天地無用!~いつまでも少年の物語~。 (かずき屋)
しおりを挟む

もしも正木の村が本当にあったら。

もしも正木の村が現在にあった場合・・・。地方公務員として働いている自分の環境にそういう隠れ里や年齢不詳の人々が暮らしていたら?と言う設定で、ひとりの普通のおっさんが柾木家の面々に会い、巻き込まれて大変なことになっていくというストーリーです。


【妄想シミュレーション一章】

 

始まりの章

 「うっわー、まずい、8時30分だった。」

 がしゃこん、と押したタイムレコーダーの時刻は8時30分だった。見事に遅刻である。

公務員の始業時刻は、8時30分からであるが29分まではセーフで30分はアウトと、先日も総務課の森元女史から詰められたところであった。昨日遅くまで、と言うかほとんど朝まで「北極点のらむらむ動画」というSF小説を読みふけっていたのが敗因である。

 「おはようございます。」

 「おはようございまーす。」

 こうやって、僕の一日は始まる。課長の目が若干怖い。

ま、とりあえず気を取り直して席に着き、業務に使っているパソコンを起動する。県からの補助金申請やらその要綱やらメールは結構来ている。ふむふむ、高齢者の見守り事業やら認知症対策事業で、徘徊認知症高齢者の調査など最近忙しい。しかも生活困窮者対策などの事業も補助金出すからやらない??みたいなメールがわんさか来ている。さすがにうちみたいな小さな町だと人材も多くは割けず、結局僕の場合も仕事は高齢者一般および生活保護関連系の仕事と広範囲に及んでいる。

 そう、僕は、岡山県にある山間の小さな町役場に勤めている。名前は田本一樹(たもと) かずき)。年齢は45歳で独身。身長百七十三センチ、体重は内緒だが100kg近いデブである。目も悪いので眼鏡は必須。趣味はパソコンいじりだったり、オーディオいじりだったり、読書(SFばっかり&トンデモ本)だったりする。我ながら閉じこもり傾向は強いと思う。

 以前からあんまり女性に興味が無く,従って結婚なども自分の生活の視野には無く、この年まで来てしまった。公務員というとお堅い生活をしているイメージがあるようだが、自分も結構職場では浮いた存在であったりする。家族構成は父母と一緒に生活している。容姿は、まあ太っていることが目立つ程度。まじめそうな外観からか、何度かお見合いの話はあったのだがいかんせん女性に興味が無いので立ち消えたり、断られたり(爆)。そういった感じで今までおつきあいの機会は作っていただいても「寿」な話にはつながっていない。

 仕事の内容は福祉課で先に言ったとおり高齢者一般および生活保護系の相談業務やら、介護保険の受付やらである。毎日、様々な相談を受け、今までの知識を総動員しながら(国民健康保険やら後期高齢者医療やら・・・)様々な問題を抱える人の話を聞き取って、様々な行政サービスにつなげる役目である。役場の仕事はもう20年を超えていて中堅どころになってしまっていたりする。

 まあ、結局毎日経済的な困りごと相談やら、はたまたひとり暮らしのご高齢の方々からの介護サービスなどへの相談と、相談者は困っていると一言だが、それを分析して分類/整理して、地域包括支援センターへ話をつないだり、生活保護や、そのほかのサービスを紹介したりしている。その合間で高齢者関連のイベントやら県や国への補助金申請やらの仕事をしている。

 さて、今日は百歳お祝い訪問の準備をしなければならない。百歳を迎えた方に祝い状と祝い金を手渡すイベントだったりする。うちの町の場合、ちゃんと祝い金条例があり、それに従っている。県の方も同様で、県知事名の祝い状および祝い金と町長名の同じ物が渡される。百歳を迎えられる方の家族と連絡を取り、体調を聞き取った上で問題なければ、県知事代理と町長をともない、百歳のお誕生日にその人の自宅や、施設にいらっしゃる方ならそこへ、また入院中なら病院へ出向くのである。

 最近は、高齢の父母などが亡くなったことを隠蔽して、父母の年金の不正受給であるとか、生活保護費の不正受給なども発覚することも多く、県から結構厳しく高齢者の生存確認をせよとの調査が来るのである。いわく、介護サービスの履歴やら後期高齢者医療の病院にかかった履歴などを調べよ、民生委員や地域包括支援センターへも確認し、できれば訪問して確認せよと。

 人口百万人を超えるような都市ならともかく、人口一万数千人規模のこの町だと、人の生死に関わる事柄を長く隠し通せる物では無い。話題に乏しい過疎の町では、隣のおじいちゃんやおばあちゃんの姿を見ないとなると、すぐに話題になり、入院しているならお見舞いに行かないと不義理になる等々、隣近所の「監視網」は手厳しい(笑)のである。

 今回の対象者は、「柾木勝仁」さんだそうである。住民基本台帳で百歳に到達する生年月日を検索するとそう出てきている。すでに岡山県の窓口には連絡済み。生年月日は、あと一ヶ月ほどで百歳に到達する日付である。上司への決裁文書を作成して、自分の職名に決済印を押し回議する。いつもの手順である。

 「田本。この人今回の百歳訪問予定者かなぁ。」

課長が不思議そうな声音で尋ねる。

 「え?住基(住民基本台帳)でそう検索できましたけど?」

 「そうか、県にも報告しているのか?」

 「はい。」

まじまじと名簿を見つめる課長。

 「こんな人いたっけかなぁ。」

 「ええええっっっ!。」

長く役場勤めともなれば、昔から住んでいる人はだいたい知っているはずである。なぜか?昔は、通知書類も郵便代金を節約するために役場職員が配っていたと言うし、毎年、自治会長会や様々な届け出やら、保険等の申請、税務書類の確定申告などがあるはずである。

譲って、会社勤めなどで申告や保険等の縁が無くても、子どもの検診やご自身の検診等何らかの知らせは行って、役場とは何らかの接点はあるはずである。ちなみに、うちの課長定年まであと二年の歳だが、住民課系、税務系、建設産業系と渡り歩いてきているやり手だったりする。しかもすでに四十年ほど勤めている方である。

 「課長、この人知らないんですか?」

 「そうだなぁ、覚えが無い。住所は上竹(かみたけ)地区だから産業課の時によく行ったけどなぁ。」

 「もしかして、住所を現在地においたままで転出しては・・・・・ないようです。」

住民基本台帳の端末を操作しながら答える。特に転出履歴も無く、本籍と同じ住所にお住まいのようである。

 「介護保険の利用履歴は?。」

 「それも・・・・。あれ?、申請もしていない・・・。」

介護保険は、六十五歳以上であれば一号被保険者として資格は自動的にできる。百歳ともなれば何らかのサービス(介護ヘルパーの派遣や、デイ・サービスの利用などなど)の利用履歴があって当然ともいえる。

 「電話番号調べて、連絡してみろ。とにかく確認しないと。」

課長と自分両方の血の気が引いていく音が聞こえるような感じがした。こんな小さな町でマスコミわんさか年金不正受給事件発覚??みたいな見出しが脳内を乱舞する。

 「課長、電話番号はありました。」

 「ちなみに後期高齢者医療の方は?。」

 「そうですね、そっちも聞いてみます。」

ちなみに隣の住民課が主管している。さっそく住基データを課長の許可のもと,コピーして(用が済めばシュレッダー行き)、住民課の白河さんに問い合わせる。

 「白河さん、この人後期高齢者の登録ある?。」

 「あ、はいはい。え~~っと、ちょっと待ってくださいね。」

 さらさらっと細い手がキーボードを走り、後期高齢者システム端末のパスワードを入力してログイン画面そして検索画面に入る。ちなみに、この人三十代前半で既婚子ども二人で整った顔立ちのスレンダー美人。

 「登録は、・・・ありますね、保険証も発行されています。」

 「病院からのレセプトはきてる?」

 さすがに百歳ともなれば、いかに元気な方であろうとも何らかの病院にかかっていて処方箋の発行履歴もあるはず。たとえば血圧の薬だったり、胃薬だったり、腰痛の湿布だったりである。

 「・・・!」

白河さんの目が見開かれる。

 「まったく履歴がありません!。」

 「えええええええっっっ。」

百歳になって全く医療機関にかかっていない???。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの章2

100歳慶祝訪問は、本当にある仕事です。各市町村によって違うとは思いますが、生存確認を含めてお祝い状と祝い金が出ます。こういう、逃げも隠れも出来ないシーンに柾木家はどう対処するのか???。頭の中で妄想していました(爆)。


「あ、でも保険料は特別徴収なので納付済みですね。滞納情報はありません。」

ちなみに特別徴収だと年金が保険料から自動的に社会保険庁で差し引かれ、そうでないと納付書で役場や金融機関で納付になる。

 ということは何らかの年金は受給していると言うこと・・・。

遅くなったが、自分のところの介護保険情報端末を操作すると同様に,特別徴収でしかも滞納情報は無い。

 「おい、税情報はどうだ?」

なんだか嫌な汗が流れている背中を気にする間もなく、顔色の良くない課長が声をかける。

 「・・・はい。調べてきます。」

税務課でも同様に調べてもらうと、毎年確定申告も行われ、かなり低額だが国民年金相当の収入があることになっている。付随して、軽トラックとこの人「柾木勝仁」さん名義の土地の所有もあり、これも滞納情報は無い。税務課(二十年在課)の課長に聞いてみる。

 「う~ん、この人は二月の申告に来たのは見たこと無いなぁ。申告は税務署経由だねぇ。」

ますます持って、雲行きが怪しくなってきている。

 「とりあえず、電話をかけてみます。」

 「うん、そうしてくれ。」

 市外局番をプッシュしなくても電話はかかるご町内。しばらくコールすると「がちゃ」と受話器を取る音が聞こえた。

 「おはようございます、こちら西美那魅町役場福祉課の田本と申します。柾木様のご自宅でしょうか?。」

 「みゃあ、・・・じゃない、はい、そうです。」

小学校か中学校に上がったばかりのような少女の声がした。あれ?この家にこんな子どもいたっけ??。しかもみゃあってなに?

 「・・・ええっと、こちら西美那魅町役場福祉課の田本と申します。柾木勝仁様はご在宅でしょうか?」

 「はい、ちょっとお待ちください。」

電話の受話器に手が被さる気配と、「りょーおー○ちゃん、どこからのでんわぁ?。」というちょっとあどけない感じの声と、「どちら様からの電話でしょう?」というはきはきとした歯切れの良い女性の声が重なる。その答えの声は、「みゃあ、みゅー、みゃぁぁ」とよくわからずしかも短いのではっきりと聞き取れない。

 ぱたぱたぱたと遠くから駆けてくるような音がして、受話器が誰かに渡される気配。

 「あ、はいはい、今代わりました。どちら様でしょうか?。」

 「はい、こちら西美那魅町役場福祉課の田本と申します。柾木勝仁様のご自宅でしょうか?。」

 どうやら、あとの方の、はきはき答える女性の方らしい。話が進むのが早いと期待する。

 「はいそうです。勝仁様に何のご用でしょうか?。」

あれ?ちょっとなんかよそよそしいのと、若干畏怖気味の声。しかも近親者に「様」付け?

 「はい、今回勝仁様が百歳を迎えられますよね?それで、町と県の方で百歳慶祝訪問と申しまして、本人様へ祝い状とお祝い金を手渡すことになっております。」

 「・・・・・。」

 「もしもし?。」

 「・・・、はいはいごめんなさい。勝仁様本人に会って手渡すと言うことなんでしょうか?。」

 「そうです。本人の安否確認も兼ねておりまして、ほかの皆様も実際にいらっしゃる病院や施設などでお渡ししているんですよ。」

 一応核心を突いてみる、ほとんどこれまでで、地方新聞大見出しの「年金不正受給事件」発覚確定のようなものである。我ながら語尾がうわずっているのがわかる。

 「そ、そうですか。それなら勝仁様は柾木神社社務所の方にいらっしゃると思いますので、そちらにお電話してみてください。」

 「はい、わかりました。お電話番号を教えていただいてよろしいでしょうか?。」

「○○ー21○3です。」との声を聞き謝辞を伝え、メモしながら電話を切る。二千番台の電話番号である。このあたりでは古くからの電話番号だとうかがえる。しかし、柾木神社という神社があったかどうか記憶が定かでは無い。

やりとりを聞いていた課長の目を見る。軽くうなずきあって、教えてもらった電話番号へかけてみた。

 しばらく「ぷるるる」というコール音が続いて受話器を取る音がした。

 「へ~~~い。」

 なんだかぞんざいな感じの若い女性の声である。

 「おはようございます。こちら、西美那魅町の・・・。」

事務的に用件を繰り返して伝える。

 「ここが柾木神社なのは間違いねぇけど、宮司のじじいならいねぇぞ?」

 ぜ~~んぜん興味なし、みたいな声である。こっちは、確信キター、ビンゴォォみたいな心情が頭蓋の中を駆け巡る。

 「・・・、居ないと言うことはどういうことなんでしょうか?。」

勤めて冷静に。冷や汗が背中と額をつつ~~っと伝っていくのがわかる。そのとき背後から「りょーこさん、また掃除をさぼって・・・」みたいな感じの声が聞こえてきた。良く通る感じの声で、これもまた女性の声である。その直後、ごいん!と何かがぶつかる音がして電話が中断する。

 「もしもし、もしもしっっ。」

 「・・・・・・、あら、ごめんあそばせ。どちら様でしょうか?。」

今度は良く通る、透明感のある女性の声で、先ほどの女性とは真逆な上品さを感じる声である。

 「あのっっ、今何か打撃音のような音が聞こえましたが?。」

 「ほほほ、お気になさらないで・・・。」

どたん、ばたん、げしっっ、む~~む~~む~~という部屋で何かが暴れるような音と何か口に突っ込まれたような声が聞こえる

 「もしもしっっ、大丈夫ですかぁっっっ、警察呼びましょうかっっっ。」

 「おほほほ、何でもございませんわ。・・・あら、ちょっとお待ちくださいね。」

今度は、聞き慣れない電子音のような音がしたかと思うと、ごとっと受話器を机に置くような音がする。遠いところで、「あらノイケさん。・・・・はい、はい・・・鷲羽様がそうおっしゃるのね?。・・・わかりました。」数秒後、受話器を上げる音がして・・・。

 「もしもし、いちおうお聞きしますけど、西美那魅町役場の方ですね。勝仁様にお会いしたいと言うことですのね?。」

 あれ?この人には説明していないはずだけど・・・。

 「・・・、はい、百歳慶祝訪問と言うことで本人にお会いして、祝い状とお祝い金をお渡ししたいのですが。」

 「わかりました、勝仁様にお伝えいたします。」

 「柾木勝仁様は、今はご在宅では無いのですか?。」

 百歳のお年寄りである。そうそう外出はしないはずであるが・・・まさか死んでてミイラ化それをブルーシートでくるんで隠蔽・・・?それとも・・・。なんだか死臭漂う神社の陰鬱なイメージが頭の中でタップダンスしている。

 「はい、そうですの。いま正木の村で、今度新築される家の地鎮祭に行かれてますわ。」

 「・・・なるほどそうですか。それではいつ頃お帰りでしょうか?。」

ちょっとほっとしたけど、本人の声は聞けていない。まだ不安は残る。

 「そうですわね、お昼過ぎて、午後三時頃に帰るとおっしゃっておりましたわ。」

 「わかりました、またその頃にお電話させていただきます。どうもありがとうございました。」

 「あ、そうそう、西美那魅町役場の方ですわね?。総務課の柾木天地様が勝仁様のお孫様に当たる方ですの。いろいろなご確認でしたら天地様にお聞きになるのが良いかと思いますわ。」

 ぱあ~~っと春の木漏れ日の中にいるような安堵感に包まれた。そうか、あの柾木君のおじいちゃんか・・・。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの章3

おとなしい感じでちょっと丸顔の青年である。もう30歳は越えているはず。そういえば天地君も浮いた話は無い。結構女性職員の中でも話題なのを人づてに聞くことがある。人当たりは良く第一印象も良いのだが、自分的にはこう、ちょっとピンと張り詰めたような鋭利な感じがあって、あまり話をしたことが無かったりする。

 「課長、総務課の柾木天地君のおじいさんだそうです。何か地鎮祭に行かれているようで、ご本人さんの声は聞けませんでしたが・・・。」

 「そうか、それなら良かった。ちょっと柾木君と話してこい。」

 「わかりました。それでは二階の総務課にいますね。」

 課長の顔には「面倒なことが起こらなくて良かった」とあからさまに書いてある。自分もその通りな表情なのは隠すことも無く、自然に笑顔になる。

 「柾木君、いる?」

総務課の森元女史に声をかけてみる。柾木君柾木君、とうつむいてパソコンを操作していた男性職員に声をかけてくれる。面倒見が良い人で美人というわけでは無いが、この人は笑顔がかわいらしい。結婚されていて高校生の娘さんがいるらしい。

 「あ~、はい。福祉課の田本さん。」

 ほわっとした低い声だけども、明瞭な声である。短髪だけれども後ろ髪だけ細く束ねているのがちょっとした目印な青年である。立ち上がると170センチ後半の身長で、自分からだとちょっと目線が上向く感じ。ライトグレーの作業服の上下であるが、締まった感じの体躯が作業服越しにわかる。

 「ああ、忙しいのにごめんね。柾木勝仁さんって柾木天地君のおじいさんにあたる方かな?」

 ふっと、ほんの一瞬顔をしかめたような気がした。

 「・・・ええ、そうですけど。」

 「えっとね、今度の七月半ば過ぎに確か百歳を迎えられるんだよね?それで、町と県から祝い状とお祝い金がでるんだ。それで、本人さんに会って手渡さないといけないんだけど。」

何の問題も無いよね?みたいな笑顔で聞いてみた。

 「・・・・ああ、はい。大丈夫だと思いますけどぉ、ちょっとぉー、じっちゃん忙しい人なので実際に会うのは難しいかなぁ・・・。」

 左手でポリポリと頭をかきながら、ちょっと腰をかがめてこっちの目を見ないで言う。

どっ、と音がするくらいさっきの冷や汗が額と背中を流れ下る。机の上にある油性マジックペンで額に縦線書きたいくらいである。「年金不正受給事件&役場職員の自宅でミイラ化した祖父の遺体が!」みたいなゴシック体の見出しが、今度は頭の中でイナバウワー。

 「ああ、そ、そのようだね。さっき電話かけてみたんだけど地鎮祭に行ってるとか。」

 「そ、そうなんですよね、今日は、山田西南君ちの新築で・・・・って、電話かかったんですか???」

 「うん、柾木勝仁さんの名前で電話帳に出ていたけど?。」

 「え、でもその番号だと、じっちゃんの社務所には電話はかからないはずなんですけど。」

 「え、普通に電話出てくれたよ、最初ちょっと舌足らずで猫みたいなこという女の子?で、すぐに代わって、はきはきした声の女の人が社務所の電話番号教えてくれたんだけど。」

ひくくっと天地君の左ほほが引きつっている。

 「わ・・・、わかりました。じっちゃんには伝えておきます。」

といって、スマホを取り出してスッと人差し指でスワイプする。あれ?見慣れないスマホだなぁ。よくある長方形だけれども、木目が美しい木でできているようだ。木のケースに入ったという状態では無いように見える。人差し指が画面に沈むように見え、さらに水滴を落とした時にできる波紋がたったように見えた。

 「いちおう聞くけど、柾木勝仁さんはお元気なんだよね?。」

我ながら若干棒読み口調程度に動揺を抑えられたのは快挙といえるだろう。

 「ええ、もう元気すぎるぐらいで・・・。ごめんなさい、家にちょっと連絡しておきますね。午後三時くらいには、じっちゃん社務所に戻ると思いますから。」

天地君は、スマホを持って、通話のため外に出て行った。出て行く途中でつながったらしく、「ノイケさん、わしゅうちゃんいる?」みたいな声が聞こえてくる。とりあえず柾木勝仁さん本人と話はできるだろうことを信じて自席に戻った。

 

 それやこれやで、あっという間に午前10時を過ぎ、県への報告ものが遅れているのを県の担当者にに怒られながら、何とかメール送信して午前11時30分。介護保険の相談を受け付けて、地域包括思念センターに連絡取って話をつなげて、ほぼお昼休みの時間になった。

 いつものように、頼んでおいたワンコインお弁当を取りに行く。近くの障がい者授産施設で作られているヘルシー弁当である。野菜がそこそこ多くご飯少なめみたいなところがメタボな身にはうれしい。

 「ごはん~~、ごはん~。(^^)」

 と割り箸を取り出そうとしたところに、総務課の柾木天地君が階段を降りてくるのが見えた。この人、なんだか印象薄い感じがあってあんまり目立った記憶は無いけれど(たとえば職場内の親善ソフトボール大会で活躍するとか、飲み会で失敗したとか)、まじまじと見ると結構魅力的な雰囲気があるなぁ、ふう~~ん。とか思っていると、こっちに近づいてくる。

 「あ、田本さん、じっちゃんと連絡が取れました。ちょっと遅くて午後4時過ぎになるけれど、お話を聞きたいので、できれば社務所に寄って欲しいと言ってますが・・・。」

 お、願ったり叶ったりである。なんだか電話だと不安なので実際に会って話ができる方が好都合である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの章4

「かなりご高齢だけど、お話は問題なくできる?。」

実は僕自身、介護保険の認定調査員をしていたこともある。つまり介護認定するための聞き取り調査である。本人に会い70数項目の聞き取り調査をしていた。さすがに百歳ともなると聞こえが悪くなっていたり、こちらの問いかけが理解できないこともあって、会話が無限ループに入ることもある。

 「ええ、大丈夫ですけど?。」

そんなのあたりまえじゃない?みたいな表情である。

 「いや、付き添い、誰かいた方が良いんじゃないかなぁって。」

天地君、ハッとした顔をしている。そうでしょそうでしょう、やっぱり百歳のご老人ですからね、いくら元気だと言っても、そこはやっぱり物忘れとかもあるだろうし。

 うんうんと心の中で頷いていると、天地君ちょっと口の端をあげて毒のありそうな笑顔で答える。にやり、とまでは行かないまでも、ちょっと、なんか関わってはいけないような嫌なものが背筋を這うほほえみ。

 「・・・そうですか。それなら遠縁の叔母にあたる人についていてもらいます。」

 「そうですか、急に無理言ってごめんね。それじゃぁ、午後4時に柾木神社社務所に行くわ。場所は、上竹地区の○○番地でいいのかな?。」

 「そうです。公用車で行かれるのでしたら、裏側から入れば社務所の裏へ出る道がありますから・・・、ちょっと待ってくださいね。」

 手近のメモ用紙をちぎり取って、大通りから入る道を絵に描いてくれる。お、なんか公務員の手じゃないな。がっしりと太い指に、少し荒れた肌は日常的に何か農作業でもやっているような手に見える。

 「柾木君、家は兼業農家だっけ?。田んぼとかやってるの?」

 「え、よくわかりましたね、誰にも言ってないんだけどなぁ。」

 「いやぁ、働き者の手だからねぇ・・・。ああ、ごめんね。じろじろ見て。前の仕事のときに人間観察しまくってたんで、癖になっちゃって。」

と言っているうちにメモ書き完成。なるほど、明石自動車のところを曲がって、山陽道をくぐってトンネル抜けてすぐか。この道良く通るけど、こんなところに入り口があったっけ?ああ、なるほどこのまままっすぐ行くとスーパー山田の裏道に出るんだ・・・。

 ちなみに、スーパー山田、この近隣では結構な噂のお店だったりする。最初は町の小さな雑貨店だったけど、十年くらい前に一挙に中規模の食料品と衣料品のお店として移転。その店の出店時には超美形のモデルみたいな店員が何人もいると大評判。ほんの数日間で見物客やらなにやらで横の道路は大渋滞。その数日間は自分はあおりを食ってほとんど帰宅困難者状態だった。何が悲しゅうていつもなら10分程度で通過する道を高速乗って迂回して帰宅せにゃならんのよ?。西美那魅町役場にも苦情の電話やら美人さんたちの情報を求める電話やらで電話回線がパンクしたことを覚えている。

 それだけで終わらないのがスーパー山田のすごいところで、その後は、お総菜やオリジナルスイーツが評判になり、テレビの「今週の特選素材を切る!」と言う番組で紹介されたときには、これまた大渋滞。販売整理券がオークション出品されたときには、10万円前後の値がついたという。ここからは噂の噂だが(まあ、役場にはこういう嘘だかホントだかわからないような話が黙っていても入ってくるのです)、数年後にはこの土地に大手スーパーマーケットの出店から始まる一大ショッピングモール建設の青写真を描いていたこの地域を牛耳る某地方銀行、癒着していた県議会議員からのダークな金の流れを会計検査院に指摘されて、同族経営でのさばっていた経営陣は総退陣で一掃。さらにペーパーカンパニーを経由して某官僚に流れていた金の流れまで中央の新聞にスクープされ、株式は急転直下大暴落した。経営が傾きまくっているところをスーパー山田社長に、株式の半分以上を取得され経営は実質山田家のものになったそうな・・・。その裏に美しく可憐な白いリンゴの花のような美女経理軍団がいたというまことしやかな伝説がある。

 

 「ありがとう。何となくわかったよ。ここからだと20分ほどか・・・。」

 「そうですね。そんなもんだと思います。それでは。」

 すっ・・と一挙動で遠ざかったような気がした。歩いて自分の前から行く感じではない、どことなく普通と違う動きである。

 気を取り直して、箸袋からお箸を抜き昼食である。今日は鯖の塩焼きとキュウリとわかめの酢の物、野菜のかき揚げが一個ついている。彩りもよく考えられていて、値段より少しだけ美味いし量もある。やっぱりご飯を食べるときが一番幸せである。生臭いお金の話は、この今の仕事だとまずありえない。

 

 午後1時を回り、午後からの業務が始まる。昼休みに来られるお客様のため昼当番として残っていた職員が、昼休みから帰ってきた職員と交代して時間差で昼休憩に行く。

また慌ただしい数時間が過ぎ、気がつくと午後3時半であった。

 「課長、柾木君に教えてもらったので、柾木勝仁さんの神社に行ってきます。」

 「わかった気をつけて行ってこい。今日は金曜日だ。話が長引くようなら直帰してもかまわんから。」

 「わかりました。いちおう5時15分頃には連絡入れます。」

 今日、会って話をしようとしているのは、百歳の高齢者である。いままでは介護保険やら後期高齢者医療やらそういった制度やサービスを使わずとも過ごせたかもしれないが、これからは、もしくは今までも様々な問題があるかもしれない。とりあえず、地域包括支援センターのパンフレットやら介護保険の申請書やらを持って行くことにした。

 

 公用車という選択もあるけれど、「直帰」の甘い誘惑もあって自分のクルマで行くことにした。自分のクルマと言ってもそこは地方公務員。国産の軽自動車を個人リースで購入している。7年後にはリース会社に返すか残金払って自分のものにするかと言う例のリース契約である。

 自分のポリシーなんてかっこいいことはいえないけど、とにかく肩が凝るようなことが嫌いな性分なので、人からどう見られようが全く気にしていない。まあ、後輩や同僚の女性陣あたりに言わせると、もっと気にしろということらしいが(笑)。

 ドアを開けるとむわっと暑く重い空気がのさばり出てくる。ばしゃんと安っぽい音を立ててドアを閉め、助手席に持ち出したパンフレットや、申請書を置いてクルマを出す。おお、ぶいいいんと今日も元気だ直列3気筒のビートが車内に響く。エアコンをオンすると、前の方からゴンと言う音とともにコンプレッサーがエンジンに接続され、そよそよとちょっと頼りない冷気が出始めてくる。

 ちょうど季節は梅雨から夏にかけての時期。田んぼの沼臭さがまざって湿った風が吹く時期。それでもこの季節は、重ったるく湿った空気が、何か力を溜めて、それがはじけるような、そんな何かが起こるような気がして自分的には好きな季節だったりする。汗っかきなデブには厳しい季節の到来ではあるのだけれども(笑)。

 役場から国道に出てしばらく走って、柾木天地君が書いてくれた地図通りに右折して走って行く、うーん、やっぱりいつもの道だなぁ。柾木神社の裏に通じる道の入り口も見つからない。

 ふと、誰かに呼ばれたような気がした。車中、しかも走行中である誰かが外から怒鳴っても聞こえるものではない。

 また、今度は首をくすぐるような感じ。そして声。

 何となくブレーキを踏んで、そのまま横を見ると古い石組みの階段が見えた。粗末な石碑のようなものに柾木神社とうっすらと刻まれているのが読める。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの章5

「ここかな?。」

クルマを転回させて通行の邪魔にならないように、路肩めいっぱいまで寄せて駐める。

クルマのキーを抜いてズボンの右ポケットに入れ、パンフレットをもって石段を登り始める。やっぱりメタボにはきついなぁ。すぐに息が上がる。どっと汗も噴き出す。

 ハアハア荒い息をしながら石段を登っていくと、90度に道は曲がっている。そのまま一〇mほどコンクリートに横筋を入れたような簡易舗装のゆるやかな坂を上ると、今度はさっきと反対方向に90度曲がって、正面を見ると年季の入った鳥居が眼前にそびえ立つ。

 そこからがまた急階段で結構長い。手すりにすがって上る感じ。でもなんで、自動車でいける道の入り口がわからなかったんだろう・・・?

 鳥居をくぐった瞬間変なめまいがした。う、ついに健康診断「要医療」の本領発揮か?と思ったが、その後は特に何ともない。

 途中何度も休みながら何とか登り切ると、ようやく柾木神社境内に入れた。額から噴き出す汗をぬぐって腕時計を見ると、午後3時50分である。

 いちおう神社だし、何の神様かは知らないが祭られている神様にご挨拶と言うことで柏手を打とうとしたとき、キンモクセイに似た、甘いようなそれでいてはかない清涼感を伴う風が通り抜けていく。あれ?この時期こんな香りの樹か花かあったっけ?

 「あの、もし・・・」

 ふと横を見ると、さっき上ってきた階段近くに、赤ん坊を抱いた女性が立っていた。和服に似ているけどもうちょっと原色が配された着物を着ている。雨合羽のようなふわりとした大きめのフードで顔はよく見えない。朱という感じの唇が声を紡ぐ。

 「どうしました? 何か僕にご用でしょうか?」

目立たないおっさんに(目立つと言えばお腹周りくらいの)なんだろう?

 「・・・ああ、ようやく見つけました。この子があなたを気に入ったようなのです。是非これからの時間をともに過ごしてやってください」

女性の声は心底うれしそうで、まるで若葉時期の木漏れ日のようだった。あかんぼうは、こちらに抱かれようとするかのよぅに、紅葉のような手を振っている。

 「ちょ、ちょっと待ってください! 僕は子どもを抱いたことも育てたこともない人間です。こんな自分よりも、何か事情があるのでしたら児童相談所や児童養護施設を紹介しますけど・・・」

 慌てて、スマホを取り出し連絡先に入れてあるそういった施設の電話番号を探そうとした。四角い、デザイン重視のアメリカ製のスマホはこういうときに手が滑って困る。案の定落としそうになり、視線を女性から外したらもう居なくなっていた。ふと左手に違和感を感じて、手のひらを開くとクルミよりもう少し大きめの褐色の種のようなものが入っていた。

 「・・・田本殿、田本殿だよね?」

今度は反対側から若々しくも張りのある声がした。なれない呼ばれ方したのでびっくりする。

 「はい、そうです。・・・、あ、柾木天地君の遠い親戚の叔母さんにあたる方ですか?」

 「おば、おばさんぅ??」

い、いかん女性に一番言ってはいけない言葉を使ってしまったぁ。長く赤い髪を頭の後ろでまとめているが余った髪の毛が顔の両側で揺れていて、ちょっとカニのようなイメージの女性である。整った顔立ちは日本人離れどころかテレビでもちょっと見たことがない。

 「天地殿がそう言ったのかい? 帰ってきたらおしおきだねぇ」

と言いながら、旅行添乗員のような小さなのぼりを両手に持つ。どこから出したんだろう?しかも「モルモットご一行様」ってなんのことよ?

 「わしゅうちゃん、役場の人は来てるのかのぉ」

社務所から白髪長髪で眼鏡をかけた高齢の男性が顔をのぞかせる。ああよかった、柾木勝仁さん生きていた(笑)。

 「ああごめん、ごめん、勝仁殿。この方が田本殿だよ」

 「おお、そうじゃったか。さささ、こちらへどうぞ」

 「柾木勝仁様でしょうか? 西美那魅町役場福祉課の田本と申します。本日は急な連絡でお時間を取らせてしまって申し訳ありません」と言いながら名刺を差し出す。

 「いやいや、かまわんよ。なにやら百歳のお祝いがあるとか」

 「ありがとうございます。すみません失礼します」

靴を脱いで社務所に上がらせてもらう。そのときにさっきの女性が気になって振り返ってみたがやっぱりいない。

 「どうしたんだい、田本殿? さっきも誰もいない方を見て何か話していたけど・・・」

 「ええっと、済みません、なんとお呼びすれば良いのでしょうか」

 「これはこれは私としたことが。私の名前は、白眉鷲羽。鷲羽ちゃんと呼んで」

にぱっと笑顔で、しかも真顔でそう言うか・・・。

 「いや、あの、初対面の人にちゃん付けって・・・」

 「田本さん、いいんじゃよ。それにそう呼ばないと鷲羽ちゃん怒るしの」

う、まあとりあえず、話を進めないと。

 「あの、さっき階段を上ってきて、ふとみると赤ん坊を抱いた女性がいたんです。それで、突然、子どもが気に入ったようなのでこれからの時をともに過ごしてください、と言われて」

 「ほお」

 「今日暑いし、急な階段をメタボが上ったもんだから軽い熱中症でしょうかねぇ。白昼夢にしてははっきりしていたんですけどねぇ。自分も若くないです(笑)」といいながら、左手にあった褐色の種のようなものを見せる。

 「で、気がついたらこんなものを持っていて・・・」

 「なんと!」「こりゃまた!!」

 「やっぱり赤ん坊抱いた女の人なんていませんよね・・・ってどうしたんですか?」

ふたりとも目を見開いて驚きの表情で見ている。そして、ずざざざっっと後ろによってなにやら二人でひそひそ話をしている。柾木勝仁さんは、懐から見事な細工の木の棒(?)のようなものを出して右手で握りなにやら念ずるような仕草をした。すると、ぽ~っと棒の下の部分がまるで赤色LEDのように光りはじめる。

 「とりあえず、この木の実みたいなのはこっちに置いといて、今度の百歳慶祝訪問の説明を・・・。」

 「「置いとかない!!」」

二人してえらい剣幕でハモって怒鳴られてしまった。

鷲羽ちゃんと呼んで、と言った女性は、空中にノートパソコンみたいな半透明の端末らしきものを開いて操作を始めて、同時に腕輪に向かって小声で話している。

 「砂沙美ちゃんいる? ちょっと神社の社務所まで来て! え、夕ご飯の用意? いいから早く来て」

 勝仁さんのほうは、「そうか、船穂の子どもの・・・第二世代のあの樹が・・・」とぼそぼそと言ったあと、慌てて電話機にかじりつき、「天地、はよ帰ってこい! なにぃ? 残業じゃとぉ、そんなもん明日すりゃぁええ、とにかく早く帰ってくるんじゃぞ」

 今度は、社務所の文机の上に、聞いたことのない電子音とともに50インチはあろうかというこれまた半透明のディスプレイのようなものが突然出現し、

 「ちょっと、遥照殿。うちの水鏡が新しい仲間ができたって・・・あらお客様??」

どこかのやんごとない女主人みたいな迫力のある女性がドアップで話しだす。

 「あの、遥照様。うちの瑞輝ちゃんがお友達が新しくできたって・・・。福ちゃんも一緒になってはしゃいじゃって・・・」

今度は、つやつやの黒髪で日本美人を絵に描いたような若い女性。自動的に画面が二つに分かれる。

 「天地先輩のおじいさんですか? あのぅ、うちのZINV(神武)も・・・」

はい、画面が三分割。今度は短髪で、浅黒く精悍な顔立ちの若者である。

 「遥照お兄様、龍皇が・・・」

 「遥照よ、霧封がなぁ・・・」

連絡が入るたびに画面が分割されていって、なんかもうてんやわんやの騒ぎになっている。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの章6

妄想暴走中(自爆)。


「あのう、すみません、百歳の慶祝・・・。」

勇気を振り絞って、話に割って入ろうとするが、ぎろっっって感じの視線にたじろいて押し黙ってしまう。なんなのよ、あたしゃなんもゆーとらんし、しとらんがなぁ。

 役場に怒鳴り込んでくるクレーマーへの対処は研修していても、こんな状態は想定していない。そうだ時間!ってことで腕時計を見ると4時40分過ぎ。長くなりそうだから役場に連絡しておこうっと。

 「ちょっとごめんなさい、職場にれんら・・・。」

 「今この神社はシークレットウォールかけたから、携帯は通じないよ!。」

鷲羽ちゃん(でこの際良いんでしょうねぇ)が強い口調で怒鳴る。見ると見事に圏外マーク。

 「鷲羽お姉ちゃん、来たよ。どうしたのぉ。」

 「ああ、砂沙美ちゃん、ちょっと津名魅とチェンジしてもらえる?。」

頭の左右で長い髪をおさげにした女の子が社務所の縁側に手をつき、外から声をかける。鷲羽ちゃんと呼ばれた女性が声をかけると明らかに目の色が変わる。

 「姉様。」

静かで深い声。目を伏せがちにゆっくりとした口調で話す。

 「津名魅、この種だけど。」

 「はい、船穂がこの地に根付いてから早750年、「コア・ユニット」もない中、昨年ようやく地球の環境下で生まれた樹ですわ。」

 「田本殿が選ばれたことに間違いはないんだね。」

 「姉様間違いありません。」

その一言で、喧噪は静まりかえる。

 「はいはい、お客様もいらっしゃることだし、遥照殿、この場はいったんお任せするわ。鷲羽ちゃんくれぐれも頼んだわよ。」

「女主人」のひとことででかいディスプレイは消える。

 「はて、さて、困ったことになったのぉ。」

 「遥照・・、いや勝仁殿どうしようかねぇ。」

鷲羽ちゃんと呼ばれた女性が頭を抱えている。

砂沙美ちゃんと呼ばれた少女が縁側に腰掛けてこっちを振り返って言う。

 「田本さん、鷲羽お姉ちゃんが困ってるのってすんごく珍しいことなんだよ。」

 「砂沙美ちゃんって言いましたっけ?そうなの?僕がここにいるのって場違いだよね。」

 「ううん、もう家族だから。」

にぱぱっっと天上の笑顔ってのははこういうものだろうというお手本のような笑顔で言い放つ。家族って・・・、皆さんとは初対面だけど。意味わかんないし。

 「は?。」

 「じゃあ、もう帰るね。ノイケお姉ちゃんに晩ご飯任せきりだし。」

 「ああ、悪かったね砂沙美ちゃん。今夜はひとり増えるかもしれないよ。」

 「うん、わかった!。ノイケお姉ちゃんと相談するよ。それじゃあ、田本さん、あとでねっ。」

と言い残して、てててっと駆けていく。いやいや、僕は家に帰るから・・・。

 「じっちゃん、帰ったよ。来週指導監査が来るってのに、なんだよ、もぉ。あ、こんばんは、田本さん。」

 お、助け船来訪。柾木天地君が帰宅した。そういえば、クルマの音もしなかったし、数分も経ってないけど、どうやって帰ってきたんだろう?

 「柾木君、実はまだ話が済んでないんだけど、なんだか大変らしくてねぇ。」

あ~、こまったこまったって感じで、なにやら話題の中心の種らしきものを指さして言う。

 「へえ、何があったんですか?・・・・・って、これ!。」

カッと目を見開いて、種らしきものを見たあと、ぎぎぃと音がしそうに首を回して、柾木勝仁さんと鷲羽ちゃんと呼んで、と言った女性を見る。

 「天地殿、天地殿の予想通りのものだよ。」

 「この子が選んだと、船穂が渡してしまってのぉ。」

その言葉を聞き取ると、なんだか気の毒そうにこちらを見る。

 「そ、それではですね、今日せっかくお時間を取っていただいたし、時間も遅くなってきているので百歳の慶祝訪問の説明をさせていただきたいのですが・・・。」

 「そうだね、とりあえず片付けやすいことから始めようか。」

鷲羽ちゃんと呼んでと言った女性が、こめかみを押さえながら言う。

やっと説明ができると思って、持ってきたものを柾木勝仁さんの前に置き、説明を始める。 一ヶ月後の、柾木勝仁さんのお誕生日に、県知事代表と随行員、西美那魅町長と担当である自分が祝い状と祝い金を持って訪問する旨を説明する。その折に、ほかのご家庭でも何らかのお祝いをされているが、自分たちのことは気遣い無用であること、祝い状と祝い金を手渡せば町長も用務があるためすぐに帰庁すると伝えた。

 「あと、百歳ということで、介護サービスなど必要かもしれないと思い、パンフレットなどをお持ちしましたが・・・お元気そうなので必要なさそうですね。」

 「ぷ、あはははははははっっ」

三人が、緊張の糸が切れたように爆笑を始める。

 「なにか説明が変だったでしょうか?。」

 「ああ、ごめんごめん、田本殿。一ヶ月後に偉い人とここを訪問して、実際に祝い状と祝い金を手渡したいと。そういうことだね。田本殿が一ヶ月後も役場職員だったら、だけど。」

 「そうです。」

ちょっと表情が硬かったかもしれない。

 「それはいいのじゃが、・・・わしのそんな履歴があったのかのぉ。」

と言いながら、柾木天地君の方を見る。あれ、天地君顔を背けたなぁ。

 「ええ、柾木勝仁さん、生年月日大正3年7月○日と、住民基本台帳に記載されております。」

 あれ、柾木天地君も顔を背けたけど、鷲羽ちゃんと呼んでと言った女性も天を仰いでいる。

 しかし、柾木天地君も30代に見えないし(一瞬高校生くらいにも見える)、柾木勝仁さんも百歳と言うより70歳くらいに見える。さっきから見ていると、身体の動きでどこか痛そうとか、不自由なところがあるなどということがなく、なによりもってお年寄り特有の動作の鈍さがない。

 どことなく変で怪しい気もするが本人にも会えたし、頃合いなのでおいとますることにする。時間を見ると5時半を回っていた。

 「それでは、またお誕生日の一週間前くらいにお電話します。もしも、入院等で訪問場所が変わった場合遠慮なくおっしゃってくださいね。僕はこれで失礼させていただきますね。」

ワイシャツ汗だく。汗を拭いていたハンドタオルもじっとりと冷たい。汗臭いんだろうなぁと、思う。

ふっと、三人とも夢から覚めたような表情をする。

 「ほほぉ、田本殿、このまま帰れると思う?。」

鷲羽ちゃんと呼んでと言った女性が、下からねめあげるように低い声で言う。両手と頭の上と両肩に「モルモット様いらっしゃぁ~~い」と言う小さいのぼりが立っている。

 今度は、柾木天地君と、柾木勝仁さん両方が心底気の毒そうにこちらを見ている。

 「ぴきっっ。」

小さな、それでいて耳に刺さる何かが割れるような音がした。その場にいる全員が音のした方向を見る。畳の上に置かれたままの小さな種らしきものの殻が割れ、小さなピンク色の芽らしきものが出て、反対側かららせん状の根のようなものが出ようとしている。

 「こりゃ、いかん!!。もう、発芽しようとしておる」

 「まずいね、コア・ユニットの準備を急がないと。」

 「そ、それでは、忙しそうなので僕はこれぐらいで・・・。」

誰のせいだぁ!と言わんばかりの目線が集中する。

ころころ、ころころころ、と種がこちらにゆっくりと転がってくる。あれれ、風でも吹いてるのかな?。

 ふわっと浮かび上がって、ピンク色の芽のようなものを上にす~っと上昇して、僕の目の高さまで来て、止まる。

 「いっちゃ、やだ。」

七色の光がまるでレーザー光のように僕の眉間くらいに集中したと思った瞬間、声が聞こえた。同時に爆発的な熱波がメタボな身体を吹き飛ばそうとする。

 「いかん、エネルギーバーストだ!。天地殿っ。」

柾木天地君が立ち上がり、目の前で両手をクロスさせると白とも銀ともつかない翼のようなものが三枚現れる。ふわりと種を包み込もうとする。

 「だめだぁ、なんて強い!。阿重霞さんと、西南君も呼んでください。じっちゃん、船穂の力もいる!!。」

もう三枚の翼のようなものが現れ、さらに包み込もうとする。そして社務所の上から、

 「ウオオオオンッっ。」

雄叫びのような声が聞こえるとともに、さらに三枚の翼が現れる。

 「天地様!加勢します。」

ああ、あのときの電話の声の人だ。さらにもう三枚の翼が。

 「天地ぃ、なにがあった!。」

 「魎呼さん、突っ立ってないであなたも!。」

そう呼ばれた和服を崩して着ている、灰色の長い髪の女性も両手を目の前に出し、球形の

赤い光で種を包み込もうとする。

 体中が熱い。何かのエネルギーに焼かれるようだ。太陽の近くってこんなんだろうなぁってのんきに思う。

 寂しい、一緒にいて欲しい、簡単に言うとこれだけのことだけれども、その意志を乗せた熱量は莫大で黙っていても服は溶け、皮膚は水ぶくれができ黒く焦げていく。眼鏡も吹き飛んだ。

 その強烈な想いはなぜか懐かしく切なく感じる。ここ十数年来自分の中でくすぶっていた、自分でも何かよくわからず、仕事に没頭することで忘れようとしていたものが意識に浮かび上がる。

 「何にも取り柄もない、ただのおっさんだけど、こんな僕でも良いの?。」

その意思を持つものに問いかける。

ふと、かたわらに先ほどの赤ん坊を連れて立っていた女性が現れてそっと言う。

 「この子はあなたの見る夢で育ったのです。」

 「そうですか・・・。」

 同時にこの子と一緒にいたい、飛びたいと言う思いが、こちらも爆発的に強くなる。黒焦げになりつつある手を何とか伸ばし種を両手で包み、自分の方に引き寄せる

 「ごめんね、一緒に行こう。」

 「うんっ」

 意識を持つものが喜びの意思を伝えた瞬間、その爆発的なエネルギーの放射はやんだ。

そして、身体中を痛みが襲う。

 「あだだだだだだ!。」

見ると、黒焦げだったはずの手も、身体も逆回しのフィルムを見るように修復されていく。

 痛みが我慢できるものになった頃に、周りを見ると柾木天地君も、女性二人も肩で息をしていた。社務所のサッシガラスは吹き飛び、アルミの枠はよく見ると少し溶けかかっている。

 「あ~あ、何かものすごい気配を感じてきてみれば・・・。また阿重霞お姉ちゃんと魎呼お姉ちゃんとのケンカ?。派手に吹き飛ばしたねぇ。直すのは俺なんだから。気をつけてよね、ホント。」

 町の資料館で見たような、草や蔓で編んだ縄文バッグを肩に袈裟懸けにした、半袖半ズボンの13,4歳の少年が立っていた。いつものこと、のように社務所裏に駆けていって、ブルーシートを担いで出してきてアルミサッシに養生を始める。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの章7

まあ、鷲羽ちゃんがほうっておかない、ということで(^^;;;。


「今日のは、こいつだ!この人ですっ。田本さんだよ!。」

と三人がびしぃっっとこちらを指さす。

 「はいはい(にっこり)。・・・・・、ってこの人誰?。」

と言われて、気づいた。ほとんど裸になっている。かろうじてズボンが下半身に半ズボンみたく張り付いている。

 「あああああっっごめんなさいぃいぃぃぃぃ。」

とりあえず謝った。なんか知らないけど謝っておこうと思った。あの種は、ほのかな光を放ちながら胸の前で浮かび、くるり、くるりと回っていた。

 「こりゃ、ものすごい力だったねぇ。」

鷲羽ちゃん、でいいか(笑)と言う女性は、頭の上にでかい絆創膏を×印に貼って、勝仁さんにも同じように貼っている。

 「天地先輩、エネルギー場の縮小を確認しました。何があったんですか?。」

今度は神社の境内に、ずずん、と人型のでかい物体が降り、2本の足で立つ。胸のあたりから声がする。

 「アニメだ、アニメの世界だ・・・・・・。」

くらあ~~~っと目の前が暗くなるけど、なんだか興味の方が勝つ。

 「西南君、不可視フィールド張って。まだこの人には・・・。」

 「え、皇家の人じゃないんですか?。」

 「そう、GPでもなければ、海賊ギルドでもない。もっと言うと駆駒殿のお仲間でもない。」鷲羽ちゃんが腕組みしながら言った。頭のでかい×印がなんだかお茶目。

 うわぁ、なんだかよくわからない展開と言葉が飛び交う。その間に13,4歳の少年はさっさとブルーシートの養生を終わり、暗くなった部屋に照明を点ける。

 「うわ、ちょっと待ってください。」

ふっと、グレーを基調にした西洋甲冑に似た人型ロボットのようなものが視界から消える。その後、ふわっと境内に耳の長い猫か、そんな動物のようなものを抱いた短髪の若者が降り立つ。年の頃は二十歳くらいで半袖ワイシャツに黒礼服のスラックスを履いている。さっきの変なディスプレイに映った若者だった。

 「まあ、まあ、とりあえずみんな社務所にお入り。話はそれからだ。」

 「じゃ、僕はこれで・・・。」

 「このまま帰れると思うのかい・・・?。」

地の底から響いてくるような声で、勝仁さんと鷲羽ちゃんが言う。

舌なめずりしそうな勢いで、面白そうなおもちゃをみ~~つけたっ。これはわたしのものよん。みたいな目で見ている。

 「あの、ええと、とりあえず服を貸してもらって・・・。」って見渡しても僕のサイズに合いそうな人がいない・・・。と見慣れたでかい腹を見ようと下を向くと、あれ足の指が楽に見える。お腹を触ると、あのしつこいたっぷんたっぷん脂肪がない。とりあえず、視線を鷲羽ちゃんに向けると、

 「ああ、さっきの修復の時に身体の組織を使ったんだねぇ。良かったねぇ太ってて。」

四つん這いでこっちに近づいてきて人差し指で胸のあたりを触ろうとする。

 「あいたっっ。」

ばしぃっっと電撃みたいなものを種が放つ。

 「はいはい、あんたを守ろうとしているんだねぇ。」

 「家に帰りたいのわかるんだけどさ、さっきのことやらなにやら知りたいと思わないのかい?」と、鷲羽ちゃん興味の本質を突く。

 「う、知りたいです。」

 「田本さん、なんだか僕のサイズと合いそうになったようですから服はお貸ししますよ。」

 「ありがとう。そうだ、連絡しないと!。」

耐熱ガラスのはずの腕時計は割れて亀裂が走っていた。時刻は、6時10分を回っている。報告・連絡・相談は公務員の三種の神器(謎)と。かろうじて残っているズボンのポケットからスマホを取り出すと、こっちは外装が溶けかかり、表面ガラスには亀裂が入ってしまっている。電源は、かろうじて入る・・・。

 「ああ、福祉課長には僕から言っておきました。」

 「柾木君、重ね重ねありがとう。」

 「はい。慣れてますから。」

にっこり笑ってはいるが、何となく関わってはいけない系の雰囲気が・・・。

 「それじゃ、話も決まったところで、精密スキャンモンスター3号ぬるぬる君出動!」

漆黒のスライムみたいなものが社務所の押し入れから出てきた。積まれて入っていた座布団が、ばさささっと雪崩を起こして畳に散らばる。

 「ひっ。」

 「とりあえず、田本殿のパーソナルを取らしてもらうわ。そのあとお風呂に転送するから。」

視界が黒く閉ざされる前に、柾木天地君と西南君と呼ばれた青年は、あーあ、と言った表情でこっちを気の毒そうに見ているし、阿重霞さんと言われた女性と魎呼さんと言われた女性はなんか口げんか始めてるし。13,4歳の少年は黙々と作業を進めている。柾木勝仁さんはどこからか出してきたお茶セットでお茶を入れてすすっている。

 「うわぁぁぁぁぁあぁぁ。」

 

 

 「田本さん、田本さん・・・。」

う、なんか水の音がする。暖かいなぁ。肩をつかんでやさしく揺すられる。

 「あれ、ここはどこ?」

 「うちの風呂です。」

柾木天地君が心配そうにのぞき込む。頭を風呂の縁に引っかけて寝ていたのか。うちの風呂でも良くやるんだよな。1時間くらい気づかなかったりして。「死んどるかと思ったわ!」と怒られたことも何度もあって・・・。

 「って、なんか変なものに襲われて。うわ~~~。」

 「大丈夫ですって、もうあれはいません。田本さん、しっかりしてください。」

 「う~~、なんかスゴイ感触が全身に残っているんだけど・・・。」

 ねばねばべっとり・・・、そのあとは、毛穴やら何やらの穴という穴から何かが入ってくるような・・・。ううう、思い出すとさぶいぼが全身に出てくる。

 「天地先輩、いきなり鷲羽ちゃんはまずいですって。」

十数m向こうに若い男が前にかがみながら、がしがし頭を洗っている。シャワーに手を伸ばして、つかむ。がシャンプーで滑ったのかシャワーヘッドが頭を直撃している。

 「あーあ、西南君大丈夫?。」

 「だいじょうぶです。ちょっと痛いけど。」

 今度は、洗い終わって、立ち上がろうとすると滑って転んで、風呂のイスに後頭部をしたたかに打ちつけている。

 「あいたたたた。」

 「西南兄ちゃん、運が悪いから・・・。」

柾木天地君の後ろから、声変わりしたばかりみたいな声がする。さっきの13,4歳の少年だった。

 「剣士君、それは言わない約束だろ?。」

見た感じ、男が自分入れて四人風呂に入っている。でもまだまだ広い風呂の向こう側は湯煙で見えない。

 「田本さん、いろいろあったけど、大丈夫ですか?。」

 「うん、なんとか。」

 「俺がわかりますか?。」

 「柾木天地君だろ。」

 「ああ、良かった。とりあえず紹介します。向こうで滑って転んだのが、山田西南君で、こっちは弟の柾木剣士です。」

 「二人とも社務所で会ったね。」

え~~っと、三時50分にここの神社に来て、なんか種みたいなのが爆発して、なんだかたくさんの人の顔を見て、それでお腹がへこんで・・・。

 「とにかく、どっと疲れた。」

 目を閉じて湯につかる。優しいお湯で、身体の芯から温まるような、また明日からがんばろうと思えるような感じ。ほっとする。ぱしゃぱしゃと音がしてかららら、と戸を開ける音。

 「それじゃあ、お先に失礼します。」

二人が風呂場から出て行く気配。

しばらく湯に浸かっているとだんだん落ち着いてきた。

 「さあ、身体洗って、風呂出ましょうか。ご飯出来てますから。」

 「悪いねぇ。でもいいのかい?」

 「うちは大家族ですから。」

にっこり笑う役場で見る笑顔だが、なんかまた含みのある一言。

 「天地様、着替えここに置いときますから。」

風呂の入り口から、はきはきした女性の声が聞こえる。あのときの電話の声の主だ。

頭と身体を洗って、一度湯に浸かって脱衣所へ出る。用意してくれていた、バスタオルで自分の身体を拭く段になって、ようやく気がついた。身体中の脂肪がなくなっている。皮膚にたるみもない。脂肪吸引ではなさそうだ(自爆)。

 「俺の服は着られましたか?。」

 「ああ、不思議なことに入った。僕ってこんなにスリムになったんだ。」

 「それだけ、さっきのダメージがでかかったことですよ。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの章8

「種」ではやっぱり危ないと言うことで(^^;。


からからと下駄を鳴らしながら歩いていく。もう周りは暗くなっている。あ、まだ蛍がいるんだ。もう蛍の時期は終わったのに・・・。

 「天地君、蛍がいるんだね。」

 「ええ、うちの前に池がありますから。」

 岡山県とか香川県など、瀬戸内海に接する県では、雨が少ない穏やかな気候で、割と結構たくさん農業用の溜め池がある。家の前が溜め池というのは普通であるが、蛍は珍しい。なぜなら流水でしかもカワニナがたくさんいる清流でないと蛍は育たない。たぶん、池に流れ込む小川が綺麗なんだろうな。

 「ただいま・・・。田本さん、こちらへどうぞ。」

玄関上がって、正面左側に階段があって、その反対側の引き戸を開けて入っていく。

食卓の準備は済んでいて、自分たち以外席に着いている。

 「こんばんは。皆さん。西美那魅町役場の田本です。本日は大変なことをしてしまって申し訳ありません。」

 「さあ、田本殿、堅いことは言いっこなしじゃ。さあ、座って座って。」

柾木勝仁さんが微笑んでそう言ってくれる。ありがたいことである。

 「それでは、いただきます。」

 「いただきまぁ~す。」

 「田本さん、さあどうぞ。」

 ほっかほかの白ご飯である。茶碗についで出してくれたのはさっきの声の人。

 「どうもすみません。ありがとうございます。」

目の前の大皿に、煮物やら揚げ物、小鉢に箸休めの小皿。取り皿に好きなものを取って食べるスタイルらしい。

 「田本さん、お取りしましょうか?。」

こういう場はやっぱり気が引ける。お呼ばれするようなこともあまりない自分は、こんな雰囲気に慣れていない。それを気遣ってかさっきの女性がいろいろ世話を焼いてくれる。 「ごめんなさい、それじゃぁ・・・。」

取り皿を受け取って、一口食べると、口の中で感動が駆け抜ける。ちょっとほかで食べたことがないくらい美味しい。というか、ほとんど快感に近い。

 「砂沙美とノイケお姉ちゃんとで作ったんだよ。いっぱい食べてね!。」

あまりの美味しさに、涙ぐみながら必死で料理を口に運ぶ。うまい、うますぎる。

 「あんまり慌てて食べるとのどに詰まるよ、田本殿。」

 「でも、マジ美味しいです。出張で行った東京のホテルなんかよりずっと美味しい。」数少ない経験を思い出して言ってみる。

 「そ、そう。それは光栄ですわ。・・・おかわりはいかがですか?。」

ちょっと微妙な表情・・・。でも美味いものは美味い。

 「ごちそうさまでした。」

ああ、人心地ついた。美味しいご飯があれば人間はとりあえず元気になれる。

 「さて、田本殿、その種が何であるのか、一体今日の出来事が何なのか知りたいことと思う。」

 「待ってください、鷲羽ちゃん、でいいですか?・・・鷲羽ちゃん、とりあえず、この子何とかなりませんか?あのエネルギー放射かな、あれ食らうとちょっと大変だし。」

 「ああ、とりあえずそこから始めようか。そうだね、田本殿、その子に話しかけて安心させておくれ。意思のようなものは感じたとおりだから、その種は生きているんだよ。阿重霞殿、龍皇からも言ってもらっておくれ、西南殿も神武に頼んでおくれ。」

 「はい、わかりました。」  

とはいえ、話しかけるってどうやれば・・・?

 「そうか、まだキーもないんだったね。とりあえず念じてみると通じると思うけど。」

 胸の前で、未だにくるりくるりと回っているその種に向かって安心して、一緒にいよう、さらに、この人たちは安心出来る、のようなイメージを送ってみる。柔らかな波動の答えが返ってきて、種はゆっくりと下降して机の上に転がる。手にとって両手で包み込む。暖かな波動が心地よい。今日会ったばかりだけれど、昔から知っていたような、それでいて新しいクラスメートと始めて話するようなドキドキ感もあってとにかく不思議な感覚である。でも傍らにいてくれる存在を得たというような確信と嬉しさもある。

 「この種が何であるのかだけ説明しよう。その種は皇家の樹と呼ばれるものの種だ。田本殿がさっき体感したように、莫大なエネルギーをその根を使って、異次元からくみ上げることが出来る。そのエネルギーは太陽の数千倍と言われている。」

 「そんなものがなぜこの国の、この地にあるんですか?。」

 「まあ、まあ。長くなるけど、ちょっとしばらく説明を聞いておくれ。その皇家の樹だけど、そのままではエネルギーの効率的な利用も出来ない。そのため本来コアユニットというものに根付かせる必要がある。さっきみたいなエネルギーを一挙に放出されたのでは惑星なら簡単に吹き飛んでしまうからね。」

うん、あれをもう一度食らうのは勘弁して欲しい。

 「そのコアユニットがあるのは、樹雷という場所。そこへ行ってそれなりにコアユニットに根付かせる処置をしないと危険であるともいえる。そういうことでとりあえず、その子を私たちに預けちゃぁくれないかねぇ。」

 「あなた方が何らかの力を持つ人々である、と言うことはわかりました。自分もこのままでは手に余りますし、何らかの方法を考えてくれることに期待します。」

 今日のところは、いろいろ難しいことを聞いてもたぶん理解出来ない。

 もう一度、両手で包み込んで、そっと鷲羽ちゃんに手渡す。今度は電撃もない。鷲羽ちゃんが正方形で半透明のフィールドのようなものに包み、それを懐から取り出したポーチに入れた。

 砂沙美ちゃんと同い年くらいの、肌の色がとちょっと違って見える少女にポーチを手渡しながら言う。長い髪が少し耳のようにも見えなくもない。

 「魎皇鬼、この種を樹雷まで特急便でよろしく頼むよ。そして、田本殿、あさっての午後にまたここに来てくれるかい?。そのときに、すべてをお話ししよう。」

 「みゃ!、じゃない、じゃあ、行ってくるね!。」

魎皇鬼と呼ばれた少女が、ててて、と駆け出し引き戸を開けて出て行くが、引き戸を閉めると、そこから先の気配がなくなった。廊下を歩くような音もしない。

 「あの、余計なことかもしれませんが、最近不審者情報もありますし、小さい子ひとりで行かせて大丈夫なんですか?なんだか遠いところのようですし。」

近所のお使い、の雰囲気だけど・・・。結構駅前とかで小学生が声かけられたとか、ショッピングセンター駐車場でクルマに乗せられそうになったとか、育成Fネットなどの教育委員会からの情報で流れていたりする。

ぷ、あはははは、と明るい笑い声が上がる。何か面白いこと言ったかなぁ。

 「その辺は全く問題ない。綺麗さっぱり撃破してくれるだろうよ。そうそれと、田本殿のルックスが変わってしまったのと、壊れてしまった時計と、スマホと服だけどね。」

あ、そうだ、腕時計亀裂が入ったんだった、スマホも外装溶けてるし。

 「まず、時計はうまく修復出来た。スマホは、修復しようかと思ったけど、これからのこともあるしで、これ使っておくれな。」

 「あ、天地君が持っているのとよく似ていますね。」

 「個人端末なんてやることが大きく変わることもないし、今の地球のものとそう変わらない形をしてるからね。ちなみに、全データ移行は完了。とりあえずインターフェースは田本殿が持っているものをエミュレートしている。」

 渡されたスマホをいつものように使ってみると、見慣れた画面にいつも使っているアプリが並ぶ。柾木天地君が使っているもののように、美しく堅い木で出来ているようだが、自分が使っていたスマホもこういう木のようなケースが別に売られていて、特に目立つものではないだろう。でも今の地球のものって何???未来人??。

 「たかが自エリア内の住民宅を訪問して、服はズタボロ、持っているものまで壊れているとなれば、こっちもやばいからね。」

やばいったって・・・・、どんな人たちなのよ。しかも役場でも把握が微妙なこの家族って・・・。そんななか、奥の席で阿重霞さんと魎呼さんは、結構差しつ差されつ仲良くお酒を飲んでらっしゃる。ちょっと混ざりたい気もするけれどここはガマン。

 「バックアップデータがあると思うんですが、いちおう個人情報のたぐいは削除お願いします。」

鷲羽ちゃん「にっ」と笑った限り黙る。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの章9

天地家の飲み会で、いちおう天地君いままで高校生設定で、お酒飲んでなかったもので(^^;;;。みんなで飲む雰囲気を追求してみました(笑)。


魎呼さんにお酒のとっくりを向けられて、「たまにゃぁ飲め!。」とからまれているのは短髪の若者、山田西南君か・・・。山田というと・・・。 

 「そうそう、ちなみに、そこに座っている山田西南殿はスーパー山田の御曹司だ。」

 「あ、これは、いつもお世話になっております。美味しいお総菜と、スイーツでお昼のたびに買いに行っています。」

いちおうご挨拶。この家以外の数少ない現実の接点のように感じる。でもホントにお総菜とオリジナルスイーツは絶品。今日はお弁当だったが、役場終わって30%オフになる時間帯がお得だったりする。買い物かごもって、うれしそうに店内を歩いていると、スーパー山田の奥さんに、「あらあら、こんなに買っていただいて。でも食べ過ぎちゃぁだめだよ。」とお腹をなでられるのが日課になっていたりするのだ。

 「魎呼さん駄目ですよ。俺、運が悪いから大変なことになっちゃう。・・・あ、ごめんなさい。いえいえ、こちらこそ。でも俺、あんまり店にはいないんですけどね。」

またまた意味深な発言。そう言われてみると。雰囲気はスーパーの跡取り息子というより落ち着いた態度や体つきからは、いつも危険と隣り合わせのような危うい感じがする。

あの人型メカらしきものから一緒に降りてきた、猫のようなでも耳が長い動物が傍らで、専用の小皿に取り分けてもらった料理を食べている。頭から背中をなでてもらって気持ちよさそうな鳴き声を上げている。

 「今日は、地鎮祭とか柾木天地君が言ってましたが・・・。」

西南君は、頭を掻き掻き、照れたような表情で顔を赤らめてうつむく。

 「ええ、ようやく準備が整いまして、正木の村の一画の土地が購入出来て、こちらでの家を持てるようになったんです。」

へええ、こちらでの、と言うことは別の家もあるのかぁ。大変そうだなぁ。

 「それはそれは、おめでとうございます。そんな日に、なぜかご迷惑をかけることになってしまって・・・。」

 「いえいえ、いつものことですから。もしかしたら俺が巻き込んだのかもしれませんし。」

妙に納得してしまうこの言動。やはり不思議な人だ。

 「西南君、今度の家は、霧恋さんちの隣なんだよね。」

柾木天地君が、ちょっぴり意地悪そうな表情で言う。

 「え、あ、あの(赤面)、いいじゃないですかぁ。ちょうど上に行くからって譲ってもらったんですよぉ。」

お、食卓の雰囲気が「ぽやぽや~~」としたものに変わる。

 「西南君幸せかい?。」

 「ええ(さらに赤面)。」

 「良かった・・・。」

なんと食卓にいるすべての人が本当にほっとしたように、暖かい笑顔になっていた。砂沙美ちゃんと阿重霞さん、天地君に至ってはちょっと目が赤く見える。つられて、自分もなんだかうれしくなる。涙が落ちそうになって上を向いた。

 「なんだい、おめーもうれしいのかい?。役人風情がよぉ。」

ちょっとはすっぱな言い方は魎呼さんだな。

 「いえね、毎日毎日、生活に困っただの、介護が苦しいだの聞いていると、本当に幸せな場面に出会うことがないんですよ。そういう言葉ってのに気持ちも引きずられますしね。なんだか皆さんがうれしそうだと、年取ると涙腺が崩壊しやすくなるんですよ。」

 「そうかい。あ~~、こんな時は酒だ酒!。」

 「魎呼さん、あなたはそればっかりですわね。でも今日は私も一緒に飲ませていただきますわ!。」

阿重霞さん、とっくりひったくって手酌でコップ酒(をい)。

 「ああ、うるさい子たちだねぇ。もうちょっと説明させておくれ。見た目の件だけど、この眼鏡を付けてほしいのさ。ちなみに、さっきの精密スキャンモンスターぬるぬる君3号のときに、パーソナル取っているのと、神社訪問時の映像データから偽装3Dフィールド作って、来たときと寸分違わない身体データを重ねて映すから、他人には今まで通り見えるはず。」

 一瞬あのおぞましい感触がよみがえるが、必死に頭の隅っこに追いやった。どんな技術なのか、今は聞くまい。とりあえず家に帰って自分の家族と、職場とその周辺をだませればそれで良い。

 「自分の見た目は、これで偽装出来るんですね。」

 「眼鏡を取りさえしなけりゃ、わからないさ。」

とりあえずは、あとは焼けて溶けたワイシャツとスラックスだな。明日洋服の緑山行かないと(笑)。

 「ああ、服かい、それなら・・・。」

 「田本様、こちらに今までのと同じサイズのものをご用意しました。」

うわ、ノイケさん手際よすぎ。

 「あれ、ちょっと素材が、違うような・・・。」

 「ええ、急遽こちらにあるものしか使えなかったので、化学繊維と呼ばれるものはご用意出来なかったんです。」

ええ、ええ、どうせ安物ですよぉだ(自爆)。

 「あははは。もお、形がそのままなら文句も言いません。いろいろご迷惑をおかけし申し訳ありません。」

 「あんたにとっちゃぁ、交通事故みたいなもんだからねぇ。ただ、これからはもっと大変かもしれないよ。」

鷲羽ちゃん、また下からねめあげるような目線で言う。

 「う、自分、昔からこう大変なことに巻き込まれることが多いんです。今の福祉課の担当になってからも複雑困難事例が増えてるし、いろいろな相談事も増加中で・・・。」

あれ、西南君と鷲羽ちゃのが目がキラキラしているのはなぜ?。天地君はやれやれみたいな表情だし。

 「でも、一生懸命やってると、うまくいってなるようになることが多いので、まあ、自分的には気にしちゃぁいません。たぶん、今度のこともなるようになるでしょう。」

 「そうそう、田本さん、乗ってこられたクルマは、この家の庭先に移動しておきました。」

 「うわ、天地君ごめん、ありがとう。って、そういえばキーは?。」

 「ぬるぬる君3号のときに回収して鷲羽ちゃんに渡しましたが・・・。」

 「はい、これだね。」

あれれ、キーホルダーが一つ増えている。

 「お守りだから(にっこり)。」

 「そうですか、重ね重ねありがとうございます。」

今度は、柾木天地君も西南君もまた気の毒そうな顔・・・。

 「さあ、田本さん、もう仕事はないんじゃろ?。だったら、少し飲んでいかんかね?。」

時間を見るとまだ夜7時50分くらい。

 「ええっと、いろいろお世話になった上にそこまでしてもらうのも・・・。」

 「なに、ちょっとした通過儀礼じゃ。」

柾木勝仁さんもすでにコップ酒。砂沙美ちゃん一升瓶抱えて持ってきてるし。

 「代行(代行運転業者)来てくれますかね?。」

 「来られると思うけど、うち広いから泊まっていってもいいですよ。」

 「今日はいろいろあったんだから酒で厄落としさね。」

柾木天地君もいつの間にやら、右手にコップ持ってるし、砂沙美ちゃん注いでるし。鷲羽ちゃんもとっくりから手酌してるし。ここまで誘われると断り切れない、ダメなボク。ノイケさんにコップ持たされて一升瓶からなみなみと注がれてしまった。

 「コホン。それじゃあ、みんな飲み物は行き渡ったかのぉ。本日は、山田西南君の地球での家も決まったし、さらに新しい皇家の樹のマスターも決まったようじゃ。これを目出度いと言わずしてなんと言おう。・・・乾杯!。」

 「か~~んぱ~~い。」

 柾木勝仁さんの音頭で飲み会が始まってしまった。またよくわからない言葉があるけれども、自分は、ちょっと席を立たせてもらって、先に家に連絡した。別に同じ町内だし特に問題はない。たまにへべれけになって帰ってくることを両親は知っているので「飲み過ぎるなよ」と言われたくらいである。あと、トイレが近くなるのでトイレの場所をこっそりノイケさんに聞くのも忘れない。

 そう、なにより、こういう暖かな酒の席は大好物だったりする(笑)。仕事柄様々な総会やら役員会やらで接待のようなことも多く(もちろん会費制)、あまり美味しくお酒を飲めないことも多い。

 まずは、柾木勝仁さんに注いでおかないと。

 「改めて田本一樹です。今日は本当にお世話になりました。」

 「びっくりすることばかりじゃったろう。悪気があるものは誰もおらんでの。悪いようにはせんから気にしないでいてくれると幸いじゃ。」

 「ああ、もう全然、とはいえませんが(笑)、こんな席にお呼ばれ出来て自分はうれしいです。あ、暖かい方が良いですか?。」

と見ると、とっくりはほとんど空になっていて、横に寝ている(笑)。適当に3本ほど持って台所に行こうとすると、

 「あらあら、ごめんなさい。」と、ノイケさんに取り上げられてしまった。

 「こういうの慣れているし、ご迷惑をかけてばっかりなので、お手伝いさせてください。」

 「男性の方が女の城に入るもんじゃありませんよ、と言ってみますが・・・。」

あらら、古風な(笑)

 「今はあんまり関係ないそうですわね。」

と台所で、とっくりを鍋に湯煎している場所、補充用一升瓶の場所などなど教えてもらう。

女性にしては、短くした髪で、何となく青く見える。お酒が入ると、言葉遣いが柔らかくなってほほに紅が差し、その代わり「直角はこう!」みたいな厳しさのように感じるものが少し後ろに引いて正直綺麗な人だと思う。

 「ここの方は皆さんお綺麗な方ばっかりなんですが、ノイケさんっていろいろ難しそうな印象を感じたんです。」

 「まあ、正直なお方ですね。悔しいけれどよく言われますわ。(苦笑)」

 「でも今は、ほほの紅がとても美しく思います。」

なんて言ってみる。

 「あら、・・・褒めていただいても何も出ませんわよ。」

スッとかわす言葉と表情が、鋭利なナイフを思い起こさせる。

 「それで、わたしの印象ってどんな感じですか?」

 「そうですね・・・。夏のむちゃくちゃ暑いときに、吹き抜ける風に稲穂が揺れるのが、燃え上がる炎のように見えることがあるんですが、そんな雰囲気です。」

ハッと、こちらを見る。ちょっと思っていたよりもリアクションが大きい。田舎の田んぼの中で育った自分は、あの強い緑が好きだったりする。

 「お、燗がとおりましたね。小さなお盆とかありませんか?。」

 「・・・はいどうぞ。」

あれれ、機嫌を損ねてしまいましたかね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの章10

お酒と言えば、阿重霞さん(謎)。

酔った女性って、綺麗だと思いますね(自爆)。


小さなお盆に、燗の通ったお酒が入ったとっくりを3本のせ、食卓の話が弾んでいるところに、一本ずつ投下した。自分の席に戻って、コップ酒に口を付けると、これがまた美味しい。結構岡山の地酒には詳しいのだけれども、ちょっと違う味わいである。大手酒造メーカーのアルコール臭いたぐいの酒でもない。美味しかったので、ぐ~~っと半分くらいまで開けた。胃の中がふわっと暖かくなるのが心地良い。

 「天地君、これどこのお酒?。」

 「え~~っと。」

ふと鷲羽ちゃんの方を見て、目配せし合い、

 「な・い・しょ(はあと。)」

 くっっ、ちょっと悔しいけど、内緒なのかぁ。小さな酒蔵だと、近くの大事に売ってくれる酒屋しか卸さなかったりするし。その中でも良いものだと知り合いにしか出さなかったりもする。

 「そういえば、西南殿、今回霧恋殿たちは?。」

鷲羽ちゃんが思い出したように尋ねる。

 「ええ、一件片付いた案件があったんで、休暇をいただいてうちに4人とも帰ってきています。さっき緊急だったので。声かけずに出てきました。あとの人たちは・・・。」

すっと、手を上げて言葉を制する鷲羽ちゃん。

 「ここの家も複雑さ~ね。」

 「そ、そうですね。」

 へええ、仕事柄、聞いてはいけないことに聞き耳たてる愚かさは知っているつもり。何となく結構な大人数で暮らしてらっしゃるんだなぁと思うだけ。ああ、西南君のお茶がなくなっている。砂沙美ちゃんの近くに行って、冷蔵庫を開けても良いかと聞いてみる。

 「あ、ごめんなさい田本さん。砂沙美取ってくるね。」

う、さっきからくるくるよく働いてて、自分が動けるならと思ったけど・・・。

 「そうだ、霧恋殿だけでも呼んだら?偏りも多少修正出来るし、何より保護者だし。」

 「もう、鷲羽さん、保護者はやめてください。でも、うちのスーパー手伝ってくれてるし・・・。ちょっと聞いてみます。」

スッと取り出すスマホのような個人端末。ひらっと手を払うような仕草と、「霧恋さんへ」と言う低い声で耳に当てて話し始める。お、ジェスチャーコントロールと音声認識かぁ。いいなぁ。

 「ちょうど、お店が終わってお風呂入ったところで、すぐ出られますって。」

 「ほぉ、霧恋ちゃんも来るのかのぉ。さっきの地鎮祭でおうただけで、話をするのはかれこれ5年ぶりかのぉ。」

柾木勝仁さんも会うのは久しぶりらしい。

 「例の方の計画で、仕込みが長かったですし、さらにその前は、ちょっと遠いところまで行ってましたから。」

 「ああ、なるほど。わしも、久しぶりに里帰り出来たんじゃった。」

ピンポーンと鳴るドアホン。ノイケさんが出て行く。ちょっと早くない?

 「皆さん、こんばんは、いつもお世話になっております。」

カラカラと開けた引き戸から登場は、黒髪も美しい日本女性。深々とお辞儀すると、さらさらと髪が水のように流れ下る。

 「こんばんは。初めまして。田本一樹と申します。近くの役場福祉課に勤務しています。どうぞよろしくお願いします。」

なんだかこう、学校の先生が来たような感じがして、反射的に立ち上がってしまった。

 「あ、さっきの方ですね・・・。これからもよろしくお願いします。・・・、あ、もう西南ちゃんダメじゃない・・・。」

と勝手知ったる他人の家状態で、台所へスッと走り台拭きを持って西南君の横に座る。西南君は、ちょうど、お茶のコップを倒したところだった。

 「霧恋さん、ありがとうございます。」

あぐらをかいて座っている西南君の膝をポンポンとお茶を吸い取るように優しく拭く霧恋さん。目と目が合って・・・。なるほど、そういうことか(笑)。こういうときに、自分も変わっているなぁと思うのは、人が幸せそうだと、一緒になってうれしくなって、いつもうらやましいとか思わないこと。甲斐性のある男だと、俺も結婚してあんな幸せな家庭を、とか思うんだろうけど、自分の場合そういう想いは希薄だったりする。

 何となく微笑ましくて、コップ持ってにこにこしていると、

 「あら、ダメじゃありませんか、杯が空ではありませんか。」

とっくりから手酌していた阿重霞さんが、すすす、と音もなく傍らに座ってお酒をコップに注いでくれる。ふわっと香る香木のような香りが酔いの気持ちよさを助長する。和服に似た着物で、帯の様子からもかなりグラマラスな体型であることがわかる。

 「あ、申し訳ありません。あんまりにもお幸せそうで。」

 「そうですわねぇ。紆余曲折ありましたわね。」

おお、今度は二人して真っ赤に。

 「ねえ、霧恋、今度はいつまでいられるの?。」

ノイケさんナイスフォロー。呼び捨てだからお友達なんだ。

 「そうねえ、何もなければ来週いっぱいはお休みをいただいているわ。出来れば棟上げくらいまで見ていきたいんだけれど。」

 「そう。それじゃ、はいこれ。」

ポンと手渡すコップ。とくとくとく、とお酒が注がれる。

 「じゃあ、三人で小さくかんぱ~~い。」

あ~~ずるいぞ~~、ノイケぇ~と魎呼さん赤ら顔でさらに注ぐ。鷲羽ちゃん、柾木勝仁さんとお話中。天地君も黙って飲みながらにこにことしている。砂沙美ちゃん何となくうれしそうに天地君の横にいる。

 「阿重霞さんもお酒がないじゃありませんか。コップいただいてきましょうか?。」

 「まずは、あなたのコップを空けてくださいな。」

 目が据わっている(笑)。ほほぉ、やるじゃんおねーさん。おらと勝負するつもり?。おっさん、こう見えてもお酒強いんだじぇ(爆)。つつっとコップ酒飲んでしまって、飲み口をティッシュで拭き取り、差し出す。阿重霞さん両手で受け取る。

 とくとくとく。

左手でコップをつかみ右手をコップの底に添えて、つつ~~っと飲み干してしまう。

 「お、お姉ちゃん・・・。飲み過ぎだよぉ。」

 懐から取り出した和紙のようなもので、ついっと飲み口を拭き取り、こっちへ差し出す。拭き取った紙に口紅が乗り、コップにわずかに口紅が残る。うわ、ちょっと色っぽい。

 とくとくとく。

こちらもさすがに一口では飲めないが、二口、三口くらいで飲み干す。か~~、美味い。

また拭き取って、阿重霞さんに手渡す。

 とくとくとく。

また左手で持って右手を底に添えて、するすると飲む。あれ、両目からはらはらと涙がほおを伝ってる・・・。

 「う、う、この地に着いて、はや15年。探し続けたお兄様にはお会い出来ましたけれど、私が眠っている間にもう何人も妻を娶っていらしたなんて・・・。それにそれに、天地様も未だにはっきりしてくださらないわ・・・。ああ私はどうしたら・・・。」

コップをテーブルにコトンと置き、左手を畳について右手で着物の裾をたぐって、よよよ、と泣き崩れている。

 ふと天地君が横にいないのに気づき、見回すと砂沙美ちゃんと安全地帯に避難している。

がんばってね~~みたいに二人してひらひらと手を振っている。

 さ~て、どないしよう?古風な美人が泣き崩れている図、というのもなかなか見られるものではない。カラオケボックスのド演歌ビデオの1シーンのようである。黙ってしばらく見ていることにした(笑)。

 「もお、うら若き乙女が泣き崩れているって言うのに、無言で見ているなんてひどいですわっっ」

あ、今度は怒った。又コップをつかんで差し出す。はいはいお酒飲みましょう、お酒。一升瓶を右手で持って、また、

 とくとくとく。

 今度は少し口を付けて、どん、と傍らのテーブルに置く。

 「わたくし、本当に苦労してこの地にやってきましたの。恐ろしい目に遭ったことも一度や二度ではありませんわ。そして長い眠りから覚めたときに、天地様のお顔を間近でみてしまって、この方しかいない!そう思っておりますのに・・・。」

ちら、と柾木天地君の方を見て、

 「ああ、それなのに、天地様は、天地様はぁ~~~・・・。」

僕の膝に突っ伏して、泣き崩れる美人のおねーさん。あらら、この人泣き上戸?。

どーしましょう??と周りを見ると、何となく見て見ぬふり状態。この人いつものことなのよね~~、みたいな雰囲気。気がつくと、すーすー寝息を立てて寝てらっしゃる。

 「天地君、どうしようか??。」

右手で下向き矢印作って、手信号(笑)。それに気づいたノイケさんが苦笑しながら、

 「お二階にお部屋があるのですが・・・。」

 「わかりました。」

よっと、お姫様だっこして、膝をたてて入れて、足の力を使って立ち上がる。ちょっとふらつくけど米二袋よりは軽い。兼業農家な田舎のおっさんは結構強いのだ。

 ノイケさんの歩くとおりについていき、自室と言われた部屋についてベッドに寝かせた。

 「どうもすみません。阿重霞様、飲み過ぎてしまったようですわ。」

ささっとベッドメイクを済ませ、上布団をかぶせる。ホントこの人ただ者ではない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの章11

お酒の席は楽しいなっと(爆)。

福ちゃんは、魎皇鬼みたいに成長させようかと思ったんですが、GXP小説版のイメージがかわいらしすぎて、結局ビースト状態のままです。


一階に帰ってくると、まだまだ酒宴は続いている。ついでにトイレによって(おっさんトイレ近いのだ)、今度は西南君のところに行く。霧恋さんと言われた女性とノイケさんが話し込んでいて、お茶をすすりながら気まずそうに座っている。

 魎呼さんが、「なあぁ天地ぃ」と天地君にしなだれかかって、お酒を差しつ差されつ飲んでいる。柾木天地君も顔色一つ変えないところを見ると結構酒は強そうである。

 コップ酒持って西南君の隣に座って、

 「こんばんは、さっきは助けてもらったようでありがとうございます。」

 「いえいえ、まさかこの土地であんな力を感じるとは思いもしませんでした。」

言葉を選びながら慎重に会話する、そんな雰囲気。

 「地鎮祭だったっけ、そのまま慌てて出てきたんだね。」

 「ええ、そうなんですが、地鎮祭も終わって、実家の自分の部屋にいたところだったんです。俺、ここにいても何もさせてもらえないし・・・。」

 「は?。だって、自宅だし、その施工主だったよね?。」

 「ええ、そうなんですが・・・。俺が何かしようとするとうまくいかないことが多いし、月湖さんもとても張り切っちゃってるし・・・。」

また、「ぽ」と顔を赤らめる。素の表情が垣間見える気がしてちょっとかわいらしい。

 正直、なんだか予想も付かないような苛烈な時間を過ごしてきたそんな雰囲気の山田西南君である。どちらかというと、以前仕事で自衛隊父兄会という事務局の経験があるが、その自衛隊側の人に雰囲気が似ている。スーパー山田の御曹司と言う言葉の方が逆に嘘くさいし、ひどく薄っぺらい気がする。

 「ところで、山田西南君、あの一瞬見えた人型決戦兵器はなあに?。」

ちょいと意地悪に聞いてみた。びびくぅ、と正直に驚いた顔をしている。

 「やっぱり話すとまずいこと??。」

 「まあ、まずいことなんですけれど・・・。ここだけにしてくださいね。あの機体は、某国の最新機密人型兵器なんです。」

口に手を当てて、こっそりあなただけ、みたいな感じ。

 西南君の話では、重要海上輸送・護衛を任務とする職場におり、その職場の最新技術で開発されたものらしい。極秘裏にテスト中の機体だそうである。ああ、それで光学迷彩みたいなの使えるのね。最新自動車技術でも、周りの景色をボディに映しこんでうまく見えなくするような技術が開発中と何かのネット配信ニュースで見たことがある。

 「やっぱり、男の子はロボットだよね!。」

 「そうですよね!。モビルスーツとか言うと、心に熱いものを感じます!」と盛り上がる。

この辺でガマン出来なくなってきたのか、霧恋さんに西南君、お伺いを立てている。

 「そうね、私もいるし、少しだけなら・・・。」

 お、あっちこっちでとっくりが寝ている。また2,3本持って台所に行き、しばらく暖めて、またテーブルのあちらこちらへとっくりをばらまく。一本もって西南君の近くに座る。コップを持ってくることも忘れない。

 「ちょっとだけなら良いんでしょ?」

と、西南君に注ぐ。す~~っと半分くらい開け、ホッとした表情をする。

 「このお酒美味しいよね。どこのお酒なんだろう。」

 「ああ、瀬戸様からの贈り物のお酒を割ったものでしょう。」

ああなるほど、やっぱり知り合いのコネクションがあってと言うものか。これは正直うらやましい。お金で買えるたぐいのものではないと言うことだな。

 「新酒の時期なんか、美味いんだろうねぇ。皆さんうらやましい。」

 「え?、これから飲めるようになるんじゃないかな。あの人絶対放っておかないし。」

またまた含みのある発言。こんなんばっかり聞いているとあとで痛い目に遭いそうなので話題切り替え。

 「ああ、そうなの?。それはうれしいな。」

また、あーあ、って感じの気の毒そうな顔。え、なんでなんで???

 「ねえねえ、なんで、天地君もそうだけど、西南君もそんな気の毒そうな顔するの?」

はああ、と大げさにため息をつきながら、

 「控えめに言っても前途多難、でしょうねぇ(笑)。まあ、おかげさまで矛先がこっちに向かってくることが少なくなりそうなのは、ちょっと嬉しいですけど。」

「にや」とまた関わってはいけない系の笑みが怖い。

 「ううう、何が起こるのでしょう???。」

 「大丈夫ですって、ひょっとすると死ぬことよりも辛いことかも知れませんけど、それ以上に楽しいかも知れませんから。」

なんちゅう発言だか・・・。いたたまれず、自分のコップに酒を注いでグッと飲み干した。

 「じ、自分、おっさんだから、人型兵器も好きなんだけど、でかいフライホイール回してエンジン始動するような宇宙戦艦みたいなのが好きだったりするんだな。全長300mとかってゆー。」

西南君の雰囲気に圧倒されかけて、慌てて話題転換(笑)。

そう、回転式三連主砲からビーム兵器を発射したり、最新設定では砲弾まで発射出来るあのアニメである。

 「え~~、でも明らかに艦橋があるなんて撃ってくださいと言わんばかりじゃないですか。」

 ぐ、痛いところを突く(笑)。西南君も話を合わせるのがうまい。

 「それに銀河水平面って何なのよ、と言いたいんですよね俺は。それに喫水線で上下塗り分ける意味がわかりません。」

ぬおお、結構詳しい(爆)。

 「一度、惑星から格落ちした某星で潜水艦行動したじゃん。赤い方上に向けて。」

半分空けたコップをさらにあおって飲み干す西南君。ささ、まあ一杯と注ぐと、ぐっと飲んでテーブルに置く。

 「それはそうなんですけど。」

 「それに、発掘戦艦とか、先の大戦中の沈没戦艦に偽装したとか言うと、萌えない?。」

 「う、ちょっと来ますよね、そういうキーワード。」

 「一度、艦長!って言われてみたいなぁとか思うもの。」

艦長の言葉に一瞬びくっとなる西南君。

 「あんまり、良いものでもないですよぉ」

 「は?。」

言われ慣れてるのか???

僕も西南君に注いでもらってコップ半分くらいまで開ける。

 「単騎対複数の圧倒的不利の中を敵中突破、理論的には無理があっても、単純にスゴイよね~~。」

 「強力なシールドと、こちらが十分に小さく運動性が高いこと、さらに強力な武器と、それらを支えるエネルギージェネレーター、そしてほとんど神がかり的な射撃と操船があればなんの問題なかったですね。な~、福。」

うわ、なんだか知らないけど一度経験済みみたいな言い方がスゴイし、納得させられるすごみもある。みゃあと鳴き、ととと、と膝の上に乗ってくる、耳が大きい猫のような焦げ茶色の動物。膝の上で気持ちよさそうになでてもらっている。

 「へえ、かわいいねぇ、福って言うの?。ちょっと抱かせてもらって良い?」

 「福、ごめんよ。」

抱き上げて、僕に渡してくれる。ちょっと不思議そうな表情で僕の顔をしばらく見ている。しばらくは撫でられていたが、そのうち飽きたのか西南君の方を見てジタバタし始めて、西南君のお膝の上に戻る。

 「あーあ、西南君の方が良いんだねぇ。ご主人様はよくわかるんだね。」

 「小さい頃は俺の姿が見えないと、パニックになって探し回っていたんですよ。今はお友達も出来たし、一人でもお留守番出来るよな?。」

みゃ!と手を上げる仕草が本当にかわいらしい。

 「ほんと、賢そうな動物だねぇ。」

みぎゃっっと何かショックを受けたみたいなリアクションをする。

 「福ちゃんは私たちのパートナーですから、ほかの方から見ると不思議でしょうけど家族と同じなんです。動物って言うと怒るんですよ。」

ノイケさんと話していた霧恋さんが解説してくれる。

 「これはこれは失礼しました。どうもすみません。」

ペットという扱いと、家族という扱いで人によっていろいろあることを忘れていた。

 またコップを取ろうとした西南君、コップを取り損ねて落としてしまう。

 「もう、西南ちゃん飲み過ぎよ・・・。」

かいがいしく、こぼれたものを拭き取ってコップを元に戻す霧恋さん。ついっついっと肩を西南君の胸に当てている。この人結構やるじゃん(笑)。なんだかいろいろあったと聞くけれど、幸せそうにしている今があればそれで良いじゃないかと思う。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの章12

ようやく第一章が終わりました。


「そういえば、田本さん、今日は何のご用でこちらのお宅へ来られたんですか。」

霧恋さんが前髪を耳へたくし上げながら、不思議そうな表情で聞く。

 「いえね、柾木勝仁さんが百歳のお誕生日を迎えられると言うことで、祝い金と祝い状が県と町から出るのでそのお話に来たんですよ。ちなみに、職業は地味を絵に描いたような地方公務員です。」

 「それで、急転直下あのようなことに・・・。地方公務員ということは、お生まれはこのお近くなんですか?。」

 「ええ、ここからクルマで15分ほどの金光町の外れです。学生の時に県外に出たきりで、あとはずっと金光町に住んでいます。」

我ながら完全無欠の岡山県民であるといえる。

 「今も気持ちは、日曜日の午後八時からのリフォーム番組の決まり文句です。なんと言うことでしょう、みたいな(笑)。」

 「そ、そうなんですね、それはお気の毒に・・・。」

あれ、結構受けるはずなんだけどな・・・。テレビの番組知らないのかな?。

西南君、眠そうにこっくりこっくり船をこいでいる。

 「あらあら、西南ちゃん、もう帰る?。」

ふと時計を見ると、もう10時を回っていた。西南ちゃん帰るわよと、膝と言うより太ももを揺する。お、今晩OKのサインか?(爆)。眠そうな目の山田西南君の手を引いて立たせて、

 「それではみなさん、今日はお世話になりました。西南ちゃんと一緒に帰ります。」

 「西南君、来週また来るかい?。今度は鳥鍋を用意しておくから。」

 「え、天地先輩、鳥鍋ですか?いきますいきます。是非呼んでください。」

なんだか好物だったらしい(笑)。ふらふらとした足取りで、途中あちこちに蹴躓きながら、そのたびに霧恋さんに手を引かれたり、腰回りをがっしりと持ってもらったりしながら帰って行った。なんだか異常に危なかったしい印象が残る。さて、自分もそろそろおいとましなければ。

 「天地君、今日はいろいろありがとう。柾木勝仁さん今日はお世話になりました。そろそろ自宅に帰ります。・・・天地君、ここの番地って何番地だったっけ?運転代行呼ぶから・・・。」

 「え~と、ちょっと待ってください。」

鷲羽ちゃんに目配せすると、鷲羽ちゃん、また例の空中キーボードをポチッとなと操作する。OKらしく天地君がうなずく。

 「上竹町16○4番地の21です。」

いつも使っている運転代行業者へ電話をかけて番地を告げて来てもらうことにする。ちょうど混み合っている時間帯らしく20分ほどかかるという。先ほど用意してもらった服に着替え、洗って返すと言ったけれど、半ば強引にノイケさんに借りていた天地君の服を取り上げられてしまう。

 「どうもすみません、それではよろしくお願いします。」

例の眼鏡をかけると、懐かしいお腹周りが帰ってくる。

 「身体の変調を感じたりしたら、遠慮なく電話をかけてくるんだよ。天地殿と私の番号を入れておいたから。」

 「今日は謝ってばかりなんですけど、本当に重ね重ね済みません。お世話になります。」

 一升瓶を肩に担いだ魎呼さんやノイケさん、勝仁さん、鷲羽ちゃんにちょっと眠そうな砂沙美ちゃんにまで送ってもらって玄関の戸を閉めた。その瞬間、なぜかとても遠いところに放り出されたような気がしてちょっと不安になる。今までのあの雰囲気は嘘だったかのように静まり返る。天地君の言葉通り、僕のクルマは家の裏手に駐めてくれていた。

 まだ時間があるので助手席を開けてシートに腰掛ける。天を仰ぐと、天の川を始め昔学校で習った星座が見えている。小さな頃、親の言うことを聞かず、怒られついでに外に閉め出されることが良くあったのだが、泣きわめかずに黙って夜空の星を眺めていたそうである。

 あまりにも美しく、宝石をばらまいた様に見えて全く見飽きない星空。某宇宙戦艦が膨大な距離の星の海をわたって、地球と目的地の星を往復し、汚染された地球を救うあのテレビアニメを見てから星々の間の膨大な距離を計算しようとして、家にある計算機の桁数が足りない悔しい思いをしたり、人類最速のスピードを獲得した初の惑星探査船ボイジャーでも、一番近い恒星系のアルファ・ケンタウリまで一生をかけても行けない事実を知って絶望したり、そんな少年時代だった。

 SFマニアなら一度は考える、光の速度を突破する方法を妄想したりした。先ほどの某アニメならワープ航法と言い、スペースオペラ系ならハイパードライブとか、宇宙船内にブラックホールを抱え縮退炉と言わせ、光速突破するものもあった。

 こういうことを考え始めると、本当に時間を忘れてしまう。ぼ~~っと、青く光って見える星や赤く光って見える一等星を眺めていると、あそこへ行って間近で見てみたいと言う狂おしい想いが胸に満ちる。ああ、どうしてこんな時代に自分はいるのだろう・・・。

いつもの想いに思考がループしたときに、星々の明かりを打ち消す人工の明かりが二つ見え、運転代行業者が到着した。

 「あの~すみません、田本様ですか。お待たせしました、とびうお運転代行です。」

 「はいそうです。それじゃぁこれで。」

運転代行業者にキーを渡し、助手席に乗り込む。業者が運転席に乗り込み、キーを挿してエンジンをかける。その刹那一瞬まぶしい光が車内に満ちるが、すぐに車内灯がおぼろげにつくいつもの車内にもどる。

 「今の何なんですかね?。」

さっきの人々の仕業のような気もするけれど、とにかく疲れているし、ほかに何にも起こらないしで、気にしないことにした。

 「さあ?。」

やる気のない眠そうな声で答える。

夕方からの出来事はすべて嘘で、現実はこっち!と言い張るように、べべべべべ、と小さな三気筒エンジンは快調に安っぽいノイズと共にアイドリングしている。

 「金光町○○地区の○○番地までお願いします。」

半分うとうとしながら、そこ右、そこ左と言っているうちに自宅到着。お金払って、鍵を開けてはいると、すでに両親とも就寝していた。自室に入って着替え、横になると意識は現実を手放した。

始まりの章・終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続いての章1

金曜日の夜が終わったんですが、土曜日の午前中から話が始まります。

あくまでも、こういう主人公なので、ということでご承知置きください(爆)。

続いての章始まり、始まり~~♪。


【妄想シミュレーション二章】

続いての章

 

 夢、だろうか。

およそ、見たこともないイメージが目の前に広がる様な、繋がっているものと共に視る様な・・・。

 

真っ暗闇だと思っていたところに光が差す。水平に何かが開く様に光が増えていく。

まあ、なんてかわいいと言う声がどこかからしている。と同時に周りにたくさんの同じような存在があることがわかる。

 「新しい仲間だ。歓迎!、ようこそ!、帰還おめでとう!、これからもよろしく!。」

のような、語りかけが爆発的に届いてくる。嬉しさと不安、希望というイメージをたくさんもらった。

 自分の意識が認識されたときには、傍らの母と、あとは近くの「大きな存在」と少し離れたいくつかの「存在」、そしてずっと遠くにたくさんの「存在」がいることがわかっていた。そのうち、もっと遠くを移動している「存在」もいくつかあることがわかった。

 母様は、あなたもあのように飛べるのですよと、優しく語りかけてくれた。そのためにはお友達を見つけないといけませんね、とも言った。

 

 お友達って何だろう・・・。未だ母の枝に抱かれ、まどろみの中を漂ううちに、時は過ぎていった。母と自分の周りでは、まるで水面の泡沫の様に命が生まれては消えていく。そんななかでも、母の「お友達」は永く一緒に生きている様だった。

 ある日、近くの泡と感じるものに、煌めきを感じた。日を追うごとにその想いは大きくなるが、またある日を境に想いは凍り付いていく。それは絶望という檻。それでも、飛ぶことを願う想いは、時々その檻を抜け出し、遠いところに行こうとしてはまた落ちるというようなことを繰り返している。このままだとこの泡が消えると何もかも消えてしまう。

 

 母様、あの泡と一緒に行きたい。

 

 始めてそう思った。母様は、あれは泡ではありません。私たちからすれば短い時を生きる人間という存在。そうですか、ついに見つけたのですね。と言った。

 

 母様と僕は、空間に枝を伸ばす様に情報を得て情報を返す。冷たく石の様なものの中を流れる情報とつながって情報の大波を起こさない様に、少しだけ改変した。

 

 これで会えるね、母様。

 ええ、すぐ来てくれますよ・・・。

 

思い出もまた情報。それを周りに預ける。そうすると大きくうねりながら想いが情報としてまたここに帰ってくる。

 

 私たちは「樹」。人と共にいることを選び、共に跳ぶことを約束したもの。

 

わかる!。たくさんいる仲間からたくさんの情報をもらい、たくさんの知識を学ぶ。お友達が決まった樹もいれば、決まっておらず、飛ぶことを待っている樹もたくさんいる。

 

頼りない、浮かぶような、そんな感覚だったものが、暖かく堅いものに埋まり支えられるそういう感覚に変わる。その暖かく堅いものはとても熱い光に接している。

 暖かく堅いものに、そろそろと「足」を差し込んでいく、枝分かれしてもっと深く、光と熱を求めて、もっと深く、もっと広く。「足」が広がりきったところで、その「足」から熱い光が身体に流れ込んでくる。ごうごうと流れ込んできたものは、今度は「腕」として反対方向に膨らむ。まっすぐに「足」と反対方向へ大きく、大きく・・・。

 今度はさほど熱くない光が伸びていく「腕」に当たる。二つに分かれたものが、四つに分かれ、八つに分かれ・・・。熱くない光はまた別種の力を呼び、もっともっと光が欲しい、そう思う。冷たく流れるものが「足」にかけられた。熱くない光と冷たく流れるものは、「腕」を大きく広くすることに役立った。広がった足から熱い光が身体にたまる。

 熱い光の使い方は、周りのたくさんの仲間から教わる。大空に出たときに、大空の結び目をほどいてその中に入って、行きたい方向に行くんだよ。自分がここでいいやと思うところで大空に頼んで出してもらうんだ。

 みんなにそう教えてもらった。跳ぶのがうまくなるともっと遠くに行ける結び目に入れるようになるよ。それに、私たちは遠く離れていてもいつも繋がっていられる。

 その次に、友達や自分を守るために「盾」の作り方も教えてもらった。花びらのような半透明の盾。出来るだけ作ってごらん、と母様と同じくらい大きな樹に言われてがんばってみると8枚の花びらが持てた。おおんおおんと喜ぶ波が来る。みんなありがとうと波を返す。今度は、「剣」も教えてらう。花びらを絞り込んで細く鋭く・・・。

出来たけれど、あまり面白くない。それよりも早く跳びたい。

 友達と想いは一心同体。その想いがあって始めて一緒に跳べるんだ。「樹」だけじゃうまく跳べない。

 友達って、あの「泡?」

そうだよ。すぐに消えてしまう「泡」のままじゃ一緒に跳べないよね。あなたが、きみが、そなたが、いま「足」から取り込む熱い光で、「泡」を私たちと共に在るようにできるよ。熱い光を友達に重ね合わせるんだ。そうするとずっと一緒だ。

さあ、友達と一緒にどこまでも、どこまでも行けるところまで!。

 

 

 う~~、スマホが鳴っている・・・。「黒電話」の音に設定しているので、うるさい。カメラ機能の白色LEDも点滅している。しょうがないので、ゆっくり起き上がり、電話に出る。まだ半分寝ているので誰からかよく見えない。

 「はい・・・・・。」

 「もしもし、あ、田本さんでしょうか?。」

若々しい声。誰だっけ?。

 「おはようございます。柾木天地です。突然電話してすみません。ちょっと困ったことが起きたんで、何とかならないかなぁと・・・。」

 「どもども、おはようございます。昨日はいろいろお世話になっちゃってごめんね。で、どうしたの?。」

 「あのお、今俺が使っているパソコンなんですが、今日起動しようとしたら起動途中で固まってブルーバック画面になってしまって・・・。」

 「もしかして、強制終了して起動し直しても、その画面で止まって起動しない??。」

 「そうなんです。来週火曜日の指導監査用の書類を作ろうとしてるのに・・・。」

ああ、そういえば昨日柾木勝仁さんに大急ぎで帰ってこい、と言われてとりあえず持ち帰り仕事にしたんだな。

 「名簿とか入ってないんで、とりあえずメールで送って今日開こうとしたところなんですよ。」

 個人情報保護ということで、ホントは役場の取り決めで、持ち帰り仕事はしてはいけないことになっている。ま、でもしょうがないでしょう・・・。いろいろみんな最近は忙しいし。

 「わかったよ。ええっと、ノートパソコンだっけ?。機種名は?。」

 「MECのパーサーVJ21と書いています。」

お、数年前の機種だからハードディスクはSATA接続だな。

 「ちなみに、バックアップなんてとってないよね・・・?。」

ちょっとした期待を込めて・・・。

 「はい取っていません(キッパリ)。」

やっぱり(汗)。あ~~~、困ったときのバックアップなのに(笑)

 時計を見ると、今は午前10時半。

 「うんわかった。特別に何とかしましょう(笑)。ええっと、とりあえず、シャワー浴びて道具持って出るからそっちにつくのは1時過ぎかな。」

 「あ~~、良かったです。それじゃぁお待ちしています。」

そういえば、昨日結構、お酒頂いたけど身体は快調である。最近深酒すると次の日残っていたのに・・・。やっぱり良い酒は残らないんだな(笑)。

 キッチンに行くと、書き置きがあった。

 (留美ちゃんところに行ってきます。ポッキーの散歩よろしくお願いします。)

ちなみに、留美ちゃんは僕の妹の子ども=姪である。なかなか結婚しない長男を放っておいて姪っ子のところに両親とも遊びに行ったと。ポッキーは飼い犬で、柴犬である。あんまり鳴かないので番犬にはなっていない(笑)。

 と言うことは、夕方には帰ってきて、散歩に行かないといけない。

とりあえず、用意されていた朝ご飯セットを完食(ご飯、味噌汁、漬け物、納豆、目玉焼き)。洗い物は、僕が以前プレゼントした食洗機に任す。急いで風呂場に行ってシャワーを浴びた。身体を洗っていると昨日の記憶がよみがえってくる。やっぱり、あれは夢なんかじゃないんだ・・・。

 適当にジャージとTシャツを身につけて、パソコンレスキューセットを準備する。細いプラスドライバーや小型のニッパー、カッターナイフとなどが入った道具箱、新品ハードディスクに、クレイドルタイプのハードディスクコピーマシン、内蔵ハードディスクを外付けとして使うUSBタイプのボックス。自分のLinux入りパソコンに、いちおうジャンクパソコンを復活させてOSを入れたもの。それらを大きめのメッセンジャーバックに詰めて、愛車の青い「二台目」の軽自動車で出発する。リース契約の方は新車購入で、まあ趣味で乗っている方も乗らないと。

 そう、僕の趣味の一つに、パソコンいじりがあって、こうやって、休日にはお便利君状態に呼び出されたりするのだ。と言ってもまあそんなにスキルがある方ではないけれど「壊れた」と購入ショップに持ち込むよりも安く済んだりする。

 柾木家に向かう途中、少し遠回りをすることにする。昨日のお礼をかねて、お酒の一升瓶を購入。あんまり高いものは無理だけれど、そこそこの値段でちょっと違う雰囲気を狙ったもの、みたいなのを購入した。いちおう昨日あれだけお酒を頂いたからそれくらいは返しておきたい。

 もうひとつ、スーパー山田に寄ってアイスクリームを買っていこうと思い立つ。この時期こういうものはどの家庭でも喜ばれる。

 そんなこんなで、昨日の夜で暗い中だったけど、何となくうろ覚えがあるところを曲がって坂道を上っていくと柾木家到着。

 呼び鈴ボタンを押すと、誰かが元気よく走ってくる気配がして、玄関の引き戸が開かれる。

 「こんにちは、田本さん。天地兄ちゃんがお待ちかねだよ。」

 「剣士君、こんにちは。昨日はいろいろお世話になったね。これ、お土産。」

某酒店の無地のビニール袋に入った一升瓶と、スーパー山田の名前が入った袋を手渡す。

 「砂沙美ちゃん、ノイケさん、田本さんからこんなの頂いたよ~~。」

と廊下の奥に走って行く。

 クルマから荷物を下ろして、玄関で靴を脱ごうとしていると、折り目正しい感じで歩いてくるノイケさんが見えた。

 「あらあら、どうもすみません気を遣わせてしまったようですね。」

 「いえいえ、昨日の美味しいご飯やらお酒やら、本当にありがとうございました。」

 「あ、田本さん待ってました。急にお願いしてどうもすみません。」

天地君が玄関に出てくる。茶色っぽい、少し変わった作務衣のような上着にジーンズのズボンをはいている。キリッと身体が締まっていて、結構うらやましい体型だなぁ、とか、ふと思う。剣士君は、また縄文バッグを袈裟懸けに、入れ替わりに外へ走り出ていく。

 「行ってきまーす。」

 「夕方には帰ってきてくださいね。剣士様。」

 「わかってるって~~。」

あの元気さがうらやましい。走ったのって何年前だっけ・・・。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続いての章2

やっぱり鷲羽ちゃんの毒牙に・・・。

ひとがいいのだか、わるいのだかわからない田本さん、これからさらに・・・。


「それじゃあ、さっそく。」

 手早く天地君のパソコンの状態を把握する。なるほど、ブルーバック画面から起動しない。裏返して持ってきた道具箱から細身のねじ回しを取り出して、ハードディスクを摘出。USBタイプのボックスに入れて、今度は自分のパソコンにつなぐ。ただし、ウインドウズではなくLinuxで起動する。この辺は本屋さんで売っているLinux関連の本についてきている付録DVDでデュアルブートモードの環境を構築出来る。そんなに難しいものではない。

 Linux側からハードディスクは無事認識され、必要と思われるファイルを自分のパソコンに救出して保存。

 「天地君、自分の保存ファイルはだいたいどこに置いているの??。」

 「はい、マイドキュメント内とあとはDドライブです。」

ふむふむとファイルを読み出し救出する。Dドライブの深いフォルダ階層に画像ファイルと動画ファイルがたくさんあるけど、これは聞かないようにしよう(笑)武士の情けってやつだな(爆)。にっと笑って天地君の顔を見ると、真っ赤っかだし(笑)。

 ウインドウズの起動ファイルが壊れていると同じことになるけれど、ダメ元でクレードルタイプのハードディスクコピー機で、ボックスから取り出したハードディスクの内容を新品で容量二倍のハードディスクにコピーする。ボタン一つで機械的にコピーするものでパソコンを介さないので高速だしお手軽である。

 ポチッとなとボタンを押したところで背後に嫌な気配を感じる。

 「鷲羽ちゃん、どえええ~す。」

ああ、やっぱり。

 「そ、そういえば天地君、この人(人差し指で背後を差す)に頼めば良かったじゃん。」

 「あまりに原始的な情報機器だそーで、あたしにゃ無理と拒否られました。」

あ、そ(爆)。

 「原始的な情報機器だけど、いろいろ機材を並べられるといても経ってもいられないのよね~~。宇宙一の天才科学者鷲羽ちゃんとしては。」

 「左様でございますか。さて、本日は如何様でございますか、な?」

若干棒読み口調で答えているところに、お茶セットを持ったノイケさんと砂沙美ちゃん登場。

 「天地兄ちゃんがお仕事出来ないんだからジャマしちゃダメだよ。鷲羽お姉ちゃん。」

 「田本さん、どうぞ。」

 「あ、どうもありがとうございます。」

からん、と麦茶を入れたガラスコップに氷がぶつかる。冷たい麦茶がうれしい。あらら、気がつくともう3時に近い。

ぽて、と作業している自分の隣に座って、うふふ~~、うふふ~~とうれしそうだけれど黙ってみている鷲羽ちゃん。

ハードディスクコピーマシンが古いハードディスクから新しいものに内容コピーが終わったとLEDを点灯させている。どれどれ。

 こんどは、コピーし終わったであろう新しいハードディスクを天地君のパソコンに入れて起動してみる。あれ、あっけなく起動しちゃった(笑)。

 「なんだ、ハードディスクがちょっとお疲れだったようだね。このまま使ってよ。」

ちょっとパーティションの大きさをささっと変更して、天地君に渡す。

 「え、新しいハードディスクでしょう?」

 「うん、5000円くらいかな。でも昨日お世話になったから良いよ。」

 「もしかして、どうにもならなかったらいけないので代車じゃないけど代パソコンも持ってきていたんだ。」

 「とりあえずちょっと使ってみて。古いハードディスクは、この箱あげるからフォーマットして外付けハードディスクで使えば良いよ。・・・あ、そうだ。」

古いハードディスクは、また箱に戻して自分が起動しているパソコンに接続、フォーマットして救出したファイルを書き戻しておいた。これくらいならちょっとパソコンに詳しい人なら誰でも出来る。

だいたい用が済んだし、な~んとなく嫌な予感を感じるので、そそくさと片付けを始める。

 「田本さん、大丈夫のようです。自分宛に送ったメールも確認出来ましたし、仕事のファイルも起動出来ました。これで、明日職場に行かなくて済みます(笑)。」

 「そりゃ良かった。そういえば、総務課はこの時期指導監査だねぇ。お疲れ様。」

ホッとした表情の天地君。あれ、この人こんなに良い笑顔するんだっけ。役場ではホントに目立たないのに・・・。

メッセンジャーバッグにすべて詰め終わって、

 「それじゃぁ、夕方には犬の散歩も行かなきゃならないので、これで帰ります。」

しゅたっと立ち上がろうとすると、無言で鷲羽ちゃんに「がしっ」と腕を掴まれる。

 「うっふっふ。わたしに会ってタダで帰れると思うのかいぃぃぃ。」

また両肩と頭に「モルモットご一行様ご案内」とのぼりが立っている。なになに??なんだか昨日と同じパターンのような・・・。

 「田本殿の今後のことを考えると生体強化も必要だろうし、さらに体質に若干気になることがあったので、ご期待にお応えして、体質改善あ~~んど、生体強化モンスターねとねと君4号だわよ(はあと)。」

 「何も期待しとらんわ~~~。」

 手を振り払って、逃げようとしたけど時すでに遅し。黄色いスライムが廊下から雪崩を打って、僕に覆い被さる。

 「うっっわぁぁぁぁ~~~~。」

 

ちゃぽ~~ん、かららら。

 「剣士、耳の後ろまでちゃんと洗うんだぞ!」

 「洗ったよー。天地兄ちゃん、今日は山の尾根の向こうまで行ったんだよ。」

 「怪我しないようにしろよ、もうすぐ定めの時が来るんだから・・・。」

 「わかってる。そのためにも出来るだけいろんなことを勉強しておきたいし身体も鍛えておきたいんだ。」

天地君と剣士君の声が聞こえる。あたたかい・・・。

 「田本さん、・・・・田本さん。」

優しく低い声の天地君・・・。また肩を揺り起こされる。

 「ううう、また風呂落ちだぁ。」

不気味な軟体動物に身体中這い回られて、あまりな感覚に、まあ適当なところで意識はシャットダウンされたらしい。

 「天地兄ちゃん、あとどれくらい時間はあるのかなぁ。」

 「鷲羽さんは、今度の満月の夜だって言ってたぞ。訪希深さんにいろいろ教わっているんだろ?。」

 「うん、向こうのことはだいたい習ったよ・・・。身体洗ったから先に出るよ、天地兄ちゃん。」

なにやら一言、二言、天地君と剣士君の会話が聞こえて、剣士君はあっという間に風呂から出て行った。

 「今日はごめんなさい、お呼び立てしといて・・・。」

 「鷲羽ちゃんが隣に座った時点で、気がつかないのは我の不覚のいたすところ、お気になさるな。」

ひらひらと手を振って答える。

 「まあ、なにやら僕のこと考えてくれているようだし・・・。」

と言って、隣の天地君を見ると、なんだかものすごく気の毒といった表情である。ぞわぞわと這い上る不安感に天地君に聞いてみる。

 「ねえ、もしかして、もっと大変なことが起こるのかなぁ・・・?。」

もう十分に大変なことだろ!、と自己突っ込み中。

 「ええ~~っと、明後日の月曜日はもしかすると休み取った方が良いかなぁ、なんて、俺は思うんだけど・・・。」

 目をそらし気味に、頭を掻き掻き結構すごいことを言う。月曜日に休みを取る、というのは役場の窓口がある課では、かなりハードルが高い。月曜日と言うことで、様々なお客様が土日に済ませられなかった用事を済ませに来るからである。当然、うちのような小さな役場だと午前中は自分の席に帰れないことも多かったりする。よしんば自分の席で居られても電話対応して数時間が過ぎてしまうことなんて良くあることなのである。

 ま、でも今日は土曜日。先のことを考えても何にもならない。

 「そういえば、今何時?。」

 「5時半くらいでしょうか?」

うわ、2時間以上経っている。あのねとねと君4号に何されたのかはわからないけど、とりあえず身体も動くし、田本さんお得意の棚上げにしよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続いての章3

伏線張りまくり~~、だけど使い切れるのか心配です(自爆)。


「晩ご飯のおかず買って、わんこの散歩行かないと!。」

ざばばと立ち上がって、洗い場に行く。しかし広くて綺麗な風呂である。基本的には木造のようだが、その木が結構太いのに微妙なカーブを描き、透明天井を支えるようなデザインになっている。結構健康ランドとか好きでよく行ったりするけれど、こんなデザインを見たことはあまりない。

 視線を感じ振り向くと、なぜかこちらを凝視する天地君。ちょっと寂しそうな、悲しそうな雰囲気もある。あんなにたくさんの女性に囲まれて何が不満というのだ!(笑爆)。

 「うん、どうしたの??。」

 「い、いえ、何でもないです。」

 「天地様、田本様、着替えをここに置いておきますね。」

ノイケさん完璧だぁ(爆)。

とりあえずは、身体洗って、元々着ていた服を洗ってくれたのだろう、丁寧にたたまれたジャージとTシャツを身につけて、慌ただしく風呂場を出る。

 「じゃあ、今度こそごめん、帰るわ。パソコン調子悪かったらまた言ってね。」

 「こちらこそ、済みませんでした。いちおう明日連絡入れます。」

ぺこり、と綺麗なお辞儀をする。身体鍛えているんだろうなぁ、動きがなめらかでスムーズである。作務衣の様な着物?越しにも引き締まった筋肉が綺麗に動いている。

 「ええと、やっぱり、こなきゃだめ???。」

なんだか、こう、最終防衛ラインとか太陽系絶対防衛ライン、みたいな予感がしまくってるんですけど・・・・・。

 「はい!お待ちしています。」

出るのはため息ばかりなり。なぜかうれしそうな天地君。今度こそ、鷲羽ちゃんにつかまると結構大変そうなので、天地君に頼んで荷物を取ってきてもらって、クルマに積む。

 「うちのわんこ、おしっこちびっちゃうといけないから、これで帰るね。皆さんによろしくお伝えください。」

 と言って、エンジンかけて脱兎のごとく飛び出す。とりあえず、お土産持って行ったし、借りは、ないと思う(笑)。ふうう、今日のところは逃げられたぜ!今日のところはったって二日だけど。

 ぶううういいいん、とちょっと古い僕の軽自動車は快調に走る。このクルマは、どこかで一〇万キロほど乗られて、近所の整備工場に引き取られ、代車として余生を過ごし、昨年3月に水漏れやら塗装の劣化やらがあって廃車予定で眠っていたクルマである。

 元々好きな形式のクルマだったので、整備工場に交渉してクルマ自体はタダで譲ってもらって不具合を直し、塗装も少し直してもらって乗っている。誰も見向きもしないクルマだけれど自分はこれで良い、し、好きで乗っている。

 左に方向指示器を出して、歩道を越えてスーパー山田の駐車場に入る。このあたりでは非常に人気のスーパーで盆・暮れ・正月などには駐車場整理のため警備員が出動するほどである。

 今日は、両親共に妹夫婦の家に行っている。晩ご飯は適当に調達しなければならない。別に全国展開しているお弁当屋さんでも良いし、コンビニでも良いけれど、圧倒的にスーパー山田のお総菜が美味しい。

 店に着いたのは午後6時過ぎだった。買い物かごを持ってお総菜コーナーに行くとやっぱりほとんどが売り切れている。3割引になるのは午後7時になのに・・・。ま、残り物には福があるとも言うし。

 お、でも自分の中で結構順位の高い「メルマス・カリー弁当」と「旨味ひじきの炒め煮」、「バルタ印のポテサラ」、「火煉の唐揚げ」が残っている。特にメルマス・カリー弁当はコクと辛みのバランスが良くしかも、鮮烈な辛みがあとから来る。それで480円というのがすばらしい。火煉の唐揚げは、これがお総菜??というほどジューシィであっさりとしていながらしっかりついている下味が美味で、そこらの中華料理店の唐揚げを遙かに凌駕している。コーナーに残っているものはすべて買い物かごに入れて、今度はスイーツコーナーに行く。ここもほぼ全滅であった(笑)。おお、なんとか一個残っている。「柾木家の冷たいキャロットグラッセ。」ぐっと詰まった甘みが作った人の人柄を感じさせる。しかもニンジン特有の草臭さのようなものをわずかに残してスパイスにしている。もちろんそれも買い物かごに入れて、鼻歌交じりにレジに並ぶと、昨日会った霧恋さんがレジ打ちしている。

 「あ、こんばんは。昨晩はお世話になりました。」

 「いえいえ、こちらこそ。」

ちょっと目を伏せがちに小声で言う。なるほど、立場上この場所で面識があると他人に思われるのもまずいのかもしれないな、と思い表示された金額のままにお金を払い、あとは特に目を合わせない。事務的な「ありがとうございました。」との言葉を背中に受けて袋に詰め、外に出る。

 帰宅すると、我が家の柴犬ポッキー君がうれしそうに待っている。おとなしくほとんど吠えない犬である。やかましくないので良いのだが、お腹がすいたときとおしっこの時はキュンキュン言って要求が通るまでやめない。

 お散歩セットを持って外に出て、いつものコースをぐるっと回って帰ってきた。

う~~、やっと自由な時間だ。ま、でも天地君のうれしそうな顔が見えたから良いか。

 買ってきたお総菜をレンジでチンして、テレビつけて、グルメ番組を漫然と見ながらお食事。うん、今日はそこらのグルメリポートよりもこっちが勝ってる、と思えるほど美味しい。これだけで1500円少々である。スーパー山田には足を向けて寝られないなぁと思う。食べ終わり片付けして、自室に引きこもることにする。明日は、とりあえず午後からちょっと心も重い柾木家訪問があるが、ま、なるようにしかならないでしょう、結局のところ。

 愛用しているメッセンジャーバックをクルマから降ろして、パソコン復旧スペシャルセット(笑)を片付ける。メールの確認してネットサーフィンしようと自分のパソコンをポチッとな。

 Linuxとのデュアルブートなので起動途中で一時停止して、どちらを起動するかメニューが出てくる。あれ、見たことないメニューが追加されている。昨日か一昨日アップデートを試したんだっけか・・・・?とりあえず、いつものウインドウズを選んで起動。メールチェックして、新手のスパムメールをメールソフトに認識させて振り分け対象にする。ひととおりWEBをサーフィンしてシャットダウン&再起動。さっきの気になるメニューを起動してみる。

 一瞬真っ暗な画面になり、小さな白い矢印が出て、「JYURAI_OSversion3.47」の文字が点滅し始める。その後、どこかと接続してダウンロードバーが現れ、見たこともない速さで何かのダウンロードを始める。うわっやられたウイルスか!と思って、電源ボタンを長押しするがシャットダウンしない。くっそ~~、システム崩壊は何とか回避せねばと、ACアダプターを抜き、バッテリーを外しても画面が消えない。万事休すと、しばらく画面を眺めていたら電源に接続してくださいと明朝体の日本語で出た。

 大丈夫なのかなぁと、バッテリーとACアダプターを戻す。だいたい、ウイルスだと、文字化けしてしまうか、変な英語の画面になるとか日本語でも無理矢理訳したような言葉になる。でもおかしい、バッテリーがないのになんで動くんだろう・・・?

 そういえば、あのねとねと君4号にのしかかられて、天地君ちのお風呂で気がつくまで2時間半の空白時間がある。しかも鷲羽ちゃんの目の前に起きっぱなしだった訳である。なにやらおかしなことをされていても不思議はない・・・。

 でもなぁ、今まで何の接点もなかった一介のおっさん公務員になぜそこまで手を尽くすというか気にしてくれるのだろう。金曜日にまずいものを見たというなら、記憶を消して、役場の情報をわからないように改ざんし、処置の終わった僕をクルマに乗せて、道ばたに駐めておけば誰も気づかないだろうに。

 そうでなくても、昨日のお酒に何か混ぜておいて、今朝の目覚めと同時に記憶を消すとか何とか・・・。それにナノマシンとか当たり前に使ってそうな気もする。そういうものをどう使えばどうなるかは、SFのお話の中のことしか知らない。実際2014年の日本にはまだそういったテクノロジーはない。

 柾木天地君を取り巻くあの家には、何らかの謎がある。そして、金曜日の柾木神社訪問が何か大きな出来事の引き金になってしまったらしい。あのみんなの驚き様から彼らにとっても想定外で、しかも僕の身体まで巻き込むあの熱気バーストのようなものは、さらに上を行く想定外のようだが、彼らは何らかの手段で押さえ込むようなことも出来ること。

 そして、皇家の樹、コアユニット、というキーワード。そして、僕にだけ見えた赤ん坊とその母親の様なビジョン、謎のクルミの様な種とそれの発芽・・・。う~~~む、じっちゃんの名にかけても何も出てこんし、座禅組んで口でぽくぽく言ってもなんもでてこない(笑)。やっぱり明日誰かさんのぬるぬる君だかべとべと君だかの襲撃を覚悟で行くべきなのか・・・。

 眼鏡を外してみると、お腹のお肉もない。冗談で以前職場の人に言われていたが、「夜になると後ろのジッパー開けて脱ぐんだろ?その肉襦袢。」を脱いじゃった状態なのである。本当にあの「エネルギーバースト」の修復に余剰細胞が動員されたのか・・・。洗面所の鏡に映すとアスリート体型とは言えないが、脂肪に隠れていた筋肉がそこそこ出ていて、まあ、うえのTシャツ脱いでも見せられる体型になってしまっている。腕を上げたり下げたりしながらしげしげと見ていると、首の後ろの肩胛骨の上ぐらいにうっすらと正方形の傷跡があり、同じものが両脇の下にもある。はて、何だろう、痛みもないし腫れもないしもちろん痒みもない。

 今日一日、身体を動かしてみたが、ちょっと階段上がっただけで息が上がっていたのもそんなことは起こらなくなっている。まあ、これだけでもみっけもんだろう。何せ健康診断で「要医療」とか出ていたし(爆)。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続いての章4

ちょっとだけ答え合わせです。


マイパソコン君、なんとかその「JYURAIOS_Ver.3.47」の起動に成功した。この「JYURAI」って、鷲羽ちゃんが言っていた樹雷のことだろうか?。画面は、薄く緑系の色使いで左隅と右隅には蔓と葉のデザインが配されている。今風の「エコ」を前面に押し出しようなメーカーデザインの感じに近い。タッチパッドを触ると軽快に動く様である。

右端のネットワークプロトコルらしきアイコンをクリックすると(WASYU_LAN_Tera1)に接続しているっぽい。うわぁ、やっぱりあのおねいさんがらみなのね。どんなルートで繋がっているのか知るよしもないが、柾木天地君ちをアクセスポイントだとすると優に直線距離で15,6kmは離れている。おお、なんとなく電子レンジの中に居るみたいに身体が熱くなってきた様な気がする(爆)。って、繋がってるってことは、向こうにもアクセスしているのがモロバレってことね。

 画面はシンプルにJYURAI_NETのアイコンとメールソフトらしきアイコンのみである。

ま、どうせバレてるんだったら、見せたいもの、見せたくないもののフィルターもかかっているだろうから適当に遊んでみよう。まずは、何も来ていないだろうけど、メールソフトを起動してみる。

 (メールアドレス、パスワードを設定してください)と出る。うん、普通だ(笑)。うふふ、面白いことを思いついた。今使っている自分のメールアドレス、十数年前にインターネットの黎明期に取得したアドレスをそのまま使っている。そのため、某ショッピングサイト系のメールやら、怪しいスパムメールに出会い系メールに、海外の薬品買いませんかメール(ほら、あそこが何cmか伸びるってゆー)が一日数百通来ている。面白いのでそのままにしていて、昼間はスマホでメールを見て必要なものだけ残すようにしている。パソコンの方では、メールソフトでスパムメールを振り分けてまとめてポイしている。

 ぬるぬる君だのべとべと君だののお返しではないが、このネットワーク経由でメールを取る設定にしてみよう・・・・・。まてよ、ネットワークの接続料とかとられるんじゃないだろうな・・・。(不安)

 うん、今日のところはやめとこ(笑)。シャットダウンボタン探して、適当にクリック、終了する。いつものウインドウズを起動し直して普通にネットサーフィンし、クルマ系のWEBサイトに書き込みしたり、記事を読んだり。電子書籍の漫画をネットで買ってiPadで読む。全巻を一度に買えたりして結構のめり込んでいる。

 うんうんそうそう、ようやく普通の休日の様な気がしてきた。そう、普通。この言葉にどれほどあこがれてきたか(笑)。田舎に帰ってきてから、役場に就職するまで何種類かの仕事はしてきた。ガソリンスタンドのバイトも長かった。土日に、幸せそうに遊びに行く家族連れのクルマが給油に来て、外面は笑顔で対応しているのだけれども内心はとてもうらやましかったし、なんでこんなにエライ思いをしなくてはならないか不合理も感じていた。ガソリンや軽油、はたまたワックスですぐに手は汚れ、工業用石鹸で洗うと冬場はひび割れがひどかった。「普通」の事務仕事にあこがれたあの頃、だがその事務仕事も結構楽じゃない今日この頃だなあとネットしながら回想する。気がつくと午後9時40分過ぎになっている。姪っ子のところに遊びに行っていた両親も帰ってきた気配がする。

 ふとん敷いて、寝っ転がって枕元のLEDスタンドだけにする。今日もまたSFの世界に旅立とうと小説を物色する。そうだ、iPadに確か高校生の時にはまっていたスペースオペラの電子書籍版をダウンロードしていたんだっけ。今日はこれにしよう。久しぶりに宇宙空間所狭しと暴れ回る、お気楽SFが良い。昨日とか昼間の出来事は、やっぱりお得意棚上げで頭の隅っこに積み上げておくことにする。明日だって特に何か指示されているわけでもないし、仕事でもない。

 あれ、スマホが鳴動している。夜間お休みモードなので自動的に音は出ない。あらら、天地君じゃん。おじさんちょっとウキウキしちゃうぞ。

 この年になると、職場の若者系からは仕事のことしか電話はかかってこないし、まず休みに電話がかかってくると、課長から「お年寄りがひとり泣きながら歩いているという通報があった。」とか、「となりの○○さんが朝出てこないと連絡が・・・。」とか。職場に出動して、情報収集し、現場に行って救急車だの警察対応だのということになる。

 「はい。どうしたの?。」

 「いえ、なんかいろいろあったから話したくて・・・。」

はい、そこ!過度な期待通りです(笑)。昔っから女の人が苦手です、自分。と言うか人付き合いが苦手です。職場では必要もあるので何でも話すけど、プライベートでお食事なんて、絶対無理(爆)。そんなこともあって、「寿」な話にも結びついてないし、その気も全くない。かといって、気に入った容姿の男の子と何か、と言うのもあまりにも生きている世界が違いすぎて理解不能。はいはい、ここで白状しますが、学生時代は好きな人いました。男だけど。肉体関係もないまま終わってます(恥)。カミングアウトなんてカッコいいこともしました。結局良いお友達で終わったんだけど、自分のあまりの憔悴ぶりにそういう世界(新宿二丁目とか)いってみれば?とまで言われました。だって、あの娘と今度温泉旅行約束しちゃったとか、仕草がかわいくてたまらない、とかそういう話題を振ってくるのだ。こっちは心に会心の一撃受けてるのにね。もうあんな痛い思いは絶対にイヤである。

 そういうことで、その世界のことは20年以上完璧に封印。ま、職場ではうすうす気がついてるんでしょうね・・・。田舎で四十半ばになっても結婚しないなんて、そういうことを疑われるし。あ、鷲羽ちゃんにもばれてるかも。パソコンおもちゃにされてるし。変なスキャンモンスターにたかられたし・・・。

 「パソコンはちゃんと動いてる?。」

 「ええ、無事資料を作り終えました。本当にありがとうございます。」

 「えっと、鷲羽ちゃんからいろいろ聞いていない?。」

 「いいえ。でもなんでですか?。」

 「精密スキャンモンスターがどうこう言ってたし。」

女好きな普通の男は、こういう種類の人間を毛虫のように嫌うものである。

 「あの人は昔からあーゆーもんなんで許してください。霧恋さんたちもやられていたようだし。」あらら、それはお気の毒。

 「でもねえ、接点すらなかったのに、急転直下を絵に描いたような出来事には正直驚いてるのね。天地君とだって、こうやって話するまでは総務課にそういう人が居る程度しか認識はなかったし。」

 「ああ、俺の場合は意図的ですが、本当に昨日のは想定外でした。明日たぶん、じっちゃんか、鷲羽ちゃんから話はあると思いますが・・・。」

 「意図的って・・・?。」

 「ええ、実は、俺たちの家に入られたことから、だいぶ通常の家庭と違うことは理解されたと思います。」

 「俺は、この町で生まれました。じっちゃんは事情があって外から来ています。この町で人が生きていく上で医療やら、教育、そのほかにも関わらないと行けないものがたくさんあります。その辺は田本さんもよくご存じでしょう。」

 「実は、俺たちの住む場所はある意味隠れ里になっています。行政にかかわらずとも全く問題なく生きていける。でも、全く関わらずにひとりの人間が生きていると言うことがどういう意味を持つか、金曜日の出来事でこれも良くおわかりでしょう。」

百歳になって医療レセプトの一つもない現況はどう考えてもおかしい。介護保険を使っていないことも非常におかしいことになる。

 「そう、だね。あまりにも不自然だね。マジにミイラ化した柾木勝仁さんを隠蔽する様子が目に浮かんだし。」

 「詳しくは、明日明らかにされますが、じっちゃんは今年900歳を越えます。これだけでも真実が外に出ると非常にまずい。まあ、そういったことが外に出ないように隠蔽する役目と、自分自身の情報の摺り合わせをするために俺は役場に勤めています。普通に生まれ、小学校、中学校、高校と行き、まあ高校は入り直して出たけど、役場に試験受けて入った男が勤めている。そういったことになっています。表側の情報は。そんなわけで、なるべく他人の印象に残らないようなフィールドのようなものを張っています。」

 「やっぱり、なんか変だと思ったら・・・。柾木天地君の顔を詳細に思い出せないし、昨日も柾木勝仁さんと、繋がるようなことは思いつきもしなかったなぁ。同じ名字なのに。確かに外に言える内容ではないわな。なんだかまじめにSFしてきたじゃない(笑)。」

 「俺の言うことは、すでにフィクションではありません。今日言って良いことの一つですが、神社を中心とした集落は、通称正木の村と言われてますが、半分くらいの人が戸籍を持っていません。」

 「え?外国籍の人ってこと?。」

現在では、戸籍を持たないと言うことは日本以外の外国籍の人となる。明治時代以降日本では戸籍の整備を重ね、概ね日本に長く住んでいる人は天皇家以外、必ず戸籍を持っているはずである。

 「ある意味そうです。しかも・・・これは明日言いましょう。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続いての章5

また一波乱っと(^^;;;。


現代の隠れ里か。隠れ里するのも楽じゃないだろうな、今の時代。

 「ちなみに、自動的に、ここまでいろいろ明かした以上、田本さんは今までの役場業務と正木の里の隠蔽作業の片棒を担ってもらわなければなりません。充分な報酬も出ますしね。」

悪魔のささやきののように聞こえるが、気のせいだろうたぶん。 

 「天地君だからぶっちゃけて言っちゃうけど、今までの話を含めて、なんかすげ~危険な香りが式典前のおばちゃんの香水くらいするんですけどっ。」

 「あははは、何ですかその例えは?。・・・そうですねぇ、百歩譲っても危険でしょうねぇ・・・。」

 「う、やっぱり・・・。」

うえるかむとぅざ・あわ~わーるど!的な雰囲気はわかるんですけどね。

 「しかも、逃げられないってゆー・・・。樹に選ばれると言うのはそういうことですからね。あ、でも拒否る方法はあるんですよ。でも田本さん、あのかわいらしい子の望みを簡単に絶てるかなぁ。」そこでダメ押しかい(爆)。

 「へ?・・・、かわいらしい子?望み?・・・。」

 「ちなみに、金曜日のあのバースト、俺たちが押さえて、そして、田本さんがあの子を受け入れてくれなかったら、控えめに言ってもこの地球は瞬時に消し飛び、その衝撃波などで内惑星と言われるものはすべて今の軌道上に居ることは出来ず、木星と土星も大きなダメージを受け、太陽さえも無事ではなかったでしょう。皇家の樹というものはそれほど強い力を持ちます。鷲羽ちゃんのシミュレーションですけど。」

 「なんちゅうものを持ってるのかい君たちは・・・。ガイア(by横山光輝)の反物質爆弾以上じゃないか。そういえば、一緒に行こうと約束したんだっけか、あの種と。」

 「ええと、そのガイア言うのがよくわかりませんが(笑)、その約束が皇家の樹との契約と言い換えられます。非常に大きな力を持つものと友達になったとも言えます。どちらが上でも下でもなく、生涯を共にする約束。」

 「それって、その力を持つことだけで危険人物じゃん。」

 「ええ、そういうわけで、田本さんはある集団に組み込まれることが決定しています。望むと望まざるとに関わらず。」

 「できることなら、こう静かに普通の生活を送り、この地に埋もれたかったんだけど・・・。」

 「かつて、そう思ってこの地にその身を横たえた一族が居ました。鷲羽ちゃんの計測では、あなたはその末裔のようです。」

 「ええと、我が家の場合は自分が聞いているのは、江戸時代から小作人で近くの庄屋さんへお米を納めていたと・・・。」

うちは、ずっと農業をやっていて、特別な家系たとえば、武士の家系だの貴族がどうとかは全く聞いていない。もっと言うと暖炉の裏に不思議な青い石も隠していない。

 「いいえ、もっとずっと昔だそうです。」

うちがそんなに大昔から続いているのかどうかは、自分からは全く確かめるすべはない。

う~、なんだかいろいろなアニメやら小説やらの設定を検索している自分がいる。いやいや、そういうことを今やってる場合ではないだろう。結局何も言い出せず、無言でいると、

 「あの子は、うちの魎皇鬼に守られて明日樹雷から帰ってきます。まずは名前をつけてあげてくださいね。」

 「・・・・・、ええと、明日どんな格好で行けば良い?。」

 「そうですね、今日来てくれたような格好で良いですよ。仕事でもないのにそういう格好するのも怪しがられる一因ですし。そうだ、ご両親には友達の家のバーベキューに呼ばれた、位に言っておいてください。」

 「なんか、むちゃくちゃ重いこと聞いたような気がする。」

 「大丈夫ですよ、たぶん。俺もそこいら辺聞いたのは13,4年前だし。」

 「そういえば、樹雷ってどこにあるのよ?。」

 「それも、また明日。今日のところは、ひ・み・つ(はあと)。」

う、ちょっとドキッとしたぞ。この人、たくさんの女の人に囲まれていながら、そっち系の嗜好はどっち向いてんだろ。

 「それでは、長々とごめんなさい。お休みなさい。」

通話終了。左耳周辺が微妙に暖かいと言うか重い。電磁波ってやつかこれ?。あの子ってあの種のこと?名前?どうしましょ。自分の名前が一樹だからしかも樹がついてるから、同じ字で「一樹(いつき)」とでもしようか・・・。

 じつは、今日起きてから、不思議な波動とでも言うべきものが心を満たしている、そんな感じがずっと続いている。欠けた部分を補完してもらったかのような充足感。そして、一緒に居られると言う喜びが増してきている。ま、気分良いから大盤振る舞いしたんですけどね(笑)。見返り?下心?期待していないと言えば嘘だけど、まあ、ほとんど的外れに終わる田本さんですから、まあね、ハードディスクごとき、お酒ごときで笑顔が見られるのなら、嫌な言い方だがコストパフォーマンスは高いと。バリューフォーマネーでもあると・・・・。それなりにぽわぽわ~~と(ええ、おっさんでもぽわぽわは好きなんです。)していると眠気が忍び寄る。そうだ、今日のイメージは、光速の90%を越えると見えるというスターボウを想像しながら寝るとしよう。1Gの重力加速度相当を二十日間ほど維持して加速すると(エンジンはどういうものか想像もつかないが)、光の速度の80%くらいまで加速出来て・・・・・・(眠)。

 

 

 その頃、地球まであと数光年まで帰ってきていた魎皇鬼は、

 「みゃみゃみゃみゃびゃ~~~~~~~~~~~~~~~~(大泣)。」

 田本さんの夢だか妄想だかと強烈にリンクしている第二世代皇家の樹、仮称「一樹君」

の超強加速に振り回されておりました。田本さんが見たいと思ったスターボウ、がっつりとリンクしている「仮称一樹君」も強烈に見たくなったわけですね。

 「鷲羽、魎皇鬼が大変だっ!。」

 魎呼が階段下の鷲羽ちゃん研究室の扉を血相変えて叩いている。

 「・・・魎呼、夜は寝るもんだよぉ、・・・どうしたのさ。」

緑色のくるくるカールを朱紅色の髪のあちこちに巻いた鷲羽が、パジャマで抱き枕を抱えて研究室から出てくる。

 「あの、社務所でバーストした種、運んでんだろ?そしたらあの種、あの田本の夢だか妄想だかにリンクしてるから、いっしょにスターボウが見たいって亜光速まで加速しまくってるって・・・・。」

 「は?。魎皇鬼が止められないのかい?」

 「必死で重力ブレーキかけて、慣性制御かけてもダメだって。」

 「なんと!。」

半透明のノートパソコン上の端末を目の前の空間に展開する鷲羽ちゃん。ポチッとなとエンターキーらしきものを操作すると、レッドアラートを示すディスプレイがぱぱぱぱぱっと半径2mくらいの空間に閃き、魎皇鬼の泣きじゃくる顔がドアップで映る。

 「みゃあみゃあ~~~、びゃあああああ~~~。」

 「見事に光速の95%に達しているね~。しかも太陽系目指して突っ込んできているね、こりゃぁ。」

 「感心している場合じゃないだろ、なんとかしないと!・・・。」

 「そうだね、このままの速度で太陽系に入ると見事に亜光速ミサイルだね、こりゃ。」

(説明しよう!。亜光速ミサイルとは、とにかく亜光速まで何らかの方法で加速した比較的大きな物体(廃艦処分の宇宙船など)を敵の恒星や惑星に突入させることである。ほとんど質量無限大に近いような物体が亜光速で突っ込んでくると、だいたい皆さん止めることはおろか目標をそらすことも不可能な悪い冗談みたいな兵器である。)

 「って、鷲羽、誰に向かって説明してるんだよっっ!。」

すぱこ~~ん、とスリッパが奏でるシンフォニーのソロパート。深夜の柾木邸に響き渡る。

 「・・・。魎呼おねーちゃん、魎ちゃんいじめちゃダメぇ。」

砂沙美ちゃんまで目をこすりながら起きてしまっている。

 「・・・・、うるさい子たちだねぇ。ちょっとお待ち。」

頭にでっかいバッテン絆創膏がお茶目である。

 「砂沙美ちゃん、天地殿を起こしてきてくれるかい?。」

 「わかった・・・。」

数分後、天地も目をこすりながら起きてくる。

 「鷲羽ちゃん、・・・どうしたの?」

 「魎皇鬼が、あの子の力に振り回されているんだよ、で、その根本は田本殿の本日の夢に引きずられちゃってるんだな、これが。というわけで、転送するから、田本殿を起こして訳を話してきてくれるかい?。」

 「ええ~~。俺が~っ?鷲羽ちゃん行けば良いじゃん。綺麗なお姉さんの方が喜ぶと思うけどな。」

ふっ、と一瞬悲しい顔をしながら。

 「ええい、ごちゃごちゃ言ってないで行った行った。」

鷲羽が手をひらひらと振ると天地の姿が足下から白い光と共に空間に溶けていく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続いての章6

二度あることは三度ある、と(^^)。


 

 

 「田本さん、田本さん。」

うう、また天地君に起こされている。まだ天地君ちのお風呂場だっけか。確か家に帰ってきたはずだけど・・・・。そういえば、今日の「柾木家の冷たいキャロットグラッセ」は、いつになく美味しかったなぁ・・・。

 「田本さん・・・起きてください。」

 「はにゃぁ?。・・・・・あれ、ここ天地君ちだっけ???。」

 「いいえ、田本さんのおうちですけどぉ・・・。」

枕元に天地君が正座している。おお、だいぶ早いけどお迎えが来たのか・・・。

 「ついにお迎えがきたのか、ま、しょうがないか。いままで不摂生しまくったし。」

 「あのぉ・・・。」

 「とりあえず、死因は脳梗塞、脳内出血?それとも心筋梗塞かなぁ。いちおう僕って、あの世に行ける?。地獄に落下モードぢゃないよね。」

 「ええっとぉ・・・。」

 「そうだ、連れて行ってもらうのは、父と母の顔を見に行ってからで良いかな。」

 「だからぁ、俺は死に神でもないし、現実に今田本さんの部屋にいる柾木天地です。」

「ほ?。」

 「とりあえず、急いでいたので、鷲羽ちゃんに転送してもらいました。どこも壊していたりしないので安心してください。」

と言われても、それならそれで、どう考えても怪しい登場の仕方である。

 「柾木家って、怪人20面相だの、ルパンの家系とかじゃないよね。」

さすがにメンド臭くなったのか、頭を掻き掻きあきれ顔で話し始める。

 「あのですね、鷲羽ちゃんの解析では、田本さんとあの子のリンクが強すぎて、夢とか妄想に引きずられちゃうそうです。なので、さっきも光の速度まで加速したいという田本さんの想いに反応して魎皇鬼ごと引きずっちゃったんですよ。下手したら太陽系に光の速度の95%ほどで突入します。」

 「とりあえず、その夢をやめてもらうために俺は来ました。それともうちょっと穏便な夢を見てもらおうというお願いに。」

 「はい?確か魎皇鬼ちゃんって、あの種を樹雷に届けて、コアユニットに入れる?とかして明日帰ってくるって・・・。」

 「そうですよ。だから、地球まであと数光年と言うところまで帰ってきていたんです。最後の超空間ジャンプ直前だったようですけど。」

 「樹雷って地球上の国ではなかったの???。」

 「あそうか、言ってませんでしたね。だいたい地球から一万五千光年ほど彼方の銀河有数の軍事国家ですね。」

 「詳しくはまた明日です。とにかく、魎皇鬼が帰ってくるまで、銀河横断したいとか、太陽の中ってどうなんだろうとか、大マゼラン星雲が見たいとか、無茶な夢は見ないでくださいね。それじゃ。」

と言い、スマホを操作すると、足下から天地君の姿が消えていった。

宇宙って、狭いなぁ、ご町内に自家用の恒星間航行用宇宙船持ってる人いたんだね~~。

これは夢である。まずは、精神的な安寧を選び、そう結論づけ、布団に横になる。はっきり言って眠いのだ。おっさんは。スタートレックみたいな登場を近所の役場の同僚がしても、よくわからないから眠るのだ。とりあえず、穏便な夢、ねえ・・・・。そう、一万二千年前に大西洋に沈んだアトランティス帝国、そうそう、このころに世界的大異変があったっぽいんだな、火星と木星の間の小惑星帯はその頃の異変に巻き込まれた惑星のなれの果てだってゆーし・・・・・・・(眠)。

 

 

 光速の95%から何とか減速して、超空間ジャンプした魎皇鬼ちゃん、ようやく地球の見えるところまでやってきました。不可視フィールドで船体を包み、いつもの柾木家の池にある亜空間ドック入り口へ着水しようとしていましたが、今度は・・・。

 「みいゃぁぁぁぁ~~~~・・・・。」

 また「仮称一樹君」に引っ張られ、今度は大西洋へ。言うまでもなく誰かさんのアトランティス帝国の夢に引きずられて。

ざっぱ~~~~んと大西洋にダイブして海底近くを引きずられながら、「仮称一樹君」高精度スキャンして海底の状況を「視て」いました。

 今度は、バカバカしい速度でスッ飛ぶわけでもないので怖くありません。魎皇鬼ちゃんも地球の海底は初めてなので一緒になって見ていました。

壊れた潜水艦の残骸や、大きな客船の残骸。なにやら昔の木で出来た船の残骸などが時々視界に入ってきます。青く静かな世界は二人とも、夜の森を探検するかのようなワクワク感を醸し出します。

 ときどき、がばああっと大きな口を開けて顔の周りをぼんやりと光らせた深海魚に出会うと、二人してびっくりしながら、それでも進んでいきます。だって、二人ともほとんど無敵の宇宙船です。怖いものなんかあるもんですか。

 とある海溝まで来たとき、二人が同時に、ぼんやりと白く光るものを海溝の奥深くに見つけました。水圧はかなりものすごいのですが、某惑星規模攻撃艦の対策ジェルを易々と突破した魎皇鬼ちゃんです。問題なく海溝深くの見えた光まで潜っていきます。近くまで行くと透明のクリスタルのようなものに包まれた、ぼんやりと白く光る樹が見えます。

 「・・・何者じゃ。」

 「みゃあ、みゃあ、じゃない、こんにちは、私、魎皇鬼って言います。そして、この子はまだ名前がないけど、お友達は一樹とつけようかと想っている子だよ。」

 そこで、ここまで来たことをかいつまんで魎皇鬼ちゃんが話します。

 「そりゃまた、難儀じゃったのぉ。さすればわしは、しばらく眠っておったことになるのか・・・。わしは、もうだいぶ前になるかのぉ、ここに大帝国があったのじゃ。元々は樹雷の辺境探査船のうちの一つだったのじゃ。・・・わしのマスターはあの大異変で死んでしもうた。」

 「たくさんの、たくさんの人が亡くなったのじゃ、わしは悲しくてのぉ。町が壊れ、人が海に飲み込まれるときに意識を閉じ、コアユニット奥深くに自らを封印して眠ったのじゃ。あまりにも突然のことで、我のマスターもなすすべがなく我にメッセージを託してアストラルの海に消えていった。」

深海の海でももっと冷たくなるような波動が白く光る樹から伝わってきます。

 「あのね、今は樹雷の仲間も居るし、皇家の始祖津名魅様もいるよ。一緒に行こうよ。」

魎皇鬼ちゃんと、「仮称一樹君」は何とか暖めてあげたくて、一緒に暖かくなりたくて必死に語りかけました。

 「そうか、仲間もおるのか・・・。始祖の津名魅様には一度挨拶しておかんとのぉ。わしの名前は、第2世代皇家の樹、(柚樹)という。マスターは天木日亜という男であった。」

 「跳べる?」

「仮称一樹君」と魎皇鬼ちゃんが一緒に聞きます。

 「よっこらしょっと。」

神殿のようなものの残骸を振り落としながら、クリスタルのコアユニットは1万2千年ぶりに動き出しました。亡きマスターの意思を伝えるために。

 「じゃあ、ついてきてね。そうそう、今は60億人ほど人が居るから不可視フィールドで包むよ。」

 「ほおお、賑やかになったものじゃのぉ。あの大異変から良くそこまで増えたものじゃ。」

 「それじゃあ、行くよ!。」

「仮称一樹君」と柚樹を連れた魎皇鬼ちゃんは、波風を立てないようにそっと太平洋を飛び立ったのでした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続いての章7

やっぱり出ました、確率の偏り?


 

 「鷲羽お姉ちゃん、魎皇鬼ちゃん帰ってきたよー!。」

ゆっくりと柾木家の池から亜空間ドックに進入し、駐機スペースに駐めた魎皇鬼は、転送ポッドから勢いよく走り出てきました。

 「みゃあ、みゃあ~~。」

 「砂沙美ちゃんおはよう。そうかい、そうかい無事戻ってきたんだね。」

ひし、と砂沙美ちゃんに抱きついて、そのあと鷲羽ちゃんに抱きつきます。

 「みゃあみゅ、みゃあみゃあ。」

お得意の高速言語で話し始める魎皇鬼ちゃん。

 「うんうん、へええ、そうなのかい。良かった良かった。・・・・・、で、このクリスタルのコアユニットはなあに?。」

鷲羽ちゃんのおでこに、ひくくっと青筋がたったように見えました。魎皇鬼ちゃん、ちょっとだけびくっとしましたが、人差し指をつんつんしながら上目がちに話そうとしました。

今度はそばに居た、赤い楕円形のコアユニットから声がします。

 「魎皇鬼ちゃんは悪くないんだよ、僕、また田本さんの夢を見てアトランティス大陸に行ってみたくなったんだ。」

 「ちょうど地球の裏側かなぁ、そこを探しているとこの人に会ったの。とても寂しそうだし、津名魅様に会ってもらいたくて一緒に来てもらったの。」

 「わかったよ。一緒に来ちゃったものはしょうがないね。砂沙美ちゃん、ちょっと津名魅に代わってもらえる?。」

 「鷲羽姉様。」

ふっと周りの明るさが減ったような、そんな深く低い女性の声がします。

 「津名魅、このコアユニットの素性はわかるかい?。」

 「ええ、姉様。この子は樹雷皇家初代総帥の妹君である、真砂希姫君とともに辺境宇宙探査の旅に出た、柚樹です。」

 「真砂希姫君は、この地に自分の樹を植え、寿命を全うし、いま、地球の衛星の月に自らの樹の挿し木とアストラルコピーを置いてますわ。柚樹はそのおり、真砂希姫君の天寿を全うされたのを見届けたこの子のマスターの天木日亜とともに、地球で言うところの大西洋上の今は無い大陸に降り立ったようです。その後、一万二千年前の大変動のおりにマスター共々海に飲み込まれ、あまりの悲しさに自らを封印していたようですわ。」

 「で、この情報はもちろん樹雷に伝えているね。」

 「ええ、もちろん。今、樹雷皇家は上を下への大騒動になってますわ。」

二人して、若干してやったりという表情で、くくくと笑っています。

 「まあ、大変なのはあっちだからさ、どうつじつま会わせてくるか見ていようか。」

 「そうですわね、姉様。」

 「瀬戸殿の様子はあとで見てみよう。」

ちょっとした妖怪のような笑顔は、よい子は決してまねをしてはいけませんよ(笑)。

 

 

 午前4時過ぎに1回トイレに起きて(おっさんはトイレが近いのだ)、また寝て起きると九時を過ぎていた。ああ、幸せな日曜日(笑)。でも明日は仕事の月曜日(泣)。

 朝ご飯食べて、洗い物を片付けると、父母は畑に行ってるようである。今は夏野菜の時期で、うちの家庭菜園でもなすびやキュウリは結構たくさん採れているようである。さらにざっとシャワー浴びて、若干怪しい(笑)パソコンを起動する。某ショッピングサイト系のメールがいつものように大量に来ていて、めぼしいものだけチェックする。

 お、最近SSDがやすくなってるなぁと、みていると、以前は5万円以上していた512GBもののSSDが27000円を切っている。こりゃぁ、買いだなポチッとな。コンビニ決済でいいや。購入ボタンを押して決済番号が出たところで、ばしゅんと、見慣れた画面は強制終了して、JYURAIOS_ver.3.47の文字が明滅する。何となく嫌な予感がする(笑)。

 「はあい、鷲羽ちゃんどえええす。」

う、出たな妖怪(笑)。画面一杯に鷲羽ちゃん出現。

 「あなたが、私を妖怪扱いしてようと、心の広いわたしは何ともおもっていないわ。」

お約束な反応を返すのがやはり一般的な常識かなぁと思い、

 「なんでわかったんですか?。」

 「え、ホントに思ってたの・・・・。」

画面に映っている研究室の隅っこに行って、どんより落ち込むふりをする鷲羽ちゃん。話が進まないので、

 「はいはい、わかりました。誰も妖怪扱いしていません。子泣きじじいの親戚だろうとか思っていませんってば。」

 「う、やっぱりそう思ってたんだ。・・・・・でもねえ、これから、もっと妖怪めいた人と会うんだけどねぇ。」

ひっひっひ、と妖怪砂かけおババのような声音で言う。

 「はいはい、僕が悪うございました。で、ご用件はなんですか?。」

 「・・・そうだった、昨夜、天地殿が魎皇鬼が困るから変な夢見ないようにって言ってきたのは覚えてるね。」

 「ああ、スタートレックみたいな退場した、あれ。」

 「SF好きな田本殿に釘を刺しておくべきと思ったのも遅かったんだけど、本気で光速の95%まで加速していたんだな、あの子。」

 「だって、見えるか見えないかわかんないんだけど、光速の90%越えの速度でスターボウが見えるなんてゆー、まあ、そういう本が昔あったし、BASICでそんなプログラムを入れて走らせたりして遊んだもんで・・・。」

 「あの子の能力だと問題なく出来てしまうから今後は気をつけて欲しいのさ。本題は、これからなんだけど、実はそのあと、魎皇鬼とあの子、また田本殿の夢に引きずられて大西洋に潜ったんだよ。」

 あ、そういえば、二度寝する前にアトランティス帝国だの1万二千年前だの想像していたような・・・。

 「もうほとんど戻ってきていたし、1万5千m程度の深さの海溝程度の水圧でどうこうなるような二人じゃ無いから良いんだけどさ。」

 「ちょっと待ってください、光速の95%まで加速していたって、そんなこと問題なく出来るって、どんな性能なんですか、しかも1万5千mの水圧に耐えられるって・・・・。」

 「あははは、今日来たときに会わせてあげるんだけど、皇家の樹ってのはそんなとんでもないものなのさ。」

 「で、だ、その海溝に、ちょっととんでもないものが眠っていて、二人が起こして連れてきちゃったんだな・・・。」

と、背後のクリスタルに見えるものを指さす。

 「ええっと、でっかい水晶のように見えますけど・・・。」

 「よく見てごらん・・・。」

巨大な楕円形にクリスタルを削って(そんな大きな結晶があるのかどうか知らないが)、その中を透明にして、そこにうっすら白く輝く樹のようなものが見える。

 「なんだか樹のようなものが見えますけど。」

 「あんたも、もしかしたら何らかの偏りがあるのかもしれないね、やっかい事を引きずり込むような。ちなみに、数万年前に樹雷を出た、初代樹雷総帥の妹君が指揮する辺境探査船団のうちの一つ、柚樹と言う樹だそうだ。それからいろいろあって、ちょうど、一万二千年前の大異変で樹のマスターごと海に飲み込まれ、たくさんの人が死んだことを目の当たりにしたその樹は、悲しさのあまり自分を封印していたようだね。」

 「ええと、若干どころかほとんど何事が起きているのか飲み込めてませんが・・・。」

 「まあ、そうだろうねえ・・・。この樹があんたの立場をどういうものにするのか、はっきり言ってわたしゃ想像も付かないのさ・・・。しかも、あんたの樹もあるし、これも樹雷での樹選びの結果じゃないし・・・。」

 「ちなみに、元の持ち主さんは・・・?。拾得物でしょうし。」

間抜けなことしか口に出ない。

 「一万二千年前の大異変で、大陸ごと、この樹と共に沈んだそうだよ。樹のマスターはもう居ないってことだね。」

 「ま、そんなこんなで、いろいろあるし、柚樹殿と話して欲しいようなこともあって、ちょっと早いけど柾木家においで。待ってるよ。」

ちゅっ、と投げキッスしながら画面は消える、下半身に直撃するようなかなり色っぽく感じる投げキッスだが、下半身に行く前に止まってしまう自分はやはり変わっているなぁと思う。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続いての章8

魎皇鬼ちゃんにごめんなさいプレゼントと、あの「種」との再会。


よくわからないけど、いろいろとご迷惑かけているようだし、ここは素直に着替えて家を出る。ジャージはさすがにまずいような気もするので、ベージュ色の綿のスラックスと白いポロシャツにしておく。体型以外ははっきり言って記憶に残らないような服装である。役場職員はこういうカッコが一番である(笑)。そうだ、魎皇鬼ちゃんにも迷惑かけたようだから、ちょっとしたお礼に、某アニメの小道具で、おもちゃだけど青く光る飛○石をあげようっと。これ衝動買いしたんだけど、さすがに自分で持つわけにも行かず・・・。あと木で出来た曲玉も・・・。簡単な箱に入れて持って行くことにする。あ、そうそう、さっきの激安SSDのコンビニ決済、番号確認して、と。キッチンに書き置き(友達の家のバーベキューに呼ばれたから行ってくる。晩ご飯はいらないよ。)おいて。

 愛車の青い軽自動車(古い方)のドアを開ける。真夏の熱気が車内から吹き付けてくる。暑いのをガマンして乗り込んでエンジンをかけると、快調にアイドリングを始め、ギアを入れて、ぶいいんと一路手近のコンビニへ。店内に入って、専用端末を操作して決済用レシートを発行してレジで支払い。これで、明後日くらいには届くかな。

 さて、ただいまの時刻は、午前11時半。柾木家、大人数だからお昼時に行っても大丈夫なのかな・・・。う~~ん、普通迷惑だよな。鷲羽ちゃん、ご飯用意しているとも言ってないし。よし、適当に食べていこう。

 役場近くの中華飯店でいつものラーメン焼きめしセットを頼む。ここの焼きめし、ご飯のパラパラ具合が最高で、出汁のきいたちょっと薄味のラーメンがうまい。餃子も美味しい。飾りっ気は無いけれどお気に入りのお店の一つだったりする。

 ゆっくり食事して、ホッとお冷やを飲んでると、スマホが鳴る。仕事の電話で無いことを祈りながら画面を見ると柾木天地君だ。

 「もしもし、今どこにいますか?。」

 「ああ、天地君か。今、中華の菊花楼で昼食ったところだよ。昨日は夜遅く申し訳なかったね・・・さらにいろいろなことを起こしてるみたいだし。」

 「俺的には、全く問題ないんですけど、それじゃ済まない方々が実はうちに、これからいらっしゃるようで・・・。」

 「は?。」

 「ええい、もうぶっちゃけます。樹雷皇家の現樹雷皇とそのお后様の船穂様と美砂樹様のお二人と、美砂樹様のご両親で神木家の方と、天木家からもお一人いらっしゃるそうです。そうだ、立木家からは別の用事だけど、「是非見たいわ!」ということで」

 「ほぉおお?。」

 「皇家の方々は今日の夕方到着します。」

 「ええと、お腹痛いから今日はごめんなさい、と・・・・・。」

 「お腹痛くても、胃がでんぐり返っても、這ってでも来てください。来ないともっとひどいことになりますよ、そういう人達です(笑)。まあ、怖い人達では無いと思うので、気楽に来てください。でも必ず来てくださいね。」

 クスクスとした笑い声が死ぬほど怖いんですけど・・・。いったいこのお宅は何と繋がってるのか?湧いて出ては積み重なる謎!田本レポーターは勇躍秘境柾木家へと歩を進めるのでありましたぁっっっって力んでもしょうがないし、取って食われる訳でも無いだろうし(笑)。町長だの町議さんだのの方がずっと実害、いや失礼!実際の影響は大きくあったりする。

 また暑い空気がもわっと出てくる、クルマのドアを開けてエンジンかけて、今度こそ柾木家へハンドルを切る。ほんの20分程度で到着した。木々も青々として、ホント夏である。田んぼは、もう水面は見えないくらい稲は大きくなっている。そろそろ稲の花の時期だなあ。暑いと良いなぁ。昨年は長雨で受粉がうまくいかず、例年よりも収量は少なかったのだ。

 

 例によって、呼び鈴をぴんぽ~~んと。

 「こんにちは~~。」

奥のキッチンから、どたたたたと駆けてきたのは魎皇鬼ちゃんだった。走ってきてちょっとふくれっ面をして、腰に手を当てて玄関に仁王立ち。

 「あ、魎皇鬼ちゃん。昨日はごめんね。それにいろいろお世話になったそうだね。はい、これ簡単なものだけどプレゼント。」

ちょっと不機嫌そうな表情が少し柔らかくなる。

 「みゃあぁ、じゃない、ありがとう田本さん。」

青く光らせて両目を寄せて、見入っている魎皇鬼ちゃん。かわいらしい子だなと思う。でも微妙に誰とも似ていないような気がする・・・。

 「こんにちは。田本さん。早速ですが、こちらへ。」

ノイケさんが階段下の扉を開けて呼んでいる。

 「はい。」

小さめの扉をくぐってはいると、そこは大研究室の様相である、というか、なんだかアニメに出てくるような大研究所であった。巨大なディスプレイが真ん中にあり、その下に様々な機器に埋もれるように座っているのは、妖怪砂かけおババ、じゃない鷲羽ちゃんである。

 「ようやく来たねえ。昨日からホント驚かされっぱなしだよ、あんたには。」

にかかっっって人を食ったような笑顔がやっぱり怖い。

 「ちょっと、樹雷の方がエラいことになっていてね、今夜は大変なことになりそうだ。」

 「何がエラいことかわからんだろうから、まずはその一、あんたが選ばれちまったあの種のその後だよ。」

 指さす方向を見ると、赤い楕円形のラグビーボールのようなものの上部を切り取って丸いキャノピーをつけたような物体がある。大きさは長さ20mくらいで、奥行きは暗くてわからない。

 「これが皇家の樹のコアユニットで、別名皇家の船と呼ばれている。」

 「・・・船って、も、もしかして宇宙船ですか?。」

役場のおっさんには想像を超える代物である。SF好きでなければちょっと耐えられず発狂しそうな感じ。

 「ああそうだね、航行エネルギーは無補給でOK。航続距離はほぼ無限大。超空間航行も可能。最大出力で攻撃すると、これは身をもって知っているね。」

 「外壁に触ってごらん。あんたが生体認証キーになっているはずだから。」

スッと視界が暗転し、次の瞬間には明るいところに出る。直径2mほどのサークル状の真ん中に小さな若木が植わっている。と思ったら、ぱあああっと金曜日のあのときのような光が僕の全身をサーチするように駆け回る。なんだかちっちゃい子犬がたくさんじゃれつくような、くすぐったいような、一匹一匹モフモフしたいそんな愛らしい感触である。

 「やっとお話し出来るね。」

小さな若木に向かって話しかけてみる。

 「うん、待ってたんだよ!。昨日は楽しかったんだ!。」

驚くほどの情報が、高速ダウンロードといった感じで頭に流れ込んでくる。

 「も、もうちょっとゆっくり言ってくれるかなぁ(笑)。」

さすがに人間の処理能力を超えている。頭痛になりそうな一歩手前でゆっくりと映像が流れ出す。樹雷でたくさんの樹と話したこと、教えてもらったこと。魎皇鬼ちゃんと、近くまで帰ってきたらスターボウを見たいと急に思ったこと、でも暗くてそんなものはあまりよく見えなかったこと。そのあとは、大西洋に潜ってかつて大陸だったものを探してみたくなったこと。そしたら隣のクリスタルのようなものに入っている、白く光る樹を見つけたこと。ほとんど一瞬でいろいろ話してくれた。こりゃ、魎皇鬼ちゃんにちゃんとしたお礼をしないとね。

 お、またスマホが鳴る。今度は鷲羽ちゃんだ。

 「そろそろ中に入れてくれないかねぇ。」

 「ええ?でもどうすればいいんですか?。」

 「樹に話しかけてくれるかい?お友達だから大丈夫って。」

 「今そこに誰々いますか?。」

 「わたしと、魎皇鬼と、ノイケ殿と、天地殿と砂沙美ちゃんだねえ。」

目の前の若木に話しかける。すると、五人が即座に転送されてきた。

 「さて、まず名前をつけてもらおうか・・・。この若木の名前さね。」

 「ああ、それなら安易ですが、自分の名前が一樹(かずき)なので同じ字なんですけど、一樹(いつき)と言う名前にしたいと思います。」

 「そうかい、一樹殿か、良い名前だと思うよ。」

 「おめでとう。これでみんな家族と一緒だねっ。ね、天地兄ちゃん。」

 「そうだね、砂沙美ちゃん。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続いての章9

地方公務員を円満退職して、自治会長とかしちゃったり、時々病院に行ったり、介護ヘルパーさんのお尻を触って怒られたり、今食べたご飯を忘れちゃったりする地球人としての普通の生き方は遙か彼方の大マゼラン星雲となったのでありました・・・。


 

唯一のまともに思える助け船のノイケさんを見ると、ひたすら気の毒そうな目線で見ている。おや、膝の緑色の丸いのは何だろう?

 そう思ったとたんに、一樹から光が伸びて緑の丸いものに当たる。ノイケさんの膝の上で緑の丸いものがぽよんぽよんと跳ねる。

 「あ、ごめんなさい。この子は鏡子って言うんです。本当はトップシークレット扱いで外に連れ出さないんですが鷲羽様の許可も出ましたし、ご挨拶をと思いまして。・・・鏡子、一樹さんにご挨拶なさい。」

魎皇鬼ちゃんと一樹、そして鏡子ちゃんと言われた丸くて緑色のものが光を当てっこして遊んでいるように見える。

 「いえ、あの、喜んでいただけるのはうれしいのですが、あの、やっぱりなにがなにやら・・・。おっさんにもわかるように説明してください。」

 「そうだねぇ、まずはじゃあこれを見てくれるかい。」

鷲羽ちゃん、またどこかから取り出したでかい紙を広げる。特にテーブルなんかも無いので地べたにみんな座った。

 「これが樹雷の、ここ柾木家と関係のある簡単な家系図だ。」

と紙を元に説明を始める。それによると、現樹雷皇、柾木・阿主沙・樹雷の子どもが遥照と阿重霞とあり、柾木・阿主沙・樹雷の妻が船穂と美砂樹とある。

 「ちなみに、遥照というのは、うちのじっちゃん。」

にぱっと笑う笑顔は微妙に怖い。

 「は?。今年百歳じゃなかったっけ?」

 「たぶん、その百歳のデータは、遥照殿がマスターの船穂が、我が子と田本殿を引き合わせたいために偽造したデータだねぇ・・・。」

鷲羽ちゃんが頭を掻きながらあきれ顔で言う。

 「あ、それで、金曜日の出来事に繋がると・・・。」

ぽんと手を打つ。なるほど。

 「え、阿重霞さんと遥照さん=勝仁さんは兄妹???。」

 「追々わかると思うけど、魎呼が樹雷本星を襲ったのを、じっちゃんが追って地球まで来て、それが750年前で、それを追って阿重霞さんと砂沙美ちゃんが来ちゃって、みたいな感じですよ。」

あ、なんかはしょっただろ、天地君。

 「あ。じっちゃんと魎呼と阿重霞さんも来たようだよ、入れてあげてよ田本さん。」

外を見て天地君が言う。

一樹、お友達だよ。いれてあげて。と思うと、すぐに転送されてきた。

 「これで、田本も皇家の仲間入りだな。肩凝るようなことばっかだぞ、がんばれよぉ~~。今日はうまい酒飲もうぜい!。」がっしと肩に手を回して魎呼さんが言う。

 「痛いですって、魎呼さん。・・・あれ、阿重霞さんどうしたんですか?。」

目が合うと真っ赤な顔してうつむく阿重霞さん。

 「金曜日に、酔いつぶれて、おまえに寝床まで運んでもらっただろ、あれからこの調子だぜ。」

魎呼さん、にかかっっと意地の悪い笑顔。

 「お兄様は何度も結婚しているし、天地様もはっきりなさらない~~とかなんとか?って言っていたやつ?。」

今度は天地君と阿重霞さんが両方真っ赤っか。おお、図星かい(笑)。

小声でノイケさんに問いかけてみる。

 「ノイケさん、なんだかすごく複雑そうなんですけど・・・。」

 「ええ、まあ、わたしも若干そういう思いはありますが・・・。」

と言って顔を赤らめ、うつむくノイケさん。ちょっと回答の視点がずれているような気もするが、まあ、天地君が罪作りな人なことはよくわかった。

 「天地君、みんな平等に、ね。あ、だからか。・・・。大変だねぇ。」

 おっさんはこういう立場になったことが無いので気楽なものである。ちょっと寂しいけど(自爆)。話題の勝仁さんは出来るだけ関わり合いたくないのか、お茶セットを出してお茶をすすっている

それに、天地君、微妙に理解不能みたいな顔をする。もしかして気づいていない??。

 「ちなみに、ノイケ殿は、今夜来る、阿重霞殿や砂沙美ちゃんのお婆さんの神木・瀬戸・樹雷殿の養女で、天地殿の正式な許嫁だよ。」

 「おお~~~、どんどんどんぱふぱふぱふ。なんだか知りませんが、天地君は大変なんだねぇ。」

紙吹雪があれば、ぱっと散らせたいような気分である。

鷲羽ちゃんは頭抱えてるし、砂沙美ちゃんはあきれた笑顔が硬直気味だし、魎呼さんはかまわず天地君の首根っこに手を回してうるさがられているし・・・。

 「ええっと、田本さん、今のご自分の状況は、理解出来てますか??。」

ぴきっと額に青筋立てた天地君が一言一言かみしめるように言う。

 「田本さんは、イレギュラーですが、第二世代皇家の樹に選ばれたと言うことで必然的に樹雷皇家の一員として迎えられます。しかも第一世代の船穂とその子どもに選ばれた、と言う特典(?)付き。さらに、鷲羽ちゃんの(ぬるぬる君3号)による調査の結果、初代樹雷総帥の妹君、真砂希様の子孫であると言うことがDNAレベルで判明しているという鉄板ぶり。さらに加えて、地球産の第二世代皇家の樹がかなり強力であることまでわかっています。」

 「今までの常識や想定といったものが吹き飛んだのぉ。田本殿が来てから。」

かこ~んっと鹿威しが鳴り響くような空白。

 「ん~~、でも自分は何も変わってませんし、なんぼ皇族って言われても・・・想像すら出来ません。」

 「そりゃそうだろうねぇ・・・。ま、あんなエネルギーバーストを簡単に起こす、意思を持った皇家の樹だ。何らかの管理というものは必要さね。それに、皇家の樹に選ばれるというのは、血のつながりのある皇族でもなかなか無いことなんだよ。何せ、第一世代皇家の樹と第二世代皇家の樹は自らの意志でマスターを選ぶからね。」

 「第一世代皇家の樹のマスターになった皇族の子息だからって、必ずしも皇家の樹には選ばれないのじゃ。」

 「でも、皇家の血のつながりがあるわけだから、第一世代の樹にも第二世代の樹にも選ばれなかった場合はどうなるんですか?。」

 「第三世代の皇家の樹が支給されておるの。ちなみに、世代を進むごとに力は弱くなっていくのじゃよ。」

柾木勝仁さん、ちょっと眼鏡を直す仕草をする。ふっと映像がぶれるような感じのあと、30歳前後の若者の姿に変わった。

 「さらに、皇家の樹の力のバックアップを受けているので、身体機能の向上や寿命も延びる。われらは、元々、生体強化という技術もあって寿命は二千歳程度は普通に生きることが出来る。ここからはトップシークレットだが皇家の樹のバックアップがあれば、望めば一万歳を超えることも可能だ。見た目はどうにでもなるしね。」

 なるほど、そういうことなのね。地球側からすれば想像も出来ないオーバーテクノロジーをもつ宇宙からの来訪者である、でもメンタル的なところはそう変わらないらしい。

 「ってことは、僕が皇家の一員で皇家の樹のマスターってことは・・・・・。」

 「これから、そういう世界に否応なく引きずり込まれていくということだね。しかも寿命はほとんど望むだけ。勉強しなくてはならないことも本当にたくさんあるけれど、それ相応に時間も出来た。」

 「ええっとぉ、あと十五年ぐらいで地方公務員を花束もらって退職、高血圧の薬や糖尿病の薬を飲みながらさらに十五年くらいで、いろんなことを忘れながらぽっくり逝くってゆー、地球人としてのささやかな夢は・・・?。」

 「あきらめてください。」

 「ま、むりじゃの。」

 「なんなら、あたしと一緒に住むか~~い。」

 「魎呼さん、田本さんは樹雷本星にいくんですよっっ。」

 「なんなら、ギャラクシーポリス,GPと言うのもありますから・・・。」

 「砂沙美、うんと美味しいもの作るね!。」

そこまで全否定しないでもいいじゃん・・・(TT)。砂沙美ちゃんだけだよ応援してくれてるの



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続いての章10

普通の役場職員さんが、皇家といったってねぇ・・・。


「さらに、だ。」

びしいっっと鷲羽ちゃんが指さす方向に、クリスタルで銀色に光る柚樹がいる。

 「一樹だけでもあんたこれから大変だってのに、柚樹まで・・・。しかも樹雷草創期の樹で、しかも天木日亜殿がマスターだったって・・・。」

 「ゆるしてくだせぇ、お代官様ぁ。おらなんもしらねぇ百姓だぁ。」

何となく、平謝りの土下座をしてみる。あーあ・・・。どうしようもないよなぁ的な空気があたりを濃厚に漂う。

 「えーとえーと、僕これからどうなるんでしょう???。」

 「しらんっ!(勝仁様と鷲羽ちゃんのユニゾンで)。わかりませんねぇ(ノイケさんと頷き合う天地君)。しらねーよ。まあがんばってくださいね。砂沙美は美味しいもの作るからっ。それ食べてがんばって!。」

砂沙美ちゃんの決意表明を聞いたところで、柾木勝仁さんがため息をつきながらおもむろにしゃべり出す。

 「皇家ってのは四家あっての、まずわれら、柾木家。阿重霞、砂沙美の祖母の神木家、そして竜木家、天木家とある。天木家と柾木家はもともと比較的疎遠ではあったのじゃが、今回この柚樹が発見されたことで、天木家は大喜びでの、それで、今夜非公式じゃが、お礼に来るそうじゃ。そうなれば、柾木家当主の現樹雷皇が来ないわけにはいかず、樹雷王が来るとなれば二人の王妃も同行するし、柾木家と深い関係の神木家、半分お目付役の立木家もくると。」

 「田本殿喜べ!、樹雷四家勢揃いの大盤振る舞いぢゃ!。」

 「じっちゃん、珍しく盛り上がってるけど、実の父と母二人と怖いおばあちゃんが来るんだぜ、いろいろ作戦たてとかないと、あと大変だよ?・・・。」

どこから落下したのか、でかいタライが柾木勝仁さんの頭上を直撃したイリュージョンが見える。うるうると両目を伝う涙が諸行無常の響きを奏でる。

 「そういえば、柾木勝仁さんって、樹雷では遥照様っておっしゃるんですよね?。この家系図だと、お母様は船穂様。遥照様の皇家の樹は「船穂」なんですね?。」

 阿重霞さんが、そそそと僕の左隣にやってきて、スッと裾を折って膝をつき美しく正座をする。わずかに背をかがめて小声で言う。

 「お兄様は、当時四皇家の中で立場的に弱かった船穂お母様を思いやって、自分の樹に船穂と名付けたんです。」

 「ひょっとして、マザコンとは言わないけれど、船穂様には非常に弱い??。」

 「フフ、今夜わかりますわよ。」

阿重霞さんにとっては、いつまでも遥照お兄様なんだねぇ、とちょっと感心。

 「まあ、いろいろな予習はこんなもんで良いだろう・・・。田本殿は始めてづくしだけど、最初の説明のコアユニットというのは、この、今座っているもののことだ。」

見た目よりも広く感じる。なんだか外と隔絶された空間のように思える

 「一樹は第二世代の皇家の樹だから、この中には四国くらい、いやもっとかな?それぐらいの広さの空間が固定出来るよ。一〇万人くらいが完全自給自足で暮らせる土地と空間が固定出来るねえ。」

 「ごめんなさい、意味がわかんないですぅ。」

 「田本殿とその家族、近所のコミュニティ程度の人口くらいなら、無補給で一生この中で引きこもっても暮らしていける、しかも銀河を横断しようが、縦走しようが航行エネルギーの補給は必要ない。その、一樹という皇家の樹は、ほぼ無限大のエネルギージェネレーター兼非常に賢いコンピューターユニットという位置づけなんだよ。」

 「あのぉ、それって、自家用恒星間宇宙船ってことですか?。」

 「そーともゆー。まあ、実際は他星系にいらぬプレッシャーを与えないために皇家の船は厳密に管理されているけどね。銀河法なんかもあるし。」

 「地球で言うところの、核の抑止力的な力だと。」

勝仁さんに視線を向けると、でかいタライのイリュージョンは本当だったのかでっかいバッテンの絆創膏が痛々しい。

 「そうじゃのぉ。単艦で、数百隻規模の宇宙艦隊を相手にして軽く勝てるしのお。やろうと思えば銀河支配も出来るだろうのぉ。」

この身で受けたあのエネルギーとはいえ、そこまで強力だとは。

 「だとすると、そういう気のある人の手に渡ると、非常に危険では無いですか?。」

 「だから、樹が自らの意志でマスターを選ぶんだよ。田本殿も、選ばれていると言うことは支配欲だの、人を貶めようだの、その手のたぐいの想いはあまり持ってないんじゃないかい?。」

そういえば、そんなややこしいことよりも、SFな妄想する方が、趣味に没頭する方が好きだったりする。

 「そう言えば、自分が、と言うよりも他人の幸せそうな笑顔を見る方がホッとしますね。・・・それにあまり他人には言ったことが無いんですけど、ここより遠いところ、そうですね、ぶっちゃけ、あの天の川の向こうを見たい、飛び込みたいというのが、強烈な想いとしてずっとあります。」

 このコアユニットの中の「場」の雰囲気が変わった。一樹の方を見ると、ふわりと光をまとっているように見える。この場に居る柾木家の面々も和やかな空気をまとう。

 「そうかい、それなら良かった。一樹も良い友達を見つけたようだ。」

鷲羽ちゃんの笑顔が柔らかい。うん、この人こんな笑顔もあるんだ。

 

 「実は、田本殿にお願いがあるのだけど、その柚樹、ここに来てくれたのは良いけど、津名魅と話してから、あまり元気じゃ無いんだよ。田本殿はどうも皇家の樹と相性が良いようだし、ちょっと「話して」くれないかね。」

 「わかりました、自分なんかで良ければ・・・。ですがどうやれば良いんですか?。」

 「もう一樹の力で田本殿は守られているから、一度ここを出て普通にさっきみたいに柚樹のコアに触れてみてくれるかい。」

 一樹、外に出してと思うと、コアユニットの外に転送される。そして、クリスタルで出来たコアユニット外壁に触れる。一瞬の拒絶?とまどい?のような想いを感じたあと内部に転送されていた。さすがに不安だったので、一樹に今からの様子を逐一バックアップを取るように頼んだ。

 静かに銀色の光を放ちながらゆっくりと明滅する樹が見えた。近くに寄ってあぐらをかいて座って語りかけてみる。一樹の中と違って、結晶化したような静かな世界。

 「こんにちは。昨日は、お休みのところ、騒々しい子どもたちが、たたき起こしたようになっちゃって済みませんでした・・・。」

眠っていた大きなものがゆっくりとまぶたを開ける、そんな気配。

 「わしも、あの場で命がつきるのをまどろみながら待っておった。静かな海の中も悪いものでは無かったぞ。」

静かに、時が流れる。自分は、この空気の粒子の一つ一つを味わうような雰囲気が嫌いでは無い。

 「僕はこの地に生まれて45年しか生きていません。あなたの見てきたものを少しずつで良いので話してはくれませんか?。」

 以前からお年寄りの昔話をを聞くのは結構好きだったりする。山間部の道が抜ける前は、作ったたばこの葉などを背負って、三輪トラックが入って来られるところまで歩いて行ったとか、町まで作物を背負って歩いて行って、一泊して帰ってきていたなど、お年寄りのお話を聞いていると、その映像が脳裏に浮かぶようで結構楽しい。そういう思いもあったので純粋に話が聞きたいそう思ったのである。

 何をばかげたことを言うのか、それがさも可笑しい、そんな感じで大きな存在が腹を揺するような揺らぎを起こす。

 「わしは、すでに七万年ほど生きている。その記憶をおまえのようなものが受け止められると思うのかえ?。」

 「そりゃあ、全部、とか一度にというと無理です。でも、それだからこそ、いろんなお話を聞いて想像したい。僕はそれが楽しいんです。あなたはどんな大きな世界を覚えておられるのか、と思うと僕はワクワクします。それに、一樹にもバックアップを取るように頼んでいます。一樹にも聞かせてやってください。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続いての章11

ここからしばらく思い出話になります。
会話があまりなくなって、少し重いかも知れません(^^;;


静かに待ってみる。それにしてもほのかに白く光る幹、銀色にきらめく葉、太陽の下と言うよりは月の下が似合いそうな昏い美しさがある。

 「実は、一樹に選ばれたのはほんの二日前です。一樹は、この地球で生まれたためコアユニットを持っていませんでした。 種からすぐに発芽して、力の使い方を知らない一樹はエネルギー・バーストを起こしてしまったんです。自分も文字通り燃え尽きる寸前でした。ここに居る樹雷ゆかりの皆様に助けてもらって事なきを得て、無事コアユニット内で成長出来ることとなったんです。」

 「そりゃあ、この星系が良く吹き飛ばなかったものじゃ。われらは、本来津名魅様を始祖とし、最初の種も、コアユニットにまず根付くことによって力を発揮し人とも契約出来る。そういえば、おぬしは不思議じゃ。契約もしておらんのに普通ならこのユニットに入ってくることも出来んはずじゃがのぉ・・・。」

ほおお。ちょっと興味を持ってくれたかなぁ。

 「そうなんですか?。自分は、そんな変わったところも無い普通のおっさんですがねぇ。」

 「そういえば、お主は、一樹という樹のマスターだと言うが、マスターキーはもっておらんのかの?。」

 「マスターキー?なんですか?それ。」

鷲羽ちゃんにも、もらってないし・・・。別に一樹と問題なく話せるし・・・。

 「我らの力の依り代で、皇家の樹の樹液や、樹の一部を使って作られるもので、人は本来それを介さないと、樹と会話は出来ないはずじゃが・・・。」

あとで鷲羽ちゃんか勝仁さんに聞いてみよう。

 「なんせ、初心者なもので。後で皆さんに聞いてみます。一樹と、魎皇鬼ちゃんがあなたと出会ったのも、僕の夢のせいだそうですし。」

 「して、その夢とは何かのぉ。」

 「お恥ずかしながら。まずこの地球で、正史として語られるのは、たかだか三〇〇〇年から四〇〇〇年程度しか無いんです。正史とかでは無くて、ほとんど伝説なんですが、一万二千年ほど前に大西洋にはアトランティス大陸と、太平洋にはムー大陸があったなんて言われています。大異変によりどちらも海中深く没したと言われています。」

 「そういうミステリアスな部分がいろいろな映画や、本などになっています。自分もそういう話が大好きで、昨夜寝る前にそういうことを思い浮かべながら寝ちゃいました。」

遠い遠い過去にあった、水運の発達した壮麗な大神殿都市みたいなイメージ。

 「そしたら、一樹が僕の想いに反応して、魎皇鬼ちゃん引きずって大西洋に潜り、海溝深くに銀色に光るものを見つけ、詳細に調査したら崩れかけた建物跡の中にあなたを発見した、こういわけです。」

ふと、鼻をかすめる弱いけれどはっきりした柑橘系の香り。わずかにざわめくような気配がある。

 「おもしろいやつじゃのお。ならば話して進ぜよう・・・。わしがなぜあんなところに眠っておったかじゃが、地球の時間にして1万3千年ほど前、初代樹雷皇の妹君である、真砂希殿が突然辺境探査を志願しての、その配下にあった天木日亜とあともう一人が随行として、樹雷本星を飛び立ったのじゃ。」

 「ええと、突然って・・・。樹雷皇の妹様だったりすると、ご公務とか結構忙しいのでは?。」

我が日本の天皇陛下も多忙を極めていると聞くし。

 「ま、そういう堅苦しいことは嫌いだったんじゃろうのぉ。」

細い七色の光が、僕の額に当たると同時にイメージが浮かび上がる。

 

 

 

 「真砂希様、真砂希様。お待ちください!。」

すたんっとんっと、まるで羽が生えているかのように身軽に走ってくる女性。その後ろから、顔に落書きされたお付きの兵士、といった男が追いかけている。投網やら投げ縄のようなものやらで捕まえようとするが、投網や投げ縄が到達するその一瞬前にかわされ、まったく捕らえられない。

 「あははは、居眠りしているおまえが悪いのよ、日亜。」

 宮殿のような作りの建物である。無駄に広くて長い螺旋階段。しかし、その建物の建材は木製のように見えた。その手すりに跨がって滑り台よろしく滑り降りる。

 ぽんっと跳び箱を跳ぶかのように、手すり最後の飾りを両手で押さえて、着地。後ろを見ながら走り出そうとする女性を背後から両手で押さえ抱え上げる、大柄な男性。

 「あら、お兄様。」

下から見上げて、ちらっと舌を出す女性。手足をバタバタさせてもガッシリと捕まえられている。

 「あら、じゃない。真砂希、何度言えばわかるのか。我らは以前の我らとはもう違うのだ。樹選びの儀式が済めば、真砂希、おまえとて皇族の一員としてわたしと共に皆の前に立たねばならぬのだぞ。」

長めの髪を後ろで結わえ、整った目鼻立ち、あごひげを蓄え始めた、どちらかというと若い闘士、と言った風情の男が言う。体つきは肩幅が広く分厚い。首の太さが本来の気性を物語っている。甲冑のような防具を身につけ、両刃の長い剣なんかを振り回すと、もろにRPGのファイターと言った感じである。

 「日亜、おまえも真砂希ごときに良いようにされて。まだまだだなぁ。」

にかっと人の悪い笑みが浮かぶ。

 「は、面目ありませぬ。」

スッと膝をつき頭を垂れる真砂希と呼ばれる女性を追っていた兵士。こちらは細身に見えるが、服から出る二の腕の締まり具合と、前後に厚みのある胸から絞り込まれる腹へかけての線が、ただ者ではない雰囲気がある。額に複雑な模様のバンダナのようなものを巻いている。左ほほの斜め下あたりに鋭い刀傷があった。

 「日亜、今日は良い酒が手に入った。あとで寄れよ。」

頭を上げ、嬉しそうな表情をする。すかっと晴れた梅雨明けのような笑顔である。

 「今日は、負けませぬぞ!。」

 「一昨日来いと言い放ってやるわ。」

真砂希様と呼ばれた女性は、とても悔しそうな表情をする。でも、この関係には勝てないというあきらめの表情も見て取れる。しかし、この関係が楽しくてたまらないそんな表情も見える。よっとあごひげの闘士に地面に下ろしてもらう。舌を出して兵士を挑発する。

「真砂希様!。」

またそうして追いかけっこが始まる。背後からあごひげの闘士の豪快な笑い声がその場に響き渡った

 

 

 木刀を持つ二人。

両手でまっすぐに構えるあごひげの若い闘士。低い姿勢から標的を見定めて切っ先を正面に向け構える兵士。

 常人では全く見えないような速さで打ちつける音がする。かあんかあんと場内に響き渡る。ここは天樹と呼ばれる、地上からだと一万メートルは超えようかという一帯。後に樹雷皇家のプライベートルームになるという場所。とても木製とは思えないような金属質な響きが、龍のごとく場内の屋根に向かって登り狂う。

 ガッと木刀を持つ二人が打ちつけ合って離れた瞬間、兵士が目にもとまらぬ速さで、あごひげの闘士の眉間に木刀の切っ先を寸止めする。が、あごひげの若い闘士も兵士のあごの下で木刀を止めている。

 「腕を上げたな、日亜。」

 「あなた様でなければ、我はこのまま突き通しておりました。」

 「おまえでなければ、我はこの場に立ちすくまなんだわ。」

そう、良く通る声で二人とも静かに言い放つやいなや何事もなかったかのように離れ、二人とも深く頭を垂れる。数瞬であったが数時間にも取れる緊迫した瞬間はこうして終わりを告げる。

 汗を軽くぬぐい、二人とも扉を開け、青々と茂った樹の見える部屋に相対してあぐらをかき座る。上座に見える場所にあごひげの闘士、その反対側に兵士である。

 静かに引き戸が開き、酒の入った丙子と塩焼きの季節の川魚、山菜、旬の野菜、花などを煮たり揚げたりした膳が女性たちにより運び込まれる。膳や丙子、杯を運び込めば女性たちは静かに退席する。どちらからともなく、丙子より酒を杯に注ぎ、静かに打ちつけ合って飲み始める。

「こっ」という杯を打ちつけあう音は耳に残るが部屋に居所を無くされてしまう。

つう、と飲み干された杯は、次を呼び、杯が次々と重ねられると、丙子が空になる。柏手を打つと女性たちが現れ、丙子をひとつ、ふたつと持ってくる。

 「日亜、これは、神寿の酒ぞ。」

 「美味しゅうございますね。」

「ふむ。」

するすると空き続ける杯。運ばれる丙子。

ようやく、二人とも料理に手をつける。外では、風が樹の葉を撫でながら過ぎゆく音がしている。

 「そう言えば日亜、おまえは先日樹選びの儀式を終えたそうだな。」

 「はい、第二世代の樹と契約出来ました。」

 「して、名は何とした?。」

 「私を呼ぶ声が聞こえたときに、柚のような良い香りがしましたので柚樹としました。」

 「柚、そうか・・・。」

 「あの戦いは、我らの今に繋がるものとはいえ、悲しい戦いであった。」

 「主皇よ、そのことは、もう・・・。」

 「そうだな・・・。」

日は傾き、緑の樹の葉の間から橙色の柔らかい光が部屋を照らす。

 「本当に美しい星でございます。津名魅様もお喜びになりましょう。」

「そう、我らはあまりにもたくさんの犠牲を払ったのだ・・・。」

日が落ちる速さと相前後して二人の周りに四つほど、ふうっと球形の光がともる。白とも黄とも付かぬ、浮遊する光が部屋を柔らかく照らした。スッと立ち上がるあごひげの闘士が兵士の傍らに座る。

 「我は、お主さえおれば何もいらぬ。が、すでに我の立場はそれを許さぬものになってしまった。」

鋭い風貌の兵士の目からつうっと涙がガッシリした手の甲へ落ちる。その手を若き闘士は取り、するりと舐める。そのまま自分の方向へその手を引く。

 ゆっくりと部屋の照明は落ち、長き深き想いは暗闇の中へ沈み込んだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続いての章12(第2章終わり)

書きためた、第2章は終わりました。

現在第3章執筆中。更新はしばらく間が空きます(^^;。


~10年後~

 

 突発的で巨大な時空振であった。皇家の船といえど超空間航行中の巨大な時空振では無事では済まない。樹雷本星を出奔し早3ヶ月。かたちなりの辺境探査の旅もそろそろ終わりを告げようかという頃だった。初代樹雷皇の妹君、真砂希姫のわがままであるが、本人のたっての願いで樹雷王も黙認されていた。真砂希姫の第一世代皇家の船とお付きの兵士の第二世代の皇家の船2隻および重巡洋艦2隻+軽巡洋艦2隻の艦隊であったがジャンプアウトしたのは天木日亜の船柚樹と真砂希姫の船のみであった。

 「・・・真砂希様、ご無事でございますか。」

ノイズ混じりの声がする。

 「日亜ね。ええ、なんとか・・・。でも、樹のダメージが大きいわ・・・。光應翼でも防げなかったなんて・・・。」

 「竜木籐吾や他の船とはぐれてしまいました。目下、広域探査システムは損傷を受け使えません。樹のネットワークでも他の皇家の船の反応は発見出来ないようです。」

 バンダナを巻いた兵士がディスプレイに映っている。いくつかのディスプレイはブラックアウトし、さらにいくつかは画像が乱れている。真砂希と呼ばれた女性は額から細く血を流しながらゆっくりと席にもたれ込む。

 「この宙域はどこかしら?だいぶ飛ばされてしまったようだけど・・・。」

 「銀河系中心から3万3千光年、残念ながら星図も未作成の宙域です。私の船はコアユニットに大きなダメージを受けています。通常航行は問題なさそうですが、超空間航行は数光年レベルであと1回が限度です。」

 「こちらも同じだわ。この周辺を探査してみましょう。超空間通信も使えないから、通常通信で救援ビーコンを発信するしかないようね。」

 「わかりました。」

周辺探査モードで、約1光年ほどの距離に三十連星の星系があり、5光年強の距離にG型恒星で惑星をいくつか持つ恒星系が見つかった。近い方は、惑星があるが主星に近く、表面温度も高いことが観測された。遠い方は、主星からほどよい軌道を回る惑星がいくつか発見された。

 「日亜、私たち運が良いわ。あのG型恒星系に行ってみましょう。」

 「それしか生き残る方法はありませんね。」

 二隻は、5光年強の距離を跳び、G型恒星系の内惑星系になるべく近いところに超空間ジャンプアウトした。恒星の中心から5個の惑星があり、その外側を巡る軌道には大きなガス惑星がある。ハビタルゾーンは第2惑星軌道からと第4惑星軌道間と観測され、事実第三惑星は液体の水の存在が確認された。

 「第三惑星の衛星があるわ。そこに一度降りましょう。」

 後の世に月と呼ばれるその星は、ほぼ真球であり、デコボコはほとんど無い。星の内部透視探査では、中心部は重金属と思われる核があり、その周りを熱水が取り巻き、表面は20kmほど氷で出来ているようであった。ほぼ主星の青い星と同じ周期で自転している。自転軸はほとんど軌道面に対して垂直である。重力は小さく、大気はほとんど無いに等しい星であった。

 真砂希姫の船は這うようになんとかその衛星の北極部分に着陸した。

 「日亜、もうこの子は跳べないわ。さっきの時空振で光應翼を張るのに大きすぎる負荷がかかってしまった・・・。」

 先ほどの時空振で真砂希姫の第一世代皇家の樹は、真砂希姫の意を受け、艦隊を守るためできる限り大きく、数を多く光應翼を展開したが、通常の三次元空間ならほぼ無敵の光應翼すらも超空間航行時の条件下では分が悪かった。

ブリッジの後方に本来青々とした葉を茂らせてあるはずの樹は、まるで大きな落雷に遭ったかのように左3分の1が大きく焦げ、左側の葉はほとんど燃え落ちていた。

 「真砂希様、私の任務はあなた様を兄皇様のところに連れ帰ることでございます。何とかして帰る方法を探しましょう。」

 「いいえ、あなたには本当に申し訳ないのだけれど、私たちの樹にはもうその力は残っていないわ・・・。」

いつもの明るく張りのある声ではなくなっている。

 「真砂希様、まさかお怪我をなさっておられるのでは?。」

 「ええ、恥ずかしいことだけれど、頭部を打撲しているけれど、治療用ナノマシンを飲んだし、それと樹の力で数時間ほどで回復すると思う・・・わ。」

 「真砂希様!。柚樹、真砂希様の船の隣に着陸、その後船内に転送してくれ。」

柚樹と呼ばれたその樹も、ダメージを受けていたが、真砂希姫の樹ほどではなかった。こちらは、青く茂るはずの葉は右上部から銀色に変色していた。さらにコアユニットそのものにダメージを負った状態では超空間航行は無理であろうと思われた。

 真砂希姫の船に自らの樹(船)から転送されて天木日亜が降り立つ。あまりの大きなダメージに正直驚いていた。皇家の樹の始祖津名魅に賜った皇家の樹は、樹雷が知りうる、銀河系内のどの文明圏でも最強であった。電子的、量子的、重力等でも知覚は出来ない光應翼というシールドは人間の目、つまり視覚的には知覚出来、しかもいかなるビーム兵器やミサイル、実体弾をも防ぐ力を有している。皇家の樹のみが展開出来るが、それを剣のように使って攻撃も出来る、はずだが、今回の超空間内の時空振にはほとんど無力であった。

 真砂希姫の船内は巨大な空間が亜空間固定されており、壮麗な宮殿があったはずだった。残念ながら今はその面影もない。ブリッジに行くと、瀕死の状態の樹の陰で真砂希姫が倒れていた。

 天木日亜は、持ってきた端末で真砂希姫の身体をスキャンする。治療用ナノマシンはうまく機能しているようで、しかも樹の加護もあり命に別状は無いと思われた。念のため治療用ポッドに寝かせる。

 真砂希姫の樹を詳細に見てみるが、かなり大きなダメージを負っている。この空間を維持することは出来るだろうが、宇宙船としての機能はほぼ失われたと言っても過言ではない。ブリッジに帰り、治療用ポッドを操作し、6時間ほど寝ていただくようにセットする。

 今度は自分の樹の柚樹の様子を見る。原因不明の銀葉化が見られる。これも今まで見たことがない。マスターキーを介しての柚樹との会話では特に不都合は無いらしい。ただ、コアユニットの損傷が酷く、超空間航行は無理で、通信機能も失われている。

 救いなのは樹そのものにはダメージが少ないことだった。どちらにしても樹雷本星に帰って大規模な修理を行わない限り恒星間航行はまず無理であろう。

 天木日亜は、とりあえず、自分も治療用ポッドに横になった。特に身体に異変は感じないが、兵士は常に万全であらねばならない。外部時間で4時間、ポッド内で8時間の加速時間設定をし、柚樹にプローブを使用しての周辺探査を依頼しておく。かすかな柚の香りが静かな眠りに誘っていった。

 

~続いての章終わり~

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柚樹との対話1(第三章)

第三章を始めてしまいます。

さすがに書きためておいたのも底をつきました。これからゆっくり更新していきます。


~第三章~

 

 マスターである天木日亜が眠ると、柚樹は周辺探査モードを駆使して情報を探査し始めた。生き残っていた探査プローブを打ち出し、現在位置および目標惑星の情報を集める。 このG型恒星系で軟着陸したのは、第三惑星の衛星。この惑星と衛星の関係は結構珍しい。衛星が少し大きすぎるのである。また惑星の方は、樹雷本星と比べ重力は、少し弱い程度でほぼ変わらない。液体の水が存在し、衛星からの眺めでは水色に見えるが、濃い雲に覆われている。地表の温度は絶対温度で平均300度程度。湿度はかなり高く70%~80%程度ある。大気組成は酸素20%、窒素75%、あとは希元素だとか二酸化炭素であり樹雷本星と変わらない。バクテリア、病原体も現在の医療用ナノマシンで対処可能であった。ほとんど何も手を加えずとも移住可能な惑星で、この広大な銀河で非常に希な惑星と言えた。

 樹雷本星に比べると、かなり蒸し暑い気候と言える。また、温血動物と冷血動物の中間のような大型動物が惑星の各地に見られることからかなり繁栄しているようであった。ヒューマノイドタイプ、外観ではほぼ人類と言って良い生物も確認出来た。個体数は数十億人レベルで、樹雷人と変わらない体格で肌の色も大きな差異はなかった。文明としては、恒星間航行能力はおろか惑星間の移動もままならない状態で、樹雷で言うところの初期文明の段階だった。樹雷の伝説にある「シード」を行った文明の結果である可能性がある。超空間通信が行える状態であったならば大発見と言えるものであったが、現在の状態では情報を精査、記憶し来たるべき時にデータとして受け渡せる状態にする必要がある。

 現段階で、この第三惑星上の知的生命体に発見される恐れがあるため、全プローブと真砂希姫の船そして自分に不可視フィールドを張る。また同様のフィールドを張った、電波傍受および偵察プローブ2機を惑星上に降下させ厚い雲から下の情報を集める、が何もしなくてもかなりやかましい種族(笑)のようで、電波は大量に惑星外に漏れ出ており、情報ネットワークも発達している様子で、柚樹にとっては簡単に読み解ける情報だった。

 最初の2時間程度で、樹雷言語との対訳辞書が完成し、この惑星の概略歴史も収集完了する。途中、不可視フィールドを張ったプローブがこの星の個人用飛行機械と接触しそうになるがかろうじて上空へ逃れた。重力制御を行える科学技術があり、かなりそれは普遍的にこの星の種族は使っているようである。

 惑星上を行き交う情報より得た概略歴史によれば、この星には大きな大陸が二つあり、その大陸二つとも低くなだらかな丘がある程度で高い山脈はない。小さい方をアトランティス帝国、大きい方をムー帝国と言い、戦争等のいざこざは絶えないながら、何とか種族絶滅の危機は回避している、そんな状態らしい。文明を支えるエネルギーシステムについては、電力が中心で、それを得るのは巨大建造物を特殊な形に構築し、その莫大な重量をうまく電力変換出来るシステムがあるらしい。その電力に変換されたエネルギーは、世界各所にある無線送電システムにより様々な場所に潤沢に届けられている。樹雷で言うところの核融合エネルギーの大きさに匹敵するが、この星では現段階では惑星上から出ることに関しては消極的であるようだ。

 この重力エネルギーを電力に変換するシステムに関しては完全なクリーンエネルギーといえ、樹雷としてもかなり有用な技術と言えた。プローブから得られた情報を解析し、船内の大容量ストレージに保管する。エネルギーシステム詳細は、四角錐の建造物を決まった比率で建造し、生じた莫大な重力を一種の地盤との圧電効果によって抽出、それを無線送電システムにより全世界に給電するらしい。

 また、多神教の宗教のようで他者に対しては比較的寛容な種族であるらしい。真砂希姫の性格上、この星に降りると言い張ることであろうから、その候補地もいくつかピックアップする。柚樹もマスターの癖や苦労性を見事に受け継いでいた(笑)。

 あとは、船二隻にあるもので、この地の通貨と交換出来そうなものを情報の海からリサーチする。さらにこの星に降りたって、目立たない服装もリサーチし船内工場で生産を開始する。綿や絹、麻のような素材であるらしく、このあたりも樹雷とさほど変わらないのがありがたい。金や銀、レアメタルの類いは結構お金になるらしい。結構情報が集まったところで天木日亜の設定した時間が来て、治療ポッドの扉が開く。

 

 「おはよう、柚樹。銀の葉の具合はどうだい?」

 「特に問題ありません。依頼されていたこの第三惑星の情報です。」

いくつかのホログラフィ・スクリーンが開き、情報を表示する。

 「おお、さすが柚樹だな。・・・ふむ、環境は驚くほど樹雷と似ていて、ウイルスや細菌類も医療用ナノマシンで対処可能か・・・。結構な文明があり、50億人ほどの樹雷人と酷似したヒューマノイドがいる・・・。まだ初期文明段階だな。」

 「そうですね。私たちが生活するのには、ほとんど問題は無いです。」

 「逆に、我らが宇宙から来たことなどを偽装するのが難しそうだな。」

ふわりと七色の神経光が天木日亜にあたり、三次元映像を天木日亜に重ねる。

 「いくつか人里離れた地域をピックアップしておきました。しかも、この惑星のファッションをリサーチ済みで比較的目立たない服装もご用意してあります。」

 「さすが、柚樹だな。外見はほぼ変わらないから、言語・習慣などをナノマシンに乗せてインストールしてくれ。まずは降りてみてヒューマノイドの遺伝子などを調査しよう。」

 「了解しました。また、物々交換も可能なように、船に乗せてある物品のうちで比較的かさばらず、この星の通貨に換えられそうなものをご用意してあります。それもお持ちください。」

 「わかったよ、柚樹は本当に賢いな。まず、真砂希姫をこの船にお迎えし、我が家にお招きしよう。そして、惑星に降りるときに目立たないシチュエーションと場所をいくつか考えておくれ。」

 はにかむような笑顔で天木日亜が言う。左ほほの刀傷に似合わない優しい言葉が出る。

 

 

 「そんなわけで、天木日亜と真砂希姫は、この地に降り立ったのだ。」

ふわりと現実感が増す。長い物語を見ていたそんな感じ。静かで銀色の明滅する光は柚樹のユニットの中であることを思い出させ、そしてわずかに香るのは柚の香りが今居るという感覚をはっきりさせた。時間は、あれから5分と経っていない。

 「・・・やっぱり、すごいじゃないですか。と言うか、軽々しく凄いなんて言えない記憶ですね。NHK大河ドラマを一気に見たような重みがあります。」

 「そうか。これほどの情報を話して聞かせたのも1万2千年ぶりか・・・。田本とやら、疲れとか身体に変調とかはないのか?。」

 そういえば、大迫力大長編映画を見たような快い疲れ、みたいなのはあるが、一樹がバックアップしてくれているせいか特にそのようなものはない。

 「そういえばそうですね、数日前まではこんなこと、やったことが無かったんでした(笑)そうだ、一樹、バックアップはとれている?」

 「大丈夫だよ。田本さんとのリンクを使って情報処理そのものはこっちで肩代わりしているんだ。」

 「鷲羽ちゃんやみんなは?」

 「今夜の用意があるからって、コアユニットから出て行ったよ。鷲羽ちゃんは隣の研究スペースでモニターしてくれているみたい。」

 「柚樹さん、でいいですか?ちょっと電話かけさせてください。」

 「おお、いいぞ。」

 鷲羽ちゃんに電話を入れると、いままでの出来事は一樹経由でモニターしていて、今夜の皇族ご一行様用に編集を同時進行らしい。

 「今夜は、現在の柾木・阿主沙・樹雷皇の他、神木家、竜木家、天木家の四家がお忍びでいらっしゃるようです。行方不明だった柚樹さんが見つかって非常に喜ばしいことだそうですよ。」

 「そうか、ここにみんな来てくれるのか・・・。」

 「楽しい方々らしいですが、皇族の方でしょう?なんかもう胃がでんぐり返りそうです。」

 「わははは、わしが天木日亜と共に出た頃とそう変わらないなら、そんなに気にすることは無いと思うぞ。お主も第二世代の樹のマスターだと言うし。」

 「うー、二日前にそうなって、想定外が大規模デモしてるんですから(泣)。まあ、僕の場合は、まだどっちかというと町長さんだの町議会議員さんの方が現実味のある畏怖対象ですけど・・・。」

 「おー、そうかそうか。ならば良い。お主はそのままで良いと思うぞ。」

 「そういうもんでしょうか??。」

 「そういうもんだろうのぉ(笑)、何か言われたらわしも口添えしてやるから。」

 「ほんっっとぉ~~によろしくお願い申し上げます。」

一樹からも楽しそうな波動が返ってくる。

 「一樹も頼むよぉ、ホントに。」

 「うんっ。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柚樹との対話2

結構やり手だったようです、真砂希姫(^^;;。


LANケーブルとか、USBケーブルとかではないけれども、ほとんど有線でプラグインされた、そんな感じで一樹とも話が出来ている。マスターキーの話もそうだけど、これって普通じゃないことなのかなぁ、と思う。

 「ホント、自分は初心者なもので、皇家の樹と言われる皆さんと、まるで人と話すように会話出来ていますけど、それって、普通なんですか?。」

 「うーん、そうじゃな。マスターキーを介してなら、不自由なく天木日亜とも話が出来たものじゃが、そのほかの人間とは片言のような感じで表面的な気持ちが伝わる、そういう感じだろうかの。まあ、そんな意味でお主と何も介さずにクリアに話が出来ることが不思議と言えば不思議じゃの・・・。」

まあ、今夜大先輩方が大挙していらっしゃる(笑)ので、どういうことかも分かるかも知れない。

 「そういえば、さっきのお話では、柚樹さんの葉っぱは一部分だけ銀色に変わったようにおっしゃってましたが、今はすべて銀色の葉になっています。それは、またどうしてですか?。」

 「そうさ、のう、どこから話せば良いか・・・。天木日亜と真砂希姫は、太古のこの地球に降り立ったわけだが、結局真砂希姫は、ダメージの大きな自分の樹をこの地に根付かせることにしたのじゃ。」

 また七色のレーザー光が僕の眉間に当たる。鮮やかな映像データのようなものとして僕の中に入ってきた。

 

 

 「さて、と。これで良いわ」

真砂希姫は、自分の樹を1年前に降り立った第三惑星の自宅の庭に植えた。

 「真砂希様、これで、この樹は生き延びられましょうが、真砂希様はこの樹のバックアップを受けられませんし、この樹もゆっくりと力を失って行きます。」

 「わかっているわ。私、この惑星が気に入ったの。それに好きな人も出来たしね。」

晴れやかな笑顔だった。元々長命な樹雷人であるが、皇家の樹のバックアップがない以上、寿命も限られてしまう。この星の人間の寿命は、この星の公転時間を一年と考えて一千歳程度。樹雷皇家であれば、樹の力もあるのでその十倍程度の寿命はある。

 「柚樹、この惑星の人々は、遺伝子的に樹雷人とほぼ同じなのは間違いないな。」

 「はい間違いありません。ほぼ同じですね。寿命以外は。もちろん交配可能です。」

この惑星に降り立ち、二隻の皇家の船が双方とも恒星間航行は不可能であるし、修復もこの星では期待出来ない。天木日亜としてもこの星で骨を埋めることに異存は無かった。

 「それに、あとから来る人のために、私のアストラルコピーと、私の樹の挿し木を船に置いてきたわ。」

真砂希姫の樹はダメージが大きく、コアユニット内で何とか命を維持してきたが、皇家の樹としての往年の力は期待出来ず、そのような場所よりも他の木々がたくさん居るこの第三惑星の土の方が生き残る可能性が高い、そう期待して最適と思われる場所に植えたのである。

 「銀河連盟へのこの星の登録は、登録しようと問い合わせたら登録されることにしておいたわ。だって、この星は美しくて、あまりみんなに来てもらっては困るもの。」

 いたずらっぽく笑う。真砂希姫はこの地に降りたときに髪を短くしていた。

 「真砂希様、もしかして樹雷への未練は・・・?」

 「ぜんっっぜん無いわ」

肩凝らなくなってせいせいした!という表情である。

 「まあ、いいでしょう。ここでの事業もうまくいっているし、たくさんの人と知り合えました。」

 「本当にそうね。みんないい人ばかり。」

そう言って、薄ピンク色にかすむ空に目をやる。この惑星は厚い水蒸気に覆われていて、太陽が直接見えることはほぼ無い。紫外線や有害宇宙線も地上では驚くほど低レベルである。そのためか、様々な生物は長命なようであった。

 「おっと、真砂希様、商談の時間です。今度はムーのサカエ屋との商談です。ちょっと手強いですよ。」

 「あの女主人、ちょっと一筋縄では落ちてくれないわね・・・。うーん、新しい大陸への足がかりとしたいけれど、あまり譲歩はしたくないし・・・」

 この地に降りたって一年になる。はじめは金や銀などの交換で生活の足がかりを作ったが、樹雷の木材加工技術が売り物に出来ることに気がつき、木彫りの精密装飾品の販売を始めると、真砂希姫の木彫りの女性向けアクセサリーデザインがアトランティスの中央で大ウケし、美しくグラマラスな真砂希姫のルックスも手伝って、今では新進気鋭のアクセサリーデザイナーとなっていた。

 マサキ・ブランドは大手ギャラリーで展示会をすれば即完売。この地でもあるオークションでは、一時販売価格の3倍以上のプレミアがついたほどである。

 天木日亜は、そのマネージャー兼秘書のようなポジションである。真砂希姫は、この第三惑星のアトランティスと呼ばれる大陸の中央都市近くに自宅兼事務所を構えているが、天木日亜は、惑星の衛星上で待機している自分の船へシャトルで帰っていた。この惑星にもあるマスコミ対策でもあるし、自分の船がホッとする、そういう理由もある。

 真砂希姫も樹雷王の妹君という立場ではあるが、もともと侍女を置いて世話をさせるような生活を嫌い、自分の身の回りのことは自分でしていたほどで、ひとり暮らしも全く危なげが無い。さらに、護身術も樹雷王譲りであり、棒術と体術は天木日亜も手を焼くレベルである。

 このアトランティスでの個人用移動交通手段が、豊富な無線伝送電力を元にした重力制御を行っており、樹雷でのエアカーに似ていた。天木日亜は手に入れたその乗り物に不可視フィールド発生装置や、大気圏外航行機能を追加して柚樹までのシャトルにしていた。

 

 浮き沈みはあれど、そんな生活が30年ほど続き、真砂希姫はアトランティス中央都市の青年実業家と結婚した。天木日亜は、その時点で真砂希姫との関係に一線を引き、遠くから見守ることにした。真砂希姫は3児のママとなり、その子たちも成人し孫ができ年月は過ぎていく。真砂希姫の樹は大地に根付き皇家の樹としての力はなくしている。その樹のバックアップがないため、真砂希姫はゆっくりと年老いていった。マサキ・ブランドはアトランティス中央都市やムー中央都市部で盤石の人気があり、今では女性男性問わずアクセサリーの定番になっていた。さらに副業で始めた、女性護身術の道場もヒット。何十人もの弟子たちをとり、アトランティス中央都市有数の護身術道場になっている。一緒に事業を頑張り仲の良かった夫が850歳で逝ったあと、ほどなくしてたくさんの子どもや孫に囲まれながら、静かに真砂希姫は息を引き取った。享年1278歳であった。生前しめやかな葬儀を嫌っていた真砂希姫の遺言でもあり、盛大なお別れ会が開催された。

 天木日亜は、お別れ会の様子を会場近くから見守り、会場から離れる方向にゆっくりと歩き始めた。一つの仕事が終わった開放感と寂しさが同居していた。真砂希姫のくるくると良く変わる表情が思い出されてくる。晩年は優しさと厳しさが同居する綺麗なお婆ちゃんだった。いまだに兄皇のところへ無事連れ帰ることができなかったと言う無念さも胸にわだかまっている。何度もそのことについては話し合っているが、真砂希姫はあっけらかんとしたもので「みんな元気にしているわよ」の一言で会話は終了してしまう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柚樹との対話3

やっぱり、ほわほわしたい・・・。
天木日亜もほわほわさせたいので、もうちょっとおつきあいください。


超空間航行ができないとはいえ、コールドスリープをセットして、亜光速まで加速、通常空間航行で救助ビーコンを発しながら救援を待つと言う方法も無くはなかった。だが、目の前の第三惑星は樹雷に帰ると言う目的と選択よりも魅力的であったことも事実である。

 この地に降りたって数十年の時間が経過している。天木日亜はつとめてこの星の住人と関係を持つことは避けてきた。樹雷王への想いを絶ちがたかったことも事実ではあるが、真砂希姫ほど社交的では無い性格のせいでもあった。

 考えがループし始めたので頭を振って、まずは自分の船に戻ろうとシャトルを駐めておいた駐機スペースに足を向ける。樹雷王にお許しを得て、樹雷王パーソナルをいただいており、そのパーソナルを相手に剣技のトレーニングの時間であった。これからのことはまたゆっくり考えれば良い。時間だけはたっぷりとある。

 ふと、背中につららを入れられるような、強烈な殺気を感じた。この地に降りたって初めてである。そう思ったときには身体が動いていた。周りに誰も居ないことを確認し、駐機スペースの地を蹴り、殺気の方向へ飛ぶ。ほんの百mほど向こうのビルの屋上に5人ほど人影が見える。

 「日亜様、高エネルギー反応確認。この星系の第5惑星軌道上に数隻の戦闘艦の反応があります。」

柚樹が反応し通信を送ってくる。

 「樹雷の重巡洋艦クラス1、ミサイル艦2、駆逐艦クラス2の構成です。重巡洋艦に大型ビーム砲を確認。船影はシャンクギルドの可能性が85%。」

 「まさか?、海賊が?」

銀河連盟からすれば辺境だが、美しい星である。海賊が見つければ手に入れようとするだろう。

 「柚樹、通常シールドを張っておけ。不可視フィールドは解除。相手の出方を見る。」

 「日亜様の向かおうとしてるビル上に5人の人影を確認。4人はガーディアンを装備しているようです。」

 天木日亜は、ビルの外階段を駆け上がる。ほとんど踊り場に向け飛んでいる。屋上に着くと、内階段からの建屋でちょうど天木日亜は死角になっている。気配を消し、ゆっくりと対象に近づき様子を探る。軽戦闘バトルスーツ+ガーディアン装備が4人、その四人が取り囲み、内階段建屋出口前で、両手を膝について肩で大きく息をしている若者が居た。

 「さて、リンクウ様、そろそろご観念くだされば幸いです。」

慇懃無礼な声がバトルスーツ装備の一人から聞こえる。若者は肩で息をしているが、りんとした声で問い返した。

 「おまえら、何者だ?。」

 「リンクウ様、我らはこの星を頂きたく思います。つきましては、あなたは人質様と言うことになりますね。おとなしくしていれば命まで取ろうとは言いませんよ。」

バトルスーツの一人が、腕を無造作に振る。屋上の内階段建屋の角がすっぱり切れて土煙と共に屋上床に落ちる。

 「わたくしどもは、あなたが生きていないと意味がありませんからね。このような真似はこれ限りにさせていただきたいモノです。」

良くしゃべるバトルスーツの男は輝くような銀色の髪をしている。頭部プロテクターの類いはつけていない。

 若者は、この惑星の住民の中で年相応の平均的な服装である。4人に見えないようにスッと懐に手を入れ、5cm四方くらいの黒く四角い板を2枚とりだす。右手のひらに隠し、顔を上げた。

 「おまえらなどに、捕まるわけにはいかない。」

2枚の板を若者は自分の前にいたバトルスーツに一枚ずつ投げつける。板が、張り付いたと見えた瞬間、バトルスーツ姿の男二人は、あたかも頭上から巨石でも落ちてきたかのように這いつくばり、その後熟し柿のようにつぶれる。同時に屋上床も球形の重いものが落ちてきたようにその形にめり込む。

 「グラビティ・ボム(重力爆弾)か!」

 若者はその間を走り抜けようとする。しかし一瞬早く、先ほどしゃべっていたバトルスーツが、左手を張り手のように払う。半透明で緑色の巨大な手に、若者は元の位置にはね飛ばされ背中からぶつかろうとする。

 「くっっ。」

背中からぶつかるよりも一瞬早く、白とも銀色とも取れる半透明の翼が若者を支えた。そのままふわりと、若者を包み込む。しゃべっていたバトルスーツと、その反対側にいたバトルスーツが緑色の半透明の巨大な手で、押しつぶそうとするが、背後の壁が球形にめり込むだけで白い翼は形さえも変えない。腰から下げていた、レーザーガンで撃つが綺麗に弾き返される。

 「なにいっっ、まさか、光應翼かっっ?。」

 「そうだとしたら?。」

天木日亜は、右手に同じ白い翼を今度は剣の形のように装着し、手近のバトルスーツに斬りかかる。ちょうど良くしゃべる銀髪の男とは反対側である。緑色の巨大な手で防ごうとするが、ガーディアンはあっさりと切り裂かれ消滅し、右腕は肘から先バトルスーツごと地面に落ちる。

 「・・・・・!」

声にならない悲鳴を上げながらバトルスーツの男はその場に這いつくばる。

 「おのれっ、皇家の者かっっ」

 「海賊ならば、特にシャンクギルドなら捕縛命令では無いことは承知しているな?」

一瞬で間合いを詰め、若者と銀髪の良くしゃべる男の間に割って入る。右腕の白い翼を喉元に突きつけながら天木日亜は言う。

 「くそっ」

銀髪の男は、左腕の隠し銃を乱射しながら後退する。もちろん、白い翼がすべての銃弾を無効化する。腕を切られた男と共に、ビル屋上から飛び降り待機していた飛行艇に飛び乗る。

 「おのれ、我が旗艦デスパイアのプラズマブラスターでこの惑星ごと消えて無くなるが良い!」

捨て台詞を残し、飛行艇は一気に上昇しつつ光学迷彩を張る。視界から消えるが、柚樹はきっちりトレースしていた。

 「日亜様、海賊の飛行艇は衛星軌道上まで上昇し、敵母艦の転送ビームにより敵母艦に収容されたようです。」

 天木日亜は背後に目を向けた。半透明の白とも銀色ともつかない翼に丸く包まれた若者は中で暴れている。とりあえず、怪我などはないようである。天木日亜は、光應翼を消し声をかけた。

 「怪我はありませんか?」

 「とりあえず助けていただいたようで、ありがとうございます。」

背は、天木日亜より10cm位低いだろうか。天木日亜はもともと185cm程度あり、樹雷では平均的な体格である。大きめで意志にあふれた目はどことなく樹雷王の若い頃の目と似ていた。

 「この場の後始末は、私どもで処理します。母に会っていただけませんか?お礼が言いたいそうです。」

何かとても場慣れしているような言動である。普通の若者ではない。しかし、天木日亜は、海賊の捨て台詞が気になっていた。海賊が消えた空の一点をみながら柚樹に連絡をする。

 「海賊の動きはどうだ?」

若者がきょろきょろと周りを見る。自分たち以外誰も居ない。

 「そうか、第四惑星軌道まで来たか。おそらく惑星破壊兵器で攻撃してくるだろう。柚樹、不可視フィールドを張り、俺の上空まで移動してきてくれ。」

「リンクウ殿と言われたか。私は、天木日亜と申す者です。先ほどの者どもは、この星の者ではありません。これから迎撃に参りますゆえ、安全な場所にお逃げください。」

リンクウと呼ばれた若者は、ちょっと考えて困ったような笑顔で答えた。

 「先ほどのならず者は、この惑星ごと、と言っておりました。とすると、安全な場所はどこにも無いことになりますが・・・。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柚樹との対話4

海賊退治はお手のもの、なんですけどね(^^;;;。

この天木日亜さんも巻き込まれ体質のようで(爆)。


しまったと言う表情を浮かべる天木日亜である。しかもここで押し問答をしている時間も無い。

 「わかりました。自分と一緒に来てください。ただし、他言無用でお願いしますよ。」

左目でウインクしながら、柚樹と交信し、シャトル代わりのエアカーをビル屋上まで呼び寄せる。誰も乗っていないエアカーが屋上に到着し、ドアを開ける。リンクウと呼ばれた若者はびっくりした表情でエアカーと天木日亜を見比べていた。運転席に天木日亜が乗り込み、助手席に若者を乗せる。ドアを閉めようとしたときに、階段から二人の男が息を切らせながら上ってきて声をかけてきた。

 「リンクウ様、お怪我はありませんか?」

 「カガミとスゴウか。怪我は無い。この方に助けていただいた。この方と共にあやつらを懲らしめに行くから家に帰っていてくれ。」

 「お待ちください、リンクウ様!」

バムとドアを閉め、リンクウと呼ばれた若者は、天木日亜をみる。

 「いいのですか?あとでいろいろ大変なことになるのでは無いですか?」

 「いつものことですから。」

なら、話が早いとエアカーのダッシュボード右側隠しボタンを押す。数字キーがせり出し、それにパスワードを打ち込むと、この惑星では一般的なこういった乗り物の操作パネルが引き込まれ、フロントガラスに様々な情報が映し出される。

 「柚樹、操縦は任せる。最短で収容してくれ。それとお客様がいるから、ブリッジに直接転送してくれ。」

 「了解、日亜様。」

ガラスを叩く二人の男を無視して、エアカーは地を蹴る。わずかに加速Gを感じるが、慣性制御もうまく効いているようだ。1分ほどで厚い雲の層を抜け、成層圏、そして衛星軌道上の柚樹が見えた。柚樹は、白色のコアユニットに樹雷産の木材を硬化加工した外装を装着している。それをベースに前部および左右に一部金属外装もあり、それには砲塔もいくつか並んでいた。

 「木・・・?、船・・・ですか?」

驚きを噛みつぶしたように、声を出してリンクウと呼ばれた若者が問いかける。

 「我らは数十年前、事故でこの星に流れ着きました。故郷の星には帰ることができないのでこの星で生活をしていたのです。この星の文明に干渉することは本意では無く、こういう形で知られたくは無かったのですが・・・。」

シャトル収納ゲートが開き、誘導ビーコンに乗ってシャトルドックに進入する。ドック内の空気加圧を示すグリーンのランプがともり、二人がドアを開けドックに立つと、足下から白い光と共に転送された。

 天木日亜にとっては、日常そのものの柚樹のブリッジである。柚樹コアユニット内部になり、背後には一部銀葉化した柚樹が立っている。すでに大きなディスプレイ上には第四惑星軌道上に展開する敵艦隊が映し出されていた。

 「リンクウ殿、後ろに席を用意しています。席についていてください。」

ちょうどすべてが俯瞰出来る位置に木製のイスができている。

 「・・・はい。」

 「これから起こることは本当に他言無用でお願いします。と言っても、信じてくれる人が居るかどうか分かりませんけどね。」

にっと歯を出して笑って見せた。真砂希姫の影響は大きいなぁとちょっと反省する。

 「柚樹、状況は?」

 「日亜様、本船は、現在第三惑星衛星軌道上に位置しています。敵艦隊は第四惑星軌道上に展開。大型ビーム砲発射準備中のようです。」

 「わかった。第三惑星と敵旗艦大型ビーム砲の軸線上へ移動し待機せよ。この惑星の盾になるのだ。」

 「了解しました。」

 ほんのわずかな加速感とともに、柚樹は起動する。ほどなく敵との軸線上に移動完了した。

 「日亜様、報告が遅くなりましたが、私の葉が銀葉化してから光應翼の特性に若干変化があります。」

 「なに?先ほどのシャンクギルドとの手合わせには特に違いは感じなかったが・・・。どのような変化だ。」

 「はい。光應翼は三次元空間においてほぼ万能なシールドになりますが、その特性に反射鏡のような特性が加わりました。」

 「ほお、と言うことはただ弾くだけでは無いと。」

天木日亜はちょっと考えて、柚樹に問う。

 「反射率は?」

 「ほぼ100%です。エネルギーそのものをほとんど損失無く反射出来ます。」

 「柚樹、光應翼を最大展開。おまえの言う反射鏡属性で頼む。凹面鏡のように展開し、その焦点は敵艦隊中心へ。シャンクギルドに自分のビームをお返ししてやれ。」

 「了解しました。反射鏡モードで展開します。」

柚樹は、自分の前方に白とも銀色ともつかない半透明の翼を大きく展開した。さっきのビル屋上でリンクウと呼ばれた若者を包み込んだ翼である。しかし比べものにならないほど大きく広い。しかも今回はわずかに銀色に煌めいている。直後に、ブリッジに警報が鳴り響く。リンクウと呼ばれる若者はびくっと首をすくめた。

 「敵艦隊から高エネルギー反応。」

3分程度あとにディスプレイ上の敵艦隊が光る。ズンと柚樹に重いショックが伝わり、各種ディスプレイが乱れる。天木日亜は腕組みしたまま微動だにしない。果たして、勝負はその3分後にはついていた。

 「敵旗艦大破。敵艦隊はほぼ消滅状態です。背後の第三惑星に影響はありません。大破した敵旗艦はほぼ操縦不能のようです。」

ディスプレイに映る敵旗艦は、哀れに焼けただれていた。シールドを張ったが間に合わなかったのだろう。姿勢制御もままならないらしく、艦首をあげて縦に回転を始める。突然、虹色の光に包まれディスプレイから消滅した。

 「日亜様、敵旗艦超空間ジャンプしました。」

 「なに?何と無茶な。それとも、機関の暴走か?」

 「敵旗艦ジャンプアウト。第6巨大ガス惑星近傍です。大破した旗艦は第6惑星の重力場に捕まり落下しています。」

ディスプレイの映像が切り替わり、巨大なガス惑星が大写しになる。その一部、目玉のように見える部分に敵旗艦は落下していく。

 「そうか、海賊の哀れな末路だな。残念ながら本船もここからだと遠すぎて救助には迎えない。」

しばらくして、その目のような部分に飲み込まれ、そこが明るく光った。

 「敵旗艦の爆発を確認。」

 「脱出ポッドや救助ビーコンは?」

 「どれも反応ありません。」

 「では、帰還する。第三惑星衛星軌道で私たちを降ろしてくれ。リンクウ殿をお送りする。その後はいつもの定位置で不可視フィールドを張って待機していてくれ。」

天木日亜は振り返り、つとめて笑顔でリンクウに問うた。

 「お怪我はありませんか?」

 「・・・はい。終わったのですか?想像を超えた世界にめまいがします。」

 「それでは帰りましょう」

エアカー兼シャトルに乗り込み、さっき大立ち回りを演じたビルを避け、都市郊外に不可視フィールドを張りつつ降下した。郊外のショッピングモールの目立たない場所に入ってフィールドを解く。もちろん車内もダッシュボードなどは、普通に走っている個人移動用機体と何ら変わらないモノに擬態している。

 「さて、リンクウ殿、どこへお送りしましょうか?」

リンクウはさすがに顔色が悪いようだった。

 「・・・ちょっと、いろいろなことが起こりすぎて、酔っちゃいました。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柚樹との対話5

え~~っと、すみませんまた暴走し始めちゃいました・・・。

オリジナル色が強くなりますが、ご勘弁ください。


「ひとまず、私の家に寄ってください。A地区に向かってください。」

A地区と言えばアトランティスの行政中枢部である。行政系を仕事にする者でなければあまり立ち入らない場所である。言われるままに、そこに向かう。

 「リンクウ殿、そろそろA地区ですが・・・。」

 「はい、そこの通りを左折して、山の手に向かってください。」

今度は、天木日亜が驚く番であった。そこは、アトランティスの中枢部。国王陛下の御座所であった。

 「え~っと、ここはアトランティスの国王陛下の御所ではありませんか?」

 「はいそうです。もしかして、私の顔はご存じなかったとか?。」

ここしばらく、アトランティスの世事には特に注意も払わず、真砂希姫を陰から見守りしていたため、国王やその周辺の人物の顔など全く知らない天木日亜であった。

 「私の名前は、リンクウ・ド・ロルジュール。3ヶ月前に父王崩御にともない王位を譲られた者です。・・・クルマは裏へ回してください。今、先ほどの者たちを呼びます。」

 「もしかして、国王陛下ですか?」

今度はリンクウがいたずら小僧のような笑顔で言う。

 「はい、そう呼ばれております。」

リンクウは、左手首に時計のようなモノをつけており、その上で簡単な文字を書くように人差し指を踊らせる。小さな文字が浮かび上がりそれが光ったあと、小さなディスプレイが立ち上がる。一言二言話してディスプレイを閉じた。クルマは城壁に囲まれた、一種の神殿様式に見える城へ近づいていく。正門を左に回り込みしばらく走って。裏口に回ったところに先ほどの男二人が待っていた。

 「リンクウ様、勝手な行動は本当に困ります。お立場はご存知のはずでしょう。」

 「カガミ、スゴウすまぬ、迷惑をかけた。」

スッと、頭を下げる。家臣に対して躊躇なく頭を下げる国王を天木日亜も初めて見た。元々樹雷皇家の一員のはずだったが、まったく素で驚いていた。

 「この方は天木日亜殿という。先ほどのならず者から、そのほかのことまですべて納めてくれたのだ。」

カガミとスゴウと呼ばれた男二人は、スッと右膝を地に着き、右腕を90度曲げアトランティスの最敬礼をする。天木日亜も慌てて、樹雷式の最敬礼で返した。

 「このたびは、国王陛下をお守りくださり、誠にありがとうございます。」

 「とは言うものの、あのような危険な目に遭ったのは、この方の不注意によるもの!」

と、いきなりリンクウの頭にゲンコツする、カガミと呼ばれた男。

 「ああ、ごめんよう、カガミぃ。戴冠式も終わったからちょっとお忍びで町に出ても良いかなぁっておもったんだよう・・・。」

 「いいえ、今回ばかりは、本当に我らは肝をつぶしました。天木日亜殿がいらっしゃらなければ、あなたは死んでいたかも知れない・・・。」

スゴウと呼ばれた男が言う。さすがにリンクウもうなだれて聞いている。

 「お取り込みのところ申し訳ないが、もしかして、カガミ殿とスゴウ殿は国王陛下の教育係とかそういう関係でしょうか?。」

 「ええ、そうです。」

天木日亜は、心底気の毒そうな顔をした。若き日の真砂希姫を追いかけた思い出が蘇る。思わず口をついて言葉が出てしまう。

 「お疲れ様、お気の毒に・・・。」

二人の顔がふと赤くなり、続いて、はらはらと涙がこぼれ落ちる。

 「全くの他人様に、このようなお言葉をおかけいただけるなど本当に我らの不徳の致すところ。しかし、しかし、うれしゅうございます。」

 「いえ、私も同じような思い出がありましてね。ちょっと眠りこけた隙に、顔に落書きされたり・・・。捕まえようと追いかけても、すばしっこくてなかなか捕まえられなかったり・・・。」

 「小さな頃はそれでも捕まえられたんですけどねぇ・・・。大きくなられると体力もついて、速い速い・・・。」

三人は、は~~、と大きなため息をついた。これ幸いと、抜き足差し足で逃げようとするリンクウの首根っこをスゴウがガッと捕まえる。

 「とにかく、このような場所ではいけません。陛下のお母様もお待ちですので、こちらへどうぞ。さあ、リンクウ様もお母様にお小言を頂かないといけませんよ!」

なにやら、とても肩の力の抜けた王家に思える。そして、本当に王のことを思う家臣がついていて、リンクウは幸せ者だと天木日亜は思った。

 

 こちらでお待ちください、と通された部屋は城下が見渡せて、風通しが良い部屋だった。調度品の善し悪しには疎い日亜であったが、豪華には見えずとも良い素材を良い職人が手をかけて作った物のように見えた。ベッドと、机、鏡、そういう物がそろった部屋。なぜか落ち着く雰囲気が気に入った日亜だった。

 活気あふれる城下の様子を見るともなしに見ている。中央部に大きな公園があり、人がたくさん行き交う。真砂希姫のお別れ会のあとだから、かれこれもう夕方に近い時間になっていた。今の時期は日没は遅いが、日が落ちてくると涼やかな風が吹いてくる。王都ということもあって、これからあちらこちらに明かりがつき、さらに活況を呈するのだろう。

 樹雷での思い出を重ね合わせながら、静かに想いを走らせていた。

 ドアをノックする音に現実に引き戻される。どうぞと答え、ドアを開けるとそこには、先ほどのリンクウと妙齢の美しい女性が立っていた。慌てて、姿勢を正す日亜である。他に誰もおらず、メイドや執事も連れていない。

 「こんばんは。このたびは我が息子の命をお守りいただきほんとうにありがとうございました。母として、お礼申し上げます。」

 さらりとよどみなく言う声は、良く通り澄んだ落ち着いた声だった。

 「ご丁寧にありがとうございます。私は天木日亜と申します。あのならず者どもは危険な装備を持っていたため、私の流儀で対応致しました。こちらこそ後始末などをしていただきありがとうございました。」

と言ってしまってから、そう言えば国王陛下のお母上だったと思い出して、慌てる日亜。

 「あ、すみません国王陛下の御前でした・・・。」

 「お気になさらずに。今はこの子の母として行動しております。私は、キヌエラ・ド・ロルジュールと申します。」

そう言い、微笑みながらまっすぐに日亜の目を見る。整った顔立ちは艶やかという雰囲気ではないが良く通る声と共に一種の迫力があった。

 「夕刻までしばらく時間があります。私の部屋でお話をしませんか?」

 「わかりました。」

通された部屋は、天木日亜が最初にいた部屋と作りはよく似ていて、調度品もさほど変わらない。右手に奥に通じるドアがあり、まっすぐ前には大きな机がある。左手にはよく手入れされ、黒光りする8人掛けほどテーブルとイスのセットがある。

 上座にリンクウ国王の母キヌエラ、その右手方向に息子であるリンクウ、その反対側に日亜が座る。すぐにカガミとスゴウと呼ばれた二人が呼ばれ、国王側と日亜側に着席した。

 「天木日亜殿、このたびは本当にありがとうございました。」

深く頭を垂れるリンクウの母。天木日亜の方が恐縮してしまう。

 「とんでもない、顔をお上げください。こちらはこちらの都合で対処しただけのことですから。」

 「リンクウから聞きました。あの者たちは、外からやってきた海賊だと言うではありませんか。本当に、日亜殿が居なかったら、私たちどころかこの星もどうなっていたか分からないとのこと。」

ちらりとリンクウを見る目が厳しい。この星の真の実力者といったところか。

リンクウを見れば、手を合わせてごめんなさいとジェスチャーで言っている。

 「さらに、こんな文面も届いていたのです。」

上質な白い厚手の紙に赤蝋の封印がある。シャンクギルド風の書簡である。内容は、我らの代表をまずは政府に入れよ、1年後にはその者にこの地の実権を握らせよ、さもなくばこの惑星を消し去ることもできると慇懃な文面で書かれてあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柚樹との対話6

まあ、商用では全くないしぃ(^^;;。

尺とか時間とか全く関係ないので、行くとこまで逝ってみようかと。


「ムーにも連絡を取ると同様の書簡が来ているとのことでした。」

 「もちろん、このような要求は受け入れられません。また、何者か分からない者に答える義務もないと2国とも書簡は放置していたのです。」

天木日亜は、書簡を戻しリンクウの母キヌエラを見る。

 「なるほど、良くあるイタズラではないかと判断されたのですね。」

 「お恥ずかしいことですが、その通りですわ。」

 「今日は、そうと判断して、この子はカガミとスゴウを連れ市内に出たのです。あとは、リンクウに逃げられた二人がリンクウを追い、あの出来事に繋がったということです。」

 「本当に面目ございません。」

二人が同時に言う。またしても気の毒そうに日亜が見た。

 「それだけならまだしも、先ほどムーからの連絡で、ムーの国王も同様の目に合われたとのこと。あちらは国王御所が大破し、近衛兵が十数名死傷したそうですわ・・・。」

 「なんと、ということはあの装備の者達がムーにも現れたと?」

 「国王陛下が連れ去られる寸前でなぜか、撤退したそうです。」

 「それはようございました。」

ひとまず胸をなで下ろす天木日亜である。

 「実は、天木日亜様のことは、まだムーに伝えていません。」

 「そうですか。たぶんこちらの索敵にもあれ以上の艦隊が来ている情報は引っかかっていませんし、リンクウ殿が見ていたあの戦いで全滅したと思われますが・・・。」

こともなげに言う日亜に対し、驚愕の表情を浮かべるカガミとスゴウ。それをスッと手を上げ制する母上キヌエラ。眉間を右手で揉みながら目を閉じて言う。

 「天木日亜様にとっては、ほとんど日常のことかもしれませんが、我らにとっては驚天動地の出来事なのです。リンクウの話を聞いて、私もまだすべては信じられません。」

 「わかりますか?、あなたの存在は我らにとって、力という点ではあの海賊と大差ないのです。」

キラリとイヤリングを光らせ、視線を日亜に向け射るようなまなざしで言う。

 「ただ、いままで何の行動も起こされていないことを鑑みると、我らの味方とは言わぬまでも、国政等に干渉しない意志は汲み取れます。」

 「キヌエラ様、私たちも良いでしょうか?。」

今度は、カガミとスゴウが口を開く。目を伏せがちに思い出すように。

 「こちらに来られてからの立ち居振る舞い、そしてリンクウ様の後方につく歩き方。目の配り方に、先ほどの言動。なにやら高貴な方の護衛などをされていたように思えます。」

やはり、見ているところが違う。見事に的を得た発言に日亜も観念して話し出す。

 「こちらとしては、海賊に襲われている若者をひとり助けて、すぐに去るつもりだったんですけど、そうも行かなくなったようですね。」

やれやれといった表情で見渡すと、全員興味津々と言う表情である。

 「いちおう他言無用で、と言っても皆さんにとっては、それこそ荒唐無稽な話になるでしょうから信じる信じないは任せます。そして、申し訳ありませんが、いちおうこの部屋にシークレットウォールというシールドを張らせて頂きます。」

全員がうなずくのを確認し、柚樹に通信する。

 「柚樹、それでは頼む。」

窓の風景がわずかに紫がかる。これですべての通信手段、電波などから遮蔽される。さらに人払いの効果もある。

 「まず私たちは、樹雷というここから数万光年離れた星の住人で、数十年前にこの近くの宙域で事故に遭ってこの星にたどり着いたのです。」

 「私たち、とおっしゃいましたが他に誰かいらっしゃるのでしょうか?」

心配そうな視線の母キヌエラ。

 「いた、と言うべきでしょう。アクセサリーのマサキ・ブランドはご存知ですか?」

ぱっと日亜以外の目が輝く。

 「はい、あの真砂希様は樹雷王の妹君で、私の上司でした。」

天木日亜は、自分の他に誰もいないこと、超空間航行という星の海を渡る方法があるが、事故によりもう使えないこと。もともとこの星の内政には干渉する気はなかったことなどを簡潔に述べた。自分は、真砂希様をお守りする立場であったこと、この星の美しさに惹かれ滞在していること。自分の宇宙船内でも何の不自由なく暮らせることなどをさらに付け加える。

 「たぶん、あのならず者達は、たまたまこの星を発見したんでしょう。あの海賊達、シャンクギルドというのですが、銀河中に散らばり拠点となる星を探していますから。」

 「ご迷惑になるようでしたら、この星を去ることもできますが・・・。」

 「この星からいなくなって頂く、には、あなたとあなたのお力は魅力的に過ぎますわ。」

この場が湿って煙ったような雰囲気があたりに漂う。すでにさっきまでの乾いた殺伐とした雰囲気はなくなっていた。

 「私たちは、未だ外の世界をほとんど知りません。そのような者に外宇宙からの敵から身を守るようなことができましょうか?・・・。是非この地にとどまりそのようなことが起きれば今日のように助けて頂きたいのです。」

 日亜にとって、それは願ってもないことではある。ただ、様々なしがらみがこれから発生することは目に見えている。

 「わかりました。ただ、これだけは守って頂きたいのです。まず、できれば私の存在はこの星、この場だけに明かして頂きたい。また技術供与などは、私は戦士という立場上まったくできませんのでご了承を。こちらの戦力については、この星の内政には一切干渉しません。惑星そのものを消し去る事態は避けたいですから。」

つまり、大きすぎて使えないと暗に含ませて言った。

 「わかりました。こちらとしても、ムーに対しての切り札にするのは大きすぎる力ですものね。しかもムーにお話しするとたぶん事態はややこしくなるでしょうし。」

キヌエラはどこからか取り出したクジャクの羽をあしらった扇子を開き口元を隠して言う。ちゃんと計算しているところが、やはりこのアトランティスの権力者らしい。

 「さて、わたくし考えましたの。天木日亜様にこの星にとどまって頂くにはどうすれば良いかと。」

にんまりと含みのある笑顔がようやく毒を帯びてきたようである。ひやりとした静かな悪寒が日亜の背筋を這う。

 「え~っと、できましたらわたくしのことはお気遣いなく・・・。」

今度は、リンクウが気の毒そうな顔でこちらを見ている。

 「先王が没してすぐに夫を迎えるのはさすがに道義に反します。あなたを見てできればそうしたいと狂おしい思いが燃え盛りますが・・・。」

たちあがり、くねくねと腰を振り舞うように言葉を紡ぐキヌエラ。ある意味艶美である。

ぱんっと扇子を閉じ、びしいっと扇子で日亜を指す。

 「わたくしの執事、兼、リンクウの護衛、兼、教育係としてここにいてもらおうと思いますわっ!」

おお~~、ぱちぱちぱち、とカガミとスゴウが若干しらけたように両手を叩いている。

 「もちろん、金銭的な面で不自由はさせませんわ。それ以外もね。」

ちゅっ、ときついピンク色の投げキッスが飛んでくるイリュージョンが日亜には見えた。目前で、たたき落としたい衝動を何とかこらえる日亜。

 「さて、話も決まったところで今日は夕食会とさせて頂きます。準備が整っておりますので次の間へおいでください。」

もう決まったのかと、リンクウを見ると両手を挙げてお手上げポーズ。カガミとスゴウも同様であった。

 「わたしは、突然この屋敷に降って湧くように立場を得ることになりますが、それでもよろしいのですか?。」

あら、まだ何か?と言った風情でウインクしながら扇子を口に当てるキヌエラ。

 「わたくしが良いと言ってるのですもの。何の問題もなくってよ、美しくたくましい日亜様。」

結局逃げることはできなさそうな雰囲気と、これから楽しいことが起きそうなワクワク感で複雑な表情の日亜は、柚樹に連絡してシークレットウォールを解除する。と、突然この部屋のドアをえらい剣幕で叩く音がする。

 「お姉様、お姉様!」

びっくぅぅ~~、という風に肩をすくめるキヌエラ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柚樹との対話7

皆様のお勧めもあって、天木日亜さんのムフフな生活は(^^;;外伝化しようかと。

さあ~~って、軌道修正でございます(自爆)。


「ここを開けてください、お姉様。わたくしの目や耳は節穴ではなくってよ!。」

キヌエラは視線をスゴウにやり、スゴウはうなずき、立ち上がってドアを開ける。

スゴウがドアを引いて開けるよりも速く、ばんっと左手でたたきつけるように開けたのは、南国風の緩いナチュラルな感じのワンピースのような服を着こなし、首元と両手首には金のアクセサリーを付け、わずかに日焼けして小麦色の肌をした鼻の高い美しい女性だった。

かわいそうにスゴウは鼻をしたたかに打っている。

 「あらあら、こんなところにムーのお后様が何用ですの?。」

ふんっと鼻を鳴らさんばかりに不機嫌な表情でそっぽを向くキヌエラ。

ズカズカズカと部屋に入り、部屋の中程で腰に手を当て仁王立ちになる。そしてその横に6,7歳くらいだろうか、ちょうど縮小コピーをしたような少女が並ぶ。

 「・・・ふ、しあな、ではなくってよ!」

かわいらしい声で言い放ち、同じようなポーズで立つ。その後ろに、包帯をあちこちに巻いた兵士がよろよろとふたり立った。しかし、一人はさすがにダメージが大きいらしく、力が抜けるように倒れようとする。日亜は誰にも真似のできない速さで駆け寄り、倒れようとする兵士の腕を肩に回し、脇に手を差し入れ立たせる。

 「我らは、最期まで主君をお守りせねばならぬのだぞ・・・」

耳元でささやくように言う。目を見開く兵士。

 「すまぬ、ありがとう。」

兵士は力を取り戻し何とか立つ。日亜はそれを見届け自分の席に戻る。

 「申し訳ありません、この者達は先ほど私たちを守って奮戦してくれたのです。私たちは、たまたまこの地での、二国の平和を祈念するイベントに招かれ先ほどまで参加していたのです。」

 「そのイベント会場にも、あのならず者達は現れ、私たちを拉致しようとしたのです。」その言葉にキヌエラも驚き口を挟む。

 「あそこは、我が軍の者も警備していたはず・・・、まさか・・・。」

 「そうです、お姉様。ほぼ全滅でしたわ。ただ、わたくしの近衛兵が奮戦していた折に、突然作戦を切り上げ、去って行ったのです。そう、まるで強大な敵を発見し、総力を挙げて立ち向かおうとするかのように。」

ちらり、と日亜を見る目が厳しい。

 「我が王からも先ほど連絡が入りました。国王御所は大破し、人的被害も甚大でした。急ぎの帰還命令が出ています。お姉様のところにもあの者達が迫ったのではないかと思いここに来たのです。」

ふたりの兵士のうち、ひとりが口を開く。

 「我らの探知システムに、アトランティスから二機の敵飛行艇が飛び立ち、一機はムーからも飛び立つ様子が探知されています。その後、この近くからその飛行艇を追うかのように飛行物体が飛び立ち、すぐに探知不能になりました。」

 「しかも、この御所に来てみれば、お姉様のお部屋が変な紫色のモノに包まれています。変だと思わない者はいませんわ。」

状況証拠はそろっている、さあ吐け!と言わんばかりの雰囲気である。

 「ふんっ、まあ、お姉様やリンクウ陛下がご無事でしたらよろしいですわ。詳細は、正式文書にて問い合わせさせて頂きます。」

きっと日亜をにらみつける目、しかしその目は少し笑っている。

 「さあ、ムーへ帰還しましょう!。」

先ほど報告した兵士が、もうひとりに肩を貸しながらムーのお后と呼ばれた一団は帰っていく。戸口でもう一度顔を出し、

 「おねえさま、私たちの間に隠しごとは無しですわよ。」

と言い、手をひらひらと振る。キヌエラは豊かな胸の上で腕組みしいかにも不満という表情でそっぽを向いた。

 ムーのお后の気配が去ると、キヌエラはすぐに個人携帯端末から各所へ指示を飛ばす。

 「平和記念イベント会場の後始末をお願い。ええ、負傷者は王立病院へ緊急搬送して。亡くなった者は二階級特進させて、遺族には手厚い保護と年金をお願い。」

ふっと一息つき、ゆっくりとしゃべり始めるキヌエラ。

 「おわかりかしら、天木日亜様。ムーにもばれてしまっていますから、どこへも逃げも隠れもできませんわ。」

 その夜は、キヌエラにリンクウ、カガミにスゴウ、そして日亜と、5人の小さな酒宴がもたれた。数日後に、ムーからの迎えが来て、結局天木日亜は、この星のトップシークレットの「防人(まもりびと)」として二国から迎えられた。通常はアトランティスに居住し、何事かあればムーに行く。ときどきキヌエラのお色気攻撃をかわしつつ、リンクウに樹雷式剣術を指南する。そのような生活が5年ほど続いた。宇宙からの海賊は、あれ以来襲っては来ていなかった。

 

~さらに5年後~

 

 突如として、巨大第6ガス惑星に異変が起こった。第6ガス惑星に巨大な目のような模様があるが、そこから第三惑星と同じくらいの火の玉が打ち出されたのだ。打ち出されたのは、ちょうど第三惑星から見て、目が反対側を向いたときで、外宇宙に向けて打ち出されたように見えた。巨大ガス惑星と思われていた惑星の「目」のように見える部分は巨大な噴火口だったのである。幸いにも柚樹の探査プローブは、対海賊用に第四惑星軌道上を航行しており、見事にこの様子を捕らえていた。

 「日亜様、日亜様!。」

久しぶりの柚樹からの連絡であった。ここ一年ほどは、柚樹に帰るのは数ヶ月に一度程度になっている。

 「柚樹、久しぶりだな。海賊でも出たのか。」

天木日亜は、アトランティス王都の自室で目を覚ました。ここ最近、きっちり王都の事務要員兼警備隊長として勘定に入れられ、多忙な毎日を送っていた。今日は、休日である。

 「日亜様、大変です。この星系に大異変が起きようとしています。急ぎお戻りください。」

 「キヌエラ様とリンクウ様には同行を願った方がいいか?。」

 「それが良いと思います。さらにムーへも一報した方が良いかと。」

 「わかった。」

急ぎ例のシャトルを用意し、キヌエラとリンクウを乗せ柚樹にもどる。なんどかキヌエラやムーのお后にはせがまれて、柚樹で、内々のパーティを開いたりはしていた。

 ブリッジに転送されるやいなや、三人は驚きの声を上げることになった。

 「この火球は第6惑星から射出されたモノなのですか?」

柚樹のブリッジに大画面で映されているモノ、それが第三惑星と同等の大きさおよび質量の大火球であった。

 「今はこの星から遠ざかる軌道ですが、じきに失速し長い楕円軌道を描きこの星系の恒星に向かって落ちていく軌道になります。そして、ご覧ください。」

 すでに柚樹は、この火球の軌道をシミュレーションしていた。恒星系の惑星の公転軌道が模式図で現れる。

 「まず、第五惑星の近傍をこの火球は通過します。たぶん、第五惑星は、火球との潮汐力により無事には済まないでしょう。」

火球の軌道は、第5惑星の公転軌道と交差していて、しかも第5惑星との衝突コースとも言える軌道であった。

 「そのまま、火球は恒星の向こう側へ抜け、そこでまた失速した後、今度は、この第三惑星の公転軌道と交差する軌道を取る可能性があります。」

その模式図には、第三惑星の公転軌道を横切り、火球が恒星系を暴れ回る様がありありと描かれていた。

 「柚樹、この第三惑星が火球と衝突する可能性は?」

 「残念ながら、80%以上あります。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柚樹との対話8

完調では無い柚樹にできることは・・・。


青ざめた顔でキヌエラが問う。

 「この火の玉を破壊することはできないのですか?」

 「わたくしが完調であれば可能かも知れませんが、現在のこの船の火力では無理です。第一世代艦であればたやすいでしょうが・・・。」

 「光應翼で衝突軌道をそらすか、減速させることは可能か?。」

 「それならば多少の軌道の操作は可能です。ただ、問題があります。まず減速させた場合のシミュレーションです。」

 光應翼を最大展開させて、火球を可能な限り減速した場合のシミュレーションが動画として映し出される。その結果は目を覆うばかりのモノだった。

 「このように、私の持てる力を使って減速すると火球は第一惑星と第二惑星に最大接近し、潮汐力により両方を粉砕することでしょう。」

「この場合、第三惑星は第二惑星の残骸をもろに浴び、生命が住めない星になると思われます。」

 「それでは、軌道をそらすことは?」

 「速度を落とさずに、軌道をそらすことはある程度は可能です。ただ、残念ながら非常に運の悪い時期と言えます。」

最適と思われるタイミングで光應翼を展開、軌道をそらすシミュレーションをして、火球の軌道を柚樹は描く。ほとんどの軌道は第四惑星との衝突コースであり、減速案と同様に惑星残骸が降り、生命が住めない星になった。ほとんど唯一と思われる展開タイミングだと、今度は第三惑星の衛星が火球のごく近傍を通過するモノだった。

 「残念ながら、この展開タイミングしか、他の星に影響を与えないものはありません。しかしながら、この第三惑星の衛星が大きな影響を受けます。破壊はされないまでも表層は氷で内部は熱水のこの衛星の場合、潮汐力により表層が割れ、内部の熱水が第三惑星に大量に降り注ぎます。」

 「ならば、光應翼を張り、後ろから押して加速し、星系外に押し出すようなことは?」

 「それも無理です。堅い構造の惑星なら可能ですが、この火球は未だ表層も固まっておらず、無理に押しても突き抜けるか、分裂するだけです。」

三人は押し黙った。取り得る案はたった一つ。それも大量の熱水が泥と共に降り注ぎ、この星は一時的にもすべてが水に覆われてしまう案であった。

 「・・・柚樹、この星が水に覆われてしまうまでどのくらいの時間が残されている?」

 「現在の火球の速度から計算して、約2年半ほどだと思われます。」

 「・・・。この結果をムーにも連絡してちょうだい。」

キヌエラが苦渋に満ちた表情でそう言った。

 

それから半年は、柚樹の提供したデータを両国とも検討したが、結果は同じ物でしかなかった。同時に、第三惑星脱出計画と、隣の第四惑星移住計画が検討されたが、これも衛星までの航行技術さえ無い、今のアトランティスとムーにはとうてい無理な物と思われた。

 電力無線伝送システムもこの第三惑星表層でしか使えない。しかも未曾有の大災害となれば、電力も途絶えることが目に見えている。

 柚樹の亜空間固定能力をフルに使っても、第三惑星に住む人類をすべて乗せることはとうてい無理である。しかも光應翼を最大出力展開するので亜空間固定に割けるエネルギーはない。

 逃げ出すのは無理、とどまっても生き残る可能性は低いと、意見が煮詰まっていたアトランティス・ムーの統一評議会に一つの案が提出された。それは、大型船を建造し、人々や動物、その食料、そして植物の種、などを乗せ水が引くまで待つという案である。

 「大型船の構造や資材はどうする?」

 これも様々な案が提案されてはふるいにかけられた。これに関しては、樹雷の木材加工技術をこの星の木材に適用すれば、鉄やアルミ以上の強固な構造が取れることが判明し、各国ともこの方法で決定した。天木日亜の指示により柚樹より木材に関しての加工および強化技術が供与された。

 船の仕様は、もっとも海上で安定度が高く、材料の強度、剛性計算の結果、長さ134m、幅23m、たかさ13mの箱形を取ることが決定。動力航行はしない前提なので船首も四角くし、最大容積効率を取ることにする。さらに海上よりは海中を漂う方がさらに安全であろうと言う意見もあり、船底および船の周りに石のバラストを積むことが決定された。大荒れに荒れるだろう海上よりも2,30m下を航行する作戦である。

 この作戦は、発案者の名前を採って「ノアの箱舟作戦」と呼ばれた。人的資源は良いが知識などはどうするのか?そういった意見も出された。

 様々な材料で記述されている知識であるが、どのメディアも数十年で読み取れなくなる可能性が大きい。紙も湿気のない環境であれば良いが、やはり水に弱い。安定度の高い材料で作って地中に保管すると言う案が最多となり、土を主原料とする粘土板に水を吸わないコーティングを施し、光学多重構造文字で書き込んで、専用リーダーで読み出す方法が取られた。

 保管場所は、地質学的にかなり永続性が高いとされた例の巨大四角錐構造物(重力圧電発電所)の周辺地に深く穴を掘って埋めることにした。もちろん、現在使われているメモリやその他ストレージ類もバックアップとして耐水耐圧ケースに入れ同様の場所に保管することになった。

 さて、そこまで決まるまでに約1年と半年かかっている。あと1年ほどしか時間が無い。

すでに第五惑星は数ヶ月前、火球が近くを通過したことにより潮汐力により粉々になってしまっている。いくつか大きな隕石としてその残骸が第三惑星軌道に進入してきたが、すべて柚樹が撃破していた。しかしながら第四惑星はその影響をもろに受け、第五惑星の大量の隕石と土砂が降り注ぎ、表面は遠目には、赤く見えるようにまで覆われてしまった。火球の引力によりわずかにあった水や大気も吹き飛ばされ、大量に酸素や水が必要な高等生命体はもはや住めない星になり果てた。

 二国では、続々と箱船が建造されていた。どの船が生き残っても子孫や文明を残せるように、若い夫婦やつがいの動物、植物の種は優先されて積み込まれる。恒温巨大動物は残念ながらその巨体故、船に乗せることができなかった。

 また、箱船に乗ることを拒否し、最期は自分の生まれ育った土地で迎えたいと願う、主に高齢者を中心とするグループもあり、あくまでも個人の意思が尊重された。ただ、なるべく高所に移動する、シェルターを利用するなど生き残るための方策は最大限採られている。

 箱船の内部は、どの船も標準構造を取っていた。充分な強度と剛性を確保した船体は、石のバラストおよび水のバラストを船底部に集中させ、万が一ひっくり返っても復帰するような構造とされた。船の上層に動物や人間、下層に土と共に植物を植え、簡易循環システムとする。水は高機能イオン交換膜でもって真水を作る。船内には希元素を原料とする高性能バッテリーが積み込まれ、ぎりぎりまで無線送電システムから充電を受ける。それが循環システムおよび光源、そして船底を下とする人工重力の要となる予定である。船体さえ破損しなければ、半年間程度の航行が可能なように周到に準備設計された。

 

そして時は過ぎ、ついにそのときが来た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柚樹との対話9

アトランティス編終了です。

※警告※

話の都合上、激甚災害の描写があります。災害のPTSD等疑われる方はこのお話は読まないでください。


火球は恒星の向こう側に消え、しばらくしてから顔を覗かせ、日に日に大きくなってきていた。恒星の引力により、現在は第一惑星軌道手前なのでほぼ最大速度である。

 天木日亜と、柚樹は光應翼を最大展開し、わずかでも第三惑星軌道から遠ざけるために計算上の最適ポイントに移動していた。

 「日亜様、こちらの準備は整いました。ノアの箱舟計画発動します。」

リンクウ国王からの通信が入る。海賊に襲われていたときから数えて、すでに十年の月日が流れている。お后となる妻を迎え、その妻も臨月を迎えようとしてた。耐Gスーツのようなノアの箱舟搭乗者用防護服を身につけている。

 「分かりました、国王陛下。船体が安定するまでの間、非常に大きな揺れに襲われます。くれぐれも対ショックベッドから離れないように全船にお伝えください。」

 「了解した。幸運を祈る。」

短い通信であった。しかしながら天木日亜には、十年ほど一緒に研鑽を積んだリンクウ国王が経験を積み、歳以上の良い顔になったと満足していた。通信最後に二人はスクリーンで拳を合わせ再会を約束した。

 他の皇家の船もいたら、柚樹が完調だったなら、と何度も考えたことの思考ループに入ろうとする自分を奮い立たせ、作戦の再確認をする。いま火球に対しては停止した相対速度であり、秒速40kmほどの速度を持つ火球に対して、最大出力で光應翼を展開し最適ポイントまで並走しながらゆっくりと火球の軌道を変える手筈であった。これで、第三惑星に対しては、重力的にほとんど問題ない距離を通過するはずであったが、残念ながらその衛星がちょうど火球と第三惑星の間に入る格好になる。火球との潮汐力により、衛星は湾曲され表面が割れ、内部の熱水が噴出することになる計算結果であった。

 「日亜様、火球との相対速度を合わせる為の加速に入ります。」

 「柚樹、銀葉化が進んでいるようだが、問題は無いのだな?」

 「はい。力を使えばこのように葉が銀色になっていきますが、これで樹としての力が使えないわけではなく、不思議な心持ちです。樹雷に帰れれば津名魅様に診てもらえるのですが・・・」

 「そうだな。樹雷か、思えば遠くにある故郷だな・・・」

真砂希姫に付き従って樹雷を出て、すでに50年に届こうかと言う年月が経った。

 ついに火球は柚樹の真横に来た。表面は未だに煮えたぎる溶岩が外から見え、さながら地獄の様相を呈していた。

 「柚樹、手順通り、光應翼を最大展開し並走しながら、推力をかけていけ。」

 「了解しました。」

ブリッジ内の柑橘系の香りが強くなる。白とも銀色ともつかない半透明の膜が船の数百倍程度の大きさになり、火球を包み被さるように展開された。このまま最大出力で光應翼を展開しわずかずつ軌道を変え、第三惑星にも第四惑星にも影響を最小にして内惑星系の軌道を通過させる算段である。その後火球は、何回か楕円軌道をとりながら内惑星軌道に安定的にとどまるシミュレーション結果であった。

 柚樹は、樹全体をほの白く光らせながら力を込めていく。柚樹と契約している天木日亜も同様にマスターキーを経由して気を込め意識を集中していった。表面が未だ柔らかいため、力を加減しながらゆっくりと力をかけていかないと、火球を突き抜けたり、分裂させてしまうことになる。そうなれば事は困難さを増す結果になる。

 左奥方向から青い第三惑星が見えてくる。秒速にして40kmほどなのでさほどの速度ではないが、相対質量は非常に大きい。火球は徐々に元の軌道、第三惑星衝突コースから離れ始めた。

 そして、第三惑星と最大接近したとき・・・。

第三惑星の大気が、潮汐力により大きな竜巻のように火球に伸びる。その間に割って入ったのが、後に「月」と呼ばれる衛星であった。第三惑星と火球の間に入り、ほとんど目に見えるように変形する。第三惑星側を向いた月の表面に大きな亀裂が入り、おびただしい量の土砂を含んだ熱水が、空色の水蒸気雲に覆われた第三惑星に落ちていった。第三惑星は、そのとき、どす黒い雲の領域が見る間に広がり、大気は、通常では見ることもできないような巨大な渦があちこちに生まれている。青かった星は、一瞬にして黒い土玉になった。

 天木日亜と柚樹は、計算上最も安定している軌道に火球を乗せ、第三惑星に向かう。柚樹は、今まで青かった葉の部分がほとんどすべて銀色の葉に変わってしまっていた。

 「柚樹、大丈夫か?」

 「はい、しかし、なぜか、意識が・・・・。」

 「柚樹!。」

第三惑星を目指し航行していた、柚樹はぐらりと方向を乱す。

天木日亜は、慌ててサブコントロールシステムを起動し、柚樹を第三惑星のあの懐かしいアトランティスに向かわせた。皇家の樹が意識を失う状態は非常に希なことだった。やはり、50年前の時空振による事故の影響だと思えた。

 

 第三惑星上空は、大荒れに荒れ、機体の安定が非常に難しい状態だった。降下するにつれ、二つあった大陸はほとんど水面下に没したように見えた。あのたくさんの箱船が、うまく水面下に潜んでいることを願うばかりだった。柚樹の意識が無い状態なので、柚樹の外殻外装は、嵐に吹き上げられた浮遊物と激突しほとんど吹き飛んでしまっていた。

 天木日亜は、ついにアトランティスの王宮を見つけた。王宮近くにいくつかあった箱船もすでに流されてしまったようで見えない。荒れ狂う海面は見る間に王宮に迫っていた。

 「あれは・・・。」

 ふと、みると王宮の一室が明るく見えた。すべての人は箱船に乗るか、高地に避難するかシェルターに入っているはずである。まさかと思い、ほとんど墜落に近い状態で王宮を破壊しながら降りた。すでに柚樹のコアユニットしか無い状態であった。

 「・・・日亜様・・・。」

 「気づいたか柚樹。王宮に明かりが見えてな。ちょっと確認してくる。」

 「危険です。すでにこの地には高さ100mを越える津波が向かっています。」

その制止を聞かずに、飛び出していく日亜。

 窓は破壊され、嵐は容赦なく壮麗だった宮殿を内部から食い尽くしていく。ほんの数時間前様子は見る影もない。日亜は、思い出深い扉を開けた。

 「あら、見つかってしまったのね。」

ドアの向こうは、キヌエラの私室であった。特に悪びれずに、いつもの笑顔で答える国王の母であった。

 「キヌエラ様、何をなさっておられるのです。こんなところにいては非常に危険です。」

日亜も、やれやれといった口調で通り一辺倒の説得の言葉を言ってみる。

 「リンクウ様にはここにいることを・・・。」

 「言ってないわ。箱船に乗ったと思い込んでいるはずよ。」

 「わたくしは先代王から、くれぐれもこの国のことを頼むと仰せつかっているのです。この国の最後かも知れない時を見届けるのは義務であり、私の希望でもあります。」

きりりと引き結んだ口の端は、わずかに震えていた。

 「わかりました。それならわたくしも共に参りましょう。」

さらりとそう言いながら、キヌエラに手を伸ばし静かに抱きしめる。

 「日亜様、すでに津波が5km圏内に到達しています。わたくしの内部に転送致しましょうか?」

 「もう良いのだ、柚樹。私も充分に長く生きた。キヌエラ様と共にアストラルの海を旅してみようと思う。」

キヌエラの指に自分の指を交差させ堅く握る。キヌエラは安心した表情で日亜の胸に頭を預けた。日亜は少し背をかがめキヌエラの唇を自らの唇でふさいだ。

 その瞬間、大量の土砂と共に濁流は二人を覆い、その宮殿だった場所は海底となった。

 

 

 ふと目の前の柚樹を見ると、細かく震えるように葉が鳴っていた。

ゆっくりと現実感が戻ってくる。僕の眉間にはすでに七色のレーザー光はない。

 「そのまま二人は海に飲み込まれてしまったのじゃ。」

さわさわと風もないのに葉が鳴る様子は、さめざめと泣く人のようだった。

 「たくさんあった箱船も、最初の津波で木っ端みじんになったり、うまく水中に出られても僚船との衝突や大きな浮遊物との衝突で数はあっという間に減っていった。」

その様子を見るたびに、コアユニットはまるで凍るようにクリスタルに包まれていったと柚樹は言った。

 「そうですか・・・。誰も経験したことのない惑星規模の災害なんですね・・・。」

だれも、そう、皇家の樹ですらそんな災害は見たことがないだろう。多くの命が水面に消える、その様子を知りたくなくても見えてしまったのだろう。マスターを亡くし、それにも倍加する命が消えていくのを見てしまったこの樹はあまりにも厳しい現実を受け止めてしまった。僕は自然に感情がわき上がり、涙があふれ出てくるのを止められず、膝をついて、銀の葉を茂らせた木の幹に腕を回していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柚樹との対話10

すみません、これが書きたかったんです(^^;。

一樹(いつき)ちゃんもビースト化してそばに居させようかなぁ。鏡子みたいなかたちかなぁ。何か可愛い動物系で良い案あったら教えてください。




さわさわと鳴る音が少し大きくなったように聞こえる。僕も一緒に静かに涙を流していた。ふと傍らに人の気配のような物を感じた。背の高い、鍛え上げられた体躯を持つ、左ほほに傷のある男に見えた。

 「自分に残された力を振り絞って、天木日亜のアストラルコピーを試みたのじゃ。だが、第一世代の樹ではない私にはとうてい無理なことだった。不完全なコピーで天木日亜の記憶しか転写出来なかった・・・。」

 僕は立ち上がり、右手を柚樹に回したまま、その気配に触れようとした。

 「ダメだ、田本殿!、それに触れてはいけないっ。」

あれ、鷲羽ちゃんの声?と思うそばから自分の、そう自分を形作るようなものにその気配はなだれ込んできた。そして、喰うと言う表現が一番しっくりくるような、そんな感じで自分の存在があちらこちらから劣化していく。色つき強酸性の液体に、真っ白なワイシャツを放り込んだように、「自分」が溶けながら無くなっていく。

 よろしい、ならば満足するまで食べなさい。抗うと言うよりは、包み込みたいそういう想いが芽生える。そんな想いが、劣化するように感じる自分を太く大きく踏ん張らせた。

 今度は、緑がたくさんある、しかし地球ではない場所の風景が見えてくる。田本としての地球の記憶に重なるように、静かに記憶が増えていく。

 巨大な樹。その樹を活かしたようなデザインの建物がたくさん建ち並ぶ風景。そして水の豊かな流れ。多く茂る樹の葉。

 優しげな老婆が経営する駄菓子屋さん。店の前にならぶ、100円や50円のガチャガチャ。30円で3本入っている長く膨らむ風船。砂糖がまぶしてある緑や黄色や赤、ピンクの三角の飴。学校が終わって、友達と遊びに行くのは決まってそう言う店だった。暑い日には50円のホームランバーが美味かった。当たりが出ればなお美味しい。

 闘士としての鍛錬の日々。海賊や他国との戦いの日々のなか、樹雷の闘士訓練学校にユズメという名の少女が転入してきた。勝ち気な目鼻立ちは美しく、一目で恋をした。その子の星は、樹雷が新しく拠点としようとする星の近傍であり、他の海賊と樹雷との領宙争いの激しい宙域だった。ユズメは訓練を終え星に帰ると国防軍に入隊した。不安定で経済的な発展も望めない現状を打破するため、ユズメの星は樹雷に帰属することを決め、海賊を締め出しにかかった。激怒した海賊は、大艦隊で進軍してきた。ユズメ達は自分たちの星を守ろうと必死になって戦ったが、樹雷の援軍を待つまでもなく海賊の放った惑星破壊弾で宇宙の藻屑になってしまった。

 クヌギの木に、砂糖を水に溶き、焼酎を少し加えて煮詰めたものを塗っておき、夜、父親と一緒に行くか早朝に見に行くと、黒光りするカブトムシやクワガタが必死になってその煮詰めた蜜を舐めている。気をつけないと、大きなスズメバチもいたりする。

 高校受験戦争も終わって初めて遠くの地の大学に入学した。学部で初めてクラスメートになった男。非常に賢く、でもどことなくお茶目で二枚目なのに笑うとかわいらしい顔になる彼。頭を殴られたようなショックのあとで胸がきりりと痛む。どうしようもない衝動が身体中を駆け巡る。一緒にいたい。でも男同士。普通じゃない。気がつくと当てもなく町を徘徊する自分がいた。学校の進級を失敗し中退した。

何とか地元に帰って、就職して必死になって仕事をした。すべて記憶の外にしたかったが一人になると狂おしい思いに身を焼かれる。

 剣術で二つ年上の先輩に認められた。いまでは巨大になった樹雷を統べる家系に連なる男だった。大柄で剛毅、しかし剣術は繊細にして豪快な太刀筋の男。その男に求められるまま身体を重ねる自分がいた。熱く深い想いに身を焦がす。

 二つの記憶は重なり、それでも溶け合うことはなく、元々の人格を維持したまま、こよりをねじりあわせるように一本になっていく。

 左手を握る、温かい手に気づいた。

 「おもしろい子だよ。劣化したアストラル体に喰われず、良く持ちこたえたもんだ。」

 「あれ、鷲羽ちゃん・・・?。」

 「しかも、田本殿のアストラルを基軸として、劣化していた天木日亜殿のアストラルを構築し直して合併してしまうなんてねえ。」

鷲羽ちゃんがこっちを見上げながら言う。この目線だと子どもにしか見えない。

 「すまなかった、田本殿。まさかこんな結果になるとは・・・。緊急事態と思って、鷲羽殿に来てもらった。」

 「柚樹さん、僕は大丈夫です。天木日亜さんの記憶も保持出来ているようですし。」

 「でも人が良いにもほどがあるよ、あんた、もしかすると死んでたかも知れないんだからね。」

キッと厳しい表情で鷲羽ちゃんは言う。

 「柚樹さんの体験された、とてつもない大きく繰り返される悲しさを想像すると、自分のいままでの寂しさと一緒になってしまって、手を伸ばして抱きしめたいと思わずにはいられませんでした・・・。」

 「それに天木日亜さん、イイ男だったし・・・」

自分でも顔が赤くなってるのが分かる。

 「あ~~、はいはい。恋愛対象は多種多様。細かいことにはわたしゃタッチしないから。」

 「でも、鷲羽ちゃんの手の温かさには本当に救われました。」

今度は、鷲羽ちゃんの顔が真っ赤っか。

 「ええい、それじゃ、田本殿にちょっとしたプレゼントだよ。」

鷲羽ちゃんがパンと手を叩くと、目の前の柚樹の幹が縦に裂け割れた。

割けたところから、銀色の何かが飛び出してきて、僕の左側にちょこんと座った。それは、尾が二つある銀毛のネコだった。

 「津名魅に聞いたんだけどね、真砂希姫達が出会った時空振のときに、柚樹には亜空間に住む生命体が寄生してしまったようなんだ。」

 「全く違う空間の生命体同士で、共存はできていたんだけど、今回ちょっと私も協力して、この三次元空間に固定するようにしたんだ。」

尾が二本ある銀ネコは、こっちをみてニッと笑ったように見える。

 「それに、危なっかしいからワシがついていないとのぉ。」

とその銀ネコはしゃべった。

 「鷲羽ちゃん、もしかして柚樹さんの銀色の葉の原因って・・・。」

 「亜空間生命体の寄生していた証とでも言おうか。亜空間生命体なので重なって存在していた、とも言えるね。まあ、そいつは、その地球のネコのような動物としてこの次元に固定して、柚樹殿と融合させたんだよ。柚樹殿もそれを望んでいたからね。」

左手を舐めて、顔を洗う仕草なんかネコそのものである。

 「ちなみに、皇家の樹の力は少し減じたけどまだ使えるはずだよ。」

その言葉と共に、ぴょんと跳び上がって、全長10mくらいの巨大な虎のような化け物に変じてみせる。もう一回飛び上がると、ネコ耳が可愛い小学校1年生くらいの女の子に変わってみせる。

 「ああ、もうちょっとやそっとのことでは驚きませんけど、この柚樹さん、こういう姿形になったってことは・・・?」

 「うん、あんたについて行きたいって。」

に~~っこりと満面の笑みで鷲羽ちゃんが言った。

 「ええええええええっ。」

 「僕もいるよ!。」

一樹も元気よく、語りかけてくる。

 「あの、皇家の樹ってたしか、契約って一人一本というか、一樹(いちじゅ)?ではないんですか?」

 「ほっほっほ。普通まあ、そうなんだけどね。」

ペシペシと扇子で肩を叩きながら、背が高く目鼻立ちは美しいが、迫力が強烈な女性が立っていた。

 「これはこれは、瀬戸殿、ようやく着いたのかい?」

鷲羽ちゃん、気さくに声をかけている。

 「あら、ごめんなさい、いくらお忍びだからって、準備って言うモノが必要でしょう?」

扇子を広げて、口元を隠しながら言う。

う、これはもしかして挨拶しておかないとまずいのかな。

 「あの、はじめまして。田本一樹と申します。どうぞよろしくお願いします。」

深々と一礼してみた。

 「あらあら、西南殿とそっくりな挨拶だわ。こちらこそよろしくお願いします。私は神木・瀬戸・樹雷です。」

 「なんじゃ、こっちに来ていたのか、瀬戸殿。」

こんどは、黒髪の女性と長い青い髪を後ろで束ねている女性を連れた、背が高く浅黒いひげを伸ばした男性だった。

 「まあ、なんて可愛い!」

青い髪の女性がすすす、と近寄ってきて柚樹と亜空間生命体の融合体を抱き上げる。

 「お姉様、ほら、この子かわいらしいわ。」

 「まあ、美沙樹ちゃん、まだご挨拶も済んでないでしょう?。」

もうひとりの黒髪の女性にたしなめられているが、いっこうに気にしていない様子で柚樹にほおずりしている。柚樹もまんざらではないらしく喉を鳴らしてごろごろ言っていたりする。

 「しょうがないわねぇ。可愛いもの見ると目がないんだから。美沙樹!、田本殿に紹介するわよ!。」

神木・瀬戸・樹雷と言われた女性が強い口調で言う。

 「こちらは、現樹雷皇、柾木・阿主沙・樹雷様。こちらが、柾木・船穂・樹雷様で、今このネコにほおずりしているのが柾木・美沙樹・樹雷で、私の娘よ。」

 そう紹介されたとたん、身体が反応してスッと右膝をつき、右拳を左手で包むようにして、頭を垂れる一礼をしてしまう。なぜか、懐かしさでたまらない感情がわき出してくる。意志に反して、また涙が止まらない。撫でられていた柚樹も美沙樹と言われた女性の腕から飛び降りて、僕の左後方に立った。

 「日亜殿の記憶だね・・・。阿主沙殿。」

こしょこしょと鷲羽ちゃんが樹雷皇と紹介された男性に、耳打ちしている様子である。

 「なんと、それはまた難儀なこと・・・。わかった。」

樹雷王阿主沙は、同じように右拳を左手で包み返礼する。

 「天木日亜、我が妹との辺境探査の役目、大儀至極であった。我はお主の帰還を心から慶びたい!。頭をあげい!」

朗々とした声があたりに響く。

呪縛が解かれたように、頭を上げ、視線を樹雷皇と言われた人物に向けた。女性陣は、一歩下がった位置で左手を胸に当て膝をつき黙礼していた。

 「田本殿と言ったか?これからもっと難儀なことが起こるだろうが、頑張ってくれ。おう、これは瀬戸被害者の会入会申込書と会員証だ。あとで記入捺印して、登録しておくといい。いろんな相談に乗ってくれるしな。」

ちょっぴり気の毒そうと言った表情で、軽くウインクして書類を差し出してくれる



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柚樹との対話11

いつもの調子に戻って参りました(^^;;;。

田本さん、エラいこと言われてますけど、こういうキャラですから(^^;;;。


「す、すみません。田本一樹と申します。なにやらいろいろとご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません。」

といいながら、入会申込書と言われた書類と見たこともない素材のカードを受け取る。

 「あら、阿主沙ちゃん、その申込書はまだ早いんではなくって?」

 「なに、クソババアが放っとくわけが無いと思って、だ。先手必勝とも言うしな。」

なにやら、仲が悪いのかそうじゃないのか分からないが、ふんっと言った感じで鼻を鳴らしてそっぽを向く樹雷皇。

 「柾木阿主沙樹雷様、船穂様、美砂樹様、瀬戸様、白眉鷲羽様、お久しぶりでございます。」

 その声の方を見ると、樹雷の服装だろうが、白を基調として緑を随所にあしらった服を着た、可憐な感じの女性が立っていた。直感的に、お嫁さんだったら良いなぁとか思ってしまう。

 「あらら、ハイエナ部隊頭領登場だわ。」

また、何事が起こったのかと思うほど真逆な表現である。

 「まあ、初対面の方がいらっしゃるのに、瀬戸様もお人がお悪いですわ。」

きらりん!とその可憐な女性の目が光ったように見えた。

 「西南様関連で、キリル重工業からいただいたお金、ご報告頂けますわよね?」

こちらで見ていて分かるほど、瀬戸様と呼ばれた女性の顔色が青ざめるのが分かる。

とんとん、と背中を叩かれて振り向くと、鷲羽ちゃんが耳打ちしてくれた。

 「田本殿、山田スーパーが大躍進しているのは知っているよね。」

 「あ、はい知っています。地元でも有名なサクセスストリーですから。」

 「実は、銀行に大規模店出展の足がかりにされそうになっていたのを事前に防いだ上に、その銀行の支持母体をガタガタにしたのが、あの立木林檎殿なんだよ。」

 「おー、もしかして裏でうごめく白く可憐な林檎の花のような美女軍団って・・・。」

 「通称ハイエナ部隊。樹雷有数の経理部隊さね。」

うわ、お金に厳しい人達なのね。ターゲットになったりすると凄く大変そう・・・。とりあえずはご挨拶から。

 「これからいろいろお世話になります。田本一樹と申します。」

 「まあ、嬉しいですわ。あの、・・・あなたの皇家の樹と同じ字なんですね。」

 「ええ。こちらで生まれた樹ですし、勝仁様の船穂の樹が言うのは、僕の夢で育ったそうなので、同じ字で一樹(いつき)としました。」

なんて可愛い人なんだろうと思って、頭に何気なく手をやって掻こうとして、髪の毛の感触に驚いた。いつものちょっと腰のない油っぽい直毛ではない・・・。両手を頭にやって触ってみると、堅めの直毛というか、後頭部や側頭部は借り上げられ、頭頂部はピンピンと毛が立った感じと手触りは伝えてきている。ふと気がつくとウエストも緩くなっているし、立ち上がるとズボンが短くて膝下十cmくらいまでしかない。しかも上に来ているポロシャツの肩周りと首回り、腕部分がパンパンになってはち切れそうである。腕時計の部分など手首に食い込んで痛みまである。慌てて外すと赤く跡までついていた。

 「あの、どうされました?」

小首をかしげて、鈴のような声で言う。少女マンガだと背景はバラとかかもしれない。

 「ごめんなさい。鷲羽ちゃん、僕どう見えますか?もらった眼鏡かけてるし。金曜日に訪問したどこにでもいそうな太った公務員ですよ、ね?」

おろおろしたときは、とりあえず鷲羽ちゃんに聞いてみる。

 「それで、剣や棒術用の棒などを持つと見事に樹雷の闘士だぞ。」

先に樹雷王が口を開く。

 「は?」

 「だから、田本殿のアストラルを基軸に天木日亜殿のアストラルを再構築して合併した状態と言ったじゃないか。アストラルに肉体は従うから、今はたぶんルックスは天木日亜殿だよ。ちなみに、眼鏡の機能は、あまりにもルックスが変わってしまったので、エラー起こして機能停止しているよ。」

 「え~~。家に帰れないし、明日仕事に行けないじゃないですかぁ」

 「逆に、知らぬふりして役所に行って、書類の請求したりするのも楽しいかもよ?」

瀬戸様と言われた女性が言う。さっきの青ざめた表情はもうない。もしかして静かな水面にわざと大岩落として波風起こすの好きな人だったり・・・。

 「実際の背はともかく、なんとか以前の見た目のように工夫するから。」

ひらひらと手を振って、とりあえずまかしとき!って感じではあるが、非常に不安である。

 「それに、不用意に劣化して情報欠落のあるアストラルなんか触ろうとするからいけないんだよ、田本殿。」

人差し指たてて言う鷲羽ちゃんに諭されてしまってぐうの音も出ない。

 「皆様、ご夕食の用意ができました・・・。ええと田本様がいらっしゃったはずですが・・・。それに、お母様そちらの方はどちら様でしょうか?それにその銀色のネコは?」

柾木家の必殺家事職人ノイケさん登場だが、誰かを探すように周囲を見渡して、僕を見て、瀬戸様と呼ばれた女性にお母様と呼びかけた。

 「田本殿とは、もしかして、この前、遥照殿の社務所に通信したときに居たお客様?」

 「霧封が新しい友ができたと言ってきたとき、遥照に通信した折に社務所に居た者か?」

と言いつつ、一斉にみんなが僕を見る。

 「ええ、あのあと一樹のエネルギーバースト受けて、さっき、不完全なアストラルに触って融合した結果が僕です。」

 「うむ、間違いないよ。この人が田本殿だ。ちなみに、その銀色のネコは魎皇鬼と一樹が連れてきた柚樹コアユニットと亜空間生命体の融合体だよ。」

 「ええ~~~~~~~~~~~~~~!」

そんなにびっくりせんでも良いじゃないですか・・・、と言いそうになって当事者だから説明出来るけど、知らない人から見ると、全くの別人状態じゃないか・・・?しかも、これって樹雷でもそうそう起きることじゃないこと?

 「すみません驚かせてしまって。でも宇宙だとこういうことが結構起こったり・・・」

 「しないな。」

 「まず見たことも聞いたこともないわねぇ。」

 「お姉様、もう一回ネコ抱いていい?。」

 「私と同郷の人だと伺っておりましたけれども・・・。」

 「さっきまで別人だったんですか?。私の初恋の人と似ていて、ちょっとときめいてしまいました。」

若干一名、論点が違うような気がするが、見事に金曜日の自分とは繋がらないらしい。

ちょっとまて、クルマの免許証・・・。財布を慌ててポケットから取り出して入れてある免許証を取り出す。

 「ぜんっぜん本人確認書類にならない~~~。」

って言いながら見ていると、横からひったくられて、そこに居た全員に回し見される。

 「おう、社務所に居たのはこの者だな。」

 「ええ、間違いありませんわね。」

 「今の方がイケメンですし、モテますわよ。」

 「なんなら、うちのお局部隊でもなんでも紹介するわよ?。」

 「田本様って、瀬戸様にオモチャにされる前に、自分でやっかい事に突入するんですね。」

 「もしかして、西南殿よりもたちが悪いかも知れないねぇ。」

なんだか言いたいように言われているような気がする。

 「とにかく、ご夕食の用意ができました。とりあえず、リビングへどうぞ。」

また、ノイケさんに気の毒そうな目で見られた。

 柚樹を連れて、リビングに戻ると、そこに居た全員の視線が自分に来る。

 「あら、お父様、樹雷の警護の方をつれていらっしゃったんですか?。」

食卓に着いている阿重霞さんから第一声。

 「いやね、いろいろあって、この人が田本殿なんだよ。さらに、このネコは柚樹殿。」

 「ええ~~~~~~~~~~~~~~っ。」

やっぱり、みんなで驚愕の一声があがる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柚樹との対話12

すみません、暴走が止まりません・・・。

どうなるんでしょう?田本さん。


まあ、とりあえず、二度目の自己紹介。

 「あの、すみません、ええっと、柚樹殿と話していたら、いろいろあってこんなになってしまいました。田本一樹です。再びよろしくお願いします。」

スッと立った柾木天地君が歩いてきて、手を引っ張ってリビング角に連れて行く。

 「どうするんですか、明日。」

 「どうするったって、どうもこうも・・・。いちおう、鷲羽ちゃんが例の変身眼鏡作ってくれるとは言うけれど・・・。」

天地君が、僕の頭から足まで眺めて、

 「それに、俺より拳一個くらいもでかいじゃないですか。そのままだと今夜家に入れてくれませんよ。」

 「あ~~~。ちょっと遅くに帰ると親は寝てるから・・・って、明日どうしよ・・・。」

 「しばらく一樹(いつき)に引きこもりますか?」

ととと、と銀毛の柚樹ネコが歩いてきて、左足(手?)で僕の足を触る。

 「これで問題なかろう?」

視界が一瞬ぼやけると、また戻る。近くの食器棚のガラスを見ると見慣れたおっさん公務員がそこに居た。

 「ワシだって皇家の樹だぞ。一樹もおるし。おぬしの周りに不可視フィールドや光應翼、光学迷彩などを張るのは造作もないわい。」

 「ナイスです!柚樹さんと一樹!。」

若干死語に近い言葉のような気がするが、あ~よかったと胸をなで下ろす。天地君もホッとした様子である。

 「ちなみに、ワシは見た目的に消えることもできるし。」

ふっと視界から消える。そして、また戻る。

 「さあさ、とりあえず解決したようだからご飯にしよう。」

 「おおそうだ、その前に紹介しておかねばな。」

樹雷王の言葉とともに、瀬戸様と呼ばれた女性が、もうひとり紹介してくれる。

 「こちらが、現天木家当主、天木舟参殿です。」

また身体が自動反応した。紹介された人物の前に跪き、右拳を左手で包み一礼する。

 「天木舟参殿、永らく天木家に帰属することができず申し訳ありませぬ。」

舟参と呼ばれたその人物は驚いた様子だったが、またも鷲羽ちゃんの耳打ちで、気を取り直したように話し出してくれた。

 「こほん。えー、このたびはワシの方から礼を言わねばならん。天木家に連なる者として、祖先天木日亜の消息が分かり、しかもこのように帰ってきてくれたというのは、誠に慶賀の至り。お顔をあげてくだされ。」

ちょっと権威主義的な様子のある人だが、皇家と言われる皆様方である。逆にこういう感じが当たり前なんだろうと思う。

 「は、ありがとうございます。」

地球の典型的な公務員姿で言うのも可笑しいなぁと思っていたら、柚樹がきっちり光学迷彩を解いてくれている。天木舟参殿の一言で日亜の呪縛も解ける。

 「それじゃあ、田本殿も席について。夕食にしよう。」

鷲羽ちゃんの声かけで、勧めてくれた席についた。樹雷皇、阿主沙様が立ち上がる。

 「みなの者、今日は我が子の住まうこの家にお集まり頂き、また、皇家の樹の新しい仲間と、古き仲間ができ本当に喜ばしい。さらに、かなりややこしい立場であるが、樹雷に連なる者の記憶を受け継いだ皇家の樹のマスターも生まれた。これを慶賀と言わずしてなんと言おう。今日は、思う存分楽しんで頂きたい。無礼講で行こう。乾杯!」

 「乾杯!、いただきま~~す。」

今更気がついたが、今夜の食事はなんともきらびやかかつ、美味しそうなものがたくさん並んでいた。

 「皆様、本日は、阿主沙様と瀬戸様から神寿の酒を頂いております。ありがとうございます。そして、立木林檎様から専用畑の食材、天木舟参様から、ご自身の農業惑星から海の幸とお肉を頂きました。」

その場がどよめく。おお~~と拍手があがる。

台所を見ると、でかい樽が二つ並んでいた。そして、たくさんの食材。

ノイケさんが、取り皿に取り分けてくれた料理を受け取り、真っ白なご飯と共にいただく。

 「・・・・!」

力がわき上がってくるような旨さと言おうか。食材を生かし切り、その持ち味を究極まで高めた味わい。鮮烈、そして大胆。さらに優しい。相反する単語のみが浮かぶ。

 「ああ、幸せ。ありがたいありがたい。」

思わず声に出して言ってしまっていた。つ~~っと涙もほほを伝っている。

 「田本さん、年の割におじいちゃんだよ。」

砂沙美ちゃんが微笑んで言う。ノイケさんも口に手を当て軽く笑っていた。

 「いやいや、本当に美味しいですから。」

 「そんなに美味いか。こちらも食材提供の意義があろうというもの。」

 「ノイケ、腕を上げたわね。砂沙美ちゃんも、美味しいわよ。」

 「今回は考え得る限りの最高の食材だからねぇ・・・。そうだ、食事のうちに、さっきの編集したビデオ上映会をしておこう。」

みんなが見える位置にいくつか半透明の大画面が現れる。そして、そのビデオの題名は、

 「題して、真砂希姫と天木日亜殿、愛とさすらいの第三惑星。」

その大画面には、柚樹から聞き取った内容がダイジェスト版になり映し出された。初代樹雷皇とのやりとりから始まり、真砂希姫の死、そして天木日亜とかつてこの地にあった国、アトランティスとムー。天木日亜とキヌエラ王妃のキスののち水没。場面変わって、ちょっと恥ずかしいが自分が柚樹を抱きしめ、天木日亜の不完全なアストラルを取り込み再構築、柚樹がネコに変わって、見た目変わって慌てる田本さんのシーンで終わった。

 「今日一日でこれだけの出来事が起こったのか?」

樹雷王もあきれている。

 「ちなみに、金曜日からの出来事は、まとめて樹雷に送っているから。」

鷲羽ちゃん、仕事が早い。

 「そういえば、一樹ちゃん、第二世代の皇家の樹としてはかなり強力ですわ。さらに柚樹ちゃんもいるし。」

瀬戸様と言われた女性が、お箸もって、ん~と、と考える仕草をする。

 「うむ、これからの検討課題だな。とりあえず、瀬戸殿には迷惑をかけるが、水穂でも付けておくか。なし崩し的に、ひ孫の顔が見られてもいいし。」

 「そうですわね。わたくしもそれが良いと思いますわ。」

船穂様と言われた女性が相づちを打つ。美沙希様は、柚樹が気に入ったらしくだっこして撫でている。

 「父上、私の意見はなしですか。いちおう娘なんですが・・・。」

勝仁さんが笑って言っている。

 「遥照よ、良いではないか。そろそろ、水穂の子どもも見たいだろう?」

 「そうですね、いつまでも瀬戸様の下士官ではいけませんしね。」

 「まあ、遥照殿。失礼だわ。」

ぷ~とふくれる仕草をする瀬戸様。そして、僕を見る気の毒そうな視線が多数。

 「え、僕?ですか。」

うんうん、とそこに居るみんなが頷いている。

 「え~っと、あと15年くらいで、花束もらって役場を円満退職して、血圧の薬や糖尿病の薬を飲みながら農業やって、さらに15ねんくらいでヘルパーさんのお尻触って叱られながら、ぽっくり逝きたいなぁって・・・。」

またささやかな想いを言葉にしてみる。

 「無理!」

全員の声がハモった。

ううう、とまた涙が頬を伝う。地球人としての日常よさようなら。

 「だって、ねえ、柚樹と一樹だけでも想定外なのに、アストラル融合までしちゃう人を私たちが、ほっとくわけないでしょう?さらに皇家の樹とのリンクも強力だと言うし。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柚樹との対話13

すみません、暴走が止まりません・・・。




「あ、そういえば、柚樹さんに言われたんですが、マスター・キーってなんですか?」

 「もしかして、お主、キーなしで一樹とも話せるのか?」

 「ええ、問題なく。」

そうだよな、一樹と呼びかけてみる。

 「うん。どこへだっていけるよ。」

 「あと、さっきからたくさんの樹が話しかけてくるような気もするんですけど・・・。」

そうだった。さっきからいろんな樹に話しかけられている。こんなことがあったんだ、ねえねえ、聞いてくれる?と言う感じである。聞き流していると音楽のようだった。

 「水鏡に、霧封に、龍皇に、瑞穂に、霧鱗、鏡子、そして瑞樹だと言ってます・・・。瑞樹ちゃんはまだちっちゃい子かな?神武はもの凄く昔からあるんですかね?」

ばっ、と樹雷皇と瀬戸様、船穂様、美砂樹様、阿重霞さんまで目を合わせる。

 「霧恋ちゃんや西南殿の樹まで・・・。これだけでも、トップシークレットだわ。」

やれやれという感じで、扇子で肩をペシペシ叩く瀬戸様。

 「だろう?西南殿よりもたちが悪いっていう意味が分かったかい?」

鷲羽ちゃん、にっひっひっひと、そっちがたちが悪いじゃないかという笑顔である。

 「そうそう、西南殿もこっちに居るから呼ぶかい?」

 「GP側としても居てもらうのも良いだろう。どうせ無礼講だしな。」

樹雷皇の同意で、天地君が電話をかけている。

 「すぐ来ますって。西南君家では何もさせてもらえないからって。」

あーあ、って雰囲気がその場を支配する。

 「こんばんは、樹雷皇家の皆様。」

ほんの数十秒後に西南君と霧恋さん、西南君に抱かれた福ちゃんが現れる。

 「こんばんは、西南君。なんだか凄い久しぶりの気がする。」

というと、二人に怪訝な顔をされた。そうだ、光学迷彩。

 「柚樹さん、頼みます。」

また視界がぼやけて、二人が見知った顔に納得顔になる。

 「何があったんですか、あれから。」

鷲羽ちゃんがかいつまんで説明してくれる。もの凄く気の毒そうな表情に見る間に変わる二人。

 「改めて紹介するよ。こちら山田西南殿。ローレライ西南の呼び名がしっくりくるかねぇ?確率に偏りがあって災難を引き寄せる子だね。そのおかげで海賊を引き寄せることが分かって、瀬戸殿たちの計画で結果的に海賊を銀河連盟に帰化出来たんだけどね。」

 ああなるほど、金曜日の会話はそれか。何となく危ない雰囲気もわかった。福ちゃんがとことことこ、とやってきて僕の膝に手をかけて、みゃあと鳴く。同時にこんにちは。と言ってるような気がして、

 「こんにちは。福ちゃん。今日は僕の膝に乗ってくれるんだね。」

そう言って福ちゃんの頭を撫でる。そのとたん、今度は西南君と霧恋さんが驚いた表情をする。

 「福と話ができるんですか?。」

 「うん、西南君最近一緒に居てくれるから嬉しいんだって。いつも忙しそうで寂しいの、と言ってるよ。」

 「でも瑞樹ちゃんと神武さんも居るからだいぶ慣れたよって。柚樹さんと一樹ちゃんとも仲良くしてね、福ちゃん。」

 みゃ!と手を上げる福ちゃんがかわいい。美砂樹様の膝から飛び降りた柚樹がやってきて、福ちゃんが右手を挙げて、柚樹が左手を挙げて「にゃ!」と肉球あわせしている。むっちゃかわいい。

驚愕という雰囲気がその場を支配する。え、え、そんな大変なこと???

 「明日から、いいえ、今からでも樹雷に来て欲しいわね。」

 「マスター以外に樹がこんなに話しかけるなどというのは初めてだな。」

 「アイリさんや美守様の舌なめずりが聞こえそうですね、霧恋さん。」

霧恋さん、ひたすら気の毒そうな顔である。

なんだか雰囲気が重い。そ、そうだ話題を変えよう。

 「あ、そ、そう言えば、初代樹雷皇もおっしゃってましたが、神寿の酒ってなんですか?」

 「おお、そうだな酒がなくては始まらんな。」

ノイケさんと砂沙美ちゃんが立ち上がり、台所に行く。僕もすぐ後ろに付いていく。

 「あら、田本さん、座っていてくださいな。」

 「すみません、あの雰囲気に耐えられません。」

砂沙美ちゃんとノイケさんがぷっと吹くように笑う。

 「あらあら、じゃあ、ご一緒に。」

今日は、温めない酒らしい。ビールジョッキよりも少し小さめのジョッキが人数分並び、大きな樽をリビングに運び込む。抱えて持ち上げようとすると、あっけなく上がってびっくりする。持って行くと天地君がひしゃくでみんなに注ぐ。天地君が、そっと耳打ちしてくれる。

 「ちなみに、このジョッキ一杯だけで某オークションサイトで、惑星一個の値段がついたんですって。」

にっと意地の悪い笑顔である。この人も染まってるなぁ。しかし、無造作にそんな値段の酒がこんなにあるのって、やっぱり皇家ってのをひしひしと感じる。

 「ふたたび、かんぱ~~い。」

そう、その酒は確かに旨かった。地球産の上品な酒は米の香りが立ち、あたかもメロンソーダの香りのごとく感じるが、それどころではない。極上の梨のような香りと共に誇張しない甘みと鮮烈なアルコールの辛みが来る。これは人が作った物ではない、そう直感する。

 「これ、人間が造った酒ですか?」

また口に出してしまう。

 「あらよく分かったわね、皇家の樹の実でできる酒ですわ。あまり量が出来ませんのよ。」

なんとまあ、凄まじい。まさに異次元の味わいですか・・・。

 またどこかから聞こえてくる。

 「わたし、水鏡。そんなに喜んでくれるのだったら頑張るから!」

 「無理しなくてイイですよぉ。ゆっくりありがたく頂きます。」

声に出して言ってしまう。気がつくと、こっちを見ている瀬戸様。

 「あ、いや、水鏡という樹が頑張って作るからって言ってくれたので、無理しなくてイイですよって・・・。。」

 「なんだか嫉妬しちゃうくらいお話し出来るのね、田本殿は。わたしの樹とも話ができるなんて。」

真顔で言われると、結構怖いんですが・・・。

 「水鏡って瀬戸様の樹なんですか?」

 「そうか、田本殿は地球の方でしたわよね。先ほど言われた樹の名前も・・・。」

 「はい、誰の樹なのかはわかりません。」

なるほど~~。という雰囲気が広がる。

 「あ、あの、そんなに不思議なことなんですか?。」

コホンと樹雷王が咳払いをして話し始める。

 「皇家の樹自体、力が大きすぎることもあって、あまり銀河連盟やGPには明かしていないのだ。基本的にトップシークレットなのだ。」

 「そうですわね、このような力を持つ方でしたら、かつての西南殿並みの警護を付けなくてはね。」

さらっと船穂様と言われた女性が発言する。

 「海賊にでも捕まって、自白剤でも投与されたら目も当てられん。」

 「いやいや、ナノマシンなど仕込まれても大変ですわ。」

うんうん、と大きく頷く樹雷の重鎮。なんだか非常にデリケートな話題らしい。

 「え~~っとお酒が美味しいなあ。」

あああ、話題が変えられない・・・。あ、そうだ。

 「そう言えば僕に一樹になる種をくれた船穂という樹は、遥照様の樹と伺いましたが?」

 「そうだな。遥照の樹だな。第一世代の樹だ。」

 「お母様のお名前と同じなんですね。」

 「お兄様は、当時、樹雷に来たばっかりで立場の弱かった、船穂お母様を思いやって、船穂と名付けたんですよね。」

おお、阿重霞さんが助け船を出してくれた。

 「実は、船穂様は、阿主沙ちゃんが気に入って、この地球から連れてきちゃったのよ。」

瀬戸様、扇子を口に当て、ぼそそと話してくれる。

 「初期文明段階の星に干渉することは固く禁じられているんだけど、まあ、その特例一例目。二例目が西南殿ですね。」

 「え、西南君って、宇宙に行っていたの?海賊って宇宙海賊なんだ。」

あははは、とちょっと笑いが広がる。だって、海上輸送がどうこうと言っていたじゃん。

 「田本さん、ごめんなさい。そうなんですよ。俺って、極端に運が悪くて、良く生きていたねって言われた位なんですけど、十数年前にギャラクシーポリスのパンフをもらって、それにふざけて親が名前を書いちゃって、気づいたらアカデミーと言われる教育機関にいたという。」

 「そうね、その前にGPの輸送艦で、アカデミーに行く前にたくさんの海賊を引き寄せちゃって、あれは本当に、砂漠に宝石をかき集めたように見えたわぁ~。」

えくすたしぃ!と言う感じかな。瀬戸様、目が飛んでいる。

 「そう言えば、一昨日シャワーヘッドを持とうとして手を滑らせて頭に落っことしていたし、その後派手に転んでいたし・・・。」

 「西南ちゃんの日常生活を詳細に検討した動画では、数千の単位でその悪運が原因と言われる事象が起こっていて、そのうちのいくつかは命に関わる事だったんです。でも奇跡的な危機回避能力のおかげで生きてこられたと言うことらしいの。」

黒髪の霧恋さんが説明してくれる。

 「でも運が悪いのか、幸運なのか今ではよく分かりません。こうやって、いろんな皆さんと知り合いになれたし。地球に居たままだったらとても難しいことだったから・・・。」

 「未だに西南君、家に帰ってきても何もさせてもらえないんだよね。」

天地君が、気の毒そうな笑顔で言う。よく知っているんだ。

 「店には近づかせてもらえませんね~。俺の悪運、人を巻き込むから。」

 「あ、思い出した。そのくらいの時代に、生涯学習課にいてスポーツ少年団の担当だったんですが、スポーツ少年団役員会で保護者の方々が、ものすごく運の悪い子がいて、他の子の怪我も多くなるから退団をお願いしたとか何とか言っている、気の毒な話を聞いたことがあります。」

 「あ、それ俺です。」

山田西南君が小さく手を上げて恥ずかしそうに言う。あーあ、やっぱりとあちこちで声が上がった。

 「そんなぁ、嘘でしょぉ、と言ってたんですが、その子がかかわらなくなってから、スポーツ安全保険の受傷申請数が劇的に下がりました。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柚樹との対話14(第三章終わり)

何とか第三章書き終えました。

まあ、梶島さんも見てないだろうし(^^;;、多少暴れてもイイかなぁとか。




「やっぱり西南殿は逸話に事欠かないわね。」

 「そうか、そんな状態だったから、家を持てたと言うことは・・・。」

 「まさに奇跡。」

全員の唱和で話が終わる。

 「まあ、いろいろあったんですが、地球では霧恋さんとの家が持てました。」

西南君顔を真っ赤にしながら言った。

 「あら、少なくともあと三人は?。」

 「なんと、各故郷の星に一軒ずつ家を持っていたりするのよね、西南殿。」

 「ええ、まあ・・・。」

 「おお~~、平成の源氏物語。」

霧恋さんの表情がスッと柔らかくなる。本当に好きなんだなぁ西南君のこと。こちらまで心がほわほわしてくる。

 「うん、この間話したときもそうだったけど、スーパー山田の御曹司と言うよりは、様々なことを経験された若き司令官、と言う雰囲気があって不思議に思ってました。霧恋さんの雰囲気に負けていませんもの。」

二人そろって真っ赤になってうつむいている。

 「西南殿は何度も死線をくぐり抜けてきているからねぇ。ちなみに、福は、わたしの娘で、おとり戦闘艦守蛇怪のコンピューターユニット兼エネルギージェネレーターなんだよ。」

 「と言うことは皇家の樹と同じような位置づけなんですか?」

 「そうだねぇ、そこいらへん、ちょっと秘密なところもあるけれど、霧恋殿の樹、瑞樹と融合もしているし。神武とも融合出来る艦だよ。」

 「ああ、それで、瑞樹ちゃんもいるし、神武もいるから、と福ちゃん言ったんですね。」

福ちゃんと、柚樹は仲良く丸まって寝ている。やっぱりネコに性格まで似るのだろうか?でも地球のネコとの融合じゃないし・・・。

 「もうこれは決まりだな、樹雷での田本殿の仕事は。」

半分気の毒、半分嬉しそうな表情で樹雷王が言う。

 「皇家の樹の樹木医というかカウンセラーみたいな仕事をしてもらいましょう。」

ぱんっと扇子を広げて言う瀬戸様。なんだか凄い邪悪な字体でアルファベットのZが三つ並んで書かれている。

 「あら、間違えてしまったわ。こっちこっち。」

 ひくくっと霧恋さんと西南君の頬が引きつる。瀬戸様たぶん狙ってやってるな。

 「瀬戸様、海賊の撃滅指令ではありませんから。」

 「そうよね。ほほほほほ。」

やっぱり関わっちゃイケナイのではないか、そんな変な危機感が募る。そのそばから樹達が大丈夫だよと語りかけてくれる。

 「みなさん、本当にありがとう。そしてごめんなさい。」

そんな「後押し」もあって自然に言葉が出た。

この席のどこからともなく拍手が上がり、全員が拍手してくれた。

 そこからみんなの杯が進み、一樽と半分が空いた。なぜか一升瓶が飛び、樹雷王の頭に当たって、天地君が平謝りに謝って、やっぱり阿重霞さんは僕に抱えられて寝所に運ばれ、西南君はあちこちぶつけながら福ちゃんつれて、霧恋さんと一緒に帰っていった。魎呼さんはどことなく嬉しそうに手酌酒で飲んでいたが、美沙希さんにわやくちゃにされて一緒に踊り出していた。勝仁さんは、船穂様にくどくどとお説教されていて、見かねた鷲羽ちゃんが間に入る。天木舟参様と立木林檎様は、なにやら難しそうなお話ししているし、天地君と砂沙美ちゃんは安全地帯へ避難して、ノイケさんは瀬戸様の相手をしていた。若干ヘルプミ~プリーズな視線を感じてジョッキもってそっちに移動。

 「瀬戸様、まま、一杯。」

 「まあ、田本殿は結構お酒は強いのですね。」

 「ええ、仕事で飲んでいると、最後の仕舞いは僕だったりすることが多いです。」

 「西南殿でも驚いたけれど、あなたもたった二日間で、こんなになっちゃうなんてねぇ。」

肩から胸にかけて手のひらが滑っていく。その手をそっと取り、軽くキスする。

 「うわ、ごめんなさい。日亜メモリが起動したみたいです。」

そういうことにしておこう。瀬戸様さすがにびっくりしている顔をしている。顔を赤らめたあとその手を引っ込め、すっと自分の唇に持って行く。右手でひっぱたかれるかなぁと思っていたら、ほろほろと涙がこぼれていた。色香が暴発している。

 「お母様、ここしばらく、クソババアとか樹雷の鬼姫とかしか言われてないものですから・・・。」

ノイケさんがやれやれといった表情で言う。

 「こんなにお綺麗なのに?」

さらにめらめらと何かが燃え上がる気配がする。

 「田本殿、知らないと言うことは強いことだな。」

樹雷王が頭にでかい絆創膏貼って、遠い目をして言う。

 「このまま、一緒に逃げてくださる?」

まるで少女のようにか細い声で聞く瀬戸様。

 「お母様の、昼ドラスイッチが入っちゃった。」

美砂樹様が魎呼さんにコブラツイストをかける手を止めて言う。

 「田本さん、わたしと一緒に、駆け落ちしてくださる?」

まあ、お酒の場だし、余興のつもりで乗ってみようと思う。

 「いけません、瀬戸様。わたくしは、ただの公務員。あなたとは身分が違いすぎます。」

 「田本さん、何をおっしゃいますの。あなたとわたしの間にあるのは愛だけではなくって?。」

 「ああ瀬戸様、あなたは、こんなにもお綺麗だ。わたしなんぞの他にももっと良いご縁がありましょうに・・・。」

 「夫が亡くなってから早十年、こんなにもわたくしを燃え上がらせたのはあなたしかいませんわ。」

 美沙希様の方を見ると、「死んでない死んでない」と手を振っている。魎呼さんギブアップらしく、ばんばん美沙希様の足を蹴っている。

 「瀬戸様、わたしだって苦しいのです。亡き旦那様を裏切ることはできません。」

あ、死んだことにしちゃった。

 「いっそのこと、あなたと一緒にO型恒星に身を投げて共にアストラルの海を旅したい、そう言う想いに身を捧げてしまおうと思わないではありません。しかし、あなたはあの天の川のように永遠に美しく存在して頂きたい!。」

びしいっと夜空だろう方向を指さす。

 「ああ、田本さん。」

 「ああ、瀬戸様。」

ひしと抱き合う二人。やんややんやと拍手喝采であった。一幕(?)すんだところで外してポケットにしまっていた時計を見ると、もう午後十一時を過ぎていた。

 「あの、それでは明日も仕事がありますので、そろそろ失礼します。」

うるんだ瞳で、瀬戸様僕の腕を凄い力で握っている。

 「だめ、帰っちゃ。」

まだ続きがあるのかい。

 「瀬戸殿と、ここまで寸劇ができるのも田本殿くらいだな。」

 「だって、明日仕事ですよ。ねえ、天地君?」

 「僕は県の指導監査がありますが・・・、田本さんのおかげで資料出来てるし。」

まだ夜は早いぞということかいな。

 「瀬戸様、樹雷に行った折には、また一緒に飲ませてください。今日は楽しかったです。」

 「そお?」

 「お約束しますよ。」

ああ、田本は知らなかった。この安易な約束が大いなる災いを呼ぼうとは!。と言うテロップが若干流れているような気がするが、まあそのときはそのとき。

 また鷲羽ちゃんに頼んで、柾木家を囲むフィールドを解除してもらって、とびうお代行を呼ぶ。日曜日の夜だから三〇分ほどかかるらしい。

 「あ、そうだ。」

鷲羽ちゃん、何かを思い出したようにポンと手を打つ。

 「一樹ちゃんが寂しそうだったから、とりあえずあんたのクルマと融合させておいたから。」

 「え。」

 「皇家の樹のコアユニットは結構伸縮自在でね。あんたクルマ好きのようだし、それなら結構一緒にいられるんじゃないかと思ってね。」

 「まあ、そりゃそうですけど・・・。うん、それもいいかも。」

 「もしかして、宇宙に行きたいときには?」

 「いちおうこの近辺半径三十光年は、地球の領宙とこの間決まったから、自由に動けると思うよ。不可視フィールドは張っておくれ。地球の他の国とややこしいことになってもいけないからね。」

 と話しているうちに、とびうお代行が到着した。またも皆さんに見送られ、柚樹と共に玄関を出て、戸を閉める。一瞬にして喧噪がやみ、寂しさが押し寄せる。

 「僕がいるよ。」

 「わしもおるぞ。」

そうだった。この二日間で、良い友達ができたんだった。とびうお代行にクルマのキーを預け、助手席に乗り込む。実質背が高くなっているので頭をぶつけてしまう。これから気をつけないと・・・。

 家に帰るとすでに両親は寝ていた。明日朝シャワーを浴びようと思い、自室に入って着替えて柚樹と共に眠った。

 

~第三章、柚樹との対話 終わり

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常への帰還1(第4章)

田本さんの日常に戻った、かのように見えますが・・・。


~妄想シミュレーション四章~

日常への帰還

 

 目が覚めたのは、午前六時過ぎだった。眼鏡を探して時計を見る。気づくと眼鏡なしでもよく見えている。さらに横に銀色のネコが寝ていた。ここで目が一瞬にして覚める。そうだ、金曜日から日曜日までで急転直下の大激動があったんだった。

 とりあえず、家からたたき出されてもいけないので、柚樹を起こして光学迷彩をかけてもらう。それでも結局は光学迷彩なので、不用意に歩くと天井や入り口で頭をぶつけてしまう。幸か不幸か、昨日は話題が重くて、結局深酒にならなかったので体調は良かった。

 「難儀じゃのぉ。人間は。」

 「しょうがないでしょう。いちおう、まだこっちの日常も破綻なく続けないといけませんから。しばらく頼みますよ。」

 「そう言えば柚樹さんは、何食べるんですか?」

 「そうじゃのぉ。特に食べなくても良いな。水さえ飲んで、光に当たっておれば問題ない。」

 「一樹は?どうなの?」

 「僕も一緒だよ。光が当たって、水があれば問題ないよ。」

そうか、その辺は「樹」なんだ。

 「何か欲しいモノがあれば言ってくださいね、二人とも。」

 「そうだ、光学迷彩は、どのくらい離れると消えますか?」

 「力はほぼ地球上であれば問題なく届くから、距離的には問題ない。わしと一樹がおれば力を経由する事もできるから、距離的なことはほぼ問題はないだろう。ただ、光学と言われるくらいだから、水を大量にかぶるとか、細かい粒子が舞う砂嵐のようなものに出会うとかすればバレてしまうから気をつけてくれ。」

 そうだ、今度の休みに、とびきり美味しい水を取りに行こう。山の岩肌から大量に染み出てくる美味い水がある場所が山深くにある。

 それじゃあ、シャワー浴びて仕事に行かなくては、と柚樹と一緒に風呂場に行く。途中、廊下で母に会ったが、「あら、今日は早いじゃん」と言って特に何事もなく通り過ぎていった。さすが樹雷の力。柚樹はすでに姿を消している。

 風呂場に行って、シャワーを浴びながら鏡を見る。光学迷彩を張っている限り田本さんだけど、光学迷彩を切ると、見事に柚樹さんが話してくれた天木日亜さんである。阿重霞さんが樹雷の警護の方?と見間違うほどに逆三角形の体つき。

 ん~、この身体維持しないと結構樹雷に行って、馬鹿にされるかもとも思う。昨日から身体を動かしたくてうずうずしている。ほとんど焦燥感に近い。以前の田本さんであれば全くそんな気持ちにはならなかったけれど・・・。今日はなるべく早めに仕事を切り上げて、天地君に相談してみよう。

 普通に朝ご飯、歯を磨いて、トイレ行って・・・。でもあちこち頭をぶつけたり、逆に今までの服が合わないことに気がついて、焦ったり。上に着るワイシャツは、以前は腹回りがパツパツだったけど、今度は肩だの胸だの、首がきつい。ズボンはウエストが緩く短い・・・。裾上げしているのをこっそりほどいたりした。

 そんなこんなであっという間に出勤時間。とりあえず、柚樹さんには付いてきてもらうことにした。何が起こるか分からないし。もちろん、一樹が融合しているクルマで出勤する。キーを挿してエンジンをかけると、今までと変わらない田本さん所有の軽自動車である。庭から出して、普通に運転する。

 「一樹、ここにいるの?」

あまりにも普通なので、問いかけてみる。

 「いるよ。でも鷲羽ちゃんが、田本さんが仕事に行くときには、表に出ちゃダメだよって言われているんだ。」

 「そうか。わかったよ。今度の土日、ちょっと出てみようか、宇宙に。」

 「うん。柚樹さんも一緒にね。」

 「もちろん!、いろいろ見て回ろう。」

助手席で丸まっている銀毛のネコが一瞬現れ、消える。

 職場の西美那魅町役場に着き、所定の位置にクルマを駐める。なんだか、すごい時間を過ごしてきたような錯覚を感じる。まあ、それでも自分はここの職員だから、今日も一日頑張らなければ。

 タイムレコーダーを押して、自分の席に向かう。おはようございますと、すれ違う人、早くから用があって役場を訪れている人に声をかける。まずは挨拶があれば怒っている人も少し間を置いてくれるものである。

 おはようございます、と言いながら席に着く。課長に、金曜日はありがとうございましたと声をかける。

 「おはよう・・・・・・、田本だよな。」

 「ええそうですけど?何か変ですか?」

 「いや、なんだか大きくなってないか?」

 「あははは、横にですかね。また太っちゃいました?」

と答えてみた。光学迷彩効いてるよな、と思いながらお腹を触る。うんうん、前に突き出たお腹が見えている。ちょっと不審そうに見る課長。でもあきらめたようにパソコンに目を戻している。

 さっそく、パソコンのディスプレイに、様々な付せんが張り付いている。どこそこから電話がありました、地域包括支援センターに電話してください、等々。

 とりあえず、優先順位をつけて順に電話を入れる。だいたいこんな感じである。

 「おはようございます。西美那魅町役場福祉課の田本です。金曜日にお電話頂いていたようですが・・・。」

 「おはようございます。包括支援センターの河東です。ちょっとお知らせしておきたいことがあって、電話したんですけど、ちょうどいらっしゃらなくて・・・。この間、ケース会議した山○地区の○西さんなんですが、介護保険の申請を出したんですけど、その後認知症状がひどくなって、入院したそうなんです。」

 「ああ、あの病院にだけはかからないと、強烈に拒否していたお婆ちゃんですね。家族の方が無理にでも連れて行ったんですか?」

 「いいえ、夜中にトイレの場所が分からなくて、屋内を徘徊していて、転倒してしまわれたようです。」

認知症を患っている方だと、夜間不穏になる人もいる。

 「そうなんですか。それはお気の毒に。骨折とかはなかったんでしょうか。とくに股関節とか。」

 「それが、やはり股関節の骨頭部分を骨折してしまわれたようで、人工関節を検討しているそうです。」

 「そうですか・・・・・・。良くなって欲しいですが、お年がお年ですしちょっと難しいかも知れませんね・・・。」

 「一度介護保険の申請は取り下げましょうか?身体の状態が大きく変わりましたし。」

身体の状態が大きく変わったのくだりで、ちょっとびっくりする。

 「え、ええ、そうですね。リハビリがうまくいって退院の目処が立った時点で申請することにしましょう。ご家族とご本人には了解してもらってくださいね。」

 「そうします。そうそう、8月○日の地域包括ケア会議、よろしくお願いします。」

 「わかりました。またよろしくお願いします。」

 次はこの緑色の付せんっと。

 「おはようございます。西美那魅町役場の田本です。山中民生委員さんのお宅でしょうか?」

 「おお、おはよう。実は、近所の○山さんから相談されたんだが、○山さんの隣の人が、どうも、さいきん外に出たがらないし、物を盗られたとかいうことが増えたそうだ。」

 「○山さんの隣というと、△川さんですね。」

 「そうだよ。旦那さんが亡くなって、ちょっと気を落としているところもあるようだ。」

 「う~ん、そうですね、近々包括支援センターの者と訪問してみましょうか?」

 「うん頼むよ。時々娘が帰ってきて世話はしているようだが・・・。」

 「わかりました、また何かあったら教えてください。ありがとうございました。」

訪問して、介護保険の申請を勧めてみたり、少し話を聞いてみようと思う。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常への帰還2

ああ、やっぱり(^^;;;。





電話するのが一段落すると、今度は窓口対応していた女性職員の中山さんに呼ばれる。

 「この方が生活に困っているとおっしゃっています。」

窓口に行くと、少し汚れた服を着た年配の女性と僕くらいの年齢の男性が来られている。

 「先々月にこの子が仕事を解雇されて、何とか頑張っていたんですが、さすがに生活ができなくなってしまって・・・。」

 「わかりました。窓口では他の方もいらっしゃるので、こちらへどうぞ。」

福祉課奥にあるプライベートが守れる部屋に案内して、話を聞く。いろいろ聞いていると、確かに先々月仕事を解雇され、収入がない様子。個人情報閲覧の許諾を得て調べてみると年配の女性は母親で、年金をもらっているが年間50万円に満たない。しかも息子は大病を患っており、それで休みがちになり、解雇されてしまったようである。病院から出ている領収書やお薬手帳を見せてもらうと、昨年くらいから病院にかかる費用がかさみ、今では、治療も満足に受けられていないようである。

 「まずは、保険を国民健康保険に切り替えて、減額認定証をとりましょう。」

さらに生活保護申請を勧める。社会福祉協議会にも連絡を取って生活福祉資金の貸し付けも打診してみる。ただ、生活保護も預金や解約してお金が戻ってくるタイプの保険があればそれを使って生活してください、ということになり申請すれば通る物ではないことを説明する。しかも自動車も基本的には持つことは認められない。

 さらに県民局の生活保護担当ケースワーカーにも連絡を取る。

それやこれや、話を聞いたり説明したりしてると、あっという間に午前10時半になっている。たくさんしゃべって喉が渇いたなぁ、と思っていると、

 「田本さん、どうぞ。」

 「あ、どうも・・・・・・。」

ちょっとびっくりする。うちの課は、お茶は欲しければ自分で入れるセルフ方式なのである。誰かが入れてくれる事はまずない。しかも自分のカップである。見上げると、少しウェーブのかかった長い黒髪で目の大きな美しい女性が立っていた。

 「田本、今日から臨時職員で福祉課に来てくれた、柾木水穂さんだ。総務課の柾木君の叔母にあたる人らしいぞ。」

 「これは、これは。柾木君にはお世話になっております。これから、どうぞよろしくお願いします。」

 と、普通に挨拶する。言い終わらないうちに電話が鳴る。

 「はい西美那魅町役場福祉課です。」

 「ちょっと教えてもらいたいんだけど・・・。」

今度は障害者手帳のことについての質問だった。担当の横山女史に代わる。先ほど、柾木水穂さんと紹介された女性は、隣の障がい者関連の担当者に書類作成を頼まれている。

 へええ、柾木君の叔母さんかぁ。若くて綺麗な人がいるもんだなぁと普通に感心していた。それよりも、今度の民生委員の役員会に出す資料を作らないと・・・。

 べべべ、とパソコンのキーボードを打って資料を作って、役員会の案内文章を作り、また電話を取って、というところでお昼になった。12時のチャイムが鳴る。

 そこで、非常に重大な事実に気づいてしまった。なんと、いつものお弁当を注文し忘れていたのだ!。田本さん一生の不覚!。

 さて、どうしよう? コンビニに走ろうかなぁと思っていると、柾木天地君が二階から降りてきた。

 「昨日は、本当にお世話になりました。そして、お疲れ様でした~。」

思わず深々とお辞儀してしまう自分である。

 「ホントに。あれから大変だったんですよぉ。瀬戸様悪酔いしちゃって。田本さんを呼べってホント凄かったんですから。」

に~~んまりというあまり近寄りたくない笑みを浮かべて言う天地君。

 「だって、ほら、机の上もこんな状態だし。月曜日はお客様多いし・・・。」

ニコニコと結構表情が読み取れない笑みの天地君である。そして、自分の席の向こうを向いて、

 「あ、水穂さん、こんにちは。ご苦労様です。」

 「あら、天地君。ごめんなさい、ご挨拶が遅れちゃったわね。」

先ほどの水穂さんがこっちに歩いてくる。おお、確か叔母さんにあたる人だとか。

 「田本さん、俺の母さんの姉妹の柾木水穂さんです。」

天地君は、にこにこ顔と、若干気の毒そうな顔が同居している。

 「あ、ごめんなさい、さっきは電話がかかってきて。田本一樹です。どうぞよろしくおねがいします。」

一礼して、顔を見ると、天地君に似ているようなそうでないような。今の日本女性には珍しい長い黒髪だけれど。

 「あまりに普通の地球人の方なので驚きましたわ。お仕事ぶり見せてもらったんですが、結構大変そうですわね。」

グラスに入れた氷が溶けて音を出すような軽やかな声である。

 「ええ、まあ。ある意味困った人の相談窓口ですから・・・って、この人樹雷の人?」

 「そうですよ。ちなみに、瀬戸様の直属の部下の方。」

 「と、とりあえずお昼ご飯にしましょう。どこかに出ますか?」

ま、まずいこんな場所でそんな話していると・・・。課長は愛妻弁当食べてるし、児童手当担当の佐藤さんは自分で作ってきたお弁当を食べている。まだ二人ほど福祉課内に残っている。お昼の当番は佐藤さんである。

 「わたし、たくさんお弁当作ってきたんです。みんなで一樹ちゃんに行きましょう。」

う、何もかもお見通しで。水穂さんは大きな包みを持っている。全然重そうではないところが凄い。駐車場に行って、ぼろっちぃ軽自動車に三人で乗る。

 「一樹、一樹が見たいって。」

そういうと、いつもの元気の良い声と共に広大な空間に転送された。

 「あら、まだ造成が終わっていませんのね。田本さん、落ち着いたらお客様を迎えることも多いので家も建てませんと。」

まだ、単にだだっ広いというような光景が広がる。ふんわりと暖かい春のような気候と明るさに固定された空間らしい。数千人以上が自給自足で暮らせるらしいけど本当に実感湧かない。

 「い、家ですか?そんな物ほいほい建つんでしょうか?」

 「いけませんわ、すでにあなたは樹雷皇家の一員です。自覚を持って頂きませんと。」

といいながら、適当な木陰で、ちょっと優しい目で持ってきた包みを開ける。マンガなら巨大なファンファーレの擬態語が踊るような豪華さのお弁当が目の前に広がる。

 「うわ~~~。美味しそう。」

男二人でハモりながら賛辞の声を上げる。水穂さんはテキパキと紙皿やらお箸やらを出して渡してくれる。手ふきやお茶の準備も早い。僕は昔っからお弁当という存在に弱い。お弁当、それは四角い無限の空間。そして経済の鏡。そこには様々なドラマが生まれる。

 「それでは、いただきま~~す。」

見た目を裏切ることもなく、そのお弁当は美味しい。ノイケさんや砂沙美ちゃんの味ともまたちょっと違うけどバランス良くしかも効くべき物は効いている味わい。

 「あ~、しあわせぢゃ。ありがたやありがたや。」

美味しいものは幸せを呼ぶby田本。

傍らで姿を消していた、柚樹が起き上がって姿を現す。そして光学迷彩を解いた。

 「・・・・・・!。」

さすがに、水穂さん驚いたらしい。紙皿を持って固まっている。

 「瀬戸様があんなに上機嫌だったのが、よくわかりますわ・・・。」

 「あの、なんかすみません。」

ちょっと顔を赤らめ、まじまじとこちらを見つめる水穂さん。天地君は笑いをこらえながらお弁当を食べている。

 「瀬戸様、ここ300年ほど、樹雷の鬼姫だの、クソババアだの、しか言われてませんからねぇ・・・。しかも冗談でもああやって抱きしめてくれた人はいませんし。」

人差し指をあごに当て、上目遣いで思い出すように言う。さ、さんびゃく年って。微妙に気の毒になるんですけど。 

 「え、たしか旦那様はいらっしゃると伺いましたが。」

 「昨日、田本さんに亡くなったことにされたようですが、美砂樹様のお父様で神木内海樹雷様ですわ。」

ささっとナイフを取り出し、しゅるしゅると器用にリンゴをむく水穂さん。

 「・・・向こうに行ったら、謝っておきます。」

美味しい唐揚げを飲み込んでやっとの事で言う。

 「だいじょうぶですわ。たぶん、ご自分に向かってくる矛先が減るので喜んでくださいますわよ。」

にっこり微笑む水穂さん。そう言って剥き終わったリンゴをウサギさんにして楊枝を刺して勧めてくれる。う、この関わってはいけない系の笑顔は、まさしく天地君の血縁・・・。

 黙ってだいぶ食べてしまった。ごちそうさまと言って時計を見るとまだ20分ほど昼休みは残っている。

 「ねえ、天地君。この身体がね、なんだか剣術で運動したいとしきりに言うんだけど。今まではそんなこともなかったんだけどね。」

 「そりゃそうでしょう。天木日亜さんって、初代樹雷皇と剣術の練習とかしていたんですよね。」

 「田本さんとしては、そんなこともしたこともなくってどうすれば良いのか分からないんだけど。」

 「わかりました。そこに落ちている枝もって、立ってください。」

天地君も落ちている枝を持って、スッと立ち上がる。5mほどさっきの木陰から離れて向き合って立つ。天地君の方から「お願いします」と声がかかり、僕も慌てて返した。

ふわりと身体が倒れ込むような、そんな動きでこちらに打ち込んでくる。もちろん速い。

 だが、こちらの身体も反応する。後ろに下がりつつ枝を持った右腕を上げ、打ち込んでくる天地君の枝をかわす。今度はこちらから打ち込んでいく。一撃、二撃。天地君も飛びすさりながら、時には木の枝に掴まり、乗り、猿のようにかわしていく。森を隠れ家とし、森を飛びすさる獣のように。天木日亜のアストラルと融合した僕も、今までにない高揚感に浸っていた。もちろん身体を動かしているのは天木日亜の記憶だろう。だがあとから植え付けられたような記憶ではなく、アストラルごと融合しているので違和感はない。

 さっきの木陰に近いところに、二人して飛び降り、さらに一撃。枝を打ち合わせたところで、同時に引く。「ありがとうございました」の言葉が同時に出る。

 ぱちぱちぱちと手を叩く音がする。それも二人分・・・



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常への帰還3

やっぱり暴走してしまいますね(^^;;。

ちなみに、自分の仕事場ってまさにこんな感じです。5日間の夏休みまだとれてません(泣)。





「田本殿、天地殿。見事でした。」

そこには、水穂さんと樹雷の鬼姫こと神木瀬戸樹雷様の姿があった。

 「うむ、良い物を見せてもらった。」

さらに樹雷皇阿主沙様と船穂様、美砂樹様。そして天木舟参様に立木林檎様。

 「え、もうお帰りになったんではなかったんですか?・・・」

と言ったところで気がつくと、ううん、まだいるの。昨日は楽しかった。新しい仲間ができて本当に嬉しい。今度、いろいろお話を聞いてくれる? 等々また樹の声が聞こえてくる。

 「闘士としての技能や技術も充分だな。遥照に頼んでおくから剣術や棒術なども習って思い出しておいて欲しい。」

 「は。御意のままに!」

また、跪き、右手を左手で包むように一礼する。阿主沙様も一礼を返してくれた。

 「今度のお休みに、いらっしゃいな、待ってるわん。」

ちゅっと投げキッスする瀬戸様。まわりにいる人が全員もの凄く気の毒そうな顔で見ている。

 「それでは水穂、よろしく頼んだぞ。」

ちょっといたずらっ子のような表情で樹雷王が水穂さんに言った。そして、気がつくと霧封という樹から伝えて欲しいと言うイメージが伝わってきた。

 「樹雷王阿主沙様、霧封という樹が伝えてくれと申しております。魅月はいつもあなたと共におります。魅月は一緒に跳べて嬉しいと・・・。」

 「魅月が、魅月がそう言うのだな・・・・・・。」

今度は、樹雷皇阿主沙様が、はらはらと涙を流されている。船穂様と美砂樹様がそっと樹雷皇の涙をぬぐう。あの瀬戸様までもが後ろを向いて涙をぬぐっていた。

 「そうか・・・。田本殿ありがとう。そして伝えてくれ。どこまでも一緒に行くぞ、と。」

樹雷王は上を向き、力を振り絞るように言った。そのとき、霧封からの鮮やかな波動が

僕に伝わる。樹雷王が一瞬光に包まれたように見えた。一樹の中だが、どこからともなく薄く霧が出てくる。僕には理由は分からないが、深くそしてとても大事な物のイメージだった。

 そうして、樹雷皇の一行は帰国していった。時計を見ると昼休みの終了5分前だった。 「さあさ、昼から仕事だ。水穂さん、ごちそうさまでした。天地君、ありがとう。また頼むよ。」

 「そうですね。実は夜1時間程度、じっちゃんと練習しているので良かったら来てください。じっちゃんも喜びます。」

 「そりゃあ、ありがとう。」

またぼろっちい軽自動車車内に転送されて、昼からの業務に戻る。駐車場から役場に歩いて行く途中で光学迷彩をかけていないことに気づいた。慌ててトイレに入って柚樹に光学迷彩かけてもらって自分の席に戻ったところで午後からの始業チャイムが鳴った。

 

 お昼から、今度の民生委員の役員会の資料を水穂さんに手伝ってもらって、大きめの封筒に袋詰めしてもらう。10人分作ってもらったところで、午後3時になった。

 そこで、社会福祉協議会の牧田課長から電話が来た。山間部の生活保護を受けている、高齢の夫婦二人の家庭と連絡が取れないという。何度も時間を変えて電話をかけているのに出ないそうだ。ときどきタクシーに乗ってスーパー山田に買い物に来ていたはずである。何度もこの家庭とは話をしていて、今住んでいる家も安全な状態とは言えず、なんとか平坦部に降りてくるよう説得しているのだが、なかなか承諾しないのである。自己責任と言えばそれまでだが、変死でもしていたら、好奇心旺盛なマスコミはすぐに地域の民生委員は何をしていた!、行政は何をしていたと大合唱することだろう。

 とりあえずは、課長にその家に向かうことを言い、公用車に乗り現場に向かうことにする。社会福祉協議会の牧田課長とは現場で落ち合うことにする。さらに県民局のケースワーカーにも連絡を取る。現場まで車で30分程度かかる。

 30分後現場に着き、社会福祉協議会の牧田課長と落ち合って、その家に行く。その家までは、さらにクルマが通れる道から10分程度、細道を登らなければならない。

 「おおい、田本さん待ってくれ。いつもすぐばててるのに、今日はどうしたんだよ?」

ああ、もうホントにこんなに急いでいるのに!と思ったところで気がついた。そうだった100キロデブがこんなにするする山道を登ることは不可能である。

 「ああ、すみません、今日はちょっと身体の調子が良すぎて、その・・・。」

はあはあと息も絶え絶えの演技も入れてみる。

 「おい!、いま横の木の枝が田本さんの腹をえぐっていったように見えたぞ!。」

くっ、光学迷彩の弱点か!

 「いや、気のせいですよ。この辺妖怪伝説もあるっしょ?」

ほら、と大きなお腹を揺らす仕草をしてみる。皇家の樹が作る光学迷彩の凄いのは、波打つ脂肪たっぷりのお腹も再現しているところだ。先に立って歩くと、まずいことが多いと思って、

 「牧田課長、ごめんなさい、僕ちょっと急ぎすぎました。足がつってしまって・・・。」

と言って後ろに下がる。

 「おお、そうか上で待ってるよ。」

適当に距離をおきながら、ゆっくり登っていってその家に到着した。

 「ごめんください!。○中さん、○中さんいらっしゃいますか?」

ガンガンと扉を叩く。

 「はい、・・・どなた?」

 おお、返答があった。名前を名乗って扉を開けてもらう。家の中は半分ゴミ屋敷状態だったりする。二人とも元気そうだが、若干認知症が心配されることと、精神的にも落ち込みがちで電話に出ることが億劫だという。心配してこうやって駆けつけることになるし、生活するのが大変だったら平坦部に降りてこられるように準備すると提案しても、今回もやはりまだこの家にいたいとのことである。とにかく電話は出てもらわないと困る旨伝えて帰ることにする。

 「何とか無事で良かった。でもやっぱりこの場所が良いのかねぇ・・・。」

どんな事情か知らないが、どうしてもこの地で暮らしたいと言うのがこの家庭である。

 「そうですね、でもいつまでもこの場所では生活ができないでしょう。町営住宅管理部と話を進めておきます。」

 「そうですね。それでは、帰りましょう。」

またいろいろボロが出ても困るので、牧田課長に先に降りてもらう。無事下の道まで降りて、それでは、と公用車に乗ろうとした。またクルマの屋根部分の開口部で頭をぶつけてしまう。あだだだと頭をさすると、

 「田本さん、今頭の上の何もないところで、ぶつけていませんでしたか?しかも何もないところをさすってるし。」

クルマを横付けして牧田課長が心配そうに言う。

 「ああ、大丈夫ですよ。最近ちょっと首が変で、頭ぶつけたんだけど変に動いたんでしょう。大丈夫、だいじょぶ。」

にこにこ~っと笑顔で答えて、クルマを出す。あぶないあぶない。県民局にも電話を入れて、二人とも無事なのを伝える。ちょうど出ようとするところだったらしいけど、今のところ大丈夫のようですと伝えた。

 それやこれやで役場に帰ってくると、午後5時前。顛末を課長に報告し、覚え書きのような簿冊にまとめてやりかけていた仕事に手を付けると午後5時15分の終業チャイムが鳴る。それから30分ほどかかって、いろいろまとめたところで気がつくと僕ひとりしか福祉課には残っていなかった。今日は月曜日だし、早めに帰るかと思って、そうだ天地君は、と思って内線電話をかける。

 「はい、総務課です。」

 「福祉課の田本です。お疲れ様です。ああ、まだいたのね。」

 「そろそろ帰ろうかと思っていたところなんですよ。」

 「指導監査はうまくいった?」

 「何とか乗り切りました。結構いろいろ突っ込まれて、焦りましたよ。」

あはは、お疲れ様と言って、夜の剣術の練習時間を聞く。8時頃には始めているそうである。お邪魔させてもらう旨伝えて電話を切る。

 「柚樹、いる?」

ふわっと姿を現す銀毛ネコ。何となく仕事が終わってホッとして、膝に抱えて撫でてみたくなる。僕はネコの方が好きだったりする。ちょっと犬のニオイは苦手だ。

 「たいへんだのぉ。」

 「そうなんですよ、結構毎日何が起こるかわからないし。」

こうやって撫でていると、ネコだよなぁと思う。

 「さて、今日は帰ろうか。」

またふっと姿を消して膝から飛び降りる。

まだ残って仕事している、税務課や企画課などに声をかけてタイムカード押して、宿直員に出ますと伝え外に出た。大きくのびをしたらやっぱりズボンが短い。ウエストゆるゆる。それに、肩と首回りがきつい。出費がいたいけど洋服の緑山行こうっと。

 駐車場に行くと、水穂さん、他の職員と談笑している。え~、もう6時前だぞ。女の人は話すことがいろいろあるんだなぁ。

 「お疲れ様でした。」

声をかけてクルマに乗ろうとすると、水穂さんと話していた職員の森元女史から声がかかる。

 「水穂さん、カズキさんを待っていたようよ。最近越してきたばかりでこの町のことがよく分からないんだって。」

 「え、僕を待っていてくれたんですか?」

 「もう、本当に気がつかない人だねぇ。」

この人いつもそうだから、あはははと華やかな笑い声が駐車場に響く。

 「あ、そうだ今日はちょっと服の腹回りが合わなくなったので洋服の緑山行ってこようかなぁと・・・。」

 「ま~た太ったのかい!。特定健診でいろいろ指導受けたでしょう?保健師さんにも怒られていたじゃない。わたしだって最近歩いているんだから。」

そう、この人もすこし太り気味。

 「え~~、ひとりだけおデブ脱したりしないで、仲間のままでいましょうよぉ。」

 「やあだ。じゃ、わたし子ども迎えに行かないといけないから。それにちょうどよかったじゃん。着る服も選んでもらえば!じゃあね!。」

 竜巻トークを残し、森元女史は自分のミニバンに乗って去って行った。総務課の人事担当だから気を遣ってくれたのかも知れない。

 「水穂さん、ごめんなさい。まさか待っていてくれるとは思っていなかったもので。」

 「あら、森元さんと話していると楽しかったですわ。田本さんは役場ではカズキさんなんですわね。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常への帰還4

もうチョイあとで登場させようと思ったんですけど・・・。

元々がこの作品の「ぽやぽや~~。」をもっとたくさん感じたい!と言うコンセプトなので暴走することにしました(^^;;;。




「ええ、以前同じ名字の人も居たので、まあ、そのままです。」

なんだかちょっと照れる。

 「そう言えばお買い物にいらっしゃるんでしょう?森元女史にも行ってきたらと言われましたし、ご一緒させてもらいますわ。」

 「・・・・・・、じゃあ、お願いします。」

 「なんですか、その間は?。」

 「いえ、女性と一緒に買い物なんて、いままであんまりなかったものですから。」

ぽ、と少し頬を赤らめる水穂さん。夕日のせいかもしれないけど。

 「じゃあ、8時に天地君の家で、剣術の練習の約束したので、あまり時間はないんですが行きましょう。」

ぶいいんと県道を走って、国道に出て国道沿いにある洋服の緑山に入る。光学迷彩は柚樹に言って解いてもらっていた。田本さんのままだと逆に都合が悪かったりもするし。

ワイシャツ三枚で6980円のものとスラックス二本で4980円ってのを買って、と見ていたら、水穂さんがちょっとお高めコーナーに行って、そっちで手招きしている。

 「安物買いの銭失いって言うでしょ?」

 「仕事着だから良いんですってば。今日みたいなゴミ屋敷行くことも多いし、ペットのネコや犬の毛だらけのところで座って話すことも多いし・・・。」

というわけで、元のセールコーナーで試着する。裾上げは?と聞く女性職員がちょっと顔を赤らめている。う、何か変なのかなぁ。

 「お客様、恵まれた体型なんですから、こちらのドレスシャツなどのほうがお似合いだと思いますわ。」

ああ、今はやりの胸からウエストにかけて絞ったようなシャツね。これダメなのだ。大きなサイズでも腹回りが合わない。って、そうか今は合うのか。

 「まあ、今回は良いです。」

だって、役場で見せないし。一般的なデザインの服の方が匿名性が高くてイイのだ。

 ささっと会計済ませて、緑山を出ると午後7時前だった。

 「すみません、お付き合いありがとうございます。そういえば水穂さんはどちらにお住まいですか?お送りしますけど。」

 「柾木家でご厄介になってますのよ。今、美星さんも出張だそうでお部屋が空いてるそうですわ。」

にっこり笑う顔が、例の関わってはいけない系である。誰かに似てる気がする・・・。

 「どうかなさいましたか?」

 「そういえば、水穂さんって瀬戸様に似てますよね。」

後ろに引いて、取り乱したような表情になる水穂さん。

 「ひいいいい~、それだけは言わないで~。どうせ、だから行き遅れてるとか言うんでしょ?」

あれ、なんかツボ踏んだかな?

 「いやいや、なんとなく、ですよ。なんとなく。」

 「そんなぁ、雰囲気まで似てるって言うのぉ~~~。」

頭抱えて、わなわなと震え出す水穂さん。トラウマだったのかなぁ。

 「いえいえ、あくまでも僕の主観ですから。」

 「やめてぇ~~、初対面に近い人までそう思うなんてぇ。」

 「う~。とりあえず、柾木家までお送りします。」

ガクブルしている水穂さんがちょっとかわいそうでスーパー山田に寄る。ちょうど良かった霧恋さんがいる。ちょうどレジには立っていない。

 「お仕事中すいません。霧恋さんちょっと・・・。」

一瞬誰か分からない、表情の後、ああそうだったという表情になる霧恋さん。

 「田本さん、どうなさったのですか?」

 「水穂さんに、瀬戸様に似てますねって言ったら、あの様子で・・・。」

 「あらら、田本さん、それは禁句ですのよ。」

まかしといて、とクルマに行って水穂さんを連れ出してくれる。なだめてすかして両手で目をぬぐっている水穂さんをお手洗いに連れて行って数分後店の休憩コーナーに連れてきてくれた。

 「どうもすみません。まさかあそこまで取り乱されるとは。」

 「ダメですよ、田本さん。以後気をつけるように!」

右手人差し指で胸をつんつんされて、ちょっとどっきりだったりもする。

 「はい、すみません。水穂さんごめんなさい。」

すんすんと鼻をすすりながら、こっくり頷く水穂さん。何かかわいい。

 「おー。霧恋どうした?」

 「霧恋さん、どうなさいましたの?」

ひとりは、短め金髪、碧眼小顔の超美形、でもちょっとおっさんな口調の女性。もうひとりは、黒髪と言うより少し青みがかった髪で、多い髪をヘアバンドでとめ、長い前髪を左右に垂らしている女性だった。この女性も美形である。二人ともスーパー山田の店員用の制服を着ていた。

 「この人が、水穂様を泣かしたの。」

 「うう、何かどうもすみません。」

へええ、とふたりとも値踏みするように僕を眺め回して、

 「もしかして、霧恋が言ってた、あの人?」

 「地球に根付いた皇家の樹、船穂の子どもに選ばれた上に、皇家の樹と亜空間生命体との融合体にも選ばれたってゆー。」

 「そうじゃ。このワシが付いていないとのぉ。」

銀毛柚樹ネコが姿を現す。二本の尾がふるふると揺れている。

 「そりゃ、また難儀なことだな。」

くっくっくとちょっと嬉しそうな金髪の女性。

 「ですね~。ウワサでは西南様の向こうを張れそうだとか。」

 「もしかして、皆さん西南君のお知り合いなんですか?」

ええ、まあ。と二人ともほほを赤らめている。

 「あ、すみません。天地君と約束があるんだった。とりあえず急ぐんで柾木家に行きます。また、このお礼はいつか。さあ、水穂さん行きましょう。」

やはり関わってはいけない系の香りがするのと、さすがに約束の8時に近づいているのでこの場は離れることにする。

 何とか柾木家に到着し、水穂さんを送り届けて、と思っていたけど結局夕食をごちそうになってしまった。

 「ごちそうさまでした。毎晩毎晩、お騒がせしてどうもすみません。」

昨日と違って、リビングルームの対面式のキッチン部分にスペースがあり、そこが畳敷きになっている。そこの大きめの座卓を出して食事をしていた。ノイケさんと砂沙美ちゃんが、洗い物を片付け、阿重霞さんが台拭きでさっさと座卓を拭いている。

 「水穂様、泣かせちゃったらしいですわね。」

阿重霞さんが問い詰めるような口調で重々しく言う。水穂さんはお風呂に行かれている。

 「ええ、瀬戸様に何となく似てるな~~と思って、そのまま言ったら取り乱してしまわれて・・・・・・。」

 「水穂様も、お婆さま付きの女官として抜擢されてすでに300年くらい経ってますし・・・いろいろ陰口を言われて気苦労なさっていらっしゃると伺ってますわ。お婆さまもあの調子だし・・・。瀬戸被害者の会なんてのがあるということで何となくお分かりでしょう。」

そういえば、樹雷皇直々に瀬戸被害者の会会員カードと申込書を頂いたんだった。

 「水穂様、いろいろ婚活されていらっしゃったようですが、瀬戸様付きの女官と知れただけで破談の憂き目に遭うこと数限りなし、だそうですわ。」

 「さらに、田本様は、まだお会いになってらっしゃいませんが、お母様も哲学師で、有名な方ですし・・・・・・。」

う、このなに?微妙な言い回し・・・。

 「田本さん、それでは社務所に行きましょう。じっちゃんが見てくれますって」

 「あ、天地君。阿重霞さんすみません、また教えてください。」

とりあえず、女性関連の重い話題は横に置き、天地君と社務所に向かった。柾木剣士君もいる。今度は木刀を持ち、社務所横のスペースで夜間照明を点け、打ち合う。

 「うむ、見事じゃ。じゃが、さすがに型が古いのかのぉ。こうやればもっと速く打ち込めるぞ。」

勝仁さんに直々にお教えを請い、そんなこんなで、約1時間。ありがとうございました、と礼をする頃には汗だくになっていた。剣士君とも手合わせを願ったが、今のところ小柄な少年の体格なので力はともかく、天地君よりも一段速い動きである。しかも隙が無く余分な動きがない。勝仁さん=遥照様との手合わせは、凄く気持ちが良い上に、とても勉強になる。

 「樹雷皇や瀬戸様にも頼んでおくが、今後のことを考えると、田本殿は樹雷に行って、生体強化や延命処置も受けておくべきだろうな。船穂もそう言っておるしな。」

 「え、まさかあのぬるぬる君とか、来るんですか?」

 「あれは、鷲羽ちゃんの特製だからのぉ、普通はもうちょっとシステマティックなのじゃが・・・・・・。」

 と話していると、背後に得体の知れない気配を感じた。

 「はああい、鷲羽ちゃんどえええす。」

この人なんで、こうタイムリーなんだろうか。

 「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ~~ンの方が良いかしらねぇ。ご期待にお応えして、かかれっ!精密スキャン&生体強化(樹雷特化型)モンスターぬるぬる君4号!」

社務所横に緑色をした例のスキャンモンスターが転送された。逃げようにも背後は鷲羽ちゃんだし、左右にもご神木やら何やらで逃げられない。社務所と言えば金曜日の例もあるのに学習しないなぁとか思う間に・・・。

 「うわああああ~~~~~。」

背後から、これぞマッドサイエンティスト!と言う高笑いを聞くと同時に意識は消えていった。

 

 「天地兄ちゃん、先に出るよ。」

 「おう、早く寝るんだぞ。」

うう、暖かい。また風呂落ち?

 「もしかして、また天地君ちのお風呂?」

 「田本さんも難儀ですねぇ。まあ鷲羽ちゃんは、ほくほく顔だったですけど。」

すっかり忘れていたが、そういやアストラルがあーだこーだな状態だったのだ。あのまま大変な酒宴に突入したし。鷲羽ちゃんにとってはまたとないモルモット様だろうなぁ。

 「ごめんなさいね、天地君。またお風呂を頂いてしまいました。」

鼻まで湯に浸かって、ホッとする。ここのお風呂はホント広くて極上だな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常への帰還5

鷲羽ちゃんってマッドサイエンティストだったよねっと(^^;;。


汗かいていたのでちょうど良いじゃないですか。」

 「神寿の酒にはかなわないけど、またお酒でも買ってくるわ。」

広い湯船を移動して、隣に座る天地君。

 「あ、お願いします。魎呼が凄く喜んでました。」

にぱっと良い笑顔の天地君。こりゃ、あの女性陣がほっとかないわけだ。

 「魎呼さん、美沙樹様にコブラツイストかけられていたけど大丈夫だったのかね。」

 「うふ、呼んだぁ?」

壁をすり抜けて浮かび上がるように出てくる魎呼さん。と理解するより前に、

 「・・・・・・、だあああああっっっっ。」

声にならない叫びがでる。こう、何か得体の知れない怖さがある。

ざばばばっと広い湯船を逃げて、壁に当たったところでようやく誰なのか分かった。

 「魎呼さん、鷲羽ちゃんみたいな登場はやめてください!。」

心臓がドキドキする。びっくりしたのだとても。

 「ほらみろ、鷲羽ちゃんに似てきたって言われてるじゃないか。」

ぎくっと図星顔の魎呼さんである。

 「そうさねえ、やはりわたしの娘だからだねぇ。」

うんうん、と腕組みして湯に浸かってる鷲羽ちゃん。

 「天地君、ここって男湯だよねぇ・・・・・・。僕間違えてないよね、というか転送されてるから間違えようもないよね?」

ひくくっと、見間違えようもない青筋が柾木天地君の額に浮かび上がっている。

 「あー、もう魎呼だけじゃなくて鷲羽ちゃんまで!。」

 「天地様、田本様、着替えここに置いておきますね。」

ノイケさんの涼やかな声が聞こえた。

 「あ~~っはっはっは!今日は大盤振る舞いだぁ。」

あ、あれ鷲羽ちゃんいつもと違う・・・・・・。と思うそばに、ざっぱ~~んと大きな水音共にノイケさんがすっぽんぽんで転送されてきて湯船に落ちた。うわ、胸大きい&腰のラインが綺麗だ。

 「もお、鷲羽様!。」

続けて、阿重霞さんに砂沙美ちゃんも。ばっしゃ~~んと。

 「いやですわ。田本様。」

ぽ、と顔を赤らめて胸と前を隠す。その仕草がむちゃくちゃ綺麗。

 「砂沙美、ねむい~。」

さらに剣士君と水穂さんもざっぱ~~んと。

 「俺、さっき風呂に入ったばかりなのに。こんのマッドサイエンティストがぁ。」

ひくっと額に天地君とよく似た青筋が浮かび上がる。

 「あ~~れ~~。」

僕の頭の中では、この悲鳴に続いて「お戯れはおよしになって、お殿様。」「よいではないか、よいでは。いやよいやよも好きのうちと言うぞ。」次のシーンは枕が二つ並べてある布団と言うお定まりの映像が浮かんでいた。

 「あ~~~っはっはっはっっ、がばぼっっっ。」

 天地君と剣士君の怒りの鉄拳が鷲羽ちゃんの頭に炸裂した。長くて赤い髪が湯船にふうわりと大きく広がる。一瞬血かと思ったが髪の毛だった。鷲羽ちゃんはぷ~かぷ~か浮いている。

 とりあえず、しょうがないのでみんなで混浴モードである。

これだけの人数が入っていても、男性陣と女性陣と距離を離して入っていられるほどこの風呂は広い。

 しばらくみんな無言で湯船に浸かっていたが、いつまでも入っているとのぼせるので、まずはノイケさんが入り口向こうに服もあるので出て、女性陣の服と剣士君の服を持ってくることになった。

 男性陣が後ろを向いている間に、阿重霞さんと砂沙美ちゃんが出て行った。魎呼さんはでっかい絆創膏を×印に頭に貼った鷲羽ちゃんを小脇に抱えて女湯に消えていく。

 「あ、俺身体洗ってるから、田本さんごゆっくり。」

あれ天地君、出ちゃうの??。剣士君もばしゃばしゃと出て行った。

気がつくと水穂さんと二人きり。

 「何か作為的なものをひしひしと感じますね。」

 「もお、鷲羽様ったら、うちのお母さんよりたちが悪いですわ。」

 「・・・。」

 「・・・・・・。」

 「あの・・・。今日はすみませんでした。」

 「こちらこそごめんなさい。瀬戸様との付き合いも長くて・・・。」

しっかし、綺麗な人だな。お茶目でかわいらしいところあるし。

 「皇家の樹のマスターになってまだ三日なんです。いろいろ教えてください。」

 「もうお分かりだと思うのですけれど、わたし樹雷側の監視者と警護も兼ねてます。」

そういえば、樹雷王が水穂さんをつけるとかどうのこうのと。

 「瀬戸様からのお話だったし、兼光おじさまからもさんざんいじられましたけれど、・・・なんだか木訥で真面目な方のようで安心しました。」

 「だって、金曜日夕方に勝仁さん訪ねて、百歳の慶祝訪問のお話をする予定で、気がついたらあの種持たされて、夢に引きずられた一樹が柚樹連れてきて、柚樹さんのお話聞いているとアストラル融合して・・・。」

 我ながら、言っていて完全に精神病患者患者だと思う。あ、でもここまでSFな話はしないな。今までの経験上。

 「ほほほ、これからきっとたくさんの人と出会ったり、もの凄く遠いところにだって行けますよ。」

 「・・・あの天の川にダイブ出来ますかねぇ。」

 「一樹ちゃんや柚樹さんにはすでに皇家の樹のネットワークから星図もダウンロードされているはずですし、銀河連盟への申請さえ通れば問題なく行けるでしょう。」

ふわっと姿を現す、柚樹。ぷかぷかお湯に浮かんで泳いでいる。

 「そうじゃの。わしはもうこの姿なので単独では結構厳しいが、一樹と一緒ならどこまでも行けるだろうの。」

 「う、ネコって水嫌いじゃなかったんですかね。」

 「わしはこういう水が一杯あるところは好きじゃのぉ。」

そうか、地球のネコではないし。

 「さて、出ますか。水穂さんお先にどうぞ。」

後ろを向いている間に、水穂さんはゆっくり出て行った。僕は、身体を洗わせて頂いて、またもや綺麗に洗濯されている下着やワイシャツとスラックスを着けて出て行った。

 頭上には美しい天の川が広がる。光の川は、とくに街灯などがないこういう人里離れたところでは非常に美しい。柾木天地君の家では、自宅前に溜め池があるが、ここが溜め池とか言う状態では無く泉のように澄んでいる。もちろん沼のニオイやアオサのニオイなどは感じられない。

 一度柾木家にお邪魔して、時計だの財布だの例のぬるぬる君4号のときに行方不明なものを返してもらう。

 「田本さん、すみません。鷲羽ちゃん、今までに無いパーソナルが取れたと有頂天になって、さらに暴走しちゃったようで・・・。」

天地君も大変だ。

 「あーあ、で、まだ意識不明だと。」

玄関から見えるソファに寝ている鷲羽ちゃんが見える。返してもらった時計を見ると、もう11時前である。

 「なんだかんだ言って、今日もいろいろお世話になりました。それじゃあ、帰りますね。」

 「明日もまた夜来てくれますか?じっちゃんの機嫌が凄く良いんですよ。」

 「うん残業だのとかなければお邪魔します。また教えてくださいとお伝えください。」

 また一礼して、柾木家を辞し、クルマに乗り込む。エンジンかけるといつもの直列3気筒のビートが聞こえる。そのまま自宅へ走り、鍵を開けてはいると両親はテレビを見ていた。

 「夕ごはんは?」

 「ごめん、役場の柾木君ちで頂いちゃった。」

 「もお、いらないときは言ってくれないと。また明日の昼に食べなよ。」

 「へ~~い。」

でも夕ご飯作って待っていてくれるのはありがたいことである。心の中でごめんなさいと言いながら自室に戻る。もちろん光学迷彩はかけている。思いついて冷蔵庫に入れてある大きなサイズのペットボトルを取り出す。実は、うちの飲料水は1時間半程度山に分け入ったところから湧きだしている水を取ってきている。この水は、四季を通じて大量に湧きだしている水で誰がとっても良いことになっている。ペットボトルを持ってまたクルマに帰って、一樹のユニット内に転送してもらう。

 「一樹とあまり遊んでやれなくてごめんな。」

そう言いながら、その水を樹の根元にかけてやる。キラキラと七色レーザー光が放射されている。くすぐったくてかわいらしい。

 「柚樹さんにはこっち。」

同じ水を深めの皿に入れて、柚樹に差し出す。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常への帰還6


さて、ちょっと仕事が忙しいので更新間隔があきます。


「地球の水だけど美味しいかい?」

柚樹も黙って水を飲んでいる。水はすべての源。水が美味ければだいたい何でも美味しい。そういえば、僕もここに家を建てなければならないという。う~ん樹雷では住宅ローン組めるんだろうか・・・?。でもここはある意味自然の理想郷。皇家の樹で完璧に調整された大自然である。あ、もしかして、いろんな農産物も作れるのかな。

 「大丈夫だよ。専用ロボットやアンドロイド、バイオボーグなんかもあるし。」

 「皇家の皆さんは、絹や麻、綿なんかも作っているのぉ。」

もしかして、ちょっとした惑星じゃん。売れるじゃん!。

 「まさに。そう言う繊維の縫製工場や、畑でなくとも野菜生産工場、畜産、何でも思い通りじゃよ。」

 「田本さんも正式に皇家入りしたら、それ相応の立場もできるし収入もあるはずだよ。」

 「うわ、でも面倒くさそうだよねぇ。」

 どこかからお金をもらうと言うことは、そこのシステムに組み込まれると言うこと。公務員になれば公務員の規約に反しないような行動を求められるし、会社員もその会社の労働規約なりがあるだろう。生活保護だって、そう言う意味では同じである。歳が若ければ就労活動や相談への参加を求められるし、ケースワーカーの訪問も月に1,2回は受けなければならない。近隣の目もあるだろう。

 「様々なしきたりや礼式。公式式典への参加、皇家の樹を使った特殊作戦への参加。まあいろいろあるだろうのぉ。」

 「まあ、そうでしょうねぇ。でも時間はあるみたいだし。水穂さんはそのために来ているようだし。」

 「さて、寝ないと明日も仕事だ。」

お休み、一樹と声をかけて自室に戻る。

 パソコンをとりあえずは地球用のOSで起動する。やっぱり大量にメールが来ている。ほとんど全部いらないメールだった。適当にネットを徘徊して、一旦シャットダウンして、JYURAI_OSモードで起動する。

 メールアイコンが点滅している。メアド設定してないんだけどな・・・?

マウスポイントしてクリックすると、アニメな二頭身キャラの鷲羽ちゃんが出て、画面を土煙のアニメを上げながら「どどど」って感じで走ったあと、そこに一つのウインドウが現れる。アニメの鷲羽ちゃんは左手を強調して大きくしたり小さくしたりしながらその白いウインドウを触れと言っているように見えた。

 このパソコンは特にタッチパネルでもないし。もともとタッチパネルな機能は欲しくなかったので一つ前のOSにダウングレード済みのパソコンを購入している。まあ、いいかと左手全体で画面を触る。今度は、右手を強調して同じアニメである。右手全体で画面を触った。画面一杯に設定終了と出て消えた。

 メールのアイコンをクリックしても、よく見るメールソフトである。受信箱に送信箱、迷惑メール箱にゴミ箱そんなアイコンが左に並びビューアが右にある。受信ボタン押しても何も起こらない。まあそうだわな。どことも契約していないし。パソコンを終了して、さて、と寝ましょうと。今日もいろいろあった。布団引いて照明消して、横になった。

 

 静まり返った田本家の寝室。カーテンの向こうからは街灯の明かりもわずかに漏れてくる。真の暗闇ではない。閉じたはずのノートパソコンが誰が触れたわけでもないのにゆっくりと開き画面が白く輝き出す。部屋の外から漏れてくる光が減じ、昏い星々の光さえない宇宙のような空間に変わる。田本や柚樹は気づかない。そして三つの巨大な陰が現れた。

 「姉様、やはりこの次元はおもしろいですね。」

 「そうね、今度は津名魅のエリアからのイレギュラーな可能性だよ。」

 「天地殿のような存在にはならないだろうが、・・・いや、わからないか。」

 「無限の思考錯誤の結果ですから。」

 「訪希深は剣士の方を頼むよ。」

 「分かりました姉様。あの子も十分に成長してどこに出しても生きていけるでしょう。可能性としては天地殿と変わりませぬ。」

 「我らよりも長く生き、無限の向こう側を覗くことができる存在。永く、本当に永く待ちました。」

 「我らも、我らの上位生命体の実験体ではないかという可能性。ただ、全知全能であることが否定はしているのだが・・・。」

 「今まで待ったのですもの。ゆっくりと楽しませてもらいましょう。」

 「答えがどう出るか、本当に楽しみだね。」

 「ええ。」

 「ええ。」

パソコンの光がゆっくりと暗くなる。同時にもとのカーテン越しの街灯の光に戻った。

 

 また朝が来た。光学迷彩をかけての出勤。昨日買ったワイシャツとスラックスを着けて出勤する。日常とは言えないような事例がまたたくさん起こり、それでも時間は過ぎ終業時刻となった。午後7時くらいまで残業して自宅に戻って食事して着替えて、また柾木神社へ剣術の稽古に行く。先週までの田本さんはこんなにアクティブではなかったんだけど。

 「ほお、今日は全然動きが違うのぉ。速いぞ。」

不思議に昨日は付いていけなかった剣士君の動きにもついて行ける。おかしい、いくら天木日亜さんのアストラルと融合しているとしても、さすがに昨日今日で変わるものではないだろう。昨日のぬるぬる君4号のせいだろうか。そういえば、愛用している四菱のボールペン折っちゃったし。それも何の気なしに。

 「説明しよう!」

またもや背後に鷲羽ちゃん。頭にはでかいバッテン絆創膏。さすがにダメージでかかったんだな。

 「実は、昨日のぬるぬる君4号で生体強化が二段階進んでるよ。瀬戸様のご厚意で樹雷からのデータ提供を受けているから、今回は特にナノマシン系への耐性強化に薬品への耐性強化、そして樹雷独特の生体強化方法も加味している。本当は、2週間程度身体の完熟訓練が必要だけれど精神的なリミッターを組み込むことによってそれを不要にしている。」

 「すみません、わかんないです。あ、でも今日ボールペン折っちゃいました。」

 「まあ、力の使い方を気をつけて加減しておくれということさ。田本殿だとケンカするようなことはないだろうけど、他の地球人だと一発で死んじゃうかも知れないからそのつもりでいておくれ。まあそのための精神リミッターなんだけどね。」

 うんうん、と分かったような分からないような説明が終わる。とにかく、日常生活に注意が必要になっていることだけは分かった。だって、今日プラスティックのボールペン、握りつぶしてしまったのだ。ちょうど誰も見てなかったから良いけれど。どんどん普通の人間離れしているのは気のせいだろうか・・・。なぜ、こんな不思議な思いをしなければならないのかという、ちょっとした違和感というか納得いかないものはある。しかし今は楽しさの方が大きく上回っている。まるで20代のウキウキのような感じである。

 ならば行けるところまで行こう。可能性は自らの手の中にある。この世の中に超光速で行き交う宇宙船やそういった文明圏があるのだ。

 「いたたっ」

 「スキあり!」

ニッと笑う天地君に木刀を持つ手を叩かれ、落としてしまった。

 「うん、何かこんな生活不思議だけど、楽しくてね。考え事しちゃってた。」

 「そうですね、ちょっと休憩しましょう。」

神社の境内広場から社務所に移って、思い思いの位置にみんな座る。う、アルミサッシが直っていない・・・。

 「そうか、あれからまだ五日目ですか・・・。普通に、仕事で百歳の慶祝訪問の説明に来ただけだったんだけどなぁ・・・。」

 「後悔していますか?」

 「いいえぜんっぜん。だって、本当に静かにこの地で、父母を看取って、妹にだから結婚しないからよ!とか言われながら慣れない農業して、ヘルパーさんのお尻触って怒られながら・・・っていう生活を想像していましたから。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常への帰還7


静かな日常そして未来。普通の地球人なら四十を越えると考えますよね。
そう言う人生の終わりが、田本さんには結局来ないかも(^^;;;;。


「いいえぜんっぜん。だって、本当に静かにこの地で、父母を看取って、妹にだから結婚しないからよ!とか言われながら慣れない農業して、ヘルパーさんのお尻触って怒られながら・・・っていう生活を想像していましたから。」

そう、たぶん当たり前の独身者の生活。一人で居ると言うことは最後の瞬間までたぶん一人であろうと言うこと。近所のおばちゃんが育てた野菜をもらって、もらうばかりでいけないので自分でも作って、近所の方にあげる。時々役場の行事に呼ばれたり、台風の襲来を気に病んだり。静かに人生の落日を見据えながら時間を過ごしていく。言い換えれば太陽と共に過ごす日常。春先に善き風が吹くことがことのほか嬉しかったり。

 夜間照明が照らす神社の境内で、神社の縁側や置いてある石に腰掛けて思い思いに足を伸ばして休んでいる。

 「そういえば、勝仁さんも、この地というかこの星が好きになられて、そのままいらっしゃるのではないですか?」

 「そうじゃの。そう言えば言っておらなんだの。実は、この星には魎呼を追ってきたのだよ。」

眼鏡を直す仕草をすると、30代くらいの若い神官といった雰囲気になる。皆さんが言っている遥照様ならこの格好だろう。

 「約750年前、樹雷が神我人に操られた魎呼によって攻撃されたのだ。それを追って戦闘をしているうちに、あまりの凄まじいエネルギー量に空間がゆがみ次元転移をしてこの星にたどり着いたのだ。」

 「今まで聞いた知識では、確か銀河有数の軍事国家で、しかも皇家の樹があるのでほぼ無敵だと・・・。」

 「そうだ、魎呼が襲来するまでは誰もそれを疑ってはなかった。」

と言いつつ鷲羽ちゃんを見る遥照様。

 「いやね、その魎呼は神我人ってのに操られていたんだけども、神我人は、実はわたしの友達だった朱螺凪耶のクローンで、魎呼はわたしの娘なんだけど、わたしもちょっとミスっちゃって神我人に閉じ込められてたりしてね、魎呼は良いように使われてたんだよ。」

なははは、とバツが悪そうに目を細めて笑う鷲羽ちゃん。

 「ま、そんなこんなで地球に来て、魎呼と復活する前の魎皇鬼とほぼ相打ち状態で不時着したのだよ。で、皇家の樹船穂は、真砂希様の樹のようにこの地に根付かせて、今はこの神社のご神木だ。」

 第1世代の樹船穂と、相打ちする魎皇鬼ですか。そういえば一日くらいで樹雷星まで往復して、海底1万mぐらいの水圧ではびくともせず、な性能でしたなぁ。

 「うふふ、呼んだぁ。」

ぶん、と鼓膜を圧迫するような音共にあの魎呼さんが現れた。ビクッとしたが、まあそういうモノと受け入れている自分が怖い。

 「やっぱり突然は心臓に悪いですぅ。」

あはは、とその場が笑いに包まれる。

 「ちなみに、この地に鬼伝説があるのはご存知かな?」

 「ええ、たしか西美那魅町の町史で忠魂碑の調べ物していたときに、見つけて読みふけりました。何でも突然現れて、田畑を破壊する悪逆非道を繰り返した鬼をひとりの若い侍が征伐したとか言う・・・。」

 「あ、それ、わ・た・し。」

 「で、その侍がこの私だ。」

 「えええええ!。」

おお、今解き明かされる古代の秘められた歴史!。むっちゃワクワクしてしまう。魎呼さんは、ふわりと飛んで天地君の横に座る。そのまなざしは、なぜだろう母のまなざしに近い。

 「征伐して、その上の岩戸に封印したのだが、20年前くらいに天地が封印を解いてしまってなぁ。倉敷でドンパチやらかして瀬戸大橋は崩壊させるわ、某高校は大破させるわ大変だった・・・。」

天地君がバツが悪そうに、人差し指で頭を掻いている。

 「え、瀬戸大橋って崩壊していましたっけ?確か倉敷の高校は火事がどうとか。」

 「まあ、実は表向きは何も壊れていないことになっているが。」

おおお、黒服の「がたい」のいい男二人が訪ねてきて情報操作するというあれですか。

 「そう言えば、一昨日のお酒の場で、船穂様ににくどくどとお説教されていたのは・・・。」

 「船穂母様が来るたびに毎回言われているのだが、皇位継承をどう考えておるのかと。」

 「あなたは、樹雷をこれ幸いと出奔して、この地に船穂を根付かせて、皇位継承を拒否したつもりでしょうけど、私たちはあきらめてはいませんからね!」

 暗がりから、境内の砂利を踏む音と船穂様の口まねをして現れたのは、阿重霞さんだった。

 「・・・、阿重霞こそ心臓に悪いぞ。このごろ美沙樹母様よりも船穂母様に似てきてからに。」

ちょっと嫌みっぽく言う遥照様。

 「あら、もう20年も繰り返されたことを再現するのは簡単ですわ。」

夜間照明で明るさが暗がりに負けそうなところで見る阿重霞さんは、なかなか別嬪さんであった。本当にこの一族の皆様、もの凄く深いものがおありのご様子。

 「私だって、お父様、お母様のお立場と、瀬戸様関連の風評被害に辟易してるんですからね。」

薄手のカーディガンをはおった水穂さんが転送されてきた。カジュアルな夜着の水穂さんも、また昼間と違って美しい。

 「は?お父様・・・・・・?」

そういえば、なし崩し的に子どもの顔が見たいとかどうとか樹雷皇がのたまっていたような・・・。

 「おお、水穂はわしの娘だが。」

さっきと打って変わって、小難しい表情で口をへの字にする遥照様。水穂さんの顔を見て、遥照様の顔を見て、もう一度水穂さん見て、さらにもう一回遥照様見て、

 「・・・お気の毒様です。」

 「どういう意味だぁ!、どういう意味よ!」

 「お母様という方にまだお目にかかっておりませんが、たぶん、瀬戸様に負けず劣らずの方だと思うし、その環境下でにこやかに過ごされていること自体が何となくお疲れ様というかお気の毒かなぁ、と思えました・・・。」

周りの皆さんは、うんうんと頷いているが、お二人はちょっとご機嫌斜めなご様子。

 「さあ、後半戦始めますか。」

天地君の声かけで、稽古がまた始まった。木刀が当たる音、つばぜり合いの音が境内に響き渡る。鷲羽ちゃんのぬるぬる君は嫌だけど、効果は確実にあって身体が速くしかも力も付いているようである。「ありがとうございました」の声かけで終わったのはそれから30分くらい後だった。お疲れ様と声をかけて神社を辞する。

 さあて、今日は早く帰ってネットして寝よと思いながら、クルマに帰ろうとした。時間は午後9時を過ぎたところである。

 「田本殿、ちょっと待っておくれ。」

 「はい、なんでしょう?」

珍しく、鷲羽ちゃんが呼び止める。珍しくもないか。またぬるぬる君か?と身構えてしまう。

 「いやね、ちょっとこの太陽系外縁部に不思議な空間の裂け目を感知してたんでね、ちょっと見に連れて行って欲しいのさ。なに、一樹ならそうさなぁ、1時間もあれば行って帰ってこれるね。」

腕組みして右手人差し指をあごに当てて言う鷲羽ちゃん。

 ちょっと見に行く事ができる太陽系の縁って・・・。そうか造作なくできるんだ、一樹がいるし。

 「・・・、はい分かりました。でもいきなりだとちょっと・・・。」

 「水穂殿も一緒に来ておくれ。田本殿が宇宙に一樹と出る練習航海になるだろうから。」

ああ、それなら大丈夫かも。「わかりました」と水穂さんがちょっと照れたように言う。

 「魎皇鬼でも良いんだけれど、魎皇鬼はおねむらしくてね。」

ちょっと済まなさそうに言う、鷲羽ちゃん。

 「わかりました、ではどうぞ。」

三人と一匹(?)が僕の軽自動車に乗り込み、車内から即座に一樹のブリッジに転送される。そう言えばブリッジに行くのは初めてだ。転送されたところは、7,8名分の各種コンソールがある、情報処理室のように見えた。

 「宇宙空間に出るのは初めてなので、どうしましょうか?」

 「まず、一樹と、このコアブロックを起こしておくれ。」

ニッと笑って言う鷲羽ちゃん。起こすって・・・。ええい、よく分からないけど。一樹、太陽系の縁まで行くそうだ。この部屋のシステムを起動してくれ、と天木日亜さんが言っていたように呼びかけてみる。

 一樹から喜び、嬉しいとの波動が伝わり、瞬時に各種コンソールに灯が入った。同時に、自分にも一樹のシステム内を流れる情報が俯瞰的に分かるようになる。自分の意志が皇家の樹の意志と寄り添う。地球で言うところのナビゲーションシステムをもの凄く高精度に仕立て直して、三次元および超空間に対して展開させたように「見え」た。

 「・・・、一樹とのリンク完了しました。すごい、これから行くべきところが手に取るように見えます。これが一樹が見ている星々なんだ・・・。」

見ようと思えば、太陽系の隅々まで見ることができ、さらに「視覚」を広げると、手近の恒星系、そして樹雷の制宙圏、銀河アカデミー、銀河連合の制宙圏、簾座連合の制宙圏まで把握出来る。気づくと、一樹コアブロックのブリッジの構造が変化していた。一樹のホログラフィが中央にあって、それを丸く囲むようにコンソールが配置されている。コンソールと言っても地球のような無粋なコンピューター端末ではなく、鷲羽ちゃんが時々出しているような半透明のキーボードなどが必要に応じて出現するシステムらしい。

 「やれやれ、マスターキー無しでもそこまで見えるんだね、田本殿だと。」

 あきれ顔の鷲羽ちゃんと、水穂さん。

コンピューターのマザーボード基板とかオーディオ機器の電子基板とか見慣れている自分にとっては、そんな風にも見えた。まさに極彩色の広大なナビ空間のように思えた。

 一樹が伝えてくる。各星系の重力勾配や超空間突入可能ポイント、最新ジャンププログラムも皇家の樹のネットワークからダウンロード済みらしい。

 水穂さんが、手近なコンソールに座って手慣れたようにシステムを起動し、情報把握をしている。

 「いちおう、樹雷にも通信を入れておきますね。」

 「そうだね。そうしておくれ。あとでややこしいことになってもいけないし。良いよね田本殿。」

 「はい、お願いします。」

水穂さんが操作すると、通信回線が開き、手近の中継基地を経由して超空間通信ネットワークに接続、樹雷本星に繋がった。あらら、瀬戸様手を振っている。

 「こんばんは、この間は失礼しました。神木・瀬戸・樹雷様。ちょっと鷲羽ちゃんの用事で太陽系外縁部に行ってきます。」

 でかい通信ディスプレイが開くと同時に、口走ってしまう。また、鷲羽ちゃんと水穂さんが驚いた表情をする。

 「もしかして、通信回線がつながったようすまで・・・。」

 「ええ、がっちり分かりました。瀬戸様が手を振っていたもので、つい・・・。」

 「あら、守蛇怪に似たブリッジねぇ。田本殿こんばんは。この間は楽しかったわ。それじゃあ水穂ちゃん、田本殿を頼むわよ。」

 「瀬戸様ぁ~。田本さんと、一樹ちゃんのリンク強すぎで私の仕事ないっすぅ~。」

 「あらあら。まあ、それは凄いわね。」

真顔の瀬戸様、やっぱりちょっと、じゃなくてだいぶ怖い。

 「え、でも一緒にいてくれるだけで心強いですよ。」

ぽ、と顔を赤らめる水穂さんに、扇子を広げて口元に当て、にんまり笑う瀬戸様。

 「うふ、いいわ。行ってらっしゃい。」

何となく色香が暴発して見えるのは気のせいだろう。う、鷲羽ちゃん、ひくひくと口元が引きつっている。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常への帰還8


ああ、皆様すみません。

これ、ぜったい梶島先生怒るよな~。

禁じ手だもんなぁ・・・(^^;;;;;。


「それじゃあ、行こうか。空間の裂け目の座標はここだよ。」

鷲羽ちゃんの端末から座標データが転送される。一瞬で一樹内の処理が終わっていくつかの航路候補が表示された。太陽系外縁部といっても、地球からだとほとんど1光年に近いくらい離れていた。

 「一樹から、こんな感じで航路候補が来たんですけど・・・。」

自分の左方に、サブディスプレイを起動して水穂さんに見せる。

 「他星系の場合、普通は、他船の航路や星系内の法令によって星系港ステーションなどから指示があるんですけど、ここは何もないので最短コースで問題は無いでしょう。」

 「そうだね、ここは何も飛んでないから・・・。あ、と。ボイジャーとかの航路は避けておくれよ。目標の3600光秒程度手前で一度止まっておくれ。」

水穂さんが航路を確認してくれて、鷲羽ちゃんがデータをくれる。水穂さんの操作で不可視フィールド展開。

 「それでは、行きましょうか。」

一樹、行こうかと思うと、スッと身体が浮く感覚があって飛び立つ。数分で月軌道に着く。超空間ジャンプ可能地点である。水穂さんが滑るように立体映像キーボードを操作して、

 「超空間プログラムロード。・・・ロード完了。超空間ジャンプしますか?」

う、さすがである。完全にオペレーターモードだ。水穂さんに任せて、僕はこの美しい極彩色の空間をちょっと楽しませてもらおう。

 「目標の3600光秒手前でジャンプアウトしてください。超空間ジャンプ。」

 「超空間ジャンプ。」

立体映像キーボードのエンターキーらしいところをポンと叩く。全く何のショックもなく外部映像が暗いグリーンになる。見えていた星々は一気に消えた。

 「ううう、なんかこう、ワームホールみたいなものに突入するようなビジョンとか、すんごいショックがあるとか、重なる半透明の古代世界とか期待したんですけど・・・。」

 「うふふ、なんだかやっぱり地球の人だったんですね、田本さん。」

水穂さんが口元に手を当てて笑っている。いやいや生粋の地球人だし・・・。とも言えないか。天木日亜さんのアストラルと融合しているのか・・・。自分でもややこしい。

 「すみません、スレたSF好きなもんで。」

 「まあ、田本殿の場合、そればかりじゃなさそうだけどねぇ。」

ちょっと下から見上げるように言う、鷲羽ちゃん。微妙に蛇とかトカゲとかそっち方面の印象が先行する。この人、こういう雰囲気がなければもの凄く美しいおねいさんなんだけどなぁと思う。

 数分後、予定された座標に到着し、僕たちはジャンプアウトした。早速鷲羽ちゃんが、その空間の裂け目とやらを一樹と共に調査を始めている。柚樹も姿を現し、ディスプレイをじっと見ている。一樹の空間探査の結果が可視化され、正面ディスプレイに映し出される。確かに裂け目に見える。重力勾配はほぼ無いが、今自分たちがいる空間とは異質の空間が、引き裂いた紙のように口を開けていた。大きさは裂け目の長い方が10万キロ程度、短い方が2万キロ程度と、そこそこ大きい。いや、宇宙の規模からしたらわずかなほころびと言うべきか。いまのところ、裂け目が大きくなるような、そんな不安定な状態では無いようだ。

 「うーん、こんな近くに空間の裂け目なんか無かったんだけどねぇ・・・。だいたい、空間そのものが、本来裂け目がない方向に行く事が安定なことだから、何らかのエネルギー供給の結果、あのように裂けてるんだろうけど・・・。」

 自分の周りに、小さなウインドウらしきものを大量に開いて考え込んでる鷲羽ちゃんである。鷲羽ちゃんは砂沙美ちゃんと同じくらいの年格好を取ることが多いので、さながら小さな天才科学者、みたいにも見える。でも誰か言っていたような気もするなぁ、銀河一の天才科学者とか何とか・・・。

 「なにか、言葉ではうまく言えないが、懐かしいとか、一緒だとか、そんな気配のようなものが伝わってくるのじゃが・・・。」

じっと裂け目を見ていた柚樹がそう言う。

 「そういえば、柚樹殿は亜空間生命体と融合していたんだよね。亜空間生命体と表現したけれど、この三次元空間では、私たちのような意志は希薄で、異次元からエナジーを汲み上げる皇家の樹とは相性が良かったんで融合出来たんだけどね・・・。」

 鷲羽ちゃんの言葉を聞きながら、じっとその裂け目を見ていた。来て欲しいというような不思議な思いを感じ取った瞬間、僕の意識はあの裂け目に捕らえられていた。

 漂う想いのなか。裂け目は、探していたと言った。なにを?と問いかけると仲間、対になっていたもの、一緒にいたもの、一緒にいて暖かかったこと、離れて冷たくて寂しかったこと。そういったイメージを伝えてきた。

 「そうなんだ。誰か、何かとはぐれちゃったのかな?」

肯定のイメージ。ちょっと前かだいぶ前か、時間の概念は異質で伝えられないようだが、なにかとても巨大な力、振動?そういうもので、今探しているものは、この空間に放り出された、そんなイメージを伝えてきた。

 「あれ?もしかして、あのことかな?」

意識を柚樹に向ける。嬉しい!。見つけた!そう言うイメージが伝わる。そして、一緒にいたい。裂け目のほうからこの空間には来られるけど、逆はもう戻れない。がっかりというか落胆、そう言うイメージが伝わる。対になっている方が安定、そんなイメージも伝えてくる。

 「どうしたい?どうすればいい?」

そっちにいるあの存在と一緒にいたい。そのイメージはとても強い。でも単独ではこっちに来られない、そうも言う。

 「じゃあ、僕はあのネコと一緒にいるけれど、僕と一緒にいるようにするかな?」

嬉しい、安定。手を繋ぐようなイメージ。

 「でも僕にも日常生活があってね、それに支障があると僕はこの世界にいられない。」

毎日の生活、柚樹や一樹のイメージ、父母、職場、柾木家などイメージする。

 大丈夫。意識の一部に同居する。そんなイメージ。外には出ることもない。出られない。

一緒にいられる。嬉しい。そのかわり自分たちがいたところは、分かる?。

 「まあいいか、ともに行こうか。」

肯定。そして、解放、同居、同質・・・・・・。

 

 「・・・田本殿、田本殿!。」

鷲羽ちゃんの声。そしてまた手を握ってくれている。暖かい。

 「ごめん、意識が飛んでました。また、手を握ってくれてありがとう。」

鷲羽ちゃんの手を握り返す。心配そうな水穂さんがこっちを見ていた。柚樹は何となく嬉しそうに身をすり寄せてくる。

 「どうしたんだい。1分くらい話しかけても反応がなかったよ?それに、その前髪の銀毛はなに?。それに空間の裂け目は綺麗さっぱり消えたし。」

ディスプレイを見ると裂け目はなくなっていた。とりあえず、さっきの出来事をかいつまんで話した。あの裂け目は柚樹と融合した存在を探していたこと。対になることで安定した存在になれること。こっちに来ることはできても帰れないこと。自分と一緒にいることで、柚樹と一緒にいることを望んだこと。それを受け入れたこと。

 「・・・・・・。バカな子だねえ。そんなに飲み込んで、死んじゃっても知らないよ?」

鷲羽ちゃんが怒っていた。大火のような熱い怒り。愛おしさの裏返しの烈火の怒り。

 「ごめんなさい。寂しがっていたし。一緒にいないと安定しないって言うし。柚樹さんは一緒にいるし・・・・・・。」

水穂さんは、見たことのない鷲羽ちゃんの怒りで、はらはらと僕の顔と鷲羽ちゃんを見ている。

 「柚樹は皇家の樹だろう。あんたは人間だよ?。」

この人には、前にも怒られたなぁ。鷲羽ちゃんは涙がこぼれている。

 「ごめんなさい、学習していませんね・・・。鷲羽ちゃんの温かい手でまた帰ってこられました。」

す~~っと鷲羽ちゃんの怒りが冷めていくように見えた。そして、鷲羽ちゃんは席を立って、そして僕は唇を奪われた。

一瞬にして顔に血が上るのが分かる。水穂さんも真っ赤っか。

 「でも過ぎたことはしょうが無い。今度からはちゃんと相談するんだよ。」

照れたように顔を背けて席に座り直す鷲羽ちゃん。そして、立ち上がり腰に手を当て、わっはっはと笑いながら、びしいっと僕を指さす。

 「ぐふふふふ、悪い子にはおしおきだねぇ。明日はもう一回ぬるぬる君4号の刑だね!。」

 「・・・はいいいい。」

うるるとこっちも涙が。これは何の涙だろう・・・。

 「さて、空間の裂け目もなくなったし帰るかね。」

 「そうですね。あ、ちょっと待ってください。瀬戸様にちょっとイタズラというか、挨拶していきたいなぁって。」

 「はい?何をするんです?。ここは太陽系外縁部ですよ。通信入れましょうか?」

ちょっとしたイタズラ心なのだ。柚樹を見ると気づいたようで、頭をすりすり擦りつけている。

 「・・・、いえね・・・。」

じつは、さっきから空間に対してさらに知覚と触覚に似た感覚が広がっていた。一樹と柚樹からエネルギーをわけてもらって、さっきの星図で樹雷本星の位置が特定出来ているので、ちょっと空間をつまんで引き寄せてみる。

 「よっと・・・。」

数秒後、ディスプレイには樹雷本星が映っていた。外からだと地球よりも緑が強く見える美しい星だった。そのかわりに、どっと疲労感に襲われる。

 「水穂さん、通信回線開いてください。」

固まっていた水穂さんが慌てて、キーボードを操作する。

 「こんばんわ~~、瀬戸様!」

ナイトガウンを羽織って、お酒を飲みながらおつまみ食べてる瀬戸様が映る。さすがにびっくりした表情だった。ひらひらと手を振って、

 「それじゃ!」

また、一樹と柚樹からエネルギーもらって、空間をつまんで、

 「ほいっと・・・。」

また数秒後、今度は地球がディスプレイに映っていた。唖然としてる鷲羽ちゃんと水穂さん。さらに、疲労感が来た。ほとんど目を開けているのも辛い。

 「いやあ、さすがに疲れました。一樹と柚樹がいないとまずできませんし、たぶん半年に1回出来るかどうかですけどね。」

天地君達のほほえみを真似してみる。この瞬間転移は、さすがに消耗が激しい。一樹と柚樹両方からエネルギーもらって、本当に半年に1回できるかどうか。

 「・・・くっくっく。ほんっっとうに、バカな子だねえ。今、たぶん樹雷は上を下への大騒ぎだよ。・・・明日のぬるぬる君の結果が楽しみだーね。ホントに。」

 鷲羽ちゃんも、「にたり」という関わってはいけない系のほほえみで返してくれた。水穂さんはあきれ顔のまま固まっている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常への帰還9


キーワードは「エナの真空」。「お腹すいたら」時々寄るんだそうですよ(^^;;;。


「さあて、明日も仕事ですので帰りましょう。」

不可視フィールド張って、柾木家前に降下したのが午後10時過ぎだった。鷲羽ちゃんと水穂さん降ろして、お休みなさいと言って、自宅への帰路につく。途中眠くてちょっと危なかったけれどなんとか自宅に到着した。

 柚樹さんに頼んで光学迷彩張って、自室に戻ってメールチェックしてネットして、布団敷いて横になるとさすがに意識は遠のいた。

 

 次の日、目覚まし時計で何とか目は覚めたが、体調は最悪。熱も38度以上あって、仕事に行くことは無理と判断して、8時30分までに西美那魅町役場に電話連絡して、年次有給休暇を取った。光学迷彩張って何とか朝ご飯食べようと、階下のキッチンに降りていく。母が一瞬目を見張るが、目をこするような仕草をしてもう一回見直している。

 「今日は、熱があるから役場は休むから・・・。あれ、どうしたの?」

 「あんたが、ちょっと別人に見えたような気がしてねぇ。」

もう一回しげしげと見ている。もしかして、柚樹の力も弱っているのか・・・。なおさら外に出られない。

 「ここんところ暑かったからね。あんまり暑いときに畑に行っちゃいかんよ。」

とりあえず、朝ご飯食べて、水のペットボトルもってクルマに行く。乗って、一樹のところに転送してもらう。やっぱり何となく葉っぱがしなびている。

 「一樹、だいじょうぶかい?」

 「・・・うーん、あんまり良くない。」

空間の瞬間転移はあまりにも莫大なエネルギーを使うんだな。今度は気をつけよう。一樹の根元に水をかけてやって、柚樹にも水をあげる。柚樹も眠そうである。

 「そうだ、柚樹と僕のなかの生命体、なんかこの生活に干渉とかしてるのかな?」

 「うーん、今のところあまりないと思うのぉ。」

 「まあ、鷲羽ちゃんがいろいろ調べてくれるんでしょう、たぶん。」

だめだ、僕もだいぶ身体がだるいというか、風邪引いた時みたいに節々が痛む。インフルエンザにかかったときのように身体の置き場がないというか、とにかく苦しい。

 「部屋に帰って寝ようか・・・。」

と思ったときに、こっち、食べ物、私たちが良く寄る場所、と思考が煌めいて感じられる。何かの道?美味しいよ。こっちこっち。

 「柚樹、何か感じるかい?」

傍らに柚樹が実体化して目を閉じている。

 「いや、私には・・・、でも何か呼んでる気はする。」

同じように目を閉じて、その気持ちか思考の方向を捉えようとする。頭痛と身体の節々の痛みが邪魔をしてくれる。

 「上?上がって?そこで、つまむ?。」

青い、巨大なチューブ状の道が見えてくる。100mぐらい上昇したところで、樹雷へ行ったときのように、「つまめ」という。

 「一樹、跳べるか?」

 「うんそれくらいなら大丈夫。」

不可視フィールドを張って、100mほど上昇する。今度はそんなにエネルギーはいらないようだ。空間をつまみ、広げて通る?そんな感覚を伝えてくる。

 「よいしょっと」

通り抜けた、と思った瞬間、何か濃密なもののに突っ込んだそんな感覚だった。水ではない。

 「一樹、この場所を探査してくれ。それと僕はカズキで良いから。」

 「わかったよ。カズキ、ここは地球とよく似た場所のようだよ。緑も多く、空気の組成は地球とほぼ同じだよ。ただ、この場所には私たちの世界では未知のエネルギーがあるみたい。」

 ここだよ。美味しい。外に出る。とイメージを伝えてくる。

 「一樹、病原体とか、病害虫、そういうものはあるかい?」

 「うん、地球と違うからいろいろあるけど、医療用ナノマシン飲んでおけば大丈夫かな。」

「外に出られるかな?」

 「カズキのクルマの中をナノマシン洗浄ブロック兼エアロックにするから、10分ほど待ってくれる?」

ハイテクじゃぁ、樹雷の力じゃぁと思ってると一樹と柚樹に笑われた。

 「あはは、我らの世界じゃ当たり前じゃよ(だよ)。」

一樹の医療区画に案内されて(これもコアユニットの標準装備らしい)、出された小さめのコップ一杯のバリウム状のものをちょっと苦労して飲んだ。味がないのでなかなか飲めない。

 「げっぷが出ても良いのかな。」

クスクスと微笑むようなイメージが伝わる。

 「胃検診じゃないから、別に良いよ。」

そんなこんなで、その10分が経ち、軽自動車内に転送された。

フロントガラスから見える風景は、地球上とそう変わらない。どうも巨大な渓谷のようだ。左右の上方向、見た目的には200mぐらい上だろうか。そこは木が生い茂る平らな土地のようだった。

 「気圧も変わらないから、もうドア開けて外に出ても大丈夫だよ。」

とりあえず、窓を開けてみる。ドアの取っ手をつかんでくるくる回す。このクルマはパワーウインドウではないのだ(苦笑)。助手席も同じように開けてみる。

 甘やかな風が車内を吹き抜けた。ゆっくり味わうように深呼吸する。何かが満たされていく感覚がある。助手席にいる柚樹も同じようだった。

 「ここは気持ちいいな。」

 「そうだな、何か別種のエネルギーがある。」

気付くと、まわりには見えないけれど僕の中にいる者や、柚樹の中にいる者と同じ存在がたくさん感じられた。ここ美味しいものがあるところ。良く来る。そう言うイメージが伝わってくる。

 「もしかして、水飲み場やえさ場?そんな感じ?」

肯定。みんな来る。しかし、我ながら本当に「ヒト」と違うものになりつつあるなぁ、とちょっと反省する。

 「カズキと柚樹さんからエネルギーが流れ込んでくるよ。亜空間転移系のエネルギーチャージはここに来れば良いんだね。・・・あ、何か近づいてくるよ。」

 一樹が喜んでいる。ここに来ればどうもエネルギーチャージが可能なようだけど、これはちょっと黙っておいた方が良いかもしれない。あんな芸当ほいほいやらされていたらいくら生体強化していても身体が持たない。

 「一樹、不可視フィールド張って、エネルギー消費を最小に押さえてくれ。うまくやり過ごそう。」

 一樹が発見したものを車内フロントウインドウに投影してもらう。大きさにしてちょうど、この一樹のコアユニットくらいの地球の護衛艦か駆逐艦のように見える物体と、それを護衛するかのように付き従う2体の人型メカに見えるもの。その身長は10mは行ってないと思う。宙に浮いてこちらの方へ向かってきている。人型メカは西洋甲冑に似たデザインであり、紫や青のような色だった。右手には剣、左手には盾を持っている。人が搭乗する場所だろうか、胸から腹にかけての部分が透明キャノピーがあり人影が見えた。わざわざトラブルを起こす必要も無いので峡谷の壁側にできるだけ寄ってやり過ごそうとした。ちょうど高度は同じくらいで、浮いている僕の軽自動車の横1m程度を静かに通過していくはずである。窓を開けたままだったので航行音も聞こえてきた。少し高周波寄りの耳障りな音である。音は小さいが耳に圧迫感もあった。長時間は聞いていられない音である。護衛艦の両サイドに人型メカがいる隊形で飛来してくる。

 ちょうど間近に迫っていよいよ、通過しようと言うときにその甲冑みたいな人型兵器は、瞬時に骨格標本のようなものに変化して半透明のゼリー状のもので包まれ卵形の物体になって落下していく。護衛艦のような船もグラリと船体を傾け同様に落下する。100m程度落下したところで元の人型メカにもう一度変化し、護衛艦も持ち直して上昇してくる。反対側に居た人型メカは何も起こらないがびっくりしたようにこちらを見て、下方に降りていく。まずい、何かで気付かれたか?

 「一樹、ゆっくりと後退しろ。」

持ち直した護衛艦と、人型メカは振り返ってこちらを見ている。何も見えないはずだ。近づいてくる速度に合わせて後退する。ちょうどさっき船とメカが落下したところくらいで、護衛艦と人型メカ達は停まる。何かを探すように見ていたが、元の進行方向へ向き遠ざかっていった。

 「ふう、やれやれ。なんで分かったんだろう?」

 「判断するには情報不足だね。地球ではないし。」

さすがに皇家の樹も全く事前の情報が無い世界だとどうしようもないのだろう。

 「それでもここは、人間に似た生物か、そのものかが生きて生活していそうだね。」

 「ああいう、戦闘兵器のようなものがあると言うことは、地球と似たような世界だろうな、きっと。」

戦争とそれに伴う人の生死、そしてお金が動くこと。やはり同じような世界だろうなぁ。

1時間程度滞在していると、今度は峡谷の上を鉄道のようなものが走って来ている。目一杯壁際に寄っているし、200mぐらい上のなので何も起こらないはずである。

 「そうだ、一樹、電波のようなものは飛んでないかな?通信波のような・・・。」

 「うーん。そんなに多くはないけれど、意味のある通信波は飛び交っているようだね。地球のようにテレビ放送とかラジオとか、そう言う類いのものではないようだよ。軍事通信に近いかな。」

 「解読出来るかい?」

と聞いたときに、ほとんど頭上に近いところまで近づいていた鉄道列車のようなものが力を失ったように停まってしまった。ブレーキをかけたような音はしていない。

 「なんだかさっきと似ているね。」

 「そうだな、今度はゆっくりと反対側の壁に寄ろう。」

機関士だろうか、制服制帽の男が下方向、こちらを見ている。見えていないはずだが、またゆっくりと反対側の壁に移動する。こちらが離れるとその鉄道も、息を吹き返したように走り出した。

 なんだか、僕たちがいると何らかの迷惑がかかっているようである。まあ、だいぶ復活したから元の時空間に戻ろうと思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常への帰還10

この湧き水は、作者宅から約1時間半で到着する山中にあります。

隣県からもたくさん取りに来ていますね。

ぽやぽや祭りでございます(爆)。


来たときと同じような青いチューブ状の道をとおり、空間をかき分けて元いた場所に戻る。うちの庭の100m上空である。車内でナノマシン洗浄を受けるのと、車外も同様に洗浄する。変な病気を持ち込むわけには行かない。静かに庭に降りると、太陽の高さからだいたい昼前くらいの時間に思える。

 うん、だいぶ体力復活した。とりあえず、柚樹に光学迷彩かけてもらって家に入って時計を見ると午前11時前だった。どちらにしろ疲れているのは確かなので、やっぱり部屋に帰って布団に倒れ込む。そのまま意識不明になっていく・・・。

 

 外は陽光降り注ぐ瀬戸内の昼間であるが、机の上に置いてあるノートパソコンのディスプレイ部がゆっくりと開いていく。同時に深い闇が周囲を包む。またもや昏い宇宙空間を思わせるような闇が田本家の寝室を支配していく。柚樹も田本も気付かない。また3つの巨大な陰が現れて、田本と柚樹を見下ろすように見ている。

 「あらあら、自分で隣のパラレルワールドに行って帰ってきてしまいました。」

 「人柱はあの子でなくっても良いかもしれないねぇ。」

 「でも、姉様、レイアの契約がありますから。」

 「そうだねぇ。あの子は契約であっちの世界に還さなくてはならないか。」

 「しかし、本当にこの世界は興味深くて美しい。」

 「ゆっくりと楽しませてもらいましょう。」

 「ええ。」

 「ええ。」

静かにノートパソコンのディスプレイ部は閉じ、陽光がまた部屋を支配した。

 

 目が覚めて、のそのそと起き出すと午後2時を回っていた。柚樹もだいぶ回復したようで、起こすとすぐに目覚める。あくびしながら両手を伸ばしてお尻をあげて、伸びをする様子は見事にネコである。銀毛の尻尾は2本ともぴんと伸びて先っぽが少しくるっと曲がっている。光学迷彩をかけてもらって風呂場に行って、柚樹とシャワー浴びて(もちろん柚樹はぬれても怒らない)、バスタオルで拭く。おもしろいのはバスタオルで拭いても柚樹の抜け毛がほとんど無いこと。ネコや犬を飼っている人なら、この抜け毛が大変なのはよくご存知のはず。

 夏真っ盛りの季節で、さすがに午後2時だと外に出る気にはならない。両親は、田畑から家に帰ってきていて、エアコン入れて録りためた韓ドラ見ている。こちらを見ずに声だけかけてくる。

 「熱があるって言ってたけど、お医者様には行かなくて良いの?」

 「うん、だいぶ熱も下がった。大丈夫だよ。」

まさか、週末にメタボな田舎のおっさんから樹雷の闘士もかくや、みたいな大変身したことを言い出せるわけも無い。家からたたき出されて警察に通報されるか、父母に泣かれるのがオチであろう。しかも外にはちょっと古い軽自動車に擬態した樹雷の恒星間宇宙船(しかも、結構強いらしい)がいたりする事実。自分でも指折り数えていて、少なくとも不思議な心持ちになる。変なマントつけて、マスクして世界征服の悪役にもなれるだろう。でも、それよりも宇宙を放浪したり、次元渡りしたり(そう言えば最近それができるようになったのだ)できるのだ。そっちの方が何倍も楽しそうである。そのかわり、某星で皇家に仕えるような生活もオプションで付いてくるらしいのだが・・・。

 お昼ご飯を簡単に食べて、適当に洗い物して、せっかくなので外に出ることにする。父母にはコンビニと本屋に行ってくると伝えた。やっぱり暑い。今日は一日休みを取っているが、あんまり近場をうろうろしていると、結構なにしてるのと声をかけられたり、○月△日どこそこにいたね、とか言われるのでちょっと離れたところに行こうと。そうだ、うちの飲料水を取りに行っている山のわき水のところに行こう。2リッター入る大きめのペットボトルの空ボトルを二本もって、一樹の擬態した方のクルマに乗った。

 なんのフィールドもかけず、普通にクルマを運転して道に出る。古い鋳鉄ブロックの3気筒エンジンがのどかな音を立てて回る。某世界でもトップ争いしているメーカー傘下の軽自動車だが、この時代のものはどこかホッとする乗り味が自分は好きである。

 山道に入り、濃い緑とその匂いでリフレッシュしながら1時間半。そのわき水の場所にたどり着く。この道をあと30分ほど分け入れば、あと数世帯があるだけになった村に着く。そこの住民は、もしかすると夏場はそこで生活していても、冬場は平坦部に降りてきているかも知れない。

 水は崖の岩の間からとうとうと湧きだしている。数百メートル上が山頂になるが、その周辺に降った雨が、土や岩で長い時間をかけて濾過されて出てきている。もちろん大腸菌検査等は終わっている。立派な飲み水である。誰でも汲めるように大きめのポリタンクを置いて一度水を受け、そこから三方に短いパイプで上澄みをとるようになっている。そのうちの一本からペットボトル2本に水をくんだ。だれもいないので柚樹は実体化して、直に水浴びしている。

 「水が冷たいだろうに。」

 「いや、甘露じゃよ。こりゃ本当に美味い水じゃな。」

楽しそうに水浴びしている柚樹を見て、車内に乗り込み一樹のコアユニット内に転送してもらう。一樹の根元にも水をかけてやる。

 「カズキありがとう。これは美味しい水だね。」

 「そうだろう?ここの水は他県からも取りに来ているからね。」

そういえば、西南君も霧恋さんも樹を持っているとか聞いたなぁ。

 「一樹、西南君の樹と霧恋さんの樹に、もしかして連絡取れるかい?」

皇家の樹のネットワークもあると聞いたし。ちなみに携帯番号はまだ聞いていない。それにここは地球の電波は不安定である。僕のスマホも一本しかたっていない。

 「うん、大丈夫。」

「じゃあ、それ経由で西南君と霧恋さんとに連絡出来るかな?美味しい水があるけど取りに来ない?って。適当な入れ物持ってきてねと。」

 「わかった。呼びかけてみるよ。」

一樹と話したり、柚樹と遊んだりしてしばらくしてクルマに転送してもらって戻り、ドアを開けて座り、涼しい風に吹かれて待っていると、低周波の鼓膜を揺するような密やかな音がして、上空に何者かが現れる。結構いくつもの気配がある。

 「・・・・・・!」

ぶわっと、もの凄い美女軍団が転送されてきた。全部で10人ほどいるだろうか。さすがに驚く。みんな手にペットボトルを持っている。

 「西南君、ちょっと凄い迫力だねぇ。」

ノイケさんに阿重霞さんに、砂沙美ちゃん。鷲羽ちゃん、魎皇鬼ちゃんもいる。西南君に霧恋さんと、スーパー山田でいたウルトラ級美人の短髪お姉さんと濃い紫に近い長い髪をヘアバンドでとめた、これもウルトラ級の美女、そしてちょっと瀬戸様に似た雰囲気を持つ金色とも緑色とも取れる長い髪の高校生くらいの女の子。

 「あははは、今日、うちのスーパー休みなのでみんな来ちゃいました。山奥なのでいいかなぁと。」

西南君は福ちゃん抱いて歩いてくる。

 「ここの水、美味しいんで、皆さんもどうぞと思ってね。」

きゃいきゃい華やかな声が谷間にこだまする。一挙にここは芸能界か!と突っ込みたくなるほどの鮮やかな喧噪が広がる。みんな手ですくって飲んでみて、ペットボトルに取って、転送されていく。福ちゃんは、とことことこと歩いて行って、水が流れ落ちているところに行って、修行僧よろしく気持ちよさそうに落水に打たれている。

 すっと誰かに手を握られて、驚いて傍らを見ると、そこには少女モードの鷲羽ちゃん。

 「あんた、今日の午前中どこに行っていたんだいぃ?」

う、下からねめあげるように言われる。バ、バレてる?

 「あんたと一樹と柚樹の反応が、2時間くらいこの世界から消えたからねぇ」

う、やっぱりバレてる。

 「あのぉ、意識下に同居している、例の亜空間生命体に教えてもらって、ちょっと隣の世界にエネルギーチャージに行ってました・・・。朝、僕ら体調最悪だったし。」

 「やっぱり・・・。まあ、うまくいったんだろうねぇ、あんた達見てると元気そうだし。」

 「ええっと、変なパフォーマンスやった手前、瀬戸様あたりにはご内密に。」

たら~っと冷や汗が流れ落ちるのがよく分かる。

 「うふ。今度は連れて行ってね!」

にぱっと笑顔で、少女の声で言う鷲羽ちゃん。ある意味怖い。

 「あ、田本さん、紹介します。」

西南君がタオルで福ちゃん拭きながら言うと先ほどの女性が4人並ぶ。うん、霧恋さんと、あと二人はスーパー山田で会っている。霧恋さんは、柾木・霧恋・樹雷と名乗り、金髪で短髪のウルトラ美人は雨音・カウナックさん、リョーコ・バルタさんと名乗った。もうひとりのグリーンゴールドとも言うべき髪の、高校生くらいの女性は、

 「ネージュ・ナ・メルマスです。どうぞよろしく。」

何か大勢の人間を率いるような眼力がある。

 「メルマス・・・。スーパー山田で売っているカレー弁当と同じ名前なんですね。」

あはは、おほほと軽い笑い声が起きる。

 「実は、私はメルマスという星の巫女だったんです。メルマスではあのような料理が一般的で、それで、スーパー山田のお総菜を作るときにスパイスの提案をさせて頂きました。

何か歳を重ねられたような風格もあり、しゃべる仕草は高校生のようでもあり。

 「そうなんですか。こちらの一般的なカレーとも違う味わいで、いつも買っています。・・・、へええ本場の味を食べに行きたいですねぇ。」

ちょっと顔を赤らめながら、西南君が言う。

 「どうせ、分かってしまうことですから・・・。実はこの四人、あ、福も入れて五人は僕の妻です。」

何と衝撃発言。うをを、宇宙凄い。

 「西南様の強烈な悪運を若干でも中和出来るのが、私たち四人がそろったときだそうですわ。鷲羽様の研究結果だそうですが。」

リョーコさんと言われた女性が、髪をかき上げながらそう言う。

 「もう十二年になるんですね・・・。最初は政略結婚、俺がアカデミーを卒業したあとの最初の任務と説明されたんですが・・・。」

四人がぽっと顔を赤らめる。

 「もともとは囮戦闘艦守蛇怪のチームだったんです。でも、ねえ。」

霧恋さんが雨音さんのシャツの裾を引っ張る。

 「ああ・・・、西南のまっすぐで地に足付いた想いをだな・・・」

 「かなえてあげたいですよねぇ・・・。」

 「ネージュ、お兄ちゃんとどこまでも一緒だよ!」

な、なんだ、このぽやぽやパワーは!。一樹のエネルギーバーストよりも熱いぞ!。

 「ええっと、なんだか幸せパワーでこの湧き水が干上がりそうなんですけど。」

その場で、また明るい笑い声が広がる。

 「幸せなんですねぇ。皆さん。うう、おっさんは嬉しい。」

 「あんただって、これから先とても長い時間があるんだ。私から言わせたらまだまだひよっこもひよっこだよ。」

 「ええっと、ちなみに鷲羽ちゃん、お歳聞いても良いですか?」

不思議なほほえみで返す鷲羽ちゃん。謎多き女性である。

 「あら、田本さん、女性に歳を聞くのはエチケット違反ですわよ!」

腰に手を当て右手の人差し指を立ててウインクする霧恋さん。

気付くと、いくつかの樹がここのお水美味しいね。ありがとう。と言ってきている。

 「今、この上空に何本の皇家の樹がいるんだか・・・。これだけで、地球制圧なんかわけない力ですよねぇ。」

 「ホントに。」

四人と鷲羽ちゃんの声がそろう。

 「あんたの樹と柚樹だけでたぶん銀河戦争起こして勝てるよ。やる気なら。」

 「そんな面倒くさいこと、いやですぅ。」

何か気に入らないことに対して力を持つものが戦いを起こす。それはとても簡単なこと。その後が問題だろう。どのようなものを構築し直すのか?以前よりもすばらしいと誰もが思うものやことを構築しなければ、戦いは永遠と続くだけである。

 「ただ、どこまでも、あの天の川やそのさらに向こうまで行ってみたいです。」

 「地球の男ってみんなこうなのかね?」

 「西南様もそう言ってましたし。」

雨音さんとリョーコさんが顔を見合わせて不思議そうに言う。

 「おおい、誰かこの人に首輪持ってきておくれ。」

 「わおおん、わん!」

どっと笑いが広がる。

霧恋さんはそっと西南君の傍らに立って、もじもじしながら、消え入るような声で言う。

 「置いていかないで・・・。」

二人が、手を握り合う。そっと。でも力は強いのか指の色が変わっている。

ぽやぽや台風の目はここかい。雨音さんは西南君の首に手を回し、リョーコさんは反対側の手を握り、ネージュさんは福ちゃんだっこして西南君の斜め後ろに立つ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常への帰還11

お約束がお約束を呼び、暴走状態でございます。

やっと出せました。某理事長(笑)。

う~ん、小説版の方で行こうか、OVA版の理知的な方で行こうか考え中(^^;;;。


「そうだ、こないだのお礼に、良い居酒屋があるんですがどうですか?」

ぱあっと明るい顔をする雨音さん。でもすぐに複雑な表情になる。他の3人も同じである。

 「あ、いいですねぇ、と言いたいところなんですが、さすがに私たち、目立つので・・・。」

霧恋さんが申し訳なさそうに言う。

 「そうか、スーパー山田開店の時みたくなるかも・・・。」

 「じゃあ、また上に上がったときにご馳走させてもらいます。良いお店紹介してください。」

右手の人差し指で上方向を指さして左手で拝むようなジェスチャーをする。ふわっと暖かい表情をみんなしてくれた。

 「あれえ?田本さん聞いてなかったの?今日は天地兄ちゃん鶏鍋するって張り切ってたよ。」

砂沙美ちゃんが、ととと、と駆けてくる。

 「ええ、材料も手配しましたし・・・。雨音さんや、リョーコさんも皆さん呼ぼうって」

ノイケさんもあごに左人差し指をあてて思い出すように言っている。

 「と、鶏鍋、俺の、俺の、鶏鍋~~~!」

西南君は絶叫している。凄い好物らしい。

 「ああ、今日は朝から38度くらい熱があってちょっと寝込んでたんで、役場は休んだんですよ。土日からいろいろあったし・・・。」

 「まあ、大丈夫なんですか?」

つかつかつか、と歩いてきてスッと右手を僕のおでこに当てて熱をみてくれる。余計熱が出そうなくらい照れてしまう。

 「ノイケ殿は看護師の資格も持っているからねぇ。」

 「・・・朝から昼過ぎまで寝ていたので、だいぶ良くなりました。」

間近で見るノイケさんは、息が止まりそうなほど美しい。鷲羽ちゃんが軽くウインクしてくれる。密約成立である。

 「それに、天地様のお婆さまの、アイリ様もいらっしゃるそうですわ。」

 「アイリ様とおっしゃるんですか。天地君のお婆ちゃん・・・、もしかして勝仁さんの奥様ですか?」

この会話を聞いている何人かは気の毒そうな顔をしている。特に西南君は見事に嫌悪に近い表情である。

 「そうです。水穂様のお母様ですわ。」

例の関わってはいけない系の笑顔である。

 「きょ、今日は熱もあるので、家帰って、ね、寝てます。さあ、一樹帰るぞぉっと。」

裏返った声で皆さんに別れを告げ、抜き足差し足後ずさりしながら、クルマに乗り込もうとする。鷲羽ちゃんがなぜか黒いタキシードに着替えていた。もちろん両肩にはモルモットご一行様いらっしゃ~~いの小さなのぼりも立っている。

 「れでぃ~~すあんどじぇんとるめ~~ん。それでは~、ご期待にお応えして、生体強化(樹雷特化型)あ~んどお仕置きかねて精密スキャンモンスターぬるぬる君5号である!皆さん拍手~~~~!」

目の前に、漆黒のスライム君が転送されてくる。女性陣は遠巻きに眺め、ぱらぱらと拍手が聞こえてくる。

 「どうわあああああ~~~~~~~~~!」

背後で、一樹と柚樹はみんなのあと付いておいでね~と言う鷲羽ちゃんの声を聞きながら例によって意識喪失・・・。

 

 

ちゃぽ~~ん。さららら。水の音がして暖かい。結局何となく恒例化した風呂オチであった。ああ、そうか、まだ時間が早いのかな。誰も入っていない。それでも3時半くらいだったか、あの湧き水のところで。

 「一樹近くにいるかい?」

 「うん、いるよ。」

答えが返ってくる。柚樹は、またぷかぷか浮いている。

 「この場所は、柾木家かな?」

自分たちがいる周辺マップが、眼前に転送されてくる。うん間違いない。柾木家である。ぼ~っとそのマップを眺めている。周辺地図が三次元化され、リアルタイムで映し出されている。近所を通るクルマ、わんこを連れた散歩のおばさん。おお、この風呂場は柾木家上空に亜空間固定されてるんだな。鷲羽ちゃんの技術でしょうなたぶん。パソコンのグーグルマップみたいに縮尺をあげていく。グーグルマップだと日本列島くらいで止まるけど、さすが樹雷の技術。地球を飛び越え、太陽系俯瞰図になる。

 「柚樹、そういえば、天木日亜さんと軌道をずらした、あの火の玉惑星はどうなったんだろう?」

 「そうじゃな、あの軌道だと、どの惑星にもぶつからずに何回かの周回の後、安定するはずじゃったが・・・。」

目の前の太陽系俯瞰図を柚樹が見ている。

 「おお、これかもしれんな。」

柚樹が示した、位置には確かに惑星があった。でもいまのところ地球の知識では知られていない。ちょうど地球軌道と重なっている。地球から言うと太陽の裏側にいる状態で、点対象位置にいる。シンクロしているように必ず地球からの死角にいるようだ。

 「いまはもう、普通に冷えて固まって岩石主体の惑星じゃな。」

 「へええ、結構惑星系もダイナミックに変化するもんだねえ。」

おもしろいので、銀河系のオリオン腕中心で超空間航路なんかも表示してみる。そりゃSF好きだったら見てみたいじゃん。銀河系中心に近い部分はさすがに密なネットワークがあるようである。ただ、やはり各居住可能惑星系を中心とするので細い網の目のような絵になるのは致し方ないのだろう。樹雷から数千光年レベルで離れた位置に、巨大な光点として描かれている部分がった。銀河アカデミーとある。大きさは・・・。ほとんど太陽系と同じくらいの外周で、リングワールド(byラリイ・ニーブン)をいくつも重ね、ダイソンソフィアのような巨大なお椀状の構造物(これだってほとんど太陽系内惑星系の軌道直径くらいある)もいくつもへばりつけている。なんだか増築を重ねて混沌としている家みたいだと思う。銀河はでかいな大きいなぁ。

 さっきの超空間航路図にもどって、今度は倍率を上げてみる。この航路も何千年もかかって構築されたんだろうなぁ。さらにおもしろいので亜空間生命体の目線で見てみる。

 あらら、結構この生命体達の生息域と重なって存在してるんだな。

 「柚樹さん、今僕が見ている亜空間生命体生息図みたいなのを逆リンクして一樹が持っている超空間航路図に重ねられる?」

 「おお、お安いご用じゃ。」

なるほど、これじゃまるで小魚の群れに突っ込みながら航行する潜水艦だな。何か抵抗が多そうだなぁと思う。もうちょっと「深い」ところを行けばこの子達とぶつからないんだけどな。ああ、なるほど樹雷の皇家の樹はこのちょっと「深い」ところをいけるのか。なになに、上位超空間航行でトップシークレットだよと。

 亜空間生命体目線だと、超空間もわずかにブレながらいくつか存在している。わずかにこのブレを利用して、いまよりほんのちょっと隣にある超空間を利用するとさらに効率的に超光速ドライブが可能に見える。柚樹にそのブレを可視化してもらって新しい超空間航路を書く。突入エネルギーはほとんど変わらない。おお、航行エネルギーも20%減で速度は25%増か・・・。おもしろいなぁ。

 「ひとんちのお風呂で何やってんだか、このひとは。」

みると、緑の髪を頭の上でまとめた赤いルージュがきつい女性がバスタオル巻いて仁王立ちしている。そう言うと座って僕の隣に来る。

 「ちょっと、田本殿この航路図は?」

気付くと反対側には裸の鷲羽ちゃん。

 「ええっと、ここ男湯でしょ?」

語尾が小さくなる。

 「はああ!、アカデミーの哲学師が数千年かかって構築した航路図の他にまだあった?」

なんだかとても驚いている。

 「・・・ええ、今よりもわずかにずれたこの超空間を使えば航行エネルギーも少なく済んで、速度は25%ほど上がる計算になりました。一樹と柚樹のおかげですけど。・・・ここ男湯ですよね?」

いちおう確認。

 「なんと言うこと!GP始まって以来の物流革命だわ!」

緑の髪の綺麗な女性も肩を擦りつけんばかりに寄ってくる。だからここ男湯・・・。

鷲羽ちゃん血相変えて、ディスプレイ起動。

 「緊急用件だよ、立木林檎殿に繋いで!。」

このあいだ、紹介してもらった女性である。確かハイエナ部隊・・・?

 「まあ、鷲羽様、この間はお世話になりました。」

深々とお辞儀して上げた顔の、ふんわりした笑顔が凄くかわいらしい。たしか、ハイエナ部隊って・・・。

 「緊急なので失礼するよ。今から送るデータの資産価値を計算して、田本一樹殿の名前でパテント取ってくれるかい?」

資産価値の言葉に顔色と表情が鋭く締まる。まるで別人のそれである。なるほどハイエナ部隊だ。

 「資産価値は・・・・・・、計算不能です。計り知れませんわ。パテントは今取れました。」

 「だからここ男湯・・・。」

胸の谷間が、左右に二つ~~。

 「そうだ、MMDに連絡して口座も作らないと。身元保証人は、私と・・・。」

 「あ~~、はいはいはい!」

横の、緑の髪の女性が元気よく手を上げている。

 「GP理事長の柾木・アイリ・樹雷。もう一人つけとこうか。」

 「じゃあ、僕でお願いします。」

ようやく知った声が聞こえる。この声は西南君か。

 「・・・西南君、ここ男湯だよね。」

にこにこと例の関わってはいけない笑顔。

 「GXP囮部隊所属、囮戦闘艦守蛇怪艦長山田西南と。田本殿、これでパテントとMMDの口座登録は終わりだ。このディスプレイに右手を押しつけて。」

はいはい、と右手をあげてペタッとな。

ぴんぽ~~んとなんだか軽い電子音がして、登録完了と出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常への帰還12(第四章終わり)

平田夫妻は出す予定は無かったんですが・・・・・・。

鶏鍋イベント(?)だし、水穂さんの同僚だし(瀬戸の盾と剣でしたっけ?)。

すいません、暴走しています。


「あ、西南くうん、こんどナーシスにみんなでいらっしゃい。いろいろ終わったし貸し切りにして飲みましょ。」

 「それも良いんですけど、ほら真ん中の人が・・・。」

ああ、意識が飛ぶ。生胸が~~~。

 「あ、忘れてた・・・。」

ひょいと誰かに背負われて、お湯から出してもらう。むっちりとした肩から背中への筋肉と広い背中、太い首が、それはそれで刺激的。

 「あ、あの、とりあえず涼しいところで座らせてもらえば・・・。」

 「今日は熱があったんだろう?おとなしく寝ていないから、みんなにいじられるんだぞ、田本殿・・・。」

 黒髪と言うより、少し茶色がかった髪である。顔の周りは短く刈り込んでいるが、後ろは束ねて長くしている男だった。通った鼻筋が精悍さを増加させている。ニッと笑うととても魅力的な男だった。

 「危ないところを助けて頂きありがとうございます。僕は田本一樹です。あなたは?」

 「おお、本当に危ないところだったなぁ。俺は平田兼光。ま、水穂の同僚だな。」

わっはっはっは、と笑う顔は包容力もあって、立派な生活のバックグラウンドを感じさせる。結婚しているぞたぶん。

 「お父様~、お母様が早く出てらっしゃいって呼んでます、わ・・・・・・。」

からら、と脱衣所の戸を開けて10歳くらいの女の子が顔を出す。

 「きゃあああああああああっっっ!不潔ですわ~~~~~お父様ぁ!」

ぴしゃん、と脱衣所のとをたたきつけるように閉めて女の子は走って行った。

 「あのぉ、なにやらとてもややこしいことになりそうですが・・・。」

といいながら平田兼光さんの顔を見ると、見事に青ざめている。ついでにブルーバックで固まってるPCよろしく凍り付いている。

 「よ、よし、とりあえず慌てて身体洗って風呂を出るぞ!、田本殿。」

 「わ、わかりましたっ。」

もう一度慌てて風呂に戻ると西南君が身体を洗っていて、僕たちも隣に座って身体を洗う。柚樹は女性陣に捕まっているようだ。

 「どうしたんですか?お二人とも。」

 「いや、なんだかややこしいことになりそうで・・・。」

西南君に今あったことを説明する。10歳くらいの女の子で、兼光さんをお父様と呼んでいたこと。悲鳴を上げて走っていったこと。

 「兼光さん、もしかして、希咲姫ちゃんですか?」

西南君が、見知ってるようでちゃん付けで呼んでいる。

 「水穂をけしかけた手前、自分でも相手を見ておかないと思って、夕咲といっしょに旅行がてら来てみたんだ。遥照の顔も見ておきたかったし・・・。」

頭から風呂桶に溜めた湯をかぶりながらそう言う平田兼光さん。

 「さっき、脱衣所で田本殿と裸で話しているところを見られてなぁ・・・・・・。」

さあて、思春期前の女の子思考回路がどうなってるのかは、あたしゃしりませぬ。

 「ちょうど平田兼光さんに、湯船から助け出されたところでしたし・・・。とりあえず、身体洗って出ましょ。奥様と娘様に申し開きをしないと。」

 「そ、そうだな。」

ざばば、ばしゃばしゃとかけ湯して、石鹸洗い落として脱衣所へ。やっぱり完璧なノイケさん、僕が着ていたジャージとTシャツは洗われてきちんとたたまれて置いてある。平田兼光さんは、樹雷の服だろうか地球の作務衣に似ているが、もう少し身体に密着した衣服である。

 ばたばたと、服を着て柾木家のお風呂を出る。柾木家の玄関を開けるとそこには、ちょっとボーイッシュで、目鼻立ちのくっきりした女性と、その後ろに隠れるようにさっきの女の子が立っていた。女性は腕組んで、こめかみに若干青筋が立っているような・・・。

 「あなたの好みがどうあろうと私は関知しませんけれど、娘を巻き込むのはどうかと思いますわよ!」

うわ、怒ってる。

 「いえ、あの、のぼせそうになった僕をちょうど脱衣所に運んでくれたところだったんですよ。」

いちおう弁明。広い背中ガッシリした肩、それと太い首にドキドキしたのは伏せておこう。若干目線が合わせられないのは許して欲しい。

 「そ、そうだぞ。こいつがアイリ様や鷲羽様にいじられて今にも湯に沈みそうだったんだ。」

身振り手振りで、必死に言う平田兼光さん。奥様には弱いのかな。

 「まあ、いいでしょ。そういうことにしておきます。あと、1時間ほどで夕ご飯ですからね。」

玄関の靴箱の上には、僕の財布とクルマのキーとスマホが置いてある。

 「ええっと、すみません。これ僕の何ですけど、持って行って良いですか?」

あとで無いと大騒ぎになってもいけないし。

 「ノイケ様、砂沙美様、ここのお財布とかは・・・。」

 「ああ、田本様のだからお渡しして良いですよ~。」

台所から二人の声が聞こえてくる。なにやら準備で忙しいらしい。僕を今見ているのは、平田兼光夫妻とそのお子様。ふっふっふ、逃げるなら今だ!

 「それでは、ちょっと用があるのでこれで失礼します。それぢゃ!」

二の句を言わせないように、しゅばっと右手を挙げてご挨拶して失礼しようとする。

 「夕咲殿、そいつを逃がしちゃダメだ!今夜のネタ元だよ!」

なにやら背後から殺気が吹き寄せる。うなりを上げた何かが背後に迫る。背後に「空間のずれ」作成。一撃目は躱せた。お、一樹が擬態した僕のクルマが置いてある。もう少し!と思った瞬間、お腹に細い紐状のものが、くるくるくるっと巻き付く。そのまま豪腕でたぐり寄せられてしまう。ついでにくるくるとまわりながら、

 「あ~~れ~~。」

平田兼光さんに両腕を羽交い締めにされた。がしっ。

 「くっくっく、バカな子だねぇ。この私から逃げられるとお思いかい。」

出たな砂かけおババ、ともう少しで言いそうになる。

 「あら~、でも悔しいですわ。一撃目を躱されるなんて。」

鞭のようなものを巻いてしまいながら、夕咲と言われた女性はとても悔しそうに言う。

 「あの一撃目を躱すとはなぁ。田本殿は本当に地球の人か?」

 「う、最近人間離れしてきているのをひしひしと感じます・・・。」

うるうるとほほを涙が伝う。

 「わかりました、逃げませんから、ご飯までおとなしくいますから、勝仁様のところに行きませんか?」

いつまでも羽交い締めされているわけには行かない。でも二の腕の筋肉のむちむち感がちょっとすごい。

 「おお、遥照のところか。行こう行こう。」

 「あ~~、私も行く~。遥照くん~(はあと)」

たしかGP理事長、柾木・アイリ・樹雷と言ったっけ。ということは勝仁さんの奥様?天地君のお婆さま?

 「そのうち天地殿や、水穂殿も帰ってくるからいっといで。でもくれぐれもその田本殿を逃がしちゃダメだよ。兼光殿。」

 「鷲羽様、了解しました!」

びしっと敬礼して答える。あたしゃ犯罪容疑者ですか。

福ちゃん抱いた西南君に、アイリさんに、兼光さんと夕咲さんと希咲姫ちゃん。柚樹はとことこと僕の後ろを付いてくる。希咲姫ちゃんが、てててと駆けてきて僕の手を握る。

 「お父様、この人を逃がしてはいけないんですよね。」

 「わははは、そうだ逃がすなよ!。」

うー、これはキツイ。キッとまなじり厳しくこちらを見上げる希咲姫ちゃん。控えめに言ってもこれから綺麗になるだろう顔立ちである。こんなかわいい子の手を振り払って逃げられない。

 「参ったなぁ。」

 頭を掻き掻き、柾木神社までの石段を登る。息が乱れることも無ければ足が重くなることもない。今の自分が信じられないし、だんだん以前の自分の記憶も昔のことになりつつある。そうだ家に電話入れておこう。役場の知り合いに会って飲み会に誘われたから今日はご飯いらないよ。遅くなるからね、と。

 「あら、真面目だわね。お父様とお母様はお元気なの?」

GP理事長、柾木・アイリ・樹雷と言われた女性が声をかけてくれる。

 「ええ、年齢なりに元気ですね。身体壊されるといけないんで、あんまり無理はするなと言ってるんですけどねぇ・・・。」

 「息子がこんなところで拉致られてることは?」

 「もちろん言ってませんよ。それに家に帰るときや、役場に仕事に行くときは、この格好です。」

柚樹が、光学迷彩をかけてくれる。ついでに運転免許証も取り出して見せる。希咲姫ちゃんがびっくりしている。あとの人達は何とも言えないあきれ顔というのが正解だろう。

 「こりゃ、本当に西南君の向こうを張れそうだわ。」

回し見の終わった免許証を返してくれながらアイリさんが顔を引きつらせている。

 「おかげ様で、俺はこれから仕事に没頭出来そうです。」

何となくホッとする顔の西南君になぜか嫉妬してしまう。

 「まあ、いいんです。役場勤めの公務員のままだったら、皆さんとこうしてお話もできませんでしたし。制限はあるようですが、どこまでも行ける可能性も手に入れることができましたし。遥照様の樹の船穂やその子の一樹、柚樹さんには感謝してもしきれません。」

 「そう、本当にどこまでも行きたいですよね。行けるところまで。」

西南君が夕方の空を見上げながら言う。

 「ええ、本当に。」

石段を登る足を止め、いっしょに空を見上げる。夕日に照らされてうっすらとオレンジ色の入道雲が見えた。

 

 

 

第四章「日常への帰還」終わり





長くなってしまいそうなので、ここで第四章終わりにしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛1(第5章始まり)

事情が事情を呼び、あらぬ方向へ話は進み・・・。

広げた風呂敷は、たためないほど広がっていく。

実は、第四章で終わってしまえるよな、あの書き方だと、と思いながらやっぱり暴走してしまいます(爆)。


飛翔と束縛

 

 「さあ、遥照様のところに行きますわよ。」

希咲姫ちゃんが手をひっぱったので、神社への石段をまた一歩一歩登る。 数日前に汗をかきながら、休み休み息を切らせて登った石段が嘘のようだ。程なく神社の境内に着いた。ここで、一樹の種をもらったんだなぁ。あのときは本当に慌てたのである。さすがに子どもを託される現場というのは心臓に悪い。そうだ、ご神木の船穂にお礼を言っておこう。

 「ちょっとごめんね、遥照様の樹の船穂にお礼を言おうと思うんだ。」

ちょっと社務所からは離れるが、境内の一等地に船穂は根付いている。樹の周りは池になっていてしめ縄を交換するためか、飛び石で樹まで行けるようになっている。希咲姫ちゃんの手を取り船穂の前に行く。さわさわと葉擦れの音がして、皇家の樹特有の七色レーザー光が僕の眉間に当たる。本当にくすぐったくてかわいらしい。

 「・・・一樹とはうまくやっているようですね。」

一樹とは違って、やわらかな女性の声がする。

 「ええ、どこまでも一緒に跳べそうです。本当にありがとうございます。」

声に出すと、周りの人達はざわついている。だって聞こえるし。

 「あなたは、昔からこの地の樹達と仲良くしてくれました。樹とお話ししたいと小さな頃から思っていましたね。」

 「ええ、この近くの神社のご神木や、自分の家の見上げるほど大きな柿の木とお話し出来たらどんなに楽しいだろうと思っていました。ちょっと変わった子どもですよね。」

昔、自宅に大きな柿の木があったのだ。自宅の改築と共に切られてしまったが。

 「この地に根付いた私にとって、この地の樹は目であり耳なのです。あなたの小さい頃のこともよく知っていますよ。そこの西南殿も本当に私の子どものよう。強烈な悪運のために周りから心ない言葉を浴びせかけられた痛みは私の痛み。遥照様に言って、どれだけ慰めて上げようかと思ったことか。」

その言葉が伝わると同時に、西南君の小さい頃の様子が大量のイメージとして僕に流れ込む。あははと笑いながら、ごめんなさい、とかわいらしく頭を下げる西南君。それでも、怪我をした子どもの親は容赦の無い言葉を浴びせる。西南君のほうがよりひどい怪我をしているのに自分の子どもしか目に入らないのだろう。あのスーパー山田の豪快なお母さんも一緒になって謝っている。また光景が変わって、何でも無い田舎道なのに自転車で田んぼに突っ込んで泥だらけになる。天地君らしい男の子が泣いている西南君の顔の泥をぬぐってやっている。転んで怪我をした西南君の膝小僧に、絆創膏を貼っているのは霧恋さんだ。そんなことが続いて、気持ちがどうしようも無いときは、ここに来て泣いたり怒っていたりしていたんだね。小さな頃からどれほど嫌で理不尽な思いを受け止め耐えてきたんだろう。そう思うと独りでに涙がほほをつたう。

樹雷の皆様ご一行は、驚いた顔をしてこちらを見ている。

 「西南君、船穂さんが西南君を自分の子どものように思っていたんだって。あなたに浴びせかけられた心ない言葉は、自分の痛みのようだったって。どんなに慰めて上げたかったかって言ってる・・・。」

ちょっとだけ涙声になるのは許して欲しい。

 「・・・。俺、周りから疎まれていましたし、周りを自分の悪運に引きずり込むしで、いろいろ面と向かって言われたことも多くて、よくここで一人で遊んでいたんです。今は生体強化も進んだんで、この樹の暖かい思いは本当に良く伝わります。」

右手で涙をぬぐいながら西南君が言う。福ちゃんが目を閉じて西南君の胸に頭を預けている。私はあなたずっと一緒にいる、そう言わんばかりに。

 「・・・船穂の想いは、よく分かっておったのじゃが、この坊主に教えてやるわけにもいくまいてのぉ。」

勝仁さんがいつの間にか隣に立っている。

 「そうじゃ、忘れるところじゃったわい。船穂がの、まだ一樹は小さいし、自分ももう一度跳びたいというての。」

勝仁さん=遥照様が一本の枝を手渡してくれる。

 「一樹のコアユニットに自分の枝を挿し木して欲しいそうじゃ。」

例の関わってはいけない系のほほえみ(元祖)をうかべて僕の手に枝を握らせる。

 「おい、遥照よ、その意味がわかっているのか?」

平田兼光さんが驚きを通り越して唖然と言った表情をしている。

 「船穂の意志であるしな。さあ、どう捉えるかは周り次第だろうな。」

ぷいとそっぽを向きながら答える。さっきから若い遥照様の姿に戻っていた。平田兼光さんは、憮然とした表情である。ただ枝を挿すだけではないの?ん~わからん。柾木・アイリ・樹雷さんは謎めいた微笑みだし、西南君はまた気の毒そうな表情を浮かべている。

 「ごめんなさい、ええっと、挿し樹って、それこそあじさいを挿し木するようにコアユニットにこの枝を挿せば良いんですか?」

 「おお、なんなら私がやってやろう。一樹のところに行くぞ。」

 「あ、はい。じゃあ、皆さんも一緒に。」

一樹、一樹のコアユニットのところにみんな転送できるかな?と思うと、即座に見慣れた一樹のユニット前にいた。

 「まあ、なんてかわいい。」

さっそく、柾木・アイリ・樹雷と言われた女性が四つん這いになって一樹をのぞき込んでいる。ご挨拶の七色レーザー光が顔に当たっている。そう、まだ一樹は、高さ10センチくらいの小さな若木である。それを中心に直径3メートルくらいの部分が土のようなサークル状になっている。

 「一樹、船穂さんが一緒に跳びたいんだって。挿し木させてくれるかい?」

 「うん、母様といっしょなら僕嬉しい。」

 遥照様は、一樹から1メートルくらい離れた場所に、無造作に僕にくれた枝を突き立てた。即座に枝は七色の光に包まれる。一瞬花火が上がるように上方へ光が放射される。

 「わああ、綺麗。お母様、なんて綺麗なんでしょう。」

希咲姫ちゃんが、ぱあっと明るい顔で夕咲さんを見ている。夕咲さんは、なぜか気の毒そうにこちらを見ていた。

 「もしかして、これ使えるかしら?」

柾木・アイリ・樹雷さんが、指輪に向かって話す。

 「やっちゃえ!、船穂!」

そう言ったとたん、ちっちゃな子犬の大群が挿し木された樹からわらわらと飛び出してくる。もっふもふの子犬が一杯出てきてかわいいと言えない人は、よっぽどの動物嫌いだろう。希咲姫ちゃんはさっきの表情が嘘のようにきゃいきゃい言ってるし、夕咲さんと柾木・アイリ・樹雷さんも子犬たちに囲まれてご満悦のようである。

 「どうじゃ、見事に根付いたぞ。」

いたずらっ子のようなウインクして言う。

 「遥照よ、おまえは皇位をどうしたいのだ。」

頭を掻きかき平田兼光さんがあきれたように言った。

 「はて?なんのことやら。第1世代の樹に選ばれている者もここにおるし、第2世代の樹2本に選ばれた者もおる。まだまだこれからの者達だが、経験を積み、歳を重ねれば資格も認められよう。」

 「・・・・・・。」

何か言いたそうに声を出そうとする平田兼光さんだが、頭を掻きながら黙ってしまう。

 「現樹雷王もまだまだ若い。わしはここでかなり歳を重ねてしまった。ここでの静かな生活が今はわしの望みだな。いつまでも綺麗なアイリもおるしな。」

 「まあ、あなた!」

 「おお。」

人前で臆面も無く抱き合っている。希咲姫ちゃんの目は夕咲さんがふさいでいた。

 「ええい!、頭がこんがらがる!。田本殿、一つ手合わせをたのむ!」

そう言いながら、平田兼光さんは一樹のコアユニットから離れて、広大な居住空間区域に歩いて行く。

 「え~、平田兼光さん、見るからに強そうなんですけど。」

 「いや、兼光は本当に強いぞ。いろいろ教えてもらえ。」

笑顔を浮かべながら遥照様が、ふいっと木刀を投げてくれる。受け取った瞬間、平田兼光さんが上段から打ち込んでくる。天地君達との練習が功を奏しているのか、太刀筋がはっきり見える。後ろに引きながら一撃目、そして二撃目を躱し、もう一度後ろに跳び間合いを取る。木々に木刀の当たる音が響く。木を利用し駆け上がり枝を跳び、砂利を踏みしめ、地を蹴り空中で木刀を合わせ、また地に降りる。強い。でも楽しい。跳ぶ、駆ける。

 「あら、田本さん、今日は熱があるとかで、お休みだったんでは?」

水穂さんの透明感のある声が聞こえて、動揺して転びそうになる。そのスキをつかれ、脳天にスピードを殺して軽くなった一撃を食らう。

 「そこまで!」

遥照様の声が境内に響く。

 「まだまだだな、田本殿。」

 「あだだだ、やっぱり平田兼光さん強いですぅ。」

頭を抱えてちょっと痛そうにリアクションする。

 「あら?あなた私の声では動揺しないのかしら?」

 「い、いや、闘士たる者その程度で動揺するようではだな・・・。」

 「へ~、その程度ですのね。私では。」

 「・・・すまん。」

 「よろしい。」

あははは、と一樹の居住空間に境内に様々な笑い声が遊び渡る。うなだれる平田兼光さんに艶然と微笑む夕咲さん。こっちはこっちで水穂さんに言い訳。

 「い、いや、朝は本当に熱があって、寝込んでいたんですってば。土日いろいろあったし、昨日の夜はお馬鹿さんやったし・・・・・・。」

 「ほんとに。瀬戸様、樹雷の首脳会議で、突然の一般質問されて、新型樹雷戦闘艦の演習テストだと必死で申し開きの答弁していましたよ。ま、たまにはそう言うのも薬になって良いんですが。・・・そうそう、そういうことになったので、今度一樹君といっしょに樹雷に行かなければなりませんわ。それらしく武装して船体の艤装をしなければなりません。新型樹雷戦闘艦っぽくね。」

水穂さん、右手人差し指を立ててイタズラっぽく言う。

 「え~~~、マジですか。」

 「ええ、マジですわ。」

あ~あ、という気の毒そうな声が聞こえてくる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛2

GXP小説で生まれたばかりだった、平田兼光さんと夕咲さんのお子ちゃまに勝手に名前付けてるし、書き始めたら暴走しちゃったし・・・。

立候補!っと(^^;;。


「私を差し置いて、なんか楽しそうだねぇ。」

出たな砂かけおババ、その2。

 「何かようかい?なんてね、あっはっはっはっは。」

鷲羽ちゃん、オヤジギャグはいいんだけど、むっちゃ寒いし。皆さんジト目で見ている。

 「あ、あら、お呼びでない?およびでないね~。これまった失礼しました~~。」

 「今は昭和ではありませんから。ええっと、ご飯ですか?」

さっさと切り上げたくて微妙に声が冷たいのは許容範囲だろう。

 「いやね、MMDから田本殿宛てに通帳とカードが届いたから届けに来たんだよ。」

ぽんとカードと通帳を渡される。さっきそういえばお風呂で申請したような・・・。通帳ってどの世界もそう変わらないのね。と思って表紙をめくって、もう一枚ほどめくる。

 「こ、こここここここ・・・・・・。」

ただならぬ雰囲気に、横から水穂さんがのぞき込む。とたんに顔色が変わり、二人して顔を見合わせる。

 「と、とととととと・・・・・・。」

 「・・・わ、鷲羽ちゃん、う、宇宙は今凄いインフレなんですかっ?」

ようやく言葉が出る。たとえば新聞一紙で一万円とか。ティッシュ一箱5万円とか。

 「・・・。ちなみにその金額の1単位は、ちょうど地球の100円くらいだから。」

さらにドン、100倍(謎)。

今まで黙っていた、柾木・アイリ・樹雷さんがにぱっと天上の笑みで言う。

 「田本さん、さっき新しい超空間航路発見して、それのパテント代金だから。」

そう、その通帳には今まで見たこともないような桁数の金額が書き込まれていた。いや、書き込まれつつあった。この通帳、リアルタイムで更新されている。

 「お、お母様。さっきって・・・?」

水穂さん、古い洋館の大扉が開くような感じで柾木・アイリ・樹雷さんを見る。

 「このひと、天地君ちのお風呂で超空間航路のマップ見ていて、何の拍子か20%省燃費で、25%高速になる新超空間航路を見つけちゃったのよ。ちょっとしたプログラムの書き換えで利用出来る超空間航路だからね、まあそういうことよ。あなた、この人ほっとくとどこまでも行っちゃうわよ。」

ん~~、どうするのぉ??とでも言いたげな顔で水穂さんに迫るお母様。

 「そう言えば、さっきの立木林檎様への通信って・・・。」

半分のぼせていたし、左右に生胸が浮いていたしであんまり記憶に残っていない。

 「こういったことへの対応は林檎殿に頼んでおけば間違いは無いからね。きっちり管理してくれるだろうよ。」

に~~んまりした笑顔が怖い。やっぱり爬虫類な顔である。

 「・・・林檎様とよく話し合っておきます(わ)。」

二人とも偶然に声が重なる。お世話になっている樹雷の国債でも買おうか。

 「さあさ、天地殿も帰ってきたようだし、みんなご飯だよ!」

鷲羽ちゃんがみんなに声をかける。

 「一樹、柾木家玄関前へみんな転送してくれ。」

また、ててて、と希咲姫ちゃんが駆けてきて、僕の手を握る。また逃亡阻止かい。

 「もう逃げませんよぉ。」

と声をかけると、希咲姫ちゃん僕の方は向いていない。水穂さんの方を向いている。水穂さんも希咲姫ちゃんを見つめている。空気がプラズマ化しそうなほど火花が散って見えるような気がする。

 「さあ、ご飯だそうですよっと。」

希咲姫ちゃんを抱き上げ、右肩の上に座らせる。すると、一樹の転送フィールドが有効になり瞬時に柾木家前に転送された。一瞬、水穂さんの顔が般若に見えたような気もするけど、ちっちゃい子はお得である。

 「鶏鍋、鶏鍋・・・。」

西南君は呪文のように繰り返している。たぶん、地方によっては水炊きと言い昆布等の出汁と、鶏の出汁で野菜と鶏肉を煮たシンプルな鍋のはず。出汁に味付けは無く、ぽん酢と大根おろしで頂くのがこの地方の食べ方である。出汁をレンゲで取ってぽん酢と混ぜながらすするとこれまた絶品だったりする。このようなシンプルな鍋故に素材の旨さを味わうと言うことでは、この鍋の右に出るものはないだろう。すでに天地君は席に着き、鶏鍋の土鍋三つの様子を順番に見ている。半端でない集中力である。阿重霞さんや魎呼さん、砂沙美ちゃんやノイケさんも席についている。

 「静かにね、天地殿を邪魔しちゃいけないよ。」

指定されたところへ座って、待つ。くつくつくつと煮える鍋が美味そうである。新鮮な鶏肉や追加投入用野菜が大きめのバットに切られて並べられている。

 「こんばんは、お招き頂きありがとうございま、す。」

数分後、霧恋さん、雨音さん、リョーコさん、ネージュさんが到着。柾木家にみなぎり緊張感に気圧され、黙って指定された席に着く。雨音さんは今にも何か言いそうであるが、霧恋さんに小声で注意されている。

 そうして待った十数分後。

 「うん、良い頃合いだ。」

天地君が、ひとこと言った。かぱっと土鍋のフタが開けられると、そこには柔らかく煮えて透明になった白菜や、肉厚の椎茸、ニンジン、そのほかの野菜が仲良く並び、ほろほろに煮込まれた鶏肉も見えている。

 「それでは、いただきます。」

 「いただきま~~す。」

飲める人の前には地球のビールに、飲まない人用にはウーロン茶やジュース。魎呼さんあたりは一升瓶のお酒の封をあけてしっかり手酌で注いでいる。なぜか隣にいる阿重霞さんにもコップに注いでいる。この二人は、仲が良いのか悪いのかよく分からない。他にも一升瓶が数本並び、数日前に並んでいた見たことある樽も並んでいた。

 そして期待の鶏鍋である。やはり大根おろしと紅葉おろし、そしてぽん酢の取り合わせ。とりあえず他の薬味は無しで、皆さんの箸がまばらになった頃に適当に頂いて、口に運ぶ。

 「・・・・・・!。」

鮮烈な野菜の甘み、このニンジンの甘みと香りはいったいどうしたことだろう。さらにこの鶏肉、そんじょそこらのブロイラーではない。臭みもないし、噛めば噛むほど味わいが深まる。歯ごたえも極上。皮の裏の油が甘みとなって口に広がる様はまさに快感。そしてさらにこのぽん酢。地球で普通に売っているメーカーものではもちろんなく、人の手のかかった醤油と酢が使われているようだ。この鍋になるまでの人の手間が本当にありがたいと思える味わいである。

 「幸せが脳天に突き刺さります。美味しいねえ・・・。」

みんな、うんうんと頷くのが精一杯。用意されたお酒もあまり開かない。ほっろほろの鶏肉にその旨味が染みた野菜。西南君はと見ると、一口食べてははらはらと涙を流し、また一口食べてはうんうんと頷きながら自分の世界に浸って食べている。福ちゃんは専用小皿に取り分けてもらって黙々と食べている。霧恋さんはじめ、あとの四人は、本当に幸せそうにじっと見ていたりする。そして思い出したようにおのおのが鍋をつつき食べていた。

 平田兼光さんは、美味そうに茶碗を抱え込んで掻き込んでいる。その茶碗がおろされるころに、茶碗を受け取り夕咲さんがすっと立ちご飯をよそう。こちらも幸せそうである。なんやかや言いながら二人が二人を尊敬しながら結びついている夫婦に見える。希咲姫ちゃんはそんなお母さんをしっかり見ていた。

 「天地君、また今回もすばらしい鍋奉行だわね。」

 「ははは、うちの伝統ですから。・・・だいぶ空いたようですね。野菜の残りや鶏肉入れてしまってください。それが無くなれば締めで雑炊を作るのと、うどん入れますから。」

その場のテンションがまた上がる。そして終わりに近づいた鶏鍋に満足げな表情を浮かべる西南君。一抹の寂しそうな表情が垣間見える。そう大編成のシンフォニーを聴き終えようとするかのように。水穂さんがおかわりはどうですか?と聞いてくれたので、ごめんなさいありがとうございますと差し出し、顔を上げると、にたぁと笑う表情の人達が多数。

 「な、なんですかぁ。」

 「瀬戸様と寸劇ができる人ですし・・・。」

目配せし合って頷き合い、そしてまた、自分の前の鍋に視線を戻し食べ始める。外からの風はわずかに稲穂の香りを運ぶ。少しずつ秋に向かっているようだ。

 「そうだ!、忘れてたっ百歳慶祝訪問!。」

わすれていた。仕事だ仕事。周りが驚いている。

 「2週間後にうちの町長と、県民局の部長が来るんですけど、適当に偽装して演技してくださいね。」

 「こんなもんでどうかの?」

しゅるしゅるとしぼみ歳を重ねたように見える遥照様。と言うか勝仁さん。

 「うん、OKです。さらに耳も遠い演技してくれると嬉しいです。柾木・アイリさんは、住民基本台帳上、奥様はいないことになっているのでお嫁さんとかお祝いに来た姪役くらいで!。」

え、わたし?と自分を指さす、柾木・アイリ・樹雷さん。

 「また、訪問日程が近くなれば打ち合わせしましょう。」

そう言いながら天地君と目配せし合う。

 「脚本、配役、監督総指揮が田本殿の大偽装大会だねえ。」

 「だってぇ、自分ですらこんな状態ですから。」

光学迷彩を張って、消してもらう。

どっと笑いが出る。

 「先週の金曜日に、この話をしに来たときはこんなことになるとは予想もできませんでした・・・。う、しかもここんちでご飯頂いていない日の方が少なかったりもする。」

あははは。と朗らかな笑い声である。

 「悪運が向こうからやってくるのが西南殿なら、やっかい事に頭から突っ込んでいくのが田本殿だねぇ。」

鷲羽ちゃんが綺麗にまとめてくれた。大きく頷き合う皆さん。いやそうじゃないですと言い出せないのが辛い。

 鍋は締めに入り、ご飯が入り天地君味付けの雑炊が始まる。真ん中の鍋は、これは出汁を追加して味付けし、煮込みうどんである。うどんはそのままだが、雑炊はタマゴを溶きそれを回しかけ、アサツキを散らす。

 「さあ、どうぞ。」

はふはふ、ふーふーとすぐに減っていく。、あっつあつの様々な旨味たっぷりの雑炊と、旨味を目一杯吸い込んだうどんである。どっちも美味い。お漬け物もノイケさんが出してくれる。これもたぶん買ったものではなかった。今時珍しく、自宅で漬けているのかも知れない。ようやくお酒が進み出し、樽酒も持ってこられる。例のいくらになるのか分からない神寿の酒である。

 「水鏡さん、お酒造るの無理してなきゃ良いけど。」

コップに注いでもらったその酒を半分ほど空けてそうつぶやく。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛3

女の子、女の人永遠の謎かも・・・。


「え、水鏡からそう聞いたんですか?」

驚いたように水穂さんが聞いてくる。

 「ええ、こないだ瀬戸様がいらっしゃった折に聞こえてきました。そう言うと瀬戸様もびっくりされてましたが・・・。」

 「トップシークレットな話が・・・。」

頭を抱えているのは、水穂さんと平田兼光さん。

 「鷲羽様が今日のネタ元と言ったのがよく分かるわ。」

夕咲さんがため息をつきながら言う。

 「水穂、機密保護上これはどうあっても一緒にいなければならないな。」

勝仁さんがさっきのよぼよぼおじいちゃん状態で言いはじめて、またしゅるしゅると遥照様の姿に戻る。ちょっと、いやだいぶお茶目に見える。

 「あのときは、水鏡の他にも、霧封に、龍皇に、瑞穂に、霧鱗、鏡子、そして瑞樹に神武の樹の声が聞こえてきましたよ。」

もしかして、追い打ち?蛇足?

 「あうう、分かりましたお父様・・・。」

 「それに、私と昨日の夜、あれ、見ちゃったしねぇ。」

そういえば、昨日空間の裂け目見に行って・・・。一緒にいたんだった。

 「瞬時に15000光年を移動されると、ねえ。」

水穂さんが両手で頭を抱えている。

ポンッと音がしたのでその方向を見ると、リョーコさんのところに白毛のわんこ顔の女性がいた。

 「こ。こんど私の人間狩りに、つ、つきあってもらえませんか」

しっぽふりふり。しっぽの先のリボンがかわいい。とってこ~いとボールでも投げればわっふわっふと走ってボールを咥えて戻ってきそうである。霧恋さんが慌てて「ダメよ、リョーコに戻って。ワウはまだこの人見たことないんだから!」と小声で言っている

 「あら、ダメよ、エルマちゃん。まずは私の工房で、へっへっへっへっへ。」

柾木・アイリ・樹雷さんが、ぎらりんと言う目線で見ている。なんでこう爬虫類な目をするんだか。鷲羽ちゃんもそうだけど。

 「ダメよ、お母様、まずは私が!。」

まずは!って、そう言いながら真っ赤になる水穂さん。左腕に腕を通してグッと引きつける。

 「いいえ、わたしが!。」

今度は、希咲姫ちゃんがすすすっと歩いてきて右腕を同じようにしてグッと引きつける。頭の上でもの凄い火花が散ってるような気がする。ばちちちちっと。今度は平田兼光さんが頭を抱えている。

 鶏鍋シンフォニーから我に返った西南君も、鶏鍋シンフォニーを演奏し終わってホッと一息な天地君もひたすら気の毒そうに見ている。

 「わたしは、唇奪っちゃったし。」

珍しくうつむいて顔を赤らめる鷲羽ちゃん。視線が鷲羽ちゃんに集中している。水穂さんと希咲姫ちゃんの視線は柚樹が張っていた光應翼もかくやというようなシールドで防いでいるようだ。

 「これ以上話をややこしくしてどうすんですかっ!。ファーストキスで嬉しかったけど・・・。」

 ほとんど女性とお付き合いしたことがなかったのだ、しょうがないじゃん。

こんどは、この場にいる全員が気の毒そうな表情である。鷲羽ちゃん除いて。いつの間にか柚樹も実体化して膝の上で寝転んでるし。

 「わかった、田本殿。今度俺が女と酒をだな、マニアックなやつから清純なやつまで・・・。」

と言いだして、横の夕咲さんに殴られている。

 「男ってこんなだからね、あんた達しっかり繋いどかないとどこにふらふら行くかわかんないよ!」

 「はい!」

その場にいた女性が全員立ち上がって敬礼する。夕咲さん肝っ玉母さんぶりが凄い。そんなこんなでこの日も暮れていく。なにやら突き抜けるように楽しい。あっという間に楽しい時間は過ぎていき、西南君は、またあっちこっちぶつけながら、今日は雨音さんに担がれて帰って行き、平田兼光さんご一家は自分の船に戻るという。そろそろまたとびうお代行を呼んでもらってと思って、あ、特に必要ないんだったと気付く。

 「鷲羽ちゃん、とびうお代行をと思ったけど、不可視フィールド張って、一樹に乗せて帰ってもらえば問題ないよね。」

 「いちおう、助手席に座っておけば大丈夫さね。でも他の人に見られるんじゃないよ。」

 「そうか、うちの庭から家に入るまでか・・・。やっぱり代行呼びます。」

これなら、あのひともよくまあ飲みに行くねえ、昨日も代行で帰ってきてたよ。で終わるけど、庭に突如出現したクルマから人が降りてくれば、知らない人から見ればこれはホラーだろう。ご近所様は見ているのである。

 また柾木家のシールドを解除してもらって、とびうお運転代行を呼んだ。今日はまだ早い時間なので10分くらいで来られるという。

 「それじゃ、みなさんこれで失礼します。ごちそうさまでした。おやすみなさい。天地君、水穂さん、明日また役場で。」

と言って柾木家をおいとましようとした。希咲姫ちゃんがなんか寂しそうな、今にも泣き出しそうな顔である。

 「希咲姫ちゃん、今週末のこっちの休みにそっちに行くから・・・。また、遊んでね。」

と言うと、今度は額に青筋立てて黙りこくる。さっきの夕咲さんとよく似ている。

平田兼光さんはわからないみたいだが、夕咲さんは艶然とした笑みを浮かべている。ある意味怖い・・・。

 柾木家の玄関の戸を閉めると、一挙に静寂感が増す。逆に蛙の鳴き声がうるさい。一樹の擬態するクルマに戻って助手席を開けて、座って夜空を見る。いよいよあの星空に飛び込めるのか・・・。

 「一樹、今週末樹雷に行こうと思う。もちろん柚樹さんも一緒だよ。」

 「うんわかった。母様と一緒だしね。」

スッと実体化して足下でこちらを見上げる柚樹。

 「しかし、お前さんは本当にやっかい事を背負い込むのぉ。」

 「え、なんでです?」

 「第1世代の樹が挿し木された第2世代の樹のコアユニットなんて前代未聞じゃろう。わしがおること自体も前代未聞じゃが。しかもマスターキー無しで様々な樹と話せてしまう・・・。お主は本当に樹に愛されておるのじゃなぁ。」

 「・・・よく遊んでいたのは、神社の境内とか、山とかだったんで樹とは本当に友達のように感じていました。樹の声が聞こえると良いなとか、樹のように生きられれば良いなとか真面目に宿題の日記帳に書いていました。」

 「変わった子どもよのぉ。」

 「あ、やっぱり。」

そしてまた、夜空を見上げていた。ふわり、とキンモクセイに似た香りがするなと思うと、あの最初に柾木神社で出会った女性が立っていた。

 「・・・あなたには、こちらも謝らなければなりません。地球人としての生活や人生を奪ったも同然ですから。」

 「いいえ、それは僕が望み選んだことです。今は十分楽しいですし、これからもとても楽しそうです。父母や兄弟、親戚との別れもあるでしょうが、そのかわりに皆さんと長い年月を生きることができます。」

 「何より、光の速さを超えて遠いところまで旅ができることが嬉しいですね。でも僕もいちおう人間です。どこかで疲れることがあるかも知れません。そのときにはまたよろしくお願いします。」

 「私たちは、あなた方と共にあることを願ったもの。共にあると言うことは苦しいときも悲しいときも、楽しいときも嬉しいときも一緒と言うことですわ。」

遠くからクルマの音が聞こえてくる。

 「それでは、一樹をよろしくお願いします。」

深々とお辞儀をされて、その姿が運転代行のクルマのヘッドライトに払いのけられるように消え、とびうお運転代行が到着する。

 「それじゃあ、お願いします。」

そうして、自宅に到着し光学迷彩をかけて、頭を打たないように気をつけて自宅に入る。帰ってきたら午後10時過ぎでそこそこの時間だなぁ。ちょっとネットして寝ようとパソコンの電源を入れる。地球の通常のOSを起動して、ネットサーフィンし、メールチェックして一旦終了。その後、JuraiOSモードで起動する。たしか、タッチパネルでないパソコンだけど何か認証したような・・・。

 JuraiOS起動後たぶんデスクトップなんだろう画面に入ると、メールのアイコンが点滅している。ふううんと思ってクリックすると昨日見たままの通常のメーラーだが受信ボックスになにやら着信メールがあるらしい。受信ボックスをクリックする。

 MMDから口座開設メールとパスワード設定画面、本人認証確認メール(これは天地君ちのお風呂だな)がばささっといくつか来ていて、とりあえず手続きは終わっているらしい。また通帳を見てみると、くらくらするような桁数の数が書き込まれつつある。現実感がない。それでも、資金があると言うことは、まあそれなりに世渡り出来ると言うことだろう。でもカードか。こっちにはこのカードが使えるATMが無い。あたりまえだけど。地球のしかも日本の円に交換出来るのかよくわからない。とりあえず、しばらくはこっちの生活も大事だからこのカードや通帳は大事にしまっておこう。そうだ、一樹のブリッジに金庫でも作ってもらってそこに入れよう。ん~でもMMDって何の略だろう。

 なんやかや考えていてもしょうがないので、着替えて寝ることにする。今日もいろいろあったなぁ、と言うかいろいろありすぎだな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛4

急転直下!

こればっかりの気もするけれど(^^;;;。


次の日、曜日にすれば木曜日。いつものように出勤準備をして、やっぱり頭をぶつけて、役場に出勤する。柚樹とも一緒である。期待通り(?)いっぱい付せんが貼ってあった。水穂さんも出勤しているので挨拶して、付せんを少しずつ片付けて、午後から会議に出てあっという間に終業のチャイムが鳴る。昨日休んだのでちょっと、もうちょっとと思いながら仕事していると午後7時過ぎだった。うわ、神社の剣術練習に遅れる。もちろん、周りには誰もいない。

 家に帰ってご飯食べて、一樹の擬態したクルマに乗って、柾木神社へ。ちょっと遅れてしまった。すでに天地君は勝仁さんと打ち合っている。さすがに美しいと言えるレベルであった。ひとしきり打ち合うのを待って声をかける。

 「すみません、遅くなりました。」

 「お仕事お疲れ様。それじゃあ、剣士とやってください。」

ここしばらく課題になっている動きを復習しながら、剣士君と練習する。剣士君は本当に無駄がない動きである。しかもあの体躯。パワーはともかく切れが良く速い。

 「ありがとうございました。」

気付くと午後9時を過ぎている。

 「言い忘れてましたけど、遥照様、天地君、剣士君、昨日はごちそうさまでした。本当に極上の鶏鍋でした。」

 「田本さん、そんな他人行儀な。良いんですよ。みんな、たまたまそろっていたし。」

また何か買ってこようと思う。

 「そういえば西南君達は、まだ休暇なのかな?」

 「もう、二、三日いるみたいなこと言ってましたけどね。」

 「あらぁ、心配してくれるのぉ。」

この気配は・・・。うぬ、鷲羽ちゃんではなさそうだ。背筋をつつ~~っと人差し指で撫でられる。尋常でない悪寒が走る。

 「アイリさん、田本さんが冷や汗流してますよ!」

天地君が見かねて声をかけてくれる。柾木・アイリ・樹雷さんか。なんで鷲羽ちゃんと微妙に似た気配なんだろう。

 「ええっと、勝仁さんが遥照様で、その奥様だから、天地君のお婆さま??」

ゆっくり振り返りながら、聞いてみる。

 「うふ、こんなに若くて綺麗な女がお婆ちゃんなわけないっしょ~。」

きゅっきゅと音でもしそうな締まってグラマラスなからだである。人差し指でくいっとあごを持ち上げられる。

 「瀬戸様があんなに上機嫌だったのがわかるわ~~。天地君も良いけど、剣士君も良いわって思っていたら、こんなダークホースが出てくるとは、ねぇ・・・。」

剣士君は、気の毒そうな表情を浮かべて、音を出さないように後ろに下がろうとしているが右手でがしっと襟首を掴まれて豊満な胸に顔を押しつけられている。天地君と遥照様は仲良くお茶セットを出してお茶をすすっている。おおい、助けてくれよ~~。

 あ、そうだ。自分のたよりない記憶よりも天木日亜さんの記憶の方が面白いかもしれない。慌てずゆっくり思い出してみる。・・・・・・あかん、この人も真面目な人であんまり遊び人ではない・・・。

 「汗かいちゃって、汗臭いですから・・・」

 「あらん、男の汗の匂いもそそるわん。」

空いている手で剣士君の背中に文字を書いて、一緒に逃げるぞ、せ~のっで後ろにと通信。

息を合わせて、二人して後ろに跳ぶ。そのまま振り返らずに走り出す。

 「くっっ、逃がさないわよっ。」

 「だああああ~~~。怖いよ~。」

 「アイリさん、いつもは天地兄ちゃんと遊んでるんですけどね~。」

ちょっと後ろを見ると、ほとんどヤマンバ状態で追ってきている。また新たな妖怪伝説の誕生かも知れない。ほとんどアニメで見たル○ンのように山のなかを走り回っていた。柚樹が気を利かせて、でかい銀毛の妖狐に変化して威嚇するが頭を踏んづけられて踏み台にされている。よ、よしプランその2だ。

 「剣士君、二手に分かれて船穂の前に集合だ!。」

 「わかった、田本さん!」

枝を飛び、地を駆ける。何か気がつくと忍者だよなとか思う。うわ、アイリさんこっちに来ている。目まで光っているぞ、おい。ぐるっと回って、船穂の樹が見えるところに来た。そのまま境内に走り込む。すでに剣士君は船穂前にいた。二人して叫ぶ。

 「やっちゃえ!。船穂!」

船穂の樹から例のもっふもふの子犬の群れがわらわらと走り出てくる。これで止まるはず・・・・・・止まらない!。

 「アイリさん、目が攻撃色に染まっている。もう子犬も効かない!」

どこかで聞いた台詞だが、凄く身の危険を感じる。よし、両手で領域を作って、自分たちの前に楕円形の空間障壁を作る。それをアイリさんの背後に接続した。何か発砲されれば背後から自分の発砲したモノに襲われるように空間を接続する。なんと、目から怪光線!空間障壁に当たったビームは間髪入れず、アイリさんの背後からアイリさんを貫く。

 「ぐぎゃあああ・・・×○□%」

ビームが胸を貫き、身体が燃え始めその場に倒れる。そして、表面から出てきたのはおよそ人間とは思えない金属製の骨格フレームだった。

 「田本殿、みんな大丈夫かい!さっき戦闘用アンドロイドの反応が出たんだ、けど・・・大丈夫のようだったねぇ。」

鷲羽ちゃんが血相変えて転送されてくる。柾木・アイリさんもいっしょである。気がつくと左右に天地君と遥照さんもライトセーバーのようなモノを構えて立っていた。

 「むちゃくちゃ怖かったんですけどぉ。」

へたへたっとその場に座り込んでしまった。あたしゃ、ふつーの地球人だいっ。

火が収まったその戦闘用アンドロイドを調べている鷲羽ちゃんと柾木・アイリさん。

 「へええ、背後からビームが貫いてるけど、光應翼じゃこうはいかないねぇ・・・。」

 「うむ、光應翼を張る準備はしていたのじゃが、その一瞬前に背後から貫かれておったの。」

 「鷲羽様。しかもこのビームは減衰していませんわ。」

 「反射したのでもない、か。」

ふたりして、にた~りとこちらを見る。さっきと状況は変わらないような気がしてきた。

 「さあ、証拠は挙がってんだい!、吐いてもらおうかい」

 「・・・ええとぉ、空間障壁を作って、そのままそのアンドロイドさんの背後に空間をつなげたんですよ・・・。」

 ほら、って障壁前に回って手を突っ込むとさっきのアンドロイドが立っていたところに僕の手が出てにぎにぎしている。その手を抜いて、空間障壁は両方とも消しておく。

 「いよいよ人間離れしてきたねぇ、田本殿も・・・。」

 「鷲羽様に言われたくないと思いますわ。」

ごんっと鈍い音がしたかと思うと、アイリさんが頭を抱えてうずくまっている。パンツが見えてるんですけど・・・。そして瞬時に浮かび上がるでかいバッテン印の絆創膏。こっちの方が不思議に見えるけどな。

 「このアンドロイドを長距離転送してきたのは、どうもしつこく残っている某海賊のようでね、今西南殿たちがスクランブルかけて追いかけてるよ。もっとも、わたしのシールドを破って転送出来たのはこのアンドロイド一体だったようだけど。」

 「カズキ助けて!」

突然、一樹の悲鳴が聞こえた。確かクルマを駐めたのは柾木家前。同時に跳ぶ。

柾木神社の石段をほとんど無視して跳び、クルマの前に降りる。直後に鷲羽ちゃんたちが転送されてきた。クルマが泡を吹きながら溶けている。パンパンとまるで悲鳴のようにタイヤのパンクする音が聞こえてくる。

 「鷲羽ちゃん!、一樹を分離出来ますか?」

もしも、一樹までがやられていたら・・・。このとき僕は、足下が崩れて暗闇に落下するような喪失感を感じていた。

 「わかった、亜空間ドックへ転送するよ。」

 「船穂、光應翼でまず一樹を包め。」

遥照様がマスターキー越しに怒鳴っている。ふわりと溶けかかったクルマは浮かび上がり、

光應翼で包み込まれる。間一髪、溶けたモノが光應翼の下に溜まる。土地には見た限り変なモノは落ちていない。

 あわてて、柾木家の階段下の鷲羽ちゃん研究室へ。クルマはほとんど原型がなくなっていた。鷲羽ちゃんの操作で何とか一樹のコアユニット分離が間に合う。しかし、見た目それなりにダメージがあるようだ。

 「ナノマシン洗浄を行うから、みんな下がって。」

一樹のコアユニットはゆっくりと亜空間ドックの水面下に降りていく。

 「一樹大丈夫か?」

 「うん、なんとか。変なナノマシンを吹きかけられて・・・。コアユニットの外装のダメージがひどい。このままでは超空間航行は無理だよ。」

 「溶けたクルマの残骸は、こちらで調べさせてもらうよ。」

 「ナノマシンを吹きかけたのは、あのアンドロイドかな?」

 「違うよ、そこにいる髪が緑の女の人に偽装している人。」

全員が、付いてきていたアイリさんを見る。自分を指さし、「え、わたし?」と言っている。鷲羽ちゃんがいそいでGP理事長あてに連絡を入れる。

 「アイリ殿、いまGP本部にいるのかい?」

 「ええ、昨日遅くに帰ってきて、わたしはずっとここで仕事していましたけれど・・・。」

眼鏡かけたアイリさんが不思議そうに言う。傍らで立っていた、恰幅の良い年配の女性もそうだという。

 「平田兼光ご夫婦がそちらにいらっしゃると聞いて、慌ててアイリ様そちらに伺ったでしょ?でも急に新超空間航路もできたので決裁書類がこんなに・・・。昨日遅くに帰ってきてもらいましたわ。」

大きな机に山積みの書類。ほとんどアイリさん書類に埋もれている。どこもいっしょだなぁ。ってことはこの人は?・・・。見るとすでに光應翼に包み込まれて拘束されていた。次の瞬間、自爆してしまった。光應翼のおかげで他に被害は及んでいない。その包み込んだ光應翼のまま念を入れて鷲羽ちゃんの研究フィールドで密閉して、そこで光應翼を解く。

水穂さんも慌てて研究室に入ってきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛5


自動車一台廃車するとなると、軽自動車はまだマシだけど、リサイクル券ってのが最近できていたのに気付きました(爆)。

いよいよ次話で樹雷に、いけるといいな(^^;;;。


「水穂殿、田本殿と、剣士殿がアイリ殿に偽装した戦闘用アンドロイドに襲われてねぇ、しかも田本殿の一樹もすんでの所でコアユニットごと破壊されるところだったよ。」

 「・・・これで、かなりの情報が海賊側に漏れたと考えなければなりませんわね。」

水穂さんは、急いで瀬戸様に通信を入れている。

 「さて、溶けてしまったクルマだけどねぇ・・・。」

 「古いクルマだから、良いと言えば良いんですが、何とか偽装しないと・・・。」

自動車も陸運局に登録されている。車検証やナンバープレートも溶けてしまった今、廃車もできない。軽自動車税もかかりっぱなしになってしまう。最悪車検証やナンバープーレートもなくても廃車作業はできると聞くが、そのクルマの詳細を知る者が陸運局を訪ねて、説明し書類を残さなければならないという。まさかナノマシンで跡形もなく溶けましたとは言えない。

 「とりあえず、自動車としての機能はないけれど、写真や画像データから構造体としては作ることができるよ。」

なるほどいま地球でもはやりつつある3Dプリンターのようなものか。そう聞くと、鷲羽ちゃんは肯定して頷く。

 「車検証とナンバープレートとその中に入れていたリサイクル券も再構築出来ますかね?材質も良く似たもので。確か車検証とリサイクル券はダッシュボードに入れていたと思うんですけど・・・。」

 「それはお安いご用だ。寸分違わないモノができるだろう。」

 「ちょっと知り合いの車屋さんにそれとなく聞いてみますが、たぶん車検証とリサイクル券、ナンバープレートがあれば廃車ができます。今夜は、いつものようにその構築されたクルマに乗って帰ったようにして、明日ちょっと時間作って、知り合いの車屋さんに頼み込んで、自爆事故して走行不能とか適当に理由付けて廃車手続きします。前が壊れて崩れたような写真があればなお良いですね。」

 「田本殿には迷惑をかけてしまった。このとおりだ。」

なんと遥照様や天地君、鷲羽ちゃんまでもが頭を下げてくれる。

 「頭を上げてください、僕が選んだことですし、さらにそう言う立場であることがよくわかりましたし・・・。」

皇族であること、それは危険と隣り合わせ。様々な戦いに巻き込まれると言うこと。今回のことで恐怖と共に思い知らされた。天木日亜さんの記憶からも、うすうす分かってはいたが平凡で平和な地球人の自分にはあまり身近なこととして捉えられない。エクササイズのつもりで剣術を習っていたが、それどころではない。自分の身を守らないと。

 「田本様、瀬戸様とお話ししたんですが、明日やはり樹雷に来てください。西南君達には特別指令が出て、私たちを護送してもらうことになっています。そして、田本一樹様を含め、この近辺の警備ランクが最高ランクに引き上げられます。」

 「そうですね、とりあえず、今のところここ以外の人達に怪しく思われるのは極力避けたいので、日曜日の夜8時くらいまでに帰ってくるプランでなんとか行きましょう。警備については、やはり父母やこの村の人々にご迷惑をかけるわけにも行かないのでよろしくお願いします。」

 すでに鷲羽ちゃんの工房では、3D画像から構造体が構築されている。さすがに宇宙の技術である。ほとんど紙に印刷するがごとくできあがっていく。別に車検証とリサイクル券、ナンバープレートも二枚できあがる。程なく完成を知らせるブザーが鳴った。

 「鷲羽ちゃん、ありがとうございます。明日一日庭に置いておくんですが、調子が悪いから乗らないでと父母には言っておきます。」

 「田本殿、ちょっと提案なんだけど。」

端末を操作しながら、鷲羽ちゃんが言う。向こう側にある研究室のフィールドを見ているので顔は見えない。

 「今日は天地殿に頼んで、うちの作業用の軽トラックで帰ってくれないかい?」

 「はあ、またどうしてですか?」

 「正木の村にも、地球の個人用移動体である自動車を商売にしている人も居てね。処理は任せてくれないかい?」

 「あ、それは願ってもないことです。外の自動車屋さんだと、この構造体を持って行って廃車してって言ったら絶対怪しまれますからねえ・・・。今ちょっと悩んでいたんですよ。」

 「とりあえず、ちょっと調子悪くなったから、車屋さんに預けてきた、役場の同僚の天地殿に乗せて帰ってもらった、と言うことにして欲しいのさ。」

 「あ、良いですね。その案頂きます。」

さすが、鷲羽ちゃん。ぬるぬる君だけじゃないんだ。

 「じゃあ、俺、クルマ取ってきます。」

ふっと気配が消える。自分の知覚では、天地君は研究室から出て、玄関の戸を開け、地を蹴って闇夜に紛れてジャンプしたと感じられるけど、普通の人から見るとその場から一瞬にして消えたように見えるだろう。

 数分後、ごく普通の軽トラックを思わせる音がして玄関先で止まる気配がする。しかし、変だ。

 「鷲羽ちゃん、あのクルマ、内燃機関じゃないですね。」

そう、これも普通の人なら別に気にせず聞き流す音であった。しかし、下手の横好きクルママニアからすると結構噴飯物のエンジン音である。国内で生産されている軽自動車のエンジンは直列3気筒で低速型にしつらえられたモノがほとんどである。一つのメーカーだけが直列4気筒エンジンを採用しているが、このメーカーは生産をやめて他のメーカーから相手先ブランド供給を受けてもう数年になる。しかしこの柾木家で使っているという軽トラックは、そのような内燃機関独特の荒い燃焼音がしていない。

 「やっぱりわかった?地球の自動車のエンジン音を模した音を出しているけど、超小型反陽子反応炉を搭載しているんだよ。」

 といいながら、作業中の操作をしながら別ウインドウを開いて、こちら側に見せる位置に展開してくれる。反陽子反応炉そのものは直径1cmくらいのピンポン球に似たモノだけれどその冷却システムやら様々な補機類で、そう、だいたい軽トラックのエンジンベイに入る大きさに収まっている。冷却システムは、普通のラジエーターで間に合うらしい。そう接続されている。

 「これ、燃料補給なんかは?」

帰ってくる答えはだいたい予想出来ているけど・・・。

 「まず、このクルマの寿命内は必要ないね。」

 「最大出力は?」

 「たいしたことなくてね。惑星間連絡船くらいかな。」

ちょっと頭痛がしてきた。そんなものをクルマに積んでどうするつもりなんだろ?天地君がクルマから降りて研究室に入ってきた。

 「天地君、乗ってきた軽トラックって、何に使っているの?」

 「ええっと、スーパー山田への買い出しやら、農作物の出荷や運搬、滅多にないけど、じっちゃんの送迎くらいかな」

 「鷲羽ちゃん、使用用途からして、地球のガソリンエンジンで全く問題ないように思うけど。」

 「うん、そうなんだけどね。ほら、わたしって宇宙一の天才科学者じゃない?環境汚染するような未熟なもの見ていると許せなくてね。これでも、わたしが持っているエンジンに類するモノの中では一番小さいモノでね。」

そんな、部品箱から拾ってきたように言わなくても。

 「そう言えば天地君、役場行くときはどうしているの?」

これも何となく答えが予想出来る。さっきの軽トラックに乗っていっているのではなさそうだ。

 「え、山伝いに走って行っていますけど?」

さも当たり前のように言う。はあ、そうでしょうとも。あなたの体力と運動能力ならクルマは必要ないですねと。ちなみに、ここから西美那魅町役場まで10kmほどあったりする。

 「水穂さんは?」

 「わたしは、走って行っても良いんですけど、目立ちますので、適当な場所に転送してもらっています。」

と、ここまで会話していて、そういえば自分も苦もなくそう言うことができることに気付き、そして自分自身にあきれた。

 「どうしました?」

 「いえ、天地君達ってすごいなぁという結論よりも、そう言えば全く問題なく、そういうことを自分もできてしまうことに、今更ながら驚きとあきれていたりします。」

 「なんなら、わしが乗せていってやっても良いぞ。」

と柚樹が、姿を現し、ライオンやヒョウより一回り大きなネコ科の動物に変化する。ちょっと思いついて、柚樹に頼んでみる。

 「柚樹さん、その大きさのまま色を黒くして、地球のヒョウのような外見で、両肩に二本の触手はやしてみて。」

ぽんっとその姿に変わる柚樹さん。

 「うわ、クァールだ!」

一人で喜ぶ僕の横であきれた顔の二人。すでに勝仁さんは神社に戻っているのでいない。

 「へえ、田本殿よく知ってたねぇ。この動物は確か絶滅しかかっているけど最後の数頭がまだいたはずだね。」

 「は?、実在の動物なんですか?」

う、宇宙は広いな大きいな。

 「まあ、今日のところは偽装も兼ねてその軽トラックに乗せて帰ってもらいな。」

鷲羽ちゃんもさすがに面倒になったのかぞんざいな口調である。いいじゃん、マニアなんだから・・・。柚樹は、変身を解いて姿を消す。でも足下にいる気配がある。

 「分かりました、とりあえずそうします。ちなみに、その軽トラック運転してみたいんですけど、操作は地球のクルマと変わりませんか?」

 「いいですけど、アクセル操作は慎重にお願いします。踏み込みすぎるとタイヤが無くなっちゃうんで・・・。」

天地君が困惑を絵に描いたような表情をする。

 「それじゃあ、鷲羽ちゃん、済みませんがクルマの件はよろしくお願いします。水穂さんお休みなさい。」

 そういって、鷲羽ちゃんの研究室をあとにする。何かに没頭しているようで、鷲羽ちゃんは口数が少ない。バイバイと手だけ振っている。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛6

ちょっと、いやだいぶオタッキーな田本さんだったりします。

次話では西南君が護送しますけど、どうなりますことやら。


柾木家の軽トラックの助手席に天地君が乗り柚樹を抱いて、運転席に僕が乗った。見た目、操作系もダッシュボードも見える範囲は普通のオートマティックの軽トラックである。鍵を手渡されたので、鍵穴に差し込んでひねる。普通なら「かしゅるるる」と言うような音のセルモーターが回ってエンジンに火が入るが、このクルマは、フロントウインドウの右端に緑の丸が出るだけである。

 「これで、走り出せるの?」

 「ええ、どうぞ。」

Dレンジに入れ、アクセルをそっと踏むというか、触る程度にする。それでも、ぐばばばばとリアタイヤを暴れさせながら前に出る。

 「やっぱりむちゃくちゃなパワーだねぇ。」

 「鷲羽ちゃんの工房作ですから・・・。」

この一言で納得出来る自分がまた悲しい。窓を開けて風を感じながら帰ることにする。

 「しかし、良くこんな神経質なクルマ運転出来るねぇ。」

パワーがありすぎるのだ。かわいそうに1速から2速へのシフトアップの時に大きなショックが出ている。

 「それに、このオートマ、たぶんもう寿命だよ。」

 「ええ、実はもう4回ほど載せ替えてます。」

しばらく無言がつづく。僕は、天地君が横にいた方が落ち着くけれど(爆)。そうして、20分も走ると、僕の家に着いた。この人がどう思っていようと、僕はちょっとだけ嬉しかった。家の前で、柚樹と一緒に降りる。天地君は、一度降りて運転席に乗り込んだ。 

 「それじゃあ、今日もいろいろありがとう。また明日。」

 「わすれてました、剣士を守ってもらってありがとうございました。」

一度乗り込んだ軽トラックから降りて、深々とお辞儀する天地君。

 「ああ、あのアイリ・アンドロイドから逃げるのに必死だったんだよね・・・。」

ちょっと照れて、頭を掻く。

 「・・・田本さん、本当に後悔していませんか?」

もう一度確認するように、天地君はゆっくりとしゃべる。

 「そうだなぁ・・・。正直、後悔してないと言えば嘘になるけど、ある意味得がたいチャンスだし。それに時間も味方してくれそうだし。」

 「結果的には、先週金曜日の出来事は船穂と一樹の仕組んだことだったんですけど、俺も、おかしいと思いながら鷲羽ちゃんに引き合わせてしまったし・・・。ちょっと良心が痛んでます。」

そうやって、ちょっと下を向く仕草。そして嫌みなどない言葉を紡ぐこと。この雰囲気、そこらの男だと出せないよなぁ、と思う。さすが、何人もの女性と長期間にわたって、ほぼ家長(古い言い方だが)状態で同居出来るだけあるなと思う。愛され、頼られキャラなんだろうな、この人は。

 「僕は、いろいろ楽しいからイイよ。天地君ともたくさん話せたし。」

 「そう、ですか。それなら良かった。」

うん、含みには気付いていない。本当にまっすぐな人だなと思う。暗闇に紛れている僕の表情は半分泣き笑いだったかも知れない。

 「それじゃあ、失礼します。」

 「うん、お休みなさい。」

柚樹に光学迷彩を張ってもらって、自宅の鍵を開けてキッチンに行き、水を飲む。その後リビングに行くと、父母はお気に入りの韓流ドラマを見ていた。

 「今日乗っていった、古い方のクルマ、乗っていった先で調子悪くなってね。クルマ屋さんに預けて、役場の柾木君に送ってもらったから。」

 「そうかい。修理してもらうのかい?」

 「うーん、金額次第だなぁ。」

と言いながら自室に行く。もう一台、リース契約中のクルマもあるので当面は困らない。 ここ数日、あまりの境遇の変化に実はかなり考え込んでいる。いまのところ、今の自分の状況は、父母や妹夫婦などには、最後まで偽装しようと思っている。僕は、SFの下地があったし、そう望んだから楽しいと受け入れられているが、果たして普通の生活をしている人が、どう感じるだろうと思うと、僕は、自分以外の者に対してはこのまま穏便に一生を終える、僕自身にとってはつらい別れが来ることを選ぼうと思っている。2000年という時間を生体強化までして生きることが幸せかどうかは、特に人生の途中からそう言う境遇になる人にとってはあまり良い結果を生みそうにはないと思う。すでに十数万年の文明を誇る樹雷にあっては身体的、精神的な手当の方法もあるのかも知れない。もしかすると自分が身軽になりたいだけかも知れないが、今の考えは、このまま父母の死を看取り、自分の死すらも偽装してこの地球を離れる、そう言う考えである。

 まあ、とりあえず、である。明日水穂さんと相談して樹雷行きだ。そうだ、母に言っておかないと。

 「そうだ、明日から日曜日までクルマの会に行くから。」

僕の場合、カーオーディオなどと言う趣味もある。いまのリース契約のクルマにはそれなりのモノがこっそりだけど積んであったりする(撤去および原状復帰可能な状態で)。オフ会に行くと言って、ときどき関西や名古屋方面に顔を出したりしていた。家の中でオーディオを趣味にする場合、普通、その家を訪ねないと音を聞いての評価はできないが、クルマの場合は、乗っていって隣に並べて聞けば、評価はすぐ出る。また自作する人も多く、話をしに行くだけでも楽しかったりする。そういうわけで、しばしば土日に泊まりがけの旅に出ることもあった。家族に対しての理由としては、自分の場合は無理のない理由であった。

 「それなら、日曜日の夕ご飯は?」

 「ん~~、どこかで食べてくるわ。」

 「明日の何時に出るの?」

 「仕事終わってすぐに行くわ。愛知の方だからちょっと遠いし、あさって早いし。」

 「ふううん、気をつけてね。」

すでに父は、うつらうつらと眠っている。朝が早いからしょうがないか。再び自室に帰って、パソコンを起動する。地球製のOSで起動してメールチェックして、JYURAI_OSモードで再起動して、またメールチェック。鷲羽ちゃんからメールが来ている。ふむふむ、明日午後6時に柾木家に集合とな。

 「柚樹さん、明日午後6時に柾木家だって。」

 「ほお、お主もいよいよ皇家入りじゃな。」

銀毛ネコの姿の柚樹が現れる。右足を舐めて顔を洗っている。完璧にネコだなぁ。

 「着替えだの、そう言うのはどうしよう。」

 「たぶん持って行った方が、旅行という言い訳の意味でも良いと思うが、たぶん先方で用意してくれるじゃろうな。」

 「そか・・・。」

そりゃそうだろうな、と思いながらいつものボストンバッグに2泊分の用意をする。そんなこんなで午後11時を回ろうとしている。若い頃は、チャットしたりして午前1時過ぎて寝ても次の日何ともなかったが、最近は、寄る年波には勝てず・・・。あ、別に勝ってるのか、生体強化とかなんとか鷲羽ちゃん言っていたし。お、携帯が鳴ってる。

 「はいはい、田本です。」

 「もしもし、夜分遅く失礼します。山田西南です。天地先輩から番号教えてもらいました。」

あら珍しい人から電話だな。そう言えば明日は護送任務がどうとか・・・。

 「明日、僕たちを護送してくれるんだっけ?なんだか、休暇が短くなったようで申し訳ない。」

 「いえいえ、これも任務ですから。鷲羽ちゃんからメールが来ていると思いますけど、明日の午後6時に天地先輩んちに来てくださいね。僕の守蛇怪に田本さんの一樹君を収容して出発します。」

 「樹雷への到着はいつになるの?」

 「明後日の朝7時頃でしょうか。内密にお願いしたいのですが、上位超空間航行で行きます。GP理事長アイリさんの許可は取ってあります。」

そう告げる西南君の声はすでにこのあいだのちょっと子供っぽさがある感じではなかった。さすが囮戦闘艦守蛇怪の艦長。

 「わかりました。それでは大変でしょうけどよろしくお願いします。」

 「あ、そうだ。僕が艦長なんで、想定外のことが起こるかも知れませんが、どうぞご容赦ください。」

 「そういえば、瀬戸様がおっしゃっていた、あの海賊を引きつけるとかなんとか?」

 「ええ、以前より少なくなったとは言え、まだまだ海賊はいますから。」

遠くから、みゃう?みゃ!とか言う声が聞こえる。こりゃ福ちゃんだな。

 「でも強いんでしょ?守蛇怪。福ちゃんも任せといてって言ってるし。」

 「・・・、う、ほんとに嫉妬しちゃうくらい、話せますねぇ。まあ、大丈夫だとは思うんですけど、何せ僕が艦長ですから。」

 「大丈夫だって。一樹も柚樹も、そして瑞樹ちゃんもいるし。」

なんで素人の自分が大丈夫というのか、ちょっと変だけど。

 「あれ、なんで瑞樹のことまでご存知なんですか?言ってなかったと思うんですけど。」

 「だって、こないだからかわいらしい声で、ねえねえ聞いてってすごく話しかけてくるんだもん。誰の樹だかは知らないけどね。」

 「この人、トップシークレットの塊だなホント。それでは明日、お待ちしています。」

 「うん、よろしくお願いします。」

さて、こちらも寝るとしよう。まだ明日一日仕事がある。

 




実は、この小説書き始めて、西南君のことを自分がこうあって欲しい思いで補完して書いているわけですが、結構突発的に不幸なことに襲われています(^^;;;。仕事で頼んでいた印刷物、そこの印刷業社の社長が病気で倒れて未完成で納品されるわ、その後処理に七転八倒するわ、周りからそのことでいろいろ言われるわ、ケース会議で方針決めたことを病院の都合で覆されるわ・・・。もしかして、誰かさんのド悪運の影響?(笑)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛7

ある意味、おっさんですから(^^;;;。

さて、いちおう無事に地球は出られそうですが・・・。


そうだ、あのとんでもない額が書き込まれている通帳とカードもバックに入れていこう。

 布団敷いて、横になっても目が冴えて眠れない。今日のところは何とかなったけど、この先どうなるかは全く分からないわけである。よし、これからは、情報収集と鍛錬だな。人間観察ももっと眼力を養おう、そう思うとそれなりに楽になる。全く訳が分からない、というのよりは、何らかの方針が立てば比較的楽に対処出来るものである。分からないけど飛び込んでしまえ、で何とかなったのは若かったのと、周りのサポートがたくさんあったせいかなと最近は特に思う・・・。

 

 うん?iPadが鳴っている。そうか、もう朝か・・・。時間はいつもの起床時間。久しぶりになんだかよく寝たような気もする。いつものように朝の出勤準備をして、光学迷彩かけてもらって出勤する。タイムカード押して席について、課長や周りの人達と今後の方針なんか話して、仕事を始める。電話が何件もかかってきて、その対応して文書作って、決済もらって、支払伝票切っていると、気がつくとお昼。顔を上げると、水穂さんがこっちを向いている。目配せして外に出ることにした。内線で天地君も呼ぶ。

 「近くの喫茶店でランチにしませんか?そこの日替わり定食美味しいんですよ。」

 「あれ、田本さん今日は気前が良いっすねぇ。」

 「いつもお世話になってるから、たまには、ね。」

少し大きめの声になっていて、聴き方によっては若干わざとらしいのは許して欲しい。できれば無関係の客というのを装いたいので、一度トイレに行き、光学迷彩を解いて、素知らぬ顔で出て行く。二人には、先に役場の喫茶店に近い裏玄関に出ていてもらっている。

 その玄関に行く前に、総務課の森元女史とすれ違う。スッと一礼してすれ違った。

 「あ、そうだ田本さんに特定健診と健康相談受けるように言っとかないと!」

良く通る声で言って、また総務課に戻る方向に駆けだしていく。ビクッとして振り返りそうになったが何とか耐えた。クルマに乗って裏玄関に回ると二人が待っている。

 「あ、そうか田本さんもう一台クルマあるんですね。」

 「うん、あっちは趣味で乗っていた方。両方とも軽自動車だけどね。」

クルマで5分ほどのところにある、昼間は喫茶店で夜はカラオケ&居酒屋なお店に着く。駐車場に駐めて、店に入ると見知った顔がいくつか見える。僕にはさすがに気がついていない。奥の角の席を陣取り、手早く日替わりランチを頼む。お冷やとお手ふきをもらって料理ができるのを待つ。良く効いた冷房が心地よい。

 「確認ですが、今日の午後6時に柾木家に来てくださいね。」

 「いちおう、2泊分の準備はしましたが、ちなみに、こちらのジャケットとかネクタイとかは持って行く必要がありますか?」

式典や公務はネクタイ着用だろうと思うけど。

 「いいえ、すでに田本さんのお召し、いえ、着られるものは準備されています。向こうに着くと着替えさせてくれますわよ。」

 「そうですか。どちらにしろお世話になります。たぶん式典やら何らかの公的な場とかありそうですし。」

 「ええ、・・・その、私が付いているのに一緒にいる方に、恥をかかせるわけには行きませんから」

ほほを赤らめる水穂さん。天地君は、目を細めながら笑顔になっているが、口の端がひくついていた。

 そう言っているうちに、ランチセットが到着。結構品数があってこれで800円だったりする。野菜も多くしかも美しく盛られていて、女性にも人気がある店である。

 「いただきます。」

三人で手を合わせてランチセットを頂く。水穂さんは箸の使い方も上手い。もちろん、端を舐めたり、寄せ箸(箸で小皿を手前に寄せる)などもしない。指が細くきれいだなと。

 「どうしました?」

 「いえ、箸の使い方が綺麗な方だなぁと。」

 「箸の使い方だけですのね?」

 「あうう、特に箸の使い方が、です。」

特に、のところを強調して言った。ほんとにやっぱり瀬戸様の女官さんだけあるなぁ。

 「田本さん、大変ですねえ。」

くっくっくと笑っている、天地君。おにょれ、いまにみておれ(なにを?)

 別に頼んだアイスコーヒーも届き、そんなこんなで昼休み終了10分前になる。お会計を済ませて外に出る。夏の日差しがキツイ。窓を開けて熱気を追い出す。最近の軽自動車はエアコンでパワーダウンもあまりしないし、エアコンも良く効く。役場に帰って、就業時間まで結構早かった。金曜日はいろいろ問い合わせも多い。幸いにも今週末は特に何も予定が入っていない。どうにか終業チャイムが鳴る。バタバタと片付けして、

 「済みません、これから用があるので帰ります。」

いちおう、まだ残っている人も居るのでそう言って席を離れた。

 「おつかれっしたー。」

隣の課の男性職員もそう言って帰っている。すでに水穂さんは帰っていた。こういうときは言ったもの勝ちっと。そうこうしているとすでに5時半過ぎている。急いで柾木家に向かう。今日、朝出るときに、昨日用意した着替えが入ったボストンバッグは持って出てきていた。

 柾木家に着くと、すでに水穂さんは玄関で待ってくれていた。ちょっと和装に良く似ているが、原色のラインが入った服に着替えている。とくに桃色のラインが綺麗だった。

 「お待たせしました。それは樹雷の服ですか?」

 「ええ、久しぶりに身につけると気が引き締まりますわ。」

両手で軽く袖を持って、その場で回ってくれる。当たり前だがよく似合っている。イヤリングのようなものも付けられているが、それは、宙に浮いているように見える。

 「そのイヤリング・・・。」

 「ほほほ、地球では付けられませんでしょ?さあそれでは参りましょう。」

玄関前から転送されたところは、鷲羽ちゃんの亜空間ドック。一樹はナノマシン洗浄は終わっているが、やはり外装のダメージはかなり大きそうだ。ドック中央には見上げるような大きさで、琥珀色の水晶のように見える鉱物でできた物体が見えた。アニメで見るような宇宙戦艦、みたいなイメージではない。中央には赤い立方体の部分があり、その上下には美しいカーブを描いた金属製の翼のようなものが装着されている。その後ろには二枚の板状の水晶のようなものが斜めに取り付けられている。中央には、全体から言っても巨大なといえる、板状の水晶のような素材でできたものがありその真ん中に赤い目のようなものがある。生き物だと言われればそう信じてしまいそうである。前(?)に突き出す同じような水晶素材の中には、まるで琥珀に閉じ込められた樹木のように緑の葉と茎が走っている。

 「綺麗ですねぇ・・・・・・。」

 「そお、わたしのデザインセンスも捨てたもんじゃないっしょ?これが西南殿の船、囮戦闘艦守蛇怪だよ。」

鷲羽ちゃんが隣に立つ。

 「もしかして、鷲羽ちゃんの作った物ですか?それに、これ宇宙船ですか?」

僕のイメージだと、後部噴射ノズルみたいなのがあるどちらかというと地球の船に似たものが真っ先に思い浮かぶ。

 「こう、後部噴射ノズルだとか、姿勢制御ロケットだとかが突きだしていて・・・。」

 「この宇宙一の天才科学者のわたしが、そんな無粋なもの付けるわけ無いじゃない。」

へええ、すごいなぁ綺麗だなぁと見ていると向こうから西南君達が歩いてくる。すでに短パンとTシャツみたいな格好ではない。左右非対称デザインで緑や紺と言った色使いの制服を着ていた。襟元に金色のバナナのようなものが左右から釣られている。他の皆さんも似たようなデザインコンセプトの服だが、その金色バナナはない。と言うことはこれが階級章のようなものか。きびきびした足取りで僕の2m位前まで来て、地球で言う気をつけの姿勢を取り、右手先を頭に持ち上げ敬礼する。

 「囮戦闘艦守蛇怪艦長山田西南です。これより田本一樹様、柾木・水穂・樹雷様の護衛・護送任務に就きます。」

とりあえず、返礼方法も分からないので、消防団式に敬礼する。手を下ろすとそれを待っていたように西南君も敬礼をもどす。

 「本日から数日間、私たちのために護衛・護送任務について頂き、感謝に堪えません。数々の戦闘経験等の豊富な船と聞き、私たちも本当に安心して樹雷到着までの時間を過ごすことができます。不慣れな点多々ありますが、どうぞよろしくお願いします。」

ふたたび敬礼の手を上げ、西南君があげるのを待ち、こちらが降ろすと西南君も降ろす。

 「ええっと、こういうやり方で良いのかな?」

思わず、水穂さんに聞いた。

 「ええ、GP式はそれで良いです。でもびっくりしました。挨拶もさらっとこなされますから。」

 「消防団とかで、こんな感じのことは良くあるので・・・。これくらいのことを言っておけば良いかなぁ程度で・・・。西南君、変だったら教えてね。」

 「うわあぁ、自分、なんかテンション上がりました。田本さん、こちらこそよろしくお願いします。それでは、こちらへどうぞ。」

緊張感を和らげるためか、西南君もにっこり笑ってくれる。すでに守蛇怪のカーゴスペースに一樹は収容されたようだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛8

ご期待かなぁ?

おそるおそる出してみます。

婚前旅行の始まり始まり~♪。


「柚樹さん付いてきてる?」

 「おお、おるぞ。」

声と共に姿を現す柚樹ネコ。持ってきたボストンバッグを持ち上げる。

 「それでは、行ってきます。」

 「うん、それじゃぁ気をつけて行っておいで。」

目を細めてにっこり笑う鷲羽ちゃん。まあ、裏はないんだろうなきっと。

 視界が一瞬ゆがみ、転送されたのは守蛇怪のブリッジだった。そう思ったのは、以前一樹との処女航海の折に瀬戸様に言われたことを思い出したから。守蛇怪のブリッジはサークル状になっていて、西南君が席に着くと、福ちゃんがポンと中央部に飛び乗った。福ちゃんを中心として搭乗員みんなが向き合う格好だった。

 「田本様、水穂様、こちらへおかけください。」

見ると西南君の後方に三席用意されていた。柚樹が右端に座ったので、その隣、水穂さんはその隣と自然と席が決まった。

 「皆様、それではそろそろ出発しますが、俺が艦長なので実は何が起こるか分かりません。どうぞよろしくお願いします。また、今夜は、守蛇怪の宿泊スペースを後ほどご案内しますのでそこでおくつろぎください。」

振り返った、西南君が申し訳なさそうな表情で説明する。くくく、と雨音さんが笑っていて、リョーコさんは、若干あきらめ顔、霧恋さんは静かに端末を叩き出航準備を進めているようである。まあ、何が起こっても一樹もいるし、柚樹もいる。と思って隣に座った柚樹を撫でていると、ブリッジ中央に陣取っている福ちゃんがみゃうみゃう!と、ここに私だっていると自己主張し、瑞樹ちゃんが私だっているもん!とちょっと怒ったように言っている。一樹も僕だってここにいるよ!と言っている。

 「はいはい、みんないるよね。ごめんね、それじゃあ頼むよ。」

みゃ!と手を上げる福ちゃん。リョーコさんがうらやましそうにこちらを見ていて、ネージュさんは不思議な目線でこちらを見ている。

 「艦長、守蛇怪メイン反応炉内圧力正常。臨界に達します。各補機反応炉内も圧力正常こちらは臨界を越え通常使用領域です。」

霧恋さんが鋭くシステム全体の状態を読み上げる。

 「火器管制系異常なし。」

 「鷲羽様からの離床許可出ています。亜空間キー取得しました。」

 「銀河連盟からの航行許可着信。」

 「システムオールグリーン、いつでも発進可能です。」

 「守蛇怪発進!」

西南君の号令の元、静かに離床する感覚があった。もちろん各種光学迷彩やら、不可視フィールドやらは張っているのだろう。となりで、水穂さんは端末を起動して、どこかと通信している。

 「水穂さん、瀬戸様ですか?」

 「はい、そうです。樹雷到着の時間には、いろいろ準備しておくわ、ですって。」

ブリッジの全員が一斉にこちらを見て、一様に心底気の毒そうな表情をする。

 「そうだ、超空間航行、ちょっと待ってくださいね。」

ちょっと思いついたのだ。

 「え、でも田本さん急いでいるんじゃあ・・・。あと5分ほどで超空間ジャンプ可能位置ですが・・・。」

 「それだけあれば大丈夫かな。一樹、この間天地君のお風呂でいじっていた、超空間航路のマップ出せるかい?」

目の前に、この間の超三次元マップが浮かび上がる。そうそう、通常超空間航行航路がこれだから、上位超空間航路は、これ。で、今回提案した航路がわずかにずれた、これ。うん、この超空間航路上での上位超空間航行ならさらに30%程度速い。

 「水穂さん、このデータを鷲羽ちゃんに送ってください。」

守蛇怪のブリッジ前方にあるディスプレイに鷲羽ちゃんが応答する。

 「鷲羽ちゃん、このデータ使える??」

ぎらりんと光る鷲羽ちゃんの目。

 「・・・まったく、この子は・・・・・・。また林檎殿に頼んどくからね。霧恋殿、今から新上位超空間航行プログラム送るから、それでいっとくれ。」

 「・・・・・・鷲羽様からの新上位超空間航行プログラム着信、およびダウンロード完了。」

 「霧恋さん、どうですか?使えますか?」

と言って、ディスプレイから視線を移して前を見ると、ドン引き表情の西南君ほか、守蛇怪ブリッジの皆様。

 「今すぐ辞表が出せたらと思ったことが、今まで二回あったけど、三回目・・・いや、守蛇怪の時もだから四回目だわ・・・。」

顔に縦線が出そうな、暗い表情でぼそぼそ霧恋さんが言っている。

 「鷲羽様に、バカな子と言われてる田本さんですから・・・。」

水穂さんが霧恋さんのとなりにしゃがんで肩に手を置いている。ええ、ええ、バカな子ですとも。

 「艦長、新上位超空間ジャンププログラム使用可能です。」

やれやれと言った表情でリョーコさんが西南君に告げる。

 「・・・新上位超空間ジャンプしてください。」

 「新上位超空間ジャンプ。」

例によって、リョーコさんがエンターキーを叩くと同時に超空間航行に移行したようである。やっぱりショックもなければ古代の異空間も現れないし、衣服も透けたりしない。

 「なんかねえ、やっぱり、こうワームホールに突入するビジョンとか見たいやねえ・・・。」

ぷっと吹いて笑う、西南君。

 「そうですよねぇ。こう、でかいショックとか、シートベルトでぐるぐる巻きにしないと酔うとか・・・。」

だよねえ、と二人で頷き合ってると、水穂さんそのほかは、あきれ顔と微笑ましい顔との半々と言った表情で見ている。

 「艦長、新上位超空間航行プログラムで到着時刻が3時間以上早くなりそうです。」

 「ネージュちゃん、アイリ理事長にその旨、連絡してください。リョーコさん、確か、1万光年ほど跳んだところで航路乗り換えのため一度通常空間へ実体化しますよね?」

 「そのとおりですわ、艦長。」

リョーコさんが端末を叩いて答える。

 「じゃあ、その辺で時間調整も良いかもね。」

雨音さんが、ほおづえをつきながらけだるそうに言った。小声で、霧恋さんが雨音ダメじゃない!と軽く肩をぶつけて言っている。コホンと一つ咳払いをして霧恋さんが立ち上がった。

 「しばらく、自動操縦になりますから、居住空間の説明をしておきます。皆様こちらへ。」

ブリーフィングルームのようなところに通され、霧恋さんから食堂および各種説明を受ける。ホワイトボードではないが、それぐらいの大きさのディスプレイで守蛇怪の居住空間が示される。やはり広大かつ巨大な空間があるようだ。

 「守蛇怪も皇家の船と同じように、広大な空間が亜空間固定されています。食事は、そうですね、午後7時に、赤く点滅しているこの場所にある食堂で。宿泊については、この色がついていないところどこでもどうぞ。守蛇怪の居住空間マップ関係およびそのコントロール、宿泊場所のコントロールについては、この端末からどうぞ。地球のタブレット端末に似たものなので直感的に使えると思いますわ。」

 そう言いながら、A4用紙程度の大きさの透明な板を手渡してくれる。水穂さんはその端末の右端に金属部分が三角コーナーのようにあり、そこをポンとタップしている。同じようにしてみるとそのディスプレイが起動して、現在地点が点滅している。

 「あのぉ、この色のついていないところって、ほとんど全部のように見えるんですけど・・・。」

マップを見る限り、ほとんど小さな町レベルの居室が表示されている。他にも病院のような医療施設、農畜産物工場、守蛇怪の補給部分品製造工場、これはアスレチックジムに一体何人収容か分からないほどの巨大な厨房設備つき食堂。

 「ええ、色がついているところが、まあ、私たちが居室として使っているところで・・・、もの凄く広大な空間が固定されていて、その空間にほとんど数十戸規模で上級士官クラスの家、艦長クラスで二十戸ほどの家が用意されています。」

 「え、この光点一個一個が家なんですか。居室空間ではなくて?」

 「ええ、鷲羽様の作ですから・・・。ここから遊歩道歩いても行けますし、その端末で指定すれば転送も可能です。」

なんだか説明している霧恋さんも複雑そうな表情である。色がついている「家」は全部で10戸程度しかなかった。下士官クラスの家や管理用アンドロイドやバイオロイドの収納庫みたいなものを入れると、何と西美那魅町とほとんど変わらないほどの戸数が見える。

 「そうそう、大浴場だけは共有して使っています。すぐに転送で行けますので、ご夕食までお楽しみください。」

そう言って、霧恋さんはそのブリーフィングルームから出て行った。

 「どれでも良いよって言われると、逆に気後れしちゃいますよね。」

横の水穂さんの顔をみる。慣れた様子でA4回覧板のようなタブレット端末を操作していた。

 「それでは、わたしはここで、田本様は、ここでどうですか?皆さん結局何となく寄り集まって部屋にしているようですし。」

ポンポンと指定してくれたのは、上級士官クラスの家らしく、色がついている居室というか家の隣のようである。瞬時に転送ができると言っても、ここまで広大だとやはり人の気配は感じたい。

 「一泊ですし、自分的には地球のビジネスホテルのような、狭い空間で十分なんですけど・・・。」

そうなのだ、あっちこっちへ旅行に入っているが、だいたいビジネスホテル泊まり。旅館系は仕事で引率するようなときくらいである。シングルのベッドで十分に広いし、ユニットバスで本当に十分。夕食は食べに出て、夕食場所から帰ってくる途中のコンビニ寄って500ccの缶ビールとおつまみ買って、持ち込んだパソコンでネットしたり、その地方独特のテレビ放送見たりするのが結構好きだったりする。

 「うふふ、まあ、行ってみましょ!。」

腕を回されて、立ち上がらされて、水穂さんと転送される。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛9


夕ご飯前のひととき・・・。




「・・・!」

転送された先は、ほとんどお屋敷だった。周りを見渡すと立地はコテージ風なので、ああ、上級士官の部屋なんだと分かるけれど、この大きさは一体・・・。地球だと、こ洒落たアパートを一人で占有するような雰囲気とでも言おうか。

 「ちょっと、他も見てみませんか?」

ええ、いいですわよ。と微笑む水穂さん。なんだか嬉しそうである。下士官クラスの家に転送されても大きく、自分的に落ち着くような部屋だと、もう2ランクほど落とした部屋で十分だった。それでもビジネスホテルだと一泊1万円5千円は超えようかと言うような設備が整っている。これで、少尉レベルの部屋だそうで・・・。これ以下だと地球の普通のビジネスホテルレベル(上等兵)から、4人部屋がほとんど無数と言えるほど連なった建物(軍曹以下)になっている。この守蛇怪にそう言う兵士レベルの人から乗り込ませると、ほとんど大戦争も起こせる人員が余裕を持って収容出来そうである。

 「水穂さん、僕ここで良いんですけど・・・。」

 「これから皇族になろうという方が、こういうお部屋ではいけませんわ。」

 「一泊だし、広すぎて落ち着かないし・・・。」

 「わかりました、先ほどのおうちでご一緒しましょ。」

また左手を回されてさっきの巨大な家に連れて行かれる。水穂さんは、勝手知ったる他人の家のような堂々とした足取りでその家に入っていき(僕はほとんど引きずられている)、玄関入ってすぐの大広間のようなところで端末操作すると、この家ですら、使用人用に十数室あり、主人用に一室、その夫人用一室、他に同じようなレベルで3室、お客様用に5部屋、そんな贅沢きわまりない家であった。

 「じゃあ、僕この部屋で。」

指定したのは、執事用の部屋。もうこれでも贅沢だって。

 「ダメです。これからのこともあるんですから、ここに泊まってくださいね。荷物を運んだらここに一度集まりましょう。大浴場に行ってみたいわ。」

 「はいぃ・・・。」

何かすごく嬉しそうな水穂さんの勢いに負けた。半ば強引に主人用の部屋にされている。まあ言うとおりにしておこう。これも勉強だなきっと。端末をタップするとその部屋に転送される。

 「・・・・・・!。」

失礼しましたと、回れ右して帰ろうかと思う部屋だった。見たこともないほど大きなベッドに西洋アンティークを思わせる様々な机やイス。応接セットと言うもはばかれるようなソファにローテーブル。某ネットオークションに出したら一体いくらつくんだろうというような内装である。気を取り直してお風呂セット用にボストンバッグからビニールの巾着袋を取り出し、下着などを入れる。某温泉に行ったときに頂いた袋で、派手な黄色だったりする。もったいないのでずっと使っている袋である。

 それを持って、端末をタップすると、また転送されて、さっきの玄関エントランスで水穂さんが待っていた。ああ、やっぱりと言った顔をしている。

 「もお・・・、これからはわたしが田本様の身の回りのものを選びますわ!。」

そお?、そんなに変?

 「そんなに立派な体格ですのに・・・。ギャップがありすぎですわよ。」

かあっと顔を赤らめて、うつむいてしまう水穂さん。あんまりかわいらしいので、ひざまずいて右手に軽くキスする。ちょっとキザかもと思いながら。

 「参りましょう、お嬢さま。」

ちょっと天木日亜さん入った雰囲気を醸し出しながら、そのまま右手をとって玄関へ歩く。

 「いやだぁ、田本様・・・。でも黄色い巾着袋が雰囲気ぶちこわしですわ。」

と言いながら素直についてくる。玄関ドアを手前に引いて開ける。

 「うわ、急に開けたら・・・。」

と言いながら、雨音さんに霧恋さん、ネージュさんにリョーコさんがたたらを踏んで走り込んで来た。みんな手に、なぜか先の見通しの良さそうな「ちくわ」を持っている。

西南君は、困った顔をして福ちゃんを抱いてその後ろに立っていた。

 「俺はやめようって言ったんですけどねぇ・・・。」

水穂さんは、今にも燃え上がりそうな顔色である。

 「お出迎えご苦労様です。」

僕の顔も赤いんだろうが、水穂さん見ているとあまりにも気の毒でかえって冷静だったりする。人の悪い笑顔を浮かべてみたりもする。

 「そうだ、こないだの水穂さん介抱してもらった貸しはこれで無しってことで。」

 「ええ~~~~!」

四人の顔を見回すと、心底残念そうな顔なので、かわいそうになって、

 「嘘ですよ、旨い酒が飲めて美味しい居酒屋とか、僕のおごりでOKですので行きましょうね。もちろん水穂さんも。」

ぱああっと四人と西南君の顔が明るくなる。それくらいのお金はあるし。そう言いながら水穂さんを見るとちょっとふくれっ面。うん、そう言う顔もかわいい。そんなこんなで中央大浴場に転送されると、そこはスーパー銭湯+テーマパークのようなお風呂というかプールのような巨大なものだった。

 「しかし、守蛇怪って、もの凄い船ですね。」

 「そうなんですよね、もう十年以上この船と共に任務をこなしてきましたけど、未だに慣れません。」

とりあえず、西南君と男湯の方に入る。見上げても、横を向いてもとにかくでかい空間で、しかもジャングルを思わせるような観葉植物も適度にあって、見ていて飽きない。柚樹と福ちゃんは仲良く広いお風呂を泳いで堪能している。

 「もうたぶん、数百光年なんて移動しているんだよねぇ。今更ながらすごいなぁ。」

 「俺、地球に帰ると、実際ホッとするけれど、この宇宙にいると力が湧いてくるような、ここが居場所で、ここにずっといたい、そう言う思いで一杯になります。」

 「あ、わかるなぁ。僕も今そう思ってた。」

そんなに感心ばかりしていても時間ばかり過ぎるので、さっさと身体を洗って、浴場を出る。柚樹も福ちゃんも洗ってもらって機嫌は良さそうである。食事時間まで1時間程度だったので、西南君と食堂へ直行する。黄色い温泉名の入った巾着袋はしっかり持っている。

 食堂に行くと、まだ誰も来ていない。あまりに広大でこの居住空間には人の気配がほんとうにない。

 「静かだねぇ。」

 「ええ、なんだか、ひとりぼっちにされた気分になりますね。」

わずかな機械作動音さえも聞こえてこない。何らかの音を出すような機械そのものがないのかも知れない。それなのに超光速航行中だという。あまりにも進みすぎた科学は、魔法のように見えると言うがまさにそれそのものなのだろう。

 思い出して、あの端末を触ってみる。右端っこをタップするとスリープから起動する。船内マップモードで起動するが、他に何かメニューはないかなっと。へええ、船内に補給部品工場もあるんだ。

 「西南君、この船、自分の部品も作れるんだねぇ。」

 「ええ、以前、俺がまだ研修生だった頃、海賊に追いかけ回されて補給もままならなかったことがあって、鷲羽様は万全の体制を整えてくれました。」

西南君は、ゆっくりと部屋を見回す。この人達は、本当に歳が分からない。こんなところを見ると高校生か大学生くらいに見えるし、さっきのような仕事の時は、年相応かもっと年上のようにも見える。

 「このタブレット端末もそこの工場製です。汎用端末メニューからいろいろ作れるので、GPの汎用機を手本にカスタマイズした仕様のようです、と霧恋さんとエルマさん・・・じゃないリョーコさんが言ってました。」

と、頭を掻きかき言う。正直な人だなあと思った。

 「ちょっといじってもいい?」

 「う、壊さないでくださいね。」

 「大丈夫でしょう、これだけ高度な機械システムならフェイルセイフ機能は完璧だろうし・・・。」

 そういいながらも、タブレット端末からいろいろなメニューをたどって見てみる。こういうの好きなのだ。中途退学した大学は工学系だし(まあ勉強はしていないけどね)、好きなクルマ雑誌は某会社のイラスト中心の工学系解説書だったりする。

 ウエポンシステムも作れるようだけど、いじっていて変なもの作るとオオゴトなのでそこはスルー。パーツ素材などの中を覗いてみる。さすが宇宙の技術。夢のような素材が山ほどある。カーボンナノチューブどころの話ではない硬度などを誇る素材に、様々なコーティング技術。地球では考えられないエネルギーを生み出す電池のようなもの。高分子化合物に至っては星の数ほどの素材がある。鷲羽ちゃんじゃなけど、大声で笑い出しそうになる。恒星間航行技術が当たり前の世界は本当に魔法のようだった。

 「田本さん、なんだか鷲羽様みたいな顔していますよ。」

 「だって、こんなに夢のような素材が山ほどあるんだもん。」

 「じゃあ、守蛇怪の航行に支障のないものだったら一個作って良いですよ。」

 「ぬおおお、西南君太っ腹!。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛10

すげーすげー、守蛇怪すげーと大喜びの田本さんです。




さっそく何作ろうか考える。結構ハンダゴテ握っていろいろ工作するのは好きだったのだ。設計支援システムをタブレットで起動すると、さすが、宇宙の技術だ。一切難しいことはない。分からない言葉はヘルプシステムが充実しているのでサポートしてくれる。そうだ、一樹にもサポートしてもらうのもいいかもしれない。もう一階層潜ると、試作品作成モードもあるようである。これは本当に好き者にとっては、天国のような船だった。ほとんど研究所的な設備もあり、各種解析もできるらしい。さすがに鷲羽ちゃんレベルでは物足りないのかも知れないけれど。

 そこまでシステムを見せてもらって、そうだ、腕時計を作ろう、と思いつく。ただし多機能な。地球の機械式時計のような外観や厚みを指定する。まずは外形を決める素材は、変幻自在な高分子化合物がある。しかも最大硬度は地球のほぼダイヤモンド並みからゲル状の素材まで、電気刺激を与えると様々な硬度や形で固定ができる素材だそうだ。様々な部品カタログの中から項目を選ぶ。内部に、エネルギー源として超小型反物質反応炉を入れて、僕の脳波を読み取るようなセンサーおよび陽電子CPUを配置。宇宙で普通に使われている汎用OSを入れて、形の決定や、その機能のエミュレートなどを任せよう。ついでに今のスマホ携帯の機能もエミュレートさせる。形は腕時計型からタブレット端末風、スマホ形状、何かあったときのために木刀形状、おおそうだ、超小型反物質反応炉でもエネルギー不足の折には一樹と柚樹のエネルギーも受け付けられるように・・・。怪我をしたときには、全身をフィールドで包みナノマシンを散布して高速度治療を行うモード。もちろん機械式時計のような外観を偽装することもできるようにっと。木刀モードは刃の部分は、光應翼をそこに沿って出現出来るモードを追加する。もちろん、通常の木刀としても使え、反応炉のエネルギーを刃に沿って収束させるライトセーバーモードも備える。まだまだ機能追加はできるようだが、それはあとのお楽しみ。また鷲羽ちゃんの工房ででも改良させてもらおう。

 そして、試作品作成コマンドを実行すると、ほんの30秒ほどで目の前に試作品が転送されてきた。とりあえず、腕時計の形をしている。デザインはとりあえず地球の高級時計風にしておいた。しかしすごいのは、守蛇怪の設計支援システムだろう。熱的なこと、強度的なことほとんど一瞬にしてシミュレーションが終わり、若干の修正を自動で加えて、製品化可能と出るのだから。

 「わりと地球的なものを作りましたね。」

 「ふふふふふ、ちょっと見てて。」

腕時計を付けて、時刻を見ると普通に長針秒針が動いている。クォーツ式のように完結的には動いていないのに満足する。携帯端末と思うとするるっとその時計が形を変えて、スマホ風の携帯に変わり、蛇のように手のひらに収まる。次タブレット、と思うと、そのままグッと大きくなって、10インチ程度の極薄タブレットになる。ちょうど守蛇怪の標準装備品タブレットに近い形である。そして木刀モード。木でできた木刀に瞬時に変わり、利き腕の右手に瞬間移動する。

 「一樹、光應翼をここに沿わせて張れるかい?」

 「その木刀の刃の部分だね。大丈夫だよ。」

ふわりと白とも銀色ともみえる光應翼が刃の部分にみえる。

 「西南君ごめんね、僕、スパイ映画も好きなんだ。」

と言いながら西南君を見ると、目をキラキラさせて見ている。

 「ありゃぁ、面白そうなことやってるわね。」

振り返ると、雨音さんがウインクしながら見ている。間近で見ると心臓に悪いくらい美しい人だなぁ。続いてリョーコさんも、霧恋さんも、ネージュさん、水穂さんと食堂に入ってくる。

 「西南君にお許しもらって、身を守るものを考えたので、作らせてもらいました。」

物珍しそうに、みんな見てくれている。

 「あー、でも俺、運が悪いからなぁ。こういう複合的なものって、まず上手く動かないし・・・。」

 「西南君、とりあえず守蛇怪の設計支援システムには残しておくから、鷲羽ちゃんに検証してもらうのも良いかもしれない。守蛇怪にあった汎用技術で作っているらしいし。まあ、宇宙の皆さんにしてみればオモチャのようなものかも知れないしね。」

 「田本様、樹雷に着いたときに取り上げられてもいけませんから、その時計のデータを送っておきますわ。」

あきれ顔の水穂さんが、やれやれと言った表情で自分の端末を操作する。

 「ええ、お願いします。一緒に鷲羽ちゃんにも送ってください。西南君用に信頼性をあげたものを作れないかどうか聞いてくれると助かります。」

キラキラおめめの西南君が盛大に頷いている。

 「え~っと、ギャラクシーポリスと言うくらいだから、ビームガンとか熱線銃とかあるんですよね?」

 「うん、制式銃はあるなぁ。この服も支給された制服だし。」

と言いながら、ひょいと重そうな銃を取り出してみせる雨音さん。扱い慣れていそうな手つきである。

 「雨音は、もともとGPの2級刑事だしね。」

 「新制服の内見会の時は、モデルとして実戦シミュレーションで披露したんですが、本当に美しかったですよ。」

やっぱり、モデルだろうなぁ。この人だと。

 「あら、鷲羽様からですわ。」

食堂のテーブルのど真ん中にでかいディスプレイが現れ、赤い髪の鷲羽ちゃんがどアップで映る。

 「・・・本当にバカな子だねぇ・・・。樹雷で正式採用するかどうか検討してるらしいよ、それ。で、だ。西南殿用にだけど、かなり枯れた技術だから大丈夫だと思うけど、わたしなりに安全装置も付加した設計データを送ったから守蛇怪で作ると良いよ。」

目のキラキラ度がグッと上がった西南君だった。

 「鷲羽ちゃん、この設計システム凄いですね。自分みたいな素人でもこんな夢みたいなものが作れちゃいました。」

 「田本殿、一度大まじめに、アカデミーに入学するかい?哲学士として。何なら推薦するよ?」

珍しく真面目な表情の鷲羽ちゃん。

 「そうですねぇ、いまいろいろ忙しいし、鷲羽ちゃんとこの研究室で教えてもらっても良いかなぁとか。」

たぶん顔が赤かったと思う。耳の辺が熱いし。

 「・・・わかったよ、それじゃあ、まず腰の左右に手を当てて、マッドサインティストらしい笑い方から練習だ!。」

 「わかりました!。」

 「うわっはっはっはっは!」

守蛇怪の食堂に忌まわしくも邪悪な笑い声が二人分響き渡る。もちろんドン引き表情の守蛇怪クルーの皆さん。福ちゃんと、柚樹さんまで引いた顔をしている。

 「柚樹さん、そんな顔しなくても良いじゃん。」

 「いま、お主と一緒に来た自分の決断が正しかったのかどうか、胸に手を当てて考えておったのじゃ・・・。」

ぷっと吹き出すクルーの皆さん。

 「それじゃあ、西南殿や他のみんな、このバカな子をよろしく頼むよ。そして水穂殿も向こうでいろいろ教えてやっとくれな。」

そういって、バイバイと手を振って通信が切れた。

 「さあ、それじゃあ晩ご飯にしましょう。」

霧恋さんが、手を叩いて席に着くことを促している。また真ん中に大きなディスプレイが現れる。みんな適当に席に座った。

 「まず、守蛇怪の食事ですが・・・。」

と言うことで説明が始まる。普通に調理することも、自動調理器によって調理することも可能だそうである。今回は、急な出動だったこともあって自動調理器によるものになるらしい。例の端末から、日常生活タブ、食事メニューにはいる。メニューにはありとあらゆる料理があった。宇宙側のメニューだとどんなものかよくわからない。困っていると、

 「樹雷のメニューでしたら、比較的地球の和食に近いので親しみやすいと思いますわ。」

 「水穂さん、たとえばどんなものが良いんでしょう?」

 「う~ん、これなんかいかがですか?」

選んでくれたのは、天ぷら定食のようなお膳メニュー。こんなのまでできるんだ。ちょっとした和食レストランで1500円とか2000円くらいで出てくるメニューだった。これも、上級士官用だとか、艦長用だとか様々なグレードがある。

 「ええ、それでいいです。・・・そういえば、原材料費とか調理費は?」

何を今更のような顔をする守蛇怪クルーの皆さん。

 「艦内畑、畜産工場、養殖池などや、リサイクルシステムが完備されているので、今のクルーの人数だとまったく補給は必要ありませんわ。」

 リョーコさんがにっこり笑って説明してくれる。さいですか、あの全自動部品工場見たあとでは驚くことではないか・・・。タブレット端末を操作してメニューを呼び出し、タップすると数分で目の前に転送されてきた。本当に至れり尽くせりである。皆さん思い思いのメニューが転送されてきている。西南君や霧恋さんは日本食に近いもの、リョーコさんはちょっと西アジア風だろうか。ネージュさんは地球で言うインド風かな。水穂さんは僕に会わせたメニューだった。

 「それでは、いただきます。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛11

うん、まあ半ば公認だから、いいんですよね、きっと(^^)。

しかし、暴走は止まらない・・・。



あ、美味しい。そりゃ柾木家のお料理のようではないけれど、万人向けというのがとても広い相手を想定したような、それでいてちゃんと特徴もある。

 「自動調理器ってのも鷲羽ちゃんの作ですか?」

 「もちろんそうですわ。哲学士が公開している技術やパテントなんて氷山の一角と言われています。」

 「古今東西の料理レシピに、過去に失われたレシピまで網羅しています。ほとんど銀河アカデミー創設の頃まで遡れるようです。」

うわ、すご。底が見えない深淵を覗いた気分である。でも箸を止める理由にはならない。

 「ごちそうさまでした。」

美味かったのだ。十分に満足した。

 「それでは、私たちはブリッジ要員を残して休みます。午前2時頃に一度通常空間に実体化して、1,2時間の時間調整の後、再び超空間航行に入り、明朝の7時頃には樹雷到着の予定です。」

 「わかりました。」

また端末で、例の超高級な部屋を指定してタップすると、一瞬にして転送される。

 「今夜寝られるかなぁ・・・。」

コンコンと戸を叩く音がする。はいと返事すると、水穂さんが入ってくる。

 「田本さん、汚れ物を出してください。洗濯しておきますわ。」

え、それはちょっとさすがに申し訳ない。

 「い、いえ、さすがに下着を洗ってもらうのは・・・。」

と言ってる間に例の黄色い巾着袋を取り上げられて持って行かれてしまった。うーん、恥ずかしいぞ、凄く。ま、いいやと思いながら寝間着代わりのジャージに着替えてベッドに寝転ぶ。腕時計型万能端末にタブレットモードを命じると、瞬時に変わる。汎用OSだけしか入っていない。これ各種ソフトとかどうしよう。と思っていると、画面を手のひらで触ってくださいと出る。もしかして、認証かなとおもって、右手全体で画面を触ると、認証OKと出て、なんと家においてあるJYURAI_OS仕様のパソコンの画面が出てきた。

 生体認証で、共有までできるのかい・・・・・・。それならと思って、画面をもう一回タップしてずらすと一個のウインドウとして共有画面が独立する。その共有画面を普通に終了して、再起動を選択すると、地球のOSが起動して、なんと普通にネットできてしまった。いつもの大量の通販系メールも問題なく見えたりする。しかもこの船、超空間航行中だったりするよな。

 「柚樹さん、超空間航行中だよね、いま。」

 「そうじゃよ。お前さんの提案した空間を航行中じゃな。今までよりも実測で32,3%位速いのぉ。」

柚樹さんはだだっ広いベッドの中程で丸まって首だけこっち向いて話している。

 「しかしまあ、スゴイですね宇宙の技術って。ここにいながら地球のネット環境をタイムラグ無しに見せてくれるし。」

 「もともと上位超空間航行というのが超空間通信帯域を使うからのぉ。皇家の樹以外は本来突入出来ないところなのじゃよ。」

 「なるほど、それでトップシークレットだったと。」

さて、とりあえず、まだ眠くない。そういえば館内設備にジムのようなものもあったような・・・。1時間程度運動するのも良いかも・・・。以前の田本さんだと考えられないことだけども。守蛇怪の端末を起動して、見てみると確かにあった。使用は・・・可能。

 「柚樹さん、ちょっとジム行ってきますけど。」

 「おお、なら、わしも行こう。」

守蛇怪の端末持って、さっきの万能端末を木刀モードで右手に握る。遥照様や天地君に教えてもらった型だけでも復習しておこう。端末でジムを指定すると転送された。

またこれがだだっ広いジムである。手前には各種トレーニング機器類。その奥には畳敷きの柔剣道場が見え、その右にはサッカーコートが二つは取れそうな体育館施設である。

 ちょうど雨音さんがトレーニング機器の自転車のようなものを使って汗を流していた。スポーツタオルを首にかけている。

 「雨音さん、すみません、ここ使わせてもらって良いですか?」

 「ああ・・・、良いですよ・・・。」

かなり負荷をかけているようで、息がかなり荒い。その場を通り過ぎ、奥の柔剣道場に行く。相手は誰もいないけど、と思ったら、柚樹さんが人型に変化する。

 「あれ、その人もしかして・・・。」

 「初代樹雷総帥のパーソナルだな。」

あごひげが特徴の若い闘士である。背は僕よりも10センチは高い。掛けてある剣道の竹刀をとり、僕の前に立つ。すでに声は、あの鷲羽ちゃんのドックで聞いた総帥の声になっている。

 「よろしくお願いします。」

道場内に響く木刀と竹刀の打ち合う音。音はすれども、静けささえ感じるほどの集中した太刀筋がかみ合う。速くそして強い。久しく打ち合い、またも双方寸止め状態で終わる。

 「日亜よ、腕を上げたな・・・。」

 「主皇よ・・・。」

1万2千年の時を経て、天木日亜の記憶が泣いていた。遙か彼方の憧憬がしずしずと歩み寄るように記憶から掘り起こされてくる。深く大きな記憶と後悔の、ごうごうと渦巻く思いに翻弄されそうになる。気持ちを奮い起こして何とか踏みとどまり、

 「柚樹よ、ありがとう。」

 「は、日亜様・・・。」

膨大な時間の彼方から舞い戻った樹とその主人が再び邂逅したようだった。ようやくそれだけを絞り出すように声に出せた。気付くと水穂さんが、顔をのぞき込むように涙をぬぐってくれていた。柚樹のこれも長い寂しさの記憶と、天木日亜さんの記憶に押しつぶされそうになって、思わず水穂さんを抱きしめてしまった。女性の暖かさと柔らかさが現実につなぎ止めてくれる・・・。

 ってことは・・・・・・。と周りを見回すと、道場に正座して、皆さん鈴なりになって、ハンカチで涙をぬぐいながら見てくれている。慌てて手を離そうとするけど、水穂さん、うっとりと頭を預けている。西南君まで正座してみてくれている。その涙は霧恋さんがぬぐっていた。

 「あ、あの・・・。」

 「マッドサイエンティストの笑い声を聞かされたときは、どうしようかと思いましたが、良いものを見せて頂きました。」

目頭を押さえながらリョーコさんが席を立つ。

 「ちょっと、萌え萌えだったぜ。」

雨音さんは汗をふきふきシャワールームへ。

 「西南お兄ちゃん、行きましょ。」

とグッと自分の胸に西南君の腕を引きつけて、西南君を立たせるネージュさん。その仕草に若干般若顔で、後ろ髪がふわふわと逆立ちかける霧恋さん。

 「ごゆっくり。」

西南君と、ネージュさん、霧恋さんの三人が例の関わってはいけない系の笑顔で、一礼して出て行く。

 「あ、西南君、お風呂って・・・。」

 「ええ、二十四時間大丈夫ですよ。混浴じゃありませんけど。」

そう言いながら、に~~んまりと笑う顔は、天地君に勝るとも劣らない。そう言う左手にGショックに似た、ちょっとヘビーデューティなデザインのデジタル腕時計が見える。

 「おお、作ってみてくれたんだ。」

 「ええ、やっぱりこういう小物はかなり好きな部類なので。鷲羽様修正版で、ちょっとデザインはアレンジして。」

と言いながら、形態を変えてくれる。その辺は自在にできるだろう。自分が考えたものを他人が使ってくれているというのは、本当に嬉しいものである。

 「どうもありがとう。」

すでに柚樹さんはネコの姿に戻っていて、足下で身体を擦りつけながら喉を鳴らしている。水穂さん、お風呂行きませんか?と声をかける。ハッと身を離す水穂さん。今日何度目だろうやはり顔が赤い。木刀を腕時計モードにもどす。大浴場にそそくさと転送してもらって、柚樹さんと一緒に入って、またあの超高級(に見える)部屋に帰る。

 ベッドの布団をはぐって、照明を落としてホッとする。今日もいろいろあったなぁとか思っていると急激に眠気に襲われた・・・。

 あれ、何か良い香りがする。それと横が暖かい・・・・・・。よいしょと寝返りを打つと、

 「み、水穂さん!」

そういえば、この屋敷というか部屋、上級士官用で夫婦部屋だったような・・・。そこでご一緒しましょうと言った水穂さんは・・・。

 「わたくしも小さな頃は、いろいろありました。お母様とアイライという星を逃げるように出て、銀河アカデミーに行った日のことは忘れもしません。」

目を覚まして、綺麗な目でこちらを見る水穂さん。お母様というと、アイリ様か。

 「一生懸命勉強して、銀河アカデミーを卒業して、瀬戸様に召し抱えられたまでは良かったんですけどね・・・。」

そう言いながら、身体を預けてくる。うーん・・・。

 「わたくし、いろんな勉強しておりますのよ・・・。」

え、どんな?と聞こうとした口を唇でふさがれる。イイのかなぁ、野暮は言いっこなしで良いのかなぁ・・・。

薄ぼんやりと点けていた照明だが、水穂さんの操作でさらに光度を落とす。ええい、もうどうにでもなれ・・・・・・。張りがあり柔らかい胸、くびれていながら筋肉質な脇腹、どちらの手とも言えない手が二人を一緒にした・・・・・・。

 

 熱い抱擁から、温かい手をむつみ合う頃になったとき、突然、警報が鳴り響いた。二人して慌てて衣服を着け、タブレット端末を操作して、守蛇怪ブリッジに転送を命じる。





皆様のおかげさまで、何と昨日瞬間風速で日間ランキング2位を記録しました。しかも136000アクセスを越えていますし。

本当にありがとうございます。今後もどうぞよろしくお願い申し上げます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛12

樹雷に到着しました。さて、何が起こりますやら・・・。いちおう田本さんの地球での偽装もあるので日曜日の朝には出ないといけませんけど・・・。


熱い抱擁から、温かい手をむつみ合う頃になったとき、突然、警報が鳴り響いた。二人して慌てて衣服を着け、タブレット端末を操作して、守蛇怪ブリッジに転送を命じる。しかし、戦闘中と出て転送不可と出た。

 「水穂さん、一樹に行きましょう。」

 「そうですわね、それなら守蛇怪クルーの皆さんにご迷惑も掛けませんし。そこから通信しましょう。」

一樹に呼びかけると瞬時に一樹のブリッジに転送された。柚樹さんも足下にいる。

 「一樹、状況は?」

一樹と瞬時にリンク、あの極彩色の世界が見える。今は通常空間である。何と大艦隊に囲まれている。

 「数分前に、守蛇怪は超空間航路乗り換えのため、通常空間に復帰。同時に待ち構えていたかのように攻撃を受けているよ。」

ブリッジの巨大なディスプレイにその様子が映し出される。水穂さんが端末を叩きながら様々な情報収集をしている。

 「西南君達とつながりました。」

守蛇怪ブリッジは戦場だった。ほとんど集中砲火を受けている。光應翼と強力なシールドで防いでいるが、反撃のチャンスがうまくつかめないようだった。しかも惑星のような大きな戦闘艦も三方から守蛇怪を挟撃してくる。

 「守蛇怪後方の惑星規模艦は主砲の発射態勢に入ったようです。」

主砲の射線上にいる敵艦は待避している。そうだ、天木日亜さんの手を使おう。柚樹を見ると足下で座ってみている。

 「柚樹さん、光應翼のあのリフレクションモード使える?」

 「おお、使えるぞ。あの反射モードじゃな?。」

 「ええ。パラボラアンテナなような凹面鏡状に光應翼を張って、焦点はあの惑星規模艦の主砲で。」

よし、使える。一樹のエネルギーも柚樹とリンクさせよう。

 「カズキOKだよ。柚樹さんにエネルギーをリンクするね。」

 「おお、ありがたい。」

柚樹さんは、莫大なエネルギーを受け止めるためか、九尾の狐のような姿に変化している。

 「西南君、後方の惑星規模艦は任せてもらえるかな。」

 「ありがたいです。まさかここまでの総攻撃を受けるとは・・・・・・。」

凄まじい攻撃に映像が乱れる。

 「よし、柚樹さん、リフレクション光應翼展開。一樹とのエネルギーリンクモードで。焦点は敵惑星規模艦主砲発射口。」

 「敵惑星規模艦主砲発射しました。」

水穂さんが鋭く状況を告げる。柚樹がまばゆく銀光に包まれる。守蛇怪後方に巨大な光應翼が展開された。一樹とのリンクである。しかも最大展開モードだ。バカバカしいエネルギー量の主砲であってもなんとかなるはず。

 気が遠くなるほどのエネルギー量だろう。空間にあるわずかな原子もプラズマ化するような光が画面をホワイトアウトする。すぐに大きなショックが来た。カーゴスペースにいるはずの一樹まで揺れる。

 「成功です。こちらのダメージはありません。敵惑星規模艦の主砲を受け止め弾き返しました。」

ホワイトアウトした画面とは別のアングルの映像に切り替わる。さらにっと。

 「西南君、ごめんね。」

そう言って、一樹からの星図を見ながら、ここから一光年ほど樹雷に近い地点を確認する。亜空間生命体の目線で空間を把握して、一樹と柚樹からエネルギーを少しもらって、例によって空間をつまんで、今回は守蛇怪ごと・・・。

 「よっと。」

周りには何もない空間に瞬間転移した。水穂さんは、硬直ぎみにこちらを見ている。結構どかっと疲れというか脱力感が来る。

 「水穂さん、敵惑星規模艦はどうなりましたか?」

 「は、はい。後方から攻撃してきていた惑星規模艦は・・・・・・。自らの主砲エネルギーをメイン反応炉に直撃され、周辺の敵艦隊を道連れに爆発四散したようです。」

 「超空間航行プログラムロード、このスキに樹雷へ向かいます。」

守蛇怪クルーは、一瞬惚けたような表情をしていたが、さすが西南君、すぐに号令を掛ける。リョーコさんが端末を操作し、超空間プログラムをロードする。

 「超空間航行プログラムロード完了。新上位超空間航行に移行します。」

リョーコさんの指が端末のエンターキーを押すと同時に暗緑色の空間にショック無しに入った。

 「一樹、柚樹さんご苦労様。ちょっと疲れたけどうまくいったね。」

 「うむ、上出来じゃろう。相手も自分の攻撃をただ受けただけじゃしな。」

そう言いながら、妖怪九尾の狐から、ポンと柚樹ネコに変わる。

 「カズキ、ちょっとやばかったけど、みんなの身が守れて良かった。母様も助けてくれたんだよ。」

 「お、そうか船穂さんも挿し木されていたんだっけ。そうだ、西南君、そろそろそっち行っても良いかな?」

 「あ、戦闘体制解除します。いつでもどうぞ。」

一樹のブリッジシステムをオフし、守蛇怪の端末を操作して守蛇怪のブリッジに行く。当たり前だが、西南君他全員そろっていた。

 「西南君、ものすごい攻撃だったねぇ。」

 「ここ最近、海賊も減っていて、ここまでの総攻撃になることも少なかったんですけどねぇ・・・。」

 「やはり、情報が漏れているのでしょうか・・・?」

水穂さんが、心配そうに霧恋さんに尋ねている。

 「実は、先ほどの攻撃、船影の確認も取れなかったんです。外観は海賊艦のようでしたけれど。」

霧恋さんが言葉を選びながら慎重に事実を告げる。

 「惑星規模艦を三隻も投入すること自体がちょっと信じられませんわ。たかが守蛇怪一隻に。しかもタイミングを合わせて、反撃の機会を与えず、一気に叩こうとする戦法のようでしたし。」

リョーコさんも、同様に言葉を選びながら事実を確認している。

 「それだけ今まで、大戦果を挙げてきているということではないんですか?」

 「そう言われれば、そうなんですけど・・・。」

西南君をはじめクルー全員に、納得しかねるといった空気が漂う。

 「いかん、忘れるところだった。田本さん、あの光應翼は何ですか?」

お、西南君鋭い。

 「あれは、柚樹さんのお話を聞いていたときに、柚樹さんが天木日亜さんに言ったリフレクションモードですよ。天木日亜さんがアトランティスの王を海賊から守った手です。元々の柚樹さんの銀の葉の原因だったのが、結局のところ亜空間生命体の寄生だったんですけど。その名残で今も柚樹さんは銀色の毛なんですけどね。」

と言いながら、自分の前髪の銀毛も触る。

 「その髪の毛、おしゃれで染めていたのではないんですか?」

 「ふふふ、内緒です。そうですよね、水穂さん。」

 「え、ええ・・・・・・。」

 「そ、れ、に。あの、瞬間転移は何ですかねぇ・・・?」

ジトッと粘っこい視線がクルー全員から僕に集まる。

 「それも内緒です。ですよね~、水穂さん。」

 「おほほほほほ。」

水穂さんの笑顔が盛大に引きつっている。

 「ごめんなさい、もの凄く疲れたので一度寝ます。」

 「そりゃそうでしょうねぇ~。水穂様、肌つやがとても良いようですし。」

雨音さんがにんまり笑ってそう言う。これっ、雨音、ダメじゃないの、と霧恋さんがたしなめる。そう言う霧恋さんの顔も赤い。ネージュさんも真っ赤になってうつむいてしまっている。リョーコさんは上気した目で西南君を見ている。今日はリョーコさんの番かい?

 「ま、西南君頑張れと謎の言葉を残して、寝室に戻ります。それじゃあ、済みませんけど着いたら起こしてください。」

そう言って端末操作する。え?俺?と、自分を指さす西南君を尻目にあの部屋に転送、すぐにベッドに潜り込む。本当に立っているのも辛かったのだ。すぐあとに水穂さんもベッドに入ってくる。

 「・・・どこかに行っちゃいやよ。」

 「うん。」

胸に回してきた細い手を握る。頷くのが精一杯だった・・・。

 

 樹雷到着の館内放送が流れていた。傍らの水穂さんはもう起きて準備をしているようである。そこそこ体調は良くなっていた。

 「お目覚めになりましたか?守蛇怪は無事、樹雷星軌道上に到着したようです。」

 「結構よく寝た感があるんですけど・・・。」

うん、かなり体力も回復した。

 「かなりお疲れのようだったので、シークレットウォールを張って、加速空間にしました。守蛇怪の到着まで2時間半程度でしたが、ベッド上では6時間程度経っている計算です。」

 「さすが水穂さん。助かります。」

 「軌道上で船全体の洗浄をして検疫を済ませたあと、樹雷皇家専用ドックに着水します。それまで1時間程度ありますわ。とりあえず、地球の格好で良いので支度してください。シャワーでしたら、わたくし終わりましたので、どうぞお使いください。」

 「その後の予定はどうなりますか?」

テキパキと必要事項を告げてくれる。

 「昨夜お作りになった、その腕時計に転送しておきました。シャワーのあとでもご覧ください。」





※本日(20141105、2時43分)まさかの日間ランキング1位を獲得しました。ユーザーアクセス数も14万2千アクセスを越え、お気に入り登録数も1200を越えた状態です。閲覧頂いている皆様、誠にありがとうございます。
これからも自分の体力の範囲内で頑張っていきますので(^^;;;ご教示等よろしくお願い申し上げます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛13


樹雷に着いて、やっぱり波乱な幕開けだったりする。




頭を振って、起き上がり、部屋に備え付けられているシャワールームに向かう。また開けてびっくりする。ホテルのスイートルームもかくやと思わせるような調度品や湯船等々。

 それに驚いていても始まらない。ざっとシャワーを浴びてトイレ行って、水穂さん洗濯済みの下着を着け(まだちょっと恥ずかしい)、スラックスとワイシャツを着けて準備はOK。天木日亜さんよりの外見なので髪の毛も短めだし、特に手入れも要らない。ひげはこれもナノマシンテクノロジーか、完璧にそり残しがなく、剃ったひげが粉状に落ちたりもしないシェーバーで問題なく剃れたし。それで、やっぱり着けていた下着は、取り上げられて、どこかで洗濯してくれるようである。

 「水穂さん、準備出来ましたけど・・・。」

水穂さんは、例の樹雷の衣服であった。今日の着物は、ピンクの部分が少しオレンジがかっているように見える。しかも髪がきちんと束ねられ、昨日よりもフォーマル度が高いように見える。

 「それでは、守蛇怪ブリッジに行きましょう。」

守蛇怪の端末を操作して、瞬時に転送される。そして、守蛇怪のブリッジに着き、昨日指定された席に座った。もちろん、守蛇怪クルーは、西南君を始め全員そろっていて忙しく入港準備を進めていた。

 「守蛇怪の洗浄は終了しました。船内スキャンによる自己検疫終了。結果を樹雷入国管理官に報告します。」

霧恋さんが、様々な入国手順をそつなく手早くこなしていく。

 「火器管制系システムをオフし、樹雷入国管理官へシステム委任します。」

 「メイン反応炉および推進機の出力ダウン。樹雷皇家専用ドックからのビーコン受信。専用ドックからの誘導により着水します。」

ドックからのビーコンを受信したのだろう、ほぼ自動操縦でドックに着水したようだった。わずかにゆっくりした周期での揺れがある。

 「田本様、水穂様、お疲れ様でした。本艦はただいま樹雷星に到着しました。」

福ちゃんが伸びをして、西南君の膝に飛び乗っている。西南君がホッとした口調で到着を告げる。

 「西南君ありがとう。快適な船旅でした。」

 「あはは、そうでしたかねぇ。」

頭を掻きながらそう答える西南君は、一瞬高校生のように見える。

 「さあ、樹雷からのお出迎えも来ているようです。ちょっとした儀式ですが、守蛇怪を降りて出港時と同じようによろしくお願いします。お荷物は一樹に転送しておきますので何も持たずにどうぞ。」

スッと、若き司令官の表情に戻る西南君。うん、精悍だな。

 西南君を先頭に、守蛇怪の外部につながるエアロックに転送される。エアロックがすぐに開放され、半透明のタラップが樹雷星の港につながっている。それを歩いて渡ると樹雷の闘士なのだろう屈強な男性6名が3名ずつ左右に分かれ長い棒を持って立って待っている。西南君達は、そのタラップのそばに立ち、僕たちは数歩そのまま進み、回れ右をして振り返るように立った。直立不動の姿勢を取った西南君が敬礼する。こちらも敬礼の手を上げ、敬礼し、おろす。西南君はそれを見て敬礼の手を下ろした。

 「銀河標準時、ななまるふた、樹雷本星に到着しました。以上をもちまして、田本一樹様、柾木・水穂・樹雷様の護衛・護送任務を完了します。」

 「任務中の様々なご配慮など、誠にありがとうございます。また突然の海賊襲撃時の対応も、日頃の訓練のたまものでしょう、聞きしに勝る囮戦闘艦守蛇怪の強さを見せてもらいました。守蛇怪艦長山田西南殿、そして守蛇怪クルーの皆様には重ねてお礼申し上げます。短い間でしたが、ありがとうございました。」

左目で軽くウインクしながら、挨拶して敬礼する。西南君も敬礼を返してくれた。そのまま水穂さんに促され、闘士の男性が3名ずつ立った方向へ向き歩く。僕たちがその正面に到達すると、右手で持っている棒を地面に3度打ちつけ、棒を持ち替えながら器用にくるりと回し、屋根のように上方で合わせた。僕たちはその中をくぐり、転送ポッドにはいる。

 転送された先は、すべてが木でできた空間だった。真ん中に大きな木のテーブルがある。

 「田本様、水穂様、ここでしばらくお待ちください。」

顔をフードで隠した女性が、テーブルにつくように勧めてくれ、すぐにお茶を持ってきてくれる。

 「うー、肩凝りました・・・。樹雷はお茶なんですね。日本のものに良く似た湯飲みですけど。」

そう言いながら腕時計をスマホ形状にしてスケジュールを見る。細かくびっしり書き込まれている・・・。

 「あのお・・・。今からこれだけのスケジュールがあるんですか・・・?」

思わず、スマホからタブレットに変えて大きな画面で見直す。

 「皇族というものはそういうものですわよ。」

艶然と微笑む水穂さん。

 「いまから30分後から樹雷皇家首脳会議に出席、その後、樹雷皇阿主沙様と船穂様、美砂樹様、神木・内海・樹雷様、神木・瀬戸・樹雷様との朝食会、その後も式典が目白押しですわね・・・。」

 「ぜんぶ、水穂さんお願いってわけには・・・。」

 「はい、だめです。その腕時計の無駄に広いストレージ空間に、発信器アプリを仕込むことなど造作もないことですわ。」

 「水穂さんが悪魔に見えますぅ。」

 「もお、こんなところで挫けていては、瀬戸様に良いように遊ばれますよ。30分後の首脳会議では皇家入りの承認の場ですから、1,2分程度のスピーチが必要です。例文と式典の進行順序を転送しておきましたから、見ておいてくださいね。」

うわ、それを早く言って!と思いながらタブレットにかじりつく。ある程度形式的な式典のようだが、簡略に自分が一樹に選ばれた経緯を申し述べる部分があるようである。

 一生懸命その式典を頭に入れていると、先ほどの女官さんが来て、着替えだと言うことで別の部屋に通される。水穂さんも別室にて着替えだそうだ。僕の案内の女官さんはしずしずと渡り廊下を歩いて行く。樹雷は緑が多く、水も多い。天木日亜さんの記憶の通りだった。巨大な樹を中心に都市が精密に設計されたように広がっている。

 「美しい星ですね・・・。樹がとても楽しそうです。」

前を行く女官さんに声をかけるともなく声をかける。しかし、長い廊下である。

 「そろそろ着替えないと、時間に間に合わないのではないですか?瀬戸様。」

びくんと、引きつったように歩みを止める女官さん。

 「くっ・・・。なぜ分かったの?。」

フードをかぶったままそう言う声はやはりあの瀬戸様である。

 「人の歩き方を注意深く見る癖がついてしまっていましてね。介護保険の認定調査員などをしていましたので。それに、水鏡さんが、ネタバレしてくれています。」

 「く~~、あれだけ言っちゃ駄目って言ったのに・・・。」

 「さあさ、時間も押してますし・・・。」

 「せっかく人目がないところにいるのに。そんなにイケズなこと言っちゃいやよ・・・。」

目にもとまらぬ速さで抱きすくめられた。うっとりと僕の胸に頭を預ける瀬戸様。

あとで水穂さんに怒られるのが見え見えなので、ちょっと一計。

 「瀬戸様、あのとき約束したではありませんか・・・。」

朝の連続テレビ小説モード発動。

 「私たちには身分の差がありすぎます。されど、もしかするとアストラルの海ではそのようなしがらみは全くないかも知れません。そう、あの夜、僕たちは誓ったはずです。アストラルの彼方、時の輪の接するところでもう一度誓いのキスをしましょうと。」

目と目を合わせて、こちらも背中に手を回す。

 「しかしながら、まだその時には至っておりませぬ。この世での生を精一杯、生きてのち、僕たちにはその資格が得られるのではありませんか?」

一拍おいて。

 「さあ、参りましょう。しがらみと世知辛いこの世界を、足下を泥だらけにしながら精一杯歩くのです。そうあの扉に向かって!。」

 「はい!。」

少女のような声で答える瀬戸様。ぎ~~~、バタンと適当に指さした扉が開いた向こうには、樹雷皇ほか、首脳会議らしき面々がいらっしゃっていた。そして、やんややんやと拍手喝采してくれる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛14

皇家の中の、しちめんどくさい会話にも割となじんじゃってる田本さん・・・。

ここまで粘っこくしようとは思ってなかったんですけどねぇ・・・(^^;;;。瀬戸様の呪いか(自爆)。


「あのお、瀬戸様を引きはがしてくれれば、もうちょっとマシなご挨拶ができたのですが・・・。」

 「そんな恐ろしいことができるわけないだろう。」

樹雷皇阿主沙様がプイと明後日の方向を見ながら吐き捨てるように言う。

 「うむ、うちの瀬戸をこの部屋に連れてきただけでお主の力量は十分に見せてもらった。」

だから、あの、着替えもまだだし。瀬戸様しがみついてるし。って、うちの瀬戸??

 「残念だわ、水鏡に連れ込もうと思っていたのに。」

ようやく離してくれる瀬戸様。

 「あの、もしかして神木・内海・樹雷様でしょうか?」

 「おおそうじゃ。」

 「誠に申し訳ありません、お酒の席とは言え、本当に縁起の悪いことを言ってしまいました。」

思わず深々と一礼する。

 「あら、このヒゲだるまにそんなにかしこまる必要はないわよ。」

内海様の額にビシッと青筋が立ったのを僕は見逃さなかった。

 「お、お前は・・・。あのときだってそうだったのだ。せっかく100年越しの決心がついて決死の思いで責任を取ると言ったのに・・・・・・。」

 あ~なんだか、瀬戸被害者の会と言うのある意味が分かったような気がする。内海様の必死の表情がもの凄く危険な香りを伝えてくる。もしかすると真面目な人ほど大変な目に遭うのかも知れない・・・。かといって真面目でないなら、もっとけちょんけちょんにされそう・・・。

 とりあえず、腕時計をタブレットに変えて、スケジュールを見ながら・・・。

 「あのぉ、今日はスケジュールびっしりだって水穂さんに言われているんですけれど。」

 「そうだ、田本殿も早く着替えてきてくれ、うちの瀬戸が、また変な気を起こさんうちにな。」

内海様が、パンパンと手を打つと女官さんが音もなく現れ、今度こそ着替えの場所へ案内してくれる。こちらの服装の身に付け方を教えてくれて、さっと整えてくれる。ちょっと羽織袴を崩して動きやすくしたような、和装である。急ぎ先ほどの扉を開けると、神木・内海・樹雷様や瀬戸様、樹雷皇阿主沙様、船穂様、美砂樹様の他に二組の男女が着席していた。

 そして、まずは皇家承認の儀とやらで、皇家の皆様の前で今までの経緯を説明。現在の一樹の状態、および船穂の挿し樹、そして柚樹のネコを説明する。柾木家、神木家、竜木家、天木家の四家から承認を頂いて晴れて皇家の一員だそうである。とにかく、緊張となれない衣服でガッチガチになりながら、水穂さんのフォローを頂きながらなのであっという間に儀式は終わったように思えた。続いて、そのまま朝食会と言うことで、目の前に朝食というのには明らかに豪華な食事が並ぶ。隣に着席した水穂さんが、こっそり教えてくれたのだが、一樹の新型戦艦用の艤装はすでに始まっている様子。コアユニットの修理と艤装は加速空間内で行われるようで明日の朝には終了予定とのこと。ちょっとホッとした。テーブルの周りで女官さん達が、たくさん入れ替わり立ち替わり動くと色とりどりの料理が並んでいく。

 「それでは、皆様、朝食の用意が整ったようでございます。このたびは、超空間航路が新しくなり、より遠くから様々な選りすぐりの食材がこの場に届いております。どうぞ、ご賞味くださいませ。」

皇族御用達かな?料理長らしき人の一言が終わると、樹雷王阿主沙様が優雅にゆっくりと箸を持ち朝食会が始まった。

 「田本殿、ここへ来る途中、大規模な戦闘に巻き込まれたとのことだけど・・・?」

瀬戸様が、筑前煮に似たものを頬張りながら口火を切る。

 「はい、守蛇怪の霧恋さんのお話では、船影確認も取れなかったそうです。海賊に艤装していたようですが。」

美しく塗られた箸に感心しながら、両手で持ち、まずは一口おひたしのようなものを頂く。本当に新鮮なのだろう非常に美味である。

 「さらに、大艦隊に囲まれ、惑星規模艦というのでしょうか、惑星大の戦闘艦三隻に挟撃されました。守蛇怪でなかったら私たちは、ここに到着出来なかったことでしょう。」

 「まあ、なんて恐ろしいことなんでしょう。」

樹雷王阿主沙様と内海様はちょっとしらけた表情をしている。結構この二人を見ているだけで面白かったりする。瀬戸様はちょっと今までにない険しく見える表情である。

 「本当に。ただの地球人のわたくしなど、腰が抜けそうに恐ろしゅうございました。」

 「まあ、戦闘に不慣れゆえ、致し方ないことであろうな。」

天木家の代表が、さもありなんと言うような表情で口を挟む。天木家ご夫妻は、以前柾木家に来た天木舟参と名乗った方とは別人である。良く似ているところからして息子夫婦といったところか。ふむむ、なんだか面白くなってきたぞ・・・。腑抜けな未開の地球人をもうちょっと演じてみよう。もう一口、二口お料理を頂き、飲み込んでちょっとむせてみたりする。

 「どうもすみません、失礼いたしました。」

 「まあ、ご無理はなさらないように。身の丈に合うと言うことも大事でございますわ。」

天木家の代表の横に座っているご婦人が嫌らしい微笑みを浮かべてそう言う。竜木家代表は、なにやらはらはらと目線がさまよっている。

 「瀬戸よ、その三隻の惑星規模戦闘艦だが、わしのところに来た報告では、二隻しか戻ってこなかった、と聞いておるのだがな。しかも艦隊は半分が戻ってこなかったともな」

お、やはり瀬戸様の旦那様、カッコいいのだ。

 「はい、あなた。その通りですわ。」

両手で朱塗りの腕を持ち、音を立てずに汁物を飲む瀬戸様。やはり圧倒的に綺麗である。天木家の二人の表情がグッと厳しいものに変わる。

 「守蛇怪艦長山田西南様の機転で、どうにか危機を脱したようです。わたくしは初めてのことで、恐ろしくて自室にこもっておりましたので。」

瀬戸様がこちらを見て、わずかにウインクする。お、何か仕掛けるのかな?

 「まあ、なんて物騒なこと。」

 「時に、水穂よ、その時の映像があるそうだが?」

樹雷王阿主沙様が水穂さんに話を向ける。

 「ええ、おじいさま。」

そう言うと、左手の腕輪がするりとタブレットに変わり、それを手慣れたように操作する水穂さん。あっ・・・いつの間に作ってたんだろう?

 水穂さんが持つタブレットの操作によって、朝食会のテーブル上に大画面のディスプレイが出現する。その映像は、守蛇怪が総攻撃を受けているシーンから始まり、特大の光應翼を張り、敵惑星規模艦の主砲を弾き返し、その弾き返された主砲エネルギーをまともに受け、艦隊の半分を道連れに爆発四散する惑星規模艦の様子が克明に捉えられている。瞬間転移の様子はうまくはしょられていた。

 「これは・・・。大変なことでしたな田本殿。」

内海様が、アイコンタクトと同時に大きめの驚いたような口調で大げさに言う。

 「・・・今見ても身震いするほど恐ろしゅうございますね。」

ああ、怖い怖いと言う演技。

 「あら、この惑星規模艦、表面コーティングに特徴がありますわね。」

船穂様がしゃなりと指差している。映像では、若干緑がかった銀色に時折光っていた。

 「お父様、このコーティングは、メリア重工業で最近開発された耐ビームコーティングですわ。」

美砂樹様が初めて見た!というような顔をして言っている。いやぁちょっとあからさますぎないかい?

 「あら、でも自分の主砲だとさすがにこのコーティングも役に立たなかったようですわね。」

ナプキンを口に当て、ほほほと笑う瀬戸様。さらにもう一回ウインク。そうだ、アイリ・アンドロイドの時の手を使おう。おどおどとあちらこちらを見るような風を装って、僕と水穂さんの前に長楕円形の空間障壁を作り、天木家ご夫妻の頭の上の空間と接続した。天木家ご夫妻は僕たちからして斜め前に着席している。

 「メリア重工業も面目丸つぶれですわね。虎の子の惑星規模艦を一隻失って、しかも協力した艦隊も道連れに消滅したんですから。」

船穂様が淡々と事実を述べる。それだけに嫌みとしては結構キツイものがある。

 「でもこの艦隊、見たことのない艦影ですが、簾座の海賊に似ていますかしら?」

さらに別の方向から一矢を放つ美砂樹様。

 「まさか、ねえ。さすがにそんな遠くの海賊にまで協力を頼むほど落ちぶれていませんわよね。そうでしょう?メリア重工業の筆頭株主の天木家としては。」

まさに王手と言うがごとく、瀬戸様が一言を放った。天木家のご夫妻は、ふるふると震えていた。蒼白な顔をしている。

 「未開な初期文明人めがっっ。」

そう言って、汁椀を僕に投げつける。僕の顔に到達した瞬間、天木家代表の頭の上に汁椀が現れ、汁を無様にかぶる天木家代表。

 「なっ・・・・・・。」

皇族の失笑というのを初めて見た。こりゃ、自我崩壊ものだぞ。自分じゃなくて良かったと胸をなで下ろす。

 今度は、天木家代表の隣の女性が立ち上がって、口を膨らませる。まずい、水穂さんの首筋を狙っている。しかも空間障壁の領域から外れている。立ち上がりざま木刀!と念じ一樹!と念じる。

キンと言う音が聞こえ、足下に細い金属の針が二つになって転がる。そして僕の右手には光應翼モードの木刀があった。

 「僕の大事な人に何をするのですか。」

静かに、低い声で言った。木刀はすぐに、しゅるんと腕時計に戻す。

 「くそっ、行くぞっ」

ナプキンをたたきつけ、二人は退出していこうとした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛翔と束縛15(第5章終わり)

ああ、やっぱりな結末・・・。

どうもすみませんでした。


「お待ちなさい、皇家四家が集まるこの場で、承認を得た者への暴言と樹雷王のお孫様への攻撃を行うことがどういう意味のことかお分かりか?」

それこそ空間を切り裂くような、凜とした瀬戸様の声が響く。

 「ふっ・・・。わたくしとしては、これから樹雷を背負って立つ者としての力量を見たまでのこと。暗殺行為などとんでもない。現に、普通の樹雷の闘士であれば叩き落とせると見越して針を吹いておりますれば。」

先ほどの怒髪天をつく表情はどこへやら、ほほほと笑い、口元を隠す天木家代表妻さん。

 「天木家としても、メリア重工業の筆頭株主でありますから、たしかに株価の動向を心配しておりますが、経営方針についてはまったくタッチしておりませんからなぁ」

はははと乾いた笑い声であるが、なにやら落ち着き払っている天木家代表。

 「さて、ちょっと手が滑って衣服を汚してしまいました。着替えて参ります。おお、私どもの次の用務の時間が迫っております、樹雷王阿主沙殿退出してよろしいか。」

 「まあ、良かろう。追って処分を通達する。」

厳格な樹雷皇の言葉であった。柾木家で聞いたり、先ほどの言葉とは違う重厚な重みを感じる。さすが樹雷を率いる者である。しかもカッコいい。

慇懃に一礼し二人が退出して、しばらく経ったあと水穂さんの口が開いた。

 「もしかして、瀬戸様、海賊の残党やシャンクギルド、そして天木家の一部に守蛇怪の航路情報を流したのではないんですか?」

 「あら、悪い?新航路のことで快く思わない勢力もあるし、未だ残っている海賊勢力もあるし、メリア重工業は、光應翼を超えるコーティングだと新技術をアピールしたがっていたし。全部ひっくるめて、ストレス解消と大掃除が出来る良い機会だと思ったのよ。」

結果はストレスがストレスを呼んでいるような気がするのは僕だけだろうか?会場内の視線は、やっぱりお前か的な、集中砲火を瀬戸様に向けている。

 「まったく・・・。やはりクソババアの手引きか。守蛇怪撃沈の可能性は考えなかったのか?」

樹雷王阿主沙様が、珍しく頬杖をつきながらあきれた顔をしてぞんざいに聞いている。

「うふふ、福ちゃんも瑞樹ちゃんも成長したし、歴戦の勇者西南殿だし、さらに第2世代一樹も、柚樹も載ってる船ならまったく問題はないと信じていたわ。さらに、田本殿の奥の手も見せてもらっているし。」

ZZZとかかれた扇子を口に当て、意地の悪い笑みを浮かべている瀬戸様である。そのままウインクしてこちらを見ている。嫌な悪寒が超光速で背中を走った僕だった。

 「まあ、さすがに惑星規模艦を三艦投入してきて、さらに簾座との大海賊連合軍とは思わなかったけれど・・・。」

 「たしかに、物量を投入しておるから、光應翼があろうとも軽く粉砕出来ると思ったのだろうなぁ・・・。結果は大敗の大損害を出したわけだが。」

内海様が腕組みしながら頷いている。

 「・・・でも瀬戸様、あのリフレクター光應翼、柚樹の全力展開と一樹のエネルギーリンク、そして船穂の挿し樹の力添えでようやく弾き返したのですが・・・・・・。素人目にも結構強力な主砲に見えたのですが、総エネルギーの検証等必要ではありませんか?」

いちおう、当事者として意見を述べてみる・・・。会場の空気の温度が数度下がったような気配があった。す~~っと青ざめる表情の皆様。

 「なんと!第2世代の樹が2樹と第1世代の船穂の挿し樹の力が必要だったのか?」

そうだったよね、と水穂さんを見る。

 「ええ、おじいさま。多少の余裕はあるようでしたけれど、間違いはありませんわ。」

 「シャンクギルドのあの宝玉も完成に近づいていると言うことか・・・。」

樹雷王阿主沙様、内海様、瀬戸様が険しい表情をしている。

 「ま、まあ、その新型惑星規模艦も一隻沈めたし、海賊残党やその他勢力への良い牽制にはなったわ。」

つ~っと額から汗を流しながら引きつった笑みを浮かべる瀬戸様。

 「ときに、田本殿、瀬戸被害者の会の入会申込書は出されたのか?」

にやりと樹雷王阿主沙様が笑った表情で言う。

 「はい、正直なんとなく瀬戸様が気の毒に思えていたのですが・・・、今すぐ出します。」

腕時計をタブレットモードに変えて、転送しておいた申込書一式をその場で書いて生体認証し、指定されたメールアドレスに送信した。数秒で目の前にカードが転送されてきた。

 「ちなみに、わしがこれで・・・。内海殿が・・・。」

 「これじゃ。」

二人とも懐からカードを取り出す。むちゃくちゃ若い会員番号のカードを見せられた。ちなみに僕のカードの会員番号はすでに十万のオーダーであった。

 「うう~ん、田本さんったらイケズぅ。」

くねくねと色っぽく身体をくねらせる瀬戸様。

 「まあ、終わりよければすべて良し、のいつものパターンですわね・・・。」

水穂さんがいつものこと、のように言った。こんな怖い人の下で働いていた水穂さんか、そりゃ断られるわな縁談・・・。と他人事のような顔をしていると、

 「これでひ孫の顔が見られるなぁ。」

ムスッとしていた樹雷皇阿主沙様が、嬉しさをかみしめるように言った。

 「ええ、あなた。本当にもう、わたくしは嬉しゅうございます。」

船穂さんはナプキンで涙をぬぐっている。

 「水穂ちゃんの子ども?わたしも嬉しい!」

美沙樹様は飛び跳ねんばかりである。え、なんだか話がおかしな方向へ・・・・・・。

 「わたし、嬉しい・・・。」

隣で水穂さんは顔を赤らめてもじもじして、スッと手を握ってきたし。別に良いけど。ついでに指を絡めてみたりして。

 「遥照とアイリには、こちらからよく言っておくからな。」

スッと樹雷王阿主沙様が立ち上がる。両側に船穂様と美沙樹様も立ち、にっこり微笑んでいる。

 「さあ、あなた、これから一樹の新型戦艦用艤装について技術部との打ち合わせですわ。」

ぽ、と顔を赤らめながら水穂さんが次のスケジュールの時間を告げる。

 「あ、あなたって・・・。」

耳が熱い。

 「くやしいわくやしいわ・・・。」

とナプキンを噛んでイヤイヤをする瀬戸様。でも目は笑っていた。

 

第五章「飛翔と束縛」終わり



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離れていく日常(第6章始まり)

えっと、また梶島さんにお説教くらいそうなネタです(^^;;;。

まあ、この作品が梶島さん執筆中(ですよね?)のGXP11巻に与える影響はまったくないんでしょうけど(^^;;;;、こっちはこっちで暴走中ですのでご勘弁を。

手乗り文鳥ならぬ、手乗り皇家の船・・・。そして、林檎様の弟君<はい一部の皆さん期待通りです。

これで、お気に入り登録者数ガタ減りの予感(自爆)。


離れていく日常

 

 「そうだ、水穂さん、30分くらい時間は取れるかなぁ。」

 「そうですわね、それくらいなら何とか・・・。」

 「あのぉ、さっきから皇家の樹の皆様がお話ししたいってうるさいくらいで・・・。顔を出した方が良いかなぁと思ったんですけど。」

そうなのだ。朝食会の時もなかなか凄かった。ねえねえ聞いて聞いてとちいちゃい子からお年寄りまで。

 「そうか、田本殿の場合、皇家の樹に愛されておるからなあ。」

樹雷皇阿主沙様が頷いている。

 「樹選びの儀式ではないが、皇家の者がついて行かないのもおかしいだろう。竜木言申殿、瀬戸殿一緒について行ってやってくれぬか。」

さきほど、はらはらとやりとりを見ていた方と、瀬戸様が同意してくれる。

 「それでは、田本様、こちらへどうぞ。」

二人が先導して、転送された先は大きな見上げるような木の扉の場所だった。

 「わたくしは、ここから先には行けませんわ。樹に呼ばれていませんから。」

 「そうね、水穂ちゃんは、ちょっと待っていてね。」

瀬戸様と竜木言申様に促されその大扉を押すと簡単に開いていく。そこは、コアユニットのようなサークル状の物に植わった樹達の間だった。道がついていたり、所々転送ポッドがあったりする。見渡す限りの樹が、一斉に例の七色レーザー光を放つ。

 「まあ、なんて美しい・・・。」

 「これはどうしたことか・・・。樹という樹が歓迎の意を示している。」

竜木言申様と瀬戸様が驚いている。

 「わしもここから生まれ出でたのだ。」

ふわりと姿を現す、柚樹ネコ。さらに竜木言申様が驚いている。

 「このネコは、訳あって実は皇家の樹なのよ。この田本殿がややこしい状態なのはお分かりいただけたかしら・・・。ちなみに、初代樹雷皇の妹君、真砂希様のお付きで辺境探査の旅に出た柚樹という樹だそうよ。」

瀬戸様もかなりはしょってややこしいと表現する。

 「わたくしも、たくさんの、樹に呼ばれた者の樹選びの儀に立ち会いましたが、これほどの状態の人は初めてでございます。」

腕組みして、思い出すように言う竜木言申様。そんなに凄い状態なのか僕。

 「でも、守蛇怪で、マッドサイエンティストの高笑いをしたときは、柚樹さん非常に不安になったみたいですけどね。」

 「おお、わしの選択が正しかったのかどうか、大まじめに胸に手を当てて考えたぞ。」

皇家のお二人が引きつって笑っている。

 「さらに、マスターキー無しでどんな皇家の樹とも話せてしまうようよ・・・。」

さすがの瀬戸様があきれた顔をしている。

 「ええ、さっきからここの樹達がお話ししたがってるようで、今たとえるなら、大歓声が上がってるライブ会場のごとしです。ちょっと待ってくださいね。」

 そう言って、みんなありがとう。今日は時間がないから一通り見せてもらって、また必ず来るから!いろいろ聞かせてね。と伝えた。七色の神経光はゆっくりと落ち着いていく。

 「すみません、とりあえずさっと見せていただけますか?」

 「ならばこちらへ来るがよろしい。第2世代の樹の間です。」

転送ポッドに乗ると、転送された先はまたたくさんの樹が植わった同じような場所。ここもみんなが歓迎してくれている。

 「そして次は第1世代の樹の間であるが・・・。私たちは選ばれていないのでここまでです。田本殿が樹に承認されていれば転送ポッドが開かれるでしょう。」

二人と柚樹もそこで立ち止まる。一人で転送ポッドに入るとスッと次の間に転送される。今度はあまりたくさんの樹はない。そして、みんな大きな古い樹が多い。

 「皆さんに呼ばれてはいないのですが・・・見せていただいてよろしいでしょうか?」

七色神経光が乱舞し、ここでも歓迎してくれる。静かで、大きな力を感じるこの樹達の間であった。物珍しそうに見ているというのが本音だろうなぁ。そんなにたくさんの樹がないので通路真ん中に立ち、樹の声を聞こうと思う。あと10分ほどはここに居られる。

 たゆたうような、時間の流れが大河を流れる水のごとくにイメージとして流れ込んでくる。樹雷の十数万年に及ぶ歴史のイメージを見せてくれた。そのなかで一本の樹が泣いていた。最近マスターを亡くしたらしい。最近と言っても樹のスケールなので、人間に置き換えると数百年前と言うところだそうである。

 その樹に近づき、どうしたのですかと問うてみた。泣きながら、人の生はあまりにも短い。わたしはずっとあの者と居たかった、跳びたかったという。マスターはどなたなのですかと聞くと、先代樹雷皇の天木辣按様といった。その方とはどのくらい一緒に居られたのですか?と尋ねると、1万8千年あまりと言った。最期はほとんど話せない状態で、言葉を交わすこともできず、アストラルの海に沈んでいってしまったと言う。

 「人は、いろいろな手を尽くしても、いつかは死んでいきます。私だって、たぶん同じです。でもあなた方は私たちと一緒に居てくれるという。この広い宇宙にあって、それがどれほど心強くありがたいことか。いつかまた必ず跳べる日が来ることでしょう。自分で良ければここにまた来ます。いろいろ聞かせてくださいね。」

そう言うと、おずおずと七色の神経光が僕の額に当たった。本当に優しい樹。そして永き命を持つ者。静かに涙が頬を伝う。

 「それでは、また来ます。」

一礼して、転送ポッドに乗ると、転送先ではお二人が待ってくれていた。僕の涙を見て悲しそうな顔をする皇家の二人。柚樹は、あしもとでほほをすり寄せている。

 「先代樹雷皇の天木辣按様の樹と話してきました。まだまだ跳びたかった、一緒に居たかったと泣いていらっしゃいました。」

話したことを言申様と瀬戸様に報告した。

 「そう・・・。あの方が亡くなって、もう800年になるかしら・・・。」

 「そうですね、あの樹はまだ悲しんでくれているのか・・・。」

そして、瀬戸様はニッと笑って、例の扇子を取り出し、

 「ホント、田本殿はさっさと水穂ちゃんと一緒になって、ここに来てもらわないとね。」

 「いやあ、まったくです。まさか第1世代の樹の間に行けるとは思いませんでした。」

そう言いながら、樹の間の廊下を歩いて行く。大扉を開けると水穂さんが待っていた。

 「竜木・言申・樹雷様、神木・瀬戸・樹雷様、ご無理を言ってお付き合い頂きありがとうございました。」

 そう言いながら深く一礼して、顔を上げると瀬戸様が微妙に爬虫類顔でにんまり微笑んでいる。わざわざZZZの文字の方をこちらに向けている。

 「まだまだこんなもんじゃないわよ。あ・と・で・ね、田本一樹殿。」

竜木言申様は2歩下がった位置で、もの凄く気の毒そうな顔をしている。

 「さ、さあ、水穂さん、打ち合わせがあったそうですがっ。」

 「え、ええ、技術部主任が、ま、待っていますわ。急ぎましょう。」

黙っていても表情筋が引きつる。とにかく危険な場所から逃げなくては。自然と大股で歩いて行き、転送ポッドが並ぶ間に着いた。水穂さんが腕輪をタブレットに変え、操作すると一樹のいるドックに転送された。見慣れたコアユニットが、半分水のように見える物に浸かって、たくさんのマニピュレーターのように見える機械の手で作業を受けていた。ちょうど直方体のうっすら半透明な空間に囲まれている。これが加速空間か・・・。ここは他と違って、さすがに機械類のうごめく音がその場を支配している。この光景はまたSF好きなおっさんとしてはとても惹かれるものがある。向こうから細身だが、筋肉質でちょっと神経質そうな細面の男性がこちらに歩いてくる。僕よりちょっと背は低い。眼鏡というより作業用の防御ゴーグルのようなものか、目を覆う透明なゴーグル状の物を付けている。

 「皇家の船専用ドック技術部主任の立木謙吾です。」

ゴーグルを取って挨拶してくれる。右手を握手の形に差し出してくれたので、こちらも同様に握手する。つぶらな瞳と言って良いだろう。ちょっと小動物系の顔立ちである。

 「さきほど、四皇家でしたっけ、に承認された田本一樹です。どうぞよろしくお願いします。ちなみに、このネコは第2世代皇家の樹、柚樹の変化したものです。」

さすがに驚いている。動物の形を取っている皇家の樹など前代未聞だろう。柚樹は素知らぬ顔をして顔を洗う仕草をしている。

 「噂には聞いていましたが・・・。なにやらややこしいですねぇ。」

 「あなた。あまり時間がありませんわ。さっそく一樹の艤装プランについて打ち合わせしましょう。」

水穂さんに、あなたと言われるとまだ顔が赤くなる。くすぐったいような恥ずかしいような・・・。立木謙吾さんは、にっこり笑ってすぐに本題に移ってくれた。

 「そうですね。いちおう、皇家の樹もしくは皇家の船というものは、このコアユニットを指すことはご存知ですか?」

立木謙吾さんは、そう言うと左手の腕輪をA4位の大きさの薄いタブレットに変えて、操作する。しゅるりと腕輪は軟体動物のように形を変えて、左手を走り、手のひらで薄く大きく変化した。あれ、もしかして樹雷で使ってくれているのかな。そのタブレットをタップすると、眼前に大きめのディスプレイが現れ、艤装プランを説明してくれる。

 「このコアユニットだけでも問題はないのですが、光應翼はともかく、第2世代の樹でもエネルギーを全開放すると一つの恒星系が吹っ飛ぶようなエネルギーを軽く出してしまいます。実は、船の艤装はある意味リミッターなのです。武装することによって、効率的なエネルギーの使い方ができますし、様々な機能を付け加えることもできます。」

立木謙吾さんがするするとタブレットを操作すると、目の前のディスプレイに今回のプランが大きく映し出された。

 「通常、皇家の船は内部に亜空間固定された広大な空間を持つ物ですが、今回は、その亜空間固定の範囲を内部方向には欲張らず、船の外部にその空間の境界を張り出させることで船の大きさを縮小方向に自在に変えられるようにすることを提案したいと思います。」

ちょっとドヤ顔の立木謙吾さん。もしかして、携帯可能な皇家の船?ちっちゃくできるのか?。

 「まだ、地球で偽装した生活がしばらくは続くと思うのでこの機能はありがたいですね。ちなみに大きさはどれくらい変わりますか。」

 「はい、人のこぶし大から通常の皇家の船の大きさまで変化可能です。内部空間は、その状態でも、一樹君の力が大きいので周囲1000kmほどの島程度の空間が固定可能です。」

 「内部空間については充分です。家やら、畑やら、そう言う造成も可能なんですか?」

 「問題なく可能です。小さな閉鎖空間として生態系を構築しますよ。」

樹雷の科学技術は、SF好きな人にとってはまさに夢のようである。まさにやりたい放題。

 「外装については、樹雷特産の木材を特殊加工した物を使いますね。伝統的に、金属外郭は皇家の船ではあまり使われません。」

そう言えば、他の皇家の船を見たことないことに気付く。

 「とりあえず、デザインはお任せします。昔っから絵を描く方はあまり得意ではないもので・・・。」

 ここで、なぜか、例の関わってはいけない系の笑顔に出会ってしまった。

 「実は、瀬戸様から、直々にくれぐれも頼みますよ、と言われております。」

に~~っひっひっひ、と扇子を扇ぎながら笑う瀬戸様のビジョンが脳裏で踊っていた。ううう、瀬戸被害者の会に通告しようかな。隣を見ると、水穂さんが、ああやっぱりとあきれ顔でもあった。

 「さきに、この大きさを変えられる件も相談しておりますが、いいんじゃない?田本殿の警備の手間も省けるし、だそうです。」

立木謙吾さんのドヤ顔その2。これだけじゃないわよ、と言っていた瀬戸様の思いの深さが若干怖い。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離れていく日常2


うふふ、宇宙船っすからね。

小さいと言っても結構大空間を固定出来ますからね・・・。

良いなぁ、おらも欲しいな皇家の船(自爆)。


「まあ、そうなんですけど、ね。実際、海賊の転送してきたアンドロイドに襲われましたし・・・。ここに来る途中も、ねえ・・・。」

そう言って水穂さんを見ると、大きく頷いている。

 「ああ、そうだ、忘れるところでした。姉からメッセージを預かっています。」

 「は、お姉様ですか?」

水穂さんと顔を見合わせる。自分はこちらの知り合いなど数えるほどしかない。そう言えば、その知り合いが皇家の人ってのが、ある意味肩の荷がずずんと増えたような気がしてさらにプレッシャーを受けた。立木謙吾さんは、またタブレットを操作して、大きなディスプレイ上に一部ウインドウを開き、そこでメッセージを再生した。

 「田本一樹様、水穂様、おはようございます。立木林檎でございます。」

あ、天地君ちで瀬戸様を青ざめさせた人だ。可憐で、かわいらしいという言葉が先に出る。それと同時にハイエナ部隊という言葉も思い出される。たしか、えっと、パテントなどの管理してくれているんじゃ・・・。

 「まずは、樹雷財務省を代表してお礼申し上げます。」

いきなり目が点になる。迷惑をかけることこそすれ、何か樹雷に貢献するようなことをした覚えがない・・・。そのメッセージによると新しい超空間航路によって、樹雷の経費削減がめざましいこと、例のガジェット、腕輪は腕時計状の物から形態を変えて、携帯端末にもなり、タブレット、棒状の護身用具に変化する物についても、安価で大量生産可能でしかも、確実性、汎用性に優れるため、樹雷やGPで、おのおのカスタマイズして採用になった件などが報告された。

 「・・・、また瀬戸様からくれぐれも、と依頼されておりますので田本様の財産管理もさせていただきます。とりあえずは、勝手とは思いながら、現在の資産の5%ほどを樹雷国債購入にあてさせていただいております。もしもお時間がございましたら、後ほどご連絡をいただけると光栄に存じます。」

ひくっと、顔の表情筋がひきつる。ぬおお、ここも瀬戸様・・・。すぐに電子音が鳴り、左手の腕時計が点滅している。携帯端末モードにして見てみると、個人端末の番号通知があった。

 「ここ最近、姉の顔が明るくて助かっています。以前は家に帰ってきても、古い樹雷の予算書とか決算書を見て恍惚としていたり、一人含み笑いをするようなことも多かったんですが、鼻歌を歌いながら料理や家事をしている姿もよく見るようになりました。」

ホッとしたような表情の立木謙吾さん。そうか、あの林檎様の弟さんかぁ。

 「そう、あの林檎様の経費削減通告は、微に入り細にわたり、まさに乾いたぞうきんからさらに水を絞るがごとしだったわ・・・・・・。」

す~っと遠い目をする水穂さん。何かトラウマ?

 「そうですねぇ・・・。本当に死ぬかと思いました。我が姉ながら真面目に暗殺してしまおうかと思いましたもん。」

ふたりして、大災害が過ぎ去ったような顔をしている。こちらも自分の端末をタブレットモードに変えてスケジュールをいちおう確認してみた。いまは午前10時を回ったところで・・・、あと30分ほどはここに居ても良いのかな。そう言えばこういう艤装などの代金は?そう思うと不安になってきた。

 「あのぉ、一樹の中に、僕の荷物は転送されていたんですよね?一時的に中に入れますか?」

 「はい、少々お待ちくださいね。」

数十秒後、一樹を包んでいた半透明の空間は消え、一樹を呼ぶと即座に一樹のブリッジに転送される。

 「一樹?どうかな。だいぶ診てもらっている?」

 「うん、外装のダメージはもう直ったよ。あとは武装や内部空間の調整だって。」

そう言いながら、持ってきていたMMDのカードと通帳を服のポケットのようなところに入れる。何となく安心した。

 「それじゃあ、明日の地球帰還はなんとかできるな。それに今度は大きさが変わるから、ずっと一緒にいられるらしいぞ。」

 「柚樹さんみたいに?」

 「そう。」

大きく頷くと、一樹は、歓喜のイメージで答えてくれた。なんとなく、ひもでくくって飛ばしているカブトムシのイメージが浮かぶ(よい子はやっちゃダメだぞ)。

 「僕は虫じゃないやい!」

ぷんぷんと怒ったイメージである。

 「ごめん、ごめん。これからは、置いているうちにイタズラされるようなこともなくなるしな。それじゃあ、またあとでな一樹。」

そう言うと、一樹の外に転送された。水穂さんと立木謙吾さんが待っている。

 「ごめんなさい、お待たせしました。何か凄い技術なので、一体いくらかかるのか心配になって通帳とカードを取りに行ってました。」

ププッと二人に笑われる。立木謙吾さんは、口に手を当てながらタブレットを操作して、一樹を元の半透明の空間でつつむ。

 「あー、すみません。言ってませんでしたっけ。こういう艤装はすべて皇家の予算でまかなわれますよ。」

水穂さんが、腕輪をタブレットにして、説明してくれる。

 「皇家の船というのは、樹雷にとって最も重要な戦力なのです。他勢力に対してこの皇家の船の優位性で樹雷の強さをアピールしていると言っても過言ではありません。実際に田本様も、これからは重要な作戦への参加を求められる立場になりますよ。」

うーん、そうなのか。実感湧かない・・・。

 「皇家に入ったと言うことは、そう言う義務も生じますし、その見返りも大きな物があります。」

 「ということは、完全に公用扱い?」

 「そうとも言い切れません。お客様を招くことも多いので、趣向を凝らした別邸を皇家の船の中に皆さん建てておられますよ。田本様もあんまり好まれないかも知れませんが、まあ、そう言う付き合いが増えると言うことですよ。」

 立木謙吾さんが、微笑みながら参考映像を見せてくれる。様々な様式の邸宅が映し出される。もちろん、邸宅維持は自動化されていると言っても、人の手を使うことが贅沢だとか言われて、執事だとかメイドさんとかを雇うんだろうなぁ。たぶん最近言う、セレブとかいうやつだな。こういう生活って慣れるのは早いけれど、そうじゃなくなると転落も速いよなぁ。

 「まあ、必要に迫られれば追々そろえて行こうと思います。今はホントに全然実感わかないもの。」

頭をかきかき、ごめんなさい状態で言う。

 「あはは、ちょっとホッとしました。他の皇家の方だとそう言う装飾だの邸宅だのうるさい人多いし。」

そういう、ふんわりした笑顔が、お姉さん似でかわいらしい人である。

 「どちらかと言えば、船としての機能面を重視しておきたいと思ったり・・・。あの守蛇怪のような試作工場を伴った研究開発施設と工場も一樹に積んで欲しいなぁとか・・・。」

きらりんと立木謙吾さんの目が光る。

 「そういえば、田本様は、この変幻自在な万能端末の開発者でしたね。ちょっと、こちらは公費というわけにはいきませんけど・・・・・・。」

声をひそめて、そう言うセットプラントがあることを教えてくれる。

 「様々なオプションを追加して・・・、今なら某球団が優勝したセール中なので・・・。このお値段ならどうですか?」

結構凄い桁数の金額が並ぶ。通帳を見ると、以前見た数字よりも明らかに桁数がひとつ増えている。その数字の1%程度の値段であった。

水穂さんを見ると、あきれ顔でこちらを見ている。

 「ねえ、買ってもいい?」

その時の僕は、おもちゃ屋さんでおもちゃをねだる子どもの目だっただろう。

 「・・・もお、あなたの船ですからお好きになさって良いですよ。」

 「でもさ、一緒にいる時間もこれから長くなりそうだし・・・。」

ボンっと音がしそうな勢いで顔が赤くなる水穂さん。僕も耳が熱い。

 「それじゃあ、家は私が選んで良いですか?」

 「その辺、僕は分かりませんからお好きなものや居心地よさそうなものをどうぞ。」

そう言うと、水穂さんはタブレットにかじりついて、様々なデータをもの凄い勢いでダウンロードしている。ちょっと引き気味で聞いていた立木謙吾さんだったが、思い出したように話し始める。

 「武装ですが・・・、どうします?さっそく海賊には目を付けられているようですが・・・。」

 「もちろん、最強で。」

だって、こう言うしかないじゃん。どんな武器があるのかわからないし。

 「あはは。わかりましたエネルギービーム兵器部門はこちらから、ミサイル、魚雷、砲弾も今回工場プラントを積むので搭載可能で、この部門です。ただ、こういった実体弾系の武器は原材料の補給が必要です。」

説明してくれながら、様々な選択肢を示してくれる。うわ、縮退弾とかあるし。でも当面は柚樹のリフレクター光應翼もあるし、とりあえずは一般的なセットでお願いしますと言った。

 「あと、普通は皇家の樹がエネルギージェネレーター兼コンピューターなので、皆さんあまり搭載しませんが、補機や補助コンピューターなどは?」

 「そうですね、万が一のために積んでおきたいと思います。基本的にメンテナンスフリーで、お願い出来たらなぁとか・・・。」

ちょっと困った表情の立木謙吾さん。ちょっと考えて、またタブレットをタップする。

 「皇家の樹のエネルギー規模から言って、数万分の一程度の出力しかありませんが、大型常温縮退炉があります。これは、樹雷の皇家の樹ではない戦艦に搭載されるものです。そして、それと対になる最近アカデミーで開発された、皇家の樹をまねたバイオニューロコンピューターがあります。皇家の樹と比べたらそれこそ・・・ですが。基本的に、こういったものはバイオボーグや専用ナノマシンがメンテナンスをするので大破した等のことがなければメンテナンスは不要です。」

 「緊急バックアップと、一樹が休む、ことがあるのか分かりませんが、そう言うときに工場プラントなどを使いたいので性能的に充分だったら良いです。それこそ柚樹もいるし。」

 「わかりました。この補機は外装部分に搭載されます。これも公費外ですが。お値段はこれくらいで。」

さっきの工場プラントセットの2倍くらいだろうか。水穂さんを見ると、まだ必死におうちを見ていた。こっそり・・・。

 「いいですよ。支払いは、このカードでいいですか?」

と、MMDカードを見せる。立木謙吾さんが自分のタブレットを操作すると、カードは通ったようだった。こちらのタブレットに生体認証が出て、認証すると決済完了と出る。

 「それでは、急ぎ各種プラントの手配と内部空間の調整、搭載にかかります。」

しゅるんとタブレットを腕輪に戻して立ち上がる、立木謙吾さん。水穂さんもだいたい決まったようで要望を入れたデータを送信し終えたようだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離れていく日常3

樹雷の政治構造がどうなっているかはわかりません。たぶん皇家を中心とした議会制民主主義かなあと思ったり。

たぶんこう言うセレモニーがあるのかなぁと・・・(^^;;。


「そうだ、外装デザインですが、樹雷の重戦艦に似ているんですが・・・・・・。」

そう言って、もう一回タブレットにしてディスプレイに映し出す。基本的には短い前方後円墳のような形で、前方部分は上に曲がって、鋭角にカーブを描いて立ち上がり、そのまま細くなる形状。その下には円環状の部材が左右に二つ、120度位開いて、まるで足のように斜めに付けられていた。そこから後方へ太い木材のフレームが続き、グッと丸く左右に枝分かれして、その枝分かれした中央部分にコアユニットが付くようである。最も太い中央部分に補機システムが搭載されるらしい。そのためコントロールルームのような部分もあるようだった。中央で枝分かれしたフレームは後方に向かって微妙に綺麗なラインを描いて、その途中でスパッと裁ち落とされ、斜め下を向くように取り付けられた木材の円環につながっている。

 「ほお~、シンプルでいいですねぇ・・・。これ、通常の大きさはどのくらいなんですか?」

 「そうですねぇ、長さは350m程度、幅は150m程度、高さは100mていどになりますかね。艦首は、僕の趣味ですが、田本様の奥の手が出しやすいような形状を取っています。」

ディスプレイ上に寸法が簡単に入る。

 「それが、これぐらいに?」

と両手ですくうように球状のものを描く。

 「ええ、これぐらいにまで小さくなります。」

立木謙吾さんも、同じように両手で丸く描く。

 「うふふ、うふふふ、うわっはっはっはっは。」

二人で肩を組んで思わず例の高笑いをしてしまった。柚樹と水穂さんが胡散臭そうに眺めている。近くにいた女性職員の声が聞こえる。

 「うわぁ、主任、嬉しそうだわね。」

 「ここ百年くらい、装飾だとか邸宅がどうとか言われてばっかりで、好きなように船作ったことなかったんじゃないかな。」

 「あの人皇家の人?」

 「そうらしいわ。でも何か凄くややこしい人らしいわよ?。」

 「へええ・・・。」

声をひそめても聞こえてるって。僕は良いのだ、けど・・・。

 「・・・ええっと、余計なことかも知れませんが、僕といると変な噂が立ったりするかも知れませんよ?」

 「大丈夫です。以前から、そう言う状態ですから。」

そう言って、白い歯を見せ両手でピースサイン。あかん、むちゃくちゃかわいい。その微妙な雰囲気を察したのか、若干般若顔な水穂さん。

 「そ、そういえば次のスケジュールは?っと・・・。」

と言いながらタブレット操作してスケジュールを見ると、もの凄くげんなりする。同時に大きなため息が出る。樹雷皇家および、樹雷各省庁、評議委員会合同昼食パーティーとある。ただ、これを乗り越えると、午後からは比較的時間が空いているように見える。しっかり夕食会みたいなものも入っているけど・・・。

 「あのぉ~、ちょっとだけ顔出して、すぐに抜けて、どこか近くの定食屋とか三人で行きません?」

三人で、のところに反応したのか、立木謙吾さんの目がキラキラしている。

 「ホントにもお・・・。いちおう、樹雷の皇族やら各省庁の大臣やらへのお披露目兼ねてるんですから・・・。」

 「ね、おねがい!」

と、頭下げて頭の上で手を摺り合わせる。

 「うふふ、私もお買い物したいし。それにつきあってくれるのなら、こっそり抜け出しましょう。」

 「よっしゃぁぁぁ!」

三人で拳をガッと合わせる。しかし、ふとかすかな不安がよぎる。何か忘れているような。とおおっても重要な何かを忘れているような・・・。ま、いいか。

 「それでは、よろしくお願いします。」

 「わかりました。そうだ、僕の個人端末の番号です。」

立木謙吾さんが、タブレットを操作してポンとタップする。僕のタブレットから電子音が鳴り番号は転送される。

 「おお、ありがとうございます。またあとで!」

スマホ形状に戻して、登録、そのまましゅるんと腕時計に戻す。水穂さんのタブレット操作で次の会場へ転送された。そこは赤いカーペットの敷かれた廊下で、周りの作りから迎賓館みたいな感じである。当然豪華絢爛。

回れ右して帰ろうとすると、襟首を水穂さんがつかむ。う、動けない。

 「ふふふ、行動パターンを読まれるようじゃダメよ。」

 「うう、ごめんなさい・・・。」

 「ほらそこ、もう始まるわよ!」

びゅるんと言う音と共に、お腹に何かが巻き付く。そして、また豪腕にたぐり寄せられる。

 「わははは、田本殿樹雷の服も似合ってるぞ!」

がしっと捕まったのは、平田兼光さんの腕だった。

 「あうう、お久しぶりです、こんにちは。数日前に会ったばかりですけど・・・そう言えば希咲姫ちゃんは?」

 「今日は、学校の文化祭でな。それに、まだこう言う公的な場に連れてくるわけには行かないしなぁ」

 「そりゃそうですね。」

そう言いながら早足で、会場に向かう。僕と水穂さんは横の控え室に、平田兼光さんと夕咲さんは会場に入っていく。僕も会場に入ろうとしたが、やっぱり水穂さんに捕まって控え室に連行された。

 「・・・その他大勢の中に紛れたいんですけど・・・。」

 「わかっていますけど、今日だけは主賓なんですから!式次第と、スピーチ内容を転送しておきましたからね!まだ、お披露目パレードとかないだけマシですわ。」

 またここでも挨拶かい。そう言えば今の職場に異動前に、ちょうど課長に昇格したばかりの上司がいて、4月にさまざまな会合や総会に引きずり回したときに、挨拶ばっかりだってぼやいていたのを思い出した。あのときは、若干サディスティックな気分になってしまったものだったが・・・。気を取り直して、タブレットを起動して昼食会の式次第を確認する。うわあ、皇家の皆さんとステージ上に座らされて、開式の言葉に、樹雷王阿主沙様の挨拶、来賓祝辞がひとり、ふたり・・・・・・、うわ十人いる。ひとり5分程度としてもそれだけで約1時間じゃん・・・。その後二人並んで、樹雷王阿主沙様からお言葉を頂き、そして僕のスピーチとなる。その内容も・・・うわぁ、これ言うのって言うくらい長い。まあいいか。内容を頭に入れて、見えている人はみんなカボチャやキュウリと思えっと、「の」の字を書いて飲み込むのも良いらしいし。

 そうこうするうちに、女官さんに壇上に案内される。指定されたところに座ると、隣に水穂さんが着席した。会場は1000人規模なのだろう。今は映画館のようにステージに近いところが低く、後ろに向かって高くなるようなイスが出ている。見える範囲を見渡すと、だいたい服装でどんな人々が座っているか分かる。ほとんどが樹雷各省庁の高官だろう。着席場所は、たぶん入場の折に指定されていると思われる。テレビ放送のようなカメラも十台を越えて入っていた。しばらくして、樹雷皇阿主沙様以外の樹雷皇家代表の6人が着席する。おお、あのさっきの天木家のお二人も居る。神木・内海・樹雷様、神木・瀬戸・樹雷様も着席された。今の時刻は、10時50分ほど。式典は11時に開会される。

 「水穂さん、やはり凄いですね、皇家って。」

 「田本さんは、こう言う場所は初めてではないんでしょ?」

まあ、人間45年生きていれば、そこそこそういう場所に行くこともあったりする。何せ地方公務員なので、こう言う堅い場所はそれなりに行ったことがあったり、式典司会の経験もあったりする。さすがに壇上は初めてだが。

 「会場側に座ることは良くありましたが、さすがに壇上はありませんね。」

 「そうそう、転送していたスピーチですが、だいたい言うべき内容が入っていれば、言いやすいように適当に変更していただいてかまいませんわ。」

そう言われて、もう一度タブレットモードにして確認する。言うべき内容は、エネルギーバーストを受けながらも第2世代皇家の樹に選ばれたこと、柚樹さんの件。辺境出身だが、すでにある樹雷ゆかりの著名な剣術家に教えを請うているおかげで、すでに海賊に襲われているが身を守ることができており、樹雷と共にあらんと決意した件。

 「水穂さん、鷲羽ちゃんや、遥照様のことは触れられていませんが、もしかして伏せて置いた方が良いんですか?」

水穂さんの表情が、ちょっと固い。僕としては、日常的に出入りしている柾木家だが、樹雷王阿主沙様のご子息の家でもあるし、触れない方が良いんだろうな。

 「ええ、そのお二方は実は存在そのものがトップシークレットなのです。後ほどの昼食パーティーでもうまく話題をかわしてくださいね。田本さんの出身星のことも辺境とだけ言っておけば良いです。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離れていく日常4

ちょっと堅くなってしまいましたが・・・。

樹雷の式典ですからねぇ・・・(^^;;。




「もう一つ、柚樹は何か言ってもらった方が良いんでしょうか?。」

柚樹は、足下で丸くなっている気配がある。柚樹は言うなれば、ネコ型皇家の樹で、僕を気に入ってくれて付いてきちゃったりしている面もある。

 「瀬戸様に秘話通話で聞いてみます。」

瀬戸様は、竜木家の奥様と談笑していらっしゃる。これだけ見ていると、あの瀬戸様とは思えない上品で美しい女性である。

 「サプライズで良いんじゃない?だって・・・。そうおっしゃってますわ。」

 「ううむ、それなら柚樹さん、僕のスピーチの時に一緒にお願いしますね。」

ふわりと姿を現して、そしてまた消える。

 「おお、前代未聞を強調するのか。それも良いかもしれぬな。」

午前11時になり、式典が始まる。開式の辞は、神木・内海・樹雷様で開会宣言をした。そして樹雷王阿主沙様の堂々とした挨拶がはじまる。さすがに聞き慣れた地球の式典と違って、話のネタが広大な樹雷の領宙を思わせるような、僕としてみれば、SFのプロローグのようなワクワクする話だった。さすがにこの樹雷を率いる樹雷皇である。カリスマ性が半端ではない。それが終わると、延々10人の来賓祝辞である。時候の挨拶から始まり、政情の安定は樹雷王のおかげ、この樹雷に新しくそして強いものを迎えられて嬉しい等、若干空虚に聞こえる祝辞が繰り返される。そうして少し時間が押して1時間強ののち、ようやく、水穂さんと二人して並んで樹雷王阿主沙様からお言葉を頂き、直々に握手していただく。ガッシリとした手は大きく温かい。そして目力が強い。樹雷王阿主沙様に一礼し、樹雷皇家の皆様へ一礼する。今度は僕の番である。

 真ん中の巨大な演台に立つと、それこそたくさんの樹雷高官がこちらを注目していた。マイクらしきものは宙に浮いていて、マイク自身が音声を拾いやすい位置を自動調整するようであった。水穂さんは一歩下がった位置で立っている。ひとつ大きく息を吸い込んで話し始める。

 「樹雷王阿主沙様、そして樹羅皇家の皆様、私どものために、このような盛大な昼食会を催して頂きありがとうございます。さらに樹雷各省庁、樹雷評議委員の皆様方におかれましては、お忙しい中、会場にお越し頂き誠にありがとうございます。」

ちょっと間を置き、息を整える。

 「さて、わたくしは、樹雷領宙のとある辺境の星出身でございます。その星で根付いていた第1世代の皇家の樹が数百年掛けてはぐくんだ皇家の種を突然受け取ったことからわたくしの人生は大きく変わることになりました。いま、その皇家の樹の幼木とともにあるわけですが、わたくし自身、最初受け取った意味がよくわからず、またその種の状態の皇家の樹も生まれたばかりで、一緒に居たいという意思が暴走して、一時的にエネルギーバーストを起こし、事実上、この身は皇家の樹のエネルギーをまともに受け、揮発油をかぶるがごとくに焼かれました。」

また少し息を整え一拍おいて、会場を見渡す。わずかなどよめきが起こる。

 「その時には、その場にたまたま居た皇家の方々の助けもあり、バーストを押さえ、この身もどうにか修復出来たのです。今思えば、すでに皇家の樹の力を頂いていたのでしょうね・・・。とにかく、その皇家の種も発芽しかかっていたので、急ぎこの樹雷でコアユニットに根付かせる処置をしていただきました。しかし、それだけでは終わらなかったのです。わたくしと、今は一樹と名付けた樹はわたくしとのリンクが強すぎ、わたくしが夜間見る夢に引きずられ、わたくしの星では、伝説になっている海に沈んだ古代王朝文明の遺跡から、初代樹雷総帥の妹君とのゆかりがある、柚樹と言う樹を連れてきてしまったのです。」

また会場を見渡す。静かに聞いてくれている。

 「柚樹は、天木家にゆかりのあるマスターを亡くし、その古代王朝が海に沈む折にたくさんの生命が消えていく様子をつぶさに見てしまった結果、悲しさと寂しさのあまり海中深くその身を封印していたのです・・・。」

 「わたくしは、出身星でしておりました仕事柄、とにかく静かに話をお聞きしました。巨大な災害と、それに起因する悲しみ、寂しさをわずかでも一緒に感じたい、そう思いました。その思いで、柚樹と、柚樹のマスターが亡くなる直前の、ほんの短時間で写し取った不完全なアストラルコピーを抱きしめてしまったため、わたくし自身のアストラルは浸食され混じり合ってしまいました。」

 また一拍おく。どよめきが前より強い。

 「周りが言うのには、死ぬ一歩手前まで行ったそうですが・・・、この有様で今に至ります。そして、柚樹は紆余曲折あって、今はこの姿になっています。柚樹さん、お願いします。」

ポンと姿を現し、演台に飛び乗る柚樹さん。マイクが二つに分離して柚樹の前に行く。会場内が大きなどよめきに包まれる。しばらく落ち着くのを待ち、柚樹さんが悠然と話し始める。

 「・・・我は、第2世代皇家の樹、柚樹と名付けられた樹である。初代樹雷総帥の妹君に随行した天木日亜という人物がマスターであった。この者と出会った経緯は、この者が言った通りである。この者は命を賭して、我の想いを受け入れようとしてくれた。我もこの者と共にあらんことを欲した。ある哲学士がその想いを受け止め、この姿を授けてくれたのだ。」

柚樹さんは、そう言いながら自分の前に三枚の光應翼を出現させた。

 「未だ若輩者ではあるが、いにしえの樹雷闘士の記憶も受け継ぐ者である。もう一度言う、我はこの者と共にあらんことを願ったのだ。」

柚樹さんは、そのまま演台に座り、二本の尻尾をゆらゆらさせている。

 「柚樹さん、身に余るお言葉ありがとうございます。」

会場がどよめくと同時に、ぱらぱらと拍手が起こる。

 「・・・そしてわたくしは、天木日亜闘士の記憶もあって、樹雷の剣術をとある剣士に教えを請うております。そのおかげで、先日も海賊の転送してきた戦闘用アンドロイドの襲撃から身を守ることができました。また、ここに来る途中でも大規模な海賊の襲撃に遭遇しました。そんな出来事もあって、身をもって、この樹雷と共に自らがあることを、樹雷と共にあらんことを決意した次第であります。今は皇家の樹が自分に大きな力を与えてくれていることをひしひしと感じ入っております。最後になりましたが、樹雷が千代に八千代に永大に渡って繁栄を続けられますよう強く願ってやみません。ご来場のみなさま、そして樹雷王阿主沙様、樹雷皇家の皆様、ご清聴ありがとうございました。」

一歩下がって、会場に向かって一礼し、樹雷皇、皇家に向かって一礼する。柚樹さんは演台から降りて、僕の後ろを付いてくる。そのころになって、静かに会場内から拍手が起こり始めた。拍手が拍手を呼び大きなうねりのように聞こえる。さらに微妙に地震のような地響きも感じられた。他の皇家の樹だろうか?・・・。僕は、水穂さんと静かに着席した。

 「ちょっと長かったですかね?」

そう水穂さんに問うと、静かに手を握ってやさしく微笑んでくれる。そして、天木家の当主により樹雷風の万歳三唱、竜木家当主から閉式の辞が述べられ、式典としては15分ほど押して、無事終了した。

 司会者が、続く昼食会の会場設営のため10分ほどの休憩すると言うと、静かに来場者の座っているイスが来場者が座ったまま移動を始め、各省庁別だろうか、縦長に整然と並んでいく。その真ん中に料理を載せたテーブルが転送されてくる。僕たちが座っているステージもふわりと何事もなかったかのように消えて、ゆっくりとイスは下降し、樹雷王を中心として半円状の配置に並び変わる。僕たち二人は、樹雷王阿主沙様夫妻の左手側で、その隣に神木家、その隣であった。天木家と竜木家は、樹雷皇の右手側である。その席が並び終えると同じように半円状の料理を載せたテーブルが転送されてきた。次に綺麗な仕上げをされた木製のビアグラスのような杯が転送されてきた。同時に、二人に一つくらいの間隔で、まるで、陶器かと思わせるような微妙なカーブを描く、かなり大きめの木製ティーポットが転送されてくる。中はお酒だなきっと・・・。

 すすすと控え室と逆の扉が開き、女官さん達が数十人現れて、転送された木製ティーポットのような物を持ち、各席のグラスに酒を満たしていく。う~、もの凄く豪華ですばらしい盛りつけの食事だけれど、水穂さんやら立木謙吾さんやらと、ちょっと隠れ家的な定食屋さんとかで食事したいなぁと思っていると、よほど恨めしそうな顔だったのか、水穂さんが話しかけてくれた。

 「あんな立派な挨拶をした人が、そんな恨めしそうな顔しないでくださいな。」

 「うらめしや的な食事の出来るところに行きたいなぁっと。」

 「ほほほ。今のは十点満点中三点ですわね。」

あう、手厳しい。こんな上座に座らされると、抜け出すことはほぼ不可能であった。たぶん乾杯の発声があって、10分後ぐらいには、自分の前に樹雷高官を名乗る皆様が鈴なりになり、お酒を注いでくるのだろう。どうせ席順や階級順で樹雷評議委員長あたりが乾杯の発声だな。予定調和は式典の要だろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離れていく日常5


この国の人達は、基本的にあまり堅苦しい場は嫌いだろうなぁと(^^;;;。

こう言うの書く前に、実は樹雷の政治形態とか、組織とか梶島さんに聞いてみたいなぁと思ったりしていました。


「それでは、皆の者、杯は行き渡ったかな?今日は、第2世代皇家の樹2樹を友とする、樹雷への帰属を決意した強き者の披露目の場である。樹雷皇の名の下に今日は無礼講で行こう!。乾杯!。」

スッと立ち上がった樹雷王阿主沙様が、さっさと無礼講を宣言し乾杯してしまった。会場は、ほとんど怒号に近いような歓声に包まれる。あっちこっちで杯を打ちつけ合い、ほとんど一気飲み的な勢いで酒を飲んでいる。テーブルの料理は、さすがに手づかみとまでは行かないが、ほとんど奪い合うように食べている。さっきまでの取り澄ました雰囲気はものの見事に吹き飛んでしまった。びっくりして目が点になる。

 「樹雷は、元は宇宙海賊の集まりから始まった星なのです。この現在でも堅苦しく取り澄ました場は、苦手な人も多いのですわ。」

 水穂さんが木製ビアグラスを持って、呆然と杯を持っていた僕に話してくれ、コンっと杯を打ってくいっと空けてしまった。反射的に、木製ティーポットからお酒を注ぐ。

 「さあ、飲まないと損ですわよ。」

ん~、いつまでも目を点にしていても始まらない。郷に入れば郷に従え、か。うっしゃ~、飲むぞぉお。改めて水穂さんの杯と打ちつけて、グッと飲み干した。うん、うまい。食道から胃のあたりが暖かくなる。周りを見ると、周りの誰かに注いでもらっている人もいるが、手酌で飲む人も多かった。

 そう言えば、いつも、気がつくとみんなの真ん中に居るイメージの瀬戸様がおとなしい。横を見ると、神木・内海・樹雷様と静かに談笑されていた。この様子だけ見ると、良妻賢母を絵に描いたように見えるだが。水穂さんも袖を少し気にしながら料理を取っている。そう言う仕草が色っぽいよなぁって、しばらくは、何も役柄を割り当てられていないので見るとも無しに見ていた。周りは、結構エネルギッシュに飲んでいる。自分的には、会場のず~~っと後ろの方でわーわー言ってる皆さんに混ざりたいなぁとか思う。皇家か・・・。そう思っていると、ふわっと姿を現す柚樹ネコ。

 「どうしたのかの、おとなしいではないか。」

 「ええ、まあ。瞬間芸で挨拶などはこなせたんですけど、やっぱり皇家らしい立ち居振る舞いだよなぁと隣に座られている方々を見て、そう思っていました。」

 「それはそうだろう、あの方々はもう数百年以上生きていらっしゃるのだから。中には5000年以上存命の方もおると聞くぞ。」

 そう言われて気がつくというか、そんな皆さんの中で恥ずかしげもなく挨拶したのか、と今更ながら顔が熱くなった。

 「いやあ、今更ながら柚樹さんとここに来て良かった・・・。」

経験と時間はやはり圧倒的にその人の立ち居振る舞いに影響する。

 「樹雷皇が、無礼講を宣言しただろう?そろそろ面白いことが起こると思うぞ。」

柚樹ネコがウインクする。時々思うけど、この柚樹さん、ネコだか人だか、皇家の樹だか分からなくなるときが時々ある。

 「そうそう、歳のことは言いっこなしですよ。田本さんだって、地球では中堅どころでしょう?それに樹に選ばれて、まだ10日も経っていないではありませんか。」

取り皿に料理を取ってくれながら水穂さんがフォローしてくれる。

 「そうですねぇ。先週の金曜日の夕方からですから、まだ8日ですか・・・。頭の中で地球の歌謡曲がリフレインしています。」

 じんせい~いろいろ~~ってやつである。まだ宴会は続くのなら、胃に何か入れておいて、先に酔った方が勝ちかも知れない。そう思って、また木製ビアグラスをくいっと空ける。神寿の酒ほど香りが立ったり癖が無いわけではないが、この酒も上等な酒である。どちらかというと地球の純米大吟醸に近いと思う。米の香りが昇華した果実の香りに近い香りと、口に含むと一瞬甘く感じるけど、実は淡麗なアルコールの辛みが、のどごしを充実感のあるものに変えてくれる。料理も掛け値無しに美味であるが、自分自身、若干アウェイな雰囲気を感じているので、なかなか楽しめていない。

 そう感じながら、お酒を頂いたりしていると、背後に強力な気配を感じた。びっくりして振り向くと、樹雷王阿主沙様が立っていらっしゃった。慌てて立ち上がる。

 「本日の朝に西南殿の報告を聞いた。それによると昨夜は初代樹雷総帥パーソナルと剣術を練習していたそうではないか。田本殿、余興ということで一つ見せてくれぬか。」

ニッと笑うその顔は、柾木家で見たあの表情だった。ちょっと嬉しくなったので二つ返事で首肯した。

 「わかりました・・・。柚樹さん、お願いしますね。」

 「おう。」

柚樹さんは、すでに初代樹雷総帥の姿をしていた。例の腕時計を木刀モードに。右手で持ち、一振りする。す~っと気が引き締まってくる。ほんの一週間前まで、まったくこう言う物は持ったこともなかったのに・・・。自嘲的にであるが、自分自身が感慨深い。水穂さんの席の後ろを歩き、樹雷皇の前で初代樹雷総帥の姿をした柚樹と相対する。すぐにフィールドが形成され、僕たち二人は、ステージをそこに持ってきたように1m程度浮かび上がる。半径20m程度の即席の剣道場が形成された。見守っていたテレビクルーが、カメラごとそのフィールドの外に浮かび様々な角度から僕たちの画を撮ろうと狙っていた。初代樹雷総帥の姿をした柚樹に樹雷皇が木刀を投げてよこす。それがまるで自分自身の分身であるかのように初代樹雷総帥は受け止める。二人相対した状態で一礼した。

 「はじめっ!」

樹雷王阿主沙様の号令がかかる。初代樹雷総帥は、低い位置から凄まじい速さで一撃、二撃と切り込んでくる。受け止めながら跳んで避ける。上へ跳ぶと見せかけて、横に走り背後を取ろうとするが、お見通しだと言わんばかりに強烈な突きの一撃を食らいそうになる。身体を横にして突きを逃げつつ、下から初代樹雷総帥の木刀を奪おうとするが、その切っ先は空を切る。初代樹雷総帥は後ろに跳んでいた。ならばこちらから。一撃、二撃と今度はこちらから攻める。昼食会会場に、数万年前の、あの天樹の一郭での試合のように響き渡る堅い木の響き。身体は自然に動き、忘我の状態であった。そして最後の一撃・・・、またも寸止めで終わる。こちらの切っ先は初代樹雷総帥の眉間。初代樹雷総帥の切っ先は、僕の喉である。

 「そこまで!。」

樹雷皇の号令が飛ぶ。また天木日亜さんの膨大な記憶がフラッシュバックする。ゆらりと一瞬ふらつく。

 「日亜よ、まだまだだな。」

そう言いながら、初代樹雷総帥は、人の悪い笑顔して、喉を狙ったその切っ先で僕の頬をペタペタと叩いた。そう、いつもの、あのときの練習試合のあとのように。

 「主皇よ、いまだ、我はあなたにかないませぬ・・・。アストラルの海より、今一度舞い戻り我に教えを賜りたい・・・。」

強烈な郷愁の念に、涙があふれて止まらない。片膝を突き木刀を置く。ふうわりと意識が飛びそうになり、床が近くなっていく。

 「だめ、逝っては駄目です。私が・・・、私が許しません!。」

そう言って、蒼白な表情の水穂さんが初代樹雷総帥のパーソナルを押しのけ、僕を抱きしめる。暖かいからだと手に、天木日亜の記憶はゆっくりと脳裏に沈んでいった。柚樹もネコの姿に戻り、顔を舐めてくれている。ステージはゆっくりと下降し消えた。顔を上げると樹雷皇が済まなさそうな表情で言う。

 「田本殿、すまぬ、お主のかかえているものを甘く見すぎていたようだ。」

 「樹雷王阿主沙様、もう、大丈夫でございます。天木日亜の霊も浮かばれようというものです。」

ちょっとふらつくが、なんとか自分に戻れた。柚樹に貸してもらった木刀を両手で捧げるように樹雷王に返す。樹雷王はその木刀を受け取り、瞬時に、美しい装飾の腕輪に変えた。

 「くっ、また、水穂ちゃんに先を越されたわ。」

その一言に、会場から割れんばかりの笑い声がする。そうだった、昼食会だった・・・。かぁっと顔から耳にかけて熱くなる。

 樹雷皇の前で一礼し、席に戻ろうとすると、あらゆる角度に散っていたテレビクルーが口々に、

 「良い画が撮れました。ありがとうございます。」

にこやかにそう言ってくれる。ふと不安になって聞いてみた。

 「あのぉ、もしかして、これ生放送ですか?」

 「ええ、そうですよ。全銀河ネットで生放送です。ちなみに抱き合ったときには瞬間視聴率50%を越えましたよ。」

ナントカ放送賞は、うちがいただきだな、とか、テレビクルーの前に現れたでかいディスプレイでは、映画化のオファーがどうとか偉そうな人がわめいていた・・・。

 「ぜ、全銀河ネットって・・・。水穂さん、知ってました?」

 「生放送は知っていたんですけど・・・。」

そう言ってまた顔を赤くする。

 「さあ、みんなまだまだ酒も料理もあるわよ!。飲んで食べて、そして、また飲みまくるのよっっ」

瀬戸様が、イスに乗って、足をどんとテーブルに叩き付けるように置いて朗々とした声で言い放った。またも傲然と会場が沸く。水穂さんの端末が鳴っている。ディスプレイモードで起動すると、アイリ・アンドロイドならぬ、眼鏡をかけて山積み書類に囲まれた柾木・アイリ・樹雷様がサブマシンガン状態で言葉を並べる。

 「水穂、あなた・・・。まあいいわ、認めてあげる。でもね、事後報告はむぐむーむー。」

後ろから猿ぐつわをされて、しゅるしゅるとガムテープみたいなモノでがんじがらめにされた。ちょっと褐色の肌の恰幅の良い女性がガムテープでアイリ様を巻きながら引きつった笑顔で言う。

 「水穂さんごめんなさいね。良い雰囲気なのに邪魔しちゃダメよね。ちゃんとこっちで仕事させてますから、ごゆっくり。」

どうしてこう、みんなこう言う関わってはいけない系の笑顔ばっかりなんだろ。

 「お母さん・・・。もお、美守様ってば・・・。」

うつむいているけど、嬉しそうな水穂さんにこっちもホッとする。

 「カズキ、カズキっ!」

血相変えた声音の人が、まだ他に居たのかなぁとか、のほほんと思っていると、目の前に木製の鳥のような物が飛んできた。僕の目の前1m位でピタッと止まる。

 「一瞬、生命反応が消えかけたから、びっくりして飛んできたんだ!。」

 「一樹君、まだ艤装が終わっていないんだよ。まだ飛んじゃダメじゃないか・・・。」

バタバタとその木製の鳥を追いかけて、駆け込んできたのは、立木謙吾技術部主任・・・。ってことは・・・。

一度周りに散りかけたテレビクルーが、また僕の周りに集まり始める。

 「もしかして、一樹かい?」

 「そうだよ!。本当にびっくりしたんだからっ!」

前部分に付いている木製の円環二つをバタバタ羽ばたくようにして、一生懸命しゃべっている。おおお、手乗り皇家の船、できたんだ。

 「いちおう、その子は樹雷の新型戦艦扱いなんだけどねー・・・。」

さすがの瀬戸様も顔に縦線書きたいくらい引きつっている。

 「あああ、瀬戸様ごめんなさい。ほら、一樹も。僕はもう大丈夫だから。」

必死に説得すると、立木謙吾さんと共に、なんとか納得した様子の一樹がドックに帰って行った。もしかして、今のは田本様の皇家の船ですか?どうしてあんなに小さいのですか?今までの皇家の船とは違うようですが、と周りから矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

 「ごめんなさい、内緒です。」

ちょっと皆さんの笑顔を真似して答える。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離れていく日常6

全銀河ネットで瀬戸様とカラオケは・・・・・・。なんだか梶島さんにこってり絞られそうな気もする。

だーっしゅだーっしゅだんだんだだん!

すくらんぶるぅ~。


「ごめんなさい、内緒です。」

ちょっと皆さんの笑顔を真似して答える。落胆を絵に描いたような表情の皆様。

 「そうね、田本殿が帰るときに見えるかもね。」

人差し指をあごに当てて、素知らぬ顔で言う瀬戸様。ぬ~、また何か良からぬことを考えていそうな・・・。今度は瀬戸様がテレビクルーに囲まれて質問攻めになっていた。

 あれ、向こうから歩いてくるのは、平田兼光夫妻・・・。

 「田本殿、いきなり銀河デビューだな!。」

 「おいちゃん、この変化についていけそうにないっすぅ。」

 「わははは・・・。」

ちょっと明後日の方を向いて、汗を一筋かきながら平田兼光さんが乾いた笑い声を発する。後ろから夕咲さんが脇腹をつんつんと突いている。

 「・・・う~、分かってるよ、でもなあ、こう言うのは男親から言いにくくてなぁ・・・。」

頭を掻きながら、困った表情の平田兼光さん。夕咲さんがあきれた表情で話し始める。

 「しょうがないわねぇ・・・。あのね、田本さん、・・・あ、皇家に入ったから田本様かな。田本様、うちの希咲姫がねえ・・・。」

夕咲さんがもう一度、平田兼光さんを見上げながら困ったように言う。

 「こないだの、柾木家鶏鍋の日から元気がなかったんだな。で、夕咲が話を聞いたら、田本殿を、その・・・、気に入ってしまったらしくてなぁ・・・。それで、実はさっきの放送から、私らの携帯に、怒り狂った希咲姫のメールが入りまくってるのだよ。」

ものすご~く言いにくそうに、個人端末画面を二人して見せてくれる。ちらっとみても「き~~~っ!」って感じで怒っているというか,パニクっている様子が見て取れた。ぎ~~っと音がするように頭を巡らせて隣を見ると、水穂さんが、アイリアンドロイドのように目をギラギラさせながら額の青筋もクッキリと、しかも背後のオーラもめらめらさせながら立っていた。

 「・・・こ、この田舎のおっさんにどうしろと・・・。」

仁王立ちの水穂さんにおびえながら、自分でも分かるほどうわずった声で聞いてみる。

 「あら、もう田本殿は田舎のおっさんではなくってよ。皇家の樹の悲しみを受け止めた、優しき美しき男。それはこの銀河が認めたようなもの。妻を二人以上娶るのも皇家の者の力を示す良い機会です。」

うわ、瀬戸様再登場。しかも酔ってるし。これ以上ややこしいことにしてどーしますねん!。ちらと美沙希様を見るとがんばってね~、と船穂様とにこやかに手を振っているし、内海様は頼んだぞ!と言わんばかりの熱い目線でこちらを見ている。それでは、天木日亜モード再起動で。とりあえず、希咲姫ちゃんのことは棚に上げてと。スッとひざまずき瀬戸様の手を取る。異変に感づいた(?)照明スタッフが、スポットライトを当ててくれる。

 「瀬戸様、あなた様とは、身分の差がありすぎます。私どもは先ほどから、本当に恐縮して身が縮む思いでございました。」

そう言いながら、取った手に軽くキスをする。

 「わたくしは、この間、そんな物は一向にかまわない、そう言ったはずですわ。」

そう言いながら後ろに身体をねじり、顔を隠す瀬戸様。色っぽいんだけどなー。

 「それでは、わたくしのお願いも聞いて頂きたく存じます。旦那様の前でございますが真夏の太陽が見せた夢。見せて頂くわけにはいきませんか。」

立ち上がり、僕は左手を目の前くらいに上げる。腕時計をスマホモードに。脳波コントロールを駆使して、スマホの中にダウンロードしておいたある曲を掛ける。スマホをタブレットに変えてカラオケモードにすると曲名が出て、字幕が出る。音が出始めると、例のマイクが飛んできて音を拾い始める。

 「瀬戸様、ゆっくりで良いので合わせて踊って頂けますか。」

こっくりと頷く瀬戸様。しょうがないので、おっさん芸である。また樹雷皇の前くらいまで歩いて行くとステージが自然にできた。地球ではかなり有名なデュエット曲だ。瀬戸様を見つめ瀬戸様の腰を抱き、浮かんでるタブレットを見つつ、一曲歌い始める。

 「こ~ころのぉ、そこまで~しびれる、ような~♪」

お酒が入っていないとぜったいできない芸だった。

 「じゅ~らいでひ~とつぅ・・・。」

さびの部分で腰を抱きながらくるりと回る。

 「ほ~んとの、こ~いの、ものが~たりぃ~♪」

我ながら恥ずかしげもなく歌ってしまった。皇族の皆様の前で。そしてとどめに、瀬戸様を抱きしめ、スッと離しておでこにキスをしてしまった。

 「・・・お許しください、瀬戸様。私どものささやかな想いでございますれば・・・。さあ、今しばらくは、世知辛くも悲しいこの世にとどまり、あの星まで歩いて行きましょうぞ!」

例によって、虚空を指差す。クサイ、死ぬほどクサイ。どっとここで笑いでも出てくれたら僕は救われるのだが、会場内は静まり返っている。タブレットを腕時計に戻し、手を引いて、瀬戸様を席に座らせ、今度は水穂さんの手を取り、携帯を見せて固まっている兼光夫妻の手もつかんで。

 「それでは、ごめんなさい。皆様ごゆっくりお楽しみください。ありがとうございましたぁ!。」

と叫んで脱兎のごとく逃げ出す。

 「なんで私たち(俺たち)までぇ~~~。」

 「呉越同舟ですぅ。希咲姫ちゃん問題も解決していませんし。さあ、中央突破です。」

堂々と、会場真ん中を最大戦速で駆け抜ける。背後で、逃げたわよ!みんな捕まえるのよ!。と言う瀬戸様の声が聞こえる。阿主沙様や内海様達は腹を抱えて笑っていらっしゃるようだった。

 「水穂さん、適当な転送ポッドで希咲姫ちゃんの学校まで!。」

 「わかりましたわっ!」

四人で走りながら、転送ポッドに飛び込むと、会場出口からあふれ出す樹雷高官が見えた。その先頭は瀬戸様である。は、速い!。あと十数mと言うところで転送がかかる。

 転送された先は、小学校らしき建物でその校門の前だった。ちょうど希咲姫ちゃんは校門にもたれて、見慣れない男の子が何か話しているようだった。お、もしかして希咲姫ちゃんが好きなんだな。

 「夕咲さん、あの男の子は?」

 「ええっと、近所の立木さんちの息子さんだわ。希咲姫と一緒に学校行ってくれてるのよ。」

 「じゃあ、二人も連れて行きましょう!。」

 「は、はい、ええええっっ!」

こんどは、希咲姫ちゃんを平田兼光さんが小脇に抱えて、夕咲さんが、ごめんね~とか言いながらその男の子の手を引いて走る。

 「水穂さん、次は、一樹のいるドックへ、というか立木謙吾さんがいるところへ!。」

 「は、はい!。」

また100mほど走ると、ちょうど校門前に瀬戸様の追跡部隊が雪崩を打って出てきたところだった。ぎゅっとみんなで転送ポッドに収まって、バイバイ~と手を振りながら、また転送がかかる。この~~、逃がさないわよ~~と言う声が聞こえてくる。

 転送ポッドからこぼれ落ちるようにして出ると、そこは一樹のいるドックだった。ちょうど立木謙吾さんが、難しい顔をしてディプレイをにらんでいるところだった。

 「立木謙吾さん、お約束通りご飯食べに行きましょう!。」

 「ああ、そうですね。まだ食べてないんですよ。さっきは失礼しまし・・・。うわああ。」

そう言っている立木謙吾さんを夕咲さんが鞭で絡め取って、一緒に走り出す。

 「ちょ、ちょっと、どうしたんですかぁっっ。」

 「瀬戸様に追われてます。立木謙吾さん、さっきの会場近くで裏通りにあるような居酒屋兼定食屋さんで、この人数が入れて、奥の間があって店の人に顔が利くようなところありませんかっ!。」

 「ええと、は、はい。樹の宿という店があります。」

 「水穂さん、そこに行く前に、郊外の方向へ一度転送してください。」

 「分かりました!。」

また全員でぎゅっと転送ポッドに収まると、ちょうど、隣の転送ポッドか瀬戸様を先頭に追跡部隊が出てくる。くっっ逃がさないわよ~~。と言ってる瀬戸様を尻目に、転送がかかる。転送された先は、郊外の巨大なショッピングセンターだった。

 「柚樹さん、ついてきてる?」

 「おお、おるぞ。お主もやるのぉ。」

見回すと、すぐ近くに地球で言うガソリンスタンドみたいな施設がある。木の外装で個人移動手段のクルマのような物や運送トラックのような物がエネルギーチャージを受けている。

 「あのトラックの陰に皆さん身を潜めてください。柚樹さん、光学迷彩を僕にかけてください。姿は地球の田本さんで、服装はあそこの店員さんにしてくれますか。」

一瞬にして、お腹の出た田本さんになり眼鏡もできる。ちょうど、何かのキャンペーンらしく旗を持って振っている人が数人いた。帽子を目深にかぶったように調節してもらう。

 「お疲れ様で~す。交代の時間で~す。」

 「あれ?見慣れない顔だけど・・・。」

いぶかしげに見る店員さん。そこは人当たりの良さそうな顔に、さらに笑顔を浮かべて押し切る。視界の端で、水穂さん達が駐車しているトラックの陰に入るのを見届ける。転送ポッドはほんの5m先だ。僕の位置からは20mほど。

 「すみません、先ほどメーカーから派遣されてきました。旗振り代わりますね。」

 「そ、そうですか。それでは休んできます。」

僕は、役場に入る前にこう言うところで結構長い間アルバイトしていたのだ。それにこういうキャンペーンの時はだいたい販売元メーカーから応援に来たりする。

 「いらっしゃいませ~~。」

明るい声を出してお客様を迎える。ちょうどそのとき、店舗前の転送ポッドから雪崩を打って瀬戸様の追跡部隊が出てきた。

 「瀬戸様、転送軌跡はここで途絶えています。この周辺に潜んでいると思われます。」

 「分かったわ、このショッピングセンターをみんなで探すのよ。連れ戻して、ぐてんぐてんになるまで飲ませて、水鏡に連れ込むんだから!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離れていく日常7


おっさん全開なら、もしかすると瀬戸様追跡網から逃げられるかも・・・。

でも結局、誰かさんの手のひらの上からは出られなかったり(^^;;;。


追跡部隊の顔がみんな気の毒そうな表情になっている。触らぬ神に祟り無し。瀬戸様は店内に入っていく。追跡部隊の数人が、こちらに歩いてくる。

 「いらっしゃいませ~。」

旗を振りながら素知らぬ顔を決め込む。そのうちの一人がなぜか僕の前で立ち止まり、聞いてくる。

 「さっき転送されてきたらしいんだが、皇族の服を着た数名を見なかったか?」

 「さあ、わかりませんね~。そういえば、店内に走って入っていくひとを遠目で見ましたねえ・・・。」

 「そうか・・・。どうも目標は店内らしい。いくぞっ!」

そう言いながら、その追跡部隊の数人も店内に入っていく。

 「ごめんなさい、ちょっとトイレですぅ。」

そう言いながら、旗を置き、施設のトイレ方面に行くふりをして、トラックの陰に回り込んで光学迷彩を解き、みんなと一緒に転送ポッドに入る。さっきの旗振り代わった人ごめんね、と心の中で謝る。そして転送されたところは、昼食会場の大施設近くの駅のようなところだった。

 「立木謙吾さん、その樹の宿というお店はどこですか?」

 「はい、こちらです。」

その大施設から、反対方向に歩き、すぐに裏通りに向いて入り、右手に小さな看板が見えてくる。うん、静かで良さそうなお店だな、と思う。

 「こんにちは~、休憩の時間で申し訳ないけど、大将、奥の部屋空いてる?」

立木謙吾さんが、いつものように、と言った感じで木製の引き戸を開けて声をかける。

 「おお、謙吾君か、良いよ、空いているよ。何人かな?」

白い割烹スタイルの、人の良さそうな大将がちょうど、入ってすぐの厨房カウンターを掃除していた。奥から、お盆を持った女将さんが出てくる。

 「ごめんなさい。ええっと・・・、子ども二人と大人五人です。」

 「今日は大人数だねぇ。隣の部屋にお客さんがいるけど、いいかな?」

 「ええ、子どもも樹雷小等部生ですから。」

 「ああ、それなら大丈夫だね。」

戸口を少し入ったところで話していた立木謙吾さんが大丈夫ですと、後ろに居た人を手招きしていた。それでは、ということで店内に入り奥に通される。大将と言われた人と女将さんに一礼して入る。一瞬ハッとした顔をされる、しかし聞きとがめたりはしない。僕はわざと少し遅れる。

 「皆さん、先にお部屋でいてください。飲み物、アルコールが4つとソフトドリンクで良いですか?」

たぶん、ここもすぐに瀬戸様の追跡部隊が来るだろう。店内に残って、また一計を案じる。

さきに、大将と女将さんにお話を通しておこうと思う。

 「今日は、急に押しかけて済みません。訳あって、瀬戸様から逃げているものですから。」

ごめんなさい、と深く一礼する。

 「いえいえ、これはご丁寧に。先ほどの放送であなたを知らない人は居ないと思いますわ。今も大追跡の様子が生放送されていますわよ。」

女将さんがにっこり笑いながらそう言った。うう、やっぱり。

 「それはそうと、こんなカードは持っているかい?」

と、大将が懐から取り出したのは、なんと「瀬戸被害者の会」のカード。

 「はい、これですか?」

大将は、にかっと笑って、カードをしまい込む。なるほど、そう言うお店なのか。立木謙吾さんグッジョブ!。

 「それで、たぶん、ここもすぐに追っ手が来ると思うんです。そこで、ここのカウンター席で、お芝居させてもらって良いですか?」

 「ほお、面白そうじゃないか。なにやるんだい?」

また柚樹さんに光学迷彩をかけてもらう。目立たない服装で太った田本さんの格好だ。ちょっとびっくりした様子のお二人。

 「ごめんなさい、この子、ネコではないので・・・。」

 「分かってますよ、あなたの皇家の樹でしょう?」

あらあら、と言う感じで二人とも笑っている。

 「ここの会計は僕持ちでお願いします。それと、奥に飲み物とお通しを・・・。注文聞いてあげてくれますか。」

そう言いながらMMDカードを出す。認証が済んで軽い電子音が鳴った。カウンター席に座る。女将さんは奥に注文を取りに行き、大将は、おしぼりを出してくれるのでそれで手を拭きながら、

 「ええっと、僕には適当にお酒と、二皿ぐらいお料理頂けると・・・。近くのホテルに泊まったビジネスマンみたいなシチュエーションでお願いします。」

その格好のまま、奥の部屋に行き、障子のような木製の引き戸を開けると、みんな一瞬びっくりした表情だが、すぐに水穂さんの表情は戻る。

 「皆さんすみません。ちょっとカウンター席でお芝居して、瀬戸様の追跡部隊をかわしてみます。もしも、僕が捕まったら、水鏡から救出していただけるとありがたいです。支払いは済ませてあるのでお好きなものをどうぞ。」

そう言うと平田兼光さんが任せておけとばかりに胸を叩く。そうしてカウンター席に戻った。おっさんモード発動である。

 「大将、早い時間に空けてもらって済まないね。」

そう言って、カウンターに座ると、黙って料理と酒を出してくれる。また見事な木製ビアグラスと木製の綺麗なカーブを描く、花瓶のようにも見えるポットである。

 「お、うれしいねぇ。温かい酒だね。」

手酌で注いで飲み始める。昼食会場ほど上等な酒ではないが、雑味と辛みが良い具合で、暖かいとホッとする味わいである。地球の酒の味に近い。美しい塗り箸が箸立てに立っていたので二本取って、料理に手を付ける。焼き魚?とお作りかな。結構心底ホッとしていたりする。

 「お客さん、樹雷は初めてですか?」

そう言って小鉢を出してくれる。ぬた和えのような物だった。

 「樹雷は凄いねぇ、何もかも樹だねぇ・・・。今日はちょっと仕事でね。さっき終わってこの辺歩いていると雰囲気の良いお店見つけたから入らせてもらったんだよ。」

 「これからもご贔屓にお願いしますよ・・・・・・。お、来たようですよ。」

目配せと小声で知らせてくれる。外が若干騒がしい。

 「いやあ、私の星によく似ていてね。今もホッとしているよ。」

どこに行ったのよ~。また会場に戻ったようだけど。このあたりもしらみつぶしに探すのよっっ。そう言う瀬戸様の声が聞こえてくる。かららら、と玄関引き戸が開く。

 「すみません、ちょっとおたずねしますけど、こちらに、皇家の服装をした男女5人くらい来ていませんか?」

若い樹雷の公務員だろう。下手に出ながら店内を見回している。目が行くのは家の作りとかそう言うところにか・・・。固定資産税の査察官ってところかな・・・。

 「いらっしゃい。そうだなぁ、見ていないなぁ。今の時間はご覧の通りでねぇ。」

大将が朗らかに対応してくれる。

 「なんだか今日は騒々しいけど、何かあったのかい?」

手酌で、お酒を自分のグラスに注ぎながら聞くとも無しに聞く。

 「え~、お客さん、放送見ていないのかい?」

 「さっきまで仕事だったからねぇ。」

ピッとテレビのリモコンのような物を大将が操作すると、半透明のディスプレイが出て瀬戸様を先頭の大追跡大会が生中継されている。

 「なにやら、新しい皇家の人が来ていて、そのお披露目だそうで。」

そう言いながらさっさと手際よく魚をさばいている。女将さんも手をふきふき、奥から出てくる。

 「さっきも綺麗な、お嫁さんになる人かねえ。逝っては駄目ですって抱きしめちゃってねぇ。あたしゃ久しぶりに震えが来ちゃったよぉ。」

そう言いながら女将さんは大将を見ている。

 「皇家だって・・・。縁がないねえ。こうやって仕事帰りに一杯やるのが唯一の楽しみだねえ。」

 そう言いながらビアグラスを空ける。ああ、暖かくてホッとする。顔を出していた公務員風の男も、同僚に呼ばれたようで、失礼しました、と言って戸を閉めた。次のブロックに行くわよ、みんなついておいで!と言う瀬戸様の声が聞こえる。

 「ほんと、大変だねぇ。」

そう言いながら静かに10分ほど飲んでいた。このままここに座っていたいけど、奥の間も気になるし。皇家モードに戻ろうかなと思ったときに、ガラッと戸を開けたのは瀬戸様だった。憤怒に近い表情だった。内心もの凄くびっくりして、ビアグラスを落としそうになる。

 「お、いらっしゃい。」

さすが大将。表情一つ変えない。瀬戸様は、店内を見回して、フンといった感じで戸を閉める。でも何か気になるのか、もう一度戸を開けた。

 「ここに男女5人で、皇家の服装をした人逃げてこなかったかしら。」

うおお、迫力が凄い。その迫力に物を言わせて上から目線である。

 「いやぁ、うちはご覧の通りの店だからねえ。皇家の人なんて来ないよ。」

 「大将、もう一杯。」

木製のポットが空になったので、また注文する。

 「あーはいはい。さっきのお酒で良いですか?」

頷いて、ポットを手渡した。瀬戸様は、微妙に納得のいかない表情で戸を閉めた。今のこともあるので、またしばらくカウンターにいる。外の喧噪は収まりつつあった。

 「もう大丈夫かも知れません。いやぁ、真に入った演技でしたねぇ。」

 「いえいえ・・・、だって、こっちの方が元々の自分自身ですから・・・。どうもご迷惑をおかけしました。」

そう言って、お酒と皿を持って奥の間に行こうとすると、女将さんがお盆に載せて持って行ってくれる。

 「柚樹さんありがとう。」

そう言うと、光学迷彩が解けた。奥の間に行こうとすると、隣の障子が開く。何となく見るとそこには・・・。

 「樹雷皇阿主沙様!、内海様もっっ。」

美沙樹様と船穂様も、もちろんご同席。に~っこり笑う笑顔が怖い。

 「どうもすみませんっ。微妙にいたたまれなくなってしまって・・・・・・。攻めは如何様にでも受けます。」

土下座であった。我ながら見事な。

 「田本殿、立派な逃げっぷりだったなぁ。」

 「うちの瀬戸から、逃げおおせるとは・・・。」

そう言われて顔を上げると、あの柾木家で見た笑顔の樹雷皇阿主沙様だった。

 「でも、阿主沙様の顔に泥を塗ったも同然ですし・・・。」

ニカッと、笑う樹雷皇阿主沙様。

 「いや、無礼講を宣言しておるからな。かまわんよ。瀬戸から逃げているのが表面的な理由だし。良い余興だったよ。それに、となりでまだ処理せねばならん問題があるのではないかな?時間が来たら瀬戸に連絡入れて、ここに居るみんなで水鏡に繰り出そうではないか。」

さすがである。樹雷皇というのは本当に大変なんだろうなぁ。

 「どうもすみません。終結までお考えとは、本当に頭が下がる思いです。」

船穂様も美沙樹様も裾を口に当てて、思い出し笑いだろうか楽しそうに笑っていらっしゃる。

 「この店は良いだろう?また利用してやってくれ。」

そう言って、瀬戸被害者の会カードを見せる。僕も取り出して見せる。

 「ええ、本当にありがとうございます。それでは、ちょっと隣に・・・。」

そう言って、一礼して隣に入る。

 「あなた、瀬戸様に捕まったかと思いましたわ。」

水穂さんが、待ちくたびれたような顔で言う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離れていく日常8

一難去ってまた一難。

さすがに、飲み過ぎになるか、田本さん。


「瀬戸様からは、何とか逃げられたんだけど、樹雷皇阿主沙様や船穂様、美沙樹様、内海様がお隣にいらっしゃってるよ。」

参ったなぁと、頭に手を当てて部屋に入っていく。

 「ここは、瀬戸被害者の会の総本山ですから。」

そうやって人の悪い笑顔をするのは、立木謙吾さん。

 「本当に助かりました。あれで捕まっていれば、今頃どうなっていたことやら・・・。」

 「たぶん、今夜はずっと一緒、でしょうね~。」

夕咲さんが料理を口に運びながら、ふふっと笑っている。そうそう、本日のメインイベントだ。

 「希咲姫ちゃん、この間はありがとう。」

そう言いながら空けてくれた席に座る。ここは掘りごたつのような感じで、足を降ろして座れるので楽である。ソフトドリンクに手を付けずにうつむいている希咲姫ちゃんである。

 「ほら、将哉(まさや)、希咲姫ちゃん取られちゃうぞ。」

は?将哉?そう言うのは立木謙吾さんだった。

 「こいつ、僕の甥っ子でして。なあ、ほらご挨拶だよ。」

案外樹雷も狭い。そう思った。

 「こんにちは。立木将哉と言います。よろしくお願いします。」

さすが。この歳でしっかりご挨拶もできるのか。しっかりした目鼻立ちで、鼻が高い。この子はイケメンになるだろう。しかも樹雷だから、しっかり鍛えられるのだろうし。しっかり目を見て話すのはご両親のご教育も良いのだろうな。

 「希咲姫ちゃん、カッコいい彼氏もいるじゃないか。」

ぷるぷると頭を振る。たぶん、この子もよくわかっているけど、気持ちがどうにもならないのだろうな。賢い子だ。

 「僕と一緒にいるとねえ、もれなく、あんな怖い瀬戸様とかとお話ししなきゃならなくなるよ?」

 「そうねえ、私なんか、100年くらい行き遅れたし。」

あごに人差し指をあてて上目遣いに考えている水穂さん。あれ?もうトラウマじゃないんだ。しかしこの人いくつなんだろう?ジト目で水穂さんを見る。まあ、僕の場合は、それ込みでこの人を受け入れたのだし。別に良いんだけれど。

 「あと10年くらいすれば、将哉君も充分、希咲姫ちゃんを守ってくれるだろう。そうだよね、将哉君。」

 「はいっ。」

そう、それこそ真夏の夜の夢。希咲姫ちゃんには、何か、僕がとてもカッコいい人に見えてるんだろうな。平田兼光さんが微妙に寂しそうな顔をしている。

 「この人も、さっきからこうなんですよ。」

夕咲さんが、困ったような顔で答えてくれる。

 「男親としては、だなぁ・・・。こう、何か寂しいものだな。」

そうだろうなぁ。この歳で結婚だのなんだのと。だまって平田兼光さんに注いだ。

 「なんか、でもしっかりしたナイトがついているようじゃないですか。」

そう言って柾木家のあの笑顔を真似てみる。しっかりこちらを見据える将哉君。

 「さあさ、皆さん飲んで食べましょ。僕は、あまり食べてないのでお腹がすきました。」

女将さんを呼んで、適当に何品か追加した。

 「立木謙吾さん、急に拉致したし、ごめんなさい。驚いたでしょ?」

 「いいえ、まあびっくりはしましたけど。」

ちょっと顔が赤い。この人も魅力的な顔立ちだし、彼女もいそうだけどな。

 「僕は、もともとややこしい人なので、それ相応にややこしい人でないと耐えられないかも知れませんし。」

と言いながら、水穂さんを見る。ひくくっとほほが引きつっている。

 「そうだろうのぉ、わしもややこしい方だがの。」

そう言いながら姿を現す、柚樹ネコ。膝に乗ってきて丸くなる。

 「ねえねえ、僕は?僕は?」

そう言いながら、立木謙吾さんの懐から現れたのは、何と僕の皇家の船、一樹である。さっきよりも小さくなっている。

 「え、新型戦艦の艤装は終わったんですか?」

困った表情の立木謙吾さんが、腕組みしながら答えてくれる。

 「ご希望の機器や、様々な施設の積み込みや設置、外装の取り付けは終わったんですが、細かい機器間のリンク設定や制御系の調整が・・・・・・。さっき拉致られたので間に合わなくなりました。」

テヘッって感じで頭を掻く。

 「あうう、一樹が飛んでるってことは、いちおう地球への帰還は・・・。」

 「コアユニットだけでも可能ですので、そっちの修繕は終わってますから帰れますよ。」

思わずホッとする。年次有給休暇は月曜日分は取っていない。

 「と言うことは、次回樹雷に来るときに本格稼働と言うことですね。」

 「謙吾さん、私たちの、おうちの方は?」

水穂さんが心配そうに聞いている。そういえば船内で一泊しないと帰れない距離と航行時間だったような気がする。一樹の以前の内部はただの広大な自然の空間だったので、最悪寝袋持ち込んで野宿か、ブリッジでねるか、と言うことになる。よくぞ聞いてくれたという表情で立木謙吾さんが話し始めた。

 「ご邸宅の方は最優先で設置、建築しましたので問題ありません。自動調理器や専用養殖池、畑や野菜工場、畜産工場、生態環境循環リサイクルシステム等はすでに稼働しています。今のままでもほとんど補給なく十数年以上の無補給航行が可能です。」

 「ああ、なるほど、補機システムがまだなんですね。」

大型常温縮退炉とか、それと対になる新型コンピューターとか。全自動兵器工場とか。と指折り数える立木謙吾さん。そんなの積んだの?と言わんばかりの目で水穂さんがこちらを見ている。いいじゃん。好きにして良いって言ったじゃん、とちょっと後ろめたい顔をしてみる。

 「ええ。まあそれで、飛びながら調整しようかなぁとか・・・。思うんですけど・・・。」

なんでこの人顔を赤らめるんだろう・・・。なんとなくむちゃくちゃ、ややこしい問題が浮上してきているような気がする。水穂さんのこめかみに青筋が浮かんでいた。ねえねえと一樹がうるさく目の前をパタパタ飛んでいる。

 「・・・うん、一樹もややこしいねぇ。」

意味が分かったのか分からないのか知らないが、何か喜んで部屋の中を飛び回っている。

 「もしかして、地球まで一緒に来る、または、来たいと?」

こっくりと頷く、立木謙吾さん。

 「ええっと、様々なトップシークレットが渦巻く地球ですが・・・?」

そうだよね、水穂さんと見ると、見たこともない鬼のような形相だった。頭に五徳(三本足の鉄瓶受け)を反対にかぶって、その足の部分にろうそくを挿して火をともして、

五寸釘と金槌持たせれば、恨みはらさでおくべきか、状態であった。しょうがないので平田兼光さんの方を見ると、

 「まあ、大丈夫だろう。どうせ瀬戸様はその辺、計算尽くだろうよ。それに立木林檎殿も、柾木家に来ているのだろう?」

まあ、あの瀬戸様だからなあ。さっきの憤怒の形相を思い出して身震いする。そう言えば、あのハイエナ部隊、もとい、経理の鬼姫も一度柾木家を訪れている。

 「じゃあ、それはそうとして、帰りはどうするんですか?」

「それは大丈夫です。僕の第三世代艦(樹沙羅儀)で帰ります。実は、亜空間固定されている一樹カーゴスペースに搭載済みだったりします。あ、言い忘れていましたが、樹雷皇阿主沙様と瀬戸様には許諾を得ています。」

力が抜けたように、テーブルに微妙に突っ伏す水穂さん。

 「・・・水穂さん、ほら、瀬戸様が絡んでまともにいったことが無いじゃないですか。」

さっきのお礼も兼ねて、手を握りながらそう言って慰めてみる。

 「自分が当事者だと、これほど引っ張り回されるとは思いませんでしたわ・・・。」

 とりあえず、してやったりと逃げおおせたような気がしていたが、瀬戸様の手の上で踊っていただけのような気がしてきた。に~~っひっひっひと笑う瀬戸様が脳裏に浮かぶ。瀬戸被害者の会のカードはそう言う意味で強力なカードなんだろうな。女将さんが何品か料理を運んでくる。飛び抜けて美味というわけではないが、ホッとする料理である。うん、このお店はここに来たら時々来よう。ビアグラスに注いでもらった酒を飲む。さすがに少し、いやだいぶ酔ってきた。料理もみんな食べたようで、皿も空いている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離れていく日常9

爆弾発言がどういうことになるのか、それとも何もならないのか・・・?





「そろそろ、行きますか?」

みんなが頷き、障子を開けて隣の部屋を見ると、樹雷皇阿主沙様や内海様、船穂様、美沙樹様もこちらを見る。

 「うむ、水鏡へ行くか。瀬戸殿をいつまでも走らせておく訳にもいかぬだろう。」

 「そうですね。でも、さっきの顔凄く怒っていて、怖かったんですけど・・・。」

 「店内モニターカメラで見ていたよ。確かに、なかなかああいう顔はしないな。」

内海様が、また嫌な笑顔を浮かべる。船穂様と美沙樹様は、凄く楽しそうにわらっていらっしゃる。

 「お店に迷惑掛けるわけにいかないので、店内から転送するようなことはできませんか?」

店を出たところで、瀬戸様に捕まりでもして、それが生放送されたり、瀬戸様のちょっかいの対象になりでもしたら逃げ込む場所がなくなるし。

 「ふふふ、瀬戸様には内緒ですわよ。」

船穂様が奥の部屋へ通じる戸を開け、渡り廊下を歩くと、そこに転送ポッドがあった。気がつかなかったが、よく手入れされた美しい中庭があった。ちょうど樹雷皇阿主沙様達が飲んでいた部屋から見える。なんとなく僕がいた山の木々に似ている。立ち止まってみていると、

 「この中庭は、わたくしの故郷の山を模して阿主沙様が作ってくれました・・・。」

船穂様の、ほんのり紅指す頬が美しい。

 「あなた、船穂様は、阿主沙様が武者修行の折に強力な敵の前に負傷されて、海賊の人間狩りに遭っていた船穂様のお父様を助けられ、ご自分の傷が癒えるまで看病してくれた船穂様を地球から連れ帰ってしまいましたのよ。」

水穂さんが耳打ちしてくれる。遠く離れた土地の風景を模して、寂しくないように作ったのだな。皇家だから、様々な確執や心地よくないやりとりもたくさんあっただろうに・・・。

ちょっと気の毒そうな表情になっていたのだろう。船穂様が続けて話してくれる。

 「阿主沙様は、その言葉に違わず、この1千年近くわたくしを護り通してくれました。」

美沙樹様も船穂様の横に並んで庭を見ている。樹雷皇阿主沙様の顔が赤い。

 「お姉様、また地球に行きましょうね。」

 「ええ、今度は曽孫(ひまご)の顔を見に行きましょう。」

うわ、こっちに矛先が・・・。

 「さ、さあ、とりあえず店を出ませんか。そうだ、大将にお礼言ってきます。」

耳が熱い。廊下を戻って、店の大将にお礼を言うと、二人して丁寧に言葉を返してくれる。また来させてくださいと言って、廊下奥へ戻る。

 「さきに、平田兼光夫妻と、将哉君と希咲姫ちゃんをご自宅へ転送した方が良いのでしょうか。」

 「ここは、隠密度の高い二点間転送ゲートになっているのでな・・・。まずは全員天樹の皇家の間入り口に転送されるぞ。」

ニッとイタズラっ子のような表情の阿主沙様。4名ずつ転送ポッドに入り、順次転送されていく。僕の番が来て、一樹と柚樹と共に転送されると、そこは巨大な樹がそびえ立ち、その樹をうまく利用して作られた、皇家の間入り口だった。

 「本当に、大きな樹ですね。」

見上げても、空の彼方に樹があるだけで、その上端はまったく見えない。平田兼光夫妻と将哉君と希咲姫ちゃんは、別の転送ゲートから自宅近くへ帰って行った。一緒に行こうとする立木謙吾さんを僕は、手を握って呼び止めた。思いつきは田本さんの得意技である。

 「立木謙吾さん、瀬戸様とのネタに使わせてもらいますのでご同行をお願いします。」

例の関わってはいけない系の笑顔で言った。

 「え~、僕をですか?」

また、船穂様と美沙樹様のお二人が楽しそうな表情をする。立木謙吾さんは、見事に顔に縦線状態の表情だった。

 「そう言わずに。何かあればお姉様が強烈な一撃を放ってくれますって。それに、立木謙吾さんがいてくれると心強いですし。」

そう、思い出したのだ。ナントカ重工業のお金をどうされたのか?と柾木家で聞いていたのを。その瞬間、顔が青ざめた瀬戸様は尋常な様子ではなかったし。この際、水穂さんの般若顔は、とりあえず棚上げである。

 「樹雷の鬼姫対、経理の鬼姫の代理戦争か。これは見物だな。」

にやりと笑う、阿主沙様と内海様。

 「では、瀬戸を呼ぶぞ。」

なにやら、決死の覚悟に似た声音の内海様である。こちらもその気迫が伝わってきて、息をのむ。しばらくすると、天樹皇家の間のかなり遠くから、こつりこつりと靴音が聞こえてくる。僕の頭の中では、RPGの最終ボスキャラ出現のテーマが鳴り響いている。

 「あらあら、わたくしったら、こんなところに来てしまったわ。ここは・・・、ええとぉ・・・・・・、樹雷皇阿主沙様、船穂様、美沙樹様、内海様、こんにちは。」

エプロンを着けた、女性用作業服のような物だろうか?金髪で褐色の肌の女性が深々とお辞儀していた。手にはモップを持っている。そこにいる僕を除いた全員が溶けたアイスクリームのように脱力した表情だった。

 「あらあらあら、水穂さんに、立木謙吾さんに、皆様こんにちは・・・・・・、この方はどなたでしょう?初めてお目にかかりますわ。」

ゆっくりとした口調でしゃべる女性だった。水穂さんが脱力モードから復帰して慌てて紹介してくれる

 「・・・こちらは、九羅密美兎跳様ですわ。世仁我の方です。世仁我は樹雷にならぶ軍事国家で、九羅密家は、樹雷皇家と同様に世仁我を統べる一大勢力です。美兎跳様、こちらは、田本一樹様です。」

水穂さんが必要最小限のことを教えてくれる。でも、またそんな重鎮がどうしてモップを持って・・・?。

 「初めまして、田本一樹と申します。数日前に皇家の樹と契約して、本日皇家入りの儀式が終わった者です。どうぞよろしくお願いします。」

 「これはこれはご丁寧に。なんだか西南君と似ているわね~。」

ひくくっと引きつった笑顔の水穂さんだった。九羅密美兎跳様と紹介された女性は、その言葉と同様に深々とお辞儀をしてくれる。そして、背伸びして僕の頭に手を伸ばす。頭をその手でなでなでしてくれた。なぜか、そうしなければならない気がして、スッと膝を折って立て膝になり頭をたれた。

 「う~ん、西南君の五分とは違うけれど、なぜか似てるわ~。」

ずどどど、と誰かが駆けてくる気配がして、聞き知った声がした。

 「おのれ!、今度は美兎跳様に先を越されたわ!。」

ようやく瀬戸様が到着したようだった。廊下の奥を見ると追跡部隊が疲れて壁に寄りかかっている。うわぁ、お疲れ様・・・。テレビクルーは、息を切らせながら何とか映像を撮っている。田本一樹確保!とか、そんな字幕が出るんだろうなぁ。美兎跳様の手が離れたので立ち上がると、瀬戸様が抱きついてくる。大きな胸がぎゅっと僕の胸に当たる。

 「あのぉ、大旦那様が見ていらっしゃいますけどぉ・・・。」

と言いながら、阿主沙様と内海様を見ると明後日の方向を見ている。

 「うふふ、もう、離さないわよ。」

そう言う目があるとか、テレビの放送がある、とかまったく気にしていない様子である。さすが瀬戸様。それに、なんだかピンク色というか、赤黒い感じの情念の炎に包まれた気がする。

 「さ、さあ水鏡に行くのではありませんか?」

 「くっ、しょうがないわね。み~んな一緒に行くわよ!」

瀬戸様がそう言った瞬間、巨大な転送フィールドが出現して、僕たちを含め、廊下で倒れ込んでいる追跡部隊の面々を含み転送がかかった。そして転送された先は、息をのむような広大な丘。緑の香りと澄んだ空気が心地良い。そこに一挙に数十人が転送されてくる。すでに結構な人数の女官さんやら、執事の格好をした方々やらで大宴会の準備が済んでいる。様々な、見たこともないような料理に酒が、大量に準備されていた。

 「さすが瀬戸殿。すでに宴会の準備が済んでいるではないか。」

さすがに樹雷皇阿主沙様も驚いている。

 「ふんっ、田本殿を連れ込んで、しっぽりと二人で飲もうかと思っていたのだけれど、みんな一緒に探してもらったんだからしょうがないじゃない。私の愛よ愛!。さあ、みんな飲むわよ~~~。もちろん無礼講よっ。いろいろ用意しているから楽しんでちょうだい!」

また地鳴りのような歓声が上がる。さすが瀬戸様太っ腹。あっちこっちで杯を打ちつけ合う音がする。

 「美兎跳様、ここではお掃除は結構ですので、こちらをどうぞ。」

瀬戸様がそう言って指差す先には、地球で見るプリンの山と給仕の女官さん。まあ、嬉しいわと言って美兎跳様はさっそくプリンに手を伸ばしていた。水穂さんに向かって聞いてみる。

 「さっきから気になっていたんですけど、美兎跳様って世仁我の重鎮でしょう?その方がなぜモップを?」

また水穂さんが耳打ちしてくれたことには、美兎跳さんも確率に偏りがあるタイプの人で、掃除をしているうちに自分の世界に入り込み、なぜか十数光年先で発見されたり、海賊船内から皇家の船まで無差別で入り込むことができるらしい。そのため顔はとても広いらしい。その能力を封じるには、持っている箒かモップを取り上げるか、好物のプリンで足止めするしかないらしい。この人もややこしい人である。

 「瀬戸様、皆さんお呼びになったのはどうしてですか?」

 「あら、みんなで食べて飲むと楽しいじゃない。」

当然でしょ?と言う口調だった。ある意味女郎蜘蛛みたいなイメージがあったのが思いっきり好転する。そう言う表情を見たのか、樹雷皇阿主沙様が口を挟む。

 「あ~。田本殿、樹雷の鬼姫であることは変わらない事実だからな。」

ぬお、さすが樹雷皇阿主沙様。やっぱり女郎蜘蛛なのかな。水穂さんもだいぶ行き遅れたとか言っていたし。

 「もお、阿主沙ちゃんったら。いいわ、許してあ・げ・る。」

樹雷王に向かって、投げキッスするのもこの人ぐらいだろうな。その投げキッスを左手でつかみ、憮然とした表情で、その左手をナプキンで拭いている。樹雷皇もノリが良い。クスクスと笑っていると、また瀬戸様が抱きついてきた。

 「うふふ、かわいいわぁ。」

 「瀬戸様、男性の胸筋や盛り上がった肩、引き締まった腰などはお好きですか?」

今度も僕を見上げて、当然でしょ?という表情をする。

 「実は僕もなんです。」

そう言いながら、堅くなってかしこまっている立木謙吾さんを右手で抱き寄せる。えっ!と言う表情の瀬戸様や水穂さん、そして立木謙吾さん。

 「水穂さんも僕の大事な人ですが、立木謙吾さんも僕の大事な人になってしまったようです。」

左手で、水穂さんを抱き寄せる。

 「そして、あなたも・・・。ここに居る皆さんも、樹雷の皆様もみんな僕の大事な人です。ありがとう。ほんとうにありがとう。」

若干、酔って大変なことを言ったような気もする・・・が、だって、本心からそう思うもの。最後の方は、なんだかアイドルがライブ会場で言っているような発言だけど。

 「あなた、飲み過ぎですわ。」

水穂さんが、困ったような顔で言う。でもそこそこ嬉しそうに見える。

 「田本さん、駄目っすよ、本気になっちゃいます。」

約一名の真っ赤な顔に大胆発言、それを聞いた水穂さんの般若顔、そうして頭を預ける瀬戸様。一緒に転送されてきたテレビクルーは、ここぞとばかりにカメラを向けている。

 「わっはっはっは、良いぞ田本殿。もっと飲め!」

そう言って内海様が、なみなみと注がれた木製ビアグラスを目の前に差し出してくれる。

 「ありがとうございます!」

両手を立木謙吾さんと、水穂さんの腰から離して、内海様の持つ木製ビアグラスをいただく。二息くらいで飲み干した。うまいな。本当にうまい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離れていく日常10

あー、またややこしいものを・・・。

どこに行くのか、地球のおっさん。


そうやって、樹雷の夜は更けていった。そして樹雷からお別れする時間が来る。夜の十時頃だろうか。いい加減、泥酔に近い状態で水穂さんと立木謙吾さんに両肩を抱えられて原寸大に戻った一樹に乗る。時々記憶が飛んでいた。盛大に樹雷の皆さんが見送りに来てくれていたのはかろうじて覚えている。ぶわんぶわん手を振ってお別れしたのもかろうじて記憶が残っている。水穂さんが出航準備を整えてくれたようで、僕はそのまま寝室に、妖狐に化けた柚樹さんの背中に乗せて、立木謙吾さんがそれについて運ばれていったらしい。後で聞いた話と記憶を合わせた話であるが。

 気がついたのは、それから4時間ほど経ったあとらしい。割れ鐘のように頭が痛い。見事に二日酔いだろう。とりあえず、水が欲しい。

 「お目覚めですか?」

聞いたことのない女性の声である。え?まだ樹雷か?と思って隣を見ると水穂さんが寝ている。

 「驚かせてすみません。わたくしはこの館に仕えております、バイオロイドのメイドでございます。立木謙吾様から田本一樹様の様子を見るように仰せつかっております。」

ふんわりと間接照明が照らす豪華なベッドサイドに、その女性は立っていた。

 「ごめんね、バイオロイドというと、人工タンパク質なんかでできたアンドロイドみたいなものですか?」

我ながら、二日酔いでもSFファン。

 「ちょっと違いますが、概ねそういうモノですわ。この館には、田本様ご夫妻が快適に過ごせるよう十数名の同様のものが配置されております。」

 「とりあえず、トイレの場所を教えてもらって、そのあと水が欲しいな。」

 「かしこまりました。こちらへどうぞ。二日酔い用のお薬も用意してございます。」

ありがたい。トイレに行って、大きなキッチンに連れて行ってもらう。水を一杯もらい、その二日酔い用の薬ももらう。10分ほどで胃の不快感と頭痛はだいぶ治まってくる。

 「ありがとう。だいぶ良くなったよ。」

バイオロイドのメイドは一礼して姿を消す。完全に黒子なんだな。そう言えば今どこなんだろう。一樹に聞いてみる。

 「今は、樹雷を出て4時間と21分経ったところで、地球まであと1万2千光年ほどだよ。特に問題なく超空間航行中だね。」

この静けさはそうだろうな。ごめん、よろしく頼むよ一樹というと、いつもの元気の良い返事が返ってくる。

 「柚樹さん、いる?」

銀毛の柚樹ネコが姿を現し、膝の上に飛び乗ってくる。

 「お主が、あそこまで酔ったのは初めて見たが、結構面白かったぞ。」

泥酔した僕は、瀬戸様とキスしながら踊りまくったらしい。聞くと恥ずかしさで穴があったら入りたくなる。瀬戸様も内海様に抱きかかえられて帰って行ったらしい。

 「すんません、僕たまにバカやるんです。お世話になりました。」

そう言えば、立木謙吾さんはどうしたのだろう?

今サブブリッジでセットアップしてくれているよ、と一樹が答えてくれる。顔や頭がべたつく。まだ樹雷の服のままだし。そうだシャワーを浴びよう。そう思って立ち上がると、その気配を察したのかさっきのメイドさんが姿を現す。

 「あの、シャワーを浴びたいんだけど。」

こちらでございます、と案内してくれたところも、またこれが豪華な風呂場、というか大浴場・・・、というよりプールのようにでかい風呂だった。ううう、もの凄く贅沢だ。この大量の水どうするんだろう?と思っていると、そうかなにやら、立木謙吾さんが閉鎖空間でリサイクル設備も稼働中と言っていたことを思い出す。ホッとしてお湯に浸かっているとカララと引き戸を開けて誰かが入ってくる。湯煙でうまく見えない。

 「大虎でしたねえ、田本様。」

そう言って入ってきたのは、立木謙吾さん。隣に座る。

 「いやぁ、面目ない。でも最後は楽しいお酒でした。立木謙吾さん、申し訳ないですね。瀬戸様のだしに使って。」

 「いえ、俺は嬉しかったですけど。」

ほほを赤らめる立木謙吾さん。むっちりした筋肉の腕が僕の腕に触っている。

 「そう・・・、僕も嬉しいな。」

手と手が触れあい・・・。立木謙吾さんの腰を引き寄せる。ふふふ、ここから先は想像にお任せしよう。しばらくして身体を洗って出ると、昨夜付けていた下着やジャージなどが洗濯されて置かれていた。立木謙吾さんは、セットアップは終了したとのことで、もう少し調整があるらしい。自分の寝所は確保してあるそうなので、風呂場で分かれる。

 ようやくさっぱりしたところで、また自分のベッドに戻った。

 「一樹、前もあったけど、今のところ敵の襲撃はないかな?」

 「うん、超空間航行中だし・・・。攻撃は受けていないよ。もしも何かあったら、起こすし、柚樹さんもいるから何とかなるだろうし。」

銀毛の柚樹ネコも現れる。

 「うむ、今のところその気配はないな。」

二人?によろしく頼んで休むことにした。今日一日で、何とか地球に帰り着かないといけない。いまだ、樹雷皇家のことは地球では偽装中なのだから。

 「おや?何かの信号かな?樹のネットワークの信号だよ。」

一樹が、不思議とか、何かを感じたという意味の反応で話しかけてきた。

 「うむ。何かを感じたな。古いSOS信号に似ている気がする。遠くてわかりにくいがな・・・。」

僕のそばにいる.柚樹さんもそう言った。

 「わかった、調査してみようか。水穂さんと、立木謙吾さんも呼んでくれるかい。超空間航行ジャンプアウト。ブリッジに転送してくれ。」

了解と、一樹が返す。皇家の樹のネットワークで感じる、何らかの信号を受信したらしい。SOSであればことは急を要するだろう。ブリッジに転送されると、程なくして立木謙吾さん、水穂さんも転送されてきた。柚樹はさっきから銀色のネコの姿で足下にいる。

 「・・・あなた、起きてらっしゃったのね。」

さすがに眠そうな水穂さんだった。それでも最低限の身支度は整えている。

 「いやぁ、水も欲しかったし、何より汗が気持ち悪かったからねぇ・・・。」

まだ、水穂さんに面と向かって「あなた」と言われるのに慣れない。綺麗で大きな瞳がちょっと恥ずかしい。さすが立木謙吾さんは、見事にポーカーフェイスだ。

 「たった今ジャンプアウトしたよ。」

ブリッジのディスプレイには、暗い宇宙が映し出されている。こういう光景を見ると、やはり、ここは、宇宙なんだと言う感慨が深くなる。すぐに水穂さんがブリッジの通信・情報コントロール席につき、立木謙吾さんは、とりあえず機関系や基幹システムの情報把握に努めているようだ。僕も空いている席に座った。

 「一樹、広域探査のようなことはできるかい?柚樹さんも何か感じますか?」

 「前方1時の方向から、不可視フィールドを張った、艦隊らしきものが接近してきます。相対速度は光の速度の80%程度、亜光速です。距離は、まだ1光年ほど離れています。」

一樹の広域探査結果を水穂さんが読み上げてくれる。

 「基幹システムおよび、補機システムとも異常はありません。さきほど武器管制系の整備も終わりました。光應翼での防御、攻撃の他、縮退弾を利用したレールガン、重力波動理論応用のビーム兵器、大型および、小型の縮退ミサイル、超空間魚雷等使用可能です。」

立木謙吾さんに任せきりだったけれど、本気でこのまま銀河支配ができそうな武器のラインナップだった。何かワクワクする僕だった。

 「敵味方の識別はできますか?」

 「はい、古い不可視フィールドです・・・。が、かなり頑強なフィールドですね。樹雷のフィールドに似ていますが・・・。」

敵味方の識別信号みたいなものもあるだろうし。

 「うむ、さっき感じたのはあの艦隊だろう。樹のネットワークでは、古いSOSをはっきりと発信している。たぶん、樹雷以外の者の助けは必要ないか、邪魔と考えているのかも知れないのぉ。」

 「・・・となると、通常通信では反応はないと思うべきだろうな。一樹、柚樹、樹のネットワーク経由で呼びかけてみてくれるかい?」

水穂さんも、立木謙吾さんも頷いている。あと・・・、そうだ。

 「一樹、このあたりの星図と樹雷と地球間の星図を表示してくれ。」

眼前に半透明で星図が現れる。樹雷まで3千光年あまり。地球まで1万2千光年程度。樹雷まで、超空間ジャンプ航行で4時間程度。上位超空間でも2時間はかかる。しかも、今回から樹雷の戦艦として一樹は銀河連盟に登録されたらしい。航行はすべて銀河連盟に申請しないと、銀河連盟登録の他の星系に変なプレッシャーや思惑を呼んでしまうとレクチャーを受けている。つまり、常に航路やその速度は管理されると言うことだろう。

 「うん、反応があったよ。向こうの艦隊は・・・。」

一樹がそう言い始めたところで、柚樹が驚いた表情で答える。

 「これは・・・・・・。真砂希姫が率いた、あの辺境探査艦隊の残存艦隊ではないか?」

 「えっ!、と言うことは、1万数千年前の時空振で離ればなれになり、行方不明の竜木籐吾殿の艦隊ですか?」

柚樹がまだ樹だったときに、鷲羽ちゃんのドックで話を聞いた、超空間内の突発時空振の事故で行方不明だった艦隊なのだろうか。

 「・・・そのようだ。竜木籐五殿の樹、第二世代(阿羅々樹)の反応だ・・・。その周りに、第三世代戦艦(緑炎、赤炎、白炎)の三隻の反応もある。」

その船の名前を聞くと、天木日亜の記憶が甦ってきた。初代樹雷総帥他皇家の見送りを受け辺境探査の旅に旅立ったあの日。数十の星系を探査しただろうか、時には海賊との戦闘もあったし、探査しようとする星系からの言われなき攻撃もあった。竜木籐吾の阿羅々樹と柚樹、緑炎、赤炎、白炎との連携で、海賊の大艦隊を高速度で各個撃破したこともあった。特にこの緑炎、赤炎、白炎の三隻は三位一体攻撃が得意で、戦力としては第二世代戦艦に匹敵するものがあった。竜木籐吾の笑顔や、緑炎、赤炎、白炎の樹のマスターの三姉妹の顔が浮かぶ。

 「向こうの艦隊は、超空間航行ができないみたいだよ。あと、それぞれの樹の損傷も大きいし、樹のマスターも大怪我をしていて、時間凍結モードのコールドスリープで運んでいたみたい。」

一樹の現状説明にハッと我に返る。

 




ここのところ死ぬほど忙しい状態が続いていました。

なんとか最新話が書けましたね・・・。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離れていく日常11

「仮に阿羅々樹艦隊としましょう。救助に向かいますか?」

水穂さんが、判断を仰いでくれる。

 「もちろん、阿羅々樹艦隊には、減速して停船の要請を。こちらが迎えに行くと伝えてください。それと、樹雷へ・・・やはり瀬戸様でしょうね、こういう場合。報告してください。」

微妙な表情の水穂さんと、立木謙吾さんだった。即座に水穂さんが通信回線を開く。数コールのあとでやっとつながった。

 「・・・あら、こんな夜中にどうしたの?」

さすがに、あまり顔色の良くない瀬戸様である。

 「瀬戸様、遅くに申し訳ありません。超空間航行で地球に向かう途中でしたが、一樹と柚樹が樹のネットワークで助けを呼ぶSOSを受信し、その調査の結果、初代樹雷総帥の妹君、真砂希姫と辺境探査の旅に旅立ち、行方不明となっていた竜木籐吾殿の艦隊と判明。ただいまより救助に向かいます。」

 「・・・了解したわ。でもよく探知出来たわねー。詳細な記録を水穂ちゃん頼むわね。立木謙吾殿は田本殿の補佐をよろしくね。こちらは、病院船と迎えの艦隊を手配しておくから。」

瞬時に引き締まった表情の瀬戸様だった。さすがにそう言う表情だと、ただただ美しい。樹雷の鬼姫と言う言葉が脳裏に浮かぶ。

 「超空間プログラムロード。阿羅々樹艦隊の停船予想ポイントへ向け、超空間ジャンプします。」

立木謙吾さんが、詳細データを入力し、ジャンプ準備が整った。

 「超空間ジャンプして、救助に向かってください。」

 「了解。」

ブリッジの大型ディスプレイが暗緑色の空間表示に変わる。まったくショックもなく超空間航行に入った。数秒後には通常空間に復帰する。通常航行で停船予想ポイントに向かうと、そこには手ひどいダメージを受けた阿羅々樹と、それを守るかのように前と左右に緑炎、赤炎、白炎の三隻が寄り添っている。その三隻もかなりダメージはひどい。

 「樹のダメージが大きいのか、反応が鈍いな。できればこのまま樹雷へ運ぶのが得策だろう。」

 「そうでしょうね、この一樹には大規模な病院設備はないし。医者の心得がある人も居るわけではないし。」

水穂さんと立木謙吾さんを見ても、同じように頷いている。

 「立木謙吾さん、この船にトラクタービームのようなもの、もしくは、船を繋ぐようなものってあるんですか?」

イメージとしては、ひもで繋いで曳航して樹雷に行くような感じ・・・。

 「う~ん、短時間、攻撃目的で、しかも一対一で使うトラクタービームはありますが・・・。いくつもの船を繋いで曳航するようなものはないですね~。作業船ではないですからね~・・・。」

大型艦一隻と中型艦三隻をできればなるべく早く樹雷に運びたい・・・。やっぱり疲れるけど奥の手を使うか。

 「一樹、阿羅々樹艦隊の上方に移動して、光應翼で一樹を含めた五隻を包むことはできる?柚樹さんは、阿羅々樹艦隊に怖がらないように通信してくれますか。瞬間転移をやってみます。一樹、柚樹さんともエネルギーチャージをお願いします。」

 「わかったよ(ぞ)。」

阿羅々樹の上に移動して、阿羅々樹は少し下へ動いてもらう。なるべく一塊になってもらう。星図を見ながら樹雷星系外縁部に目標を置く。

 「水穂さん、樹雷星系外縁部へ瞬間転移で移動します。邂逅ポイントは、ここにしようと思うので、瀬戸様に病院船と迎えの艦隊の連絡を頼みます。」

眼前に広がる星図の樹雷星系外縁部を拡大して指定する。心配そうな表情の水穂さんが無言で頷き、僕は、一樹に光應翼の展開を命じた。丸く包まれたことを確認して、阿空間生命体の目線になって、空間をつまんで・・・。

 「よいしょっと・・・。」

さすがに5隻同時だと、かなり重いような、ずしりとした抵抗感がある。それに逆らって空間をつまんで引き寄せると、樹雷外縁部の樹雷救助艦隊との邂逅ポイントに実体化した。同時にひどい疲労感に襲われる。

 「・・・ちょ、ちょっと、駄目っす。水穂さん、ごめんね、横になってくる・・・。」

尋常でない疲労感だった。立ち上がろうとしてもいつものように行かず、お年寄りのように勢いを付けて立ち上がった。その様子に異変を感じた立木謙吾さんが立って、肩を貸してくれる。それでもふらふらして歩くのが難しい。さすがに今回の転移は無茶だったかもと後悔する。一樹も柚樹もかなりダメージがあると見なければならない。

 「水穂さん、瀬戸様への連絡など、申し訳ないけどお願いします。立木謙吾さん、一樹も柚樹も超空間航行で帰ることは無理かも知れない・・・。地球までたどり着ければなんとか亜空間転移系のエネルギーチャージが可能なんです。樹沙羅儀で送ってくれますか?」

そこまでしゃべると一気に意識が飛びそうになる。心配そうな笑顔で立木謙吾さんが答えてくれる。

 「・・・初めて見たのでびっくりしました。かなりの無理だったようですね。分かりました帰りは任せてください。補機システムで帰れますよ。」

ニッと笑う立木謙吾さん。そうだった、補機大型常温縮退炉と皇家の樹を模したニューロコンピューター積んだんだった。視線を水穂さんに向けると、すでに瀬戸様との通信中のようだった。救助艦隊はあと30分ほどで到着するらしい。柚樹さんも同じように疲労困憊の様子である。一緒に寝室に転送してもらって、そのまま倒れ込むように、ベッドに横になったところで意識が無くなった。

 

 

 きゃらきゃらと若い女性の笑い声が聞こえる。僕の周りでいろいろしゃべっては笑いあっている、そんな感じだった。そして、別にそっちを見ようと思ったわけではないけれど、足下には、背格好が180cm位の若い樹雷の闘士が立っている。会えて良かった。そう言う意思が感じ取れた。遠い過去の思い出から、竜木籐吾というキーワードが思い浮かんでくる。懐かしさに背中を押される、そんな感じがあった。周りの女の子は、緑炎、赤炎白炎のマスター、神木あやめ、茉莉、阿知花の三姉妹ということだろう。右手を拳の形に握り、左手で右手を包むように胸の前で合わせて、竜木籐吾は一礼する。同様に笑いさざめいていた三人の若い女性も同じように一礼する。自分もそれに返したかったが、身体が動かない。もどかしく思っているうちに、その四人は煙のように消えていった。

 

 「・・・あなた、あなた。大丈夫ですか?」

水穂さんが心配そうな顔でのぞき込んでいた。

 「ひどく、うなされていましたわ・・・。」

 「・・・う~ん、さすがに5隻同時に転移させるのは、ちょっとばかり無理だったみたいだなぁ・・・。」

頭痛はひどいし、身体が鉛のように重い。そして身体も冷えている。柚樹さんも、いつもは気配を感じて起きてくるのに丸まって寝ている。一樹も反応がないところを見ると眠っているのだろう。

 「このまま休んでください。何か欲しいものはありますか?」

 「ごめんなさい。面倒を掛けますけど、身体が冷え切っているので、何か暖かいものが欲しいです。」

時計を見ると、あれから2時間程度経っていた。疲れがひどすぎると眠ることすら負担になる。何とか立ち上がって、トイレに行き、ベッドに戻ると水穂さんがトレイを持って待っていた。良い匂いのするスープと、湯気の立つマグカップが二つトレイには載っている。

 「さあ、冷めないうちにどうぞ。」

そう言いながら、スープを勧めてくれる。スプーンのようなものは大きめの木のスプーンだった。器も木目が美しい木である。野菜や何かの肉のエキスが溶け出した、あっさりはしているけどもコクのあるスープだった。そう言えば飲み過ぎている胃にも優しい。マグカップはわずかに甘みを足したミルクだった。同じ物を水穂さんもゆっくり飲んでいる。

あ~、ホッとする。ありがたいなぁと思った。

 「阿羅々樹艦隊は、無事瀬戸様の迎えの艦隊に引き渡せましたわ。今頃治療が始まっているはずです。一樹も柚樹も現在眠っている状態なので、この船は補機で地球に向かっています。立木謙吾さんが航路をセットして、今はオートパイロットで飛んでいますわ。」

 「そうですか、それは良かった・・・。」

暖かいものが胃に入ると、眠気がぶり返してくる。スープとマグカップのミルクを飲み干して、トレイに置くと眠気に耐えられず、横になった。水穂さんは、トレイをメイドに託して同じように横になった。布団というか毛布のようなものを掛けてくれる。両手で抱きしめるように僕の胸に手を回した。

 「私を置いて行っちゃ、いやよ・・・。」

泣いているようだった。本当に申し訳ない、ごめんなさいと言おうとしたが、また意識は暗闇に飲み込まれていった。

 

 傍らからの女性の声で、目が覚めた。この声は、水穂さんだ。

 「・・・あなた、地球に到着しましたわ。今は不可視フィールドを張って衛星軌道上にいます。」

身体はだいぶ楽になっていた。あれから、ほとんど12時間以上寝ていたことになる。

 「今は地球の日本時間で、午後4時頃です。何か食べられますか?」

 「水穂さん本当にありがとう。だいぶ楽になりました。そうだ、偽装兼ねてお土産を買いに行きませんか。そのあと、自宅周辺の空間からエネルギーチャージ用亜空間に飛ぼうと思います。」

ふわっと明るい笑顔になる水穂さん。ああ、この笑顔をずっと見ていたい。そう思う。少し目頭が熱くなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離れていく日常12


銀河ネットで放送されているってことは、まあ、柾木家の皆様も見ていると言うことで・・・。

微妙な、雰囲気のまま次号に!


「じゃあ、着替えてきますね。」

一樹と、柚樹も気配を感じる。だいぶ弱ってはいるが、なんとか日常をこなせる程度には復活したんだろう。ブリッジに転送してもらうと、立木謙吾さんがいた。

 「こんにちは。いろいろお世話になりました。・・・もしかして寝てないんでは?」

 「いえ、大丈夫です。そのための皇家の樹を模したニューロコンピューターですから。それよりも、田本さん身体の具合はいかがですか?」

こっちも、柴犬がご主人様を見つけたような、何とも言えない笑顔である。この人とも離れられないなぁ・・・。

 「だいぶ良くなりました。とりあえず、今回の樹雷行きは、日本の愛知県への旅行と言うことで出てきていますから、ちょっとお土産でも買いに降りておかないと。どうです?一緒に行きませんか?」

 「う~、行きたいけど、地球の服持ってきてないなぁ。ん~~。」

残念そうな立木謙吾さんである。

 「じゃあ、お土産で、この土地で有名な生菓子のあんこを使ったものがあるので、買ってきましょ。」

そんなわけで、ブリッジから新名神高速道路上にあるサービスエリアめがけて転送してもらった。もちろん、人がいなくなった隙を見てトイレに転送し、トイレから出てきた客を装う。この辺の名物、○福をいくつか買い込んで、水穂さんのお土産ショッピングに付き合い、サービスエリア内のレストランで、そこそこ美味しい料理を食券買って頂く。ほんの1時間程度だが、ちょっとだけリフレッシュ出来る。このサービスエリアの人の多さが好都合だった。

 また、トイレから軌道上の一樹に転送してもらい、ブリッジで○福を開けるとたいそう立木謙吾さんが喜んでくれる。甘いものに目がないらしい。しかもこのあんこ+もちの名物は賞味期限が3日ほどしかない。むちゃくちゃに美味しいとまでは行かないが、この餅の軟らかさと、あんこのみずみずしさが味わえるのが3日程度なのだろう。

 衛星軌道上からだと、地上では数百キロの距離でもあっという間である。とにかく自宅上空100m程度まで静かに降下し、例の青い空間トンネルをくぐって、もう一つの地球と言えるような場所に出る。医療用ナノマシンを一樹に作ってもらって飲み、今回の一樹の戦艦としての艤装で、装備として積まれた小型シャトルで柚樹と一緒に降りることにする。これも一樹コントロールなので操縦することもない。こちら側の亜空間転移用の不思議なエネルギーは地上500m程度までしか無いようで、上空から見ると、青々と茂った森の下、谷間の方まで降りないとチャージ出来ない。不可視フィールドを張り、シャトルが降りられるところに降りて外に出る。

 「うん、やっぱりここだな。何かが満ちてくるね・・・。ところで、柚樹さん身体はだいじょうぶだった?」

柚樹ネコも気持ちよさそうに風に吹かれている。

 「今回の転移は、さすがにきつかったのぉ。距離と質量が関係しそうだな。とにかく、ここに来て一息付けたのぉ。」

今降りているところは、大きな川の河原である。丸い石がごろごろしている。光学迷彩も張って、柚樹ネコと川の流れを見ながら大きめの石に腰掛けていた。一樹を呼ぶと、いつもの元気な一樹の声が聞こえてくる。こっちも問題はなさそうだ。

 暑くもなく寒くも無い、どちらかというと少し暑い方だろうか。風に吹かれていると結構気持ちよかった。シャトルの翼が陰になって日差しも遮られていて本当に気持ちイイ。うとうとしていたのだろうか、遠くから響いてくる高周波音にびっくりして目が覚めた。 今滞在している谷は、結構まっすぐな川で、遠くまで見通せる。向こうの方から、何かの岩から削り出したような物体が宙に浮かんでこちらに飛行してくる。さほど速くない。せいぜい国道を走る自動車くらいだろう。高さも大きなビル程度の高度を飛行してくるのでシャトルとぶつかる恐れも無い。こちらも光学迷彩も張っているし、不可視フィールドも張っている。まず気付かれる恐れも無い。近づいてくると小さな岩塊と大きな岩塊を繋いだような形をしている。その物体の下は岩を削ったように鋭く円錐状になっているが、上は平らに切り取られていて、小さな庭園のように見える。大きな岩塊が後ろ側で、その上には大きな邸宅が建っていた。なんだか皇家の船の内部環境の一部を切り取ったようにも見える。小さな岩塊の方にはドーム状の何らかの設備が見えた。

 「柚樹さん、あの岩みたいなもの飛んで近づいてくるねぇ。」

結構のんきに言ってみる。

 「そういえば、この前ここに来たとき、我らに近づいたときに、何か力を失ったように落ちていったりしたのぉ。」

そうだった。人型メカみたいなのは、骨格標本みたいなものになってゼリー状の半透明の繭のようなモノに包まれたし、戦艦は急に高度を落としたし、崖の上を走っている鉄道は僕たちのところで止まってしまったし。

 「じゃあ、光学迷彩やら張っているから見えはしないと思うけど、ちょっと場所変えますか。」

そう言っている間にも、その岩塊物体は近づいてくる。とりあえず、柚樹ネコを抱いて河原を歩き、その物体に近づいていく。シャトルから50mほど離れただろうか、そこでちょうど僕たちの斜め上方ですれ違おうとした。ところが突如、グラリと姿勢を崩し、ちょうどこちらに向いている側を傾けて、落下してきた。

 「やっぱり、何か関係があるようですねっ。」

そう言いながら、慌てて川と反対方向の断崖へ走る。グラリと姿勢を崩して高度をかなり落としたが、その後は何事も無かったように高度を戻して飛び去っていくかに思えたが、減速してちょうどシャトルの真上で止まってしまった。赤が主体で背中に応援ポンポンのような尻尾をはやした人型メカがその岩塊から出てきて周りを調査するように飛び回っている。

 「うーん、もしかして僕たちが吸収しているエネルギーって、あの物体も利用しているのでしょうか?」

 「その可能性が高いな。」

そうだ、一樹に無線通信の傍受を一度頼んでいたが・・・。

 「カズキ、無線通信を翻訳して、転送するから聞いてみて。」

一樹から転送されてくる音声は、直に脳内に響いた。

 「・・・ラシャラ様、スワンが落下するほどの巨大なエナの真空は感知出来ません。」

 「不思議じゃのぉ。稼働中の亜法結界炉でもあるのかと思ったが・・・。」

若い女性の声と、若い女性、と言うか子どもかな?だが、どことなく年寄り臭いしゃべり方をする人が交信していた。ちょっと思いついて、柚樹さん抱いたまま、浮遊して交信している赤い人型メカの方へ走ってみる。だいたい20m位のところで浮かんでいる。あと2m位まで近づいたときに、

 「きゃあああああっっ!」

しゅるんと例の骨格標本のような状態で半透明の繭になった。操縦者の悲鳴が聞こえ、力を失い、落下が始まる。今度は、さっきいたところへダッシュする。地面に落ちる寸前にまた、元の人型メカに戻った。

 「ラシャラ様、今突発的にエナの真空に入りました・・・。こんなこと初めてです。」

 「ううむ、もう良いわ。この土地は、何かに呪われておるのかもしれん。疾く立ち去るとしようぞ。」

 「わかりました。」

スワンと呼ぶのだろうか、その岩塊の中へ人型メカは消えていき、岩塊はゆっくりと前進を始め、すぐに巡航速度になって離れていった。

 

 「うーん、やはり僕たちが来て、エネルギーを吸収すると、その周辺のエネルギーが薄くなって稼働状態を維持できないようですね。そのエネルギーをエナと言い、薄くなっていることを真空と表現するようですね。」

柚樹さんが頷く。同時に、顔を洗い始めた。

 「なにやらヒゲが湿ってきたわい。雨が近いのかも知れぬな。」

 「そうですか。だいぶ身体も楽になったし、帰りましょうかね。」

シャトルに戻って、一樹まで上昇し、格納庫に収まる。ちょっと思いついて、一樹に頼んでみる。

 「この、シャトル内の空気を採取して残しておいてくれないかな。分析すると面白そうだし。」

 「うん、わかった。隔離して時間凍結して残しておくよ。空気を入れ換えると同時に、ナノマシン洗浄するからしばらくシャトル内にいてね。」

風が身体の表面を吹いているような感覚のあと、すぐに一樹ブリッジ内に転送される。

 「おかえりなさい。」

二人が出迎えてくれた。僕の顔色を見てホッとした表情をしてくれる。

 「・・・ごめんなさい、ご心配をおかけしました。」

 「顔色も良いようですし、良かったですわ。」

 「ありがとうございます。それでは、一度柾木家に行きましょうか。樹沙羅儀も降ろした方が良いでしょうし。」

一瞬、立木謙吾さんが寂しそうな顔をする。だって、立木謙吾さんも、樹雷の仕事があるだろうに。

 「すでに、鷲羽様のドック入港への許可は取っています。いつでも帰っておいでとおっしゃっておいででしたわ。」

うーん、結構久しぶりなような気がする。と言ってもたった1日だけど。鷲羽ちゃんの声も聞きたいな。一樹、行くぞと思えば、数秒で柾木家上空だった。

 「鷲羽様のドックの亜空間キー取得しました。補機システム出力ダウン。メイン反応炉および補機システムオフになります。一樹コントロールに移行。亜空間ドック入港完了。」

立木謙吾さんの操縦で滑らかにドック入りが完了する。ブリッジのシステムもゆっくりと灯が消えていく。何かこうもの凄い夢が終わるようなそんな感じがあった。

 転送フィールドが三人と柚樹を包むと、鷲羽ちゃんのドックである。鷲羽ちゃんと天地君、ノイケさん、魎呼さん、阿重霞さんに砂沙美ちゃん、そして魎皇鬼ちゃん、なんと遥照様もいらっしゃる。そしてみんな一様に例の関わってはいけない系の笑顔であった。もの凄く恥ずかしい。

 「ただいま帰りました・・・。」

 「お帰り。み~た~わ~よ~。」

 「あの~、樹雷での様子は・・・。」

全銀河ネットがどうたらと言っていたような気がする。

 「しかとこの目で見たのぉ。アイリも別に異存は無いようだし。わしも父皇からくれぐれも、と言われれば断れんしのぉ・・・。」

 「問題は、田本家だねぇ。」

問題山積・・・・・・。冷や汗?とにかく嫌な汗がだらだら流れる感じがある。

 「ま、まあ地球の放送には乗っていないだろうし・・・。」

 「あ、あなた、謙吾様を紹介しないと・・・。」

と水穂さんに言われて、慌てて立木謙吾さんを紹介する。

 「ま、奥様、あ・な・た、ですってよ。」

 「嫁だか、婿だか分からないやつもいるしな~。」

阿重霞さんと魎呼さんがおばはんな目線でこっちを見ていた。

 「阿重霞さん、魎呼も、目がいやらしいですよ。」

そう言う天地君もにやけている。ノイケさんは気の毒そうな、ちょっと嬉しそうな複雑な表情であった。眉がひくひくと引きつっている。

 「さ、さあ、皆様、お風呂の用意とお食事の用意もできていますわ。」

いつもながらナイスタイミングなノイケさんだった。そのタイミングでさっき買ったお土産も渡す。砂沙美ちゃんと魎皇鬼ちゃんが大喜びだった。魎皇鬼ちゃんにはご当地キティちゃんのストラップも買っておいたのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離れていく日常13(第六章終わり)


はたして、この田本さんどこまで行くのでしょうか。

皇家の樹は、マスターを亡くすとどうするのでしょうか。

乞うご期待!


「そうだ、田本殿、ナノマシンで溶けちゃった、あんたのクルマだけどね。」

おお、記憶の彼方になりかけていた、僕のクルマ。処理はうまくいったのだろうか。

 「こんなになっちゃったけど・・・。」

もじもじと上目遣いの鷲羽ちゃん。何か凄く悪い予感がする・・・。指差した方向を見ると、水色に似た色の見慣れた型の軽自動車があった。ちょっとホッとする。

 「これ、修復したんですか?」

 「逆に、この形にまとめるのに苦労したんだよー。これからの田本殿を思えばいろいろ必要だろうし。」

ふわりと十数年前の型の軽自動車は宙に浮かび、複雑な変形をして全長20m程度の航空機のような形を取る。ついで装甲車のような形になってキャタピラ=クローラーが足下に生えて多目的万能車、その次は、大きさを無視してトレーラー・トラックのようになる。

 「まあ、田本殿へプレゼントだね。研究施設兼、惑星調査車兼、惑星間および恒星間連絡艇、にしちゃった。動力源は亜空間固定しているけど、大型常温縮退炉だよ。田本殿が一樹に積んだセットと同じだね。武器は皇家の船ほど強くないけど、GPの戦艦レベルはクリアしてるし、樹雷の戦闘艦程度のシールドは張れるしね。」

てへぺろって、萌えキャラのような仕草な鷲羽ちゃんだった。

 「いやぁ、先週の例のドンガラだけのモノみてたら、ちょっと久しぶりに創作意欲が湧いちゃってね~。」

呆然としている立木謙吾さんの肩を抱いて、鷲羽ちゃんの腰を抱いてもちあげて、

 「うわっはっはっはっは。」

田本さん嬉しさの表現だった。またも柚樹さん他の皆さんがジト目で見ている。

 「ちなみに、お代はいかほどでっか?」

さすがに心配になる。お金の話をするときには関西弁が最適だったりする。

 「うん、別に要らないよ。今まで良いデータを提供してくれたしね。それにこれから研究を手伝ってくれそうだし。」

もじもじ、ぽっと頬を赤らめる鷲羽ちゃん。びしいっと額に青筋を立てる水穂さんと立木謙吾さん。前途多難の言葉に、七転八倒の言葉が足されたような気がする。

 「と、とりあえずお風呂に入りましょう、か。」

天地君ちのお風呂でも、僕と立木謙吾さんは顔が赤いままだし、天地君と剣士君と遥照様はにやけっぱなしだった。女風呂も状況は同じだったようで、必要以上に赤くなっている三人だった。遥照様のご厚意で結局その夜は、柾木家で立木謙吾さんの歓迎会だった。ちっちゃくなった一樹はパタパタふわふわとみんなの周りを飛んで、気がつくと柚樹さんと寄り添って寝ていた。デザートに、お土産の例のあんこと餅のお菓子を出してくれる。ちょうどその時に立木林檎様から連絡が入った。柾木家のリビングに半透明のディスプレイが出現する。

 「田本様、水穂様、長旅お疲れ様でした。」

ディスプレイの前で深々とお辞儀する林檎様だった。

 「こちらこそ、様々なことをお願いして申し訳ありません。とても助かっています。それに弟様にもお世話になってしまって。」

こちらも立ってお礼がてら一礼する。

 「まあ、皇家の方がそのような・・・。こちらこそ様々なことが助かっています。それに、うちの謙吾はその辺に放っとけば大丈夫ですから。あ、そうだ。謙吾、辞令が出てるわよ。」

 「ひどいな~、姉貴・・・。辞令って?」

なんだか、どこの姉弟も同じようである。あの林檎様も弟に対してはぞんざいだったりする。頭を掻きながら、面倒くさそうに答えるのは、地球でもよく見る光景である。

 「今から転送するわ・・・。がんばってね。」

にこっとかわいらしい笑顔だろう。普通の人が見れば。でも雰囲気が微妙に邪悪である。林檎様の関わってはいけない系の笑顔は、結構強烈だった。元が綺麗でかわいいだけに・・・。もしかして、僕がらみかなぁ・・・。背筋をざわざわと泡立つような不安感が這い登ってくる。

 「あ、来た。」

そう言って自分の携帯端末を見る。僕には、立木謙吾さんは、にやりと笑ったように見えた。何も言わずに端末をしまう。

 「え、なになに?」

何となく心配で聞いてしまう。

 「田本さんと、これからも一緒にいられます。あとは内緒です。」

 「え~と、樹雷には帰らなくちゃならないんですよね・・・。」

たら~りと冷や汗が出てくる。当然水穂さんは怖い顔をしている。

 「ええ、明日出ます、でも数日後には田本さんも、こちらに来ることになるでしょう。」

水穂さんと顔を見合わせる。まさか、瀬戸様がらみ?不安感が両肩にドスンと座り込む。自然にほほが引きつる。今日はとにかく、自宅に帰らねば。

 「あはははは。明日は月曜日だし、これで帰ります。今回もごちそうさまでした。」

柾木家に持って入っていた、ボストンバッグとお土産を持って玄関に行く。

 「そうさね、とりあえず何事も無く田本家に帰らないと今回の旅は終わらないからね。」

そう言って、端末を操作して柾木家を包むフィールドを解除してくれる。今日はお酒を飲んでいないので、そのままクルマを運転して帰ることにする。来たときのリース契約の新しい方のクルマである。鷲羽ちゃん作の怪しい改造車は、すでに一樹に乗せていた。

 一樹を肩に乗せて、寝ている柚樹を抱いて、柾木家を出た。静かな夜空が広がる。照明があまりないので天の川がとても綺麗である。翼があるものでないと飛べない地球の空。いつもの地球の風景だった。助手席でいるネコは、毛の色以外、見た目は完全に地球のネコだし、立木謙吾さんにつくってもらった皇家の船である一樹は、木製のフィギュアと言っても過言ではない大きさとかわいらしさだった。僕の部屋で机の上とか、本棚の上にポンと置いておけば模型で通るだろう。樹雷でのあの儀式や、皇家の樹の間、瀬戸様包囲網からの大脱走劇も嘘のようだった。地球製のクルマのエンジンをかけて柾木家から県道に出る。しばらく走ると、大規模に国内展開しているコンビニが見えてくる。そうだ飲み物でも買っていこう。あ、光学迷彩と思ったけど、家から遠いし、服装もジャージだし、まあいいかと店内に入る。う、子ども連れの役場企画課の岸川さんだ。こっちのことはわからないだろうし。お茶とスポーツドリンクを買って、レジでお金を払って外に出る。クルマに乗り込んで、ふと見るとこちらを凝視している、岸川さん。まずいかな。素知らぬ顔でコンビニの駐車場を出て、自宅に入る。クルマを駐めて、柚樹さん起こして光学迷彩を掛けて家に入った。両親は、また続き物の韓国ドラマを見ていた。

 「ただいま。これお土産だよ。」

そう言いながらキッチンに置く。

 「・・・汚れ物は出しといてね。」

 「へいへい。」

シャツとスラックスを・・・と思ってバッグを見ると、そこに入っていたのは樹雷の皇族の服・・・。あ~、樹雷に忘れてきた!女官さんが持って行ったままだぁ。ま、まずい。

 「ホ、ホテルにシャツとスラックス忘れてきちゃった。・・・電話して送ってもらうから。」

とりあえず、樹雷の皇家の服は後ろに隠して、冷や汗だらだらでそう取り繕った。

 「バカだね~。ちゃんと送ってもらいなよ。」

 「うん、そうするわ。」

キッチンはメインの照明を消しているので、リビングの方が明るいのだが、この樹雷の皇家の服、微妙にあっちこっちが発光している。しかも押さえていないと発光しながら飛び上がろうとするパーツもある。救いは、韓国ドラマに夢中になって、こっちを見ていない父母である。そそくさと二階の自室に戻る。とりあえず、この服は一樹に入れておこう。

 着ていたジャージのまま、面倒なので布団を敷き横になる。あ~ほっとする。やっぱり我が家が一番。目を閉じて息を吐く。さて寝ようと、蛍光灯を消そうとすると、見慣れた転送フィールドが部屋に出現する。

 「み、水穂さん!」

 「鷲羽様に頼んで、二点間転送ポッド作ってもらいましたの。うふ、明日朝早くに帰りますわ。」

 艶なる笑みは、確かな契り。膝を折って、近づいてくる水穂さんを拒む理由はない。無言で手を引いて背中に手を回す。そうだ、一樹の中に行こう。そう思い、一樹に頼むと一樹内の大邸宅前に転送された。バイオロイドのメイドや執事が出迎えてくれる。さっきの服はメイドさんに預けた。

 寝室に入ると水穂さんが唇を合わせてきた。静かに夜は更けていき、あでやかな吐息は闇に溶けていく。きれいでやわらかいな~あったかいな~とか思った。柚樹は足下で丸くなっている。静かに夜が更けていく。気だるさは幸せの証。今日もいろいろあったなと隣で寝息を立てている水穂さんを見て思う。亜空間転移エネルギーチャージの兼ね合いで昼間寝てしまったので、目が冴えてしまった。今は地球時間で午後10時半くらいだった。

 バイオロイドのメイドさんに、水穂さんを頼んでちょっと一樹の様子を見に行く。コアユニット内はいちおう転送でしか行けなくなっている。転送してもらって、一樹の横に座った。

 「いろいろありがとうね、一樹。」

 「うん、田本さんと一緒にいると退屈しないから楽しいよ。」

お、こいつも言うようになってるし。七色神経光はゆっくりと僕の全身にあたっていた。一樹の横に寝転がる。樹の匂いやコアユニット内の草の匂いが、小さな頃野山で走り回っていたときの匂いを思い出させる。そういえば、小さな頃の思いも達成しちゃったなぁ。でもまさか皇家の樹とは思わなかったけど・・・。

 何千年も何万年も生きる皇家の樹。そう言えば、あの泣いていた天木辣按様の樹はどうしただろう。人はあまりにもはかない。もっと遠くへ、もっとたくさん飛びたかったと言っていたけれど・・・。その悲しみの時は、瀬戸様の言葉からだと800年前だという。地球のスケールだとあまりにも長い。日本だと鎌倉時代初頭か・・・。イイクニ作ろう源頼朝とかの年号覚えの言葉を思い出す。そう、皇家の樹はマスターを失うとどうするのだろう。皇家の樹の間に帰り、また新しいマスターが現れるのを待つのだろうか・・・。

 「そうだな・・・皇家の樹の間に帰る樹もあれば、生きる希望をなくし、静かに枯れて命を全うする樹も多いな。」

柚樹さんも転送されてきて、傍らに座り、静かに言葉を紡ぐ。

 「永く生きるのには、その気力を失うことが一番に命を縮めることになるのだ。」

その言葉を聞いたとき、どっと寂しさに襲われた。たまらず、上半身を起こしてあぐらをかいて座り、柚樹さんを抱きしめる。

 「それでもあなた方は、私たちと共にいることを選んでくれる。関わらなければ樹の命を全う出来るだろうに。」

 「人間と一緒にいると、まあ、退屈しないからかのぉ。身勝手で、寂しく悲しいことも多いのだが、楽しく面白いことも多いからのぉ。」

 「そう思って頂けると嬉しいのですけど・・・。僕も皇家の樹になりたいな。」

びっくりしたように、柚樹さんがこちらを見る。

 「本当に、お主は不思議なやつじゃのぉ。人間は命は短くとも、自由に生きられように。」

 「ふふふ、そうですね。」

別に、自由に生きられるようで、そうでも無く、しがらみがどうこう言うつもりは無いけれど、昔から樹という存在にあこがれている、そう言う気持ちだけだったりする。

 「それに我らの仲間は少ない。この広大で厳しい宇宙の中で生きるのには、また人の手も必要なのじゃよ。初代樹雷総帥と、津名魅様はそう契約なさったのだ。」

天木日亜の記憶が甦ってくる。大規模な海賊の一派でしか無かった最初期の樹雷。いまだ樹雷という名前ではなかった。津名魅様から初代樹雷総帥が皇家の樹の種を受け取ったところから樹雷は始まり、現在の星を見つけ、入植が始まったらしい。数千人レベルで入植を始め、開拓し、現住生命体と戦い、環境を変え今に至ったのだろう。そして、人口も増え、領宙を増やして新たな仲間と出会って、銀河連盟を結成する筆頭になり・・・。天木日亜の記憶はあったこととして捉えているが、田本一樹の記憶は、輝かしいSFの歴史というかプロローグのように捉えて、ちょっとクラクラとしてしまう。

 「そんなど真ん中に自分がいること自体が、またこれ不思議で信じられないことだったりしますね・・・。」

 「これからは、もっと引きずり回されると思うぞ。」

ネコが笑うと、むっちゃ怖い。

 「あうあう、一樹も柚樹さんも、場合によっては船穂さんも頼みますよ、ホントに。」

キラキラと七色神経光が乱舞する。ありがとうと言って、立ち上がり寝室に帰る。ベッドサイドに座ると水穂さんが目を覚ましたようで、

 「ん~、どこに行っていたの?」

 「ごめんね、一樹のところだよ。」

 「置いて行っちゃいやよ。」

また手を引かれる。静かな夜は時を手放してくれなかった・・・。

 

 

第六章「離れていく日常」終わり



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷1(第七章始まり)

田本さんにとっては、ごく普通の朝がやってきた、はずですが・・・。

さて、またどうなりますことやら。



晴れ時々樹雷

 

 夏の夜は、太陽にたやすく自らの支配するモノを明け渡す。午前5時過ぎには明るくなってくる。一樹の邸宅から、僕と水穂さんは僕の部屋に行き、転送フィールドに包まれ、水穂さんは帰っていった。もう一眠り、と思ってもさすがに目が覚めてしまった。生体強化のおかげでなにやらあっちこっちが強くなっている(笑)。パソコンを起動して、メールチェックでもしよう。地球のOSを起動して、普通にネットサーフィンして、大量のメールをいちおう確認して大半をゴミ箱に入れる。ほとんどがスパムメールだった。

 樹雷OSを起動する。こちらはMMDからのメールがいくつかと、樹雷の皇家の工房から決済完了メールが来ている。そう言えばと思って、ボストンバックに入れていた通帳とカードを取り出す。通帳を開けると、やっぱり見たことのない桁数まで行ってる数字が見える。この間の決済した引き出し額は居酒屋含めて3回。居酒屋の飲み代は、地球の感覚から言っても、安く上がっている。あの料理で、あれだけ飲んでこれだけなら本当に安い。大将ありがとうと、手をあわす。今回は、皇家の船にいろいろ積んだ代金だから、二回の決済はやはり多額である。地球だと、かなりの広さのホールが建つレベルだろう。しかしながらその額を補って余りある額が振り込まれている。銀河レベルで、言うなれば高速道路の収納元締めになってしまったということなのだろうな。カードは、地球で使っているカードと一緒に財布に入れておく。通帳は、一樹のブリッジに金庫作ってもらって、入れておくことにした。そんなこんなで、シャワー浴びて身支度して朝ご飯食べて、出勤時間になる。田本さんとしては珍しいけれど、余裕を持って西美那魅町役場に到着した。タイムレコーダーを押して席に着くと課長はすでに来ていた。水穂さんはすでに来て、課内の机を拭いてくれている。柚樹さんも足下にいる気配がある。いちおう、一樹はお留守番である。そうそうお土産もあったんだった。

 「おはようございます。」

そう言いながら、女子職員にお茶請けにしてねと、お土産を渡す。5分ほどすると始業のチャイムが鳴った。直後に内線が鳴る。

 「おはようございます。企画課の岸川です。」

 「あ、おはようございます。」

うわ、やっぱり岸川さんだ。昨日買い物見られたし・・・。

 「あの、田本さん、クルマ盗まれてませんか?」

 「え?なんで?今日乗ってきてるよ。」

 「昨日の夜、上竹町のコンビニで見たことのない背の高い男の人が、田本さんのクルマ乗っていったから。ナンバー○679だよね。」

 「そうだけど、何かの見間違えじゃない?」

 「う~ん、そうだよね。今日乗ってきてるの駐車場で見たし・・・。ごめんね~。」

うおお、あぶね~~。やっぱり光学迷彩はこまめに掛けよう。

やはり月曜日である。様々な電話がかかってくる。先週から暑くなってきているなと思ったら、やはり町営住宅に住むお年寄りが、熱中症で救急搬送されたと社会福祉協議会から電話が来る。介護サービスを受けているお年寄りだったので、息子さんに連絡もすぐにできて病院に向かったそうである。そんな対応、補助金申請に、ケース会議とこなしていると昼になり、いつものお弁当を頂き、午後から隣町で会議で、とやっていると気がつくと終業時間。思い出した。再来週に柾木勝仁さんの100歳慶祝訪問がある。すでに県にも報告済みなのでなんとか偽装しないといけない。祝い品の手配と祝い状を作って、と段取りしていると午後6時過ぎ。今日は特に残業というわけでもないので片付けして、帰宅する。家に着くと、母が食事の準備を終わり風呂に行こうとしていた。

 「ただいま~。」

 「ワイシャツとスラックス、ちゃんと連絡した?」

忘れてた。いつか取りに行かないと・・・。樹雷に。

 「うん、洗濯して送ってくれるって。時間はちょっとかかるみたいだよ。」

 「そう、なら良いけど。」

 「あのね・・・。」

「なに?」

 「いや、何でも無い・・・。」

 「もうすぐご飯だからすぐ降りてくるんだよ。」

うー、水穂さんのこと、なかなか言い出せないではないか。二階の自室に行くと、待ってたように一樹が飛んでくる。

 「おかえりなさ~い。今日は、柾木神社に行く?」

 「うん、行くよ。一樹も行くかい?」

 「うん!」

と話しているのは皇家の船。しかもミニサイズ。必要とあらば全長350mの恒星間宇宙船になる・・・。嗚呼、地方公務員の堅く質素な生活は今いずこ。そう言いながら楽しくてしょうがないのだけれど。しばらくして夕食を食べて、ちょっと歩いてくると言って、光学迷彩をかけ見えなくなっている一樹と柚樹、そして田本さんの格好の僕はジャージに着替えて外に出た。自宅からしばらく歩いて、誰もいないことを確認してから光学迷彩を解いてもらって、走り出す。たぶん、他の人には速すぎて見えないと思う。アニメの忍者もののように裏通りから山のそばを走る。何かの気配が背後に感じられる。同じように速い。

 「お疲れ様~。」

天地君だった。残業、今までかかってたんだ。

 「あ、お疲れ様です。今まで残業だったんだ?」

ざざざっと長く伸びた雑草をかき分け、目の前にあった岩を跳び箱の要領で飛び越える。

 「ええ、来週危機管理関連の会議がうちの町であるので、その準備です。」

天地君はそう言いながら、山際の切り通しの斜面に駆け上がり、そのまま張り付くように走っていく。

 「あー、大変だねぇ。そう言えばうちの課も、要支援者台帳関連で呼ばれていたんだったわ。」

邪魔な用水路を飛び越え、一瞬、天地君が走る斜面の高さと同じ高さになった。

 「頼みますよ~、忘れずに来てくださいね。」

などと会話しながら、走ると言うよりほとんど飛びながら、パルクールどころではない動きで柾木神社に着いた。

 「じっちゃん、ただいま。」

同時に、僕もごあいさつ。

 「こんばんは~。」

普通に、帰ってくるとガララと開ける戸の音だろうけど、二人とも土煙を上げて砂利を蹴立てて止まっている。手近の竹箒で砂利をならして直す。

 「そういや、天地君ご飯食べたの?」

 「いえ、まだなんで食べてきます。」

たたたっと走って下の正木家に帰って行く天地君。遥照様が神社の社務所から出てきて、いつもの練習が始まった。ひと通り形を復習して、遥照様相手に模擬試合。さすがに強い。何とか一矢報いねばとおもっても、さすがに経験値が違うなぁと思う。僕のような者でもなんとか相手になる程度にはなりたいモノだなと思っていると、天地君が社務所に上がってきた。剣士君も一緒である。二人ともなぜか表情が硬く見える。

 「やっぱり、遥照様は強いですね。今はまだ無理でも、何とか足下くらいにはなれるでしょうか・・・?」

 「天木日亜殿の記憶もあるから、そのうちなんとかなるかもしれんの。」

肯定とも否定とも取れる微笑みで言ってくれる。表情からなかなか真意が読み取れない人である。結局、練習あるのみだろうなぁ。

 「田本さん、今日はちょっとお願いがあります。」

やりとりを聞いていた天地君が、意を決したように話し始めた。

 「実は、剣士はあと3日ほどで、旅立たねばなりません。」

 「どこか海外か、もしかして宇宙?」

雰囲気からして、遠いところのようだった。

 「いいえ、この世界に隣接する世界。皆さんの言う、パラレルワールドです。剣士は、生まれたときから、契約によって15歳になる歳にはそこに還ることが決まっていました。」

 「・・・・・・。」

この21世紀に、ましてや超光速航行ができる技術が宇宙にあるというのに、そんな理不尽な契約なるモノがあることが信じられなかった。

 「あの、鷲羽ちゃんに頼んで、どうにかならないのかな?」

 「剣士が生まれてから、この15年、様々な方法を探してきましたが、次元間のバランスをとるためどうしようも無いことだそうです。」

15年間、この驚くべきテクノロジーを持つ一族が、様々なことを試してみても解決策は無かったというのならその通りなのだろう。

 「なんか、こう非常に理不尽なモノを感じますが・・・、ここの皆さんがそう言うのなら剣士君をその世界に送る以外に解決策はないのでしょう。」

剣士君はうつむいたままである。遥照様もとても苦しそうな表情だった。

 「で、僕に頼みたいことと言うのは何ですか?」

少し明るい表情になった天地君が口を開いた。

 「田本さん、ときどき亜空間転移のエネルギーチャージに次元間移動をしてるそうじゃないですか。」

 「う、なぜそれを・・・?」

いちおう、鷲羽ちゃんと水穂さんくらいしか・・・、あ、昨日、派手に5隻も戦艦連れて転移したんだっけか・・・。

 「で、その移動先次元が、ちょうど剣士が行く世界なのです。」

剣士君が顔をあげて、悲しそうな表情のまま、少しだけ口元をほころばせる。

 「おお、あの人型メカが飛んでるあの世界?」

 「鷲羽ちゃんの話では、どうもそのようです。なので、時々見に行ってやって欲しいのです。ただし、極力手は出さないで欲しい・・・、そう言うお願いなのです。」

 「そりゃ、見るだけだったら良いけど、でもひどい目に遭ってたりしたら放っておけないよ?」

 「田本さんの優しさは分かります。でも、そのために様々な訓練を剣士は積んできたのです。一人でも生きていけるように、サバイバル術は、じっちゃんと山籠もりで。もちろん剣術もじっちゃんからたたき込まれています。さらに、料理をはじめとする家事などはノイケさんと砂沙美ちゃんから。」

そういえば、剣士君は、凄く身体の切れが良い動きをしている。小さな頃からそう言う訓練を受けているとしたら、頷ける動きだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷2

この章は、難産かも・・・。

仕事が忙しかったのもあるのですが、かなり苦労しました。




「分かりました。でも、見に行ったときに、殺されそうになったりしていたら助けに行くよ。光應翼も張っちゃうよ?」

 「ええ、でも、そうならないように、そうなっても切り抜けられるように、剣士はこの15年間訓練してきました。」

その言葉を口から出すことが、とても辛いことのように天地君は頭を振りながら、自分自身に言い聞かせるようにゆっくりしゃべる。小さな子には、その小さな子を見守る目には、耐えがたいときもたくさんあったに違いない。

 「いまのところ、田本さんだけしか、自由自在に次元間を行き来することができません。どうか剣士を見守ってやってください。」

ふたりして、頭を下げる。

 「そうでないと、俺自身が剣士をそんな知らない世界にやることができない・・・。」

そうか、この天地君自身が一番辛いのだろう。頭を下げて、そう言いきった言葉の語尾は涙声になっていた。

 「頭を上げてください・・・。柾木家には本当にお世話になっていますし、僕で良ければ時々見に行きます。何せ、亜空間転移をすると、あそこに行かないとたいへんなことになります。その状態で、僕たちが近づくと、あの世界のエネルギーシステムに大きな影響を与えるので、あまり近づけませんし・・・。」

二人が顔を上げる。かなり安心した、そんな表情だった。

 「そうだ、あっちの世界に行ったときに、剣士君を見分けるというか、見つける手段は何かありますか?」

ほとんど地球と同じような世界だったと思うし、そんな広大な世界から、たったひとりを見つけるのには何らかの目印がいる。

 「それならこのペンダントを目印にしてください。」

剣士君が、胸元の茶褐色に見える結晶を持って見せる。

 「一樹、柚樹さん、この結晶で見つけられるかな?」

 「うん大丈夫だよ(だぞ)。鷲羽様の作った結晶体だから、そんじょそこらにあるものじゃないしね。」

一樹は、サーチライトのようなモノでさっと結晶体を読み取ったようだった。

 「それで、行きはどうするの?何なら送っていこうか?」

 「いえ、鷲羽ちゃんの装置で送り出し、向こうの世界の受信機というか、そういうもので受けないと契約が成り立たないようです。」

 「そりゃまた、難儀な・・・。」

 「田本殿に言われたかないと思うけどねぇ・・・。こら、あんたはまだ出てきちゃいけないよ。まだ、バラすわけにはいかないんだから・・・。ええい、静かにおしってば。」

う、この声、この気配は・・・。

 「鷲羽ちゃん、どえええす。」

砂利がある地面に、漆黒の穴のようなものが出現し、そこから、じんわりと何かモノが生えるように現れたのは、赤い髪を後ろで束ねた鷲羽ちゃんだった。ほっぺになぜかバッテン絆創膏が貼ってある。いつもの服装とちょっと違って見える。ちょっと高貴な感じのロングドレス風だった。体格は、いつもの小学校低学年くらいの大きさだった。

 「また不思議なところから出てこられますね・・・。鷲羽ちゃんこそ、次元間移動なんか簡単じゃないかと思うけども・・・。それに、今こっちに出てくるときに、何かもめてましたけど・・・?」

 「ま、いろんな都合というモノがあるのさ。私が動くと、その影響が大きすぎてねぇ。なんにせよ、剣士殿の行く末を頼みたいのさ、私としてもね。」

 「それは別にかまいませんけど・・・。それに、剣士君、いつかはこっちに還ってこられるんでしょう?」

 「それが、分からないとしか答えようがないのさ。剣士殿が自ら答えを探しださないといけない・・・・・・。」

珍しく、鷲羽ちゃんが苦渋に満ちたと言う風な重い表情をする。某アニメで少年はいつか旅立つときが来る、とか言っていたシーンが頭の中でフラッシュバックする。それでもやはりいろいろお世話になった柾木家だ。そう思い直す。

 「いつも見ていると、絶対手を出さずにはいられません。本当にときどきで良いのですか?」

その場にいる全員がゆっくりと頷いた。柾木神社の木々の間を真夏の熱い風が吹き渡っていった。水分を多く含んだ風がよりその場の雰囲気を重くする。

 「それでは、僕の都合であっちの世界に行った時に、なるべく手を出さないように見守ります。剣士君、それで良いんだね。」

剣士君は毅然とした表情で頷いた。キッと引き結んだ口元は、堅い決意を感じさせるモノだった。そうか、15歳か・・・。旅立つのには良い時期かも知れないな・・・。

 「あさって、水曜日の夜、いつもの午後8時に俺の家に来ていただいて、どうか剣士の旅立ちに立ち会ってください。鷲羽ちゃんの研究室から送り出します。」

 「まあ、毎日お邪魔していますから・・・。でも、寂しくなりますね・・・。」

あまり表情を変えなかった遥照様の目にキラリと光るモノがある。寂しいだろうし、こう、無念というか簡単に割り切れないものがあるだろうと思う。自分の家族が死とは別の意味で離ればなれになるのだから。しかも会えない、向こうの様子も分からないとなれば、それは大きな不安であり、悲しみだろう。静かに遥照様は社務所に向けて歩み去った。天地君は剣士君の肩をポンポンと叩いて、まるで自分を納得させるかのように剣士君の横顔を見ていた。剣士君は、複雑な表情である。希望と寂しさが同居しているように見える。でも、様々な試練に耐えてきているのだろうし、柾木の男の子ならどこでだって生きていけるだろう。それに、未知の世界で、自分の力がどこまで通じるのか試してみたい、そう思うだろう男の子なら。ふとそんな思いを抱いていた自分も、昔、居たことを思い出した。また、そんな希望が自分にも訪れているのではないか。そう言う不思議な力が、剣士君を見ていると湧いてきた。

 ならば、僕は、忠実なリポーターになろう。この子がどう生きていくのか、つぶさに見て、柾木家に伝えたい、そうも思えてくる。一樹と一緒に見に行っても良いけれど、ときどき見に行くには一樹は大げさだし、大きいよなぁ、そうだ鷲羽ちゃんからもらったあのメカはどうだろう?横を見ると、鷲羽ちゃんは目を閉じて考え込んでいた。この人も黙ってると綺麗なんだけどな~。

 「そうだ、鷲羽ちゃん、いただいちゃった多目的研究施設兼、恒星間連絡艇ですが・・・。言ってて、えらいもんもらったなとは思いますけど・・・。マニュアルだとか、操縦方法だとか、そういうモノはどーすれば良いんでしょう?今までみたいに、一樹に乗ってあの次元世界に行っても良いんですが、一樹は本来でかい宇宙船だから、一樹は小さなままでいてもらって、あのメカで行ってみたいなぁって。」

そう、あの溶けちゃった軽自動車のなれの果て。いちおう一樹に収納しているけど、まだ何も触っていない。好奇心一杯の表情をして聞いてみる。

 「ほとんど直感的に操縦したり、操作したりできるように作ったけど、そうさね、ちょっと待っておくれな。」

左手をあげて、一振りすると柾木家でよく見る鷲羽ちゃんだった。

 「それじゃあ、乗ってみるかい?」

僕を見上げて、腰に手を当てて人差し指を振る鷲羽ちゃん。いつものポップな色使いの服装だったが、どことなく今日は雰囲気が違う。いつもの少女のような好奇心旺盛な女の子と言った感じではない。透徹した、高位とも言うべき雰囲気がある。高貴な、というのでもない。どこかこの世界にいるようでいない、遠いところを見るような、深みのある目の色をしていた。

 「ねえ、鷲羽ちゃん、今日はどうしたんですか?」

すっと、膝を折って鷲羽ちゃんの両手を取って目を合わせて聞いてみる。

 「・・・、田本殿に分かるようじゃ、私もまだまだだね・・・。この次元に肩入れしすぎてしまったかねぇ・・・。天地殿は私たちの待ち望んだ存在だけれど、それとは別に、剣士殿がこの世界から出て行ってしまうことがこんなに悲しいなんてね・・・。」

まだ、何かよくわからないことを言う鷲羽ちゃんだけど、鷲羽ちゃんも寂しいのかも知れない。この人も想像以上にショックは大きいのかも知れないな。

 「鷲羽ちゃん、でもね、剣士君の目を見てください。あの子は、まだ見ぬ世界にワクワクしているみたいですよ。男の子はそういうモノかもしれません。」

そう言った僕を剣士君は、まっすぐ見ていた。澄んだ瞳は生きていこうとする意思そのものだった。ふと、この子をあの悲しんでいた、天木辣按様の樹に引き合わせてみたい、そう思ってしまう。あの樹に、想いが伝わりそうな、そんな気がしてきた。

 「そうだね、柾木の子だ。きっと大丈夫だろうね。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷3


やっかい事ホイホイな田本さん、だんだんエラいことになってます。

今頃サンタクロースは、どの辺配っているのだろう(爆)。


「そうだね、柾木の子だ。きっと大丈夫だろうね。」

真夏の夜、のはずだけれど、一瞬白い吹雪か、花びらのようなものが鷲羽ちゃんの周りを舞ったような気がする。目を閉じてもう一度見ると、やはりあの蒸し暑い瀬戸内の風が吹いている柾木神社だった。柚樹は姿を現して、顔を洗っている。

 「一樹、いろいろなものに邪魔にならないところまで上昇して、元の大きさに戻って、カーゴスペースに入れたメカを出してくれるかな。」

わかった!と元気よく返事して、す~っと空高く上がっていく。するすると元の大きさに戻りながら不可視フィールドを張っているようだ。柾木神社上空に巨大な威圧感ができたときに、見慣れた軽自動車が境内に入ってくる道の入り口に転送されてきた。

 「あなた、どこにいかれるんですか?」

社務所前に転送されてきたのは水穂さん。と、立木謙吾さん・・・?

 「水穂さんは良いんですけど、立木謙吾さんは、樹雷に帰ったのでは・・・?」

水穂さんは、清楚な感じのワンピースだし、立木謙吾さんは、シンプルにTシャツにジーンズである。このまま倉敷市内のショッピングセンターにいてもまったく違和感がないし、もしかすると東京あたりで歩いていると芸能界あたりのオファーも来そうである。さらに何となく悔しいけれど、恋人同士と言っても過言ではない。

 「ふふふ、水穂さんと共に、田本さんの監視者の役目を樹雷王阿主沙様から頂きました。さらに、田本さんの艦隊の機関長および技術部門を任されました。」

に~っこりと例の関わってはいけない系の笑顔をしている立木謙吾さん。

 「へ~、そりゃ大変ですね~。昨日の辞令ってそれだったんですか・・・・・・、って、艦隊って何のことよ?」

あの、昨日の嫌な予感は、さらに現実味を増して、背中を這い上る。

 「・・・あなた、傷ついた樹雷の、しかも皇家の樹の艦隊を助け出しておいて、私たちの樹雷が、しらんぷりとか、他人事のように振る舞えると思います?しかも自らの命の危険を冒してまで・・・・・・。」

水穂さんは、涙目で半分笑顔、半分泣き顔でそう言った。左手を挙げて涙をぬぐう。

 「は?あの日、僕は疲れて眠っていたんじゃ・・・」

 「あのね、田本殿、昨日帰ってくる途中で、あんた大変だったんだよ。」

鷲羽ちゃんが、バカな子だね~と言わんばかりの表情で言うには、樹雷星系外縁部に一樹を入れて5隻で実体化後、一樹も柚樹も意識不明。なんとか僕はベッドに倒れ込んだけど、その後、心肺停止一歩手前まで行ったらしい。守蛇怪で作った、腕時計型携帯端末が持ち主の異常を感知、自動起動して、ナノマシン治療モードに移行、そのままベッドから医療ポッドに移送されて、2倍の加速空間内で2時間の治療を受け、何とか持ち直して実時間で2時間後の目覚めに至る、そう言うことらしかった。しかも急造した補機システムは一度起動に失敗。深刻なソフト的なダメージを負ったらしい。急遽、鷲羽ちゃんのOSをインストールしてなんとか帰還出来たようである。ちなみに、今回の軽自動車擬態の惑星探査機は同様のOSが入っている、兄弟システムを乗せているのだそうだ。

 「ほんっとにバカな子だね~。剣士殿の方がよっぽど良い子だよ。」

鷲羽ちゃんに褒められて、えへへと表情を崩す剣士君。

 「こう言うときには、おろおろしちゃって、駄目ですね、やっぱり男って。」

立木謙吾さんが肩を落として言う。この人も涙声だった。

 「あなたが目覚めて、地球の某サービスエリアで一緒に買い物した時、本当にホッとしてしみじみと幸せを感じましたのよ。」

バカとか、カスとか罵倒されて、詰められる方がよっぽどマシだった。ぽっとほほを赤らめる水穂さんと立木謙吾さんに、本当にありがたく思うと同時にごめんなさいと心の底から思う。

 「う、ごめんなさい。そしてありがとうございます。」

 「もうあんな思いはイヤですわよ(よ)。」

二人の声がハモる。柔らかい言葉だけれど、強い意志を感じる、その裏返しは・・・。

 「・・・ええと、あのお~、それでさっき、艦隊がどうとか言ってませんでしたっけ?」

かららと社務所のアルミサッシが開く音がする。

 「おおい、まあみんな、こっちゃ来い。社務所で話せばええ。」

柾木勝仁さんに戻った、遥照様が手招きしている。一樹は元の大きさに戻って、僕の肩にとまっている。そう、わずか10日ほど前に、この社務所で、一樹のエネルギーバーストを受けたんだった。ようやくアルミサッシにガラスが入っていた。すでにあのバーストの跡形もない。感慨深げに、アルミサッシを撫でていると、大きな手でポンポンと二回、背中を叩かれた。ふわりと天木日亜の記憶が甦る。とっさに腕時計を木刀に変化させ、振り返りざま、後方からの一撃を受け止める。柾木神社の境内に、堅く乾いた木同士の当たる音が響き渡る。

 「日亜殿、さすがだ。鈍ってはおりませんな。お久しぶりでございます。」

180cmくらいの樹雷の闘士が木刀を持って立っていた。頬が少しこけているが、鼻筋の通った美形と言って良い男である。右手に持っていた木刀は、しゅるんと左腕の腕輪に変わる。

 「竜木・・・籐吾か、無事だったのか!」

 「私たちもいるわよ!」

竜木籐吾の背後から、三人の女の子が現れる。三人とも竜木籐吾と同じくらいの長さの八角棒を持って立っていた。身長はそれぞれ170cmくらいだろうか。三人ともグラマーで美人と言って良い。

 「神木あやめ、茉莉、阿知花か!」

にっと歯を見せて笑うあやめ、眼鏡をついっと持ち上げる茉莉、顔を赤らめてもじもじする阿知花だった。昨日の日付が変わってすぐに樹雷の迎えに引き渡したよな、と言う田本一樹の記憶と、1万数千年前の、あの時空振直前の天木日亜の記憶が錯綜する。クラクラとしためまいに襲われ、膝を折って頭を抱え、すわりこんでしまった。

 「・・・そう、今は田本一樹様でしたね。しかしながらあの太刀筋は、紛れもなく天木日亜殿でございました・・・。」

そう言って、竜木籐吾は、手をさしのべた。その手を握ると、三人の女の子が後ろに回って抱え起こそうとしてくれる。めまいは一瞬で、すぐ立ち上がれた。三人の女の子の厚意は、ごめんねと言って、断って立ち上がる。

 「すみません、我ながら、むちゃくちゃ、ややこしい状態なので・・・。」

 「・・・おもしろいやつではあってのぉ。お前達もそれで来たのだろう?」

顔を洗っていた柚樹さんがしゃべりだすと、さすがに4人は引いた顔をする。

 「実は、天木日亜さんの第二世代皇家の樹、柚樹だったりします。このネコ。」

社務所に上がりながらそう言って紹介する。

 「さらに、この肩の鳥みたいなフィギュアは、僕の第二世代皇家の樹、一樹だったりもします。遥照様の船穂の挿し樹付きです。」

さらに四人とも引いている。ドン引きだろうな。

 「僕は鳥じゃないもん!。」

そう言って、パタパタとその辺をぐるりと飛んで、また僕の肩に留まる一樹。社務所、奥の北側左手に水穂さん、右手に立木謙吾さんという配置で僕はその真ん中に座った。

 奥の南側は柾木勝仁=遥照様で、その右隣に天地君と剣士君、鷲羽ちゃんは左側に座る。鷲羽ちゃんから一人分ぐらい開けて、竜木籐吾殿、神木あやめ、茉莉、阿知花と座った。

今日は、遥照様と勝仁様と姿を変えるのがめまぐるしいけども、今は、見ようによっては30代前半に見える遥照様だった。そして、その遥照様の背後に、半透明のディスプレイが二つ出現し、一方に樹雷皇阿主沙様、もう一方に神木・瀬戸・樹雷様が現れる。神木・瀬戸・樹雷様は、現れると同時に投げキッスである。もちろん僕に。ピンク色というか、紅色の粘っこいエネルギー弾が顔に当たるがごとくである。べちょっと・・・。樹雷皇阿主沙様が手で受けて、ナプキンで拭いた気持ちがよくわかる。

 「・・・あのお・・・ええ~っと、何か凄いことになっていませんか・・・?」

突然出現した、張り詰めた空気とそのプレッシャーに逃げ腰になった。しかも両端は水穂さんと立木謙吾さんに阻まれている。逃げられない。一瞬空間を渡って逃げようかと本気で考える。

 「あら、だめよ。外と空間繋いで逃げようなんて思っちゃ。私もできることなら、水穂ちゃんとの間に割り込みたいのだけれど・・・。」

瀬戸様の上気した顔が本気で怖い。樹雷皇阿主沙様が、心底気の毒そうな顔になっていた。すぐに気を取り直したようで、軽い咳払いをして樹雷皇阿主沙様が言葉をつむぎ始めた。

 「天木日亜殿の記憶を受け継ぐ、田本一樹よ、このたびの働きは見事であった。樹雷にとって皇家の樹は血族、いや親兄弟同然。またそのマスターならなおのこと。その皇家の樹とそのマスター四名を無限の宇宙の牢獄から救い出したる功績は、我が樹雷が報いても報いきれぬものがある。しかも命を賭して救い出したと言うではないか・・・。と言うわけで、今週末は樹雷に来てくれ。式典を執り行わねばならん。また飲もうぞ!遥照よ後は頼んだぞ。」

樹雷皇の言葉の後半は、ニッといたずらっ子のように笑って言っている。そして、忙しいのだろうすぐさま接続は切られた。こちらが何か言う暇もない。

 「そういうことよ。田本殿。阿主沙ちゃんと話し合ったのだけれど、あなたは、あなたの船を核として、竜木籐吾殿、私の養女になった、神木あやめちゃんと茉莉ちゃん、阿知花ちゃんを従える艦隊の長官になってもらいたいと思っているの。」

扇子をあごのところにあてて、有無を言わせぬ口調の瀬戸様だった。

 「えええええ~~~~!地球のおっさんには無理ですって。無理無理無理~~。」

だって、そうでしょう。10日ほど前までただの地方公務員のおっさんだったし。

 「あら?守蛇怪の時の詳細な報告を私は聞いているわよ。惑星規模艦三艦の挟撃を受けて、そのうちの一隻を周辺にいた敵艦隊もろとも消滅させた手腕は見事だったわ。いちおう公的には守蛇怪が消滅させたことになっているけどね。」

ほう、とこの場にいる全員が、僕を見ている。いやいや、そんな大層なものでは・・・。

 「それに、今、樹雷では田本殿は時のスターなの。あなた酔っていたから覚えてないかも知れないけれど、樹雷から帰るときに、宇宙港に見送りに来ていた人は、10万人を超えていたそうよ。さらに鷲羽ちゃん監修のあなたと私のフィギュアと、水穂ちゃんとのフィギュア、初代樹雷総帥とのフィギュアや、そんなもろもろのグッズは飛ぶように売れているのよ。」

 「さらに、私のファンクラブ(鬼姫の会)から嫉妬やら、感謝やら、絶望やら、そんな投書がこんなに届いているわよ。」

そう言って、瀬戸様が指差した先は、執務室の机一杯にうずたかく積まれ、さらにそこから床に落ちているファンレターの図があった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷4


やっぱり週末は樹雷、そのパターンになりそうです。

六連装の波動炉心ぢゃない、縮退炉+第二世代皇家の樹+第一世代皇家の樹の挿し樹+鷲羽ちゃんの調整。

超銀河団へ、大まじめに辺境探査の旅に出られます(^^)。



 そう言って、瀬戸様が指差した先は、執務室の机一杯にうずたかく積まれ、さらにそこから床に落ちているファンレターの図があった。

 「もうね、わたしでもこの盛り上がりは止められないわ。と言うわけで、今週末は樹雷に来てね。またいろいろ準備しておくわ。」

またも投げキッス。濡れたティッシュが顔に張り付くような、そういう悪寒が走る。い、いや、言うべきことは言わねば!

 「あ、あの瀬戸様!」

ぷちっという接続が切れる音を残して、半透明のディスプレイは消えた。水穂さんを見ると、気の毒そうな、でもちょっと嬉しそうな複雑な表情だった。振り返って立木謙吾さんを見ると、こっちも気の毒そうな表情が先に立つけれど尊敬、みたいな目で見てくれている。

 「へええ、田本さん、樹雷に行った金曜日から日曜日に掛けて大変だったんですねえ。」

天地君が、人の悪い笑顔で言う。

 「いや、だって、西南君集中砲火受けちゃってたし、あんなでかい戦艦が三隻も迫ってきてたし・・・。さすがにあの主砲を受けると守蛇怪でも危ないかな~って思って・・・。阿羅々樹艦隊も、亜光速であそこまで、ようやく帰ってきていたのだろうし、樹のネットワークではみんな大怪我してるってゆーから・・・。ちょっと無理してでも速く樹雷に送り届けたかったし・・・。」

ぷぷ、くくくっと吹き出したような笑い声が上がる。顔を上げてみると、竜木籐吾さんにあやめさん、茉莉さん、阿知花さんがこらえきれないように笑ってる。

 「・・・、すみません、あまりにも天木日亜殿に似ていて、と言うかそのまんまで・・・。なあ、阿知花、あやめ、茉莉。」

立木籐吾さんが、おかしくて仕方がないと言った口調で話し、三人の女の子が、うんうんと大きく頷いている。

 「あのときも、真砂希様といっしょに光應翼を最大展開して、自分はともかく私たちを守ろうとしてくださった。それでもあの時空振は大きすぎました・・・。」

あごに指をあてて、あやめさんは思い出すように語る。

 「お酒も好きなようだし、女も男も問題ないみたいだし、それでいて、女の人に弱いし・・・。真面目だけどどこか抜けているし・・・。」

左手で眼鏡をあげつつ、腕輪をタブレット形状に変えて何かを見ながら、指折り数える茉莉さん。

 「わ、わたしが好きだった、天木日亜様そのまんまですぅ。」

どかんとここで一発でかい爆弾を投下する阿知花さん。おそるおそる隣の水穂さんを見ると同じように何か指折り数えている。

 「自分のことより他人のことを先に考えて、後先考えずに行動するとか・・・。」

今度は、立木謙吾さんを見ると同じように・・・。

 「他人の笑顔を見ることが何よりも嬉しそうだし・・・。」

またも、うんうんと左右の二人と右隣の四人は頷いている。

 「もしかすると、天木日亜殿と、田本一樹殿は本当によく似ていたのだろうねぇ、アストラルが喰われずにうまく融合出来るはずだわ・・・。」

鷲羽ちゃんが結論めいたことを言うと、その場のみんなが頷いている。

 「でもさ、艦隊の長官だと、ほら、経験がものを言うじゃん?僕はそんな経験なんかないし、一樹と柚樹とどこまでも飛んでいきたいだけだし・・・・・・。」

そんな重たいもんは御免被りたいのだ。一樹と柚樹と一緒にのほほんと適当な理由付けて、銀河横断して、隣の銀河へ飛んでいきたいのだ。

 「天木日亜殿は真砂希様を守りつつ、さまざまな戦いを経験されていますし、われらも同様です。その記憶がないとは言わせませんわ。それに、ねえ。」

あやめさんがかっちりした口調で話して、茉莉さんに振る。

 「天木日亜様は、田本一樹様と同じように、柚樹と遠いところに行きたいと、口癖のようにおっしゃっていましたわ。」

 「そうだのお、わしのコアユニットに来て、寝転んで昼寝しては、そう言っておったの。皇家なんかほっといて一人旅に出たいといつも言っておったわ。」

ニヤリと笑う、柚樹さんだった。その顔を見て、あせってしまっている僕。

 「何とか、みんなが死なないような、悲しまないような方法を考えます・・・。」

竜木籐吾さんと、三人の女の子がびっくりした目でこちらを見る。そして、自然にあふれる涙・・・。

 「樹雷総帥から辺境探査の命が下り、その結団式後の飲み会で、天木日亜殿がつぶやいた言葉とそっくりです。」

そう言われたとたん、世界がぶれるような感覚に襲われた。天木日亜の想いに気持ちが支配される。スッと立ち上がり竜木籐吾、神木あやめ、茉莉、阿知花の前に正座する。

 「よくぞ、よくぞあの時空振から帰って来られた。私は真砂希様とこの地に降り、真砂希様はこの地で命を全うされた・・・。そなた達は、大怪我を負っていながら亜光速で樹雷への帰還軌道を取ったと聞く。私たちもその可能性を取ることもできたのだが、真砂希様の意向もあって私たちだけが、この美しい星で命を終えてしまった・・・。ほんとうにすまぬ。このとおりだ、許して欲しい。」

頭を垂れ、自然に土下座になってしまう。

 「・・・頭を上げてください。日亜殿、いえ、田本一樹殿、我らは、永い年月が経ったとは言え、あなたに、また、助けてもらいました。それがどれだけ嬉しいことか。真砂希様はあなたと柚樹の記録から、幸せな一生を送られたようです。その記録を見たときに私たちは、肩の荷が下りたような気持ちになりました。そして、またあなたと、あの楽しかった日々をもう一度繰り返すことができるとは・・・。」

語尾は、嗚咽でうまく聞き取れなかった。

 「ありがとう、本当にありがとう。また共に、日亜殿の記憶のある僕と一緒に歩いてくれますか?」

すでに竜木籐吾殿の言葉によって日亜の記憶の呪縛は解けていた。自然にその言葉は口をついて出てきてしまった。

 「ええ、もちろん!」

4人は、満面の笑みで即答してくれた。ふと気付くと、社務所の外に、阿重霞さんや魎呼さん、ノイケさんに砂沙美ちゃんに魎皇鬼ちゃんが鈴なりになってハンカチもって涙ぐんでるし、半透明のディスプレイも復活していて、瀬戸様ご夫妻に、樹雷王阿主沙様ご夫妻も涙ぐみながら見ていた。

 「うふふ、というわけで週末は樹雷においでなさいね。まってるわん。ちなみに、今の記録映像は資料として活用させていただくわ。」

瀬戸様のとどめの一撃と、なんだか結局大役を背負わされたと言おうか、そんな想いと恥ずかしさもあって耳が熱い。鷲羽ちゃんが、どこかから取り出したビデオカムを持ってピースサインをしている。

 「阿羅々樹と、緑炎、赤炎、白炎もあなたと話したがっています。」

そう言って微笑む、竜木籐吾さんや、あやめさん達。

 「実は、この身になってから、皇家の樹達とのリンクが強いのですが、さっきから一杯話しかけてきてくれます。一番ダメージが大きかったのは、阿羅々樹ですかね、でもなんとか超空間航行出来るまで回復したとか・・・。阿羅々樹も、緑炎、赤炎、白炎達も・・・、えっ、鷲羽ちゃんの治療と調整を受けたんですか?うわ、立木謙吾さんの樹沙羅儀も?」

 「田本殿を驚かせようと、取っといた話題なのに・・・。見事に樹にネタバレされちゃったわね。」

瀬戸様がディスプレイ越しに引きつった顔で言った。

 「もちろん、田本殿の一樹も柚樹も、私の調整受けてもらうからね。樹雷王阿主沙殿と瀬戸殿からの依頼だよ。今日は、二人とも私に預からせておくれな。」

うっふっふっふ、とマッドサイエンティストな微笑みな鷲羽ちゃん。

 「あのお・・・。それは良いんですが、もしかしてですけど、バカバカしいほど強い艦隊になるのでは?それに、一樹怒らせたりして、エネルギーバーストされると、今度は僕消し飛んじゃいますぅ・・・。」

わははは、とその場にいる全員から笑いが起こる。

 「実際に、新型コーティングをした惑星規模艦を三艦も海賊が投入してきている以上、こちらの戦力強化も視野に入れないとね。いちおう計算上、あなたたちの艦隊で、銀河三個くらい軽く消滅出来るそうだから、本当に心して運用して欲しいわ。さらに、あなたたちの艦隊のデータを様々に活用させてもらうのだけれど、守蛇怪にも適用させてもらうから。あっちも強化しないと、ねえ。」

瀬戸様が、鷲羽ちゃんの方を流し目で見ている。

 「うん、その通りだね。瑞樹と福、両方を強化しないといけないね。神武もやらせてもらうよ。」

ぎらりと鷲羽ちゃんの目が光る。うわ、本気だ、この人達・・・。

 「あ、そうだ、それとだ。」

その、ぎらりんな目のままで鷲羽ちゃんが言う。

 「一樹の補機システムの大型常温縮退炉だけど、今私が開発中の、それと同じ出力で大きさを6分の1にしたものがあるんだ。それに今回載せ替えておくから。縮退炉6連装でデータ取りさせてもらうよ。」

何かどこかで聞いたことあるような話である。

 「補機システムだけの稼働状態で、第三世代艦を越えるから。」

立木謙吾さんをみると、キラキラお目々であった。そうだろうなぁ、鷲羽ちゃんの技術だもんなぁ。僕もキラキラしてしまう。

 「こっちは、樹雷次世代戦艦の元になるデータにつかわせてもらうわ。それじゃあね、田本殿待ってるわん。」

またもや、ぶちゅっと投げキッス。なんだか、べっちょりと粘液質なものが、あごから垂れ落ちているような錯覚があった。こんどこそ、静かな社務所に戻る。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷5


乗って帰るはずの、田本さんのクルマ・・・。

そして、なにやらもう一つの梶島ワールドともくっつきそうになっちゃった・・・。

水樹尋さんあたりにもお説教くらいそうな気がしてきた・・・。


またもや、ぶちゅっと投げキッス。なんだか、べっちょりと粘液質なものが、あごから垂れ落ちているような錯覚があった。こんどこそ、静かな社務所に戻る。時計を見るとほとんど11時になろうかという時間だった。

 「もうこんな時間・・・。鷲羽ちゃん、あのメカの操縦方法、教えてもらおうと思っていたんですが、また明日お願いします。さすがに遅いので帰ります。明日は仕事だし・・・。」

周りの視線が集まる。艦隊司令官なのは、そうかもしれないが、いちおう地球での仕事もある。と言うか地球での仕事と思う時点で、すでに染まっている気がしてきた。

 「分かったよ、田本殿。しかし、真面目だねぇ。あのメカは、クルマの状態の時は普通に運転してもらってかまわないよ。なにせ、田本殿の偽装も兼ねているから。」

やれやれ、と言った表情の鷲羽ちゃんちゃんだった。そう言われても、目の前の仕事がある。樹雷の仕事は・・・・・・、考えるのはやめておこう。なにせ、今の日常からかけ離れすぎている・・・。

 「ところで、皆さんどうされます?」

せっかく地球に来てもらっているのだけれど・・・。

 「田本殿の仕事ぶりを見せてもらっても良いのですけど、私たちは、この時代に目覚めて間もないので、立木謙吾殿といっしょに樹雷に帰ります。樹雷での住民登録処理など済ませておかなければならないことがたくさんあります。数日後に、樹雷でお目にかかりましょう。」

そりゃそうだろうな。眠っているうちに、一万数千年後の未来に来てしまったのだ。様々な手続きやら、知識の獲得などやるべきことは多いだろう。

 「まあ、僕も突然、皇家の樹のマスターになった者ですから、ある意味皆さんと立場はよく似ています。いろいろ教えてください。」

そう言って、柾木神社をあとにする。僕の軽自動車は、柾木神社の入り口に止まったままだった。鷲羽ちゃんに一樹と柚樹を託し、柚樹さんには光学迷彩をかけてもらって、クルマに乗り込む。このクルマも修理工場から直ってきたと言わなければならない。久しぶりに、柚樹さんとか一樹と一緒で無い状態だった。バックミラーに写る顔は、役場職員の田本一樹である。さっきまでの出来事だとかは、本当に夢の中の出来事と思い込めそうな、ごく普通のものが目に入っている。このクルマのキーは、もう一台のクルマのキーと自宅の鍵をキーホルダーでまとめている。そのキーを差し込む穴まで再現されている。

 「鷲羽ちゃん、普通に運転して良いって言ったなぁ。」

普通に樹を差し込んで回すと、キュキュキュとエンジンをクランキングする音がして、ぶるんとエンジンがかかった。直列三気筒のこのクルマの音だった。慣れ親しんでいる音に聞こえる。縮退炉がどうとか、まったくそう言う気配はない。いや、気配があると困るのだけれど・・・。ちょっと複雑な思いのまま、ギアを入れて踏み込んでいたクラッチを上げざまアクセルと踏み込む。ごくごく普通に発進する。ううむ、あの鷲羽ちゃんがこんな普通さを許すはずがない・・・。べれれれ、という聞き慣れた三気筒ガソリンエンジンの音そのままだった。そうだ、さすがにガソリンの給油口はどうだろう?そう思って路肩に駐めて、運転席シート下の給油口リリースノブを引っ張る。

 「カコン。」

そう言う音と共に、左後方の1部が開く。左のバックミラーで開いたのが見えた。腕時計を携帯モードにして、ライトを付けクルマの左後方に回ると、確かに給油口がある。開けて覗くと、給油口の穴はなかった。ちょっとホッとする。と言うことはこのクルマ、地球の整備工場には預けることができないのだろうな。とりあえず、ほぼ完璧に地球のクルマに擬態していることはわかった。今日のところは、もうさすがに驚かされることもないだろう。艦隊司令官がどうとかと言っても、明日からと言うわけでもないだろうし。

 このクルマは、うちの庭に置いているので、邪魔なときは父が動かすときもある。そう言うわけでこれぐらい擬態していないと、マジでバレてしまう。さて、汗をかいてしまった。コンビニ寄って帰ろう。ぱくんと給油口のふたを閉じて、乗り込んでウインカーを出してほとんど車の通らなくなっている県道に出た。1速全開で引っ張って2速全開にして引っ張る。タコメーターがない車種なので回転数は分からない。高回転で苦しがる様子までそっくりである。80kmを越えたところで3速、そして4速飛ばして5速ギアにシフトして、アクセルを戻して60kmぐらいで巡航する。本当に何の変哲もない古い軽自動車だった。

 「なあんだ、恒星間探査艇だって言うから構えていたけど・・・。」

独り言をつぶやいたその瞬間、

 「田本一樹様、生体認証パスしました。本人の意向により、恒星間探査モードに移行します。また、同時に光学迷彩および不可視フィールド展開。補機対消滅反応炉起動します。」

はあ?と思っている間もなく、自分の言葉に反応して、変形を開始する僕のクルマ。女性の人工音声らしい声とともに、見慣れたダッシュボードは、回転して超近代的な操縦システムに変わる。ハンドルは半分に割れて、自分の座っているイスの両端に移動して、半球形の光るものに変わった。自然とそこに両方の手のひらを置く格好になる。

 「地球の道路上から、安全のために地上1000m程度まで上昇します。補機対消滅反応炉臨界突破、通常使用領域に入りました。続いて主機大型縮退炉起動。」

なにやらSF好きにはたまらない、音やら振動やらが、もうすでに、運転席という言葉よりもコクピットと言った方が良い空間に静かに響いている。ピココッと言う電子音がして通信がつながった。

 「ありゃりゃ、起動しちゃったようだねえ。」

いつもの少女のような鷲羽ちゃんだった。さっきの不思議な雰囲気はもう感じられない。

 「済みません、鷲羽ちゃん。独り言言ったら起動しちゃいました。このあとどうすれば良いですか?」

 「基本的に、今、田本殿が触っている二つの半球形で、この機体は田本殿の意思を読み取るよ。それと音声認識だね。ちょうど良いから、そのまま火星軌道くらいまで行っておいでな・・・。お、そうかい?立木謙吾殿が樹沙羅儀でサポートするって。」

鷲羽ちゃんの横から、あ、じゃあ俺行きます、の声。

 「とりあえず分かりました。習熟飛行と言うことでお願いします。」

タービン音のような、もう少し低い音だろうか、少しずつ高まってくる音があった。

 「補機出力103%。主機大型縮退炉、起動成功。臨界を間もなく突破します。全兵装使用可能になりました。いつでも最大出力で回せます。研究設備および居住設備使用可能になりました。」

ぬおおお、テンション上がるのだ。むっちゃカッコいいのだ。皇家の樹も凄いけど、こっちのメカメカしい雰囲気は、やっぱりたまらんものがある。

 「周辺の地図というか、マップは表示出来ますか。」

自分の胸のあたりに、ホログラムで地図表示される。上昇、そして月衛星軌道に行くように指示する。そう言えば・・・。そう思って通信回線を開く。

 「鷲羽ちゃん、確か大型常温縮退炉とセットで、皇家の樹を模した、新型ニューロコンピューターを積んであるんですよね。もしかして、意思があったり、話ができたりします?」

真っ赤な髪を後ろで束ねた鷲羽ちゃんが通信に出た。

 「そうだねぇ。以前に西南殿の先代守蛇怪のコンピューターがその域まで行った記録はあるけれど、そのあと先代守蛇怪は大破しちゃってねぇ・・・。そのデータをベースに今があるから可能性はあると思うけどね~。」

鷲羽ちゃんは、自分の技術でないと比較的冷淡なような気がする。そんな交信をしていると、すでに外は成層圏。地球が青く球形に眼下に広がっている。何と足下は透明に透けている。このまま月軌道に行き、火星を目的地に設定っと。今は、ちょうど結構近い位置に火星はいるようである。とはいえ通常速度で飛んでいたら寝る時間がなくなるので、超空間ジャンプすることにする。コンピューター任せで超空間ジャンプ可能位置を割り出して、プログラムロード後、ジャンプを掛けることにする。

 「超空間ジャンプ・プログラムロード。ジャンプ可能軌道まで達したら、ジャンプし火星軌道へ。」

それに女性の人工音声が答える。

 「了解しました。超空間ジャンプかかります。」

数秒間の見慣れた暗緑色の空間がみえたあと、ネットやテレビで見慣れている、と思っていた火星が眼前に広がる。やはり自分の目で見るとちがう。火星の球形を形作るエッジは薄青く見え大気の存在を感じさせる。ここまで来たらやはりSF&トンデモ本好きの血が騒ぐ。確か市街地の跡だの、顔面ピラミッドがあったはず・・・。宇宙船みたいな光がしばらく見えていたとか、そう言う実生活にまったく関係ない知識がわさわさ出てくる。

 「そう言えばこの機体、探査機って鷲羽ちゃん言っていたなぁ・・・。ちょっと火星に降下してみようっと。」

広域探査モードで人工物らしきものをピックアップしてもらう。岩石だの地形のようなものは除外・・・。お、割と簡単に候補地が・・・、うわ、こんなにたくさん・・・。適当に一つ選んで降りることにする。上から見ると、確かに町らしきものの跡のように見えるものだった。高度が低くなるにつれ、高さ十数m程度の高層建築と数m程度の建物の組み合わせと、道路のように見える物だった。僕の記憶では町にしか見えない。

 確か天木日亜の記憶では、この火星、木星の大赤班から吐き出された、惑星大の火球が第5惑星の軌道を横切るときに、その潮汐力で第5惑星が破壊され、その大小無数の破片を大量に浴びたはず。アトランティスとムーの時代でも惑星間航行技術はなかったようだから、何か文明があったとしても交流はないと思われる。

 その町の跡らしきところに降下し、道のようなところに惑星探査車に変形して降りる。クローラーに動力が伝達されて、ぐおろろろ、ゆさらゆさらとゆっくり進み始める。探査プローブとかあるのかな?

 「探査プローブとかあるかな?」

そう言うと、その候補が前面ディスプレイに出てくる。エネルギー鉱石とか原料鉱石とかを探すのではないので、ひとまず光学&生命探査プローブあたりを選ぶ。すると十数個のプローブが打ち出された。とりあえず、この探査車はここで停止させた。ピココッとまた通信が入る。

 「どうっすか、結構楽しんでらっしゃいますね。」

立木謙吾さんだった。ということは、皇家の船「樹沙羅儀」が上空に到着していると言うことだろう。

 「いやあ、楽しいねぇ。この火星って結構いろいろ遺跡とかあるようだし。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷6

また何か見つけた、元公務員のおっさんです。あ、元じゃまだないか。

駆駒将殿と、次かその次あたり、ちょっちからんでみようかなと(^^;;。


「いやあ、楽しいねぇ。この火星って結構いろいろ遺跡とかあるようだし。」

いくつかのプローブから答えが返ってきていた。生命はいまのところ、細菌もほとんどいない。水分が多少あるところに藻の類いがわずかに集中して生えていると言った程度。気圧も地球のかなりの高山程度しか無く、二酸化炭素が主でわずかに窒素、アルゴン、水素と続く。気温も氷点下60度程度、風速15mと、機外は生命には非常に厳しい環境であった。しかし、古いとは言え、ヒューマノイドが生活していたような遺跡であった。遺跡の入り口、窓の寸法などは、高さ2m程度である。ということは、我々と似た大きさの生物だった可能性が高い。

 プローブの一個が、書店か図書館のような物を発見する。やはりここは町の遺跡だったのだろうか・・・。当たり前だが、読んだことのない文字・・・・・・ではなさそうだ。このニューロコンピューターが瞬時に解析し翻訳出来る、と言うことは銀河アカデミーとかで過去に解析されていると言うことか・・・。へええ、樹雷草創期より前に銀河標準で使われていた文字のようだった。とりあえず、面白そうなので歴史書のような物を見繕う。探査プローブに取ってきてもらおうかと思ったが、もしかして、その内容が欲しいのなら本を開けずに内容は採れるのでは・・・?。そう思い、コンピューターに聞くと可能だという。地球の非破壊検査の究極の姿みたいなものか。

 「樹雷草創期より前に書かれた、書籍のような物を発見しました。プローブにて書籍内容を採取中。」

そうだ、それに思いついたのだ。第5惑星の残骸を浴びたってことは、貴重な惑星内部の鉱石や、レアメタルさん達が地表にごろごろあるのでは・・・?次いで、鉱石探査プローブも打ち出してみる。やっぱりあるわあるわ、ダイヤに、金に、プラチナ・・・さらに様々なレアメタル。

 「鷲羽ちゃん、立木謙吾さん、火星って今のところ、誰の物でもないよねぇ・・・。」

 「え、どうしたの(んですか?)。」

 「あのおぉ、レアメタルだの、貴金属だの、古代の書籍だの、お宝がざっくざくなんですけどぉ。」

そう言いながら、今のプローブの内容を鷲羽ちゃんに転送する。

 「くっくっく、あんたホントにバカな子だねぇ・・・。そうだねえ、今のところ地球を中心に半径30光年は地球の領宙と決まったから。そしてその代表は、駆駒将殿だね。」

にたぁぁっと、これぞ哲学士と言う顔だった。

 「もしかして、そこの許諾があれば、掘ったりできるんでしょうね・・・。今度時間ができたら契約に行きませんか?」

 「もともと地球の人間の田本一樹殿が行くなら、たぶん問題ないだろう。私たちは部外者だからねぇ。」

腕組みして考えている鷲羽ちゃん。

 「とりあえず、サンプル採取の許可は、あった方が良いと思うのですけれど・・・。」

 「正式にはそうだろうねぇ・・・。ひとまず瀬戸様経由で申請書だけでも出しておくかい?」

 「そうですね、水穂さんにあとで頼んでみます。」

 「ふうん・・・、いつやるの?いまでしょ?」

ポンポンと肩を叩かれる。聞いたことがある声が・・・。振り返ると、水穂さんが立っていた。ひくくっとこめかみを引きつらせながら・・・。

 「にゃ~~、ごめんなさい。ほ、ほら夜遅かったし、さっきも大変なこと言われたし。・・・済みません。今度から単独行動はしません!」

さらに後ろから声がかかる。

 「今度の天木日亜殿は、こういう趣味もあるんですねぇ。それに強力なお目付役もいるようだ・・・。あ、今は田本一樹様の格好なんですね。」

そう言って、にこやかな笑顔の竜木籐吾さんが現れる。あの三人娘も一緒である。

 「あなた方まで、どうして・・・。」

 「樹雷へ帰ろうとしていたら、面白そうな機体が超空間ジャンプしているし。あの田本一樹様だと言うし。こりゃ、見に行かないと、と。」

 「あなた、地球の領宙だとは言え、三次元レーダーくらい起動しておかないと・・・。ほんとにもお。」

そう言いながら、隣の席に座って様々な機器を起動する。竜木籐吾さんは、僕の反対側に座る。武器管制系だ。三人娘は各種プローブからの情報を管理する席にあやめさん、生命維持システムに阿知花さん、機関部管理席に茉莉さんが座ろうと、席に手を掛けた。

 「あ、その席は僕が座るよ。」

そう言ったのは、立木謙吾さん。

 「あうあう、立木謙吾さんまで・・・。じゃあ、茉莉さんは、情報管理が得意そうだから水穂さんの隣に、通信関連は水穂さんに・・・。」

あたかもそこが自分の担当部門であるように、みんなシステムを起動し、様々な仕事が分担され、効率的に処理されていく。はっきり言って、素人の僕が何かしていると邪魔だったりする。しょうがない。後ろに下がろう・・・。

 「竜木籐吾さん、操縦および武器管制をお願い出来ますか?」

 「・・・はい、わかりました。」

にっこり笑って振り向いたその顔は、ちょっと涙ぐんでいる。

 「どうしたんですか?もしかして、何かお気に障りましたか?」

 「いいえ、実は、あの真砂希様との辺境探査の折にも、こういった探査艇で仕事をしたんですが、あなたが天木日亜殿そっくりなら、この配置もその通りで・・・。もう二度とないとあきらめたものがこういう形で復活するとは・・・。本当に嬉しく思います。」

あの三人娘も、少し鼻をすするような音が聞こえてくる。ピココンと通信の着信があり、ディスプレイが起動すると、そこには瀬戸様!。

 「あら・・・、なんだ、問題ないじゃない。これで、田本一樹殿艦隊司令決定ね。水穂ちゃん、さっきの申請は、樹雷としては受理したわ。ただ、駆駒将殿とはあくまでも対等の関係だから、一度話し合う必要はあるわね~。そうね、とりあえずはサンプル採取して、持って行って話したらどお?GPの西南殿にも連絡入れておくわ。あの子もあの島には関わっているし。」

 「瀬戸様ぁ、どんどん外堀を埋められている気がしますぅ。」

身動き取れなくなってきている気がするのは気のせいだろうか・・・。

 「ほほほほほ。それだけじゃ、済まないかもよぉ。それじゃあね。」

瀬戸様は、謎めいた微笑でディスプレイの向こうに消えていった。ひとまず、サンプル採取なら、というか、とにかくそこら辺に落ちてる岩石にレアメタルだの、物によってはダイヤだの、金だのプラチナだのが大量に含まれている。鉄やニッケルは言わずもがな。まあ、2,3個、適当に拾って成分分析をしよう。あとは、遺跡の本のような物だけれど。

 「さっき、本屋さんのような、図書館のような場所で、プローブに情報収集を命じましたけど、どうなりました?」

あやめさんが状況を報告してくれる。茉莉さんがその収集した情報を翻訳および管理してくれる。

 「ええ、収集し終わったようです。非常に古い汎銀河言語です。驚いたことにすべて翻訳が可能です。田本様には、日本語に翻訳して、その携帯端末に転送しておきますね。」

いちおう、汎銀河言語といわれるモノは天木日亜の記憶としてあるし、鷲羽ちゃんが生体強化の折にナノマシンで転送してくれてもいる。でもやはりこういう物は母国語になっている方がわかりやすいのも確かである。

 「拾った岩石の成分分析は・・・。」

 「ああ、プローブが確認した時点で、ほぼ終わっています。おっしゃるとおりレアメタルやら、ダイヤモンドなどの含有量は非常に高いですね。」

これも茉莉さんが携帯端末に転送してくれた。

 「そうでしょうね、第5惑星のなれの果てですから・・・。」

竜木籐吾さんに、あやめさん、茉莉さんに阿知花さん、立木謙吾さんまでが不思議そうな顔をする。

 「・・・ええっと、僕が柚樹さんから聞き取った報告をどこかで見せてもらってください。天木日亜さんの亡くなった時の、地球大洪水にからむ太陽系の大激変が記録されています。」

 「あなた、それなら樹雷の大ライブラリに日亜ー一樹レポートとして保存されていますわ。」

水穂さんが即座に答えてくれる。自分にとっては先週の話なんだけど、長いからそのレポートを読んでもらうとしよう。

 「それじゃ、それを読んでください。かなり長い物語です。さて、帰還しますか。」

この第4惑星の火星軌道上に上がったところで、機体をナノマシン洗浄をして、みんなと一時お別れだった。立木謙吾さんは樹沙羅儀へ、竜木籐吾さんと、神木あやめさん、茉莉さん、阿知花さんはそれぞれの阿羅々樹他、皇家の船に帰って行き、樹雷へ旅立っていった。

 僕も元の操縦席に座って、水穂さんと地球に帰る。来たときと逆に、いちおう柾木家に戻る。柾木家の庭に着陸し、軽自動車の形態に戻して、水穂さんと別れて、今度こそ自宅に帰る。途中コンビニに寄って、お腹がすいたので飲み物とサンドイッチを買って自宅の庭に戻って鍵を開け家に入ると、さすがに午前1時を過ぎていた。

そうして暮れた月曜日。火曜日も日中の仕事は例によって忙しく、何とか午後8時に柾木家に、探査艇兼軽自動車でお邪魔して、剣術の稽古をして、鷲羽ちゃんに、昨日慌ただしく飛び出した、探査艇の操縦法他いろいろのレクチャーを鷲羽ちゃんの研究室で受けた。

 「そうだ、昨日、田本殿が見つけた火星の遺跡の書物だけれど、読んでみたかい?」

ちょっと声をひそめる鷲羽ちゃん。

 「いえ、実はまだ読んでないんですよ。神木茉莉さんが、日本語訳まで作ってくれているんですけどね・・・。」

 「あれ、私も分析してみたんだけど、どうも数億年前にシードを行った文明のモノらしいよ。当時は、まだ地球は蒸し暑く、酸素もまだ充分になかったから、シード先史文明は、まずは火星に橋頭堡を築いたようだね。火星は一足先に条件がそろっていたんだろうね。」

 「もしかして、進化のミッシングリンクなんてよく言われているモノは・・・。」

 「そう、その文明の遺伝子操作などの結果かも知れないね。・・・それで、だ。今度、駆駒将殿と、採掘権の話し合いをするのだろう?この遺跡などの発掘権も話し合って、押さえておく事を勧めるね。情報を開示しちゃうと、変な連中もこの星系に来ることになるだろうし。」

この静かな太陽系が、地球人類を差し置いてウルサくなるのは、あまり好ましいことではないかも知れない。日本も明治初期には相手に良いようにされて、不平等条約なんて結ばされているし・・・。

 「もしかすると、しばらくそっとしておくのが良いのかも知れませんね~。」

腕組みして、考える。時間ができたら、その資料もじっくり読んでみよう。

 「ああ、そうだ柚樹殿と一樹殿の調整終わったよ。」

光学迷彩を解いて走ってきた柚樹さんと、パタパタと一樹が飛んできた。たった一日だけど、とても長かったような気がする。

 「どうだった?柚樹さんと、一樹?鷲羽ちゃんに変なことされなかった?」

 「わからんのぉ、わしらは寝ていただけだからのぉ。」

一樹も同じようである。

 「変なことって・・・。鷲羽ちゃんショック・・・。」

顔に縦線を急いで書いて、研究室隅っこでいじけるふりをする鷲羽ちゃん。

 「いや、だから、そこで落ち込むような人じゃないでしょ、鷲羽ちゃん。」

 「まあ、そうなんだけどね~。いちおう、お約束と言うことで。」

頭を掻き掻き、顔の縦線を拭いて消しながら、千変万化の表情の鷲羽ちゃんだった。

 「皇家の樹の異次元からのエネルギー吸収方法、そして放出などを改良したというか、調整したから、まあ、ひょっとすると、一樹殿はもともと第2世代超えた力だったから、第1世代超えてるかもね~。柚樹殿も樹のカタチしていない分だけ落ちるけど、まあ、強力になったと思うわ。こないだの主砲なら、柚樹殿単独ではじき返せると思うよ。」

えへへ~、やっちゃったぁ、みたいな顔の鷲羽ちゃん。

 「あくまでも、瀬戸様には第2世代皇家の樹と言うことでお願いします。今でもいろいろ押しつけられようとしているのに、第1世代がどうこう言うと、とんでもないことになりそう・・・。」

表情筋がひくひくしているのが分かる。

 「あれ、知らなかったっけ?第1世代皇家の樹に選ばれると、問答無用で皇位継承権ができちゃうよ。・・・それに、あんた呼ばれていないのに、第1世代皇家の樹の間に行けたんだろ?いやぁ~、どれか第1世代の樹に選ばれると、皇位継承権第5位くらいまでに、はいっちゃうね~。」

つんつんと胸筋を触ってくる鷲羽ちゃん。そのままぴとっと抱きついてくる。

 「いいねぇ、瀬戸殿が離れないはずだわ・・・。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷7


なにやら、きな臭い・・・。

またも、作者が思いも寄らない方向に暴走です。


「いいねぇ、瀬戸殿が離れないはずだわ・・・。」

背中にもの凄い気配を感じた。ごあああっと燃え上がる地獄の業火の感じ。

 「あ・な・た・・・、鷲羽様・・・。」

水穂さんの髪の毛が、ふわり、ふわりと逆立っていく。額に見事な青筋が浮かび上がっている。

 「いやっ、田本殿およしになって・・・。」

その気配を感じたのか、胸元を押さえて、研究室の床に倒れ込む鷲羽ちゃん。何か今日はややこしいのだ、鷲羽ちゃんも。もしかして、あの日?

 「はいはい、鷲羽ちゃん、見事に見え透いてるし。瀬戸様みたいに昼ドラモードでもないでしょう?」

我ながらかなり冷淡かも、と言う返しだった。

 「くっっ、田本殿も妙にスレてきたわね。」

 「そ・れ・に、僕よりもイケメンが昨日も来ていたじゃないですか。」

 「ああ、竜木籐吾殿かい?あの人は、あんたしか見ていなかったよ。この家には美人が何人もいるってのにさ。」

会話の牽制のためにミサイル撃ったら、大口径の主砲で返された、そんな感じだった。それを聞いた、後ろの水穂さんが、さらに地獄の業火の温度を上げたようだった。

 「僕は、水穂さんも、謙吾さんも、籐吾さんも・・・、みんな好きだし・・・。」

 「まあ、あれだね。天地殿みたいにいつまで経っても手を出さないのもあれだけど、あっちこっちに手を出すのも困ったもんだねぇ~。」

鷲羽ちゃんの年の功な発言に返す言葉もない。背後の地獄の業火の温度が急速に冷えていく。それはそれで、怖い。泣き出されたりすると、僕は対処出来ない。

 「さああて、帰るかな。明日も仕事だし・・・。一樹、柚樹帰るよ~。鷲羽ちゃんまた明日・・・。」

じゃあねと手を振って、乗ってきた探索艇兼軽自動車に乗り込もうとした。

 「あなた、あとでお話があります。お部屋に行きますから。」

目を見据えて、そう水穂さんが言う。そのままきびすを返して柾木家に入ってしまった。ざわざわと不安感にさいなまれながら、自宅に帰り、寝間着に着替えると水穂さんが転送されてきた。微妙に正座してしまう。

 「私だけを愛してください、と言うようなことは言いませんけど、必ずどこかに行くときには声をかけてください。私も、そしてたぶん謙吾さんも籐吾さんも、みんなあなたの傍らに居たいのですから。」

 「はい。すいません。」

ううう、何も言い返せないのだ。

 「うふふ、分かればよろしい。・・・かわいい人・・・。」

ぎゅっと抱きしめられ、一樹の邸宅に手を引かれていっしょに行く。ベッドに潜り込むと水穂さんがちょっと悲しそうに言う。

 「私だけのものにしたいけれど、あなたはどんどん大きくなっていく・・・。手が離れてしまいそう・・・。」

そう言って、固く抱きついてきた。

 「僕は、あなたの手を離す気はありませんけどね。」

いちおう、目を見て、そう言いながらぬくもりに潜り込む。

 「・・・お上手ね。」

光は闇にまぎれ、吐息は花を咲かせる。

 

 気がつくと、朝。すでに水穂さんはいない。部屋に戻って柚樹さんに光学迷彩をかけてもらい出勤準備である。いつものように定時出勤して電話対応したり、病院に行かない、とだだをこねる一人暮らしの高齢者を説得して病院につれて行き、様々な補助金申請し、とやっていると終業時刻だった。今日は何があっても柾木家に行かねばならない。剣士君を送り出す日だった。内線を総務課に掛けてみる。柾木天地君は、今日は用事があるとかで午後から休んでいるそうである。電話を取ってくれたのは、森元女史だった。しっかり特定健診と栄養指導を最寄りの医療機関で受けてきてね、と釘を刺されてしまう。ん~これも困った。そこいら辺の医者にかかるのは良いが、たぶん絶対に、生体強化がらみは暴露されることだろう・・・。姿形まで変わっているし。人間ドックなんてもってのほかだろうなぁ。こりゃ鷲羽ちゃんに相談だな。正木の村にそう言うお医者さん居るかも知れないし。特定健診のカードは医療機関に渡すので、レセプトを返せる資格=医師じゃないとまずいのだ。そのカードは、未処理ボックスに放り込んだままだったりする。

 急いで帰宅準備をして役場を出ようとしたところに、火事発生のメールが来た。総務課が○○地区△×様宅の建物火災であること、消防団の出動要請を放送した。

 「お疲れ様、行ってきます!。」

水穂さんに目配せして、走って出て行く。役場職員の何人かも、ダッシュして自分のクルマに飛び乗って、地元消防団に駆けつけている。僕も同様である。僕の住んでいる地区からは遠い。しかも柾木家と正反対の方角だった。周りがにわかにサイレンと半鐘(最近は消防団のクルマの音)の音で賑やかになってきた。自分の地区の詰め所に到着すると、小型ポンプを載せた消防車は出ようとしているところだった。二トントラックがベースのクルマである。自分のクルマを空き地に駐めて、慌てて飛び乗る。柚樹さんは膝の上に飛び乗ってきたようだ。乗り込むときに勢い余って、また頭をぶつけてしまう。

 「あれ、田本さん、今何もないところをぶつけてませんでしたか?」

 「え、そうかなぁ、気のせいだよ。火事は、どこら辺だっけ。」

 「え~っと、○○地区だから、×森石油のところ、県道からちょっと入ったところだわ。」

酒屋の息子がそう言った。配達で慣れているようで場所にも詳しい。助手席の和菓子屋の若旦那が、マイクで緊急車両が通ることを放送している。サイレンを鳴らしての緊急走行なので、いちおうかまわないことになっている。

 十数分後現場到着。すでに地元消防団、消防署は到着済み。放水用ホースが何本も道路を這っている。煙は出ているが、ほぼ消えていたようだ。ぼやでなんとか収まったらしい。30分くらいで撤収命令が出た。内心慌てているのだが顔に出さないように消防車を降りて、来月1日、定例の点検日だからね~と分かれる。すでに午後6時半を回っている。

 これで、火が出ている状態だったら、水をかぶりながら消火活動しなければならない。もしかすると光学迷彩は・・・。

 「もたんだろうのぉ。一旦どこかに隠れて、光学迷彩を切って、素知らぬふりして動く方が良いだろうのぉ、たぶん。」

 「着ぐるみ作ろうかな。本気で・・・。」

 「身長2mもの大男のか?」

ニッと笑う柚樹さん。水穂さん問題も含めて何か考えないと・・・。ともかく慌てて家に帰って、着替えてご飯食べて、本屋行ってくると外に出る。一樹も不可視フィールド張った状態で肩に乗っている。

 「へええ、早く帰ってくるんだよ。気をつけてね。最近よく夜出て行くけど、いい人でもできたんなら良いけどね~~。」

ぬお、さすが母。するどい。けどちょっと違う。いや、違わないか。う~ん、クルマで行こうかどうしようか迷う。古い方のクルマにして柾木家に向かった。

 到着しても、家の周りには誰も居ない。こんばんは。と声をかけて、玄関を開けようとする。あれ?鍵がかかっている。確か鷲羽ちゃんの研究室から旅立つとか言っていたような。鷲羽ちゃんの研究室は、柾木家の階段下の入り口から入るのだったような・・・。玄関チャイムを押す。屋内で、ピンポ~ンと鳴っているが人の気配が感じられない。

 「おかしいですね。ここまで人の気配がないって・・・。」

柾木家は大人数である。ノイケさんに、砂沙美ちゃん、魎皇鬼ちゃんくらい居てもおかしくないはずだけど。

 「一樹、柚樹さん、半径1km程度の狭い領域と、太陽系外縁部くらいまでの広域探査してください。」

そう言っておいて、自分でも周囲の気配を最大限感じようとする。あまりにも静かだった。遠くから聞こえるクルマや犬の鳴き声、高速道路を走るトラックの音なども聞こえなくなっている。玄関を離れ、ゆっくりクルマに戻ろうと歩く。舗装されてないので土を踏む音、砂利を踏む音だけが響く。携帯端末を、と思うとしゅるんと左手に収まる、例の腕時計。スワイプしてロックを外し、電波状況を見ると見事に圏外。生きているものの気配はないと感じられる。

 「何かのフィールドに覆われておるの。フィールドの外は通常空間のようだ。」

 「カズキ、土星軌道上に艦隊発見。ここのフィールドに阻まれて艦影は不明だよ。」

 「そのフィールドは、突破可能ですか?」

 「問題ないよ(ぞ)。」

さすが皇家の船たち。でも何となく腑に落ちない。空間を渡ってみようかと思うけど、何も奥の手を見せることもないだろうし。

 背後に、ぶうんと電子音のようなもののあとに、何者かが転送されてくる。あからさまだなぁ、なんだか。と思って振り返る。もうちょっとうまくやるでしょ、敵の何かなら。柚樹さんは、銀毛の九尾の狐モードである。ぐるるる、と威嚇の声を出している。見事な尾が九本ふぁさふぁさと火が燃えるように天を向いている。果たして転送されてきたのは、半透明の赤い何かのロボットのようなもの。見た感じは昔のゲームみたいにカクカクとポリゴンっぽい。いちおう身長3m程度の人型である。巨大なこん棒を持っている。

 「ガーディアンのようじゃのぉ。普通は誰かが内部に居るものじゃが。誰も乗っていないようだ。誰かにコントロールされているものかもしれん。」

すでに携帯端末は、右手に移って木刀になっていて、刃は光應翼が光っている。その半透明で赤い巨人は、こん棒を振り上げ、打ちかかってきた。明らかに僕をねらっている。人が乗っていないのなら、別に手加減も要らないだろう。しかも攻撃してきているし。間合いを詰めてジャンプし、腕ごとこん棒を切り落とす。なんだか動きが遅い。切り落とされた腕から、キラキラと何か粉末のようなものになりながら、その赤い半透明の巨人は消えていく。スッと光應翼で僕は包まれた。

 「カズキ、気をつけて。その粉末みたいなもの、有毒だよ」

一樹ありがとう!と言おうとしたら、あたりが爆炎に包まれる。有毒でしかも燃えるのかい、この粉末みたいなのは。柾木家や、乗ってきたクルマには被害はない。もちろん僕も無傷である。フィールドも消えている。周りの音が復活する。遠くの高速道路の音、クルマが走る音、近所の犬が吠える声。

 「こんばんは~。」

再び柾木家の戸を叩く。カララと戸を開けてくれたのは、魎皇鬼ちゃん。あれ、様子が変で、表情が硬い。額の赤い宝玉が光る。

 「危ない!」

目の前に光應翼が出現する。一樹か柚樹さんが張ってくれたのだろう。すんでの所で、変な光線を弾き返す。再び周囲の音が消える。魎皇鬼ちゃんも消えた。やっぱりおかしい。玄関は開いたままである。3歩下がって亜空間生命体の目線で周囲を見てみる。柾木家に変な空間が重なっているように見える。

 「一樹、柚樹さん、もう一回周囲を探査してくれますか。」

 「さっきと同じだね。フィールドは感じられないけど、土星軌道上にいた艦隊は、木星軌道上くらいまで近づいているよ。惑星規模艦が4隻。三角錐のような形でリンクされたものが接近中。それが旗艦のようだよ。その他重戦艦クラス、巡洋艦クラス多数。艦影照合・・・簾座連合の海賊およびシャンクギルドの可能性85%。」

 「ふむ、大艦隊だねぇ・・・。そこ!」

そう言って、走って行き、地上30cm位を光應翼付き木刀で横になぎ払う。その場で小爆発が起こる。

 「次!」

同じように、あと二つを破壊する。僕の目には微妙に揺らめく筒状のものが見えていた。一挙に周りの音が戻ってくる。そしてもう一つ。振り返りざま、上段から一気に振り下ろし、そのまましゃがむ。半透明の人影だった。手刀を僕の首の辺にたたき込もうとした手がけいれんして震えている。僕から見て右の首のあたりから横腹まで木刀は抜け、切断した。ずるりと切断面から後ろにズレて、ドシャリと言う音と共に落ちる。田本さんの記憶は震え上がるほど驚いてるけど、日亜さんの記憶は特に平静である。またちょっとクラクラする。

 「亜空間の魔術師のわしをよくぞ見破った、な。」

す~っと目の色が消えていく。まずい、と思って後ろにできるだけ跳んだ。あれ、地面がないと思ったが、もうしょうがない。ばっしゃ~~んと柾木家の池に派手に落ちると同時に爆発音がした。夏である。冷たくて気持ちイイ。そんなことはどうでも良くて、と思いながら、柾木家の桟橋まで泳いで手をついて上がる。居間から阿重霞さんやノイケさん、砂沙美ちゃん、鷲羽ちゃんが走り出てくる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷8


次からこの手が使えないなぁ・・・。

どーしましょ。


「田本殿、大艦隊がっ!魎呼は魎皇鬼と一緒にもう行ったよ・・・、あれ、なんでずぶ濡れなんだい?」

 「とりあえず、話はあとで。水穂さんいますか?」

すでに原寸大に戻った一樹が、不可視フィールドを張り、上空で待機している。柚樹さんもネコに戻っている。数分後、水穂さんが何かの包みとタオルを持って出てきた。

 「それじゃあ、行ってきます。」

水穂さんの手を取ってタオルを受け取ると、転送フィールドが僕たちを包み、一樹ブリッジに転送された。コアブロック起動と念じ、一樹のブリッジを起動させる。水穂さんは通信席に座り、僕も手近な席に座る。すると肩に手を置かれた。

 「あれ、立木謙吾さん、樹雷に今度こそ帰ったのでは?」

 「ええ、帰還航路を取って帰っていたんですが、守蛇怪から簾座の海賊が動き出しているという連絡があったもので・・・。」

と言うわけで、その席は立木謙吾さんに任せ、僕はその後ろにある席に座る。すでに水穂さんは銀河連盟、樹雷への連絡を済ませたようだ。

 「一樹、補機システム、臨界突破。六連縮退炉リンク正常。一樹とのリンクも問題ありません。」

立木謙吾さんが、機関系の状況を報告してくれる。

 「一樹、衛星軌道上まで上昇してくれ。魎呼さんは、今どこに居るかな?」

 「分かった。カズキをナノマシン洗浄するからちょっとじっとしててね、魎皇鬼と魎呼さんは、さっそく敵艦隊と一戦交えているよ。」

その言葉と共に濡れ鼠だった僕は、一瞬でナノマシン洗浄されて、服も乾いてしまった。一樹に、僕の目の前に戦況を写したマップ表示を出してもらった。敵艦隊が来る方向とは別方向から4隻の戦艦が接近しつつある。すぐに通信が入る。

 「日亜殿、じゃない、田本殿、我らもご一緒しますよ。」

今度は竜木籐吾、神木あやめ、茉莉、阿知花の4隻だった。これは心強い。

 「ええ、お願いします。チューンド・バイ・鷲羽ちゃんのパワーを見せてください。」

四人が半透明のディスプレイに映っている。ニッと笑うその表情は、天木日亜の記憶のままだった。

 「そうだ水穂さん、亜空間の魔術師を名乗る者を検索してくれますか?」

さっきの変な空間を操る者が気になったのだ。頷いて水穂さんが様々なネットワークから情報を拾い始める。さらにまだかなり遠方だが、守蛇怪が急行してくれているようである。こちらは瑞樹から樹のネットワークで通信が入っていた。

 「現在敵艦隊は、惑星規模艦四隻を中心部に置き、重戦艦、巡洋艦その他多数の艦隊で木星軌道上から接近中です。たぶん旗艦の主砲で決めようとすると思われます。それが撃たれれば、柚樹のリフレクター光應翼でお返しができます。」

 何となく現状説明と作戦会議になっちゃった・・・。ま、いいか。

 「田本殿、それなら、あまり地球の近くで撃破するのも、地球に影響が出そうですね。」 「うん、そうですね。なので、短距離超空間航行で間合いを詰めましょう。先手必勝で行きませんか。」

マップを見る限り、魎呼さんは魎皇鬼単艦で突撃を繰り返している。それにしても特に魎皇鬼にダメージがないのも凄い。みんなが頷くのを見た。もう一度マップに戻る。さっきの亜空間云々の男が気になる。いちおう、亜空間生命体目線でも、もう一回だけマップを見ておくことにする。敵艦隊は、小型の魎皇鬼に手を焼いているようだ。進撃していない。

 「水穂さん、たかが地球にと言ったら何ですが、惑星規模艦4隻って変ですよね・・・。しかもなんか派手だし・・・。」

 「ここは辺境ですしねぇ・・・。皇家の船もいくつかあるのも知っているはずですし・・・もしかして、何か探しているとか。」

唇の下に右手人差し指をあてて、う~んと考える水穂さん。

一樹が表示しているマップにかなり迂回したルートから、小型戦艦らしき艦影が回り込んできていた。ただしこれ、僕の亜空間生命体目線である。

 「柚樹さん、いつかのように僕の見ているマップを逆リンクして重ねてくれますか?」

一樹のマップに、今見ているものが重なる。まるで空間に潜るように木星に近づく艦影がはっきりと浮かび出た。やはり何かの陽動か。木星か・・・。もしかして・・・。

 「水穂さん、僕が柚樹さんから聞き取ったファイル呼び出せますか?」

 「ええ、大丈夫ですけど・・・。」

怪訝な表情の水穂さん。そんな昔のことをと顔に書いてある。

 「それの、天木日亜さんがアトランティスの王を助けたとき、敵艦隊を撃破したシーンをお願いします。」

さらに、マップを確認して、現在の艦隊が来ている木星軌道手前の座標を指定する。もちろん地球の盾になる位置である。竜木籐吾さんと三人娘にも同様の座標を指定した。

 「超空間航行プログラムロード後、超空間ジャンプしてください。」

いつものように暗緑色の空間に突入する。直後に水穂さんが、さっき頼んだシーンを出してくれた。天木日亜が初めてリフレクター光應翼を使ったシーンである。自分の主砲をくらった敵旗艦は焼けただれ、機関の暴走か、木星の大赤班に落下、その後爆発している。

 「立木謙吾さん、あの木星の大赤班なんかに皇家の船って降下出来ますかね?」

 「謙吾で良いですよ。そうですね、光應翼張って、自らを包むようにすれば、問題ないでしょう。脱出するパワーは問題なくありますし、鷲羽様の改良もしてあるし。」

うんそれならば。ちょっとあそこに潜って探してみよう。

 「駄目ですよ、田本様。あなたはそこに居てください。私が降下しましょう。それで何を探せば良いんですか?」

きっちり表情を読まれている。竜木籐吾さんが自分が行くと言ってくれた。僕の今の考えを説明する。

 「どうも、僕はこの大艦隊は陽動のように思えます。別方向から、この小型戦艦がこの木星の大赤班に向かっていること。そして、1万2千年前の戦闘で破壊されたと思われた戦艦が大赤班に落下していること。となれば、この落下した戦艦は、何か敵にとって重要なモノを持っているように思えたんです。探すのは、戦艦の残骸ですね。ひょっとすると圧壊してしまっているかも知れませんけど・・・。危険かも知れませんが、籐吾さんいいですか?」

 「自分も籐吾でいいです。了解しました。戦艦の残骸を探します。」

樹雷の闘士らしい、荒事に向かうときの顔がりりしい。

 「神木あやめさん、茉莉さん,阿知花さんは、この小型戦艦を拿捕、それが不可能なら・・・。」

 「私たちも呼び捨てで良いですよ。拿捕ができなければ、破壊します。しかし、田本様、私たちの船では、この小型艦を探知出来ませんが。」

そうか、それもそうだ。困った・・・。

 「亜空間に対して、何か打撃を与えるような武器は・・・。」

 「効果があるかどうか分かりませんけど、大型縮退ミサイルを撃ってみますか?このミサイルなら着弾地点で爆発させ、十秒間程度ブラックホールが着弾点にできます。空間をかなり揺さぶると思いますが・・・。」

謙吾さんが、そう提案してくれる。よし、その案もらった。

 「あやめ、茉莉、阿知花さんは、大赤班周辺で待機。こちらは大型縮退ミサイルを撃ちますので、あぶり出された小型戦艦を拿捕、もしくは破壊してください。」

 「了解!」

 「指定座標に到着、ジャンプアウト。」

同時に籐吾さんの阿羅々樹、緑炎・赤炎・白炎が動く。こちらも・・・。

 「敵艦隊の状況報告お願いします。大型縮退ミサイルをこのマップ上の、小型戦艦に向け発射。」

空間に潜り込むように接近してくる小型戦艦に向け、一樹からICBMのような大きさのミサイルが発射された。思ったよりでかい。大赤班に向かう小型戦艦の軌道に到達後、起爆するようにセットされているはずだ。

 「敵旗艦、惑星規模艦4隻が一斉に主砲を撃つようです。高エネルギー反応が高まっています。」

水穂さんが拡大映像に切り替える。三角錐型にリンクされている惑星規模艦4隻の主砲発射口が赤い色から青白い色に変わってきている。

 「柚樹さん、リフレクター光應翼最大展開、そして一樹も柚樹さんへののエネルギーリンクを頼む。さらに船穂の挿し樹も。凹面鏡の焦点は、そうですね、あの三角錐の真ん中、奥の惑星規模艦へ。」

4隻が同時に主砲を撃つから、こちらからだと4隻は平面に並ぶはず。

 「僕の樹沙羅儀も忘れちゃイヤですよ。」

 「・・・謙吾、樹沙羅儀のエネルギーも柚樹さんへ。」

 「私も・・・。」

 「竜木籐吾さんは駄目ですよ、大赤班から出てこられなくなったら寂しいから。」

竜木籐吾さんの言葉を遮る。そのとき、空間がゆがもうかとも言うべきエネルギーの主砲が発射された。らせん状にねじれて、収束しながらこちらに向かってくる。柚樹さんは九尾の狐モードだ。見たことのない銀色に輝いていた。

 「魎呼さん射線上から逃げて!」

 「おっせ~じゃん、今逃げてるよ。」

魎皇鬼は主砲発射と同時に、超空間ドライブに入って、うまく逃げたようだ。数十秒後、今まで感じたことのないショックがある。何とか僕も水穂さんも、謙吾さんもその場のモノにつかまってショックをやり過ごす。以前、災害訓練があったとき、起震車で体験した、震度7の揺れみたいなショックである。

 「水穂さん、状況は?柚樹さん、大丈夫?」

 「いんやあぁ、こりゃ、強烈だったわい。」

ぶすぶすと若干煙を上げながら、柚樹さんがびっくりまなこで答えてくれる。さすが強いわ皇家の樹は。いやネコか?まだディスプレイは真っ白である。

 「三角錐にリンクしていた惑星規模艦は三角錐奥の物は消滅。あとの3隻は大破しています。あ、右側の惑星規模艦爆発。周囲の戦艦を巻き込んでいます。衝撃波来ます。」

また思いついたのだ。

 「柚樹さん、もう一回、リフレクター光應翼張れる?」

 「おお、張れるぞ。」

 「衝撃波も返しちゃえ!。」

僕の意思をくみ取ってくれて、またもやリフレクター光應翼を張ってくれる。爆発の衝撃波は球状に広がるが、その一部、こちらに向かってくる物をそのまま返した。

 「逃亡に移ろうとしている敵残存艦隊の一部を破壊しました。」

そして、別働隊の緑炎、赤炎、白炎からも報告が入る。

 「大型縮退ミサイルの生成したブラックホールにあぶり出されて、小型戦艦が通常空間に出てきました。投降を呼びかけたときに、ちょうど艦隊の崩壊を目にしたようで、機関反応炉を凍結したので、おとなしく拿捕することが出来ました。戦艦と言うよりは、どうも作業船のようです。」

ちょうどそのときに、阿羅々樹が大赤班からゆっくりと後退して上がってくる。トラクタービームで丸めた紙くずのようなものを牽引しながら出てきた。

 「籐吾さん、お疲れ様でした。良く見つけてくれましたね。ありがとうございます。」

 「ええ、でも何か不思議なエネルギーを感じます。こいつ、まだ生きていますね。」

う~ん、とりあえず引っ張り出してみたけれど・・・。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷9


瀬戸様のおにぎり食べてみたいな~。

やっぱり暴走です。



 「ええ、でも何か不思議なエネルギーを感じます。こいつ、まだ生きていますね。」

う~ん、とりあえず引っ張り出してみたけれど・・・。

 「水穂さん、瀬戸様につないでくれますか?」

ブリッジ中央の大ディスプレイに瀬戸様が映し出される。あれ、いつもの執務室と違う。

 「鷲羽ちゃんの通報で、そちらに向かっていたのだけれど・・・。なんだか終わっちゃったみたいね~。」

まがまがしい字体のZZZと書かれた扇子をパタパタ振っている。

 「ええ、敵旗艦は4隻のうち、1隻は自分の主砲食らって消滅、あとの3隻は大破、さらにそのうちの1隻もすぐに爆発しました。さらに別働隊の作業船を拿捕、木星大赤班に落下していた1万2千年前の戦艦も引き上げました。敵の目的はこれだったようです。」

 「そうねぇ~。とりあえず残存艦隊はGPの守蛇怪他に任せましょう。作業船は、私が行くまで拿捕しておいてね。それで大赤班から引き上げたソレだけど、鷲羽ちゃんに分析を頼もうと思うの。」

木でできた、左右に広い場所に見える。そこに設置された長いすのような物に半分寝そべるようなカッコで瀬戸様が座っている。その両端に平田兼光さんと見慣れない女性が立っていた。水穂さんとその女性が目を合わせて、頷き合っている。もしかして水穂さんの後任かな。

 「それなら、この作業船は、時間凍結フィールドで包んでおきますわ。お母様。」

 「あやめちゃんたち、頼むわね。割と近くに居たから、あと二時間ほどで行けると思うの。西南殿やGPはもう着くと思うわ。」

そう言って通信は終了する。うん、何とか蹴散らせたなぁって、いかん、剣士君忘れてた。

 「剣士君の旅立ちのこと忘れていました。鷲羽ちゃんにつないでください。」

水穂さんもハッとする。数コールのあと、鷲羽ちゃんにつながった。表情は重い。

 「剣士殿は、先ほど行ったよ・・・。空間と時間が、向こうとうまくつながる時間帯がそうだね、10分ほど前だったんだ。」

 「・・・そうですか、どうもすみません。立ち会うと約束したのに。」

天地君似の、癒やされるようなかわいい笑顔が目に浮かんだ。

 「いや、いろいろ重なったからしょうがないさ・・・。そうだ、どうも柾木家に来てから何かあったようだけど、田本殿。うちの庭に3カ所小爆発のあと、と人間に似たものが弾けたような跡があったんだけど・・・。」

一樹と、柚樹さんに頼んで、さっきの一戦の記録を見せて、説明する。ちょうど柚樹さんの目線と一樹の目線で映像があった。

 「今度は、こちらが田本殿に謝らなければならないね。」

 「え?どうしてです?」

 「実は、私の警戒システムは、太陽系からこの柾木家に至るまでナノマシンと様々なフィールドによって構成されてるんだけど、今回、剣士殿の旅立ちで、そのほとんどを一時的に解除していたんだ。空間と時間の節を見るためだったんだけど、約5分間のその空白時間を突かれたようだね。」

 「鷲羽ちゃん、僕が切ってしまった、その敵ですが、亜空間の魔術師と言っていました。今水穂さんに調べてもらっていますが・・・。」

と言って、水穂さんを見る。ゆっくり頭を左右に振りながら、水穂さんはこちらを見た。

 「あなた、GPの犯罪者リスト、樹雷のもの、一般の銀河WEBサイト上にも、手がかりらしき情報はありません。」

 「わかった。こちらには爆発痕もあるし、DNAなども調べられるだろう。瀬戸殿からも聞いているけど、竜木籐吾殿が引き上げた、その機体残骸も一緒に分析するよ。」

そうこうしているうちに、GP艦隊と、守蛇怪が到着する。逃亡を図ろうとしていた残存艦隊も一網打尽だった。動けなくなった惑星規模艦は、乗組員を捕縛したあと、しばらく重力アンカーで係留することになった。何せでかくてどうにもならない。この辺は、GPとか瀬戸様に任せておけば良いかなぁ、と思う。

 「田本さん、遅くなりました。残存艦隊はお任せください。」

西南君の元気そうな様子がディスプレイに映る。みゃぁと福ちゃんもご挨拶。

 「おいちゃん、たまげることばっかりです。みんなのおかげです。」

なるべく情けな~い声で言ってみると、ノリ良く守蛇怪の5人がずっこけてくれる。

 「これだけ聞いていると、普通のおっさんなんだけどなぁ。」

これ、雨音、おっさんって、あなたねぇと霧恋さんが注意している。雨音さん、もうあの人は皇家の人なんですからね。とリョーコさんが右手をパタパタさせながら引きつった笑顔で話している。ネージュはぁ、ちょっとぉ田本さん好きだな。とか顔を赤らめている。その言葉に、水穂さんと阿知花さんと謙吾さんと籐吾さんまでが額に青筋立てている。じゃあ、ちょっと真面目に。席から立ち上がり、敬礼し、降ろす。西南君もそれに返礼してくれた。

 「守蛇怪艦長山田西南殿、またギャラクシーポリスの皆さん。この遠い太陽系までお越し頂き、海賊の捕縛等本当にお疲れ様です。何らかの目的があるとは言え、簾座連合の海賊そしてシャンクギルドらしき海賊が、この辺境の太陽系までこのように、遠征してきております。追々遠征の目的は明かされるとは思いますが、初期文明の惑星が消滅の危機に瀕しました。海賊行為は誰が見ても違法であり、銀河連盟の法律等により公平に裁かれることを願ってやみません。そして、自らを守る力を持たぬ惑星系にどうか手厚い警護の手をお願いしたい、そうも思います。どうぞこれからもよろしくお願い申し上げます。」

ちょっと、尻切れトンボだが、余計なこと言ってもしょうがないし。左目をウインクし、また敬礼し、右手を降ろした。西南君が、ちょっと申し訳なさそうな引きつった笑顔で返してくれた。要は、「我らが、たまたまこの宙域に居たから助かったものの、ギャラクシーポリスというのなら辺境の惑星系でも、海賊から守らないといけないんじゃない?」と嫌みっぽく言った、というわけだ。皇家の船が何隻もあったり、鷲羽ちゃんが居たりすることは知らないことにしている。

 「さて、瀬戸様の到着を待って、帰りますかね。」

 「あなた、微妙にイヤらしいですわね。」

水穂さんが、えげつないと言わんばかりの表情をしている。

 「まあね。ちょっとした日頃の鬱憤晴らしかな。」

公務員は辛いのだ。

 「あとで、西南君には謝っておくよ。お詫びと、先週の護衛のお礼も兼ねて、今週末は、このチームと、西南君達とで宴会したいなぁ。」

 「おほほ、良いですわね。樹の宿の予約取れるかしら、ねえ謙吾さん。」

 「ちょっと、連絡入れてみます。」

ニッて笑ってピースサインする謙吾さん。

 「籐吾さんや、あやめ、茉莉、阿知花さん達は・・・、そこそこ飲めるんでしたね。あ、酒癖悪いんでしたっけ、阿知花さんは。あやめさんと茉莉さんはあっという間に自爆ですか。籐吾さんは・・・、ふふふ、楽しみです。」

天木日亜の記憶がそう言っている。あやめさん、茉莉さん、阿知花さんは、真っ赤になってふくれているし、籐吾さんは・・・泣き笑いである。

 「・・・日亜殿が、まさにここに居るようです。ちょっと嫌みっぽいところもそっくりだし。親兄弟や親類縁者から隔てられてしまった我らにとって、あなたの存在しか拠り所はないと言っても良いのですから。」

服の袖で涙をぬぐっている。イケメンが台無しだぞ籐吾さん。

 「う、そうでしたね。・・・うまく言えませんけど、悲しいことは、たくさんの楽しいことで埋めていきましょう。時はそう言うときは、たぶん味方になってくれると思います。えらそうなこと言ってますけど、あたしゃ、そんなに賢くないのでうまくいくかどうか、わかりませんけどね。」

口の端をちょっとつり上げて、両手のひらを上に向けて、ハリウッド俳優が良くするようなポーズを取る。照れてるから、サマにはならないけど。

 「俺より運は悪くなさそうなので大丈夫ですよ、きっと。海賊の捕縛はほぼ終わりました。これから、GPに連行します。」

西南君から通信である。なぜか会話を聞いているんだな。

 「いやぁ、西南君ごめんねぇ。さっき水穂さんに言い過ぎよって怒られました。こないだから言ってますけど、今度樹雷で飲みましょう。」

守蛇怪のブリッジで「おっしゃぁ!」っとガッツポーズなのは4人の西南君のお嫁さん。

 「あらあら、わたしを差し置いて楽しそうなこと。」

ふ~んだ、って表情で瀬戸様から通信が入る。西南君のブリッジもこちらも凍り付く。

 「せ、瀬戸様も一緒に飲みましょーねー。」

 「そんな棒読みじゃぁいやよ。せっかくお腹すいてるだろうから、わたしの手料理食べてもらおうと思ってるのだけれど。」

え?手料理?瀬戸様お料理作れるの?

 「あら、わたしも作ってきちゃってるんです。」

あの、さっきの小さな包み?

 「それじゃ、それも持って、水鏡にみんなでいらっしゃいな。竜木籐吾殿も、あやめちゃんも茉莉ちゃんも阿知花ちゃんも。ついでに捕まえた作業船の人達も。西南殿は・・・、あらら、即時帰還命令が出てるのね。」

 「ええ、今度また、お願いします。」

西南君は、にっこり笑って通信が切られる。なんだかホッとした表情の西南君だった。西南君も引っ張り回されたのかなぁ、瀬戸様に・・・。木星の軌道上、バックに木星の雄姿を見ながらの夕食会である。はっきり言って凄い趣向に僕は思える。しかし、捕まえた作業船の船員まで招待とは。もしかして、北風と太陽作戦?

 一旦瀬戸様の通信もオフになり、しばらくすると水鏡が到着した。初めて見たが(この間は直接転送されたし)、巨大な木製の円環が目立つ。巨大な首飾りのようだった。円環の内側は、水?のように見える。

 「水穂さん、あの円環部分の内側は・・・。」

 「ええ、みずかがみのように見えるでしょ?水鏡の名前の由来ですわ。」

作業船の時間凍結フィールドを解き、水鏡に引き渡す。作業員の船員は、拿捕されたあと、いきなり水鏡が目の前に現れたようになって、かなりパニックになっていたようだった。さすが樹雷の鬼姫。瀬戸様は、晩ご飯を一緒に食べましょうって言って、半ば強引に転送しちゃったみたいである。僕たち7人も同じように水鏡に招待された。油で汚れた作業服の男が十数名と、樹雷の服を着た男女9名、地球のワイシャツとスラックス姿の僕、と結構なんだかよくわからない集団だった。

 この前の広大な空間に大テーブルが出されている、そこにあるのは、白ご飯の塩結びに、煮染められた野菜、根菜、昆布のようなもの。それに唐揚げやら、タコさんウインナーだの、だし巻き卵焼き、そしてゴボウの香りも高い豚汁。さらに水穂さんが持ってきた小さな包みを開けると、その場に大きく広がったのは、タマゴサンドに、トマトサンド、ポテトサラダに、こちらもだし巻きタマゴに、こ、これは、砂沙美ちゃんの絶品キャロットサンド。お茶に紅茶にコーヒーまである。どれも、何人前ですか!と突っ込みたくなる量だった。

 「圧縮空間梱包していましたけど、結構重かったんですよ。」

にっこり笑う水穂さん。瀬戸様は割烹着を着け、お玉を持っている。男達は・・・。僕も含めて、みんな同じ表情だった。お母さんありがとう!、懐かしい!、そんな表情だった。樹雷にも運動会とかあるのだろうか?そんなメニューであった。

 「さあ、たくさんあるわよぉ!みんな残さず食べてちょうだい!。お残しは許さないわよぉ。」

ゴクリと、男達の喉が鳴る。余計なことかも知れないけれど、声をかけてみる。

 「・・・作業船の皆さんもなんらかの理由があったのでしょう?これ食べて、話しちゃいましょ。悪いようにはしませんよ、食べないと取り殺されるかも知れませんよ、瀬戸様に。」

びしゅっと何かが飛んでくる気配がある。ちょっと空間をゆがめて飛行速度を減速・・・。

 「あだだだだ、瀬戸様ひどいですぅ。」

僕の足下にお玉が転がる。ちょっと痛がる演技もしてみる。

 「田本殿、わたしは妖怪とか化け物ではないわ!。」

くわっと、にらむその顔は・・・目は笑っているけど、やっぱり楊貴妃とか妲己とか言いたくなる。

 「ほらほら。怖いでしょ?それではみんなで頂きます!」

そう言って手を合わせる。他のみんなも手を合わせて、手ふきで手を拭いて、塩結びとかサンドイッチを取って食べる。うまい・・・。取り澄ました旨さではなく、なくなると始めて分かる家庭の味。これ、男ならイチコロだろう。瀬戸様は新しいお玉で豚汁を取り分けている。とても楽しそうだったりする。現に竜木籐吾さんは、一口食べて、落涙がとまらないようだった。

 「はるか、はるか、彼方になってしまった・・・、母の味がします。」

その声を聞いた瀬戸様は、すすすと歩いてきて、竜木籐吾さんの肩から手を回して、抱きしめる。その顔は聖母のように優しく美しい。ついで、あやめ、茉莉、阿知花の三人娘も抱きしめている。

 「籐吾殿の母様にはなれないけれど・・・。でも嬉しい。たくさんお食べ。」

竜木籐吾さんは、胸に回された瀬戸様の手を握って、静かに泣いていた。

さらに水鏡のバイオロイドだろうか、執事や召使いの人が、お漬け物を並べ始めた。瀬戸様が籐吾さんを抱きしめたのを見て、すでにテーブルは小さな戦場になっていた。みんな両手に食べ物を持って食べている。あちこちで、

 「・・・婆ちゃん・・・。」

 「おふくろ・・・ごめんよぉ。」

 「母ちゃん、ごめんな・・・。」

とか声が上がっている。冷たい北風よりは、母ちゃんのおにぎりだろう。やっぱり。今度瀬戸様用昼ドラシナリオ、もっと考えておこうっと。そして、取り分けられた暖かい豚汁がとどめを刺す。ゴボウの香りと豚肉と味噌の香り、極上のだしがそれを完璧に引き立てていた。まさに、冷えた心を光應翼で一閃されるがごとし。瀬戸様のおにぎりも堪能して、次にサンドイッチ方面に進軍する。

 「うまっっ!。」

こっちも同様である。瀬戸ー水穂さんラインは鉄壁だった。そして、砂沙美ちゃんのキャロットサンドの美味さ加減が脳天に落雷する。しばらく声が出ない。

 「あらあら、砂沙美にやられちゃったわね。」

瀬戸様が扇子でポンポンと自分の肩を叩きながら、微笑ましくこちらを見ている。ぶいっとかわいくVサインする砂沙美ちゃんが目に浮かぶ。それを聞いて、壊滅したおにぎり方面から、サンドイッチ方面にみんな津波のごとく押し寄せる。食べている表情を見ると、なんだか金だらいが、大量に落ちてきているような大ショックとも言うべき顔だった。

 「あそこのニンジンは、皇家御用達ですからねぇ。」

水穂さんが、ちょっと気の毒そうな顔でそう言った。え、そんなにレアもの?。水穂さんに耳打ちして聞く。

 「天地君って兼業農家のように聞いていましたけど、天地君の作ったニンジンですか?一体いくらぐらいで取引されているんです?」

水穂さんが、だまって、腕輪をタブレットにして見せてくれる。スーパー山田で三本パック1000円超え?宇宙の相場で、一本なんと一升瓶の大吟醸よりも高価である。

 「僕もいろいろ教えてもらって、船で何か作って売ろうっと。」

 「あら?超空間航行の航路パテント、それが切れるまで、まだ300年くらいありますわよ。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷10

う~、行きがかり上、また一人オリジナルキャラ出しちゃった(^^;;。

広げた風呂敷の端を捕まえた!、と思ったら、それこそ砂沙美ちゃんのように、ふわっと後ろに飛んで暗闇の向こうに消えていくかのようです。

正座&説教でも良いですけど、この広大な物語空間を提供くださっている梶島さんや皆様に本当に感謝です。


 「僕もいろいろ教えてもらって、船で何か作って売ろうっと。」

 「あら?超空間航行の航路パテント、それが切れるまで、まだ300年くらいありますわよ。」

そーだった。あのとんでもない通帳。艶然と微笑む水穂さん。微妙にやっぱり瀬戸様に似ている。おっと、余計なこと言うと、水穂さんと瀬戸様、両方に爆弾モードだし。ま、でも将来のためにはいろいろ聞いておくのもタメになるし。

 お腹がいっぱいになって、ホッとしてお腹をさする。さする手がお腹に溶け込む。あ、光学迷彩、地球モードのままだった。柾木家で池に飛び込んで、そのままでいろいろやっちゃったなぁ。まあ、みんな知っていることだし。そう思って、光学迷彩を切ってもらう。

 「瀬戸様、水穂さん。ごちそうさまでした。」

そう言って手を合わせる。僕の方を怪訝そうに見ていた、拿捕船作業員さんの視線が一瞬にして変わる。そう言えば一人だけ、地球のワイシャツとスラックスだし。

 「も、ももも、もしかして、先週GBSで放送していた方ですかっっっ」

そう言って、僕と水穂さんと瀬戸様と見比べて、硬直する。その作業員の言葉に何人かがぼそぼそと話し始めた。足下の銀ネコを抱き上げると、ふわりと姿を現した。

 「わしも映っておったかの?」

にかっと笑う柚樹ネコ。おお~~とどよめきが上がる。

 「あの、まあ、恥ずかしいんですけど、そうです。」

ねっ、と水穂さんを見る。こっちも顔を赤くしている。こっくりと頷く仕草がまたかわいい。あの瞬間視聴率50%越えの影響がこんなところで力を発揮するとは・・・。

 「わたしからも逃げ切っちゃったしねぇ。・・・うっふっふ、今度は逃がさないわよ。」

さっきの聖女のような微笑みはどこへやら。逃がさないと言った顔は、丘の上の古く怪しい洋館の女主人、いやいや、伝説の・・・。

 「なあに、田本殿。」

にたり、と何もかも飲み込んでしまいそうな笑みと、底知れない暗さを感じさせる迫力に白旗を揚げざるを得ない。でも、いっそのこと吸い込まれてしまいたいと思ってしまう自分も怖い。やっぱり鬼姫だよなぁ、と思う。

 「いいえ、何でもありません。瀬戸様はお美しいなぁって。」

 「んもう、さっきから言ってるじゃない、そんな棒読みじゃ、い・や・よ。」

燃え上がる情念という油絵ができあがりそうだった。先ほどからざわざわと話し込んでいた作業員さん達の一人が、意を決して立ち上がり話し始めた。

 「このたびは、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。そして、美味しいお食事、本当にありがとうございました。ここに居る方すべて樹雷の方なんですね。私たちがどうしてああいう迷彩をしてまで行動を取ったかすべてお話します。どうか、私たちを助けてください。」

 責任者らしき年配の男が話し始める。自分たちは、もともと海賊ギルドの仕事やギャラクシーポリスの仕事も請け負う、宇宙船サルベージ会社の者であること、最近大きな戦闘もなく、海賊からの依頼も少なくなり、資金繰りに困っていたところに、アーティクル商会を名乗る者から今回の仕事があった。辺境の惑星系に出向き、巨大ガス惑星に沈んだ船を探してサルベージして欲しいとの依頼だった。

 比較的難易度の低い仕事の割に、多額の報酬なのを不思議に思った彼らは、その依頼主を調査、ペーパーカンパニーであることが判明、しかも、別ルートで調査を掛けると、シャンクギルドの名前まで出てきた。以前に、シャンクギルドで多大な痛手を被っていた彼らは、様々な手を使って穏便に仕事を断ろうとした。しかし、ここ数日、社員の家族と連絡が取れなくなってきて、しかも脅しの通告まであったので仕方なく仕事を引き受けた。何人かは帰ってきたが(記憶を消されたり、麻薬中毒になっていたそうだ)、いまだに数名の家族と連絡が取れない。もはや選択肢はないと判断した船長らは、指定された期日、指定された場所に作業船で出向いた。そこは星間交易ステーションであり、ステーション内のロッカーに置いてあった、不思議なフィールド発生装置を作業船に取り付ける用に指示され、この星系の巨大ガス惑星の座標を与えられ、この巨大ガス惑星に到着。指定航路を進み、指定された座標周辺でサルベージを行う段取りだったらしい。指示はすべて書簡であり、何も知らされていないメッセンジャーが持ってきたとのこと。

 「シャンクの手ね。いつもの。実際にそのメッセンジャーやメールを受け取ったときの詳しい状況が聞きたいわ。お茶を用意しているから、責任者の方と、実際に受け取った方は、こちらへ来てくださる。」

 そんなわけで、瀬戸様の水鏡部隊による敵旗艦、惑星規模艦の現場検証や、聞き取りが始まるようである。僕らは、とりあえず失礼させて頂き、地球への帰還軌道を取ろうとした。竜木籐吾さんと三人娘、立木謙吾さんは、一度樹雷に帰るそうである。たぶん今度こそ。

 竜木籐吾さんが引き上げた、怪しいエネルギーをいまだ有している戦艦の残骸は、一樹のトラクタービームで牽引し、地球の鷲羽ちゃん工房に運んでいくことにする。その手配を終え、瀬戸様にそれでは、と挨拶した。

 「あ、田本殿、ちょっと、私たちのお仕事手伝ってくださる?あなた、お話を聞くのが上手そうだから。」

え、とびっくりする。だって、こういう犯罪がらみなことは田本一樹としては初めてである。しかも宇宙の、銀河連盟内で生きている人達だろう。

 「さすがに、天木日亜さんも尋問とかの経験はなさそうですが・・・。それでも良いんですか?お役に立てますかね・・・。」

 「ええ、まったく問題ないわ。今から私たちが聞き取るから、そのあとあなたの興味あることをそうねぇ、一人十分くらいで聞き取るというか、お話ししてくだされば良いのよ。なんだったら、水穂ちゃんもついていてあげてちょうだい。」

 まあ、瀬戸様にそう言われれば断る理由もない。今回は、サルベージ作業船から3名ほどが瀬戸様の聞き取り対象だった。船長、航海士、そして事務関連、作業関連を受け持つベテラン1名だった。僕自身はこのサルベージ船に知識はないが、なんとなく、地球の中小企業のイメージがある。少数精鋭で、社長・従業員の結束が固い感じ・・・。

 平田兼光さんがその会話を聞いていたようで、こちらに歩いてくる。一緒に歩いてくるのは、平田兼光さんの隣で立っていた水穂さんの後任だろう人である。平田兼光さんは、ニカッと笑って少しだけ気の毒そうな顔をする。

 「田本殿、まあ、あれだ。気楽に話を聞く感じで良いと思うぞ。そうだ、こちらは、天木・蘭・樹雷殿、水穂の後任だ。」

 「こんばんは。天木・蘭・樹雷です。あの田本一樹様とお話し出来て光栄ですわ。わたし、水穂とは飲み友達だったんですの。これからもよろしくお願いします。」

 賢そうと言う言葉が脳裏にまず出てくる。目鼻立ちは整ってはいるが、ちょっと個性的。「蘭」という名前から連想される地球の花も、花屋で並ぶ華美なイメージよりも、そう、山深くに咲く、うっすらと桃色のエビネランのようなイメージである。静かだけれどもしたたか、そんな感じ。いかん、魅力的だなとか思ってしまう。平田兼光さんのご紹介からちょっと間が開いてしまう。

 「・・・こちらこそ、これからもどうぞよろしくお願いします。すみません、蘭というお名前から地球の山深くに咲いている花をイメージして、ちょっと見とれてしまいました。」

頭を掻きかき頭を下げる。頭を上げると、にた~りと笑みを浮かべる瀬戸様と、もの凄く気の毒そうな平田兼光さんと、背後で燃え上がる地獄の業火モードな水穂さん。

 「・・・まあ、お上手ですわ。ほら、水穂、頑張らないと取っちゃうわよ。」

 「わ、わかってるわよ。そうじゃなくても、この人、見境がないんだから!さあ、あなた、聞き取りが始まりますわよ!。」

み、見境がないって・・・。確かにないけど・・・。ガシッと左腕を取られ、水穂さんに引きずられるように歩き出す。それじゃーね~、と天木蘭さんがにっこり笑って、ひらひらと手を振っていた。瀬戸様のにたりと笑った顔が怖い。またやっかい事に頭から突っ込んだのかな・・・。

 ここで聞き取ってちょうだい、とあてがわれたのは水鏡の一室、木でできた少し広めの部屋である。8人程度の会議に使える部屋だった。しっかりとした作りで華美ではない木のテーブルが真ん中にあり、木のイスが8脚あった。天井は全体がふわりと目に優しく光っている。三方の壁も下から間接照明で明るい。水穂さんが、自分の携帯端末を操作すると、三方の壁の上半分くらいが、まるで透けるように外の風景を映し出す。外は、水鏡のあの広大な森のような風景だった。出入り口は、横スライド型の自動ドアである。

 水鏡の中だから、もちろん、どうせ記録も取っているだろうし。瀬戸様のことだから僕が何を聞き取るのかお見通しと言うことだろう。しかし、今回の事件に何か関係あることでも聞き取れる物なのだろうか。シャッという音がして、木製の自動ドアがスライドして、一人目の船長が、樹雷の闘士と共に出入り口に立っていた。

 「こんばんは。今回は大変でしたね。さあどうぞ、おかけになってください。」

そう言って自分の目の前のイスを勧める。入り口に一番近いところで座る格好だ。自動ドアはすぐに閉じる。樹雷の闘士はドアの外で警護するのだろう。ちょっと前屈み気味の人だなと思う。ぺこりとお辞儀してイスを引いて座った。僕と水穂さんはすでに席についている。目の前に湯飲み茶碗が転送されてくる。へええ、と物珍しそうに茶碗を持って見ていると、横から水穂さんに軽く肘鉄を食らう。

 「ぐっっ・・・、すみません、自分、こういう場は慣れていないもので。瀬戸様のおにぎり美味しかったですよね。結構ホッとしました。おなかいっぱいになりましたか?」

 「ええ、美味しかった、ですね。故郷の母を思い出しました・・・。」

ぽつりぽつり、という感じで話し始める。さっき、助けてください、と話していたのもこの人だ。うつむいたままで、こちらの目を見ない。短く刈り上げた髪で見た目は50歳台のように見える。まあ、この世界年齢は関係ないようだけど・・・。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷11


なんかこう、ややこしくなる傾向が・・・。

あうあう、どーしましょ~(^^;;;



ぽつりぽつり、という感じで話し始める。さっき、助けてください、と話していたのもこの人だ。うつむいたままで、こちらの目を見ない。短く刈り上げた髪で見た目は50歳台のように見える。まあ、この世界年齢は関係ないようだけど・・・。

 「船長さんの職場は、あの船なんですか?腕一本で仕事されている感じがしますが・・・。」

 「ええ、事務所は銀河アカデミーにあります。作業船とさっきの作業員が私たちのすべてです。」

やっと顔を上げる。実直でそれなりに仕事をこなしてきた人かなと思う。

 「宇宙船のサルベージをされていると聞きましたが、中には暴走し始めているような反応炉なんてあるんでしょうに・・・。それに、今回みたいな超重力の惑星から引き上げるなんて仕事もあるでしょうね・・・、大変なお仕事ですね。」

そんな世間話から始める。そうなんですよと、某星系の某所では、反応炉の無効化に手を焼きましてとか、最近では重力場無効化フィールド発生装置も高くなりましてね、と言う感じである。はあ、そうですか、なるほど、苦労されたんですね。と言う返事をしながら、いちおうまた亜空間生命体目線でも見てみる。話している雰囲気に違和感はない。ただ、首筋に何か丸く力場のような物が見えた。ここだけがおかしい。

 「何とも頭が下がる思いです。これで聞き取りは終わりです。ありがとうございました。おや、ごめんなさい、襟元にゴミが。ちょっと取って良いですか?」

ああ、すみませんそう言って、中腰になって、襟元を僕の手に近づけてくれる。指先の空間を同じイメージにしてさらっと首筋を探る。うん、やはり何かあった。スッと指を引き抜き手の中に隠す。

 「ごめんなさい、僕の目の錯覚でした。お疲れ様でした。」

 航海士も同じような話をした。航海士さんには船長と同じ首筋に丸い力場があった。様々な機器に精通すると言った感じだが、割と専門バカ風な感じも聞き取れた。同様に襟元から何かの装置らしき物を空間から抜き出す。人物と重なる空間そのものに固定するようになっているようだった。航海士が出て行ったあと、密かに柚樹と一樹にそれぞれを小さく光應翼で包んでもらう。

 次のベテラン事務員には丸い力場は見当たらない。見た目少し小太りでぽっちゃり体型。わたしがこんなことに巻き込まれるなんて。わたしの妻も帰ってきていません助けてください、と訴えている。その姿形の奥にもう一つの姿も見えた。何か重なって見える。光学迷彩とか何かのフィールドとかではない。空間が重なった、そんな感じ。

 「もう、奥様はどのくらい帰ってきていないのですか?」

 「もう10日になるでしょうか。突然居なくなってしまって。何も思い当たることもなくて、あとは仕事がらみとしか・・・。」

 「そうですか、大変でしたね。それでは、これで聞き取りは終わります。ありがとうございました。」

ホッとした様子のベテラン事務員。カタリとイスを引いて立ち上がる。ドアが開き、外の樹雷の闘士に連れられ控え室に行った。

 「水穂さん、瀬戸様を。」

水穂さんが頷くと同時に、瀬戸様につながり、こちらに来るとのこと。ポケットへしまっていた首筋から取りだした物をだしておく。一樹と柚樹の光應翼で包まれている。瀬戸様と平田兼光さん、天木欄さんの三人がすぐに現れた。目の前の席にかけてもらう。

 「うふふ、田本殿、何か見つけたようね。」

微妙に爬虫類顔の瀬戸様。あーあ、という気の毒な表情の平田兼光さん、天木欄さんはお名前のとおり、爛々とした目をしている。

 「ええ、これをご覧ください。いちおう、危険があってはいけませんので一樹と柚樹の光應翼で包んでいます。」

お話の前に、と言うことでこの部屋をシークレットウォールで天木欄さんが包んでくれた。

同時に、新しいお茶が転送されてきた。

 「この何らかのユニットは、船長さんと、航海士さんの首筋に付いていました。身体の含まれる空間そのものに固定された状態でした。うまくその空間ごと引き抜いた状態です。僕には、この物体がどういう働きをするのかよくわかりませんが、首筋という場所から言って・・・。」

そこまで言うと、三人とも頷く。

 「さて、懸念される起爆装置ですが、僕の言葉を信じて頂くならと言うことになりますが、小太りのベテラン事務員さんに何者かの陰が重なって見えました。これも事務員さんの占める空間に潜んでいるように見えます。今までにない亜空間フィールドと言うこともあって、いちおう作業員さん全員を見たいと思います。さらに作業船も。」

 「分かった手配しよう。ベテラン事務員の方はどうする?」

平田兼光さんが、頷きながら部下に指示を飛ばしている。

 「う~ん、どうしましょう。人質もまだ何人か帰ってこられていない人がいらっしゃるんですよね。」

 「ほほほ、樹雷の諜報員を甘く見てもらっては困るわ。間もなく報告が来るはずよ。それまであの三人は、時間凍結フィールド内で居てもらいましょう。水鏡ちゃんも、あの事務員から妙な信号が発せられていて、船長と航海士が受信していると言っているし。」

艶然と微笑む瀬戸様。そして、このドヤ顔の迫力。某歌謡曲の「魅せられて」あたりが頭の中に響く。

 「皇家の樹はその信号が分かるんですね。それならば、一樹と柚樹にその信号を教えてもらうことは可能ですか?」

 「うふ、そう言うと思って、すでに一樹ちゃんも柚樹ちゃんもその準備は整っているわ。すでに二人で作業船をサーチしているようよ。」

一樹と柚樹から、今、水鏡から教えてもらった信号をサーチしているとの報告が瀬戸様の言葉と同時にあった。

 「あ~、しまった・・・。作業船のメカとかわかんないし。もう一人誰か居てくれると助かるけど水穂さんは・・・、ここに居ていろいろ通信とか連絡とかしてもらいたいし・・・。帰っちゃったよなぁ、謙吾さんと籐吾さん。」

さっき樹雷に帰るからと言って、この宙域を出た気がするし。

 「お呼びでしょうか、田本様。」

ヴンと空気が振動する音共に二人が転送されてきた。しかも、膝を折って傅(かしづ)いてくれている。とてもカッコいいのだ。数秒間見とれてしまう。

 「すんません、あまりにもタイムリーで、むっちゃカッコいいって思ってしまいました。」

そう言うと、微笑んで顔を上げるのは、籐吾さん。ニカッと笑ってVサインなのは謙吾さんだったりする。

 「あら、田本殿はすでに艦隊司令なのよ。部下が馳せ参じるのは当たり前じゃない。」

例の扇子をパンッと開いて口を隠してそう言う瀬戸様。地球の踊りの1シーンのようだった。ひとつひとつの所作が決まっている。

 「ええと、おとといか昨日そう言われたような気がしますけど・・・。何かいまだに、ちょっと・・・。この人達、いっぱしの樹雷闘士だし・・・。」

ぐしっと、また水穂さんに軽い肘鉄食らう。ぐええ、痛いんですけど。

 「もお、あなただって、そうじゃないの。さあさあ、二人連れて、行ってきてくださいな。あの作業船と作業員さんを見てくるんでしょう?」

 「は!。了解しました。瀬戸様似の水穂様!。」

スチャっと立ち上がって、敬礼して二人を連れてダッシュする。一拍遅れて、「な、なんですってぇ。」と怒声を上げる水穂さんをその部屋に残し、まずは作業員さん、と言うことで先ほどの夕食会場に居たはず。

 果たして、作業員さんはみんな不安そうな面持ちで夕食会場に座っていた。

 「皆さん、お疲れのところ申し訳ありませんが、船長さん達の聞き取りは終わったんですけど、もうちょっとお待ちください。」

 そう言いながら、10名ほどの作業員を亜空間生命体目線で見渡す。空になった皿が並ぶテーブルの周りをぐるっと歩きながら一人ずつ確認していった。謙吾さんと籐吾さんは入り口で、手を後ろに回し立っている。うん、ひとりだけ事務員さんのように何かが重なった人が居る。油が所々付いて汚れてはいるけど清潔にしている感じの作業服で、見た感じ20代~30代くらいに見える男だ。髪も帽子をかぶったような跡がなくふわっと後ろに流している。あとの作業員は、さっきまで帽子をかぶっていたようなそんな髪型だった。

 テーブルを回り終わった頃に、一樹と柚樹から怪電波の発生場所が特定出来たと連絡が来る。さすが皇皇家の樹2樹である。柚樹から、内部に2カ所。一樹から外部にはないとの連絡だった。かなり微弱な電波のようである。実際、地球で言う電波かどうかもわからない。ちなみに柚樹さんはいつものように姿を消して足下にいる。

 「すみません、サルベージ船の中を捜査の必要上、一通り見て確認したいと思います。申し訳ないんですが、誰か一人・・・そうですね、そこのお若く見える方、ええ、そう、あなたです。」

 「そいつ、この間うちに入ったばかりで仕事のことはあまり知らないよ。」

年長と思える男がそう言う。

 「いやぁ、サルベージ船の中を案内してもらうだけですから。部屋の場所とか、わかるんですよね?」

ああ、それなら大丈夫です。そう答える若手で髪を流した男。その男を案内に、僕と謙吾さん、籐吾さんはサルベージ作業船に向け歩いて行く。水鏡のエアロックというか扉を抜け、すぐそこは宇宙!。数人用のカゴのような乗り物がある。100mくらいだろうか、水鏡に係留されているサルベージ船のエアロックまで飛び石のように、光る四角い板状のモノが続いている。

 「ええと、籐吾さん、これ宇宙服とかは・・・?」

作業員さんと僕以外の二人が、ちょっとニヤリとする。だって知らないし。

 「必要ないですよ。チューブ状のフィールドで覆われていて空気もありますよ。このイオノクラフトは自分が操作しましょう。」

二歩くらい前に出て、その乗り物を操作する籐吾さん。ちょうどその後ろに立つ作業員、自分はその斜め後方、謙吾さんはその斜め後方だった。すぐに音もなく滑るように、光る飛び石をサルベージ船まで移動を始める。ずっと作業員を見ているが、やはり黒っぽい陰がずっと重なっている。たぶん、樹雷のセンサーにもうまく引っかかっていないのだろう。特に何か動く感じではない。

 サルベージ船に到着して内部を歩いて行く。全長150mほどの宇宙船だった。作業用の伸縮自在なクレーン、引き上げた物が固定出来るなら、それを固定するような荷台。そのような物理的な引き上げ機器と、大砲を思わせるトラクタービーム発生機や、フィールド展開システムなどさしずめ巨大なトラックにも見える。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷12


暴走が暴走を呼び、超光速で広がる風呂敷はとめどない・・・。


内部も機能優先の飾り気のない船である。腕時計をタブレットに変え、一樹と柚樹に頼んで、反応のあったところを外部からスキャンした、サルベージ船の映像に重ねてもらった画像を送ってもらう。二カ所から怪電波が出ているという。一カ所は主機関室、もう一カ所は・・・、配線が集中しているところから見て、これ、メインコンピュータールームか。何かあれば破壊してしまえばたぶん証拠隠滅と言うことだろう。

 一カ所目の機関室が近い。籐吾さんに作業員さんを任せて、適当なことを聞き取ってもらう。その間、謙吾さんと機関室内に入る。主機関の反応炉制御パネルに妙な丸い力場体が見える。つまんでその場所から空間ごと引き抜く。さて、これをどうしようと思っていたら、

 「田本様、こちらに入れてください。」

謙吾さんが、腰に付けていた小さなボックスからさらに小さな箱を取り出す。

 「簡単な耐爆発物ボックスです。核爆弾程度なら封じ込められます。電波遮蔽能力はありませんけど。」

 「この場合、その方がありがたいです。それではよろしくお願いします。」

作業員を遠ざけてくれている籐吾さんはひきつづきそのままに、今度はもう一カ所の反応が出た場所、コクピットに近いコンピュータールームに二人で音を立てず、走って行く。同じように仕掛けられていた物を空間ごと引き抜き、防爆ボックスへ。再び一樹と柚樹さんに頼んでスキャンをかけてもらう。謙吾さんの持つボックス以外には反応がないことを確認した。すぐに籐吾さんが聞き取ってくれている場所に戻った。この間、約1分程度。

 その後さらっと、作業員さんに船内を案内してもらって、密かにもう一回姿を消した柚樹さんにスキャンしながら付いてきてもらう。やはり他にはないようだ。とりあえず、一度夕食会場に帰り、作業員は元の席に座った。背後の黒い影もそのままである。先ほどの部屋に戻り、瀬戸様に報告する。

 「瀬戸様、サルベージ船内にも同様の物が2個ありました。一樹、柚樹スキャンと実際に船内を歩いての柚樹スキャンでもこれ以上見つかっていません。」

謙吾さんに預けてある防爆ボックスを取りだしてもらう。

 「作業員の一名に、ベテラン事務員と同じ黒い影が見えました。何者かが潜んでいるのか、どうなのか現時点では分かりません。」

困ったわね、と腕組みして考える瀬戸様。

 「シャンクギルドのやりそうな念の入ったやり方だわね・・・。」

あ、そうだ、とここに来る前にあった出来事を一樹、柚樹の記録を見せて説明する。これがあったので、今回この作業船も発見出来たことも報告する。

 「鷲羽ちゃんには説明していますが、そう言えば瀬戸様にはまだでしたね。」

報告を聞きながら、映像データを見ていた瀬戸様が、まっすぐこちらを見る。

 「もしかして、田本殿、今回の亜空間の隙間と言うべき場所に固定されていた、この爆弾らしき物、あなたは引きずり出せたのよね。ということは、その二名に付く黒い影もこちらの方へ引きずり出せるかしら?」

 「たぶん大丈夫でしょう。ただ、2名という点と、人質と言えるべき人物の背後に付き従ってること、この爆弾の起爆装置を握っている可能性が高いこと、が、僕でも思いつくことで、この三点が難しい点だと思っています。」

一名を引きずり出しているところで、もう一名に気付かれて、爆弾を起爆もしくは付いている人を殺傷する可能性がある。それなら爆弾らしきものをどこかに遺棄すれば、とも思うが、ある程度距離が離れると気付かれて、これも人質を殺傷する可能性がある・・・。だとすると・・・。

 「そう言えば、瀬戸様、いま船長さんと、航海士さん、事務員さんは時間凍結フィールドで囲まれた部屋にいるんですよね。」

 「そうね。三人は時間が止まった状態よ。」

 「瀬戸様、対人爆弾が爆発しても大丈夫な部屋、みたいなところはありますか?もしあれば、ベテラン事務員さんと作業員さんをそこに誘導しておいて、ふたりに気づかれないように、その陰に見える者の空間に、逆に、こいつを埋め込んでやろうかと。先に作業員に潜む方をひっぱりだし、ついで事務員という順番はどうでしょうか。先の二つは爆発物としても対人用でしょうからそう強力ではないのではないかと思います。あとの二つは引きずり出したと同時に安全な場所へ船外投棄と。」

そう言って、一樹の光應翼に包まれたモノを指差す。自らの近くで起爆する可能性はかなり低いと思う。自爆するなら別だけど。

 「そうね・・・。先に作業員の方を引きずり出したいという根拠は?。」

さすがに瀬戸様が腕組みしている。じっと鋭い視線をこちらに向けてくる。

 「どっちがどうという違いは一瞥しても特にないんですが、最近このサルベージ会社に入った新人である、というところが怪しく思うだけですね。実際のところ。それに、この作業員以外すべて帽子か、ヘルメットをかぶっていたようなのに、ターゲットの作業員は何かをかぶっていた様子がないようにみえます。」

水穂さんを見ると、何か言いたそうに、とても不安そうな顔だった・・・。心の中でごめん、と謝る。しばらく無言の状態が続く。籐吾さんも謙吾さんも何か言いたそうにしている。

 「ふむ、危険だけれど、ここは田本殿に任せてみましょう。多人数でかかっても、いまは敵が見えているのは田本殿だけだし・・・。」

 「ええ、敵が見えるか、そうでなくても気配でもあれば皆さん一騎当千の人ばかりだと思うんですが、今の状態だと他の皆さんがいると、どうしても逆に危害が及ぶように思います。」

籐吾さんは、血が出んばかりに唇を噛んでいる。謙吾さんは、手の爪の色が白くなるほど握りしめている。その握り拳が細かく震えていた。確かに部下になったんだろうけど、今回は、みすみす命の危険があるのに付き従わせるわけにはいかない。さらに、瀬戸様にたたみかけた。

 「先ほどもそうでしたけど、光應翼を刃に沿わした木刀で、切断することもできましたし、最悪、柚樹と一樹の光應翼で僕を守ってもらうこともできるでしょう。また、空間をつなげて避けることもできます。」

もういちど、横目で水穂さんを見ると、不安そうな表情である。そこに小さく電子音が鳴った。天木蘭さん宛の通信のようだ。

 「瀬戸様、樹雷の諜報部隊からの報告です。たった今、サルベージ船に関わる行方不明だった者の救出に成功したそうです。薬物中毒や怪我等はあるようですが、命に別状はなく、治療可能な状態だそうです。」

わずかに瀬戸様の口の端が持ち上がり、そして頷いた。美しい細工の腕輪をタブレット形状に変え、水鏡の内部周辺地図を呼び出し、テーブル上に開いた半透明のディスプレイに転送して、瀬戸様はゆっくりと説明を始めた。

 「田本殿、それでは、さっきの夕食場所のとなりに、小ホールがあるの。ここならシールドも張りやすいし、戦っても手頃な広さだわ。亜空間固定された水鏡の居住空間だからそんじょそこらの爆弾が破裂しても問題はないわよ。」

細く美しい指が指し示し、ぎらりと眼光は鋭い。

 「わかりました。籐吾さんと謙吾さんは、さっきの作業員とベテラン事務員さんを小ホールに連れてきてください。そのあとは小ホールの外で待機してくださいね。」

二人とも納得しかねる顔で、何か言いたそうに口を開きかけるが、渋々承諾してくれた。

さらにまた電子音が鳴る。今度は瀬戸様が話し始めた。

 「・・・ええ、わかったわ。入れて上げてちょうだい。・・・田本殿、一樹ちゃんが一緒に付いていたいって。そう言えばあの子は小さくなれるんだったわよね。」

あ、そうだった。と思うと同時に、部屋のドアが開いて、一樹が飛んできた。肩に乗って姿を消す。謙吾さんがちょっと表情を緩める。

 「わしも、もちろん行くぞ。」

銀ネコが一瞬、姿を現し、また消える。

 「それでは、二人をもう一度聞き取りたいということで、その小ホールにお願いします。僕は先に行って待っています。」

 はたして、小ホールに先に行って、待っていると謙吾さんと籐吾さんに連れられて、ベテラン事務員と作業員がやってきた。二人とも背後の陰もそのままだった。ポケットには光應翼に包まれた、さっきの力場体が入っている。すみませんねぇ。もう一度お話をお聞かせください、と言いながら若い作業員の正面に行く。籐吾さんと謙吾さんは、それを察して、ベテラン事務員がこちらを見えないようにうまく壁になってくれた。どうも外に出て待機などは、二人ともしたくないようだった。

 「あれ、肩にホコリが・・・。」

とぼけてそう言って、若い作業員の肩に手をやるふりをして、背後の黒い影の横の空間に、右手で力場体を埋め込む。微妙にその影は揺らぐように見えた。しかし、よほど自分の力量に自信があるのだろう。そのままそこにとどまっている。埋め込んだ右手で作業員の肩口をつかんで、左手を作業員の背後の空間に入れてそれぞれ逆方向に、腕を開くように陰をつかみ引きはがした。勢い余って、作業員は2,3mほど飛んで肩から落ちている。

 「くそう!なぜわかったぁ!」

黒い影は、実体化して人の姿になり、殴りかかってこようとするが、一瞬速く一樹の光應翼で球状に包まれ拘束される。謙吾さんと籐吾さんが、常人だと目にみえないような速さで、ベテラン事務員の左右に立ち、硬直している事務員の両手を拘束する。しかし、敵が一歩速い。間に合わない!黒い影は籐吾さんの背後に移動したと同時に、籐吾さんの口から血があふれる。前にゆらりと倒れる籐吾さんをかわしつつ、右手に持った力場体を影の空間に埋め込む。同時に怒りと渾身の力を込め黒い影を引きずり出し、光應翼を刃にした木刀をその者に突き立てていた。どう、と倒れる黒い影。同様に光應翼で包み込んでもらう。

 「・・・良かった、田本様、お怪我は、あ、ありませんか?」

抱きとめた籐吾さんがむせ、ごぼりと、また血が口からあふれる。背後から深く一突きされている。場所から言って大動脈が傷ついている可能性があった。傷口からの出血も多く止まらない。くっそぉっ、絶対に死なせはしない!。

 「謙吾、救急隊を呼んでくれ。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷13


作者は筆を滑らせまくり(パソコンのキーボード?)、主人公はほっといたらどっか行こうとする・・・。

ああでも一度、この目で見てみたい、超銀河団・・・。




「・・・良かった、田本様、お怪我は、あ、ありませんか?」

抱きとめた籐吾さんがむせ、ごぼりと、また血が口からあふれる。背後から深く一突きされている。場所から言って大動脈が傷ついている可能性があった。ゆっくりと膝を突き、籐吾さんを寝かせるが、傷口からの出血は多く止まらない。くっそぉっ、絶対に死なせはしない!。

 「謙吾、救急隊を呼んでくれ。」

その言葉を聞くやいなや走り出す謙吾さん。心の底からの怒りと自らの力が及ばず、好意を寄せてくれる者を傷つけてしまった喪失感とで、慟哭に近い、獣が吠えるような声が口から漏れ出す。そしてガタガタと震える僕をこの場にいる樹達がなだめてくれる。そして力を分けてくれるという。

 「籐吾殿の阿羅々樹、一樹、柚樹、そして水鏡、樹沙羅儀よ。力を分けてくれ!。」

生命の灯が消えようとして、力を失って行く籐吾さんを抱きしめる。僕の身体全体に樹の力が溜まっていく。どうしてそうしようと思ったのかは分からない。左手で抱きしめたまま、右手をまっすぐ上にあげ、手のひらを大きく広げた。右手のひらに凄まじい熱と光と思えるモノが集まってくる。それをつかみ、ゆっくりと籐吾さんの傷口に押し当てた。出血が止まり、傷口がふさがっていく・・・。

 「・・・田本様、な、にを。」

 「だまっていろ、樹が力を分けてくれている。まだ、お前をあちらに行かせるわけにはいかない。」

籐吾さんの苦しげな呼吸が、緩やかなそれに変わり、ゆっくりと目を閉じる。眠ったようだった。傷はもう見えず、出血もない。

 「田本様!」

謙吾さんと救急隊、そして瀬戸様と平田兼光さんが到着する。籐吾さんを寝かせ、救急隊に任せ、ゆっくりと立ち上がる。

 「籐吾の傷はたぶん治癒していると思う。出血がひどかったから、輸血が必要・・・。」

そこまで言って、おかしいと気付く。右手の熱が収まらない。左手も熱い。両手を見ると、皮膚に亀裂のようなモノが入り、光があふれ出すように見える。樹のエネルギーの流れ込むのが止まらない・・・。そして背中を始め全身が熱い・・・。パキンと背中が割れる感触があった。瀬戸様やその場にいたみんなが驚いた目で僕を見ている。何かの殻が破れ、足下にパラパラと落ちたように思った。

 「あ、あれ?」

意識が、身体を離れるというか、大きく拡大し、一瞬にして水鏡からはみ出し、木星は見る間に小さくなり、太陽がパチンコ玉みたいに見えると思ったところで、がつんと巨大な力に押さえつけられた。周りに巨大な力を感じる。威厳がありながら、深く、そして人の生き死にを超越したような、ある種冷たさを感じるような声が聞こえてきた。

 「・・・姉様、地球の男って、どうしてこうなんでしょうか。」

 「危うく、今度も三次元が裂けちまうところだったよ。ほんっとうにバカな子だね。」

 「皇家の樹5樹の力を人のその身に受けるなんて・・・。銀河系の崩壊どころか、三次元に連なる時空連続体が消滅するところでした・・・。でも、我らの思考錯誤の可能性は・・・。」

 「そうだね。また一つ生まれた。でもまだ羽化には早すぎる。訪希深、封印を解いておくれ。津名魅、一緒に押さえ込むよ。」

あれ、なんで鷲羽ちゃんが?と思うと同時に、さらにドンと大きく力がかかる。何かに踏みつぶされるようだ。

 「痛いよぉ、重いよぉ・・・。」

狭っ苦しい箱にぐいぐいと押し込まれるような、押しつぶそうというような力が容赦なくかかってくる。視界が暗転する、と思った瞬間、光の人物に見えるシルエットが目の前にあった。

 「ねえ、確か、超銀河団を旅するんでしょ?遙か未来、光が死に、闇が支配する、さらにその先を見たくないですか?。」

あ、行きてぇ。遠く時と空間の輪が接するその向こうに。見てぇよな・・・。一つ一つの銀河が光点のように見え。それがたくさんあつまり、川の流れのように濃い部分と薄い部分があり、まるで木の枝のように広がる超銀河団・・・。そこを当てもなく旅をする。

 イメージが浮かび、想いが弾ける。どかんと、どこかから落っこちるような衝撃を感じたあと、気がつくといつもの自分に戻っていた。左右の手も見えるし、ひび割れて光が出てもいない。さっきのは何だったんだろう。

 周りはさっきの水鏡だった。涙を流しながら、つかつかつかと瀬戸様がこちらに歩いてくる。ぴしゃり、と頬を叩かれた。そして、僕の胸に顔を埋めて静かに泣き始める。

 「無理をしないで。どこに行こうというの・・・。置いて行っちゃイヤよ。」

 「・・・瀬戸様、ごめんなさい。」

しばらくそうやって抱きついている、と思ったらニッと笑った爬虫類顔。

 「うふふ、裸の胸は良いわぁ・・・。あら、まあ水穂ちゃんがうらやましい。」

って、素っ裸じゃん。ワイシャツは?スラックスは?瀬戸様は顔をスリスリしながら、腰をくねらせてくっついて離れないし。そんなに腰をくねくねされたらヤバいって。腰が引けちゃうじゃん。

 「さっきので、ほれ、炭になって足下に落ちてるぞ。」

足のすねに本物のネコのように、身体を擦りつけながら、柚樹さんが顔を上に向けてそう言う。ばささっと頭に布のような何かが落ちてきた。

 「カズキ、これでも身につけといたら?」

一樹が転送してくれたのは、先週着て、一樹の中に入れておいた樹雷の服。とりあえず、瀬戸様を引きはがして、慌ててそれを身につけた。ほっとして、顔を上げたら瀬戸様の横に水穂さんが立っていた。目を真っ赤にして今にも泣きそうな顔だった。また、ぴしゃりと頬を叩かれる。

 「わたしを置いていかないで、って言ったでしょ・・・。抱いて、お願い。籐吾さんへの嫉妬で気が狂いそうなの。」

 「ううう、ごめんなさい。ほっぺたが痛いんですけど・・・。」

 「あったりまえよ!」

瀬戸様と水穂さんの声がユニゾンしている。

 「肉体を捨てて、どこかに行ってしまうのかと思ったわ・・・。」

頭を預けてくる水穂さん。また横から同じように頭を預けてくる瀬戸様。

 「僕も籐吾さんがうらやましいですぅ。」

ぼそそっとつぶやく謙吾さん。

 「わたしも仲間に入りたいなぁ・・・。」

天木蘭さんまで、何か言ってるし。

 「うおっほん、え~、まだ終わっとらんのですがね。」

平田兼光さんの咳払いに我に返る。そーだった、光應翼で包んだままだった。

 「こほん。まあ、この二人は、とにかくこのまま時間凍結フィールドに包んで樹雷に連れて行くわね。あと、サルベージ船に取り付けたフィールド発生装置を外して、鷲羽ちゃんに分析を依頼してもらえる?サルベージ船の皆さんは、もう帰ってもらっても良いでしょう。」

 いつもの調子で瀬戸様が指示を飛ばす。瀬戸様も若干壊れかけながら、なんとか通常状態に戻ったようだった。籐吾さんは、出血がひどかったため、やはり今夜は入院が必要で、まあ2,3日後には退院と言うことらしい。どちらにしても籐吾さんと謙吾さんは、一度樹雷に帰還すると。本当に、たぶん今度こそ。

 「それでは、僕たちは地球に帰還します。・・・って、この服だとまずいよなぁ。ねえ、水穂さんどーしよ。」

さっきの涙をぬぐいながら、水穂さんが笑顔を作ってくれる。

 「もお、こんな時だけ・・・。あ、そうだ、瀬戸様から預かったのですが、先週着ていた服が樹雷から帰ってきています。それを三次元コピーしましょう。一樹の工場でできるでしょう、確か。」

一樹もちょっと不機嫌だったが、何とかなだめて、もう一回一緒に生きていくことを約束させられ(勝手にどこか行かない)、水鏡の外で本来の大きさに戻った。その間にサルベージ船のフィールド発生器も取り外された。思ったよりも小さい。大きめの書類整理箱くらいかな?その辺を含めて立木謙吾さんが指揮をしてくれて、服のコピーも含めて終わったのが1時間半くらい後だった。もう一度、残った惑星規模艦の確認をして、木星の裏側の衛星静止軌道上に隠すことにした。後日あらためてGPが引き取りに来るそうだ。

 水鏡が、阿羅々樹と樹沙羅儀、サルベージ船他を引き連れ、超空間ドライブに入ったのを見送って、地球への帰還軌道に乗った。木星の大赤班から引き上げた遺物は、トラクタービームで牽引、不可視フィールド内に取り込んで、地球に下降する。柾木家の例の池の上空で一時停止し、亜空間ドックに一樹他を収容する。ドック内で荷物を鷲羽ちゃんの研究室や倉庫に転送する。一通り終わったところで一樹は例によって小さくなり、ドックの桟橋から外に出た。引き受け作業が終わった鷲羽ちゃんが出てくる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷14

GXP11巻読みました。やっぱりお金がもらえる文章って違うんだなぁと愕然としてみたり。でも西南君とまた会えてうれしかったり。

こっちはこっちで暴走妄想素人小説ですので、まあ怒られるまで暴走します(^^;;;。

しかし、介護蟻ですか(^^)。

実在したら、マジに特別養護老人ホームとか、病院の療養病棟とか、認知症対応型グループホームとかに組み込まれそう(^^;;。

2025年に向けて介護従事者が足らないとか言ってるし・・・。


一通り終わったところで一樹は例によって小さくなり、ドックの桟橋から外に出た。引き受け作業が終わった鷲羽ちゃんが出てくる。

 「瀬戸殿からの依頼物件はこれですべてだね。あのフィールド発生器を調べると、今回田本殿が見ている世界が、我々にも見えるようになるかもしれないね。それは良いとしてだ・・・。」

鷲羽ちゃんに手を引っ張られて、研究室の奥に連れて行かれる。水穂さんにはちょっと待っていてね、と言っている。

 「あんた、ちょっとここに座りな。本当にバカな子だね。周りの皇家の樹のエネルギーを一身に受けるなんて・・・。今からちょっと検査だ。」

簡単なイスに座らされ、頭に黄色く丸い何かのキャラクターみたいなものを置かれた。両の目のように見える物が左右ぴかぴかと光っている。

 「え~、またぬるぬる君ですか?」

 「ぬるぬる君を準備する時間がないし、ご希望なら出すけどぉ?」

鷲羽ちゃんは半透明の端末を忙しく操作しながら、半分上の空で話している。それ以上口を挟む気もせず、しばらく待った。ぴこここん、と結果が出たようである。鷲羽ちゃんの周りに半透明のウインドウがたくさん表示された。

 「うん、現状の身体に異常はない。皇家の樹とのリンクは・・・、ふう、また強くなったようだねぇ。ほとんど田本殿そのものが、皇家の樹に近い存在になってるかも・・・。天地殿ちょっと来ておくれな。やはり・・・、あるていど説明はしておかないと、ね。」

鷲羽ちゃんが声をかけて、呼び出すと、しばらくして天地君が研究室に入ってきた。剣士君を送り出したあとで、今まで見たこともないような寂しそうな顔をしていた。

 「あ、天地君。今日はごめん。剣士君の旅立ちに立ち会えなかったね。」

顔を上げこちらを見る天地君。僕の顔を見るとさらに複雑な表情になった。その顔のまま鷲羽ちゃんを見る。鷲羽ちゃんはゆっくりと頷く。天地君は研究室の適当なイスを持ってきて座った。

 「いいえ、様々なことが重なってしまったので、それはしょうがないです。でも、まさか田本さんまでが・・・。」

今にも泣かんとするように顔がゆがむ。

 「いや、田本殿は、天地殿のせいではないよ。人を一人救おうとして周囲にいた皇家の樹のエネルギーを一身に集めたんだ・・・。覚えているかい?そのことを。」

まるで朝方に鮮明な夢を見ていて、目覚めたときのように記憶は薄れ始めていた。たしか、背後から一突きされた籐吾さんを救おうとして悲しみと怒りで・・・。

 「う、うおおおお・・・・・・!」

あのときの感情がぶり返してくる。両手が熱くなる。

 「もういいんだ、もういいんだよ・・・。田本殿。」

鷲羽ちゃんが手を握ってくれるのと、柚樹がぴょんと膝に飛び乗ってくれるのと、一樹が肩にそっと乗るのを感じると、ゆっくり感情が収まっていく。

 「・・・せっかく、僕のそばにいてくれるというのに、絶対に死なせたくないと、僕のせいで死なせたくはないと・・・。」

ぼたぼたと、音を立てるように涙があごを伝って落ちた。

 「そうかい、そうかい・・・、優しい子だね。でも田本殿自身が、ね。」

鷲羽ちゃんが珍しく悲しそうな顔をしている。

 「そうだ・・・、両手が熱くなって、自分自身から光が漏れ出すように、自分が太陽系よりも大きくなった、そう思ったときに、もの凄く大きな力に押さえつけられました。もがいて苦しんでいると、光のシルエットみたいなイメージの人に、超銀河団を旅したいんでしょ、遙か未来、光が死に闇が支配する、その先を見たくないか?と言われました。」

鷲羽ちゃんと天地君が顔を見合わせていた。

 「その人の言葉を聞いたら、超銀河団を旅したい、その先の世界を見てみたい、そう強く思ったところでこの身体に戻った、そんな感覚でした。」

鷲羽ちゃんが僕の目をまっすぐ見て、ゆっくりと口を開く。

 「田本殿は今でもその世界を見たいと思うかい?地球から遠く離れ、銀河系からも遠く離れた超銀河団を旅してみたい、そう思うのかい?」

鷲羽ちゃんにはめずらしく、ゆっくりと念を押すように尋ねてくれた。あまりにも遠い未来、その時間・・・。でも実際、いつになるのか定かでもないのだけれど、見られるものなら見てみたい・・・。

 「・・・自分で言っていて、なんですが、ちょっとあまりにも荒唐無稽ですよね。でもいずれはというか、その時が来れば、そうしたいと思いました。」

なぜかそこでホッとした表情の天地君。

 「あーあ、水穂殿も大変だね。そのことについては、また追々話すとしようか。ねえ、天地殿。」

 「ええ・・・、共に行きましょう。光が死に、闇が支配するその先に・・・。」

遠くを見るような視線を僕の向こうにやる天地君。

 「は?天地君がなんで?。」

 「内緒です。まだ・・・。」

人の悪い笑顔を浮かべて、にっこり笑いながら。でもちょっと嬉しそう。ふと気付いて、左手首に目をやる。

 「あ~~~。」

驚いた表情で二人がこちらを見る。

 「さっきの騒ぎで、例のケータイ端末壊れちゃった・・・。というか、消し飛んじゃった・・・。」

別の意味で涙が頬を伝う。う~、連絡先が消滅しちゃったのだ・・・。鷲羽ちゃんと天地君が脱力している。

 「なんだ。また作りゃ良いじゃないか。データは以前にバックアップ取ってるし。そのための恒星間探査船だったり、一樹の工場だろう?。」

 「う、そうすね。携帯なんて、町のショップで買うモノだとばかり・・・。鷲羽ちゃんバックアップデータと、鷲羽ちゃんバーションの設計データくださいな。」

 「はいはい、今夜転送しておくから。ホントにバカな子だよ。クルマは柾木家の裏に駐まったままだからね。」

ひらひらと手を振りながら、研究室出口に歩いて行く鷲羽ちゃん。

 「田本さん、また追々話しましょう。」

ふわぁとあくびをかみ殺すような天地君だった。天地君も立ち上がる。

 「そだね。もう遅いし。それじゃ帰るわ。」

そう言って立ち上がると、グラリとめまいがした。すぐ治まるだろうと一歩足を出そうとして、うまく踏み出せず、僕の身体は右横に倒れ込もうとした。さっきの後遺症?とか思って手を出そうとしたら何かに支えられている。半透明のフィールドのようなモノだった。

 「あ、一樹か、柚樹さん、ありがとう、もう大丈夫だよ。」

めまいは、ほんの一瞬だった。でも信じられない答えが二人から返ってくる。二人とも僕の前にいて天地君に続いて研究室出口に向かっている。

 「何もしてないよ(ぞ)。」

 「え、よろめいたから光應翼張ってくれたんじゃないの?これ、なに?」

鷲羽ちゃんと天地君が、驚いた表情と納得づくみたいな不思議な表情をしていた。そう言ってすぐに僕を支えていたその半透明のフィールドは消えてしまった。支えていたモノが無くなったので、たたらを踏んだが、何とか転倒せずに済んだ。顔を上げると鷲羽ちゃんと天地君が顔を見合わせて、頷き合っていた。突然、天地君が右手で拳を作り、殴りかかってきた。とっさに腕をクロスして防御態勢をとる・・・。ズダンと結構な打撃音がした。

 目の前に、三枚の半透明の、大きな花びらのような光應翼が現れている。天地君の拳はその光應翼に当たって止まっていた。

 「まだ皇家の樹のエネルギーが身体に残っているんですかねぇ・・・・・・?」

そしてまたそのフィールドは、すぐに消えた。冬場の帯電みたいなもん?

 「いんや、まぎれもなく、あんたが作り出した光應翼さ・・・。」

鷲羽ちゃんが、大きなため息をついてそう言った。天地君は拳をさすりながら、目を伏せている。

 「すまないね、いまはこれがどういうことか説明する時期ではないと思う。その時が来ればちゃんと説明するから、今日は何も聞かないでくれるかい。」

さっきと同じように僕の目をまっすぐ見て、ゆっくりと言った。その目を見つめていると、すぐそこに真空の宇宙があるような、冷たく暗い迫力を感じた。正直言って震え上がるほど怖い。

 「わかりました・・・。」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷15

やっぱりやっかい事を引き寄せている、田本さん。

ちょっと日頃の仕事もしてみたり。


「すまないね、いまはこれがどういうことか説明する時期ではないと思う。その時が来ればちゃんと説明するから、今日は何も聞かないでくれるかい。」

さっきと同じように僕の目をまっすぐ見て、ゆっくりと言った。その目を見つめていると、すぐそこに真空の宇宙があるような、冷たく暗い迫力を感じた。正直言って震え上がるほど怖い。

 「わかりました・・・。」

今日は本当にいろいろなことが起こった・・・。と言っても、そう言えば先週からそんなことばかり。ただ、事ここに至っても、本来の田本さんの「ま、殺されはしないでしょ。」みたいな楽天的な考えが・・・支配しているけども、そう言えば殺されかかってもいるんだった。こっちも黙ってやられてはいなかったけど。さらに何か起こると楽しいとさえ思っている。まあ、今の地球での仕事でも、毎日、何か起こらない日はないけど。そりゃ、殺されるようなことはないけどな~。ああ、でも忙しさで死にそうになることはあるけど、と、とりとめなく考えながら鷲羽ちゃんの研究室を出る。

 研究室の前で、待っていた水穂さんに、遅いから帰るね、と言って柾木家の玄関に行く。でも、今日はあまりにも身体がほてっている。皇家の樹の力は本当に強い。いかんなぁ。何か知らないけれど、暴れたくなっている。ちょっと水穂さんの力を借りよう。振り返って、見送る水穂さんに、もう一度歩いて近づく。

 「あら、何かお忘れ物ですか・・・。」

水穂さんの後ろに手を回して、グッと引き寄せてその唇を奪う。

 「ごめん、今日、あとで僕の部屋へ来てくれますか。」

こくり、と頷く水穂さんだった。薄暗い柾木家の廊下、顔はよく見えない。

 夕方に乗ってきて、置いたままだったクルマに乗りこんだ。すでに先週樹雷に置いてきていた地球の服に着替えている。運転席から飛び乗って。助手席には一樹と柚樹が仲良く座っている。畳まれた、三次元コピーされたワイシャツとスラックスは、後部座席に置いて、エンジンをかけて出発した。さすがに夜12時を過ぎている時間帯だと、クルマの通行量も少ない。大型トラックが最近は多いが、それもまばらだった。考え事をしながら運転するにはちょうど良かった・・・。ヘッドライトに照らされた道路。日本のクルマは、左側を少し遠くまで照らすような作りである。歩道には誰もいない・・・。あれ、シルバーカー(高齢者用手押し車)を押したお婆ちゃんが歩いている。うわ、こないだ相談があったお婆ちゃんだ。こんな夜中に出歩くのはおかしい。お婆ちゃんが歩いているところを

ちょっと行きすぎ、少し道路が広くなっているところにクルマを寄せてハザードランプをオンして駐める。

 「こんばんは。正木のお母さんだよね?役場の田本です。」

気付くと、いかん光学迷彩、と思うとスッと田本さんになる。振り返って助手席を見ると、柚樹さんがこっちを見ている。ぶんぶんと頭を横に振っている。まあ、いいや。お婆ちゃんを放っておけないし。お腹を触ると、あのお腹だった。光学迷彩ではない・・・?

 「ああ、どなたさんかなぁ。これから家に帰って、子どもの夕ご飯を作らないといかんのじゃが。」

うを、典型的な認知症の徘徊?と思って、もう少しお話をしてみる。

 「○○の正木のお母さんだよね、今から家に帰るんですか?」

 「うん、○△の家に帰らないと、子どもが待っとるしなぁ。」

そう言いながら、精一杯の早足でシルバーカーを押して歩いて行こうとする。でも確か、膝関節症でお膝が痛くてあまり出歩けないはず。長年の農作業などでたくさん歩かざるを得なかったのだろう、両足とも大きく外側に湾曲している。そのため、ほとんど足を曲げないで歩いている。このお婆ちゃんのお子さんは、もちろんお嫁に行ったり、さらに子ども(お婆ちゃんの孫)もいたりしていい年である。決してお婆ちゃんがご飯を作らないといけないような歳ではない。そうそう、僕がお母さんと言っているのは、このお婆ちゃんは、今、若いときに還っているから。お婆ちゃん、と呼びかけてもたぶん返答は帰って来ない。

 「それじゃあ、一緒にその家に行きますか?」

本当は、警察呼んで、家族に連絡して、といろいろやらなければならない。今は、ある意味樹雷の闘士である。さすがに面倒な手続きが時間を食ってしまう。この方の自宅は、息子さん夫婦と同居である。しかも僕はそのお宅に行ったこともある。

 「正木のお母さん、ごめんね。」

そう言って、右手で軽い身体を抱える。僕のお腹には光学迷彩ではなく、脂肪がある。そのお腹がクッションになって抱きかかえてもあまり強い力も要らない。左手でシルバーカーを持つ。そのまま地を蹴って飛び上がる。そう、このまま家に送り届けるのだ。ここから家までほんの1kmもない。そうだ、クルマは・・・。

 「惑星探査船モードにチェンジして、不可視フィールドを張って、上空1kmで待機。」

ちなみにこの命令は、銀河標準語で言った。いちおうお婆ちゃんにバレてもいけない。わかんないと思うけど。

 「なにするの?。わたしゃ、これから、娘の家に行かないと。」

 「お母さん、もうすぐだからね。」

そう言っているうちに、お母さんの家に着いた。家の庭に、お母さんを抱えたまま、音も立てずに着地する。玄関の呼びだしチャイムを押そうとすると、

 「あらあら、お母さん、どこに行っていたのよ、探していたのよ。」

突然、背後から女性の声が上がる。びっくぅと驚いて首がすくむ。もしかして見られた?

 「あああ、あの、このお婆ちゃん、県道を一人で歩いていて・・・・・・。」

ちょっと待って、と手で合図してその女性は、お婆ちゃんの横にしゃがむ。

 「この天狗が、わしをどこか連れて行こうとするのじゃ、ここはどこじゃ、ここはわしの家じゃない、家に帰ってお父さんやまさしにご飯作らんといかん・・・。」

そう言って、玄関で足を踏ん張って家の中に入ろうとしない。僕は妖怪の天狗になってるし・・・。

 「そうね、お母さん、さっき電話があってね。まさしさんがね、今日はもう遅いから、妹の香奈子の家で泊まっておいでって。今夜は、だから、この家で寝るのよ。」

その女性は、そう優しく声をかけている。ここは、香奈子の家だから大丈夫よと、何度も言っている。だんだんとお婆ちゃんも落ち着いてきた。

 「そうかい、じゃあ今夜は、やっかいになるよ。」

玄関にある、お婆ちゃんの身体に合わせた手すりにつかまって、玄関のスロープを歩いて、ゆっくりと歩いて行く。奥から男性が出てきて、一礼してくれる。お婆ちゃんの手を取って、さあ、こっちだよ、今日はここで寝るんだよ、と部屋に入れている。その様子を見てホッとする。

 「すみません、田本様。今日はお世話になりました。」

スッと右手を上げ、敬礼する、その女性。は、敬礼?

 「あ、の、さっきこの庭に飛び降りたことは内密に・・・・・・。」

 「分かっておりますわ、今は西美波町役場福祉課の田本さんでしょ?」

左目をウインクしている。と言うことは・・・。

 「申し遅れました。GP輸送部、太陽系支所、地球管理課長の正木香奈子です。」

なるほど、そういうことか。そう言えばここは正木の姓が多い地区である。柾木天地君の家にほど近い。この家のすぐ横の道を行って、県道に出てすぐが柾木神社入り口である。

光学迷彩?を切って、と思うと、樹雷での姿、天木日亜似の姿に戻った。正木香奈子さんの目が見開かれる。右手を上げ敬礼し、降ろす。返礼しないと、下の者は降ろせない。

 「・・・先ほどは、本当にご苦労様でした。見事なお手並みを拝見させて頂きました。」

ええ~っと、と少し考えてしまった。何かいろいろあって・・・、ああ、あの艦隊撃破か。

 「優秀な部下と皇家の船のおかげです。特に被害はありませんでしたか?」

頭に手をやると、天木日亜さんの刈り込まれた頭髪が指に触る。

 「まあ、先週のGBSで放送されていたとおりの方ですのね。うちの、GP輸送部でも大変な人気で・・・。そうそう先ほどのことは、おかげさまで、こちらに到着していた輸送艦にも、航路にも被害はありませんでした。」

う、またGBS・・・。全銀河ネットで生放送の呪いか。

 「とりあえず、話は変わるのですが、お婆ちゃんですが・・・。」

なんだか話題があっちこっちに飛んで忙しいなぁと、思いながら話を切り出す。いちおう役場職員だし、まだ(笑)。

 「うちは、夫は地球の人で、さっきのお婆ちゃんは、わたしの姑になります。最近あの様子で、夜、目を離すと家に帰ると言って、出て行ってしまうんです。いまも探しに出るところに田本様が舞い降りてきて・・・。」

ちょっとうつむき加減で話し始める香奈子さん。

 「うう~ん、役場職員としては、介護保険の認定取ってデイサービスなどのサービスを受けたり、病院の物忘れ外来を受診することを勧めますが・・・、宇宙の方ですよね、それなら・・・。」

いくらでも治療でも、延命でも、やりたい放題だろうと・・・。

 「わたしが結婚するときに、夫ともよく話し合いました。夫とその母は、この地で当たり前に命を終えたいと申しております。息子のまさしはいまGPアカデミーで勉強していますわ。息子は宇宙に上がりたいと、いろいろ見てみたいと言っておりました。」

 「ああ、まさしさんは香奈子さんのお子さんなんですね。」

 「・・・ええ、もうお義母さんは、夫の顔も、わたしの顔も分からないようです。」

そう言って、前掛けで目元を拭いている。こんな顔をいくつ見てきただろう。

 「地球でも、最近、認知症の症状を遅らせるようなお薬がいくつか出てきているようです。あと、デイ・サービスに行って、皆さんとお話ししたり、体操したりして、だいぶ良くなったことも聞きますよ。それに、介護する方も時間ができますしね。」

ゆっくりと頷いて顔を上げる正木香奈子さんだった。

 「ありがとうございます。ええ、そうさせて頂きます。明日役場に行きますわ。正直私たちもそろそろ限界でしたの・・・。」

お茶でも、と言う正木香奈子さんだったが、今日はもうさすがに遅いので、これで失礼しますと言って、走り始めた。水穂さんが待っている。急いでクルマの場所まで戻って、惑星探査機モードのままブリッジに転送してもらう。ほんの数キロだがそのまま行って、自宅庭に変形しながら降りた。慌てて、鍵を開けて家に入る。あれ、キッチンが明るい・・・。もう午前1時前だぞ。両親ともさすがに寝ているはずだ。

 「・・・ただいま帰りました・・・。」

そうっと、キッチンの引き戸を開けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

晴れ時々樹雷16(第七章終わり)


すんません、石投げられそうな展開で(^^;;;。

さて、どこで結婚式挙げましょうかね。

さて、田本さんの妹のほうはどーしよー・・・。



「・・・ただいま帰りました・・・。」

そうっと、キッチンの引き戸を開けた。

 「あら、遅かったじゃない。水穂さんがお待ちかねよ。」

口が、あごがだらんと下がる。僕の父母と、水穂さんが楽しそうに談笑している。もちろん、キッチンのイスに座って。

 「早く紹介してくれれば良いのに。こんな綺麗で良くできたお嫁さんなら、大歓迎だな、なあ、母さん。」

ええ、と父と母は当たり前じゃないかみたいな感じで笑いあっている。な、何が起こったのよと水穂さんの隣に座る。あ、しかも田本さんの姿に戻っていない、忘れてた!。と慌てるが、慌てているのは僕だけで、でも知っていたわ、みたいな顔を父も母もしている。

 「もしかして、このネコのことも?この肩の船のことも?」

と足下を指差すと、柚樹さんが銀毛の二本尾のネコとして姿を現し、肩に乗っている一樹も姿を現す。

 「ええ、もちろん。先週の放送の一部始終は見たわよ。」

いやいや、うちは地デジとBSくらいしか映らないでしょ?と言ってみる。

父が見たことのない笑顔で言う。

 「お前に言っていた、うちのじいさんのことは覚えているか?」

たしか、大阪で婆ちゃんと恋愛して帰ってきて、その時戦争直後だったから、父が暗い家はイヤだと泣いたとか何とか・・・。その時に田本姓を名乗ったとか・・・。岡山県職員を退職して、地元の企業でしばらく働いて、身体を壊して74歳でこの世を去った、はずである。

 「じいさんは、実は樹雷の警兵隊を退職して、この地球に来たのだ。人生の最後を遥照様のいるこの地で迎えたかったと言っていたよ。最後の職歴は、竜木西亜殿の艦隊でいたらしいけどな。」

開いた口がふさがらない僕を見て、

 「この地球が、樹雷の特別保養地扱いだったのは知っているだろう?え、知らんのか?皇族になろうという者が嘆かわしい。」

は?樹雷って、皇族って。まさか父の口からその言葉が出てくるとは・・・。

 「ちなみにわたしは、正木の村出身で、あんたのじいちゃんも正木姓。婆ちゃんが田本姓だったので、そう名乗ったらしいのよね。」

 「わしと、こいつは、GPで出会って恋愛して、アイリ様にお願いして、二人してこの地に帰ってきたのだ。」

そう言いながら、懐から古いGPの身分証のようなものを出してくる。地球のモノではないとわかるのは、三次元立体映像で表示されている。

「その辺、何も言ってくれんかったじゃん。」

すまないと、父母はそう言う。この地での生活が気に入って、もう宇宙に行く気もないし、静かに余生を送るつもりだったと言った。ちなみに、じいちゃんは、74歳でこの世を去ったのではなくて、1974歳でこの世を去り、父母もそれぞれ、278歳と、246歳だという。婆ちゃんは、病院で亡くなったのだが、それでも291歳だったらしい。

 「お前や妹は、生体強化も延命処置もされていないが、たぶん普通の地球の人より少し長命なくらいで・・・。お前達が高齢になる頃には、私たちの命も尽きるだろうと・・・。それに私たちには、宇宙へ上がる”つて”もあまりなかったし、今更、正木ですって言っても誰も証明する者もおらんしな。それにすでに私らも延命調整は受けていないよ。」

いろいろ言ってやりたかったが、まあ、なんだか脱力してしまった。あれだけ悩んでいた、水穂さんとのことはまったく問題がないじゃん。

 「じゃあ、柾木・一樹・樹雷と名乗ることは?」

 「こちら的には、何の問題もないな(わね)。」

妙な怒りがこみ上げてくる。僕があれだけ思い焦がれて宇宙に行きたかったのに、こ、この人達は・・・・・・。横で水穂さんがホホホと口に手を当てて笑っている。

 「おまえが、SFなどを好んで読んでいたのも知っているよ。でも、宇宙は厳しいところだ。命の危険は、地球にいることよりも遙かに大きい。私たちは、この戦争のない国で静かに暮らすことを望んだのだ。父さんも母さんも、宇宙戦争でたくさんの人が、一瞬にして惑星や恒星系ごと消えていなくなるのを何度も見てきているのだ。お前達には、そのような世界から隔絶されたこの地で静かな生活を送って欲しかったのだ。」

 確かに、いつの間にか巻き込まれているけど、そんな危険なことに頭を突っ込んでいる。若干ムッとしているが、父母の言うことに反論ができない。

 「ちなみに、先ほどの身分証はGPに照会済みです。瀬戸様も、樹雷皇阿主沙様も、こちらのおうちの詳細をお知りになって、今頃ホッとされているはずですわ。うちのお母さんは、いろいろ言いたそうにしてましたけど。」

ア、アイリさんなぁ。

 「事ここに来て、妙な方向に話が行ってもいかんし、お前もさっさと身を固めた方が良いだろうし。まあ、今日のところはゆっくり休め。これからいろいろ話を詰めていくとしよう。」

それでは、水穂様、お休みなさいませと、父母は言って自室に帰っていく。水穂さんがびっくりなさったでしょうね、と言いながら事の次第を話してくれる。

 「わたし、あなたが帰ってきてるだろうと、転送ポートに乗って、あなたのお部屋に行ったら、お父様とお母様がいらっしゃったのよ。アイリ様にはお世話になりました、と言われて驚いたのなんの。」

いちおう、こっちもごめんなさいという。帰る途中で、徘徊しているお婆ちゃんを家に送ってきたと。そこは正木香奈子さんという家だったということまで。

 「ああ、香奈子さんなら知っています。地球から出入りする荷物の窓口の部署ですから。旦那様は地球の方だと聞いていますけど・・・。」

 「そこのお婆ちゃん、ちょっと具合が悪いようでね。宇宙での治療などは、望んでいないそうだし。地球の役場職員の田本さんとして対応することにしたよ。」

頷く水穂さんの手を引き、明かりを消して僕の部屋へ行く。そこから一樹の邸宅に転送してもらった。

 「ごめん、今日は、ちょっと身体が燃えてしまいそうで・・・。」

 「・・・うふふ、イヤと言ったらどうするのかしら?」

そう言う唇をふさぎ、ベッドに倒れ込む。

 「乱暴はイヤよ・・・。」

深く暗い夜は、さらに暗さを増し丑三つ時に向かっていく。熱い吐息はさらに部屋の温度を数度上げた。

 

 

 夏の朝は早い。結構あれから、実は何度もちょっとがんばっちゃったのだ。眠ったのは3時間が良いところかも知れない。それでも眠いという感じがない。本当に身体が変わってしまったかも知れない。朝起きると、もう水穂さんがいない。一樹のお風呂に入って、部屋に戻ると階下から談笑する声が聞こえてくる。役場に行く支度をして、下に降りていくと、母と水穂さんが朝ご飯とお弁当を作り終えたところだった。もちろん田本さんの格好である。柚樹さんに光学迷彩をかけてもらわなくても、身体ごと変わってしまえるようになってしまった。つまり、いまは173cmくらいの身長で体重100kg近いデブの田本さんだったりする。

 「あら早いじゃない。昨日遅かったのに・・・。」

いえいえ、みなさんこそお早いことで。と言いながら食卓について、みんなで朝ご飯。なんだかなぁ、この当たり前感が、こうじゃないだろと訴えてくる。

 「う~、やっぱり変だよ、変・・・。」

 「あんたに比べたら、みんなフツーだよ!」

父母と、水穂さんに突っ込まれた。

 

第七章 「晴れ時々樹雷」終わり



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷(第八章始まり)


さて、どこに行こうかしら。

ネットの世界は広大だわ。

と、ちょっと草薙さんモードで(爆)。

今回のGXP11で、梶島さんがいろいろ書き込んでくれているので、ネタ元というか口裏合わせというか(^^;;;。嬉しいかずき屋です。


妄想シミュレーション小説第八章

広がる樹雷

 

 当たり前に始業チャイムが鳴り、役場の業務が始まった、朝8時30分。今日は、水穂さんと一緒に出勤した。いかにもな演出であることは重々承知の上である。とりあえず、ひとつ決裁文書もあったので、総務課に行く。天地君は例の人の印象に残らないようにするようなフィールドを付けて座って仕事している。

 「おはようございます。柾木天地君。」

ビクッと肩を揺らす。くくく、とそのまま肩を揺らし続けている。

 「おめでとうございます。・・・大変だったんでしょう?」

振り返って、ニカッと笑う天地君。例の人の悪いイヤな笑顔である。

 「ええ、そりゃもう。おかげさまで。」

え?なになに?と目ざとい森元女史がこちらに口を挟む。

 「まだノーコメントです。」

そっちにはそう言っておく。

 「柾木の家は大歓迎です。昨日は、うちのじいちゃん珍しく晩酌して、あれから俺つきあわされていました。寝たの3時ですよ。」

 「あたしゃ、何回も頑張っちまっただよ。同じく寝たのは3時。」

ちょっと小声で言って、負けずに、中年ギラギラ笑顔で返してみる。口に拳を当てて、まあ、お盛んなこと、とでも言いたげなリアクションである。あははは、と天地君から珍しく明るい笑い声が出た。総務課の周りの人が、結構びっくりしている。この人そんなところがあったんだ、みたいな。

 と、やってると内線がかかってきた。田本さんお客さんだってぇ~って言われて、階下の福祉課に戻った。昨日の正木香奈子さんが来られていた。あのお婆ちゃんも一緒である。福祉課のカウンターからちょっとパーティションに囲まれたところに移動して、イスに座ってもらう。いつも置いている介護保険のパンフレットで説明して、介護保険の認定のための申請書を書いてもらう。あと、手近な病院で、もの忘れ外来のようなところがある病院もいくつか紹介した。地球でもこの辺の研究は最近盛んで、数種類の薬もある。あとは・・・ちょっとしたおまじない。お婆ちゃんの手を握って、いちおう、こう言ってみた。

 「正木のお母さん、まさしさんと香奈子さんのご飯作ってるんだね、毎日大変ですね~。」

ゆっくりとほんの少しだけ、皇家の樹の力を手を通して渡してみる。す~っと目が変わってくる。

 「あら、香奈子さん、あたしゃ役場に来ているのかねぇ・・・。」

おばあちゃん、周りをきょろきょろと見ている。右手の平を立てて、そっと小声で香奈子さんにささやいた。

 「余計なことかも知れませんが、少し時間ができたと思いますよ。・・・内緒にしておいてくださいね。お薬が効いたことにしましょう。」

不器用なウインクをして、申請書類をまとめてトントンとそろえた。香奈子さんは目を真っ赤にしてお婆ちゃんを見ている。す~っと涙が一筋頬を伝っている。

 「どうもありがとうございます。とにかく、デイサービスとか、診察は受けてみます。」

 「そうそう、もしもよくわからなければ、ここにお電話掛けてみてください。デイサービスの料金とか、様々な介護に関する相談に乗ってくれると思いますよ。」

と言いながら、素知らぬ顔をして地域包括支援センターの電話番号も教えておく。お疲れ様でしたと、お二人を見送り、席に着く。すでにどこそこから電話がありました、と言う付せんが二枚ほど貼られている。そこに電話を掛けて、謝ったり相談したり、民生委員の会長さんと次の定例会の打ち合わせを簡単にしたり、ケース会議に出たり、そうしているうちにあっという間にお昼だった。ちなみに、柚樹さんも一樹も姿を消して付いてきている。天地君に内線掛けて、お昼ご飯一緒にと言う。これは水穂さんが勧めてくれていた。

また、トイレに行くふりをして、トイレから一樹に転送してもらう。

 「うわ、ちゃんと家が建ってますね。」

 「あ、そう言えば天地君は、はじめてだっけ?」

 「ええ。・・・ホントに皇家の人なんですねぇ・・・。」

天地君が、へええと周りを見渡している。自分でもいかがなものかと思うような豪華な邸宅である。しかもバイオロイドの執事やメイドがいる。

 「この人、ぜんっぜん、それらしくないんですけどね。」

またでかいテーブルに、大量のお弁当を広げながら、水穂さんがそう言っている。

 「いいじゃん。どうせ田舎のおっさんだし。」

頂きますと、天地君と二人で食べ始める。うちの母の味もちゃんとある。凄いな水穂さんいつの間に・・・。

 「もおお、周りはそう思ってませんよ。今日もこっそりなんかやったでしょ?」

ぐ、バレてる・・・。

 「さっき正木香奈子さんが、こっそり、お礼言ってくれたんですよ・・・。それに、わたしも今日もの凄く元気だし・・・。」

ぽ、とか顔を赤らめている水穂さんだったりする。

 「ごめんねぇ~、昨日の、何か力が残ってるようで・・・。」

ちょっと天地君が表情を曇らせる。どうしたのだろう?

 「鷲羽ちゃんに、今度ちゃんと検査してもらいましょうね・・・。」

うん、昨日の口ぶりだと何かあるようだし。また教えてねとお弁当を口に運ぶ。メイドのお姉さんがお茶を持ってきてくれる。水穂さんとうちの母合作のお弁当を美味しく頂き、気がつくと昼休みが終わる。また同じように席に着き、時計を見る間もなく、気がつくと午後5時15分だった。終業チャイムが鳴る。ここ数年、このチャイムが鳴ってもなかなかみんな席を立とうとしない。それでも午後6時半にもなればだいたい職員は帰っていく。もちろん、災害対応とか、監査だのあるときは別である。僕も、適当に仕事を切り上げて家に帰った。

 「ただいま。お弁当美味しかったよ。」

 「ああ、お帰り。ホント、水穂さん凄いわね。うちの味、あっという間に覚えちゃうんだもん。」

母が驚いていた。ちなみに、うちの母、結構手厳しいことをしゃあしゃあと言ったりする。バタバタと食卓について、急いで夕食を食べる。

 「ごちそうさま。それじゃあ、遥照様に剣術の稽古付けてもらっているから、柾木神社に行ってくるわ。」

夕食をそこそこに、そう言って二階に上がろうとする。ジャージに着替えないと。

 「ちょっと、お待ちなさい。私たちだって、あなたの口から遥照様なんて言葉が出てくることがまだ信じられないんだからね。とにかく、先方に失礼しないようにしてね。それに、また改めてご挨拶に行くからって言っといて。あ、それから・・・。」

と言って、倉庫代わりにしている一室から、一升瓶を二本出してくる。すすすと風呂敷で持てるように包んでくれた。

 「この間頂いたものだけれど、持って行きなさい。」

と言うお酒は、白い和紙にくるまれていた。銘柄は、ちょっと風呂敷の間から見ても・・・・・・あれ?書いていない。

 「これ、どうしたの?こんなの、うちにあったっけ?」

 「ちょっと知り合いにね・・・。昨年の古酒を熟成したものを分けてもらったのよ。遥照様や天地様や他の皆さんにくれぐれもよろしく言うようにね。」

はあい、といちおう返事して、そのお酒二本を持って古い方のクルマに乗る。こっちは鷲羽ちゃん作のようである。そういや、携帯無くしたというか、消し飛んでいたんだった。

まだ時間があるから今のうちに作っておこうっと。うちの庭で研究所モード(でかいトレーラーだった)を展開は出来ないので、やはり柾木家に行く。今、午後7時を回ったところだった。

 「こんばんは~。鷲羽ちゃんいます?」

いつもの調子で、柾木家の玄関を開ける。とたとたとたと魎皇鬼ちゃんが駆けてきた。エプロンで手をふきふきノイケさんがキッチンから出てきてくれる。ちょっと遅れて、割烹着の砂沙美ちゃんがたたたたと駆けてくる。白い割烹着になぜかお玉を持ったまま走ってくる。長いお下げ髪がとてもかわいい。

 「こんばんは、ノイケさん、砂沙美ちゃん、魎皇鬼ちゃん。あ、これ、うちの母からです。」

風呂敷を解いて、二本の一升瓶を渡す。

 「いつもすみません。・・・まあ、これ、お高いモノではないんですか?」

さささっと、一升瓶を手にとって見るべきところに目をやるノイケさん。

 「いやぁ、なにやら知り合いから手に入れたらしくて、どのようなモノか僕は知らないんですよ。古酒だと言ってましたが・・・。あと、すみません、ちょっとここのお庭で鷲羽ちゃんのクルマを広げさせてもらって良いですか?」

ちょっと長いトレーラーみたいになることを説明して伝えた。

 「ああ、良いと思いますよ。この家は、外の世界から適度に隔絶されていますから。鷲羽様は、今日は、お昼ご飯食べてから、研究室から出てこられてませんねぇ。」

鷲羽ちゃんのフィールドだろう。ノイケさんが階下の研究室入り口に振り返りながらそう言っている。

 「そうだ、砂沙美ちゃん、昨日のキャロットサンドとても美味しかったです。みんなで頂いたんですが、みんなびっくりしてましたよ。瀬戸様がやられちゃったわね~だって。」

にこっと笑う笑顔はそれこそ天使のようである。お玉を持ってモジモジしている。

 「砂沙美と水穂お姉ちゃんとノイケお姉ちゃんで作ったんだよ。あのキャロットサンドは、もともとお婆さまから教わったの。」

 「そうそう、瀬戸様も豚汁やら、おにぎりやら振る舞ってくれて、みんなホントにホッとした表情していて、あとの聞き取りもスムーズでしたよ。見ていてこちらも癒やされました。瀬戸様があんなにお料理がお上手だとは思いませんでした。」

美味しかったなぁ、あのおにぎりに、豚汁、煮物や唐揚げ。

 「そう言えば田本様、ご夕食は?」

 「あ、すみません、こんな時間にお邪魔して。僕は食べてきましたのでお構いなく。」

それじゃ、とクルマに戻り、ちょっと広いところに移動して、研究所モードに変形する。かすかな低い音を立てて、メイン動力炉が起動している。それとともに、運転席から後ろの長い研究ルームに歩いて移動した。運転席はすでにトレーーラーのトラクター部分、つまり地球で言うところの10トンとか12トンのトラックのような大きさである。これを地球で運転するなら大型免許とけん引免許が必要だろう。

 「一樹、柚樹さん、いろいろ助けてくださいね。」

スッと姿を現して、柚樹さんは二本の尾をゆらゆらさせながら座っている。一樹は、研究室のテーブル上でふわふわ浮いていた。さて、とシステムのインターフェイスは、惑星探査モードと良く似ていて、両手で半球形のものを触っていればそれで意思を汲み取ってくれる。必要ならばキーボードが三次元フォログラフィのように現れるようだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷2

すんません、ハリセンは関西人はなじみ深いもので(^^;;。




確か、鷲羽ちゃんが西南君用に信頼性を上げた、改良型の設計図が・・・。と思うと即座に呼び出される。最初の基本形態は、手首に付けるものということでデザインは適当に自由度を持たせている。守蛇怪で作ったときは、デザインは地球の高級時計風、ちょっとロレックス似だったのを今回は・・・・・・。地球の某巨大通販サイトに接続、いつも見に行って、欲しいけど買えないなぁと思っていたスイスのSinnのモノで、4カ所に数字があるものにしてみようと思う。ロゴは入れず、あのシンプルなデザインだけ頂いて、と。商品写真を取り込み、三次元化して、手首周りの寸法を入れ基本形のデザインは完成。携帯端末は、そうだ、某アメリカ製のスマホで、うらのマークを「みかん」にしようっと(笑)。タブレット・モードもデザインはそうした。今回は、樹雷やGPの様々なネットに接続出来るように、電子系、電波系のインターフェイスを用意した。

 「あんら~、やってるね~~。」

ぞぞくぅっと悪寒が先に来る。背後にいるのは・・・。

 「鷲羽ちゃん、どえええっっす。」

僕の横に来て、腰を曲げて、のぞき込むようにこちらを見る。ふわさっと赤い髪が揺れる。どっきりするくらい綺麗だったりする。何も言わなければ・・・。

 「なに?見とれてる?。」

 「はあ、綺麗だなぁと。何も言わなければ・・・。」

 「はっきり言うんじゃ無いわよ。いつも一言多いんだから。」

すぱんっと頭をハリセンでひっぱたかれた。どこから出したんだろう、そのハリセン。

 「・・・すんません。あ、もしかして鷲羽ちゃん、今回、樹雷とかGPでも使えるようにネットワーク関連のレセプターも追加しているんですけど、あのぉ、ハッキング・ツールなんてないっすよね。」

あははは、と期待せずに言ってみる。

 「ああ、田本殿なら必要だろうねぇ。うふふ、じゃあ、これあげるよ。」

鷲羽ちゃんは、いつものように半透明の端末を起動して、細い指がキーボードを舞い、ぽんっとキーをひとつ押す。僕の目の前のディスプレイに、OS込みのツールを送ってくれた。そうか、前回は必要最小限と思ったので、汎用OSだったんだっけ。地球なら二次元の文字の並びだが、この鷲羽ちゃんのOSにしても汎用OSにしても、リンクや命令系統が複雑で、表面に見える機械システムに対して、そこに根を張る植物のように見える。汎用OSは若干雑然としているが、整然と並ぶ都会の遠景のようだし、鷲羽ちゃんのOSはまるで生き物のように有機的に絡み合っている。巨視的に見ると、宝石の結晶のように見え、色を変えて三次元可視化すると、人体の隅々に根を伸ばした神経系統のように見える。

 「こりゃ、また・・・、美しいアートみたいですねぇ・・・。神戸のルミナリエも真っ青だよなぁ。」

ほおっと見惚れてしまう。返答がないので、ディスプレイから視線をはずして、鷲羽ちゃんを見た。大きめの瞳が優しげな光をたたえている。鷲羽ちゃんは、一度目をつむって、思い浮かべるように上を向く。目を開けて思い出したように、またキーボードを呼び出し、操作する。

 「田本殿、これはある回路なんだけど、見てどう思うね?」

その回路らしきものがディスプレイに転送される。ちょっと待ってもらって、さっきの携帯端末の外観デザインは済んでいるので試作モードを起動して、鷲羽ちゃんOSを投入、様々な素材やシステムを選択して、試作を実行した。研究所の工場部門がかすかな音を立て始める。その間にさっきの鷲羽ちゃんの回路らしきものを見る。複雑な何らかの回路だった。電源ラインたって・・・そんなものないし、アースラインとかもわからない。そりゃそうだろうな宇宙の技術だし。今度は、亜空間生命体の目線でも見てみる。お、輻射ノイズ?か何かが溜まりそうな場所がある。

 「基本、僕にはよく分かりませんけど、ここと、ここ、それに、ここが何か輻射ノイズのようなものの溜まりのように見えるところがあります。なんだか局所的に熱持ちそうな気がしますね。」

 「じゃあさ、エネルギー源を接続して仮想的に動かしてみるよ。」

鷲羽ちゃんが端末を操作すると、回路がアニメ化され動きが可視化された。一見、問題なく動作しているように見える。やはり指摘した箇所が熱ではないがなんらかのものが溜まっている。しばらくすると、その溜まりが、ひどくなり回路全体に大きく影響を及ぼして、動きが不安定になった。その溜まりが回路を揺さぶっているように見える。

 「やっぱり、100年くらいで不安定になるんだよね・・・。どうすれば良いと思う?」

 「ひ、ひゃくねんですか。充分に安定動作していると思いますけど。」

 「いんやぁ、もう10倍程度の寿命が欲しいのさ。ちょっとなかなかメンテに行けない場所に設置するもんでね。」

 「う~ん、お役に立てるかどうかですが、昔考えて、それなりに効果のあった方法ですが・・・。」

と言って、自分の覚え書きで書いていたブログを呼び出し、回路図を見せる。

 「シンプル過ぎて申し訳ないんですけど、これとこれで電位を一定に保ちながら動作電源に対してバイアスを掛けるのが、この回路で、こっちはどうせ揺れるのなら、同位相で動かしてしまえと言う回路です。鷲羽ちゃんの見せてくれた回路で問題になっているのも、最終的にはこの揺れと、不思議な溜まりですから・・・」

 「なるほど、一定に保ちながら逃がすのと、こっちは・・・ほおほお、なるほどねえ。」

鷲羽ちゃんは、うんうんと頷きながら、外に出て行った。ちょうど、ぴぽ~っと電子音が鳴った。こっちの試作も完了したらしい。工場部門に行くと、半透明の球形カプセルが開いている。さっそく腕に付けてみる。なんだか新しい腕時計を買ったみたいで、嬉しくなってくる。

 「そろそろ、剣術の練習の時間ですけど・・・。何やってるんですか?」

天地君が、トレーラーの外から声をかけてくれる。そうか仕事終わって帰ってきたんだね。 「入ってきて良いよ~。昨日、携帯壊しちゃったから、新しく、ね。」

天地君が、トレーラーのタラップを登って研究室に入ってくる。左手首の時計指差して見せた。ついでに、デモンストレーションして見せる。スッとスマホに変わって、タブレットになり、そのあと右手に移って木刀モード。以前作った物よりも明らかに動きが軽い。さすが鷲羽ちゃんOS。

 「一樹、おねがい。」

木刀モードを一振りして光應翼を沿わせる。うん、できた・・・。あれ、微妙に色の違う光應翼が木刀を取り巻いている。それを解除して、また腕時計に戻す。

 「そう言うの好きですねぇ・・・。」

また一瞬表情が曇る。すぐに視線は腕時計に行く。やっぱり男の子はスパイ大作戦。

 「作ろうか?西南君も持っているよ。鷲羽ちゃんの修正入ったやつ。」

 「え、いいんですか?じゃあ、俺、農作業するから洗えるやつが良いな・・・。」

天地君の好みは、ちょっとクラシカルなユンカースみたいなデザインに、丸洗い出来るようなベルトを組み合わせたもの。天地君は、僕の後ろに立って、イスの背もたれに手を掛けている。お、趣味良いじゃん。こんな感じのベルトの素材で良い?そう言っているうちに試作完成。今の天地君が持っているスマホの内容はコピー済み。もともとそっちも鷲羽ちゃん作だったので問題は無い。

 「では、お客様、どうぞ。」

一樹の邸宅にいる、バイオロイドの執事さんの真似をして一礼しながら手渡す。あの完璧な一礼は、一朝一夕では無理だろう。天地君の命令に忠実に反応してモード変更もうまくいっているようだ。それでは、と外に出ていつもの軽自動車に戻す。

 「お願いします。」

天地君から先に声がかかる。すでに木刀モードにしている。同じようにお願いしますと言って一礼、地を蹴る。いつもの神社境内へ駆け上がりながら天地君の一撃、二撃をかわす。あれ、身体の切れがない、と思うと田本さんのままだった。やはり光学迷彩を切るように瞬時に変われる。なんだか身体が変わっちゃったんだなぁ、っとあぶね!。もの凄い速さの突きを払ってかわす。今度はこっちの番!。もちろん、天地君は受ける、かわす!。早いし正確である。木の枝をつかみ、神社の参道を駆け上がりながら、神社境内に到着。もう一撃!ヤバ、突っ込みすぎた・・・。天地君の喉元に、切っ先が吸い込まれる、と思った瞬間、天地君の上半身は半透明の翼が現れ、ギインという打撃音と共に、僕の木刀は弾かれる。反作用で後方へたたらを踏んだところに、口の端を上げた天地君が僕の頭上に一撃、これも半透明の翼が受ける。ガ、キインという音が境内に響く。1秒か2秒だっただろうか、その姿で二人して静止していた。二人ともその翼はすぐに消える。

 「ま、参りました。」

僕の口から言葉が流れ出る。二人同時に後ろに飛び、ありがとうございました、と一礼した。

 「・・・で、天地君、それ、やっぱり光應翼だよね?」

あのちょっとワルそうに見える表情は、今の天地君にはない。一瞬ハッとした仕草を見せている。

 「ごめんなさい。・・・・・・ちょっと、まだ、ノーコメントです。」

そう言って目を伏せる天地君。何か、悩んでいるようにも見える。

 「なかなか、身体が動くようになったではないか。」

遥照様が、いつのまにか立っている。この人も気配を感じさせない。

 「まあ、それなりには・・・。天地君のレベルにはほど遠いですね。まだまだです。・・・って、あたしゃ、どんな顔して遥照様と話せば良いのよ、と言う思いが吹き荒れてますけど、内心。」

にたぁっと妖怪もかくやという笑顔を浮かべる遥照様である。

 「アイリも呼ぼうかの?」

 「そっちは西南君に任せます。・・・って来週水曜日100歳の訪問がありますが、どうしますか?すっかり忘れていたけど。」

そうだったのだ、来週この家に来ることになった仕事の決行日である。町長の予定も押さえたし、県への連絡も済み、記念品も来週火曜日には届く手筈になっている。

 「とりあえず、天地君はお孫さんで問題ないけど、阿重霞さんや、魎呼さんも遠くから来たお孫さんということで。もちろん砂沙美ちゃんも。お祝い状と祝い金を渡したらすぐに帰ります。と、言うことで良いですか?鷲羽ちゃんは、天地君の遠縁の叔母と言うことで!できれば100歳おめでとうというような紙の看板作ってくれていると写真写りが良いのですが」

 微妙にこっぱずかしいので、ここまでまくし立ててみる。ほっほっほっほ、と好々爺ここにありというような軽やかな笑い声である。実際おじいさんでも何でも無いのに・・・。

 「まあ、その辺は任せてくれればよい。だてに750年もこの土地で隠れ住んではおらんからの。」

なんだか毒気を抜かれてしまう。あははははと、力なく笑ってみる。

 「じっちゃん、この調子だから・・・。まあ、うちの町長と県の偉い人程度の目をくらませるのはお手の物だし。」

 「じゃあ、船穂様や瀬戸様は?」

ひくくっと左のほほが引きつっている。どうもノーコメントらしい。遥照様でも怖い人は居るんだなと、再び納得した。

 「だれを西南君に任せるってぇ?」

グリーンの髪の毛を頭の上で丸くまとめ、赤が基本の制服のように見えるフォーマルな出で立ち。良く通る迫力ある女性の声だった。振り返ると、ちょうど神社の階段を上ったところで、左手を腰に当て、こちらをキッとにらんでいるように見える。柾木・アイリ・樹雷その人だった。今回はアンドロイドじゃないよね?的な視線を遥照様に送ると、ぷい、とそっぽを向く。

 「誰かさんが発見してくれた航路のおかげで、わたしゃ、際限なく湧いて出てくる決裁書類に埋もれて仕事してたってのに。」

 つかつかつか、と歩いてきて、目の前に立つ。僕の胸くらいの背の高さなので、つま先立っている。

 「しかも、ボディガードと監視役を兼ねてそばに付けた、うちの娘を~~~。」

さあ、困った。お母様とか言うと、火に油を注いで徹甲弾ぶち込むようなものだし。両手のひらを、まあ待ってくださいと言わんばかりに胸の前に出しながら後ずさり。ちょっと天地君助けて、的な視線を送るけど、遥照様みたいな知らんぷりを決め込まれた。

 「かてて加えて、皇族を4人も救って死にかけながら、樹雷に送り届けるし・・・。負傷した皇族をこれまた命の危険を顧みず助けるなんて~~~~。うちの水穂のあんなに泣きじゃくる顔は、初めて見たわよっ!。」

ぐっさぁぁぁっとRPGで戦士が振り回すような長くてでかい剣が胸に突き刺さったようだった。

 「うわああ、ごめんなさい。もうしません。水穂さんと、片時も離れないことを誓います!。」

気持ちは土下座だった。僕にとって、あんたのせいで泣いていた人がいる、と言われるのはとても辛い。頭の上で両手を摺り合わせてごめんなさいする。おずおずと、顔を上げると、瀬戸様に似た爬虫類顔のアイリさん。

 「うふ、よろしい。でも、あれかしらね、柾木の男って、なんでみんなこうなのかしらね?」

に~っこりと笑いながら、遥照様を見ている。天地君は、済まなさそうな表情をして人差し指でぽりぽりともみあげのあたりをかいている。

 「さだめじゃ、の。」

すぱこ~~んと小気味良い音が境内に鳴り響いた。アイリさんが、巨大なハリセンを持って遥照様を殴っていた。

 「あなたも、100年以上も音信不通だったでしょうがっっ!」

うわあ、痛そう。アイリさん強ぉ~い。しかし、遥照様をハリセンで殴れる人はこの人くらいだろうなぁ、きっと。・・・そして、ふわっと薫る微香性の香水。この香りは・・・。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷3

さーて、どこへ行きましょうか。宇宙は広大だわ・・・。

このおっさん、どこに行ってしまうのでせふ・・・。


うわあ、痛そう。アイリさん強ぉ~い。しかし、遥照様をハリセンで殴れる人はこの人くらいだろうなぁ、きっと。・・・そして、ふわっと薫る微香性の香水。この香りは・・・。

 「あなた・・・。嬉しい・・・・・・。」

そう言って、背後から両手を僕の胸に回す水穂さん。指が細く美しい。その指がいとおしくなって、それに自分の手を重ねた。

 「ところで、なんでまた急にこちらにアイリ様?」

でかいハリセン持って肩で息をしていたアイリさん、どこかにハリセン隠して、くるっと表情を変える。慌てて襟元も整えていた。

 「そんなの決まってるじゃない、うちの息子になる人を見に来たのよ!ってのもあるんだけどね、鷲羽様が、GPが依頼していた物件が完成したからって連絡もらってね。その試作品を引き取りに来たのよ。それと、ね~。」

うわ、また爬虫類顔というか、コモドオオトカゲ的な目しているし。

 「ああ、左様でございますか。あたしゃ、昨日も遅かったし・・・、これで帰ります。あ、そうだ、うちの父母がアイリ様に良くお礼言っといてね、と申しております。また改めてお礼等々お伺いするそうです。」

ふわあぁとあくびをかみ殺して、おやすみなさいと水穂さんの手を取る。なんとなく、肩にいる一樹を撫でて、そのあと、足下にいる気配の柚樹さんを抱きあげる。柚樹さんもネコっぽく左腕に前足垂らして抱かれている。

 お休みなさい、と一礼して古い軽自動車に擬態している惑星探査船のリアドアを開けて、柚樹と一樹を降ろすうちに、水穂さんが助手席に乗る。

 「なんだか、これだけ見てると、帰省した親元から帰る、地球のありふれた新婚さんに見えるわね~。」

アイリさんがため息をつきながら言う。

 「だって、ほら、僕、普通の公務員で役場職員だし、ねえ、天地君。」

軽自動車の屋根に両手を置いて、総務課の天地君に言った。ひたすら気の毒そうにこちらを見ている。

 「ああ、まあ、そうですね、いまのところ・・・。銀河のすべてを敵に回して、かるく勝てる戦力を持っている役場職員は普通いませんけどね。」

ちら、と柚樹と一樹を見ながら引きつった笑顔で言う天地君。

あっはっは、おっほっほっと引きつった笑顔のやりとりを終え、さてとクルマに乗ろうとする。

 「ああ、間に合った。ちょっと待っておくれな田本殿。」

よほど慌てているのか、神社境内に鷲羽ちゃんが転送されてきた。

 「ちょっと変わった発想だったからね、検証に時間食っちまったよ。アイリ殿、これ、依頼されていた、超重力発電所の制御ユニットだよ。ようやく目標以上の寿命が達成できたんでね。しかも制御精度も10%ほど上げられたから。それと、ここの火星に眠っていた先史文明の解析データだ。こっちは瀬戸殿にも送っているから。」

ああ、鷲羽様どうもありがとうございます、たすかりましたわ。とアイリさんが小さな梱包を受け取っていた。へええ、珍しい。手渡しなんだ。いや、でもなんで僕が待っていないといけないのだろう。

 「さっき見てもらっていた回路が、今アイリ殿に渡したモノなのさ。それと、こないだの試験航行で、火星に行っただろ?その解析データさ。ちなみに・・・。」

 「鷲羽様、わたしから説明しますわ。」

アイリさんが一歩前に出て、大きめのディスプレイを展開する。それによると、ブラックホールだとか、恒星などのコアに沈めて発電し、電力エネルギーを軌道上に転送、その制御回路らしかった。いままでは100年程度で交換が必要だったらしく、そんな超重力のところで100年とはいえ、交換は大変である。今回鷲羽ちゃんに頼んでその寿命を長く出来ないかと言う依頼だったらしい。なんとまあ、すごい技術力だこと。

 「で、田本殿のアイデアで、なんと寿命は2500年まで延長出来たよ。またパテントとっといたからね~。わたしとの共作と言うことで。さらに、その制御システムが出来たおかげで一樹やその惑星探査船の縮退炉、出力は30%ほど安全に上げられるようになったからね。」

もの凄くご機嫌の鷲羽ちゃん。はあ、さいですか・・・。って、まずいですって。

 「それ、僕が数年前に考えて、自分のオーディオに使った回路というか、考え方ですよ。そんなむちゃくちゃ重要なところに使って大丈夫なんですか?」

ちゅど~~んと恒星が爆発したり、ブラックホールが裏返ったり(?)するビジョンが脳裏に浮かぶ。

 「わたしにも盲点な考え方だったからね。さっきまで検証に時間がかかってしまったよ。まったく大丈夫。余裕を見ての年数だからさ。」

 「鷲羽様、ちなみに余裕を考えなければ?」

アイリさんが、真面目な顔で聞いている。

 「お勧めはしないけど、1万年程度は使えるはずさ。ただ、材料はこちらの指定を守っておくれ。ちょっと高価になるけどさ。そろそろ、うちの試作工場から完成品が届くはずさ・・・。お、来たようだね。」

そのちょっと高価って、どういう額なのか皆目見当も付かない。なぜか目の前にみたことのある通販サイトの大きめの箱が転送されてきた。某大阪にある巨大電器販売店のロゴが見える。僕も何度かお世話になったことがある。そう言えば先週の土曜日に購入した大容量SSD届いていたなぁ。なんだかもう、そんな物がおもちゃに見えてしまう自分が怖い。

 「・・・なんで、ジョー○ン電気のロゴが書いてあるんですか?」

うふふ、な・い・しょ。みたいなこと言って、鷲羽ちゃんが、しゃがんで梱包のガムテープをびび~っと剥がしている。パンツ見えてるよ、パンツ。これ、そこらの運輸業者の集配所に置いてあっても誰も気がつかんだろうなぁ。

 「鷲羽様が検品している間に、田本殿にお話ししておかなければならないことだけど、もう一つの火星のデータだけどね、これGPと樹雷で合同発掘しようかという話があるの。シードを行った先史文明の痕跡はあっちこっちに残っているんだけどね、これだけ大規模にしかも克明に残っているのは初めてなのよ。しかも、ここから銀河5つほど向こうに、何かあるような記述があるし。ご丁寧にも座標と地図付き。」

 「銀河5つほど向こうって、どのくらい向こうなんですか?それ・・・。」

そんな、隣町にお豆腐買いに行ってきて、みたいに言われても・・・・・・。

 「ざっくり500万光年ほどかしらね~~。もしかすると1000万光年かも知れないわね。誰も行ったことないしね~。」

アニメの設定でもなかなか無いような遠い距離である。どんなところなんだろう。

 「い~ですね~。1000万光年かぁ・・・・・・。誰が行くんだろう。うらやましいなぁ。」

何も言わず、微笑みを浮かべるアイリさん。

 「お、こりゃ上出来だね。さっそくテストだ。田本殿、クルマと一樹借りるよ。」

鷲羽ちゃんは、梱包されていたモノのプチプチというか、梱包材をベリリと破って一個を見ていた。鷲羽ちゃんが、その気になっているときに何か逆らってもどうにもならない。え?、ああ、はい。と答えた。水穂さんや、柚樹さんも一旦クルマから降りる。一樹に、乗ってきた軽自動車を一度格納庫に転送するよう命じ、そのまま鷲羽ちゃんに付いていくように言った。

 とりあえず、鷲羽ちゃんのパーツ取り付け時間待ちになってしまった。遥照様が社務所に入ってくるように言っている。期せずして、水穂さんの父母がそろった状態になってしまった・・・。さっき勢いで言ってしまったが、むっちゃ恥ずかしい。勧められるまま社務所に入る。この前に似て、南側に遥照様とアイリ様、その左側に天地君が座る。ううう、いたたまれない。先に話し始める。

 「・・・え~、すみません。なし崩し的に水穂さんとこういう関係になってしまって申し訳ありません。でも、先ほど言ったように・・・。」

遥照様が右手をあげて僕の言葉を制する。

 「わしとアイリは、お前さんと水穂との関係はほんのここ10日あまりしか見ておらんが、樹雷や、皇家の樹というものを見事に受け入れてくれておる。瀬戸様との関係も良い具合のようだしの・・・。しかも当人同士まったく問題が無ければ、口は挟まんよ。」

 「田本殿のおうちの方も、以前、わたしがお世話した正木家だし、こっちもこないだ判明して・・・というか、「樹の間」で飲んでた、あなたにご両親が気付いて、連絡くれてねぇ。こっちもびっくりしたけど、あなたのお父さんとお母さんは、本当にびっくりしたようで大騒ぎだったようよ。といっても外に言うわけにいけないし、家の中で二人して走り回っていたみたい。」

あ、なんかわかる。うわああ~~って、ふたりして慌てているのが・・・。

 「なんか、あっちこっちにごめんなさいって言って回りたい気分です。」

頭を掻きながら小さく何度も頭を下げる。

 「しかし、あなたがこの社務所にお仕事で来てから、土石流のごとく様々なことが動き始めたわ。樹雷も右往左往しているみたいよ。今週末が楽しみね。」

もの凄く意味ありげな微笑みが怖いアイリさんだった。

 「父母の静かに暮らしたい、という気持ちも凄くよくわかるんです。本当にこの町は静かで、気候も温暖だし、大きな災害もまれな地域です。風の音を聞き、稲穂の香りをかぐ生活も悪くはありません。でも・・・。」

 「あなたは、皇家の樹に選ばれてしまった・・・。」

静かな泉が湧き、小川になるような声でアイリさんはそう言う。

 「僕自身がどのように変わろうとも、柚樹さんや一樹と一緒にいたいし、あの皇家の樹達と話していたい。そして僕と共にいてくれる人は僕のために死ぬようなことがあってはならない。泣いて欲しくない。そう、思っています。一番大事な水穂さんは泣かせちゃったみたいですけど・・・。正直、僕に、こんな良くできた人はもったいないくらいで・・・。」

げしっと脇腹を水穂さんに小突かれて、ぐっと腕を取られて引き寄せられる。痛いって。

 「あなたは、わたしが瀬戸様の副官と言うことをまったく気にしない初めての人でしたわ。しかも、例え知らなかったとは言え、瀬戸様とあのようなやりとりを普通に出来る人は初めてです。」

水穂さんがその大きく美しい瞳で、僕を見据えて言う。怖いくらい輝かしく愛おしい。

 「もしも、そうでなくても樹雷は、あなたを離しはしないでしょうね。樹雷にとって皇家の樹は親兄弟以上のモノ。その2樹に選ばれ、しかもマスターキー無しで話が出来る、さらに周辺の皇家の樹の力を分けてもらえるなんて・・・。すぐにでも樹雷に軟禁したい勢いだと思うわ、実際のところ。」

不穏なことをさらっというアイリさんである。頷いている遥照様がもっと怖い。

 「舌なめずりしながら、苔むした洋館で待つ瀬戸様の映像がが目に浮かぶようです。それに、我ながら、鷲羽ちゃんにバカな子だねえ、と言われるのが癖になりつつあります。」

 「やれやれ、西南君の向こうを張っちゃうわね、これじゃ。」

いやあ、それほどでもぉ、と某幼稚園児が主人公のアニメの真似で言ってみる。プッと吹いているのは天地君だけだった。まあ、見事にスベったともいうな、こりゃ。なにやら頃合いだったらしく、アイリさんが、まだたくさん書類が残っているから帰るわね、と遥照様に言って、膝立ちする。

 「そうだ、忙しいと思うけど、GPに寄ってくれたらアカデミーを案内して、そのあとナーシスで一杯やりましょう、ね。」

すすす、と四つん這いで寄ってきて、人差し指を唇に当てて、ちゅ、とやってる。さっと立ってきゅっきゅとお尻を揺らせながら社務所を出て行った。うむ、立派である。お尻を見ていると、水穂さんに横から小突かれる。だから痛いって。

 「ほっほっほ。若いってことは良いのぉ。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷4

おっさん、なし崩し的に、話が決まりそうです。

今回はモバイル更新してみました(^^;;;。






「ほっほっほ。若いってことは良いのぉ。」

いやいや、あなた、数百年生きてらっしゃるけれど、樹雷の技術で年取っていないでしょ、と心の中で突っ込む。本当にこの人達の歳は分からない。僕たちも社務所を出て、縁側に座って鷲羽ちゃんの連絡を待つ。遥照様は社務所の奥へ行き、天地君は、お休みなさいと神社の階段を降りていった。今日は少し涼しい。柾木家よりも標高が高い位置にある柾木神社だから、気持ちの良い風が吹いていた。遠くを走る高速道路の低い音。さわさわと木々の葉擦れの音。二人で縁側に腰掛けていると本当にホッとする。

 「なんだか、ホッとしますね。ちょっと年寄り臭いけど・・・。」

 「いいえ、一昨日あたりから比べると本当に嘘のよう・・・。」

水穂さんが頭を預けてくる。

 「僕は反対側に、籐吾さんや、謙吾さんがいてくれても良いのだけれど。」

また脇腹を小突かれた。痛いのだ。

 「せっかく、今はわたしだけのものなのに・・・。もっと空気を読んでくれても良いじゃない!」

ぷくうっと両ほほを膨らませる。

 「あう、ごめんなさい。」

そう言いながら、ほほを人差し指でつんつんしてみる。この人こんなかわいいところあったんだと思いながら。

 「そう言えば本当になし崩し的でしたけど、本当に僕なんかで良いんですか?。樹雷だともっと凄い人がいらっしゃるでしょうに。」

皇家の船、第二世代艦水鏡の副官である。しかも平田兼光さんと、同僚だったりもする。どうひいき目に見ても優秀でないわけがない。

 「瀬戸様あたりがいろいろセッティングしてくれたり、船穂様も美沙樹様もいろいろお世話くださいましたが、瀬戸様の副官と分かった時点で、全部断られました。」

 「・・・それはまた、とても気の毒なお話ですけど、柾木・水穂・樹雷を名乗るあなたには、どう考えても、僕は不釣り合いのような・・・。」

僕の両手をそっと取り、その大きな瞳で僕の顔を見据えてしっかりとした口調で言う。

 「もう、あなたが辺境の公務員という人は誰もいません。皇家の樹2樹のマスターでもあり、樹雷の皇家の樹とそのマスターを4人も救い、死の淵から闘士を救った・・・。さらに海賊の大艦隊を相手に正々堂々戦い、辺境の惑星を守り切っています。控えめに言っても今樹雷は上を下への大騒ぎの真っ最中ですわ。そして、わたしは・・・。あなたとどこまでも行きたい・・・だからおいていかないで・・・。」

あー、だめだこりゃ。僕にはもったいない人だけれども、ありがとう。水穂さんを抱き寄せて、その汗ばむ、熱いからだが幸せだとしみじみ思う。左手で、水穂さんの頭から、しっとりした美しい髪を撫でる。

 「とりあえず、週末は樹雷、ですね。」

 「ええ、きっともみくちゃにされますわ・・・。」

 「皇家の樹のネットワークでも伝わってきているが、何か考えているそうだぞ。」

珍しく、柚樹さんが口を挟む。姿を現して、水穂さんと反対側に座っている柚樹さんを抱き上げ、膝の上に載せる。つやつやとした銀毛、喉をかくとごろごろと喉を鳴らす柚樹さん。ちょっと変わったネコにしか見えない。

 「もしかして、皇家の樹の皆さんに怒られるのかなぁ。」

 「いや、阿羅々樹と、赤炎、緑炎、白炎を無事連れて帰ってきてくれて嬉しいそうだ。それに、あれぐらいで良ければ、いつでも力を貸すと言っておる。」

 「う~~、それは良いんですけど、何か自力で光應翼張れるようになってるし、光学迷彩要らなくなってるし・・・。なんか、いろんな人に怒られたし。水穂さんには泣かれるし。無茶はやめようと思いました。」

 「お前さんは、ほとんど我らの仲間と言っても良いのかも知れないのぉ。」

 「じゃあ、水穂さんはカズキのマスターだね。」

はらはらと涙を流し始める水穂さんだった。なにか気に触ること言ったかな・・・。

 「そんな、樹になる、なんて言わないで。あなたは、ヒトのままでいて欲しいの・・・。」

気がつくと、階段のところに阿重霞さんに魎呼さんに、魎皇鬼ちゃんに砂沙美ちゃん、ノイケさんまでハンカチ持って顔だけ出して見ている。ちょうどその上に、でかいディスプレイが二つ出来ていて、瀬戸様と天木蘭さんがこっちを見て、ハンカチ持って泣いていた。しかも、上半身光学迷彩を解いてハンディカムみたいな物を持った鷲羽ちゃんまで見ている。

 「うむ、良い画が撮れたよ。題して、「水穂さんの憂鬱」だ。GBSに高値で売れるよ。」

もう、鷲羽様!と阿重霞さん達に、タコ殴りに遭っている。頭にでかい絆創膏をバッテンに貼って懐から一樹を出した。

 「・・・やれやれ、うるさい子達だよ。・・・一樹と惑星探査機の改造は終わったよ。」

ありがとうございます、鷲羽ちゃん、と頭を下げる。

 「で、田本殿、わたしがどこの洋館の主人だってぇ?。」

デビル・イヤーは地獄耳。いや、鬼姫の耳か。

 「あ~、瀬戸様はいつもお美しいなぁって。」

 「そんな棒読みじゃい・や・よ。」

 「じゃあ、瀬戸様の塩結びと、お漬け物、そしてわかめとタマネギのお味噌汁が飲みたいです。」

だって、美味かったのだ。籐吾さんが泣きながら食べるのがよくわかるのだ。

ぽっとほほを赤らめる瀬戸様。

 「あげませんよ、瀬戸様、蘭ちゃん。」

ぎゅっと僕の腕に自分の腕を絡めた水穂さんが、べ~っとかわいく舌を出している。

 「ノイケお姉ちゃん、頑張ろうね。」

 「ええ、砂沙美ちゃん。」

階段から顔だけ出して、ふたりして腕をクロスさせて誓い合ってる。だから何のために頑張るのよ・・・。ああ、なるほど、天地君か。

 「魎呼さん、私たちも負けてられませんわ!。」

 「お、おう・・・。」

さすがに魎呼さんは、その勢いに引いている。魎皇鬼ちゃんは、いまいちよくわかんない、みたいにみゃあ?と言っていた。

 「ホントに今日は失礼します。瀬戸様、天木蘭さん、今週末はお世話になります。あ、そうだ、竜木籐吾さんの具合はどうですか?」

 「ああ、大丈夫、元気なモノよ。時々思い出して顔を赤らめているけれど。あの子もかわいいわぁ。あとね、軽率な行動を自分自身取ったことを責めているみたいなの。その辺のフォローはお願いね。」

ええ、もちろん。と言うと、微妙に水穂さんの機嫌が悪い。そんなこんなで、みんなに見送られ柾木家をあとにした。

 「ただいま~。」

鍵を開けて、家に入り、キッチンの引き戸を開ける。うちは日本家屋なのだ。まあ平たく言えば土間があってガラスの引き戸を開ければキッチンというか台所。ここで食事をして、各自自分の部屋に行く生活パターンである。昨日は水穂さんがここに座っていて本当に驚かされたのだ。その結果、今日は水穂さんと一緒だったりする。堂々と入り口から帰ってきたりもする。あの数日間は何だったんだろう。電灯は消えていて、奥の部屋が明るい。今夜は二人とも32インチの液晶テレビのある奥のリビングにいるのだろう。時計を見ると、22時過ぎだった。

 「ただいま、お酒喜んで頂いたみたいだよ。それと、今週末、また樹雷に行ってくるから。」

 父母とも、韓ドラに見入っていたようである。そう言うと、今更ながらびっくりした顔をされる。扇風機が空々しく風を送っている。部屋の入り口に、水穂さんと二人して座る。母が慌てて座布団を出して、台所に行き、麦茶ポットと氷を入れたグラスを四つとちょっと深い皿に入れた水をもってきた。柚樹さんが水を喜んで飲んでいる。あの山の水だろう。

 「水穂さんがいるから大丈夫だと思うけど、本当に失礼の無いようにね。皇家なんてほんっっと~~に私たちに縁の無い世界だったんだから。でも、またなんでいくの?」

 「先週こちらに帰ってくるときに、行方不明だった皇家の船の艦隊を発見して樹雷に送り届けた祝賀会と、その艦隊の司令官になったお披露目、皇家の闘士を一人救ったお礼も兼ねてと言うところですわ・・・。」

 と、指折り数えて水穂さんが説明してくれる。

 「あんた本当に、わたしが産んだ子だろうね。先週樹雷の居酒屋であんたを見たとき心臓が止まるかと思ったよ。」

ごもっともでございます。だから隠していたんだけど・・・。

 「樹雷皇阿主沙様にも、船穂様、美沙樹様、神木・瀬戸・樹雷様にも本当に良くして頂いてるよ。」

まあ、本当にその通りなのだ。

 「あ~、本当にあんたの口から樹雷皇阿主沙様や船穂様、美沙樹様なんて言う言葉が出てくることがしんじらんないわ。ねえ、お父さん。」

 「まさかと思って、久しぶりにアイリ理事長に問い合わせたら、うちの娘がお世話になっています、なんて言われてたまげるやら、絶句するやら・・・。」

こんなことも出来るよって、光應翼張った日にゃあ、たぶん卒倒するな二人とも・・・。

 「わしも、一樹もついとるからまず大丈夫だろうて、のお、一樹。」

 「うん、だいじょうぶだよ。昨日も海賊の大艦隊を撃退したんだ!」

まずっ・・・、と思ったが遅かった。さああ~~っと血の気が引く音が聞こえるように二人の顔色が青ざめる。

 「それに、先週も、昨日も敵のアンドロイドやら、兵士と戦っておるしな。」

あ~あ、バレちゃった。ちっちゃい皇家の船がしゃべったり、柚樹さんがしゃべったりするのにも驚いている。

 「この地に帰ってきたときに、そんな話とは無縁の生活が始まると喜んだんだが・・・。」

 「じいちゃんの血が流れてるんだねぇ・・・。」

二人が少し涙ぐみながら、自分に言い聞かせるように言葉を紡いでいた。

 「まだ自分にも、その自覚があまりないんだけど、どうも樹雷の闘士の一人として認めてくれている、ようなんだよね・・・。」

 「お父様、お母様、カズキさんはもう立派な樹雷の闘士ですよ。」

ほんの数秒、じっと僕の目を父母二人が見つめていた。

 「あんたがその格好していても、目はあんたの目だからさ、親には分かっているけれど・・・。」

会話が途切れる。母はティッシュペーパーを取って目頭を拭いている。ちょうどその時、ピンポーンと会話の内容とまったく関係なく、平和な玄関チャイムが鳴った。こんな遅くに?田舎ではまず9時過ぎて人が尋ねてくることはない。それどころか、夕方、日が落ちてから他人宅へ訪問することはないと言って良い。母が立って玄関に行こうとするのを制して、僕が行くことにする。一樹と柚樹を見ると・・・、ニッと笑っている。危険は無いと言うことだろう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷5


ここでもやっぱり瀬戸様に振り回されております。

阿羅々樹の樹は、ちょっと肝っ玉母さん風味。


さて、次話ではボーイズラブ表現を含みますからお気を付けて。


会話が途切れる。母はティッシュペーパーを取って目頭を拭いている。ちょうどその時、ピンポーンと会話の内容とまったく関係なく、平和な玄関チャイムが鳴った。こんな遅くに?田舎ではまず9時過ぎて人が尋ねてくることはない。それどころか、夕方、日が落ちてから他人宅へ訪問することはないと言って良い。母が立って玄関に行こうとするのを制して、僕が行くことにする。一樹と柚樹を見ると・・・、ニッと笑っている。危険は無いと言うことだろう。

 「はいはい、こんばんは、どなた様です、か・・・・・・、あ?」

そこには、竜木籐吾さん、立木謙吾さん、神木あやめ、茉莉、阿知花の五人が立っていた。う、うちの玄関に樹雷の闘士が立ってるぅ!、とパニックになりそうになる。と言うか田本一樹は完全にパニクっているけど、そんなときに天木日亜の記憶がうまい具合にフラッシュバックする。それでどうにかバランスが取れた。5人とも人の悪い笑顔を浮かべている。いちおう、服装は地球のモノを着ていた。それぞれがとても似合っている。

 「・・・とりあえず、みんなで一樹の家に行こう。」

ゴクリと生唾を飲み込み、ようやくそう言えた。僕の父母、水穂さん、さっきの5人、姿を消した柚樹さんで一樹の邸宅、食堂へ転送してもらう。ある程度見慣れたとは言え、やっぱり自分には似合わないなぁとため息が出る。玄関が開き、間髪入れずに、バイオロイドの執事とメイドが、おかえりなさいませ、と招き入れてくれる。水穂さんが、皆さんに冷たいお飲み物をとスッと気を利かせて指示している。大きめで十人程度が座れる楕円のテーブルがセッティングされていた。もちろん木製で、美しい装飾が嫌みにならない程度に施されている。こんなの地球で買うと高いぞぉ~ってなテーブルだった。それに背もたれが一枚板で、シンプルなデザインのイスが組み合わされていた。一種、中国の家具のような、北欧のそれとも言えるようなデザインだった。優美な曲線が美しい。いちおうやっぱり上座には僕と水穂さん、その両サイドに、父と母、さっきの5人という配置で座った。

 「・・・まさか、わが家に来るとは。むっちゃ、びっくりしたんですけど。」

と言って聞いてみると、瀬戸様に、田本家の方も片が付いたから、警備も兼ねて行ってらっしゃいと、昨日、樹雷に帰還途中で置いて行かれたそうである。そのまま引き返して今に至ると。なるほど、瀬戸様の爬虫類顔が目に浮かぶ。せ、瀬戸様ですか、とへにゃら、と水穂さんと二人で脱力してしまう。い、いかん、5人を紹介しないと。周りをきょろきょろと見渡している父母が居心地悪そうに座っていた。ちょうどタイミング良く、冷たい飲み物が運ばれてくる。お茶の一種だろうが、ウーロン茶をもう少し洋風にしたような香りの琥珀色の飲み物だった。ガラスと木が融合したような不思議なコップで出してくれる。

 「父さん、母さん、この5人を紹介するよ。」

立木謙吾さんは、僕の皇家の船、一樹の艤装をしてくれて、技術担当として僕の艦隊に配属されていること。竜木籐吾さんと神木あやめ、茉莉、阿知花の3人の女の子は、行方不明だった、樹雷草創期の艦隊で樹雷への帰還航路を取っていたが、4人とも重傷で急ぎ、先週日曜日に樹雷に送ったこと。そして、この5人と僕とで艦隊を組むらしいこと・・・。我ながら言っていて、荒唐無稽が百鬼夜行していると思う。5人とも順番に立ち上がり、樹雷の闘士らしい丁寧な礼をしてくれる。竜木籐吾さんは、血色も良くなっていて、それを見てホッとする。籐吾さんを見つめていると、赤くなってうつむいてしまう。ああ、でも良かった元気で。

 「あのぉ、カズキ様、昨日のことは、籐吾殿が軽率な行動だったと悔やんでおりまして、自分も、その・・・、同感で、申し訳ありません!」

立木謙吾さんが立ち上がって次いで竜木籐吾さんが立ち上がる。テーブルに手をついて、頭を下げて、二人が謝ってくれる。

 「僕は、みんなが生きてそう言ってくれるだけで良いんだ。だから生きるために全力で努力して欲しい・・・。・・・あれ、おかしいな、涙が止まらないな。」

昨日の、喪失感と怒りやら悲しみやらがどっと押し寄せる。ああ、でも二人とも生きていると思い直す。水穂さんが手をぎゅっと握ってくれる。涙をぬぐって見ると、父と母が見つめ合ってうなづきあっていた。

 「お前がこんな世界でいたとはな・・・。婆ちゃんが死ぬまで大事に持っていた、じいちゃんの記録だ。よもや、これを見せることになろうとは思わなんだよ・・・。」

それは小さなメモリーチップだった。地球のマイクロSDカードよりも小さな正方形。水穂さんがそれを受け取って、自分の携帯端末にセットする。その記録は、僕の想像を超えたものだった。

 「おじいさまは、竜木西阿殿の艦隊司令だったんですね。」

竜木西阿殿の数々の戦歴とともに竜木西阿殿に付き従い、時には意見し、時には酒を酌み交わし、雄々しく生きている、紛れもない祖父の姿がそこにあった。望めば皇族にという話を蹴り、そして、自ら延命処置を拒み地球に隠れ住んだらしい。ばあちゃんは、そのじいちゃんと正木の村に還ってきたようだ。婆ちゃんは、数年前に病院で静かに亡くなった。最後まで意識はしっかりしていて、綺麗なお婆ちゃんだったことを覚えている。僕が小さな頃は、父母が仕事に行っていたこともあって、いろいろ面倒を見てくれた婆ちゃんだった。じいちゃんの方は、身体を壊すまで結構長い間仕事に行っていた覚えがある。

 じいちゃんもばあちゃんも優しい笑顔しか、記憶に残っていない。まさか、樹雷戦艦や巡洋艦、駆逐艦の大艦隊を指揮していたなんて・・・。と思いながら映像を見ていると、

 「あなたっっっ!、この携帯端末に残っている、着信履歴は神木さんところの奥さんでしょう?しかもこんなにたくさん!、一体何を話していたのっ。」

って言われながら、必死に釈明して、最後には土下座して謝っていたり、誰かさんみたいにべろんべろんに酔っ払って、たぶん竜木西阿様だろう人に送ってもらって家に帰ってきていたり、休みの日にラフなカッコして、ドラマ見て涙ぐんでいたりした。ばあちゃん、じいちゃんのことが大好きだったのだろう。いろんなじいちゃんが映像になっている。そして静かに年を取っていく二人。

 「わたし、あなたと一緒にこんな人生を送りたい・・・。」

そっとつぶやいて、涙ぐんでいる水穂さんがいた。

 「ごめんね、僕も良いなぁと思いました。」

耳が熱い。あははは、と誰彼となく笑い声が出る。

 「こんなお馬鹿な息子だけどさ、水穂さんさえ良かったら、かまってやっておくれ。」

そう言って、父と母は家に帰っていった。う~、そりゃお馬鹿だけどさ・・・。

 「そういえば、いま地球周辺に、皇家の船がたくさんいるような気がするけど・・・。」

立木謙吾さんが、ええっと僕の樹沙羅儀と、阿羅々樹と、緑炎、赤炎、白炎と少なくとも5隻はいますね~、とのほほんと言う。

 「さっき、銀河中を敵に回して勝てる戦力持ってる、役場職員なんて言われたばかりだけどな~・・・。」

 「その気ならできるでしょうね~。まあ、でもそう言う人は、普通、樹に選ばれませんから・・・。」

なるほど、意思を持つ皇家の樹だからなのだろう。

 「ええっと、確か鷲羽様の改良か改造を受けているので、銀河系どころではないモノが消せるとか何とか。」

籐吾さんが、おずおずといった感じで口を開く。そうだった、瀬戸様と鷲羽ちゃん連合で無茶な艦隊になってるんだった。また瀬戸様かぁ、と水穂さんと脱力する。

 「そうだ、阿羅々樹に行ってみても良いかな?あのときの時のお礼も言いたいし。」

 「・・・ええ、歓迎しますよ。」

真っ赤な顔して、籐吾さんが立った。ちなみに、今、僕は隣の水穂さんを見る勇気は無い。ごわあああっと地獄の業火さながらの気配がある。ごめんなさいね~、と手だけ握り返す。何となく謙吾さんと阿知花さんも雰囲気が怖い。

 「柚樹さんも、行ってくれますか。たぶんよく知っている樹だろうし。」

 「ほっほっほ、いいのかの?」

めりっっと言う音がした。み、水穂さん、そのテーブル握りつぶさないように・・・。柚樹さんがにたりと笑っている。さあさあ行こうと竜木籐吾さんの左手で肩を抱く。ビクッと身体が震えていた。右手では柚樹ネコを抱いている。籐吾さんが、剣の束(つか)のようなモノを手に取り念じると、即座に転送フィールドが形成され、輝く緑の壁が見えたとたん、阿羅々樹の中だろう場所に転送された。

 「実は、まだ家の方は間に合わなくて、直っていないところがあるんですよ。」

ロボットが十数機、目の前の豪邸を直している。広々とした気持ちの良い空間が眼前に広がっていた。田や畑がいくつも広がる。自分の一樹は、まだこれほど整っていない。懐かしいという気持ちが広がる。

 「天木日亜さんの記憶が懐かしいと言っています。それにしてもすごいなぁ、やっぱり僕も畑作って何か売ろうっと。」

竜木籐吾さんの、真っ赤になっているけど硬い表情が、ふわりとした笑顔に戻る。

 「超空間航行中の時空振では、天木日亜の船も真砂希様の船も大きな被害を受けたんですが・・・。」

いちおう今回の目的だったりする。

 「ええ、お話しします。その前に、阿羅々樹の間に行きましょう。」

柚樹さんと共に阿羅々樹の間に転送された。あのコアユニット内で銀葉に包まれた柚樹さんとも違って、結構大きな樹だった。

 「こんばんは、阿羅々樹さん。もしかして、1万数千年前に会っているかも知れませんけど、田本一樹と申します。昨日は力を分けて頂きありがとうございました。」

七色の神経光が僕の眉間に当たる。暖かく優しい皇家の樹の光だ。

 「・・・何と懐かしい、柚樹だね、その気配は・・・。そして、お前は・・・・・・。あの一緒に船出した天木日亜に似ているが・・・。マスターキー無しで、直接わたしと話が出来るのかい?不思議な子だね。・・・昨日は、わたしの友達を救ってくれようと言うんだ、力を貸さない樹があろうものかい。」

ぱっと神経光が天井近くまで伸び、そして花火のように周囲に散る。何とも美しい。

 「そうだな、阿羅々樹よ。いまはわしはこの姿だ。そして、このものに今一度生きる力をもらったよ。」

柚樹さんにも神経光が当たっている。ちょっとくすぐったそうに顔を洗う仕草をする柚樹ネコさん。

 「ああ、そちらの話は樹のネットワークで教えてもらったよ。こちらは、そうさねえ・・・。」

やはり超空間航行中の時空振で、かなり手ひどいダメージを食らったようだった。天木日亜と真砂希姫の船からはぐれ、4隻は未知の空間とも言うべき宙域に放り出されたようだ。比較的放り出された場所が近かったため、樹のネットワークで位置を特定、通信しあいながら集結して、樹雷に向かったらしい。ただし、ダメージが大きかったため、超空間航行は使えず、また通常の通信機器も大破してしまい、ほとんど外への通信は不可能な状態だったようだ。

 「わたしのマスターのこの籐吾殿はもちろん、他のみんなも大怪我でほとんど死にかかっていてね、とにかく時間凍結をかけて、樹雷への道を急いだんだ。」

また天木日亜の記憶がフラッシュバックする。

 「昏く寒い宇宙空間を1万数千年も・・・。本当に済まない。寂しかったろうに、つらかったろうに・・・。」

樹雷に着けば、という一縷の希望に身を託して帰ってきていたのだろう。天木日亜でなくとも、そのあまりにも遠大な道のりを想像して涙があふれる。

 「なに、みんながいたから大丈夫さ。それよりも、よく私たちを見つけられたね。私たちも眠ったようにして、最小限のエネルギー消費で航行していたからね。あんた達に見つけてもらって良かったよ、本当に。」

 「それは、たぶん一樹と柚樹という2樹がいたという点と、この者の特質だろうのぉ。」

話せば長いことながらと、始めようとして柚樹さんに先を越された。

 「樹になりたいとか言って、さっきも水穂殿に泣かれておったからのぉ。」

 「やれやれ、困った司令官殿だね。」

樹が笑っていた。さわさわと葉擦れの音がいつまでも続きそうだった。そうだ、と思いついた。エネルギーを受け取ることが出来るのなら、あげることも出来るのかなぁと。しゃがんで阿羅々樹のコアユニットに手を突き、力を込める。

 「おうおう、この子は・・・腰の痛みがひいていくなぁ。嗚呼、ありがとう、ありがとう。もう良いよ。」

樹に腰があるのかどうか知らないが、そう言う感じで答えてくれる。こっちはお婆ちゃんの肩叩きしている感覚だけど。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷6

田本さんの職場にも瀬戸様の魔の手が(^^;;;・・・。



※ボーイズラブ(いや中年か?)表現あります。嫌いな人は読まないでね。


「おうおう、この子は・・・腰の痛みがひいていくなぁ。嗚呼、ありがとう、ありがとう。もう良いよ。」

樹に腰があるのかどうか知らないが、そう言う感じで答えてくれる。こっちはお婆ちゃんの肩叩きしている感覚だけど。

 「すまないね、うちの子も治してやっておくれな。わたしは、柚樹とここで話しているからさ。」

なんだか、樹がウインクしたように見える。

 「ああ、まあ、その・・・。失礼します。」

阿羅々樹での夜は、少しだけ長かった。籐吾さんの傷も無いことを確認したりする。あのときの声が「日亜様」だったりするのは、ちょっと悔しいけれど。節操が無いと言われるけど、無駄の無い筋肉質の身体というのもまた、美しい。

 「・・・あの、うちのお風呂も入っていってください。」

阿羅々樹のお風呂を籐吾さんに案内されて行くと、樹雷らしい樹の造作が美しい風呂である。例によって大きい。天地君ちのお風呂とまた違って、ちょっと直線的なデザインが日本の老舗旅館風だなぁと思う。風呂に浸かってホッとしながら、聞いてみた。

 「あの、さ。天木日亜さんのアストラルと融合しているとは言え、僕は僕だったりするけど、それでもいいの?」

また顔を赤らめて、それでも僕の目を見て言う籐吾さん。

 「さっき抱いて頂いて、逆に思いは晴れました。だって、天木日亜様は、初代樹雷総帥一途な人でしたから・・・。それに水穂様や瀬戸様がうらやましい。あなたの胸は・・・。」

そう言って、また胸に頭を預けてくる。この人、それなりのカッコして原宿歩けば一発スカウトっしょ。不思議なオーラもあるし、目力も強い。立木謙吾さんも、そうだけど、ちょっと昏い雰囲気が見え隠れするところなんか、たまらないと言う女性が、たくさんいそうである。

 「今回のように、籐吾さんの命を危険にさらすことが、たぶんこれからは多いと思います。それでも、僕のような者で良いのですか?」

 「そう言うことは、樹雷の闘士ならば覚悟の上。なにも問題はありません。さらに僕とあなたは・・・。」

言葉を切って、身体を預けてくる。人と深くつながりあうということは、かなり強い力になるものだと天木日亜の記憶は言う。

 「ごめんね、水穂さんが待ってるから・・・。」

立ち上がろうとする僕の手を籐吾さんがにぎる。

 「僕も一言言わせてください。樹になるなんて言わないで、人のままでいてください。」

美しい瞳からはらりと涙がこぼれる。また愛おしくなって唇を奪う。二人してお風呂を出て、柚樹さんを伴い、僕は水穂さんの待つ一樹の邸宅へ帰った。ベッドに水穂さんが寝ていた、と思ったらがばって起きて、しっかり抱きつかれる。

 「・・・抱いて、今すぐ。」

節操が無い一因その2だな。と自戒しながら、だけども身体は元気。激変という言葉が陳腐に思えた水曜日が暮れていった。

 

 明けて、木曜日。いつものように起きていき、いまだ慣れない朝ご飯を食べて(だって水穂さんが隣にいるし)、西美那魅町役場職員として出勤した。おはようございます。と声をかけながら自分の席に座る。もちろん田本一樹(かずき)さんの格好である。何となく朝から、今日は平穏に終わって欲しいなぁとか思う自分がいた。県からのメールチェックしていると、水穂さんはすでにいろいろ書類を作っていた。子ども系の仕事も昨今多く、さっそくいろいろな会合に呼ばれているようだった。そうこうしていると、町長室から内線がかかる。

 「かずきさん、町長が来週の100歳慶祝訪問について打ち合わせしたいって。」

はいはいと、すぐに席を立つ。うちの町長もほとんど分刻みで動く人だったりする。時間は無駄にできない。総務課の奥に町長室があり、そこに行くと先週提出済みの書類を見ながら町長が座っていた。

 「田本君、この人は神主さんだそうだね、わたしもあまり記憶に無いのだが・・・。」

 「そうかもしれません。小さな神社ですからねぇ。この柾木勝仁さんはお元気のようで、当日は10時に神社の下にある柾木家に行くことになっています。県の人も一緒に行く予定です。少しわかりにくい場所ですから・・・。」

微妙に口の端を引きつらせながら答えた。樹雷の皇子なんて口が裂けても言えない。しかも900歳越えてるなんてことも言えない。

 「そうか。わたしの選挙の時にも見かけなかったしなぁ。相手方でも姿は見るもんだが・・・。」

前回の町長選挙は無投票だったが、その前は激戦だった。その折に敵だろうが味方だろうが、顔は見るものらしい。ちょっとどっきりして、いちおう申し開き。

 「割と閉鎖的な地域のようで、あまり外に出ることが無いとも聞いています。当日は、10時に現場ですから、そうですね、9時半には来て頂けるとありがたいです。」

大きく頷く西美那魅町町長だった。この人は実はかなりというか、とてもやり手の町長である。下手なこと言うと、イヤな笑みを浮かべて綺麗に喝破されるのだ。わりと職員に対してもフランクな人で、僕の場合は山間部の敬老会で、酔いつぶれた町長に肩を貸して公用車に乗せ、自宅に送ったこともあった。

 「わかった。・・・それと職員組合とも話さなければならんのだが、お前宛にこんな文書が届いておってな・・・。実際前例が無いのだが、ある意味トップダウンの指令だからどうしようも無いのだ。」

スッと、その文書は、なんと内閣総理大臣名で職印も綺麗に押印された公文書であり、しかも西美那魅町長と僕の名前が連名で書かれていた。いつも目にする普通の補助金決定通知みたいなものと紙質まで違う。びっくりして書類を手に取る。それには、まれな特例だが、総務省付けの職員として雇用し直し、樹雷国への出向を命ずる旨が書かれている。ご丁寧にも臨時職員、柾木水穂、との名前まである。期間は来月1日付から、いちおう60歳定年までの日付が記載されている。ちなみに、樹雷国というのは中国奥地にある国だそうである(笑)。

 「わたし宛には、こうだ。」

次の職員について、総務省出向を命ず・・・。見事に命令文書だった。普通は、依頼文だろうに・・・。しかも名指しはあり得ない。給与等については充分な配慮をすると明記されており、様々な手当が付く旨が続く文書に書かれていた。別に給与はいらなかったりもするけれど・・・。

 「ええっと、これは、確実な書類なのでしょうか?」

内心、思い当たることは多々あれど、まさかそこまで強攻策には出ないだろうと、瀬戸様や阿主沙様の顔を思い浮かべる。つ~っと冷や汗が額から落ち、背中は嫌な汗がどっと噴き出している。

 「お前にとっては、残念でも何でも無いかもしれないが、人事担当の森元が問い合わせたが、確かなところから出ている文書だそうだ。向こうの担当者も不思議がっていたがな・・・。」

口の端をつり上げ、にやり、と笑う町長。

 「で、なにをしたんだ?」

う~う~、そう思うわなぁ。ちょっとちょっと、瀬戸様~、打ち合わせしとかないと~。返答出来ないじゃん~。

 「え~っと、こないだの金曜日、慶祝訪問の打ち合わせで柾木家に行った帰りに、変わった服の人に会いまして、何か困っている様子だったので、相談を聞いて上げたんですよ。そしたら大事なものをなくしたって言うから一緒に探しまして、何とか見つかって。そしたらそれが、その樹雷国にとっては命の次に大事なものだったようで、是非我が国に来て欲しい、なんて言われていたんですが・・・。いやぁ、一度は断ったんですが・・・。まさか本気だったとは、ねえ。」

あ~は~は~、と下手な嘘をついた。もの凄くおおざっぱには間違っていない、と思う。瀬戸様~、恨みますよぉ~。

 「わかった、まあ、そういうことにしておこう。しかし、この樹雷国というのは危険な国ではないんだろうな?」

あれ?結構素直に引き下がるなぁ・・・。

 「紛争が相次ぐような国ではないと聞いています。」

危険と言えば危険だろうな、銀河では世仁我と勢力を二分する軍事国家だと聞いている。と言うか、自分自身とその率いる艦隊が危険だったりする。銀河三個消せるらしいし。

 「さらに、国負担で、明日10時に、総務省の総務課に来て欲しいという文書も来ている。」

スッとまた、目の前に書類を渡される。田本一樹、柾木水穂の2名の派遣について配慮願いたいという文書だった。旅費については総務課で費用弁済すると書いている。

 「また急な話ですねぇ・・・。」

いちおうびっくりしてみる。あの瀬戸様ならやりかねないけど・・・。

 「実は、一昨日の町村会の会合で、県知事自らこの文書をわたしに渡して、くれぐれも、と頼まれたのだ。知事もよくわからなかったらしいがな・・・。」

また無茶な手を使う・・・。誰かさんの爬虫類顔が、に~っひっひっひと笑うあの顔が目に浮かぶ。

 「・・・わかりました謹んで拝命致します。」

だって、そう言うほか無いじゃん。ここまで切羽詰まった手を使ってくるなんて、思いも寄らないし。

 「もう一度聞くが、本当に良いんだな?」

 「ええ、どうしようも無いでしょうね。まあ何とかなるでしょう。」

町長は若干あきれた顔をしていた。来週水曜日はよろしくお願いします、と言い、失礼しますと町長室を出た。出たところで、森元女史につかまる。

 「ねえねえ、ホントなにやったのよ。あんな文書見たことないわ。」

だから、瀬戸様~。

 「まあ、町長に説明したとおりですよ。とにかく、明日総務省に行ってきます。」

と言うことで急遽、東京出張決定。一樹で行ったら数十秒かな。

 朝一発目に、ある意味どかんと爆撃されて結構動揺したけれど、とにかく課長には、書類見せて、町長から話があった件を伝えると、すでに話が行っていたようで気をつけて行ってこいと言われる。それでも、いろいろ待ってくれない仕事は山積している。またあっという間にお昼である。今後のこともあるので、一樹の食堂で、天地君呼んで、作戦会議である。さすがに水穂さんのお弁当は、今日は一人分だろうと思ったら、どっさり作ってきていた。もしかして、エスパー?

 「天地君にはお世話になっているでしょう?それに、みんなで食べれば美味しいじゃない。」

と、にっこりと笑顔で言われた。本当に僕にはもったいない女性であるとしみじみ思う。

 「今日の朝、町長に呼ばれてね、こんな書類もらったんだ。樹雷って、この国のトップとつながってるの?」

と、一連の書類を二人に見せた。天地君は、ひたすら気の毒そうな顔をしている。

 「いちおう、瀬戸様に問い合わせてみますわ。」

時間も無いので、3人でお昼ご飯を口に運びながら、水穂さんは瀬戸様に通信を入れている。結構長くコールしてようやくつながる。忙しいのだろうか。

 「あら、ごめんなさいね。お待たせ。単刀直入に言うわ。樹雷としても、田本殿をいつまでも地球で仕事させておくわけには行かなくなったの。それほど、あなたの存在は巨大になっているわ。そこで、初期文明の惑星に干渉することになって、本当はまずいのだけれど、遥照殿のルートを使わせてもらって圧力をかけたのよ。遥照殿は、遙か昔からその国のトップには顔が利くからね。ちなみに阿主沙ちゃんも了承済みよ。」

よほど慌てているのか、樹雷王も阿主沙ちゃんだったりする。樹雷側として、もう僕の存在を隠すというか、そう言うことが出来なくなった、と言うことなんだろう。

 「皇家の樹を救った強き皇族が、なぜ樹雷にいないのか?その樹雷の国民の問いかけに答えなければならないときが来た、そうとも言えるわね。」

真面目な表情の瀬戸様は、さすがに迫力がすごい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷7

一樹で行けばすぐだけど、変に費用弁償がどうこう言われると、いちおう偽装しないと・・・。

東京から無事帰ってこられるのでしょうか?




「皇家の樹を救った強き皇族が、なぜ樹雷にいないのか?その樹雷の国民の問いかけに答えなければならないときが来た、そうとも言えるわね。」

真面目な表情の瀬戸様は、さすがに迫力がすごい。

 「その猶予は、8月1日までの約2週間程度ということなんですね。」

 「そういうことね。ま、そんなわけだから、何とか後始末してこっちに来てちょうだい。あ、もちろん今週末は絶対に来てもらうわよ。いろいろ準備してあるから。逃げようとか思っちゃ駄目よ。籐吾ちゃんや謙吾ちゃんを泣かせたくないのよね?。」

ぐええ、見事に外堀を埋められている。にたりと笑った瀬戸様はそのまま通信を切った。

 「しかし、ここまで切羽詰まっているとは・・・。」

 「どのような状態か、今週末に分かるでしょうね。」

謎の微笑みの水穂さんである。

 「天地君も行かない?」

 「僕はニンジン畑の手入れと収穫が忙しいので行けません。」

すっぱりと即答であった。もちろん人の悪い笑顔付き。水穂さんの弁当を食べ終えて、ホッと一息。またちょっと珍しいお茶をいただく。

 「あ、でもどうやって行くんですか?明日朝10時に、霞ヶ関なんでしょう?」

 「ええっと、とりあえず、一樹に送ってもらって、人の目が無いところに転送してもらって・・・。」

そこまで言って、ハッと気付く。ここは岡山県。いちおうまだ役場職員である。皇家の船使って行っても良いだろうが、時間は気をつけないと。一樹に乗っていけば、15分もあれば着くだろうが、普通の職員が行くことを想定しないとモロバレである。と言うわけで、腕時計をタブレットモードにして、地球のネットにつないで経路検索すると、3時間半程度かかると。しかも倉敷駅に午後3時に行き空路を利用するか、明日朝早くに・・・、うわ朝10時にはちょっと厳しい。普通に迷ったりすることを考えると(まず大丈夫だろうと思うが)、1時間前くらいには霞ヶ関に着いておきたい。となると、今日の午後3時には出発したことにしないと・・・。二人で行くこともあるので、準備そのほかと思うと、昼から仕事してらんないじゃん・・・。

 「水穂さん、とりあえず、昼から年休(年次有給休暇)とりましょう。鷲羽ちゃんと作戦会議した方が良いような気がしてきました。いちおう普通の地球の交通機関を使うと、今日の午後3時には倉敷駅に行っておかないと。しかも前泊で無いと霞ヶ関に朝10時と言うのが厳しいです。」

 「あ、それに、旅費向こう持ちってことは、領収書の提出を求められると思った方が良いですよ。」

お~まいがっってなもんで、慌ててお昼ご飯を食べたあとの食器をみんなで片付けて、一樹から役場のトイレに転送、自分の席に戻る。とりあえず問い合わせ先と書いてある総務省総務課の担当者に電話する。田舎から行くので、どこの窓口に行けば良いか、どのようなものを用意すれば良いか聞く。とりあえず、必要なものは印鑑と本人確認書類それと総務省発の書類(今持っている物である)。天地君と水穂さんも背後で聞いてくれている。

 「え、町長名の、推薦状があった方が良い?ええっと、決済もらわないといけないので明日には間に合わないんですが・・・、はい、はい。わかりました後日郵送と言うことで。それでは、どうぞよろしくお願いします。」

今から文章を作って、町長決済もらっているとさすがに間に合わない。そんな文章のひな形なんか無いだろうし。

 「推薦状は、僕から森元さんに頼んでおきますよ。」

それならば、と言うことで町長に話した内容を天地君に言っておく。

 「苦しい言い訳ですね~。まあ、でも妥当なところでしょうね。下手すると銀河系消せるんですけど、とは言えないよな~。」

あんたもいっしょじゃぁ、と心の中で突っ込む。漫才やってる余裕も無い。今もらっている書類を書類カバーに入れて、愛妻弁当食べ終えたところの課長に、訳を話して年休もらって、ごめんなさいよろしくお願いします、と二人で役場を出た。

 「水穂さん、何か服とか買いますか?僕はスーツがありますが・・・。」

何となく嬉しそうな水穂さんである。

 「樹雷の服ではまずいでしょうね~。うふふ、持ってきていますわ。」

クルマに飛び乗って、とりあえず僕の家へ。水穂さんはそのまま二点間転送ゲートで柾木家へ行く。先週持って出たボストンバッグに着替えとパソコンを詰めて、スーツはスーツカバーに入れて持って行くことにする。うわ、お金。二人分の旅費と宿泊代と・・・。15万円くらい持っておかないと。柚樹さんと一樹にも付いてきてもらう。姿は消して。ペットですか?とか言われると面倒だし。下の階に降りていき、昼食を食べていた父母に訳を話した。

 「まあ、樹雷も結構無茶をするわね。船とか使わずに普通に公共交通機関で行くのね?そりゃそうだわ、領収書がいるとか言われるとまずいわね~。」

あっはっは~と気楽なもんである。また二階の自室に戻って、忘れ物は無いかともう一回バッグを見ていると、鷲羽ちゃんと水穂さんが転送されてきた。水穂さんは、すでにレディース・スーツ姿である。靴というか、ヒールもしっかり持っている。社員証とか胸に付けて、歩くといっぱしのIT企業のやり手職員に見える。

 「瀬戸殿も結構無茶するね~。まあ、わからんでも無いけどさ。」

 「いちおう、一樹と柚樹を連れて行こうと思うのですが・・・。」

鷲羽ちゃんが、う~んと考える仕草をしている。

 「そうさねぇ、籐吾殿と謙吾殿も転送範囲内にいてもらうことをお勧めするね。まあ、荒事は無いだろうけど。」

なるほど。まあ、備えあれば憂い無しと。

 「お呼びになりましたか?」

ヴン、と言う転送音と共に二人が部屋に転送されてくる。例によってカッコいい。やっぱり、こう、自分にはもったいないなぁと・・・。ちょっと気持ちが萎えていると、隣の水穂さんに肘鉄食らう。痛い・・・。

 「籐吾さん、謙吾さん、瀬戸様から圧力がかかったので、いまから出て、明日10時霞ヶ関で、東京の総務省に行きます。水穂さんと行くのですが、不可視フィールド張って、転送可能範囲内にいてもらえますか。」

大きな男が3人と、女性2人が入るとさすがに狭い。

 「お二人のご様子は常時モニターします。何かあればすぐに参上しますよ。神木あやめ、茉莉、阿知花の三人には衛星軌道上で待機してもらいます。」

そのままスッと転送されて消えていく。各自の船に戻ったのだろう。ちょっと思いついて、水穂さんに相談する。

 「今夜、東京でホテル取っても良いんですけど、どうします?みんないるし、一樹でプチパーティも良いですよね。」

 「みんな喜ぶと思いますわ。今日東京に着いたらお買い物して、一度ホテルに入ってからそうしましょう。」

おお、偽装しないと。ということは、あまり目立たないホテルが良いけど・・・。ホテルオークラ、帝国ホテルあたりが近いのか・・・。うんまあいいや。とにかく出発しよう。

 「それじゃ、鷲羽ちゃん、行ってきます。」

 「ああ、気をつけていっといで。」

ひらひらと手を振って転送されていく鷲羽ちゃんだった。

 そんなこんなで、ATM行って、お金下ろして倉敷駅で岡山空港行きを聞くとジャンボタクシーがあるらしい。それ乗って、岡山空港から羽田空港行きチケットを買った。宿泊券着き格安航空券なんかもあるけれど、今回は急ぎなので予約していないし・・・。と思いながら正規の航空券を購入して、しばらく時間が空いた。空港搭乗口まで行って、だいたい40分くらい待つことになった。

 「今夜の準備をしようかしらね。一樹ちゃん、今夜みんなでパーティしようかと思うの。入れてくれる?」

水穂さんがそう言ってトイレに行く。こっちも、と。とりあえず、携帯端末の番号知っているのは謙吾さんだけだけれど・・・。そっか樹のネットワーク・・・。

 「一樹、上空にいる、阿羅々樹と樹沙羅儀、緑炎、赤炎、白炎に連絡して、今夜みんなでプチパーティしようって言ってくれる?」

 「水穂さんが今通信してみてくれているよ。心配しなくても。」

そうっすか、ホントそつがないや。あの人。しかし、いろいろやったけど、こんなおっさんにみんな付いてきてくれて本当に申し訳ないなぁとか思う。う、スマホ形状にしておいた腕時計が鳴動している。職場からだ。

 「はい、田本です。」

 「今大丈夫か?生活保護の○○さんが、来ているんだが、保護費の支給日は終わっているよな?」

課長からだった。このお婆ちゃんも、認知症か精神症状がひどくて、もの忘れから不安になるようで何度も役場に足を運んできたりする。

 「ええ、僕の後ろに貼っているように、7月3日に終わっています。確か来られていましたよ。」

うちの役場はちょっと珍しく、県のケースワーカーと共に現金支給である。しかし、これも昨今振り込みに変わりつつある。

 「そうだよな、わかったそう伝えるよ。来月は・・・、8月4日だな。」

 「はい。そう言えば最近、何度も役場に電話がかかってくるようになっているので、ちょっと包括支援センターにも聞いてみます。」

 「よろしく頼むよ。」

包括支援センターに連絡を取って、家族に連絡取ってもらうことにする。デイサービスやら介護ヘルパーさんの来訪回数を増やすかどうかも聞いてもらうことにした。僕がどうこう言えるのはここら辺までである。さらに、もっとひどくなって一人でいられなくなると、認知症対応型グループホームの入所なども視野に入れるべきだろう・・・。その前にショートステイも、かな、と、考えていると、こういう仕事もしなくて良くなったんだなぁとか感慨深い。じいちゃんの記録をよく見ておこうと思う。まさにそう言う仕事だろう、これからは。ほどなく水穂さんがトイレから帰ってきた。

 「あなた、みんな喜んでくれましたよ。食材は各自持ってきてくれるし、お酒もあるんですって。籐吾さんなんか秘蔵のお酒があるそうですよ。」

おお、樹雷草創期のお酒。むっちゃ楽しみ。

 搭乗アナウンスに従って、旅客機に乗りこむ。手荷物を棚に入れ、待っていると、機内アナウンスのあと、ジェット旅客機特有の息の長い加速のあと機首を上げ離陸する。どう控えめに言っても、やっぱり、皇家の船なんかと比べる方がおかしいと言われるだろうな。

1時間少々のフライトで羽田空港に到着する。ネットで調べた在来線に乗って、嗚呼悲しいかな田舎のおっさん。迷ったり人に聞いたりしながら、何とか東京メトロとかに乗って霞ヶ関駅にようやく到着。午後7時を大きく越えた時間だった。明日行く庁舎を確認して、近くのホテルに向かう。予約は、いちおうネットから。間に合っていると良いけど。ちょっと見栄張って1泊ふたりで3万円程度だった。ホテルオークラとか、帝国ホテルとかは高すぎて無理っす。あー、でも高い。さすが東京。ホテルに着いて、チェックインしていちおう部屋に入る。うん、どうと言うことの無いダブルのルームである。ちょっとシーツとか掛け布団とかを適当にはぐっておく。まあ、まっさらな状態だとさすがにまずいだろう。ホッとしてベッド脇のイスに座る。

 「さあさ、あなた、準備は出来ていますわ。一樹に行きましょう。」

はいはいと肩にいる一樹に頼む、足下には柚樹さんの気配もあった。ちょっと一計を案じて、一樹を一度、窓の隙間から外に出し、地上2万5千メートル程度で待機させる。水穂さんが不思議そうに見ていた。

 「使うことが無ければ良いけどさ、まあ、時の権力者だったら何か考えていると思った方が良いしね。」

瀬戸様並みの人がそういるとは思えないが、もしかすると樹雷という単語を知っていて何か仕掛けてくるかも知れない・・・。実際遥照様のルート使ったと言うし。

 「あ、そうだ。水穂さん、一樹に荷物は持っていこう。」

入り口の扉を玄関先の空間と接続しておこう。右人差し指で入り口をなぞる。入ってきたって何もおいてないけど。そう言うことをやりながら、もう本当に役場職員ではないんだなぁとしみじみ思ったりする。

 「じゃあ、一樹頼むよ。」

ホテルの一室から、一樹に向けて転送された。目の前には、贅沢すぎるおうち・・・。ちょっとため息付きながら、一歩進むと扉はスッと開かれ、お帰りなさいませ、ご準備は済んでおります。と執事とメイドが数人、出迎えてくれる。

 「ありがとう。」

そう言った自分にかすかな自己嫌悪を感じる。バイオロイドだそうだが、もちろん、こういう役目で行動しているだろうが、人の姿にあまりにも似ていて、人そのものに見えてしまう。

 いつもの食堂に入ると、みんな立って拍手で迎えてくれた。服装は樹雷の闘士の服装だった。

 「みんなありがとう。急に思いついてごめんね。何となく今週末、こんなにゆっくり出来なさそうだから。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷8


飲み会でいじられてるおっさん、っちゅ~のも面白いかと(^^;;。


※ボーイズラブ表現、ありますので嫌いな方は読まないでね。


「みんなありがとう。急に思いついてごめんね。何となく今週末、こんなにゆっくり出来なさそうだから。」

こっちですこっちと、あやめさんたちが僕たちを引っ張っていく。席に着くとテーブルには見たこともないような料理がたくさん出ている。見た目和風のものも、洋風に見える物もあり、お酒も各種あった。とりあえず簡単でも何か言わないといけないのだろう。樹雷皇阿主沙様の真似して簡単に言おう。お腹もすいたし。

 「急な呼び出しで集まってもらって申し訳ない。今週末には樹雷に行かなければならないし、なんとなく瀬戸様がいろいろ画策していそうで、ゆっくりとこういう場も持てなさそうに思いました。皆さんに比べたら経験不足の若輩者ですが、なんとかよろしくお願いします。今日は無礼講で行こう!。」

わ~っと拍手が上がる。控えていたメイドさんやら執事さんやらが出てきて、飲み物が注がれていく。乾杯は・・・・・・。たまにゃいいでしょ水穂さんと、振ってみる。

 「しょうが無いわね~。・・・この人ぜんっぜん自覚が無いんだけど、私たちはこの人を支えるためにいます。みんな、共に頑張りましょう。乾杯!。」

乾杯~~っとみんな杯を持ってかつんかつんと杯をあてて、グッと飲み干す。そして、食べ物に手を付け始める。

 「実は、この一樹に樹雷王阿主沙様はじめ、瀬戸様や、内海様、船穂様や美沙樹様からご厚意で、さまざまな特選食材が積まれていました。さらに、今回皆さんからいろいろご提供頂きましたのよ。」

水穂さんがそう言って、リストを見せてくれる。立木謙吾さんから、船で採れた野菜をいただき、あやめさん達には、お酒や米をいただいていた。なんかもうそれだけで、涙ぐみそうだったりする。

 「ありがたや、ありがたや。」

手を合わせて拝んでしまう。

 「そして、本日の特選素材というか、お酒!。竜木籐吾様から、阿羅々樹の実から採れた、神寿の酒、しかも古酒でございます。それがなんと一樽!」

うおおお~~っと一人で盛り上がってしまう。

 「それってすごいお酒でしょ?いいの籐吾さん。」

確か一杯が惑星一個分とか何とか・・・。

 「こう言うときに出さないでいつ出すんですか?」

なぜか顔が真っ赤だったりする。結構恥ずかしがり屋さん?さっそく、謙吾さんがひしゃくで注いでくれる。旨さ脳天直撃。香りがフルーティなのはもちろん、瀬戸様のモノとも違って透明感と深み、そしてほんのわずかな酸味が極みと言って良い味わいだろう。嗚呼本当にありがたい。しかも料理が凄いとしか言いようが無い。結構黙々と食べてしまう。ノイケさんや砂沙美ちゃんの料理に負けていない。

 「あの、田本様、というかカズキ様、美味しいでしょうか?」

阿知花さんが、おずおずと声をかけてくれる。

 「うん、凄く美味しい。柾木家のお二人に勝るとも劣らないと思う。これ、3人で作ったんですか?」

 「はい!と言いたいところですが、阿知花ちゃんがほとんど作ったんですよ。私たちはお手伝い。」

こっちも真っ赤になってうつむいているし。そう言えば、数日前に爆弾発言していたような・・・。水穂さんの機嫌が良さそうだから、そっとしておこう。

 「わ、わたしは、好きだった日亜様にそっくりな田本様に食べて頂いて、本当に嬉しいです。」

びしいっっと音がしそうなほど、青筋が立ってる水穂さんに、籐吾さんに、謙吾さんだった・・・。なぜにこのタイミングで・・・。くっくっくとあやめさんと茉莉さんが笑ってる。もしかして、この阿知花さんって微妙に天然?。って、そうだ、いちおう田本さんの格好していなくても良いんだったと、思うと、スッと視線が上がる。でかいお腹も無い。うまうまと口に料理を運んで、ふと顔を上げると、皆さんこっちを無言で見ている。

 「あなた、いつ見てもびっくりしますわ。そう前触れも無く変わられると・・・。」

 「ここ最近、光学迷彩要らなくなったしなぁ・・・。そうだ、みんなには言っておいてもいいだろう。謙吾さん、そこの空いたお皿投げてみて。」

え、これをですか?うん、いいから。と投げてもらう。ひゅっと言う音と共に皿が飛んでくる。目前でガンっと言う音を発して弾かれ、テーブルに落ちる。目の前には、半透明に光る翼・・・。

 「ちょっと、こないだから出来るようになっちゃって・・・。鷲羽ちゃんの検査受けるようになってるんだけど、さ。もしかして、そう言う意味で、瀬戸様や阿主沙様が慌てているのかも知れないんだけど・・・。」

スッと光應翼は消える。

 「・・・。申し訳ありません、わたしのせいです。」

籐吾さんが、声を落として泣く。いや、僕は変わっていないから・・・。

いや、おれもだよ、と謙吾さんが肩を叩く。

 「まあ、特殊技能がひとつ増えたってことだよ。僕は何も変わっていないし。」

ふと隣を見ると、水穂さんが涙ぐんでいる。

 「わたしを、私たちを置いていかないで・・・。」

 「行かない行かない。置いていかないよ。まだまだ助けてもらわないと。」

いかんせっかくの場が・・・。

 「あうう、ごめんなさい。」

どんっっと杯を置く音がする。みんながそっちを向くと、さっさとできあがっている、阿知花さんがいた。

 「カズキ、つげっ!」

 「あ、阿知花、あんた、いつの間にそんなに飲んだの?」

とりあえず、こっちに逃げちゃえ。はいはいとひしゃくで阿知花さんに注ぐ。ぐいっと空けて、またどんと置く。テーブルに手を置き、立ち上がる。ふらふらしてる。そして、僕のところに来て、ぎゅっと抱きつく。

 「わたしも、籐吾様のように癒やして欲しい・・・。」

そう言って抱きつき、胸に顔を埋めて寝息を立て始める。あ~あ、と言う声が上がる。え~っと、と困っていると、メイドさんが、こちらのお部屋でお休みになれば良いですわ、と隣の部屋を案内してくれた。そうか、部屋はたくさんあった。

 阿知花さんをベッドに寝かしつけて、もどると、雰囲気重い・・・。とりあえず、謙吾さんの隣に行く。頂いたお酒はしっかりみんなに注いでいる。

 「ごめんね雰囲気重くして。でもさ、仲間を助けることは当たり前じゃない?そんなにすごいことなの?」

と、一番樹雷の一般常識に近いだろう(水穂さん除く)謙吾さんに聞いてみた。こちらをキッと見てゆっくりと話し始める。

 「カズキ様、あのとき、阿羅々樹艦隊の発見の一報だけで、我々の義務は済んだとも言えました。でもあなたは、自分の都合はさておき、樹雷への最短コースを取って、籐吾さんを始め、あやめ、茉莉、阿知花さんを抱えて樹雷外縁部へ跳びました。」

そこで、謙吾さんは一息入れて、お酒を飲み干す。のど仏が動き、あごの線と対比が美しい・・・。そう思ってしまう。

 「だって、あの段階で、僕がそうやるのが一番速いと思ったし。みんな大怪我していると聞いたし、もう1万数千年も亜光速で寒く冷たい宇宙空間を帰ってきていたと聞けば、一刻も早く樹雷に送り届けて上げたかった・・・。」

 「そう、あなたはそれで良いでしょう。しかし、樹雷は、はい、ありがとう、と済ませられません。皇家の樹、そしてそのマスターは樹雷の力の根源とも言えます。それを4名救った。しかも、自分の命の危険を冒してまで・・・。あなたは、もうほとんど、樹雷の伝説に近い位置にいます・・・。さらに、辺境の惑星を海賊連合から護り、GPに嫌みを言ったとあれば・・・。」

ぷっ、くくく、と隣の籐吾さんが笑う。

 「皇位継承権は、樹雷王阿主沙様の次席と言っても過言ではないでしょうね。それに、船穂の挿し樹まで一樹に刺さっているし・・・。遥照様がわしゃ、しらん、と言ったも同然。樹雷国民の感情としては、そのような皇族が樹雷にいないことは何をやっているか!とほとんど怒っている状態とも言えます。」

ぐ。ああ、はいはいと挿されてしまったあの挿し樹にそんな意味が・・・。が~~~ん、ショックみたいな顔をしていると、水穂さんが杯をくいっと開ける。

 「あなた、本当に知らなかったのですね。兼光おじさまが、遥照よ、おまえは皇位継承をどう考えておるのだと言っていたでしょう?」

 「いや、あれは遥照様の問題、ではないのね・・・。」

 「ええ、違いますね~。さらに、瀕死の樹雷闘士を皇家の樹の力を集め、その命をつなぎ止めたとあれば・・・。そして自ら光應翼が張れるなんてことを知られたら・・・。」

例の関わってはいけない系の笑顔全開の立木謙吾さんだった。

 「う~、よくわかりました。もうそれ以上言わないで。瀬戸様が、あなたの存在が巨大だといった意味がよくわかりました・・・。」

 「俺、水穂さんの次に愛してもらったと思ったのに・・・。」

両手を色が変わるほど握って、顔をしかめている謙吾さん。

 「・・・あのさ、あのときに謙吾さんが刺されていれば、僕は同じことをしたよ。迷うことなく。」

 「ええ、ええ、そうでしょうとも。わかっています。あなたはみんなを愛されている。・・・だから嫉妬の炎で焼かれるのです。」

水穂さんと、籐吾さん、そして神木あやめさん、茉莉さん、謙吾さんがゆらりと立ちあがり、ごわあああっと地獄の業火モードで一歩一歩、歩いてくる。僕は、その歩みに合わせて、一歩一歩下がって壁際に追い詰められる。さらに、そのあまりの恐ろしさにしゃがんで、持っていたお酒をグビッと飲む。怖い、むちゃくちゃ怖い。壁にみんな右手をどんと突き、

 「わたし(俺)だけの、あなたでいてとは言わないけれど、置いてだけはいかないでください!」

 「はいい~。」

ふっとその雰囲気がなくなって、みんな自分の席に帰っていく。言いたいこと言ってすっきりしたみたいな。籐吾さんと謙吾さんが振り返って、ふたりして笑顔で右手を差し出す。その手に両手でつかまって立たせてもらう。

 「私たちが、樹雷の病院船で意識が戻ったとき、今がいつか、あれから何年たったのかを聞いたときに、本当に絶望的な思いを味わいました。しかし、助けてもらったあなたの存在を聞いたときに、またあの楽しい生活が始まると期待で一杯になりました。」

 「正直、助けることができて良かった、あとは瀬戸様とかがうまくやってくれるだろう位の思いしかなかったんだけど、ね。」

竜木籐吾さんのこめかみに、びしいっと青筋が浮かぶ。

 「ああ、もうっ、ほんっっと~~に天木日亜様そっくりだわ。このちょっとぼ~っとしているとこなんか!。」

神木あやめさんが、き~って感じで言う。茉莉さんが、右手人差し指の先で眼鏡をスッと持ち上げ、ふっと薄く笑う。この人も怖い・・・。

 「ううう、なんだかごめんね~~。」

そう言うと、どっと笑いが出る。そうやって、東京(?)の夜は更けていった。今度の日亜様はいじられキャラなのね~~とか言われながら。壁ドン良いなぁとか思っていたけど、あれだけの人数に一度にされると、怖いのだ凄く。結局、僕はいろいろいじられながら、12時過ぎまでみんなと飲んで、一旦そこでお開きになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷9


さて、日本の中心と対決?です。




※ボーイズラブ表現があります。嫌いな人は読まないでくださいね。


「ううう、なんだかごめんね~~。」

そう言うと、どっと笑いが出る。そうやって、東京(?)の夜は更けていった。今度の日亜様はいじられキャラなのね~~とか言われながら。壁ドン良いなぁとか思っていたけど、あれだけの人数に一度にされると、怖いのだ凄く。結局、僕はいろいろいじられながら、12時過ぎまでみんなと飲んで、一旦そこでお開きになった。みんな船に帰って、所定位置で待機してくれるという。

 今日は樹沙羅儀と話してくると言って、謙吾さんの船に行かせてもらったんだけど。謙吾さんらしく、あまり大きな機体ではなく、樹雷の戦艦としては比較的小柄らしい。他のものに比べて金属外装も多め。形でうまく被弾を防ぐと言わんばかりの、曲線が多用された美しい艦だった。その代わり武器・兵装は満艦飾。その気なら、ハリネズミ状態で敵を迎え撃てるようである。転送された場所は、ブリッジだった。

 「もしかして、戦艦並みの火力で駆逐艦並みの機動性と思って良いのかな。」

我が意を得たりと言わんばかりの立木謙吾さんだった。

 「わたしの樹は第3世代です。どうしても力は世代が上の樹に劣ります。ならば、軽く小さく作るべきだと思ったんですよ。」

先の大戦で活躍した、日本の戦闘機の設計思想と似ている。

 「ほほお。もしかして、補機とか積んでる?。」

 「ええ、もちろん。今実験中ですが、縮退炉に波動理論を応用したものです。ゆくゆくは皇家の樹とのエネルギー融合を考えています。一昨日はちょうど鷲羽様に、いろいろ教えを請うておりました。」

肩組んで、二人で例のマッドサイエンティスト笑いをする。足下で柚樹さんが、2mほど引いてジト目でこっちを見ている。

 「いいじゃん、柚樹さん、そんなに引かんでも。」

はい、今日はいぢめられてちょっと酔ってます。

 「今度一樹と、本当に我らの選択は正しかったのか、ちゃんと議論しようと思っておってな・・・。」

柚樹さんの片方だけヒゲがひくひくしている。二本の尾は床を掃くように動いていた。

 「くすん、一樹と柚樹さんがいないと、超銀河団を見に行けないじゃん・・・。」

樹沙羅儀の隅っこに行っていじけてみる。

 「ま、亜空間生命体の片割れが、おるから腐れ縁ぢゃの。」

背中にスリスリしている柚樹さんを捕まえて、ぎゅっと抱きしめた。そのまま、ひょいと視線が上に上がる。ベルトのところを持たれて、荷物か、大型のペットよろしく謙吾さんに運ばれていた。

 「はいはい、樹沙羅儀はこっちですよ!。」

 「み~み~。」

 「ほんとに・・・、かわいく言ったつもりでしょうが、大型の獣みたいな人なんだから・・・。みんなに言われてるでしょう?勝手にどっか行かないでくださいって。首輪付けちゃいますよ。」

 僕の体重と柚樹の重さをまったく感じさせず、すたすたと歩く立木謙吾さんだった。樹雷の闘士というのはさすがに凄い。程なく転送ポートに着き、樹沙羅儀のコアユニットに到着する。大きくもなく小さくもない樹があった。七色の神経光が乱舞している。その一本が僕の眉間に当たる。

 「この間は、力を分けて頂いてありがとうございます。」

ちょっと、たどたどしい言葉で、ううん、だいじょうぶ。と帰ってくる。世代を重ねた樹は、柚樹や一樹と比べると意思というものが希薄に感じる。あ、でも惑星規模艦のときにリフレクター光應翼にも分けてもらっているんだった。

 「ねえ、謙吾さん、こないだから惑星規模艦と、その後、籐吾さんの時にも力を分けてもらったけど、樹沙羅儀に負担はかかっていないかな?」

 「そうですね~。特に弱った感じはしません。たぶん、その樹なりにできるだけ、と言う形で分け与えてくれたのではないでしょうか。」

ならいいんだけれど。無理はしないでね、とお願いした。ふわり柔らかく暖かい波動のようなものを感じた。やはり樹はかわいらしい・・・。

 「謙吾さんに似た、賢くて優しい樹だね。」

一瞬火でも付いたかと思うように、真っ赤になる謙吾さん。

 「そう言えば、謙吾さんは、武術は何が得意なんですか?」

 「俺、あんまり武術系は、そんなに得意というのではないんですけど、体術と棒術なら、まあそれなりかな。」

まあ、それなりと言っても、身体は嘘をつかない。強靱でしなやかな筋肉に全身包まれている。細身で無駄な筋肉はないような印象・・・。

 「籐吾さんといい、謙吾さんといい、ふたりともイケメンなのに・・・。僕は嬉しいけどさ・・・。こんなややこしいおっさんに付いてこなくても・・・。」

 「それは言いっこなしです。俺も籐吾さんも、自分の意思でここにいます。」

そう言いながら、口を唇でふさがれる。涼しげなうなじと、広い肩幅。厚い肩から胸背中の筋肉。美しい・・・・・・。

 樹沙羅儀から一樹に転送され帰ってきたのは、午前1時前・・・。水穂さん怒って寝てるんだろうなぁ・・・。と寝室をそっと開け、ベッドで寝ている水穂さんの横に潜り込んだ。

 「・・・悔しいの。でも、わたしは・・・あなたが、わたしの元に返ってきてくれると信じています。」

 「ごめんなさい、水穂さん。なんか、いろいろ申し訳ない。」

熱く湿った身体が愛おしい。静かな東京の夜は、さらに更けていった。

 

 

 明けて、金曜日、結構早く目が覚める。ざっとシャワーを浴びて、元のホテルの部屋に一樹に転送してもらった。入り口のトラップを解除して、部屋から出る。もちろん、泊まったような顔をして。実は、ホテルの朝ご飯というのが、僕は好きだったりするのだ。前日に一階のレストランで朝食バイキングがあることを確認していてチケットも購入してあった。。一樹の邸宅でのご飯の方が美味しいだろうが、それはそれ、せっかく出てきているのだし、と。

 「またごめんなさいだけど、朝食付き合わせてしまって。一樹の方が落ち着いたかもしれませんね。」

 「あら、気にしていませんわ。こう言うのも、なんだか楽しいですわ。」

そう言って、お盆の上にお皿を置いて、皿に盛られたおかずやら、パンやら、味噌汁とか、取っている。最後に、スイーツにも手を出すのが女性らしいなとか思ったりする。静かに弦楽四重奏曲あたりが流れているけれども、ホテルのレストラン、朝にしては雰囲気が微妙に固い。ほおお、とあっちこっちで声まで上がっている。なるほど、水穂さんだな。自分も当事者でなかったら、何度も見直した末に、失礼を承知でじっと見つめていたかも知れない。控えめに言っても、かなりの美人であろう。女優と言っても誰も疑わないかもわからない。しかも、順路で歩いて料理を取っているのに、その皿は、今まさに運ばれようとしている、フランス料理のごとく盛りつけられている。こういう、気遣いというか所作動作が皇族だよなぁ、と感心して、自分のを見てがっくりきたりする。

 「美女と野獣?美女と豚さんよねぇ・・・。周りから見ると・・・。」

ぼそっと言ってみたりする。

 「ほら、堂々としていなさいって。昨日、謙吾さんに懇々と言われたでしょう。」

そりゃそうですけどね~。

 「水穂さん、皇族オーラ、バリバリだし。カッコいいし綺麗だし・・・。」

 「何にも出ませんわよ。早く食べて、早めに行きましょう。」

結構愛想がない。でもちょっと頬が赤い。こんな顔、僕のためだけにしてくれているのかな・・・。まあ、でもそう思い込むことにする。幸せは、気付かないところに潜んでいて、気がつくと泡のように消えてなくなり、なくなって始めてそれが幸せだったと気がつく・・・。誰かが言っていたことを思い出した。40分ほど、そのレストランにいて、部屋に帰る。何となくテレビでニュースとか見て、午前9時前に荷物を持ってホテルをチェックアウト。ゆっくり歩いて総務省に到着した。受付で、昨日町長からもらった、本日10時に総務課に来て欲しい旨の書類を見せ、アポイントメントを取ってもらう。ほどなく総務課職員を名乗る男性がロビーに来た。急なお呼び立てで申し訳ありません、それではこちらへ、と総務課へ通される。

 「大臣からのトップダウンの通達なので、正直、私たちも驚いています。それでは先に旅費等の精算手続きをお願いします。」

 総務課職員は、ネクタイを締め、眼鏡の中肉中背。特にこれと言って目立つところのない人だった。動作も、特に印象に残るところはない。ワイシャツや、スラックスはさすがにそれなりに上等なものだった。歩き方が、少し足を引きずる感じがある。この人は腰が悪いのかも知れない。こちらでございます、と総務課の別室に通され、お茶が出て、書類を書くよう促された。冷たい麦茶のようだった。そんなに華美でもなく、静かな別室である。その職員が言うように押印したり、領収書を出したりしているうちに9時半を回った時間になった。書類も特に契約書の類いはなく、誓約書もなかった。隣を見ると、水穂さんは目を伏せがちにじっと座っていた。また、それはそれでとても美しい・・・。

 「それでは、帰りの運賃等の領収書は、別途、昨日お話ししました推薦状といっしょにこちらに送ってください。」

ここまでの書類は旅費関連のものばかりだった。不思議に思ったので、聞いてみる。

 「ええっと、役場に来ていた書類では、一度雇用し直して云々とあったんですけど、その類いの書類はないんでしょうか?」

 「それなんですが、大臣が直々にお話ししたいと申しております。午前10時からと言うことで、もう、しばらくここでお待ちください。」

記入した書類を持って、その職員は退出していった。お茶ねえ・・・。

 「水穂さん、これ・・・。」

 「ええ、そうですわね。」

 「柚樹さん、付いてきてる?このお茶、変な成分は・・・。」

 「うむ、地球で言うところの、睡眠導入剤が含まれておるの。まあ、飲んだところで、お前さんも、水穂殿もナノマシンが数秒で分解するだろうな。」

足下から柚樹さんの声が聞こえる。ふうん、なるほど。何らかの意図があると。向こうの出方を見たい。ええい、暑いので飲んじゃえ!。ガラスコップの周りに汗をかいている麦茶を一気に飲み干す。こんなところに来たこともない、田舎の役場職員を演じよう。水穂さんも、左手でコップを持って、右手をコップの底に添えて楚々と飲んでいる。あ、これ、ペットボトルの麦茶だ。コンビニで普通に売っているあれだな。今時、煮出したものを冷やしたりしないか。

 そのお茶を飲んだのを見ていたかのように、ノックの音がして、扉が開き、水穂さんに勝るとも劣らない美人女性が部屋に入ってくる。手に書類ケースを持っていた。ふうん、歩き方が普通の人と違う。しかも前後左右に視線をやり、間断なく周囲の状況を把握している。ノイケさんの歩き方と似ているな。と言うことは、自衛隊関係者だろうな。着ているものは、仕立ての良さそうなブルーグレーのレディススーツ。そして、低めのヒール。足首とふくらはぎが締まっている。髪は短くしていてショートヘアよりも短く見える。あまり詳しくないけど。

 「お待たせしました。大臣がお待ちですわ。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷10


さて、おっさん公務員を甘く見た地球の各国政府、ちょっと大変なことになってますが・・・。

今回長い文章です(^^;;。


そのお茶を飲んだのを見ていたかのように、ノックの音がして、扉が開き、水穂さんに勝るとも劣らない美人女性が部屋に入ってくる。手に書類ケースを持っていた。ふうん、歩き方が普通の人と違う。しかも前後左右に視線をやり、間断なく周囲の状況を把握している。ノイケさんの歩き方と似ているな。と言うことは、自衛隊関係者だろうな。着ているものは、仕立ての良さそうなブルーグレーのレディススーツ。そして、低めのヒール。足首とふくらはぎが締まっている。髪は短くしていてショートヘアよりも短く見える。あまり詳しくないけど。

 「お待たせしました。大臣がお待ちですわ。」

ツヤがあり良く通る声だった。結構視線にとげがある。まあそうでしょうね、なんでこんな田舎のおっさんが、と思うわなフツー。

はい、わかりましたと、ちょっと裏返り気味の声も出してみる。立ち上がりざま、手が当たったかのようにコップを倒してみる。

 「もお、あなた、気をつけてくださいね。」

水穂さんが、ハンドバッグからハンカチを取り出してテーブルを拭く。その顔は、おお、天地君みたいな軽い光学迷彩がかかっていた。僕にはわかるが、普通の人にはまずわからない。しかも印象に残らない光学迷彩。

 「ああ、ごめんごめん。」

ちょっとふらついて見せ、そのスキに視線を上げると、迎えに来た女性は、わずかに口の端を上げて笑っている。なるほど。そのまま女性に付いて廊下を歩き、エレベーターに乗り最上階に行った。ひときわ立派な扉の前で女性は立ち止まる。イヤホンを付けたスーツとネクタイの男性2名が扉の左右に立っている。上半身が分厚い。お連れしました、と声をかけると扉が開く。大きな執務机が入って右方に置いてあり、国旗やそのほかの旗が三脚で立っている。中央左に応接セットがあった。大臣らしき人物の左右にも同じような上半身の分厚いイヤホン装備の男性ふたりがいる。要人警護=SPの人でしょう。たぶん。入り口から前方、執務机の右手側は大きな窓が開いていて東京が見下ろせる。応接セットのさらに左には、本棚。そして扉。女性に促され、部屋に入ると入り口扉は閉じる。

 「やあ、来たようだね。まあ、そこのソファに座ってくれたまえ。」

頭が薄くなった、大柄で太り気味だけれどガッシリした体型の男性である。良くテレビで見る大臣だった。眼鏡はかけていない。大臣も歩いて行って、応接セットの上座に座る。さあ、どうぞとソファを勧められる。SP2名も付かず離れず、距離を置いた位置に立つ。天木日亜の記憶が、まあ、及第点だな、と言う。

 「急な呼び出しで申し訳ない。あるルートから、君たちをどうしても自分たちの国に来てもらいたいとの申し出があってね。」

足を組み、腹の前で手を組んでいる。にこやかな笑顔を装っているが、目は笑っていない。組んだ手の人差し指が神経質そうにトントンと組んだ手の甲を叩いている。さっきの女性は、僕たちが座ったソファの真後ろに立っている。

 「正直、僕もよくわかりません。素直に親切心から一緒に捜し物をしただけだったんですけどね。樹雷国なんて聞いたこともないですし。」

すっとぼけてみた。僕は岡山の田舎の役場職員・・・。

 「そうだろうね、君は樹雷国というのがどういう国か知っているかね?」

 「どこか中国の奥地と聞いていますが?」

と、にっこり笑って言う。ちょっと柾木家の笑顔を真似てみる。ビシッと音がするかのように大臣のこめかみに青筋が浮き出る。しかも顔が紅潮する。

 「・・・・・・まあ、いいだろう。そんな遠いところにある、知らない国に君はホイホイと行くのかね?」

遠いと言うところを特に強調する大臣。そりゃそうだろう、1万5千光年の彼方だし。まあ、ここいらへんで大臣の血圧を上げるのはやめようかと思う。

 「ええ、先週も行ってきましたから。」

ふたたび、あの笑顔。目を見開く大臣。瞬時に事情を悟ったようだった。背後の女性に目配せしている。女性から書類ケースを受け取り、自らそのケースを開け、書類を取り出す。組んでいた足は、降ろしている。書類をとりだし、僕の目の前へ手で押す。左から、さっきの女性が朱肉とボールペンを置いた。

天木日亜の記憶が、背後が危険だと言っていた。

 「・・・なるほど、すべては承知済みということか・・・。」

 「まあ、そういうことです。・・・済みません、慣れないもので肩が凝りました。ちょっと失礼します。」

そう言って、座ったまま伸びをする。ついでにあくびもしてみる。伸びをしたフリをして右手で円を描くように、自分と水穂さんの背後を囲むように亜空間ゲートを形成。女性の背後の空間と接続しておく。一瞬、SPの男性が動こうとする、それを大臣が手で合図して制する。

 「それでは、書類を確認させて頂きます。」

実はたっぷり時間をかけて、僕が読んだあと、水穂さんも読む。ふたりで、同じところをチェックした。視界の角で大臣がイラついている。右足の貧乏揺すりが凄い。水穂さんと目配せしあい、口を開く。

 「大臣、この書類には押印出来ませんね。我々は、初期文明の惑星への技術供与等は、固く禁じられています。」

その書類は、ふたりを総務省で雇用し直すが、その見返りとして日本に樹雷国の技術供与等を求む、などの文面が入っていた。

 「そう言うだろうな。だが、今回の君たちへの通達というか圧力は、その初期文明の惑星への関与を認めるものではないのかね?」

なるほど、なんらかの科学技術をよこせと。他国への牽制というか、某大国へのアドバンテージを得たい、そう言うことだろう。少し考えるふりをして、答える。

 「まあ、控えめに言っても、強引な手であることは認めます。ただ、やはり残念ながら、こう言ったことは認められません。僕は、日本が、また地球が消滅するのは見たくありませんから。何とかに刃物と言うでしょう?それに、お茶に薬物を混ぜるような人や国に譲歩する余地はないと思いますが?」

かなり不遜な態度と言えるだろう、ボールペンの尻で、書類の該当箇所をコンコンと叩きながらそう言った。我ながら嫌みたらしいこと甚だしい。さらに大臣の顔が紅潮する。ぎりりと歯を噛みしめる音が聞こえてきそうな表情だった。しかし、無理矢理笑顔を作って言葉を紡ぎ出す。さすが、日本の大臣。

 「・・・やれやれ、あなたは、自らの立場というモノがお分かりではないようだ。」

目を伏せてそう言い、パンパンと柏手を打った。かなり怒っているのだろう。耳が真っ赤だったりする。扉が乱暴に開けられ、ガチャガチャと何か重そうな物を持った多人数の足音がする。

 「田舎者は、黙ってお上の言うこと、聞いてりゃイイのにさ!。」

後ろから、あの女性の声がして、圧縮空気を放つようなパシュパシュと言う音がする。が、すぐに、あ、という女性の声がして、背後でドサリと倒れ、僕たちの座っているソファに手が当たる音もする。小声で、籐吾、謙吾、来てくれと呼ぶ。大臣は驚愕の表情を浮かべ、目と口を大きく開いている。

 「お呼びですか、カズキ様。おお、これは大人数のお出迎えですな。」

いつものように、転送され、ひざまずくふたり。もちろん樹雷の闘士の姿である。若干棒読み口調なのは、あとで注意しておこう(笑)。一樹にこの部屋にシークレットウォールを張るように言って、しかもこのビルすれすれまで降下することを命じた。ゆっくりと立ち上がって、振り返ると、テレビでよく見る特殊部隊と言った装備を付けた男達15人が銃を構えて立っていた。背後の女性は、背中に針のようなものを二本生やして倒れている。こっそり亜空間ゲートは閉じておいた。大臣のほうは、近くにいたふたりが抱えるようにして動かそうとする。その足下から、獣の、ぐるるる、と喉を鳴らし、威嚇する声がした。一瞬で銀毛柚樹さんが、テーブルをはねのけ、九尾の狐になっていた。でかい、みごとに3m以上あるだろう。その音を契機に、一斉に引き金を引いたようだが、全員弾は出ない。慌てて安全装置を解除しようとする。リリースされている安全装置を再び入れ直すことくらい、皇家の樹には簡単なことである。ほぼ目に見えないほどの速さで、籐吾さんと謙吾さんが武器を奪い、当て身を食らわし、特殊部隊らしき男達を無力化していった。取り上げた武器は、僕らの前にガチャンガチャンと置いてくれる。こちらも樹雷の闘士であれば、手加減をしつつ、無力化することも訳ないことだろう。ふたりのSPに両脇を抱えられ、大臣は硬直して立っていた。

 「大臣、力を誇示するようなことをして申し訳ありません。しかし、あなたは樹雷の皇族に対して、薬を盛り、警告無しに発砲しました。これがどういうことかわかりますか?」

透き通るような声で水穂さんが、事実だけを淡々と述べる。大臣とSPのふたりは、怒りか恐怖かわからないが、ふるふると震えて声も出ないようだった。さらに、姿を天木日亜似の格好になる。指差してぱくぱくと口だけが動いていた。

 「一樹、霞ヶ関全体にシークレットウォールを張って、今の高度のまま不可視フィールドを5分だけ解除してくれ。」

太陽が遮られて、暗くなる。全長350mの皇家の船が霞が関のビルを圧するように姿を現した。5分ほどして、またさっきのように瞬時に消える。シークレットウォールも解除された。

 「今、お話ししたことを理由に、この星や太陽系を消し去ることも我々には簡単なことです。我々の求めることは単純なこと。私たちふたりを偽装兼ねて、合法的に出国させて頂きたい。雇用の件は正直言って我らにはどうでも良いことです。さらに、西美那魅町と正木の村には一切手出し無用のこと。もちろん、我々のことも世間に公表しないこと。これは、この場で公文書として書いて頂きましょう。ちなみに、同程度以上の戦力があの地には存在していることも申し添えておきます。」

うんうんと無言で頷く大臣。ふたりのSPに指示して書類を作成させる。SPは慌てて外に出て行った。シークレットウォールはすでに解除されている。頭を振りながら、特殊部隊らしき男達も気がついたようだった。毒気を抜かれたように、大臣の指示で退出していった。

 「さて、と。」

また思いつきで、足下に倒れている女性を抱え起こし、針を抜き、右手を握って、少し力を分けて上げた。すぐに目を覚ます。

 「美しい人、あまり荒事は、良くないと思いますよ。」

今度は、水穂さんと籐吾さんと、謙吾さんのこめかみに青筋が浮かび上がる。い~じゃん、ちょっとキザだけどさ。

 「あなた、それが節操が無いって言うんですよ!」

と、水穂さんが静かな声で言った。その怒気をはらんだ声と迫力に驚いたのか、女性は、きゃ~~っと悲鳴を上げて、僕の腕を振り払い、慌てて外に走って出て行った。うん、やっぱり水穂さんは怖いんだよな、と再認識した。ほどなく、先ほどの雇用契約書の問題の一文を抜いたものと、大臣名で公印の押された誓約書が届く。こちらも記名押印して、話は終わった。誓約書はその場で一樹に転送する。また田本一樹の格好に戻り、柚樹さんも姿を消し、何事もなかったかのような顔をして大臣の部屋を一礼して退出した。それでは失礼しますと、籐吾さんと謙吾さんは転送されて姿を消す。自艦に戻ったのだろう。

 「そうそう、一連の出来事は、樹雷に報告させて頂きます。この誓約書で、何も無かったことにしてくれると思いますけどね。西美那魅町と正木の村の件は、くれぐれも頼みましたよ。」

言い忘れてましたと、もう一度顔を出すと、ビクッと大臣とふたりのSPは見てわかるように驚いていた。

 「う~ん、おかしい・・・。」

総務省の廊下を歩いてエレベーターにつき、下向きボタンを押して待っていたときにつぶやいてみる。

 「まあ?、何がですか?」

少しだけ言葉尻に、トゲがある声で水穂さんが答える。

 「いや、こういうの瀬戸様すっごく好きそうだと思うんだけど、何も介入してこなかったなぁと。」

 「瀬戸様が出てきたら、大まじめに大規模星間戦争に発展しかねませんからねぇ・・・。でも、たぶんどっかで、手ぬるいわっとか言いながら見てると思いますよ。」

それもそうだね、ははははは、そうですわよ、ほほほほほ。と乾いた笑いをぶつけ合う。

ふたりして、何となく冷たい汗が額から流れ落ちる。

 エレベーターを降り、総務省玄関から普通に出て行く。外に出ると陽光がまぶしい。一樹、ありがとう、もう良いよと言うと、小さくなった一樹が肩に乗る感触があった。ふと空から何かの気配が感じられた。

 「柚樹さん、リフレクター光應翼よろしく。」

即座に半透明の翼が展開される。頭上へ何らかのエネルギーが降ったようだが、見事に弾かれる。そのまま発射点の何かを破壊したようだった。その衝撃波で霞が関のビルの窓ガラスがほとんど割れたようだったが、まあ自業自得だろう。

 腕時計型携帯端末が、急に鳴動し始める。そして、僕たちふたりの周りにシークレットウォールが張られ、半透明の大型ディスプレイが現れる。三分割されて神木あやめさん、茉莉さん、阿知花さんが現れた。口々に一度に言う。

 「大丈夫ですか?田本様?」

何を言ったのか微妙にわかりにくいけど、たぶんこう言うことだろう。

 「うん、何にも影響ないよ。」

気象衛星に偽装した衛星から、突如大口径レーザービームが放たれたらしい。さすがに大量の衛星が回っているこの地球。廃棄されたものも含めて衛星軌道上から見ていても大変だろう。

 「そうですよね~。でも、うちのお母さんが大変なんですぅ。」

やっぱり瀬戸様、どこかから僕たちの様子を見ていたらしく、気象衛星に擬態した衛星がレーザービームを僕たちをねらって撃ち、跳ね返された自分のビームで破壊された破片から衛星所有国を瞬時に特定、いま水鏡でその国の元首がいる都市に降下中らしい。ちなみに、第七聖衛艦隊ごと、だそうである。

 「・・・ねえ、どうします?水穂さん。」

僕を見た人がいれば、たぶん額に縦線がたくさん走っているように見えたことだろう。

 「瀬戸様、怒りに我を忘れているんだわ・・・。」

 「でも、平田兼光さんや、天木蘭さんもいるんでしょう?それになんで今頃、この宙域にいるのよ。」

そりゃ、たぶん自分で蒔いた種ですからね~、事の次第を見たかったのよ、と顔を引きつらせながら言っている。ねえ、水鏡に通信入れてくれませんか?え~、イヤですわ。みたいなやりとりをした。

 「たぶん、まさか一国を消すようなことはしないだろうし、グウの音も出ないくらい追い詰めるだけだろうと思うけれど・・・。ま、とりあえず、聞かなかったことにして、駅弁買って帰りませんか?」

ほほほほほ、あははははと、また乾いた笑いをやりとりしつつ、シークレットウォールを解除して、霞ヶ関駅に急ぎ、また結構迷いながら東京メトロに乗った。今回は、新幹線がうまく座席が取れたので、ホントに駅弁買って、お茶買って、黙って乗り込んだ。駅弁食べて車窓をのんきに見ながらたわいの無い話をしたりして、午後4時過ぎには倉敷駅に着いた。とりあえず、荷物をクルマに載せて駐車料金を払って、柾木家に急いだ。何となくイヤな予感がする。午後5時前になんとか到着。困ったときには鷲羽ちゃん、である。

 「こんにちは~。ただいま帰ってきました。鷲羽ちゃんいます?」

ノイケさんが手をふきふき出てこようとしている。でも表情がかなり険しい。鷲羽ちゃんは、階段下の扉を開けて顔だけ出して手招きしている。目が笑っていない。

 「お、帰ってきたね~、面白いものが見えるよ、早くおいで。」

ノイケさん、砂沙美ちゃんごめんなさい、失礼します、と慌てて、柾木家の階段下研究室入り口をくぐる。そこには、GBSで見事に大アップで放送されている瀬戸様、というか、土下座して謝っている、某国首相、大統領、その他大勢の地球国家元首が居た。場面が切り替わり、第七聖衛艦隊が某国の防衛中枢の制空権を掌握、その真ん中に水鏡が浮かんでいる。某映画の1シーンかと見間違う状態だった。しかも憤怒の形相は瀬戸様だけでは無かった。平田兼光さんも、天木蘭さんも明らかに怒っている。よく見ると、護衛闘士や女官さんも怒り狂った表情だった。

 「樹雷の皇族を皇家の樹ごと殺害しようとしたんだ、まあ、あたりまえの対応さね。」

それはそれは怖い顔だった。あなた方は、他国で自国の王族が命の危険にさらされたら、どうなさるおつもりかしら。黙ってみていたりはしないでしょう?しかも、そこのあなた今日ごく普通に訪問しただけなのに、薬を盛って、さらに警告無しに発砲したわね。と、指差して、それはそれは厳しく詰めている。それに、一昨日あんたがたは、あの人にこんな艦隊から守ってもらっているのよ。恩を仇で返すとはこのことね!と、例の惑星規模艦の攻撃も見せている。

 「まあ、駆駒将殿の時にも、地球の国家元首達がちょっかいかけてきたからね、腹に据えかねている部分もあるんだろうさ。それに、子どものおもちゃ程度の兵器だったとは言え、あんたじゃなかったら、本当に殺されていたかも知れないしねぇ。」

鷲羽ちゃんも、かなり凶悪な表情である。もしかして、この人も怒ってる?

 「あのぉ、もしかして、鷲羽ちゃんも怒ってる・・・?」

ダンッと研究室のテーブルを叩く鷲羽ちゃん。

 「身内を殺されかけたんだ、怒りもするさ・・・・・・。」

逆立つ赤い髪。静かに言う言葉が底知れぬ怖さを醸し出す。事態は、かなりむちゃくちゃな方向に行こうとしていた。哲学士を本気で怒らせてしまった。しかも伝説の・・・。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷11


なんだか、いろんな人に心配してもらっています(^^;;。




「身内を殺されかけたんだ、怒りもするさ・・・・・・。」

逆立つ赤い髪。静かに言う言葉が底知れぬ怖さを醸し出す。事態は、かなりむちゃくちゃな方向に行こうとしていた。哲学士を本気で怒らせてしまった。しかも伝説の・・・。

今度は、水穂さんの携帯端末が鳴動している。かけてきたのは、柾木アイリさんだった。目前に大きなディスプレイが出現する。

 「ああ、良かった元気そうね。大丈夫だとは思っていたけど。」

 「なんだかもの凄いことになって来つつあるんですけど・・・、とにかくアイリさん、ごめんなさい。」

 「あなたが謝ることは無いわ。しっかり水穂を守ってくれたのだもの。感謝してもしきれないわ。しっかし、それにしてもこいつら腹立つわね~~。」

うわ、こっちも怒っている。もしかして、GPもお怒り?

 「いま、守蛇怪がそっちに向かっているわ。銀河連盟からの正式な抗議文書を持ってね。西南君がうまく仲を取り持ってくれたら良いけれど、ね。」

にたりと、凶悪な爬虫類顔になって通信が切れた。もともと美しい人だけに凄惨とまで言える表情だった。

 「まあ、百歩譲って井の中の蛙だとしても、やって良いことと悪いことはあるだろう。それくらい痛い目しないとわからないのかねぇ。」

鷲羽ちゃんが、GBS以外の放送も切り替えながら見ている。GBSだけではなくて、他の局も特集して放送している。

 「あの、今日の大臣には、いちおう誓約書取ってますけど・・・。」

 「大臣の、だろ?日本のトップに立つ者の、それが必要だろうねぇ。まさかその大臣一人に責任を押しつけてオシマイとかじゃないだろうねぇ。衛星軌道からの狙撃だしねえ。」

くっくっく、と某アニメの大魔法使いでもそう言う笑顔は見せないだろうという表情・・・。

 「こんばんは~。」

からららと玄関を開ける音。鷲羽ちゃんの研究室で誰が来たのかがわかる。お、西南君じゃん。こないだのGPの制服を着ていた。続いて、天地君も帰ってきた。とにかく柾木家のリビングで作戦会議である。

 「瀬戸様の強硬手段にも驚いたけど、この国の偉い人も、また、下手を打ったね。じっちゃんが、今東京へことを納めに行っているよ。」

天地君があきれ顔で言っている。

 「遥照様まで動きますか・・・。何か申し訳ないような気がする。」

 「あなたは、身を守っただけですもの。どこにも謝ることはありませんわ。」

水穂さんはとりつく島も無い言い方だった。

 「このままだと、地球が野蛮人の星みたいなとらえ方をされそうでねぇ・・・。瀬戸様も振り上げた拳の落としどころが難しそうだし・・・。」

子どもが危険な遊びをして、一歩間違えば取り返しの出来ないことになるところだった、のなら教え諭すのも年長者の努めだろう。

 「とにかく、僕がこの銀河連盟の地球への抗議文書を持って行ってみます。表向きは、攻撃衛星のソフトウェア暴走による誤射で、何人かが、まあ責任を取ってもらうことにはなるでしょう。瀬戸様もそれで矛先を納めてくれれば、樹雷側も初期文明の惑星を本気で相手にするような小心者ではない、と懐の深いところを見せられる、ように持って行きたいです。」

 「遥照様もうまくその方向で動いてくれそうですし・・・。今度ばかりは、この地球のトップの人達もよく分かったことでしょう。」

若干冷たい言い方だが、ノイケさんも賛同してくれる。

 「う~ん、でもまだ決め手に欠けるような気もする・・・。そうだ、いちおう大臣のものだけど、誓約書も持って行く?あと、鷲羽ちゃんの怒りが収まらなかったら、調整したナノマシンで今後150年間死なない身体にして上げるとか。自殺も出来なくして、健康寿命は今まで通りとかさ・・・。老いさらばえながら寝たきりで過ごす70年間とか。」

そこまで言うと、さすがに鷲羽ちゃんが頭を掻きかき吹っ切れたような顔をする。

 「たまに、田本殿って怖いこと言うね。いいさ、今回は許して上げよう。次は無いけどね。しかし、これだけ銀河中に放送されてしまったら、地球のトップの評判は地に落ちたねぇ・・・。そのあたりも今は問題ないだろうが、将来に禍根を残すことになるだろうね。」

なるほど、数百年後恒星間航行技術が確立して、宇宙へ出るときに、か。

 「さあて、水穂さん、とりあえずどうしましょう。西南君について行っても火に油を注ぐことになりそうですし・・・。」

 「そうですわね・・・、西南君達が瀬戸様のところについて、頃合いを見て樹雷への帰還を促しましょう。振り上げた拳を納めてもらう、口実に出来るかも知れません。」

 それなら、一時間後に、水鏡の居る場所上空で、と西南君達と分かれる。水穂さんは、樹雷行きへの準備、僕は、一度自宅に帰って洗濯物を出して、下着とかを入れ替えとかないと・・・。そして、一時間後。一樹と樹沙羅儀、阿羅々樹、緑炎・赤炎・白炎の5隻で水鏡を迎えに行った。岡山県上空から堂々と大気圏内を航行し、第七聖衛艦隊に囲まれた水鏡の横に5隻を並べる。もちろん不可視フィールドは切っている。

 「瀬戸様、お迎えに上がりました。」

西南君が銀河連盟の書簡を持って現れ、全宇宙規模で恥ずべき行為だったことを知らしめ、その後、当事者である僕達が迎えに来たという作戦である。なんとか振り上げた拳を納めてもらいたいし、樹雷も本気で懲らしめる対象と言うにはあまりにも矮小だろう。籐吾さん、謙吾さん、あやめさん、茉莉さん、阿知花さんを従え、瀬戸様の足下に、全員で跪き、右手の拳を左手で包むように一礼する。

 「樹雷の宝玉たる瀬戸様には、そ、そのようなお顔は似合いませぬ。わたくしと水穂はこ、こ、このように無傷でございますれば、なにとぞお怒りを鎮めてくださいませ。」

見事に噛んだ風を装いながら、メモ用紙をポロッと落としてみる。慌ててそれを拾ってポケットに入れた。厳しい表情だった瀬戸様がふっと表情を緩めた。

 「ふふふ、もういいわ。田本殿の、下手な演技に免じて、この場は引き上げるとします。あなたがたも、自分たちがどういう立場になってしまったか、これから追々知ることになるでしょう・・・。」

平身低頭の各国元首の前から、そう言いながら瀬戸様は2歩ほど下がった。

 「・・・やっぱり、わかりました?」

ぷい、とそっぽを向く瀬戸様。ちょっとかわいらしい。僕はその前に立って、静かに話し始めた。

 「僕もちょっと言い過ぎましたが、これで良くお分かりになったでしょう。先ほどの様子は全銀河ネットで生中継されてしまいました・・・。日本の国家元首の方であれば、不平等条約の悲哀は身をもって知っているはずですよね。尊敬し合える対等な立場になるためには膨大な時間がかかると思います。一日も早く樹雷や銀河連盟に一目置かれる存在になることを願ってやみません。」

それを聞いた、瀬戸様はきびすを返し水鏡に帰っていく。いまだ厳しい表情の平田兼光さんと天木蘭さんもそれに続き、樹雷闘士や女官もそれに続く。僕達もそれに続き、それぞれの船に戻った。水鏡と第七聖衛艦隊を先頭に、我々の艦隊、そして守蛇怪は、地球圏、そして太陽系をあとにした。

 結果的には、遥照様のとりなしと、銀河連盟から地球への抗議が届いたことで、樹雷色が薄まり、大臣と官僚の一存ということで霞ヶ関の件は手打ち。攻撃衛星のレーザー発射は、パーツレベルの故障とそれによるCPUの暴走での誤射(にしては照準は合っていたけど)と言うことでなんとか納まったらしい。樹雷側は当事者の皇族が幸運にも無傷だったこと、初期文明の惑星でもあり、様々な思い違いも積み重なった結果であると言うこと、GBSや他局のテレビでも放送されてしまっていることで制裁は受けている、などで、これも今回は許すと。ただし、当初の要求項目である皇族2名の出国等は当然受け入れること。と表向きは納まった。瀬戸様は、かなりの額の制裁金を日本と、衛星兵器を発射した国からむしり取ったようだった。立木林檎様にちゃんと報告するんでしょう、たぶん。

 超空間ドライブに入って、しばらくすると瀬戸様から通信が入った。

 「久しぶりに、本気で怒ったらお腹がすいたわ。水鏡に操艦はリンクさせて、こちらへいらっしゃい。ご飯を食べましょう。」

ちょっと疲れたような瀬戸様の笑顔だった。怒ることはエネルギーを使うものである。僕もさすがに、疲労感がある。今日もいろいろあった。目を閉じ、一樹が見ている世界に視線を移す。超空間ドライブ中なので、さほど美しい光景ではないが、それよりも、水穂さんの操作で水鏡に操艦をリンクさせたとたん、樹が歌っていることに気がついた。水鏡がソロで歌い始めるとそれに呼応して一樹、阿羅々樹、樹沙羅儀、緑炎、赤炎、白炎が湧き上がるように声のようなものを発している。

 「何と美しい・・・。樹達が歌っているんですね・・・。」

足下にいた柚樹さんが姿を現し、ぴょんと膝に飛び乗る。

 「我も、樹であった頃は、このように歌えたものだが・・・。」

柚樹さんの話だと、皇家の樹が何本か集結し、協力して何かをなすときにこのように歌いながら情報のやりとりをするようである。

 「さあ、瀬戸様がお待ちかねですわ。あなた、水鏡に行きましょう。」

水鏡の亜空間固定された、陽光降り注ぐ丘の上に転送される。いつ来ても美しい。さわやかで、何かの果樹のような香りが乗った風がわずかに吹いている。こちらでございます、と水鏡の執事が案内してくれる。今日は、大きな樹を利用した邸宅に導かれた。中央大広間のようなところに、今回は、イスとテーブルではなく、高さは40cm程度のローテブルだった。必然的に床に座ることになる。すでに瀬戸様は座ってお茶を飲んでいた。西南君と四人の奥様、平田兼光さんに天木蘭さん、籐吾さんに謙吾さん、あやめさんに茉莉さん、阿知花さんも席に着いていた。ローテーブルに目を移すと、すでにたくさんの料理が並んでいた。大皿にたくさんのおにぎりもあるし、お味噌汁は大鍋でできあがっているし、お漬け物もたくさんある。ほかに刺身の盛り合わせや立派なローストビーフのような物もあった。

 「今回は、急ぎ田本殿に樹雷に来て欲しかったので、ちょっと強引な手を使ったのだけれど、まさか田本殿の命を危険にさらすことになるなんて・・・。ごめんなさいね。」

瀬戸様は珍しく意気消沈の様子だった。

 「お気遣い、ありがとうございます。もしかして、と予想していたとおりの展開でした。日本政府としては、ちょっと痛めつけて、樹雷との従順な橋渡し役か、スパイにでも使おうと思っていたんでしょうね・・・。なんかこう、想像力のあまりの貧困さと対応の稚拙さに、こちらも涙が出そうになりました。」

どよ~~んと言う空気が、水鏡の大広間に立ちこめている。

 「そうね・・・・・・。まあ、これで、田本殿も大手を振って樹雷に来ることが出来るというもの。うふふ、これから地球に帰るまでの二日間寝てる間は無いかもよ。」

にっひっひ、と爬虫類顔の瀬戸様だった。

 「ぐええ、お手柔らかに~。」

 「さあ、それじゃあ、みんなで頂きましょう!。」

いただきま~っす。と美しい塗り箸を手にとって、おにぎりやら、取り皿やら、お味噌汁のお椀やらに手を伸ばしている。ああなんだか嬉しいな、暖かいな、と思う。ほこほことした心持ちに、ニコニコとみんなを見ていると、涙がつ~っとこぼれた。

 「どうなさったの、あなた。」

水穂さんが心配そうな顔でこちらを見ていた。

 「いや、なんでもないです。こんなにみんなが大事に思ってくれてありがたいなぁ、と。」

小さな取り皿に料理を取ってもらって、一生懸命食べていた福ちゃんがとことことこと僕のところまで歩いてきて、あぐらをかいて座っている膝に乗ってきた。手を出すとスリスリと顔を擦りつけてきて、ぴょんと腕を伝って、肩に乗って顔を舐めてくれる。

 「みゃあう・・・。」

 「あはは、福ちゃんくすぐったいよ。ありがとう・・・。え、この間はありがとうって?いえいえ、どういたしまして。これから、いろいろ教えてね。」

頭を撫でると、ぺろりとその手を舐めて、安心したように、またお皿のところに戻っていった。

 「西南様、ぼ~っとしてると福ちゃん、田本様に取られちゃいますよ。」

ブルーブラックと言って良いようなウェーブのかかった長い髪の女性がちょっとあきれ顔でこちらを見ていた。リョーコさんって言ったっけ。

 「う~ん、それは困るなぁ・・・。でも、福、最近、機嫌が良いんですよね。」

あははは、とどこからともなく明るい声が上がる。

 「あなた、置いて行っちゃイヤよ。」

グッと身体を預けてくる水穂さん。反対側には竜木籐吾さん、謙吾さん。そのまた左右にあやめさんに、茉莉さんに阿知花さんが移動してきている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷12


やっぱり何かあるとお酒!

食べてみたい瀬戸様のお料理!




 「う~ん、それは困るなぁ・・・。でも、福、最近、機嫌が良いんですよね。」

あははは、とどこからともなく明るい声が上がる。

 「あなた、置いて行っちゃイヤよ。」

グッと身体を預けてくる水穂さん。反対側には竜木籐吾さん、謙吾さん。そのまた左右にあやめさんに、茉莉さんに阿知花さんが移動してきている。

 「狭いんだけど・・・。なんか嬉しいな。」

顔や耳がむちゃくちゃ熱い。何も言わなくても、取り皿におにぎり二個ともう一枚の取り皿に様々な料理がのっかっていった。

 「みんな、ありがとう。」

 「いえ、今晩も頑張ってもらわないと・・・。」

水穂さんと、籐吾さんと謙吾さんの声がユニゾンしている。いったいなんだそりわ。

 「今夜も、って・・・。」

西南君ところの四人と瀬戸様、天木蘭さん、平田兼光さんが、今度はユニゾン。

 「あの、その、あの夜から水穂さんとは毎晩、籐吾さんと謙吾さんとも、その・・・。」

 「わ、わたしだって、待っていたのに・・・。」

そう言いながら、阿知花さんは真っ赤な顔をしてうつむく。あれ、籐吾さんの腕を持っているのはあやめさんで、謙吾さんは茉莉さんに腕を絡められている。ふううん、ま、いいけど。

 「あの夜は、水穂さんと、まあその、3時間くらい休み無しで・・・。」

まあ!、聞きました奥様?、羨ましいですわね。うちのなんか、ねえ。最近ちょっとご無沙汰なのよ~。って、天木蘭さんと、瀬戸様が団地妻している。

 「よお~し、田本殿、今度良いところを紹介するぞ。行くか?」

平田兼光さんは、にかっと白い歯を見せて笑っている。

 「ええ、もちろん!と言いたいところですが、水穂さん泣かせると、怖いお母さんやらお婆さまやらいらっしゃるので、ちょっとぉ・・・。二日前に面と向かって怒られたところだし・・・。それに、兼光様も、また希咲姫ちゃんに怒られますよ。」

西南君が、ご愁傷様です、と言わんばかりの気の毒そうな顔をしてこっちを見た。

 「・・・このあいだ夕咲に、土下座していたのを見たわよ。」

瀬戸様が、たくあんを良い音させながら食べてそう言う。とたんに兼光さんが憮然とした表情になってそっぽを向いた。

 西南君とそのお嫁さん達四人が、そろって真っ赤な顔してうつむいている。なあ、西南と言って雨音さんが肘をつんつんしているし、なによ雨音、今夜は、その・・・。とさらに赤くなって黙りこくる霧恋さんだし。西南様、わたくしは一生付いていく決心はいささかも崩れておりません、とリョーコさんが右手をグッと握って決意っぽく言って、雨音さんと霧恋さんに睨まれていた。福ちゃん、おばちゃん達はほっといて、ニンジン食べましょうね~、とネージュちゃんは福ちゃんをだっこしていた。ぎりり、とあとの3人が青筋を額に浮かべている。なんだかこの人達もキャラ変わらないなぁ、とか思う。

 そして、例によって美味しいおにぎりと、お味噌汁。黙々と口に運んで、ホッとした顔をしていたら。瀬戸様が珍しく真っ赤な顔をしている。ある意味これほど似合わない絵も無いだろう。さっきの「くわっ」と怒り狂った鬼姫モードが瀬戸様の固定イメージである。

ちょっとカマ掛けてみよう。ちょっと不埒なとか言われそうだけど。

 「やっぱり塩結びは、お母さんの手で握られるから美味しいんだよね。」

うんうん、と籐吾さんが口いっぱいに頬張っている。また目が赤い。瀬戸様が、顔を見られないように向こうを向いてしまう。

 「わたし、お料理頑張る。阿知花、今度特訓して!。」

あ、わたしも、と小さな声で言って、茉莉さんがちっちゃく手を上げている。

 「男は、胃袋を捕まえられると、絶対に逃げられないですよね、瀬戸様。」

ちょっとビクッと肩を揺らす瀬戸様。

 「・・・ねえ、今日のお味噌汁美味しい?。」

タマネギやわかめ、豆腐はたぶん樹雷の特選素材だろうし、出汁もそんじょそこらのものではないだろう。しかし、この味噌は・・・。なにか誰かが作って、それをお金で購入したものではない、そんな甘さと香りがあるような気がした。

 「ねえ、どうなの?・・・。」

 「麹や豆や麦から、瀬戸様が手で作られたのではありませんか?量産臭がまったくありません。とても温かく薫り高い。それでいながら自然な甘み。本当に美味しゅうございます。」

 「ほんとう?嬉しいわ・・・。お漬け物も食べてみて。」

まずいわけはない、と思って食べる。ほのかな塩味と酸味が絶妙である。塩味が薄く、素材の味が出ている、と言うことは、ぬか床は毎日厳重に管理されている、と言うことだろう。そうでないと、あっという間に酸っぱくなったり、塩が少なめだと、ぬか床が腐ってしまう。

 「瀬戸様、毎日ぬか床は混ぜていらっしゃるんですね。良くこの塩味で管理出来ていると思います。これも美味しいです。」

すす、とさっきこの場所まで案内してくれた執事の男性が、近くまで来て瀬戸様の代わりに答えてくれる。

 「私どもが混ぜるのでは駄目だと、手をぬかだらけになさって、毎日混ぜていらっしゃいます。味噌や醤油は、本当に手作りなんですよ。」

 「そうでしょうねぇ。神寿の酒も美味しいのですが、この胃袋をわしづかみにされる優しい味わいは・・・。これで涙しない男はいないでしょう。」

横の籐吾さんと、謙吾さん二人とも涙しながら食べている。平田兼光さんもそっぽを向いているが頬にキラリと光るものが見えた。と、突然食卓テーブルの横に、どんと木の樽が転送されてきた。西南君と雨音さんは驚いたらしく、喉につかえさせて、胸を叩いている。

 「あら、まあ。神寿の酒って言うから、水鏡が対抗意識燃やしているのね。今年の新酒よ、それ。」

新酒よ、それ、って言われても・・・。じゃあって手が出せないじゃん。

 「あ、そうだ、昨日あんまりみんな飲まなかったから、僕も出します。阿羅々樹、転送してくれるかい?」

またも、どんと木の樽が転送されてきた。籐吾さんが思い出して転送してくれたのだ。こっちは神寿の酒の古酒である。

 「ある意味、超高級な宴会ですね・・・。お金・・・、に換算出来ませんよね?。うちの姉なら暗算でいくらですわ、とか言いそうだけど。」

謙吾さんが引きつった笑顔でそう言った。林檎様ならそうでしょうねぇ、と霧恋さんが何とも言えない複雑な表情で言葉を絞り出すように言う。音を立てずにお味噌汁をすすって瀬戸様が言った。

 「最近、林檎ちゃん、神がかってきてね、経理のネットワークじゃないけど、お金が動いた形跡をたどって追いかけてくるの・・・。本気で怖いわ。」

執事の人と、メイドさんが奥から、これも美しい装飾の酒器を持って出てくる。2種類の杯だった。青の色が多く樹とガラスの器に水鏡の新酒、赤の色が多く、樹と磁器のような器に阿羅々樹の古酒をついで、みんなに配っていった。

 「霧恋さん、うちも出しましょう。」

ええそうね、とにっこり笑う霧恋さん。え~、出しちゃうのぉ?って顔は雨音さん。

 「樹雷王阿主沙様から頂いていた神寿の酒があるんですよ、福、阿羅々樹の樽の横に転送してくれるかな?」

みゃ!と福ちゃんが手を上げると、また、どん、と木の樽が・・・。

 「なんちゅ~、恐ろしい宴会なんだろう・・・。」

平田兼光さんが、珍しく動揺している。また器が運ばれる。今度は飴色に磨き上げられた木の器だった。一人ひとりの前に、3種類の器が並ぶ。これだけで、惑星がいくつ買えるのかって値段らしい。それでは、と僕はまず、水鏡の新酒から口に含んでみた。キン、と鋭いけれども荒くはない、そして勢いのある炭酸系を思わせる発泡感。そして神寿の酒独特の透明感。ああ、もう旨さ炸裂!。頭の上にでかい金だらいが落ちるがごとし。ほおお、と周りから感嘆のため息が出ている。水穂さんは、つい~~っと一杯開けてしまっている。

 「鮮烈で、たまんないっす。」

じゃあ、こんどはこっち、と古酒を口に含む。深くて甘い。静かな泉のような深々とした旨さ。時間を味方にすると、やはり凄い。うん、昨日はいぢめられたから、微妙によく分からなかったけど、透明感に、一種ウイスキーとかブランデーのような香りが加わっている。甘露甘露と呵々大笑してしまいそうになった・・・。

 「深みと甘みが・・・、言葉になりません。」

そして、樹雷王阿主沙様の神寿の酒。樹が違うと、さらにコクが出るようだ。こちらもうまい。なんだかワンランク違うような上質感・・・。

 「また違った味わいですが、コクが深いですね。」

 「そうね、霧封は第一世代艦だし・・・。」

つ~っと瀬戸様は阿羅々樹の古酒を飲み干す。あんまり見たことないようなとろけるような笑顔だった。みんな、はああ~、とほんのり桜色の頬になっていた。幸せ感が半端ではない。そうやって水鏡の夕食会は、お金では買えない宴会に化け、全員で三つの樽が空いてしまうまで飲んでしまった。しこたま飲んだ、と言える量だが、良い酒は酔うと言うより感覚が研ぎ澄まされるような感じである。でも酔ってはいるんだけど。瀬戸様ごちそうさまでしたと言って、みんな自分たちの船に帰っていく。僕も、水穂さんとふたりで支え合いながら一樹に帰った。今日は水穂さんも、ふらふらしている。ばふっとベッドに二人して子どもみたいに倒れ込んだ。

 「・・・幸せすぎて、今が夢だったりしたら、しばらく立ち直れません・・・。」

お酒で息が早い水穂さんが、こちらに身体を向けて、じっと僕の目を見る。

 「それじゃ、夢じゃないか、確かめましょ!」

あーあ、やっぱりいつものこと、なのね。本当に嬉し恥ずかしな時間が過ぎていく。明日には、樹雷に到着しているだろう。今度ばかりは、これだけの皇家の船を襲う海賊も居ないだろうし・・・・・・。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷13

やっぱり人外まっしぐら?

ま、でも今回は鷲羽ちゃんも、まあ同罪だろうし・・・。


 「それじゃ、夢じゃないか、確かめましょ!」

あーあ、やっぱりいつものこと、なのね。本当に嬉し恥ずかしな時間が過ぎていく。明日には、樹雷に到着しているだろう。今度ばかりは、これだけの皇家の船を襲う海賊も居ないだろうし・・・・・・。

 

 

 う~、頭痛い。それと、喉渇いた。さらにおしっこ行きたい。と思ってベッドから起き上がった。今は・・・、午前2時半・・・。あれから4時間くらい経ったのか・・・、ベッドから足を降ろし、トイレに行こうとすると、スッと戸口にメイドさんが立ってくれる。

 「田本様、いかがなさいましたか?」

 「うん、頭痛いのと、喉渇いたので水をくれないか?」

 「この間のお薬をお持ちしましょうか?」

ああ、頼むよ、と言ってトイレに行く。・・・う、アルコール臭い。ついでに、慌てて出てきたのでシャワーも浴びたいな。トイレを出て自室に戻ったところでメイドさんに会った。

 「起こしてごめんなさい、水穂さん、お薬飲んでおきますか?」

う、うん、と水穂さんが目を覚ます。この人も珍しく深酒してるし。

 「・・・今、何時かしら?・・・・・・」

午前、2時半くらいですねと、時計を見せる。そう、と言ってメイドさんから二日酔い用の薬をもらって水で飲んで、そのまま水を飲み干して、ぱたっとベッドに倒れ込んでいる。

 「ごめんね、僕は風呂に入りたいんだけど・・・。」

こちらでございます、とあくまで平静なメイドさん。途中で水と薬をもらった。

 「柚樹さん、お風呂行かない?」

 「おお、行くぞ、水がたくさんあるところは好きじゃ。」

ベッドの足下付近で寝ていた柚樹さんも起きてきて、いっしょにだだっ広く、一人と一匹(一樹?)にはもったいないお風呂に浸かる。だんだんと薬も効いてきて、ホッとする。一樹に今どれくらい?と聞くと、樹雷まであと5時間くらいかなぁと返ってくる。大変だけど頼むよ、と言うと、みんな居るから大丈夫だよ!と元気に答えてくれる。あんまり見ないネコ掻きで柚樹さんもぷかぷかと泳いでいる。二十数年前に飼っていた黒いネコは、水を極端に怖がったよな、とつれづれに思い出した。

 「あ、でもね、さっきから福ちゃんの様子が変なんだ・・・。」

 「へ?またどうしたの?」

あのかわいい、守蛇怪のエネルギージェネレーター兼コンピューターユニットが?

 「聞くと大丈夫とは言うんだけど、何かに耐えているというか、苦しがっているというか・・・。」

 「そうだ、近くに居る、瑞樹ちゃんはどう言っている?」

 「瑞樹ちゃんも何か力を使っているようなんだ。答えが途切れ途切れで・・・。」

 「西南君は?」

 「さっき起きたみたい。」

う~ん、ちょっと見に行ってみよう。いまは艦隊組んでいるから、

 「うん、転送出来るよ。さっきから通信入れているけど、途切れがちで・・・。」

慌てて、身体洗って、外に出ると着替えがきっちり用意されている。これは、平田兼光さんが着ていたような樹雷の作務衣のような着物だった。こちらでは、これが寝間着?かな。とにかくそれを身につけて、柚樹さんと外に出る。外で待っていたのか、メイドさんが現れる。

 「この着方で良いんでしょうか?」

 「田本様、お待ちを」

そう言って、襟元やひもの結び方を直してくれた。簡単な防寒・耐熱フィールドも装備されている。185cmの天木日亜の体型にきっちり合わせてくれていた。それにある程度体型の変化に対しても柔軟に対応するらしい。さすが樹雷の技術。これだけでも、今の日本の百数十年先を行っていることだろう。

 「ちなみに、樹雷皇家の服はもっと多機能だぞ。必要とあらば闘士として戦うことも用途として入っておるからのぉ。」

このあたりの技術だの、ナノマシン技術だの、お持ち帰りすると、たぶん数十年で物にするかも知れないが、なんか人外の兵士とか兵隊とかできそうだし、焦土と化した国が今よりさらに増えそうで、はっきり言って過ぎたるは及ばざるがごとしだろう。地球の樹達もそれを望まないと思うし。例の腕時計端末ユニットを携帯端末に変えて、普通に西南君にかけてみる。超空間航行中だけど、つながるのがまた凄い。鷲羽ちゃんにどうしてって聞くと、たくさんの数式を床に書き始めて、数時間は離してくれなさそうだけど。当たり前のようにワンコールで西南君につながった。

 「西南君、福ちゃんの様子がおかしいって?。」

 「ええ、さっき気付いたんですけど、何かに苦しがっています。え、鷲羽さんの荷物?」

 「ちょっとそっち行っても良いかな。」

 「どうぞ、どうぞ、来てやってください。霧恋さんも心配して起きたんです。」

わかった、と言って、携帯端末を切って一樹に転送をお願いした。グリーンのフィールドに包まれ転送されたところは、守蛇怪の西南君が居室というか、寝所に使っているこれまた大邸宅。これでも艦長用じゃないんじゃない?

 「こんばんは~。」

と声をかけると、大扉が開き、こちらもバイオロイドの執事さんが迎えてくれる。

 「こちらでございます。」

通されたところは、守蛇怪の邸宅のリビング。西南君はパジャマだし、霧恋さんも、ちょっと目のやり場に困るネグリジェだったりする。うわ、スケスケ。胸でかい。っとそれはともかく。確かに福ちゃんが尋常じゃないくらい苦しんでいる。ちょっといいかい?と福ちゃんを抱かせてもらった。いつもは人肌のぬくもりより少し暖かいくらいの福ちゃんが熱いと感じるくらい体温が上がっている。

 「福ちゃん、インフルエンザとか、かからないよね~。」

 「鷲羽様から、守蛇怪ごと頂いたというか、受け継いで、もう十三年くらいになるんでしょうか?今までそんなに熱持って苦しがるようなことありませんでした。」

そりゃそうだろうなぁ、鷲羽ちゃんの作だし・・・。あれ、さっきよりも少し熱くなった。

 「福ちゃん、一体どうしたの?」

と、ゆっくり問いかけてみた。

 「え、もの凄いパワー?もう耐えられない?こっち・・・?」

み~、と絞り出すように福ちゃんが鳴く。

 「田本様、瑞樹ちゃんも、もう駄目って・・・」

霧恋さんが右手の指輪を見ながら、真っ青な顔で言う。何々、なにが起こってるのよ?とこっちも慌てる。柚樹と僕と福ちゃん、、西南君と霧恋さん、転送フィールドに包まれる。そして、着いたのは、倉庫のようなところ。その片隅に、赤い光を放つ1m四方くらいの箱があった。いまにも破れそうに光があちらこちらから出ている。

 「これは・・・。さきほど、鷲羽様から樹雷へ持って行くように言われて積み込んだ荷物ですわ。」

 「鷲羽ちゃんと通信出来る?」

だんだんまぶしく光が増えてきている。

 「だめです。この箱から何かしらのフィールドが無作為に出ていて、外への通信は、今無理です。」

ブルーブラックのロングヘアーの女性、そうリョーコさんと雨音さんもこちらに転送されてきた。うわ、ふたりともスッケスケのネグリジェじゃん。扇情的な下着だけしか着けていない。すぐにネージュちゃんと呼ばれた女性も転送されてきた。

 「福ちゃん、だいじょうぶ?・・・・・・田本さん、福ちゃんも、瑞樹ちゃんもその箱からのエネルギーを必死で押さえ込もうとしているんだけど、もう、持たないみたい・・・。」

ほとんど皇家の樹と言って良い、福ちゃんと第2世代の瑞樹が押さえ込もうとして、白旗って、どないなエネルギーやねん!と突っ込んでも良いけど、ことは急を要する。

 「船外投棄は出来ないんですか?」

西南君が、だんだん強くなる光に、右腕で目をカバーしながら怒鳴る。

 「・・・・・・シミュレーション結果出ました。今通過中の星系がいくつか、いえ、下手すると銀河のオリオン腕が消滅するそうです。」

もしかして、こないだやった手なら・・・。皇家の樹の力を5樹、曲がりにも受け止められた・・・。とにかく、何とかしないと・・・。

 「水穂さんと、籐吾さん、謙吾さん、神木あやめさん、茉莉さん、阿知花さん、そして瀬戸様を呼んでください。なるべく早く。」

 「なんで、わたしが最後かしらねぇ・・・。」

扇子でペシペシ肩を叩きながら、苦笑しながら瀬戸様と平田兼光さん、天木蘭さんが転送されてきた。

 「瀬戸様、良かった・・・。このままでは守蛇怪他この艦隊が全滅します。一つ、案なんですが・・・。」

僕が、この荷物を、と言うかエネルギーを受け入れ、どこか安全なところで放出すると申し出た。瀬戸様の顔色が変わる。しかし、この方法しか最も安全な方法は無い。

 「守蛇怪の皆さん、そして瀬戸様、超空間ジャンプアウトし、この星域周辺で赤色巨星や滅びかけた文明など、生命エネルギーのような物を必要とする物、すべてリストアップしてください。」

生命エネルギーというのは、単純に直感である。籐吾さんを救った力、認知症のお婆ちゃんを少しでも元に戻した力だし。

 「一樹、柚樹さん、迷惑かけるけどいいかな?」

 「なにを言う(んだよ)か、我らは共にある存在ぞ!」

よし、樹が共にあるならば心強い。

 「・・・全員、この部屋から待避ください。」

 「イヤよ(だ)!」

何人もの、そんな声が聞こえたような気がする。後ろを見ず手を振って、その今にも破裂せんばかりに光を放っている箱に向かって歩いて行く。あと、2m程度まで近づいたときにバンっと箱が破れる。中心に赤く輝く球体があった。右手で光を防いでと思ったら、目の前に三枚の光應翼が現れる。半透明のエネルギーの羽が赤いエネルギーを吸収しているのか大きくなっていく。左手でゆっくりとつかみ取った。なんと光應翼を透過してつかめた。それを抱きしめる。しかしエネルギーの増加は止まらない。あかんわ、これ。むちゃくちゃ強力だわ。

 「一樹、柚樹、付いてこい!。さっきのデータ、一樹に転送しておいてください!」

とにかく、外に出ないと!その想いばかりがある。想いに答えたのか、一瞬で宇宙空間に自分が在った。左手の甲あたりにさっきの球体がとりあえず定着しているようだった。しかし、まだエネルギーは上昇を続けている。まずは、ええと、数光年先に赤色巨星化した星、十数光年先に褐色矮星、と近くに一樹と柚樹の気配を感じて、それごともらったデータの座標へ空間転移する。そしてその恒星に向かってエネルギー放出を試みる。

 「死に行く星よ、迷惑だろうが、受け取れ!」

左手を胸の前に持ってきて、左手の甲にある赤い球体をその星に向ける。余剰というか溜まり溜まったエネルギーが死に行く星を包む。するすると、目に見えるようにそのサイズを小さくして、若々しく青白い光を強く放つ星に戻っていった。まだまだ、エネルギーは湧いてくる。この球体なんなんだろう?しょうがないので、十数光年先の褐色矮星へ跳ぶ。

 「死に行く星よ、迷惑だろうが・・・。うりゃ!」

というか、ほとんど死んでしまった星かも知れない。同じようにエネルギーを放つ。一瞬赤黒く大きくなり、それがまたするするとしぼんでいき、黄色く光を放つ恒星に戻っていく。僕のすぐ近くに焼けただれた惑星を発見する。ちょっと気が向いたので、そこにも・・・。赤く焼けただれた惑星は、みるみる青く、水を取り戻し白い雲に覆われていく。何億年かあとにまた会おう!と思ったりする。死に行く運命を受け入れている者にとって、ある意味「時の拷問」かも知れないが、もうひとがんばりお願いしますよ、と。

 そうやって近傍のと言っても半径数百光年程度の広さに散らばる、死にかけた恒星達、十数個にエネルギーを分けたというか、投棄したところでようやく赤い光が収まる。いんやぁ、すごかったのだぁ。とホッとすると、身ひとつで宇宙空間に浮かんでるし!。

 そう思ったら、一樹のブリッジに転送された。なんか、つかれた~というか気疲れしたぁと、どっと一樹のいつもの席に座った。

 「何とかなったなぁ。一樹、柚樹さん。」

 「ほんっとうに無茶するやつじゃのぉ・・・。」

 「また水穂さんに怒られるよ。」

ぐ、痛いところを突く。あきれた顔の柚樹さんだった。しかし、この球体なんなのよ、とみると左手を見ると左手の甲にめり込んでいる?しかも縦に少し楕円形になって手の甲にきれいに埋まっている。

 「うわあああ、これ、外れないよぉ。」

右手で引っ掻こうがなにしようが外れる気配はない。

 「ほんっっっっとうにバカな子だねぇ。まったく・・・。」

目の前に半透明のディスプレイが出て、鷲羽ちゃんのドアップが映る。

 「ここで、エネルギー暴走するとはね~、いんやぁ、参った参った!」

あーはーはー、と頭を掻いている鷲羽ちゃん、突然ごいん!と言う音がして画面から消える。

 「大丈夫ですかっ、田本さん。なんか鷲羽ちゃんの物が暴走したとか・・・。」

ちょっと作務衣に似た作業着姿の天地君が出る。

 「うん、艦隊ごと、と言うか、オリオン腕ごと消えて無くなりそうだったんで、この辺の死にかけた星に余ったエネルギーをばらまいてた。」

 「・・・天地殿も、最近手加減しないから・・・。」

そう言って、頭にでかいバッテン絆創膏を貼った鷲羽ちゃんが画面下から現れる。すぐに真っ赤になりうつむく。天地君もそっぽを向いていた。

 「あのさ、田本殿、何か着ておくれな。」

へ?と思って視線を下に向けると、うわ、着ていたモノが無い!。またばささっと頭から何か降ってくる。

 「ま~た、服と、携帯端末、消し飛ばしているよ!」

一樹がやれやれと言った口調で言った。うっっわ~~と慌てて、転送された服を身につける。あれ、これ樹雷の服だな。

 「水穂さんが、あっちで着られるようにと準備していた、樹雷の普段着だよ。式典用はまた着せてくれるんだろうと思うよ。携帯端末は、僕の工場で以前のデータを使って作っているからちょっと待ってね。」

ありがとう一樹と声をかける。いやそれどころじゃない。

 「鷲羽ちゃん、これ、この赤いのなに?」

右手で、左手の甲に埋まっている球体を指差す。

 「天木日亜殿が撃破した、海賊艦隊の旗艦に使われていた、エネルギージェネレーターさね。そう、火曜日に籐吾殿が木星から引き上げた残骸に眠っていたものだよ。」

どうも、守蛇怪に頼んで樹雷に輸送中だったらしい。

 「あ~あ、見事に、綺麗に融合しちゃってるね~。実は、さ。」

シャンクギルドが研究していた、赤い宝玉と呼ばれるエネルギージェネレーターらしい。皇家の樹に匹敵するパワーを出せるが、ある物のコピー品のため、制御が難しく、天木日亜さんの時も暴走した形跡があるそうである。

 「皇家の樹と違って、そいつは意思のない、ただのエネルギージェネレーターだからね。そう、力に善悪はないから・・・。でも良かったよ、田本殿で。」

なっはっは、と額から冷や汗を流しながら笑いとばす鷲羽ちゃん。背後で、ふるふると拳を握って、うつむいている天地君。

 「いんやぁ、守蛇怪だから、まず大丈夫だと思ったんだけどね~、しかも皇家の樹の艦隊だし。まさか暴走しちゃうとはね~~、安定してたんだけどね~~。」

 「最近、鷲羽ちゃん、瀬戸様に似てきてますよ。」

ジト目で、鷲羽ちゃんを見る。びしいっっっとなぜか石化する鷲羽ちゃん。さらにピシッと亀裂が入って、そこからぱらぱらと破片がこぼれるビジュアル付き。

 「ええと、その石化ビジュアルはどうでも良いので、これ、どうしたら良いか教えてください。」

天地君が、ごめんね~と木槌で鷲羽ちゃんの頭をコンコンと叩くと、表層が落ちていつもの鷲羽ちゃんになる。あんたは、沈没戦艦に偽装してたのかい!と思ったり。

 「とりあえず、こっちに帰ってきたら、検査するから。今のところ身体に変調は無いんだろ?あんたの意思という極上の制御ユニットが出来たしね。」

 「もしかして、僕がこれを制御しろと、しかもこの子達も居るのに?」

とりあえず、目の前の柚樹さんを見る。右手を上げて顔を洗っていた。

 「そうだね~。たぶん大丈夫だよ。あんたは、その力を破壊に使わなかった・・・。それだけでもう充分だよ。ちなみに、守蛇怪、福の額の赤いやつに似た力を出せる物だから。あれほどの力は無いから安心しとくれな。」

 「ちなみに、どれほどの力があると?」

額に青筋が立つのが分かる。左頬が引きつる。

 「う~ん、こないだのこともあるし、それも含めると、もしかして第1世代の樹を越えるかもね~。あっはっはっは。」

またも、ごいんっと激しい音がして、鷲羽ちゃんが画面から消える。田本さんの代わりに殴っといたから、じゃ、気をつけて行ってきてください、と天地君ごとディスプレイは消えた。はあああ、とため息をつくと、周りに水鏡他の艦隊がジャンプアウトしてきた。ブリッジにみんなが転送されてくる。

 「あなた!、大丈夫ですか?」

席から立つと、水穂さんが泣きながら胸に飛び込んでくる。その次に瀬戸様、あれ、天木蘭さんまでいる。

 「ええと、ごめんなさい。また服と携帯端末消し飛ばしちゃいました。」

狭いわね、あなたどきなさいよ、瀬戸様は内海様が居るじゃないですか。ウルサいわね、わたしだってこの人が好きなんだから、あんた、関係ないでしょ、うふ、わたしも好きになっちゃった、と3人の女性がぼそぼそ、もしゃもしゃ言っている。3人が右手を伸ばして、ぴしゃりと頬を叩かれた。ううう、痛いのだ。

 「俺、やっぱりね、この人に首輪付けようかと思うんですよ。」

うんうん、とみんなが頷いている。そう言った謙吾さんも籐吾さんも涙目だった。

 「田本さん、ごめんなさい。まさかこんなことになるとは・・・。」

福ちゃんが、申し訳なさそうな顔でみゃああ・・・、と西南君の腕の中で鳴いている。

 「あ、そうだ、福ちゃん、もう大丈夫?」

みゃああんと、西南君の腕からジャンプして、瀬戸様の頭に飛び乗って、そこから僕の肩に乗る。そして一生懸命スリスリしてくれた。とってもかわいいのだ。

 「あら、福ちゃんに一本取られちゃったわね。」

瀬戸様が上目遣いに、こっちを見る。これ幸いに、ご報告である。

 「鷲羽ちゃんの話では、これ、福ちゃんの額の物と似たものだそうで、守蛇怪に頼んで樹雷に運ぶ途中の物だったようですけど・・・。どうも途中で暴走したようです。」

引きつった笑い顔で、左手にはまった赤い球体を右手で指し示す。

 「この間の木星から引き上げたやつでしょ?それ。シャンクギルドが研究していた物というウワサの。なんか見事に融合しちゃってるわね。」

しげしげと瀬戸様が左手を見ている。

 「鷲羽ちゃん、とりあえず力の善悪は無いと、それで皇家の樹並みの力を頑張ってあんた制御しなさいと、言われちゃいました。」

 「あなた、それで赤色巨星とか、褐色矮星に行ったのね・・・。」

ええ、まあ、死に行く星ならエネルギーを投棄しても良いかなぁって。まさかオリオン腕を消すわけにはいかないし、と言うと、にっこりと微笑む。

 「まあ、いいわ。あなた、これでまた逸話が増えたわね。あの英雄守蛇怪の危機を救い、皇家の樹の艦隊をエネルギージェネレーターの暴走から救った・・・。それにオリオン腕の崩壊も食い止めた・・・。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷14


死に行く星を再生までして・・・。どこに行くのかこのおっさん・・・。

暴走は止まらない。

お昼休みにアップでございます。



「まあ、いいわ。あなた、これでまた逸話が増えたわね。あの英雄守蛇怪の危機を救い、皇家の樹の艦隊をエネルギージェネレーターの暴走から救った・・・。それにオリオン腕の崩壊も食い止めた・・・。」

 「でも、瀬戸様、これを樹雷に運んでどうするつもりだったんです?」

 「とりあえず、樹雷の研究機関で調べて、鷲羽ちゃんの所感やデータももらったし、次世代樹雷の戦艦とか使えないか、使えなければ封印する手筈だったのよ。でもあんなに暴走するんじゃ、ちょっと使えないわね~。田本殿にくっついてくれて良かったわ。」

さらっと、とんでもないことを言ってくれる瀬戸様。

じっと、左手を水穂さんが見つめていて、意を決したように口を開いた。

 「わたし、この人と融合すれば、ずっと一緒にいられるのかしら・・・。」

水穂さんが、僕の顔を見上げて、涙目でそう言った。

 「あ、おれも(僕も)そう思いました。」

立木謙吾さんと、竜木籐吾さんが同時に言う。

 「いんやぁ、人面瘡みたいでやだなぁそれ・・・。でも、みんなずっと一緒に居よう。」

もお、ほんとに・・・。3人がようやく離してくれる。

 「それじゃ、樹雷に帰るわよ。なんか危険物が増えたようだけど、まあ、鷲羽ちゃんが極上の制御ユニットと言ったから大丈夫でしょう。」

ニッと笑った瀬戸様。爬虫類顔が怖い。

 「瀬戸様の副官のなり手が、なかなか無いんだがなぁ・・・。」

ちら、と天木蘭さんを見て、平田兼光さんがそう言った。いやいや、これ以上いらないし。

 「まあ、とりあえずは、何とかなったようですから・・・。もう何も起きないでしょうし。」

 「当たり前よっ(だ)!。」

う~~、今回は僕のせいじゃないんですけどぉ。とにかく皆さん自艦に戻っていった。

 「さあ、あなた、明日は大変でしょうから寝ますわよ。」

ぐい、と水穂さんに手を引かれる。そーだろーなーと微妙に他人事だったりもする。だって、ねえ。あんまり凄いことやったような気がしていないし・・・。

 「いやぁ、実はまだちょっと余波が残ってて・・・。」

 「バカねぇ・・・。」

真っ赤になって、ぷいとそっぽを向く水穂さん。そう言っているうちに邸宅到着。そしてまたベッドへ。ベッドサイドに座った。ちょっと待っててと、水穂さんがシャワーや着替えに出て行った。左手の赤い宝玉はうっすらと光っている。拳を握ったり、開いたりしても手の動きにはまったく支障が無い。どこに埋まっているのかよく分からないが、まあ日常生活に支障が無ければ、ちょっとしたアクセサリーで通そうって・・・、地球では、困るよなぁ・・・。まあ包帯でも巻いておけば・・・。じっと赤い球体を見ていると、泉のように波紋が見える。まるで水のようにも見えるが右手の人差し指で触ると固い。寝転んで、しげしげと見ていると、水穂さんが帰ってくる。

 「ヴィーナスの登場、ですね。」

 「歯が浮きますわ。」

そう言って口をふさがれる。じっとりと汗ばむ素肌が心地よい。すでに一樹や他の艦は、元の航路に戻り、超空間ドライブに入っていた。

 

 

 「・・・あなた、樹雷星系外縁部ですわ・・・。」

水穂さんの声がする。あううう、もう朝かなぁ。むっちゃ眠い~~。

 「ええっとぉ・・・、きょうは土曜日だからお休みじゃん、寝かせてほし~~。」

 「そうさせてあげたいんですが、とてもそうは言ってられない状況ですよ・・・。」

あり?、立木謙吾さんの声がする。って、樹雷星系外縁部???

がばっって、起き上がると、すでに水穂さんに、立木謙吾さんに竜木籐吾さん、神木あやめさん、茉莉さん、阿知花さんが勢揃いしていた。しかも正装しているし・・・。ここは、一樹のブリッジ・・・?

 「あなた、死んだように眠っていらっしゃって、どうやっても起きないから、とりあえずみんなで着替えさせて、ここに座ってもらったんですわ。」

 「元気良いですよね、ホント。」

3人が顔を赤らめている。あわてて、服を見ると、正装に着替えさせられていた。下着まで・・・。

 「うわっっ、めっちゃ恥ずかしい。って、樹雷外縁部と聞きましたが、樹雷本星までまだしばらくあるのでは?」

 「ええ、樹雷本星まであと1時間ほどの距離です。まあ、これをご覧ください。」

巨大なと言って良いディスプレイが、一樹のブリッジ一杯に広がる。そこには、まだ遙か彼方に見える緑の光点があり、そこまで無数の宝石をちりばめたように、それこそ数えるのが無駄とばかりに光点が煌めいていた。一樹の前に一筋の道が奥の緑の光点まであった。その光点の無い間近の道を見ると、樹雷の戦艦がずらりと並ぶ。

 「樹雷の、作戦行動中の艦船を除いたすべてが、私たちを出迎えてくれています。その数、全艦船の75%ほど、十数万隻のオーダーです。それがここに並んでいます。」

 「ああ、水鏡が守蛇怪と帰ってきたからですね。」

こりゃあ、すごいなぁ瀬戸様の水鏡と西南君の守蛇怪が帰ってきたんだし。

 「ボケにしては、ちょっと切れ味が悪いですわ。まだ寝てらっしゃるのね。もう一度言いますわ。私たちを出迎えてくれているのですよ。」

 「えっと、空間転移して地球に帰りませんか?」

だって、先週は6人の闘士の方が迎えてくれただけだし。

 「後ろはしっかり、水鏡と守蛇怪が私達が逃げないように見張っていますよ。」

 「で、今、目が覚めたばっかりの、自分ちの惑星政府に馬鹿にされた、このおっさんに何をしろと?」

ぷっっ、くくく、と謙吾さんと籐吾さんが笑うのをこらえていた。

 「・・・いえ、すみません。いまから一樹に他の船を同調させ、このブラックカーペットを樹雷到着まで、しずしずと行進します。私達は、三次元ホログラフィで、おのおののパーソナルを自分の船の上に投影すると言うわけです。」

謙吾さんが、説明してくれた。むっちゃ恥ずかしいじゃん。それ。

 「それなら、皆さん自分の船にいないと・・・。」

 「あなた、この一樹は、艦隊旗艦ですわ・・・。あなたもパーソナルをこの一樹の上に投影しますが、同時に、一樹の前に、このブリッジの様子を投影しながら行進します。」

 「平田兼光さんと、剣術の稽古しよーかなー。」

 「・・・ほんっとに~。往生際が悪いですね。さあ、樹雷星の皆さんがお待ちかねです。微速前進から、通常空間航行へ移行します。」

それ以上有無を言わせず、籐吾さんが操舵系を操作すると、しずしずと一樹と阿羅々樹、樹沙羅儀、緑炎、赤炎、白炎は歩くような速度から、静かに速度を上げ内惑星巡航速度に到達したようだった。

 「それでは、全員のパーソナルをそれぞれの艦上に投影します。」

同時に、道を作っている艦船から、空砲が順に打たれていく。空砲と言ってもエネルギー・ビーム砲らしく光の筋が上方へ伸び、消えていく。

 「さあ、しゃっきりした顔をしてくださいな。このブリッジを投影しますわ。」

 「じゃあ、柚樹さん、トラくらいの大きさになって、僕の右隣へ。水穂さんは・・・。」

 「わたしはここで良いですわ。」

水穂さんは、僕の座っている席の左後方で、手を前で組んで立っていた。

 「とりあえず、わたしゃ、ここでにこやかに固まっていれば良いのね。」

半ばあきらめて、どーでもいいや的に言ってみる。

 「いえ、瀬戸様からのリクエストですが、初代樹雷総帥パーソナルとの稽古の時の構えで樹雷星に来て欲しいと。」

う~、ピエロじゃんそれぇ・・・。ま、いいか毒を食らわば皿まで、だな。おかげさまで、それくらいのポーズを一時間程度続けていても身体に応えるようなことも無い。

 「一樹、時計出来た?」

 「もう水穂さんが、左手に付けてるよ。」

なるほど、準備万端と言うわけだ。木刀モードにして、木刀の刃として光應翼を沿わせる。

 「一樹、僕の左に光應翼を、柚樹さんは僕の右に。」

ええい、もう、大盤振る舞いだ。左手も赤く光らせちゃえ!もちろん、天木日亜似の姿である。木刀を左後方に引いた姿勢から、腰を落として低い姿勢を取った。ニッと笑った謙吾さんがブリッジ内部を一樹前方に映し出す。よく分からないが、それに合わせて、今着ている樹雷の服も、戦闘モードのように足首や手首が締まり、白が基調だが、ブラックと紫、そして赤のラインが入る。あたしゃ、某ナントカ戦隊かい!と心の中でひとり突っ込み・・・。そのカッコで固まって、約30分・・・。

 「むっちゃ、だるい~~。」

まあまあ、もうちょっとですから、ほらほら、樹雷星が見えてきましたよ~、とかなだめられる。・・・・・・あれ、左手が熱い・・・。どんどん熱くなってくる。

 「うわぁ、またこの玉、暴走し始めてる。近くに赤色巨星とか無い?」

ハッと、みんながこちらを向く。茉莉さんが、すぐに周辺探査を始めてくれる。

 「ここは銀河系の中心に近い場所なので、結構あるはずですが・・・。見つけました、星図で示します。半径10光年以内に、赤色巨星3,褐色矮星2,白色矮星1。」

 「みなさん、このままパレード続けていてください。ちょっと行ってきます。柚樹さん、光應翼で包んでくれますか?一緒に行きましょう。一樹は、このままパレードしてて。水穂さん、瀬戸様に連絡よろしく。」

とにかく最初にもらった座標に向けて、空間転移。そしてまたエネルギーを5個の恒星に投棄して、10分後くらいに一樹に帰ってきた。

 「ふうう、危なかった。今度は、樹雷星系を消すところだった・・・。」

あ、服。と思って下を見るとちゃんと服も破らず着ていた。なんだかみんなが気の毒そうな顔で見ている。

 「これ以上、逸話作ってどうするんですか・・・。」

籐吾さんが、頬を引きつらせながら、こっちに向いて言う。

 「だってぇ、これ、鷲羽ちゃんのせいだよ~。想定外だって、そーてーがい~!。」

お~まいがってなもんよって大げさなリアクションをする。

 「・・・あなた、GBSの放送よ・・・。」

そう言って、頬を引きつらせた水穂さんが小さなディスプレイを開いて、見せてくれた。そこには、トラの格好した柚樹さんを伴った僕が、赤色巨星へ向け宝玉を光らせると、きれいなG型恒星に戻っていくシーンが大写しされていた。そして次の瞬間にカメラの視界から消える。

 「あ~、さっきの赤色巨星だね。もうさ、これ、危なくって駄目だよね。鷲羽ちゃんに言って外してもらわないと・・・。」

左手の甲を見せ、右手の人差し指でコンッと弾いた。そこに居る全員が、びくっと首をすくめる。そうだよなぁ、海賊の戦艦のエネルギージェネレーターだし。

 「我が樹雷の皇家の樹、四樹とそのマスターを救った、強き若き者、カズキ様が樹雷近傍の死なんとする星々を救いました。まさに神の仕業!。生きとし生けるものの力の源!樹雷領宙内に、新たに有用な星系が誕生しました!」

わ~~~っと歓声が上がっている。そして、一樹が近づくにつれ、七色の神経光が樹雷星から四方八方へ放射されている。天木日亜さんのように、短く刈り込まれた頭を掻きながら、あきれた顔でみんなに聞いた。

 「あのさ、これ、だれが放送するように言ったのよ・・・。あ、もしかして瀬戸様?」

ゆっくり全員が頷いている。に~っひっひっひっひ、と楽しそうな瀬戸様の顔が脳裏に浮かぶ。はああ~と脱力する。電子音が鳴って、またひとつディスプレイが起動する。ウワサをすれば何とやら。瀬戸様からの通信だった。

 「あら、失礼ね。みんなを怖がらせちゃ駄目だと思ったのよ。それに、あなたの力を見せるのは悪いことじゃないわ。ちなみに、まだブリッジの様子は投影されているわよ。」

うわうわ、と慌ててまたポーズを取る。とったところで、まあ結局、格好つけても僕は僕だし、と。左手で水穂さんを抱き寄せ、大きく手を振ることにする。その状態で、樹雷本星衛星軌道に到達した。管制官とのやりとりと、衛星軌道ステーションのナノマシン洗浄を受け、樹雷本星宇宙港に着岸する。全システムがオフになり、一樹のブリッジも最小限の物を残し、順番に光が消えていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷15

ついにまた樹雷に着きました。

こんな式典、いままで式典開催側には、いたかもしれないけど、当事者にはなったことがない田本さんです。




「あら、失礼ね。みんなを怖がらせちゃ駄目だと思ったのよ。それに、あなたの力を見せるのは悪いことじゃないわ。ちなみに、まだブリッジの様子は投影されているわよ。」

うわうわ、と慌ててまたポーズを取る。とったところで、まあ結局、格好つけても僕は僕だし、と。左手で水穂さんを抱き寄せ、大きく手を振ることにする。その状態で、樹雷本星衛星軌道に到達した。管制官とのやりとりと、衛星軌道ステーションのナノマシン洗浄を受け、樹雷本星宇宙港に着岸する。全システムがオフになり、一樹のブリッジも最小限の物を残し、順番に光が消えていった。

 「あ~~、ようやく着いた。」

なんか長かったのだ。たどり着いたという感慨の方が強かったりする。

 「さあ、まだたくさん式典や祝賀会があるわよぉ~。目を覚まして付いてらっしゃいね。」

瀬戸様、もの凄く元気なのだ。とはいえ、着岸から上陸までまだ15分ほどあるらしい。ならば・・・。

 「ごめん、顔洗って、歯磨いてくるわ!。」

なにを今更、と言う顔をするブリッジのみんな。

 「さきほど、3人で着替えをしたときに終わってますわ。」

ぬおお、これもナノマシンか。

 「じゃ、トイレ。」

さすがにこれは、なにもみんな言わなかった。そんなこんなで、あっという間に上陸の時間である。水穂さんが、携帯端末をタブレットに変え、式典リストを読み上げてくれる。またも、分刻みのてんこ盛りの予定だった。

 「まずは、樹雷皇阿主沙様ほか、神木家、竜木家、天木家がそろってお出迎えくださいます。その後、天蓋の無い式典用浮上車に樹雷皇阿主沙様とお乗りください。私たちは、たぶんあとのクルマに乗っていきます。」

 「やっぱりここでもパレード?」

ねえ、帰ろうようって言いそうなお子ちゃま目線で言ってみるが、プッと笑った水穂さんは、恐ろしいことをさらに言った。

 「ええ、しかも樹雷始まって以来の破格の、ですわ。樹雷皇阿主沙様、直々のお出迎えなんて、いまだかつてあった試しがありません。」

え~~~、やだやだってやってる僕を、イヤな笑顔を浮かべた謙吾さんと籐吾さんが、首根っこをつかんでズルズルと一樹エアロックまで引きずっていく。いつも転送で一樹に乗り込んでいたけど、あったんだ、エアロック。もうさすがにしょうがないので、観念してエアロック前で身支度、衣装を整え、パンパンと両ほほを叩いて、エアロック前に立った。シュッと圧縮空気の吹き出すような音とともに、2m四方程度の扉が開く。まずは、地響きのような歓声に、とても驚いた。空気が揺らめくような迫力がある。後ろにいた謙吾さんと籐吾さんに、トンと背中を押され歩き始めた。なんだか捕縛された囚人みたいなんですけど・・・。歩くタラップは十数m程度。一体、何人この場にいるのだろう・・・。そして樹雷皇阿主沙様、船穂様、美沙樹様の立つ場所は、一段高く、赤いフィールドが形成されている。歩いて行くと、2m程度手前で白いラインが浮かび上がる。なるほど、ここで一礼せよと。左足を前にひざまづき、右手の拳を左手で包むように一礼する。

 「樹雷皇阿主沙様、船穂様、美沙樹様。田本一樹、ただいま帰りました。」

 「遠路、大儀であった。また、このたびの我らの力の源泉、皇家の樹四樹とそのマスターを救いし働き、万謝至極である。頭をあげい!」

樹雷皇阿主沙様の朗々とした太い声が響いた。顔を上げると、先週お目にかかった樹雷王阿主沙様と、船穂様、美沙樹様がそこに立っている。なんか美沙樹様は、何かに耐えているように目を伏せ、肩をふるわせている。船穂様は、ときどきそれをちら、ちらと見ながら険しい表情だったりした。一体どうしたんだろう?

 「我らが英雄をいざ、天樹に迎えん!」

樹雷皇阿主沙様が高らかに宣言する。それを聞いた護衛闘士が一斉に動く。動きに一切無駄が無い。ザッと一挙に、彼方に見える天樹に向かって闘士が並ぶ道が出来る。

 正装した闘士だろう、専任の操縦士が操縦するクルマが上空から、しずかに目の前に着陸した。木目を活かした見事な仕上げの浮上車である。その浮上車の前に左右に分かれた護衛闘士が並んでいく。2m半程度の棒を持っているが、配置につくと、三度地面に打ちつけ、くるくると器用に回して、左右から屋根のように上で交差させ、打ちつけ、音を出す。護衛闘士の間から、樹雷の音楽隊だろう、楽器のような物を抱えたり持ったりした男性・女性合わせて百数十人がクルマの前に並んだ。さらにその前には、馬に似た動物に跨がる闘士が四人並ぶ。先導役だろう。

 浮上車も非常に大柄なクルマで、大柄の樹雷の人間が横に1列目は4人並んで座れ、それが2列目は3人、3列目も3人だった。操縦士は前方にひとり座り、透明なついたてで分かれている。地球で言うリムジンであろう。

 ほどなく、曲名は分からないが、勇壮な曲が始まる。マニアな僕としては、ハイレゾ・ポータブル録音機あたりと、大型一眼レフ持って追っかけしたいところである。って、自分が当事者か・・・。その辺考えることは皆同じのようで、護衛闘士の後ろから脚立に乗って、各テレビ局やらアマチュアやらが僕らをねらっている。

 樹雷皇阿主沙様が船穂様、美沙樹様を伴って、なんと一番後ろの3人掛けに座った。真ん中に樹雷皇、その右側に船穂様、左側に美沙樹様である。そして、会場の端に控えていた式典の責任者は、僕を1番前の真ん中右側に座らせ、その右側に水穂さん、僕の左側に竜木籐吾さん、その左側に立木謙吾さんを座らせた。真ん中の席の3人は、神木あやめ、茉莉、阿知花さんであった。もしかして、このためにこのクルマはあつらえられた物?それとも今回の式典専用車?それはそれで凄いことである。

 ふわりと、30cmくらい浮かび上がり、先導役、音楽隊と共に、まさに歩くような速度で進み始めた。こんなにVIP扱いで歓迎されることなんか、まったく初めてのことなので、さっきの鷲羽ちゃんの石化ビジュアルよろしく固まっていた。ほとんど顔なんか青くなっていたかも知れない。ちらと見た、後方は何台も同じような木製のクルマが連なっていた。しかし、そっちは屋根が付いている。こっちのオープンカーは、左右に大型ディスプレイが派手に展開し、車内の様子を大写ししていた。そんなガチガチに固まった、おっさん映してもしょうが無いだろう。あ、でもイケメンの籐吾さんや謙吾さんならファンも多いんだろうな。水穂さんも目が大きく綺麗な美人だし。あやめさんに茉莉さんに阿知花さんも、それぞれ美人である。

 「ほら、あなた、そんなに固まってては・・・。」

 「そうですよ、なんとか笑顔を作ってください。この行進もあと20分もガマンすれば天樹に着きますから・・・。」

水穂さんと籐吾さんが声をかけてくれても、マジで凍結の魔法がかかった状態である。ホントあまりの緊張で、吐きそうだったりする。しかも樹雷皇阿主沙様が後方に乗っていらっしゃるってことは大まじめに僕が主賓と言うことだろう。うう、めまいまでしてきた。

 「う~、マジにめまいと吐き気が・・・。」

 「星を生き返らせた男が、何を言ってるんですか。」

ニカッと笑う謙吾さんの笑顔が少しだけ救いだったりする。

 「ありゃ、余剰エネルギー捨てただけだってば・・・。」

 「先週、堂々と挨拶したのにのぉ。本当におもしろいやつじゃ。」

柚樹さんが銀ネコの姿を現して、操縦士との間のパーティションの前に座って二本の尻尾を器用に揺らしている。とん、と肩に何か乗ったような気がする。見えないけど、一樹も小さくなってきてくれたんだね。

 「今度は僕も連れてってね!。」

 「だから、あれは、このジェネレーターが暴走して・・・。」

それでも、一樹と柚樹がそばに居るし、何かやるわけでもない、と思うと少し気が楽になった。余裕が少し出てきたので周りを見ると、紙吹雪に、何か反射材のような物が塗ってあって、レーザー光が綺麗に乱反射して、一種、昼間の花火のようだった。樹雷の闘士や音楽隊は特徴的に歩を進めていく。片足をあげ一瞬止めて、大股に前におろし一歩一歩歩いて行く。鍛え上げられた大柄な闘士が、美麗に行進していく。その様は独特の迫力があった。

 樹雷の象徴、巨大な樹の天樹に近づいていく。近づけば近づくほど、天樹はその名の通り、大きな樹だった。なにやら駅のようなものもあって、列車が出ているようだった。何もしていないけど、もの凄く疲れたところで、ようやく天樹に着いたようでクルマが止まった。僕達が先に降り、樹雷皇阿主沙様と船穂様、美沙樹様が続いて降りる。阿主沙様が水穂さんと僕を呼び、肩に手を置いて、ポーズする。周りからフラッシュの雨嵐。僕らの乗ってきたクルマが走り去ると、あとから付いてきていたクルマが止まるたびにVIPが降りる。見たことのある皇家の方々も乗っていた。最後のクルマに西南君とそのお嫁さん達、福ちゃんも抱かれて降りてきた。僕の目から見ても、樹雷関係の皇族が勢揃いしているように見える。

 「水穂さん、今更ながらですけど、皇家の樹というのは・・・。」

たまたまもらった一樹の種、そして一樹の連れてきた柚樹。結構簡単に身近にあるものだったりしたけれど・・・。

 「そうです。樹雷にとっては肉親以上のもの。力の源泉です。ようやくお分かりになったのね。4人のマスターとその樹を救った意味が・・・。だいたい、第2世代の樹を賜ることも珍しいことなのですよ。」

樹を賜る、ですか・・・。そうか、第2世代以上の樹は、自らの意志でマスターを選ぶんだっけか・・・。本当に今更を連発だけど、こんなおっさん、一樹も柚樹も良く選んでくれたよな~と思う。

 「もしかして、その赤い玉のエネルギージェネレーターもお前さんを選んだのかも知れないぞ。」

マジ?意思は感じられないけど・・・。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷16


宴会の始まり始まり~。だけど、やっぱり影響が・・・。


「もしかして、その赤い玉のエネルギージェネレーターもお前さんを選んだのかも知れないぞ。」

マジ?意思は感じられないけど・・・。

 「わかりました。もう充分なので、樹の間にでも行きませんか?」

 「ほっほっほ。面白いわ、その冗談。式典はまだ始まったばかりですわよ・・・。」

最近、水穂さん、怖くて厳しいのだ。しかも遠慮無くキツいこと言うし。まあ、夜は美しくて可愛いのだけれど。

 「なあに?まだ何か言いたそうですわね。」

 「いえ、なんでもありません!。最近瀬戸様のように美しいなと思っておりましたぁ。」

びしっと音がするように、こめかみに青筋が浮かび上がる水穂さん。

 「ほら、そこ。夫婦漫才(めおとまんざい)は、あとにしてちょうだい。式典会場に行くわよ!謙吾ちゃん、籐吾ちゃん、そのふたりを連れてきてちょうだい。」

瀬戸様が、扇子でびしっと僕らを指す。謙吾さんと籐吾さんが、しかたないな~と僕と水穂さんの脇を抱えて歩き始める。やっぱ現役闘士だわ。力が強いし筋肉の躍動がカッコいい。ふたりの肩から胸、腰のラインを見つめてしまう。

 「ま~た、僕らがカッコいいとか思ってるんでしょう?あなただって、さっき・・・。」

 「そうですよ。後ろ見てゾクゾクしてましたよ・・・。」

二人して顔を 赤らめている。そうすか。そういうモノかなぁ。

 ふたりに半分連行されて(?)、天樹大広間に準備されていた、式典会場に着いた。なんと広い!。一体何人がイスと机の配置で入れるのだろう。樹雷のテクノロジーなので、平面配置が必須でも無く、重力はそう言う備品類の配置に大きな制約とならない。その大広間と呼ばれるところが、見える部分だけで半径4,500mはあろうか。その状態で地球で言う結婚披露宴のように5,6人の円形テーブルが並んでいる。樹雷皇阿主沙様や僕ら皇族、各省庁や来賓、経済関連、さらに、各地域の有力者の来賓のように大きく渦を描くように三層構造になっている。こんなん誰がセッティングしたんだろう。準備と片付けの手間がとても気の毒に思えてきた。見える範囲でも、給仕の格好をした男性や女性が専用のカートを持って半重力フィールドに乗り、また転送フィールドもフル活用し、動き回っている。さながら小さなひとつの都市のようだった。

 「もの凄い規模の宴会ですよね。準備と片付けが気の毒に思えます・・・。」

会場責任者の一群に、案内された席に座ってキョロキョロあたりを見る。

 「あなたが、前のように逃げないように、と言う配慮もあるようよ。と言うのは冗談でも、これだけ大規模な祝賀会は、樹雷皇阿主沙様の結婚の儀以来のことじゃないかしら。」

さすがの水穂さんも、びっくりしているようだった。

 「もしかして、この場で何か言わないといけませんか?」

水穂さんが、腕輪をタブレットに変化させ式典式次第を確認している。

 「この式次第、というか次第がとても簡単な物になっています。開会宣言、樹雷皇のあいさつ、来賓祝辞5名、あなたのあいさつかねた経緯説明、宴会となっています。あなたはあなたの言葉で何か言うので良いと思いますよ。」

それでも来賓祝辞5名ですか・・・。少ない方だろうな。ふえええ、とげっそりした表情をしていると、うしろからがばぁっと抱きつかれた。け、気配が全くなかったぞ。

 「カズキちゃ~~~ん(はあと)。」

こ、この声は・・・。み、美沙樹様?

 「かわいい、かわいい~~ん。」

すりすり、すりすりと僕の横顔に顔を擦りつけてくる。またも僕は石化か凍結の魔法状態になる。瀬戸様も抱きつくけど、さすがに顔にすりすりはしない・・・。

 「ごめんなさいね。美沙樹の癖で、可愛いと思った者に抱きつく癖があって・・・。なんとかここまで止めていたんだけど・・・。もう無理みたいね・・・。」

船穂様が口に手を当て、複雑な表情で説明してくれる。樹雷皇阿主沙様は、やれやれといった表情だった。美沙樹様がさっき肩をふるわせて雰囲気がおかしかったのは、そのせい・・・?

 「あ、あのぉ、美沙樹様、こんなにたくさんのひとがいらっしゃいます。さすがにまずいのでは?」

あまりの人の多さと、まだお客様を招き入れている最中でもあり、ほとんどの人が気がついていない。しかし、こちらへの視線もいくつかあった。美沙希様は、あんまり僕の言葉は聞いてはいないようだった。あれ?、西南君と、霧恋さん他のお嫁さんも樹雷の服に着替えて、近くに着席している。霧恋さんが小さく一礼してくれた。

 「あ、そうだ、柚樹さんを抱いていてはいかがですか?」

柾木家で、柚樹さんに強い興味があったことを思い出した。男に抱きついてほおずりするより、まだマシだろう。阿主沙様が、顔を前に向けたまま、右手を握って親指を立ててグッジョブサインを返してくれる。あっそうそう!と美沙樹様も気付いたようで、仕方なく足下に姿を現した柚樹さんを抱いて、席に戻った。柚樹さんの顔がものすご~くイヤそうなのは、気のせいだろう。抱き上げて戻って、とても楽しそうに柚樹さんを撫でている。そのうち、心地よくなったのか柚樹さんも目を閉じて頭を美沙樹様に預けている。なんだか本当にネコそっくりである。そんなこんなで、祝賀会が始まる。阿羅々樹、緑炎、赤炎、白炎の歓迎、そしてその樹とマスターを救った、僕へのお礼だそうである。そっとしておいて欲しいのだけど、樹雷はそう言うわけには行かないらしい。開会宣言、樹雷皇阿主沙様のあいさつ、長いお定まりの来賓祝辞、そしてまた僕の番。

 「樹雷皇阿主沙様、皇家の皆様、そして関係各位の皆様、このような盛大な宴を開催して頂き誠にありがとうございます。」

これに続いて、このまえいろいろご迷惑をかけたことを謝る。一礼すると、会場がどよめく、と言うか笑い声が少し出る。すでに隣と話している人もいた。

 「あのあと、多数の皆様の暖かいお見送りを頂き、わたくしの故郷への帰還軌道を取り超空間航行で帰っていました。さすがに、お酒を頂きすぎていましたわたくしは、夜中に一杯の水が欲しくなり目が覚めました。ちょうどその折に、いま美沙樹様に抱かれております、柚樹が何かを感じ取り、一樹も同時に感じ取りました。そのため、超空間航行を一時中止して通常空間に出て詳細を確認することにしました。そして、わたくしの横に控えております、竜木籐吾の座艦、阿羅々樹と、緑炎、赤炎、白炎が艦隊を組み、亜光速で近くの宙域を航行、樹雷へ帰還中であることを確認しました。」

息継ぎ兼ねて周りを見渡す。静かに聞いてくれているようだった。

 「柚樹は、もともと一万三千年ほど前に、わたくしのアストラルと融合しております、天木日亜の樹でありました。縁があって、今は僕を選んでくれておりますが・・・。竜木籐吾や神木あやめ、茉莉、阿知花も、もともとは初代樹雷王の妹君の真砂希様と辺境探査の旅に出かけ、以前お話したように、大きな時空振に会い、双方とも大きな損傷を受け、超空間航行が不可能な状態になりました。真砂希様と天木日亜は、辺境の惑星で一生を終えましたが、阿羅々樹と緑炎、赤炎、白炎は、マスターも瀕死の重傷を負っていたため、樹雷への帰還軌道を取ったようです。その状態を把握したわたくしは、非常に永い年月を漆黒の宇宙空間でいた、樹やマスターのことを思うと、あまりに気の毒でいてもたってもいられず、わたくしの特殊な技能を使い、柚樹と一樹からエネルギー供給を受け、一樹とあと4艦を光應翼で包み、神木瀬戸樹雷様に連絡し、樹雷外縁部に空間転移しました。あまりに巨大なエネルギーが必要だったため、その時点でわたくしと、一樹、柚樹は意識不明になり、立木謙吾殿の機転などで、補機縮退炉を起動、故郷に帰還出来た次第です。あとでこの水穂に聞いたのですが、一時心肺停止状態一歩手前だったようです。」

あはは、申し訳ない、と頭を掻いて周りを見ると、涙をぬぐっている人が大半だった・・・。

 「その後、またいろいろあったのですが・・・、あの、また次回に・・・。」

雰囲気が重いので、そう言うと、神木瀬戸樹雷様が立ち上がり、すでに報道済みのことですが、もう一度ご覧くださいと、巨大なディスプレイを出させ、映像を映し出した。辺境の惑星を急襲する、惑星規模艦4艦を旗艦とする海賊連合艦隊の映像がまず出て、それを一樹のリフレクター光應翼で撃破、GPに嫌みを言う僕の通信、その後、籐吾さんを救うあのシーン・・・。ダイジェスト版で放映された。

 「一時、人ではないものになりかけたカズキ殿は、それでも私たちの元に返ってきてくれました。そして・・・。」

なんだか自分のことだけども、恥ずかしくて、真っ赤になってうつむいていたら、言葉を句切った瀬戸様が、そそそと歩いてきて、僕の左手首をそっと持つ。僕も慌てて立ち上がって左手の甲を見せた。

 「この赤い宝玉は、ある戦艦のエネルギージェネレーターだったもの。高名な科学者の詳しい分析のあと樹雷へ、守蛇怪に頼んで輸送中でした。ところが不安定な物だったようで、昨日暴走を始め、我ら艦隊ごと銀河のオリオン腕自体が、崩壊する危機に直面しました。その折にカズキ殿がこれを引き受け、生命エネルギーとして放出。いくつかの星の命をも、つなぎ止めました・・・。」

目を伏せがちに語りながら、ゆっくりと顔を上げ、計算し尽くしたような所作の瀬戸様だった。パチパチと、小さな拍手がまばらに起こり、それが引き金となって、ごうごうと巨大な拍手になる。それでは済まず、ほぼ全員が立ち上がってくれている。しかも天樹の壁から神経光に似た七色のレーザー光線が出て乱舞している。その間に酒や酒器が各テーブルに転送されている。拍手が少し納まった頃に、樹雷皇阿主沙様が立ち上がった。

 「皆の者、今日は阿羅々樹と、緑炎、赤炎、白炎、とそのマスター・・・・・・、竜木籐吾殿、神木あやめ殿、茉莉殿、阿知花殿の帰還祝いであると同時に、田本一樹殿への、この者達を樹雷へ連れ帰ってくれた礼を兼ねた祝いの会である。特に田本一樹殿には感謝しても仕切れぬものがある。残念ながら、田本殿は今しばらく故郷での残務があり、明日にはまた帰らねばならん。田本殿がこの樹雷にいる今日と明日は、樹雷を挙げての祝いの会とする!」

樹雷皇阿主沙様から名前を呼ばれると、竜木籐吾さんから、順に立ち上がり一礼する。水穂さんが破格と言った意味が、重~~くのしかかってくる。しかも、二日間ぶっ続けの星を挙げての祝賀会って・・・。生きて帰れるのだろうか。地球に・・・。

 「杯は行き渡ったかな。今日、明日は無礼講で行くぞ!。それでは、我らが英雄に、乾杯!。」

またもや、ほとんど怒号と化した乾杯の発声が押し寄せる。

 「あなた、そう言うわけで、どこにも逃げ場はありませんよ。樹雷の皆さんのお気持ちをありがたく頂きましょう。ちなみに、樹雷は人口のほとんどが闘士です。「英雄」と呼ばれることは最上級の賛辞ですのよ。」

今すぐ穴があったら入りたかった。ほとんど衆目の前で、裸踊りしている気分である。水穂さんに言い返すことも出来ない。そうするうち、さらに目の前に大量の、見た目からして高価そうな料理が転送されてきたり運ばれてきたりする。そういや、朝ご飯まだだったなぁとか思う。

 「う~~、胃が痛い。」

実際に傷むわけではないが、なんかこうきりきりと引き絞られるような気がする。隣の丸テーブルから西南君がお酒と杯を持ってきてくれる。霧恋さんと一緒である。

 「そういえば、西南君、今日は樹雷の皇族のカッコだけど・・・?」

 「そうですね、言ってませんでしたね。ほら先週、天地先輩んちの神社で最初にお目にかかったときに人型メカ乗ってましたよね。あれ、実は・・・。第1世代の皇家の樹、神武と言います。」

 「は?しかも瑞樹は、第2世代で霧恋さんの樹でしょう?と言うことは・・・。皇位継承権とか、かなり上位になるのでは?」

ぬおお、すっげ~第1世代の樹持ってるんだ西南君って。

 「そう、らしいです。」

顔を赤らめる西南君。この人も一瞬高校生のような笑顔を見せる。ちょっとホッとした。こないだから、鷲羽ちゃんにまで皇位継承権がどーのこーのと言われてたし。

 「あ~、びっくりした。なんだ、上には上がいるもんだね。それに遥照様や天地君もいるし。あたしゃ、ゆっくり超銀河団を見に行けるよ。それとも一千万光年先のシードをおこなった文明のルーツを探しに行く旅かな?」

と言うわけで、乾杯の時に口を付けただけで飲めなかったお酒の杯を取って、口に含む。

 「あら、あなたが水穂ちゃんと結婚すれば、あなたは柾木・一樹・樹雷。見事に西南殿と同列に並ぶわよ。しかも人や星を救える特殊技能も持ってるし。樹は2樹あるし。」

デビルイヤーは地獄耳。いや鬼姫の耳。口に含んだお酒をもうちょっとで霧吹きのように吹くところだった。しかもちょっと喉に行った分でむせる。

 「・・・ええっと、一樹の種もらってまだ2週間も経ってないおっさんとしては、棚の上に置いておきたい話題なんですけど・・・。」

ほら、見事に初心者だし。しまった地球の初心者マーク持ってきておけば良かった。西南君と霧恋さんがそろって気の毒そうな顔をしている。

 「置いといても、ぼた餅にはならないわよ。」

ぴしゃりと言う瀬戸様。

 「話題としては、ぼた餅が腐るまで置いときたいですぅ。」

 「うふふっ。面白いこと言うわね。でも周りは許してくれないわよ。あなたはその気だったら銀河に宣戦布告だって出来た。一樹と柚樹もいるからこの樹雷にだって勝てるかも知れない。でも、そうしなかった。それどころか何度も救ってくれたし。闘士も、星も生き返らせてくれた・・・。」

一瞬、瀬戸様が夢見る乙女のような目をした。

 「僕は、破壊は何も生まないけれど、物を生み出すこと、作ることはその何千倍も凄いことだと思うから・・・。それに、みんな好きだし。」

今日は恥ずかしいことばかりである。視線を膝に向けてそう言って、顔を上げると瀬戸様を筆頭に他の樹雷の高官らしきひとや皇族がテーブルの前に鈴なりになっていた。右に座っている水穂さんがイスごと近づいて、そっと手を強く握ってくれる。反対側には同じように籐吾さんと謙吾さんがくっついてくる。なんだか左右からくっつかれて体温が熱いくらいなのだ。熱い?特に左側が・・・?さらに熱い・・・。もっと熱くなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

広がる樹雷17(第8章終わり)


想っていると、結構通じたりします。

この人も泣いていた樹が気になっていたようで・・・。

どーすんだろうね、これから。


「うっわ~~、またこいつ暴走し始めてる。皆さん離れてください。茉莉さん、赤色巨星か、その類いの・・・。一樹、柚樹、行くぞ!」

茉莉さんがすっとタブレットを差し出してくれる。瞬時に僕の腕時計に転送され、そのデータを携帯端末で見る。ちょっと遠いがまあいいだろう。

 「樹雷皇阿主沙様、申し訳ありません。ちょっと失礼して行ってきます。」

 「気をつけて行ってきてくれ。必ずここに帰ってくるのだぞ。」

ニカッと笑ってそう言う。それでは、と空間転移し、指定座標に着く。エネルギー放出してと、それをいくつか繰り返す。ようやく落ち着いたので、さっきの天樹に帰ってきた。その時間は20分ほどだろうか。

 「すみません。どうもお騒がせしました。ただいま帰りました。」

待ってましたとばかりに、みんながお酒を注いでくれる。ありがとうございます、と何倍か飲んで、ちょっとほろ酔い、にならない・・・。お腹もあまりすかない。いくらか料理は食べてみるけどすぐお腹もいっぱいになる。もしかして、こいつのせい?とまじまじと宝玉を見る。

 「やっぱり鷲羽ちゃんに言って外してもらおうっと。」

ぼそっと言う。さらに下半身も、痛いほど・・・。まあゆったりした着物だから目立たないけどさ・・・。そうだ。談笑している瀬戸様を見つけて、失礼だけどと思って、ちょっと呼び止める。

 「瀬戸様、握手しましょう。」

不思議そうな顔をする瀬戸様と握手する。その手を通じてエネルギー放出。もともと美しかった瀬戸様がベールを脱ぐように肌につやと張りが出る。びっくりした顔をする瀬戸様。

 「ご内密に。」

耳元に口を寄せつぶやく。こっそり樹雷皇阿主沙様と船穂様と、美沙樹様にも餌食になってもらった(笑)。これで、すぐに死ぬこともないだろうし。皇位継承がと言ってもだいぶ先のことになるだろう。まだおさまらないので、水穂さんと謙吾さんと籐吾さん、あやめさんと茉莉さんと阿知花さんも餌食にする。それでようやく身体のほてりがおさまる。

しかし、お酒は飲めるが、ご飯はあまり食べられない。つるつるのお肌をした水穂さんが、こっそり聞いてくれる。

 「あなた、食べないで飲むとあとがキツイですわよ。」

そうだね、また先週みたいになってもいけないよね。といちおう答えた。実は、いくら飲んでもあまり酔わないんだよね・・・。と言うと心配するだろうし。そんなこんなで、あっという間にお昼の時間。宴会はみんな休みながら延々と続いている。天樹の大広間の横に休憩所もあったり、入浴設備もあったりする。至れり尽くせり。それに、さすがに樹雷の闘士である。お酒も強ければ食欲も半端ではない。なんか変な関係を結ぼうとする人と関わり合いたくも無いので、水穂さんや瀬戸様の近くでいることにした。しかし、不気味なほど酔わない。トイレには何回か行ったので、アルコール分解の速度が尋常じゃない位速いのかも知れない。お酒飲んでいてもつまんないので、そのうち訳を話して鷲羽ちゃんに宝玉を外してもらおうと心に誓う。昼になったので、料理が取り替えられる。うまそうだけどお腹いっぱいである。とりあえず、水のように感じるお酒を飲む。

 「どうしたのだ?さっきから物を食っておらんではないか。」

柚樹さんが、ようやく抱かれていた美沙樹様から開放されて、こちらに歩いてきた。

 「ええ、あまり何かを食べようという気にならないのです。水かお酒なら飲めるけど。たぶん、宝玉の影響でしょう。いくらお酒飲んでも酔わないし・・・。」

 「そうか、難儀じゃのぉ。どれ、わしもエネルギーを引き受けてやろうかの。」

柚樹さんにある程度エネルギーを流し込む。結構引き受けてくれたのでいくらか食べ物も食べられた。うん、やはり見た目通りもの凄く美味い。

 つまらなさそうな顔を見られまいとして、他の人と話すときは、適当に酔ったフリをしていた。そうして、時間は夕刻、一度お開きになる。泥酔している人もいるし、そうではなくても結構みんな酔っている。一樹に元の宇宙港に戻ってもらって、一樹の家で眠ることにした。やはり慣れているところが一番である。といってもまだ一週間程度だけど。結構ボロボロに酔っている水穂さんを抱えて、一樹に戻った。水穂さんすらこうだから、謙吾さんも籐吾さんも、今日は相手してくれないだろーなー。

 今のところ、宝玉も暴走の気配が無いので、一度はベッドに横になった。でも眠れない。なぜかこの赤い宝玉が左手の甲にくっついてから、異常に身体は元気だったりする。そうだ、柚樹さんと剣術の稽古でもしようかなと。柚樹さんを呼んで、邸宅を出る。今は夜の午後7時過ぎくらいだろうか。一樹の中に亜空間固定された土地は、まだまだ広大で広場もたくさんある。まだ作物も無いので、時間は関係なく昼間のように明るい設定である。邸宅からさほど離れていない場所で、すでに初代樹雷総帥に変わっている柚樹と稽古を始めた。やはり、パーソナルデータ相手なのである程度手が読めるとは言え、良い汗をかける。2時間ほど柚樹さんに稽古に付き合ってもらった。

 まあ、明日も大変だし、お風呂にでも入るかと、邸宅の方に戻る。転送は使わず、走り始める。実は、邸宅から20kmほど離れた場所で稽古していたのである。柚樹はもともと皇家の樹だから、走るのも問題ないし、飛ぼうと思えば飛べるようだ。柚樹は時々地を蹴りながら空中を飛んでいた。その方が気持ちが良いのだろう。突然後ろから誰かが付いてくる気配を感じる。謙吾さんか籐吾さんかな?と思うと、鋭敏さを増した感覚がふたりの気配ではないという。しかし、ここは一樹の亜空間固定された空間である。まず一樹が許した者しか入れないはず。以前の敵のようなとげとげしい気配でも無い、どちらかというと友好的?な気配。いよいよわからなくなって、走るスピードを落として、ついには立ち止まった。後ろを振り返りざま聞く。

 「どちらさまですか?」

ここは、僕の船の中ですが・・・。と言おうとして固まる。大学生?いや高校生くらいの若い美形の男の子が、裸で5mほど後ろに立っていた。ダッと走って、僕の胸に飛び込んでくる。均整がとれ青年前期の締まった身体が美しい男の子だった。そりゃ、うれしいけどさ。でもなんでここにそんなカッコでいるのよ?それにあんた誰?

 「僕の名前は、梅皇。天木辣按様が名付けてくれたんだ。ちなみに、今は天木辣按様の若い頃のパーソナルを借りてるよ。」

ねえ、柚樹さん、と横を見るとネコの姿のまま平伏している。一樹、と呼びかけると、梅皇は第1世代の樹だから、入れてくれと言われて、逆らえなかったと言う。

 「ええっとぉ、僕の好みとかそう言う性向というか、知ってる?」

ちょっと視線を合わせられない。うわずった声まで出てしまう。

 「うん、だから、このパーソナル使ってるんだけど・・・。嫌い?」

いや、嫌いじゃ無いです。むしろ欲望が暴走します。そうじゃなくて!

 「なんで、ここに来たのかな?」

なんかとってもイヤな予感がする。こう、またやっかい事に頭から突っ込んだような。

 「決まってるじゃん。先週いろいろお話を聞いてくれて、それからずっと気になってたんだ。今日は二度も樹雷が崩壊するのを阻止してくれているし。一緒に跳びたいなぁって、思ったんだ!」

 「ええと、さ、確か皇家の樹の間って誰か見張りがいるでしょう?」

 「入る方は、ね。樹の間から出る方は誰もいないよ。」

そうか、樹が歩いて出て行くことはまず無いし。って、歩いて出てきてるよこの人。なんかもの凄くヤバいんじゃない?連れだしたなんて言われたら、皇家の樹を盗んだとか言われて総攻撃されそう。受けて立てそうな気もするけど、ね。一樹、記録とってる?と聞くとそれは問題なくとってるよ、と言う。あ、でもパーソナルだし。樹そのものじゃないし。と少ない知識を総動員して、頭の中が上を下への大騒ぎしている。

 「そう言えば他の樹はなんて言ってるんですか?」

そうそう、樹が選ぶったって、他の樹の強い反対とかがあればまた違った結果になるだろうし。しかもパーソナルだけで出てきているし。確か普通は声が聞こえて、それに呼ばれて樹の間に入ると聞いたことがある。そこで皇家の樹を賜ると言うことになると・・・。

 「田本さんの場合、皇家の樹の声はみんな聞こえてるんでしょ?それに今はほとんど皇家の樹と同じような状態だしね。目を閉じてみて声が聞こえるでしょ?」

樹の声はさっきから聞こえていた。それこそ大歓迎だそうで。七色神経光は天空に向かって伸び、それが地上に雨あられと降り注いでいるらしい。樹達がそう言うイメージを伝えてくる。一樹が、ディスプレイを起動して外の様子を見せてくれる。天樹を中心に大花火大会の様相を呈している。地響きのような樹の声とともに神経光が乱舞する。夜なので、町の人達はその様子を楽しんでいるようだった。そう、樹は歌っていた。樹雷のすべての樹が朗々と歌っていた。

 「じつはさ、僕、みんなから言われているんだけど、梅皇君て言ったっけ?置いてどこか行ってしまうかも知れないよ。」

 「うん知ってる。だからどこにも行かせないし、いつも一緒にいたいから来たんだ。」

電子音が鳴って、外からの通信が入ったらしい。一樹につないで、と言う。もう一枚ディスプレイが起動する。すぐに、二枚になる。一枚目は瀬戸様、もう一枚は樹雷皇阿主沙様だった。

 「田本殿、一体何が起こっているの?」

明らかに飲み過ぎで、頭痛がしていそうな声と顔で瀬戸様が口火を切った。樹雷皇阿主沙様もあまり変わらない。船穂様が代わって前に出る。

 「さっき、水穂さんと一樹に帰ってきまして、水穂さんを寝かせて、まだ眠くなかったんで柚樹と剣術の稽古していたんですけど、それが終わったときに、この子が一樹内部に来てくれて・・・。」

まだ、ぼうっとしてるのだろう、何となく焦点の定まらない目をしている瀬戸様だった。

 「おかしいわね、一樹の中でしょ?一樹が入るのを許したってことですか?」

船穂様が、気がついたのだろう。人差し指を唇に当てて聞く。

 「ええ、この子が言うには、自分は梅皇と言うと。天木辣按様が名付けてくれたと。今は天木辣按様の若い頃のパーソナルを借りてこの場にいるんだそうです。一樹は入れてくれと言うこの子の命令に逆らえなかったそうです。」

 「僕は、この人と一緒にいたいと思ったんだ。そしてまた一緒に跳びたいと思ったんだよ。」

毅然とした態度で、梅皇=天木辣按様のパーソナルの姿の男の子は言った。

 「船穂様、どーしましょ~?」

 「もしかして、天木辣按様の樹があなたを選んだってこと?しかもパーソナルを使ってわざわざ会いに行ったってこと?」

船穂様と瀬戸様の声がユニゾンしている。その梅皇と名乗った男の子は、片手を僕の胸から離して、Vサインしている。

 「なるほど。樹達が大喜びしている訳が分かったわ。」

 「ええと、とりあえず、トップシークレットと言うことで、黙って無かったことに・・・。」

 「無理ね(よ)」

ふたりに冷たく言い放たれた。うるうると涙がほほを伝う。

 「とりあえず、今夜はその子を一樹に泊めてお上げなさい。明日は朝9時に開始だから何か服を着せて・・・、そうだわ!船穂殿、阿主沙ちゃんの若い頃の服があるのではなくって?ちょうど背格好もよく似ているし。」

 「瀬戸殿、確かあったと思いますわ。とにかく一樹に転送するから、それ着せて連れていらっしゃい。」

柾木家伝統のあの笑顔でふたりともディスプレイから消えた。はあ、そうですか、と返事をする。そういえば、こいつでかい。樹雷皇阿主沙様は僕より5cmくらい背が高かったりする。とにかく邸宅に帰ろう。なんか明日の朝が怖いんですけど・・・。スッゲー面倒なことが起こりそうな気がする。う~でも背に腹は代えられない・・・。なんだかよく分からないけど。

 邸宅に帰ると、メイドさんが転送されてきた服を仕分けてくれていた。結構たくさんあるし立派な衣装箱に入っていた。船穂様いいんだろうか・・・?

 「風呂でも行こうか。部屋は隣の部屋でも使ってくれれば良いし。」

 「あ、気にしなくて良いよ。本体の梅皇は皇家の樹の間にいるし。僕はその投影体だから実体は無いとも言えるし。」

第1世代の樹が作るパーソナルである。まったく普通の人と見分けがつかない。へえ、さよか。と微妙に関西人になる。まあ風呂に入るとなれば・・・。

 

 風呂から出てきたのは、それから2時間後。まあ想像はしてもらっても良いけど、そう言うことです、はい。船穂様から転送された服を着せる。それじゃあ、お休み。と言って、あくびをしながら自室に戻る。後ろで隣の部屋に入ってドアを閉める音がした。ベッドの上では水穂さんが結構エッチな格好で寝ている。上布団をかけて、僕もその横に潜り込む。

 「水穂さん、飲み過ぎは大丈夫?」

うん、大丈夫。水飲んだし・・・。と言ってまた眠る。僕はさっき、パワーを使ったので今は普通の状態。そのまま眠りについた・・・。

 

  第八章 「広がる樹雷」終わり



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷1(第九章始まり)

毎度毎度何か起こす、おっさん・・・。

ぜ~たくにも・・・。


               妄想シミュレーション小説第九章

遠くにある樹雷

 「っっきゃああああああああああっっ~~。」

 布を引き破り、鼓膜を破るような女性の悲鳴だった。しかも思いっきり近くで。

 「あなた誰よぉ~!・・・・・・もしかして、田本一樹さん?」

きいい~~~んとまだ耳鳴りがしている。朝一発目としてはかなりキツイ。水穂さんが左手を見てそう言っている。と言うか、左手と顔、身体と視線が動き回っている。ちょっと透けたネグリジェが可愛い。まだ起きたばっかりなんだな、たぶん。

 「うん、僕だけど。」

あれ、なんか声が違う。咳払いを何度か繰り返す。あれれれ?水穂さんはまったく声が出てこないくらい驚いていた。

 「ああ、そうだ。隣の部屋に男の子がいるけど、あれ、ちょっと訳があってね。」

そこまでしゃべると完全に声が違う。左手には昨日と同じように、赤い宝玉が手の甲に付いている。昨日より赤い宝玉がめり込んだのかな。手に対して小さく見える。あれれ、いつの間に付けたのだろう。いつもの腕時計の後ろ、肘側に木の腕輪がある。木目が美しく、地球で言うマホガニーのような色合いだったりする。触ると、腕輪じゃ無くて皮膚にくっついていた。ぱっと見、ウエイトトレーニング用リストバンドのように見える。しかも両腕に付いている。重さはまったく感じない。厚みもほとんど無かった。よく見るとリストバンドと言うより、筋肉の形に添っている。まるで腕のその部分が樹になったようにも見える。

 「でもどうしたの?水穂さん。」

ベッド上で上半身を起こして、あぐらをかいて座ろうとして気付いた。なんか身体がでかい?あぐらをかいて座ると、気のせいか視線が高くなっている。さらに、ベッドサイドに昨日あの梅皇とかいう、天木辣按様の樹が借りていたパーソナルに着せて、寝たはずの樹雷皇阿主沙様の服があった。中身が溶けて無くなったかのように、くたくたっと床に横たわっていた。

 「あいつのために船穂様が送ってくれたのに・・・。どこいったんだろう?」

この僕らの部屋には、姿はないようである。まったく、第1世代の樹とか言われたけど、本当にこれからどうすれば良いんだろう。驚愕という表情で固まっていた水穂さんが、急に立ち上がって、僕の左手を引いて、ちょっと来て、というか来なさいと言って、部屋の隣の洗面所に連れて行く。引かれた手がちょっと長いし、昨日よりも立ち上がると水穂さんが小さく見える。

 「あなた、ですわよね?。一樹の中だし。鏡を見てみなさいよ。」

そう言われて、鏡を見る。たしか昨日は顔と頭が見えていたのに、今は目から下しか鏡に映っていない。って、顔が・・・。だれ、これ。なんとなく、昨日の男の子に似ている気もするけど、って僕は一体どうなったんだ?いつもの天木日亜似の姿にと思うと、もちろん変われる。鏡に映ったのは確かに昨日までの自分だった。ただ、さっきのは・・・。と考えると即座にさっきの見た目に戻った。背格好は一回り大きくなっている。しかも四肢が長く、顔が小さい。体つきもさらに逆三角形になって締まっている。ハッと思いだして、そう言えば昨日天木辣按様のパーソナルを借りているって言ってたな、と思いだし、タブレットモードで携帯端末を起動する。

 「天木辣按様の画像を出して。」

そう言うと、在りし日の天木辣按様が画像で見えた。若い頃の写真を出すと、昨日見た若者そのものだった。隣から水穂さんがのぞき込んで見比べている。

 「それ、その写真、今のあなたに似ている。目の周辺は昨日までのあなた、に見えるけど・・・。」

実は、昨日ね・・・・・・、と水穂さんをここに運んでからの、いきさつを話した。ベッドサイドにあるのは、その人のために船穂様が送ってくれた阿主沙様の若いときの服だよと。

 「それが、なんでベッドサイドにあるのよ・・・?」

 「確かに、隣の部屋に入る時のドアを閉める音は聞いたんだけど・・・。」

二人して隣の部屋をノックして開けるが、誰もいない。メイドさんに聞いても昨日僕が帰ってきてから部屋の出入りは無いそうである。お、そうだ一樹!

 「僕が寝てからの、この部屋の様子なんて出せる?」

 「う~ん、実は梅皇さんに、その画像は出さないように止められているんだ、けど。梅皇さんに聞いてみて。それからなら良いよ。」

第二世代の樹は、第1世代の樹に逆らえないのか。目を閉じて、梅皇さんと呼びかけてみた。かなりクリアに返答が帰ってきた。優しい樹の声が聞こえてくる。

 「昨日は突然にごめんなさい。目が覚めましたか?昨日、あなたが眠ったあと、そちらに行かせた天木辣按様のパーソナルをあなたに融合させたの。あなたの腕の樹に見える部分は、わたしとのマスターキーであると同時に、この世界にとどまってもらうためのリミッターを兼ねています。それは津名魅様の意思でもあります。アストラルレベルでの融合なので解除は出来ないわ。勝手にごめんなさいね、ほほほ。それに、わたしも一緒に跳びたいというのも偽りない気持ちですわよ。」

と言った。おーまいがっ・・・・・・。梅皇からの許しが出たのか、部屋の中心部に半透明のでかいディスプレイが出現し、昨日の様子がそのディスプレイに映し出された。入り口を開けて、僕が入り、水穂さんに声をかけてベッドに潜り込む、寝息を立て始めると、すぐにベッドサイドに、あの青年がふわりと現れて、愛おしそうな目をする。すぐにぼんやりとした光に変わり、服はその足下へ。光は僕に重なり、静かに融合してしまった。

 「あうう、梅皇さん、それは良いんですが、ことの詳細を・・・。」

ええ、霧封や水鏡その他、すべての樹に伝達済みよ、とこともなげにおっしゃる。あ、でも昨日の青年とのことを一生懸命説明せずに済んだことは、良いことか・・・。

 「え~と、水穂さん、どうも第1世代の樹の梅皇さんが・・・。」

津名魅様の命の元、天木辣按様のパーソナルをここによこして、それで、この腕のは梅皇様のマスターキーと、この世にとどまるリミッターらしく・・・と説明を始めると、ぶわっと涙を浮かべて僕の胸に飛び込んできた。

 「ああ、良かった・・・。これでわたしの知らないところに行ってしまわなくなった。」

そう言って泣きじゃくっている。しばらくすると、部屋入り口ドアをちょっと乱暴に叩く音がする。

 「失礼します。カズキ様、樹のネットワークで・・・。」

入って良いよ、と言うと竜木籐吾さんに謙吾さん、神木あやめさんに、茉莉さんと阿知花さんが走り込んできた。みんな、水穂さんの頭を撫でている僕の腕を見ている。

 「ええと、皇家の樹にまで心配されたようで、こんなになっちゃいました。」

と言って、朝の姿に戻ってみる。視線がスッと5cmほど高くなる。自分で言うのもなんだけど、ややこしさと怪しさ爆発である。ま、我ながらびっくりするほどのイケメンではあるな。びっくりと大きく字で書いたような表情で、ずざざっっと5人が後ろに引く。そりゃそうだわなぁ。

 「う~、おっさん、どこも行かないって言ったじゃん・・・。樹にまで心配されるってどゆこと?」

なんか、鎖付きの腕輪のように見える、手首に張り付いた樹の腕輪を見た。これが人外の存在にならないためのリミッターらしい。

 「えっと、昨日二回も空間転移で半径20光年くらいの宙域へ行きましたよね。」

ずい、と謙吾さんが一歩前に出る。

 「みんないっしょだと、何度も言ったような気もしますねえ。」

ずい、と籐吾さんも前に出る。

 「昨日の夜も呼んでくれるかと待っていたのに・・・。」

ずずずいっと5人が詰め寄ってくる。

 「だ、・・・だるまさんがころんだ!。」

ちなみに、関西圏というか、うちの地方だけかも知れないが、「坊さんが屁をこいた」ってのもバリエーションであったりする。もちろん5人は止まらない。よけいに青筋が深くなった気がする。

 「・・・・・・ごめんなさい・・・。でもさ、昨日はみんなかなり酔っていたでしょ。僕は、この宝玉のせいかまったく酔ってなかったし、ものが食べられなかったし・・・。」

胸に顔を擦りつけて、泣いていた水穂さんが、がばっと顔を上げる。いかん、勢いで言っちゃった・・・。そして再び泣き始める。なんかとても愛おしい。腰に手を回して、すこしかがんで、口づけした。ようやく泣き止む。

 「さあ、いつもの水穂さんに戻ってください・・・。泣いている水穂さんも可愛いけど、キリッとした水穂さんはもっと美しいですよ。」

あ~、いいなぁとか阿知花さんが小声で言っている。

 「う~、ほんとにお酒飲んでも酔わないし、お腹はすかないし。この宝玉は、鷲羽ちゃんに話して、マジに危ないので取ってもらうつもりです。はい。」

ほほを引きつらせて、立木謙吾さんが怒ったように言った。

 「それで、梅皇で船作るんですか?どーすんですか?」

 「ほ?」

 「第1世代の樹、梅皇は、一緒に跳びたいと言ってるんです。となればコアユニットになって、皇家の船として跳ぶと言うことです。」

 「・・・・・・じゃあ、全長10kmとかの船で、一樹と合体して超強力な戦艦になるとか。惑星規模艦数隻やそこらくらいなら一撃で粉砕可能とか、さ。」

あっはっは、無茶だよね~~って顔をしてみる。

 「その案イタダキです。ひっさしぶりに燃えてきたぞぉ。」

 「け、謙吾さん、樹雷皇阿主沙様や瀬戸様が怒るんじゃない?」

慌てて、ちょっと待ってよと言った。バカなおっさんの言葉を真に受けるとたいへんだよぉと。すでに、立木謙吾さんは、そんなことはまったく聞かず、その場でタブレットを起動して設計を始めている。工房に行くのも面倒みたいな勢いである。横から、籐吾さんが、「でかいと動き、鈍くなるんですかねぇ?」と聞くと、「いや、パワーあるから大丈夫。俺のノウハウ全部乗せで行くから、そんなみっともない船にはしない!」

ぐもももぉとかなりの勢いで盛り上がっている。

 「おお、昨日の若者は、梅皇の持っていたパーソナルだったか。田本殿なら良いだろう。簾座の海賊もかなり強力らしいしな。」

 「そうね、阿主沙ちゃんの言う通りね。まさか第1世代の樹がリミッターなんてねぇ・・・。津名魅様も結構やるわね。」

いつのまにか、僕の部屋にでかいディスプレイが二つ。

 「さて、今日も宴会だが、梅皇のお披露目も兼ねるのか。みんな喜ぶぞ。樹も昨日からずっとあの調子だしな。わしのお古で申し訳ないが、それを着て来てくれ。待ってるぞ。」

樹雷皇阿主沙様も納得顔で通信を切る。瀬戸様に至っては、またも濃厚な投げキッスだったりする。イヤイヤ、当事者の意見というか気持ちはまったく聞かないのね。

 「さあ、あなた。樹雷皇阿主沙様の服を選んでおきましたわ。着てみてくださいな。」

変わり身はや!。水穂さんは、すでにテキパキとメイドさんに手渡してもらって僕の着る服を用意してくれている。さっきまで泣いていた人とは思えない。はいはい、と言うと、

 「ハイは一回!」

と、にっこり、例の笑顔で答えてくれる。ちょっと目の端を人差し指でぬぐいながらいつもの口調で言った。可愛い・・・。美沙希様みたいにスリスリしたくなる。その代わりもう一度口づけした。そう言えば約束の時間まで余り余裕も無い。立木謙吾さんは、竜木籐吾さんと操縦性云々を討議しながら工房に行ったようだし、神木あやめ、茉莉、阿知花さんは、キッチンやおうちはどうするんですか?とか言いながら3人してついて行っている。水穂さんも、私も行く、ちょっと待ってぇとか言いながら着替えているし。僕もとりあえず、メイドさんに手伝ってもらって阿主沙様のお古を身につける。天木辣按様のパーソナルとの融合後の身体だと、本当に専用あつらえしたようにサイズが合ってしまった。

 「結局、あの天木辣按様のパーソナルって、なんだったのよ・・・。」

そう独り言のつもりでつぶやくと、

 「あら、いくら津名魅様の言うことだって、最後は身体の相性が物を言うじゃない。それを確かめたかったのよ。」

と梅皇さんがあったりまえじゃない!って感じで言った。いや、樹とエッチは出来ないでしょ、ふつ~。そっちの相性はあんまり関係ないでしょう?

 「まあ、本気だったの?ものの例えよ、た・と・え。」

とても先週さめざめと泣いていた樹とは思えない。

 「でもね、本当に悲しかった・・・。天木辣按様はわたしが小さかった頃からずっと一緒だった。いつも、何があっても、お話が出来ていたのに、最後は何も言わずに、わたしを置いてアストラルの海に沈んでいったのよ。」

そういえば、柚樹さんも似たような経験をしているな、あっちは大災害だったけど。

 「やはり、マスターが先に逝くのは、悲しいものなんですね。柚樹さんからも、永く生きることができても、気力を失って枯れていく樹も多いと聞きました。・・・・・・あ、そうか。もしかすると、天木辣按様はご自身の寿命だと感じられて、梅皇さんには生きて欲しくって何も言わなかったのかも知れませんよ。」

優しい樹。相手としては、まったく違う生物の人類でも、共に在るものがいなくなる悲しみをずっと抱えてくれている。

 「あなたとお話が出来て良かったわ・・・。あなたは、手放すと遠い遠いところに行ってしまいそうだった・・・。それなら、私も一緒に行きたいと思ったの。これからもよろしくね。」

 「こちらこそ、よろしくお願いします。」

思わずそう言った。しかし、なんとなくこの梅皇さん、瀬戸様とかアイリ様とかと似ている・・・。やっぱりやっかい事に頭から突っ込んでジタバタもがいている感が多々ある。

 「僕は、ひょっとすると、あなたがたとの別離を悲しむ側かも知れない・・・。なぜかここ最近そんな気がします。」

ふっとそう言う考えが頭をかすめた。あくまで直感だけど。柚樹さんがスリスリと足下で身体を擦りつけている。

 「だから、その両腕の印なのよ。私たちを置いてどこかに行くことは、たぶん出来ないわ。たぶんね。でも、あなた見てるとその自信が揺らぐわ。」

なんかえらい言われような気がする。って時計見ると、あんまり時間ないじゃん。そういや、この格好はまだ面が割れていない。水穂さん達はどうせ会場へ転送で来るだろうし



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷2

日常へ・・・。果たして帰れるんでしょうか?


 「僕は、ひょっとすると、あなたがたとの別離を悲しむ側かも知れない・・・。なぜかここ最近そんな気がします。」

ふっとそう言う考えが頭をかすめた。あくまで直感だけど。柚樹さんがスリスリと足下で身体を擦りつけている。

 「だから、その両腕の印なのよ。私たちを置いてどこかに行くことは、たぶん出来ないわ。たぶんね。でも、あなた見てるとその自信が揺らぐわ。」

なんかえらい言われような気がする。って時計見ると、あんまり時間ないじゃん。そういや、この格好はまだ面が割れていない。水穂さん達はどうせ会場へ転送で来るだろうし。

 「走って行こうっと。」

朝の樹雷だ、たぶん凄く綺麗だぞと。そうと決まれば、阿主沙様の服とこのカッコのままで一樹に転送を頼む。昨日は、あまりのたくさんの人がいたのと、セレモニー用に様々な用意があったりで、町の様子は見えなかった。宇宙港入り口に転送してもらって、昨日のパレードの道を行くことにした。柚樹さんも足下にいる。一樹も小さくなって、肩に乗った気配がある。気持ちよく晴れている青空だった。おっともう時間が無い。地を蹴って走り始める。空気も綺麗だし、だいたい、排ガスの類いや、機械の何かの匂い、オイルが焼けるような匂い、そういうモノが一切無い。地球でも山深い場所の朝でないとこういう空気は吸えない。確かパレードでは、天樹までゆっくり歩いて2,30分ほどだったと思う。宇宙港から市街地に入ると人の行き来や木製のクルマも多い。バスや路面電車のような公的な乗り物みたいなものもみあたらない。クルマも荷物を積む類いのモノが多い気がする。物流のためのものだろう。体力に自信があるのか、町中にスロープとか障がい者用と思える施設は少ない。医療が進み健康寿命が極端に長くなった結果も知れない。それに遺伝子操作の類いも当たり前だろうし、ナノマシン系のテクノロジーは非常に進んでいるのだろう。地球ではよく見る、医者の看板や介護施設の看板はほとんどなさそうだ。そのかわり、進学塾や武道場のようなものが多い気がする。子どもの教育には熱心なのかも知れない。あと、ギャンブルのようなものも少ない。でも、平田兼光さんの話だとピンクなお店は結構あるみたい。朝だから閉店したばかりかな。そんな感じで天樹に着いた。

 「う、昨日は、転送されたんだっけ。一樹、転送ゲートはどこだっけ?」

 「転送ゲートで行くと、玄関で追い返されちゃうわよ。わたしが送るわ。」

梅皇さん、やっぱり見てたのね。ここは素直にお願いしますと言った。グリーンの転送フィールドが僕らを包む。そして、会場の僕らの席へ・・・。

 目の前の転送フィールドが下がっていき、転送完了だ。ったって、ここは・・・。

 「皇家の樹の間ではないですか。ここへをひとりで来ることはまずいですって。だいたい、昨日、樹のネットワークで連絡済みでしょう?」

まださすがに樹雷皇阿主沙様の顔に泥を塗るわけにはいかない。

 「一樹、会場に転送してくれるかい?」

 「だめなんだ、梅皇さん以上の意思が働いている。僕はそれに逆らえない。」

柚樹さんも同じようで、ネコの姿のまま首を振っている。じゃ、とにかく誰か来てもらわないと。

 「だいじょうぶ。ここでわたしと話しましょう。」

皇家の樹の間の大扉に、美しい樹雷の服を着た女性が現れる。ただし実体ではないようだ。うっすらと扉の模様が透けて見えている。

 「うむむ、こういう場面だと、だいたい女神様とかそう言うキャラでしょう?」

 「くっ、やっぱり最近の子はスレてるわね。でも、さすがにこれでは?」

美しい樹雷の女性がいきなりかわいく両手を握って、

 「魎呼お姉ちゃん、魎ちゃんいじめちゃだめぇ。」

 「はあ?砂沙美ちゃん?」

ちょっと舌っ足らずな、お料理上手な砂沙美ちゃんの声だった。

 「そうだよ。わたし、砂沙美なの。・・・・・・そして津名魅でもある。わたしも砂沙美と融合してるのよ。」

さらによく見ると、津名魅様の後ろに、ふたりの女性のような影が見える。

 「今は、それはさほど重要ではありません。追々、姉様と妹がお話しするはずですから・・・。とにかく、あなたは天地様と並びわたしたちの可能性の一つ。でもまだふ化には早すぎます。第2世代の樹を2樹でも押さえられないため、第1世代の樹もあなたのリミッターになってもらうことにしました。ふふふ、ちょっと不安ですけどね。みんなと仲良くね。早くわたしにも水穂ちゃんの子ども見せてくださいな・・・。」

それだけ言うと、ゆっくりと消えていった。

 「津名魅様にそう言われちゃしょうがないわね~。こんなとこにいたのね。探してたのよ・・・。ふふふ、今度は逃がさないわ・・・。」

瀬戸様が僕の服の襟首を後ろからつかんで、軽々引きずっていく。ふたりの樹雷の闘士が付いていたが、ニヤリと笑ってあとは無表情を決め込んでいる。

 「み~み~。」

 「少しもかわいくないわよ。その左手の玉のせいで酔えないんだってね。樹雷には、本当にたくさんの酒があるわ。アルコール度数80%越えの酒なんて掃いて捨てるほどあるわよ。昨日言ってくれれば良かったのに。」

どうしても酔って帰らないといけないらしい。いつまでも引きずられていてもいけないので、一度立ち止まってもらって、服を整えて歩いて付いていく。

 「でもよく分かりましたね。僕、今日の朝のカッコなのに。」

 「今日の朝の通信で、あなたのパーソナルは樹のネットワークを通じて、3種類取得済みよ。今度こそ逃がさないんだから。」

ピタッと立ち止まって、振り返りざま、また抱きつかれる。お付きの闘士の顔が一瞬気の毒そうになったのを見逃さなかった。

 「こんなに、大きくなっちゃって。しかもさらにイケメンだし。お披露目がもったいないわね。いっそのこと水鏡に幽閉しちゃおうかしら。」

抱きつきながら、右手で僕の左ほほをなでなでする。ちょっと良いかも、とか思う自分自身が節操ない、と天木日亜の記憶が言い、瀬戸殿も大年増になったものよと天木辣按の記憶が言う。って、天木辣按様の記憶???

 「また記憶ごとパーソナル融合した・・・。」

左手で顔を覆う。大きく長いため息が出た。

 「まあ、樹雷皇の記憶なんて、なかなかゲット出来ないわよ。」

 「そりゃそうなんですが・・・。たとえば、僕は瀬戸様は綺麗だなって思うんですが、天木辣按様の記憶だと、瀬戸様のお若い頃をよくご存知のようで、怒らないでくださいね、大年増になったものよのぉ、だそうです。」

ビシッと音を立てるように青筋がこめかみに現れる瀬戸様。

 「くっ、く、悔しいけれど・・・。さあ、祝賀会場に行くわよ!。」

ぷ、くくくとお付きの闘士ふたりが笑っている。あれ?もうひとりは・・・。

 「なんだフードかぶってるから分かりませんでした。平田兼光様ではありませんか。」

 「おう、残念、見破られたか。こっちは、竜木西阿殿だ。田本殿のおじいさまにお世話になったようなので連れてきた。」

フードを取って、ニカッと笑うのは紛れもない平田兼光さんである。もうひとりの方もフードを取ると、あの、ばあちゃんが大切に持っていた記録映像に映っていた人だった。スッと手を差し出される。

 「こちらこそ、うちの祖父がとてもお世話になったようで・・・。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。」

こちらも右手を出して、握手した。ガッシリした働き者の手だった。そういえば、握手で良いのだろうか?

 「どうも重ね重ね済みません、握手で良かったのでしょうか・・・。大先輩なのに・・・。」

にっこりと、柔らかい笑顔だった。腹黒いとか、そう言うイメージからはもの凄く遠く感じる人のように見えた。

 「歳のことは言いっこなしですよ。・・・うん、あの正木さんによく似ています。本当に懐かしい。あなたのおじいさまは、部下に慕われた善き司令官でした。わたしも助けて頂いたことが何度もありますよ。」

瀬戸様の後ろを歩きながら、竜木西阿様とお話しした。よく考えると、じいちゃんのことは、晩年の様子しか覚えていない。病院通いに付いていったとか、家で伏せっているイメージが強かったりする。

 「そうなんですか。実は祖父のことは、身体の具合が悪くなってからのことしか、覚えてなかったりします。祖父は、20年ほど前に、祖母は5年前に亡くなりました。」

そうだったんですか、あなたのおじいさまとお婆さまは仲の良い夫婦でね。などなどちょっと嬉しくなる会話だった。

 転送ポートをいくつか乗り継ぎ、昨日の会場到着した。時間は、いちおう午前9時に10分前だった。樹雷皇阿主沙様もすでに着席されていた。竜木西阿様には、どうもお世話になりました、今後ともよろしくお願いします、と言って分かれた。今日も僕は主賓らしいし・・・。

 「遅くなって申し訳ありません。そして、この服、急遽頂いてしまってありがとうございます。」

 「ほう、似合ってるな。わしが、武者修行に行ったときのものだ。懐かしいな。船穂よ、まだ持っていたんだな。」

樹雷皇阿主沙様が目を細めて僕を見ていた。だいぶ懐かしい服のようだ。

 「まあ!、それ、地球で、わたしを抱き上げて霧封に運ばれたときに、召されていたものではありませんか。」

卒業アルバムを見るときは、みんなこんな顔するんだろうな。

 「お姉様を樹雷にお連れになったときのものですの?」

 「そう、確か天木辣按様が急に危篤になられて・・・。もう800年以上前のことになるんですわね。わたくし、阿主沙様に郷里へ持って帰って頂きたくって、一生懸命山の幸を採ってきましたの。そしたら、とても顔を赤くされて。照れたと思ったら抱き上げられてしまって・・・。そのままわたしのおじいさまに一言お願いされて、わたくしは、この樹雷に来てしまいました。」

なんだ、阿主沙様も結構やんちゃ者だったんじゃん。ちょっと重々しい咳払いなんかやってる樹雷皇阿主沙様だったりする。しかし、それから800有余年・・・。そんな年月、僕には想像も出来ない。

 「わたしは、船穂お姉様のお部屋に、始めて行ったのは窓からでした。」

 「ええ、そうでしたね。ちっちゃな美沙希ちゃんが、まるでお猿さんのようにわたしのお部屋に来てくれて・・・。一緒にお勉強もしたし、楽しかったわね。」

なんでも、天樹のえだや幹を伝って、船穂様のお部屋に来ちゃったらしい。おほほほ、とお二人の華やかで軽やかな笑い声だった。でも800年あまり、なんかいろいろあったんだろうなぁと、ちょっと気の毒にも思う。そうやって、お二人のお話を伺っていると、慌てた水穂さん達が到着して開式の時間になった。水穂さん、何事もなかったかのように僕の隣に座る。昨日と同じように祝いの会が始まるが、さらに今日は、昨日の出来事も加わって、僕の腕輪の件もお披露目された。会場は昨日を越えて、大いに湧き上がる。今日は瀬戸様が準備してくれた、強いお酒を頂きながら、僕のテーブルを尋ねてくれる方々と談笑する。それでもそう、地球で言う中ジョッキのビールを一杯飲んだ程度しか酔わない。

 「カズキ様、梅皇は無事コアユニットに入りました。これから1週間から10日程度かかりますが、全長10kmの梅皇の船体建造にとりかかります。」

立木謙吾さんが、ちょっと狂気を宿らせた目つきでそう言った。むちゃくちゃ楽しそうである。

 「う、すっかり忘れてました。やっぱり一樹と合体する、第1世代皇家の樹、梅皇は母艦状態なんですね。」

一樹とは合体するが、阿羅々樹や樹沙羅儀、緑炎・赤炎・白炎は格納庫に搭載されるらしい。籐吾さんも杯を持ってこちらに歩いてきた。

 「そうです。わたしたちの樹は、いわば艦載機状態ですね。梅皇には、わたしたちのおうちを建てています。水穂様に、あやめさん達も張り切ってましたよ。」

ということは、籐吾さんや謙吾さんと・・・。

 「ええ、ずっと一緒ですよ。」

ポッと顔を赤らめる二人だった。

 「ややこしいおっさんに、ほんとうに済まないねぇ。」

この天木辣按様のパーソナルだと、さらに二人を見下ろすような感じになる。

 「おっさんって・・・、その顔で言われるともの凄くギャップがありますよ。ホントに。樹にまで心配されるはずだわ。この人。」

二人にジト目で見られて、やっぱり水穂さんに脇腹小突かれて、ってやってると樹雷から帰る時間になってしまった。その頃にはさすがに結構僕も酔っていた。まあ、飲んだお酒の度数は80度を超えていたし、その量も1升は越えていたと思う。我ながらすでに人ではないよな、とか思う。またたくさんの樹雷の皆さんに見送られ、一樹に乗り込み、阿羅々樹、緑炎・赤炎・白炎を従えて樹雷をあとにした。立木謙吾さんは、今回は梅皇建造のため、樹雷に居残りである。いちおう、宇宙港からの離床時は阿羅々樹他を従えた形である。衛星軌道上で、一樹に他の艦の操艦をリンクした。西南君達の守蛇怪は、もうしばらくして樹雷を離れるそうである。

 発進許可を待つ間、衛星軌道から樹雷を眺める。青と緑が本当に美しい星だった。地球はどちらかというと水の青、そして雲の白、各大陸の土色そして緑だが、樹雷は特産の巨木種もたくさん茂っているため緑の色が強い。しかも、数万年前の入植時にはすでに大気汚染などの原因となる技術はなく、地球の常識から言えば、クリーンエネルギーでもって厳重に管理され開発されたらしい。さもありなん。恒星間航行技術があるなら、危なっかしい核とか何らかの燃料を必要とする内燃機関や外燃機関を使うこともないだろう。しかも、皇家の樹があれば、他のエネルギー源もあまり必要ではないだろうし。

 「樹雷は、美しい星ですね。」

思わずそうつぶやいた。

 「手に入れますか?」

水穂さんが、イタズラっぽくそう言う。ちょっと目が怖い。

 「・・・いえ、面倒くさいのでやりません。そんなのは樹雷皇阿主沙様や瀬戸様に頑張ってもらいましょう。」

そりゃ、自分のモノにすることも、もしかしたら可能かも知れないが、その後が大変である。様々な対外手続きから始まり、統治体制、それをになう人材の任命やらなにやら。考えるだけでゾッとする。そこに住まう人々にとっては、より善い人なら良いわけで、もっと言うなら税金や各種公的なお金を納めるのが少なくて、自分たちの権利をしっかり保障してくれること、何か困ったときのサポートが完璧なら、国の長は何でも良いはずである。

そんな面倒くさいことは、誰かそう言うやる気のある人に任せておけば良い。

 「第1世代の樹を得た、あなたなら簡単なことですわ。」

水穂さんがダメ押しする。そうだろうな。無血革命もできるだろう。

 「そういうのは、苦労している人間を外から見ているのが一番楽しいし楽ですよ。そうだ、こんど樹雷の国会のようなモノも見せてください。四苦八苦して答弁している瀬戸様が見てみたいですね。」

ほほほ、そうですわね、と口に手を当てて水穂さんが笑っている。この賢く美しい人は時々人を試すようなことを言う・・・。じゃ、やりますか、と言ったらたぶん問題なく任務を遂行するだろう。

 「発進許可が出ました。銀河連盟からも地球に向けての航行許可が出ています。」

 「それでは、地球に帰りましょう。明後日の月曜日からいろいろ大変だし。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷3


どんちゃん騒ぎも終わり、地球に無事帰ってきました。

そろそろ懸案の・・・。


「発進許可が出ました。銀河連盟からも地球に向けての航行許可が出ています。」

 「それでは、地球に帰りましょう。明後日の月曜日からいろいろ大変だし。」

一樹、発進してくれと念じる。操縦系統をリンクした阿羅々樹他と、地球に向け樹雷軌道上から離れ、超空間ジャンプ可能位置まで航行して、無事いつもの暗緑色の超空間に突入した。これで、十数時間後には地球である。一樹へあとは頼むよ、とお願いすると、了解!と元気よく返ってきた。

 「水穂さん、あとのことは樹にお願いするのでいいかな?。」

 「そうですわね。まず戦闘と言うこともないでしょうし。」

 「みんな、いろいろありがとう。各艦、自分たちの判断で休んでくれ。」

各艦から返答があり、いちおう、3時間おきに哨戒任務を交代する当番を決めてくれていた。それに任せて、何かあったら起こしてねと、一樹のブリッジをあとにした。さっきはだいぶ酔っていたが、少し時間をおくと酔いも覚めてくる。お風呂入って、あとはいつものとおり、だったりする。水穂さんの肌は、よりいっそう吸い付いてくるようにつるつるでしっとりと潤いを帯びていた。

 幸いにも何事もなく、また左手の赤い宝玉も安定していて、なにかがあったと起こされることもなく太陽系に入ることが出来た。先週までが異常だったんだろう。不可視フィールドを張って、静かに鷲羽ちゃんの亜空間ドックに入港した。阿羅々樹、緑炎・赤炎・白炎は衛星軌道上で、待機している。もちろん鷲羽ちゃんの亜空間ドックにある転送ポートへは各艦とも直接アクセス出来るようになっている。すべてが順調だったので、到着は日曜日の昼過ぎだった。

 鷲羽ちゃんのドックの転送ポートから出ると、やっぱり遥照様に天地君、鷲羽ちゃんにノイケさんに砂沙美ちゃん、阿重霞さんと魎呼さんが出迎えてくれた。いちおう、おどろかせてもいけないので天木日亜似の格好である。服も地球のモノに着替えている。

 「ただいま帰りました。遥照様、先日はどうもご迷惑をおかけしました。」

と深々とお辞儀する。一通り挨拶が終わると、実は、と言って、水穂さんが樹雷皇阿主沙様や神木瀬戸樹雷様からお土産を頂いていますと言って、まずは遥照様に箱を渡している。さらに一樹の格納庫からかなりの荷物が搬出されていた。それを見ながら重々しく言う。

 「身内が殺されかけたのだ。キツイお灸を据えてやらんとな。」

若い遥照様の格好で眼鏡を右手人差し指であげながら遥照様がそう言った。ちょっと見たことのない厳しい視線だったりする。

 「まあ、この国の政府も今回の出来事で、どういうことかよく分かったことじゃろう。」

スッと、いつものちょっとお茶目なおじいさんの姿に戻った。

 「さあ、みなさんお茶でもどうぞ。長旅お疲れ様でした。」

ノイケさんがすかさずそう言ってくれた。さすが間の取り方がうまい。

 「ぐふふ~。田本殿は、さきにこっちだね。」

ええ、そうでしょうよ。検査とか言ってたし。鷲羽ちゃんが、マッドサイエンティストここにありという表情だったりする。しかもガシッと左手をつかまれている。出迎えてくれた全員と、水穂さん、柚樹さんまで気の毒そうな顔をしていた。僕と鷲羽ちゃん以外は、柾木家のリビングへ出て行った。

 「そうそう、鷲羽ちゃん、これ。出来れば外してください。むっちゃ危ないし、お酒飲んでも酔わないし、ご飯食べられないですけど。」

これこれ、と左手の甲の赤い宝玉を指差す。鷲羽ちゃんはニッと笑って、黄色いボールのような何かのキャラクターグッズのような物を取りだしてきた。火曜日のように座らされて、頭の上に載せられる。左右の目がかわりばんこに光ったり暗くなったりしながら、数分。ぴここっと電子音が鳴った。そして、鷲羽ちゃんの周りにたくさんの半透明ディスプレイが出現する。

 「この宝玉、よほど田本殿と相性が良いんだね~。身体全体に根を張っちゃってるよ。これは危険すぎて外せないね。さらに、しかもあんたまた、アストラル融合してるね。」

 あはは、ばれちゃいました?と言って天木辣按様のカッコになる。とにかく樹雷であったことをかいつまんで話した。

 「津名魅がそう言ったのかい・・・。そろそろわたしたちも・・・。」

ちょっと遠い目をして、剣士君が行った日の不思議な雰囲気を出す鷲羽ちゃんだった。

 「いやいや、それは良いんですけど、これ何度も暴走して・・・。はずせませんかね?。」

頭を横に振る鷲羽ちゃん。どうしても?と聞いてもあんたの身体がボロボロになるよ、と言われればだまるしかなかった。

 「今のところ安定しているようだね。その梅皇の封印が効いているのかも知れないよ。」

どこか他に負荷がかかってなきゃ良いけど・・・。

 「だいじょうぶさ。前樹雷皇の樹だろう。いろいろよく分かっているだろうさ・・・。」

また含みのある言葉を言う。いつも思うけど、この人はつかみ所がない。鷲羽ちゃんちゃんと呼んで!と言っているときはまさに少女のように見えるし、印象もその通り。しかしまれに見せる遠くを見通すような透徹した視線は、例え身体が少女のままだとしてもとても人とは思えなくなるときがある。

 「なにさ、人の顔を見つめて。どうしたんだい?。」

やだよ、この子は、と目を細めて右手を振っている。ん~、よく分からんなぁ・・・。いえ何でもないですと言って、立ち上がった。一樹も肩に乗った気配がある。こっちを見る鷲羽ちゃんの目は、僕をまぶしそうに見ている、どちらかというとお婆ちゃんのような優しい目だった。

 一通り検査が終わったので、鷲羽ちゃんのあとについて柾木家のリビングに行く。また、みんなに驚かれた。あ、天木辣按様の姿のままだった・・・。まあ、いいかと水穂さんの隣に座った。僕の姿と手の甲の赤い宝玉と、みんなの視線が行ったり来たりしている。

 「また今度は・・・、何と融合したんです?」

驚愕のショックから、いち早く立ち直った天地君が頬を引きつらせながら、聞いてきた。阿重霞さんも砂沙美ちゃんも、ノイケさんも魎呼さんも見事に目が点になっていた。

 「今度は、前樹雷皇の天木辣按殿のパーソナルだそうだよ。」

ニタニタと面白くてたまらない、と今にも言わんばかりの鷲羽ちゃんだった。鷲羽様、お茶ですと差し出された湯飲みを、ノイケ殿ありがとう、と言って受け取っている。水穂さんは黙ってお茶を飲んでいるが、微妙に口元がひくひくしている。

 「・・・・・・と言うことは、ひょっとして第1世代の樹がらみかの?」

次に目が点状態から立ち直った遥照様が口を開いた。

 「土曜日の祝賀会が終わって、赤い宝玉のせいで、お酒飲んでも酔わないし、ご飯もあまり食べられないし、と思って柚樹と剣術の練習してたんですよ。天木辣按様のパーソナルが一樹の中に入ってきて・・・。そのパーソナルを操っていたのが、前樹雷皇の樹、梅皇さんだそうで・・・。」

これ、これの宝玉がと、これ見よがしに右手で左手の甲を指差して、両腕の樹の封印も見せた。鷲羽ちゃんが、おほほほ、何を言ってるんだかこの子は、と手を口に当てて笑う。その場にいる全員の視線が鷲羽ちゃんに集中する。額から一筋の汗が落ちていく。

 「・・・マスターキーを兼ねた封印だそうで・・・。津名魅様の指示と、梅皇の意志だと言われました。」

ため息と共にそう話した。どこからともなく、あら、失礼ね。わたしはあなたのためを思って、そうしているんだから。と誰かさんの声が聞こえてきた。一万五千光年の距離は関係ないのかい。

 「相変わらず、つくづく難儀なやつじゃのぉ・・・。」

じょぼぼぼ、と手近のポットからお湯を急須に注いでいる遥照様。

 「いよいよ、役場職員とはとうてい言えなくなりましたねぇ。」

遥照様は勝仁様の姿で、お茶をすすり、天地君は頭を掻いて他人事だし、みたいな感じだったりする。

 「なんかね、この腕輪がね、見えない鎖が付いているようで。」

 「当たり前よ。勝手にどっか行っちゃいそうな、あなたには良い装備です!」

ズバッと、結構冷たく言い放つ水穂さんだった。湯飲みを持って正座してそう言った。厳しい姑みたいなこと言わんでも。しかも装備って・・・。外れないしこの腕輪。というか皮膚が変化したようなコレ。結構情けない顔をしていたんだろう。その場でどっと笑い声が起こった。天木日亜似の姿に戻って、本来の僕の姿に戻った。

 「先々週の金曜日、このカッコで柾木神社の境内まで、息を切らせながら登っていたんですけどねぇ。こんな綺麗な人とお知り合いになることも思いもよらなかったし。」

そう言って水穂さんの顔を見た。またげしっと脇腹を小突かれる。へっへっへ、お腹の脂肪がカバーしてくれるのさ。このカッコだと。ぽゆんと揺れる大きなお腹。

 「わたしたちは綺麗じゃないって言うのかいぃ・・・?」

珍しく、魎呼さんが絡んでくる。ぬおお、結構怖い。八重歯がちょっと牙に見えたり。

 「いえいえ、魎呼さんも、阿重霞さんもノイケさんもみんな綺麗ですよ。」

必殺、八方美人の公務員笑顔で、そう言ってみる。ぷい、と魎呼さんは下唇を突き出してそっぽを向く。その言い方に、不満顔の3人さんだったりするが、僕としては水穂さんいるし。他に立派な闘士が二人もいるし個性的で有能な三人娘もいる。ほらほら、天地君がんばれよ、と視線を天地君に飛ばす。天地君は明後日の方向を見て、知らんぷりを決め込んでいた。阿重霞さんは、しばらくこっちを見ていたと思ったら、赤くなってうつむいちゃうし、砂沙美ちゃんはかいがいしくお茶請けとかの準備をしている。阿重霞さんと同じようにちら、ちらとこちらを見ながらうつむき加減だったノイケさんは、砂沙美ちゃんが台所に立ったのに気付いて、席を立って手伝いに行った。天地君、そろそろ責任取らないと・・・。

 大きめのアルミサッシの向こう、外は、真夏の陽光だった。まだまだ暑い日が続く。来週をピークにわずかずつ秋に塗り代わっていく、そんな季節だった。柾木家は、エアコンを効かせているようでもないのに、快適な温度に保たれていた。樹雷の喧噪を離れて、ホッとする静かな家だった。来客用だろう茶碗に入れてもらった温かいお茶がうまい。ずずっとちょっとだけ音を立ててすすった。

 「それで、水穂との結婚はどうするのだ?」

お茶をすすりながら、ポロッと遥照様が聞いてきた。なんの前触れもなく。いきなり。ぎっくぅぅぅぅと思いっきりびっくりする。またも霧吹きのようにお茶を吹き出すところだった。なんとか喉にやって、その熱さにむせそうになる。

 「・・・ええと、とりあえずよろしく結婚させて頂きたいのですが、なにやら8月初旬には樹雷に行かないといけないんですよね。ちょっと父母と相談しておきます。」

そこまで言って、これではいけないと思い直して、正座し直して、遥照様に向かい正式にお願いした。

 「どうか、水穂さんと結婚させてください。幸せにして見せます、と言いきれないのが辛いところですけど。それでもできる限りふたりで幸せになろうと思っております。」

左手で水穂さんの腰を抱く。うつむいた水穂さんが顔を赤らめていた。

 「うむ。わしもちょっと不安だが、まあしょうがないだろう。どうか幸せにしてやってほしい。」

複雑で、ちょっともの悲しそうな雰囲気の遥照様。自分的にもこんな瞬間が訪れようとは、と思って感慨深かったりする。

 それにしても、遥照様とアイリ様の娘さんにして、樹雷皇のお孫様・・・。良いのかな、本当に良いのかなと言う思いはまだあったりする。そっちに思考が行って、視界に左手の甲の赤い宝玉を見て、様々なことを思い出し、自分が大変なことになっていることに、さらに気がついたりもする。昨日の今日である。慣れるとかそう言うレベルではない。

 「ねえ、水穂さん、今回さらにややこしくなったんですけど、本当に良いのでしょうか?皇家でしかも控えめに言っても聡明なお嬢様なのに・・・。」

まだそんなことを言ってるの?と言う目をする、水穂さん。

 「わたしは・・・。あなたが好き・・・。それじゃ駄目?」

一度目を伏せて、そしてその大きくて綺麗な目をまっすぐこちらに向けて言った水穂さんだった。阿重霞さんがうるうるしながらハンカチで目尻をぬぐっている。それを見て魎呼さんがちょっと引き気味だったりするのもいつもの柾木家だな。

 「樹雷さえも遠く離れた地に行くかも知れませんが、それでも良いのですか。」

 「・・・ええ、あなたはそうでしょうね。それでも私は一緒にいたい。それだけでいい。」

そう言って頭を預けてくる水穂さんだった。にんまり、と遥照様は笑い、お茶をすすっている。天地君はいつの間にかいなくなっていた。あれ?天地君は?と聞くと、長くなりそうだし、今日のうちに収穫しておきたい畑があるから、魎皇鬼ちゃん連れて行っちゃったよ、と台所で砂沙美ちゃんが答えてくれた。すぐにリビングにお茶請けと自分のマグカップ持ってきて座った。砂沙美ちゃんは、カップを持って持ち上げるとクマさんが見えるかわいらしいマグカップ。ノイケさんはちょっと珍しい花柄のマグカップだった。

 「そうと決まれば婚姻の儀ね!アイリちゃんにも連絡しなきゃねっ。」

電子音のあとに、でかいディスプレイが出現する。やっぱり、瀬戸様だった。どこで聞いていたんだか。

 「あ~。うちのほうも結婚式考えないと・・・。両親は良いけど、親戚一同どこか宇宙に呼ぶわけには・・・。」

 「そうよね~。それじゃ、地球編と樹雷編で行く?」

右手人差し指を立てる瀬戸様。そうですね。地球編は、普通にこちらで結婚式を挙げて、宇宙編は皆さんにお任せします。と言った。ディスプレイの向こうでガッツポーズしている瀬戸様が、ものすご~~く気になるけれど。さらに、水穂さんもこっちを見て若干引きつった顔をしている。まあ、でも経験豊かな瀬戸様でしょう・・・?あうう、不安・・・。

 「遥照様、その辺は良いのでしょうか・・・?」

 「瀬戸殿が聞いとる時点で、話は決まったようなものじゃからの。こっちはこっちでやるかの。」

お茶をずずずっとすすりながら、ホッとした表情で言う遥照様。本当につかみ所のないお方だ・・・。

 「もしかすると、8月からこっちに帰ってくることが、極端に少なくなるかも知れないです。とにかく父母とも相談してみます。」

それじゃ、帰ります、と乗ってきていたクルマに、水穂さんや柚樹さんや一樹と乗る。車内からムッとした熱風が出てきた。見た目十数年前の軽自動車のあれである。その実体は、恒星間探査船兼、研究設備だったりする。そういえば、まだ今日は日曜日だった。日曜日の昼下がり・・・。ちょっと寂しい感じもある。明日は、いろいろあったけど役場には行かないと。珍しく、国道を普通に運転して、ちょっとコンビニ寄って、水穂さんとカップのアイスコーヒーなんか買ったりして家に帰る。ほとんど午後3時前だった。

 「あら、お帰り。あんたの様子は見せてもらったよ。見事にあがって固まってたね。」

母の目はだませない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷4


夢から覚め、また夢を見る。

今は、静かな時間が過ぎていきます。


「あら、お帰り。あんたの様子は見せてもらったよ。見事にあがって固まってたね。」

母の目はだませない。

 「だって、あんなパレードなんて、さすがに今まで見たこともないし・・・。いっときホント吐きそうだったんだから。まあ、しょうがないんだけどね。」

荷物を台所に置いて、水穂さんとリビングに入った。あははは、と父母の笑う声がした。

 「おや、あとの皆さんは?」

衛星軌道上で待機してくれているよ。と答える。そうか、と言ってリビングの液晶テレビに目を戻す父。テレビは、ちょうど古美術を鑑定して金額を出す番組の再放送中だった。麦茶でも持ってこようかね、と母が立ち上がると、水穂さんも一緒に台所に行く。そこにガラスのコップあるから、そうそう、お母様、これお土産です、といつの間に頂いたか買ったのか包みを出している。

 「あの、・・・・・・ところでさ、水穂さんとの、その・・・、結婚式なんだけど・・・ね。」

もの凄く言いにくいけど、先延ばししても面倒なことになりそうだし。父は黙って微笑んでいた。その声を聞きつけた母が、台所から大きめの声で答える。

 「・・・こっちのは近所の緑翠苑でいいだろう。準備出来てるよ。7月の28日、あんたの誕生日の予約が取れたよ。仏滅だから安かったよ。あはははは。それに、さっきアイリ様からも連絡あったし。それよりあんた、ちゃんと入籍しときなさいよ。」

案内状の準備も親戚系、近所系はOK。あんたの友達やら職場の人は自分で準備なさい、としゃべる言葉は機関砲のごとく、だった。

 「あ、左様でございまするか・・・。」

ようやくそれだけ言って、ゴクリとつばを飲み込んだ。うちの両親も結構やるわ。

 「あんたが瀬戸様がらみなら、そういうことだろうよ。総社の聡美のところは、こっちの結婚式に呼ぶから。上の方は私達だけで行くことにするよ。聡美とは今まで通り付き合うつもりだからね。あんたもなるべくそのつもりでね。」

大きく頷く。ちなみに、聡美とは僕の妹である。すでに結婚して留美ちゃんという女の子がひとりいる。旦那は自営業である。あたりまえの地球人である。って僕も元々はそうだったんだけどな。まあ楽しいからいいや。こう言うところがいい加減だと言われるんだが、まあ別に僕にとっては、腹立たしいことでもなければ、悲しい出来事でもない。

 麦茶と、なにやら樹雷土産の水菓子のようなモノを頂いて、なんだかホッとした。やっぱり我が家が一番。うちは一応父母や祖父母の隠された過去はともかく、僕の小さい頃から兼業農家だった。自宅は岡山でも田舎の地区で、周りは田んぼである。隣の家まで50m程度離れている。そのため、たとえばオーディオ機器を大音量で鳴らしても、まず苦情は出ない。出るとすれば階下の父母からである。そう言う環境である。テレビを切ってしまえば本当に静かな田園地帯。遠くを走る高速道路のクルマの音がわずかに聞こえるくらい。今の時期は、蒸し暑い空気が稲穂の間を通り抜けていくサワサワとした音が唯一の音だったりもする。星の海もいいが、こういう当たり前の静かさもいいな、と思う。

 「あなた、別に一樹の中でも、今度の梅皇の中でも田畑は作れますわよ。」

 「そうだったねぇ・・・。」

もはや食事ですらもあまり必要なくなった、自分。また左の手の甲をなんとなく見る。美しい赤いゼリーのような透明感がある。触ると固い。そういえば、これ隠せないのかな。僕の姿形を変えても、手の甲の宝玉は露出したままである。ん~、困った。

 「柚樹さん、光学迷彩かかる?」

近くにいるはずの柚樹ネコにお願いしてみる。なんとかぱっと見には普通の手に見える。まあこれで、明日、変に言われることはないだろう。それじゃあ、と二階の自室に行く。

 独りだと、六畳間のこの部屋はちょうど良かったけど、さすがにふたりで暮らす部屋じゃないな、と思ったりする。まあ、一樹の中に家もあるけど、そのうちリフォームか建て替えだろうな。でも、僕はほとんど住むことはないかも知れない・・・。そう思いながら見慣れた部屋を見回す。水穂さんが持ち出していた服だの、その類いを片付けてくれていた。そうだ!と久しぶりにオーディオの電源を入れる。プリアンプのトグル・スイッチをガチンと上に上げてスイッチオン、同じようにパワーアンプもスイッチを入れる。なんと両方とも真空管アンプだったりする。ヴンという音が一瞬して、サワサワサワとホワイトノイズが出るが、それも暖まると消える。CDプレーヤーをONにすると入っていたCDが適当にかかった。たまたまだが、クラシックの弦楽四重奏だったりした。僕は、演歌にポップスに、気に入ったら何でも聞く。

 「水穂さん、初期文明の惑星でも面白いものがあるでしょ?」

水穂さんは、答えない代わりに目を閉じて静かに聞いていた。ボリュームは午後8時くらいの位置。ちょっとだけボリュームを上げる。静かに流れるバイオリンやビオラが気持ちイイ。この頃はいろいろ熱かったな。必死で知識も求めたし、様々な家を訪問したり(もちろんオーディオを聞きに)、オーディオ店に入り浸ったりした。

 部屋の真ん中くらいにふたりで並んで座る。今となっては大型のスピーカーだろう。20数年前ならブックシェルフと言われていた、スピーカーから軽くコクのある音が出てくる。あるとき、このシステムで満足、と言うか何か興味が薄れる感覚があり、十数年前からそのままになっていた真空管アンプシステムだった。ガラス球のなかに荘厳なお城のような電極が並び、その中がほのかに赤く光る。トランジスタが出来る以前の増幅素子。真空の中を電子が飛び増幅作用を行う。効率も悪く出力も小さいが、六畳間くらいだと最適である。

 「初めてのデートで部屋に呼んだみたいですね・・・。」

我ながら、何となく昭和のデートみたいだと思ったりする。これで、喫茶店とかで話し込んだり、映画やコンサートののチケットがデートのきっかけだったりすると見事に昭和コンプリートだろう。とはいえ、その知識も古い歌謡曲からだったりするけれど。

 「樹雷にも音楽はあるの。でもこれほど多彩な物ではないような気がするわ。」

 「そうですか・・・。」

天木日亜似のカッコになって両腕を後ろにやりごろんと寝転がる。これが一番楽な気がするのは、やはり染まったと言うことだろうか。今までは、ほんとうにずっと自分はひとりだと思っていた。傍らに、こんな綺麗な女性がいてくれることになるとは、妄想好きの自分としても考えることもなかった。オーディオから流れる曲は、第2楽章に入っていた。システムが暖まってきたのだろう、角が取れて丸みのある音になっていく。

 「ほおお、なかなか良い趣味持ってるじゃないか。」

は?と思って、ずり、と頭を引いて後ろを見ると、真っ赤な髪の毛の鷲羽ちゃん。ああそう言えば二点間ゲートがあったんだっけか。

 「・・・来るときは、連絡くださいね。でも面白いでしょ、トランジスタ以前の増幅素子ですよ。」

座り直しながら後ろを向いた。水穂さんはそのまま聞き入っていた。

 「私達が、効率追求のあまり遙か彼方に置いてきた技術だね・・・。」

遠いところを見るような目だった。ずっとずっと昔・・・。一体どのくらい前なんだろうか。

 「そりゃそうでしょ、真空管やトランジスタで超空間航行出来ないでしょ?」

 「まあ、そうなんだけどね~。」

目を閉じて鷲羽ちゃんも聞き入っている。

 「そういや、神我人もこう言うの好きだったよな。自分で演奏もしていたし。」

魎呼さんも遠い目をしている。遙か彼方・・・いなくなった人のことを思う、そんな目。

 「魎呼さん、連絡してから行かないと、不審に思われますわよ。」

う、なぜか阿重霞さんまで。この部屋じゃ狭いって。と言うことは・・・。

 「あら、阿重霞様、魎呼さん、どこに行ったのかと思ったら・・・。」

 「阿重霞お姉ちゃん、お買い物行くから付いてきてもらおうと思ったのに・・・」

やっぱりお約束の、ノイケさんと砂沙美ちゃんまで。ふたりとも狭い部屋の隙間に入って目を閉じて聞き入ってしまう。CDは第4楽章に移っていた。ええい。それなら適当にかけてしまえ。ほどなくCDの演奏が終わった。

 「それでは皆様、続いては、歌劇「蝶々夫人」でございます。長崎が舞台で海軍士官と没落藩士の娘との悲恋を描いた物です。」

CDをセットし、プレイボタンを押す。第1幕が終わり、第2幕の例の特徴的なソプラノが始まった。アメリカに帰ってしまった、海軍士官をきっと帰ってくると信じて歌うあのシーン。

 ソプラノが空気を切り裂くような高音を出し始めたときに、その場の女性陣は大粒の涙をこぼしていた。わたしの元に返ってくる、きっと、きっと帰ってくる、と信じて蝶々さんは歌う。水穂さんは、僕の胸に突っ伏してさめざめと泣いている。さらに両腕のあの腕輪がゆっくりと明滅している。僕とつながっている梅皇も泣いていた。嗚呼、辣按様・・・。と繰り返していた。

 「それでは、最後になりますが、昭和の歌姫が亡くなる直前に録音した、川の流れのようにを聞いて頂きましょう。」

歌謡曲が突然流れ出す。しかし、クラシックに負けない力のある曲である。1番は、身体の具合が悪く、声が揺らめくが、二番はさすがに歌姫の貫禄を見せて堂々と歌いきる。そう、歌が寄り添うように。まさに歌に愛された女性だろう。

 「あなた、わたしを置いて行っちゃいやよ。」

涙でぐしゃぐしゃの水穂さんだった。もの凄く可愛い。

 「ちょっとしたコンサートだったね。田本殿こんなことやってたんだねぇ。」

鷲羽ちゃん、近くに置いてあったティッシュペーパーをとって、び~~っと鼻をかんでいる。

 「ええ、このシステムをそろえた頃は、音楽再生に命をかけていたようなところもあったもんで・・・。」

頭を掻きかき照れて言う。音楽は、悲しみを再生するが、その後元気を呼び込んでくれると僕は思う。なんか凄かったねえ、阿重霞お姉ちゃん急いでお買い物にいこうね。とか何とか言いながらどやどやと柾木家女性陣が帰っていった。なんだか微妙にプライベートがないような気もする。そんなこんなで夕方・・・。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷5

静かな日曜日の夜にしたかったんですけど・・・。

すみません、ガマン出来ませんでしたぁ(自爆)。


「ええ、このシステムをそろえた頃は、音楽再生に命をかけていたようなところもあったもんで・・・。」

頭を掻きかき照れて言う。音楽は、悲しみを再生するが、その後元気を呼び込んでくれると僕は思う。なんか凄かったねえ、阿重霞お姉ちゃん急いでお買い物にいこうね。とか何とか言いながらどやどやと柾木家女性陣が帰っていった。なんだか微妙にプライベートがないような気もする。そんなこんなで気がつくと夕方・・・。

 「おおい、みんな呼んで、今夜は焼き肉するぞ。衛星軌道にいるみんなも呼べや。」

階下から父の声がする。お、いいじゃん。さっそく籐吾さんや、神木あやめ・茉莉・阿知花さんを呼ぶ。今回謙吾さんは、樹雷で我らが母艦、梅皇の建造中である。

 「そうだ、お酒やお肉は?」

リビングに降りていくと、近くの美味しいお肉屋さんで調達済みだそう。お酒は、そうだな地球流でビールだろう。某社製銀色の缶ビールが冷えている。すでに野菜もどっさり切られていた。

 呼んでから、1時間ほどでみんなが服を着替えて玄関に来てくれた。今日はちょっと狭いけど、うちの台所で机を足して焼き肉パーティとなる。素材とかそういうモノは皇族の物ではないけれど、肩の凝らない一般家庭というのも良いだろうし。さらっと着こなした地球の夏服がみんな似合っている。何度も言うけど、都会で歩いていると一発スカウトだろう。

 「皆さんお疲れ様です。そしていろいろありがとう。乾杯。」

なんか別にかしこまることもないし、父母もいるし。いただきま~すと大きめのホットプレート二台で焼き肉だった。もちろん、スーパー山田で手に入る市販のタレ。

 「あの、みんなで作ったんですけど。」

と阿知花さんが、大きなボールにポテトサラダを持ってきてくれた。さらに籐吾さんも、うちの味ですけど、お口に合うかどうかと、筑前煮のような物を。母が、あらあら、あんたがこれ作ったのかい?ホントにうちの息子にはもったいない方だねぇとか言っている。みんな手まめだなぁ。

 「うちのバカ息子が迷惑かけてないかい?」

とか水穂さん達に母が聞いている。あははは、そうだろうね~。籐吾さんが、まま、お父さん一杯どうぞとか、わいわいと飲んで食べている。あたしゃ残念ながらあんまり入らないのでビール片手に焼き役である。焼き肉用トング持って、厚手に切られた肉を焼いていた。こちらでは輪切りにしたサツマイモとかジャガイモ、木綿豆腐の水切りした物なんかも焼く。味噌で焼いても良いが、そのままタレを付けて食べてもうまい。ご飯も電子ジャーからどんどん無くなっていく。もちろんうちの米である。

 「ご飯、甘くて美味しいですね~。」

籐吾さんが、口いっぱいに頬張ってそう言った。父はご満悦な顔だったりする。冬場に他と違う堆肥を入れていたりする。いまどきお米を作っても収入になろうはずはなく、まあ趣味とご先祖様からの土地を荒らさないだけ、のために作付けしているような物だったりする。

 「・・・なかなかうちのお米評判でね。」

うんうん、と茉莉さんが黙ってご飯を口に入れていて、あやめさんは焼けた肉を探す目が怖い。こちらを見上げて催促な視線。はいはい、と鶏肉や牛肉を置いていく。じゅわ~と焼けていく。そして近所からもらった柔らかキャベツ。僕もたまに一切れ、野菜や肉を食べる。ニンジンを何の気なしに口に入れると、これ、甘い。そして鮮烈な香り。口に残らない歯ごたえ・・・。もしかして・・・。

 「さっき、役場の総務課の柾木さん、かしら。かわいらしい子どもさんを連れてやってこられて、少ないですけど食べてくださいって置いていったのよ。なんか人当たりのいい方だねぇ。綺麗で立派なニンジンでしょう?」

それ、遥照様のお孫様だよ。とぼそっと父母に言った。びっくりして父母が目を合わせている。天地君、そのために畑に行ってくれたんだ。ありがたいことである。

 「あら、まあ!。うちのキュウリとなすをあげたけど良かったのかしら?」

ああ、それならだいじょうぶ。たぶん喜んでくれるよ。と言っておいた。このニンジンは皇族御用達だけど、とは言わなかった。うちの畑で採れたものなら喜んで食べてくれるだろう。皇族の特選素材でなければ、とかそう言うことは言わないと思う。あのご家庭なら。

 「カズキ様、このビールって美味いっすね。」

 「地球じゃ、ビールと焼き肉は鉄板組み合わせだよ。生ビール用意出来れば良かったんだけどね~。」

 「さっき思いついたからね~。こんど山本さんちに頼んでおこうかね。」

うん、今度また頼んどいてね、とか言いながら焼いている。近所の酒屋さんが数千円~1万円くらいでビールサーバー一式をレンタルしてくれるのだ。屋外で、堅めのカップとかで飲む生ビールも美味い。

 「ああ、美味しかったです。ご馳走様でした。」

手を合わせてくれる籐吾さん達。お粗末様でしたと母が言った。スッと阿知花さんと水穂さんとあやめさん茉莉さんが立って、すぐにお片付けモードである。女性5人がキッチンに並ぶけど、役割分担が凄い。あっという間に目の前からいろんな物が消えていく。ずっと昔、僕がまだ小さかった頃、親戚がよくこの家に集まっていた。その時と似ている。

目の前には、少し残った、ポテトサラダと、筑前煮がある。これもあまり食べられないけど美味しい。

 「それ、あやめさんと茉莉さんとで作ったんですよ。」

洗い物をしながら阿知花さんが、こっち向いて言う。ポテトと、マヨネーズの中に各野菜が埋没せず、しっかり美味い。リンゴの薄切りは入れないんだ。薄切りタマネギが良いアクセントだったりする。

 「籐吾さんが、こう言うの作ることが出来ることが意外・・・。」

 「結構、料理は得意なんですよ。日亜様はあまり食べてくれませんでしたけど。」

へえ、もったいない。こんなに美味しいのに・・・。

 「あ、わかった。初代樹雷総帥を差し置いて、籐吾さんを好きになったらいけないって、操を立てていたとか・・・。」

えっ!とびっくりした顔をしてこちらを見る籐吾さん。

 「それは、日亜様の記憶ですか?」

 「いや、僕の推測。」

ちょっとした謎めいた笑顔をしてみる。良い具合に煮込まれて色づいた野菜を口に入れる。うん、美味しい。地球の醤油と砂糖の味ではないが、薄味でかつコクのある煮方は僕は美味しいと思う。

 「ホントに不思議なお方だ・・・。」

洗い物を終えた水穂さんが、歩いてきてドンと乱暴に僕の隣に座る。ぎゅっと腕を取られる。同時に、今度は、籐吾さんの横にあやめさんがドンと座って、籐吾さんの腕を取っている。

 「そちらも、お仲が良いようで。」

にまあっといやらしいおっさん顔をしてみる。あやめさんがポッと顔を赤らめる。いや、アルコールのせいかな。

 「いえいえ、司令官殿の真似をしているだけです。」

うっふっふ、と負けない笑みを返してくれる。

 「あははは、元気なら良し!」

右手をグッと握って、立ち上がってみたりする。座ったままの籐吾さんと拳を合わせてみる。電子音が鳴って、半透明のディスプレイが食卓に出現する。

 「う~~、俺がこっちで頑張っているのに・・・。」

謙吾さんの恨めしそうな通信だった。

 「あ~、ごめんね~。今度もう一度みんなで食べよう。」

 「実は、うちもみんなで食べてます。俺も姉ちゃんもなかなか家に帰らないから・・・。」

こんばんは~~と、立木家の様子が映し出される。林檎様、謙吾さん、そしてちっちゃな妹や弟さん達、お父様やお母様、祖父母に見える方々。何とも大人数だった。慌ててお礼を言った。

 「林檎様や謙吾さんには、本当にお世話になっております。助けてもらってばかりで申し訳ございません。」

まあまあ、ご丁寧に。うちの謙吾でよければ、こき使ってやってください。あっはっは、とお父様のような方が言ってくれる。

 「それに、うちの管理する星系を助けて頂いて・・・。赤色巨星化してもうだめだと、あきらめていたところでしたのに・・・。本当にありがとうございます。」

お母様らしき人からお礼を言われた。は?と惚けた顔をしてしまう。スッとタブレットを起動して林檎様が説明してくれた。まるでプレゼンテーションみたいだったり。

 「田本様、ちなみに、あの二日で生き返らせた星系は20を超えています。しかも皇家の管理する星系がその半数を占め、特に天木家と竜木家が多うございますわ。瀬戸様の星系もございます。あとは、ある大企業の管理星系がいくつかと世仁我の管理星系も・・・。」林檎様がそのお美しい顔で結構冷徹にカウントする。はあ?と、よく分からないです僕的に答える。

 「いいですか? この経済効果は非常に、というか、かつて無いほど巨大です。まさにひとつの経済圏が誕生したごとし、ですわ。来期の樹雷の決算はそれやこれやで大幅黒字決算。しかも滅亡を待っていた、古い歴史を持つ惑星系も瞬時に生き返らせてしまわれて・・・。周辺星域からの助けを拒むほど、もの凄く頑固な文明だったんですけど・・・。ここに眠っていたシードを行った文明の航法システムとその航法データを樹雷とGPが率先して管理出来ることになりました。三千年越しの夢が叶ったのですわ。ただし、田本様の意志で最終管理することが条件だそうです。その惑星系の宗教教義書の最後に「破壊よりも誕生を」の一文があったからだ、そうです。」

そこまで一気に言った林檎様、手近のコップの中身をグッと開けた。もしかしてかなり酔ってる?あの美しい林檎様の顔が一瞬上気した色っぽいものに変わった。そういえば、赤色巨星化した惑星系に一個だけ焼け焦げた惑星があったなぁ。

 「死に行く者に、その覚悟をした者に非常に重荷になるとは思ったんですけど・・・。」

まさかあの焼け焦げた星に、そんなものがあったとは・・・。

 「姉ちゃんが言った、さきほどの惑星の名は、アルゼル。その惑星評議会内でも大議論になったようです。あまりにも危険な技術、この文明圏はまだ成熟していない。予定通り、我らが死を持って封印すべしと。でも、先週のパレードで、ガッチガチに固まってた、今回の出来事の張本人、カズキ様を見て、全会一致で技術供与が決まったそうです。梅皇にその航法システムは積まれます。樹雷始まって以来初めての、銀河間航行用、空間跳躍超光速宇宙船の誕生です。」

そこまで言って、謙吾さんもコップの飲み物をグッと一息で開けた。珍しく、ぷはぁっと美味そうに飲んでいる。

 「俺、本当に嬉しいです。こんな凄い船の開発が出来るなんて・・・。でも田本様の家で焼き肉食べたかったっす。」

ううう、と腕で涙をぬぐっている。

 「あにょお、なんだか凄いことを言われた気がしますけど・・・。ちなみに、今の一樹で1万五千光年を15時間くらいでしょ?梅皇だと?」

ふっと謙吾さんが笑う。

 「やはり13時間くらいです。」

なんだ遅いじゃん。がっかりした顔になったのだろう、謙吾さんがすぐに続ける。

 「いえね、銀河系内ではその航法は使えません。銀河法がらみもありますが、あまりに大きく空間をゆがませるため、半径50光年に恒星系がないことが条件です。その条件をクリアした場合、100万光年を数秒で移動出来ます。」

あ、はあ、ええと、と思考が付いてこない。

 「あともう一つ問題があります。その主機関を起動するために、最初だけ、第一世代の樹でも足りないエネルギー量が必要です。計算上、あなたとその宝玉、一樹、柚樹、のエネルギーが必要です。バックアップとして阿羅々樹、樹沙羅儀、緑炎・赤炎・白炎も必要です。初期起動に成功すれば、梅皇だけで運用は問題なく可能です。まさにあなたでないと起動すら出来ない船ですね。」

この手の突然には慣れた気がしていたけど、びっくりを通り越して妙に冷静だったりする自分がいる。そう言えば、こう言うことを喜々として言いそうな瀬戸様は?

 「瀬戸様は、さっきまで、アイリ様、美守様と、田本様と水穂様の結婚式の準備をされていて、本当に先ほど、その話を聞いて、さすがに寝込んでらっしゃいますわ。すぐに元気になられると思いますけど。ちなみに、樹雷皇阿主沙様は、今とってもご機嫌のようですわ。」

林檎さんがちょっと逝っちゃった目でそう言った。もしかして泥酔モードかい。立木家は、大人数で楽しそうに夕ご飯中である。ちっちゃい子は、お兄ちゃんやお姉ちゃんに食べさせてもらっている。なんか大昔の地球の田舎のようだった。僕としてはそっちの方が微笑ましい。気がつくと、背後から、周りから人が鈴なりだったりする。父と母はさっきのところで座って引きつった顔している。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷6

え~、また暴走気味です。

そして、ようやく銀河の彼方に旅立てるのかも知れません(^^;;。


立木家は、大人数で楽しそうに夕ご飯中である。ちっちゃい子は、お兄ちゃんやお姉ちゃんに食べさせてもらっている。なんか大昔の地球の田舎のようだった。僕としてはそっちの方が微笑ましい。気がつくと、背後から、周りから人が鈴なりだったりする。父と母はさっきのところで座って引きつった顔している。それじゃあ、また樹雷でお目にかかりましょう。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします、と通信が切れた。

 「ええっと、銀河間航行用超光速宇宙船が出来ちゃうそうです。」

まあた、やっちゃったぁ、てへっ、みたいにみんなを見る。それを弾き返すようにそこにいるみんなが無表情なのが怖い。しばらくしてようやく水穂さんが口を開いた。

 「あの、頑固なアルゼルが・・・。確かに、そう言う技術を隠し持っているというウワサがあり、それを聞きつけた海賊の脅しはもちろん、GPは言うに及ばず、樹雷、世仁我の交渉も相手にしなかったあの星が・・・。あの赤色巨星化した恒星も海賊の脅しに屈しなかった報いと、周りには言われていましたのよ・・・・・・。」

水穂さんの話では、なんでも、どう交渉しても、どんな条件を出しても、たとえば、海賊が人質を取って脅しても、一切その脅しには屈しなかったらしい。結局、海賊が業を煮やし、銀河を渡ることが出来ると言う技術を開示しなければ、惑星破壊弾を恒星に大量に投げ込むぞと、そうなるとゆっくりと忍び寄る死に、身をやつすことになる、と再三脅されていたようである。結果、それにも応じず、実際に惑星破壊弾の大量投下により、恒星の核融合はバランスを崩し破綻、赤色巨星へとゆっくりと時間をかけて変わっていった。

 樹雷やGPはその攻撃阻止に間に合わなかった、ことになっているようだが、漁夫の利を得ようと、海賊が銀河間航行技術を手に入れれば奪おうと、わざとゆっくり現場に行ったようである。こちらも度重なる交渉にも応じないアルゼルにほとほと愛想が尽きてとのことらしい。良心が痛んだのかどうか分からないが、惑星破壊弾の大量投下後も、銀河連盟、樹雷とも、援助や救助を何度申し出ても、一切拒否。すべて断ってきたらしい。それが約3千年ほど前からのことだそうだ。惑星アルゼルが属する恒星系の主星は、第1惑星から第3惑星軌道まで膨張、惑星アルゼルも美しい地球型の星が海は干上がり、空気は恒星から押し寄せるプラズマに消し飛ばされ、自転軸も狂い、いよいよ星としての死が間近だったようである。それでも最後の最後まで生きようと、地下都市を築き、自らの死期をみさだめんと、なんとか生きていたらしい。何度も周辺国家から申し出られた援助や救助を断固拒否し、自らの死を選ぶ民族とはどんな人達だろう。そうせざるを得ない技術って・・・。

 「むっちゃ、汚い話っちゃぁ、話ですが、その辺、上手く立ち回れば良いのに・・・。」

それが外交だろうし、青臭い話でご飯は食べていけない、とおっさんは思う。籐吾さんや、あやめさん達が、結構意外そうな顔をして僕を見ている。そこまでの決意と引き替える価値のある技術なのだろうか・・・。僕は、そこまでの強い決意が想像も出来ない。

 「わたしも瀬戸様について、十数回、交渉に行きました。それも徒労に終わったんですよ。それこそ、とりつく島もない状態でした。樹雷と銀河連盟の代表交渉人や非公式の交渉人、海賊側のそれ、のかなりの人数がその星に移り住んで、アルゼルの人々と時間をかけて生活を共にしても、最後の一線で受け入れてはもらえず・・・。」

水穂さんが、悲しそうな目をしている。じっくりと時間をかけての交渉だったのだろう。それも数百年、数千年レベルの。

 「そんな星がなぜ、僕なんかに・・・。」

僥倖ではあるんだろうな、きっと。そんなに僕自身を買ってもらうほどのことは、していないと思う。

 「そんな不思議そうな顔をしないでくださいな。莫大な力を持った者は、なにがしかの発露やその結果を求めます。結果的に破壊に行き着くことが多いのですが・・・。あなたは最初から違いました・・・。」

そうかなぁ、そんなもんかな。

 「とにかく、一度その星には行ってみたいと思います。連れて行ってくださいね。」

 「そうですわね、たぶんその機会はすぐに訪れると思いますわ。」

謎めいた微笑を口に浮かべる水穂さんだった。大きな目が一種冷たくも見えるけど、強い意志を感じられ、美しい。いんやぁ、瀬戸様真っ青だな。さすが副官だった人。

 「なんですか?」

かなり迫力のある問いの言葉である。籐吾さん達は、あからさまにうわ、地雷踏んでると言う顔をした。

 「いえ、さすが瀬戸様の副官張れる人だな、と。」

 「あなたは、そのさすがな人と結婚なさろうとしてらっしゃるのよ。」

キラッとした鋭利な刃物を思わせるようなゾクゾク感がある。

 「すみません、それはあまり障害じゃありません。こんな僕でもあなたなら一緒にいてくれるんじゃないかなと思ったから・・・。」

耳が熱い。後ろにいる水穂さんの手を右手で握った。

 「うふ、かわいい人・・・。」

後ろから、大きく手を回して抱きしめてくれる。

 「はいはい、それじゃあ、今日はお開きとしようかね。ホントに、良かったよ・・・。」

母が涙ぐんでいた。男の子としてはこれはとても嬉しい。籐吾さん達もさっきの厳しいとも取れる表情はどこ吹く風、ホッとした表情をしている。それでは、自分たちも失礼します、と言って二階の転送ポートから消えていった。

 「そうだ、まだ少し早いので、どうです、剣士君を見に行きませんか。」

 「まあ、そうねえ。剣士君の行った世界、見てみたいわ。」

と言うことで、庭先の古い方の軽自動車にまた乗り込む。家のちょっとした陰に移動して、不可視フィールドを張って、探査機モードに変形。主機まで起動することはないけれど、と思うけども、まあ異常なく起動したようで、そのまま自宅から100mほど浮かび上がる。肩には一樹、足下には柚樹の気配がある。そこから、空間を渡り、亜空間生命体のえさ場として利用させてもらっている世界へ移動した。一樹から医療用ナノマシンを転送してもらって、二人して飲む。足下には柚樹さんの気配。

 「一樹、剣士君の反応は?」

 「いま、探査中・・・。見つけたよ。そこの上空へ移動するね。」

探査機の操縦系を一樹に渡すと、動き出して数分と移動せず剣士君の反応があるポイント到着する。上空から見ると、深い渓谷が二股に分かれ、その真ん中に中州のように土地がある。こちらもすでに夜になっている。白っぽい石質の何かの彫刻のように見えるものが渓谷の二股に分かれ、中州になっている部分にあった。何かの象徴的な土地なのかも知れない。もう少し下降する。その中州の土地には、煉瓦を積み上げて作ったような建物がいくつかあった。ちょっとした洋館のアパートかマンションに見える。そこからいくつか光が漏れている。剣士君の反応は・・・、そこから離れた森のようなところにあった。岩場のようなところを一生懸命掘っている。ちょうど月明かりがあってうっすらと明るかったりする。うん、危険な様子はないな。

 「水穂さん、ちょっと降りてみよう。」

誰もいないことを確認して、森の木々の切れ間へ転送で降りる。

 「剣士君、剣士君。」

ガツガツと何かを掘っていた剣士君が、びっくりしたようにこちらを見た。パンパンと手の汚れを払って立ち上がった。左右の袖の無いファスナーのある、白いジャンパーのような物とブラウンの半ズボンのカーゴパンツ姿である。ちょっと手の甲で顔をぬぐうような動作をした。薄暗いから、はっきりとは分からない。

 「出発の時、みんなと一緒に送ってあげられなくてごめんね。・・・どう、こっちは慣れたかな?・・・辛いことはない?」

大きく頷いて、こちらに歩いてくる。でも2m位手前で立ち止まった。瀬戸様や他のみんなみたいに抱きついてくるかと思ったけど、その手前で立ち止まった、と言うか踏みとどまったような雰囲気がある。周囲は、ほの暗い夜なので表情まで読み取れない。こちらもこれ以上近づかない。

 「・・・田本さん、天地兄ちゃん達に伝えてください。こちらに送られた直後は、陰謀に巻き込まれかけましたが、今は、ここ聖地と言いますが、シトレイユ王国の王女様の従者という形で良くしてもらっています。」

とは言っても、まったく知らない世界で心細いだろうに。

 「ちゃんとご飯食べてますか?」

水穂さんが、優しく聞いた。ちょっと鼻をすする音が聞こえた。

 「大丈夫です。いざとなればこの森で生きていけますし・・・。いまは、この聖地で働きながら、俺なりに天地兄ちゃん達の世界に帰る方法を探しています。」

こちらを見据えて言う目は、強いあの目だった。剣士君が柾木家にいるなら、それこそ天木辣按様の樹に引き合わせようと思っていたのに・・・。結局それはかなわず、なぜか僕の腕にその証がある。まあ、元気そうだし、なんとかなってるんだろう。それにしても岩を掘ってるようにみえたけど?

 「ところで何してたのよ?」

 「いや、あのぉ、まあ、趣味というかなんというか。結構このあたりって水晶が出るんですよ。」

剣士君の後ろから、白い2本の尾を持つ小動物がピョンピョンと駆けてきて、剣士君の肩によじ登った、と思ったらあと3匹が頭に登ったり、肩に手をかけたりしている。

 「かわいいねえ。剣士君が自分たちを害するような存在ではない、と言うことがよく分かってるんだね。」

 「これは、コロと呼ばれる動物らしいです。わりとこの森にはたくさん住んでます。柾木神社があった森よりも、この森はたくさんいろんな物が採れて、そう言う意味でもやろうと思えば自給自足出来ます。あ、でもちゃんとご飯食べさせてもらってますよ。食べ物は、あまり変わらないと思います。」

うん、ちょっと安心した。なんとか、こちらの人と上手く関係を構築できはじめているようだ。

 「今日は、気になってたんで来てみたんだ。また来るよ。身体に気をつけてね。」

ちょっと顔が曇ったように見える剣士君だった。でもこちらに歩いてこようとはしない。

じゃあね、と手を上げて転送フィールドに包まれて、探査機に戻った。ナノマシン洗浄のあと、また自宅庭に戻り、素知らぬ顔して玄関に入ろうとした。

 「あなた、ちょっと散歩しませんか。」

 「今日はいつもより涼しいから良いですね・・・。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷7

やっぱりおっさんは、いろいろ突然のことなんだけど、怖かったりするのです。

それでも遠く星さえ瞬かぬような場所に行きたい・・・。




 「あなた、ちょっと散歩しませんか。」

 「今日はいつもより涼しいから良いですね・・・。」

岡山も今日は満月だった。たまに遠くを走るクルマのヘッドライトが見えるくらいである。ウルサいのは蛙の鳴き声くらいである。あ、そうだと思って、ちょっと山に近い場所まで水穂さんの手を引っ張って連れて行く。少し歩くと、小川があるのだ。水が綺麗で、川の流れがあまり激しくないところだと、蛍がひとつふたつと光っている。昔はそれこそ天の川のように蛍が飛び交っていた物だけど、いまはかろうじて、ひとつかふたつ光っているのを見ることができる。まだ、ほてって熱いアスファルトに手を置いて、道に座ってみた。僕の右側に水穂さんも座る。

 「昔は、蛍はもっと飛んでいたんですけどね。」

満月の明るさに、天の川は負けてしまっているけれど、それでも綺麗な夜空だった。冬の空の透明感とまでは行かないが、夏も美しく星は見える。田舎の良いところだと思う。

 「あなた・・・。こういう物がまったく見えないような遠いところへ行く可能性が出来ましたけど、良いんですか本当に。」

静かな声だった。暗いので顔ははっきり見えない。

 「ああ、それなら、僕はワクワクしています。もっと違う物に出会えるかも知れない。そう思うと皆さんと出会えたことはとても幸運に思えます。」

ちょっと間を置いて、付け加えてみる。

 「・・・気を悪くされたらごめんなさい。あなた方ほど聡明で賢い人々と出会ってしまって、時々だまされてるんじゃないか、と怖くなることがあります。」

ふわっと何かが身じろぎする気配がある。

 「・・・ええ、もちろんそんなことはないはずですが、例えそうであったとしても、このままだまし続けて欲しいと思います。本当にごめんなさい。年を取ると、何かが自分の前から去って行ってしまうことが極端に怖いのです・・・。ましてや人が去って行ってしまうなんて・・・。」

空の星がちょっと涙でゆがむ。おっさんは、若いときほど気持ちに任せて突っ走れないのだ。

 「そうですわね、ぶっちゃけた話、最初は、瀬戸様にまた変なモノ押しつけられたと思いましたわ・・・。お父さんもお母さんも、なんでわたしなのよ、お爺様、お婆様まで・・・。いくら樹雷の保養地扱いの星って言ったって、初期文明の星よ。そこで船穂の種もらって皇族って言ったって・・・。ほら、皇族承認の儀で天木家が取った態度、わたしにそれがなかったとは正直言えませんわ。・・・でも、あなたと一緒にいると私はわたしでいられた。そして、日を重ねるごとにわたしの中であなたは大きくなっていった。」

ぎゅっと腕を取られて、水穂さんの頭が肩に乗っかる。さらさらと長い髪が背中を流れていった。

 「私はあなたと一緒にいたい。だから、だますなんて言わないで。」

いつも水穂さんが使っている、微香性の香水とわずかな汗と、夏の田んぼの水の匂いが混ざり合って鼻をくすぐる。背後に、急に人の気配が現れる。暗い緑色の光が僕の淡い陰を田んぼに作る。感じる気配は4人だった。

 「僕達を樹雷に運んでもらって感謝こそすれ、だますなんて心外ですよ。司令官殿。」

籐吾さんが左側に座る。そして、その隣に神木あやめさん、茉莉さん、阿知花さんが座った。柚樹さんが、籐吾さんと僕の間からぐりぐりと頭を入れて、膝の上に乗る。銀毛が月の光に煌めく。そのまま膝で丸くなる。完全無欠の甘えるネコだった。

 「だって、あまりにも上手くいきすぎているような気がして、さ。ほら、目が覚めたら全部夢だったとか・・・。」

 「あら、わたしとのあの夜も夢だったと?」

 「ほほお、僕とのあの夜も夢ですか。」

左手の甲の宝玉もゆっくり明滅する。

 「僕との夜を夢なんて言うなんて!。ひどい。」

 「・・・・・・ごめんなさい。全部、ぜ~~んぶ、身に覚えがあります。」

左右で、うんうんと二人が頷く。きらっと一瞬宝玉も瞬く。

 「嬉しい、そうだね、嬉しいんだよね。あの天の川さえも、数秒で超えられる力があるんだよね・・・。ありがとう。」

我ながら支離滅裂だな。身体も立場もそんな気がするけれど。蛍が、もう一匹増えて、3匹がゆっくりと明滅して飛んでいた。もう1匹蛍が増えた、稲穂の裏に回って・・・、と見ていたら、目の前の田んぼの真ん中に光が止まって、見る間に大きくなっていく。ざ、と全員が身構え、立ち上がろうとした。

 「びっくりせんでもええぞ。話をしたいだけじゃ。攻撃はしない。我はアルゼルの最高評議委員長、アマナックじゃ。」

その光は人型になり、足下にある光の輪で浮いたような状態になった。立派な白いヒゲを蓄え、白髪の痩せたおじいさんが現れた。着ているものは、簡単な貫頭衣のように見える。腰に複雑な文様の帯を巻いている。腰が曲がったような様子もなく、痩せてはいるが、その醸し出す雰囲気は体格ではない、巨大なものを感じさせた。気圧される、という言葉が脳内を巡った。

 「そっちの嬢ちゃんは、瀬戸殿と何度も交渉に来た水穂さんじゃの。」

僕の隣に視線を向ける、アマナック最高評議委員長と名乗るおじいさん。視線を向けられた水穂さんは、それと分かるほど驚いて、両手を口に当てていた。

 「・・・・・・まさか、そんな。アマナック委員長、なぜこんな辺境の惑星に?」

さすがの水穂さんも驚き、とっさに言葉が出ないようだった。僕は、アマナック委員長の足下の光に照らされた、水穂さんの顔と、アマナック最高評議委員長と名乗る光の人型を交互に見た。このおじいさんが、頑固だと言われていた惑星の最高権力者なんだろうか。

 「いや、の、評議委員会全会一致で、そこのカズキ殿に我らの持つ技術を譲ることに決めたのじゃが、実際本人に会ってみたくなっての。我らが持つ超長距離ジャンプ技術なら簡単なことだしのぉ。」

 「ええと、確か鷲羽ちゃんの防衛ラインが幾重にも・・・。」

この間の海賊は戦闘用アンドロイドをようやく一体と、本人ひとりだけ送り込めたと言っていたけど。

 「白眉鷲羽殿だろ、連絡済みじゃよ。古い付き合いだしな。」

アマナック委員長はあごひげを撫でながらそう言った。ちなみに、鷲羽ちゃんって、一体いくつなんだろう。たまに、もの凄く高齢の人のような雰囲気があるけれど・・・。気を取り直して、挨拶せねば。

 「遠いところをわざわざありがとうございます。僕が田本一樹です。このたびは、余計なことをしちゃったようで・・・。」

そこまで言うと、評議委員長は手を振って、にっこり笑う。

 「先ほどから失礼とは思ったのじゃが、水穂殿と話していた内容はすべて聞かせてもらったよ。我らの決定は間違っておらなんだと確信したところじゃ。」

 「あの、誤解を恐れずに言わせて頂ければ、この宝玉が暴走して・・・。銀河系のオリオン腕を消してしまうわけには行かず・・・。」

 「それで、あっちこっちの赤色巨星とか褐色矮星とかに余剰エネルギーを捨てておったのじゃろ?」

ニッと笑って言うアマナック委員長。お見通しということなんだな。となれば余計に変な脚色とかは要らないだろう。

 「はい、まあ、そのとおりです。死を覚悟したモノをまた時間の牢獄に繋ぎ止めることになるだろうことに少しばかり良心の呵責を感じながら・・・。それに、生かしてあげるという傲慢な心持ちがあったことも否定はしません。」

 「正直なやつじゃ。おまえさんは、そこまでの力があって、たとえば、遊びで恒星系を消し飛ばしてみようとか思わなんだのかのぉ?」

表情からは、意思が汲み取れない。つかみ所の無い人ではある。ならば、そのままを言う方が良いだろう。水穂さんを見ると、静かな微笑みを浮かべながら黙って僕を見ていた。籐吾さんも同じ。どうせ、樹雷のあのおばさん、いやお姉様もどこかで聞いているんだろうし。

 「そうですねぇ、銀河連盟どころか、樹雷にさえもケンカふっかけて、見事に勝てるらしいですね。でも、そんなことより、僕はあの天の川の向こうへ飛びたいんです。銀河が幾重にも重なって、まるでDNAの二重螺旋のように見えるという、超銀河団を見てみたいんです・・・。それに・・・。」

 「それに・・・。何かの。」

欲望や煩悩などからはほど遠い、静かな、泉が湧くように思える声だった。

 「僕は、物が壊れたり、人が死んだりするのよりも、何かが生まれたり、何かを作ったりする方が好きなんです・・・。それと、恒星だけではなくて、惑星にも余剰エネルギーを捨てたのは、小さな頃に見た、某アニメーションで赤茶けて滅びかけてた、この地球の画がトラウマになっていて・・・。あなた方の星を見たときにそれが思い出されてしまって・・・。自然が、水が、緑が復活するのが見たかったんです。そのオーバーテクノロジーのことは僕は知りませんでしたから、ともかく一度は、どうなったのか見に行くつもりでした。」

頭を掻きかきだけれど、まっすぐ、アマナック委員長の目を見てそう言った。言った内容は、それ以上でもなければ、それ以下でもない。まったくそのまんまである。アマナック委員長は、目を閉じて、顔を少し上に向けて、さらに何かを考えているようだった。ゆっくり頷くと口を開いた。

 「・・・・・・われらは、すでに地球時間で言うと、数億年以上の歴史を持っている民族である。たとえば、この惑星系の第四惑星への干渉の記録も残っておるな。そう、我らは、永い年月、我らの技術文明を伝えられる者が現れるのを持っていたのじゃ。ようやくその時が来たと認識した・・・。その第一歩として、これをお主に託そうと思う。」

右手の平を上に向け、青白く光る炎のようなものを手のひらに出現させた。そのまま僕の方に、右手をまっすぐ差し出す。その場が、ほんのり青白く明るくなった。受け取れってことだよね、と周りを見回す。水穂さんも、籐吾さん達もうんうんと頷いている。両手を伸ばそうとして途中で一度止めた。

 「・・・あのぉ、すみません、それ、この宝玉みたいに暴走したりしませんよね?」

左のもみあげくらいから、冷や汗がつ~っと頬を伝って落ちていく。超空間航行中とかに、トイレ行くみたいにジタバタするのはごめんなのだ。カクッと水穂さんや籐吾さんが、ズッコケてくれる。

 「大丈夫じゃ、これは超長距離リープシステムの起動キーじゃよ。まあ、お主の身体そのものが生体キーになるのじゃが、の。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷8


さすがに人外の者になって行ってる自覚はあるようで(^^;;。

遠い遠いところへ行くことになるんでしょうか。


 「大丈夫じゃ、これは超長距離リープシステムの起動キーじゃよ。まあ、お主の身体そのものが生体キーになるのじゃが、の。」

アマナック委員長は、微妙に含みを持たせたような口調だった。な~んとなく、鷲羽ちゃんのような香りを感じてしまうのはどうしてだろうと、思いつつ、微笑むアマナック委員長の顔を見る。右手から両手で、その起動キーとやらを水をすくうようにもらう。青白い炎のように揺らめく光。受け取ってほんの数秒間、僕の両手の中で光っていたが、す~っとその炎は二つに分かれ、僕の両手のひらに沈んでいったように見えた。両手から何かの文様が光りながら全身を巡ったように感じられ、強風が吹き抜けていったような、錯覚にとらわれた。ふわりと身体が軽くなったように思うと、足下にたくさんの球状の光るものが見える。足に一番近く、ひときわ大きいのは・・・、さっきまでいた世界・・・かな?水穂さんと籐吾さん達、そしてアマナック委員長が見えた。

 「ようこそ、私たちの第5次元へ。わたしは、あなた方から言えば、上位次元を管理する者・・・。」

足下の球体の他には、自分の身体の周りには何も見えない。漆黒の闇が広がっている。しかし、声だけは聞こえてきた。女の人とも、男の声とも区別が付かない。

 「う~~、暴走はしないかもしれないけど、やっぱり何かあるのね・・・。」

両の手のひらには文様が浮かび上がり青白く光っていた。また何かに頭を突っ込んだのかと、うるうると涙が頬を伝う。

 「あらあら、ごめんなさいね。いちおう、超長距離リープシステムは、こちら側の世界を通っていくので、理論とそのノウハウ、そして注意事項があるのよ。そう言う意味で、あなた方の世界でおいそれと開示出来なかった・・・。しかもその理論を応用すれば、強大な武器をつくることもできる。それこそ、銀河系のひとつやふたつを別次元に飛ばし、その世界から消し去ることも可能になる。」

 「こちらこそ、どうもすみません、ちょっとここ数日、無茶苦茶なことばかり起こってるので・・・。さて、何を学べば良いんでしょう。」

ここまで来れば、毒を食らわば皿まで、だろう。

 「ここに来て、わたしと話をしている時点で、あなたにはすでにインストール済みです。その文様がキーであると共に、第5次元跳躍理論です。うふふ、アマナック最高評議委員長が気に入ったと言うから、ちょっとお話ししてみたくてね。」

言葉遣いが女性のそれに変わり、ふわっと視界が開け、明るくなると、ちょっとおしゃれな喫茶店のようなところに座っていた。つばの大きな白い帽子をかぶって、白いワンピースを着た女性が前に座り、僕は、左手の甲に赤い宝玉を付け、左右の手に例の木製の封印があり、樹雷の闘士の服を着ていた。座っているのは窓際。左側が窓だ。それに映った自分の姿も見える。顔は、天木辣按様似の方だった。外の世界を見るともなしに見た。地球の都市部に似ている。信号があり、それに従って、車両やバイク、歩行者が動いている。

 「え~あ~、何を気に入って頂いたのか、自分でもかなりよく分かっていませんが、僕としては、銀河系から飛び出し、その次の銀河にもいける力があることがとても嬉しいです。」

 「ふ~ん、なんか模範的な答えね~。」

つまんないわ~、的なリアクションだった。目の前の女性は、いつ注文したのか知らないが、運ばれてきた、パフェを長いスプーンで突きながら食べている。僕の前には、たぶんアイスコーヒーだろう、濃い褐色の液体が満たされたガラスのコップが置かれる。氷がコップに当たる音が涼しげだったりする。次いで、シロップだろう、ちっちゃなカップとミルクのような白い液体が満たされた、小さな水差しが置かれた。ガラスコップが小さく見えることでやはり自分が大きいことが何故か再認識される。紙の細い袋に入ったストローも置かれている。

 「じゃあさ、わたしが銀河連盟ぶっ壊してって言ったら、どうする?」

視線を目の前に戻すと、樹雷の正装をした水穂さんが座っていた。へえ、姿形は変えられるんだ。右手で頬杖ついて、ちょっと顔を傾けている。あんまりこの人、こういう仕草はしないなとか思ったりする。

 「最近、そんな感じで試されているような気がしますが、その力も充分にあるようですけど、僕には向いてませんね。天下とったとして、そこに住んでる人にとっては、ただ頭をすげ替えただけで、結局行政やらなんやらは複雑細分化している今のモノが最良なんでしょうし。メンドクサイから嫌です。」

行政職員だったというか、いちおうまだそうだけど、そんな僕にとっては、わーわー言ってる側の方が気が楽だろうし無責任だと、そう思っている。

 「そうなのね~。あんた面白いんだか、なんだかよく分からないね。」

今度は、スーパー山田の専務、山田西南君のお母さんのカッコだ。薄めのピンクのストライプがここの店のイメージカラーだったりする。その色の制服というかエプロン姿だった。

たぶん、飲んで良いんだろうな、アイスコーヒーらしきものにシロップ入れて、ミルクをちょっと入れて、ストローの紙袋を破って軽くかき混ぜて飲み始める。マーブル状になったミルクが好きだったりするのだ。

 「俺(僕も)、カズキ様に樹雷皇になって欲しいです。」

お、今度は、立木謙吾さんと、竜木籐吾さんだった。ちゃんと正面から見ると、この人達本当にイケメンだったりする。ちょっと背中がぞくっとする。こっちの方が、説得力が大きいかも。

 「第一世代の樹との証がこれだから、おいおい、その継承権の話は出るんだろうね~。西南君もいるし、こないだ樹雷皇阿主沙様には宝玉の力を分けているから、事故とか無い限り数千年以上あとのことだろうね。それでもあたしゃ嫌だな。あなたたちが信じられなくなるような社会的な地位なら、僕はいらない。」

ストローを持って、もう一度くるっと回してみる。お、このコーヒー結構上等じゃん。シロップ入れなきゃ良かった。

 ふと、思考を戻すと、喫茶店のビジョンではなくなり、この間の赤色巨星が目の前にあった。斜め下方には、赤く焼けただれた惑星。そして、左手は熱く、今にも燃え上がりそうだったりする。もちろん赤色巨星にエネルギー放出。ついでに惑星にも。この前と違って、それで左手の宝玉は落ち着く。傍らに柚樹さんの気配も、肩に一樹の気配もない。寂しいので、水が戻って、白い雲が復活、見る間に緑も復活している惑星に行ってみようと思った。復活の現場を見てみたい。そう思うと、その惑星に引っ張られ、惑星の大陸に降り立つ。ちょうど雨が降っていた。気温は、少し暑いくらい。気持ちの良い雨だ。ひとしきり降ると日が差してくる。僕の足下には草が生え、見ているうちに樹に育ち、数分後には森になっていた。草や樹の匂いが空気に満ちる。虫や、小動物達もどこからか現れてくる。

 ああ、良かったと心底ホッとしてしまう。動物たちはこんなに早く出てこないだろうと、ちょっと突っ込み入れながら。少し歩こうと思う。何故か動物たちがあとを付いてくる。しばらく歩くと巨大な樹に出会った。右手で樹にさわると僕はそのまま樹と同化していく。ああ水穂さん達に怒られるなぁ、とか思うけど身体は樹に埋没し、僕と樹の境目は分からなくなった。風は、生命の喜びを乗せて歌い、土は復活ののろしを上げ、水はすべてのモノを解かし合成し、新しい生命の源となった。

 樹になった僕は、足下からさらにエネルギーを惑星に込める。僕の周りにいた動物たちのうち、いくつかが二本足で立ち上がり、手に何かを持つ。離れたところで火をおこし、それはあっという間に大都市になる。ケンカして、なにやら有毒なモノもばらまくが、それもゆっくりと自分たちの努力で浄化して、惑星の外へと飛び立っていく。飛び立つ前に自分たちの争いで自滅してしまう者もいた。それを数十回繰り返す。僕は樹として、静かにそれを見守っていた。そのうち、この惑星の使命も終わったようだった。空は赤くなり、さっきと逆に、風は吹かなくなり、水は干上がる。土は鼓動を止め、赤い星に飲み込まれた・・・。数十億年というレベルの時間だろう。でもこの命達はをなんとか連れ出せないモノかそう思った。他のもっと若々しい星々で、命を永遠につないでいって欲しい・・・。

 「わたしたちも、そう思ったの。もしかすると傲慢と言われるかも知れないけど。いまだにそれが良かったことかどうか、答えは出ていないわ。それでもこの世界は賑やかになった・・・。」

最初の足下に世界の球体がある、あの場所にいつの間にか戻っていた。

 「僕もその結果のひとつなんでしょうけど、楽しくそして、興味深いではありませんか。寂しかったり、悲しいことも多いですが、そうじゃないこともまた多いです。それで良いんじゃないかと思います。」

 「私たち、良いお友達になれそうね。いちど、うちにいらっしゃいな・・・。」

とんっと音がしたような気がした。気がつくと、蛙の声がやかましい僕の家の近く。周りに水穂さんに籐吾さん達がいる。そう、目の前のおじいさんは、アマナック最高評議委員長・・・。足の裏には熱いアスファルト。

 「・・・戻ってきたかな。彼女には会えたかの?」

柔らかな微笑のアマナック委員長だった。

 「ええ・・・。良いお友達になれそうね、いちど、うちにいらっしゃいな、と言われました。」

 「そうか・・・。永かった、わしの役目が終わる日も近いかな・・・。」

僕から視線を外し、空を見上げるアマナック委員長だった。何となく寂しく感じて、こう言ってみた。

 「アルゼル最高評議委員長アマナック様、近々、お邪魔させて頂いてよろしいでしょうか?それと、いつになるか分かりませんが、一緒にシード文明のルーツを探しに行きませんか?」

はあっ?この人何を言うの?みたいな顔でこちらを見る水穂さん達。

 「謙吾さんと相談ですけど、たぶん今度の船だと、恒星系ごと亜空間固定出来るだろうし・・・。ね、梅皇さん。」

突然なによ、ようやく頼る気になったのね、簡単なことよ。と赤い宝玉が明滅し、腕輪がぼんやり光る。

 「関わってしまった以上、あなた方が、また何らかの危険にさらされて死んでいくようなことがあるのは僕は耐えられません・・・。それに近くにいれば、いろいろ僕の動きも監視出来るだろうし。」

籐吾さん達が目配せし合って、駄目だこりゃ、とお手上げのジェスチャーをしている。

 「ほっほっほ、嬉しいこと言ってくれるのぉ。そうじゃの、みんなと検討してみるかの。」

是非そうしてください。それでは、と、アマナック委員長は、また蛍のように小さな光に戻り星空に消えていった。

 「あなたって人は・・・。まあ、今回は私たちを置いてどこかに行かなかったら良いけど。」

いや実は、第5次元に行ってました、とは口が裂けても言えない。

 「超長距離リープシステムは、樹雷とGPで共同研究するんでしょ?なら、もうアルゼル惑星系がどこにあろうとあまり問題は無いじゃん。それよりも防御の方の意味が大きくなると思うけど・・・。それなら僕んちに入れてしまえと。第1世代の樹だし。そうなるとまず海賊は手出し出来ないし。一緒にお酒やご飯も食べられるし。」

ニッと笑って見せた。

 「瀬戸様が聞いたら、また寝込みますよ。ホントに・・・。まあ良い薬でしょうけどね。」

また、みんなで、しばらくそのまま蛍を見ていた。

 「僕達は、この光、見たことないんですけど、なんですか?これ。」

こんどは、こっちに金だらいが落ちてきた気分だった。そうか、樹雷の人達だな。

 「・・・、ごめんね、説明してなかったね。夏にこうやって光りながら飛ぶ虫で、ホタルと言ってね。雄と雌が光って互いを引き寄せ合うようだよ。昔は、この辺には結構飛んでたんだけどね。水が綺麗なところじゃないと、えさのカワニナが育たなくてねぇ。」

さらさらと流れる小川、遠くでモンスターのような低い声で鳴く、ウシガエル。ゲコゲコと言う声だけではない夏の風物詩だったりもする。さて、蚊も多くなってきたようだ、そろそろ寝ようか、と言って家に帰った。途中で立ち止まって、両手のひらを見る。ふわっと青白く光る不思議な文様が見えた。やっぱり夢ではないのね、と微妙に悲しくなる。

 「あなた、どうしたんですか?」

水穂さんが、ちょっと前まで歩いて振り返る。振り返った水穂さんがまた鮮烈に美しい。籐吾さん達は、他の家から見えないところで、自艦に転送で戻っていった。

 「いやぁ、どんどんある意味、人から離れてってるような気がして・・・。」

 「・・・何をいまさら・・・。それじゃあ、人じゃないかどうか、確かめてあげます。」

そう言って、僕の手を取って、どんどん家の中に入って、すでに暗くなった階段上がって僕の部屋に帰り、一樹に頼んでいつもの邸宅に帰った。うれし恥ずかし夜の時間ってことなのね。風呂に入って出てくるとすでに時間は、午後11時を過ぎている。ベッドに寝転がって、ぼ~っとしていると眠気に襲われたので、なんとなく柚樹さんに声をかけてみた。

 「柚樹さん、これからど~なるんだろうね~。怒濤の土日が終わったけど・・・。」

 「先週から、おまえさんの難儀の度合いは、天井知らずだのぉ。」

僕の足下、ベッドで丸くなってるんだろう。そこから声が聞こえてきた。

 「まあ、誰かさんの手の上で踊ってる感が、なきにしもあらずなのは、いつものことのような気がするけど・・・。」

 「さすがに瀬戸殿も、今回のことは青写真を書いているわけではなかろうて。」

 「そうかなぁ・・・、まあ、突発的なことが重なったからね。ん~・・・、シードを行った文明・・・。どこから来てどこへ行ったんだろうね。」

 「我らの辺境探査の目的のひとつもそれじゃった・・・。真砂希姫との探査では、その痕跡は発見出来なかったのぉ。ただ、お主が見つけた火星の遺跡に、ヒントがあるようなことを言っておらなんだかの。」

 柚樹さんと、ぼんやり話していると、水穂さんがお風呂から出てきた。長い髪を乾かしていた。さすがにヘアドライヤーみたいな物ではなさそうだ。一瞬で乾いている。薄いピンク色のネグリジェだったりする水穂さん。

 「さっき瀬戸様から連絡がありましたのよ。アルゼルの最高評議委員長御自ら、あなたに会いに来てキーを渡したことや、さっきの諸々の記録を報告しました。瀬戸様、アルゼルの惑星系を梅皇に固定すると言ったら、樹雷と、GPの駐留軍がいらないって喜んでましたわ。対外的に、まずいこともあるけれど、伝説の類いも多いからなんとか押し通しておくわ、アイリちゃんにも言っておくわね~ですって。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷9

うれし恥ずかし夏の夜。

それと、嗚呼婚姻届・・・。



「さっき瀬戸様から連絡がありましたのよ。アルゼルの最高評議委員長御自ら、あなたに会いに来てキーを渡したことや、さっきの諸々の記録を報告しました。瀬戸様、アルゼルの惑星系を梅皇に固定すると言ったら、樹雷と、GPの駐留軍がいらないって喜んでましたわ。対外的に、まずいこともあるけれど、伝説の類いも多いからなんとか押し通しておくわ、アイリちゃんにも言っておくわね~ですって。」

あははは、そうすか。と軽く返す。まあ、僕の立場上、瀬戸様には行動筒抜けなんだろうな。ああ、でも皇族の名だたる方々も似たような状態かも知れないな・・・。

 「なに・・・?、これからは瀬戸様に黙っておきましょうか?」

この人なんでこんなに賢いんだろう。にこっとした表情だが、目は笑っていない。ベッドに一度腰掛けて、四つん這いで僕の方に寄ってくる。ヒョウとか、チーターのようなネコ科の猛獣みたいである。

 「いいえ、たぶん、こちらの動きを知っておいてもらう方が、今は動きやすいでしょうし・・・。何かの時には、まだまだお世話にならないといけませんしね。」

水穂さんの方に、身体を横に向けて起こし、右手で頭を支える。目の前に胸の谷間が見えた。

 「あらあら、銀河支配でもなさるのかしら?」

右手を突っ張り、身体を起こして、天木辣按様の姿になる。

 「・・・いいえ、あなたを今から襲って、瀬戸様の手の届かない、遠い遠いところへみんなで逃げ出すんですよ・・・。」

口の端をつり上げて、悪党顔になる。そのまま水穂さんに口づけして、上から覆い被さった。食らいつきたくなるほど、水穂さんが愛おしく思う。

 「怖いわ・・・。ふふ、でも、水穂負けない。」

結構な力で、下から押しのけられかけ、そのまま横向きに向き合う。

 「遥照様と、アイリ様の娘さんですからねぇ・・・。今度美守様にいろいろこっそり教えてもらおうっと・・・。」

 「うふふ、情報戦ではあなたは赤子同然ですわ。」

そのまま、腕を回して抱きしめてしまった。

 「美しい方だ。僕にはもったいないけど、どうか、一緒にいてください。」

 「・・・・・・ずるいですわ。わたしだって・・・。」

明かりはゆっくりと暗くなり、吐息と衣擦れの音は、日付が大きく変わる頃まで続いた。

 

 

 がしゃこん、と押すタイムカードは、ちゃんと8時28分だった。ふっふっふ、遅刻ぢゃないぞと。おはようございます、金曜日はお世話になりました、と声をかけながら自分の席に座った。案の定、いっぱい付せんがパソコンの画面に張り付いている。今日は、それは少しだけ後回しだったりする。机を拭き終わった水穂さんと、住民課に行く。

 「すみません、婚姻届ください。」

 「あ~、田本さん、誰かにあげるのだったら、駄目ですよ~。」

結構冗談を言い合う、同僚にそう言われる。

 「ほっほっほ、おらが出すのだよ。」

 「え~~~~~っっっ。」

住民課全員が、驚天動地を絵に描いたような驚き方をしてくれる。他のお客さんが、びっくりしてこっちを見ている。おそるおそる、といった感じで僕の前に婚姻届を出してくれた。確か、水穂さんは本籍がこっちだから・・・。ふたりの印鑑を押して提出した。

 「ほんっっと~~に良いんですね。」

と言うその視線は、水穂さんに向いている。

 「ええ。」

顔を赤らめて、うつむく水穂さん。芝居がかってるぞぉ~、とか心の中で突っ込んでみる。声に出すと・・・。いやいや、やめておこう。あとが怖い。もちろん今は田本さんの格好で、普通の半袖ワイシャツに、スラックスないつものカッコだった。柚樹さんは足下に、一樹は肩口に乗った気配がある。

 と言うわけで、自分の席に戻って、付せんを片付け始める。緊急性のあるものは無さそうである。この暑い時期、高齢者の方は、熱中症で倒れることも多く、そう言う通報も多いのだ。ひどい熱帯夜の次の朝なんか、トイレに行くのを嫌がって水分を取らず、さらにエアコンもかけないまま寝てしまい、朝起きられなくなった例もたくさんある。今日はそんな通報もないようだった。いろいろ電話しているうちに、午前10時を過ぎていた。

 内線が総務課から掛かってきた。お、森元女史である。

 「なんか、今日、婚姻届出したんだって?いま役場中が大変なことになってるわよ。」

第一声がこれだった。

 「ほっほっほ。まあ良いじゃん。二人して霞ヶ関行ってきたし。お付き合いもしていたし・・・。そうだ、推薦状お願いしちゃっていいですか?」

ああ、はいはい。もう作って送っちゃったわ、と森元女史は返してくれる。助かります。どうもありがとうございます。とお礼を言った。そうだ、あさって柾木勝仁さんの100歳の慶祝訪問である。祝い状を作成し、新札で祝い金を用意してもらうよう会計課にお願いして、お祝いののし袋も準備した。祝い状に押印するために、副町長に式典用の町長印を借りに行く。そのついでに、町長室を覗くと町長は不在だが秘書の大谷さんがいた。

 「明後日、100歳の慶祝訪問です。午前10時にどうぞよろしくお願いします。」

わかってるわ、町長に確認しておくからね、と大谷さんが言ってくれる。そのまま総務課に寄ると、全員の視線が集中した。ひとりだけ、天地君だけが苦笑いと気の毒そうな笑顔が同居した表情だった。そのまま天地君のところに歩いて行く。総務課の視線は、そのまま僕を追いかけてくる。

 「天地君、昨日ちょっとだけ、例の子のところに寄ってきたんだ。元気そうだったよ。またあとで話するから・・・。」

そう言うと、ハッとした顔をする。そのまま福祉課に帰って、祝い状を作って、式典用の町長印を返し、額縁に入れて、持ち運び用の袋に入れると準備万端整った。あとは明日、記念品が業者から届くとOKである。もちろん先週発注済み。

 お客様の対応やら、なにやらやっていると、もうお昼だった。月曜日は忙しい。またも、水穂さんが、お昼ご飯、天地君と一緒に食べましょ、と言ってくれたので、トイレに入るフリをして一樹へ。

 「いつもすみません。それに昨日、剣士のところに行ってきてくれたんですか?」

やっぱりお兄ちゃんは気になるんだな。歳の離れた兄弟だから、なおさらだろう。こいつのせいで、僕はあまり食べられないから、どんどん食べてね、と赤い宝玉を見せる。お茶と、一口二口つまむのでもう充分だったりする。ちょっと悲しそうな顔をする水穂さんだった。天地君には、一樹の映像を見せて、剣士君は元気だし、向こうでなんとか自分の居場所も見つけたようだよ、と伝えた。

 「ちょっとホッとしました。頭で、納得はしているとは言え、むごい話だとずっと思ってましたから・・・。」

 「そうだよねぇ。まあ、彼なりに頑張ってるみたいだし・・・。それに時間ができたらまた見に行ってくるからね。」

ええ、是非お願いします。と、にっこり柔らかい笑顔である。うん、あの女性陣やきもきしてるんだろうなぁ。とちょっと思ったりしてみる。

 「ご飯もちゃんと食べさせてもらってるようよ。でも夜中に、なぜか水晶掘ってたわ。」

水穂さんが、そう付け加えた。天地君は、斜め上を向いて考えている。

 「あいつ、魎皇鬼見てるから、水晶に異常にこだわりがあって・・・。昔、魎皇鬼に良く乗せてたからかなぁ。」

ちっちゃな剣士君と、魎皇鬼ちゃんの手を両手で持って、天地君が散歩している様子が想像出来て、何となくほんわかする。剣士君と、魎皇鬼ちゃんがチョウチョ追っかけて天地君の手を振り払って走り出しちゃったり・・・。テレポーテーションした魎呼さんにつかまって泣き出したり・・・。水穂さんと顔を見合わせて、ふふふと微笑んだ。

 「・・・どうしたんですか?」

 「いやぁ、天地君がちっちゃな剣士君と、魎皇鬼ちゃん連れた姿を想像したら微笑ましくて・・・。」

 「え~~、大変だったんですよ。魎皇鬼はトンボやチョウチョ追いかけ始めると、池に落ちるわ、畑から転げ落ちて、道も無視して走り出すし。剣士もそれ見てるから、あぶなっかしいのなんの・・・。」

 「あはは、そりゃ大変だ。クルマにでも跳ねられたら大変だからねぇ・・・。」

 「ええ、魎皇鬼は、宇宙船のコンピューターユニット兼ジェネレーターだから、鷲羽ちゃんいわく、その程度でどうにかなるモノじゃない、らしいんだけど、剣士は生身の人間だし・・・。魎皇鬼だって、クルマにぶつかってもクルマの方がへこんで、血一滴流さず、みゃんみゃん言って走って行くから、見た目ホラーだし、クルマの方が気の毒だし・・・。」

 「は?魎皇鬼ちゃんって、宇宙船?」

 「ええ、西南君の守蛇怪、福のお姉さんですけど。」

何をいまさら、みたいな顔で言われた。そう言えば、先々週、一樹の種を樹雷に運んで、一樹と一緒に帰ってきたんだっけ・・・。

 「まだ先々週、なんだよね。一樹の種もらったの。しかもその二日後に柚樹さんと出会ったし。」

おっさん、年取るはずだわ、時間が経つのが思いっきり速く感じるよって頭を掻いた。

 「あら、まだ45年しか生きていない人の言うことではありませんわ。」

うみゅみゅ、このひと最近言うことが厳しいのだ。しかし、水穂さんは何歳なんだろう・・・。

 「たしか、遥照様が900歳越えてるんでしょ?水穂さんは・・・・・・。」

 「女性に歳のことを言うと嫌われますわよ。」

げしっ、と脇腹に肘鉄食らう。田本さんだからあまり痛くないけど。

 「沈黙は美とも言いますよ。」

さらっと天地君はそう言った。そして、例の人の悪い笑顔になる。んにゃろ~、こいつ、やっぱり女性の扱いは心得ている。なんか微妙に悔しい。あ、でも僕とは年期が違うなぁ。

 「なんですか、その納得顔は・・・?」

 「たくさんの女性に囲まれている人は、やっぱり年期が違うなぁと、たった今、納得した次第でございます。」

あ、かわいい。天地君、真っ赤な顔している。

 「いや、結果的にあーなってるだけだし・・・。」

 「ねえ、水穂さん、確かノイケさんって・・・。」

 「ええ、天地君の正式な許嫁ですわ・・・。瀬戸様が関わってますけどね・・・。」

思いっきり含みがある言い方だし。

 「許嫁・・・。すっごいポジションですね。それに、良く気がつくし綺麗な人ですよね~。僕は水穂さんが好きだけど。」

あたしは綺麗じゃないのね云々言われないための先制攻撃。水穂さんは、特にコメントしない。目を閉じて無表情を装っている。

 「婚姻届出しちゃったそうですね。お二人とも、結婚は墓場かも知れませんよぉ~~。」

天地君が、ニヤリと笑って言う。ちょっとだけ、ギクッ、と思った。

 「そういや、樹雷で瀬戸様に夫婦漫才はあとにしてって言われたような気もする・・・。」

 「わたし、お母さんに泣きながら電話したし・・・。」

 「勝手にどっか行かないでって、ほっぺた叩かれたし・・・。」

顔に縦線書きたい気分だったりする。

 「あはは、幸せそうですね。」

天地君の左のこめかみから汗がつ~っと落ちていく。ぴちちち、とか小鳥の声が聞こえてきた。一樹の邸宅の窓から見えたが、遙か遠くを見たことのない大型動物が、ずどどどど、と群れで移動しているのが見える。それなりに、とんでもない広さの空間を固定しているんだっけ・・・。

 「あ、そうだ、こっちと樹雷で結婚式の予定なんで、来てね。招待状送るから。」

気を取り直して。

 「たしか、樹雷の方は、瀬戸様プロデュースでしたっけ?楽しみですね~。」

ビシッと音が出たのかと思うくらい、水穂さんのこめかみに青筋が立っている。さらに、色が変わるくらい下唇を噛んでいる。

 「え~っと、やっぱりおもちゃにされるんでしょうか・・・?」

 「しらないっ!」

水穂さんが、ふくれてそっぽを向いた。天地君が微妙におろおろしていたりする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷10

なにやらまた波乱の予感・・・。




「しらないっ!」

水穂さんが、ふくれてそっぽを向いた。天地君が微妙におろおろしていたりする。

 「たぶん大丈夫ですよ。西南君の時も、月の裏で盛大な結婚式だったし。」

右手をパタパタさせながら、結構必死で言い訳するように言う天地君だった。

 「・・・ええ、知ってますわ。簾座のスパイに略奪婚されそうになっていたのよね。結局、今は8人以上お嫁さんがいるんでしょ?」

うわぁ、西南君って、また難儀な・・・。あの人達以上にお嫁さんがいるのね。しかも略奪婚って・・・。なんか前途多難な気がする。

 「・・・う~ん、なるようにしかならないっしょ。それに、そろそろお昼終わるよ。」

腕時計見ると、午後1時まであと3,4分だったりする。3人でバタバタとお昼ご飯を片付けて、またトイレ経由で自分の席に戻った。

 外はかなり暑そうだった。今年はあまり雨が降らないな、と思いながら仕事して、ふと気付くと午後4時過ぎ。外は暗くなってることに気がついた。お、夕立だな。雷もゴロゴロ鳴ってる。しばらくするとバケツをひっくり返したような雨が降ってきた。

 「・・・ねえ、外行ってきて良いかなぁ」

一樹がぼそっと話しかけてくる。そうか皇家の樹だから、雨とか水は好きなんだな。最近一樹に水かけてやってないなと思う。またトイレに行くフリをして、席を立つ。トイレ行って窓から一樹と柚樹さんを出してやった。

 「外のクルマとか気をつけるんだよ。あと、微妙に酸性雨かもしれないからちゃんと身体はナノマシンとかで洗うんだよ。」

元気よく、うん!と言う声と共に外に飛び出していく2本(2人?)の皇家の樹。う~む、樹というかなんというか・・・。まあ、いいか、なんか楽しそうだし。さて、もう一仕事、と。山の方は、白く霧に覆われている。遠くで雷が鳴って、まだ雨は激しく降っていた。

 また電話が掛かってきて、生活保護を受けている高齢の方が、体調が思わしくなく病院に運ばれたらしい。しばらく入院になることをケースワーカーが連絡してくれた。以前から入退院を繰り返していて何度か入院を勧めるが、それを嫌うのか、とにかく拒否していた方だった。家族の方がいらっしゃるようなので地域包括支援センター通じて、連絡をお願いした。それやこれや、ああでもない、こうすればどうかと話をしている間に時間は過ぎていく。いずれ関係各機関を集めてケア会議をしないといけないだろう。そこで、終業のチャイムが鳴った。いつも思うけど、なんかこう、間が抜けた音だなぁ・・・。それでも席を立つ人は少ない。僕ももうちょっとと思って、結局時間は午後6時前。

 「あなた、一樹ちゃんと、柚樹さんは?」

背後から水穂さんの声がした。ハッと思って顔を上げると、ほとんど周りの人はいなくなっている。そうか月曜日か・・・。外の夕立はすでに収まって、西から日が差している。水穂さんが、両手を前で組んで頭を傾けて、立っていた。

 「さっき、雨にあたりたいって、外にいるはずだけど・・・。」

うん、二人とのリンクも途切れていない。今どこにいるの?と聞くと、前の駐車場だそうだ。ちょっと困ったことが起こってる?ふうん。水穂さんとタイムレコーダー押して、外に出た。ちょうど一緒になった、議会事務局の局長に、「おめでとう」と言われ、にんまりした笑顔をされた。微妙に恥ずかしい・・・。二人でありがとうございます、とちょっと小声で返した。西美那魅町町役場の裏口のドアを開けると、水分を含んだ、幾分温度の下がった風が吹き抜けていった。ガソリンエンジンを始動したときの匂いとか、熱いアスファルトに雨があたった時の匂いだとかが鼻をくすぐっていく。

 外の駐車場に出て行くと、不可視フィールドを張った二人の気配がある。あるが、クルマがすでにいなくなった駐車場の真ん中ほどに不思議な気配と一緒に遊んでいる。たぶん誰にも見えないだろうが、僕には、薄く青く光る球体と、同じように赤く光る球体が見えた。柚樹さんも一緒になって遊んでいる。と言うことは、何か悪いモノではない。水穂さんと顔を見合わせる。またなにか引き寄せてしまったのだろうか・・・。

 「一樹、柚樹さん、どうしたの?」

いちおう警戒しつつ声をかけてみた。

 「あのね、僕らが雨にあたってると、この子達が飛んできたの。それで、一緒に遊んでいたの・・・。」

一樹が、ちょっと後ろめたそうな声で言う。そう言えば一樹もまだお子ちゃまだった。凄く微笑ましい。ここのところ、いろいろ続いていて、かまってやれなかったのが申し訳なく思える。

 「・・・この近くで、遙か昔に宇宙船が墜落して時間凍結か、コールドスリープで眠ってるらしい、子ども達だそうだ。墜落した宇宙船のコンピューターとリンクが出来て意識を飛ばせるようになったようだな。自分たちに似た存在を見つけて、ここまで来たようだぞ。子どもの言うことなので、はっきりしたことはわからないが、千年とか2千年とか言うレベルの時間らしいのお。」

柚樹さんが顔を洗うような動作をして、そう言った。なんか最近ネコ化が進んでるような気がする。しかし、千年、2千年も前に墜落して助けを待っていたのか・・・。そりゃまた、気の毒な。そんな長い時間・・・。さびしかったろうに。一樹の後ろに隠れるように、薄く青く光るものと、うすく赤く光るものが浮かんでいる。それに向かって声をかけてみる。

 「一樹や柚樹さんと遊んでくれてありがとうね。僕は田本一樹。一樹と柚樹さんの、・・・そうだな、お友達だよ。この人は、ええっと、僕のお嫁さん。」

最後のところは、耳が熱い。危険な人じゃないよってことはわかって・・・、う~ん、水穂さん、ある意味危険な人だけど・・・。瀬戸様の、扇子で口を隠して笑う、あの表情が脳裏をかすめた。

 「僕は、リルル。この子はメルル。悪い人達につかまったの。でも、その中の一人が僕達を連れて逃げてくれたんだけど、この星に降りるのが精一杯だったの・・・。」

そんなイメージが伝わってきた。結構、この太陽系第三惑星ってわりと銀河連盟系の来訪者って来てるのね、とか思ったりする。今日も天地君ち行くつもりだけど、ちょっとだけこの子達の宇宙船探すのもありだな、とか思う。一樹もいるし、柚樹もいる。

 「そうかぁ。じゃあ、おじさんをその宇宙船があるところまで案内してくれるかな?もしかすると2人を助けられるかも知れないし・・・。」

え?本当に?うれしい!、と言うイメージが伝わってきた。水穂さんに事と次第をかいつまんで説明した。あ~あ、と言った顔をする水穂さん。それじゃさっさと行きましょ。と言ってくれる。大事になれば、籐吾さん達を呼ぶのも良いだろうし。こっちだよ、とふわりと飛び始める、2人の光を今日乗ってきたクルマ(古い軽自動車に擬態した方)に乗って追いかける。二つの光は山の方に向かっている。どっかに埋まってると難しいよなぁ、そうなると鷲羽ちゃん達にも相談だなと考える。う、移動速度が速い。ならば、と。

 「一樹、2人を捕捉しておいてね。ちょっとこっちへ行って、と。」

ちょうど山の方に行ってるので、農道が近い。人目に付かないところで不可視フィールドを張って、探査機に変形し二つの光を追跡する。数分で、わりあい近所の大きな農業用溜め池についた。二つの光は、その池に吸い込まれていく。

 池やその周辺を探査すると、池の直径は200m程度あって、四隅が丸くなった四角い形の池だった。瀬戸内では良くある池である。宇宙船らしきモノは、その底部分に斜めに刺さったような状態だった。ほとんど10m程度の深さに埋もれているようだ。大きさは、結構でかい。元々は二等辺三角形のような宇宙船だろうか、先頭部分と左側が欠損しているようだ。長さは200mを越えるだろう。池の縁を越えて、周辺の道を越え、うわ近所の家の下まで続いている。その下となると、ほとんど20mを越えて深く刺さった状態だった。こりゃ、掘り起こしてどうこう出来るレベルではないな。しかも後部で10m、前端部だと20mも埋もれているのか・・・。

 「あなた、プローブを飛ばしてみてはいかが?」

 「こういう、埋もれたモノに近づけるものがありますか?」

すでにオペレーターモードの水穂さんだった。地中だからなぁ・・・。そういえば、と某英国で放映されていた、結構リアルな人形劇がふと思い出される。日本語でも放送されて映画にもなっていたと思う。クローラーとでっかいドリルの乗り物で、そのドリル部分を地面に突き立て地中に潜っていくものだった。プラモデルを作ったこともある。でもこんなのがあったとして、周辺にもの凄い振動がでるだろうし、掘ったあとが大変だろうなぁとか思う。

 「さすが鷲羽様の探査機ですわ。面白いプローブがあります。これですが、円筒形の先端が触れる部分をちょうど自分が入れるだけの空間を切り取り、転送技術で入れ替え、掘りながら進む地中探査用プローブですわ。でも、鉱脈とか資源探査用のシステムが入ってるようですわね。このままでは、ちょっと厳しいですね・・・。」

やっぱり鷲羽ちゃんに相談かな・・・。そうだ、と思って一樹に聞いてみる。

 「相手が宇宙船だから、もしかして転送とか使える?あと、コンピューターとも通信出来たりはしない?」

 「う~ん、かなり古い物のようだから・・・。それとエネルギーもほとんど尽きかけているみたい。転送は受け側のポートが起動出来ればだけど・・・。かなり難しいね・・・。」

 「数日くらいは持ちそうかな・・・?」

 「生命維持装置がかろうじて動いているくらいね・・・。それくらいは持つでしょうけど。力業でここを掘ることは簡単だけれど、さすがに初期文明の星、かなりまずいわね・・・。」

結構緊迫してしまってるではないですか・・・。う~ん、困った。あ、そうだ!。

 「水穂さん、先週のサルベージ会社、連絡取れますか?さすがに本職だから何か良い方法があるかも知れない。」

即座に水穂さんが通信回線を開き、瀬戸様に報告がてら、サルベージ会社の連絡先を聞き出している。通信のやりとりをしていた水穂さんの表情がパッと明るくなった。

 「あなた、先週の戦いで大破させた惑星規模艦の引き取りで、木星軌道まで来てるようよ。周囲に影響を与えないで、上手く引き上げる方法があるみたいね。20分くらいで地球の衛星軌道上まで来られるって。」

おお、それならちょっと来て状況を見てください、と伝える。一度、一樹を探査機の外に出して、探査機を一樹に収納して、一樹で地球の衛星軌道上にあがる。同時に籐吾さん達にも連絡を取った。しばらく待っていると、先週見たサルベージ船がジャンプアウトしてくる。あまり時間が無いので、通信回線を開くと同時に、埋もれている宇宙船の周辺データを転送した。こちらから、僕らも先方の作業船に転送してもらった。

 「・・・このたびは、いろいろ本当にお世話になりました。社員の家族も皆帰ってきて・・・。」

丁寧に頭を下げる社長だった。頭を上げて、僕の顔を見てちょっと怪訝そうにする。あ、そうだ、天木日亜さんにならないと。

 「こちらこそ、ご協力ありがとうございました。実は、ちょっと急ぎなんですが・・・。そちらにも送っていますが、この状況を見てください。」

農業用溜め池の真下、から近所の家の下まで、斜めに深く突き刺さった形で宇宙船があるのを見せる。

 「う~ん、こりゃ地盤に深く食い込んでますね。もちろん、上から掘ることは・・・。無理でしょうね~。」

僕らの顔を見て、スッと納得する社長。

 「しかも、コールドスリープか、時間凍結か、どちらかで眠っている子ども達がいるようなんです。さらにこの宇宙船のエネルギーは尽きかけています。できれば、十数時間以内に何とかしたいのですが・・・。」

しばらく腕組みをして考える社長。でかいディスプレイを睨むようにじっと見つめている。すぐに技術関連の責任者を呼んだ。二言三言話をして、頷き、こちらを向く。

 「埋没宇宙船のもう少し正確な外形図は、手に入りますかね?。うちの大型転送機を使えば何とかなるかもしれません。正確にフィールドで包んで、転送をかけて、空いた隙間には、この瞬間発泡材を転送し、瞬時に発泡させ充填します。」

そう言って、一種、爆弾にも見える白い円筒形の物を見せてくれる。これを十個ほど、わずかずつ座標をずらして転送し、爆破、発泡させるようだ。

 「正確な外形図ですか・・・。あの探査機なら可能かも・・・。ちなみに、作業料というか代金はいくらですか?」

ここまで来てもらっているのだし、代金は支払わないといけない。

 「それでは見積もりと言うことで・・・。このくらいで。」

実は僕には高いか安いかわからない。金額を見せてもらって、頷き、水穂さんにも見てもらう。

 「正直、安くはないですわ。でも今はそんなことを・・・。」

 「言ってはいられませんね。それではすぐに作業に掛かりましょう。」

いつも持ち歩いている、例のMMDカードを出して、決済する。こちらも言い値で決済してもまったく問題が無い。こちらの世界ではお金に困窮しているわけでもないし。それなりに経済が循環すれば、それで良いと思う。それに先週の聞き取りでは真面目な人に見えたし。

 「水穂さん、探査機で降りましょう。一樹は、原寸大で不可視フィールドを張って、3000m位で待機してくれ。何かあったときのバックアップを頼む。柚樹さんは一緒に来てね。」

また、一樹の格納庫に行き、探査機に乗り込む。するとすでに、籐吾さんや、あやめさん達が乗り込んでいた。

 「一言声をかけてくださいね。ホントにもう・・・。」

やれやれ、と言った表情の4人である。なんか申し訳ないなとか思いながら、頼むよと言って、様々なことを任せた。籐吾さんの鮮やかな操縦桿さばきで格納庫を離れる。不可視フィールドを張って、役場からさほど遠くない溜め池上空に到着する。一樹は直上3000m程度で待機していた。探査機で、詳細なマップを作成する。溜め池の直上20m位で滞空しながらの作業である。下には民家もあり、犬を連れた散歩のおっちゃんや、ウォーキングのおばちゃん、ランニング中のお兄さんも通っている。ほぼ無音で作業しなければならない。これ、地球の技術のジェット推進とか、プロペラとかだと大音量の騒音をまき散らしているんだろうな、とか思う。それでも10分後には必要な精度のマッピングは終わる。さすが、鷲羽ちゃんの探査機。データを作業船に転送した。

 「転送かけたあとの宇宙船はどうします?」

う~ん、考えていなかった。ちょっと待ってもらって、ここで観念して鷲羽ちゃんに連絡を入れる。今までこういうことで電話をかけたことなかったことに気付く。改めて電話をかけることが微妙に怖かったり。とりあえず、携帯端末から白眉鷲羽と書いている番号をタップする。数コールでつながった。

 「もしもし、白眉鷲羽様の携帯でしょうか?」

おずおず、とかしこまって電話する。

 「はいはい、田本殿だろ。いろいろ見せてもらってるよ。引き上げた宇宙船は、うちの亜空間ドックで調査するから。一樹で牽引しておいで。ちゃんと不可視フィールドで包むんだよ。」

はい、はい・・・わかりましたと、電話を切った。すべてお見通しその2と言ったところか。

 「一樹、作業船の転送掛かって、埋もれている宇宙船が現れたら、牽引ビームで保持して鷲羽ちゃんの亜空間ドックに運ぶよ。上空500m位まで下降してきてくれるかな。」

 「それでは作業を開始してください。」

そう連絡すると、作業船が、ゆっくりと下降してくる。僕の探査機と入れ替わりに、上空30m程度で滞空した。転送フィールドが、湯気のように空気を揺らめかせている。そのフィールドがすぐに消える。

 「だめです。今の、うちのエネルギージェネレーターでは無理ですね。想像以上に重い機体のようです。追加ジェネレーターユニットが必要なんですが、今回は持ってきていないし・・・・・・。」

探査機のディスプレイに困った表情の社長が出る。

 「えっと、外部からエネルギーを供給すれば良いんですね?。」

ええそうですが・・・。そう言って怪訝な顔をする社長。

 「今から転送でそちらに行きます。追加ユニット接続部に僕を連れて行ってください。水穂さん、ちょっと行ってくるわ。」

さっきの作業船ブリッジに転送してもらって、困った顔をした社長に追加ユニット接続部に連れて行ってもらった。梅皇さん、この宝玉のリミッターを一時的に外してくれますか?と頼んだ。即座に、熱くなってくる左手。こいつ結構暴走モードを繰り返してたのか、とあきれた。接続部に手の平を置き、力をゆっくりと放出していく。

 「社長っっ!、エネルギーレベル増大。追加ジェネレーターユニット10個分か・・・、いやそれ以上のエネルギーが流れ込んできています。いつでも行けますぜ。」

船内放送で、興奮したクルーの声が響く。びっくりした表情の社長だが、すぐに気を取り直したようで指示を即座に出した。

 「よし、上空500mに待機している、皇家の船の真下に船体を転送。その後瞬間発泡充填材を予定通り転送、爆破、充填しろ。」

さっきの空気の揺らめきのようなモノが再び現れ、次の瞬間それが消える。その後、もう一度その転送フィールドが現れ、また消えた。すぐに溜め池に大きめの波紋が出来た。波は岸にぶつかって、そこそこ大きなしぶきを上げた。それもすぐに収まる。家から人が出てきて周りを見渡している。結構大きな振動があったのだろう。

 「機体のあった場所に発泡および充填、完了。このあたりの地盤と同じ硬さです。これで、崩れて大穴が開くこともないでしょう。」

ホッとした表情の社長がそう言って太鼓判を押してくれる。これで、溜め池の水がなくなったとか、地盤沈下したとかそんなこともないだろう。

 「一樹、機体の保持は出来てる?」

うん、いまから鷲羽様のところに運ぶよ!。と元気よく返ってくる。一緒に遊んだお友達だし。一樹は何となくうれしそうで、リンクしている僕も同じように弾んだ気持ちになる。

 「それじゃあ、あとはよろしくお願いします。お世話になりました。」

一礼して、水穂さん達の待つ探査機に帰ろうとした。

 「お待ちください、ここまでしてもらって、あのお金は、受け取れません。」

必死の形相の社長だった。

 「いえいえ、良いんですよ。みんなでお酒でも飲んで、また良い仕事してください。」

二の句が継げず、そのまま深々と一礼する社長を視界に捉えたと思ったら、探査機のブリッジだった。作業船は、ゆっくりと上昇していく。

 「さて、柾木家に行きましょう。先に一樹が行ったはずだし。」

こちらも、わずかに上昇して、柾木家に向かう。クルマで30分ほどかかる場所でも、空なら数分。5分もすれば、いつもの鷲羽ちゃんの亜空間ドックだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷11

何かこう、力を持つといろいろ頼られるようで・・・。




 「さて、柾木家に行きましょう。先に一樹が行ったはずだし。」

こちらも、わずかに上昇して、柾木家に向かう。クルマで30分ほどかかる場所でも、空なら数分。5分もすれば、いつもの鷲羽ちゃんの亜空間ドックだった。

 亜空間ドックの認証作業が終わり、ドックに着床した。すでに一樹は到着していて、ちっちゃくなった一樹が肩に乗る。僕らのとなりに、さきほど、引き上げた宇宙船があった。かなり損傷がひどいようだ。着陸か墜落して長期間雨風にさらされていたようで損傷部は見た目グズグズと言って良いほどだった。鷲羽ちゃんがこちらに歩いてくる。いつもの少女の姿だった。今日は白衣を着ている。おお、マッドサイエンティストモードだろうか。

 「ご無理を言って、どうもすみません。また鷲羽ちゃんにご迷惑をかけます。」

知った仲とは言え、いちおう、ごめんなさいと頭を下げた。

 「しょうがないねぇ。その宝玉のこともあるからさ、見てあげるよ。しっかし結構大型艦だね。しかもかなり古い型だ。」

鷲羽ちゃんは、ほとんどゴミ同然の宇宙船の外壁をさわっている。さすがに全長200m程度あり、高さもあり、見上げてもその一番上は見えにくいくらいである。

 「外観から見る限り、かなり攻撃を受けて、しかも航行エネルギーも切れかかった状態で墜落か、軟着陸したと言う雰囲気だね。地盤に突き刺さってたんだろ?」

 「瞬間発泡充填剤をこの宇宙船を抜き取った隙間に入れましたが、それが十数缶必要だったようです。船首部分は、船尾部分よりも10mほど深く地盤にめり込んだ状態です。」

 「うん、良い判断だ。こんなもの、この初期文明の惑星で発掘したりした日にゃぁ・・・。」

某アニメだろうなぁ。変な通信機器起動させて、敵呼び寄せちゃったり。もしかして、爆発させて日本どころか地球がえぐれちゃったり。あはははは、と冷や汗が一筋流れ落ちる。まあ、先週の大臣あたりはもの凄く喜びそうだけど。

 「さて、何が出てくるかわかんないから、いちおう、わたしの研究室の亜空間隔離フィールド内で作業しようと思う。宇宙船の形から言って、まあ、ヒューマノイドタイプの文明圏から来たようだけどね。」

変なにょろにょろした生物的デザインというよりは、僕の感覚でも、機械らしい直線的なデザインだった。変なにょろにょろで、水穂さんを襲う触手系に、想像が行ったのは否定出来ない事実ではありますが。

 「僕の記憶は、古いのであまり当てになりませんが、銀河連盟側から、樹雷などに寄港していた大型輸送船か、それを改造した護衛艦みたいに見えます。結構ごてごてと後付けパーツみたいなモノが表面に見えます。」

籐吾さんが、あごを上げて上方を見たり、のぞき込んだりしながら言った。この人どこまでも真面目だったりする。たしかに、武器らしきモノを、急造でくくりつけたような印象の外装である。収納式砲塔とか、そんな類いには決して見えない。

 「・・・たぶんそうだろうね。古い海賊艦ってところかねぇ。若干一名不謹慎な思考を感じるけどね~。とにかく、亜空間隔離フィールド内に転送するよ。ちょっと離れておくれ。」

こちらを一瞥する、ギロリと言った視線を鷲羽ちゃんから感じる。もしかして、テレパシー?みたいな疑念も生まれるが、伝説の哲学士と言われている人だ。さもありなんと思う。若干あからさまに、素知らぬ顔をしてみた。何故か、水穂さんが顔を赤らめている。この人も・・・?今夜身体に聞いてみよう。と、おっさん発想な結論に落ち着く。

 うわぁ、と引いた表情は、籐吾さんに、あやめさん。茉莉さんは、眼鏡をあげて口に端を上げてふっと笑う。阿知花さんは、両手を前で組んでちょっと内股にしてモジモジしていた。おっさん、ホント、いろいろ恵まれてるなと思う瞬間である。僕の周りにいる人を眺めているだけでも何故かうれしい。この人達樹雷のいっぱしの闘士だぜ、それが自分の意思で僕の周りにいてくれる。人としての喜びが胸の内に湧いてきた。こんな感情、役場職員のときは特になかったし・・・。自然に笑顔になっていたのだろう、水穂さんが右横に立ってぎゅっと腕を絡めてきた。頭を掻こうとしたら、ガッシリとした腕で阻止されてしまう。背後に立つ2人の気配を感じる。そのまま、自分も含めて、周りのみんなは素直に発掘宇宙船から数m離れた。鷲羽ちゃんの亜空間ドックに機械起動音が響き、発掘宇宙船の船体が虹色の光に包まれ、その場から消えていく。と思ったら、何故か警報音が鳴って、かすかな爆発音がした。ガチン、ガチンとブレーカーがあがるような音までする。

 「駄目だ、この機体バカバカしいほど質量があるねぇ。こいつのエネルギー・ジェネレーターは何だろうね。う~ん、ここで開けるしかないか・・・。材質は・・・、お、それもちょっと違うねぇ・・・。現在使われている普通の外装材、IR合金や多層セラミック高分子樹脂外装材とも違う・・・。ふふふ、面白い、面白いよ・・・。」

ニッと笑った口元から覗くは、八重歯。ぐふぐふふ~~、と怪しげな紫色でどす黒いオーラまでまとう白衣の鷲羽ちゃん。一瞬、瀬戸様が扇子で口元を隠して笑う姿が、鷲羽ちゃんのとなりに、フラッシュバックした。ある意味、銀河をひれ伏させることが出来る2人だなと漠然と思えた。怖え、怖すぎる・・・。

 「とりあえず、船体をこちらのフィールドで包むよ。さらにその上から光應翼を張っておくれな。それとだ・・・。」

魎呼、りょ~こ!と鷲羽ちゃんが大声で呼ぶ。

 「はいよ、呼んだか?ノイケと砂沙美が、そろそろ夕ご飯だって言ってたぞ。」

ヴゥンと不思議な音とともに魎呼さんが空間から現れる。魎呼さんの普段着だろう、ちょっと和服に似た着物のように見える、地味な薄いグリーンのワンピースみたいなモノを羽織り、腰に細い帯を巻いている。その帯に結び目は見えない。水穂さんと同じくらい背も高いんだ・・・。あり?尻尾あったっけ。何か細い柚樹さんのようにくねくねした尻尾が見えた。右手で、ふわさっと髪をかき上げる仕草の手首には小さな赤い宝玉がキラリと光った。赤い宝玉?。

 「今から、この宇宙船を簡単に全体スキャンするからさ、あんた、中を見て来ておくれ。」

そんな物眼中にない!目の前のこの古代宇宙船が今夜のメインディッシュだよ!と言わんばかりの勢いで鷲羽ちゃんが魎呼さんに食ってかかる。

 「へえ?良いのかよ。砂沙美怒ると、こ・わ・い・ぜ。」

ぐっ・・・、と冷や汗垂らしながら、後ずさる鷲羽ちゃん。珍しく、魎呼さんと鷲羽ちゃんの視線が熱く複雑に交錯していた。あ~らら、この人も胃袋がっちり押さえられてるのね。そうだ、夕方もう・・・うわ、七時半過ぎてるじゃん。

 「あ、すみません。僕ら、船でご飯食べてきます。夕ご飯時にどうもすみません。みんな、一樹に行こう。」

ごめんなさい、と一礼して、きびすを返して一樹にみんなで行こうとした。はい!と籐吾さん達の声がする。うしろから、とててて、と誰かが駆けてくる音がして、右手を小さな手で握られた。振り返ると、長いおさげがかわいい砂沙美ちゃんだった。

 「あの・・・、田本さん、天地兄ちゃんが、お昼ご馳走になってるから、一緒に夕ご飯食べましょうって・・・。」

 「いや、でも、今日は人数多いから.・・・。それに突然だし・・・。」

さすがに悪いよ、ねえ水穂さん、と水穂さんを見ると、ええと同意して頷く。顔を赤らめた砂沙美ちゃんは手を握って離さない。かわいらしいことこの上ない。

 「さあ、さっさと行くよ。天地殿が良いってんだからさ。その後でこの宇宙船は・・・。ひっひっひ。血が騒ぐねぇ。」

舌なめずりするコモドオオトカゲ、な鷲羽ちゃんだった。

 「じゃあ、お相伴にあずかります。」

ほんの10日ほど前まで、柾木家という不思議なご家庭という意識しかなかったが、ここ、樹雷皇家の別宅なんだよな、と思い直す。このお宅に入り浸ってる自分が怖くなってくる。

鷲羽ちゃんの研究室からいつものように、柾木家リビングに行くと、テーブルも準備され夕食の準備は万端だった。

 「どうも毎日すみません。天地君ありがとう。」

そう言って砂沙美ちゃんに案内された席に着いた。遥照様も席に着いている。

 「それでは、いただきます。」

いただきま~す。とみんなで食べる夕ご飯。しかも美味しい。ご飯は香り豊かでほのかに甘く、サワラの煮付けかな?、それに肉じゃが、そう言った家庭的な料理が並んだ食卓だった。例によって美味しい夕食だった。今日は少しエネルギーを放出したので、いつもよりは食べられる。嗚呼、ご飯を口から食べられることの幸せなこと。1口2口と幸せ感を倍加する。

 「なんか、いつもに増して、幸せそうに食べてますね、田本さん。」

 「うん、だって、この宝玉に取り憑かれてから、ご飯があんまり食べられないんだもの。便利っちゃぁ便利だけど・・・。さっき、宇宙船を発掘して、転送するのに、エネルギー放出したからね・・・。ご飯食べたら、鷲羽ちゃんに診てもらおうと思っているんだけど。」

うんうん、と頷くのは魎呼さんだった。そう言えばこの人もあまりたくさん食べない。

あははは、と引きつってるのは鷲羽ちゃん。ちょっと悲しそうな、水穂さんと籐吾さん、あやめさん、茉莉さん、阿知花さん。阿知花さんはあからさまに鼻をすすっている。

 「また何かに巻き込まれたんですの?」

お箸で上手に、魚の切り身をほぐしながら阿重霞さんが尋ねてくれる。

 「何か、それっぽい予感がひしひしとしています。さっき夕立があったんですが、一樹と柚樹さんが外に出してくれって言ったんで、役場の駐車場で遊んでてねって外に出したんですよ。そしたら、なんか実体ではないモノと遊んでて・・・。それがどうも子どもらしいですが、大昔にこの近くに墜落した宇宙船内にいると・・・。」

ちょっと、恐縮気味の柚樹さんと一樹だった。なんとかご飯一膳を食べ終える。以前もこれくらいの量食べてたら、健康診断結果「要医療」じゃないんだろうなとか思ったりした。もう、生体強化済みなのであまり関係ないけれど・・・。もともと食べることは好きだったから悲しいことは確かである。

 それから、30分ほどして、夕ご飯が終わる。片付けモノは、ノイケさん、砂沙美ちゃん、水穂さんにあやめさんや茉莉さん、阿知花さんが一挙に済ませてしまった。さすが、樹雷皇家の女性陣。5,6分も経ってないだろう。食器はすべて綺麗に拭かれて所定の位置に帰っている。すぐに食後のお茶を出してくれる。ホッとする緑茶だった。まろみがありかすかに甘いけど、無茶苦茶上等なものでは無いように思う。入れ方が上手なんだろうな。

 「田本さん、それじゃあ、神社行きますか。宇宙船は、鷲羽ちゃんに任せて。」

天地君が、スッと立ち上がりながらそう言った。

 「あ、行く行く。籐吾さん達もどう?」

いいですね、よろしくお願いします。とみんなで立ち上がった。身体が動くことを欲している。本当に僕も変わってしまった。いつもは、ご飯食べると横になっていたのに。今は天木日亜似の方で、なんだかこっちがデフォルトというか、慣れっこになってる自分に内心また驚く。

 「鷲羽ちゃん、それじゃぁ、宇宙船は頼みます。あとで寄りますから。」

 「・・・そうだね、何かあれば呼ぶよ。」

すでに頭の中はあの宇宙船なんだろう。答えが返ってくるまでワンテンポ遅れていたりする。なんかオモチャをもらった子どもみたいだったりもする。襟元をパンと引っ張って颯爽と研究室に入っていった。魎呼さんが後ろ手で手を振っている。赤く小さな宝玉がキラリと光った。

 天地君と、僕らは、神社境内まで走って登って行く。なんだか本当にこういうことが苦も無く出来る。結構長くて急な石段だが、三段飛ばしとか普通に出来たりする。おっさんとはもはや言えない。しかも、走るという行為よりも、ゆっくり歩くような運動量としか認識しないこの身体・・・。樹雷恐るべし。1万数千年前の籐吾さん他3人も同様の運動能力を誇っている。普通の人からすると化け物だよな、たぶん。クマとかライオンとか赤子の手をひねるがごとしだろう。

 「ほらほら、考え事してると、また天地殿にやられますよ。」

ハッとして前を見ると、すでに天地君は構えている。籐吾さんが始め!と号令をかけてくれた。慌てて、木刀モードにし、天地君の一撃を受ける。いかん集中だ、集中。ちょっと今日は気を引き締めて。力まず自然体で・・・。そう、あの夕咲さんの鞭のように。

 「・・・!」

打ち込んでくる天地君の目が変わる。右手を伸ばし、切っ先に力を込めた木刀が僕の目の前に迫る。その切っ先を今日は風のごとく受け流せた。その右手を左手で握りこちらに引き寄せ、僕の持つ木刀で天地君の首を刎ねんと下から木刀をふわりと首に近づける。

 「そこまで!」

遥照様の若々しい声が聞こえた。左手を離し、後ろに下がって天地君と一礼する。

 「ふふふ、田本殿はまた新しいパーソナルと融合したのだったな。手合わせ願おう。」

 「・・・剣聖でしたかな?。阿主沙殿の息子殿だな。あれからいろいろあったようだ、我がお相手出来ればよろしいのだが。」

視線がわずかに上に上がる。声も少し低くなる。自然と言葉が出てきてしまう。心のどこかでパーソナルの乗っ取りモード?とか思うが、それも一瞬で消える。

 「お願いします。」

大樹の前で座禅を組んだ修行僧のイメージが浮かぶ。泰然自若。自然に身を任せ一体となる。風は意思を持って襲わない。樹は土と共に生きる。水はどんなモノにも入っていく。

自然の理(ことわり)のように足を降ろす。木刀を振る。それですべてを受け、弾く。そして燃え盛る火が老木を襲うがごとく木刀の振りを攻撃に転じる。

 「くっ、なんと!。」

遥照様の目も変わる。しかしそれも一瞬。目が細まり、泉のような透明な視線に変わった。すでに戦いの場は、境内にとどまっていない。山野を味方とし木枝をその足場とするのは樹雷の剣技そのものだった。

 「辣按様!。駄目です。お待ちください。宝玉の制御がこれ以上・・・。」

忘我、強き者との対決。それを邪魔するように梅皇の声が響いた。一瞬の油断。そして火を噴くがごとく熱い左腕。それがだんだん全身に回ってきている。何とか遥照様の一撃を払いのけ、そのまま地に落下する。背中からズダンと落ちる。怪我はないが、のたうち回るほど熱い。どうにか、立ち上がるが左手の宝玉は、完全に暴走していた。

 「鷲羽ちゃん、だめだ、このままだと太陽系を吹き飛ばしてしまう!」

左腕そのものを光應翼で包もうとするが、赤い光は強く、今にも弾かんとしている。

 「ちょうど良かったよ。遥照殿、田本殿を借りるよ。」

転送で現れた白衣姿の鷲羽ちゃん。そっと僕の左手に手を沿わせると、宝玉の光は一瞬暗くなるが、それも一瞬。すぐに輝きを取り戻し、また熱くなってくる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷12


またえらいことに巻き込まれてしまいました。

梅皇さんとの関係は???




転送で現れた白衣姿の鷲羽ちゃん。そっと僕の左手に手を沿わせると、宝玉の光は一瞬暗くなるが、それも一瞬。すぐに輝きを取り戻し、また熱くなってくる。

 「田本殿、預かってる宇宙船のリアクターを起動しておくれ。」

あの透徹した、人を越えた表情の鷲羽ちゃん。

 「ああ、もうなんでもいいです。この辺に赤色巨星もないし。急ぎましょう。遥照様また後ほど!」

合成繊維のワイシャツもスラックスも溶けようとしていた。ああ、わかったと驚きを隠せずに立ちすくむ遥照様や天地君たち。

 転送フィールドが消えると、そこは鷲羽ちゃんの研究室。虹色のフィールドに包まれた宇宙船が横たわっている。すでに入り口エアロックらしきものは開けられていた。

 「魎呼に中に入ってもらってね、開けてもらったんだよ。なんとか補機で動く転送システムまでは起動出来たんだけど、メインリアクターは、わたしの手近にあるものでは起動出来なくてね。こっちだよ。」

もう一度グリーンの転送フィールドに包まれ、転送が解けると、そこは薄暗い宇宙船内部。わずかな光がともっているのは、起動に成功した補機だろう。

 「そのメインリアクターはどこですか?もうあまり持ちません。」

熱い。左手は炎を纏っているみたいだった。

 「本来、外部からのエネルギー供給は必要ないようだが、あまりにも永い年月眠っていたようだね。補機起動用エネルギーすらなかったよ。さあ、田本殿ここに立って、左手はここに置いておくれ。」

鷲羽ちゃんの設置した、大型受電パネル?のような物に手を置く。力が吸い取られていく・・・。あれほど熱かった左手が、どんどん熱くなくなっていく。それでも今回の暴走は規模が大きいのか、その吸い込む力を上回ってまだ熱くなろうとする宝玉。

ザザザと雑音のような音が聞こえ、小さな音からゆっくりと何かの声になり、はっきりと女性の声が聞こえてくる。合成音声だろう。血の気が通った声とは言えない声だった。

 「・・・い鳥は、高らかに飛び、魚は海をおよ・・・。暖かな日の光は私たちの命・・・みなもと。遠い故郷に、別れを告げ・・・・・・記憶をなくした・・・。どうにか、この星に・・・ああ、この子たちの命は・・・。」

悲鳴?のような声だった。雑音に紛れながら、何とか聞き取れたのは、子どもを思う母のような言葉だった。その声は間もなく聞こえなくなり、冷たくシステム起動を告げる声が聞こえてきた。

 「メインリアクター臨界まであと60秒。第3補機、第4補機起動。超長距離リープシステムへのアクセスは禁止されています。自動修復システムが起動。大破欠損部分は閉鎖し、航行システム、生命維持システムの復旧を優先します。・・・メインリアクター臨界まで、あと、8,7,6・・・2,1。メインリアクター起動。」

は?超長距離リープシステムって・・・?そう思って鷲羽ちゃんを見る。鷲羽ちゃんもびっくりした顔をしている。

 「鷲羽ちゃん、この船って・・・?」

 「もしかしたら、コア部分はシードを行った文明の船かも知れないねぇ。どうりで大型縮退炉でも起動出来ないはずだわ・・・。」

あっはっは、と額に冷や汗を浮かべながら笑う鷲羽ちゃん。いや、笑い事じゃないっしょ。

 「一瞬で第3世代の皇家の樹レベルのエネルギーを吸い取っちゃってね。縮退炉の臨界レベルを下回って、縮退炉がエンストしちゃったよ。ホント参った参った。」

また恐ろしいことをポロッと言う鷲羽ちゃん。

 「ってことは、もしかして、うちの探索機使ったの?」

うんっと思いっきり良く頷く鷲羽ちゃん。さっきの表情はどこへやら、イタズラしたことが見つかった子どものようだった。

 「また起動しといてくださいね、・・・ってそうか僕がやれば良いのか。」

あとで起動用外部プラグ教えるからさ、と軽いもんである。目の前がどんどん明るくなり、いろんなシステムの起動を示す表示が増えていった。これでこの船は通常モードになるだろう。さて、さっきの子ども達は何だったんだろうか。

 「・・・超長距離リープシステムの封印解除コード認識しました。リープシステムの封印を解除します。メインリアクター臨界から、全開運転へ。全補機システム出力104%。船外に大型縮退フライホイール形成・・・。形成完了。大型縮退フライホイールへエネルギー充填10%。」

 「今、船外って言いませんでした?」

鷲羽ちゃんをみると、この間の石化モードだった。ぱららっと石の粉が落ちている。一挙にさ~っと血の気が引く。

 「ねえ、鷲羽ちゃん、この船、半径50光年道連れに跳ぼうとしているんじゃ・・・。」

どこに跳ぶのか知らないが、まずい、非常にマズイ。鷲羽ちゃんはのんきに石化している。

 「し、システムオフ、メインリアクター出力30%、超長距離リープシステムへのエネルギー供給は中止。繰り返す、超長距離リープは中止。」

慌てて、そう言うとまばゆく輝き始めていた光が落ち着いた色に変わっていった。

 「起動キーを持つ者の意思を確認。通常モードに移行します。以降、船長として登録します。お名前をどうぞ。」

 「カズキ、柾木・一樹・樹雷・・・。」

思わず、口からその名前が出てしまった。瀬戸様あたりに大笑いされそうだったりする。それとも怒られるかな。

 「柾木・一樹・樹雷様を船長として登録します。以後、この船はあなたの意志に従います。ご命令をどうぞ。」

 「ふ~~、なんとか柾木家と太陽系を連れてジャンプすることは阻止出来たかなぁ。」

となりでバキンッと音がして石化の解けた鷲羽ちゃんが頭に石片を乗せて立っている。

 「鷲羽ちゃん、のんきに石化している場合じゃなかったですよぉ。この船、大型縮退フライホイールを船外に構築したって言ってましたよ・・・。」

慌てて、鷲羽ちゃんが周囲の探査をしている。半透明のディスプレイが大量に鷲羽ちゃんの周りに現れる。レッドアラートなものは、端からは、あまりないように見えた。

 「柾木家周辺に何の変化もない・・・か、探査範囲を広げると・・・。なんとこの太陽系をすっぽり包むほどの空間段差が出来てる。冥王星をおいてここを中心に、空間をゆがませてホントにリープする気だったようだね・・・。田本殿ナイスだね。」

 「柾木・一樹・樹雷様、ご命令をどうぞ。」

ふたたび、合成音声が船内に鳴り響く。もしかして気が短いのかな、このコンピューター。

 「航法システムおよび、生命維持システム、居住空間など修復を急いでくれ。いつでも飛べるように頼むよ。それまで、船体はこの場で待機。それと、さきほど僕の友達と遊んでたんだけど、この船に子どもが2人乗ってないかな?」

前半は、とりあえず言いつくろったモノ。後半は今回の出来事の核心だった。

 「了解しました船長。システム修復を急ぎます。再び飛び立てるようになるまで、この惑星の自転時間で、130時間ほど掛かる予定です。また、この船には、あなた方の他に生命体は、微小生物を除き乗船しておりません。」

え?それじゃぁ、一樹と柚樹が遊んでたモノは・・・?

 「ただ、この船を中心として付着物があり、過去に2機の補機からエネルギーを受け取り航行していた形跡があります。その付着物内になら可能性があります。」

ふ、付着物・・・。もしかして、この船の外装って・・・。

 「この船の外形と、現在の外装を投影してみてくれるかな。」

1,2秒のタイムラグのあと、構造図らしきモノが目の前にでかいディスプレイが現れ、それに投影された。長径150m程度、短径100m弱の楕円形というか、上下に少し押しつぶした卵形の船体を中心に、後方部分には超空間航行システムを含む機関部らしきモノ。そこから4本の柱が前方に伸び居住空間らしき場所につながっている。その画像を見るやいなや、鷲羽ちゃんが自分の端末を叩く。

 「なるほど、補機関の起動には成功したけど、主機関は無理だった・・・。それでも強大なエネルギージェネレーターと言うことで、この船を中心に、戦艦を仕立てたようだね。補機2台でも第3世代皇家の船以上の力があったろうから・・・。ただ、エネルギー補給が大変だったろうね。大食いで。」

鷲羽ちゃんの話では、主機が起動すれば、隣接次元から汲み上げるエネルギーで、ほとんど無限の航続距離が可能だが、補機のみでは通常の船と変わらず補給が必要らしい。

 「ええっと、とにかくその付着部分に、何かがあるようですが・・・。あと、この船のことって、アルゼルのアマナック最高評議委員長に報告しないとマズイですよねぇ。コア部分起動しちゃったし・・・。」

 「連絡はすでに取ってるよ。向こうでもいろいろ調べてくれているようだ。そうだ、船名と船籍コードのようなものがあったら教えておくれ。」

鷲羽ちゃんの声には反応しない。改めて僕がそう言うと、ディスプレイ上にデータが表示された。

 「古い言語だね。でも、汎銀河言語に近い構造を持ってる・・・。船名は播種銀河航行船、ラノ・ヴォイス3と読める。」

 「君の名前は、ラノ・ヴォイス3かい?」

 「本来の発音とは少し違いますが、そう呼んでくださって結構です。」

鷲羽ちゃんは、その船名やら何やらをどこかへ送信したようだった。そうだ、あの子ども達・・・。そう思って、鷲羽ちゃんの顔を見た。

 「わかってるよ。補機や主機が起動した今となっては、それに伴って「増築部分」もエネルギー供給が出来ているだろう。わたしの解析システムが、総力を挙げてスキャンしてるから間もなくわかると思うよ。おっと、みんなあんたを心配して外に来ているようだ。ここは一旦外に出よう。」

密かな電子音で、鷲羽ちゃんの周りに開いたディスプレイのひとつが、ゆっくり点滅していた。目の前のノートパソコンみたいな端末を閉じて、スタスタと歩いて転送ポートに行く鷲羽ちゃん。それについて歩こうとする。パラパラと何かが落ちる。うわ、また服がボロボロ。しかも左半身を中心に・・・。まあいいか。また一樹に作ってもらおう。あれだけの熱だったから仕方が無いか・・・。身体には・・・・・・痛みも痒みもない。なら良いか・・・ってまた腕時計が炭になっていた。消し飛んではいないけど、とても使えそうにない。

 「あのぉ~。これ、燃えないゴミに出したらどうなるんですか・・・。」

消し炭になってる腕時計を指差して鷲羽ちゃんに聞いた。

 「あんた、地球の半分を消滅させる気かい?それに確か対消滅反応炉使ってんだろ。どうせ外装が焦げてるだけだからさ、直しておいてあげるから、そこに置いときな。」

半身だけこっちを見て、鋭い目でそう言う鷲羽ちゃん。すんません、おねがいしますと、研究室のテーブルに黒焦げの時計をおいた。

 「柾木・一樹・樹雷船長、おやすみなさい。」

合成音声が、少し寂しげにそう告げる。なんかまた背負った気がする。転送ポートから船外に出ると、例によって皆さん鈴なりで待っている。何故かディスプレイもでかいのが開いて、そこには瀬戸様が・・・。

 「身体は大丈夫だったんですか?カズキ様。」

 「あなた、また宝玉が暴走したって言うから・・・。」

 「またなんか拾っちゃって・・・。まあ良いわ、楽しいし見てると面白いから。」

え~っと、・・・と言うわけで、と被告席に立つ気分はこういうモノだろうなと、思いながら今までの経緯を説明した。

 「あらら、地球にそんな船がねぇ・・・。アマナック委員長には説明したの?」

 「ええ、鷲羽ちゃんから連絡が行ってるはずです。瀬戸様、この船はどうしましょうか・・・?」

 「どうするったってねぇ、あんた自分の名前言っちゃったんだよね。この船は超長距離リープシステムの封印解除コードを持つ者にしか反応しないのなら、あんたの船にするしかないだろうねぇ。」

鷲羽ちゃんがニタニタ笑って言う。

 「さっき、白眉鷲羽って言えば良かった・・・。」

ぴこ~~んと隣から、巨大で赤い蛇腹式のハンマーで殴られた。痛くはないけど、やはりここはお約束で、頭抱えてしゃがみ込む。

 「じゃあ、神木・瀬戸・樹雷様かな・・・。」

 「鷲羽ちゃん、もう一発殴っといて良いわよ。」

瀬戸様が冷たく言い放つ。うわ、大変だぁ、みたいな視線を方々から感じた。

 「そうそう、あんた達の婚姻の儀、決まったからね。場所は、西南殿の時の設備も残ってるから月の裏側でやるわよ。そっちの暦で8月に入ってすぐよ。準備は私たちがやるから。それと、田本、いえカズキ殿は、さきほど柾木家と養子縁組終わったから。」

そこまでまくし立てると、忙しいのか瀬戸様は、じゃあねぇ~と縦に瞳が細い爬虫類顔をして手を振りながら、さっさと通信を切った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷13


間に合わなかったのですけど・・・。

生命創造の神秘。無から有だとどのくらいのエネルギーが必要なのでしょう・・・。


「そうそう、あんた達の婚姻の儀、決まったからね。場所は、西南殿の時の設備も残ってるから月の裏側でやるわよ。そっちの暦で8月に入ってすぐよ。準備は私たちがやるから。それと、田本、いえカズキ殿は、さきほど柾木家と養子縁組終わったから。」

そこまでまくし立てると、忙しいのか瀬戸様は、じゃあねぇ~と縦に瞳が細い爬虫類顔をして手を振りながら、さっさと通信を切った。

 「と、ともかく、遅くなったけどあの子ども達を救おう!。コア部分はラノ・ヴォイス3号らしいけど、後端部分は通常機関部分で、前端部が怪しい。乗り込むぞ!」

恥ずかしさに紛れながら、そこまで言った。プッと吹き出す籐吾さん達。耳が熱いから、僕は顔が真っ赤かも知れない。その時、視界の端に魎呼さんが空間から現れて、ふわりと降り立った。ちょっとうつむいている。

 「魎呼さん、もしかして・・・。」

 「ああ、内部を見てきたよ・・・。間に合わなかった・・・。」

驚いて、発掘宇宙船の前端構造物にあったエアロックのようなものをこじ開けようとする。もちろん人の力では開かない。鷲羽ちゃんが内部システムをハッキングし、電子錠を開けた。エアロックが開き、通路を早足で歩いて籐吾さんと二手に分かれ、僕は前方部分を目指す。水穂さんと阿知花さんが付いてきてくれている。内部は、墜落時のショックか、様々なモノが通路に落ちているし、壁からは電線のようなモノで、何とか釣られた電子部品が垂れ下がっていて歩きづらい。ブリッジらしきところに入ると、亡くなってミイラ化している人物がいた。服装と、髪からして女性のようだった。腹部に前から飛び出してきている構造材が突き刺さっていた。状況からして即死か、生きていても長くは持たなかったろう。いくつかのメーターに電源が入っているが、ほとんどのモノは割れて消えている。何かのスイッチが入り、ゆっくりと声が流れ始めた。

 「私は名も無い海賊・・・。この星に降りた理由をここにとどめる。ボスは、誇り高き民族、惑星アルゼルの子ども達を人質にし、代わりにこの船の封印解除コードを欲した。解除コードさえ手に入れれば、子ども達の命など、何とも思っていなかったのは今までの行動が示している。私は、この子達を不憫に思い、船と共に逃げた。ランダムジャンプを繰り返し、長い時間をかけ、この恒星系にたどり着いた。上空から私たちに似たヒューマノイドがたくさん住んでいるのが見えた。他の星系に行くには、航行エネルギーも尽きてしまっている。機関部も損傷がひどい。・・・ねがわくば、あの子達がこの星で幸せをつかんで、末永く生きんことを・・・。」

そこから先は雑音が入り、すぐに途切れた。こんな大きなモノをお腹に受けて苦しかったろうに・・・。シートを寝かせようとすると、身体が崩れてしまった。自然に敬礼してしまう。水穂さんも阿知花さんも一歩下がって黙祷してくれた。

 「・・・カズキ様、こちらに来てください・・・。」

籐吾さん達が呼びに来る。ブリッジの様子をすぐに察し、敬礼し黙祷してくれる。いずれ、この女性は手厚く弔わねばならないだろう。籐吾さんを先頭に、また廊下を戻り、奥まったカーゴスペースのような場所に着いた。ちいさな冷凍睡眠ポッドだろうか上部が半透明の細い楕円形をしたものがいくつか並んでいた。ほとんどのものが上部の半透明の部分が割れていたり、形そのものが、落下物によってつぶれてしまっている。奥の2台だけ閉まっていた。ゆっくりのぞき込むと、内部には干からびたちいさな人影が見えた・・・。

 「かなり昔に、生命維持装置も止まったようですね・・・。」

あやめさんが、顔を伏せてそう言った。すぐに後ろを向いてしまう。僕も涙で視界がぼやけてしまっている。重い落胆の感情が覆い被さってくる。しゃがみ込んで、その小さな冷凍睡眠ポッドを撫でる。

 「どうしようもないとは言え、寂しい結果だね・・・。でも、だとすると、あの蒼い球体と赤い球体は何だったんだろう・・・。」

 「柾木・一樹・樹雷様、私は、ラノ・ヴォイス3。私の、話を聞いていただけますか。」

さきほどの、無機質なコンピューター音声がこの格納庫に響いた。今さら何を話すというのだろう。

 「・・・この船は、墜落時に地中深く埋まってしまいました。子ども達を海賊から守った女性の遺志をなんとかして、かなえてあげたかったのですが、自力で脱出することももはやかなわず、この星の原住民に、子ども達を託すことも出来ませんでした。そのため、エネルギー消費を最小に押さえ、この星の時間で3000年ほど地中で耐えていました。しかし、それでもエネルギーの尽きるときはやってきます。最後の選択を・・・とても辛い選択の時が来ました・・・。私は、様々なシミュレーションを行い、最善と思われる方法を採りました。私の巨大な電脳空間に、この子達のアストラルや記憶をコピーすることにしたのです。それでも、ぎりぎりまで冷凍睡眠ポッドを駆動しましたが、エネルギーは尽き、あなた方が見たとおりの結果となりました。それがほぼ500年前のこと・・・。きっと未来には誰かと会える、そう思って眠り続け、先ほどの雷で私は覚醒し、近くにあなた方がいることを察知し、この子達を向かわせたのです。」

先ほどの薄く蒼く光る球体と、同じように赤く光る球体が現れた。

 「リルルとメルルだっけ?怖かったね。寂しかったね。」

両手を伸ばして、球体を撫でる。ちょっとビクッとして、それでもじっとしていた。手のひらにはわずかな反発力のようなモノを感じる。

 「・・・しかし、私の封印は解かれました。この子達の遺伝子情報は、すでに蓄積されております。柾木・一樹・樹雷様、この子達の生体としての身体を再構築してもよろしいでしょうか?」

 「え?できるの?」

思わず声の主を探すように、キョロキョロしてしまう。

 「私は、莫大な距離を渡ってきた、生命の種子を蒔く使命を持った船です。命の種子ということで、到達した星の状態により、炭素系生命体の単細胞生物から、同じ系統のあなた方のような高等生命体まで船内で構築することが可能です。もちろんケイ素系生命体も対応可能です。わたくし自身、本当にこのときを一日千秋の思いで待ちわびておりました・・・。未来のいつか、私の封印が解かれ、この子達が走り回れる日のことを。」

おっちゃん、こういう話には弱いのだ。涙があふれてきて止まらない。

 「・・・ああ、ああ・・・・・・。出来るならもちろん、そうしてくれないか。アルゼルに家族がいるかどうかわからないが、なんとか還してあげたいんだ。」

右手で、顔をぬぐう。左手の熱で溶けかかって、溶けかかり、固くなったワイシャツが痛い。それもまた良かったという思いのひとつのように感じられた。ポンポンと肩を叩かれる。後ろには鷲羽ちゃんがいた。

 「アストラルコピーと新しい身体の融合は、デリケートなところがあるからね。私もお手伝いするよ。・・・いい男がそんなに泣くもんじゃないよ・・・、かわいいけどさ。」

しゃがんでいる僕の頭を撫でてくれる。なんだか遠い昔に母に撫でられた記憶が思い出される。

 「鷲羽ちゃんって・・・、いや、いいです。・・・どうか、この子達が自分の足で走り回れるようにしてやってください。柚樹さんを抱いたり、一樹に跨がって遊んだり出来るようにしてやってください・・・。」

鷲羽ちゃんに大きく頭を下げた。

 「ラノ・ヴォイス3、こちらの方は、銀河アカデミー随一の哲学士、白眉鷲羽様だ。どうか協力してこの子達に大地を踏みしめる足を、風の香りを感じられる肌を再び与えてやって欲しい。よろしく頼みます。」

 「それでは、さっそく作業にかかります。播種生体構築関連エリアを開放します。白眉鷲羽様、こちらへどうぞ。」

奥のほうへ、床のガイド照明が点いていく。鷲羽ちゃんは、それに従って奥の方へ歩いて行った。船が喜んでいるような、そんな機械音が高まっていっている。ふとこちらを振り向く鷲羽ちゃん。

 「田本殿、いや、カズキ殿も来ておくれ、命を繋ぎ、再生させることには想像を絶するエネルギーが必要だからね。あんたの想いとエネルギーにも手伝ってもらうよ。」

ニッと笑う鷲羽ちゃんだった。

 「ええっとぉ、・・・危険は無いんですよね・・・。」

いろいろ心配されると、おっさんでも学習するのだ。心配そうな水穂さん他の視線が、さっきからすごく気になっている。

 「ああ、わかった、わかった。みんな付いておいで。」

なんだか二つの球体も嬉しそうに、くるりくるりと目の前で遊びながら奥の間へ歩いて行く、その後ろをゾロゾロとみんな付いてくる。廊下だろうか、そう見える場所も結構広い。歩いて行くと、シュッとリニアモーター的な音がして横開きのドアが開き、様々な直径1m程度の透明なガラス管、いや、地球ならアクリルなんかで作る、今一番進んだ水族館のような施設に入った。すべてに液体が満たされていて、グリーンや青の各種ランプがあちこちで瞬いている。見た目、準備万端ということだろう。

 「先ほど、この炭素系生物生体構築ゾーンは整備完了しました。白眉鷲羽様、このエリアのアドミニストレーター権限をお渡しします。」

鷲羽ちゃんの前に、いつも鷲羽ちゃんが起動する画面が自動で開き明滅する。一瞬驚いた表情をした。

 「お、いいのかい?柾木・一樹・樹雷殿。」

そう言う鷲羽ちゃんは、これ以上はないと言うくらい、嬉しそうな顔だった。一目でこの船のテクノロジーを理解したのかも知れない。

 「さっき、勢いで僕が船長になってしまいましたが、この船は、本来生きとし生けるものを生み出す船でしょう。ならば、それなりに知識のある方が実際に運用されることが良いと思います。どうせ、何にも言わなくてもシステムに介入したくて、うずうずしてるんでしょ?」

うんっと元気よく頷く鷲羽ちゃん。ああやっぱり、と周りのみんなも引きつった笑いで応えてくれている。

 「ラノ・ヴォイス3、お前の判断で白眉鷲羽様には、アクセスおよび研究権限を付与してくれていい。・・・このだだっ広い三次元宇宙に命の火を満たして欲しい。」

なにか、力がこの部屋に満ちたように感じた。

 「・・・遠い遠い昔、起源の星を飛び立つ我々に、天昇皇がかけてくださった言葉が思い起こされます・・・。力尽きた私に、再び力を戴きありがとうございます。・・・それでは、白眉鷲羽様、この星のエレメントを外部空間から取り込みます。よろしいですか?」

 「わかったよ。亜空間ドックに外部エリアと接続する部分を作るから。この船の真上でいいかい?」

 「了解しました。エレメント合成後生命核を創出、その後炭素系生命体に必須アミノ酸類を合成、アミノ酸がヒューマノイドを構築する充分量に達して後、アストラルを投射します。」

 「おお、そこから始めるのかい。凄いよ、本当に凄い船だよ。カズキ殿。」

あ~、おらにはわからないや、と思いながらラノ・ヴォイス3とやりとりしている鷲羽ちゃんを見た。今にも大笑いしそうな顔だった。若干怖い・・・。

 「船長。メインリアクター全力運転に入ります。・・・お手数をおかけしますが、こちらにお立ちください。」

あ~はいはい。エネルギーバックアップね。とフロアが光り、指定された場所に立った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷14

春はやはり忙しい・・・。

でも、ぽわぽわすると、浮き世を忘れられる。

がんばりまっす。


「船長。メインリアクター全力運転に入ります。・・・お手数をおかけしますが、こちらにお立ちください。」

あ~はいはい。エネルギーバックアップね。とフロアが光り、指定された場所に立った。

 「本来、私は生命創世をすれば、役目を終え、システムを封印するように設計されています。その星で眠るわけですが、私は・・・・・・もう、眠るのはいやです。どうかあなたと共に生かしてください。」

なんか、どこかで聞いたような・・・。まあいいのだ。どうせ、いっぱいいろんなモノを背負っちゃってるし。なんとなく背後の視線が怖いけれど。

 「わかったよ。僕で良ければ一緒に行こう。どうすればいい?・・・あ、はい。」

後ろで、あ、という何人かの小さな声がした。ポンポンとまた背中を叩かれる。そこには、アルゼルのアマナック最高評議委員長が立っていた。一度鷲羽ちゃんの方を見て、まっすぐに僕の目を見て口を開く。

 「・・・白眉鷲羽殿、突然失礼するよ。・・・田本殿、いや、柾木・一樹・樹雷殿・・・。おまえさんは不思議な男じゃの。この船を起動するには、凄まじいエネルギーが必要だったじゃろうに・・・。」

不思議なことに、さっきほど、迫力を感じない。とても柔らかな、嬉しそうな意思が感じられた。

 「・・・すみません、いろいろご迷惑をおかけして・・・。そうらしいんですけど、どうせ、この宝玉が暴走したことですし。」

と言って、ニッと笑った。

 「・・・そうか・・・、聞けば、アルゼルの子ども達がこの船に捕らえられていたという。記録によると確かに、3521年前に海賊に人質に取られた一家があったようじゃ。それでも我らは、この船の秘密を明かすわけにはいかなかった・・・。天昇皇の想いも大事なら、あまりにも大きな力を開放して、せっかく宇宙に満ちた命を無に帰すわけにはいかなかったのだ。」

苦渋に満ちたアマナック評議委員長の表情だった。

 「非常に難しい決断だったことがよくわかりました。でも・・・と、僕は煮え切らない感情があるのも確かです。」

 「そう、じゃの・・・。それが例え、わしの家族であったとしても、わしは考えを変えなんだ。鬼と言われようと、なんと言われようと、お前さんに渡したキーをあいつらに渡すわけには行かなかったのだ。」

一言一言を区切り、まるで、身体のどこかを切り落とされたかのような、痛みに耐えるように言うアマナック委員長だった。

 「だから、わしは、その子達に謝ることもできん。見殺しにしたのだから。それでも、孫はかわいい、おめおめとその顔を見に来た爺を笑ってくれ・・・」

そう言って、膝をつくアマナック委員長。大粒の涙がうつむいて膝においた拳の上に落ちていた。三千年あまり自分を責め続けて、正気でいられる精神力とはどのようなものか・・・。その想いを我がことと思えば、本当にいたたまれなくなった。

 「ごめんなさい・・・、アマナック委員長。僕はそう言うしか出来ません。」

涙で濡れた、拳にそっと手を添えた。

 「もう良いじゃないか・・・。アマナック殿。こうやって縁があって、また孫達に会えるのだから。」

鷲羽ちゃんが、優しい笑顔でそう言った。本当にこの人千変万化する。今は聖母様と言って良いと僕は思った。蒼い球体と赤い球体が、そっとアマナック委員長のそばに寄っていく。僕には、無邪気に喜んで跳ね回っているように聞こえてきた。

 「エレメント合成完了、続いて生命核を創出します。全エネルギーを合成槽へ充填。」

七色の激しい放電があちらこちらで起こる。この船はまさに無から有を生み出せるのか・・・。シードと一言に言うけれども、たどり着いた星に合わせて生命を創造する、それがこの船の目的なのか・・・。

 「ラノ・ヴォイス3、これが終わっても一緒に跳ぼう。梅皇さん、また封印を一時的に解いてくれますか?」

ほんとに、人が良いのもほどがあるわよ。わたしも、一樹も柚樹もバックアップでいるから、思いっきりおやりなさい!。と少し蓮っ葉な言い方だけど、決して嫌じゃないと言った感じで話してくれた。

 「司令官殿、阿羅々樹も、緑炎・赤炎・白炎も一緒にやりたいと申しております。」

籐吾さんが、そう声をかけてくれる。うん、ありがとう、と伝えてくれと言った。

 「アマナック委員長、優しい皇家の樹達が手伝ってくれるそうです。」

一度委員長の拳を上から握り、立ち上がってコンソール上に手を置いた。大きなスパークが起き、左腕にかろうじて絡みついていた、溶けてぺらぺらになったワイシャツの残骸が飛び散る。同時に、自分の乗った自転車が大きな坂道に掛かり、グッと踏み出すような抵抗感を左手から感じた。ピラミッド状にそびえ立つ合成槽の上部に小さな光が集中している。たくさんのホタルが飛び交うように。

 「生命核の創出まであと180秒。同時にアミノ酸の合成に入ります。」

 「そろそろ私の出番だね。」

ニタリと、舌なめずりをせんばかりの鷲羽ちゃんだった。鷲羽ちゃんの目の前には、いつものように半透明の端末がたくさん開いている。2段、3段になっているような鍵盤を叩きダイナミックに演奏するように端末を操作する。皇家の樹をしのぐほどのエネルギーを発するメインリアクターが、轟然と全力運転に入っていた。そして僕の左手も、かなり熱い。でもなぜか嬉しい。共に行こうと誓った仲間達が力を僕に分けてくれている。熱を越えた光がエネルギー規模の大きさを表していた。頭上にある球状の合成槽に光が集中し、そこを中心にひときわ大きなスパークが起こったと思った瞬間、球状の合成槽中心に赤い血のような丸い物体が出来ていた。時々脈打っている。

 「・・・生命核創出完了。アミノ酸も充分量が確保できました。」

 「よ~し、良い具合だよ。アストラルを投射するよ。リルル殿、メルル殿ちょっとだけがまんしておくれ。」

二つの球体がするすると昇っていく。その球体に青白い光が集中し、球状の合成槽に吸い込まれていった。ほどなく、目の前に整然と並んでいる、楕円形の水槽2つに、小さな点のようなモノが見えた。見ているうちに、小さな魚のようなモノから尻尾が消え、手足が見え、目がまぶたに覆われ、ほとんど十数秒で赤ん坊になった。それから、3,4歳くらいの男の子と女の子の姿になるまでまた十数秒・・・。どっかの軍需産業のお偉いさんなんかが見たらよだれを垂らしてるかもしれない。この技術を使えば、優秀な兵士を大量生産できるだろう。アマナック最高評議委員長が断固として拒否する気持ちもよくわかる。

 水槽の水がゆっくり抜かれた。髪の毛が額に張り付き、顔が水面から出ると、2人とも咳をしながら培養液を吐き出していた。すぐに培養槽は開き、四つん這いになって2人は出てきた。もちろん裸ん坊である。

 「あっ、気がつかなかったわ。一樹ちゃん、メイドさんにたのんで、バスタオルを転送してもらって!。」

水穂さんが、慌ててそう言った。真っ白で大きなバスタオルが2つ、ふわりと転送されてきた。水穂さんと阿知花さんが、すかさずバスタオルで2人を包んだ。リルルは水穂さんが、メルルは阿知花さんがゴシゴシと水分をぬぐっている。その拭き取る作業の手を逃れるように、2人はアマナック委員長に抱きついた。

 「おじいちゃん!。」

あのアマナック委員長が、くしゃくしゃに崩れた笑顔をしていた。地球の歌謡曲に孫を題材にした歌謡曲があったが、あの歌詞のとおり、宝物なんだろう。目に入れても痛くないと言う例えは本当なんだという、えびす顔だった。

 「・・・すまない。ほんとうにすまない。じいちゃんを許しておくれ」

どうにかそれだけ、泣きながら言葉に出来たようだった。2人の孫を抱きしめて、男泣きに泣いていた。

 「ふむ、生命核はまだ残ってるね。この船は・・・、だめだ、システムが閉じられようとしている・・・。」

その言葉に反応して、鷲羽ちゃんになんとか頼もうと思った。

 「鷲羽ちゃん、この船と一緒に跳ぶと言ったんです。どうにか、何とかなりませんか・・・。」

共に行こうと言ってしまった。僕にはたくさん船はあるけれど、明確な未来のビジョンをしっかりと胸に秘めた遠い過去からやってきた船はこれだけである。だいぶ欲張りかも知れないが。

 「だめだね、もともと、その星に着いたら、生命創造をして自分を封印してしまうように設計されているようだ。わたしにも根本的なところには、手が出ないよ・・・。でも・・・。」

しずかに、システムダウンしていくこの船。鷲羽ちゃんは、まだあきらめていなかった。

 「カズキ殿、もう一回エネルギー供給できるかい?」

 「わかりました・・・。」

鷲羽ちゃんの目の光はあきらめていない。ならば、と左手に力を込める。一瞬明るく宝玉が光る。目の前の合成槽の1つの扉が再び閉まり、液体が充填される。

 「生体構築ゾーンを一時的にメインシステムから切り離すよ。そうしておいてだ・・・。」

鷲羽ちゃんの舌が、ぺろりと上唇を舐めている。うわ、色っぽい。

 「ちょっと雑念が感じられるね。」

ニヤリとこっちもエッチな笑みだった。

 「な~んでもないっすよ。」

背後から無茶苦茶キツイ視線を3組ほど感じた。背中が痛い・・・。

 合成槽では、また生体の構築が始まっていた。赤ん坊からこども・・・。女の子か・・・。数分で小学校低学年くらいの髪の長い女の子になった。

 「そして投射するアストラルは・・・。」

鷲羽ちゃんが左手を挙げると、そこに小さな正方形の光が出来た。それが、カシャカシャと回転して変形、さらに小さな球体になる。鷲羽ちゃんの端末から一本の七色レーザー光が、その小さな球体にあたり、内側に炎のようなモノが出現する。

 「ふふふ、良い塩梅だ。投射!。」

球体は、す~っと女の子の生体に吸い込まれていく。合成槽の中の女の子がぱちりと目を開ける。同時に液体が抜かれ、上から順に合成槽の光も消えていった。

 「ふ~~、なんとか間に合ったかな・・・。ラノ・ヴォイス3殿、私たちがわかるかい?」

 「は?」

目が点になった。え~っと、僕は船のシステムダウンを回避して欲しかったんだけど。

 「わたしはラノ・ヴォイス3。・・・鷲羽様、どうもありがとうございます。」

水がしたたり落ちている、そのままで頭を下げる、その女の子だった。水穂さんが、つかつかつか、と歩いてきて、新しいバスタオルを差し出した。ちょっと怒っているように見える。その女の子が、おずおずと手を出して、タオルを受け取るが、なんだか使い方がよくわからないようだった。広げてしげしげと見ている。

 「あ~、もお。阿知花さん手伝って。」

たたっと、阿知花さんが駆けてきて、水穂さんと一緒にラノ・ヴォイス3を名乗る女の子を拭き上げる。2人の良くできたお姉さんが、妹の世話をしているようで微笑ましい。

 「システムが封印される前に、この船の意思を逆にこちらに写し取ったのさ。どうせ、あんたの新しい船の水先案内人には必要だろうからねぇ。」

うんうん、と腕組みしてうなづく鷲羽ちゃん。・・・あり、なんかふらふらする・・・。

 「は、腹減った・・・。」

鷲羽ちゃんはじめ、水穂さんやあやめさん達が、ズルッとこけてくれる。さっき天地君ちでいただいたけど、猛烈な空腹感だった。さすがにこの宝玉も暴走モードは脱したと見えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷15

う~ん、第一部完にしてしばらく休もうかなぁとか思ったり…。

ああ、でも書き始めると筆は滑りまくる気もする。

お金のない連休中は、また書き溜めましょう(^^;;;;。





「は、腹減った・・・。」

鷲羽ちゃんはじめ、水穂さんやあやめさん達が、ズルッとこけてくれる。さっき天地君ちでいただいたけど、猛烈な空腹感だった。さすがにこの宝玉も暴走モードは脱したと見えた。それにしても、腹減ったのだ。

 シードを行った文明の船である、ラノ・ヴォイス3は、全システムを凍結し再び物言わぬ骸のようになった。それでもこの船をいろいろ研究したい鷲羽ちゃんは、二つ返事で船を引き取ってくれた。どうせ、しばらく研究のネタに尽きないことだろう。アルゼルの最高評議委員長、アマナック氏は、2人の孫を連れて再びアルゼルに帰っていった。あの周囲を威圧するような雰囲気は影をひそめ、柔和などこにでも居るおじいちゃんと言って良い表情だった。ラノ・ヴォイス3は、結局、他のシードを行った船と同様の状態になったと言うことで、とくにおとがめ(?)なし。ラノ・ヴォイス3のコンピューターの人格は、どうもこの宇宙では、アストラルを有することから人権を認められることになるらしい。子ども達を海賊から守った女性の死体は、アルゼルの共同墓地に葬られることになった。宇宙葬と言う手もあるが、せっかくここまで逃げて来て子ども達を守ったのだ、暖かな大地に還るのも良いだろう。

 「水穂さん、お腹すいた・・・・・・。」

周囲がバタバタしているなか、僕は空腹にさいなまれていた。久しぶりにお腹すいたのだ。とりあえず、鷲羽ちゃんの研究室からお暇して、一樹に帰った。たぶん、一樹は僕の自宅上空まで移動して不可視フィールドを張って待機することだろう。籐吾さんと、あやめさんと茉莉さんも一緒に、一樹に来てくれる。

 「あ~~、もお。ほんとに手の掛かる旦那さまだこと。」

そう言いながら、どことなくうれしそうだったりもする。さらにテキパキとあやめさんと茉莉さんに、ラノ・ヴォイス3のアストラルを持つ少女を一樹のお風呂に入れることをお願いして、バイオロイドのメイドさんを従え、籐吾さんと阿知花さんとを伴い、一樹の邸宅の厨房に早足で行った。

 「すぐだから、ここで待ってるのよ。」

と食堂にひとり放っておかれる。見事に手の掛かる大きなお子ちゃま状態だった。しょうがないので、足下にいる柚樹さんを抱き上げて、撫でながら、ぼ~っとしていた。

 「ねえ、柚樹さん、なんかまた背負ったような気がする・・・。」

 「そうじゃの、まあ、終わりよければすべて良しではないか?」

ネコのカッコが微妙に今日はイラッとしたりする。腹減ってるからかな。

 「瀬戸様みたいなこと言わないでください・・・。僕は、黙って見過ごしたり放っておくことが出来なかっただけで・・・。しかも莫大な力も持っちゃってるなら、なおさらだと思うし・・・。」

 「それで良いのではないかな。おまえさんらしくて。たしかに、ここのところ立て続けだの・・・。まあ、いつかどこかに落ち着くと思うぞ。」

人間のように、ニヤリと笑う柚樹さん。年の功には勝てません。ええ。

 「そうだといいんですけどねぇ。そうだ、あとでお風呂入りましょう。雨に濡れてたんでしょ?僕も汗流したいし。」

 「それもいいが、また、ほれ、お前さんは服をボロボロにしてるのぉ・・・。」

ぬお、そうでした。左半身が、熱持ってボロボロだったんだ。また、一樹にコピーしてもらおうかな。

 「さっき、水穂さんが手配してたよ。僕もお風呂に入りたいなぁ・・・。」

一樹が、そう言うが、まさか自分の風呂に入ることは出来ないだろうし・・・。

 「じゃあ、阿羅々樹に行きましょう。」

籐吾さんの声に顔を上げると、大皿に盛られた、見たこともない料理が、ドンと目の前におかれる。色鮮やかな感じが、異国情緒というか、そう、韓国時代ドラマに出てくるような、放射状に野菜が置かれたそんな料理。うん、四国の高知県なんかで祝い席に欠かせない皿鉢(さわち)料理にも似ていた。そして、水穂さんがお盆で持ってきてくれるのは、ご飯と、お味噌汁。そしてお新香。阿知花さんも、籐吾さんの皿ほどは大きくないが、さらに真ん中を高く盛りつけられているのは・・・。これも見たことのない野菜と、肉が盛りつけられていた。

 「いいえ、今日こそ、わたしの白炎のお風呂に来てもらいます。」

阿知花さんは、決心という字を大きく顔に書いたような表情である。あんまりまじまじと見たことはなかったが、3人のうちでも一番ふっくらとした雰囲気がある。見つめていると頬を人差し指でプニプニしたくなった。

 「さあさ、あなた、急でしたので、あまり用意できませんでしたが、どうぞ召し上がれ。」

いつもは鋭利な刃物のような水穂さんも、今日はどことなく柔らかい雰囲気だった。

 「いただきます。」

みんなが、こっちを見ているが、猛烈な空腹感に勝てず、箸を持ちあげ手を付け始めた。何もかも美味い。籐吾さんの大皿は、見た目通り宮廷料理だし、阿知花さんのはそれに負けず劣らず、ご飯のお供にぴったりだし、居酒屋で出てきても、女性も男性も喜びそうな一品だった。水穂さんが持ってきたお新香も箸休めに口に放り込む。う、これってもしかして・・・。

 「・・・ほほほ、瀬戸様にぬか床を戴きましたのよ。」

美味いのだ。凄く。塩をきつくすると塩辛くなる上に、固くなったりもする。塩が足らないと夏は腐ってしまう。水穂さんが、ドヤ顔だったりする。

 「どうしてなんでしょうね・・・。お母さんの手が作ると美味しいですよね。」

瀬戸様の策略というか、ほとんど謀略レベルの考えに僕は勝てもしないし、手の上で踊るのが精一杯だが、ここまで強力に胃袋をつかまれるのが一番弱い。

 「どこへ行こうとも、必ずみんなの料理を食べに帰ってきたいな。」

口に頬張りながら言っても、説得力のかけらもないが、素直にそう思った。ぽ、と3人が3人とも顔を赤らめる。ありがたいことこの上なしである。ご飯を三杯もおかわりして、ようやく満腹になった。

 「ごめんなさい。とても美味しかったです。ご馳走様。」

手を合わせて、そう言った。水穂さん達が口々にお粗末様と応えてくれる。お腹いっぱいになると眠くなるのだ。今日もそれなりにいろいろあったし。と言うかありすぎたし。

 今何時だろ、と思っても時計も消し炭みたいになってるし。目の前に水穂さんと籐吾さんと阿知花さんが食事の後片付けを終え、座った。そう、何かを期待するかのように。

 間もなく、お風呂から出た、あやめさんと茉莉さんがラノ・ヴォイス3を名乗る少女を連れてきた。綺麗に髪を結ってもらっている。髪の色は気にしてなかったけど、濃い青に見えた。黒髪ではない。その少女は僕をまっすぐ見据え、歩いてきた。

 「・・・船長、わたしを船から開放してくださり、ありがとうございます。」

 「お礼は、鷲羽ちゃんに言ってほしいな。それにあなたには・・・、僕のもう一つの船、梅皇に乗って銀河を旅する案内人になって欲しいし・・・。」

とんっとなんの前触れもなく、その少女は、イスに座った僕の膝に跨がり、手を回してぎゅっと抱きしめてきた。目の前の3人が髪を逆立て、鬼瓦のような顔になっている。

 「い、いや、あの。」

砂沙美ちゃんくらいの子にこういうコトされるのは、ちょっとおじさん目まいがするほど嬉しい。天木日亜の記憶は完全にフリーズしてるし、辣按皇の記憶は、妙に興奮している。

 「ええっと・・・炭素系生命体は、こんな感じで愛情表現するのではないのですか?」

顔を上げて、真顔でそう聞いてくる。目の前の3人は今にも掴みかからんばかりだったりする。籐吾さんは、あやめさんが押さえてくれているけど、赤黒い情念の炎を燃え立たせている2人が怖い。

 「と、とりあえず、降りてくれるかな。も・・・、もうちょっと親密になってからなんだよ、こういう風に乗っかるのは・・・。」

目を伏せて、ラノちゃん(仮称)はちょっと考えている。でも降りようとしない。

 「こうやってる方が、なぜか心地よいのです。」

そう言ってまたぎゅっと。うわ、3人が暴走前の宝玉のごとく・・・。さすがに怖いのでラノちゃん(仮称)の脇の下に手を入れて、持ち上げて、膝から降ろした。

 「・・・人間の身体になったから、いろいろ勉強しないとね~。」

冷や汗だらだらで、ゆっくりとそう言って聞かせた。微妙に不服そうなラノちゃん(仮称)である。とにかく、今日のところは一樹の隣の部屋に寝てもらうことにした。そうだ、砂沙美ちゃんにお友達になってもらうのも良いかもしれない。また思いつきだけれど。

 「それじゃあ、みんな今日は遅いから・・・。」

なんとか、それで、みんな自分の船に帰ってくれた。でも阿知花さんは、こちらを何度も見ながら名残惜しそうだし・・・。あの人だけ彼氏居ないんだよな・・・。僕的には、水穂さんもいいけど、あんなふっくらした感じの人も好きだなぁ、とか。でも、とにかく、今日は疲れた・・・。柚樹さんと一樹には悪いけれど、お風呂に行く気力が無かったりする。ザッとシャワーを浴びて、いつもの部屋に水穂さんと入って眠ることにした。そうやって、月曜日の夜は更けていった。夜中に眠れないと、ラノちゃん(仮称)が言ってきたので3人で川の字で眠った・・・。

 明けて火曜日、さすがに何もなく一日は終わり、100歳慶祝訪問用の記念品や、祝い金の準備も完了。終業後いつものように夕食後柾木家に剣術の練習に行った。籐吾さんもしっかり来ていた。神木あやめさん、茉莉さん、阿知花さんも棒術を中心に練習を始めていた。3人とも何とも美しい・・・。強さで言うと、あやめさんが一番だが、茉莉さんは正確に打ち込むし、阿知花さんはちょっと詰めが甘い気もするけど、まれに強烈な一撃が出ている。遥照様は、辣按風味(?)がお気に入りのようで、昨日は最後までできなかったと、またもやお相手した。ラノちゃん(仮称)は、鷲羽ちゃんところで検査らしい。

 「さすが、剣聖と言われるだけありますな。太刀筋の鋭さには恐れ入った。」

辣按モードな自分。違和感ありありだけど、乗っ取られているわけでもなく、そう言う気持ちで、そうしゃべる自分が不思議だったりもする。

 「なんの、私にとっては過去の記録ですが、天木辣按皇の剣術は素晴らしかったとの記録があり、かなうモノなら手合わせ願いたいと以前より思っておりました・・・。ほんとうにうれしゅうございます。」

深く一礼して、握手を求められる。右手同士で握手したところで、辣按様モードから抜けた。そのわずかな気配を遥照様も感じ取ったらしい、ニカッと笑顔になり、グッと握手の力を強める。

 「本当に難儀な、うちの息子だな・・・。」

痛いですって、遥照様。でかくて温かい手だったりする。そのニカッと笑う笑顔は阿主沙様そっくりである。

 「というわけで、明日10時に町長と一緒に伺いますのでよろしくお願いします。」

と、田本さんの姿に戻って、一礼した。仕事である。すべての出来事の元になった。遥照様の船穂と一樹の操作があったと言うべきだろうけど。

 「明日は、たぶん、せいぜい30分くらいでお暇します。」

ここまで話が進むのに、あたしゃ、もの凄いことになったなと

 「そのイベントをおもしろがって、アイリと美守殿が来るのだが、それが終わったあとカズキ、お主はどうするかな。」

はうっ、名前を呼び捨てにされると、ちょっとびくっとする。まあ、でも「お義父さん」だし・・・。

 「あうう、どうしましょうか・・・。やはり、午後からでも、ここに来るべきでしょうねぇ・・・。」

背中に汗をかきながら、水穂さんを見る。ま、当然でしょうね、とでも言わんばかりに無言で小さく頷いていた。天地君は、いつものように気の毒そうに右手で頬を掻いているし、あやめさんに茉莉さんに阿知花さんは、きゃいきゃいと女子会している。籐吾さんは、神社の階段に座って遠くの町を見ていた。むっちゃ絵になっている。それに気付いた、あやめさんがそっと隣に座っていた。ちょっと、いや、とても幸せそうに見える。

 「しかし、カズキ、お主は、この者達を率いてどこへ行くのだろうな。」

その様子を一緒に眺めながら遥照様がつぶやいた。

 「そうですね、できれば、銀河5つほど向こうだという、シード文明発祥の星へ行ってみたいですね。」

 「ほお、それで何をするのだ。」

ちょっとまぶしそうな表情の遥照様だったりする。

 「そこに居るのかどうかわかりませんが、そこに居る人々と話をしたく思います。酒も酌み交わしたく思います。ここに集ってくれた、みんなだったら航路を開拓しながらでも行けそうに思うから・・・。」

 頭を掻きながらそう言うと、遥照様がもう一度握手を求めてくる。ガッシリと固い握手をして、手を離した。階段に座っていた、籐吾さんとあやめさん、茉莉さん、阿知花さん、そして水穂さんも握手を求めてくれた。下の柾木家から神社の階段を走り上がってきたのは、ラノちゃん(仮称)だった。その後ろから、鷲羽ちゃんがゆっくりと現れる。ラノちゃんは走ってきて、僕をみて、立ち止まる。あ、そうか、姿を知らないんだ・・・。じゃあ、天木日亜モードで。それを見たラノちゃんは、表情を明るくして、歩み寄ってきて両手を挙げる。抱いて欲しいってことね。右手片手でラノちゃんの脇の下に手を入れて抱き上げる。木刀は左手に持ち替えた。首に手を回して幸せそうに頭を預ける。3人の表情が硬くなるのは、この際耐えてもらって・・・。

 「莫大な力を得たと同時に、何かとても重い責任のしかかってきてる気がしますね。しかし、世間的には、僕は危険人物なんでしょうねぇ。」

 「樹雷の皇族というキーワードがある意味守ってくれるだろう。実際その通りだし。」

遥照様は、いつもの眼鏡をかけた神主さんに戻っている。ポケットに手を入れた鷲羽ちゃんが、ほれ、と、直った腕時計を手渡してくれた。

 「そのガジェットにもう動力炉は必要ないだろう。田本殿、いやカズキ殿からエネルギーをもらう仕様にしたからね。その代わり耐熱装備にスペースを割いたから。左手の赤い宝玉が最大出力の時には、木刀は、望めば数十m以上に伸びるからね。気をつけておくれな。それと、ハッキングツールは、鷲羽ちゃんモードだからね。」

腰に手を当てて、マッドサイエンティスト笑いをしそうな勢いの鷲羽ちゃんだった。もしかして、廃棄だけお願いして自分で作っちゃった方が良かったんでは、なんていう考えが脳裏をワープしていく。たぶん、かなり深部まで足跡残さずらくらくさくさくハッキングってなもんだろう。

 「はうう、危険人物さらに確定・・・。気をつけて使います。」

 「ラノ・ヴォイス3殿は、アストラルと生命核から作った生体も安定しているよ。特に調整は必要ないが、まあ、新しい身体に慣れることだね。基本的な知識はわたしの端末からすでに習得しているようだよ。」

そういえば、この子もオーバーテクノロジーの産物だった・・・。

 「ちなみに、さすがに皇家の樹達とは・・・。」

 「いや、すでに樹のネットワークにログイン済みだな。梅皇がことのほか気に入っているから問題ないだろう。」

足下から銀ネコの柚樹さんの声がした。

 「トップシークレット、と言う訳ね。あなた、ちゃんと護りなさいよその子も、そしてここに居る者達を。」

どこで聞いているんだか、ドアップの瀬戸様が目の前に現れる。心臓に悪いが、うむ今日も綺麗だ。一瞬見とれてしまった。

 「・・・おっと、すみません。美しい大輪の花が突然目前で開いたようで、驚きのあまり見とれてしまいました。」

最近、いけしゃあしゃあとこんな歯の浮くようなことも言えるようになってしまった。ポッと頬を赤らめて、それでもキツイ口調で返してくる瀬戸様。

 「あら、お上手なこと。わたしも鬼姫の花を見てみたいモノだわ。」

ここでまたしばらく見つめて、

 「鬼というのは人よりも力を持った、人を越えた存在、ここ日本では古来からそうでありました。美しさにしても同様でございます。」

歯が浮いて、歯槽膿漏になりそうだ、と我ながら思った。瀬戸様の水鏡の中だろう、何人か控えている女官さんが口元にそっと手をやっている。水穂さんが言い過ぎよ、と脇腹に肘鉄する。痛いのだ。

 「くっ、悔しいわ。今度こそ水鏡に幽閉してやるんだから。」

珍しく真っ赤な顔の瀬戸様だった。これはこれで可愛い。

 「瀬戸様、水穂に、ぬか床をありがとうございました。本当に美味しいお漬け物でした。」

さらに、深々と一礼した。

 「水穂ちゃんと、阿知花ちゃんにもあげてるからね。2人に胃袋ぎゅっとつかまれちゃいなさい!。・・・って、大事なことを忘れるところだったわ。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷16

怒濤の五月が過ぎ、いろいろ変わるものは変わろうとしている昨今でございます。

さて、分量的には少ないのですが、なんとか更新します。

今ちょっとテンション低いので、パワーを溜めて更新していこうと思います(^^;;。


「水穂ちゃんと、阿知花ちゃんにもあげてるからね。2人に胃袋ぎゅっとつかまれちゃいなさい!。・・・って、大事なことを言い忘れるところだったわ。」

なんかスッゲー、嫌な予感がする。ぞわぞわと背筋を這い上る悪寒の虫たち。きっちり、極太の一矢を用意しているのが、瀬戸様らしい。

 「あんたたちに、銀河およびアンドロメダ銀河、その周辺銀河探査の任が降りるわ。補正予算を樹雷の議会に出したら通っちゃってね~。」

トリプルZと言うらしい、白地に禍々しい字体の「ZZZ」と書かれた、扇子の面をこちらに向けて、口を隠し、ほほほと微笑みながら瀬戸様がそうのたまった。水穂さんがあからさまに辟易と言った表情をしている。

 「ええと、瀬戸様、あのぉ、それこそ、こないだ樹雷皇家に認められたらしい、おっさんにそんな無茶なこと言っても良いんですか?」

ほらほら、宇宙海賊王になっちゃうかも知れませんよ?と必死で食い下がってみる。

 「あら、良いのよ。西南殿も似たようなこと言ってたけど、西南殿には簾座方面を任さないといけないし。あなたでないと起動すら出来ない銀河間航行装置もあるし。なにより、そこまで冷淡で無責任な人ではないことが、わたしにはよく分かっているもの。それに、謙吾ちゃんや工房の職人が頑張ったようで、明日の午後くらいにそっちに着くわよ。あなたの銀河間航行用の船が。謙吾ちゃんなんか、スキップしながら飛び出していったわよ。」

なにか、思いっきり大きく頷いている瀬戸様だったりする。しかもさらっとまた重いことを言うし。・・・はいはい、良くお分かりで。阿主沙様や船穂様、美沙樹様、内海様、そして瀬戸様の笑顔は見たくないものではありませんし、ご恩も忘れておりません。

 ついつい、と太もものあたりを指先でつんつんされた。見ると、鷲羽ちゃんがキラキラお目々でこちらを見上げている。よく分からないが、ラノヴォイス3ちゃんに対抗してか、一回り小さくもなっていた。もともと美しい人だから可愛らしいことこの上ない。はいはい、新しい船にもお乗せしますよ、と頷いてみせた。まあ、と嬉しそうに頬に手をやる鷲羽ちゃん。な~んとなく、曲解されたような気がする。

 「・・・・・・わかりました、神木・瀬戸・樹雷様。ただひとつだけ、望みがあります。いつぞの夜、あなたのおむすびに涙した、籐吾さんを抱きしめたときの微笑みを僕にも見せてくれますか?」

真顔で少しだけフリーズ気味の瀬戸様。

 「・・・ふ、ふんっだ、どうせ水穂ちゃんや阿知花ちゃんよりも歳食ってるわよっ!」

とりあえず、照れ隠しで言い返した、そんな感じ。

 「ええ、胃袋わしづかみにしちゃった張本人が、にっこり微笑んでくれること以上のことはないでしょうから。」

だって、美味かったのだ。あの塩結びにお漬け物。金や名誉は申し訳ないけど、戴き過ぎるほど戴いていると思うし。皇家の樹とその船がある限り、ランニングコストもそう掛からなさそうだし・・・。

 「・・・くっっ、不覚にも、嘘でも嬉しいなんて思ってしまったわ。」

小さく舌を出して、べ~っだみたいな顔をする瀬戸様だった。そのまま通信は切れてしまった。僕は、まだ樹雷の経験も浅いし、この瀬戸様という人がウワサで言われているほど忌避すべき対象にも思えなかったりする。

 「瀬戸様があんな顔するなんてねぇ~・・・。」

水穂さんが、僕の顔を見て、ちょっと不思議そうな微笑みを浮かべていた。

 「明日は、なおさら、年次有給休暇取らないと行けないんでしょうねぇ・・・。別に休むのに言い訳はいらないけど、福祉課長に、新しい銀河間航行用宇宙船が届くんで、とは言えないよなぁ。」

ぷっと天地君が吹き出している。籐吾さん達は、あ~あ、うちの司令官殿は、とでも言いたそうな顔だった。

 「でも、本気で、銀河を飛び出しても良いんですね・・・。」

柾木神社の上空を見上げて言った。空には美しい天の川が見えている。光を点滅させながらゆっくり動いているのは、地球の航空機だろう。美しい夜空を飽きるほど眺めていても、以前は何も起こらなかったが、今は思うまま飛べるのだ。

 「飛び出しても良いですが、たぶんいろんな人を乗せていかないといけないでしょうね。未知の文明へコンタクトするのですからその道のプロの人も、それに、アルゼルの星系を梅皇の船の亜空間に固定するおつもりでしょう?・・・大所帯ですわね。」

ほんっとうにバカな人よね、ってリアクションをしながら、水穂さんは、決して馬鹿にした視線ではない暖かな目をしていた。

 「・・・そうですね、皆さんの文明では、超空間ドライブ技術で星の海を渡って行かれるようですが、私たちの超長距離リープシステムだと、一度に最大1500万光年を飛ぶことが出来ます。」

僕の頭に手を回している、ラノちゃん(仮称)が淡々と無表情に言った。

 「いっせんごひゃくまん光年って・・・。確かお隣のアンドロメダ星雲まで250万光年だったような・・・。」

たら~っと冷や汗だか、なんだかよくわからない物が額から流れ落ちる感触がある。ちょっと下からラノちゃんを見上げた。

 「樹雷でさえ、その銀河間空間にはまだ足を踏み入れていませんわね。銀河系の端っこ、辺縁系ならいざ知らず・・・。」

水穂さんが、ん~~と言った雰囲気で人差し指を下唇にあてて、上目遣いでちょっと言葉を選びながら言葉を紡ぐ。

 「・・・私は、その距離を跳んでこの銀河系に来ましたから・・・。超空間ドライブ技術は無いので、超長距離リープ明けは、亜光速で航行しましたけど。」

それはそれで、また莫大な時間をかけているような・・・。大ざっぱに大距離を跳んで、近くまでは亜光速ですか・・・。でも航路というモノが無い場所を進むのならそれも安全かも知れない。航路というモノ、やはりそれなりの理由があって作られた物だろうし。

 火曜の夜は、そうやって更けていった。竜木籐吾さんや、神木あやめさん、茉莉さん、はそれぞれの船に帰っていった。なぜか阿知花さんがモジモジと残っていたりする。気がつくと、水穂さんとラノちゃん(仮称、もういいか・・・。)は、手を繋いでどこか謎めいた微笑みで転送されていった。

 「・・・あの、瀬戸様からも言われているんですけど・・・・・・。あなたを繋ぎ止めるには、水穂ちゃんだけでは心許ないから、わたしも、その・・・。」

下にうつむき加減で、恥ずかしそうに言う阿知花さんだった。3人のうち、どことなく地味な印象だけど、一番家庭的な印象だったりもする。

 遥照様は、ニヤリと笑って、肩をポンポンと二回叩いて、社務所に入っていく。天地君達はすでに階段を降りているようで賑やかな声が遠ざかっていく。

 「・・・そんなに僕って、どっか行っちゃいそうなのかなぁ。・・・白炎のお風呂入らせてくれますか?」

頭を掻きながら、そう言って、阿知花さんを抱き寄せる。第2夫人みたいなもん?しかも公認の?。皇族なんだな、こう言うのってなんて思う間に、緑の光のカーテンに包まれて白炎のコアユニットに転送されてしまった。阿知花さんは少しだけ、ビクッととしたあと、じっとりと暖かい身体を僕に預けてくる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷17

一度、第一部とか、地上編完とかで時間をおこうかと思ったんですが、天地無用!の強烈な皆さんが許してくれそうもありません(^^;;;。

まあ、パソコンのキーボードの赴くまま頑張ってみようかと思います。

岡山の太老神社もまたお参りに行ってきたし(^^;;。




「・・・そんなに僕って、どっか行っちゃいそうなのかなぁ。・・・白炎のお風呂入らせてくれますか?」

頭を掻きながら、そう言って、阿知花さんを抱き寄せる。第2夫人みたいなもん?しかも公認の?。皇族なんだな、こう言うのってなんて思う間に、緑の光のカーテンに包まれて白炎のコアユニットに転送されてしまった。阿知花さんは少しだけ、ビクッととしたあと、じっとりと暖かい身体を僕に預けてくる。

 白炎のコアユニット内は、皇家の船としては、こじんまりとして見えた。たぶん、広大な空間が亜空間固定されているのだろうが、そう言う印象を持つような配置だった。眼下に水田や果樹園、養蚕用の桑畑など、水利を考えてうまく配置されていた。建物は、樹雷に帰ってから日も浅く修復中のものも散見された。阿知花さんと一緒に、手近の畑まで行き、土をさわってみた。きめが細かく良く耕されている土だった。ふわりと柔らかく、良い匂いもする。

 「よく手入れされた、畑ですね。」

 「ほとんどオートメーションで種まきされたり、手入れされますが、わたしは、ここで時間を過ごすことが多いんです。」

ちょっとうつむき加減で恥ずかしそうに言う阿知花さんだった。振り返って阿知花さんを見ると、少し高い丘に家のような建築物が見えた。一部まだ修復中の場所や、燃え落ちててしまったようで、修復用構造材が見えているところもあった。改めて、天木日亜の記憶が呼び起こされ、時空震を食らったときの光景が脳裏をよぎる。

 「・・・阿知花さん、白炎本体へのダメージはどうだったんですか?」

あの時空震に巻き込まれた、他の皇家の船も大きなダメージを負っていた。天木日亜の船もそうだったし、真砂希姫の樹はコアユニットでは命を保つことが出来ず、地球に根付かせたほうが良いほどダメージがあった。

 「白炎そのものには、日亜様のご努力もあって、ダメージはほぼありませんでした。でもわたしは・・・。ブリッジ内での小火災に巻き込まれて重傷を負いました。」

そう言いながら、左肩の皇家の服をずらし背中の肌を見せてくれる。いまだ痛々しい火傷や傷跡が見えた。

 「あ、でも現在の樹雷の医療技術で、ほとんど元に戻るようなんですよ。」

努めて明るく、そう答えた阿知花さんだった。

 「・・・すまぬ、籐吾や、そなた達には、暗く冷たい宇宙を長期間旅させてしまった・・・。はぐれなければ、この地球で真砂希姫と共に・・・。」

そこまで言ったときに、ふわりと口を阿知花さんの手のひらで覆われてしまった。

 「何もおっしゃらないで・・・わたしは、わたしは・・・。今ここにいることが嬉しいのですから。それは、籐吾様も、あやめ、茉莉も同じでございます・・・。だから、独りでどこかに行かないで・・・・・・。」

そう言って、阿知花さんは、胸の下に手を回して来た。

 「・・・なんか、すんごく美化されてるような気がします。中身は地球のおっさんですよ。」

こう、微妙に済まないな~、とか思って、そう口走ってしまった。阿知花さんは、顔を上げて上目遣いに僕を見つめると、メレンゲを思わせるような笑顔をした。

 「うふふ、そんな反応されるところも、実は天木日亜様とそっくりですわ。」

温かい唇に口をふさがれてしまった。またも、緑の光りのカーテンが掛かってどこかに転送された。転送された場所は・・・。

 「・・・あの、僕、汗臭いですよ・・・。」

 「日亜様を、いえ、あなたをすべて感じたいの・・・・・・。」

日本の和室のような雰囲気の部屋だった。ただ、結構広い。真ん中に分厚いマットレスと、遠目にも豪華とわかる木製のベッドがある。地球で言うところのキングサイズ、いや、横にもっと大きい。もちろん、先ほどの辣按モードはとっくに抜けて、日亜モードだったりする。今では、この姿が最もしっくりきてしまう。

 水穂さんの張り詰めた美しさも良いが、こちらはこちらで柔らかな風情がたまらない。

そんな切れ切れの思考は、阿知花さんの愛おしさの前には無抵抗に地に落ちてしまった。

 「・・・これからは、一緒にいられますね・・・。」

 「言葉にしないで・・・。どこかに飛んで行ってしまいそう・・・。」

そう言って、胸に顔を埋める阿知花さんだった。

 「・・・カズキ、あのさ、そろそろお風呂入りたいな・・・。」

ハッとして、辺りを見回すと、一樹と柚樹さんがベッドの足下で居た。

 「すっかり忘れてたけど、2人ともずっとそこに居たの?」

 「・・・だって、お風呂入りに行くって言ったじゃん。」

あ~、ホントに忘れてた・・・。

 「ワシは、外にいようと言ったんだけどのぉ・・・。梅皇殿も、ましてや瀬戸殿も見たいというしのぉ。」

公認・・・。その言葉が重くのしかかる。結構エッチだよな皇族って。

 「もお。・・・まあいいわ、見せつけてやりましょ。さあ、みんなでお風呂に行きましょう。」

あれ?、よよよ、と恥ずかしさのあまり泣き崩れるかと思ったけど・・・。この人結構強い。

 「地団駄踏んでるお母様を思い浮かべると、何か、どうでも良いかなって。」

晴れやかな笑顔が気持ちいい。うんわ~、強いわこの人。一樹と柚樹さんのお風呂まだ、と待つキラキラした視線に見守られながら、脱ぎ散らかしたものをもう一度身につけたところに、水穂さんや、籐吾さん、あやめさんに茉莉さん、そして立木謙吾さんが転送されてきた。水穂さんは、着替えを持ってきてくれていた。そのまますっと阿知花さんと反対側に近寄ってきた。

 「・・・今夜は、寝かさないわ・・・。」

罰?お仕置き?それとも・・・。またもや嫌な汗が頬を伝う。

 「・・・え~っと、お取り込み中、すみませんが・・・。」

僕のことお忘れではありませんか?みたいに、立木謙吾さんが小さく手を上げている。それがとても可愛らしく思えて、立木謙吾さんの前に歩いて行き、わしゃわしゃと頭を撫でた。気持ちよさそうにしている表情は、ほとんど柴犬みたいだった。・・・あれ、ちょっと油っぽい。めずらしいな。

 「・・・ごめんなさい、俺、ここ3日ぐらい忙しくて風呂に入ってないんですよ。」

そういえば、船を作るのに突貫工事したようなこと言っていたし。ちょっと離れようとしてみたりする。その手首を捕まえて、グッと抱きしめた。

 「僕も、さっき遥照様と練習したし、・・・阿知花さん可愛かったし。・・・ありがとう。帰ってきてくれて。」

ちょっと涙ぐむ謙吾さんが、愛おしい、と思う間もなく、そのまま左からは水穂さん、右から阿知花さんに引っ張られて、転送ポートに入る。あとから、他の3人と一樹や柚樹もポートに入り、転送された先は、アマゾンの奥地かと思うような巨大な風呂だった。

 「また、こりゃ・・・。」

皇族の力を見せつけるような、広大さ。そして自然を切り拓いて作ったような、この豪華さ。皇家の船の内部は、たぶん、皇族の趣味で作られるんだろうけど、凄いなホントに。更衣室というか、まあそう言う機能の部屋でみんな一挙に脱いで、お風呂に飛び込んでいる。ホントに子どもみたいだったりする。

 「プールとかって言うより、池とか、湖ですね・・・。」

適当に背もたれのような石があるところに、みんな座ってる。そこまでざばざばと歩いて行った。

 「あはははは。梅皇には、もっとスゴイお風呂がありますよ。そうそう、それに言うのが遅くなりましたが、樹雷皇阿主沙様や、船穂様、美沙樹様、内海様、瀬戸様に天木舟参様からも亜空間固定用の居住ユニットを戴いています。」

初耳!?と思って、謙吾さんに詳しく聞いた。これまでも、皇族の皆さんは、自分の皇家の船を持つが、その中に居住空間を固定し、贅を尽くした住まいを作るのが当たり前なのは聞いていた。皇家の樹の莫大なエネルギーは、もちろん攻撃にも防御にも超絶な力を発揮する。コアユニットそのままだと僕が最初に食らったようなエネルギーバースト状態になり、まあ星系一個くらい簡単に吹き飛ばすらしい。そこでエネルギーの効率的な利用と、力の加減ということで、適当な武装もするんだそうである。それはともかく、内部も亜空間固定なんて言う離れ業で見かけとは関係なく、かなり大きな空間が固定できる。それで、適当な大きさの空間に、箱庭的な理想の空間を作ったりする趣味があるそうで、何とも贅沢で壮大な趣味だと思うけども、そうやって作られた居住ユニットを戴いたんだそうである。ありがたいけれど、お礼なんてどうすれば良いんだろう・・・。

 「無茶苦茶壮大な箱庭的趣味ですね・・・。」

ようやくそれだけ言えた。いや、箱庭ではなくて、そのものだろう・・・。一つの閉じた生命系を構築しているんだろうし・・・。潤沢な皇家の樹のエネルギーあってこそ、だろうなぁ。今さらながら一樹とどこか遠くへ逃げ出したくなってきた。

 「・・・だめですよ。一樹と逃げようなんて考えても・・・。梅皇の船足が速いですからね。」

籐吾さんが、下からのぞき込むように、言う。

 「もしかして、籐吾さん、エスパー?」

あはははは、と明るい笑い声がオリンピックの競泳用プールかと思うような風呂場に響き渡る。風呂の湯はとても気持ちよく、うちの家のような電気で沸かした風呂のようにちくちくしない。本当に豪勢な風呂である。なんとなく、混浴状態で入ってるし。一樹はラノちゃんと水をかけあって遊んでるし、柚樹さんは、だらんと足を伸ばしてす~いすいと泳いでいた。

 「・・・なんかホントの家族みたいですよね。」

ぽつりと口から言葉が漏れ出てしまった。顔もお湯以上に熱くなる。

 「まあ、ぶっちゃけ司令官殿が独りでどっか行かないための要石(かなめいし)ですけどね、みんな。でもみんなあなたと一緒にいたいという思いは嘘ではありませんよ。」

ぴううう、と風に吹かれて飛ぶ風船のイメージが頭に浮かぶ。僕独りじゃ何もできないのも確かだし・・・。

 「あ~、まあ、そーでしょう~ね~・・・。それはそれで嬉しいけど。」

とりあえず、手近の水穂さんをぎゅっと抱きしめて、阿知花さんも抱きしめる。若干2名のメラメラと燃え上がる視線は横に置いといた。そんなこんなで白炎の風呂をみんなで上がって、阿知花さんともう一回キスして、風呂で綺麗になった一樹に柚樹さんと戻った。なんだか燃え上がっちゃってる、ちょっと怖い水穂さんの相手もして、火曜日の夜は更けていった。




8インチタブレットに行ったり、Asus社製タブレット進化型ミニノートに行ったりしましたが、結局、ヤフオクでジャンクで買った15.6インチノートパソコンが老眼来ている自分には最適だと言うことがわかりましたとさ(爆)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷18

例のおねーさん、ようやく出したら、筆が暴走してしまいました(^^;;。やっぱり梶島キャラは強烈だなぁと再認識・・・。




 明けて水曜日。そう、柾木勝仁さんの100歳慶祝訪問の日だった。昨日は、水穂さん激しかったのだ・・・。まだぼ~っとしていたりする。歯を磨きながら鏡を見た。なんかほんと、いろいろあったよなぁ、と左手の甲に張り付いている、巨大な赤い宝玉を見る。そして、両手首の封印。怪しい鷲羽ちゃん印の腕時計をして、田本さんに戻って、スーツを着込む。明るめの色のネクタイも忘れない。めでたい慶祝訪問なのだ。世間一般的には。野次馬根性丸出しのお義母様やら、そこのアカデミーの校長先生も兼務し、樹雷に拮抗する軍事力を誇る、世仁我の重鎮やら・・・。そう言った人達にいじられるのは午後からだろう・・・。さすがに今日は、朝ご飯は父母と僕だけだろうな。水穂さんとラノちゃんは一樹でご飯を食べるだろうと思う。その一樹も、おとなしく肩に乗っているし、柚樹さんも足下にいる気配がある。この上、ラノちゃんをうちの父母に見せたら卒倒しそうだし、第一、説明が面倒である。また時間のあるときに水穂さんにでも言ってもらおう。

 「って、座ってるし・・・。」

母は、ちっちゃなイスを出してきて、きっちり自分の横にラノちゃんを座らせている。水穂さんも台所に立ってお漬け物を刻んでるし・・・。なんの不思議も無いじゃないか的な光景だった。

 「・・・孫が、急に出来るのも嬉しいものだわね・・・。」

しみじみという母の言葉がグサリと胸に突き刺さる。ええ、ええ。甲斐性はありませんでしたよ。

お箸は、ね、こう持つの。そうそう、賢いわね~。とか違和感なくやってたりする。

 「あのさ、この子、第一世代の皇家の樹をも越えようかという力の宇宙船だったんだけど・・・。」

ご説明申し上げようとしたが、うちの父母ともまったく聞いちゃいない。ラノちゃんもニコニコしながら朝ご飯を食べている。昨日のうちに、長く伸びた髪も切りそろえられていて、可愛らしい少女になっていた。樹雷風の、日本の和服に似た着物もよく似合ってる。白から、淡い桃色、そしてオレンジ色にグラデーションしている。パステルカラーと言えばそうだが、イメージはもっと上品だったりする。

 「アマナックさんとこのお孫さんも今度連れていらっしゃい。みんなでご飯食べましょ。」

はあ、アマナックさんとこ、ですか。

 「水穂さん、ラノちゃんの服って作ったんですか?」

昨日の今日である。まさか採寸して・・・。まあ、樹雷の科学力なら問題ないだろうけど、と自己完結しようとしたところで、水穂さんが振り向いた。

 「立木林檎ちゃんところの、妹さん達のお下がりを戴いたんですのよ。立木家はたくさん兄弟姉妹がいらっしゃるんですって。」

そういえば、一度恨めしそうに謙吾さんが通信してきたとき、たくさん家族がいたなぁ。個人的には大家族の経験もないのでなかなか壮観な眺めだった覚えがある。食卓について、いただきますと小声で言って、黙々と朝食を食べ始めると、

 「柾木・一樹・樹雷様、食事というのは、暖かくなれる、そんな気がします。」

ラノちゃんの、まだ言葉の抑揚が乏しい言い方で言われて、味噌汁を吹きそうになる。ちょっと気管に入って咳き込んでしまう。

 「あらあら、このおじさんを呼ぶときは、そんなに改まらなくても良いわよ。カズキさんでいいんだから。」

 「はい、それでは、通常はそう呼ばせていただきます。ライブラリに登録しました。」

父母が顔を見合わせている。

 「え~っと、ラノちゃん、今日はたくさんの人が来るから、おめかししましょうね。」

さすがの水穂さんも、ちょっと慌てている。

 「ゆっくりといろいろ覚えると良いよ。そして、一緒に跳ぼうね。」

げほんげほんと咳き込みながら、ラノちゃんの頭を撫でる。本当に見た目は小学校低学年の女の子である。出勤時間が来たので、ラノちゃんは水穂さんと父母に頼んで、青い軽自動車に乗り込んだ。別に足で走って行っても良いのだが、さすがに、みんな出勤しているところに息も切らせず、高速で走り込むわけにはいかない。そう言えば、天地君はどうやってるんだろうか。

 10分ほどクルマを運転して、普通に西美那魅町役場に到着する。駐車場の定位置に駐め、タイムカードを押して自席に座った。課長に水穂さんは今日1日、僕も午後から休むことを伝えた。課長は、ちょっとにんまりした。

 「・・・結婚式場とかの準備だな。」

 「あ、まあ、そんなところです・・・。今日は午前10時に柾木勝仁さん宅に慶祝訪問します。なんかあったら携帯に電話ください。」

そう言いながら、休暇申請簿に自分の分と、水穂さんの分を書き込んで課長に決済をもらった。とても、銀河系外航行用宇宙船が届いたとか、言えるわけがない。

 「そういや、田本、いつもいじっていたスマホが見えないようだが・・・。」

もうちょっとで、いえ、ここにありますけど。と腕時計をスマホに変えて見せるところだった・・・。危ない危ない。

 「あ、クルマの中に忘れてきたようです。持って出ますからご心配なく。」

ボロが出ないうちに、パソコン起動して、メールをチェックした。この時期は比較的補助金系の書類もあまりない。社会福祉協議会からのメールを一件処理して、掛かってきた電話に対応して、そろそろ後任への引き継ぎ書類を作らないと、と考えていると9時半になろうとしていた。ちょっと早いが昨日準備しておいた、祝い状と祝い金、そして100歳到達記念品を持って出ようとした。あ、そうだ、いちおう確認しておこう。

 「あ、総務課ですか?、町長秘書の井川さんをお願いします。」

内線で総務課を呼び出す。すぐに井川さんに繋いでくれた。町長は、小学校の夏休みイベントで挨拶して、すぐに柾木勝仁さん宅に向かうそうである。町長車の運転係には地図を用意して渡してあった。

 「それでは行ってきます。」

ちょっとネクタイを直して、課長に挨拶して、公用車のキーを定位置から取り出して、庁舎を出た。ふう、呼び止められずに無事に出られた。こう言うときに限って、何かの相談とかがあったりする。白い軽箱バンの公用車に乗り込み、リアシートに祝い状やら記念品を積み込んだ。そうそう、柾木家を包むフィールドがあるんだっけか。さっそく鷲羽ちゃんに連絡取って、町長車と、県の公用車、僕の乗った公用車が今から向かうのでフィールドを解除して入れてくれるように頼んだ。

 「うんわかったよ。し~かしぃ、まだ、あれから2週間あまりだけど、いろいろあったねぇ~。」

 「ええ、ほんとに。銀河殲滅戦が出来るような戦力を持った町役場職員になってしまいました・・・。」

ぶううん、と光学迷彩で隠しているはずの左手の宝玉が赤く光る。こいつ、今日は暴走しないだろうなぁ・・・。

 「あはははは、ちがいないね。町長車と、あんた達の公用車は登録済みだから問題なく柾木家の庭には入れるよ。・・・うんうん、わかってるよ。それじゃ、あとでね。」

いつものように、明るく笑い飛ばす鷲羽ちゃんだった。鷲羽ちゃんの後ろの方から食器の音とか、砂沙美様、大皿に盛りましょうか、うん、そうして、ノイケお姉ちゃん。とかの声が切れ切れに聞こえてきた。

 町長車が来るまでには到着しておかないと、何となく面倒なことが起こりそうな予感がする。そんな考え事をしているうちに、柾木家に到着した。柾木家の裏手にクルマを駐めて、先に荷物を持って降り、玄関で声をかけながら引き戸を開けた。

 「・・・おはようございます。今日はよろしくお願いします。」

どたたたた、と魎皇鬼ちゃんが駆けてきた。ノイケさんが手を拭き拭き、その後を歩いてくる。

 「魎皇鬼ちゃん、これ、祝い状と記念品なんだ、リビングの隅にでも置いといてくれる?あとで勝仁様に町長から手渡すから。ノイケさん、外で町長を待ってますからよろしくお願いします。」

魎皇鬼ちゃんに祝い状を入れた紙袋と記念品を手渡すと、ちょっと残念そうな表情をしている。ノイケさんが軽くうなづいて、魎皇鬼ちゃんをうながしてリビングに入っていった。

 公用車の軽箱バンの横で町長車を待っていると数分で、黒塗りの中型乗用車が軽箱バンに並んで止まった。

 「町長、今日はお世話になります。大川運転手さん、30分程度ですのでお待ちいただけますか?」

さすがに、大臣のようにドアを開けるような真似はしないけど、後部ドアを開けて西美那魅町長が出てきた。今年で65歳。高齢者の仲間入りだなぁとか言っていた。そうは言っても細身の体つきで、スーツも上等、着こなしもうまく、よく似合っている。こう言うところを見習わないと、とか思ってしまう。そこに立つだけで,オーラがあるのがやはりスゴイ。

 「100歳の祝い状を読み上げて、この祝い金と一緒に手渡してください。たぶん親戚がたくさんいらっしゃってると思います。柾木天地君の家です。県民局の部長もそろそろ到着のはずですが・・・。」

そう言いながら懐から,上等な装丁の祝い袋を取りだした。ほどなく、岡山県備中県民局

の文字が入った公用車が到着した。うちの町長と比べると、迫力の点ではいまいちな県民局部長が担当者といっしょにこちらに歩いてくる。

 「そうか、総務の柾木君の家か・・・。これは、ご丁寧に。こちらこそお世話になっております。」

今年備中県民局部長は人事異動で替わったので、町長と名刺交換している。担当者は昨年と変わらないので僕は顔見知りである。この担当者も同じように、祝い状と祝い金を持っていた。

 「それでは、こちらです。」

そう言って、先頭に立って玄関まで歩き、玄関を開けた。

 「ぐ・・・・・・!!」

叫び声を上げそうになるのをすんでの所で押さえた。阿重霞さんとアイリさんが正座してかしこまり、三つ指突いてお出迎えしてくれている。

 「ようこそ柾木家へ。よくぞおいで下さいました。」

魎呼さんとケンカしているときの声音と全く違って、上品で消え入るような声だった。ぶ~~っと、もうちょっとで吹き出しそうになる。しかも派手な色合いだが、上品で、しかも阿重霞さんにとても似合っている、上等な樹雷の服を着こなしていた。

 「柾木一族にとっては、長寿をお祝い戴けるなどと言うことは、本当に喜ばしきこと。ささ、お入り戴き、祖父の勝仁に会ってやってくださいませ。」

若干、微妙に噛みながらアイリさんが口上を述べる。僕は目の下を引きつらせながら必死に笑いをかみ殺していた。そして二人して上げた顔が、真っ白におしろいを塗って、頬紅を赤く丸く書いて、しかも眉間に黒い丸2つ。さらににっこり笑って、口から覗く歯は、お歯黒が塗ってあった。ひいき目に見ても某コメディアンのお殿様メイクそのものだった。

 「・・・これはこれはご丁寧に。ちょっとエキセントリックなお出迎えですね。」

さすが町長である。笑顔ではあるが、その表情に嘲笑の欠片は無い。県の担当者は、後ろに向いて肩をふるわせていた。県民局部長に肘鉄されてたしなめられている。その部長も表情は固まってるし。

 「こちら、妹・・・じゃない、姪の阿重霞さんと、奥さん・・・でもなくて孫のアイリさんです。」

 「ほお、名前まで聞いているとは。田本家とは関係ないんだろう?」

あ、いえ、こないだ養子縁組したんで義理の息子です、と、もう少しで言いそうになる。アイリさんが慌てる僕の顔を見て、にやりと口の端を持ち上げる。そこから真っ黒な歯が見えて、またも吹き出しそうになった。

 「あ、ええ、うちとは関係ないんですが、天地君に今日来る人を前もって聞いていたモノで・・・。」

何とか言いつくろえた。正座の状態から和装の教科書を見るような所作で2人とも楚々と立ち上がり、こちらでございます。とリビングに案内してくれた。

 いつもの、リビングへ入る引き戸を開くと、天地君はスーツを着て戸口で待っていてくれた。ちょっと済まなさそうな、微妙な表情の天地君である。引き戸の横に、さっきの祝い状と記念品が置いてあり、それを取る。リビング奥の池が見える大型ガラスサッシの手前に100歳のおじいちゃん!という扮装の柾木勝仁さん=遥照様がイスに座っていた。赤いチャンチャンコと赤い大きな頭巾も付けている。なんかちょっとずれてる気がする。まあ、でもお祝いの雰囲気は出ているし、100歳お誕生日おめでとう、と言うプレートも貼ってくれている・・・・・・って、宙に浮いてぴかぴか光ってるんですけど・・・。天地君に慌てて小声言った。

 「・・・天地君、あの誕生日プレートまずいって・・・。」

 「え?なんか変ですか?昨日みんなで寄せ書き風に作ったんですよ。」

さらによく見ると、漢字を使った日本語の他に、目だたないけど横書きで銀河標準語でも書いてあったりする。日本人の目からはお誕生日おめでとうを縁取ってる絵柄のように見えてるけど・・・。その文字が鮮やかにグラデーションしている。

 「普通、こういうプレートは宙に浮いてないし、自動的にグラデーションもしないんだけどね・・・。」

あ!と気付いたみたいだった。慌てて鷲羽ちゃんにぼそそっとお願いしている。鷲羽ちゃんが指を一振りすると、ちょっと光線の加減で見えにくかったんですぅ、的にピアノ線のような天井梁からの線が出現して、上から吊っているように見えるようになった。同時に、板に紙を貼って寄せ書きしました風におめでとうプレートは変わった。最初からそうしてくださいよ・・・。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷19

あ!と気付いたみたいだった。慌てて鷲羽ちゃんにぼそそっとお願いしている。鷲羽ちゃんが指を一振りすると、ちょっと光線の加減で見えにくかったんですぅ、的にピアノ線のような天井梁からの線が出現して、上から吊っているように見えるようになった。同時に、板に紙を貼って寄せ書きしました風におめでとうプレートは変わった。最初からそうしてくださいよ・・・。

 「・・・それでは、田本君始めてくれるかな。」

軽く咳払いして、町長が一言言った。

 「は、はい。」

何とか答えて、県の担当者に目配せする。額縁に入れていた祝い状を取り出して、祝い金を添えてスタンバイする。天地君にも軽く頷いて見せた。まずは、岡山県知事名の祝い状と祝い金から手渡すことになっている。

 「柾木家の皆様、おはようございます。このたびは100歳慶祝訪問と言うことで、お騒がせして申し訳ありません。岡山県では敬老理念普及事業と言うことで・・・。」

ちょっと力業的に慶祝訪問の時に言う、決まり文句で慶祝訪問を始めさせてもらった。

 「続きまして、岡山県知事より祝い状の贈呈です。」

備中県民局の担当者が、部長に祝い状を手渡し、祝い状を部長が読み上げ、このたびはおめでとうございます、と柾木勝仁さんに手渡そうとする。

 「ありゃ、今日はみんな集まって、なにごとかいのぉ・・・。」

眠っていて起きました、というか耳が遠いような演技して、遥照様がしわくちゃの顔を上げる。光学迷彩も見事に決まっていた。

 「あらあら、おじいちゃん、昨日から言っていたではないですか、100歳のお誕生日、100歳のお誕生日で県知事さんと、町長さんが来てくれているんですよ。」

遥照様の耳元で、アイリさんが大きな声で言っている。ひくくっとつかの間頬を引きつらせている遥照様。ふるふると両手を震わせながら伸ばして、祝い状を受け取った。重そうに膝の上に置いている。次いで祝い金も手渡されていた。ま、昨日、樹雷の剣聖として見事な剣技を振るった人物とはとうてい思えない。アイリさんと阿重霞さんもいつもの顔に戻っている。くっそ~、絶対何か諮っていたな。県担当者の方を見ると、阿重霞さんに見とれているし、魎呼さんや砂沙美ちゃん、ノイケさんと見回して顔を赤らめていた。そりゃそうだろうなぁ、テレビ放送で見る美人と格が違う美形ばかりである。

 「おめでとうございます。続きまして、西美那魅町長から祝い状の贈呈です。」

ようやく、ここにこぎ着けた。本気で長い道のりだった。感慨深さのあまり涙があふれそうになる。額縁に入った祝い状と祝い金を手渡す。祝い状を手に取った町長が文面を読み上げて同じように手渡した。天地君に目配せするとよどみなくお礼の言葉を言ってくれた。

 「このたびは、わたしの曾祖父のために、このように祝い状と祝い金を戴きありがとうございます。曾祖父柾木勝仁は柾木神社の神主として・・・。」

嗚呼、美しきかな予定調和。キリッとスーツを着こなし、ネクタイをしている天地君は、町長に勝るとも劣らない雰囲気を醸し出している。視線を天地君から外すと、その背後にホウキを持ち、エプロンをした金髪の女性が、突然転移してきた。一心不乱に床を掃いている。うわっ、と驚いた僕の顔を見たノイケさんが気付き、何事もなかったかのようにつかつかと歩み寄って、ホウキを取り上げて、慌てて台所に引っ張っていく。本日柾木家来賓?のひとり、胸に勲章のようなものを付け、恰幅が良く、褐色の肌で金髪の女性が苦虫を噛みつぶしたような表情をしていた。

 「あらあら、わたしとしたことがぁ、またやってしまったわ・・・。」

その場をまったく気にしていない声が、台所から聞こえてくる。天地君は気付かないフリをして柾木勝仁さんの偽証経歴をさもあったことのように、とうとうと述べて、お礼の言葉を終わろうとしたときに、何かを揺さぶるような、耳の中で共振するような機械音がした。これは・・・。

 「・・・あらあら、あ~~いやぁ~~~。」

大型ガラスサッシの向こう側の池に、池の水と反応したのだろうか、一瞬七色に輝く機影が見えた。まさか宇宙艇?そう思わせるような、地球の翼がある航空機とは違うデザインの物体が池に落っこちているように見えた。同時に若い女性の声も聞こえる。僕の目には見えたが、普通の人には見えないだろう速さで鷲羽ちゃんが端末を操作する。その刹那、大型ガラスサッシの向こうに、六角形で半透明に見えるバリアが、積み上げられるように形成され、ざっぱ~~んと押し寄せる池の水とその爆音も防いだ。先ほどの恰幅の良い女性は、眉間に青筋が出来ていた。それに、握っている拳が震えている。町長と、県担当者、県民局部長は、目を見開いて外を見ている。鷲羽ちゃんがそれに気づき、端末を神速で操作、ガラスサッシには先ほどの風景が映し出される。天地君は、少し大きな声で何もなかったかのようにお礼の言葉を終わらせた。

 「・・・それでは、以上をもちまして慶祝訪問を終わります。皆様お疲れ様でした。西美那魅町広報誌に載せる写真を撮りたいと思いますので、少しお時間をくださいませ。」

こちらも何事もなかったかのように、デジカメを取り出し、祝い状を手にした柾木勝仁さんを写真に撮っていった。何か言いたそうにしている、町長と県民局部長、県担当者は無視である。

 さっきのおめでとうプレートも入れたり、町長や県民局部長も入ってもらって写真を撮っていく。天地君やアイリさん阿重霞さん、親戚一同的な写真も撮った。その背後で、お茶でもどうぞ、と、ノイケさんが絶妙のタイミングで県民局部長や町長に声をかけている。長テーブルが用意され、すぐにお茶とお茶請けが準備される。全く普通の家庭のように。

 遥照様は、こっくりこっくりと船をこいでいた。そう本当に、100歳のおじいちゃんのように。今度は阿重霞さんに、お疲れのようですから、お部屋に戻りますか?と大きめの声で言われて、一度聞こえないフリをしてその後、小さく頷いていた。完璧な演技である。

 「・・・そうですか、神主さんをもう60年も続けられているんですね。」

美しいアイリさんと県民局部長と、町長は世間話していた。ふたりとも、頬を紅潮させてまるで少年のようだった。

 「ええ、そうですのよ、わたくしとわたくしの娘を300年もほっといて・・・。この地球で安穏と神主などと・・・」

言ってる途中から拳を握って、怒りを押し殺しているアイリさんだった。水穂さんと大変だったようなことは、ちらっと水穂さんから聞いていたけど・・・。300年はマズイ。

 「は?300年、娘?」

町長と、県民局部長が顔を見合わせている。県担当者は、お茶を飲むフリをして砂沙美ちゃんをガン見していた。

 「町長、この土地では、時間の言い方が、方言かもしれませんが少し私たちと違うようです。・・・さて、そろそろご公務の時間ですし、皆さんでお祝いのようですからお暇しましょう・・・。」

冷や汗だらだらで、言い繕った。天地君もおんなじような表情をしている。いまさらのようにアイリさんはしまったぁと後悔の表情をしているし。同時に台所では、

 「あ~、わたしのホウキぃ・・・。」

と美兎跳さんがノイケさんの後を付いて歩いている。冷蔵庫を開けて、さあさ、これでもどうぞ、とノイケさんが特大プリンを出していた。さらに後ろを振り返るとずぶ濡れの、美兎跳さんによく似た女性が、頭から池の草やら藻やらを垂らして恨めしそうにガラスサッシに蛙のように張り付いていた。涙が滝のように流れ、号泣しているように見える。口はごめんなさあああい、みたいに繰り返し動いている。さっきの鷲羽ちゃんのフィールドのせいで入ってこられないらしい。同じような金髪だから、たぶん美兎跳さんの知り合いだろう。西南君の制服と似たデザインの服を着ている。ほお、身体のラインが出る服のようで、結構細身だけど、豊満かつグラマラスな女性のようである。

 その姿を見られまいと、町長と県民局部長の視線の間に天地君と入り、その女性の姿を見えなくした。余計に、さっさとこの家から出た方が良いと、強烈な予感というか想いがわき上がる。先ほどの褐色の肌で恰幅の良い女性は、うつむいて頬をひくひくとけいれんさせていた。相当怒っているように見える。

 「それでは、皆様、本日はお世話になりました。私どもはこれで失礼いたします。」

町長と県民局部長が立ち上がったのを見計らって、天地君といっしょに3人の背後に立って、変なモノを見せないように玄関に連れ出した。

 「どうもありがとうございました。」

玄関で一礼して、顔を上げるとホッとした表情の天地君と目が合う。軽く頷いて玄関引き戸を閉めた。数日前の夜のように静寂が訪れる。

 「部長さん、町長、お疲れ様でした。次回は12月に100歳を迎えられる方がいらっしゃるのでどうぞよろしくお願い申し上げます。」

そう言いながら、公用車を置いた場所まで歩いて行く。町長公用車運転手の大川さんがびしょ濡れになって、クルマの横で途方に暮れていた。公用車も泥水をかぶったように汚れていた。県の公用車、僕が乗ってきた公用車も泥だらけだった。

 「一体何が起こったんだ!。」

さすがに3人ともびっくりしている。

 「・・・い、いえね、窓開けて、たばこを吸っていたら、突然大津波のように水が降ってきて・・・。泥水を頭からかぶって、クルマもこんな状態で・・・。」

大川さんは、せっかくのスーツが台無しになっている。しかも泣きそうな表情である。さっきの宇宙艇が落っこちてきたせいだな。そこら中水浸しになっていた。3歩ほど静かに下がって、小声で、

 「一樹、すまないけど、クルマ三台と、大川さんをナノマシン洗浄してくれ。」

了解と声を聞いてすぐ、まるで魔法のように、瞬時にクルマは綺麗になりずぶ濡れだった大川さんも見事に綺麗になった。ちょっと髪が乱れているのと襟がおかしい程度であった。

何とか取り繕えた、とホッとした瞬間、頭上にイヤな気配を感じる。腕時計モードから木刀モードにして右手に持ち替え、木刀を上げて、何者かの一撃を受けた。同時に一樹が光應翼を張る。

 振り返りざま、四足動物型攻撃兵器のようなモノを切って捨てた。以前も攻撃を受けたことがある。ひょっとすると、鷲羽ちゃんのフィールドが変わった瞬間を突かれたのかも知れない。以前もそうだったし。2つに裂かれけいれんして、爆発しようとするその兵器を柚樹さんが光應翼で包んだ。さらに不可視フィールドでも包む。

 後ろを振り返ると、驚愕と顔に大書しているような4人だった。見られたのかも知れないが、ここは気のせいで押し通そう。両手を後ろにやって、こっそり木刀を腕時計に戻す。キョトキョトとおびえながら周りを見ている。

 「・・・いやあ、今日は不思議な日ですね。朝の雨のせいですかね、ちょっと足下がぬかるんでますけど、もうお昼前ですし、帰庁しましょう。」

自信たっぷりの笑顔で、今のはなんだったんでしょうかねぇ?と言った。まさに狐につままれたような顔の4人を促して、とにかくこの土地から脱出する。そう、本当に気分は脱出だった。柾木家から出て、見慣れた県道に出て、これまた見慣れたコンビニを通り過ぎたところでようやくホッとする。県の公用車は途中で分かれた。そのまま何事もなかったかのように西美那魅町役場に到着する。町長車は所定の位置に駐車し、こちらの公用車も駐車場所に入れた。町長車に走り寄り、お礼を言うと、まだ町長は何かに化かされたような顔をしている。

 「お疲れ様でした。」

 「・・・・・・お前は何者だ?あの人達は・・・?」

 「僕は、西美那魅町役場福祉課の田本ですよ。あのおうちは、天地君の自宅ですし、今日の100歳のお祝いの方は天地君のお爺様で、柾木神社の神主されている柾木勝仁様ですし・・・。」

何も問題ありません。にっこり、いつもの田本さんの笑顔で言った。何か言いたそうに、口を開きかけた町長だったが、口を閉じ、頭を振りながら総務課の町長室に戻っていった。大川さんも何か腑に落ちない様子だったが、襟を直し、総務課に入っていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷20

また妄想が暴走しています。

新旧のファンの皆様、僕も一ファンとして収拾して欲しいので暴走してしまいました。


にっこり、いつもの田本さんの笑顔で言った。何か言いたそうに、口を開きかけた町長だったが、口を閉じ、頭を振りながら総務課の町長室に戻っていった。大川さんも何か腑に落ちない様子だったが、襟を直し、総務課に入っていった。

 とりあえず、ホッとして福祉課に帰ろうとした。その途中で籐吾さん達からのコールが入る。さっきのことだろう。

 「カズキ様、柾木家で攻撃されたようですが・・・。今日は、姿を消して護衛していましょうか?」

公用車の駐車場所は、庁舎の裏側にあるので人目は無いが、いちおうシークレットウォールを張った。どちらにしても皇家の樹が2樹も間近にいるので、問題は全くないのだけど・・・。

 「う~ん、町長にマズイもの見られたからなぁ・・・。そうだ、町長にだけ概略を説明しておくのも良いかもしれないし。樹雷の服着て、姿消して、そばにいてくれるかい?」

2分割された空中に出たディスプレイが、2人の了解しました、との若々しい返答と共に消えた。数秒後、左右に気配が出現した。

 「町長には、以前の東京行きの時に、樹雷国に行くように説明してあるんだけど、そこから来た、護衛ってことで話を合わせてくれるかな?。」

しどろもどろで、樹雷国の大事なモノを一緒に探して、それが見つかったことで、呼ばれて8月からその国に行く、ようなことを言ってある。

 「うちの司令官殿は、その地球のどこかにある国に、呼ばれていくVIPみたいな位置づけですね。」

悪い企みをしている、いたずらっ子そのままの顔をしている謙吾さんだった。太陽の下で真っ白な歯を見せるような笑顔である。

 「だってさ、実は、いまから太陽系を攻撃して消せます、ちなみに、これ宇宙船ですが、って一樹を見せるわけにはいかんじゃん。と言うわけで、籐吾さんと、謙吾さんはその国に行くまでの護衛だよ、と。」

そう説明していると、また変な気配がいくつか現れる。籐吾さんは持っていた剣で真っ二つに切り、謙吾さんは棒で瞬時にボール型のメカを叩き落としていた。柚樹さんが、爆発前に光應翼で包み込んでいる。

 「う~、今日は鷲羽ちゃんのシールド調子悪いのかも・・・。それか、さっきの攻撃メカと一緒に侵入したか・・・。」

そう言いながら、僕も遅れたけど、背後に回り込もうとしているメカを木刀で叩き落とした。これは一樹が包んでくれる。

 「とりあえず、12時まで15分くらいある。町長に説明して、すぐに柾木家に行こう。」

福祉課には寄らず、そのまま総務課に行く。町長は執務室に座って外を見ていた。

 「町長、先ほどはお騒がせしました。」

 「こうやって、わざわざ来たと言うことは、それなりの説明があるんだろうな。」

怖いくらいの真顔だった。そりゃ、目の前の3台のクルマと1人が汚れを一瞬でぬぐわれて、さらに、なにやら見たこともないメカを無言で切り捨てる、自分がトップの役場の、今まで特に目だつこともなかった職員を見たら、ねえ・・・。

 「はい、それでは、説明しましょう。2人とも、姿を現せてくれ。」

そういうと、樹雷闘士の服装をした籐吾さんと謙吾さんが姿を現す。またも、驚きの表情の町長だった。

 「この人達は、以前東京行きの折お話しした、樹雷国の護衛です。僕が向こうの国に行くまでの間護衛してくれています。また、町長がご覧になったように、危険が無いわけではないので、僕もこの人達に身を守る方法を教えてもらっています。」

 「竜木籐吾です。」

 「立木謙吾です。」

そう言って、右手を差し出す2人。日本人風だけど、2人とも個性的で整った顔立ちは、芸能界レベルのモノではなかったりする。おっさんまぶしいじょ。町長は2人を交互に見て、少しは納得したようだった。それでもまだ何か腑に落ちないのか、こちらをじろりと睨んで、

 「そんな危険な国に行くのか・・・。ご両親はなんて言ってる。」

ぐふっ、そう来たか・・・。

 「先方にはVIP待遇で招かれること、そして充分な報酬もあることを説明しています。もちろん、この屈強な2人が付くことも説明済みです。」

こないだも、樹雷に行って、たらふく酒飲んで来ました、それで、地球近傍に全長10kmの宇宙船が届いていますなんて、言えない。

 「盆や、暮れ、正月にはこの町に帰ってこられるのか?」

こちらを見る目は、一種父親にも似た視線だった。

 「そうですね、数年単位で帰って来られないかも知れませんが、なるべく地球の正月には帰ってきたいと思います。」

ちら、と2人の顔を見ると、しょうが無いなぁと言うような顔をしている。

 「また、樹雷国が必要としているものと、僕はとても相性が良かったようで・・・。いろいろ僕なりに様々なことを考えた結果、これからの人生は、樹雷国で過ごすのも悪くはないだろうと思っています。」

というか、なんだか巻き込まれた結果、いろいろ受け入れてもらえた、と言うことだろうなぁ、と思ったりする。自分で言っておいてなんだけど、これからの人生って、2000年以上あるんだよなと、今さらだけれど認識を新たにする。

 「わかった。何かあったら還ってくるんだぞ。柾木水穂君にもよろしくな。」

いつもの町長の笑顔だった。西美那魅町は小さな町である。町役場職員も昨今の人員数削減により10年前に比べて30%以上職員は減っている。百数十人規模の役場なので職員の把握は比較的簡単だろう。しかもこの町長は対抗馬が出ず3期ほど続いている。

 「どうもご無理を言ってすみません。どうぞよろしくお願いします。」

そう言って町長室を退出した。護衛の2人は部屋を出ると同時に姿を消していた。総務課からの廊下を歩いていると、12時のチャイムがのどかに鳴り響いた。仕事の手が空いた人から適当に昼ご飯に出ている。

 「籐吾、謙吾、一樹、柚樹、役場を中心として半径15km圏内を索敵してくれ。何かどうも今日は不穏な物を感じる。」

先ほどから、ざわざわとイヤな予感が背筋を這っていた。樹雷と関わる前から、どことなくこういう予感めいたモノはあって、それに従うと比較的大事に至らなくて済んでいる。

 「ようやく呼び捨てにしてくれましたね・・・。すでに何パターンか索敵しています。異常なし、と言いたいところですが・・・。」

まだ、田本さんの格好なので、籐吾さんからわずかに見下ろす感じになる。妙な引け目も感じてしまう。

 「巧妙に擬態した上に、凝ったシールドを使った、この地球由来のものではないエネルギー反応がいくつか出ています。」

謙吾さんは、タブレット状にした端末を操作しながら、高度な解析をして様々な視点や角度から見ているようだった。

 「今は、僕らを中心とした半径1km圏内にいるよ。シールドのせいで上空からの精密射撃は難しいね。」

 「さっきの3機を簡単に叩き落とされたから、他の機体は擬態しながら包囲円を維持しているのぉ。」

一樹、柚樹の2人とも姿を消しているが、間近にいる気配はあった。

 「そうか、まずいな・・・。その目標や狙いはなんだと思う?」

 「まあ、たぶん、その宝玉、もしくは、あなた、柾木・一樹・樹雷様だと思いますけどね・・・。あ、でもご心配なく、ご実家とか妹さん宅とかは、すでにあやめ、茉莉、阿知花の保護下にあります。」

そんなのわかりきってるじゃんと言わんばかりの籐吾さん、謙吾さんの視線だったりする。懸案事項も、さすが、樹雷の闘士。おっさんが考える程度のことはお見通しですな。

 「じゃあ、このまま堂々と走って行きますか。あ、クルマだけ自宅に帰しておくわ。」

というわけで、青い軽自動車にみんなを乗せ、自宅に一度帰る。玄関の扉を開けるとラノちゃんのおかえりなさい、と言う元気な声がした。同時にぎこちない笑顔を浮かべたラノちゃんが走り出てくる。結構今までに無かったことなので、自分的にはさっきの攻撃兵器と同じくらい驚きがあったりする。

 「こういう風に出迎えるんですよね、地球の子どもは?」

 「う、うん。それでいいよ。あ~、でも・・・。ま、いいか。」

やっぱりお父さん役なんだろうか・・・。お兄ちゃんと呼んで欲しい!、って言った瞬間に水穂さんにキモイわって足蹴にされそうだとか思ったりする。

 「お昼ご飯どうするの~。」

のんきな母親の声がした。

 「こないだ来てくれた、竜木籐吾さんに、立木謙吾さんも居るし、ご飯ある?なんならどこかで食べてくるけど。」

こっちも気を遣って、いつも通りの会話だったりする。

 「今日は、頂き物のそうめんがあるし、じーじがお好み焼き焼くからって。」

父親も、姪っ子に言われているように呼ばれている。すでにキッチンにはでかいホットプレートが出ていた。湯がかれて、ボールに移されているそうめん、大量の刻まれたキャベツと豚肉、お好み焼きの粉、山芋をすり下ろした物、青のりに鰹節、と準備万端整っていた。水穂さんと母の合作らしい。ちょっと心配なので水穂さんを呼んで、襲われたことを言ってみた。

 「水穂さん、柾木家で、動物型兵器のようなもの、さっき役場で3機のボール型兵器に襲われたんだけど・・・。まあ、特に問題は無いけど・・・あやめさんと、茉莉さん阿知花さんはすでに、この家や僕の妹宅なんかに警護についてもらってるんだけどね。」

 そこまで言うと、水穂さんは、し~、と人差し指を唇に当てて黙っててのようなジェスチャーをする。

 「大丈夫。ふふふ、もう何も起こらないわよ。」

ぬおお、瀬戸の盾と言われた本領発揮ですか。情報戦は、水穂さんなら百戦錬磨以上だろうし。ふむ、危機と言うにはなんか消化不良だけど・・・。

 「じゃあ、たとえばだけど、あやめさんや、茉莉さん、阿知花さんもここに呼んでも大丈夫ってことぉ?」

少しだけ不満顔をして言ってみる。

 「・・・そうね、みんなでお昼ご飯にしましょう。」

にっこり微笑む水穂さんだった。ふむ、それなら、ということで一樹に3人を呼び出してもらって田本家に来てもらうことにした。3人は、よろしいのですか?と怪訝そうな顔をする。たぶん大丈夫、って水穂さんが言ってる、と言うと腑に落ちない顔ではあるが、わかりましたと、数秒で転送されてきた。

 田本家では、すでにお好み焼きが始まっている。ラノちゃんは白いゲル状のモノが音を立てて焼けていく様子を頭をかしげながら見ていた。そうか、料理なんて見たことないわな。父が、平皿状に底面が固まったのを見計らって、お好み焼き用の大きめのコテと中くらいのコテを左右の手に持ち、一気にひっくり返す。大型のホットプレートなので二枚同時進行中である。それが焼ける間に、そうめんを母がボウルに取り分けて、麺つゆを注ぎ、薬味のネギとショウガを水穂さんが刻んでいた。

目の前にあっという間にそうめんが並び、二枚焼けたお好み焼きは、ソースをかけ、青のりを振り、鰹節を振って、竜木籐吾さんと立木謙吾さんに渡された。お好み焼きソースが鉄板に落ちて香ばしく焼ける香りがたまらない。2人とも顔を見合わせて、目の前のお好み焼きをじっと見て、その次にこちらを見ている。

 「熱いうちにどうぞ。うまいよぉ。田本家特製お好み焼きだよ。」

僕も、冷たいそうめんを薬味たっぷりの麺つゆに浸し、すする。夏はこれが最高だったりする。そして、あっつあつのお好み焼きである。今度は、大きいの2枚と小さいのを1枚、父が焼き始めた。それもそうめんを食べ終わる頃には焼き終わり、大皿に盛られた。神木あやめさんや茉莉さん、阿知花さんに取り分けられていく。

 「僕は少しで良いから。こいつのせいであまり食べられないし。」

そう言って、左手の甲を指差す。やはりみんなが複雑な表情をする。なんとなく申し訳ないなぁとか思う。それにもう良いだろうと、天木日亜似の姿に変わった。もちろん左手の光学迷彩も解く。ちょっとびっくりと、目を見開くラノちゃんだったが、これも慣れたようだった。

 籐吾さんも謙吾さんも、はふはふ、ふーふー、ずずず、と必死で食べている。夏はこういうのがシンプルで美味い。田本家のキッチンでは、あんまり根性のない扇風機が蒸し暑い空気を送っていた。ホットプレートのせいでかなり暑い。田本家では、あの山奥で取ってきた水を一度湧かして、冷蔵庫で大型ペットボトルに入れて冷やしている。それがどんどん減っていく。柚樹も一樹も喜んで飲んでいるようだった。ラノちゃんも、小さく焼かれたお好み焼きを珍しそうに見ていたが、お箸を上手に使って口に運ぼうとした。熱かったのか、一度は口から出しかけたが、母がふうふうと冷やしながら食べさせている。そうめんもつるつると上手く食べている。僕も、4分の1くらいだけど、ようやく食べられた。

 「うまいっしょ、粉物は関西では定番だよ。」

うんうん、とみんな頷いていた。ああ平和だなぁと独りでニコニコしていた。こんな時がずっと続くと良いのだけれど・・・。

 「そんな笑顔のあなたを離すわけにはいけないわ・・・。」

聞こえるか聞こえないかの声で、耳元でささやく水穂さんだった。

 「・・・積極的だなぁ。おっさん、びっくりするじょ。」

 「わたしたちよりも、ずっと若いくせに・・・。」

気がつくと、左右を女性に固められている。両手を熱い手で拘束されていた。なんなんだろうね、まあ、モテようとも思っていなかったけれど。

 そんなこんなで、お昼ご飯が終わって、面倒なので、僕の部屋の2点間転送ゲートを使って、柾木家にみんなで移動した。靴持って、転送ゲートに入るのももの凄く変だなぁと思ったけれど。柾木家の玄関前廊下に転送されると、玄関に靴を並べる。阿知花さんと水穂さんが、さっと並べ直す、その姿勢が綺麗だとか思ったりする。ラノちゃんの手を引いて、柾木家のリビングへの引き戸を開けた。

 「天地君、さっきはほんとにご協力ありがとう・・・・・・お?。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷21

今日はキーボードがとても滑りが良くて(^^;;;。

あああ、ごめんなさい。


「天地君、さっきはほんとにご協力ありがとう・・・・・・お?。」

 リビングの池が見えているガラス戸の隣に、アイリさんと、柾木家に転移してきた美兎跳さん、先ほどの肌が褐色で金髪の若い女性が床を水浸しにしながら正座している。3人ともうなだれている。その前で、恰幅の良い胸に勲章のような物を付けた女性が、左右に歩きながら、静かだけど、重く感じる声でお説教をしていた。その迫力に、鷲羽ちゃんや阿重霞さん、魎呼さん、ノイケさんに砂沙美ちゃん、天地君は、リビングの対面式キッチンのところへ避難して、黙って座って見ている。なぜか、瀬戸様のディスプレイまで空中に出現して、その説教ぶりにあっけにとられている様子だった。ラノちゃんに至っては、不思議そうな顔で僕を見上げている。

 「・・・ああ、こんにちは。お疲れ様でした。」

いつもの作務衣のような上着に、下はジーンズ姿の天地君が、ホッとしたようなそれでいて複雑な表情をして出迎えてくれる。チラチラと左手のお説教も見ながら、である。その様子と僕の声に、みんながこちらを向く、ああ、これで状況が変わるとでも言いたげな顔だった。瀬戸様のディスプレイが、そそそ、とまるで歩いてくるように寄ってきた。

 「カズキ殿、何となく様子はわかるけど、どういうことか教えてくださる?」

別に、そうしなくても良いのだが、左手の甲を口に当てて、そっと言う。

 「鷲羽ちゃんあたりが、映像取ってませんかね・・・?」

その小声を聞いた鷲羽ちゃんがラノちゃんくらいの大きさになって走ってくる。しかもラノちゃんの反対側に立って、なぜか僕の手を握る。瀬戸様がそれを見てひくくっと頬を引きつらせていた。

 「・・・こほん、・・・いえね、見せてはもらったんだけど・・・。」

と言うわけで、かくかくしかじかと美兎跳さんのワープアウトの様子、それと、池の藻や水草を垂らして、ぐっしょり濡れて正座しているあの若い女性が、宇宙艇で柾木家の池に落っこちてきた様子などなどを瀬戸様に小声でお話しした。

 「ちなみに、アイリ殿はわかるよね。ホウキ持って転移してきたのは、世仁我の九羅密美兎跳殿、さらに宇宙艇で落っこちてきたのは、世仁我の九羅密美星殿だよ。そして説教しているのが、世仁我の長老婦人会長であり、銀河アカデミー校長の九羅密美守殿。もうちょっと説明すると、美兎跳殿の娘が美星殿。」

しゃべる声と、仕草はいつもの鷲羽ちゃんだったりする。少女っぽくなくて、そこいら辺は銀河随一の哲学士だなと思う。

 「なに、その目は?」

ジロリっと見上げる鷲羽ちゃん。

 「そのカッコ、可愛いですけど、き~っちり銀河一の天才科学者の迫力が漏れ伝わってきていますよ。」

 「あっはっはっはっは、鷲羽殿に、そこまで言えるのはカズキ殿以外にはいないわ。」

扇子を口元にあてて、大声で笑ってる瀬戸様だった。

 「いや、ほら、わたしってさあ、やっぱりぃ、知性というかさぁ、そういうモノがどうしても隠しきれないのよねぇ。」

なははは、と額から汗を一筋流しながら。ポンといつもの鷲羽ちゃんに戻った。

 「少し前だけど、ちょっとした次元改ざんの実験中に1300年前の樹雷の某皇族と皇家の船を次元断層に引きずり込んだしなぁ」

魎呼さんが頬杖をついて、ぼそっと言う。鷲羽ちゃんは、ぴきっとまた石化モードだったりする。

 「天地様は、高校の先生になったりして、収拾が大変でしたわよね・・・。」

阿重霞さんが、お茶をすすりながら魎呼さんに調子を合わせていた。この2人、仲が良いのか悪いのかよくわからない。

 「天地兄ちゃんの、女装、とっても綺麗だったんだよ!。阿重霞お姉ちゃんと、砂沙美でお化粧手伝ったんだから。」

う、それ、ちょっと見てみたい。でもなんで女装?

 「・・・砂沙美ちゃん、それは言わない約束だろう?女子校なんかに潜入するのはもうこりごりだよ。」

天地君も、言い訳する方向が若干ずれているような気がする。興味津々と僕の顔に書いていたんだろう、なぜか微妙に顔を赤らめている。そう、でも、いつもの柾木家にもどりつつあった。

 「わたしもぉ、穴掘り頑張ったんですから。それにぃ、GPへの報告書も大変だったんですよぉ。」

池の藻と水草を頭から垂らし、それから水をしたたらせて、美星さんとか言う女性が会話に加わる。右手をグッと拳に握って一生懸命と言うのを表現している。

 「何をどんなに報告したのやら・・・。ねえ、・・・アイリ殿。」

頃合いと思ったのか、鷲羽ちゃんが、アイリさんへ話を振った。こちらへ、四つん這いで這ってくるアイリさんである。それに合わせて、みんなでリビングの床に座った。

 「わたしは、GP軍の方はあまり感知しませんから。そうですわよね、美守先生。」

妙に、「軍」の一言を強調して言うアイリさんである。それに、あれだけ怒られていたのに、即座に立ち直って、微笑む様子は、いつもの綺麗なアイリさんだった。

 「・・・ほほほ、この人達に何を言ってもしょうがありませんわね・・・。あの者達は、鷲羽様をあんな扱いしたのと、この地球に手をかけたしっぺ返しを今返済しているところですわ。西南君と簾座へ行ってもらっていますの。帰ってくる頃には、充分な経験をしていることでしょうね。・・・吟鍛を通じて皆には本当に良く言って聞かせましたから・・・。」

 「暴れん坊には、しつけをしないとねぇ。」

鷲羽ちゃんが、美守殿と呼ばれた女性をじっとりと粘った視線で見て言った。

 「本当に・・・。師父様のしかけも、深い想いもよく知らずに・・・。まあ、鷲羽様も鷲羽様ですがね・・・。」

ちゃんと言いたいことは返すタイプらしい。一瞬、交錯する視線に、青い火花が散ったような気がした。

 「く、栗原先生とかも、ですか?」

なぜか天地君が微妙におびえた顔で言った。ええ、そうよ。と美守殿と言われた女性は穏やかに返している。それを聞いて、大きく安堵している天地君だった。なにやらいろいろあったらしい。

 美守殿と呼ばれた女性は、さっきから「だからあなた方は・・・なのよ。お分かりかしら、本当に配慮とか、考えとかないのかしらねぇ」と渋く重い声で、嫌みたっぷりに怒っていた女性とは思えない、年を経た、柔らかな物腰の物言いだった。しかし、その裏には、膨大な何か深いものを感じてしまう。どことなく瀬戸様と同じニオイがする。まあ、それをいっちゃぁ、水穂さんも同類だな。でも水穂さんよりも一枚も二枚も上手なんだろうな。くわばらくわばら・・・。と、そう思いながら、なんとなく水穂さんを見たら、頬をひくひくと引きつらせて僕を横から睨んでいた。

 「どうせ、瀬戸様や美守様に似てるとか思ってたんでしょ!。」

ぷ~っと少しむくれているのがとても可愛い。

 「・・・ええ、似てるなぁ、と。でも、僕はそう言うところも含めて、水穂さんが好きですから。」

最近悟ったのだ。下手におどおどするより、言い切った方が勝ちと言うことに。それに、妙にいろんなアストラルと融合しちゃったので、なんだか腹も据わってしまったのだ。ぽ、と頬を赤らめる水穂さんをみんなが見て、おおお~~、ぱちぱちぱちと拍手が上がった。

 「そう言えば、川流ももちゃん、鬼ノ城紅君と無事に帰ったんだろうか・・・。」

天地君が、ふと遠い目をしてそう言った。それに、あ、と言う顔をして立木謙吾さんが口を開く。

 「え?ももとおっしゃいました?うちのお婆ちゃん、立木ももと言うんですけど・・・。それに、鬼ノ城紅は、ずっと昔から、うちのお婆ちゃんに付き従ってる闘士ですが・・・。」

 「あ~、じゃあ、無事に帰っていったんですね。って、ええええ~~~~!。」

かなり驚いている天地君だった。案外宇宙も狭いもんだな~と妙に納得してしまう。

 「ええ、いまだに少し記憶が錯綜する部分があるらしくって、学園の生徒会のみんなは元気かなぁ、とか、科学部に回す予算はほどほどにしないと、とか、つぶやくことがあります。あと、先生に会いたい・・・。と泣いていることもあります。その先生って誰?って聞くと、目が覚めたようになっていつものお婆ちゃんに戻るんですが・・・。」

その話を聞いて、魎呼さんと阿重霞さんの額に青筋が浮かび上がる。ガッと腕をクロスさせ、大きく頷き、何かを誓い合ってるようだった。ノイケさんと砂沙美ちゃんは、あ~あ、またやってるよ、という顔だった。天地君は、額から一筋、汗がつつ~~っと流れ落ちている。鷲羽ちゃんと同じく石化モードだったりもする。

 「美星、あなた、とりあえずお風呂入ってきなさい。美兎跳様もどうぞ。おもちになってましたほうきは厳重に保管しておりますので。」

柾木家を取り仕切る、ノイケさんが絶妙のタイミングで風呂を勧めている。素直に、美星さんと美兎跳さんは、それじゃあ、お母様お風呂に行きましょう。天地様のおうちのお風呂、広くて気持ちいいんですよぉ、とか言いながら風呂に行った。なんとなく、玄関を開けて出ていく音を聞いていると、まだ挨拶をしていないことに気付いた。

 「・・・遅くなって申し訳ありません。田本一樹こと、柾木・一樹・樹雷です。どうぞよろしくお願いします。」

 「まあ、ご丁寧に。わたくしは、九羅密美守と申します。今日は、うちの一族の者がご迷惑をおかけして、本当にごめんなさい。・・・・・・それじゃあ、わたくしも着替えて参りますわ。」

落ち着いた、少ししゃがれた声でそう言って、ゆっくりとした深いお辞儀をしてくれる。美守様が、2人のあとを出て行った。あからさまにホッとした顔をして、あぐらをかいて座り直すアイリさん。パンツ見えるって。謙吾さんと籐吾さん、天地君が微妙に視線をずらす。

 「まあ、着替えですって。美守殿も・・・女よ、ねぇ。」

ディスプレイの瀬戸様と石化が解けた鷲羽ちゃんが、年増の奥様よろしく、おほほほ、とやっている。ちらり、ちらりとこちらを見ている。そこに柾木勝仁様、遥照様が入ってきた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷22

え~、更新サボってごめんなさい。

なんとなく書けない日が続いています。でも他の皆さんの面白い小説も発見して、楽しませてもらっています。




「まあ、着替えですって。美守殿も・・・女よ、ねぇ。」

ディスプレイの瀬戸様と石化が解けた鷲羽ちゃんが、年増の奥様よろしく、おほほほ、とやっている。ちらり、ちらりとこちらを見ている。そこに柾木勝仁様、遥照様が入ってきた。

 「九羅密家の大説教大会は終わったかぁの。ほほお、難儀なうちの息子殿も来ておったたのか。」

柾木家リビングに入ってきたときは、70歳台に見えるいつもの勝仁様だったが、僕の顔を見るなり、若い遥照様の姿に戻っていった。スッとその姿のまま、アイリ様の横に座った。あぐらをかいていたアイリ様が、姿勢を正して、そっと手を握っている。

 「こんにちは、遥照様。お邪魔しています。」

 「今日は、さすがにいろいろ起こったな。美星殿まで落っこちてくるとは思わなんだ。」

ほんとうに、まったく、とでも言わんばかりに天地君が大きく頷いている。他の柾木家の面々は、そんなに珍しいことでも無いのか、すでにいつもの調子だったりする。砂沙美ちゃんは、いつも間にか天地君の横にいるし、その反対側は、阿重霞さんと魎呼さんがケンカしながら取り合いっこしている。ノイケさんは、キッチンからの対面部分に両手をおいてこちらを興味深そうに見ていたりする。僕らもリビングの戸口から中央部分に移動した。

 立木謙吾さんが、するすると携帯端末を操作して、何か操作していた。鷲羽様、と言うと、鷲羽ちゃんは了解したらしく、瀬戸様の半透明ディスプレイの隣に大きな画面が開く。瀬戸様は、柔らかな微笑みでもって僕らを見ている。

 「・・・謙吾ね・・・。ひさしぶり。なんの用事?紅も一緒にって?・・・それに、あら、これは、神木・瀬戸・樹雷様に柾木・遥照・樹雷様・・・。そして、こちらは・・・。まあ、柾木・一樹・樹雷様・・・。孫がいつも大変お世話になっております。」

僕達の目の前には瀬戸様と、その立木家からのディスプレイが並んでいた。親しげなしゃべり方は、さっきのお婆ちゃんという人だろうか。樹雷の女性としては比較的短い桃色の髪の女性だった。立木林檎様ともちょっと違う、落ち着いているけど、かわいらしい声が聞こえてくる。その言葉に慌てて一礼した。謙吾さんが、手信号で柾木天地君を指差していた。立木ももと紹介された女性は、そっちを見て固まった。

 「・・・・・・。」

見つめ合う二人・・・と言うべきだろう。時間にすれば短いのだろうけど、絡み合う視線はまるで抱擁する男女そのものだった。

 「あの・・・。」

しばらくして、声を出すが二人してハモっていた。絵に書いたような、とでも言いたくなる出会いのようだ。

 「おまえ、柾木天地かっ!」

野太い声で、左手片手で持った、黒光りしているトゲトゲの金棒をドンと地面に打ちつけながら、なにやら猛々しい雰囲気の女性が隣から大声で叫んだ。ちょっと、僕が一時(もう、30年近くになろうか・・・)ハマっていた鬼娘アニメに似ている人だ。凄く残念だが、名古屋弁をもじったようなしゃべり方はしない。トラ縞ビキニでも無い。僕から見ると、和服を少しアレンジしたような、樹雷の皇眷属らしい格好である。二人とも、落ち着いた歳には見えるが、決してお婆ちゃんをイメージするような年老いた見た目ではない。まあ、そうだろう、それが2000年以上の寿命という奴だろうし、見た目は如何様にでもなるんだろう。

 「柾木天地先生!」

今度はディスプレイの向こうの二人がハモっている。先生って・・・。さっきの女子校の先生と言う話?

 「や、やあ・・・。川流もも君と、鬼ノ城紅君だね・・・・・・、ひ、ひさしぶり。」

左右の阿重霞さんと魎呼さんが、がっしり両腕をキープしている。こいつは(この人は)わたしのもんだ!(わたくしの大事な人です!)みたいな雰囲気を目一杯の迫力でぶん投げているようだった。なんとなく僕には、ああお気の毒、と言う想いが湧いてくる。

 「うふふふふ。遥照殿、天地殿も樹雷の皇眷属らしい振る舞いが、ようやく見えてきたようね。」

瀬戸様が、に~んまり、と扇子を口元にあてて黒い笑顔をしていた。遥照様の頬が一瞬引きつっている。僕的には、天地君の冷や汗が流れる表情が面白かったりする。

 「ほほほ、神木・瀬戸・樹雷様、様々なお話やお噂は、孫の林檎から伺っております・・・。・・・そう言えば、わたくしの義理の兄が勤めております、アイ・アール樹雷株式会社から、お約束のことで、一言申し上げたいという風に伺っておりますわ。」

深くゆっくりとお辞儀をする、立木もも様。鬼ノ城紅と紹介された女性は、一歩下がって後方で立っている。若干、どことなく2人のこめかみに青筋が立っているように見えた。立木もも様はゆっりと顔を上げると、一言ずつ区切るように、どす黒いオーラを纏った笑みを返しながら丁寧だが有無を言わさぬ口調で言い放つ。あの瀬戸様が、さっと顔色をなくすのがスゴイ。横の水穂さんを見ると、自業自得よね、と言わんばかりの、こちらも黒い笑みだったりする。これが噂に聞く樹雷の奥様井戸端会議、と言うやつか・・・。そうじゃなくても、樹雷の鬼姫と経理の鬼姫のやりとり番外編というところか。いやぁ、こりゃ怖いわ。どこの世界もお金で首根っこつかまれれば、ネコのようにぶらんとなすすべ無く持ち上げられてしまう。そんなことを思いながらなんとなく、僕の前に座っている柚樹ネコを抱え上げて膝に乗せた。今は柾木家なので柚樹も姿を現している。銀色の毛並みの皇家の樹は、気持ちよさそうに抱かれておとなしく撫でられていた。

 「まさか、でも・・・。柾木先生に会えるとは思ってもみませんでした・・・。柾木先生、これからもよろしくお願いします。」

さっきのどす黒い笑みはどこへやら。軽く頭を傾けて、かわいらしい微笑みを天地君に向けている。

 「いやぁ、もう、僕はあの学校に勤めてないんだ。・・・先生じゃないよ。」

照れくさそうに頭を掻く天地君。同時に少しすまなさそうでもある。

 「そうですが・・・。短い間とはいえ、いろいろお世話になりましたし・・・。お名前を伺い、そして、ここに通信がつながったと言うことは、樹雷皇阿主沙様のお孫様、皇家の重鎮であることも承知しなければなりませんね。」

ふわりと悲しそうな表情をしている。そうか、ここはほとんど皇家の分室。気にせずにどんどん上がり込んでるけど、気がつくと、遥照様は阿主沙様の長子であらせられるし、阿重霞様もご長女様だろう。皇家と伝手や関係を作りたい者は非常に多いはず。何せ銀河有数の軍事国家だそうだし。

 「ねえ、籐吾さん、たしか、読みは同じだけど籐吾さんは、竜木で謙吾さんは立木だよね・・・?」

振り返って、うちの精悍な闘士2人に聞いてみる。2人は顔を見合わせて、籐吾さんが口を開いた。

 「樹雷皇家の四家は天木家、神木家、竜木家、そして現樹雷皇の柾木家です。この正木の村のように、立木も分家筋にあたりますね。僕が樹雷を出た頃はまだ無かったんですが・・・。」

なるほど、本家筋ではないと。そう言うしがらみも多々あるんだろうな。

 「あら、でも良いんじゃない?縁があって、一緒になる分には、ね。皇眷属同士だし。」

復活の神木・瀬戸・樹雷様である。

 「それに・・・、若い子は良いわよぉ。」

ちら、とこちらを見て扇子で口元を隠し、にんまりする。背後が、左右の気配が、熱いというか、蒸し焼きにされそうな勢いだったりする。

 「え、え?僕は天地君よりおっさんですけど・・・。」

 「あんら、私達から見れば、充分に若者、よぉ。」

そこに居た女性陣ほぼ全員が大きく頷いている。見た目わからないが、謙吾さんも籐吾さんも頷いていたりする。うわ、そうだった。みんな歳と見た目は比例しないんだった。樹雷の世界に飛び込んで、まだ2週間程度だし。この辺は慣れないな・・・。そう思ってなんとなく周囲を見回して、頭を掻いていると、立木もも様はこちらに向き直って言った。あでやかな色使いの扇子を少し開いて口元にあてている。

 「ほほほ、突然に天地先生に連絡が付いて驚いてしまい、大変失礼をいたしました。改めまして、柾木・一樹・樹雷様ですね。謙吾がお世話になっております。」

深々と一礼されてしまう。

 「なかなか良縁に恵まれない子ね、と心配しておりましたが、両方いっぺんに恵まれて、始末が付いて良かったですわ。」

そう言って、僕の顔を見て、立木謙吾さんの横にいる茉莉さんを見る。なんだかこの人、瀬戸様と同じ香りがする・・・。そう思ってハッと気付いた。

 「申し訳ありません!。謙吾さんとのこと正式に戴きに参りますっっ。」

そう言って、立ち上がって、一礼する。気分は土下座だった。まあ、身分もあるらしいから、これで良いかな、良くないかな・・・?結局、大げさかなと思ってまた座った。

顔を上げて、傍らを見ると謙吾さんの顔が真っ赤だったりする。でもこちらをまっすぐ見ていた。その腕はきっちり茉莉さんが抱え込んでいる。

 「おほほほほ。・・・まあ、そうね。謙吾と一緒に帰っていらっしゃい。うちとしても樹雷皇家とのつながりが深くなるのは大歓迎よ。さらに神木家との良縁もできそうだしね。」

流し目で、茉莉さんを見ている。複雑怪奇な関係があるけど、まあ周囲もよく知っているし。隣の水穂さんの長い髪がなんとなく、ふわりふわりと逆立っているような気配もある。

 「竜木籐吾殿は、竜木言申殿の養子となって、竜木家を継ぐことになっているわ。それも、これも一樹殿のおかげね。」

艶やかな瀬戸様の声がする。うう、いたたまれない・・・。なんだか、性欲魔神みたいじゃん。って、以前に比べればそうだけどさ・・・。エネルギージェネレーターまで持っちゃったし。もの凄い不安定だけど。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷23

あーあー、梶島様。

出来れば世仁我の様々な設定も口裏合わせというか、教えていただけませんでしょうか?

良く考えると、アイライもあるし、ネージュちゃんところの惑星系もあるし・・・。

銀河内のパワーバランスと、この辺が簾座で、みたいなマップ作りたいなぁとか(^^;;;。

勝手に適当にやっちゃっていいか、ま、個人の妄想シミュレーション小説だし(^^;;。

美守様<若いバージョンは僕の中では、こんな危険なおねいさんです(^^;;;。


「竜木籐吾殿は、竜木言申殿の養子となって、竜木家を継ぐことになっているわ。それも、これも一樹殿のおかげね。」

艶やかな瀬戸様の声がする。なんだかにんまり笑う瀬戸様の顔が、ひとりエッチを見られた母みたいな雰囲気があった。うう、いたたまれない・・・。なんだか、性欲魔神みたいじゃん。って、以前に比べればそうだけどさ・・・。エネルギージェネレーターまで持っちゃったし。もの凄い不安定だけど。

 「そ・れ・に。あの日のダンスをわたしは決して忘れないわ・・・。」

なにやら、逝ってしまった目をしている瀬戸様だった。

 「あの、水穂さん、もしかして、もしかしてだけど。今までなんも考えてなかったけど、皇家四家との親戚関係が・・・。」

 「・・・ええ、わたし、その辺が~っつり考えて行動されているのだと思っていましたわ・・・。まず、野放しにはしてくれないでしょうね~~~。」

ため息交じりに、今さら何をと言った、呆れている表情の水穂さんである。

 「人がうらやむほど、樹雷皇家に足がかりを築いてしまっていますよね。しかもあっという間に。もっと言うと、誰も反論が出来ないほど目に見える形で、ですな。司令官殿。私たちは感謝してもしきれませんがね。それに・・・。わたしの命の恩人ですし・・・。。」

にやり、と若干他人事の顔、あとはあきれ顔の竜木籐吾さんがそう続ける。にこにこと微笑んでいるがまったく表情の読めない立木もも様は、僕と謙吾さんを交互に見ている。最後の言葉を言う時の籐吾さんは、この上なく幸せそうな微笑みだった。

 「・・・いや、あの。・・・ああいうところにいれば誰だって、そうしたと思うよ。」

 「いえ、皇家の一般的な対応は、自分の配下の者に、任せて、とか、百歩譲っても発見場所を瀬戸様に通信した時点で終わり、でしょうね。自分が死にかけてまで無理はしませんよ。」

立木謙吾さんが、ふっと僕から距離を取るような表情をする。というか、僕がおいて行かれたような・・・。そして、いつもの笑顔。近くに戻って来たような気がする。実際には謙吾さんは動いていないのだけれど・・・。心情的な物か・・・。これが皇家の雰囲気というものか?

 「だってさ、みんな好きだし・・・。暖かい想いには暖かい想いで答えたいと思うし・・・。」

ぎゅっと左右から腕を絡められた。右に水穂さん、左に阿知花さんだったりする。

 「一樹殿もわたしの養女、阿知花と一緒になれば・・・。神木家も安泰だわ。出来れば、わたしでも良いのだけれどねぇ・・・。」

舌なめずりしそうな、瀬戸様の艶やかな微笑である。

 「いえいえ、僕は柾木家を名乗らせていただいてますけど、そんなスゴイ血筋ぢゃないし。」

こないだ明らかになったところによると、正木の名前はじいちゃんで、ばあちゃんは田本だったというし。

 「樹雷は、ある意味実力主義なの。もちろん血筋も大事かも知れないけれど、まずは力の根源、皇家の樹に選ばれることが重要なのよ。あなたの肩に乗っている船に、あなたの膝の上でくつろいでいるその樹、・・・猫かしらね。そして・・・。」

あんら、そんなことを今さら?という表情の瀬戸様だった。ペシペシと扇子を左の掌で受けている。

 「・・・あうう、もういいです。その件では謙吾さんや、籐吾さんに詰められてます・・・。」

 「いいえ、今日は言わせてもらうわ。樹雷はあなたのおかげで、他の星系に先駆けて銀河間航行の可能性も手に入れた。ちょっと突出しすぎてしまったのが問題なのだけれど・・・。」

瀬戸様のマジ顔だった。ちょっと怖いくらいの迫力がある。

 「・・・と言うわけで、世仁我としても黙っていられなくなったという訳よ。」

ドアを開けて、柾木家のリビングに入ってきたのは、褐色の肌に小顔で、かなりのショートカットの女性だった。うわ、誰この人。しかも牝豹と言って良いくらい身体は締まっているし、スキも無い。 美しい、そうも言えるけれど、どちらかというと女性監察官とか、そう言う雰囲気だった。まあ、気軽に話しかけるには、一千万光年ほど壁がある、それくらい僕とは違う、そう思わせる威圧感があった。まあ瀬戸様がそうでは無いわけではない。充分すぎるほど威圧感はある。瀬戸様は瀬戸様で思い切って近づいてしまったそれだけのこと・・・。

 「ええっと、どちら様?」

隣の水穂さんに聞いてみる。柾木家に入ってこられると言うことは、鷲羽ちゃん始め、みんなの公認と言うことだけど。

 「さっき、みんなをお説教されていたでしょ?あの方ですわ。九羅密美守様よ。姿を二つお持ちになってるの・・・。」

そう言えば、と見ると、褐色の肌に、髪の毛の色は、そう、さっきの壮年の女性に似ている。

 「まあ、一樹殿のようにアストラル融合しているわけではなくて、擬体を乗り換えているんだけどね。」

鷲羽ちゃんがぼそっとそう言った。

 「あら、鷲羽様、わたしだって美しい殿方の前ですもの・・・。一張羅だって着てみたくなりますわ。」

そう言って、ゆっくりとウインクする。それはそれで、可愛らしく綺麗ではある。そうして、座っている僕の前に来て、アイリさんの横を無理矢理こじ開けるように、座った。

 「アイリ様、ごめんあそばせ。」

そう言う雰囲気は、さっきの包容力があるとも言える壮年の女性に似ている。似てはいるが、やはり、かなり厳しいと言って良い雰囲気があった。

 「改めてお礼を言わなければならないわね。あなたに救ってもらった、星系はわたしの思い出の星なの。そして、世仁我の師父様の眠る星・・・。」

静かにそう話し始める美守様だった。

 「そうだね、あの星系は、恒星の力が原因不明で弱まって、雪と氷の星になっていた・・・。」

鷲羽ちゃんが、思い出すように、そして珍しく重い口調で語り始めた。

 「死に行く星が、わたしには似合いだと、晩年の師父様は、おっしゃっておりました。雪霞に強いこだわりをお持ちのようでしたわ。」

そう言って、美守様は鷲羽ちゃんを見て頷いている。

 「・・・迎えに行ったら、もうすでに彼女がいたしね~~、いんやぁ、負けちゃったわ!。」

これもまた珍しく、鷲羽ちゃんが軽めの声で茶化している。その様子は、いつもの鷲羽ちゃんでは無かった・・・。

 「鷲羽ちゃん、何か・・・、あったんですか?」

いつもの様子ではない、鷲羽ちゃんが、ふと気になったので聞いてみた。

 「・・・・・・!」

僕の方を見たあと、、急に大粒の涙を浮かべて、僕の胸に抱きついてきた・・・。

 「すまない、一樹殿、ほんのちょっとで良いから、このままでいさせて・・・。」

ちっちゃくなった鷲羽ちゃんではない、大人の鷲羽ちゃんの格好で、いつもにはなく泣き崩れていた。そう、役場に相談に来た、子どもを先に亡くしたお母さんの雰囲気に似ている。どうしようも無い、とあきらめているけれど、それでもあきらめきれない強い想いを感じ、ほとんど毎日思い悩む母の顔に似ていた。ゆっくりと長く赤い髪の頭を撫でた。周りのみんなは、事情を知っているのか、温かいまなざしで鷲羽ちゃんを静かに見ている。

 「まだ僕にはよくわかりませんが・・・、長い時間を生きることは、厳しく重いものなんですね・・・。でも、僕は、わっはっはと笑ってる鷲羽ちゃんが好きですよ。それこそ何度もこの世に・・・、この世界に、引き戻してもらったし・・・。」

そう言って、鷲羽ちゃんの手に指をからめて強く握った。

 「・・・・・・女心をわかっちゃいないねぇ、この子は・・・。ほんっとにバカなんだから。」

しばらくして、目をこすりながら顔を上げる鷲羽ちゃんだった。それでも指を絡めた手は離そうとしない。ちょっと恥ずかしい。背中方面から、ごうごうと情念の炎の熱さを感じる。

 「・・・そういえば、天木辣按様は、もうちょっとその辺上手かったような気がするけど、記憶は受け継いでいないのかしら?」

瀬戸様は、扇子を下唇の下に当てて、上目遣いに思い出そうとしている。

 「残念ながら、天木日亜の記憶も、天木辣按様の記憶も、その辺上手く言えるようなフラッシュバックは無いですね~。だから、地球のおっさんには無理ですって、皆さんのような、お美しい方のお相手はぁ~~!。」

よってたかっていじめないでよぉ、みたいな意味合いも乗せてみたりする。手練れの、とか百戦錬磨のお姉様方、とか言おうと思ったが、やめておいた。それは天木日亜の記憶も辣按様の記憶も両方がそう言っていた。

 「うふふふ・・・、西南君にもゾクゾクしたモノだけれど。アマナック委員長がわざわざ見に来るはずですわね。世仁我としても放ってはおけませんわ。」

黒い牝豹・・・。まさにそんな感じの美守様だった。スッと、瀬戸様そして立木もも様までもが表情が引き締まる。アイリ様は、そう、アイリ様と言いたくなるような、一種冷たい表情だった。いつもの水穂さんのお母様でもなく、眼鏡をかけたGP理事長の雰囲気でもない。

 「さらっと、世仁我の母星を含む星系を生き返らせてしまわれて、さらにいくつか赤色巨星化したり、ブラックホール一歩手前だった星系も生き返らせてしまわれた・・・。」

 「本当は、うちの立場でも、言いたいことは山ほどあるんだけどね。アイライの管理星域もいくつか甦らせてくれちゃってね~。もう長いこと鎖国しているんだけど、また、きな臭くなって来てるのよね・・・。」

アイリ様まで、話題に乗っかるように、わざわざ正座を崩して、あぐらをかいて左手で頬杖ついている。

 「ええっとぉ、アイリ様、パンツ見えてますが・・・。それに、なんとなく平等に星系が生き返ってて、まあ、適当になんとなく良かった良かったと・・・。」

 「・・・と、言うわけには行かないでしょ~ね~。」

謙吾さんと籐吾さんが一緒に頷き合って同時に言った。

 「控えめに言っても、もの凄く危険な立場でしょうね、柾木・一樹・樹雷様は・・・。お気づきかどうかわかりませんが、先ほどの西美那魅町役場で、私たちをとり囲もうとしていた浮遊球体兵器、あれ、時間凍結フィールド発生器兼、強制超空間ドライバーでしたし。私たちも悪いのですが、最後に後ろに回り込もうとしたのを一樹様が破壊していなかったら、今頃・・・。」

 「そう、今頃、わたしの宇宙船の中よん。」

てへっ、バレちゃったぁ、みたいな顔をする美守様だった。全然可愛くないし。どっちかというとスゴイ迫力だし。

 「それってもしかして、あのまま気付かずにいたら、時間凍結フィールドかけられて、短距離超空間ジャンプして捕縛されてたってゆーこと???」

 「えげつないわね~、世仁我のやることも。」

せ、瀬戸様、なんですかその他人事な言い方は?

 「ま、こんなのに捕まる程度なら、その程度だろうし・・・。捕まらなかったら・・・。」

 「捕まらなかったら・・・・・・?」

ゴクリと喉を鳴らして、つばを飲み込む。

 「西南君はあのとき未成年だったから、あきらめたけど、今度はそんなことないし。わたしのものにしちゃおうかなぁって!、それは冗談としても、世仁我として、正式に銀河探査に噛ましてもらおうかなぁと」

 「あら、美守殿、わたしの水鏡に幽閉しちゃおうかと思ってるだけれど。」

 「おほほほ、神木・瀬戸・樹雷様、ちょっと譲れませんわ。」

ばちばちばちぃって、空気がプラズマ化しそうな応酬だった。2大怪獣大戦争!、ゴジラ対ガメラ!、みたいなテロップが僕の頭の中をぐるぐる回っている。とすると、あの切って捨てたメカは?

 「もしかして、鷲羽ちゃん、町長と帰る前に、襲われて切って破壊した四足メカは?」

 「ああ、たいしたことないよ。世仁我製の短距離超空間ジャンプ装置付き暗殺メカさ。例えば噛みつかれていたら、細胞壁崩壊型ナノマシンを注入されていたね。液状化して数十秒後には跡も残らないよ。」

えっへんと、銀河一の天才科学者モードの鷲羽ちゃんだった。さっきの泣いている面影はすでにどっか行っちゃってしまっていた。

 「あのぉ~、こないだの衛星兵器よりもえげつない気がしますが・・・・・・。水穂さん聞いていたの?」

 「・・・ええ、樹雷の皇族としての抜き打ちテスト&卒業試験的なモノとは、聞いていたのですが・・・。」

それを聞いた瞬間、身体が先に反応した。気がつけば木刀を右手に持ち、右膝立ちで美守様の喉元に木刀の刃の部分を当てていた。

 「僕は、このまま宇宙に放り出されても光應翼も張れるし、問題ありません。・・・ただ、この者達に危害を加えることは、今後一切無いとお約束ください・・・。」

あのまま、気付かずに短距離超空間ジャンプして、もしも、美守様の宇宙船内に入れなかったら?そう思うと怒りが先に沸き起こってしまった。世仁我の重鎮というキーワードがかろうじて首を刎ねようとする手の動きを止めていた。

 「・・・ああ、なんて、なんて美しい・・・。わたしの喉に刃を突きつけたのは、あなたが初めて・・・。」

美守様は、一度目を閉じ、ゆっくりと開く。そして頬を上気させていた。もしかして、何かの引き金を引いた?超危険な香りが・・・。

 「柾木・一樹よ、我が息子よ、戯れが過ぎたことは許して欲しい。お前がイツキに選ばれて、いまだ一月も経っておらぬ。華々しい結果をたくさん挙げたとは言え、疑い、嫌う者も多いのだ。これからも力を示し続けなければならぬ・・・。」

静かな声で遥照様にそう言われて、木刀をひき、元の位置に座る。左右から水穂さんと阿知花さんに腕をぎゅっと持たれた。

 「父上、わたしは、どうでも良いのです。この者達にもしも危害が及んでしまったなら、わたしは・・・。この銀河は言うに及ばず、すべてを消し去ってしまうかも知れませぬ。もちろん、皇家の樹達に関しても同様です・・・。」

あぐらをかいた両ももに両腕を突き立てるようにして、そう言った。ぼたぼたと大粒の涙も落ちる。柚樹が膝の上に乗り、頭を擦りつけ、イツキは肩に乗る。

 「一樹様、どうでも良いなどと言わないでください。我等はあなたが居なくなれば、気持ちの拠り所を無くしてしまいます。どうでも良いなどと、狂わんばかりに愛している者の前で、二度と、二度と言わないでください・・・。」

背後から、泣きながら声を絞り出す竜木籐吾さんの声が聞こえる。次は、とんっと頭が背中に当たる。

 「俺、うまく言葉に出来ないよ・・・。でもどこかに行っちゃやだ。」

謙吾さんが、泣いていた。その場の3姉妹も静かに泣いている。

 「ごめんなさい、あなた・・・。」

静かに水穂さんも泣いていた。

 「う~ん、この赤い宝玉、ときどき暴走するからなぁ。ごめんね~。遥照様、勢いで父上と言ってしまいました・・・。」

みんな泣かせて、結局耐えきれずにおちゃらけてしまった。この辺が、樹雷やみんなが心配するところだろうな~とか思ったりする。うしろから、闘士2人にガッと腹と胸に手を回される。ぐええ、痛いって・・・。あばらが盛大にきしむ。遥照様が、あ~あ、と言った顔をしてお茶をすすっていた。

 「ああ、なんて美しい・・・。狂わんばかりに愛しているなんて、樹雷闘士に言わせるあなたが欲しい・・・。」

うわ。ひとり、忘れてた。なにか、危険なモードに入ってしまっている。

 「あ、あの、瀬戸様、美守様って・・・。」

 「わたしだって嫉妬に狂わんばかりなのよ、人のことは知らないわ!。」

そう言ってプイと横を向いてしまう。それじゃあ、常識人っぽい、立木もも様は?そう思って視線を立木もも様の映っているディスプレイに向けた。

 「謙吾がね、泣いているところを初めて見たわ。謙吾はいろんなことを悩みながら、それでも笑っている子だった・・・。本当に端から見てかわいそうなくらい。でも、あなたに対しては泣くことが出来るのね・・・。羨ましいわ・・・。」

静かに、湧き水が湧くがごとく言葉を紡ぐ立木もも様だった。正直、ぐぅの音も出ない。さらに、ヘルプミ~プリーズの思いを込めて、今まで見えていなかった、天地君方面を見ると、阿重霞さんや魎呼さんは、ハンカチもって真っ赤な目で見ているし、ノイケさんは珍しく、こっそり天地君の背後から天地君を抱いていた。砂沙美ちゃんは、天地君の横でにっこり微笑んでいる。でもその瞳は深く蒼い色に変わっていた。天地君は、こっちを見て固まっちゃってるし。

 「さあさ、美守殿、一樹殿の力はわかったわね。わたしだって我慢してるんだから、ここは若い者に任せて・・・。梅皇に行きましょ!。」

なんだかよく分からない説得をすると、ようやくかすかに頷いて席を立とうとする美守様だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠くにある樹雷24

今回で、とりあえず、第一部として終わらせようかと思います。

ちょっとお休みを戴いて、広大な宇宙に乗り出していきたいな、そう思っています。



 「さあさ、美守殿、一樹殿の力はわかったわね。わたしだって我慢してるんだから、ここは若い者に任せて・・・。梅皇に行きましょ!。」

パンと扇を開いて、瀬戸様がなんだかよく分からない説得をすると、ようやくかすかに頷いて席を立とうとする美守様だった。瀬戸様の昼ドラモードがまだマシだったりするな。でもあれも、瀬戸様を馬鹿にしていると言われればその通りだし。しかし、それになんとなく乗ってくれる瀬戸様も、また病んでるような気もしてきた。

 「もおお、一樹殿、あなたの船なんだから、あなたが先立ちしてくれないと行けないわ。」

あ、そうか、と思って、梅皇にお伺いを立てる。なんだかお美しい方々の毒気に当てられて、いまいち、こう・・・。

 「梅皇、ここに居るみんなをコアユニットへ転送してくれるかい?」

いつもの、グリーンカーテン、転送フィールドに包まれた、と思ったらなんとも広大な原野のようなところに転送された。遙か遠くに、惑星系のような物も見えている。空と言って良いのだろうか?僕らが居る上方には、球体に封入された世界、がいくつか浮かんでいた・・・。あれが皇家の皆様からもらったって言う、ユニットかな・・・。背後には、イツキが幼木であることを認識し直すほどの大きな樹。ちょうど梅の花が満開だった・・・。大きなサークル状の土に似たものに植わっている。周囲から水の供給ラインも入ってきていた。周りを見回すと、少し離れて小高い丘のようなところに巨木があり、その樹に寄りそうように、遠目でも分かるほど豪華絢爛なおうち、と言うよりお城?が一軒・・・。

 「一樹様、アルゼル惑星系は、前方に見えますように、この梅皇に、無事、亜空間固定されました。アマナック議長や惑星アルゼルの皆様がホッとされた顔をしていましたよ。・・・まだ船体ができあがったばかりですので、様々な造成はこれからですが・・・。」

謙吾さんが、傍らに立って説明してくれる。

 「その・・・、恒星間航行の自由がなくなったように思うんですが、その辺は良かったのでしょうか?」

ちょっと心配になって、ディスプレイに映っているだろう瀬戸様に聞いてみた。超空間航行が当たり前の世界である。思うときに移動できない不自由さはあると思う。

 「全く問題ないそうよ。もともと他の星系と交易をしているようなこともなかったしね。」

そう言いながら、歩いてくるのは瀬戸様だった・・・。って、忙しいんじゃなかった?

 「あら?今までに無い巨大で強い皇家の船。わたしが居ちゃ悪い?」

なにかご不満かしら?と言わんばかりの顔だった。

 「まったく、全然、悪かないですが・・・。お忙しいのではありませんか?さっきまで通信ディスプレイ越しだったですし。」

 「なんとか樹雷の公務を終わらせて、水鏡で来ちゃったの。立木謙吾殿が樹雷を出たあと、わりとすぐに出たから速かったでしょ。あなたを世仁我の美守殿に取られるわけにはいかないわ。」

さらっと、また問題発言しているし・・・。本当に、首根っこつかまれてるネコみたいな気分だったりする。はああ、と大きなため息が出た。右手に、両手でつかまるようにして立っているラノちゃんに気付く。そうか、僕がでかいんだな。抱き上げて、左肩に座らせた。なんとなく右肩にはイツキがいる。同時に、天木辣按様の姿になった。これもなんとなく、梅皇の中なのでそうしなければならないような気がした。

 「一樹、ありがとう。昔の、天木辣按様との日々が思い出されるわ・・・・・・。」

梅の香りが強くなり、花びらがさらさらと散る。梅皇からの暖かな波動が心地よい。様々なことがあったのだろう、天木辣按様の、記憶がゆっくりと巡り始める。ほとんど地平線と言って良いくらい向こうに、青い惑星と太陽に似た黄色みがかった恒星が見える。見えるが、その熱が感じられることは無い。また違った亜空間に固定されているんだろうな・・・。

 「言うと、見るじゃ大違いですね・・・。イツキも広大な空間と思いましたが、ここまで区分けされた莫大な空間があると絶句しかしません。その上、これが船の中だと言うし・・・。」

 「あなたこれから、本当に大変よ。死ぬより辛いことかも知れないわ・・・。それでも行く覚悟はある?。」

瀬戸様が、遠くを見ながら、強く、「行く」という言葉にこだわって言った。

 「はい。本当に大きな可能性を戴きました。もっと勉強して広大なこの宇宙を見て歩きたい・・・。みんながいるから出来る、そう思えています。」

冷たく暗い、宇宙。しかし、あまりにも広い。でも僕は行きたい・・・。

 「そうね、お行きなさい。あとのことは私たちがなんとかするわ。ねえ、鷲羽ちゃん、美守殿、アイリ殿。」

様々な思惑があるのだろうが、それを読み取れないような謎の微笑みを浮かべ、この銀河を統べると言って良い、女性達は頷いていた・・・。

 「ものごっつぅ、怖いんですけど・・・。」

 「一言多い!」

鷲羽ちゃんに、巨大なハリセンで背後から一刀両断にされた。梅皇やここにいるみんなの気持ちがとても嬉しい。どこまでも行ける!、確信が心を支配していった。

 

遠くにある樹雷24 終わり

第一部 完



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。