白球に込められた野球魂 (シアン・シンジョーネ)
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第一話 ペナントレース開幕!

どうも、ハーメルンで初投稿させていただきます。
あらすじには書いていませんが、なんj用語も頻繁に出てきますので、後書きにてそういう部分を補足したいと思います。


『さぁ、やってまいりました。2014年の東京ドーム。因縁の対決となる阪神と巨人戦。解説にはロッテの元守護神“早川あおい”さんが来ています』

 

『どうも、早川です。阪神と巨人……野球好きなら見逃せない一戦だね』

 

『見逃せないとは?』

 

『今までだったら“猪狩バッテリー”の前に、阪神は完封負けしてましたが、今年の阪神は開幕投手を任された超大型バッテリーと外国で手に入れた選手が三人もいますから』

 

 

早川の腑に落ちない解説に、実況は疑問を抱く。だが、球場では早川が話題に出した“猪狩バッテリー”の投手、“猪狩守”が番長顔負けの眼光を光らせると、東京ドーム全体が冷気に包まれた。

試合開始告げるブザーに一気に場内は湧き、熱気を帯びた叫びは選手の心に火をつける。

 

 

『先頭打者は鳥谷。去年とは違い、打順を変えて来ましたねぇ』

 

『彼の選球眼は球界でもずば抜けてるから。先頭打者としての素質は持ってるし、ボールを振らせる、または凡打させる私には苦手な相手だよ』

 

 

猪狩守の一球目。高めを抉る直球。鳥谷は振らない。判定はボール。

一回表の一球目だが阪神サイドは安堵する。その凄まじさは舞う砂煙が物語らせ、電光掲示板が数字として記録させた。時速154キロ。

 

 

『猪狩守、一球目から全力ストレート!その様はまさに大砲!あまりの球威に手が出ない打者も少なくはありません』

 

『全力ストレートを高め……様子見のボール球ですけど、まだ変化球と切り札がある』

 

 

捕手とのサインを終えて、猪狩守の二球目。今度は内角低めのスライダー。

鳥谷はバットを振り、スライダーを打つ。だが内野の白線を超えファール。これで黄色と緑の光が掲示板に一つずつ点滅される。

 

 

『それに守君は、僕とは違って三振で抑える力の投球。甘い球を見定める鳥谷にはちょっと相性が悪いかな?』

 

 

早川の言葉通り、鳥谷は三球目を見逃してストライク。四球目のキレのあるカーブ球に手が出て三振。

その後も少ない投球数で阪神の二番と三番を抑え、一回表の攻撃は終わる。

二者三振、立ち上がりとしては上々過ぎるものだ。

 

 

『三者凡退。去年のクライマックスシリーズから好調を維持し続けてます。しかし、日本シリーズであれほど大暴れした猪狩投手ですが、今日もそれを見せてくれるのか?楽しみですねぇ』

 

『日本シリーズは名勝負だったよ。マー君こと田中投手と守投手の投手戦。互いに七回まで容赦なしのフル投球でバテバテ。最終的にはセーブに橘投手が出て、0-1で楽天が日本一。私も出たかったよぉ〜』

 

 

可愛らしい猫撫で声に、生配信されてるネット動画で早川を愛して止まないコメントが流れるのを見た社長がいたが、それは今は関係ないお話。

 

 

『さぁ、阪神も三者凡退で抑え込めるのでしょうか?阪神の開幕投手は“開拓高校”からやって来た速球派!誰がつけたか、その環境で戦う姿はまさに『逆襲球児』!』

 

『その名も“小波”です!』

 

 

その瞬間、ドームは阪神に限らず巨人までもが雄叫びをあげた。

マウンドの立つ黒い帽子。左手で整えると、手汗を拭って試し球を投げる。球速147キロ。

軽く投げたようなフォームから放たれる速球。全力で投げれば、どれほどの球威があるのか。阪神ファンの期待は大きく広がり、虎の威嚇は一気に咆哮へと昇華されるのを小波はその身で感じた。

 

 

『さて、その小波の球を受ける捕手は“混黒高校”の四番。類稀に洗礼させたリードで投手を引っ張る“雨崎優輝”!今回の打順でもルーキーから早々に五番という大事な場所を任されています』

 

 

実況の声がかき消されるように阪神ファンの愛ある罵倒がマウンデへと伝わる。高卒ルーキー。しかも開幕投手を任されるという大義名分。能見、メッセンジャー、藤浪よりも早く立つマウンドの感触は不思議と心地がいい。

 

 

「制球が定まらないようだったら、左足でマウンドを一回だけ蹴って。後は僕がどんな暴投も捕るから」

 

 

小波は今とても落ち着いている。親友である雨崎がアドバイスをくれるが、その心配はない。いつも通りの平常心。

肩も肘も指も手首も腰も足も問題ない。体のバランスも悪くはない。むしろいいぐらいだ。

そして小波は敵となる相手の打者を見た。“猪狩バッテリー”の捕手、投手である“猪狩守”の弟“猪狩進”。前年での成績は3割3分9厘、34打点、16本塁打の化け物染みたものだ。

 

 

『おぉっと、一球目は内角ストライクから外れる高速スライダー。進選手は見事に見抜きました』

 

 

身体中の血液が湧き上がるのが感じる。この舞台、プロという誰もが憧れる舞台で大打者と戦える喜び。感動のあまり涙が出て来そうにもなる。

 

 

「いくぞ……優輝」

 

 

グラブ越しに呟いた独り言だったが、その声に雨崎は答えてくれた気がした。

ここからが小波の全力投球。一球一球に相手を屠る力を込めて、身体中を銃にして今弾丸を撃つ。

ど真ん中直球。誰もが失投と思うであろう悪投球。しかし、その力強い小波の背中に、球場は一気に静まり返る。

背に誇られる13。その数字は今日一度もマウンドを去ることなく君臨し続けた。

 

 

………

……

 

 

「本当にすいません!最終回で一点取れれば阪神の勝ちでしたのに……」

 

「気にするなよ、お前が小波をリードしたから延長戦にもつれ込んでも無失点で行けたんじゃないか」

 

「むしろ感謝するぐらいだ。これは俺が明日勝つとするかぁ?」

 

 

試合時間四時間超え。阪神が使う控え室に、雨崎はチームメイト全員に頭を下げていた。新井兄は雨崎をフォローし、明日の先発となる能見は明るい笑顔で笑っていた。

 

 

「それに雨崎はツーベース打ったじゃないか!そこに続けなかった……福留が悪い」

 

「先輩に対して随分といい口するなぁ、新井ぃ!!」

 

 

「痛い痛い」と悲鳴を上げる新井兄。

横目で見ていた上本も「ゲッツーでしたからねぇ」と代打で出た新井兄の残酷な成績を言って、聞く耳立てていた小波は「聞かなかったことにします」と言った。

 

 

「でもありがとうございます。上本さんと、鳥谷さんのファインプレーで満塁のピンチをトリプルプレーで抑えられましたから」

 

 

「もちろんゴメスさんも」と雑な送球を取った一塁手にも感謝の意思を忘れずに小波は頭も下げた。

 

 

「まぁ、今日は開幕記念だ!俺のおごりで夜の街で明け暮れるぞ!」

 

「ノウミサン。ミセイネン」

 

 

マートンの言葉に能見は「そうか」と悔しげな顔を浮かべた。

 

 

「気持ちだけで結構です。それに……この後、上の人達に呼び出されてますから」

 

「小波もか。実は俺も呼ばれてたんだ」

 

 

新人バッテリー二人の事情を知り、その場にいる全員が了承した。雨崎は「すいません」と謝罪の言葉を残して、小波と共に部屋を後にした。

 

 

「優輝はどう思う?」

 

 

東京ドーム特有の質素な関係者通路を二人は歩く。小波の真剣な眼差しに雨崎は本心をそのままぶつけた。「もしかして“ジャジメント”からだったり?」

 

 

「ありうるな!“ジャジメント”は今年に“横浜DeNAベイスターズ”を買収して“横浜ジャジメントベイスターズ”にしたからな」

 

 

二人が話す“ジャジメント”とは、世界でもっとも売上がある世界的大会社だ。一時期、食品や草野球チームの問題などで信頼をなくしたが、同じ資産がある“オオガミ”との合併などで技術を進展。二つの力でできた新しい科学は、全世界を震撼させて、今や“ジャジメント”とその他大手会社と言われるほど社会に貢献する企業に成長したのは、まだ人々の記憶には新しい。

 

 

「お父さんは元“オオガミ”だからね……」

 

 

だが、その大きさゆえに黒いところがある。噂では自ら作った科学の力を証明するために、小規模な戦争を起こしたり、その力がどれほどの影響力を持つのか政府に脅しをかけているというのがある。

そんな中、雨崎の父親は“ジャジメント”が合併する前の“オオガミ”で生物化学をしていた。しかも重要な役割を任されていたらしい。

 

 

「でも、意外といい話かもしれないぞ。阪神と横浜の超大型トレードとか」

 

「横浜には“田中山太郎”のショート。それに現横浜エース“天道翔馬”がいるから大型はないと思うけどなぁ〜。捕手の“六道聖”だって欠かせない女房役になってるし……」

 

 

「じゃあ、何だろうな」と小波は言って自分達が関係しそうな話題を探すが、一考に思いつかない。それは雨崎も同じであり、顔を歪ませてはしかめっ面を繰り返す。

今日は近所でお祭り騒ぎ。花火音と参加者の声が、やけにうるさく聴こえた。

 

 

 

 

 

『甲斐。わかっていると思うが、今回は事務的な内容だ。くれぐれも無駄なことは言うなよ』

 

「了解しました、紫杏社長。ではまた後日」

 

 

『任せたぞ』という言葉を最後に電話が切れた。

“ジャジメント”社長室で佇む女性が一人。彼女の名前は“上守甲斐”。“ジャジメント”の日本支社社長にて先程の電話相手“神条紫杏”の秘書だ。今は日本支社での代理社長をしている。

社長である紫杏は“ジャジメント”本社へと急遽足を運んでおり、その詳細は秘書の甲斐でさえ知らない。

 

 

「ふ〜ん……で、私を呼び出した理由はなに?」

 

 

社長室にある対談用のソファに座る甲斐とよく似た女性がそう言った。違いがあるとすれば、髪型が全体的に逆立っているのと、社長室には場違いなカジュアルな軽装してるぐらいだ。

甲斐は一息置くと、その女性の名前を言った。「“白瀬芙喜子”」

 

 

「あなたには今日から外国人助っとして入団してもらいます」

 

 

甲斐からの意外な言葉に、白瀬は飲んでいたコーヒーをテーブルに吐き出すと、怒鳴り散らすように言った。「ふざけてる!?私は女性よ、女性!どこから見たら屈強な男性に見えるの!?」

 

 

「大丈夫です。前例に楽天には“橘みずき”が、ロッテには“早川あおい”が、ソフトバンクには“小山雅”が、そして我らベイスターズには“六道聖”と前例がありにあります。それに外国では“アンヌ”という女性選手がいるとかどうとかありますし……」

 

「聞いてみると意外といるのね。って、それ関係ない!もっと根本的な部分!あたしは野球をやったことない!」

 

「安心してください。専属トレーナーを手配してます」

 

「ひ、と、の……話を聞けぇぇえええええ!!」

 

 

 

 

 

「どうも、今度阪神でお世話になる“シルバー”の専属トレーナー“トモ・コモリー”です」

 

「外国人ですよね?その割りには日本語ペラペラ過ぎませんか?」

 

 

阪神の上役が集まる会議室。そこで小波と雨崎はオーナーの話を聞いてきた。

オーナーの話は単純なものだ。阪神に入る三人の新外国人。一人はゴメス、もう一人は“シルバー”の紹介というものだけだった。

それだけ言うとオーナーは「私事で話したいこともあるだろう」と理解できない言葉を言って会議室から早々に出て行った。

 

 

「あの〜、私事って言っても俺たち初対面です……よね?」

 

「いいえ。私と小波君は一度会ってますよ」

 

 

「そうかな?」と小波は呟く間に、雨崎が食いつくようにトモに話しかけた。「シルバーって、あのメジャーリーグ最高の女性リリーフですよね?」

 

 

「知ってるのか、優輝」

 

「寧ろ知らないの?“シルバー”はメジャーでリリーフながらも平気で二回、三回のイニングを毎日消費する伝説クラスの大投手。WHIPも1点台を維持したりと、名球会入り間違いなしの女性だよ」

 

 

「ですよね」と尋ねる優輝の声に、トモは何かに驚いた様子で「えぇ」と言った。何事かと思う優輝と小波だったが、目線の先にあるタコ焼きのポスターを見て、日本食に惹かれていたのだと気づいた。

 

 

「今度、シルバーさんが来たらみんなとタコ焼きでも……」

 

「それもいいけど……本当に知らないの?シルバーのこと。テレビとかで見ると思うけどなぁ〜」

 

 

トモの発言に小波はすぐに「開拓高校にはテレビとかなかったからなぁ」と返答した。

暫しトモは頭を悩めると、頭の電球がついたような笑顔を浮かべて小波の顔を見ながら言った。「じゃあ、新聞で見たことは?」

 

 

「新聞……あるような、ないような……」

 

 

記憶を掘り起こす小波。浮かんでくるのは、開拓高校時代の同級生の顔ばかり。次に浮かんだのは雨崎の妹と、同級生で愛称『ブサエ』の異名を持つ“木村冴花”の顔だった。

次々と思い出を思い返すなか、ふと流し目で見た新聞の記事を思い出す。見出しは『イニングイーター・シルバー』だった。

 

 

「あぁ……あぁ、あぁ!思い出した!イニングイーターの異名を持つシルバーさんのことか!」

 

「やっと思い出してもらえた……」

 

 

「でも、それって意味あるんですか?」という小波の素朴な疑問に、トモは笑って答えた。「彼女、自分の活躍が耳にしてない人物がいると傷つく人だから」

 

 

「それで調子崩されたら困るでしょ?」

 

 

「そうですね」と投手である小波は、トモに言い分に共感を覚えた。六日のローテーションで先発が回ってくるが、その間は休憩などは取りはしない。休憩というなの調整で、次の登板日までにコンディションを整える。それと同じだ。

体の調子は心身によって影響するもの。精神的であれ、肉体的であれ、それがマイナスになるとなれば途端に投手の実力は発揮されなくなってしまう。

そのためのと言うなら、投手として仲間としてそういうのは理解しないといけない。それがチームプレイとしての一環でもある。

 

 

「では、また後日お会いしましょう。シルバーは明日にでも現地で集合するようです」

 

 

それだけ言ってトモは会議室から出て行った。

同時に二人からはため息が出てきた。緊張がとれたせいか、足は妙にくたびれ、雨崎に至っては肌年齢が少し増えたのではないかと疑うぐらいやつれていた。

 

 

「……俺たち、呼ばれる意味あったのかな?」

 

「わかるか」

 

 

どっと疲れて二人は東京にある自分の実家へと帰って行った。その夜、二人は爆睡。

後日、巨人は内海、阪神は能見の二日連続投手戦。六回表までは互いに1-1の同点だったが、村田のタイムリーツーベースで3-1。能見はそこで降板、外国人助っ人として入った“シルバー”こと白瀬の活躍でピンチを凌ぐが、ゲームは動かず3-1で巨人の勝利。

しかしその日の白瀬は二回2安打ピッチングという好投で、イニングイーターとしての存在感を放つ見事なものだったのをここに記述する。




【補足コーナー】

Q.猪狩さん154キロ?
A.中身はアフロモード。


Q.あおいちゃん引退。
A.ゲームでも確か五年ぐらいで引退してたので。あおいちゃんは大好きです。


Q.レ・リーグは?
A.効率悪すぎ。


Q.紫杏が生きている!?
A.あらすじの通り、設定改変。


Q.甲斐とフッキー、奇跡の共演。
A.上記と同じ。


Q.トモ・コモリーって?
A.パワポケ12を買おうね!


Q.シルバーって?
A.パワポケ9を買おうね!


Q.新井兄「福留が悪い」
A.なんj用語。「新井が悪い」の改変。


Q.生配信されてるネット動画。
A.ニコ生。


Q.田中山太郎って誰だよ……。
A.バス停前高校のエースであり顔。作品によっては遊撃手を務める。


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第二話 速くてすごいやつ、そいつはピカピカ一年坊

ちなみに脳内キャラ能力。

【小波】154km/h、コントロールD、スタミナA
変化球:Hスライダー5、カーブ3、チェンジアップ1、ツーシーム
得能:対ピンチ4、安定感4、奪三振、緩急○、闘志、チームプレイ○、慎重盗塁、慎重走塁、速球中心


【雨崎】弾道3、DBCCBC、捕手
得能:キャッチャー4、送球4、広角打法、ローボールヒッター、いぶし銀、慎重打法、積極走塁




「貯金ありの好スタートだね」

 

「うん。小波やメッセンジャー、能見さんのおかげで何とか」

 

 

時期は四月最後。今日は野球中継がないオフの日。前日にヤクルトとの試合があったので、そのまま東京にある実家にて休日を過ごす雨崎優輝の姿はそこにはあった。

 

 

「素直にゲロっちゃえば?能見のせいで、貯金が少ないって」

 

 

そして、スポーツニュースを煎餅食いながら見る女性もそこにはいた。優輝の妹、“雨崎千羽矢”である。

顔つきは似ているが、それ以外は対して似てもいない兄妹だ。目の色は妹の方が赤く、髪の色も質感も全然違う。何より一番違うのは、あまりに不健康な肌色だ。

スポーツをやって褐色肌になってる兄とは違い、青白く痩せこけた顔。目を開けば視点は朧げであり、起きてるのがやっとと言うぐらい目元には隈があった。

 

 

「大丈夫か、千羽矢。気分が悪くなったらいつでも言うんだぞ」

 

「馬鹿兄貴に心配されるほどやわじゃないよ。少し学校に行けなくなるのと、家事手伝いができなくなるぐらいだから」

 

 

その少しがどれほど重いか。雨崎は強がる千羽矢の姿がとても愛しく、とても悲しかった。自分にはできることがないのか。あるとすれば、プロ野球選手の年棒を使って延命治療に注ぐだけ。

それで治ればどれほどいいことか。それはもう、半月前から雨崎の父が行っている。娘を愛し、死なせぬものかと奮闘し続けてる。

 

 

「おニイ……言いたいことがあるんだ」

 

 

妹の覇気のない声に、雨崎は寄り添い、優しい声で言った。「何だ。何でも言っていいぞ」

 

 

「打撃は決して十時ボタンで行えないし、投球は赤い線でストライクゾーンを表示してないから」

 

「えっ?」

 

「それにどんなに頑張っても、経験値は能力を上げるというコマンドを使ってあげるものじゃないから。コントロールやスタミナにAってものもないから」

 

「えっ?」

 

「それじゃあオチいくよ、馬鹿兄貴!!」

 

 

瞬間、千羽矢が爆発した。

 

 

………

……

 

 

「うわぁぁあああああああ!!」

 

「ちょっと!朝からうるさいよ、馬鹿兄貴!」

 

 

反転する床と天井、そして纏まりつく布団。体の鈍痛から考えて、どうやら雨崎はベッドから直で落ちたらしい。

デジタル時計に表示される日付は五月一日。時刻はもう午前の十二時前を迎えていた。

昨日はヤクルト戦二日目で。小波が投げて阪神は勝利し、その日は1勝1敗で終えた。運悪く小波には勝ち星がつかなかったが、本人は「仕方ないさ」と不満げな顔で文句を垂れていた。ちなみに勝ち星を貰ったのはシルバー。

 

 

「……夢で良かったぁ〜」

 

 

雨崎が見ていた夢。それは約一年前にあった千羽矢に起きた病気そのものだ。毎日身体を弱らせていき、時にはベッドから一度も出ることもなく、死んだのではないかと危惧するほど眠る日もあった。今となれば、身体は奇跡とも言える回復力と治療で健康体になっているのだが。

できれば、あの不安に満ちた毎日はもう送りたくない。

 

 

「やっと降りてきた。朝ごはんは冷蔵庫にあるから、適当に食べておいて。あたしはこれから小波と一緒に先輩と会ってきます」

 

「あぁ、開拓の“木村冴花”か」

 

 

「そう」と適当に返事をした千羽矢の態度に、雨崎は「変わらないな」と思いながらも冷蔵庫にある朝食を電子レンジに入れる。少しばかり化粧が強い千羽矢に、雨崎は何気無く聞いてみた。「なんだ、そのまま小波とデートか」

 

 

「いいね〜。妹の私に恋愛感情抱く変態兄貴を背に、小波とイチャイチャするのも」

 

「それ、高校時代の話だろ」

 

「今でも好きなのは変わらないくせに。まぁ、本当は先輩だけじゃなくて、元プロ野球選手の“木村庄之助”にも会うからだけど」

 

 

“木村庄之助”ーーそれは知っている人は知っているプロ野球選手だ。ポジションはピッチャーで、中継ぎと抑えを行っていた。話題となったようなニュース、特徴の目と性格がキツイこと以外、特に目立つことないまま現役を引退した。

雨崎は捕手として木村のピッチングには惹かれており、配球と緩急には思わず関心を抱かせる。そういう意味では、千羽矢の話は雨崎にとって嫉妬するようなものだ。

そしてその木村庄之助は、先程名前に出た“木村冴花”の実の父親でもある。

 

 

「そうか。じゃあ、俺は一日オフを楽しむよ」

 

「あれ?今日も阪神はヤクルト戦でしょ。捕手として行かなくていいの?」

 

「今、阪神は正式な捕手が決まってないんだ。いつも通りなら俺を中心として使ってるけど、他にも使いたい奴がいるからって……」

 

 

「なるほど」と千羽矢は頷くと、最後にコンタクトレンズを入れて身支度を終えた。バッグの荷物をチェックすると、駆け足で玄関に向かって千羽矢は雨崎に挨拶して出て行った。

それなりに広いリビングで一人の雨崎。電子レンジの加熱終了の音に悲しくなるが、腹の虫を抑えるためにお昼時のニュースを見ながら朝食である『えびピラフ』を食べ始めた。

 

 

『では、次のニュースに移ります。昨日、不審な男が東京にて逮捕されました。男は「イキでクールなナイスガイ」などの意味不明な口述をしており……』

 

「……日ハムと楽天戦が午前からだし、“水木卓”さんの息子が楽天に入団してるから見るか」

 

 

 

 

 

「やっぱり、プロ歴一年でも高卒と大卒で全然動きが違うな」

 

「もう、折角同級生に会うんだから、携帯で野球観戦しないで!」

 

 

「馬鹿兄貴みたくなるよ」と千羽矢の言葉に、小波は軽く笑ってスマフォをしまった。

 

 

「でも凄いよ、あの安定したフォームと打率。盗塁の勝負強さも流石としか言いようがない。交流戦が楽しみで仕方だなぁ」

 

「女性であるあたしを放っておいて、男にゾッコン〜?誰かしら、その男」

 

「“水木颯斗”」

 

 

「そんな真面目に答えなくても」と千羽矢は言った。

今、小波と千羽矢の二人は商店街にある店を見ながら歩いている。小波は適当なシャツにパーカーを羽織り、これまた適当なスニーカーと群青色のジーパンをつけ、どこかセンスがあるカジュアルな服装をしているが、それとは対照的に千羽矢の服装は文字通り適当なものだった。

血生臭いが漂う長袖のプリントシャツにモノクロのミニスカート。同級生に会うという理由で手を抜いているとはいえ、これでも千羽矢にしては中間的なファッションなのだ。参照は女性ファッション誌。

やはり友人といっても、小波は一軍のプロ野球選手だから着こなしもしっかりしておくべきだったと千羽矢は後悔した。まだプロ野球一年目とはいえ、期待の大型ルーキーだ。流行りに敏感な若者だったら小波のことを知っててもおかしくはない。現に通り過ぎる民間人が、小波を指差してはひそひそと談話を始めたりと、プロ野球選手の小波ではないかと勘ぐっている。

 

 

「住所は変わってないし、一駅跨ぐだけで着くな。冴花と会うのは卒業以来だ」

 

「冴花ねぇ……」

 

「ん、どうした千羽矢。もしかして名前間違えてるのか」

 

 

「間違ってないけど」と千羽矢は言って、言葉を続ける。「やっぱり好意を寄せてる私からすれば、思わず嫉妬しちゃうな、って」

 

 

「ははっ。相変わらず冗談がうまいな」

 

「……冗談じゃないんだけど」

 

「なんか言ったか?」

 

 

小波の問いかけに千羽矢は「別に」と不貞腐れて答える。

今日も一日快晴。“橘みずき”“東條小次郎”“鈴本大輔”それに“水木颯斗”らの交流戦が楽しみな小波には、千羽矢の真意には知る由もない。

 

 

………

……

 

 

「ふっふ……久しいでやんすね、小波君」

 

「餅田……巨人での成績はどうだ」

 

「二軍では防御率は1点台でやんす」

 

 

電車と足を使って三十分弱。小波と千羽矢は冴花の家へと辿り着いた。

冴花の歓迎と共に家に上がってゆっくりしていたのも束の間、混黒高校出身でライバルである“餅田”と出くわした。冴花の家にいる理由としては、ただ単に投手コーチに“木村庄之助”に会ってこいという招待状を貰ったからだそうだ。

 

 

「一軍ではまだ起用されてないでやんすけど、いつか先発で負かしてやるでやんす。くくく……」

 

 

見ての通りの言葉遣いで、プライドはいい意味でお高くいる人物だ。見た目が“矢部明雄”や“落田”や“湯田浩一”に似ているという話題で、テレビで面白野球人としても歩んでもいる。

 

 

「まぁ、でも1点台は凄いな。俺は3点台後半の一勝一敗……どちらが上か試してみるか」

 

「今ここで決着をつけてオイラが上だと教えてやるでやんす!」

 

「ちょっと!今、お父さんは記者と話をしてるから静かにして」

 

 

机に叩き置かれるお茶に、小波は腰を引いた。この激しく怒鳴り散らす態度。そしてどこかしら人を尻に引こうとする言動。お茶に伸ばされている腕を伝って、小波はようやくその人物の顔を確認した。

強く睨みつける眉と目。デコ丸出しの髪型では、顔の表情に曇りなどが生じるはずもなく、そのまま威圧の視線が小波を貫く。

間違いなく小波が知っている木村冴花だ。変わらぬ無愛想な顔と、安産型なボディが何よりも特徴的だ。千羽矢の嫉妬に満ちた表情が小波から見てもわかる。

 

 

「……先輩、運動不足で太ったんじゃないですか」

 

「そういうアナタも足が張ってきたじゃない。運動のしすぎかしら」

 

「いえ、私のは健全なものですから。運動せずにブクブク太るほうが不健全ですよ」

 

「いいわ。じゃあ運動しましょう。ストレス発散の意味も込めてチャンバラとかどう?私は竹刀二つ使うけど」

 

「おい、静かにするんじゃないのか」

 

 

好戦的な女性二人の張り合いに餅田はいち早く危険を感じたのか、そそくさとトイレへ駆けていった。

その突然の行動に小波は「逃げるなんてズルいぞ!」と文句と不満を垂れるが、そこの救世主となる人物が二階より現れた。

 

可憐に纏う褐色肌の女性。見た目から外人だと推測できるその姿に、鼻の下が伸びてるのがわかる。

しわ一つないワイシャツはどこまでも白く、太ももを覆い隠すスカート。さらにはベレー帽に近いデザインをされてる茶色の被り物。その色は自らの褐色肌よりも濃い。

手には小さなメモ帳と多色ボールペン。帽子には改造が施されているのか、他にも様々なものがある。ほとんどがボールペンなどの筆記物だが、中にはサイフといった貴重な物があるのが小波には見えた。

 

 

「あっ、プロ野球選手の小波さんですね。ワタシ、こういうものです」

 

 

意外にも日本語ペラペラな発音に、小波は驚きを隠せないが、手渡された名刺を見て女性の名前を確認した。

ジャーナリストの“武内ミーナ”。姓名から考えて、どうやら黒人とのハーフのようだ。白髪は誰譲りか疑問に残るが。

 

 

「……オイラもプロ野球選手でやんす」

 

「えっと……“湯田浩一”選手ですか?」

 

「違うでやんす!オイラは“餅田浩紀”でやんす!」

 

 

「それだけ顔が似てるってこと」という千羽矢の申しに、餅田は言い返せずにミーナの名刺を受け取った。

 

 

「ところで餅田。お前いつトイレから出てきた?」

 

「すいません、小波選手。あなたにもインタビューしてもいいですか?」

 

 

いきなりのお誘いに千羽矢は「モテるね」と冷やかしを入れ、冴花は「開拓の時からね」と嘆息をつき、餅田は「羨ましいでやんす」と嫉妬をこぼした。

三人のチャチャに小波は「うるさい」と一言ではらうと、笑顔でミーナのインタビューを受けた。

 

 

「では、入団した気持ちはどうでした?」

 

「そりゃ、嬉しいですよ。高校で腕を故障して一度は選手生命が断たれようとしたんですから。でも、必死で頑張って今では左腕の全力で150キロ前半は出ますから」

 

「ふむふむ……リハビリはさぞかし大変だったのでしょう」

 

「ええ。混黒から、まだ開拓分校の開拓高校に回されましたから。大会に出るためにリハビリとろくに整備されてない設備を手直しで直して……ボールも解けたらマネージャーが修繕。色々と世話になりました」

 

 

それからも十分近く小波は自分のことについて掘り下げられた。メディアで『逆襲球児』と言われた所以、開拓を混黒の合併からどうやって独立させるか、部員との甲子園エピソード。それにライバルである雨崎と餅田のエピソードも赤裸々に話した。

もちろん、でっち上げ無しのノンフィクション。これらの一部は既にスポーツ新聞などで報道されている。年末には本として出版する予定もあるらしい。

 

 

「なるほど……では、今の阪神はどういう感想ですか?」

 

「やっぱり守備が不安な面がありますが、そこは俺と雨崎で全力で抑えますよ。打撃には鳥谷さんとか、マートンさん、それにゴメスと頼れる上位打線が。降板しても中継ぎにはイニングイーターのシルバーさんがいるし、抑えには“オ•スンフォン”がいて、自分の投球が上手くできますね」

 

「では最後に。来日してきた外国人についてどう思います?」

 

「ゴメスさんは順調に主砲として、スンフォンさんは抑えとして頼りなる速球と変化球を。シルバーさんは球速は並みながらも、鋭い変化と緩急を使いこなしてイニングを食いつぶしてくれてます」

 

 

メモ帳にペンを走り負わせると、ミーナは「ありがとうございました」とだけ言って、早々に木村家から消えて行った。

 

 

「……綺麗な人でやんす」

 

「おまけに童顔だしな。千羽矢と同じくらいに見えたぞ」

 

「ちょーとだけアタシを老けてるって言ってない?」

 

「遠回しに私も言われてるけど……」

 

 

こうして木村家での時間は過ぎて行く。

餅田が庄之助と対談して数十分すると、餅田は混黒時代の黒い笑みを浮かべて木村家を後にした。その後小波と千羽矢は、木村親子と共に何の変哲もない雑談。平和な時間を過ごす。

その頃いっぽう、雨崎は楽天と日ハムの観戦していて選手のスタイルを確認していた。そして気づく。楽天のプレイスタイルに。

 

 

「……先発に橘みずき!?」

 

 

今まで中継ぎのエースとして活躍していた女性投手、みずきが先発として登板していた。しかもスコアは6回表の0-0の完封状態。

だが、まだ余裕が顔のままみずきは降板。中継ぎとして出てきた斎藤に任してマウンドを降りる。

 

 

「…………っ!?」

 

 

そして6回裏、楽天の攻撃。ボテボテの内野ゴロをヒットにする猛者の姿が雨崎の目に映る。名前は“水木颯斗”

しかもその次は盗塁で二塁を奪い、次の投球で三塁を奪う。日ハムの捕手、大野の肩を持ってしても三塁の盗塁は止められなかった。

あれはもう足が速いという問題ではない。次の塁を奪うための勝負強さ。それが盗塁する駆け引きを誰よりも早く見定めている。その盗塁の技術は、お世辞なしで『平成の“福本豊”』と言える。

 

 

「……どうやって対処するべきかな」

 

 

盗塁数16の独走一位。打率2割9分8厘。本塁打はなし。

“橘みずき”と“水木颯斗”の二人と戦う楽天戦は今週。思わぬ奇襲に、雨崎は震えと驚き、そして喜びを隠せなかった。




【補足コーナー】


Q.夢オチ爆破。
A.パワポケ定番の操作説明。


Q.シスコン変態兄貴疑惑。
A.義理の兄妹だからね、仕方ないね。


Q.能見のせいで貯金が少ない。
A.今シーズン、能見さんの圧倒的負け数のこと。阪神ファンなので悲しいです。


Q.イキでクールなナイスガイ
A.パワヒモポケット始まらない!


Q.“水木颯斗”って?
A.オリキャラ……ではなく水木卓さんの息子。大卒ということは、つまりあいつ。


Q.先発にみずき!?
A.パワプロ14でそんな話があったはず。


Q.“福本豊”って?
A.日本球界歴代最高の盗塁王。先頭打者ホームランも多く、足だけではなくパワーもある。そんな彼は走塁コーチの時、選手に打撃を教えたという逸話がある。ことの詳細は福本豊で検索。


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第三話 挑戦の時!

おっ、みずカスーッ!


五月の上旬。まだ春の名残が残る季節だが、甲子園ではギラつくように太陽の暑さが猛威を振るっていた。

今日は小波が待ちに待った楽天戦。颯斗との初対峙する記念すべき日でもある。

試合の四時間前からブルペンで準備体操として小波は雨崎と投げ込む。自慢の高速スライダーはいつにも増してキレがあり、体感からして140キロ台ではないかと小波は思う。

続いてカーブ。落ち気味のカーブなどで、どちらかといえばドロップに分類させられるような変化球だが、変化としては良くても投げる姿勢に違和感を持つのが最大の弱点だ。ボールのリリースで球種が判断されたらたまったものではない。今回は控えるべきだと小波は考える。

 

 

「五十球投げたし休憩にしよう、小波」

 

「そうしたほうがいいよ〜。結構腕が大変そうだし」

 

 

ブルペンから聞こえた聞き覚えのない声に、小波と雨崎は同時に振り返る。楽天の帽子とジャージ。髪型は動きやすいよう水色のお下げとして纏められている。

 

 

「橘さん!」

 

 

その姿はまごうことなき、プロ野球史上二番目の女性投手“橘みずき”だった。幼そうな外見とは裏腹に、目測で160はまずあるのが伺える。何よりも尻の大きさが冴花と引けを取らないのが、小波が一番驚いたことだった。

 

 

「私のことは親しみを込めてみずきって呼んでいいよ。そういう柄でもないのは自分でもわかってるし」

 

「じゃあ、みずきさん」

 

「……さんもつけなくていいんだけど、まぁいいや。いやぁ、噂は本当だね。文句無しの速球に一級品の高速スライダー。うんうん、普通だったら名投手だろうね」

 

 

ブルペンのマウンドに上がると、そのままみずきはジャージを脱いで、楽天のユニフォームを露わにさせる。

 

 

「でもさ。それ、手の後遺症避けようと肘で無理してるよね」

 

 

貫くのようなみずきの言葉に、小波はただ呆然とし、捕手として受けていた雨崎はただ沈黙する。

二人の反応に「やっぱりか」と言って、サイドスローでの投球練習を始めた。

 

 

「どうしてわかったんですか?小波の怪我は球団も知っていますが、後遺症で無理な変化球はできないって……」

 

「…………似てるの、アイツに」

 

 

悲しそうに言うみずきの姿は、いつもテレビで見る天真爛漫で気分屋のみずき投手ではなく、一人の女性として見せる悲しい横顔だった。

 

 

「速球投げれて、プロに通じるスライダー。見覚えがありすぎてね」

 

「……その人はどうしたんですか」

 

「元々実力があったから、高校の時から酷使の連続。酷使の続きで故障した……。投手としては絶望的な肘の怪我を」

 

 

眈々と言うみずきの感情は、どれほど辛いものだろうか。小波も一度選手生命危うしな大怪我を負った。手に握ったボールの感触が伝わらないぐらいに弱く、弱って行った。

今では利き腕の左は元通りとなり、普通にやる分には問題ないレベルまでには戻ったが、戻らなければどうなっていた?

それが今話しているみずきの話。もしもの話。自分があのまま選手生命を絶っていた場合の最悪のお話だ。

 

 

「彼の腕にもう栄光の二文字はなかった。ただのボロクズとかして、様々な高校から言われてたよ。『スライダーのおまけ』って。どんなに頑張っても……彼の腕には最悪の一言が付きまとった。『スライダーのおまけ』の言葉が嫌なほどに」

 

 

『スライダーのおまけ』その言葉の重みに、二人は口を閉じて何度も意味を唱える。単純に要約すれば、スライダーが無ければゴミなのだ。今までそのスライダーを投げてきた腕もゴミ、一級品にさせるために積み上げた労力と時間もゴミ、治そうと努力する姿さえもゴミ。スライダーが無ければ何もなかった彼は、スライダーを治そうとする心さえも否定されるのが安易に想像できる。

 

 

「……彼は今どうしてますか」

 

「えっ。普通にパシフィックで去年三冠王になったけど。三冠の本塁打で思い出したけど、バレンティンの60本はもうキモいよ。二本も打たれるなんて屈辱的」

 

 

余りにも呆気らかんな変貌に、小波と雨崎はギャグ漫画のように頭から転んだ。

それにみずきは軽く笑うと、誰もいない打席に向かって投球練習をこなし続ける。

 

 

「ていうか、去年の三冠王ってことは、そのアイツとか彼って西武の“友沢亮”選手のことですよね!?」

 

「うん、そだよ。パワスポや読売新聞で記載されたと思うだけど……知らない?」

 

 

「知ってるか?」という小波の問いかけに、雨崎は「知らない」と答える。

一連の行動に、みずきは「マイナーなのかぁ」と言いながらピッチングを続ける。

 

 

「まぁ、そういう感じだから。無理して投げ続けたら、何もかも否定されるよ。逆襲球児だか何だか知らないけど、アイツ以外にアイツの人生を歩める人いないから」

 

 

それは投手として終わったら、そこで野球人生終わりだと言われてるのと同じだ。

それを理解してる小波は「はい」と力強く答えて、ブルペンのベンチで一呼吸おく。

 

 

「あと勝手に持ち玉見てごめんね。お詫びといってはなん……だけど!!」

 

 

力強い踏み込みと、唸るような腕と腰の振り。サイドスローから投げられる抉るような投球。その投球は次第に利き腕と同じ方向に早く、そして鋭く雨崎のミットへと収まった。

 

 

「よく捕ったな……」

 

「いや……今のはキャッチャーミットにボールを入れてきたんだ。しかもスライダーで」

 

 

雨崎の言葉に小波は驚きを隠せなかった。

普通、ピッチャーのボールはキャッチャーとのサインの末にあらかじめコースと球種を教えて投げるもの。どれか一つ欠けたらまず捕れないし、欠けていなくても捕れない時など頻繁にある。

 

 

「これが今年の私の秘密兵器。憎たらしいアイツに頭下げて、二年かけて磨き上げた私だけのスライダー……」

 

 

それをみずきはどうした。キャッチャーとの意思を合わせずに、ただミットを垂れ下げていた雨崎に向かってスライダーを入れた。

あまりにも正確無比なコントロール。それで小波は思い出した。去年から続く橘みずきの信じられない記録を。

 

 

「そういえば……三年連続無四球でしたね」

 

「うん。中継ぎだし、今まで弱小と呼ばれた楽天だから話題にならなかったけどね。記録も地味だし」

 

 

ケラケラと笑うが、みずきのしでかしたことは普通ではない。むしろ誇るべき記録だ。

四球がないだけで、どれほど投手として価値があるか。自らピンチを招くことがないのだから、心境の持ちようが楽になる。四球になったらまずい、という考えはみずきの頭にはない。無四球記録を誇る彼女に、四球という二文字は存在しない。

 

 

「それじゃあ、ナイトゲームでまた。君との投手戦楽しみにしてるよ」

 

 

最後に「バイバイ」と言って、みずきはブルペンから消えて行った。

予想外の技術に雨崎は焦りが募る。今日の楽天の先発はみずきだ。針の穴を通すのではなく、もはや迂回させる次元にまで達した投球は際そう脅威以外の何物でもない。

しかも二年で身につけたスライダー。それに決め球となるシンカー方向の魔球『クレッセントムーン』とスクリューの使い分け。サイドスローから投げられる投球は、出処が難しく打撃のタイミングが合わないというのは、よく聞く話だ。

 

 

「任せたぞ、優輝。今回の勝負は……お前がカギだ」

 

「わかってるよ……俺が打つ!」

 

 

………

……

 

 

『さぁ、交流戦初日。ここ甲子園では、伝統ある“阪神タイガース”と日本一となった“楽天ゴールデン•イーグルス”との試合です。阪神の先発は小波、楽天の先発は橘みずきと先発歴一年目の二人が激突です。今回、解説には元“オオガミ”会長、“ジャジメント”では外交責任者として勤めている大神会長に来てくれました』

 

『どうも大神博之です。高校球児として甲子園は憧れの舞台だったからな〜……こう見てみると、親の都合で大学に行かずに会社についたのを後悔しそうだよ』

 

 

元社長とあろうもののネガティブ発言に、実況担当は渇いた笑いを浮かべながら雑談を話し始めた。

 

 

「いやぁ、おニイがチケットくれてよかったよ。」

 

「でも、部活サボってよかったの?私は大学生だけど、千羽矢はまだ混黒三年生でしょ」

 

「もう学校でしたいことないし、別にいいよ。入った理由なんて小波とおニイ、それにモッチーと野球するためだから」

 

 

甲子園の一塁アルプス席。そこには雨崎の妹、千羽矢と先輩である木村冴花が球場を眺めていた。

近くに売り子が来たので、千羽矢はお金を出して飲み物とつまみを購入。お腹が空いていたのか、早速つまみに手を出し始めた。

 

 

『そろそろ始球式が始まります。今回お越しくださったのは、現在大人気放映中『怪盗レッドローズ』より“紺野美空”さん!』

 

「月夜に散り行く赤いバラ!怪盗レッドローズ参上!」

 

「うわっ……恥ずかしい格好」

 

「ちょっとお姉ちゃん!!堂々と恥ずかしいことやらないで!」

 

「えっ、売り子のお姉さんなのアレ?」

 

 

先ほど購買した売り子が吠えたので、隣にいた千羽矢は若干引き気味に尋ねた。売り子はしばし思いつめると、恥ずかしそうに「はい」と答える。

 

 

「あっ、私は球場スタッフの“紺野美崎”って言います。一応、彼女の妹です」

 

「美崎ちゃん。せっかく手伝ってるだから、ちゃんとして」

 

 

美崎が照れ隠しのように頬を緩ませてる時に、別の売り子が千羽矢と冴花の前に現れる。美崎の明るい紺色とは逆で、純度の高い深い青の髪色の女性だ。

背丈はすらっと高く顔は愛嬌があり、可愛さと美しさをマッチさせたような風貌をしている。その姿に、冴花や千羽矢だけにとどまらず、周りの観客も一斉に驚いた。

 

 

「あなた、名俳優の“温水ちよ”さんじゃないですか!?」

 

「あはは……やっぱり知ってる人はいるか」

 

「はい!あたし、ちよさんのファンなんです!見ましたよ、アカデミー賞をとったファンタジー映画『銀の盾』!マルチナ役として名演技……本当に痺れました!それからそれから……!!」

 

 

千羽矢から言われる数々の経歴に、ちよは恥ずかしそうに顔を俯かせた。そこまで来て、千羽矢は己の失礼を詫びようとしたが、もう遅い。

周りから続々と観客が近寄って来ては色紙を掲げる。こう見えて『銀の盾』でアカデミー助演女優賞を取るほどの実力の持ち主だ。有名でないわけがない。

いまや世界の女優として活躍するちよの姿は、若者の憧れとなり、また人々の注目の的だ。こうなるのは目に見えていたはずだ。

 

 

「はいはい、先着五十人まで〜。後は試合後にサインするから」

 

 

そうなるのもわかっていたちよは、落ち着いた態度で懐からサインペンを取り出す。どうやら彼女にとって必需品のようだ。

 

 

「あっ、失礼なのはわかりますけど……私のもお願いできます?」

 

「いいよ。ファンは大切にしないと」

 

 

………

……

 

 

「明らかに始球式より目立ってる席あるよな、優輝」

 

「うん。千羽矢の席の方だ」

 

 

「何か問題起こしたな」と呟く小波に、背後から「違う」と幼い女性の声がかけられた。

 

 

「多分、私の俳優仲間の温水ちよがいるんだと思う」

 

 

先ほど始球式を務めた美空が、衣装を脱いでそこにいた。

 

 

「マジですか!?おい、優輝!今すぐ千羽矢に電話して俺の分も取るように言ってくれ!」

 

「君もファンなの!?」

 

「お前もか!?」

 

「女優に現を抜かすのはマウンドを降りてからしろ!」

 

 

遠くから監督の声が聞こえ、小波はすぐに向かって行った。雨崎も向かおうとしたが、今時携帯電話でメールを打うと投げすて、その場を後にした。文面は美空からでもわかる不注意ぷり。『ちよさんサイン頼む』と、脱字が見え見えの文面だった。

 

 

「送信されてないし……」

 

 

ボランティア精神で送信ボタンを押してあげると、美空はそのままベンチから立ち去った。

 

 

「では、今日の起用方法を言う。打順は三番だったマートンを五番に、雨崎は九番に行ってもらう。これは昼にも話したが、橘が投げてくる左のサイドスローから投げるクロスファイアー、魔球『クレッセントムーン』に慣れてもらうためだ」

 

「らしいぞ、雨崎。まぁ、この福留様が粘って、みずきちゃんの魔球を焼き付けてやる」

 

「自分で様付けしますか」

 

「しばくぞ、新井ぃ!」

 

 

言ったそばからお仕置きする福留に、鳥谷は「もうしてるよな」と抑揚のない声で言う。

 

 

「一番上本。二番大和。三番鳥谷。四番ゴメス。五番マートン。六番新井貴治。七番新井良太。八番福留。九番雨崎。兄の方の新井は指名打者をやってもらうぞ」

 

「……そうか、俺の打順ないんだ」

 

 

生まれて始めてのDH制に小波は少しばかり戸惑った。

一応開拓時代は打って投げれるエースだったし、阪神に入ってからも九番で打ってきている。さすがに高校の時と比べて凡打の数は山のようにできたが。それでも小波にとって、打撃も楽しみの一つだった。

この打席が来ないことに小波は落胆するが、それだったら今まで以上に気合を入れて投球しようとプラスに考えた。相手には颯斗もいることもあり、俄然やる気が高まる。

 

 

「それじゃあお前ら、打ってこい!新人に二つ黒星なんかつけんじゃねぇぞ!!」

 

『ぉぉおおおっ!!』

 

 

阪神は全員で円陣を組み、そのまま試合開始の合図が高鳴る。先攻は楽天。阪神のメンバーは各々の守備位置につき、小波は今月初めてとするマウンドだ。

楽天の先頭打者、不動の正捕手“岡島”。打撃成績は物足りないものだが、元々ある勝負強さが彼に闘志を大きく見せる。

 

 

『一級目、内角高めのストレート!しかしボール判定。これには打者も慄くじゃないんでしょうか』

 

『あぁ。高めなんて長打力があれば上手い玉同然さ。そこに変化さえあれば凡打にできたりもするけど……ストレートから見て、あれは挑戦状だろうね』

 

 

大神博之の言うとおり、これは小波の挑戦状であり作戦だ。まずはストレートで威嚇行為を含めて、ボール気味で投げて打者のストライクゾーンの高さを意識的に上げ、自分はどこがボールなのか把握しておく。

次の二球目。ボール球からボールのアウトローへの高速スライダー。これで小波も岡島もストライクゾーンがある程度見える。

ここから先はどれだけ速球でストライクゾーンに歪みを与え、緩急を駆使してタイミングをボロボロにするか。そこが重要になってくる。

続く三球目。外角低めの軽いストレート。岡島は様子見として見逃し、判定はストライク。

四球目。今度は内角を抉る高速スライダー。岡島はフォームを崩しながらも打つが、白線を超えてファール。内野フライには至らなかった。

 

 

「(カーブか、スライダーを内角を低めクサイところ)」

 

 

雨崎からのリードに小波は頷き、マウンドを踏み込み投げた。白球は見事な円を描き打者の腹部へと攻まりくる。小波が持つ二つ目の変化球、ドロップ気味のカーブだった。

岡島は辛うじてヒットさせるものの、打球は早めのショートゴロ。鳥谷がしっかりと取り、一塁へ送球。危なげの『あ』の字もなく一人を終える。

続いて二番打者藤田も粘りの九球で、外野への浅いフライ。マートンが捕ってツーアウト。

三番打者に松井稼頭央。かつて“リトル松井”と恐れられた日本の強打者ショート。獲物を屠る野獣の目つきが、今までの戦いの密度を物語る。

しかし、所詮は過去の栄光。何度かスタンドにファウルボールを叩き込まれ焦ったが、雨崎の冷静なリードによって松井は三振。前回と同じく上々の立ち上がりだった。

 

 

「……颯斗が上位打線にいない」

 

 

初回、三人のバッターを打ち崩した小波だったが、そこに颯斗がいないことに気づく。気になり電光掲示板を眺めると、そこには九番に指名打者として颯斗は登録されていた。

 

 

「なるほど。雨崎と同じってことか」

 

「だとしても指名打者はおかしいけどね。俊足を活かして外野手をやってるし……小波、絶対油断するなよ」

 

 

「わかってる」と力強く応じて小波は一度マウンドを降りた。ベンチに座ると、今度は楽天サイドから、今日の先発“橘みずき”がユニフォーム姿とともにマウンドを入れ替わる。

今日見たブルペンと変わらぬ投球フォーム。サイドスローから投げられる変化球とコントロールはどれも天下一品で、投球練習だけでその凄みを醸し出す。

 

 

「……あいつ、苦手なんだよな」

 

 

突如として呟いた鳥谷の言葉に、小波は驚きながらもすぐに反応した。「どうしてですか?」

 

 

「……橘は技術の投球でバッターを倒すんじゃない。並外れたコントロールで、絶妙なところにストライクを持ってくる」

 

「じゃあ、みずきさんは三振を取る力の投手ってことですか」

 

 

小波の発言に、鳥谷は「いや」と気だるくも否定の意思を見せた。

 

 

「……見てればわかる」

 

 

阪神の先頭打者、上本との投球はもう八球目を迎える。ツーツーの圧倒的な投手の攻勢。粘りに粘る上本にみずきの顔は真剣味を帯びた表情だが、どこか余裕そうな顔で九球目。

上本は振る。バットはボールに当てるが、ファールゾーンに吸い込まれる。続く十球目もファールゾーンにライト深めのファール。

 

 

「何で振るんだ……?」

 

 

その二つの投球はどれもクサイところとはいえ、ボール球だった。

 

 

「……無四球記録は知ってるよな」

 

「はい」

 

「……ほぼ毎日中継ぎ登板する橘の三年間無四球の記録は、投球回だけ見れば総計で300イニングを超えている。それが相手にとって重圧となり、逆に橘は投球に余裕が生まれる」

 

 

十三球目。ついに力果てた上本は、低めのストレートを内野ゴロで処理されアウトになる。そして二番目となる大和が打席へと足を運んだ。

 

 

「……四球も出す気が無いから、俺も苦手なんだ」

 

 

そういって次の打者である鳥谷は準備を始める。

鳥谷の説明で大体のスタイルがわかった。みずきは自分に余裕を作り、相手に重圧を与える。心の投球なのだ。

そのスタイルに、小波は思わず笑うしかなかった。あまりにも単純で強力な投球は見習うべきだ。

心の持ちようは、はっきり言って大事なことだ。いつもツーアウト二塁三塁に走者がいて投げるのと、無走者ツーアウトで投げるのとでは全然力の入りが違う。そしてそれが、投手がマウンドに立てる時間となる。わずかな力で投げ続ければ体力がない中継ぎでも長くイニングを食うことができる。逆にどんなにスタミナがあっても全力投球を続ければ、ガソリンタンクの異名を持つ投手でも短いイニングで撃沈する。それが橘みずきの戦い方だ。

 

 

『大和、積極的に振りましたが六球で内野フライ。魔球『クレッセントムーン』に打ち取られました』

 

『あれは正確に言えば、クロスファイアー高速スクリューにツーシームのような投げ方するから、変な軌道を描くんだよ。セ•リーグはパとは交流戦ぐらいでしかマトモに戦わないから、橘の投球にはリズムが合わないんじゃないかな?』

 

 

大神の発言は的を射ている。プロ野球選手足るもの、やはり目指すべきは優勝だ。そのためには何がどうあっても勝つことが前提となる。

首位をとるためには首位を倒すしかない。それが今の巨人だ。球界最高の本格派ピッチャー“猪狩守”。MAX157キロの剛速球は、セパ揃って最高クラスの代物だ。おまけに落差が凄まじい伝家の宝刀カーブ、一級品のスライダーとフォーク。メジャーに行かないのが不思議なくらいな大投手だ。

そのためにセ•リーグは全バッターが猪狩対策のバッティングをしている。おかげで年月が経つに連れて奪三振の記録は影を潜み、防御率も下がって行った。

だが、今度はそのせいでできる弱点がある。それは遅い技巧派の投球には打者のタイミングが合わないという致命的なもの。

 

 

「これは本当に……優輝で試合が決まるな」

 

 

ここで鳥谷がみずきの二球目を捉え、ライトへの渋い当たり。ヒットとなり鳥谷は一塁のベースを踏む。

球場はようやくのヒットに歓声があがり、仲間も「トーリターニ!」と音程ハズレの大合唱で騒ぐが、小波はどうしようかと思い詰める。

結局、一回の勝負は0-0のまま二回へ移る。




【補足コーナー】


Q.みずカスって?
A.みずきちゃんへの愛ある罵称。由来はパワプロ13の気分屋でわがままに加えて、聖ちゃんのぐう聖っぷりで、みずきちゃんの性格の悪さが際立ったせいか?


Q.みずきちゃんの身長は?
A.個人的には165cm。あおいちゃんより気持ち下。


Q.小波の怪我って?
A.パワポケ13買ってね!


Q.スライダーのおまけ。
A.パワプロ2013の壱流高校が言ってた気がする。実際は投手能力は使えないに等しいので、野手転向させた蛇島さんは有能。


Q.みずきちゃんスライダー!?
A.パワプロ14とかで実際に覚えている。


Q.三年連続無四球記録。
A.ください!何でもしますから!


Q.大神博之って?
A.ドルオタスラッガー亮ちゃんより有能な投手。初登場はパワポケ4で、パワプロ10超決定版でも出てたりする。結構強いし、パワポケには真相にまで絡みに絡む。


Q.『怪盗レッドローズ』
A.うっわー、恥ずかしい格好!


Q.紺野美空と紺野美崎って姉妹?
A.公式発表なしだが、髪の色同じだし、姉妹のほうが面白いと思って特に考えずに設定。美空はパワポケ8、美崎はパワプロ2013で登場。美崎は有能。


Q.温水ちよって?
A.パワポケ9登場の劇団員兼彼女。バッドだと枕営業に走り、プレイヤーの心を抉るにくるコンマイの狂気その1。可愛い。


Q.銀の盾って?
A.パワポケ12を買おうね!


Q.雨崎兄妹の女優好き。
A.実はミーハー。小波もミーハー:


Q.リトル松井。
A.なぜメジャー行ったし。メジャーは土も違うし、そもそもバットスイングでの威力も違うんだから、そもそも内野手が行くには不向き。行くならやはり外野手のほうが比較的に楽だと思われる。


Q.両者珍采配。
A.現実だったら代打起用で様子を見させると思う。


Q.総計300イニングは越える無四球記録。
A.ください!何でもしますから!


Q.トーリターニ(大合唱)
A.今回のなんj用語。元ネタはサッカーの『チームがバラバラじゃねぇか!』〜(中略)〜『トーリニータ(大合唱)』


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第四話 序盤からフルスロットル!

試合部分を細かく書くのは今回が初めて。
果たして臨場感はあるのか?(白目)


二回表で小波がツーベースヒットを受け、続く五番にレフトヒットを打たれる。だが、六番のライナーをサードの新井弟が取ると、そのまま二塁で三塁ゲッツー。続く七番のセンター深い当たりを、大和がキャッチしてアウト。見事なファインプレーをした。

 

裏はみずきが打たせるピッチングで五番から七番を少ない投球数で抑える。『クレッセントムーン』を主体としたサイド投球に阪神は粘れずに終わる。

 

そして三回表。

八番を綺麗に三球三振で抑えてワンアウト。ここで小波は帽子を取って額の汗を拭うと、今日の要注意打者“水木颯斗”が小波から見て、左の打席へ入る。

 

 

「タイム」

 

 

ここで雨崎はタイムを入れ、小波が立つマウンドへと足を運ぶ。マスクを外し、一息ついて雨崎は小波に助言を与えた。「颯斗は前見た試合だと右打ちだった。でも、今回は左打ち」

 

 

「長打狙いじゃないのか」

 

「うん。足が速いから、何が何でも塁に出る気だよ」

 

 

となれば、出来るだけサード方向には飛ばしたくない。内野安打ができる足ならば、遅めに打ってのゴロでも安打にする。

「わかった」と小波は言い、雨崎をポジションへと返してゲーム再開。タイム中に素振りをしていた颯斗は、準備万端と言いたげに目を滾らせてピッチャーを見つめている。

同時に高鳴る心拍音。興奮か緊張か、小波の心臓は収まりを知らずに高ぶり続ける。

これだ。この心臓を潰すような状況。小波が一番好きな場面。雨崎の要求はなし。リードで内角を仄めかす程度。

一体一の真剣勝負だ。

 

 

「(どうする?まずは一球様子見でアウトハイ直球でいくか?でも、打ったら流されるわけもあるし……ここは内角?)」

 

 

積極的に振るであろう颯斗の狙い玉が読めず、考え込む小波。深く考えれば考え込むほど、小波の興奮は収まらず、逆にさらに体を打つ脈を早くさせる。

 

 

「(……俺らしくない!こんなこと考えるんだったら!!)」

 

 

渾身の一球。小波の手から白球が放たれる。

弾丸のように迫りくる直球。狙いはーーど真ん中。

それを颯斗は捉え、打ち上げる。打球は後方へと向かいファール。

そして点滅される電光掲示板。球速153キロ。小波が誇るMAXの球速がそこには記される。

 

 

『おおっと!今シーズン初の150越え!!小波の力はここまであるのか!?』

 

 

逆だ。小波の力はここまでしかない。まだ見せたことのない150台の速球を初球で当ててきた。つまり、颯斗に対して直球で挑むのは自殺行為ということ。

今のは確実に反射神経だけで当ててきた。絞って打ったなら最悪でも前へ飛ぶはずだ。

だとすれば小波の選択肢は格段に減る。残っているのは高速スライダーと、ドロップ気味のカーブ。しかもカーブはリリースでバレる恐れがある。

となればもう一つある変化球を使うのが得策だが、それは反射神経だけで当ててくる颯斗には絶好の球となる。球種の名は“チェンジアップ”。

 

二球目。外角外れる高速スライダー。バットを振る颯斗だが、持ち前の反射神経ですぐに止めにかかり、バットは静止。判定はボール。

次も外角。だが低めのストレート。ここは見送ってボール。

ここで思わず小波は舌打ちをする。颯斗は反射神経だけでなく、選球眼もいい。だとすればどこに投げればいいのだ。

対角線上に投げてクロスファイヤーをしてみる?小波は精細なコントロールを持ってないし、そんなことを意識下でやるのは初めてだ。ゆえにこの案はすぐに小波の頭から抹消される。

 

 

「……一応ツーシームは投げようと思えば投げれるけどさ」

 

 

グラブで口元を抑えて雨崎と決め合うフリ。雨崎もまったく意味がない行動をし、打者の意思を散らつかせようとする。

先ほど小波はツーシームを投げれると言った。だが、小波はこのツーシームを投げようとすると、ただでさえ良くない制球のストレートが、なおさら悪くなってボールにすっ飛んで行く。

それでワンストライク、スリーボールになったら、相手はボール待ちで塁に出る。彼は塁に出れればいいのだから、打者としての勝ち方はいくらでもある。

いっそ殺す勢いで内角を抉る全力ストレートでいくのも悪くないか、と思い小波の四球目。颯斗は両足で早めに引いてその直球を避ける。判定は当たり前だがボール。楽天からブーイングが聞こえるが、試合中の小波には気にもしないことだった。

 

 

「(外角も内角も見極めてる。だとすればもうストライクゾーン内での変化球で打ち取るしかない。……右打ちだったら勝てるのになぁ)」

 

 

自分の速球が通じない小波の思考とは別に、雨崎も颯斗について冷静に分析して対抗しようとする。

左の瞬足。内野安打も現在両リーグ揃ってトップの颯斗は、打ち取ろうにも打ち取れない。これが右だったらまだ救いがあるが、左で勝負しているのでこの考えはボツ。

 

 

「…………レフト線にいる女性可愛いな。あれ、君の奥さん?」

 

 

意気消沈して雨崎は冗談三割とおふざけ七割の作戦、題して『何ちゃってささやき戦術』を決行。ちなみに高校での成功率は一割。嵌ったのは、お馬鹿な餅田ただ一人である。

 

 

「えっ!?」

 

 

だが、颯斗はその呟きに見事に反応。どうやら水木颯斗という人物は、餅田なみのお馬鹿だったらしい。

その間に投げられた小波の直球は、内角よりの真ん中高めに入りストライク。小波も入ると思っていなかっただろう、大口開いて唖然としていた。

 

 

「審判さん、靴紐解けたのでタイムお願いします!」

 

 

ここで小波と雨崎はまともに颯斗の声を聞いた。意外にも身長180前後の体には似合わない可愛らしい声をしていた。

颯斗が大卒ということは、少なくとも小波と雨崎より四つは年上だ。それなのに清潔感溢れる好青年ボイスに、小波と雨崎は出来すぎな彼に妬みの視線を送る。

 

 

「ちょっと!レフトにいる誰のこと指してるの?」

 

「えっ……?あー、そのー……あそこの……青髪の人」

 

 

器用に小さな声で怒鳴る颯斗に、雨崎は特に検討もないので適当にレフトで目立つ髪型の人を言って見た。

すると、どうか。颯斗は今まで冷静な顔が嘘のように剥がれ、顔をドンドン赤くしていく。しばらくすると顔だけには収まらず、耳までもが赤く染まり出した。

 

 

「あれ…………僕の……」

 

「……パードゥン?」

 

「その、だから、えっと…………僕の、嫁さん」

 

 

今度は雨崎が驚く場面だった。視力が両目とも2.0を駆使してその唱えた女性を捜索、一秒と数コンマで見つけると、睨みつけるように見続けて、また一秒と数コンマで驚きを露わにする。

 

 

「あれって……まさか“南雲ホールディングス”の……」

 

「……うん、ご令嬢。“南雲瑠璃花”」

 

 

雨崎は感嘆な息を吐くと、颯斗は靴紐の解きを終えて試合再開。平常心は取り戻したようで、雨崎は再び嫁の話題を振ってみるが不発。小波の六球目をファールにする。

 

 

「(ささやき戦術ってやってみるもんだな……今後は他球団選手の煽りの情報でも集めてみよう)」

 

 

七球目も一塁線へのファールフライ。続く八球目、後方へのファール。二人とも粘り強く戦い続ける。

小波はロージン、颯斗は足場を慣らして九球目。カーブを捉えて奥に運ぶも、ライトポール右側のフェンス直撃。再びファール。

 

 

「(長打が出てきた……今は同じところに投げないのが得策だ)」

 

 

雨崎、ここで小波への初要求。内角抉る高速スライダー。

小波は不安げな表情をしながらも十球目。颯斗は振りはバットの根元。高く打ち上げキャッチャーフライ。

これは捕れると思った矢先、肌身に伝わる風の抱擁。雨崎はすぐに足を止めてキャッチャーフライを見送る。風邪の影響でフライは徐々に運ばれて後方ファールゾーンに落下した。

 

 

「水木さん。嫁さんとはどこまで行ったんだい?盗塁王だけじゃあ飽き足らず、夜の盗塁王も取るんかい?」

 

 

口調をわざと壊して下話をぶち込む男、雨崎。

颯斗の内心に大きく響いたようで、十一球目でついにフォームの軸がブレた。そしてこの時、雨崎は確信した。颯斗はそっちの話に弱いと。

 

 

「満足してるですか?嫁さんも夫のプレイには飽き飽きしてるんじゃないですか?もっと新しい自分を出して欲しいじゃないですか?今のように粘り強いバッティングのように、粘って粘って、粘りに粘って最後にドカーン。一発大きいのをかますのを見たいんじゃないですか?」

 

「…………」

 

「やっぱり見た目も草食だから男のプライドも亀のように内気ですか。大丈夫ですよ、今あるバットで満足する結果出してんですから、長年愛用してきたバットでもいけますって。それにどんな不恰好な活躍でも、あなたのテクニックなら余裕で満足できるでしょ」

 

 

話を耳にするたびに颯斗の意識が雨崎に向いてるのがわかる。今の注意散漫した状態ならばいける。雨崎はここで再び要求。

要求内容、外のクサイところチェンジアップ。

小波は一度顔を振るが、雨崎はしつこくもう一度要求。小波は足でマウンドを蹴り、深呼吸すると頷いて雨崎の要求を受けた。

 

 

「あっ、ストレート投げてきましたよ」

 

「えっ?あぁ!?」

 

 

今まで意識を自己と雨崎に向けていた颯斗は、ここで最高球速から40も離れたチェンジアップに空振り三振。悔しそうに愚痴をこぼしながら楽天のベンチへと戻る。

そして楽天はツーアウト無走者でバッター一巡。先頭打者の岡島が打席に立とうとアップを終わらせる。

その間に雨崎は小波と接近。文句を言いたげな顔だが、雨崎はそれよりも言いたいことがあった。

 

 

「あの人、すっごく弄りやすい」

 

 

半分笑いながら言う雨崎は、それだけ言ってポジへと戻る。

しかし、その回は笑いが抜けなかったのか、リードが甘く一番二番にヒットを量産され、再び走者二塁三塁。

とりあえず不甲斐ない雨崎のために、小波は直球と高速スライダーを駆使して三番バッター沈黙。楽天は三回表を無得点で終え、阪神ベンチでは小波が雨崎に飛び蹴りを一つ腹にぶち込んでいるのが目撃された。

 

 

………

……

 

 

「さぁ、三回裏!もしも私の前でエラーしたらどうなるのかわかってる!?」

 

『はっ!』

 

「よろしい!!じゃあ気張っていくよ〜!」

 

 

三回裏、阪神の攻撃。みずきはサイドスローから投げる変化球を駆使してここまで保ってきた。

だが、打者が一巡するとなれば、さすがにもう女性の軽い球には慣れて安打を製造してくるに決まってる。

阪神の打者を七球で打ち上げてアウト。みずきが今回最も恐れる打者、雨崎優輝がバッターボックスに足を踏み入れた。

 

新人ながらもリードは上々。打者としても本塁打を三つ記録し、打点は十六。

捕手の視点から考えたら、どのような配球を提示するのかある程度予測できる。それは打たせてとるタイプのみずきには、一番苦手な相手だ。それが強打者となれば尚更だ。

だからみずきは、試合の前のブルペンにて小波と雨崎に今日初めて使おうとするスライダーを見せた。

雨崎の意識に、三つの変化球があることを認識させて予想を散漫にさせる。女性投手が生きていくには、試合だけでなく、その前段階から勝負しなければならない。でなければ勝てないのだ。みずきはそれをわかっている。

 

負けないためだったら、いくらでも策はある。それでは駄目。みずきが目指す理想の投球スタイル。それは夢を見させる女性プロ野球選手。夢は勝たねば得られない。

だから、みずきは逃げない。形はどうあれ、四球なんていう言葉で逃げたくない。勝つためには、いつでも互いに白黒つける勝負の世界で上に立つことのみ。

そしてそれこそがプロとしての楽しさ、形容し難い充実感が一球一球に魂を込める。

 

 

『みずき選手、ストライクゾーンギリギリのスクリューでツーツー』

 

『気迫が篭ったいいピッチングだ。だけど雨崎はまだ一球も手を出していない』

 

 

四球目は外角スクリューを入れたが、まだここまでの四球でスライダーは使っていない。スクリュー系統に手を出さないのだから、狙い玉はスライダーかストレート。もしくはそう思わせるために、わざと見逃したか。

ここでいつも通り決め玉の『クレッセントムーン』こと、クロスファイヤー高速スクリューで取りに行くのがみずきの十八番だが、そうさせるために最初からツーストライク状況を待っていたとすれば『クレッセントムーン』を投げるのは悪手。同じ方向に変化する普通のスクリューも似たり寄ったりで悪手。だとすれば、得策はスライダーかストレートになってしまう。

 

 

「(打とうする意識が感じないからどこ投げてもな……コース関係ない狙い玉だろうし)」

 

 

追い詰められているのは自分なのに、楽しくて楽しくて堪らない。ロージンを手に染み込ませて五球目。

みずきの代名詞『クレッセントムーン』が雨崎の腹部を下に、膝下へと急降下。クロスファイヤーから見せる高速スクリューは、みずきが誇る最高球速140キロと大差がないほど速く、鋭く雨崎のインコースを的確に抉る。

完璧なコース。完璧な変化。完璧なリリースポイント。雨崎から見ればストレートが突如変化する様は、理解の意識を超えてさらなる魔球へと昇華させる。

反応もできずにストライク。見逃し三振の完敗っぷりに、雨崎は放心状態のまま打席を後にした。

 

 

『どうした雨崎!?『クレッセントムーン』の名の通り、三日月の弧に三振!!』

 

『極限まで高められたクロスファイヤーの変化球は、時としてストレートと錯覚させる。それが変化したとなれば……打者にとっては“消えた”ように見える』

 

 

大神はそこで笑うと、呆れたように言った。『何が三日月だ』

 

 

『あれじゃあ……新月じゃないか』

 




【補足コーナー】


Q.球速がMAX153キロ?
A.154だと藤浪と大差ないので。一応、自分の中だと藤浪のほうが強いです。ただ緩急を駆使して小波は取るので、今はそこで三振とってる感じ。


Q.ツーシームを投げない小波。
A.今は役立たずツーシーム。今後、日の目を見ることはあるのか!?


Q.雨崎、まさかの『ささやき戦術』で颯斗に対抗。
A.おかげでギャグシーンに発展した。


Q.南雲瑠璃花って?
A.パワポケ作品で最も子供向け(大嘘)なパワポケダッシュの彼女候補。典型的なツンデレ口調と丁寧言葉とありふれた設定だが、この子が誕生したのはツンデレブームとなるハルヒやルイズの前。既にコンマイの異常さが見え、さらにはバッドエンドが酷いことで有名。コンマイの狂気その2だが、今作品ではちょい役のみで登場。今後の登場はあるか!?


Q.南雲×颯斗。
A.颯斗の正体はあいつ。


Q.下ネタ発言雨崎。
A.R-15タグもないのに露骨な発言。パワポケだから仕方ない。夜の盗塁王は、鳥谷の『夜の三冠王』が元ネタとし、ささやきに下ネタ使ったのはノムさんが下ネタで攻めていたから。


Q.そもそも『ささやき戦術』って?
A.伝説の選手、野村克也の十八番。その中でも名言が「ハリ、態度はデカイのにナニは小さいのう」というぐう畜下ネタ発言。これを長嶋茂雄にやったら、見事に会話のドッジボールになったという逸話もある。作品によっては聖ちゃんも持っている。
聖「パワプロ、態度はデカイのにナニは小さいのだな」……燃えて来た。


Q.クレッセントムーン進化!
A.三日月消えて新月に!もう(クレッセントですら)ないじゃん……。


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第五話 中盤だけどフルスロットル!

あらすじ

雨崎、ささやき戦術を成功してはしゃぐ。
小波、雨崎を報復制裁。


戦いは急展開がこないまま五回。

四回は、小波の速球に慣れてきた楽天クリーンナップがヒットを量産。ノーアウト満塁のピンチに立たされたものの、わずか一失点の三者三振。楽天のマシンガン攻撃を八番で止めた。

 

一方みずきは魔球『クレッセントムーン』を新たな領域に進化させたものの、その凄まじい変化と制球に対する精神力の消費は、みずきと岡島の集中力を大きく削り、ツーアウト一塁三塁の場面で痛恨のすっぽ抜け。阪神の六番に長打を打たれて一失点。

二塁三塁とピンチは続くが、持ち前のスクリューで凡打させ切り抜けた。

 

 

「さぁ、次はどういうネタで弄ろうか」

 

「いい加減にしてください!これ、テレビ中継されてるんですから!」

 

 

そして五回表。同点の状態でバッターは颯斗。大卒とは思えない年下へのへっぴり腰に、雨崎は混黒時代に気づき上げられたサディスティック本能を刺激する。

 

 

「でも、南雲の令嬢可愛いね。いつから知り合い?」

 

「…………」

 

 

雨崎の言葉に耳を貸さぬ。そう言いたげに颯斗は、敵である小波へと野獣の眼光を光らせた。

 

 

「じゃあ、予想しよう。大学のコンパ」

 

 

颯斗専用ささやき戦術を使いながらも、小波への要求とリードは忘れない。

少しでも相手の調子を崩そうと、小波にはちょっと複雑なサインを送って投球までの時間を稼ぐ。

 

 

「男子校で一緒に暮らしていたが、実は女でした!みたいなイケパラ風の高校ライフ?」

 

「懐かしいドラマを出しますね」

 

「あれ面白いよ、特にスペシャルの神楽坂が……って!?」

 

 

三球目ボール。

後方から話しかけられた声に、雨崎は驚くが、体と意識の七割を小波の集中して話を膨らませる。「審判が雑談に入っていいんですか?」

 

 

「駄目だと思いますけど……ちなみに私は雲雀フォーというシーンが好きです」

 

「駄目なんだ。俺は中津がパンツを被って歌うシーンが好き」

 

「僕は佐野が風邪で倒れて、みんなが布団を持ってくるところ。あと、雑談に紛れて誤審を誘わないでくださいよ。したら二人とも退場させますから」

 

 

今までのチワワみたいに小さな態度が、急にドーベルマン風の威圧感を出したのを見て、雨崎は「あー」とため息混じりで感心した。

 

 

「さすがにしませんよ。私はロッテファンですから」

 

「逆に言えばロッテの時、誤審するという事ですよね」

 

 

いつのまにか颯斗へのささやき戦術ではなく、審判との雑談になったものの五球目、低めのストレートで見送ってストライク。

これで颯斗はフルカウント。審判に「また、今度」と雨崎は言って、本来の目的である颯斗へのささやきを再開させた。

 

 

「話を続けようか」

 

「いいですよ。他の好きなシーンは、芦屋がどの方向?って言ってるのと、ビーチフラッグでそのまま海まで行くシーン」

 

「えっ、それ!?」

 

 

六球目。低めに投げられた高速スライダーをライト方向へファール。

二回目の打席も左打ちなので、打球から考えて早打ち思考。それがわかった雨崎だが、それはあくまでも予想だし、相手のおびき寄せかもしれない。

小波もそれがわかっているので、雨崎の次の要求、外角高めのストレートには首を横に振らず肯定した。

 

 

「イケパラの話題じゃなくて、君と南雲の出会いのこと。高校じゃなければ……あえて幼稚園」

 

「これ言うと驚くと思うんですけど……」

 

「言ってみなよ。『お兄さん』が受け止めてあげるから」

 

 

年上相手にお兄さんを強調して喋りながら、雨崎は膝を地面から話して中腰の体制となる。小波はもう投球体制だ、雨崎をチラ見などしてコースを把握させる心配はない。

小波が投げた直球は、雨崎の要求通りのコースで迫り来る。颯斗がバットを振るうが、タイミングが遅いし、何より離れている。これは空振り三振で勝った、そう思った雨崎の耳に颯斗は小さくも聞こえる声で呟いた。

 

 

「実はあれ、生き別れた姉」

 

 

判定はストライク。審判が「ストライクスリー」のコールをするが、その次の言葉は出ることはなかった。

キャッチャーミットに収まらず後方に弾き飛ぶ白球。置かれているバットと走塁モーションに移る颯斗の姿。

すべてスローモーションに見えた雨崎は、そこまで来てどういう状況に陥ったか把握した。

 

 

「振り逃げ!?」

 

 

急いでボールを取って一塁に送球しようとするが、既に颯斗は一塁ベース寸前。痛恨のエラーに雨崎は焦りを見せた。

 

 

「おい、お前らしくないな。エラーするなんて……」

 

「ごめん。調子に乗りすぎて逆ささやき戦術をかけられてた」

 

 

心配そうに駆け寄る小波に、雨崎は素直に謝って自分の非を詫びる。

 

 

「ささやき戦術〜?だから三回の時におかしくなったのか。優輝が野村監督の真似なんて……ナニは小さいのうって……!」

 

「笑わないでよ!」

 

「だってねぇ……まぁ、ドンマイドンマイ。話題を変えて盗塁対策だ」

 

「高め中心で行こう」

 

 

「わかった」と言って小波はマウンドに戻る。

ノーアウト一塁に、今日は出番が多い岡島。みずきの投球を弾いたり体で抑えたりと大変な女房役だ。

 

 

「(様子見で高めボールのストレートっと)」

 

 

小波はまず一球投げて一塁の颯斗を見る。岡島はアシストしようとバントを構えたりするので、盗塁のサインはあるようだ。

だとすれば、問題はいつ仕掛けてくるか。低めの時に変化球なんか投げたら盗塁されてノーアウト二塁の確率は十分にある。そこから岡島がバントを成功させたら、ワンアウト三塁で犠牲フライで点になってしまう。

それを避けるためには低めは速球限定、高めで高速スライダーとチェンジアップを駆使してタイミングを図るしかない。どちらにせよ、ここの投球はいかに速く投げるかが重要になってくる。

 

 

『盗塁を警戒してますね。高めにボールを集めたり、牽制球投げます』

 

『この状況では盗塁だけは避けておきたいからね。岡島とではなく颯斗との勝負だよ。まだ二人の戦いは終わってない』

 

 

二球目三球目は変化球を混ぜて高め。一つはストライク、一つはボール。四球目の時に牽制、小波と雨崎は颯斗の盗塁に警戒を怠らない。

そして四球目、内角低めの151キロのストレート。空振りしてツーストライク。これでツーツーとバントも難しいところになってきた。

 

野球ゲームなどでは、バントは簡単みたいに扱われているが、実際はかなりの技術を要する。

少しでもボールの下に行けば、高めに打ち上げて送りバント失敗。ボールの上に行けば、キャッチャーバウンドで二塁に投げられて送りバント失敗。この時、バッターの足が遅かったりすればゲッツーすらもあり得てしまう。

 

さらにバントでファールした場合は、そのまま続行せずにアウト。故にツーツーの状態でバントを決めようとするのは、よっぽどのバント職人でもない限り諦めさせるのが普通だ。

 

さぁ、どう出る。ようやく盗塁の危機感が薄れたところで五球目。高めの高速スライダーを振ってファール。

とりあえずバントを優先させる気はないことがわかり、バントシフトをやめて定位置に戻る内野陣。

しかし、バントが来てもいいように、雨崎だけは脚を浮かせてバンドへの対処をしておく。

 

六球目、エンドラン思考を読んでの牽制。投げる前に颯斗は一塁へと戻り、互いに相手の気を予兆を伺う。

本当の六球目。外角低めのストレート、岡島は見事に見極めてボール。フルカウントとなり、いよいよ長いノーアウト一塁状況に終わりを告げようとするかと思われたが、意外にも岡島は粘って九球目までをファールにして小波と戦い続ける。

 

 

「(後打者のために体力を削りに来てる……ここはどうする?)」

 

 

狙いが見えている小波は、何度もクサイところを投げるが、どれもボール球とか関係なくファールにしてくる。

面倒くさい相手だとイライラするが、頭は常に冷静に。緊張感と制球で削れる精神力のせいでできる手汗をロージンで誤魔化して十球目。岡島はまたもファールを続ける。

十一球目。小波は全力で腕をふり、手をスナップ。岡島はバットを振るが、それは早すぎた。

腕の振りからは想像できない遅さ。球速120キロ台のチェンジアップにタイミングを崩されて三振。颯斗に盗塁させずにワンアウト一塁。

これだけで状況は大きく変わる。ゲッツーで仕留めれば、この上位打線の回を無失点で抑えられる。

 

これでひとまず心に余裕が生まれた。しかし、その余裕が大きな隙を産んだ。

一球目、内角高めのストレートはストライク。一塁から走り出す颯斗の姿。電光石火で駆ける姿に、観客は魅了され、雨崎は急いで送球。判定は楽々セーフという颯斗の圧勝だった。

 

 

「(甘かった……!これが目的だったんだ……!相手の心に余裕を作らせない盗塁……今までのは盗塁するというフェイク!)」

 

 

始めから颯斗の盗塁はこれが目的だったのだ。

自分が塁にいる限り、ノーだとかワンだろうがツーでも盗塁するという脅し。それを自覚させるために、わざとワンアウト稼いでから、相手に余裕を作らせて、すぐさま盗塁。相手の心を潰すもの。

 

優しそうな見た目に反して、やることが汚い。雨崎に逆ささやき戦術をして振り逃げで出る辺り、本当の意味で何が何でも出塁するというハングリー精神も見える。

 

 

「(次の打席を楽しみにしてろよ……)」

 

 

その後、小波はクリーンナップを抑えられずに颯斗のホームインで一失点五回表を終えた。

ベンチに戻れば監督がシルバーに指示をしており、もう失点は小波に許されない。ここからが粘りどころと心を固めて五回裏に移る。

 

結果だけ言えば三人で五回裏は終了。雨崎はヒットはしたものの、ゲッツーでベース甲子園の土から離脱させられた。

しかし三者揃ってみずき相手に粘ったので、みずきの体力と精神力はついに底を見始めた。

 

 

「ねぇ、小波」

 

「何ですか、シルバーさん」

 

 

五回の戦いを終え、係員が甲子園の土にトンボをする中、珍しくシルバーが小波に話しかけた。

 

 

「これ以上颯斗を意識しないほうがいい。颯斗を打ち倒そう、颯斗に盗塁させるか、ってのがベンチからでも見え見えだったよ。そういう意味では雨崎に感謝しておきなさい」

 

 

普段は話しかけられたとしても「頑張った」とか「後は任せて」の労い言葉しかないシルバーが、今季初となるアドバイスに小波は「ありがとうございます」と頭を下げた。

 

 

「そういう礼はいいから、できるだけ抑えて。あたしが連日登板するなんて追い込まれてる意味だから」

 

「わかりました。シルバーさんに出させないように頑張ります」

 

「登板させたら今日の夜は楽しみにしておきなさい」

 

 

シルバーからの恐怖の忠告に、ベンチは凍りついた。

最初は女性だからという理由で、彼女の発言にムフフな展開を予想したものもいたが、実際の中身は超凶悪な罰ゲームが待っている。小波も既に二度経験している。

ある時は、シルバーの投球を連続で10安打しなければストラックアウトの的にされたり、趣味である本格的なエアガンを身体中で当てられたり、酷い時には女王様モードに突入して靴を舐めさせられたりもされる。

被害者は主に能見。ロッカーに連れてかれて悲鳴をあげているのを球団関係者なら誰もが知っている。この一ヶ月間でかなり飼いならされたご様子で、今ではシルバーに睨まれるだけでその日は炎上しても完投させてくださいと監督に悲願してたりもしてる。ロッカーに入った後日、能見は好ピッチングして試合を終えるのがここ最近のお約束。

何やかんやでシルバーの年下でも容赦ない行動には、野手陣には好評、投手陣は刺激を受けていたりと奇跡的に成り立っているのだが。そこは女性特有の特権というべきか。

 

とはいっても、登板しても必ずするというわけではなく、その日の気分で決めているので、普段は優しくてノリがいいお姉さんポジションをしている。

 

 

「トモさんとはどういう経緯で知り合ったんですか?」

 

「ん〜……最初は目の敵のしてたけど、彼女の境遇に何か共感してね。気まぐれで助けて、そのまま友達親友って感じで付き合ってるかな」

 

「目の敵……プロになる前のライバルだったとか?」

 

「ジャパニーズソープオペラ」

 

 

どうやら泥臭い関係からの発展らしい。




【補足コーナー】


Q.前書きの雨崎。
A.今回のなんjネタ。元ネタは『神戸、はしゃぐ』


Q.イケパラ風高校ライフって?
A.TVドラマ『花ざかりの君たちへ〜イケメン♂パラダイス』のこと。私が一番好きなドラマでもある。時点で『花より団子』と『半沢直樹』だが、あっちゃんのイケパラは黒歴史。


Q.スペシャルの神楽坂って?
A.乙女神楽坂、恋をする♂


Q.雨崎と審判の好きなシーンについて。
A.自分の好きなシーンでもある。


Q.審判はロッテファン。
A.言ってることが、意外とぐう畜。


Q.そもそも何でイケパラのネタを入れたの?
A.パワポケダッシュには男装して野球をする女の子がいる。そいつが原因。誰とは言わない。


Q.生き別れた姉。
A.上記と同じでダッシュネタ。実際は妹。誰とは言わない。実はコンマイの狂気その3でもある。


Q.雨崎『逆ささやき戦術』に嵌る。
A.策士策に溺れるとはこの事。三味線型ささやき戦術の取得者であり、西の詐欺師と言われた“達川光男”が実際にやられたとか、やられなかったとか。


Q.ファールで投手の体力を削る。
A.野球あるある。


Q.能見、ロッカーに連れて行かれて悲鳴を上げる。
A.今回のなんjネタパート2、能見に起きた珍事でもある。何を間違えたのか、ロッカーへと入り、後日エースとして覚醒する能見の姿がマウンドにあった。一部ではある博士に改造されたとか……?


Q.ジャパーニズソープオペラ。
A.日本語に訳すと『日本の昼ドラ』って伝えたいが、私は英語が疎いのであっているのかわかりません。


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第六話 限界までフルスロットル!

前回のあらすじ


シルバー、親友との関係は昼ドラ。
雨崎、小波との関係はケツドラム。
小波、この時メジャー入りを決意。(大嘘)





勝負は最終局面に突入するまで均衡の状態になっていた。

六回からは、互いに譲らない投手戦に発展。

小波が三振で抑えれば、球場全体が吠える。みずきがクロスファイヤー高速スクリューこと、消える魔球へと進化した『クレッセントムーン』で三振すれば球場全体が吠える。

小波も吠え、みずきも吠え、それに感化されて、互いの捕手までもが吠える。

 

投球数は互いに百を超えて疲れを見せる。だが、監督は互いに交代はしない。

両者の監督はわかっているのだ、二人がこの状況に追い込まれても好投を続けられる理由を。互いの執念と執念がぶつかり合っているのを。

片方が降りれば、もう片方も降りるだろう。だけど野球選手の本能が囁くのだ。ここで下げたほうが負けると。

 

小波が完投で勝てれば、阪神は勢いに乗ってAクラスまでの近道となるし、小波が去年日本一チームの雰囲気を味わされれば、常勝軍団である巨人、それも猪狩守との投手戦での切り札になる。

そのためにもここは小波で勝つ。シルバーをブルペンに入れたのは、負けず嫌いな小波の反骨心を煽るためだ。

 

 

「(あとはお前次第だ……未来のために俺はお前を投げ続ける。悪魔とも言われよう、非道も受け入れよう……私はお前を江夏を超え、猪狩守を超える大投手になると信じている)」

 

「うっしゃぁぁああああああ!!」

 

 

八回表、小波は驚異の三者三球三振。甲子園はルーキーの大活躍に歓声が湧き、楽天のファンですら拍手をこぼすものもいる。

対するみずきも負けていない。限界突破の八回裏。疲れを見せ、一球一球にロージンを刷り込んで投げ続ける。一人の打者にどれほどの球数を使おうと、執念のピッチングでみずきは投げ続ける。

 

 

「(もうみずきちゃんの肩は限界……監督は何をしているんだ!!)」

 

 

女房役である岡嶋の助言にも耳を貸さずに、みずきは投げ続ける。打ち込まれて満塁になろうとゲッツーにして、八回裏を無失点で終わらせた。

 

 

「みずきちゃん!もうマウンドを降りたほうがいい!十分に頑張った!女性投手が百を超えて投げても炎上なし!みんな認めて、みずきちゃんの夢である『女性リーグ』発足の大きな足がかりになるさ!」

 

「…………逃げるのだけはもう勘弁。私の夢は得るものじゃなくて、この手で勝ち取るものなのよ!!」

 

 

みずきの凄まじい剣幕に、岡島はただ黙るしかなかった。

彼女が楽しそうに話す夢は、いつも見せる小悪魔的な笑顔じゃなく、まだ垢抜けてない夢見る乙女のように純粋で、眩しい笑顔を照らしだしていた。

その諦めない精神に楽天は何度も救われたし、岡嶋は何よりもそのみずきが好きだった。

 

 

「……条件は二つ。一つ、サインに首を振らない。二つ、九回を終えたら降りる。これ以上は譲れないし、監督が使い続けようと降ろしにかかるから」

 

「……ありがとう。もう遅くなったけど、次からスライダーを解禁してくよ!」

 

 

………

……

 

 

九回表が始まりを告げる。小波が見据える先にいる相手、それは水木颯斗。

バットを持った彼は軽く素振りは、馴らせた球場の土に足跡を残す。夜の球場に響くアナウンスのコールと、照らす電光掲示板。背番号37の背中を誇る彼の足は、バッターボックスの左側を踏んだ。

 

 

「(長打狙いの利き腕打法……)」

 

 

それを見てか監督はタイムを入れて、守備固めに移った。外野の福留を俊介に、三塁の新井弟を今成に変え、内野は少し後ろに下がる。

その間、颯斗は一度だけ打席を蹴ると、そのままバットを構えて小波の投球を待つ。

颯斗の眼光が小波を捉え、また小波の眼光は颯斗を捉える。遊び球はなし、一球入魂の大勝負。

 

まず一球目。初級から振ってくるが空振り。高めの全力ストレートに手が出たが、タイミング自体はバッチリ。いつ打たれてもおかしくない。

二球目、三球目は颯斗は選んでボール。変化球を織り交ぜてのクサイところだったが、どうやらそんな甘い球を振ってはくれない。

小波は手汗を拭い、阪神タイガースのイニシャルが掘られている帽子を被り直す。颯斗も一度フォームを崩し、腰を捻る。そしてバットを短く持った。

 

直球狙いだとわかった小波の四球目、凡打にさせようと外側へのストレート。颯斗のスイングはボールの音でわかる。鈍い当たりと空を裂くような音、そして風の囁きで。

判定はファール。限界まで削られつつあるスタミナに、一人相手に多く投げたくはない。

五球目、意表をついて真ん中高めの高速スライダー。

カァンとバットの音が響く。打球は一塁の頭を越えてライト方向へと持っていく。正確な流し打ちでヒットを取られたが、そこはどうでもいい。次の打者とともにゲッツーで仕留めれば。

打者はもうウザいくらい目にした岡島。不思議と二人の視線が畏怖の念を込めて混ざり合う。

 

 

「(岡島さんがエラーしてくれれば、みずきさんの魔球だって脅威じゃないのに……)」

 

「(お前がさっさと降りないから、みずきちゃんは投げ続けるんだ……この打撃で下ろしてやる!)」

 

 

一球目、小波が投球モーションに入り、颯斗は駆け出した。それを瞬時に察した雨崎と小波は咄嗟に足を上げて起き上がり、小波は投球を外角すっぽ抜けの速球で合わせる。

これならどうだ。すぐさま送球にはいる雨崎。持ち前の肩は、勢い良く二塁へとボールを投げた。二塁手である上本は既に捕球体制であり、ボールがピッチャーを通る時には颯斗はスライディングのモーションを崩さず、真っ直ぐに二塁へと迫る。

暑さによって乾かされた甲子園の土は煙を舞い、颯斗は滑り込む。土だらけの左足と左手。上本のタッチと同時に颯斗は股の間をすり抜けて、二塁のベースを踏んでいた。

 

 

「セェェエエエエフッ!!」

 

 

無情な宣言に、小波は悔しさを隠しきれない。悔しさのあまり、投げ渡されたボールに爪が食い込む。

ここで小波は一度タイムを入れて、審判の元へ駆け寄ると、傷つけたボールと新しいボールを交換する。不法投球はしないし、自分が把握できてないことはしたくない。それが小波の心情だ。

小波がマウンドに戻る頃には、雨崎だけでなく内野陣が全員揃って小波を囲んでいた。

 

 

「安心しておけ、どんなボールが来てもセカンドの上本先輩が取ってやるよ」

 

 

ちょっとカッコつけな態度で上本は小波を励ます。

 

 

「……オールフォーワン」

 

「ワンフォーアオール……ゴメスもいいこと言いやがる」

 

 

守備固めに出された三塁の今成とゴメスも、優しく小波の背中を支える。

 

 

「君の思うように投げて。俺はそれを捕るだけだから」

 

 

雨崎の力強い言葉ともに、雨崎は小波のグラブとキャッチャーミットをぶつけ合わせた。

 

 

「……こういうのはガラじゃないんだけどな」

 

「鳥谷さん……」

 

「どこに打球が行こうと、俺たちは取る。レフトに行けばマートンが取る。取らなければ俺が取る。ライトに行けば俊介が取る。俊介が取らなければ上本が取る。センターに行けば大和が取る。何がなんでも取るし、取らせる。だから安心して投げろ」

 

 

チームキャプテン、鳥谷からの熱い激励に内野陣全体が困惑し、今成に至っては「プログラムが壊れたか?」と失礼のことを抜かす。しかし、そんな言葉が小波と雨崎の緊張をほどいてくれた。

 

 

「買ったらたこ焼きにしよう。シルバーとコモリーにそう言ってるんだろ」

 

 

鳥谷はそれだけ言い残して、自分のポジションに戻って行った。他のみんなも各自のポジションに戻り、マウンドには小波と雨崎しか残らない。

 

 

「……頑張って」

 

 

自分の場所に戻る雨崎の背中はとても頼もしいものだった。いつかの完全数のように、その背中は小波にとって輝かしく見える。

そんな背中を見せられたらーー恥はもう見せられない。

 

 

「……小細工なしだぁ!!」

 

 

二塁にいる颯斗は、その気になれば三塁へと盗塁できるくらいには速い。それでノーアウト得点圏に持って行かれたら、たまったものではない。

だったらバントすらも意味をなさない速い直球で、岡島を打席から下げるのみ。それが今、マウンドを踏みしめて投げられた渾身の直球。力をぶつける全力投球。

雨崎の目の動きで颯斗の状況が小波は手に取るようにわかる。あいつは今まさに三塁へと走り出している。確実なバント狙い。

 

 

「(……二度同じ手をすると思ったか?甘いんだよ、ルーキー!)」

 

 

岡島はバントの構えをやめ、すぐにバットを振った。送りバントではない。初球からのエンドラン。

打球は痛烈なライナー打球。打球の先はマウンドであり、小波を直撃しようと迫り来る。

 

 

「(かわそうと思えばかわせる……!でも、それだと二遊間を越えてセンターに……!)」

 

 

そこで小波は鳥谷の言葉を思い出した。

どこに打球が行こうと、俺たちは取る。キャプテンマークであるCを指しながら鳥谷は言っていた。

 

 

「(信じてますよ、鳥谷さん!)」

 

 

小波は体制を崩して倒れこんだ。無様な格好になるが、気にする間も無く打球を追う。

凄まじい勢いで二遊間を裂こうと進む白色の弾丸。その止まらぬ速さは並の選手なら触れはしないだろう。

しかし、その弾丸に触れた。体を飛び出してグラブで弾く鳥谷の姿が二遊間に映え、弾かれた弾丸はそのまま二塁手である上本の手に吸い込まれる。

三塁にはもう颯斗がいる。上本はそれを瞬時に判断して一塁に送球、岡島は滑り込むがもう遅い。

 

 

『おおっと!ピッチャーライナー、二遊間の壁を突き抜けずに岡島アウト!』

 

『この場面での二遊間の守りはバッターだけじゃなくて、ランナーも揺さぶられるね。いつ走ればいいか、わかったもんじゃない』

 

 

博之の解説は、まさに颯斗の心情そのものを指していた。

鳥谷と上本の二遊間の壁は、颯斗にある走塁の技術を奪って行く。

速いライナーだったら誰もが抜けると思うだろう。それを瞬時に判断して三塁者は走ってホームに戻る。だが、それが抜けないとわかると、走塁のタイミングが打球が越えてからでないと走れなくなってしまう。

そのタイミングで走ったとして、速いライナーが守備がいい大和や俊介に向かえば、大和ならばホームで刺されるかもしれないし、俊介なればライトゴロという珍プレイも起こる。

 

 

「(スクイズ……!のサインはない。速球へのバントが失敗したら得点圏にいる走者が消えるからかな……)」

 

 

楽天の二番打者、守備に定評がある藤田が打つ。一球目も二球目もファールになり、あっという間にノーツー。

どのファールも流し方向だったので、藤田はバットを短く持ち直して打席を蹴った。

だが三球目、それをおちょくるようにチェンジアップ。タイミングを外された藤田はピッチャーゴロに終わって、ツーアウト三塁。

ここで『リトル松井』の異名を持つ松井稼頭央。今回四回目の打席だが、今日は一度もヒットを打っていない。だが、男の目は闘争心を剥き出しにして小波を見つめる。

 

その勝負は一瞬にしてついた。小波が直球を投げ、稼頭央が絶好球と言わんばかりのスイング。ドアスイングながらも打球は大きく飛び、センターに深く深く入る。

これはさすがに貰った、そう思う颯斗。勝負は稼頭央の勝ちは目に見えている。あくまでも『小波と稼頭央の勝負』での中でだが。

 

風が颯斗の頬を撫でる。野外の冷たい強風が颯斗の背中を押す。

小波は打球を追わずに颯斗を見つめる。その視線は「俺たちの勝ちだ」と言いたげで、颯斗は稼頭央の打球を追う。

 

センターに深く入る長打。センターの守りは大和。

センターに入る長打。鳥谷はこうも言っていた、センターは大和が取る。何が何でも取るし、取らせる。

大和は芝を駆け抜け、フェンスギリギリで飛ぶ。打球はフェンスを超える長打だが、その前に現れる大和のグラブ。グラブの中に打球が収まった。

 

 

「アウトォォオオオオオ!!」

 

 

審判のコールが球場に響く。危うくホームランとなる打球だったが、向かい風と大和の守備力に最大の危機を乗り越える。

これで楽天の攻撃は終わり、阪神の反撃が始まる。小波はもう限界のようで、ベンチに戻ってすぐに腰を置いた。

 

 

「今のうちにヒロインのコメント考えとけよ。先輩達が巻き返してくれるから」

 

 

小波の後ろから藤浪がベンチ越しに話しかけてきた。藤浪は明日に登板するので、阪神のベンチにて楽天の戦術を観察しながらチームメイトに飲み物やタオルを配っている。

 

 

「やっぱり……野球は楽しいな!」

 

「今更何言ってんだか」

 

 

笑顔で言った小波に、藤浪は珍しいものを見たような顔をしてスポーツ飲料を渡してきた。

感謝の言葉を忘れずに受けとると、それを腹に堪らぬよう少しずつ飲み、四分の一ほど飲んだところで小波はようやく試合を眺めた。

九回裏、ノーアウト一塁にマートン。打席には新井兄。

 

 

「……嫌な予感がする」

 

 

藤浪の不吉な言葉は見事に的中した。

新井兄、四球目でセカンドゴロでゲッツー。ツーアウトランナー無しの最悪な状況に早変わりした。

 

 

「後でしばくとするか」

 

「それならば私にもやらせてください。今のはさすがに酷すぎる」

 

 

新井兄のゲッツーは監督とシルバーの逆鱗に触れてしまったようだ。果たして今日はどんな怒りが新井兄に言い渡されるのか。

とりあえず今月いっぱいは日の目を見ることはないだろうと、小波は勝手に決めつけてツーアウトランナー無し、2-1の阪神負け越しの状況を見守っていた。

 

バテバテのみずきの投球は、もう先ほどまでのキレがない。だが九回解禁されたスライダーに打者は驚き、スライダーの打球はファールにされてストライクカウントを稼がれる。

スライダーのキレや球速が一時的に落ちようとも、精密なコントロールは変わりはせず、打者のギリギリを攻めてくる。外、内、外、外、低、内と投げるが、八番俊介は執念で耐え続けてフルカウント。

七番になった今成はいつの間にか塁に出ており、みずきの精神力を変な意味で削るべきか、みずきのお尻を舐め回すように見つめる。

 

 

「わざとにしては卑怯だな」

 

「あれで阪神のイメージダウンしたらどうするんだ」

 

「まぁ、女性投手である以上宿命みたいなものだけどね」

 

「俺も近くで見てぇな」

 

『新井、お前は口チャック』

 

 

藤浪、監督、シルバーの容赦ない言葉に新井はベンチで体育座りをした。

そうこうしてる間に粘りの十球目、フォームが崩れるも俊介は打った。流し方向に飛び、汚くもしっかりと三塁の頭を越えてヒット。これで得点圏に一人と繋ぎ、バッターは雨崎優輝。

 

 

「(粋がっちゃったけど、そろそろ体力的にも精神的にも限界……クロスファイヤー高速スクリューがいいところかな?)」

 

 

今まで投げてきた『クレッセントムーン』をクロスファイヤー高速スクリューと元の名前で呼び、消える魔球を『クレッセントムーン』とするみずき。

みずきにはもう『クレッセントムーン』を投げれるような体力と集中力はない。どうすれば雨崎を抑えれるかと考えて見つめる中、岡島はサインでこう伝えてきた。

 

 

『どんなのも俺が受け止める』

 

 

単純な言葉だけどとても力強い。たかが一線で、とか言う奴もいるだろう。だが、プロ野球選手という勝負に生きる者として負けるのは許したくない。そのためには勝つ。

みずきはマウンドのプレートの気持ち左側に立つ。いつもの投球姿勢、一球目に全体重を右足に乗せて左腕をムチにしならせる。そして投げた。

軌道は大きく曲がってボール。ただの高速スクリューに、雨崎は打ち所だったと言いたげに先ほどの軌道上に沿って素振りをする。

 

二球目、三球目も投げてカウントはツーボールワンストライク。みずきは追い込まれつつあった。

この二球でスライダーを投げたが、打球はライト方向一直線に飛んで行った。ファールだったのが幸いだったが、どこに投げても打たれる気がしてならない。

スクリューも、高速スクリューも、クロスファイヤー高速スクリューもそうだ。どこに投げても打たれるのではないかと不安がよぎる。

あと一度だけ『クレッセントムーン』が投げれたら、みずきはそう思い、ボールに全力を込めて振りかぶる。

 

 

「…………っ!?」

 

 

みずきは投げた。けれどもそれは期待するようなものではなかった。

結果は意外にも呆気なかった。無理に魔球を投げようとしたら失投して流し方向にホームラン、楽天のサヨナラ負けだ。

 

 

「やったな、優輝!」

 

 

ダイヤモンドを一周して帰ってきた雨崎に、一番早く小波が激励した。その後も続々と阪神ベンチから選手達が飛び出して来て雨崎を揉みくちゃにする。

しかし、雨崎の顔はホームランを打ったとは思えない浮かないものだった。

 

 

「……打てたのが奇跡的だった」

 

「なに言ってんだよ、優輝。流し方向に特大ホームラン!こんなの奇跡でも何でもないって!」

 

 

雨崎はしばらく考え込むと「そうだね」と言って、やっと笑顔を浮かべた。

 

 

「阪神大勝利だぁああああああ!!」

 

 

そこで阪神サイドから黄色いバルーンが飛び上がり、場内はより一層湧いた。

ヒロインはもちろん小波と雨崎。カメラの前で堂々とその事を自慢して今日の戦いを終えた。




【補足コーナー】


Q.小波とみずき吠える。
A.入来兄弟ですね。


Q.監督の思考。
A.トーナメント制だったらいいかもしれないが、総当たりのペナントでは無能采配。両者無能。


Q.江夏って?
A.“江夏豊”、シーズン奪三振記録保持者。様々な球団を渡り歩き、ルーキーから多種多様な記録を残して行き、いつのまにか『優勝請負人』と呼ばれる大スターとなる。だがアレやコレやの問題で名球会から退会。他にも『江夏の21球』という野球史上最高の感動と自作自演劇場を作ったりと、彼の伝説は記憶にも記録にも残るものばかりであった。


Q.今成「プログラムが壊れたか?」
A.今回のなんjネタ。鳥谷のことを指しており、土の甲子園での守備率や、打撃の時の成績が機械染みてることから『鳥谷ロボ』と呼ばれている。


Q.実在選手が大活躍。
A.鳥谷と岡島が輝いてます。


Q.ヒロインって?
A.ヒーローインタビューの略称。


Q.新井兄ゲッツー。
A.息をするようにツラゲ。これでこそ辛いさん。


Q.最後が拍子抜けで終わる。
A.九回裏でドラマチックな勝利じゃないのは結構ある。後、自分に文才がないのが原因。



【雑談コーナー】

はい、このたび初めてフルで試合を書きました。一部一部飛ばしてはいますが。
それで思いました。試合の展開だけ見てみると、何の躍動感もねぇ。ただでさえ文章に躍動感がないのに、これ以上どうやったら躍動感無くせるの?というぐらいない。
というわけでしばらくは重要な試合以外書かないと思います。オールスターゲーム、シーズン終了目前、CS、日本シリーズを書くまでにはキチンとした試合描写をつけたいです。
その間は何を書くって?そりゃ、パワポケの日常回ですよ。


以上、雑談コーナーでした。


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第七話 闇世界へのアシオト

※パワプロ終了のお知らせ。
※パワポケ開始のお知らせ。


この回から挿絵が入ります。ちゃんと表示されてるかな……?

追記:表示されませんねぇ……たまげたなぁ(困惑)
追記:表示できるようにしました。コラそこ、似てないとか言わない!


「おニイがサヨナラ勝ち!珍しいこともあるもんだね〜」

 

「珍しいは余計だよ!」

 

「でも打てたのは采配が甘かったせい、というのがほとんどだろうけど」

 

 

時刻は夜の九時。今日のヒーロー小波と雨崎は、千羽矢と冴花を連れて商店街の小さな『たこやき屋』で祝杯をあげていた。

 

 

「これが噂に聞く、たこやきですかー!」

 

「結構美味しそうじゃない。本場のたこ焼きって」

 

 

小波達は『たこ焼き屋』に来るのに、もう二人誘って来ている。頼れる中継ぎシルバーと専属トレーナーのトモ。

トモはオーバーリアクション、シルバーはたこ焼きの艶めきに惚れ惚れとしていた。

球団での打ち上げは、鳥谷が「兄弟と知人呼んでるんだったら、そっちでやれ。シルバーとオトモを連れてな」と粋な計らいで参加していない。さらには鳥谷が五万を奮発してくれた。

 

 

「私、いつの間にかオトモってニックネームついちゃってたんだけど……シルバーは知ってる?」

 

「興味ない」

 

「私達って親友でしょ〜!」

 

「小波……あの人って?」

 

 

千羽矢からの質問に、小波は「紹介し忘れてたな」と前置きして喋り出した。

 

 

「銀髪の人が中継ぎエースのシルバーさん。隣にいるのが、専属トレーナーのオトモことトモさん」

 

「これからよろしく」

 

「……なんか見たことあるんだけど」

 

 

千羽矢が悩ましげな表情を浮かべるが、トモは「気のせいだって」と言いながらたこ焼きを頬張る。

絡みつくソースとマヨネーズ、鰹節の風味が口の中いっぱいに広がる。口の中に幸せが溢れて止まないのに、さらにはカリッと焼き上げられた衣と具のたこの程よい大きさが絶妙なハーモニーを奏でる。

この組み合わせの満足度は、野球で例えるならば王貞治と長嶋茂雄がアベック本塁打ぐらいの充実感。あまりの美味しさにトモの頬が思わず蕩けた。

 

 

「おいし〜!よっ、店長さん!おかわり貰える?」

 

「ええで。嬢ちゃんみたいなのはおまけつけたる!」

 

 

店長お手製のたこ焼きは数分して出来上がり、トモはハムスターのように再び頬張り出した。

シルバーも気に入ったらしく、屈託のない笑顔で「もう一個」と要求した。

 

 

「ありがとうございます、阿畑さん」

 

「ふふん、甲子園名物『アバタのタコヤキナックル』はどうや?」

 

 

実は小波達が今いるたこやき屋は、元阪神の中継ぎ“阿畑やすし”が経営している。

入団して短いキャリアで引退。中継ぎとしては充分な成績を残しての電撃引退だったが、同年に早川あおいが引退したこともあって全く話題にされなかった人だ。

今でも二軍にいるんじゃないか?とファンは囁いているが、ご覧の通り小さなたこやき屋でマイペースに過ごしている。

そんな彼も妻子持ちであり子供は一歳。それは阿畑が引退してからの年数と同じでもある。

 

 

「タコヤキナックル『は』いらないですよ。あれ、時たまただの焼きだけになるでしょ」

 

「それも売りや、売り。優輝はどうや?」

 

「俺も結構です」

 

 

「ノリが悪い」と阿畑は不貞腐れるフリをして、店内に消えて行った。たこ焼き専用のプレートの近くにタコが見当たらないことから、それを持って来るのだろうと推測する。

 

 

「へぇ〜、あなた中継ぎやってるんだ」

 

「って、みずきさん!急に湧かないでください!」

 

「私は埃か、黒光りするアレか!」

 

「アレって何ですか、みずき先輩!」

 

 

みずきの脹脛に一人の女性がしがみついて来た。

色抜けた黒髪に人懐っこそうな顔。楽天のユニフォームを着ているが、まだ高校生特有の幼さがある雰囲気が残っている。

体もみずきと比べれば大きく、そしてたくましく、顔を疼くめてじゃれ合う姿は今にもみずきを押し倒そうとしていた。

 

 

「ちょっと太刀川、離れなさいよぉ……!」

 

「みずきさん、この人誰ですか?」

 

「あぁ、紹介するね。この子は“太刀川広巳”……まぁ私の母校タチバナの姉妹校、ジャスミン学園の子。去年のドラフトで育成枠として指名された三人目の女性投手……いい加減離れて太刀川!」

 

 

そこでようやく太刀川を蹴飛ばして、みずきは危機を脱する。地面に顔から叩きつけられた太刀川は、お間抜けな姿で地面に蹲り、痛みに耐えようと啜り泣く声が聞こえる。

 

 

「あいつは無視していいから。あの子は人懐っこいけど、親しい人は懐っこすぎるというか……可愛らしいんだけどね」

 

「店長、もう一個」

 

 

いつの間にか食い終えたシルバーと、戻ってきた阿畑の姿が小波の目に見えた。

雨崎兄妹と冴花もたこ焼きの美味しさに感動しているようで、早くも二つ目へと突入している。

 

 

「阿畑……?」

 

「おっ、タチバナの嬢ちゃん!一つどうや?」

 

「遠慮しときます。あたしはこれから太刀川と一緒にパワ堂でスイーツバイキングでね〜。聖も待たせるわけにいかないし、それじゃあね!」

 

 

ウキウキ気分なみずきは、太刀川を引っ張って夜の街へと消えていく。

横浜所属の正捕手、聖がこちらに来ていることに小波は違和感を感じたが、今朝見たニュースで関東は今週いっぱい大雨だったことを思いだす。

横浜の球場は野外なのだから雨天中止になったのか、とわかり小波は納得したが、そこで千羽矢と話続けていた雨崎が近くに来る。

 

 

「どうした、優輝」

 

「……みずきさん見て思い出したんだけどさ、あの人信じられない投球してたよ」

 

「消える魔球『クレッセントムーン』か?」

 

 

「それもあるけど」と雨崎は一息おいて会話を続ける。「俺が言いたいのは最終局面のほう」

 

 

「ほら、俺が打てたのが奇跡って言ったろ」

 

「あぁ、てっきり謙遜かと思ってたけど違うのか?」

 

 

「うん」と相槌をして、雨崎はみずきの行く先を見た。

 

 

「……消える魔球とは逆のを見た」

 

「どういうことだ?言葉通りなら現れる魔球になるぞ」

 

「それなんだよ。あの場面の投球、俺には寸前にまでボールが来たように見えた。球速も全然ないのに……手元から離れたところが見えなかったんだ」

 

 

雨先の言葉に小波は驚くしかなかった。雨崎が見たのをを実際に体験したらどうなるか。小波は想像してみる。

投げられた瞬間のボールが消え、打つ瞬間の瀬戸際に現れるボール。打とうとしても予想も何もない、だって見えないのだから。

その凄まじさに小波は鳥肌が立った。みずきの投球技術が常軌を逸していることに。

精密なコントロール、研ぎ澄まされたクロスファイヤー、一級品のスクリューと高速スクリューにスライダー。そして二つの魔球。

突如として消える魔球『クレッセントムーン』と突如として現れる謎の魔球。

この二つが存在していることを知ったら、打者にはどうやってみずきからヒットを取ればいい?

打とうとする球を外させる魔球と、そもそも打たせない魔球。誰もが夢見る変化球技術、投手の理想形。

 

 

「まだ本人は気づいてないけど、きっといつかその才能を発揮する」

 

「こりゃ、手強い相手になりそうだな」

 

 

立ち去るみずきの背中を二人は見つめる。おさげから散らつかせる背番号1番は、これから女性投手を引っ張るにはふさわしい数字で、何よりも彼女には似合いすぎるものだった。

 

 

「こら〜!二人でイチャつくな〜!」

 

「誰もイチャついてなんかいない!」

 

 

雨崎は今日も千羽矢に弄ばれる。それを見て小波と冴花は笑った。

 

 

「無愛想は治ったか、ブサエ」

 

「生憎と小波の前以外だとね」

 

 

頬を赤らめながらも冴花は言った。瞬間、千羽矢はそれに気づいて「イチャつくな〜!」と雨崎の時とは打って変わって真剣な態度で二人に詰め寄る。

シルバーとトモは相変わらずたこ焼きを頬張り続け、小波と冴花は千羽矢の攻撃を受け止め、兄は千羽矢を止めようと抑え込む。

そんな穏やか時間を過ごしていた。

 

 

「…………こちらブラック。ターゲットに異常なし」

 

 

夜に沈む影の主が囁くまでは。

 

 

 

 

 

同日の同時刻、東京にあるビル群。その中には様々な会社があり、名がしれた会社も多数存在する。

そんな聳え立つビル群には一際大きな建造物がある。ガラス張りの会社なのは他の会社と同じだが、ガラス素材は防弾用の強化ガラスで、しかも入り口にはガードマン、本社には監視カメラがこれでもかと存在している。

“ジャジメント”日本支社。それがこの建造物の名前だ。

 

 

『おかえりなさいませ、神条社長』

 

「うむ、仕事はほどほどに頑張れ」

 

 

ガードマンからの激励とともにリムジンから降りてきた女性、この日本支社の社長である“神条紫杏”だ。いかにも育ちが良さそうな物腰に、お高く纏まった黒いビジネススーツにハイヒール。馬の尻尾として纏めた赤みが罹った茶髪を払うと、紫杏はそのまま会社内部へと足を運ぶ。

すれ違う社員から「おかえりなさいませ」と言われるのは普通。中には社長の荷物を持とうとする者、コーヒーを淹れようとしてくる者までいるが、紫杏はそれら全てを丁寧に断って、自らがいるべき社長室へと向かう。

 

 

「おかえりですか、神条社長」

 

 

社長室を開けると、そこには銀髪おかっぱ秘書“上守甲斐”が書類と睨めっこしている。

紫杏のイメージにある優秀な甲斐とギャップが激しく、紫杏は笑いながら自分の定位置である社長のチェアへ腰を置いた。

 

 

「今夜戻ってきた。私の不在中に面白いことはあったか?」

 

「先月に横浜が巨人に三連勝しました。おかげで現在は優勝争いの筆頭です」

 

 

「そうか」と自社の球団とは思えぬ素っ気ない態度で、チェアでゆっくりとする。疲れているのか、紫杏は目を閉じてうたた寝をし始めた。

 

 

「続けていいぞ、甲斐。私は少し疲れた」

 

「そうですか、でしたらお言葉に甘えて。特にはありません」

 

「お前、意外とふざけるんだな……」

 

 

甲斐は紫杏の呟きを気にもせずに書類仕事へと戻る。無言で処理し続ける有能秘書に、紫杏は暇で仕方なくチェアを前後で揺らす程度しかやることがなかった。

 

 

「コーヒーでも淹れましょうか?」

 

「いや、自分でやる。コーヒー豆はどこにあるんだ?」

 

「……社長は自分が普段飲んでる豆の種類がわかりますか?」

 

「豆なんてどうでもいいだろう。私はコーヒーが飲みたいんだ」

 

 

「いいえ」と甲斐は鬼の表情で紫杏に詰め寄って来た。

 

 

「どうした甲斐?いつものクールなお前らしくないぞ」

 

 

いきなりの攻めの姿勢に紫杏は後退りをし、最終的には壁に押し付けられる。

甲斐の表情は普段とまるで変わらないが、身に纏うオーラが違う。顔と顔が重なるまでに、もう時間はかからない。

甲斐の異常な行動に紫杏は戦慄し、甲斐の顔に手をやって接近してくるのを防ぐ。

 

 

「私は社長にお仕える身なんです。社長には誠心誠意を込めてご奉仕したいですし、社長の満足するよう私は答えなければなりません。それに社長が行く場所には常に私がいなければなりません。というか私を使ってください。この一ヶ月間あなたに会えなくて、あなたの声が聞けなくて、どれほど淋しかったか……」

 

「わかった、わかった!今度の出張の時には連れてくし、七夕や子供の日での我が社主催のイベントでは、ナマズの着ぐるみでも何でもこき使ってやる!」

 

 

「ありがとうございます」と紫杏の手で顔が潰されながらも、甲斐は感謝の言葉を述べる。声が妙に艶めいており、投げ出されてる両手が紫杏捉えてようと右往左往、鼻息も荒いと確実にテンションがおかしなことになっている。

 

 

「社長、帰ってくるなら連絡を……」

 

 

そこで社長室を開ける者が現れた。難いが良く身長は190越え。上半身も下半身もスーツ一式で覆い、強面の顔にはサングラス掛けている。

 

 

「おぉ!犬井、いいところで来た!!今すぐ甲斐をどかしてくれ!」

 

 

男の名前は“犬井灰根”、紫杏と博之が雇った国際的にもトップレベルのボディガードだ。

 

 

「……ただの求愛行動だろう。満足するまでやらせとけ」

 

「貴様は我が社のボディガードだろ!何億つぎ込んだと思ってるんだ!」

 

「社長ぉぉおお!!社長ぉぉぉおおお!!」

 

「うわぁぁあああああ!!」

 

 

ついに二人はバランスを崩して床へと転がった。

紫杏を押し倒すように甲斐が乗り、両足で紫杏の下半身をホールドされる。そして手先は紫杏の胸部へと乗っけられていた。

 

 

「……では、俺はしばらく出るぞ」

 

「あっ……あぁ……!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

………

……

 

 

 

「…………犬井。コーヒーをくれ」

 

「……豆は何がいい。ブルーマウンテン、キリマンジャロ、クリスタルマウンテン、モカ、グァテマラ……他にも色々あるぞ」

 

 

その後の展開は実に簡素な物だった。

何とか隙を見つけた紫杏は甲斐との立場を逆転、気絶するまで寝技ではめていた。

犬井の理解できない言葉に「最初のをエスプレッソ」で頼みこむ紫杏の姿は実に疲れ果てていた。

 

 

「……それでどうするんだ」

 

「だからエスプレッソ……」

 

「エスプレッソは抽出の仕方だ。そこから砂糖やミルクを入れるかどうか聞いている」

 

「そうだったのか!?じゃあエスプレッソはカフェオレ、カフェラテ、カプチーノとはどういう違いがある?」

 

「……カフェオレだけはエスプレッソの方法で抽出してない。残り二つはエスプレッソだが、一目で判断するならミルクを泡立たせるか泡立たせないぐらいの違いだ」

 

 

珍しく感心した紫杏だが、無表情を貫く犬井に疑問が湧いて聞いて見た。

 

 

「どうしてコーヒーに詳しいんだ……?」

 

「大神会長がコーヒー好きでな、その名残だ。さらに言えばエスプレッソはドリップコーヒーではないから、一般的に言うコーヒーとは別物だ」

 

 

「むう」と悔しげな顔を浮かべる紫杏。なお無表情を貫く犬井。紫杏は適当に「カフェラテ」と言って、甲斐を持ち上げて社長室の中央にあるソファへと寝かしておく。

 

 

「しかし甲斐がこれではな……自分でやるしかないか」

 

 

山積みとなっている書類に紫杏は嘆息混じりで呟いた。そこで犬井は注文された通りの『ブルーマウンテンを使ったカフェラテ』を持ってきた。

エスプレッソの上に泡立つミルクが螺旋を描く。独特の模様に紫杏はいつ見ても目を奪われそうで、そしてこの一口が夜の楽しみでもある。

 

 

「……抽出方法をドリップにすれば、そのままカフェオレになる」

 

「なるほど。カフェオレとカフェラテの違いは、ドリップかエスプレッソかの違いなのか」

 

 

本日二度目となる感心する紫杏。カフェラテが淹れられたカップを横に置くと、甲斐を起こさずに自ら書類の処理を始めた。

 

 

「……一つ聞いてもいいか」

 

「一つだけだぞ」

 

「……何故ベイスターズを買収した?」

 

 

犬井の問いに紫杏は笑い飛ばすと、侮辱するような目で前置きする。「それはちょっと間違ってる」

 

 

「私が買ったのは“横浜DeNAベイスターズ”だ」

 

「……そういうことか」

 

 

悩みが晴れたのか、犬井は紫杏に背を向けて立ち去ろうとする。

しかし、紫杏の「待て」の一言で犬井の足は止まった。

 

 

「私のも一つ聞いてもらうぞ、甲斐のかわりにな」

 

「なんだ」

 

 

「そう焦るな」と言って、紫杏は一度書類を恥に寄せて立ち上がる。適当にブルーマウンテンコーヒーをカップに淹れて、ミルクも砂糖も入れずに犬井に渡す。

 

 

「要件は簡単だ。今すぐ“デウエス”と“デスマス”を呼べ」

 

 

犬井に背を向けながら話し、紫杏はそのままチェアへと腰を置く。

風格のある歩き方と物腰は、まさに社長の二文字が当てはまる。紫杏はチェアを回転させて犬井に向かせると、足を組みながら言った。

 

 

「伝説のスラッガー……“小杉優作”を探して来てもらう」




【補足コーナー】


Q.オトモという糞みたいなニックネーム。
A.誤字からの始まり。そのまま採用してみた。


Q.阿畑やすしって?
A.へなちょこナックルボーラーだが、なんかかんやで結構お世話になるパワプロキャラ。本文中の引退話は全部パワプロ史実なので本当のこと。


Q.太刀川広巳って?
A.パワプロ2013から登場した女性投手。能力は先発型で、140km/h超えてたりと化け物。実はノーマル猪狩よりも遥かに強い。でもチョイ役。


Q.聖タチバナ学園と聖ジャスミン学園は姉妹校?
A.そうしたほうが太刀川が育成枠に選ばれた理由が楽だったから。理由は一言、みずきのコネ。


Q.六道聖、甲子園に来ている。
A.大雨だからね。野外試合は中止だよ、いる意味ないよ、今週いっぱい自由だとよ。聖ちゃん暇そうやね。


Q.消える魔球と現れる魔球。
A.単純に考えれば、投げてからバッターボックスまでの球速が一定、もしくは加速してればそう見えるかも。消える魔球は原理があるので説明簡単ですが……実際に現れる魔球があったら、どうなるんでしょうかね?


Q.ブサエとは?
A.木村冴花の愛称。旧名と無愛想な顔から『ブサエ』なので、決してブサイクというわけではない。


Q.ブラックって?
A.英語。日本語に訳すと黒。


Q.巨人相手に横浜三連勝!?
A.横浜は強いんだ!(*^◯^*)


Q.甲斐暴走。
A.何か紫杏のことに忠誠を尽くしているので、一ヶ月離れれば病むのではないかと妄想した結果がこれ。さすがの紫杏も涙目です。


Q.ナマズの着ぐるみ。
A.パワポケ11とパワポケ14を買おう!


Q.犬井灰根って?
A.世界最強の男。この一言に尽きる。知りたい人はパワポケ11以降を全部買おうね!


Q.実際、犬井には何億つぎこんだ?
A.犬井好きならわかるお値段。超高いよ。


Q.犬井さんによるコーヒー講座。
A.別名、作者のコーヒー知識の垂れ流しであり自慢。間違っている知識もあるかもしれないので、真実は自分で調べましょう。


Q.“横浜DeNAベイスターズ”を買収した理由は?
A.ほぼストレートに紫杏が言っています。


Q.最後のパワポケキャララッシュ!
A.三人とも簡単に説明。パワポケ12よりデウエス、色々と強い。パワポケ11よりデスマス、偽名であり本名はフランシス。パワポケ5より小杉優作、ルーキーながらも大スターでスラッガーだった。


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第八話 闇世界へのトビラ

この回も挿絵があります。若干これじゃない感ありますけど……絵を描くなんて、授業以外でしたことないから仕方ないですね(ホモリン感)

書いた後に気づいたけど、主人公が千羽矢を呼ぶ時『チハ』とも呼ぶんだった。
う〜ん、パワポケ愛が足りない。




小波は昨日の楽天戦で勝ち星をあげた。

先発である小波は特にすることもなく、遠征先のホテルで横になる。頭を疼くめた枕には羽毛でできているのがわかる。

そういえば開拓は農業科だから家畜とかの扱い方や処分の仕方、それにその残酷さについて色々学んだな、と小波は思い出して羽毛の枕の犠牲になってくれた動物に感謝しつつ二度寝に入ろうとした。

 

 

「……起きなさいよ、小波ぃ!」

 

 

のだが、何者かによって羽毛枕は取り上げられてしまう。

小波は必死に眠気と戦いながら起き上がろうとするが、そんな気力が出てこず、ベッドで再び横になる。

そしたら今度はシーツを取り上げられた。小波はない気力を振り絞って、何者かの名前を読んだ。「千羽矢」

 

 

「返してくれ……俺は寝る」

 

「起きろー、起きろったら起きろー。起きなかったらシルバーさん呼ぶぞー」

 

「はい!起きました!いや、起きてる!バリッバリに起きてるよ、俺は!」

 

 

最も恐怖する人物の名前をあげられ、小波は野茂英雄みたいに腰を回して起き上がる。ちょっとだけ体の筋肉が悲鳴を上げた。

元気いっぱいな運動能力に、千羽矢は馬鹿を見たような表情をしながらもシーツと枕を返す。

 

 

「……じゃあお休み」

 

 

最愛の枕を取り戻した小波は、二度と離すものかと言うように抱きしめてベッドに落ちた。

 

 

「シルバーさぁぁああああああんんんっ!!」

 

「嘘!嘘、冗談、ジョーク!」

 

 

千羽矢の声をすぐに押し黙らせると、すぐに廊下へと突き出して扉を閉める。

扉を開けようとするが鍵が掛かっていて開かない。千羽矢はそれを挑戦状として受け取り、回し蹴りの体制へと移る。スカートの中にはスパッツを履いている、見られても気にはしない。千羽矢は歯を食いしばると、腰を軸に一気に回転。

そのまま扉に蹴りを入れようと瞬間、扉は開いて小波が部屋から出てくる。先ほどの寝巻きではなく、外に出るための軽い服装に着替えて。

そんな小波を見て、千羽矢は今の時期にふさわしいヒマワリのような笑顔を咲かせた。放たれようとした蹴りはドサクサ紛れに隠す。

 

 

「それで?どこに連れ出す気だ」

 

 

小波がつける腕時計の針が間違ってなければ、まだ七時前の時刻。この時間帯に何の用があるというのだ。小波は不機嫌と寝不足を混ぜた顔で千羽矢に尋ねた。

 

 

「本当は朝から小波と室内スポーツ……」

 

「やらんぞ、絶対やらんぞ、死んでもやらんぞ」

 

「冗談だって。普通にヒーローへのご褒美だよ」

 

 

………

……

 

 

 

意外と勘違いしてる人も多いが、甲子園は大阪ではなく兵庫にある。

ゆえに小波と千羽矢が向かう先は、どれも食い倒れ商店街ということはない。ましてや大阪では商店街の名のつくもの全てが食い倒れ商店街ではないことをここに記述する。

 

さて、まだ通勤やら通学などで電車が混雑する時間帯。小波と千羽矢は街へと繰り出していた。

大きな三車線車道と、立ち並ぶコンクリート建造物。その中の一つに小波ら阪神タイガースの宿舎がある。小波は背伸びをして眠気を取ると、ようやく辺りを見回した。

右へ左へ目まぐるしく動く自動車の数々。ガソリンの匂いがしないことから、その大半が電気自動車だと推測できる。

タイヤが地面を踏み回す以外の音が聞こえない。車がうるさいのか、それともその逆か。

そこで小波の眠気は晴れて、いつもの日課であるストレッチを軽く始めた。

 

 

「おはようございます、千羽矢さん」

 

「はいはい、おはようございます」

 

 

スポーツ選手にとって日頃のストレッチとは大事なものだ。体の筋繊維をしなやかしにして、体のコンディションや怪我などの予防策になる。現役時代のイチローが怪我しなかったのも、そういう日頃の賜物だからだ。

それに筋繊維をしなやかにすれば、ピッチングの時の体のバランスが保ちやすく、球速とコントロールそれに腕や肘、肩といった疲労の軽減にもなる。おまけにボールにはノビが生まれて、バッターからすれば打ちにくい球にもなる。

以上の理由を持って、小波は高校時代の故障以来毎日欠かさずストレッチをやっている。

 

 

「あれ、小波君じゃない?」

 

 

肩の解ししているところで小波は声を掛けられた。この声は小波と千羽矢聞いたことがあるし、声の主とは昨日にも出会った。

 

 

「朝からジョギングですか、みずきさん」

 

「そうだよ。聖と一緒に早朝トレーニング」

 

 

そう言われて小波はみずきの後ろを覗き込むように見た。

100mぐらい先に女性が走る姿が見える。特徴的な紫色の髪はポニーテールに纏め、感情の起伏がなさそうな冷静そうな顔つき。横浜が代表する正捕手“六道聖”の姿そのものだが、その足取りは妙に重い。

 

 

「……何か関取みたいな走り方してますね」

 

「十年ぐらい捕手やってれば足はボロボロになっちゃうって。それにスイーツバイキングできんつば結構食べちゃったし……」

 

 

昨日のスイーツバイキングで、聖はきんつばを食べていたようだ。「それに」とみずきは言いながら自分の二の腕を見つめる。隣にいた千羽矢はすぐに真意を察して「あぁ……」と声を漏らした。

 

 

「みずき、知人を見つけたからといって急にペースをあげるな。体に毒だぞ」

 

 

横浜どころか、歴代捕手でもトップクラスの実力を持つ“六道聖”の身長は女性としては大きいほうだ。目の前にいるみずきと同じか、それ以上といったところ。

捕手をしているせいか、みずきと比べれば全体的にガッシリとしているが、それでもウエストは一般女性より細い。

そんな雰囲気に小波は「凛々しい人だな」と思う。同時に開拓にはその逆の人物がいたことを思いだし、怖気が走った。

今あいつどうしてるかな、とか考える余地もなく思考のカテゴリからその人物を排除すると、小波は何気無く聖に挨拶する。「よっ……じゃなくて、どうも」

 

 

「別に気軽に話しかけてもいいぞ。私はそういうのは気にしないからな」

 

「さすがにそういうのは……。あっ、自分もジョギング付き合っていいですか?」

 

 

「こらっ!」という声と共に、小波の後頭部は千羽矢の殴打で痛みを与えられた。

スポーツマンとして当たり前のことを言ったのに関わらず何がいけないんだか。そんな顔をして小波は千羽矢を見つめると、千羽矢は怒りで震える拳を抑えながら言った。「ジョギング?いいじゃない……」

 

 

「って、言うわけないじゃない!アタシとのデートを断ってジョギングゥ!?いいご身分ですね。一度ボコボコにして七島ちゃんに送りつけようか?」

 

「七島は関係ないだろ!というか、これデートだったんだ!?」

 

「何でアタシにだけ鈍感なの……?」

 

「お前冗談よく言うし、言葉の真偽も有耶無耶にするし、何よりお前の行動にはもう慣れた。今更腕組まれて胸押し当てられても悪ふざけにしか思わない」

 

 

小波の言い分に、千羽矢は「確かに悪ふざけだけど」と言いながら何とも言えぬ顔をして俯いた。

 

この時、みずきは心の中で叫んでいた。

 

何イチャついてんだ、やるならプライベートルームでやれ、恐らく今世紀最も醜い心境でみずきは叫んでいるだろう。

心を読むような超能力なんて持たない小波と千羽矢には、みずきの心の声が届くはずもない。

恥ずかし空間に耐えられなくなったみずきは、自らブルーな心境へと進む。

私も誰か相手を見つけるべきか、婚期を乗り遅れそうだがまだ平気なのか?そんな事をブツクサ考えながら、みずきは二人から離れて行く。

 

ネガティブ全開な背中は近寄りがたい壁となるが、聖は気にもしないですぐに後を追おうとする。だが、思い出したように聖は前に進めた片足を止めると、もう片方の足を使って小波へと振り向いた。

 

 

「んっ……」

 

 

聖のポケットから差し出された一枚の小さな紙。そこには数字の羅列が合計三つ書かれている、いわゆる電話番号というものだ。

小波が「誰のですか?」と聞くと、聖は冷たい表情を少しだけ溶かして言った。「颯斗に頼まれてな」

 

 

「上から順に颯斗、みずき、私の電話番号だ。登録してくれると嬉しい」

 

 

それだけ言い残すと、聖はだいぶ離れてしまったみずきの背中を追う。相変わらず関取みたいな走り方だが、小波は目にも暮れずに俯いている千羽矢に声をかけた。「こっち向け」

 

 

「デートの続きをするぞ!」

 

「……面と向かって言われると恥ずかしいじゃない」

 

 

………

……

 

 

その後二人は兵庫の色々なところを回っていった。

兵庫の観光地や名物料理、それにお土産などを探したりと楽しく過ごす。

移動手段には小波が高校在学時にとっておいた自動車運転免許のおかげでレンタカーを借りている。

小波だってドラフト一位の最高契約で入った有力新人だ。年棒なんて1000万は優に超えてるし、年棒とは別に契約金でいくらか持ち合わせてもいる。

だが料金は二人とも別々で支払っていた。最初は小波が飲食やお土産を全額払おうとしていたが、千羽矢は「まだいいよ」と言ってそれを拒否。小波も無理背負いをさせないよう千羽矢の言葉を受け入れ、トラブルもなく時間は過ぎて二人は夜中まで一緒にいた。

 

道中、二人は物珍しいことや物を目撃したりもした。

公園に色鮮やかなダンボールハウスがあったり、よくわからない宇宙人系アイドルのストリートライブが行われてたり、河原でキャンプファイヤーしてたり、顔の似た三兄弟が「む〜ん」とか言いながら自動車と並行してきたりと、最後のホラー映画現象以外は見てて楽しいものがあった。

 

そうこうしてる内に時刻は午後の八時を超える。さすがの小波も十二時間近くの運転と千羽矢の付き合いには草臥れており、千羽矢の了承をもとに海が接する丘まで来た。

 

 

「アタシのワガママでごめんね……ゆっくり休んでて」

 

 

満天の夜空が見える丘の元、そこには千羽矢が切り株に座っていた。満月が千羽矢を見下ろすように、千羽矢も満月を見上げていた。隣に愛しい人の温もりはない。

停車させた自動車の中で小波は眠る。今日溜められた疲労を明日に蓄積しないよう、熟睡しているのが千羽矢から見てもわかる。

 

さざ波が奏でる自然のオーケストラに、千羽矢は耳を澄ませる。この時間はどれほど貴重なものか。それは千羽矢が一番よく知っている。

 

千羽矢は一年前に原因不明の大病を患った。体は徐々に衰弱して行き、自分でもいつ死ぬのだろうと毎日恐怖との隣り合わせ。死という手招きが、千羽矢を現実から引き離そうとしていた。

諦めと恐怖だけの生活、そんな千羽矢に不思議なことが起きた。ある日突然、衰弱していく体に血液が流れるのを感じた。脈拍も徐々に上がって行き、最初は死ぬ間際の兆候かとも思った。

だが、その場にいる医者と看護師が全員を口を揃えて言った。「ありえない」「奇跡だ」と。

 

その言葉は嘘ではなく、後日信じられない勢いで体は回復して行った。誰にも理解できず、漠然としたまま千羽矢は回復し続けて、最終的には今のような健康体そのもので完全復活を果たした。

 

 

「……そういえばあの頃からだよね」

 

 

千羽矢は目に指を添えて何かを取り出す。円形を半分に切ったような柔らかいもの。円形で最も深いところである場所には着色があり、その色は緑色。俗に言う『カラーコンタクト』というものが千羽矢の指にあった。

裸眼となった彼女の右眼は、見るもの全てが鮮血に染まったように見えるのではないかと思わせるくらい『真っ赤』であった。

 

 

「この目も……アタシの力も……」

 

「おや。夜中に美人が黄昏る……実に良い絵ですね」

 

 

突如として掛けられた声、そして殺気。

味の危険を感じた千羽矢は、声がした方へとすぐに振り向いてその姿を見た。

長い黒髪は肩にまで届き、後ろ髪を束ねて垂らしている。身長は女性として大柄であり、170後半から180前半といったところ。服装は上下白い拳法用の道着に身を包み、顔が中華よりであることから中国人だと伺える。

 

その時、千羽矢に電流走る。

この風貌と顔つき。どこかで見たことが、会ったことがあると。

 

 

「……あなた何者?」

 

「私のことはお忘れですか……教えませんよ。自力で『私のことを思い出してください』」

 

 

素直に教えるわけがないとわかっていた千羽矢は、思い出そうとさらに追憶する。だが、どれほど考えても千羽矢は女性のことが思い出せない。

おかしい、さっきまでは一筋の光のように頭では煌めいていたのに、今は光の霞すらない。

思い出せないのではない。思い出そうとしても、思い出させないのだ。

いったいどんな事をした、それは千羽矢の顔に現れて目の前の女性へと向けられる。

 

 

「ちょっと話しかけただけですから、そんなに睨まないでください。こんな時間帯でも不審者はいますから……『見知らぬ人について行かないでください』よ?」

 

 

何を常識的なことを。千羽矢はそう思って馬鹿にしようしたが、自分の足取りが何処かに向かっていることに気づいた。

向かう先には女性の姿。すぐに進むのをやめようとするが、千羽矢の意思とは反して前へ前へと女性に足を進ませる。まるで自分の足が鉄で、女性という磁石に引きつかれるように足先が止まらない。

どういうことかと迷走する千羽矢。しかし、今までの彼女の言動からそれはすぐに浮かび上がった。

 

 

「あんた……まさか言葉とは逆の……!?」

 

「一応正解です。ですが……不正解でもあります」

 

「いいから答えろっ!!」

 

 

瞬間、女性が目の先には盛り崩されたコンクリートの山ができる。何事かと女性は思ったが、そこには一つの巨大なものがあった。

ウニのように柔らかそうな光沢。ピンク色に輝く艶めかしい棒状のようなものが、右へ左へと動いてはうねりを伴う様は奇妙の二文字でしか表せない。

 

 

「次は当てる」

 

 

そう言う千羽矢の背中にも先ほどの奇妙な棒が無数に生えていた。その内の一つを辿ってみれば、今コンクリートをひっくり返した巨大なものへと繋がってもいた。

つまり、この人外とも取れる奇襲は彼女が行ったもの。普通の人間ではやることができない芸当を彼女は平然と行っている。『触手を自ら生やして操る』という化け物の言葉が相応しいことを。

 

 

「やはり貴女も私達と同じようにイレギュラー……普通の人間ではなく“超能力者”の類いでしたか……面白い、『その力を存分に見せてください』!」

 

「また、あんたは……!!」

 

 

途端、千羽矢は膝を崩して触手を自分の中に戻した。

女子高校生という無防備な状態を晒しながら、女性は千羽矢へと近づく。

嫌だ、嫌だ、来ないで。その思いが千羽矢の中を駆け巡る。女性を拒否しようと一歩、また一歩と離れようとするが、背中には転落防止用のガードレール。その後ろは断崖絶壁の海。逃げ場などなく、千羽矢は震えるしかなかった。

 

 

「ドゥームチェンジ、“ダークスピア”。『我にとりて重力は縛りにあらず』」

 

「嫌ぁぁぁあああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

「千羽矢!!」

 

 

夢の中、千羽矢が悲鳴を上げるのを見た小波は恐ろしさのあまり目を覚ました。隣を見れば千羽矢はいないのだが、自分がいるところは車内、それをすぐに理解した小波は外へと出た。

嫌な予感、不安な心境、千羽矢の無事を願いながら外へと踏み出した光景は小波を愕然とさせた。

 

 

「何だよ、これ……!?」

 

 

盛り上がるコンクリート、吹き出す水道管、ガードレールはまるで何かが飛び出したかのように捻じ曲げられている。それだけなら何か大きな交通事故か何かだと錯覚するだろう。しかし、それに似つかわしくない人物がそこにはいた。

 

肌を露出させない大きな黒のシャツと黒いジーパンを着た女性がいた。この時期ではまだ早すぎる白いマフラーも巻いている。みずきや聖といった大柄な女性選手を見てきたせいか、150前半の身長はより一層小さく見させた。

だいだい中学生か高校生ぐらい女性の足元には黒猫もいた。女性が猫を持ち上げて撫でてあげると、猫は気持ち良さそうな声を出して寝に入る。

その時、振り向いた女性の視線と小波の視線が絡み合った。

 

 

「す、すいません!ここに俺と同じくらいの……!」

 

「…………ごめん。私が不甲斐なくて」

 

 

小波の話を聞いているのか聞いていないのか、女性は何故だか小波に謝罪した。

 

 

「…………あなたの彼女は連れて行かれた。とても大きな『悪い組織』に」

 

「……どういうことだよ?なぁ、それってどういうことだよ!」

 

「…………落ち着いて」

 

「落ち着いて何かいられるかよっ!!」

 

 

不安は怒りへと変わり、小波に正気という鎖を外させた。

我を忘れて女性の胸倉を掴む。それに慄いた猫は、女性の腕から離れて足の影へと身を隠す。

限界にまで達した怒りは全神経を締め付けるかのように活性化させ、あまりの握力に手からは血が滲み出る。

 

 

「お前にわかるか?あいつがどれほど生きたいって、どれほどこの場にいたかったか?いつも一言目には優輝や俺との思い出話から、これからしたいことをたくさん!衰弱してる癖に無理して俺達と笑って、一秒一秒を……一瞬を共に生きようとしてたんだっ!!それが報われたんだ!報わたんだから幸せにしなきゃ駄目だろう!なのに、なのに…………!またあいつから幸せを奪うのかよ!」

 

「………………………」

 

「答えろ、答えろよ!あいつが何をしたって言うんだ!あいつが幸せになっちゃ駄目なのか!答えろよ!答えてみろっ!!」

 

 

激情に身を任せて思っていることをすべて吐く小波とは逆に、いつまでも無表情を保つ女性。

まるで自分のほうが落ち着けと言われてる気分で、怒っていたことが馬鹿馬鹿しくなった小波は手を離す。

掴まれていた部分を手で広げて直すと、彼女は不器用な笑顔を浮かべて言った。「私は“ブラック”」

 

 

「………………『正義の味方』」

 

 

【挿絵表示】

 




【補足コーナー】


Q.開拓高校の残酷さって?
A.首なし鶏が日常茶飯事で出て来るくらい。


Q.室内スポーツ。
A.卓球、バスケ、バドミントン。健全ですね。


Q.関取みたいな聖ちゃん。
A.パワプロ2013[浴衣]聖が、どう見ても相撲取りにしか見えない。ドスコイ、ごっつぁんです!!でもそんな聖親方も好き。


Q.七島って?
A.パワポケ13より“七島麻美”。室内スポーツの革命児である。本職はスポーツトレーナーで、小波の同級生。今後は名前以外で出番ある……かなぁ?


Q.色鮮やかなダンボールハウス。
A.コレ、イエジャナーイ!


Q.宇宙人系アイドルのストリートライブ。
A.ラブラブビックバ〜ン!


Q.河原でキャンプファイヤー。
A.人の家キャンプファイヤー。


Q.顔の似た三兄弟「「「む〜ん」」」
A.む〜〜〜〜〜〜〜〜ん。


Q.170から180の中国人女性。
A.“巫紅虎”って名前なんだと。かっこいいね。


Q.千羽矢さん……やばくない?
A.ま、多少はね?


Q.ダークスピアって?
A.千本槍とも言われてる。


Q.超能力者だと!?
A.???「愉快にケツ振りやがって。誘ってんのかァ?」???「俺の未元物質に、その常識は通用しねえ」???「超電磁砲って知ってる?」???「はーまづらあ」


Q.ブラックって?
A.正義の味方。しかし、彼女の服装って何て描写すればいいんですかね……ファッションに拘りとかなさそうだし。おかげで挿絵の服装が適当……その分楽でしたけど。


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第九話 ウェルカム闇世界

今回の話は5000文字未満、挿絵なし。ついでに急ぎ足な文章。

というか、今更思いましたけどお気に入りと感想数、比べたら感想のほうが多いという謎な自体が発生してます。これは愛読者に期待されているということですかね?

サンキュー、カッツ!(要約:いつも感想ありがとうございます、ハムカツさん!)
サンキュー、ショック!(要約:いつも感想ありがとうございます、暴飲暴食さん!)
サンキュー、ミンナ!(要約:他の人も感想ありがとうございます!)

これからも頑張っていきます!!


「正義の味方……?」

 

「…………うん。ヒーロー」

 

 

ただでさえ気分が崖っぷちでキツイ状況なのに、目の前にいるブラックという女性は自分のことを『正義の味方』だの『ヒーロー』だの意味不明なことを言い出した。

怒りやら何やらを通り越して、笑うしかなくなった小波は相手にするのはよそうと思い、すぐにスマートフォンの通話機能を開いた。

 

 

「…………ダメ。敵に見つかる」

 

「ヒーローごっこは公園でやれ!千羽矢を探すなら、警察に通報して事情を……!」

 

 

少しでも早く画面をタップして警察に電話しようとした時、小波が持っていたスマートフォンが消え、なす術もなく目の前で木っ端微塵に握りつぶされた。

 

 

「ごめんなぁ〜!ちょーっと手荒やけど……!」

 

「うぐっ!?」

 

 

わけもわからないまま、小波はブラックとは違う誰かに腹部を殴られた。

掠れゆく意識の中、小波は確かに見つめる。上下ガードマンのような黒スーツを着て、手元にはバットよりも遥かに長い突起物。それを持っているのは、目測だけでもわかる小波より大きな女性だ。

俺、182なんだけど。沈みゆく意識に、小波が最後に伝えたのはこの言葉だった。

 

 

………

……

 

 

 

「あのさぁ……俺にはこの弁当に書かれている消費期限というものが、既に一週間も過ぎてる気がするんだが」

 

 

次に小波が目を覚ました場所は、薄暗くてホコリが溜まった廃墟だった。空間が一定の割合で区切られていることから、元は工場かビルかと推測できる。だが、それと今の状況はまるで関係ない。

 

 

「…………大丈夫。私の友達が「別に平気」って言って食べてた」

 

「そりゃ、賞味期限だからな。今出されてるのは消費期限!」

 

 

どうしてこうなっているのか、それは小波でもよくわからない。

起きたら亀甲縛り。目の前には異臭を放つ焼肉弁当。無情にも匂いとは裏腹に美味しそうな見た目が、小波の食欲を刺激して涎と胃袋を垂らす。おまけに空腹の音、ロイヤルストレートフラッシュの役に小波が勝てるわけがない。

 

 

「……いただきます」

 

 

何が悲しくて、こんな物を食べさせられるのか。こうなるんだったら、千羽矢と一緒に外食を済ませるべきだった。

そう思いながらもブラックから手渡された弁当を小波は平らげ、女性は満足そうな雰囲気で帰って行った。

せめて無表情を崩したりしたらどうだ、と悪態をつく小波だったが、思考の中央でいつまでも揺れる女性の姿のことは忘れられない。

 

 

「(千羽矢……いったいどこにいるんだ?)……って、俺のスマフォ返せよ!」

 

「…………壊れた物は直らない」

 

「そんな達観したことが聞きたくて言うと思うか?」

 

「どうやら無事みたいですね」

 

 

これのどこが無事に見えるんだ、千羽矢がいないのですら相当気が滅入るのに、さらには消費期限切れの弁当に唯一の連絡手段であるスマートフォンが壊されたのだ。

そのことを大声にして言おうとした時、目にした褐色肌だけで冷静になった。

 

 

「武内ミーナさん……!?」

 

 

その人はシリーズ序盤で木村家で出会ったジャーナリスト、ミーナであった。

前にであった時と比べて衣服は泥と汗が混じった汚らしいものであり、腕元に見える古傷から考えて大分長い間この状態で過ごして来たのがわかる。

 

 

「…………知り合い?」

 

「はい。以前、インタビューで有意義な情報を聞かせて貰いました」

 

「有意義な情報?」

 

 

それを聞いて小波は頭を悩ました。

こう見えても、小波は毎日スポーツ新聞などの情報メディア関連は欠かさず見るタイプだ。経済や流行には敏感だし、大谷が二刀流として今期は大活躍してるのも知っている。

今日も車のラジオなどやコンビニの新聞などで情報を見ていたが、自分がミーナに話したことは一度も見たことがないし、チームメイトからも聞いたことがない。

そのことが小波にとって不思議なことだった。情報メディアに載せられていないのに、どうしてそれが有意義な情報なのかと。

 

 

「ほら、小波さん質問したじゃないですか。阪神に三人の外国人選手について」

 

「しましたけど……俺が話したのって、結構普通のことなんじゃあ?」

 

 

「いいえ」とミーナはすぐさま否定した。

 

 

「むしろ普通すぎなんです。ゴメス、スンフォン、シルバー……ワタシの経験からすれば、そういう新戦力の活躍は最初は批判を受けるのが相場なんです」

 

「……そういえば一度も聞いたことがないな。でも、それって今と関係ありますか?」

 

 

「大有りです」と、またしてもミーナはすぐに答えた。

 

 

「別にこの三人だけではありません。他の新外国人も見事に批判を耳にしてないんです。これは今まで野球史で初です。……逆に言えば、今年起きた何か大きなことが起因している考えるのが妥当でしょう。では、今年何か大きな報道や事件には何があったでしょう?」

 

「……ベイスターズが“ジャジメント”に買収された」

 

 

「そうです」とそこで初めてミーナは小波に肯定した。

しかし、ベイスターズが買収されただけで、千羽矢とどういう関係性があるのか。

疑問に満ちた小波の顔が面白かったのか、ミーナは軽く笑う。

 

 

「より正確に言えば“株式会社DeNA”をまるごと買ったんです」

 

「…………DeNAは野球だけに注目されがちだけど、他にもモバゲー、アニメやドラマとコラボしたニュースアプリなど、機械的に関しては他の球団とは群を抜いて優れている」

 

「今やパズドラ、モンスト、黒猫といったソーシャルゲームは若者の常識。大半の人はやってます……ワタシはやりませんけど……」

 

 

童顔な顔をしょんぼりさせながらミーナは話す。話しの前後からして自分は若者ではない自虐してるのだろう。

千羽矢以外には察しは悪くない小波には、それが見てわかる。

 

 

「それも今のと関係あるんですか?」

 

「はい。ブラックが言ってましたが、DeNAは情報メディアと関わりがあります。その分野に“ジャジメント”が資金を回せば、少ない年月でどこよりも優れた検索ソフトを作れるでしょう」

 

「……よくわからないですが?」

 

「ここからは少し話が長くなるので、お茶を持って来ましょう。……消費期限とかは大丈夫ですよ?」

 

 

「ありがたい」と感謝を述べた小波に、ミーナは笑顔を浮かべてお茶っ葉を探す。

元々この廃墟に取り付けられてたであろう台所の棚からすぐにお茶っ葉を見つけると、すぐにガスコンロの火をつけ水を入れたヤカンを置く。

電気が通って無いからそういうのは使えないのか、と小波は思ったが、そこでようやく自分の状態を思い出した。

 

 

「ブラックさん。いい加減この亀甲縛りを解いてくれない?」

 

「…………忘れてた」

 

 

無表情のままだが、かなり分かり易い態度で驚いたブラック。こいつ嘘は苦手だな、と小波は確信しながらも縛りが解かれるのを黙って待つ。

しばらくすると体や腕の締め付けが緩くなり、開放感をその身で感じる。今まで動かせなかった肩や腕をパキポキと鳴らすと、落ち着いた様子で小波は胡座をかいた。

 

 

「ありがとうは言わないぞ」

 

「…………しょんぼり」

 

「……まぁ一応感謝はしとく。千羽矢に対して積極的みたいだし。君の名前は?」

 

「?…………ブラック」

 

「そういう正義の味方みたいな呼び方じゃなくて、本名のほう」

 

「…………“芹沢真央”」

 

 

意外にもすんなりと教えてくれるブラック、いや芹沢の警戒心のなさに、小波は「詐欺に合うタイプだな」と確信したところでミーナがお茶を持ってきた。

お茶は人数分あり、ミーナは丁寧に小波と芹沢の前に置く。色鮮やかなだが、深くて底が透ける緑色。いかにも美味しそうと言わせる色合いだ。

 

 

「…………熱い」

 

 

猫舌な芹沢を置いて、ミーナは先ほどの話を続けた。そしてその詳細に小波は驚きの連続だった。

 

まとめればこうだ。ネットワーク、つまりウェブは今の情報源となっている。探したい物が探すことができ、それだけに限らずネットゲームなどができる魔法の箱。

表側には出せないニュースから根も葉もない噂、間違った情報、危険な情報と箱の中身はパンドラのようになっている。

しかし、ネットだってわざわざ危険な情報を見せたりはしない。例えば『自殺』や『死にたい』と入れれば、真っ先に上がってくるのは自殺防止センターの紹介だ。そこが今回のミソだとミーナは言う。

そういうのを優先してくるのは検索アプリのプログラムからなる物だ。それを支配できたらどうする?それを利用しようとしたらどうする?

答えは簡単だ。情報が思うように操ることができ、相手にとって都合の悪いことを大手を翳して晒し、自分にとって悪い情報は電子の海に沈ませる。

 

 

「……だったらソフトバンク買収したほうが良くないですか?」

 

「ソフトバンクはあくまで携帯機器の会社。検索ソフトとは関係はありません。だったらインターネットに干渉しやすいDeNAを買ったほうが効率的ですし、ベイスターズは成績不振ですから親会社が買われても、少なくとも不思議ではありません」

 

「先にベイスターズを手放すと思いますけど……」

 

「“ジャジメント”は世界的に技術と資金がトップクラスにあります。そんな“ジャジメント”がベイスターズを渡すだけでDeNAと合併してくれるって言ったら……どうします?」

 

 

どんなことはいえ、小波だったら絶対に合併するだろう。

野球で例えるならば、歴代プロ野球選手で最強クラスの“イチロー”“王貞治”“長嶋茂雄”“野村克也”などいった選手を燻ってる二軍連中とトレードしてくれると言ってるようなものだ。

結果的にDeNAは“ジャジメント”にほぼ吸収されてしまったが。

 

 

「中々面白い話でしたけど……そろそろ、それと外国人助っ人との関係性を話してくれませんか?」

 

「わかりました。そういう事情を踏まえてワタシは調べました……そしたら、ある選手にだけ不可思議な点があったんです」

 

 

「それは?」と小波が言うと、ミーナは乾いた喉を潤すために少し冷えたお茶を飲んだ。

 

 

「外国人としてはあまりにも日本的な情報が多すぎる。そのことにワタシは気づきました」

 

 

「誰ですか?」という小波の質問に、躊躇いながらもミーナ答えた。「シルバーです」

 

 

「あまりにも成績が詳細過ぎる……化け物染みてる成績はイチローとかがいるので、大きくは触れませんが……それでも気にすべき点であるのは変わりありません」

 

「ちょっと待ってください!」

 

 

ミーナの発言に小波は怒鳴った。怒りというもので口にしたものではない。その事実を受け入れたくないように小波は悲痛に叫ぶ。

 

 

「シルバーさんはタイガースの仲間だ!それに“ジャジメント”が買収する前から俺はその活躍を新聞で知っている!どうやったら疑いのある人物に変わるんですか!」

 

「ジャーナリストの勘です」

 

 

キッパリハッキリというミーナの態度は、とても自身に満ち溢れたものだった。まさに今までの経験と直感という説明のできない力説に、思わず小波は押し黙ってしまう。

 

 

「それにワタシは新聞もこの一ヶ月で調べましたが……そんな記事、どこにもありませんでした。彼女の記録は0と1の狭間にしかない」

 

「でも……!」

 

「それに記憶は本物と言えるのでしょうか?本物という確証がないから記録があるんです。ですが……記録は真実とは言えません。また記憶は真実と言えません。真実はいつも今にしかありません」

 

 

ミーナの言葉は、小波の心に大きく突き刺さった。

心にクッポリと空いた穴。埋められない虚無感に、小波は戸惑うしかなかったが、そこで大切な人物が思い浮かぶ。

 

ーー『思わず嫉妬しちゃうな』

ーー『イチャつくな〜!』

ーー『……面と向かって言われると恥ずかしいじゃない』

 

ーー『ヒーローへのご褒美だよ』

 

 

「…………シルバーさんは“ジャジメント”の一員で、その“ジャジメント”が千羽矢を攫った……そういうことですか?」

 

「その千羽矢というのを攫ったとは限らないけど……時期的に考えて、千羽矢と“ジャジメント”は少なくとも関係はある。ワタシはそう思ってます」

 

「…………どうする?選ぶのは君」

 

「……信じます。俺はあいつのヒーローだから」




【補足コーナー】


Q.スマートフォン木っ端微塵。
A.握力は100近いんだって。チンパンジーだね。


Q.身長182の小波より大きい女性。
A.それって本当に女性ですかね?


Q.消費期限一週間過ぎ。
A.???「鍋の用意じゃ!」


Q.小波、亀甲縛り。
A.そうだね(便乗)


Q.芹沢真央って?
A.パワポケ7で初登場。ペットの猫はスキヤキという名前。


Q.武内ミーナって?
A.パワポケ10で初登場。以降のシリーズでも登場するが、表立って目立つことはそうない。実は30代だったりする。


Q.芹沢「…………壊れたものは直らない」
A.壊したものは直しなさい。


Q.芹沢真央、猫舌。
A.マオだからね。


Q.DeNAとジャジメントの合併。
A.頭の悪い私なら、よく考えずにするでしょう。


Q.シルバーさん……!?
A.次回明らかに……!?


【雑談コーナー】

次回はついに第十話。ですが、同時に色々やりたいことが多過ぎて今回以上の走り気味な文章で書いちゃってます。
ですので、次回の読み辛さは仕様です。(駄目じゃん)
ある程度落ち着いたら文字を増やしてまとめていきたいと思います。

以上、次回への注意書きでした。


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第十話 たった一日、されど一日【前編】

書きたいことあり過ぎて今回も走り気味だと前回の後書きで説明しましたが、少しでもわかりやすくしようと自分でも落ち着けるよう前編と後編にわけました。

さらに言えばこれは前置き。後編が本編だったりする。

……おかげで5000文字手前しかありません。
後々修正したいと思います。


クックドゥードゥードゥー。

何故だか聞こえた鶏の声に小波は目を覚ました。

 

時刻はデジタル時計から午前六時だとわかる。

今日はどの試合も放送されないオフの日だが、明日の午前から“西武ライオンズ”との試合があるので、今から東京に移動しなければならない。

 

気怠いまま荷物をスポーツバッグに詰め込む。昨日の楽天2戦目は勝利に終わったものの、小波の機嫌は過去最高に悪いと言っても過言ではない。

千羽矢が行方不明になったせいで、小波は優輝と冴花から質問責めに合わされたのだ。「どうして千羽矢の傍にいなかった」だの「あなたが隠したわけじゃないよね?」と疑われたりと散々だった。それは小波も気にしているのだから寝ようにも寝れない、気分展開に映画を見たが気分が晴れることはなかった。

いつしか「不眠症とはこんなものだろうか」と思ったところでようやく熟睡。その時の時刻は午前五時、睡眠時間は一時間未満だ。

 

 

「すごいクマだよ……」

 

「千羽矢がどこにいるかわからないまま移動だぞ……寝付けるわけないだろう」

 

「やっぱり監督に言って、しばらく残ってたほうが……」

 

 

新幹線を使って東京、そこから電車で埼玉へ向かう中、煌びやかな景色とは裏腹に恐ろしいほど深いクマを雨崎に見せる小波。

バイオハザードもビックリの目力に怯むしかない雨崎。野球以外では気弱なそういう部分が、義理の妹に雨崎がチワワと言われるのだ。

 

 

「俺が残ったところで何になる。ここは警察に任して、俺らはただ待つしかないさ」

 

 

小波の言ったことは本音半分、忠告半分の悦列な言葉だった。

元々自分の力で探すのは不可能だと思ってたし、何よりも芹沢とミーナが普通ではない現場で千羽矢がいなくなったのだから警察に頼るだけ無駄という結論が昨日出た。

 

それに人探しだけなら、警察よりも頼りになる仲間がいると芹沢は言っていた。その日はアルバイトでいなかったらしく、自分達で『ヒーロー』やら『正義の味方』とか言っておきながら避けられない現実に、小波は軽くショックを覚えたがそこは今はどうでもいい。

ともかく、そいつに任せれば千羽矢は見つかるかもしれないというを小波は聞いた。

 

だが、小波はその仲間の成果に期待してはいない。

最も重要で濃密な関係を持つであろう、ある人物が千羽矢の事と何かしらの関係があるかもしれないからだ。

小波は敵意を悟られぬように、ポーカーフェイスをしながら真横にいる銀髪の女性を見た。

 

 

「大丈夫、シルバー?」

 

「いや……昨日、変な音楽が遠くから聞こえてからずっと気持ち悪くて……」

 

 

それはシルバーだ。シルバーなのだが、どうも調子を崩してるらしく、専属トレーナーのトモが酔い止めやら吐き気止めやらの多種多様の錠剤を勧める。

 

 

「もう少しで東京だよ、小波」

 

「…………元気だねぇ、優輝は。千羽矢のことが心配じゃないのか?」

 

「……心配じゃないと言えば嘘になるね。でも、千羽矢が並大抵なことで挫ける奴じゃないのはわかってるし。誘拐だったら今頃逃げてるじゃないかな」

 

 

雨崎の信頼は、思わず小波を笑わせた。確かに千羽矢なら脱走してる図が安易に想像できる。

だが、それは逆の感情も増幅させた。千羽矢がいなくなったの普通とはかけ離れた何かがあると。

 

 

「(……芹沢に任せるしかないよな)」

 

 

 

………

……

 

 

 

時刻は午後十時、人の足も我が家へと帰る時間帯。中には帰らない人物がいるが、そういうのは大抵ろくでもない連中だと相場が決まっている。

 

 

「…………シルバー、私はブラック」

 

 

例えばヒーローを名乗る女性とか。

 

 

「あなたがブラック……私達の敵ということね」

 

 

例えば銀の名を冠するプロ野球選手とか。

 

 

「シルバー……本当にやっちゃうの?」

 

 

例えばオトモな専属トレーナーとか。

埼玉スーパーアリーナの前で、芹沢とシルバーの二人が睨み合う。威圧感を剥き出しにするシルバーは、野球をする時とは違う殺意を見せる。野球をするシルバーが虎だとすれば、今のシルバーはサメだ。サメが血の匂いを追うように、シルバーの目は戦いを追い求めている。

対する芹沢は無表情のまま見つめており、どこか戦いということに余裕と冷静さがある。

 

 

「“ジャジメント”から言われたでしょ。ブラックを始末しろって……」

 

「…………話を聞いて」

 

「問答無用!!」

 

 

シルバーが吠えると、彼女の牙が芹沢へと向けられた。

銀色に輝く鉄の塊、黒光りする直径10ミリの穴。大きさは片手に収まるほど小さいが、その重量感と恐怖は大きくブラックに押しかかる。

途端に発砲音。芹沢の横をすり抜けて着弾、埼玉アリーナの鉄鋼具に傷と火薬の臭いをつけた。

 

 

「…………拳銃。しかもワルサーP38……」

 

「あら、意外と趣味が合いそうじゃない。私は友人にロマンチストとか言われがちでね〜……こういう銃とかに興味が湧いちゃうのよ!」

 

 

次に取り出したのは黒いリボルバー拳銃。

さっきよりも重い発砲音と共に、シルバーは芹沢を狙う。

シルバーが使った二つの銃、一見似てるようで中身と使用用途はまるで違う。リボルバー拳銃とピストルの大きな違い。それは装填できる弾数が違う。

リボルバーは予め六発の弾数を装填することで発砲もしく早く連射するが、ピストルは一発ずつしか薬室に詰め込めないので連射も効きづらい。

ここまでならリボルバー拳銃のほうが圧倒的に実用性があるに見えるだろう。しかし、リボルバー銃は単品で使うと大きな弱点がある。

 

 

「(…………六発目!)」

 

 

リボルバ銃が六発目を発砲した瞬間、芹沢は音も霧もなく姿を消した。焦ったシルバーはピストルを構えながらもリボルバー銃の装填を急ぐ。

これが弱点だ。代表的なリボルバー銃のほとんどが六発装填であり、銃を知っているものなら必ず弱点になる大きな欠点。装填しようにも、そのデザインゆえに入れるのが少々難であり、そこが大きな隙を生む。

 

シルバーがリボルバーに手早く四発目の装填を終えた時、どこからともなく芹沢は姿を現して走り出した。

加速する速さをそのまま跳躍力に変え、跳躍によってできる高さからの落下をそのまま脚力に加える芹沢の必殺技。

ヒーローのネーミングで考えた必殺技の名は『暗黒イズナ流星落し』と少々ダークサイドなものだが、その威力は間違いなく誇るべきものだ。

直撃したシルバーは大きく吹っ飛んで、埼玉アリーナの壁を物ともせず中へと飛ばされて行く。崩れた瓦礫の中にシルバーは埋まるが、数秒とせずに這い出て来て芹沢を睨む。

 

 

「調子にのるなよ、この野郎っ!!」

 

 

シルバーの怒り狂った声と共に、芹沢の足元は爆発を起こした。大きく広がるようにできたクレーター。立ち込める爆煙と、燃え盛る火花と共に散る芹沢のシャツ。普通なら死んでいるだろう、普通なら。

だが、まだ死んではいない。それがわかっているシルバーは目を凝らして爆煙の中を見た。

 

 

「…………ブラック参上」

 

 

爆煙、火炎、火花。それらすべてを払いのけて、クレーターに佇む影が一つ。影の正体はどこまでも黒い仮面をつけたヒーローがだった。

 

 

「やっぱりか……」

 

 

苦虫を潰したような顔でシルバーは言う。

だいだいの予測だが、シルバーには芹沢こと、今は黒い仮面ヒーローとなっているブラックの能力がわかっている。

いつでも放てるよう構えたのに、自分がまるで反応できずに不意打ちを食らったのから考えて、ブラックの能力は『透明化』の一言に尽きる。

 

 

「だったら……攻略の仕方は簡単。透明、つまり『見えなくなる』だけだから、私の能力とは相性が悪いからね」

 

 

攻略法を思いついたシルバーはピストルの弾を一発だけ放つと、すぐに埼玉アリーナ内へと走っていく。

シルバーの推測通り『透明化』しかできないブラックには、近接攻撃以外での攻撃がないので、銃相手では不利だと感じつつもシルバーの後を追った。

 

一瞬で荒れ果てた埼玉アリーナの外から、静かに眺めるトモ。戦いの行方には興味がなくただ待ち続ける。

その間はトモは、今日あったことを追いかけるように思い出した。

 

 

「(……これで本当にいいの、デウエス?)」

 

 

時は遡る。

 

 

 

………

……

 

 

 

「うえ〜……まだ気持ち悪い」

 

 

午後一時。トモとシルバーは阪神軍とはひと時の別れを告げて、ネットカフェで休養をとっていた。一つの大きなスペースを借り、シルバーの介護もしながらトモは電話をする。

 

 

「すみません。“森友子”ですけど……」

 

 

トモは何故だか自分のことを“森友子”と名乗り、電話の相手へと連絡をする。表記される電話相手の名前は“ジャジメント”の名称。

 

 

『……中央窓口かと思ったか?』

 

「……!?誰ですか?」

 

 

本来出るべきだったはずの人物が電話から出ず、逆に聞き覚えのない声に驚きを隠せないトモ。

電話相手の口調から考えて女性っぽいが、声が機械などで加工された耳障りなものになっており、実際の声の高さはわからない。

それが見えてるとでも言うのか、電話の相手は『驚くのは無理ないが』と意地悪そうに笑う。

 

 

『焦るな。私の名前は“デウエス”……知ってはいるだろう』

 

 

驚愕の電話相手に、トモは今時お古い携帯電話を投げ飛ばしそうになった。

“デウエス”ーーそれは“ジャジメント”本社の経理部の代表的な立ち位置にいる世界一の実業家の頭脳である。

まるで予測してたように株の売買を手伝い、瞬く間に世界中に“ジャジメント”の権力を知らしめた者だ。

誰もその姿を見たものはいなく、見たものは死ぬとすら言われるほど表では姿を見せない。

そんなデウエスが声だけといえ、トモに話しかけてくることは奇跡に近い。もちろん悪い意味での奇跡だが。

 

 

『なに、少し面白い話があってな。小杉優作を見つけた。だが、その場所はあまりにも規格外なところだ』

 

「それでどこにいたんですか、その小杉というのは」

 

『日本にいる。しかも東京にな』

 

 

デウエスの発言はトモをまた驚かす。

今まで何年も行方不明だったプロ野球選手にして史上最強の伝説スラッガー“小杉優作”、ひと昔前の野球ファンなら誰もがその名前を知っているであろう。

 

 

『ですが……今のままでは私がいても無理でしょう。そこでトモにはある事をしてもらいたい』

 

「はぁ……」

 

 

絶対面倒なことだろうと確信していたトモだったが、デウエスは珍しく真剣味のある声で言った。『ブラックと会ってもらいます』

 

 

「はぁ……!?」

 

 

今度は驚きだけでなく呆れも出てくる。

デウエスの言うブラック。それはそのまま芹沢真央のことを指している。

 

 

「あの、彼女と会うのは……さすが無駄と言いましょうか、何と言いましょうか……」

 

『では頑張ってくれ、ジャジメント工作隊より“森友子”さん』

 

「……わかりました。白瀬にも伝えておきます」

 

 

時は巻き戻る。

 

 

 

………

……

 

 

 

「さぁ、どうする!?今の私はハリネズミよぉー!!」

 

 

埼玉アリーナの関係者通路にて、絶え間なき乱射音が耳にノイズをかけようと乱れ狂う。

シルバーの両手には先ほどのピストルとリボルバーではなく、どこからともなく取り出したサブマシンガンの二刀流。

それを狙いを定めずに八方すべてに打ち続け、その弾薬となる薬莢が通路に転がる。そしてその内一つが不自然に動いた。

 

 

「そこかぁっ!!」

 

 

持っていたサブマシンガン一つを腰にかけ、シルバーはピストルを二発連続で発砲する。銃弾は壁に着弾する前に、何もないとこで不自然に反射した。

 

 

「普通に姿を見せなさい……やるだけ無駄よ」

 

 

シルバーの言葉に、空間は歪んでそこから一人の黒いヒーローが現れる。ライダースーツには銃弾が当たったと見られる深い溝があり、ブラックは痛みから耐えようと声を漏らした。

 

 

「さて、ここなら他人に話は聞かれない。ある程度の事情は聞いてるから」

 

 

手に持っていたサブマシンガンを捨てると、シルバーはもう片手に持つピストルを捨て、生身のままブラックへと近づく。

しばらく二人は無言のままだったが、シルバーに敵意が演技だとわかると、ブラックは元の姿である芹沢へと戻った。

 

 

「何故だか、伝えたいことが伝えられないのも知ってる。……だからトモにお願いして、あなたの記憶を見させて貰ってた」

 

「…………ありがとう」

 

「小波を危険から遠ざけるため、わざと私の名前をミーナから出させた真意……聞かせてもらいましょうか」

 

 

そこでシルバーは携帯を取り出して電話番号を入れた。電話の相手はトモ、スピーカーをオンにしてシルバーはブラックの前へと翳した。

 

時は遡る。




【補足コーナー】


Q.クックドゥードゥードゥー。
A.鶏の鳴き声。外国にはこう聞こえるらしい。


Q.シルバー、謎の体調不良。
A.実は前々回にあった話が原因。あることのせいで体調不良になっている。


Q.ワルサーP38って?
A.ルパン三世愛用の銃。リボルバーはジゲンが愛用してるもの。シルバーは銃オタ。


Q.『暗黒イズナ流星落し』
A.ネーミングはパワポケスタッフです。


Q.埼玉スーパーアリーナェ……。
A.辛くないです……阪神が好きだから。


Q.今回の補足少ない。
A.ギャグシーンを入れるほどの余裕と空気がなかった。



では、後半へ続く。


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第十一話 たった一日、されど一日【後編】

後編です。
この頃、野球が恋しく感じる……って、これ元々は野球ゲームだよね?(すっとぼけ)


「嫌ぁぁぁああああああああああ!!」

 

 

時刻は昨日の夜まで戻る。

中華系の女性に攫われそうになる千羽矢、千羽矢はもう駄目だと思っていた。

しかし触れられる直前に女性はどこからともなく放たれた蹴りの一発に、頭から海へと落ちる。

 

千羽矢は驚きと恐怖を混ぜ合わせた表情で、蹴りが放たれた場所を見る。

そこには黒い羽衣と白いマフラーを纏った正義の味方、芹沢が姿を見せていた。手には音楽に使われるチューナーに似た小型機械が握られており、芹沢は千羽矢の存在を気にも止めずに海を見た。

 

 

「誰かと思えば……ブラックさんではありませんか」

 

 

そこには『海に立っている』女性の姿があった。フワフワと波に揺られるように上下に動く女性の名を芹沢は言った。「“巫紅虎(ウ・ホンフー)”」

 

 

「…………大企業“九百龍(チャンパイオン)”から何のよう……?」

 

「ふふっ……私は暗殺者ですよ?」

 

 

「嘘はやめて」と言って、芹沢は一気に海へと落ちる。

ホンフーに蹴りを与えようと空中で一回転したが、ホンフーは海を走ってかわす。

叩き込まれようとしていた回し蹴りは、海へと衝突して激しい水しぶきをあげる。海は一時的に二つに割れ、大波が岸を襲う。近くにあった高い岩場を飲み込みながら岸は波へと紛れた。

人間業ではない威力に千羽矢は驚くも、すぐさま芹沢はホンフーを追う。

岸に人がいなかったのが幸いだが、いたら大変なことになっていた。今度は加減しようと思いつつも芹沢は水中から、走り続けるホンフーへと接近するのやめはしない。

 

 

「少しはゆっくり争いましょうよ。砂場で血を流す……時代の先取りですね」

 

「…………お断り」

 

 

芹沢は水中から浮上、そのまま落下の勢いを利用して殴打。ホンフーを水上に叩きつけるが、まだ芹沢の追撃は終わらない。

倒れたホンフー目掛けて全体重を乗せたエルボー、肘は見事に胸部にめり込んで二人を青の世界へと誘う。

続いて芹沢は顔を持ち上げて、ホンフーをもう一度水上へと上げて水中に叩き込む。それを幾度か繰り返すと、ホンフーは芹沢の腕を握った。

 

 

「今のは効きましたよ……。ですがここからは私の番です!」

 

 

ホンフー「“ダークスピア”」と言うと、芹沢の両手をホールドする。誰もが聞いたことがある『ニュートン力学』、人は下に向かって落ちるの説通り、泳ぎの手段を絶った二人は海へと沈んで行くかと思うだろう。

しかし『ニュートン力学』は実際は下に行くとは言ってはいない。正確には『ニュートン力学』にある数多くの方式の一つ『万有引力の法則』にて、物体は『重力の方向に落ちる』という説を唱えたのだ。

それは事実であり、人は、物は、海は、そのすべては『重力』さえあれば『上に落ちる』ことも可能なのだ。

 

 

「『重力は我にとりて縛りにあらず』……自分は自分と認識してるものをどこにでも『落とす』超能力、実に便利ですね。あなたのお仲間の能力は」

 

 

ホンフーの言葉通り、捕縛されている芹沢とホンフーは少しずつ加速しながら、上へ上へと上がる。いや、空に向かって『落ちていく』

 

 

「…………真似っこするだけの能力。猿みたい」

 

 

芹沢のが言う真似っこの能力。それがホンフーの超能力だ。

あらゆる方向に落ちるわけでも、千羽矢使った言葉とは逆のことさせるでもない。その本質は『他人の能力を使う』という超能力だ。

先に上げた二つは元々はホンフーの物ではない。“ダークスピア”の宣言と共に使われた能力は、ホンフーの言葉通り、芹沢の仲間が使う超能力。もう片方の超能力はまた別の人の超能力だ。

 

 

「猿ですか。でしたら私は差し詰め“ハヌマーン”と言ったところでしょう」

 

 

まだまだ空に落ち続ける二人。時々減速するのは、落下の加速で空気の壁に潰されないようにするためだろう。

いつしか兵庫の地域が点となったところで、ホンフーは嫌らしい笑顔を浮かべて言った。「紐無しバンジーは得意ですか?」

 

 

「もしくはギネス認定するための高飛びにしましょうか?どちらせよ、あなたにはここから海に落ちていただきますよ」

 

「…………楽しそう」

 

「でしょうね、人類初体験になりますから。一応説明しますと、ここから落ちれば海での衝撃はコンクリートと同じですが……あなたなら『死にはしない』でしょう」

 

 

「マオでもありますからね、綺麗に着地してくださいよ」と言うホンフーに、芹沢は片手に今まで持ってた機械を突きつける。

 

 

「…………『ESPジャマー』を私は持っている。どうする?……ただのお猿とちょっと特別な猫、どっちが死ぬ?」

 

「私はハヌマーンであっても、“孫悟空”ではありませんからね。謹んで降ろさせますよ」

 

 

今度は楽しそうな笑顔を浮かべて、ホンフーは地上へと落ちていく。今でも蚊帳の外のように放って置かれる千羽矢だが、天空にいる二人の存在が大きくなることに気づく。

いったい空に行ってたのに、すぐさま戻ってくるのに対して「何してきたんだ」と声を荒げて言いたい気分になるが、口と足は未だ恐怖に縛られている。

 

 

「さて、そろそろつきますが……どうします?『ESPジャマー』を使った生身の殴り合いですか?それとも超能力を使ってバトルアニメにでもします?」

 

「…………前者」

 

 

先ほど大波が襲った岸へと両者が足を置いた瞬間、芹沢は手に握られた『ESPジャマー』を起動した。

『ESPジャマー』、その力は凄まじいものだ。何故なら、五分の間だけ範囲50メートルのあらゆる『超能力』が無効にされるのだ。難しい理屈で成り立ってるらしいが、芹沢はそれをよく知らない。

しかし効力だけは単純明快。『超能力』を封じる、という部分さえ知っていれば後は知らなくていいし、知る必要はない。

『超能力』が封じられた今、二人にある力は己の拳のみ。

 

 

「五分間……それで私を倒せますかね?」

 

「…………充分」

 

 

二人の発想は同じ、接近戦で相手を倒す。シンプルな考えの元に両者は互いの拳を、蹴りを混じり合わせる。

芹沢が拳を振るえば、ホンフーも拳を振るう。芹沢が蹴りを入れれば、ホンフーも蹴りを入れる。

ホンフーがかわせば芹沢もまたかわす。激しい攻撃の応酬は、徐々に岸である砂浜に数え切れない足跡を作る。

途端、ホンフーの視界から芹沢の姿は消えた。一瞬の隙が生まれ、そこを芹沢は見逃さない。

隙をついた渾身のエルボーを起点に芹沢の猛攻撃は続く。ジョブからアッパー、ショルダータックルからの腹部への強烈な踵落とし。倒れさせて地面に背中に着いてからは、馬乗りしての顔面ラッシュ。

容赦のない拳の弾幕が、ホンフーの意思を確実に持っていく。早くて重い拳、銃で例えるならばサブマシンガン並みに連射できるショットガンというところだろう。

 

まだ終わらない。戦いの主導権を握った芹沢の拳は止まること知らない。『ESPジャマー』を起動してから、ようやく一分。芹沢の拳の連射は二十秒は越える。だが、まだホンフーは気を失わない。

ここでわざわざ隙を作ったほうが負ける。時間は残り三分へと迫るも、拳の豪雨は止まない。。

しかし、ホンフーは気を失わない。むしろ、顔中が血と痣だらけになろうと笑みを浮かび続ける。

 

終わらない。芹沢の拳も、ホンフーの笑みも逆に時が止まったのではないかと思わせるほど、同じ行動を繰り返す。『ESPジャマー』の残り時間は半分を超えた。

芹沢は無表情だが、心の中では次第に焦りが募る。このまま五分が過ぎれば、多種多様な『超能力』をホンフーは駆使して芹沢を圧倒してくるだろう。それまでに勝負をつけなければ、芹沢は負ける。

このままでは埒が明かないと考えた芹沢は、砂を巻き上げるようにホンフーから離れる。そしてそのまま姿を再び消した。

 

 

「ジャマーが働いている状況で超能力……!?」

 

 

姿が消えてホンフーは驚くが、無理もない。『ESPジャマー』はあらゆる『超能力』を無効にするのに、どういうわけか芹沢はその影響を受けていない。驚くな、という方が無理な状況だろう。

 

芹沢は走る。加速した足をそのまま跳躍力に変え、その落下と全体重を蹴りに乗せる必殺技『暗黒イズナ流星落し』へと移る。

今まででどこよりも高く、早く跳んだ。今の彼女は誰よりも近くに空にいる。そんな気を起こさせるほど、芹沢の滞空状況は美しいものを描く。

月を背に流星は舞う。流星は鋭く円を描くと、そのままホンフーへと落ちた。

 

時は巻き戻る。

 

 

 

………

……

 

 

 

「おっと、そこまでですよ」

 

「誰っ!?」

 

 

埼玉アリーナの外、電話越しから芹沢のことを話していたトモの傍に一人の人物が姿を見せる。

中華系の顔立ちに、白い拳法着。芹沢が相手をしたホンフーがそこにいた。

 

 

『トモ!どうしたの!?』

 

「ドゥームチェンジ“グレムリン”……『全ては小鬼の思うがまま』」

 

 

ホンフーの宣言と共に、トモの携帯が電源を落とした。何度付け直そうとしても、携帯はトモの操作にうんともすんとも言わない。

ホンフーが使う『超能力』の力。それは『超能力のコピー』だ。その中の一つ、グレムリンは『一定範囲の機械の発動を止める』という恐ろしいもの。

 

連絡手段から銃の使用、そのすべてを無効にする『超能力』は『ESPジャマー』と似たように、強制的に武装する相手を肉弾戦に持ちかけるものだ。

 

 

「すいませんねぇ、ちょっと頼まれごとで……早急にあなたの口を止めましょう。ドゥームチェンジ“デスマス”『何人たりとも我が言葉には従えず』……存分に『私のことを』ーー」

 

「言わせると思ってるんとちゃうか?」

 

 

突如として背後からホンフーより大きな女性が、ホンフーの口を塞いだ。身長はざっと見て2メートル前後はあるのがわかり、仰天してみるトモとは頭一つ分以上に背が大きい。

何より一番目立つのは手に持っている槍だ。長さは3メートル以上はあり、柄の部分だけがどこまでも黒く、まさに漆黒の言葉が似合う色合いだ。

 

 

「さぁさぁ、嬢ちゃんはアリーナへと入れ。ウチは……こいつと話をつける」

 

 

よく聞けば関西弁を使う女性だが、今はそれを気にしてるほどトモには余裕がなかった。トモは感謝の言葉を言って、すぐに埼玉アリーナ内にいるシルバーの元へと向かう。

 

 

「……リーダーや可愛いバケモンちゃんも、全部そいつの能力に掛かったけどなぁ、ウチには無駄や。対処法は既に心得てる」

 

「まさかあなたまで来ますとはね……“ダークスピア”!」

 

 

そこでホンフーはダークスピアと呼んだ関西弁女性からの拘束を解き、三歩飛び跳ねてダークスピアから離れた。

その距離、実に4メートル。ダークスピアが持つ槍には届かない間合いだ。

幸せそうに笑うホンフーを見て、ダークスピアは「何がおかしい」と威圧を込めて見下ろした。

 

 

「好敵手……とは、このことでしょう。私はあなたと戦えるのが嬉しい」

 

「……暗殺者とは思えへん口振りや」

 

 

「冗談ですがね」とホンフーは笑いながら構えた。腕や足を伸ばして隙のない型に。中国拳法の構えをダークスピアに見せる。

それにダークスピアも答えて、槍を構えた。人回して間合いを取ると、槍の柄を両手で掴む。

 

 

「ウチが心配するのは難やけどな、あんたが攫った場所……バレへんとちゃう?」

 

「いいえ。構いませんよ」

 

 

「だって」と言うと、そこでようやくホンフーは笑みを消した。

 

 

「みんな殺しちゃいますから」

 

「……三流になって恥ずかしくないんか!!」

 

 

 

………

……

 

 

 

時を同じく埼玉アリーナ内。息が絶え絶えながらも、トモはシルバーと合流していた。

シルバーは「どうしたの」と尋ねるが、トモは「大丈夫」と言って芹沢を見た。

 

 

「ブラックさん。今から私の能力で記憶を再び確認させていただきます」

 

「…………お願い」

 

 

意識を集中させてトモは芹沢の記憶を覗く。

千羽矢の誘拐から、ホンフーと戦うまでにあった芹沢が伝えたいこと。それがトモの今ある使命。

 

時は再び遡る。




【補足コーナー】


Q.中華系の女性の読み方。
A.こうやって読みます。


Q.ホンフーの『超能力』が酷い。
A.パワポケスタッフがそういう風に使ったからね。


Q.ニュートン力学。
A.実際の話、よう知らん。七割間違えてると思う。


Q.ハヌマーンって?
A.自分の記憶が正しければ、色んなものに変身する猿の妖怪。


Q.オッス、オラ孫悟空。
A.西遊記のほうの孫悟空、こちらも猿。冥府から帰ってきた強者。


Q.ホンフー「マオでもありますし」
A.マオは日本語に訳すと猫。猫は高いところから落ちても体をひねって上手く着地するので、ホンフーはそれを言っている。落ちるにしても限度がありますが。


Q.芹沢、拳の弾幕。
A.ジョジョのオラオラを彷彿させますが、個人的には幽白の浦飯幽助が戸愚呂をボコ殴りするシーンを参考にしました。


Q.“ダークスピア”登場!
A.千本槍の称号はどこ行ったんですかね?


Q.場面動きすぎぃ!!
A.こうでもしなきゃ気持ち良く進行できないんだよ!(逆ギレ)読者には読みづらいだろうけどさぁ!(八つ当たり)


Q.後編ですよね?
A.後編ですが、まだ続きます。



【雑談コーナー】

まだまだ続きます。超能力対決、今度は上編として。
しかし今日で前半と後半の二本を同時投稿したので、明日の投稿は休ませていただきます。
それだけです。明後日も読みづらい文章にお付き合いくださいませ。


【おまけ】

こういうバトルものを書く時、BGMに『戦っちゃいますか?』『未来と魔球とジンルイ』『ワタクシドモノタタカヒ』を聴きながら書きます。
『ガッツだー!』は聴きません。逆に集中できないので。


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第十二話 たった一日、されど一日【終編】

更新遅れてすんません!!
諸事情が重なり、遅れてしまいました!
しかも上編ではなく、終編にもなりましたし、本来挿れるはずの挿絵もなし!

超反省です!


確かに芹沢の『暗黒イズナ流星落し』はホンフーをとらえた。足にはしっかりと人の感触があったし、視界の向こうでホンフーは直撃した肩に手を添えている。

 

 

「…………っ!!」

 

 

なのに何故自分のほうにダメージがあるのか、それだけが一連のすべてを矛盾させる起因だった。

足ならまだわかる。芹沢だって、たまには『暗黒イズナ流星落し』を失敗して足に痛みを患う時もある。

しかし、問題は激痛が走る部分が足ではなく『肩』だということだ。ホンフー同じ右肩、芹沢はすぐにこの現象の答えはわかったが、それは不可能だというのもすぐにわかる。

何故ならこの現象を可能にするには、ホンフーが持つ『超能力』が使えなければならないからだ。『ESPジャマー』がある、この状況で『超能力』を使うからくり。それが芹沢にはわからなかった。

 

 

「わけがわからない、と言いたげな顔ですね。私の能力はコピー……その中の一つ“カルマミラー”を使っただけですよ。もしかして『ESPジャマー』が起動中、とか思ってます?海に何度も入ったのに、機械が耐えられるとでも?」

 

「…………防水加工されてる。それにこれは“ジャジメント”が作った、その程度で壊れない」

 

 

「そうでしょうか?」と言ってホンフーは、手のひらを上にして芹沢に確認を進める。暫時、警戒をしたものの敵意がないと思った芹沢は、服の中から『ESPジャマー』を取り出し、その現状に驚いた。

ジャマーは起動していない。水が滴っているのはわかるが、この程度で動けないというのか。芹沢は何度も『ESPジャマー』のスイッチを押すが、無情にもジャマーは反応を示さない。

 

 

「やはり壊れてるじゃないですか。壊れたものは……もう必要ないでしょう」

 

 

ホンフーは芹沢からジャマーを取り上げると、すぐさま海へと放り捨てた。小さくチャポンという水を弾く音が聞こえると、その姿を海の底へと眩ました。

 

 

「『すべては小鬼のおもうがまま』……“グレムリン”の能力ですよ。機械をすべて無効にする、お分かりいただけました?」

 

「…………ジャマーを発動する前に“グレムリン”を使った?」

 

「ええ。別にドゥームチェンジと言わなくても能力は選べるんですよ、私の気分だけですから」

 

 

「やられた」それが芹沢が第一に思ったことだった。

あの時、ホンフーと芹沢が一緒に降下している最中に、自分の『超能力』を“ダークスピア”から“グレムリン”に変えたのだ。起動させる瞬間だけ“グレムリン”に変えれば、『ESPジャマー』の効力は発動することはない。

 

そしてしばらく芹沢の思うがままにされたのも、“グレムリン”を発動していたのを悟らせないため。悟らせず、芹沢の最高威力を誇る『暗黒イズナ流星落し』を“カルマミラー”で跳ね返す。

 

だから素直に芹沢の猛攻を受け続けた。だが、そのためにはホンフーが意識を持ち続けることが肝になるが、そこはまた別の『超能力』か、中国特有のそういう漢方やツボを押したと考えるのが妥当だろう。

何故なら相手は『あらゆる能力をコピーする超能力』を持つ“ハヌマーン”のような人知を超えた存在なのだから。

 

 

「しかし“カルマミラー”はダメージを返すだけですから、肩に違和感があって不便ですよ。中身のないダンボールを運んでる気分になります」

 

 

迎撃しようにも“カルマミラー”の能力で、馬鹿みたいな威力を叩き込んだ『暗黒イズナ流星落し』のダメージが芹沢の体を蝕む。

 

 

「…………まだ終わってない」

 

「そうですが、それは今ではありません。然るべき場所にて、あなた達と私は戦うでしょう」

 

「…………うっ」

 

 

激痛が芹沢の次の言葉を吐き出させない。今にも倒れてしまいそうだが、ホンフーに聞きたいことは山ほどある。

しばし痛みに耐えると、芹沢は今最も聞きたいことを率直に聞いた。

 

 

「…………何のために彼女を攫うの」

 

「あぁ、あの千羽矢という子ですか。私も最初はわかりませんでしたが……能力を見てわかりましたよ。あれは彼女が欲しがるわけだ」

 

 

『彼女』その言葉が芹沢に引っかかった。

確か“九百龍”の社長は男だったはず。ホンフーはそれの直属に近いはずなのに、出てきた言葉は女。

いったい誰のことを言っているのか。それはすぐにホンフーが答えてくれた。「“神高グループ”」

 

 

「埼玉にあるそこで再び会いましょう。今度は依頼などを抜きにして」

 

「…………今度は負けない」

 

「そうしてください。ですが、依頼主の要件なのでこれだけはさせていただきます。『私のことは存分に言っちゃってください』」

 

 

芹沢はそこでホンフーに関わることがすべて封じられた。ホンフーが最も愛用する能力“デスマス”によって。

 

 

「それではブラック……再見(サイチェン)」

 

 

時はもう遡らない。

 

 

 

………

……

 

 

 

「……その後、バイト帰りだった“ピンク”と遭遇。事情を察したピンクはブラックに小波を任せ、私達と接触……と言ったところかな?」

 

「…………より正確に言えば、ピンクが“浜野朱里”を通して“ジャジメント”に伝えた」

 

 

外で行われておる“ダークスピア”とホンフーの交戦が、埼玉アリーナを揺らす。“ダークスピア”は『自分と自分の物を落とす超能力』だが、その自分の物というのが狂っている。

 

 

「…………逃げたほうがいい」

 

「……以下にもヤバそうな雰囲気醸し出してるしね」

 

 

その自分の物というのは、私服や自ら持つ槍だけに留まらない。彼女は自らが持つ『自己暗示』というのが、人一倍強く、ほとんどの物を自分の物と思うことができる。

それゆえに支配欲も強く、自己暗示に集中するために自己中心的なところもある。

 

長く語らなければこうだ。『“ダークスピア”はホンフーとの戦いに夢中になりすぎて、周りへの配慮を忘れている可能性がある』ということだ。

さらに言えば、先ほどから揺れが激しくなる埼玉アリーナの現状から考えて、彼女は今ここを『落とそう』と思っているのかもしれない。

 

 

「…………やり過ぎ」

 

「やり過ぎで済むようなこと!?私はシルバーとあなたと違って、能力以外は普通の人間!死んじゃうから!」

 

 

激しく怒鳴り散らすトモ。それを聞いた芹沢は、無表情を少しだけ動かして驚いたような感じを見せた。「…………そうだったの?」

 

 

「……あなたって、意外と表情でわかりやすいね」

 

 

トモが呆れた口調で言うと、芹沢は「ありがとう」と意味も理解してるのか怪しいまま彼女は笑った。

「褒めてないよ」とトモは言いながら、シルバーのほうを向いて聞いた。「これからどうする?」

 

 

「……一度出ましょう。このままだとトモだけ死ぬし」

 

「随分私の命って軽いんだね、一応親友だよ?」

 

 

「興味ない」とシルバーが言うと、近くの窓から空を見落とした。

もう一度言おう。空を見落とした。

 

 

「……えー」

 

 

見上げれば抉れた地上。

 

 

「……なんで私達も『超能力』が適用されるかな〜」

 

「…………どうする?」

 

「こうなったら“ジャジメント”に協力してもらおう!私も自分の命は惜しい!」

 

 

時代遅れな携帯電話から近未来的『超能力』を呼ぼうとするトモ。ダイヤルを一つ押したところで、芹沢から手を掴まれて操作を止められた。

 

 

「…………ダメ。それに助けてくれる」

 

「誰が!?こんな地球の重力に反して落ちてる現象から誰が助けてくれるの!?“ワームホール”でも居なきゃ無理な状況を!?」

 

 

そしてついに三人は空を見上げ、地上を見下ろした。

 

 

 

 

 

「これは中々気を使いますね……!埼玉アリーナを持ち上げるだけでここまで行くとは……!」

 

 

凄まじい衝突音とともに、残骸となって果てた埼玉アリーナ。かつての面影は残さず、剥き出しとなった鉄柱とスタンドライト。

それを見据えるものが二人。ホンフーと“ダークスピア”が、埼玉アリーナ跡地にて互いの武器を構えた。

 

 

「ウチの『超能力』はそんな甘いもんじゃあらへん……」

 

「ちょっと。私を放っておいて話を進ませる気?」

 

 

傷だらけの“ダークスピア”に声を掛けたものがいた。“ダークスピア”が降り向くと、そこには芹沢より少し背がある女の子がいた。

南瓜のようにふっくらとした暗い金髪、耳のところもマシュマロのように軽く髪を巻いている。メガネを掛けた童顔は、ちょっと大人びようと無理してる姿にも見えなくもない。

服装は薄汚れた黒いジーパンと深緑のパーカー。中にシャツを着込んでいるが、その風格からどれほど着込んだのか考えさせられる。そんな女の子がバレエにでも使われそうな桃色のリボンを持っているのが、唯一の違和感なのだが。

 

 

「あなたは“浜野朱里”……どうしてここに?」

 

 

芹沢の味方であり、また“ダークスピア”の味方でもある浜野がそこにはいた。

 

 

「“ジャジメント”に協力しろ、ってピンクが言うくらいだからね……わざわざ自腹切って埼玉旅行と言ったところかしら」

 

「ですが……あなた一人が増えた程度で私を凌げるとでも……」

 

「…………増えたのは一人じゃない」

 

 

この声、息遣い、間違いなく埼玉アリーナの中でシルバーとトモと共に散った芹沢のものだった。

いったいどこから?そう思って辺りを見渡すと、芹沢はホンフーのすぐ木の下にいた。いるのだが、その妙な光景にホンフーよりも“ダークスピア”が腹を抱えて笑い出した。「な、なんやあれ!おかしぃ〜!!」

 

 

「あの……一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「聞かないで。我ながら不恰好な状態だから……」

 

 

なんと、芹沢だけでなくシルバーもトモもそこにはいた。ただし木にある枝の下で、芋虫状に浜野が使っていた桃色のリボン垂れ下げられているのが、非常におかしな光景だが。

トモが「頭ぁ……頭がぁ……」と貧血を訴えるが、気にせずにシルバーと芹沢はリボンを切って地面に足を着く。

これで芹沢、浜野、シルバー、“ダークスピア”の四人がホンフーの前に立ちはだかる。

少々分が悪いとホンフーは感じたのだろう、すぐに「ドゥームチェンジ」と言うと、その場から姿を消した。

 

 

「っ……!逃げられた」

 

「あら“ワームホール”に近い『超能力』やな。自分が行ったことのある、または見たことあるところに移動することができる」

 

 

「もしくは」と“ダークスピア”が前置きして言った。「ウチのリーダーの能力か」

 

 

「大丈夫よ、“カズ”……近くにピンクを置いてるから。姿を消しただけなら彼女が迎撃する」

 

「おぉ〜、さすがは相方や。ウチの尻拭いもしてくれて、ありがたやありがたや」

 

 

カズと呼ばれた“ダークスピア”は剽軽な態度をとって、浜野と話す。芹沢も不思議と楽しそうな顔をしており、隣にいるシルバーに至っては普通に溶け込んでいる。

 

 

「お、降ろして……」

 

 

トモの存在を思い出したところで、正義の味方はその場から解散。夜の速報ニュースにて『埼玉スーパーアリーナ』の特集が組まれたが、みんなの悲痛な声は「ラブラブビッグバ〜ン!」と「奈々様ぁああ!!」の脂肪率が高めなのがほとんどだった。

 

 

 

………

……

 

 

 

「はぁ……つまり、俺をそのホンフーって奴と関わらせたくないがために、シルバーさんも揃ってドッキリ大会ってこと?」

 

 

時刻は既に二十五時だ。深夜アニメ『装甲車バトルディッガー』とか、最近好評のホラーアニメ『怪奇ハタ人間』などが放送され、しかも再放送枠として『スペースキャプテン』がやっていたりと様々だ。

そんな時間帯に小波はネットカフェで芹沢達と話をしていた。いるのは芹沢、シルバー、トモ、それに浜野、ミーナの五人だ。

 

 

「ええ。ホンフーは強敵よ。私達が立ち向かっても策無しならやられるでしょうね」

 

「そこはどうでもいい!じゃあ、何だったんだよ!ミーナさんの最もらしい説明とか……シルバーさんが“ジャジメント”側とかぁ!!」

 

「あぁ、それ事実」

 

 

あまりに平然と答えたシルバーに、思わず小波は「えっ」とつまらない声を発した。芹沢は「事実」とだけ言って、ホンフーとシルバーとの戦いのせいか、疲れた顔で横になった。

 

 

「私は“ジャジメント”所属の戦闘員。シルバーは任務上のもので、本名は“白瀬芙喜子”」

 

「当然私も“ジャジメント”関係者。“トモ•コモリー”は偽名で、本名は“森友子”!」

 

「ちなみに私も“ジャジメント”関係者。名前は浜野朱里」

 

「この場にいませんけど、ヒーローであるカズこと“茨城和那”さんも“ジャジメント”所属です」

 

 

今度はわけもわからないまま進行する。小波はもう呆れるしかなかった。

実はヒーローの大半は、目の敵にしていた“ジャジメント”だったというのは気が重い。というか、千羽矢が攫われた恨み云々をすべて白瀬にぶつけていた。今後はどこにそれをぶつければいいのか、それに悩む小波だったが、今は目の前にいる自体に怒りをぶつけた。

 

 

「結局、千羽矢はどこなんですかぁ!!それに“ジャジメント”とあなた達の関係性って!?それに白瀬さんは、何のために阪神にいるんですか!!」

 

「順を追って説明します。まず千羽矢さんはどこにいるか?」

 

 

激情に振るいあげ怒鳴り散らした小波を宥めるように、トモこと友子は優しく言った。

 

 

「それは芹沢さんから教えていただきました。彼女は今、ここ埼玉にある“神高グループ”の関係施設で拘束されているかと」

 

 

ひとまず千羽矢の詳細が聞けただけで心底安心する小波。それだけで足の力が抜けて、崩れ落ちるように椅子に座った。

 

 

「第二の質問。私達と“ジャジメント”の関係性……。一言で言えば抑止力」

 

 

はぐらかすように浜野は言う。

 

 

「最後の質問。私が何故阪神にいるか……?それは後々わかる」

 

 

白瀬もまたはぐらかして言った。

どうにも釈然としない小波だったが、千羽矢の情報だけでもう精神的に安心して聞き返そうとは思えなかった。

それに寝不足や精神的疲労で体はガタガタ。疲れもあって小波は聞いてすぐに寝に入った。

 

 

「……彼にこれ以上闇の世界に触れさせるわけにはいかない」

 

 

浜野が重く口を開くと、芹沢は頷きながら言った。「彼女を取り戻したらどうする?」

 

 

「まぁ、最低でも記憶は消さないとね」

 

 

ごく当たり前のように言う残酷なことを言う浜野だったが、彼女はこの場の誰よりも先を見ていた。

今回の一連の事件は千羽矢とホンフーが密接に関わってきている。答えはもう出かかっている。だが、一つだけ気になり続けることがあった。

 

何か、一つ忘れていると。




【補足コーナー】


Q.カルマミラーって?
A.ダメージを跳ね返す超能力。ダメージだけを跳ね返すのがミソ。


Q.グレムリンって?
A.機械を発動させない超能力。ESPジャマーを発動する前に発動することで、ESPジャマーの発動を止めた。


Q.神高グループだと!?
A.今回の事件は実はパワプロシリーズの組織が絡んできます。神高グループはパワプロ8より、伝説最強戦や短気あおいちゃん150キロ相当の珍現象を生み出したりと名作。欠点は彼女が作れない。


Q.バイト帰りのピンク。
A.生きるにはお金も必要。


Q.芹沢VS白瀬。芹沢は疲労してるのに互角?
A.前回の話にもありますが、白瀬はある事態のせいで今日はグロッキー状態です。おかげで二人は絶不調。互いに五割の力しか出してない設定。


Q.埼玉スーパーアリーナァァアアアアア!!
A.後日“ジャジメント”が直してくれました。


Q.浜野朱里って?
A.パワポケ10より登場。パワポケ11では彼女候補でもある。性格はキツイが、原作でのプレイで彼女の境遇に笑いと愛苦しさを持ったら、私とお友達。


Q.“ワームホール”って?
A.パワポケ11より登場。能力は書かれてる通り。実は今のところどこにも本人を登場させる気がないという寂しい立ち位置。今回ホンフーが使ったのとは別。


Q.ラブラブビッグバ〜ン!
A.ラブラブビッグバ〜ン!


Q.奈々様ぁぁぁああああああ!!
A.某紅白の方。


Q.深夜アニメのタイトル……。
A.見ての通り裏サクセスだらけ。


Q.ヒーロー達の身長って?
A.完全脳内設定です。和那は195cm、芹沢は151cm、浜野は159cm、ピンクは156cmです。ミーナは163cmという感じ。参考基準にあおいちゃんは167cm。あおいちゃんは公式です。


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【超補足コーナー】能力一覧(挿絵あり)

感想にて『能力者が把握できねぇんだよ、このクソ作者』的なことを僕の頭がエキサイト翻訳したので作りました。

能力者が出る度に更新、及び修正を加えるのでお楽しみに。


ちなみに挿絵は使い回しもあります(ゲス顔)


“雨崎千羽矢”

 

分類:天然能力

効果:自分の細胞を変化または再生させる。

補足:原作にはない能力の使い方がありますが、それは作者のイマジネーションで生み出されたものなのでご了承ください。

 

 

 

 

“ホンフー”

 

分類:超能力

効果:一度理解した能力のコピー。

補足:能力だったら何でもいいので、原理さえわかれば千羽矢のも使える。ただし使う場合は超能力として扱われる。ここ重要。

 

 

 

 

“芹沢真央”

 

分類:天然能力

効果:自身の姿を見えなくする。

補足:あくまで見えなくなる状態になるだけであり、触れることは可能。ただし能力でもない限り、認識するのはほぼ不可能っぽい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

“茨木和那”

 

分類:超能力

効果:自分、自分の物と認識している物を色んな方向に落とす。

補足:落とすといっても、そこに重力を作る感じであり、上手く使用すれば宙を浮いたり、投げたボールが自由落下の法則で加速しながら横に進むこともできたりする。

 

 

 

 

“浜野朱里”

 

分類:特になし

効果:特になし

補足:ぶっちゃけた話、この子は能力とかない。ただ武装が多い。トンネルバスターとか言う尻から出る兵器とか、芹沢達を芋虫状にしたやつとか、超音波発生装置とか色々。

 

 

 

 

“ピンク”

 

分類:天然能力

効果:五感の超強化。

補足:すべてが敏感になるらしい。聴覚、視覚、嗅覚、味覚、触覚のすべてが。誰だ、エロいとか言ったやつ。ちなみに能力で芹沢を認識できる貴重な人材。ただし反射神経は良くない、ここ重要。

 

 

 

 

“白瀬芙喜子”

 

分類:科学能力

効果:???

補足:彼女の能力はまだなのです。

 

 

 

 

“森友子”

 

分類:科学能力

効果:記憶の閲覧、自身に関する記憶の操作、記憶の植え付け。

補足:記憶を植え付けるだけなら他者のことでもいい。実は意外とこの子の能力はルールが複雑。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

“ワームホール”

 

分類:超能力

効果:一度行ったことある場所、見たことある場所に自身の体を通して繋げる。

補足:気圧の違いを利用して、超圧縮水鉄砲やダイソン掃除機ができたりできる。

 

 

 

 

“グレムリン”

 

分類:超能力

効果:機械類の動作をすべて停止させる。

補足:銃も機械なので止められます。戦車も止めれるでしょう。

 

 

 

 

“デスマス”

 

分類:超能力

効果:自分の言ったことが行えない。

補足:『〜しろ』『〜するな』などの命令系では効果が発動しないので、おメメを上げながら『〜してください』と乙女チック甘えればオッケーです。使い方次第では残酷な能力。

 

 

 

 

“カルマミラー”

 

分類:超能力

効果:ダメージを跳ね返す。

補足:跳ね返す対象や、無差別攻撃には反応しないらしい。跳ね返すのはダメージだけなので感触は残る。




実はここだけのお話。普通に書いたら千文字いかなかった。



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第十三話 神高グループ

書いてる最中にiPhoneがダウン……やる気をなくして、こんな中途半端な文字になりました。
補足も書くのがメンドイ……(NOZAKI感)


西武ライオンズ戦二日目。

今日の先発はメッセンジャーなので、小波は関係なく今日も一日過ごそうとする。それはいつもの一日ではないが。

 

 

「“神高グループ”が関与してるというのはわかったけど……問題はどこにあるかだな」

 

「そうね。白瀬、友子は“ジャジメント”だから知ってるわけないし……」

 

 

朝八時。ヒーロー達と小波は全国チェーンの喫茶店[NOZAKI]にて談話していた。

浜野は小波と話をすると、悩ましげな顔をしながらハムサンドを口にした。眉間に皺を寄せて考えてるものの、口に含んでるハムサンドの美味しさに感動してか、少しばかりを頬を緩ませているのがわかる。

ミルクティーを飲みながら小波はどうしようかと思考の海を漂流するが、どうしようにも案が浮かばない。

横目で隣の席を見ると“ダークスピア”兼カズの愛称を持つ和那と、この色物集団のリーダー芹沢が黙々とサンドイッチを食べ続ける。そしてそこには見覚えのない女の子が一人。

 

 

「……あれ、どちら様ですか?」

 

「桃色パーカー着たそばかすの事?あいつは“桃井百花”っていう子。私達の仲間で、みんな“ピンク”って呼んでる」

 

 

「へぇ」と言いながらもミルクティーを飲む。中身が少しだというのに気づくと、小波は新しくミルクティーをオーダーして、その桃井という女の子を舐めるように見た。

浜野の言う通り、桃色のパーカーを着ている。パーカーは特徴的な柄が入っていること以外特に目立つものではない。鼻の上にはそばかすがあり、髪型は茶色の短髪を跳ねさせた程度で、あまり見た目にこだわってるとは思えない。そのせいか顔はどこか中性的であり、服装次第では男の子にも見える風貌をしていた。

 

 

「なに、こっちジロジロ見て」

 

「いや、そばかすが気になって」

 

 

「気にしてるんだけど」と桃井は小波を睨みつけた。どうやら見た目と違って、外見のコンプレックスは気にしてるようだ。

 

 

「ところでシルバーさんとオトモは?」

 

 

未だに現れない“ジャジメント”所属の二人を呼ぶ小波。「まだその名で呼ぶんだ」と浜野は驚くが、小波にとっては白瀬とか友子と言う方が違和感を感じるのが本音だ。

浜野が桃井と目合わせすると、桃井は周りをしばらく眺めると「もうそろそろ」と桃井は言って、浜野は「だそうよ」と手元にあった雑誌を取った。

 

 

「『エール•ネジュー』の新作デザイン、今季のも大ヒット……今時の女性に、飾らない美しさと小悪魔チックさをねぇ……相変わらずどういう神経してれば、こんな独創的なデザイン作れるのよ」

 

「確か『エール•ネジュー』って今流行りのブランドだよな。千羽矢も冴花も愛用してる覚えがあるけど……あれのデザイナーの名前なんだっけ?」

 

「雑誌いわく“夏目准”だって。……私達ヒーローはこういうのとは縁がないから少し羨ましく感じる」

 

 

自虐的に笑う浜野に、小波はどう答えればいいか悩む。

こうして接してはいるが、小波とヒーロー達は千羽矢の件が無ければ赤の他人だ。知っていることはそう多くない。

ここは下手に出しゃばらず、自然体のまま話そうと小波は思うが、その前に和那が浜野の肩を組んで会話に入ってきた。「暗いなぁ〜、朱里」

 

 

「ウチなんか着ようにも着られへん。この図体やし、ウチ可愛くないから。落ち込むんやらウチやろ」

 

「……励ましてるつもり?」

 

 

怪訝な顔をしながら浜野は聞いてきた。

 

 

「いいんや、ただの自虐。朱里はまだ現役なんやし、着たほうがええと思うんやけどなぁ」

 

 

親父のように和那はお茶らけた態度で話すと、浜野はため息混じりに「考えてみる」と言って雑誌を閉じた。残していたハムサンドを頬張ると、浜野は何気無く車道のほうを見る。

 

 

「何あれ?」

 

 

浜野が見た先には、大きな黒いリムジンが到着しようとしていた。

電車の車両一台あるぐらいの長さを目の当たりにした小波は「どうやって運転するんだ?」と思いながらも、そのリムジンから出てきた者の姿を目に入れた。そしてすぐさま小波は、そこから出てきた人物の名を叫んだ。「オトモさん!」

 

 

「よっ、お待たせ」

 

 

リムジンから友子と白瀬が降りてきた。元気な友子とは逆に、白瀬はウンザリとした顔をしており、車内で何があったのか小波は気になる。

それを言及したところ、白瀬は「今から出てくる」とだけ言って、すぐに小波の視界から外れた。

 

 

「あんたは……!」

 

 

リムジンから出てきた人物に、誰よりも早く和那が反応を示す。続けて浜野、桃井、小波と驚く。芹沢に至っては無表情が過ぎてマイペースに朝食をとり続けるが、内心では驚愕しながらその人物を見続ける。

 

 

「はっはっ、待たせたな……。私は“ジャジメント”日本支社の社長、神条紫杏だ」

 

「秘書の甲斐です」

 

 

ビジネススーツを身に纏う二人の女性がリムジンから出てくるのを見て、驚くなというほうが無理だろう。相手が世界一の技術力を持つであろう大会社の幹部なのだから。

 

 

「シルバー……球団は?」

 

「特に何も」

 

 

あれ、この二人似てる?と白瀬と甲斐の横顔を見て小波はそう思った。

甲斐と白瀬はもしかして姉妹ではないかと小波が聞くと、当の本人である白瀬は「そういう感じ」と答えを明確にせずにまだリムジンを眺め続ける。

どうやらまだ人がいるようで、そこに視線を向けると二人の男が降りてきた。どちらも渋いサングラスと地味めなスーツを着ている。

 

 

「ボディガードの犬井と洗谷だ」

 

 

二人して「よろしく」と無愛想な態度で答えると、紫杏の両隣へと立つ。秘書の甲斐はすぐさま一歩引き、紫杏の背後へとその身を置いた。

 

 

「いやいや、なんで紫杏が絡んでくるんや」

 

「おいカズ、私とて“ジャジメント”の上に立つものだ。それなりの事情は把握してるし関与もしてる」

 

 

「それもそうね」と浜野が横槍を入れると、和那は苦虫を潰した顔で口を閉じた。

 

 

「それじゃあ改めて。私の名前は“神条紫杏”だ。今回の事態には、カズに言ったとおりだから説明を省く」

 

 

どうやら社長にも関わらず、随分サバサバした人物なのが小波から見てわかる。

 

 

「私は長ったらしい説明が嫌いでな……故に単刀直入に言おう。雨崎千羽矢は、ここ埼玉の『神高航空発祥記念館』に囚われてると考えられている」

 

 

『神高航空発祥記念館』とは、旧名『所沢航空発祥記念館』として埼玉の名所として名前を輝かせていた場所でもある。

航空の名の通り、飛行機などが展示されており、歴史の詳細などが飛行機ファンなら堪らないほどだが、前年に“神高グループ”に謎の買収をされた過去も持つ。

 

 

「元々どういうわけで買っていたか不明瞭だったが……今回の事態と、神高の名前、それに“デウエス”から得た情報からほぼ断言できる」

 

「どうしてですか……?」

 

「君はプロ野球選手の小波だな。だったら知ってるだろう“小杉優作”という男の名前を」

 

 

紫杏の口から出てきた人物の名前は、小波を奮い立たせるには十分なものだった。

小杉優作、それはNPBで僅か四年間だけ大活躍したスタールーキーだ。一年目から活躍をして二冠と共に新人王を取り、二年目も本塁打王と打点王になる歴代最高の二塁手スラッガーとして名を馳せてもいた。

しかし、三年に謎のスランプとマスコミとファンに対する暴力行為で謹慎処分。まるで人が変わったようだったが、四年目にはまさかの投手にコンバートして三試合連続完封。150キロの速球に鋭いスライダーとシュート、落差のあるフォーク。何よりも揺るがない勝負強さと、投球に対する闘志に打者は怯み、最終的にはその年で最多勝、勝率第一位、最優秀防御率を記録するという大谷もビックリの二刀流となった。日本列島すべてがどよめいたのは、まだみんなの記録に新しい。

しかし五年目に謎の失踪。メジャーにでも行ったんじゃないかと冗談気味に囁かれていたが、結局はどこにも見つからず、数週間に及ぶニュースで情報を集めたりもしたが発見されずにそのまま時の忘れ物となった男でもある。

 

 

「そいつを十何年かぶりに発見してな。デウエスによれば『神高航空発祥記念館』で監禁されてるそうだ」

 

「……そんな情報信じると思います?」

 

「信じようが信じなかろうが自由にしろ、事実は事実だ。現に画像で見せられもしたしな」

 

 

胸ポケットから写真を散らつかせる挙動に、小波は「そうですか」の一言で済まして話を戻した。

 

 

「つまり、小杉さんがそこにいるから同じく神高に攫われた千羽矢もそこにいる……ということですよね」

 

「我ながら安直だとは思うがな。だが、そうやって考えるのが自然だ」

 

 

「それに」と紫杏は話を続ける。「浜野も昔そこに潜入したしな」

 

 

「そうなの!?」

 

 

素直に驚く小波に、浜野は「ええ」と答える。

 

 

「話したけど“ジャジメント”関係者でね……不正諸々の都合もあったし、ヒーローの役目として行ってきたのよ」

 

 

「結構前だけど」と言う浜野は、どこか楽しそうだった。

 

 

「そこには不正実験の塊……人の頭蓋骨ようなものが粘液に漬けられ、脳味噌もポッドの中」

 

「それ、メディアに言えば良かったんじゃ……」

 

「馬鹿ね。“神高グループ”は今や日本限定すれば“ジャジメント”と引けを取らない資金と技術力を持っているの。そんなのが問題にでもなってみなさい、あなた達が使ってるヘルメットからバット、それに日曜製品まで一気にガタ落ち。同時に野球だけでなくあらゆる業界の信頼もなくして、日本に混乱を与える。そんなことになってみなさい。揃いも揃って日本の“神高グループ”の技術を奪い合いになって、地球上で問題騒ぎ」

 

 

「そんな大袈裟な」という小波に、浜野は「それがあなたが踏み込もうとしてる世界」と眉を細め、ゆっくりハッキリ警告するように言った。

 

 

「……言い過ぎた。本題に戻りましょう」

 

「そうだな。というわけで私は雨崎千羽矢もそこにいると思っている。今度は嘘ではないぞ」

 

 

ミーナに吹き込まれた嘘を気にしてるのを理解された小波は、渋々と受けるように「そうですか」と言って頭を掻いた。

 

 

「よし。他も異論はないな」

 

「大丈夫や」

 

「…………うん」

 

「了解」

 

「私も平気」

 

 

ヒーロー達が順に答え、そこで紫杏は「よし」と言う。

 

 

「では、向かうとするぞ」

 




【補足コーナー】



Q.喫茶店[NOZAKI]
A.お帰りくださいませ、ご主人様。


Q.桃井百花って?
A.パワポケ12での彼女候補。グラ自体はパワポケ9からあり、初登場はパワポケ7。そばかすがチャームポイント。


Q.桃井が男に見えるって?
A.実話。初めて見た時、顔が男みたいと思ったし、それに似た関連のイベントもあるので弄ってみた。


Q.『エール•ネジュー』って?
A.フランス語で綴りは『Ailes neigeux』で、意味は雪の翼だって偉い人が言ってた。


Q.夏目准って?
A.パワポケ14での彼女候補だが、初登場自体はパワポケ9から。准が攻略できないのはバグだった。


Q.洗谷って?
A.地味だがメチャンコ強い人。ホンフーよりちょい弱いぐらいらしい。


Q.『神高航空発祥記念館』……
A.再び埼玉には犠牲になってもらいます。


Q.小杉の成績について。
A.パワプロ2013でそんくらいの投手がそうなったから、そのまま採用。今週のパワチャレが野球マン一号なのでしばらくゲーム漬け。


Q.大谷って?
A.日本ハムの投手“大谷翔平”のこと。平均球速は155キロ、変化球は140キロ、最高球速は160行ったりと常人離れ。打者としても強く、本塁打も打てたりする。藤浪と同期であり、私はこの世代を『大谷世代』と呼んでます。ちな虎。


Q.脳味噌ポッドIN。
A.メロンパンの間違いです。


Q.“神高グループ”の影響大袈裟過ぎない?
A.強すぎる力は時に大きな束縛でもある。実際、神高はそれぐらいの力があると把握してください。


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第十四話 栄光へのチャレンジャー

既に前兆はきていますが、夏休み明けて学校です。
高校イッチーの私は勉学に励むので、更新は二日か三日後になることでしょう。

では、本編始まります。


慣れないリムジンに揺られて一時間。小波は目にある現状に嘔吐をしたくなるレベルだった。

のんびりとマイペースに座席の片隅で猫のスキヤキと戯れる芹沢。揉みくちゃにされて潰されている浜野と桃井、そして押し潰す和那。白瀬と友子に至っては二人仲良く優雅に外を眺めている。

こいつら真面目にやる気があるのか。あまりの一体感のなさに、それだけで小波の心を不安の一言で満たしていく。

 

 

「……シーズン調整できてないなぁ」

 

 

三日後には小波の先発で“北海道ソフトバンクホークス”との試合だ。

半ば現実逃避気味に考える小波に、既に正常の二文字はない。千羽矢への心配を隠すように、彼は一寸ばかりの未来を見通していた。

 

 

 

 

 

「こういう時、自分の能力が便利だと思うよ!」

 

 

“神高グループ”が持つ『神高航空発祥記念館』のある場所にて、千羽矢は狭い通路を掻き分けるように逃げていた。

背後から聞こえる獣の声と断末魔。そして足元に広がる人とも獣とも言えない大きな足跡。

悪態を軽くつく千羽矢の背中には、不気味にうねる数多の触手。近づいてくる獣をすべて触手で切り払うと、後ろを振り向かずに千羽矢は一心に前へと駆ける。

 

 

「さっきから見つかりすぎなんだよね……考えられるとすればっ!」

 

 

譫言のように千羽矢が呟いた直後、千羽矢は自らの触手を頭に突き刺した。

とんでもない激痛に千羽矢は酸素を求めて喘ぐが、数秒すると触手は千羽矢の頭から抜け、その先端には銀色に光る小型チップがあった。

 

 

「やっぱり発信機……となれば」

 

 

千羽矢は意を決して服を引き千切る。お気に入りのファッションだったが、気にしてる暇はない。続けて千羽矢は下着も破ると、生まれたままの姿を日の下に晒す。

恥じらいはあるのだろう、少しばかり頬赤く染めて触手を身に取り憑かせる。やがて触手は悍ましい卵となって千羽矢を閉じこめると、近づいてくる物体すべてに反応するかの如く、周りの生物を微塵に叩き切る。

硬質化した触手は機械じかけの壁と床を削り、牙を剥き出しに荒れ狂う獣を屠る。その様はまるで蜂の巣を守ろうとする蜂の防衛本能のように動き続け、領域に足を踏み込む輩を一人、一匹と着実に葬っていく。

 

誰しもが疑問に思うだろう。千羽矢の触手はどういう原理と理由で成り立っているのか。自らが操る触手は、一体どこから作られたのか。

答えは簡単、千羽矢そのものを媒体に触手は作られているのだ。

千羽矢は自分の細胞の一部を触手に適した硬質な細胞へと変化させ、辺りの敵を虐殺する。そして媚びりついた血を媒体にまた新たな細胞を生み出して触手を量産する。

しかし、そんな気味の悪いものを量産させるのが彼女の能力の本質ではない。

彼女の能力の最大の長所、それはいかなる細胞を自分のものにすることができることだ。より正確に言えば、いかなる細胞に自分の細胞を変化させる。

触手の硬質化も、他者の血を触手へと変えるのはそれに適応する細胞へと変化させて自分のものとして扱うからだ。

だが、それは逆もできるのだ。自分の細胞を他者の細胞に適応させることも。それにはどういうメリットがあるか?

 

細胞を変えるということは、もっと根本的に言えば他人になることができるのだ。指紋も声帯も体臭も、元を辿ればすべて細胞が関わってくる。

防犯用の声帯認証も指紋認証も難なく掻い潜り、赤外線も熱を持たない生物へと変えれば反応させない。その気になれば顔すらも変えることができる。

触手の卵から出てきた千羽矢は、何故かジャージを着ているが、これも細胞変化の応用だ。細胞をジャージに似せた、ただそれだけだ。

 

 

「はいはーい♪ちょっと通るから」

 

 

各所にある指紋認証と声帯認証を千羽矢は潜り抜けて、止まることなく廊下を走り続ける。度々会う獣はすべて叩き潰し、銃を持つ人は薙ぎ払う。

壁に叩きつけられた肉塊は血を飛ばすが、千羽矢の心が痛むことはない。別に千羽矢が残酷と言うわけでも、ましてや殺戮が好きと言うわけではない。

千羽矢はこれらの生物の事情を知っているからこそ、躊躇なく辺りの敵を葬る。悲しみと怒りを宿した瞳で自分の周りを血の海に染めた。

 

 

「逃げることはありません」

 

 

その血の海を迷いもなく足を踏み入れた者が一人。四十代過ぎの熟女であり、品の良いピアスと指輪から考えて相当な金の手練れのようだ。千羽矢は顔を上げて、その人物に触手を見せつける。

 

 

「そこから一歩でも動いてみなさい。どうなるかわかるでしょう」

 

「そうやって正義の仮面を被り続けるんですか。笑わせてくれますね、あなたの周りに浮かぶ肉片のどこに正義が、善があるというのですか」

 

「誰がいつアタシが正義って言ったの。アタシはただ……あなたのような軽い女が嫌いなのよっ!!」

 

 

触手は床と壁を引き裂くように叩き込まれたが、女性は衝撃を受けないまま霧のように消えていく。

立体映像だったことに舌打ちを打つ千羽矢だったが、視線を感じて後ろを見た。そこには先ほどと同じく立体映像で投影された女性の姿が笑っていた。

 

 

「セキュリティを突破したりと少しは賢いと思いましたが、力任せにそれを振るうだけ……やはりアナタの能力は私が生かすべきでしょう。きっと次世代の架け橋になります」

 

「そんな安い勧誘に乗るなんて、今時の三流でもありえないよ。それに……アナタのやり方は間違ってる」

 

 

「どこが?」と鼻で笑う女性。馬鹿にするように笑い続け、そのまま千羽矢に話しかけてきた。「誰もが願っています」

 

 

「かつての伝説をその目に焼き付けたい輩……衰えぬ一流の姿を見たいと言う輩……そして命を亡くすのが惜しいと考える輩……。あなたもそう思うし、そうでしょう?いつまでも愛した人とずっと一緒にいたいと」

 

 

その言葉に千羽矢は否定を示すことはできなかった。ただ言っていることの事実と現実に、悔しがりながら爪が食い込むまで手を握る。

 

 

「それが嫌だ、という人はいくらでしょうか。ハッキリ言いましょう、ゼロです。限りなくのではなく、確実にゼロ。誰もが認めるに決まってます。だって愛した人や伝説の人が、色褪せることも朽ち果てることもなく存在し続ける。まさに夢みたいな光景、誰が否定するというのですか。仮に夢なら誰もがこう思います。『このまま覚めないで』と」

 

 

口を閉じ、千羽矢は聞き続ける。女性の言葉を、魔法が罹ったかのように沈黙して聞き続ける。

 

 

「まぁ、あなたの価値観が変わることはないと思いますし……ここは一度、彼を見てからにしてもらいましょう」

 

「彼……?」

 

「お忘れになりましたか、小波君ですよ。プロ野球選手であり、あなたのハートを射止めたもの」

 

 

その名前に千羽矢の体は数珠のように貫かれた。腕から足にかけて徐々に動かなくなるのを感じる。必死に動かそうと動けず、口に出たのは震えた言葉だけだった。「やめて……」

 

 

「小波は関係ない!普通のプロ野球選手じゃない!」

 

「その普通と生きようとしてるのが、普通ではない化け物のアナタなのです。化け物は化け物らしく闇の世界に蹲ってるといいわ」

 

 

「さて」と言い、そこで女性は千羽矢にまた別のを投影した立体映像を見せた。そこには『神高航空発祥記念館』と石に掘られた巨大な建物が見える。その前に多くの女性と屈強な男性たちがいるが、その中に小波が混じっていた。

 

 

「私の言い分は聞くのもいいでしょうが、ここは完膚なきまでアナタに教えましょう」

 

 

そこで女性の立体映像は消えて、血みどろの廊下に一人の化け物が膝を崩す姿と小波を写した映像だけが残る。

掠れるような声で化け物は叫んだ。「逃げて」と。

 

 

 

 

 

「…………いつ来てもいいように警戒してて」

 

「まさか記念館の下にこんな大通路があるとはね。明らかに何かあります感いっぱい」

 

 

『神高航空発祥記念館』の来て、すぐさまに関係者通路に入った小波は驚くしかなかった。

横と縦が3メートル以上はある真っ白な四面の世界。汚れなど塵一つなく、来るものすべてを引き込むも、すべてを拒絶するような感覚に小波は襲われる。

 

 

「どうや、ピンク」

 

「問題なし。赤外線センサー張ってるわけでも、落とし穴もあるというわけでもない。ただこの真っ白な空間が1キロあるぐらい」

 

 

こんな空間が1キロ、想像するだけで小波は吐きそうになった。

体の基礎作りに何キロも走ったりするので距離自体は問題ないが、真に気にすべき問題は『真っ白空間』という見える地雷ワードだ。

もう一度大通路を眺める小波。タイルのマス目もなければ汚れもない、塵も無い。こんな変わりばえのない空間が1キロ渡る。気が狂う自信が湧いてくるのを小波だけは感じた。

 

何かいい移動方法はないか、と考えもしたがヒーロー達を見て「無い」と小波は断言する。

食事も消費期限過ぎを食わせたりとままならず、生活費は唯一まともだという桃井に任せる始末。挙句にはバイクどころか自転車も持たないこいつらに、移動手段を求めるという考えが既に間違っていた。

 

小波の考えは見事に的中し、この1キロある白空間をみんな走り出した。中々キツイ状況に晒されたが、数分後には1キロの廊下を渡り終え、小波達と大きな扉の前へとたどり着く。この時小波は片隅で嘔吐いていた。

 

 

「……罠は無いけど、変な物は置いてあるよ」

 

「便利だな、その透視能力」

 

 

呆れたような声で小波が桃井を褒めると、桃井は鼻を高くして「ふっふ〜ん」と自慢気に言う。

 

 

「今のご時世情報戦よ。真っ向から挑むなんて最近の戦隊モノでもやらないって」

 

 

そんな桃井が持つ能力は本人の言うとおり情報戦に長けた物だ。自分のあらゆる五感を数十倍にまで強化して、先の物や動きを予測する。

さすがに嘘だと小波は思っていたが、リムジンでのジャンケン百連戦で百連敗したので桃井の能力は既に実証済みだ。

 

 

「ねぇ、ピンク。さっきの変な物の話だけど……たぶん、それって私が話した脳味噌ポッドだと思うよ」

 

「えー……あの水槽の中に脳味噌入れてる光景があるの?一応調べて見るけどさ」

 

 

そう言って再び桃井は扉を見つめる。

小波が芹沢に「何してるの?」と聞いて見ると、芹沢の返答は「レントゲン」とド直球なものだった。

 

桃井の五感強化にはある隠された力がある。それは芹沢が言ったとおり視覚の強化をフルに使うことで、自身の脳にレントゲン写真のように白黒な視界が現れるというものだ。

しかも実際にレントゲンの原理で脳に写してるため、目からは放射能が出ており、使ってる本人も当たられた対象も負担があるので、多様したがってはいないと和那が述べた。

 

 

「うわぁ……脳味噌が商品棚みたいに並べられてる……。悪趣味以外の何物でもない」

 

「嫌だなぁ。私も人の記憶は見たりするけど、脳を直接見るのは……」

 

 

今まで口を開かずにいた友子は、顔を顰めていかにも嫌ですよ、という表情を作った。

というか誰だって嫌に決まっている。脳なんて死んで火葬する時には既に消えてるのだから、見るとしても保健体育の教科書に載ってる人体模型の構図ぐらいであろう。それですらグロテスクだというのに、それを生で、しかもポッド越しだけという超近距離で目にするのだ。小波だって二度吐く自信がフツフツと煮え滾ってくる。

 

 

「まぁ、あまり見たいものじゃないのは確かね。慣れちゃえばどうってことないけど」

 

 

非情なほどバイオレンスな発言をする白瀬に、小波はただ冷や汗を垂らすしかなかった。

 

 

「…………ピンク、他はどう?」

 

「うるさいよブラック。邪魔したら放射能ぶつけるやるから」

 

 

未だに集中して内部を透視する桃井。真剣な眼差しをしてしたが、その目はすぐさま消え去り驚愕の一色のみに染まる。

 

 

「一つ二つ……人型のまま漬けられてるのがある。しかも一つはレッドじゃない!?」

 

「……レッド!?」

 

 

いつもより格段に早い反応で、芹沢は扉をこじ開けて中に入った。周りの静止を効かずに走り続け、同時に桃井も芹沢の後を追う。

 

 

「誰ですか、レッドって!?」

 

「よくは知らへん。旧友というごとぐらいや」

 

 

眉を細めて和那も続いて後を追う。順に浜野、白瀬、友子と入り、次に小波。扉の前で警戒しながら紫杏と甲斐だったが、犬井と洗谷が周りを囲むと恐る恐る足を踏み入れた。

 

 

「本当にやってやがる……!」

 

 

事前に伝えられていたが、部屋の内部は狂気が充満していた。

何十にも及び水槽の数々には、一つずつ丁寧に脳髄が置かれている。中には血管を破かれて血だらけになった水槽もあれば、子供の遊び道具のように弄ばれてミンチ状になっているものもある。

嗚咽が小波を襲いかかるが、彼は胃からこみ上げるものを吐かずに、感情の思いをそのまま吐き出した。「ふざけんな」

 

 

「人の命を何だと思ってるんだよっ!」

 

 

近日で何度怒りのまま拳をぶつけただろうが。小波の拳は壁へと叩きつけられ、僅かだが血が滲む。

その時、中央に吊り下げられていた大きなモニターが動き出した。

 

 

『やはり似たもの同士ですね、同じことを言ってますよ』

 

 

液晶画面には電子ボイスと共に女性の姿が映る。四十代過ぎの熟女であり、身に纏う装飾品がいかにも金持ちというを象徴している。

青く巻き上げられた髪を一度払うと、女性は『どうも』と前置きとして自己紹介した。『私は“神高グループ”の社長です。名前はそのまま“神高”とお呼び下さい』

 

 

「神高ぁ!千羽矢はどこだ、どこにいる!今すぐ返せっ!!」

 

『嫌だ、と言いたいことですが……奥を見てください』

 

 

そう言われて小波だけでなく、紫杏一行と和那と浜野は奥を見る。そこには他の水槽よりも明らかに大きく、それらは合計で三つある。そのうち二つは既に壊されており、一つからは芹沢と桃井が赤いマスクとライダースーツを着た、まさにヒーローに相応しい格好をした不審者を肩に背負って救出しようとしていた。

 

 

『見ての通り、もう一つ空のポッドがあるんですよ。そこに漬けた千羽矢さんは『自らの力』で内部からぶち壊してまして』

 

「千羽矢が……!?」

 

『あれ、ご存知ではありませんか?彼女は自らの細胞を変化させて殺戮を楽しむ化け物なんですよ』

 

 

そこで神高は『まぁ』と一息置いて、自らの額に指を置いた。

 

 

『別に意思の無いプロトタイプですから、彼女には何の罪もありませんけど』

 

「プロトタイプ……!?」

 

 

嫌な言葉に、小波は背筋に怖気が走る。

 

 

『はい。どう足掻いても彼女は化け物には変わりありませんけどね』

 

「どういうことだよ、説明しろよ、答えろよ、神高……。プロトタイプってどういうことだ……説明しろ、答えろ、神高ぁ!!」

 

 

声を張り上げて怒号を叫ぶ小波。彼の怒りは既に限界を超え、手元にあった調整用のスパナをモニターに剛速で投げつける。

同時に舞う画面の欠片。砕け散ったモニターからはもう声しか届かず、神高は『今からお見せしましょう』と言って、奥の扉を開いた。

 

そこには大きな空間があった。今までの白い空間が嘘のように、そこには緑が溢れていた。中央には見るからに質の良い土に、ダイヤモンドを描いた白い線、そして高いフェンスの壁と電光掲示板。誰が見てもドーム型の野球場のマウンドには、二十を超えた成人男性が並び、その顔すべてに小波は見たことがあった。

 

 

「“王貞治”、“落合博満”、“松井稼頭央”、“長嶋茂雄”、“鈴木一朗”、“福本豊”、“松井秀喜”、“野村克也”、“江夏豊”……!?」

 

 

まだ見知った顔がいる。投手には“野茂英雄”、“ダルビッシュ有”、“田中将大”、“金田正一”、“沢村栄治”、“景浦将”、“藤川球児”、“ジェフ・ウィリアムス”、“佐々木主浩”、“浅尾拓也”、“岩瀬仁紀”が。

野手には“ランディ・バース”、“清原和博”、“タフィ・ローズ”、“坂本勇人”、“小笠原道大”、“張本勲”、“赤星憲広”、“山本浩二”と誰もが一度聞いたことはある名前ばかりだ。

 

 

「どうですか、これがプロトタイプの完成形……伝説を形にした最強のプロ野球チームを!」

 

 

奥から先ほどの女性が実態を持って姿を表す。頭には『K』の文字が掘られた帽子を被っており、今まで述べた歴代最高野球選手達の帽子にも、その『K』の文字が掘られていた。

 

 

「アナタ達には今からゲームをしていただきましょう!アナタ達は今から、私が作り出した伝説を相手に野球をしてもらいます。万が一勝てたら雨崎だけでなく、ここに囚われたすべての人を解放して上げましょう」

 

 

不敵な笑みを浮かべて神高は「しかし」と言う。

 

 

「負けたらアナタ達すべては私の実験道具です。安心していいですよ、負けたとしても彼らと同じようにワタシの思い通りに動く複製品として外に出しますから」

 

 

そこで神高は狂気に染まったかのように高らかに笑った。

ここから出ようとしても、既に扉は固く閉ざされており、出ようにも和那の一撃では歯がたたず、槍が元が折れてしまう。

 

 

「こりゃ普通やないで……何か特殊なことしてる」

 

「だとしてもここは受けるしかないぞ。先ほどの場所には、小杉もいるのだからな」

 

 

そこで紫杏は戦旗を立てて神高の前へと歩む。

威圧的な視線を送り、紫杏が「その勝負、受けて立つ」と言って神高は勝ちを確信したように笑った。

 

 

「では一時間後に試合開始です。それまでに役割を決めてください」

 

 

それだけ言って、神高は伝説選手達を連れてベンチへ腰をかけた。

不安がいっぱいな小波に、紫杏は「安心しろ」と力強く言った。

 

 

「これでも少しは監督経験がある。まず、投手は君だ」

 

 

いきなりのポジション決めに小波は異議を唱えようとしたが、それよりも早く紫杏は告げて行く。

 

 

「一塁カズ。二塁白瀬。遊撃ピンク。三塁甲斐。捕手トモ。外野はブラック、浜野、それに……そこの赤いヒーローを使うとしよう。貴様、起きてるのだろう?」

 

「“ジャジメント”社長にはお見通しですか」

 

 

紫杏の一言に、先ほどレッドと芹沢達が呼んでいた男が起き上がる。身長は小波とそう変わらず、声はどこか大人びた声をしていた。

赤いマスクとライダースーツ、それに黄色いマフラーが何よりの特徴であり、レッドの名の通り、戦隊モノなら主人公であろう人物がそこにはいた。

 

 

「外野は俺に任せとけ」

 

「ストップ、ストップ!勝手に決めないでください!ましてや野球経験があるのかどうかもわからない人に……」

 

 

「あるぞ」という紫杏の即答に、小波は間抜けな声出した。

 

 

「ブラック、レッド、ピンクは実際にこのポジションで野球をしていた。カズと浜野もソフトボールぐらいはしたことはある。白瀬と甲斐はこう見えても運動神経は人の数倍はあるからすぐに手慣れてるだろう」

 

「そこまではいいですよ!問題は捕手なんですぅ!」

 

 

小波の最高球速153キロを見た目可愛らしい乙女が受け止める。小波は想像したが、その結果は無理の二文字だ。

しかも投球はいちいちタイムをかけて話し合うのではなく、投手と捕手の間で決めたサインで配給をしている。そんな意思疎通もできてない状況で「捕手をやれ」というのは無理としか言いようがない。

 

 

「身体能力だけならそうだろうな。しかし、トモは記憶を探る能力がある。それでお前の投げる球をわかってもらえ」

 

「百歩譲ってそれでいいとしますよ。でもソフトボールじゃあ……」

 

「ソフトボールをやってる連中は制球に乱れを起こすのも考慮済みだ。一塁に体の大きいカズを使うことでカバーできる範囲を増やし、浜野を野球経験者二人でカバーする。一塁は送球も少ないしな。それに相手強打者のほとんどが左打ちだ。全部ホームランになることを前提に考えれば、出番が少なくなるであろうライトに浜野を置いておく」

 

「……内野は」

 

「さっきカズが説明していたし、お前もジャンケンで百連敗したからわかるだろう。ピンクは動きを先読みできる、それを利用して彼女には内野の守りの要である遊撃手だ。甲斐もピンクにフォローできれば安心してプレイできるだろう」

 

 

即興とは思えない守備位置決めに、小波はただ呆然とした。ライト側の守備が越されるのを前提にすることで、ライトの守備をゆるくしてレフト線の守備を固くしてきた。個人の能力と特徴をしっかりと吟味し、適切な配置をしてく手腕は、社長の名は伊達ではないと小波に思わせた。

 

 

「お前の言いたいこともわかる。女性にやらせるより、男性にやらせたほうがいいと。既にわかっていると思うが、この試合は普通ではない。そのために犬井には試合裏を任せる。洗谷は当初の通り私のボディガードだ」

 

 

「以上、反論を聞こう」と紫杏が聞いてくるが、現役野球選手の小波から反論が無い時点で決まりきっている。

紫杏は胸を張って「よし」というと、小波の肩に手を置いた。

 

 

「オーダーは任せて、残りの時間は各自の連携に移ってくれ」

 

 

紫杏の言葉に小波は「わかりました」と答えるしかなかった。




【補足コーナー】


Q.久しぶりの千羽矢。
A.頭に触手ぶっ刺したり、無双やってて能力を全力行使しております。


Q.千羽矢の能力。
A.それは更なるおまけ補足コーナーで説明いたします。


Q.千羽矢「普通のプロ野球選手じゃない!」
A.プロ野球選手というだけで、既に普通ではありません。


Q.桃井の能力便利過ぎ。
A.実際にそうだし、放射能も飛ばせるの本当だし、動きの先読みも事実だし。文句はパワポケスタッフに言ってください。


Q.レッドって?
A.パワポケ7で初登場。投手能力高い、打者能力高いとまさに主人公能力。パワポケ14でも再登場し、その舞台ブギウギ商店街に愛着を持っている。そんな感情を持った主人公がいたりするが……?ちなみに通り名はタフでクールなナイスガイ。もしくはイキでクールなナイスガイ。あれぇー、既視感があるぞぉ?


Q.小波ご乱心。
A.千羽矢攫われたり、意味のわからないことに巻き込まれたり、トラウマもんの見たり、ストレスが溜まらないほうがおかしいです。


Q.王貞治、落合博満、松井稼頭央、長嶋茂雄……etc
A.全員全盛期の力です。メンバーは『ぼくがかんがえたさいきょーのやきゅうちーむ』です。阪神要素が多いのもそのためです。ちなみにパワプロ8でも実際に『伝説最強戦』があります。メンバーは違いますが、結構強いです。


Q.紫杏の采配。
A.理由をとってつけて真剣に悩んだ結果がこれです。別名、オレ流采配(ドヤァ)


Q.王貞治って?
A.世界のホームラン王。シーズン本塁打は抜かれたが、通算記録はいまだに不動の800越え。


Q.落合博満って?
A.オレ流采配の人。三冠王とったりと本塁打記録が50超えたりと超凄い。


Q.長嶋茂雄って?
A.ミスタージャイアンツどころか、ミスタープロ野球。彼がいたからこそ野球は日本でメジャーなスポーツになったといっても過言ではない。ただ天性の感覚の持ち主で、練習のイメージを擬音で伝えたり、バラバラのバッティングフォームでヒットを打つので、よい子のみんなは真似しないほうがいいプロ野球選手ブッチギリの一位。


Q.鈴木一朗って?
A.みんなご存知、日本球界どころか世界の歴史に残る最高の外野手、その名もイチロー。全盛期は一打数三安打だったり、ホームランは内野安打の打ち損ないだったりするが真偽は不明。なお、イチローのレーザービームで地球が崩壊することはあったりなかったり……。崩壊したら新井が悪いということで。


Q.松井秀喜って?
A.あまり口にしたくありませんが顔が残念。しかし、そのホームラン技術は王貞治の引けをとらない。アーチストと呼ばれたりしたらしいが、メジャーでは通用し辛かった模様。愛称はゴジラ。なお稼頭央のほうはリトル松井。


Q.野村克也って?
A.珍言&名言の「マー君、神の子、不思議な子」を生み出したツンデレおじちゃん。彼は配給比率などを計算してプレイするデータ野球を行い、見事球史に残る大記録の数々を打ち立てた。そんな彼の最も偉大な功績は、福本を止めるために作られた盗塁阻止の『クイックモーション』だというのは間違いない。彼がいなければ日本の野球は後10年遅れていた。


Q.野茂英雄って?
A.みんな大好きトルネード投法の元祖。まともに使える変化球がフォークぐらいだが、投法の球の出処が見にくく、しかもかなり落差のあるフォークと超速球と駆使して奪三振をもぎ取る姿に、日本ではドクターKと呼ばれている。ちなみにパワポケではトルネード投法は、はがね投法と呼ばれている。ちなみにKは神高ではなく、三振のK。


Q.ダルビッシュ有って?
A.史上最強といっても過言ではない大投手。10以上にも及ぶ一級品の変化球と150後半は行く力の投球にはメジャーでもメロメロ。メジャーでは大活躍し、ノーヒットノーラン寸前までやらかしたりと色々おかしい。ただそんな彼はTwitter芸人である。ちなみに彼の弾道は8。


Q.田中将大って?
A.みんな大好きマー君。2013年のペナントで24連勝と1セーブという意味不明な成績を残し、楽天日本一の原動力となった。ペナントの『田中の八球』は球史に残っていいレベルの名シーン。なおドルオタピッチマンマークソとは別人らしい。


Q.金田正一って?
A.通算記録第一位が多すぎな大投手。本人の性格に超がつくほど難があるらしいが、その成績に歪みはない。昔の野球は実力がないので今やればゴミ屑、という意見があったりするが、映像検証したところ全盛期金田正一の球速は158キロあったらしい。すげぇ。


Q.沢村栄治と景浦将って?
A.職業野球は沢村が投げ、景浦が打って始まったと言われるほどのプロ野球選手。決して二人はプリキュアではない。沢村栄治は後の『沢村賞』として名が彫られ、未来永劫彼の名前は残るであろう。景浦?そんなことは俺の管轄外だ。


Q.今回の補足長くない?
A.黙れ(キレ気味)、野球選手についてぐらいは語らせろや!(ブチギレ)


Q.藤川球児って?
A.阪神タイガース歴代最高の中継ぎ兼抑え投手。名前の通り野球をするために生まれたような人であり、その速球は『火の玉ストレート』と呼ばれるほどノビと速さがある。メジャーに行ったが、現在行方不明。どこにいるんでしょうかね(白目)


Q.ジェフ・ウィリアムスって?
A.何かすごい中継ぎ投手らしいです。外国人投手は特に興味ないのでわかりません。ただ強いらしいです、はい。


Q.佐々木主浩って?
A.ハマの大魔神と呼ばれた横浜の切り札。彼がいる限り、横浜との試合は七回で終わるというほど投球技術が優れている。横浜にはこんな選手もいたんだ!(*^o^*)


Q.浅尾拓也って?
A.球界屈指のイケメンクローザー。実力は折り紙つき。岩瀬のセーブ記録のため、踏み台によくされている。最近では岩瀬の介護士になったとか……?


Q.岩瀬仁紀って?
A.球界最高の抑え。シーズンセーブ記録がぶっちぶりで、その実力は高い。ただ浅尾介護士が慣らした試合をメチャクチャにしちゃいがちとのこと。果たして岩瀬は浅尾の介護から抜けることはできるのか?


Q.投手終わったぞ。
A.次は野手控えですよ。最後まで付き合えよ(逆ギレ)


Q.ランディ・バースって?
A.阪神タイガースので歴代最高の打者。本塁打記録も王貞治に並ぶ寸前だったりと、球界でも最高クラスの助っ人外国人であろう。見た目がケンタッキーのおじさんに似てるので、優勝のテンションでファンがおじさんを湖に落とした。実はカーネルおじさんの呪いの関係者。


Q.清原和博って?
A.無冠の帝王とか呼ばれてるが、三振王という不名誉な王冠ぐらいは持っていたりする。番長と呼ばれ恐れられたりしているが、デッドボールはぶつけても謝れば仏の顔で許してくれるぐう聖。しかもデッドボール受けても平然とした顔で一塁に歩く、無駄に頑丈。


Q.タフィ・ローズって?
A.本塁打が王貞治と並んだらしいよ。それ以外はあまり知らない。阪神以外の外国人あまり興味ないので。


Q.坂本勇人って?
A.歴代でもトップクラスの遊撃手らしい。目立った記録はないが、元々遊撃は守備が専門だったりするので仕方ない。打撃成績は悔しくも鳥谷よりいいので、このチームに入れました、こんちくしょう。


Q.小笠原道大って?
A.愛称ガッツ。色々と記録はあるが、やはり先にあげたのと比べると地味地味アンド地味。でもガッツはガッツ。ただし巨人の小笠原と、巨人小笠原は別人。サンキュー、ガッツ。ファッキュー、カッス。


Q.張本勲って?
A.トリプルスリーをナチュラルにやっちゃう、守れる安打製造機。首位打者もとったりと凄いには凄いのだが、それよりもキチガイ外野手がいるので今回はベンチを温めてもらいます。


Q.赤星憲広って?
A.盗塁の貴公子。盗塁をするためだけに生まれた俊足の持ち主。愛称はレッドスター。その代わり本塁打は出さない。しかし盗塁一つにつき車椅子を一台寄付したりと球界屈指のぐう聖。そんな彼は不運な事故で現役を引退。阪神ファンとして泣きたい気持ちです。


Q.山本浩二って?
A.バッティング記録もいいらしい外野手、僕はよく知らない。正直書いた後で珍記録と珍事件が多い金本アニキのほうがいいのではないかと思った。



【おまけの補足コーナー】


〜千羽矢の能力について〜

実は今回の千羽矢の能力、一部はパワポケ本編で登場しておりません。オリジナルというか、元々ある千羽矢の能力に工夫を入れたというべきでしょうか。
とにかく千羽矢は声帯変化や指紋変化は確かやっておりません。しかし自らの細胞を硬質化するのは可能だし、触手に変えたりするので、それぐらいの芸当はやってのけるかなぁ……と思い、今回の変化応用を追加いたしました。

以上、千羽矢補足でした。


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第十五話 伝説最強!その裏に潜む笑み

まさか登校二日目で実力テストとはなぁ……たまげたなぁ。


※補足コーナー追加しました。


一時間の打ち合わせを終えて、ついに神高グループと紫杏率いる“ヒーローズ”の試合が幕を開けた。

ユニフォームは無いとして、スパイクとヘルメットとバットは神高からのお借りもの。細工でもされてないかと危惧したが、桃井が「大丈夫」の一言で判断して、みんな砂糖を見つけた蟻のように野球道具を借りた。この時、小波は再び桃井の能力はつくづく便利だと感じた。

などがあったが、試合は始まって一回表は“神高グループ”からの攻撃。結果だけ言えば小波はアウトをすべて三振でとった。しかし、問題は一回表での電光掲示板に表示される得点にあった。

 

 

「6-0……」

 

 

初回大炎上、普通なら何をやってるんだと誰もが起こるだろう。

しかし相手が相手のうえに、こちらの守備は最良の選択をしたはしたものの、それでもプロと比べれば天と地ほどの差があるのは明白だ。

一番の福本がヒットを打てば、続いて二番の松井稼頭央、三番イチローと続いて、四番は世界のホームラン王の名を持つ王貞治だ。そこまでノーアウト満塁でグランドスラム。続く五番の長嶋茂雄もヒット、六番落合でようやく始めての三振でアウトをとるが、七番のゴジラ松井に特大ツーランホームラン。八番野村は、お得意のデータ野球といきたいがところだが、小波の詳細なデータがない彼には、それが仇となり全くバットに当てることができずに三振。九番の江夏には粘られたものの、何とか三振で抑えて終えたのだった。

 

 

「ごめん、私の……その、リード?っての悪くて」

 

「大丈夫。逆に充分すぎる」

 

 

申し訳なさそうに言う友子に、小波はお世辞なしに本音を言った。

今回が野球が初めてだと言うのに、リードは完璧なものだった。ボールを受けれないのは多々あったが、それはプロでもあることだし、気にしたら逆に繊細すぎるプレイに調子を崩す。盗塁を刺せないのはちょっとキツイが、盗塁してくる相手なんて福本、稼頭央、イチローだろう。トップクラスの盗塁にはいくら何でも雨崎でも難しいだろうし、元々カバーも知らない白瀬のこともあり、盗塁は今回は大目に見る。

なにより最高球速で投げても大丈夫だということに小波は驚いた。これさえあればまだ抑えられる自信が沸くものだ。

 

 

「先頭打者はブラックだ、頼むぞ」

 

「…………了解」

 

 

紫杏の指を指すと同時、芹沢はやる気のなさそうな顔でバッターボックスに立った。

ヒーローズの打線はこうだ。一番芹沢、二番桃井、三番浜野、四番和那、五番レッド、六番白瀬、七番甲斐、八番小波、九番友子。言い方は悪いが、監督混じって満場一致で友子は打撃では使えないので、はなから戦力として考えずに打線を考慮した結果だ。

そうこうしてるうちに江夏の三振まで後一球の三球目。芹沢は辛うじてバットに当てて、三塁線ボテボテの内野ゴロ。しかし、芹沢は走る。夜に光る雷のように早く走り、頭から滑り込む。長嶋の送球と同時にベースを触り、判定はセーフ。芹沢は内野安打を記録する。

 

 

「おおっ、メチャクチャ早い」

 

「ウチのリーダーは俊敏性はピカイチ、あんなゴロゴロの投げにくいのまともに間に合うわけないやん」

 

 

和那が不貞腐れて顔を沈ませる中、桃井は元気にバットを持ってバッターボックスに立つ。

そして小波はそこでふと思い出した。桃井は感覚を超強化している。ということはもしかしなくても、江夏の投球が桃井にも見えているかもしれない。

 

 

「はい、ゴメンなさいね〜!ツーラン貰っちゃいましたぁ!」

 

 

非常に憎たらしい声と共に、桃井は初球をホームランした。ルンルン気分でスキップしながらダイヤモンドを一周する姿は野球選手を侮辱する行為そのものだが、今はそれに気にしてる場合ではないので小波は寛容な心で受け入れる。

そして桃井がホームインして6-2。あっという間に二点を取り返した。どうやらこのチーム、打点を取るだけならそこらの野球選手よりもありそうだ。

打点不足で乏しい阪神には是非欲しい要素であり、小波は今度こういう人来ないものかと考えながら、続く三番の浜野のバッティングに視線を送る。

 

 

「ボール球振ってストライクか……」

 

 

ツーツーと追い込まれていた浜野に、小波はベンチから「ドンマイ」と声をかける。

ボール球なんて振って当たり前だ。浜野や他の未経験者もどこからどこまでボールなのかは知っていない。ボールがあるというルールは知っているが、クサイところボール気味がきたら範囲がわからない彼女らは振るに決まっている。

嫌なところを気づかれた、と思う小波だったが、さすがの浜野も元ソフトボールをやったことは伊達ではないようで、同じところの速球を見送りボール。これでフルカウント。

バッティングのタイミング間に合っている、ただ体のバランスがおかしいのとアウトコースの球にはドアスイングなので、このままだと凡打に終わる確率も高い。

 

模造した伝説選手とはいえ、その実力だけは本物だ。江夏は前打者二人の嫌味な攻撃に動揺せず、浜野の対して渾身の直球をぶち込む。

反応する前に白球はキャッチャーミットに吸い込まれて三振。ど真ん中ストレートという、あまりの勝負強さと度胸に小波は武者震いをしてるのがわかる。

 

この勝負、一体どう動くのか。期待と不安が込み上げた小波だったが、四番打者の和那の『超能力』を行使してのバントホームランに一気に煮え滾った心が凍りついた。

 

 

 

 

 

電光掲示板が6-3と表示される頃、犬井はたった一人で広い球場を駆けていた。どこの扉も回ったが、力づくで開けようとしてもビクともしない。

持っていた重金属の刀から放つ抜刀でも切り開くことはない。犬井の抜刀術はガードマンとしては極限の領域にまで達しており、そこだけ見ればホンフーと渡り合っていた芹沢と和那よりも強い。

刃は空を割くことを忘れはしないが、どうやっても扉の向こうには行けない。ここで犬井は今まで疑問が、すべて確信へと昇華した。

 

和那が「普通ではない」と言っていたが、それは常識的な意味ではなく、能力的な意味だ。ゆえにこの状況は能力としては異常なのだ。

和那や桃井、芹沢に能力があるように、犬井にも能力がある。より正確に言えば、生まれた時から授かれた『呪い』なのだが。

呪いは刀に宿しており、その効力は『存在するものならすべて殺せる』という非常に漠然としたものだが、またそれを対象とするものも漠然としている。

目に見えてるものは例外なく切り倒した。しかし、その中で犬井には『呪い』で斬れないものの対象が一つわかった。

 

それは『概念』だ。犬井の能力で存在されると思われるものは、それが何であれ殺すことができる。しかし『概念』は斬り殺すができない。

つまり扉を殺せないのはこれが既に『概念』としてその口を閉じてるせいだ。どうやって『概念』にしたのかはわからないが、そんな不思議なことができる人物は一人しかない。

 

 

「……デウエス」

 

『ふふっ……やはりあなたにはわかりますか』

 

 

犬井の呟きは、自らが持つスマフォが答えた。

 

 

「……お前の能力は『ゲームとして受けるならば、あらゆるルールをゲームに作る』のだったな」

 

『正確には違いますが、概ねそう言ったところでしょう』

 

 

サングラスの奥から冷静な目つきで犬井は自分のスマフォを睨む。そこには黒人よりも深い肌色、気持ち悪いほど青い髪、そして顔のない女性と思わしき人物が映っていた。

 

 

『ヒーロー達には警戒されて、携帯をちょくちょく破壊されましたが、あなた達“紫杏派”とヒーローをコンタクトさせることでここまで上手く行くとは……』

 

 

デウエスであろう人物は、機械音混じりの笑い声をあげて犬井を見た。『どうでしょう?』

 

 

『外国人助っ人の情報操作、トモと接触してのヒーロー達との接触……それにホンフーによるここまでの誘導。おかげで必要なサンプルはすべてここにあります』

 

「……何が言いたい」

 

『察しのいいあなたならわかるでしょう。小杉という超人的スペック……レッド、ブラック、ピンクのオカルト……トモの記憶閲覧……完璧なアンドロイドサイボーグ白瀬と、そのコピーに成功した甲斐。カリスマ性に溢れる紫杏、唯一無二『呪い』のあなた……。さらには“神高グループ”が持つ歴代選手すべてのDNA、それを完全再現する施設……そして細胞レベルで操作する千羽矢と絶望的な怪我から復帰してきた小波……』

 

 

『ここまであるなら逆に神高には手に余る』とデウエスは笑い続け、なにも無い顔に赤い目を覗かせた。

 

 

「……あらゆる方面で最強のアンドロイドを作る気か」

 

『ええ、それも神高が言ってたような朽ぬ体ではない。進化し続ける最高傑作をこの手に収める!』

 

「……くだらないな」

 

 

一閃、犬井はデウエスが映るスマフォを刀で二つに裂いた。しかし声は止むことなく『無駄無駄』とデウエスは言う。

 

 

『今の攻撃で私はもうすぐ死にますが……私は電脳体、0と1の世界には私のバックアップはあり、数分後には私は復活する』

 

「……悪いがお前は勝てないぞ」

 

 

『精々言っておきなさい』とデウエスは言って、その姿を消した。彼女の説明通りならデウエスは今死んでいるということになる。

犬井は刀を逆手で持つと、長い廊下を走り抜けた。

 

 

 

 

 

8-4、それが三回表の状況だ。小波は必死の投球で二回の攻撃を二点で抑えたものの、二回裏は得点には恵まれず。一回裏でとったヒーロー達の四点を大事にしようとマウンドを蹴った。

 

気合を込めた一球目。150キロ越えの直球は、内閣低めを貫いてストライク。ゴジラ松井は反応せずに球を見る。

果たしてこれは見送ったのか、小波は分かりやすいように再び内閣低めに投げる。だが、今度はもっと低めに投げてのボール玉だ。

これはどうだ、と思うところでゴジラ松井はバットを振ろうとした。しかし、すぐさまボール玉と気づいてバットを引き戻して判定はボール。

 

選球眼はあるとわかったが、問題はバットを振るということだ。このまま直球では抑える自信は無いし、かといってカーブや高速スライダーが通じるとは思えない。

ここは打者の気持ちをズラすという意味を込めて外角ボール玉。明後日の方向に向かう白球は、ゴジラ松井のタイミングを崩すには持ってこいだ。続く二球目もボールからボールへ落ちるカーブ。ツーツーとなり、小波は直球を内閣高めに投げ、ゴジラ松井は打つがファール。状況はツーツーのまま動かない。

 

二巡目である程度乱打を受ければ小波にも、彼ら伝説選手達の呼吸がわかってくる。下手に攻めたり守ったりすれば、逆にこちらがやられる。

だったらこっちは攻めの一点のみ、そう思う意思を滾らせて投げる小波。振る松井。

判定は早すぎるスイングで空振り三振。三十近くは差があるチェンジアップだった。

 

 

「……っしゃあ!!」

 

 

今回一番の手応えに、小波は拳を強く握ってガッツポーズを突き上げた。

上がり調子の小波は止まることも知らず、続く野村も三振、江夏も三振。

三者連続三振で勢いづいたヒーローズの逆襲は三回裏を無得点で終えたものの、その回のヒットはなんと五つ。

四回も五回も互いに無失点でゲームは動かず六回目。伝説選手達は江夏からの攻撃だが、代打として清原を出すと思われる、と紫杏は言う。

 

 

「わざわざ配球が読まれてきた江夏を使う理由はどこにも無い。だったら他のトップクラスの選手に任せたほうがいいし、ここで代打を入れるのも悪くはない」

 

 

マウンドも荒れてきたところで暫しの休み。野球を慣れてない友子と白瀬は息が絶えるようにツギハギのものだが、首元の汗を拭うと、吐息を強く白瀬は言った。「で、裏の様子は?」

 

 

「犬井からの連絡はなし。あいつはそうそう敗れはしないから平気ではあろう。それよりも、ここから先は嫌な予感がするぞ」

 

 

その不穏な言葉はこれからの非人道的な未来を予測していた。




【補足コーナー】



Q.超能力使用。
A.ヒーローのくせにやることが汚い。


Q.犬井さんの能力。
A.ESPジャマーで阻害されることはありませんし、本人のスペックが高いので隙無し。


Q.デウエスって?
A.パワポケ12でグラフィック登場。パワポケ11では彼女の存在は既に匂わせている。ゲームでも電脳体で有り、インターネットの中で生きる生命。そんな彼女にも色々秘密があったりするが、役割はパワポケ12のラスボス。


Q.ちょくちょく携帯を破壊された。
A.第九話でカズにスマフォ握りつぶされた理由がそれ。


Q.デウエスついに登場。
A.元々第二章のボスキャラ候補でしたが、諸事情でそのまま採用。彼女の存在は便利と言えば便利ですが、いるだけ邪魔なので早めに処理しようと。


Q.デウエスの能力って?
A.ゲームでもよく明記されてませんが、ゲームを生じて画面前のプレイヤーを取り込むので、それを自己解釈してこうなりました。批判バッチコーイ。


Q.紫杏派って?
A.簡単に言えばジャジメントは世界一の会社なので、様々な派閥があります。その中の一つが紫杏派。他にも色々派閥があったりする。


Q.デウエスがしたいことって?
A.犬井の言ったとおり最強のアンドロイド。 言ったものすべてを複合させたものを作る予定。実は他に理由があるとか……?


Q.小波の投球が伝説選手に通じる!?
A.そろそろ打者の癖が見えてきたので、小波もそれを多用します。さすがに長嶋茂雄は対応できませんが。


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第十六話 この世界が起こす風景

のんびり気ままに鼻くそほじくりながら執筆。
その時、鼻毛が五本抜けて血が出た。痛い。


球場内の管理室、そこで犬井は並み居るすべてのアンドロイドを一閃で切り伏せて行く。切られたアンドロイドはすべて見覚えのあるプロ野球選手からボクサー、サッカーとその世界のプロフェッショナル。しかしどこか似つかない顔つきは。まるで複数の人物を組み合わせたようだった。

ここまで計画が進められ、かつすべてがデウエスが言う最強のアンドロイドを作るためのプロトタイプだということに犬井は舌打ちをして、迫るアンドロイドを一人、また一人とその刀で葬る。

 

 

『アンドロイドというのは便利ですけど、その代わり三つ以上で作ると互いの細胞が拒絶反応起こして自己破壊しちゃうんですよ』

 

「……そのための主人格であろう」

 

『確かに、“ジャジメント”みたいに主人格を作れば三つ以上の細胞を使おうとも自己破壊は無いでしょうね。白瀬みたいに』

 

 

管理室のありとあらゆる画面からデウエスは犬井を覗き、視線を逸らさず不気味な笑みを浮かび続ける。

 

 

『それだと意味ないんですよ。私が欲しいのは思うがままに動く赤子のように空っぽなもの……そのためには主人格を必要としない技術と、それに必要な特殊な細胞も必要なんですよ』

 

「……それが雨崎か」

 

『やはり察しはいいですね。その通り、雨崎千羽矢の能力は『自分の細胞を変化、あるいは再生させる』というもの。細胞変化をナノレベルまで変化させることができれば十を超えた複合人物でも自己破壊することはない』

 

 

『仮に自己破壊したところで再生しますからね』と誇らしげに言う彼女の笑みは崩れることはなく、犬井を侮蔑する目で見下ろした。

 

 

「……そこまでして何がしたいんだ?合理的なお前がそんな無駄な物を作るとは考えられんが」

 

『ロマンです。皆が願うであろうロマン、それの集大成。それが私が作るアンドロイド……』

 

「ロマン……。メルヘンが過ぎるな」

 

 

『存在が既にオカルトですから』とデウエスは、お茶らけた声で笑いながら言った。

 

 

「……オカルトの貴様にはわからないだろうな」

 

『何がですか?』

 

「その完璧な技術に決定的な欠点があることを。それを今からヒーロー達が証明させるだろう」

 

 

『わけもわからぬことを』と笑いながら、デウエスは突きつけるように言った。『でしたら今の試合状況をお見せ致しましょう!』

 

 

 

 

 

「ぁああああ……!!」

 

 

六回表、ノーアウト一塁の状況。小波はマウンドで膝下を押さえつけて崩れ落ちる。

紫杏の言う通り、江夏は下げられて代打に清原。そこで試合は思いもよらぬ方向へと傾いたのだ。

清原の初球を捉えたフルスイングが、地を跳ね小波に直撃したのだ。高めの内角を転がすだけでも中々難しいことなのに、打球は鋭い速さで空間を裂いた。

そんなの普通にやったらできる物ではない。だとしたら考えられる要因は一つ、わざと打球を小波にぶつけるためにそういう打ち方をしたという考えだ。

 

 

「大丈夫、小波!?」

 

 

いち早く駆けつけた白瀬は肩を貸して小波を立ち上がらせる。激痛が走ることはないが、怯んだように足が痙攣してるのが見てわかる。

明らかに無事ではない姿だったが、小波が力強く「大丈夫」と言うと、白瀬は不安げな顔をしながら「わかった」と言って守備位置である二塁へと走って戻った。

 

しかし続く福本も同じ策に走らせた。震える足が投球にに制球力を与えることもなく打球は再び小波を強襲。今度は腹部を捉えられ、小波は堪らず腹を抱えた。

 

 

「はっはっは!どうですか、今まで余興に付き合ってきましたが、ご覧の通り伝説選手はフェア精神もなく私の思うがまま……」

 

 

響く声で言う神高に、友子は「卑怯者」と罵るが、ルール上では問題ない。

打球なんてどこに飛ぶのかわからないので、打球が投手に当たろうとも仕方ないの一言で済ませてしまう。連続で起これば審判は咎めるが、問題はそれが故意かどうか。

今回は故意であり普通なら退場物だろう。

しかし、ここには公平な判定を出しルールだけを守る機械しかないので、そこに心がなくルールしか見ない機械には今回の故意打球は「仕方ない」として判定される。

 

一見公平な勝負だが、ラフプレーも入ればまるで公平ではない。強く睨む小波に気づいた神高は、誇らしげに笑うと次の選手の名を呼んだ。「稼頭央、次は肩だ」

 

 

「…………了解」

 

 

機械のように抑揚のない声で言う稼頭央の姿は、プロ野球選手として悲痛な物だった。

偽物、複製物とはいえ間違っている監督の采配を受けて実行する。それがどれほどプロとしての心が削られるか、小波にはわかる。

だが神高にはそれがわからない、わかろうとしない。彼女はプロ野球選手でもなければフェアな人間でもないからだ。

 

 

「がっ!!」

 

 

再びボロボロの状況で投げた投球は初球で打たれ、打球はわずかにはずれて胸部を襲撃。身体中に激痛が襲い、酸素を吐き出したかのごとく、小波は息を漏らしてマウンドで仰向きに倒れた。

 

 

「これ以上投げたら危ないよ!」

 

 

桃井の言葉に、小波は「嫌だ」と即答した。

 

 

「……どうしてそこまでして投げるの」

 

 

小波はその問いに「決まってる」と言った。

 

 

「俺があいつのヒーローだからだよ。だから俺はこの手で千羽矢を助ける、愛してるんだから助けなきゃ……俺が!」

 

「……ピンク、小波に譲ってやれ」

 

 

激昂する桃井の肩にレッドの手が置かれた。

マスクの奥からでもわかるレッドの真剣な目つきに、桃井は口を塞ぐと思われたが、それがさらに桃井の心を刺激して声を怒鳴らせた。

 

 

「わけわかんないよ!どうしてみんな自分の身を犠牲にするの?ブラックもカズも浜野も、みんな大事な人がいるのに……どうして無理すんのよ……!」

 

「あんなぁピンク。大事な人がおるとみんなそうなるんよ。ウチもブラックも浜野も、大事な人が闇の世界に関わるなら近づけたくあらへんし、仮に闇に囚われたら助け出そうと思うんよ」

 

 

「例え、それが独りよがりでも」というカズの瞳は慈愛に満ちているが、どこか恨めしげで小波と桃井を見る。

桃井はカズから目を逸らすと、間髪入れずにレッドが話しかけた。「そういうもんだ」

 

 

「それに俺たちは『正義の味方』と同時に『ヒーロー』だ。今時時代遅れのスポ根ボランティアのな」

 

 

「だからこそ王道を行く。泥に塗れようとも、こいつは助け出すだろうな」というレッドの言葉は、まさに見た目に削ぐわぬ主人公らしい台詞だった。

桃井は渋々と受け入れ、マウンドから離れると入れ替わるように紫杏が小波へと近づく。

 

 

「正直言って、私の意見だけ言えばすぐに下げたい。お前は今後の球界を引っ張るであろう新星なのだからな」

 

 

「しかしだ」と紫杏は言う。「愛は尊いものだ」

 

 

「……アタシも昔は好きな人がいた。その頃のアタシは愛は尊いものだと感じず、彼の言葉を拒絶してしまった。だが、今こうして離れてみて人の愛を見てわかる……。ここまで愛は心を締め付けられるのだな」

 

「社長らしくないですね。情でも移りましたか?」

 

 

あくまで事務的に聞くよう甲斐は紫杏に問う。

 

 

「かもな。所詮私も『箱の中の猫』ということだ」

 

 

「そうですか」という甲斐は妙に嬉しそうで、紫杏は「というわけで任せた」と言ってベンチへと戻る。

 

 

「……社長からの命令ですので、最後までやり遂げてください」

 

「今は監督だけどな」

 

 

気を突かれたのか、甲斐は珍しく目を見開いた。

すぐに甲斐は「監督の命令ですので」と笑って自らが守る三塁線へと戻っていく。

和那も戻って行き、残るはレッドだけだ。白瀬と友子は定位置で小波を見守る。

 

 

「……任せたぞ」

 

 

力強く、そして決意を固めたようにレッドは聞く。

小波はしばし息を吸い込んで、一言だけレッドに伝えた。「言われなくても」

 

 

「どう足掻いても私達に勝てはしませんよ?さぁ、イチロー!次は彼の頭部を狙いなさいっ!」

 

 

今度はイチローがバッターボックスへと立った。

今までの激痛は鈍痛へと変わり、制球に難が出るほど肩や腕に痛みはない。今できる最高の投球で小波はイチローと戦う。

しかし相手が悪かった。三振をかけた六球目、外角高めの球を見事に捉えられて再び小波を襲う。ぶつけられた踝は痛みと共に腫れ上がり、小波をもう一度マウンドに膝まづかせる。

 

 

「まだぁまだぁ!!」

 

 

後ろから心配の声が聞こえるが、それらすべてを無視して気合と根性で立ち上がる。

そして続く打者、四番に王貞治に速球を見せつける。だが打たれる。今度は小波の脇腹に白球は向かう。

 

 

「いいサンドバッグですねぇ!清原から続く打線で今は10-4!」

 

 

高らかに笑っていた神高だったが、急に不服そうな顔で「ですが期待外れです」言った。

 

 

「あなた達は三つの細胞を混ぜたアンドロイド伝説選手!まさに最強の二文字がふさわしいものなのに、私の要求通りに小波を倒せないとはどういうことでしょう?」

 

 

「次は頼みますよ、長嶋」と言って神高は長嶋茂雄をベンチから突き出した。渋々とバットを持ち、ヘルメットを持っているように見える鈍い速さに神高はさらに罵倒を綴る。

 

 

『ムカつかないの?』

 

 

いきなり小波の頭の中で、友子の言葉が聞こえた。

少しばかり小波は不思議に思ったが、試合前に教えられた記憶操作の力を使って、そういう会話をしたという記憶を植え付けたのだろう。

それに友子は小波との配球を、その記憶閲覧を駆使して覗き込んでくれている。だとすればこの声の返答は、自分が会話をするように心の声が浮かべればいいだけだ。

 

 

『ムカつくさ。だけど……俺は野球選手だ。野球でムカついたことは、野球で返す』

 

『よっ、いいこと言うね若大将』

 

 

「誰がだ」と思った小波だが、長嶋茂雄は既に打席で構えて待つ。

 

 

「……長嶋さん。あなたはこのまま黙って神高に従うんですか?」

 

「無駄ですよ、私が作ったアンドロイド達は私以外の言葉を拒む。絶対に」

 

 

「そうですか」と言って、小波はマウンドを二回蹴った。

小波が集中する時によくやる癖だ、小波は瞳に炎を浮かべ、振りかぶって投げた。

 

獅子が吠えるように球威がある速球。長嶋茂雄は空振りをし、続く二球目三球目も空振りをさせて三球三振。ようやくアウトを一つ取る。

 

 

「だったら野球選手らしく、野球で語ります」

 

 

「だから全身全霊の全力の直球だけで抑えた」という小波だが、それを聞いた神高は鼻で笑った。

 

 

「田中の八球みたいに直球だけで?江夏みたいに三振を?それでアンドロイドの選手達に語ろうと?」

 

 

途端、神高は笑いながら言った。「言ったでしょう、三つの細胞を混ぜたと」

 

 

「主人格は確かにその人の物ですが、残り二つの細胞は別の野球選手の物!それで主人格の記憶の結合を阻害させ、尚且つ洗脳を容易くさせる。彼らはもはや野球をするためだけの兵器!」

 

 

「どう足掻いても完全再現された彼らに叶うわけがないのですよ!」と宣言する神高。神高の次の言葉はまたも非道な物だった。「ローズ、二度と生意気な口を叩けぬようぶつけてやれ」

 

 

「…………オーケー」

 

 

今にも殴りかかる視線で、落合の代打として打席に立つローズ。

あまりの重く凄まじい視線に小波は怯みそうになるが、それ以上に闘志が燃えたぎるのを感じる。

確かに神高の行為や、神高の非道采配には怒ったりもした。だが伝説選手達とこの身で合間見えるという奇跡には、さすがに関係なく感謝をしたい。

 

だからこそ神高は許せない。野球選手としての誇りをすべて踏み潰して戦わせようとする姿は、相手への侮辱であり、何より自らの選手に最も非礼な行為でもある。

 

 

「そんなのに……踊らされてんじゃねぇよ!」

 

 

もう小波は限界を迎えようとしている。実力の高い伝説選手相手へのプレッシャーに、それに対抗するための集中力。そして先ほどの打球直撃。

今までの疲労がついに体に直に現れ、今日一番の大失投を起こす。チェンジアップよりもほどよく早く、そして普通のストレートよりも遅い超ど真ん中。

それをローズが見逃すことはなく捉えて、小波へと打球を飛ばした。

 

 

「……っ!!」

 

 

あまりの衝撃に小波は嘔吐をした。誇り高きマウンドを汚したが、そんなのを構う暇もなく直撃を受けた自分の心臓に手を添える。

 

 

「……まだ投げるぞ!」

 

 

今度は汗がマウンドに垂れる。一つ落ちると、雨のように次々と汗がマウンドへと零れ落ちて行き、その中には赤黒い雨もある。

血生臭い手での七番バッター、再び代打で打者は安打製造機の異名を持つ張本。

 

体が痛みを訴えながらも小波は投げる。張本に打たれ、今度は脚部を襲う。

立つこともままならなくなりそうだが、それでも維持で投げ続ける。野村にも打たれ、打順は一巡して清原。再びピッチャー襲撃の痛烈な打撃を受ける。

だが、そんな中でも小波は投げ続ける。千羽矢を救いたいから、野球という物を伝えたいから、小波は投げ続ける。

福本に打たれ、稼頭央に打たれ、引き続きイチロー、王貞治に打たれて、もう打点すら気にする余裕がないほど体はボロボロにされる。

 

 

「何故だ……何故立つ!!」

 

 

しかし彼はもうマウンドで倒れもしなければ、膝もつかない。呼吸もままならないほどズタボロだが、血だらけの額を拭って彼は挑発的に笑う。

 

 

「…………ええい!もう終わりにさせろ、長嶋っ!あいつの腕を……故障した腕をもう一度壊してやれ!!」

 

「…………誰が従うか」

 

「な……!?」

 

 

神高の言葉に、長嶋茂雄は真正面で怒りを向けながら拒否した。

それは長嶋茂雄だけではない。バース、赤星、清原も次々と同意の意思を見せて『K』の文字が刺繍されている帽子を外し出した。

 

 

「どうして……!どうしてだぁ……!どうして私の言うことが聞けない……!」

 

『こんなことが……!』

 

 

それは神高だけでなく、管理室で見ていたデウエスの度肝も抜いていた。

錯乱したデウエスは壊れたレディオのように不安定な声で笑い出し、それを急変させて犬井へと怒りをぶつけた。『何故だ!何故あいつらが……!』

 

 

「……まだわからないか。例えあいつらが記憶が無くとも……」

 

「教えてやる。どんなに伝説選手達から野球の記憶を奪おうともな……」

 

「あいつらの心は」

 

「血は」

 

「「野球しかないんだ」」

 

「たかだか記憶を奪っただけで、みんなの野球が心から……魂から消えることなんてないんだよ!俺達の血には野球魂が絡み合ってるんだよ!!」

 

 

あまりにも非現実的な言い分。非現実的な論理。根拠のない自信。

しかしそれは現実となり、伝説選手達は自らの醜態を恥じるようにそのバットを、グラブを帽子を叩きつけて行く。

 

どうしてこんな奇跡が起きたのか。

小波と犬井が正しければ、その答えは一つしかない。彼らが『野球を愛しているから』だ。

単純だが、だからこその明確な奇跡。わかりやすい奇跡。ベースを踏んでいる王貞治も、イチローも、稼頭央も帽子を遠くへと投げ飛ばす。

 

 

『こんなことがあってたまるかぁぁああああああ!!』

 

「……認めろ、お前は負けたんだ。夢はいつかは覚める」

 

『だからだ!夢はいつか覚める……そんな現実が『しあわせ』なわけがあるかぁ!!私は、僕は、俺は……!!『しあわせ』を手に入れたいだけなのに!そんな現実を変えたいのに!!』

 

 

今までの冷静な態度を豹変させてデウエスは思いのまま叫びだした。まるで生まれたての赤ちゃんが産声をあげるように。

 

 

『彼らの技術と能力があれば誰かになんて何にでもなれる!夢は現実になる、現実に覚めれるようになるんだ!逃げなくて済む現実こそが『しあわせ』のはずなのに!』

 

「道を決めるのはお前ではない。自分自身だ」

 

 

そう言って犬井は管理室を後にする。

たった一枚しかない鉄の扉の先にある背中が何故だか凄く遠く感じる。

デウエスは犬井の言葉を聞き、しばし顔を伏せると呟いた。『私は私の道を行こう』

突如として、管理室はすべてを赤く染めて0と1の海へと沈んでいく。

 

 

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

何の前触れもなく揺れ出す室内球場。神高も事態を把握してないのか、この状況に焦りを見せる。

視界はインターネットのようにエレクトリックな光景へと変えて行き、それとともに伝説選手達を飲み込んで行く。

それだけで収まらない。伝説選手はやがて身を朽ち果てさせて行き、脱皮するようにその姿を新しきものへと変えていく。被られた帽子のイニシャルは『BH』と表示され、そのユニフォームはどこまでもドス黒くさせていた。

 

 

「なんや、なんや!」

 

「…………落ち着いてカズ」

 

「これで落ち着けたら相当なもんだぞ。社長さん、どういう状況か、わかるか?」

 

 

塗り替えられて行く球場に、紫杏はレッドの問いに「あぁ」と前置きして答えた。

 

 

「あまりにも強い思いが球場全体を飲み込んでいる。これは『具現化』だ」

 

 

「だろうな」というレッド。小波は移り変わる光景と事態に頭が追いつかないが、目の前にいる敵だけはわかる。

『BH』を被る新たな伝説選手達。その名前は『アスワン』という、雨崎が大好きな漫画の登場人物だった。

 

 

「ここに来て選手が大幅交代……しかも点数は18-4」

 

 

絶望的な状況に小波は笑うしかなかったが、千羽矢を救うべく白球を手にマウンドを再び二回蹴った。




【補足コーナー】



A.今回は補足するような部分はないと思う。





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第十七話 オレタチノタタカイ

死んだと思った? 残念、生きてたよ!

いやぁ、更新が長らく止まってしまってすいません。
理由としては、前回の更新でゴタゴタが重なって(文化祭やらテストやら社会見学とかバイトのキャンペーンとか)とか、単純にやる時間と、それに伴う野球愛の沈静化が原因です。

でも、ようやく片付いてパワプロのアプリやり出したらフツフツとやる気が滲み出て……。
書きたくなったけど、設定がいちいち思い出せないからメモ帳引っ張り出して内容の把握と、持ってるパワポケ全部を徹底的にやり直してました。

以上、言い訳でした。
実際はこの合間合間にときメモやらグラディウス、それに遊戯王とKONAMI製品のゲームやってました。
今までと違って気まま更新になると思いますが、それでもお付き合いください。


試合はワンアウトのまま五番打者

急な交代にも怯むことなく、小波はマウンドを踏み込む。

血だらけで意識朦朧。しかし全力で投げるその様は、本能をむき出しにした獅子の牙にも見えなくもない。

抉りにえぐって、残り二人を全力ストレート六球で三振をもぎ取った。

 

 

「っしゃぁああ!!オラっ!!」

 

 

野獣のごとき雄叫びをあげると、小波はマウンドを降りる。フラつく足取りで小波はベンチに降りると、意外な人物が早急に手当てを始めた。

石のようにゴツゴツと鍛えられた男らしい手。本物の肉体美として磨き上げられたであろう筋肉を持つ洗谷が包帯やらで応急処置をとる。

 

 

「すまないな、洗谷」

 

「心配するな監督。こういうことにもなるだろうと、薄々感づいてはいた」

 

 

「ほう」と紫杏は眉を細めて見渡す。最初に目があったのは“ダークスピア”こと茨木和那だった。

和那は背もたれ代わりにしていた特注の槍から離れると、生まれ変わったBH団を睨みながら言った。「紫杏。『具現化』やで。ウチらがマトモにやりあえるにもちと荷が重くあらへん?」

 

 

「わかっている。今考えてるところだ」

 

 

相手は神高グループだ。何がきてもいいように身構えていたものの、さすがにこれは読めなかった。

神高自身すら淡きふためく様子からして、これは本人で起こしたものではないのが察せる。

だとしたらーー。そこで紫杏のポケットが着メロの軽快な音と共に震える。電話のようで、そこに表示される発信者の名前は犬井と表示されてる。

しばし溜めて五回目のコールで通話ボタンを押すと、紫杏は冷徹な瞳を覗かせて低い声で聞く。「なんだ」

 

 

『神高グループの裏には、予想通りデウエスがいた』

 

 

紫杏は舌打ちをして、頭を掻き毟る。「やはりあいつか」

 

 

「ちょっと紫杏、今は共闘中よ。電話の内容はみんなに伝えて」

 

「それもそうだな」

 

 

浜野の言葉に、紫杏は同意を示してスマートフォンをベンチに座るみんなに向ける。画面の設定を変更し、スピーカー状態にすると、電話越しから犬井が『いきなりですまないな』と、まず謝罪の言葉を漏らす。

 

 

『まずここで何があって、どういう経緯でここに来させたか。そしてその黒幕……手短めで言えば、黒幕はデウエスだった』

 

「そんな……!?」

 

 

友子は記憶にある人物の名を言われて、動揺を隠せなかった。

意味がわからない。“ジャジメント”の一員である彼女が、同じく“ジャジメント”の位置である紫杏を含めた私たちをこんな危険な場所に誘導した?

それを言及しようと紫杏から強奪する勢いで近づくが、武力交渉で奪い取る前に犬井は経緯を語り始めた。

 

神高グループすら利用したデウエスの目的。

デウエスの一言一句をその場にいる全員は聞いて、最終的には各自冷静になって犬井の話しを耳を傾けていた。

 

 

『……以上がデウエスの目的だと思われる。純粋なしあわせに対する願いと、あいつ自身の狂気が今回のように大勢を巻き込んだ』

 

「まぁ、理解はできなくはないわね。誰だってなりたいものになれる力。夢のようだわ」

 

 

白瀬は呆れた口調で話し始めた。そこには関心もなければ、感動もないただの感想としてデウエスのことを言う。

 

 

「普通に考えればアウトもアウト。ただでさえ、神高グループの伝説選手のクローン技術はレベルが高いのに、それ以上?しかも人工物でしょ?」

 

「武力制圧されてる国に、この技術が提供されたら戦争の火種どころじゃなくなるのが目に見えている」

 

「だろうな。私もそう思った」

 

 

白瀬と紫杏が話し合うなか、未だ話の内容が五割しか把握できてない小波は、この事態に一番詳しそうな甲斐に聞いてみた。

あっさり返ってきた答えは「浜野が言っていた」の一言だけだった。

 

 

「……抑止力のことか?」

 

「……よくわかったわね。ここまでの話で」

 

 

珍しく関心の態度を見せた浜野は、言葉とは裏腹にため息をつきながら言った。「言いたくはないんだけどね」

 

 

「ここまで知られたら話した方が良さそう。フォローお願いねリーダー、カズ」

 

「よっしゃ、任せとけ」

 

「……わかった」

 

 

芹沢と和那は浜野の頼みにすぐに応じると、一回深呼吸をして浜野は言う。

 

 

「あんた、アイアンマンとかスパイダーマンとかは知ってるよね?」

 

「いやぁ、そりゃ知ってるけど」

 

 

いきなりの映画の話に、小波は戸惑いながらも答えた。

 

 

「私たちはそういう物なのよ。超人的なパワーと能力を持つ怪物……だけど、これは先天性のものじゃない」

 

「まぁ、細かいことを抜きに言えば、後付け設定ちゅうことや」

 

「そういうことができるということは、どこかしらにそれを実現させる科学力は存在する。そして私とカズは元は“ジャジメント”所属……」

 

 

小波はその言い回しに、すぐさま気づいた。実現させる科学力を持つのが“ジャジメント”なのだと。

それを口にすると、浜野ではなく紫杏が「その通り」と肯定した。

 

 

「私自身はそこまで関与したことはないが、“ジャジメント”は今や世界トップの企業。その背景には、その科学力を駆使した『戦争ビジネス』があるんだ」

 

「戦争ビジネス……!?」

 

 

とてもマトモとは思えない言葉だ。

“ジャジメント”には深い闇があると聞いたことはあるが、その一環にこんな背景があるとは予測することはできなかった。

 

 

「そう。戦争を代行するんだ。圧倒的軍事力なんか関係ない。私たち“ジャジメント”には、それを薙ぎ倒す“超能力”がある」

 

 

それは疑惑にはならず、小波の中で事実だとすぐにわかった。

くだらないこととはいえ、桃井に百連敗ジャンケンのこともあり、それに似た力は既に存在しているのはもう知っている。

 

 

「だがな、そんな力が一つの会社にしかないとなれば、いつ“ジャジメント”が全世界を敵に回しても不思議じゃない」

 

「…………そこで私たちの出番」

 

 

ここで小波は抑止力の意味を把握する。

その為のヒーローなのだと。

 

 

「今回は共闘してるが、実際は互いににらみ合ったままだ。ヒーローの実力は、私たち“ジャジメント”でも荷が重い連中ばかりだからな」

 

 

「まぁ、それよりも」とそこで紫杏は一区切りし、浜野に向けて言った。「三番、浜野」

 

 

「は……?」

 

「仲間に感謝しとけ。私たちの話のために、何十球もファールにしてたぞ」

 

 

そういえば今は試合中だ。小波達がいかに話し合っていようと、あのBHと刺繍されてる連中は野球を止めることはない。

じゃあ、ここまで長い間話し合えたのは、誰かが野球のルール上で問題ない方法で遅延しといてくれたのだ。

おそるおそるベンチの入り口を見ると、バットを杖に這いずる桃井の姿があった。

 

 

「あいつの球……軌道おかしいって。私じゃなかったら、確実に三球三振になってたわよ!」

 

 

努力して投手であるアスワンのことを教えてくれようとしてくれたのだろうが、生憎と誰もが話に夢中で聞いてなかったと思う。

紫杏以外のみんな桃井から申し訳なさそうに目を離して、各々自分の世界に浸る。マスク越しで何考えてるかわからないレッドすらも桃井から目を合わせなかった。

 

 

「お、おつかれ」

 

 

小波からはその一言が伝えることができず、浜野は「ありがとう」の言葉を伝えて打席に立つ。

そしてぎこちなくも、しっかりと構えた打撃フォームを構えるが、次の瞬間驚愕する。

 

 

『ストライクワン』

 

 

電脳に沈んだような景色に残された測定器。無情のストライク判定は、浜野の目を疑うには十分だった。

そして電光掲示板に表示される球速。165キロという大谷すら超える豪速球には、もはや人の為せるものかとすら思う。

 

それは小波の神経を大きく揺さぶった。

165キロの豪速球。同じ豪速球だが、大谷とは何もかも遥かに違う。

ノビも球威なんか違いすぎる。何より違うのは、出処が分かりづらい研ぎ澄まされた投球フォームだ。オーバースローで投げてはいるが、まるで何かの癖を隠すようにその動作には幾分かの重みがある。それが出所をわからなくさせた。

 

 

 

「驚くのはまだ早いから」

 

 

桃井の言葉の意味はすぐさま現実となる。

第二球、大ぶりの投球。一度めとは違い、アンダースローから転じ、そこから飛び上がるようにオーバースローに変わる。そこから放たれた投球も飛び上がるように打者に向かい、誰もがボールゾーンと思うだろう。しかし、そこからがこのアスワンという男しかできない魔球だった。

いきなり捻じ曲がったように不規則な軌道でボールゾーンからストライクゾーンへと叩き落とされる。

誰もが目を疑った。今のはなんだ?と。

ストライクかボールか判断する測定器すら、十数秒沈黙してようやくコールした。『ストライクツー』

 

 

「ファントムだ……!」

 

 

小波はボロボロの体を起き上がらせて言う。

昔、見たことがある。一度だけあのフォームを。

それは雨崎が大好きだった漫画『アストロ球団』というのに出てくる。

全巻持ってると豪語する雨崎と一緒にその本を読み進め、その主人公『宇野球一』はとんでも投法を身につけて投げるシーンがある。

 

それが先ほど小波は言ったファントムだった。いくつかある投法と変化球から放たれる一つの魔球、その名は『ファントム大魔球』

 

 

「気をつけろっ!!今のは『ファントム大魔球』だ!他に『スカイラブ投法』や『七色の変化球』……それに『三段ドロップ』も使うかもしれない!!」

 

「……ふ〜ん。わかった」

 

 

「おい!」と小波は怒鳴る。浜野はまるで聞く気がないみたいで、アスワンこと宇野球一を見つめる。

 

あいつ、アスワンがどれほどヤバいのかわかっているのか?そう思う小波の肩に、和那の手が置かれた。「大丈夫や」

 

 

「な、紫杏」

 

「そうだな。それだけあれば浜野には攻略できる」

 

 

紫杏の意味深な言葉とともに、アスワンは投球モーションに移った。

右手上げ、右足をあげる。そこから大きく一回転するというマヌケな絵が見えるが、あれは小波が恐れる『スカイラブ投法』の構えだ。常人では打ってもバットを木っ端微塵にされる殺人威力を持つ投法。

 

 

「浜野、避けろ!当てなくていい!それは試合中に二回までが限界の投球だ!」

 

 

ここで当てても当てなくても、ストライクをもぎ取るのに決まってる。だったら見逃して『スカイラブ投法』の貴重な一回を安全にやり過ごしたほうがいい。

しかし浜野は打った。バットは予想通り粉々になるが、そこからは違う。高くゆらりとうち進む打球は、一塁線ギリギリのところで観客席に入る。

ホームランだ。小波は驚き、紫杏は自慢げに言う。「大丈夫だと言ったろ」

 

 

「あいつはその『アストロ球団』を読破している。常人では無理でも、超人のこいつらならいくらでも打開策はある」

 

 

「だいだいバレバレの投球フォームで何投げるかはわかるからな」という紫杏。

納得する小波だったが、最後に心の中で呟く。「それでも無理だろ」と。

 

 

 

 

 

「あれは……?」

 

 

一方、犬井はデウエスから逃げるように通路を走っていた。電話から少しして、デウエスが勝負を吹っかけてきたのだ。

勝負内容は至って簡単。『ヒーローとBHのどちらが勝つか』というものだ。

どっちがどっちに賭けたかは説明せずともわかるであろう。だが、犬井はすぐに考えた。「このままだとヒーローはBHには勝てない」と。

 

そのためには決定的なキーカードが足りない。それを何とかするために、犬井は走り続けていた。

しかし、道中で気づく。通路の奥に進むにつれて積もる死骸の山。切り裂かれたように二つに別れた体、ミンチ状になった肉塊、骨すら剥き出しに崩れる異様な光景は、常人なら吐き気を起こすだろう。

その中に一つ、泣き崩れる少女の姿があった。

いや、少女といえるのだろうか。自らの背から艶めかしい触手を床へと這い蹲る様は、とてもじゃないが人とは思わせない。十人十人が化け物と答えるだろう。

 

 

「貴様、名はなんという」

 

 

犬井は刃を突きつけて問う。

 

 

「……あんた神高?」

 

「質問の意図がわからないな。それにこっちも質問も答えろ」

 

「いいから答えて!!」

 

 

少女、いや千羽矢は剣幕な表情で犬井に詰め寄る。武器を突きつけられようともお構いなしだ。

 

 

「……違うとは言っておく。だとしても、正義の味方ではないが」

 

「そう……だったら、今すぐ彼を助けて!」

 

 

言葉の脈絡なく千羽矢は言う。「このままじゃあ、私のせいで彼の人生を奪っちゃうの!!」

 

 

「待て。とりあえず落ち着け」

 

 

犬井は冷静に聞く。「彼とは誰のことだ?小波のことか?」

その問いに千羽矢は驚きを顔に出すが、すぐに目にためて泣きじゃくる。「お願い、助けて」

 

 

「私には何もできない!小波を助けられるなら、どうか助けて!」

 

 

「何でもするから」という千羽矢の言葉まで聞き、犬井は制すように言う。「わかった。それ以上言うな」

 

 

「だとしたらこちらの頼みごとを二つ引き受けてほしい」

 

 

怪訝な顔など一切せず、何でも受け入れる覚悟ある瞳で千羽矢は犬井を見つめる。

 

 

「一つ、この施設のどこかで中央サーバーは見たか?」

 

「私がそんなことわかるわけないでしょ。それに、ここら一帯全部ぶっ壊したんだから、わかったとしても残ってるかどうか……」

 

 

いや、デウエスが無傷でこの大企業『神高グループ』を管理してる時点で、ここのサーバーは無事なはずだ。

千羽矢の証言を逆に考えれば、ここら一帯には無いと考えるのが自然だ。

犬井は「わかった」といって、二つ目の頼むごとをする。

 

 

「お前は携帯を持っているか?」

 

 

いきなり意味がわからない事を聞かれたが、千羽矢は素直に言う。「あるわよ。逃げるついでに持ち出してきたから」

そう言って千羽矢は携帯を差し出す。もちろん現代の主流スマートフォンだ。

 

 

「……よし、これならやれる」

 

「言ってる意味が全然わからない」

 

「……お前のがソフトバンク製で良かったってことだ」

 

 

珍しく犬井は笑うと、そこで初めて千羽矢の名を聞く。「お前の名前は?」

犬井はとっくに気づいている。この少女が、小波が探し求める雨崎千羽矢だということに。

 

 

「雨崎千羽矢」

 

「……さっき何もできないといったな。だが、お前のおかげでこの窮地を脱することができそうだ」




【補足コーナー】


Q.BHってなに?
A.パワポケ14のラスボス、『ブラックホールズ』のこと。全員揃って超得能持ちで、エグい実力を持ってる。特に描写されてる通り、アスワンの変化球と球速が場合によるとエグすぎて勝てない。ここである人物のルートでやると、もっと勝てない。たぶん、パワプロを入れても全シリーズ最強チーム。


Q.途中でクローン云々の話が打ち切られたが?
A.紫杏が有耶無耶にしたけど、まぁそんな技術ができちゃったらパワーバランス無くして全世界戦争し放題だよね。ってこと。


Q.ピンク頑張った。
A.なお意味がなかったもよう。


Q.アスワン強くね?
A.アスワンが強いというか、アストロ球団がおかしい。


Q.アストロ球団って?
A.1972年に作られた超次元野球マンガ。やってることがイナイレとキャプテン翼、それにパワポケのフリーダム差を合わせて二乗にしたようなとんでもなさがある。ちなみにこの漫画を探すのにも時間を使ったのも遅れた原因。結局近辺にはどこにも無かったが。


Q.アスワンこと『宇野球一』って?
A.アスワン球団の主人公。エース兼四番と猪狩的存在。意味不明な投球から放つ白球は、とても人間的じゃないし、ルールに沿ってない。ジャッジー!(小並感)


Q.犬井と千羽矢合流。その打開策とは?
A.いずれわかるさ、いずれな。


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第十八話 ボクラノタタカイ

ぶっちゃけ、この話がやりたくて会社名を“ジャジメント”のままにしときました。(意味不明)


浜野の奇跡的なホームランから、和那のルール無用『超能力』使用のバントホームランで18-6と雀の涙ながら、ヒーローは反撃をみせる。

フリーダムが過ぎる和那に小波は一応野球の試合なんだし、とあくまでもフェアプレー精神を見せるが、相手が総入れ替え、殺人打球、あげくには意味不明の投球フォームなどルールが無法地帯な状況に、和那から「もうないやろ」とフェアプレー精神を全否定。

 

この試合を無法地帯にした第一人者なのに、この態度はなんなのか。だが、どちらにしろ相手が仕掛けてくるので無法地帯にはなったのだろう。

だとしたら考えるだけ無駄だ。小波は少しでもアスワンから攻略の糸口が見えないものかと、釘をさすように見つめる。

 

 

『スリーボール』

 

 

四球目。鋭角に滑る落ちる『三段ドロップ』を正確に見定めてボール。球速は150キロはある。

超速球の変化球、それを安易に見定めるレッドの実力に小波は心臓の鼓動が熱くなる。

 

続く五球目。アンダースローからのオーバー。あのフォームから放たれるのは『ファントム大魔球』だ。

自らが風とならんとする球速から、目眩風ように軌道が定まらぬ落ちる魔球。

風のように気の向くまま写り消えるその魔球は、まさに幻影。ファントムの名にふさわしいものだ。

 

 

『ストライクツー』

 

 

ストライクツーのコールに、レッドは動じずに足場を均す。一般人ならファントムにスイングで食らいつこうとしたように見えるが、野球選手の小波にはわかる。さっきのスイング、わざと外した。

おそらく今のファントムもボールだ。今のを見過ごせばフォアボールで塁に進むことはできた。しかし、レッドはそれをしなかった。

考えられる理由は一つしかない。バットを振って、そのタイミングを合わせてきたのだ。

わざわざ打ちにくい球を打ってゴロにする必要はない。打ったとしても塁に進むだけならフォアボールと変わらない。

野球経験や和那と桃井のような特別な能力、そして浜野のように事前知識がない六番以降の白瀬、甲斐にとてもじゃないが自分を送り返すのは無理だと判断したのだろう。

だったらストライクにして、確実にヒットを狙っていく。いや、ホームランを狙う。

二重の意味を孕んだことを察した小波の予感は的中した。

 

六球目、レッドはファントムを当ててきた。

バットの上部に当たって後方へと進んでいきファール。仮面してるせいでわからないが、その顔はきっと笑みを浮かべているだろう。

 

七球目、またも懲りずにファントムを投げるアスワン。打球はファールだが、今度はもっと鋭い打球が後方へと突き刺さる。

 

球数を増やすたびに打球は明確な変化を見せ始める。ついにファントムだけでなく『三段ドロップ』と『七色の変化球』も使いだすが、着実にレッドは合わせ、何を投げようとライト方向に特大ファールをぶちかます。

 

 

「……何よ、しっかりとレッドは見てたんじゃない」

 

 

桃井の言葉に小波は少し申し訳なくなる。

確かに、話に夢中になってヒーローズのほとんどが桃井の粘りを見ていなかった。

しかしこの状況を考えるに、レッドだけは桃井の打席を見ていたのだろう。だとしたら、ここまで合わせられるはずがない。

 

「やっぱりリーダーなんだなぁ」と呟く小波に、友子は言う。「それだけじゃないよ」

 

 

「あの人、ピンクの分もみんなに見せてあげてる。アスワンの投球を慣れさせるために」

 

「……そうだな」

 

 

友子に言われるまでもなく、実感としては気づいていた。アスワンの165キロ相当の速球に慣れてる自分がいる。そして魔球としか思えないファントムと『三段ドロップ』は、エグいはずの変化がどう曲がるかわかってきた。

今のままなら打てるかもしれない。あれが来ない限りは。あと一度だけ残されてる究極の投法『スカイラブ投法』が。

 

そしてその時が来た。

右手を大きくあげるモーションでヒーロー全員が立ち上がる。一回転して白球を反対の手に移す。

バレーの要領で叩きつける『スカイラブ投法』が放たれる。これで二度目だ。ここをどう凌いでも、大きな逆転の一歩になる。

レッドは確かに当てた。だが、その威力は予想の範疇を超えていた。あまりに重くのしかかる豪速球はレッドを吹き飛ばし、バットを砕く。ゆらりと打ち上がる打球はキャッチャーフライとなり、よく知らぬ捕手に取られる。

そういえばあいつは何者だ?アスワンの球をまともに受けきる捕手は、原作のアストロ球団では『上野球二』ぐらいしかいなかったはずだ。

だとしたら、そう思って電光掲示板を見つめる。捕手のポジションに収まる名前、そこにはこう書かれていた。『サトウ』と。

熱苦しそうにマスクを取ると、その顔は露わになる。そして小波はわかった。このサトウの正体が。

漫画『MAJOR』の『佐藤寿也』だ。主人公『茂野吾郎』の球を素手で受け止めたことのある屈指の実力派。なら、アスワンの投球を受け止めたのは頷ける。

納得したのはいいものの、同時に知りたくなかったことがわかってしまう。相手のベンチに座り続ける青年。そこには先ほど述べられた『茂野吾郎』こと『シゲゴロ』がいた。

 

面倒くさいクローザーがいる、と思うが白瀬の打球が軽快に響く。三塁線を越す白い弾丸は、そのままレフトへと渡ってヒットとなる。

今度はレフトと三塁手に目がつき、その顔に小波は再び驚く。

三塁は『イワオニ』こと『ドカベン』の『岩鬼正美』に、レフトは『ロジー』こと『REGGIE』の『レジー・フォスター』だ。

そして次々とフィールドにいる選手を見ては、小波は驚きを繰り返す。一塁の『ヒデオ』は『H2』の『橘英雄』、二塁の『クロウキ』は『最強!都立あおい坂高校野球部』の『梅宮右京』、遊撃の『シノビ』は『一球さん』の『真田一球』、ライトの『ウォッカ』は『あぶさん』の『景捕安武』、センターの『ダジロウ』は『逆境ナイン』の『高田二流』だと気づく。

 

いずれも作品内で多大な実力を持つ連中だ。一部に至っては、現実での伝説選手達よりタチが悪いのがいる。

これ守り通せるのか?18-6から、さらに突き放されないように。

やってみなくちゃわからない、ということは考えない。絶対に止めてやる。

甲斐がボテボテの打球をして六回裏の試合を終えて終盤の七回へと移る。

例えもう投げれなくなっても、必ずこの手で千羽矢を救い出す。ボロボロの体で、小波は再びマウンドに立った。

 

 

 

 

 

「犬井さん、私は具体的にはどういうことをすれば?」

 

「特にすることはない。だが、何が起きても不思議ではない。十分注意しておけ」

 

 

互いに名を伝えて、千羽矢を見つけた時点から離れて五分。試合はレッドが粘っている時と同時期だ。

未だ死骸が見当たるここら一帯には、犬井の推測通りなら中央サーバーがあるわけがない。

目に見えた階段をいち早く上っていくと、とにかく駆けて目当てのものを探す。

 

道中、神高グループの技術の賜物であるクローン生物が襲いかかるが、そんなのは犬井の敵ではない。刀の一閃で確実に始末していく。

たとえ逃したとしても、千羽矢が自らの能力を使って叩き潰す。

 

 

『小癪な真似を……!!』

 

 

廊下の一部に残るモニターからデウエスの眼光が突き刺さる。すぐさま犬井はモニターを切ると、デウエスを殺す。しかしこれは一時的なものだ。少しすれば、またデウエスは蘇って犬井たちを執拗に追いかける。

 

今は一刻を争う時だ。なるべくなら時間を浪費したくない。

 

 

「雨崎……お前の能力、解析されてたみたいだな」

 

「ごめんなさいね。あんたの能力で何とかならない?」

 

「見てわかるだろう」

 

 

そういう犬井は、目の前に群がる獣を斬り伏せていた。刀を曲芸のように回し続け、あたりの獣を一網打尽にする。

先ほど時間を浪費したくないと考えた犬井だが、今まさに最高の浪費を課せられている。

 

寄せ来る敵をすべて斬り伏せ、自らの能力で『殺そう』とはするが、それが上手くいかない。どう切られようと獣は這って数で攻めてくる。

だとしたら千羽矢の能力が利用されてると考えるべきだろう。犬井はヒーロー達と一緒に壊された水槽ポットを見た。あそこで千羽矢の細胞の一部が抜き取られ、千羽矢の能力をこのクローン共に埋め込んでるに違いない。

 

 

「俺が道を切り開く。一瞬の隙も見逃すな」

 

「私だって黙って見てるわけにはいかないのよ!!」

 

 

二人して押し寄せる敵を迎撃する。

犬井は刀をなお振り続け、千羽矢は背中だけでなく手や髪すら触手にして叩き込む。敵がどうなろうと気にするまでもない、千羽矢はそれは自ら心得ているつもりだ。

脳味噌や心臓を吹き飛ばしても、こいつらは永遠に復活し続ける。脳から発信機を取り出しても生きる千羽矢なのだから、その能力は相当恐ろしいものだろう。

これは神高じゃなくて欲する力だなぁ、と呑気に考えながら千羽矢は敵を倒し続け、いつ来るかわからない隙を待ち続ける。

 

刹那、一瞬だけ陣形が薄くなるところが見えた。千羽矢がそれを見逃さず、すぐさま飛び込む姿勢に入る。

無論、犬井がその隙を見逃すわけがなく、千羽矢に応えるように斬り払う。一閃で敵をねじ伏せ、残った敵は足技で吹き飛ばす。

 

「今だ!」という合図と同時に、千羽矢は犬井によって開けられた陣形の穴に飛び込む。たたきつけられたように廊下へ飛び込んだのはいいものの、ものの数秒でクローン生物たちは千羽矢を囲うだろう。

どうするべきかと千羽矢が考える前に、犬井は獣一匹を踏み台に、同じく飛び出してくる。

大きく弧を描いて向かう中、犬井は天井を一閃。途端に爆破する。

爆薬が仕込まれた刀だとすぐさま理解し、千羽矢は身を守るべく横になる。流れ落ちる瓦礫が強風とともに、獣どもの壁となり、千羽矢たちとは隔離させた。

 

 

「上手くいったな」

 

「こんな無茶しないでくれるかな……」

 

 

千羽矢は悪態をつきながらも、汚れたジャージもどきから埃を落とす。

 

 

「お前なら大丈夫だろう」

 

「あのね!チハちゃんは頑丈だけど、同時に夢見る乙女でもあるの!これで私がグッバイ下半身でもしたら、どうやって小波と会えばいいのよ。あんた責任取れる?」

 

「知らん、そんなことは俺の管轄外だ」

 

「ムカつくぅー!!」

 

 

歯ぎしりをたてて悔しがる千羽矢。我関せずと言わんばかりの犬井。

二人というか、千羽矢が一方的に啀み合うなか、ついに犬井は見つける。目的の中央サーバーを。

千羽矢もそれに気づいて押し黙り、静かに室内へと入るべく、慎重に大型の扉を横に開く。

 

 

「これが……神高が誇る技術か」

 

「なんなのこれ……?」

 

 

そこで見たのは異様な光景だった。

いくつもある水槽の中のどれもが脳髄ありの脳味噌が浮かんでいた。

中には水圧で潰されたのかと危惧するほど滅茶苦茶になった肉塊もあるが、その水槽すべては一つの機械を目指して繋がっている。

 

 

『ここを見つけてしまいましたか』

 

 

今までの余裕がある顔を影を薄め、その代わり憎悪に染まったデウエスが犬井を見つめる。

 

 

「神高グループの中央サーバーで間違いないな」

 

『おや、私のことは無視しますか。勝負事は忘れないでいただきたい』

 

「そしてここにお前のバックアップが一つある」

 

 

犬井の言葉に、デウエスは少しばかり焦りを見せたが、すぐさま笑みをこぼす。

 

 

『なるほど。私の再生が早いのに気づいて、このネットワークの近辺にいるとお考えに』

 

「だが、それがお前の命取りになる」

 

 

刀を構えて画面の前に突き刺す犬井。

デウエスは『くくっ』といつもの余裕そうな笑顔を浮かべると、馬鹿にするように言った。『命取り?』

 

 

『私はそこにいる千羽矢とは違い、パーフェクトな存在なのですよ。いくら倒そうと、世界中のネットに私のバックアップはある。多少は遅れようとも、私は幾たびも復活する!』

 

 

『それがお分かりにならないのですか?』というデウエスは、とても誇らしげだった。

対する犬井は、突き返すように物申すことなく、あくまでも自分が言いたいことを話し始めた。「そうだな。確かにお前のバックアップはどこにでもある」

 

 

「それは世界中の“ジャジメント”支社を巡った俺と紫杏が証言するだろう。おかげで“ジャジメント”の技術力は世界随一となり、そのほとんどが依存している。お前がいるネットワークツールも“ジャジメント”が作ったものだ」

 

『その言い分からして、ようやく私に降伏するつもりですか?』

 

 

「いいや」と言って、犬井は一つの物を懐から取り出す。それは千羽矢から借りたスマートフォンだ。

 

 

『……その程度のものがどうかしましたか?』

 

「その程度のものが、今からお前を追い詰める。貴様には、この端末に書かれている内容がわかるか?」

 

 

『そんなこと』と言ってデウエスは中央サーバーが写す小難しい画面から姿を消す。

その後『造作もない』と続きそうなデウエスな台詞だったが、すぐにそれは驚愕に染まる。『何故だ!』

 

 

『何故、わからない……!?何故、私がそこに明記されてるはずの内容が把握できないぃ!!』

 

 

デウエスが怒りを露わに叫ぶ。こういう時に、こいつが電脳体でよかった。もし洗谷や和那みたいに戦闘能力に長けた存在だったら、今頃暴力沙汰になっていた。

できればゴタゴタの処理のしやすさも含めて後者であって欲しかったが、今はもうそのことを考える必要はない。既に犬井に思い通りに事は進んでいる。

 

 

「貴様は一つ勘違いしている。お前は確かに電脳世界で生きてはいるが、それはあくまでも一つの広大なネットワークに寄生しているにすぎない。『ジャジメント・ネットワーク』という大海にな」

 

『それがどう関係ある……!』

 

「簡単な話だ。日本はネットワークに大きな実力を持ち、自らの力で新たな子規模なネットワークを作った。それが今、千羽矢が使う携帯端末で使用されてる」

 

 

「このネットワークは日本限定だからな」という犬井に、デウエスは怒りを剥き出しにして叫び続ける。

 

 

『ふざけるな!そんなことが……!!』

 

「そもそも日々進化し続けるネットワークに、常に干渉し続けようと考えたのが既に間違いなのだ。貴様は偶然で電脳そのものとなり、ネットワークの移り変わり続ける世界に対応してきたが、大抵のネットワーク特化のサイボーグは皆不良品となった」

 

 

「あの友子と同じ世代の“広川武美”もその一つだしな」という犬井。話しはまだ続く。「ゆえに“ジャジメント”はそういう技術には一切触れなかった。お前がいたこともあったし、するだけ無駄だとわかっていたからだ」

 

 

「だとしたらどうして俺たち“ジャジメント”は、ネット関連の会社を買収してきたと思う?」

 

『それは検索ソフトの支配のためだろう……!支配してしまえば、私たちの思うがままに世界情勢は操れる!』

 

「違うな。そしてお前の考えは些か強引すぎる。口を開けば世界云々。いずれは世界を敵に回すであろうお前の思想は危険すぎた」

 

 

「これは“ジャジメント”全体で満場一致だ」と伝えられ、デウエスは今度こそ焦りを見せ始める。

事態は既にデウエスには良からぬ状況へと移っている。

 

 

「だから“ジャジメント”はお前を始末しようとした。紫杏社長は貴様の動向を伺い、今回の騒動にはお前が一つ噛んでると推測した。そしてそれは的中し、今貴様に“ジャジメント”の名の通り、裁きが下る」

 

 

そういって犬井は千羽矢のスマートフォンを通話状態にする。そこから少しばかり声が甲高い男の声が聞こえた。『はい』

 

 

『どうもデウエス。私はあなたと名が似てる“デスマス”というものですよ』

 

 

その名前が意味するものなら、誰もが恐怖するものだった。デウエスはすぐさま逃げようとするが、デスマスはすぐさま告げる。『さぁ、逃げてください』

 

 

『私のことが怖いのでしょう?だとしたらお早く』

 

 

デスマスの能力は、あまりにも理不尽が過ぎるものだ。自分が言った言葉とは逆の行為をさせる。いくつか条件があるものの、その実用性はホンフーですら多用するものだ。

 

 

「さて話を戻そう。何故、我々“ジャジメント”がネット関連の会社を買収してきたかを」

 

 

わずかだが得意げに語る犬井。心なしか動きが軽やかで、少しブロードウェイ気分であろう。

 

 

「それを今から教えてやる」

 

 

「やれ」という言葉に、スマートフォン越しからデスマスとは別の声が聞こえる。そしてすぐさまデウエスは声を荒げた。『なんだ、これは!?』

 

 

「正直言って手間が折れた。貴様に気づかれることがないよう、隔離された施設と設備でこれらを製作するようにな。情報が外部に漏れないように人数も最低限だ」

 

『私の……私の世界が縮まる……!押しつぶされてる……!得体の知れない大きなものに!』

 

 

デウエスしかわからない電脳世界の情勢。それをあえて言葉にするならこうだ。

世界に亀裂が走る。大きな音と振動が、確かに世界を食いつぶそうと押し寄せてくる。

まるで神の怒りがくるように。現実的な言い方をすれば、『津波』が襲うように。

 

 

「貴様を倒す方法は至ってシンプルだ。インターネットをバージョンアップさせて、旧世代のバージョンと共に貴様を深海に眠らせる」

 

『“ジャジメント・ネットワーク”のバージョンを上げるだと……!!』

 

「考案者であり参謀であった紫杏社長は、このネットワークをこう名付けた」

 

 

ーー“ツナミ・ネットワーク”ーー

その言葉を最後に、デウエスは津波に飲み込まれて沈む。

井の中の蛙は大海を知ることはない。

犬井は最後に、刀をモニターへと突き刺し、旧世代の“ジャジメント・ネットワーク”を大半を切り裂いた。




【補足コーナー】



Q.和那、やる気を感じないバントホームラン。
A.本人は勝つために本気です。これが一番効率がいいのです。


Q.和那「もうないやろ」
A.なんjネタ。「もうないじゃん」の改変。


Q.ブラックホールズの正体
A.書いてある通り、野球漫画のキャラ達。みんな並外れた実力を持つが、作者はメジャーとドカベン以外余り知らない。


Q.小波ぇ……。
A.オタクの片鱗あり。


Q.犬井「知らん、そんなことは俺の管轄外だ」
A.KONAMI繋がりで遊戯王ネタ。遊戯王ZEXALより天城カイトの台詞。


Q.ネットワーク云々のデウエス打開策。
A.パワポケ9より、名前が上がりましたが“広川武美”の件で思いつきました。でも、冷静に見返してみれば、ヤバイ薬キメてるのではないかと疑うレベルで超常理論を言ってると思う。非難はあるならどうぞ言ってください。直す気はありませんけど、今後の参考にします。


Q.広川武美って?
A.パワポケ9より彼女候補の一人。おそらく友子と同じ世代のサイボーグであるが、進化し続けるインターネットについていけず、不良品の烙印を押された女性。9主と仲良く過ごすが、バッドエンドの場合つけられた寿命タイマーのせいで死ぬ。とにかく死ぬ。でも死んだほうが強い選手作れる。pixivだと彼女候補のなかで一番絵が多いことから、一番彼女候補で人気ではないかと思われている。だけど死んだほうが強い選手が作れる。何故紫杏より人気なのだ(マジギレ)


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第十九話 ワタクシドモノタタカヒ

いやぁ、ハタ人間編とアストロ球団のゲーム実況が面白過ぎて遅れました。

あと、遊戯王TFSP面白い。



七回表の場面。BHの打順は七番の『シノビ』からだ。

右投右打と一見スタンダードタイプの選手に見えるが、実態は違う。こいつには並外れた視力からなる選球眼と足の速さがある。

シノビ相手に駆け引きなんて無駄以外の何者でもない。やるなら全力勝負。一球一球に魂を込める。

 

小波は友子に伝える。内角低めでいくと。

友子は頷いて捕球の体制をとる。記念すべき一球目は、小波の得意技ストレートだ。

 

球速150キロを掲示板に記され、まずは一つ目。これでワンストライク。

だが、ここで小波に異変が襲う。

 

 

「(今、肩が……)」

 

 

投げる瞬間、わずかに肩が重くなった。黒鉛の鉄球がのしかかったような、そんな感じを覚えた。

気のせいか?小波は二回目の投球へと移る。今度も内角低め。ただし今度は十八番の高速スライダーなのだが。

 

 

「……!」

 

 

二つ目のストライク。喜ぶべきとこだが、小波はそれを気にする余裕がなかった。

再び肩にのしかかった。背筋が凍る不気味な感触に、小波はみずきの話を思い出す。

 

 

《彼の腕にもう栄光の二文字はなかった》

 

 

その言葉の残酷さは、あの時開拓時代の名残で身に染みてわかったことだと思った。しかし、もう一度あの時と同じ状況に陥って恐怖する。

この肩はもう使い物にならないかもしれない。それは憧れてなったプロ野球選手を引退する選手生命の危機にも直結する。

一度掴んだ希望を手放させ、深い闇へと陥し入れようと悪魔が囁く。今にも折ろうとする悪魔の名は『絶望』という闇の深淵だった。

 

小波は振り切るように三球目を投じる。

三度目の正直ともいう。もしかしたら、今までのは気の迷いから生まれたものかもしれない。

しかし、日本語は面白いものであり、辞書を開けばこんな言葉もある。『二度ある事は三度ある』と。

 

小波に襲いかかったのは後者だった。

三球目もストライクでシノビを抑えたものの、再び肩に軽い鈍痛が襲う。

 

「タイム!」とそこで友子の声が響く。

 

 

「大丈夫……なわけないか」

 

 

向かってくる友子の顔は暗く沈んでいた。

他のみんながタイムの意図に気づくのは、そう難しくはなく、みな一歩引いて見守る。

 

 

「……投げ続けるよね」

 

 

原因はすぐわかる。伝説選手達の散々痛めつけられたのだ。後遺症があってもおかしくはない。

 

 

「あぁ」

 

 

小波の決心は固かった。例え絶望の淵が見えようと、小波は希望を手に立ち向かおうとしていた。

それほど千羽矢思っているのだろう。あるいは気づいているのかもしれない。神高の野望によって連れて行かれ、闇の中で浮かぶ千羽矢を助けるには、自らを闇に浸すしかないのだと。

いずれにせよ、小波の中では、千羽矢は大きな原動力となっていた。

 

 

「止めることもできない?」

 

「あぁ」

 

「腕が折れても?」

 

「……あぁ」

 

 

わずかに溜め込んだ時間。それは戸惑いや悩みではない。決意だ。

もう二度と投げれなくてもいいと決意しているのだ。

 

 

「以前、みずきさんに言われたことがある。悲劇のスラッガーの話を」

 

「何を聞いたかは、覗いてるからわかるよ。友沢選手の過去でしょ」

 

「そうだ。彼の腕に栄光がなくなった……そういうものだ」

 

 

「だけどな」と小波は強く言い放った。「そんな栄光はいらない」

 

 

「沢村賞とろうが、防御率一位とろうが、関係ない。俺にそんな栄光が待ってるなら喜んで捨ててやる」

 

「そこまでして?」

 

「俺がこの左腕に背負ってるのは、千羽矢の未来と『しあわせ』なんだ。そのためなら安い代償だろう」

 

 

「もう決めたことだ。俺自身が」という小波は、笑って言う。「まだ折れると決まったわけでもないしな」

 

 

「……そうだね」

 

 

友子も笑って答えてみた。

あまりにも痛々しい。小波の言葉は嘘をついていた。この試合で折れることを予期してる。

 

まるであの人のよう。

定められた時間で必死にその世界にしがみつこうと戦う彼の姿が友子の脳裏に移る。

 

小波も戦う。それは友子の意中の彼と重なって見えたが、二人は決定的な違いがあった。

 

彼は野球にしがみつくために。小波は野球にさよならを告げるために。

助けようのない事実に、友子は涙を流した。今だけは涙を隠す重い防具がありがたく感じた。

 

タイムを終えて二人は試合へと戻る。

二人目の打者『ウォッカ』は打席に立つが、小波の投球は、大きく様変わりを遂げていた。

最後の試合だ。絶対に勝つ。勝たなきゃいけない。その意思は、炎となり小波の投球を生涯で初めてとなる最高球速155キロへと羽ばたかせる。

まだだ。悲鳴をあげようと構わない。小波の強い意志は、今ある実力を急激に上げていく。二球目156キロ、三球目157キロと信じられない成長をこの投球で見せて、見事ウォッカを見逃し三振で完勝する。

 

 

「おいおい、こんなことがあるか」

 

「無いだろうな。おそらくこの急激な成長は本人の成長もあるが……同時に『具現化』現象によって、それが増大されてる」

 

 

驚く紫杏に洗谷はこの成長を述べる。にしてはちょっとおかしい気もするが。

紫杏は「興味深いな」といって、犬井からの連絡を待つ。

 

そしてツーアウトの場面。そこでアイツの顔が見えた。究極の力で押し切る『スカイラブ投法』を編み出した天才野球選手、アスワンが打席に立つ。

投手ながらも、アスワンはそこらのプロとは引けをとらないバッティングセンスを持ってもいる。軽い球を投げたら、一瞬の名の下にホームランに持っていかれるだろう。

 

投げるたびに肩がおかしくなるのはわかる。

だけどもう後には引けない。全身全霊を込めて投じる。一投目は意表をついてカーブだ。

 

 

「馬鹿!今すぐ避けなさい!」

 

 

外野から響く浜野の声に、小波は何だと思いながらもすぐさま転がるようにマウンドから離れる。

上手く伝わらずに重みのないカーブが友子に向かうが、そんな球がアスワンに通じるはずがない。

そう、相手はアスワンなのだ。あの原作者ですら作るのに『二十年早かった』と言うほど、超常的でルール皆無の漫画『アストロ球団』の主人公。

それが意味するのは、『スカイラブ投法』や『ファントム大魔球』のようにアスワンは必殺打法を持っている。

 

アスワンが打つと同時に、バットが砕け散る。バットは先ほどまで小波がいたマウンドを強襲し、勢いよくセンターにまで吹き飛んでいく。

気になる打球も一塁線ギリギリのライト後方にまで行き、判定はツーベースヒット。アスワンは気にもしない様子で二塁へ佇む。

 

 

「『ジャコビ二流星打法』……すっかり忘れてた」

 

 

アスワンは投手の印象が強すぎて、小波は忘れてたいたのだ。アスワンは打撃にも必殺技があったことを。

『ジャコビ二流星打法』は、故意にバットにヒビを入れといて折れたバットで強襲するという一種の殺人打法だ。

 

再び襲い来るラフプレーに、小波は怒鳴りたくなる。だが、こいつは伝説選手達とは違い、原作そのものがラフプレーの塊だ。アスワンにとってこれは常套手段なのだ。咎めてもわかりはしないだろう。

 

ツーアウトツーベース、何とも言えない状況だ。ピンチといえばピンチだが、チャンスといえばチャンスなこの場面。

ここで球界を代表するような名打者、名投手が出たら今年度の名勝負とか言われて取り上げられるだろう。

マウンドに立つのは小波。バッターボックスにはダジロウ。

 

ハッキリ言おう。パッとしない二人だった。

どちらも高い能力は持っているが、これといった長所がない二人でもある。

 

しかし、小波は手を抜く気はなかった。無駄玉なしの直球勝負。一投目ストライク、二投目ボール、三投目ボール、四投目ファール、五投目ボールと文字通りギリギリの駆け引きをする。

 

汗ばんだ手にロージンを染み込ませながら小波は再び投じる。

 

 

「うぉぉおおおお!!」

 

 

ーー絶対に千羽矢は連れ戻す。

 

揺るがない意志で投げた高速スライダーは、見事にダジロウを三振に抑える。

 

 

「よっしゃ、これで七回裏や」

 

「次は誰だ、洗谷」

 

 

一同安心して七回の守備を終えてベンチに戻るなか、小波は二つのことに気づく。

一つは未だ二塁にいるアスワンが、初めて小波を見つめてる。敵意からはどうかはわからないが、小波は歩み寄って言った。「何だ」

 

 

「もう容赦しない。お前にはアストロ仕込みの野球を見せてやる」

 

 

それは宣告だった。アストロ仕込みの野球、そこから考えられるのは一つしかない。

小波は言った。「悪いが、お前の投球はわかってる」

 

 

「『スカイラブ投法』は限界だろう。『三段ドロップ』も四回までしか使えないんだから、あと二回だ。残された『ファントム大魔球』と『七色の変化球』も落ち玉」

 

 

「慣れれば造作もない」という小波だが、その発言は強気な見栄だった。

ファントムも七色も非常に落差がある。いくらレッドが保たせてくれたとはいえ、打つのが困難なのは変わりない。それにまだ165キロの豪速球がある。並大抵の力では立ち向かうことはできないだろう。

小波の真意を知ってか知らずか、アスワンは漫画の主人公とは思えない悪役の笑いを浮かべて言う。「そうだな」

 

 

「だが勘違いしている。俺はアストロ仕込みの野球と言ったんだ」

 

 

「野球は一人じゃあできないだろう」というアスワンは、とても冷徹な目をしていた。一言で言うなら、チープだが殺し屋の目。

小波はその言葉の意味を理解できないまま、紫杏に声をかけられる。「小波!」

 

 

「なんですか、社長」

 

 

紫杏に呼ばれてベンチに戻る小波。当の本人はやや不機嫌な顔をしている。

 

 

「今は監督だと言ってるだろう。それよりお前の打席だ。打てるか?」

 

 

紫杏に対する返答は決まっていた。「打てます」

「言うと思ったよ」と紫杏はそれだけ言って、ヘルメットとバットを手渡す。

紫杏の行動を誰も咎めることをしないのだから、みんな小波の決心を揺らす気はないようだ。

 

小波はみんなに感謝して打席へと入る。

紫杏と浜野は冷静に見守るなか、球団が同じ名残からか白瀬と友子は「かっ飛ばせ!」と応援する。

 

 

「お望み通りに……」

 

 

初球から打ってやろう。力む小波に、アスワンは言った。「まずは挨拶代わりだ」

何を言っている?小波はアスワンの投球モーションを見て、バットを構える。

普通のオーバースローから投げるのは『三段ドロップ』かストレートだ。『三段ドロップ』はあと二回しか投げれないのだから、小波のような打者に使うわけがない。

 

だとしたら答えは決まってる。ストレートだ。

しかし、予想は外れてアスワンは130あるかどうかのスローボールを投げてきた。165キロの速球に合わせて打とうとしてバットを振ろうとしたが、押し込んで見逃す。

判定はストライク。ど真ん中だった。まさかの意表をついたスローに、小波は直球だと言わんばかりに睨みつける。

 

だがアスワンも睨みつけていた。なぜ打たなかったと言いたげに見るアスワンは、イラついた口調で言う。「次もスローボールだ」

 

 

「そんな安い挑発に乗るかよ」

 

「じゃあ僕からも言うよ。アスワンは同じとこに投げるから」

 

 

捕手であるサトウもアスワンと同じことを言う。

意思表示するようにサトウはミットをど真ん中に構え、アスワンは力を抜く動作をする。そしてそのまま投球モーションへ移ろうとしていた。

 

まさか馬鹿正直に行うというのか。

狙い玉がわかってしまえば、こちらのものだ。仮にもプロなのだから、そんな丸わかりのスローボールなんか確実に外野の奥深くまで飛ばす。

小波は一度意気込んでスローボールを待つ。そしてアスワンから投じられた球種は緩やかなストレート、スローボールだった。

 

もらったーー!!

打った。打球はセンター奥深くまで飛んでいき、クリーンヒット。小波は難なくツーベースへと歩む。

 

 

「……策なしかよ!」

 

 

多少は警戒していた。何らかの策があるのではないかと。

蓋開けてみればどうだ。いとも簡単にヒットにさせたではないか。アスワンが言った「もう容赦しない」とは何だったのか。肩の痛みも考えれば、小波にはありがたいことだが。

 

単なる脅しだと思い、小波は肩を気にしながらも次の打者を見る。

友子だ。ここまでの成績はすべて見逃し三振。涙目ながらも打とうする意思はあるが、残念ながら野球をやったことがない友子が、165キロ相手に打てるわけない。記憶を読むことをしようともだ。

 

次の瞬間、アスワンは驚く行為を見せる。

四球ウエスト。つまりはフォアボールで、友子を流したのだ。

これは小波だけでなく、ベンチにいるみんなが疑心の目を向ける。

どういう意図があって友子を進ませた。わけもわからぬままノーアウト一塁二塁。ここで打者は一番のヒーローの現リーダー芹沢だった。

 

 

「ブラック、あいつら……絶対に良からぬこと考えてるよ」

 

「…………注意する」

 

 

同業のピンクこと桃井から忠告を受けて、芹沢はバッターボックスに立った。

和那が言っていたが、芹沢は常人では到達できない俊足の持ち主だ。その走塁は、部分的に見ればイチローよりも素早い。しかも安心と信頼の安打製造機だ。今回の試合中、得点に貢献したのは一回だけなものの、その全てをヒットにしてきた。

 

そしてまた芹沢はヒットを打つ。

弾丸のごとく進む打球は、二塁を超えて誰もいないセンターへと行く。

よし、このままホームインだ。全力で駆ける小波と友子を背に、浜野は再び叫んだ。

 

 

「上!今すぐ下がって!」

 

 

浜野の言葉の意味がわからず、走りながら見上げる小波。それはここにいる誰もが度肝を抜くものだった。

 

小波の向かう頭上には、不敵な笑みを浮かべて落ちる四人の野手がいた。スパイクの裏にある銀色の重めかしい針が、殺意を露わにして襲いかかる。

それは友子にも同じように降り注いでいた。

 

 

「『人間ナイアガラ』……投手と捕手。どっちが逝くかな?」




【補足コーナー】


Q.小波負傷。
A.アストロ球団あるある。別に気にすることじゃない(感覚麻痺)


Q.パワポケにみずカスの出番があっただと……!?
A.遊戯王ARC−Vでいうユートポジ。今後しつこいぐらい回想されるんじゃないですかねぇ。


Q.アレ、友子……?
A.妙にヒロイン臭いけど、ヒロインは千羽矢です。


Q.友子の意中の人。
A.友子はパワポケ8の彼女候補です。


Q.小波急速進化。
A.たぶん、彼だけ内部がゲーム仕様。翌週いきなりムキムキになるパワプロ的な。


Q.『ジャコビニ流星打法』
A.殺意しか見当たらない打法です。


Q.アスワンの口調……。
A.アストロ魂とか、昔の言葉とかよくわからんのじゃー!!


Q.『人間ナイアガラ』
A.ついにやっちゃう禁断のコラネタ殺意フォーメーション。アストロ球団で一番有名な必殺技じゃないかな?


Q.これ野球だよね?
A.今回だけはパワポケではなく、アストロ球団として書いてみました。野球という名のデスマッチです。まぁ、パワポケ12が『野球ゲームができる野球ゲーム』やったりしたからヘーキヘーキ。


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第二十話 オレガココニイルイミ

バイトがあって遅れ、マイクラを二時間。ハタ人間を三時間。


そんなこんなで投稿。
ハタ人間編の白瀬と青野が頼りになりすぎぃ!あと委員長も!貴重なライフル適正だからね!強いよ委員長!


砂煙が巻き上がるグラウンド。

アスワンの狂ったような笑い声が、二塁を跨いで一塁から三塁までを鮮血に染めた。

 

 

「あの野郎!」

 

 

ついに堪忍袋がキレた白瀬が、銃を取り出して発砲をする。

銀の鉛玉はすべてアスワンに向けられており、また新たな血でグラウンドを汚すかと思われた。

しかし、アスワンはまるで動じずに鉛玉を片手で受け止めた。指先に挟まる弾丸が、その超人性を物語る。

 

 

「やめときなさい白瀬。アスワンはファントムを物にするために自らの手をドリルに触ったほどよ。弾丸ごときで傷つけられるほど、ヤワじゃないわ」

 

「離して!あそこには親友の友子と、仲間の小波がいるのよ!」

 

「安心しなさい。少なくとも、その二人は大事になってないから」

 

 

浜野に言い聞かせられて、白瀬はグラウンドを見る。より深く言えば内野全域を。

よく見れば打席で打ったはずの芹沢の姿が見えない。代わりに見えたのは、バッターから一塁までに獅子が走ったかのごとく、地に刻まれた靴跡があった。

 

そして煙を晴れる。一塁にも二塁にも小波と友子の姿はない。あるのは点線上に繋がる獅子の足跡だけ。

 

一塁にいない。二塁にもいない。だとすればいるのは三塁。

 

 

「大丈夫か、リーダー!!」

 

 

いち早く和那が三塁へと駆けていく。本来試合中に打者でもない人がフィールドに出るのはご法度だが、このラフプレー公認神高製ポンコツ測定器がそんなことをわかるわけがない。守るのは野球の進行を妨げない最低限までだ。

 

ボロボロの背中で芹沢は三塁へと到達していた。傍に小波と友子を抱きかかえて、膝を三塁ベースへと折る。

 

 

「…………大丈夫。守るのはヒーローの役目だから」

 

「そうかいな、なら安心……なんて言わへんで!」

 

 

和那は芹沢に背中を服を破いて、みんなに見せつける。まず目に付いたのは、背中に深々と刺さったスパイク跡だ。

脊髄にまで届いてると錯覚させるほど赤黒い穴がいくつもある。

立つこともままならないのだろう。そんな芹沢に激励を送ろうとしたが、そこに邪魔者が入る。『ルール違反』

 

 

「なんやポンコツゥ!!」

 

『ランナー追い越し。友子、芹沢、共にアウト』

 

 

測定器の無慈悲な言葉に、和那は当たるが、野球のルールを一通り把握している紫杏から言わせて貰えば、別に不思議ではない。

芹沢が確かに打った。状況的に見れば、芹沢は二人を守るために、二人を追い越すしかない。友子を抱えて一二塁を走り、小波も守るために二塁三塁を超える。

 

そしてさっき膝を折った時に、芹沢は三塁ベースに触れてしまった。

纏まってダンゴムシ状態だが、位置的な部分をいえば三塁に芹沢。三塁線からホームまでに友子。二三塁に小波がいるのだ。

最も前にいる小波が抜かされたのだから、ルール上は確かにアウトだ、仕方がない。不満があるといえば、いかに紫杏と言えどもあるのだが。

 

 

「ははっ!!いいざまじゃねぇか、小波ぃ!」

 

 

アスワンは高笑いするが、その顔はひどく醜く歪んでいた。悔しさを押し殺すように歯を食いしばり、そこからは血が流れる。

 

 

「女に守られるとはな……男として恥ずかしくないんかぁ!!」

 

「そんなラフプレー起こすアンタの頭、おかしいとちゃう!?」

 

 

「知るかッ!」と怒号を上げるアスワン。

そこには昭和特有の凄みがあった。

 

 

「たとえなんぼカッコつけようが、勝たなきゃ意味ないんじゃ!ましてや、男なら……男の価値は勝利の二文字でしか満たせないじゃ!!」

 

「そいつは違う!」

 

 

小波は芹沢の腕を振り払って、アスワンへと詰め寄る。

 

 

「今の俺には千羽矢が全部だ!ましてや勝利なんて……」

 

「男じゃないから言える台詞やねぇか!そんな戯言言うとる暇あったら、是が非でも野球を魅せるプレイでも一つでもしてみたらどうじゃ!」

 

 

「だったら!」さらに小波は詰める。

 

 

「俺は男じゃなくていい。それが男なら、俺はいらない。勝利もいらない、栄光もいらない!テメェの価値観で、テメェの考えを押し付けるんじゃねぇ!!」

 

 

そこで小波は初めてアスワンを殴った。

 

 

「来いよ。ラフプレーも殺人行為も全部受け止めてやる」

 

 

小波は指差して言う。「だがこれだけは覚えておけ」

 

 

「お前の全部を壊して、俺が勝つ」

 

 

アスワンはいま最も醜い笑いを浮かべて応えた。「そうか」

 

 

「結局、勝利でしか表せない愚直な男よ」

 

「勝利でしかわからないアンタに、わかりやすく教えるためだ」

 

 

そして最後に「この小童が」とアスワンは言って小波と目を離した。

小波は気絶したままの友子を背に担いで、同じく背に芹沢を担いだ和那と一緒にベンチに戻る。

ベンチに戻ると、小波への第一声めが「大バカ野郎!」という桃井からの罵りだった。

 

 

「何がラフプレーよ!殺人野球よ!マトモなのあんたしかいないんだから、あんたぐらいしっかりとルールに添いなさいよ!」

 

 

「次、私なのよ〜!」と不満を言う桃井。

小波はすぐに頭を下げた。「ごめん!」

 

 

「なんかあそこは言い返さなきゃいけないと思ったんだ」

 

 

「本当にごめん!」と謝罪し続ける小波。さすがの桃井も根負けして「もういい」と言って、バットとヘルメットを持ってバッターボックスへと向かう。

ルール違反したとはいえ、芹沢の記録は一応はヒットだ。三塁へと到達した甲斐もあり、小波は二塁ではなく三塁からのスタートとなる。

 

 

「よくぞ立った、弱き者よ!」

 

 

饒舌に喋り出すアスワン。そのキャラの持ちように、原作を読破した浜野から「こんな性格だったかしら」と言われる。

 

 

「貴様ら相手に情け容赦なんていらん!見せてやろう、アストロ球団が誇る最強にして無敵!難攻不落の鉄壁を!!」

 

 

そういうと、外野陣が後ろへと走ってくる。

後退守備かとも考えたが、それにしては後ろに下がりすぎている。何より内野陣の動きがあまりにも異質過ぎた。

遊撃手と二塁手は外野の中間まで下がり、一塁と三塁手が凄まじい速さで、二塁へと向けて走る。常人では到底到達できない速さを幾たびも繰り返し、それは一つの現象を生み出した。

一塁手のヒデオ一二塁線上に二人に見えた。ヒデオだけじゃない。反対側の三塁手イワオニも同様の現象が起きていた。

しかも二人だけでなく三人へと増え続け、やがて一塁二塁三塁すべてを覆うほどの壁が出来上がる。

 

 

「これが九人揃った完璧な『アストロシフト』だッ!!」

 

「はっ!私にはそんな小細工通用しないわよ!たかが高速移動して、分身してるように錯覚させてるだけじゃない!」

 

 

桃井は自らが持つ能力をフルに使い、人の壁を見る。能力を駆使しても分身してるように見えるが、いくつかその壁に綻びがあるのがわかる。

 

アスワンが投球に移る。動きは何度も見て把握しきった。さっきは追いつかなったが、今なら追いつく。追いつかせる。

映し出された未来のビジョンは『ファントム大魔球』だ。アスワンは大きく飛び上がり、落差のある消える魔球、文字通り幻影の変化球を投げる。

 

だが、軌道がわかれば当てるのはたやすい。

桃井は打ち、僅かだが見当たる綻びへと打球を飛ばす。

鋭い打球は見事に壁を潜り向けてバウンド。ヒットをもぎ取ったように見えた。

 

 

「まだまだじゃあ!今度は新必殺技!こいつを食らえば、桃色小娘も終わりよ!」

 

 

再び頭上に野手たちが飛び上がる。『人間ナイアガラ』の体制だが、問題はそこに移る顔の濃さだった。

ヒデオとイワオニの数がここにいる総人数の足の数より多い。その中に混じる遊撃手と二塁手の姿も中々シュールだが、その威力は本家『人間ナイアガラ』とは比べ物にならない。

 

 

「『アストロシフト』と『人間ナイアガラ』を合わせた究極の守備陣系……『超人流星群』だ!」

 

 

無情に降り注ぐ銀の流星群。駆けた桃井に、もう立ち止まるや引き返す選択肢はない。ただ駆けていく。

煙が大きく立ち込めて、アスワンは笑う。そして人差し指を立てた。「まずは一匹じゃ」

 

 

「甘いんだよね〜。このピンク様を舐めって貰っちゃ」

 

 

「困るんだけど」という桃井の声はとても陽気なものだった。

煙が晴れて桃井の姿が見えてくる。桃井は無傷だった。それどころか、手には四人分のスパイクが握られている。

 

 

「ナイアガラとか、流星群とか言ってるけど、ダメージ源はこのスパイクによる物理的殺傷力だからね。隙見て取っちゃえば、こっちのものよ。怯えたのが馬鹿馬鹿しくなっちゃう」

 

「ぐぬぬ……!」

 

 

「それに」と桃井は悪戯に笑う。「ヒットはヒット」

 

 

「ホームには小波が戻って一点……これで18-7よ」

 

 

桃井の言葉に、アスワンは我へと戻ってホームベースを見る。桃井の言う通り、小波がベースを踏んで自軍がいるベンチへと向かっていた。

電光掲示板にも文字が刻まれ、これで得点が入る。

まさか『アストロシフト』と『人間ナイアガラ』を組み合わせた戦術が一度で破られるとは、アスワン自身が思ってもいなかった。

 

 

「さぁ、靴は返してあげるわ。スパイクは外させて貰うけど」

 

 

得意げに話しながら、手慣れた作業でスパイクをぶちぬく桃井。一連の作業を終えると、鳥に餌を撒くように放り捨てた。

 

 

「ナイスよ、ピンク。次はあたしに任せなさい」

 

 

三番浜野。先ほど『スカイラブ投法』を真正面から打ち破った猛者だ。

こいつには鎌かけるだけ無駄だ。アスワンは165キロの全力ストレートから投げるが、浜野は何も変化がない見慣れた豪速球を見逃すほど甘い人間ではない。

 

高めで捉えた投球は、見事にジャストミート。勢いよく打球は『アストロシフト』の上を超え、外野を超え、フェンスを超える。

二打席続いてのホームランだ。浜野は誇らしげに拳を突き上げてダイヤモンドを回る。ホームベース前には桃井が待っており、互いにハイタッチ。これで18-9。

 

 

「はいはい、ホームラン」

 

 

そして安心と信頼の超能力、和那お得意のバントホームランを初球からかまし、ついにヒーローズは二桁へと追いついた。あと8点。

 

 

「敬遠すればええのに。時には潔くしたらええんとちゃう?」

 

 

煽るように和那はやる気なくベースを一周してこの文句を伝えられたアスワンの気持ちはどうだ。

燃えたぎっていた。堪忍袋の尾が切れて、目に魂が宿ったように闘争心を醸し出していた。

 

 

「だんだんと良い面構えになってきたじゃないか。アスワン」

 

 

四番和那の次は、五番レッドだ。

都会に出たら職務質問率100パーセントの不審者全開、大人からは白い目、子供からは憧れの瞳で見られる赤いライダースーツの赤マスクがバッターボックスで佇む。

 

 

「四番以外は許そう……だが、肝心の四番はなんじゃい!野球に対する熱意が感じんわ!!」

 

「俺に聞かれてもなんとも言えんな。本人に聞いてみたらどうだ」

 

 

尋ねられた問いに和那は笑った。「ウチも勝つためなら何だってするで」

 

 

「アンタらみたいに、殺人プレイしてまで勝利はもぎ取る。自分のこと棚に上げて、正当化しようとする見苦しいことはやめてくれへん?」

 

「だそうだ。さぁ試合を続けよう」

 

 

レッドはアスワンから目を離さずにバットを構えた。

勝利だ。勝利の二文字でしか、今ここいる俺、アスワンは存在する意味はないのだ。

アスワンは投球を応じる。『ファントム大魔球』を投じて、レッドはまた真芯近くに当てる。危うくホームランとなる特大の打球は、ライト方向のポール前で大きく外れた。

 

アスワンだって超一流の選手なのだから、肌身で感じてはいる。今まさに空気があらぬ方向に吹こうと淀んでいるのを。

 

この場面は絶対に抑えなければまずいと、本能が告げる。

意を決してアスワンが投じた外角高めのストレート。それは些細な変化なものの、ここにいる全員の度肝を抜いた。

 

 

「なっ……!アスワンの球速が……っ!!」

 

「おい、洗谷!どういうことだ!こんなことがありえるのか!?」

 

「俺にそんなことはわからない。だが、社長が想像してる答えがあっていると賛同しておこう」

 

 

洗谷は驚く紫杏に、漠然とした答えを返すしかなかった。

167キロ。先ほどアスワンがストライクをとった球速がそれだった。

 

偶然かと思った。いや、そうでありたかった。

だが回を重ねるにつれて、その現実は明確に突きつけていく。

二球目ストライク、168キロ。

三球目ファール、169キロ。

 

少しずつだが、球速は加速している。ホームラン寸前のファールも打てなくなっていき、投球に重みが出たのか、フェンス直撃のファールにしか打てなくなるレッド。

 

信じたくはないが、まさかこんなことがありうるのか。

球速が徐々に上がっていく。これは先ほど小波が危機による覚悟と、千羽矢を助けたい心が混同した強烈な決心が『具現化』を起こしていたから、アスワンもそれだと思うだろう。

しかし、問題はアスワン自身にあったのだ。小波は普通の人間だが、アスワンはどうだ。伝説選手を苗にしてるとはいえ、犬井の話からすれば、アスワンはデウエスの強い憎悪と野望の『具現化』から生まれた存在だ。

 

つまりアスワン自身は『具現化』そのものなのだ。しかし、今目の前で『具現化』そのものが、また新たな『具現化』を行っている。

 

 

「『具現化』した存在が、自らの意思で『具現化』を行うなんて……!」

 

 

それは強い意志を持つのと同時に、強い自我が生まれたという意味でもあった。

 

何故俺はここにいる?

何故俺は野球をする?

何故俺は投げる?

 

 

何故俺は勝利を求める?

 

 

決まってるじゃないか。

アスワンが投じた四球目は中央ストレート。レッドは空振り三振で終わり、バッターボックスで膝をつき見上げた。

 

球速175キロ。人外の領域へと足を突っ込むアスワン。その背中はとても誇らしげだった。

 

 

俺がここにいる意味。

俺が野球をする意味。

俺が投げ続ける意味。

俺が勝利を求める意味。

 

 

「俺も勝利でしか意味を見出せない不器用な男だからじゃ……!!」

 

 

そこにはもう『具現化』としてでも、宇野球一としてでものアスワンはいない。

勝利に飢え続ける獅子。一人の野球選手して、戦いに高揚感を覚えるアスワンがいた。




【補足コーナー】


Q.アスワン、白瀬の銃弾を受け止める。
A.パワポケじゃあよくわることじゃないですか。


Q.白瀬激昂。
A.仲間意識はやっぱりあったみたい。えっ、キャラが違う?一匹狼?はてはて何のことやら(遠い目)


Q.芹沢ちゃん身を呈して守る。
A.ヒーローなら守らないとね。にしては早すぎる気もするが。あっ、獅子ってネコ科みたいですね。


Q.ポンコツジャッジ。ランナー追い越しを指摘。
A.それよりも人間ナイアガラとか、超能力を現況してください。だからポンコツ扱いされるんです。


Q.アスワンが悪役に行きすぎぃ!
A.具現化しようとしたデウエスの意思が元ですからね。それが影響されてるかもしれません。


Q.小波「お前の全部を壊して、俺が勝つ」
A.シリアスな場面でかっこいい台詞ですが、なんとこれパロディ。幽☆遊☆白書より主人公、浦飯幽助が戸愚呂弟に言った名言。「あんたの全てを壊してオレが勝つ」です。


Q.桃井、不満を言う。
A.唯一ルールに沿っていた小波がラフプレーの上から勝つと宣言。かっこいいけど、マトモに戦果をあげてないのに、何を言っているんだお前は。


Q.『アストロシフト』
A.『アストロ球団』の必殺技。ためしに検索してみよう。まず、笑う。


Q.『超人流星群』
A.これは自分が考案したオリジナル必殺技。たぶん、台詞内で一番時間使った場所。でも、物の見事に桃井に破られた。まぁ、相手が悪い。


Q.再びバントホームラン。
A.和那さんの出番、これぐらいです。


Q.『具現化』した存在が『具現化』させるほどの意思を持つ。
A.書いた時はパワポケ本編でもいねぇな、とか思ったけど芹沢とか桃井とか『エアレイド』とか普通にできそう。


Q.アスワン覚醒。
A.パワプロの球速限度超えてます。さすが超人!




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