれた絵の紙を間の机に置く。

 

「ギルドのモンスター図鑑では砂漠の殺し屋と記載されているモンスターで、最後に目撃されたのが百数十年前。その時は上級冒険者のパーティーによって討伐されるまで何十人も死傷者を出していたみたい」

「リリも似たようなことを言ってました」

「再出現まで短くても数十年、長ければ数百年は現れないこともあるのに良く知っていたね」

「上層11階層までの過去出現したモンスターは一通り頭に入れているみたいです」

 

 凄いね、と言ったエイナに仲間が褒められて少し鼻高々になるベル。

 

「目撃例が極端に少なかったからギルドにもおおまかな形状しか記録は残っていなかったたけど、アルス君が書いてくれた絵のお蔭で大分詳細な姿を残せそうだよ」

「え? あの下手糞な絵でですか?」

 

 下手糞な絵とは失礼な、と隣でアルスが怒っているが、机に置かれた辛うじて特徴は分かる程度のデスコピオンの絵を見たら誰もが同じことを考えるだろう。

 

「特徴は捉えていたから」

 

 言い換えれば特徴以外は微妙と暗に言いつつも、エイナは分厚いモンスター図鑑を捲っていく。

 前半より少し先というところでページを捲っていた手を止め、モンスター図鑑をベル達が見やすいように向きを変えて差し出す。

 受け取ったモンスター図鑑の開かれたページに図鑑№と系統と写真があり、攻撃方法や注意すべきこと、落とす主なドロップアイテムなど詳細に書かれていた。

 

「『むつでエビ』?」

「中層の下の方にいるモンスターで、二対のハサミと一対鎌の特徴は一致していると思うけど、どうかな?」

「そっくりです……。『むつでエビ』は緑色ですけど『デスコピオン』は黄色というか、もっと明るめの色合いなだけで姿形はそのものです」

 

 写真の『むつでエビ』の姿は、記憶の中にあるデスコピオンと姿形に差異はなく、違いは体の色だけ。

 

「えび、エビだったのか……」

 

 なんとなくサソリと勝手に思っていたが名前にエビとしっかりと書いてあった。

 

「データが少なすぎて出現条件が不明だったけど、百数十年に現れた前回も10階層奥の行き止まり広間(ルーム)に出現しているみたいだから、恐らくあの場所が再出現(リポップ)する場所の可能性が高い」

 

 ギルドは今回のことを例に挙げて注意喚起を行っている、とも続けた。

 

「当該の行き止まり広間(ルーム)は正規ルートから大きく外れていて、ギルドに貯えられた地図情報(マップデータ)を元にして冒険をする冒険者が訪れる可能性は限りなく少ないんだ。それこそ追い込まれたり、地図を無くして迷い込んだりしなければ遭遇することはまずない」

「僕達のような例外を別にすれば、ですか」

 

 ベル達の場合はエイナの指示でギルドの地図情報(マップデータ)を使わずに冒険を進めていたので、今回の件がなくても何時かは当該の行き止まり広間(ルーム)には行っていただろう。その時に遭遇していた可能性はある。

 

「注意喚起をしたって話ですけど、前回と今回の二回だけあそこに出現したってことも考えられるんじゃ……」

「二度も同じ場所に現れたんだから三度目も現れるかもしれない。上層で中層相当のモンスターがいる可能性があるだけで注意喚起をするには十分だよ」

 

 何かが起こってからでは遅いからと言われれば納得できてしまう。

 

「ギルドがクエストを出して調査したけど、あの行き止まり広間(ルーム)に赴いてもデスコピオンは現れなかったんだ。階層主のように再出現にスパンがあるのか、他にもなにか条件があるのか。調査を継続して、不明な内は立ち入らないように警告を出すしかなかった」

 

 そもそも、冒険者はダンジョンに潜る上で起こったことは全て自己責任であるが、ギルドも冒険者が起こしたトラブルに対して一切の責任は負わない。しかし、だからといって見て見ぬ振りをしていいわけもなく、発生した問題に対処しなければならない義務もある。

 

「本当に良く倒せたよ。上層で中層に出現してもおかしくないモンスターを倒せたってたのは、ランクアップしてもおかしくない偉業じゃないかな。ベル君、この機会にランクアップ申請したらどうだろう」

「予定だと神会(デナトゥス)ギリギリまで待つんじゃ」

 

 アルスがアイズの最速ランクアップ記録である一年をたった二週間に大幅に縮めてしまったので、なんとかギリギリまで時間がかかったように見せかけようと話は纏まっていたはずだった。

 

「直前にランクアップに値する偉業を達成できる保証がないし、それならある程度の説得力がある今が望ましいと思って」

「説得力? デスコピオンを倒したことが?」

「ついさっき、ヘファイトスファミリアからヴェルフ・クロッゾ氏のランクアップ申請が出されたんだ。同じ冒険をしたパーティーメンバーが同時にランクアップするのはない話じゃないから」

「ヴェルフがLv.2に!? そっか! そっかぁ! お祝いをしないと!」

 

 降って湧いたような吉報に立ち上がって喜ぶベルに、エイナは本題に戻る為に両手で抑えるよう仕草する。

 少しして落ちついたベルははしゃぎ過ぎたとチョコンと座る。、エイナは咳払いしてから説明を続けた。

 

「一ヶ月と期間が短すぎるのはどうしようもないけど、到達階層の更新速度、怪物祭での『いたずらデビル』・『イビルビースト』の討伐、ソーマファミリアの闇討ちの撃退、そして今回の『デスコピオン』。偉業には違いないはず」

「他の人の偉業はどんなのがあるんですか?」

 

 エイナの言葉に、ふと気になったベルは質問を投げかける。

 聞かれたエイナは答えて良いものかと思案し、ギルドの情報公開があるので黙っていてもいずれは知ってしまうと判断して口を開く。 

 

「例えばベル君の知る『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン氏もつい先日、Lv.6にランクアップしたけど下層域より更に下の深層の階層主を単独撃破したそうだよ」

「アイズさんがLv.6!?」

「そりゃあ、驚くよね。階層主を一人で撃破しちゃうなんて、私も聞いたことがないもん」

「階層主って、特定の階層に出現する特に強いモンスターのことですよね?」

「うん、17階層の『ゴライアス』、29(・・)階層の『アンフィス・パエナ』、37階層の『ウダイオス』、49階層の『バロール』辺りが有名だね」

 

 驚きに目を剥くベルに、無理もないとエイナは苦笑する。

 階層主、またの名を『迷宮の孤王(モンスターレックス)』。

 階層で最も強いモンスターを階層主と称するのは別次元に、中層以下に出現する特定階層に出現する強力な固有モンスター。大規模なパーティーで攻略しにかからなければならない謂わばモンスターの親玉。

 その巨大さと強さは他のモンスターの追随を許さず、ダンジョンで到達階層を増やしていく上での最難関の障害。

 

「ヴァレンシュタイン氏が倒したのは37階層の『ウダイオス』。推定能力値はLv.6とされる格上(・・)の『ウダイオス』を単独撃破したのだから、どんな神でさえ認めざるをえない偉業だよ」

 

 深層と呼ばれる37階層のウダイオスともなれば、パーティーで当たっても倒すことが出来るのはオラリオの中でも一気に絞られる。それほどのモンスターを一人で撃破したとなれば、偉業であることに疑う余地はない。

 

「そう、普通は偉業を果たすということは難しいことなんだよ、ベル君。君達みたいに、普通にダンジョンに潜って普通にランクアップするなんてことは今までなかったんだ」

「そんな普通(・・)を連呼しなくても……」

 

 圧を感じさせるエイナの綺麗な笑顔にベルは顔を逸らす。

 

「じゃあ、ベル君がランクアップした時のことを振り返ってみようか…………なにか偉業があった?」

「…………普通にモンスターと戦って、普通にランクアップしました」

「普通じゃねぇだろうが!」

「ひゃう!?」

 

 モンスター図鑑を天井に向かって放り投げたエイナの剣幕に、ベルの口からウサギが狩られる前のような悲鳴が出た。

 落ちてきたモンスター図鑑を受け止めたアルスがパラパラと捲っていくと、挟まっていたレシピを二枚見つけてしまった。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『邪を破るつるぎの書』を 手に入れた!

――――――――――はじゃのつるぎの レシピを 覚えた!

――――――――――アルスは レシピブック 『やすらげる衣装作り』を 手に入れた!

――――――――――やすらぎのローブの レシピを 覚えた!

 

「確かにヴァレンシュタイン氏は凄いよ! 深層階層主単独撃破なんてありえないけど、まあランクアップも納得できるよねって思える。けどベル君、君は何!? 8階層でモンスターに囲まれたとか変わったことはなかったって言ってたのになに普通にランクアップしてるの! 偉業は、偉業はどこに行ったの!!」

 

 ベルがLv.2に上がったのはソーマファミリアの襲撃前、8階層の落とし穴がないルートを中々見つからずに彷徨っていただけで偉業に値するような何かは確実になかった。

 

「…………怪物祭(モンスターフィリア)で中層モンスターを倒したことが偉業として判断されたとか」

「自分も騙せないことは言わない方がいいよ」

「はい……」

「このことから判断すると、ベル君達のランクアップには偉業を果たす必要がないということ」

 

 ヘスティア曰く、怪物祭(モンスターフィリア)前の時点でアルスがランクアップしそうだったからステイタス更新をしなかった時期があった。そのことを本人達から聞いたエイナはベルがランクアップした時の状況から、ランクアップに偉業を必要としないと判断したのだ。

 

「ランクアップの偉業はLv.が上がるほどに厳しくなっていき、特別なヴァレンシュタイン氏でもLv.5からLv.6には三年をかけている。けど、ベル君達は偉業を果たさずともランクアップしてしまえる。敢えて聞くけど、今回の件でLv.3へのランクアップしたなんてことはないよね?」

「流石はそこまではいきませんでした。レベルから考えると今でLv.2の中頃ぐらいだと思います」

「…………ベル君がLv.2になったのは何時だっけ?」

「えっと…………一週間ちょっと前です」

 

 指折りで数えてしまえる程度の日数しか経っていないのに、既にLv.2の中盤に差し掛かっていると聞いて一瞬エイナの意識は遠くなった。

 なんとかアドバイザーとしての矜持で繋ぎ止めたが、一週間と口の中で繰り返す。

 

「数日前にアーデ氏がヘスティアファミリアに改宗したけど、まさかアーデ氏もランクアップしたなんてことは」

 

 恐る恐るの問いかけに、気持ちは分かるベルも苦笑を浮かべてリリルカ・アーデの変わった(・・・)ステータスを頭に思い浮かべる。

 

「昨日、ステイタスを更新してようやく表記が僕達と同じになったところです。レベルは3なので、ランクアップはまだまだ先ですね」

「そっかぁ、変わっちゃったか」

 

 まだランクアップしていないことに安堵は覚えるも、ステイタス表記が変わったのならばリリルカもまたエイナの胃にダメージを与える存在になったことを示していて泣きたくなった。

 

「ランクアップは先ですけど、リリは早くも魔法を三つも発現したんですよ」

「え?」

 

 凄いですよね、となんの衒いもなく笑顔を浮かべているベルにエイナはピシリと固まった。

 

「『ちから』とかのステータスを見る限り僕やアルスのような前衛職じゃなくて、三つの魔法を使えることから考えて魔導士向きじゃないかと思って、早速ヴェルフに魔導士向けの装備を頼みました」

 

 ニコニコなベルに、もう現実を受け入れるしかないと悟ったエイナは遠い目をする。

 

「三人目も同類かぁ…………ヘスティアファミリアは一体なんなんだろうね」

「何もかも諦めて、現実を受けれてしまえば楽ですよ」

 

 自分事なので現実逃避も許されないベルは未だ抗っているエイナにアドバイスを送る。

 

「確かに強くなる速度は速いですけど、デメリットもありますから」

「デメリット?」

「ランクアップしても発展アビリティを取得できていないんですよ、僕達」

 

 発展アビリティとは、Lv.が上がる度に基本アビリティに加えて都度ステイタスに追加される可能性がある能力。基本アビリティとは毛色が異なり特殊的、或いは専門職の能力を開花・強化される。

 発展アビリティが発現するか否かもまた、積み重ねてきた経験値によって反映される。

 

「単純に発現するだけの経験値が積み重なっていないとかは? 最短でも一年積み重ねた経験値でようやく発展アビリティが生まれると考えることも出来るよ」

「仮にそうだとして、これだけの早さでランクアップを重ねるとしたら、他の人のようにはいかないと思います」

 

 もうそういう仕様だと思うことにしています、と続けたベルにエイナは確かにデメリットだと頷かざるをえなかった。

 能力値(アビリティ)への補正や、迷宮で何かと異常効果に襲われることの多い冒険者に重宝される代表的な発展アビリティとして挙げられる『対異常』のようにその恩恵は大きく様々。

 ほんの僅かな違いが生死を分けるダンジョンにおいて、発展アビリティは大きな役割を果たす。発展アビリティを得られずにダンジョンに潜って、紙一重で命を落としてしまう可能性は十分に有り得る。

 

「経験値を積み重ねる前にランクアップをしてしまう、か。早く強くなれるかもしれないけど、もしかしたら同Lv.の人に劣ってしまう可能性もある。難しいところだね」

 

 Lv.1のままで生涯を終えてしまう冒険者からすれば垂涎ものだが、上級冒険者からすれば発展アビリティを得ることが出来ないとなれば望むものではないかもしれない。

 

「発展アビリティ分の足りない分は装備やアイテムで補うとしても、冒険者歴が長く経験値を積み重ねてきたリリがランクアップをしても発展アビリティを得られなかったとしたら、新規の団員獲得にはより慎重にならざるえないかもしれません」

 

 発展アビリティを得られないと事前に伝えてしまったら、場合によってはファミリアの内情を明かすことにも繋がってしまう。

 

「まずはアーデ氏のランクアップ次第か。その前にベル君達の問題も解決しておかないね。多分、またそう遠くない内にランクアップをしちゃうだろうから、アドバイザーとしては申請する時期は今しかないと思う」

「色々と疑われません?」

「そりゃあ、疑われるよ。そこら辺は神ヘスティアに頑張ってもらうしかないよ。ベル君達がまだと思うなら止めておくけど」

「…………次の神会(デナトゥス)さえ乗り切れば三ヶ月は空きますから、偉業と判断できる今しかないというエイナの意見に僕も、僕達も従います」

「じゃあ、申請の準備をしておくね」

「お願いします」

 

 アルス共々、苦労をかけている自覚があるので頭を下げてお願いする。

 直後、コンコンと躊躇いがちに感じられる弱々しいノックが背後のドアから聞こえてアルスが振り返る。釣られて反応したベルに大分遅れてエイナが「どうぞ」と外で反応を待っている者に呼びかけた。

 

「しつれーいしまーす」

 

 入ってきたのはエイナの同僚であるミィシャ・フロット。

 少し疲れた様子なのは、都市最大派閥のロキ・ファミリアの担当を半ば任せられておりアイズ・ヴァレンシュタインがLv.6にランクアップしたことで、受付嬢の仕事と並行してランクアップ申請を行わなければならないから。

 口達者ではないアイズから聞き取りをして三年分の冒険を纏めるのは、決して要領が良いと言えないミィシャには手間のかかる作業だった。

 

「エイナ、お連れしたよ」

「お客さんですか? お邪魔になるので僕達はこれで」

 

 誰かを連れて来たらしいミィシャの様子から、エイナに自分達の後に会う用があるのだと考えたベルがお暇する為に立ち上がる。

 

「何を言っているの? 私の客じゃなくてベル君達のお客さんだよ」

「え?」

 

 座ったまま動かないアルスを急かそうとしたところでのエイナの発言に首を傾げたところで、ドアの影とミィシャに遮られて見えなかった客の姿が目に入った。

 

「アイズ……ヴァレン……シュタインさん……!?」

 

 細い剣だけを腰の剣帯に差した初めて見る私服姿のアイズ・ヴァレンシュタインばかりに注目して、ローブ姿のリヴェリア・リヨス・アールヴの姿は目に入っていなかった。

 

 

 

 

 






 ドラクエ式ステータスにおけるランクアップの弊害として発展アビリティを獲得できず。
 恐らく本作ベルは原作ベルと比べて最終的な強さは劣るかも。
 代わりにヘスティアファミリア全体の標準強さは勝るはず。

 尚、本作では都合上、階層主アンフィス・パエナは27階層ではなく29階層で出現することになります。



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第25話 スカート捲れ!



タイトルは選択されなかった選択肢です。

感想・評価・お気に入りが増えるごとにモチベーションが上がります。



 

 

 

 

 

 ギルドの談話室で背後を振り向いたベル・クラネルと、ドアを開けたミィシャ・フロットの後ろにいるアイズ・ヴァレンシュタインの目がピタリと合った。

 

「…………」

「…………」

 

 二人の視線が交錯し、アイズが何かを言おうと口を開きかけたところでベルは脱兎の如き早さで窓を開けて逃げて行った。

 恩恵を刻んでおらず、一般人と何ら変わらないエイナ・チュールとミィシャには突風が吹いたと思ったらいなくなったベル。明らかに自分を見て逃げ出したベルにアイズがショックを受けていると、その様子を見ていたアルス・クラネルの脳裏に選択肢が浮かび上がる。

 

→追え!

  スカート捲れ!

 

「!」

 

 アルスの叫びにアイズが躍動する。

 一歩で間のソファ二つと机を飛び越え、部屋奥の窓枠に足をかけて先を行くベルの後を超速で追って中庭に出た。

 

(なんでなんでなんで!?)

 

 アイズが部屋を出た頃には、中庭を挟んだ向かいの部屋の窓が開いていたので勝手に侵入したベル。事務仕事をしていたギルド職員の資料を自身が生み出した突風で吹っ飛ばしながらドアを開けて廊下を走る。その頭の中にあるのは、なんでという疑問だけ。

 

(エイナさんは自分の客じゃなくて僕達の客だと言っていたから、アイズさんが来るのを知っていて僕も知っていて当然という感じだった)

 

 ギルド内の廊下なので人の行き来はそれなりにあり、最高速を維持する為に時に壁を走り、天井を走り、人々に驚かれながら走るベルの思考が加速する。

 

(アルスに驚いている様子はなかったから、話がそこで止まっているということ。もしかして謀られた?)

 

 あの双子の弟ならやりかねない。

 辿り着いたロビーを瞬く間に一過し、玄関口を速攻で潜り抜けたところで背後から急速に迫ってくる気配を感じ取る。この清涼な風のような気配は断じてアルスではない。

 

「くっ」

 

 ギルド前はダンジョン帰りの冒険者を目当てにした露店が立ち並び、買い物客の中には一般人も多い。この中を全力疾走するのは危険と判断したベルは近くの建物の壁を蹴って(・・・・・)、閉まっている窓の窓枠など小さな出っ張りを利用して簡単に屋根まで登る。

 Lv.2中位になって特に上昇幅が目立つ『すばやさ』を活かして屋根伝いに逃走を続けんとした。次の屋根に飛び移ろうと飛んだところで、突風が後ろからベルの横を駆け抜けていき、着地しようとした屋根に先回りされた。

 空中ではジタバタするだけで逃れようのないベルは突風の主――――アイズの胸に自分から突っ込んで行った。

 

「わぷっ!?」

 

 体重移動だけで優しく受け止めたアイズの胸に丁度顔が収まったベルは羽毛のような柔らかさに耽溺する。

 

「ごめんね。大丈夫?」

 

 聞こえてきた声に顔を上げれば、表情に乏しいながらもアイズが心配そうにベルを見下ろしている。

 

「っっ――――す、すいませんっ!?」

「後ろに下がったら落ちるよ」

 

 女性の胸に顔を埋めている状況を理解して慌てて離れようとしたら、両手で背中を抑えられて余計に胸に顔を押し付けてしまう。

 このまま甘えたい衝動に駆られ、顔どころか全身が真っ赤になった。

 

「直ぐにどきます!」

 

 足元の感覚から屋根の形状を素早く判断して、横にずれてせめて胸から顔を離すことに成功する。

 開いた距離でアイズの顔を見上げると、どことなく不満そうに見えるのを気のせいだと断じて三角の屋根の上で土下座を敢行する。

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 割と急角度の屋根の上で土下座は厳しいが、そこは血迷ってもLv.2中位に至ったステータスを活かして堪える。

 頭を屋根に押し付けていると、トンと軽い音がベルの前で鳴った。

 

「私こそ、ごめんなさい」

 

 え、と顔だけを上げると目の前には、ベルと同じように急角度の屋根の上に足を下ろしたアイズのニーソックスに包まれた足とスカートの間の絶対領域に目が惹かれる。

 

「私が倒し損ねたミノタウロスの所為で君達に迷惑をかけて、君にも直接謝りたかった……」

「ち、違います!悪いのは迂闊に下の階層に潜った僕達で、貴女は寧ろ命の恩人で!」

 

 そこまで叫んで、先のデスコピオン戦でも助けてもらったことを思い出して奥歯をグッと噛む。

 

「…………一度ならず二度までも助けてもらって、直接にお礼に伺わなかった僕の方に非があります。ごめんなさい!」

 

 機会は何度でもあった。自分さえ望めば会いに行くことが出来た。なのに、しなかったのは憧憬の人に会うのは今ではないとベルが勝手に思っていたから。

 なんとも身勝手な理屈にベルはようやく気付いた自分の邪な感情に恥じ入るしかなかった。

 

「遅くなりましたけど、何度も助けて頂いて本当にありがとうございました!」

 

 ガンと額を屋根にぶつけながら礼を口にした。

 下の喧騒の音さえ遠く感じながら、額を屋根に押し付けながらアイズの反応を窺う。

 

「強く、なったね。君もあの時とは別人みたいだ――――そっちの君も」

 

 こんな屋根の上に二人以外の人物はいないはずで、ベル以外の人物を示していて顔を上げる。

 アイズは三角屋根の尾根を見ており、そこには体を向こう側で隠しながらこちらを覗き込むアルスの顔があった。

 

「10階層にいたこともそうだけど、追いつくのにここまでかかるとは思わなかった。君達は、凄いね」

「いっ、いえ、10階層にいたのは追われてたからで、まだ9階層も攻略出来ていませんし、色んな人に協力してもらったお陰というか、戦い方だって我流というかアルスと二人で試し試しやっているところもあるので――」

 

 憧れの人から褒められて照れ臭さを誤魔化す少年を見ながら、アイズはミノタウロスや酒場の件の後でアルスから聞いたファミリアの内部事情を思い出していた。

 

「君達はLv.1で、先達もいないのだから仕方ないよ」

 

 話を聞いた当時は、発足して一ヶ月も経っていない団員が二名しかいない零細ファミリアだという話だった。

 あれから二週間と少しが経過してパーティーメンバーも増えたようだが、装備や負傷状況などを見るに同格かそれに近いレベル。師とまではいかなくても戦い方を教える者がいない中で経緯はどうあれ、10階層にいて生き残ったのは事実。

 

(あの足の速さと、あのモンスターを倒した一撃)

 

 アイズの目算ではベルの足がどれだけ早かろうとギルド内で追いつくはずだったが、外に出られてしまった。そしてウダイオスの黒剣の力も大きかっただろうが、あのモンスター(デスコピオン)を倒したアルスの一撃。

 そのどちらも駆け出しの冒険者から急速に成長している二人の強さの秘密に、今アイズの関心は向けられていた。

 

「あ、隠していても意味はないので言うんですけど、僕達Lv.2になりまして」

 

 ちょっと面映ゆそうに頭を掻くベルと、屋根尾根を乗り越えて滑り落ちてきて縁で止まったアルスの二人を見て、アイズはピシリと固まった。

 

「Lv.2?」

「はい。申請はこれからなんですけどね」

 

 肯定されて目を見開くアイズ。

 自身が持つ同時最短更新記録を大幅に更新してみせた二人を困惑したように何度も見る。

 

「ほ、本当に?」

「本当です」

「本当に?」

 

 ベルの次に問われたアルスは数秒考えた。

 

 →本当

   嘘でーす

 

 アルスも認めたことで嘘ではないと分かっても、中々現実を受け入れられず呆然自失していた。

 ベルのランクアップを知ったリリルカが似たような状態になっていたので耐性のあるアルスは、オロオロとしているベルを放っておいて大事なことを思い出した。

 

→あの大剣、貰っていい?

胸、触っていい?

 

 いきなり切り出したアルスの手をベルが引っ張る。

 

「ちょ、ちょっとアルス……!」

「…………うん、いいよ。あの剣は君達に上げる為に持って行った物だから」

 

 まだ現実を受け入れ切れていないが、自分に関係のある問題だったのでアイズもなんとか平常運転に戻った。

 

「いやいや、どう見ても第一級武具をタダでもらうわけにはいきませんよ!」

 

 ウダイオスの黒剣をどさくさ紛れに自分の物にしていたアルスが、そのままでは使えないのでヴェルフに預けて使い物になるように頼んでいることをベルは知らない。

 

「あれはウダイオスを倒した時に得たドロップアイテムで、私はあまり大剣を使わないから必要はないんだ。ロキファミリア(うち)が君達に渡した武器の中に大剣があったから使うかなと思って」

「同じファミリア内の人にあげた方がいいんじゃ……」

「むぅ、君達にあげたいと思ったの」

 

 か、かわいい……などと、アイズの膨れた頬にベルが胸をキュンキュンさせているとアルスが肩に手を置いた。

 

→ここまで言ってくれているのだから、人の善意を断るのは良くない

  ぱふぱふ! ぱふぱふ……!

 

 アルスの言うように善意を断り続けるのも体裁が良くない。

 

「…………分かりました。でも、ただ貰うだけでは申し訳なさ過ぎます! 代わりに僕達に出来ることならなんでもさせてください!」

 

 願ってもいない展開になって、小さなアイズがほくそ笑む。

 

「それじゃあ、私と一緒に訓練しよ?」

 

 アイズは少年達の早過ぎる成長の秘密を知りたい。だが、ステータスやスキルを別ファミリアが知るのは不可能に近く、ダンジョンに共に潜ることも出来ない。ならば、残るは少年達が求めている戦いを教える者になるしかない。

 

「え? 待って下さい。とても嬉しいし助かりますけど、それだと僕達の方が得をしています!」

 

 第一級武具を貰うのに、第一級冒険者に手解きを受けるなど理屈に合わない。必死に抗弁するベルにアイズは醜い打算を口にする。

 

「私は短い期間でランクアップした君達の強さの秘密を知りたい。けど、簡単に秘密を教えてもらえるとは思っていない。だから、交換条件」

「そんな! 秘密なんて――むぐっ!?」

 

 交換条件などと言わずに今すぐにでもステータス表記が変わったお蔭と言いかけたベルの口をアルスの手が物理的に封じた。

 

→神様に口止めされてるだろ

  アイズと訓練なんて俺達に得しかないだろ

 

 ヘスティアに秘密を口にしないように厳命されていたことを言われてはベルも黙るしかなかった。

 

「ダメ、かな?」

 

 小首を傾げて不安げなアイズの提案を断れるベルではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――アルスは レシピブック 『うろこで作ろう』を 手に入れた!

――――――――――うろこの盾の レシピを 覚えた!

――――――――――うろこのよろいの レシピを 覚えた!

――――――――――アルスは レシピブック 『聖堂騎士団案内』を 手に入れた!

――――――――――騎士団の服の レシピを 覚えた!

――――――――――アルスは レシピブック 『やさしいぼうし作り』を 手に入れた!

――――――――――はねぼうしの レシピを 覚えた!

――――――――――アルスは レシピブック 『鉄製の剣のレシピ』を 手に入れた!

――――――――――てつのつるぎの レシピを 覚えた!

――――――――――てつの大剣の レシピを 覚えた!

――――――――――アルスは レシピブック 『新式武器のレシピ』を 手に入れた!

――――――――――ビッグブレードⅡの レシピを 覚えた!

――――――――――バトルフォークの レシピを 覚えた!

――――――――――ローズウィップの レシピを 覚えた!

――――――――――アルスは レシピブック 『金細工入門』を 手に入れた!

――――――――――ゴールドトレイの レシピを 覚えた!

――――――――――きんのネックレスの レシピを 覚えた!

――――――――――きんのブレスレットの レシピを 覚えた!

――――――――――アルスは レシピブック 『銀で作るレイピア』を 手に入れた!

――――――――――ぎんのレイピアの レシピを 覚えた!

――――――――――アルスは レシピブック 『世界の指輪図鑑』を 手に入れた!

――――――――――ちからのゆびわの レシピを 覚えた!

――――――――――すばやさのゆびわの レシピを 覚えた!

――――――――――いのりのゆびわの レシピを 覚えた!

 

 

 

 

 



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第26話 そういう時はヒッヒッフーだ



 第三章からは、例えば9階層から話が始まったとしても、9階層にまで至る8階層までのモンスターと戦った経験値が加算されていきます。

 加算される経験値モンスターは一種類につき一体のみで計算されます。

 つまり、何が言いたいかというと…………メタルスライムなどのメタル系には必ず出会えて一体分の経験値が得られるということなのだ!





 

 

 

 

 

 ギルドでの話し合いの翌日、何時もより少し遅めにダンジョンに入ったヘスティアファミリアパーティー+ヴェルフ・クロッゾは9階層を攻略して因縁の10階層に足を踏み入れた。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、ベル様」

「緊張しているつもりはないんだけどね……」

 

 斥候の役割として先頭を歩くベル・クラネルはリリルカ・アーデの言葉に顔だけ振り返る。

 

「9階層から微妙に気を張ってるぞ。あんなこと(ソーマファミリアの闇討ち)があったとはいえ、そんな調子じゃあ帰るまで持たん」

「ヴェルフ様の言う通りです」

「うん、わかってるんだけど」

 

 殿を務めるヴェルフの意見もあって正さなければならないとベル自身分かっているのだが、やはり一度悪い目に合うと簡単に払拭できていなかった。

 ベルとヴェルフの間、リリルカと並んで歩くアルスの脳裏に選択肢が浮かび上がる。

 

→俺たちは強くなってる。自信を持て

  そういう時はヒッヒッフーだ

 

「そうです。お三方のランクアップも直に公表されるのですから、祝いの席を設けなければなりませんね」

「仰々しいのは御免だぜ」

 

 気を張っていたベルは今更ながらのことに気づいた。

 

「あ、遅くなったけどおめでとう、ヴェルフ。Lv.2になったんだね」

「お前達もランクアップしたんだろ。お互い様ってやつさ」

「新しい武器まで作ってもらったんだからお礼を言わせてよ」

 

 ベルの腰横の剣帯に吊るされている『せいどうのつるぎ+3』がヴェルフが新しく作ってくれた『てつのつるぎ+2』に変わっている。手に嵌めている『ぬすっとのグローブ』の中には、これまたヴェルフが作ってくれた『すばやさのゆびわ+1』が嵌っていた。

 昨日、ギルドからの帰り道にヴェルフの工房に寄って、ソーマファミリアから得たレシピを渡したら一晩で作ってくれたのでベルの喜びようも大きい。

 

「お前達が得たレシピから作ったんだ。専属鍛冶師の責務を果たしたまでよ」

 

 礼を言われて面映ゆそうなヴェルフの一新した装備をチラッと見たリリルカの顔が荒む。

 

「一人だけはがね装備に一新しといてよく言います」

「リリ」

「失礼しました。口が過ぎたです」

 

 仲間に対して向ける皮肉ではないとベルの口調から自覚して謝る。

 

「いや、いい。力不足を嘆いても急に強くなれないから、せめて装備だけでも強くしようっていう浅ましい考えだ」

「ヴェルフもLv.2になれたんだから強くなってるよ」

「どうだかな。アルスとベルの成長には全然追いつけてない。寧ろ離されてる気すらするよ」

 

 ヴェルフは『てつ』から『はがね』を用いた装備になった自身を見下ろす。

 この階層に来るまでのモンスターの相手をベルとアルスの二人だけで済ませてしまえるほど、二人はあの戦いからも成長を続けている。ヴェルフ自身Lv.2にランクアップしたのに、追いつけた気が全然しない。

 とはいえ、このパーティーの年長者として何時までも腐っている姿を見せるわけにはいかない。

 

「出来るならアルス達の装備もはがね装備に変えたいんだが、中層の素材(ぎんのこうせき)を使うから高いんだよなぁ」

 

 ベル達と冒険しているとドロップアイテムを得られる率が高いので、『はがね』装備に必要な素材の中で『ぎんのこうせき』以外は上層で得られていた。

 

「え? 中層の素材ともなれば上層の10倍の値がつくのに、まさかその装備の素材は自腹ですか!?」

「ああ、数年分の貯蓄が全部吹っ飛んだわ」

 

 『ぎんのこうせき』一つで20000ヴァリス。

 『はがねのオノ』と『はがねの盾』で二つずつ、『はがねのかぶと』と『はがねのよろい』で三つずつで合計10個。必要な金額は200000ヴァリス。他にも足りない素材分と、鍛冶に必要になる道具の費用なども合わせたらヴェルフの貯蓄が吹っ飛んだ。

 

「また一緒に冒険をして稼がせてもらうぜ。中層まで潜ればお前達の装備も、はがねどころかもっと上の装備だって作ってやるよ」

「ありがとう、ヴェルフ」

 

 感謝しかないベルの純粋な気持ちに貯蓄が吹っ飛んだヴェルフが癒されている前を、最低でも20万ヴァリスかかった装備にリリルカがぶつぶつと計算しながら歩く。

 

「リリ助はやっぱりネコのきぐるみにしとくか?」

「結構です! リリはこのまどうしの装備を使いますから」

 

 ふんす、とリリルカは鼻息も荒く、流石に冗談でも看過できぬと持っている『まどうしの杖』を振り回す。

 その手には『まじょのてぶくろ+3』が嵌っており、頭には『まじょのターバン』、体を覆っているのは『まじょの服』。レシピブック『魔女っ子バイブル』よりヴェルフが作り上げたリリルカの為の装備である。

 

「あのネコのきぐるみも可愛いよ」

 

 リリルカ相手にヴェルフが素直に頼まれた装備を渡すはずもなく、最初に渡したのが『ネコのきぐるみ』と『ネコのかぶりもの』のセット装備。

 渡されて一応着てみたものの、笑うヴェルフに騙されたと気づいたが後の祭り。

 

「可愛いさで装備を決めないで下さい! 笑い者にされるのはリリなんですよ!」

 

 思い出し笑いをするヴェルフを睨みつけるリリルカ。

 流石にあまり笑い過ぎるのも悪いと思って抑えたヴェルフだったが、ヴェルフにはヴェルフなりに笑い者にする為にネコ装備を渡したわけではない。

 

「そうは言うがな、あれでも装備としては上等な部類に入るんだぞ」

 

 ネコ装備の方がまじょ装備と比べてこうげき魔力は下がるが、総合的なステータスにおいてはネコ装備の方が上というのは事実。

 

「各種ステータスが上がるのは良いとしても、こうげき魔力が落ちるのがいただけません。リリは魔導士として生きるのですからこうげき魔力は生命線になります。断じてあんなネコ装備でダンジョンに行って笑いのネタにされたくはありません!」

 

 絶対に最後の理由が重要だろうが、自分の身になって考えれば断固拒否するのはヴェルフ達も同じ。

 

「残念だ。折角のソーマファミリアからの貰い物だったのに」

「今更ながら、あのファミリアにあんなネタ装備があったのかが大いに疑問です」

 

 無駄にサイズがピッタリだっただけに、まさか自分用に用意されたなどと考えてしまい、改宗した後にも困らせられることになろうとはリリルカも思いもしなかった。

 疲れた様子のリリルカに前方の警戒を続けながらベルが顔だけ振り返る。

 

「まあまあ、でもリリは魔導士でやっていくんだ」

 

 引き摺っても仕方ないとベルの言葉を契機に気持ちを切り替える。

 

「はい、今のリリのステータスを見るに適職かと思います。ヴェルフ様もリリの装備まで整えて頂き、とても感謝しています」

「いいってことよ。今まで魔導士の装備を作ったことはなかったから良い経験になった」

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 現れたのは緑色の蟹のじごくのハサミが二体、首の両端に羽のようなものが生えた大蛇のウィングスネークの合計三体。

 先頭を進むベルはモンスターが視界に入った瞬間に背中の『やいばのブーメラン』を抜いていた。

 

「やっ!」

 

――――――――――まもののむれに ダメージ!

 

 スキル【パワフルスロー】の効果で、モンスター全体に等しくダメージが行き渡り、その足を止める。

 

→合わせろ!

  行け、リリ!

 

「了解です!」

 

 アルスの号令と、武器を抜かずに手をモンスターに向けた動作で察したリリルカが集中を高める。

 

「ギラ」

「ギラ!」

 

――――――――――アルスとリリルカは ギラを となえた!

――――――――――じごくのハサミたちに ダメージ!

――――――――――じごくのハサミたちを たおした!

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ウィングスネークに ダメージ!

 

「ちっ、やっぱり俺じゃ一撃で倒せねぇか……!」

 

 『はがねのオノ』による一撃は確かなダメージをウィングスネークに刻み込みはしたが、まだ生きている。武器のランクが上がったのに倒し切れないのは単純なヴェルフのステータス不足。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――カウンター!

――――――――――ウィングスネークは どくのいきを はいた!

――――――――――ベルは もうどくに おかされた!

 

「ベル様!?」

「メラ!」

 

――――――――――アルスは メラを となえた!

――――――――――ウィングスネークに ダメージ!

――――――――――ウィングスネークを たおした!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは240ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――じごくのハサミは 小さなこうらを 落としていった!

 

 アルスが魔石を残して消滅したモンスターの新手がいないかを確認している間に、リリルカが毒状態になったベルに常備していた『どくけしそう』を渡していた。

 

――――――――――どくけしそうを つかった!

――――――――――ベルの からだにまわっている どくがきえた!

 

「ふぅ、助かったよリリ。毒って食らったら、あんな気持ち悪くなるんだ」

「状態異常になったのは初めてか?」

「うん、自分がしたことはあったのにね」

 

 ヴェルフの手を借りて立ち上がったベルは毒と睡眠状態にさせる攻撃をしてきたが、初めて自分がその立場になって脅威さが良く分かった。

 

「得るものはあったんだ。良い機会だと思っとけよ。しかし、リリ助の魔法の威力はアルスと変わらんな。流石は本職魔導士」

 

 あまり穿り返して気に病まれても困るので、ヴェルフは魔導士として初戦闘を行ったリリルカが放った魔法に注目する。

 

「煽てても何も出ませんよ…………今の段階(低いMP)ではあまり魔法を連発できません」

 

 リリルカの今の最大MPはたったの12。一晩眠れば回復するとはいえ、リリルカが試した限りでは『メラ』を6発も撃てば使い切ってしまう程度。既に『ギラ』を一度使ってしまったので、残りMPを気にしなければならなかった。

 

「遠慮せずにマジックポーションを使えばいいよ」

「マジックポーションは高いのです。本当に必要になるまでは消費を控えるべきです」

 

 今のリリルカにはそれほど戦力価値があるとは思えないので、MPが伸びるまでは待つべきと判断。必要とあればともかく、まだ切羽詰まっていない段階で魔法を連発してマジックポーションを消費するのはファミリアの金庫番として認められない。

 

消耗の少ない魔法(メラ)を使ったとして、残りMPでは放てるのは四度程度。精々が牽制程度とお考え下さい」

「もっと上層ならリリも活躍できるし、一度上層に戻る?」

 

 定石ならば上の階層で魔導士としての経験を積んでからの方が良いとはリリルカも分かっている。しかし、それでは躍進を続けるベル達に置いて行かれてしまうことになる。かといって、経験値稼ぎ(レベリング)に付き合わせるのは躍進を阻む障害になってしまう。

 

「リリの所為で皆様方の足を引っ張りたくはありません。MPが上がるまで、並行してサポーターを続けさせてもらっても構いませんか?」

 

 折衷案でステータスが上がるまで今までのようにサポーター業を兼ねるのがパーティーとして最善だと思って提案する。

 

「丁度いい機会じゃないかな。リリも魔導士になったのだから、サポーターの役割も分担して行えるように教えてもらうのはどうだろう」

「アルスの『どうぐぶくろ』さえあれば荷物になることはないしな。いいと思うぞ」

 

 ベルとヴェルフが受け入れ、アルスも拒否する理由はないので頷いておく。

 リリルカの装備とパーティーの問題が解決したところで、同じ装備のことでベルは治療の間は代わりに周囲の警戒をしているアルスの代わった鎧に注目する。

 

「装備の話だけど、アルスが今着ている『聖騎士のよろい』もソーマファミリアにあったんだよね」

「ああ、接収した物の中でヘファイトス様から一つ好きに持ってていいと言われたんで、目に留まった聖騎士のよろいを貰ったんだ。ネコ装備は誰もいらないって押し付けられたんだがな」

 

 『聖騎士のよろい』は黄色地に緑色の模様が入ったサーコートが付属した鎧で、『てつのよろい』と『はがねのよろい』の中間の守備力にある。

 

「後は『シルバートレイ』から『ゴールドトレイ』に変えて、『きんのブレスレット』を付けて守備力は確実に上がってるけど、なんといっても『ウダイオスの黒剣』だよね」

 

 防具が代わって守備力が上がっただけに留まらず、最大の装備変更はデスコピオンによって破壊された『てつのつるぎ+3』『せいどうのつるぎ+2』に代わって、アイズ・ヴァレンシュタインの許可も貰って正式にアルスの物となった『ウダイオスの黒剣』にある。

 

「下層の階層主のドロップアイテム。凄い攻撃力なのでしょうね」

「ああ、確かに攻撃力は高い」

 

 軽く振るうだけでもここまでの階層のモンスターを瞬殺してきた『ウダイオスの黒剣』に、整備した当人であるヴェルフの表情は冴えない。

 

「なにか不満そうですね」

 

 あれだけの武器を整備したのだから、リリルカにはヴェルフが不満そうにしていることが理解できない。

 一度大きく息を吸って吐き出したヴェルフはアルスの背で鞘に収まっている『ウダイオスの黒剣』を見る。

 

「扱うには俺のレベルが足りなかった。本来ならLv.6やLv.7の武器に出来たはずなのに、俺の技量じゃあ精々がLv.4程度の武器にしちまった……」

「今のアルスが扱うなら十分じゃない?」

 

 アルスのLv.は2。Lv.4の武器を扱うには寧ろ分不相応なぐらいで、ベルとしては羨ましいぐらい。

 

「ダメだダメだ! 椿ならあのオッタルが使ってもおかしくない武器に仕上げてるはずだ」

「Lv.5と比べても仕方ないのでは?」

 

 ヘファイトスファミリアの団長である椿・コルプランドが『ウダイオスの黒剣』を整備していれば、オラリオ最強のLv.7オッタルが使ってもおかしくない領域に仕上げることが出来たはずとヴェルフは確信している。

 普通ならばリリルカが言うようにLv.2のヴェルフがLv.5の椿と比べること自体が間違い。しかし、自らが足りないことを自覚しているベルにはヴェルフの気持ちが良く理解できた。

 

「分かる、分かるよ! 今に満足してたんじゃダメなんだ。常に上を見て行かないと!」

「分かるか、ベルよ」

「分からいでか、ヴェルフ」

「「おお、心の友よ!」」

 

 スキルに現れるほど焦がれているベルも同じ。謎の同調意識が生まれて盛り上がる二人の間でリリルカが困惑する。

 

「ベル様もおかしいですが、何があったのでしょうか?」

 

 見上げる対象が極々間近過ぎて二人の気持ちがまだ理解できないリリルカがアルスを見上げる。

 

→昔からベルは偶におかしくなる時がある

  好きな女の子と会う約束が無くなったから

 

「そ、そうなのですか……」

 

 ベル達に対する気持ちにちょっと信仰が入っているリリルカは、アルスが放った適当な嘘を普通に信じて引いていた。まさか信じられるとは思わなかったアルスもマジでとばかりの顔をして引いていた。

 

――――――――――さまようよろいが あらわれた!

――――――――――さまようよろいは なかまを よんだ!

――――――――――ホイミスライムが あらわれた!

 

 ダンジョンで死んだ冒険者の怨念が鎧に宿ったと噂されているモンスター『さまようよろい』が通路の向こうからやってきて、現れて直ぐに仲間を呼んだ。呼ばれてやってきたのは青いクラゲのような体にスライムが乗っかったようなモンスター『ホイミスライム』。

 辺りを警戒していたアルスが真っ先に気づき、背中の『ウダイオスの黒剣』を抜きながら飛び込む。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、剣を ぶんまわした!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは109ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――さまようよろいは てつのつるぎを 落としていった!

 

 一撃で粉砕されたモンスター達の魔石やドロップアイテムが落ちる音で、あまりの攻撃力に呆然としていたベル達を再起動させる。

 

「流石は階層主のドロップアイテム。威力の桁が違い過ぎる」

「ウダイオスの黒剣が強すぎます。自分達の実力を過信しそうです」

 

→直ぐに見合うほど強くなってみせる

  いやぁ、取り上げないでぇ!

 

「本当にそうなりそうなので怖いです」

「今はリリも同じ立場だよ」

「リリも強くなれるでしょうか……」

「なれるよ、きっと」

 

 そんな話をしている間に見覚えのある通路に入った。

 アルスを除いた三人の体に力が入る。流れでアルスが先頭を歩いている所為でズンズンと進み、ベル達は後をついていくだけで緊張が高まっていく。

 躊躇いなく進んでいたアルスが遂に足を止める。

 

「あの時と同じ場所に来ましたね」

 

 ソーマファミリアに誘導された追い込まれた行き止まり広間(ルーム)、その手前。

 ベルが恐る恐る行き止まり広間(ルーム)をコッソリと覗き込む。

 

「いないね、あのモンスター(デスコピオン)

「安心したような、残念なような、不思議な気持ちだな」

「ギルドの調査でもまだ再出現(リポップ)は確認できていません。何らかの条件があるのか、階層主と同じように一定期間が必要なのか」

 

 再戦するには及び腰なので、全員行き止まり広間(ルーム)の手前で議論を積み重ねているとアルスの脳裏に選択肢が浮かび上がる。

 

→ さっさとこの階層を攻略しよう

 とりあえず入っとくか

 

 アルスの意見に、最もだと頷いたベルが正規ルートに戻る為に振り返る。

 

「別にまた戦う必要はないし、次に――」

 

――――――――――メタルスライムたちが あらわれた!

 

 直ぐ背後で四人を謎な表情で見ている銀色のスライムが二体いた。

 

「敵!?」

 

 ベルの注意喚起に即座に反応したアルスが抜いた『ウダイオスの黒剣』にオーラを纏って斬りかかった。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、渾身切りを はなった!

――――――――――メタルスライムたちに ダメージ!

 

 『ウダイオスの黒剣』は直撃はしなかったが地面に叩きつけられた衝撃は大きかった。衝撃波で凄い勢いで砂が巻き上がり、メタルスライムたちを傷つける。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――メタルスライムたちに ダメージ!

 

 破片と一緒にボタボタと落ちたメタルスライムに向かって『やいばのブーメラン』が放たれ、スキルの効果で均等にダメージを与えることが出来た。

 メタルスライムの負ったダメージは大きく、後少しで倒せるとみたリリルカは丁度近くに落ちたメタルスラムAに向かって『まどうしの杖』を振り上げる。

 

「えいっ!」

 

――――――――――リリルカの こうげき!

――――――――――メタルスライムAに ダメージ!

――――――――――メタルスライムAを たおした!

 

「や、やった! リリが10階層のモンスターをやっつけました!」

「やっつけましたじゃねぇよ! 『まどうしの杖』で直接攻撃なんてするなよ! おらっ!」

 

――――――――――ヴェルフの こうげき!

――――――――――ミス! メタルスライムBは ダメージを 受けない!

 

「外しちまったじゃねぇか!」

「リリではなく自分の所為でしょ!」

 

 二人が言い争いをしている間にベルは戻ってきた『やいばのブーメラン』を直して『せいなるナイフ』を抜く。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――メタルスライムBに ダメージ!

――――――――――メタルスライムBを たおした!

――――――――――メタルスライムたちを やっつけた!

――――――――――アルスたちは4020ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――メタルスライムたちは 魔石を 落としていった!

――――――――――メタルスライムBは 命のきのみを 落としていった!

 

 ふぅ、とベルが『せいなるナイフ』を腰後ろの剣帯に戻していると、リリルカが「ベル様ベル様!」と駆け寄ってきた。

 

「メタルスライムに攻撃したらMPが回復した気がするのですが、ベル様達はどうなのですか!」

「え? そんな感じを覚えたことはないかなぁ」

「だろ。まどうしの杖は丈夫じゃないんだから鈍器として使うのは止めてくれ、頼むから」

 

 三人がリリルカの『まどうしの杖』の直接攻撃したらMP回復するのか問題を話し合っている間に、アルスはメタルスライムが落とした『命のきのみ』を拾い上げてパクっと食べる。

 ボリボリと噛んでゴクンとしても、やはりHPが上がった実感はない。

 

「…………自分だけ食べるんだ」

 

 攻略に戻ろうと歩き始めたところで、アルスが『命のきのみ』を食べているのを目撃したベルが白い目を向ける。

 

「どうしたんだ、ベルは?」

 

 『まどうしの杖』による直接攻撃でMP回復するか問題は要実験と結論が出たところでのベルの妙な反応にヴェルフが首を傾げる。

 

「あのきのみを食べた後、ヘスティア様がステータスを更新したらHPとかが伸びていたので羨ましいのですよ」

「微々たるものじゃないか」

「まあ、普通はそう思いますよね」

 

 ヴェルフにはベル達ヘスティアファミリアのステータス表記が違うことまでは知らないので、普通ならば微々たるものでも+2するだけでも上がる有難みは分からないだろう。

 『命のきのみ』だけでなく、上の9階層のブラウニーのドロップアイテム『ちからのたね』のことも含んでいるが、敢えてリリルカは口にしなかった。

 

「げっ、ワイバーンドッグ」

 

 少し進んだところで、通路を遮るように眠っている超大型モンスターの姿を見たリリルカが顔を顰める。

 起きる様子の無いモンスターに、ベルはリリルカが口にしたモンスターの名前に首を捻る。

 

「ワイバーンってことはドラゴン種? でもドッグって犬って意味だよね。ドラゴンなの? 犬なの?」

「一応、ドラゴン種だろ。翼生えてるし」

「どちらでも構いません! ワイバーンドッグは上層最強のモンスターと呼ばれています。夜以外は眠っているので刺激せずに通り抜け――」

 

――――――――――アルスは メラを となえた!

――――――――――ワイバーンドッグに ダメージ!

――――――――――ワイバーンドッグは 目を さました!

 

「なにをなにをなにをやっているのですか!?」

「来るよ、リリ!」

 

――――――――――ワイバーンドッグが あらわれた!

 

 眠りを妨げられたワイバーンドッグは機嫌悪げに頭を擡げ、明らかに自分を起こしたアルス達を見つけて唸りを上げる。

 

――――――――――ワイバーンドッグは おたけびをあげた!

――――――――――アルスたちは ショックを うけた!

 

「うぉっ!?」

「きゃっ!?」

 

――――――――――ヴェルフとリリルカは こしを ぬかしている

――――――――――ワイバーンドッグは もえさかる火球を はきだした!

 

「やっ!」

 

――――――――――カウンター

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――ワイバーンドッグに ダメージ!

 

 口から何かを放とうとしたワイバーンドッグの横顔にベルが放った『やいばのブーメラン』が当たり、横っ面を平手打ちされたように顔が動いて放たれた燃え盛る火球が壁に撃ち込まれた。

 

――――――――――ワイバーンドッグの こうげき!

――――――――――アルスに ダメージ!

 

 踏み込んだアルスに向けて怒りに燃えたワイバーンドッグのツメ攻撃が当たるが、『ゴールドトレイ』で受け流してダメージを最小限に抑える。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、渾身切りを はなった!

――――――――――ワイバーンドッグに ダメージ!

 

 二連続行動の後にアルス最大の攻撃を受けたワイバーンドッグは、『ウダイオスの黒剣』に高い攻撃力もあって大きなダメージを負っていた。

 

「よっしゃっ、復活! おらっ!」

 

――――――――――ヴェルフの こうげき!

――――――――――ワイバーンドッグに ダメージ!

 

 腰が回復したヴェルフが起き上がろうとしたワイバーンドッグのベルが攻撃したのとは反対側の横っ面を攻撃をして再度地面に伏せさせる。

 このままならば簡単に倒せるがアルスは良いことを思いついた

 

→リリ、ヒャドを俺に!

 リリ、メラを俺に!

 

「分かりました! ヒャド!」

「はっ!」

 

――――――――――リリルカは ヒャドを となえた!

――――――――――アルスは フリーズブレードを はなった!

――――――――――氷のチカラを やどした大剣が あたりを いてつかせる!

――――――――――アルスとリリルカのれんけい ブリザードソードがはなたれた!

――――――――――ワイバーンドッグを たおした!

――――――――――ワイバーンドッグを やっつけた!

――――――――――アルスたちは243ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――ワイバーンドッグは 魔石を 落としていった!

――――――――――ワイバーンドッグは ドラゴンのツノを 落としていった!

 

 リリルカのヒャドの力を活かして放たれたフリーズブレードの氷の刃はワイバーンドッグを貫き、巨体が霞の如く魔石とドロップアイテムを残して消えてしまった。

 

「…………これで上層最強のモンスターか」

 

 終わってみたら割と圧勝出来てしまったことに、ベルは少し複雑気にワイバーンドッグの魔石を拾い上げる。

 

「なあ、デスコピオンよりかは苦戦しなかったし」

「皆様が強くなったから、相対的に感じるだけですよ」

「ランクアップさまさまか」

 

 というより『ウダイオスの黒剣』さまさまだな、と内心で思いつつもヴェルフは懸命にも口にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――アルスは、レベル16に あがった!

――――――――――アルスは ベホイミの呪文を覚えた!

――――――――――アルスは ミラクルソードを覚えた!

――――――――――アルスは 全身全霊斬りを覚えた!

――――――――――アルスは、レベル17に あがった!

――――――――――ベルは、レベル16に あがった!

――――――――――ベルは、ミラクルソードを覚えた!

――――――――――ベルは、デュアルカッターを覚えた!

――――――――――ベルは、レベル17に あがった!

――――――――――リリルカは、レベル4に あがった!

――――――――――リリルカは 悪魔ばらいを覚えた!

――――――――――リリルカは ルカニの呪文を覚えた!

――――――――――リリルカは、レベル5に あがった!

――――――――――リリルカは、レベル6に あがった!

――――――――――リリルカは ボミエの呪文を覚えた!

――――――――――リリルカは、レベル7に あがった!

――――――――――リリルカは、レベル8に あがった!

――――――――――リリルカは 魔封じの杖を覚えた!

――――――――――リリルカは、レベル9に あがった!

――――――――――リリルカは、レベル10に あがった!

――――――――――リリルカは マジックバリアの呪文を覚えた!

――――――――――リリルカは、レベル11に あがった!

――――――――――リリルカは、レベル12に あがった!

――――――――――リリルカは イオの呪文を覚えた!

――――――――――リリルカは マホトーンの呪文を覚えた!

――――――――――リリルカは 魔結界の呪文を覚えた!

――――――――――リリルカは、レベル13に あがった!

――――――――――リリルカは しゅくふくの杖を覚えた!

――――――――――リリルカは 暴走魔法陣を覚えた!

 

 

 

 

 

【アルス・クラネル Lv.2(レベル15→17)

 HP:98(+5)→116(+15)

 MP:50→58

 ちから:40(+2)→46(+4)

 みのまもり:18→20

 すばやさ:48→54

 きようさ:29→33

 こうげき魔力:44→50

 かいふく魔力:45→51

 みりょく:35→39

《魔法》

 【メラ】     ・火炎系魔法(小)

 【ホイミ】    ・治癒系魔法(小)

 【ベホイミ】  ・治癒系魔法(中)

 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)

 【イオ】    ・爆発系魔法(小)

 【ラリホー】 ・催眠系魔法(個)

《技能》

 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る

 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能

 【渾身斬り】       ・敵一体に大ダメージ

 【全身全霊斬り】    ・敵一体に特大ダメージ

 【フリーズブレード】  ・氷の力で敵1グループに攻撃

 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復

《スキル》

 【二刀の心得】     ・左手にも武器を装備できる

 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ

 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化

 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

《次のレベルまで:615》】

 

【そうび

 みぎて  『ウダイオスの黒剣』

ひだりて  『ゴールドトレイ+2』

 あたま   『てつのかぶと』

 からだ   『くさりかたびら』『聖騎士のよろい』

アクセ1   『きんのブレスレット』

アクセ2   『ちからのゆびわ+3』         】

 

 

 

【ベル・クラネル Lv.2(レベル15→17)

 HP:110→125

 MP:43→48

 ちから:38→44

 みのまもり:16→18

 すばやさ:61→69

 きようさ:53→59

 こうげき魔力:50→56

 かいふく魔力:0

 みりょく:55→62

《魔法》

 【ジバリア】     ・地雷系魔法(小)

 【ザメハ】      ・覚醒魔法

 【インパス】     ・鑑定魔法

《技能》

 【スリープダガー】  ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる

 【ヴァイパーファング】・敵1体に攻撃、たまに猛毒にする

 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る

 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復

 【デュアルカッター】 ・敵全体に攻撃時1.2倍のダメージを二回与える

《スキル》

 

 【スライムブロウ】  ・スライム種に対して投擲武器効果強化

 【メタルウィング】  ・メタル種に対して投擲武器効果強化

 【ヒュプノスハント】 ・眠りや混乱の敵に通常攻撃の6倍のダメージ

 【タナトスハント】  ・毒や麻痺の敵に通常攻撃の6倍のダメージ

 【パワフルスロー】 ・投擲武器を投擲時、全体に等しくダメージ

 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ

 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化

  【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■

《次のレベルまで:3178 】

 

【そうび

 みぎて  『てつのつるぎ+2』

        『せいなるナイフ』

ひだりて  『やいばのブーメラン』

 あたま   『毛皮のフード+2』

 からだ   『くさりかたびら』『てつのむねあて』『毛皮のポンチョ+1』

アクセ1   『すばやさのゆびわ+1』

アクセ2   『ぬすっとのグローブ』            】

 

 

 

【リリルカ・アーデ Lv.1→2(レベル3→13)

 HP:19→59

 MP:12→62

 ちから:2→22

 みのまもり:0→10

 すばやさ:11→41

 きようさ:9→39

 こうげき魔力:18→68

 かいふく魔力:0

 みりょく:8→38

《魔法》

 【シンダーエラ】     ・変身魔法

 【メラ】           ・火炎系魔法(小)

 【ギラ】           ・閃光系魔法(小)

 【ヒャド】         ・冷気系魔法(小)

 【ルカニ】         ・敵守備力低下魔法(個)

 【ボミエ】          ・敵速度低下魔法(個)

 【マジックバリア】     ・呪文防御魔法

 【イオ】           ・爆発系魔法(小)

 【マホトーン】       ・敵魔法封印魔法(集団)

《技能》

 【魔封じの杖】   ・敵1体の呪文を高い確率で封じる杖の秘術

 【しゅくふくの杖】  ・仲間1人のHPを小回復する

 【暴走魔法陣】   ・仲間の呪文が暴走しやすくなる

 【魔結界】      ・魔法の結界を張り敵の攻撃呪文を防御する

《スキル》

 【縁下力持(アーテル・アシスト)】   ・一定以上の装備過重時における補正

 【悪魔ばらい】   ・悪魔系に対しての打撃力強化

 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■

《次のレベルまで:596 】

 

【そうび

 みぎて  『まどうしの杖』

ひだりて  『』

 あたま   『まじょのターバン』

 からだ   『まじょの服』

アクセ1   『まじょのてぶくろ+3』

アクセ2   『いのりのゆびわ+2』         】

 

 

 

 

 

 リリルカがステータス表記変化から三日目でのランクアップ。今までの最短の記録に、更新を行ったヘスティアは卒倒して三日ほど寝込むことになった。

 

 

 

 

 






 声優繋がりでリリルカは魔導師となりました。

 『ウダイオスの黒剣』はヴェルフが鍛え直したけど、技量が足りなくておおよそLv.4相当が使う武器に収まっています。

 筆者はDQ11でグレイグが初期に持っていた『グレイグの大剣』と同等の攻撃力をイメージしています。

 もしもヴェルフに扱える技量があったら、原作でLv.7のオッタルが使う覇黒の剣に出来たかことでしょう(ウダイオスの黒剣を金属属性を利用してインゴットに加工させた後、大剣に再加工させて【ゴブニュ・ファミリア】に作らせた特注品)



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第27話 通路から飛び降りてみる



感想・評価・お気に入りが増えるごとにモチベーションが上がります。




 

 

 

 

 

 アルスは気が付いた変な場所に立っていた。

 見上げた空は暗いオーロラに覆われていておどろおどろしく、今立っている通路も横になって寝たら一杯の広さしかなく、前にある変な建物以外には何も存在していない。

 

→建物に進んでみよう

 通路から飛び降りてみる

 

 通路から降りてみると、まるで空に落ちるような感じになりそうなのでまずは目の前の建物に進んでみることにした。

 建物といっても開けた入り口から見えた中は空洞になっていて、真ん中に何を書いているのか全く読めない文字が刻み込まれている石碑がある。

 読めないと分かれば興味がないのでさっさと石碑を避けて進んでみると、石畳の円形舞台のような場所に出た。その舞台の中心に片膝を立てて座る青年がいた。

 

「寄る辺なく彷徨う哀れな魂がまた一つ…………この世の果てに流れ着いたようだね」

 

 男というのは分かる。声も確かに聞こえる。なのに、何故か男の顔だけは薄ぼんやりとしか見えない。

 

「顔を見ればまだ若い。こんな子が冥府に落ちるとは、本当に神も仏もあったものじゃない」

 

 若いと言うからには、反対に男にはアルスの姿がはっきりと見えているようだ。

 男が言った『仏』という初めて聞いた単語の意味を考えているアルスはそのことに気づいていない。

 

「随分と呆けた顔をしているけれど、君は自分がこれからどんな運命を辿るのか、分かっているのかい?」

 

→全然

 ここは、地獄だ!

 

「哀れなものだよ。あの世に来ただけではなく、これから待ち受ける苦しみさえ何一つ知らないのだから」

 

 あの世、って自分が死んだのかと思って直前の記憶を思い返してみる。

 

「仕方がない。ここは先輩として後輩にこの冥府について、少し教えてあげよう」

 

 10階層を攻略してステータスを更新し、ヘスティアがリリルカ・アーデの過去最速のステータス上昇に卒倒した後に届いたアイズ・ヴァレンシュタインの便り。用事を終えたとのことで翌日から訓練を始めるということで早くに寝たのが昨日の話。

 

「どれだけ鈍い者でも分かるだろう。見ての通り、この世界には何もない…………そう、ここは無の世界なんだ」

 

 翌朝、ヘスティアとリリルカにバレないようにホームの教会を抜け出して、訓練場所に指定されたオラリオを覆う市壁の上に向かったのが今日の話。

 本来の歴史ならば、ロキ・ファミリア所属のエルフの少女と邂逅するのだが、彼女はアイズと共に潜り抜けた冒険による精神力枯渇(マインドダウン)で寝込んでいる為、アルス達は何のトラブルもなく無事に市壁で待っていたアイズと合流して、善は急げと訓練が始まった。

 

「本来、死んだ魂は新しい命として再生する為に輪廻の輪へと向かうのだけれど、極稀に完全な無の世界である冥府に哀れな魂が行きついてしまうことがある」

 

 まずはアルスとベルの力量が知りたいと、アイズと2対1を行うことになった。

 武器はアルスとアイズは普段使わない『どうのつるぎ』、ベルは『どうの短剣』で行うことになったのだが、アイズは二人に本気でかかってきてと言ってしまった。力量を知るならば必要なことだったが、ここで互いに考え違いをしていることに気付いていなかった。

 前提として、アイズはアルス達がLv.2に成り立てと思っていて、アルス達は先日の冒険でLv.2(レベル17)でも上位に至っている。

 

「冥府に行きついてしまった魂は生命の循環を絶たれ、全ての命が消え去る運命にある。これは神ですら変えることは出来ない絶対の不文律」

 

 ベルは最速最大の『かえん斬り』で挑み、アルスは覚え立ての『全身全霊斬り』を放とうとした。

 たった一日、会わなかっただけでも飛躍と呼べるほどに『すばやさ』を増したベルの速度はアイズの予測を超えた。

 初撃は受け流すつもりだったアイズの『どうのつるぎ』は『かえん斬り』を受け切れずに砕け、時間差で飛び上がっていたアルスが『全身全霊斬り』を放とうと斬りかかり命の危機に本気を出してしまった。

 エアリエルを放って『全身全霊斬り』を間一髪で受け流し、咄嗟の反応で動いた足がアルスの顎を横から蹴り抜いた。

 

「だから、君の魂はもうすぐこの虚無の中で消えてしまう。悔しいだろうけど、諦めるしかない。もう、どうしようもないんだよ」

 

 アルスの最後の記憶は、顎を蹴り抜いたアイズの『しまった!?』という感情が見える顔とグルグルと回る世界でオラリオが遠く見えた風景だった。

 

「全知全能たる神ですら変えることの出来ない世界のシステムだ。ただの人間は消えていく定めなのさ」

 

→でも、あなたは消えていない

  アイズに市壁から蹴り落されたのか

 

「僕は往生際が悪いらしい。こうやって未練たらしくしがみついている」

 

→アナタは諦めていない

死んだってことは、蹴り所か落ち所が悪かったんだろうな

 

「ふっ、若者に見抜かれるとは、僕も年を経ったかな…………どうやら君はまだ(・・)死んではいないようだ。見えるかい、君の背に繋がる生命の糸が」

 

 言われて背後を見ると、背中の肩甲骨の間辺りから白い透明の糸のようなものが空の上に伸びて行っている。

 

「徐々に太く濃くなっている。このままなら生き返れるだろう」

 

 男の指摘通り、最初は今にも切れそうな糸だった物が今はアルスの指ほどの太さになり白の色が濃くなっている。

 太く濃くなる度に、糸を通して誰かに呼ばれているような引っ張れるような不思議な感覚が強くなっているので、糸がもっと太く濃くなったら空の向こうの現世に帰れるのだろう。

 

「肉体から魂が離脱して冥府に入ってくるなんて珍しいこともあるものだ。冥府は生と死が揺らぐ世界だ。生者である君だからこそ、二度と帰ることができないかもしれない冥府から帰還できる………………生き返る可能性があるというなら、良いモノを伝授してあげよう。こっちに来るといい」

 

 待っているだけなのは退屈なので、良いモノをくれるというなら喜んでの考えのアルスは警戒することなく男の下に歩み寄る。

 

「いいかい、良く見ているんだよ!」

 

 モノを貰う為に手を差し出そうとしたところで、男が横を向いて左手を天に掲げた。すると、その手先から巨大な光の剣が生まれ、上空に向かって飛んで行った。

 男が右手を地に向けて振り下ろすと、巨大な光の剣が石畳の舞台に突き刺さって抉り取った。

 

→凄い……

  怖っ……

 

「今、僕が放った技こそ、生前の僕が完成させることが出来なかった奥義――――覇王斬!」

 

 覇王斬、と口の中でアルスは繰り返す。

 

「この技を君に伝授するよ。僅かな時間で覚えようというんだ。当然、修行はとんでもなく厳しいものになる。君はどんなにつらく厳しい修行が待ち受けていても、それに耐える覚悟が君にあるかい?」

 

→はい!

  いえ、結構です

 

「良い返事だね。それじゃあ、さっそく覇王斬の修行を始めるよ」

 

 パッ、と軽く男が手を振ると、覇王斬で抉られた舞台の端が光ったと思ったら元に戻っていた。

 

「ここは僕の魔力で再現した修練場のようなものなんだ。だから、どれだけ壊しても大丈夫だし、こんなことも出来る」

 

 再び男が手を振ると、先程まで抉れた場所の近くに石の石像が生えた。

 無駄に精巧な竜のような形をした石像に、男は出来栄えを自己自賛するように軽く頷く。

 

「覇王斬は使用者が自身の魔力を刃の形にして放つ技なんだ。まずは、手を前に出して剣をイメージして、魔力を集中させてみて」

 

 アルスは言われたように左手を前に出して、イメージを高める為に右手で左手の中ほどを掴む。

 言われたように、手の先に剣があるようなイメージをしながら魔力を掌から放出すると、切っ先を下に向けた薄っすらとした剣が空中に浮かぶがすぐに霧散する。

 

「まあ、最初はこんなものさ。というわけで…………後は実戦で技を磨いていくとしよう」

 

 放つことすら出来ずに消え去った剣にアルスが悔しそうな姿に笑った男がその場で飛んで、竜の石像の傍に着地する。

 

「アルス君、僕と戦う準備は出来ているかい?」

 

→はい

  巨乳の女になってから出直して来て

 

「僕の攻撃に耐え、隙を見つけながら覇王斬を使うんだ。それを繰り返す内に覇王斬はどんどん威力が増していく。そうやって覇王斬を完成させるんだ」

 

 男は覇王斬で出したかのような光る剣を生み出して手に持ち、軽くブンと音を立てて振るう。

 

「では、いくぞアルス君。ありったけの君を見せてくれ!」

 

――――――――――修練場の主が あらわれた!

――――――――――修練場の主は 次のこうげきに そなえ せいしんを とういつした!

 

「はっ!」

 

 アルスが胸の前でクロスさせた両手を開くと、うっすらとした光る剣が生まれる。

 精神集中をしたまま、生み出した光る剣を右手を振って修練場の主に向かって放つ。

 

――――――――――アルスは 覇王斬を はなった!

――――――――――修練場の主に ダメージ!

――――――――――竜の石像に ダメージ!

――――――――――竜の石像を やっつけた!

 

「いいぞ! そうやって覇王斬を繰り返し使うんだ! わかったね!」

 

――――――――――修練場の主は 竜の石像を つくりだした!

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは 覇王斬を はなった!

――――――――――修練場の主に ダメージ!

――――――――――竜の石像に ダメージ!

――――――――――竜の石像を やっつけた!

 

「大分、形になってきた! その調子でどんどん行こう!」

 

――――――――――修練場の主は 竜の石像を つくりだした!

 

 二度造られた竜の石像。アルスは集中を高めながら、攻撃をすると言いながら一向に動こうとしない修練場の主を見る。

 

→なにか竜に恨みでもあるの?

  攻撃してこないの?

 

「恨みはある。というか憎しみすら抱いている。自分で壊してもスッとしないけど、人に壊されると凄い気持ちいい。さあ、もっと壊してくれ!」

「はっ!」

 

――――――――――アルスは 覇王斬を はなった!

――――――――――修練場の主に ダメージ!

――――――――――竜の石像に ダメージ!

――――――――――竜の石像を やっつけた!

 

「もう少しだ! もう少しで覇王斬は完成する! やってみせろよ、僕!」

 

――――――――――修練場の主は 竜の石像を つくりだした!

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは 覇王斬を はなった!

――――――――――修練場の主に ダメージ!

――――――――――竜の石像に ダメージ!

――――――――――竜の石像を やっつけた!

 

「これで最後だ!」

 

――――――――――修練場の主は 竜の石像を つくりだした!

 

「はっ!」

 

 先程、修練場の主が放ったのと同じように左手を天空に向かって掲げ、巨大な光の剣を生み出して撃ち放つ。上空に上がった光の剣は、右手を振り下ろしたアルスの動作に従って修練場に落ちてきた。

 

――――――――――アルスは 覇王斬を はなった!

――――――――――修練場の主に ダメージ!

――――――――――竜の石像に ダメージ!

――――――――――竜の石像を やっつけた!

――――――――――アルスは 覇王斬を習得した!

――――――――――アルスは 2000ポイントの経験値を かくとく!

 

「いいねぇ、いいねぇ! アルス君、よくやった! 僅かな時間で僕が生前に完成させることが出来なかった覇王斬を習得できるか、内心で心配していたけどどうやら取り越し苦労だったようだね」

 

 何度も覇王斬を食らったはずなのに傷一つもない修練場の主が近づいてくる。

 

「いいかい? あの光の剣の強さは君の心の強さ。あの剣を鍛え上げるんだ、決して折れない強き剣に。そうすれば君はどんな困難にも立ち向かっていけるよ――――――――――黒竜を前にしてもね」

 

 ポンと軽くアルスの肩が押された。

 途端に背中についていた糸どころか成長して巨大になった縄に引っ張り上げられる。

 

「辛い修行から逃げずによく頑張った。これで、もう君に教えることは何もない。(アイズ)から良い冥途の土産を貰ったよ。ああ、僕が冥府に存在し続けていたのも、これが理由か」

 

 遠くなっていく修練場は徐々に端から崩れていき、同じように男もまた足から溶けるように消えていく。

 技を一つだけ教えてくれただけで師とも呼べないような男の名を、直感的に脳裏に浮かぶままに叫んだ。

 

→アルバート!

  アルゴノゥト!

 

『――――――――――輪廻の果ての僕よ。(アイズ)を守ってあげてくれ』

 

 引っ張り上げられたアルスの意識が浮上する。

 

「アイズさん! アルスが生き返りました!」

「まだだよ。身体が衰弱している。急いでアミッドの治療院に運ぼう!」

 

 見上げた空は青く、白い雲が流れていく中でベルとアイズの慌てた声が耳に入るのを子守歌に、アルスは再び眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルスがディアンケヒト・ファミリアが運営するアミッド・テアサナーレがいる治療院に運び込まれる直後に何事も無かったように目を覚ましていた頃、とあるファミリアのホームで眷属である団長が主神に報告を行っていた。

 

「それは、確かか?」

 

 報告を受ける男神の日の光を放つブロンドの髪。まるで太陽の光が凝縮したかのような金髪は煌々とした艶がある。口元に浮かべている笑みも眩しく、その端麗な容貌は男であっても目を奪われ、魅了してしまうほど。

 背丈も高く、頭の上には緑葉を備える月桂樹の冠が趣を感じさせる。

 

「はい」

 

 太陽のような主神に報告する団長もまたエルフにも負けない美青年のヒューマンであった。

 茶色の髪は品良く纏められていて、色白の肌は女性のようにきめ細かい。金属のイヤリングを始めとした様々な冒険者用装身具(アクセサリー)を派閥の制服の上に身に着けている。

 左胸には金の弓矢に輝く太陽を刻んだ徽章が張り付けられている。瞳は深い海のような碧眼だが、今は伏せられていてどのような感情を抱いているのか伺い知ることは出来ない。

 

「目撃情報に乏しいモンスターの討伐によって、最短記録を一年から一ヶ月に大幅に更新するランクアップしたという双子の兄弟。名はなんといったか」

「ベル・クラネルとアルス・クラネル、所属はヘスティアファミリアとのことです」

「ふふふ、流石は私のヒュアキントス。良く調べてくれた。しかし、ヘスティアか。これは因縁と言えるのかな」

「は?」

「なに、天界の頃の話さ」

 

 ヒュアキントスが怪訝な顔を向けるが、神々は基本的に天界の内情を明かすような話をしない。

 クツクツと笑う主神の姿ですら下界に存在するあらゆる絵画や石像を超える美しさ。追及する気など早々に失せたヒュアキントスは何かを考えている主神の次の言葉を待つ。

 

「一度、二人を間近で見てみたいな」

「ならば、神の宴の打診を受けているので、随伴者として二人を呼べる環境を作るのは如何でしょうか」

 

 打てば響くように望む環境を整えてくれるヒュアキントスに主神は全幅の信頼を寄せる。

 

「悪くない。手配は任せるぞ、ヒュアキントス」

「はっ、お任せ下さい」

 

 向けられる信頼を心地よく享受するヒュアキントスが、この世の春のような心境に至っていることに気づきもしない主神は過去と未来を見つめる。

 

「ヘスティアよ、天界ではゼウスに邪魔されたが、今度はお前の眷属を頂くとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アルス・クラネル Lv.2(レベル17→18)

 HP:116(+15)→125(+15)

 MP;58→63

 ちから:46(+4)→49(+4)

 みのまもり:20→21

 すばやさ:54→57

 きようさ:33→34

 こうげき魔力:50→53

 かいふく魔力:51→54

 みりょく:39→41

《魔法》

 【メラ】     ・火炎系魔法(小)

 【ホイミ】    ・治癒系魔法(小)

 【ベホイミ】  ・治癒系魔法(中)

 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)

 【イオ】    ・爆発系魔法(小)

 【ラリホー】 ・催眠系魔法(個)

《技能》

 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る

 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能

 【渾身斬り】       ・敵一体に大ダメージ

 【全身全霊斬り】    ・敵一体に特大ダメージ

 【フリーズブレード】  ・氷の力で敵1グループに攻撃

 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復

 【覇王斬】        ・敵全体に魔力で形成した巨大剣による無属性攻撃

《スキル》

 【二刀の心得】     ・左手にも武器を装備できる

 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ

 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化

 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

《次のレベルまで:4284》】

 

 

 






 冥界での修業はDQ11あるある。

 転生タグを仕事をしてくれました。

 ベルがアルゴノゥトの転生なら、アルスはアルバートの――(本作設定です)

 準備運動を始めたアポロン様……。


 アルバートの超簡単な為したこと

 〇神聖譚最終章によると、精霊アリアと共に彼がなしえた偉業とは黒竜の撃退。己の命と引き換えに黒竜の片眼を奪い、オラリオの地から遠ざけた。

 アイズの母親は何かに囚われている。

 黒竜って聖竜となにか似ているな。

 アルスがスキルに目覚めたのは、アイズと出会ってから。

 おや、なにか関係性が――――。


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第28話 蹴り殺された仲だ!



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 まだ夜も明けきっていないオラリオの街。

 流石に騒がしいオラリオの街も静まり返っていて、夜を徹して酒を浴びていた者達も眠りについている中、早朝というにもまだ早過ぎる時間にヘスティアファミリアの三人が歩いていた。

 

「アルス、本当に大丈夫?」

 

 先頭を歩くアルス・クラネルの周りを衛星のようについて回りながら双子の兄は心配げに見やる。

 鬱陶し気にベル・クラネルを見つつ、そのうち前を通る際に足でも引っかけそうなアルスの性格を知っているリリルカ・アーデは二人の後をついて歩きながら口を開く。

 

「心配し過ぎです、ベル様。アルス様は今日も朝から誰よりも朝食を食べておられたのをお忘れですか?」

「でも、昨日は息もしてなかったから本当に死んだかと思ったんだよ」

「寧ろ昨日より元気ですが」

「ああ、うん。そこは僕も不思議なんだ。ダンジョンに潜ってないのに、何故かレベルは上がってるし」

 

 当初は他派閥の冒険者に訓練をつけてもらうのはマズいとヘスティアどころかリリルカにも秘密にしていたのだが、アルスが死にかけというか死んだというか、そんなことがあったのでベルが心配しまくり、不審に思っていたところにヘスティアが恒例のステータス更新を行ったら何故か上がっているレベル。

 ダンジョンに潜っていないはずなのに何故かと問い詰めたら真実が明らかになり、リリルカが今ここにいることに繋がっている。

 

「もしかして一人でダンジョンに行ったりした?」

 

→行ってない。冥府で修行したんだ

  行ってない。アイズのお父さんに会ってた

 

「冥府って……」

「本当に死んでいたら冒険者とはいえ、翌日でこんなに元気なのは不自然です。このようにボケるぐらいですからベル様達も慌て過ぎて気絶と間違えたんですよ」

 

 普段の行いというか言動というか、本当のことを言っているのに信じてもらえないアルス。

 

「そうなのかな……」

 

 しかし、そこは双子の関係性で本当なのではないかとベルは感じているが、流石に冥府で修行していたという話は素直に呑み込めていなかった。深く突っ込めば、アルスもより詳細に話して真実と分かっただろうが、端から信じてないリリルカはアルスがそうなった原因にこそ注目していた。

 

「本来ならば別派閥の幹部と修行するなどありえませんが、上級冒険者の指導を受けるなど私達にとって得にしかなりません。これからはリリがヘスティア様の代理として監督させて頂きます」

 

 本当ならば主神たるヘスティアが乗り込むつもりだったのだが、アルバイトの関係で同行が難しくリリルカが代わりを申し出たという流れだった。

 

「回復薬も用意しているので、ご安心下さい」

「よろしく頼む――」

 

 よ、と横を歩いるリリルカに言い切ろうとしたベルは、建物の影から走ってきた人物と出会い頭とぶつかりそうになった。

 そこは冒険者であり、Lv.2となって超人的な反応を見せて避けようとしたところに相手も同じ方向に避けていた。

 

「きゃっ!?」

「うわっ!?」

 

 相手も同じ方向に動くと予測していなかった二人は正面から額同士で激突してしまった。

 よろけたベルの背中をアルスが支えたが、走っていた相手はぶつかった反動で尻もちをついてしまう。

 

「いたっ!?」

 

 頭部への衝撃の直後だけに受け身も上手く取れず、尻もちをついた衝撃に声が出てしまった様子のエルフの少女。

 自分が余所見をしながら走っていた所為でぶつかってしまったのだから、非は自分にあると考えた。

 

「ごめんなさ――」

「すっ、すいません! 大丈夫ですか?」

 

 謝罪の言葉は相手の声に遮られて、エルフの少女――――レフィーヤ・ウィリディスは尻もちをついた姿勢のまま、自分に向けて差し出されたベルの手を見上げる。

 

→出会い頭の衝突、差し伸ばされる手。これが恋が始まる予感か……

  金髪エルフ、ベルの好みのタイプだな

 

 アルスの言葉にギョッとした表情になったレフィーヤは慌てる。

 

「な、なにを言っているのですか!?」

「この人の冗談を真に受けないで下さい。それよりも大丈夫ですか? お怪我などは?」

 

 失礼な、とアルスが文句を言っている横で手を差し出した状態のベルがエルフが肌の触れ合いを基本嫌がることを思い出して引っ込め良いものかと迷っている。

 二人が似た容姿なので兄弟かなとレフィーヤは考えながらベルの手を取って立ち上がる。

 

「ありがとうございます、平気です。こちらが余所見をしながら出てきてしまってごめんなさい」

 

 普通のエルフと違うレフィーヤはベルと手を触れ合わせても不快さを感じさせることなく、笑顔を浮かべて自らの不手際を詫びたところで目的を思い出した。

 

「ところで、この近くで『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインさんを見かけませんでしたか?」

「アイズさん!?」

 

 尻もちをついて汚れただろうからハンカチでも渡そうとしていたベルが露骨に反応した。

 リリルカはレフィーヤにファミリアのエンブレムなどの所属を示す徽章を探すも見当たらないが、早過ぎる時間帯に探しているということから同じファミリアの眷属ではないかと推測する。

 

「…………もしかして、あなたはロキ・ファミリアの方でしょうか?」

「そうですけど、その反応からしてあなた達はアイズさんのことを何か知っているんですか?」

 

 自派閥では団長以外小人族(パルゥム)がいないので少し新鮮な気持ちになりながら、情報があるのならば藁にも縋るつもりで訊ねる。

 

「え、あ、その、えっと……」

 

 嘘をつけないベルはまごつくばかりで明確な言葉を返していない。

 リリルカはベルは使い物にならないと判断して、どうしたのものかとアルスを見る。

 判断を仰がれたアルスは、ここは頼りになるところを見せるべきだと思って灰色の脳細胞が選択肢を作り上げる。

 

→昨日から修行をつけてくれてる

  蹴り殺された仲だ!

 

「アイズさんがあなた達に修行!? なんて羨ましい!」

「羨ましい?」

「もとい図々しい人達ですね! あなた達は他所のファミリアでしょう! なんの理由があってアイズさんに無償奉仕させているんですか!」

「無償奉仕って……」

 

 妄想込みの本音が駄々洩れになっているレフィーヤにベルの目が点になり、数多の冒険者と関わってきたリリルカですら予測できない反応を返されて対応に困った。

 ヘスティアファミリアがロキファミリアと関わり合いを持ってしまったのはリリルカがパーティーに参加する前。両ファミリアの関わりのお蔭でリリルカがヘスティアファミリアを知ることが出来たので、ある意味でロキファミリアは恩人に近いのだが、今は感謝している時ではない。

 相手が大派閥の眷属であることから、誤解を与えないように慎重に対応することが求められる。

 

「修行はアイズ・ヴァレンシュタイン様からの提案です。私達ヘスティアファミリアが望んだわけではありません」

「ヘスティアファミリア……? ミノタウロスの件などでロキ・ファミリア(うち)から武器を巻き上げた、あの?」

「傍から聞くとヘスティアファミリアの醜聞が悪いので止めて下さい。また(・・)侮辱されたと同じ目に合いたいのなら別ですが」

 

 相手も零細ファミリアに詫びを入れさせられたことは知っているようなので、リリルカも事を大きくしたいわけではないので高圧的にならないように注意する。

 リリルカが神経に注意を払っている間、アルスは丁度近くに樽があったので静かに破壊する。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『おしゃれガール特集』を 手に入れた!

――――――――――プリティキャップの レシピを 覚えた!

――――――――――プリティエプロンの レシピを 覚えた!

――――――――――ラブリーバンドの レシピを 覚えた!

――――――――――ラブリーエプロンの レシピを 覚えた!

 

「そんなつもりはありません。しかし、本当にアイズさんが新興ファミリアの下級冒険者に修行をつけるなんて自分から言うとは思えないです」

 

 相手の身になって考えればレフィーヤの言は正しいと、横目でアルスの所業を確認して後で怒ると決めたリリルカも認める。

 

「お疑いならば、共に行かれますか? 市壁の上でヴァレンシュタイン様が待っておられるはずですから」

 

 聊か伝聞系なのはリリルカ自身もベル達から聞いただけであり、何よりも直接アイズ・ヴァレンシュタインと接したことがない。

 初対面の仲でどんなに言葉を尽くすよりも、待ち合わせ場所にいるアイズに直接説明してもらった方が簡単に納得してくれるだろうと考えた。

 

「…………分かりました。ですが、虚偽であった場合は」

「ギルドなりガネーシャ・ファミリアなり、なんなりと為さって下さい。お待たせしているので急ぎましょう」

 

 レフィーヤの脅しを軽く受け流しながら、リリルカの先導で目的地に向かって歩き出す。

 先に進む三人の背中をレフィーヤは睨みつけながら後をついて行く。

 

「アルス、どうしよう……」

 

 背後から睨みつけるようなレフィーヤの視線の圧を感じながらベルは困ったように隣を歩く双子の弟に助けを求めた。

 

→成るようになるさ

  ベルの好みの子なんだから、いてこましたれ

 

「うぅ、頼りにならない」

 

 助けを求めておいてなんて言い草だと、アルスがもう知らんとばかりに歩く速度を上げると、「ご、ごめんて」と謝りながら後を追うベル。

 しまいには二人で駆けっこでもしそうになったのをリリルカが叱責して止めさせる。そんな三人をレフィーヤは先程までの緊張感はどこに行ったのかと、拍子抜けの気分を味わっていた。

 

「…………変な人達」

 

 面白い人達なのは間違いないと思っている間に、北西の市壁を見上げる位置に来ていた。

 ベル達はさっさと市壁の上に上がる螺旋階段に足をかけていて、おいて行かれないようにレフィーヤも足を早めて登る。

 

「おはようございます、アイズさん」

 

 先を進んでいたベルの声が聞こえ、数秒でレフィーヤも同じ視点へと登っていく。

 

「おはよう――」

 

 やがて見えてきた市壁の上には、先に来て待っていたアイズ・ヴァレンシュタインがベル達に続いて姿を見せたレフィーヤを認識して挨拶が止まった。

 

「れ、レフィーヤ!?」

 

 いるはずのない者がここにいて、人形姫などと噂されるほど無表情が多いと言われるアイズの目が見開かれる。

 

「どうして、レフィーヤがここに?」

 

 まさか他の者もここに来ているのかとレフィーヤの後ろを気にしながら聞いてきたアイズから後ろめたさを感じ取る。

 キョドキョドとしている珍しいアイズの姿に新鮮さを覚えながら、疑いは晴れたが同じ派閥同士での話し合いを優先させようと距離を取ったヘスティアファミリア達に疑って申し訳ないと目礼する。

 

「朝早くから出かけるアイズさんが気になって後を追いかけて来たんです。途中でヘスティアファミリア(彼ら)に会って、アイズさんに修行をつけてもらっていると言っていたので真偽を確かめようと」

 

 見られていたのかと動揺も露わにする、これまた珍しいアイズの姿に逆にレフィーヤは冷静になっていた。

 

「先にこちらにおられたということは、彼らの言うことは本当だったんですね。あの、このことはロキや団長達は……?」

「うっ、お願い、レフィーヤ。ロキやフィン達には黙ってて!」

「やっぱり秘密にしていたんですね……」

 

 アイズの戦闘技術はフィン・ガレス・リヴェリアが教えたもので、ロキファミリアが積み上げた財産とも言うべき経験の蓄積。それを幹部とはいえ、主神や団長の許可なく他派閥の冒険者に無断で教えるなどあってはならないこと。

 

「『遠征』が始まるまでの期限付きで戦い方を教えてるの。私は彼らの強さの秘密が知りたい」

「強さの秘密、ですか?」

 

 話が長くなりそうだからと、アルスとベルの二人がウォーミングアップ代わりに持ってきた『どうのつるぎ』で模擬戦を始めていて、徐々に速度を上げていくその動きにレフィーヤは目を見張る。

 

「…………私の記憶では、ヘスティアファミリアは出来て1ヶ月ばかりのファミリアで、彼らはミノタウロスに追い詰められた駆け出しの冒険者だったはずです」

 

 お互いの癖を知り尽くした動きとはいえ、キレや速度はミノタウロスどころか、魔導師で前衛職ではないとはいえLv.3のレフィーヤでは太刀打ち出来ないかもしれない。

 

「うん、彼らは1ヶ月でLv.2になってる」

「1ヶ月!? Lv.2!?」

 

 有り得ない、とレフィーヤは断言する。

 

「そんな馬鹿な!? アイズさんの1年が最短記録なのに、それをたった1ヶ月で!?」

 

 誰の目で見ても才能の塊であるアイズでさえランクアップするのに一年かかったというのに、1ヶ月や2カ月どころか12分の1にまで縮めるのは異常を通り越して物理的に有り得ないと断言する。

 不可能であるのならば、考えられるのは尋常ではない方法でランクアップしたと想像する。

 

「何らかの不正を」

「それはないと思う」

 

 アイズもレフィーヤと同じことを考えなかったわけではない。

 

「少ししか話してないけど、彼らはそんなことはしないと思う。第一、不正をするにしてもこんなあからさま過ぎるやり方だと疑ってほしいと言っているようなもの。普通なら疑われないように慎重を期すものだから」

「じゃ、じゃあ、ギルドに冒険者登録以前から経験値(エクセリア)を貯めこんでいたとか!」

 

 駆け出しというのは、虚偽の自己報告だった。例えば、神の力――――アルカナムを使ったり、ランクアップの所要日数を偽ったり、やろうと思えばイカサマの方法は多々ある。

 

「冒険者になる前はただの農民だったって」

 

 レフィーヤが思いついたことはアイズも既に探りを入れていた。

 

「なら、やっぱりおかしいです。アイズさんでも最初のランクアップに1年かかったのに、私達の恩恵は1ヶ月そこそこで昇華できるほど簡単なものでないからこそ、多くの人達が苦労しているんですよ!」

「うん、そうだね。だけど、彼らは現実としてランクアップしている」

 

 模擬戦に熱中している二人の動きは、アイズの目から見てもLv.2どころかLv.3の領域に足を踏み入れているほど。しかし、その動きとは裏腹に技や駆け引きが見合っていない。

 

「ステータスに振り回されてるわけじゃない。でも、動きの所々に稚拙さがある。技術が追いつくよりも早く急速に成長している証」

 

 短期間での成長を示す傍証ではあるが故に、そう至るに足る何か(・・)があるはずだとアイズは見た。

 

「1週間程度だと何も分からないかもしれないけど、何かが掴めるかもしれない。誰も失わずにすむほどの更なる強さを得る為に、私は彼らの強さの秘密を知りたい」

「アイズさん……」

 

 アイズの気持ちが分からないはずがない。つい先日の事件で、レフィーヤだってもっと力があればエリリーというドワーフが身を呈することもなかったはずだ。

 強くなりたい、力が欲しい。

 今度こそ守れるように、何も失わないように、後悔しない為に、やれることを全てやりたいと。

 

「お願い、レフィーヤ。みんなには黙っててほしい」

「…………条件があります」

 

 アイズの言うことを聞いて黙っておくことも出来る。しかし、それでレフィーヤの何が変わるのか。

 

「失いたくないのは私だって同じ気持ちです! 私にも彼らと同じように特訓をつけて下さい!」

 

 Lv.6に至ったアイズが貪欲に強くなろうとしているのに、未だLv.3のレフィーヤが足踏みをしていられるはずがなかった。

 

「いいよ、私でいいなら…………あ、彼らにも聞いてみないと」

 

 黙っていてくれるのならアイズにレフィーヤの提案を断る理由はない。そうなると修行が重なってしまうベル達に確認する必要が生まれる。

 なんかこのまま模擬戦で終わりそうな空気を醸し出している二人を観戦しているリリルカにまずは話を通すことにした。

 

「成程、そちらの方も参加したいと…………こちらからも条件をつけて構いませんか?」

 

 イマイチ止め時が見つからなくて模擬戦を惰性で続けている二人ではなく、消去法で話を聞かされたリリルカはレフィーヤが魔法種族(マジックユーザー)であるエルフであることに注目した。

 

「はい、なんでしょう」

 

 話を持ち掛けたアイズではなくレフィーヤを見ての条件付け。レフィーヤは心構えをして待った。

 

「その前に、そちらの方は魔導師とお見受けしますが間違いないですか?」

「ええ、私はこれでも『千の妖精(サウザンド・エルフ)』という二つ名を持つ魔導師です」

 

 胸をトンと叩くレフィーヤの二つ名はリリルカも耳にしたことがあるほど有名なモノ。

 彼女の二つ名の由来にもなっている、エルフの魔法に限って詠唱とその効果を完全把握していれば他者の魔法を使用できるという前代未聞のレア魔法を持つことで、オラリオで最も使える魔法が多い魔導師。

 現段階で9つの魔法を使えるようになってしまったリリルカにとって、今最も欲しい魔導師の先達。

 

「レフィーヤ・ウィリディス様にお願いがあります。リリに魔導師としての戦い方を教えて下さい!」

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮の真上に大穴に蓋をするように築かれたバベル、その最上階には絶世の女神がいた。銀髪の女神は豪奢な椅子に身を預けながら北西の市壁で行われている訓練を見下ろしている。

 ワイングラスを傾けながら口をつけるでもなく、部屋の隅で直立する猪人の男へと視線を向ける。

 

「オッタル、どうかしらあの子達は」

「どう、とは?」

 

 問われた猪人の男オッタルは簡潔に過ぎる主神の問いの具体性を求めた。

 

「器が洗練され、あの子達の輝きは日に日に色鮮やかさを増している。いっそ、不可解なほどの速さでね」

 

 神々には下界の子供達の魂が見えるという。

 今も北西の市壁で訓練を続ける兄弟の魂の輝きに魅了されながらも、予想を遥かに超える速度に女神は口を笑みの形に細めている。

 

「ギルドの情報では、剣姫と静寂の最短記録を大幅に更新したランクアップ者が二人も出たと聞いています」

「別に不正を疑っているわけじゃないのよ。あの(・・)ヘスティアの子なのだから、そういうことはしないだろうし」

 

 この前のガネーシャ・ファミリアでの神の宴で会ったヘスティアの姿を思い出す。

 天界でのヘスティアは良くも悪くも平等であり、誰も差別しないし区別もしなかった。怠け癖はあったが正義感の強い神格者であったことに疑いはない。不変である神は下界に下りても変われないのだから、眷属可愛さに不正を行う神ではないと女神も確信している。

 では、何が気になるかといえば、魂の輝きにこそあった。

 

「強くはなってる。けど、片方には輝きを邪魔する淀みがあり、もう片方には輝きが安定せず違う色に染まりかねない不安定さがあるの」

 

 より輝きを増すにはどうしたらいいか。

 

「何かが邪魔をしているのか、何かが欠けているのか…………オッタルには分からない?」

 

 問われたオッタルは一考して口を開く。

 

「因縁かと」

「因縁?」

「はい、フレイヤ様がお話してくださった、ミノタウロスとの一件が片方は本人にも与り知らない場所で棘となり苛んでいるのでしょう。もう片方には逆にその因縁がないことで、どこへ進むべきなのかと定まっていない……」

「つまりは、トラウマと目標ということね」

 

 簡潔に要約した女神は、不変たる自らとは真逆の有り様に愛おしさを感じつつも、ワイングラスの中身をゆっくりと揺らす。

 

「本当に子供達は繊細なのね。私達は執着することはあっても過去にも未来にも縛られない。下界の貴方達から見れば私達神々が能天気なだけ?」

「滅相もありません」

 

 らしい返答に退屈を覚えつつ、話を進める。

 

「因縁の解消と成立…………あの子達をより輝かせるには、どうしたらいいのかしら?」

 

 話の帰結はそこ(・・)へと行き着く。

 方策を問われたオッタルは自らの経験でその答えを知っていた。 

 

「己の手で棘の象徴を打ち破ることと、今の己の全てを賭けても届かない高みを知ることが必要かと」

「それは貴方の経験から出た言葉?」

「…………」

 

 珍しく女神の問いに答えることなくオッタルは沈黙を返した。

 

「ふふ、言いたく無いのかしら?」

「…………男は昔のことを語りたくないものです」

 

 瞼を伏せたオッタルが何を想起しているのか、ある程度の推測が浮かんでいたが敢えて女神は問わなかった。

 

「可愛い子」

 

 静かに笑みを浮かべる女神に妙案が浮かんだ。

 

「オッタル、今後のあの子達への働きかけ、貴方に任せるわ」

 

 予想外の提案にオッタルもこの時ばかりは訝し気な顔を隠そうとしなかった。

 

「どのような風の吹き回しですか?」

「だって貴方の方があの子達のことを分かってるんだもの。いっそ、嫉妬しちゃうぐらいに」

 

 だからお願いね、と美の女神らしく、接する機会の多い眷属ですら魅了せずにはいられない妖艶な声にオッタルは否とは言えなかった。

 

 

 

 

 






 ヘスティアはアイズ達との修行は一回限りで、リリルカが同行したのは今後の修行を断りに行ったと思っています。



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第29話 お前はうちの神様の胸の良さが分かっていない!

 

 

 

 

 

 夜を迎えたオラリオの街、南にある繁華街のメインストリートから少し離れた路地裏の一角にある真っ赤な蜂の看板を飾る『火鉢亭』にベル達の姿はあった。

 

「「「「「乾杯!」」」」」

 

 主神も含めたヘスティアファミリアと、ヘファイトスファミリア所属のヴェルフ・クロッゾの五人が木のジョッキをぶつけ合う。

 乾杯の音頭を立っていたヘスティアがエールを一口に呷り、口髭をつけた状態で満面の笑みを浮かべる。

 

「Lv.2へのランクアップ、おめでとうみんな! 遅れてしまったが祝させてくれ!」

「ありがとうございます、神様」

 

 笑顔で応えたベル・クラネルに続き、他の者達もそれぞれの言葉で感謝の言葉を口にする。

 本日はベル達のランクアップ祝いであり、ベル達が座っている丸テーブルには様々な料理が並べられていた。

 

「ここは僕の奢りだ。好きに飲み食いしてくれよ!」

「といっても、美味なるサボテンステーキ(クエスト)クリアのお蔭で無料なのでヘスティア様の懐は痛みませんが」

「それは言いっこなしだぜ、リリルカ君……」

「奢ると言い出すと思って、火鉢亭(ここ)を選んだリリの英断を褒めてほしいぐらいです」

 

 ヘスティアのぼやきにリリルカ・アーデがしれっと答える。

 主神の金銭感覚の奔放さを理解して、大事にならないように先回りしているリリルカの行動力にヴェルフが感心して軽く笑う。

 

「はは、うちとは真逆のファミリアだな、ヘスティアファミリアは」

「ヘファイトス様のところとは違うの?」

 

 他所のファミリアの内情を知る機会が殆どないので、興味を引かれたベルが訊ねる。

 

「団長の椿があんな(・・・)だからな。金関係のことはヘファイトス様がやってる」

「ああ、そういう意味での真逆か」

「人のことを言えないが、鍛冶師っていう奴らは鍛冶のこととなると金遣いが荒くなっちまう。金関係を纏めてくれる人がいるのは有難いことさ」

 

 てつ装備からはがね装備に切り替える際、不足分の素材を自腹で賄って数年分の貯蓄を散財したヴェルフは自分のジョッキを一気に傾けて中身を飲み干す。

 

「だけど、別ファミリアなのに俺まで祝ってもらってよかったのか?」

 

 空になったジョッキを近くの給仕の女性に渡しながら新たな注文を入れて、ファミリアの祝いの場に外様の自分がいていいのかと思わずにはいられない。

 ヴェルフの疑問を、物凄い勢いで食べ進めているアルスにもっと味わって食べるように注意していたヘスティアが聞き取った。

 

「なにを言ってるんだ、鍛冶師君。君は僕のファミリアとパーティーを組んでいるんだ。ヘファイトスの眷属()なら僕が祝わない理由はない。仲間外れは良くないぜ!」

「ヘスティア様、ありがとうございます」

 

 愉快神が多い中でも間違いなく善神に位置するヘスティアの心遣いを感じとり、ヴェルフも深く感謝を伝える。

 

「しかし、リリ助もランクアップしてたとは驚いたな」

 

 気づかなかった、と続けたヴェルフにリリルカが頭を下げる。

 

「伝えるのが遅れてすみませんでした」

「リリルカ君は悪くない。全ては僕の不手際にある」

 

 申し訳なさそうにするリリルカを庇うようにヘスティアが手を差し出す。

 実際にはベル達に数日遅れてのランクアップが判明した際に、どうせならリリルカも同様にランクアップしたことにしてしまえと考え、面倒事は一纏めにしてしまえと暴挙に出たヘスティアなので、悪いのが誰かと言えばヘスティアで間違いない。

 

「魔法が目覚めたことに目を奪われて、ランクアップしたことを伝え忘れたんだ」

 

 ベル達と考えに考え末での言い訳ではあるが、ある種の説得力があったのでヴェルフも素直に受け入れる。

 

「複数の魔法が出現したのだから仕方ないですよ。良かったな、リリ助」

「…………はい。ありがとうございます、ヴェルフ様」

 

 純粋に喜んでくれている仲間(ヴェルフ)に嘘をつく罪悪感を抱くリリルカと同じ気持ちのベルは、こういう時の頼み綱とアルスを見る。

 

「ほら、アルスも何か言ってあげて」

 

→このサボテンステーキ、美味ぇ

 みんなランクアップして良かった良かった

 

 一人でガツガツと食べているアルスの話題転換にリリルカとベルも乗ることにした。

 

「確かに改良したって言うだけあって美味しいですね」

「僕は以前のを知らないから、単純な比較は出来ないけど確かに美味しい」

 

 改良提供第一号選ばれて早速食べてみれば、アルスが称賛するだけあって美味だった。

 

「うん、サボテンを使ったステーキなんてどうなんだって思ったけど、下界の子の考えることは本当に凄い」

 

 そもそもモンスターを素材に料理をという時点でヘスティアは敬遠していたが、神の想像を超えた料理を作る店主に唸らざるをえない。

 

「だろ。前も美味かったが確実に味を上げてやがる。大したもんだよ」

 

 火鉢亭は一部の冒険者や鍛冶師に人気のある店で、面子の中で唯一以前のサボテンステーキを知るヴェルフも感心していた。

 折角の料理を楽しまなければ損と、一通り食を進める。

 

「今日は随分と装備が汚れていたようだけど、そんなに苦戦したのかい?」

 

 当初の予定とは違い、出かける前にベル達が帰ってきたことで行き違いにならなかったが、一度ダンジョンからホームに帰ってきて南のメインストリートで合流する必要があるほど装備が泥で汚れていた。

 

「苦戦、というほどのことは無かったと思いますよ。ねえ、リリ」

「ええ、装備が汚れていたのは11階層が湿原エリアだったからです。湿った草原の上で戦闘をするので、どうしても泥が跳ねてしまうのです」

「鍛冶師泣かせの階層だぜ、まったく。整備が必要なら言えよ、お前ら」

「今のところは大丈夫だと思う。アルスは?」

 

→てっかめん!

俺も大丈夫

 

 頭部に被る装備の『てっかめん』をアルスがいきなり被った。

 

「食事中に整備前のドロップアイテムを被るのは止めなよ」

「ヴェルフ様、預かっておいてくれますか?」

「ああ、分かった」

 

 ベルの注意に渋々『てっかめん』を外し、リリルカが再度被らないようにアルスの手から預かり、そのままヴェルフに手渡す。

 11階層に出現するモンスター『あおばち騎兵』を倒した時に得られたドロップアイテム『てっかめん』は、モンスターが使っていた物をそのままでは使えないので整備する必要がある。初めて整備する『てっかめん』にどのような手順で行うかとヴェルフは思案しながら、忘れて帰られないようにテーブルの上端に置きながら戦闘のことを思い出す。

 

「しかし、リリ助もそうだがベルもアルスも急に動きが良くなったよな」

「え、そう?」

「ベルは周りの動きや状態を見てから動く癖があったのに思い切りが良くなったし、逆にアルスは周りを確認するようになった」

 

 他にも動きの一つ一つを取っても以前とは変わってきていると、大型の盾を持っているから魔導師となったリリルカの防衛の為に後衛にいることが多いヴェルフだからこそ見えてくるものがある。

 

「なによりもリリ助が魔導師らしくなったのが大きいな。ここ数日ダンジョンに潜らなかったが、何か特別な訓練でも積んだのか?」

 

 リリルカは魔導師になってもサポーター歴が長すぎて、らしさが無かったが今日のダンジョンでは前衛の動きを見ながら正しく魔導師としての動きをしていた。ヘスティアに苦戦らしい苦戦をしなかったと伝えられるのも、ベル達の動き以上にリリルカの立ち回りが劇的に向上したことが大きかった。

 

「上級冒険者の方から薫陶を受ける機会を頂きまして。ヴェルフ様の目から見ても成果に繋がっているのならば効果があったというわけですね」

 

 リリルカは褒められてテーブルの下で密かに拳を握りしめつつも、顔は平静を装って立ち回りが良くなった理由を明かす。

 

「ほう、上級冒険者の」

「相手の方に迷惑がかかるので詳しくはお教え出来ませんよ」

「なんならヴェルフも参加する?」

「…………いや、止めておく」

 

 ベルの提案に数秒だけ思案したヴェルフは首を横に振る。

 

「その上級冒険者は別のファミリアの奴なんだろ? ヘスティアファミリアじゃない俺が参加するのは望まれてないだろうしな」

「そんなことないと思うけど」

「普通なら別ファミリアの奴が指導してくれるなんてことはないんだ。ベル達の糧になることを俺が邪魔するわけにいかない。気持ちだけ受け取っておくよ」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインはともかくとしてレフィーヤ・ウィリディスはヴェルフの参加を歓迎しないことは、一時的な師弟となっているリリルカでも簡単に想像できた。

 まだ引き入れたそうなベルを見たリリルカは、食事に夢中になっているヘスティアにアイコンタクトで話題転換を求める。

 

「なんにしろ、順調に到達階層が伸びているようで、僕も安心だよ。ほら、食事の手が止まってるよ! もっと食べて食べて」

 

 リリルカの意図に気づいたヘスティアは、この話はここまでだと食事を勧める。

 

「だから、ヘスティア様の奢りではないというのに」

「まあ、いいじゃねぇか。それ、リリ助。もっと食って大きくなれよ」

 

 他派閥のことにあまり首を突っ込みすぎるな、とヘファイトスから忠告を受けているヴェルフもこれ幸いと話に乗る。

 

「リリは小人族(パルゥム)なのでこれ以上は大して大きくなれません」

「何言ってんだ、胸の話だぞ」

「セクハラです、ヴェルフ様」

 

 ヴェルフの下世話な冗談に、リリルカは小さく溜息をついてギンと睨みつける。

 

「おっと、これは一本取られたぞ」

 

→そうだぞ、リリ。大は小を兼ねるんだ

  え、ヴェルフの股の棒が取られたって?

 

「セクハラだと言いましたよ、アルス様」

 

 ヴェルフとアルスは二人でごめんなさいと頭を下げる。

 

「そうだよ、二人とも。ちゃんとベル君の紳士ぶりを見習いたまえ」

「ベルが紳士ねぇ……」

 

→ベルはむっつりなだけ。田舎の自分の部屋のベッド下にムフフ本を隠していた

  ベルの好みが金髪年上エルフで、二人が趣味範囲外なだけだって

 

「なななななななな何を言っているのかなアルスは!? そんな出鱈目を――」

「そこのところ詳しく」

「神様ぁっ!?」

 

 慌てるベルを近づけんと目を漆黒に輝かせたヘスティアが阻む。

 力尽くで無理をしたら見た目通りの体でしかないヘスティアを怪我させてしまうのでベルは拘束を抜け出せない。

 

「ベルも男だよなぁ。で、本当なのか?」

 

 ヴェルフの問いに、リリルカも耳をダンボにして聞いているのでアルスはどう答えるべきかと考える。

 

→嘘ぴょーん!

 金髪年上エルフのページに折り目がついていた

 

「はは、だってさ。良かったな、リリ助」

「ベル様のあの慌てよう、本当に嘘なのでしょうか……」

 

 ここはベルの名誉を守ってあげたアルスに、ヴェルフは直感的に真実を悟りつつ、ようやくやってきた追加で頼んだこの店のもう一つの名物である紅玉を煮詰めたかのような真っ赤な蜂蜜酒を口に運ぶ。

 

「主神と仲が良いってのは良いファミリアの証拠だ。お互いの相性が良いんだろうが、ベル達の躍進ぶりは毎回ダンジョンに入る度に驚くが、まさかもうLv.3にランクアップしたなんてことはないよな?」

「ええ、大丈夫です。まだ(・・)Lv.3になってはいません」

 

 そう、まだ成ってはいない。今日のダンジョンでの分もまだステータス更新をしていないが、アルスの現在のレベルを考えれば近い内にLv.3へのランクアップに至る可能性が高い。

 まだランクアップ申請したところなのに、もう次のランクアップが間近となっている現状を純粋喜んでいるベル達と違ってヘスティアだけがリリルカの胃痛を分かってくれる存在だった。

 

「――――何がLv.3だよ。駆け出し冒険差(ルーキー)は嘘もインチキもやりたい放題で良い御身分だなぁ! インチキもほどほどにしておけよ!」

 

 間近に聞こえた大声に目を向ければ、通路を隔てた向かいのテーブルに座っている冒険者集団の一人の小人族(パルゥム)がジョッキを片手にニヤニヤと笑っている。

 アルス達が目を向ければ、前髪は斜め気味に切り揃えてやや外はねしたおかっぱ風の髪型、黒を基調としたファミリアの制服に身を包み、左胸には金の弓矢に輝く太陽を刻んだ徽章が張り付けられている。

 

「あの『剣姫』を大幅に上回る世界最速兎(レコードホルダー)を詐称するなんざ、オイラには怖すぎて真似できねぇな!」

 

 子供のものと変わらないキンキンと甲高い声が店内に響き渡り、店中の注目が集まる中で小人族(パルゥム)のルアン・エスペルは調子に乗ったように続ける。

 

「嘘つき『兎』を野放しにする主神も、きっとデカい胸だけが取り柄の威厳も尊厳もない落ちこぼれなんだろうな!」

 

 ガン、と店中に響き渡るほどの大きな音を立ててアルスが机を叩きながら立ち上がった。

 これはマズいとヘスティアがアルスの服の袖を掴む。

 

「あ、アルス君。落ち着きなよ、僕は気になんてしてないから……」

「アルス」

 

 ジョッキを傾けてジュースを飲み込んだベルがアルスに声をかけてくれたので助勢してくれるかとヘスティアは思った。

 

「やっちゃえ」

 

 目が据わったベルのGOサインに、一瞬の内でヘスティアの手から逃れたアルスがルアンの前に無言のまま移動する。

 目の前に立つアルスの無表情にルアンは口を引き攣らせ、及び腰になりながらも指を突きつける。

 

「な、なんだよ。図星をつかれたからってムキになるなんて、実はお前もそう思ってるんだろ!」

 

→ふっ、ちっちぇ男だ

 お前はうちの神様の胸の良さが分かっていない!

 

「何言ってやがる! オイラが小さいのは小人族(パルゥム)だから――」

 

 体の小ささを嘲笑されたと感じたルアンが言い返している途中でアルスの右手が神速で動いて掴んだ――――ルアンの股間を!

 

「はわっ!?」

 

 膝を曲げながら股間を文字通りギュッと物理的に掴まれたルアンの口から素っ頓狂な声が漏れる。

 

→器のちっちぇ男は、ナニもちっちぇな

 あら、可愛いボクちゃんですねぇ!

 

「て、テメェ離しやがれ! ぐっ、動かねぇ……なんて力をしてやがるっ!」

 

 種族が違おうとも男として大事な部分は変わらない。象徴を貶されたルアンは顔を真っ赤にしてアルスの手を振りほどこうとするが、Lv.3間近のアルスの『ちから』とLv.1のルアンの『力』では後者が敵うはずもない。

 

「ルアン、なにをやっているのだ」

「助けてくれ、リッソス!」

 

 金髪エルフが予想外の展開に流石に看過出来ぬと口を挟めば、当然ながら力尽くではどうにも出来ないルアンが助けを求めた。

 アルスがリッソスと呼ばれたリッソスを見て、ふっと失笑する。

 

→男に興味はない。金髪巨乳エルフになってから出直して来い

 ナニのちっせえ奴の仲間もナニがちっせえんだろうな

 

 エルフは基本的に誇り高い。嘲笑ったアルスに内容が内容なだけにリッソスが激昂するのも早かった。

 

「私を愚弄するか!」

 

 飛び掛かって来られるのを予測していたアルスは玉を掴んだルアンごとリッソスの拳を避ける。

 

「のわぁっ!?」

「ぐわっ!?」

 

 玉を引っ張られて無理やり動かされたルアンの素っ頓狂な声を聞きながら、進行方向にルアンの足を置いておいてリッソスを引っかけて倒す。

 リッソスが倒れ込んだのはヴェルフの近くだった。

 

「おっと、手が滑った」

 

 近くに倒れたリッソスの顔に向かって、ヴェルフは持っていたジョッキを傾けて中身をぶちまける。

 一口二口しか口をつけていなかった蜂蜜酒を顔面にかけられたリッソスがぶち切れていると分かる表情でゆっくりと立ち上がる。

 

「き、きさま……」

「他所の主神を貶すなんざ、テメェの主神の品度が知れるぜ?」

 

 ヴェルフの嘲りが、ルアンやリッソスの醜態を笑っていた他の仲間たちの堪忍袋の緒が切れさした。

 六人で座っていたテーブルでルアンとリッソスを除いた四人の内、三人が敵意を宿した目で立ち上がってヴェルフを睨みつける。

 

「我らが神を侮辱するか!」

「先にしてきたのはあなた達でしょう!」

「構わねぇ、やっちまえ!」

 

 ベルが言い返したことで、ライオン系の獣人の言葉が合図だったように二つの集団はぶつかった。

 響き渡る皿が割れる音と給仕の悲鳴が響き、狭い酒場の中で大乱闘が始まった。

 

「ぬわっ!? へにょぉっ!? へなぁっ!?」

 

 尚、ルアンはアルスに股間を掴まれたまま振り回されていた。

 

「ああもうっ、これだから冒険者は」

「あわわわわ、とんだ一大事に……!?」

 

 リリルカが頭が痛いとばかりに手で押さえ、喧嘩に発展してしまった状況にヘスティアはオロオロとする。

 

「やっ!」 

「おらぁっ!」

 

 ルアンの玉を掴んだままのアルスは避けるだけだったが、戦況はベル達の圧倒的有利だった。

 特に抜き出た動きを見せたベルが二人を瞬く間に叩きのめし、ヴェルフが獣人を蹴飛ばしたところで席から動かずに残っていた最後の一人が立ち上がる。

 敵の仲間なのでベルは意識の端で注意を向けていたはずなのに、一瞬でヴェルフの下へ移動した。

 

「うおっ!?」

「ヴェルフ!?」

 

 拳の一撃で壁へと叩きつけられるヴェルフに、ベルが一瞬気を取られている間に男はベルの懐へと飛び込んでいた。

 

「ぐっ!?」

 

 左頬に衝撃と痛みが走って床に転がって初めて、ベルは男に殴られたのだと気が付いた。

 

「どうした? まだ、撫でただけだぞ」

 

 床に転がったベルを男はつまらなそうに見下ろす。

 

「あいつ、ヒュアキントスだ」

「『太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)』……」

「Lv.3の第二級冒険者様かよ」

 

 男――――ヒュアキントス・クリオを見て、ようやくアルスは掴んだままのルアンの玉を手放した。ルアンはあまりにも玉を引っ張られ過ぎて既に気絶しており、そのまま床に崩れ落ちる。

 ルアンを見ることなく、アルスは右手を軽く上げる。

 

→嫌な物を掴んでしまった。手を洗いたい

  やるな、お前。一丁、やってみるか?

 

「今、言うことですかそれ!?」

 

 思わずツッコミを入れたリリルカだったが、ヒュアキントスがベルから視線を外してこちらへ向かってきたのでアルスの背中にサッと隠れる。

 ヒュアキントスはアルスではなく、その横に立っていたヘスティアの前へ移動して片膝をついて頭を下げる。

 

「――――うちの冒険者が暴言を吐き、誠に申し訳ありません。お許し頂きたい」

 

 紳士的な対応を取ったヒュアキントスに、ヘスティアはベルとヴェルフに目を移して大した怪我を負っていないことを確認する。相手方もルアンの除いて直ぐに起き上がっているのを見て頷く。

 

「あ、ああ、喧嘩両成敗だ。僕も気にしない。遺恨はお互いに水に流そう」

「寛大なご配慮、感謝します…………それではまた近い内に。起きろ、行くぞ」

 

 立ち上がったヒュアキントスは給仕に店の修理代を支払い、気絶しているルアンは獣人が荷物のように抱えていて六人で出て行った。

 その姿が店外に出て見えなくなるまで目で追ったヘスティアは、ヒュアキントスの言い様に引っ掛かりを覚えた。

 

「近い内にって、どういうことだい?」

 

 胸がざわめく不快な予感にヘスティアは体をブルりと震わせた、

 その後ろで壊れたテーブルの影に隠れていた紙を見つけたアルスはサッと懐に隠した。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『大盗賊衣装のレシピ』を 手に入れた!

――――――――――大盗賊のターバンの レシピを 覚えた!

――――――――――大盗賊のマントの レシピを 覚えた!

 

 

 

 

 

 





 原作三巻と原作六巻が同時並行して進行中……。
 ちなみに11階層はダーハラ湿原です。



――――――――――アルスは、レベル19に あがった!
――――――――――アルスは ベギラマの呪文を覚えた!

――――――――――ベルは、レベル18に あがった!

――――――――――リリルカは、レベル14に あがった!
――――――――――リリルカは、レベル15に あがった!
――――――――――リリルカは、マヌーハを覚えた!



【アルス・クラネル Lv.2(レベル18→19)
 HP:125(+15)→133(+25)
 MP;63→67
 ちから:49(+4)→51(+6)
 みのまもり:21→22
 すばやさ:57→60
 きようさ:34→36
 こうげき魔力:53→56
 かいふく魔力:54→57
 みりょく:41→43
《魔法》
 【メラ】     ・火炎系魔法(小)
 【ホイミ】      ・治癒系魔法(小)
 【ベホイミ】    ・治癒系魔法(中)
 【ギラ】      ・閃光系魔法(小)
 【ベギラマ】   ・閃光系魔法(中)
 【イオ】      ・爆発系魔法(小)
 【ラリホー】   ・催眠系魔法(個)
《技能》
 【かえん斬り】  ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ぶんまわし】  ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能
 【渾身斬り】   ・敵一体に大ダメージ
 【全身全霊斬り】 ・敵一体に特大ダメージ
 【フリーズブレード】・氷の力で敵1グループに攻撃
 【ミラクルソード】 ・敵1体にダメージ後、自身を回復
 【覇王斬】     ・敵全体に魔力で形成した巨大剣による無属性攻撃
《スキル》
 【二刀の心得】   ・左手にも武器を装備できる
 【メタル斬り】   ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】  ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:2644》】

【そうび
 みぎて  『ウダイオスの黒剣』
ひだりて  『ゴールドトレイ+2』
 あたま  『てっかめん』
 からだ  『くさりかたびら』『聖騎士のよろい』
アクセ1  『きんのブレスレット+1』
アクセ2   『ちからのゆびわ+3』         】



【ベル・クラネル Lv.2(レベル17→18)
 HP:125→133
 MP;48→50
 ちから:44→47
 みのまもり:18→19
 すばやさ:69→72
 きようさ:59→62
 こうげき魔力:56→59
 かいふく魔力:0
 みりょく:62→66
《魔法》
 【ジバリア】     ・地雷系魔法(小)
 【ザメハ】      ・覚醒魔法
 【インパス】     ・鑑定魔法
《技能》
 【スリープダガー】  ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる
 【ヴァイパーファング】・敵1体に攻撃、たまに猛毒にする
 【かえん斬り】    ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ミラクルソード】  ・敵1体にダメージ後、自身を回復
 【デュアルカッター】 ・敵全体に攻撃時1.2倍のダメージを二回与える
《スキル》

 【スライムブロウ】  ・スライム種に対して投擲武器効果強化
 【メタルウィング】  ・メタル種に対して投擲武器効果強化
 【ヒュプノスハント】 ・眠りや混乱の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【タナトスハント】  ・毒や麻痺の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【パワフルスロー】  ・投擲武器を投擲時、全体に等しくダメージ
 【メタル斬り】    ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】   ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:1066》 】

【そうび
 みぎて  『てつのつるぎ+2』
      『せいなるナイフ』
ひだりて  『やいばのブーメラン』
 あたま  『毛皮のフード+2』
 からだ  『くさりかたびら』『てつのむねあて』『毛皮のポンチョ+1』
アクセ1  『ぬすっとのグローブ』
アクセ2   『すばやさのゆびわ+1』         】



【リリルカ・アーデ Lv.2(レベル13→15)
 HP:59→69
 MP;62→72
 ちから:22→26
 みのまもり:10→12
 すばやさ:41→46
 きようさ:39→44
 こうげき魔力:68→78
 かいふく魔力:0
 みりょく:38→43
《魔法》
 【シンダーエラ】 ・変身魔法
 【メラ】     ・火炎系魔法(小)
 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)
 【ヒャド】   ・冷気系魔法(小)
 【ルカニ】    ・敵守備力低下魔法(個)
 【ボミエ】    ・敵速度低下魔法(個)
 【マジックバリア】・呪文防御魔法
 【イオ】     ・爆発系魔法(小)
 【マホトーン】  ・敵魔法封印魔法(集団)
 【マヌーハ】   ・幻惑解除魔法(個)
《技能》
 【魔封じの杖】  ・敵1体の呪文を高い確率で封じる杖の秘術
 【しゅくふくの杖】・仲間1人のHPを小回復する
 【暴走魔法陣】  ・仲間の呪文が暴走しやすくなる
 【魔結界】    ・魔法の結界を張り敵の攻撃呪文を防御する
《スキル》
 【縁下力持(アーテル・アシスト)】   ・一定以上の装備過重時における補正
 【悪魔ばらい】   ・悪魔系に対しての打撃力強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:195》 】

【そうび
 みぎて  『まどうしの杖』
ひだりて  『』
 あたま   『プリティキャップ』
 からだ   『まじょの服』
アクセ1   『まじょのてぶくろ+3』
アクセ2   『いのりのゆびわ+2』         】



 原作ではベート・ローガが店にいますが、本作ではまだ遠征前の為、どこかで自主練をしているので店にはいません。




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第30話 アルスは イオを となえた!

 

 

 11階層から階段を下りきると、進路の光景に変化が訪れる。

 薄緑色の壁面が、燐光を灯す天井が、足元の地面が、でこぼことした表面を作っている。前進するにつれて規則正しい迷路の形が失われていき、まるで洞くつの中に迷い込んだような錯覚を受ける。

 

「ようやく湿原エリアを抜けたか」

 

 駆け足で12階層にまで辿り着いた為、泥だらけになった足元を見下ろしたヴェルフ・クロッゾが嘆息する。

 

「ここからは12階層、霊水の洞くつと呼ばれているんだっけ?」 

「はい、ご覧の通り綺麗な水が流れている階層なのと、まるで洞窟のような作りからそう呼ばれています」

 

 11階層の湿原と同じように12階層にも水はあるが十分に避けて通れる規模しかない。

 先頭でベル・クラネルがモンスターの警戒をして、中衛にリリルカ・アーデ、その斜め前にアルス・クラネル、最後尾に重装備のヴェルフが背後を気にしながら続く。

 

「12階層に来れたので、改めて冒険者依頼(クエスト)の内容の復唱しておきます。まず一つ目(・・・・・)は、ミアハ・ファミリアのナァーザ様より頂いた冒険者依頼(クエスト)です」

 

 冒険者依頼(クエスト)とは簡単に言ってしまえば冒険者に対する依頼の総称で、内容とはずばり依頼人と呼ばれる者達が抱える様々な問題を報酬と引き換えに冒険者に解決してもらうこと。

 今回の例に当てはめるならば、依頼人がナァーザ・エリスイスで、冒険者側はベル達になる。

 

「ナァーザって、あの犬人(シアンスロープ)の姉ちゃんだったか」

 

 冒険者依頼(クエスト)を受注時にはいなかったヴェルフは一度だけ会ったことがあるナァーザのことを思い出す。

 

「ナンパなどしないで下さいよ、ヴェルフ様」

「しねぇよ」

 

 そこまで軟派なつもりはないヴェルフはリリルカの釘差しを、心外だと雄弁に表情で語りながら否定する。

 

「コホン、依頼内容は『この階層の深部にある清き泉と呼ばれる場所の湧き水を汲んでくること』です」

 

 流石に邪推が過ぎたと自覚したリリルカはバツが悪そうに続けたので、仲間としてベルも話を合わせることにした。

 

「『さえずりのみつ』って言うアイテムを作るのに必要なんだよね」

「はい、元はエルフに伝わっていた、喉を痛めた吟遊詩人がこれを飲むとたちまち美しい声を取り戻したとされる薬をナァーザ様がアレンジしたものと聞いています」

 

 エルフは魔法に優れた適性を持つ種族と知られているが、長命種として古来から多くの物を現代にまで伝えてきている。今回、ナァーザが作る『さえずりのみつ』も原型はエルフが伝えたモノだとリリルカは聞いていた。

 

「湧き水と薬を調合して『さえずりのみつ』を作るのはナァーザ様が行うので、私達が行うのは湧き水を汲んで帰るところまでです」

 

 冒険者依頼(クエスト)としては至極単純な内容に、依頼内容までは詳しく聞いていなかったヴェルフは拍子抜けしていた。

 

「結構簡単だな。報酬はポーションの割引だったか?」

「ミアハ・ファミリアで購入する商品を割引して購入させて頂いているので、その割引を継続する為に定期的にクエストを熟す契約になっているので、今回のクエストだけの報酬は正確にはありません」

「報酬なしなんて、よくそんな冒険者依頼(クエスト)受けたな。ギルドを通してないんだろ?」

 

 いくら派閥繋がりで懇意にしているとはいえ、 冒険者依頼(クエスト)の多くがギルドを介しているので下級冒険者がギルドを介さずに受注するのはかなり珍しい。

 

「神様とミアハ様の仲が良いから贔屓にさせてもらってるんだ」

 

 ヘスティアファミリアとミアハファミリアは主神同士の仲が良く、その関係でベル達もナァーザからポーション類を買うことが多い。

 

「一時期はナァーザ様に体良く利用されていましたけどね」

「そうなのか?」

 

 親愛を感じさせたベルの語り口とは真反対のリリルカの言葉に、驚いたヴェルフがベルに確認する。

 

「うん、まあ……昔の話だよ」

 

 リリルカの言うことも嘘ではないので、ベルは言い方に困りながら過去のことだと誤魔化す。

 

「発覚したのは、リリがヘスティアファミリアに入ってソーマファミリアの問題が片付いた翌日のことなので、まだ一週間も経っていないですね」

「思いっきり最近の話じゃねぇか!?」

 

 ベルが昔だと言うから最低でも一ヶ月以上は過去のことだと思ったら、最近も最近な話だったので叫んでしまった。

 

「い、今は違うんだよ! 」

「前はナァーザ様に無理矢理に品々を買わされていたのです。しかも、買わされたポーションにしても、溶液を薄めて効能は半分以下しかなかった物を定価や割引だと偽ってベル様達に売っていました」

「…………そこまで分かっているのに、冒険者依頼(クエスト)を受けたのか?」

「この問題は解決済みで、遺恨はもうありませんから」

 

 ソーマファミリアの問題が解決し、心機一転してヘスティアファミリアの副団長の仕事を開始したリリルカが真っ先にしたのが、ミアハ・ファミリアから購入し過ぎている商品について新規購入の停止だった。

 ヘスティアファミリアはアルスに治癒魔法(ホイミ)があるから、あまりポーションを使わない。在庫が溜まり過ぎていたので、その整理をしていた際に質が悪いポーションが幾つもあることが分かり、ベルから購入時の割り引きの話を聞いたリリルカがナァーザを糾弾。

 そこでナァーザがそうした理由(ディアンケヒトへの借金)を聞いて、既に救われたリリルカは彼女をそれ以上糾弾できなかった。

 ナァーザが不正を働いてまで金銭を稼ぎたかった気持ちが理解できたので、新商品である二属性回復薬(デュアルポーション)の開発に協力し、今後の関係を続くことで両者は合意した。

 

「詫びとして頂いた二属性回復薬(デュアルポーション)と、今後購入する品々を一定期間ごとに発注する冒険者依頼(クエスト)を熟すこと約束して関係は修復されています」

「外様の俺が言えた台詞じゃないが、本当にそれで良かったのか?」

 

 一方的に利用されたのに、今も関係を続けることはヴェルフには出来ない。

 今もある意味で体良く利用されているのではないかと懸念が沸き上がり、弟分達(ベル達)のことが心配になってしまう。

 

「これでいいんだよ。もっと先を見ればポーションに頼ることは増えていくだろうし、二属性回復薬(デュアルポーション)の効果は大きい。長期的に見れば十分に採算は取れるよ」

「という、団長の判断ですのでリリも大人しく従っているです」

 

 ベルが過去の遺恨を水に流しているのであればリリルカが拘る理由もなく、彼らが気にしないのであれば外様のヴェルフが気にするのも変な話なので、この件に関しては口にしないことを決める。

 

「今回は冒険のついでに 冒険者依頼(クエスト)も熟せるので、敢えてナァーザ様から依頼を断る理由もなかったのが大きいですが」

 

 一度騙していた引け目もあるのか、ついでで冒険者依頼(クエスト)を熟せるようにナァーザもその辺りを考えて依頼を出していることは想像に固くない。お人好しのベルだけでなく、リリルカも断りにくい冒険者依頼(クエスト)だった。

 

「もう一つの冒険者依頼(クエスト)がその理由か」

大賭博場区域(カジノ・エリア)に観光に訪れた、どこかの国の侯爵からの依頼です。こちらはギルドを介した正式な冒険者依頼(クエスト)になります」

 

 国の名前は聞いたが聞き覚えのない名称だったので直ぐに忘れてしまった。

 

「内容は侯爵夫人が欲しがっている『ももいろサンゴ』を至急手に入れてほしいというものです」

 

 侯爵はいつも仕事で忙しくしていたので、迷惑をかけている妻の為に久しぶりに休みを取ってオラリオの大賭博場区域(カジノ・エリア)に来たのだが、帰る直前になって『ももいろサンゴ』がどうしても欲しいと突然言い出した。

 仕事があるので国に帰らないといけないのに、帰る日の朝になって突然言い出した侯爵夫人の無茶な我儘を侯爵は何時も迷惑をかけている分、妻の為に出来るだけのことはしようとギルドに依頼を出したのだ。

 

「『ももいろサンゴ』は主に中層に出現するシーゴーレムから取れるドロップアイテムですが、12階層の清き泉の前に守護者のように立ち塞がっている個体が確認されています」

 

 依頼期限は侯爵がオラリオを発たないといけない今日の夕方まで。

 期限が短すぎる割に報酬が低く、その割には労力と速度を優先させる依頼にギルド職員達は困っていた。

 

「清き泉は食糧庫(パントリー)の近くにあるので、モンスターとの遭遇率が高くなり訪れる者が少ないので、対象モンスターはまだいるはずです。中層目前の階層なのと、夕方までの時間制限つきなので避けられることが多い依頼だったようです」

 

 冒険前にナァーザから個人的に冒険者依頼(クエスト)を請け負ったことを報告しにギルドを訪れたベル達にエイナ・チュールは助けを求めた。

 

「ナァーザさんの冒険者依頼(クエスト)をクリアするには、どっちにしてもシーゴーレムを倒す必要があったし、エイナさんも困ってたからどうせなら受けてみようと思って」

「と、受けてしまったものは仕方ないので、一挙両得を狙っていきましょう」

 

 事前に12階層の攻略をエイナ・チュールに伝えていたので、ベル達ならば至急を要する依頼を熟せる実力と信頼を見込んで依頼してきたのだ。ベルはエイナの期待に応えたい。

 

「ところで、この冒険者依頼(クエスト)の報酬は何なんだ?」

「…………獣のムチのレシピです」

「は?」

「仰りたいことは分かっています。ですが、アルス様が受けると言ってしまったのです」

 

 ブイ、と二本指を立てるアルス。

 

「ああ、アルスだな」

「ええ、アルス様です」

「ごめんね、こんなアルスで」

 

 アルスが貰える物ならば何でも貰う主義であることを三人は良く知っていた。

 

「『うまのふん』までどこからか貰ってくるんだから困ったものだよ」

「意外に『デメテル・ファミリア』で重宝してくれるので馬鹿に出来ないのが困りものです」

「どんな物でも使い道はあるもんだなぁ」

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 スライムにくらげのような足がついたホイミスライムの色違いのしびれくらげが三体に、物凄く大きな毒蛙のポイズントードが二体。

 

「アルス様、続いてください! イオ!」

 

――――――――――リリルカは イオを となえた!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

 

「イオ」

 

――――――――――アルスは イオを となえた!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 440ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――ポイズントードは ガマのあぶらを 落としていった!

 

「う~ん、瞬殺!」

「僕達の出番が……」

 

 何かする前にリリルカとアルスの爆発魔法(イオ)であっという間に戦闘が終了してしまい、ヴェルフが振り上げた『はがねの斧』を振り回し、ベルは取り外した『やいばのブーメラン』を元に戻す。

 

「しびれくらげとポイズントードはその名の通り、麻痺と毒を使います。『まんげつ草』と『どくけし草』を使わないですむなら、それに越したことはありません」

 

 負けはしなくても、モンスターの方がこちらよりも多かったので状態異常になれば相応の消耗を強いられかねない。MPの消耗はあれど、最速最善の行動だったとリリルカは自負している。

 

――――――――――マタンゴたちは こちらが みがまえるまえに おそいかかってきた!

――――――――――マタンゴAは あまい いきを はいた!

 

 振り返ったところで迫りくるマタンゴが放った【甘い息】に、アルスは射程外にも関わらず抜き放ったウダイオスの黒剣の柄を半回転させる。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、剣を ぶんまわした!

――――――――――ミス! マタンゴたちは ダメージを 受けない!

 

 射程外の状態で攻撃したところで攻撃は届いていない。アルスの目的は別にあった。

 

――――――――――アルスたちは ねむらなかった!

 

 ウダイオスの黒剣の刀身を寝かせず、幅広部分で大きく空気抵抗を受けながら振り回したことで生まれた突風が大半の【甘い息】を押し返した。

 【甘い息】を発したマタンゴには当然ながら自らの技に耐性があり、眠ることはなかったが突風に耐えていて次の攻撃への優先権を失った。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは、デュアルカッターを はなった!

――――――――――マタンゴたちに ダメージ!

 

 短い手足と強烈な顔を持ち、紫色の傘に黄緑色の体といった色合いが毒々しいマタンゴはベルの『デュアルカッター』で大きなダメージを負った。

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフの こうげき!

――――――――――マタンゴAに ダメージ!

――――――――――マタンゴAを たおした!

 

「えいっ!」

 

――――――――――リリルカの こうげき!

――――――――――マタンゴBに ダメージ!

――――――――――マタンゴBを たおした!

――――――――――マタンゴたちを やっつけた!

――――――――――アルスたちは154ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――マタンゴたちは 魔石を 落としていった!

――――――――――マタンゴは うるわしのキノコを 落としていった!

 

「油断大敵だったな。アルスの機転で助かった」

「アルス様も良く反応出来ましたね」

「流石はアルスだよ。って、そのキノコも回収するの?」

 

 魔石を手早く回収した中で、マタンゴが落としていったドロップアイテムである紫色をしたどこか卑猥な感じがするキノコにベルが眉を顰める。

 

「これでも殆ど市場に出回らないレアドロップアイテムの一つなんですよ」

 

 特定装備に必要な素材ではあるが、必要になる装備がそれほど多くないこともあってあまり市場に出回らない。

 

「そうそう、これで素材が揃ったからリリ助の『ウィッチローブ』が作れるようになるんだ」

「え、このキノコを使ってですか?」

 

 どこか卑猥な感じがするキノコを使って自分が纏う装備が作られるかと思うと、ちょっと年頃の乙女として嫌な気分を覚えたリリルカだった。

 

「出来上がった装備に素材は関係ねぇって。『ウィッチローブ』は今リリ助が着てる『まじょの服』と比べて倍以上の性能があるんだ。素直に喜んどけ」

 

 『まじょの服』は守備力+21・こうげき魔力+8の性能に呪文封印ガード30%の効果がつく。対して、『ウィッチローブ』は守備力+43・こうげき魔力+18に呪文封印ガード40%の効果。

 

「流石はヴェルフ様。ヘファイトスファミリアが誇る天才鍛冶師です!」

「そうだろうそうだろう」

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 装備性能が倍以上になると聞かされて手の平を返したリリルカにベルが苦笑していると、食糧庫(パントリー)が近いのか、そう間断を開けずに前方から新手のモンスター集団が現れる。

 先頭を飛ぶのは紫色の女性コウモリ鳥人のくらやみハーピーが二体、地面ではサザエのような巻貝を背負い持つスライムのスライムつもりが一体、近づいてきたところで泥まみれの巨大な手(マドハンド)も地中から出てきた。

 

「イオ」

 

――――――――――アルスは イオを となえた!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

 

「イオ!」

 

――――――――――リリルカは イオを となえた!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは283ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――くらやみハーピーAは パープルアイを 落としていった!

――――――――――くらやみハーピーBは パープルアイを 落としていった!

――――――――――スライムつむりは ホワイトパールを 落としていった!

 

「…………広範囲魔法が便利過ぎるね」

「一人じゃなくて二人だもんな」

 

 リリルカが魔導師としてやっていくのに過不足無くなったので、分担してサポーター役を行って進みを再開したところでヴェルフは先程の戦闘を思い出す。

 

「リリ助がアルスと同じ魔法が使えるようになって、大体のモンスターを二人だけで倒せるんだもんな。やっぱりパーティーに魔導師がいると全然違う」

 

 超短文詠唱なのでヴェルフの魔法『ウィル・オ・ウィスプ』も詠唱しきる前に発動が可能という始末。

 絶対に敵対はしないと心に決めているヴェルフは知らないことだが、アルス達はレベルが上がるごとに【こうげき魔力】のステータスの上昇に合わせて威力が上がっているので、まだまだこの程度では収まらない。

 

「うぅ、僕も同じ魔法が使いたい」

「贅沢を言わないで下さい、ベル様。ベル様の魔法も大変便利ですよ」

設置型の罠(ジバリア)眠り覚醒(ザメハ)宝箱の鑑定(インパス)が?」

 

 自分の魔法が地味なことを気にして羨望を滲ませるベルに、リリルカが目をカッと開く。

 

「設置型は退却時やモンスターに追われた時に有効ですし、眠りを素早く安全に覚ますなんて他に類を見ません。宝箱を開ける前に鑑定出来るなんて有用以外の何があるんですか!」

「う、うん、褒めてくれてありがとう……」

 

 リリルカの勢いが強過ぎて、なんだ自分の魔法って実は凄かったという気になったベルが照れる。

 ベルは単純だなとヴェルフが思っている間に、天井の燐光はいつの間にか薄れていき、明るさが失われていく。

 

「光が……」

 

 代わりに、先の通路の曲がり角の奥からぼんやりとした緑光が溢れている。

 

「この先が食料(パントリー)になります。別に用は無いので通り過ぎましょう」

 

 

 

 

 







 12階層は霊水の洞くつとなります。




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第31話 真っ裸で泳ぎたくなるな

 

 

 

 

 

 食糧庫(パントリー)がある曲がり角を曲がらずにそのまま通り過ぎて暫くすると、通路の真ん中に何かが立っているのが見えた。

 

『この先、清き泉。用なき者は、回れ右して、まっすぐ帰るべし』

 

 通路の丁度ど真ん中に木の立札が打ち付けられており、達筆な共通語(コイネー)でそう書かれていた。

 

「誰が立てたんだろう、この立札?」

「例の清き泉ってのを汚してほしくない物好きが立てたんだろ」

 

 用がある者なので立札を避けて進むと、ここがダンジョンであることを忘れてしまうほどの広大な空間に出た。

 広い、広い、空間だった。

 

――――――――――とても、澄み切った水が 湧いている

 

 清き泉と呼ばれるほど地面が透き通って見える水の透明度がダンジョンが発する光に照らされてキラキラと輝く。ダンジョンとは思えないほど神秘的な風景に四人は揃って息を呑む。

 

「うわぁ……」

 

 ベルが感嘆の息を漏らしている横で、ヴェルフが顎を摩る。

 

「地上では人の手が入って、ここまで幻想的な風景は中々見られんだろうな」

「立札を立てたくなった人の気持ちが理解出来る気がします」

 

 芸術など腹の足しにもならないと敬遠していたリリルカですら、立札を立ててでもこの風景を守ろうとする者の気持ちを理解できるほど幻想的な風景。

 その風景の中に歪として存在するモンスターが二体(・・)

 

→シーゴーレムが二体いるぞ

  真っ裸で泳ぎたくなるな

 

「いるね」

「いますね」

「一体じゃないのかよ」

 

 事前に聞いた話よりも増えているのが中層にいてもおかしくないモンスターなだけに、ヴェルフは面倒事が増えたとばかりに嘆息する。

 

「冒険者が来ないから増えたのでしょうか?」

「そんな阿呆な話があるか」

 

 現実として1体から2体に増えている。理由は何であれ、倒すことに変わりはしないのでリリルカは『まどうしの杖』を握り直す。

 

「数が多い方がドロップアイテムを得られる可能性が高くなるので良しとしましょう」

「そうだね。急がなくちゃだし行こうか。アルスもやる気を出すのはいいけど先走らないようにね」

「ようやく俺にも出番が来たんだ。俺にも出番を回せよ」

 

 強敵との戦いを前に臆することなく、四人は戦闘態勢を万全に整えてシーゴーレムの前に踊り出る。

 

――――――――――シーゴーレムたちが あらわれた!

 

 敵は珊瑚の身体を持つシーゴーレム二体のみ。

 アルスが『ウダイオスの黒剣』を抜き放ち、ベルは攻撃力の高さを優先してブーメランや短剣ではなく『てつのつるぎ+2』を抜く。ヴェルフは『はがねのオノ』、リリルカは『まどうしの杖』を持ってシーゴーレム達に戦いを挑んだ。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは スリープダガーを はなった!

――――――――――シーゴーレムBを ねむらせた!

 

 敵が二体いる時は片方は眠らせるに限ると『スリーブダガー』を放ったベルだったが、あっさりと眠ってくれたので逆にビックリとした表情を浮かべてしまった。動きの止まったベルに向かってもう一体のシーゴーレムがその巨大な拳を振り上げる。

 大型モンスターであるシーゴーレムの攻撃を防ぐには、リリルカの攻勢魔法では『ギラ』『イオ』ではベルを巻き込んでしまう恐れがあり使えない。『ヒャド』では微妙で、『メラ』では未知数過ぎる。

 一秒にも満たない思考時間の間で、隣からアルスが飛び上がったのを視界の端で捉えていたリリルカは、即座に魔法の取捨選択を行った。

 

「ボミエ!」

 

――――――――――リリルカは ボミエを となえた!

――――――――――シーゴーレムAの すばやさを かなり さげた!

 

 魔法を受けて目に見えて遅くなったシーゴーレムの攻撃から即座にベルが飛び退いた直後に、『ウダイオスの黒剣』に『渾身斬り』以上のオーラを纏わせたアルスがシーゴーレムに斬りかかった。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、全身全霊切りを はなった!

――――――――――シーゴーレムAに ダメージ!

――――――――――シーゴーレムAを たおした!

 

 オーラによって巨大化した『ウダイオスの黒剣』がシーゴーレムを真っ二つにする。

 真っ二つにされたシーゴーレムは左右に分かれたまま消滅した。

 アルスがシーゴーレムを一体倒したのを確認し、眠ったままのもう一体のシーゴーレムを見張っていたヴェルフが接近しながら『はがねのオノ』を振り上げる。

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフの こうげき!

――――――――――シーゴーレムBに ダメージ!

 

 確かなダメージを与えたがシーゴーレムにまだ目覚める気配はない。このチャンスを逃すはずがななく、倒されたシーゴーレムの攻撃を避けた勢いのまま駆けてきたベルが追撃を仕掛ける。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――シーゴーレムBに ダメージ!

――――――――――シーゴーレムBは めをさました!

 

 流石に二連撃もされてシーゴーレムが目を覚ましたが、既に次手としてリリルカの準備は整っていた。

 

「メラ!」

 

――――――――――リリルカは メラを となえた!

――――――――――シーゴーレムBに ダメージ!

 

 横っ面にリリルカが放った火球(メラ)がぶち当たったシーゴーレムの体勢が崩れる。当然、そんな隙をアルスが見逃すはずもなく、横っ面を張られて視覚外から斬りつける。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――シーゴーレムBに ダメージ!

――――――――――シーゴーレムBを たおした!

――――――――――シーゴーレムたちを やっつけた!

――――――――――アルスたちは704ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――シーゴーレムたちは 魔石を 落としていった!

――――――――――シーゴーレムAは ももいろサンゴを 落としていった!

――――――――――シーゴーレムBは サンゴのかみかざりを 落としていった!

 

「アルスが強いのか、ウダイオスの黒剣が凄すぎるのか、何か良く分からなくなってきたな……」

「昨日の強敵が今日は雑魚だもんね」

「油断は厳禁ですよ」

「そうは言ってもね……」

 

 元々、アルスがパーティーの最高戦力であったことに疑いは無かったが、『ウダイオスの黒剣』を持つようになってからの攻撃力は上層モンスター相手では正しく鎧袖一触という有様。

 

「アルス様がどうであれ、私達三人共が出会った時と比べて強くなっているのは間違いないでしょう。リリもこれほど早く上層最深部近くまで来れるとは思っていませんでした」

 

 中層のモンスターなのに、ベルが隙を晒してもダメージを全く受けずに全然一顧だにせずに倒せてしまっただけに、リリルカも二人の気持ちが分からないでもない。『ウダイオスの黒剣』だけでなく、先のリリルカの迷いのない魔法行使も合わせて冒険者としてベル達は確実に強くなっている証明であった。

 

「急ぐからって駆け足だったのに、意外に疲れなかったね」

「俺は割と疲れてるが」

「それでもまだ余裕はあるのでしょう、ヴェルフ様」

 

 はがね装備の頑丈さを示すだけの重みがあってヴェルフは本気で疲れているが戦闘不能というほどではない。Lv.1であれば身動きできなかったであろうことは想像に難くなく、ヴェルフは確かな自分の成長を感じ取っていた。

 

「まあ、そうだな。やっぱりLv.2ともなるとLv.1と全然違う」

 

 周辺の警戒はベルが行い、リリルカが魔石とドロップアイテムの回収を行っている間にアルスとヴェルフが湧き水汲みを担当していた。

 落ちていた魔石とドロップアイテムを拾い上げ、リリルカは目的であった『ももいろサンゴ』を確認して深く頷く。

 

「無事にドロップアイテムを得ることが出来ました。湧き水の方は汲めましたか?」

「今、アルスがやってるよ」

 

 水生モンスターがいないとも限らないのでヴェルフが武器を持ったまま警戒し、アルスが清き泉にポーションの空瓶を入れて湧き水を汲んでいた。しかし、その足元には既に満タンになった湧き水が入った瓶が幾つも並んでいる。

 

「おいおい、どんだけ汲む気だよ。え? ついでだからって多めに汲んどこうって?」

「…………ベル様、リリもアルス様を手伝ってきます」

 

 ベルに言ってピューっとリリルカがアルスの下へと走って行った。

 

「もしかして、飲み水にでも使う気?」

「アルスも一口飲んだら美味いって言ってたからそのつもりだろうな。『どうぐぶくろ』があるから邪魔にならないだろうって、ポーションの空き瓶とかに入れまくってる」

「どれだけ物を入れても重みにならない『どうぐぶくろ』って便利だよね」

 

 使わない武器やアイテム、素材に至るまで色んな物が入っているとはとても思えない『どうぐぶくろ』の利便性に改めて感心する。

 

「ああ、俺も欲しい」

「ヘファイトス様に頼んでみたら?」

「『どうぐぶくろ』は『ふしぎな鍛冶台』同様に天界時代に神の力(アルカナム)を使って造った物だから地上にいる間は無理だと」

 

 そんな貴重な物を使わせてもらっていることに気づいて申し訳なさそうなベルの肩をヴェルフが軽く叩く。

 

「そんな顔をするなって、ベル。俺は『ふしぎな鍛冶台』を使わせてもらっているだけ十分に恵まれてるんだ。文句は言いっこなしだ」

「ありがとう、ヴェルフ」

「いいってことさ。おい、二人とも! 急ぎの冒険者依頼(クエスト)もあるんだからそこまでにしとけ!」

 

 時間制限の冒険者依頼(クエスト)であることを思い出して慌てて湧き水を汲んだ瓶を『どうぐぶくろ』に入れていく二人。

 

「あんなに汲んで、あの湧き水を売ったりしないだろうな」

「まさか……」

 

 販売出来そうな数の瓶に入れているのを見て微妙に否定できないベルだったが、近づいてくる気配を感じ取って広間の入口へと顔を向ける。

 ベルの動きにヴェルフも視線を向けると、入り口から二人の女性冒険者が広間に入ってきた。

 

「同じ冒険者依頼(クエスト)を受けた冒険者か?」

 

 気の強そうな短髪の少女と、反対にどこかオドオドとした長髪の少女が明らかにベル達の方へと向かって来ている。

 

「アンタ達がヘスティアファミリア?」

 

 短髪の少女がベル達パーティーの中で一番装備のランクが高いヴェルフに問いかける。

 

「俺は違う」

「僕達がヘスティアファミリアですが、なにか用ですか?」

 

 ヘスティアファミリアが目的ならば団長のベルが答えなければならないと使命感に駆られて一歩前に出る。

 

「あの、これを……」

 

 今度は長髪の少女が物凄く躊躇いがちに手紙と目される物をベルに差し出す。

 受け取ったベルが確認すると、上質な紙には封蝋が施されており、差出人が分かるように徽章が刻印されている。そして刻まれているのは、弓矢と太陽のエンブレム。

 まだ記憶に新しい、昨夜に一悶着起こったアポロンファミリアの徽章を確認したベルの表情が強張る。

 

「ウチはダフネ、この娘はカサンドラ。察しの通り【アポロン・ファミリア】よ」

「【月桂の遁走者(ラウルス・フーガ)】ダフネ・フラウロスに【悲観者(ミラビリス)】カサンドラ・イリオン、二人ともアポロンファミリアのLv.2冒険者です」

 

 直接戦闘力が高くないリリルカはアルスに背に隠れながら、昨日の一件からアポロンファミリアのLv.2以上の冒険者を調べていたので二人の名前と所属から二つ名を伝える。

 警戒を高めた四人にビクついた長髪の少女――――カサンドラ・イリオンはリリルカを背後に庇いながらきっかけさえあったら『ウダイオスの黒剣』を抜きそうなアルスに特にビビりながら口を開く。

 

「あの、それ、案内状です。アポロン様が【宴】を開くので、も、もし、良かったら…………べ、別に、来なくても、結構なんですけど……」

「招待している側が何言ってるの、アンタは」

「あうっ!? で、でも、ダフネちゃん……」

「黙らっしゃい!」

「きゃうっ!?」

 

 後頭部の次に額をチョップされて涙目になったカサンドラに嘆息した短髪の少女――――ダフネ・ラウロスはベルを見る。

 

「必ず貴方の主神に伝えて。いい、渡したからね?」

「…………分かりました」

「じゃあ、用件はそれだけだから…………ご愁傷様」

 

 振り返って去る直前に、呟きのようなその言葉だけを残して去って行ったダフネの後を追ったカサンドラの二人を見送った

 完全に姿が見えなくなったのを確認して、ヴェルフはベルが受け取った招待状を見る。

 

「態々ダンジョンの中まで案内状を持って来るってことは、絶対に何か企んでるなアレは」

「かもしれない。明らかに含みのある言い方をしていたからね」

「このタイミングでのアポロンファミリアからの接触となると、一騒動あるかもしれないので覚悟が必要かもしれません」

 

 三人がそれぞれの感想を漏らす中、アルスは一人だけさっきまでこの場にいた二人のことを考えていた。

 

→カサンドラか――――神様並みの巨乳だな、あの子は!

  ダフネか――――あの子からは女王様の気配を感じる!

 

「おっ、アルスは巨乳派か」

「アホみたいなこと言ってないで、さっさと帰りますよ」

 

 野郎は男同士で好みの女の話をするのが好きなのはリリルカも十分承知しており、くだらない話と一蹴して足を出口に向ける。

 

「何も無ければいいけど……」

 

 時間制限の冒険者依頼(クエスト)の為、急いでいたベル達は途中でダフネとカサンドラに追いつき、追い越してしまい、互いに気まずい思いをしてしまうことになることをこの時のベルは知る由もなかった。

 

 

 

 

 







――――――――――アルスは、レベル20に あがった!
――――――――――アルスは、レベル21に あがった!

――――――――――ベルは、レベル19に あがった!
――――――――――ベルは、レベル20に あがった!

――――――――――リリルカは、レベル16に あがった!
――――――――――リリルカは、レベル17に あがった!
――――――――――リリルカは ボミオスの呪文を覚えた!
――――――――――リリルカは、レベル18に あがった!
――――――――――リリルカは ルカナンの呪文を覚えた!



【アルス・クラネル Lv.2→3(レベル19→21)
 HP:133(+25)→151(+35)
 MP;67→75
 ちから:51(+6)→58(+8)
 みのまもり:22→25
 すばやさ:60→67
 きようさ:36→40
 こうげき魔力:56→63
 かいふく魔力:57→63
 みりょく:43→48
《魔法》
 【メラ】     ・火炎系魔法(小)
 【ホイミ】    ・治癒系魔法(小)
 【ベホイミ】  ・治癒系魔法(中)
 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)
 【ベギラマ】  ・閃光系魔法(中)
 【イオ】    ・爆発系魔法(小)
 【ラリホー】 ・催眠系魔法(個)
《技能》
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能
 【渾身斬り】       ・敵一体に大ダメージ
 【全身全霊斬り】    ・敵一体に特大ダメージ
 【フリーズブレード】  ・氷の力で敵1グループに攻撃
 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復
 【覇王斬】        ・敵全体に魔力で形成した巨大剣による無属性攻撃
《スキル》
 【二刀の心得】     ・左手にも武器を装備できる
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:6224》】

【そうび
 みぎて  『ウダイオスの黒剣』
ひだりて  『ゴールドトレイ+2』
 あたま  『てっかめん』
 からだ  『くさりかたびら』『聖騎士のよろい』
アクセ1   『きんのネックレス』
アクセ2  『ちからのゆびわ+3』        】



【ベル・クラネル Lv.2→3(レベル18→20)
 HP:133→151
 MP;50→55
 ちから:47→54
 みのまもり:19→21
 すばやさ:72→80
 きようさ:62→69
 こうげき魔力:59→66
 かいふく魔力:0
 みりょく:66→73
《魔法》
 【ジバリア】     ・地雷系魔法(小)
 【ザメハ】      ・覚醒魔法
 【インパス】     ・鑑定魔法
《技能》
 【スリープダガー】  ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる
 【ヴァイパーファング】・敵1体に攻撃、たまに猛毒にする
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復
 【デュアルカッター】 ・敵全体に攻撃時1.2倍のダメージを二回与える
《スキル》

 【スライムブロウ】  ・スライム種に対して投擲武器効果強化
 【メタルウィング】  ・メタル種に対して投擲武器効果強化
 【ヒュプノスハント】 ・眠りや混乱の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【タナトスハント】  ・毒や麻痺の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【パワフルスロー】 ・投擲武器を投擲時、全体に等しくダメージ
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:3556》 】

【そうび
 みぎて  『てつのつるぎ+2』
      『せいなるナイフ』
ひだりて  『やいばのブーメラン』
 あたま  『毛皮のフード+2』
 からだ  『くさりかたびら』『てつのむねあて』『毛皮のポンチョ+1』
アクセ1   『金のネックレス』
アクセ2   『ぬすっとのグローブ』         】



【リリルカ・アーデ Lv.2(レベル15→18)
 HP:69→86
 MP;72→88
 ちから:26→32
 みのまもり:12→15
 すばやさ:46→55
 きようさ:44→53
 こうげき魔力:78→94
 かいふく魔力:0
 みりょく:43→51
《魔法》
 【シンダーエラ】     ・変身魔法
 【メラ】          ・火炎系魔法(小)
 【ギラ】           ・閃光系魔法(小)
 【ヒャド】         ・冷気系魔法(小)
 【ルカニ】         ・敵守備力低下魔法(個)
 【ルカナン】        ・敵守備力低下魔法(集団)
 【ボミエ】          ・敵速度低下魔法(個)
 【ボミオス】         ・敵速度低下魔法(集団)
 【マジックバリア】     ・呪文防御魔法
 【イオ】          ・爆発系魔法(小)
 【マホトーン】       ・敵魔法封印魔法(集団)
 【マヌーハ】       ・幻惑解除魔法(個)
《技能》
 【魔封じの杖】   ・敵1体の呪文を高い確率で封じる杖の秘術
 【しゅくふくの杖】  ・仲間1人のHPを小回復する
 【暴走魔法陣】   ・仲間の呪文が暴走しやすくなる
 【魔結界】      ・魔法の結界を張り敵の攻撃呪文を防御する
《スキル》
 【縁下力持(アーテル・アシスト)】   ・一定以上の装備過重時における補正
 【悪魔ばらい】   ・悪魔系に対しての打撃力強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:4047》 】

【そうび
 みぎて  『まどうしの杖』
ひだりて  『』
 あたま  『プリティキャップ』
 からだ  『まじょの服』
アクセ1   『まじょのてぶくろ+3』
アクセ2   『いのりのゆびわ+2』         】




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第32話 だって、専属鍛冶師だし

 

 

 

 

 

 12階層での冒険から翌々日。ベル・クラネルが団長を務めるヘスティアファミリアは、リリルカ・アーデを除いて箱馬車の中の人となっていた。

 

「凄いお屋敷ですね。リリも来れたら良かったのに」

 

 まだ遠いが少しずつ見えてきた目的地はベルが住んでいる廃教会とは全然違った。暗がりの中でも存在感を発揮する屋敷に感嘆の息を漏らす。

 

「ギルドから僕達のファミリアの等級(ランク)が【I】から【G】に上がると通知が来てしまったんだ。幾らベル君達3人がLv.2にランクアップしたからって、二段階も一気に上げるのは不条理が過ぎる」

 

 正装のドレスを纏ったヘスティアは大きな胸の下で腕を組み、ふんすと大きな鼻息を吐く。

 

「徴税額の減税、もしくは段階を踏んでの等級(ランク)上げに変えてもらう為にアドバイザー君と協力して資料を作ってくれているんだ。感謝しとこうぜ」 

「別にそこまで急がなくても……」

「何を言うんだい! 等級(ランク)が一つ違うだけでも徴税額が全然変わってくるんだ。流石にもう僕達も零細とは言えないかもしれないが、教会(ホーム)の修繕だってまだまだで貯蓄も少ないんだ。削れるところは削らないと」

 

 ヴェルフ・クロッゾがパーティーに入り、リリルカが入団して到達階層が増えたことで収入も増えてはいるがヘスティアファミリアに大きな余裕があるわけではない。金庫番として通知を受け取ってすぐにギルドに向かって行ったリリルカの苦労を偲んでいると、箱馬車が目的地について止まった。

 

「さあ、降りようか」

 

 位置的に降りやすい場所にいたベルが先に出ると、屋敷の前には続々と到着する箱馬車と正装している何人もの美男美女がいた。

 ベルが違う世界に迷い込んだかのような錯覚を覚えていると、アルスがヘスティアが降りやすいように手を貸していた。

 

「今更何だけど、今といいアルス君が女性に対するマナーが良いのはなんでなんだい?」

 

 アルスの手を借りて着地したヘスティアは納得いかなげに問いかける。

 

「ああ、それはお爺ちゃんが教えてたんですよ」

「ベル君の祖父が?」

「『アルス、お前は普段がアレなんだから大事なところはしっかりとしておいた方がいい』って。僕がお爺ちゃんが書いた英雄譚の本を読んでる時に教えてました」

「へぇ、良いお爺ちゃんだったんだね」

「後、『女はそういう普段とのギャップに弱いからの! きっとキュンとなること間違いないぞい!』とも言ってましたね」

「…………台無しじゃないか。僕の感動を返してくれ」

 

 女性に対するマナーを教えたのは良いことだけど、その動機があまりにも即物過ぎて感心していたヘスティアは深く肩を落とす。

 

「ヘスティア」

 

 背後から聞き覚えのある声に肩を落としてていたヘスティアが振り返る。

 

「ミアハ、ナァーザ君も」

 

 ヘスティア達と同様に正装したミアハファミリアの主神ミアハとたった一人の眷属であるナァーザ・エリスイスが並んで立っていた。

 

「今回のこと、本当にすまんな。服も馬車も何もかも手配してもらって」

「なぁに、服はベル君達が知人から紹介してもらったレンタル品だから大したことはないし、馬車も纏めて借りた方が別々に借りるより安くついただけだよ」

 

 神用の衣類を仕立てる店はヘファイトスから教えられていたヘスティアはベル達用の衣装をどうしようかと困った。そんなヘスティアがベル達に相談する前に既に知り合いから衣装のレンタルが可能な店を紹介してもらっていて杞憂になったのは昨日の昼前の話。

 購入するよりかは安上がりで、数が増えるごとに一着ごとに割引がかかるので当初の予定金額よりも安くなった。箱馬車も同様である。となると、最近は潤ってきたヘスティアファミリアと違って借金のあるミアハファミリアのことが気になった。

 

「何よりナァーザ君の為さ。節制ばかりでは気持ちに張りが出ないし、偶には贅沢が必要だよ。助かると思うなら無節操にポーションを配るのは止めるように」

「肝に銘じているよ」

「ありがとうございます、ヘスティア様。ベル達も、この前のクエスト、お蔭で助かった」

「助けになれたなら良かったです」

 

 眷属が借金返済に苦慮していたことを最近知ったミアハも神妙な面持ちで頷く横でナァーザとベルが和やかに話をしていた。

 ヘスティアファミリアの眷属の中にリリルカの姿が無いことにミアハが気づいた。

 

「リリルカの姿が見えないが?」

「ギルドの方にちょっとね。だから、今日は参加できないんだ」

「それは残念だな」

 

 残念な気持ちもヘスティアも同じだった。

 

「ああ、折角【神の宴】も普段とは少し違って、眷属を三人まで同行させて良いなんて面白い趣向を凝らしているんだ、是非、体感して欲しかったんだけどね」

「用事があるなら仕方ないさ。タケミカヅチはまだ?」

 

 仲の良い神友にも声をかけていることを知っていたミアハは姿を探すように辺りを見渡すが姿は見えない。

 

「もう先に会場に入ってるかもしれない。僕達も行こうか」

「はい」

 

 ベルが返事をして、一行は目の前の屋敷に向かって足を進める。

 アルスは一人で勝手にどっかに行かないようにしっかりとヘスティアに手を繋がれたまま玄関ホールに入る。

 

「広い屋敷だねぇ。等級(ランク)Dの、中堅派閥ともなればこんなにホームが大きいのかい?」

 

 先だってのガネーシャが開催した神の宴が行われた屋敷よりかは小振りだが、まだ個人の部屋すら与えられない廃教会(ホーム)に住んでいるヘスティアは感心するしかない。

 

「いいや、この施設はギルドが管理している公的な物件の一つだろう。ホームで【宴】を開くのはガネーシャぐらいだな。普通は他派閥の者をホームに招く真似はしない」

「え?」

 

 普通にパーティーに入っているとはいえ、ヘファイトスファミリアのヴェルフ・クロッゾを廃教会(ホーム)に入れているヘスティアはマズかったかなと考える。

 しかし、別に秘密にするモノはベル達のステータスが書かれた羊皮紙しかないので別にいいかと気にしないことにした。

 

「アポロンのホームもここまでではないだろうが、団員数が多くなれば比例してどうしてもホームは大きくなるものだ」

「ミアハ達も昔はこれぐらい大きなホームだったのかい?」

「ここまでではなかった。こう華美なのもアポロンの趣味で装飾しているのだろう。ホームなどは主神の趣味が諸に出るからな」

 

 嘗ては中堅派閥だったというミアハの話はようやく零細を脱して弱小に到達したヘスティアには参考になる部分が多い。

 ホームには主神の意向が反映されるものだと心のメモに記していると、階段を登って2階に上がってパーティーが行われる大広間に辿り着く。既に多くの神・眷属で賑わっており、こういう経験が無さそうなベルの臆している雰囲気とは対照的にヘスティアと手を繋いでいるアルスは物珍しそうに周りを見渡している。

 やはり対照的な兄弟だなとヘスティアが思っていると、こちらの姿を見つけた既知の神と眷属が向かってくる。

 

「あら、来たわね」

「ヘファイトス、ヴェルフ君も」

 

 ヘファイトスに手を引っ張られたヴェルフも正装をしており、気兼ねなく話が出来る相手を見つけてベルが近づく。

 

「良く似合ってるよ、ヴェルフ」

「馬子にも衣装って言ってくれよ。似合ってないのは分かってる」

「そうかな、着慣れてる感じがするけど……」

 

 間に合わせの為か若干サイズ感がズレているがベル達の様に衣装に着られている感じはしない。もしも、ヴェルフが嫌そうにせずにピンシャンとした姿勢になればリリルカがいたならば『流石は鍛冶貴族』と揶揄いの言葉を漏らしただろう具合。

 

「俺は来たくなんてなかったのに、椿に無理矢理に連れてこられたんだ。折角時間が空いたんだから色々とやりたいことがあったってのに」

「そうなの?」

 

 クラネル兄弟の『くさりかたびら』に代わる素材が揃ったやすらぎのローブとか、リリルカ用の『ウィッチローブ』や『サンゴのかみかざり』の整備など、やることは幾らでもあったと続けようとしたヴェルフの肩後ろから椿・コルブランドが顔を出す。

 

「手前のことを呼んだか?」

「うぉっ!? 気配を消して背後に立つな!」

 

 ドレス姿が窮屈そうな椿は飛び退いたヴェルフの予想通りの反応にカンラカンラと笑う。

 

「別に消しておらんよ。現にそっちの二人は気付いておったぞ。ヴェル吉が鈍いだけだ」

「あははは……」

 

 単純にヴェルフの姿越しに近づいてくるのが見えただけなので、気配云々はあまり関係はない。ヴェルフが気配に敏感と言えないのは事実なので、ベルも少し笑って明言は避けて笑って誤魔化す。

 

「ヴェル吉のことはどうでもいい。用があるのはアルスだ。今日は『ウダイオスの黒剣』を持ってきておらんのか?」

 

 そわそわとした椿の問いに、何時もの習慣で背後に手を回したアルスは何時もの手ごたえが無く空振る。正装なので流石に武装は懐に入れている『どうぐぶくろ』に仕舞っていることを思い出した。

 

「今日は【神の宴】だぞ。持ってきてるわけないだろ」

「そうか、残念だ」

 

 ヴェルフがそう言ったものだから懐の『どうぐぶくろ』に手を入れようとしたアルスの手が止まる。その様子を見ていたベルは会場でいきなり武器を出されるのは問題になるので止めようとした手を下ろした。

 

「アルスもヴェル吉ではなく手前に任せてくれれば、第一等級武装に仕上げてみせた物を」

 

→それでもヴェルフに頼んだと思う

  やっぱり椿の方が良かった

 

「ほう、何故だ?」

 

→ヴェルフなら魂を預ける半身を作ってくると信じた

  だって、専属鍛冶師だし

 

「…………だそうだ、ヴェル吉」

 

 鍛冶師冥利に尽きる言葉を聞かされた椿が少し羨まし気にヴェルフを見る。

 

「ああ、分かってるさ。俺はアルスの期待に答えられる武器を作れなかった」

「そんなことはないよ。ヴェルフが作ってくれた武器は寧ろアルスに分不相応なほど良い物だよ」

 

 ベルが擁護してくれたが、ヴェルフは期待してくれたアルスに答えられる物に仕上げられたとはとても言えなかった。

 

「いいや、椿なら第一等級武装に仕上げられただろうさ。認めるよ。俺の()の力量が椿に劣ることを」

 

 偶々ベル達の近くで談笑していた神々が有名な鍛冶師とである椿と無名のヴェルフが向き合っているのを見ていた。

 

「けど、ヘファイトス様に鍛えられた(おれ)の熱は、こんなことで冷めやしない。アルスが望む武器を、椿以上に鍛え上げてみせるさ」

 

 近くにいた別の神の耳がダンボのようになってヴェルフの台詞を脳内で復唱する。

 

「何時までも負い目を抱えているなら引っ叩いてやろうかと思ったが、必要なかったか」

「発破をかけられたんだ。礼は言わないぜ?」

 

 う~ん青春、と神々が悶えている間に話は収束していく。

 

「必要ない……………それはそれとして、ウダイオスの黒剣を後で見せてくれんか? ヴェル吉は見させてもくれんのだ。鍛えたりはせんから、少しだけ少しだけ」

「お前って奴は……」

 

 見せた方がいいのか、見せない方がいい、とアルスとベルが静かな攻防を繰り広げている間に、胸の中で燃え盛る炎に耐え切れなくなったヴェルフがネクタイをスルリと外す。

 

「一分一秒も無駄に出来ねぇ。悪いが俺は先に帰る。ヘファイトス様によろしく言っておいてくれ」

「…………ふむ、手前も気が代わった。先に辞することにしよう。うちの主神様にヴェル吉の分も合わせて適当に言っておいてくれ」

 

 そう言って風のような速さで会場から出て行ったヘファイトスの眷属二人を見送ったベルとアルスは顔を見合わせる。

 

「鍛冶師って似てくるのかなあ? どうやってヘファイトス様に言おうか」

 

 ベルが悩みながらヘスティア達と話していたはずのヘファイトスの姿を探すがもうどこにもない。ヴェルフ達と話している間に離れてしまったようだ。

 伝言を伝える為にヘファイトスを探しに行く前に、ヘスティアが見覚えのない男神と恐らくその眷属と見られる三人を連れてやってくる。

 

「ベル君ベル君、君達に紹介したい神がいるんだ」

「タケミカヅチだ。ヘスティアとは仲良くさせてもらっている」

 

 手を差し出してきたタケミカヅチと握手する。

 

「こっちが俺の眷属、団長のカシマ・桜花とヤマト・命、ヒタチ・千草だ」

「「「よろしくお願いします」」」

「こちらこそよろしくお願いします。僕が団長のベル・クラネルで、こっちがアルス・クラネルです。本当ならもう一人いたんですけど」

「うちももう何人かいるんだが、人数制限があったり所要があって出れないのは皆同じだ。気にすることはない」

 

 ミアハとは方向性のさっぱりとした物言いにベルも好感を抱く。

 眷属達の名前の響きなどから噂にだけ聞いたことのある極東の出身かなと推測をしながら、タケミカヅチの後ろにいるヤマト・命と呼ばれた女性が正装の経験がないのか剥き出しになっている肩を恥ずかしそうに小さくして耳まで紅潮させているのを見て同類を見つけた気分になる。

 

「神様達はどういう繋がりで? 天界で仲が良かったとかですか?」

「天界での故郷は違うけど付き合いは下界に来る前からあったよ」

「気が合ったというのもあるが、揃って貧乏でね」

「まあ、付き合いやすい間柄だったのも大きいだろう」

 

 自分だって人によって合う合わないのはあるので、そこは神であっても同じだと初めて知った。

 ベルが新しい常識を獲得していると、神同士で話していたタケミカヅチがチラリとアルスを見る。

 

「ヘスティアの所の眷属()が最速記録でLv.2になったのだろう。うちの命もLv.2になったばかりでな。もしかしたらダンジョンで会う時があるかもしれない。その時はよろしく頼む」

「うちは無理だが、どうせなら同盟を組んで一緒に潜ってみるのもいいんじゃないか?」

「僕達は構わないけど」

 

 神同士で纏まりかけている話に、提案自体はベルも賛成だが直ぐとなると色々と困る面があるので口を開こうとしたところで、タケミカヅチファミリアのカシマ・桜花の方が早かった。

 

「俺たちはまだ知り合ったばかりで、連携が取れるとは思えません。こちらもようやく中層に進出したばかりなので、同盟はともかく共に探索するならある程度の連携が取れるようになってからの方が良いかと」

「彼の言う通りだと思います。なによりヘスティアファミリア(僕達)は冒険者としての経験(キャリア)が浅く、他のパーティーとの連携を取ったことがないので不安の方が多いです」

 

 両団長の意見を聞いて最もだと思ったミアハが爆弾を落とす。

 

「ふむ、そういうことなら信頼を深める機会が必要なようだ。今日の【神の宴】では眷属がいるからダンスもあるとのことだから、眷属()らの男女の人数比が丁度だから踊ってみるのはどうだろうか?」

「何を言っているんだ、ミアハ!? ベル君は僕と踊るんだ!」

 

→流石は神様、抜け目ない

  流石は神、女心が分かっていない

 

「うぅ、私にもあれだけの積極性があれば……」

 

 誰にも渡すものかとベルの腕をその大きな胸で挟んで掴んだヘスティアの積極性に命が苦笑しているタケミカヅチの手を触ろうとして苦悩していた。千草が命を応援している横で桜花は何も分かっていない顔をしていて、アルスは一人だけ訳知り顔で頷いている。

 

「やぁやぁ、ヘスティアにミアハにタケまで!」

 

 ある種、カオスな場に第四の神が首を突っ込んできた。

 

「げっ、ヘルメス。相変わらず騒々しいね。君も来てたのかい?」

「オラリオに帰って来てる時にアポロンから招待状を貰ったものでね。面白い趣向だから参加しない手はないだろう」

 

 嫌そうな顔をするヘスティアに答えつつ、ヘルメスと呼ばれた男神はその場にいる女性眷属達を順番に見ていく。

 

「タケミカヅチの所の子も素敵だが、ナァーザちゃんも決まってるじゃないか。だが、見てくれうちのアスフィを!」

 

 背後を指し示して自身の眷属に注目させる。

 

「このドレスにネックレスもこの【神の宴】の為に作った特注品なんだ。中々だろう?」

「止めて下さい、ヘルメス様。本気で殴りますよ」

「何を言ってるんだアスフィ! 【神の宴】に今まで無かった眷属を同行させる理由なんて、自分の所の眷属自慢をする為に決まってるじゃないか!」

 

 アスフィと呼ばれた眷属は注目を一身に浴びて恥ずかしそうに頬を染めて身を縮める。

 

「照れてるアスフィも可愛いぜ。うぐっ!?」

 

 肩に手を置いてトドメとも言える囁きに羞恥の限界に達したアスフィがヘルメスに肘鉄を放つ。

 軽く放たれたように見えた肘鉄を食らったヘルメスが大きく吹っ飛び、壁際にまで転がる。痛がってはいるが、あれだけ吹っ飛ばされながら肉体は一般人と変わらない神の肉体に大きなダメージを残さない確かなアスフィの技量にベルは戦慄する。

 

「ナァーザさん、あの人って……」

「アスフィ・アル・アンドロメダ、オラリオに五人といない『神秘』のアビリティ保有者で、【万能者(ペルセウス)】の二つ名を持つヘルメスファミリアの団長だよ」

 

 同じ団長でも格が違う人物にベルがゴクリと唾を飲み込む。その横でヘスティアの監視の目が緩んでいたのを見逃さなかったアルスが部屋の隅に置いてあった樽をコッソリと叩き壊す。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『蝶イケてる装備のレシピ』を 手に入れた!

――――――――――よるのパピヨンの レシピを 覚えた!

――――――――――パピヨンマスクの レシピを 覚えた!

 

 アルスはレシピを手に入れることが出来てホクホクな気分で懐の『どうぐぶくろ』に仕舞う。

 

「――――諸君、今日は良く足を運んでくれた!」

 

 壊した樽の破片をヘルメスの近くに蹴飛ばしていると、大広間に高らかな声が響き渡った。

 

「今回は私の一存で趣向を変えてみたが、気に入ってもらえただろうか? 日々可愛がっている子供達を着飾り、こうして我々の宴に連れ出すのもまた一興だろう!」

 

 アルスが声の聞こえた方に目を向けると、主催者であるアポロンらしき神が階段の上に立っている。

 その背後にはアポロンファミリアの眷属と見られる何人かの者達が付き従っている。ヘスティアファミリアに招待状を持ってきたダフネ・ラウロスとカサンドラ・イリオン、そしてヒュアキントス・クリオの姿もあった。

 

「多くの同族、そして愛する子供達の顔を見られて喜ばしい限りだ。今宵は新しい出会いに恵まれる、そんな予感さえする」

「ん?」

 

 一瞬誰かからねっとりとした粘度のある視線を向けられた気がしたベルは辺りを見渡しても該当する者が見当たらず、気の所為かと首を捻る。

 

「今日の夜は長い。上質な酒も、食も振舞おう。皆、存分に楽しんで行ってくれ!」

 

 

 

 

 



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第33話 今夜と言わずに何度でも!






 

 

 

 

 

 主催者であるアポロンの挨拶もあって、たちまち騒がしくなった大広間。

 

「僕達はどうしますか、神様?」

「アポロンとは話しておきたいけど、後の方がいいだろうね。主催者だから忙しいようだし」

 

 ベル・クラネルに次を問われたヘスティアは招待客に囲まれているアポロンを見て、あの場に突撃する気も強い理由もないので話をするのは後回しにすることにした。その目は白いテーブルクロースの上で彩られている多種多彩な料理に釘付けになっている。

 

「折角来たんだから料金分の食事をしっかりと食べようぜ、ベル君。行くぞ、アルス君!」

 

 ガッテンだ、とどこでそんな言葉を覚えたのかと問い質したくなる合いの手を入れて、アルス・クラネルを引き連れたヘスティアが衣装代と箱馬車代の元を取ろうと料理に突撃していく。

 なんとなく二人の勢いに乗れきれなくて、ベルは一人で取り残された。

 

「君は行かないのかい、ベル君」

「ヘルメス様」

 

 どうしたものかとベルが悩んでいると、ようやくアスフィから受けたダメージが回復した様子のヘルメスが話しかけてきた。

 

「宴の雰囲気にまだ慣れてなくて」

 

 元はただの農民でしかないベルに貴族が開くような夜会に参加した経験はなく、アルスのように図太くもなれなくて立ち位置に迷ってしまうことをヘルメスに吐露する。

 

「それはいけない。上級冒険者に成れば主神と共に社交界に出ることもある。上に上がる気概があるなら、どんなことでも学びの姿勢を持つのが大事だ」

「ありがとうございます、勉強になります」

 

 慣れないままではすましてはいけないと自覚して頷くと、ヘルメスは壁の花になっているベルの横に移動する。

 

「ところで、ベル君はどうしてオラリオに来て冒険者になったんだい?」

 

 唐突とも取れる質問だが、こちらの緊張を解そうとしているのだろうと察して口を開く。

 

「祖父が、育ての親が言ってたんです。オラリオにはお金も名誉も、可愛い女の子との出会いも何でもあるって。なんなら英雄にも成れる。覚悟があれば行けって」

「ははっ、本当かいそれ?」

「はい、それで祖父が探しに来た祖母から逃げ出して行方不明になったので、アルスと二人きりになっちゃったから夢だったオラリオに行こうってことになって、ここに来たんです」

「ゆ、行方不明って、本当に愉快な人だねぇ…………あの女神を祖母なんて命知らずな」

「僕もそう思います」

 

 後半の慄きと共に吐かれた呟きはベルの耳には入らなかった。

 まさか『モンスターに襲われて死んだことにしようかと思ったけど多分、アルスなら気づくだろうから本当のことを言っちゃえ』などと祖父が考えたこともベルは知らない。

 

「オラリオに来たはいいけど、色んなファミリアの門戸を叩いたけど弱そう・ぼうっとしているからって断られちゃって、路銀も底を尽きかけている時に神様と出会えたんです。実はヘルメスファミリアの面接も受けたんですけど落ちちゃって、もし入団出来ていたらもしかしたらヘルメス様を神様って呼んでたかもしれませんね」

 

 今なら笑い話に出るが当時は割と深刻に受け止めていた話題を口にすると、途端に飄々としていたヘルメスの表情がガラリと変わる。

 

「なに? 俺は初耳だぞ」

「試験のコイン当てゲームで当てられなくて、直ぐに不合格になっちゃったから言う必要が無かったんじゃないですか?」

 

 二人で同じファミリアに入るつもりだったから、ベルがダメってなった時点でアルスは試験も受けていない。後でアレはイカサマだってアルスが言ってたなとベルが回想していると、右手の平で眉間を抑えて顔を俯かせたヘルメスが喉の奥で唸る。

 

「…………試験をしたのが誰か分かるかい?」

 

 押し殺したようなヘルメスの問いに、ベルは試験官の種族と容姿を思い出す。

 

犬人(シアンスロープ)の女性でしたけど……」

「ルルネ、後で覚えてろよ」

 

 小声で呟かれた憎々し気な言葉は幸運にもベルの耳には届かなかったが、何かを言っているのは分かった。

 

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ。それよりさっきから向こうを見てるけど、アポロンが気になるのかな?」

 

 明らかな話題転換だったが、まだ微妙に傷口が疼く話題だったのでベルも乗っかることにした。

 

「招待して頂いたお礼をしたいので、出来れば話をしたいんですけどお忙しそうで」

 

 チラチラと中々人や神が掃ける様子のないアポロンの方を見ていたのは事実なので正直に答える。

 同じ方を見たヘルメスは持っていたワイングラスを傾けて口に含む。

 

「主催者だからね。まあ、面白い奴だよアポロンは。オレは天界の頃から付き合いがあるけど、見ていて飽きない。特に色恋沙汰の話題が尽きなくてね。例えば、君の所の主神ヘスティアにも求婚したことがあるんだぜ。ヘスティアは速攻で袖にしてたが」

「ほ、本当ですか?」

「本当だぜ。なあ、ヘスティア」

 

 食い溜めをしていたヘスティアがいらないことを言わないように聞き耳を立てていたことにヘルメスは気づいていた。

 

「知らないよっ! というか、ベル君に余計なことを言うな、ヘルメス!」

「という感じで振られることも多いから、冒険者でもないのに【悲恋(ファルス)】なんて渾名をつけられている程さ」

「は、はぁ……」

 

 まるで親の昔の恋愛遍歴を聞かされた子供のようなベルの反応に、ヘスティアを怒らせないギリギリのラインを攻めていたヘルメスは笑みを浮かべる。

 

「後はそうだな。とてつもなく執念深い」

「え? それってどういう意味――」

 

 詳しく尋ねようとしたベルの言葉は大広間にざわぁっと広がった大きなどよめきに掻き消された。

 

「おおっ、これはまた大物の登場だ!」

 

 興奮した様子のヘルメスが騒めきの元を辿り、弾んだ声を上げる。

 視線を追ったベルが目にしたのは、見上げるような高さの獣人と会場中の視線を集める銀髪の女神。

 

「あの女神様は?」

「ロキファミリアと並ぶ最強勢力の派閥。フレイヤファミリアの主神フレイヤ様だ。君も冒険者なら一度は聞いたことがあるだろう?」

「フレイヤ様……」

 

 神々は総じて整った容姿をしているが、フレイヤという女神はその中にあっても群を抜いて美しい。

 ベルが見惚れていると、頬にナポリタンのカケラをつけたヘスティアが近づいてくる。

 

「ベル君、あまりフレイヤを見ない方がいい。下界の子達が美の女神を見つめると、たちまち虜になって【魅了】されてしまう…………アルス君のようにね」

「アルス?」

 

――――――――――アルスは フレイヤに みりょうされた!

――――――――――アルスは うっとりとしている……。

 

 魅了されているのはアルスだけではなかった。

 フレイヤに魅了されている人たちに性別は関係なく、魂が抜けたかのように立ち尽くしている人すらもいる。女性陣ですら魅了されたようで、直視してしまった人は首を振ったり呻いたり、フレイヤのことを知っていたアスフィのように最初から視界に入れないように努めているいる人もいた。

 

「大丈夫なんでしょうか?」

「放っておけば直に【魅了】も解けるよ。それこそ間近で接したら危ない――」

「あら、ヘスティア」

 

 叩けば直るかな、とベルが振り上げた手でアルスの首の後ろを狙っているのを見たヘスティアが止めつつ説明していると、天の調べのような声が耳から入って脳を侵す。

 ベルが振り返れば、獣人を従えた銀髪の女神フレイヤがにこやかに微笑んで近づいてきた。

 

「ガネーシャのところでの宴以来ね。ミアハ、タケミカヅチもお元気かしら」

「あ、ああ、まあね」

「よ、よう」

「其方は今宵も美しいな」

 

 同じ女神であっても魅了されかねない微笑みにヘスティアが頬を引き攣らせ、男神であるタケミカヅチは頬を染めながら返し、あまり魅了が効いた様子がないのにミアハは口説くような言葉を発した。

 それぞれの男神を想っているナァーザ・エリスイスとヤマト・命、アルスと同じようにフレイヤに魅了されている桜花にヒタチ・千草の三人はムッとして主神と団長の尻を後ろから抓る。

 

「「「うぐっ!?」」」

 

 尻をつねられる男神と男が苦鳴を漏らしている近くでザマァしていたヘルメスは自分だけ名前を呼ばれてなくて人差し指を自分に向ける。

 

「あれ、俺は?」

「ヘルメスは私の所に良く顔を見せに来るじゃない。私達の関係で今更、挨拶が必要?」

「いや、全く必要じゃないな、うん。必要ない」

 

 特別扱いと察して途端に機嫌が良くなったヘルメスの足をゲシゲシとアスフィ・アル・アンドロメダが蹴る。

 それぞれの主神と眷属とその他の関係性が垣間見えたヘスティアはフレイヤが連れている眷属が巨大な獣人が一人であることに気づく。

 

「フレイヤ、君の所は連れてきたのは一人なのかい?」

「ええ、後二人誰か連れてきたかったけど、みんな来たいって喧嘩しちゃって。収まりがつかないからオッタルだけ連れてきたの」

 

 フレイヤファミリアの眷属で【オッタル】といえば、ベルが憧れる【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインを超える都市最高のLv.7の『猛者(おうじゃ)』の二つ名を冠する最強の冒険者の名。

 

(オッタル!? アイズさんを超えるオラリオ最強の冒険者!)

 

 見上げるほどの巨体の獣人オッタルは、驚愕の視線を向けるベルなど存在していないように主神だけを静かに見つめている。

 美貌の女神は自分を目の前にしてオッタルに注視しているベルに微笑む。

 

「この私を目の前にして男が気になるの?」

「え?」

 

 まさか自分に声をかけられるとは思っていなかったベルは突如視界に入り込んできたフレイヤに面食らう。

 フレイヤは狼狽えているベルと自分に見惚れているアルスからヘスティアに次々に視線を移す。

 

「ヘスティア、この白兎みたいな子達はあなたの子?」

「ああ、そうだよ。僕の自慢の眷属()達さ!」

 

 答えを聞いたフレイヤは並んで立つ白兎二匹に、左右の手でそれぞれの頬に触れる。

 

「――――今夜、二人で私に夢を見させてくれないかしら?」

 

→喜んで!

  今夜と言わずに何度でも!

 

「見させるかっ!」

 

 ベルの側からヘスティアがフレイヤの両手を叩き落とす。

 

「君は何を言ってるんだ、アルス君!? ベル君も赤くならない!」

 

 フレイヤが叩き落とされた両手を痛そうに摩っている間に、ヘスティアはアルスの襟元をガクンガクンと力の限りに揺すって正気に戻させ、女性に迫られる免疫の無いベルを叱責する。

 

「フレイヤは男と見れば手当たり次第食べてしまう女神なんだ! 君達みたいな子は簡単に取って食べられてしまうんだぞ!」

「ごっ、ごめんなさい!」

 

 魅了が解けた様子のアルスがキョロキョロと辺りを見渡し、ヘスティアに叱責されて頭を下げて謝るベル。

 二人の姿を一通り見たフレイヤが身を翻して背を向ける。

 

「残念だけど、ヘスティアの機嫌を損ねてしまったようだし、もう行くわね」

 

 オッタルを従えて去っていくフレイヤの姿が他の神や眷属の中に埋もれて見えなくなるまで見送ったヘスティアは大きなため息を吐く。

 

「嵐を司っていないのに嵐のような女神だったねぇ。はぁ、どっと疲れた」

 

 ドレス姿なのに今にも床にへたり込みそうなヘスティアの横でアルスが口を開く。

 

→笑ってなかったな、フレイヤ様

  フレイヤ様…………カムバッァアアアアアアアアアアアアアアアアアク!!

 

「そうなの?」

 

 叱責されていたのでフレイヤの去り際の表情を見ていなかったベルが詳細を聞こうとしてたところで見知った気配を感じて視線を向ける。

 

「ベル」

「アイズさん……」

 

 こちらに向かってくる薄い緑の肩だしドレスを着たアイズ・ヴァレンシュタインにベルは見惚れてしまった。

 自分に見惚れているとは考えもしていないアイズは、どうしたのかとベルを心配そうに見つめる後ろからレフィーヤ・ウィリディスが現れた。

 

「む、私もいますよ」

「レフィーヤも、ということは」

 

 レフィーヤを見てベルが平常を取り戻したことにアイズが一人ショックを受けていると、その横ではロキファミリアの主神であるロキとヘスティアが睨み合っていた。

 

「ここにおったんか、どチビ」

「何時の間に来たんだよ、ロキ! 音もなく現れて地味なことこの上ないな!」

「うっさい、ボケ! 登場のタイミングが色ボケ女神と重なってしもうてんからしゃあないやろ!」

 

 その内に掴み合いの喧嘩でもしそうな主神達とは裏腹に、この機会にレフィーヤはベルに確認しておきたいことがあった。

 

「ところで朝の修行のことはそちらの神は?」

「言ってません。自主練とだけで」

 

 真顔で散々練習した嘘を吐くベル。

 喧嘩を続けるロキの様子からして朝の修行を知っている様子はなく、仮に知れば相手のホームに乗り込む勢いなのは間違いない。

 

「こちらも一緒です。明日で修行は終わりなのですから、このまま秘密の内に終わらせましょう」

「…………はい」

 

 憧れの人に近づける機会が終わろうとしていて名残惜しそうなベルにレフィーヤは良い修行だったのでちょっと目を逸らす。

 それはそれとして、衣装のことに関してベルはレフィーヤに礼を言わなければならないことがあった。

 

「あ、衣装が借りられるお店を教えてくれてありがとうございます。お蔭で助かりました」

「誰もがお金を持っているわけではないですから、気にする必要はありませんよ。こういうことは伝えていくものです」

 

 レフィーヤの目が誰かを探すように動く。

 

「ところでリリは? 眷属が三人まで同行となればあなた達がいるならリリもいると思ったのですが」

「ちょっと用事があって来れなかったんですよ」

「むう、それは残念です」

 

 世間が抱くエルフらしい清く美しく慎み深い――――要は全身を覆うシックで殆ど露出のないドレスを着たレフィーヤばかりがベルと話しているのをアイズは見させられていた。

 

「…………レフィーヤばっかりベルと話してる。ベルはレフィーヤみたいな子が良いの?」

 

 ポツリと零されたアイズの疑問に、アルスの脳裏に二つの選択肢が浮かび上がる。

 

→気にしなくていい。アイズは今のままでいい

  仕方ない。ベルはレフィーヤみたいな金髪エルフが好きなんだ

 

「そう? ありがとう。私もアルスと良く話してるからお相子なのかも」

 

 アイズは薄っすらと微笑み、自分より少し上にあるアルスの目を見上げる。

 

「私もアルスとしているみたいに、ベルやリリともっとお話ししたい。どうしたらいいかな?」

 

 ベルの憧れを知っているので早々簡単なことではなかった。アルスがどうしたものかと考えていると、どこからか流麗な音楽が鳴り始めた。

 アポロンファミリアの眷属達が広間の中央を開けて、男女が次々に舞踏を踊り始めていく。視界の中では相変わらず仲良さそうにベルとレフィーヤが話しており、隅では遂に取っ組み合いの喧嘩を始めた主神達の姿がある。

 見える全てがアルスの中で纏まり、脳裏に選択肢を浮かび上がらせる。

 

→良い方法がある――――踊ろう、アイズ

  良い方法がある――――ご飯を食べよう、アイズ

 

「アルスと踊ったらベルとお話しできる?」

 

 自信を持って首肯するアルスにアイズは僅かに考える。

 

「…………分かった」

 

 差し出された手を取ったアイズと手を繋いだアルスが広間の中央に向かう。

 

「あぁっ!? アイズさんと踊るなんて、なんて羨ましい……っ!」

「アルス……」

 

 レフィーヤが気づいた時には二人は広間で踊っており、憧れの人と双子の弟の姿に目を見張るベル。

 

「オッタル、ここにミノタウロスの群れを連れて来れないかしら」

「不可能です、フレイヤ様」

 

 周りで踊っている人を観察しながら真似て踊っていたアルス達がベル達の下へとやってきた。

 踊っている二人の邪魔をしないように離れようとしたベルの手を、踊りの流れで一瞬で接近したアルスが掴む。

 

「え? わぁっ!」

 

 アルスに腕を引っ張られたベルが体勢を崩して蹈鞴を踏むも、そこは冒険者。直ぐに体勢を立て直したが直ぐ傍には踊りを続けているアイズがいて、パートナーだったアルスはレフィーヤの隣で我関せずの顔をしている。

 一瞬の内にアルスが望むことを看破したベルは、このままではアイズに恥を搔かせてしまうと踊りに参加する。この間の思考は僅か1秒で行われた。

 

「あ、あなたはなんてことを……っ!?」

 

 まるで最初から定められたようにパートナーを代えて踊りを続けているアイズの踊り姿に見惚れながらも、そもそも最初にダンスパートナーになってベルを引き込んだアルスの意図を察したレフィーヤが詰め寄る。

 このまま放っておいたら碌なことにならないのは間違いないと、アルスの灰色の脳細胞が選択肢を作り上げる。

 

→アイズと間接キスならぬ間接踊り、する?

  私と一曲踊って頂けますか、淑女(レディ)

 

「喜んで!」

 

 ちょろいエルフの追及を躱して踊りを始めて一安心しているアルスの耳に、もう一組の面倒な大声が入ってきた。

 

「うおおおおおおおっ!? アイズたーん!、レフィーヤたーん! 何やっとるんやー!? おいっ、コラッ、ドチビッッ、離せえーっ!!」

「はぁ? 何を言ってうわぁああああああああああ!? 二人とも何をやってるんだぁっ!!」

 

 これは追及が面倒だと思ったアルスは決断した。

 

→面倒だから全員巻き込んでしまえっ!

  面倒だから無視しとけ!

 

 レフィーヤをロキに押し付け、ヘスティアを引き込んだアルスが次々にパートナーを変えながら踊りに参加していなかった者たちを巻き込んでいく。

 自分から輪に入って行ったミアハとナァーザ、命に背を押された千草と踊る桜花、ヘスティアに言われて命を誘ったタケミカヅチ等々…………。

 やがて誰ともなく次々と踊りに参加していく中で、渦に入れなかった者たちもいる――――――オラリオ最強の冒険者オッタルの傍にいるフレイヤのように。

 そこだけエアポケットのように誘いの手が伸びない中に、勇気を持って踏み込む神がいた。

 

「――――――フレイヤ様、俺と一曲踊って頂けますか?」

 

 早々にアスフィと踊りに参加したはずのヘルメスが輪から外れていたフレイヤに近づき、片膝をつく。

 

「そうね、最初(・・)は貴方で我慢してあげましょう」

「では、お手を拝借」

 

 オッタルは踊りの輪の中に入っていく主神を、ただただ静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 フレイヤがヘルメスと一曲分を踊り、次に目当ての内の一人であるアルスが近くにいたので手を伸ばしたところで音楽が急に止まった。

 

「諸君、宴は存分に楽しんで頂けただろうか!」

 

 本当に後少しで触れるというところで、音楽の代わりに大広間に響くアポロンの声。

 ダンスの雰囲気ではなくなり、アルスと手を伸ばし合っていたフレイヤの手がピタリと止まる。

 

「盛り上がっているようで何より。こちらとしても、開いた甲斐があるというものだ」

 

 なにか凄い圧を放ち始めたフレイヤからそそくさとアルスが離れたところで、ホールの照明が消されてアポロンに光が当てられた。

 

「此度の宴に関して眷属同伴を条件に出したことを疑問に思った者達も多いだろう。その理由は君にあるヘスティア」

 

 次に丁度ベルと踊っていたヘスティアにスポットライトが当たる。

 アポロンが前に出て両者のライトが一つになったところで、「んふふふ」と思わずベルが怯んでしまう気持ち悪い笑みを浮かべる。

 

「ヘスティアよ、遅くなったが先日は私の眷属(子供達)が世話になった」

「ああ、お互いさまでね」

 

 アポロンの意図が読めず、ベルを庇うように前に出たヘスティアは頭二つ分は高いアポロンを見上げる。

 

「しかし、君の眷属は至極元気だというのに、私の眷属(子供)は重傷を負わされた。それなりの代償を要求したい」

「はぁ? どういう意味だい。あの場でそんな怪我を負った者はいなかった。第一喧嘩両成敗で解決した問題を今更蒸し返す気かい?」

「喧嘩両成敗? 君はこれを見てもそう言えるのか?」

 

 左手を上げたアポロンが言いながら後ろを指し示すと、ライトが当たり全身に包帯とギプスだらけのルアン・エスペルの松葉杖を付いた姿を露わにした。

 

「痛ぇええええっ!! 超痛ぇえええええええええええっ!!」

「待てぇっ!」

 

 明らかに演技過剰な小人族(パルゥム)にヘスティアが声を上げる。

 

「あの小人族(パルゥム)君は喧嘩に参加すらしていないじゃないか! アルス君に、その、アレを、に、握られたまま、振り回されてただけじゃないか!」

 

 現場にいたヘスティアはルアンがアルスにどうされたかを見ているが、処女神としてその握られた名称を口にすることは出来ず、曖昧な表現で伝えるしかなかった。

 

「アレとはなんだい?」

「アレとは、ソレだよ!」

「だから、なんだと?」

 

 しつこく聞いてくるアポロンは明らかに分かった上でヘスティアに言わせようとしている。

 言えないヘスティアに代わって、当事者であるアルスが代行する。

 

→金〇だ!

  銀魂だ!

 

「そうそう、って合ってけるけど言い方!?」

 

 間違ってはいないが認めたくはないヘスティアに、アポロンは悲し気に首を振る。

 

「あっちの方も残念ながら…………ルアンは犠牲になったのだ。これからはルアンちゃんと、呼んであげてくれ」

「ぐっ、い、痛い、痛いぞぉっ!?」

「あの人、何故か胸を押さえてますが」

 

 何故かさっきより真に迫った声を上げているので主神同士の話し合いに思わずベルも口に出してしまったが、誰もそこにを気にしてはくれなかった。

 アポロンは慚愧に耐えんときつく握った右拳を胸に当てて左手を斜めに高く上げる。 

 

「ヘスティアに暴言を吐いたルアンが確かに悪い。だが、暴力で事態を解決しようとも、ここまでされねばならない道理はないはずだ!」

「全部出鱈目だ!」

「出鱈目なモノか! こちらには複数人の証人もいるのだ! 言い逃れは出来ないぞ!」

 

 次いで未だ胸を抑えるルアンの背後にライトが当てられ、アポロン曰く証人の三人の男達が照らされる。

 

「嵌められたな」

「証人を金で買収したか」

 

 即座にタケミカヅチとミアハはアポロンの手管を理解したが、弱小と零細ファミリアである彼らには何も出来ない。

 

「くっ、冗談じゃない。こんな茶番に付き合う義理はない! 帰るぞ、二人とも!」

「ほう、どうあっても罪を認める気はないと」

 

 偽物であっても証人を用意されては分が悪いと判断したヘスティアが、クラネル兄弟の手を持って会場を去ろうとするのを見てアポロンは呷るように続けて、反論の言葉がないことを確認して両手を広げる。

 

「ならば、仕方ない! 我がアポロンファミリアは君のヘスティアファミリアに戦争遊戯(ウォーゲーム)を申し込む。我々が勝ったら、君の眷属であるクラネル兄弟を貰い受ける!」

「はぁっ!?」

 

 突然の戦争遊戯(ウォーゲーム)の宣言に大広間が沸き立つ。

 娯楽に飢えている神々が囃し立て、この見世物を見逃すまいと人と神の輪がヘスティア達を逃がさない檻となった。

 

「ダメじゃないか、ヘスティア。こんな可愛い子達を独り占めしちゃあ」

「最初からそれが狙いか、この変態(ホモショタ)め!」

「酷い言い草だ」

「なんとでも言え! 戦争遊戯(ウォーゲーム)を僕らが受けなけれればならない道理はない。帰らせてもらう!」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)は両者が受諾して始めて成立する。ヘスティアが受け入れなければ、戦争遊戯(ウォーゲーム)は決して始まらないと規則で定められていた。

 中堅のアポロンファミリアに対して、ヘスティアファミリアはようやく零細を脱した弱小ファミリアに過ぎない。普通ならば勝負にもならないと誰もが考えるからこそ、ヘスティアはなんとしても申し込みを拒否するしかなかった。

 

「後悔することになるぞ、ヘスティア」

 

 背を向けたヘスティアに意味深な言葉をかけるアポロン。

 

「するものか! 行くよ、二人とも!」

「は、はい!」

「ほら、アルス君もって、なんで『どうぐぶくろ』を出しているんだい? というか持ってきてたのか」

 

 まずはこの大広間を出ようとしたヘスティアは、アルスが懐から取り出した『どうぐぶくろ』に手を入れているのにようやく気が付いた。

 ヘスティアに向かってニヤリと笑ったアルスが『どうぐぶくろ』からとある物を取り出して、勢いよく投げつけた――――松葉杖を付いているルアンの顔面に向かって。

 

→食らえ、うまのふん!

  食らえ、銅の短剣!

 

 Lv.3へと至った身体能力で投げられた『うまのふん』は、Lv.1でギブスや包帯をして怪我人の振りをする必要があったルアンに避けられるはずが無かった。

 

「へ? うわっ!? って、くっさあああああっ!!」

 

 顔面に当たってグチャッと砕けた『うまのふん』の勢いで倒れ込んだが、強烈な匂いが鼻を支配してルアンは思わず飛び跳ねた。

 ギブスや包帯がついた手で必死に顔面にへばりついている『うまのふん』を取ろうとしているルアンに、ヘスティアは一抹の哀れみを抱きながらアポロンに視線を移す。

 

「アポロン、君の眷属は重傷だというのに随分と元気に飛び跳ねられるね」

「…………」

 

 手袋に染み付いた『うまのふん』の匂いに顔を顰めたアルスが慎重に手袋を脱いで、アポロンの前の床に放り投げる。

 

「まあ、なんだっていい。君の顔に泥ならぬ糞を塗ったんだ。一つ以外は、何も言うまい――――――――――これ以上、僕達に関わるな」

 

 じゃあね、と言い捨てて、良くやったとバンバンとアルスの背中を叩きながらベルの手を引いて去って行くヘスティアの背中を見送るしかなかったアポロン。

 

「…………ヘスティア、これで済むと思うなよ」

 

 面白い余興だったと盛り上がる神々とは裏腹に、アポロンは忌々し気に吐き捨てる。

 まだ何も終わってはいなかった。

 

 

 

 

 






主人公、簡単にフレイヤに魅了されるの巻。

うまのふん、第一弾。




ひっそりと新作短編『乙骨憂太=碇シンジ』を投稿しています。

原作:呪術廻戦で畑違い?ですがよろしければどうぞ。


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第34話 神様が女としてベルが好きなんだってことも言った方がいい?

 

 

 

 

 

 10階層の行き止まり広間(ルーム)。十日前にデスコピオンが現れたことで立ち入り禁止にされたギリギリにある広間(ルーム)に鈍い剣戟の音が鳴り響く。

 

「やっ!」

 

 ベル・クラネルが持つ『どうのつるぎ』とアイズ・ヴァレンシュタインの『どうのつるぎ』がぶつかり合う。鉄や鋼といった金属がぶつかる甲高い音とは違う、銅同士の鈍く低い剣戟の音が連続する。

 

「っ!」

 

 Lv.6の身体能力を活かしたアイズが一瞬で背後に回り、『どうのつるぎ』を横薙ぎに振るうがベルも素早く反応して『どうのつるぎ』で防ぐ。

 

(うん、防げてる。避けるだけじゃなくて受け流しも出来るようになって守りの技が完成した)

 

 反転してからの強い威力での剣戟はまともに受ければ『どうのつるぎ』が折れてしまう。ベルが力任せに武器を置いておくのではなく、受け流して次の動作に活かすのを見てアイズは内心で少年の上達に感心する。

 反対にアイズの猛攻を凌ぐ立場にいるベルは必死に対応していた。

 

(やっぱりアイズさんは凄い! 僕も大分ステータスが上がっているのに全然追いつけないっ!)

 

 純粋なLv.差だけではなく、単純な戦いにおける技量が段違いに違うことを実感する。

 

(アルスもそうだけど、ステイタス全体がこの短期間で凄い速さで上がってる。修行を始めた当初はLv.2中位ほどだったのに、今はLv.3と言われても頷ける)

 

 午前中に行われたアルス・リリルカVSアイズ・レフィーヤの2対2でのことを思い出しながら、徐々に攻撃の鋭さの精度を上げていく。

 

「ふっ!」

「ぐぅっ!?」

 

 修行を始めた当初ならば絶対に防げない強めの連撃を加えてもベルは凌ぎ切った。同時に二人が持つ『どうのつるぎ』が負荷に耐えかねて半ばから折れる。

 アイズは砂漠に落ちた『どうのつるぎ』の折れた刃先を拾い上げながら、荒い息を抑えようと深く深呼吸をしているベルを見る。

 

「…………ここまで、だね」

 

 持ち込んだ武器と体感時間から判断して、名残惜し気に修行の終わりを告げる。

 

「はい、今日までありがとうございました!」

「私も、ありがとう。楽し、かったよ」

 

 深々と頭を下げるベル。

 一週間という短い時間でやはり何も分からなかった修行を振り返り、それでも得る物はあったとアイズも少ないながらも言葉を返す。

 

「いえ、そんな……」

「解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢――」

 

 僕の方が、と言いかけたベルの言葉を上塗りするようにレフィーヤ・ウィリディスの詠唱が響き渡る。

 

「アルクス・レイ!」

 

――――――――――レフィーヤは アルクス・レイを となえた!

 

 放たれるは単射魔法。しかも、標準対象を自動追尾する機能まで付いており、回避することは不可能。

 幾ら訓練用に威力を抑えているといっても、防御力が低いリリルカ・アーデではまともに受ければそれだけで戦闘不能になる。故に、リリルカが選んだのは積極的防衛。

 

「ヒャド!」

 

――――――――――リリルカは ヒャドを となえた!

 

 超短文詠唱の冷気系魔法(ヒャド)を相手に向かって放つのではなく、自身の少し前に作り出す。

 

「マジックバリア!」

 

――――――――――リリルカは マジックバリアを となえた!

――――――――――リリルカの 呪文耐性が すこし あがった!

 

 続けてヒャドと自身の間に緑色の魔法円を張った。

 直後、その場から動かなかったリリルカの前にある障害物を避ける機能は持っていない『アルクス・レイ』が氷の塊(ヒャド)をぶち破り、マジックバリアに着弾する。

 着弾の衝撃で舞い上がった砂煙がリリルカの姿を覆いつくす。

 

「むぅ、氷の塊(ヒャド)魔法耐性を上げて(マジックバリアで)防ぐとは、やるようになりましたね、リリ」

「全然防げていません! 物凄く痛いです!」

 

 砂煙が晴れた後には痛みに涙目になってはいるものの、普通に立っているリリルカが文句を吐く。

 火炎系魔法(メラ)では威力が弱く、閃光系魔法(ギラ)では拡散してしまい、爆発系魔法(イオ)では効果範囲が広すぎて自分を巻き込んでしまう。冷気系魔法(ヒャド)なら物理的な盾となるので良いと思ったが、足りないと思って呪文防御魔法(マジックバリア)も使ったのに『アルクス・レイ』は普通に貫通してきた。

 

「アルス様がいないから、治癒魔法をかけてもらえないのに」

 

 動けないほどではないが痛いものは痛い。この場にいないアルスの治癒魔法(ホイミ)が恋しいリリルカに苦笑しながらレフィーヤが近づく。

 

「弟子の傷を治す分のポーションぐらい私があげますよ」

「言いましたね! 言質は取りましたよ!」

 

 レフィーヤが常備しているポーションを渡すと、機敏な動きで受け取ったリリルカが遠慮なく飲む。

 そんな師弟の下に、アイズとベルが歩み寄る。

 

「レフィーヤ、そっちはどう?」

 

 アルスとベルに関してはある程度、想定通りに進んだがリリルカに関してはレフィーヤが監督していたのでアイズには状況が分からない。

 プハァ、とポーションを一気飲みして酒を飲んだ後のようなリリルカに、淑女としての嗜みを指導しようとしたレフィーヤは意識をアイズに向ける。

 

「まだまだ教えたいことは山ほどありますが、私達も遠征まで二日となると準備があるので時間的に厳しいですよね」

「うん。元々、遠征前の一週間の間だけって、約束だったから」

 

 最終日だけは丸一日かけて修行を行う為、人目の付きにくいダンジョンに潜っていた。

 

「こっちはある程度、形になったけど……」

「私も魔導師として基本的なことは伝えれたと思います。リリは向上心のある良い魔導師になれます」

「む、ベルはもう良い剣士になってる」

「リリは――」

「あの!」

 

 一時的な弟子に対して師として思うところがありまくる二人が言い募ろうとしたところで、長くなりそうな話を止める為にリリルカが大きな声を上げる。

 声を上げた甲斐もあって二人がリリルカに注目する。

 

「そろそろ地上に戻らないと日が暮れてしまいます。まだお話を続けるのであれば、私達は先に上がらしてもらいますが」

「私達も行きますよ」

「うん」

 

 あまり遅くはなれない事情もあったリリルカの提案に二人も乗って、置いていた荷物を回収していざ地上へと向かいかけたレフィーヤが足を止めた。

 

「地上に戻る前にリリに渡しておきたい物があります」

 

 昼食や簡単な治療具を入れていた鞄の中から先端が大きく翼を開いた形状の両手杖を取り出してリリルカに向けて差し出す。

 

「これは?」

「私がLv.3に上がるまで使っていた『ピオラの杖』です。これは杖型の魔剣で、魔力を込めれば短時間ですが『すばやさ』を上げることも出来る両手杖です。短い間でしたが、拙い私の教えに付いてきてくれたお礼です。受け取って下さい」

 

 贈り物だと言われたリリルカは目を丸くした後、嬉しさと戸惑いが入り混じった表情を浮かべてレフィーヤを見る。

 

「いえ、そんな、修行をつけてもらったのにお師匠様から物を貰うなんて出来ません!?」

「そんなことはありませんよ。教えることで、同時に私も多くの学びを得ることが出来ました」

 

 慌てて辞退しようとするリリルカだが、レフィーヤは優しく微笑んで首を振る。

 

「しかし、私達は別派閥の冒険者、師と弟子の関係も今日ここまでです。師として弟子に送る最後の餞別です。受け取っておきなさい」

「お師様……」

 

 師の言葉に、リリルカは泣きそうになりながらレフィーヤから『ビオラの杖』を受け取る。 

 

「教えて頂いた全てがリリの宝物です。ありがたく受け取らせて頂きます」

 

 リリルカが涙ぐみながらも笑顔で感謝を告げると、レフィーヤも満足したように笑い返す。

 その笑みをまともに見れなかったリリルカは、貰ったビオラの杖をレフィーヤに突きつける。

 

「これからはライバルとして接しさせて頂きます、レフィーヤ様!」

「ライバルなど笑止千万! 私もフィルヴィスさんに並行詠唱を教わって習得したので今この時も成長しているのです。まだまだ足元にも及ばせませんよ!」

「レフィーヤ様!」

「リリ!」

 

 なにか背後に夕日がありそうな青春劇を繰り広げる二人に、同じ師匠なのに餞別を用意していなかったアイズは慌てた。

 

「ご、ごめんね、ベル。私、何も用意してなくて。その、デスペレード(コレ)でもいい?」

「直ぐに渡す物が無いからって、第一等級武装を気軽に渡そうとしないでくれませんかね!?」

 

 直ぐに渡せる物が腰に差していた不壊属性(デュランダル)を持つ特殊武器(スペリオルズ)しかなく、震えながらデスペレードを差し出してきたアイズにベルが絶叫したのは余談である。

 

――――――――――リリルカは ピオラの杖を 手に入れた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一騒動があって地上に上がるのが遅れてしまい、ダンジョンを出た時には既に陽が完全に落ちていた。

 アイズ達と別れたベル達は速足で北のメインストリートに急いだ。

 

「お待たせしました、神様」

 

 待ち人はヘスティアファミリアの主神ヘスティア。

 バイト終わりの彼女は隣でジャガ丸くんを食べているアルス・クラネルを従え、腰の両手を上げてベルを気持ちだけ睥睨する。

 

「本当に待ったよ、ベル君…………なんで、リリルカ君の目元が赤いんだい?」

 

 ゴゴゴゴゴゴ、とオーラを纏っていたヘスティアはリリルカの異変に気づき、心配になってしまうところに人の好さならぬ神の良さが出ていた。

 

「青春の所為、ですかね」

「意味が分からないよ……」

 

 なんとか第一級武装(デスペレード)の餞別化を防いだベルの疲れた様子の返答に、言葉からでは何も連想できなかったヘスティアは取り合えず話を進めることにする。

 

「さて、一度だけと聞いていたロキの所の眷属()と修行を継続していたことに関して、僕に何か申し開きはあるかい?」

 

 ヘスティアは、アイズとレフィーヤの主神ロキとは犬猿の仲である。

 知られれば、このような展開になることは簡単に想像がついていた。情報漏洩がどこからかは、一人でジャガ丸くんを満喫しているアルスを見れば分かった。

 

「…………話しちゃったか、アルス」

「午前と午後で入れ替わりで僕を守ってくれようとしてくれたのは有り難いけど、せめてアルス君を先にすべきだったね。ジャガ丸くんの小豆クリーム味で簡単に口を割ったよ」

 

 午後の方が時間が長いと後を選んだベルの失策ではあったが後悔は無かった。

 

「期待は、ぐすっ、していませんでしたが、ヘスティア様に知られるのもある意味で予定の、ぐすっ、範囲内です」

 

 アルスから情報漏洩するのは想定していたと、リリルカが鼻を啜りながら答えるものだからヘスティアは反応に困ってしまう。

 

「本当に君に何があったんだい?」

「色々と、あったんです」

「物凄く聞きにくい雰囲気にしてくれるじゃないか」

 

 当事者には聞き難いのでベルに聞くも、アイズの餞別問題も連想してしまって遠い目をしていた。

 更なる追及の手を半ば止められたに等しいヘスティアは藪を突く危険性に恐れを為して断念することにした。

 

「…………このことをロキは知らないんだね?」

「多分、向こうも言ってないと思います。時間を取られる損はあっても得はないと思うので」

「逆にこちらは上級冒険者の指導を受けることが出来て得しかないと」

 

 自分達には得る物が多く、ロキ側には損しかないと分かったヘスティアはニタリと笑う。

 

「今回は許してあげるけど、秘密事はこれぐらいにしてくれよ? みんなに嘘をつかれるのは寂しいものなんだ」

 

 ヘスティアはそれだけ言うと、リリルカに近寄って頭を撫で始める。

 突然のことで驚くリリルカだが、すぐに嬉しそうに目を細めた。その光景を見てベルは微笑ましく思うと同時に、ヘスティアの気持ちを考える。

 

(もしも、僕が神様と同じ立場にいたら……)

 

 確かに一人だけ蚊帳の外に置かれることにショックを覚えるし、寂しさを感じる。今更ながらにヘスティアの気持ちを理解して申し訳なさが込み上げてきた。

 

「うっ、すみません」

「次は無い様にします」

 

 項垂れるベルの頭も撫でるヘスティアが言いたいことを、ジャガ丸くんの小豆クリーム味を食べきったアルスは『嘘は良くない』と適当に受け止めた。

 

→神様がホーム修繕費をおやつ代に流用していることも言った方がいい?

  神様が女としてベルが好きなんだってことも言った方がいい?

 

「アルス君、それは言っちゃあいけないやつっ!」

「ヘすテぃアさマぁ?」

「ひぃっ!? リリルカ君、その呼び方は夜には怖すぎるよ!?」

 

 ファミリアの金庫番から迫られて必死に弁明しているヘスティアに先程まであった影は無い。

 

「…………有耶無耶にしたね、アルス」

 

 誰にとっても後に引かないようにした策略に気づいたベルが聞くも、アルスはなんのこっちゃと首を傾げる。

 双子の兄弟に微妙な意識の齟齬が発生している間に、ヘスティアの向こう一カ月間のお小遣い無しを決めたリリルカがぷんぷん怒りながらベルの下へやってくる。

 

「ベル様、この後はどうしましょう? どこかでヘ! ス! ティア! 様! の奢り(・・)で食べて帰りますか?」

「夜の内にヴェルフが出来た装備を持ってきてくれると思うからホームに帰るよ」

「ほっ」

「ちっ」

 

 昨日の神の宴を途中退席したヴェルフ・クロッゾから出来上がった装備を今夜中に届けると連絡があったので、残り少ない資金が消費されるのを避けられてホッとしているヘスティアに舌打ちするリリルカ。

 実に対照的な一柱と一人に、思わず苦笑を漏らしたベルはふと顔を上げた。

 

(魔力?)

 

 ヘスティアのバイト先である北のメインストリートからホームのある廃教会はそれほど離れていないが、北西のメインストリートの間の人通りの少ない路地を通るのが近道となる。廃教会があるエリアは同じような建物が多い区画なので人通りが極端に減るのに、詠唱中や魔法行使の際に感じる出力の余波を朧気に感じたのだ。

 アルスが早期に魔法を使えるようになり、リリルカが魔導師になって、レフィーヤとの訓練を間近に見ていたベルの感知能力は増していた。

 

「アルス……」

 

 何か分かるかと双子の弟に聞こうと顔を向けると、アルスは背中の『ウダイオスの黒剣』に手を伸ばしている。

 

「リリ――」

「ヘスティア様の護衛はお任せ下さい。マジックバリアを張っておきますか?」

「…………向こうにこちらが気づいたことを悟られたくない。何時でも使えるようにはしておいて」

「了解です」

 

 完璧な対応の二人に少し寂しさを覚えながら修行の成果を確かなものとして実感したベルは、まだ状況が理解できていないヘスティアを見る。

 

「ど、どうしたんだい、みんな?」

「恐らく僕達目当ての待ち伏せです。足は止めないで下さい」

 

 歩みを止めようとしたヘスティアの背中をリリルカが押す。反対の手には貰ったばかりで慣れてない『ビオラの杖』ではなく『まどうしの杖』が握られている。アルスも『ウダイオスの黒剣』の柄は持っているが引き抜いてはいない。

 

「この先で魔法の詠唱中か、その寸前の状態で待っていると思われます。場合によっては直ぐに離脱しますから、神様も覚悟だけはしておいて下さい」

「待ち伏せってことはアポロンファミリアかい?」

「まだ、そこまでは分かりません。昨日の今日で何かしてくるとは思えませんけど」

「いや、アポロンの性格を考えるとありえないことじゃない。最初はまた何かこじつけてちょっかいをかけてくるかと思ったけど、直接手を出してくるか……!」

「まだアポロンファミリアとは限りませんよ」

 

 言っている間に廃教会に通じる通路へと入った。

 先頭はベル、真ん中にヘスティアとリリルカが続き、背後をアルスが守る。

 

「ああ――」

 

 ベルは先程言ったばかりの言葉を撤回しなければならなかった。

 周囲の建物の屋根や屋上に佇む、夜の闇に溶け込むような黒いファミリアの制服等を着た者達が視界の中で確認できるだけ20人前後の人影。彼らの胸元の赤い太陽の徽章が示すのはアポロンファミリアの所属。

 ファミリアの黒い制服を身を包む中でただ一人、独自の服を纏い赤い外套で口元まで覆ったエルフのリッソスが右手を上空に向かって高く上げた。リッソスの行動をきっかけとして、弓矢や剣、斧といった武器を構え、詠唱を済ませて待機状態であった複数の魔導士から大きな魔力が吹き上がる。

 

「――――放て!」

 

 リッソスの合図で、魔法と爆薬が結わえられた矢が放たれた。

 

「イオ」

 

――――――――――アルスは イオを となえた!

 

 迎え撃つようにアルスが爆発系魔法(イオ)を放って初弾を相殺するが、襲撃者達は既に次弾を準備している。

 

「リリ!」

「へぐっ!?」

 

 先頭にいたベルが転進して半ばタックルするようにヘスティアを抱え上げて走り出す。

 

「マジックバリア!」

 

――――――――――リリルカは マジックバリアを となえた!

――――――――――リリルカたちの 呪文耐性が すこし あがった!

 

 背後で爆薬が結わえられた矢と地面に着弾する魔法の爆風に押し出されながら、最も厄介な遠距離魔法の危険性を減らしてリリルカが続き、『ウダイオスの黒剣』を抜いたアルスが殿を務めて一行はその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 





 作中に登場した『ビオラの杖』はダンまち世界では杖型の魔剣となっています。レフィーヤは既に何回か『ビオラの杖』を道具として使っているので次に使ったら壊れます。


 原作ではベルがファイアボルトを使えるか確認する為、フレイヤファミリアの襲撃がありましたが、本作ではファイアボルトの魔導書はギルド預かりになり、その機会は訪れず。

 代わりというわけではありませんが、アポロンファミリアによる襲撃です。



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第35話 さっさと逃げようぜ、ベル

 

 

 

 

 

 アポロンファミリアの襲撃を受けたヘスティアファミリア一行は闇夜の中を疾走する。

 

「大丈夫ですか、神様?」

「ああ、僕は平気だ」

 

 一般人と変わらないヘスティアの体は冒険者のように丈夫に出来ていない。

 先程は少し勢いが強過ぎたが、可能な限り揺らさないように走るベル・クラネルにお姫様抱っこではなく肩で抱えられている現状にちょっと不満を抱く。

 

(この持ち方の方が片手が空くから良いのだというのは分かってはいるんだ。分かってはいるんだけど!)

 

 お荷物なのは事実なので文句を言う資格はないが、文字通り荷物のように抱えられているのはヘスティアの乙女な部分が内心だけに叫ぶことを許した。

 

「襲撃者はアポロンファミリアの徽章の入った服を身に着けていました。間違いありません。ソーマファミリアと同じくファミリアぐるみでの襲撃です。ですが、まさか街中で仕掛けてくるとは」

「おのれ、アポロンめ! いきなり強硬手段で来たか」

「新手が来ます!」

 

 リリルカ・アーデの叫びにヘスティアが顔を上げれば、逃げている方向の建物の屋根から待ち構えていたらしい二人の冒険者が飛び降りてくるのが見えた。

 ヘスティアを抱えているベルに代わって前に出るのは『ウダイオスの黒剣』を抜き放ったアルス・クラネル。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、剣を ぶんまわした!

 

 二人の獣人冒険者は持っていた短剣で防御しようとするが『ウダイオスの黒剣』は、まるで最初から何も無かったかのように打ち砕く。

 大剣の側面で弾き飛ばされた二人は横の建物の壁を粉砕しながら一瞬でヘスティアの視界から消えた。

 

――――――――――アポロンファミリア冒険者たちに ダメージ!

――――――――――アポロンファミリア冒険者たちを やっつけた!

――――――――――アルスたちは180ポイントの経験値を かくとく!

 

「すごっ……生きてるのかい、あの二人?」

 

 止まることなく直ぐに走り抜けたので二人が生きているかもわからない。

 

「敵のことなど、どうでもいいです! このルートは待ち伏せされている可能性が高いです!」

「こっちにいたぞ!」

 

 リリルカが言った直後、屋根の上から弓を持った冒険者が叫び、連鎖するように冒険者達の声が響く。無数の足音が左右前後から響き、襲撃の気配は途切れる様子を見せない。

 ベル達を見つけた弓を持った冒険者が矢を射かけてくる。

 

「うわぁああああっ!?」

 

 矢はヘスティアを掠りもしなかったが、視界に映った自分を傷つける武器に悲鳴を上げる。

 

「メラ!」

 

――――――――――リリルカは メラを となえた!

 

 リリルカが『まどうしの杖』だけを追いかけてくる屋根の上の射手に向けて火の玉を放った。

 

「ぎゃああああっ!?」

 

――――――――――アポロンファミリア冒険者に ダメージ!

――――――――――アポロンファミリア冒険者を やっつけた!

――――――――――アルスたちは86ポイントの経験値を かくとく!

 

 大して狙ったように見えないのに着弾したことは射手の悲鳴が伝えてくれた。ヘスティアは振り返る気にもなれず、ベルの肩の上で固まる。

 

「みんな、とにかく今はギルドへ向かうんだ! 奴らもギルド(あそこ)なら手が出せないはずだ…………って、行き止まり!?」

「神様、しっかりと口を閉じていて下さい! 舌を噛みますよ!」

「え、まさか、うわぁあああああああああ!?」

 

 目の前には袋小路になった通路。数メートルはある建物の壁が迫って来てもベルは速度を緩めることなく、一度深く踏み込んで飛んだ。後に続いてリリルカ、アルスも飛び上がり、抱えられているヘスティアも含めて四人は道を塞いでいた建物の屋根に着地した。

 しかし、ベルは走り出すことなく足を止めている。同じ屋根の上の先に数人の人がいたからだ。

 

「先回り…………いえ、行動を呼んでの待ち伏せですか」

 

 実はやってから自分が建物を飛び越えられるほどステータスが上がっていることに内心で飛び跳ねたいリリルカは、表にはおくびにも出さないまま進路を塞ぐ二人の少女――――――ダフネ・ラウロスとカサンドラ・イリオンを見据える。

 周囲には二人だけでなく、最低でも五人以上のアポロンファミリア冒険者がいて、気配が次々とこの場に向かって来ている。

 

「お察しの通り、何せ数が違うんだから早々に諦めた方がいいよ」

 

 ダフネはベル達の抵抗は無駄な徒労でしかないと憐れむ目を向ける。

 

「アポロン様は気に入った子供を地の果てまでも追いかける。ウチやカサンドラもそうだった」

 

 忠告すると同時に自分達も同様の境遇だったと告白したダフネは風に揺れる前髪を抑える。

 

「都市から都市、国から国まで、観念するまでどこまでも…………さっさと投降してくれない? 仲間になる子に手荒なことはしたくないんだけど」

 

 ベル達の返事は決まっていた。

 

「あなた達も一度は逃げたのなら、リリ達がどのような返事をするのか分かっているのでしょう?」

「リリの言う通りです。僕達の返事は決まっています」

「まあ、そうだよね。じゃあ、かかれ!」

 

 予想して通りの流れになって一度嘆息したダフネが号令をかける。

 号令に従って五人が一斉に周囲の建物からベル達の方へとそれぞれの武器を持って襲い掛かってきた。

 

「ベギラマ」

 

――――――――――アルスは ベギラマを となえた!

 

 アルスが一歩前に出て閃光系魔法(ベギラマ)を、大きく手を振り回しながら放った。

 

「くっ!?」

 

 ベル達がいる側を中心にして半円を描くように閃光系魔法(ベギラマ)によって生み出された炎の壁が立ち上がり、ダフネが慌てて距離を取る。空中にいて襲い掛かってきた五人は回避などできず、まともに炎の壁に突っ込み、突破できずに焼かれて屋根から落ちていく。

 

――――――――――アポロンファミリア冒険者たちに ダメージ!

――――――――――アポロンファミリア冒険者たちを やっつけた!

――――――――――アルスたちは438ポイントの経験値を かくとく!

 

→ここは食い止める。先に行け

  ここは任せた。先に行かせてもらう

 

「いいんだね?」

 

→任せろ。別にあいつらを倒してしまってもいいんだろ?

  やっぱり無理かも。みんなで倒そう

 

「頼んだよ、アルス! 行くよ、リリ!」

「はい!」

 

 アルスにこの場を任せ、一度背後の別の建物に飛んでさっきとは別の路地にベル達が降りたところで炎の壁が横合いから吹き消された。

 ダフネから視線を外さないまま、アルスがチラリと発生源を見れば次々と現れた冒険者の内の獣人の一人が短剣型の魔剣を向けている。

 

「仲間を逃がしたって、こっちはファミリア総出で追い立ててるんだから無駄無駄。どうせ仲間になるんだから諦めればいいのに」

 

 続々と集まってくる仲間の中で、ただ一人だけ残ったアルスが戦意も高らかに『ウダイオスの黒剣』を軽く振るうと風圧だけで屋根の一部が吹き飛んだ。

 恐るべき威力を感じさせる行為に、しかしアポロンへの愛に忠心しているアポロンファミリア冒険者に臆する者はいない。

 

「ダフネちゃん、やっぱりヘスティアファミリアを刺激するのは良くない気がする」

 

 何かきっかけがあれば爆発しそうな緊張感の中で、それまで黙っていたカサンドラが突然ダフネに向かって話しかける。

 

「なに、またいつもの予知夢?」

 

 炎の壁に突っ込んだ中にはかなりの重傷者もいる様子なので、治癒術師のカサンドラには早く治療に向かってほしい時に何時もの戯言を繰り出されて溜息も一緒に漏れる。

 

「うん、兎の群れが次々に月を飛び越えて太陽を砕いちゃうの。きっと、このまま行くと取り返しのつかないことに……」

「はいはい、馬鹿なこと言ってないでアンタは怪我人の治療に向かいなさい」

 

 これだから良いところの育ちは厄介だと、適当にあしらいながらカサンドラを屋根から下ろさせて怪我人の下に押し出し、ダフネは集まってきた仲間にジェスチャーで指示を出す。

 

「相手は魔法を使ってくるから気を付けなさい!」

「へい、ダフネの姉御!」

「誰だ、姉御って呼んだのは!?」

「じゃあ、女王様!」

「もっと悪いわ!」

 

 叫んだダフネが取り出した『ビーストウィップ』を振るって屋根の一部を欠損させる。

 

「馬鹿言ってないで、さっさとかかりなさい!」

 

 やっぱり女王様だ、と対峙するアルスが思ったかどうかは定かではない。

 

「もう、どうして信じてくれないの……」

 

 爆発音などの相次ぐ戦闘音が遠くに聞こえる程度には離れた路地を走るベル達。時折現れる襲撃者を撃退しながらも、方向転換を強いられて中々ギルドに近づけないでいた。

 

「アルス君は派手にやってるようだね。すまない、二人とも。僕が足を引っ張ってしまって」

 

 アルスがいない状況でヘスティアを抱えてベルの片手が塞がるのはデメリットでしかなく、自分の足で走ってもらったことで一行の移動速度が激減していた。

 

「神様の所為じゃないです」

 

 言ったように一般人と変わらない強度しかないヘスティアがいるからこそ、下界最大の大罪である『神殺し』を恐れてアポロンファミリアの冒険者も威力を抑えた攻撃にしなければならない制限がある。

 とはいえ、早くも息が上がっているヘスティアをチラリと見てベルが方策を考えていると、殿を務めるベルの代わりに先頭を走っていたリリルカが何かに気づいた。

 

「ベル様!」

 

 一人の男が進行方向の壁に寄りかかって立っていた。

 ベル達の姿を見咎めると、男――――ヒュアキントス・クリオは壁から離れてベル達の進行方向を塞ぐように立つ。

 

「ヒュアキントスさん……」

「ここまで逃げるとは上出来だ。喜べ、私自ら相手をしてやる」

 

 ヒュアキントスが腰に差している鞘から『太陽のフランベルジュ』を引き抜く。

 戦闘態勢を整えるヒュアキントスを前にして、『てつのつるぎ+2』を抜いたベルの脳裏を過るのは火鉢亭での一件。まだLv.2の頃で今よりもレベルが3つも下だったとはいえ、一撃で地に叩きつけられた記憶はまだ新しい。

 

「アポロン様を寵愛を向ける貴様が憎くてしょうがないが、これも主の望み。栄えある我がファミリアの一員にしてやる!」

「世迷言を――やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――ヒュアキントスは ひらりと みをかわした!

 

「遅い。兎風情が吠えるな!」

 

――――――――――ヒュアキントスの こうげき!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

「ぐぅっ!?」

 

 ヒュアキントスの速度はベルよりも圧倒的に早い。アイズの薫陶で咄嗟に防御しなければ今の一撃でやられていたことだろう。

 しかし、ヒュアキントスの攻撃はまだ終わっていない。

 

「ボミエ!」

 

――――――――――リリルカは ボミエを となえた!

――――――――――ヒュアキントスの すばやさを かなり さげた!

 

 更にベルに向かって踏み込んだところで、リリルカの敵速度低下魔法(ボミエ)が発動してヒュアキントスの動きが遅くなった。お蔭でベルが一歩下がってヒュアキントスの攻撃を避ける余裕が出来た。

 

「体が……速度減退の魔法か」

「やっ!」

「ぬぅっ!?」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――ヒュアキントスは 攻撃を武器で はじいた!

 

「だが、まだ私の方が早い!」

「ボミエ!」

 

――――――――――リリルカは ボミエを となえた!

――――――――――ヒュアキントスの すばやさを かなり さげた!

 

「ジバリア」

 

――――――――――ベルは ジバリアを となえた!

――――――――――ヒュアキントスに ジバリアを しかけた!

 

 リリルカの敵速度低下魔法(ボミエ)に合わせて、ベルも地雷系魔法(ジバリア)を仕掛けておく。発動はまだしない。

 

「減退魔法の重ね掛けだと、厄介な!」

 

 思う動きよりも二段階は遅くなった速度にクラネル兄弟にばかり注目していたヒュアキントスは魔導師成り立てと見くびっていたリリルカに初めて注目し、先に倒すべしと定めた。

 

「我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ!我が名は罪、風の悋気――」

「魔法は使わせない! マホトーン!」

 

 睨み合うベルの隙を縫ってリリルカを攻撃するのは難しいと魔法の詠唱を始めたが、それよりも超短文詠唱で敵魔法封印魔法(マホトーン)を放つリリルカの方が圧倒的に早かった。

 紫色の光がヒュアキントスを一瞬覆いつくし、詠唱を封じられた魔法の魔力が拡散する。

 

「――――ハッ、馬鹿な詠唱を封じる魔法だと!?」

「隙あり!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――ヒュアキントスに ダメージ!

 

 今まで聞いたこともない魔法にヒュアキントスが驚愕してベルから意識が外れた。その一瞬に『てつのつるぎ+2』に炎を纏わせたベルの一撃がヒュアキントスに命中する。

 

「ぬぅっ!? Lv.2に成り立ての小僧がこの私にき、傷をつけるなど…………許さんぞ!」

「ぐあっ!?」

 

――――――――――ヒュアキントスの こうげき!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

 速度が同じになろうとも真正面からの単純な力の差は大きい。武器ごとベルを弾き飛ばしたヒュアキントスが『連理の短剣』を抜き、リリルカに向けて投げた。

 

「きゃっ!?」

 

 『連理の短剣』を『まどうしの杖』で受けたがリリルカの体勢が崩れる。

 魔法を受けて落ちたといっても、まだベル並みの早さでヒュアキントスがリリルカに近づき、『太陽のフランベルジュ』を振り上げる。

 

「リリルカ君!?」

「トドメ――ぬぅっ!?」

 

――――――――――ベルの ジバリアが 発動!

――――――――――ヒュアキントスに ダメージ!

 

 足元に設置してあった魔法陣から巨大な岩が突如として盛り上がってヒュアキントスを傷つけ、体勢が崩れる。

 

「足元がお留守ですよ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――ヒュアキントスに ダメージ!

 

 迫ったベルの斬撃を受けたヒュアキントスが一歩、二歩と後退する。その時にはもうリリルカも崩れた体勢を整えていた。

 攻撃を加えたベルはリリルカと間近で見る怪物祭とは桁違いの戦闘に固まっているヘスティアの前に移動する。

 ポタ、ポタとヒュアキントスの頬から垂れた血が顎を伝って地面に落ちる。

 

「ち、血だと……っ!? この、わ、私の顔に傷を!?」

 

 頬を流れる汗とは違う感覚に手をやったヒュアキントスは、先のベルの斬撃が防御をすり抜けて浅く切り付けて裂けた傷から血が流れていることに気づいて激昂する。

 

「許さん! 貴様らはもはや生かしてはおけん!」

「きゃっ!?」

 

 唯一持っていた『太陽のフランベルジュ』を投擲して、リリルカが咄嗟に構えた『まどうしの杖』を貫き飛ばす。

 

「リリ!? ぐぅっ!?」

 

 一秒にも見たない間、リリルカに気を取られたベルに向かって、ヒュアキントスが途中で落ちていた『連理の短剣』を拾って攻撃を仕掛ける。

 

「うぉおおおおおおっ!」

「っ!?」

 

 上回る力でベルの『てつのつるぎ+2』を弾き飛ばし、一気呵成の連撃を放つ。

 『太陽のフランベルジュ』に腹を貫かれたリリルカにヘスティアが駆け寄っている間に、短剣やブーメランに装備を切り替える間も与えない連撃にベルの体が血に塗れていく。

 

「ベル君!」

「神ヘスティア! 送還されたくなければ、そこから動くな!」

「うっ」

 

 なにも出来なくても本能的に助けに動こうとしたヘスティアを狂相で封じるヒュアキントス。

 

「死ね死ね死ね死ね――!」

 

 ヒュアキントスが息の続く限りの連撃を放ち切り、ベルがその場に崩れ落ちる。

 はぁはぁ、と息を乱したヒュアキントスが地に落ちたベルの髪を掴み、引き上がればその瞳にはまだ意志の光があった。

 

「――――まだ意識があるのか。しかし、醜い顔だ。品もない。何故、アポロン様はこのような輩に執着されるのか!」

 

 髪を持った手を振ってベルを壁に叩きつけ、『連理の短剣』を投げつけて『くさりかたびら』を貫いて肩に突き刺したヒュアキントスが歩み寄る。

 足を振り上げ、ベルの肩を貫いた『連理の短剣』の鍔を踏みつける。

 

「ぐああああああ!」

「私も身も心もあの方に捧げている。私だけがあの方の全てを受け止められる。その私の顔に傷をつけた報いがこの程度ではとても釣り合わん!」

 

 痛みの叫びを汚いものとして顔を歪めたヒュアキントスは、表情を変えたことで走った頬の痛みに傷つけられた怒りを再燃させる。

 

「どうせ後で治すのだ。腕や足の一本、斬っても構うまい」

 

 踏みつけている『連理の短剣』を上から下へと一気に踏み抜こうするヒュアキントスにヘスティアが飛び出そうとしたその時。

 

「――――よう、色男。面白そうなことやってるな、俺も混ぜてくれよ」

「ヴェルフ君!?」

 

 ベル達がやってきたのとは反対方向から、着流しに『はがねのオノ』を持ったヴェルフ・クロッゾが息を乱しながら現れた。

 

「ヘファイトスファミリアの鍛冶師…………他派閥の者が口を出してくるな」

「おいおい、俺はヘスティアファミリアとパーティーを組んでるんだ。部外者扱いされちゃあ困るぜ。今日も中々待ち合わせの時間に現れないんで、態々四方探してようやく見つけたんだぞ」

「知ったことか。貴様の行動、神ヘファイトスの神意ではあるまい。個人でアポロンファミリアに盾突く気か?」

 

 一度傷だらけのベルや腹を波状剣(フランベルジュ)に貫かれているリリルカに目をやったヴェルフに迷いの色は無かった。

 

「仲間の危機を無視できるほど、薄情じゃないつもりなんでね」

「Lv.2程度で私に敵うとでも思っているのならば、その思い上がりが命取りとなるぞ」

「ああ、傷を負っていてもお前さんの相手は俺一人じゃあ、まず無理だわな」

 

 瞬間、ヒュアキントスは何かを感じ取ったようにその場から飛び退いた。

 ヒュアキントスが飛び退く前にいた足元にどこからか放たれた三本の矢が突き刺さる。

 

射手(スナイパー)か」

 

 ヒュアキントスが睨んだ通り、この場所を見ることが出来る高い尖塔の上にいたミアハファミリア所属ナァーザ・エリスイスが次の矢を取り出す。

 

「避けられた。これだから上級冒険者は嫌い。ベル達、早く逃げて」

「2対1なら倒せなくても、時間稼ぎぐらいは出来るはずだ」

 

 『はがねのオノ』を肩に担ぎ、他の装備は何一つ持っていないし纏っていないヴェルフはそう言ってベル達を見る。

 

「行けよ、お前ら。ここは俺達に任せろ」

「でも……」

 

 リリルカは動かせず、ベルも重症だ。なにより助けに来てくれたヴェルフを置いていくことが出来ないヘスティアの下に、遅れて息を切らせたミアハがやってきた。

 

「無事か、ヘスティア」

「ミアハ、君まで。どうして……」

「騒ぎを聞いて駆け付けたが、間に合って良かった。アルスの方も派手にやっているようで大立ち回りを演じているよ」

 

 二人の下に屈んだミアハが刺さっている刃物を躊躇いなく次々に抜き、ポケットから取り出したハイポーションをかけて癒す。

 ベルの傷は全身に及んでいるので全回復とまではいかなかったが、動ける程度には回復している。刃物が刺さっていた腹部を摩っているリリルカよりも先に立ち上がってミアハを見る。

 

「ありがとうございます、ミアハ様。ありがとう、ヴェルフ」

「礼は良い。早く行け」

「…………ごめん、ミアハ!」

 

 ミアハによって押し出されるように再び走り出した三人。

 立ち塞がるように立つヴェルフを見据えたヒュアキントスは、ミアハがまだ回復薬を持っている可能性に思い至って大きな舌打ちを漏らす。

 

「ちっ、邪魔者達が…………まあ、いい。ギルドへの道は封じている。もう逃げられん」

 

――――――――――ベルたちは1000ポイントの経験値を かくとく!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲撃を避けてギルドを目指そうとも包囲網に穴はなく、神経を休ませる必要があったベル達を連れたヘスティアはレンガ造りの橋の下に身を隠す。

 

「大丈夫かい、二人とも」

「はい、なんとか」

「リリは平気です」

 

 壁に身を預けてはいても、何時でも動ける姿勢のままで応えた二人の顔には疲労の色が濃い。

 傷は癒えても守られるだけだったヘスティアと違って今も緊張の糸は張りっぱなしで、特にベルはその目をアポロンファミリア冒険者と見られる足音や声が聞こえる度に落ち着きなく左右に揺り動かしている。

 

「アルス君の安否は分からず、ギルドはまだ先だ。追っ手も沢山いるだろう」

 

 半ばから折れた『まどうしの杖』から『ビオラの杖』に持ち替えたリリルカがヘスティアの言葉に反応する。

 

「ヘスティア様、本当にギルドに行って大丈夫なのでしょうか? 街中で仕掛けてきたということは、アポロンファミリアもギルドの処罰は覚悟の上のはず。直接的な武力を持たないギルドに出来ることは精々がガネーシャファミリアに事態の鎮圧を頼むことだけ。ギルドには出来ることに限界があります」

「ああ、分かっている。だけど、僕達には他に方法がない」

「そうだよ、リリ。これだけの事態だからガネーシャファミリアも動くはず。アポロンファミリアもトップ派閥のガネーシャファミリアに敵うはずがないから、時間をかければかけるだけ僕達の有利になるはず――」

 

 時間こそが自分達に有利に働くはずだというベルの推測は、外から大音声で響いてきた声によって消し飛ばされる。

 

『聞こえているか、ヘスティアファミリア!』

 

 広大なオラリオの街全てに響きそうなヒュアキントスの大声。

 

『どこに隠れようと我々は貴様らを追い続ける! この一時を凌ごうが無駄だぞ! 地上でもダンジョンでも同じことだ! この先、貴様達に安息の日々はないと思え!』

「どこにも……」

「これでは逃げ場など……」

 

 皮肉にも先程のヒュアキントスの狂気ともいうべきアポロンへの狂信が、言葉に説得力を持たせてベル達に覆いかぶさってきた。儚い希望を打ち砕くヒュアキントスの宣言に二人の心が折れかける。

 

「くっ、二人とも聞いてくれ。このままじゃあ僕達に未来はない。打開策は二つ。勝ち目の薄い戦いに挑むか、このオラリオから逃げるか」

 

 残された選択肢に歯噛みしながらヘスティアは精一杯の笑ってみせる。

 

「僕は君達がいてくれるならどこに行こうとへっちゃらだ。アポロンが諦めるまで、ずっと逃避行を続けてやる」

「神様とずっと」

「ヘスティア様」

 

 英雄になる夢を捨て、憧憬を忘れて暮らす生活に心を揺らしたベルの背後に、橋の上から降り立った傷だらけのアルスが問いかける。

 

→それでいいのか、ベル

  さっさと逃げようぜ、ベル

 

「アルス……」

 

 ボロボロになって最早、意味を為していない『くさりかたびら』を着ているアルスの問いかけに、ベルは観念したように肩から力を抜く。

 

「そうだね、アルス君。決めたんだ、もう逃げないって」

 

 一度自らの立脚点を振り返るように足元を見下ろしたベルが顔を上げてヘスティアを見る。その目には一度は消えかけた意志の輝きがあった。

 

「神様、僕は戦います。どれだけ勝ち目が薄くても、逃げたくありません」

「ベル様……」

 

 他者に意志を伝播させるほどの輝きはリリルカにも及ぶ。

 立ち上がった二人に、フッと笑ったアルスが口を暗く。

 

→逃げてたら、ハーレムを作るベルの夢が叶えられないもんな

  逃げてたら、英雄になるなんてそれこそベルの夢物語になる

 

「人聞きの悪いことを言わないで!」

「べ~る~く~ん!」

「ひぃっ、誤解です神様!」

 

 今まで小声だったのに、目をひっくり返したヘスティアに迫られたベルから大きな声が出てしまった。

 

「いたぞ、水路だ!」

「あ~あ、ベル様が大声を出すから気づかれてしまいました」

「僕が悪いの!?」

 

 放たれた魔法が着弾した橋下から逃げ出したベル達に、先程まであった悲壮感はない。

 アルスが合流して、一気にらしくなったパーティーに再びベルの肩に背負われたまま笑みを浮かべたヘスティアは覚悟を決めた。

 

「立ち向かうと決めたのなら、北じゃなくて南西を目指すんだ」

「え、南西ってまさか」

 

 これまでとは真逆の方向を指し示したヘスティアに真っ先にリリルカが気づいた。

 

 

 

 

 

 南西の方角、大した妨害もなくヘスティアが指し示した目的地に辿り着いた。

 

「敵の本拠地。アポロンファミリアのホーム。灯台下暗しとはよく言ったものですね。逆に警戒が手薄でした」

「理由があって警戒を手薄にしてるんだろうけどね。アポロン、いるんだろ! 直ぐに門を開けろ!」

 

 表門の前から大きな声でヘスティアが呼びかけると、広い前庭にいたアポロンファミリア冒険者が大きな門を開けた。

 

「ほらね」

「待ち構えていた、ということですか」

「さあ、行くよ」

 

 中央通路の両側にはまだ二十人以上のアポロンファミリア冒険者が並んでいて、ベル達は彼らに見られながら進む。

 列の端でヘスティアが足を止めると、見計らったように館の扉が開いてアポロンが姿を見せる。

 数歩前に出て玄関の階段の上からアポロンがヘスティアを嫌らしい顔で見下ろす。

 

「いやぁ、ヘスティア。こんなところまで乗り込んできて、どうしたというのかな? 街中が騒がしいようだが」

「白々しい」

 

 唾でも吐き捨てるような様子のヘスティアをますます楽しそうに笑顔を深めるアポロン。

 

「ふふ、折角来たのだ。タダで帰してもらえると思ったら、そうは問屋が下ろさないことは分かるだろう。なんだったら、一番大切なモノを譲ってくれるのであればヘスティアだけは帰れるようにしてやるのも吝かではないぞ。悪い話ではないと思うが、如何かな」

 

 選択を与えているようで実のところ全く選択の余地が無いアポロンの言葉に答えることなく、ヘスティアは列の端にいた小人族(パルゥム)のルアン・エスペルを見る。

 

「そこの小人族(パルゥム)君、君の手袋を貸してくれ。アルス君は『どうぐぶくろ』を」

「え、あ、はい」

 

 奉じていない神とはいえ神の命令である。戸惑いながらもルアンは自分がしていた白い手袋を外して差し出す。

 受け取った白い手袋を右手に嵌めて、次いでヘスティアはアルスから『どうぐぶくろ』を受け取って両方を後ろ手に回しながら玄関の階段を登る。

 

「アポロン、君に渡したい物がある。受け取ってくれるかい?」

「いいだろう。我がホームに来たバカげた勇気を評して、寛大に受け取ってやろう」

 

 初めは手袋を投げつけるのかと思ったアポロンは訝し気ながらも、アルスが渡した『どうぐぶくろ』は大した厚みもなく大きさも巾着袋程度なので大して心配はしなかった。

 

「物分かりが良くて助かるよ。ずっとずっとアタタメてきた、とっても、とっっっても大切なモノだ。大事にしてくれ。返品は受け付けていないよ」

 

 背後から出された物はヘスティアの手に隠れて見えない。

 ヘスティアに何も出来るはずがないと侮っているアポロンは何か分からないまま、手の中に隠れる程度なら宝石かと思いながら受け取ってしまった。

 

「? どれどれ……お、おおっ、なんとかぐわしい香り……っ!こ、これは……っ!」

 

 自分の手の上に乗せられたソレ(・・)から漂ってきた香ばしい匂いに見る前に正体を悟り、目でも視界の中に入れた。

 

「……って、『うまのふん』じゃないかァ!!」

「ふん!」

 

 アポロンが地面に叩きつけるよりも早く、飛び上がったヘスティアの拳が『うまのふん』が載せられたアポロンの手を下から殴り上げた。

 階段の途中で飛び上がったりするものだから体勢を崩したヘスティアを咄嗟にベルが支える。

 

「あがっ!?」

 

 手の位置が悪く、殴り上げられた手から飛んだ『うまのふん』がアポロンの顔にベチャリと音を立ててぶつかった。

 

「はっはぁっ! 君なんか『うまのふん』がお似合いだよ!」

 

 ベルに支えられながらルアンの手袋を外して地面に叩きつけたヘスティアが中指を立てた直後、ズルッとアポロンの顔から『うまのふん』が落ちて足の間に落ちる。

 

「――――――こ、この私を怒らせたな、ヘスティア! ここまで私を虚仮にしてタダでスむと思っているのか!!」

「はっ、ようやく化けの皮が外れたじゃないか、アポロン。君が言った事だろう。ああ、受けてやろうじゃないか、戦争遊戯(ウォーゲーム)を!」

 

 眷属に怒りのままに皆殺しを指示しようとしたアポロンの口が止まる。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の合意が為されたことで、この場でヘスティアファミリアに手を出すことが出来なくなったからだ。

 

「ぐぐぐ、これで神双方の合意は成った。私を怒らせた報いだ! ヘスティア、お前の全てを力尽くで奪ってやろう!」

 

 クラネル兄弟を奪うだけでは足りない。ヘスティアの持つ全てを奪い尽くさなければアポロンの気が済まない。

 

「やってみろ、アポロン! 泣いて詫びようが君を絶対に許さないからな!」

 

 言い返すヘスティアもツインテールが踊り狂うほどの気炎で、本気の怒りが両者の間で火花を散らす。

 

「諸君、戦争遊戯(ウォーゲーム)だ!」「よっしゃー!」「ギルドに戦争遊戯(ウォーゲーム)を申請しろ」「臨時の神会(デナトゥス)も招集だ」「漲ってきた!」「久々の祭りだ!」

 

 途端に敷地内から神々が次々に姿を現し、周囲は一気に慌ただしくなった。

 

「暇な神々……」

 

 一緒に盛り上がって両手を上げて叫んでいるアルスの横で、なんとなく波に乗り切れなかったリリルカが深い溜息を吐くのだった。 

 

 

 

 

 





 うまのふん第二弾。


 取得経験値について、
 アポロンファミリアのLv.2は90、Lv.1は86と想定しました。Lv.1の86はダーハルネでのデルカダール兵の経験値から。

 ヒュアキントス戦の1000は、DQ11 ダーハルネの町でホメロスに勝利したら2000の経験値を獲得できるので、ほぼ敗北とはいえ戦闘したので取り敢えず半分ということで。

 その他の分はアルスが倒した分を計上します。
 ステータスは次回で。


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第36話 今からダンジョンに行くぞ!




【アルス・クラネル Lv.3(レベル21)
 HP:151(+35)
 MP;75
 ちから:58(+8)
 みのまもり:25
 すばやさ:67
 きようさ:40
 こうげき魔力:63
 かいふく魔力:63
 みりょく:48
《魔法》
 【メラ】     ・火炎系魔法(小)
 【ホイミ】    ・治癒系魔法(小)
 【ベホイミ】  ・治癒系魔法(中)
 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)
 【ベギラマ】  ・閃光系魔法(中)
 【イオ】    ・爆発系魔法(小)
 【ラリホー】 ・催眠系魔法(個)
《技能》
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能
 【渾身斬り】       ・敵一体に大ダメージ
 【全身全霊斬り】    ・敵一体に特大ダメージ
 【フリーズブレード】  ・氷の力で敵1グループに攻撃
 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復
 【覇王斬】        ・敵全体に魔力で形成した巨大剣による無属性攻撃
《スキル》
 【二刀の心得】     ・左手にも武器を装備できる
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:3644》】

【そうび
 みぎて  『ウダイオスの黒剣』
ひだりて  『ゴールドトレイ+2』
 あたま   『てっかめん』
 からだ   『やすらぎのローブ』『聖騎士のよろい』
アクセ1   『きんのネックレス』
アクセ2  『ちからのゆびわ+3』         】



【ベル・クラネル Lv.3(レベル20)
 HP:151
 MP;55
 ちから:54
 みのまもり:21
 すばやさ:80
 きようさ:69
 こうげき魔力:66
 かいふく魔力:0
 みりょく:73
《魔法》
 【ジバリア】     ・地雷系魔法(小)
 【ザメハ】      ・覚醒魔法
 【インパス】     ・鑑定魔法
《技能》
 【スリープダガー】  ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる
 【ヴァイパーファング】・敵1体に攻撃、たまに猛毒にする
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復
 【デュアルカッター】 ・敵全体に攻撃時1.2倍のダメージを二回与える
《スキル》

 【スライムブロウ】  ・スライム種に対して投擲武器効果強化
 【メタルウィング】  ・メタル種に対して投擲武器効果強化
 【ヒュプノスハント】 ・眠りや混乱の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【タナトスハント】  ・毒や麻痺の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【パワフルスロー】 ・投擲武器を投擲時、全体に等しくダメージ
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:976》 】

【そうび
 みぎて  『てつのつるぎ+2』
        『せいなるナイフ』
ひだりて  『やいばのブーメラン』
 あたま   『毛皮のフード+2』
 からだ   『やすらぎのローブ』『てつのむねあて』『毛皮のポンチョ+1』
アクセ1   『ぬすっとのグローブ』
アクセ2   『すばやさのゆびわ+1』         】



【リリルカ・アーデ Lv.2(レベル18)
 HP:86
 MP;88
 ちから:32
 みのまもり:15
 すばやさ:55
 きようさ:53
 こうげき魔力:94
 かいふく魔力:0
 みりょく:51
《魔法》
 【シンダーエラ】     ・変身魔法
 【メラ】          ・火炎系魔法(小)
 【ギラ】           ・閃光系魔法(小)
 【ヒャド】         ・冷気系魔法(小)
 【ルカニ】         ・敵守備力低下魔法(個)
 【ルカナン】        ・敵守備力低下魔法(集団)
 【ボミエ】          ・敵速度低下魔法(個)
 【ボミオス】         ・敵速度低下魔法(集団)
 【マジックバリア】     ・呪文防御魔法
 【イオ】          ・爆発系魔法(小)
 【マホトーン】       ・敵魔法封印魔法(集団)
 【マヌーハ】       ・幻惑解除魔法(個)
《技能》
 【魔封じの杖】   ・敵1体の呪文を高い確率で封じる杖の秘術
 【しゅくふくの杖】  ・仲間1人のHPを小回復する
 【暴走魔法陣】   ・仲間の呪文が暴走しやすくなる
 【魔結界】      ・魔法の結界を張り敵の攻撃呪文を防御する
《スキル》
 【縁下力持(アーテル・アシスト)】   ・一定以上の装備過重時における補正
 【悪魔ばらい】   ・悪魔系に対しての打撃力強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:1467》 】

【そうび
 みぎて  『ピオラの杖』
ひだりて  『』
 あたま   『サンゴのかみかざり』
 からだ   『ウィッチローブ』
アクセ1   『まじょのてぶくろ+3』
アクセ2   『いのりのゆびわ+2』         】





 

 

 

 

 

 ヘスティアファミリアとアポロンファミリア双方の主神の戦争遊戯(ウォーゲーム)の合意が為された日の夜半。

 急遽、開催される運びとなった臨時神会(デナトゥス)が招集された。

 守りが皆無の廃教会(ホーム)ではなく知己を頼ってヘファイストスのホームにヘスティアファミリアの面々は身を寄せていた。神会(デナトゥス)が終わるまで、体を休めるように言われてもまんじりとせずにいたベル・クラネルが顔を上げた。

 

「戻ったよ」

「神様!」

 

 ヘファイストスの執務室のドアを開けて中に入ってきたヘスティアに駆け寄るベル。

 後少しのところで足を止めたのは、ヘスティアの背後に三柱の神がいたから。

 部屋の主であるヘファイストス、ヘスティアファミリアと懇意なミアハは分かるとして、アポロンファミリアが開催した神の宴でベルは初めて会ったヘルメスが何故か居心地悪そうに立っていた。

 

「…………どうなりましたか?」

 

 ヘルメスから視線を外したベルが不安そうにヘスティアを身長差の関係で見下ろす。

 

「決まったよ、戦争遊戯の開催が」

 

 そう言ってヘスティアはギロリと目つきを鋭くしてヘルメスを睨みつける。

 睨まれたヘルメスは気まずそうに顔を逸らす。

 

「日程は一週間後になった。最初は仮病でも使って神会(デナトゥス)を遅らせて時間を稼ごうと思ったけど、意外に先になったね」

「俺の頑張りは認めてくれないわけ……?」

「あん?」

 

 ベルに対応する柔らかな声とは全く違う、ドスが込められたヘスティアにヘルメスは再度顔を全力で逸らす。

 当初はヘスティアも仮病で神会(デナトゥス)に参加しないつもりだったが、『うまのふん』を顔面に叩きつけられたアポロンの怒りは大きく、ヘファイストスのところに隠れていたヘスティアはヘルメスの執成しで渋々出席せざるをえなくなった。

 そんな二柱に巻き込まれた形のヘファイストスはため息を漏らして間に入る。

 

「元はヘスティアがアポロンを怒らせたからでしょ。ヘファイストスファミリア(うち)に避難してきたのは許せるけど、こっちだってロキファミリアの遠征の準備で忙しいんだから手短に済ませてよ」

 

 ヘファイストスがヘスティアを庇ったのは親しい知己だからだけではなく、アポロン主催の神の宴で勝手に中座したヴェルフ・クロッゾと椿・コルプランドを叱る為に神の宴を出て行ってしまった二人を追ったことで現場に居合わせることが出来なかったことに責任を感じていたからでもあった。

 

「だから、謝ってるじゃないか」

「言葉だけ謝られてもねぇ」

「やりすぎたことは少し反省している。でも、後悔は微塵もしていない」

 

 デカい胸を張って答えるヘスティアにヘファイストスは今日何度目かも分からない溜息を吐く。

 

「はぁ、アンタって子は……」

「だって、アポロンの奴、僕達が負けた(アポロンファミリアが勝った)ら、リリルカ君の身柄も要求してるんだよ! 寧ろやり足りないぐらいだよ!」

「リリもですか?」

 

 まさか自分の名前が出てくるとは思わなかったリリルカが目をパチクリとさせる。

 

「ヒュアキントスの強い要望らしいよ。あの戦いでリリルカ君の有用性を認識したんだって」

「敵の団長に認められたことを喜んだ方がいいのでしょうか……?」

「評価されたことは喜んでいいと思うよ。万が一、僕達が負けてもリリルカ君は改宗したばかりで再改宗には一年掛かるから、籍だけを移して一年後に改宗だって。その間は僕もステイタス更新の為にオラリオに留まることを許すだってさ! けっ、何様のつもりなんだか!」

「新たな眷属を獲得することは禁止とは、完全に飼い殺しではないか」

 

 唾でも吐きそうなヘスティアに、オラリオにいる神々の中でもトップクラスの善神であるミアハもアポロンの出した条件が不条理すぎると憤っていた。

 

「ヘスティアが勝った場合、アポロンは要求をなんでも聞くと言ったが割に合うとはとても思えない」

 

→勝負形式は?

  え、なんでもって言った?

 

「僕は代表者による一騎打ちを提案したんだけど素気無く却下されたよ。せこい奴め」

「わざわざ自分の有利を捨ててまで、全部ベットした勝負は出来ないわよ」

 

 仮にヘファイストスがアポロンと同じ立場でもヘスティアの提案を退けるだろう。

 中堅派閥ともなれば、築き上げた物は零細を脱して弱小になったばかりのヘスティアと比べ物にならない。少しでも自分に有利な条件で勝負するのは当たり前のことだと考える。

 

「公平を期する為に、その場にいた神が羊皮紙に望む勝負方式を書いてくじ引きになったのだが、誰が引くかでも揉めてな」

「不正が行われないように、どちらにも属さないヘルメスに頼んだんだ。それがまさかこんなことになるなんて……!」

 

 ミアハの説明を引き継いだヘスティアが話に出たヘルメスに指を突き付ける。

 

「よりにもって『大平原で総力戦』なんて引きやがったんだよ、こいつは!」

「悪かったって!? まさか引いたらそんなのが出るなんて思わなかったんだ!」

 

 全能ならずの身でくじ引きを引いたら考えられる限りで最悪の選択肢を引いてしまったヘルメス。

 必死で弁明するその姿に嘘はなさそうで、流石にそんな勝負方法を引いてしまっては居心地の悪そうな態度をしていることにベルも納得がいった。

 

「これならロキの方がまだマシ…………でもないか」

 

 ロキファミリアは遠征を控えていて、アイズ・ヴァレンシュタインのLv.6へのランクアップが公表されたのに戦争遊戯(ウォーゲーム)の話題で持ちきりになっていることに、誰が見ても不機嫌だったロキの姿を思い出したヘスティアはちょっと落ち着いた。

 

「大平原って、どこ?」

「オラリオから真東に30メドル進んだところにある平原地帯のことです」

 

 まだオラリオに来て一ヶ月と少ししかベルは街内部のことも怪しいので、大平原とも言われても分からずリリルカの説明を受けていた。

 

「よりにもよって身を隠せるような遮蔽物もなく、戦いに利用できる地形でもない大平原で総力戦って」

「せめてセオロの密林とかならば、少しは違ったのにな」

 

 数の多さが物を言う平原にナァーザが天井を見上げ、右手で顔を抑えたヴェルフが重い息を吐く。

 

「少数対多数の最も数の論理が大きくなる戦いで大平原とか、君は馬鹿なのか!」

「本当に悪かったって。だから、ヘスティアに不利過ぎるからってアポロンに助っ人を認めさせただろ」

 

 尚も怒りが収まらない様子のヘスティアがヘルメスに詰め寄る。

 自分のしたことが思い切りマイナスになってしまったヘルメスはせめてもと、百数十人はいるアポロンファミリア側に対してたった三人しかいないヘスティアファミリア側が不利過ぎると、助っ人制度の導入を認めさせたことで気持ちを落ち着かせようとした。

 

「どうだか。出来勝負(レース)で面白くないと言ってたじゃないか」

「それはアポロンに助っ人を認めさせる方便だって」

「じゃあ、助っ人が認められても都市外ファミリアの眷属一人に限るなんて意味無いに等しいじゃないか。もう少し粘ってくれよ!」

「都市内を認めたら仲の良いヘファイトスが眷属を貸すと思ったんだろ。流石に単眼の巨師(キュクロプス)とかが参加したらアポロンが不利になるのは目に見えている」

 

 単眼の巨師(キュクロプス)――――椿・コルプランドのLv.は5。アポロンファミリアの最高Lv.が団長ヒュアキントス・クリオのLvで3なのだから一気にバランスが崩れる。

 

「うちの子達はロキファミリアの遠征に参加するから、その可能性は無いって言ったんだけどね」

 

 名前が挙がった椿などその筆頭で、深層のドロップアイテムに興味を引かれまくっているので主神の命令があったとしても戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加することはないだろう。

 

「結局、都市外ファミリア限定、しかも一人だけなんてアポロンはせこすぎる」

「ほ、ほら、ギルドとの兼ね合いもあったとはいえ、助っ人探しを名目に一週間の時間を獲得したんだ。俺は俺の出来ることをしたんだよ」

 

 都市外のファミリアは、ダンジョンがあるオラリオと比べて質が低い。

 戦争遊戯に参加するのはファミリア入団者のみ。他派閥の子の存在は神の代理戦争の名に傷をつけると答えたアポロンの理屈は正しい。

 

「ヘスティアは伝手は無いの?」

「手助けしてくれそうな知り合いはいるけど、どこにいるかも分からないし、戦力になってくれるかも分からないんだ。ヘファイストスは?」

 

 ヘスティアの脳裏には天界にいた頃からの神友のアルテミスやアテナの顔が浮かんだが、連絡手段が無いのでここにいる神友を頼った。

 

「私の伝手となると、どんな見返りを求められるか分からないから無理よ」

「う~、ミアハは?」

「昔はあったのだがな」

「じゃあ、無理か……」

「何故、俺には聞かない!?」

 

 諦めたヘスティアに、助っ人制度提唱者のヘルメスが自己主張強めにアピールする。

 ヘスティアは聞くのも嫌そうな顔だったので、代わりにミアハがヘルメスに顔を向ける。

 

「自信があるようだが、助っ人の当てはあるのかヘルメス」

「実は一人だけ心当たりがあるんだ。凄腕の冒険者を期待していてくれ」

 

 そこまで言ってみせたヘルメスに、顔を背けていたヘスティアも縋る者が他にもいなかったので本当に仕方なさげに顔を元に戻す。

 

「本気で期待するからな、ヘルメス。これはフリじゃないぞ!」

「ああ、期待していてくれ。目が飛び出るほどの冒険者を連れて来よう」

 

 余程の自信があるのか、胸を張って立てた親指で自身の胸を突くヘルメス。

 

「直接人は出せないが、私達も出来るだけの手助けはするつもりだ」

「ポーションとかの回復系は任せて」

 

 ミアハファミリアは回復などのアイテム系でヘスティアファミリアの援助をすると答える。

 

「タケミカヅチも何か手助けしたいと言っていたが、あそこもヘスティアと同じ探索系ファミリアだから手助けは厳しいだろう」

「応援してくれるだけでも心強いさ」

 

 その頃、タケミカヅチが自派閥の者達を説得しようと試みていたが、ヘスティア側が負ければ仮にタケミカヅチ側の誰かが改宗したとしても一人残されることになる。そこまでの仁義を通すほどの関係性は無かったので難航していた。

 

ヘファイストスファミリア(うち)も遠征で使ってない幾つかの素材を融通するわ。それで少しでも装備を充実出来るはずよ」

「助かるよ、ヘファイストス」

 

 レシピがあっても、中層で得られる素材が必要だったので作れていない装備が幾つかあった。幾つかを融通してもらえて装備の質が上がれば、極小の勝率が少しでも上がるかもしれない。

 

「…………ヘファイストス様にお願いがあります」

 

 ヴェルフが一歩前に出た。

 顔を向けたヘファイトスが僅かに眉間に皺を寄せる。

 

「俺がヘスティアファミリアに改宗することを許してください」

「ヴェルフ……」

 

 負ける可能性が高いヘスティアファミリアに肩入れ以上に足を踏み込んできたヴェルフに、ベルが泣きそうな顔を向ける。

 

「そんなリスクの高過ぎることを、私が許すと思っているの?」

「自分が敬愛する女神は、ここで行かなければきっと叱りつけてくるでしょう」

 

 眉間の皺意外に石膏のような表情で問うヘファイストスに、伏し目がちなヴェルフが答える。

 

「血筋に纏わる全てを見返して、『魔剣』を超える武器を作りたいのではなかったの?」

「その思いは今も変わっていません。でも、槌と鉄、そして燃え滾る情熱(ほのお)さえあれば、武器はどこでも打てる。それは教えてくれたのは、ヘファイストス様です」

「貴方をそうまで駆り立てるものは、一体何?」

 

 覚悟は答えた。残る動機を問うヘファイストスに、ヴェルフは一度ベル達をチラリと見る。

 

「友の為」

 

 言葉少なく答えたヴェルフに、ヘファイストスは何の感銘も受けていないように表情を変えない。

 

「新しい装備を持ってきたのでしょう。見せてみなさい」

「分かりました」

 

 近くに置いていた大きな袋を手に取り、机の上に並べていく。

 置かれたのは『やすらぎのローブ+3』が2個、12階層のシーゴーレムが落とした『サンゴのかみかざり』、『ウィッチローブ+2』の合計5点。

 それぞれを手に取ったヘファイトスの鍛冶神の目が余すところなく装備の質を見抜く。

 

「【とてもいい できのよさ】だわ。少し見ない間に腕を上げたわね」

「いいえ、俺はまだ魂を預ける半身を作ってくると信じてくれたアルス達の期待に応えれていません」

 

 今に満足せず、唯只管に上を目指す鍛冶師の目に何を見たのか、ヘファイストスは一度目を閉じた。

 

「…………いいわ、改宗を許しましょう」

 

 再び目を開いたヘファイストスは幾つもの金槌(ハンマー)がある棚に近づき、自身の髪や瞳の色と同じ紅の槌を手に取った。

 

「餞別よ、受け取りなさい」

「ありがとうございます」

 

 師と弟子にしか分からない何かに誰も口を挟まず、決別は終わった。

 

「ふぅ、これで四人と助っ人の一人を合わせて五人になったわね。それでもアポロンファミリアは百数十人はいる。勝ち目はあるの?」

「ある」

 

 可愛い眷属()を快く送り出してくれたヘファイストスに応えるべく、ヘスティアは確信を持って頷く。

 

「この場にいるみんなは僕らを助けてくれる味方だからこそ伝えよう。アルス君とベル君は既にLv.3になっている」

「ま、待って下さい、ヘスティア様。二人がLv.2になってからまだ10日ほどしか経っていないじゃないですか」

 

 二人がLv.2に昇格したのはソーマファミリアと共に襲われたデスコピオン撃破によるものと聞かされていたナァーザは日数を数えて、Lv.2にランクアップするのに6年を要した自らの経験から否定する。

 

「それは正確じゃないんだ」

 

 ある種の解放感を感じながら続ける。

 

「アルス君がLv.2になったのは怪物祭の時、ベル君はその四日後だ」

「え」

「出来るだけランクアップを遅らせたかったのと、偉業に相当するのが無かったから後にずらしたんだ」

「それでも18日と14日でLv.3になるなんてありえません」

 

 ナァーザは簡単に受け入れられない、受け入れるわけにはいかなかった。でなければ常識が壊れる。

 

「普通はそうだろう。ただ、ベル君達はそうじゃない」

 

 既にその常識を一度はぶっ壊され、何度も何度も否定され続けてきたヘスティアは首を横に振る。

 

「ちなみにリリルカ君もLv.3間近だ。リリルカ君は二人とは逆に後になって、Lv.2になったのを二人の公表タイミングに辻褄を合わせたんだ。リリルカ君はLv.2になって今日で七日目。今までのペースならば今まで同等の冒険を行えば一日でランクアップが可能と見ている」

 

 淡々と語るヘスティアに、嘗ては中堅派閥として多くの冒険者を抱えていたミアハも簡単に承服できなかった。

 

「待て、ヘスティア。我々が刻む恩恵はそのような簡単なことで昇華はしない。偉業を果たさずにランクアップするなどありえない」

「ありえないことが可能なんでしょう、ミアハ。【成長ではなく飛躍。異常にして異端。明らかに普通の領域を超えた現象】…………あなたが言っていたことはそういう意味よね、ヘスティア?」

 

 前に聞いていたヘファイストスは他の者達よりかはダメージが少ない。そんな彼女を右手で口元を覆って目をギラつかせたヘルメスが注視する。

 

「ああ、実際に三人共ランクアップ時に必ずしも偉業を果たしてはいない。にも関わらずランクアップしているんだ」

「急成長どころではない。それは正しく進化とも呼ぶべきだぞ」

「自覚しているよ」

 

 どれだけヘスティアがベル達によって胃を痛めてきたか、今も狼狽するミアハはきっと理解出来ないだろうと腹の底で優越感を浮かんでは消えていく。

 

「今から大体一カ月前にアルス君に成長促進スキルが発現したんだ。そのスキルの影響か、最初にベル君、遅れてリリルカ君にも似たスキルが目覚めて急成長に繋がっている」

 

 言ってヘスティアはリリルカを見る。

 

「アポロンファミリアは中堅派閥。最高ランクは団長ヒュアキントスのLv.3一人のみ。Lv.2は多数。それは間違いないんだね」

「はい」

「仮に先に眷属になった三人がLv.4になって、ヴェルフ君も近い領域に至り、助っ人がLv.3以上ならば数の論理を打ち砕ける、かもしれない」

「実現さえすれば可能性は高いわね」

 

 戦闘、とりわけ人同士の戦争において、数を持って圧倒する時代は終わりを迎えた。

 現代、俗に言われる神時代は量より質の時代と言われている。

 神によって与えられた恩恵を昇華させたたった一人の豪傑が、いとも容易く戦況を覆す可能性を秘めているのだ。現にランクアップした十名の小隊ならば、百の敵軍、或いは千の軍勢すら真っ向からならば抑え込むとまで言われている程だった。

 

「ヘスティアの言うことの真偽はともかくとして、実際に戦う眷属であるベル達はどう思っているのだ?」

「恐らくですが」

 

 と、ベルが何かを言うよりも先にリリルカが口を挟んだ。

 

「一週間でLv.4に至ることは不可能ではないと思います」

 

 前置き以上の衝撃にザワリとするヘファイストス、ミアハ、ナァーザ、そしてヘルメス。

 

「強くなる速度は9、10階層に到達すると激増して、11、12階層で微増に留まっています。9、10階層に特に私達が強くなる要素を持ったモンスターがいるとリリは予測していました」

 

 衝撃がゆっくりと浸透するのを待ち、ヘスティアの推測を補強する形で自らの予測を伝える。

 

「検証をしている時間はありませんが、リリの予測が当たっていればヘスティア様の言う通りにLv.4かそれに近い領域に到達する可能性はあります。ベル様がそれで良いとして頂けたらですが」

「やろう」

 

 即答したベルに迷いは一辺たりとも無かった。

 

「今は少しでも可能性に賭けたい。出来ることを全てやろう」

 

 目の奥に静かな炎を滾らせるベルにアルス達が頷いて答えた。

 

「4人共、一週間だ」

 

ヘスティアファミリアである4人の前に立ったヘスティアが告げる。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)が開催されるまで、その一週間の間に、4人は出来るだけ強くなってくれ」

 

 今まで散々痛めてきた胃のある場所を撫でた手を強く握る。

 

「今までゆっくりと強くなってくれと願っていた思いをここで捨てる。今日僕達を襲ってきたアポロンの眷属(子達)の誰よりも、全員が纏めてかかってきても勝るぐらいに強くなってくれ!」

 

無茶無謀としか言えない指示。だが、その言葉には確かにベル達の実力を信じた思いがあった。

 

「後のことなんて考えなくていい。僕のダメージを受ける胃だって気にしなくていい。全ては終わってから悩めばいいんだから!」

 

 アルスがスキルに目覚めてから獲得したヘスティアの奥義『明日の自分に全部任せる』を発動する。

 

「強くなれ! 君達なら出来る!」

「「「はい!」」」

 

 ベル、リリルカ、ヴェルフが力強く返事をした後でアルスが口を開く。

 

→明日の為に、今日はもう寝よう

  今からダンジョンに行くぞ!

 

「アルス君、君の言うことは正しいだ。正しいんだけどさぁ……今言うのは違うだろう!」

 

 ヘスティアの叫びに、ドッと沸き起こった笑いにベル達は思わず苦笑してしまう。

 肩に入っていた無駄な力は抜けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベル達が解散している頃、バベルの最上階で美の女神が不快そうにオラリオを見下ろしていた。

 

「アポロンたら、余計なことをしてくれたわね」

 

 銀の瞳が見るのはアポロンファミリアのホームか、今はヘファイストスファミリアのホームで休んでいるベル達か。

 

「様子を見て、最悪の場合は戦争遊戯を仕掛けて奪おうかしら。ああ、でも、再改宗は一年間は無理なのよね。となると、アポロンが改宗してしまう前に戦争遊戯を仕掛けるしかないか」

 

 代理戦争の行方を見守らないのは神ではない。その論理を崩すのは如何なフレイヤでも出来ないとなると、最悪の場合は奪われるぐらいならば奪うぐらいの心持ちで頬に手を当てる。

 

「『大平原で総決戦』…………ネタで入れてみたけど、流石に無茶だったわね。まさかヘルメスが引き当てるなんて」

 

 鍛冶よろしく、叩けば磨かれるかと思って最も状況の悪いケースをフレイヤなりに考えて羊皮紙に書いた物を、よりにもよって引き当てたヘルメスの姿を見つけた。

 

「後でお仕置きしとかないと」

 

 帰宅途中のヘルメスが大きなくしゃみをして肩を震わせたのは偶然ではないだろう。

 

 

 

 

 

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオッッ!」

 

 Lv.2以上の冒険者達では辿り着けないダンジョン中層で、牛頭人体の大型モンスターが持つ大剣による一撃。

 

足りんな(・・・・)

 

 本来ならばLv.2の冒険者すら撲殺するに足る一撃を受け止めるは、猪人の冒険者――――オッタルの素の片手(・・)

 武器を使う必要すらなく受け止められた一撃にミノタウロスは恐れ戦くように後退する。

 

「あの二人は既にLv.2に至っている。フレイヤ様からの命を授かった以上、加減は出来ないが鍛えただけのミノタウロスでは撃退されるやもしれん。それでは洗礼にならん。となると、強化するしかない」

 

 50人以上の犠牲者を出した『血塗れのトロール』という強化種の討伐がオッタルの脳裏を過り、既にミノタウロスの強化方法を見出していた。

 

「食え、魔石だ」

 

 大小様々な魔石がミノタウロスの前にぶちまけられる。

 

「Lv.2に留まるか、飛躍するかは貴様次第だ」

 

 同胞であるモンスターの魔石を喰らい、能力や知恵が特別に強化されたモンスターは強化種と呼ばれている。

 弱肉強食の理をもって潜在能力が強化されたモンスターは『異常事態』として観測され、あまりに図抜けた個体は『血塗れのトロール』のように賞金首として討伐命令が下されるほどだった。そしてその度に少ない被害が出ると言われている。

 

「あの御方の寵愛を受けているのなら、この程度のことは超えてみせろ」

 

 ガリッと魔石を噛み砕いて向かってくるミノタウロスに、仕上がるまでオッタルは鍛え続けた、何時間も何十時間も。

 全てはフレイヤの為に、オッタルは課せられた使命をただ果たすのみ。

 

 

 

 

 





 勝負形跡が『攻城戦』から『平原決戦』に変更。

 ヘスティアの違う意味での吹っ切れ。


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第37話 アルスは、レベル22に あがった!




――――――――――アルスは、レベル22に あがった!
――――――――――アルスは、レベル23に あがった!
――――――――――アルスは メラミの呪文を覚えた!
――――――――――アルスは、レベル24に あがった!
――――――――――アルスは デインの呪文を覚えた!
――――――――――アルスは ニフラムの呪文を覚えた!
――――――――――アルスは トヘロスの呪文を覚えた!

――――――――――ベルは、レベル21に あがった!
――――――――――ベルは、レベル22に あがった!
――――――――――ベルは ジバリカの呪文を覚えた!
――――――――――ベルは、レベル23に あがった!
――――――――――ベルは ジバリーナの呪文を覚えた!

――――――――――リリルカは、レベル19に あがった!
――――――――――リリルカは メダパニの呪文を覚えた!
――――――――――リリルカは、レベル20に あがった!
――――――――――リリルカは、レベル21に あがった!
――――――――――リリルカは ベギラマの呪文を覚えた!
――――――――――リリルカは、レベル22に あがった!



【アルス・クラネル Lv.3(レベル21→24)
 HP:151(+35)→184(+55)
 MP:75→88
 ちから:58(+8)→72(+14)
 みのまもり:25→31
 すばやさ:67→77
 きようさ:40→45
 こうげき魔力:63→72
 かいふく魔力:63→72
 みりょく:48→54
《魔法》
 【メラ】     ・火炎系魔法(小)
 【メラミ】    ・火炎系魔法(中)
 【ホイミ】    ・治癒系魔法(小)
 【ベホイミ】  ・治癒系魔法(中)
 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)
 【ベギラマ】  ・閃光系魔法(中)
 【イオ】    ・爆発系魔法(小)
 【ラリホー】 ・催眠系魔法(個)
 【デイン】   ・電撃系魔法(小)
 【トヘロス】 ・遭遇除外系魔法
 【ニフラム】 ・敵退去系魔法
《技能》
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能
 【渾身斬り】       ・敵一体に大ダメージ
 【全身全霊斬り】    ・敵一体に特大ダメージ
 【フリーズブレード】  ・氷の力で敵1グループに攻撃
 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復
 【覇王斬】        ・敵全体に魔力で形成した巨大剣による無属性攻撃
《スキル》
 【二刀の心得】     ・左手にも武器を装備できる
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:5002》】

【そうび
 みぎて  『ウダイオスの黒剣』
ひだりて  『ゴールドトレイ+2』
 あたま   『てっかめん』
 からだ   『やすらぎのローブ』『聖騎士のよろい』
アクセ1   『きんのネックレス』
アクセ2  『ちからのゆびわ+3』         】



【ベル・クラネル Lv.3(レベル20→23)
 HP:151→182
 MP:55→63
 ちから:54→64
 みのまもり:21→26
 すばやさ:80→91
 きようさ:69→79
 こうげき魔力:66→76
 かいふく魔力:0
 みりょく:73→84
《魔法》
 【ジバリア】     ・地雷系魔法(小)
 【ジバリカ】     ・地雷系魔法(中)
 【ジバリーナ】    ・地雷系魔法(集団)
 【ザメハ】      ・覚醒魔法
 【インパス】     ・鑑定魔法
《技能》
 【スリープダガー】  ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる
 【ヴァイパーファング】・敵1体に攻撃、たまに猛毒にする
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復
 【デュアルカッター】 ・敵全体に攻撃時1.2倍のダメージを二回与える
《スキル》

 【スライムブロウ】   ・スライム種に対して投擲武器効果強化
 【メタルウィング】   ・メタル種に対して投擲武器効果強化
 【ヒュプノスハント】  ・眠りや混乱の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【タナトスハント】   ・毒や麻痺の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【パワフルスロー】  ・投擲武器を投擲時、全体に等しくダメージ
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:254》 】

【そうび
 みぎて  『てつのつるぎ+2』
        『せいなるナイフ』
ひだりて  『やいばのブーメラン』
 あたま   『毛皮のフード+2』
 からだ   『やすらぎのローブ』『てつのむねあて』『毛皮のポンチョ+1』
アクセ1   『ぬすっとのグローブ』
アクセ2   『すばやさのゆびわ+1』         】



【リリルカ・アーデ Lv.2→3(レベル18→22)
 HP:86→110
 MP;88→112
 ちから:32→40
 みのまもり:15→19
 すばやさ:55→64
 きようさ:53→65
 こうげき魔力:94→115
 かいふく魔力:0
 みりょく:51→63
《魔法》
 【シンダーエラ】     ・変身魔法
 【メラ】          ・火炎系魔法(小)
 【ギラ】           ・閃光系魔法(小)
 【ベギラマ】        ・閃光系魔法(中)
 【ヒャド】         ・冷気系魔法(小)
 【ルカニ】         ・敵守備力低下魔法(個)
 【ルカナン】        ・敵守備力低下魔法(集団)
 【ボミエ】          ・敵速度低下魔法(個)
 【ボミオス】         ・敵速度低下魔法(集団)
 【マジックバリア】     ・呪文防御魔法
 【イオ】          ・爆発系魔法(小)
 【マホトーン】       ・敵魔法封印魔法(集団)
 【マヌーハ】       ・幻惑解除魔法(個)
 【メタパニ】        ・敵混乱魔法(集団)
《技能》
 【魔封じの杖】   ・敵1体の呪文を高い確率で封じる杖の秘術
 【しゅくふくの杖】  ・仲間1人のHPを小回復する
 【暴走魔法陣】   ・仲間の呪文が暴走しやすくなる
 【魔結界】      ・魔法の結界を張り敵の攻撃呪文を防御する
《スキル》
 【縁下力持(アーテル・アシスト)】   ・一定以上の装備過重時における補正
 【悪魔ばらい】   ・悪魔系に対しての打撃力強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:3561》 】

【そうび
 みぎて  『ピオラの杖』
ひだりて  『』
 あたま   『サンゴのかみかざり』
 からだ   『ウィッチローブ』
アクセ1   『まじょのてぶくろ+3』
アクセ2   『いのりのゆびわ+2』         】





戦争遊戯(ウォーゲーム)が決まってからの一週間はメタルスライムがいる9,10階層の周回になっています。

 9,10階層で出会えるメタルスライムが各一体ずつの討伐経験値を得られるということで経験値が激増しているカラクリです。




 

 

 

 

 八本のメインストリートが集結するオラリオの中心にある中央広場に都市最大派閥ロキファミリアが集結していた。

 

「これよりダンジョン深層に向かう『遠征』を開始する」

 

 奥底にダンジョンの入り口があるバベルを背後に、リヴェリア・リヨス・アールヴ、ガレス・ランドロックの二名を左右に伴ったフィン・ディムナの声に皆が顔を向ける。

 

「今回も上層の混雑を避ける為、部隊を二つに分ける。最初に出る一班は僕とリヴェリアが、二班はガレスが指揮を取る」

 

 フィンの言葉に顔を向けるのはロキファミリアの冒険者だけではない。今回の遠征には鍛冶最大派閥ヘファイトスファミリアから厳選された上級鍛冶師(ハイ・スミス)も同行することになっており、団長である椿・コルプランドを始めとしたLv.3以上の冒険者が20人ほど。

 

「18階層で合流した後、そこから一気に50階層へ移動。僕らの目標は他でもない未到達領域59階層だ」

 

 遠征を前にしているロキ・ヘファイトスファミリア連合を、遠巻きに他のファミリアの冒険者が眺める中、フィンの言葉は続く。

 

「君達は『古代』の英雄にも劣らない勇敢な戦士であり冒険者だ。大いなる『未知』に挑戦し、富と名声を得る。犠牲の上に成り立つ偽りの栄誉はいらない。全員この地上の光に誓ってもらう、必ず生きて帰ると」

 

 フィンは息を吸い込み、号令を放った。

 

「遠征隊、出発だ!」

 

 オラリオの中央広場に鬨の声が響き渡り、一班を率いるフィンとリヴェリアの歩みに合わせてダンジョンへの遠征が始まった。

 

 

 

 

 

 深層への遠征の為、サポーターであってもLv.2以上に参加者は限定されていた。先鋒隊である第一班には進路上で発生する異常事態に対処出来るように第一級冒険者を揃えている。とはいえ、彼らに上層に出現するモンスターの露払いをさせるのは能力の無駄遣いでしかなく、主にLv.2やLv.3の者達が行うことになる。言い方を代えれば、主戦力として力を温存する必要がある第一級冒険者達はただ歩くだけで暇ということ。

 

「あ~あ、久しぶりの戦争遊戯(ウォーゲーム)なのに見れないなんてさ」

 

 出現するモンスターを先んじて露払い役が排除してくれるので、あっという間に7階層に到達してもティオナ・ヒリュテに緊張感は欠片もない。

 隣を歩く妹の愚痴を聞かされたティオネ・ヒリュテは溜息をもらす。

 

「まだ言ってるの、アンタは。いい加減に諦めなさいよ」

「でもさ、遠征を何日か延期すれば見れたんだよ。勿体ないじゃん」

「じゃん、じゃないっての。今回の遠征にはヘファイトスファミリアの上級鍛冶師(ハイ・スミス)達も参加してくれるんだから予定変更なんて無理に決まってるじゃない」

 

 ティオネが背後をチラリと振り返れば、戦闘はロキファミリアが肩代わりするということで椿以外の鍛冶師達は何がしかの荷物を背負っている。

 散発的に現れるモンスター達との戦闘音で恐らくティオナの声は聞こえないだろうが、他派閥に不評を買いそうなことを言いそうな妹に呆れる。

 

「ヘファイトスファミリアから移籍した子が戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加するんだから、上級鍛冶師(ハイ・スミス)達も気になって鍛冶出来ないかもしれないよ」

「そこら辺はアタシ達が気にすることじゃないわよ」

 

 移籍してしまえば他所の人間なので気にしなければいいが、感情的にそうはいかないことも分かっている。他派閥のことなので一々口を出す気もないので、最低限の仕事をしてくれればティオネは文句を言う気は無かった。

 気にしているティオナを歩かしているヒリュテ姉妹の前で、話に出ていた戦争遊戯(ウォーゲーム)に弟子のような子が関わっているレフィーヤ・ウィリディスにとっては気が気ではない。

 

「アイズさん、リリ達は大丈夫でしょうか?」

「…………分からない」

 

 レフィーヤの隣を歩くアイズ・ヴァレンシュタインは静かに首を横に振る。

 絶大な信頼を寄せるアイズから安全の保障が得られなかったレフィーヤの目がヤバい感じに据わる。

 

「遠征さえ無ければ私が変装して参加したものを……っ!」

 

 アイズの脳裏に、口元を隠しただけの雑な変装をしたレフィーヤの姿が思い浮かぶ。

 

「直ぐにバレるから、止めとこ……?」

 

 変装はともかくとして、魔法を使えば一発で身元がバレる。

 『エルフ・リング』でエルフの魔法を使えば、そのエルフに迷惑がかかるので、どうやってもレフィーヤが戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加することは出来ない。自分ならバレないだろうと変装手段を模索していたのに、遠征日程と諸被りしていたので断念したことはアイズの秘密である。

 レフィーヤが悶々としていると、アイズが何かに気づいて顔を進路方向に向けた。

 

「四人、かな」

「やけに慌ててるね。どうしたんだろ?」

 

 レフィーヤがなんのこっちゃと思っているとアイズの横に来たティオネが先を見通すように目を細める。やがて慌てた様子の冒険者パーティーが通路の向こうから現れてこちらに向かってくる。

 

「ねぇ、どうしたの?」

「止めなさいって。ダンジョン内では他所のパーティーに基本不干渉よ」

 

 ティオナが向かってくる冒険者パーティーに声をかけるのをティオネが止めるが、向こうも遠征隊に気づいた。

 

「なっ何だおま……げぇっ!? 大切断(アマゾン)!?」

「ていうかロキファミリア!?」

 

 二つ名を呼ばれる時に恐怖が混じっていたことに気づいたティオナが何故自分だけと落ち込んでいる間に、冒険者パーティーは助かったとばかりに先鋒隊の下へやってきた。

 

「そ、そうか遠征か……! 丁度良かった助けてくれ! あ、アイツ等が出たんだ!!」

「あん?」

「ミノタウロスだよ!」

 

 アイツ等と言われてもピンと来ていないベート・ローガに向かって、冒険者パーティーの一人が叫んだ。

 

「あの化け物()が上層に上がってきやがったんだ!」

 

 叫びに、気になる点があったフィンが冒険者パーティー達の前に出た。

 

「達? 一体じゃないのかい?」

「五体はいた! 助けてくれた白髪のガキ達のパーティーが戦っている間に、俺達はとにかく逃げるのに必死で……!」

「そのパーティーに女の子の小人族(パルゥム)はいましたか?」

 

 特徴的な人間がいるパーティーに助けられたと答えた冒険者に、レフィーヤが勢いも強く問いかける。

 

「あ、ああ、魔導師の小人族(パルゥム)が使った魔法の爆発のどさくさで俺達は逃げれたんだ」

「アイズさん」

「うん、間違いないと思う……」

 

 二人がそのパーティーの人間に思い立っている様子を見たフィンの目が鋭くなる。

 

「アイズ、レフィーヤ、二人はそのパーティーに心当たりがあるようだね」

「…………ヘスティアファミリア」

 

 アイズの返答にフィンも得心がいった。

 

「そうか、彼らか」

 

 一カ月前の出会いからトントン拍子で強くなり、ランクアップの情報を得ていたフィンは一考する。

 

「最速でLv.2になったとはいえ、まだミノタウロスの大群の相手をするのは厳しいだろう」

「救援を出すのか、フィン?」

「満更知らない中でもないんだ。将来有望な冒険者達を救うのは先達の役目だよ」

 

 ヘスティアファミリアのパーティーは軒並みLv.2とはいえ、ミノタウロスは17階層に出現するモンスター。Lv.2成り立てで大群で襲い掛かられれば対処の手が無くなる。

 リヴェリアに答えたフィンは、ロキファミリアがいる絶対安全領域にいることでようやく安心している冒険者パーティーに視線を戻す。

 

「件のパーティーが戦っている場所は?」

「じゅっ、10階層だ……」

 

 現在フィン達先鋒隊がいるのは7階層。10階層ならば足の速いアイズやベートならば然程時間もかからない。

 

「私が行く」

「わ、私も――」

 

 救援に立候補したアイズに続いてレフィーヤが言いかけたところで轟音が轟いた。

 

「っっ!?」

「なんだっ!?」

 

 一般人ならば立っていられないほどの振動の中、姿勢をグラつかせている冒険者パーティーと違ってフィンはただ足元の地面を見ていた。

 

「この音に振動、近くの階層で天井が崩落でもしたか?」

「分からないが、ミノタウロスが集団で上層に上がって来たことといい、見過ごせないな。隊はこのまま前進。当初の予定通り、最短で18階層まで進め。指揮はラウル、君が取るんだ」

 

 リヴェリアの疑問に答えるには材料が足りない。フィンはラウルに指示を出して得物の槍を握る手を強くする。

 

「は、はい! 団長は?」

「今必要なのは速度だ。僕とリヴェリア達で8階層から順に原因を捜索していく。足の速いアイズとベートでヘスティアファミリアの救援に……」

「アイズなら馬鹿エルフと一緒にさっさと行っちまったぜ」

 

 ベートの言葉にフィンが振り返れば、轟音がするまではそこにいたはずのアイズとレフィーヤの姿が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間をロキファミリアがまだ5階層程度を進んでいる時に戻す。

 場所は10階層で、ヘスティアファミリアはここ数日、9階層と合わせた2階層を行ったり来たり繰り返しており、出現したメタルスラム達と戦闘を行っていた。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――メタルスライムBに ダメージ!

――――――――――まもののむれを たおした!

――――――――――アルスたちは4020ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――メタルスライムたちは 魔石を 落としていった!

――――――――――メタルスライムAは 命のきのみを 落としていった!

 

 アルス・クラネルが振るった『ウダイオスの黒剣』がメタルスライムを叩き潰し、戦闘は終了した。魔石はリリルカ・アーデが回収し、ベル・クラネルとヴェルフ・クロッゾが新手が無いことを確認している間に、アルスはメタルスライムが落とした『命のきのみ』を拾って口に運ぶ。

 

――――――――――アルスは 命のきのみを つかった!

――――――――――アルスの HPが 5ポイント あがった!

 

「また食べてるよ」

 

 特定モンスターを倒すと得られるドロップアイテムをまたもや食しているアルスに向けるベルの目には以前とは違って羨望の色が混じっていた。

 

「ステータスが上がっているのですから、いいではないですか」

「そうだけどさ……」

「ベル様も食べたいのですね」

「…………ちょっとね。レベルアップ以外にステータスが上がらないからアルスが羨ましくて」

 

 何度目かのやり取りに呆れたリリルカの問いに、ちょっと恥ずかしそうにベルが答える。

 

「実際、どうなんだ? 俺の目から見るともうアルスの方が太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)よりも強いように感じるが」

 

 完全にモンスターの気配が途絶えたことで、雑談する余裕が出来たヴェルフも話に首を突っ込んできた。

 

「僕も『ウダイオスの黒剣』込みの攻撃力はアルスの方が圧倒的に上にだと思う」

 

 実際に太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)――――ヒュアキントス・クリオと戦ったベルの感覚を伝える。

 

「ただ、両手剣の特徴から考えても、『すばやさ』とか色んな面では及んでいないんじゃないかな」

「アルス様は攻撃魔法や治癒魔法を使えますから、1対1で相対すれば勝機はありそうですが」

戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝負が『大平原で総決戦』だから戦う機会はあるかもだけど、人数差的に1対1になることはないだろうから意味のない想定だよ」

 

 代表者によるタイマンならともかくとして、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)はファミリア同士の集団戦。リリルカの言うような二人だけが戦う場面を考えても仕方ないとベルは考える。

 

「二つ名持ち相手に、尋常な勝負なら勝ち目がある時点で十分に凄ぇよ」

「まだ気にしておられるのですか、ヴェルフ様」

 

 ランクアップしてからまだ神会(デナトゥス)が開催されていないので、この場の面々はLv.2以上になっても二つ名を得ていない。普通ならば二つ名を持たない者が持つ者に勝てるということ自体がおかしなことだが、ネガティブが過ぎるヴェルフにリリルカが踏み込んだ。

 

「気にもするさ。お前達はどんどん強くなっているのに、俺は留まったままだ」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)が決まって三日目の今日、三人の成長は目覚ましいにも関わらず、ヴェルフの成長は比べると鈍足の亀のようにすら感じる。

 全く同じように負の思考スパイラルに陥った経験のあるリリルカにとっては嘗て通った道だった。

 

「気にする必要はないですよ。スキルが目覚めるまでの辛抱です」

戦争遊戯(ウォーゲーム)まで一週間もないってのに、もう二日も過ぎちまったんだ。戦力になれないんじゃないかって焦りもするさ」

 

 少数で圧倒的多数を相手にするのだから個々人の戦力の向上が大きな意味を持つ。

 順調にステータスを向上させている実例を間近に見ているだけに、なまじ鍛冶貴族として恵まれた資質を持って生まれたヴェルフが初めて経験する劣等感にも似た焦燥。

 

「ヴェルフが作ってくれた『やすらぎのローブ』のお蔭で全然疲れないし、まだまだ装備を作ってくれるんでしょ? 戦力にならないなんてことないよ」

「スキルが目覚める理由は分かっていないのです。今は皆が自分の出来ることをすれば十分だと思います」

 

 ヴェルフが作ってくれた装備のお蔭で色々な面が助かっているので十分に戦力になっているとベルが真摯に伝え、焦ったところで何も変わらないことを知っているリリルカの助言にヴェルフも『はがねのかぶと』の下で片眉を上げる。

 

「そう言って貰えるのは有り難いが…………三人がスキルに目覚めた時はどういう状況だったんだ?」

「状況かぁ、アルスは本当に突然だったよ。変わったことといえば、ミノタウロスに襲われたぐらいだし…………僕は身の程を思い知らされて、強くなりたいと思った後かな」

「リリはソーマファミリア(過去)と決着を付けた後ですね」

「アルスは別にして、二人の話を聞いてる限りだと心の有り様の変化がスキル発現に影響しているのか?」

 

 特にリリルカのスキルの目覚めの前後を間近に見ているから、ヴェルフは二人にスキルが発現した理由を推測する。

 

「その可能性はありますね。ヴェルフ様のきっかけになりそうな心の有り様に関わる事柄といえば……」

「魔剣、か」

 

 今もヴェルフの背中に布で括り付けられている『魔剣』。

 命の危機に陥った時には使うと嘯きながらも、先のデスコピオン戦でも使われなかった武器さえ使うことが出来れば自身にもスキルが目覚めるのかと、ヴェルフの心で悪魔が囁く。

 

「ヴェルフ様の信条に関わるのでリリも多くは言いませんが、スキルの発現の為に曲げた程度では恐らく何も変わりはしないと思います」

「そうなのか?」

 

 心の中の悪魔に言う通りになりそうだったヴェルフは見通したようなリリルカの言葉に顔を向ける。

 

「あくまで感覚としてです。無視して頂いて構いません」

「いや、そういう感覚は大切にすべきだ」

 

 身体能力と同じく第六感と呼べるもの、冒険者の直感や感覚は無視できないものがある。なによりも意地を曲げた程度でスキルが発展アビリティに目覚めるなら冒険者は苦労しない。

 

「意地と仲間を秤にかけるのは止めなさい、か」

 

 ヘファイトスに言われたことを不意に思い出した。 

 

「リリもヘスティアファミリアに入って二日、三日後にスキルが発現しましたから焦らなくても大丈夫――」

「ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 です、と考え込んでしまったヴェルフに焦る必要はないと言っていたリリルカの言葉に覆いかぶさるように放たれた咆哮。

 10階層に響く強烈な『咆哮(ハウル)』。原始的恐怖を引き起こし、Lv.1ならば強制停止(リストレイト)に追い込む威嚇の声にアルス達が首を巡らせる中、ベルだけはビクンと肩を跳ねさせた。

 

「今のは――」

 

 ヴェルフ達が咆哮の主に思考を巡らせるよりも早く、放たれた矢のようにアルスが走り出した。

 

「アルス様!?」

「ちっ、俺達も行くぞ!」

「ベル様、私達も――」

 

 装備をガチャガチャとさせながらアルスの後を追ったヴェルフを見て、リリルカはベルの後ろを振り向いた。

 

「ベル様?」

「あ、うん、行こう」

 

 リリルカに怪訝な声をかけられて棒立ちになって顔色を真っ青にしたベルも遅れて走り出す。

 ベルは咆哮(ハウル)を聞いた瞬間には主の正体に思い至った。違っていればいいと思いながらも、指先が震えていることに本人は気づいていなかった。

 

(まさか、ね)

 

 その頃、ダンジョンで単独行動は危険とエイナ・チュールから叩きこまれていたアルスは後を追ってくるヴェルフの為に足を緩め、先行していると視界に牛頭人体のモンスター五体が冒険者のパーティーに襲い掛かっているのが見えた。

 狙いをつけるために足を止めたアルスの横をガシャガシャと装備を鳴らしてヴェルフが通り過ぎる。

 

「メラミ」

 

――――――――――アルスは メラミを となえた!

――――――――――ミノタウロスEに ダメージ!

 

 『メラ』の上位呪文である『メラミ』は、『メラ』と比べれば数倍の大きさに比例してその威力も格段に上昇していた。今まさに冒険者の一人に襲い掛かろうとしていたミノタウロス一体に着弾して大きく吹き飛ばし、その余波は周りのミノタウロスにも及んだ。

 舞った火の粉の衝撃に怯んだミノタウロスの内の一体にヴェルフが『はがねのオノ』を振るう。

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフの こうげき!

――――――――――ミノタウロスCに ダメージ!

 

 ヴェルフのステータスではミノタウロスの相手は厳しいが、『メラミ』とこの攻撃によってミノタウロスの集団と冒険者パーティーとの間に空間が生まれた。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、剣を ぶんまわした!

――――――――――ミノタウロスたちに ダメージ!

――――――――――ミノタウロスE、Cを たおした!

 

 僅かな空間に飛び込んで放たれた『ぶんまわし』によって、『メラミ』によって大きなダメージを負っていた個体とヴェルフの攻撃を食らったミノタウロス2体が魔石に代わる。

 

「アンタら、無事か!」

 

 残り三体と向き合う中、盾役として冒険者パーティーの前に立ったヴェルフが彼らに確認する。

 

「あ、ああ、俺達は…………けど、コイツは」

「ポーションは!」

「もう使い切っちまったよ!」

 

 ミノタウロスから一瞬だけ目を離して抱えられている冒険者を見れば、血を流しながら意識がない様子。もう一人の返答で回復薬を使い切ったと聞いてヴェルフは舌打ちする。

 

「アルス! 治癒魔法をかけてくれ! 代わりに俺が前に出る!」

「ギラ」

 

――――――――――アルスは ギラを となえた!

――――――――――ミノタウロスたちに ダメージ!

――――――――――ミノタウロスA、ミノタウロスBを たおした!

 

 角による突進を仕掛けようとしたミノタウロス達に向かって閃光系魔法(ギラ)を放てば、前にいた二体が魔石に代わった。残った一体も先程の『ぶんまわし』と合わせて大きなダメージを負っていて動きが鈍っているのを確認してアルスが下がる。

 入れ替わりにヴェルフが前に出る。

 

「ベホイミ」

 

――――――――――アルスは ベホイミを となえた!

――――――――――冒険者の キズが かいふくした!

 

 強敵であるアルスが下がったのを見て残ったミノタウロスが突進してくるのを見て、ヴェルフは『はがねの盾』を前に持って構える。

 

「ぬぅっ!?」

 

――――――――――ミノタウロスDの こうげき!

――――――――――ヴェルフに ダメージ!

 

 突進を『はがねの盾』で受け切ったが勢いが強く、『はがねの盾』を持つ手を通して衝撃が染み込む。

 

「俺だってLv.2なんだ! ミノタウロスに怯んでいられるかよ!」

 

 足を止めたミノタウロスを弾き飛ばして、体勢を崩したところに『はがねのオノ』を振り下ろす。

 

――――――――――ヴェルフの こうげき!

――――――――――ミノタウロスDに ダメージ!

――――――――――ミノタウロスDを たおした!

――――――――――ミノタウロスたちが あらわれた!

 

「また!?」

 

 魔石を拾う暇もないまま、通路の向こうから地響きを立てて新たなミノタウロス五体が姿を現した。

 

「やっ!」

 

 アルスが待ち構えるか、魔法で撃退するか、一瞬の躊躇をした横を『やいばのブーメラン』が通り過ぎていく。

 

――――――――――ベルは デュアルカッターを はなった!

――――――――――ミノタウロスたちに ダメージ!

 

「アルス、ヴェルフ!」

「お二方!」

 

 遅れていたベルが 『デュアルカッター』を放ち、新手のミノタウロス達の足止めをしたところでリリルカと共に合流する。

 前衛は三人に任せ、リリルカが冒険者パーティーの下へ向かう。

 

「そこの冒険者方、動けますか?」

「あ、ああ、助かった。凄いな、アンタ達。ミノタウロスの集団に負けてねぇ」

「寧ろ倒しそうな勢いだ。上級冒険者か?」

「いいえ、リリ達は――メラ!」

 

 答えていたリリルカは、ヴェルフを突き飛ばして防衛線を抜けようとしたミノタウロスに向かって火炎系呪文(メラ)を放つ。

 

――――――――――リリルカは メラを となえた!

――――――――――ミノタウロスFに ダメージ!

 

 ダメージで足を止めたミノタウロスに、アルスが振るう『ウダイオスの黒剣』が唸りを上げて襲い掛かる。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――ミノタウロスFに ダメージ!

――――――――――ミノタウロスFを たおした!

 

 一刀の下に切り伏せられたミノタウロスが魔石と化して地面に落ちて転がってきた。足元にあると間違って踏み損ねかねないのでリリルカが通路の端に蹴飛ばしておく。

 

「見ての通り弱小ファミリアのパーティーです。10階層に何故、ミノタウロスの集団が……」

 

 主に中層17階層に出現するミノタウロスが上層10階層まで上がって来た理由を考えているリリルカに、助けられた冒険者パーティーは思いっきり引いていた。

 

「どこが弱小……? いや、それはいい。俺達にも分からない。急に下の階層が上がってきやがったんだ」

「下から上がって来たということは、何かに追い立てられた? 原因を調べるのは後ですね。他にもまだ上がってきている個体がいるかもしれません。あなた達は地上に上がって途中の冒険者やギルドにこのことを伝えて下さい!」

 

 リリルカは一度自分達がやってきた通路を確認してのモンスターがいないことを確認して、ミノタウロスに向かって『ピオラの杖』を振るう。

 

「行って下さい! ボミオス!」

 

――――――――――リリルカは ボミオスを となえた!

――――――――――ミノタウロスたちの すばやさを かなり さげた!

 

「「「「す、すまねぇ!」」」」

 

 動きが鈍ったミノタウロスを見てリリルカに急かされた冒険者パーティーが背中を向けて走っていく。その姿を時折確認して全く見えなくなると、ミノタウロス達と対峙しているアルス達の傍へと近寄った。

 

冒険者パーティー(邪魔者)はいなくなりました。一気に片づけます」

「言うねぇ、リリ助」

「事実です。ベル様、時間稼ぎを!」

「分かった。ジバリーナ!」

 

――――――――――ベルは ジバリーナを となえた!

――――――――――ミノタウロスたちの足元に ジバリーナを しかけた!

 

 ミノタウロス達はベルが手を向けると足元に広がった魔法陣に危機感を覚えたのか、急いでその場を離れようとした。

 

「ブゥムゥンッ!?」

 

――――――――――ベルの ジバリーナが 発動!

――――――――――ミノタウロスたちに ダメージ!

――――――――――ミノタウロスFを たおした!

 

 真っ先に動いた最初の一体は諸に『ジバリーナ』が発動して魔法陣から突き出した巨大な岩に貫かれた。

 残りの個体は僅かに急所を外したか、腕で防御するなどしてダメージを最低限に抑えたが、回避や防御といったワンクッションが必要となる行動を取っている間にリリルカの魔法発動体勢は整っていた。

 

「ヒャド!」

 

――――――――――リリルカは ヒャドを となえた!

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは フリーズブレードを はなった!

――――――――――氷のチカラを やどした大剣が あたりを いてつかせる!

――――――――――アルスとリリルカのれんけい ブリザードソードがはなたれた!

――――――――――ミノタウロスたちを たおした!

――――――――――ミノタウロスたちを やっつけた!

――――――――――アルスたちは1640ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――ミノタウロスたちは 魔石を 落としていった!

 

 『ブリザードソード』と名付けられた連携技でミノタウロスを一掃する。

 生き残った個体の追撃を狙っていたヴェルフが肩透かしを食らってしまうほどあっさりと終わってしまった。

 

 

 

 

 



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第38話 ツンツン、ツンツン

 

 

 

 

 

上層10階層でミノタウロスの集団を一掃し終えたリリルカ・アーデは何時でも次の魔法を発動できるように両手に持っていた『ピオラの杖』から片手を放し、杖先を地面につける。

 

「…………新手はなさそうですね」

 

 一番元気なアルス・クラネルが率先して魔石を集め、珍しくドロップアイテムが無いことに残念がっている間も警戒は怠らない。

 

「しかし、なんだってミノタウロスの集団が上層に?」

「分かりません。通常ではありえないことです」

 

 考え込んでいるリリルカの斜め後ろで、何時もとは全然様子が違うベル・クラネルにヴェルフ・クロッゾが気づいた。

 

「おい、ベル。大丈夫か、凄い汗だぞ」

「え、あっ、本当だ。全然、気づかなかった」

 

 汗を拭っているベルの手はどこかぎこちない。

 

「さっきからベル様、どこかおかしいです。もしや体調が――」

「普通だよ。なんともないって」

「ですが……」

「さっきの戦闘でも問題は無かったんだ。ちょっと疲れてるだけだよ」

戦争遊戯(ウォーゲーム)前だしな。異常事態もあったわけだし、今日は早めに上がるか?」

 

 ダンジョンで起こる異常事態(イレギュラー)は大概において碌な事態にならない。

 一度死んでしまえば生き返る手段などないこの世界において、自ら危険な中に身を置いておく理由は今のヴェルフ達にはない。ベルが疲れているならば、戦争遊戯(ウォーゲーム)を控えているのだから探索を取り止めて地上に戻るのも一つの選択だった。

 

「そうしましょうか。少なくともミノタウロスが上層に上がった理由が分からないまま奥に進むのは危険です」

「というわけだ、アルス。今日はここまでだ」

 

 魔石を回収し終えて先に進もうとしていたアルスをヴェルフが引き戻しに行く。

 一人で通路の向こうまでさっさと行ってしまうものだから距離が開いてしまっている。アルスが戻ってくるまで若干の時間があるのでリリルカは間近でベルの顔を見上げる。

 

「本当に大丈夫なのですか、ベル様? 顔色が優れませんが」

「…………さっきから動悸が止まらないんだ。なんだか凄い気持ち悪い。でも、体調不良とかそんな感じじゃない。これは」

 

 お爺ちゃんがいなくなった日の感覚に似ている、と続けようとしたベルの足元が突如として揺れた。

 

「っ!?」

 

 まるで下の階層から突き上げるような衝撃と共に、アルスとヴェルフのいた地面が崩れ落ちた。

 ギリギリの範囲外にいたベルとリリルカには一瞬の出来事の中で、二人を巻き込んで落盤して下の階層に落ちた。直後、下の階層に地面にぶち当たって地面であり天井であった岩盤が打ち砕かれる音が響き渡る。

 

「床が、抜けた……?」

「アルス! ヴェルフ!」

 

 巻き込まれずに済んだ二人が状況を理解して、穴を覗き込むも共に落ちた砂が衝撃で吹き散らされて砂埃となり、階下の光景を覆い隠している。

 

「下に降りて――」

「ダメです! 飛び降りた場所に二人がいるかもしれないのです! せめて下の状況が分からなければ危険です!」

「くっ」

 

 リリルカの言う通りであると理性では理解しながらも、安否が気になってやはり飛び降りようかとベルが考えたその時だった。

 

「ヴゥゥ」

「え?」

 

 イヤなものが聞こえて足に力を入れようとしたベルの体が硬直する。

 モクモクと舞い上がる砂煙が何かに振り払われ、アルス達が落ちた穴の向こう側に大剣を振るった姿勢の片角しかないミノタウロスがいた。

 ミノタウロスは大きく膝を曲げて、こちらに向けて跳躍する。

 

「ヴゥモオオオ――ッ!」

「ミノタウロスがもう一体!? こんな時に――メラ!」

 

――――――――――リリルカは メラを となえた!

――――――――――ミノタウロスに ダメージ!

 

 飛んでいるミノタウロスに火炎系呪文(メラ)を放ち命中させるも、防御した腕が少し焦げただけで大したダメージを負った様子はなかった。最低限でも怯ませる程度は出来るはずだと過信(・・)していたリリルカの次への行動が遅れる。

 

「そんな効いてな――」

「ヴゥモオオオオオオ――――ッ!」

 

 こちらに向かってきて飛んできたミノタウロスが、『ピオラの杖』で防御したリリルカに大剣を横殴りに振るってきた。

 

――――――――――ミノタウロスは 渾身の一撃を はなった!

――――――――――つうこんの いちげき!

――――――――――リリルカに ダメージ!

 

 『ピオラの杖』の杖部分を叩き折りながら一撃を受けたリリルカが血反吐を吐きながら横の壁に叩きつけられ、ズルズルと力の抜けた状態で地に伏して動かない。

 

「リリ!?」

 

 硬直していた一瞬でリリルカを戦闘不能にされたベルは振り返りそうになるのを自制し、直ぐ近くで大剣を振るった姿勢で技後硬直中のミノタウロスに『てつのつるぎ+2』を抜く。

 

「よくも、リリぉっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――ミノタウロスに ダメージ!

 

 技後硬直が終えて防御姿勢を取った隙間を狙った炎を纏った一撃がミノタウロスにダメージを与えるも、それは火に油を注ぐような行為だった。

 

「ヴゥモオオオオオオ――――ッ!」

 

――――――――――ミノタウロスは 怒りの咆哮を あげた!

――――――――――ベルは ショックをうけた!

 

「ひィッ!?」

 

 傷つけられたことに対して激昂しているかのような咆哮に、後退して砂に足を取られて尻もちをつくベル。

 

――――――――――ベルは おどろき すくみあがっている!

 

「ブゥー、ブゥーッ……」

 

 荒い鼻息を吐きながら徐々に迫ってくるミノタウロス。

 情けなく涙を浮かべながらズリズリと後退するベルは、何故か幼い頃のことを思い出していた。

 

『痛むか、ベル』

 

 幼い日、アルスと二人で禁止されていた村の外に出かけ、出会った数体のスライムに有体に言えばボコボコにされた。

 助けてくれた祖父の体は戦士のように逞しくて、その大きな手で良くベルを抱き上げてくれた。この時も肩に気絶したアルスを抱えながらも小動もしない。

 

『こういうことがあるから村の外には出るなと言っておいたじゃろう。スライム達にボコボコにされおって、ぶったまげたぞ』

 

 オラリオ外のモンスターは地上に進出した祖先の子供で、ダンジョンにいる個体と比べれば遥かに劣る。それでも幼い子供が遭遇してしまえば個体によっては死ぬことも有り得る。

 

『無謀にも立ち向かったアルスを置いて逃げることも出来ただろうに、その誘惑に耐えて留まることを選んだ。良く耐えた。胸を張れ、ベル。お前は負けなかったのだ。格好良かったぞ』

 

 本当に格好良かったのはスライムに立ち向かったアルスで、自分はただ見ていることしか出来なかったから情けなくてベルは泣いた。

 スライム達を簡単にやっつけた祖父のようになりたくて、困難に立ち向かっていけるアルスのようになりたくて、強い人に、祖父が語るような英雄になりたいと思った。

 

「ヴゥモオオオオオオ――――ッ!」

 

 ベル・クラネルは臆病者のまま死ぬのだ。

 

――――――――――ミノタウロスの こうげき!

――――――――――アイズは 攻撃を武器で はじいた!

 

 反撃するでもなく回避するでもなく、絶対に防げないと分かっているのに腕で自身を庇っていたベルは響いた金属音にきつく閉じていた瞼を開ける。

 

「――――大丈夫?」

 

 吹いた風が金色の髪を靡かせる。

 

「…………頑張ったね。もう、大丈夫」

「アイズ、さん……?」

 

 見上げたアイズ・ヴァレシュタインはベルを見下ろし、次に別の方向へと顔を向ける。

 

「レフィーヤ、そっちは?」

「重症ですが息はあります。ハイポーションを使えば大丈夫なはずです! 起きなさい、リリ。私は、この程度であなたが死ぬような柔な鍛え方をしたつもりはありませんよ!」

 

 レフィーヤ・ウィリディスの声と一緒に何やらゴポゴポッと溺れるような音が聞こえるがきっと気の所為だろう。

 早々にレフィーヤから視線を切って片角のミノタウロスに視線を戻していたアイズは気にした風もなく、今のミノタウロスの一撃を思い起こして冷静に評価していた。

 

「今の一撃、武器を使いこなしているにしても、普通のミノタウロスの威力じゃない。もしかして、強化種? どっちでもいいか」

 

 辺りを見渡してアルスの姿が確認できず、近くに穴が開いた地面があることからそこに落ちたところを片角のミノタウロスに襲われたのだろうと推測したアイズが一歩前に出る。

 

「待ってて。今、助けるから」

「ッッッッッ!?」

 

 ベルの頭がアイズの言葉を理解して灼熱する。

 憧憬の相手に、また(・・)助けられることに全身を縛っていた恐怖が弾け飛んだ。

 ベルの足が動き、立ち上がった。

 

「!?」

 

 一歩前に出てアイズの手を掴む。

 

「――――ないんだっ」

 

 掴んだ手を引っ張って、代わるようにアイズの前に出る。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインに、もう助けられるわけにはいかないんだっ!!」

 

 脳裏に始まりの憧憬(祖父)を思い浮かべ、背後に憧れの憧憬(アイズ)を押しやり、ベルは矜持を持って『てつのつるぎ+2』を持つ手に力を込める。

 

「僕は、もう守られる弱い子供に戻らない!」

 

 他人から見ればちっぽけとも言える意地を貫き通す為に、ベル・クラネルは恐怖の象徴であるミノタウロスに宣戦布告する。

 

「勝負だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地面が崩落した直後、上手く崩れる瓦礫をクッションにして怪我無く下の階層に降りたアルスは、自分と同じように落ちて瓦礫に埋もれたヴェルフを発掘していた。

 砂煙が立ち込める中、ポイポイと瓦礫を放って新たな砂煙を産み出しながら直ぐにヴェルフは見つかった。

 

→残念だ、惜しい人物を亡くした

  ツンツン、ツンツン

 

「勝手に殺すな! イツツツ!?」

 

 合掌しているとヴェルフはムクリと勢いよく起き上がったが、落ちた拍子にどこか痛めた様子で体を折り曲げて苦痛を漏らす。

 

「ホイミ」

 

――――――――――アルスは ホイミを となえた!

――――――――――ヴェルフの キズが かいふくした!

 

 治癒系魔法(ホイミ)を受けたヴェルフは大きな息を吐いて、曲げていた体を元に戻して立ち上がる。

 

「ありがとよ。最初からその優しさを見せてくれよ。結構、精神力(MP)を結構使ってるけど大丈夫なのか?」

 

 二人で瓦礫の山から下りながらアルスはヴェルフに手に持っていたマナポーションの空瓶を見せる。

 

「流石。地面が崩落して、下の階層に落ちたのか。良く無事だったな。ベルとリリ助は」

 

 アルスは人差し指を上に向ける。

 

「アイツらは巻き込まれなかったのか。妬ましいような、複雑な気分だ。登れ、そうにはないか」

 

 瓦礫の山の頂点でも天井まで半分も届いていない。二人とも重量のある装備を纏っているのと、11階層は湿原エリアなので足元が滑っているのもあって瓦礫の山の上から直接上の階層には登るのは難しい。

 

「ベルならともかく、リリ助なら飛び降りるよりも普通に下に降りてくるだろう。俺達も階段で上の階層に登るとするか」

 

 砂煙の所為でどちらが上の階層に繋がる階段がある方角が分からないので、晴れるまで待っているとズチャズチャと水を含んだ草を踏みしめる音が聞こえてきた。

 モンスターの可能性が高いので二人がそれぞれの武器を構えると、砂煙が徐々に晴れて近づいてくる巨体の猪人の姿が現れた。

 

「オッタル? なんで上層に」

 

→下がれ、ヴェルフ

  ちっす、猛者さん!

 

「何言ってんだ、アルス?」

 

 オラリオ最強に武器を下げて警戒態勢を解いたヴェルフと違って、アルスは緊張で強張った顔を大剣を持っているオッタルに向けている。

 

「――――ここはダンジョンだ。冒険者を名乗るなら武器を構えろ」

 

 一足一刀の距離で足を止めたオッタルが静かな声で告げる。

 

「手合わせを願おう、冒険者」

「オッタル、アンタは何を言ってるんだ! オラリオ最強が俺達に一体、何の用だってんだ!?」

「俺はもう剣を構えているぞ。にもかかわらず、敵の動機を知らなければ戦えないか?」

 

 右半身を後ろに引いて右手で大剣を持ち、左手で刀身を支えた戦う姿勢のオッタルから発せられる戦意に、ヴェルフは二の句を発せられなくなった。

 

「来い。せめてもの情けだ。初手を譲ってやる」

「アルス!」

 

 勝てるわけがない、と確信しているヴェルフの静止の言葉に、オッタルは決して逃がすつもりないと感じ取っていたアルスは敢えて無視する。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、全身全霊切りを はなった!

 

 『ウダイオスの黒剣』の高い攻撃力も相まって、下層のモンスターですら一刀の下に切り伏せる強烈な一撃がオッタルに迫る。

 

温い(・・)

 

 オッタルは大剣を片手で軽く一振りした。ただ、それだけだった。

 

「なっ!?」

 

 速度と勢い、そして全体重を上乗せしたアルスの全身全霊を込めた斬撃が、大剣の一振りによってあっさりと弾かれたのをヴェルフは見た。

 

――――――――――オッタルは 攻撃を武器で はじいた!

 

 鍛え上げた当人であるヴェルフですら素材のランクが高過ぎて不完全にしか仕上げられなかった『ウダイオスの黒剣』。間違いなく今のアルスが放てる最大最強の技が破られたことに目を見開く。

 

「この程度で驚くな。不相応な武器に頼り切るなら冒険者など止めてしまえ」

 

 精巧な技と何よりも突き抜けた膂力。

 突進の勢いを殺されるどころか、得物を弾かれ無様にも仰け反るアルスに、オッタルは右足を上げて前蹴りを放った。

 

――――――――――オッタルの こうげき!

――――――――――アルスに ダメージ!

 

「ぐっ!?」

 

 腹部を捉えたオッタルの前蹴りは、着ている『聖騎士のよろい』と『やすらぎのローブ』を超えてアルスに大きなダメージを与え、『てっかめん』の内側から口から吐かれた血が噴き出す。

 だが、ここで守勢に回ったら勝機は一分たりともないとアルスは分かっていた。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、剣を ぶんまわした!

 

 腹部を起点に前に折れた体のままで苦し紛れに片手で『ウダイオスの黒剣』を振り回す。

 

「やはり驕りの元は、その剣か」

 

――――――――――カウンター!

――――――――――オッタルの こうげき!

 

 バギンッ、と鈍い音を立てて折れる大剣――――『ウダイオスの黒剣』が下から斬り上げた大剣によって半ばから真っ二つに折れる。

 最強とすら思えた大剣を粉砕されたことに、アルスの次への動きの初動が鈍った。故に気づいた時には既に翻り、己の下へ振り下ろされるオッタルの大剣に何の対処も出来なかった。

 

「ぬんっ!」

 

――――――――――オッタルの こうげき!

――――――――――アルスに ダメージ!

 

 大剣の一撃が落とされ、掠めた『てっかめん』が砕ける。『聖騎士のよろい』に斬撃が刻まれた。

 アルスから噴き出す血。

 崩れ落ちる体。

 地に落ちて手が弾んだ後、身動き一つしない指先。

 

「アルスゥウウウウウウウウウ――――ッ!?」

 

 呆気なくやられたアルスの姿にヴェルフの中にあった恐れを怒りが上回った。

 

「テメエェッ、俺の仲間に何やってやがる!」

 

――――――――――ヴェルフの こうげき!

――――――――――ミス! オッタルは ダメージを 受けない!

 

 ヴェルフの『はがねのオノ』の一撃が弾かれる。武器でも防具でもなく、露出したオッタルの生身の肩に。

 突き抜けた『耐久』が、Lv.2成り立てのヴェルフの一撃を毛先すらも通さない。あまりにも単純明快な現実に、跳ね返った『はがねのオノ』によって仰け反ったヴェルフ。次いで腹部に突き刺さった拳がLv.7の領域を僅かでも感じ取らせた。

 

――――――――――オッタルの こうげき!

――――――――――ヴェルフに ダメージ!

 

 『はがね』の装備を纏って長重量のヴェルフが数十メートルも殴り飛ばされて壁に叩きつけられ、威力を物語るように幾条もの亀裂を生む。

 やがて壁から剥がれ落ち、ガシャンと腹部が陥没した『はがねのよろい』が音を鳴らして湿原に沈む。

 

「この程度で諦め、立ち上がらないのならば、ここで果てろ」

 

 ヴェルフを感慨もなく見遣ったオッタルがアルスに視線を下ろす。

 

「ベ、ホイ……ミ」

 

――――――――――アルスは ベホイミを となえた!

――――――――――アルスの キズが かいふくした!

 

 中級治癒系魔法(ベホイミ)を使おうとも全回復していないアルスはふらつきながらも立ち上がる。

 

「立つならば殻を破れ。他者の手など撥ね退けろ。冒険に挑め。お前達の見るべきものは前だけだ!」

 

――――――――――オッタルの こうげき!

――――――――――アルスに ダメージ!

 

 大剣をその場に刺し、無手になったオッタルの拳がアルスを打ち据え、血が飛び散って湿原へと落ちる。

 

「ぬんっ!」

 

――――――――――オッタルの こうげき!

――――――――――アルスに ダメージ!

 

 辛うじて反応して防御した『ゴールドトレイ』が、ただの拳に粉砕される。

 

「ベ……ホイ、ミ」

 

――――――――――アルスは ベホイミを となえた!

――――――――――アルスの キズが かいふくした!

 

 倒れ込んだ体を中級治癒系魔法(ベホイミ)で癒し、無理矢理に立ち上がろうとも再び攻撃を受けて吹き飛ぶ体、癒す魔法、立ち上がる意志。

 

「……ぐ……ぅ……」

 

 ただの一撃で肋骨が何本も折れたヴェルフは痛む体を押して地面を這いずる。

 まだアルスが戦っている。何故、最強のオッタルがこんなことをするのか理由は分からない。だが、このままではアルスが殺されてしまう。

 

(ヘファイトス様、俺は――)

 

 這いずりながら嘗て自分自身が言った言葉を思い出す。

 

【俺は二度と『魔剣』を打ちません】

 

 ヘファイトスファミリア入団直後に命じられてヴェルフが打った『魔剣』を手にしたヘファイトスは、今はそれで良いと言って続けた。

 

【何かを得た時、きっと貴方はその力を使わなかったことを後悔することになる。意地を秤にかけるのは止めなさい】

 

 今正にその言葉がヴェルフに決断を迫っていた。

 

「ど、こ……だ」

 

 ヴェルフは魔剣が嫌いだ。

 安易な力は使い手に驕りを与え、鍛冶師すらも腐らせる。そして使い手を残して絶対に砕けていく。

 

「どこ、だ!」

 

 階層崩落に巻き込まれた際に背中に巻き付けていた『魔剣』がどこかに紛失していた。

 無くなれば喜んだはずなのに、今は必要だからと求める。

 

「どこだ!」

 

 自分の浅ましさに吐き気すら覚える。

 

「俺はもう捨てねぇ! 助けたい仲間がいるんだ! だから!」

 

 瓦礫の中で何かが赤く光った。

 駆け寄って瓦礫を掻き分けると、布の一部が破れて柄と剣身の間、鍔の無い中央部に嵌る紅の宝珠が輝いている。燃えるような光を放つ『魔剣』をヴェルフは一思いに掴み、抜き放った。

 瓦礫に引っかかった布が破れる。

 

「お前達を砕く。砕いて砕いて砕き続けて――――何時か砕けない魔剣(お前達)を作ってみせる。だから、今は!」

 

 新たな決意と共に、オッタルに向かって『魔剣』を振るう。

 

「砕けろ、火月ぃいいいいいいいいいいいい!!」

 

 放たれるは真紅の轟炎。大上段、振り下ろされた剣身から巨大な炎流が迸り、一直線にオッタルに向かって行く。

 

「クロッゾの魔剣か」

 

 殺す気ならとっくにしているはずというヴェルフの読み通りに、オッタルはアルスを背後に投げ捨てて地面に突き刺していた大剣を握る。

 海を焼き払ったとまで言われた魔剣がその威力を全開放して迫る熱波に、大剣を構えたオッタルはただ吠えた。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 恐らくオラリオ最大の膂力から放たれた一撃は熱波を切り裂き、押し潰した。

 行き場を失った熱波は天井に空いた穴へと消え去っていく。

 

「ははは、マジかよ」

「オリジナルの魔法を超える『魔剣』。噂に違わぬ威力だ」

 

 まさか何のダメージも与えられないまま切り裂かれるとは思いもしなかったヴェルフが乾いた笑みを浮かべる。

 オッタルの大剣は今の一撃に武器の方が耐えられなかったように、ヴェルフが持つ『魔剣』と同じように刃先からボロボロと砕け散っていく。

 

「見事、と言っておこう」

 

 立ち向かったヴェルフにか、魔剣の威力にか。どちらかを聞く機会は訪れなかった。

 

「はっ!」

 

 誰の目から見てもズタボロだったアルスが折れた『ウダイオスの黒剣』を持ってオッタルの肩に飛び乗った。

 

――――――――――アルスは、全身全霊切りを はなった!

――――――――――オッタルに ダメージ!

 

 アルスは両手で逆手に持った『ウダイオスの黒剣』の折れた切っ先をオッタルの首筋に突き刺した。

 

「致命の一手を放つ良い手だ」

 

 ここでもオッタルの慮外の『耐久』が阻む。

 確かに『ウダイオスの黒剣』はオッタルの首筋に刺さっている、指先程度分だけ。

 

「目を狙えば、まだ勝機があったものを」

 

 オッタルの手がアルスの頭に伸びる。

 

「デイン!」

 

――――――――――アルスは デインを となえた!

 

 微細な粒子の一つ一つが結びつき、人間など跡形も残らない稲妻へと変わった。稲妻はアルスの頭を掴んだばかりのオッタルの手に落ちた。

 

――――――――――オッタルに ダメージ!

――――――――――アルスに ダメージ!

 

「ぐぬぅっ!?」

 

 初めてオッタルが苦痛を漏らした。

 慮外の『耐久』があろうとも、雷撃はアルスが持つ『ウダイオスの黒剣』を伝ってオッタルの体内に送り込まれる。

 

「――デイン!」

 

――――――――――アルスは デインを となえた!

――――――――――オッタルに ダメージ!

――――――――――アルスに ダメージ!

 

「アルス!」

 

 確かにオッタルにダメージは与えられているだろうが、あのやり方ではアルスもダメージを負ってしまう。となれば、耐久の差で先に倒れるのはアルスに決まっているが、『魔剣』を失ったヴェルフにはアルスを信じる以外に出来ることが無かった。

 

「――――デイン!」

 

――――――――――アルスは デインを となえた!

――――――――――オッタルに ダメージ!

――――――――――アルスに ダメージ!

 

 雷が落ちる度にオッタルの表情が僅かに歪む。

 ダメージは確かに与えている。後はどれだけ魔法を連発できるかにかかっていた。

 

「――――――デイン!」

 

――――――――――アルスは デインを となえた!

――――――――――しかし、MPが 足りず 不発!

 

精神力枯渇(マインドダウン)か」

「ぐっ!?」

 

 掴まれたままだった頭を引っ張られ、地面に叩きつかれる。

 

「お前は弱い」

 

 起き上がろうとして、掴まれたままの頭を再度地面に叩きつけられる。

 

「敗北の味を知れ。その血と地と恥が敗北の味だ」

 

 何度も何度も何度も、地面に叩きつけ続けられる。

 

「惰弱を呪い、無力を嘆くのなら強くなれ」

 

 地面が砕け陥没して、やがてアルスの四肢が人形のように為すがままになるまでオッタルは頭を地面に叩き続けた。

 

「死に物狂いであの方の寵愛に、応えてみせろ」

 

 死体のように動かないアルスの頭からようやく手を離し、オッタルは首筋に刺さったままの『ウダイオスの黒剣』を引き抜いて地面に捨てて歩き始めた。

 

「なんでだ?」

 

 背を向けて去ろうとしているオッタルに、アルスに駆け寄ったヴェルフが問いかける。

 

「なんで、アルスにここまで」

「この男は敗北を知らねばならん」

 

 首筋から流れる僅かな血も止まり、雷撃によって若干装備を焦げさせただけの最強は立ち止まったものの、振り返ることなく答える。

 

「このままでも強くはなるだろう。だが、それは見せかけだけの強さに過ぎん。真の強者と相対した時、そんな強さは何の役にも立たない」

 

 オッタルはゼウスファミリアとヘラファミリアに敗北し続けてきた。このオラリオでオッタルが味わい続けてきたものは、敗北と屈辱の泥に他ならない。しかし、その敗北の経験こそがオッタルを強くした。

 

「地の味を知り、血の味を覚え、恥の味を拭って初めて、この子供は男に、戦士に成れる」

 

 立ち止まっていたオッタルが歩みを再会する。

 

「地を、血を、恥を、礎に変えてみせろ。勝者は敗者の中にいるのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイズとレフィーヤを始めとして、8・9階層を踏破して合流したベート・ヒリュテ姉妹・フィン・リヴェリアといったロキファミリアが見守る中、ベルと片角ミノタウロスの戦いは手札を周囲に晒しての戦いとなっていた。

 Lv.5やLv.6の面々が加勢すれば瞬く間に終わる戦いを、冒険者としての本能がこの戦いを刮目せよと告げていて誰一人として救援に動けずにいた。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは ヴァイパーファングを はなった!

――――――――――ミノタウロスに ダメージ!

――――――――――ミノタウロスは どくに おかされた!

 

 速度で勝るアイズとの修行の経験が活きて、大剣を避けざまに持ち替えた『せいなるナイフ』で毒を注入する。

 一回転して返ってきた大剣に『毛皮のポンチョ+1』を切り飛ばされ、避け切れなかった刃先に頬を肉ごと抉り取られながらも次撃を放つ。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――ミノタウロスに ダメージ!

 

 一瞬でも臆すれば死んでしまいそうな極限状態の中で思考を続ける。

 『せいなるナイフ』では『てつのつるぎ+2』よりも威力が落ちるが、スキル『タナトスハント』の効果で毒に侵された相手には6倍のダメージを与えられる。

 

「あの技の多彩さには目を見張るものがあるが……」

 

 リヴェリアが見るに、ミノタウロスもダメージを負ってるといっても耐久に優れたモンスターだけにあまり効いた様子はない。

 

「どれもあの強化ミノ野郎には軽過ぎる」

「ミノタウロスの肉は、熱や冷気に強く断ちにくい。このままだと決定打にはならない」

 

 代わりにミノタウロスの一撃をベルがまともに食らえば一撃で倒れることになるだろう。

 攻撃力と防御力に差があり過ぎて、優勢に戦えているように見えてもベルにとっては分の悪い戦いであることに変わりない。

 

――――――――――ミノタウロスは 激しく暴れまわる!

――――――――――ベルは 攻撃を武器で はじいた!

 

 ちょこまかと動き回るベルをうざったく思ったのか、理屈を無視した動きで大剣を滅茶苦茶に振り回す。

 今までの動きとは全く違う行動にベルも反応しきれず、ギリギリで『てつのつるぎ+2』で受けるのが限界だった。

 

「うっ!?」

 

 まともに攻撃を受けた『てつのつるぎ+2』が砕け散る。

 武器の一つを使い物にならなくしたのを見て取ったミノタウロスが嗤った。

 

「ブゥムゥンッ!!」

 

――――――――――ミノタウロスは ちからをためる!

――――――――――ミノタウロスの 攻撃力と素早さが かなり あがった!

 

 力を貯めたミノタウロスは罅が入っている大剣を放り投げて両手を地面に下ろし、頭を低く構える。

 

「あれはミノタウロスが見せる突撃体勢だ。勝負を決めにきたか」

 

 助走の距離が足りなくとも、力を貯めたことで不足分を補って余りあるほど攻撃力を上げている。

 ベルも回避は不可能と直感する。

 前後左右上下に動こうともミノタウロスは反応し、突撃を決めてくるだろう。今のベルに出来るのは、ミノタウロスと似たようなクラウチングスタートの姿勢。

 

「次の一撃で決まる――」

 

 真っ向から立ち向かうことを決めたベルの片膝が上がり、ミノタウロスの足にグッと力が込められる。

 両者が飛び出すその刹那。

 

「る、カニ」

 

――――――――――リリルカは ルカニを となえた!

――――――――――ミノタウロスの しゅびりょくを かなり さげた!

 

 レフィーヤの腕の中でまだ意識が半ば夢現のリリルカが、モンスターと向き合うベルの姿を視界に入れた瞬間に敵守備力低下魔法(ルカニ)を唱えた。ミノタウロスの直下から唐突に青い光が出現し、その体を取りまいた所為でベルの方が半歩早く飛び出す。

 遅れて突撃するミノタウロス。

 

――――――――――ミノタウロスは ツノを構えた突撃を しかけてきた!

 

 速度はこれで互角。耐久と力で勝るミノタウロスを今のベルが倒すにはモンスターを倒す上での絶対の有効打に成り得る魔石がある胸部の一点のみ。

 

「――勝てない――」

 

 仮にベルの一撃が先に決まろうとも、ミノタウロスの突進力に弾き飛ばされるだけ。フィンですら覆せないと予測した未来は、近くにあった下の階層に通じる大穴からヴェルフの『魔剣』から放たれた轟炎が吹き上がってミノタウロスを襲ったことで覆えされる。

 

「ブゥムゥンッ!!」

 

 ミノタウロスは突進の勢いの大半を奪われ、全身を焼かれながらも轟炎を突っ切った。

 

「――――ぁあああああああああああああああああああああッッ!!」

 

 その眼前に自らも轟炎に焼かれる危険性を毛ほども気にせずベルが突っ込んでいく。だが、悲しいかなまだミノタウロス有利の未来は揺るがない。

 

「ピオラ!」

 

――――――――――リリルカは ピオラのつえを どうぐとしてつかった!

――――――――――ベルの すばやさが かなり あがった!

 

 杖の部分が折れた『ピオラの杖』を道具として使ったことで、ベルの速度が上がってミノタウロスの懐に潜り込んだ。

 自身を一本の槍に見立て、敵の胸目掛けて突貫したベルの『せいなるナイフ』が炎を纏う。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――かいしんの いちげき!

――――――――――ミノタウロスに ダメージ!

 

 毒状態の相手にスキルの効果で6倍のダメージが会心の一撃で撃ち込まれ、ミノタウロス側の突進の威力も相まってその胸部の中央に深々と『せいなるナイフ』が突き刺さった。

 肉を穿つ感触に次いで、硬質な何かを砕いた感覚がベルの手に伝わる。

 

「次が――」

 

 魔石を砕かれたモンスターは末路は灰となって何も残らず消えると決まっている。

 

「これは僕達みんなの勝利だ。もしも次があるなら、今度は僕一人の力で倒してみせる。だから、さよならだ」

 

 勝者に笑みはなく、敗者は己を打倒した勇士の言葉を聞き届けて消えていった。

 

――――――――――ミノタウロスを たおした!

――――――――――アルスたちは 2929ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――ミノタウロスは 魔石を 落としていった!

 

「勝ち、やがった……」

 

 呆然と呟いたベートの隣で、ティオナはミノタウロスとの戦いであったこともあるだろうがとあるお伽噺を連想していた。

 

「まるで、アルゴノゥトみたいだった」

 

 英雄になりたいと夢を持つただの青年が牛人によって迷宮へ連れ攫われたとある国の王女を救いに行く物語。

 

「アタシ、あの童話好きだったなぁ」

 

 時に騙され、利用されて多くの人に振り回されて、それでも友人の知恵を借り精霊から武器を授かって、なし崩しに王女を助け出す滑稽な男の英雄譚。

 

「ベル」

 

 アイズがベルの名前を口に乗せる。

 

「ベル・クラネル」

 

 少年(ベル)は勝利に打ち据えられ、少年(アルス)は敗北に天を仰ぐ。

 今はまだ数人が目撃しただけの英雄譚の一頁が綴じられた。

 

 

 

 

 







――――――――――アルスは ルーラの呪文を覚えた!
――――――――――アルスは、レベル25に あがった!
――――――――――アルスは ベホイムの呪文を覚えた!

――――――――――ベルは、レベル24に あがった!
――――――――――ベルは ぬすむを覚えた!
――――――――――ベルは、レベル25に あがった!

――――――――――リリルカは、レベル23に あがった!
――――――――――リリルカは メラミの呪文を覚えた!
――――――――――リリルカは、レベル24に あがった!
――――――――――リリルカは マホトラの呪文を覚えた!
――――――――――リリルカは ぶきみなひかりを覚えた!

――――――――――ヴェルフは ホイミの呪文を覚えた!
――――――――――ヴェルフは スカラの呪文を覚えた!



【アルス・クラネル Lv.3(レベル24→26)
 HP:184(+55)→204(+65)
 MP:88→96
 ちから:72(+12)→80(+14)
 みのまもり:31→34
 すばやさ:77→83
 きようさ:45→48
 こうげき魔力:72→78
 かいふく魔力:72→78
 みりょく:54→59
《魔法》
 【メラ】     ・火炎系魔法(小)
 【メラミ】    ・火炎系魔法(中)
 【ホイミ】    ・治癒系魔法(小)
 【ベホイミ】  ・治癒系魔法(中)
 【ベホイム】  ・治癒系魔法(大)
 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)
 【ベギラマ】  ・閃光系魔法(中)
 【イオ】    ・爆発系魔法(小)
 【ラリホー】 ・催眠系魔法(個)
 【デイン】   ・電撃系魔法(小)
 【トヘロス】 ・遭遇除外系魔法
 【ニフラム】 ・敵退去系魔法
 【ルーラ】  ・瞬間移動魔法
《技能》
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能
 【渾身斬り】       ・敵一体に大ダメージ
 【全身全霊斬り】    ・敵一体に特大ダメージ
 【フリーズブレード】  ・氷の力で敵1グループに攻撃
 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復
 【覇王斬】        ・敵全体に魔力で形成した巨大剣による無属性攻撃
《スキル》
 【二刀の心得】     ・左手にも武器を装備できる
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:8564》】

【そうび
 みぎて  『』
ひだりて  『』
 あたま   『』
 からだ   『やすらぎのローブ』『』
アクセ1   『きんのネックレス』
アクセ3  『ちからのゆびわ+3』         】



【ベル・クラネル Lv.3(レベル23→25)
 HP:182→204
 MP:63→67
 ちから:64→71
 みのまもり:26→28
 すばやさ:91→98
 きようさ:79→85
 こうげき魔力:76→82
 かいふく魔力:0
 みりょく:84→91
《魔法》
 【ジバリア】     ・地雷系魔法(小)
 【ジバリカ】     ・地雷系魔法(中)
 【ジバリーナ】    ・地雷系魔法(集団)
 【ザメハ】      ・覚醒魔法
 【インパス】     ・鑑定魔法
《技能》
 【スリープダガー】  ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる
 【ヴァイパーファング】・敵1体に攻撃、たまに猛毒にする
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復
 【デュアルカッター】 ・敵全体に攻撃時1.2倍のダメージを二回与える
 【ぬすむ】       ・敵が持っているアイテムを盗み出す
《スキル》

 【スライムブロウ】   ・スライム種に対して投擲武器効果強化
 【メタルウィング】   ・メタル種に対して投擲武器効果強化
 【ヒュプノスハント】  ・眠りや混乱の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【タナトスハント】   ・毒や麻痺の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【パワフルスロー】  ・投擲武器を投擲時、全体に等しくダメージ
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:2060》 】

【そうび
 みぎて  『』
        『せいなるナイフ』
ひだりて  『やいばのブーメラン』
 あたま   『』
 からだ   『やすらぎのローブ』『てつのむねあて』『毛皮のポンチョ+1』
アクセ1   『ぬすっとのグローブ』
アクセ2   『すばやさのゆびわ+1』         】



【リリルカ・アーデ Lv.3(レベル22→24)
 HP:110→124
 MP:112→125
 ちから:40→45
 みのまもり:19→22
 すばやさ:64→72
 きようさ:65→70
 こうげき魔力:115→128
 かいふく魔力:0
 みりょく:63→68
《魔法》
 【シンダーエラ】     ・変身魔法
 【メラ】          ・火炎系魔法(小)
 【メラミ】         ・火炎系魔法(中)
 【ギラ】           ・閃光系魔法(小)
 【ベギラマ】        ・閃光系魔法(中)
 【ヒャド】         ・冷気系魔法(小)
 【ルカニ】         ・敵守備力低下魔法(個)
 【ルカナン】        ・敵守備力低下魔法(集団)
 【ボミエ】          ・敵速度低下魔法(個)
 【ボミオス】         ・敵速度低下魔法(集団)
 【マジックバリア】     ・呪文防御魔法
 【イオ】          ・爆発系魔法(小)
 【マホトーン】       ・敵魔法封印魔法(集団)
 【マヌーハ】       ・幻惑解除魔法(個)
 【メタパニ】        ・敵混乱魔法(集団)
 【マホトラ】        ・MP吸収魔法 
《技能》
 【魔封じの杖】   ・敵1体の呪文を高い確率で封じる杖の秘術
 【しゅくふくの杖】  ・仲間1人のHPを小回復する
 【暴走魔法陣】   ・仲間の呪文が暴走しやすくなる
 【魔結界】      ・魔法の結界を張り敵の攻撃呪文を防御する
 【ぶきみなひかり】 ・不気味な光を放ち、敵1体の呪文耐性を下げる
《スキル》
 【縁下力持(アーテル・アシスト)】   ・一定以上の装備過重時における補正
 【悪魔ばらい】   ・悪魔系に対しての打撃力強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:2972》 】

【そうび
 みぎて  『まどうしの杖』
ひだりて  『』
 あたま   『サンゴのかみかざり』
 からだ   『ウィッチローブ』
アクセ1   『まじょのてぶくろ+3』
アクセ2   『いのりのゆびわ+2』         】



【ヴェルフ・クロッゾ Lv.2(レベル10)
 HP:160
 MP:30
 ちから:39
 みのまもり:9
 すばやさ:20
 きようさ:29
 こうげき魔力:0
 かいふく魔力:9
 みりょく:40
《魔法》
 【ウィル・オ・ウィスプ】     ・対魔力魔法
 【ホイミ】              ・治癒系魔法(小)
 【スカラ】              ・守備力上昇魔法(個)
《技能》
《発展アビリティ》
 【鍛冶:I】
《スキル》
 【魔剣血統】           ・魔剣製作可能
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:809》 】

【そうび
 みぎて  『はがねのオノ』
ひだりて  『はがねの盾』
 あたま   『はがねのかぶと』
 からだ   『はがねのよろい』
アクセ1   『熱砂のイヤリング』  
アクセ3  『ちからのゆびわ+3』         】



ヴェルフのスキル目覚め。
道具として使ったので『ビオラの杖』は消滅しました……(杖型の魔剣という本作設定の為)

片角のミノタウロス(強化種)…………Lv.2相当のミノタウロスをただ鍛えただけでは壁となりはしないかもしれない。オッタルはそう考え、以前の前例を踏まえて魔石を与えてみたらほぼLv.4相当になっちゃったミノタウロス。


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第39話 リテイクを要求する




――――――――――アルスは レベル26に あがった!
――――――――――アルスは レベル27に あがった!
――――――――――アルスは レベル28に あがった!
――――――――――アルスは イオラの呪文を覚えた!
――――――――――アルスは レベル29に あがった!
――――――――――アルスは レベル30に あがった!
――――――――――アルスは アストロンの呪文を覚えた!

――――――――――ベルは レベル25に あがった!
――――――――――ベルは レベル26に あがった!
――――――――――ベルは レベル27に あがった!
――――――――――ベルは レベル28に あがった!
――――――――――ベルは レベル29に あがった!
――――――――――ベルは レベル30に あがった!

――――――――――リリルカは レベル25に あがった!
――――――――――リリルカは レベル26に あがった!
――――――――――リリルカは ヒャダルコの呪文を覚えた!
――――――――――リリルカは レベル27に あがった!
――――――――――リリルカは マホカンタの呪文を覚えた!
――――――――――リリルカは レベル28に あがった!
――――――――――リリルカは レベル29に あがった!
――――――――――リリルカは イオラの呪文を覚えた!

――――――――――ヴェルフは レベル11に あがった!
――――――――――ヴェルフは レベル12に あがった!
――――――――――ヴェルフは レベル13に あがった!
――――――――――ヴェルフは レベル14に あがった!
――――――――――ヴェルフは レベル15に あがった!
――――――――――ヴェルフは レベル16に あがった!
――――――――――ヴェルフは シールドアタックを覚えた!
――――――――――ヴェルフは レベル17に あがった!
――――――――――ヴェルフは レベル18に あがった!
――――――――――ヴェルフは 蒼天魔斬を覚えた!
――――――――――ヴェルフは レベル19に あがった!
――――――――――ヴェルフは レベル20に あがった!
――――――――――ヴェルフは レベル21に あがった!
――――――――――ヴェルフは レベル22に あがった!
――――――――――ヴェルフは レベル23に あがった!



【アルス・クラネル Lv.3→4(レベル26→30)
 HP:204(+65)→245(+105)
 MP:96→112
 ちから:80(+14)→95(+22)
 みのまもり:34→41
 すばやさ:83→96
 きようさ:48→55
 こうげき魔力:78→90
 かいふく魔力:78→90
 みりょく:59→67
《魔法》
 【メラ】     ・火炎系魔法(小)
 【メラミ】    ・火炎系魔法(中)
 【ホイミ】    ・治癒系魔法(小)
 【ベホイミ】  ・治癒系魔法(中)
 【ベホイム】  ・治癒系魔法(大)
 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)
 【ベギラマ】  ・閃光系魔法(中)
 【イオ】    ・爆発系魔法(小)
 【イオラ】   ・爆発系魔法(中)
 【ラリホー】 ・催眠系魔法(個)
 【デイン】   ・電撃系魔法(小)
 【トヘロス】 ・遭遇除外系魔法
 【ニフラム】 ・敵退去系魔法
 【ルーラ】  ・瞬間移動魔法
 【アストロン】 ・鋼鉄化魔法
《技能》
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能
 【渾身斬り】       ・敵一体に大ダメージ
 【全身全霊斬り】    ・敵一体に特大ダメージ
 【フリーズブレード】  ・氷の力で敵1グループに攻撃
 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復
 【覇王斬】        ・敵全体に魔力で形成した巨大剣による無属性攻撃
《スキル》
 【二刀の心得】     ・左手にも武器を装備できる
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:8228》】

【そうび
 みぎて  『ゾンビキラー+3』
ひだりて  『はがねの盾』
 あたま   『はがねのかぶと』
 からだ   『やすらぎのローブ』『はがねのよろい』
アクセ1   『きんのネックレス』
アクセ2  『ちからのゆびわ+3』         】



【ベル・クラネル Lv.3→4(レベル25→30)
 HP:204→261
 MP:67→80
 ちから:71→89
 みのまもり:28→36
 すばやさ:98→117
 きようさ:85→101
 こうげき魔力:82→98
 かいふく魔力:0
 みりょく:91→109
《魔法》
 【ジバリア】     ・地雷系魔法(小)
 【ジバリカ】     ・地雷系魔法(中)
 【ジバリーナ】    ・地雷系魔法(集団)
 【ザメハ】      ・覚醒魔法
 【インパス】     ・鑑定魔法
《技能》
 【スリープダガー】  ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる
 【ヴァイパーファング】・敵1体に攻撃、たまに猛毒にする
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復
 【デュアルカッター】 ・敵全体に攻撃時1.2倍のダメージを二回与える
 【ぬすむ】       ・敵が持っているアイテムを盗み出す
《スキル》

 【スライムブロウ】   ・スライム種に対して投擲武器効果強化
 【メタルウィング】   ・メタル種に対して投擲武器効果強化
 【ヒュプノスハント】  ・眠りや混乱の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【タナトスハント】   ・毒や麻痺の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【パワフルスロー】  ・投擲武器を投擲時、全体に等しくダメージ
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:11842》 】

【そうび
 みぎて  『はがねのつるぎ』
       『バタフライダガー』
ひだりて  『はがねのブーメラン』
 あたま   『バタフライマスク』
 からだ   『やすらぎのローブ』『大盗賊のマント』
アクセ1   『ぬすっとのグローブ』
アクセ2   『すばやさのゆびわ+1』         】



【リリルカ・アーデ Lv.3(レベル24→29)
 HP:124→156
 MP:125→160
 ちから:45→56
 みのまもり:22→28
 すばやさ:72→86
 きようさ:70→85
 こうげき魔力:128→156
 かいふく魔力:0
 みりょく:68→81
《魔法》
 【シンダーエラ】     ・変身魔法
 【メラ】          ・火炎系魔法(小)
 【メラミ】         ・火炎系魔法(中)
 【ギラ】           ・閃光系魔法(小)
 【ベギラマ】        ・閃光系魔法(中)
 【ヒャド】         ・冷気系魔法(小)
 【ヒャダルコ】       ・冷気系魔法(中)
 【ルカニ】         ・敵守備力低下魔法(個)
 【ルカナン】        ・敵守備力低下魔法(集団)
 【ボミエ】          ・敵速度低下魔法(個)
 【ボミオス】         ・敵速度低下魔法(集団)
 【マジックバリア】     ・呪文防御魔法
 【イオ】          ・爆発系魔法(小)
 【イオラ】         ・爆発系魔法(中)
 【マホトーン】       ・敵魔法封印魔法(集団)
 【マヌーハ】       ・幻惑解除魔法(個)
 【メタパニ】        ・敵混乱魔法(集団)
 【マホトラ】        ・MP吸収魔法
 【マホカンタ】       ・魔法反射魔法
《技能》
 【魔封じの杖】   ・敵1体の呪文を高い確率で封じる杖の秘術
 【しゅくふくの杖】  ・仲間1人のHPを小回復する
 【暴走魔法陣】   ・仲間の呪文が暴走しやすくなる
 【魔結界】      ・魔法の結界を張り敵の攻撃呪文を防御する
 【ぶきみなひかり】 ・不気味な光を放ち、敵1体の呪文耐性を下げる
《スキル》
 【縁下力持(アーテル・アシスト)】   ・一定以上の装備過重時における補正
 【悪魔ばらい】   ・悪魔系に対しての打撃力強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:4329》 】

【そうび
 みぎて  『ルーンスタッフ』
ひだりて  『』
 あたま   『サンゴのかみかざり』
 からだ   『ウィッチローブ』
アクセ1   『まじょのてぶくろ+3』
アクセ2   『いのりのゆびわ+2』         】



【ヴェルフ・クロッゾ Lv.2→3(レベル10→23)
 HP:160→264
 MP:30→67
 ちから:39→86
 みのまもり:9→35
 すばやさ:20→33
 きようさ:29→42
 こうげき魔力:0
 かいふく魔力:9→64
 みりょく:40→92
《魔法》
 【ウィル・オ・ウィスプ】     ・対魔力魔法
 【ホイミ】              ・治癒系魔法(小)
 【スカラ】              ・守備力上昇魔法(個)
《技能》
 【シールドアタック】       ・防御姿勢のまま敵1体を攻撃する
 【蒼天魔斬】           ・強力な振り下ろしで敵1体を攻撃し、まれにマヒさせる
《発展アビリティ》
 【鍛冶:I→H】
《スキル》
 【魔剣血統】           ・魔剣製作可能
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:4770》 】

【そうび
 みぎて  『はがねのオノ』
ひだりて  『はがねの盾』
 あたま   『はがねのかぶと』
 からだ   『はがねのよろい』
アクセ1   『熱砂のイヤリング』  
アクセ2  『ちからのゆびわ+3』         】





 

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)が開催される日の午前中、決戦の舞台となる平原地帯に出発する前に廃教会(ホーム)でヘスティアは眷属達のステータス更新を行っていた。

 

「おおぅ、まさか本当にLv.4に到達するとは、それも二人も」

 

 つい一週間前、自身が口にした目標(Lv.4)に至ったアルスとベルのステータスが書き写された羊皮紙を前に唸る。

 

「リリは届きませんでした。申し訳ありません」

 

 ステータス更新の際は上半身裸になって背中を見せる必要があるので、ヘスティアファミリア唯一の女性眷属のリリルカ・アーデの更新が一番に行われており、自身のLv.が主神が求めた目標(Lv.4)に届かなかったことに顔を曇らせた。

 

「気にしないでくれ、リリルカ君。君もLv.4直前(レベル29)まで来ているんだ。君も十分に凄いよ」

 

 正直、その場のノリで言っちゃっただけでLv.4になるとは思っていなかったんだとはとても言えないヘスティアであった。

 

「無事にヴェルフ君もスキルに目覚めたんだ。良しとしよう」

「遅れてすみません」

 

 小さく頭を下げるヴェルフ・クロッゾに、その必要はないと手を振る。

 

「十分に良くやってくれているよ。この短期間にLv.3にも至ったし、何よりも装備を充実させてくれたのは大きい」

「ヘファイトス様が素材を融通してくれたお陰です」

「うんうん、ヘファイトスには足を向けて寝れないね。僕からも改めて礼を言っておくよ」

「それでですね、これを……」

 

 悩むのは後にして戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝率が上がったことを純粋に喜んでいるヘスティアに、ヴェルフは気まずげに懐から一枚の羊皮紙を取り出す。

 

「ん? 請求書……?」

 

 羊皮紙を受け取ったヘスティアは書かれている文字に首を捻る。

 

「相場の半額で良いそうです」

「タダじゃないんかい!」

 

 申し訳なさそうに答えるヴェルフの前で、ヘスティアは受け取った請求書を地面に叩きつけた。

 

「『ヘスティアを甘やかしたらダメになるから』と。後、『戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝ったらきっちり払いなさい』とも言っていました」

「…………勝てると信じてくれていることを喜ぶべきか、義理堅くも商魂逞しいヘファイトスを尊敬するべきか、どちらなんだろう?」

 

 悩んでいるヘスティアにリリルカは助け舟を出すべく口を開く。

 

「取り敢えず、笑っておけばいいのではないでしょうか」

「現実逃避染みてないかい、リリルカ君」

「世の中には曖昧なままにしておいた方がいいこともあります」

「君が人生経験豊か過ぎて泣いちゃいそうだよ、僕」

 

 この中にいる中では間違いなく断トツで人生ハードモードだったリリルカにホロリときているヘスティア。

 自分が端を発した問題から顔を逸らしたヴェルフは、二人のやり取りを笑って見ていたアルス・クラネルの前に移動して白布に覆われた片手剣を差し出す。

 

「折れたウダイオスの黒剣を使った、これが今の俺が鍛えれる最大限の武器だ。受け取ってくれ、アルス」

 

 受け取ったアルスは白布を解いて、柄・鍔・刀身の剣全体で十字架を象った形をした片手剣を握る。

 

→良い武器だ、銘は?

  リテイクを要求する

 

「『ゾンビキラー』、元は兎耳剣(ビッキーちゃん)と名付けようとしたんだがヘスティア様とリリ助から駄目だしされてな」

 

 そりゃあダメだろとアルスは思ったが、心底残念そうなヴェルフの為に黙っておくことにして改めて『ゾンビキラー+3』を見聞していた。

 

「アルス君はゾンビキラーに加えて、はがねの盾とはがねのよろい、はがねのかぶとか。代わることは代わったけど、ヴェルフ君と似通っているね」

 

 しまいには『ゾンビキラー+3』を振り回しそうなアルスの動きを警戒ているヘスティアはヴェルフが新調した装備を見る。

 

「素材的には『ぎんのむねあて』や『シルバーメイル』も造れたのでは?」

 

 ヘスティアファミリアの一員であればレシピを見れるので、リリルカからすればよりランクの高い装備を造らなかったことに疑問を覚えた。

 

「半額とはいえ、アルスの場合だと『はがね』以上となると、一人だけならともかく全員分の装備を新調すると破産するぞ」

 

 ファミリアの金庫番であるリリルカにはとても分かりやすい理由だった。

 

「その分、ベル君の装備は充実しているんだ。僕は文句ないよ」

「折れた『てつのつるぎ+2』に代わって『はがねのつるぎ』に、『せいなるナイフ』『やいばのブーメラン』もそれぞれ『バタフライダガー』『はがねのブーメラン』に新調。頭も『バタフライマスク』、体も『大盗賊のマント』と一番金がかかってる』

「…………さっきからベル君が一言も発しないのはその所為か」

 

 アクセサリー類を除けば、全ての装備が一新されたベル・クラネルは自身の新調にかかった総合計を聞いてから固まってしまっている。

 

「ベル様ベル様、大丈夫ですか?」

「ぼ、僕がこんな、ご、豪華な装備でいい、のかな?」

 

 固まっていたベルはリリルカに揺り動かされてようやく意識が現世に戻ってきたが、まだ動揺は激しく上手く回らない舌で言葉を紡ぐ。

 

「いいさ。勝てばアポロンファミリアの財産を丸ごと頂くんだ。これぐらいの出費なら必要経費だよ」

「で、リリだけ殆ど装備が代わってないのですが」

 

 ポンポンとベルの肩を叩いて落ち着かせようとしているヘスティアの横でリリルカがジト目をヴェルフに向ける。

 少し前に『はがね』装備に一新したばかりのヴェルフを除いた三人の中で、ほぼ一新されているクラネル兄弟と違ってリリルカは装備が殆ど代わっていない。

 

「元々、一番装備が充実しているからな。杖は『ルーンスタッフ』に代わっただろ?」

「リリは『ピオラの杖』を作り直して頂ければそれで良かったです」

「そりゃあ無理だ。まだ俺の力量じゃあ、杖型の『魔剣』は造れねぇ。それだってヘファイトス様が使う者がいないからって特別に譲って下さったんだ」

 

 師であるレフィーヤ・ウィリディスから餞別として渡された『ピオラの杖』は、強化ミノタウロス戦で魔剣同様に塵となって消えてしまい修復は不可能。

 以前使っていた『まどうしの杖』は、ドルイドを倒せばドロップアイテムで毎回獲得出来るので在庫に困っていないが、今のリリルカのLv.では些か頼りなさ過ぎる。かといって、持っているレシピで作れる両手杖が同じ『まどうしの杖』しか無かったのでヘファイトスに相談したところ、貰ったのが『ルーンスタッフ』だった。

 

「…………そう、ですね。無茶を言いました。この杖を有難く使わせてもらいます」

 

 『ピオラの杖』が完全に失われてしまったのは慚愧に耐えないが、レベルが上がってきて『まどうしの杖』では物足りなくなってきていたので助かるのは事実。

 ヴェルフがヘファイトスに頼んでまで得てくれたのだから、『ピオラの杖』への未練を断ち切って『ルーンスタッフ』を受け取り気持ちを切り替える。

 

「それでヴェルフ様、『魔剣』は?」

「用意してある。時間が無かったから二振りだけだが」

 

 『ゾンビキラー』の名前を付けた時に、ヴェルフのネーミングセンスの無さを思い知ったヘスティアとリリルカによって名付けられた銘は『紫雷姫(しらひめ)』と『火影(ほかげ)』。

 ようやく装備新調の衝撃から回復したベルがヴェルフを心配げに見遣る。

 

「ヴェルフは良かったの? 『魔剣』は」

「ああ、意地と仲間を秤にかけるのは止めたんだ。気にせずに使ってくれ。ただ、俺自身のLv.が上がってるとはいえ、急造だから威力も強度も保証できないぞ」

「そこは大丈夫です。勝負を決めるのはあくまで私達自身の力によるもの。『魔剣』の役目はあくまで敵の数を減らすことにあります」

 

 助っ人を勘定に入れても、戦力差は優に20倍以上とバカげたことになっている。作戦を立案したリリルカは『魔剣』の役割を雑兵の数を減らす為と割り切っていた。

 

「リリは大丈夫? この作戦だとリリが一番危ないよ」

「新しく目覚めた魔法がありますので問題ありません。それにベル様が助けに来てくれるのでしょ?」

「勿論」

 

 絶大な信頼に笑顔で答えるベルの横で、ヴェルフは一人首を傾げる。

 

「そういえば助っ人の話はどうなったんだ?」

「ヘルメスの話だと、先に着いて待っていてくれるんだって。Lv.4の手練れだ。きっと君達の助けになってくれるはずさ」

「期待しましょう」

 

 言葉で言うほど期待してい無さそうなリリルカに、下手な期待を抱くよりかはマシだと苦笑したベルは表情を改めて仲間を見渡す。

 

「行こう。そして勝って帰って来よう」

「はい!」「おう!」

 

 元気よく声を上げるリリルカ、拳を強く握るヴェルフ、静かに頷くアルスと、三人三様の反応を見せる眷属達に、ヘスティアは彼らが勝利と共に無事に帰ってくるだけを祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヘスティアファミリア対アポロンファミリア、戦争遊戯(ウォーゲーム)の形式は大平原の総決戦!! 両陣営の戦士たちは既に戦場に身を置いており、正午の始まりの鐘が鳴るのを待ちわびております!!』

 

 時刻は正午直前。

 

『今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)実況を務めさせて頂きますガネーシャファミリア所属、喋る火炎魔法ことイブリ・アチャーでございます。二つ名は火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)。以後、お見知りおきを』

 

 オラリオから真東に30メドル進んだところにある平原地帯で、二つのファミリアが向かい合っていた。

 

『解説は我らが主神ガネーシャ様です!ガネーシャ様、それでは一言!』

『――――俺が、ガネーシャだ!』

『はいっ、ありがとうございました!』

 

 オラリオのギルド本部前庭に作られた仰々しい舞台でガネーシャファミリアの眷属と主神がそんなやり取りをしている間も、人数差があり過ぎるファミリアは互いを睨み合っていて今にも一触即発の様相を呈している。

 

『ギルドによる勝敗の予想(オッズ)は二十倍以上と、意外にも人数差で大きく劣るヘスティアファミリアに賭けている者もいるようです!』

 

 多数のアポロンファミリアは大魔法や『魔剣』による広範囲攻撃を警戒して、部隊を幾つにも分けて分散して配置している。

 少数のヘスティアファミリアはその反対で、助っ人も含めた5人が一塊となっていて、小柄な小人族(パルゥム)の姿が見えないほど。

 

『それでは間もなく正午となります』

 

 太陽が頂点に差し掛かり、両ファミリアの緊張が最高潮に高まる。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)――――開幕です!』

 

 オラリオで鳴らされ、拡大された銅鑼の音が遅れて平原地帯に届くも両ファミリアは直ぐには動かない。

 

「相手はたったの五人だろ。楽勝だな」

「一人は魔導師とはいえ、小人族(パルゥム)だったか。小さすぎて見えねぇよ」

 

 距離があることから前衛に配置された弓を持った射手達が、数の多さを自らの実力と過信して呑気に会話を交わしていると、ヘスティアファミリアの集団の中から二人が飛び出した。

 助っ人である全身をマントで覆った謎の人物と、ローブにマントという微妙な組み合わせと蝶を象ったマスクを付けた変な人物。

 

「弓矢隊! 構え!」

「いきなり来やがったぞ」

「矢の雨で仕留めてやろうぜ」

「撃て!」

 

 指揮官であるダフネ・ラウロスの命令に従い、十数人の弓矢隊が一斉に真っ直ぐ向かってくる二人に向かって弓矢を放った。

 弓矢が放たれる直前に二人が左右に大きく分かれた為、直進することを想定して放たれた矢は標的を失って草原に突き刺さる。

 

「別れたぞ!」

「数ではこちらが勝るんだ。物量で潰せ!」

「ちっ、二人とも速ぇぞ! 狙いをつけるよりも数を放て!」

 

 直進してきた時よりも速度を上げた二人に対応する前衛の弓矢隊と比べて、まだすることがない後衛の中から一人の小人族(パルゥム)が前に移動していく。

 

「おい、ルアン。お前、いきなり部隊を離れるんじゃねぇよ」

 

 小人族(パルゥム)――――ルアン・エスペルが中衛にまで勝手に上がって来たことに気づいた大柄の獣人がそこまで言ったところで眉を顰めた。

 

「ん? お前、何を持ってるんだ?」

「ああ、これは――」

 

 ルアンは小さく頼りない外見に見合う主武装である短剣ではなく、魔導師が振るう両手杖『ルーンスタッフ』を大柄の獣人に向ける。

 

「アナタ達を吹き飛ばすのに使うんですよ――ベギラマ!」

「「「「「ぎゃああああああああ?!」」」」」

 

――――――――――リリルカ(・・・・)は ベギラマを となえた!

――――――――――アポロンファミリア冒険者たちに ダメージ!

 

 ルアンは『ルーンスタッフ』を横薙ぎに振るって回転しながら閃光魔法(ベギラマ)を全方位に向かって振り撒き、周辺にいたアポロンファミリアの冒険者たちが閃光に焼かれて悲鳴を上げる。

 

「ルアン、何をしやがる!」

 

 味方に攻撃を仕掛けるという蛮行に、大柄な獣人が前にいたお蔭で被害が微小で済んだ同僚が激怒するもルアンの目がそちらを向く。

 

「まだまだ行きますよ――――イオラ!」

 

――――――――――リリルカ(・・・・)は イオラを となえた!

――――――――――アポロンファミリア冒険者たちに ダメージ!

 

 次いで放たれた爆発魔法(イオラ)が着弾し、目も眩むばかりの閃光が走り、大平原中に轟音が響き渡る。イオと呼ばれる爆発を呼び起こす魔法の発展系イオラ。広範囲に猛烈な爆発を起こすこの魔法が放たれたのだ。

 爆発(イオ)系統の魔法は、一点集中の火炎(メラ)系統の魔法とは反対に広範囲に被害を及ぼす。だからこそ、遠くに放って爆発させるものなのだが、今回に限っていえば前方に放てば背後方向には全く影響を及ぼさない。

 

――――――――――アルスは ルーラを となえた!

 

「マホカンタ」

 

――――――――――リリルカ(・・・・)は マホカンタを となえた!

――――――――――リリルカ(・・・・)の前に かがやく 光のカベが あらわれた!

 

 ルアンの前に薄い紫色の光の円が現れるが、身構えたアポロンファミリアの予想を裏切って攻撃的な効果は発生していない。

 

「コケ脅しか――」

 

――――――――――リューは、魔剣を はなった!

 

「魔剣だぁっ!?」

 

 前衛左側で上がった大声が声を遮る。前衛左側に振り返ろうとしているのかルアンが中途半端な角度で止まった

 直後、ルアンの斜め方向から巨大な炎塊が前衛を巻き込みながら直進し、進路上にいたルアンにぶつかった。

 

――――――――――リリルカの前の 光のカベが 魔法を はねかえした!

 

「魔剣が曲がりやがったっ!?」

 

 正確には魔法を反射する魔法である『マホカンタ』によって、角度を調節されて反射されて右斜めから来た炎塊は左斜めへと飛んでいく。

 僅か一夜で難攻不落の要塞を更地に変えたという逸話もある『クロッゾの魔剣』。ヘファイトスファミリアからヘスティアファミリアに改宗(コンバーション)して移籍したヴェルフ・クロッゾの情報を得ていたアポロンファミリアは、今代唯一の継承者が作った『魔剣』の威力をまざまざと見せつけられた。『クロッゾの魔剣』の異名に偽りなしと叩きつけるような威力をまともに受けたアポロンファミリア冒険者を次々に戦闘不能にしていく。

 真後ろにいたアポロンファミリア冒険者達は、『魔剣』を反射したルアンが次は完全に振り返り過ぎた姿を見て嫌な予感を覚えた。

 

――――――――――アルスは、魔剣を はなった!

 

「っ!?」

 

 自分達の背後から大蛇の如き紫電が迸った。

 

――――――――――リリルカの前の 光のカベが 魔法を はねかえした!

 

 後衛にいたアポロンファミリア冒険者達を呑み込んだアルスが振るった『紫雷姫(しらひめ)』から放たれた紫電は、先程の炎塊と同様に進行方向に対して斜めになるように待機していたルアンの前の光の壁に斜めに反射されて被害が拡大する。

 

「また曲がりやがったぞっ!?」

「我らの背後からも魔剣だっ!? 何時の間にあんな所に移動しやがったんだ!?」

 

 まだ戦争遊戯(ウォーゲーム)が開始してから数分も経っていない。その間にアルス単独でアポロンファミリアの背後に回り込むなど、中心を突破するか空中を飛ぶかしなければ不可能なはず。

 中心でルアンが起こした混乱と前後から放たれた『魔剣』の一撃と、『魔剣』をずらして反射した謎の技法にアポロンファミリアは混乱の坩堝にあった。

 

「静まれ!」

 

 散り散りになって場当たり的な対応になりかけたアポロンファミリア冒険者達を鎮めたのは、団長ヒュアキントス・クリオの一喝だった。

 

「敵が魔剣を使っただけに過ぎん! 落ち着いて対処すれば、こちらは圧倒的に数で上回っているのだ! 慌てる必要はない!」

「固まっていたらまた『魔剣』で狙われる! 各隊を分散させて!」

 

 ヒュアキントスの喝破に、すかさずダフネも合わせて部隊を散会させる指示を発する。

 次いでダフネは前衛から中衛に下がってルアンの姿を確認する。

 

「そのルアンは偽物よ! 本物は魔法を使えない。近くにいる者は連携して倒しなさい!」

 

 持っている『ルーンスタッフ』と放たれた魔法から即座に真贋を見抜いたダフネの命令に、周囲にいたアポロンファミリア冒険者達の動きが変わった。

 魔法攻撃を警戒して安易に近づかず、大楯を持った者達を前衛に立てて弓を持った射手や両手杖を持った魔導士が備えている。

 

「流石はアポロンファミリア。持ち直すのが素早いですが、もう遅いです」

「待たせたね、リリ」

 

――――――――――ベルは ジバリーナを となえた!

――――――――――アポロンファミリア冒険者たちに ジバリーナを しかけた!

 

 逃がさないように囲んでいた一角が崩され、敵陣を単身突破してきたベルがルアンの下へと駆けつけた。

 

「二人に増えたところで同じことよ。こちらの優勢は揺るがない。それよりも本物のルアンはどうしたの?」

 

 ルアン・エスペル――――リリルカ・アーデが変身魔法(シンダーエラ)を解き、ニッと笑ってダフネの質問に答える。

 

「今頃、目覚めて拘束を外そうともがいているところだと思いますよ。ああ、本人に会ったら服はちゃんと毎日洗うように言っておいて下さい。洗ってから着る羽目になって面倒くさかったです」

 

 昨夜の内にベルと二人でアポロンファミリアのホームに忍び込み、ルアンを拘束して衣類を奪って成り済ましたリリルカは心底嫌そうに制服を摘まみながら話す。

 

「ええ、言っておいてあげるわ。あなたたちを倒した後でね」

 

 ダフネがリリルカと会話して時間稼ぎをしている内に、二人への包囲の輪が着々と迫っていた。

 

「ところで、リリ達がこうやって何もせず、あなたの時間稼ぎに付き合ってあげていることに疑問を覚えませんか?」

「…………」

 

 ダフネは答えない。だが、内心では確かに疑問を抱いていた。

 ベルも助けに来たのならば、早々にこの場を脱出することを優先するはずなのに何故か動く様子はない。わざわざ会話に付き合った理由は何故なのか。

 

「時間稼ぎに付き合ってあげたのは、この状況を突破できる策があるということです」

「法螺を吹かないで、大人しくやられておきなさい」

 

 妙な自信は演技か、虚勢か。

 

「ふふ、あなたは規格外を知らない。哀れに思いますよ、3」

 

 『ルーンスタッフ』から左手を離し、天に向けて人差し指から薬指までの三本の指を立てる。

 

「2」

 

 薬指を折る。

 

「1」

 

 中指を折ろうとしているリリルカに、ダフネは大きく息を吸って次の瞬間にはかかれと言おうとした。

 

――――――――――アルスは ルーラを となえた!

 

「0」

 

 瞬きをしたダフネの前に、何の脈絡もなく突如としてアルスが現れた。

 

「な」

「ルーラ」

 

 驚愕に固まったダフネの前でアルスはリリルカとベルの体のどこかに触れながら魔法名を唱える。

 

――――――――――アルスは ルーラを となえた!

 

 アルスの足元に白い光の線が浮かび、瞬く間に魔法円を描いた。

 

「放て!」

 

 咄嗟にダフネが待機させていた弓矢隊と魔導師隊に叫ぶも、既にアルス達の姿は薄れ始めていた。

 次々に弓矢と魔法が放たれるも、フッと消失したアルス達の姿はダフネ達の上空十数メートルのところに瞬間的に移動。標的を失った弓矢と魔法はアルス達がいた地面に着弾して爆発を引き起こす。

 全方位からの攻撃に周りの同僚達が倒したと湧き上がる中、唯一ダフネだけはアルス達が回避したことを悟っていた。

 

「まだ倒せて――」

「合わせて下さい、アルス様」

 

 仲間に注意喚起をしようとしたところで上空から聞こえてきたリリルカの声にダフネはハッと顔を上げた。

 土煙の間隙の最中、十数メートルの上空に両手杖と片手剣を自分達がいる地面に向けるリリルカとアルス、そして二人の背後にいるベルの姿。

 

「退避ぃいいいいいいいいいいいいっ!!」

「「イオラ」」

 

――――――――――アルスとリリルカは イオラを となえた!

 

 逃げるように叫んだダフネの声に反応したLv.2の何人かが、ベルがリリルカの下へ辿り着く間に仕掛けた『ジバリーナ』が発動して、足元から突き出した巨大な岩によって弾き飛ばされたり、遅れて反応した者達の進路を妨害する。

 

――――――――――ベルの ジバリーナが 発動!

――――――――――アポロンファミリア冒険者たちに ダメージ!

 

 超短文詠唱で放たれた爆発魔法(イオラ)は、ベルが設置して発動した『ジバリーナ』によって退避が遅れたダフネの近くに着弾した。同時に放たれたイオラの相乗効果で威力を高めた爆炎に包み込まれる。

 

――――――――――アポロンファミリア冒険者たちに ダメージ!

 

 アポロンファミリアの中衛で放たれた爆発魔法(イオラ)による焦げ臭い匂いが、アポロンファミリア集団の外縁で木っ端微塵になった『火影(ほかげ)』に複雑な思いを抱く助っ人リュー・リオンの下にまで流れてきた。

 

「まさか私が『魔剣』を使う日が来ようとは……」

 

 爆発魔法(イオラ)による爆風でリューのフードがはためき、一瞬見えたエルフ特有の尖った耳に近くにいたリッソスが気づいた。

 

「貴様ぁっ! 同胞(エルフ)でありながらよりにもよって、あの忌々しき魔剣を手にするなど、恥を知れ!!」

「生憎、一族の恩讐より私には大切なものがある」

 

 使用限界を迎えた『魔剣』を使ったのが、同種たるエルフだと知って激昂するリッソスの短剣による一撃を簡単に躱しながら答えるリュー。

 

「友人を助けることが恥だと言うのなら、いくらでも甘んじましょう!」

「ぐはっ!?」

 

 Lv.4最上位から見れば隙だらけのリッソスの脇腹に一閃を見舞い、弾き飛ばしたリューは今もモクモクと上がる爆煙を見上げて苦笑する。

 

「とはいえ、今の彼らに本当に私の力が必要だったかどうかは疑問ですが」

 

 

 

 

 






ルーラとマホカンタの機動的な使い方……。



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第40話 アルスは 覇王斬を はなった!



本作では、

ドラクエ11主人公=アルス
カミュ     =ベル
ベロニカ    =リリルカ
グレイグ    =ヴェルフ
のスキルパネル・習得順で進めています。

ヴェルフがグレイグで覚えないホイミを覚えるのは、ドラクエ11ではグレイグの加入時期が遅めでベホイミから覚えるので早めの加入時期で順番に覚えるならホイミからだろうという理由です。




 

 

 

 

 

 

 奇襲に奇襲を重ね、中心部をズタズタにされて混乱を深めるアポロンファミリア冒険者たちの間をカサンドラ・イリオンが駆け抜ける。

 

「ダフネちゃん!?」

 

 時折、先程の『魔剣』とは違う雷や炎、氷や爆発、閃光の轟音が轟く中で死屍累々といった様子の中心部で伏して動かない傷だらけのダフネ・ラウロスを見つけた。

 

「一度は拒みし天の光。浅ましき我が身を救う慈悲の腕。届かぬ我が言の葉の代わりに、哀れな輩を救え。陽光よ、願わくば破滅を退けよ」

 

 カサンドラは泣きそうになるのを堪えて、『神聖のクリスタルロッド』を両手に持って集中しながら詠唱を唱える。

 

「ソールライト!」

 

――――――――――カサンドラは ソールライトを となえた!

――――――――――ダフネたちの キズが かいふくした!

 

 発動するのは、込める精神力(マインド)によって効果領域を拡大することことが出来る短文詠唱の範囲回復魔法。特に爆心地に近くて被害が大きい半径数メドル範囲にいる者たちを癒す。

 完全回復していないながらも、呻きながらも目を開けたダフネに安心からカサンドラの目から一筋涙が零れ落ちる。

 

「早く起きて。急いでここから逃げないと」

「黙りなさい、カサンドラ。動ける者は集まりなさい!」

 

 起き上がったダフネはカサンドラを退けて、同じように治癒魔法を受けて起き上がっている者たちに呼びかける。

 尚も戦闘を続行しようとしている親友(ダフネ)にカサンドラが縋りつく。

 

「ダメダメ……兎がやってくる!」

「いい加減にして! 今は戦闘中よ! 夢のことで作戦に口を出さないで!」

「くっ、ここも被害は甚大か」

 

 全くあてにならない『予知夢(ほら)』を吹くカサンドラに怒鳴ったところで、ヒュアキントス・クリオが主力部隊と共に合流した。

 ヒュアキントスが現れたことでダフネはカサンドラから視線をずらした。

 

「ヒュアキントス……」

「そのまま聞け、ダフネ」

 

 部隊を集めているダフネに近づいてきたヒュアキントスは忌々し気に続ける。

 

「部隊は分断に分断を重ね各個撃破されている。当初の想定とは全く違う事態だ」

 

 当初は数の論理を活かして消耗させて屈服させるつもりが、圧倒されているのは間違いなく自分達であることをヒュアキントスは血を吐く思いで認める。

 

「ここから巻き返すには、雑兵で消耗を強いて、こちらは主力を回復・温存させるしかない」

「それは……」

「分かっている。仲間を捨て石と使うことに抵抗はある。だが、現実として奴らの強さはこちらの想定を遥かに超え、状況は最悪に近い」

 

 ヒュアキントスが提示する作戦は当初の想定を屈辱的な状況に落として行うというものだった。現状では最適だが、非情とも取れる作戦に眉を顰めたダフネも一発逆転の策を提案できない以上は抗弁する資格はない。

 

「乾坤一擲の手は必要だ。時に指揮官は非情にならなければならん」

「全く以て同感です。状況に振り回されて大変ですね」

 

――――――――――リリルカは ヒャダルコを となえた!

――――――――――アポロンファミリア冒険者たちに ダメージ!

 

 頭上から振り下りた大きな氷の刃が主力部隊を襲う。

 

「魔導士部隊!」

「燃え尽きろ、外法の業」

 

 魔法には魔法で対抗と、ダフネが魔法部隊に迎撃させようとしたが超短文詠唱の方が早い。

 

「ウィル・オ・ウィスプ!」

 

――――――――――ヴェルフは ウィル・オ・ウィスプを となえた!

――――――――――アポロンファミリア冒険者たちの 魔法が失敗 爆発した!

――――――――――アポロンファミリア冒険者たちに ダメージ!

 

 瞬く間に放たれた陽炎は音もなく突進し、魔導師部隊の下へと吸い込まれて自身達の魔法の発動と同時に爆発――――魔法が自爆した。魔力爆発(イグニス・ファトゥス)を誘発させられ、魔道師部隊は一瞬の間に戦闘不能に陥ってしまった。

 

「魔導士殺しの魔法だと……」

 

 ガシャンガシャンと鎧が出す大きな音と現れたヴェルフ・クロッゾが『はがねのかぶと』の下でニヤリと笑う。

 

「味方が魔法を使う時も発動しちまうから使いどころが難しいが、タイミングさえ合えば俺の前で魔法は使えねぇぜ」

 

 ヴェルフの背後にはリリルカ・アーデとベル・クラネルの姿があり、その後ろの者達は全てが地面に伏している。

 

「少数精鋭による敵主力の撃破。考えることは同じか」

「こちらはそもそも少数しかないので、順番に撃破してきただけです」

 

 浮足立った者達を真っ当に倒してきた三人と相対できたのは、冷気魔法(ヒャダルコ)魔力爆発(イグニス・ファトゥス)に巻き込まれなかったヒュアキントス・ダフネ・カサンドラの三人だけ。

 

「くしくも、3対3か」

「勝った方が勝敗を決着する。あの時の雪辱を晴らさせてもらいます」

 

 ヴェルフの前に出たベルの言葉に、ヒュアキントスは『太陽のフランベルジュ』を抜き放つ。

 アポロンファミリアの主力であり、団長であるヒュアキントスを倒せば戦況は決定的になる。逆に言えば、ここで団長であるベルが倒れても同じこと。

 

「させるつもりはない!」

「うっ!?」

 

――――――――――ヒュアキントスの こうげき!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

「この一撃の速さ、重さ…………以前とは段違いだ。まさか」

「防いだ貴様も随分と強くなったようだが、我々もこの一週間、ただ座して待っていたわけではない」

 

 ベルを一撃で弾き飛ばしたヒュアキントスが油断なく構える。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)が決まってからヒュアキントスの脳裏を過ったのは、油断があったとはいえリリルカとの連携で一時は追い込まれた一戦。

 

「私達もヒュアキントスの提案で、たった三人で20階層まで行ってランクアップしたんだ。簡単には負けてやらないよ」

 

 アポロンファミリアのダンジョン到達階層である20階層に、たった三人だけのパーティーで辿り着いた偉業によってヒュアキントスはLv.4に、ダフネとカサンドラは共にLv.3へと至った。

 

「はっ、そういうのは負ける奴が言うセリフだぜ」

「試してみれば分かるわ」

「僕達の強さか、あなた達の強さか。どちらが強いか、勝負です!」

「ぬおっ!?」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――ヒュアキントスに ダメージ!

 

「追従せし空の太陽。全ては汝から逃れるため。咲け、月桂樹の鎧」

 

 ベルとヒュアキントスが切り結び横でダフネの詠唱が続く。

 

「ラウミュール!」

 

――――――――――ダフネは ラウミュールを となえた!

――――――――――ダフネの しゅび力が あがった!

――――――――――ダフネの すばやさが かなり あがった!

 

 攻勢魔法かと警戒したヴェルフの予想を裏切って、ダフネが使ったのは耐久の微強化、更に俊敏の高強化がならせる防護魔法。

 

「ちっ、自己強化の魔法か」

「やぁーっ!」

 

 舌打ちをしたヴェルフに向かってダフネが鞭を振るう。

 

――――――――――ダフネの こうげき!

――――――――――ヴェルフは 攻撃を盾で はじいた!

 

 掲げていた『はがねの盾』で受けたが持っている腕にまで衝撃が伝わってくる。

 

「スカラ」

 

――――――――――ヴェルフは スカラを となえた!

――――――――――ヴェルフの しゅび力が かなり あがった!

 

 自身に守備力上昇魔法(スカラ)を使ったヴェルフが守備に徹すれば、真っ向から向かってきた今のベルでも突破は難しい。

 次々に放たれる鞭の攻撃を『はがねの盾』で受けるヴェルフは、横目で『すばやさ』で勝るベルがヒュアキントスに大して若干優勢に戦っているのを見る。

 

 

――――――――――アルスは 覇王斬を はなった!

 

 

 反対側を見れば、アルスが上空に打ち上げた巨大な剣が数少なくなってきた集団を形成していた部隊に向かって落ちていくのを見た。

 

「って、巨大な剣!?」

 

 身の丈を遥かに超えた巨大な剣がアルスの動きに合わせて地上に落ち、部隊を殲滅しているのを見てしまって意識を取られる。

 今までアルスがあんな魔法、技能を使うのを見たことが無かったので思いっきり注意を引っ張られてしまう。

 

「ほらほら、どうしたのさ!」

 

 鞭の一撃が飛んできて意識を前に戻す。

 

「余所見までして、亀みたいに閉じこもってたって勝てないよ!」

「ぬかせっ」

 

 速度が上がった鞭の連打に、接近しようとしたら一瞬鞭を持っていない手が腰の短刀に移りかけた。

 遠中距離は鞭で、接近しようとしたら短刀に切り替えるスタイルなのだろう。

 ただ、ヴェルフの『すばやさ』では『ラウミュール』によって俊敏が高強化されたダフネを捉え切れない――――今のままでは。

 

「ボミエ!」

 

――――――――――リリルカは ボミエを となえた!

――――――――――ダフネの すばやさを かなり さげた!

 

 防戦一方のヴェルフを見たリリルカが敵速度低下魔法(ボミエ)でダフネの速度を落とした。

 

「おらぁっ!」

「なっ!?」

 

――――――――――ヴェルフは 身構えつつ こうげきした!

――――――――――ダフネに ダメージ!

 

 『シールドアタック』で迫ってきたヴェルフの攻撃を避けようとしたら一気に『すばやさ』が落ちた体に戸惑い、『はがねの盾』で弾き飛ばされたダフネが地面を転がる。

 相手にどんな魔法があるか分からないので、とりあえず封じておこうと考えたリリルカ。

 

「マホトー」

「させません!」

 

 超短文詠唱では何の魔法か分からないが、カサンドラはリリルカにこれ以上の魔法を発動させてはいけないと虎の子の『魔剣』を抜き放った。

 

――――――――――カサンドラは 魔剣を はなった!

 

「リリ助、ぬぅっ!?」

 

 防御力が仲間内で一番低いリリルカが『魔剣』を食らえば一発で戦闘不能になりかねない。斜線上に咄嗟に飛び出したヴェルフが防ぐ。

 

――――――――――ヴェルフに ダメージ!

 

「一度は拒みし天の光。浅ましき我が身を救う慈悲の腕。届かぬ我が言の葉の代わりに、哀れな輩を救え。陽光よ、願わくば破滅を退けよ――――ソールライト!」

 

 先の爆発魔法(イオラ)の傷が完全に癒えていたわけではなかったダフネを急いで治療する。

 

「助かった、カサンドラ。でも、動きを阻害する魔法? あの小人族(パルゥム)は何個魔法を持ってるのよ」

 

 傷が癒え、カサンドラの手を借りて立ち上がったダフネは、明らかにリリルカが魔法スロットの許容量を超えた魔法の数々に訝しる。

 当のリリルカはダフネではなく、彼女を癒したカサンドラを見ていた――――その胸を特に。

 

「アルス様の話にあった巨乳の治癒師とはあなたのことですね」

「きょ!?」

「そしてあなたが姉御ならぬ女王様ですか」

「なにアイツは変なこと言ってるのよ!? アイツの所為でこっちはトラウマ植え付けられる者もいて大変だったのよ!」

「流石はアルス様、いなくても敵に精神的ダメージを与えるとは」

 

 巨乳と言われて絶句しているカサンドラ、いらぬ風評被害を被って怒るダフネとは対照的にリリルカはアルスに感嘆していた。

 

「リリ助って、アルスが近くにいないと褒めるよな」

「順当な評価です。ベル様からもアルス様を面と向かって褒めると図に乗るので本人がいないところでの方が良いと聞いていますので」

「あの兄弟のこと好き過ぎるな、お前さん」

 

 その頃、ベルとアルスが同時にくしゃみをしたかどうかは定かではない。

 

――――――――――リリルカは しゅくふくの杖を ふりかざした!

――――――――――ヴェルフの キズが かいふくした!

 

「ヴェルフ様のことも大好きですよ。回復してあげてるじゃないですか」

「嘘くせぇ…………アルスの時みたいに、俺のことも俺がいないところで褒めてるのか?」

「さあ、どうですかね」

 

 割と早い段階で習得しながらも、アルスの治癒魔法(ホイミ)系が便利過ぎたのとレベルが上がっていくのに比例するリリルカの火力もあってあまり使う機会の無かった『しゅくふくの杖』がヴェルフを癒す。

 

「これ以上、回復はさせないよ! 自分達だけが『魔剣』を使えると思うな!」

「マホカ」

「させませんと言いました!」

 

 治癒師と思われたカサンドラが『魔剣』を繰り出して攻撃を重ねてくることで、ヴェルフと分断されたリリルカは魔法発動のタイミングを見出せない。

 

「やはり『魔剣』は厄介ですね――――魔結界、ヒャダルコ!」

 

 カサンドラが持つ『魔剣』に狙われないように、移動しながら小声で『魔結界』と『ヒャダルコ』を連続で唱える。

 

――――――――――リリルカは 魔結界を はりめぐらせた!

――――――――――リリルカの 魔法耐性が かなり あがった!

――――――――――リリルカは ヒャダルコを となえた!

 

 大きな氷の刃を自分の周りに落として壁として姿を隠す。

 一つならばともかく複数の氷の塊が地面に突き刺さっていて、小柄で素早いリリルカの姿は一瞬でも見失ってしまうと探すのに苦労する。

 

「ベギラマ!」

 

――――――――――リリルカは ベギラマを となえた!

――――――――――カサンドラに ダメージ!

 

「熱っ!?」

 

 氷の塊が幾つも間にあって閃光魔法(ベギラマ)はカサンドラに直撃はしなかったが、炎の壁の熱波が炙ってきたダメージを負ってしまう。

 

「メラ! メラ! メラ!」

「やぁーっ!」

 

――――――――――リリルカは 連続して メラを となえた!

――――――――――カサンドラは 魔剣を はなった!

 

 放たれた火炎魔法(メラ)を迎撃する為に使った『魔剣』が使用限界を迎える。

 

「メラ! メラ! メラ!」

「ま、魔剣が……きゃぁっ!?」

 

――――――――――リリルカは 連続して メラを となえた!

――――――――――カサンドラに ダメージ!

 

「カサンドラ!?」

 

 更に連続で放たれる火炎魔法(メラ)に襲われて、逃げ回っているカサンドラの姿を横目で見てしまったダフネの意識がそちらに引っ張られた。

 

「隙ありだぜ、おらぁっ!」

「なっ!?」

 

――――――――――ヴェルフは 蒼天魔斬を はなった!

――――――――――ダフネに ダメージ!

 

 間合いを詰めながら振り上げた『はがねのオノ』をダフネに向かって強く叩きつけた。

 大きなダメージを受けたが気合で膝をつくことなく、短刀を抜き放ってヴェルフに反撃しようとしたダフネは体が上手く動かないことに気づいた。

 

――――――――――ダフネは からだがしびれ うごけない!

 

「体が、し、痺れ……」

 

 『蒼天魔斬』は低確率ながらも、相手に麻痺効果を与えることが出来る。

 追撃をしようとしても麻痺状態になったダフネは身動きできないまま、逆に追撃を受けることになる。

 

「メラミ!」

「なっ!?」

 

――――――――――リリルカは メラミを となえた!

――――――――――ダフネに ダメージ!

 

 カサンドラを仕留めたリリルカがトドメの巨大な火球をダフネにぶつけてきた。

 スキル『月桂輪廻』を発動して、耐久の超高補正のかけようとするも、ダフネの半身以上の大きさの火球には何の意味もない。

 

(あ、これはやられたわ)

 

――――――――――ダフネを たおした!

 

 

 

 

 



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第41話 アルスは、レベル31に あがった!



 評価、感想ありがとうございます。

 これにて第三章がようやく終わりました。




 

 

 

 

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは ヴァイパーファングを はなった!

――――――――――ヒュアキントスは どくに おかされた!

 

「この気持ち悪い感じ、毒を付与する攻撃か。カサンドラ、毒を受けた。解毒しろ!」

 

 互いに同量の傷を負いながらも、ここで毒状態になれば危ういバランスが崩れる。ヒュアキントス・クリオはベル・クラネルから目を離さず、解毒魔法を持つカサンドラ・イリオンに呼びかけるが反応はない。

 

「聞こえないのか、カサンドラ!」

 

 再度、呼びかけるも返ってくる言葉はない。既にやられたか、ヒュアキントスの声が聞こえない場所にいると判断した。つまり、毒状態が癒えないまま戦うことを意味していた。

 

「ちっ、グズめっ!」

「仲間になんてことを言うんですか」

「使えない仲間をグズと言って何が悪い!」

 

 舌打ちするヒュアキントスは見下していたベルに明確に上回られていることから苛立ち、激昂のままに言葉を吐き出す。

 魔法に長い詠唱が必要なヒュアキントスと違ってベルの地雷魔法(ジバリア)系は魔法名を唱えるだけで良い。戦っている間にベルは地雷魔法(ジバリア)をあちこちに仕掛けて、技量で上回るヒュアキントスに追いすがっている。

 後、単純に『すばやさ』でも上回られていることもあって、負った傷は同等ながらも明確に戦況はヒュアキントスが押されていた。

 

「認めてやる、今は貴様の方が強いと。だが、勝つのは私だ!」

 

 踏み込むと見せかけてから『連理の短剣』を投げつける。

 

「我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ!我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ。放つ火輪の一投!来たれ、西方の風!」

 

 『連理の短剣』の対処させている間に詠唱を完成させる。

 

「アロ・ゼフュロス!」

「やっ!」

 

――――――――――ヒュアキントスは アロ・ゼフィロスを となえた!

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――ベルは 魔法を武器で はじいた!

 

 ベルは『はがねのブーメラン』で迎撃するも、自動追尾の『アロ・ゼフュロス』は再びベルを狙う。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは デュアルカッターを はなった!

――――――――――ベルは 魔法を武器で はじいた!

 

 戻ってきた『はがねのブーメラン』で『デュアルカッター』を放ち、『アロ・ゼフュロス』の大半の威力を削ぐもまだ健在だった。

 

赤華(ルベレ)!」

「うっ!?」

 

 ギリギリのところで避けようとしたベルの間近で爆散鍵(スペルキー)を唱える事で爆発。

 

――――――――――ベルに ダメージ!

 

 ベルは爆裂弾にダメージを負うも『デュアルカッター』で迎撃していたので軽微。毒に侵されているヒュアキントスと総合的なダメージ量は大して変わらない。

 衝撃で蹈鞴を踏むベルと毒でふらつくヒュアキントス。

 二人はぎらつく目を交わし合い、次の一撃で決着は着くと直感し合った。

 

「やっ!」

「おおっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――ヒュアキントスの こうげき!

 

 同時に飛び出し、一刀を放ち合う。

 

――――――――――ベルに ダメージ!

――――――――――ヒュアキントスに ダメージ!

 

 『すばやさ』で優るベルの『かえん斬り』の一刀が一瞬早く深く決まり、行き違った先でヒュアキントスが意識を失って倒れ込む。ベルも倒れかけるが、ただ意地のみで歯を食いしばって立ち続ける。

 

「僕の――――勝ちだ!」

 

――――――――――ヒュアキントスを たおした!

――――――――――アポロンファミリア冒険者たちを たおした!

――――――――――アポロンファミリアを やっつけた!

 

 ベルの勝利宣言の直後、他のアポロンファミリア団員をアルスとリューが殲滅し終えた。

 

――――――――――アルスたちは 11600ポイントの経験値を かくとく!

 

『戦闘終了~~~~~~~~~~っ!! まさに、まさにっ! 大どんでん返し、大番狂わせっ! 戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝者は、ヘスティアファミリアだぁあああああああああっっ!!』

 

 中継されているオラリオの上空に大歓声が上がり、決着を告げる大鐘の音が遅れて大平原に立つベル達ヘスティアファミリアを祝福するように鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オラリオの中心たるバベルの中にある広間には多くの神々が集まっている。戦争遊戯(ウォーゲーム)を楽しむ神々の中に、参加ファミリアの主神であるヘスティアとアポロンも同じ場所にいた。

 

「そ、そんな……っ!?」

 

 平原地帯で行われていた戦争遊戯(ウォーゲーム)の結末を、『神の鏡』で見届けたアポロンは愕然とした面持ちで立ち尽くしている。

 

「ア~ポ~ロ~ン、覚悟は出来てるだろうなぁ?」

 

 広間にいる神々が少数が多数を撃破するという大物食い(ジャイアントキリング)に狂喜乱舞している中で、ヘスティアがゆらりと立ち上がりながらアポロンに迫る。

 幽鬼のようにユラユラと左右に揺れながら向かってくるヘスティアにアポロンが両手を突き出す。

 

「ま、待ってくれ! ヘスティアの眷属の強さは異常過ぎる! お前の子の中には魔法スロットを明らかに超えた数の魔法を使っていた小人族(パルゥム)もいたではないか!」

「だから?」

「へ?」

 

 必死の抗弁が軽い言葉で返されたことに、アポロンの意識に間隙が生まれる。

 

「ロキの子のように、魔法スロットを超えた数の魔法を使う子は他にもいる。うちの子もその類だ」

「そんな言い訳が通るはずが」

「アポロン、残念だが通るんだ」

 

 感情を喪失させたように平坦に返すヘスティアに、尚も言い募ろうとしたアポロンの言葉をヘルメスが遮った。

 

「ヘルメス! 我が友よ、ヘスティアの言い訳が通るとはどういうことだ!」

 

 味方と思っていた友がヘスティアを擁護したことに激昂し、常の余裕を捨ててヘルメスに言い募る。

 詰め寄ってきたアポロンに両手で制止しながら、ヘルメスは口の端を歪めながらヘスティアの言葉に利がある理由を告げ始める。

 

「簡単なことだ。ヘスティアが言ったように、ロキファミリアの九魔姫(ナイン・ヘル)千の妖精(サウザンド・エルフ)のように魔法スロットを超えた数の魔法を扱う前例が既に存在している以上、ありえないことじゃない」

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴ(九魔姫)は、攻撃・防御・回復の3種類の魔法に加え、それぞれ3段階の階位を含めた魔法を詠唱連結することによって規模や効果を変える事が出来、これにより合計9種類の魔法を扱えるという特徴を持っている。

 レフィーヤ・ウィリディス(千の妖精)は、エルフの魔法に限って、詠唱とその効果を完全把握していれば他者の魔法を使用できるという前代未聞のレア魔法を有している。

 

魔法種族(マジックユーザー)たるエルフならばともかく、碌に魔法と縁もない小人族(パルゥム)九魔姫(ナイン・ヘル)千の妖精(サウザンド・エルフ)や同じなどと」

「種族差別は良くないな、アポロン」

「うぐっ……!?」

ヘルメスファミリア(うち)にも小人族(パルゥム)の上級魔導師がいる。だから、肩を持つってわけじゃないが()達は子供達(下界の子)に偏見を持っちゃあいけない」

 

 ヘルメスの弁は理知的なようで、実際は感情に訴えるような論法でもあった。

 他の神々もヘルメスの言葉に頷く者もいるが、大多数は話の展開がどのように転がっていくかを楽しんでいる。所詮、下界に降りてきた神の殆どが娯楽を求めてきているから。

 

「だ、だが、ヘスティアの子らの強さは異常だ! ヒュアキントスはLv.4にランクアップしているのに、Lv.2であるベルきゅんが単身で勝つなどありえてはいけないはずだ!」

「最もだ。そこら辺、どうなんだヘスティア?」

 

 ベルきゅん、というアポロンの謎の言い方に内心で首を捻りながらも、ヘルメスも気になっていた部分だけに真相を知っているであろうヘスティアに問いかけた。

 

「…………ベル君もLv.4に至ってる。だから、勝てたんだ」

 

 ヘスティアは苦渋に満ちた顔で、絞り出すように真相を明かす。

 ベルは小細工なく、真正面からLv.4に至ったというヒュアキントスを打倒してしまった。Lv.を神々に明かさないことなどできるはずもない。

 

「Lv.4!? ほ、本当なのかヘスティア? 確かベル君は二カ月近く前に冒険者になって、つい最近Lv.2になったばかりと聞いたが」

 

 ヘスティアの答えに、聞いた当人であるヘルメスが驚愕に目を剥き、ざわっと動揺が広間を支配する。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の少し前Lv.2にランクアップを果たしたという発表はあったけれど、Lv.2だと思っていた者がLv.4になっているなど聞かされれば平静でいられるはずがない。

 

「僕は何も嘘をついちゃいない。全て真実さ」

「待てや、ドチビ」

 

 開き直ったようなヘスティアに、それまで黙っていたロキが怒りに満ちた声で割り込んだ。

 自身のファミリアの遠征や贔屓にしている眷属(アイズ)のランクアップの話題を戦争遊戯(ウォーゲーム)で塗り潰されて不機嫌だった時とは違う、ロキの本気の怒りを向けられたヘスティアは若干怯みつつも胸を張る。

 その所為で豊満な胸が静かに揺れ、更にロキの怒りが増したが本神(ヘスティア)は気づいていない。

 

「んな言葉だけで信じろやなんて、なにアホ抜かしとんねん。一ヶ月で恩恵(ファルナ)を昇華させただけに飽き足らずLv.4やと? 8年前、うちのアイズでもLv.2になるのに一年もかかったというのに、この短時間にLv.3も飛び越えてLv.4なんて冗談も大概にせえや!」

 

 ドンと強く机を叩いたロキは身を乗り出してヘスティアを睨みつけ、怒声を上げる。

 

「うちらが授ける恩恵(ファルナ)は、そんな簡単なもんやない。納得の行く説明をしてみい」

「…………」

「言えんのか? まさか『神の力(アルカナム)』を使って改造(チート)したんやないやろうな」

 

 口を真一文字に閉じて、グッと顔を歪めて答えないヘスティアにロキは不正を疑った。

 冒険者登録をして間もない眷属がこんな短期間にLv.4にランクアップしたとなれば不正を疑うのは当然である。

 

「ヘスティアはそういうことをする神じゃないことは、貴女の方が良く分かっているんじゃない、ロキ」

 

 詰問を続けるロキを宥めるようにフレイヤが口を挟んだ。

 

色ボケ女神(フレイヤ)…………なんのつもりや?」

 

 擁護をするならヘファイトスかミアハやタケミカヅチと想定していたロキは、最も意外なフレイヤがヘスティアを助けようとする神意が読めず困惑する。

 

「事実を事実として言ったまでよ。ヘスティアが子供達可愛さに『神の力(アルカナム)』で改造(チート)する…………断言してもいいけど、オラリオのいる神々の中で最も縁遠いんじゃないかしら」

 

 広間にいた男神達の視線が一斉に集まり、その視線に晒されながらもフレイヤはクスクスと笑いながら応じる。

 

「む」

「ヘルメスもそれが分かっているからヘスティアを擁護しているのでしょう?」

「え、ええ、勿論!」

 

 唐突に話を振られたヘルメスは慌てて何度も頷く。

 

「確かにドチビが不正に手を出すような神やないことは認めたる。じゃあ、あの子供達の強さはどういうことや? 道理に合わんやろ」

「最もね。ファミリアの内部事情には不干渉、団員の能力(ステイタス)に関することは禁制(タブー)だとしても、最低限の説明責任はあると思うわ」

「…………」

 

 どうかしら、ヘスティアとフレイヤに話を振られたヘスティアは唇を噛みしめて押し黙ってしまう。

 

「ドチビ」

 

 ロキの冷たい声に、ヘスティアは怯えるように肩を震わせて、やがて諦めように重い息を吐いた。

 

「分かった。全ては明かせないけど、概要だけは言うよ」

 

 観念したヘスティアの言葉を、広間に集った神々は一言も聞き逃すまいと集中し始めた。

 

「端的に言えば、未だ発見されていない未知のスキルが発現した――――――成長促進系のね。しかも、対象は一人じゃない。今のところ眷属全員に適用されている」

「急成長の理由はそれか。一応、理屈は合う、か」

「レアスキル!」「前例のないオリジナルか!」「それも成長促進系!」「これだから下界の子は面白いな!」

「だけど!」

 

 先程のロキのようにヘスティアは両手で机をドンと強く叩いた。

 騒いでいた神々も一応は聞く姿勢となり、下界の喧騒が届かない広間に静寂が戻ってからヘスティアは重い口を開く。

 

「僕にも本人にも、そのスキルが目覚めた理由は分かっていない。もしかしたら何かのきっかけや目覚めた時と同様に突然消える可能性もある。急成長の代償もその時に起こるかもしれない」

「下界の子達は、不変の俺達(神々)と違って変わりやすい。その可能性は排除出来ないな」

 

 下界の子達が良くも悪くも、いずれ変化していくものだという事を神々は経験則で知っている。ヘルメスの冷静な言葉に神々も渋い顔になりつつも同意する。

 ヘルメスの助けとも取れる補足に、ヘスティアは眦を決してこのまま不正が明らかにされてしまえと願っていたアポロンを見る。

 

「そこで僕はアポロンに要求する」

「わ、私にか?」

 

 待ちの姿勢になっていたアポロンは、いきなり名指しされて狼狽する。

 アポロンの狼狽など知ったことではないヘスティアはカツカツと靴音をさせながら近づき、右手の人差し指を突きつける。

 

「僕は勝った時、ファミリアの解散、全財産の没収、そして主神である君にはオラリオからの永久追放すると決めていた。そしてその中にもう一つ、特定の眷属を頂くというのも付け加える」

「ひぎぃっ!? だ、誰をだ……?」

「それは」

 

→ダフネ、カサンドラ

  ヒュアキントス

  リッソス、ルアン

 

「ダフネ・ラウロスとカサンドラ・イリオンの二人だ」

 

 二人の名を聞いてヘルメスは首を傾げた。

 

「ヘスティア、その二人を選んだ理由は何かあるのか?」

「特に意味はないよ。うちの子(アルス)の趣味だ。僕は別に誰でも良かったんだ」

 

 特別な理由はないのかと、一部の神がズッコケた。

 

「この二人にスキルが適用されるかは分からない。もしも適用されれば他の子達同様に急成長を遂げるだろう。その暁には一年後、二人を別ファミリアに改宗(コンバーション)させると宣言しよう」

「移ったファミリアでも上がったLv.を維持できるか、スキルは継続するのかの実験体にするということか」

「言い方は悪いけど、その通りだよ。その結果が出るまで、うちは新規団員の受付を停止する」

 

 見方によっては非道とも取れる宣言ではあったが多くの神々はすぐさま言葉を投げかけはしなかった。

 目覚めたという成長促進系スキルはあまりにも謎が多すぎる。メリットは目に見えていても、デメリットは期間が短すぎて明らかになっていない。そうした中で、十分な観察を行えるとなれば考慮の余地はあると考える神もいた。

 

「…………ふむ、俺は悪くない宣言だと思うが」

「いいんじゃないかしら。下界の子達には一年は長くとも私達にはあっという間だもの」

 

 オラリオのトップ派閥の一角であるフレイヤが了承してしまえば、場の流れは容認に傾く。

 同じくトップ派閥の一角であるロキにとっては容認し難い流れである。

 

「二人が他所のファミリアに移りたないって言い出したらどうすんねん。そもそもスキルが適応されへんかったら問題の先送りやんけ」

「その時はその時で考えればいいでしょ? 今すぐ白黒を付けなければならない理由もないわけだし、後に取っておいた方が楽しみも増すものよ」

 

 永遠を約束された神だからこそ言える理屈をロキに告げたフレイヤが立ち上がる。

 

「あれ、フレイヤ様? 帰るの?」

「ええ、戦争遊戯(ウォーゲーム)は終わったのだから、失礼させてもらうわ」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)はヘスティアファミリアの勝利に終わり、アポロンファミリアに下される沙汰も決まった。となれば、この場所にいる必要はもはや存在しないと、一切の躊躇もなくフレイヤは去っていた。

 颯爽と去った美の女神を見送り、場の趨勢は既に決していた。

 

「では、俺達も解散するとしよう。どうせ明日に神会(デナトゥス)があるんだ。より詳しい話はそこですればいい」

 

 決まるべきところは決まり、有耶無耶なところは有耶無耶のまま先送りにしたヘルメスはパンパンと解散を告げるように手を叩いた。

 

 

 

 

 

 三々五々に散っていく神々の中からヘスティアを見つけたロキは足早に彼女に駆け寄った。

 

「おい、ドチビ」

 

 自身にそんな呼びかけ方をするのが誰かは決まっているから、振り返ったヘスティアの顔に驚きはなかった。ただ、疲れたような顔の中で鋭い目だけがロキを見据える。

 

「…………なんだい、ロキ」

「話が都合良く進みすぎや。誰がこの筋書きを描いた? 単細胞のお前やないやろ」

 

 あの場の話の流れは明らかに誰かが誘導したもので、ヘスティアは間違いなく善神ではあるがそんな謀を企てられる神ではない。

 事前に想定し、考えて仕込んだ者を明かせと迫られたヘスティアが肩を落とす。

 

「はぁ、ヘルメスだよ。フレイヤにも協力してもらった」

「やっぱりか。あの色ボケ女神が妙にそっちの肩を持ったんはそういうことか。どうやってあのアホを動かしたんや?」

「ちょっと前に向こうに貸しを作ってね……」

 

 ヘルメス経由でヘルメス自身が考えた策を伝えて貰って了承が返ってきた時は驚いたが、オッタルが襲撃してきたことに対しては未だに許していないヘスティアはちょっと遠い目をする。

 

「うちといい、なんでそんなに他所に貸しを作っとんねん」

「僕だって好きで望んだわけじゃないやい」

 

 ロキの所にしても、ソーマにミアハ、ヘファイトスはちょっと微妙だが、そこにフレイヤまで名を連ねることになってヘスティア自身も不服だった。

 

「ヘルメスも不利な決闘方法を引いた詫びとして、もしも僕達が勝ったら口裏を合わせる約束をした程度だよ。まあ、同郷の誼なのかな」

 

 唇を尖らせて答える呑気なヘスティアに、あのヘルメス(裏があり過ぎる男)に限って同郷の誼程度で協力するはずがないとロキは内心で断じる。

 仮に同郷の誼なのはアポロンも同じはずで、ヘスティアに忠告してやろうかと考えたが直ぐに止めた。自分の所の問題だけでも手一杯なのに、他所のことに口を出す余裕はないから。

 

「結局、問題は何も解決しとらんやろ。一年後、どうするつもりや?」

「フレイヤも言っていただろ? その時になってから考えればいいんだよ」

「だから、ただの先送りやろうが」

「しょうがないだろ! 僕だって目の前のことで手一杯なんだ!」

 

 ツインテールをピンと張らせたヘスティアが両腕を振り回す。その目は既に涙目だった。

 

「この二カ月、僕が心安らかでいられたのはロキ! 君の子達の所為でベル君達がミノタウロスに襲われるまでだったんだ! あの日から全てが狂ったんだ…………君にも責任の一端はあるんだぞ!」

「お、おう……」

 

 あまりのヘスティアの剣幕に押されて咄嗟に頷いてしまうロキ。

 同意を得たヘスティアは振り返り、窓の外に見えるオラリオの街に向かって吠える。

 

「僕達は戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝ったんだ! 今は目の前の勝利に喜ぶんだ僕は! 今日は祝杯を上げるぞ、ヒャッホーッ!」

 

 降って湧いた危難が一年後に遠ざかっただけで解決はしていないが、アポロンに纏わるあれこれが解決したことに狂ったように喜びを表現しながら走り去っていたヘスティア。

 

「…………ドチビも苦労しとるんやなぁ」

 

 先程のやり取りから苦労を慮り、恐らく初めてヘスティアに同情したロキの声が虚しくバベルの廊下に消えていった。

 

 

 

 

 







――――――――――アルスは レシピブック 『ハンサムな装備のレシピ』を 手に入れた!
――――――――――ハンサムスーツの レシピを 覚えた!
――――――――――ハンサムスカーフの レシピを 覚えた!
――――――――――アルスは レシピブック 『ユグノア甲冑絵図』を 手に入れた!
――――――――――ユグノアのかぶとの レシピを 覚えた!
――――――――――ユグノアのよろいの レシピを 覚えた!
――――――――――アルスは レシピブック 『手作り入門』を 手に入れた!
――――――――――パラソルスティックの レシピを 覚えた!
――――――――――サンゴのかみかざりの レシピを 覚えた!
――――――――――しょくにんのベルトの レシピを 覚えた!
――――――――――アルスは レシピブック 『バニー衣装のレシピ』を 手に入れた!
――――――――――うさみみバンドの レシピを 覚えた!
――――――――――バニースーツの レシピを 覚えた!
――――――――――あみタイツの レシピを 覚えた!
――――――――――アルスは レシピブック 『しんじゅ加工入門』を 手に入れた!
――――――――――ピンクパールリングの レシピを 覚えた!
――――――――――しんごんのじゅずの レシピを 覚えた!
――――――――――アルスは レシピブック 『ネックレスカタログ』を 手に入れた!
――――――――――りせいのネックレスの レシピを 覚えた!
――――――――――破毒のネックレスの レシピを 覚えた!
――――――――――まんげつの首輪の レシピを 覚えた!
――――――――――めざましチョーカーの レシピを 覚えた!
――――――――――破封のネックレスの レシピを 覚えた!
――――――――――破幻のネックレスの レシピを 覚えた!
――――――――――不惑のネックレスの レシピを 覚えた!
――――――――――破邪のネックレスの レシピを 覚えた!
――――――――――バトルチョーカーの レシピを 覚えた!
――――――――――ようせいの首飾りの レシピを 覚えた!
――――――――――アルスは レシピブック 『おしゃれダイアリー』を 手に入れた!
――――――――――おしゃれなスーツの レシピを 覚えた!
――――――――――おしゃれなベストの レシピを 覚えた!
――――――――――おしゃれなベルトの レシピを 覚えた!
――――――――――アルスは レシピブック 『女王のムチの書』を 手に入れた!
――――――――――女王のムチの レシピを 覚えた!
――――――――――アルスは レシピブック 『先代王の衣装のレシピ』を 手に入れた!
――――――――――ユグノアの王冠の レシピを 覚えた!
――――――――――ユグノアのマントの レシピを 覚えた!
――――――――――アルスは レシピブック 『雷電宿す武具の書』を 手に入れた!
――――――――――いかずちの杖の レシピを 覚えた!
――――――――――いなずまのやりの レシピを 覚えた!
――――――――――アルスは レシピブック 『はやぶさのツメの本』を 手に入れた!
――――――――――はやぶさのツメの レシピを 覚えた!

――――――――――アルスは アポロンのオノを 手に入れた!
――――――――――アルスは アポロンのかんむりを 手に入れた!



――――――――――アルスは、レベル31に あがった!
――――――――――アルスは ベホマの呪文を覚えた!

――――――――――リリルカは、レベル30に あがった!

――――――――――ヴェルフは、レベル24に あがった!
――――――――――ヴェルフは 無心こうげきを覚えた!
――――――――――ヴェルフは かぶと割りを覚えた!



【アルス・クラネル Lv.4(レベル30→31)
 HP:245(+105)→255(+105)
 MP:112→117
 ちから:95(+22)→99(+22)
 みのまもり:41→42
 すばやさ:96→99
 きようさ:55→57
 こうげき魔力:90→93
 かいふく魔力:90→93
 みりょく:67→70
《魔法》
 【メラ】     ・火炎系魔法(小)
 【メラミ】    ・火炎系魔法(中)
 【ホイミ】    ・治癒系魔法(小)
 【ベホイミ】  ・治癒系魔法(中)
 【ベホイム】  ・治癒系魔法(大)
 【ベホマ】   ・治癒系魔法(全)
 【ギラ】     ・閃光系魔法(小)
 【ベギラマ】  ・閃光系魔法(中)
 【イオ】    ・爆発系魔法(小)
 【イオラ】   ・爆発系魔法(中)
 【ラリホー】 ・催眠系魔法(個)
 【デイン】   ・電撃系魔法(小)
 【トヘロス】 ・遭遇除外系魔法
 【ニフラム】 ・敵退去系魔法
 【ルーラ】  ・瞬間移動魔法
 【アストロン】 ・鋼鉄化魔法
《技能》
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ぶんまわし】     ・武器を振り回すことで範囲攻撃が可能
 【渾身斬り】       ・敵一体に大ダメージ
 【全身全霊斬り】    ・敵一体に特大ダメージ
 【フリーズブレード】  ・氷の力で敵1グループに攻撃
 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復
 【覇王斬】        ・敵全体に魔力で形成した巨大剣による無属性攻撃
《スキル》
 【二刀の心得】     ・左手にも武器を装備できる
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)】   ・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:12923》】

【そうび
 みぎて  『ゾンビキラー+3』
ひだりて  『はがねの盾』
 あたま   『はがねのかぶと』
 からだ   『やすらぎのローブ』『はがねのよろい』
アクセ1   『金のネックレス』
アクセ2   『スライムピアス』
アクセ3  『ちからのゆびわ+3』
アクセ4  『きんのブレスレット+1』         】

備考
  片手剣装備時 ソードガード(3回に1回以上の割合で武器ガード率アップ)
           装備時攻撃力+3
          装備時攻撃力+6
装備時攻撃力+10
          装備時会心率+2%
  両手剣装備時 ブレードガード(3回に1回以上の割合で武器ガード率アップ)
           装備時攻撃力+5
           装備時攻撃力+10
            装備時攻撃力+15
           装備時会心率+2%
           装備時会心率+3%
剣神 ガードカウンター(ガード成立時にカウンターができるようになる)

勇者 常時きようさ+10
常時すばやさ+10
常時ちから+10
常時身のまもり+10



【ベル・クラネル Lv.4(レベル30)
 HP:261
 MP:80
 ちから:89
 みのまもり:36
 すばやさ:117
 きようさ:101
 こうげき魔力:98
 かいふく魔力:0
 みりょく:109
《魔法》
 【ジバリア】     ・地雷系魔法(小)
 【ジバリカ】     ・地雷系魔法(中)
 【ジバリーナ】    ・地雷系魔法(集団)
 【ザメハ】      ・覚醒魔法
 【インパス】     ・鑑定魔法
《技能》
 【スリープダガー】  ・敵1体に攻撃、たまに眠らせる
 【ヴァイパーファング】・敵1体に攻撃、たまに猛毒にする
 【かえん斬り】     ・武器に炎を纏わせることが出来る
 【ミラクルソード】    ・敵1体にダメージ後、自身を回復
 【デュアルカッター】 ・敵全体に攻撃時1.2倍のダメージを二回与える
 【ぬすむ】       ・敵が持っているアイテムを盗み出す
《スキル》

 【スライムブロウ】   ・スライム種に対して投擲武器効果強化
 【メタルウィング】   ・メタル種に対して投擲武器効果強化
 【ヒュプノスハント】  ・眠りや混乱の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【タナトスハント】   ・毒や麻痺の敵に通常攻撃の6倍のダメージ
 【パワフルスロー】  ・投擲武器を投擲時、全体に等しくダメージ
 【メタル斬り】      ・メタル系に確実ダメージ
 【ドラゴン斬り】     ・ドラゴン種に対しての斬撃強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:242》 】

【そうび
 みぎて  『はがねのつるぎ』
        『バタフライダガー』
ひだりて  『はがねのブーメラン』
 あたま   『バタフライマスク』
 からだ   『やすらぎのローブ』『大盗賊のマント』
アクセ1   『金のネックレス』
アクセ2   『スライムピアス』
アクセ3   『ぬすっとのグローブ』
アクセ4   『すばやさのゆびわ+1』         】

備考
 短剣装備時 装備時攻撃力+3
     装備時会心率+2%
     装備時会心率+4%
     常時身かわし率+3%
 ブーメラン装備時 装備時命中率+5%
          装備時命中率+5%
          装備時攻撃力+5
          装備時攻撃力+10
 片手剣装備時 ソードガード(3回に1回以上の割合で武器ガード率アップ)
          装備時攻撃力+10
          装備時攻撃力+20
          装備時攻撃力+25
          装備時会心率+2%
盗賊 常時きようさ+10
常時きようさ+30
常時すばやさ+10
常時すばやさ+30
常時身かわし率+2%



【リリルカ・アーデ Lv.3→4(レベル29→30)
 HP:156→162
 MP:160→167
 ちから:56→59
 みのまもり:28→29
 すばやさ:86→89
 きようさ:85→88
 こうげき魔力:156→161
 かいふく魔力:0
 みりょく:81→84
《魔法》
 【シンダーエラ】     ・変身魔法
 【メラ】          ・火炎系魔法(小)
 【メラミ】         ・火炎系魔法(中)
 【ギラ】           ・閃光系魔法(小)
 【ベギラマ】        ・閃光系魔法(中)
 【ヒャド】         ・冷気系魔法(小)
 【ヒャダルコ】       ・冷気系魔法(中)
 【イオ】          ・爆発系魔法(小)
 【イオラ】         ・爆発系魔法(中)
 【ルカニ】         ・敵守備力低下魔法(個)
 【ルカナン】        ・敵守備力低下魔法(集団)
 【ボミエ】          ・敵速度低下魔法(個)
 【ボミオス】         ・敵速度低下魔法(集団)
 【マヌーハ】       ・幻惑解除魔法(個)
 【メタパニ】        ・敵混乱魔法(集団)
 【マホトラ】        ・MP吸収魔法
 【マジックバリア】     ・呪文防御魔法
 【マホトーン】       ・敵魔法封印魔法(集団)
 【マホカンタ】       ・魔法反射魔法
《技能》
 【魔封じの杖】   ・敵1体の呪文を高い確率で封じる杖の秘術
 【しゅくふくの杖】  ・仲間1人のHPを小回復する
 【暴走魔法陣】   ・仲間の呪文が暴走しやすくなる
 【魔結界】      ・魔法の結界を張り敵の攻撃呪文を防御する
 【ぶきみなひかり】 ・不気味な光を放ち、敵1体の呪文耐性を下げる
《スキル》
 【縁下力持(アーテル・アシスト)】   ・一定以上の装備過重時における補正
 【悪魔ばらい】   ・悪魔系に対しての打撃力強化
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:6802》 】

【そうび
 みぎて  『ルーンスタッフ』
ひだりて  『』
 あたま   『サンゴのかみかざり』
 からだ   『ウィッチローブ』
アクセ1   『まじょのてぶくろ+3』
アクセ2   『いのりのゆびわ+2』

備考
両手杖装備時 装備時MP吸収率+2%
     装備時MP吸収率+4%
     戦闘勝利時MP小回復
     装備時攻撃魔力+10
     装備時攻撃魔力+20
     装備時攻撃魔力+30
     装備時最大MP+10
     装備時最大MP+20
     戦闘勝利時MP中回復
まどうしょ 常時攻撃魔力+10
  常時最大MP+10
  氷・風耐性+20%アップ
  炎・土耐性+20%アップ



【ヴェルフ・クロッゾ Lv.3(レベル23→24)
 HP:264→272
 MP;67→70
 ちから:86→90
 みのまもり:35→37
 すばやさ:33→34
 きようさ:42→43
 こうげき魔力:0
 かいふく魔力:64→69
 みりょく:92→96
《魔法》
 【ウィル・オ・ウィスプ】     ・対魔力魔法
 【ホイミ】              ・治癒系魔法(小)
 【スカラ】              ・守備力上昇魔法(個)
《技能》
 【シールドアタック】       ・防御姿勢のまま敵1体を攻撃する
 【蒼天魔斬】           ・強力な振り下ろしで敵1体を攻撃し、まれにマヒさせる
 【無心こうげき】         ・敵全体の中からランダムで1体が選ばれ、通常攻撃より大きなダメージを与える。
 【かぶと割り】           ・敵1体に強力な攻撃を放ち、稀に守備力を下げることがある
《発展アビリティ》
 【鍛冶:H】
《スキル》
 【魔剣血統】           ・魔剣製作可能
 【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】  ・■■■■■■■■■■■■■■■
《次のレベルまで:1532》 】

【そうび
 みぎて  『はがねのオノ』
ひだりて  『はがねの盾』
 あたま   『はがねのかぶと』
 からだ   『はがねのよろい』
アクセ1   『熱砂のイヤリング』  
アクセ2  『ちからのゆびわ+3』        】

盾装備時 装備時盾ガード率+2%
     盾装備時守備力+10
斧装備時 斧装備時攻撃力+5
     盾装備時盾ガード率+4%
えいゆう 常時みのまもり+20







毎日投稿はここまでです。次からは章ごとに出来上がったら更新していきます。




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第四章
第42話 これからよろしく、女王様、巨乳様




ダンまちアニメ第五期制作発表おめでとうございます。

直近の更新が10/8と大分空きましたが第四章が出来たので更新していきます。




 

 

 

 

 

 ギルド内部にある窓のない一室。

 小さな机と椅子が一つだけ置いてある簡素に過ぎる部屋の存在理由はただ一つ。外から垣間見ることのできない密閉空間を作り出し、内部で行われている恩恵(ファルナ)改宗(コンバーション)を余人に知られないようにする為。

 机に置かれた燭台の淡い灯りが照らす室内にいるのは三人。

 改宗(コンバーション)をする他神の眷属である二人と、改宗(コンバーション)先の主神ヘスティア。

 

「――――これで、たった今から君達は僕の眷属(ファミリア)だ」

 

 先に終えていたカサンドラ・イリオンが見守る中、上着を脱いで背中を露出したダフネ・ラウロスの改宗(コンバーション)も滞りなく終わり、今この瞬間から二人はヘスティアファミリアの眷属となった。

 

「スキルに目覚め、ステータスが変わらなかったことに安堵したような複雑な気分だ」

 

 ダフネが上着を着ている間にヘスティアも改宗(コンバーション)に必要だった道具を片づける。

 片づけるといっても、精々が自身の血を垂らす為の針を直すぐらいなので直ぐに終わったヘスティアは眷属となった二人と向かい合う。

 

「景品のように身柄を扱ったこと、謝って許されることではないけれどすまないと思っている」

 

 深々と頭を下げるヘスティアに、まさかここまで下手に出られると思っていなかった二人は顔を見合わせた。

 

「頭を上げて下さい、ヘスティア様」

 

 こういう時に話すのは何時もダフネなので、カサンドラは彼女に任せる。

 申し訳なさそうな顔のまま頭を上げたヘスティアと目を合わせる。

 

「勝ったのはそちらなので後ろめたく思う必要はありませんよ。負けたのですから、どのような扱いにも甘んじます。戦争を先に吹っ掛けたのはアポロン様ですから」

 

 アポロンがヘスティアの眷属を求めて戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛け、負ければ逆に眷属を取られたからといって文句を言える資格はない。当事者である眷属として思うことはあれども、どこか肩の荷が降りたような心持ちで一度瞼を伏せる。 

 

「ウチらは元々強制的に入団させられたようなものだから、寧ろこうなって良かったって思ってます。もしも次があるなら、まともな主神(かみ)のファミリアに入りたいと願っていたので、私達(下界の者達)に頭を下げてくれるヘスティア様なら願ったり叶ったりです」

「ありがとう。そう言ってくれると助かる」

 

 アポロン様も悪い神ではないのですが、と今まで巻き込まれた騒動に思いを馳せているダフネに、もう一度だけヘスティアは深く感謝した。

 そのまま改宗(コンバーション)室を出て、カサンドラが窓口でファミリア移籍の手続きしている間にヘスティアとダフネはこれからのことについて話す。

 

「直ぐにホームに招いて歓迎会といきたいところだけど、この後すぐに神会(デナトゥス)があるんだ」

「はい、私達は外で待っていればいいですか?」

 

 慣れていない相手と残されて気まずい思いをするよりも、ギルド職員と事務手続きをする方が気が楽というカサンドラの願いを受け入れたダフネは慎重に言葉を選ぶ。

 初対面の印象が悪すぎるので印象回復をしなければ今後が辛いとダフネは考えたわけだが、善神であるヘスティアは全く気にしていないので取り越し苦労でしかない。

 

「ベル君達が改宗が終わるのを待っていてくれているから、先に君達の歓迎会を始めておいてくれ。多分、この神会(デナトゥス)は長引く」

「ご、ご愁傷さまです」

「はははは、これも主神としての務めさ」

 

 笑ってはいるが目が虚ろなヘスティアに、まだ付き合いが始まったばかりのダフネではどこに地雷があるのか分からないので上手く慰めることが出来ない。

 新たに増えた眷属を前にして、数多の問題を乗り越えてきてある意味で気持ちの切り替えだけは早くなったヘスティアの目に光が戻る。

 

「君達もランクアップしているんだ。今は僕の眷属(ファミリア)だ。既に二つ名を持っているが変えたいと望むかい?」

 

 事務手続きが終わったカサンドラが戻ってきたタイミングで二人に尋ねる。

 

「いえ、私は今のままで特に困っていないので」

「わ、私は、代えたい、です」

 

 二人の二つ名は『月桂の遁走者(ラウルス・フーガ)』と『悲観者(ミラビリス)』。

 ダフネはともかく、仕方ないにしてもカサンドラは自身のネガティブな二つ名を代えられるなら代えたいとずっと思っていた。

 

「カサンドラ君の二つ名は『悲観者(ミラビリス)』だったか。イタくはないが、あまり好ましいとは言えない二つ名だったね」

 

 二つ名は神々が付けるもので、概ね下界の者達にとっては理解不能(ハイセンス)なので好意的に受け入れられるが、カサンドラのように出来れば変えたいと思う者もいる。

 

「無理無理、アンタのは変わらないわよ」

「へぅ……ダフネちゃぁん」

「そんな声出しても無駄よ。決めるのは神様達なんだから」

「ああ、まあ、ダフネ君はそのままで、カサンドラ君は代えたいということだね。努力はしてみるが、正直期待はしないでくれ。初めて二つ名が付く四人に無難な称号を勝ち取ることに全力を傾けざるをえないから!」

「は、はぁ……」

 

 拳を強く握り締めて気炎を吐くヘスティアに、二つ名が変わるわけがないとダフネに言われて落ち込んでいたカサンドラの涙も引っ込んでしまった。

 

「泥水を啜ることになろうとも、必ずまともな称号を勝ち取ってみせる! じゃあ、逝ってくるよ……!」

 

 何か字が違うような気もしたが、これから戦場で散ってくる兵士のような悲壮な面持ちでギルドからバベルに向かっていくヘスティアの背中を見送る二人。

 ヘスティアの姿が完全に見えなくなった後、ダフネは溜息を吐く。

 

「ウチらも行こうか」

「う、うん……」

 

 応えたカサンドラが不安そうに俯いているのを見て、ダフネは自分がしっかりしなければと決意を新たにする。

 

「同じ眷属になってから初めての顔合わせなんだからしゃっきとしな!」

「ひゃん!?」

 

 気合を入れるつもりで、自分と違って無駄に肉付きの良い臀部にビンタすると、飛び上がったカサンドラの口から何とも艶やかな声が出た。

 あまりのカサンドラの尻の叩き心地の良さと柔らかさに、なにか癖になりそうな危険な衝動を湧き上がってきたが必死に抑え込む。

 

「背を丸めてないで、ウチらの今後の為にその無駄にデカい胸で団長達をメロメロにしてみなさいよ」

「デッ!? で、デカくないもんっ!?」

「十分にデカいわよ。そういえばヘスティア様もデカかったわね。じゃあ、効果はないか。アンタ、色気ないもんね。無理言ったわ、ゴメン」

「…………うう、なんか納得いかない」

「ほら、団長達を待たせてんだから早く行くよ」

「ま、待ってよ、ダフネちゃん……っ!」

 

 頬を大きく膨らませて睨んでくるカサンドラを無視して、ダフネはさっさとギルドから出て行くべく足を動かす。その背を恨めしい目で追いかけていたカサンドラも直ぐに後を追う。

 ギルドを出たダフネがヘスティアは眷属達が待っていると言っていたので辺りを見渡すと、バベルに向かう為に先に出たヘスティアが声をかけたのか、二人の少年が入り口に歩み寄ってきていた。

 

「待たせてごめんなさい、団長」

 

 悪い印象を払拭しようと、こういう挨拶はまずは新入りからとダフネは謝罪から話に入った。

 

「いえ、大丈夫ですよ。えっと……」

 

 団長と呼ばれて面映ゆそうなベル・クラネルが二人をどう呼べばいいかと逡巡する。

 

「ダフネでいいわ。こっちはカサンドラで」

 

→これからよろしく、ダフネ、カサンドラ

  これからよろしく、女王様、巨乳様

 

「二人とも年上だからさんをつけようね、アルス。すみません、うちの愚弟が」

 

 自分より少し高いところにある双子との弟の頭を下げさせ、遠慮のない態度を改めようとするベルにクスリとダフネは笑った。

 

「いいよ。団長もウチらのことは好きに呼んでくれて良いよ」

 

 話の分かる年上のお姉さん風なダフネに、ベルの中で悪魔が囁いた。

 

「じゃあ、女王様」

「ああん”!!」

「ひぃっ!? 場を和まそうと思った冗談だったんです! ごめんなさい!!」

 

 にこやかな表情から一転してメンチの効いた目つきとドスの効いたダフネの声にベルのベルがキュッと縮まった。

 深々と頭を下げて、しまいには土下座でもしそうなベルの勢いに、ダフネが頭が痛いとばかりに眉間を右手人差し指で揉み解しながらアルス・クラネルに視線を移す。

 

「アンタが教えたんでしょ」

 

 親指を立てて笑顔で答えるアルスに疲れたように深々とため息を吐く。

 

「最初ぐらいは猫被って違うキャラを定着させようと思ったのに……」

「ちなみにどんなキャラを?」

 

 切り替えが早いのはヘスティアファミリアの特徴なのか、ダフネが怒る雰囲気でないと分かったベルが尋ねてくる。

 

「こう大人しくて清楚で穏やかな」

「ぷっ」

 

 真反対なキャラ付けで似合っていない自覚はあるが、だからといってこうもあからさまに人に笑われると気分を害する。これがまだベルやアルスならば呑み込みもするが、自分のことを良く知るカサンドラが笑うのだけは我慢ならなかった。

 

「カ~サ~ン~ド~ラ~」

 

 怒りを滲ませて詰め寄ってくるダフネに、カサンドラは慌てて自分の前で手を何度も振りながら釈明する。

 

「だ、だって、ダフネちゃんから、い、一番遠いキャラ付けだったから」

「だからって笑う奴がいるか!」

 

 取っ組み合いを始めてしまって最初はどうしたものかと困ったベルだったが、ダフネも本気で怒っている様子はなく二人の気が済むまで待つことにした。

 

「ははは、面白い人達ですね」

 

 お前もな、と言ったベルに対してアルスは思ったが口には出さなかった。もしも口に出していたらダフネ・カサンドラと同じ行動に走っていたことだろう。

 

「僕のこともベルと呼んで下さい。まだまだ未熟ですから団長と言われても照れ臭くなっちゃいます。それに僕達の方が年下なので敬語もなしでお願いします」

 

 二人が落ち着いた頃に話を進める。

 

「ん、分かったわ、ベル。これから仲間になるんだからよろしくね」

「はい、よろしくお願いします、ダフネさん」

 

 サバサバとした姉御肌的な気性のまま手を伸ばすダフネに応えるベルの横で、アルスに強制的に握手させられたカサンドラがアワアワとしていた。

 手を離したダフネは、ヘスティアファミリアで出迎えが二人しかいないことを確認する。

 

「それで出迎えは貴方達二人だけ? 他の二人は?」

 

 特に初手でアポロンファミリアの混乱の坩堝に落としてくれた小人族(パルゥム)には言いたいことが、それほど山のようにあったのに姿が見えないので内心で舌打ちを漏らす。

 

「ヴェルフはレシピと素材が手に入ったので鍛冶に励んでます。リリは知り合いが病気になったのでその看病に行っています」

「前者はともかく、後者は単純にウチと顔を合わせにくかったんじゃないの? 戦争遊戯(ウォーゲーム)でウチらに散々やってくれたから」

「ああ、まあ、そういう面はもしかしたらあるかもしれませんし無いかもしれませんし」

「どっちなのよ」

 

 腕を組んで睨みを利かせるダフネに、ベルは苦笑しながらもハッキリとは答えない。

 

「あ、あの!」

 

 追及の手を強めようとしたダフネの言葉を遮るようにカサンドラが大きな声を上げる。

 既にベルと対面していて、初対面の時からは考えられないぐらいには立ち直っているのだが、それでも緊張は消えないのか少し声が上ずっていた。そのカサンドラの大きな声に二人が驚いた顔を向ける。

 

「どうしたの、カサンドラ? 意外にそっち(アルス)と話し込んでいたみたいだけど」

 

 最初は押されて戸惑っていたが、最後の方には二人で座り込んで話をしていたのは横目で捉えていた。

 何がしかの決意を滲ませたカサンドラは一度をアルスを振り返り、頷きを見てから意を決したように口を開く。

 

「ま、枕! 元ホームに枕を探しに行きたいの!」

「…………諦めなさいよ。新しい物を買えば?」

「あの枕じゃないと駄目なの。あれがないと昨日も全然寝付けなかったし……」

 

 必死の訴えを続けるカサンドラをうんざりとした雰囲気のダフネがあしらうが、尚も諦めずにお願いしてくる。

 

「どういうことですか?」

「カサンドラが今まで使っていた枕を無くしたらしいのよ。で、元ホームにあるはずだから探しに行こうと言って聞かなくて。諦めさせたのに、なんでまた……」

「アルスさんが一緒に行ってくれると言ってくれたもん」

「アンタが原因か」

 

→別にいいじゃん。探しに行くぐらい

  巨乳様の言うことは聞いておかないとな

 

「そうは言うけどね……」

 

 カサンドラは涙目になって懇願してきたりもしたが、そもそも探しに行かずに新しい枕を買えば良いだけの話なのでダフネとしても首を縦に振りにくい。

 明らかに気が進まない様子のダフネに、ベルは片眉を上げた。

 

「なにか問題があるんですか?」

「問題というか」

 

 その問題をベルに教えるのはあまり気が進まない様子のダフネ。

 

「元ホームは直ぐに売りに出されるからって、中の荷物は全て出されたはずなのよ。だから、元ホームにある可能性は限りなく低いのにカサンドラが」

 

 スルーと、そうさせてしまった張本人の内の一人であるベルは目を逸らした。

 ダフネも別にベル達を責める意図はないので、そこに対してツッコミを入れはしなかった。

 

「その、覚えていないんですけど…………『予知夢(ゆめ)』で元ホームにあるって、お告げを……」

「へ? ゆ、夢……?」

「だからぁ! そんな馬鹿げた話を言うの、止めなさいってば!!」

「アルスさんは信じてくれたもん!」

「コイツはなんかおかしいのよ!」

 

 おかしいとは失礼な、という顔をするアルス。

 確かにあやふやな夢の話を根拠にされたらダフネがカサンドラの望みを突っぱねる気持ちも分からないでもない。とはいえ、急ぎで荷物を出したのならば忘れ物があってもおかしくはないとベルは自然に考えた。

 

「まあまあ、別に探しに行ってもいいじゃないですか」

「しょ、正気? 夢よ、夢っ、この子の妄想なのよ?」

「夢云々はともかく、確認したつもりでも忘れている事ってありますから。誰かの物になっちゃうと見に行くことも出来ないので行ける時に行っておくべきですよ」

 

 カサンドラの擁護をするベルをダフネが訝しんだ目で見る。

 

「し、信じてくれるんですか?」

「信じるというか、困っているなら助けてあげたいというか」

 

 ベルの偽りのない本心からの言葉に、ダフネは呆気にとられたようにポカンとなった。

 

「ベルって、お人好しって言われない?」

「なんで分かるんですか?」

 

 作為もなく言い慣れている様子だったから聞いてみれば、既に指摘されたことがあるみたいだったのでダフネは、やっぱりそうなのねと苦笑を漏らした。

 

「分かったわよ。私の負け。元ホームに探しに行けばいいんでしょ」

「ダフネちゃん!」

 

 ダフネの根負けした様子に、カサンドラが満面の笑顔になって彼女の腕に抱き着く。

 カサンドラの為すがままにされながら、良かった良かったとばかりに笑顔を浮かべているとベルと生暖かい目を向けてくるアルスに、ダフネは遅まきながら元ホームに行った場合の問題を思い出した。

 

「あ、でも今、元ホームに行くと――」

 

 

 

 

 

 



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第43話 その糸、物理的に切っとこうか? お前の首で

 

 

 

 

 

 オラリオ南西部、元アポロンファミリアのホーム前は狂騒の坩堝と化していた。

 

「アポロン様、行かないでぇえええええええええええ!」

「ぉおおおおおおおおお、アポロン様ぁああああああああ!!」

 

 オラリオからの永久追放が決まったアポロンに向かって留まってもらおうと押しかけた市民が集団と化し、泣き叫んでいる者まで異様な光景を作りだしている。その最中に来てしまったベル・クラネルはあまりに異様な光景に立ち竦む。

 

「こうなってると思ったから来たくなかったのよ」

 

 元アポロンファミリア眷属ダフネ・ラウロスは予想通りの光景に、頭を抑えて深く重い溜息を漏らす。

 

「追放日って今日だったんだ……」

 

 ヘスティアからアポロンをオラリオから永久追放すると聞いて、そこまでしなくても思いはしたが主神が決めたことならばと飲み込んでいたベルは、集団が作り出す異様な光景に圧倒されていた。

 ベルにとってアポロンは自分達兄弟に気持ち悪い感情を向けてくる変な神という印象だったが、重たい感情を向けるヒュアキントスは例外に過ぎず、これほどに市民達に好かれる神なのだと初めて知った。

 

「アポロン様って、あんなに神望があったんですね」

「恋に狂いさえしなければまともな神だからね。身内になれば真摯だけど、本当に恋狂い(あれ)さえなければ」

 

 愉快神が圧倒的多数を占める神の中においてアポロンはある一点を除けば、オラリオの中でも数少ない善神であるとダフネは常々思っていた。その恋狂い(欠点)があまりにも致命的過ぎたのだが。

 

「後、プレゼントが理解不能(ハイセンス)なのも」

 

 そう言ってダフネはカサンドラ・イリオンに目を向ける。

 

「カサンドラは前に『陽光のクイーンメイス』を貰ったけど、自分で『神聖のクリスタルロッド』を買ってたものね。確かにあれは形容し難い武器だった」

「わ、私には、つ、使えない武器だったから……」

 

 メイスは打撲武器。治癒術師のカサンドラが打撲武器を使っても使い様に困るだけだった。

 

「へぇ、でもカサンドラさんの『神聖のクリスタルロッド』って結構良いものですよね。高かったんじゃ?」

「…………120万ヴァリス、です」

 

 何度か見たことのある『神聖のクリスタルロッド』は一目見ただけでも高価な物だと分かったので、自腹と聞いて何の気なしに放たれたベルの問いにカサンドラは重苦しく返した。

 

「100―ッ!? え? ほ、本当に?」

 

 カサンドラが口にした法外な金額に、ベルは信じられないとばかりにダフネに確認する。

 

「本当も本当。アポロン様は自分が送った『陽光のクイーンメイス』と同等の物じゃないと納得しなかったのよ」

借金(ローン)を組んで、頑張りました……」

 

 当時のことを思い出したカサンドラは遠い目をして萎れている。

 団長のヒュアキントス・クリオの様子を見れば、アポロンの我儘はある程度叶えようとするのは想像に難くなく。それが同じ眷属に対する武具の購入ならば心理的ハードルは更に下がるだろう。

 中堅派閥のファミリアからすれば100万ヴァリスはそこまで大きな額ではないのだろう。だが、一冒険者にとっては間違いなく大金であるし、武具が自身の特性に合っていればカサンドラも喜んだであろうが、ダンジョンで命を預けるに等しい武具は当たり前の話であるが特性に合ったものでなければならない。

 結果的にせよ、主神の我儘で借金(ローン)を抱えていたのだからその心理的負担は想像に余りあるものがある。

 

「ウチも流石にカサンドラが哀れで、あの頃は頻りにダンジョンに潜ったものだわ」

「ダフネちゃんがいなかったら、きっとまだ借金(ローン)を返せてなかったと思う……」

「ということは、借金(ローン)はもう返せたんですね」

「はい、なんとか……」

 

 ハハハ、と乾いた笑みが漏れているカサンドラを慰めるようにダフネが肩を軽く叩いている。

 そんな二人の様子にベルは仲の良さを改めて知って、ほのぼのとしていると集団が突如としてワッと湧いた。

 

「フハハハハハハハ!! ベルきゅぅ――――――ん!! アルスきゅぅ――――――ん!!」

 

 元アポロンファミリアホームの窓がバッと開いて、月桂樹の冠を被った金髪の美男子がその顔に似合わない呼び方で集団の最後尾にいるクラネル兄弟に呼びかける。

 

「あ、気づかれた」

 

 今話題のアポロンはベル達の姿を確認すると、身を翻して窓の向こうに消えた。

 

「今の内に逃げとく?」

「………………………………カサンドラさんの枕を探しに来たので逃げません」

「すみませんすみません!」

 

 物凄く迷った末に留まることを選択したベルに、そうさせてしまったカサンドラは平謝りである。

 そうこうしている間に玄関扉が開き、走ってくるアポロンの前を開けるように集団がサッと左右に開く。

 開いた道を全速力で駆けてきたアポロンはベル達の数歩前で止まり、両手を重ねて胸に当てる。

 

「嗚呼、ベルきゅん!やはりアルスきゅん! 私の巣立ちを見送ってくれるとは、我らは赤い糸で繋がっているのだな!」

 

 クネクネと体を揺らしながら大仰に両手を開いて上げるアポロンに、アルスは背中に背負っている『ゾンビキラー』の柄を握る。

 

→まだ言ってるのか。懲りないな

  その糸、物理的に切っとこうか? お前の首で

 

「一度や二度の失敗で挫けた程度で、このアポロンが懲りるものか!」

「それ自分で言っちゃう?」

「おお、ダフネ、カサンドラも来てくれるとは私は嬉しいぞ!」

 

 何を言っても無敵状態アポロンはそこでようやくクラネル兄弟だけでなく、自身の元眷属であるダフネとカサンドラも共にいることに気づいて破顔する。

 元眷属二人に向ける笑顔はクラネル兄弟に向ける気持ち悪いソレ(・・)ではなく、慈愛に満ちたものでベルを驚かせた。何時も気持ち悪い笑顔しか見たことが無かったのでアポロンに対する印象も、ダフネ達の話もあって大分変わっていた。

 

「無敵か。これでも別ファミリアに移籍したから気兼ねしてたのに」

 

 ファミリア移籍にダフネ達の意志が介在していないとしても、解散を命じられた古巣を離れて別ファミリアの眷属になったことに後ろめたい思いがあった。

 アポロンには恨みもあったが何不自由なく尽くしてくれた彼に一応の感謝もあり、長い時間を共にした仲間と顔を合わせづらかったというのに、その心配は杞憂だったと変わらぬ様子にダフネも釣られて微笑んだ。

 

「どこに行こうともお前達が我が愛し子であることは変わらぬよ。行く先がヘスティアならば何の心配もいらぬ。壮健であることは見れば分かるからな」

「一日程度で何も変わるはずがないでしょう」

「最もだ。しかし、接してみてヘスティアを主神とすることに不満を感じていないのであろう?」

「ええ、まあ」

「ならば良し! 一度は愛を交わし合ったヘスティアならばお前達を託すに値する相手だ」

 

 自信満々に言い切ったアポロンに異を唱えるように、君と愛なんて交わし合った覚えはないとバベルの上からヘスティアの声が聞こえた気がした。

 きっと幻聴だろうと、アルスはバベルの方に向かってパンパンと柏手を打って拝んでおいた。そんなアルスをゆっくりとやってきたヒュアキントス・クリオとリッソスが何やってんのコイツ的な目で見ていた。

 

「お前達がヘスティアの下に行ったのも、これもまた天命であろう。私に何も気負うことはない。ベルきゅんとアルスきゅんと共に励むと良い!」

 

 そこまで言い切ってようやく少し落ち着いてきたのか、アポロンは目の下の隈が濃い顔で改めてクラネル兄弟を見据える。

 

「ベルきゅんとアルスきゅんも、昔日の英雄のように、成長し続け、進み続けるんだ。時には私のような神なんてものにも逆らって。私が見初めた君達は、それくらいが丁度いい」

 

 自分が見初めた相手だからこそ変わらずにいてほしいという思いなのだろう。同時に彼が言っていることはベル達の力を認めていることでもある。

 ただ気持ち悪いだけの変態神かと思ってたけど、結構いい神さまなんじゃないかとアルスの彼に対する印象が少し変わった時だった。

 

「…………アポロン様、もしかして寝てないんですか?」

「やはり、お前達には分かるか」

「何時もより少しテンションが高いので」

 

 これで少しなのか、とベルは思ったが懸命にも口に出さなかった。

 アポロンに対して下手なことを言うと、彼の後ろにいるヒュアキントスがどのような行動に出るか分からない。勝ったとはいえ、好き好んでヒュアキントスと再戦する気はベルには更々ないが、今もクラネル兄弟をひっそりと見る目には殺気が滲んでいるし、元眷属であるダフネ達に向ける目にも親愛度も半分程度というのだから恐ろしい。

 

「眷属全員分のステイタス・ロックを外して改宗可能な状態にする必要があったのだ。これが徹夜明けのハイテンションというやつだな!」

 

 ワハハハハハハ、と大口を開けるアポロンに、そろそろとヒュアキントスが近づく。

 

「アポロン様、申し訳ありませんがそろそろお時間です」

 

 ヒュアキントスに話しかけられたアポロンは彼を当たり前の存在として驚くことなく頷く。

 

「そうか、名残惜しいが仕方あるまい。ロイマン、お前にも世話になった。礼を言うぞ」

「いえ、私如きに勿体ないお言葉です」

 

 集団の中から現れたギルド長ロイマン・マルディールが答える。

 容姿端麗の美形が多いとされるエルフとは思えない程でっぷりと太った体格のロイマンは、アポロンに対して恭しく頭を下げながら口を開く。

 

「ええ、ですので元眷属をオラリオから連れ出すのは止めて頂きたい。戦力流出は看過できません」

 

 既に既出の話題なのか、アポロンは困ったように背後にいるヒュアキントスやリッソスらをチラリと見てロイマンに視線を戻す。

 

「私が望んだわけではないのだがな」

「そこは疑ってはいません。ですので、御身から元眷属達に着いてくるなと厳命して頂きたい」

 

 アポロンが他の愉快神と違って恋狂いさえなければまともな神であると信頼し、下界の者達に慕われるに値する神であるので彼の言葉をロイマンは疑わない。しかし、だからこそ慕われ過ぎて困ったことになっている現状を自らの言葉で変えてほしいと嘆願する。

 ロイマンの言葉は正しいと認めたアポロンは背後を振り返る。

 

「というわけだ、ヒュアキントスよ。私はお前達に着いてくるなと言わねばならんらしい」

「なんのことやら。我らがどこに行こうとギルド如きに命令される筋合いはありません。我が身はアポロン様の右腕なれば、共にあるのが必定でございましょう」

「ふふ、そうだな。そういうわけだ、ロイマン。子らは私の制止にも聞く耳を持たんのだ。仕方あるまい?」

「仕方ありますよ! もっと強い言葉をかけなければ意味がないでしょう!」

「フハハハハハハ!! 愛を持って行動する者を私が強く制止出来るならば、最初からこんなことになっていまいよ」

「それはそうですが……! グゥッ!? い、胃が……!?」

 

 ヒュアキントスの意志を翻させることが出来るアポロンの言葉で止まらないのならば、本人の意思を無視して力尽くで止めたところでずっとオラリオに縛り続けることは現実的ではない。

 数少ないLv.4やLv.2のオラリオからの離脱が避けられないとあって、ロイマンはストレスから来る胃痛に苛まれて崩れ落ちた。

 彼らの話でアポロンのオラリオ追放が避けられぬと知って、集まっていた市民達の群れがアポロンに殺到する。尚、ロイマンは市民達に蹴飛ばされて踏まれたりしたが誰も気にしていなかった。

 共に来ていたギルド職員も、ロイマンは普段の行いが悪いからと仕方なさげに助け出していた。

 

「アポロン様、行かないで下さい!」

「こんなのは間違っている! アポロン様が追放だなどと!」

「我らにはアポロン様が必要なのです!」

 

 ヒュアキントスとリッソスが武器に手をかけるほど迫りくる狂騒する市民達にアポロンが右手を高く上げる。

 市民達はその動きを敏感に察知し、ピタッと動きを止めてアポロンの言葉を待つ。

 

「我愛す。故に我在り」

 

 アポロンはたった一言だけを呟く。

 神威を纏うことなく神威に満ちている。故に誰もが次の言葉を待つ。

 

「どこであろうと我が愛は不変。お前達よ、俯いてはダメだ。顔を上げるんだ」

 

 言葉通りに顔を上げた市民達にアポロンはニコリと微笑む。それだけで市民達は歓喜で爆発する。

 

「諦めなければ、希望の光は必ず降り注ぐ! そう、希望の光は降り注ぐ――――この太陽の化身、アポロンのように!!」

 

 自分に向かって指を指すアポロンの体を、まるでタイミングを計ったかのように太陽の光が背後から照らし、その輝きを民衆の心の深奥に植え付ける。

 太陽神に相応しい光景に誰もが涙ぐむ中、アポロンは自分の言葉に感動したように体を震わせながら続ける。

 

「永久追放もヘスティアの心次第で変わる。ベルきゅんとアルスきゅんの為なら私は地の果て天の果てでも現れるぞ」

 

 アポロンの言葉に、取り敢えず理由はともかく帰ってくるならば何でも良しと判断して群衆のボルテージが更に上がる。

 

「私はここに宣言しよう! オラリオよ、何時か私は必ず帰ってくる! その日までサラバだ!」

 

 市民達に宣言したアポロンは歩を進める。

 神威に従って見送ることにした市民達は我先にとアポロンの名を叫び、感謝や別れを惜しむ声、新たな門出を祝すもの、と様々な言葉がかけられる。アポロンはその全てに手を振って答えて歩く。その後ろをヒュアキントスとリッソスを筆頭に、元眷属で者達が幾人もついていく。

 

「いやはや、最後までなんともアポロン様らしい結末で」

 

 同じく元眷属であるダフネの少しばかりの郷愁を滲ませた言葉に、カサンドラが同意するようにコクコクと何度も頷く。

 アポロンを讃える声は彼がオラリオを出て暫くしてからも続き、こうしてオラリオを揺るがす大騒動を起こしたアポロンファミリアの主神が遂に追放されたのであった。

 

「…………ええぇぇ――――」

 

 なんとも言えない声を上げるベルの横でアルスが天を仰げば、そこには雲一つ無い晴れ渡った青空の中で燦燦と輝く太陽があった。

 

『ベルきゅんとアルスきゅんも、昔日の英雄のように、成長し続け、進み続けるんだ。時には私のような神なんてものにも逆らって。私が見初めた君達は、それくらいが丁度いい』

 

 きっとあの太陽がある限り、アポロンの言葉を忘れることはないだろう。今はそれで良いとアルスには思えた。

 

 

 

 

 

 

「ベルきゅぅ――――ん! アルスきゅぅ――――ん! 次こそは必ず我が愛を受け入れさせてみせるぞ! 私は必ずその為にオラリオに戻ってくる!! アイルビーバッーーク!!」

 

 速攻で忘れようと、アルスは心に決めた。

 

 

 

 

 




一部アポロンの台詞はダンメモでアポロンが言ったセリフです。


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第44話 やっべっ、生命のピンチだ。助けろ、おっさん!

 

 

 

 既に日が沈んだ頃、ようやく豊穣の女主人に到着したベル・クラネル一行は店内に足に踏み入れる。

 一行の先頭であるベルが店内をぐるりと見渡すと、テーブル席に先に座っている仲間の姿を見つけた。向こうも同時にベル達に気づいた。

 

「お~い、こっちだお前ら!」

「ごめん、遅れちゃって」

「アルス様はともかく、ベル様が約束の時間に遅れるとは珍しいですね」

「ああ、それはね……」

 

 先に店内で待っていたヴェルフ・クロッゾとリリルカ・アーデに遅れた理由を口にしようとしたところで、ベルの後ろから不機嫌そうなダフネ・ラウロスが顔を出す。

 

「神様達に追い回されたのよ。巻き込まれたこっちはいい迷惑だってのに」

「あはははは…………はぁ」

 

 舌打ちでもしそうなダフネに愛想笑いを浮かべていたベルは疲れたように溜息を吐く。

 哀愁を漂わせるベルにリリルカが頬を引き攣らせる。

 

「ご、ご苦労様です。お疲れでしょう。さあ、席にどうぞ」

「ありがとう」

 

 リリルカが着席を勧め、それぞれが席に着いていく。

 全員が席に座ったところで、アルス以外の面々に疲れが見えることからヴェルフは苦笑を零す。

 

「ヘスティア様が成長促進系スキルに目覚めていることを暴露してしまったからこうなることは予想はしてたが、俺達は変装して正解だったな、リリ助」

「ええ、リリの場合は魔法でしたが」

 

 ヴェルフは珍しく私服の着流しではなく、フード付きのローブを纏っていた。顔を隠して店内に入店したヴェルフを、先に『シンダーエラ』のお蔭で変装に手間がかからないリリルカが出迎えた時は誰かと思ったことは秘密にしておこうと心に決めて頬を手を当てる。

 

「ダフネ様達も追い回されたというのはどういうことでしょう? お二人はまだ改宗したばかりで、ヘスティアファミリアの内情にはまだ疎いというのに」

「噂の成長促進系スキルが目覚めたかとか、その具体的な内容、後は一年後に向けての勧誘とか。単純な数ならウチらを目当てにしてる方が多かったわ」

「け、眷属総出で追いかけてくるファミリアもあって怖かった……」

「最終的にはステータス差を活かして、距離を取ってからのアルスの『瞬間移動魔法(ルーラ)』で逃げなかったらどうなっていたことか」

 

 プルプルと震えるカサンドラ・イリオンを横目に見て、同じ気持ちだったベルは遠い目をする。

 

「これからは迂闊に変装なしに出歩くことも出来ませんね」

 

 半ば予想されていたことだが改めて突きつけられると気が滅入る。

 

「この件に関してはまた後日考えるとして、乾杯することにしましょう」

「ん、じゃあ、ベル。団長として音頭を取ってくれ」

「え、僕?」

「嫌ならアルスでもいいぞ」

 

→任せろ、乾杯!

  え~、本日はお日柄も良く

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 アルスに音頭を取られたベルが愕然としている間に、木製のジョッキを打ち合わせる音が鳴り響く。

 

「…………で、これって戦争遊戯(ウォーゲーム)の祝勝会になるの? それにウチらが参加していいの?」

 

 一応、礼儀としてジョッキを合わせたダフネは言いながら首を傾げる。

 

→敗北者に選択権などないのだ

 ん~、流れ?

 

「そういうことです。諦めて下さい」

 

 リリルカがアルスの言葉を補足してジョッキを傾ける。

 

「言ってくれるじゃん」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)で一番アポロンファミリアを掻き回してくれたリリルカにジト目を向けながら、ダフネはドンと大きめの音を立ててジョッキをテーブルに置く。

 ダフネの感情をありありと示している表情と大きな音に、横でチビチビと飲んでいたカサンドラがビクンと体を震わせる。

 

「まあまあ、今では二人もヘスティアファミリアなんだから参加する権利はあるだろ」

 

 それに、と年長者として仕方なさげに仲裁に入りながらヴェルフが静かに続ける。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わってまだ一日しか経っておらず、未だ興奮冷めやらぬような者達も多く店に入ってからも注意を引いているので、あまり大声で話をすると注目されてしまうのだ。

 

「祝勝会は昨日やってるんだ。今日のは豊穣の女主人(ここ)がサービスしてくれるってんで、お前さんらの歓迎会にかこつけた集まりって感じだな」

「後、食事の場ならば喧嘩することなく話が出来ると思って。リリも挑発するようなことは言わないようにね」

「善処します」

 

 釘を刺すベルに、リリルカはツンとそっぽを向きながら答える。

 

「…………そういうことなら、ウチも気をつける。アンタもいい、カサンドラ?」

「わ、私はダフネちゃんみたいに喧嘩腰になることはないから」

 

 あまり集団の集まりでは自分から話すことのないカサンドラに親切で話を振ったら、思わぬ裏切りを受けたダフネの額に青筋が立った。

 

「ああ”ん、それが枕を見つけた恩人にいうことか」

 

 ダフネが隣に座っているカサンドラの頬に手を伸ばして指で摘む。

 

「ひぃんっ!? 頬っぺたを引っ張るのは止めてよぉ」

「むぅ、柔らかい…………アンタらも引っ張っとく?」

 

→喜んで!

 仕方ないな

 

 柔らかくも瑞々しい弾力を堪能して段々と楽しくなり、調子に乗ったダフネの提案にアルスが勢いよく立ち上がる。

 

「喜んでではありませんよ、アルス様。ダフネ様もあまりカサンドラ様を揶揄ってはいけませんよ」

「り、リリルカさん……!」

「これは揶揄ってるんじゃないわ。躾けてるのよ」

「では、仕方ありませんね」

「リリルカさん……っ!?」

 

 リリルカが溜息を洩らしながらカサンドラを庇う。その行動に思わず感動したカサンドラだったが、直ぐの掌返しに愕然とした。

 呆然とした目を向けられたリリルカはつらっと顔を逸らす。

 

「すみません。躾けという言葉には弱いのです」

「そこでアルスを見るのは止めておこうね、リリ」

 

 逸らした顔の先にはさっさと座って食べ物を摂取しているアルスがいて、暗に誰のことを言っているのか分かってしまったのでベルは苦笑しながら注意する。

 しかし、そんなベルをお前なに言ってんのとばかりにヴェルフが見る。

 

「仕込んだのはベルだろ」

 

 ヴェルフの指摘にベルはニコリと満面の笑みを浮かべた。

 

「弟を躾けるのは兄の義務だよ」

「躾けるって言ってるし……」

 

 ダフネが何とも言えない表情でベル達を見る。だが、その手は今もカサンドラの頬を引っ張ったままである。

 

「だ、誰も助けてくれない……」

 

→よっ、仲間!

  俺も頬を引っ張らせてくれ。向こう側に行きたいんだ!

 

「や、止めて下さい……!」

 

 いい加減に手も疲れたのでダフネはカサンドラから手を放して居住まいを正す。

 

「カサンドラのお蔭でオチはついたし、冗談はここまでにして」

「冗談!?」

 

 オチ扱いされたカサンドラは目を大きく見開いていると、ウエイトレスがベル達のいるテーブルに近づいて来る。

 

「おっまちどう!」

 

 ドンドンドン、とまだ料理にあまり手をつけていないのに、追加の料理と飲み物が次々とテーブルに乗せられていく。

 え、なにごと、とばかりに全員の視線が料理と飲み物を運んできたアーニャ・フローメルを見上げると、注目を集めた彼女はニカリと笑みを浮かべる。

 

「ミア母ちゃんから伝言にゃ! 後でシルとリューを貸してやるから存分に笑って飲め! 後は金を使えにゃ!」

「え? 今日はサービスじゃあ……」

「祝勝記念に3割引きなんて滅多にないにゃ! ミア母ちゃんの太っ腹ぷりに感謝するように! 偶には羽目を外して酒にも挑戦してみるといいにゃ!」

「あ、ありごとうございます!」

「リリはお酒は結構です。神酒(ソーマ)で懲りています」

「じゃあ、果実汁でも飲むにゃ!」

 

 全員の前にエール()が入ったジョッキが置かれたが、神酒(ソーマ)で散々な人生を送ってきたリリルカはジョッキをヴェルフの方へと押しやる。アーニャはならばと果実汁が入ったジョッキを取って来てドンと置く。

 

「頂きます。しかし、3割引きですか」

 

 一口口にして、間違いなく果実汁だと確信できたリリルカは一安心したが別の問題に頭を悩ませる。

 本来ならばサービスだと聞いていたので無料を想像していたが、流石に都合が過ぎたようだと反省しつつ前向きに捉える。

 

「まあ、いいでしょう。今は資金が潤っていますし、昨日今日ぐらいは財布の紐を緩めても罰は当たりません」

「リリ…………熱でもある?」

 

 リリルカの守銭奴な面を散々見てきたベルからすれば正気を疑う発言だったので額に手を置く。

 やんわりとベルの手を遠のけるリリルカ。

 

「失礼ですよ、ベル様。これでもファミリアの金庫番として、使うべきところを見極めているだけです」

「常時締め付けているよりも、偶には緩めた方がファミリアの士気も上がるしね。良い判断だと思うよ」

「分かって頂けますか、ダフネ様!」

 

 ダフネからも後押しされたリリルカは目を輝かせる。

 

「分からいでか。巨大なアポロン様の石像にお金が使われるよりかはずっとマシさ」

「…………アポロンファミリアでは苦労されていたのですね」

 

 カサンドラの脳裏にホームの一室に大量に並べられたアポロンの姿をした石像が思い浮かぶ。

 アポロンファミリアの団員の大半が主神アポロンを崇拝、または敬愛していたので予算の使い道として承認されていたが、特に夜中などにあの光景を見てしまったら悪夢となってうなされること間違いなし。

 アポロンに関わることになると途端にタガが外れる周りを止める役割を性格上担っていたであろうと予測が出来てしまい、同情的な眼差しを向けるリリルカにダフネは清々しい笑みを浮かべる。

 

「今はその苦労から解放されて清々してるよ」

 

 プハァ、とダフネがジョッキを掲げてグイッとエールを勢いよく呷る。

 肩から重い荷を下ろした様相のダフネに、リリルカは非情な宣言をせねばならなかった。

 

「残念ながら一時の解放感です。副団長権限で、ダフネ様には金庫番を引き継いでもらいます」

「なんで!?」

「人が増えてきたので、リリが副団長と金庫番を兼務する理由がありません。望むならば副団長の座をお譲りしますが? 今ならばギルドとの折衝役もセットで付きますよ」

「くっ、どちらを選んでも地獄とは……!」

 

 ギルドとの折衝役を務めるということは、異常な急成長を遂げるヘスティアファミリアには付き物で面倒事の予感しかしない。逆に金庫番だけなら簡単に聞こえるかもしれないが、面倒なのはアポロンファミリア時代に経験している。

 ダフネは頭を抱えて葛藤するが、どちらを選んでも地獄だと知っており苦悩する。

 大変そうだなあ、とカサンドラが呑気に考えていると、リリルカの目が彼女をロックオンした。

 

「あ、カサンドラ様は料理番で決定ですから」

「ぇ、えっ!?」

 

 突然話題を振られて驚くカサンドラに、ヴェルフは廃教会(ホーム)での料理事情を回想する。

 

「俺も含めて男連中の料理は雑だからなぁ」

「ヴェルフ様は焼くだけ、アルス様は食べる専門、ベル様は簡単な物だけ、ダフネ様は金庫番なので消去法で」

「カサンドラさんはヘスティアファミリアの料理長ですね」

「他に料理係がいない長だけどな」

「ぅ、う~……」

 

 至って呑気なベルに反対する理由のないヴェルフが追従して全員が視線を向ける中、逃げ場を失ったカサンドラは顔を真っ赤にして身を縮こまらせる。

 視線の圧力に耐えかねた彼女が話を変えようと口を開いた瞬間。

 

「ベルさん、アルスさん、戦争遊戯(ウォーゲーム)勝利おめでとうございます!」

「おめでとうございます、皆さん」

 

 更なる追加の料理と飲み物を持ったシル・フローヴァとリュー・リオンがベル達のテーブルへとやってきた。

 

「さあさあ、たくさん食べてお飲みになって下さい。あ、私が取り分けますね」

 

 テキパキと各人の皿に追加の料理を取り分けるシルは今にも鼻歌を歌いそうなテンションだった。

 

「なんだか機嫌が良さそうですね、シルさん」

 

 シルのテンションの高さにベルが思わずそう尋ねると、彼女は目をキラリと輝かせた。

 まるで待ってましたと言わんばかりに、ニッコリと微笑んで頬を赤く染める。

 

「皆さんがお変わりなく店に来て頂けて、なんだか嬉しくて」

「ありがとうございます、シルさん。そう言ってもらえるとなんだか面映ゆいですね」

 

 そこまで喜んでもらえれば誰も彼もが満更でもない表情を浮かべ、ベルなど照れくささからジョッキに入ったエールを一気飲みする始末。しかし、やはり『憧憬一途』の効果で酔うことはなく、酒精に呑まれることはない。

 

「照れることはありません。自らの力で掴み取った勝利ならば誇るべきです」

「リューさん……」

 

 リューはシルから追加の料理を受け取ると、ベルに手渡す。

 

「ねえ、あのエルフってもしかして助っ人の……」

「え、なんだって?」

「だから、助っ人の」

「え! なんだって!」

 

 リューを間近で見たダフネが流石の観察眼でヘスティアファミリアの助っ人として現れたエルフと推測してヴェルフに確認するも、当の本人は聞こえなかったようなリアクションを繰り返す。

 

「…………そういうこと?」

「そういうことです。ヴェルフ様の下手な演技で察してもらえて助かります」

「別にいいけどさ。どこにだって秘密はあるものだけど、酒場の給仕ってみんな強いわけ?」

 

 ダフネが豊穣の女主人に来たのはこれが初めてであるが、給仕のウエイトレスの中には明らかに動きが一般人と思えない者達がチラリホラリと目にしたが故の言葉だった。

 

→豊穣の女主人は修羅達のいる場所……

  豊穣の女主人は都市最狂の魔境……

 

「こ、怖い……」

 

 アルスの言うことを真に受けたカサンドラが豊穣の女主人に悪い印象を植え付けられてしまったようだ。

 

「変な風評を被害を立てないで下さい、アルスさん…………ミア母さんに躾けられますよ」

 

 ボソッと零したシルの言葉に、アルスは全面降伏を宣言した。

 

「さあ、食べて飲みますよ!」

 

 場の空気を切り替えるようにシルが掲げたジョッキに皆が応えた。

 

 

 

 

 

 

 ある程度、食事が進んだところでリューがヘスティアファミリアの面々を見る。

 

「――――それで皆様は今後、どうするのですか?」

 

 やや抽象的な問いではあったが、ベルは団長として今後の方針は既に決めていた。

 

「冒険者としての本業、ダンジョン探索を再開するつもりです。ヴェルフが装備を新調してくれるとのことなので、明日から中層に進出しようかと」

「おう、ばっちり作ったぜ」

 

 装備を酒屋に持ってくるわけにはいかなかったので、ヴェルフの工房にまだ全部置いてある。

 

「アルスには『はじゃのつるぎ』とアポロンファミリアからの貰い物で『ライトシールド』、古代にあったユグノアって国で作られたっていう『ユグノアのかぶと』『ユグノアのよろい』はレシピで作ったやつだ。後は『きんのネックレス』と『ちからのゆびわ』から『ようせいの首飾り』と『バトルチョーカー』に変えられる」

 

 アルスは『ゾンビキラー+3』と『やすらぎのローブ』以外はほぼ全替え。 

 

「ベルは殆ど装備を更新したばかりだから貰い物の『はやぶさの剣』だけだな」

「…………なんか安心したような、だけど残念なような」

 

 逆にベルは片手剣が『はがねのつるぎ』から『はやぶさの剣』に代わった。

 

「同じくリリ助もあんま変わらんな。両手杖が『いかずちの杖』になって、頭が『ぎんのかみかざり』に代わっただけだ」

「十分変わっていますよ。それでヴェルフ様は?」

「俺は斧が『カルサドラアックス』になって、追加で『ようせいのローブ』で、『ようせいの首飾り』と『バトルチョーカー』はアルスと同じだな」

 

 コテン、と代わった装備を聞いたリリルカが首を傾ける。

 

「貰い物である『アポロンのオノ』は使わないのですか?」

「ありゃあ、今の俺にはまだ分不相応だ。もうすこしLv.が上がってからにしとく。『アポロンのかんむり』も良い防具なんだが、俺達には合わないんだよな」

 

 しかし、とヴェルフが続ける。

 

「両方とも正直な話、アポロンファミリアが持つには過ぎた武具だろ。第一級武具だぞ、あれは」

 

 性能は勿論、意匠も凝っており一般では中々手に入れられないレベルの武具。アポロンファミリアの運営資金が潤沢であったとしても、造るにはかなり資産を使っただろうに扱える冒険者はいないのが不思議だった。

 有体に言えばアポロンファミリアが持つには過ぎた武具。

 

「あの二つは、アポロン様が自分の名を冠する武具を作ろうって言い出して、どうせ作るなら最高級の物をってことになった結果なのよ。その所為で扱える者がいなくて倉庫に死蔵されていたんだから意味ないわよね」

 

 折角作ったのだから自由に使ってくれて構わないとも続ける。やはりヴェルフは今の自身でも『アポロンのオノ』は扱いきれぬと固辞することになるのだが。

 話題を変える為にヴェルフはダフネとカサンドラを改めてみる。 

 

「お前達二人の分も用意しようと思うんだが、何か希望はあるか?」

「え、ウチらのも作ってくれるの?」

「今は同じヘスティアファミリアの仲間だからな。遠慮なんかしなくていい。ダフネは鞭と短刀、カサンドラはステッキで合ってるよな?」

「ええ、ウチは得物の種類さえ同じなら他に特に希望はないから任せるわ」

「わ、私も……」

「よし、任された。一応、明日の朝に合わせをしたいから俺の工房に来てくれ」

 

 ダフネとカサンドラの了承を得たヴェルフが深く頷く。

 

「Lv.4が二人にLv.3が四人。装備も充分であり、各々の役割のバランスも良い。中層どころか下層にも挑めるでしょう」

「単純な強さだけならそうかもしれないね」

 

 話がある程度まとまったところで、話の突端となったリューがヘスティアファミリアの面々を見渡して言った言葉にダフネが含みのある言い方で付け加える。

 

「なにか含みがある言い方ですが」

「上層と中層は違うってことさ」

「ええ、迷宮の孤王(モンスターレックス)を始めとして、ダンジョンギミック、モンスターの強さ、あらゆるものが上層とは別次元に違う」

 

 例えば迷宮の孤王(モンスターレックス)は各階層にいる、その層で最も強いモンスターを階層主と言うような言葉遊びではない隔絶した強さを持つ。

 実際に到達階層が中層20階層のダフネと、戦争遊戯(ウォーゲーム)でアルス以上の強さを見せたリューの実感の伴った言葉に、一足飛びにランクアップを果たした驕りを見透かされたような気持ちになったベルは心身の緩みを正さねばならなかった。

 

「油断していると命取りになるというわけですね。気をつけます」

「中層のことでお困りかぁッ、ヘスティアファミリアさんよぉ」

「え?」

 

 唐突に聞こえてきた濁声に、店内であったから周りをそこまで警戒していなかったベルは聞こえてきた方に顔を向ける。

 

「中層攻略の手伝いが欲しいってんなら、俺達のパーティーが助けてやるぜ」

 

 酒を飲んだと分かる酩酊して紅潮した顔をした中年の冒険者の男が今にもベルの肩に手を置きそうな勢いで絡んでくる。

 

「今、話題をかっさらっているヘスティアファミリアに助力を出来る良い機会だ。なあに冒険者同士、困っている時は助け合いってやつよ。その代わりに、噂の成長促進系スキルに肖らせてくれればいいぜ」

 

 冒険者らしい二人を背後に従えた男は魂胆が丸見えのまま酒臭い吐息を浴びせかけてくる。

 

「もう末端にまで噂が出回っているのですね。予想はしてましたが随分と早い」

 

 ベルが酒臭さに表情を歪めていると、リリルカが冷静に事態を評価していた。

 食べるだけのアルスは頼りにならず、仕方なくヴェルフが男の相手を買って出ることにした。

 

「…………はぁ、お前さんらのLv.は?」

「Lv.2だが、俺達はこれでもずっと中層に籠っている。中層初心者のお守り(・・・)なら十分に務まるぜ」

 

 近くの椅子を勝手に引っ張って来てベルの横に座る冒険者の男。

 口を開く度に酒臭さが漂ってきてベルが顔を顰めて沈黙していると、勘違いして肯定とみなしたのか馴れ馴れしく体を寄せてくる。

 

「ヘヘヘ、パーティー結成祝いだ。えれぇー別嬪所が揃ってるんだから少しぐれぇ貸してくれよ、な?」

 

 男とは反対側にいるリューの眉間に僅かに皺が寄った。

 

→もう一回、人生やり直してから出直して来い

  止めておけ。ここにいるのは別嬪の皮を被った猛獣達だぞ

 

 ピュッとベルの肩を掴もうとした男の手は、唇を皮肉気にゆがめたアルスの投げたフォークによって機先を制される。

 

「な、なんだと……っ!」

「僕もそこまで言う気はないけど、アルスと気持ちは同じかな」

 

 ガタガタ、と椅子を動かして距離を取りながら忌避感も露わにベルもはっきりと口にした。

 男の目がエルフのリューやウエイトレスのシルときて、ダフネを通り越してカサンドラの胸にいったのを女性陣は見逃さなかった。

 ことに自分をスルーされたダフネの口がアルス同様に皮肉気に吊り上がる。

 

「そうだね。お守り(・・・)が必要だっていうなら、到達階層が20階層でLv.3(・・・)のウチらがいるわけだし? ねえ、カサンドラ」

「う、うん……!」

 

 心持ち男から身を隠しつつカサンドラも同意する。

 元々、冒険者嫌いのリリルカは典型的なタイプの男に嫌悪感を剥き出しだった。

 

「というわけです。いらぬお節介をする前に自分達のことを顧みることをお勧めします。端的に言うなら、私達ヘスティアファミリアにあなた達は必要ありません」

 

 それはもうはっきりばっさりと切り捨てたリリルカに、酒を飲んでいて自制心が薄い男の堪忍袋の緒が切れるのは簡単だった。

 

「テメェら!?」

 

 椅子から立ち上がった男が間近にいたベルの肩に手を伸ばす。

 

「彼らに触れるな(・・・・)

「ぐっ!? いっでででででででぇっ!?」

 

 リューがテーブルに置いていた空ジョッキを掴んで男が伸ばしていた手を容器の中に入れさせ、そのまま体捌きと捻りで男の動きを封じ上げる。

 後ろ手になった男は関節をキメられ、動こうとすれば痛みで悶絶する。

 

「貴方達の手は必要ないと言っているのです。これは我儘で独善的な感情ですが、私は彼らに貴方達とパーティーを組んでもらいたくないと思っているらしい」

「モルドに何しやがる!」

「このアマッ!」

 

 モルドと呼ばれた男の仲間二人が彼を助けようと動こうとしたが、その背後には椅子を振り上げたウェイトレスが二人。

 

「「あがっ?!」」

「ニュフフフ、後頭部がお留守にゃ」

「男ってのは、本当に面倒にゃー」

 

 アーニャ・フローメルとクロエ・ロロの椅子の一撃を後頭部に食らって伸されて地面に倒れて動かない。

 

「なっ、何だっ、テメエラはぁっ!」

 

 仲間のLv.2二人がよりにもよって酒場の給仕にあっさりと倒された現実に目を剥くモルドに、もきゅもきゅと頬に食べ物を詰めたアルスがフォークの爪先を向ける。

 

→言っただろう。修羅のいる場所だと

  言っただろう。都市最狂の魔境だと

 

「言ってくれるねぇ、ボウズ……!」

 

 ガツリ、とアルスの頭を覆って余りある大きな手が乗せられた。

 

女主人(ミストレス)、お代わりを所望する

  やっべっ、生命のピンチだ。助けろ、おっさん!

 

 頭を掴まれるまで全く接近に気付かなかったアルスは背後から発せられる波濤のような圧力に、顔中に冷や汗を垂らしながら全力で媚びた。

 

「…………騒ぎを起こしたいなら外でやりな。ココは飯を食べて酒を飲む場所さ」

 

 豊穣の女主人その人であるミア・グラントは調子の良いアルスから視線を外し、硬直しているアーニャとクロエ、更にはモルドへと視線を移していく。尚、その手はまだアルスの頭をゴリゴリと撫でていた。

 

「その気がねえなら、さっさと金を払って寝ている仲間を仲間を連れて行っちまいな!」

「は、はいぃぃぃいいいいいいいいいいっっっっ!!」

 

 ミアの怒号に、モルドは懐からヴァリスが入った袋を置いて気絶している仲間を抱えて店を脱兎の如き速さで出て行った。

 完全にモルドの姿が見えなくなり、客達が徐々に喧騒を取り戻していく店内でミアはアーニャとクロエを見据える。

 

「さて、アンタ達」

「「ひゃ、ひゃいっ!」」

「喧嘩をするなとは言わないが、やるなら店の備品を壊すんじゃないよ。壊した備品代はアンタ達の給金から引いておくからね」

「「にゃっ!?」」

「それが嫌なら、最初に煽ったボウズ達に代金分飲み食いさせてやんな」

「了解にゃ」

「さあ、お前さんたち食え飲め歌えにゃー!」

 

 なんという掌返し。

 というか、ボウズ()に自分も入っていると感じ取ったベルは人差し指を自分に向ける。

 

「ボウズ達って僕も入ってません?」

「ベルさんが最初に同意しなければ皆さんも続かなかったからです。それだけ団長の発言は重いということですよ」

 

 リューの説明にベルは反論も二の句も告げられなかった。

 

「うう、リュー様の言うことは分かりますが勉強代が高くつきそうです」

「ごめん、リリ」

「別に構わないんじゃない? どうせなら自分達でぶちのめした方が周りに示せてたのにね、力を」

「その場合、更に勉強代がかかるがな」

「なにはともあれ」

 

 ぱんっ、と両手を叩いたシルに論争が続こうとした場が止まる。

 

「仕切り直しといきましょうか?」

 

 シルの言葉に誰も否はなかった。

 

 

 

 

 

 仕切り直しに率先して参加しようとしたアルスの頭がミアに止められる。

 

「アルス、アタシの店を修羅のいる場所だなんて言ったんだ。覚悟は出来ているだろうね? なあに、駄賃は用意してやるよ」

 

 その後、アルスはめちゃくちゃ皿を洗った。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『属性アクセのしおり』を 手に入れた!

――――――――――炎のイヤリングの レシピを 覚えた!

――――――――――氷のイヤリングの レシピを 覚えた!

――――――――――雷のイヤリングの レシピを 覚えた!

――――――――――風のイヤリングの レシピを 覚えた!

――――――――――土のイヤリングの レシピを 覚えた!

――――――――――光のイヤリングの レシピを 覚えた!

 

 

 

 

 



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第45話 ちょ、ちょっとだけよ……



登場人物が増えたことで第四章よりステータス表記の仕方を変更しています。




 

 

 

 

 

「ルーラ」

 

――――――――――アルスは ルーラを となえた!

 

 何度となく経験しても馴染めない、転移の齎す独特な浮遊感にダフネ・ラウロスは眉を顰めた。

 

――――――――――シーゴーレムが あらわれた!

 

「うぉっ!? シーゴーレムかよ!?」

 

 走っても何時間もかかる道のりも、『瞬間移動魔法(ルーラ)』で移動すれば一瞬のことで。

 12階層奥にある清き泉の前に『瞬間移動魔法(ルーラ)』で移動すると、目の前には珊瑚の体を持つゴーレムである『シーゴーレム』の背中があったのでヴェルフ・クロッゾは驚きながらも『カルサドラアックス』を抜こうする。

 

――――――――――シーゴーレムは おどろき とまどっている!

 

 ヴェルフの声に振り返った『シーゴーレム』は何時の間にか現れた冒険者達に驚いたのか、動きが鈍い。そこへ武器を抜く必要が無いアルス・クラネルとリリルカ・アーデの魔法が放たれる。

 

「メラミ」

「メラミ!」

 

――――――――――アルスとリリルカは 同時にメラミを となえた!

――――――――――シーゴーレムに ダメージ!

 

 巨大な二つの火の玉が防御態勢も取れなかった『シーゴーレム』に着弾し、押し潰すように珊瑚の体を焼き尽くしていく。

 

――――――――――シーゴーレムを たおした!

――――――――――アルスたちは 232ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――シーゴーレムは 魔石を 落としていった!

――――――――――シーゴーレムは サンゴのかみかざりを 落としていった!

 

「びっくりした……」

 

 真っ先に前に出たが出番の無かったベル・クラネルの足元に、魔石と『サンゴのかみかざり』が転がってきたので拾い上げる。

 その間、喉が渇いたのか、アルスが直ぐ近くにあった『清き泉』の前に移動していた。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『明日天使になあれ』を 手に入れた!

――――――――――天使のタクトの レシピを 覚えた!

――――――――――天使のサンダルの レシピを 覚えた!

 

「こういうことがあるから、あまり安易に『瞬間移動魔法(ルーラ)』は多用したくないんですよね」

 

 ベルから魔石とドロップアイテムを受け取り、『どうぐぶくろ』に直しているアルスを見ながらリリルカが嘆息しながらパーティーは移動を開始する。

 

「ウチとしては、二回目だけどまだ独特のあの感覚がなんか慣れない。カサンドラなんか吐き気がするっていうし」

「……っ!?」

「もう何回かしたら慣れてきますよ。リリも実際に慣れましたから」

 

 口元を両手で押さえているカサンドラ・イリオンと同じように、最初は吐き気を覚えていたリリルカの体験談を聞きながら先導していたベルが早々に13階層への階段を見つけた。

 

「最初の方は絶対に慣れないと思いますけど、人間意外に慣れるものだと初めて知りました」

「そういうもんかねぇ。まあ、実際、便利な魔法なことは認めるよ」

 

 13階層に到達した時間は『瞬間移動魔法(ルーラ)』で移動した分、それこそ普通にダンジョン入り口から2階層に到達するよりも早い。

 通常ならば13階層まで来ようとすれば、急ぎ足でもそこそこの時間がかかる。その道程をゼロに出来るならば、殆どの冒険者が大金を支払うだろうとダフネも認めざるを得ない。

 

「12階層まで一瞬だもんね。ここまで便利過ぎると他にデメリットがあるんんじゃないの?」

「デメリットというか」

「唯一の問題はありますね」

「それって?」

「「「天井のある所で使えない」」」

 

 アルス以外の三人が口を揃えてデメリットを異口同音に告げる。

 

「っていうことは、ダンジョン内では使えない?」

 

 天井のある所で使えないというデメリットが何を意味するのかをダフネは正確に察した。

 

「ええ、思いっきり頭をぶつけます」

「あれは痛かったなぁ……」

「マジで一瞬意識飛んだもんな。四人で悶絶したっけ」

「モンスターがいない時で良かったです。いたら全滅してました」

「自滅が原因で全滅とか情けなさ過ぎる」

 

 アポロンファミリアとの戦争遊戯(ウォーゲーム)の前、アルスが『瞬間移動魔法(ルーラ)』を習得した後にダンジョンへの移動は問題なく行えたのに、帰りは天井に頭から激突して悶絶した記憶を思い返し、三人は遠い目をする。

 

「『瞬間移動魔法(ルーラ)』は発動すると上空数十メートルに飛び上がってから移動を開始します。その特性上、少なくともダンジョン上層では天井が低すぎて使えません」

「行きはいいけど帰りは駄目ってことか」

 

 『瞬間移動魔法(ルーラ)』は術者が以前に訪れたことのある場所へ瞬間移動する魔法。ただしその場所のイメージと目的地までの正確なルートを心に思い描けるほど覚えていなければならず、また魔法発動の特性として一度高く上空に飛ぶ為、屋内やダンジョンのような天井のある場所ではぶつかってしまうので使用できないことが分かった。

 

「中層には階層を繋ぐ縦穴があると聞きます。高さの問題もそこなら解決するかもしれませんが」

「止めといたほうがいいんじゃない。中層の縦穴は開口と修復を繰り返して、無作為に出現しているから恒常的に使うのは止めておいた方がいい」

「『瞬間移動魔法(ルーラ)』は目的地とそこに着くまでの経路を正確に思い描かなければ使えませんし、厳しいですね。どちらの道、縦穴を登るか降りるかする必要があります、アルス様が」

「出来るかどうかを試すのは一つの手かもね」

 

 ダフネとリリルカに目を向けられたアルスが頭上に上げた両手で×を作る。

 

→実験断固拒否!

  人権を主張する!

 

「それをウチらの前で言うわけ?」

「だ、ダフネちゃん……」

 

 腕を組んだダフネの物言いにカサンドラはマズいと腕を引く。 

 

「ちょっとした愚痴よ」

「…………と、いうわけですが?」

 

→や、優しくしてね……

  ちょ、ちょっとだけよ……

 

「男が言ってもキモいだけだな」

「分かる」

 

 ヴェルフのツッコミにベルは深く深く頷いて同意する。

 味方のいない状況に四肢を突いて項垂れるアルスに、後で少しはフォローしてやろうと決めたベルは改めてダフネ達の装備見る。

 

「ダフネさん達の装備、間に合ったんだね」

「ああ、間に合わせた」

 

 ベルの視線に気づいたヴェルフがニヤリと笑う。

 

「まずダフネは『女王のムチ』にベルと同じ『バタフライダガー』、『はがねのかぶと』は俺達と同じで、『おしゃれなスーツ』『おしゃれなベルト』に『ハンサムスカーフ』だ」

「あ、ありがとう……」

「よかったね、ダフネちゃん」

 

 顔を紅くしてダフネは嬉しそうに微笑むカサンドラを見ることは出来なかった。

 

「カサンドラのは『ラブリーバンド』と『ラブリーエプロン』のセットと、『あみタイツ』と『しんごんのじゅず』だ。悪いが今の俺じゃあ、ステッキで『神聖のクリスタルロッド』以上の物は作れねぇ。悪いな」

「い、いえ、ここまで用意してもらってありがとうございます……」

 

 借金をしてまで自分で買った『神聖のクリスタルロッド』を簡単に超える武器を作られてしまったら、カサンドラが負った苦労が報われない。なんとなく安堵した心持ちでペコリとカサンドラは頭を下げる。

 ここで終われば仲間の為に武具を揃えた良い鍛冶師で終わるのだが、リリルカは二人の装備のある種の偏った傾向から穿った見方をしてしまう。

 

「しかし、カサンドラ様にだけ『あみタイツ』ですか。ヴェルフ様の性癖が出ていますね」

 

 ダフネは男装の麗人で、カサンドラはラブリーなゆるかわ女子。

 二人の特性を理解して、実に良く似合っているがカサンドラに露出した足に『あみタイツ』が良く映える。

 

「え、アンタってそういう趣味?」

「違うわ。違わないけど違うわ!」

「どっちなのさ、ヴェルフ」

 

 注目されたカサンドラが短い『ラブリーエプロン』の裾を引っ張って『あみタイツ』に覆われた足を必死に隠そうとするが、恥らう姿が実に良いとアルスは親指を立てていた。

 

「正直、リリ助とダフネが『あみタイツ』を着けても萌えない」

 

 ベルに聞かれたヴェルフは真摯に答える。

 途端に女性陣、特に萌えないとはっきりと名指しされたリリルカとダフネの視線の温度がマイナスに振り切った。

 

「カサンドラ様、『あみタイツ』は捨てておいた方が良いですよ」

「そうよ。どんな細工がされているか分からないわよ」

「造った物に細工なんかするか! 鍛冶師舐めんじゃねえっ!」

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 タイミングが良いのか悪いのか、『とらおとこ×2』『オコボルト×3』がヴェルフの釈明の大声に惹かれたように通路の向こうからやってきた。

 ヴェルフを男として見てはいないが、女として範囲外扱いされるのはそれはそれで気に入らないリリルカがふんすと鼻息を吐く。

 

「アルス様、合わせて下さい! イオラ!」

「イオラ」

 

――――――――――アルスとリリルカは 同時にイオラを となえた!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

 

 目も眩むばかりの閃光が走り、轟音が響き渡る。放たれた二発の『イオラ』は相乗効果で威力を高めた爆炎が広がり、現れたモンスターが包み込んで弾けた。

 

「吹っ飛ばされるモンスターに、嘗てのトラウマが……」

「嘗てってつい数日前だろ。いや、気持ちは分かるんだが」

「言ってないで攻撃しなきゃ」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)で『爆発魔法(イオラ)』に吹っ飛ばされて威力を良く知っているだけにダフネが冷や汗を掻いていた。遠い過去のことのように語ることでトラウマを遠ざけようとしているダフネにツッコミを入れたヴェルフも、遠くから見てもその威力の凄さを感じ取っていたので共感を抱く。

 その横をベルが走り抜ける。

 もう少しで吹き飛ばされたモンスター達にたどり着くというところで、地に伏せたままの『とらおとこ』の一体が顔を上げた。

 

――――――――――とらおとこAは おたけびを あげた!

――――――――――アルスたちは ショックを うけた!

――――――――――アルスたちは おどろき すくみあがっている!

 

「言わんこっちゃない!?」

「面目ない」

「ご、ごめんなさい」

 

 戦闘の最中に敵前で転倒するなど死に繋がりかねない。

 ベルの非難を受けてヴェルフ、ダフネが謝罪するも、その間に吹き飛ばされたモンスター達が次々に体を起こしている。 

 

――――――――――オコボルトCは なかまをよんだ

――――――――――オコボルトDが あらわれた!

――――――――――とらおとこBは くだものを たべだした

――――――――――とらおとこBの キズが かいふくした!

――――――――――オコボルトAは いきりたった!

――――――――――オコボルトAの 攻撃力と素早さが かなり あがった!

 

アルス達が起き上がる間に状況が悪化していた。

 

「実は結構、やばいのでは?」

「普通にヤバいよ!」

 

 リリルカが冷や汗を掻いている間にアルス達の体勢も整った。

 普段ならばベルが真っ先に動けるが、一番間近で『とらおとこ』の『おたけび』を受けたので一番レベルが高いアルスの攻撃が発動する。

 

「覇王斬」

 

――――――――――アルスは 覇王斬を はなった!

 

 魔力で作り出した巨大な剣を上空に打ち上げ、モンスター達の中心目掛けて落とした。

 

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――オコボルトA、B、Cを たおした!

――――――――――とらおとこBを たおした!

 

 救援に現れた『オコボルト』と自身を回復させた『とらおとこ』以外は、既に先の『爆発魔法(イオラ)』二発で死に体だった為、『覇王斬』によって魔石と化していく。

 

「前にも思ったがあれって魔法なのか……?」

「一応、技能の部類には入ってます」

 

 『はがねの盾』を構えて後衛の守りに専念しているヴェルフの疑問に、『覇王斬』は技能の中でも特殊な部類だと内心で思っているリリルカが答えている間にダフネが『バタフライダガー』を抜いて切り込む。

 

「やぁーっ!」

 

――――――――――ダフネの こうげき!

――――――――――オコボルトDを たおした!

 

 ダフネの反対側から回り込んだベルが果物を食べていた『とらおとこ』に向かっていた。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――とらおとこAを たおした!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 494ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――オコボルトは はがねの盾を 落としていった!

 

 ほぼ同時にモンスターが魔石になったのを確認し、リリルカが偶々近くに落ちた『はがねの盾』を拾い上げる。

 

「はがねの盾ですか。誰か使いますか?」

「使うとしたら俺かアルスなんだが」

 

 答えたヴェルフの手には既に『はがねの盾』があり、二刀のアルスには改造して肘部分にある『ライトシールド』がある。

 

「2人とももう盾を持っているからいらないじゃん」

「予備として置いておく理由がありませんし、売りますか」

「整備すれば75000ヴァリスにはなるからな」

「では、お願いできますか、ヴェルフ様?」

「任せとけ。アルス、『どうぐぶくろ』に入れといてくれ」

 

 ヴェルフが整備して売却することが決定したのでアルスが『どうぐぶくろ』に入れている間にリリルカが進行方向の端にとある物を見つけた。

 

「宝箱発見です! ベル様、出番です!」

「任せて!」

「待った待った!」

 

 目を輝かせて安易に宝箱に突進しようとしたベルの『大盗賊のマント』をダフネが掴んで止める。

 

「本気!? ダンジョンにある宝箱なんて罠かモンスターに決まってるのに、開けるなんて――」

 

 『ひとくいばこ』や『ミミック』『パンドラボックス』等の宝箱形のモンスターもいて、冒険者が悪戯で罠を仕掛けることもあって普通の冒険者はまず宝箱を開けない。

 

「それが大丈夫なんだよな、これが」

 

 チッチッチッ、と演技っぽく人差し指をクイクイと動かしながらヴェルフが言い、取り敢えず全員で宝箱の前に移動する。

 

「コホン――――インパス!」

 

――――――――――ベルは インパスを となえた!

――――――――――宝箱の中は 青く 光っている!

 

 ベルが咳払いをして右手を宝箱に向けて魔法を発動すると、宝箱の内側から青い光が放たれた。

 

「青いので普通にアイテムですね」

「色で中身が分かるんですか?」

「らしいぞ。赤だとモンスターや罠が仕掛けられているみたいだから、魔法様々だな」

 

 自信を持って口にしたリリルカに、青く光る宝箱の前に屈んだカサンドラがへぇと感心する。屈んだことで『あみタイツ』にむっちりとした肉が浮かび上がり、ヴェルフが内心でフィーバーしていることに気づいていなかった。

 

「アルス様、開けて大丈夫です」

 

 安全性を確認したリリルカがアルスを促して宝箱を開けられると、中には王冠が入っていた。

 

――――――――――なんと! アルスは スライムのかんむりを 見つけた!

――――――――――アルスは スライムのかんむりを どうぐぶくろに 入れた!

 

「『スライムのかんむり』か。深層レベルで獲得できるアイテムだぞ。罠を仕込むんじゃなくてアイテムを入れるなんて奇特な奴もいるもんだな」

「普通に売っても250万ヴァリスですよ!」

 

 キングサイズのスライムの王冠でレア度で言えばAクラスで、深層レベルで獲得できるアイテムにリリルカが飛び跳ねて一瞬だけ喜んでスンとする。

 

「今は十分にお金があるので売りませんが」

「え、売らないの?」

「いざという時の為に確保しておきます。今すぐ売らなければならないような切迫した理由もありませんので」

「貴重な素材だからな。大切に置いておこうぜ」

 

 アポロンファミリアの資産をそっくり頂いた直後ということもあり、『スライムのかんむり』は売却せずに置いておかれることになった。

 

「アルスの『瞬間移動魔法(ルーラ)』といい、アンタ達は便利な魔法を使えるね。本当にアタシ達にもスキルが目覚めるのか」

「気長に焦らず待つしかありません」

 

――――――――――まほうじじいたちが あらわれた!

 

 『かいがらぼうし』を被り、特徴的な髭をたくわえた魔法使いの老人のモンスターは両手を高く上げた万歳のポーズのまま向かってくる。

 

「『まほうじじい』が五体か。アイツらは魔法を使うから厄介だよ」

「厄介なのは分かるんですけど、最初に名前を付けた人はもう少しまともな名前をつけられなかったものか」

「ベル様、お気持ちはわかりますけど戦闘ですよ!」

「分かってるよ、やっ!」

 

――――――――――ベルは デュアルカッターを はなった!

――――――――――まほうじじいたちに ダメージ

 

 放たれた『はがねのブーメラン』は『まほうじじい』達に均等にダメージを与えたが倒せるほどではない。

 

――――――――――まほうじじいBは ベホイミを となえた!

――――――――――まほうじじいCの キズが かいふくした!

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフは 無心で きりはらった!

 

 敵全体の中からランダムで1体が選ばれ、通常攻撃の1.5倍のダメージを与えるヴェルフの『無心こうげき』が放たれた。

 

――――――――――まほうじじいDに ダメージ

――――――――――まほうじじいDを たおした!

 

 光の剣を居合い抜きのようなモーションで横一閃、その後剣を腰の鞘に収めるような動きをしたと同時に対象となった『まほうじじい』が魔石と化す。

 魔石が地面に落ちる前にアルスが疾走しながら二刀を抜き放つ。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスの こうげき!

――――――――――まほうじじいAに ダメージ!

――――――――――まほうじじいAを たおした!

 

 前衛組の攻撃が終わってしまい、敵の最後衛にいた『まほうじじい』が動いた。

 

――――――――――まほうじじいCは ギラを となえた!

――――――――――ダフネとカサンドラに ダメージ!

 

「なっ!?」

「きゃぁっ!?」

 

 前に出たヴェルフの代わりに下がったダフネも巻き込んで、『まほうじじい』の閃光魔法が着弾する。

 後衛に向けた放たれた魔法と聞こえてきた悲鳴に前衛組とリリルカの攻撃の手が止まり、まだ残っていた『まほうじじい』の攻撃を許す隙となった。

 

――――――――――まほうじじいEと まほうじじいBの モンスターれんけい!

――――――――――クロスギラ!

――――――――――アルスたちに ダメージ!

 

「ぐっ!?」「うっ!?」「ぬぅっ!?」「きゃっ!?」

 

 『まほうじじい』二体がタイミングを合わせた同時魔法による連携に、混ざり合って燃え盛った閃光魔法がアルス達を呑み込んだ。

 更なる追撃の手を放とうとした『まほうじじい』達に、近くにいたヴェルフが身を呈した守ったお蔭でダメージが少なくすんだリリルカが『いかずちの杖』を振るう。

 

「ベギラマ!」

 

――――――――――リリルカは ベギラマを となえた!

――――――――――まほうじじいたちに ダメージ!

――――――――――まほうじじいB、Eを たおした!

 

 『いかずちの杖』から放たれた閃光は凄まじい奔流となって『まほうじじい』二体を呑み込んだ。

 残った『まほうじじい』が焦った様子で逃げ出そうとするが、そこへヴェルフが『はがねの盾』を掲げて突っ込む。

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフは 身構えつつ こうげきした!

――――――――――まほうじじいCに ダメージ!

――――――――――まほうじじいCを たおした!

――――――――――まほうじじいたちを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 395ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まほうじじいたちは 魔石を 落としていった!

――――――――――まほうじじいたちは きぬのローブを 落としていった!

 

 『シールドアタック』で吹っ飛ばした『まほうじじい』がダメージで魔石化する前に倒れた拍子にローブの中身が見えてしまった。

 

「モンスターのパンチラとか誰得だよ……」

「ヴェルフ?」

「いや、こっちの話だ」

 

 モンスターのパンツ姿など記憶から抹消すべきことであり、何も見なかったと自分に自己暗示をかけて気持ちを切り替える。

 

「しかし、まさかモンスターが連携を計ってくるとはな。流石は中層」

「この程度で中層を知った気にならない方がいいよ」

 

 鼻で笑うダフネに、同じ気持ちなのか何度も頷くカサンドラ。

 

「どういうことですか?」

「…………言葉で説明するよりも次の階層に行けば分かるさ」

 

 一瞬口にしようとして、止めたダフネの意味深な言い方にリリルカは唇を尖らせる。

 

「教えてはくれないんですか?」

「こればかりは体験した方がいいからね。カサンドラ、みんなの治療、頼める?」

 

 頼まれたカサンドラが『神聖のクリスタルロッド』を頭上に掲げる。

 

「一度は拒みし天の光。浅ましき我が身を救う慈悲の腕。届かぬ我が言の葉の代わりに、哀れな輩を救え。陽光よ、願わくば破滅を退けよ――――ソールライト!」

 

――――――――――カサンドラは ソールライトを となえた!

――――――――――アルスたちの キズが かいふくした!

 

 カサンドラの治癒魔法によって閃光魔法で負ったダメージが全快する。

 状態を確かめるように腕を回しているアルスの姿に、リリルカは自身も痛みがないことを確認して大きく頷く。

 

「全体治癒が出来るとやはり早いですね。今までアルス様に治癒の比重が片寄り過ぎましたが、専門治癒師がいると出来ることも増えますね」

「ウチとしては専門でもないのに回復手が他にもいることが驚きだけどね」

 

 普通のパーティーならば、回復はアイテムに頼ることが多いので何人も回復手がいることの方が珍しい。

 

「アルスの治癒魔法は四段階あるし、リリとヴェルフも小さな傷なら回復できるのに僕って……」

 

 完全回復まで出来るアルスはともかくとして、リリルカもヴェルフも回復の術があるのに他者を回復する術を持たないベルは一人落ち込む。

 肩を落とすベルにヴェルフが笑いながら肩を叩く。

 

「ベルはこのパーティーの最前衛だろ。回復なんかしている暇があったら速度を活かして攻撃し続けろってステータスが言ってるんじゃないか?」

「そういう意味ではアルス様は遠近治癒攻勢、単体集団が相手でも立ち回れる万能タイプですね」

 

 呼んだ、とばかりに魔石とドロップアイテムを回収し終えたアルスが顔を向ける。

 

「で、俺は大楯を持ってるから後衛の守りをしながら、隙を見て攻勢に移る防衛タイプだな」

「となると、リリルカは文句なしのパーティー最大火力、カサンドラは勿論治癒専門の術師ってわけだ。じゃあ、ウチは何になるの?」

「ダフネ様は鞭と短剣で遠近隙なしに状況を見て立ち回れる指揮官タイプです。元々、アポロンファミリアでもそう立ち回っておられましたし」

「ま、まあ、そうだね」

 

 ちょっと照れ臭そうに肯定するダフネに、カサンドラが良かったねとばかりに生暖かい目で見ていた。

 

「欲を言うならば、ベル様のような速度に優れた前衛タイプと、治癒と攻勢の両方が使える魔導師がいれば文句ないのですが」

「後者は厳しいでしょうね。普通は治癒か攻勢のどちらかに偏るものだから」

「新規団員の確保も難しいですからね」

 

 神同士の話し合いでヘスティアファミリアは新規団員確保が難しい状況になっているので、戦力補充の望みは叶う気がしない。

 

「改宗自体は、両方の主神が合意すれば問題なしって話だが、ヘスティア様のあの感じじゃあ余程の理由が無い限りは受け入れないだろう」

「でも、実験体(テストケース)は増やした方がいいんじゃない」

「道連れを増やそうとしてません?」

実験体(テストケース)扱いが気分良いわけないじゃん。理解者は多い方がいい」

「ヘスティア様もこれ以上、胃痛の種を増やしたくはないでしょうから可能性は低いでしょう」

「今でもパーティーのバランスはいいもんね」

 

 全ては主神ヘスティアの気持ち次第と結論付けて、話は終わりとばかりに移動を再開する。

 

「ところで、今日はどこまで行くんだ? 14階層にも降りるか?」

 

 時刻はまだ昼にもなっていないので、この調子で進めば今日の内に14階層まで進むことも可能だろうが、団長と副団長の間で既に結論は出ていた。

 

「次の階層には行きません」

「エイナさんとの約束で13階層を攻略したら一度報告するように言われてるんだ」

「ギルドのアドバイザーだっけ。良いアドバイザーじゃん」

 

 ダフネは直ぐエイナ・チュールがそうした意味を理解した。

 

→俺達の冒険はまだまだだ!

  さあ、帰るぞ!

 

「なに当たり前のこと言ってるの?」

 

 

 

 

 

――――――――――ベルは、レベル31に あがった!

 

――――――――――リリルカは、レベル31に あがった!

――――――――――リリルカは ルーラの呪文を覚えた!

――――――――――リリルカは バイキルトの呪文を覚えた!

 

――――――――――ヴェルフは、レベル25に あがった!

――――――――――ヴェルフは スクルトの呪文を覚えた!

 

 

 

 

 





【アルス・クラネル Lv.4(レベル31)
 HP:255(+105) MP:117 ちから:99(+22) みのまもり:42 すばやさ:99 きようさ:57 こうげき魔力:93 かいふく魔力:93 みりょく:70
《魔法》
 【メラ】【メラミ】【ギラ】【ベギラマ】【イオ】【イオラ】【ホイミ 】【ベホイミ】【ベホイム】【ベホマ】【ラリホー】【ラリホーマ】【デイン】【トヘロス】【ニフラム】【ルーラ】【アストロン】
《技能》
 【かえん斬り】【ぶんまわし】【フリーズブレード】【ミラクルソード】【渾身斬り】【全身全霊斬り】【覇王斬】
《スキル》
 【二刀の心得】【メタル斬り】【ドラゴン斬り】【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:4748》】
【そうび  みぎて『ゾンビキラー+3』 ひだりて『はじゃのつるぎ』『ライトシールド』 あたま『ユグノアのかぶと』 からだ『やすらぎのローブ』『ユグノアのよろい』 アクセ1『ようせいの首飾り』 アクセ2『バトルチョーカー』 】

【ベル・クラネル Lv.4(レベル30→31)
 HP:261→271 MP:80→82 ちから:89→92 みのまもり:36→37 すばやさ:117→121 きようさ:101→105こうげき魔力:98→102 かいふく魔力:0 みりょく:109→112
《魔法》
 【ジバリア】【ジバリカ】【ジバリーナ】【ザメハ】【インパス】
《技能》
 【スリープダガー】【ヴァイパーファング】【かえん斬り】【ミラクルソード】【デュアルカッター】【ぬすむ】
《スキル》
         【スライムブロウ】【メタルウィング】【パワフルスロー】【ヒュプノスハント】【タナトスハント】【メタル斬り】【ドラゴン斬り】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:7933》 】
【そうび みぎて『はやぶさの剣』 『バタフライダガー』 ひだりて『はがねのブーメラン』 あたま『バタフライマスク』 からだ『やすらぎのローブ』『大盗賊のマント』 アクセ1『ぬすっとのグローブ』 アクセ2『はやてのリング+1』 】

【リリルカ・アーデ Lv.4(レベル30→31)
 HP:162→169 MP:167→174 ちから:59→61 みのまもり:29→30 すばやさ:89→92 きようさ:88→90 こうげき魔力:161→166 かいふく魔力:0 みりょく:84→87
《魔法》
 【シンダーエラ】【ルーラ】【マホトラ】【マジックバリア】【マホトーン】【マホカンタ】【メラ】【メラミ】【ギラ】【ベギラマ】【ヒャド】【ヒャダルコ】【イオ】【イオラ】【ルカニ】【ルカナン】【ボミエ】【ボミオス】【マヌーハ】【メタパニ】【バイキルト】
《技能》
 【魔封じの杖】【しゅくふくの杖】【暴走魔法陣】【魔結界】【ぶきみなひかり】 
《スキル》
 【悪魔ばらい】【縁下力持(アーテル・アシスト)】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:14107》 】
【そうび みぎて『いかずちの杖』 あたま『ぎんのかみかざり』 からだ『ウィッチローブ』 アクセ1『まじょのてぶくろ+3』 アクセ2『いのりのゆびわ+2』 】

【ヴェルフ・クロッゾ Lv.3(レベル24→25)
 HP:272→280 MP:70→73 ちから:90→93 みのまもり:37→39 すばやさ:34→35 きようさ:43→44 こうげき魔力:0 かいふく魔力:69→73 みりょく:96→100
《魔法》
 【ウィル・オ・ウィスプ】【ホイミ】【スカラ】 【スクルト】
《技能》
 【シールドアタック】 【かぶと割り】【蒼天魔斬】【無心こうげき】
《発展アビリティ》
 【鍛冶:H】
《スキル》
 【魔剣血統】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:2555》 】
【そうび みぎて『カルサドラアックス』 ひだりて『はがねの盾』 あたま『はがねのかぶと』 からだ『やすらぎのローブ』『はがねのよろい』 アクセ1『ようせいの首飾り』 アクセ2 『バトルチョーカー』 】


【ダフネ・ラウロス Lv.3
【そうび みぎて『女王のムチ』 ひだりて『バタフライダガー』 あたま『はがねのかぶと』 からだ『おしゃれなスーツ』 アクセ1『おしゃれなベルト』 アクセ2『ハンサムスカーフ』 】

【カサンドラ・イリオン Lv.3
【そうび みぎて『神聖のクリスタルロッド』 あたま『ラブリーバンド』 からだ『ラブリーエプロン』 アクセ1『あみタイつ』 アクセ2『しんごんのじゅず』 】



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第46話 無理無理、無問題

 

 

 

 

 

 昼前にダンジョンから地上に帰還したアルス達は、昼食を取ってからギルドに赴いた。

 予定通りの時間に現れたアルス達を出迎えたギルド職員エイナ・チュールの案内で、都合三度目となる談話室にやってきた。前二回使用した談話室は現在使用中とのことで、今回はその隣の談話室である。

 

「うん、ちゃんと14階層に行かずに帰って来てエラい!」

 

 部屋の作りは隣とほぼ同じの談話室で腰を落ち着かせたエイナの第一声がそれだった。

 

「エイナさんは僕達を一体なんだと思っているんですか?」

 

 三人ソファの真ん中に座るベル・クラネルは困ったように尋ねる。

 

「一つのことをしたら十の面倒を引っ付けて帰ってくる問題児」

「そこまで言いますか、エイナ様」

 

 副団長として同行したリリルカ・アーデがエイナの言い方に眉を顰めた。

 

「アーデ氏、今までヘスティアファミリアが巻き込まれてきた騒動を思い返しても同じことが言えますか?」

 

→俺は神様の名に誓って誓ってみせよう!

  今日は良い天気だな……

 

「…………アルス様、この前、ヘスティア様の名前でツケてましたよね」

「あれだけ怒られておいて良く自信満々に宣言できるよ」

 

 呆れるリリルカとベルに、アルスはそっぽを向いて口笛を吹いて誤魔化す。

 一人で勝手に自爆したアルスに仕方ないなとお姉さん風を吹かせたエイナが更なる追及をしようとした二人を抑える。

 

「アルス君は本当に変わらないねぇ。なにはともあれ、無事に問題なく帰って来てくれて良かったよ。今日は三人だけ?」

「ダフネさん達は上層に残って武具の習熟に努めると、ヴェルフは終わった後の装備の整備の為に付き合ってます」

「Lv.を考えれば上層ならば三人でも大丈夫か」

 

 ダフネ・ラウロス、カサンドラ・イリオン、ヴェルフ・クロッゾの三人ともLv.3。魔導師がいないので火力に不安は残るが怪物の宴(モンスターパーティー)に合わなければ上層ならば何の問題もない。

 頷いたエイナは用意していた純白の封書を取り出して机の上に置く。

 団長として、代表してベルが封書を手に取る。

 高級だと直ぐに分かる書状の手触り、そしてギルドの印璽が施された封蝋は正式な書類として機能する。

 

「それがギルドからの通達。ヘスティアファミリアのファミリアランクが上がることが正式に決まったから、一人一人の向上は必要なことかもしれないね」

 

 ギルドからの正式な通達書を示す印影がしっかり押されている一枚の羊皮紙に綴られているのは、等級(ランク)の昇格。

 

「上がるということは、FかEですか?」

 

 封書の中身を改めようとしていたベルは、少し前に『G』に上がったばかりなので一つ、多くても二つ上がる程度だろうと推測を口にした。

 

「D」

「へ?」

「だから、D」

 

 聞き間違いかとベルはエイナに聞き返したが、返ってくるのは同じ答えだった。

 羊皮紙に目を落とせば、はっきりとファミリア等級が『D』と書かれていた。見間違いかと目を擦ってみても記された文字は変わらない。

 

「…………前はGですよね。二つぐらい飛び越えてません?」

「仕方ないよ、ベル君。アポロンファミリアはランクDだったんだ。ヘスティアファミリアはそのアポロンファミリアに勝ったんだからDになってもおかしくないでしょ?」

「ないでしょ、と言われても、僕達はたった6人しかいない弱小ファミリアですよ。それがいきなりDなんて……」

「ベル君、人数が少なくてもLv.4やLv.3しかないファミリアは弱小じゃないよ」

 

 ベルとエイナがそんな会話をしている横で、等級が上がるということは比例してギルドへの上納金が上がるということであり、この結果を予測していたリリルカはギリギリと歯ぎしりする。

 

「DどころかCにすべきという意見もあったんだ」

 

 流石に『C』にされるのは看過できぬとリリルカが羊皮紙から顔を上げた。

 

「しかし、流石にCともなればオラリオでも大規模派閥と見なされてもおかしくはないはずです」

「うん、ヘスティアファミリアは精鋭揃いでも人数が少ないというのと、結成してからまだ期間が短いということを考慮してDに収めようという結論に至った。けど」

「人数はLv.が上がれば意味が無くなるということですか」

「少数精鋭のファミリアがAランクになった例もあるからね。流石に6人は少ないけれど、Lv.5、Lv.6と上がって行けば留めておくことは出来なくなる」

 

 そんな簡単にランクアップするものかと普通ならばツッコまれるが、今までの成長速度を考えれば決してエイナの言うことも夢想の領域にあるとは断じれない。

 未来の苦労を既に背負ってしまったような顔をしているリリルカに、流石に可哀そうだと思ったエイナは話題の転換を試みることにした。

 

「とまあ、未来の話は置いておくとして、探索系のファミリアは一定の(D)ランクに辿り着くと必ず一定周期で遠征に向かうことが義務付けられるの。ヘスティアファミリアにも近々遠征が言い渡されると思う」

 

 いずれファミリアが成長していけば必ず下される強制任務(ミッション)について、団長なのだからとエイナから知識として詰め込まれていたがベルは早くも辿り着いてしまった現状に実感が追いついていなかった。

 

「遠征、ですか」

 

 ベルの呟きに、エイナが頷く。

 

「通常なら到達階層を一つ増やしたり、新たな採取物や採堀物の発見。未開拓領域の地図作製でも構わない。階層主の討伐でも認められるね。大抵のファミリアは到達階層を増やすことが多いよ」

「通常、と前置きを置いたということは、ギルドでもヘスティアファミリアの扱いに苦慮しているのですか?」

「到達階層が上層までのファミリアがDランクになった前例なんてないからね」

 

 明らかな含みのある言い方から然もありなんな返答が返ってきた。

 なにかベルは申し訳なくなり、頭を下げると若干遠い目をしたエイナは気にしなくていいと手を振る。

 

「中層最下層の24階層は到達基準でLv.2、アビリティ評価はCからS。この時点でLv.だけを見るならヘスティアファミリアは下層にも進出出来るけど」

 

 エイナの言葉を引き継ぐように続いてリリルカが口を開く。

 

「到達階層が上層までのファミリアがいきなり中層を飛び越えて下層まで、とは聞く人によってはいらぬ疑いを招きかねないというわけですね」

 

 分かりやすいところだとギルドの横暴だと言い出しかねない者もいるので、ギルドは自ら問題を作る真似はしない。

 

「かといって適正階層ではない遠征を出したところで成長は見込めない」

管理機関(ギルド)はダンジョンの開拓や、新たな資源の発見を常に求めてる。新進気鋭のヘスティアファミリアにギルドは大いに期待しているんだ」

 

 個人ではなくファミリアごと異常な成長速度を示す、正しく異常事態と呼べるレベルのスキルの発露。未知であるからこそ、どこまで化けるか想像もできない。故にギルドはヘスティアファミリアに期待しているのだと。

 

「Lv.4複数がいることも踏まえ、現在の到達下層が13階層であることから、事前に自派閥で遠征を行い到達階層を増やすように指示が出たんだ」

「強制任務が無理くりと言われないように、その前に自分達で到達階層を増やしておくようにって事ですか」

「有体に言えばね」

 

 指示の裏側に込められた意図を口にするとエイナは肯定する。分かっていなかったベルは成程と納得して頷いたが、当の本人であるリリルカの表情は渋い。

 現状のパーティーならば中層でも十分対応できるので心配はないとはいえ、ギルドの期待というものは重いものだと嘆息する。

 

「実際、ギルドはヘスティアファミリアへの強制任務では何階層を想定しているのですか?」

 

 重い期待にある程度の推測は出来るがギルド職員の口からはっきりとさせておきたかった。エイナは一度ベルに視線を向けてから、少し言葉を選ぶように口を開く。

 

「私の予想ではアポロンファミリアの到達階層である20階層じゃないかと思ってる」

戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝ったのだから、まずはそこからと考えるのが自然な考えでしょう」 

 

 エイナの予測はリリルカの予測と合致している。ヘスティアファミリアのパーティーのLv.を考えれば無理のない階層であり、このまま順調に攻略を進めればそう遠くない内に到達したであろう。

 問題は強制任務が発せられるのが果たして何時なのかということ。

 

「強制任務が下されるのは何時になると?」

「現状の到達階層と今までの階層突破速度、みんなのLv.とか色々と鑑みて強制任務が発せられるのは早くて半月から一ヶ月以内」

「はっ!? 半月の間に13階層から20階層前まで行かなければならないのですか」

「自前で遠征して、その後にも遠征って体が持つのかな……」

 

→普通に行けるんじゃない?

  無理無理、無問題

 

「行けそうだから困ってるんですよ……」

「遠征経験のある元アポロンファミリアの二人もいるからね。無茶ではあるかもしれけど、無理ではない範囲をギルドも探っているんだ」

 

 期間が短いが既に20階層まで到達した経験のあるダフネとカサンドラがいる。未だ到達階層が13階層のヘスティアファミリアに20階層まで到達せよというのは無茶な話ではあっても、Lv.を考えれば無理ではないかと思えてしまう。

 頭を抱えるベルとリリルカに、このままでいけないとエイナは話題転換を図る。

 

「その新しく入った二人はどう? 喧嘩とかしてない?」

 

 ダフネとカサンドラはヘスティアファミリアに入った経緯が経緯だけにエイナは心配していた。

 

「はい、大丈夫です。特に問題なく、上手くやっていけてると思います」

 

 特に人間関係での問題は何も起こっていないと聞いて、ほっと胸を撫で下ろしたエイナにリベルは続ける。

 

「13階層、中層に進出しても二人が入ってくれて出来ることが増えたので問題なくやれました」

「全員が中層全域どころか下層にも挑める人員だもんね」

 

 その内の半数が一カ月前までLv.1という意味不明な状況にエイナは表情を引き締める。

 

「でも、だからといって安易に下層にまで行こうとするのは認めないからね。中層は上層とは違うんだから」

「ダフネさんも似たようなことを言ってました。正直、13階層ではそこまで言うほど上層との違いを感じられなかったんですけど」

「みんな同じことを言うよ。そうやって、13階層を問題なくやれたと安心して、無策で14階層に挑んだ多くの冒険者が亡くなっているんだ」

「そんなに14階層は上層や13階層と違うんですか?」

 

 ベルの疑問に、エイナは頷く。

 

「14階層こそが最初の死線(ファーストライン)と呼ばれているんだ。左程上層と変わらない13階層で油断した冒険者は14階層の異常に対応出来ない。断言してもいいよ、今までダンジョンで得た経験を覆されるから」

「そんなにですか……」

 

 13階層を油断せずに戦えるならば14階層でも戦えるはずだという思いもあるので楽観視していた部分がある。

 中層は上層とは全く別物だと、以前からエイナから何度も聞いてはいたものの、それを実感していなかったベル達にとっての危機感が一気に増す。

 表情が変わったベルにエイナは微笑んだ。

 

「14階層の詳細は地図情報(マップデータ)を確認すれば分かるから、しっかりと見ておいた方がいい」

「事前に見ていいんですか?」

「うん、寧ろ中層からはしっかりと見てほしい。後、上層では地図を作るように言ったけど、中層以下はもう無理にしなくていいよ」

 

 上層ではギルドの地図情報(マップデータ)に頼らず、自分達で地図情報(マップデータ)を作れと口を酸っぱくして言っていたのに、中層からはもうしなくていいというのは何か理由があってのことだろうかと考える。

 

「探索し尽された上層はともかく、中層以下はどんな罠があるか分からないから、Lv.が高くても慣れていないと、あまりにも危険すぎる。逆に安全が確認されている正規ルートを通るべきだよ。現れるモンスター、希少モンスターも確認しといてね」

 

 エイナの言葉をしっかりと胸に刻み込む。

 

「上層とは全然対応が違うんですね」

「強ければ上層なら多少油断したとしても取り返せるけど中層以下はそうではないから。安易に地上に戻るには遠すぎて、上層で問題ないと中層に進出したLv.2が亡くなることも多いんだ。備えられることは備えてほしい」

 

 エイナの真剣な眼差しにベルは頷いた。それはリリルカも同じだったようで神妙な顔で頷いている。アルスは鼻提灯を作って寝ていた。

 緊張感の無いアルスに逆に安心感を覚えたエイナは話題を進める。

 

「まさか中層の話をこんなに早くするとは思わなかったよ。ここで前に話した時はアルス君だけがLv.2なのに、一ヶ月も経たない内に三人共Lv.4になるなんて、あの頃の私に言っても信じられないだろうなぁ」

「僕達もそうですよ。なにがどうなってこうなったのか、未だに困惑する時がありますから」

 

 ベルは苦笑しながら、呼吸の度に大きさを変えるアルスの鼻提灯を突いてみたい衝動に駆られるがなんとか抑えた。

 

「リリのLv.4へのランクアップの公表時期はどうしましょう」

「やはり出来るだけ遅らせたいんだ。いいかな、アーデ氏?」

「ええ、急ぐ必要はありません」

 

 ですが、と暗い表情でリリルカが続ける。

 

「今までの経験上、あまりそういう話をしていると、数日で次のLv.にということになりかねないので止めておくべきかと」

「そうだよね。そうなんだよね」

「す、すみません」

「謝らなくていいよ、ベル君。私ももう諦めてるから」

 

 エイナは乾いた笑い声を響かせる。アルス達はエイナ想像以上に成長のスピードが速いのだ。その次もまたすぐ来るだろうと予測するのは至極当然の話である。もうこれは諦めるしかないと悟るのも仕方ないだろう。

 未来に訪れるバラ色の悲劇を見たくなくて、今の状況に目を向けることでエイナは心の平安を保つ。

 

神会(デナトゥス)で二つ名を賜ったんだよね、おめでとう」

 

 神会(デナトゥス)、それは三ヶ月に一度だけ開かれる神の会合。

 ほぼ有名無実だが管理機関(ギルド)からも認められる神々による諮問機関。交わされる討議は不真面目かつふざけた内容が多いものの、冒険者の一生に関わる称号の進呈『命名式』や、オラリオで開かれる催しの発案・精査する場でもある。

 参加できるのはLv.2以上の上級冒険者を眷属に持つ主神のみ。ここに主神がいるということは、オラリオの主力ファミリアに名を連ねた証なのである。

 先日の神会(デナトゥス)でランクアップを果たした者の二つ名が付けられた。それはこの場にいる三人と、今は上層でダフネ達と一緒にいるヴェルフも同様で。

 

「僕が『白兎の脚(ラビット・フット)』で、アルスが『白兎の剣士(ラビット・ソード)』でしたよね。幾ら容姿から兎を連想しやすいといっても、寄せ過ぎじゃないですか」

 

 ベルとしては、実際に付けられた暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)等のゾクゾクとするような洗練されてカッコいい二つ名を求めていたのだが、安直に過ぎるのではないかと思ってしまう。

 

「聞いた話では、神々としては双子だからどうせならフレイヤファミリアのガリバー兄弟の『炎金の四戦士(ブリンガル)』に寄せたかったらしいよ。最初は『未完の大器達(リトルルーキーズ)』って意見もあったけど、もうLv.4になっているのに未完はないだろうって、今の二つ名に成ったんだって」

「僕はそっちでも良かったのに」

「神々が決めたことだから、次の神会に期待するしかないんじゃない?」

「別に『白兎の脚(ラビット・フット)』が嫌ってわけじゃないんですよ」

 

 何故かヘスティアは無難を勝ち取ったぞと泣いて喜ぶほどだったので嫌とも言えず、ベルはモゴモゴと口の中で言葉を繰り返す。そんなベルをリリルカはジトーっとした横目で見る。

 

「ベル様やアルス様はいいじゃないですか。私なんて『小さな爆弾娘(リトル・ボマー)』ですよ!」

 

 叫ぶリリルカは戦争遊戯でのかき回し具合から付けられたらしい。

 

「『派閥潰し(ファミリアクラッシャー)』よりかはマシですけど、もっと良いのがあったでしょうに……」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)でリリルカも景品になったことと、ソーマファミリアも解散一歩手前になった原因なので理解は出来るが、実際はソーマファミリアは解散はしていないし、アポロンファミリアの件は後追いなので少し無理くりがあるとのことで却下されたとの事。

 

「はは、まあまあ、ヴェルフは『不冷(イグニス)』でしたっけ。カッコいいな」

「リリと変えてほしいです」

 

 元ヘファイトスファミリアのヴェルフはアポロンファミリアの神の宴でヴェルフがアルスに言った言葉を聞いていた神がいて、「不冷(イグニス)」に迷うことなく決定。

 

「神会でアルス君の成長促進系スキルのことが広まって、街中で追い回されたって聞いたけど大丈夫なの?」

「大丈夫かといえば、まあ大丈夫です。慣れているので」

 

 光の消えた目でベルは諦観を滲ませて答える。

 

(そういえばヘスティアファミリアって毎回追いかけ回されてる気がするような)

 

 触れてはならない話題だと察したところで、ヘスティアファミリアの安全が気になってしまった。

 

「あの廃教会(ホーム)だと夜とか危なくない? 上層部に掛け合って神々を止めてもらおうか?」

「こうなることが分かってたので、ヴェルフは自分の工房、僕達はまだヘファイストス様のホームにお世話になっています。ダフネさんとカサンドラさんには申し訳ないけど、ホテルに泊まってもらっているんです。勿論、費用はヘスティアファミリア持ちで」

「今は良くても、何時までもそうしているわけにはいかないよね?」

「ええ、なのでアポロンファミリアから徴収したお金でホームの修繕と改修を大々的に行うことになりました」

 

 期せずして大金が舞い込んできたので、資金面では問題ない。元々、少しずつ修繕してたので、この機会に一気に行ってしまおうという主神ヘスティアの判断だった。

 

「この機会にヘファイストス様が所有している分も含めて、あの一帯の土地と建物を買い上げてゴブニュファミリアに既に依頼してあるんです」

 

 アポロンファミリアから得られた資金の殆どはこれで無くなってしまうが、元は自分達で稼いだわけではないあぶく銭なのでその方がいいだろうとファミリアの意見の大半で一致した。

 

「なので、遠征の話は渡りに船ですね。遠征に行っている間に一気にやってもらいましょう」

 

 何時までもヘファイストスファミリアにお世話になっているのは申し訳ないし、ダンジョンに籠っている間に作業をしてもらった方が都合が良い、

 

「いきなりダンジョンに何泊するのも危険だから。まずは一泊から様子を見てね」

「はい、分かりました」

 

 そろそろ話が終わりそうだと察して目を覚ましたアルスはソファのクッションの隙間に紙が挟まっているのに気づいた。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『続ドラゴン装備図鑑』を 手に入れた!

――――――――――ドラゴンキラーの レシピを 覚えた!

――――――――――ドラゴンバスターの レシピを 覚えた!

――――――――――ドラゴンシールドの レシピを 覚えた!

――――――――――ドラゴンメイルの レシピを 覚えた!

 

 

 



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第47話 けっ、ただの塩水じゃねぇか……!?



ここからが第四章の本番です。




 

 

 

 

 

『黒が迫る。近づくことなかれ、戸惑うことなかれ、止まることなかれ、逃げることなかれ。心せよ、雷に導かれ、進み続ける他なし』

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 13階層を攻略して1日休養期間を設けてから、またもや『瞬間移動魔法(ルーラ)』を使って時間を短縮して13階層経由で14階層に到着したベル達は広がる光景に度肝を抜かれた。

 

→うっみぃ――――!!

 けっ、ただの塩水じゃねぇか……!?

 

「本当にこれが海なんだ。初めて見た」

 

 隣で叫ぶアルス・クラネルを迷惑そうにしていたベル・クラネルも眼前に広がる海を見て呟く。 

 初めて嗅ぐ塩の香りが鼻についた。

 14階層は海が広がる階層と聞いた時から、ベルは勝手に池の大きなバージョンを想像していたが、流石にそれは間違いだったようで、眼前にあるのは広大な水溜りなどではなかった。

 

「二人は海を見るのは初めてか?」

 

 兄弟の反応を見てヴェルフ・クロッゾが尋ねる。

 

「うん、田舎の村の近くにも、オラリオに来る時も海は無かったから」

「リリもオラリオから出たことが無いので海を見るのは初めてです。ダンジョン内の風景を海と言ってよいのかは疑問ですが」

 

 生まれも育ちもオラリオというリリルカ・アーデはそう言いつつも、目は海に釘付けとなっていた。

 

「神が海と太鼓判を押しているのだから、例えダンジョン内であろうと海で良いと思うよ」

「そういうものなのでしょうか……」

 

 神の言うことを皆ほどには信用しきれないリリルカはダフネ・ラウロスの保証に首を傾けつつも、自身が否定の言葉を紡ぐほどの意欲も理由もないので呑み込んだ。

 

「14階層は22階層と同じく海が広がる特異な階層とは聞いてましたけど、まさか陸地の方が少ないなんて」

 

 ギルドの地図情報(マップデータ)を閲覧した時から信じられない思いだったが、実際に目にした光景はそんなレベルにはなかった。見渡す一面の殆どが海面で占められ、陸地の方が少ないというのは今までの階層ではなかったことだった。

 海面を覗き込んでも場所によっては底が見えないほど深く、どの程度の深さがあるのかすら分からない。正に今までの常識が覆される光景だった。

 

「一応、道はあるが場所によっては完全に途絶えている場所もあるじゃないか。どうやって進むんだ?」

「浅瀬になっているだけで途絶えているワケじゃない。論より証拠だ。行くよ」

「行くよって、早速足が濡れますよ?」

 

 もっと下の階層に行ったことがあるダフネが真っ先に14階層に降り立ち、バシャバシャと水音を立てながら進もうとするのを慌てて止める。

 

「ここはそういう階層だからね。気にしてたら進めないよ」

 

 そう言われたらベルも仕方なく足首まで水に浸かりながら歩き始めると、海面がどこからかやってくる波で揺れる。

 

「うわっ!? 水が向かってくる!?」

 

 川などの水流とは違う波に乗ってやってきた水が足に横から圧力をかけてくることにベルが驚く。

 

「ただの波だから大丈夫だって」

「波に攫われたら、一瞬で流されちゃいません?」

 

 苦笑するダフネに、パーティーで一番体が小さいリリルカは戻っていく波に不安を覚えて聞かずにはいられなかった。

 

「よほど時化なければ大したことないでしょ?それよりも陸路から足を踏み外さないように注意した方がいい」

「もしも足を踏み外して海に落ちたらマズいと?」

「そりゃあマズいよ。水の中は水棲モンスターの独壇場だからね。モンスターに嬲り殺しにされる前に陸に上がることを最優先にすべきだ」

 

 例えるなら空を飛べないのに空中戦で空を飛ぶモンスターと戦えるのかと言われるのに等しい。

 魔法が使えるアルスやリリルカ、ブーメランがあるベルはともかくとして遠距離攻撃手段に乏しいヴェルフには厳しい物がある。それの水中版となれば、水中を自在に動けるモンスターの餌食になる可能性が高いというダフネの言葉にも納得できる。

 

「周りは見ての通り海ばかり。どこからモンスターが襲ってくるかも分からず、海に落とされでもしたら一巻の終わりだ。13階層で驕った冒険者がこの階層を舐めたらどうなるか、簡単に想像がつくでしょ?」

最初の死線(ファーストライン)の意味が良く分かりました」

 

 先導するダフネの後をついて、浅瀬を進みながら実感したベルだった。

 

「ギルドの地図情報(マップデータ)では陸地を道なりに進めばいいとありましたけど、他に注意することはありますか?」

 

 波の行き来によってただ歩くだけでも難儀するにも関わらず、場所によって深さの代わる足場の悪さに苦戦しつつもベルは質問を投げかける。

 

「…………周りは海ばかりだからモンスターがどこから現れるか分からない。常に気を張って、さっさと通過するに限るね、この階層は」

「しかし、その通路がこうも狭いのでは……」

「陸地は数人が通るのがやっとなんだ。どうやっても列になって進むしかない。横から攻撃を受けないように気をつけるしかないさ」

 

 頼りない足場と、通路は決して広くはなく、かつ両脇は海。しかもモンスターは海中に潜んで襲ってくるとなれば、リリルカの決断は早かった。

 

「では、先頭はこのまま経験者であるダフネ様にお願いしてもよろしいでしょうか?」

「ああ」

「その次はどのような状況でも対処できるアルス様、最後尾は素早さが突出しているベル様でいきましょう」

「となると、アルスの後ろにカサンドラさん、ヴェルフ、リリの順番が適当かな」

「バランス的にそれがいいな」

「って、言ってる間にモンスターが来たよ!」

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 現れたのは前の階層でも現れた『まほうじじい』が三体、12階層にもいた『しびれくらげ』が五体、更には『かまいたち』が三体と初っ端からモンスターの数が多い。救いは左右からではなく、先頭を進むダフネの更に前方から向かってくることだろうか。

 

「初っ端から多いな、オイ!? こういう時はお前ら頼みだ、アルス! リリ助!」

 

 敵の出現にヴェルフが斧と盾を構えながら、集団戦には広範囲魔法だとアルスとリリルカに向かって叫ぶ。

 

「任せて下さい、イオラ!」

「デイン」

 

――――――――――リリルカは イオラを となえた!

――――――――――アルスは デインを となえた!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 807ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――かまいたちは みがきずなを 落としていった!

 

「うーん、圧殺!」

 

 『爆発魔法(イオラ)』の爆発と、『電撃魔法(デイン)』の電撃で瞬く間にモンスターが魔石と化して海に落ちたのを見て、何もやることが無かったベルは無念そうにそう呟いた。

 

「二人の攻撃魔法が強すぎる」

「で、でも、13階層ではモンスターは生き残ってませんでしたか?」

 

 同じくやることが無かったヴェルフが感嘆を漏らしている横で、先日のことを思い出したカサンドラ・イリオンが疑問を抱く。

 カサンドラの疑問を聞き取ったダフネが振り返る。

 

「アルスの魔法がその時とは違ったじゃない。海とはいえ、水棲モンスターだから雷には弱いとか」

「雷に強いモンスターって、あまり聞きませんね」

 

→俺、最強?

  雷、最強?

 

「はいはい、最強最強――――って、言っている間に」

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 今度は前後に『ガスト』が一体ずつに、左横から『だいおうキッズ』が二体、最後に右横から『おばけパラソル』と、先程まではいかないまでも上の階層と比べれば数が多い。

 

「あ、ガストだ」

「上層にもいましたね、似たようなのが」

「あっちは『スモーク』ね。色が違うだけじゃなくて、物理に強い特性はそのままに強いから気をつけて!」

 

 言われている間にベルが『はやぶさの剣』を持って背後の『ガスト』に向かって斬りかかっていた。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――ガストAに ダメージ!

――――――――――ガストAを たおした!

 

 軽くて強い特殊な金属で作られている『はやぶさの剣』を振るうベルは隼のごときスピードで二連撃を叩き込み、『ガスト』がガラスの引き裂くような声を漏らして消滅する。

 

――――――――――だいおうキッズAは さそうおどりを おどった!

――――――――――カサンドラは つられて おどっている!

 

「おらぁっ!」

「やぁーっ!」

 

――――――――――ヴェルフとダフネの こうげき!

――――――――――だいおうキッズたちに ダメージ!

――――――――――だいおうキッズたちを たおした!

――――――――――おばけパラソルは にげだした!

 

  『おばけパラソル』を警戒をしていたリリルカにとっては敵の逃亡は拍子抜けで、誰かが攻撃を受けて怪我をしたら直ぐに治癒魔法を発動させる心持ちでいたカサンドラがいきなり踊り出したことに目を剥く。

 

「お、踊りたいわけじゃないんです……っ!」

 

 自身の名誉の為に釈明するカサンドラ。

 まるでお子様のお遊戯会のような振り付けなのは、恐らく踊りがあまり得意でないからだろう。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは かえん斬りを はなった!

――――――――――ガストB ダメージ!

――――――――――ガストB たおした!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 454ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――だいおうキッズは ホワイトパールを 落としていった!

 

 モンスターを倒したことで『さそうおどり』の効果がキレてへたり込みそうになるカサンドラ。流石に座り込んでしまうと水に浸かってしまうのでぐっしょりと濡れてしまうのを嫌ったのだが、気分的にはそれぐらいしたほどだった。

 やはりカサンドラとしては恥ずかしい事この上ないらしい。

 

「うう、恥ずかしい……」

 

→ナイス、ダンス!

  ナイス、乳揺れ!

 

「そこまでにしておこうね、アルス?」

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 ベルがカサンドラに追撃を与えているアルスを諫めようとしたら更なる敵モンスターの増援が現れた。

 

「今日は多いですね、モンスター」

 

 海から海底を駆けあがってきたのかのように水面をバシャバシャとさせながら向かってくる『シーゴーレム』が二体に、金糸雀色の丸い体に角や尻尾、羽といった竜の如き特徴を備え、体には丸い目と笑ったような口をした魔物である『ドラゴスライム』五体が飛んでくる。

 短い羽根をバタつかせて飛び回り、口から火の息を吐き出す『ドラゴスライム』への対処が必要だとリリルカは『いかずちの杖』を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 14階層、アルス達よりも先の場所でタケミカヅチファミリアのパーティーも妙に多いモンスター達の遭遇に苦戦していた。

 

――――――――――かまいたちは かまいたちを はなった!

――――――――――千草に ダメージ!

 

「あぐっ!?」

 

 中衛で弓や短刀で仲間を援護していたヒタチ・千草が『かまいたち』のかまいたちを肩付近に受けて血を噴き出しながら倒れる。

 

「ち、千草殿!?」

 

 前衛で魔法を使う『まほうじじい』を集中的に狙っていたヤマト・命が瞬間的に反転して海面に倒れそうになった千草を抱き抱える。

 

「落ち着け、命! 治療急げ!」

 

 団長であるカシマ・桜花の指示に、六人パーティーの中から一人が命から千草を受け取る。

 

「中衛の一人上がれ! 千草の穴を埋めろ! 俺も前に出る! 行くぞ、命!」

 

 両手剣『退魔の太刀』を振るう桜花の一撃が『だいおうキッズ』を叩き潰す。

 『てつのやり』を持った命が桜花の後に続き、見事な体捌きで、その表情といい軟泥状の柔らかな体といい、スライムを連想させる『ドラゴスライム』を薙ぎ払う。

 

「よりにもよって14階層で怪物の宴(モンスターパーティー)が起こるなんて」

 

 タケミカヅチファミリアでたった二人のLv.2であるからこそなんとか前線の維持が出来ているが、尚もモンスターは限度を知らないように現れ続ける。中衛から援護の矢が放たれているが、千草が抜けた穴を完全に埋めているとは言えない。

 自分達がいる間に起こった怪物の宴(モンスターパーティー)に桜花が歯噛みしていると、千草の治療を行っていた仲間が口を開く。

 

「駄目だ、桜花。傷が深すぎて手持ちのポーションだと回復するまで時間がかかりすぎる。せめて上層に上がらないと――」

「分かった。千草は俺が背負う!撤退を急ぐぞ。命は殿を頼む!」

「了解!」

 

 幸いと言っていいか分からないが、モンスターの襲来は前方方向に集中している。

 桜花以外に千草を背負って戦闘を続けながら逃げれる『力』のステータスを持つ者がいない以上は、殿は命しかない。そのことを重々承知していた命はモンスターの攻撃を捌きつつ、足場を気にしながら詠唱を始める。

 

「掛けまくも畏きいかなるものも打ち破る我が武神よ、尊き天よりの導きよ。卑小のこの身に巍然たる御身の神力を。救え浄化の光、破邪の刃。払え平定の太刀、征伐の霊剣。今ここに我が命において招来する。天より降り、地を統べよ、神武闘征!」

 

――――――――――ドラゴスライムは もえさかる 火炎を はきだした!

――――――――――おばけパラソルAと おばけパラソルCの モンスターれんけい!

――――――――――大かまいたち!

 

「――――フツノミタマ!」

 

 命が有する唯一の重圧魔法が発動した。

 発動と同時に上空に巨大な光剣が出現し、海面に複数の同心円が発生して光剣が同心円の中心に突き立つと、最大で半径50mの巨大なドーム状の重力結界を展開し、モンスター達事、『ドラゴスライム』が放った燃え盛る火炎や『おばけパラソル』のモンスター連携である大かまいたちも諸共に押し潰した。

 

「よし、今の内に13階層まで逃げ続けるんだ!」

 

 半径50mのモンスターの最低限の足止めが出来て離脱した命が合流したのを確認して、桜花達も離脱の速度を上げる。

 

「不味いぞ! よりにもよって『マーマン』の群れだ!?」

 

 後方を警戒していた団員のその言葉に誰もが息を呑んだ。

 足場が頼りないタケミカヅチファミリアの足よりも、半魚人のモンスターである『マーマン』が海中を進む速度の方が圧倒的に速い。瞬く間に海面を掻き分けてタケミカヅチファミリアに追いついたマーマンの一体が群れから離れて攻撃を仕掛けてきた。

 

――――――――――マーマンは するどいツメを ふりおろした!

 

「ぐあっ!?」

 

 よりにもよって負傷している千草を肩に抱えている方からの攻撃だったから『退魔の太刀』で防御できず、さりとて回避できるほど身軽でもなかった桜花はその身を盾にして攻撃を受けるしかなかった。

 背中に三本の爪痕を刻まれた桜花を助ける為に命が飛んだ。

 

「桜花殿! よくもっ!」

 

 命が『てつのやり』を振るうも、『マーマン』は耽溺することなく離脱して海面に潜ったので追撃出来ない。

 

「ぐぅっ、俺は大丈夫だ! 多少の傷は構うな! 進み続けろ!」

 

 ズキズキと痛む背中から血を滴り落としながらの激に仲間も答える。

 徐々に弱らす為の嬲るような『マーマン』達の攻撃に、負傷を重ねながら逃走を続けていたタケミカヅチファミリアの耳に自分達とは違う激しい戦闘音が聞こえてきた。

 

「あれは…………ヘスティアファミリア」

 

 アポロンファミリアの神の宴で挨拶を交わした顔があり、戦争遊戯(ウォーゲーム)の活躍をつい数日前に目にしたのだから分からないはずがない。

 桜花の頭の中で瞬間的に計算が働く。

 

「…………あの上を通り抜けるぞ」

 

 桜花が呟いた言葉に、最も負傷を重ねている命が反応する。

 

「待って下さい、桜花殿!? そんなことをしたらあの方々が……!」

「アイツらはあのアポロンファミリアに勝ったんだ。俺達よりも生存確率は高い。それに俺にとってはお前達の命の方が大事だ!」

 

 その行為が何を意味するのかを理解しながらも、桜花の言うことも最もだと追い詰められた彼らは思ってしまった。

 

「胸糞悪いって言うなら後で腐るほど罵ってくれ」

 

 どの道、他の陸路が無い以上は進路でかち合ってしまう。他にどうにも出来ない彼らには他に選択肢は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 839ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――モコッキーは 魔石を 落としていった!

――――――――――ドラゴスライムは 小さなうろこを 落としていった!

 

 アルスの一刀が残っていた『シーゴーレム』を倒したところで彼らは現れた。

 

「御免!」

「え?」

 

 階層の奥から現れた彼らは次々と飛び上がってベル達の上空を飛び越えていく。接近には気づいていたが冒険者ならば害はないと放置していたところに、横合いの海から突如として『マーマン』が現れた。

 

「うわぁっ!?」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――マーマンAに ダメージ!

――――――――――マーマンAを たおした!

 

 咄嗟の反応で持っていた『バタフライダガー』を振るい、『マーマン』が魔石となる。

 

「ビックリした。急に何が……」

 

→今のタケミカヅチファミリアの奴らじゃないか?

  今のって、フレイヤにデレデレしてた極東の神の眷属じゃないか?

 

「あっ、そういえば」

 

 黒髪を結わえた、今にも涙を零しそうな青紫の瞳の持ち主と以前に会っていることを思い出したベルは、更なるモンスターの接近に気づいて戻しかけた『バタフライダガー』を握り直す。

 

――――――――――マーマンたちが あらわれた!

 

「あれは『マーマン』の群れ……!? さっきの奴ら、まさか――」

「いけません、怪物進呈(パス・パレード)です! リリ達は囮にされました!」

 

 前方から迫ってくる『マーマン』の群れに、ヴェルフがもしかしたらと思う前に盗賊時代に似たようなことをしたことがあるリリルカがタケミカヅチファミリアが同じことをしたのだと直ぐに気づいた。

 文句を言おうにも既にタケミカヅチファミリアの姿は遥か遠くなっている。

 

――――――――――アルスは 覇王斬を はなった!

――――――――――マーマンたちに ダメージ!

――――――――――マーマンたちを やっつけた!

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 アルスの『覇王斬』が迫って来ていた『マーマン』の群れを一掃するも、すぐさま新手が向かってくる。

 

「これは数が多すぎます。皆様、リリは逃げるを上策とします。これだけの数がいると、それこそ海に落とされたら嬲り殺しにされかねません。一度撤退して体勢を立て直さなければ!」

「俺は反対はしないぜ。怪物進呈(パス・パレード)を仕掛けてきた奴らに報いを受けさせねぇとな」

「今度は何を毟り取る気だい?」

「いや、神様の知り合いの神様の眷属にそんな無体は――」

「ベル様、大義は我らに有りです」

「みんな、アルスに染まり過ぎぃ!!」

 

→呼んだ?

  照れる

 

「呼んでない!」

 

――――――――――ベルは デュアルカッターを はなった!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 怒鳴りながらベルが放った『はがねのブーメラン』が何体かのモンスターを倒すも、今度は反対側からもモンスター達が現れた。

 

「は、挟み撃ち……」

「私達も13階層に戻ります! ベギラマ!」

 

――――――――――リリルカは ベギラマを となえた!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフは 身構えつつ こうげきした!

 

 リリルカが『ベギラマ』で進路を開き、ヴェルフが『シールドアタック』で自分達が通れるスペースを広げる。

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

「ちっ、数が減らねぇ。寧ろ増えてねぇか?」

「グズグズ言わない!」

「分ぁってるよ!」

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

――――――――――まもののむれが あらわれた!

――――――――――まもののむれが あらわれた!

――――――――――まもののむれが あらわれた!

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

「中層はモンスターが寄ってくるのが早いってレベルじゃないよ、これは!?」

怪物の宴(モンスター・パーティー)にしても、これは流石に度が過ぎてしょ!?」

 

 前後左右から間断なく襲い掛かってくるモンスター達に然しものベルも目を剥き、カサンドラが絶句し、ダフネも叫ぶ。そんな中、殿を務めていたアルスが左手に持っていた『はじゃのつるぎ』を鞘に戻した。

 

「イオ」

 

――――――――――アルスは イオを となえた!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

 

 『はじゃのつるぎ』を鞘に戻したことで開いた手でまずは左側にイオを放ち、次は右側。

 

「イオ、イオ、イオ、イオ、イオ」

 

――――――――――アルスは 連続でイオを となえた!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

 

 右側から後ろ、更には前に放ち、また左、後ろには行かずに右と次々に爆発魔法(イオ)を放つ。

 

「アルス、そんなに魔法を使ったら精神力(MP)が――」

「いや、これでいい。広範囲魔法を連発することでモンスターを遠ざけているんだ」

 

 残り精神力(MP)を心配したベルは、ダフネの言うようにモンスター達は爆発魔法(イオ)で近づけないでいた。

 

「ならば、リリも…………イオ! イオ! イオ! イオ! イオ!」

 

――――――――――リリルカは 連続でイオを となえた!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

 

 リリルカはアルスよりも『こうげき魔力』が倍以上あるので、同じ魔法でも威力が全然違う。爆発の弾幕によってモンスター達が次々に消えていく。それでも新手のモンスターは現れるが、このペースならば二人の精神力(MP)が切れる前に14階層を脱出出来るとヴェルフは考えた。

 

「流石は本職。これなら突破できるか?」

 

→くっちゃべってないで警戒!

  それってフラグ……

 

「了ぉ解!」

 

 モンスター撃退の肝はアルスとリリルカである。アルスならば自分で自分を守れるが、念の為にダフネが傍についている。ならば、自分はリリルカに付くべきだと判断して動いたところで、爆発の煙を縫って『おばけパラソル』二体が飛来する

 

――――――――――おばけパラソルAと おばけパラソルCの モンスターれんけい!

――――――――――大かまいたち!

 

 ヴェルフが『はがねの盾』を前に出してリリルカへの文字通りの盾にならんとしたところで、同じように煙から誰かが飛び出してきた。

 

「神武闘征――――フツノミタマ!」

 

 詠唱を続けながらやってきたヤマト・命の重圧魔法が発動し、大かまいたちが海面に叩き落とされる。直後、『フツノミタマ』は直ぐに解除された。

 

「ベギラマ」

 

――――――――――アルスは ベギラマを となえた!

――――――――――おばけパラソルたちに ダメージ!

――――――――――おばけパラソルたちを やっつけた!

 

 発動したアルスの閃光魔法(ベギラマ)が『おばけパラソル』を呑み込んで魔石と化した。そこへ命が着地してベルの前へやってきて並走する。

 

「あなたはタケミカヅチファミリアの」

「敵の足止めは私に任せて撤退を! なにを言っても言い訳にしかなりませぬ。せめてこの身を盾として使い尽くして下され!」

 

 悲壮とも言える命の決意を他所に、ベル達は渋い表情を浮かべた。

 

「下されって言っても……」

「出来るわけがないというか」

「確か『絶†影』だっけ? 加害者の癖にLv.2が足止めとか笑わせるなっての」

「だ、ダフネちゃん、本当のことでも言っちゃ駄目だよ……」

「一番カサンドラ様が酷いことを言っているような」

 

 正しく身命を懸けた決意をフルボッコされた命の目に別の意味で涙が浮かぶ。

 

「な、仲間の制止を振り切って来たのに」

 

→足手纏いを連れて、さっさと行くぞ!

  邪魔者を囮にして、さっさと行くぞ!

 

「ひ、酷い……」

 

 追い打ちをかけられた命が泣き言を漏らしたところで、進行方向の通路が横合いから生えてきた巨大な何かによって潰された。

 

――――――――――クラーゴンが あらわれた!

 

『プギシャ――!!』

 

 外套膜が紫色をしたオオイカのモンスターが鼻の位置にあるが口なのか良く分からない円筒状の穴を、ヒューマンの大人の大きさにまで開く。

 

「おい、ウソだろ!?」

 

 全速力で走っていた皆は急に止まれず、周りのモンスターが一斉に攻撃を仕掛けてきた絶妙なタイミングだった。しかも大きく開かれた穴から息を吸っているような強い吸引力が発せられていては末路は決まってしまった。

 

「うわぁあああああああああああああああっっ!?」

 

 位置的に真っ先に穴に飛び込むことになってしまったヴェルフの悲鳴が響き渡る中で。

 

「アストロン」

 

――――――――――アルスは アストロンを となえた!

――――――――――アルスたちの からだが てつのかたまりに なった!

 

 やがて14階層は静寂を取り戻し、千草の治療を終えたタケミカヅチファミリアが戻ってきた時には何事もなく凪いでいる海だけが静かにさざめいていた。

 

 

 

 

 






14階層はドラクエ11 内海エリアとなってます。

クラーゴンが内海に出る前、ダーハルネの町にイベントで出現していたのでこの階層にも現れたということで。



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第48話 天上天下唯我独尊!

本作では中層それぞれの階層の地形・出現モンスターは以下のようになっています。



中層13階層 デルカダール地方・南の島
  14   内海
  15   バンデルフォン地方
  16   ユグノア地方
  17   ユグノア地方
  18   グロッタの闘技場
  19   グロッタ地下遺構
  20   ユグノア城下町跡
  21   ソルティアナ海岸
  22   外海
  23   メダチャット地方
  24   怪鳥の幽谷





 

 

 

 波がさざめく22(・・)階層。海洋を泳ぐ『クラーゴン』は水中で突如として動きを止めた。

 

『プ……プギ』

 

――――――――――アルスは 覇王斬を はなった!

――――――――――かいしんの いちげき!

――――――――――クラーゴンに ダメージ!

 

 体の内側から生じた破壊的な衝撃に『クラーゴン』は水中でその体をのたうち回らせる。

 

『プ……プシャァァ――!?』

 

――――――――――アルスは 全身全霊切りを はなった!

 

 続いた体内からの衝撃は、左右の目の中心から『ゾンビキラー+3』と『はじゃのつるぎ』の剣先が生えるという結果を生み出し、その刃先が一気に上下へと振り別けられる。

 

――――――――――かいしんの いちげき!

――――――――――クラーゴンに ダメージ!

――――――――――クラーゴンを たおした!

――――――――――アルスたちは 2700ポイントの経験値を かくとく!

 

 『全身全霊斬り』が魔石を貫いて『クラーゴン』が消滅したことで、その内部にいたアルス達は突如として海の中に放り出された。

 

「――っ!?」

 

 特に重装備を纏うヴェルフ・クロッゾは沈む。沈み続ける。落ちる。落ち続ける。

 

「ぷあっ!」

 

 水中で上下の区別すらつかない中、鎧ではないので軽装備なベル・クラネルは海面から差す光の方向を目指して藻掻くと、直ぐに水面に出られた。立ち泳ぎを続けながら慌てて見回すと、仲間達が相次いで顔を出す。

 

「みんな、無事!」

「はい、ベル様」

 

 まずはリリルカ・アーデが、続いてカサンドラ・イリオンを抱えたダフネ・ラウロス、重装備なアルスは浮かんでいるのも大変そうであった。申し訳なそうなヤマト・命もいる。

 

「そこに陸地があるからみんな上がって」

 

 ベルが指差した方には、海面からこんもりとしたず陸地が顔を出していた。

 泳いで陸地まで行って、ずぶ濡れの体を陸に上げて、ようやくリリルカは大きく息を吐く。

 

「大変な目に合いました」

「まさかモンスターに食われるなんてね。嫌な経験だよ」

 

 リリルカの呟きに濡れた服の気持ち悪さに顔を顰めながら、ダフネはげっそりとした面持ちで答える。

 

「あ、アルスさんの魔法のお蔭で助かったね……」

「本当にね。いきなり体が鋼鉄になった時はどうなるかと思ったけど、お蔭で『クラーゴン』の胃袋の中で消化されずに済んだ」

「『鋼鉄化魔法(アストロン)』…………他と違ってイマイチ使い道の分からない魔法でしたが、この様な場面で役立つとは」

 

 『クラーゴン』に全員が呑み込まれる直前、アルスが使った『鋼鉄化魔法(アストロン)』によって肉体が鋼鉄になったお蔭で長いこと胃袋の胃酸に苛まれても傷一つなく過ごすことが出来た。

 『鋼鉄化魔法(アストロン)』は任意で解除できないので中々脱出できなかったが、解除されるタイミングは術者であるアルスには分かったようで後は御覧の通りだった。

 

「あれ、ヴェルフは?」

 

  周りに遠慮しないアルスが濡れた『ユグノアのかぶと』 『やすらぎのローブ』『ユグノアのよろい』を脱いで早々に身軽になっている間に、ふと気になったベルの疑問によって辺りを見渡した全員がヴェルフの姿を見つけられず、沈黙が彼らの間に広がる。

 ヴェルフは一行の中で最も重装備に身を包んでいる。大慌てでベルは再び海の中に飛び込んで行った。

 

「ゼー、ゼー、ゼー、ゼー…………死ぬかと思った」

 

 ベルによって辛くも救助されたヴェルフは、まだ半分水死人のような顔で荒い呼吸を繰り返す。

 

「無事でよかったですね、ヴェルフ様。カサンドラ様、回復を」

「一度は拒みし天の光。浅ましき我が身を救う慈悲の腕。届かぬ我が言の葉の代わりに、哀れな輩を救え。陽光よ、願わくば破滅を退けよ ソールライト!」

 

――――――――――カサンドラは ソールライトを となえた!

――――――――――ヴェルフの キズが かいふくした!

 

 ヴェルフの存在を忘れていたリリルカは誤魔化しの笑みを浮かべる横でカサンドラが回復魔法(ソールライト)を使う。

 

「せめて盾なり斧なり兜なり外せば良かったのに」

「それが出来てたら鍛冶師やれねぇよ。はあ、助かったカサンドラ。もう大丈夫だ」

 

 鍛冶師としての(さが)か武具を捨てるという行為がどうしても出来ず、溺れかかった大きな要因となってしまった。

 ダフネの最もな指摘に、ヴェルフがようやく静まり出した息の中で答えつつ、回復魔法をかけてくれたカサンドラに礼を伝える。

 

「みんな、ずぶ濡れだな。って、アルス。手際良過ぎね?」

 

 精々が上着の裾を絞るぐらいしかなかった中で、アルスが『どうぐぶくろ』から木材を取り出して『火炎魔法(メラ)』で火を付けて、焚き火の周りに棒で固定した装備を乾かして一人で暖まっていた。

 

「濡れた装備も乾かせそうだけど、パンツ一枚は問題だから他の装備を着ようね、アルス」

「あっ、そうか。『どうぐぶくろ』には前の装備入れてたっけ。ベル、俺のも頼む――」

 

→宝箱、発見!

  へいへい

 

「なんだって!?」

 

 焚き火を囲んで一行に弛緩した空気が漂い始めた頃、アルスがふと別の方向を見た瞬間に叫んだ。全員がそちらを見ると、確かに海面に宝箱がぷかぷかと浮いている。

 

「なんで海面に浮いてるのでしょうか?」

「さあ? 取り敢えずインパス!」

 

――――――――――ベルは インパスを となえた!

――――――――――宝箱の中は 青く 光っている!

 

「アイテムだ! 取ってくる!」

「あっ、待って下さい、ベル様!」

 

 言うが早いか海に再び飛び込むベルに、モンスターが近づいても直ぐに対応できるようにリリルカが慌てて海面ギリギリまで追いかける。

 特にモンスターが近づくこともなく宝箱を抱えて戻ってきたベルがまだ脱いでいなかった装備をあくせく外している間に、双子の兄の代わりにアルスが開けた。

 

――――――――――なんと! アルスは ゾンビメイルを 見つけた!

 

 アルスが宝箱から取り出したのは、まとわりつく亡者を模したような禍々しいデザインの鎧。

 

「へぇ、『ゾンビメイル』じゃないか」

 

 アルスを真似して自身の装備一式を乾かしていたヴェルフが鎧を一目見て感嘆混じりに呟く。

 

「知っているのですか、この今にも呪われそうな不気味な鎧を」

「見た目はアレだが、闇や呪いに対して非常に強い耐性を誇る超有能装備で上等品なんだぜ」

「えっ、そうなんですか!?」

 

 リリルカの疑問にヴェルフが答えると、それを聞いてカサンドラが驚く。

 

「単純な守備力なら『はがねのよろい』以上、アルスの『ユグノアのよろい』以下ってところだが、着ているだけで闇属性のダメージ軽減と呪いガードの効果がついているんだ、『ゾンビメイル』は」

 

 説明を聞いたアルスは『ゾンビメイル』を上から下まで舐めるように見る。確かに禍々しいデザインだが、見慣れれば愛着も湧いてくるかもしれない。

 

「お前らには悪いが『ゾンビメイル(コレ)』は俺が装備させてもらってもいいか?」

 

 まだ装備を乾かしていたベル達にヴェルフは声をかける。それにアルス達は顔を見合わせたが、答えは決まっていた。

 

「重鎧を着れるのはヴェルフとアルスぐらいだから、アルスが良いって言うんならいいんじゃない?」

「そうですね、ベル様。アルス様には『ユグノアのよろい』がありますし、ヴェルフ様持ちでいいと思います」

 

 ベルとリリルカの言葉に全員が頷いたことで、『ゾンビメイル』はヴェルフの装備になることが決定した。

 

「別に誰が装備してもいいんだけどさ。それよりもウチらはこのままだと装備が乾くのに時間がかかるから何かいい方法はないの?」

 

 女性陣は男性陣のように羞恥心を捨てていないので簡単に服を脱ぐことが出来ない。焚き火に当たってはいるが、このままでは時間がかかってしまう。

 『おしゃれなスーツ』の上着を脱ぎ、叩いて水気を切ってから焚き火に当てているダフネの申し出に、確かにと男性陣は頷いた。

 

「アルス、確か『どうぐぶくろ』にはテントも入れてたよね。出してもらっていい?」

 

 頼まれたアルスが『どうぐぶくろ』に手を入れると、明らかにサイズが合わない大きさの組み立てられているテントが出てきた。

 

「本当に便利だね、『どうぐぶくろ』……」

 

 命が不思議現象に目を剥いている横で、ダフネが『どうぐぶくろ』の利便性の高さに感心していると、テントの入り口を開けて外から内部の様子を見れないことを確認したリリルカが振り返る。

 

「まずはリリとカサンドラ様が着替えてきます。アルス様、『どうぐぶくろ』をお借りしてもよろしいですか?」

 

→いいよー

  俺も一緒に行こう

 

「この機会だ。カサンドラの装備も別の物に代えておくか。リリ助、『ぎんのかみかざり』と『やすらぎのローブ』を出しといてくれ」

「分かりました」

 

 アルスから『どうぐぶくろ』を借り受けたリリルカがカサンドラと一緒にテントに入って入り口を閉める。

 

「さて、と。いい加減にアンタからも話を聞かないとね」

「……あ、あの、その」

 

 借りてきた猫のように大人しく小さくなっている極東の少女はダフネの厳しい視線に、怯えて縮こまり何故か正座を始めた。

 哀れそうな少女の姿を見ても、ダフネには手心を加えてやろうという優しさは湧いてこない。彼らの所為で自分達がどれほど面倒な事態に陥ったのか、骨の髄まで思い知らせてやると意気込んだところでベルが口を開く。

 

「タケミカヅチファミリアのヤマト・命さんで合っていますよね、確か」

 

 確認を取ってくるベルに命は無言で頷いた。

 

怪物の宴(モンスター・パーティー)にあって、自分達が助かる為に僕達に怪物進呈(パス・パレード)を仕掛けた。それで間違いはないですか?」

 

 ベルの確認に命は釈明も言い訳もせず、もう一度無言で頷いた。

 

「言い訳もなしかい。いい度胸だね」

「お怒りは御尤もです。幾らでも糾弾して頂いて構いません。私達は自分達の命可愛さに最低のことをしたのですから」

 

 潔くきっぱりとダフネの怒りを受け入れた命は正座をしたまま両手を付き、頭を地面に下げて付けた。

 

「申し訳ありませんでした!」

「…………」

 

 命の謝罪にベルは困った顔で頬を搔いた。

 

「どうする、ベル」

「ダフネさんはどうしたらいいと思いますか?」

「聞いたのはウチだよ、団長(・・)

 

 敢えて『団長(・・)』と強調したダフネの意図をベルは理解した。

 

「僕は、許してもいいと思います」

 

 モンスターの押し付けは迷宮内では日常茶飯事だとベルも聞いていた。というよりそれを上手く利用することがダンジョンで生き残れる一つの技術でもある。彼らの立場になってみれば、生き残るために必死になるのは当然であり、責めることなどできはしない。自分が同じ立場になったら同じことをすると理解している。

 何時、加害者側に回るか分からない冒険者は、そこに悪意が無い限り、怪物進呈(パス・パレード)には一定の理解を払わなければならない。その原則に従ったベルの言葉にダフネは驚いた様子もなく頷いた。

 

「…………ふーん。まあ、団長がそう言うなら別にいいけど」

 

 ベルの答えにダフネは面白そうに薄い笑み浮かべた。

 

「はい。この件に関してはリリ達も納得してくれると思いますから大丈夫です」

「ベル様が決めたことなら、副団長としてリリも追認します」

 

 話が聞こえていたのだろう。テントの入り口を開けて、一つ前の装備である『まじょの服』に身を包んだリリルカと『やすらぎのローブ』を着たカサンドラが出てきた。

 

「正式な抗議は地上に戻ってからさせて頂きますが、助けにはなりませんでしたが助けに戻ってきてくれた心意気は買うということで」

「殆ど何もしてないもんな」

「はうっ!?」

 

 一応、『おばけパラソル』のモンスター連携『大かまいたち』を防ぎはしたが、Lv.を考えれば戦力になったとは言い難く。本音を漏らしたヴェルフに自覚のあった命が胸を抑える。その間にリリルカ達の脱いだ装備を木の棒で吊るして焚き火で乾燥させる。

 

「次はダフネ様と、えっと命様の番ですよ」

 

 リリルカの言葉にダフネはやれやれと腰を上げ、命もそれに倣い立ち上がったところで固まった。

 

「あの、私は着替えなど持ち合わせていないのですが……」

「あ、そっか。普通は代えの装備なんてないよね。ヴェルフ、どうにか出来る?」

 

 何でも物が入る『どうぐぶくろ』を持っている方が異常で、割と異常に毒されていたベルは解決法をヴェルフに求めた。

 頼まれたヴェルフはマジマジと命を頭から足先までジロジロと観察する。

 

「…………『布の服』に『てつのむねあて』で、武器は『てつのやり』だけか。タケミカヅチファミリアってのは、金が無いのか?」

 

 大派閥のヘファイトスファミリアと、レシピと素材が潤っているヘスティアファミリアしか知らないヴェルフの基準は超高かった。

 

「うう、確かにタケミカヅチファミリア(うち)は貧乏ですけど」

「Lv.2に成り立ての装備なんてこんなもんだよ。金のあるファミリアなら別だけど」

 

 ダフネがフォローしているのか、してないのか微妙なフォローに、否定できる要素が無かった命は項垂れるしかなかった。

 

「こうしてみるとヘスティアファミリアは装備は充実しているよね。しかも頻繁に更新するし」

「俺が鍛冶師なのと、アルスがどこからかレシピを手に入れてくるからな。う~ん…………なあ、ベル。どこまで揃える?」

 

 端的過ぎるヴェルフの問いにベルは直ぐに意味を察した。

 

「命さん、こちらで用意した装備は地上に戻ったら返してもらえますか?」

「それは勿論!」

「なら、出来る最大限を、だね」

「分かった。となると…………リリ助、『どうぐぶくろ』を貸してくれ」

 

 団長から指示を受けたヴェルフは命に装備させる武具を選定し、リリルカから『どうぐぶくろ』を受け取って取り出していく。

 

「武器は『いなずまのやり』で、装備は『バニースーツ』と『サンゴのかみかざり』、アクセサリで『あみタイツ』『氷のイヤリング』ってとこだな。ついでにダフネのも最新のしとくか。『ぎんのむねあて』と『やすらぎのローブ』に」

 

 まず取り出されたのは穂先が雷を模した形をした槍。最初に『いなずまのやり』が出てきた時は不相応すぎるほどに上等過ぎて命は目を見開き、次に『バニースーツ』と『あみタイツ』を出されると別の意味で見開いた。

 余りに卑猥な衣装にリリルカのヴェルフを見る目が氷点下の温度になった。ベルですら目を逸らす。

 

「…………ヴェルフ様、最低です」

「なんだよ、いきなり!?」

「なんだはこちらのセリフです! 幾ら怪物進呈(パス・パレード)を仕掛けてきたからって、ダンジョンで『バニースーツ』と『あみタイツ』を着せようとするだなんて性格を疑います!」

「俺は大マジだ!」

「余計に悪いです!」

 

 鍛冶師として本気で命のことを考えて装備を選んだヴェルフと、一般常識からすれば誤解して当たり前のリリルカの口喧嘩にダフネが片手で頭を抑える。

 

「あ~、リリルカ。冒険者用の『バニースーツ』は信じられないことに、下手な鎧よりも頑丈な構造なのよ」

 

 ダフネの言葉にリリルカは改めて『バニースーツ』を見る。鎧よりも圧倒的に露出度が高いのに防御力が高いと言われても信じられない。

 

「あれで『はがねのよろい』と同等の守備力なんだぞ、本当に何故か!」

「本当なんですか?」

 

 ヴェルフの太鼓判にリリルカが半信半疑でダフネを見る。確かにヴェルフが嘘を言うとも思えないがやはり信じられなかったからだ。

 

「マジなんだよ、これが。信じられないことに。しかも神時代の初期に出来たレシピらしい」

「作った奴は余程の執念を注いだんだろうね」

「執念を注ぐところが間違っているでしょうに……」

 

 リリルカの呟きはもっともだとベルとダフネも思った。

 

(そいつ)に鎧系は合わんだろうし、レシピから作れる中で本当に『バニースーツ』が最高の装備なんだぜ?」

 

 元々の装備と14階層の動きからして命の戦闘スタイルは素早さを活かしたベルに近い戦闘スタイルと予想。命に対して手持ちのレシピから作れる最高の装備が『バニースーツ』なのはヴェルフの意図ではない。

 

「というわけらしいので、よろしいでしょうか、命様」

「…………」

「固まってるね、こりゃ」

「普通、こんなの渡されたら固まりますよ」

 

 露出の高い衣装を身に着ける羞恥心は、同じ女としてリリルカもダフネも良く理解できる。特に『あみタイツ』を既に装備しているカサンドラは自分に『バニースーツ』が回って来なくて少し安心しながら、命に同情の目を向けていた。

 

「わ、私は本当にこれを身につけねばならないのですか?」

 

 自分に対する視線の意味も理解している命は、『バニースーツ』と『あみタイツ』を手に羞恥に身悶える。

 

「『布の服』が乾いた後に上から着たらいいんじゃ……」

「そ、それならまあなんとか……」

 

 命は恥ずかしそうに頷いた。

 『布の服』を上に着てしまえば、見た目的には『あみタイツ』は目立つが『バニースーツ』は殆ど見えなくなる。折角、善意で今使っている装備よりも数段上の物を貸してくれるというのだから、恥ずかしいからと駄々をコネられる立場にはなかった。

 諦めたように差し出された新しい装備を受け取ると、ダフネと共に重い足取りでテントに入って行った。

 

「見えないというのも、またいい」

 

 ポツリとヴェルフの感慨が籠り捲った呟きにベルは呆れた。

 

「やっぱりヴェルフの性癖出てない?」

「服の下に『バニースーツ』だぞ。ベルは萌えないってのか?」

「僕はちょっと」

 

 ベルの好みは金髪お姉さん系エルフなので、ちょっと特殊過ぎるヴェルフの萌えポイントは理解できなかったらしい。

 

「けっ、お子様め。お前はどうなんだアルスって、寝てるし」

 

 ヴェルフが聞こうと横を向くと、アルスは寝袋に包まって眠っていた。

 

「結構前から寝てたよ。大分、魔法を使ったから回復しようとしてるんだよ」

「寝れば回復するもんな、精神力(MP)。リリ助も寝とくか?」

「止めておきます。こんな気分で寝れそうにありません」

 

 モンスターに食われ、14階層から22階層に移動してしまったばかりの状況では幾ら安全と分かっていても神経がささくれ立っている。リリルカには回復が必要だからとアルスのように簡単には眠れない。

 ヴェルフも体に若干の疲労を感じていても、精神が興奮状態よりなのは同じなので強制はしなかった。

 

「装備といえば、今回渡されたこの『氷のイヤリング』はもう外してもいいのですか?」

「この階層を抜けるまでは着けておいた方がいいんじゃないかな。氷とあるけど、水にも耐性があるんでしょ?」

「ああ、『氷のイヤリング(これ)』が無かったら息が続かなくて死んでたかもしれんな、俺。中層直前にレシピを仕入れてくれたアルスには感謝だな」

 

 それぞれ装備の一つを外してまで全員の耳に等しく付いている『氷のイヤリング』。

 このイヤリングは、豊穣の女主人の女将からアルスが貰った『属性アクセのしおり』のレシピから作られており、その特性は氷属性に対して耐性を付与するというもの。属性として性質が近い水にも一定の耐性がつく。

 

「用意してくれたのは豊穣の女主人の女将なので、お礼するなら女将に言うべきですよ」

「無事に地上に戻れたらいの一番に礼を言いに行くさ」

 

 リリルカの忠言に、九死に一生を得たヴェルフは素直に頷いた。

 

「しかし、『クラーゴン』に飲み込まれている時、浮遊感があったがここは14階層なのか?」

「いえ、恐らくは――」

 

――――――――――だいおうイカが あらわれた!

 

 リリルカの声を遮るように海面から現れたモンスターに、ヴェルフは即座に『カルサドラアックス』を持って立ち上がり構える。

 

「シャァアアァァァァァッ!」

 

 10本の触手を持つ巨大なイカのモンスターに向かってヴェルフが走る。

 自分からやってきた獲物に『だいおうイカ』が足を振り上げようとしたところで、リリルカが『いかずちの杖』を向けていた。

 

「メラミ!」

 

――――――――――リリルカは メラミを となえた!

――――――――――だいおうイカに ダメージ!

 

 頭部に巨大な火の玉を食らった『だいおうイカ』が衝撃で体を傾けたところにヴェルフが踏み込む。

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフは 蒼天魔斬を はなった!

――――――――――だいおうイカに ダメージ!

――――――――――だいおうイカは からだがしびれ うごけない!

 

 ヴェルフの『カルサドラアックス』の刃が『だいおうイカ』の足を切り裂き、胴体を深く斬り裂いて大量の血液が噴き上がる。

 下がるヴェルフと入れ替わるように『はやぶさの剣』に炎を纏わせたベルが切り込んでいく。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――だいおうイカに ダメージ!

 

 『はやぶさの剣』による炎を纏った二連撃を無防備に受けてしまい、ベルのスキル『タナトスハント』の効果によって痺れ状態にある『だいおうイカ』は6.2倍の大ダメージを受けて体が大きく揺らぐ。

 この階層でも屈指の強モンスターである海の怪物は、たった三人の人間の攻撃に傷つけられ瀕死へと陥っていた。だが、まだ生きている。死にたくないと足掻いている。だが、その願いも虚しく力尽きる時が来た。

 

「イオラ!」

 

――――――――――リリルカは イオラを となえた!

――――――――――だいおうイカに ダメージ!

――――――――――だいおうイカを たおした!

――――――――――アルスたちは 960ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――だいおうイカは 魔石を 落としていった!

――――――――――だいおうイカは ピンクパールを 落としていった!

 

 『爆発魔法(イオラ)』の爆発によって瀕死だった『だいおうイカ』が魔石化してドロップアイテム共々海に落ちたところで、テントで着替えていた命が戦闘音に気が付いた。

 ヘスティアファミリアをこの状況に追いやってしまった負い目、装備も無償で借りるとい二重苦を背負っていた命はモンスターとの遭遇時には自分が真っ先にアタックしようと心に決めていたので焦り過ぎていた。

 

「モンスターが現れたのですか!?」

「あ」

 

 声に振り返ったベルが見たのは、バニースーツの胸部分を上げていない命の姿だった。

 純情なベルは女性の裸の胸の見てしまった経験が無い。即座に顔を両手で覆って背を向けて耳まで真っ赤にして硬直する。全員の視線が自分の胸に向けられていることに気が付いて、命はベルが何を見たのか理解して顔を一気に真っ赤にした。

 

「きゃ、きゃぁああああああああああああっっ!?」

 

 羞恥の叫び声を上げてテントに逆走していった。

 

「ご、ごめんなさい!」

「ヒュー」

「ヴェルフ様、茶化さないで下さい」

 

 姿が見えなくなったのに頭を下げて見てしまったことに謝るベル、茶化すヴェルフとなんとも対照的な二人に、頭が痛いとばかりにリリルカが苦言を呈する。大丈夫だろうかとカサンドラがテントの方へと向かって行った。

 

「へいへい、モンスターの足が残ったし、ゲソ焼きにして食うか」

 

 切り落とされた『だいおうイカ』の足を回収していたヴェルフに、ようやく頭を上げたベルがその青色の足を観察する。

 

「この足、僕らが吸い込まれたモンスターのとは体表面の色が違うね」

「今のは色からして『だいおうイカ』でしょう。リリ達を吸い込んだのは紫系統だったので、恐らく『クラーゴン』と思われます」

「く、『クラーゴン』? 22階層の階層主の?」

「14階層で何度か目撃例があったとの話ですので事実と思われます。恐らく14階層で生まれ、今回のように22階層に下る階層移動する特殊なモンスターなのかもしれません」

「ラムトンのようなモンスターが他にもいたってことか。エイナさんに報告することが増えちゃったよ……」

 

 ベルは、またエイナに迷惑をかけると思って溜息を吐いた。

 深層の37階層に生息している全高5M、全長10Mという並のドラゴンをも遥かに上回る体躯をした巨大蛇で『ラムトン(凶兆)』の異名を持つ稀少種モンスター『ワーム・ウェール』。深層に出現するモンスターでありながらも、地中を自由自在に潜航し、これによって階層間を移動して上部の階層に出現するという習性にあり、稀に下層に現れては上級冒険者の数多くを餌食にしていた。

 階層を跨いで同種類が出現するモンスターはいても、階層間を移動するモンスターは『ワーム・ウェール』など極少数に限られる。

 

「ここは22階層ってことか。まったく厄介なことになった」

 

 焚き火で炙ったゲソ焼きを頬張るヴェルフの言葉をタイミング悪くテントから身を縮めながら出てきたバニースーツを着た命が聞いてしまった。

 

「すみません……」

「謝ったって状況は良くなるわけじゃないんだから辛気臭い顔は止めてよね」

「わ、分かりました。努力します」

 

 『やすらぎのローブ』の上に『ぎんのむねあて』を纏ったダフネから厳しい叱咤を受けて、命は肩を落としたまま姿勢を正す。

 

「生真面目か。ったく、調子が狂うよ」

 

 そういう性格だからこそ怪物進呈(パス・パレード)を仕掛けたとしても、そこに悪意はなく仕方のないものだと納得せざるをえない。ある種、今の『バニースーツ』と『あみタイツ』の組み合わせを着ている時点で罰を受けているようなものなのと、胸チラをしてしまったので同じ女として同情心もあった。

 

「まあ、今回のことはあんまり気にすんなよ。生き残れただけ儲けもんってなもんだ」

「そうそう。ヴェルフの言う通りだよ命さん」

「でも……」

 

 自分の失態を恥じて言葉も出ない命は、申し訳なさそうに口を噤む。

 

「遠征前だったから物資は備えて買い込んでいたから不足はないよ。というか、アルスが無駄に買い込んでくれた所為で、一人増えても無駄に余裕がある」

「『どうぐぶくろ』には素材や装備、『ふしぎな鍛冶台』も入ってるから装備の問題もないぞ」

「不幸中の幸いというべきか、こういうこともあるかと思い中層の地図情報(マップデータ)もリリの頭に入っています。問題なく地上を目指せます」

「うん、何も焦る必要はないね。最終目標は勿論、地上に戻ることだけど、まずは安全地帯がある18階層を目指そうか」

 

 団長であるベルの提案に全員が頷いた。

 

「…………皆さん、逞しいですね」

 

 もしもタケミカヅチファミリアが同じ状況に陥ればパニックになるか、或いは絶望するか。

 実に落ち着いたヘスティアファミリアの態度に、単純なLv.差以上の強さを感じて命は感嘆する。

 

「異常事態にはなれてますから」

「慣れちゃったんだよなぁ」

 

 リリルカの場合は怪物祭(モンスター・フィリア)から始まり、ヴェルフはソーマファミリアの騒動も含めて、計らずとも『だいおうイカ』との戦闘での手応えがまだこの程度の苦境はなんともないと思えてしまう。

 

「ウチらはこれに慣れないといけないのか……」

「慣れるのかな……」

 

 最近加入したばかりのダフネとカサンドラにとっては自分達の到達階層を2階層も更新している状況に焦りを覚えていないのは、それだけ戦力が充実しているから。物資は過剰なほどで、この程度の苦境が苦境に感じないようにならないことに二人は遠い目をする。

 

「なんか、ごめんなさい」

 

 四者四様の反応を見せる四人に申し訳なくてベルが謝っていると、寝袋に包まっていたアルスがスクッと立ち上がった。

 

→俺様、完全復活!

  天上天下唯我独尊!

 

「はぁ、アルスの能天気さが羨ましいよ」

 

 自分だけ気負っていることが馬鹿みたいで、ベルの愚痴に命も含めた全員がドッと湧いた。

 そうして、ヘスティアファミリアに命を加えた一行は地上を目指して進むのだった。

 

 

 

 

 





 というわけで、本作では中層14階層から22階層に落ちての展開となります。
 クラーゴンが14階層(内海)と22階層(外海ナギムラー村周辺イベント)で登場することから、こういう展開となりました。


またドラクエ11で『バニースーツ 守備力38、魅力31』『はがねのよろい 守備力39』とマジで殆ど守備力が変わりません、本当にマジで。





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第49話 その頃、ヘスティアは――



今話は短め、ヘスティア様のお話です。




 

 

 

 

 

 廃教会(ホーム)を改修中、安全の為にヘファイストスファミリアで間借りさせてもらっているヘスティアは働かざる者食うべからざらずとのことで、ヘファイストスの命令で支店でのアルバイトに駆り出されていた。

 ベル達がダンジョンに潜った翌朝、バイトに精を出していたヘスティアの下にタケミカヅチが眷属を連れて現れた。

 

「すまん、ヘスティア! うちの連中が中層でお前の子供達らしき者達にモンスターを押し付け、救援に戻ったうちの子と一緒に行方が分からなくなった!」

 

 ヘファイトストスにも連絡を取り、場所をヘファイトストスの執務室に代えて事情を話したタケミカヅチは最後に深々と頭を下げた。

 

「――――――事情は分かった。それで、タケ。キミはどうしたいんだい?」

 

 頭を下げたまま顔を上げないタケミカヅチにヘスティアは問う。

 

「無論、命とヘスティアの子達を助けに行きたい。そこでヘファイトストスに頼みたい。可能であれば力を貸してほしい」

「…………私は無理よ。ロキのところの遠征に腕利きの団員を預けていて、今すぐ動ける子じゃあ中層に留まらせるには頼りないもの」

 

 タケミカヅチの決意の言葉にヘファイストスが答えて、第一と続ける。

 

「子が行方不明になって焦る気持ちは分かるけど、ヘスティアの子らにはLv.4が複数いる。行方不明になったとしても直ぐに助けが必要とは思えないわ」

 

 強さだけでなく、『どうぐぶくろ』と『ふしぎな鍛冶台』があるからアイテムや装備についても何ら問題ないと知っているヘファイトストスとしては、彼らにとっては未体験の階層ということだけが不安要素でしかなく、すぐさま救助が必要とは思えなかった。

 

「ヘファイトストスの言う通りだ、タケ。ベル君達に授けた神の恩恵(ファルナ)は消えちゃあいない。君の子の恩恵はどうだい?」

「あ、ああ、感じるが命はLv.2だ。中層に留まるには頼りない」

「ベル君達の性格的に君の子を見捨てるなんてことはしないと思うから、きっと大丈夫だ。一緒に地上に戻ってきてくれるさ」

 

 ヘスティアがそう言って笑いかけると、焦燥に支配されていたタケミカヅチも少し頭が冷えたのか表情に冷静さが戻ってきた。

 

「でも、14階層で行方不明ってのは確かに心配ね」

 

 同調するヘファイストスにタケミカヅチは深く頷く。

 

「あそこは海の階層だから留まるのは向いていないし、不測の事態が起きたのだとしたら一時的に下の階層に避難するとしても、朝になっても戻ってこなかったのは気になるわね」

「単純にタイミングの問題とかじゃないのかい? 元々、ベル君達は15階層でダンジョンで泊まることを経験することが目的だったから、メンバーも増えたからゆっくりと今この瞬間に地上に向かっているかもしれない」

「元アポロンファミリアの子がいるのだから、そういう時は当初の予定を変更してでも地上への帰還を優先するはず。怪物進呈(パス・パレード)にあって、14階層の入り口近くまで戻って来ていたはずなのに、事態を切り抜けたからって15階層に行くっていうのは普通はしないわ」

「すぐ戻れない普通じゃない何かがあったってことかい?」

「可能性としてはね」

 

 普通ならば何かのトラブルが起こったのならば地上を目指すはずで、反対に殆ど交流の無い別派閥の冒険者を連れて下に向かうとは考え難い。そうは出来ない理由があったと考えるのが自然だった。

 

「Lv.帯で考えればモンスター関連よりも、ダンジョンギミックの方かしら」

 

 14階層の攻略推奨Lv.は2。Lv.4が複数いるヘスティアファミリアのパーティーが怪物進呈(パス・パレード)にあったとしても、切り抜けられないとは思えない。となれば、別の要因として考えられるのはダンジョンが仕掛けた罠とヘファイトストスは推測する。

 

「ベル君から聞いたような、中層から出現するという縦穴とかに落ちたってことかい?」

14階層()に縦穴があるのかは聞いたことないけど、21階層と出現するモンスターが似通っているらしいから或いは」

 

 海がある階層はどこから海水が流れ込む、もしくは汲み上げているかは不明だが、各階層が独立しているかよりも縦穴などで繋がっていると考えるのが自然。冒険者が感知しえないエリアで各階層が縦穴などで繋がっていることは否定しえない。

 

「仮に14階層で縦穴から21階層に落ちたとして、幾ら冒険者であっても7階層分の高さを落ちて無事に済むはずがない」

 

 命の恩恵が感じられるタケミカヅチはヘファイトストスの推測をありえないと否定する。

 

「いや、大丈夫だ」

「言い切るわね、ヘスティア。何か秘策があるのかしら?」

「企業秘密ってやつだよ。ただまあ、21階層にまで落ちたのなら一晩じゃあ帰って来れないはずだ」

 

 ヘファイトストスの推測ならば辻褄があってしまい、怪物進呈(パス・パレード)に合っただけでなく、また別のトラブルに巻き込まれた可能性が高いベル達にヘスティアは頭を抱える。

 

「あまり心配していないようだが……」

「心配はしてるよ。でも、同時に信頼もしてるんだ、みんなを」

 

 アルス達の各種多彩な魔法やスキルを知るヘスティアも最早、トラブルに愛されているとしか思えないベル達を心配する思いはあれど、同時に負けるはずがないと強さを信じている。

 当然、アルス達のことをアポロンが主催した神の宴が初対面で、戦争遊戯(ウォーゲーム)での活躍しか知らない桜花達には大事なヤマト・命(仲間)が同行していると思われるのだから居ても立っても居られない。

 

「ですが、俺達は今直ぐにでも命を助けに行きたいのです!」

 

 今まで黙って神同士の話を黙ってみていたカシマ・桜花が強い目で訴える。

 

「痛いほど気持ちは理解出来るけど…………タケ、君の子達は中層で活動できるのかい?」

「難しいな。今回のことで分かった。Lv.2の桜花は良いとしても、後は千草ぐらいだろう。それでも中層の上部までだ。たった二人で中層まで潜るなど、とても認められない」

「かといって半端な人員を増やしても意味がないしね」

 

 怪物の宴(モンスター・パーティー)にあったとはいえ、14階層で逃げ帰った面々で中層に挑むなど無謀でしかない。そのことを身を以て思い知らされた桜花が己の不甲斐なさに唇を噛み締めると、ヘファイトストスの執務室のドアがバンと音を立てて外から開けられた。

 

「その話、俺も混ぜてほしいな!」

 

 現れたのは、眷属であるアスフィ・アル・アンドロメダを従えたヘルメスと、ナァーザ・エリスイスとその主神ミアハの姿もあった。

 

「すまんな、ヘスティア。俺はあまり手助けになれそうにない」

「ミアハ、来てくれたその気持ちだけで十分だよ」

 

 申し訳なさげなミアハに、唯一の眷属であるナァーザがダンジョンに潜れない事情を知っているヘスティアは気にする必要はないと伝える。

 

「ヘルメス!? なんであなたがここに……」

「タケミカヅチの子が助力を願えないかとオレとミアハのところに来たのさ。事情は聞いている。オレの派閥から人を出そうじゃないか」

 

 別派閥であっても神相手に力尽くでは止められなかった自眷属に下がるように指示を出したヘファイトストスはヘルメスの提案に目を丸くする。

 

「ヘルメス、人を出すということだけど、あなたの派閥は確かLv.2の構成員が殆どだったはずだけど」

 

 ギルドに記録されているヘルメスファミリアの到達階層は19。派閥ランクもFで、現在ではDに上がったヘスティアファミリアよりも下。最悪、21階層まで捜索の手を伸ばす必要があるかもしれないのに、Lv.2の団員が多いヘルメスファミリアの団員には荷が重い。

 眷族達に本来のレベルを隠させているヘルメスも、ヘファイトストスの懸念は最もだと頷く。

 

「分かっているとも。だから、うちのエースのアスフィを連れて行く(・・・・・)。安心してくれ!」

万能者(ペルセウス)を? 俺としてはとても助かるが、連れて行く? まるで自分も一緒に行くような言い方だが」

「ああ、オレも一緒に行く」

「はぁっ!? なにを言っているのですか、ヘルメス様!? 神がダンジョンに潜るのは禁止事項ではないのですかっ!?」

 

 話の流れ的に自分が行かなければならないのだろうと達観していたアスフィは、まさか主神たるヘルメスまで同行するとは予測しておらず詰め寄る。

 

「迂闊な真似をするのが不味いってだけさ。なあに、ギルドに気づかれない内に行って、さっさと戻ってくればいい」

 

 知られなければ違反は違反にならないと、平然と言い切ったヘルメスにヘファイトストスは呆れた。

 

「それを聞かされた私がギルドに黙っているとでも?」

「行方不明の中に元眷属(ヴェルフ)がいるんだ。子思いのヘファイトストスはきっと知らない振りをしてくれるさ。それに」

 

 渋い顔をするヘファイストスにヘルメスはニヤリと厭らしく笑う。

 

「オレが行けないのならアスフィも出さない。タケミカヅチの子だけじゃ無理なのだろう? そうなると困るのはお前達だと思うが」

「ぬぅ……」

 

 これには最も救助隊を求めるタケミカヅチとしてはヘルメスに抜けられると困ったことになる。縋るようなタケミカヅチの目に、ヘファイトストスが根負けするのは時間の問題だった。

 完全に自分だけでなくヘルメスまで行く流れになっている状況に、苦労人アスフィはため息を漏らす。

 

「はぁ、ヘルメス様。仮に私達が行くとしても、Lv.2の桜花(前衛)とLv.1の千草(後衛)ヘルメス様(お守り)を抱えたままだと18階層までが限界です。それもタケミカヅチファミリア(彼ら)が足を引っ張るようなら保証しかねます」

「なに?」

「主神の命がかかっているとなれば、私も無責任なことは言えませんので」

 

 侮られていると思った桜花がキツい視線を向けるも、アスフィの言うように足手纏いになる可能性が高い。

 命を助けに行くにはアスフィの力は必要不可欠。爆発でもしてくれれば反故に出来ると期待したアスフィの予想を裏切って、桜花は反論の言葉を奥底に押し込んで耐えた。

 

「待て、ヘルメス。僕も連れて行け!」

 

 纏まりかけた空気を破ったのはヘスティア。

 この流れをヘファイトストスの執務室前に組み上げていたのに、完全に予想外のヘスティアの要求にさしものヘルメスは目を見開く。

 

「は? 落ち着いてくれ、ヘスティア。ダンジョンは危険だ。『力』が使えないオレ達なんて、襲われれば一溜りもない。何よりバレたら不味い」

「分かっているさ。それでも自分は何もしないまま、あの子達のことを任せることなんて僕には出来ない!」

 

 ヘスティアは強い言葉で己の意思を伝える。それは幼い見た目の幼女ではなく、ヘスティアファミリアの主神としての言葉だった。

 

「勇ましいのは結構だが、戦力的な問題もあってな。これ以上、足手纏いを増やすとアスフィの手が回らなくなる」

「なら、足手纏いが増えても戦力が増えれば問題ないんだね?」

 

 なにしろ神がダンジョンに入っていけないという決まりも自分が先に破るのだから、理屈の上ではヘスティアの言うことをヘルメスも否定出来ない。

 

「あ、ああ……だが、当てがないからオレ達に白羽の矢を立てたんじゃないのか?」

「当てはあるが連絡手段が無い! 第一、僕としてはベル君達を信じたいが、ヘルメス達が向かうというのなら座して待つわけにはいかない。この手だけは使いたくなかったが――」

 

 ヘスティアは身を乗り出し、その瞳には今までに見たことがないほどに強い意思が宿っていた。勢いに押されて、ヘルメスが二歩ほど下がるほどに。

 

「ヘルメス、戦争遊戯(ウォーゲーム)で助っ人に来てくれたエルフ君に会わせてくれ!」

 

 

 

 

 






 「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 水と光のフルランド」の制作を発表されたそうで。
 コンシューマで出るらしいので楽しみです。


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第50話 ダルマさんが転んだ!



――――――――――アルスは レシピブック 『プラチナ防具の目録』を 手に入れた!
――――――――――プラチナヘッドの レシピを 覚えた!
――――――――――プラチナメイルの レシピを 覚えた!





 

 

 

 

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは かえん斬りを はなった!

――――――――――むつでエビに ダメージ!

――――――――――むつでエビを たおした!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 655ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――ハートナイトは 命のゆびわを 落としていった!

 

 ギルドの地図情報(マップデータ)によれば、21階層の終盤(入り口)辺りで遭遇した『むつでエビ』と『スライムナイト』『ハートナイト』のコンビの計三体との戦闘がアルス・クラネルの一刀で終了した。

 囲まれない限りは集団戦であっても戦闘に参加するのは四名までとしていて、治癒師として殆ど戦闘に参加しないカサンドラ・イリオンの守護役として傍観していたヴェルフ・クロッゾが今回のサポーター役として魔石とドロップアイテムを拾い上げる。

 

「ほう、『命のゆびわ』か。また珍しい物がドロップしたな」

 

 ヴェルフが拾い上げたドロップアイテム『命のゆびわ』を掲げているのを、興味深げに横からベル・クラネルが眺める。

 

「ただの指輪系のアクセサリーに見えるけど、どんな効果があるの?」

「凄いんだぜ、これ。なんと、一歩歩く度に体力(HP)が極少量とはいえ回復するんだ」

「『やすらぎのローブ』の似たような効果じゃないですか」

 

 リリルカ・アーデの一言にヴェルフはやれやれと肩を竦める。

 

「全然違うっての。『やすらぎのローブ』の効果は一時間単位だが、『命のゆびわ』は一歩ごとに回復する。移動し続ければ時間に関係なく回復できるっていうのは大きいだろ」

「逆に言い換えれば、動けない状況では一切回復しないと」

「どんな物にも一長一短はあるもんだ。両方装備すれば何も問題ないだろう。となれば、誰が装備するかだが」

 

 手の中で『命のゆびわ』を弄んでいたヴェルフは、たった一つしかないドロップアイテムを誰が身に着けるかを思案する。

 

「普通に考えるなら『やすらぎのローブ』を着てない人じゃないの?」

 

 言ったベルがリリルカとヤマト・命を見る。

 

「リリはそもそもダメージを受ける機会が少ないですし、『やすらぎのローブ』の有無を条件とするならば前衛の命様が装備するのが適切ではないでしょうか」

「わ、私ですか?」

 

 リリルカの提案に、既にほぼ全ての装備を誂えてもらったので自分は対象外と勝手に思い込んでいた命は驚いて目を見開く。

 

「と、いうことだ。ここは遠慮せずにお前が装備しててくれ」

 

 躊躇する命にヴェルフは『命のゆびわ』を渡そうとした。

 

「で、でも…………そ、そうです! (タンク)役として攻撃を受ける機会が多いヴェルフ殿にこそ必要なアイテムではないでしょうか!」

 

 ただでさえ装備を充実させてもらったのに更に借りを重ねては首が回らなくなる。まるで借金を重ねた者の論理が頭の中を支配した命の精一杯の申し出に、ダフネ・ラウロスは確かに頷いた。

 

「パーティーの役割的に一番必要なのはヴェルフだよね。極東娘の言うことも一理ある」

「後は身を挺してみんなを庇いがちなベルさんも、だと思う……」

 

 治癒師として治癒を施す機会が多いカサンドラ・イリオンがベルを見ながら『命のゆびわ』装備の候補者に付け加える。

 

「え?」

「アルス様も庇う動きはしますが上手く盾や武器で弾いていますし、カサンドラ様の仰るように確かにベル様もダメージを受ける率は高い方ですね」

 

 本人(ベル)は全く自覚していなかったが、戦闘時は魔導師として後ろから仲間を見ているリリルカが重く頷く。

 

「む……」

 

 そう言われればと、ベルも唸る。

 先の戦闘でも『むつでエビ』のツメスラッシュの効果範囲にいたリリルカを庇い、ダメージを負ってカサンドラの治癒魔法(ソールライト)で治してもらったばかり。

 

「話を纏めると、俺・命・ベルの三択に絞られたか」

 

 『命のゆびわ』を持つヴェルフが命とベルを見る。

 視線を向けられたベルが思案気に顎に指を当ててからカサンドラに視線を移した。

 

「普通にダメージを受けることが多いヴェルフでいいんじゃないかな。カサンドラさん、今のところ回復を一番受けているのってヴェルフですよね?」

「は、はい。その次はベルさんですけど……」

「やっぱりヴェルフが必要ってことですよね」

 

 カサンドラの意見を塗り潰すベルにリリルカが冷めた目を向けるも、ダフネとしてはまだ地上まで遥か遠い21階層にいる現状を勘案して判断しなければならない。

 

「カサンドラの精神力(マインド)も無限じゃないんだ。回復の数が多いヴェルフが装備するのが最善ってことだね」

 

 ダフネの最もな意見に、渋々ヴェルフも頷いた。

 

「寝たら完全回復するステータス変化済み(俺達)と違って、回復の仕方が違うってのはなんなんだろうな」

「寧ろ色々と摩訶不思議なアンタらに言いたいよ、ウチらは」

 

 コクコクとダフネに同意とばかりに何度も頷くカサンドラにベルが苦笑する。

 

「摩訶不思議なことは今に始まったことじゃないですか」

「ベル様、何のフォローにもなっていません」

 

 リリルカの突っ込みを流して、ヴェルフが顎に手を当てて考え込む。

 

「もう21階層も抜けるから『氷のイヤリング』も必要なくなるし、『命のゆびわ』を俺が装備したら『バトルチョーカー』は命に任せるか」

 

 ヴェルフも攻撃力は高くはないが、素の状態でもアルス・ベルに次いでパーティー三番目の高さにある。最大HPとMPを上げる効果を持つ『ようせいの首飾り』は外せないので、前衛にも回る中で攻撃力が一番低い命に『バトルチョーカー』を回そうと考えた。

 

「そうですね。今のままだと命様は攻撃力が全然足りていませんし」

「はうっ!?」

 

 22階層、21階層の戦いでは身軽さを活かして攪乱役にはなれていたけれど、与えられるダメージが軽微だとモンスター達が悟ると無視されることも多々あった。特にモンスターが注意を向けていたのは高い攻撃力を持つアルスであり、威力の強い魔法をリリルカであったりする。

 装備が充実しても割と足手纏いな自覚があった命はパーティーの女性陣内でカサンドラに次いで大きめの胸を抑えて落ち込む。

 

「22階層ならともかく、21階層で頼りにならないとなるとこれからが厳しくなるし、いいんじゃない」

 

 ダフネの追い打ちに、命は今にも地に四肢を伏せそうだった。

 

「しかし、21階層のモンスターは22階層と比べて急に弱くなりましたね」 

「砂浜が多くなった地形の問題もあるんじゃないかな。やっぱり足元がちゃんとあると安心するよ」

 

 22階層を海に例えるならば、21階層は海岸というのがしっくりくる地形だった。

 戦闘における行動範囲が広がり、機動力が生命線なベルからしてみれば22階層と比べて戦いやすさが全然違う。

 

「純粋にモンスターの強さも全然違うからね。どちらかというと、21階層の平均的な強さは14階層の次に来ても、まあまあおかしくない強さだよ」

「これもダンジョンが用意した心理的ギミックなのか?」

「かもしれないね。この階層の後に22階層に行ったら世界が違うと思う」

 

 中層最初の13階層が上層12階層のモンスターの強さが変わらないように、21階層で油断させてから22階層で嵌め落とすかのようなダンジョンの悪辣さ。

 

「この階層にいた『イビルビースト』の上位種『エビルホーク』が急に現れるんだもんね。ビックリしたよ」

 

 ベル達は逆に下から上の階層に上がっているので、上位種の後に下位種と戦ったので逆に肩透かしを食らってしまった。

 

怪物祭(モンスター・フィリア)であれだけ苦戦したのにビックリですましますか」

 

 リリルカからすれば怪物祭(モンスター・フィリア)での『イビルビースト』と戦った際にアルスが一時戦闘不能になり、何かが違えば敗北していてもおかしくなかった戦いだけにベルほど簡単には流せない。

 

「6階層で『インプ』を倒した時に僕達が強くなったっていう実感を得ているからね。あっちは強化種で条件は違うけど。それに今も『デスコピオン』に良く似た『むつでエビ』も問題なく倒せたから」

「絶対に『デスコピオン』の方が強かったと思うな、俺は」

「リリも同意見です」

 

 割と『デスコピオン』がトラウマになっているヴェルフに、リリルカも大きく頷く。

 

「ただまあ、21階層にも『ハートナイト』も含めて強いモンスターが何種類かはいたけど、どうしてアポロンファミリアは21階層に到達できなかったんだ? モンスターの強さも地形もそこまで難しい物じゃないだろうに」

 

 アポロンファミリアの公式の到達階層は20階層。ヴェルフの所感では、ここまで辿り着けたのなら21階層は普通に来れそうな気がするので疑問をダフネにぶつける。

 

「その理由は20階層に上がれば分かるよ」

 

 ダフネは直ぐにヴェルフの疑問には答えず、丁度タイミング良く20階層に続く階段を見つけたので先に進むことを促す。

 ヴェルフの疑問は解消されないが、ダフネの態度から答えてもらえないだろうと察したのかベル達は階段を上がっていく。

 階段を上がりきった先にあるのは廃墟だった。

 

「――――これがダンジョンの中?」

 

 今までの階層とは違う明らかに人為的な痕跡のある嘗ては建物だった残骸がそこかしこに点在しており、それこそ放棄された廃墟の町の様でベルが瞠目する。

 

「大昔、18階層(セーフティポイント)を足掛かりに他にもダンジョン内で冒険者の拠点を作ろうとした成れの果て。モンスターに崩されても何度も試みられたけど、やがて諦められて放置されたのがこの廃墟の正体」

「噂は聞いていましたが真実だったのですね。それにしても……」

「ああ、これは中々圧巻だな。まさしく兵どもが夢の跡か」

 

 破壊されても挫けず何度も再建しようとした冒険者を褒めるべきか、諦めさせたモンスターが凄いのか。リリルカは言葉を濁すが、ヴェルフは率直な感想を口にした。

 

――――――――――ドラゴンが あらわれた!

 

「ドラゴンだ」

「ドラゴンですね」

「ドラゴンだな」

 

 現れたモンスターの体色は緑色で腹側はクリーム色で、猛禽類のような爪のある四本脚で歩行していて翼は無い。下界全土から求められる3つある冒険者依頼の最後の一つ、隻眼の黒竜から分かるように冒険者の間ではドラゴンは強モンスターに分類される。

 突如として廃墟の陰から出現した『ドラゴン』にベル達三人の頭が追いついていなかった。

 

→動け!

  ダルマさんが転んだ!

 

 叫んだアルスが二刀を抜き放って駆ける。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは、全身全霊切りを はなった!

――――――――――ドラゴンに ダメージ!

――――――――――ドラゴンを たおした!

――――――――――アルスたちは 656ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――ドラゴンは 魔石を 落としていった!

――――――――――ドラゴンは ドラゴンのツノを 落としていった!

 

 飛び上がって全力で放ったアルスの二刀が強かに『ドラゴン』を打ち据え、硬い鱗を砕いてその内部にまで致命的な損傷を齎して魔石とドロップアイテムを残して霞となって消えた。

 

「え?」

 

 動こうとしていた三人の目が点になり、追撃の鞭攻撃を放とうとしていたダフネが振り上げた手を止めて顎をカクンと落としていた。

 魔石とドロップアイテムが床に落ちても誰も拾うこともせず、沈黙が場を支配する。

 

「倒し、ちゃいましたね……」

 

 カサンドラは呆然として、目の前で起こったことを受け入れられていない様子だった。

 

「…………見た目ほど大したことなかったのかな?」

「んなわけないでしょうが!」

 

 ベルの呟きにダフネが腕を振り下ろしてバシンと鞭を地面に叩きつける。

 亀裂の入った地面に全員の目が集まっている間に、アルスがそそくさと魔石とドロップアイテムを回収する。

 

「単体の能力は深層にいてもおかしくない強さなのよ。弱いなんてことは絶対にない。けど、こんなに簡単に倒すなんて。あの苦労はなんだったのよ」

 

 注目を集めて罰が悪くなって『女王のムチ』を直しながら強い口調で言って嘆くダフネの肩をポンポンとカサンドラが叩く。

 

「まあ、アルスの攻撃力が強かったってことだろうな。全力の技だったし」

 

 俺だってアルスの『全身全霊斬り』は真っ向から受けたくはない、とヴェルフが内心で付け足す。

 

「実質的な階層主ってことでとは思うんですけど、これぐらいならヒュアキントスさんでも切り抜けられそうですけど」

 

 高い攻撃力とスキル『ドラゴン斬り』の効果でドラゴン種に対しての斬撃が強化されたことも一撃で倒せた要因と知っているが、戦争遊戯(ウォーゲーム)で戦ったヒュアキントス・クリオならばアルスのように一撃とはいかなくても、倒すのは不可能ではないと考えたベルにダフネは在りし日を思う。

 

「一体や二体ならね」

「え、まさか……!?」

 

 ダフネが言った意味をリリルカが理解した途端に次なるモンスターが現れた。

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 再びの『ドラゴン』に今度は『メタルスライム』が二体のおまけ付き。

 

「アルス!」

 

 自身の名を呼んだベルが『はがねのブーメラン』を取り出したのを見て、アルスは一瞬で求めているものを理解した。

 

「やっ!」

「はっ!」

 

――――――――――メタルボディを きりさく 息を あわせた こうげき!

 

 メタル種に対して投擲武器効果強化をベルの『やいばのブーメラン』と、同じくメタル系に確実ダメージを与えられるスキルを持つアルスが二刀をぶんまわした。

 

――――――――――メタルスライムたちに ダメージ!

――――――――――メタルスライムたちを やっつけた!

 

「よし、攻撃を当てられないメタルスライムは倒した。後はドラゴンを――」

 

 今までの戦いで実は『メタルスライム』に一度も攻撃を当てたことがないヴェルフがガッツボーズを取っている間に、命がドラゴンに向かって攻撃をしていた。

 

「えいやっ!」

 

――――――――――命の こうげき!

――――――――――ドラゴンに ダメージ!

 

「ぜ、全然効いてない……」

 

 あまり防御力が高くない命は直ぐに離脱したので反撃を受けることはなかったが、ギロッと睨んでくる『ドラゴン』には大してダメージを受けていない様子で自身の攻撃力の低さに頬がヒクつる。

 

――――――――――ドラゴンは もえさかる かえんをはいた!

 

「イオ!」

 

――――――――――リリルカは イオを となえた!

 

 『ドラゴン』の口の奥に火の粉が見えた瞬間に、何時でも魔法を放てるように待機していたリリルカが『爆発魔法(イオ)』を自身と『ドラゴン』の間に放った。その目的は『爆発魔法(イオ)』による衝撃波で『ドラゴン』の『燃え盛る火炎』を防ごうという考えだった。

 これで『燃え盛る火炎』が直線状に放たれたのであれば防ぐことは出来なかったが、首を振っての全体攻撃であったからリリルカの予想以上に上手くいった。

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフは かぶと割りを はなった!

――――――――――ドラゴンに ダメージ!

 

 攻撃を防がれたことに『ドラゴン』が苛立つように喉の奥で唸る頭部に、飛び上がって縦回転したヴェルフの『かぶと割り』が突き刺さる。

 鱗を砕くも、まだ倒れそうな状態にはない。

 

「やぁーっ!」

 

――――――――――ダフネの こうげき!

――――――――――ドラゴンに ダメージ!

 

 一歩を踏み出そうとした『ドラゴン』の前足にダフネの『女王のムチ』が弾けた。

 ガクリと前足の膝が折れるも直ぐに立て直した『ドラゴン』の眼前に、手に持つ白銀の刀身に目映い金赤色の炎を纏わせたベルが飛び上がっていた。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――ドラゴンに ダメージ!

――――――――――ドラゴンを たおした!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 4676ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――ドラゴンは ドラゴンのツノを 落としていった!

 

 ヴェルフが『かぶと割り』で砕い鱗の部分を狙ったベルの『はやぶさの剣』による二連撃の『かえん斬り』が『ドラゴン』にトドメを刺した。

 

「ドラゴン、強ぇ」

 

 アルスが一撃で倒したが自分達では数撃を要し、通常の攻撃では砕けなかったであろう硬い鱗の感覚が手に残るヴェルフの感想は素直なものだった。

 

「本当にね。やっぱりアルスを基準に判断したら駄目だね」

 

 『はやぶさの剣』を鞘に戻しながらベルも、『ドラゴン』の鱗を砕いて一撃で倒してしまったアルスへの認識を修正する。

 

「終わった感を出してるところ悪いけど、次が来てるよ?」

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 三度の『ドラゴン』に再び『メタルスライム』二体のおまけ付き。

 

「20階層は『ドラゴン』と『メタルスライム』しかいないけど、『ドラゴン』が戦闘音に引かれてやってくるよ」

「やってくるよじゃなくて、もうやってきてます!」

「やっちゃって、アルス!」

 

 コクリと頷いたアルスがまだ手に持ったままの『ゾンビキラー+3』と『はじゃのつるぎ』を振り被る。

 

――――――――――ドラゴンの こうげき!

 

「はっ!」

 

――――――――――カウンター!

――――――――――アルスは、全身全霊切りを はなった!

――――――――――ドラゴンに ダメージ!

――――――――――ドラゴンを たおした!

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

「こうやって次々にやってくるからアポロンファミリアはここを突破できなかったんだよね。モンスターの数が増えてくるとヒュアキントスも指揮に奔走して攻撃力が足りなくて、結局撤退しないといけなくて、寧ろ私達三人だけで来た方が良いところまでいけたなぁ」

「昔を回顧してないで戦いに参加して下さい!」

 

 次々に現れる『ドラゴン』と『メタルスライム』に、現実逃避染みた遠い目をするダフネに叫ぶリリルカの声が20階層に木霊した。

 

 

 

 

 






20階層の設定に関しては完全に本作独自の物です。あしからず。


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第51話 ハゲの気配を感じる

 

 

 

 

 

 20階層を時間がかかりながらも潜り抜けて、ヘスティアファミリア+ヤマト・命のパーティーは19階層に上がっていた。

 開放感のあったそれまでの階層と比べると天井が低く閉塞感のある洞窟のような階層で、所々にある蜘蛛の巣が進行を阻害する。

 

「ああもう!? 蜘蛛の巣がうぜぇっ!?」

 

 『はがねのかぶと』にくっついた蜘蛛の糸を『はがねの盾』で振り解こうとして両方にくっついてしまい、『カルサドラアックス』で切り払う作業を果たして何度繰り返したことか。ヴェルフ・クロッゾがいい加減に我慢の限界が来て、苛立ち混じりに叫んだ声が洞窟内に反響する。

 

「分かっていますから声を抑えて下さい、ヴェルフ様。声が木霊して耳がおかしくなります」

 

 ヴェルフに顔を顰めて注意するのはリリルカ・アーデ。

 

「悪うござんしたな。リリ助はちっこくていいよな、引っかからないから」

「…………喧嘩を売っていますか? 言い値で買いますよ。代金は『爆発魔法(イオラ)』で払って上げます」

 

 多少なりとも自覚があるのかヴェルフはばつが悪そうにそっぽを向きながら悪態を吐くと、リリルカは『いかずちの杖』を掲げて威嚇する。

 彼女の魔法には詠唱が必要ないので、二人が悪態を吐き合うことでストレス発散を行っていることを知らないヤマト・命は二人の間でオロオロと戸惑っている。

 

「止めようね、二人とも! こんなところで喧嘩されたら僕らまで巻き込まれちゃうよ!」

「心配するところが違うよ、団長(ベル)

 

 二人の諍いを止めようとするベル・クラネルをダフネ・ラウロスが呆れたように突っ込んだ。

 

「冗談に決まってるじゃないか。茶目っ気が足りないぞ、お前ら」

「…………リリは割と本気ですが。というか、『混乱魔法(メダパニ)』をかけても許される気がします」

「リリルカの言うことは聞かなかったことにするけど、ヴェルフの言うように確かに蜘蛛の巣がうざったいね」

 

 え、とストレス発散に突き合わされて辟易しているリリルカの黒い発言に目を丸くしているヴェルフを放っておいて、先行してアルス・クラネルが『てつのつるぎ』で切り払ってくれていても完全な除去は出来ず、体にくっついてきそうな蜘蛛の糸を払い除けるダフネ。

 ベルはギルドの地図情報(マップデータ)から19階層に蔓延る蜘蛛の糸を撒いているモンスターのことを思い出す。

 

「この19階層には大蜘蛛のモンスターがいるんですよね。この蜘蛛の巣もその大蜘蛛が?」

「多分ね。アポロンファミリア(ウチら)は戦うのを避けていたから遭遇したことはないけど」

 

 心持ちリリルカから距離を取っていたヴェルフは、アポロンファミリアが大蜘蛛のモンスターを避けていたと聞いて首を傾げる。

 

「なんでまた戦わなかったんだ?」

「19階層の階層主『アラクラトロ』は、状態異常を引き起こす攻撃を得意とするモンスターだからですよ。しっかりと対策を取らないとパーティーが全滅する恐れがあります」

「と、いうわけさ。進んで戦いたい相手ではないから避けていたというわけ」

「引き起こされる状態異常は、そんなに酷いのか?」

 

 代わりに答えてくれたリリルカに肩を竦めたダフネにヴェルフは更に質問を重ねる。

 

「行動を封じる『呪縛』や、『猛毒』に『混乱』と厄介なやつが揃ってる。特に厄介なのは『混乱』だよ」

「敵味方の区別がつかなくなる、か」

「なんだい、知ってたのか」

「まあ、リリも似た系統の魔法が使えるので」

 

 前に魔法の実験台として『混乱魔法(メタパニ)』を受けたことのあるベルを見たヴェルフは当時のことを思い出す。

 まだダフネやアルスの後ろにくっついているカサンドラ・イリオンにはリリルカの魔法の全てを伝えていないので、苦笑しつつベルが説明した。

 

「つうか、リリ助。お前、『メダパニ(それ)』を俺に使おうとしなかったか?」

「気の所為です」

 

 つーん、と顔を逸らすリリルカに、これは下手にこの話題を深堀りするとマズいと判断したヴェルフは話題の転換を図ることに決めた。

 

「後が怖いから聞かなかったことにしてやるが、20階層の『ドラゴン』と『メタルスライム』の連ちゃんといい、19階層も大蜘蛛の巣(コレ)だ。楽な階層だと思えば油断を誘うし、ダンジョンってのは本当に厄介だ」

 

 割と適応できていない命はヴェルフの言葉に深く同意するかのように何度も頷く。

 

「ダンジョンが厄介ってのは認めるけど、にしたってモンスターに食われて7階層下に落ちるだけに飽き足らず、『ドラゴン』も寄って来過ぎ。アポロンファミリア(ウチら)の遠征ではあそこまでじゃなかった…………アンタら不運(バッドラック)過ぎじゃない?」

 

 そもそもの始まりはタケミカヅチファミリア(自分達)の所為では…………と、命が罪悪感で一人頭を抱えている。

 

「『ドラゴン』に囲まれたのに、リリ助とアルスが同時に精神力(MP)切れになった時は死ぬかと思ったな」

「偶々、見つけた涸れた井戸に逃げ込まなかったらどうなっていたことか。うう、恐ろしや」

 

 高い攻撃力と殲滅力に比例して精神力(MP)の消耗が大きい。モンスター達はこちらの都合など知ったことではないので、対処能力の限界が見えたところで退避場所を見つけられたことは幸運なことで、当時のことを思い出してリリルカはブルりと体を震わせる。

 実際のところ、アルスの手元には『どうぐぶくろ』があり回復手段は幾らでもあったが、モンスターの物量の恐ろしさを身を以て知らされた。

 

「はあ、アンタらといると一緒にいると命が幾つあっても足りないよ」

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 ダフネが溜息を漏らしていると『ガチャコッコ』と『メイジドラキー』が二体ずつ、『アンデッドマン』が三体という大所帯のモンスターの群れがこちらにやってくる。

 モンスターの集団相手には最早定番になりつつある『爆発魔法(イオラ)』を放たんと、リリルカが素早く『いかずちの杖』を振るう。

 

「イオラ!」

 

――――――――――リリルカは イオラを となえた!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――メイジドラキーたちを たおした!

 

 リリルカの『爆発魔法(イオラ)』はモンスター集団の中央に着弾してその威力を発揮。

 守備力が高くない『メイジドラキー』は即座に魔石と化し、『アンデッドマン』が吹っ飛ぶ。その中で守備力が高く、雷以外の属性に耐性のある『ガチャコッコ』が『爆発魔法(イオラ)』に大きなダメージを受けていないのを見たアルスが『てつのつるぎ』を捨てて二刀を抜き放ちながら駆ける。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは 剣を ぶんまわした!

――――――――――ガチャコッコたちに ダメージ!

――――――――――ガチャコッコたちを たおした!

 

 『ぶんまわし』によって壁に叩きつけられた『ガチャコッコ』達が魔石へと変わる。

 残る敵は『アンデッドマン』の三体。今回は後衛の守りとして命が残り、残ったベル・ヴェルフ・ダフネの三人が攻撃に回った。

 

「やっ!」

「おらぁっ!」

「やぁーっ!」

 

――――――――――ベル ヴェルフ ダフネの こうげき!

――――――――――アンデッドマンたちに ダメージ!

――――――――――アンデッドマンA、Bを たおした!

 

 ベルとヴェルフが攻撃を加えた『アンデッドマン』は魔石となったが、ダフネが攻撃をした『アンデッドマン』はまだ動いている。

 

「ちっ、ウチだけ倒し切れないとか……!?」

「それっ!」

 

――――――――――カサンドラの こうげき!

――――――――――アンデッドマンCに ダメージ!

 

 ダフネの援護をとカサンドラが『神聖のクリスタルロッド』で追撃を仕掛けるも、武器込みだとパーティー最弱の攻撃力では大して効いた様子もなく『アンデッドマン』は剣を振り上げる。

 攻撃力相応に機動力もないカサンドラに避けられる距離ではない。

 

「ひぃんっ!?」

 

――――――――――アンデッドマンCの こうげき!

――――――――――命は 攻撃を武器で はじいた!

 

 咄嗟に『アンデッドマン』とカサンドラの間に割り込んだ命が剣を『いなずまのやり』で弾く。

 そのまま弾いた反動を利用して攻撃に繋げる。

 

「えいやっ!」

 

――――――――――命の こうげき!

――――――――――アンデッドマンCに ダメージ!

――――――――――アンデッドマンCを たおした!

――――――――――アルスたちは 709ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――メイジドラキーは レッドアイを 落としていった!

――――――――――ガチャコッコは ぎんのこうせきを 落としていった!

 

 命と入れ替わりで後衛の守りに回ったアルスがヴェルフと配置を交代して魔石とドロップアイテムを回収している間、助けてもらったカサンドラがまだ周辺を警戒している命に近づく。

 

「あ、ありがとうございます、命さん」

「いえ、お助けになれて良かったです」

 

 礼を伝えてくるカサンドラに、自分もパーティーの一員として力になれている実感を貰えてニコニコな命。

 

「このバカンドラ! 慣れないことをして――」

「ダフネさん、怒っている暇はありません! 新手が来ています!」

 

――――――――――どくろ大臣たちが あらわれた!

 

 例えそれがダフネを手助けする為だとしても治癒師が攻撃に回るなど言語道断。叱責しようとしたダフネを、背後からやってきた『どくろ大臣』の接近に気づいたベルが叫ぶ。

 

――――――――――どくろ大臣Aは なかまを よんだ!

――――――――――どくどくゾンビたちが あらわれた!

 

 こちらに気づいた『どくろ大臣』が持っている杖を振ると、地中から『どくどくゾンビ』が三体も這い出てきた。その間にモンスター集団への前衛とならんと後方にやってきたアルスが横に並んだの見て、ベルの頭の中で戦術が構築される。

 

「アルス!」

 

 ベルが名前を呼びながらモンスター達に向かって無手の右手を向けるとアルスはその意図を察した。

 

「ジバリア!」

「ギラ」

 

――――――――――ギラと ジバリアが まざりあい もえさかる 魔法陣を つくりだす!

――――――――――まもののむれの あしもとに 火炎陣を しかけた!

――――――――――まもののむれの 炎耐性と 土耐性が すこし さがった!

――――――――――ベルたちの 火炎陣が 発動!

――――――――――どくろ大臣Bに ダメージ!

――――――――――どくろ大臣Bは 杖の先から まふうじの光を はなった!

 

 火炎陣が発動してダメージを受けながら『どくろ大臣』が掲げた杖より怪しい霧が放たれ、他のメンバーには大して効果が無かったがアルスとリリルカに異変が起こった。

 

――――――――――アルスとリリルカは、呪文を ふうじられた!

 

 『どくろ大臣B』は最も的確に、このパーティーがされたら一番嫌なことをしてきた。

 感覚的に魔法が使えなくなったと察したリリルカは瞠目する。

 

「わっ!? リリが魔法を封じられたら足手纏いじゃないですか!?」

 

 魔導師だからと直接攻撃力は低いと思い込んでいるが、Lv.的に前衛職の命よりもリリルカの方が直接攻撃力は高い。戯れに行われた腕相撲で呆気なく負けた命にクリティカルヒットを与えながら慌てるリリルカ。

 ちなみに腕相撲の結果は、断トツNo.1のアルス、ベルに僅差でヴェルフが続き、ダフネ、リリルカ、カサンドラ、命という順位である。治癒師にも負けた命は一人泣いた。

 

「下がって、リリルカ! ヴェルフ、守りを!」

「おう!」

 

 自衛手段に乏しくなったリリルカを守るためにダフネの指示でヴェルフが下がるのと入れ替わるように命が前に出る。

 

「えいやっ!」

 

――――――――――命の こうげき!

――――――――――どくどくゾンビCに ダメージ!

 

 振り回した『いなずまのやり』はダメージを『どくどくゾンビ』を与えたが微々たるものに過ぎなかった。

 

「やっぱり私の攻撃力が低すぎる……!?」

 

 Lv.2成り立ての矜持は果たして何度叩き折られることか。

 命の後ろにいたアルスには魔法を封じられても放てる技が幾つもあった。

 

「覇王斬」

 

――――――――――アルスは 覇王斬を はなった!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――ベルたちの 火炎陣が 発動!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――どくどくゾンビたちを たおした!

 

 モンスター達はアルスが放った『覇王斬』のダメージで足を動かしてしまい、『火炎陣』が発動して更なる追加ダメージを受けて『どくどくゾンビ』達が魔石と化した。

 辛うじて『どくろ大臣』達は持ち堪えたが、二連撃を受けたダメージは大きく直ぐには動けない。そこへ同じ『バタフライダガー』を抜いたダフネとベルが切り込んでいく。

 

「それっ!」

「やっ!」

 

――――――――――ダフネとベルの こうげき!

――――――――――どくろ大臣たちに ダメージ!

――――――――――どくろ大臣たちを たおした!

――――――――――アルスたちは 642ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――どくろ大臣は まふうじの杖を 落としていった!

 

「ふぅ……戦闘終了、って感じかな」

 

 戦闘終了後、ドロップアイテムと魔石を回収し終えたベルが額の汗を拭いながら呟く。

 周囲の警戒を行っていたダフネはコクリと頷き、未だ感覚的に魔法が使えないと感じて心細そうなリリルカがアルスの傍に移動しているのを見る。

 

「ここは前後からモンスターが来る。場所を移動しよう」

 

 最大戦力のリリルカとアルスの魔法が使えないとなれば、全員に否はなくダフネの案内で正規ルートから外れた見晴らしの良い小道沿いに移動した。

 魔法が封じられても元気なアルスが定期的に迷宮の床や壁を傷つける。こうすることでダンジョンは地形の修復を優先させ、そのエリア内からモンスターが生まれなくなる。但し、既に活動しているモンスター相手には何の意味もないので、見張りを立てる必要はある。見張りはモンスターが来れば報告すればいいだけなので前衛後衛関係なく、今回はカサンドラが行っていた。

 

「さて、この機会だから装備の更新をしようぜ」

 

 『どくろ大臣』による魔法封じは時間経過で自然に解ける。その間、ただ休憩(レスト)するだけというのも味気ないと、ヴェルフが先の戦闘でドロップした『まほうじの杖』を取り出す。

 

「モンスターの癖に良い装備を使ってやがるぜ。これなら直ぐに使えるようになるだろう」

「まさか、リリが使うのですか?」

「両手杖を使うのはリリ助だけだろ」

「それは分かっているのですが……」

 

 今正に魔法を封じてくれた道具を自分に使わせようとしているということは、『いなずまの杖』よりも『まふうじの杖』の方が装備として質は高いのだろう。ヴェルフの鍛冶師としての目には信頼がおけるが、こういう情緒の無さには思うところがあるリリルカが複雑な目を向けている間に整備は終わってしまった。

 

「よし、これでいい。後、リリ助が魔法を封じられるとマズい事態になるから対魔法封じの効果がある『破封のネックレス』も作っておくか」

 

 心象の回復までセットで行うのだからヴェルフは性質が悪いと、『まふうじの杖』を受け取ってとても複雑そうなリリルカを見てダフネは思った。

 

「あ、宝箱発見」

「二個ありますね」

 

 ヴェルフがアルスから借りた『どうぐぶくろ』から『ふしぎな鍛冶台』を取り出して、トンカンやっている間にベルが通路の端に隠れるように置いてあった宝箱を二つ見つけた。

 命がコレは開けない一択だなと内心で思っていると、宝箱に近づいたベルが右手を向ける。

 

「インパス!」

 

――――――――――ベルは インパスを となえた!

――――――――――右の宝箱の中は 青く 光っている!

――――――――――左の宝箱の中は 赤く 光っている!

 

「よし! 右を開けよう!」

「ええっ!?」

 

 突如として宝箱内部から光が発せられたことに命が瞠目している間に、ベルは青い光を発した宝箱をあっさりと開けてしまった。

 

――――――――――なんと! ベルは アサシンダガーとブルーアイを 見つけた!

 

「ヴェルフ! この短剣は使って良いやつ?」

「ん? おお、『アサシンダガー』じゃないか。お前が使ってる『バタフライダガー』よりも良い武器だし、状態も良さそうだから装備を入れ替えても良いぞ」

 

 『破封のネックレス』だけに飽き足らず、他にも何やらトンカンやっているヴェルフに確認すると、色好い返事が返ってきたのでベルは『アサシンダガー』を持って思案する。

 

「………………ダフネさん、『アサシンダガー(コレ)』使います?」

「アンタが見つけたんだから、アンタが使えばいいよ」

「ん~、僕も迷ったんですけど、ダフネさんも攻撃力を気にしていたみたいだからどうかなと」

「いいの?」

「僕の今の主武器(メインウェポン)は『はやぶさの剣(コレ)』ですから」

「団長の指示なら従うよ」

「じゃあ、そういうことで」

 

 そっぽを向きながら『アサシンダガー』を受け取ったダフネが装備を入れ替えているのを、見張りをしていたカサンドラがニヨニヨしながら見ていた。

 

「バカンドラ! ちゃんと見張りをしなさい」

「はぁ~い」

 

 見咎められて怒られるも照れ隠しなのは明白だったのでカサンドラの返しは気楽な物だった。

 

「出来た!」

 

 皆の注目が外れたのを良いことに、一人黙々と鍛冶を行っていたヴェルフの周りには多種多様な武具が転がっていた。

 

「足りなかった『ブルーアイ』が手に入ったから命用の新たな武器、『プラチナのやり』だ! 後、『サンゴのかみかざり』からリリ助達と同じ『ぎんのかみかざり』に。次にアルス用に、『プラチナソード』『プラチナヘッド』『シルバーメイル』。俺も『カルサドラアックス』から『ムーンアックス』、盾も『ドラゴンシールド』、兜はアルスと同じく『プラチナヘッド』。鎧も同じ『シルバーメイル』に代えられるが、この階層では『ゾンビメイル』が有効だからこのままだな。ダフネも同じ『プラチナヘッド』に。カサンドラは悪いがこのままだな。最後にベルもいい加減『大盗賊のマント』がボロボロになったから『ぎんのむねあて』に。それと『バタフライマスク』から『大盗賊のターバン』に変更したし、はやぶさの剣も打ち直して攻撃力アップさせようぜ!」

 

 興奮から早口になったヴェルフに半ば奪われるように『はやぶさの剣』を取り上げられたベルは、代わりに押し付けられたように渡された武具に目を丸くする。

 

「えっと、ヴェルフ?」

「聞いてませんね、これは」

 

 リリルカが呆れた声を漏らす。

 ベルがリリルカの方を見ればアルスが寝袋に包まって寝ている。その横に座りながらリリルカが『どうぐぶくろ』から出したらしい『ブロンズナイフ』でアルスの代わりに壁や床に傷をつけている。

 

「ところで『プラチナブレード』も作ったんだが」

 

 そこへベルに打ち直した『はやぶさの剣+3』を押し付けたヴェルフが『プラチナソード』の両手剣版のような物を持って迫る。

 

「いきなり使い慣れていないのに、主武器を切り替えようとしないで下さい」

「それもそうだな」

 

 戦う鍛冶師として実戦で武器を切り替える難しさはヴェルフも分かっている。ちょっとテンションが上がり過ぎていたヴェルフも落ち着いてきた。

 

→魔法が使えるようになった気がする

  ハゲの気配を感じる

 

「あ、本当ですね」

 

 パチリと目を開けたアルスの言葉に実感としてリリルカも得たところで、ドシンドシンと大質量の足音が聞こえてきた。

 まだ音が遠かったので全員が順番に装備を更新する余裕があった。

 

――――――――――トロルが あらわれた!

 

 現れたのは、粗末な毛皮をまといトゲ付きの棍棒を持った恰幅の良い巨人のモンスター。但し、頭髪は無い。

 巨大なモンスターは大抵大きさに見合う耐久力を持つ。初手でリリルカは『敵守備力低下魔法(ルカニ)』を放たんと、『まふうじの杖』を振るう。

 

「ルカニ!」

 

――――――――――リリルカは ルカニを となえた!

――――――――――トロルの しゅびりょくを かなり さげた!

 

「やぁーっ!」

「えいやっ!」

 

――――――――――ダフネと命の こうげき!

――――――――――トロルに ダメージ!

 

「ちょっと効いたかな?」

「本当にちょっとなのが悲しいですが」

 

 守備力が下がっても体格相応に生命力(HP)が高いので、トロルはちょっと痛そうな顔をしただけで平気で行動している。

 

――――――――――トロルは わらいながら 武器を なめまわしている

 

「おらぁっ!」

 

――――――――――ヴェルフは かぶと割りを はなった!

――――――――――トロルに ダメージ!

 

 飛び上がっての脳天への一撃にグラリと体をフラつかせて効いた様子の『トロル』に向かってアルスが右手を向ける。

 

「ラリホー」

 

――――――――――アルスは ラリホーを となえた!

――――――――――トロルを ねむらせた!

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――トロルに ダメージ!

――――――――――トロルを たおした!

――――――――――アルスたちは 462ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――トロルは 魔石を 落としていった!

 

 最後はアルスが魔法で眠らせてからの、『ヒュプノスハント』のスキルがあるベルが最大のダメージを与えてトロルを沈めた。

 『はやぶさの剣+3』の『かえん斬り』によって6倍のダメージを与えられれば、如何な生命力(HP)自慢も耐えられない。

 

「良い調子だね。この感じで進めば直に18階層に上がれるだろう」

 

 『アサシンダガー』の使い心地を確かめたダフネが笑みを浮かべているのを見上げながら、ようやく心身共に安らげそうな階層が近づいている実感が湧いたリリルカが肩を回す。

 

「18階層に上がったら、お金がかかってもいいですから宿に泊まりたいです」

「その気持ち、良く分かりますリリ殿」

 

 実力的に不足していて緊張の連続だった命が同意していると、『トロル』がやってきた方向から新たなモンスターの集団が現れた。

 

――――――――――メタルスライムたちが あらわれた!

 

「さあ、油断せずに行こう!」

 

 ベルはまだ鞘に戻していなかった『はやぶさの剣+3』を握り直し、『メタルスライム』達に斬りかかって行った。

 

 

 

 

 



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第52話 俺の胸にようこそ、神様



お気に入り1000件に到達しました。ようやくの18階層です。




 

 

 

 

 

 19階層から上の階層に上がる階段を登りきると、大草原の向こうに緑の木々が生い茂る森が目に入ってくる。

 頭上を見上げると、今出てきた大きな大樹から生える枝と沢山の緑葉のドームが作り上げる葉の隙間から差し込むのは木漏れ日だった。

 

「凄い……」

 

 ギルドで仕入れた知識として、18階層がどういうものかを理解していながらも薄暗いのが当たり前のダンジョンでの常識がベル・クラネルの口から感嘆の言葉を漏らせた。

 ベルの隣で、ヴェルフ・クロッゾも照らされた面頬が地上で太陽を浴びたかのような温かさを感じていた。

 

「ここは本当に18階層なのか? 地上みたいに明るいぞ」

「天井のクリスタルのお蔭なのでしょう。噂には聞いていましたが、これは……」

 

 二人の一歩前を歩くリリルカ・アーデが少し移動すると木漏れ日を直視してしまい、暗さに慣れた目が一瞬眩むほどの光に足を止める。

 適応が早い冒険者の目はすぐさま慣れた。手を翳さなくても18階層の天井にびっしりと生えている光を発するクリスタルを直視できるようになった。

 

「………………迷宮の楽園(アンダーリゾート)とは、良く言ったものです」

「見ての通り、18階層(ここ)水晶(クリスタル)と大自然に満たされた地下世界。時間が経つとクリスタルの光は消えていって、ここには『夜』がやってくる。そして『朝』になればまた光を発し始める」

 

 感嘆するリリルカの横に並んだダフネ・ラウロスが、ようやく傷ついた冒険者達に一時の休息を与える安全階層(セーフティポイント)に辿り着いた安心から、頬を緩ませて歩みを再開する。

 

「この感じだと昼過ぎって感じか」

「分かるのですか?」

「自分の体内時計とクリスタルの光量からの推測だよ」

 

 ヤマト・命はダフネの推測に成程と納得する。

 

「で、これからどうする? まずは宿を探すか?」

 

 昼過ぎだというのなら宿探しはそこまで急ぐ必要は無い。元アポロンファミリア組のダフネとカサンドラ・イリオンを除いて、18階層は初めての面々ばかり。ベル達と出会うまではソロで活動していたヴェルフもダンジョン内にあるという街に興味があった。

 

「まともな宿に泊まりたいなら早めに探しておいた方がいいと思う」

「リヴィラの街は物価が高いと聞きますが、宿もですか?」

 

 リリルカの質問にダフネが頷く。

 

「ダンジョン内だから補給が難しいし、何を買うにしても金がかかるんだ。宿も相応にかかるんだ」

「…………ある程度は、必要経費と割り切るしかありません。いい加減、フカフカのベッドで休みたいです」

 

 14階層から22階層に落とされ、ダンジョンに潜って四回の夜をテントの寝袋で過ごすとは思いもしなかったリリルカにすれば、出来るならばベッドで何の不安もなく眠りたい気持ちが強かった。

 節約志向が強いリリルカが浪費になったとしてもベッドを求める気持ちは、同じように初ダンジョン泊を経験させらたヴェルフも同感だった。

 

「まあ、リリ助じゃないが気持ちは良く分かる。三交代で休みを取っても、あんま寝れた気がしない」

「そうはいうけど、最初のダンジョン泊でテントに寝袋付きなんて相当な贅沢だよ。第一、同じ初めてでもアルスを見てみなよ。一番、疲れが取れない二番目の休憩時間だったのに、元気じゃないか」

 

 ダンジョンで睡眠を取る時は順番に見張りを立てる。

 ヘスティアファミリアパーティー+命の見張りの順番は一番目が『ベル・命・カサンドラ』、二番目が『アルス・ダフネ』、三番目が『ヴェルフ・リリルカ』となっていた。

 一番目に見張りをすれば二番目・三番目の時間丸々休める。三番目はその逆。だが、二番目は一番目と三番目に休憩時間が分散され、一番休めない。ダフネは慣れているので適応しているが、同じく初ダンジョン泊のアルスは他の面々と比べても元気だった。

 

「アルスは休憩(レスト)の度に寝てるから……」

 

 冒険者であっても起きている間、ずっと動き続けることは出来ない。合間合間、酷い時には連続で戦闘を続けることもあり、食事を取る必要もあるので一定時間の休憩(レスト)を必ず取る。

 アルスは見張りと食事の以外は休憩(レスト)の時、何時も寝ていたことはベルだけでなく全員が知っていた。

 

「遠征では必ずダンジョンで一日中過ごす必要がある。何時、どんな時でも直ぐに寝て起きれるってのは立派な才能だと思うけど?」

「む、否定できませんね」

 

 いざという時に疲れ果てて寝ていて動けませんでした、では話にならない。特にリリルカ達は休めば休むだけHPとMPが回復するのだから、アルスに習うべきですらあると考えていた。

 

「あの、アルス殿とカサンドラ殿が行っちゃいますけど……」

 

 足を止めて話し込んでいる面々に恐る恐る命が声をかける。言われてみれば、アルスとカサンドラが草原を大分進んでいる。

 

「ここで足を止めていても仕方ない。僕達も行こう」

「ったく、カサンドラの奴、最近アルスにくっつき過ぎじゃない?」

「へぇ、自分よりも懐かれて嫉妬か?」

「誰が」

 

 ベルが歩き出し、ヴェルフとダフネが軽い調子で言い合いながら続く。

 

「確かに妙でありますよね。今回の冒険から矢鱈とアルス様の後を付いて回るというか」

「かといって恋だ愛だって感じはしないのよね。あれはなんというか――」

「子供が迷子にならないように親に必死についていく感じだな」

 

 歩幅が狭いリリルカがシャカシャカと歩き、カサンドラを良く知るダフネの感じた物をヴェルフが継いで口に出す。

 

「まあ、治癒師のカサンドラさんは自衛手段に乏しいし、一番強いアルスに付いていくのはおかしくはない、のかな。おっと、このままじゃ二人の姿を見失ってしまうから急ごう」

 

 カサンドラの行動について答えは出ていないものの、離れた距離を詰める方が先決とベルは皆を促して歩みを早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 19階層の入り口である18階層中央にある大樹から大草原に移動し、西部方面にある湖と呼べるサイズの湖沼の中心に島が浮かんでいた。

 木を切り倒して繋げた橋を渡り、山と言うより崖の中を登っては下りを繰り返すと、やがて目的地へと到着した。

 

「これがリヴィラの街か」

 

 木の柱と旗で作られたアーチ門の向こうに、20階層の成れの果てとは違うしっかりとした建物が見えてベルは感動していた。

 

「なあ、門に書かれている335って数字ってどういう意味なんだ?」

「335代目リヴィラの街ってことさ。つまり、334回も壊滅しては再築してる」

「え? 18階層はモンスターが生まれないんじゃ」

 

 モンスターが生まれないのならば何度も壊滅するはずがないと考えたベルの疑問に、ダフネは思い込んでも仕方ないと苦笑しながら話を続ける。

 

「この階層では生まれなくても、上から降りてきたり、下から上がって来たりすることは十分にあるさ。それ以外にも何がしかの異常事態(イレギュラー)が起こる度に、この街の冒険者は街を放棄して地上に帰還するんだ。そしてほとぼりが冷めた頃に、また戻ってきて街を作り直してきた」

「た、逞しいですね、皆さん……」

 

 孤児として一拠点に居住するだけでも大変であることを思い知っている命としては、リヴィラの街の住人の太々(ふてぶて)しさに呆れるやら感心するやら。

 

「モンスターが生まれない階層ってのは、それだけ重要視されている。20階層が良い例じゃない? 冒険者のしぶとさと意地汚さを象徴するこの街を、世界で最も美しいならず者の街(ローグ・タウン)って呼ぶぐらいだからね」

「見た目は確かに水晶と岩に囲まれた宿場街という噂そのままですが、街にも歴史があるというわけですね」

 

 オラリオの街とはまた違った幻想的な世界にも現実に裏打ちされた重みを感じ取って、リリルカが深々と頷いている間にアルスが門を潜ろうとしてカサンドラに止められていた。

 いい加減に歯止めが利かなそうなので、ベルが仲間の方に振り返る。

 

「宿を探しに行きたいところだけど、アルスは街の方を見たそうだし、どうしようか」

「二手に別れるしかないな。宿を探す班と街を見て回る班に」

 

→俺は街を回るぞ!

  俺は宿でしっぽりするぞ!

 

「はいはい、アルスは街を回る班だね」

 

 ヴェルフの提案でパーティーを二つの班に別けるとして、真っ先に街回り班になることをアルスが主張することは分かり切っていたのでベルも軽く流す。

 

「18階層経験者のダフネ様とカサンドラ様も別れて頂くとして、物資は困っていないので高いところで買う必要もありませんし、宿捜索をダフネ様にお任せしたいのですが」

「カサンドラにも道案内ぐらいは出来るだろうか順当だろう。残りの宿探索班はウチが指名してもいい?」

「一々希望を取っていたらアルス様が焦れてしまいますからお願いします」

 

 宿捜索のリーダーを任されたダフネはアルスとカサンドラを除いた仲間の顔を順に見渡す。

 

「…………ベルとヴェルフで。余程有名な冒険者じゃない限り、女が多いと足元を見られるから男手が多い方が助かる」

 

 ヴェルフは全身鎧に大楯と斧を装備しているので、まず舐められることはない。ベルは見た目は幼いものの、身のこなしはこなれているので二人が揃っていれば安心だろうというダフネの選択は順当と言える。

 

「納得です。では、街探索組はカサンドラ様をリーダーとして、残るリリと命様が入るということで」

 

 こちらはこちらでヴェルフと同じ全身鎧のアルスがいるので、残りのリリルカと命が入っても実力の面から言っても申し分ない。

 

「宿が決まったら、どこで合流しますか?」

 

 命は聞きつつ、ここにいるのが同じタケミカヅチファミリアの眷属ならば、探知系スキル『八咫白鳥』を使えば位置情報を確認できるので合流場所を決めなくてもいいのにと内心で考えた。戦闘では単純にLv.とステータスが低すぎて殆ど戦力になれていないので、こういう面で役に立ちたかった。

 命の懊悩に気づいた風もなく、ヴェルフがリヴィラの街の方を見る。

 

「俺も街を見てみたいし、宿を決めるのにそこまで時間はかからんだろ。適当にブラついていたら会えるんじゃないか」

「そんな適当な」

「適当だけど街で出会えたならそれで良し。もしも『夜』になるまでに合流できなかったら、この門のところで合流ってことなら問題ないと思うよ」

 

 適当過ぎるとヴェルフに文句を言おうとしたリリルカはベルの語る理由に納得した。

 

「それなら。アルス様、『どうぐぶくろ』を」

「金は泊まりに行った時に支払うから後でいいよ。じゃないと貰ってないと後でしらばっくれられるから」

「成程、勉強になります」

 

 お金の支払い一つをとっても地上とは違うのだと学べたリリルカは『どうぐぶくろ』を渡そうとするアルスに謝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リヴィラの街はその性質上、設けられた即席の小屋の殆どが商店だったから直ぐに見飽きるということはなかった。

 武器屋や道具屋、酒場に宿屋と区分がはっきりと分かるものはまだいい。大半が武器の間に酒が売られていたり酒場で素材の買取が行われていたりと、言い方は悪いが節操がない店の方が多い。そして全ての店に共通していることは品質が一定ではないということだった。

 とある商店の一つで足を止めたアルス達の目は、濁りが見える『ポーション』や所々が錆びている『てつのやり』が地上の10倍の値段で売られていたのに止まった。

 

「信じられません! こんな低品質なポーションが5000ヴァリスもするだなんて…………法外もいいところです!」

「この『てつのやり』が75万ヴァリスもなどと、地上で買った時は7万5千ヴァリスだったというのに」

 

 買う必要がないと分かっていても相場には五月蠅いリリルカはぷりぷりと怒り、ギリギリ実用には耐えそうな『てつのやり』と自分が持っていた『てつのやり』の値段を思い起こした命が嘆きで震えていた。

 

「実質10倍なんてぼったくりにも程があります!」

 

 リリルカが雑然と商品が置かれた台の向こうにいるドワーフの店主に向かって吠える。

 ドワーフの店主はつぎはぎだらけのクッションを背にして、薄汚れてボロボロなランニングシャツを着ており、吠えるリリルカに向かって傍の木箱に頬杖をついて面倒そうに片目だけを開けて見る。

 

「嫌なら買わなきゃいいんだ。俺はどっちでもいいんだぜ」

 

→買うわけねーだろ、バーカバーカ!

  そのドラゴンキラー(2200万ヴァリス)を貰おうか

 

「買わねーなら一昨日きやがれ。シッシッ、商売の邪魔だ」

「こっちこそお断りですよ!」

 

 手で振り払う仕草をするドワーフの店主に吐き捨てて離れようとするリリルカに付いていこうとしたアルスは近くの木の樽を壊していた。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『盗賊の仕事道具集』を 手に入れた!

――――――――――ブラッドピックの レシピを 覚えた!

――――――――――ソードブレイカーの レシピを 覚えた!

――――――――――ぬすっとのグローブの レシピを 覚えた!

――――――――――くらやみのミトンの レシピを 覚えた!

 

 しめしめと、手に入れたレシピを懐に入れて先を進むリリルカ達に追いつく。

 

「まさかここまでぼったくり価格とは…………だから冒険者は嫌なんです! お金のことになるとがめつくて、平気で人の足元を見て!」

 

→案外、この街で適正価格で売りに出せる店を作ったら一儲け出来そうな気がする

 鏡を見ような、リリ

 

「あ、アルス様がまともなことを言っている……っ!?」

「リリルカさんも結構、失礼なことを言っているような……」

 

 ガチョーン、と驚いているリリルカはカサンドラの言葉を聞かなかったことにした。

 

「しかし、アルス様の言うことは一考の価値ありです。我々には『どうぐぶくろ』があり、地上で買った高品質な物をちょっと水増しして売りに出すだけでも稼げそうです」

「え!?」

 

 アルスの言うことを真に受けたリリルカが真剣に考えているのを、自派閥の到達階層が14階層の命がマジかとばかりに見た。

 

「地上に戻れば『瞬間移動魔法(ルーラ)』で直ぐに来れますし、商売として成り立ちます」

「あ、あの、リリルカさん、冒険者の趣旨が変わってきてしまいます」

 

 一応、リヴィラの街の住人も立派な冒険者なのだが命はカサンドラにそれは違うとは言えなかった。

 

「嫌ですね、カサンドラ様。ちょっとした冗談です」

「…………目が本気だったような」

「気の所為です。ここは換金所もやりたい放題ですし、私達には『どうぐぶくろ』があるので宿以外はお世話にならない方が良さですね」

 

 換金所にいた棍棒を担いだ眼帯の大男が素材を売りに来た冒険者の足元を見ていたのを見物したリリルカの率直な気持ちだった。

 

「ええ、まさか地上の半値とは思いませんでした」

 

 リリルカと同じ気持ちではあるが自派閥ではアルスが持つ『どうぐぶくろ』のような便利な物が無いので、例え18階層まで到達しても苦労するだろうなと未来予想図を描く命は一つの謎にぶち当たった。 

 

「疑問に思ったのですが、これだけ金にがめついならお金を店に置いておくのは危険ではないのですか? 冒険者側も換金して直ぐ使うならともかく、大量のヴァリスを持っていたら戦闘の邪魔になりますし」

「…………物々交換か、証文を作って冒険者本人の名前とファミリアのエンブレムを契約書に記入させて、地上で後で請求するんです。換金所はその逆です」

 

 長い説明になると、カサンドラは一度そこで言葉を切った。

 

「なので、ギルドから常にファミリアの情報を仕入れていて、他所のファミリアを騙ったりして詐欺をしようとすれば、リヴィラの街を出禁になると前にダフネちゃんが言ってました……」

「より下の階層に行くファミリアにとっても、中層で活動するファミリアにとっても、リヴィラの街(安全階層)は必須ですから出禁になれば立ち行かなくなる。その重要性をここの住人も理解しているから、あそこまでアコギになれると」

 

 一時の富を求めるよりも、恒久的にリヴィラの街を利用できるメリットが上回ることはまずない。

 

「リリ!」

 

 リヴィラの街の仕組みに感心しているリリルカの名を呼ぶのはベルの声。

 振り返れば、宿捜索に行った三人がこちらに向かってきている。

 

「ベル殿、お二人方も」

「随分と早かったですね。別れてからそれほど時間が経っていませんが」

 

 何件か宿を回って値段交渉などもしていれば、もう少し時間がかかったはず。

 

「割と早く宿が見つかったんだ。多分、訳ありだけど」

 

 苦笑したベルの言い方に、リリルカの眉がピクリと動く。

 

「訳ありですか?」

「妙に安くてね。何かあって、この街の冒険者が寄り付かないらしい」

「曰くつきというやつですか。ちなみお値段は?」

「こんだけ」

 

 ダフネが掲示した金額は、物価が高いと事前に聞いて想定していた宿代よりも大分安い。

 

「この人数でですか?」

「安いだろ。街の奴に聞いてみたら、少し前に殺しがあったんだと。殺人犯は要注意人物一覧(ブラックリスト)に入ったけどまだ捕まってはいないってさ」

「宿で殺しですか。だから、安くなっていると」

 

 何もないと分かっていても、誰だって人が死んだばかりの場所の近くで過ごしたくはない。訳ありの理由と値下げしていることに命は納得する。

 人殺しが起こった宿で泊まることが既定路線になっていることに、リリルカは少し及び腰になる。

 

「え、そんな宿に泊まるんですか?」

「値段の割にこの街の中ではランクが高い。安全の為に全員が一緒に泊まれる大部屋にしたから問題ないよ」

「問題ないって、人殺しが起きた宿なんて問題しかないじゃないですか」

「人殺しが起きたのは個室で大分離れているし、大部屋を見たけど良い部屋だったよ。元の部屋も今は物置になっているらしいから、そこまで気にしなくもいいんじゃないかな」

 

 ベルも最初は及び腰だったが部屋の位置を確認して、後は掲示された金額を見て自分を納得させた。

 

「…………ここは値段を取りますか。こういうことにも慣れていかないといけません」

「で、出来れば慣れたくないです」

 

 金に負けたリリルカと違って心情的に受け入れ難い様子のカサンドラも、皆が泊まるのに自分だけ別というのは無理だったので肩を落とす。

 重くなった空気を変える為にベルがパンと手を叩く。

 

「夕食はどうしましょう。街で何か買いますか?」

「一応、18階層名物『ダンジョンサンド』が売っている店はあるね」

「どんな料理なのですか? 名前からするとサンドイッチのようにパンで何かを挟んだような名称ですが」

「正解。ここ産の果物をふんだんに使ったパン料理だよ」

 

 果物を使う時点で甘い味になると見たベルの判断は迅速だった。

 

「よし、どこかで落ち着いて調理して食べましょう! 僕、命さんの極東の味付けも、カサンドラさんが作る料理も両方食べたいな!」

「そ、そんなことを言われたら照れます……」

「熱烈に望まれるのなら作るのは吝かではないですが」

 

 お願いにカサンドラは顔が赤いのを誤魔化すように頬に手を当てて熱を冷ます。命も満更でもないという表情になる。

 ベルの魂胆などお見通しなリリルカが呆れる。

 

「ベル様は甘い物が苦手ですからね。まあ、ここは口車に乗ってあげましょう。アルス様の分の『ダンジョンサンド』は買って良いですから、そんな残念そうな顔をしないで下さい」

「なんだ、ベルは甘い物が苦手か?」

「昔、ちょっとね」

 

 それまで話に入らず商店の商品を見ていたヴェルフの揶揄い混じりの揶揄にベルはそっと目を逸らす。

 アルスが『ダンジョンサンド』を買いに行くのに付いていこうとしたベルの肩が、反対方向から来た冒険者とすれ違いざまに互いに避けようとして同じ方向に動いてしまってぶつかってしまった。

 

「あ、すみません」

「ああん! テメェ、どこ見て――」

 

 咄嗟の反応で人の性格が出る。

 軽く頭を下げて謝ったベルとは対照的に相手は怒鳴ってきたが途中で怒声が止まったので、相手の顔を見ると極最近に会ったばかりの見覚えのある顔だった。

 

「げっ、テメェらはあの酒場の――」

 

→なんだ、人生をやり直しに来たのか?

  どこのどちら様でしょう?

 

「…………………………ちっ、もう18階層(ここ)まで来やがったのか。行くぞ、お前ら」

 

 『ダンジョンサンド』を食べるのに邪魔だったので『プラチナヘッド』を片手に抱えたアルスの挑発にやり返すことなく、モルド・ラトローは仲間を引き連れて去って行った。

 

「何だったんでしょう、一体」

 

 因縁を付けてくるかと思ったら吐き捨てて去って行くモルド達の背中を見送ったリリルカは小首を傾げる。尚、当然ながら地上での豊穣の女主人での一件を知らない命の頭上に疑問符が乱立していた。

 

「あの時よりウチらの装備が上等になってて、戦闘したっていうのは汚れ具合で分かるから怖気付いたんじゃない」

「全員の装備は俺が整えた」

 

 ヴェルフが全員の装備を見渡して自慢げに頷く。

 

「命!」

 

 事情を誰かに聞くべきかと命が思考していると、離れた場所から良く知る声が名前を呼んだ。

 ハッと命が声の聞こえた方に振り返ると、たった数日前のことなのにもう何カ月も見ていないような懐かしい顔達があった。

 

「…………千草殿、桜花殿!?」

 

 自派閥であるタケミカヅチファミリアの団長であるカシマ・桜花とヒタチ・千草の二人。

 

「良かった、無事で!」

 

 命の親友である千草は、猛ダッシュで走ってきてそのまま胸に飛び込んだ。危なげなく千草を受け止めた命も、再会の喜びに眦に涙を浮かべる。

 

「二人とも、どうしてここに?」

「どうしても何も、お前が戻って来なかったから探しに来たんだ。本当に、無事で良かった」

「桜花殿……ッ!」

 

 千草のように抱き着いては来なかったが、肩に手を置いた桜花の言葉に思い至らなかった命はハッとなる。

 命達が再会を喜び合う仲睦まじい様子に、ヴェルフは14階層でほぼ一瞬だけ見ただけだったが見覚えのある二人の姿に顎に手を当てる。

 

「おい、ダフネ。あれって」

「ウチらに怪物進呈(パス・パレード)を仕掛けてきたファミリアだね」

 

 再会の喜びを邪魔しないよう配慮する小声で話しながら思い至ったダフネが眉を顰めている。

 

「――――ベル君!」

「神様?」

 

 桜花達がやってきた方向から、息を切らせてヘロヘロだったヘスティアが現れ、ベルの姿を認識すると復活して突撃してきた。

 

「ベッルゥ君んんんんんん!!」

 

 その突撃はモンスターの攻撃のようで、神厳禁のダンジョン内で現れたヘスティアの存在に認識が追いつかなかったベルは、飛びついてきたのを咄嗟にひょいっと避けてしまった。

 まさか避けられるとは思いもしなかったヘスティアは、そのままベルの背後で『ダンジョンサンド』を食べていたアルスの『シルバーメイル』に頭から突っ込んだ。

 

「アギャッ」

 

 ゴチン、と大きな音と共に『シルバーメイル』に激突したヘスティアの口から悲鳴が漏れる。

 

→なんか、すまん

  俺の胸にようこそ、神様

 

 『ダンジョンサンド』に当たらないように上げた手を下ろし、崩れ落ちかけたヘスティアを支えるアルス。

 

「えっと、神様、僕もすみません。つい、モンスターの攻撃を避ける癖が出ちゃって」

「二人とも謝らないでくれ! 謝られたらボクが情けなくなる……」

 

 アルスの腕に抱えられたヘスティアは痛みとは別の理由で泣きたくなった。

 

「ホイミ」

 

――――――――――アルスは ホイミを となえた!

――――――――――ヘスティアの キズが かいふくした!

 

「ああ、癒される……」

 

 初めて『治癒系魔法(ホイミ)』を受けたヘスティアは顔面の痛みと同時に心の痛みも消えてなくなるように祈りつつ、自分の足で立つ。

 

「あの、どうしてヘスティア様がダンジョンに?」

「それは勿論、君達を助ける為さ!」

 

 自身の質問に一番ありえざる返答が返って来て、リリルカはヴェルフと顔を見合わせる。

 

「俺達のLv.は御存じでしょうに」

「突然、行方不明になれば心配もするさ。大丈夫だとは思っていたけど、無事で何よりだ。ボクの予想通り、タケの子も一緒であの子達も安心しただろう」

 

 良かった良かったと口にするヘスティア。

 皆の目が今までどうやって過ごしてきたかを仲間に熱く語っている命に向いたところで、覆面の冒険者がベルに近づく。

 冒険者の街だからと気を抜き過ぎていたベルは周りに気を配るようにしていたので、近づいて来る覆面の冒険者に直ぐに気づいた。

 

「ベルさん、無事でしたか」

「リューさん……? ああ、リューさんが神様を道中守ってくれたんですね」

 

 誰だろうかと思ったが口元を隠していたケープを下ろしたリュー・リオンの顔を見て、直ぐにヘスティアが18階層まで来れた理由を察する。

 

「ええ、神ヘスティアに捜索隊に加わってほしいと頼まれまして。アンドロメダも同行するということでしたので、私もここに用事があったので丁度良かった」

 

 同行者としてまさかの人物の名前が出てベルは瞠目する。

 

「アンドロメダって……」

「やあ、ベル君。アポロンの神の宴以来だね」

 

 桜花達やヘスティアと違ってゆっくりとこの場に現れた神ヘルメスが笑みを纏ったまま、後ろにアスフィ・アル・アンドロメダを従えてやってきた。

 

「やっぱりヘルメス様まで。ありがとうございます、助けに来て頂いて」

「なあに、オレはヘスティアの心友(マブダチ)だから協力したまでさ」

 

 ダフネやカサンドラを労わっているヘスティアを見遣ったヘルメスは次いで自身の背後を指差す。

 

「それより君達に客だよ」

「客?」

 

 客と言われても思い当たる節が無かったベルがヘルメスの指差した方を見ると、そこには金色があった。

 

「え、アイズさん!?」

 

 頭上のクリスタルの光に照らされた金髪をしたアイズ・ヴァレンシュタインはスタスタと歩き――――――――――ベルの横を通り過ぎていった。

 

「あなた、一緒に来て」

「えっ!?」

 

 ベルをスルーして、アイズに手を掴まれたのはカサンドラだった。

 

 

 

 

 



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第53話 男同士くんずほぐれず?

 

 

 

 

 

 17階層へと続く連絡路に近い南端部にある森林にロキ・ファミリアの野営地はあった。

 無数にある天幕の中で一回り大きな幕屋にアルス・クラネルの姿がある。

 

「良く来てくれた、ヘスティアファミリアの諸君」

 

 アルス達を出迎えたロキファミリアの団長フィン・ディムナは樽に腰を預けながら歓迎の意を示した。その両脇にはリヴェリア・リヨス・アールヴとガレス・ランドロックが並んで立っている。

 オラリオでもトップクラスの有名人達を前にして、リリルカ・アーデは『ウィッチローブ』の下で気づかれないように足を震わせながら答える。

 

「来てくれたも何も、私達は殆ど何の事情も知らぬまま来たのですが」

「? 君達の目撃情報が入ったと聞いてアイズが一緒に行ったはずだが」

「アイズ様ならカサンドラ様を抱えて、私達には一緒に来てとだけ言い残して文字通り風のように去って行きました。後を追いながらヘスティア様から搔い摘んだ内容しか聞いていません」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインに一定の信頼はあったので連れて行かれたカサンドラ・イリオンがどうこうなるという心配はなかったが、それはそれとして放っておくわけにいかないので冒険者基準で急ぐ必要があった。

 全知零能の神であるヘスティアとヘルメスはベル・クラネルとアスフィ・アル・アンドロメダが抱えてやってきたわけだが、気を付けていても体への負担が大きく今は天幕の外で揃ってグロッキーになってアスフィに看病されている。

 

「…………だから、神達がグロッキーだったのか。アイズの気持ちは分かるが、人選を間違えたかな」

 

 足の速さとヘスティアファミリアとの関わりの多さから優先して選んだ自分の人選にフィンは渋い顔をする。

 

「ヘスティア様からロキファミリアに世話になっていると聞きましたが、まだ遠征途中のはずです。どうして18階層に留まっているのか、お聞きしても?」

「遠征の帰りにポイズン・ウェルミスの怪物の宴(モンスター・パーティー)に遭遇してね。脱出こそしたが多数の団員が毒の餌食になってしまい、何とか辿り着いた18階層(ここ)で倒れた団員の治療に当たっているんだ」

「ポイズン・ウェルミスの毒は専用の特効薬以外、完治が難しいと聞いたことがあります。それこそディアンケヒトファミリアのアミッド・テアサナーレ様の高位治療魔法だけと。カサンドラ様も解毒魔法を扱えますが恐らく気休めにしかならないかと思いますが」

 

 同ファミリアになってからカサンドラの魔法について知ったリリルカも彼女の解毒魔法(キュア・エフィアルティス)にアミッド・テアサナーレの高位治療魔法ほどの効果はないと予測している。

 ある程度の効果はあれども過度に期待されて失望されてもリリルカ達の方が困る。

 

「ロキファミリアでも解毒系の治療魔法を扱える魔導師や治癒師は少ない。気休めであったとしても、解毒用のアイテムも底をついた今、症状の重い者にとっては大きなものだよ」

 

 ランクアップ時に『毒』などへの耐性がつく『耐異常』のアビリティを取得を選択する冒険者が多い中で、解毒系の治癒魔法に目覚める魔導師や治癒師は多くない。ロキファミリアもその例外に漏れない。

 『瞬間移動魔法(ルーラ)』で道程を短縮でき、『どうぐぶくろ』を持って荷物の収納限界の無いヘスティアファミリアパーティーと違って、普通の遠征は大人数で期間も長くなる。物資に余裕を持ったとしても大人数で消費しているのだから異常事態(モンスター・パーティー)に合えば一気に無くなる。

 

「足の速い者に地上に向かって特効薬を調達させているが今暫く時間がかかる。彼らの苦痛が少しでも和らげば、看病している者達にとっても心の重しが軽くなる。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

 フィンが礼を言い、リヴェリアやガレスも神妙な顔で軽く頭を下げた。

 嘗ての自分ならば天上人同然の人達に頭を下げられては、慌てるのはリリルカの方だった。

 

「礼を言うのはこちらの方ですよ、フィン様。現れるか分からない私達を待つ為に、物資が少ない中でヘスティア様達を逗留させて頂き、感謝します」

「そこも持ちつ持たれつというやつだよ。同行した神ヘルメスが幾らか用立ててくれたから、逗留による負担は無きに等しい。寧ろこちらがプラスなぐらいだ」

 

 成程、とリリルカは得心した。

 得心した様子のリリルカを見たフィンは見た目にはやや不釣り合いな大人びた笑みを浮かべる。

 

「僕達の現状はこんな感じだ。次は14階層で行方不明になったという君達がどうして18階層に現れたのか、聞かせてらえるかい?」

 

 経緯を尋ねられたリリルカは、地上に戻ればギルドに報告しようと思っていた内容なので特に隠す必要もなく包み隠すことなく伝えた。

 すると、ドワーフは大口を開けて笑い出した。

 

「がはははっ、モンスターに食われて14階層から22階層に落とされたのか! 成程、フィン、リヴェリア、確かにこやつらは波乱に愛されておるな!」

「ガレス、この場は内輪だけではないんだ。抑えてくれ」

 

 本来ならば中層に進出して間もないパーティーが中層の下位に落とされたとなれば確実に生きて帰れない。ガレスが大笑しているのは、ヘスティアファミリアパーティーが命かながら18階層に辿り着いたというわけではないことを平然としているアルスの様子から察してのこと。

 リヴェリアもそのことは分かっているが、世の中には笑って流せることと流せないことがある。仲間内なら機微を理解できるが、別ファミリアとならばどこに琴線があるか分からない。迂闊な言動や行動は信頼関係に罅を入れかねない故の注意だった。

 

「ふふ、ガレスではないが、本当に君達は僕達を飽きさせないね」

「放っておいてください」

 

 波乱に愛されているのは、リリルカも内心では同意だったのでフィンの言葉に拗ねたようにそっぽを向く。

 ゴメンゴメン、とフィンは謝りながら、この場にヘスティアファミリアの面々がリリルカとアルスの二人だけなことに注目する。

 

「ところで、ベル・クラネルはどうしたんだい? 彼が団長だと聞いていたから、こういう話は彼とするものだと思っていたのだけど」

「ベル様ならティオネ・ヒリュテ様がお話ししようと言って連れて行かれました。ヴェルフ様も会って早々に目の色を変えた椿・コルブランド様に連れて行かれてしまいましたし。まさか真っ先にいなくなると思っていたアルス様しか残らないとは」

 

 ダフネ・ラウロスはカサンドラが他派閥の中で治癒行為を行っているから念の為に付いてもらっていた。

 

「いや、なんか、ごめんね」

「皆さんが自由なのは今に始まったことではないので同情は結構です」

 

 この自由は果たして自分達(ヘスティアファミリア)そうではない方(ロキファミリア達)を指しているのか、フィンには半眼のリリルカに口に出して訊ねる勇気はなかった。

 

「ま、まあ、治癒に協力してくれた恩がある。こちらに出来る便宜は可能な限り図るつもりだ。何ならこの野営地に滞在してもらってもいい。何かあるかい?」

「う~ん、物資も不足してませんし、特にはありません。宿も決まっているので、ヘスティア様をこちらに入れて命様をタケミカヅチファミリア側に戻せば数の帳尻は合います。タケミカヅチファミリアが負う分は彼ら自身に負担してもらえばいいわけですし…………アルス様、何かありますか?」

 

→高ランク武具のレシピ頂戴!

  俺と戦おうぜ!

 

「ちょっ、何を要求しているのですか!?」

 

 何も思いつかなかったリリルカがアルスに問うと、あまりにも吹っ掛けすぎな要求に目を剥く。

 

「うん、どれでもというわけにはいかないが、なんとか都合しよう」

 

 なんとか撤回させようとリリルカが高速で思考を回していると、フィンはアルスの無茶ともいえる要求をあっさりと受け入れた。

 

「い、いいのですか?」

「なに、僕達がここにいれるのは君達のお蔭でもある。君達の冒険は僕達に勇気をくれた。ただ、それだけさ」

「はあ」

 

 理解できない様子のリリルカを見て、無理はないとフィンは内心で苦笑して敢えて本人達に語る必要もないと理由を告げはしなかった。

 

「フィン、話は終わりだな?」

「ああ」

 

 ロキファミリアとしてヘスティアファミリアと話すべきことは話したと、フィンに確認を取ったリヴェリアが一歩前に出てリリルカだけを注視する。

 何も生まれ持たない小人族(パルゥム)の自分とは真逆の、天から全てを与えられたに等しいエルフの中でも上澄み中の上澄みたる王族(ハイエルフ)にリリルカは微かに後退りする。

 

「リリルカ・アーデといったか」

「はい」

「お前がレフィーヤから指導を受けたいうのは本当か?」

 

 リリルカの口から汚い悲鳴が漏れかけた。

 恐る恐るリヴェリアの表情を伺うと、リリルカに対する興味はあれど怒りは感じない。小人族(パルゥム)如きがエルフに指導を受けるなどと不敬として、即刻首チョンパされる恐れはなさそうだが下手な返しをするとその未来が訪れかねない。

 

「…………はい。少しの間だけですが」

「責めているわけではない。レフィーヤの師としては聊か気になった物でな」

 

 ほっと一息つくリリルカだったが、次の瞬間、リヴェリアから飛び出した言葉に彼女は猛烈な嫌な予感を覚えることになる。

 

「それに神ヘルメスから気になる話も聞いた」

「ヘルメス様からですか?」

「ああ、なんでもアポロンファミリアとの戦争遊戯(ウォーゲーム)で魔剣の魔法を反射した(・・・・・・・)と。魔導師としては実に気になる話だ」

 

 リリルカの瞳に動揺が走る。

 魔法を反射する魔法(マホカンタ)は対魔導師においては絶対ともいえる能力を有しており、アポロンファミリアとの戦争遊戯(ウォーゲーム)で戦局を左右するほどの切り札になると判断して使用に踏み切った。

 こうなると分かっていたのでヘスティアには、神会で魔法を反射したのはヘファイストスより借り受けた神創武具相当のアイテムであると噂を流してもらっていた。リリルカが魔法として使えるよりも信憑性はあって、ヘファイストスの店を訪れる神やファミリアが絶えないらしく、ヘファイストスは商魂逞しく巧みに別商品を買わせているとバイトしているヘスティア情報を得ていた。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)前に遠征に行っていたロキファミリアがその噂を知るはずもなく。

 

「そ、それはどういう意味での気になる、なのでしょうか?」

 

 声が震える。目線が下がる。

 しかし、彼我の力関係が黙秘も退避も許さない。

 

「反射できる範囲、効果など色々だな。それにその魔法を反射する魔法をレフィーヤは知らなかった。もしや他にも特異な魔法があるのではないかと興味は尽きない」

 

 ヘルメスに見破られたのか、或いは別経由、もしくはヘスティアが口を滑らせたのか。

 即座に嘘で誤魔化すことも出来なくはないが、相手がエルフの王族だけに下手な対応は死を招く。

 

「偶々、有用な魔法に目覚めただけで、リリなどリヴェリア様のお目汚しにしかならない卑賎な小人族(パルゥム)に過ぎません」

 

 エルフの王族という明らかに自分よりもヒエラルキーの高い逆らい難い存在を前にして、アルス達と出会うことで小さくなり心の奥底に押し込められた卑屈な気持ちが口から出た。

 当然、小人族(パルゥム)の光足らんとしているフィンにしてみれば、種族を理由に卑屈になるリリルカを前にして黙っていることは出来ない。

 

「あまり自分を謙遜することはないよ、リリルカ・アーデ」

「フィン様……」

 

 敢えて卑屈さを謙遜と言い換え、真剣な表情のフィンがリリルカを見据える。

 

「謙遜も行き過ぎれば卑下となる。そうなってしまった背景は容易に想像できるが、同じ小人族(パルゥム)として見過ごすことは出来ない」

「…………」

 

 リリルカは何も言えず顔を伏せる。

 

「何より今の君はヘスティアファミリアの副団長なのだろう? 横柄になれとは言わないが、戦争遊戯(ウォーゲーム)で一方ならぬ活躍したとも聞く。その立場に相応しい自信を持つ資格と時が来たのだと僕は思う」

「…………それは経験談ですか?」

「そうであるとも言えるし、違うとも言える」

 

 含みのある言い方に、リリルカは訝しげにフィンを見上げる。

 フィンは後ろにいるリヴェリアと、アルスとコソコソと二人で何か話し合っているガレスを見やってからリリルカに視線を戻すと、不敵に微笑んだ。

 

「僕は同族達の旗頭足らんと自らを規定して、この身は一族の再興の為だけに捧げると決めた。だからこそ、常に周りから見られることを意識して振舞っている…………内心はどうであれね」

 

 フィンの言葉はリリルカにまるで新たな価値観をインストールする様にすんなりと頭の中に入ってくる。

 

「ベル・クラネルとあの強化ミノタウロスの戦いで、僕達と共にいて安全圏にいた君には何もしないという選択肢があった。にも関わらず、君は動いた。その一歩を踏み出す勇気こそが最も尊いものだ」

「あの時は無我夢中でしたので、フィン様はリリを買いかぶりです」

 

 あの時のリリルカは意識が朦朧としていて何か助けにならなければと行動したが、フィンが言うように安全圏だからこそ動いたとも言える。

 

「行動に移す意志が無ければ、出来る力だけがあっても意味はない。君は偉大な祖先(フィアナ)のように、他者の為に身を挺することの出来る素晴らしい同族(パルゥム)だ」

「…………御高名なフィン・ディムナ様にこれだけ仰って頂いてしまっては、何時までも俯いてはいられませんね」

 

 自分のことは何一つ信じられないリリルカであっても、小人族(パルゥム)の英雄にそこまで認められているのならば奮い立たないわけにはいかない。だが、卑下は止めるとしても、自らに相応しい自信を持つというのは口で言うほど容易いことではない。

 ならば、自分の得意分野で問題に立ち向かって行こうと、腹に力を入れて何を見せてくれるのかと楽し気に待っているリヴェリアを見上げる。

 

「リヴェリア様、興味を持って頂けるのは有り難いですが、今のリリはヘスティアファミリアの貴重な戦力であると自負しています。扱う魔法を他所のファミリアの方に対価もなしにお教えすることは出来ません」

「例え相手が私であってもか?」

 

 楽しそうな顔で試すように言ってくるリヴェリアに怯みそうな心と体に活を入れる。

 

「ええ、幾ら師匠の師匠であろうとも、です。立場も実力も関係ありません。例え我が師レフィーヤ様であろうとも例外ではありません」

「…………ふむ、対価か」

 

 求められる物を思案しながらリヴェリアの目がリリルカの全身を見る。

 

「余程の激戦を潜り抜けてきたのだろう。着ている『ウィッチローブ』が随分とくたびれている」

 

 リヴェリアの視線はリリルカの服に止まった。

 

「私の手持ちレシピに『王子と姫のヒミツ』というものがある。『王子と姫のヒミツ』で作れる『プリンセスローブ』は『ウィッチローブ』の上位互換に当たる。このレシピと素材を提供しよう。ヘスティアファミリアには元ヘファイストスファミリアの鍛冶師がいると聞いている。これで作れるだろう」

「装備の現物はなく、作成はこちらでやるというのなら手落ちが過ぎますね。手札の一枚、それも大したことのない内容になってしまいますよ?」

 

 魔導師にとってみれば魔法とはスキルやアビリティ以上に秘するもの。手札を明かさせるのだから、誰であっても納得させる提案でなければならない。知りたいのならば、もっと寄こせとリリルカはリヴェリアに暗に伝える。

 

「む、ならば私の予備の杖である『せいれいの杖』も付けよう。これならどうだ?」

「もう一声」

 

 普通の交渉ならば、ブチ切れて打ち切られてもリリルカは別に困らない。受けるかどうかはリリルカの匙加減。心理的負荷が無くなったリリルカには無理に手札を明かす必要はないのだから。

 

「ぐぅ、『マジカルハット』も出してやろう! これ以上は流石に出せんぞ!」

 

 しかし、ロキファミリアの幹部、それもエルフの王族に睨まれては未だ中派閥に過ぎないヘスティアファミリアはオラリオでやり難くなってしまう。リリルカにはどこかで妥協が必要だった。

 

「いいでしょう。リヴェリア様の奮発にリリも誠心誠意お答えします。まず、一つ目は『マホトラ』と言いまして、その名の通りに魔法をかけた相手の精神力(マインド)を奪い、自分のものに出来るというもので――」

 

 尚、『敵魔法封印魔法(マホトーン)』と『魔封じの杖』だけは絶対に教える気はなかった。

 リヴェリアも本当の奥の手は秘するだろうと分かっているから、教えることでレフィーヤを成長させたリリルカへの恩返しを兼ねてフィンに付き合って先達の冒険者として後輩の育成を行っていた。

 

「これは発破をかけすぎたかな?」

 

 イキイキとした様子で交渉をしていたリリルカに苦笑したフィンの目が直ぐ近くで両足を開いて中腰になって相対しているガレスとアルスに向けられる。

 

「で、君達は何をやろうとしているんだい?」

「何って、相撲じゃが」

 

→相撲だよね

  男同士くんずほぐれず?

 

「いや、だからなんで相撲?」

 

 二人で何やら話に熱中していたのは視界の端に入っていたが、どうして相撲をすることになったのか話の流れが分からなかった。

 ガレスが髭を撫でつけながら中腰を止める。

 

こ奴(アルス)が中々の力の持ち主と見えたのでな。相撲はロキから聞いた組打ちの一種じゃが力量を知るならば、これが一番じゃて」

 

 ガレスの目が好戦的な色を帯びる。

 ヘスティアファミリアの力量が気になるのは同じなのでフィンも理解できる。多数のアポロンファミリアに勝てるはずがないのに勝利し、それから殆ど間も開けずに22階層まで落ちて自力で18階層まで上がって来たのだ。

 強化ミノタウロスに勝利してから、たった二週間前後でこの躍進はフィンでも信じ難い。

 

「ガレスがそこまで言うなんて珍しい。アルス、今の君のLv.は?」

 

→4

  4か、ヘスティア様に更新して貰ったら5かも

 

「ちなみにリリルカ・アーデは?」

 

→4

  4か、ヘスティア様に更新して貰ったら5かも

 

「…………君達が組打ちなんてしたら他の団員に隠しようがない。腕相撲ならいいよ」

 

 Lv.を聞いたフィンが目の色を変え、但しと付け加える。

 

「ガレスの次は僕とやろうか、アルス。僕も君達に興味が出てきた」

 

 結果は勿論、アルスの全敗になるのだが、それでもフィンとガレスの見る目が変わることはなく、逆に気に入ったとばかりに『メタスラ装備のレシピ』を渡してくれた。

 

――――――――――アルスは レシピブック 『メタスラ装備のレシピ』を 手に入れた!

――――――――――メタスラの剣の レシピを 覚えた!

――――――――――メタスラの大剣の レシピを 覚えた!

――――――――――メタスラブーメランの レシピを 覚えた!

――――――――――メタスラのやりの レシピを 覚えた!

――――――――――メタスラの盾の レシピを 覚えた!

――――――――――メタスラヘルムの レシピを 覚えた!

――――――――――メタスラよろいの レシピを 覚えた!

 

 

 

 

 



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第54話 気にするな。旅は道連れ世は情けだ


――――――――――アルスは、レベル32に あがった!
――――――――――アルスは、はやぶさの斬りを覚えた!
――――――――――アルスは、つるぎのまいを覚えた!
――――――――――アルスは、レベル33に あがった!
――――――――――アルスは、レベル34に あがった!
――――――――――アルスは、レベル35に あがった!
――――――――――アルスは ライデインの呪文を覚えた!

――――――――――ベルは、レベル32に あがった!
――――――――――ベルは、バンパイアエッジを覚えた!
――――――――――ベルは、二刀の心得を覚えた!
――――――――――ベルは リレミトの呪文を覚えた!
――――――――――ベルは、レベル33に あがった!
――――――――――ベルは、レベル34に あがった!
――――――――――ベルは、レベル35に あがった!

――――――――――リリルカは、レベル32に あがった!
――――――――――リリルカは、レベル33に あがった!
――――――――――リリルカは、レベル34に あがった!
――――――――――リリルカは、レベル35に あがった!

――――――――――ヴェルフは、レベル26に あがった!
――――――――――ヴェルフは、レベル27に あがった!
――――――――――ヴェルフは、レベル28に あがった!
――――――――――ヴェルフは ベホイミの呪文を覚えた!
――――――――――ヴェルフは、まもりのたてを覚えた!
――――――――――ヴェルフは、レベル29に あがった!
――――――――――ヴェルフは、レベル30に あがった!
――――――――――ヴェルフは、レベル31に あがった!

【アルス・クラネル Lv.4(レベル31→35)
 HP:255(+105)→292(+105) MP:117→133 ちから:99(+22)→115(+22) みのまもり:42→49 すばやさ:99→111 きようさ:57→65 こうげき魔力:93→108 かいふく魔力:93→109 みりょく:70→82
《魔法》
 【メラ】【メラミ】【ギラ】【ベギラマ】【イオ】【イオラ】【ホイミ 】【ベホイミ】【ベホイム】【ベホマ】【ラリホー】【ラリホーマ】【デイン】【ライデイン】【トヘロス】【ニフラム】【ルーラ】【アストロン】
《技能》
 【かえん斬り】【はやぶさ斬り】【つるぎのまい】【ぶんまわし】【フリーズブレード】【ミラクルソード】【渾身斬り】【全身全霊斬り】【覇王斬】
《スキル》
 【二刀の心得】【メタル斬り】【ドラゴン斬り】【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:7937》】
【そうび みぎて『ゾンビキラー+3』 ひだりて『プラチナソード』『プラチナトレイ』 あたま『プラチナヘッド』 からだ『やすらぎのローブ』『シルバーメイル』 アクセ1 『ようせいの首飾り』 
アクセ2『バトルチョーカー』 】

【ベル・クラネル Lv.4(レベル31→35)
 HP:271→305 MP:82→92 ちから:92→106 みのまもり:37→43 すばやさ:121→134 きようさ:105→121 こうげき魔力:102→115 かいふく魔力:0 みりょく:112→124 《魔法》
 【ジバリア】【ジバリカ】【ジバリーナ】【ザメハ】【インパス】【リレミト】
《技能》
 【スリープダガー】【ヴァイパーファング】【バンパイアエッジ】【かえん斬り】【ミラクルソード】【デュアルカッター】【ぬすむ】
《スキル》
            【二刀の心得】【スライムブロウ】【メタルウィング】【パワフルスロー】【ヒュプノスハント】【タナトスハント】【メタル斬り】【ドラゴン斬り】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:11122》 】
【そうび みぎて『はやぶさの剣+3』『ソードブレイカー』 ひだりて『はがねのブーメラン』 あたま『大盗賊のターバン』 からだ『プリンスコート』 アクセ1『ぬすっとのグローブ』 アクセ2『すばやさのゆびわ+1』 】

【リリルカ・アーデ Lv.4(レベル30→35)
 HP:162→194 MP:167→202 ちから:59→70 みのまもり:29→35 すばやさ:89→104 きようさ:88→102 こうげき魔力:161→184 かいふく魔力:0 みりょく:84→95 
《魔法》
 【シンダーエラ】【メラ】【メラミ】【ギラ】【ベギラマ】【ヒャド】【ヒャダルコ】【イオ】【イオラ】【ルカニ】【ルカナン】【ボミエ】【ボミオス】【マヌーハ】【メタパニ】【マホトラ】【マジックバリア】【マホトーン】【マホカンタ】
《技能》
 【魔封じの杖】【しゅくふくの杖】【暴走魔法陣】【魔結界】【ぶきみなひかり】 
《スキル》
 【縁下力持(アーテル・アシスト)】【悪魔ばらい】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:13131》 】
【そうび みぎて『せいれいの杖』 あたま『マジカルハット』 からだ『プリンセスローブ』 アクセ1『まじょのてぶくろ+3』 アクセ2『破封のネックレス』 】

【ヴェルフ・クロッゾ Lv.3→4(レベル24→31)
 HP:272→328 MP:70→89 ちから:90→115 みのまもり:37→50 すばやさ:34→41 きようさ:43→50 こうげき魔力:0 かいふく魔力:69→99 みりょく:96→124
《魔法》
 【ウィル・オ・ウィスプ】【ホイミ】【ベホイミ】【スカラ】
《技能》
 【シールドアタック】【まもりのたて】【かぶと割り】【蒼天魔斬】【無心こうげき】
《発展アビリティ》
 【鍛冶:H→G】
《スキル》
 【魔剣血統】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:622》 】
【そうび みぎて『たつじんのオノ』 ひだりて『ドラゴンシールド』 あたま『プラチナヘッド』 からだ『やすらぎのローブ』『シルバーメイル』 アクセ1『ようせいの首飾り』 アクセ2 『命のゆびわ』 】

【ダフネ・ラウロス Lv.3
【そうび みぎて『女王のムチ』 ひだりて『ソードブレイカー』 あたま『プラチナヘッド』 からだ『プリンスコート』 アクセ1『おしゃれなベルト』 アクセ2 『ハンサムスカーフ』 】

【カサンドラ・イリオン Lv.3
【そうび みぎて『神聖のクリスタルロッド』 あたま『ぎんのかみかざり』 からだ『プリンセスローブ』 アクセ1『あみタイつ』 アクセ2『しんごんのじゅず』 】




 

 

 

 

 

 ロキファミリアの首脳陣との折衝を終え、ヘスティアが滞在していたテントでぐうたらな彼女らしく広げられていた荷物を片づけて返す前にステータスも更新しておこうということになり、先に女性陣を行い、今は最後のヴェルフ・クロッゾの更新が終わったところだった。

 

「――――――おめでとう、ヴェルフ君。ランクアップ(Lv.4)だ」

 

 Lv.3になってから、たった10日でランクアップしてしまったヴェルフに菩薩の境地に達したヘスティアが祝辞と共に告げた。

 

「ありがとうございます、でいいんですかね。こんなトントン拍子で」

「リリ達に限っていえば今更ですよ」

「うん、僕ももう諦めてる。ヴェルフもランクアップしてなくて安心するようになるから」

 

 先にLv.4にランクアップしていたリリルカ・アーデとベル・クラネルの仲間を歓迎する諦観に満ちた笑みに、装備を纏い直すヴェルフの口の端が引き攣る。え、俺もそんなこと思うようになるのかという方面で。

 

「嫌な諦観よね」

「ダフネ様達は今回は?」

 

 自分は仲間には加わりたくないと顔で表現しているダフネ・ラウロスにリリルカが尋ねる。

 聞かれたダフネは肩を竦めた。

 

「残念ながらステータス表記は変わってなかったよ。アンタらのお蔭で多少苦労したぐらいだからウチもカサンドラもステイタスはそんなに伸びてない」

 

 視線を向けられたカサンドラ・イリオンは寝そべっているアルス・クラネルの隣でコクリと頷く。

 

「やっぱり僕達は異常なんだね」

「そりゃあ異常でしょうよ。ヴェルフはLv.3からLv.4になるのにたった10日でしょ。常識がバグるっての」

 

 ダフネの確認に、ステータスを書いた羊皮紙をアルスの『火炎魔法(メラ)』で燃やしてもらっていたヘスティアが遠い目をする。

 

「Lv.2からLv.3に上がるのに5日だから、次のランクアップは20日ぐらいかかるかな。ふふ、常識が壊れるね」

「これが異常でなかったらオラリオの冒険者は高ランク冒険者で溢れていますよ」

 

 普通は年単位でランクアップするもので、そのランクアップ自体が出来ない人も珍しくない中でポンポンとランクアップする自分達が異常だなどリリルカは良く知っていた。それよりも燃やされる前に見たステータスでは新たな魔法や技能に目覚めなかったことが気にかかっていた。

 

「今回、リリはレベルが上がっただけで魔法も技能も発現しなかったです。これで打ち止めなんでしょうか……」

「いや、普通は魔法スロットの上限は3つなんだから、そうポカポカと発現するものじゃないから」

「異常に慣れてしまったら、異常がないと逆におかしく感じるものです」

「嫌な慣れだね」

「こ、このことに関しては深く考えない方が良さそうじゃないかな? ね、精神衛生上よろしくなさそうだよ」

 

 さっきも似たようなことを言ったなとダフネが考えていると、ベルはこの話題を続けると誰にとっても良い精神状態にならないと悟った。

 自分のランクアップに端を発した話題で雰囲気が悪くなったら困るヴェルフが話題転換に丁度良い話題を持っていた。

 

「そうだな。じゃあ、この機会に装備の更新をしておくか」

「え? また? この遠征じゃないけど遠征でも何回も更新してるじゃないか」

 

 ほぼ遠征みたいなものだが、ギルドに申請していないので遠征ではない。

 ややこしい状況だが、この冒険で何度も装備を更新しているので、アポロンファミリア時代とは装備の更新速度が違い過ぎたダフネが不思議そうにしていた。ヴェルフとしても、まさかここまで短期間に装備を更新するつもりなどなかったのだが止むにやまれない事情があった。

 

「俺もそんなつもりはなかったんだが椿にやれと脅されてな。目の色を変えた椿が怖すぎる」

 

 ロキファミリアの遠征に同行していたヘファイストスファミリア団長、椿・コルプランドがこの野営地でヴェルフの姿を見て、ヘスティアファミリアパーティーの装備に目を移して、直ぐに『ふしぎな鍛冶台』を多用していると悟ったようだった。

 今できる最高の鍛冶がみたいと言って聞かなかったのだ。

 

「ヴェルフ様も苦労されてるんですね」

「深層の素材と『プラチナの盾目録』が代価で、足りない素材は出すとまで言われちゃあ断れねぇよ。っていうか、今回に関しては俺も楽しんでるんだからいいんだが」

 

 割と椿と同様に鍛冶バカだったヴェルフに、リリルカは心配するだけ損だった顔が物語っていた。

 気にしないヴェルフがアルスに『どうぐぶくろ』を貸してくれと頼む。

 

「アルスは、『ライトシールド』から『プラチナトレイ』に。ベルは『バタフライダガー』から『ソードブレイカー』、『やすらぎのローブ』と『ぎんのむねあて』から『プリンスコート』に。リリ助は貰い物の『せいれいの杖』と『マジカルハット』と、『ウィッチローブ』から『プリンセスローブ』に。俺は『たつじんのオノ』と、アルスと同じ『シルバーメイル』に。ダフネが『アサシンダガー』から『ソードブレイカー』、ベルと同じように『やすらぎのローブ』『ぎんのむねあて』から『プリンスコート』に。カサンドラもようやく『やすらぎのローブ』から『プリンセスローブ』に…………と、こんな感じだな」

「無茶早口」

「と、途中から何が変わったのか分からなくなっちゃいました……」

 

 借りたアルスの『どうぐぶくろ』から次々と武具を取り出しながら語るヴェルフが早口過ぎて、途中から聞き取りを放棄したダフネと頑張ったが自分の装備の何が変わるのか聞きそびれてしまったカサンドラ。

 

「取り敢えず全員何かしら装備が変わったというのだけは理解しました」

「リリのヴェルフに対する理解が凄い件」

 

 付き合いは長くないが、どういう人間であるかは理解しているリリルカは自分の装備の何が変わるかだけは集中して聞いて、全員の名前が出たから全員の装備が変わるのだろうと他は適当に聞き逃していた。

 一応、全部聞き取って理解していたベルが苦笑する。

 

「まあ、なんでもいいけどさ、リリルカもカサンドラも『プリンセスローブ』なのになんでウチだけ『プリンスコート』なわけ?」

「あ、そういえばそうだな…………なんでだろう?」

「いや、こっちが聞きたいんだけど」

 

 女性陣は『プリンセスローブ』なのに、自分だけ男であるベルと同じ『プリンスコート』に文句を言ったダフネに対して、特に理由は無かったヴェルフが首を傾げる。

 

「嫌なら『プリンセスローブ』をもう一個作るか?」

「別にいいわよ。『せいれいせき』も残り少ないんだから必要ないわ」

 

 財務担当として、何の素材があるかを知悉しているダフネは手を振ってヴェルフの提案を蹴る。

 

「ダフネがそう言うんなら作らないが、本当にいいのか?」

「くどい。いいって言ってるんだからいいのよ」

「ああ……」

 

 素材的にギリギリ『プリンセスローブ』をもう一個作れるが、そうなると『せいれいせき』が無くなってしまう。

 ダフネがいらないと言うなら、いいかとヴェルフが納得しようとしたところで決意を込めた表情のカサンドラが一歩前に出る。

 

「本当にいいのダフネちゃん?」

「装備の性能はどちらでも変わらないなら、どっちを装備しても一緒よ。寧ろ前衛も兼ねるウチには『プリンスコート』の方が動きやすい」

 

 『プリンセスローブ』は足元まで丈があるので、前に出ることも多いのではあまり合わない装備だと語るダフネの顔から目を逸らさない。

 

「でも、『プリンセスローブ』の方がいいんだよね」

「…………」

 

 顔を逸らしたのはダフネの方だった。

 

「妙に『プリンセスローブ』を押しますね、カサンドラ様」

「だ、だって、ダフネちゃんって――――可愛い物が好きだから」

「は」

「へ」

「ほぅ」

 

 カサンドラの告発に、リリルカ・ベル・ヴェルフの目がダフネを注視する。

 

「…………なにさ」

 

 何言ってくれてやがる、とばかりにカサンドラを睨みつけるダフネに、リリルカがコテンと首を傾ける。

 

「そこまでご所望でしたらリリの『プリンセスローブ』を着ますか?」

「気持ちは有り難いんだけど、サイズが合わないのはどうしてもね」

「じゃあ、私のを着る?」

「カサンドラのは一部のサイズが合わないから断固として拒否する」

「私だけ扱いが雑!?」

「ウチにだって女としてのプライドがある」

「少し、分かる気がします。カサンドラに対抗できるのは、別の意味でヘスティア様だけでしょう」

 

 羊皮紙の燃えカスをどうやって処分しようかと悩んでいるヘスティアの揺れる胸に目を向けたリリルカは、体格から見れば十分にある自身の胸を見下ろし、『やすらぎローブ』を着ていても自己主張の激しいカサンドラの胸に視線を移して大きく頷く。

 

「え? え?」

「ベル、お前が知るのはまだ早い。早いんだ……」

 

 話の展開についていけなくなって混乱しているベルの肩を、ヴェルフは兄貴分として優しく叩く。

 

「戦闘スタイル的に『プリンセスローブ』はいいから、本当に。それよりもウチらのステータスが変わらないままだと後に響かないの?」

 

 アルスを例外にしても、ベルやヴェルフと比べて前衛職なのに攻撃力が低いダフネは、飛躍と呼べる速さでランクアップする彼らにこのままではついていけなくなると焦燥を覚え始めていた。

 羊皮紙の燃えカスは『どうぐぶくろ』に入れて処分することになって一安心したヘスティアは主神としてダフネの内心の焦燥を見逃さなかった。なにせ、リリルカやヴェルフも嘗ては感じていたことだから。

 

「僕としては平穏無事な君達に心の底から安堵を覚えているんだ。そんなことは言わないでくれ」

「ヘスティア様の気持ちもわかりますが、こればかりは心の有り様の変化がスキル発現に繋がると思われるのでなんとも」

 

 リリルカの言うことは気休めでもなんでもなく、成長促進スキル発現の手段とみられる心の有り様の変化が曖昧過ぎて展望を描くことは出来ない。

 

「心の有り様か…………言っちゃあ悪いけどリリルカやヴェルフみたいな心当たりがないんだけど、カサンドラはともかく」

「カサンドラにはあるのか?」

「偶に『予知夢(ほら)』を言うのよ。夢の言うことなんて信じられるわけがないのに」

 

 夢と聞いてベルは興味を引いたようだった。

 

「夢ですか。どんな夢なんですか?」

「全く当てにならない夢ばっかりよ。当たった試しもない」

 

 うんざりとした様子のダフネに、一度カサンドラを見たリリルカは視線を斜め下にズラして寝ているアルスを見る。

 

「…………もしかして、アルス様の後を付いて回っているのもその夢が原因ですか?」

「は、はい……」

 

 ちょっと恥ずかしそうなカサンドラにヴェルフの目に好奇心が宿る。

 

「どんな夢だったんだ?」

「…………言いたくありません」

「言えないではなく、言いたくないか。なあ、ヘスティア様。カサンドラのスキルとかにそういうやつ(・・)はあるんですか?」

それ(・・)かは分からないけど、君達の【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)】のようにスキル名ですら解読不可能なスキルがある。該当するとしたら多分、それだろう」

「ああ、あの黒塗りになってた」

 

 アルスとベルの二人しかいない頃から全員のステータスは共有することを続けていた慣例で、カサンドラの黒塗りにされていたスキル部分にリリルカも思い至った。

 

「まあ、なんにせよ、代わるも良し。変わらなければそれはそれでということでいいと思います。気にし過ぎてもどうにかなるものでもありませんし」

 

 焦ったところで良いことは何もないと、ベルが団長らしく纏めたところでテントの入り口外に人の気配を感じた。

 

「皆さん、少しお時間よろしいでしょうか」

「命さん? はい、どうぞ」

 

 特に断る理由もないのでヤマト・命を筆頭に、タケミカヅチファミリアの二人をテントに招き入れた。

 テントに入った命は銘々楽にしている面々を見渡した後、持ってきた装備を丁寧に床に置いて正座をして手のひらをつけて頭を下げた。

 

「――――――改めて感謝と謝罪を。無事に仲間と再会させて頂きありがとうございます。そしてこの度は誠に申し訳ありませんでした」

 

→これが本場のジャパニーズドゲザ!?

 気にするな。旅は道連れ世は情けだ

 

「話の邪魔になるから黙ってて、アルス」

「はいはい、アルスはこっちに来てようね」

 

 噂には聞いていて自分もやったことがあるベルは内心で戦慄したが、そこは他派閥を前にしているので体裁を保つ為に真面目な顔をして注意する。こいつはこのままにしておくとヤバいと察したダフネがアルスの頭をカサンドラの膝の上にポイッとして安置。

 カサンドラがひゃぁっと可愛い声を上げている間に、命の隣に前髪で瞳が半ば隠れているヒタチ・千草も揃って土下座を敢行する。

 

「あの、その、本当に……ごめん、なさい。命ちゃんを、守って……もらって、本当に、ありがとう、ございます!」

 

 涙混じりの謝罪と感謝に、年上の女性にそんなことをされた経験のないベルは内心でテンパりながらも表面上は落ち着いて対応する。

 

「そんな、大丈夫ですよ。僕達も気にしてませんし」

「でも、22階層まで、落とされるなんて……私達が、同じ立場、だったら……無事に、すまないはずで」

「そうですね。リリ達だから命様を守りながら問題なく18階層まで上がれたと言えるでしょう」

 

 穏便にすませようとしていたベルとは違って、土下座の姿勢で頭だけを上げた二人の後ろで頭を下げようとしない巨漢の男を見据えるリリルカの目は厳しい。

 

「タケミカヅチファミリアは、この落とし前はどうされるのですか?」

「…………」

「お前に聞いてるんだよ、大男。お前が団長なんだろ」

 

 黙ったままのカシマ・桜花に、ヴェルフが口調を尖らせて答えを求める。

 仲間達の一歩前に出た桜花は、やはり頭を下げないまま口を開く。

 

「命を俺達の下へ無事に連れ帰って来てくれたことには感謝している。しかし、怪物進呈(あれ)については、今でもあの指示が間違っていたとは思っていない」

「桜花殿!?」

 

 信じられないとばかりに目を剥く命に目を向けず、桜花は自身の信念を告げる。

 

「アポロンファミリアに勝利したお前達の方が生き残る勝算は高かった。たった一度しか会ったことのない奴らよりも、大事な仲間の命を取った。どのような誹りも俺個人に向けてくれるなら甘んじて受けよう。だが、謝罪だけは絶対にしない」

 

 見方を変えれば喧嘩を売っているに等しい桜花に、ヴェルフが目を吊り上げる。

 

「それを良く俺らの前で口に出来るな」

「落ち着いて、ヴェルフ」

「だが、ベル!」

「ここは任せて。ね」

「…………ああ、分かった」

 

 拳を握ったヴェルフを下がらせたベルは、自身よりも高い位置にある桜花の目を見上げる。

 

「カシマ・桜花さん、同じ団長として仲間を優先した気持ちは良く理解できます。ですが、もう少し言い方というものがあると思いますよ」

「俺は器用ではない。この様な言い方しか出来ん」

 

 器用ではなく、更には口が回るタイプの人間ではないことは今までの対応からも良く分かった。

 

怪物進呈(パス・パレード)は何時加害者側になるか分かりませんから、そこに悪意がない限り一定の理解を払わなければならない、と僕は教わりました。でも、悪意がないからと簡単に納得も出来ません」

「理解している。だから、言った。どのような誹りも俺個人に向けてくれるなら甘んじて受けると」

「謝罪は口にはしないけど、自分になら何をしてもいいというわけですか。最初からそう言えばいいのに」

「上手く口に出来ん。俺は口も上手くない」

 

 意図を理解して解説するリリルカに桜花は苦々しく答える。

 

「神様から聞きました。命さんの為が大部分だとしても、ここまで助けに来てくれたのはあなた達の意志だと。神様達の命令でも無ければ負い目でもない。その気持ちは大事だと思います」

 

 仲間が大事なだけで好感の持てる男だと感じ取ったベルは、だからこそと内心で続ける。

 

「その上で言います。あなたはこの落とし前(・・・・)をどうつけるつもりですか?」

「だから、誹りは甘んじて受けると」

「そういうのはいいんで。僕は道理の話をしています」

 

 ソーマファミリアに始まり、アポロンファミリアの件とは違い、互いに話し合いで決着が出来る相手だと看做したベルはタケミカヅチファミリアを全面的に許せる理由を求めた。

 

「行為に対する代価、賠償、或いは保証。なんでもいいですが、僕達が貴方達の行為を割り切る為に必要なことです」

「…………俺に出来ることならなんでもする」

「その内容について思いつかないから、ちょっと困ってるんです」

 

 困ったように微笑むベルは命を見る。

 

「今までの相手には遠慮なく吹っ掛けて来たんですけど、命さんの話だとタケミカヅチファミリアは裕福というわけではないんですよね?」

「ああ、かくなる上は借金をしてでも……!」

「止めて下さい。そこまでされたら僕達が悪いことをした気分になっちゃいます」

「自然に賠償を要求しておいて自覚ないの?」

「ベル様も成長されてるんですよ」

「これって成長なのかねぇ。リリ助とアルスの悪い影響を受けまくってる気がするが」

 

 とんだ風評被害を被っているベルは悩んだ末に、困った時の頼みと双子の弟に任せてみることにした。

 

「何か良い案はない、アルス?」

 

→桜花の背中の大剣を所望する

  リヴィラの街で桜花が大声で自分の性癖を暴露する

 

「これか……」

 

 桜花は背中に背負っている柄部分が異様に長い刀を鞘ごと外す。

 

「待って下さい! 『退魔の太刀』は桜花殿がランクアップした時にタケミカヅチ様から餞別として頂いた物です。あれだけは」

「それだけ大事な物だからこそ対価となるとも言えるね」

「ダフネ様、ですが!?」

「いいんだ、命」

 

 止めようとする命に、首を横に振って桜花は穏やかな表情で手の中の『退魔の太刀』を握る手に力を込める。

 

「タケミカヅチ様には俺から謝る。許してくれるかは分からんが……」

 

 一度名残惜しそうに『退魔の太刀』を見てから膝をついて床に置き、ベルを真っ向から見据える。

 

「これで落とし前はつくか?」

「ええ、僕達ヘスティアファミリアは今回の一件を水に流すと約束しましょう。いいですか、神様?」

「ん、ああ、勿論だとも!」

 

 みんな無事だったんだから別にいいじゃん、と何度も言いかけたヘスティアは空気を読んで堪えていた中で急に話を向けられて慌てながらも鷹揚に頷く。

 交渉成立とアルスが早速置かれていた『退魔の太刀』を手に取り、鞘から抜いて刃を確認している。

 

「アルス様も新しい武器にはしゃいでないで落ち着いて下さい」

 

 リリルカに注意を受けたアルスは桜花が他に武器を持っていないことに気づき、『どうぐぶくろ』に手を入れる。

 

→代わりの武器だ。受け取れ、『プラチナブレード(これ)』を。

  代わりの武器だ。受け取れ、『ビッグブレードⅡ』を。

 

「っ!? う、受け取れない。『プラチナブレード(この両手剣)』は『退魔の太刀』よりも良い武器だ。落とし前で良い武器を貰うなどあっていいはずがない」

 

 大剣使いとして、差し出される『プラチナブレード』の武器としてのランクが『退魔の太刀』よりも上だと一目で気づいた桜花は受け取れないと拒否する。

 桜花に武器の審美眼があると察したヴェルフが感心した様子を隠しつつ、アルスの意図を直ぐに察した。

 

「ああ、だから代価だ。『プラチナブレード』を買い取れる代金を持ってきたら『退魔の太刀』は返してやるってことだ」

「それは……っ!?」

「貸しとしてやる。意地を張り続けるバカ野郎には良い薬になっただろ」

「…………恩に着る」

 

 ぐっ、と奥歯を噛み締めてアルスから『プラチナブレード』を受け取った桜花に男くさい笑みを浮かべるヴェルフ。

 

「やだね、男だけで分かり合うなんて」

「男の人ってそういうところありますよね」

 

 別にタケミカヅチファミリアのことはどうでもいいダフネとしては話がどう決着しても良かったが、勝手に話を纏めてしまった二人にリリルカと共感していた。

 途中はどうなるかと思ったが上手く話が良い方向に決着したところで、命はふと気になったことがあった。

 

「ところで、『プラチナブレード』の買い取り代金はお幾らでしょうか?」

 

 命の問いに、一度桜花を見たヴェルフはニヤリと悪いことを思いついたかのような笑みを浮かべる。

 

「175万ヴァリスだ」

「えっ?!」

「ま、中層で頑張れば返せねぇ金額じゃあねぇだろ。頑張れよ」

 

 想定外の大金にタケミカヅチファミリア組の背後に電撃が落ちたかのような衝撃が走り、ヴェルフが軽く言っているとテントが外からバッと開けられた。

 

「ねぇねぇ、暗くなる前にみんなで水浴びに行こうよ!」

 

 明るく提案するティオナ・ヒュリテの提案を拒絶する理由はヘスティア達には無かった。

 

 

 

 

 



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第55話 悪いのはヘルメス様だ。俺達は悪くねぇ!

 

 

 

 

 

 ティオナ・ヒュリテの呼びかけに集まったのは、ロキファミリアを始めとしてヘスティア・タケミカヅチファミリア+アスフィ・アル・アンドロメダを含めて女性陣二十人ほどの数に上った。

 ロキファミリアは発起人のティオナを始め、彼女の双子の姉のティオネとアイズ・ヴァレンシュタインにレフィーヤ・ウィリディスの他には下位団員が目立っており、ヴェルフ・クロッゾに造らせた武具の試し切りついでに狩りに出かけた椿・コルプランドはいない。

 

「じゃーん、ここ!」

 

 ティオナの案内で辿り着いた滝の水が溜まった泉で、野営地もほど近い絶好の位置関係。

 暇さえあれば何度も通っているロキファミリア組だけでなく、ヘスティアやアスフィにヒタチ・千草まで物怖じも遠慮せずに服を脱ぎ始めた中、ダフネ・ラウロスやカサンドラ・イリオンとヤマト・命の初見組は躊躇いを覚えていた。

 

「こっ、こんな所で水浴びして大丈夫なのですか!?」

「私達が交代で警護しますので大丈夫ですよ」

「ロキファミリアの護衛付きなら心配いらないね」

 

 道化の魔書(ロモワール)の二つ名を持つエルフィ・コレットの言葉に安心してダフネとカサンドラまで服を脱ぎだしてしまったので、千草に説得された命も恐る恐る衣服に手をかける。

 

「まさかダンジョンで、このような機会を得るとは」

 

 貰った装備類は既にヘスティアファミリアに返却しているので、命が纏っているのは『てつのむねあて』と『布の服』のみ。最後に胸を固定していたさらし布を解く命の言葉を近くにいた千草が聞き取った。

 

「もっと下の階層では水浴びはしなかったの?」

 

 アルス・クラネル達は『どうぐぶくろ』で持ち込んだ木の樽に水を注ぎこんで『火炎魔法(メラ)』で温めた即席の風呂を使ったらいいと勧めてくれたが、一人一人交代制の都合上、足手纏いでしかなかった自分が入浴中に守ってもらうことに申し訳なさが勝った所為で固辞したことを悔いていたので、水浴びは本当に嬉しい命だった。

 

「勧めてくれたのですがそこまで甘えるわけにはいかなくて…………毎日濡らしたタオルで体を拭けただけも有難かったです。しかし、この広さ、露天風呂を思い起こします。うう、もうずっと入れてないですね……」

「大丈夫! 頑張って稼げば何時か入れるよ!」

 

 劣等感から最も心と体がリラックス出来る時間が欲しくなった命を慰める千草。

 水浴びの度にアイズと自分の胸を比べて優越感を覚えていたヘスティアが二人のそんな会話が聞こえて顔を向ける。 

 

「なんだ、命君は露天風呂に入りたいのかい?」

「え、あ、はい、ヘスティア様。命ちゃんは大のお風呂好きでして……」

 

 突入組でロキファミリアの野営地には近寄らない覆面エルフと、ヘルメスの抑え役として彼に傍に付いていることの多いアスフィ以外で女がいなかったので、必然的にヘスティアの世話をすることが多い千草は彼女の質問に気安く答える。

 

「じゃあ、地上に戻ったらうちの新ホームに来るといい。アルス君の希望でゴブニュに極東風の檜風呂を作ってもらっているから、極東出身で風呂好きならきっと気に入ってもらえると思うよ」

「檜風呂って…………なんでアルスはそんなものを?」

 

 ヘスティアファミリアの新ホームはダフネにも関わりのあることだったので、珍しい種類の風呂をアルスが希望したと聞いて首を傾げる。

 

「さあ、ベル君も土下座を多用するぐらいだから、あの兄弟は極東に縁でもあるのかな。しかし、カサンドラ君も中々の物を持っているね」

 

 ダフネに顔を向けたヘスティアは彼女の背に隠れるようにして水浴びをするカサンドラに気づき、全裸になったことで自己主張の激しい胸に嘴を向ける。

 

「へぁっ!?」

「大きさで語るならヘスティア様の方が大きく見えますよ」

 

 注目を集めたカサンドラが変な声を上げて自身の背中に隠れたことで、ダフネは柔らかく大きな胸を背中に感じながらヘスティアにボールを返す。

 

「僕は背が小っちゃいからね。小さいと言えば」

 

 胸の話題になってから、己の薄い胸を押さえ精神的損傷を負って呻いているティオナがいたりするが、彼女がいたのは背面方向だったので気づかずにヘスティアは泉の外で新装備を纏ったままで脱衣していないリリルカ・アーデへと顔を巡らせる。

 

「リリルカ君は水浴びしないのかい?」

「ロキファミリアの方々だけに警護を任せるのは申し訳ないので、リリは後で入らせてもらいます」

「う~ん、僕の眷属(ファミリア)は気が利くな!」

 

 頼る時は頼りっぱなしなところがあるヘスティアは全くそんなことを考えていなかったので素直にリリルカを尊敬していた。

 主神に尊敬されて手を振っているリリルカの隣で、同じように警護に付いているレフィーヤが微笑んでいた。

 

「本当に良かったのですか、リリ?」

「はい、その代わりリリが入っている時はダフネ様達が警護に入るので、急いで入らなくてもいいですから」

 

 人数比率を考えれば少なすぎるとしても、これ以上はロキファミリアに借りを作るわけにはいかないと、ダフネと簡単に話し合って交代で水浴びすると決めていた。尚、カサンドラでは警護役には向かないと除外されている。

 

「レフィーヤ様こそ、リリを気にしてご遠慮されておられるならお気になさらず、入って頂いただければ」

「師よりLv.が高くなってしまった弟子と話がしたいと思うのはいけないことでしょうか?」

「…………いえ」

 

 返しに物凄く微笑みながら毒が入った問いを放たれ、リリルカの目が助けを求めて急速に泳ぎ出す。

 ヘスティアは全く気付いていない。ダフネは気付いたが触らぬ神に祟りなしとばかりにカサンドラを連れて離れていく。命は水に顔だけで出すほど全身を使ってダレている。結論、リリルカに助けの手はない。

 

「短い期間ながらも教えを施した者として、弟子の栄達は嬉しいものです。ちょっと腸が煮えくり返って、早くランクアップする秘策を教えやがれこんちくしょーがだなんて思ってません。本当ですよ?」

「あの、レフィーヤ様。凄い圧が……!?」

 

 にじり寄るようにして近づいて来るレフィーヤに慄くリリルカ。

 敵地の中で味方のいないリリルカが逃げようとしてうっかり泉に落ちてレフィーヤが謝ることになる光景が広がる頃、野営地と泉から離れた場所で警護と毒で苦しんでいる者と看病者以外の男連中が集まっていた。

 

「諸君、これは聖戦である!」

 

 男達の前に立ったヘルメスは片手を上げて高らかに宣言した。

 

「いいか、良く聞け。この奥に広がるのは乙女が舞い踊る男の楽園だ。ヒリュテ姉妹を始めとしたロキファミリアの綺麗所を始めとして、あの剣姫アイズ・ヴァレンシュタインまでもが一糸纏わぬ生まれたままの姿で身を清めている……」

 

 野営地から離れているとはいえ、大きな声を出せば五感が優れている冒険者に気づかれる。小さな声で集まった者達に声を響かせるという器用なことをするヘルメスの言葉に、男達は水浴びしている女性陣の裸を想起する。

 

「ゼウスは女神のみが入浴される事を許された『神聖浴場』を、歴史上唯一覗いたことのある神物だ。この偉業は今でもオラリオで伝説として語り継がれている。そして諸君らもまた今日、伝説となるのだ!」

 

 ヘルメスの演説に、集まった男達は拳を振り上げて小声ながらも気勢を上げる。

 

「ゼウスの後を追おうとしたオレの夢は一度敗れた。だけど、俺の心が言ってるんだ、諦めたくないって。そして今、オレには君達が、志を同じくする仲間がいる!」

 

 仲間たる男達を見渡すヘルメスの顔に一切の憂いはない。

 

「我々の眼前に立ち塞がるは困難の頂だ。だが、これを乗り越えた時、君達は後世に名を残すだろう。立ち上がれ、若者達。真の英雄となる為に!」

 

 ヘルメスは彼等の興奮が最高潮に達していることを確認すると、大袈裟に手を振り下ろして力強く宣言した。

 

「さあ、諸君。聖戦を始めよう!!」

『うぉおおおおおおおおおお!!』

 

 盛り上がる男達の近くで、木に全身を縄で縛られたラウル・ノールドが体を揺らす。

 主神ロキの趣味でファミリアには圧倒的に女性陣が多い中で、幹部のガレス・ランドロックとベート・ローガ以外の男性陣の纏め役にされるラウルは真っ先にヘルメスの提案を拒否した為、野営地に置いておくとバラされる危険があると拘束を受けることとなった。

 

「止めるっすよ、みんな! バレたらぶち殺されるっすよ!」

 

 男の聖戦を前にして目が滾っている男衆達は、一人いい子ちゃんを続けるラウルを前にして一人がペッと地面に唾を吐き出す。

 

「うっせえ、勝ち組が!」

 

 一人の罵倒をきっかけに不満が次々に溢れ出す。

 

「自分だけアナキティさんと上手くいっているからってよ」

「けっ、この超凡夫(ハイ・ノービス)が!」

「二つ名で罵倒された……!? っていうか、アキとは何でもないっすよ!」

 

 持たざる者は持つ者を妬む。悲しきかな、ラウルの必死な叫びは情欲に染まった仲間達に耳には届かなかった。それどころか大声を出されては敵わないと、口轡を噛まされる始末。

 とんだ身内騒ぎを起こしている彼らとは距離を取りつつも、その場にはヴェルフ・クロッゾとカシマ・桜花の姿もあった。

 

「堅物そうなお前がここにいるとは意外だったな、大男」

「仕方あるまい。身を寄させて貰っている立場では迎合するしかない」

 

 ロキファミリアの男衆が纏まっている中で弱小ファミリアの男が一人だけ別行動をすれば裏切りを疑われる。だから仕方ないのだと嘯く桜花の澄ました顔に隠された裏側こそをヴェルフは知りたかった。

 

「ほう、で、本音は?」

 

 追及に、桜花は心持ち顔を背けるもこの場を離れようとはしない。

 

「…………俺とて男だ。興味がないわけではない」

 

 真に反対ならば、野営地にいる者達や水浴びに行っている者達に、これから行われようとしている蛮行を大声で知らせればいい。そうしていない時点で桜花の意志は明らか。

 うんうん、と二度大きく頷いたヴェルフは仲間と認めた桜花の肩に手をかける。

 

「だよな。それで誰が好みなんだ?」

 

 馴れ馴れしいヴェルフの態度であるが、振り払うほどの理由はないので桜花も好きにさせた。

 

「人に聞くならまず自分から語るのが筋だろう」

「道理だな」

 

 ニヤリと笑ったヴェルフは自分に親指を向けて胸を張りながら言い放つ。

 

「好みというなら、俺はスレンダーよりも豊満なスタイルが良いな。今、水浴びしている連中の中なら姉御肌な性格も加味すればティオネ・ヒュリテとかな」

「…………まさか、そこまで言うとは。ならば、俺も答えないわけにはいくまい」

 

 桜花はヴェルフの堂々とした宣言に感服した。

 これに答えなければ男が廃ると考え、覚悟を決めて頷く。

 

「俺はあまり胸が大きいのは好みではない。動き難そうだからな。性格は元気でいてくれるなら言うことはない」

「ほう、スレンダーで元気となると、ティオナ・ヒュリテとかか?」

「否定はせん」

 

 奇しくもヒュリテ姉妹が好みだと判明した男二人は肩を組み合い、互いの拳をぶつけ合って理解を深めた。

 そこで先にロキファミリアに合流していた桜花は、ヴェルフの元所属とその団長が遠征に同行していたことを思い出し、彼女と直接言葉を交わすことはなかったが話している姿を見ているだけに不思議に思った。

 

「鍛冶師、お前は確か元ヘファイストスファミリアだったな。豊満で姉御肌というならば単眼の巨師(キュクロプス)はどうなんだ?」

 

 ヴェルフが上げた全ての条件に当て嵌まり、元所属ならば交流もあったはずだからこその問いだった。

 

「椿な…………アイツは絡み方が面倒なんだ。後、女としての自覚が足りない」

 

 酷い時には上半身に胸だけさらし布を巻いただけでの格好でウザ絡みしてくる椿を思い出したヴェルフがげんなりとして答える。

 ヴェルフは自身の好きな人が元主神ヘファイストスであることは卑怯にも口にしないまま、ロキファミリアの男連中と一緒に盛り上がっていたアルスが戻ってきたのを見た。

 

「好みといえば、ベルが年上長髪金髪エルフが好みってのは聞いたが、アルスの好みは聞いたことないな。そこら辺、どうなんだアルス? お前は大きい方か小さい方、どっちが好みだ?」

 

→女体とは神秘である。胸もまた神秘の一つに過ぎず、大小に拘るのは無粋の極み。

  特に好みというのはないな。敢えて言うなら好きになった子が好みかも

 

「深いな……」

「確かに大小に拘るのは無粋か」

 

 何故か男三人で通じ合ったヴェルフと桜花は神妙に頷く。

 

「天よ、ご照覧あれ! 誇り高き勇者達に必勝の加護を!!」

 

 ヘルメスの号令を合図に、拘束されたラウルを置き去りにして男衆は泉に繰り出す。

 

「さあ、俺達も行こうぜ。男の楽園(パラダイス)へ」

「おう!」

「うう、帰りたい」

 

 意気揚々と泉へと行進する三人に続き、逃げたら実家での隠し事をバラすとアルスに脅されたベルが最後尾で項垂れて続く。

 

「――――――ヘルメス様が妙に水浴びを勧めるから、どうせこんなことだろうと思っていました」

 

 ヘルメスの行動に疑問を覚えたアスフィによって早めに切り上げられた水浴び場に現れた男衆は、即落ち二コマの如く待ち構えていた女性陣によってあっという間に捕縛されて地に転がされた。

 

「まさかあなたまで参加するとは見損ないました、桜花殿」

「ち、違うんだ命。これは、そう、仕方なくで!」

 

 わざわざ18階層まで救援に来たと聞いて、それはそれは感動していた命が団長(桜花)を軽蔑の眼差しで見下ろしている中、幹が太い大樹の枝の上にヘルメスは退避していた。

 

「くっ、流石はアスフィ。オレの行動を読んでいたか。行くぞ、ベル君。みんなの屍を超えて生存を掴むんだって、あれベル君?」

 

 自分をここまで担ぎ上げてくれたベルの方を振り向いたはずなのに背後には誰もおらず、ヘルメスは枝の上で取り残されていた。その幹にはベルが去り際に大きな傷をつけていることにヘルメスは気づていない。

 どうやって女性陣に気づかれずに退避しようか模索しているヘルメスが頭上にいるとは思いもしないヘスティアは、ベルと並んで自分の第一の眷属である縛られたアルスを豊満な胸の下で腕を組んで見下ろす。

 

「アルス君、君まで一体何をやっているんだよ」

 

→この醜態を笑うがいい。だが、例え俺達を捕まえたとて、第二第三の刺客が現れるだろう!

  悪いのはヘルメスだ。俺達は悪くねぇ!

 

「どこの三下のセリフですか。というか覗きに刺客って……」

「男は馬鹿ばっかりだね」

「…………みなさんのエッチ」

 

 頭が痛いとばかりに手で押さえるリリルカ、呆れるダフネ、もしもを考えて恥ずかしがっているカサンドラの近くに立っていたティオナが地面に落ちている木屑に気が付いて顔を上げた。

 見上げた先の大樹の幹には目立つ傷があり、ティオナがヘルメスの姿に気づくのは簡単だった。

 

「あ、ヘルメス様だ」

「げ」

 

 目がばっちりと合ったヘルメスが黙っているようにジェスチャーを送るも単純なティオナが名前を出してしまった。

 名前が出てしまってはアスフィが頭上に顔を向けるのも当然で、主神の数々の行動が何を意味するのか分からないほど彼女は愚鈍ではなかった。

 

「ヘ~ル~メ~ス~さ~ま~!」

「オレ、死んだ」

 

 男神の未来が確定してしまった頃、一応神様への礼儀としてヘルメスだけは助けて一人で離脱したベルは森を彷徨っていた。

 

「やっぱり出来るわけないよ、覗きなんて」

 

 止めようとしたが男たちの熱気は強く、寧ろ脅されて黙る羽目になったベルはほとぼりが冷めた頃に謝罪行脚をしようと決めたところで森が開けた場所に出た。

 森の狭間にあった泉の中心でクリスタルの光を浴びる金髪のエルフがベルに背中を向ける形で水浴びをしていた。

 

(妖精が水浴びしてる? 僕は何時の間にお伽噺の中に迷い込んでしまったんだろう――)

 

 荘厳な光景にベルが現実感を失っていると、接近に気づいたエルフが振り返る。

 

「何者だっ!?」

 

 鋭い一声と共にエルフが一人で入浴する為に護身用に持っていた白刃が煌めき、鼻目掛けて飛んできたのをベルは咄嗟に顔を傾けて避ける。

 完全には避け切れずに頬に一筋の赤い線が走ったが、その程度の傷は些事に過ぎなかった。放たれた小太刀はベルの顔の後ろにあった大樹の幹を貫き、その向こうの大樹に刃部分が完全に突き刺さっていた。

 

(よ、避けなかったら死んでいた)

 

 仮にベルの耐久力が大樹の幹以上だとしても、あの威力では顔面に突き刺さるのは確実で、その場合は確実に死んでいただろう。

 回避出来なかった末路を想像してベルの顔色が真っ青になっている間に、小太刀を投げた直後に泉の中心から自身の荷物がある場所まで飛んで即座にケープで裸身を隠しつつ、大聖樹の枝を素材にした木刀『アルヴス・ルミナ』を持ったエルフも下手人の顔を確認していた。

 

「ベルさん?」

「りゅ、リューさん……!?」

 

 接近した強者の気配に過激な行動を取ってしまったリュー・リオンはベルを見て怪訝そうに眉を顰めた。

 

「弁明を聞きましょう。内容によっては――」

「ひっ、ひぃ、誤解なんです……!」

 

 凄むリューにベルは即座に五体投地して全面降伏し、洗いざらい事情を話した。

 

「――――――成程、神ヘルメスの主導した覗きから逃げてきて、ここに来てしまったと」

「は、はい……」

 

 リューが戦闘衣を纏う間も事情を説明したベルの頭は地面につけたまま。

 

「事情は分かりました。もう頭を上げて下さい。貴方に非はない」

 

 近寄って頭を上げるのを待っていたリューは恥じ入るように小さく自らの体を抱く。

 

「貴方を知らずに殺しかけるほど、私は恥知らずで横暴なエルフです。見苦しい物を見せてしまって申し訳ありません」

「い、いえ、見苦しいなんてとんでもない! とても幻想的で、物語の一幕みたいに綺麗でした!」

 

 立ち上がったベルの手が伸びて、リューの華奢な肩をガシッと掴んで情欲など欠片もないキラキラとした眩い目を向ける。

 

「べ、ベルさん、その、困ります…………そう言うことは、私ではなくシルにしてもらわなくては……」

 

 褒められたリューは彼女らしくないほど狼狽して目を逸らす。

 

「どうしてそこでシルさんが出てくるんですか? この気持ちはリューさんだからこそ生まれたものなのに」

 

 シルの名前が出てくる理由が分からず首を傾げるベルにリューは激しい頭痛を覚えそうだった。

 

(……本当にこの人はっ!)

 

 意図したものならベルが恥じらったり照れたりするレベルの言葉だと知っているからこそ、先程のが彼の素の言葉だと理解できてしまったリューは頭を振る。

 

「いや、その……ああ、もう! これ以上は聞きません!」

「あ、リューさん!? 何処に行くんですか、僕はまだ伝え足りません!」

 

 リューの予想外の反応にベルは呆気に取られたが、身を翻して逃げようとした彼女の手を掴む。

 他人に手を掴まれたら何時もならば嫌悪感が湧くか、認めた相手でなければ肌の接触を許さないエルフの習性が無意識に打ち払うはず。

 

「あ」

 

 なのに、出たのはどこにでもいるような小娘のような声だけだった。

 

「すいません、痛かったですか?」

「い、いえ。大丈夫です……」

 

 振り払わない自らの手を困惑するように見下ろすリューの視線を追って、ようやくベルも手を握ったままであることに気づいた。

 

「えっ? あ! 手、握ったまますみません!」

「あ、いえ……」

 

 ベルはリューの手を無意識に掴んだままでいたようで慌てて離した。その間もリューはベルの顔に目を向けられないでいる。

 

「リューさん、あの」

 

 離れた手を惜しむように見つめていたリューは、話しかけられて猛烈な羞恥心が心の奥から湧き上がってきて頭を下げる。

 

「ベルさん、この醜態のことは忘れてください。そしてこの事についてもどうか他言無用でお願いします……」

「わ、分かりましたから顔を上げてください」

「…………ありがとうございます」

 

 顔を上げたリューを見てベルはようやく気が付いた。彼女が顔を真っ赤に染めていることに。

 自分よりも年下の少女のような反応を見せるリューに、ベルは思わず口を滑らせてしまった。

 

「綺麗だって言いましたけど、今のリューさんはとっても可愛いですよ」

「っっっ!!」

 

 真っ赤な顔で口をパクパクと開いたり閉じたりしているリューは感情の振り幅が大きすぎるからか、涙目になっていた。

 

「――――何をしているのですか、ベル・クラネル」

 

 ベルの不運はたった一つ、アルスによってあっさりと同行していたベルの不在をゲロって捜索していたレフィーヤがタイミング悪く現れてしまったこと。

 涙目のエルフと、笑顔だったベル。

 たった今、この場に現れたレフィーヤに状況は分からない。しかし、この状況でたった一つの真実は明らかだった。

 

「え、あ、レフィーヤさん?」

「覗きに飽き足らず、私の同胞を泣かせるなんて……っ!」

 

 レフィーヤが持つ『森のティアードロップ』が迸る感情の向け先となって持ち手部分が軋みを上げる。

 

「アナタという人はぁあああああああああああああああああああッ!!」

「誤解なんですぅううううううううううううううううううううううううううッ!!」

 

 完全には誤解とはいえない誤解で、徐々に光量を減らしていくクリスタルの真下で二人の追いかけっこが始まった。

 

 

 

 

 






ヘルメスの台詞の一部は映画オリオンの矢で実際に言っていたものです。



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第56話 キュンとしちゃう

 

 

 

 

 

 クリスタルがその輝きを弱め、18階層に夜の時間がやってきた。

 足の速さを見込まれたベート・ローガは単身で地上に上がり、ポイズンウェルミスの特効薬を買い占めて18階層に強行軍で戻ってきた。

 

「お帰り、ベート」

「ああ、女共が騒いでるが何の騒ぎだ、コレは?」

 

 一番大きな幕屋でベートを出迎えたフィン・ディムナに、野営地のど真ん中で正座させられていた男連中に対する疑問をぶつける。

 

「何時もの神のお騒がせというやつかな」

 

 フィンのはっきりとしない物言いにベートの眉が顰められる。

 

「あん? どういうことだ?」

「馬鹿な者共が神ヘルメスに踊らされて水浴びを覗こうとしたのだ。直前で気づかれて失敗したがな」

「で、今は怒った子達に叱られているところさ」

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴが憮然とした表情なのをチラリと見て、苦笑を浮かべたフィンが肩を竦めて続けた。

 

「全部うちのヘルメス様の所為です! すみません! すみません! すみません!」

「へぼっ!? ごっ!? うばっ!?」

 

 まるでタイミングを合わせたように外から聞きなれない声と人体が地面にぶつけられる音がベートの耳に入ってきた。

 

「まあ、あの様子なら結局、覗きは出来なかったんだ。彼女たちの怒りも長続きはしないだろう」

「がははははは! 儂としては、アイツらにそこまでの気骨があったことを褒めてやりたいがのう!」

「口を慎んでくれよ、ガレス。君の言葉は彼女達に火に油を注ぐことになるぞ。ねえ、リヴェリア」

「そうだな。薬が届いたのなら明朝には出立するのだ。明日にまで響かせるわけにはいかない」

 

 愉快痛快とばかりに豪快に笑うガレス・ランドロックに、頭の痛そうなフィンと疲れたとばかりに嘆息するリヴェリアの二分している反応を前にして、意外なことにベートの思考は前者よりだった。

 

「………………覗きとは、俺でも出来ないことをやろうとはアイツらも中々やりやがる」

「ベート?」

 

 らしくもないことを口にしたベートはフィンの呼びかけに首を振る。

 

「なんでもねぇ。ほらよ、特効薬だ」

「助かったぞ、ベート。早速、治療に使わせてもらうぞ」

「随分と服が汚れているがなんじゃ、休憩も碌に取らんかったのか?」

「うるせぇ、ジジイ、ババア。俺は寝るからな」

「ああ、ゆっくり休んでくれ。ありがとう、ベート」

 

 ロキファミリアの首脳陣がそんな話をしている頃、ヘスティアファミリアの主神ヘスティアは覗き騒ぎから戻らぬ団長ベル・クラネルの心配をしていた。

 

「ベル君、まだ帰って来ないな」

「同じくレフィーヤ様も戻って来ません。お二人とも大丈夫でしょうか……」

 

 ヘスティアの隣に立つリリルカ・アーデもレフィーヤ・ウィリディス()も戻らないこともあって、持っている『せいれいの杖』の杖先が地面に渦巻を何重にも描いている。

 

「もう夜になった。森で迷子になっているのかも」

 

 大事な知り合い二人が戻らないことに、アイズ・ヴァレンシュタインもオロオロと落ち着きがない。

 そんな落ち着かない面子にティオネ・ヒリュテは過保護が過ぎると呆れていた。

 

「迷子になったとしてもレフィーヤなら自分で帰って来れるでしょ。モンスターに襲われたとしても、二人が一緒にいるならやられるとは思えないし、心配するだけムダムダ」

「むむ、夜の森にベル君が女の子と一緒だなんて…………ダフネ君! 二人が森で迷っているなら早く帰ってくる良い方法は無いのかい!」

「放っておいても帰って来そうな気がしますけど」

 

 ティオネと同じ意見のダフネ・ラウロスの呟きに、しかしヘスティアは涙目になって縋り付いた。

 

「ベル君の貞操の危機なんだよ! 頼むよ!」

「他種族に排他的なエルフ相手にいらぬ心配のような……」

「ダフネちゃん」

 

 『プリンスコート』に縋り付いてきたヘスティアに困った様子だったダフネにカサンドラが名前を呼びながら肩に手を置く。

 

「はいはい、案を出せばいいんでしょ」

 

 カサンドラからも縋るような眼差しを向けられたダフネは諦めたように思考を回す。

 

「案というほどじゃないけど、森で迷ったなら自分のいる場所と目的地さえ分かればいいわけで、例えばあの巨大樹か一本水晶の上で持続的な目印を発し続ければ、この階層のどこにいても気づくでしょうね」

 

 ダフネが指差したのは、階層中央部で目立つ巨大樹とその近くにある一本水晶。

 

「持続的な目印か……。夜だし、目立つ松明の火とかか?」

 

 巨大樹と一本水晶の方に目を移したティオネは目立つ目印として、暗闇に包まれた野営地を照らす照明代わりの火から連想する。

 

「もっと大きい方が良いと思う。それこそアルスやリリルカの火炎魔法とか」

「でも、魔法だと一瞬だけにならない?」

「大丈夫です。ほら」

 

 放たれた攻撃魔法の効果は持続しない。目立つ目印にはならないと考えたティオネの前でリリルカが上に向けた手のひらの上に拳大の火球を作り出して留める。

 

「へぇ、無詠唱の上に、魔法を放つんじゃなくて留めてるのね。随分と器用なことをするもんだわ。もっと大きく出来るの?」

「ええ、魔力さえ込めれば」

 

 言って、拳大の火球が人の頭大の大きさに膨れ上がった。煌々と燃え上がる火球は大きさに比例してその輝きを強める。

 

「これなら夜の時間で暗くなっているから、巨大樹か一本水晶の上なら階層のどこにいても確実に気づくわ」

 

 眩しそうなダフネを見て魔力を使い続けるのは無駄なので火球を消したリリルカは、もしも気づかない、気づけない緊急事態になっているなら大々的に捜索部隊を結成して探さないといけないとまで思考を巡らせる。

 

「うーん、良い案だとは思うけど、二人がこっちに向かって来ていたら無駄骨にならない?」

「先にベル様達が戻ってきたら、こちらで同じように合図を送ればいいと思います」

 

 探しに行った者も気づくだろうと、ティオネが納得したところでダフネは視線を巡らせる。

 

「となると、向かうのは火炎魔法が使えるアルスかリルカになるのか」

「ことは拙速を要するんだ。選ぶのに迷っている暇はない。ここはアルス君、君に任せる!」

 

 主神の特権でヘスティアがアルス・クラネルを捜索隊に任命したが返事は帰ってこなかった。

 

「聞いてるのかい、アルス君!」

「ティオネ! 凄いよ、この子! 遂に私がわざと体を傾けても寝たままバランスを取るようになったよ!」

 

 返事を求めたヘスティアの望みとは違って、アルスの上に乗っているティオナ・ヒリュテが快活に笑っていた。当のアルスは上下逆を向いて正座した足の上にティオナが乗せたまま鼻提灯を作っている。

 

「正座じゃあ寝るからって、逆正座をして上に乗ってもらっているのに寝れるようになるって、変なところで器用だね、アルスは」

「感心しているところじゃないよ、ダフネ君!」

 

 ベルを脅迫して覗きグループに参加させたとして、アルスにはヘスティアが別口で罰を与えていた。ヴェルフ・クロッゾとカシマ・桜花はロキファミリアと一緒に正座中でこの場にはいない。

 最初はただの正座だったがアルスは寝てしまうので、一人だけ逆正座で面白がったティオナが上に乗ってしまったので偶にわざと体を傾けて落とさせないようにバランスを崩させることで寝させないとした。

 

「すまないね、ティオナ君。頼んでおいてあれだが、一度降りてくれ」

「いいよ~、私も楽しかったし」

 

 ティオナがアルスから降りる。

 

「コホン、アルス君…………ご飯だ!」

 

→はっ!? …………なんだ、妖怪おっぱいお化けか

  はっ!? …………なんだ、紐ツインテールロりか

 

「誰が妖怪おっぱいお化けか!?」

 

 蹴りを放つも、腕だけで飛び上がったアルスは器用に避けた。

 

「まあまあ、ヘスティア様。急ぐのですから」

 

 追撃を仕掛けんとしたヘスティアをリリルカが抑える。

 

「ぐっ、このことは後で絶対追及するからな!」

 

 リリルカの抑えに、今はベルの身の安全が急務と自らを抑えたヘスティアはカモンしているアルスの前に立つ。

 

「アルス君、君にはあの巨大樹か一本水晶の上に上がってもらって、火炎魔法を使ってベル君達が帰ってくる目印になってくれ」

 

 言い切るとアルスの表情が変化する。

 

「物凄く面倒くさいと顔で表現するじゃないか…………受けてくれるなら、この後の罰を免除しようじゃないか!」

 

 譲歩したヘスティアに、アルスはもう一声と待った。

 

「ぬぅ、分かった。楽をする為に『瞬間移動魔法(ルーラ)』も使って――」

「駄目に決まっているじゃないですか」

「あ痛っ!?」

 

 秘中の秘をあっさりとバラしそうになったヘスティアの頭を、リリルカが後ろから『せいれいの杖』で加減して叩いた。

 前衛職ではないとはいえ、Lv.4の腕力に視界に星が走ったヘスティアは頭を抱えて蹲る。その横にリリルカが身を屈める。

 

「ヘスティア様、焦っているのは分かりますがロキファミリアに『瞬間移動魔法(ルーラ)』の有用性を見せるわけにはいきません。ベル様可愛さに情報漏洩は許されることじゃありませんよ」

「ご、ごめんよ、リリルカ君」

 

 眷属の言うことが真っ当であったからこそ説教にシュンとするヘスティア。

 ヘスティアファミリア内部の話し合いに口を出さなかったアイズは、一度巨大樹と一本水晶のある方向を見た。

 

「…………移動は私がしようか?」

「え?」

 

 取り敢えずアルスは移動を問題にしているのだと誤解したアイズが解決策を口にしたのを、なんだかんだで押し切られるのだろうと予想していたダフネが反応した。

 

「『(エアリエル)』を使えば、そんなに時間と手間はかからないと思う」

 

 まさかアイズが協力してくれるとは思えず、正直に言えばベルと接触して欲しくはないが言葉を素直に受け入れたヘスティアは迷わなかった。

 

「いいのかい?」

「私も二人が心配だから」

「まあ、全部そっちに任せっきりっていうのも良くないし、役割分担ってことでいいんじゃない」

「え~、じゃあ私も行きたい」

「アンタ、何もやることないじゃない。文字通りのお荷物よ」

「ぶー!」

 

 必要なのは移動手段(アイズ)持続的な目印を発し続けられる者(アルスかリリルカ)なので、どちらも出来ないティオナは邪魔だと告げるティオネははっきりと告げる。唇を尖らせるティオナも文句は言いつつもティオネの言う通りお荷物でしかないので邪魔はしない。

 

「じゃあ、お願いしようか」

 

 ロキファミリア組とヘスティアファミリア組の了解を得て、アイズは最も移動しやすい姿勢(お姫様抱っこ)でアルスを抱え上げた。

 

「…………姿勢は本当にそれでいいのかい?」

 

 まさかのアルスをお姫様抱っこの体勢に、思わずヘスティアはアイズに確認を取った。

 

「何か問題?」

「君がいいならいいんだけど、アルス君は……」

 

→これはこれで得難い体験

  キュンとしちゃう

 

「マジか」

 

 全く動じていないどころか深く頷いているアルスに、眷属になってから何度目かの驚きをヘスティアは感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 臨時捜索隊が結成される大分前、怒りで魔力ではなく敏捷値が限界突破したレフィーヤによってLv.で勝りながらも全力疾走でも逃げ切れなかったベル。

 周りの状況を把握できないほど走り回り、結果として二人は完全に夜の森で迷子になっていた。

 

「迷いました」

「迷いましたね」

 

 逃げている途中も説得を続けたベルの努力が実り、いい加減に頭が冷えたレフィーヤが追いかけるのを止めた時には既にクリスタルが光を失い、暗闇に染まった森の中で現在地を見失っていた。

 

「これもあれも、あなたが紛らわしいことをして逃げるから!」

「誤解だって分かってくれたんじゃないですか!?」

「無体を働いたわけではないとは認めましたけど、私の同胞を泣かしたのは事実でしょう!」

「うう、それを言われると辛い……」

 

 理不尽だとは思いつつも、ベルには理由が分からずともリュー・リオンが涙を流したのは事実なので反論できず項垂れるしかなかった。

 数秒間、項垂れたベルを睨みつけていたレフィーヤも疲れたように小さく溜息を吐く。

 直後、響いたのはモンスターの雄叫び。

 

「まだ遠いようですけど……」

「暗い森に留まるのは危険です。私達は何とかしてキャンプに戻るか、安全な場所を見つけなければいけません」

 

 言ったレフィーヤは最善の方法が魔法を上空に向かって放ち、仲間に見つけてもらうことだと理解しているが勝手に迷子になって探しに来てもらうのは体裁が悪く、最後の手段として別の方策を考える。

 レフィーヤが方策を考えている間、ベルは鬱蒼とした木々の向こうに意識を移す。

 

「まずはそこら辺の木よりも大きい大樹を探しましょう。見晴らしの良い場所から辺りを見渡せば、帰る方向や現在地が分かるかもしれません」

「正しい判断です。良く分かりましたね」

 

 冒険者歴が短いはずのベルから正しい選択が出たことに若干の悔しさと少しの驚きがレフィーヤの口から零れ落ちた。

 

「小さい頃、アルスと野山で遊んで迷子になって困ったとき、今言った方法で何度か家に帰ったことがあるんですよ」

「経験則ですか。一度で学習せず何度も繰り返していては誇らしいと言える内容ではありませんが」

「ははははは、小さな子供なんてそんなものですよ」

 

 笑うベルはレフィーヤからの呆れの目から顔を逸らす。

 

「大樹を探すとなると、さてどっちに行ったものか」

「任せて下さい。今の僕なら」

 

 ベルは近くの木を簡単に駆け上がりジャンプして、見上げたレフィーヤの目からは葉に隠れて姿が見えなくなる。

 

「…………流石はLv.4といったところでしょうか。前衛と後衛の差があるのに良く追いつけましたね、私」

 

 身軽なベルの動きを目にして、リリルカと同じくベルもLv.4になっていることを実感する。

 木から飛び降りてきたベルに、レフィーヤは胸の奥に妬みを押し込む。

 

「レフィーヤさん、今いる場所が大体分かりました。ここは階層の真東、東端の近くです」

 

 脳裏で18階層の地図を思い描き、現在地から野営地への道程を考えているとベルがあらぬ方向を見ていることに気が付いた。

 

「どうかしましたか?」

「僕達以外にも人がいたんです、二人も。迷っているような感じはありませんでした」

「こんな時間に森の中に? リヴィラの街の住人や冒険者でしょうか」

 

 リヴィラの街の住人なら夜の森の危険性は嫌というほど知っているはず。或いは18階層に辿り着いたばかりか下の階層から上がって来た冒険者か。レフィーヤの推測にベルは困ったように頭の後ろを掻く。

 

「さあ、白いローブにフードを被っていて、人相が分からないので何とも言えません」

 

 二人組の格好を聞いたレフィーヤは背中に冷たいものが走るのを感じた。

 ベルが嘘を言っているとは思えない。そもそも、レフィーヤはベルの性格を多少なりとも把握している。なら、わざわざ嘘を吐く理由も無い。

 

「…………その二人はどっちに?」

 

 出来るだけ平静を装って尋ねる。

 

「あっちを少し行ったところを階層の壁に向かって進んでいました。追うんですか?」

 

 ベルは不審に思った様子もなく、二人組がいる方向を指差す。

 

「本当の迷子だったらいけないので、一応確認しておきます。気配は可能な限り消しておいて下さい」

「分かりました」

 

 神妙に頷いたベルが深く一呼吸行うと、レフィーヤの目の前にいるはずなのにどんどん気配が消えていく。やがてそこにいると意識しなければ夜の森の闇に紛れてしまいそうなほどになった。

 

「む、見事な隠形です」

「これでもパーティー内では斥候なので」

 

 ちょっと自慢気なベルに先導されて歩を進める二人組の姿が見える場所へと移動する。

 

(あの服装、色は違うけど闇派閥(イヴィルス)……! まさかこんな偶然なんて……)

 

 レフィーヤは知らないことだが数日前、地上で開かれた神会(デナトゥス)で議題として上がったガネーシャファミリアの団員殺人事件とロキによる他派閥による注意勧告の影響だった。

 それらによって18階層の冒険者達は夜間探索を控え、その結果として動きやすくなった闇派閥(イヴィルス)側の気が緩み、行動に制限の無かったレフィーヤ達が発見してしまったのだ。

 闇派閥(イヴィルス)の発見自体はロキの思惑通りだが、唯一の誤算がレフィーヤ達が集団から遠く離れた場所で見つけてしまった事だった。

 

「お知り合いですか?」

「断じて違います」

 

 二人組のことを知っている風な反応を見せたので当然なベルの疑問を切って捨てるレフィーヤ。

 流石に知り合い扱いされては叶わないと、どう表現したものかと考える。

 

「簡単に言ってしまうと、あの衣装は私達と敵対している組織の物と酷似しています」

「ロキファミリアと敵対ですか……」

 

 都市最大派閥と敵対するなど勇気のある人達もいるものだと、この時点でのベルは呑気に考えていた。

 

「これ以上は教えることは出来ません。すみませんが詮索はしないで下さい」

 

 他派閥のことに口を突っ込むことの難しさは重々承知しているベルも詮索する気はなかった。

 

「分かりました。でも、そんな相手なら僕達だけで追跡するのは危険なのでは?」

「ここで放置するのは悪手です。かといって応援を呼ぶ手段がありません。下手な方法では向こうに気づかれますし、どちらかが野営地に向かうよりもこのまま二人で向かった方が不測の事態に対処しやすい」

 

 奇しくも前衛と後衛で明確な役割分担は出来る。

 Lv.も4と3と、寧ろレフィーヤの方が実力に不安があるかもしれない。

 

「否、というなら無理強いはしません。本来ならあなたには関係のない話ですから。その上でお願いします。あなたを頼らせて下さい」

「…………殺し文句ですね。僕が言えるのは一つだけです――――――任せて下さい」

 

 ベルの返答にレフィーヤは柔らかく微笑む。

 闇派閥(イヴィルス)と目される二人組の移動に合わせて、その後をベルとレフィーヤは静かに追いかけ始めた。

 

(東の端まで来た。多分ここが彼らの目的地)

 

 森を抜け、道は開けていた。今まで身を隠す遮蔽物として利用していた木や茂みは存在せず、二人組は青水晶の柱が乱立する隙間を通り抜けている。

 この先には階層の壁しかないはずで、二人組が何を目的としてこのような壁地までやってきたのかを確認する為、ベルと目配せをして林立する青水晶の柱の方へと足を進めたその時だった。

 何の前触れもなく、進むべき地面が無くなった。

 

「「なっ!?」」

 

 足場を失うという全く想定外の状況、如何な冒険者といえど空中では如何ともし難く開いた穴に落ちた。

 

 

 

 

 



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第57話 男をお姫様抱っこする趣味はない!



外伝ソードオラトリアにちょっと横道。




 

 

 

 

 

 落下しながらレフィーヤが今まで進んでいた地面を見上げれば、開いていた穴が塞がっていくのを見て落とし穴に嵌ってしまったのだと気づいた。

 長大な縦穴。深さは10M以上、直径は7M程度。

 穴全体はおぞましい薄紅色の肉壁で出来ており、足や手をかけられるような凹凸は無い。脈動する肉壁がうっすらと帯びる光沢に照らされた世界は、まるで生物の体内に迷い込んでしまったような喜色悪さを観察した二人に植え付けた。

 Lv..3とLv.4の二人は高所からの落下といえど問題なく水飛沫を上げながら足から着地する。

 

――――――――――ベルに ダメージ!

――――――――――レフィーヤに ダメージ!

 

「「熱っ!?」」

 

 再び二人の声が重なる。

 着地した足元、膝下までの高さまであるのはただの水ではなく、音を立てて足の装具が溶けていく。溶けていく装具の隙間から流入した液体が頑丈な第二級冒険者である二人の肌を焼いていた。

 

「靴が……まさかこれは溶解液ですか!?」

 

 覚えのある溶解液にレフィーヤが顔を青ざめている横でベルが落ちてきた穴上部を見上げる。

 

「レフィーヤさん、上……」

 

 震えるベルの声にレフィーヤが顔を上げると、天井の蓋の傍に異形がいた。

 人を遥かに超える体躯を持つ巨大な蜘蛛の体の上に人型の上半身をくっつけた怪物が上下逆さまの姿勢で呆然としているレフィーヤを見下ろしている。

 

「あの足元の蜘蛛は、もしかして『アラクラトロ』?」

「『アラクラトロ』って、19階層の階層主モンスターの?」

「ええ、遠征の行き帰りで遭遇しなかったのでどこかのファミリアが倒したものと思っていましたが……」

 

 倒されたのではなく、18階層に移動していたから再出現(リポップ)しなかったのだとレフィーヤが思い至った横で、距離があるので『はがねのブーメラン』を手にしていたベルはギルドのモンスター図鑑で見た『アラクラトロ』と見上げた先にいるモンスターとの違いに困惑していた。

 

「『アラクラトロ』にあんな人型の上半身ってついてましたっけ?」

「ついているわけないでしょ!」

 

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)の こうげき!

――――――――――レフィーヤは ひらりと みをかわした!

――――――――――ベルは すばやく みをかわした!

 

 『アラクラトロ』の上部にくっついている『巨靫蔓(ヴェネンテス)』が両腕の先に伸びている蔦を振ってくるが、距離があったので二人が回避するのは難しいことではなかった。しかし、まだ『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』の攻撃は終わっていない。

 

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)は 糸を からみつけてきた!

――――――――――しかし ベルは さらりと かわした!

――――――――――レフィーヤは 糸に からめとられた!

 

 蔦の攻撃から間断なく、今度は巨大蜘蛛の『アラクラトロ』が口から糸を吐き、敏捷値が高いベルはギリギリで躱せたが蔦を回避したばかりのレフィーヤは追従できなかった。

 

「くっ!? 糸がネバネバして――」

 

――――――――――レフィーヤは 糸がからんで うごけない!

 

「レフィーヤさん!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

 

 即座に回り込み、左手で『ソードブレイカー』を抜き放ったベルがレフィーヤを拘束していた糸を焼き切る。

 

「助かりました。けど、熱いですよ!」

「いや、粘着性のある糸なら、ただ斬るよりも焼き切った方が良いかと思って」

「事前に一言ぐらい言って下さい。いきなり斬りかかられたら驚きます」

「御尤もです。すみませんでした」

「謝るぐらいなら壁を傷つけてみて下さい! 敵の反応が知りたいです!」

 

 固まっていたら標的にされるので、直ぐにレフィーヤの傍から離れたベルはそのまま壁まで移動して『ソードブレイカー』を振り被る。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルの こうげき!

――――――――――ミス! アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)は ダメージを 受けない!

 

「っ……! 駄目です、レフィーヤさん! 厚過ぎて壁を傷つけても効果がありません!」

「あのモンスターにも反応なし。なら、やっぱり頭上にいる敵を倒すしか……!」

 

 肉壁に斬撃の跡が刻まれたが、『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』に目立った変化は見られない。この状況を突破するには、頭上を占領する『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』を倒すしかないと判断したレフィーヤの言葉にベルは『はがねのブーメラン』を振り被る。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは デュアルカッターを はなった!

 

 両手に握った『はがねのブーメラン』を左右から弧を描くように『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』に向かって投げた。

 

「そんな見え見えの攻撃では――」

「やっ!」

 

 魔導師であるレフィーヤでも避けれるような遠回りの軌道。

 レフィーヤの言葉の途中でベルは飛び上がり、遠回りの軌道を飛ぶ『はがねのブーメラン』を足場にして二度空中で軌道を変える。ベルがアラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)へと迫る。

 

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)は 攻撃を蔦で はじいた!

 

 『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』はベルが足場にしたことで勢いを減じた『はがねのブーメラン』を蔦で弾いた。左右から迫る『はがねのブーメラン』を弾くことを優先して開いた『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』の懐に、『ソードブレイカー』を抜き放ったベルが潜り込んだ。

 

――――――――――ベルは ヴァイパーファングを はなった!

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)に ダメージ!

 

 人型部分に確かな傷を与えるも、ベルが望んだ毒効果は与えられなかった。

 天井に逆さづりになっている『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』と違ってベルは重量に従って落ちる。そこへアラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)が攻撃を仕掛けてきた。

 

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)の こうげき!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

「うっ!?」

 

 落下途中のベルに向かって蔦が振るわれ、『ソードブレイカー』で受けるも弾き飛ばされて壁に叩きつけられ、あまりの衝撃に体がめり込んだ。

 

「ベルっ!? 誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を――」

 

 更にベルに攻撃を加えようとした『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』の注意を引く為に詠唱を始めたレフィーヤ。

 

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)は 死グモのトゲを はなった!

 

 他の極彩色のモンスターと同様に魔力に引かれた『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』はベルからレフィーヤに標準を変更した。

 蔦ではなく『アラクラトロ』も使う範囲攻撃に、レフィーヤは詠唱を中断して回避行動に移るが彼女には範囲外に即座に移動できる足は無かった。

 

「きゃんっ!?」

 

――――――――――レフィーヤに ダメージ!

――――――――――レフィーヤの しゅび力が すこし さがった!

 

 跳ねた溶解液が体にかかったダメージも合わさり、膝を折りたくなる衝動を抑えてレフィーヤは歯をグッと食い縛りながら耐える。

 

「ぐっ……『アラクラトロ』と寄生している極彩色がこうまで別で行動して来るなんて…………動けますか、ベル!」

「はい!」

 

 壁から離脱したベルが返事をしたところで『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』は次なる攻撃を繰り出す。

 

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)は メタパニーマを となえた!

――――――――――ベルたちには きかなかった!

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)の こうげき!

――――――――――ベルは すばやく みをかわした!

 

 ベルの着地際を狙った蔦の一撃は、壁を蹴りつけて方向転換を行うことで躱し、時間差の二撃目からもステップだけで避け切った。

 

「いっそ憎らしいくらいに本当に足が速い。この速さなら敵の攻撃を避け続けられる。ベルが陽動して、隙を見つけて私が魔法を放てれば――」

『アアアァァァ――――――――――ッッッ!!!』

 

 蔦を躱された『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』の人体の頭部に当たる部分が青く発光する。

 

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)は 怪音波を はなった!

 

「「ガッ!?」」

 

――――――――――ベルたちの からだがしびれて うごけなくなった!

 

(『怪音波』!? こんな桁外れっ――――立っていられない!)

 

 手で耳を塞いでも鼓膜が破れんばかりの音の奔流に平衡感覚を掻き乱され、レフィーヤの膝がガクッと折れる。

 

「っ!? 逃げて!」

 

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)の こうげき!

 

 塞いだ耳ではベルの声は聞こえなかったが『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』の蔦がレフィーヤに迫る。

 

――――――――――レフィーヤは からだがしびれ うごけない!

 

「うっ!?」

 

――――――――――ベルに ダメージ!

――――――――――ベルは もうどくに おかされた!

 

 動けないレフィーヤを庇ったベルが間に割り込んで蔦の攻撃を受け、『アラクラトロ』の特性である毒が体を侵す。

 

「ベル!」

『オォォォ―――』

 

――――――――――ベルは もうどくに おかされている!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

 『怪音波』で体が動かなかったのに無理に動いたのと、先の攻撃のダメージに毒も合わさってベルは溶解液に膝をついてしまった。

 

(ベルへの追撃はさせない! 守らなきゃ! 詠唱して、注意を私に……!)

 

 今のベルは動ける状態ではない。駆け寄ることよりも『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』の注意を引くべく、ベルから遠ざかりながら『森のティアードロップ』を握る手に力を込める。

 

「解き放つ一条の光、聖木の弓幹!」

『アァァ――――――――!!』

 

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)は 糸を からみつけてきた!

――――――――――しかし レフィーヤは さらりと かわした!

 

 狙い通り詠唱を始めた途端、魔力に引かれた『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』は動けないベルを放ってレフィーヤに攻撃を仕掛けてきた。

 

「汝、弓の名手なり! 狙撃せよ、妖精の射手――」

 

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)の こうげき!

――――――――――レフィーヤは すばやく みをかわした!

 

 身に着けた並行詠唱を使い、攻撃と防御は捨てて回避に専念して魔法の発動のみに全神経を集中させて避け続ける。

 

「――――穿てッ、必中の矢ぁ!」

 

 後は魔法名を唱えるだけで発動できるというところで、レフィーヤの魔力の高まりが最高潮になったのを感じ取った『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』もまた、回避と防御を捨てて全力の攻勢に出た。

 

『キシャアァァァァ!』

 

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)の こうげき!

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)は 死グモのトゲを はなった!

 

 蔦で回避方向で誘導した上で、放った『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』の姿が殆ど見えなくなるほどの異常な数の『死グモのトゲ』がレフィーヤただ一人に向かって振り落ちる。

 

「っっ――!? しまっ!?」

 

 自分の足では避けれないと直感してしまったレフィーヤは、迎撃か直接攻撃かの選択に一瞬迷ってしまった。

 

「――――おおおおおおおおおおおおおおおッ!」

「えっ!?」

 

――――――――――ベルたちは すばやく みをかわした!

 

 そこへ一瞬で駆け付けたベルがレフィーヤの体を抱え上げて、『死グモのトゲ』の範囲から離脱する。

 

――――――――――ベルは もうどくに おかされている!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

 通り過ぎたばかりの背後に次々に着弾して舞い上がった溶解液に背中を焼かれながらもベルは足を止めない。

 

「レフィーヤさん、呪文を……! 僕じゃあ、アイツを倒せない!」

 

 奇しくもレフィーヤをお姫様抱っこしながら駆けるベルは毒とダメージで顔色を青白くさせながら叫ぶ。

 ほぼ二体いるのと変わらない攻撃速度を持つ『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』には容易に近づけない。ベルの持つ遠距離攻撃手段はブーメランに限定される以上は、削り切る前にこちらが削り切られる。

 もしもこの場にいるのが自分ではなくアルスならば、一撃必殺の技能や豊富な魔法で『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』を倒すことが出来るだろう。しかし、ここにいるのはベルだ。もしもを言っても始まらない。

 この状況を覆すには、レフィーヤの魔法しかないと賭ける。

 

「…………分かりました。このまま私の足になって下さい。私の命をあなたに預けます」

「任せて下さい。足には自信がありますから!」

「――――行きます」

 

 引き攣った笑顔で請け負って見せたベルにレフィーヤも覚悟を決めた。

 

「解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり」

『キシャアァァァァ!』

「ふッ!」

 

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)は 死グモのトゲを はなった!

――――――――――ベルたちは ひらりと みをかわした!

 

 どれだけ揺れようがレフィーヤは魔法の発動のみに集中する。

 この一射に全魔力を注ぎ込まれていると思うほどの極大の魔法円(マジックサークル)がレフィーヤを抱えるベルの疾走する足元に展開される。

 

「狙撃せよ、妖精の射手!」

 

 攻撃と防御を捨てて回避に専念するベル、防御と回避を捨てて魔法だけに専念するレフィーヤ。敏捷と魔力という二人の長所を最大限に発揮する移動砲台に『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』が荒ぶる。

 

『アアアァァァ――――――――――ッッッ!!!』

「はああああああああああ!」

 

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)の こうげき!

――――――――――ベルたちは すばやく みをかわした!

 

「穿て、必中の矢――」

 

 溶解液の中に沈み込ませて足元を狙った蔦を飛んで躱したベルが『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』の真下へと降り立ったところで詠唱が完成した。

 ベルの腕の中でレフィーヤは両手に持つ『森のティアードロップ』を頭上に突き出す。

 

「――――アルクス・レイ!」

 

――――――――――レフィーヤは アルクス・レイを となえた!

 

 放たれた単射魔法の山吹色の砲撃は、攻撃に集中し切っていた『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』は咄嗟に防御するように腕を割り込ませた。

 魔法耐性を有しているのか、ジリジリと『アルクス・レイ』にその体を焼かれながらも『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』は健在だった。

 

(受け止めた!? 関係ないっ、このまま押し切る!!)

『キシャアァァァァ!』

 

 魔力が込められ、砲撃が更に太くなり『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』が悲鳴のような叫びを上げる。

 

「……!? 壁が迫って……! 縦穴ごと自壊させて、押し潰す気か!?」

 

 レフィーヤの足場として彼女を支えていたベルが肉壁が隆起して迫ってくるのを見た。

 

「このっ、負けてやるっ、もんですかぁああああああああああああああ!」

 

 魔法に集中していたレフィーヤはベルの叫びに、赤熱している頭で思考せず限界を超えた。限度を超える魔力に砲撃が膨れ上がって『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』に迫る。

 天井で足場となっていた『アラクラトロ』は敏感に致死の気配を感じ取って、砲撃の勢いに押されながらも体を無理矢理に動かした。

 

『――――――ォオオオオオオオオオオオ!?』

 

 ブチブチとに植え込まれていた根を千切りながら『アラクラトロ』だけが離脱した直後、足場を失った『巨靫蔓(ヴェネンテス)』が太くなった砲撃に飲み込まれる。

 『巨靫蔓(ヴェネンテス)』を飲み込んだ砲撃はそのまま天井を貫いていった。

 

――――――――――アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)に ダメージ!

――――――――――巨靫蔓(ヴェネンテス)を たおした!

 

「胴体部分を切り離した!?」

 

 無理に『巨靫蔓(ヴェネンテス)』を切り離した『アラクラトロ』が溶解液に落ちた。

 

「きゃあっ!?」

 

――――――――――ベルたちに ダメージ!

――――――――――ベルに ダメージ!

――――――――――ベルは もうどくに おかされている!

 

 舞い上がった溶解液に体を焼かれながら、ベルとレフィーヤは何本か砲撃を避け切れずに失った脚で立ち上がった『アラクラトロ』と対峙する。

 

『キシャアァァァァ!』

 

 『巨靫蔓(ヴェネンテス)』に植え込まれた根が抜けた部分は痛々しいまでの穴が幾つも開いているが、『アラクラトロ』が戦意も高々に吠えた。

 

「まだ動けますか、ベル?」

「あの『アラクラトロ』を倒すまでは、死んでも動き続けてみせますよ」

「縁起でもないことを言わないで下さい…………ですが、頼りにしています」

 

 ベルに下ろしてもらいながら、レフィーヤは大きく深呼吸をして現状を把握する。

 

「頭上を抑えていた敵の優位性は無くなりました。新種は倒せたとしても、『アラクラトロ』はやる気です。通常ならば私達のLv.なら負ける相手ではありませんが」

「こっちもダメージを負っていて、僕は毒を受けている」

「長引くとこちらが不利になるばかりです。次の一撃で決着を付けましょう」

「ええ、僕が前衛で『アラクラトロ』の攻撃を引き付けます。特大の一発を――」

 

 お願いします、とベルの言葉を遮るように天井から爆発音が鳴り響いた。

 レフィーヤが頭上を見上げると、砲撃で開いた天井の穴が大きく抉れていた。『アラクラトロ』もまた爆発音に一瞬だけ気を取られた中で、ベルだけが次の一手を打った。

 

「ジバリカ!」

 

――――――――――ベルは ジバリカを となえた!

――――――――――アラクラトロの周りに ジバリカを しかけた!

 

「リル・ラファーガ」

 

 刹那、『アラクラトロ』は何かを感じ取ったかのように脚を動かしてその場から動こうとした。

 

――――――――――ベルの ジバリカが 発動!

 

 『アラクラトロ』の進行を遮るかのように巨大な岩が溶解液の底から突き上がり、体がぶつかってしまったことで回避のチャンスを失ってしまった。

 

――――――――――アイズは リル・ラファーガを はなった!

 

 閃光の如く神速の勢いで頭上から天井の穴を通り、一直線に『アラクラトロ』の中心に銀の剣突が突き刺さる。

 

――――――――――かいしんの いちげき!

――――――――――アラクラトロに ダメージ!

――――――――――アラクラトロを たおした!

――――――――――アルスたちは 6000ポイントの経験値を かくとく!

 

 『アラクラトロ』の魔石を貫いた風の螺旋矢の勢いは凄まじかった。

 大蜘蛛の肉体を魔石ごと木端微塵に四散させるだけに留まらず、その衝撃波は溶解液ごとレフィーヤ達を残っていた天井のカケラを吹き飛ばして天空高くに巻き上げた。

 

「へ?」

 

 レフィーヤは気が付いたら目の前に階層の天井にあるクリスタルがあって、口から恍けた声が出た。

 『アラクラトロ』と相対していたはずが突然の変化についていけず、階層の天井近くまで巻き上げられたレフィーヤの体が重力に従って落下していく。そこへ『アラクラトロ』撃破後、一人穴の底に残る形になったアイズが急いで『(エアリエル)』を使って上がって来てレフィーヤを受け止める。

 

「大丈夫、レフィーヤ?」

「はひぃ」

 

 憧れの人にお姫様抱っこをされたレフィーヤの言語野が壊れた。

 二人がゆっくりと地上に降りている頃、穴を開ける為に『爆発魔法(イオラ)』を放っただけでアイズから離れて突入はしなかったアルスの隣にベルが着地する。しかし、ダメージと毒でガクリと崩れ落ちる。

 

「助けに来てくれたのは嬉しいけど、アルスも僕を受け止めるポーズぐらいは見せてくれない?」

 

→必要か?

  男をお姫様抱っこする趣味はない!

 

「まさか。ただ、言ってみただけだよ。『上どくけし草』くれない? 毒を食らっちゃって」

 

――――――――――アルスは 上どくけし草を つかった!

――――――――――ベルの からだにまわっている どくがきえた!

 

「ベホマ」

 

――――――――――アルスは ベホマを となえた!

――――――――――ベルの キズが かいふくした!

 

「ありがとう。助かるよ」

 

 きちんと回復までしてくれたアルスに礼を言ってからベルはその場にゴロンと寝転んだ。

 

「つっかれたぁ――!」

 

 精神疲労までは回復魔法でも癒せないので、降りてくるレフィーヤとアイズを見上げながら後はアルスに任せてベルは寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レフィーヤがアルスから回復魔法を受けている頃、水晶に隠れて移動してその場から急速に離れている二人組がいた。

 

「まさか、『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』が倒されるとは」

 

 十分に距離を取ったところで二人組の内の一人が呟きを漏らした。

 第一級冒険者であろうとも、流石に気配も声も感じ取れない距離を取れた安心感から漏れた言葉だった。

 

「相手はあのロキファミリアの剣姫だ。『アラクラトロ』に『巨靫蔓(ヴェネンテス)』を寄生させてからまだ日が経っていない。Lv.6を倒すのは不可能だ」

「あの場所を知られるのはマズい。食人花(ヴィオラス)を放つか?」

 

 地面から上がった砲撃、直後に上空に上がった剣姫の姿を遠くから目にした二人は即座に退避を選んだが、地中の門番(トラップモンスター)を配置するほどの重要な場所をロキファミリアに知られたことに焦っている。

 

「足止めにしかならんだろう。このまま我らの存在に気づかれる前に撤退する。なに、仮に『扉』を見つけても『鍵』が無ければ開かん」

 

 もう一人の提案は寧ろ悪手であると判断して、その理由を告げながらこの階層から離れようとしたところで、彼ら以外の第三者が茂みを踏む音に足が止まる。

 

「――――――――――不穏な騒ぎに駆けつけてみれば、予想外の者達を見つけてしまった。その装束、それに自決用の装備…………闇派閥の生き残りか」

 

 ベルに泣かされた後、様子を見に野営地に戻ったところ彼らが戻ってきていないと確認して探し回っていたリュー・リオンは冷然とした声を発しながら二人組を見据える。

 

「邪神に与する者達は必ず滅ぼす」

 

 携えた一刀の小太刀が振り鳴らされ、二人組の末路は碌なものにはならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東端の騒ぎなど知ったことではないリヴィラの街にある数少ない酒場で一人の冒険者が管を巻いていた。

 

「くそがっ、面白くねぇ!」

 

 額や頬に傷を持ち、見るからにいかついゴロツキの風貌のモルド・ラトローは飲み干した杯をダンジョン製の木材で作られたテーブルに叩きつける。

 

「けっ、ヘスティアファミリアの奴ら、あっさりと中層中間区(18階層)まで来やがった。奴らにはン年も前からいる俺達はさぞかし滑稽に映ってるんだろうさ!」

「モルド、飲み過ぎだぞ」

 

 仲間であるガイル・インディアが諫める言葉に、モルドは火に油を注がれたようにキッと目つきを鋭くする。

 

「飲まなきゃやってられねぇんだよ! 舐められた態度を取られて我慢できるかってんだ!」

「面白くなくたって、アイツらはあのロキファミリアともつるんでるんだ。俺達じゃあ、どうしようもないって」

 

 長いことオラリオで冒険者をやっていれば強い派閥との関りが強みになる。

 これまた仲間のスコット・オールズが言うように、気にしても仕方ないということは頭では分かっていても感情が受け入れられなかった。

 

「俺だって分かってらぁ! チッ、絶好の機会さえあれば焼きを入れてやるものを……」

 

 結局、こうやって不満をぶちまけることでストレスを発散させているとモルドの性格を理解していたガイルとスコットは肩を竦め合う。

 処置なしとぶつぶつと一人で、せめて一人だけでも誘き出せればと訪れるはずもない絶好の機会のシチュエーションを思索しているモルドに近づく気配に気づいた。

 

「その機会、与えてやろうか?」

「なっ、神ヘルメス!?」

 

 オラリオでも胡散臭さでは随一と噂されているヘルメスの登場に、ダンジョンでは目にしたことのない神に思索に耽っていたモルドも驚愕も露わにする。

 そんなモルドに歩み寄ったヘルメスは、努めて感情を消して背後に付き従っていたアスフィ・アル・アンドロメダからとある物を受け取る。

 

良い物(魔道具)を貸してあげよう。代わりに、俺に面白い見世物(ショー)を見せてくれ」

 

 テーブルに置かれた三つの漆黒の兜に目を奪われている三人に向かって話すヘルメスの口は三日月に歪んでいた。

 

 

 

 




ドラクエ11とソードオラトリアのモンスターを合体させるという暴挙。その名は『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』。

詳細は作中にて。



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第58話 ところで、リリを口説いたって本当?

 

 

 

 

 

 空けて翌日。『ヴィリーの宿』で休んだベル・クラネルは、数日振りのベッドで爆睡しているヘスティアを残して護衛にヴェルフ・クロッゾを置いて仲間を連れ、再び18階層の東端を訪れた。

 

「おはようございます、フィンさん」

 

 前夜と同じく青水晶が林立する中にある大穴の前にいたフィン・ディムナに挨拶をする。

 ベルの挨拶にフィンが振り返ると、大穴の向こう側の青水晶の隙間隙間に昨日覗きに参加したロキファミリアの男性冒険者の何人かの姿が垣間見えた。

 

「やあ、ベル・クラネル。昨日はよく眠れたかい?」

「はい、お陰様で…………フィンさん達は、もしかして眠らずに?」

「流石にそれはないよ。僕もガレスと交代しているし、彼らも同じだよ」

 

 そう言ってフィンが視線を周囲に向ければ、左程交流が深いわけではないロキファミリアの男性冒険者達に向かってベルは軽く頭を下げる。

 

「今日には18階層を出立する。影響が出ない程度には収められたと思う」

 

 肩を竦めながら苦笑を浮かべるフィンに、問題を引き当ててしまったベルは夜中に活動せざるをえなくさせたことに申し訳なさを感じた。

 

「すみません。僕達が問題を起こしてしまって」

「本来ならヘスティファミリア(君達)には関係の無いことだったんだ。寧ろ僕達の事情に巻き込んでしまって申し訳ない。迷惑料として、このレシピを受け取ってくれ」

 

――――――――――アルスは レシピブック 『不思議な腕輪大集合』を 手に入れた!

――――――――――命のブレスレットの レシピを 覚えた!

――――――――――ごうけつのうでわの レシピを 覚えた!

――――――――――インテリのうでわの レシピを 覚えた!

――――――――――ようせいのうでわの レシピを 覚えた!

――――――――――いやしのうでわの レシピを 覚えた!

 

「そんな、助けてもらってこんな良い物を貰うなんて出来ません! ほら、アルスも返して!」

 

 止める間もなく『不思議な腕輪大集合』のレシピを横から受け取ってしまったアルスに注意し、高く上げたレシピを取り上げようとするが5㎝の身長差で僅かに届かない。

 

→貰える物は貰っとこうぜ

  No!  

 

 悪びれもせずに言い切ったアルスに、これは『ぬすむ』を使って取り上げるべきかとベルが決心しかけたところでフィンが口を開く。

 

「アルスの言う通り、貰っておいてくれ。闇派閥(イヴィルス)の手がかりを得られただけで十分にお釣りが出るくらいさ」

「フィンさんがそう言うなら……」

 

当のフィンからそう言われては受け取るしかない。ベルが諦めたのを見たアルスがレシピを素早く懐に入れる。

 

→ところで、手掛かりって?

 ところで、リリを口説いたって本当?

 

 そしてアルスはフィンの気が変わってレシピを取り上げられる前に話題の転換を図った。

 

「近くの壁で『門』を見つけたんだ」

「『門』? ダンジョンの中でですか?」

「ああ」

 

 壁に門となると、人為的に作られたのならばその向こうがあるとベルは考えた。

 

「でも、なんで『門』なんか。もしかして『門』の向こうに未開拓領域があるとか?」

 

 ベルの疑問にフィンは疲れたように首を振る。

 

「残念ながら『鍵』がかかっていて、『門』を開けることが出来ない」

 

 開けることが出来ないのならば破壊すればいいのではないかと蛮族的思考に陥っているベル。

 破壊手段として、アイズ・ヴァレンシュタインの魔法『エアリエル』や、剛力で有名なガレス・ランドロックならば力尽くで突破出来るはず。

 

「『門』はオリハルコンで出来ていて破壊不可能だ。『鍵』が無ければ『門』を使うことは出来ないのだろう。上手い仕掛けだよ」

 

 『オリハルコン』―――――不壊属性(デュランダル)特殊兵装(スペリオルズ)を作成する上で欠かせない素材となる最硬精製金属(マスター・インゴッド)。その強度はダンジョンで採掘される超硬金属(アダマンタイト)やメタルキングの上を行くものであり、紛れもなく世界最高位の金属だ。

 最硬金属(オリハルコン)が用いられている『扉』を破壊することは、Lv.6のアイズやガレスであっても不可能。これほどの『扉』がある時点で、先に何かがあると言っているようなものであるが『鍵』が無ければ開けられないのであればどうしようもない。

 

「他に何らかの手がかりもあるかもしれない。一度地上に戻ってから、装備を整えて改めて調査するよ。直に先鋒隊が出発するけど、君達はどうするんだい?」

 

 フィンの問い掛けに、ベルはティオネ・ヒリュテと話すダフネ・ラウロスや、リーネ・アルシェと並んで立つカサンドラ・イリオンと、レフィーヤ・ウィリディスと楽し気に話し込んでいるリリルカを見てから答える。尚、ティオナ・ヒリュテに逆正座をねだられているアルスは見ないものとした。

 

「上の大広間に階層主(ゴライアス)が出現していると聞いているので、僕達は少し遅れて出発します」

 

 18階層の上、17階層には『迷宮の孤王(モンスターレックス)』と呼称される、特定の階層にのみ出現する強力な固有モンスター『ゴライアス』がいる。その巨大さと強さは階層の中で最も強い階層主と目されるモンスターとも一線を隔したポテンシャルを持ち、ダンジョンで到達階層を増やしていく上での最難関とも言われていた。

 

「なにか押し付けるようで、すみません」

「構わないさ。これも大手の宿命だよ」

 

 頭を下げるベルに、大手のファミリアはこういったダンジョンでの問題を解決する役回りを担うのだと、フィンは肩を竦めながらおどける。

 

「リヴィラの街の者達にも急かされている。僕達はそろそろ出るけど、君達の冒険に幸有らんことを祈っているよ」

「ありがとうございました。皆さんもお気をつけて」

 

 ベルとフィンが握手を交わして別れる。撤収したロキファミリアの面々は野営地のメンバーと合流して、そのまま18階層を後にするのだそうだ。野営地には先によって別れを告げていたので見送るだけだった。

 

「話は終わった?」

 

 ロキファミリアの面々の背中を見えなくなるまで見送っているベルにダフネが話しかけた。

 

「はい。少し申し訳ないですね。ゴライアス討伐を押し付けるみたいで」

 

 『ゴライアス』は倒されてから次に出現するまでの期間は二週間程度で、つい先日に再出現したことをリヴィラの街の住人達が噂していたことから、一般人と変わらない肉体強度しかないヘスティアとヘルメスを抱えての戦闘は危険と判断して、ロキファミリアが倒すと目して意図的に出発時刻をずらした。

 

「遠征で消耗していても、それでもウチらよりかは全然余裕を持っているから心配するだけ無駄だって」

「分かっていますけど、気持ちの問題で」

 

 言ったベルの近くで、リリルカが見えなくなってもロキファミリアが去った方向を見ているのを見たダフネが片眉を上げる。

 

「リリルカはロキファミリアに魔法の師匠がいるんだって? ホント、アンタらには驚かされてばっかりだ」

 

 一応、秘密にしていることなので話題に上げられたリリルカも顔を上げて困った顔をする。

 リリルカと似た立場のベルは苦笑して話題の転換を図る。

 

「流石に神様もそろそろ起きましたかね」

「ベッドが恋しい気持ちは分からないでもないけどね。ダンジョンに慣れていないなら、ちゃんとベッドで寝たらそりゃあ熟睡するに決まってる」

「起きてなかったら僕が抱えて行きますよ」

「駄目ですよ、ベル様。タケミカヅチファミリアやヘルメスファミリアの方々も一緒なのです。主神の情けない姿を晒すのはファミリアの面子に関わります」

 

 外聞を気にする副団長と、ヘスティアのことを第一とする団長の両方を聞いた実質的なNo.3になっているダフネは顎に手を当てて考える。

 

「後続隊が出た後でも起きてなかったらベルの『覚醒魔法(ザメハ)』で起こせば?」

 

 ベルが使える魔法に、『一つに味方全員の【眠り】状態を回復する』という効果があったのを思い出して提案した。

 

「あれって普通の睡眠でも使えるのかな?」

 

 毒などと違って、眠りは一日のサイクルで必ず行う行動の一つだが、果たしてその状態が【眠り】状態と看做されるのかベルには疑問だった。

 

「どうでしょうか……。今後、ダンジョン内で使う機会があるかもしれないので、ヘスティア様に実験台になってもらいましょう」

「うわぁ……」

 

 あっさりと主神を実験台にしてしまおうと提案するリリルカにドン引きするカサンドラ。

 

「なんですか、カサンドラ様?」

「な、なんでもないです!」

「?」

 

 ドン引きされている理由が分からない様子のリリルカに、カサンドラが全力で誤魔化していると後ろの方から近づく気配にベルが振り返る。

 

「お~い、ベル・クラネル!」

「ヴィリーさん?」

 

 向かって来ていたのは中肉中背でぼさぼさの髪、左右の頬には赤の線で塗料化粧をした獣人ヴィリー。昨夜一晩泊まった宿の主人ではあるが18階層で暮らしているのだから、彼もまたLv.2以上である。

 武装した姿にベルが僅かに警戒を滲ませていると、ヴィリーは敵意はないと両手を上げながら近づき、ゆっくりと懐に手を入れて手紙を取り出した。

 

「お前当てに手紙だ」

「僕に? ヴェルフが宿にいるから預けておいてくれたらよかったのに」

 

 差し出された手紙を受け取ったベルに、ヴィリーはあまり手入れがされていないぼさぼさの髪を掻く。

 

「何時の間にか長台(カウンター)に、お前に至急渡せっていうメモと金が一緒に置いてあってよ。普段ならこんなことしないんだが金払いが良かったからな」

 

 だから糸で括られた巻いた羊皮紙の出し主は分からないと告げつつ、金が入っているであろう袋を手で弄ぶヴィリーがニヤリと笑う。

 

「確かに渡したぜ。俺はこの金で一杯引っかけてくるわ」

「ありがとうございます。でも、誰だろう? 僕に手紙なんて」

「そうですね。そんな急ぎなら直接話に来ればいいのに」

 

 スキップしながら去って行くヴィリーの背中を見送りつつ、受け取った手紙にベルが首を傾げる。

 18階層には知り合いは身近にしかおらず、別段手紙を送ってくるような相手はいないはずだったからだ。

 

「案外、ベルのファンかもね。奥手で、手紙で気持ちを伝えたいとか。ほらほら、さっさと開けちゃいな。ウチらは見ないから」

「とか言いつつ、ベル様の背後に回ろうとしないで下さい。カサンドラ様、引き離すのを手伝って下さい」

「は、はい」

 

 ベルの背後に回ろうしているダフネを、自分だけでは体格差で負けてしまうのでカサンドラの手を借りてリリルカが阻止する。

 

「ははは、えっと、なんだろう――――」

 

 押し問答をしている二人と板挟みになっているカサンドラを見つつ、ベルが糸を解いて開くと挟まっていた小物が現れ、羊皮紙に書かれていた内容に目を見開く。

 

『   白兎の脚(ラビット・フット)

 女神は預かった。無事に返してほしければ、直ぐに一人で中央樹の真東、一本水晶まで来い』

 

 羊皮紙に挟まれていた小物は青い花弁を彷彿させる飾り付けのリボンで、まだリリルカと出会う前にベルとアルスが買ってヘスティアに贈った髪飾りの片割れだった。

 

「っ!?」

 

 手紙を読んでいくにつれベルの顔色が悪くなっていき、最後まで読み切って沈黙する。

 

「ベルさん、どうしたんですか?」

「…………なんでもないですよ。フィンさんに伝え忘れたことあるので、みんなは先に宿で戻って待っててほしい。僕も直ぐに行くから」

 

 何事かと心配したカサンドラが二人から離れてきたので、羊皮紙を握り潰しリボンを隠したベルは誤魔化した。

 

「? 分かりました」

「じゃあ、後で!」

 

 一番与し易いカサンドラの了承を得たベルが一目散に走り去る。

 パーティー内で図抜けた『すばやさ』を持つベルの足の速さは圧倒的で、森の中に入った姿があっという間に覆い隠されたのを見届けてからリリルカと押し問答をしていたダフネが口を開く。

 

「なんか様子がおかしかったわね」

「ええ、後を追いますか?」

 

 一発でベルの誤魔化しを見破り、リリルカから尋ねられたダフネは一瞬考えて首を横に振る。

 

「止めとく。ベル相手だと確実に気づかれるし、あの足に追いつくのはウチらじゃ無理」

「追いつけるのは、それこそアルス様ぐらいですからね。リリ達は宿に戻りますが、アルス様はどうしますか?」

 

 困った顔のリリルカの問い掛けに、逆正座で鼻提灯を作っていたアルスは目をパチリと開けた。

 後を追いたい気持ちをぐっと堪えているリリルカを見て選択する。

 

→ベルを追いかける

  宿に戻る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 18階層の東端から中央の一本水晶までには森が広がっており、大きすぎる根による段差やデコボコとした地面もあってベルの足を持ってしても短時間で走破というわけにはいかなかった。

 それでもヘスティアを誘拐した犯人が瞠目するほどの速さで一本水晶まで辿り着いたベル。

 殆ど息を乱していないベルが見たのは、小さめの水晶の一つに縄で拘束されたヘスティアの姿だった。

 

「ベル君!」

「神様!」

 

 拘束されているヘスティアに目立った傷は見られない。

 一刻も早くヘスティアに走り寄って縄を解く為に疾走の足を止めなかったベルは周辺に人の影が見られないことに油断した。

 

「来ちゃ駄目だ、ベル君!」

 

 ヘスティアが制止の声を上げ、ベルが直上に現れた気配に気づいたのはほぼ同時だった。

 

――――――――――モルドの こうげき!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

 咄嗟のことで反応が遅れたベルは回避行動を取ったが完全には避け切れず、何か大きな物をぶつけられたような衝撃が襲った。

 

「うっ!? なんだ!?」

 

 ヴェルフに『アラクラトロ・巨靫蔓(ヴェネンテス)』の溶解液で損傷した『プリンスコート』を作り直してもらったお蔭でダメージは大きくはない。それよりも振り返っても攻撃を仕掛けてきた者の姿が見えないことに混乱していた。

 

「今の攻撃で倒れねぇか。流石はLv.4、イカれた世界最速兎(レコードホルダー)様だ」

 

 どこからともなく聞こえてくる濁声にベルが周囲を見回すも姿は見えない。

 

「誰だ!」

「答えるわけねぇだろうが!」

 

――――――――――モルドの こうげき!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

「うっ!?」

 

 またしても何者かの攻撃を受けたベルはヘスティアから離れた方向へと飛ばされる。

 

(地面を擦る足音があった。気配もあるし、確かに存在しているけど何も見えない。姿を隠す魔法か魔道具を使ってる?)

 

 吹き飛ばされたベルは片膝をついて立ち上がり、周囲に視線を走らせるもやはり襲撃者の姿は見えない。

 

「神様まで攫って、何の目的でこんなことを」

世界最速兎(レコードホルダー)様は随分と呑気でいらっしゃる。恨まれる自分の立場ってやつを分かっちゃいねぇ」

 

 ベルのことを知っている言葉と声。

 

(この声……何処かで聞いたことがある……?)

 

 胸の裡で湧き起こる既視感に記憶を探る為に沈黙するベル。

 

「安心しろよ。女神様には何もしちゃいねぇよ。神を傷つけるなんて禁忌。しでかした後が怖ぇ」

「言っていることとやっていることが矛盾していますよ」

「テメェを誘き寄せる餌として、攫って向こうの水晶に縛り付けてるだけだ。なにも矛盾なんてしてねぇよ」

 

 今の言葉でヘスティアの身の安全は確認できたので、ベルは別の質問を口にする。

 

「僕に用があるなら、最初から僕だけを呼び出せば良かったでしょう。神様を巻き込む必要なんてなかったはずだ!」

「これからやることにテメェのお仲間まで参加されたら台無しだからな」

 

 ベルが敵意を剥き出しにして襲撃者を威圧する。それを受けても襲撃者は臆することなく、寧ろ余裕の声色で受け答えをしていた。

 

「女神様にも見せてやろうぜ! テメェを嬲り殺しにする見世物をよ!」

 

――――――――――ガイルの こうげき!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

「うっ!? 声とは違う方向からの攻撃!?」

 

 声が聞こえている方向と相対しているのに、今の攻撃は背後からだった。

 

「考え込んでいる暇はないぜ!」

 

――――――――――スコットの こうげき!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

「うっ!?」

 

 今度は真横からの攻撃で、しかも鋭利な刃物だった。

 

「オラオラ! 足を止めてると、体に風穴が増えるぞ!」

 

――――――――――モルドの こうげき!

――――――――――ベルに ダメージ!

 

「うっ!?」

 

 死角からの攻撃で体勢を崩した所に強力な一撃が入る。

 

「クハハハハハハハ! 無様だな、世界最速兎(レコードホルダー)!」

 

 男の下卑た笑いが神経を逆なでする。今すぐ殴りつけてやりたい衝動に駆られるが、何とか抑え込み、冷静になるべく走りながら深呼吸を繰り返す。

 冷えた頭で思考するベルは反撃に転じるべく、痛みを堪えながら敵の居場所を探して走り出した。

 

 

 

 

 






原作ではタイマンの上に相手をする時は拳だけだったモルド・ラトロー。
多人数の上に武器まで使ってるのは相手のベルがLv.4だから仕方ないね。



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第59話 さよなら、来世で期待しよう、斬!

 

 

 

 一本水晶の近くで行われる一方的な戦い。

 この一件を引き起こした、ある意味で黒幕であるヘルメスは高い木の枝の上で枝葉の影に隠れながら眼下の光景を見下ろす。

 

「悪趣味ですね、ヘルメス様。面白いですか、こんなものを見て」

 

 そしてそんなヘルメスに非難と嫌悪の視線を送るアスフィ・アル・アンドロメダは美麗な眉を顰めていた。

 

「きついな、アスフィ」

「わざわざ私の兜を三つ(・・)も貸し出して、あんな冒険者達をけしかけるなどベル・クラネルに何か恨みでも無ければするはずがありません」

「恨みなんてないさ。寧ろ期待している」

 

 思惑が読めず眉間の皺を深くしているアスフィにヘルメスは胡散臭い笑みを向ける。

 

「常識を覆すほどの成長速度は、停滞している者にとっては嫉妬の元にしかならない。ああいう悪意を向けられるのは時間の問題だ。早い内に知っておいて損はない。ま、娯楽が入っているのは否定しないよ」

「…………もし、ここで彼の心が折れてしまったら?」

「器じゃなかったってことかな。次はアルス君を試すかね」

 

→試される方がこのことを知っちゃったら?

 試される前に後ろからグサッとやっちゃおう

 

「そりゃあ事前に知られてたら何の意味も……」

 

 アスフィではない第三者の声が自然と会話に入ってきたので返答しかけたところで、ヘルメスは途中で口を閉じて後ろを振り返った。背後の木の同じくらいの高さの枝に、話題に上げたばかりの当人が何食わぬ顔でそこにいた。

 

「……………何時からいたの、アルス君?」

「ヘルメス様が、『期待している』と言った頃ぐらいからですね」

 

 聞いていないアスフィが答えたことで、彼女がアルスの接近に気づいていたのにわざとヘルメスに伝えなかったのは明白だった。

 眷属からの裏切りに、ヘルメスは困ったように帽子を取って髪を掻き上げる。

 

「不味いこと聞かれちゃったなぁ。救援行っちゃう?」

「仲間なのですから当然でしょう。双子ともなれば行かない理由はありません」

「そうなると俺達の関与がバレちゃうな。黙っててくれない?」

 

→俺達が持っていないレシピを一杯くれたら黙ろう

  さよなら、来世で期待しよう、斬!

 

「取引成立だ。しかし、本当に行かなくていいのかい?」

 

→必要ない。ベルなら一人で潜り抜けられる

  必要ない。そろそろ残した目印を辿って仲間が来る

 

「へぇ、信頼してるんだね」

 

 アルスも加えた三人が見下ろす中、眼下の戦闘の状況は変わりつつあった。

 

――――――――――モルドの こうげき!

――――――――――ベルは 攻撃を武器で はじいた!

 

 不可視であるはずのモルドの攻撃が、ベルが振るった『はやぶさの剣+3』によって軌道を変えられた。

 

(なんだ…………防がれた? どういうこった? 偶然か?)

 

 ベルが装備している『プリンスコート』は既にボロボロで、傷だらけの体になったのだから溜飲も下がり、そろそろ退却時だと考えていた中での攻防だった。

 偶々、動いた方向が回避に繋がったのとは違う。明確に武器を武器で弾くという行動。見えているのならばともかく、武器まで不可視になっているモルドの攻撃を意図的に弾くなど信じられず、ただの偶然を疑った。

 

「お前達、卑怯だぞ! 姿を隠して襲うなんて! ボクのことはいいから逃げるんだ、ベル君!」

「神様、大丈夫です」

 

 今の攻防で何がしかの確信を得たのか、ギャーギャーと襲撃者に喚いていたヘスティアに向けてベルは簡潔に告げる。

 

「大体分かりました。姿を隠しているけど、いるのは三人。武器は戦斧、大楯、短剣っていうところでしょう」

 

 モルド・ラトローは戦斧、ガイル・インディアは大楯、スコット・オールズの武器は短剣。

 

「ほ、法螺吹いてんじゃねぇ!」

 

 見えているはずがないのに、正確に言い当てたベルにモルドは平静を装うとするが動揺が口に出た。

 

「気配と靴音、視線と空気の流れを感じれば、姿が見えないぐらいで戸惑いはしません」

 

――――――――――ガイルの こうげき!

――――――――――ベルは ひらりと みをかわした!

 

「こんな風にね――――ジバリーナ」

 

――――――――――ベルは ジバリーナを となえた!

――――――――――モルドたちの足元に ジバリーナを しかけた!

 

 大きな質量が向かってきたのを躱しざま、気取られないように『地雷魔法(ジバリーナ)』を仕掛けておく。

 敢えて、もう一歩大きくステップしてベルの主観で最も敵意を向けてくるモルドのいる方向へと向かって続ける。

 

「引いて下さい。今なら見逃します」

 

 ブラフとするにはベルの目は不可視であるモルドの方をしっかりと見ていた。

 

「ぐ、偶然だ! 偶々、動いたら避けれただけだ!」

「…………仕方ありませんね。ここからは力で押し通します」

 

 右手に『はやぶさの剣+3』、左手に『ソードブレイカー』を持ったベルはLv.2のモルド達には目にも止まらぬ速さで動いた――――スコットに向けて。

 

「やっ!」

 

――――――――――ベルは ミラクルソードを はなった!

――――――――――スコットに ダメージ!

――――――――――ベルの キズが かいふくした!

――――――――――スコットを たおした!

 

 今まで蓄積したダメージを回復しながら、敵にダメージを与えられる『技能』。

 Lv.4でも中位のステータスを持つベルの『はやぶさの剣+3』による二連撃と、『ソードブレイカー』の一撃と合わせた三撃を受け、防御力が高くない上にモルドに向かうはずと油断していたスコットに耐えられる攻撃ではなかった。

 倒れたスコットの頭から『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』が零れ落ちる。

 

「ダメージを受けたから透明化が解けた? 違う。あの兜か」

 

 『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』が外れたと同時に現れたスコットの姿に、ベルは不可視の理由に辿り着く。

 

「テメェ、スコットを――おっ!?」

 

――――――――――ベルの ジバリーナが 発動!

 

「ぐがぁっ!?」

 

――――――――――モルドたちに ダメージ!

 

 仲間を倒されたことに激昂して一歩を踏み出したことで『地雷魔法(ジバリーナ)』が発動し、足元の地面から突き出した尖った巨大な岩に弾き飛ばされ、ベルが先に行動する時間を作り出した。

 

「透明化の理由さえ分かれば!」

 

――――――――――ベルの ぬすむ!

――――――――――ベルは モルドから『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』を ぬすみとった!

――――――――――ベルの ぬすむ!

――――――――――ベルは ガイルから『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』を ぬすみとった!

 

 手加減されたとはいえ、『地雷魔法(ジバリーナ)』をまともに食らって動きを取れないモルドとガイルから『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』を盗み出し、不可視を破った。

 

「く、クソガキがぁあああああああっ…………!!」

「モルド! 透明化が破られたらLv差のある俺らじゃ勝ち目は――」

 

 有利な立場で集団リンチを行える優位性(アドバンテージ)を失った。既にスコットも戦闘不能になっては、蹂躙を受けるのは自分達であると冷静なガイルが怒りを露わにするモルドに撤退を促そうとするが既に遅かった。

 

「ベル!」

 

 必死の形相のヴェルフを先頭に、ヘスティアファミリアパーティーが向かってきた。

 

「みんな……」

「無事か! すまねぇ、俺がいながら!」

 

 即座にモルド達の間に盾役として入ったヴェルフが背後のベルに向かって全力で謝る。

 

「うん、僕も神様も無事だよ」

「大丈夫ですか、ヘスティア様」

「あ、ああ、ボクは縛られてただけで傷一つない。ベル君が」

 

 ダフネが警戒しながらリリルカがヘスティアの縄を解いている間に、ベルの後ろに移動したカサンドラが刻み付けられた傷を見て『神聖のクリスタルロッド』を強く握る。

 

「ベルさんの傷を治します。一度は拒みし天の光。浅ましき我が身を救う慈悲の腕。届かぬ我が言の葉の代わりに、哀れな輩を救え。陽光よ、願わくば破滅を退けよ『ソールライト』」

 

――――――――――カサンドラは ソールライトを となえた!

――――――――――ベルの キズが かいふくした!

 

 治療を受けているベルに今すぐにでも駆け寄りたそうなヘスティアをリリルカが抑えている間に、透明化が解かれたことで人相が露わになったモルド達にダフネはそれはそれは怖い顔になった。

 

「アンタら、豊穣の女主人にいた冒険者だね。他所の神様を拉致して、うちの団長をリンチなんてイイ度胸してるじゃないか」

「本当です。これだけ虚仮にされたら、倍返しをしなければリリも腹の虫の収まりがつきません」

「何時もなら止め役だが、今回ばかりは俺も同感だ。ただで帰れると思うなよ、お前ら」

 

 ベルの治療が終わってホッと一息ついたリリルカが持つ『せいれいの杖』が無意識に発せられる魔力でボンヤリと光り、自身を欺いて主神を拉致して弟分をリンチされたヴェルフなど激怒の相でモルド達を睨みつける。

 仲間想いな眷属達に嬉しい思いはあれど、周りが激昂し過ぎて逆にヘスティアの方が冷静になってしまった。

 

「君達も煽るのは止めようね? ボクも無事なんだ。無駄な喧嘩は止めて、早く地上に戻ろう」

 

 自身の行動を無駄と言われたモルドの神経を無意識に苛立せたヘスティアの言葉にベルも追従する。

 

「神様の言う通りだ、みんな。この人達のことは放っておこう」

「ベル様!?」

 

 これだけのことをされて見逃すのかと、リリルカが信じられない思いでベルを見る。

 

「もうこの人達と関わり合いたくない。だから、さっさと行こう。いるんだろ、アルス! 帰るよ!」

 

 モルド達のことは眼中にないのだと言外に言い捨て、ベルは背後を振り返ってどこかに隠れているアルスを呼んだ。

 ベルの呼び掛けに応じ、木の枝から飛び降りたアルスがガチャリと『シルバーメイル』の音を立てながら着地する。

 

「アルス様…………目印だけ残して、どこにいるかと思ったら」

 

 ここまでリリルカ達が早く駆けつけられたのは、アルスが道中に目印をところどころに残しておいてくれたお蔭であるが、姿を隠していた意図が掴めない。

 

「大分前から隠れていたよ。一人だけあれだけデカい気配を発しておいて分からないわけがない。まあ、アルスがいると分かったから僕も冷静になれたけど、助けてくれても良かったんじゃない?」

 

→ベルなら切り抜けられると分かっていたから

  助けが必要だったか?

 

「また卑怯な言い方を」

 

 まさかやられているのを高みの見物していたのかという空気は、信頼していたという言葉に塗り潰される。

 アルスを非難をする気が無くなったベルが『シルバーメイル』の肩を軽く押したところで、大分遅れてタケミカヅチファミリアの三人が大きく息を乱してやってきた。

 

「…………俺達の出番はなかったか」

「遅かったな、デカ男」

 

 カシマ・桜花の呟きにヴェルフが皮肉気に返す。

 

「お前達の足が速すぎるんだ」

 

 乱れた息を整えている桜花は顔を上げるのも辛そうにしながらも、途中で疾走するベルを見つけて気になって後を追うも、後ろからあっという間に駆け抜けていったアルスやヴェルフ達とのLv.差を痛感する。

 団長として打ちのめされている桜花とは違って、少しの間でも一緒に冒険したヤマト・命は純粋にベル達が無事であることを純粋に安堵していた。

 

「ベル殿とヘスティア様が無事で良かったです」

「タケミカヅチファミリアのみんなも、心配をかけてすみません。助けに来てくれてありがとうございます」

 

 結果は伴わないにしても助けに来てくれた事実だけで十分だとベルが命達に笑顔を向けたところで、完全に蚊帳の外に置かれていたモルドが激発する。

 

「俺達を無視してんじゃねぇえええええええっ!!」

 

 両腕を地面に叩きつけたモルドの怒号が辺りに響き渡る。

 

「なんなんだお前らは! どれだけ俺達を虚仮にすりゃあ気が済むってんだ!」

 

 自分達を無視して話し出し、モルドは苛立ちも露わに怒鳴った。

 

「五月蠅いですね。ベル様が見逃すと言っているのです。この期に及んで喚くのは見苦しいですよ」

「リリ助の言う通りだ。消えねぇんなら俺がぶっ飛ばすぞ。俺を欺いてヘスティア様を攫ったことを許すつもりはないんだからな」

「と、止めなくていいの?」

「放っておけばいいのよ。向かってくるなら自業自得でしょ」

 

 ヘスティアを攫ったモルド達と、それを助けに来たヴェルフ達は完全に敵対関係となるのが自然。

 争いが避けられるなら避けた方が良いと思うカサンドラが、リリルカとヴェルフよりは冷静そうなダフネに尋ねるも、ベル一人でお釣りが来そうな相手が向かってきたところで大した障害にならない。

 取るに足らないと言われたに等しいモルドがプライドを傷つけられたと思っても仕方のない言動。

 

「ゆ、許さねぇ……! こうなったら死なば諸共だ!」

 

 モルドが近くの茂みに駆け寄り、 何か(・・)が入った大きな袋を取り出した。

 

「お、おい、モルド!? それは『ばくだんいし』が入った――」

「全員死んじまえぇええええええええええええええええええええ!!」

 

 9階層にいる『かさくれネズミ』のドロップアイテム『ばくだんいし』。

 複数纏めて爆発させれば、この一帯を吹き飛ばしてしかねない劇物に強い衝撃を与えんと、袋を地面に叩きつけようとしたモルドの動きに誰も止めるのが間に合わない。

 

「――――止めるんだ」

 

 荘厳な声が響いた。それは音として空気を震わせているにも拘らず、人々の心に直接沁み通った。

 声を放ったのはヘスティア。

 神威を発して圧倒的な威厳を備えたその姿は、常人に直視することすら許さない。人知を超越した水準にある凄まじい神威が、その場の殆どの者を打ちのめし跪かせた。こっそりと『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』を回収して『どうぐぶくろ』に入れているアルスを除けば、ベル達ですらも頭を垂れることしか出来なくなる。

 

「袋を、置くんだ。人の命が呆気なく失われるとしても、そんなに容易く捨てていいものじゃない」

 

 神威に晒されては神という存在の偉大さを誰もが認めざるをえない。それほどヘスティアが齎す圧力は強く、気高く、超越的なのだ。その威光は落雷のようにその場にいた全ての者を打ち据え、歓喜とも畏怖ともつかぬ衝撃で貫いていく。

 

「ぐっ!? 神の指示だろうが俺の命を何に使おうが俺の勝手だ!」

 

 一時の激情から冷めたモルドは叫びつつも袋を下ろした。

 そして全てが幻であったかの如く、あれほどの神威が顕現したことが信じられないほど静寂の中にモルドの怒声が響き渡る。

 

「どうしてそこまで強情になる? 君は自分が大切じゃないのかい?」

「大切だとも! だからこそ、お前達を許せねぇ。認めるわけにはいかねぇんだ!」

 

 神威を消して悲し気に目を伏せたヘスティアの言葉を受けても、血走った目でベル達を睨みつけるモルドは叫ぶ。

 

「どうしてだ! なんでお前達だけそんなに強くなれる!? 俺達とお前達、一体何が違うってんだ!」

 

 自分達とベル達の何が違うのか、神様に愛されているからなのか。それとも生まれの違いか、培ってきた環境の違いなのか。

 

「俺達はン年も前から中層で燻ってきた! そんな中、ヘスティアファミリア(お前ら)俺達(Lv.2)をあっさりと超えていきやがった…………挙句、人質を取って魔道具(ハデス・ヘッド)まで使って襲ったってのに、責めるどころか見逃すたぁ!? これじゃあ俺達は道化でイイ笑い者だろうがようぉ!」

 

 何故なんだ、どうしてなんだとブツブツと呟き続けるモルドは目を血走らせる。

 納得できない、納得できるわけがない。自分達が圧倒的に劣っていることを証明されるようなことを受け入れられるはずがない。

 

「ふざけんじゃねぇっ! 俺らの苦労は何だったんだ!? どうせお前()も道化な俺達(Lv.2)を見下してやがったんだろう!?」

「ボクは見下したりしない」

「信じられるか! 違うってんなら、俺達にもアイツらと同じ強さを与えてみせろ!」

「それは出来ない。ボクが望んでベル君達が強くなったわけじゃないから」

 

 アルスに目覚めたスキルも、ベル達に連鎖したことも、全てヘスティアの掌の外の出来事なのだから、モルドの望みは叶えられないときっぱりと言った。

 

「仮にボクが強さを与えられるとしても、強くなった君達は何を為す?」

「何を、だと?」

 

 モルドにとっては予想外な静かな問いに意表を突かれたような顔をする。

 

「断言してもいい。強さだけを求めた君は、やがてその強さに驕り、破滅的な未来に至るだろう」

「はっ、神お得意の未来を見通す目ってか。じゃあ、お前達はその強さで何を為すってんだ! どうせ自分達だけ得をして、良い思いをしたいだけ――」

 

→黒竜を討つ

  ハーレムを作る為

 

「は?」

 

 黒竜を討つと宣言してみせたアルスにモルド達は唖然とした顔を浮かべる。

 

→だから、黒竜を討つと言った

  間違えた。ハーレムを作る為だった。

 

 聞き返したわけではないモルドに、繰り返し放ったアルスの言葉にその場にいた全員が言葉を失った。

 

「え?」

「黒竜を……討つ……だって!?」

 

 黒竜を討つこと。それはこのオラリオにいる冒険者なら誰でも知っていることだ。かつてオラリオに君臨していたゼウスファミリアとヘラファミリアが成し遂げられなかった偉業である。

 オラリオの秩序を守り続けてきた嘗ての最大派閥が出来なかったこと。新興のヘスティアファミリアが達成する。それは有り得ないと言い切れるはずなのに、彼らの進化とも呼ぶべき成長速度がもしやと思わせる。

 

「そう、だね。ファミリアとしての目標、ずっと決められずにいたけど、僕達にスキルが目覚めたのはもしかしたらその為なのかも知れないと考えればピッタリかも」

 

 ベルもアルスの意見に同意する。リリルカやヴェルフもどこか腑に落ちたような表情をしていた。

 

「う、嘘だろ。お前ら、冗談を言ってるんだよな?」

「冗談を言っているように聞こえるかい?」

 

 冗談であって欲しいというモルドの願望を、ヘスティアは逆に問い返した。

 モルドが発するのは敗北感に塗れた呻きだけだった。

 

「…………俺の負けだ。好きにしてくれ」

 

 敗北を認め、モルドは戦斧と『ばくだんいし』が入っていた袋を地面に置いた。

 

――――――――――モルドたちを たおした!

――――――――――アルスたちは 980ポイントの経験値を かくとく!

 

「これで、もう終わりです。僕らは帰り――」

 

 言葉の途中で突如として地面が揺れた。

 

「えっ?」

 

 足元がグラつく。いや、階層自体が揺れていた。

 

「じ、地震?」

「いえ、これは――」

「ダンジョンが、震えてるのか?」

 

 千草、命、桜花が足元と樹上の葉が揺れているのを見た。

 

「おい、あれは何だ?」

 

 そして空を見上げたヴェルフが呆然と呟いた。

 階層天井部を覆っているクリスタルが音を立てて呻き、バキリと大きな破裂音が走った。

 

「亀裂……!? まさかモンスター!?」

「ありえません、ここはダンジョンが生まれない安全階層(セーフティポイント)ですよ!?」

 

 その現象はダンジョンでモンスターが出現する様子と良く似ていた。

 ダフネの言葉をリリルカが否定する。

 

「おいおい、まさかボクの所為だって言うのかよ。冗談だろ? たったあれっぽちの神威でバレた……!?」

 

 亀裂が全体に広がり、砕けたクリスタルの中から黒色の巨大な人型モンスターが落ちてきた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ』

 

――――――――――漆黒のゴライアスが あらわれた!

 

 

 

 

 




ベル達がLv.4と原作よりかっ飛んでいるのでモルドの劣等感が爆発。それが一人だけなら諦めがつくかもしれないけど複数人だと倍満。

尚、モルドが爆発している間にアルスがこっそりと『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』を回収しています。


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第60話 ヴェルフ、ゴライアスを任せる

 

 

 

 

 

 天井のクリスタルを砕きながら現れ、18階層の地に落ちた『漆黒のゴライアス』を見遣ったヘルメスの目がスッと細まる。

 

「やっぱり階層主か。しかも黒い…………これはヘスティアだけの所為じゃない」

「ヘルメス様、今度は何をやらかしたんですか!?」

 

 眷属でありながらアスフィ・アル・アンドロメダは、ヘルメスが何かをやった結果として『漆黒のゴライアス』が現れたのだと決めつけ、さっさと吐くようにと詰め寄った。

 

「流石に俺が小細工を弄しても、あんなことは出来ないって」

 

 ヘスティアに神威を発しさせてしまった遠因ではあるが、直接的に階層主を出現させるような小細工を弄してはいないとアスフィに伝える。 

 尚も疑いの眼差しを向けてくるアスフィに、ヘルメスは心外だとポーズする。

 

「では、状況を説明して下さい! 今、何が起きているのですか!?」

「ダンジョンの暴走かな。今までにないほど神経質になって俺達に感付いた。ヘスティアの神威に反応して、神達を抹殺する為に送られた刺客だろう。ダンジョンは憎んでいるのさ。こんな地下に閉じ込めている神々(俺達)をね」

 

 簡潔に事情を説明したヘルメスは、動き出した『漆黒のゴライアス』を見て思考を走らせる。

 

「それよりアスフィ、急いでリヴィラの街に応援を呼んで来い」

「応援? まさかアレと戦うんですか!? この階層から避難するのではなく?」

「あれを見ろ」

 

 次いで指差したのは、ロキファミリアが野営地を張っていた17階層へと出入口。今、そこはまるで計ったように『漆黒のゴライアス』が落ちた衝撃で起きた崩落によって完全に塞がっている。

 

「崩落で階層移動の通路は塞がれた。恐らくこの様子では19階層への道も同じだろう。このタイミングの良さ、ダンジョンは誰一人として逃がすつもりはなさそうだ」

 

 淡々と事実を述べるヘルメスに、アスフィは喉の奥で悲鳴のような声をあげる。

 

「既に退路は断たれた。事実上、この階層に閉じ込められたに等しい。あの『漆黒のゴライアス』を倒さない限り、ここから抜け出すことは出来ないだろう」

 

――――――――――リューの こうげき!

――――――――――漆黒のゴライアスに ダメージ!

 

「流石はリューちゃん。行動が早い。アスフィも急げ、今は時間が惜しい」

 

 恐らく運悪く『漆黒のゴライアス』の近くにいたであろう冒険者に向かって足を振り上げて攻撃しようとしたのを、逸早く駆けつけたリュー・リオンが助けたのだろう。振り上げた足を押された倒れ込んだ『漆黒のゴライアス』に追撃を仕掛けているリューを見届けたヘルメスが急かす。

 

「――――もうっ!? 生きて帰れなかったら恨みますからね!」

 

 早急な判断を迫られたアスフィは己の主神をキッと睨みつけると踵を返し、空を駆けて(・・・・・)リヴィラの街へと走って行った。

 アスフィの背中を見届けることなく、『漆黒のゴライアス』を見続ける。

 

「ウラノス、祈祷はどうした? こんな話は聞いていないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――漆黒のゴライアスの こうげき!

――――――――――リューは ひらりと みをかわした!

 

 巨大な物体はどれほど軽かろうが、振り子運動の周期は質量ではなく長さが決定し、ヒト型はその集合体であるから素早く動くことは元来あり得ない。

 遠くからは遅く見えても、間近で見れば余裕を持って躱したつもりでも風圧でリューのローブが大きくはためく。

 

「リューさん!」

 

――――――――――ベルは デュアルカッターを はなった!

――――――――――漆黒のゴライアスに ダメージ!

 

 リューに追撃を仕掛けようと、腕を振り上げた『漆黒のゴライアス』にベル・クラネルが投げた『はがねのブーメラン』が胸に薄い横一線の傷を作った。

 全力の一撃が大したダメージを与えられなかったことにベルが瞠目している横に追いついたリリルカ・アーデが『せいれいの杖』を振り上げる。その両脇を二刀を抜き放ったアルス・クラネルと、『たつじんのオノ』を持ったヴェルフ・クロッゾが駆け抜けていく。

 

「メラミ!」

「はっ!」

「おらぁっ!」

 

――――――――――リリルカは メラミを となえた!

――――――――――アルスは つるぎのまいを おどった!

――――――――――ヴェルフは 蒼天魔斬を はなった!

――――――――――漆黒のゴライアスに ダメージ!

 

 リリルカの放ったの『火炎魔法(メラミ)』が『漆黒のゴライアス』の顔面に命中し、左足にアルスが二刀による四連撃を刻み込み、右足にヴェルフが強力な振り下ろしを叩き込む。

 

「硬てぇっ!? ゴライアスはあんなに硬てぇのか!?」

 

 左膝から崩れ落ちる『漆黒のゴライアス』の横を駆け抜け、攻撃を叩き込んだこちらの手が痺れるほどの、今までに感じたことのない硬さにヴェルフが思わず叫ぶ。

 

「いえ、標準のゴライアスはLv.4相当。しかし、この個体は異様に硬い上に動作が速い。恐らく潜在能力(ポテンシャル)はLv.5と見ていいでしょう」

 

 偶々、ヴェルフの近くに一度着地したリューがその叫びを耳にして、戦っているのが通常の階層主ではないと説明しているところで『漆黒のゴライアス』が息を吸い込むような動作をする。

 

『―――アアアッ!!』

 

――――――――――漆黒のゴライアスは 破滅の咆哮を はなった!

――――――――――アルスたちは すばやく みをかわした!

 

「ひあっ!?」

 

 『火炎魔法(メラミ)』を放つ都合上、『漆黒のゴライアス』の正面にいたリリルカは横っ飛びをすると、先程までいた場所を見えない何か(・・)が通り抜けていった。

 

「地面が抉れてやがる……」

「この威力、まともに受けたら大楯持ちのヴェルフ以外だと即潰されるよ」

通常の個体(ゴライアス)にはない飛び道具まで使えるとは…………他の攻撃方法もあるかもしれません、注意を!」

「注意って言っても……」

 

 ミノタウロスの恐怖を喚起して束縛する『咆哮(ハウル)』とは違い、魔力を込め純粋な衝撃として放出される巨人の遠距離攻撃。通常のゴライアスとの戦闘経験もないリリルカには、リューの注意喚起に急いで盾役のヴェルフの後ろに移動する。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

――――――――――漆黒のゴライアスは なかまを よんだ!

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 『漆黒のゴライアス』の雄叫びに呼応して、森の中から多くのモンスターが走ってきた。

 確認できるだけでも、『メイジドラキー』『オコボルト』『ビーライダー』『ダンスニードル』『ふくめんバニー』『デンデン竜』『デスフラッター』『よろいのきし』『マージマタンゴ』『ダークドリアード』――――――16、17階層に現れるモンスター達が勢揃いしていた。

 

「他のモンスターを呼んだ!?」

「ふざけろよ、おい!?」

「はっ!」

 

――――――――――アルスは 覇王斬を はなった!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 ベルとヴェルフが目を剥いている間にアルスが『覇王斬』で多くのモンスターを倒したが、倒した数に倍する数のモンスターが次々に現れる。

 

「ベギラマ!」

 

――――――――――リリルカは ベギラマを となえた!

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 リリルカが放った『閃光魔法(ベギラマ)』は扇状に広がり、モンスター達の多くを一掃したが別方向からも間断なく現れ続ける。

 

「これじゃあキリがない!?」

 

 意識が外のモンスターに向いている間に、『漆黒のゴライアス』が再び大きく息を吸っているのにベルが気づいた。

 

「また『咆哮』が来るよ!」

「ちっ、燃え尽きろ、外法の技――――ウィル・オ・ウィスプ!」

 

――――――――――ヴェルフは ウィル・オ・ウィスプを となえた!

――――――――――漆黒のゴライアスは 破滅の咆哮を はなった!

――――――――――漆黒のゴライアスの 破滅の咆哮が失敗 爆発した!

 

 口の中で魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が起こり、大爆発が『漆黒のゴライアス』の頭部を完全に覆い隠した。

 

「よっしゃ! 『咆哮』に魔力を感じたから上手くいくと思ったがって!? その状態でまた放つ気か!?」

 

 爆煙の中から口元が抉り取られた『漆黒のゴライアス』はダメージを負っているのに、再度『破滅の咆哮』を放たんと息を吸う。

 魔法発動に足を止めていたヴェルフの『すばやさ』は治癒士のカサンドラ・イリオンよりも低い。ヴェルフでは避けれないタイミングで攻撃態勢に入った『漆黒のゴライアス』の膝を蹴って飛び上がったリューが『アルヴス・ルミナ』を振り被る。

 

「ふっ!」

 

――――――――――リューの こうげき!

――――――――――漆黒のゴライアスに ダメージ!

――――――――――漆黒のゴライアスは 破滅の咆哮を はなった!

 

 『漆黒のゴライアス』の顎を横薙ぎに振るった『アルヴス・ルミナ』で打ち払い、無理矢理に『破滅の咆哮』の軌道を変えさせる。

 

「すまん、助かった!」

「油断しないで下さい。ですが、あなたの魔法は奴の『咆哮』には有効だ。『咆哮』を打ちそうになったら魔法を仕掛けて下さい」

「分かった」

 

 リューとヴェルフが『漆黒のゴライアス』と攻防をしている間も、アルス達は現れ続けるモンスターの対処に忙殺されていた。

 このままでは押し潰されるという考えがベルの脳裏を過ったところで、矢が飛んできて深手を負っていた『オコボルト』が魔石と化す。

 振り返ったベルが見たのは、リヴィラの街の冒険者を引き連れたアスフィの姿だった。

 

「ありったけの武器と冒険者を集めました! 周りのモンスターは彼らに任せて、貴方達は漆黒のゴライアスの注意を引いて下さい。今から街の魔導師達が詠唱に入ります」

「分かりました。アンドロメダもいるなら彼らも心強いでしょう。敵の注意を分散させましょう」

「え、いや、ちょっと待って。私は――」

「よおおし、テメェら! ヘスティアファミリアだけじゃなくアンドロメダ()囮になるから心置きなく詠唱を始めろぉ!」

「ボールスゥゥ! 後で覚えてらっしゃい!!」

 

 ちゃっかりと危険な役目は部外者に押し付けたボールス・エルダーは、アスフィの叫びを聞かなかったことにして詠唱を始めた魔導師達の盾役として大楯を構える。

 

『オオオオオッ!!』

 

――――――――――漆黒のゴライアスは 巨大なウデで はげしく なぎはらった!

――――――――――アルスたちは ひらりと みをかわした!

――――――――――ベルたちは すばやく みをかわした!

 

 右手、左手と屈んで大きく腕を薙ぎ払ってきた攻撃を避けた囮役の面々が次々に攻撃を放つ。

 

「はっ!」「やっ!」「ヒャダルコ!」「おらぁっ!」「ふっ!」「しっ!」

 

――――――――――アルスは、全身全霊切りを はなった!

――――――――――ベルは ヴァイパーファングを はなった!

――――――――――リリルカは ヒャダルコを となえた!

――――――――――ヴェルフは かぶと割りを はなった!

――――――――――リューの こうげき!

――――――――――アスフィの こうげき!

――――――――――漆黒のゴライアスに ダメージ!

 

 顔、胴体、手、足とそれぞれ攻撃部位は違うが、『漆黒のゴライアス』に確かな傷を刻み込み、Lv.4による多重攻撃は流石に効いたのか、フラついて片膝をついた。

 

「効いてるぞ、今だ! 前衛引けぇっ! デカいのをぶち込むぞ!」

 

 ボールスの合図に、全員が『漆黒のゴライアス』から距離を取りながら、リリルカはアルスが近くにいることに気づいた。

 

「アルス様、私達も!」

「「イオラ!」」

 

――――――――――アルスとリリルカは 同時に イオラを となえた!

――――――――――魔導師たちは 魔法を となえた!

――――――――――漆黒のゴライアスに ダメージ!

 

 まるでアルスとリリルカが放った『爆発魔法(イオラ)』が合図であったかのように、魔導師達の一斉射撃が放たれた。

 『漆黒のゴライアス』の姿が覆い隠されるほど、連続で見舞われる多属性の魔法。

 やがて一斉射撃が止み、覆っていた爆煙が晴れて露わになった『漆黒のゴライアス』の姿は無残な物だった。黒い体皮は傷ついていない場所はないほどに抉れ、赤い内部を晒している。

 

「よおおしッ! ケリをつけるぞ! 畳みかけろぉっ!」

 

 ボールスが確かな勝機が見えたと確信するほどの有様で、掛け声に乗って今の一斉射撃の余波で消滅したモンスターから手の空いた前衛の一部が『漆黒のゴライアス』に向かう。

 

「リューさん、僕達も!」

「待って下さい…………何かおかしい」

 

 偶々近くにいたリューが動かないので急かしたベルだったが、彼女の懸念が当たっていると直ぐに証明された。

 

『――――フゥゥ』

 

――――――――――漆黒のゴライアスは 魔力を ねんしょうさせた!

――――――――――なんと 漆黒のゴライアスの キズが みるみる ふさがって いく!

 

 損傷した部位から赤い粒子が立ち上がり、赤い内部を晒していた傷が次々に塞がっていく。

 

「自己再生……っ!? 階層主が治癒能力を有するなど――」

 

 アスフィの言葉は傷を癒えた右足を上げた『漆黒のゴライアス』の次の行動によって遮られた。

 

――――――――――漆黒のゴライアスは あしをじめんに たたきつけた!

――――――――――大地が はげしく ゆさぶられる!

――――――――――アルスたちは すっころんだ!

 

 振り上げた右足を力の限り地に叩きつけたことによって、足元がひっくり返るほどの衝撃がアルス達を襲って立っていられなくなった。

 地に倒れ込んだアルスは『漆黒のゴライアス』が真下に誰もいないのに両腕を振り上げるのを見た。

 

『アアアアアアッッ!!』

 

――――――――――漆黒のゴライアスは じめんを なぐりつけた!

――――――――――全方位に おおきな しょうげきはが おしよせる!

――――――――――アルスたちに ダメージ!

 

 まともに『狂乱の怒号』による全方位衝撃波のダメージを受けたアスフィは、一連の『漆黒のゴライアス』が通常の『ゴライアス』とは全然違う存在なのだと実感していた。

 

「治癒能力に範囲攻撃、なんて馬鹿げた力業……!?」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

――――――――――漆黒のゴライアスは なかまを よんだ!

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 『狂乱の怒号』によって目に見える範囲にいたモンスターも消滅したのを理解しているのか、『漆黒のゴライアス』は再び雄叫びを上げるとモンスター達がまた現れる。

 

「アイツ、またモンスターを呼び寄せやがった。階層主戦ってのは、ここまで容赦ねぇのか!?」

「もう一度射撃を行うにしても、これでは前線が崩壊します!」

「…………カサンドラさんを連れてくる。みんなを治してもらって、前線を立て直そう」

 

 アルスやヴェルフ、リリルカでも魔法や技能で回復は出来るが、一人一人では時間がかかり過ぎる。今の状況で範囲治療魔法を使えるカサンドラの存在が戦況を立て直せるキーパーソンだった。

 同時に劣勢の中でLv.4で戦場を支える一角であるベルが離脱すれば最悪、前線が完全に崩壊する理由になってしまいかねない。

 

→行ってこい、ベル

  行くな、ベル

 

 だが、アルスはあっさりと言ってのけたことに、提案したベルの方が不安になってしまう。

 

「僕がいなくても大丈夫?」

 

→俺がゴライアスを引き付ける。ヴェルフはリリの護衛を

  ヴェルフ、ゴライアスを任せる

 

 ベルが抜ける負担を背負って見せると言い切ったアルスの隣にリューが並ぶ。

 

「私とアンドロメダもいます。ベルさんが抜けた穴を埋めてみせましょう。リリルカ・アーデ、ヴェルフ・クロッゾ、あなた達二人には周りのモンスターを――」

「ベルが抜ける必要はないよ」

「ダフネさん」

 

 声に振り返ると、そこにはヘスティアの護衛として残したダフネ・ラウロスとカサンドラが立っていた。

 

「ヘスティア様がウチらに自分の傍にいるよりも、アンタ達の力になってやれってね。良いタイミングみたいだ、カサンドラ」

 

 聞かれる前に現れた理由を話したダフネに促され、一歩前に出たカサンドラは『神聖のクリスタルロッド』に魔力を込める。

 

「一度は拒みし天の光。浅ましき我が身を救う慈悲の腕。届かぬ我が言の葉の代わりに、哀れな輩を救え。陽光よ、願わくば破滅を退けよ ソールライト」

 

――――――――――カサンドラは ソールライトを となえた!

――――――――――冒険者たちの キズが かいふくした!

 

 『ソールライト』は魔力に比例し、効果領域を拡大することもできる。カサンドラは自身の魔力を見極めながら最低限の魔力で最大パフォーマンスを発揮できるように移動しながら治療を続けていく。

 カサンドラの護衛はヴェルフが行い、アルス達が迫ってくるモンスターの対処をしている間、戦場に現れたダフネ達の経緯を知るべくリリルカが近づく。

 

「お二人が来たということはヘスティア様はお一人に?」

「ヘスティア様の命令でタケミカヅチの千草って子に任せてきた。後の二人は――」

 

――――――――――命と桜花の こうげき!

――――――――――ミス! 黒のゴライアスは ダメージを 受けない!

 

 ダフネ達に遅れて到着したヤマト・命とカシマ・桜花が全力の一撃を叩き込むも、持っている武器の刃の方が欠けた。

 桜花は貰った『プラチナブレード』は自分には分不相応だと使わず、リヴィラの街の住人が用意した『シャドウエッジ』を使用。命は元々の自分の武器である『てつのやり』を使っているが、二人と武器の攻撃力よりも『漆黒のゴライアス』の防御力の方が上だった。

 

「駄目だ。俺達の力では歯が立たない!」

 

 そんな二人に、『漆黒のゴライアス』はギロリと見下ろし、拳を振り上げた。ヴェルフ以下の『すばやさ』の命と、命より少し下の桜花では避けられない。

 

――――――――――黒のゴライアスの こうげき!

――――――――――ベルは 二人を抱えて ひらりと みをかわした!

 

 この階層にいる中ではリューに次いで『すばやさ』が高いベルが風のような速さで二人を抱えて離脱する。

 

「た、助かりました……」

 

 命が九死に一生を得ている頃、カサンドラの奮闘もあって戦闘を続行する程度には傷が癒えたボールス達。

 

「くそっ、怪物め……! オラァ、魔導師連中! 傷が治ったんなら、さっさと詠唱を始めろ!」

「でも、ボールス! さっきのが最大火力だ! また回復されるだけだぞ!」

「なら相手の魔力が枯渇するまで削り切るしかねぇだろうが! 前衛が保っている間にやるんだよ!」

「んな無茶な!?」

 

 問答を続けるボールスと魔導師達の方へ、息を吸った『漆黒のゴライアス』が急に顔を向けた。

 

――――――――――漆黒のゴライアスは 破滅の咆哮を はなった!

――――――――――魔導師たちに ダメージ!

 

「なっ!? 前衛を無視して魔導師達を狙ってやがる」

 

 目の前を『破滅の咆哮』が通過して盾役ごと魔導師達がやられたボールスが臍を噛む。

 『漆黒のゴライアス』はヴェルフを警戒しているのか、動きを予測されないように背中を向けている所為で『破滅の咆哮』を放つ予備動作が見えない。

 

「来といてなんだけど、これはマズいよ。魔導士の砲撃は階層主攻略の要、これ以上を失うわけにはいか――」

 

――――――――――漆黒のゴライアスは 巨大なウデで はげしく なぎはらった!

――――――――――冒険者たちに ダメージ!

 

「駄目だ。このままじゃ、先にこっちに限界が来る」

 

 ヴェルフに代わり、リリルカの護衛役として残っていたダフネは周辺のモンスターの相手をしながら戦況の圧倒的不利を悟っていた。そしてそれは後方にいて戦況を俯瞰できるリリルカも同じだった。

 

「…………この状況を打開するには、あのゴライアスを倒すには大威力による攻撃で倒し切るしかありません」

 

 一斉射撃でかなりのダメージは与えられた。今も魔導師を集中的に狙っているのは、先程のような一斉射撃を警戒しているに他ならない。しかし、同じ程度の一斉射撃では倒し切れないことは既に証明されている。

 

「さっきの砲撃が最大威力なんだろ。これ以上は威力が上げられない」

「いえ、あります。というか作ります」

 

 今まで使ったことのないリリルカの『技能』が不利を覆す鍵だった。

 

 

 

 

 



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第61話 あ、死ぬ

 

 

 

 

 

 『漆黒のゴライアス』との戦いが圧倒的不利な消耗戦に移り始めた頃、リリルカ・アーデの目は勝機を求めて自らの『せいれいの杖』を見る。

 

「リリの『技能』に『暴走魔法陣』というものがあります。この『技能』の説明には、魔法が暴走しやすくなる魔法陣を作るとあります」

 

 不利を覆すと豪語しておいて、『暴走』という不穏なワードが出てきたことに、リリルカの護衛役として『漆黒のゴライアス』や他のモンスターを警戒しながら聞いていたダフネ・ラウロスは眉を顰める。

 

「暴走って、威力が高くなったとしても代わりに魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が起こる危険があるとかそういうこと?」

「そういうことは起こらないと思います。恐らく、意図的に魔法のリミッターを外して真の力を引き出すという解釈で良いかと」

 

 良く分からない解釈だったが取り敢えず納得したダフネ。

 

「その『暴走魔法陣』を魔導師達に使うんだよね」

 

 一つの場所に纏まっていては『漆黒のゴライアス』に狙い撃ちにされるので、バラバラに散らばっている魔導士達にその『暴走魔法陣』は作れるのかと疑念はあった。

 

「あれだけ狙われては、砲撃を放てるかは未知数です。ここはたった一人に賭けるべきです。アルス様!」

 

 最前線で『漆黒のゴライアス』や他のモンスター達の相手をしていたアルスを呼び寄せる。

 

「はっ!」

 

――――――――――アルスは フリーズブレードを はなった!

――――――――――ダンスニードルたちを たおした!

 

 呼ばれたアルスは近くにいた『ダンスニードル』達を一掃して、一足飛びにリリルカの元へとやってきた。

 

「アルスじゃなくて、魔法の威力を上げるならリリルカ自身にその『暴走魔法陣』を使うべきじゃないの?」

「リリは『暴走魔法陣』の発動に集中するので、パーティー内でリリの次に攻撃魔法が強いアルス様に託します」

 

 こうしている今も広域殲滅力に優れたアルスを下げた影響で前線の消耗は加速度的に増している。

 

「この策には確実性がありません。確実性を高めはしますが下手な希望を作りたくはありません」

 

 ギュッ、と『せいれいの杖』を両手で強く握ったリリルカに自信の色は無かった。しかし、迷いはない。そう確信できる目をしていた。その覚悟を決めた目にダフネも決断をする。アルスもだ。

 

「悠長に喋っている時間はありません。早速行きます、アルス様!」

 

――――――――――リリルカは 暴走魔法陣を つくりだした!

 

 リリルカが『せいれいの杖』を地面に突き立てると、足元を中心とした数mに薄紫色の光を発する巨大な魔法陣が展開される。

 

「更に!」

 

 『せいれいの杖』から右手上げ、頭上数mにも足元に広がる魔法陣と同じ物を作り出し、二重の『暴走魔法陣』を展開して魔力を込める。

 

――――――――――リリルカは 暴走魔法陣を かさねがけして 超暴走魔法陣を つくりだした!

――――――――――アルスの 呪文ぼうそう率が 超アップした!

 

「――――ミナデイン」

 

 展開された『超暴走魔法陣』の中心で全身を照らされながら、自身最大威力の魔法『電撃魔法(ライデイン)』を使おうとしたアルスは習得していないはずの魔法名を口にした。すると、アルスの足元から金色に輝く魔法陣が伸びていき、リリルカが展開する『超暴走魔法陣』と繋がって広がっていく。

 『超暴走魔法陣(リリルカ)』と『ミナデイン(アルス)』の魔法陣が混じり合い、光の線が伸びてベル、ヴェルフと続き、カサンドラへと繋がった。しかし、カサンドラから伸びた線はダフネの前で止まってしまう。

 

「…………なんで、ファミリアの中でウチだけ――」

 

 アルスとリリルカから発せられた魔法陣は発展アビリティの魔導による魔法円とは違う。意味不明の物ではあるがファミリア内で自分にだけ展開されない魔法陣にダフネは言葉を失ってしまう。その様子にリリルカも何故なのかは分からなかったが、それでもここまできたら止まるわけにはいかない。

 

「ダフネちゃん、信じて」

 

 カサンドラが近づいても魔法陣はダフネには伸びない。

 

「信じるって、何をさ」

「戸惑うかもしれない。逃げたいと思っても、なにもおかしくない。それでも止まっちゃダメ。私達は雷に導かれて進み続けるしかないの」

「訳の分からないことを言わないで!」

 

 カサンドラが何を根拠として言葉を発しているのかを察してダフネは伸ばされた手を振り払う。

 

『黒が迫る。近づくことなかれ、戸惑うことなかれ、止まることなかれ、逃げることなかれ。心せよ、雷に導かれ、進み続ける他なし』

 

 悲劇の預言者(カサンドラ)がダンジョンに潜る前にダフネに語った『予知夢(法螺話)』。

 あまりに要領を得ない言葉の羅列。否定されるのは、神ですら理解不能の『スキル』『謳え悲劇世界の女王(ファイブ・ディメンション・トロイア)』によって定められた末路。

 

「あんな階層主に勝てるわけがない! 戦うことよりもこの階層から逃げることに全力を注いだ方が良い。アルス達の力なら、それが出来るはずよ!」

 

 ダフネには勝算のある勝負には思えなかった。攻勢に出るよりも18階層からの退避の方が望みが高い。

 

「――――仮に」

 

 勇気を出しても誰も信じてくれない。それどころか疑念の眼差しを持って否定されるが常だった。だからこそ、カサンドラは切り口を変えた。

 相手の反論を放つ意気を挫くやり口。悪戯などをした時に開き直ったようなアルスの言葉選びを思い出す。

 

「この階層から抜け出せたとしても、あのゴライアスから逃げられるの? モンスターが生まれない安全階層(セーフティポイント)に出現したんだよ。どんな異常事態(イレギュラー)だって起こりうるかもしれない」

「そ、それは……」

 

 今までにないカサンドラの理詰めの言葉が正しいからこそ、ダフネは二の句が告げない。

 

「聞いて、ダフネちゃん」

 

 空いていた距離を詰め、カサンドラがダフネの両肩を掴み、真正面から顔を突き合わせる。

 

「『予知夢(ゆめ)』を口にする私を信じなくていい。だけど、今も戦っている仲間(みんな)は信じて!」

 

 カサンドラから放たれた言葉にダフネは目を大きく見開く。

 戦っているベルに、ヴェルフに、魔法陣に集中しているアルスやリリルカを見つめる。

 彼らは、皆必死に戦っていた。『漆黒のゴライアス』や他のモンスターを相手に一歩も引くことなく勇敢に戦っているのだ。それを客観的に見た時、ダフネの背中の恩恵(ファルナ)の中でドクンと何かが脈動する。

 

「…………ウチはアンタの『夢』なんか信じない」

 

 ダフネがカサンドラの目を真っ直ぐに見据えて答える。

 

「ウチが信じるのは、仲間なんだから! アンタもその一人よ、カサンドラ!」

 

 その言葉が放たれた直後、カサンドラから伸びた魔法陣の線がダフネに繋がり、ダフネから次々に戦う他の者達へと繋がっていく。

 魔法陣の線は次々と繋がっていき、『漆黒のゴライアス』が猛り狂う中央地帯から離れた森の方にも伸びていった。

 

「くそっ、すげえ量のモンスターだ!」

 

 主戦場へ向かうモンスターの足止めを任された冒険者達は一向に終わりの見えない戦いに戦意を失いかけていた。もしも誰かが退避を口をし、行動に移れば一斉に先に逃げた者に習うほどに。

 

「倒しても倒しても湧いて出てきやがる。このままじゃあ、キリがねぇぞ!」

「逃げるしかねぇよ! 森の中ならまだ――」

 

 遂に持ち場を離れて逃げようとした冒険者の一人の装備の首後ろをモルド・ラトローが掴む。

 

「逃げるなぁ! テメェらぁあああッ!!」

 

 そのまま逃げるのを許さず、力尽くでモンスターの方へと投げた。

 投げられた冒険者もLv.2以上、驚きながらも持っていた武器を『タップデビル』に突き刺して着地する。

 

「はぁ!? 何言ってんだモルド!」

「あの階層主は俺達の手に負える相手じゃねぇ! 残ってどうするって言うんだ!」

「それでも戦うんだよ!」

 

 モルドの突然の行動に他の冒険者達が困惑する。しかし、彼の目にも今にも逃げたいという怯えがあった。

 

「俺達は英雄に慣れねぇ端役(モブ)だ。英雄になるアイツら(ヘスティアファミリア)と違って、俺達は誰にも見向きもされずに死んでいくんだろうさ。けどな、端役(モブ)には端役(モブ)なりの、ケチな誇り(プライド)ってものがあるんだよ!」

 

 逃げたい思いを抑えつけながら、向かってきた『メイジドラキー』に向かって戦斧を振るう。

 既にダメージを負っていた『メイジドラキー』が魔石と化して地面に落ちても頓着せず、次のモンスターへと斬りかかる。

 

「俺は逃げねぇ。絶対に逃げねぇぞ……」

 

 あちこちで聞こえるモンスターの怒号と悲鳴、仲間が戦闘不能になっていく音を耳に入れても、モルドは戦斧を振るう。その姿はモルド自身が口にしたケチな誇り(プライド)を守る為だとしても、周りにいる者達が感化されて逃げようとしていた者達も武器を構える

 

「アイツらが英雄になった暁には言ってやるんだ。俺達が戦ったお陰で、お前らは英雄に成れたんだって!」

『ぶほぉっ!?』

 

 想像以上にモルドの動機があまりにもくだらな過ぎて多くの冒険者が噴き出した。

 

「モルドこの野郎! 笑った所為で死にかけただろうが!」

「勿体ぶっておいて、言うことがセコいぞモルド!」

「はっ、確かにケチな誇り(プライド)だ」

 

 文句を言いながらもモンスター相手に切った張ったをする冒険者達の顔に先程までの暗い色はない。

 

「なんとでも言いやがれ!」

 

 憎まれ口を叩きながらもモルドは勇敢に戦い続ける。

 

「俺にノるか、逃げるか――――――お前ら自身で決めやがれ!」

 

 冒険者達はモルドの啖呵に雄叫びを上げた。

 

「そんなもん、決まってるだろうが!」

「ガキと小娘どもを置いて逃げるわけにはいかないもんな!」

「戦った分だけその小娘たちにサービスしてほしいぜ!」

「ボールスが逃げたら街に出入りを許してくれねぇからな!」

 

 戦い続ける理由に女子供だけ戦わせるわけにはいかないという真っ当な理由から、女や酒や金欲しさに、そして単純にカッコつけたいという欲望など、理由など何でもいいのだ。

 ただ繋がった。

 多くの主義主張がある中で、18階層に多くの者達が戦うことを選んだ。

 

「ちょっ、なんだコレは!?」

 

 アルスとリリルカから発せられ、ダフネが繋いだ魔法陣の線がモルドに繋がり、魔法陣が展開される。

 理解不能な現象にモルドが慌てている間に、魔法陣の線は次々とその場にいる冒険者達に広がっていく。諦めた者、恐怖で動けない者を除いて魔法陣は繋がった。

 

「良く分かんねぇが問題ないんなら気にしなくていいだろう!」

「物凄く気になるんだが!」

 

 移動してもしっかりと足元についてくるので空恐ろしさはあるが、多くの者にとって魔法陣が展開されても影響は殆ど無かった。まさか自身から魔法陣に微量な魔力が流れ出しているとも知らず。

 

「はっ!」

 

 アルスは集まった魔力を魔法陣から上空に打ち上げた。打ち上げられた魔力はリリルカが頭上数mに生み出した魔法陣を通過する時に大きくなり、階層の天井付近で大きく広がり、また別の内部と外殻に分かれた二重の魔法陣を作り出した。

 階層天井付近に出現した魔法陣の外殻が下がっていくと、中心に生まれた光が雷を纏い出す。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 地上の『漆黒のゴライアス』もそのことに気が付き、直感的に光の中心がアルスと悟って周りを無視して走り出す。

 

「行かせるなぁっ!」

「今ッ!」

 

――――――――――ベルは かえん斬りを はなった!

――――――――――アスフィは 爆炸薬(バースト・オイル)を 投げた!

――――――――――漆黒のゴライアスに ダメージ!

 

 追いついたベルの炎を纏った三撃が左足に、アスフィ・アル・アンドロメダによる大容量の容器に入れられたとっておきに使う爆炸薬(バースト・オイル)が右顔面に炸裂したことによって、『漆黒のゴライアス』が蹈鞴を踏んで膝から崩れ落ちた。

 

『アアアアアアッッ!!』

 

――――――――――漆黒のゴライアスは じめんを なぐりつけた!

――――――――――全方位に おおきな しょうげきはが おしよせる!

――――――――――ベルとアスフィに ダメージ!

 

 しかし、崩れ落ちた動作を攻撃へと繋げて両腕を地面に叩きつけ、間近にいた二人を全方位衝撃波で弾き飛ばす。

 

「ベルさん!? アンドロメダ!?」

 

 両腕を地面に叩きつけた反動で体を無理矢理に起こした『漆黒のゴライアス』の疾走が再開される。

 

「今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々。愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を」

 

 姿が見えなくなるほどの遠くに弾き飛ばされた仲間の心配を心の内に押し留め、『漆黒のゴライアス』に並走して攻撃を加えながらリュー・リオンは詠唱を始めた。

 

「戦闘と同時に詠唱を……!」

 

 攻撃力が足りないので攻勢には回らず、回避と囮に専念していて比較的アルス達の近くにいたヤマト・命だけがリューの『並行詠唱』に気づいた。

 

「掛けまくも畏きいかなるものも打ち破る我が武神よ、尊き天よりの導きよ。卑小のこの身に巍然たる御身の神力を」

 

 自分が辿り着くべき遥かな高みを目撃しながら、命もまた足を止めてではあるが詠唱を開始する。

 

「来れ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て――――ルミノス・ウィンド!」

 

――――――――――リューは ルミノス・ウィンドを となえた!

――――――――――漆黒のゴライアスに ダメージ!

 

 緑風を纏った無数の大光玉が『漆黒のゴライアス』が次々に被弾するも、その足は鈍ることなく光弾の弾幕を力尽くで突破する。

 

『オオオオオッ!!』

「がはっ!?」

 

――――――――――漆黒のゴライアスは 巨大なウデで はげしく なぎはらった!

――――――――――リューに ダメージ!

 

 薙ぎ払われたリューの行方を気に出来る余裕もなく、ただ一心に魔法の発動に意識を集中していた命の詠唱が完結する。

 

「救え浄化の光、破邪の刃。払え平定の太刀、征伐の霊剣。今ここに我が命において招来する。天より降り、地を統べよ。神武闘征――――フツミノタマ!」

 

――――――――――命は フツノミタマを となえた!

――――――――――漆黒のゴライアスに 重圧が おそいかかった!

 

 アルスの『覇王斬』と似たような光の大剣が『漆黒のゴライアス』の頭上に振り降り、その体を貫いて地の同心円を貫いたがダメージは無い。発動した『フツノミタマ』の効果は、同心円を中心とした重力の檻を生み出すこと。

 重力の檻はダメージを負っていた『漆黒のゴライアス』を膝を折らせ、足元の地面を陥没させる。

 

『グオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 『漆黒のゴライアス』は雄叫びを上げ、一度は折れた膝を徐々に伸ばし、両手を前に伸ばして閉じられた檻を抉じ開けるように力を込める。

 

「ぐうぅぅぅぅぅ――っ!? 力負けしている……! 歯が立たない!?」

 

 Lv.5と想定される潜在能力(ポテンシャル)を持つ『漆黒のゴライアス』に、Lv.2の命の魔法では純粋な力足らず。

 

「うっ、ぐぅっ!? 破られます……」

 

 バンと破裂する音と共に重力の檻が開き破られ、『漆黒のゴライアス』は魔法の維持に全精力を傾けていた命目掛けて走り、腕を振り上げた。

 もしも『漆黒のゴライアス』の攻撃をまともに受ければ、命を保っていられるほどの『みのまもり』も装備もない。そのことを悟ったダフネが咄嗟に『漆黒のゴライアス』の腕との間に割り込んだ。

 

「なっ!?」

「うぐっ!?」

 

――――――――――ダフネは みをまもっている

――――――――――漆黒のゴライアスの こうげき!

――――――――――ダフネと命に ダメージ!

 

 防御姿勢を取ったダフネごと攻撃を受けた命が吹っ飛ぶ。地面を何度もバウンドして止まった命は微かに息をしていた。

 ダフネと命を殴りつけて戦闘不能にした『漆黒のゴライアス』の進行方向に、大楯『ドラゴンシールド』を構えたヴェルフ・クロッゾが回り込む。その背後には集中しているリリルカとアルスの姿。

 

――――――――――ヴェルフは みをまもっている

 

「俺が二人を守って見せる!」

 

 『たつじんのオノ』を捨て『ドラゴンシールド』で守護のみに力を注いだヴェルフに、走る勢いそのままに『漆黒のゴライアス』は大きく右腕を振り被る。

 

――――――――――漆黒のゴライアスは 巨拳の一撃を はなった!

――――――――――ヴェルフは 攻撃を盾で はじいた!

――――――――――ヴェルフに ダメージ!

 

 疾走の勢いをも攻撃に活かした一撃は『ドラゴンシールド』を構えても尚、ヴェルフの体の髄にまで衝撃とダメージを与え、足元に二本の轍を刻む。

 

「ぬぅっ!? ここは、死んでも通さねぇぞ!」

 

 威勢は良くても今のダメージで膝が揺れていた。腕を引く動作に合わせて『漆黒のゴライアス』が大きく息を吸い込んで『破滅の咆哮』を放たんとしていると理解していても、体の髄に浸透しているダメージで集中が散って『ウィル・オ・ウィスプ』が使えない。

 命と行動を共にしていたカシマ・桜花はヴェルフの様子を見て取って背後に周り、その背を支える。

 

「――――堪えろ、鍛冶師! 踏ん張って見せろぉおおおお!」

「誰に言ってやがるぅうううう!!」

 

――――――――――漆黒のゴライアスは 破滅の咆哮を はなった!

――――――――――ヴェルフと桜花は 攻撃を盾で はじいた!

――――――――――ヴェルフと桜花に ダメージ!

 

 ヴェルフごと桜花が崩れ落ちるが、攻撃に耐えきった。背後の二人には衝撃波のそよ風すら届いていない。

 やがて限界まで高まった魔力は限界を超えて暴走する。辛うじて維持できる制御の限界に到達したことを察したリリルカが叫んだ。

 

「皆さん、下がって下さい!」

 

 完成した階層天井付近の魔法陣が眩い光を放ち、魔力が高まっていくと地面の魔法陣もそれに呼応して輝きを増す。

 

「ミナデイン!」

 

 本来、『電撃魔法(ミナデイン)』は『電撃魔法(ギガデイン)』を習得していて初めて使える魔法。『電撃魔法(ライデイン)』までしか習得していないアルスでは制御が出来ない。

 

――――――――――アルスは ミナデインを となえた!

――――――――――アルスの ミナデインが ぼうそうした!

 

 階層天井付近の魔法陣から雷光が放たれる。

 端的にレベルが足りず、発動は出来たが制御出来ず標的を定められず、『電撃魔法(ミナデイン)』は魔法陣の真下に向かって落ちてくる。咄嗟にアルスは『ゾンビキラー+3』を投げ、そこに『電撃魔法(ミナデイン)』が落ちた。

 

「退避退避ぃいいいいいいいいいいいい!!」

 

 『漆黒のゴライアス』が放った『狂乱の怒号』の全方位衝撃波で弾き飛ばされたはずのベルが血塗れで叫びながら疾走する。

 アルスが大きく飛び上がり、雷光を発し続ける『ゾンビキラー+3』を掴んだところで、動けないでいるヴェルフ・桜花・リリルカを担ぎ上げて走り抜けていく。

 

「はっ!」

 

 ベルの行動を見届けたアルスは、連続で放った攻撃と蓄積したダメージで機敏に足が動かない『漆黒のゴライアス』に向かって、雷光を発し続ける『ゾンビキラー+3』を投げた。

 

――――――――――アルスは 偽・ギガバーストを はなった!

 

 迫る『ゾンビキラー+3』を払い除けようと『漆黒のゴライアス』が腕を振るい、両者が接触した瞬間、大爆発が起こった。

 

――――――――――漆黒のゴライアスに ダメージ!

 

 大爆発は『漆黒のゴライアス』を一瞬で凄まじい轟音と閃光で呑み込み、体内にある魔石を塵も残さずに消滅させても止まらない。『漆黒のゴライアス』がいた周囲十数メートルを灰燼すら残さず消滅させた。

 後に残った物は何もない。

 

――――――――――漆黒のゴライアスを たおした!

――――――――――アルスたちは 13273ポイントの経験値を かくとく!

 

 『ゾンビキラー+3』ごと消え去った『漆黒のゴライアス』の消滅を感じ取ったのか、それまで猛り狂っていたモンスターが次々に踵を返していく。

 

「モンスターが逃げていく……」

「やりやがった! やりやがったぞ、アイツら!!」

 

 森の中で今にも『よろいのきし』に殴り殺されかけていたモルドの前から逃げていくのを見て命を拾ったと実感していた頃、抱えていたヴェルフ達三人を下ろしたベルがクレーターの底に着地したアルスに駆け寄る。

 

「アルス!」

 

→よっ、生きてるか?

  なんで最初に来るのがベルなんだよ

 

「生きてるけど、右手右手!」

 

 言われたアルスは自分の右手を見た。

 見事に真っ黒だった。というか、雷光を発していた『ゾンビキラー+3』を掴んだ所為で右手が肩まで『シルバーメイル』と『やすらぎのローブ』が一瞬で燃え尽きて炭化していた。

 

「ベホマ」

 

――――――――――アルスは ベホマを となえた!

――――――――――しかし、MPが 足りず 不発!

 

 自分で『治癒魔法(ベホマ)』で治そうとするも『電撃魔法(ミナデイン)』と『偽・ギガバースト』の代償でMPが0になっていて発動しない。それどころか、レベルが足りずに両方を発動した代償とでもいうべきか、急速にHPまで減少していく。

 

→あ、倒れる

  あ、死ぬ

 

 立っていられないと実感してそう告げた直後、アルスは意識を失って倒れた。 

 

「あ、アルスゥゥゥッ!?」

「リリ助も意識が無いぞっ!!」

「カサンドラ! みんなに速く魔法を!」

 

 割と死屍累々な面々にカサンドラが大活躍したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初にベルとモルド達が争った一本水晶の近くで戦いの決着を見届けたヘルメスは歓喜に体を震わせていた。

 

「ああ、嗚呼! 見たぞ! このヘルメスがしかと見たぞ! 大神(ゼウス)の置き土産を!」

 

 酔い痴れるように笑い、瞳を爛々と輝かせて叫ぶ。

 

「ベルは素質が無く、素質があるアルスでも大成してもLv.3が精々だと! 馬鹿を言うな、大神(ゼウス)! 喜べ、貴方は見誤った!」

 

 今も地上のどこかにいる大神(ゼウス)に向け、彼が放った言葉が裏切られたことを言祝ぐ。

 

「二人は既にLv.4となった紛れもない本物…………流石はあの才禍の怪物(アルフィア)の甥というだけはある! 貴方(ゼウス)貴女(ヘラ)のファミリアが残した『最後の英雄(ラスト・ヒーロー)』に最も近い者達だ!」

 

 神時代で積み上げられた最高の成果の残滓。期待などされなかった者達が盤面上で突如として大きく化け、有力な駒へと成長を続けている。

 

「動く、時代が動くぞ! このオラリオの地で、時代を揺るがす何かが起きつつある!」

 

 1000年の間で一度もなかった急激な変化にヘルメスは予感が止まらない。

 

「猛者オッタル! 勇者フィン! そして剣姫アイズ! これだけの英雄の器が揃いながら、何も起きないわけがない!」

 

 全知零能たる神の直感。

 

「俺は見守るぞ! 歴史に名を刻むだろう大事を! 英雄達の行く末を! その生と死を! 親愛なる彼らが紡ぐ『眷属の物語(ファミリア・ミィス)』を!」

 

 顔を抑え、これから訪れるであろう見たことのない未来にヘルメスは笑う。

 

「フフ…………最高の見世物! 最高の娯楽! 最高の暇潰しにして、最高の興奮だ! あぁ、この地に降りてきて本当に良かった! ははっ! はっははは――――っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――ダフネは ピオラの呪文を覚えた!

――――――――――ダフネは ボミエの呪文を覚えた!

――――――――――ダフネは ピオリムの呪文を覚えた!

――――――――――ダフネは ザメハの呪文を覚えた!

――――――――――ダフネは バイシオンの呪文を覚えた!

――――――――――ダフネは リホイミの呪文を覚えた!

――――――――――ダフネは、火ふき芸を覚えた!

――――――――――ダフネは、ツッコミを覚えた!

――――――――――ダフネは、らせん打ちを覚えた!

――――――――――ダフネは、スパークショットを覚えた!

――――――――――ダフネは、スリープダガーを覚えた!

――――――――――ダフネは、愛のムチを覚えた!

――――――――――ダフネは ボミオスの呪文を覚えた!

――――――――――ダフネは バギの呪文を覚えた!

――――――――――ダフネは、レベル21に あがった!

 

――――――――――カサンドラは ホイミの呪文を覚えた!

――――――――――カサンドラは キアリーの呪文を覚えた!

――――――――――カサンドラは スカラの呪文を覚えた!

――――――――――カサンドラは マヌーサの呪文を覚えた!

――――――――――カサンドラは けもの突きを覚えた!

――――――――――カサンドラは ピオラの呪文を覚えた!

――――――――――カサンドラは バギの呪文を覚えた!

――――――――――カサンドラは 黄泉送りを覚えた!

――――――――――カサンドラは マホトーンの呪文を覚えた!

――――――――――カサンドラは ベホイミの呪文を覚えた!

――――――――――カサンドラは ピオリムの呪文を覚えた!

――――――――――カサンドラは マホカトールの呪文を覚えた!

――――――――――カサンドラは ディバインスペルの呪文を覚えた!

――――――――――カサンドラは キアリクの呪文を覚えた!

――――――――――カサンドラは、レベル21に あがった!

 

 

 

【ダフネ・ラウロス Lv.3(レベル20→21) 称号:『月桂の遁走者(ラウルス・フーガ)

 HP:179 MP:64 ちから:67 みのまもり:29 すばやさ:61 きようさ:47 こうげき魔力:53 かいふく魔力:80 みりょく:86

《魔法》

 【ラウミュール】【ピオラ】【ピオリム】【ボミエ】【ボミオス】【ザメハ】【バイシオン】【リホイミ】【バギ】

《技能》

 【火ふき芸】【ツッコミ】【らせん打ち】【スパークショット】【愛のムチ】【スリープダガー】

《発展アビリティ》

 【耐異常:I→H】

《スキル》

鉛矢受難(エリオス・バスシオン)】【月桂輪廻(ラウルス・リース)】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)

《次のレベルまで:6596》 】

【そうび みぎて『女王のムチ』 ひだりて『ソードブレイカー』 あたま『プラチナヘッド』 からだ『プリンスコート』 アクセ1『おしゃれなベルト』 アクセ2 『ハンサムスカーフ』 】

 

【カサンドラ・イリオン Lv.3(レベル20→21) 称号:『悲観者(ミラビリス)

 HP:128 MP:99 ちから:43 みのまもり:21 すばやさ:49 きようさ:55 こうげき魔力:0 かいふく魔力:92 みりょく:60

《魔法》

 【ソールライト】【キュア・エフィアルティス】【ホイミ】【ベホイミ】【スカラ】【キアリー】【キアリク】【マヌーサ】【ピオラ】【ピオリム】【バギ】【マホトーン】【マホカトール】【ディバインスペル】

《技能》

 【けもの突き】【黄泉送り】

《発展アビリティ》

 【治療:I→H】

《スキル》

 【謳え悲劇世界の女王(ファイブ・ディメンション・トロイア)】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)

《次のレベルまで:6910》 】

【そうび みぎて『神聖のクリスタルロッド』 あたま『ぎんのかみかざり』 からだ『プリンセスローブ』 アクセ1『あみタイつ』 アクセ2『しんごんのじゅず』 】

 

 




はい、ミナデインもギガバーストも本来ならギガデインが使えないので使えませんが特殊な状況ということで。

ダフネ・ラウロス=シルビア
カサンドラ・イリオン=セーニャ というステータスになっております。
以下、それ以外のメンバーの更新です。




――――――――――アルスは レベル36に あがった!
――――――――――アルスは ラリホーマの呪文を覚えた!
――――――――――アルスは ベギラゴンの呪文を覚えた!
――――――――――アルスは メラゾーマの呪文を覚えた!

――――――――――ベルは レベル36に あがった!
――――――――――ベルは アサシンアタックを覚えた!
――――――――――ベルは シャインスコールを覚えた!
――――――――――ベルは シャドーステップを覚えた!

――――――――――リリルカは レベル36に あがった!
――――――――――リリルカは ヘナトスの呪文を覚えた!
――――――――――リリルカは 魔力の息吹を覚えた!

――――――――――ヴェルフは レベル32に あがった!
――――――――――ヴェルフは モシャスの呪文を覚えた!
――――――――――ヴェルフは うけながしのかまえを覚えた!
――――――――――ヴェルフは まじん斬りを覚えた!
――――――――――ヴェルフは 鉄甲斬を覚えた!
――――――――――ヴェルフは すてみを覚えた!
――――――――――ヴェルフは はやぶさ斬りを覚えた!



【アルス・クラネル Lv.4(レベル35→36) 称号:『白兎の剣士(ラビット・ソード)
 HP:292(+105)→301(+105) MP:133→137 ちから:115(+22)→119(+22) みのまもり:49→50 すばやさ:111→114 きようさ:65→67 こうげき魔力:108→112 かいふく魔力:109→113 みりょく:82→85
《魔法》
 【メラ】【メラミ】【メラゾーマ】【ギラ】【ベギラマ】【ベギラゴン】【イオ】【イオラ】【ホイミ 】【ベホイミ】【ベホイム】【ベホマ】【ラリホー】【ラリホーマ】【デイン】【ライデイン】【トヘロス】【ニフラム】【ルーラ】【アストロン】
《技能》
 【かえん斬り】【はやぶさ斬り】【つるぎのまい】【ぶんまわし】【フリーズブレード】【ミラクルソード】【渾身斬り】【全身全霊斬り】【覇王斬】
《スキル》
 【二刀の心得】【メタル斬り】【ドラゴン斬り】【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:13928》】
【そうび みぎて『退魔の太刀』 ひだりて『ライトシールド』 あたま『プラチナヘッド』 からだ『やすらぎのローブ』『ゾンビメイル』 アクセ1 『ようせいの首飾り』 
アクセ2『バトルチョーカー』 】

【ベル・クラネル Lv.4(レベル35→36) 称号:『白兎の脚(ラビット・フット)
 HP:305→314 MP:92→94 ちから:106→110 みのまもり:43→44 すばやさ:134→137 きようさ:121→125 こうげき魔力:115→118 かいふく魔力:0 みりょく:124→127
《魔法》
 【ジバリア】【ジバリカ】【ジバリーナ】【ザメハ】【インパス】【リレミト】
《技能》
 【スリープダガー】【ヴァイパーファング】【バンパイアエッジ】【アサシンアタック】【かえん斬り】【ミラクルソード】【デュアルカッター】【シャインスコール】【ぬすむ】【シャドーステップ】
《スキル》
            【二刀の心得】【スライムブロウ】【メタルウィング】【パワフルスロー】【ヒュプノスハント】【タナトスハント】【メタル斬り】【ドラゴン斬り】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:17113》 】
【そうび みぎて『はやぶさの剣+3』『ソードブレイカー』 ひだりて『はがねのブーメラン』 あたま『大盗賊のターバン』 からだ『プリンスコート』 アクセ1『ぬすっとのグローブ』 アクセ2『はやてのリング+1』 】

【リリルカ・アーデ Lv.4(レベル35→36) 称号:『小さな爆弾娘(リトル・ボマー)
 HP:194→201 MP:202→209 ちから:70→72 みのまもり:35→36 すばやさ:104→107 きようさ:102→105 こうげき魔力:184→188 かいふく魔力:0 みりょく:95→97 
《魔法》
 【シンダーエラ】【メラ】【メラミ】【ギラ】【ベギラマ】【ヒャド】【ヒャダルコ】【イオ】【イオラ】【ルカニ】【ルカナン】【ボミエ】【ボミオス】【マヌーハ】【メタパニ】【マホトラ】【マジックバリア】【マホトーン】【マホカンタ】【バイキルト】【ヘナトス】
《技能》
 【魔封じの杖】【しゅくふくの杖】【暴走魔法陣】【魔結界】【ぶきみなひかり】【魔力の息吹】 
《スキル》
 【縁下力持(アーテル・アシスト)】【悪魔ばらい】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:23810》 】
【そうび みぎて『せいれいの杖』 あたま『マジカルハット』 からだ『プリンセスローブ』 アクセ1『まじょのてぶくろ+3』 アクセ2『破封のネックレス』 】

【ヴェルフ・クロッゾ Lv.3→4(レベル31→32) 称号:『不冷(イグニス)
 HP:328→336 MP:89→92 ちから:115→118 みのまもり:50→52 すばやさ:41→42 きようさ:50→51 こうげき魔力:0 かいふく魔力:99→103 みりょく:124→128
《魔法》
 【ウィル・オ・ウィスプ】【ホイミ】【ベホイミ】【スカラ】【モシャス】
《技能》
 【シールドアタック】【まもりのたて】【かぶと割り】【蒼天魔斬】【まじん斬り】【鉄甲斬】【無心こうげき】【すてみ】【はやぶさ斬り】
《発展アビリティ》
 【鍛冶:H→G】
《スキル》
 【魔剣血統】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:-358》 】
【そうび みぎて『たつじんのオノ』 ひだりて『ドラゴンシールド』 あたま『プラチナヘッド』 からだ『やすらぎのローブ』『シルバーメイル』 アクセ1『ようせいの首飾り』 アクセ2 『命のゆびわ』 】


ヴェルフのモシャスは本作独自です。


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第62話 隠れて着替えているところを覗こうとしてた



アニメ第1期OVAであった温泉編です、一応




 

 

 

 

 

 18階層での変事を終え、ステータス更新を行ったヘスティア・タケミカヅチ・ヘルメスファミリア一行は、最もLv.の低いヒタチ・千草の足に合わせて疾走していた。

 

「いやぁ、大激戦だったね。本当はもう少し18階層で休みたかったが、俺とヘスティアがいる以上はそうもいかないからな」

「だから、あの階層主(漆黒のゴライアス)のようなモンスターを出現させない為にも急いで地上に戻るんだろ」

「分かっている。分かってはいるんだ、ヘスティア。ただ――」

 

 直ぐ近くにあるヘスティアの方を見たヘルメスの視界が激しく上下に揺れる。

 

神々(俺達)を荷物扱いしてまで急ぐ必要はないんじゃないか?」

 

 ヘスティアもまた上下に揺れており、その体を支えながら走っているのはベル・クラネル。

 

「ボクは別に構わないけどね。なんたってボクを背負ってくれてるのはベル君なんだから」

 

 ベルに背負ってもらっているヘスティアは得意気な笑みを浮かべて自慢する。

 ドヤ顔するヘスティアに、しょんもりとしたヘルメスは自身を背負ってくれているヴェルフ・クロッゾが被っている『プラチナヘッド』越しに先を走っているアスフィ・アル・アンドロメダを見る。

 

「俺もアスフィに背負ってもらいたかった」

「すみませんね、背負ってるのが俺で」

 

 ヴェルフが皮肉気に『プラチナヘッド』越しにくぐもった声で話し、二人の話が聞こえたアスフィが顔だけ振り返る。

 

「これは罰です、ヘルメス様。精々、痛い目を見て下さい」

 

 ふん、と鼻息を漏らして、また前に向き直ったアスフィ。

 自身の味方してくれる者がいないと悟ったヘルメス。割とやらかした自覚もあったので、下手をすればダンジョンに置き去りにされかねないと思ったヘルメスは必死に弁解の思考を回す。

 

「ヴェルフ君が悪いわけじゃないんだ。ただ、正直に言うと鎧がゴツゴツしてて振動の度に当たって痛い。物凄く痛い。18階層から15階層までノンストップなんだ。罰だとしても、俺も千草ちゃん達もそろそろ限界だよ」

 

 ヴェルフも出来るだけ振動が無いように走ってくれてはいるが完璧ではない。纏っている『シルバーメイル』が防具として硬いこともあって、旅慣れていても一般人と変わらない肉体強度しかないヘルメスも限界だった。

 限界なのが自分だけではなく、Lv.1で最もステータスが低いヒタチ・千草が大きく息を乱しているのを材料に上げる強かさはまだまだあった。

 

「そうですね。確かにこのペースはLv.2や、ましてやLv.1では厳しいものがあるでしょう」

 

 こうして話している間も走り続けており、ヘルメスの言う通り最後尾を走る千草の様子に限界が近いことを、背後を振り返って確認したリリルカ・アーデも認める。

 

「15階層も半ばまで来ましたし、そろそろ休憩しましょうか」

 

 16、17階層で立ち塞がったモンスター達を鎧袖一触で圧殺し、左程時間もかからず15階層に到達して暫く経っている。14階層は海のエリアで休憩(レスト)には向かないので、体力を回復するタイミングとしては悪くない。

 

「ありがとう、皆! ありがとう、リリちゃん! 今度デートして上げるからね!」

「謹んでお断りさせてもらいます」

「あらら、断られちゃった。慰めて、アスフィ」

「私もお断りさせてもらいます」

 

 一行がそんな話をしながら足を止めた直後、まるで待ち伏せしていたかのように多数のモンスターが現れた。

 

――――――――――まもののむれが あらわれた!

 

 『オコボルト』『メイジキメラ』『タップデビル』『トマトマーレ』『イビルビースト』『アンデッドマン』『ごろつき』『オーク』『ストーンマン』の合計9体。

 中々に多いモンスターの数に、ベルとヴェルフが神を背負っているので、珍しく最前衛を任されたダフネ・ラウロスが素早く『女王のムチ』を抜き放つ。

 

「やぁーっ!」

 

――――――――――ダフネは らせん打ちを はなった!

――――――――――トマトマーレに ダメージ!

――――――――――トマトマーレを たおした!

 

 鞭をただ振るうのではなく、螺旋を描いた軌跡で放たれた鞭打は飛んでいた『トマトマーレ』を打ち据えて倒した。

 仲間を倒され、空を飛べる『メイジキメラ』が勢い急きんで向かってくるのを見たリリルカ・アーデが『せいれいの杖』を振るう。

 

「ボミオス!」

 

――――――――――リリルカは ボミオスを となえた!

――――――――――まもののむれの すばやさが すこし さがった!

 

 『せいれいの杖』から放たれた黄色い光が突出しかけた『メイジキメラ』を筆頭にモンスター全てに纏わりつき、目に見えて足取りが遅くなった。

 リリルカの前に躍り出たアルス・クラネルが天に差し上げられた両手に無数の煌めきが集まり、やがて一点へと渦巻いていく。

 

「ベギラゴン」

 

――――――――――アルスは ベギラゴンを となえた!

 

 集中した煌めきが一気に膨れ上がり、左右に開かれた腕の動きに従って半円上の軌跡を描き、体の前で再び寄せられた手に合わせて集積する。

 凄まじい奔流となって撃ち放たれた。

 扇状の軌跡から閃光が迸り、空気と入り混じって燃え上がった。超高温の熱風にモンスター達が薙ぎ倒されていく。

 

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――ストーンマンを たおした!

――――――――――オークを たおした!

――――――――――ごろつきを たおした!

――――――――――アンデットマンを たおした!

――――――――――イビルビーストを たおした!

――――――――――メイジキメラを たおした!

 

 熱風はモンスターを区別なく薙ぎ払ったが、巨体の『ストーンマン』や『オーク』、『ごろつき』の後ろにいたことで直撃を免れた『オコボルト』と『タップデビル』だけが生き残った。それでも瀕死の体になった二体に、前に出たカサンドラ・イリオンが横に並んだダフネと目を合わせる。

 

「「バギ!」」

 

――――――――――カサンドラとダフネは 同時に バギを となえた!

 

 二人から放たれた突風が、吹き抜けるような音と共に小さな竜巻を作り出す。

 二つの竜巻から旋風の刃が吹き荒れ、傷だらけだった『オコボルト』と『タップデビル』の全身に無数の細かな傷を作る。

 

――――――――――まもののむれに ダメージ!

――――――――――まもののむれを やっつけた!

――――――――――アルスたちは 1101ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――まもののむれは 魔石を 落としていった!

――――――――――ごろつきは レザーマントを 落としていった!

――――――――――ストーンマンは かがみ石を 落としていった!

 

 アルスがドロップアイテムと魔石を回収している間、戦闘音に引かれてモンスターが寄ってくることも多く、ダフネが周辺を警戒している間にベルとヴェルフの背から降りる神二柱の近くで千草が地面にへたり込んでいた。

 

「大丈夫ですか、千草殿?」

 

 Lv.2な分、千草よりかは余裕があるヤマト・命が心配げに話しかける。

 

「だ、大丈夫……」

 

 顔も上げるのがやっとという様子の千草にカシマ・桜花は決断した。

 

「もう少し速度を緩めてもらえるよう、駄目元だが進言してみよう。最悪、俺か命で背負って――」

「駄目。桜花も私を背負えるほどの余裕はないよね。それにこれ以上、あの人達に迷惑をかけられない。私は大丈夫だから」

「でも、千草殿……」

 

 どちらかといえば命の方が余裕はあるが桜花とは五十歩百歩のレベル。

 強がる千草を翻意させる材料がなく二人が困ったように顔を見合わせていると、ヘルメスを下ろして清々していたヴェルフが三人に近寄る。

 

「おい、大男」

「鍛冶師?」

「三人ともコレを装備しろ」

 

 ヴェルフは言いながら掌に持っていた三つの指輪を桜花に向かって差し出す。

 

「これは、指輪?」

 

 取り敢えず受け取った桜花は小さな鳥のような装飾が施された指輪に首を捻る。

 

「『すばやさ』が上がる『はやてのリング』だ。これを装備をすれば少しは楽になるだろう」

「…………いいのか?」

 

 速度の限界域が上がれば今ほどには苦しくなくなる。正しく喉から手が出るほど欲しいアイテムを渡してくれたヴェルフの顔を見上げた。

 肩を竦めたヴェルフは桜花に背を向ける。

 

「構わんさ。俺達の都合で無理させてるんだ。けど、貸すだけだからな。地上に上がったらちゃんと返せよ」

「分かった。有難く使わせてもらう」

 

 背中を向けているヴェルフには見えないが小さく頭を下げた桜花から千草と命に『はやてのリング』が渡る。

 横になって唸っているヘルメスを放っておいて、その様子を見ていたヘスティアは内心、ヴェルフを褒めてあげたい気持ちで一杯だった。

 ベル成分を補充して精神が疲れている肉体を凌駕していたヘスティアは、無意識に体を休ませようと背後にあった壁に凭れようとした。

 

「おわぁっ!?」

 

 凭れかかった壁はヘスティアの体重を支え切れずに砂となって崩れ落ち、そのまま頭を傾いた地面に打ち付ける。

 

「神様!?」

 

 誰も気にしてもらえないヘルメスの介抱をしていたベルはヘスティアの悲鳴に慌てて駆けつける。

 

「痛つつ、何なんだい一体?」

 

 打った後頭部を抑えながらベルに支えられながら起き上がったヘスティアの背後の壁の一部が砂となって無くなっていた。

 砂に塗れたヘスティアがその場から退くと、凭れかかった壁は人一人分がやっと通れるほどの穴が開いていて、その先には下り坂になっている一本道が伸びていた。

 

「これは――」

「――――未開拓領域」

 

 穴を覗き込んだアスフィの言葉を、同行はしているがほぼ無言を通している緑のローブの人物が引き継ぐ。

 背が低いので後ろから穴を覗き込んだリリルカが緑のローブを纏って人相が分かり難いリュー・リオンの顔を見上げる。

 

「未開拓って、この先はまだマッピングされていない場所ですか?」

「ええ、間違いないでしょう。私の記憶でも、この階層にこんな地形は無かったはずです」

 

 リリルカの疑問は、リューではなくアスフィが答えた。

 

「縦穴なら真下に伸びるので構造も違います」

「ということは新発見ってことか」

 

 一度周辺の警戒を行っているダフネに目をやったアスフィは腕を組んで感心している様子のヴェルフに頷く。

 

「でも、今は地上戻ることを優先しないと」

「クンクン、はっ!?」

 

 未開拓領域を発見したことは重要なことではあるが、今は地上への帰還を優先すべきという意志をベル達が目で確認し合っていると、穴の方を覗き込んだ命が漂ってくる微かな匂いに目を見張った。

 

「この硫黄が混じった匂い…………まさか!?」

 

 覚えのある匂いに命は一人で下り坂の穴に身を躍らせた。それに慌てたのは同じタケミカヅチファミリアの二人だった。

 

「み、命!?」

「一人じゃ危ないですよ!」

 

 真っ先に動いた桜花を筆頭に、ベル達も命の後を追って穴に飛び込む。

 穴はそこまで深くなかった。神達はともかく、冒険者の感覚で言えばあっという間に下り坂が終わり、平地に出た。

 開けた平地には所々にクリスタルと竹の葉が生え、小さな池溜まりほどの大きさの水面からは湯気が上がっている。この空間自体に漂う硫黄の混じった匂いと先程までとは違う湿った空気が、目の前に広がるのが水ではなくお湯であることを示していた。

 モンスターの気配が感じられないので、ベルに付き添われながら水面に近づいたヘスティアが手をお湯に差し入れる。

 

「温かい水…………もしかして温泉かい?」

「温泉って、ダンジョンの中に?」

 

 18階層のように湧き出した水が溜まって池のようになっているならばともかく、ダンジョンの中で温泉があることにベルとヘスティアは顔を見合わせる。

 

「はい、間違いなく温泉です。自分、温泉のことだけは自信があるんです!」

「他には特に何もないようです」

「モンスターの気配もありませんね。ここはダンジョンが作った癒しの空間ということなのでしょう」

 

 頬を染めて両手を上げながら見悶える命の後ろの方から、陸地を一通り見回ってきたリューとアスフィがやってきた。

 

「成程、少しはのんびりできるというわけか。助かるな」

 

 休憩(レスト)するにしても、最低限お湯に足をつけるだけでも回復度が全然違う。桜花が肩を撫で下ろしていると、命が水面に顔を突っ込んでお湯をゴクゴクと音を立てて直飲みしていた。

 

「温泉を飲むって……」

 

 ダンジョンで摂取して飲み食いする場合、安全が確認されている物か、飲料水にするにしても最低限煮沸してから飲む。安全性を確認せずに直飲みしている命にダフネが思いっきり引いていた。

 

「ど、どうだった命?」

「湯加減、塩加減、申し分なし! 最高の逸品です。ぜひ入っていきましょう!」

 

 千草に尋ねられた命が割とイッちゃってる目で答えるのを見て、なんだかなと思いつつもリリルカは奇しくも安全性は証明されたので割と前向きだった。

 

「結局、18階層でも全然リフレッシュが出来ず、疲れも溜まる一方ですし」

「うん、諸君ここはひとつ、温泉リゾートとしゃれ込もうじゃないか!」

「「「「おお!!」」」」

 

 実はあまり疲れてはいないが、ベルと楽しい思い出を作りたいヘスティアの提案に上がる合いの手が四つ。

 千草、命、リリルカ――――そしてヘルメス。

 何時の間にか復活していたヘルメスに、疑念の目が向けられる。

 

「うん、なんだい?」

「なんだじゃありません。水浴びを覗こうとしたことを忘れたのですか」

 

 そんな目を向けられる自覚がなかったヘルメスが本気で分かっていなかった様子だったので、アスフィが口元を手で隠しながらこっそりと教える。

 

「ああ、あれね。実際、覗けていないわけだし、罰は受けたんだから水に流してくれない?」

「それは加害者が言っていいセリフではありません」

 

 水に流すかどうかは被害者側が決めることであって、断じてヘルメスが提案するべきことではない。頭が痛いとばかりに手で抑えるアスフィ。

 

「とにかく、ボクらはヘルメスがいるんじゃ安心して入れないよ」

「温泉は惜しいですけど」

「そんな~」

「まあまあ、今は地上に戻ることを優先して、また来ればいいんじゃない?」

「私達のファミリアでは15階層に直ぐには来れませんよぉ~」

 

 温泉に入る口実が無くなりそうな命はダフネの提案に萎れる。

 タケミカヅチファミリアは14階層で半ば挫折したような状況なのに、15階層までやってきて余裕を持って温泉に入れるまでになるのに果たしてどれだけの時間を要するか。少なくとも今直ぐ入りたい命は、未だにどちらにも意見を出していないカサンドラを縋るような目でを見上げる。

 

「わ、私も早く地上に戻った方が良いかなぁと」

 

 カサンドラも前科のあるヘルメスがいるのと、今日は何の心配もなくベッドで休みたいので早く地上に戻りたい派だったので、気まずそうに命から顔を逸らす。

 

「あうあう~」

 

 順に面々を見ていくも今すぐ温泉入りたい派は圧倒的少数。情勢は命に圧倒的に不利だった。

 そんな中、アルスの姿が見えないことに気づいて辺りをキョロキョロとしていたリューは命に縋るような目で見られ、嘗ての仲間に言われことを思い出す。

 

「水着を着ればいい。水着を着れば混浴し放題です」

「それ、名案です!」

 

 新たな案が出たことで、今すぐ温泉に入りたい派が波に乗る。

 

「でも、水着なんてどこに」

 

 差し当たっての問題として、混浴云々も水着が無ければ何も始まらない。顎に手を当てたヘスティアの言葉に、ヘルメスの目がキランと光った。

 

「こんなこともあろうかと!」

「きゃーっ!?」

 

 ヘルメスがアスフィが纏っている白いローブをバッと捲る。

 ローブの中には色とりどりの水着が縫い付けられており、ローブを捲る勢いでスカートまで捲りあがりそうになったアスフィが悲鳴を上げながら抑える。

 

「全員分用意してあるのさ!」

 

 白い歯をキラリンとさせたヘルメスにアスフィの無慈悲な拳が放たれた! 

 

「水着は俺が見立てた特別品だ。遠慮はいらない。貰ってくれよ」

 

 アスフィによってボコボコにされたヘルメスから差し出された水着を各自が順に受け取っていく。

 

「まったく、いつのまに」

「どうして私達のサイズを……?」

「良いでありませんか。温泉に入れるのですから」

 

 サイズが合いそうなのを渡され、何時の間に計測されていたのかと千草が震撼している横で、完全に温泉に入れる流れになって命はウキウキだった。

 

「じゃあ、命ちゃんも」

 

 ダフネにはスポーティーな水着を、カサンドラには豊満なスタイルを活かす黒ビキニを渡してハワハワとさせ、最後に命にも生真面目さには似合わぬ不埒な体のラインを目立たせる水着を渡そうとして手で止められた。

 

「私は結構です。お気持ちは大変有り難いのですが、入浴の神髄は全裸にあり。今回は諸般の事情により、止む無く全裸は断念しますが温泉に入るにはそれなりの作法があるのです」

「お、あ、そう……」

「というわけで、アルス殿! バスタオルを出して頂けませんか!」

 

 バスタオルを体で巻くのも水着を着るのも大した違いはないような気がするヘルメスが振り返ってアルスの姿を探す。

 

「あれ、アルス君は?」

「リュー様とアスフィ様とは別方向に行ったまま帰って来てません」

 

→呼んだ?

  帰って来てます

 

 ジャブジャブと温泉を掻き分けてアルスが空間奥から戻ってきた。

 

「随分と遅かったね」

 

→奥にドラゴンの集団がいて戦ってた

  隠れて着替えているところを覗こうとしてた

 

「ドラゴンっ!?」

 

――――――――――アルスたちは 1312ポイントの経験値を かくとく!

――――――――――ドラゴンたちは 魔石を 落としていった!

――――――――――ドラゴンたちは ドラゴンのツノを 落としていった!

 

「あ、奥の方からお湯の色が変わってきてます」

 

 アルスが来た方向を見たカサンドラの言う通り、奥の方から温泉の色が赤いインクを垂れ流しているように徐々に赤く染まっていく、

 

「お~、温泉が真っ赤に。もしかしてドラゴンの血かい?」

 

 やがて赤が温泉全てに広まり、気持ち悪がったアルスも地上に上がる。

 

「ヘルメス様、また何かやらしかしたんですか?」

「言いがかりさ。俺は今回の件に関しては無関係だ」

 

 前歴のあるヘルメスが眷属であるアスフィに疑われたが、今回は冤罪だと両手を上げてアピールする。

 

「確かにこれは神ヘルメスの悪戯とは思えない。となるとアルスさんの言うことは正しいということになる」

 

 リューが話を纏めた時点で、もう完全に温泉に入れる空気ではなくなっていた。

 

「装備がない状態で『ドラゴン』に襲われるなんて考えたくもないな」

 

 『ドラゴン』は種族特性として硬い鱗を持っており、高い攻撃力も有しているので武器防具がない状態で戦うことになった時を想像してヴェルフはブルりと体を震わせる。

 

「もしかして、この温泉全体がモンスターの罠とかかな」

「可能性として十分に有り得ますね」

 

 ポロリと零したベルの呟きが的を射ていると、前向きに温泉に入る気になっていたリリルカは重く頷く。

 

「案外、これまでここを発見した冒険者は皆、装備を脱いで温泉に浸かって無防備になったところを『ドラゴン』の餌食になったのかも」

「道理でマッピングされていないはずです」

「帰ったらギルドに報告しないといけませんね」

 

 ダフネの仮説が正解に近いと感じ取ったリュー。またギルドに報告することが増えて頭が痛い様子のリリルカに、流石に命も真っ赤に染まった温泉に入りたいと言えるはずもなかった。

 

「申し訳ありません。自分が温泉に目が眩んだばかりに」

「気にすることはないさ」

「みんな無事ならそれでいいですよ」

「温泉とまではいかなくても、うちの新ホームの檜風呂に入ればいいさ!」

「では、そろそろ出発しましょうか」

 

 結局、温泉に入ることなく、一行は地上を目指した。

 その後は特に特筆するようなことは起こらず、地上に戻れたのは完全に日が落ちてから暫く経ってからのことだった。

 

 

 

 

 






――――――――――ヴェルフは レベル33に あがった!

――――――――――ダフネは レベル22に あがった!
――――――――――ダフネは キアリクの呪文を覚えた!

――――――――――カサンドラは レベル22に あがった!

【ヴェルフ・クロッゾ Lv.4(レベル32→33) 称号:『不冷(イグニス)
 HP:336→344 MP:92→95 ちから:118→122 みのまもり:52→54 すばやさ:42→46 きようさ:51→52 こうげき魔力:0 かいふく魔力:103→107 みりょく:128→132
《魔法》
 【ウィル・オ・ウィスプ】【ホイミ】【ベホイミ】【スカラ】【モシャス】
《技能》
 【シールドアタック】【まもりのたて】【かぶと割り】【蒼天魔斬】【まじん斬り】【鉄甲斬】【無心こうげき】【すてみ】【はやぶさ斬り】
《発展アビリティ》
 【鍛冶:G】
《スキル》
 【魔剣血統】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:11454》 】
【そうび みぎて『たつじんのオノ』 ひだりて『ドラゴンシールド』 あたま『プラチナヘッド』 からだ『やすらぎのローブ』『シルバーメイル』 アクセ1『ようせいの首飾り』 アクセ2 『命のゆびわ』 】

【ダフネ・ラウロス Lv.3(レベル21→22) 称号:『月桂の遁走者(ラウルス・フーガ)
 HP:179→189 MP:64→67 ちから:67→70 みのまもり:29→31 すばやさ:61→64 きようさ:47→49 こうげき魔力:53→55 かいふく魔力:80→84 みりょく:86→90
《魔法》
 【ラウミュール】【ピオラ】【ピオリム】【ボミエ】【ボミオス】【ザメハ】【バイシオン】【リホイミ】【バギ】
《技能》
 【火ふき芸】【ツッコミ】【らせん打ち】【スパークショット】【愛のムチ】【スリープダガー】
《発展アビリティ》
 【耐異常:H】
《スキル》
鉛矢受難(エリオス・バスシオン)】【月桂輪廻(ラウルス・リース)】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:1648》 】
【そうび みぎて『女王のムチ』 ひだりて『ソードブレイカー』 あたま『プラチナヘッド』 からだ『プリンスコート』 アクセ1『おしゃれなベルト』 アクセ2 『ハンサムスカーフ』 】

【カサンドラ・イリオン Lv.3(レベル21→22) 称号:『悲観者(ミラビリス)
 HP:128→137 MP:99→104 ちから:43→46 みのまもり:21→23 すばやさ:49→51 きようさ:55→58 こうげき魔力:0 かいふく魔力:92→96 みりょく:60→63
《魔法》
 【ソールライト】【キュア・エフィアルティス】【ホイミ】【ベホイミ】【スカラ】【キアリー】【キアリク】【マヌーサ】【ピオラ】【ピオリム】【バギ】【マホトーン】【マホカトール】【ディバインスペル】
《技能》
 【けもの突き】【黄泉送り】
《発展アビリティ》
 【治療:H】
《スキル》
 【謳え悲劇世界の女王(ファイブ・ディメンション・トロイア)】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:2308》 】
【そうび みぎて『神聖のクリスタルロッド』 あたま『ぎんのかみかざり』 からだ『プリンセスローブ』 アクセ1『あみタイつ』 アクセ2『しんごんのじゅず』 】




はい、これにて第四章は終了です。
第五章は鋭意製作中ですのでお待ち下さい。
では以下、第四章終了時点でのステータスになります。以前の章同様に備考部分は作中ステータスには出ない部分です。




【アルス・クラネル Lv.4(レベル36) 称号:『白兎の剣士(ラビット・ソード)
 HP:301(+105) MP:137 ちから:119(+22) みのまもり:50 すばやさ:114 きようさ:67 こうげき魔力:112 かいふく魔力:113 みりょく:85
《魔法》
 【メラ】【メラミ】【メラゾーマ】【ギラ】【ベギラマ】【ベギラゴン】【イオ】【イオラ】【ホイミ 】【ベホイミ】【ベホイム】【ベホマ】【ラリホー】【ラリホーマ】【デイン】【ライデイン】【トヘロス】【ニフラム】【ルーラ】【アストロン】
《技能》
 【かえん斬り】【はやぶさ斬り】【つるぎのまい】【ぶんまわし】【フリーズブレード】【ミラクルソード】【渾身斬り】【全身全霊斬り】【覇王斬】
《スキル》
 【二刀の心得】【メタル斬り】【ドラゴン斬り】【聖竜の祝福(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:1724》】
【そうび みぎて『退魔の太刀』 ひだりて『ライトシールド』 あたま『プラチナヘッド』 からだ『やすらぎのローブ』『ゾンビメイル』 アクセ1 『ようせいの首飾り』 
アクセ2『バトルチョーカー』 】

備考
片手剣装備時
 ソードガード(3回に1回以上の割合で武器ガード率アップ)
 装備時攻撃力+3、装備時攻撃力+6、装備時攻撃力+10
 装備時会心率+2%
両手剣装備時
 ブレードガード(3回に1回以上の割合で武器ガード率アップ)
 装備時攻撃力+5、装備時攻撃力+10、装備時攻撃力+15
 装備時会心率+2%、装備時会心率+3%
剣神
 ガードカウンター(ガード成立時にカウンターができるようになる)、常時会心率+3%、常時ちから+25
勇者
 常時きようさ+10、常時すばやさ+10、常時ちから+10、常時ちから+15、常時ちから+25、常時身のまもり+10、常時攻撃魔力+5、常時魅力+40



【ベル・クラネル Lv.4(レベル36) 称号:『白兎の脚(ラビット・フット)
 HP:314 MP:94 ちから:110 みのまもり:44 すばやさ:137 きようさ:125 こうげき魔力:118 かいふく魔力:0 みりょく:127
《魔法》
 【ジバリア】【ジバリカ】【ジバリーナ】【ザメハ】【インパス】
《技能》
 【スリープダガー】【ヴァイパーファング】【バンパイアエッジ】【アサシンアタック】【かえん斬り】【ミラクルソード】【デュアルカッター】【シャインスコール】【ぬすむ】【シャドーステップ】
《スキル》
            【二刀の心得】【スライムブロウ】【メタルウィング】【パワフルスロー】【ヒュプノスハント】【タナトスハント】【メタル斬り】【ドラゴン斬り】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:4909》 】
【そうび みぎて『はやぶさの剣+3』『ソードブレイカー』 ひだりて『はがねのブーメラン』 あたま『大盗賊のターバン』 からだ『プリンスコート』 アクセ1『ぬすっとのグローブ』 アクセ2『はやてのリング+1』 】

備考
短剣装備時
 装備時攻撃力+3、装備時攻撃力+30
 装備時会心率+2%、装備時会心率+4%
 常時身かわし率+3%
ブーメラン装備時
 装備時命中率+5%、装備時命中率+5%
 装備時攻撃力+5、装備時攻撃力+10
片手剣装備時
 ソードガード(3回に1回以上の割合で武器ガード率アップ)
 装備時攻撃力+10、装備時攻撃力+20、装備時攻撃力+25、装備時攻撃力+30
 装備時会心率+2%
盗賊
 常時きようさ+10、常時きようさ+30
 常時すばやさ+10、常時すばやさ+30
 常時身かわし率+2%



【リリルカ・アーデ Lv.4(レベル36) 称号:『小さな爆弾娘(リトル・ボマー)
 HP:201 MP:209 ちから:72 みのまもり:36 すばやさ:107 きようさ:105 こうげき魔力:188 かいふく魔力:0 みりょく:97 
《魔法》
 【シンダーエラ】【メラ】【メラミ】【ギラ】【ベギラマ】【ヒャド】【ヒャダルコ】【イオ】【イオラ】【ルカニ】【ルカナン】【ボミエ】【ボミオス】【マヌーハ】【メタパニ】【マホトラ】【マジックバリア】【マホトーン】【マホカンタ】【バイキルト】【ヘナトス】
《技能》
 【魔封じの杖】【しゅくふくの杖】【暴走魔法陣】【魔結界】【ぶきみなひかり】【魔力の息吹】 
《スキル》
 【縁下力持(アーテル・アシスト)】【悪魔ばらい】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:11606》 】
【そうび みぎて『せいれいの杖』 あたま『マジカルハット』 からだ『プリンセスローブ』 アクセ1『まじょのてぶくろ+3』 アクセ2『破封のネックレス』 】

備考
両手杖装備時
 装備時MP吸収率+2%、装備時MP吸収率+4%
 戦闘勝利時MP小回復、戦闘勝利時MP中回復
 装備時攻撃魔力+10、装備時攻撃魔力+20、装備時攻撃魔力+30
 装備時最大MP+10、装備時最大MP+20
まどうしょ
 常時攻撃魔力+10、常時最大MP+10、氷・風耐性+20%アップ、炎・土耐性+20%アップ



【ヴェルフ・クロッゾ Lv.4(レベル33) 称号:『不冷(イグニス)
 HP:344 MP:95 ちから:122 みのまもり:54 すばやさ:46 きようさ:52 こうげき魔力:0 かいふく魔力:107 みりょく:132
《魔法》
 【ウィル・オ・ウィスプ】【ホイミ】【ベホイミ】【スカラ】【モシャス】
《技能》
 【シールドアタック】【まもりのたて】【かぶと割り】【蒼天魔斬】【まじん斬り】【鉄甲斬】【無心こうげき】【すてみ】【はやぶさ斬り】
《発展アビリティ》
 【鍛冶:G】
《スキル》
 【魔剣血統】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:11454》 】
【そうび みぎて『たつじんのオノ』 ひだりて『ドラゴンシールド』 あたま『プラチナヘッド』 からだ『やすらぎのローブ』『シルバーメイル』 アクセ1『ようせいの首飾り』 アクセ2 『命のゆびわ』 】

備考
盾装備時
 装備時盾ガード率+2%
 盾装備時守備力+10、装備時守備力+30
斧装備時
 斧装備時攻撃力+5、装備時攻撃力+10
盾装備時盾ガード率+4%
えいゆう
 常時みのまもり+20、常時ちから+20



【ダフネ・ラウロス Lv.3(レベル22) 称号:『月桂の遁走者(ラウルス・フーガ)
 HP:189 MP:67 ちから:70 みのまもり:31 すばやさ:64 きようさ:49 こうげき魔力:55 かいふく魔力:84 みりょく:90
《魔法》
 【ラウミュール】【ピオラ】【ピオリム】【ボミエ】【ボミオス】【ザメハ】【バイシオン】【リホイミ】【バギ】
《技能》
 【火ふき芸】【ツッコミ】【らせん打ち】【スパークショット】【愛のムチ】【スリープダガー】
《発展アビリティ》
 【耐異常:H】
《スキル》
鉛矢受難(エリオス・バスシオン)】【月桂輪廻(ラウルス・リース)】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:1648》 】
【そうび みぎて『女王のムチ』 ひだりて『ソードブレイカー』 あたま『プラチナヘッド』 からだ『プリンスコート』 アクセ1『おしゃれなベルト』 アクセ2 『ハンサムスカーフ』 】

備考
短剣装備時
 装備時攻撃力+5、装備時攻撃力+10、装備時会心率+2%
鞭装備時
 装備時攻撃力+5、鞭装備時攻撃力+10



【カサンドラ・イリオン Lv.3(レベル22) 称号:『悲観者(ミラビリス)
 HP:137 MP:104 ちから:46 みのまもり:23 すばやさ:51 きようさ:58 こうげき魔力:0 かいふく魔力:96 みりょく:63
《魔法》
 【ソールライト】【キュア・エフィアルティス】【ホイミ】【ベホイミ】【スカラ】【キアリー】【キアリク】【マヌーサ】【ピオラ】【ピオリム】【バギ】【マホトーン】【マホカトール】【ディバインスペル】
《技能》
 【けもの突き】【黄泉送り】
《発展アビリティ》
 【治療:H】
《スキル》
 【謳え悲劇世界の女王(ファイブ・ディメンション・トロイア)】【聖竜の祝福を受けし者の加護(ドラゴンクエスト)
《次のレベルまで:2308》 】
【そうび みぎて『神聖のクリスタルロッド』 あたま『ぎんのかみかざり』 からだ『プリンセスローブ』 アクセ1『あみタイつ』 アクセ2『しんごんのじゅず』 】

備考
ステッキ装備時
 MP吸収率+2%、回復魔力+10、戦闘勝利時MP小回復
槍装備時
 武器ガード率+4%、かいしん率+2%


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