ダンジョンに潜むヤンデレな彼女に俺は何度も殺される (北川ニキタ)
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第一章
―01― 追放


「判決文を読み上げる。被告人キスカを村人ナミア強姦殺人の罪により、ダンジョン奥地に追放することに決定する」

 

 その言葉を聞いた瞬間、頭に血が上る感触を味わう。

 

「冤罪だ!」

 

 気がつけば裁判長に対して、そう怒鳴っていた。

 

「村の連中に嵌められたんだ! 俺は何もしていない!」

「被告人、私語は慎むように」

 

 無情にも裁判長はそう言う。

 

「おら、早くこっちに来い」

 

 衛兵たちが、暴れる俺を無理やり引っ張る。

 それでもなお、俺は無罪を主張したが、聞き入れてくれる者は一人としていなかった。

 

「おら、ここに入って大人しくしてろ」

 

 そして、牢屋に入れられた。

 明日には、この村にあるS級ダンジョン【カタロフダンジョン】の奥地に送られてしまうのだろう。

 ダンジョン奥地に送られて、生きて帰ってきた者は1人としていない。

 だから、俺もそのダンジョンにいる魔物たちによって屍になるのだろう。

 

「くそっ! ふざけるなっ!」

 

 そう叫びながら、壁を叩く。

 虚しい音が響くだけで、なんの意味もなさなかった。

 

 

 

 

 カタロフ村。

 それが俺が生まれ育った村だ。

 この村の名物はS級ダンジョンの【カタロフダンジョン】だ。

 だから、この村はこのダンジョンを攻略しようとする冒険者たちによって賑わっていた。

 

 その村で、俺は小さい頃から迫害されていた。

 原因は俺の髪の毛が、くすんだ銀色だからだろう。

 この国では、古くから銀色の髪を持つ人間をアルクス人と呼び、迫害してきた歴史がある。

 アルクス人は遠い昔、人間を裏切り魔族に力を貸したという言い伝えがあるからだ。

 俺の母親はカタロフ村出身で茶色の髪の毛を持っている。

 だというのに関わらず、俺の髪が銀髪なのは、父さんに関係しているのだろう。

 父さんは俺が生まれたときにはすでにいなかった。

 死んだのか、それとも逃げたのか。なにもわからない。母さんは、父さんのことについては一切話さなかった。

 

 そういう経緯もあり、俺はアルクス人として、母親はアルクス人と関係をもった者として迫害されてきた。

 子供からは石を投げられ、農地は誰かによって荒らされる。

 おかげで、いつも貧しくまともなご飯を食べることができなかった。

 それでも母親は俺を懸命に育ててくれた。

 

「ごめんね、キスカ。お前をちゃんと育ててやれなくて」

 

 それが母親の口癖だった。

 そんな母親は去年亡くなった。死因は病死。

 病を治す薬なんて、貧乏な俺たちには買うことができなかった。

 

「よぉ、銀髪。今年も年貢が少ないって聞いたぞ」

「すみません」

 

 そう言って、俺のことをはやし立てたのは、村長の息子ダルガだ。

 ダルガの後ろには、何人かの男たちがいる。

 こいつらは決まって集団で行動し、俺のことをはやし立てる。

 

「おい、謝って済む問題じゃねんだよ」

 

 年貢が少なかったのは、こいつらが俺の畑を荒らしたせいだ。

 とはいえ、それを指摘したところで意味がないことはわかっていた。

 

「すみません」

 

 だから、俺はただひたすら謝っていた。

 

「おい、今からこいつのこと殴ろうぜ」

「おっ、いいぜ、いいぜ」

 

 それから彼らは、俺をひたすらリンチにし始めた。

 

「おら、死ね!」

 

 そう言って、顔面を何発も殴られる。

 下手に抵抗してはいけない。抵抗すればするほど、彼らは躍起になって、俺をさらに痛みつけようとしてくる。

 無抵抗でいたほうが、傷は浅く済む。

 それを長年の経験により知っていたため、俺はひたすら殴られ続けた。

 

「今日はこの辺で勘弁してやるよ」

 

 と、ダルガが言ったときには俺の顔は真っ赤に腫れていた。

 

 

 

 

「もう、またダルガたちにやられたのね」

 

 そう言ったのは俺の幼なじみのナミアだった。

 ナミアは近所の商人の娘で、この村で、唯一俺の味方をしてくれる。

 

「ほら、治療するからじっとしていて」

 

 そう言って、彼女は傷跡に軟膏を塗ってくれた。

 

「はぁ、なんでみんなキスカのことを虐めるんだろう」

「仕方ないよ。俺の髪の毛が銀髪なのが悪いんだ」

「んー、私はその髪の毛、きれいだと思うけどなぁ」

 

 俺にとってこの銀髪は忌々しい存在だが、ナミアだけは決まっていつもそう言ってくれる。

 

「ねぇ、キスカ。大事な話があるんだけど」

 

 わざわざ勿体ぶって彼女はそう告げた。

 

「ん? なんだい?」

「私、ダルガと結婚することになった」

 

 彼女がそう言った瞬間、動揺で目眩がした。

 この村では、結婚相手は両親が決めることがほとんど。

 村長とナミアの両親は強い繋がりがあったはずだから、ダルガとナミアが結婚することは納得ができる。

 

「……そうか、おめでとう」

 

 お祝いの言葉を口にしないとと思い、そう告げたが、恐らく僕の表情は歪んでいるのだろう。

 

「ねぇ、キスカはそれでいいの?」

「えっと……?」

「キスカはこの村でずっと暮らすつもりなの?」

「そうだけど……」

 

 この村に自分の土地がある以上、この村を出て行くことはできない。

 

「私はそんなの嫌! ここの村人はみんなキスカのことを虐める。それなのに、この村にいたら、いつかキスカは壊れてしまうよ」

「だからって、どうしようもないだろ」

「私と一緒に、この村から逃げよう!」

 

 ナミアが俺の目を見て、そう主張していた。

 

「私の家ならお金があるわ。そのお金を使えば、二人だけなら何年間は過ごせる。その間に、誰も私たちのことを知らない場所を見つけて一緒に暮らそう」

 

 この村を出ることを考えたことはあった。

 だけど、村を出て旅をするにはお金が必要だ。

 そのお金が俺にはなかった。

 だけど、ナミアが協力してくれるというなら、できないこともない。

 

「ナミアはそれでいいのか……?」

 

 俺がこの村から出て行くのは理解できる。けれど、ナミアがそれに付き合う必要なんてどこにもない。

 

「いい。私、あんな人とは結婚したくない」

「そうか……」

 

 ナミアの意思が固いことを確認する。

 

「ナミア好きだ」

「うん、私も好き」

 

 お互いそのことを確認をする。

 ナミアのことは昔からずっと好きだった。けれど、彼女とくっつくことは万に一つも有り得ないとわかっていたので、その気持ちをずっと隠していた。

 

「いつ、決行する?」

「できるかぎり早くがいい」

「わかった。今日の夜には、この村から逃げよう」

「うん」

 

 それから、ナミアとキスをした。

 初めてのキスは、どこかぎこちないものだった。

 

 それから、ナミアと計画のことを話し、別れる。

 夜中に俺はナミアの家に迎えにいくことになった。

 

 それから家で準備をして、夜を待った。

 

 

 

 

 夜になると月の明かりを頼りに、ナミアの家に向かった。

 家の外でナミアと落ち合うことになっている。

 

「やめてぇ!」

 

 悲鳴が聞こえた。

 ナミアの声だ。

 

「大丈夫か!?」

 

 そう叫びながら、俺はナミアの家に土足で中に入る。

 そして、声の聞こえた部屋を開ける。

 

「おい、銀髪。なんで、てめぇがここにいるんだぁ?」

 

 目の前の光景は、想像できる中で最も醜悪なものだった。

 部屋の中には、ダルガやその取り巻きの男たちがいた。全員、半裸だ。

 そして、ナミアの服を今にも強引に脱がそうとしている。

 

「なにをしているんだ……?」

「なにって? 見ればわかるだろ」

 

 ダルガはそう言って、醜悪な笑みを浮かべる。

 確かに、聞かなくてもなにが起きたか理解できる。

 けれど、結婚してない男女が契りを交わすのはこの村では禁止されてたはずだが。

 

「てか、なんで銀髪がここに来てるんだよ? まさか、誰かこいつに喋ったのか?」

 

 ダルガが周囲の男たちに聞く。

 けれど、誰もが首を横に振る。

 そんな中、俺はどうすべきか考えていた。

 とにかく、ナミアをこの場から助けないと。

 

「離れろ」

「あん?」

「今すぐナミアから離れろ!」

 

 叫んでいた。

 それからの俺は、ダルガたちに殴りかかっていた。

 けれど、俺が1人に対し、相手は数人。敵うはずもなく、呆気なく俺はボコボコにされた。

 

 だけど、ダルガは俺をボコボコにするだけで気が収まることはなかった。

 この場に俺が来たことを不審に思ったらしい。

 だから、その理由を問いただそうと、俺に拷問を始めた。

 具体的には、俺の爪を一枚一枚剥がし始めたのだ。

 それでも「駆け落ちをしようとした」なんて言えるはずがなく、俺は叫び声を上げながらもひたすら耐えた。

 

「話すから! 私が話すから、それ以上はやめて!!」

 

 先に折れたのはナミアだった。

 

「ナミア、やめろ……」

 

 俺の忠告は届かず、彼女は全てを洗いざらい話した。

 結果、ダルガは激高した。

 俺とナミアが駆け落ちしようとしたことが、ダルガはなにより気に入らなかったらしい。

 それからダルガはナミアに対し、暴行を加えた。

 俺はなんとか止めようとしたが、複数人相手にできることはなく、気がつけば殴られた衝撃で気絶していた。

 

 目が覚めると、俺は牢の中にいた。

 罪状は、ナミアを強姦した後、殺したというものだった。

 朝、目を覚ますとナミアは死んでいたらしい。

 ダルガが首でも絞めて殺したに違いなかった。

 そして、その罪を全て俺に背負わせたのだった。

 

 



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―02― スキル〈セーブ&リセット〉を獲得しました

 カタロフ村には、Sランクダンジョン【カタロフダンジョン】が存在する。

 それゆえに、この村には多くの冒険者がやってくる。

 通常、冒険者たちは、ダンジョン正面にある入り口から中に入って攻略する。

 けれど、村にはもう一つのダンジョンへの入り口、転移陣が存在する。

 

 転移陣を使うと、【カタロフダンジョン】の奥地のどこかに強制的に飛ばされるのだ。

 そして、この転移陣を使って、生きて帰ってきた者は誰1人として存在しない。

 

 なにせ、このダンジョンはまだ誰の手によっても攻略されていない未踏破ダンジョンの一つだから。

 そんなダンジョンに、冒険者でない者が奥地に捨てられたら帰ってこられるはずが無い。

 そのダンジョンに武器の一つも持たされず飛ばされるわけだ。

 ゆえに、この転移陣を使うということは実質、死刑宣告に等しかった。

 

「おら、とっとと中に入れ!」

 

 衛兵が俺の背を押して、転移陣に入るよう促す。

 

「くそっ」

 

 俺は心の中で恨み言を口にする。

 

 なにかもが憎かった。

 ナミアを殺したダルガはもちろん、俺の証言を一切聞かず、俺に罪を押し付けた村人たち。

 誰もかもが殺してやりたいほど、憎い。

 けれど、どうすることをできないのがとにかく悔しい。

 

「おら、早くしろ」

 

 そう言って、衛兵が俺の背中を蹴飛ばした。

 俺の体が前方へとよろめき、気がつけば転移陣を踏んでいた。

 そして、全身をまばゆい光が包んだ。

 

 

 

 

 目を開けて、周囲の様子を確認して、来てしまったことを実感する。

 ここが、Sランクダンジョン、【カタロフダンジョン】の奥地なんだろう。

 ここに送られた者で帰ってこれた者は一人としていない。

 冒険者として活動したことがない俺がここを生きて脱出することは不可能に違いなかった。

 

「グガァアアアアアアアア!!」

 

 うめき声が聞こえた。

 あぁ、早速お出ましか。

 巨大な熊型の魔物。全長は5メートルを優に越し、鋼のように堅い皮膚に覆われている。

 村に来た冒険者から名前を聞いたことがある。出会ったら生きて帰れない魔物の一体として。

 ランクはA。

 名は――鎧ノ大熊(バグベア)

 

「ウガァアアアアアア!!」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)は俺のことを確認すると、闇雲に突進してきた。

 

「うわぁっ!」

 

 とっさに俺は後ろへと跳ぶ。

 すると、さっきまでいた場所に鎧ノ大熊(バグベア)が拳を振り下ろした。

 それだけで地面は抉られ、土埃は舞う。直接当たっていないのに、衝撃だけで俺の体はよろめく。

 死ぬ。

 このままだと、俺は確実に死ぬ。

 そのことを初めて本能で理解した。

 

「助けて……くれ」

 

 意味がないとわかってるとはいえ、俺はそう叫ぶしかなかった。

 

「誰か! 誰か助けてくれ!!」

 

 気がつけば、俺はそう叫びながら魔物に背を向けて走っていた。

 昨日まで畑を耕していた俺が魔物相手になにかできるはずがない。

 だから、例どんなに無様でも逃げることだけを考えた。

 

「ウガァアアアアアア!!」

「は?」

 

 後ろを振り向くと、遠くにいたはずの鎧ノ大熊(バグベア)が一瞬で接敵してきた。

 これほどまでに移動が速いのか!?

 

 そして、俺を捉えた鎧ノ大熊(バグベア)は拳を振り下ろす。

 

 あ、死んだ。

 そのことを理解する。

 そう、俺はこれから死ぬのだ。そのことがわかると、現実逃避なのか、走馬灯ってやつなのか、今までの思い出が頭の中を駆け巡る。

 嫌な思い出ばかりだ。

 この髪のせいで迫害されて、最愛のナミアは殺された。

 

「ちくしょぉおおおおおおお!!」

 

 悔しかった。

 村のやつらになにもできずに殺されることがなにより悔しかった。

 こんなところで俺は野垂れ死ぬんだ。

 

『助けてあげようか?』

「え?」

 

 そこには、うごめく影があった。

 人の形をした影だ。

 

「誰だ、お前は?」

『私が誰かなんて気にする余裕はないと思うけど』

 

 それもそうだ。

 今にも俺は魔物の手によって殺されようとしている。

 

「頼むっ、助けてくれ」

 

 目の前の影が何者なのか見当もつかない。

 それでも、藁にもすがる思いでそう告げた。

 

『そう、だったらあなたにひとつのスキルを与えてあげる。スキル名は〈セーブ&リセット〉』

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル〈セーブ&リセット〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

「えっ?」

 

 突然、現れたメッセージウィンドウに驚愕する

 

「おいっ」

 

 もっと詳しく聞かせろ、と思い、影に話しかけるが、すでに影は消え失せたようで、どこを見回しても存在しなかった。

 体に変化はないが、本当にスキルというものは手に入ったんだろうか?

〈セーブ&リセット〉だったか。どういうスキルなのか、全く想像つかないが。

 

「ガウッ!」

 

 見ると、鎧ノ大熊(バグベア)の振るった拳によって、俺の体は無残にもひしゃげていた。

 次の瞬間には、俺は絶命していた。

 

 



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―03― もう、俺を殺してくれ

「ウガァアアアアアア!!!」

 

 目の前には、雄叫びをあげる鎧ノ大熊(バグベア)の姿が。

 

「あれ? 俺死んだよな?」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)に殴られて俺は死んだはず。

 なのに、なんで生きているんだ?

 

「ガウッ!」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)が拳を振るっていた。俺の体は押し潰されて、死んでいた。

 

 

 

 

「あっ」

 

 まただ。

 死んだはずなのに、こうしてまた生きている。

 

「ガウッ!」

 

 けれど、生き返ったところではなにもできない。

 鎧ノ大熊(バグベア)は腕を振るい、俺の体は潰される。

 俺は死んだ。

 

「あっ」

 

 また、生き返った。

 いや、違う。

 生き返ったんじゃなくて、死ぬたびに時間が巻き戻っているんだ。

 影からもらったスキル〈セーブ&リセット〉が恐らく、そういう能力なんだろう。

 

「ガウッ!」

 

 時間が巻き戻るのはわかった。

 けれど、鎧ノ大熊(バグベア)が腕を振るって俺が死ぬ運命は変わらない。

 

「……はっ」

 

 まただ。

 また、死ぬ直前に時間が巻き戻った。

 

「ガウッ」 

 

 目の前には、今にも鎧ノ大熊(バグベア)が俺めがけて拳を振るおうとしている。

 それを見て、俺はあることに気がついてしまった。

 このままだと、俺は永遠にこの魔物に殺され続ける目にあうんじゃないのか?

 

「おい、どうすれば――」

 

 どうすればいい? と俺にスキルを与えた影に対して、尋ねようとして、最後まで言い終えることができなかった。

 鎧ノ大熊(バグベア)によって、俺は死んでいた。

 

「……はぁ」

 

 いやだ。

 永遠に殺され続けるなんて、そんなの生き地獄とそう変わらない。

 

「おい、俺はどうしたらいいんだ!?」

 

 今度こそ、最後まで言い終えることができた。

 俺にとんでもない力を与えた影なら、なにかしらこの状況を打破する方法を知っているはずだ。

 

「………………」

 

 返ってきたのは静寂だった。

 

「ガウッ!」

 

 次の瞬間には、殺されていた。

 

「くそっ」

 

 俺は鎧ノ大熊(バグベア)に背中を向けて、真後ろへ逃げる。

 もう、死ぬのはどうしても避けたかった。

 鎧ノ大熊(バグベア)に殴られるたびに、言葉で表現しようがない激痛と疲労感が襲ってくるのだ。

 そして、意識が落ちたと思った瞬間、時間が巻き戻されることで強制的にたたき起こされる。

 こんなの続けていたら、間違いなく精神が壊れる。

 だから、少しでも生き延びる可能性をかけて、真後ろへと逃げた。

 

「クガゥッ!!」

「……あっ」

 

 俺が真後ろに逃げたところで、鎧ノ大熊(バグベア)なら腕を伸ばせば、簡単に俺に触れることができる。

 俺の体は壁に叩きつけられて、全身潰れるように変形した。

 当然、俺は死んでいた。

 

「……はぁっ」

 

 激痛が全身を襲った次の瞬間、また鎧ノ大熊(バグベア)に襲われる直前まで時間が巻き戻っている。

 

「くそっ」

 

 真後ろに逃げるのが駄目なら、今度は右方向に体を動かせばいい。

 

「ガウッ!」

 

 右に逃げたところで、鎧ノ大熊(バグベア)の拳は俺の体を叩き潰すことに変わりはなかった。

 

「……はっ」

 

 さっき右が駄目だった。

 なら、今度は左――。

 

「ガウッ!」

 

 ドスンッ、と音と共に俺の体が壁に叩きつけられる。

 

「……あ」

 

 また、時間が巻き戻った。

 後ろも右も左も駄目。後がなにが残っている?

 

「ガウッ」

 

 考えている間に、俺は殺された。

 

「……ふざけんなっ!」

 

 そう叫びながら、俺は高く跳んだ。

 考えがあったわけではない。ただ、単純に後ろ、右、左が駄目なら上しかないと思っただけだ。

 

「ガウッ!」

「あ……」

 

 上に跳んだところで、鎧ノ大熊(バグベア)の拳は俺の体をしっかりと捉えていた。

 

「……はぁ」

 

 時間が巻き戻った俺は息を吐いて、地面にへたり込む。

 もう、なにをすればいいのか、全く見当がつかなかった。

 

「ガウッ!」

 

 当然、そんな俺を見逃すはずがなく、鎧ノ大熊(バグベア)は俺の体を撲殺した。

 それから、10回ほど、俺はなすがままに殺され続けた。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――殴られては殺されて、激痛と疲労が全身を襲い、時間が巻き戻るたびに、強制的に覚醒させられる。

 痛みで苦しみつづけるよりもずっと辛い。

 

「もう、俺を殺してくれ……っ」

 

 とうとう、俺はそう悲鳴をあげた。

 死んでしまえば、やってくるのは永遠の眠りだ。

 それはどんなに幸せなことだろうか。

 

「スキルを消すことってできないのか……?」

 

〈セーブ&リセット〉を消せば、この地獄の時間から解放されるはずだ。

 そう思い、ステータス画面を開く。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈キスカ〉

 

 スキル1:セーブ&リセット

 スキル2:なし

 スキル3:なし

 スキル4:なし

 スキル5:なし

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

〈セーブ&リセット〉以外は空白のステータス欄。

 どこかを弄れば、スキルを消すことができるんじゃないだろうか。

 そう思って、ステータス画面を指でタッチした瞬間だった。

 

 頭の中に数々の記憶がフラッシュバックした。

 ナミアのこと。

 ナミアを犯した男たちのこと。

 ナミアを殺したダルガ。

 そして、冤罪の俺を罰した村人たち。

 なにもかもが憎い。

 可能ならば、村人たちをこの手で殺してやりたいとさえ思う。

 もし、このダンジョンを生きて脱することができれば、それも可能だろう。

 

 俺の憎しみは、こんなことで消え失せるほど、大したことがなかったのか。

 否、断じて違う!

 

「くそがぁあああああああ!!」

 

 叫んだ俺がとった選択は、前に突っ込むことだった。

 考えなしに突っ込んだおかげで、足はもつれ、転んでしまう。

 結果的に鎧ノ大熊(バグベア)の懐に潜り込む形になった。

 

 ヒュンッ! と風を切る音が聞こえた。

 初めて鎧ノ大熊(バグベア)の拳をかわすことができた。

 

「ぐはッ」

 

 けれど、一撃目をかわした先に待っているのは、二撃目だ。

 それによって俺は絶命する。

 それでも俺は十分満足感を得ていた。

 

 



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―04― 150回目

 前へと突っ込めば、鎧ノ大熊(バグベア)の一撃目をかわすことができる。

 それが十数回と死に戻りを繰り返して得た知識だった。

 とはいえ、一撃目をかわすことに成功したとはいえ、次は二撃目、三撃目が待っている。

 何回も試行回数を重ねれば、それらもかわすことができるかもしれない。

 けど、その先は……?

 結局のところ、俺が状況から生き延びるには、鎧ノ大熊(バグベア)を倒すか逃げ切るしかない。

 

 ブンッ、と風を切る音が聞こえる。

 もう、三十回は死んでいるか? おかげで、一撃目をかわすのは容易になった。

 その後、無理矢理体を反転させて、鎧ノ大熊(バグベア)に背中を向けてダッシュする。

 冒険者の経験がない俺に鎧ノ大熊(バグベア)を倒すなんて不可能だ。

 だから、逃げるという選択を選ぶ。

 

 グサッ、と背中から抉られるような音がした。

 鎧ノ大熊(バグベア)が背中を向けた俺に容赦なく攻撃をしたのだ。

 結局、俺は死んだ。

 

 

 何度目か、わからない。

 恐らく、100回は超えているはずだ。

 

「グアッ!!」

 

 まず、鎧ノ大熊(バグベア)は左腕を横に薙ぐようにふるう。

 それを前方にしゃがむことでかわすことができる。

 その次に、鎧ノ大熊(バグベア)は右腕を真上から真下へたたき落とすようにふるう。

 その攻撃は、左側に転がるようにステップすれば、かわすことできる。

 そうすると、鎧ノ大熊(バグベア)は一瞬だけ硬直する。

 恐らく、俺が攻撃をよけたことに驚いているのかしもれない。

 その隙に、壁際を通ることで、鎧ノ大熊(バグベア)の真後ろへと躍り出ることができる。

 

「グガッ!」

 

 真後ろへと通り過ぎた俺に対し、鎧ノ大熊(バグベア)は驚きつつも、体を反転させようとする。

 その隙に、俺はダッシュで鎧ノ大熊(バグベア)から離れられるだけ離れる。

 この動きが試行回数、百回以上を繰り返した俺が編み出した最適解だった。

 

 しかし、この先は未知の領域だ。

 

「ガゥウウウウッッッ!!」

 

 なぜなら、5秒後には、鎧ノ大熊(バグベア)が地面を蹴り上げて、一瞬で俺に追いつくからだ。

 とはいえ、追いつかれることはすでに何度も経験済み。

 右に強くステップ。

 攻撃をかわすことに成功した。

 そして、同時に鎧ノ大熊(バグベア)はひどく体勢を崩している。

 この一瞬だ。

 この一瞬なら、攻撃を当てられるかもしれない。

 そう思って、パンチを鎧ノ大熊(バグベア)の顔面へと繰り出す。

 

「ガウッッ!!」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)は呻き声をあげながら、その場で倒れる。

 成功した。

 とはいえ、俺のパンチなんて貧弱だ。

 Aランクの魔物に対して殴ったところで、致命傷にはほど遠い。

 けど、鎧ノ大熊(バグベア)が立ち上がるまでの時間を稼げる。

 その隙に、俺は全力で走って、その場を離れた。

 

 

 

 

 ダンジョン内は通路が迷路のように入り組んでいる。

 そして、通路上には魔物やトラップなんかがあるわけだが、稀に宝箱が置いてあることがある。

 

「なにか、ないか!?」

 

 俺は宝箱を探していた。

 今の俺はまとも武器一つも持っていない。

 この状況では、このダンジョンを生き延びるなんて不可能に等しい。

 だから俺はダンジョン内を走り回っては、宝箱の一つでもないか探していた。

 

「グガゥッ!!」

 

 振り向くと、鎧ノ大熊(バグベア)が目の前にいた。

 鎧ノ大熊(バグベア)の顔面を殴って転倒させてから、再び俺の元までやってくるまでの時間、およそ25秒。

 その25秒の間に、俺はこの状況を打破できるなにかを見つけなくてはならない。

 今回もなにも見つけることができなかった。

 

 グシャッ、と内臓が潰れる音がする。

 俺の命は潰えた。

 

 

 

 

 試行回数およそ150回目。

 

「死ねッ!」

 

 攻撃をかわした俺は拳を鎧ノ大熊(バグベア)の顔面に叩きつける。

 これで転倒させれば、25秒時間を稼ぐことできる。

 

 ビュッ! と、今までと違う感触を覚えた。

 偶然、俺の拳が鎧ノ大熊(バグベア)の目に入ったらしい。

 

「グガァアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)が苦しそうな雄叫びをあげる。

 そりゃ、目を思いっきし殴れば、誰だって痛いはずだ。

 そうか、目を殴ればもう少し時間を稼ぐことができるのか。

 これからは目を狙うよう心がけよう。

 

 それから、再び鎧ノ大熊(バグベア)に追いつかれるまで、宝箱を探すべくダンジョン内を全力で走る。

 25秒、すでに経ったが、鎧ノ大熊(バグベア)は襲ってこない。

 目を攻撃したおかげで、今までよりも立ち直るのに時間がかかっているのだろう。

 確か、こっちの通路はまだ行ったことがないはず。

 25秒の制限下では、行くことができなかった場所へと踏み出すことができた。

 

「あっ」

 

 そう声を発したのには、わけがあった。

 真下にトラップがあったからだ。

 トラップの種類は落とし穴。

 自然の法則に従い、俺は真下へと落下する。

 地面にはいくつものトゲがあった。

 グサリッ、とトゲが俺の体を串刺しにした。

 

 今回も失敗には違いない。

 けれど、俺の心は高揚感が満たしていた。

 というのも、落とし穴の先に、隠し通路があるのを死の直前に見つけたからだ。

 

 



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―05― 知恵の結晶

 落とし穴の先に隠し通路があることがわかった。

 けれど、何度死に戻りしても隠し通路にたどり着くのに苦心していた。

 

 まず、鎧ノ大熊(バグベア)の攻撃を全てよける必要がある。

 何度も繰り返しているおかげで、俺の動きは洗練されていっている。だから、繰り返せば繰り返すほど、成功率は高くなっているが、それでも三回に一回は失敗する。

 

 すべての攻撃を避けた後、鎧ノ大熊(バグベア)の目を拳で殴る必要がある。

 ただ、顔面殴るだけでは、25秒しか時間を稼げない。

 目を殴った場合は、それが35秒に増える。

 35秒間全力で走って、やっと落とし穴までたどり着くことができる。

 落とし穴に落ちてからも問題だ。

 ただ、落ちるだけではトゲに体が串刺しにされてしまう。

 体の落ちる場所を調整して、串刺しにされないようにしなくてはいけないが、正直狙ってそれをやるのは難しい。

 

 試行回数200回目にして、

 

「やっと、成功した」

 

 無事トゲに体を刺されないように、落とし穴に落ちることができた。

 

「ガウッ!!」

「うわっ」

 

 穴底から見上げると、鎧ノ大熊(バグベア)が俺に襲いかかろうと手を穴の中に伸ばしていた。

 だが、腕の長さが足りず、俺のいる場所まで届かないようだ。

 ひとまず、鎧ノ大熊(バグベア)との戦闘も一段落ついたとみてよさそうだ。

 

「やっぱり落とし穴の先に隠し通路があるみたいだな」

 

 そう呟きながら、通路を進む。

 すると、広い空間へと出た。

 この中央には宝箱が置いてある。

 

「あった!」

 

 探していた宝箱の存在に歓喜の声をあげつつ、宝箱を開けた。

 

「なんだ、これは? 宝石か?」

 

 入っていたのは、透明なクリスタルのような物体だった。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈知恵の結晶〉を獲得しました。

 効果が強制的に発動します。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

「うおっ!」

 

 突然現れたメッセージに驚愕する。

 そして、驚いている最中にメッセージの内容が切り替わる。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 以下のスキルから、獲得したいスキルを『1つ』選択してください。

 

 Sランク

〈アイテムボックス〉〈回復力強化〉〈魔力回復力強化〉〈詠唱短縮〉〈加速〉〈隠密〉

 

 Aランク

〈治癒魔術〉〈結界魔術〉〈火系統魔術〉〈水系統魔術〉〈風系統魔術〉〈土系統魔術〉〈錬金術〉〈使役魔術〉〈記憶力強化〉

 

 Bランク

〈剣術〉〈弓術〉〈斧術〉〈槍術〉〈盾術〉〈体術〉〈ステータス偽装〉

 

 Cランク

〈身体強化〉〈気配察知〉〈魔力生成〉〈火耐性〉〈水耐性〉〈風耐性〉〈土耐性〉〈毒耐性〉〈麻痺耐性〉〈呪い耐性〉

 

 Dランク

〈鑑定〉〈挑発〉〈筋力強化〉〈耐久力強化〉〈敏捷強化〉〈体力強化〉〈視力強化〉〈聴覚強化〉

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 大量に現れたスキル名に困惑する。

 通常、スキルというのは生まれつき入手するものだ。

 そして、大半の人はスキルを持たない状態で生まれる。

 もちろん、俺もその一人だった。

 だから、冒険者なんかにならず農地を耕して生きてきた。

 

 そんな入手機会がほとんどないスキルを、この中から好きに選んでいいってことだとだよな。

 そう考えたら、〈知恵の結晶〉は相当破格な性能を有していることになる。

 まぁ、Sランクダンジョンの奥地にある宝箱だ。

 それなりに、優秀なアイテムがないと割に合わないのだが。

 

 さて、問題として、俺はどのスキルを選択すべきか。

 まず、〈治癒魔術〉や〈火系統魔術〉を初めとした魔術系統のスキルは除外していい。

 魔術を扱うには、まず〈魔力生成〉というスキルを獲得して魔力を入手する必要がある。

〈魔力生成〉も獲得できるみたいだが、それだけ手に入れてもなんの役にも立たない。

 また、〈剣術〉や〈弓術〉といった武器を持っていることを前提としたスキルも獲得しても意味がない。

 今の俺は武器一つ手にしていない状態なんだから。

 

 そう考えると、選択肢は自ずと絞られていく。

 

「まぁ、Sランクのスキルを選ぶのが定石だよな」

 

 そう口にして、Sランクスキルを眺めていく。

 まず、〈アイテムボックス〉は論外だよな。便利ではあるんだろうが、今欲しいのか戦闘力を少しでも強化してくれるスキルだ。

〈回復力強化〉は有用かもしれないが、今の俺は一撃食らえば死に直結することがほとんど。必要と思えないな。

〈魔力回復力強化〉は俺自身が魔力を保有していない時点で論外。〈詠唱短縮〉も同様に魔術が使えない俺には不要なスキルだ。

 

 ってことを考えたら、〈加速〉か〈隠密〉のどちらかだ。

〈加速〉を使えば、走る速さが強化されるんだろう。これから、出会った魔物から逃げ続けようと思うなら悪くないスキルだ。

〈隠密〉も、魔物から隠れて進めるってことだろうし、悪くない。

 今の俺に必要なのは、いかにこのダンジョンを生存しながら脱出できるかだ。

 どちらのスキルも生存率をあげてくれるスキルだ。

 悩むな……。

 

「よしっ、〈隠密〉にするか」

 

 そう決意した俺は〈隠密〉をタップする。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル〈隠密〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 というメッセージウィンドウが現れた。

〈隠密〉を選んだわけは、〈加速〉に比べて体力を温存して移動ができそうだと判断したからだ。

〈加速〉を使えば、魔物に見つかっても振り切れるかもしれないが、体力をある程度消費するだろう。

 それを、これからたくさん出会うであろう魔物全てに〈加速〉を使って振り切れるほど体力を温存できるとは思えない。

 と、そんなことを考えていると――

 

 クゴォオオオオ、と音がしたことに気がつく。

 振り向くと、この部屋に入るために使った入口が閉まっていることに気がつく。

 

「閉じ込められた」

 

 そう呟いた瞬間だった。

 周囲に複数の魔法陣が展開される。

 

「「クゴォオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」」

 

 魔法陣と共に現れたのは鎧ノ大熊(バグベア)だった。

 総勢、10体。

 

「……は?」

 

 そう呟いた次の瞬間には、俺は鎧ノ大熊(バグベア)に殴られては、殺された。

 

 



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―06― 加速

「はっ」

 

 目を開ける。

 

「グラァアアッッ!!」

 

 目の前に一体の鎧ノ大熊(バグベア)が。

 見たことある光景だ。

 どうやら最初に戻ってしまったようだ。

 苦労してやっと宝箱のあるところまで辿り着いたというのに、それさえなかったことにされてしまった。

 

 いや、そもそもあの宝箱は手に入れていいのだろうか?

 宝箱を手に入れた途端、強制的に10体の鎧ノ大熊(バグベア)と戦うことを強いられる。

 恐らく、全部の鎧ノ大熊(バグベア)を倒さないとあの部屋から脱出することはできない。

 

「あっ」

 

 考え事をしていたら、鎧ノ大熊(バグベア)の拳が目の前にあった。

 次の瞬間には、死んでいた。

 

 

 

 

「とはいえ、あの宝箱以外にこの状況を改善できる策はないよな」

 

 宝箱を手にすれば、スキルを一つ獲得できる。

〈セーブ&リセット〉を除いたらスキルを持っていない俺にとっては、スキルを一つ手に入れるだけでも大きな進歩だ。

 とはいえ、スキルを1つ手に入れたぐらいで、10体の鎧ノ大熊(バグベア)を倒すなんて可能なのか?

 目の前にいる一体の鎧ノ大熊(バグベア)にさえ、苦心しているこの俺が。

 宝箱で手に入るスキルの一覧全てを覚えているわけではないが、あの中に10体の鎧ノ大熊(バグベア)を倒せるようになるスキルなんてあっただろうか。

 

 まぁ、考えても仕方がない。

 もう一度、宝箱のある部屋に行って、それから模索してみよう。

 

「ガゥッ!」

「やば……」

 

 顔面が壁に叩きつけられて死んだ。

 

 

 

 

「よしっ」

 

 方針が決まったのなら、早速動こう。

 まず、前方にしゃがんで一撃目をよける。

 その次に左側に転がるようにステップ。そうすれば、次の攻撃もかわせる。

 

 ぐしゃっ、と体がひしゃげる音がした。

 何度も繰り返してきた動きなため、スマートに動けるようになってきたが、今度はそれが仇となってしまったらしい。

 鎧ノ大熊(バグベア)が攻撃の態勢に入る前に、動いてしまったのだろう。

 そのせいで、鎧ノ大熊(バグベア)が俺の動きを見てから、腕を振るうことができてしまったのだろう。

 早く動きすぎても駄目。

 タイミングが非常にシビアだ。

 

 

 

 

「くそっ」

 

 死ぬ度に、激痛が全身を襲う。

 だから、精神的な疲弊がすさまじい。

 とはいえ、止まることは許されない。止まってしまえば、また殺される。

 

「よしっ」

 

 今度こそ、鎧ノ大熊(バグベア)の一連の攻撃をすべてかわし、距離をとることに成功した。

 あとは、闇雲に突っ込んでくる鎧ノ大熊(バグベア)の攻撃をかわしつつ、目を狙って殴る必要がある。

 

 ガッ、と顔面を殴るも、目ではなく鼻に当たってしまった。

 狙って目を攻撃するのを本当に難しい。

 罠のある位置まで全力で走ったが、その前に鎧ノ大熊(バグベア)に追いつかれては、殺されしまった。

 この調子で、また宝箱にたどり着くことなんてできるのかよ。

 

 

 

 

 試行回数およそ220回目。

 

「はっ、やっとここまでたどり着けた」

 

 落とし穴にはまって、底にあるトゲをうまくかわした後だった。

 この状況から、宝箱を開けるまでは魔物に襲われることはない。

 しばしの休憩タイムだ。

 俺は床に横になって、目をつむる。

 久しぶりに、まぶたを閉じた気がする。

 ずっと、この空間にいるのもいいのかもしれない。

 なんてことを考えていたら、知らずして、俺は眠っていた。

 

「あっ」

 

 目を覚ます。

 どのくらい寝ていたんだろうか。

 時間がわかるものがないから、全く見当がつかない。

 

 ぐぅ~、とお腹が鳴ったことに気がつく。

 そうか、ダンジョンに入ってから、一度も食事を口にしていたなければ、水も飲んでいない。

 この空間に居続けたら、いずれ俺は餓死するってことか。

 まぁ、復讐のためにダンジョンを脱出すると決意している以上、そんな選択をするつもりは微塵もないわけだが。

 

 休憩は終わりだ。

 前に進もう。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 以下のスキルから、獲得したいスキルを『1つ』選択してください。

 

 Sランク

〈アイテムボックス〉〈回復力強化〉〈魔力回復力強化〉〈詠唱短縮〉〈加速〉〈隠密〉

 

 Aランク

〈治癒魔術〉〈結界魔術〉〈火系統魔術〉〈水系統魔術〉〈風系統魔術〉〈土系統魔術〉〈錬金術〉〈使役魔術〉〈記憶力強化〉

 

 Bランク

〈剣術〉〈弓術〉〈斧術〉〈槍術〉〈盾術〉〈体術〉〈ステータス偽装〉

 

 Cランク

〈身体強化〉〈気配察知〉〈魔力生成〉〈火耐性〉〈水耐性〉〈風耐性〉〈土耐性〉〈毒耐性〉〈麻痺耐性〉〈呪い耐性〉

 

 Dランク

〈鑑定〉〈挑発〉〈筋力強化〉〈耐久力強化〉〈敏捷強化〉〈体力強化〉〈視力強化〉〈聴覚強化〉

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 ふたたび宝箱を開き、スキルの選択画面を開く。

 どのスキルを選ぼうか。

 

〈隠密〉は駄目だった。

 この閉鎖された空間では、〈隠密〉を持っていようと、鎧ノ大熊(バグベア)には見つかってしまう。

 そもそも、この部屋を出るには、鎧ノ大熊(バグベア)を倒さなくてはいけない以上、戦闘力に関与しない〈隠密〉は論外だ。

 

「よしっ、これだ」

 

 俺の選んだスキルは――〈加速〉だった。

 

「「グォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」」

 

 次の瞬間には、部屋の中に10体の鎧ノ大熊(バグベア)が現れる。

 この選択が吉とでるか凶と出るか。

 さぁ、戦いを始めようか。

 

 



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―07― 300回目に得た結論

「ガゥッ!」

 

 近くにいた鎧ノ大熊(バグベア)が雄叫びをあげて、接近してくる。

 

「〈加速〉!!」

 

 そう口にして、たった今手に入れたスキルを発動させる。

 途端、時間の流れが遅くなったような錯覚に陥る。

 すごい、鎧ノ大熊(バグベア)の動きがスローモーションのように見える。

 ブンッ! と、鎧ノ大熊(バグベア)の拳が真下へ振り下ろされる。

 それを回避することに成功する。

 今までなら、鎧ノ大熊(バグベア)を動きを目で追うことさえままならなかったのに、このスキルがあれば、確実に攻撃を避けることができそうだ。

 

 それから俺は、10体いる鎧ノ大熊(バグベア)の猛攻をひたすら避け続けることに成功する。

 蝶のように舞うことで、どんな攻撃も避けることができた。

 

 まぁ、避け続けることができても、なんの意味ないんだけどな。

 部屋の中を縦横無尽に動き回って確信したが、やはり出口がどこにも見当たらない。

 この部屋は完全に密室となっている。

 恐らく、この部屋を出るには、鎧ノ大熊(バグベア)を全て倒す必要があるんだろう。

 

 となれば、避け続けるだけでは意味がない。

 だから、ここからは反撃の時間だ。

 

「ガウッ!」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)の攻撃を横にステップして回避する。

 その上で、鎧ノ大熊(バグベア)の顔面へとパンチを繰り出す。

 パンチはうまく決まり、鎧ノ大熊(バグベア)が一瞬、後ろによろめく。

 ゴキッ、と嫌な音がした。

 

「あっ」

 

 殴った右腕の骨が折れてしまったようだ。

 どうやら〈加速〉から繰り出されるパンチによる衝撃に耐えることができないようだ。

 そして、もう一つ大きな弱点が。

 攻撃をした瞬間、俺自身に大きな隙が生まれていた。

 それを鎧ノ大熊(バグベア)が狙わないはずがなかった。

 

「あがッ!」

 

 殴った鎧ノ大熊(バグベア)とは別の鎧ノ大熊(バグベア)が横から殴りかかってきた。

 呻き声をもらした俺は盛大に壁へと激突した。

 絶命した。

 

 

 

 

「くそっ」

 

 時間巻き戻り生き返った俺は、悔しげに言葉を吐き捨てた

 せっかくいいところまで言ったのに、死んでしまったらまた一からやり直した。

 とはいえ、希望は見えた。

〈加速〉を使えば、鎧ノ大熊(バグベア)を攻撃を避けることができるようになるのを知れたのは大きな収穫だ。

 攻撃面が心配だが、避け続けることができるなら、攻撃のチャンスも無数にあるはず。

 よしっ、方針は決まった。

〈加速〉を選んで、あの部屋から脱出しよう。

 まぁ、その前に宝箱のある部屋までたどり着く必要があるんだが。

 

「ガゥッ」

 

 最初に現れる鎧ノ大熊(バグベア)によって、俺は死んでいた。

 

 

 

 

 試行回数およそ225回目。

 

「やっと、この場所に戻れた」

 

 再び、俺は宝箱にある部屋へたどり着いていた。

 この部屋にたどり着くまでが、まずしんどいな。

 この部屋に戻ってくるまで5回は死んだよな。まぁ、死んだ回数を正確に数えているわけではないので、ズレはあるんだろうけど。

 

「さて、それじゃ〈加速〉と」

 

 宝箱を開けたら表示されるスキル一覧から迷いなく〈加速〉を選ぶ。

 

「「グォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」」

 

 現れた鎧ノ大熊(バグベア)が雄叫びをあげる。

 さぁて、戦闘開始だ。

 

 

 

 

「くそぉッ! なんで、うまくいかねぇんだよ!」

 

 俺は怒りにまかせてそう叫んでいた。

 試行回数およそ300回目。

 その内、〈加速〉を選んで戦った回数、16回。

 その16回目の挑戦にして、俺は鎧ノ大熊(バグベア)に囲われている最中、叫んでいた。

 

 最初の頃は〈加速〉を選べば、いつかは部屋から脱出できるだろうと楽観的に考えていた。

 けれど、挑戦すればするほど、無理なんじゃないかと思えてならなかった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 知らずして、肩で息をしていた。

〈加速〉の弱点、それは体力の消耗が著しく激しいってことだ。

 満足に〈加速〉が使える時間は、たった3分ほど。

 その3分の間に、10体いる鎧ノ大熊(バグベア)を全員倒さなくてはいけない。

 なのに、一体すら倒すことができなかった。

 

 問題点はいくつかある。

 まず、〈加速〉でいくら速く動けても攻撃力は増加しないという事実が大きかった。

 例え、素の攻撃力が低くても、スピードにのせればそれなりに威力は出るだろうと踏んでいたが、そうやって繰り出した攻撃では、必ずといっていいほど、腕が骨折した。

 そんなんでは何度も攻撃することができない。

 

 次に考えた策というのは、弱点を確実に狙うというものだった。

〈加速〉によって、速く動けるだけではなく、思考能力や動体視力も速くなっているおかげで、狙った場所に正確に攻撃することができるようになっていた。

 だから、例えば、目を狙って攻撃するなんてことができた。

 目を潰された鎧ノ大熊(バグベア)がその場で絶叫し、悶えた。

 けれど、言ってしまえば、それだけだった。

 別に失明するわけではなく、痛みに堪えながら、再び襲ってくる。

 目を攻撃しても、致命傷にはほど遠かった。

 

 他にも、後ろに回って首を絞めるなんて実践してみたが、そもそも、首を絞めることはうまくいったとしても、首を絞めている間に、他の鎧ノ大熊(バグベア)に殺されるというオチだった。

 

 それでも、なにか方法はないかと、俺はあがいた。

 何度も挑戦した。

 

 今、思えば、俺は認めるのが怖かったのだろう。

 最もランクの高いSランクのスキルを手にしても、全くもって手応えがないという現実をどうしても認めたくなかった。

 Sランクのスキルを手にしても攻略できない俺に、このダンジョンを脱出することなんて可能なんだろうか。

 

 だからなのか、後半なんてほとんど成果はなかったのに〈加速〉を選び続けた。

 どこか突破口があるはずだと、探し続けた。

 だけど、いい加減、諦める必要があるんだろう。

 

〈加速〉を選んでも、鎧ノ大熊(バグベア)を倒すことはできない。

 それが、試行回数300回目にして得た結論だった。

 

 また、一からやり直しだ。

 

 



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―08― 次に選ぶべきスキル

「くそ……っ」

 

〈加速〉で鎧ノ大熊(バグベア)を倒せないことを悟った俺は、自暴自棄になっていた。

 最初は、〈加速〉の持つ破格の効果に興奮していた。

 なのに、〈加速〉を選び続けたことが無駄骨だったとわかると、流石にしんどいって感情が沸く。

 とはいえ、歩みをとめることは許されない。

 なにせ、死んだ瞬間、最初の鎧ノ大熊(バグベア)を襲ってくる直前に時が戻るのだ。

 ショックだからと、なにもしないでいたら、そのまま死んでしまう。

 そうわかっているはずなのに、中々スイッチが入らない。

 

「憎い……」

 

 だから、思い出すことにした。

 ナミアのこと。

 ナミアを殺したダルガのこと。

 そして、冤罪の俺に罪をかぶせた村人たち。

 

「憎い、憎い、憎い……ッ!」

 

 憎しみが俺にとって、なによりの原動力だ。

 この憎しみがなければ、とっくに心が折れていたに違いない。

 

「絶対にダンジョンを脱出して、この手で復讐してやる」

 

 決意を新たに、俺は再び歩き始めた。

 

 

 

 

 試行回数およそ305回目。

 再び俺は宝箱にある部屋へとたどり着いていた。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 以下のスキルから、獲得したいスキルを『1つ』選択してください。

 

 Sランク

〈アイテムボックス〉〈回復力強化〉〈魔力回復力強化〉〈詠唱短縮〉〈加速〉〈隠密〉

 

 Aランク

〈治癒魔術〉〈結界魔術〉〈火系統魔術〉〈水系統魔術〉〈風系統魔術〉〈土系統魔術〉〈錬金術〉〈使役魔術〉〈記憶力強化〉

 

 Bランク

〈剣術〉〈弓術〉〈斧術〉〈槍術〉〈盾術〉〈体術〉〈ステータス偽装〉

 

 Cランク

〈身体強化〉〈気配察知〉〈魔力生成〉〈火耐性〉〈水耐性〉〈風耐性〉〈土耐性〉〈毒耐性〉〈麻痺耐性〉〈呪い耐性〉

 

 Dランク

〈鑑定〉〈挑発〉〈筋力強化〉〈耐久力強化〉〈敏捷強化〉〈体力強化〉〈視力強化〉〈聴覚強化〉

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 さて、〈加速〉も駄目、〈隠密〉も駄目ってことになると、次に選ぶスキルはなにになる?

 

 Sランクで唯一有用そうなのは、〈回復力強化〉だ。

 怪我をしても、すぐに直るスキルなんだろうが、そもそも一撃食らえば即死することが多いからな。

 やっぱり〈回復力強化〉は選んでも意味がなさそうだ。

 そう考えると、下のランクから探すことになるんだろうが。

 

 まず、Aランクのスキルは魔術に関するスキルばかり。

 魔術系統のスキルは〈魔力生成〉というスキルで、魔力を体内に保有しないと意味がないので、自然と除外される。

 Aランクで唯一、魔術と関係ないのが〈記憶力強化〉だが、こんなスキルを手にして、なんの役に立つとのか見当もつかない。

 

 ってことを考えたら、次はBランクからスキルを選ぶことになるが、そのBランクのスキルも武器を持っていることを前提としたスキルばかりだ。

 例えば、〈剣術〉なんかは手に剣を持っていないと、効果が発揮されない。

 ゆえに、武器を持っていない俺には、これらのスキルを無用の長物となる。

 

 けれど、そのBランクにして、唯一、武器を持っていないことを前提としたスキルが存在する。

 

「まぁ、順当にいくなら、これか」

 

 そのスキルとは――〈体術〉だ。

 

 



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―09― 〈体術〉を獲得しました

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル〈体術〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

〈体術〉を選択した瞬間、メッセージが表示される。

 本当に手に入ったのか確認しようと、念のためステータス画面を開く。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈キスカ〉

 

 スキル1:セーブ&リセット

 スキル2:体術Lv1

 スキル3:なし

 スキル4:なし

 スキル5:なし

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 うん、ちゃんと表示されている。

 一応、スキルの説明を確認してみようか。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル:体術Lv1

 

 武器を持っていない場合、もしくはリーチの短い武器を持っている場合に、効果が発動。

 体術の才能を得る。 

 身体能力の一部強化。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 うん、想像通りの効果だ。

 身体能力が強化されるってのがいいな。これなら、俺の攻撃力も強化されているはず。

 

「「グォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)の雄叫びが聞こえた。

 それじゃあ、始めようか。

 

 

 

 

 結果、開始3秒で死にました。

 

「くそぉおお!」

 

 死に戻りした俺は言葉を吐き捨てる。

 まぁ、わかっていたさ。

 鎧ノ大熊(バグベア)の攻撃をよけるのは難しい。

 それはLv1の〈体術〉スキルを得ても同じことだった。

〈体術〉のおかげで、多少動きが速くなり、攻撃力が強くなったとしても、Aランクの魔物の前では、焼け石に水だ。

 

「何回も挑戦するしかないよな」

 

 一回目でうまくいくわけがないのはわかりきっていたことだ。

 何回も挑戦しては、相手の動きを頭に入れて、最適な動きを模索していけば、いつかは光明が差すはずだ。

 

「よしっ」

 

 と、口にして、気合いをいれる。

 まず、最初に襲ってくる鎧ノ大熊(バグベア)の攻撃を回避することからだ。

 

 

 

 

 試行回数およそ315回目。

〈体術〉を選択して10体もの鎧ノ大熊(バグベア)相手に戦うこと5回目。

 

「これ、無理だろ……」

 

 俺は、そう呟いていた。

 

 何度も戦っているからか、鎧ノ大熊(バグベア)たちの攻撃パターンはある程度、読めるようになっていた。

 

 特に最初の15秒までなら、どんな攻撃もかわすことできると自信をもって言える。

 それに、攻撃するチャンスも何度かあった。

 

「死ねっ」

 

 だから、全力のパンチを繰り出す。

 ドンッ、と音が響く。

〈加速〉を選択していた頃に比べたら、攻撃力が増していることは肌で感じる。

 だけど、鎧ノ大熊(バグベア)が何食わぬ顔で立っていた。

 

「ガゥッ!」

 

 そして、俺に腕を振るう。

 俺は死んでいた。

 

 

 

 

「よしっ、別のスキルにしよう」

 

 前回、〈加速〉にこだわり過ぎて、無駄に死にすぎたという経験がある。

 まだ〈体術〉を選んで、5回しか戦っていないが、別のスキルを選ぶことにする。

 感触としては、より〈体術〉を極めればもっと戦えるだろうと思っているが、別のスキルを試してみて、手応えがなければ、再び〈体術〉に戻ったっていい。

 

「その前に、まずはお前からだな」

 

 最初の鎧ノ大熊(バグベア)に目を向ける。

 もう何度もこの鎧ノ大熊(バグベア)を見ているせいか、妙に親近感がわいてくる。

 まずは、こいつから逃げるところだ。

 

「さて、着いたはいいが、次はなにを選ぶべきか」

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 以下のスキルから、獲得したいスキルを『1つ』選択してください。

 

 Sランク

〈アイテムボックス〉〈回復力強化〉〈魔力回復力強化〉〈詠唱短縮〉〈加速〉〈隠密〉

 

 Aランク

〈治癒魔術〉〈結界魔術〉〈火系統魔術〉〈水系統魔術〉〈風系統魔術〉〈土系統魔術〉〈錬金術〉〈使役魔術〉〈記憶力強化〉

 

 Bランク

〈剣術〉〈弓術〉〈斧術〉〈槍術〉〈盾術〉〈体術〉〈ステータス偽装〉

 

 Cランク

〈身体強化〉〈気配察知〉〈魔力生成〉〈火耐性〉〈水耐性〉〈風耐性〉〈土耐性〉〈毒耐性〉〈麻痺耐性〉〈呪い耐性〉

 

 Dランク

〈鑑定〉〈挑発〉〈筋力強化〉〈耐久力強化〉〈敏捷強化〉〈体力強化〉〈視力強化〉〈聴覚強化〉

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

「まぁ、順当にいけばCランクの〈身体強化〉か」

 

 ということで選んでみる。

 ついでに、スキルの説明を閲覧することにする。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル:身体強化Lv1

 

 身体能力を全体的に強化する。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 想像通りの文章が書いてあるな。

〈体術〉でも、身体能力を強化してくれる効果があったはずだが、具体的な違いまではわからない。

 

「「グォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」」

 

 見ると、すでに鎧ノ大熊(バグベア)たちに囲まれていた。

 ひとまず、やれるだけやってみようか。

 そしたら、この〈身体強化〉ってスキルが有効なスキルなのかわかるようになるかもしれない。

 

 そう決意した、5秒後――撲殺により死亡した。

 

 



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―10― 検証

 試行回数およそ340回目。

 宝箱の前で俺は〈身体強化〉を選択する。

 

「「グォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)たちが現れると同時に必ず鳴らす雄叫び。

 もう何度も聞いているせいか、脳裏にまでこびりついている。

 

 まず、鎧ノ大熊(バグベア)Aと鎧ノ大熊(バグベア)Bが、俺に左右から挟むように突撃してくる。

 最初は、決まってこの攻撃をする。

 これはベストなタイミングで、しゃがめば攻撃をかわせる。

 そのまま、前に転がって移動と同時に地面を強く蹴る。

 スキル〈身体強化〉のおかげで、常人よりも少し高く飛ぶことができる。

 すると、目の前に鎧ノ大熊(バグベア)Cがいるので、手を使って、鎧ノ大熊(バグベア)の頭の上でバク転。

 そのまま、落下する勢いと共に、鎧ノ大熊(バグベア)Dに跳び蹴りを放つ。

 

「ガゥッ!」

 

 と、蹴られた鎧ノ大熊(バグベア)Dは呻き声をあげるが、それだけで大きなダメージには至らない。

 一度、地面に着地して、左足を軸に右足を回転させる。

 すると、鎧ノ大熊(バグベア)Dが転倒する。

 転倒した鎧ノ大熊(バグベア)Dに追い打ちをかけたいところだが、鎧ノ大熊(バグベア)Cと鎧ノ大熊(バグベア)Eが襲いかかってくるので、鎧ノ大熊(バグベア)Eのいる方向に走りつつ、低い態勢になってスライディング。

 すると、わずかにジャンプした鎧ノ大熊(バグベア)Eの股をすり抜けることができる。

 

 よしっ、20秒生き残れた。

 と、心の中でガッツポーズ。

 何回も戦っているおかげでだろう。ある程度、魔物の動きは読めるようになったので、それに合わせて動くことができるようになっていた。

 

 次は鎧ノ大熊(バグベア)Aと鎧ノ大熊(バグベア)B、鎧ノ大熊(バグベア)Fが囲むように襲ってくる。

 それに対し、俺は地面を蹴ってジャンプする。

 よしっ、タイミングがばっちしだ。

 鎧ノ大熊(バグベア)Bの伸ばした腕の上に着地できている。

 そのまま、拳に力を入れてて、鎧ノ大熊(バグベア)Bの顔面へと叩き込む。

 ドガッ、と衝撃走る。

 これは重い一撃を与えられたに違いない。

 

「あっ」

 

 着地した瞬間、鎧ノ大熊(バグベア)Fに体を捕まえられてしまった。

 そのまま、俺の体を壁へと放り投げる。

 グシャ、と頭蓋骨が割れる音がした。

 すでに俺は息絶えていた。

 

 

 

 

 何戦かしてわかったことがある。

〈体術〉と〈身体強化〉の違いについてだ。

 

 まず、〈体術〉の説明はどうだったかというとこんな感じだ。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル:体術Lv1

 

 武器を持っていない場合、もしくはリーチの短い武器を持っている場合に、効果が発動。

 体術の才能を得る。 

 身体能力の一部強化。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 次に、〈身体強化〉の説明は並べてみる。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル:身体強化Lv1

 

 身体能力を全体的に強化する。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 どちらにも身体能力を強化と書いてはあるが、こうして並べれば微妙に違いがあることがわかると思う。

 その違いとは、〈体術〉の説明文には、身体能力の『一部』を強化と書いてあり、〈身体強化〉に関しては、そういった文言はない。

 

 つまり、〈身体強化〉では、身体能力を満遍なく強化できるが、〈体術〉の身体能力の一部のみが強化されるってことなんだろう。

 では、具体的に〈体術〉だと、なにが強化されるのか? ってことが気になるわけだが、何戦か戦うことである程度、把握することができた。

 

〈身体強化〉では、筋力、耐久力、敏捷、体力が強化されるのに対し、〈体術〉では、筋力と敏捷しか強化されない。

 言い換えると、〈体術〉では耐久力と体力が強化されないってことだ。

 

 おかげで、〈身体強化〉を選んで戦ってみると、〈体術〉のときは攻撃されたらすぐ意識が暗転するのに対し、〈身体強化〉だと攻撃されても数秒ほど意識があることが多かった。

 まぁ、一撃で死ぬことには変わりはなかったんだけど。

 

 さて、10体の鎧ノ大熊(バグベア)を倒すためには、俺はなにを重視すべきなんだ?

 まず、耐久力は俺には必要ない。

 少し耐久力があがったところで、どうせ一撃で死ぬことには変わらないだろうし。

 体力と敏捷に関しては、悩みどころだ。

 体力があればあるほど、戦うことのできる時間が伸びる。攻撃力の低い俺は倒すのに時間がかかるため、どうしたって長期戦を覚悟する必要がある。

 敏捷もあったほうが、回避できる可能性が高くなるわけだから、あって損はないはずだ。

 

 ただ、今の俺に一番必要なのが、筋力ってことに関しては一目瞭然だ。

〈加速〉を選択して戦ったとき、最も露呈した弱点は、攻撃力の低さだ。いくら攻撃しても、そもそもの攻撃力が低ければ鎧ノ大熊(バグベア)を倒すことはできない。

 

 そう、考えたとき〈体術〉と〈身体強化〉、どっちのほうが筋力が増すのか?

 筋力がより増えるほうを選択すべきなのは明瞭。

 ただ、何戦か戦ってみた得た感触では、筋力に関して、この二つの間には大きな差はないように思えた。

 だから、どっちを選んでも大きな違いはないように思える。

 

 と、ここまで考察してきて、俺にはもう一つの選択があることに気づかされる。

 

「〈筋力強化〉ってのも、ありだよな」

 

 宝箱の前にて、スキル一覧を見ながらそう呟く。

〈筋力強化〉はDランク。

 正直、Dランクということで眼中になかったが、もし、このスキルが、〈体術〉や〈身体強化〉に比べて、筋力の強化の幅が大きいなら、選んでみる価値はあるのかもしれない。

 

 そういうわけで、俺は〈筋力強化〉を選ぶことにした。

 

 



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―11― 討伐を確認しました

「「グォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」」

「うるさいな」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)たちの雄叫びに対し、そう独りごちる。

 毎回この雄叫びを聞かされるせいで、正直聞き飽きてしまった。

 

〈筋力強化〉を選んだ初めての戦闘。

 試行回数は345回目とかかな?

 正直、なんとなくでしか数えてないので、実際の回数とはズレているに違いない。

 

 まずはしゃがんで、攻撃を回避する。

 それから俺は鎧ノ大熊(バグベア)たち猛攻を避け続ける。

 スキルによる敏捷の強化がないせいで、いつもより体は重たく感じる。

 それでも全く戦えないかっていうと、そうでもない。

 動きを読んで、それに合わせてからだを動かす。

 それがギリギリな回避だとしても、当たらなければ同じだ。

 

 そして、鎧ノ大熊(バグベア)の大ぶりの攻撃を寸前でかわした俺は、拳を鎧ノ大熊(バグベア)のお腹に叩き込む。

 ドンッ、と大きな音がなる。

 

「うん、いつもより手応えがある」

 

〈体術〉や〈身体強化〉で強化された筋力を10だと仮定すると、〈筋力強化〉で得た筋力は12ぐらいだろうか。

 たかが1.2倍だと思われるかもしれないが、十分大きな差だ。

 

 選ぶべきスキルが決まったな。

 俺は〈筋力強化〉で、この部屋を脱出する。

 

 

 

 

 試行回数、およそ360回目。

 

 俺は迷いなく〈筋力強化〉を選ぶ。

 

「「グォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」」

 

 いつもの雄叫び。

 何度も見た光景。

 この部屋で俺は何度も死んでいる。

 それでも、俺は復讐のために、何度も挑み続ける。

 

 10体の鎧ノ大熊(バグベア)に囲われている。

 何度も見ているせいか、個体ごとにわずかに顔の形が違うことに気がつく。今なら、鎧ノ大熊(バグベア)ごと識別することも可能だ。

 だから、A、B、C……と単純なものだが、名前もつけてやった。

 具体的な名前はあえてつけない。

 だって、殺す対象にペットのような名前をつけるのはおかしいだろ。

 

 最初は、鎧ノ大熊(バグベア)Aと鎧ノ大熊(バグベア)Bが、俺に左右から挟むように突撃してくる。

 ギリギリまで引きつけて、直前に横にステップする。

 すると、目の前に鎧ノ大熊(バグベア)Aの顔がやってくる。

 それを全力で殴る。

 

「ガウッ!」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)Aが呻き声をあげながら、後ろによろめく。

 とはいえ、気にしている余裕はない。

 0.5秒後、鎧ノ大熊(バグベア)Bが後ろから切り裂こうと攻撃してくるから、前へステップ。

 そのステップの勢い利用して、鎧ノ大熊(バグベア)Aにさらに追い打ちをかけるように攻撃。

 

 0.2秒後、鎧ノ大熊(バグベア)Cが横から攻撃してくる。

 これはしゃがめば回避できる。

 そして、しゃがんだと同時に、体を捻るように跳び、そのまま鎧ノ大熊(バグベア)Aに対して、跳び蹴りを与える。

 そして、跳び蹴りをした瞬間、真後ろから鎧ノ大熊(バグベア)Dが攻撃してくるから、ちょうどいいタイミングで体を真後ろにひねれば、鎧ノ大熊(バグベア)Dが伸ばした腕の上に、逆さ立ちができる。

 間髪入れずに、その状態から、鎧ノ大熊(バグベア)Dの頭に着地して、その頭を強く蹴り上げて、前方に突撃からの――かかと落とし!

 

「ガゥッ!!」

 

 狙ったのは、鎧ノ大熊(バグベア)A。

 頭を強く強打された鎧ノ大熊(バグベア)Aはその場でよろめく。

 あと、もう一押しで倒せる。

 確か、鎧ノ大熊(バグベア)Bと鎧ノ大熊(バグベア)Dが攻撃してくるから、しゃがんでからの、鎧ノ大熊(バグベア)Aの鳩尾を狙って強打。

 

 血――。

 拳から赤い鮮血が宙を舞っていた。

 それが視界にはいる同時、鎧ノ大熊(バグベア)Aの体は浮き上がって壁に激突する。

 まだだ。

 

 さらに、もう一度、跳んで、顔面に拳を叩きつける。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 魔物の討伐を確認しました。

 スキルポイントを獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

「よっしゃぁあああああああああ!!」

 

 聞いたことがあった。

 モンスターを倒すと、スキルポイントというものを獲得できるということに。

 そう、俺は初めて鎧ノ大熊(バグベア)の討伐に成功したのだ。思わず、歓喜を声を震わせるは当然だった。

 

 てか、スキルポイントってなにに使うんだ。

 名前は知っていたが、なにに使うかまでは知らない。

 それを調べようと、慌ててステータス画面を開く。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 所持スキルポイント:12

 

〈筋力強化Lv1〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:10

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

「そうか、レベルアップできるのか」

 

 迷う余地なんてない。

 間髪入れずに、〈筋力強化〉へレベルアップに必要なスキルポイントを割り振る。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキルポイントが使用されました。

 レベルアップに必要な条件を達成しました。

 スキル〈筋力強化〉はレベルアップしました。

 筋力強化Lv1 ▶ 筋力強化Lv2

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 瞬間、体が力で漲ってくる。

 どうやら、無事〈筋力強化〉はLv2へと進化を遂げたらしい。

 

「くははっ、なるほど、一体だけでも倒せれば、レベルアップできるのか」

 

 そのことに気がついた俺は、思わず笑みをこぼしていた。

 魔物を一体倒せたというからだろうか。

 さっきから、俺の心は高揚感を満たしていた。

 悪くない気分だ。

 

「いいか、ここからが反撃の時間だ。何回死んででも、お前ら全員殺す……っ!」

 

 言葉のわからない鎧ノ大熊(バグベア)に対して、俺はそう宣戦布告していた。

 

 



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―12― 頭、おかしくなりそう……

 試行回数およそ420回目。

 

「やばい……頭、おかしくなりそう……」

 

 初めて鎧ノ大熊(バグベア)を倒した瞬間は、あれだけ高揚していたのに、反面、今はひどく気分が落ち込んでいる。

 

 初めて鎧ノ大熊(バグベア)を倒してから、60回は死んでいる。

 今では、3回に2回は宝箱のある部屋までたどり着くことができるので、40回は戦っている計算になるか。

 

「なのに、なんで未だに、2体目の鎧ノ大熊(バグベア)を倒せないんだよッ!!」

 

 一体目を倒しさえすれば、〈筋力強化〉がレベル2になる。

 そうなれば、2体目を簡単に倒せるようになると踏んでいた。

 だというのに、何回やっても、2体目の鎧ノ大熊(バグベア)を倒すことができなかった。

 鎧ノ大熊(バグベア)は全部で10体もいるんだぞ。

 こんなところで躓いてなんかいられないはずなのに。

 

「くっそがぁ!」

 

 やばい、さっきからイライラが収まらない。

 おかげで集中力が落ちる。

 すると、動きの精度が落ちる。

 そしたら、失敗が重なっていく。

 その結果、余計イライラするという負のスパイラルに陥っていた。

 

「問題は、体力だ……」

 

 目の前には、たった今殺した鎧ノ大熊(バグベア)がいた。

 一体目の鎧ノ大熊(バグベア)を倒したところだ。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキルポイントが使用されました。

 レベルアップに必要な条件を達成しました。

 スキル〈筋力強化〉はレベルアップしました。

 筋力強化Lv1 ▶ 筋力強化Lv2

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 素早く、スキルポイントを消費し、レベルを2にあげる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 そんな最中、俺は肩で息していた。

 一体倒すだけで相当の体力を奪われる。

 すぐには体力は回復しない。

 

 この少ない体力で、いくら〈筋力強化〉がレベル2にあがったとしても、残り9体の

鎧ノ大熊(バグベア)を倒せる気がしない……。

 

「しっかりしろよ、俺……!」

 

 自分で自分の頬を叩く。

 復讐を思い出せ。

 ナミアのことを思い出せ。

 

「絶対、このダンジョンを抜けてやる」

 

 そう言って、俺は前に進む。

 フェイントを入れつつ、右にステップする。

 すると、鎧ノ大熊(バグベア)Bの懐に入ることができる。

 全力で拳を叩き込め!

 

 ドンッ! と、低い音が鳴る。

 やはり、レベル2になったおかげで、威力は上がっている。

 殴られた鎧ノ大熊(バグベア)Bは後ろへとよろめく。

 けれど、倒すにはいたらない。

 再び、鎧ノ大熊(バグベア)Bが襲いかかってくる。

 後ろへとステップをすればかわせるが、その後ろから鎧ノ大熊(バグベア)Cと鎧ノ大熊(バグベア)Dの二体が襲いかかるのがわかっていた。

 だから、転がるように姿勢を低くし、くぐり抜けるように攻撃をかわす。

 さらに、高くジャンプして、鎧ノ大熊(バグベア)Cの頭の上に両手をのせて、その場でバク転、からの着地を勢いを利用して、鎧ノ大熊(バグベア)Bの顔面に拳を強く殴りつける。

 トリッキーな動きをすることで、鎧ノ大熊(バグベア)たちが混乱して、動きが鈍くなることを知っていた。

 その隙に、さらに鎧ノ大熊(バグベア)Bにもう一撃を拳を叩き込む。

 

 確か、この後、鎧ノ大熊(バグベア)Eが横から攻撃してくる。

 それをステップで回避して、鎧ノ大熊(バグベア)Bにもう一度、拳を叩き込むフリをする。

 フェイントだ。

 拳から逃れようと、鎧ノ大熊(バグベア)Bが後ろに移動しようとした力を利用して、足をひっかける。

 狙い通り、鎧ノ大熊(バグベア)Bは目の前で転倒しようとしていた。

 体勢を崩している瞬間に、全力で蹴りを加えた。

 

「グギャアッ!」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)Bが悲鳴をあげた。

 この動きが、試行回数420回で得た最適解――。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 魔物の討伐を確認しました。

 スキルポイントを獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 やった。

 初めて、2体目の鎧ノ大熊(バグベア)を倒すことに成功した。

 けど、喜ぶ気になれない。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 肩で息しているのがわかる。

 正直、体力が限界だ。

 この調子で、あと8体倒すなんてことできるのか?

 ひとまず、〈筋力強化〉をさらにレベルアップできるかもしれないので、ステータス画面を開く。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 所持スキルポイント:8

 

〈筋力強化Lv2〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:100

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

「全然、足りねぇじゃねぇかよ」

 

 2体目倒すことでLv3になれるならここを突破できる可能性があると踏んでいたが、その望みもたった今潰えた。

 

「無理だろ、これ……」

 

 完全に心が折れる音がした。

 その5秒後、俺は死亡した。

 

 



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―13― 間違えてしまった

 試行回数たぶん500回目くらい。

 

「もう、いやだぁ……」

 

 そう言って、俺は泣いていた。

 完全に情緒不安定になって精神がおかしくなっていた。

 目の前には、最初の鎧ノ大熊(バグベア)が。

 精神が不安定だけど、それでもしゃがんで攻撃をかわす。

 

「なんで、俺ばっかり、こんな目にあわなきゃいけないんだよ。おかしいだろ!」

 

 そう言って、頭を掻きむしる。

 愚痴を吐きながらも、鎧ノ大熊(バグベア)の攻撃を次々とかわしていく。

 

「くそっ、ダルガのせいだ。あいつのせいで、俺はこんな地獄を味わわされているんだ」

 

 涙のせいで視界はぼけて、足取りもどこかおぼつかない。

 それでも、最初の鎧ノ大熊(バグベア)の攻撃をかわし続ける。

 何度も、何度も、何度も繰り返してきたせいか、こいつの攻撃なら目を閉じてもかわせるんじゃないかと、思えてきた。

 

「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそくそくそくそくそくそ……!!」

 

 怨嗟のつぶやきが無意識に零れていく。

 

「ダルガに会ったら、殺してやる。しかし、ただ殺すだけじゃない。一番惨い殺し方をしてやる。ありとあらゆる拷問を試してやる。あぁ、ダルガだけじゃない。村人全員殺してやる。あいつらも同罪だ。よくも、この俺をダンジョン奥地に追放しやがったな。くそがぁッ!!」

 

 叫んでも叫んでも精神が安定しない。

 さっきから指先は震えているし、瞳孔も震えているのか視界が安定しない。

 

「あ……」

 

 知らずして、宝箱の前までたどり着いていた。

 ほぼ無意識だったせいか、体が勝手に動いてここまで運んでくれたような錯覚をうける。

 

「てか、無理だろ」

 

 何度か挑戦して、三体目の鎧ノ大熊(バグベア)を倒すことに成功した。

 けれど、それで得たスキルポイントで〈筋力強化〉がレベル3になることはなかった。

 体力を温存しようと、無駄な動きを省いて、動きを洗練させてきた。それでも、三体倒すのがやっとだ。

 

「あぁ、でもいつまでもここにいるわけにはいかないしな……」

 

 もうやる気は失せていた。

 今回もどうせ無理なんだろうな……。

 

「あっ」

 

 そう言ったのにはわけがある。

 

「間違えてしまった」 

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル〈挑発〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 ぼーっとしながら押したせいか、〈筋力強化〉でなく、その左にあった〈挑発〉を押してしまった。

 

〈挑発〉って、モンスターの気を引くスキルだよな。

 パーティーのタンクと呼ばれる役職の人が〈挑発〉を使ってモンスターを引き寄せることで、他の人から守るのに使われるスキルだったと認識している。

 

「……こんなスキル使えるわけないじゃん」

 

 とっとと死んで、次に備えよう。

 まぁ、でも試しに使うだけ使ってみる。

 だから、次に襲ってくるであろう鎧ノ大熊(バグベア)Aに対し、〈挑発〉を使う。

 

「ばーか」

 

 これで〈挑発〉が使えたのか?

 

「グガァッ!」

 

 明らか鎧ノ大熊(バグベア)Aが怒号をあげて、その上、いつもよりも激しく突進してくる。

 どうやら、効果は発動しているようだ。

 

「よいっと」

 

 しゃがんでから「あっ」と思う。

 いつも癖で反射的にしゃがんでしまったが、どうせ今回は死ぬのが決まってるんだから、わざわざよけなくてもよかったな。

 

 ビュッ――と、鮮血が降り注いだ。

 見上げると、鎧ノ大熊(バグベア)Aの爪が鎧ノ大熊(バグベア)Bの喉深くに突き刺さっていた。

 

「あ……っ」

 

 思わず目を見開く。

 同士討ちを始めたわけではない。

 怒り狂ったせいで周りを冷静に見られなくなった鎧ノ大熊(バグベア)Aが勢いまかせに殴った結果、その勢いのまま同族を殴ってしまったんだろう。

 殴られた鎧ノ大熊(バグベア)Bは明らか致命傷を受けていた。

 俺が殴ったときよりも、ずっとダメージを受けているのは明らかだ。

 

「ばーか」

 

 もう一度、鎧ノ大熊(バグベア)Aに対し、〈挑発〉を使う。

 すると、鎧ノ大熊(バグベア)Aは果敢に突っ込んでくる。それを寸前のところでかわす。

 

 グサッ、鎧ノ大熊(バグベア)Aの爪が鎧ノ大熊(バグベア)Bに突き刺さっていた。

 そのまま鎧ノ大熊(バグベア)Bは地面へと倒れる。

 すでに、息絶えていた。

 

「くっ、ははっ」

 

 自然に笑みがこぼれる。

 

「あっははははははははははっ」

 

 気がつけば、腹の底から笑っていた。

 あれだけ苦労して倒してきたというのに、〈挑発〉を使えば、こうもあっけなく殺すことができたのだ。

 これが笑わないでいられようか。

 

「あー、もしかして今までの努力全部無駄だったんか?」

 

 笑いが収まると、今度は自問を始めた。

〈挑発〉を使えば、こんなに簡単に倒せると知っていたら、最初から使っていたのにな。

〈筋力強化〉を選んで倒そうとした努力は、全部無駄だったのかもな……。

 なんか、すげー腹が立ってきた。

 まぁ、こいつら全員殺して憂さを晴らそう。

 

「かかってこいよ、雑魚ども」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)全員に対して、俺は〈挑発〉を使っていた。

 

 



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―14― 雑魚どもが

 試行回数およそ510回目。

 

 宝箱のある部屋についた俺は迷いなく〈挑発〉を選んだ。

 

「「グォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)たちの雄叫びが部屋の中を木霊する。

 もう、何度も何度も聞いた雄叫びだ。

 

「ばーか」

 

 まず、近くにいる鎧ノ大熊(バグベア)Aと鎧ノ大熊(バグベア)Bに対して挑発をする。

 すると、二体とも俺を挟み込む形で突進してくる。

 それをしゃがむことでギリギリでかわす。

 すると、グサッ、とお互いがお互いを斬りつけあった。

 

「攻撃を外したようだな、雑魚が」

「「グガァアアアッッ!!」」

 

 再び、鎧ノ大熊(バグベア)Aと鎧ノ大熊(バグベア)Bに対し、〈挑発〉を使う。

 すると、二体とも俺に対し猪突猛進に突っ込んでくる。

 それを確認しつつ、前に跳ぶ。

 すると、鎧ノ大熊(バグベア)Cと鎧ノ大熊(バグベア)Dがいるため、鎧ノ大熊(バグベア)Cの頭の上に手をのせて、宙返りしながら飛び越える。

 すると、鎧ノ大熊(バグベア)AとBの攻撃が、CとDに直撃する。

 

「ガゥッ!」

 

 攻撃をくらった鎧ノ大熊(バグベア)は盛大に後ろへと倒れた。

 よしっ、いい感じだ。

 

「雑魚どもが、かかってこいよ」

 

 次は鎧ノ大熊(バグベア)たち全員に〈挑発〉を使う。

 すると、彼らは一目散に俺に襲いかかろうと一カ所に集まってくる。

 おかげで、魔物たちは互いに至近距離になった状態で、攻撃を繰り出してきた。

 それら猛攻をすべてかわしていくうちに、外した攻撃が別の魔物へと当たる同士討ちが何度も発生する。

 

「俺はこっちだ」

 

 指さしながら〈挑発〉を使う。

 すると、鎧ノ大熊(バグベア)が振り向き、腕を全力で振るう。

 それをしゃがんでかわせば、その攻撃は別の鎧ノ大熊(バグベア)に刺さる。

 味方に攻撃してしまったとわかると、鎧ノ大熊(バグベア)は一瞬冷静になろうとして、攻撃をやめようとする。

 けれど、とまることは俺が許さない。〈挑発〉を使って、さらなる攻撃を引き出す。

 それを寸前にかわす。

 すると、その攻撃は他の鎧ノ大熊(バグベア)が受けることになる。

 

 俺は巧みに〈挑発〉を駆使して、何度も何度も同士討ちを発生させた。

 

「おい、こんな攻撃も当てられないのか?」

 

〈挑発〉しまくる。

 すると、鎧ノ大熊(バグベア)は必ずのってくる。

 攻撃を避けるのは難しいことではない。

 鎧ノ大熊(バグベア)の攻撃は何千回とこの目に焼き付いているからだ。

 どんな攻撃がやってきて、どう体を動かせば、攻撃を避けられるのか手に取るようにわかってしまう。

 

 気がつけば、鎧ノ大熊(バグベア)は残り一体となっていた。

 最後の鎧ノ大熊(バグベア)は、攻撃を何度も受けたせいか、全身から血を流している。

 その上、疲労困憊なのか、攻撃する気力もないようで、立ち止まっている。

 

「おい、休むなよ。雑魚」

「グァアアアアアアッッ!」

 

〈挑発〉を使うことで、一転して鎧ノ大熊(バグベア)が襲いかかってくる。

 最低限の動きのみで、攻撃を回避しつつ、足を前に出す。

 すると、鎧ノ大熊(バグベア)は盛大に前方へと転倒した。

 見ると、気絶したのか、すでに気を失っていた。

 

「ふぅ」

 

 大きく息を吐く。

 喜びよりも安堵の気持ちが先にくる。

 それから徐々に喜びの感情が溢れてくる。

 

「よっしゃぁあああああああああッッッ!!」

 

 だから、全力でその場でガッツポーズをして喜んだ。

 

 試行回数およそ510回目にして、俺は10体の鎧ノ大熊(バグベア)が出現する部屋を突破したのだった。

 

 



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―15― さらなる奥地へ……

 鎧ノ大熊(バグベア)は全員倒れたが、密室に出口が出現することはなかった。

 よく観察すると、気絶しただけでまだ死んでいない鎧ノ大熊(バグベア)が残っていた。

 どうやら、ちゃんと殺さないと、この部屋からは出られないようだ。

 

 なので、戦闘中に欠けたのか、落ちていた鎧ノ大熊(バグベア)の牙を拾う。

 その牙を使って、まだ死んでいない鎧ノ大熊(バグベア)のとどめを刺していった。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 魔物の討伐を確認しました。

 スキルポイントを獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 なるほど、俺自身がとどめを刺せば、スキルポイントはもらえるらしい。

 3体ほど、まだ息があった鎧ノ大熊(バグベア)がいたので、順々にとどめを刺していく。

 すると、大きな地響きが鳴ったので見てみると、出口が出現していた。

 これでやっとこの部屋から出られるようだ。

 

 ちなに、スキルポイントはいくつになったんだ?

 気になったので、ステータス画面を表示させた。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 所持スキルポイント:16

 

〈挑発Lv1〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:10

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 一応、〈挑発〉のレベルを2にできるようだ。

 だが、〈挑発〉のレベルをあげるメリットがよくわからないな。

 

 まぁ、慌ててあげる必要もないし、レベル上げに関しては保留でいいだろう。

 

「あと、お腹が空いたな」

 

 お腹をさすりながら、そんなことを思う。

 一般的には、冒険者がダンジョンに入るときは、食料を持参するものだ。

 だが、罰としてダンジョン奥地に追放された俺に食料なんか持たされるはずがない。

 

「これから、さらに移動することを考えると食事はとっておきたい」

 

 あとは水分も補給もしなくてはいけない。

 当てがないわけではない。

 目の前には鎧ノ大熊(バグベア)の死体が。

 肉を食えば腹は満たせるし、血を飲めば喉はうるわせる。

 魔物の肉そのものは、よく市場に出回っているので食べたことはあるんだが、火なんて用意してない現状、生で食べることになる。

 流石に、生で食べるのは精神的にキツいな。

 

「とはいえ、食べないわけにもいかないか」

 

 ということで鎧ノ大熊(バグベア)の牙を使って、どうにか解体しようとする。

 肉が硬すぎるため、非常に時間がかった。

 それでも、なんとか食べれるほどの大きさにする。

 そして、噛み千切った。

 

「まずっ」

 

 血の味がした。

 あと、獣臭かった。

 せめて火を使えれば、もっとマシなもんを食えたんだろうな。

 

 

 

 

 食事を済ませた後、後で食べる機会があるかもしれないということで解体したお肉をいくつか腰にぶら下げることにした。

 そして、宝箱のある部屋から一歩外へ踏み出した。

 

 部屋の外もダンジョンの通路が広がっていた。

 迷路のように道がいくつか分岐しており、正直どっちに行けばいいのか見当もつかない。

 

「そもそも、俺ってダンジョンのどの辺りにいるんだろうな……」

 

 奥地に飛ばされたってことしかわからない。

【カタロフダンジョン】はS級ダンジョンとして名高く誰にも攻略されたことがないため、最下層がどこにあるのか、わかっていない。

 

「ダンジョンを脱出するには、出口を目指すより、入口を目指したほうがいいよな」

 

 ダンジョンは出口に行けば行くほど、出現する魔物が強くなっていく。

 ならば、入り口に向かうほど、生存率はあがるわけだ。

 

「問題はどっちにいけば、入口に近づくのか見当もつかないってことだよな」

 

 まぁ、場当たり的に進むしかないんだろうな。

 そう思いながら、俺はダンジョン内を進んでいった。

 

 

第一章 ―完―

 

 

 




【大事なお願い】

第一章はこれにて完結です!
まだまだ続きます!

「面白い」
「続きが気になる」
「更新がんばって」

と、思っていただけましたら、評価とかいただけると幸いです!

何卒、よろしくお願いします。


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第二章
―16― 外にだしてあげる


「やばいっ、やばいっ、やばい……っ!」

 

 ダンジョン内にて、俺はそう叫びながら走っていた。

 追ってくるのは、Aランクの魔物、首なしラバ(ヘッドレスミュール)

 炎をまとった頭のないラバ型の魔物だ。

 

 この階層には、多数の首なしラバ(ヘッドレスミュール)が彷徨っていたため、見つからないように慎重に移動していたが、ついに見つかってしまった。

 だから、全力で走って逃げていたが、正直追いつかれそうだ。

 

「あっ」

 

 そう呟いたときには、俺の体は体当たりにより、死んでいた。

 

 

 

 

「は……っ」

 

 時間が巻き戻ったことを把握するが、いつもと違う光景が広がっていた。

 今、まさに、俺は宝箱のあった部屋を出ようとしていた。

 

 以前なら、死ぬ度に、最初に出会った鎧ノ大熊(バグベア)に襲われる直前に戻っていた。

 どうやら、死に戻りするポイントが更新されたようだ。

 まぁ、また死ぬ度に、鎧ノ大熊(バグベア)相手に戦わなくていけないと思うと、心が折れそうだから、正直ありがたい。

 

 とはいえ、この新しい階層を攻略しないと次には進むことができない。

 また、新しい苦難が待っているんだろうな。

 

 

 

 

 試行回数およそ520回目。

 

 首なしラバ(ヘッドレスミュール)に何度も殺されながらも、俺はこの階層を懸命に、探索していて、わかったことがいくつかある。

 まず、上の階層や下の階層に行くための階段は見当たらなかった。

 その代わりにあったのが――

 

「転移陣だよな……」

 

 目の前には床に幾何学的な紋様があった。

 恐らく、踏めば、違う場所に飛ばされる転移陣に違いない。

 

「ここにも転移陣がある」

 

 転移陣の数は一つだけではなかった。

 

「全部で、三つの転移陣があるな」

 

 次に進むためには、この三つのうち、どれか一つの転移陣を踏む必要があるんだろうが、まいったな、どれが正解なのか見当もつかない。

 悩む必要はないだろ。

 間違えた転移陣を選んだら、どうせ死んで死に戻りするんだろうし。

 だから、俺は目の前の転移陣を躊躇なく踏んだ。

 

 飛ばされた先は一本道が続いていた。

 なので、ひたすら前に進む。

 

 すると、明らかダンジョンにそぐわない物がそこにはあった。

 

「女の子……?」

 

 といっても、ただ女の子がそこにいたわけではない。

 その女の子は眠っており、その周囲には外に出られないように結界に覆われている。その上、鎖のようなものが彼女の体に巻き付いていた。

 

「きれいだ……」

 

 思わずそう呟く。

 その少女は端正な顔立ちに、白い肌を持っていて、今まで見てきた女の子の中でも突出して美しかった。

 その少女は白いレースが目立つ服を身につけている。

 無意識のうちに、俺は手を伸ばしていた。

 パリン、とガラスが割れるよう音が響く。

 

「あっ」

 

 まさか、結界がこうも簡単に壊れると思わず半歩後ずさる。

 結界が壊れると同時、彼女はカクリと体を動かす。

 その上、彼女はゆっくりとまぶたを開けた。

 

「あぁ、あなたが私を起こしてくれたのね」

 

 どこかで聞いたことがある声だった。

 あぁ、そうだ。

 鎧ノ大熊(バグベア)に襲われる直前、俺にスキル〈セーブ&リセット〉を与えてくれた影もこんな声を出していた。

 

「お前が、俺にスキルをくれたのか」

「ええ、そうよ」

 

 彼女は肯定する。

 

「……何者なんだ?」

「アゲハ・ツバキ。封印された元勇者ってところかしら。あなたのお名前は?」

 

 封印された元勇者? なんだ、それは? と思いつつ、質問に答えた。

 

「キスカだ」

「キスカ。いい名前ね」

 

 そう言って、彼女は俺を見回すように観察する。

 

「ねぇ、少ししゃがんでほしいかも」

「はぁ」

 

 意図がわからずも、言われた通りそうする。

 

「んっ」

 

 目を見開く。

 気がつけば、彼女は俺に唇を重ねていた。

 

「おい、どういうつもりだ?」

 

 そう言いつつ、彼女を自分から引き離す。

 

「お礼のつもりだったけど、駄目だった?」

 

 彼女は小首を傾げる。

 駄目とか以前に、意味がわからん。

 

「なにがしたいんだ?」

「別に……。あぁ、そうだ。あなた、ダンジョンの外に出たいんでしょ?」

「それは、そうだが……」

「そう、だったら私についてきて。外に出してあげる」

 

 そう言って、彼女は前を歩き始める。

 正直、彼女の存在はどこか不気味だが、外に出られるっていうなら、願ってもないことだ。

 だから、俺は彼女を信じることにした。

 

 



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―17― なにもかもが順調だ

 アゲハと名乗った少女は、とてつもなく強かった。

 虚空から剣を取り出しては、その剣でAランク級の魔物をばったばったと斬り倒していく。

 彼女についてつけば、確かにダンジョンを攻略できるかもしれない。

 

「ねぇ、キスカ。私、強い?」

「あぁ、強いな」

「でしょ」

 

 彼女は自慢げな表情をする。

 会話する余裕があるぐらい彼女の魔物討伐は順調だった。

 

「なぁ、ここはダンジョンのどの辺りなんだ?」

「そうね……恐らく、45階層ってとこかしら」

 

 45階層。

 随分と奥深くまで来てしまったようだな。

 

「今は、どっちに向かって歩いているんだ?」

「ダンジョンのボスよ」

 

 あっさりと彼女はそう口にする。

 

「入口に向かったほうがいいんじゃないのか?」

「残念ながら、この階層まで来てしまったら、入口に戻る手段なんてないわよ」

「……そうなのか」

 

 そういうことなら、出口もといダンジョンのボスがいる部屋に向かうのは必然といえた。

 

「もしかして不安?」

「まぁ、不安がないといえば嘘になるな」

「安心してかまわないわ。私があなたを守ってあげるから」

「そうか」

 

 それから彼女は次々と襲いかかってくる魔物を剣で斬り倒してきた。

 倒した魔物は彼女が解体すると、虚空へと消していた。

 

「なぁ、さっきから物を、消したり出したりしているが、それはどうやってやっているんだ?」

「あぁ、これは〈アイテムボックス〉というスキルよ。便利でしょ」

 

 そういえば、〈知恵の結晶〉で手に入ることができたスキルの一覧にも〈アイテムボックス〉ってのがあったな。

 そうか、〈アイテムボックス〉で色んな物を収納していたとするならば、納得だ。

 それから、彼女は倒した魔物から魔石を含めた素材を回収しては〈アイテムボックス〉に収納していった。

 

「えっと、アゲハさんは……」

「アゲハって呼び捨てにして。私の方が見た目上は年下だし」

「あぁ、わかった。アゲハはなんで、あんなところにいたんだ?」

「あぁ、昔、封印されたのよ。あるやつに裏切られたせいでね」

 

 裏切られたか。

 俺と似た境遇を抱えているのかもしれないな。

 

「その、アゲハから貰ったスキルは返さなくてもいいのか……?」

「〈セーブ&リセット〉のことでしょ。一度、あげたスキルは簡単に返すことはできないわ。だから、それはもうあなたの物よ」

「そういうもんなのか」

「まぁ、でも、あなたがこうして私の元に来てくれてよかったわ。だから、私はあなたにとても感謝している」

「そうなのか?」

「そうよ。あなたが来なければ、私はずっとあそこに封印されたままだった。だから、キスカは私にとって命の恩人ね」

「流石に大げさじゃないか」

「そんなこともないわよ」

「まぁ、俺もアゲハのスキルのおかげで、こうして生きながらえているから。お互い様だな」

「ふふっ、確かにそうかもね」

 

 アゲハとのダンジョン攻略は順調だった。

 順調すぎて怖いぐらいだった。

 とはいえ、俺はほとんどなにもしていないのだが。

 

「ここが中ボスのいる部屋ね」

 

 ふと、アゲハ扉の前で足を止める。

 

「なにがいるんだ?」

「さぁ、そこまではわからないわ。でも、安心して、キスカは私が守るから」

「あぁ、ありがとう」

 

 女の子に守ると言われるなんて、正直情けないな。

 彼女のほうが強い以上、仕方がないんだろうけど。

 ともかく、俺たちは中ボスにいる部屋に入った。

 

岩の巨兵(ゴーレム)か。Sランクの魔物ね」

 

 目の前にいたのは、10メートルは優に超す巨大な建造物のような魔物だった。

 

「キスカは後ろに下がっていて」

「あぁ、わかった」

 

 それから、アゲハと岩の巨兵(ゴーレム)による激しい戦闘が繰り広げられた。

 アゲハは大剣をもって果敢に突撃していく。

 その動きは俊敏で力強かった。

 巨大な岩の巨兵(ゴーレム)相手にも、一切物怖じしないでいる。

 

「すごいな……」

 

 これなら、岩の巨兵(ゴーレム)さえも簡単に倒せるかもしれない。

 

「あがッ」

 

 そう思った直後だった。

 岩の巨兵(ゴーレム)の攻撃を受け止めきれず、アゲハが吹き飛ばされていた。

 まずいっ、体勢が整っていないアゲハに岩の巨兵(ゴーレム)はもう一度攻撃しようとしている。

 

「おい、こっちを見ろ」

 

 気がつけば、俺は自分のスキル〈挑発〉を使っていた。

 すかさず岩の巨兵(ゴーレム)は俺のほうを振り向く。

 

「ダメ、キスカっ!」

 

 とっさにアゲハがそう言うが、助けてもらってばかりってわけにもいかないだろ。

 岩の巨兵(ゴーレム)は拳を俺に対し、叩き込む。

 

「あいにく、避けるだけは得意なんだ」

 

 俺の中には、鎧ノ大熊(バグベア)の攻撃を何度も何度も避けてきた経験がある。

 それを活かせば、岩の巨兵(ゴーレム)の攻撃を避けるぐらい大したことがない。

 

「おい、もっと俺を狙えよ!」

 

 さらに、岩の巨兵(ゴーレム)を煽っていく。

 それを見た岩の巨兵(ゴーレム)は俺に何度も攻撃を繰り出していく。

 大丈夫、岩の巨兵(ゴーレム)の動きは鎧ノ大熊(バグベア)なんかに比べて鈍く、それでいて単調だ。

 よく観察すれば、回避は容易だ。

 せめて、アゲハが回復するまでの時間を稼げれば。

 

「ありがとう、キスカ。これで倒すことができる」

 

 そう言ったアゲハは光輝く大剣を持っていた。

 俺が魔物の気を引いている隙に、発動するのに時間がかかる技の準備をおこなっていたのだろう。

 

竜殺斬(りゅうさつざん)!」

 

 そう言って彼女は大剣を一振りすると、岩の巨兵(ゴーレム)が真っ二つに分かれた。

 岩の巨兵(ゴーレム)を倒したのは傍目にもわかる。

 

「キスカッ!!」

 

 そう言ってアゲハが俺の胸に飛び込んでくる。

 慌てて俺は彼女を受け止める。

 

「やったわね!」

「あぁ、そうだな」

 

 俺は頷く。

 なにもかもが順調だ、と、このときの俺はそう思っていた。

 

 



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―18― きゃっ

「あっ、ここに隠れ家があるね」

 

 しゃがまないと入れない穴の先に、宿泊できそうな隠れ家があった。

 ベッドやソファ、テーブルや椅子なんかまでもが置いてある。

 

「今日はここでお泊まりにしましょうか」

 

 確かに、長いこと探索したし、異論はないが。

 

「なんで、ダンジョン内にこんな場所があるんだ?」

「恐らく、吸血鬼が自分のために用意したんでしょうね」

「吸血鬼?」

「そう吸血鬼ユーディート。このダンジョンを根城にしている魔物よ」

「そんなのがいるのか。その、勝手に使っていいのか? その吸血鬼に怒られたとかは……」

「多分大丈夫よ」

 

 と言いながら、彼女はベッドに座る。

 まぁ、アゲハがそう言うなら、問題ないと信じよう。

 

「ねぇ、キスカ。こっちに来てよ。もっとあなたとお話ししたいわ」

「あ、あぁ……かまわないが」

 

 言われるがままに、俺は彼女の隣に座った。

 

「なぁ、アゲハは俺のことを気味が悪いと思わないのか?」

 

 ふと、ずっと気になっていたことを口にする。

 

「なんで?」

「だって、ほら、俺って髪の色が銀髪だから」

 

 この髪の毛のせいで、俺は昔から村人たちに迫害されていた。

 銀髪のは、忌み嫌われてる種族、アルクス人の特徴だ。だから、俺の髪を見た者は誰もがいい顔をしない。

 

「そうかな? 私はかっこいいと思うけど」

「かっこいいか……?」

「うん、銀髪ってどこか幻想的で綺麗だし」

「そ、そうか」

 

 俺の髪の毛を褒めてくれたのは、ナミアを含めて二人目だ。

 

「まぁ、でもそう思うのは、私が異世界人だからかもね」

「異世界人……?」

「そう、異世界から来たのよ。私は」

 

 異世界から来たか。そんな話、未だかつて聞いたことがないが。

 

「信じられない?」

「いや、信じるよ。」

「ふふっ、キスカならそう言ってくれると思ったわ」

 

 そう言うと、アゲハは俺に体重を預けるように寄りっかかってきた。

 距離感が妙に近いのは、異世界人だからなのかもな。異世界では、この距離感が当たり前なのかもしれない。

 

「食事にしましょうか」

 

 そう言って、彼女は〈アイテムボックス〉から魔物の肉を取り出す。

 

 それからアゲハお手製の料理を振る舞われた。

 ダンジョン内ってことで凝った物は作れないが、それでも非常においしかった。

 

 食事を終えたら、疲れているだろうし、早めに寝ようってことになった。

 とはいえ、寝るために必要なベッドは一つしかない。

 

「アゲハがベッドを使えよ。俺はソファで寝るから」

「別にその必要はないわ。私と一緒にベッドで寝ればいいわ」

「流石に、それはマズいだろ」

 

 そういうわけで、俺はソファーでアゲハがベッドで寝ることになった。

 ひとまず、彼女の協力を借りることができれば、このダンジョンの脱出もなんとかなりそうだ。

 少女の力を一方的に頼っている今の状態は、正直情けないとは思うが、彼女に比べたら俺は無力に等しい。

 だから、この後も彼女に頼っていくしかないんだろう。

 

「ん……?」

 

 目を閉じて寝ていると、腰当たりに体重がかかっていることに気がつく。

 目を開けると、腰の上にアゲハが乗っていた。

 

「来ちゃった」

 

 彼女はあどけない表情をしていた。

 

「おい、何しに――」

 

 言葉を遮られる。

 アゲハが俺に対し、キスをしていた。

 

「ねぇ、キスカ。触ってみて、私の心臓。すごくドキドキしているでしょ」

 

 そう言いながら、アゲハは俺の手をとって、自分の胸に当ててくる。

 柔らかい感触が手に伝うが、それを堪能する余裕なんてなかった。

 

「好きよ、キスカ」

「……は?」

「好きっ、好き好き好き好き好き好き好き好き……!! 大好き!」

「ま、待て、俺はお前に好かれるようなことをした覚えなんてないんだが」

「なに言ってんの。キスカは私のことを救ってくれたじゃない」

「救った……?」

「うん、ずーーーーっと、私はダンジョン奥地に封印されていた。何百年も一人で待っていた。いつか私を救ってくれる王子様が現れるんじゃないかって。だから、ダンジョン奥地にやってくる人に、私はスキルを与えた」

 

 そうか、彼女が俺にスキルを与えたのは、俺に自分を救ってほしいから。

 

「けど、駄目だった。私がスキルを与えた人は星の数ほどいた。でも、みんなみんなみんーな、途中で心が折れて、ここまでやってくることはなかった。キスカだけよ。何回死んでも、私のとこまでやってきてくれたのは」

 

 ……そうなのか。

 今まで、俺以外の人にも〈セーブ&リセット〉を与えてきたのか。

 そして、唯一俺だけが、ここまでたどり着いたと。

 

「ずーっと、待っていた。私を目覚めさせてくれる王子様が来てくれることを」

 

 そう語るアゲハの表情は恍惚としていて、恋する乙女そのものだった。

 

「そう、キスカ。あなたが私にとって王子様なの」

 

 そう言って、彼女は再び俺にキスをする。

 

「好きよ、キスカ」

 

 すると彼女は、服を脱ごうとした。

 この後、なにをするつもりなのか、考えなくたってわかる。

 

「や、めてくれ……!」

 

 反射的にそう叫んでいた。

 

「なんで……?」

「俺はお前のこと、そういう対象として見ていない」

 

 言いづらいことだが、はっきり言わないと伝わらないと思い、意を決してそう言う。

 

「そう、それは残念ね。けど、それでもかまわないわ。私があなたを愛しているんだから」

「君とは、そういうことはできない」

「どうして……?」

「俺は他に好きな人がいるんだ」

「そうなんだ。でも、問題ないわ。二番目に愛してくれたら、私はそれでも満足よ」

 

 そう言って、彼女は俺に体を重ねてこようする。

 

 その瞬間だった。

 フラッシュバックしたのだ。最愛のナミアのこと、ナミアに乱暴を働いた男たちのこと。

 醜い。アゲハが彼ら同様、醜い存在のように思えてくる。

 

「やめろっ!」

 

 気がついたときには、彼女の体を力任せに押していた。

 

「きゃっ」

 

 押された彼女はそのままソファーから転げ落ちていた。

 

「あ、ごめん」

 

 頭が冷えた俺はとっさにそう口にする。

 拒絶するにしても、もっと穏便な方法があったはずだ。

 

「ご、こめんなさい。私も、少し先走りすぎてしまったのかも……」

 

 けれど、彼女は気にしていない風を装って、はにかむ。

 それから、俺たちは互いの寝る場所に戻って、横になることにした。

 一応、穏便に事なきを得たと思っていいんだろう。

 気まずいとはいえ、彼女の力を借りなければダンジョンを抜けるのは難しい。明日までに、気持ちを切り替えないとな。

 

 

 

 

 目が覚める。

 

「……は?」

 

 俺は呆然としていた。

 目の前の光景を頭で処理するのに、数十秒かかる。

 というのも――

 

 起きたら、目の前にアゲハの死体があったのだ。

 

 



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―19― 罪

 死因は自殺だった。

 俺の寝ている近くで首を吊って死んでいた。

 

「おぇっ」

 

 たまらず、その場で吐く。

 ……意味がわからない。

 好きな人に嫌われたから死んだってことか。

 なんだよ、それ……。

 まるで、俺が悪いみたいじゃないか。

 

「意味わからん」

 

 そう呟く。

 俺はなにも悪くないと暗示したかった。

 そう、これは事故のようなものだ。

 

 それから、俺は彼女を下ろす。死体だからか、非常に重たかった。

 ホントは埋葬すべきなんだろうが、ダンジョン内でそんな場所があるはずもなく、俺は彼女をベッドに寝かした。

 

 そして、隠れ家を出る。

 

 それから、間もなく俺は複数の魔物に取り囲まれた。

 俺がここまでこれたのは、アゲハの助力があったから。

 そのアゲハがいない今、突破できるはずもなく、その後、俺は無残にも死んだ。

 

 

 

 

「うっ」

 

 意識が覚醒して、死に戻りしたことを把握する。

 俺は宝箱の部屋の中にいた。

 気分はどうしても重い。俺の選択のせいで、一人の少女が命を絶ったのだ。

 

 俺はどうすればよかったんだ?

 彼女の愛を受け入れるべきだったのか?

 でも、俺にはナミアがいる。ナミアがいるのに、アゲハを選ぶのは不誠実なんじゃないのか? いや、ナミアはすでに死んだのだ。不誠実もくそもあるか。

 アゲハは客観的に見て、かわいいと思うし、俺を慕ってくれるのも悪い気分ではない。

 だったら、アゲハを受け入れるべきなんだ。

 そう、だから、俺が間違っていた。

 

 気がつけば、再び、彼女が封印されている結界のところに来ていた。

 

 再び、手を伸ばす。

 すると、前回同様、結界が割れる。

 あまりにもあっけなく言える。

 今度こそ、彼女を受け入れてあげよう。

 

「……誰だ?」

 

 ふと、目覚めた彼女はそう告げる。

 

「キスカだ」

「キスカか。聞いたことがないな。だが、なぜだろうな? 貴様からは嫌な臭いがする」

 

 なんだろう、この違和感は?

 目の前の、存在がアゲハとは別人のように思える。見た目はアゲハのはずなのに。

 

「お前は、アゲハか?」

 

 だから、そう尋ねていた。

 

「あぁ、なるほど。貴様とは初対面ではないってことか」

 

 ふと、納得したかのように彼女はそう口にする。

 確かに、初対面のはずの俺が彼女の名前を知っているということは、〈セーブ&リセット〉のスキルのことを知っている彼女なら、俺が時が戻る前に彼女と会っていたと推察するのは当たり前か。

 

「そして、察するに、貴様、前回にて我々に対し、敵対的な行動をとったな。だから、貴様から嫌な臭いがするわけか」

「ま、待て、誤解だ。俺はお前の敵なんかじゃ――」

 

 言葉を言い終えることができなかった。

 なぜなら、彼女が俺の首を握っていたから。

 

「いいか、よく聞け。死ねば、全てが元通りだと勘違いするんじゃないぞ。死んでも、貴様の行動は魂に刻まれている」

「お、お前は誰なんだ?」

「我の正体を貴様のような邪悪な存在に話すわけがないだろ」

「アゲハと話をさせろ」

「嫌だ。アゲハは貴様を拒絶している」

 

 なんだよ、それ……。

 どういうことだよ。

 

「忠告だ。もう、アゲハには関わるな」

 

 そう呟くと同時、彼女は俺の首をへし折った。

 

 

 

 

「い、意味わからん……」

 

 意識を覚醒させ、死に戻りしたことを理解する。

 アゲハの姿をした何者かに、俺は殺されたのだ。

 

『今後、一切、アゲハには関わるな』

 

 という言葉が頭の中を反響する。

 あぁ、わかったよ。そういうことなら、アゲハの元には戻らないし、封印を解くこともしない。これでいいんだろう。

 

 とはいえ、アゲハの助力がない状態でダンジョンを突破するのは難しい。

 ってことを考えると、なにか他の方法を探す必要がありそうだ。

 

「他の転移陣を踏んでみるか」

 

 アゲハの場所へと続いている転移陣とは、別に、二つの転移陣があった。

 その転移陣を踏んだ先に、この状況を打破するなにかがあるかもしれない。

 

 そう決意した俺は二つ目転移陣を踏んだ。

 

 

 

 

 転移した先も一本道が続いていた。

 だから、それに従って歩く。

 

 すると、視線の先あるものを見つける。

 テーブルに椅子、そして、椅子に座っている女の子。

 その女の子はどこかご令嬢のようなった派手な格好をしていた。

 

「あら、珍しいですわね。この場所に、侵入者が入ってくるなんて」

 

 そう言った彼女は紅茶をすすっていた。

 

「えっと……」

 

 あまりにもダンジョンにそぐわない行動に、困惑する。

 一体、彼女は何者なんだ?

 

「それで、こんなところに一体何のようかしら?」

 

 そう言って、彼女はこっちを見る。

 

「その、ダンジョンの外に出るための出口を探しているんだけど」

 

 と、俺は正直に答えることにした。

 もしかしたら、彼女が出口の位置を教えてくれるかもしれない、という期待を込めて。

 

「あぁ、なるほど……」

 

 彼女は納得した仕草をする。

 そして――

 

「無礼ですわね。わたくしをかの偉大たる真祖の吸血鬼、ユーディートと知っての態度とは思えないかしら」

「――は?」

 

 いつの間にか彼女は俺の目の前にいた。

 そして、深紅の刀を俺へと突き刺していた。

 

「その罪、死をもって償いなさい」

 

 その言葉が聞こえたと同時、俺の意識は暗転していた。

 

 



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―20― まぁ、でも、いいか……

「あ……」

 

 また、時間がまき戻った。

 

「なんだよ……」

 

 なんで、こう何回も殺されなくちゃいけないんだよ。

 吸血鬼ユーディート。俺を殺した存在の名だ。

 そういえば、アゲハがダンジョンにある隠れ家は吸血鬼が作っていたと言っていたな。

 

「くそっ」

 

 そう言葉を吐き捨てながら、三つ目の転移陣にのる。

 今度こそ、なにもなければいいんだが。

 

 三つ目の転移陣で飛ばされた先は、今まで同様一本道が続いていた。

 だから、それに従って歩く。

 

 すると、一本の剣が地面に突き刺さっていた。

 ただの剣ではない。

 刀身は黒く、装飾も随分と豪華だ。

 

 なんだろう、この剣は……?

 そう思いながら、観察する。

 正直、武器1つ持っていない今の状況はとても心苦しい。使っていいというなら、ありがたく使わせてもらいたいが、しかし、こうもあからさまに置いてあると罠のようにも思えてくる。

 

「まぁ、試しに使うぐらいいいよな」

 

 と、軽い気持ちで柄を握る。

 

「あ、がぁ……ッ」

 

 握った瞬間、全身に激痛が走った。

 ダンジョンに潜ってから、こんなのばかりだ。

 

「あが……ッ、くそっ! なんで、こんな目にばかり遭わなきゃいけないんだよ!」

 

 激痛を少しでも紛らわそうと、言葉を吐き捨てる。

 激痛は数十分ほど続いた。

 それに、ずっと耐え続けて、いつの間にか、俺は気を失っていた。

 

 

「あっ」

 

 目を覚ます。

 自分が地面に寝転がっていることに気がつく。

 周囲を見回すと、黒い剣が立てかけてた場所にいることに気がつく。どうやら、気を失っただけで、死んだわけではないらしい。

 

「散々な目にあったな」

 

 そう呟きながら立ち上がろうとする。

 体が異様に重い。

 

「あっ?」

 

 右腕がおかしなことになっていた。

 というのも、形容しがたい見た目に変形していた。黒い剣と右腕がくっついてしまったというべきだろうか。

 右腕が先端に近づくにつれ、黒い硬質な物質へと変わり、そして、鋭くなっている。あと、腕の長さが異様に長くなってしまっている。

 

「めちゃくちゃ重いじゃねぇか」

 

 右腕を動かそうとして、そのことに気がつく。

 これでは満足に腕を振ることもできない。

 

「くそっ、このまま進むしかないのか……」

 

 そう思って、前に進む。

 黒い右腕を満足にあげることもできないので、地面に引きずりながら。

 

 

 進むと、一体の魔物と遭遇した。

 

「グウ……ッ!」

 

 その魔物は警戒しながら、俺のことを睨みつける。

 A級難度の魔物、人狼(ウェアウルフ)。巨大な爪を持った二足歩行する狼方の魔物。

 

「マジかよ……」

 

 この状況でどうやって戦えばいいんだ。

 右腕が重いせいで、逃げることさえままならないっていうのに。

 また、死ぬのか……。

 半ば諦めていた。

 だって、どう考えても勝てっこない。

 

「あ……?」

 

 一瞬、なにが起きたかわからなかった。

 右腕が勝手に動き出したのだ。そして、剣先が人狼(ウェアウルフ)のほうを向いた。

 

「え?」

 

 剣と化した右腕が前方へと勢いよく引っ張る。おかげで、俺自身も引きずられる。

 

 ズシャ――ッ、と黒い剣が人狼(ウェアウルフ)を切り裂いていた。

 

「なんだ、こりゃ……?」

 

 意味がわからない。

 まるで、剣そのものに意思があるかのように自立して動いたのだ。

 

「まぁ、でも、いいか……」

 

 ダンジョンを出られるなら、どんな方法に頼ったっていいと思っている。

 それが、この禍々しい不気味な剣だとしても。

 

 



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―21― 浸食

 俺の右腕に寄生した黒い剣は、俺の意思に関係なく動いては、魔物を次々と斬り倒してくれた。

 この剣の正体は見当もつかないが、おかげで、こうして生き延びることができている以上、今はこの剣にすがるしかない。

 

 途中、休憩を挟みながらもダンジョンの奥へと進んでいった。

 

「ここは確か、中ボスがいる部屋だよな」

 

 大きな扉の前でとまる。

 アゲハと共に冒険したときも、こんな扉を抜けると中ボスが出現したのを思い出す。

 確か、岩の巨兵(ゴーレム)と戦ったんだ。

 あのときとは、別の転移陣を選んだ上で進んでいるため、別の魔物がいる可能性が高いが、まぁ、とにかく中に入ってみよう。

 

「クェエエエエエエエエエエオッッッ!!!」

 

 巨大鷲(グリフォン)が金切り声を鳴らしていた。

 どうやら、ここの中ボスは岩の巨兵(ゴーレム)とは違うようだ。

 

 いつもの如く、黒い剣が意思に関係なく動き出す。俺はただ、黒い剣が自由に動けるように邪魔しないことだけを考える。

 そして、気がつけば、巨大鷲(グリフォン)は黒い剣によって倒されていた。

 

「……なんか大きくなっている気がするな」

 

 黒い剣を見て、そう思う。

 最初は一般的な刀剣の大きさだったはずなのに、明らかにそれよりも一回りも大きくなっている気がする。

 それに、腕の先から黒い刀剣へと変わっていたはずが、今は肩の先から黒い刀剣へと姿が変わっている。

 まるで、自分の体を浸食されているかのような感覚に陥る。

 

「大丈夫だよな?」

 

 不安にはなるものの、かといって、なにかができるわけではない。

 だから、前に進むしかないのだろう。

 

 

 

 

 それからも黒い剣は次々と魔物を倒していった。

 倒していくうちに、黒い剣は確実に成長していった。成長していくうちに、重たくなっていく。

 だから、黒い剣を引きずって歩く労力が段々とひどくなっていく。

 

 魔物が現れると黒い剣はおのずと動き出すが、黒い剣の体積が増すほどに、俺をひっぱる力も乱暴になっていった。

 まるで、馬車に引きずられるかのように、黒い剣は俺を乱暴に引きずって、魔物を倒していく。

 おかげで、俺の体は地面を引きずってボロボロだ。

 擦った跡からは血が流れている。

 

「やばいだろ、これ……」

 

 黒い剣は、すでに俺の体半分を浸食していた。

 しかも、いつの間にか黒い剣から黄色い眼球が生成されていた。その眼球はキョロキョロとせわしなく周囲を観察している。

 

「行き止まりだな……」

 

 ずっと下の階層へと進んでいったが、行き止まりへとぶつかってしまった。

 これ以上、どこに行けばいいのかわからないな。

 と思った矢先、転移陣を見つける。

 

 ふむ……どうやらこれを踏めば先に進めるらしい。

 

「あら、様子がおかしいと思いましたが、なるほど、冒険者に寄生してしまいましたか。それも、すでに随分と成長なさったご様子」

 

 転移した先には、吸血鬼ユーディートが立っていた。

 

「一体、なんのようだ?」

「あら、まだ本体に意識は残っていましたか」

 

 ふと、彼女は驚いた様子でそう言う。

 

「それで、なんのご様子と言いましたか。もちろん、あなたの処分もとい、右半分の寄生剣の討伐でしょうか」

「寄生剣……?」

「寄生剣傀儡回(くぐつまわし)。あなたの持っているそれは人に寄生しては魔物を喰らって成長する非常に危険極まりないもの。このダンジョンには滅多に人が来ないため大丈夫だと思っていましたが、まぁ、こういうこともあるのでしょう」

「つまり、今から俺を殺すってことか?」

「ええ、正解です。随分と物わかりが良いんですね」

 

 そう呟いたと同時、ユーディートは自分の左腕を右腕で引きちぎった。

 すると、溢れんばかりの血が境目から飛び散る。

 

 一体、なにを……? と、思うもつかの間、彼女から飛び散った血は収束しては固まっていく。

 そして、ちぎれた肩からは血でできた腕が。

 千切れた左腕は血が刃の形状へと変化し、紅の大剣へと化していた。

 

「それじぁ、死んでくださいまし」

 

 そう言って、彼女は血で作った大剣を振るう。ただ、傀儡回(くぐつまわし)のほうも負けていない。

 ユーディートの目にも止まらぬ連撃に、傀儡回(くぐつまわし)のほうも対応していた。

 

「一筋縄ではいきませんか」

 

 そう言って、彼女は千切った左腕を真上へ投げた。

 次の瞬間――。

 

 その左腕が爆発した。

 

浅紅暴雨(せんくぼうう)

 

 爆発と同時に、血でできたトゲが降り注いだ。それらは、俺の体に無数の風穴を開ける。

 

「その技を使うと、左腕がしばらく使えなくなってしまうので嫌だったのですが、仕方がありませんわね」

 

 彼女がそう言葉を紡いだ次の瞬間には、俺の命は尽きていた。

 

 



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―22― 殺して差し上げますわ

「あ……っ」

 

 目が覚める。

 また、時間が巻き戻ったのか。

 

「くそっ、一体どうしたらいいんだ……」

 

 そう呟くが、なにもいい考えが思い浮かばない。

 ひとまず整理だけでもして見よう。

 

 1つ目の転移陣を使うと、封印されたアゲハと出会う。その封印を解くと、アゲハの姿をした誰かの手によって殺される。

 2つ目の転移陣を使うと、吸血鬼ユーディートによって問答無用に殺される。

 3つ目の転移陣の先には、寄生剣傀儡回(くぐつまわし)がある。使うと、傀儡回(くぐつまわし)の力によって、ダンジョンの奥まで進める。ただし、その後、吸血鬼ユーディートによって殺される。

 

 まぁ、3つ目のルートを選ぶしか選択肢はないよな。

 目指すべきは傀儡回(くぐつまわし)の力を借りて、ダンジョンを突破し、吸血鬼ユーディートをこの手で撃退する。

 そのためには、俺はなにをすべきなんだ?

 

『あなたの持っているそれは人に寄生しては魔物を喰らって成長する非常に危険極まりないもの』

 

 ふと、吸血鬼ユーディートが口にしていた言葉を思い出す。

 つまり、傀儡回は魔物を倒せば倒すほど成長する。つまり、ユーディートと出会うまでに、たくさんの魔物を殺しまくって、限界まで成長させる。

 そうすれば、吸血鬼ユーディートを殺せるかもしれない。

 

 と、考えが決まった俺はとにかく急いだ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 寄生剣傀儡回が置いてある場所まで行くのに、とにかく走ったせいで、息が乱れている。

 躊躇なく傀儡回を引き抜く。

 

「あがぁ……ッ!」

 

 激痛が全身を襲う。

 意識を保て、気絶するだけで、それだけ時間を無駄にしてしまう。

 だから、激痛に耐えようとなんとか我慢する。

 けれど、耐えきれず俺の意識はなくなった。

 

「は……っ、俺はどのくらい寝ていた!」

 

 飛び起きる。

 すでに、右腕は変形し、傀儡回に寄生されていた。

 くそっ、時間を無駄にしてしまった。

 とはいえ、後悔しても仕方がない。

 今からでも、急がないと。

 

 そう思って、俺は傀儡回を引きずりながら、ダンジョンの奥へと進んだ。

 それからはひたすら順調だった。

 前回は、休憩を挟んだりと時間をかけて進んだが、今回はそれらをなくして、とにかく急いで進む。

 

「はぁ……やっと、ついたか……」

 

 数十時間かけて、行き止まりまで着いた。

 すでに、疲労はピークだ。

 傀儡回の浸食は、すでに体半分まで行き届いている。

 前回は、この転移陣を抜けた先に、吸血鬼ユーディートが待っていたんだ。

 いないことを祈ろう、と思いながら、転移陣を使う。

 

「いない、みたいだな……」

 

 転移陣を使った先を見渡す。

 すると、吸血鬼ユーディートはどこにも見当たらなかった。

 前回より、ここに到着するのが5時間以上は早いのが功を成したようだ。

 

 今のうち、さらに奥に進む。

 奥に進めば、さらに魔物と戦うことが出来る。

 気がつけば、大量の魔物の群れと遭遇する。

 

「いいね、お前ら全員喰ってやるよ」

 

 それから、ひたすら傀儡回を使って、魔物の群れに対して蹂躙した。

 途中から意識は朦朧として、よく覚えていない。それでも傀儡回は勝手に動き、魔物を討伐していく。

 魔物を討伐するたびに、血が飛び散り、傀儡回は成長してく。俺の体も徐々に浸食されていく。

 

「あら、随分と成長してしまっていますね。これは倒すのに、少し骨が折れそうですわね」

 

 あ……?

 視界がぼやける。

 目の前に吸血鬼ユーディートがいるのは、なんとなく察した。

 

「あぁ、どうやら、すでに本体の意識は乗っ取られているようですわね」

 

 意識が乗っ取られている?

 ……一体なにを言っているんだ?

 

「まぁ、いいでしょう。殺すことに変わりません」

 

 そう言って、ユーディートは左腕を右腕で引きちぎってできた出血を凝固させて、紅の大剣と紅の左腕をつくる。

 

「キヒッ、それじゃあ、殺して差し上げますわ」

 

 それからの記憶はよく覚えていない。

 目が覚めると、俺は宝箱のあった部屋にいたということだ。

 そう、俺は殺されたのだ。

 

 



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―23― 交渉でもしてみようか

 試行回数およそ530回目。

 

 俺は何度もめけずに寄生剣傀儡回(くぐつまわし)を使った攻略を望んだ。

 そう、何度も。

 

 何度やっても、最後には吸血鬼ユーディートの手によって殺された。

 いや、必ずしもそうとも言えない。

 傀儡回をある程度、成長させると意識が飛ぶのだ。

 恐らく、成長した傀儡回によって体を完全に乗っ取られているのだろう。

 

 これでは、例え吸血鬼ユーディートの撃退に成功したとしても、俺の意識が剣に乗っ取られているようでは、なんの意味もない。

 

「なんでお前は、こんなところにいるんだ……?」

 

 今回、俺はまだ傀儡回(くぐつまわし)に意識を乗っ取られていなかった。

 そんな折、吸血鬼ユーディートが再び俺の前に姿を現す。

 なんの気の迷いなのか、俺はそう尋ねていた。深い理由はなかった。ただ、ずっと戦ってばかりで精神は疲弊していた。

 だから、それが俺を殺す存在だとしても、会話をしてみたかった。

 なんで、このダンジョンで彼女は生活しているんだろうか? 少し気になった。

 

「ちっ、随分と無礼ですね。偉大たる真祖の吸血鬼に対する態度とは思えませんわね」

 

 無礼……。

 そういえば、こいつと初めて会ったときも「無礼」と言って、俺のことを殺したな。

 

「す、すみません、俺は田舎者なので。だから、無知な自分に教えてくれませんか? あなた様が一体何者で、なぜ、こんなところにいるのか?」

 

 かしこまっては改めて、聞いてみる。

 

「ふむ、では冥土の土産に教えてあげますわ。わたくしは真祖の吸血鬼、ユーディート。この世で、最も高潔な存在ですわ」

 

 そう言って、俺は殺された。

 

 

 

 

「もう無理だろ……」

 

 死に戻りした俺は諦めた口調でそう呟いていた。

 寄生剣傀儡回(くぐつまわし)を使った攻略を何度やったことか。何度やっても、吸血鬼ユーディートに殺される。

 あと少しで勝てそうなときもあった。

 けど、そのときは決まって、傀儡回が俺の意識ごと完全に乗っ取っていた。

 傀儡回に完全に乗っ取られた俺は、きっとものすごく醜悪な見た目になっているに違いない。

 そんな状態で、このダンジョンを抜けても、なんの意味もないに違いない。

 

 傀儡回を使った攻略はもうやめにしよう。

 といっても、他にいい手段は思いつかないが。

 

 いや、1つだけ試してみてもいいかも、と思っている案がないこともなかった。

 

「吸血鬼ユーディートに交渉でもしてみようか」

 

 出会った当初は会話なんて成立しない化物としか思っていなかった。

 まぁ、今ではその印象が変わっているかというと、そうでもないんだが、もしかしたら、ちょっとぐらい会話が成り立つんじゃないかという淡い期待のようなものがある。

 

「ダメ元でやるだけやってみるか……」

 

 すでに何度も死んでいる命だ。

 今更、死ぬことに臆する必要なんて、どこにもない。

 

 

 

 

 二つ目の転移陣の先で、吸血鬼ユーディートは椅子とテーブルを並べは優雅にティータイムを過ごしていた。

 

「あら、珍しいですわね。この場所に、侵入者が入ってくるなんて。それで、こんなところに一体何のようかしら?」

 

 以前も、こんなふうに聞かれた覚えがある。

 そう、彼女は出会うといきなり攻撃してくるほど野蛮ではなかった。決まって、こうして話しかけてくる。

 このことが、彼女と交渉の余地があることへの証明なのかもしれない。

 

「偉大たる真祖の吸血鬼ユーディート様とお見受けしてお願いがあります」

 

 そう言いながら俺は膝をつく。

 そして、頭を垂れてこうお願いをした。

 

「どうか、わたくしをユーディート様の弟子にしてください」

 

 最低限の礼儀は尽くしたつもりだ。

 さぁ、彼女はどう出る?

 

「キヒヒッ、わたくしの弟子ですか。おもしろいことを言いますね」

 

 そう言って、彼女はニタリと笑みを浮かべる。

 思った以上に感触がいいことに内心驚く。

 弟子にしてくれ。このダンジョンを脱出するには、俺はどうしたって今よりも強くなる必要がある。

 だから、吸血鬼ユーディートの弟子になれば強くなれるんじゃないかと思い至った次第だ。

 

「それで、あなたを弟子にしてわたくしになんのメリットがあるんですか?」

「メリットですか……?」

「ええ、わたくし自分が得をしないことは進んでしない主義ですので」

 

 と言われても、俺が弟子になることで得られる彼女のメリットはパッと思いつかない。

 それでもなにかを言わないと。

 

「弟子にしてくれた暁には、ユーディート様の手足となってどんな命令にも従います。必ず役に立つので、どうかお願いします」

 

 そう言って、俺は再び頭を下げる。

 こうして忠誠を誓うぐらいしか、思いつかなかった。

 

「つまらないですわね」

「……え?」

 

 次の瞬間には、ユーディートが右手首から出した鮮血で作った刃で切り裂かれた。

 俺の命は、潰えていた。

 

 



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―24― なにが駄目だったんだ

「なにが駄目だったんだ……」

 

 死に戻りした俺は反省していた。

 ユーディートは「つまらない」と言って、俺のことを斬った。

 つまり、もっとおもしろいことを言えばいいのだろうか。といっても、そんなこと全く思いつかないが。

 ともかく、もう一度ユーディートの元に言ってみるか。

 

「それで、あなたを弟子にしてわたくしになんのメリットがあるんですか?」

 

 再び、同じ質問をされる。

 

「メリットはないです。ですが、どうか俺を弟子にしてください」

 

 メリットなんて提示できないと判断して、今度は誠意で訴えることにしてみる。

 

「話にならないですわね」

 

 そう言われて、俺は殺された。

 

 

 

 

 それから俺は何度も吸血鬼ユーディートの元に出向いては殺された。

 あるときは、

 

「それで、あなたを弟子にしてわたくしになんのメリットがあるんですか?」

 

 と、言われたので、

 

「身のお世話をさせていただきます。買い物に掃除、食事の用意、なんでもできます。だから、弟子にしてください」

 

 と、返したら、

 

「そういうの、別に必要と感じていませんわ」

 

 と、言われて殺された。

 

 また、あるときは、

 

「それで、あなたを弟子にしてわたくしになんのメリットがあるんですか?」

 

 という質問に対して、

 

「力仕事なら任せてください! こう見えて、畑を耕してきたので、力なら自信があります!」

「力なら、わたくしのほうが上ですわ」

 

 と、返されて殺された。

 また、あるときは、

 

「話し相手とかできます。ほら、こんなところに住んでいると、他の人としゃべる機会がないので、寂しい思いをしているんじゃないかと」

「別に寂しくないですわ」

 

 と言って、殺された。

 それからは、俺は何度も挑戦しては殺されてた。彼女が一体、なにを求めているのか、俺には見当もつかない。

 

「それで、あなたを弟子にしてわたくしになんのメリットがあるんですか?」

「おもしろい物を見せることができます」

「おもしろいものですか……?」

 

 そう言って、吸血鬼ユーディートは食いつく。

 

「はい、俺はある目的があります。復讐という」

「復讐ですか。実に甘美な響きですわね」

 

 今まで一番感触がいいことに驚いていた。

 内心、喜びながら、俺は自分の過去を説明する。

 村人に迫害されてきたこと。最愛の人を亡くしたことを。冤罪によって、このダンジョンに追放されたこと。

 ただ、スキル〈セーブ&リセット〉で何度も死に戻りしていることは伏せる。彼女のことを、そこまで信用するのはまだ早い。

 

「だから、俺はどうしても力をつけて、村人たちを目に物見せてやりたいんです。そのためにもユーディート様の弟子となって、力をつけたんいです」

 

 そう言いながら、俺は頭を下げる。

 

「キヒヒッ、おもしろい、ですわね」

 

 彼女は笑っていた。

 

「それで、あなたは具体的にどんな復讐を考えているんですか?」

「えっと……」

 

 復讐することで頭がいっばいで、どんな方法を用いるかなんて考えたこともなかった。

 

「全員、殺します」

 

 目の前の吸血鬼が一番喜びそうな答えを考えた上で口にする。

 

「どんな風に殺すんですか?」

「拷問の上、殺します。一番、惨い殺し方です。女子供関係ありません。一人残らず殺します。俺をこんな目に合わせたことを心の底から後悔させてやります」

「いいですわねぇ!」

 

 彼女はニタニタと笑みを浮かべていた。

 

「あなたが、どうなるのか見届けたい欲がでてきましたわ」

「じゃあ!」

「まだ、喜ぶのは早いですわ。テストに合格すれば、弟子にしてあげますわ」

「テストですか。ありがとうごさいます!」

 

 やっと、彼女が満足する答えを出すことができた。

 どんなテストが待ち受けているかわからないが、この好機逃すわけにはいかないと俺は気合いをいれる。

 

 



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―25― 手ほどきしますわ

「それで、テストの内容ってのは一体なんでしょうか」

「……ひとまず、ついてきてください」

 

 そう言って吸血鬼ユーディートは歩き始める。

 だから、大人しく俺もそれに従って歩いた。

 

「そういえば、あなたお名前は?」

「キスカです」

「キスカですか。そういえば、わたくしの名前はよく知っていましたわね」

「えっと、このダンジョンを根城にしている吸血鬼がいると噂で聞いたことがあっので……」

「ふむ、まぁ、わたくしはずっとここに住んでいますから、そういう噂があってもおかしくはありませんわね」

 

 本当は、タイムリーブを繰り返した過程で、アゲハから聞いたんだが、流石に黙っておくことにした。

 

「キスカはここに来るまでに転移陣を使いましたか?」

「ええ、使いました」

「三つ転移陣があったことはご存じで?」

「はい、知っています」

「だったら、説明は早いですわね。このダンジョンは少々特殊な作りをしていまして、転移陣ごとに行くことができるルートが変わるわけですが、一度転移陣を踏んでしまえば、別のルートに行くことはできないのです」

 

 ユーディートの言うとおり、どの転移陣を踏むかで、ルートは大きく変わった。

 一つ目のルートには、封印されたアゲハがいて、二つ目のルートには、吸血鬼ユーディートがいて、三つ目のルートには寄生剣傀儡回(くぐつまわし)があった。

 

「とはいえ、ある秘策を使えば、別のルートに移動することができるんです」

 

 そう言った吸血鬼ユーディートは壁に手を置く。

 一見、なんの変哲もない壁だと思っていたが、どうやら仕掛けのスイッチになっていたようで、ユーディートが押すと壁がへこんだ。

 それと同時に、新しい通路が出現した。

 

 こんなところに隠し通路があったのか……。

 その通路を通っていくと、また新しい道に出る。

 そして、また道なりに進んで歩くと、見たことがある光景がそこにはあった。

 

「寄生剣傀儡回(くぐつまわし)、この剣の制御ができるようになったら、テストに合格ってことにしますわ」

「制御ですか……?」

 

 待て、意味がわからんぞ。

 俺は散々、この剣を使ってきたが、一度たりとも制御なんてできなかった。

 

「この剣は非常に厄介な性質を持っていまして、持ち主に寄生しては魔物や人間を倒す度に、成長していき、果てには意識まで乗っ取るというものですわ。正直、魔物も人間も見境無く襲ってくるため、処分したいと常々思っているのですが、触るだけで寄生されるため、下手に動かすこともできませんの」

「それで、俺にどうしろ? と言うのですか?」

「この剣に寄生されて後、打ち勝って、逆に剣を制御できるようになってください」

「そんなことできるんですか……?」

「十中八九失敗するでしょうね」

 

 あっけらかんとした表情で彼女はそう言う。

 

「まぁ、手ほどきしますわ」

 

 と、彼女は言うが、正直制御なんてできる気がしない。

 

「もしかして、怖じ気づきましたか? あぁ、残念ながら、あなたに選択肢なんてありません。断るというなら、今ここであなたを殺しますので」

 

 どうやら選択肢はないらしい。

 

「いえ、やります。やり方を教えてください」

「キヒヒッ、すでに腹はくくっているようですわね。で、具体的な方法ですが、まず、柄ではなく剣先を握ってください」

「わかりました」

 

 言われた通り、剣先を握る。

 

「うぐ……っ」

 

 瞬間、激痛が全身を走る。けれど、柄を握ったときよりは、痛みが弱い。これなら、まだなんとか耐えられる。

 

「それで、この後、どうすればいいんですか?」

「飲み込んでください」

「……は?」

「上を見ながら、剣先からうまく喉の奥までいれてください」

「えっと、そんなことをしたら死んでしまうのでは……」

「えぇ、死ぬ可能性が高いと思いますよ。けど、たまーに成功するみたいですわね」

「は、はぁ」

 

 ため息まじりの返事をしてしまう。

 まぁ、やるしかないんだろうな……。

 覚悟を決めた俺は、傀儡回を喉の奥にいれた。

 

 そして、次の瞬間には、意識が途切れた――。

 

 



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―26― 主人

「君かい、俺様の主人になりたいという者は……」

 

 誰だ……?

 

「あぁ、俺様は傀儡回の本体とでもいうべき存在だ」

 

 そう喋った者は、化物としか形容できない存在だった。闇の集合体とでも称すべきだろうか、その闇に目や口のパーツがバラバラについている。

 

「そうか、傀儡回の本体か。ここはどこだ?」

 

 周囲の光景もまた、奇妙だった。

 暗闇の中に、ゆらめく炎が点在している。そんな光景だろうか。

 

「ここは君の深層世界ってところかな」

「深層世界……」

 

 俺の心の中って解釈で問題ないだろうか?

 まぁ、ここがどこかなんて些細な問題だ。

 それよりも――

 

「お前に頼みがある。俺に力を貸して欲しい」

 

 今の俺は無力だ。

 力が手に入るためなら、どんなやつの力でも手に入れるつもりだ。

 

「いいよ」

 

 あまりにも、それはあっけないものだった。

 

「そんな簡単にいいのか?」

「おかしな返事だね。君から言い出したことだろ?」

「まぁ、それはそうだが」

 

 てっきり断られると思っていただけに、どうしても疑りだしてしまう。

 

「いやね、君の魂からなんだかなつかしい匂いがするんだ。だから、君なら従ってもいいと思ったんだ」

「なつかしい匂いか……」

 

 死に戻りしているとはいえ、俺自身は何度も傀儡回に乗っ取られている。だから、なつかしい匂いでもしたのだろうか。

 

「ともかく、よろしく。ご主人様」

 

 その言葉と同時に、意識が覚醒する。

 目を開けると、そこには吸血鬼ユーディートが椅子に座っていた。

 

「あら、まさか成功するとは思いませんでしたわね」

 

 吸血鬼ユーディートは目を丸くしていた。

 どうやら、成功するとは思われていなかったらしい。この人の命令に従っただけなんだけどな。

 

「まぁ、いいですわ。着いてきてくださいまし」

 

 そう彼女はどこかに行こうとする。

 

「えっと、なにをするんですか?」

「言ったでしょう。テストに合格すれば、弟子にします、と。今からあなたを鍛えて差し上げますわ」

 

 

 

 

「あなた、スキルはいくつ所持していますの?」

「1つです」

 

 正確には、〈挑発〉と〈セーブ&リセット〉の2つだが、〈セーブ&リセット〉のほうは隠しておくべきだ。

 

「そのスキルが、なにか伺っても?」

「〈挑発〉です」

「随分と、心許ないですね」

「自覚はしています」

「それじゃあ、今からスキルを1つ、手に入れましょうか」

「え? そんなことできるんですか?」

「あら、わたくしをどなたとご存じ?」

「偉大たる吸血鬼ユーディート様です」

「それはそうですけど、このダンジョンには1000年近く住んでいますのよ。だったら、このダンジョンのことは全て頭に入っていますわ」

 

 そう言って、彼女は自分の頭を差した。

 

「当然、スキルが手に入る宝箱の位置も全て把握していますわ」

 

 



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―27― スキル獲得

 吸血鬼ユーディートに言わせれば、このダンジョンの深層には、スキルが手に入る宝箱が3つ存在してるらしい。

 そのうち1つが、俺が〈挑発〉を手に入れた宝箱だった。

 だから、俺が手に入れることができるスキルは後2つということになる。

 

「こんなところに隠し通路が?」

 

 吸血鬼ユーディートが壁に手をかざすと隠し通路が出現する。

 

「この先に宝箱がありますわよ」

 

 その言葉通り、通路の先には宝箱が置いてあった。

 入っていたのは透明なクリスタルだった。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈知恵の結晶〉を獲得しました。

 効果が強制的に発動します。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 見たことがあるメッセージだ。

 確か、初めて宝箱を手にしたときも、そんなメッセージが表示された気がする。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 以下のスキルから、獲得したいスキルを『1つ』選択してください。

 

 Sランク

〈アイテムボックス〉〈回復力強化〉〈魔力回復力強化〉〈威圧〉〈見切り〉〈予知〉

 

 Aランク

〈治癒魔術〉〈火系統魔術〉〈水系統魔術〉〈風系統魔術〉〈土系統魔術〉〈雷系統魔術〉〈錬金術〉〈呪術〉〈念話〉〈強化魔術〉

 

 Bランク

〈剣術〉〈弓術〉〈斧術〉〈槍術〉〈体術〉〈棒術〉

 

 Cランク

〈身体強化〉〈気配察知〉〈魔力生成〉〈火耐性〉〈水耐性〉〈風耐性〉〈土耐性〉〈切れ味強化〉〈命中率強化〉〈回避率強化〉〈暗視〉

 

 Dランク

〈鑑定〉〈筋力強化〉〈耐久力強化〉〈敏捷強化〉〈体力強化〉

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 以前見たスキルの一覧と似ているが、一部違うな。

 

「ユーディート様、どれを選ぶべきでしょうか?」

「まぁ、〈剣術〉スキルですかね。このスキルがないと話になりませんし」

 

 言われた通り、〈剣術〉スキルを選ぶ。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル〈剣術〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 これで無事、〈剣術〉を入手できたようだ。〈威圧〉や〈見切り〉なんて、なかったと思う。

 

「それじゃあ、もう1つのスキルを手に入れにいきますわよ」

 

 ということで、二つ目のスキルが手に入る宝箱の置いてある場所に向かうことになった。

 

 二つ目のスキルはダンジョン最奥の近くにあった。

 

「この先に、このダンジョンのボスがいますわ」

 

 吸血鬼ユーディートの目線の先には、一際大きな扉があった。

 

「このボスを倒せば、ダンジョンの外に出られるんですよね」

「ええ、もちろんそうですわよね」

「ユーディート様も外に出るときには、ボスを倒す必要があるんですか……?」

 

 ふと、気になったので聞いてみる。

 ユーディートの作った隠れ家にはベッドやテーブルが置いてあった。つまり、頻繁に外に行っては買い物をしているということだ。

 

「ええ、そうですわね」

「ユーディート様なら、例えどんなボスでも簡単に倒せるんでしょうね」

「いえ、そうでもありませんわ」

 

 そう彼女は否定すると、一拍置いてからこう告げた。

 

「ここ50年近く、外に出ることができていませんわね」

「……え?」

「ここ最近、ボスの力は強くなっているようでして、わたくしでも倒すのが難しい現状ですわね」

 

 そう言って、彼女は歯がみしていた。

 

「はぁ」

 

 彼女で倒せないボスって、なんだそりゃ……と思った。

 

 二つ目の宝箱はボスのいる部屋の近くにある隠し通路の先にあった。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈英明の結晶〉を獲得しました。

 効果が強制的に発動します。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

〈英明の結晶〉? 聞いたことがないアイテムだな。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル〈属性付与〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

「あら、珍しいスキルを引きましたわね」

「えっと……」

「〈英明の結晶〉はその人にランダムなスキルを与えるアイテムですわ。とはいえ、困りましたわね。〈属性付与〉は魔術系統のスキルですので、〈魔力生成〉というスキルを獲得しないことには使えませんわね」

「つまり、外れってことですかね」

「まぁ、そう気負う必要もないでしょ。〈魔力生成〉に関してはいずれ獲得するつもりでいればいいのですから」

「わかりました……」

 

 そう言うってことは〈魔力生成〉を獲得する当てはあるってことだろうか。

 

「それじゃあ、明日から特訓を始めましょうか」

 

 そう言うことで、吸血鬼ユーディートによる特訓の日々が始まることになった。

 

 



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―28― もっと大胆に攻めていいですわよ

「寄生剣傀儡回(くぐつまわし)はすでに、あなたの体内に入って血肉と化していますわ」

 

 特訓の始まり、吸血鬼ユーディートはそう説明した。

 

「性質としては、わたくしにとっての血と似てますわね」

 

 そう言って、ユーディートは左手を伸ばす。

 

薔薇(ばら)の刃」

 

 そう呟いた途端、彼女の左手首から血でできた刃物が飛び出す。

 

「わたくしはこのように体内に流れている血を操ることができます。あなたも同様に体内にある傀儡回を自在に出し入れできるはずです」

「わかりました」

 

 そう返事をした俺は目を閉じて、体内に流れているとされる傀儡回へと意識を回す。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル〈寄生剣傀儡回(くぐつまわし)(あるじ)〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

「え……?」

 

 突然現れたメッセージに驚愕する。

 

「どうやら技能をスキルへと昇華できたようですね」

 

 聞いたことがある。

 例えば、毎日剣を振る特訓をすれば、スキル〈剣術〉を手に入ることがあると。スキルは生まれつき持っていることが多いとされているが、努力によって手に入らないわけでは決してない。

 だから、こうしてスキルが手に入ったのも似たような理論だろう。

 

 もう一度目を閉じる。

 すると、体内に流れる傀儡回を感じることができる。

 それを、体外に具現化させる。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 派生スキル〈黒の太刀〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 目を開けると、スキルを獲得したメッセージと共に、手に黒色の片手剣が握られていた。

 

「ひとまず、これで最低限戦えるようにはなりましたわね」

 

 吸血鬼ユーディートがそう告げた。

 

「それじゃ、今から特訓を始めましょうか」

 

 

 

 

 その日から、吸血鬼ユーディートとの特訓が始まった。

 

「脇はもっと締めて、踏み込みも甘いですわ!」

「はい!」

 

 ユーディート様と対面にて、血できた剣を振り回している。それに対し、俺は懸命に傀儡回で受け止めていた。

 ユーディート様の打ち込みは重く、受け止めるだけで後方へと仰け反ってしまう。それでも、必死に食らいついた。

 

「魔物なんて恐れないで、もっと大胆に攻めていいですわよ」

「わかりました!」

 

 ユーディート様との稽古だけではなく、対魔物との特訓もした。

 今は、ダンジョンにいるA級難度の魔物、首なしラバ(ヘッドレスミュール)を相手に戦っていた。

 もし、死にそうになったら、吸血鬼ユーディート様が助けてくれるということなので、安心して戦うことができる。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 魔物の討伐を確認しました。

 スキルポイントを獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 首なしラバ(ヘッドレスミュール)の首を剣で切り裂くと同時に、メッセージウィンドウが表示される。

 

「よしっ」

 

 思わずガッツポーズ。

 傀儡回しを制御した状態で、初めて魔物を倒すことができた。

 

「ふむ、あなた随分と筋がいいですわね」

 

 唐突に、ユーディートに褒められたので、思わず驚いてしまう。

 

「……そうですかね?」

 

 正直、自分に戦いのセンスがあるなんて思わないんだが。

 

「ええ、まさかこの段階で、一人で倒せるなんて思っていませんでしたので。その、なんて言いますか、魔物の動きを読んで攻撃をかわすのに大変優れている気がしますわ。あなた、戦いの経験はありましたの?」

「いえ、ほとんどないです」

「だとしたら、生まれ持っての才能でしょうか」

 

 と、褒められている中、内心、心当たりに行き当たった。

 何度も死に戻りして、鎧ノ大熊(バグベア)の攻撃を数え切れないほどよけてきたからな。

 魔物の攻撃を避けるということに関しては経験が豊富なので、それが戦闘でも生きているんだろう。

 

「スキルポイントが手に入ったことですし、スキルのレベル上げをしてみたら、いかがかしら?」

「……そうですね」

 

 返事をしながら、ステータス画面を開く。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈キスカ〉

 

 スキル1:セーブ&リセット

 スキル2:挑発Lv1

 スキル3:剣術Lv1

 スキル4:属性付与Lv1

 スキル5:寄生剣傀儡回(くぐつまわし)(あるじ)Lv1

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 いつの間にか、5つのスキルスロットが全て埋まっているな。

 最初は、〈セーブ&リセット〉だけだったことを思い出すと、なんだか感慨深い。

 ちなみに、今持っているスキルポイントとレベルをあげるのに必要なスキルポイントを表示させてっと。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 所持スキルポイント:14

 

〈挑発Lv1〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:10

 

〈剣術Lv1〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:30

 

〈属性付与Lv1〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:50

 

〈寄生剣傀儡回(くぐつまわし)(あるじ)Lv1〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:70

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 スキルごとにレベルアップに必要なポイントが異なるようだ。

〈挑発〉は10ポイントのみで、レベルをあげることができるのに対して、〈寄生剣傀儡回(くぐつまわし)(あるじ)〉に関しては、70ポイントも必要。

 ついでに、〈寄生剣傀儡回(くぐつまわし)(あるじ)〉を詳しく見てみようか。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル:寄生剣傀儡回(くぐつまわし)(あるじ)Lv1

 

 派生スキル

 Lv1⇒黒の太刀

 Lv2⇒???

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

『Lv2⇒???』という欄に着目する。

 レベルをさらに上げれば、派生スキルをさらに入手できるってことなのか?

 興味深いな。

 レベルをあげることで、どんな派生スキルが手に入るのか正直気になる。

 とはいえ、レベル2にするにはスキルポイントが70も必要だし、正直後回しかな。

 

「どうでしたか?」

 

 待っていてくれたユーディートがそう尋ねてくる。

 

「そうですね、まず〈剣術〉のレベルをあげたいので、スキルポイントを30まで貯めてみようと思います」

「確かに、それが一番無難な選択ですわね」

 

 ということで、方針も決まったことだし、さらにスキルポイントをためるべく、魔物の討伐を開始した。

 

 



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―29― 絶品ですわね

 吸血鬼ユーディートの弟子になってからというもの、彼女との奇妙な生活が始まった。

 彼女はダンジョン内にいくつもの隠れ家を作っており、その日の気分によって、どの隠れ家で寝るか変わる。

 ただし、1つの隠れ家につき、ベッドは1つしか置いていないため、寝るときは別々の隠れ家を使って、就寝する。

 

 彼女の食生活はというと、吸血鬼ということで血を好んで飲む。

 といっても、人間の血でないといけないということは決してなく、魔物の血で十分堪能できるらしい。

 だから、狩った魔物から血抜きをしては、溜まった血を彼女は飲んでいた。

 

「はい、血の準備ができましたよ」

 

 弟子になって以降、俺の仕事は彼女に魔物の血を提供することだった。

 肉から絞った血をわざわざティーカップに入れて、彼女に差し出す。

 

「あら、いつもご苦労ですわね」

 

 そう、俺が初めてみたとき、彼女が手にしていたティーカップには紅茶ではなく、血が入っていたのだ。

 どうやらユーディート様は、血をティーカップで飲むことにこだわりを持っているらしい。

 

「やはり、絶品ですわね」

 

 そう言って、彼女はティーカップの取っ手を掴んで飲み干す。

 彼女の顔は満足げだった。

 正直、血なんて飲みたいとこれっぽちも思わないが、よくこんなにもおいしそうに飲めるな

 

「キスカ、今日の夕食の準備はできていますの?」

「ええ、まぁ、魔物の肉を焼いただけですけど」

 

 吸血鬼ユーディートは、血さえ飲めれば、健康的に過ごせるらしいが、だからといって、一般的な食事を口にしないと、空腹感に襲われるらしい。

 

「魔物の肉で作ったステーキです」

「昨日と同じようなものですわね」

「仕方がないじゃないですか。調味料が不足しているんです。どうしたって、同じものばかりになります」

 

 ダンジョン内ってことで、魔物の肉には不足しないが、それを味付けするための調味料が不足していた。

 だから、作り方はいたってシンプルだ。

 肉を焼いて、胡椒で味付けしたらできあがり。

 火は魔物から採取できる魔石を燃料にすることで、簡単に点火することができる。

 

「あと、今日は蠢く樹(ドライアド)を討伐したので、サラダもありますよ」

「うへっ、わたくし蠢く樹(ドライアド)で作ったサラダはあまり好きにはなれませんの」

「駄目ですよ、野菜も食べないと、栄養不足に陥ります」

「わたくし吸血鬼ですので、栄養とは無縁の存在ですの」

「まぁ、そういうことなら、俺一人で食べますが……」

 

 実際、吸血鬼は血だけ飲んでいれば、栄養的には問題ないらしいし。

 ただし、人間の俺にとっては、野菜をいかに摂取するかが、死活問題となっている。

 閉鎖されたダンジョン内では、どうしても魔物の肉ばかりという偏った食事になってしまう。

 それを解消してくれる救世主というのが、蠢く樹(ドライアド)だ。

 蠢く樹(ドライアド)は枝にはたくさんの葉っぱを生い茂らせているので、それを食べれば、不足しがちなビタミンを摂取できる。

 ただし、非常に苦くてまずいが。

 まれに、果物がなっている蠢く樹(ドライアド)なんかもいたりする。もし、果物なんて採れたらユーディート様との奪い合いに発展する。以前、それでひどいめにあった。

 

「やっぱり、おいしくないですわね」

「まぁ、どうしても調味料が不足してますものね」

 

 チーズやトマトソースなんかがあれば、もっと豊富な料理を堪能できるんだけどな。

 

「ダンジョンの外に出ることができれば、調味料を揃えることもできるんでしょうけど」

 

 以前、ユーディートは50年近く、ダンジョンの外に出ることができていないとおっしゃていた。

 だから、隠れ家に置いてある家具なんかも50年前に揃えた物ばかりなので、ところどころ傷んでいる。

 

「とはいえ、現状ダンジョンの外にでるのは厳しいですわね」

「以前、ユーディート様はダンジョンを自由に出入りしていたんですよね」

「ええ、そうですわ。ダンジョン内だと、日に当たることもないですし、ジメジメしているのが吸血鬼的に居心地がよかったんですの」

「でも、なんで、ダンジョンの外に出られなくなったんですか?」

「何者かが、転移陣を壊したんですわ」

「転移陣ですか……」

 

 ふと、俺がこのダンジョンに入るきっかけになった転移陣を頭に思い浮かべる。

 あの転移陣は外からダンジョン中に繋がっているが、ダンジョンから外にでるために使うことはできない一方通行のものだ。

 

「このダンジョン内と外を自由に行き来できる転移陣が存在していていたんです。それを使って、わたくしは自由に行き来していましたの」

「そんなのがあったんですか……」

「えぇ……わたくししか知らない秘密の転移陣だったんですが、50年前、何者かに壊されてしまいましたの。おかげで、こうしてダンジョン内に取り残されてしまったわけですわ」

「やっぱり、ダンジョンのボスを倒して外にでるのは難しいんですかね」

「えぇ、そうですわね。あれは、わたくし一人では倒せませんわね」

 

 ふーん、吸血鬼ユーディートでも倒せない魔物か。一体、どんな魔物なんだろうか。

 

「転移陣は、誰が壊したとか、心当たりはあるんですか?」

「全く、見当がつかないですわね」

 

 と、彼女は諦めきった表情で呟く。

 何者かによって、転移陣を壊されたか。一体、なんの目的があって転移陣なんかを壊したんだろう。

 

「いや、一つだけ心当たりがありましたわね」

 

 と、彼女は思い出したかようにそう告げる。

 

「アゲハをこのダンジョンに封印した者が犯人じゃないかと思っていますわ。アゲハがこのダンジョンから脱出しないように、念のため転移陣を破壊したと踏んでますわね」

 

『アゲハ』という単語が口についた瞬間、俺の心臓が高鳴った。

 

「ユーディート様はアゲハをご存じなのですか?」

「……逆に、あなたがアゲハを知っていることに驚きましたわね。活躍したのは随分と昔でしょうに」

 

 彼女は不思議そうな表情をしていた。

 

「僕は噂で、少し聞いたことがあるだけです。このダンジョンに封印された少女がいるって話を」

「まぁ、彼女は偉人ですものね」

「そうなんですか……?」

「えぇ、だって、彼女は魔王を討伐した勇者ですもの」

 

 その言葉を聞いた瞬間、衝撃が走った。

 今から、100年以上前、魔王は勇者の手によって討伐されたという話は、人間ならば誰だって知っている話だ。

 待て、勇者アゲハなんて聞いたことがない。

 俺が知っている歴史では、魔王を討伐したのは勇者エリギオンって聞いている。そして、そう思っているのは俺だけではない。勇者エリギオンの名は、この世界に住む人間誰だって知っている英雄の名だ。

 

「キスカ、どうかしたのですか?」

「いえ、俺が知っている歴史と違ったので。俺の国では、魔王を倒したのは勇者エリギオンってことになっています」

「勇者エリギオン、知らない名ですわね……。まぁ、勇者は何人かいたと聞いていますし、その内の一人でしょうか」

「その、なんで、アゲハはこのダンジョンに封印されているんですか?」

 

 ずっと気になっていたことだ。

 なぜ、このダンジョンにアゲハ封印された状態でいるのか。

 

「さぁ? そこまでは知りませんわね。まぁ、人間同士の諍いの末、封印されたとかそんな理由だと、思いますけど」

 

 まぁ、彼女は俗世から切り離された吸血鬼だし、知らなくても普通か。

 

「ただし、一つだけ忠告ですわ。彼女の封印は決して解かないでください。なにが起こるか、想像もつきませんので」

 

 なぜ、吸血鬼ユーディートがそんなことを言うのか、俺には見当もつかなかった。

 

「はい、わかりました」

 

 だが、俺はそう頷くことにした。

 

 



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―30― エロい

 それからも、吸血鬼ユーディートとの特訓の日々は何ヶ月にもわたって続いた。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキルポイントが使用されました。

 レベルアップに必要な条件を達成しました。

 スキル〈剣術〉はレベルアップしました。

 剣術Lv2 ▶ 剣術Lv3

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 スキルポイントも順調に貯まっていき、スキル〈剣術〉のレベルもついに、Lv3まで到達した。

 

「この調子なら、あなたとこのダンジョンを脱出できる日も近いかもしれませんわね」

 

 時々、吸血鬼ユーディートはこういったことを口にすることが増えた。

 

「そうですね。俺が強くなれば、ユーディート様を外にお連れしますよ」

「くふっ、あなたも言うようになりましたわね」

 

 そう言って、ユーディートは笑う。

 ここ数ヶ月、彼女と一緒に過ごしているせいだろうか、彼女とも随分仲良くなったと思う。

 

「それじゃあ、今日も俺が魔物の解体をしますね」

 

 そういって、傀儡回(くぐつまわし)の大きさをナイフ程度まで小さくしては、解体作業を始める。

 最初は手こずっていた解体作業も今ではお手の物だ。

 

「いつも解体させて、悪いですわね」

「いえ、俺はユーディート様の弟子ですので、このくらいはやらないと」

「そうですか。では、わたくしはこの近くの隠れ家に、先に帰ってますわ」

「わかりました」

 

 そう言って、ユーディートは隠れ家へと一人で向かう。

 このダンジョンの内部構造も随分と詳しくなった。だから、隠れ家の位置も当然把握している。

 

「こんなもんかな」

 

 一通り解体を済ませた俺はそう呟く。

 ちゃんとユーディート様が飲む血は専用のポッドの中に絞り出す。

 それから、俺は解体した肉と血の入ったポッドを手に隠れ家に向かった。

 

「あら、早かったですわね」

 

 中に入ると、そこには裸体のユーディート様がいた。

 裸体、つまり裸だ。

 着替えの最中だったのか、手にはシーツのようなものを持っている。

 彼女の透き通るほどに白い肌や、豊かな大きさのある二つの胸。さらさらとした長い髪の毛。赤く鋭い目。

 その全てが均等に配置されていて、芸術品のように美しかった。

 だから、数秒ほど、彼女の裸に見とれていた。

 そして、気がつく、自分がまずいことをしていることに。

 

「す、すみませんっ」

 

 だから、慌てて彼女を視界から外すように、隠れ家の外にでる。

 

「キスカっ」

 

 そうユーディート様が俺の名前を呼んだとき、怒られるんじゃないかという予感が頭をよぎった。

 

「あなた、おもしろい反応をしますわね」

 

 けど、予想に反して、彼女は愉快なものでも見たとでも言いたげに、いたずらな笑みを浮かべていた。

 

「勘弁してくださいよ」

 

 困った俺はそう言うしかなかった。

 すると、余計おもしろかったようで、彼女はクスクスと笑ったのだった。

 

 

 

 

「ユーディート様、今日はもう寝ますね」

 

 隠れ家にあるベッドは一つだ。

 だから、寝るときは決まって別々の隠れ家に行っては、それぞれのベッドで寝るのが決まりだった。 

 

「ねぇ、キスカ。今日は一緒に寝ませんか?」

 

 だから、ユーディート様がそう言ったとき、まず自分の耳を疑った。

 

「えっと、どういう風の吹き回しでしょうか?」

「別に、深い理由はありませんわ。ただ、なんとなくそういう気分なだけです」

「深い理由がないなら、いつも通り別の隠れ家で寝ますが……」

「キスカ、今日はいつもより意地悪ですわね」

 

 そう言って、彼女はふてくされた表情をする。

 その表情をするのは、正直ズルいなと思ってしまう。かわいいのはもちろん、言うことを聞かないと、今後一生罪悪感を覚えてしまいそうだ。

 

「わかりましたよ。今日は一緒に寝ましょう」

 

 そう、一緒に寝るだけだ。

 一緒に寝るだけなら、なんらやましいことではない。

 そう思いながら、俺は彼女の横に添い寝する。

 

「あなたと初めて会った日が遠い昔のように思えますわ」

「そうですね……」

 

 出会った当初は、吸血鬼ユーディートはただ怖い存在としか思っていなかった。それが、今、隣で寝ていると思うと、なんだか不思議な気分だ。

 

「ユーディート様は、最初俺のことを殺そうとしていましたよね」

「あら、バレていたんですの」

 

 と、彼女は口にした。

 きっと心を見透かされたとでも思っているんだろうが、実際には、彼女に何度も殺されたという経験があるから知っているというだけなんだが。

 

「でも、許してくださいまし。今まで会った人間は、わたくしを見ると殺そうとしてくる者ばかりでしたわ。だから、警戒していたんですの」

「別に、恨んでいないですよ」

 

 彼女には何度も殺された。けど、彼女のおかげで、今の俺はある。だから、感謝こそすれ、恨む理由なんてない。

 まぁ、でも警戒するだけにしては、殺すことを随分と楽しんでいたような気もしなくもないけど。

 

「そう言っていただけると、なんだか安心しますわね」

「……そうですか」

「ねぇ、キスカ」

 

 彼女はそう言って、目線を合わせては俺の頬に手を添えてくる。

 透き通るような見事な双眸に引き込まれる。

 彼女はひたすら美しかった。

 

「わたくしの裸を見て、どう思いました?」

 

 そう言って、彼女は破顔した。

 からかわれているんだってことは、すぐにわかる。

 

「どうって、言われても……」

「正直に答えてくれていいんですわ」

「き、綺麗だなと思いました」

「他には……?」

「美しいと思いました」

「他には……?」

「えっと、かわいいって思いました」

「もっと、他にあるでしょ」

「エロいですかね……」

「変態、ですわね」

 

 彼女がそう耳元で囁いてくる。

 自分の顔が赤くなるのがわかった。なんで、こんな羞恥な目にあわなきゃいけないんだ。

 

「からかわないでください」

「あら、ごめんなさい」

 

 そう言って、彼女はなおも笑う。鈴を転がしたかのような笑い方だ。

 

「ねぇ、もう一度見せてあげる、と言ったら、どうします?」

「なにをですか……?」

「そんなの決まっているでしょう」

 

 そう告げた彼女は、一拍置いてから、ゆっくりと口にした。

 

「わたくしの裸にきまっていますわ」

 

 これから長い夜が始まることを俺は無意識のうちに悟っていた。

 

 



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―31― ふざけんな

『わたくしの裸にきまっていますわ』

 

 と、彼女が口にして、数秒、自分の思考が停止していたことに気付く。

 

「見たいと言ったら、本当に見せてくれるんですか?」

「ええ、まぁ、そうですわね……」

 

 今更になって恥ずかしくなったのか、吸血鬼ユーディートは顔をほのかに赤らめていた。

 一方、俺はというと、どこか他人事のように今の状況を観察していた。

 思い出すのは、二人の人物。

 最愛のナミアのことと、自殺したアゲハのこと。

 

 やはり、ナミアのことがある以上、どうしてもこういうことに抵抗がある。

 けど、拒絶したら、またアゲハのようことが起きてしまうんじゃないかという恐怖感がある。

 だから、この場合、俺はどうすべきなんだろう。

 

「なぁ、ユーディート。初めて会ったときのこと覚えているか……?」

「それがどうしたんですの?」

「俺には、復讐という目的がある」

「そういえば、そうでしたね」

 

 初めて彼女に会ったとき、俺は村人たちに復讐することを口にした。すると、彼女はおもしろいと言ってくれた。

 

「今の生活は、そんなに悪くないと思っているんだ」

 

 ダンジョンからでることができないという状況下ではあるものの、そこまで生活に困窮しているわけではない。

 強いて不満点をあげるとするならば、料理がまずいってことぐらいか。

 

「だから、怖くもあるんだ」

「怖い、ですか……」

「このまま今の快適な生活を続けていたら、俺の中の復讐心が消えてしまうじゃないかって」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)にひたすら殺され続けていたときは、自分の運命を呪った。

 こんな状況下に陥れた村人たちがとにかく憎かった。

 けど、今はどうだ。

 魔物を倒せる程度には強くなり、近くにはこんなかわいい女の子までいる。このまま、この生活に浸っていたら、復讐のことまで忘れてしまいそうなほど、居心地がいい。

 

「ユーディートのことは好きだよ。けど、ごめん。今は、君とは、そういう関係にはなれない」

 

 この辺りが、今の俺ができる精一杯の妥協だった。

 好きって言葉も決して嘘ではない。俺は吸血鬼ユーディートのことが好きなんだと思う。けど、前に進むには、色々決着をつけなきゃいけない。

 

「……そうですか」

 

 彼女は納得した表情を浮かべていた。

 よかった。俺のことをちゃんと理解してくれたらしい。

 

「じゃあ、続きはあなたの復讐が終わってからですわね」

 

 彼女はそう言いながら、俺に覆い被されるような体勢にして――

 

「んっ」

 

 と、キスをしてきた。

 長いキスだった。

 一分弱は唇を重ねていたと思う。

 

「あの……やめてください。我慢できなくなるじゃないですか」

「別に、わたくしとしてはこのままいたしてもかまいませんのよ」

 

 視線の先にはユーディートの谷間が見えた。

 ホント、目に悪い。

 

「そうやって、誘惑しないでください」

「つまり、わたくしの体を見て興奮なさっているってことですわね」

 

 そうやって、ユーディートは上から覆い被されるようにして体重を預けてきた。

 彼女のぬくもりやら、柔らかい部位が全身へと伝う。

 

「好きですわ、キスカ」

 

 そう言って、彼女は再び俺にキスをしてきた。

 ユーディートの目を見て、確信する。

 どうみてもスイッチが入っている目だ。

 俺にその気はなくても、彼女はそうではないらしい。

 このまま無抵抗にしてたら、確実に襲われる。

 そう判断した俺は、両手で彼女を引き剥がそうとした。

 

「やめて、くださいっ」

 

 そう言いながら。

 けど、彼女のほうが俺の何倍も力が強かった。

 だから、俺の抵抗なんて、なんの意味もなさなかった。

 

「ここを大きくさせながら言っても、説得力ありませんわよ」

 

 そう言って彼女は獰猛な笑みを浮かべる。

 瞳の形は、どうみても肉食動物のそれだ。

 駄目だ。このままだと、彼女に溺れてしまう――

 

 ザシュッ、という斬首の音が聞こえた。

 同時に、大量の血が顔面を赤く染める。

 

「ふざ、けんなっ」

 

 それは、第三者の声だった。

 

「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなッ!!」

 

 延々と続く怨嗟の声。

 一言一言に恨みがこもっている。

 

「なんで、アゲハはダメで、こいつはいいんだよッ!」

 

 そう言って叫んだ少女は、ユーディートのことを睨んでいた。

 

「アゲハ……」

 

 そう、目の前にいたのはアゲハその人だった。

 なんで、アゲハが目の前に?

 だって、彼女は封印されていて、動けないはず。

 いや、違う。

 一度、あったはずだ。俺にスキル〈セーブ&リセット〉を渡したとき、影として俺の前に姿を現した。

 今もそうだ。

 あのときよりは、輪郭ははっきりとしていて実体があるような気もあるが、しかし、どことなく朧気(おぼろげ)で亡霊と言われてたら信じてしまうそうなぐらい彼女の存在はどこか曖昧だった。

 

「キスカ、逃げくださいまし! 彼女は危険です!」

 

 ユーディートの叫び声が聞こえた。

 見ると、彼女の頭と胴体は完全に切り離され、その頭は地面を転がっていた。それでもなお、彼女の頭は喋っていた。

 流石、吸血鬼の生命力というべきなのか、首だけになっても生命を維持できるようだ。

 

「うるさいっ!」

 

 けど、それに追い打ちをかけるようにアゲハはユーディートの頭に近づき、大剣を振り下ろす。

 それも何度も振り下ろしては、ユーディートが絶命させるために頭蓋骨が粉々に砕いていく。

 気がつけば、見るも無惨な姿に変貌していた。

 

 なにもできなかった。

 あまりもの急展開に、頭の処理が追いつかない。

 俺はどうしたらいいんだ?

 

「キスカ、好きよ」

 

 彼女は俺のほうを見るとそう呟く。

 その目はどこか虚ろだ。好きという言葉とは、あまりにアンマッチな表情だ。

 

「だから、他の女とくっついたら許さないから」

「――あ?」

 

 視界が暗くなる。

 その原因が、アゲハが俺に対し刃物を投げたからだと気付いたときには、俺はすでに息絶えていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――

あとがき

 

フォロー、星いただけると幸いです。



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―32― あなた、大丈夫ですの?

「は――っ」

 

 死に戻りした際に起こる、強制的に覚醒させられる感覚。

 何度経験しても、この感覚には慣れない。

 

「どの時間まで戻った!?」

 

 そう思いながら周囲を確認する。

 後ろには鎧ノ大熊(バグベア)の死体が大量に転がっている。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 息が上がっていた。

 そのことが戦闘を終えたばかりなことを物語っていた。

 

「……嘘だろ」

 

 信じたくなかった。

 まさか、吸血鬼ユーディートと過ごしたここ数ヶ月間、全部なかったことになってしまったのだろうか。

 本当にそうなのか、確かめようとステータス画面を開く。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈キスカ〉

 

 スキル1:セーブ&リセット

 スキル2:挑発Lv1

 スキル3:なし

 スキル4:なし

 スキル5:なし

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 直前までは、五つ全部スキルで埋まっていたのに、それがなくなっている。

 

「いやだ……いやだ……っ」

 

 ここ数ヶ月間、築いてきた努力が全てなかったことになるなんて、そんなの信じたくなかった。

 

「あ、あぁ……っ」

 

 数分ほど、俺はその場で呆然としながら泣いていた。

 今まで過ごしていた時間はなんだったのだと、自問自答したくなる。

 ユーディートと過ごした時間が走馬灯のように流れていく。それが全部、無へと還したのだ。

 

「……そうだ、彼女に会いに行こう」

 

 そう呟いた俺はふらふらとした足取りで歩き出した。

 吸血鬼ユーディートに会いに行こう。

 もしかしたら、俺のことを覚えているかもしれない。

 

 

 

 

 吸血鬼ユーディートは、ダンジョンの通路の真ん中に、テーブルと椅子を並べては、ティーカップを手にしていた。

 スキルを失ってもいい。魔物を倒して蓄積したスキルポイントを失っても、まだ持ちこたえることができる。

 せめて、彼女が俺のことを覚えてくれたなら。

 

「あら、珍しいですわね。この場所に、侵入者が入ってくるなんて」 

 

 だから、彼女が俺のことを見て、そう呟いた瞬間、悟ってしまう。

 彼女は俺と過ごした数ヶ月間の生活を全て忘れてしまったんだってことに。

 

「ユーディート様、キスカです。俺のこと覚えていないんですか……?」

 

 けど、微かな望みをかけて、そう声をかけた。

 もしかしたら、名前を伝えたら、わずかでもなにか思い出してくれないだろうか。

 

「はぁ、おあいにく様、あなたのように知り合いに心当たりにはありませんわね」

 

 現実は無情にも、彼女はそう言って、首をひねるだけだった。

 

「あ……あぁ……っ」

 

 一切の望みがないとしった途端、自然と目から涙が零れてきた。

 全部やり直しなんだ、初めから。

 

「うぐ……っ、ううっ」

 

 駄目だ。心が折れそうになる。

 なにかも投げ捨ててやりたいほど、脱力感が全身を襲う。

 

「……あなた、大丈夫ですの?」

 

 見上げると、ユーディート様が立っていた。

 その目は、どこか訝しげで、それでも放っておけないから仕方なく声をかけてやろうって面持ちだった。

 

「あの、偉大たる吸血鬼ユーディート様。お願いがあります」

 

 そうだ、今までだって、何度もやり直してきたじゃないか。

 何回だって、心が折れてきた。それでも、俺は立ち上がった。

 復讐を終えるまで、俺は立ち止まることを許されないんだ。

 だから、また一からやり直そう。

 

「俺を弟子にしてください」

 

 そう言って、俺は頭を下げた。

 どんな反応するだろうか? もしかしたら、吸血鬼ユーディートは俺のことを殺すかもしれない。

 それでも、何度だってここを訪ねよう。

 

「………………」

 

 静寂が数秒ほど、続いた。

 返事が返ってこない?

 おかしいと思った俺は顔をあげる。

 

「え?」

 

 血が噴き出ていた。

 何者かが、背後から吸血鬼ユーディートの首を刃物で切り落としていた。

 ユーディートの体が横に倒れると、背後から人影が現れる。

 そこに立っていたのはアゲハだった。

 

「他の女とくっついたら許さない」

 

 彼女はそう呟くと、俺に対して、刃物を振るった。

 すでに俺は、事切れていた。

 

 

 

 

「くそっ」

 

 死に戻りした俺はそう毒づく。

 俺はどうしたら、よかったんだ……?

『他の女とくっついたら許さない』ってなんだよ。意味がわかんねぇ。

 

「わかったよ、一人でこのダンジョンを抜けてやる」

 

 目的を失うな、キスカ。

 俺の目的は、このダンジョンを突破して、村人たちに復讐を完遂することだ。

 吸血鬼ユーディートはそのための手段の一つに過ぎない。

 今の俺なら、吸血鬼ユーディートの力を借りずとも、一人でこのダンジョンを抜けることができるはずだ。

 だから、今は前を進むことだけを考えよう。

 

 



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―33― 君に従うことにするよ

 吸血鬼ユーディートと過ごした時間は濃厚だった。

 彼女から教わったことは数え切れないほどある。

 ダンジョンのおおまかな構造、隠れ家の場所、隠し通路や隠し部屋の場所、そして、スキルを入手できる宝箱の場所。

 他にも、剣を使った戦い方。

 最も大きいのが、寄生剣傀儡回(くぐつまわし)の制御の仕方。

 ユーディートと築いてきた関係はなくなったが、教えてもらった知識がなくなるわけではない。

 

 早速俺は、傀儡回(くぐつまわし)が置いてある場所まで繋がっている転移陣を使う。

 

「確か、柄を握ってはいけないんだったな」

 

 柄を握ると体を乗っ取られてしまうため、剣先を握る。

 その上で、剣先から喉の奥につっこむ――。

 体の中に傀儡回(くぐつまわし)をいれた途端、俺の意識は途切れる。そうだ、前回もこんな感じだった。

 

 

 

 

 目を開けると、そこは異界の空間が広がっていた。

 確か、深層世界というんだったか。

 

「やぁ、初めましてかな? ふむ、なぜだろう? 君とはどこかで会った気がするな」

 

 見ると、目の前には傀儡回(くぐつまわし)が立っていた。

 傀儡回(くぐつまわし)の見た目は、ぼやけた暗闇に目や耳、口といった体のパーツが無作為についているという、なんとも奇妙なものだ。

 

「頼みがある。俺に力を貸してくれ」

 

 確か、前回はこうやって頼むとあっさりと承諾してくれた覚えがある。

 

「ふむ、どうしようかな……?」

 

 だから、傀儡回(くぐつまわし)が悩んだ素振りをした瞬間、動揺を覚えた。

 

「なにが問題なんだ?」

「いやね、俺様にも目的ってのがあって、君に従えば、その目的を果たせるのか考えていたのさ」

「その目的ってのはなんだ?」

「人間になること」

 

 傀儡回(くぐつまわし)はそう断言する。

 

「俺様が人に寄生するのは、その人の体を奪うことで人間になれるんじゃないかと、考えているからなんだよね」

「じゃあ、俺に制御されたら人間になることができないのか?」

「んー、どうだろ? そもそも、今までたくさんの人間に寄生してきたけど、人間になれたためしはないからね。案外、君に支配されたほうが、人間に近づけるかもしれない」

「じゃあ、俺の物になるってことでいいか?」

「あぁ、いいよ。君には、なにか運命的なものを感じる」

 

 意外にも素直に言うことを聞いてくれそうだな。

 

「君に従うことにするよ」

 

 傀儡回がそう告げた瞬間、深層世界が崩れていき、気がつけば、さっきまでいたダンジョンの通路に足を下ろしていた。

 

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル〈寄生剣傀儡回(くぐつまわし)(あるじ)〉を獲得しました。

 派生スキル〈黒の太刀〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 というメッセージウィンドウが表示される。

 これで無事、寄生剣傀儡回を操れるようになった。

 

 

 

 

 それから、俺は二つのスキルを入手すべく動いた。

 ユーディートと共に行動していたとき、遭遇する魔物はユーディートが倒してくれたが、今回は俺一人で行動する必要がある。

 極力魔物とは戦わないように慎重に、それでも戦う必要があるときは〈黒の太刀〉を使って、魔物の討伐をする。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 魔物の討伐を確認しました。

 スキルポイントを獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

「ふぅ」

 

 魔物の討伐できた俺は、一息する。

 Lv3の〈剣術〉スキルがあったときは、もっと楽に倒せたんだがな。

 とはいえ、剣の扱い方といった経験はちゃんと活かすことができている。だから、今までの特訓が全て無駄ってわけではない。

 

 それから、俺は宝箱のある隠し部屋へと突き進んだ。

 確か、ここの壁を押すと、隠し通路が出現するはずだ。

 

 目論見通り、一見なんの変哲もない壁が開いて、通路が出現した。

 そのまっすぐ進むと、宝箱が置いてある。

 宝箱を開けると、〈知恵の結晶〉が手に入り、そして、入手可能なスキル一覧が表示される。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル〈剣術〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 前回同様、〈剣術〉スキルを獲得する。

 

「よしっ、次は〈英明の結晶〉だな」

 

〈英明の結晶〉は、ランダムで一つのスキルが手に入るというもの。

 前回はこのアイテムで〈属性付与〉を入手したんだ。

 

 けど、結局、〈属性付与〉を使う機会はなかったんだよな。

 って、考えたら、今すぐではなく、後回しでもいいのかもしれない。

〈英明の結晶〉が入っている宝箱はボスのいる部屋の手前の部屋にある。だから、取りに行くのに時間と危険が伴う。

 無理して、取りに行く必要もないだろう。

 

 それよりも、〈剣術〉スキルのレベルをあげることに専念しよう、と今後の方針を固めた。

 

 



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―34― 喋れたのか……?

 それから、ダンジョン内で一人による特訓が始まった。

 一人で行動するようになってから、いくつか気をつけなくてはいけないことがあった。

 まずは、吸血鬼ユーディートと出会ってはいけない。

 親密になっていない今の状態で出会うと、殺される可能性がある。仮に、うまくやり過ごしてユーディートと仲良くなったとしても、今度はアゲハの亡霊が襲ってくる可能性がある。

 どっちにしろ、そうなったら詰むため、出会わないことが最善。

 だから、ユーディートとは出会わないように気をつけながら、隠れ家を利用したり、魔物の討伐をひたすら行なう必要がある。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキルポイントが使用されました。

 レベルアップに必要な条件を達成しました。

 スキル〈剣術〉はレベルアップしました。

 剣術Lv1 ▶ 剣術Lv2

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 特訓を始めて半日、早速〈剣術〉スキルをレベル2にあげることに成功していた。

 

「効率が悪いな……」

 

 ボソリ、と呟く。

 このダンジョンのボスは吸血鬼ユーディートでも倒せないほど、強力らしい。

 ということは、最低限吸血鬼ユーディートよりも強くならないと、ボスを倒すことはできないってことだ。

 だったら、このペースでは駄目だ。

 このペースでレベル上げをしていたら、いつまで経っても、このダンジョンのボスを倒せるようになるまで強くなれない気がする。

 

 もっと効率よくスキルポイントを稼ぐ手段を編み出す必要がある。

 

『なにか、お困りのようだね』

「あ?」

 

 突然の呼びかけに驚く。

 慌てて周囲を見回すが、誰も存在しない。

 

『ご主人、俺様はここだぜ』

 

 声が聞こえたのは、手にしていた〈黒の太刀〉からだ。

〈黒の太刀〉は寄生剣傀儡回の形態の一つ。つまり、傀儡回が喋っていることになる。

 

「お前、喋れたのか……?」

 

 今まで、傀儡回を使っていて、こうして話しかけられたことはなかったため、正直驚く。

 

『んー、俺様もちょっと驚きかな? 喋ることができるようになるには、もう少し時間がかかると思っていたけど……。よほど、ご主人の魂と相性がいいのかもな』

「なるほど、そうなのか」  

 

 俺の魂と相性がいいから喋ることができるようになったか。

 傀儡回の主張とは別に、もう一つの可能性に俺は行き当たった。もしかしたら、今まで散々、傀儡回を使ってきたのがどこかに蓄積されていて、結果こうして喋ることができるようになったのかもしれない。

 

『それで、ご主人、一体なにに困っているんだい?』

 

 傀儡回が喋ることができるようになった原因に関して、今考えても仕方がないので、それよりも、今直面している問題に思考を向ける。

 

「そのだな……もっと、スキルポイントを効率よく稼ぎたいんだが。なにか、いい方法がないかな?」

『あぁ、それなら、効率よくスキルポイントを稼げる隠し部屋の場所を俺様、知っているぜ』

「ほ、本当か!?」

 

 そんな隠し部屋の存在、吸血鬼ユーディートも口にしたことがなかった。

 

『ひとまず、場所まで案内するから、俺様の指示に従ってくれよ、ご主人』

 

 それから、傀儡回の案内のもと、俺はダンジョン内を歩いた。

 スキルポイントを効率よく稼げる場所というのは、吸血鬼ユーディートが根城にしている場所より、上の階層にあるようだった。

 

『確か、この辺りの壁に手を当てると隠し部屋が出現すると思ったんだけどなー』

 

 ということなので、近辺の壁を闇雲に触っていく。

 ガチ、とスイッチのようなものを押した感触が手に伝わる。

 すると、音を立てながら隠し部屋まで繋がっているであろう扉が出現した。

 

「なんで、こんな場所を知っていたんだ?」

『あー、前のご主人が偶然みつけたんだよ』

 

 なるほど、それなら納得できる。

 にしても、吸血鬼ユーディートも知らないであろう隠し部屋がまだあったとはな。

 

『ご主人、一応忠告しておくぜ。俺様、この部屋にどんな魔物が待ち構えているのか知っているんだけど、正直、今のご主人では絶対に殺されるよ』

「そうか、忠告ありがとう」

 

 そう言いながら、俺は隠し通路へと入っていく。

 

『意外だね。一切躊躇しないで、中に入るなんて』

「まぁ、殺されることには慣れてるんだよ」

『あははっ、つまんないジョークだね』

「そうかもな」

 

 そう言いつつ、俺は密かに誓っていた。

 何回死んででも、この隠し部屋に潜んでいる魔物を倒してやろう、と。

 

 



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―35― やるじゃないか! ご主人っ!

 隠し通路を歩いて行くと、一見なにもない開けた部屋に辿り着く。

 ゴゴゴッ、という音が鳴って振り向くと、さっき通った入り口が塞がっていく。

 どうやら閉じ込められたらしい。

 

『ご主人、来るぜ!』

 

 傀儡回(くぐつまわし)が叫ぶ。

 すると、地上に複数の転移陣が出現する。

 

「「クゴォオオオオオオオオッッッ!!」」

「ご主人、これがスキルポイントを大量に稼ぐことができる金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)ですぜ!」

 

 見ると、大量の金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)で部屋が埋め尽くされる。

 ざっと数えて20体はいるだろうか。

 確か、普通の無人鎧(リビングアーマー)はA級難度の魔物で、過去に散々苦戦した鎧ノ大熊(バグベア)より少し強い魔物とされている。

 ってことを踏まえると、金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)は通常の無人鎧(リビングアーマー)よりも強い魔物と考えるのが無難だろうか。

 金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)はその手に金色に輝く片手剣を握っている。だから、慎重に戦う必要がありそうだ。

 

「〈黒の太刀〉」

 

 そう叫んで、太刀と化した傀儡回を手に握る。

 その上で、金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)の集団へと飛び込む――。

 

 金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)の斬撃を直前でかわす。

 

「おい、よく見て攻撃をしろよ」

 

 そう口にして、〈挑発〉を使う。

 すると、金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)が果敢に飛びかかってくる。

 それを躱す。

 ガシャッ、と金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)が別の金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)に攻撃する同士討ちが発生した。

 

『やるじゃないか! ご主人っ!』

 

 傀儡回が賞賛を送る。

 

「こう見えて、対集団戦は自信があるんだよ」

 

 いつしかの多数の鎧ノ大熊(バグベア)相手に戦った経験がこんなところで活かせるとはな。

 

「おい、雑魚共。どこからでも、かかってこいや」

 

 多数の金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)相手に、〈挑発〉を使う。

 

「それじゃあ、始めようか。雑魚狩りを」

 

 そう力んだ数十秒後、背後から刺されて死んだ。

 まぁ、一回目で成功するとは思っていなかったので、別にいいんだけどさ。

 

 

 

 

 金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)に殺された俺が、死に戻りして目覚めるタイミングは鎧ノ大熊(バグベア)戦を終えたところに変わりなかった。

 その段階では、寄生剣傀儡回を入手していないので、再び手に入れるために行動する必要があった。

 

『いいよ、俺様は主人に従うぜ』

 

 傀儡回は毎回、素直に俺の言うことを聞いてくれたので、この点において苦労することはなかった。

 そして、まずは〈知恵の結晶〉の入っている宝箱を回収して、スキル〈剣術〉を獲得する。

 そして、スキル〈剣術〉をレベル1からレベル2にあげておく。

 魔物を3体倒せば、レベル2になるのに必要なスキルポイントが貯まるのはわかっていた。

 数時間もあれば、3体倒すことができるため、さっさとやってしまう。

 と、ここまでが隠し部屋に入るまでに終わらせておく準備だ。

 

『おいおい、ここに隠し通路があるの知っているなんて、ご主人随分と物知りじゃねぇか』

「まぁな」

 

 隠し通路を開けた途端、傀儡回(くぐつまわし)がそう言ったので頷く。

 

傀儡回(くぐつまわし)頼むぞ」

『おう、任せておけ』

 

 俺たちは金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)が多数いる部屋に挑んでは、また死んだ。

 

 



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―36― 思った以上に人っぽい

 今まで、俺は何回死んだのだろうか?

 正直、ちゃんと数えてはいないため覚えていないが、朧気な記憶をたどるに金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)戦を始める前までの死亡回数は、累計で540回ってところじゃないかと思う。

 寄生剣傀儡回(くぐつまわし)と共に、金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)の攻略を始めたから、もう9回は死んでいる。

 

 だから、累計死亡回数はおよそ549回。

 つまり、今回は試行回数550回目ということになる。

 

傀儡回(くぐつまわし)、俺に力を貸してくれ」

 

 もう何度目となる交渉だった。

 

「あぁ、いいぜ、ご主人」

 

 と、傀儡回(くぐつまわし)は快活そうに了承してくれる。

 

「ん? どうかしたのか、ご主人」

 

 ふと、気になることがあったので、考え事をしていると、傀儡回が不思議そうに眺めていた。

 

「ん……いや、思った以上に人っぽいと思ってな」

 

 最初みたとき傀儡回は人とは似ても似つかしくない見た目をしていたが、今はどうだろう。影が人の輪郭を模しているような見た目になっている。

 そう、会う度に傀儡回は人の見た目に近づいている気がする。

 

「んー、俺様、元々こんな姿じゃなかったんだけどな。急に、姿が変わり始めたんだよ」

 

 傀儡回も異変に気付いてはいたようで不思議そうにしていた。

 どういうことだろう?

〈セーブ&リセット〉は時間がリセット、つまり、なにもかもが巻き戻るスキルのはずだ。

 しかし、傀儡回は会う度に人に近づいてきている。これは、時間がまき戻ることと矛盾している。

 もしかして、傀儡回の成長だけ〈セーブ&リセット〉の巻き戻しから逃れることができているとか……?

 これ以上、考えても仕方が無いか。

 

「人間に近づくことが目標なんだろ? だったら、いいことじゃないか」

「主人! 俺様の夢を、なんでわかったんだ!?」

「俺はその人を見るだけで、そいつの野望がわかるんだよ」

「おーっ、よくわかんないけど、なんかすごいな!」

 

 本当は以前、聞いたから知っているだけなんだけど。

 

 

 

 

『主人も、この隠し部屋の存在を知っていたなんて奇遇だなー』

「まるで、お前も知っていたかのような言い回しだな」

『まぁね。こう見えて、俺様物知りなんだぜ』

「それは頼りになるな」

『物知りついでに、一つ忠告。今のご主人様なら、この部屋に入った途端死ぬよ』

「残念ながら、そのことも俺は知っているんだよ」

『ふーん、自殺願望があるなんて、ご主人変わってんなー』

 

 傀儡回と軽口を叩きながら、俺は隠し部屋に入る。

 すると、総勢20体いる金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)が出現した。

 

「〈黒の太刀〉」

 

 途端、右手に黒い刀剣が姿を現す。

 冷静に考えてみれば、10体の鎧ノ大熊(バグベア)相手に戦っていたときのほうが辛い戦いを強いられていたことがわかる。

 あのときは、武器も無ければ、まともなスキルも持っていなかった。

 あの難局を乗り越えられた自分なら、目の前の敵ぐらい屠れないとおかしい。

 

「おい、雑魚どもかかってこい」

 

 金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)全体に〈挑発〉を使う。

 すると、誰もが果敢に襲いかかってくる。

 すでに、何度も見てきた光景だ。

 

 3秒後、右にステップすれば、攻撃をかわせる。その後、体反転させながら、剣を真上から振りおろす。

 すると、同士討ちしていた金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)に追い打ちを与えることができる。

 うん、全部予測通りだ。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 魔物の討伐を確認しました。

 スキルポイントを獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 まずは、一体。

 

『おー、すげぇな、ご主人! まるで、敵の動きを知っているみたいな動きだな!』

「本当に知っているんだよ」

『まさか、ご主人、予知能力の持ち主だったのか!?』

 

 傀儡回との会話もほどほどに、魔物を倒すべく俺は動き出す。

 

「おい、お前ら、なにびびってんだよ。標的はちゃんと、ここにいるんだぜ」

 

 戦いはまだ、始まったばかりだ。

 

 



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―37― 派生スキルを獲得しました

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 魔物の討伐を確認しました。

 スキルポイントを獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 2体目の金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)を倒したばかりだった。

 

『危ないっ!』

 

 傀儡回の叫び声が聞こえるより前に、俺はしゃがんでいた。

 ヒュンッ、とさっきまでいたところに金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)が剣を横に薙ぐように振り回していた。

 すかさず、俺は右足を軸に回転させる。

 すると、金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)は転倒した。

 

「死ね」

 

 転倒した金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)に覆い被されるように、剣を突き刺した。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 魔物の討伐を確認しました。

 スキルポイントを獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 よしっ、三体目の討伐に成功した。

 俺はすかさず、真後ろへとステップする。4秒後に、左手から攻撃が来るため、右にステップしてかわしながら、俺は急いでステータス画面を開く。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 所持スキルポイント:312

 

〈挑発Lv1〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:10

 

〈剣術Lv2〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:300

 

〈寄生剣傀儡回(くぐつまわし)(あるじ)Lv1〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:70

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 うん、たった三体倒しただけで、〈剣術〉をレベル3まであげることができるな。

 吸血鬼ユーディートと共に、レベル上げに勤しんでいたとき、剣術をレベル3にあげるまで、一ヶ月以上かかったことを考えたら、あまりにも効率がいいことがわかるだろう。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキルポイントが使用されました。

 レベルアップに必要な条件を達成しました。

 スキル〈剣術〉はレベルアップしました。

 剣術Lv2 ▶ 剣術Lv3

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 攻撃に気をつけながら、レベル3にあげる。

 

『なぁ、ご主人、〈剣術〉のレベルをあげるのもいいが、俺様としては〈寄生剣傀儡回(くぐつまわし)(あるじ)〉のレベルをあげてほしいぜ』

「次、スキルポイントが貯まったらあげてやるよ」

 

 そういえば、〈寄生剣傀儡回の主〉をレベル2にしたことは今んとこ一度も無いな。

 レベル2にすれば、派生スキルが手に入るみたいだから、どんなスキルが手に入るのか正直楽しみだな。

 

〈剣術〉がレベル3になったことで、動きがより洗練されていく。

 確か、この後は跳躍しながら、真下に剣先に向ければ、倒せるんだったかな。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 魔物の討伐を確認しました。

 スキルポイントを獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 四体目の討伐。

 四体倒せたのは、今回が始めてだ。

 すかさず、ステータス画面を開き、今度は〈寄生剣傀儡回の主〉のレベルを2にあげる。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキルポイントが使用されました。

 レベルアップに必要な条件を達成しました。

 スキル〈寄生剣傀儡回の主〉はレベルアップしました。

 寄生剣傀儡回の主Lv1 ▶ 寄生剣傀儡回の主Lv2

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

『うひゃーっ、なんか力がみなぎるー!』

 

 傀儡回が叫ぶ。

 それと同時に、手に持っていた刀剣から光が漏れる。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 派生スキル〈脈動する大剣〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

〈脈動する大剣〉? なんだ、それ……?

 ひとまず、使わない理由もないか、と思いスキルを発動させる。

 

「〈脈動する大剣〉」

 

 そう口にした途端、〈黒い太刀〉が姿を変えた。

 それはあまりにも不気味な見た目をした大剣だった。

 大剣のあちこちから影のようなの腕が生えては、俺の腕を掴んでくるのだ。

 

「重っ」

 

 めちゃくちゃ重く、持ち上げることすらままならない。

 こんな重い大剣を振り回して戦うとか無理だろ。

 

「〈黒い太刀〉に戻ってくれ」

 

 すかさず傀儡回にそう指示をだす。

 

『いやいや、ご主人! 今の俺には固有能力があるんだよ!』

「固有能力だと……?」

 

 それから傀儡回から固有能力について説明を聞く。

 

「なるほど、確かに悪くない能力だな」

 

 それじゃあ、レベル2にあがった傀儡回で第二ラウンドといこうか。

 

 



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―38― いっただきまーす

 金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)一体を倒した際に入手できるスキルポイントは、通常の魔物に比べて10倍もの差がある。

 つまり、この隠し部屋では、俺は10倍の速度で成長することができるということだ。

 

 ガシャッガシャッ、金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)たちは駆動音を鳴らしたながら、俺に接近してくる。

 

傀儡回(くぐつまわし)、頼むぞ」

『もちろんっ!』

 

 傀儡回が甲高い声で返事をする。

 

傀儡式剣技(くぐつしきけんぎ)疾駆龍突(しっくりゅうとつ)

 

〈脈動する大剣〉の固有能力、それは〈自律機能〉というもの。

〈脈動する大剣〉自身が、俺をひっぱるように動いてくれるのだ。おかげで、振り回すのさえ困難なほどに重たくとも、剣自身が動いてくれることで苦労せず戦うことが出来る。

 思えば、別の時間軸にて傀儡回に乗っ取られていたとき、散々俺の体を勝手に引っ張っていた。ってことを考えると、この固有能力を手にするのは当然のように思える。

 

 疾駆龍突(しっくりゅうとつ)は前方へと勢いよく、突撃する攻撃。

 進行方向にいた金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)は真っ二つに斬られては絶命した。

 

『やるなぁ、ご主人』

「あぁ、お前のほうこそ」

 

 悪くない感触だ。

 この力なら、もしかしたら勝てるかもしれない。

 

「クゴォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」

 

 刹那、聞いたことがない雄叫びが聞こえた。

 

『出た。これが、この部屋の本命だよ、ご主人』

 

 傀儡回がそう呟く。

 前方には、見たことがない魔物がいた。

 転移陣を使って、新しく出現した魔物に違いない。

 

駆動騎士(リビングナイト)、難易度SS級の魔物だ』

 

 それは馬に騎乗した一際大きな甲冑を身につけた魔物だった。手には、それまた巨大な槍を持っている。

 どうやら、この駆動騎士(リビングナイト)がこの部屋のボスってことなんだろう。

 

「倒せるのか?」

『それは、ご主人次第じゃないかな?』

 

 傀儡回の回答に、それもそうか、と頷く。

 そして、〈脈動する大剣〉の柄を強く握りしめる。

 

「傀儡式剣技、風切鎌(かざきりかま)

 

〈脈動する大剣〉を横に薙ぎ払いして、目の前の金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)を多数撃破する。

 

『ご主人、後ろから敵が』

「あぁ!」

 

 周囲の状況を把握できるらしい傀儡回が状況を伝えてくれた。

 それに呼応するように、大剣を振り回す。

 それから金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)との、激しい戦いが続いた。

 レベル2になった傀儡回の力と、レベル3の〈剣術〉スキル、そして、俺自身の魔物の動き読む能力が合わされば、倒せない敵なんていないんじゃないかと思えてしまうほど、順調に魔物たちを倒していく。

 

「あとは、お前だけだな」

 

 目の前には、金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)の無数の死骸が転がっている。

 さらに、その奥、この部屋のボス、駆動騎士(リビングナイト)が立ち塞がっていた。

 だから俺は高く跳躍して、〈脈動する大剣〉を高く振り上げる。

 

「傀儡式剣技、大車輪斬(だいしゃりんざん)!」

 

 空中で一回転させながら、その勢いを利用して、地面へと叩きつける。

 グシャッ、と駆動騎士(リビングナイト)がひゃげるように潰れた。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 魔物の討伐を確認しました。

 スキルポイントを獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 というメッセージに気がつく。

 

「倒したのか……」

 

 あっけなく倒せてしまったことに逆に困惑してしまう。

 

『やったな! ご主人!! なぁ、これなら、もしかして俺様をレベル3にさせるだけのスキルポイントが貯まったんじゃなんいのか!?』

「ん、それもそうだな……」

 

 傀儡回の言葉で現実に戻された俺はスキルポイントを確認しようとステータス画面を開く。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 所持スキルポイント:1320

 

〈挑発Lv1〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:10

 

〈剣術Lv3〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:3000

 

〈寄生剣傀儡回(くぐつまわし)(あるじ)Lv2〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:700

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

〈寄生剣傀儡回の主〉がレベル3になるのに必要なポイントは十分足りているな。

 出し惜しみする必要もないので、早速レベルを上げてしまう。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキルポイントが使用されました。

 レベルアップに必要な条件を達成しました。

 スキルは〈寄生剣傀儡回の主〉レベルアップしました。

 寄生剣傀儡回の主Lv2 ▶ 寄生剣傀儡回の主Lv3

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

「うおーっ、これでさらに進化できるようになるぜーっ!!」

 

〈脈動する大剣〉がさらに光を放ち始めた。

 そうか、レベル2になったときは〈脈動する大剣〉という派生スキルを獲得した。

 ということは、レベル3になった今も新しいスキルが手に入るということか。

 一体どんな派生スキルが手に入るか楽しみだ。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 派生スキル〈残忍な捕食者(プレデター)〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

残忍な捕食者(プレデター)〉? どういうスキルか言葉だけではいまいち想像できない。

 

『これよ、これ! この姿が俺様がもとめていたもんなんだ!』

 

 そう叫びながら傀儡回は姿を変えようとした。

 大剣の姿から段々と大きくなり、見た目もさらにゴツくなっていく。

 

「なんだ、その姿は……?」

 

 俺は不思議に思っていた。

 だって、レベル3になった傀儡回は武器と呼ぶには、あまりにも相応しくない見た目をしていたからだ。

 大きな顎を持った巨大な生き物。

 というのが、最も適した説明だろうか?

 しかし、生き物という表現にもひっかかりを覚える。

 それは、手足もなければ、胴体もなく、目や鼻もない。大顎しか、生き物らしい特徴を持っていなかった。

 でから、生き物と呼ぶにはあまりに不完全な気がする

 まるで、食べることだけを目的として作られた存在のような……。

 あぁ、だから、捕食者なのか。

 目の前の存在が〈残忍な捕食者(プレデター)〉という名を持つことを思い出す。

 

「なぁ、傀儡回。その姿で、一体なにができるんだ?」

「それはもちろん食べることだよ」

 

 傀儡回は巨大な顎を動かして、そうしゃべった。

 まぁ、食べることを目的としていることは予想通りではあるんだが。しかし、これを使って、どうやって戦うのか、全く想像つかない。

 

「では、いっただきまーす」

 

 ふと、傀儡回がそう口にする。

 

「おい、なにを言って――」

 

 言葉を最後まで告げることができなかった。

 だって、俺の体はたった今、〈残忍な捕食者(プレデター)〉によって食べられてしまったのだから。

残忍な捕食者(プレデター)〉の巨大な顎が、俺の体を粉々にかみ砕く。

 

「ありがとう、ご主人。これで、やっと人間になれるよ」

 

 その言葉を聞こえたときには、俺の意識はすでに消え失せていた。

 

 



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―39― 手に入れる必要がないよな

「……あ?」

 

 目が覚める。

 どうやって死んだんだっけ?

 あぁ、そうだ、傀儡回に食べられてしまったんだ。そのことを思い出して、なんともやるせない虚脱感が全身を襲う。

 俺はどうすればよかったんだ……?

 このダンジョンを脱するために、そして、復讐を果たすために、俺は今よりもずっと強くならなくてはいけない。

 

「別に傀儡回を手に入れる必要がないよな」

 

 傀儡回は俺が強くなるための手段の1つに過ぎない。

 なのに、その果てが傀儡回に食べられるんじゃ意味がない。

 だったら、傀儡回を使わないで強くなる方法を探すべきなんだろう。

 

 そう決意した俺は動き出す。

 まず、〈知恵の結晶〉が置いてある隠し部屋まで行く。

 途中、数多いる魔物たちに見つかってはいけない。もし、見つかったら、今の俺ではあっけなく殺されるだろう。

 とはいえ、何度もこの動きを繰り返しているおかげで、スムーズに事を運ぶことができた。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 以下のスキルから、獲得したいスキルを『1つ』選択してください。

 

 Sランク

〈アイテムボックス〉〈回復力強化〉〈魔力回復力強化〉〈威圧〉〈見切り〉〈予知〉

 

 Aランク

〈治癒魔術〉〈火系統魔術〉〈水系統魔術〉〈風系統魔術〉〈土系統魔術〉〈雷系統魔術〉〈錬金術〉〈呪術〉〈念話〉〈強化魔術〉

 

 Bランク

〈剣術〉〈弓術〉〈斧術〉〈槍術〉〈体術〉〈棒術〉

 

 Cランク

〈身体強化〉〈気配察知〉〈魔力生成〉〈火耐性〉〈水耐性〉〈風耐性〉〈土耐性〉〈切れ味強化〉〈命中率強化〉〈回避率強化〉〈暗視〉

 

 Dランク

〈鑑定〉〈筋力強化〉〈耐久力強化〉〈敏捷強化〉〈体力強化〉

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

〈知恵の結晶〉を使用すると、出現するスキルの一覧を見る。

 いつもながら〈剣術〉を選ぼうとして、

 

「ん、待てよ。本当に〈剣術〉を選ぶべきなのか?」

 

 指をとめていた。

 毎回〈剣術〉を選んでいたのは、寄生剣傀儡回(くぐつまわし)の存在があったからだ。

 傀儡回を使って戦う以上、それと相性のいい〈剣術〉を選ぶのは必然だった。

 だが、今回俺は傀儡回を手に入れるつもりがない。

 ってなると、剣を用いないで戦うことになる。そうなると、獲物を持っていない状態と相性がいい〈体術〉を選ぶべきだよな。

 だって、傀儡回以外に武器を手に入れる当てはない――

 

「いや、よく思い返せば、武器を手に入るチャンスなんて、たくさんあるじゃないか」

 

 というわけで俺は〈剣術〉を選んだ。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル〈剣術〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 いつもなら、この後は、傀儡回を回収し、魔物を何体か倒して〈剣術〉をレベル2にあげる。

 けど、今回は傀儡回を回収しない。そして、傀儡回を持っていない状態で魔物を倒すのは厳しいため、〈剣術〉をレベル2にあげることも諦める。

 

 だから、〈剣術〉がレベル1の状態で、金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)のいる隠し部屋へと向かった。

 

 

「おい、雑魚共かかってこい!」

 

 金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)たちに〈挑発〉を使う。

 そして、うまく攻撃をかわすことで同士討ちを発生させる。

 ガシャンッ、一体の金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)が別の金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)に剣を強く叩きつけていた。

 叩きつけられた金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)のその場で転倒して、起き上がるのに苦戦した。

 その隙に、その金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)から剣を奪う。

 

「よく考えれば、こいつらから剣をいくらでも調達できるんだよな」

 

 剣の調達方法。それは、金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)から奪うことだった。

 剣さえ、装備することができれば、スキル〈剣術〉が発動することで、断然戦いやすくなる。

 と、このときの俺は考えていた。

 

「やっぱ、戦いづらいッ!!」

 

 ある程度、こうなることは予想できたとはいえ、ここまで苦戦させられるか。

 傀儡回と金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)の剣では、圧倒的に傀儡回のほうが強力だ。

 とはいえ、弱音を吐いても仕方がない。

 傀儡回を使えないとわかった今、この剣で戦うしかないのだから。

 そう力んだ次の瞬間――

 

「あっ」

 

 後ろから背中を切り裂かれていた。

 痛みを感じると同時、意識を失っていた。

 

 

 

 

 試行回数およそ560回目。

 俺は何度も傀儡回を使わないで、金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)たちのいる部屋を突破しようと挑戦した。

 

「……無理だろ」

 

 そして、何度目かとなる死を迎えて、とうとう俺は音を上げていた。

 金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)を5体までなら、なんとか倒すことができた。

 けど、このやり方では、20体いる金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)駆動騎士(リビングナイト)を全て倒せる見通しが正直つかない。

 

「やっぱり、傀儡回を使うしかないのか……」

 

 けど、使った結果食べられるんじゃ、意味がない……。

 いや、待てよ。

 傀儡回に食べられたのは、レベル3まであげて派生スキル〈残忍な捕食者(プレデター)〉を獲得したことによって、巨大な顎の化物へと変貌したからだ。

 

「だったら、あえてレベル2で打ち止めにしたら?」

 

 スキルポイントを割り振るのは、俺の意思によって行われる。

 ならば、レベル3にあげないという選択を選べばいい。

 そもそも、レベル2の傀儡回の派生スキル〈脈動する大剣〉は非常に有用だ。レベル2の状態でも十分すぎるほどの戦力に違いない。

 だから、わざわざ危険なレベル3にあげる必要がない。

 

「試してみるか……」

 

 そう決意した俺は、寄生剣傀儡回が置いてある場所へと向かうのだった。

 

 



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―40― 嫌だね、上から目線で高説たれるのは

 寄生剣傀儡回(かいらいまわし)を飲み込んでは深層世界へと旅立つ。

 

「やぁ、俺様になんの用かい?」 

 

 人を模した影に体のパーツが無造作についている、何度見ても不可解な見た目をしている傀儡回がそう言って、俺のことを出迎えてくれる。

 

「俺の力になってくれ」

『あぁ、いいよ。君の力になろうじゃないか』

 

 と、傀儡回はあっさりと快諾する。

 まぁ、内心はどう思っているのかわからないが。いつでも、俺を食らおうと隙でも伺っているんだろうか。

 

 それからは、何回も繰り返してきた工程をなぞるように繰り返していく。

 隠し部屋にある〈知恵の結晶〉を手に入れて〈剣術〉を獲得して、魔物を数体倒して、〈剣術〉をレベル2にあげておく。

 全てがスムーズに事が運んだと思う。

 

『おぉ、ここに隠し部屋があるの知っているのか、ご主人』

「まぁな」

 

 何度もやったやりとりをしつつ金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)のいる隠し部屋に向かう。

 それからは淡々と金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)を討伐していく。

 スキルポイントが貯まり次第、〈寄生剣傀儡回の主〉をレベル2にあげ、派生スキル〈脈動する大剣〉を解放する。

 

『いやぁ、すごいね、ご主人! まさか、全てを倒してしまうなんて、俺様驚きだぜ!』

 

 無心になって〈脈動する大剣〉を振るっていたら、いつの間にかすべての魔物を討伐していたらしい。

 やはり、傀儡回が強力だってことを認めざるを得ないな。

 

『なぁ、なぁ、ご主人! 残っているスキルポイントで俺様をレベル3にしてくれよ!』

「断る」

 

 すかさず突破抜ける。

 

『なんでだよ。俺様、レベル3になれば、さらに強力になるぜ! ご主人にもっと役に立つことができるようになるぞ』

 

 このまま無視し続けてもいいが、それも面倒だな。だから、言ってしまうか。

 

「バレてないと思っているみたいだが、とっくにこっちは気がついてんだよ。お前、レベル3になった途端、俺を食べるつもりなんだろ」

 

 そう口にしした途端、傀儡回はなにか考え事を始めたのか沈黙で返してきた。

 ともかく、傀儡回をレベル3にさえしなければ、このまま戦闘で役に立つはずだ。

 そう思って、〈脈動する大剣〉を引きずりながら、部屋の外に出ようとした途端。

 

『ちっ、なんで全部バレてるんだよ。めんどくせーな』

 

 本性を現したとばかりに傀儡回は乱暴な言葉を使う。

 

「もう少し、取り繕ったらどうだ」

『うざっ。嫌だね、上から目線で高説たれるのは』

 

 不満そうに傀儡回が文句を言う。

「あははっ、ざまぁみろ」と、言いかけて口をつむぐ。こっちまで口悪くなる必要もなかった。

 

『なぁ、ご主人』

「なんだよ」

『今、どんな気持ちー?』

「なんだよ、改まって」

『いやさ、なんとなく気になってさー。もしかして、俺様を出し抜いたと思って、さぞ上機嫌な気分に浸っているのかなー、って』

「まぁ、否定はしないな」

『んじゃあ、今から絶望させてあげるね』

「なにを言って――」

 

 直後、異変が起こった。

〈脈動する大剣〉が勝手に動き出しのだ。

 大剣を掴んでいる俺の腕ごと勝手に動かす。気がつけば剣先が首に当たるような体勢にさせられていた。

 抵抗できない……。

 必死に腕を動かして、剣先を首から離そうとするが、傀儡回のほうがずっと力が強く、全く抵抗できそうにない。

 そういえば、この剣の固有能力が〈自律機能〉だったことを思い出す。

 嫌な汗が頬を伝う。息も荒い。

 その気になれば、傀儡回はいつでも俺の首をはねることができるんだ。

 生殺与奪の権利を他人に握られるのが、こうも気分が悪いとはな。

 

『それで、今、どんな気分?」

 

 なにがしたいのか、傀儡回はそんなことを聞いてきた。

 

「最悪な気分だよ」

『あはっ、そうか。せっかくだし選ばせてあげるよ。今死ぬか、後で死ぬか、どっちがいい?』

 

 今を死ぬを選べば、ここで首をはねられる。

 後で死ぬを選べば、〈残忍な捕食者(プレデター)〉に食べられるんだろう。

 

「……交渉をしないか?」

 

 焦る気持ちを抑えながら、俺はそう告げた。

 

『交渉?』

「お前の目的は人間になることだろ。だから、お前としても、今、ここで俺の首をはねるのは、おもしろくないはず」

『確かに、そうだね。だから、俺様としては、後で死ぬ方を選んで欲しいかな』

 

 やはり人間になるには、ただ俺を殺すのではなく、〈残忍な捕食者(プレデター)〉となって、俺を食らう必要があるんだろう。

 

「なぁ、食べる人間は俺じゃないと駄目なのか?」

 

 そう言いつつ、俺はなんて恐ろしいことを思いつくんだろう、と自分に対して辟易していた。

 

『確かに、必ずしもご主人である必要はないかな。とはいえ、人間なら誰でもいいってわけじゃないんだよね。強い人間を食べたほうが、より人間に近づける。あと、俺様、我慢が苦手なタイプなんだけど、そんな人間をすぐに用意できるのかい?』

「あぁ、できる。約束する」

『そう』

 

 瞬間、傀儡回が力を解いたのか、腕が自由になる。

 

『それじゃあ、早く、その人間がいるところに案内してよ』

「あぁ、わかった」

 

 そう返事をした俺が頭に浮かべていたのは、二人の人物だった。

 一人は、封印されているアゲハ。

 もう一人は吸血鬼ユーディート。

 

 どっちかを犠牲にしないと、前には進めないらしい。

 

 



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―41― ねぇ、早くしてよ

〈セーブ&リセット〉を手に入れてから、自分の命の価値が地に落ちた気がする。

 死ぬことに関して、なんとも思わなくなった。

 死んでも、どうせやり直すことができるんだから。

 最初の頃は、死ぬたびに痛みと精神的苦痛でおかしくなりそうになっていた覚えがあるが、今は、あのときよりは平気だ。

 まったく平気かというと、それは言い過ぎなんだけど。

 少しずつ、死ぬことに慣れてきているのは間違いない。

 そんな自分が恐ろしいとさえ思う。

 

 じゃあ、俺は、他人を殺すことにどう思っているのだろうか。

 

「ほら、そこに人間がいるだろ」

 

 俺は傀儡回を連れてあるところに来ていた。

 目の前には、封印されたアゲハがいる。

 

『ふーん、でも強力な結界に封印されていたらねー。食べたくても手出しができないよ』

「いや、結界なら簡単に壊すことができる」

 

 今まで、触っただけで結界を簡単に壊すことができたし、今回も恐らく大丈夫なはず。

 

『そうなんだ。それじゃ、早速お願い』

 

 そう言われた俺は、封印されたアゲハの元へ向かう。

 ……本当にいいのだろうか?

 ここに来るまでに色々と考えた。

 吸血鬼ユーディートとアゲハをどっちを犠牲にすべきだろうか。

 吸血鬼ユーディートは危険な存在だ。俺は何度も彼女に殺された。だから、彼女が野放しになっているこの状況はあまり望ましくない。

 けど、彼女とは悪くない思い出がある。だから、どうしてもためらってしまう。

 

 対して、アゲハはどうだろうか。

 正直、アゲハとは嫌な思い出しかない。

 けど、アゲハに殺された回数は吸血鬼ユーディートに比べたらずっと少ない。

 彼女は封印を解きさえしなければ、安全かと思っていたが、吸血鬼ユーディートと接触すると、なぜか肉体と分離した亡霊として俺の前に姿を現しては殺してくる。

 吸血鬼ユーディートとは、もう接触するつもりはないため、同じように襲われる可能性は低いのかもしれないが、それでも彼女が危険な存在に変わりない。

 

 そう、だから、ここで傀儡回にアゲハを食べさせるのは、将来起こりうる危険を排除するためであって、このダンジョンを脱出するために、どうしても必要なことだ。

 だから、俺がやろうとしていることは、なにも間違っていない。

 

『なに、さっきから立ち止まってんのさ』

 

 そう言われて気がつく。足が動かないことに。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 自分の息が荒いことに気がつく。さっきから、動悸もどこおおかしい。

 

「ん……っ、おぇっ」

 

 俺は、その場で嘔吐していた。

 しばらく、胃の中の物が全部なくなるまで吐き続けていた。

 

『ねぇ、早くしてよ』

 

 傀儡回が急かしてくる。

 けど、俺は立つことさえ、ままならなかった。

 

 なんで、こんなにも気分が悪くなってしまったんだ?

 誰かから攻撃を受けているとか? いや、違う。アゲハはなにもしていない。

 

 ただ単に、俺が罪悪感に押しつぶされそうになっているだけだ。

 人を殺すって行いは、ここまで精神苦痛が伴うものなのか。

 アゲハを犠牲にしていいって、思った自分が嫌になってくる。なんて俺は最低な人間なんだろうか。

 別に、殺すことそのそもを否定するつもりはない。

 なにせ、俺は村人たちに復讐を誓っているし、それはあいつらを殺したいと思っている程度には、憎んでいる。

 でも、アゲハに同じ感情は抱けない。 

 そりゃ、彼女には色々と迷惑を被ってきた。

 だから、殺したって客観的には許されるのかもしれない。

 けど……っ、彼女は俺を好きと言ってくれた。

 そんな人を都合が悪いからと殺すのは、やっぱり最低だ。

 

「ごめん……むりだ。俺に彼女を殺すなんて無理だ……」

 

 ぼそり、とそう呟いていた。

 情けないって、思われるのかもしれない。けど、どうしても体が思うように動かない。

 だから、もういいや。

 傀儡回、気に入らないなら、俺を殺してくれ。

 

『あぁ、もう、仕方がないなー』

 

 ふと、傀儡回の諦めきったような声が聞こえた。

 それが傀儡回から発せられる声とは思えなくて、俺は驚愕する。

 

『この子を食べるのは諦めるよ。それでいいんでしょー』

「……俺を食べないのか?」

『なにそれ? 食べて貰いたいってわけ?』

「……いや、そういうわけではないが」

 

 そう言いながら、俺は立ち上がる。

 

「でも、お前は人間になりたいんだろ?」

『それはそうだけど!』

「人間になるためには、人間を食べないといけないんだろ?」

『でも、無理なんでしょ!』

「あ、あぁ……」

『だったら、別の方法探すしかないじゃん!』

 

 傀儡回の回答に驚く。

 どういう気の迷いなのか……俺には、よくわからなかった。

 

 



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―42― 村人の連中でも食べさせるか

 アゲハの元を離れた俺は休息がてら、ダンジョンにある隠れ家へと向かった。

 吸血鬼ユーディートが使っていないことを確認しつつ、中に入る。

 

『ご主人、これからどうするんだい?』

 

 腰を下ろすと、傀儡回が話しかけてきた。

 

「そうだな……」

 

 そう頷きつつ、ボーッとしていた。

 つかれた……。疲労で考え事もしたくない。

 

「まず、このダンジョンを出る方法を探さないとな。それと、お前が人間になる方法も考えないといけない」

『あ、ちゃんと俺様が人間になれる方法を考えてくれるのか』

「当たり前だろ」

 

 正直なところ、傀儡回がどういった気の迷いで、俺を食べようとしないのか、見当もつかない。

 とはいえ、今の状況が続けば悪くないのは間違いない。だから、傀儡回の気が変わらないように、俺はこの剣の目的に協力する意思を示し続ける必要がある。

 

「人間を食べる以外に人間になれる方法に心当たりは無いのか?」

『んー、特にないかなー』

「そうか……」

 

 なにか、手がかりだけでもあればいいんだけどな。

 だから、考えてみる。

 今まで、散々、寄生剣傀儡回(くぐつまわし)に振り回されてきた。だから、なにかしらのヒントがどこかにあればいいんだが……。

 

「なぁ、傀儡回、今までたくさんの人に寄生してきたんだろ?」

『うん、そだよー』

「そのとき、どんな感じだったか、教えてくれないか?」

『まぁ、かまわないけどさ』

 

 そう言って、傀儡回は了承する。

 

『俺様は取り憑いた人間をある程度自在に動かすことができるんだよ――』

 

 それから傀儡回のした話は、別の時間軸で俺が傀儡回に取り憑かれたときのことと同様だった。

 なのに、わざわざ傀儡回に説明させたのは、確認したいことが一つあったからだ。

 

「つまり、魔物を斬る度たびに、傀儡回は大きくなって、取り憑いた人間への浸食度合いも大きくなるんだよな」

『うん、そうだよ』

「それって、魔物を斬れば斬るほど、人間に近づくって解釈することは不可能なのか?」

 

 別の時間軸で、傀儡回しに取り憑かれたとき、魔物を斬れば斬る度に、傀儡回しが大きくなり、果てには、傀儡回しに飲み込まれた記憶がある。

 だから、魔物を斬れば斬るほど、傀儡回しは人間に近づけるんじゃないかと思った次第だ。

 

『まぁ、無理だね』

「なんで、そう言い切れるんだよ」

 

 あっさりと否定した傀儡回に不満を覚える。こっちは色々と考えてあげているのに。

 

『俺様は魔物を斬れば斬るほど、人間に近づくのではない。魔物を斬れば斬るほど、人間を飲み込めるぐらい大きくなるだけなんだ』

 

 どこか自嘲気味にそう呟く。

 確かに、言われてみればそんな気もする。

 傀儡回に寄生されているとき、魔物を斬れば斬るほど、大きくなっては飲み込まれるだけで、傀儡回自身が人間に近づくわけではなかった。

 そして、傀儡回を制御している今も、魔物を倒して手に入るスキルポイントを与えると、太刀から大剣へと大きくなり、レベル3では、〈残忍な捕食者(プレデター)〉という大きな化物へと変化する。

 どちらも大きくなるだけで、人間に近づくわけではなかった。

 

「なら、村人の連中でも食べさせるか」

『村人の連中って、なんだい?』

 

 そう聞かれたので、説明することにした。

 銀色の髪のせいで、村人たちからは迫害されてきたこと。そして、好きな人を殺された上、その罪をかぶせられて、このダンジョンに追放されたこと。

 

『ふーん、ご主人、色々と大変だったんだなー』

「まぁな。村人なら殺したいぐらい復讐したいし、だから、村人なら好きに食べてもいいよ」

『そっか。じゃあ、ご厚意に甘えて村人たちを食べることにするよ』

「あぁ、ありがとう」

『まずは、このダンジョンを脱することからだな』

「……そうだな」

 

 という会話を繰り返した後、明日に備えて俺は眠った。

 久しぶりに眠れたような気がする。

 

 

 

 

 翌日、俺は隠れ家を出る。

 向かうは、ダンジョン最奥、ボスの部屋。

 すでに、金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)を倒すことで、十分レベル上げもしたことだし、ボスを倒す準備は済んだはずだ。

 

 だから、このままダンジョンを脱出すべく、ボスのいる部屋に向かおう。

 

「あら、寄生剣傀儡回がいつものところにないと思ったら、これは一体どういう状況でしょうか?」

 

 中ボス巨大鷲(グリフォン)を倒した先、そこに彼女は佇んでいた。

 吸血鬼ユーディートその人が。

 

 



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―43― こいつから危険な香りがする

『ご主人、こいつから危険な香りがする』

「あぁ、わかっている」

 

 俺は冷汗をかいていた。

 吸血鬼ユーディートには何度も殺された。

 彼女はひどく好戦的だ。

 けど、接し方さえ間違えなければ、大丈夫だってことは別の時間軸の俺が証明している。

 

「初めまして、偉大たる真祖の吸血鬼、ユーディート様」

 

 そう言って、俺は恭しくお辞儀をした。

 

「あらあら、最低限礼儀はあるとお見受けしてよろしいのでしょうか」

 

 そう言って、彼女は目を細める。

 悪くない印象を与えることはできたと思っていいよな。

 

「それで、ここで一体なにをなさっているのかしら」

「ダンジョンの攻略です」

「その手に持っているのは一体、なにかしら?」

「寄生剣傀儡回(くぐつまわし)です」

「ふむ、随分物騒な物を持っている様子ですわね」

 

 そう言って彼女は好戦的な目を浮かべて、手首から血で刃を取り出す。

 まずいな。

 この様子だと、戦うことになりそうだ。

 彼女とはできれば戦いたくない。

 

「待ってください。俺は、寄生剣傀儡回をこのように制御しています。だから、無作為にあなたを襲うような真似を致しません。だから、見逃してください。お互い、戦わないで済むなら、それが一番だと思いますが」

 

 俺は必死に説得する。これで彼女が納得してくれるとありがたいんだが。

 

「傀儡回を制御? にわかには信じられませんわね」

「で、ですが……っ、こうして剣として持つことができるのが、制御できている証だと思いますが」

「まぁ、今まで、寄生剣傀儡回に乗っ取られた冒険者たちと様子が違うことは認めますが」

 

 顎に手を当て考える仕草をする。

 そして、熟考後、彼女はこう口にした。

 

「いいでしょう。今回は見逃してあげますわ」

 

 ほっ、と安堵する。

 戦わないで済んでよかった、と心の底から感じる。

 吸血鬼ユーディートが横にずれて道を空けてくれたので、その横を通り過ぎる。

 その瞬間、予想外なことが起きた。

 

『随分と偉そうな女だね。絶対、性格が悪いよ』

 

 傀儡回が吸血鬼ユーディートにも聞こえるような声量で、悪口を言ったのだ。

 

「何言ってんだよ、お前!?」

 

 と、とっさに言うや否、なにかが飛来してきた。

 ガキンッ、と剣で飛来物を受け止める。飛んできたのは、血でできたナイフだった。

 

『あ、めっちゃ、怒っているじゃん』

 

 傀儡回は『キャハハ』と笑いながら、より囃し立てる。

 

「随分と礼儀がなっていない剣ですわね」

 

 そう言った吸血鬼ユーディートは血管を浮かべていた。どうやら、マジで怒っているらしい。

 

「ご、ごめんなさいっ!!」

 

 そう叫びながら、俺は走って逃げた。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 無事、吸血鬼ユーディートを振り切れた俺は、息切れをしていた。

 

『いやー、楽しかったねー』

 

 対して、傀儡回は愉快そうに笑っていた。

 

「お前な……」

 

 対して、俺はうんざりしていた。

 逃げ切れたから良かったものの、戦うことになっていたら、どうなっていたことか。

 

『もしかして、ご主人怒っている?』

「多少な」

『なんでー? あんな吸血鬼、喧嘩売られても俺様とご主人が力を合わせれば、簡単にぶちのめすことができたよ』

 

 と、傀儡回が自信満々に言うが、実際のとこ今の俺と吸血鬼ユーディートどっちのほうが強いのかは少し気になるところではあるな。

 まぁ、仮に勝てる自信があったとしても、彼女とは戦いたくない。

 

「例え、そうだとしても、彼女とはあんま戦いたくないんだよ」

『なんでぇ?』

「なんでって」

 

 そう聞かれると、答えに窮してしまう。

 まさか、別の時間軸で、彼女といい感じの関係だったから、なんて言えるはずもない。

 

『もしかして、あぁいうのがご主人のタイプだったりして?』

「ち、違うって」

『今、絶対照れてたよね』

「照れてない」

『あははっ、ご主人からかうのおもしろーい』

「あんまり自分の主人をからかうなよ」

『えー、どうしよっかなー』

 

 そんな軽口を叩きながら、俺たちはダンジョン深層へとひたすら進んだ。

 

 

 

 

「確か、この辺りだったよな……」

『ご主人、一体なにを探しているのさ?』

 

 来ていたのは、ボスのいる部屋の手前。

 

「ここのどこかに隠し部屋があるんだよ」

『隠し部屋には、なにがあるのさ?』

「〈英明の結晶〉という、スキルが手に入るアイテム」

『そんなアイテムが手に入る隠し部屋を知っているなんて、ご主人すごいじゃねぇか!』

「そうだよ。だから、もっと俺のことを敬え」

『すごい、すごい、すごい、すごい、すごい。満足した?』

「絶対、心の底から思っていないだろ」

 

〈英明の結晶〉では、〈属性付与〉というスキルが手に入る。

〈属性付与〉自体、使いどころがわからないスキルだが、とっておいて損はないだろう。

 あっ、ここに隠されたスイッチがある。

 スイッチを押すと、隠し部屋へと続く通路が現れた。

 そして、中に入る。

 すると、中央に宝箱を置いてある部屋へとたどり着く。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈英明の結晶〉を獲得しました。

 効果が強制的に発動します。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 と、見たことがあるメッセージが現れる。

 

「え……?」

 

 そう驚いたのには、理由があった。

 というのも、手に入ったスキルは〈属性付与〉ではなかったからだ。

 

 



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―44― ご主人やらしー

 てっきり、また〈属性付与〉が手に入ると思っていたが、冷静に考えてみれば、アイテム〈英明の結晶〉はランダムでスキルが一つ手に入るという効果だった。

 だから、別の時間軸で手に入ったスキルと違ってもなんらおかしくなかった。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル〈鑑定〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 目の前に獲得したスキルを見て、喜んでいいものなのか悩む。

 確か、〈知恵の結晶〉で手に入るスキル一覧にも、〈鑑定〉はあった覚えがある。

 ランクはDだったから、外れスキルってことになるんだろうか。 

 とはいえ、全く使い道がなかった〈属性付与〉よりは役に立つからいいような気もする。

 

 色々考えても仕方がないので、とりあえず使ってみようかと思い、手に握っている〈黒い太刀〉に対して〈鑑定〉を使ってみた。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 必要レベルに達していないため〈鑑定〉不可。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

「……マジかよ」

『ご主人、なにぼやいてんのさ』

「お前を〈鑑定〉したかったのにできなかったから、少しいらついたんだよ」

『やーん、俺様を〈鑑定〉とか、ご主人やらしー』

「やらしいって、美少女が言って許されるセリフだろ」

『いやいや、俺様、人間になったら、それはそれは美しい美少女の姿をしているんだぜ』

 

 ふっ、傀儡回が人間になったら美少女って、絶対あり得ないだろ。生意気な少年とかがいいところだ。

 

『ご主人、今、鼻で笑ったな!』

「そ、そんなことない……」

『そう言いつつ、含み笑いしてるんじゃないか! ふん、いいさ、本当に美少女になったとき、見返してやるんだから!』

「まぁ、楽しみにしておくよ」

 

 実際、傀儡回が人間になったとき、どんな姿をしているのか楽しみではあるしな。

 そんな会話をしつつ、俺は所持しているスキルポイントを確認する。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 所持スキルポイント:1320

 

〈挑発Lv1〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:10

 

〈剣術Lv3〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:3000

 

〈寄生剣傀儡回(くぐつまわし)(あるじ)Lv2〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:700

 

〈鑑定Lv1〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:10

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 所持スキルポイント見返したら、けっこう余裕あるな。

〈寄生剣傀儡回(くぐつまわし)(あるじ)Lv2〉をレベル3にするのに必要な700ポイントを残しておくとしても、けっこう余裕がある。

 だから、この際、〈挑発〉と〈鑑定〉にポイントを振ってしまおう。

 だから、〈挑発〉と〈鑑定〉にそれぞれ110ポイントずつふって、レベル1からレベル3まで一気にあげてしまう。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキルポイントが使用されました。

 レベルアップに必要な条件を達成しました。

 スキルは〈鑑定〉レベルアップしました。

 鑑定Lv1 ▶ 鑑定Lv3

 スキルは〈挑発〉レベルアップしました。

 挑発Lv1 ▶ 挑発Lv3

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 よしっ、レベルがあがったことだし、これなら〈鑑定〉できるはず。

 というわけで、改めて〈黒い太刀〉に対して、〈鑑定〉を使ってみる。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈黒い太刀〉

 寄生剣傀儡回の形態の一つ。鋭い切れ味を持つ。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

「〈鑑定〉できたはいいが、知っていることしか書かれていないな」

 

 これには、少しがっかり。

 これなら、わざわざスキルポイントをふってレベル上げしなくてもよかったような。

 ともかくこの部屋でやりたいことを済ませた俺は、隠し部屋から出る。

 そして、ボスのいる部屋へと向かった。

 

 

 

 

『ご主人、緊張してる?』

「まぁ、多少はな……」

 

 ボス部屋を開けようってとき、傀儡回が話しかけてきた。

 このダンジョンのボスは吸血鬼ユーディートでも倒せないほど、強いみたいだし、緊張しないといえば嘘になる。

 

『俺様が緊張ほぐしてあげようか?』

「そんなことできんのか?」

『ふふっ、俺様、意外と気が利くんだぜ』

「そっか、じゃあ、頼む」

『フレっ! フレっ! ご主人! がんばれ、がんばれ、ご主人!』

 

 と、傀儡回は大きな声で叫んでいた。

 

「……それだけか?」

 

 なんか物足りなかったので、そう呟く。

 

『いや、けっこう恥ずかしかったんだから、もっと褒めてくれないと!』

「はぁ」

『今、馬鹿にしたな、ご主人!』

「いや、馬鹿にしたわけじゃないが」

 

 うん、本当に馬鹿にしたつもりはなかった。

 

「ありがとうな、傀儡回」

 

 ひとまず、お礼を述べる。

 

『なにさ、改まってお礼だなんて』

「いや、本当に感謝してるんだよ」

 

 ホント、傀儡回が協力してくれなければ、ここまで来ることはできなかった。

 だから、心から感謝しているのは間違いない。

 

『感謝は後にとっといてよ。だって、本番はこれからでしょ」

「まぁ、それもそうか」

 

 確かに、傀儡回の言うとおり、まだ勝てるかどうかかわらない段階で、感謝するのは早計といえそうだ。

 だから、感謝の代わりにこう口にする。

 

「それじゃあ、頼むぞ、傀儡回」

『あぁ、任せといて』

 

 返事を聞き届けた俺は、扉を押した。

 さぁ、ダンジョンのボスとの初対面だ。

 

 



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―45― 悪いな。心配かけて

 ダンジョンには必ずボスという存在がいる。

 ボスはダンジョン最奥に潜み、倒すことで報酬を手に入れることができ、さらには、ダンジョンの外へ帰還することができる。

 一際大きな扉を押すと、大きさの割りには軽い力で開けることができる。

 扉が開けて、部屋の中へ数歩進むと、ガチャリと音がしたので、振り向くと扉がしまったことがわかる。

 閉じ込められた。

 

『ご主人、なにかいるぜ』

「あぁ、わかっている」

 

 傀儡回の言葉に反応する。

 部屋の奥に気配を感じる。

 

「クゴォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」

 

 咆哮が聞こえる。

 あまりにも大きな声に体中に振動が伝わった。

 

「なんだ、あれは……?」 

 

 それは、あまりにも大きな魔物だった。全長5メートルは優に超える。

 大量の脚を持っており体は細長くくねらせている。気色悪い見た目だ。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

大百足(ルモアハーズ)

 難易度S級の巨大なムカデ型の魔物。

 体内から毒を噴射する。その毒に触れると、金属をも溶かしてしまう。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

〈鑑定〉を使って、魔物の特性をはかる。

 なるほど、〈鑑定〉は見ただけではわからないことまで教えてくれるのか。毒には十分気をつける必要がありそうだ。

 

「〈脈動する大剣〉」

 

 ひとまず、傀儡回を大剣の形態にする。

 この剣には、固有能力〈自律機能〉があるはずだから、決して勝てない相手ではないはず。

 

「キシャァアアアアアアアアッッッ!!」

 

 大百足(ルモアハーズ)が突撃してくる。

 その攻撃を回避しつつ、隙をついて攻撃。

 

傀儡式剣技(くぐつしきけんぎ)大車輪斬(だいしゃりんざん)

 

 高く跳躍しての縦方向の回転斬り。

 

(かた)っ!」

 

 ガキン! と、音と共に刃が弾かれる。

 想像以上に皮膚が硬い……!!

 それから何度も攻撃しようと刃物をふるうが、攻撃が全く効かない。

 

「くそっ、くそっ」

 

 そう言葉を吐き捨てながら、何度も斬ろうとする。

 けど、それをあざ笑うように、大百足(ルモアハーズ)は「ケタケタ」と金切り声をあげる。

 ボスに挑戦するのは、まだ早かったか……。

 いつの間にか、俺はそう結論づけていた。

 今回はダメだった。

 だから、ここは大人しく死んで、次に活かせばいい。

 どうせ死んでも、時間は巻き戻るのだ。だったら、次の攻略で全力をだせばいい。

 ボスの強さを知っただけでも、大きな収穫だったと思う他ない。

 

『ご主人、なに諦めているんだよっ!』

 

 ふと、傀儡回の叱咤激励が耳に入る。

 どうやら諦めていることに気がつかれたらしい。

 

『約束しただろ! 俺様を人間にしてくるって』

 

 そうだったな。

 傀儡回と約束したから、今、俺はここに立てているんだ。

 確かに、死んでもまたやり直せるのかもしれない。

 けれど、やり直した先にいる傀儡回と今の傀儡回は違うのもまた事実。今の傀儡回との約束は、この時間軸でしか果たすことができない。

 

「悪いな。心配かけて」

 

 諦めていいはずがない。

 最後まで足掻かなきゃ、俺はこのダンジョンをいつまで経ったって攻略することは不可能だ。

 

「ちょいとばかし本気をだす」

『ご主人っ!!』

 

 確かに、大百足(ルモアハーズ)の皮膚は硬く、今の俺では叩ききることができない。

 けど、どこかに貫通できるほど柔らかい場所はあるはずだ。

 例えば、体の内側とか。

 

「おい、雑魚。俺の命はここにあるぞ。ちゃんと狙え」

 

 大百足(ルモアハーズ)に対し、〈挑発〉を使う。

 

「キシャァアアアアアアアアッッッ!!」

 

 大百足(ルモアハーズ)は金切り声をあげながら、俺へと突っ込んでくる。

 あまりにも単調な攻撃。

 狙い通りだ。

 

傀儡式剣技(くぐつしきけんぎ)疾駆龍突(しっくりゅうとつ)

 

 前方へ突撃。

 食われてもかまわない。いや、むしろ俺を食え!

 体内から刃で斬ってやる……ッ!

 

 大百足(ルモアハーズ)の口の中へと突っ込んだ俺は、その勢いのまま刃を突き刺しては、強く切り裂いた。

 切り裂く度に、青い血がドバドバと体へと降りかかる。

 そして、気がつけば、俺は大百足(ルモアハーズ)の体外へといた。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 魔物の討伐を確認しました。

 スキルポイントを獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 そのメッセージウィンドウと共に、縦に真っ二つになった大百足(ルモアハーズ)の死骸が地面へと落ちる。

 

『やったぜ! ご主人!』

 

 傀儡回の歓声を聞いてやっと自覚する。

 ダンジョンのボスを倒したことを。

 

「やったのか、俺は……」

 

 少し信じられない。

 今まで、俺はどんな魔物を倒すときも、最初の一回目で倒せた試しがなかった。

 何度も何度も何度も死んではやり直して、その先に勝利を掴んできたのだ。

 だというのに、ダンジョンのボスを一回目で倒せてしまうとは。

 正直、この部屋に入る前は何回も挑戦する羽目になると思っていただけに拍子抜けだ。

 

『おい、ご主人。もっと喜ぼうぜ。念願のボスを倒したんだんだから』

「……そうだな」

 

 色んなことがフラッシュバックする。

 冤罪として、ダンジョン奥地に追放されたとき。

 その後、鎧ノ大熊(バグベア)たちと何度も死闘を繰り返した。

 それから、アゲハや吸血鬼ユーディート、そして、傀儡回と出会った。

 そして、今、俺は念願のダンジョン攻略を果たしたのだ。

 

「よっしゃぁあああああああああああッッッ!!!」

 

 そう叫ばずにはいられなかった。

 

 



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―46― 復讐への灯火

【カタロフダンジョン】のボス、大百足(ルモアハーズ)を倒したことでいくつかの変化が起こった。

 まず、クリア報酬の獲得。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 クリア報酬〈猛火の剣〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 手に入ったのは刃まで赤く染まった剣だった。

 見た感じ強そうだけど、俺には傀儡回があることだし、俺自身が使う機会はなさそうだ。まぁ、貰わない理由はないので貰うけどさ。

 もう1つの変化、それはボスを倒したことで、外へ脱することができる転移陣が床に現れたことだった。

 

「これに乗れば、外に行けるんだよな」

『そうだぜ、ご主人』

 

 ということなので、転移陣へ足をのせる。

 すると、転移陣がまばゆい光を放ち始めた。

 

『誰かいる』

 

 唐突に傀儡回がそう呟いた。

 

「え?」

 

 周囲を見渡すが転移陣の光がまぶしすぎるせいで、まともに前を見ることさえ適わない。

 けど、誰かいるのは確かなようだ。

 というのも、スキル〈鑑定〉が反応したから。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈??????〉

 鑑定不可。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 

 ただ、結果は鑑定不可としか書かれていないため、その正体はわからない。

 そして、次の瞬間には、外の景色が変わっていた。

 無事に転移に成功したらしい。

 

 

 

 

 カタロフ村。

 それが俺が幼少期から生まれ育った村だ。

 人口三千人にも満たない村だ。

 主な産業はダンジョン。

 町の中央に【カタロフダンジョン】があるため、そのダンジョンの攻略しにやってくる冒険者たちを相手にした商売で栄えている。

 冒険者が多くやってくるという特性上、武器屋や酒場が町にはたくさん並んでいる。

 俺はこの村で農民として過ごしてきた。

 だけど、髪の色が銀色のせいで、この村で迫害され続けていた。

 銀色の髪の毛は迫害の対象。

 大昔、人類を裏切り魔族の味方をしたアルクス人が銀色の髪を持っていたから。

 この村で長年受けてきた屈辱は忘れもしない。

 村人たちからは頻繁に石を投げられるせいで、俺はいつも怪我をしていた。

 必死に耕した農地は誰かに荒らされる。

 年貢も他の人よりも多く持っていかれた。

 だから、いつも貧乏で、まともに食事にありつけることができなかった。

 そのせいで、母親は病で倒れて亡くなった。

 

 そして、忘れもしない幼なじみナミアのこと。

 唯一ナミアだけが俺の味方だった。

 石を投げられたときは庇ってくれたし、食べ物に困っているときは内緒で食事を持ってきてくれた。

 そのナミアは、村長の息子ダルガと結婚することになった。

 忘れもしないあの日。

 ナミアは俺のことを好きと言って、駆け落ちを提案してきた。

 了承した俺は、その夜、ナミアの家へ向かった。

 それからのことは思い出したくもない。

 最も醜悪な光景がそこで繰り広げられたのだ。

 

 その後、俺はナミアを強姦し殺害した罪により、【カタロフダンジョン】の奥地に転移陣を使って追放された。

 ナミアを殺したのはダルガだというのに、村人たちは共謀して罪をすべて俺に被せたのだった。

 

 そして、この瞬間、やっと俺は帰ってきた。

 

「おい、ダンジョン帰還者が現れたぞ!」

「誰かが、このダンジョンをクリアしたんだ!」

 

 ふと、声が聞こえてくる。

 そういえば、村にはダンジョンを攻略した者が立つとされる台座があったはずだ。

 そっか、今その台座の上に光と共に現れたから、事情を知らない人でもダンジョンを攻略した者が現れたんだとわかったわけだ。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキルポイントが使用されました。

 レベルアップに必要な条件を達成しました。

 スキルは〈寄生剣傀儡回の主〉レベルアップしました。

 寄生剣傀儡回の主Lv2 ▶ 寄生剣傀儡回の主Lv3

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 無言で俺はスキルポイントをふり、〈寄生剣傀儡回の主〉のレベルをあげる。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 派生スキル〈残忍な捕食者(プレデター)〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

「おい、あれキスカじゃねぇか?」

「んな馬鹿な。あいつがダンジョンを攻略できるわけがねぇだろ」

「いや、でもよ。あの銀髪、どう見てもキスカじゃねぇかよ」

 

 観衆たちがザワつきだす。

 どうやら俺の正体が、ダンジョン奥地に追放されたキスカだってことに気がつき始めたらしい。

 

「なぁ、傀儡回」

『ん、なんだい? ご主人』

「こいつら村人が俺にした仕打ちは覚えているか?」

 

 以前、俺は自分の過去を傀儡回に打ち明けた。

 

『もちろん、ホントひどい連中だよね』

「俺は復讐心を原動力に、このダンジョンを死ぬ気で攻略してきた」

『うん、そうだね』

「けど、少しだけ不安だったんだよ。ダンジョンを攻略して、村人たちに復讐する機会がやってきて、今この手でこいつらをズタズタに殺すことができるってなったとき、もしかしたら俺は躊躇してしまうんじゃないかって。人を傷つける勇気がなくて、なにもできなくなってしまうんじゃないだろうか、ずっと不安だったんだ」

 

 思い出すのは、傀儡回にアゲハを食べさせようとしたとき、罪悪感で俺はなにもできずにその場で吐いてしまった。

 村人たちを前にしても、同じようになにもできなくなってしまうんじゃないかとずっと不安だった。

 

『それで、復讐の機会はやってきたわけだけど、今、どんな気分だい?』

 

 傀儡回が愉快そうに尋ねてくる。

 だから、俺は素直な思いを吐いた。

 

「こいつら全員ぶっ殺したい気分」

『キャハハ、そうこうなくっちゃ!』

 

 傀儡回は笑い声をあげる。

 

「〈残忍な捕食者(プレデター)〉」

 

 そう言って、傀儡回の形態を〈残忍な捕食者(プレデター)〉に変える。

 すると、傀儡回は食べることだけに特化した巨大な化物へと変貌する。

 

「こいつら全員食べていいぞ」

「いっただきまーす!」

 

 念願だった復讐が始まる。

 

 

 



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―47― 惨い死に方

「や、やめてくれぇえええええ」

「うわぁあああああ、なんだこいつはぁあああ!!」

 

残忍な捕食者(プレデター)〉は触手のようなものを生やし、その触手で次々と村人たちを掴んでは、口の中へと放り込んでいく。

 村人たちを口の中に放り込むと、グシャリと咀嚼。強靱な顎で噛み砕いていった。

 

傀儡回(くぐつまわし)、俺は少し用事を済ませるために行くところがあるから、好きに暴れてくれ」

「了解だよ、ご主人!!」

 

 村人たちは〈残忍な捕食者(プレデター)〉にばかり気をとられて、俺には目もくれない。

 その隙に、目当ての人物を探しに離れる。

 ずっと使っていた寄生剣傀儡回は〈残忍な捕食者(プレデター)〉になってしまったので、代わりに手に入れたばかりの〈猛火の剣〉を手に添えて。

 

 念入りに後悔させなくてはいけないやつらがいる。

 まず、ナミアを殺した村長の息子、ダルガ。

 こいつには一番辛い目に遭わせてやらなくては。

 次は、村長のリズルット。

 ダルガの父親で、ダルガの罪を俺に被せた一番の元凶。

 そして、ダルガとよくつるんでいた4人の男たち。こいつらは、あの日ナミアの家にもいた連中だ。

 現場にいながらも、俺が犯したとの嘘の証言を行った。

 他には、俺に追放の審判をくだした裁判官とかにも腹が立っているが、こいつは優先度低くてもいいか。

 ともかく、上にあげたやつらが、逃げないようにこの手で捕まえておく必要がある。

 

「おい、町に魔物が現れたみたいだぞ!」

「どんな魔物が現れたんだよ」

「見たことがない魔物だ」

「なんだよ、そりゃあ!?」

「冒険者たちはなにをやっている。早く討伐しろ」

「ギルドはなにをやっているんだ。冒険者たちを集めろ!」

 

 村は喧噪に包まれていた。

 誰もが慌ててなにかをしている。戦おうとする者、逃げ纏う者、助けを呼ぼうとする者、人によってまちまちだ。

 魔物ってのは、〈残忍な捕食者(プレデター)〉のことだろう。

残忍な捕食者(プレデター)〉は魔物ではないんだが、まぁ、魔物と間違えられても仕方がない見た目をしているしな。

 さて、どこにいるのかな。

 

「見つけた」

 

 目当ての1人を見つけた俺はそう呟く。

 

「久しぶりだな」

 

 そう、声をかけた。

 実際に、ダンジョンに追放されてから、ここに戻ってくるまで一週間ほどしか経っていないが、何百回と死に戻りしてきた影響か、何年以上も会っていないような感覚を覚える。

 

「な、なんで、キスカが、ここにいるんだよ……っ」

 

 俺を見たそいつは動揺した様子でそう口にしていた。

 

「さぁ、なんでだろうな、ダルガ」

「と、ともかく、今、お前にかまっている余裕なんかないんだよッ!」

「集落に魔物が現れたみたいだからな」

「あぁ、そうだよ! その魔物の対処で今こっちは忙しいんだ! てめぇはひっこんでいろ!」

「なぁ、ダルガ、魔物が現れた原因が俺だとしたら、どう思う?」

「はぁ、なに意味わかんねぇこと――」

 

 最後まで言葉を言い終えることができなかった。

 いや、俺がそれを許さなかった。

 

「ダルガ、なにか勘違いしているようだから言っておくが、俺はその気になればいつでも、お前を殺すことができるんだよ」

 

 そう言いながら、俺は剣をふるう。

 ダルガの左腕に刃物を突き刺し、強く切り裂く。

〈猛火の剣〉は刀身が赤く熱をもっているため、斬ったと同時にその熱で血を固め出血を止めることできる。

 だから、倒すことよりも拷問に長けた剣だ。

 

「あがぁあああああああああッッ!!」

 

 痛みにもだえたダルガはその場で悶絶する。

 

「てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ!!」

 

 それでもまだ気力はあるようで、ダルガは俺に対し威圧する。

 

「はい、どうかしましたか!? ダルガ様」

「一体、なんの騒ぎだ!?」

 

 見ると、異変に気がついた男たちが走ってきた。中には、あの日、ナミアの家に押し入った男もいる。

 連中たち魔物に対処しようとしていたのか、全員武器を持っている。

 

「おい、お前らっ、この銀髪野郎を殺せッ!!」

 

 ダルガは男達にそう命じる。

 瞬間、全員が武器を強く握りしめ、俺に刃向かおうと突撃してくる。

 以前なら、なにもできずにボコられていただろうな。

 けど、今の俺なら――

 

「雑魚が、かかってこい」

「調子にのるんじゃねぇ!!」

 

〈挑発〉による攻撃誘導、からの回避してカウンター。

 

「あ゛ッ!?」

 

 切り裂かれた男はその場に崩れる。

 それから次々と刃物で切り裂いていく。

 

「な、なんだッ、こいつの動きは!?」

「まったく、歯が立たねぇッ!!」

「や、やめてくれ!?」

「あがぁッ!」

 

 あの地獄のようなダンジョンを生き抜いた俺なら、この程度の連中、目を閉じてでも倒せる。

 

「ダルガ、もう一度言うが、俺がここにいる意味を考えろ」

 

 倒れた男を足で踏みつけながら、そう口にする。すでに、襲いかかってきた連中は全員制圧済みだ。

 

「ま、まさか、あのダンジョンから生還したというか……」

 

 やっとそのことに気がついてくれたようだ。遅いな。相当、頭が悪いらしい。

 

「なぁ、ダルガ。俺がなにを考えながらダンジョンを攻略していたかわかるか?」

「な、なにを言って……」

「ずっと、お前にどうやって復讐してやろうか、考えていたんだよ。お前を

どんな惨い殺し方をしてやろうか、撲殺なのか斬首なのかはりつけなのか水責めなのか火あぶりなのか鞭打ちなのか肉を削ぐのか目を潰すのか指を詰めるのか餓死なのか性病なのか圧殺なのか生き埋めなのか股引きなのか毒殺なのか監禁なのか刺殺なのか、なにがいいのか、ずーっとずぅううううっと考えていた」

 

 一息で喋ったら息が上がる。

 そして、喋るたびに、ダルガの顔は恐怖で引きつっていく。

 

「なぁ、ご主人、こいつらも食べていいのか?」

 

 ふと、見ると傀儡回が近くまでやってきていた。村人たちを食べていくうちに、ここまでやってきたのだろう。

 こいつら、とは俺に襲いかかってきては返り討ちにされた連中のことだろう。

 

「こいつ以外なら、食べて良いよ」

 

 ダルガのことを指さしながら、許可を出す。

 

「うん、わかったー!」

 

 元気に返事した傀儡回は触手をもって次々と男たちを飲み込んでいく。

 

「やめてくれえええええ!!」

「うわぁあああああッッッ!!」

「いやだ! いやだぁああああああッッ!!」

「離せッ、離せッ、離してくれッ!!」

 

 誰もが必死に抵抗するが、その抵抗及ばず、次々と傀儡回の強靱な顎で人間が噛み砕かれていく。

 

「この、化物はお前が呼んだのか……?」

 

 ダルガが絶望しきった顔でそう尋ねてきた。

 

「うん、そうだけど」

 

 だから、肯定する。

 途端、嫌な臭いが鼻をつつく。あ、こいつ恐怖で漏らしやがったな。

 

「安心しろ、お前だけは、こいつらみたいに簡単に殺しはしないから」

「た、助けくれッ! 俺が悪かったッ! この通り、謝るから、だから、助けてくれッ!!」

 

 途端、ダルガは土下座する勢いで謝罪をまくし立てる。

 それを見て、俺は内心、こいつに対して、がっがりしてしまった。なんて器の小さいやつなんだろうか、と。

 悪人なら、悪人らしくふるまってほしかった。

 こうして謝られると、まるで俺が悪いみたいじゃん。

 だから、呆れ気味のこう言うことにした。

 

「そんなんで、許すわけがないだろ。お前は惨い死に方をすることが決まっているんだよ」

 

 と。

 

 



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―48― 親父を拷問にかけてください!

 傀儡回の形態の一つ〈残忍な捕食者(プレデター)〉は食べれば食べるほど、成長していくようで、今もなお大きくなっていく。

 このまま成長していけば、じきに人間になるという夢を叶えられるのだろう。

 

「傀儡回、少しここを離れるけどいいか?」

「うん、いいよー、ご主人!」

「そうか」

 

 傀儡回が頷いたのを見て、ダルガのほうへと視線を移す。

 ダルガはすでに茫然自失なのか、恐怖のあまりガタガタと全身震わせている。

 

「おい、ダルガ、立て」

 

 そう命じるがダルガは震えているだけで、反応を示さなかった。

 だから、もう一度強く命じる。

 

「立て」

「は、はいっ!」

 

 飛び起きるように彼は立ち上がった。

 

「村長のところに案内しろ」

「えっ?」

「口答えをするな。考えるな。俺の言うことを聞け」

「は、はいっ! こ、こっちにいるはずです!」

 

 すっかり恐縮したダルガはそう言って前を歩く。

 その後ろを俺はついて歩いた。

 向かった先は冒険者ギルドだった。

 存在はもちろん知っていたが、中に入ったことはなかった。特に行く用事もなかったからね。

 

 冒険者ギルドの中は喧噪であふれていた。

 恐らく〈残忍な捕食者(プレデター)の対処で揉めているんだろう。

 中央のテーブルに村長のリズルットがいた。見たところ、他の冒険者たちと揉めている様子だ。

 

「おい、早くあの魔物を討伐してこい!」

「だから、無理だって言っているだろ! それより、近くのギルドに救援を求めるべきだ」

「くそっ、救援ならとっくにでしているわ、この役立たずッ!」

 

 という怒鳴り声による会話が聞こえてくる。

 そんな中、大声を出し割って入る者がいた。

 

「頼むッ! 助けてくれッ!」

 

 そう叫んでいたのは、俺の前を歩いていたダルガだった。

 

「この銀髪が、魔物と手を組んで村を襲撃したんだ! だから、頼むっ。こいつを今すぐ殺してくれッッ!!」

 

 そう言いながら、ダルガは助けを求めるように冒険者たちがいる方へと走っていた。

 

「おい、あいつ、キスカじゃねぇよ」

「キスカはダンジョン奥地に追放されたんだよな」

「なぁ、なんで、そいつがここにいるんだよ」

 

 俺の存在に気がついた面々は、そう口にしながら俺のことを見やる。

 

「こいつが村に魔物を解き放ったというのは、本当か?」

「あぁ、そうだ。俺は見たんだ、こいつが魔物に命令しているところを!」

 

 村長リグルットの問いに、ダルガはそう答える。

 

「ははっ、こいつが魔物を使役だって、そんなことあり得るわけないだろう」

「ただの農民の役立たずが魔物を召喚できるなんて言われてもなー」

「村長の息子も恐怖で頭がおかしくなったんじゃないのか」

 

 と、皆が笑いながら話し出す。

 だから、〈残忍な捕食者(プレデター)〉は魔物じゃないって内心思うが、彼らにとっては、どうでもいいことか。

 

「なぉ、村長」

 

 周囲を無視しつつ、俺はそう話しかけた。

 

「よくも俺を冤罪でダンジョン奥地に追放しやがったな」

「な、なにを言って――」

「ナミアを強姦し殺したのは、俺ではなくそこに転がっている自分の息子なのは知っているんだろ」

「誰か、こいつをとめろ!」

 

 まだ喋っている途中だというのに、村長は周りにいる冒険者たちに命じる。

 すると、冒険者たちは掴みかかろうと俺に襲いかかってきた。

 それを冷静に回避しつつ、話を続ける。

 

「俺がここにやって来た理由はただ一つ、お前ら全員に復讐をするためだ」

「な、なにを馬鹿なことを言って――」

 

 村長リグルットがなにか言いかけて、それを遮った者がいた。

 

「こ、こいつはダンジョン奥地から生還してきやがったんだ! しかも、魔物を連れて。だから、今すぐ、こいつを殺せ! じゃないと危険だッ!!」

 

 村長の言葉を遮ったのはダルガの悲鳴だった。

 ダルガの説明を聞いて、ようやっと冒険者たち面々はこの異常事態に気がついたらしい。

『ダンジョン奥地に追放されたはずの人間が、こうして村に戻ってきた』ということの意味を。

 

「おい、この男を今すぐ拘束しろ! 最悪、殺してもいい!」

 

 村長リグルットがそう命じる。

 途端、冒険者たちは武器を手に構える。

 

「ふははっ、残念だったな、キスカぁッ!! お前は確かにダンジョンを生き延びて強くなったのかもしれねぇ。けど、この人数の冒険者相手に勝てるはずがねぇ。お前はこいつらに殺されることが決まったんだよッ! だから、ご愁傷様だなぁッ!」

 

 冒険者たちに守ってもらえて安心したのかダルガは安堵しきった表情で、煽ってきた。

 この人数の冒険者相手に勝てるはずがないね……。

 だったら、本当か試してみようか――。

 

 それから冒険者たちとの戦闘が始まった。

 冒険者たちは躊躇無く、手に持っている武器で「死ね」だの「くたばれ!」とか暴言を吐きながら襲いかかってくる。

 対して俺は〈猛火の剣〉を握って、対抗した。

 

 戦ってみて思ったことはただ一つ。

 

「ダンジョンの魔物たちとの戦闘に比べたら、なにかもがヌルすぎる」

 

 多数の鎧ノ大熊(バグベア)や多数の金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)たちと戦っていたときのほうが、何億倍もキツかったな。

 そんなことを思いながら戦っていると、あっという間に冒険者全員を切り伏せていた。

 

「おいっ、どういうことだよ! なんで、お前全員倒れているんだよッ!? 相手は男一人なんだぞ! こんなのおかしいだろうがッ!」

 

 ダルガの悲鳴が聞こえる。

 

「それで、さっきなんて言ったんだっけ? 『この人数の冒険者相手に勝てるはずがない』だったか。あれれー? おかしいなぁ、これ見ても同じこと言えるんかな」

「「あっ、あぁ……」」

 

 ダルガも村長も恐怖で顔が引きつっていた。

 あ、嫌な臭いがすると思ったら、こいつらまた失禁していやがる。

 

「そうだ、せっかくだしゲームでもしようか」

「げ、ゲームだと?」

 

 村長がそう呟く。

 

「うん、今からどっちかだけを拷問します。んで、どっちを拷問するかは二人で決めてもらおうか。ほら、どっちが拷問を受けるか今から話し合って決めて」

 

 この二人は親子だ。

 だから「俺は好きにしてくれてかまわない。だから、こいつには手に出さないでくれ」みいたなセリフを聞けることを期待して、こんな提案をしてみたが。

 

「お前が拷問を受けろ。こうなったのも、お前がナミアを殺したのが悪いんだろうがッ!!」

「ふざけんなっ! キスカに罪をかぶせたのは親父だろうがッ! だから、親父が責任をとれよ!」

「それはお前のためを思って、やったんだろうが」

「だったら、この拷問も俺のためを思ってうけろよ!」

 

 二人は取っ組み合いの喧嘩を始めていた。

 罵り合いながら、殴ったりひっかいたりのなんとも見苦しい喧嘩だ。

 これを見続けるのも滑稽でおもしろいが、かといって俺の腹の虫がおさまるわけではない。

 

「あと十秒で決めなければ、二人とも拷問します」

 

 と言って、俺は「10、9、8……」と数え始める。

 すると、二人の取っ組み合いはヒートアップをして、さらに醜いものへと発展していった。

 

「お前が拷問をうけろ!」

「親父がうけろよ!」

 

 と、取っ組み合いの喧嘩をしている二人に対し「ゼロ」と告げてみる。

 

「残念、これじゃあ二人とも拷問するしかないなー」

 

 決まらなかったものは仕方が無い。だから、二人とも拷問しよう。

 

「申し訳ありませんでしたッ!! この度は、うちの息子が大変ご迷惑をおかしました! この通り、謝りますので、どうかわたくしだけでも見逃してくださいッッ!!」

 

 それはそれは、さぞ立派な土下座だった。

 頭の頂点が床につき、肘は90度に曲がっている。今、この瞬間世界中どこを探しても、これほど立派な土下座をしている者はいないだろうと確信できる程度に、それは立派な土下座だった。

 

「うちの息子には、どんな仕打ちをしても構いません。なので、どうか……! わたくしだけでも許してください! お願い致します!」

「親父ッ! てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ、クソがッ!!」

 

 俺は感動していた。

 村長は土下座して自分の息子を売ったのだ。

 これほど、醜悪な光景はこの世を探しても、他にないんじゃないだろうか。

 だからこそ、応えなくてはいけないと心の底から思った。

 

「よし、村長の言い分聞き入れよう」

「はぁああ!?」

 

 そう口にすると、息子のダルガはあり得ないとでも言いたげな悲鳴をあげる。

 それから、すかさずダルガも行動にうつった。

 そう、親父と同じく土下座をしたのだ。

 

「申し訳ありませんでした!! 俺の方こそ謝るので、親父を拷問にかけてください!」

 

 こんな言い分が通るはずがないだろう。

 一回目にしたからこそ価値があるのであって、二回目にしても、なんの意味もないのは至極当然のことだ。

 

「ダルガッ! そんな言い分が通るはずがねぇだろうがッ!!」

 

 ほら、親父もこう言っていることだし。

 

「村長、こいつを今から縄で縛るので協力してください」

「はっ、わかりました!」

 

 と言うと、ダルガが逃げだそうとしたので、無理矢理ひっ捕まえて、親父と協力して一緒にダルガを柱に縛り付ける。

 

「親父ッ! てめぇ、一生恨むからなッ! くそがッ!」

 

 ダルガは必死に親父に暴言を吐くが、親父はどこ吹く風といった具合だ。

 

「それじゃ、村長は今から俺の言うとおりに息子さんを斬ってください」

「わ、私がやるんですか!?」

「えっ、やらないんですか? だったら――」

「いえ、やります! やらせてください!」

 

『だったら代わりに村長が拷問を受けることになりますけど』と言おうとして、遮るように村長はそう主張した。

「では、お願いしますね」と言いながら、俺は村長に刃物を渡す。

 

「それじゃ、まず、指を全部斬り落としましょうか」

 

 それから、村長による息子への拷問が始まった。

 

「てめぇっが、あんな真似をするから、こうなったんだろうがッッ!! 少しは反省しやがれッッ!! くそやろうッッ!!」

 

 と、村長は暴言を吐き捨てながら、自ら進んで自分の息子を刃物で斬り刻んでいく。

 

「うがぁあああああッ!」

 

 対して、息子はこんなふうに悲鳴をあげながら、時々「親父、後で絶対殺す!」と暴言を吐き続けた。

 それから、親父による息子への拷問は数時間にわたって続いた。

 できる限り気絶しないように丁寧に刻んだおかげだ。

 

 その様子を俺はずっと眺めていた。

「あぁ、人間って、なんでこうも醜いんだろうなぁ」とか思いながら。

 

 



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―49― 復讐が終わったので

 窓の外を見ると暗雲とした空気がたれ込めていた。

 村長リグルットによる息子のダルガへの拷問は続いていた。

 もうすでに俺の存在は見えていないようで、俺がいなくても拷問は続くのだろう。

 

 復讐とやらは無事終わったのかな。

 ずっと胸に抱いていた、いらだちもわだかまりも消えたと思う。達成感もあるし、満足感もある。

 だが、同時に寂しさも覚えた。

「復讐はなにも生まない」なんて言葉はあるが、確かにその通りだった。

 とはいえ、後悔する気は微塵もないが。

 

「人、たくさん殺したなー」

 

 ふと、そう呟く。

 こんなに殺したらお尋ね者になってしまうな。

 復讐と、傀儡回が人間になるためという理由で人をたくさん殺した。まぁ、俺が殺した数よりも傀儡回が殺した数のほうが圧倒的に多いんだけど。

 そうだ、傀儡回の様子を見に行かないと。

 そろそろ人間になれたんじゃないだろうか。

 あぁ、でも、その前に行きたいところが一つある。

 だから、俺は立ち上がった。

 

 

 

 

 外に出ると異様に静かだった。

 と思ったら、遠くから悲鳴が聞こえた。

 傀儡回はまだ暴れているらしい。

 静かだと思ったのは、村人たちが傀儡回に見つからないように家の中に隠れているからか。

 

 そんな中、俺は目的に向かって歩く。

 

「あった……」

 

 目の前にあったのは、小さな石でできたナミアのお墓だった。

 罪人として扱われていたせいで、葬式にも埋葬にも立ち会えなかった。

 だから、腰を下ろして手を合わせる。

 

「くそ……っ」

 

 突然、目から涙が溢れて出てきた。

 ナミアの死を実感してしまったせいだろう。

 今までは復讐することが俺にとっての原動力だった。

 その復讐を終えた今、俺は次へ進まなくてはいけない。

 だって、復讐っていうのは、過去の屈辱を清算するために行うものなんだから。

 だけど、やっぱりナミアの死が悲しいことに変わりなくて、だから、もう少しここで泣かせてくれ。

 

 それからどれだけの時間が過ぎただろう。

 ナミアと共に俺は孤独の時間を過ごしていた。

 

「そろそろ傀儡回のところに行かないとな……」

 

 そう思って、立ち上がった瞬間――

 

「グゴォオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」

 

 低い物音が響いた。

 あまりにも大きな音で鼓膜がおかしくなる。

 音が発生した方を振り向く。

 そこには、塔より大きい卵形の黒い物体が顕現していた。

 傀儡回だと瞬時にわかる。

 その卵は孵化でもするかのように割れると、その黒い殻は濁流となって村に襲いかかる。

 人間となった傀儡回が誕生した瞬間だ。

 

「傀儡回っ!!」

 

 そう叫びながら、黒い濁流の中を突き進んでいく。

 傀儡回の夢は人間になることだった。それが達成したというなら、それは喜ばしいことに違いない。

 だから、傀儡回に会って祝ってやらないとな。

 傀儡回は結局、男と女どっちになったんだろう。性別だけでなく、見た目も気になる。背は大きいのか、小さいのか。

 髪の色は何色なのか。

 あと、人間になったなら傀儡回と呼ぶのもおかしな気がする。人間らしい名前でもつけてあげたほうがいいのかもな。

 

 黒い濁流の中を進んでいくと、中央に人影が立っているのを見つける。

 その人影が傀儡回だって一目でわかる。

 だから、後ろから声をかけようとして――

 

「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

 

 叫び声が耳をつんざく。

 甲高く、悲痛に満ちた叫び声だった。

 

「傀儡回、一体どうしたんだ?」

 

 そう口にすると、ピクリと傀儡回が反応する。

 俺の存在に気がついたんだろう。

 そして、俺のほうを振り向いて口にする。

 

「違った」

 

 なにが? と聞こうとして――

 

「違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違った、違ったッッッ!!」

 

 傀儡回の言葉に気圧されて、なにも言えなくなる。

 

「わ、私がなりたかったのは人間であって、こんな! 化物じゃない……ッ」

 

 そう言って、傀儡回は泣き崩れる。

 傀儡回の見た目は、右半分は人間の女の子だった。白い肌に幼いけどかわいらしい容姿、それに長い髪の毛。傀儡回が女の子だったんだと納得されられる、そんな見た目だった。

 けど、左半分は違った。

 人間の外側に黒くて光沢もあってまさに化物の肌が張り付いている。

 その上、体のいたるところから触手やら、爬虫類のような目が生えていた。触手の先端には、顎があり鮫のような牙も生えている。

 

「殺して……」

「え……?」

「私を殺して!」

「そんなこと言われても……」

「だって、だって、こんな姿じゃ生きている意味がないッ! だから、お願い……殺してよっ」

 

 涙目で懇願されても、そんなことできるはずがない。

 

「俺はお前がどんな姿でも、いいと思う」

「嘘ッ! そんな嘘つかないでっ!」

「本当だって」

「じゃあッ! ……こんな私を好きになれる?」

 

 そう言われて、一瞬だけ硬直した。

 仮に「好きになれる」と言ったとしても、その言葉はあまりにも薄っぺらな気がして口に出すことができなかった。

 

「やっぱ、無理じゃん」

 

 沈黙を拒絶ととらえたのか傀儡回はそう呟く。

 

「だって、当たり前だよね。化物みたいな姿しているもん」

 

 そう言って、傀儡回が悲痛な表情を浮かべたのを見て、俺はとっさに行動に移していた。

 彼女のことを助けなくてはいけない、そう思って彼女を強く抱きしめていた。

 

「俺はお前ことが好きだよ」

「嘘つかないでよ……っ」

「嘘なんかじゃない」

「優しくしないでよ……。あ、あぁ……うっ、うわああぁああああああああああああああああああああああっ!」

 

 それからひたすら泣き続ける傀儡回をただ抱きしめていた。俺もつられて泣いていたと思う。

 数分ほど、その状態が続いた。

 そして、傀儡回が泣き止んだかと思うと、片手で俺のことを押した。

 押された俺は抱きしめていた腕を解放し、後ろに数歩下がった。

 

「ありがとね、ご主人」

 

 彼女は微笑んだ、次の瞬間――

 上から降ってきた巨大な黒い顎が彼女を丸呑みした。

 

「――は?」

 

 唖然とする。

 さっきまで村を覆っていた黒い液体が徐々に消えていく。

 傀儡回の姿はどこにもなかった。

 彼女は自決したのだ。

 

「なんだよ、これ……」

 

 力なく倒れる。

 なんともいいがたい虚無感が全身を襲った。

 こんな結末のために、俺は今まで戦ってきたのか?

 

「あぁ……あぁっ」

 

 わけわもわからずその場でうずくまって号泣した。

 しばらく号泣した後、ゆっくりと立ち上がる。

 足下がどこかおぼつかないが、それでも俺は歩く。

 

「ちゃんと残っているよな」

 

 そう言いつつ、ステータス画面を開く。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈キスカ〉

 

 スキル1:セーブ&リセット

 スキル2:挑発Lv3

 スキル3:剣術Lv3

 スキル4:なし

 スキル5:鑑定Lv3

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 傀儡回が死んだことでスキル〈寄生剣傀儡回の主〉が消えている。

 けど、確認したかったのは〈セーブ&リセット〉のほうだ。

〈セーブ&リセット〉がある限り、俺は何度でもやり直せる。

 そう信じて、俺は崖から身投げした。

 

 こんな未来のために、努力してきたわけじゃないのは確かだ。

 だったら、望んだ未来を得るために、何度だってやり直すしかない。

 

 



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―50― ローリング

「……やっばり、ここに戻るのか」

 

 目を開けた先は、鎧ノ大熊(バグベア)の群れが出現する部屋の中。

 鎧ノ大熊(バグベア)たちを倒した後まで時間が戻ったのだろう。

 確か、この後、俺は傀儡回と出会うんだ。

 

 この階層には3つの転移陣が存在する。

 1つ目の転移陣の先には、封印されているアゲハがいて、2つ目は吸血鬼ユーディートがいて、3つ目に傀儡回がいる。

 今の俺には、復讐を遂げることよりも傀儡回を人間にしてやりたいという気持ちのほうが大きい。

 傀儡回をちゃんとした人間にするためになら、何度だって時間を繰り返したってかまわないとさえ思う。

 そう決意して、俺は3つ目の転移陣を踏んだ。

 

「確か、この先に傀儡回があるはずだ」

 

 そう口にしながら、一本道をまっすぐ進む。

 

「グルゥウウウッッッ!!」

 

 低く獰猛なうめき声が聞こえた。

 

「あ……?」

 

 目の前にいたのは、黒い影に似た化物だった。

 通路全てを埋め尽くすほど巨大で、体全体を覆うほどの巨大な顎。顎には強靱な牙が生え揃えて、体のあちこちからはいくえにも黒い触手が生えている。

 この特徴は、どことなく傀儡回の〈残忍な捕食者(プレデター)〉に似ている。

残忍な捕食者(プレデター)〉をさらに大きく、より不気味な見た目にすれば、こんな姿になるんじゃないだろうか。

 

「傀儡回か……?」

 

 だから、そう呟いていた。

 確か、ここに剣を模した傀儡回が置いてあったはず。

 なのに、その存在はどこにもなく、化物がいるのみ。

 

「いや、そんなはずが……」

 

 だって、時間が巻き戻るってことはあらゆる事象も元に戻らなくてはいけない。

 だから、ここには寄生剣傀儡回がなくてはおかしい。

 

「いや……」

 

 スキル〈セーブ&リセット〉は死んだことで時間が巻き戻るスキルなのは間違いない。

 時間が巻き戻るってことは、あらゆる記憶や経験はリセットされるということだ。

 けど、時間が巻き戻っても、それらがリセットされない例外は確かに存在した。

 1つは、アゲハ。

 彼女が別の時間軸の記憶を持っているのは言動から明らかだ。

 そして、この傀儡回も例外の1つだった。

 

 初めて会ったときは、寄生剣傀儡回はただ、俺に取り憑いては魔物を次々と食らうだけの存在だった。

 それから何度かループを繰り返した後、それは吸血鬼ユーディートの指南のもと、傀儡回を制御しようとしたとき、彼女は深層世界にて俺にこう告げたのを覚えている。

「君の魂からなんだかなつかしい匂いがするんだ」と。

 これは、別の時間軸の記憶がはっきりとではないにせよ、ある程度保持されている証拠だ。

 

 それからも、傀儡回にはおかしい点がいくつかあった。

 例えば、深層世界での見た目が死に戻りする度に徐々に人に近づいていったり、以前の時間軸では話すことができなかった傀儡回がなぜか喋りかけてきたり。

 本人には自覚はなかったようだが、寄生剣傀儡回には、時間がリセットされても、その影響から逃れることができていた証拠がいくつも見つけることができる。

 

「その結果がこれか……」

 

 目の前にいる完全な化物と化した傀儡回に対してそう呟く。

 詳しい理由はわからない。

 けど、時間が巻き戻った結果、傀儡回は化物になってしまったのだ。

 

「なんだよ、それ……」

 

 力なく呟く。

 だって、傀儡回は人間になりたかったはずだ。

 なのに、この姿はあまりにも人間からほど遠い。

 こんな残酷なこと、あるのかよ……。

 

「あ、あぁ……」

 

 自然と涙が零れる。

 俺はどうしたらよかったんだ……。

 どうすれば、傀儡回を幸せにできた……?

 もしかすると、傀儡回はもう人間になることができないのかもしれない……。

 そう思うと、やるせない感情と憤りが胸中に生じる。

 なんども死に戻りした先に、傀儡回が人間になる未来があるのか……?

 あると信じたいが、その方法が俺には見当もつかない。

 

「ガルッ!」

 

 うなり声が聞こえた同時、俺は傀儡回に丸呑みにされた。

 その数秒後、俺は死んだことを自覚した。

 

 

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

     GAME OVER

 

   もう一度挑戦しますか?

   ▶『はい』 『いいえ』

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

『はい』が選択されました。

 セーブした地点から再開されます。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 

 

 第二章 ―完―

 

 

 



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第三章
―51― いっそのことアゲハを頼るか


 冤罪により、俺はダンジョンの奥地に追放されることになった。

 生まれてこの方、農地を耕すことしかやってこなかった俺にとって、ダンジョン奥地に追放されるというのは、まさに死を意味することだった。

 それもただのダンジョンに追放されるのではなく、S級ダンジョン【カタロフダンジョン】に追放されるのだから、なおのこと生存する希望は薄い。

 案の定、ダンジョンに入った直後、俺は魔物に襲われて死を予感した。

 けれど、その直後、俺に救いの手を差し伸べる者がいた。

 突然現れた謎の影が俺にスキル〈セーブ&リセット〉を与えたのだ。

 そのことによって俺は死に戻りのスキルを手に入れたのだった。

 

 それから数え切れないほどの死を迎えた。

 そして、試行回数およそ560回目にて、転機が訪れる。

 寄生剣傀儡回(くぐつまわし)を使ってダンジョンのボスを撃破することで、ダンジョンを脱出。そして、俺に冤罪をかぶせた村人たちに復讐する機会も与えられた。

 けど、人間になれなかった傀儡回が絶望の末、自決したことで、俺も自死を選んで再び死に戻りすることを選択する。

 

 試行回数およそ570回目。

 暗礁に乗り上げていた。

 今までの時間軸では、傀儡回は剣の姿でダンジョン内に存在していたため、その傀儡回をうまく扱うことで、俺はダンジョンをうまく攻略していた。

 

 なのに、どういう理屈なのか、何度時間を繰り返しても、傀儡回は化物として俺の目の前に現れるようになってしまった。

 その結果、傀儡回に食われて死ぬという結果を俺は何度も繰り返していた。

 

「くそっ、どうすればいいんだ……」

 

 寄生剣傀儡回(くぐつまわし)が使えない現状で、どうやってダンジョンを攻略すればいいのか、全く心当たりがない。

 いや、何度も試行回数を重ねていけば、傀儡回がこの手になくてもこのダンジョンを攻略する方法を見出すことができるかもしれない。

 けど、それじゃ意味がない。

 今の俺の目的は、ダンジョンを攻略することでなく、傀儡回を人間にしてあげることなのだから。

 

「吸血鬼ユーディートを頼るか」

 

 彼女なら、傀儡回を人間にする方法についてなにか知っているかもしれない。

 だから、彼女と接触してみて――いや、彼女と接触すると、今度はアゲハが動き出す可能性がある。

 吸血鬼ユーディートを接触した途端、アゲハが突然現れては彼女を殺した記憶は嫌な思い出だ。

 どうやらアゲハは、俺が吸血鬼ユーディートと接触することをひどく嫌っているみたいだ。

 

「だったら、いっそのことアゲハを頼るか」

 

 以前、アゲハの封印を解こうとしたとき、有無を言わさず殺された記憶がある。

 そのことを思い出すと、アゲハと接触することに強い抵抗を覚える。

 

「だからって、なにもしないわけにいかないもんな」

 

 そう決意した俺は、まっすぐとした足取りで目的地に向かって歩いた。

 

「……見つけた」

 

 1つ目の転移陣の先を歩くと、そこには封印された少女がいた。

 結界の中で、彼女は眠っており、彼女の体には光でできた鎖が結ばれている。

 何度見ても、彼女が結界に封印されている様は綺麗だ、と感じる。

 

「前回は結界を簡単に割ることができたんだよな」

 

 そう呟きながら、結界に触れる。

 途端、結界にヒビが入り、パリンというガラスが割れるような音と共に、結界が壊れていく。

 これで彼女の封印は解かれた。

 それと同時に、俺は後ろに大きくステップして、彼女から離れる。

 目覚めた途端、いきなり攻撃してきてもおかしくない。

 

「ん……っ」

 

 と、アゲハは吐息を出しつつ、目をゆっくり開ける。

 

「誰……?」

 

 それが彼女の第一声だった。

 思わず俺は目を見開く。

 

「俺のこと、覚えていないのか?」

 

 彼女は今まで様々な時間軸で出会ってきたが、俺と同様に他の時間軸の記憶を保持していることは彼女の言動から明らかだった。

 だから、俺のことは覚えていて当然だと思っていたが。

 

「どこかでお会いしたのかしら。だとしたら、ごめんなさい。私、あなたのことを思い出せないわ」

「いや、覚えていないなら、別にいいんだ」

 

 そう言いつつ、俺は安堵していた。彼女が過去のことを覚えていないなら、それはそれで都合がいいような気がする。

 

「その、会ったばかりの人にこんなことを聞くのは奇妙なことかもしれないけど、ひとつ質問してもいいかしら?」

「あぁ、もちろんなんでも聞いてくれ」

 

 俺が頷くと、彼女は「そう、ありがとう」と返事をしてから、こう口にした。

 

「私が誰だか、あなた知っていたりする?」

「……は?」

 

 彼女がなにを言っているのか理解するのに、数秒ほど時間を要した。

 

 



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―52― 今後の方針を固めていた

「えっと……」

 

 俺はなんて言うべきなのか、困っていた。

 アゲハの封印を解いたと思ったら、彼女はこう口にしたのだ。

「私が誰だか、あなた知っていたりする?」と。

 

「その、記憶喪失なのか?」

「記憶喪失……。そうね、今の状況を顧みるとその表現が正しいのかもしれないわね」

 

 記憶喪失。

 その症状自体はよく耳にしたことがあるが、こうして目の当たりにするのは始めてだ。

 

「俺はあんたの名前を知っている。あんたの名前はアゲハ・ツバキだ」

「……アゲハ・ツバキ。なぜだか、あまりピンと来ないわね。それで、ここはどこなのかしら?」

「ここはダンジョンの中だ」

「ダンジョン? ダンジョンってなに?」

「えっと、ダンジョンってのは、魔物が生息する迷宮のことだ」

「魔物……? 魔物ってなに?」

「魔物ってのは、人間のことを襲う化物みたいなもんだ」

 

 こう、なにに対しても質問をされるのは、少し疲れるな。

 

「ふーん、なんだかゲームの世界にでも迷い込んでしまったみたいな話ね。もしかして、私ドッキリにかけられている?」

 

 アゲハがなに言っているのか全く理解ができなかった。

 

「でも、ドッキリしては凝り過ぎだし、やっぱり現実かー」

 

 とか言いながら彼女はダンジョンの壁をペタペタと触っていた。

 

「それで、あなたの名前はなに?」

 

 と、彼女は俺の方を振り向いて口にする。

 

「キスカだ」

「キスカか。ねぇ、キスカってかっこいいね。けっこうタイプかも」

 

 彼女が上目遣いでそう口にした途端、思わず身震いする。彼女に好かれるのは、正直勘弁願いたい。

 

「それで、アゲハはなにかも忘れているのか?」

「どうだろ……? 言葉はこうして覚えているわけだし。ただ自分が何者でなにをしていたのか、よく思い出せないわ」

「寄生剣傀儡回(くぐつまわし)のことは、なにか知っているか?」

「……寄生剣傀儡回(くぐつまわし)

 

 彼女はなぞるように言葉を繰り返す。

 

「知っているわ」

 

 そして、彼女はそう呟いた。

 

「ほ、本当か?」

 

 思わず大声を出してしまう。

 

「ちょ、ちょっと待って。知っていると言っても、どこかで名前を聞いたことがあるなぁってぐらいよ。だから、ごめんなさい。詳しいことは、なにもわからないわ」

「そ、そうか」

「でも、そうね……。寄生剣傀儡回か。なにか重要なことを忘れているような気がするけれど、ごめんなさい。やっぱり思い出せない」

 

 重要なことって、一体なんだ?

 もしかして、その記憶が寄生剣傀儡回を人間にする方法だとするならば、都合が良いんだけどな。

 そう確信できたなら、彼女の記憶が戻る手伝いをしてあげたいと思うんだが。

 

「そんなことよりキスカ。いつまでも、ここにいても仕方がないでしょ。先に行きましょう」

「それもそうだな」

 

 そういうわけで、彼女が先導する形で、俺たちはダンジョンを進んだ。

 

 そんな中、俺は考えていた。

 このまま彼女と、ダンジョンを攻略するのが、本当に正解なのかどうか。

 彼女の記憶が戻れば、傀儡回についてなにかがわかるかもしれないという希望的観測があるとはいえ、他人の記憶を戻す方法なんかに心当たりはないし、仮に記憶が戻ったとしても、傀儡回を人間にする方法を知っているとは限らない。

 このまま彼女と行動を共にするよりも、

 

「吸血鬼ユーディートを頼ったほうがいいかもな」

 

 小声でそう口にする。

 アゲハが「なにか言った?」と振り向くが、俺は首を横にふって否定する。

 

 彼女がこうして記憶喪失なら、吸血鬼ユーディートと接触したとしてもアゲハが襲ってくることは万に一つもない。

 だったら、吸血鬼ユーディートを頼るのが一番確実。

 俺は密かに今後の方針を固めていた。

 

 



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―53― 吸血鬼ユーディートとの対面

 吸血鬼ユーディートを頼ることを決めた俺はアゲハを連れて、ダンジョンを進んでいた。

 

「アゲハ、少しここで大人しくしていてくれ」

「うん、わかった」

 

 アゲハは頷くと、隠れるように壁際に身を寄せる。

 通路を曲がった先には、人狼(ウェアウルフ)が徘徊していた。

 まいったな。

 あの魔物がいる地点を抜けないと、吸血鬼ユーディートのいる場所までたどり着くことができない。

 今の俺は、スキルが〈挑発〉だけで、武器を一つも持っていない。

 この状況では、流石に魔物を一体倒すのさえ難しい。

 アゲハも記憶喪失だから、戦うのは無理だろう。

 これは詰んだかもしれないな。

 いや、待てよ。この方法なら、突破できるかもしれない。

 悪くない案を思いついた俺は、早速実行に移そうとアゲハに話しかける。

 

「なぁ、アゲハ、〈アイテムボックス〉を使えるか?」

 

 以前、アゲハと共にダンジョンを攻略した際、アゲハが〈アイテムボックス〉を駆使していたことを思い出す。

 

「え? 〈アイテムボックス〉。なにそれ……?」

「アゲハが使うことができるスキルだ。色んな武器や食料を自在に収納できるんだよ」

 

 記憶を失っていても、スキルまで失っていないはず。

 そう思って、俺はアゲハに力説する。

 

「えっと……待って。えっとえっと、もしかして、これ……?」

 

 ふと、アゲハは手元に宙に浮いた魔法陣を展開した。

 そうだ、アゲハが〈アイテムボックス〉を使っていたときも似たような現象が起きていたことを覚えている。

 

「その〈アイテムボックス〉の中に、武器とか入ってないか? 剣があると助かるんだが」

「えっと……待ってね。これかな?」

 

 そう言いながら、アゲハ青白く光る大剣を〈アイテムボックス〉から取り出す。

 確か、この剣はアゲハが使っていた覚えがある。

 

「頼む。その剣を貸してくれない」

「うん、それはかまわないけど」

「ありがとう」

 

 アゲハから大剣を受け取る。

 ずっしりとして重いな。

 けど、なぜだろう。持っただけなのに、力がどこからともなく湧いてくるのを自覚する。

 よし、剣がある今なら、魔物を倒せるかもしれない。

 スキル〈剣術〉をまだ獲得していないのが心許ないが、最善を尽くしてはいるはずだ。

 

「アゲハ、しばらくそこで隠れていてくれ」

「うん、わかった」

 

 アゲハが了承したのを確認すると、俺は通路へと思いっきり躍り出た。

 

「よぉ、雑魚が。かかってこい」

 

 まず、人狼(ウェアウルフ)に対して〈挑発〉を使う。

 

「クガァアアアアッ!!」

 

 怒った人狼(ウェアウルフ)が雄叫びをあげながら、一心不乱に突っ込んでくる。

 よしっ、攻撃を誘導することに成功した。

 後は、カウンターをいれるだけ!

 グサッ、と大剣が人狼(ウェアウルフ)の体を一直線に切り裂く。

 

「え?」

 

 まさか、一撃で倒せると思わず驚く。

 俺の力ではない。もしかして、この剣のおかげでこうも簡単に倒せたのかもしれない。

 

「すごいっ! すごいっ! キスカ、すごいっ! あんな強そうな魔物を簡単に倒せちゃうなんて!」

 

 飛び跳ねるように喜びながらアゲハが近づいてくる。

 

「いや、魔物を倒せたのはアゲハの剣のおかげだ。俺の力じゃない」

「そんなことないよ。キスカの力だよ! あんな簡単に倒せるなんて、キスカって、こんなに頼りになるんだ」

 

 アゲハの異様な持ち上げに俺は苦笑いした。

 本当に、俺の力なんかではないんだが。

 それからも何体かの魔物と遭遇したが、アゲハの剣のおかけで難なく撃破することに成功する。

 

「確か、この辺りだったかな?」

「なにを探しているの?」

「あぁ、この辺りに隠し通路を出すスイッチがあったはずなんだ」

 

 とか思っている矢先、ポチッとボタンを押す感触を得る。

 すると、地響きを鳴らしながら、なにもなかったはずの壁が開いては隠し通路が出現した。

 

「へー、キスカ。こんな通路も知っているなんて、物知りなんだー!」

「まぁな」

 

 アゲハの賞賛を軽く流す。

 この隠し通路は吸血鬼ユーディートに教えてもらったものだから、あまり自分の手柄のようには思えなかった。

 

「アゲハ、今からある人に会おうと思うんだが、それにあたって気をつけて欲しいことがある」

「気をつけてほしいこと?」

「あぁ、その人はかなり気難しい人でな、怒らせたら最後、俺たちはあっさりと殺されてしまう」

「え……っ、そんな人に会わなくてはいけないの?」

「あぁ、その人は物知りだからな。対応さえ間違えなければ、俺たちの助けになってくれるはずだ」

「わ、わかった。キスカが言うことだから信じる」

 

 アゲハは不安そうな表情しながらも、俺に賛同してくれる。

 どうやらアゲハ俺を全面的に信頼してくれているようだ。そんな風に、簡単に人を信頼するようでは将来誰かに騙されるんじゃないかと、いらぬ心配をしてしまいそうになる。

 まぁ、素直に従ってくれるので非常に助かってはいるんだが。

 

「それで、その怖い人に会うとき、私はどうしてたらいいかな?」

「あぁ、アゲハは大人しくしれてるだけでいい。基本、俺が対応するから」

 

 吸血鬼ユーディートに対面する際の注意点を一通り説明することできた。

 

「ふへへ」

「ん? なんで、ニヤついてんだ?」

 

 これから怖い人に会うと言った手前、緊張こそすれ笑みを浮かべているので、つい気になってしまう。

 

「あぁ、えっと、キスカが頼りになるから、キスカがいてくれて本当によかったなぁ、って嬉しくて、ついニヤついちゃった。その、気に障ったなら、ごめんなさい」

「いや、ただ気になっただけだから、別に謝らなくていいよ」

 

 まぁ、下手に緊張されるよりは、この方がいいのかもしれないな。

 それからは吸血鬼ユーディートがいるであろうと場所まで、ひたすら歩いた。

 途中、魔物と接敵することもあったが、アゲハの剣を使えば容易に退けることができた。

 

 確か、この辺りにいたよな。

 そんなことを思いながら、進むと、遠くに人影が見えた。

 あぁ、あれが吸血鬼ユーディートか。

 少しだけ緊張する。

 吸血鬼ユーディートは挨拶を間違えると平気で殺しにかかってくるからな。

 とはいえ、別の時間軸でユーディートとは何度も接してきた経験がある。だからこそ、大丈夫だろう。

 

「アゲハ、ここで待ってくてくれ」

「わかったわ」

 

 ユーディートに聞こえないよう小声でやりとりをした俺は、彼女のいるほうへ近づいた。

 

「偉大たる吸血鬼ユーディート様、お初にお目にかかります」

 

 膝をついて頭をさげて挨拶する。

 仰々しいぐらい丁寧に挨拶すれば、彼女は応対してくれるはずだ。

 それから、彼女の言葉を待った。

 

「…………………………」

 

 いつまで待っても返答がなかった。

 おかしいな。

 今まで彼女と応答してきて無視されることはなかったんだが。

 そう思いながら、少しだけ顔をあげる。

 

「ねぇ」

 

 それは、アゲハの声だった。

 あろうことか、彼女は俺より前に出て、ユーディートの側に立っていたのだ。

「おい、なにしてんだよ!」と、咄嗟に叫びそうになる。そんなことしたら、ユーディートが怒って、俺たちを殺してしまうかもしれない。

 いや、まだ挽回できるはずだ。

 ひとまず「失礼しました!」と非礼を詫びて、それから、言い訳を考えよう。

 けれど、「しつれ――」まで言いかけるも、その続きの言葉はでてこなかった。

 というのも、俺の言葉はアゲハの声によって、かき消された。

 アゲハは俺に対して、こう言ったのだ。

 それは、あまりにも衝撃的な一言。

 

「この人、死んでいるよ」

 

 そう、吸血鬼ユーディートはすでに死んでいた。

 

 



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―54― 褒めてー

 吸血鬼ユーディートが死んでいるのは、誰の目にも明らかだった。

 彼女の胴体は椅子に座ったままだが、首から上は繋がっておらず、近くに粉々に砕かれた頭が床に転がっていた。

 あまりにも惨い死に様だ。

 吸血鬼ユーディートと初めて応対するときは頭を下げて目を合わせない方がいいというのを実行していたせいで、彼女が死んでいることに気がつくのが遅れてしまった。

 

「これって、誰かに殺されたんだよね……」

 

 死体を見たアゲハはそう言う。

 見たくない物を見てしまったとばかりに彼女はしかめっ面をしていた。誰だって、残酷に殺された死体なんて見たくないだろう。

 

「そうだな」

 

 吸血鬼ユーディートがダンジョンに潜む魔物に殺されたとは考えづらい。

 それは吸血鬼ユーディートが魔物なんかよりも強いからという理由もあるが、彼女の死体につけられた切断面があまりにも綺麗だったのだ。

 刃物で斬られたような切り口だ。

 それに、胴体が椅子に座っていることから、吸血鬼ユーディートは直前まで敵の存在に気がつかなかった可能性が高い。

 そんなことができるのは、意思を持った魔物でない誰かでないと無理だろう。

 それも吸血鬼ユーディートをあっさり殺せるだけの力をもった誰かによって。

 

 一体、誰が……?

 考える。

 けど、犯人の心当たりさえ全く思いつかない。

 まず、アゲハは俺とずっと一緒にいたことからあり得ない。

 寄生剣傀儡回(くぐつまわし)は巨大な化物になっている。そんなやつが近づいてきたら、吸血鬼ユーディートは気がつくはずだ。

 例え、殺されるとしても立った状態で殺される。

 他に、吸血鬼ユーディートに対抗できそうな存在はいるか?

 俺はこのダンジョンを何度も探索してきたが、そんな奴に覚えはないぞ。

 

「ねぇ、キスカ。これからどうするの?」

 

 不安そうにアゲハが尋ねる。

 

「そうだな。ひとまず、ダンジョンの外に出ることを考えるか」

 

 吸血鬼ユーディートを頼れないとわかった以上、俺たちの力でダンジョンの外に出るしかない。

 寄生剣傀儡回(くぐつまわし)を人にする方法を探すのは、ダンジョンの外に出てからのほうが効率的にできるだろうし。

 大きな懸念的は、吸血鬼ユーディートを襲った犯人が俺たちを襲ってくる可能性か。

 動機が一切わからないのが怖いな。

 もし、快楽殺人者だった場合、意味もなく俺たちを殺しにくるだろうし。

 ユーディートをあっけなく殺した人物だ。

 恐ろしいほど強いに違いない。

 戦ったら、間違いなく俺たちが殺されるだろうな。

 

 

 

 

 それから俺とアゲハは黙々とダンジョン攻略をすべく強化を図った。

 まず、俺は〈知恵の結晶〉というスキルを獲得できる隠し部屋にて、スキル〈剣術〉を獲得する。

 それから大量にスキルポイントを獲得できる金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)がいる隠し部屋も利用させてもらう。

 今まで攻略の助けになっていた寄生剣傀儡回(くぐつまわし)はないが、代わりに装備したアゲハの大剣は非常に使い勝手がよく、無事金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)の部屋を突破することもできた。

 

「あの、キスカ。お願いがあるんだけど、いいかな?」

「お願いって、なんだ?」

「私もキスカと一緒に戦いたい!」

 

 あるとき、アゲハがそう主張した。

 今まで俺ばかり戦っていたことに申し訳なくなったんだろうか。

 

「そうか。じゃあ、一緒に戦うか」 

「えっ? いいの!?」

 

 了承されると思わなかったとばかりに彼女は驚く。

 

「なんで、そんなに驚くんだよ」

「だって、キスカならダメって言うかなと思ったから」

 

 まぁ、アゲハが普通の女の子ならダメと言ったんだろうけど、彼女の正体は勇者で俺なんかよりもずっと強いからな。

 アゲハが戦ってくれるというなら、それはものすごく心強い。

 

「それじゃあ、これからはアゲハの特訓をしようか」

「うん、わかった!」

 

 彼女は元気よく頷いた。

 

 

 

 

「見て、キスカっ! 魔物を倒せたよ!」

 

 倒した魔物を前に喜ぶアゲハ。

 その姿に俺は感嘆していた。

 彼女は記憶を失っているものの、戦い方を体が覚えていたのか、なんの問題もなく魔物を討伐していた。

 流石、勇者というべきか、彼女の動きは俺なんかよりも洗練されている。

 

「ねぇ、キスカ。褒めてー」

「偉い、偉い」

 

 と言いながら、頭を撫でてやると彼女は頬を弛緩させる。

 ちなみに、アゲハから借りていた大剣は彼女に返し、今は彼女が使っている。

 代わりに俺は金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)から奪った片手剣を使っている。

 

「よしっ、この調子で先に進むか」

「うんっ!」

 

 彼女が戦ってくれることで戦力も単純に二倍になった。

 アゲハとの関係も全くもって順調だし、この調子ならダンジョンのボスも倒せるかもしれないな。

 と、このときの俺は安易に考えていた。

 

 



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―55― お風呂

 それからアゲハとのダンジョン攻略は順調に進んだ。

 アゲハと俺が協力すれば、どんな魔物だって討伐できる気さえする。

 

「今日はこの隠れ家を使おうか」

「うん、わかった」

 

 吸血鬼ユーディートに教わった隠れ家の一つを指してはそう言う。

 やはり魔物との戦闘は疲労が溜まる。

 無理して進めばもっと奥に行けるんだろうが、アゲハもいることだし焦らず余裕のあるうちに休憩するのがいいんだろう。

 

「わー、広いね。ここ」

 

 隠れ家に入ったアゲハがそう口にする。

 確かに他の隠れ家よりも広い造りになっている。

 ソファはもちろん、テーブルや椅子、ソファなんかも置かれてある。

 ちなみに、トイレもある。

 どういう仕組みだろうと覗いたら、粘液生物(スライム)が中に生息していた。

 ここまで設備がしっかりしていると一般的な住居とそう変わらないな。

 思い返してみれば、吸血鬼ユーディートは血をティーカップに入れて飲んだりと、こだわりが強いタイプだったな。

 この隠れ家も吸血鬼ユーディートが力を入れて用意したものなんだろう。

 

「そうだ、ご飯の準備をしなくちゃ」

 

 そう言って、ソファでゆっくりしていたアゲハが立ち上がる。

 それから〈アイテムボックス〉に入れてあった魔物の肉を取り出す。

 

「アゲハは疲れてるだろ。俺が用意するから休んでいていいぞ」

「ううん、そんなの悪いよ。私にも手伝わせて」

 

 と言って、手伝おうとしてくれる。

 隠れ家で過ごすのは二度目で、食事を用意するのも二回目なので、アゲハは手際よく食事を準備を手伝ってくれた。

 と言っても、作る料理は単純だ。

 魔物から採取した魔石を使って火を起こし、隠れ家に置いてあった鉄板の上に魔物の肉を置く。

 それから、これも隠れ家にあった塩と胡椒で味付け。

 ついでに、今日は薬草を採取できる一帯を見つけたので、その薬草も一緒に焼く。

 薬草は傷を癒やす効果があることで市場に出回っているが、香り付けとして料理にも使われることも多い。

 それを実践してみたというわけだ。

 

「けっこうおいしいかも!」

 

 一口食べたアゲハがそう口にする。

 

「そうか? 単純な味付けだから微妙かと思っていたが」

「そんなことないよ! お肉をがっつり食べられるなんて、けっこう幸せかも~」

 

 そう言ってアゲハは微笑む。

 おいしそうに食べてくれると、なんだかこっちまでその気になってくるから不思議だ。

 自分にとっては何度も口にしたありきたりな料理だが、今日はいつもに比べておいしかった。

 

 

 

 

「あとは、お風呂があれば完璧なんだけどなー」

 

 食事も終わりソファでゆっくりしていたアゲハが唐突にそんなことを口にする。

 確かに、隠れ家にはベッドとソファがあって、足りないものといえば、お風呂ぐらいだ。

 傀儡回しと攻略していたときは風呂なんかに入らず黙々と攻略していたが、吸血鬼ユーディートと過ごしていたときはどうしてたっけ?

 

「あ、もしかしたら、お風呂あるかもな」

 

 よくよく思い返せば、ユーディートと過ごしたとき、何度かお風呂に入った覚えがあるような。

 

「ほ、ホント!?」

 

 そう言ったアゲハは目を輝かしていた。

 

「いや、この隠れ家にあるかどうかまではわからんから、そんな期待されても困る」

 

 とか言いつつ、隠れ家の中を探索する。

 あっ、こんなところに扉があるじゃん。

 開けたら木の桶でできたお風呂が置いてあった。

 

「おーっ、お風呂だぁ!」

 

 後ろからのぞき込んだアゲハが歓声をあげていた。

 えっと、風呂を準備するには、水属性の魔石と火属性の魔石を使うんだったよな。

 魔物から採取できる魔石には基本的に4種類存在し、その内わけは光、火、水、風、となっている。

 光属性の魔石は照明に、火属性の魔石は火を起こしたり物を加熱するのに利用され、水属性の魔石は水や氷を発生させてくれる。

 だから、お風呂や冷蔵庫には水属性の魔石は必要不可欠なわけだ。

 ちなみに、風の魔石は発生させる風で様々な道具の動力源になってくれている。

 と、そういうわけで魔石を使ってお風呂の準備を始める。

 

「アゲハ、先に入っていいぞ」

 

 風呂の準備が終わるとアゲハにそう告げる。

 

「えー、そんなの悪いよ。キスカが先に入って」

「いや、遠慮しなくていいから。ほら、先に入ってしまえ」

「そういうことなら、先に入るね」

 

 遠慮がちながらも頷いたアゲハはお風呂場に行く。

 俺はアゲハが風呂からあがるまで特にやることもないし、ソファにでも座って、ゆっくりするかな。

 

「キャァアアッッッ!!」

 

 ソファに座った瞬間だった。

 大きな悲鳴が聞こえた。

 お風呂場からだ。

 

「おい、どうした!? アゲハ」

 

 慌てた俺は、風呂場の扉を開ける。

 そこには床にへたれ込んでいるアゲハの姿があった。

 

「あっ、いや……お湯が思ったよりも熱かったからびっくりしちゃって」

「あー、そうだったか」

 

 なんだ、そんなことか。悲鳴をあげるから、もっと重大な問題でも起きたのかと思ってしまった。

 

「あ、あのね……キスカ。その、見られてると少しだけ恥ずかしいかも」

「あ、悪い」

 

 とっさに目をさらす。

 決してジロジロ見ていたわけではないが、視界に入ってしまったのは事実だ。

 アゲハの華奢な体型とか豊満ではないが触ったらちゃんと柔らかそうな胸とか、そういう見てはいけないものが視界に入っていた。

 

「まぁ、キスカになら見られてもそんな悪い気はしないんだけどね」

 

 なんて意味深なことを言うんだよ。

 どういう意味だよ、と聞きたい欲求にかられるが、口には出さなかった。

 

「湯加減を間違えてしまったのかもな」

 

 ひとまず話題を変えなくてはと思い、そう口にする。

 お風呂が熱かったのは、火属性の魔石を使った火力調整を間違えてしまったのが原因に違いない。

 

「水属性の魔石を使えば、丁度良い湯加減になると思うが」

「あっ、あの、お願いしてもいいかな? 魔石の使い方よくわかんないから」

「……もちろん、それは構わないが」

 

 頷きながら、水属性の魔石を手にする。

 水属性の魔石に含まれている魔力を操作すれば、冷気を生むことができる。その状態の魔石を風呂の中に入れれば、ちょうどいい湯加減になるはずだ。

 ただ、すぐお湯が冷めるわけではないので、少しの間待つ必要があるのだが、待っている時間がすごく気まずい。

 だって、隣に目をやれば、すぐに近くに裸のアゲハがあるんだから。

 意識しないようにとしつつも、やはり意識してしまう。

 

「ねぇ、キスカ」

「な、なんだ?」

 

 突然話しかけてきたアゲハに思わずしどろもどろになってしまう。

 

「私の裸を見たから、ドキドキしているでしょ」

 

 図星だった。

 

「だったらなんだよ」

 

 けれども素直に認めてしまうわけにいかないという反抗心が芽生えたのか、俺は素っ気なさを装って応える。

 

「キスカが見たいなら、もっと見てもいいよ」

 

 ボソッ、と耳元で囁かれる。

 瞬間、俺の中でなにかが壊れてしまった。

 振り返った俺はアゲハの裸をマジマジを見る。

 そして、肩に手をのせて、

 

「どうなっても知らないぞ」

 

 そう口にする。

 すると、アゲハはコクリと頷く。

 えっ、本当にいいの? なんか自分で言っておいて不安になるんだが。

 ひとまず、なにをすべきだ?

 とりあえず唇でも奪えばいいのか?

 なんてことを考えながら、彼女の唇を見て――

 

「あっ」

 

 彼女の唇がかすかに震えていることに気がつく。

 その上、彼女は顔を真っ赤にさせて俯いていた。

 ひどく緊張しているのが、目に見えてわかる。

 なにをやってるんだ、俺は……。

 冷静になって思う。なんて馬鹿なことをしようとしているんだろう、俺は。

 

 だから、プニッと彼女の頬を軽くつねり、言ってやった。

 

「あまり大人をからかうな」

「ふぇ」

 

 つねられると思ってなかった彼女は、おかしな声を発していた。

 すでに、お湯は十分すぎるぐらい冷えていた。

 

 

 

 

「それじゃ、キスカ。おやすみなさいっ」

「あぁ、おやすみ」

 

 アゲハをベッドに寝かせて、俺はソファで横になる。

 ダンジョンを攻略して疲れているはずなのに、どうにも寝付けなかった。

 さっきお風呂場でアゲハと変な空気になってしまったせいだろうか。

 いや、それもあるだろうが、もう一つ大きな理由があった。

 あのときの、悪夢を思い出してしまったのだ。

 まだダンジョン攻略が浅いとき、俺はアゲハに襲われそうになった。それを拒絶した結果、アゲハは絶望して自殺した。

 また、あのときみたいに、就寝した途端、アゲハが俺のとこまでやってきて襲ってくるんじゃないだろうかって不安がこみ上げる。

 もし、そうなったら、恐らく俺は受け入れるんだろうな。

 だって、拒絶してまた自殺なんてされたら、今後こそ発狂してしまいそうだし。

 それに、彼女は一目見たときからかわいいと思っていた。

 結界に閉じ込められているアゲハほど、俺は心の底から美しいと思ったものはない。

 それに彼女との関係も良好だ。

 だから、断れる理由なんてどこにもない。

 ひたすら、俺は自分に言い聞かせていた。

 同時に悶々と過ごしていた。

 おかげで、しっかり眠りにつくこともできず、気がつけば起きる時間になっていた。

 そう、結局、彼女が襲ってくることはなかったのだ。

 

「キスカ、よく見ると目に隈ができているよ。もしかして、しっかり眠ることできなかったの?」

「あぁ、実はそうなんだ。ダンジョンをどう攻略するか考えていてな……」

「そうなんだ。けど、眠いまま進むのはよくないから、もう少し寝たほうがいいんじゃない?」

「あぁ、そうだな。もう少しだけ眠らせてくれ」

「うん、いいよ。おやすみなさい」

 

 俺はベッドに倒れるように寝転がりながら、考えていた。

 これじゃあ、俺だけ一人で盛り上がっているみたいではないか。

 なんだよ、美少女が近くで寝ているせいで悶々として眠れないって。

 ひどい妄想もいいところだ。

 めちゃくちゃ恥ずかしいな。

 

 

 

 

「わーっ! 見て、キスカ。倒せたよ!」

 

 魔物を討伐してことをぴょんぴょんと跳ねることで喜びに表すアゲハがいた。

 そして、アゲハは俺のことまで来て、なにかを待つようにジッとする。

 これはあれだ。

 撫でて欲しいって合図だな。

 

「アゲハはすごいなー」

「えへへー」

 

 撫でてやると彼女は頬を弛緩させて喜ぶ。

 小動物みたいでかわいい。

 

「しかし、いつの間に、ボスがいる部屋まで来ていたなー」

「ねー、ホントびっくりだよねー」

 

 そう言いながら、二人でボスがいる大きな扉を見上げる。

 

「キスカ、これからボスの部屋に入るの?」

「いや、一つだけ寄っておきたいところがある」

「寄っておきたいとこー?」

 

 確か、この辺りに隠し部屋に繋がるスイッチがあったはずだ。

 あった、これだ。

 

「おぉっ! こんなところに隠し部屋が! キスカはなんでも知っていてすごいでありますなー」

 

 テンションが高いのか、アゲハの語尾がおかしいことになっている。

 

「おいおい、いくらなんでも俺のことを褒めすぎだ。そんな褒められると調子のってしまうぞ」

 

 ちなみに、俺もけっこうテンション高い。

 

「えー、でも、キスカは本当にすごいよー。私、キスカよりもすごい人に出会ったことないもん」

「お前、自分が記憶喪失だってこと忘れてるだろ。俺以外に出会った人覚えてないくせに、よく言うぜ」

「おー、そうじゃった。私、記憶喪失だから、キスカ以外の人を知らないんじゃったー」

「このうっかりさんめー」

 

 なんて二人でふざけている間に、宝箱の置いてある場所までたどり着く。

 この宝箱の中には〈英明の結晶〉というランダムでスキルが手に入るアイテムが入っている。

 

「この宝箱を開けるとスキルが手に入るんだが、どうする? アゲハが開けてもかまわないが」

 

〈知恵の結晶〉の宝箱は俺が開けて、スキル〈剣術〉を獲得したからな。

 順番を考えるなら、次はアゲハに譲るのが道義だ。

 

「私はいいよ。キスカが開けて」

 

 予想通りとはいえ、やはり俺に譲ろうとするか。

 

「遠慮なんてしなくていいんだぞ」

「んー、遠慮とかじゃなくて。多分だけど、私はこれ以上スキルを手に入れることができないような気がするんだよねー」

「そうなのか」

 

 確かに、スキルは一人五個までと決まっている。

 アゲハは勇者なんだし上限までスキルを持っていてもおかしくないな。

 

「まぁ、そういうことなら、申し訳ないが俺が開けさせてもらうよ」

「うん、全然遠慮しなくていいからねー」

 

 というわけなので、宝箱を開けた。

 さて、どんなスキルが手に入るかな。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル〈誓約〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

「ん?」

 

〈誓約〉って、一体どんなスキルなんだ?

 

「どんなスキルが手に入ったの?」

「戦いには役に立たないスキルだな」

 

 うん、どういうスキルかわからないが戦闘では役に立たないことは断言できる。

 

「あちゃー、そりゃ、残念だね」

「まぁ、ランダムだし、仕方がない」

 

 正直、今の持っているスキルで満足しているしな。

 アゲハと二人なら問題なくボスを討伐できるだろう。

 

 



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―56― そこにいたのは

「それじゃあ、扉を開けるぞ。準備はいいか?」

「うん!」

 

 多少は緊張しているようで、アゲハの返事は声がうわずっていた。

 心の中で最後の確認をする。

〈剣術〉と〈挑発〉、どちらのスキルもレベル3まであげた。

〈誓約〉はレベルの概念がないタイプのスキルだったので、そのままだ。

 装備は金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)の片手剣。使い勝手はとてもいい。

 それに、アゲハに必勝の作戦を伝えてある。

 よし、やり直したことは無いな。

 

「いくぞ、アゲハ」

 

 そう言いながら、扉を開けた。

 

「クゴォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」

 

 魔物の叫び声が聞こえた。

 大百足(ルモアハーズ)、S級の魔物。

 強力な毒をもったムカデ型のモンスター。

 大丈夫、一度倒したことがある魔物だ。だから、今回も倒せるはず。

 

「アゲハ、あの魔物が出す毒には気をつけろよ」

「うん、わかった」

 

 返事をアゲハは俺から離れるように跳躍する。

 事前に告げた作戦通りの動きだ。

 

「よぉ、化物。俺と一緒に踊ろうぜぇ」

「クシャァアアアアアッッッ!」

 

〈挑発〉にのった大百足(ルモアハーズ)は俺に突撃してくる。

 それを剣で弾き飛ばす。

 

「やっぱ、かてぇな、おい!」

 

 大百足(ルモアハーズ)の鱗は鋼のように硬い。おかげで、剣で切り裂こうとしても、弾き飛ばされる。

 だからといって、怖じ気づくわけにはいかない。

 

「おら、この程度じゃ、俺はなんともねぇぞ!」

 

 さらに〈挑発〉を使う。

 そして、また突撃してきた大百足(ルモアハーズ)を剣で弾く。

 キン! キン! と、金属音が何度も発生する。

 ビュ――ッ、と大百足(ルモアハーズ)がなにかを飛ばしてきた。

 

「あっ」

 

 大百足(ルモアハーズ)が飛ばしたのは毒だった。

 その毒を剣で受け止めて、なんとか体に触れないようにする。

 けど、毒に触れた剣は無事では済まなかった。

 剣はマグナに触れたときのように、ジュッと音を立てながらあっという間に溶けてしまった。

 まずいっ、武器を失ってしまった。

 

「キスカッ!」

 

 アゲハが叫んでいた。

 目で俺のことが心配だと訴えかけていた。

 今すぐにでも飛び出して俺を助けに行きたい、という感情が全身からあふれ出ている。

 

「アゲハ、俺のとこにくるな!」

 

 だから、そう言って、アゲハを制止させる。

 

「でもっ!」

「俺のことを信じろ! だから、お前はやるべきことをやれ!」

 

 そう言うと、アゲハは下唇を噛みながら首を縦に振る。

 大百足(ルモアハーズ)を倒すには、今、アゲハに来てもらっては困る。

 気持ちはわかるが、今は耐えていてくれ。

 

「おい、俺を殺したいなら、よく見て狙え」

 

 再び〈挑発〉を使って、大百足(ルモアハーズ)の気を引く。

 武器を失ってしまったのは痛いが、後は攻撃を避け続けることだけを考えればいい。

 

「クシャァアアッ!」

 

 それから、大百足(ルモアハーズ)の攻撃をひたすら避け続けた。

 避けて、避けて、避けて、避けて、避けて、避けて――もう、何度目かになる攻撃を避けたそのとき――、

 

「キスカ、お待たせ」

 

 アゲハの声が響いた。

 

「アゲハ、いけぇええええッッ!!」

 

 俺は全力で、彼女を鼓舞する。

 以前、アゲハが俺に見せてくれた技を記憶を失った彼女に教えたのだ。

 その技は発動まで時間がかかる。

 だから、俺がひたすら魔物の攻撃を引きつけて、その間に彼女に攻撃の準備をしてもらった。

 その技の名前は――

 

「聖道式剣技、竜殺斬(りゅうさつざん)ッッッ!!」

 

 あらゆる敵を一撃で葬る必殺技だ。

 迸る閃光と共に、彼女が一直線上に移動しながら斬りつける。彼女の大剣に触れた瞬間、大百足(ルモアハーズ)の硬い鱗はたやすく切り裂かれる。

 

「クゴォオオッッ!!」

 

 大百足(ルモアハーズ)が最期の呻き声を出しながら、力を失って倒れる。

 それと同時に、アゲハは「ふぅ」と息を吐いて力を抜いた。

 彼女が通った先には、何物も残らなかった。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 魔物の討伐を確認しました。

 スキルポイントを獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 そのメッセージウィンドウが表示されて倒したことを実感する。

 

「アゲハ、やったなッ!!」

 

 喜びながら彼女のほうを振り向く。

 

「ふぇっ」

 

 なぜか彼女は目に涙を浮かべていた。

 

「おい、どうしたんだ? 普通、喜ぶところで泣くことではないだろう」

 

 なぜ、彼女が泣いてるのか見当もつかず困惑する。

 

「えっと、なんか安心した途端、涙がでてきちゃった。その嬉しくて、キスカの役に立てたことが……ッ。だから、これはうれし涙なんだけど、変かな?」

「いや、変ではないだろ」

 

 悲しいことがあって泣いたんじゃないとわかって安心する。

 

「えへへ、その、いつものあれ、お願いしてもいいかな?」

「あぁ、いいよ」

 

 そう言いながら、俺は彼女の頭を優しく撫でた。

 

「がんばったな、アゲハ」

「うん! 私、がんばったよ!」

 

 そう言って、彼女は笑顔を見せる。

 いい笑顔だと思った。

 彼女のこの笑顔を守ってあげたいな、と思うぐらいには。

 ダンジョン共にを攻略することで、俺はすっかり彼女に情が移ってしまったらしい。俺も単純な人間だな、なんて客観的に自分のことを思う。

 

「あっ、キスカ。剣が置いてあるよ!」

 

 ふと、彼女の言うとおり一振りの剣が突き立てて置いてあった。

 刃まで赤く染まった剣、〈猛火の剣〉だ。

 この【カタロフダンジョン】のクリア報酬で、以前傀儡回しとボスと倒したときも同じのを獲得したのを覚えている。

 

「この剣はキスカが使って」

「いいのか?」

 

 剣を俺に手渡そうとするアゲハにそう尋ねる。

 

「うん、私にはこの大剣があるし、この剣はキスカが使ったほうがいいいよね」

「そういうことなら、ありがたく使わせてもらう」

「あっ、あの光はなんだろう?」

 

 アゲハは指差した先には、床に光る転移陣があった。ボスを撃破したことで現れたのだろう。

 

「転移陣だな。あれに触れればダンジョンの外"に"出ることができるんだよ」

「そうなんだ! 早く行こっ、キスカ」

「あぁ、そうだな」

 

 アゲハのやつ、いつもよりテンションが高いな。まぁ、あけだけ強いボスを倒したんだ。テンション高くなるのも当然か。

 なんてことを考えながら、先行するアゲハを背中を追いかけようとしたとき――、

 

 ヒュッ、と風を切る音が聞こえた。

 グシャッ、と血が飛び散る音が聞こえた。

 

「――え?」

 

 アゲハはそう言いながら、自分の腕を見ていた。

 右腕が途中から欠損していた。

 

「あぁああああああああああッッ!!」

 

 寸秒遅れて、アゲハが激痛を訴える。

 

「おい、アゲハ!?」

 

 今、なにが起きた?

 なにもわからない。

 ただ、なにかが原因でアゲハの右腕が切り落とされた。

 とにかくアゲハを助けなくては、そう思いながら、彼女に右手を伸ばす。

 ドンッ、と体に衝撃が走る。

 

「あがっ」

 

 呻き声をもらしながら、俺は地面を転がる。

 何者かに蹴り飛ばされたんだとわかる。

 この場に、俺とアゲハ以外の第三者がいる。そいつが俺たちに攻撃を仕掛けているんだ。

 

「誰だ……っ!?」

 

 そう叫びながら、俺はその第三者の正体を確かめようと振り向いた。

 そこにいたのは――、

 

 



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―57― リセット

 それは、いつも神出鬼没だった。

 突然現れては、目の前の存在を葬る。

 憎しみと嫉妬の塊のような存在で、いつもなにかに対してイラだっている。

 だから、それは吸血鬼ユーディートの首を切り落とした。

 ユーディートは吸血鬼だから、首を落とすだけでは死なないため、念入りに脳みそをかき混ぜるようにたたき割る。

 脳みそをぐちゃぐちゃして、ようやっと、吸血鬼を殺せたんだと自覚する。

 

 それから、それは次の標的をもとめて、ゆっくりとダンジョンを徘徊していた。

 そして、見つけたのだ――次の標的を。

 

 

 

 

「ずるいなぁ」

 

 ねっとりと粘着したような声質だった。

 それは、するどい目で俺たちを睥睨していた。

 

「お前ばっかり、いい目に合って、なんで我はいつも損な役回りなんだよぉ」

 

 そうやって慟哭する。

 

「……アゲハ?」

 

 そんな中、俺はただ混乱していた。

 そう、アゲハの腕を切り落とし、俺を蹴り飛ばした存在はアゲハだったのだ。

 

「あっ……あぁッ!」

 

 腕を切り落とされたアゲハは激痛に未だ悶えていた。

 俺の目の前にアゲハが二人いるのだ。

 は……? どういうことだ?

 意味がわからない。

 

「誰なんだ、お前は?」

 

 そう、尋ねていた。

 どっちのアゲハに尋ねてるのか自分でもわからない。もしかしたら、二人に対して尋ねていたのかもしれない。

 

「アゲハ・ツバキだよ、我は」

 

 答えたのは、俺を蹴り飛ばしたほうのアゲハだった。

 

「なんで、同じ人間が二人いるんだ?」

 

 そう質問をすると、「ふっ」とアゲハは自嘲的な笑みを浮かべては、腕を切り裂かれたほうのアゲハを指さしながらそう言った。

 

「こいつは我の偽物だ。我のフリをして、いつも我からなにもかも奪おうとする」

「はぁ……」

 

 よくわからなかったので、ため息のような吐息を出してしまう。

 黒アゲハ(混乱するので、突然現れたほうのアゲハを黒アゲハと呼ぶことにした)の言い分では、黒アゲハが本物でアゲハ(記憶を失ってる方のアゲハ)が偽物ってことらしい。

 アゲハの言い分を聞くべきかと思って、彼女のほうを見る。

 

「意味わからない、意味わからない、意味わからない! なんで、私が二人いるのよッ!」

 

 アゲハは頭を抱えて錯綜していた。

 そうだ、アゲハは記憶を失っているんだった。偽物と言われても、なんの反論もできるはずがない。この場で一番混乱しているのは彼女なんだ。

 

「ふっ、都合悪い記憶を全部消してやり直そうってか。あぁ、本当嫌になるぐらい、脳内お花畑だなぁ、お前は」

「そんなの言われても知らないよッ!」

「知らないのは、自分が原因だろう。あぁ……っ、もう呆れるなぁ!」

「だから、わからないって!」

 

 黒アゲハとアゲハがそれぞれ応酬していた。

 

「キスカ……ッ! お願い助けてよ……」

「あぁ」

 

 アゲハが俺にすがるように助けをもとめる。

 彼女の期待には応えたいが、助けてくれと言われても、なにをどうすれば助けたことになるんだ。

 

「アゲハ……?」

 

 ふと、近くにいた彼女が肩を震わせていることに気がつく。

 そりゃそうだよな。

 俺だって、同じ目にあったらすごく怖いに違いない。

 だから、少しだけ彼女の不安を取り除けることができるならと思い、彼女をそっと抱き寄せる。

 

「ずるいなぁ」

 

 ぼそっ、と黒アゲハが毒を吐いた。

 

「ずるいよ。お前ばっかり媚びを売って可愛がられて、それで嫌な役目は我に押しつけて。ずっと、ずっと、ずっと、そうやって我を利用して。あぁ、もう嫌だ。付き合いきれん。今まで、我慢していたけど、もう散々だ。我もそっちがよかった。だって、我も×××が好きなのに……っ」

 

 一部だけ聞き取れなかった。

 けど、そんなことより、別のことに意識が向く。

 泣いていた。

 黒アゲハは大粒の涙を流して、訴えていたのだ。

 

「そんなつもりじゃ……っ」

 

 なにかを否定しようとアゲハがそう口にする。

 あぁ、助けないと。

 正直、二人の間になにがあったのか俺にはよくわからな。なにが正解でなにが間違っているのか。なにが正義でなにが悪なのか。俺は微塵もわからない。

 けれど、目の前で泣いている女の子をいたら、助けてあげたい

 俺の中で芽生えた感情の中で、それだけは確かだと思えた。

 だから無意識のうちに俺は手を伸ばしていた。

 

「もう無理だぁ」

 

 ポツリ、とアゲハがそう言う。

 

「こんなことなら救うんじゃなかった」

 

 そして、諦めきった表情で彼女はそう言う。

 

「こんな世界なら、なくなったほうがいいよね?」

 

 まずい……っ。

 黒アゲハがなにかをしようとしている。

 それがなにかわからないが、本能がそれが非常にまずいんだと訴えかけていた。

 

「やめろ! アゲハッ!」

 

 そう叫んだときにはすでに遅かった。

 ポツリと彼女はこう口にしていたのだ。

 

「〈リセット〉」

 

 と。

 

 



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―58― 観測者

〈セーブ&リセット〉。

 これは、アゲハから受け取ったスキルだ。

 俺はこのスキルを使って、何度も時間をやり直した。

 ただ、ふと冷静になって考えてみると、俺はこのスキルについて、なにもわかっていないことに気がつく。

 俺は〈セーブ&リセット〉を使いこなしている気になっていただけで、本当の意味でこのスキルを使いこなしているんだろうか?

 

 今、リセットと言ったか?

 黒アゲハが呟いたこと思い出す。

 瞬間、俺の頭の中で〈セーブ&リセット〉のことを思い浮かべた。

 俺は〈セーブ&リセット〉は〈セーブ〉と〈リセット〉二つで一つのスキルで、この二つのスキルのおかげで死に戻りができているんだと思っていた。

 けど、黒アゲハが「〈リセット〉」と口にしたことで、その認識が大きく間違っているんじゃないかという可能性に思い至った。

 まさか、〈セーブ〉と〈リセット〉は別個のスキルでそれぞれ固有の能力を持っているのではないだろうか。

 そして、彼女は〈リセット〉だけの能力を発動させた……?

 じゃあ、〈リセット〉の持つ能力とは一体なんなのか?

 

 その答えは黒アゲハが〈リセット〉と口にしたことで判明しようとした。

 途端、世界は闇に呑まれた。

 

 

 

 

「あ……?」

 

 意識が覚醒する。

 刹那、目の前の状況に困惑した。

 広がっていたのは、永遠に続く闇。

 足下もなければ空もない。地平線さえ見つけることが叶わない。

 

「なんだ、これは?」

 

 黒アゲハが〈リセット〉と口にしたことまでは覚えている。

 それから、どうなったんだ?

 気がつけば、なにもない世界に放り込まれている。

 

「おい、誰かいないのか!?」

 

 叫んでみるも声は闇に吸い込まれるだけだった。

 どうやら何もない世界に迷い込んでしまったみたいだ。

 とはいえ、立ち止まっているわけにもいかない。

 ひとまず、歩くだけ歩いてみてなにかないか探してみよう。

 

 あれから何時間彷徨ったことだろうか。

 どこまで歩いても、景色は変わらなかった。

 太陽も存在しないので、この世界に来てどれだけ時間が経ったのか見当もつかない。

 

「あぁ、やっと見つけるとこができた。こんなところにいたのか」

「あ?」

 

 突然、声が聞こえたので振り向くとそこには『何か』がいた。

『何か』としか、それを言い表すことができなかった。

 なぜなら、話しかけてきたそれを言語的に説明するすべを俺は持ち合わせていなかったからだ。

『何か』は俺が知っているあらゆる存在からあまりにもかけ離れた形状をしていた。それゆえに、どう説明することもできない。

 せめて言えることといえば、人間のように喋りかけてるが、人間ではなく、かといってあらゆる生命からもかけ離れているし、あらゆる物質からもかけ離れている存在といったところか。

 

「びっくりした顔をしているね」

 

『何か』はそう語りかける。

 

「あぁ、色んなことが起こりすぎて、頭が混乱している」

「確かに、最近の君は大変だったね。おかげで、僕は楽しませてもらったけど」

「はぁ」

 

 なにを言っているのかよくわからなかったので、曖昧な返事をした。

 

「その、ここはどこで、お前はなんなのだ?」

「ふむ、いい質問だね」

 

『何か』はそう口にした。

 

「ここは滅んだ世界の結末で、僕はなんだろう? ふむ、僕を説明するいい言葉が思いつかないな」

 

 滅んだ世界の結末? どういうことだ?

 

「えっと、世界は滅んだのか?」

「うん、そうだよ。ほら、ここにはなにも無いだろ。世界が滅んだから、無が続いているんだよ」

「なるほど」

 

 確かに、無の世界というのはここを言い表すのに最も適切な表現のような気がする。

 

「あまりショックを受けないんだね? 世界が滅んだんだよ。普通、そんなことを聞かされたらショックだと思うけどな」

「んー、話が壮大すぎて、ピンと来てないんじゃないかなー」

「なるほど。確かに、そう言われたら、一理あるね」

 

 にしても、世界が滅んだというのに、なぜ、俺はこうして意識が残っているのか不思議だ。

 

「えっと、お前は神様なのか?」

 

 ふと、目の前に対して、そんな質問を投げかける。

 目の前のそれが神様なら、納得できそうな気がした。目の前の『何か』は神のように超常的だ。

 

「いや、神様と違って僕は全知全能ではないからね。僕が神様を名乗るのはおこがましいよ。そうだな、僕は観測者とでも呼んでくれ」

「観測者?」

「そう、世界を観測するのが僕の役目のようなものさ」

「ふーん、そうなのか」

 

 よく、わからないが、多分突っ込んで質問してもわからない気がしたので、深く聞かないことにした。

 

「えっと、世界が滅んだのに、なんで俺の意識は残っているんだ?」

「それは君が因果律の外側にいるからだよ。心当たりはあるだろ?」

 

 心当たりか。

 因果律がなんなのかわからいが、〈セーブ&リセット〉を持っているおかげで、こうして意識を保てているってことだろうか。

 

「世界が滅んだのはアゲハが原因なのか?」

「うん、そうだね。彼女が因果を書き換えてしまった」

「はぁ」

 

 この観測者との話はわからないことだらけで、困ってしまうなぁ。

 

「さて、君に問おう。世界を救いたくはないかね?」

 

 観測者が改まった調子でそう口にした。

 

「観測者の僕としても、このまま世界が滅んだままなのは非常に心苦しくてね。だから、君にこの世界の命運を託そうと思うんだが、どうかね?」

「そうですね……」

「なんだいその反応は? 乗り気じゃないみたいじゃないか」

「うーん、世界を救えるなら救いたいですけど、僕なんかにそんなことできるんですかね?」

 

 世界を救うなんて、あまりにも大層な役目すぎて、そんなの自分に務まりそうにないのが正直な感想である。

 

「できるかどうか君次第だが、ふむ、困ったなぁ。よしっ、こんな風に考え方を変えてみたらいいかもしれないね」

 

 いいアイディアを思いついたとばかり観測者はこう口にした。

 

「アゲハ・ツバキを救いたくないかね?」

「それなら、はい」

 

 ふと、黒アゲハが流していた涙を脳裏に思い浮かべる。

 彼女がなぜ、涙を流すのか、俺はその理由を知りたいと思った。

 黒じゃないアゲハのことも気になる。彼女に対して俺は悪くない感情を抱いていた。

 そもそも、なぜアゲハは二人いるのかさえ、俺にはわからない。

 

「いい返事だ。では、君に世界の命運を託そう」

 

 観測者がそう口にすると、なにかを作業を始めていた。

 それがなんなのか、俺は全く理解が及ばない。

 

「注意事項は二つ。君の〈セーブ&リセット〉は健在だ。けれど、使い方に気をつけること。もう一つは世界が救われたと判断できたら、君を強制的に元の時間軸に戻すからね」

「……わかりました」

 

 そう頷くも、未だ観測者の言葉が現実感ないせいでピンときてない。

 

「それでは、世界が滅びる前、具体的には100年前に行ってらっしゃい」

 

 観測者には手はなかったが、多分手を持っていたらその手を振ってくれていたんだろうなぁ、とか思う。

 どうやら、俺はこれからどこかに行くらしい。

 

「あ……」

 

 気がつけば、俺は地面を踏みしめ、日の光を浴びていた。

 まず、ここがどこなのか、調べることから始める必要がありそうだ。

 

 



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―59― ランク

 足下を見ると地面があることに安堵する。上を見上げれば、太陽の日差しが眩しい。どうやら、世界はまだ滅んでいないらしい。

 

「おい、ダンジョン帰還者が現れたぞ!」

「誰かが、このダンジョンをクリアしたんだ!」

 

 声がしたほうを振り向く。

 すると、村人らしき人たちが俺のことを眺めていた。

 俺がダンジョン帰還者とはどういうことだ?

 

「あっ」

 

 足下を見て俺がダンジョンを攻略した者が立つとされる台座に立っていることに気がつく。

 そして、右手には【カタロフダンジョン】のクリア報酬〈猛火の剣〉が握られていた。

 どうやら俺は【カタロフダンジョン】の転移陣を踏んだ直後に飛ばされたらしい。

 けど、隣にアゲハの存在はなかった。

 俺一人だけが、ダンジョンの外に出ることができたようだ。

 そのことに妙な喪失感を覚える。

 

「おい、あんた名前は?」

 

 ふと、村人に話しかけられる。

 

「えっ?」

 

 名前を聞かれたことに戸惑っていた。

 カタロフ村で俺のことを知らない村人はいなかったはずだ。俺は、この忌々しい銀髪のせいで差別されてきたんだから。

 

「キスカですけど」

「キスカか。いやー、すごい冒険者もいたもんだな!」

 

 そう言って、村人は俺の肩を気安く叩く。その表情は朗らかだった。

 差別対象のアルクス人に対する対応ではない。

 ふと、『100年前に行ってらっしゃい』という観測者の言葉を思い出す。

 

「もしかして、本当に100年前に来てしまったのかもな」

「おい、今なんか言ったか?」

 

 本当に100年前の世界に飛ばされたということなら、俺にこの世界の運命が握られているってことなんだろう。

 ただ、世界を救えと言われても、なにをすればいいのか俺にはさっぱりわからない。

 そうだな、もう少し身近な目標を立てるべきだ。

 

「いや、なんでもない。それより、冒険者ギルドまで案内してくれ」

「あぁ、もちろんかまわないぜ」

「まずは、アゲハに会いに行こうか」

 

 百年前なら、彼女はまだ封印されていないはずだ。

 そのためにもまずは冒険者ギルドに行って情報収集を行なおう。

 

 

 

 

「それじゃあ、冒険者ギルドはここだぜ。じゃあな、英雄!」

 

 冒険者ギルドまで案内してくれた村人が、そう言って手を振る。

 

「案内してくれてありがとうごさいます」

 

 英雄って大げさな。

 苦笑しながらも、俺はお礼をする。

 冒険者ギルドのあった場所は100年前と同じらしい。ただし、建物の外観は違っていた。

 とりあえず、中に入ってはカウンターに立っている受付嬢にに話しかける。

 

「ご用件はなんでしょうか?」

「相談したいことがありまして」

 

 ギルドの受付嬢なら、アゲハについてなにか知っているかもしれないと思いここを尋ねたのだ。

 

「相談ですね。かしこまりました。ただ、その前に、冒険者カードを見せていただいても構いませんか?」

 

 冒険者カードか。冒険者なら、みんな持っていると聞いたことがあるが、俺は冒険者として活動した実績は皆無に等しいため、所持していない。

 

「持っていないです」

「つまり、これから冒険者として活動しようって方ですか?」

「まぁ、そんなところです」

「そういうことなら、まずは冒険者カードを作りましょうか。こちらに必要事項をご記入ください」

 

 と、受付嬢から書類を手渡される。

 その書類に書かれている通りに記入していく。

 まずは名前。それから職業。自分の職業は剣士だろうか。

 次はランクとある。

 

「あの? 自分のランクってどうやって確認すればいいんですか?」

「それなら、ご自身のステータス画面を確認すればいいですよ。名前の下に書いてあります。なにも書いてなければ、ノービスです。まれに、初心者の方でもブロンズからスタートする方もいらっしゃいますが」

 

 ステータス画面にそんなこと書いてあっただろうか? と思いながら、自分のステータスを表示する。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈キスカ〉

ランク:プラチナ

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 ホントだ。

 プラチナと書かれている。こんな表記、以前はなかったはずだ。

 

「プラチナのようです」

「え!? プラチナなんてあり得ませんよ!? ほとんどの初心者はノービス、よくてブロンズです!」

「と言われてましても……」

 

 実際、プラチナと書かれているしな。

 

「本当だというなら、ステータス画面を私に見せてください!」

「まぁ、いいですけど」

 

 というわけで、名前とランクだけが見えるようにステータス画面を弄ってから、受付嬢に見せる。

 

「ほ、ホントにプラチナと書いてあります……」

 

 まるで信じられない者を見たとでもいいだげな表情でそう呟く。

 

「プラチナって、そんなに珍しいことなんですか?」

「珍しいどころではありませんよっ! あの、失礼ですが、本当に初心者の冒険者ですよね……?」

 

 確かに、冒険者としては初心者だが、実績なら一応ある。

 

「【カタロフダンジョン】を攻略したことならありますよ」

「えぇ!? あの未踏破の【カタロフダンジョン】を攻略したんですか!? それなら、プラチナなのも納得です」

 

 まぁ、俺一人の力でダンジョンを攻略したわけではないので、そんなすごいことではないと思うが。

 

「そもそもプラチナってすごいんですか?」

「えぇ!? もしかしてご存知じゃないんですか!? いいですか、ランクというはですね……」

 

 と、食い気味に説明する受付嬢に気圧されながらも説明を聞く。

 どうやら冒険者のランクには8段階存在するらしく、下から、ノービス、アイアン、ブロンズ、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、マスターとあるらしい。

 すると、プラチナというのは上から三番目にすごいランクということになる。

 

「ノービスは戦闘力がない方を指すので、人類のほとんどはノービスです。魔物を一体でも倒せる力があると、ブロンズに昇格できます。ですので、一般的にはブロンズ以上でないと冒険者とは見なされません」

 

 なるほど。俺もダンジョン奥地に追放される前までは、戦闘力がない農民だった。

 そのときは、ステータスになにも書かれていなかったので、ノービスだったのだろう。

 

「プラチナランクということは、およそ上位0.1%以上だと認められるランクです。ちなみに、この0.1%というのは、ノービスを含めないブロンズからマスターまでを100%とした数値です。だから、プラチナはとってもすごいですよ。私もプラチナランクの方は初めて拝見しましたので」

 

 そう説明されると、確かにすごそうに聞こえてくるな。

 

「でも、さらに上にダイヤモンドとマスターというランクがあるんですよね」

 

 所詮プラチナは上から三番目のランクだ。そう聞くと、あんま大したことがなさそうだな。

 

「いやいや、ダイヤモンドは上位0.01%しかなれない最強のランクです。マスターに限っては、上位10名しかなることが許されない伝説のランクですよ。普通はなることができません」

 

 なるほど、そう説明されるとプラチナでもすごそうに聞こえてくる。

 

「とにかく、プラチナはめちゃくちゃすごいんですよ! わかりましたか?」

「まぁ、なんとなく」

 

 正直、そう言われても自分が強いという実感が全くないんだよなぁ。

 

 



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―60― 厄介事

「それで、相談ごとがあるんですが」

 

 冒険者カードを作り終えた俺は、受付嬢に対し、そう口にした。

 

「はい、相談事ですか。なんでしょう?」

「アゲハという冒険者を探しているんですが、ご存知でしょうか?」

 

 そもそも俺が冒険者ギルドに来たのは、アゲハの行方について調べるためだ。

 

「いえ、申し訳ないです。聞いたことがないですね」

 

 ふむ、100年後、吸血鬼ユーディートがアゲハのことを魔王を倒した勇者だと言っていたため、それなりに有名人かと思って聞いたのだが、当てが外れたか。

 

「それじゃあ、勇者について、なにか知りませんか?」

 

 アゲハのことはわからなくても、勇者についてならなにか知っているかもしれない。

 

「もしかして、キスカさんは戦争の参加希望者ですか? プラチナランクの方が戦争に参加してくれるのは非常に心強いですからね」

「戦争っていうのは、なんでしょう?」

「えっと、西のアリアンヌ地方にて行なわれている勇者軍と魔王軍の戦争のことですが」

 

 そういえば聞いたことがあった。

 百年前、魔王軍と勇者軍による大規模な戦争が行なわれたことを。確か、その戦争で勇者軍が決定的な勝利を収め、魔王は敗走することになるんだ。

 その戦争の名は戦った場所にちなんで『アリアンヌの戦い』と呼ばれている

 その戦争が、ちょうど今、行なわれているのか。

 

「その戦争に参加するには、どうすればいいんですか?」

 

 勇者であるアゲハもこの戦争に参加している可能性が高いから、実際に僕も参加するのが一番手っ取り早いだろう。

 

「えっと、そうですね。確か、兵士を募っていたはずですから……」

 

 と、受付嬢は手元の資料をめくって確認しようとしている。

 少し時間がかかりそうだなぁ、と思って、待っていると、

 バタンッ! と大きな扉の開閉音と共に、声が聞こえた。

 

「ここに【カタロフダンジョン】をクリアした冒険者がいると聞いた! どなたか名乗り上げてほしい!」

 

 振り返ると、甲冑を身につけた女騎士が立っていた。

【カタロフダンジョン】をクリアした冒険者か。……俺のことだな。

 

「ここにいるのはわかっている。正直に名乗りあげろ!」

 

 鬼気迫る表情でその叫ぶ女騎士に圧倒されてしまい、名乗り上げるべきかどうか悩んでしまう。名乗り上げたが故に、面倒ごとに巻き込まれたらたまったもんじゃない。

 ここは我関せずを貫くべきか。

 

「あっ、【カタロフダンジョン】を攻略した冒険者はこの方ですぜ!」

 

 そう言って、俺を指さしていたのは俺を冒険者ギルドまで案内してくれた村人だった。

 その村人は女騎士の傍らに立っていたので、恐らく女騎士を冒険者ギルドに案内したのもこいつだったんだろうな。

 

「貴様か。なぜ、すぐに、名乗り上げなかった?」

 

 女騎士は俺の前に立つと、怖い形相でそう口にする。

 

「えっと、急いでたもんで……」

 

 もっとうまい言い訳が言ったらどうだ、と内心思うが、他に思いつかなかったので仕方が無い。

 

「まぁ、いい。今は一刻も争う事態だ。こっちに来い」

 

 有無を言わさない態度で女騎士は俺の腕を強く引っ張る。

 抵抗しようとしてみるが、力が強すぎだろ、こいつ! 全く抵抗できない。

 結果、俺はそのままズルズルと引きずられては冒険者ギルドを後にするのだった。

 

 

 

 

 連れてかれたのは、【カタロフダンジョン】の入口だった。

 そこには、六名ほどの男女の集団があった。

 その集団は年齢も背丈も見た目もバラバラだったが、一つだけ共通点がある。

 例外なく、全員が強そうな武器を持っている。

 つまり、この集団は冒険者ってことなんだろう。

 

「連れてきたぞ。【カタロフダンジョン】をクリアしたという冒険者を」

 

 女騎士はそう言いながら、俺のことを皆の前に立たせる。

 

「ふーん、こいつがか。あまり強そうには見えないな」

「でも、ダンジョンに詳しい人がいるのは心強いよ。ねぇ、君、名前はなんて言うんだい?」

 

 優しそうな目つきをした長身の男の人、しかもイケメンがそう話しかけてくる。

 

「キスカですけど」

「キスカくんか。実は君にどうしても頼みたいことがあるんだ」

「えっと、頼みというのはなんでしょうか?」

 

 俺には他にやらなくてはいけないことがあるから、こいつらの頼みを聞く余裕なんてないんだけどな。

 

「もしかして、我々の事情を信用できるかわからない男に話すんですか!?」

 

 口を挟んだのは、俺をここまで連れてきた女騎士だ。

 

「カリアナ落ち着いて。彼の協力を得ようとするなら、まずは彼に僕たちの信用を得ることからだよ」

「すみません、出過ぎた真似をしました」

 

 女騎士が頭を下げると、後ろへと下がった。

 これらの様子を見るに、この男がこの集団の中で一番偉いんだろうか。

 

「それじゃあ、キスカくん。これから話すことは他言無用で頼むよ」

「わかりました」

 

 他言無用って大げさな。それほど、重要な話を聞かされるんだろうか。

 

「我々はある者を追跡して、ここまで来たんだ。そのある者はこの【カタロフダンジョン】に逃げ込んだことがわかっている。だから、君のようなダンジョン内部に詳しい人を探していたんだ」

 

 なるほど、確かに【カタロフダンジョン】の構造に関してなら、俺はどんな人よりも詳しいだろう。

 

「その、ある者というはどんな方なんですかね?」

 

 わざわざダンジョンに逃げ込むなんて、よほど腕に自信がある人なんだろうと思いながら尋ねる。

 普通の人なら、ダンジョンに入ったら魔物に殺されて終わりだ。

 そんな魔物の巣窟に、逃げるためとはいえ、自ら進んで入るとは。なんて、ことを考えながら、答えを待った。

 すると、長身の男は平然とした口調で、こう告げるのだった。

 

「魔王だよ」

「は――?」

 

 衝撃的な単語に言葉を失う。

 

「えっと、あなた方は何者なんですか?」

 

 恐る恐るそう尋ねる。

 魔王を追ってここまでやってきた人たちが、どんな人たちなのか、なんとなく想像がついてしまう。

 

「勇者と、その仲間と答えたら、納得できるかな」

 

 どうやら俺はものすごい厄介事に巻き込まれてしまったらしい。

 

 



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―61― 自己紹介

 その男は勇者エリギオンと名乗った。

 知っている名だ。

 百年後では、魔王を倒した勇者の名として語られている。

 それが、今、目の前にいた。

 

 彼らの話を聞くに、アリアンヌ地方で行なわれたため、『アリアンヌの戦い』と呼ばれる魔王軍と勇者軍の大規模な戦争において、勇者軍は劇的な勝利を収めたらしい。

 しかし、肝心の魔王を倒すことはできなかった。

 敗走した魔王は身を隠すために、【カタロフダンジョン】の奥地に逃げたことまでわかったが、肝心の【カタロフダンジョン】の内部構造に詳しい者が味方にはいなかった。

 なにせ【カタロフダンジョン】はSランクダンジョンで攻略した者がいないとされているダンジョンだ。

 途方に暮れたところ、その【カタロフダンジョン】を攻略した冒険者が現れたという噂をちょうど耳にしたという。

 その者を探し回った結果、俺のもとにたどりついたとのことだった。

 

「それで、キスカくん、案内をお願いできるかな?」

 

 そう言って、勇者エリギオンは手を差しのばす。

 

「一つだけ質問してもいいですか?」

「もちろん、なんでも聞いてくれても構わないよ」

「アゲハという名に心当たりはありませんか?」

「わからないな。君の知り合いかな?」

 

 勇者エリギオンは即答する。

 勇者以外の仲間に知っている人がいないか目配せするが、誰も答える様子はない。

 

「えっと、実は人捜しをしていまして」

「そうだったのか。期待に応えられなくて申し訳ない」

「いえ、知らないようなら仕方がありません」

「それで、急かすようで悪いが僕たちに協力はしてくれるのかな? もちろん相応の報酬は払うことを約束する」

 

 さて、どうしたものか。

 協力すべきかしないべきか。俺の目的はあくまでもアゲハと出会うことだ。

 頭を悩ましていると、吸血鬼ユーディートの言葉を思い出す。

 魔王は勇者アゲハによって、滅ぼされた。

 つまり、魔王の近くにいれば、いずれアゲハも表にでてくる可能性が高い。

 

「わかりました。協力させてください」

 

 彼らが魔王を追っている以上、彼らと行動することで魔王に近づけるのは間違いない。

 この行動がアゲハに繋がることを願って、俺は彼らの協力に申し出ることにした。

 

 

 

 

 それから俺たちは軽く自己紹介をした。

 これから、共に高難易度のダンジョンに潜ろうというわけだから、お互いのことについて少しは知っておくべきだろう。

 

「キスカです。職業は剣士。それから〈挑発〉スキルを持っているので、敵を引きつけることができます」

「いいね。回避盾とかができそうだ」

 

 勇者エリギオンがそう言う。

 回避盾というのは、確か、敵の攻撃を回避しながら引きつける役割の人のだったと聞いたことがある。

 やったことはないが、問題なくできるだろう。

 

「貴様、ランクはいくつだ?」

「プラチナです」

「プラチナか。なら、我々の足手まといにはならないな」

 

 女騎士の言葉にほっと胸をなで下ろす。

 ランクがプラチナのおかげで、舐められずには済んだらしい。

 

「それじゃあ、次は僕から自己紹介しようか」

 

 そう言ったのは、勇者エリギオンだった。

 

 まず、このパーティの主力であり人類の希望でもある勇者エリギオン。

 本名は、エリギオン・ラスターナ。

 ラスターナ王国の第一王子とのこと。

 そういえば、勇者エリギオンの身分が王子だったのは聞いたことがあった。確か史実では、この後、国王に就任するはずだ。

 こんな高い身分の人が目の前にいると思うと少し緊張するな。

 ちなみに、ラスターナ王国はここカタロフ村を領地に含む大国だ。

 職業はもちろん勇者。

 聖剣を使って戦うとのこと。

 ランクは最高のマスター。序列は7位。

 

 次に自己紹介したのは、俺を冒険者ギルドから引きずった女騎士。

 本名はカナリア・グリシス。

 職業は聖騎士。

 剣術と治癒魔術が得意なジョブだ。

 国王の近衛兵も務めているらしい。

 ランクはダイヤモンド。

 

 その次は、ドワーフのゴルガノ。

 使う武器は斧。

 職業は戦士。

 

「あんちゃん、よろしくな!」

 

 と言って、戦士ゴルガノは俺の肩を叩いた。

 親しみやすそうな人だ。

 ランクはダイヤモンド。

 

 次は長身で不気味なローブをまとった男。

 かぶっているフードが深いせいで顔を判別することさえできない。

 

「ノク。よろしく」

 

 男は抑揚がない言葉でそう自己紹介をする。

 

「こいつはいつもこんな感じだ。だから、あんま気にするなよ!」

 

 と、戦士ゴルガノがフォローしてくれる。

 人見知りってことなんだろうか。

 職業は意外にも剣士。てっきりローブを身につけているので魔術師だと思ったが、違うみたいだ。

 ランクは教えてくれなかった。

 

 そして、もう一人。

 

「いいですか、ニャウは見た目のせいで、よく子供扱いされますが、こう見えて年齢はあなたよりもずーっと上ですから。けっして、ニャウのことを子供扱いしないでくださいね!」

 

 見るからに幼い少女がそう言って、自己紹介を始めていた。

 理由はわからないが、なにかに怒っているように見える。

 

「お嬢ちゃん、今、大事な話をしているから、あっちに行ってくれると助かるな。あっ、もしかして、ママとはぐれたのか?」

 

 なぜ、幼い少女がこんなところにいるんだろうか、とか思いながら、そう尋ねてみる。迷子なら早く母親を見つけてあげないと。

 

「うわぁーんっ、この人、ニャウのこと、子供扱いしてきたーッ!!」

 

 少女は泣きながら、勇者エリギオンに泣きつく。

 おい、勇者様を困らせるのはマズいだろう。

 

「この子はこう見えて、僕たちよりもずっと年上のエルフなんだよ。だから、あまり虐めないであげてほしいな」

 

 勇者エリギオンがそう説明する。

 エルフとな? 見ると、彼女の髪に埋もれてよく見えなかったが、耳の先端が尖っていた。

 そういえば、エルフは長寿で成長が遅いと聞いたことがある。

 

「その、エルフとは知らず失礼しました」

 

 一応、謝っておく。

 

「ほら、彼もこう言っているんだ。許してあげて」

「次、ニャウのこと子供扱いしたら、許しませんからっ」

 

 泣きべそをかきながら少女はそう言う。

 正直、これが自分より年上とか思えないな……。

 エルフで本名はニャウ。

 手には背丈より大きなロッドを持っている。職業は、魔術師。

 ランクは、見た目に反してダイヤモンド。

 

 というわけで、全員の自己紹介が出揃った。

 勇者エリギオン。

 聖騎士カナリア。

 ドワーフの戦士ゴルガノ。

 謎のローブ男。剣士ノク。

 エルフの魔術師ニャウ。

 そして、俺、キスカ。

 

 このメンバーで、【カタロフダンジョン】に潜ることになった。

 俺にとっては人生二度目のダンジョン攻略だ。

 

 



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―62― 二つの入口

 勇者たち一行と俺は、早速【カタロフダンジョン】の入口へと向かった。

 

「あ、ダンジョンに入る前に、お伝えしたいことがあるんですか」

 

 あることを思い出した俺は立ち止まってそう言う。

 

「伝えたいこととはななんだ?」

 

 聖騎士カナリアが鋭い眼光で俺のことを見つめる。

 悪いことはした覚えはないんだが、なんでそんな怖い目つきで俺のことを見るんだろうか。

 

「えっと、実はこの【カタロフダンジョン】には入口が二つあってですね、一つは目の前にある入口、もう一つはダンジョン奥地に飛ばされる転移陣がありまして……」

 

 本当は、さらにもう一つ、ダンジョン内と外を自由に行き来できる転移陣があると以前、吸血鬼ユーディートに教えてもらったが、そのときにはすでに、その転移陣は壊されてしまった後なので、場所までは教えてもらってない。

 恐らく、この時代では、その転移陣はまだ壊されてはいないかもしれないが、余計な情報を与えて混乱させる必要もないだろうと思い、言う必要はないだろう。

 

「それで、俺はこのダンジョンを攻略するために、入口ではなく転移陣を使って中に入ったので、ダンジョン奥地の構造には自信がありますが、逆に入口付近のダンジョン浅層は全く詳しくありません。ですから、俺にはダンジョン浅層の案内は難しいです」

 

 俺が彼らに案内人として雇われたのは、【カタロフダンジョン】に詳しいからという理由だ。

 だが、冤罪でダンジョン奥地に転移陣で飛ばされた俺にとって、本来の入口を使った先がどうなっているかなんて、知りようがなかった。

 

「おい、案内できないとはどういうことだ!? それでは、貴様を雇った意味がないではないか!」

 

 聖騎士カナリアに怒鳴られる。

 確かに、案内できないというのは案内役としては失格だ。こんなことなら、安請け合いするんじゃなかったな。

 

「カナリア落ち着いて」

「はっ、出過ぎた真似をしました、殿下」

 

 まだ、なにか非難しようとしていた聖騎士カナリアを勇者エリギオンが窘める。

 

「キスカくん、情報をありがとう」

「い、いえ……大したことではないです」

 

 勇者エリギオンは嫌な顔をしないどころか、俺にお礼を口にする。この人、懐も大きいし、見た目もイケメンだし、こういう人が勇者に選ばれるんだろうなと思わせる。

 

「まず、僕たちが考えなければいけないのは、魔王がどのルートを使ってダンジョンに入ったかだよね」

 

 と、勇者は顎に手を添えてそう口にする。

 

「カナリア、魔王が入口を使ってダンジョンに入ったという証言はなかったんだよね」

 

 勇者と聖騎士カナリアがなにやら相談を始める。

 

「はい、村人たちから情報を収集しましたが、そのような証言を得ることはできませんでした」

「それって、魔王が転移陣を使って、ダンジョンに入ったと考えるべきなんじゃないかな?」

「確かに、その可能性は十分高いと」

「よしっ、僕たちも転移陣を使ってダンジョンに入ろう。キスカくん、転移陣の場所まで案内してくれるかな?」

 

 どうやら転移陣を使って中にはいるという結論に落ち着いたようだ。

 

「転移陣を使って、ダンジョンに入ったら、簡単には外にでることができなくなりますが、いいんですか?」

「大丈夫だよ。僕たち、こう見えて強いからね」

 

 確かに、無用な心配だった。

 彼らは勇者とその一行だ。どんな冒険者よりも強い集団に違いない。

 

「では、案内しますね」

 

 頷いた俺は、彼らを引き連れて転移陣のある場所に向かう。

 

「この転移陣を使えば、ダンジョン奥地に行くことできるんだね」

「はい、そうです」

「それじゃあ、全員同時に転移陣の中に入ろうか」

 

 勇者エリギオンの号令により、六人全員が同時に転移陣を踏んだ。

 瞬間、転移陣は目映い光を放ち俺たちを包む。

 次の瞬間には、俺たちはこの場から消え失せていた。

 

 

 

 

「無事、ダンジョンの中に来られたみたいだな」

 

 そう呟きつつ、周囲を観察する。

 ダンジョン特有の壁が視界に入る。思惑通り【カタロフダンジョン】奥地のどこかに飛ばされたみたいだ。

 

「あれ?」

 

 そう呟いたのにはわけがあった。

 転移陣は六人全員で踏んだはず。

 なのに、周りには誰もいない。

 どうやら俺は一人ぼっちになってしまったらしい。

 

 



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―63― 退屈だった

 複数人で転移陣を踏めばどうなるのか?

 てっきり複数人で転移陣を踏めば、全員同じ場所に飛ばされるんだと思っていた。

 というか、俺より経験豊富なはずの勇者一行たちが、全員バラバラの場所に飛ばされる可能性に思い至っていない時点で、複数人が転移陣を踏めば同じ場所に飛ばされるのが一般的なんだろう。

 

「まいったな……」

 

 一人きりになってしまうとは予想外だ。

 これから、どうしたものか。

 

「グルルッ」

 

 呻き声が聞こえた。

 見ると、よだれを垂らした鎧ノ大熊(バグベア)が前方にいた。

 

「そうだよな」

 

 イレギュラーなことがあったとはいえ、俺がやるべきことは今までとなにも変わらないはず。

 

「目の前の敵を倒して、生きてここを出てやる」

 

 そう、そのことはなにも変わらないはずだ。

 

 

 

 

 今の俺にはレベル3の〈剣術〉とレベル3の〈挑発〉、そして〈猛火の剣〉がある。

 これだけの要素が揃っていれば、鎧ノ大熊(バグベア)なら難なく倒せる。

 

「問題は今いる場所がどこなのかわかっていないことだよな」

 

 三体目の鎧ノ大熊(バグベア)を倒した俺はそんなことを呟く。

 確か、初めて【カタロフダンジョン】に来たときは、落とし穴にはまった先に鎧ノ大熊(バグベア)が大量にいる部屋に閉じ込められたんだっけ。

 その道順通り進めば、ダンジョンの深層に行けるはずだが、前回とは飛ばされた場所が大分違うようで、どこを歩いても見覚えがない光景ばかりだ。

 

「分かれ道だ」

 

 順路通りに歩いていたら、道が左右に分かれた場所にたどり着く。

 右に行くべきか、左に行くべきか。

 

「まぁ、フィーリングで選ぶしかないだろう」

 

 ということで、右に行く。

 どっちが正解かなんてわからないんだし、なんとなくで選ぶしかない。

 そして、また歩き続ける。

 途中、魔物何体かと遭遇して、そして――

 

「あっ」

 

 落とし穴にひっかかる。

 見たことがある光景だ。

 真下には、たくさんのトゲがあった。

 落とし穴を警戒しながら進んでいたおかげだろう。咄嗟に、体を空中でひるがえし、トゲをよけることに成功する。

 立ち上がると、視界の先には隠し通路が出現していた。

 

「確か、この隠し通路を進んだ先にスキルが手に入る部屋にたどり着くんだったよな」

 

 そう、スキルが手に入る代わりに大量の鎧ノ大熊(バグベア)に襲われる部屋に。

 前回この部屋を攻略するために、どれほど死ぬ羽目になったか。

 確か、500回近く死んでようやっと抜けることができたんだよな。

 懐かしい、とか思いながら俺は進み続ける。

 

「この部屋だな」

 

 部屋の中央には宝箱が置いてあった。

 宝箱を開けると、宝石ようなアイテムと共に、メッセージが表示される。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈知恵の結晶〉を獲得しました。

 効果が強制的に発動します。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 確か、数秒待っているとメッセージが切り替わるはず。

 そう思っていると、実際に切り替わった。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 以下のスキルから、獲得したいスキルを『1つ』選択してください。

 

 Sランク

〈アイテムボックス〉〈回復力強化〉〈魔力回復力強化〉〈詠唱短縮〉〈加速〉〈隠密〉

 

 Aランク

〈治癒魔術〉〈結界魔術〉〈火系統魔術〉〈水系統魔術〉〈風系統魔術〉〈土系統魔術〉〈錬金術〉〈使役魔術〉〈記憶力強化〉

 

 Bランク

〈剣術〉〈弓術〉〈斧術〉〈槍術〉〈盾術〉〈体術〉〈ステータス偽装〉

 

 Cランク

〈身体強化〉〈気配察知〉〈魔力生成〉〈火耐性〉〈水耐性〉〈風耐性〉〈土耐性〉〈毒耐性〉〈麻痺耐性〉〈呪い耐性〉

 

 Dランク

〈鑑定〉〈挑発〉〈筋力強化〉〈耐久力強化〉〈敏捷強化〉〈体力強化〉〈視力強化〉〈聴覚強化〉

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 ふむ、二回目だとスキルが手に入らないなんて展開も予想したが、そんなこともなく、新しいスキルを入手可能なようだ。

 だったら、遠慮せずスキルをもらおうか。

 

「なにがいいかな……?」

 

 やっぱSランクのスキルがいいよな。

 前回は〈挑発〉を駆使して、この部屋を攻略したが、あのとき、他にスキルがなく武器も持っていないという絶望的な状況だったのだ。

 あのときに比べれば、今は恵まれている。

 だから、どのスキルを選んでも問題はなさそうだが……。

 

「うん、〈加速〉にしようか」

 

 もっとも戦力を強化できそうな〈加速〉を選択する。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル〈加速〉を獲得しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 そのメッセージが表示された直後、扉が動き閉じ込められる。

 

「「クゴォオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」」

 

 そして、魔法陣と共に鎧ノ大熊(バグベア)が呻き声と共に虚空より現れた。

 その数、10体。

 全て経験済み。だから、驚くようなことは一切ない。

 

 

 

 

「やはり二回目ってのは、何事も簡単なんだな」

 

 数十分後、俺の周りには斬り伏せられた鎧ノ大熊(バグベア)が倒れていた。

 戦いはあまりにもあっけないものだった。

〈加速〉を手に入れた俺にとって、鎧ノ大熊(バグベア)は大した障害ではなかったらしい。

 簡単すぎて、少し退屈だった。

 

 



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―64― 決着をつけにきたよ

 10体の鎧ノ大熊(バグベア)が出現する部屋を脱したところにいた。

 ここから先のダンジョン構造に関してなら、ある程度わかっているため、迷うこともなく進むことができるはずだ。

 だから、目的地に向かって淡々と進んでいく。

 

 と、そんな折、戦闘音が遠くから聞こえてきた。

 誰かが魔物と戦っているようだ。

 様子が気になった俺はその場に急いで向かうことにした。

 

「やぁ、キスカくんじゃないか」

「あ、どうも」

 

 魔物と戦っていたのは勇者エリギオンだった。

 

「まさか、全員とはぐれてしまうとは思わなかった。ひとまず、君と合流できてよかったよ」

 

 勇者エリギオンがそう言う。

 やはり彼も転移陣によって他のパーティメンバーとはぐれてしまったらしい。

 

「それで、これからどうするつもりですか?」

「そうだね、他のみんなも心配だが、今は魔王を捜すほうが先決だ。案内してくれると助かるんだが」

「それは構いませんが」

 

 ダンジョンを案内するのはもちろん構わない。

 だが、ダンジョンは広く、そして複雑だ。ダンジョンのどこに魔王が潜んでいるのか見当もつかない以上、どこから捜すべきだろうか。

 

「その、この階層には三つの転移陣がありまして、それぞれ別の場所に繋がっていまして、どの転移陣を使うのが、最も早く魔王に近づけるのかわかればいいんですが……。全てを手当たり次第捜すとなると、相当日数が懸かってしまうんですよね」

「……なるほど」

 

 俺の説明を聞いた勇者エリギオンは顎に手を添えて考え事を始める。

 

「まぁ、でも、僕たちはのんびりダンジョンを探索していくしかないね」

 

 あっけからんとした表情で勇者エリギオンはそう言った。

 

「えっと、そんな悠長に探索していいんですか? 俺たちが探索している間に、魔王がこのダンジョンを脱してしまう可能性とかあるのでは?」

「その心配は野暮だね」

 

 と、勇者エリギオンは断言する。

 なぜ、そう断言できるのか、俺には見当もつかない。

 

「君は勇者がなんなのか知っているかい?」

「……いえ、知りません」

 

 勇者がなんなのか、と問われてもそんなこと考えたことさえなかった。

 

「いいかい、勇者というのは魔王を倒す存在だ」

「はぁ」

「いいかい、よく聞きたまえ。魔王がいかに強大で、どんなに戦っても勝ち目がなかったとしよう。それでも、勇者はいずれ魔王に勝つんだよ。そこに理屈はない。なにせ、そういう宿命なんだからね。だから、勇者である僕は、このダンジョンで必ず魔王と戦うことになる」

 

 自信過剰ともまた違う。

 勇者エリギオンの言葉は、盲信に近いような気がする。

 勇者が魔王に必ず勝つとどうして信じることができるんだろうか。

 

「それでも、勇者が魔王に負けたらどうなるんですか?」

「あり得ない仮定だ。だが、魔王が万が一にも勝った場合、世界は滅びる」

 

 世界が滅びるという言葉を聞いて、胸が高鳴った。

 俺は100年後の世界から来た。

 それは、世界が滅びる運命から救うためだ。

 

「魔王の目的が世界を滅ぼすことだからですか?」

「あぁ、そうだね」

 

 俺がこの時代ですべきことがわかった気がする。

 魔王を倒しさえすれば、世界は救われる。

 

「あぁ、後ひとつ、悠長に探していても問題ない理由がある」

「なんでしょう?」

「実は神託があるんだ」

 

 神託。

 神からお告げのことだ。それを専用とする施設があり、そこで働いている神官に時折、神がお告げすると聞いたことがある。

 

「『【カタロフダンジョン】が最後の決戦の地になろう』というのが神託の内容だね」

「そうだったんですか」

 

 思い返せば疑問だった。

 なぜ、魔王がこのダンジョンに逃げ込んだことを勇者たちは知っていたのか? だが、そういう神託があったからと言われたら納得だ。

 

「ともかく、そういうことだから、ダンジョンの案内を頼むよ」

「わかりました」

 

 それから俺たちはダンジョンを進んでいった。

 三つの転移陣うちどれを踏むのか悩んだが、まずは一つ目の転移陣、以前踏んだときには封印されたアゲハがいた階層へと続く転移陣を踏むことにした。

 選んだ理由は、もしかしたら、アゲハに会えるかもしれないと思ったからだ。

 

「やはり、いないか」

 

 元の時間軸では、この場所に封印されたアゲハがいたが、そこはもぬけの殻だった。

 一体、どこに行けば、アゲハと会えるんだろうな。

 

「いないって、なにが?」

「あぁ、えっと……」

 

 勇者の質問になんて答えるべき悩んでいたときだった。

 それは唐突に現れた。

 

「随分と早いな」

 

 低くしゃがれた声だった。

 なにもなかったはずの空間に、それはいつの間にか立っていた。

 

「決着をつけにきたよ」

 

 勇者エリギオンは笑う。

 

「威勢がいいのは嫌いだな、勇者よ」

 

 そう言って、それは苦笑をする。

 それは、巨人のように大きく、人外の顔と筋骨隆々で赤黒い肌を持ち、ごつい甲冑を身につけ自分より大きな大剣を手に持っている。

 

「それじゃ決着をつけようか。魔王ゾーガ」

 

 そう、目に前にいた存在こそが紛れもなく魔王だった。

 

 



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―65― 死闘

 魔王ゾーガ。

 人食い巨人(オーガ)の変異種と見なされている。

 大剣の使い手で、その力は竜すら一刀両断することができる。

 ランクはマスター。序列第五位。

『アリアンヌの戦い』と呼ばれる対戦で魔王軍を率いて戦うも、致命的な敗北に喫する。

 それゆえに敗走し、【カタロフダンジョン】へと逃げ込んだ。

 というのが、勇者エリギオンが語った魔王に関する情報だった。

 そして、たった今、勇者と魔王は会敵したのだ。

 

 勇者と魔王。

 この二つ争いは、古来より何度も繰り広げられている。

 もちろん時代によって、この二つの存在は代替わりをしている。

 100年後、俺の時代では、この時代の勇者と魔王の戦争は『第七次勇魔戦争』と呼ばれてる。

 そう、勇者と魔王の戦争は、必ず勇魔戦争と呼ばれ、これが七回目というわけだ。

 

「それじゃあ、行くよ」

 

 勇者エリギオンそう言いながら、大剣を引き抜く。

 ただの大剣ではない。

 勇者の持つ剣は、勇者にしか扱えないとされる伝説の剣らしい。

 

 ガキンッ! と、剣と剣がぶつかる音が聞こえた。

 見ると、魔王と勇者がそれぞれ剣と剣を打ち合っていた。

 

「え?」

 

 困惑する。寸刻前まで、二人の間には、決して近くはない距離があった。まさか、一瞬のうちに二人は剣の射程範囲まで移動したというのか。

 

「目で追うこともできない」

 

 それから勇者と魔王はお互いに剣と剣を打ち付け合う。

 けど、動きが速すぎて目で追うことも難しい。

 さっきまで、少しでも勇者に協力しようと思っていた自分が愚かしい。

 この二人の戦いに自分が割って入るのは不可能だ。

 

「うん、どうやら先の戦いの怪我は直っているみたいだね。安心したよ。万全でない魔王を倒せなかったらどうしよう、と不安だったんだ」

「こざかしいぞ、小僧が。先の戦いで敗北したのは、俺様が本気を出していなかったからだ」

「ふーん、そうなんだ。じゃあ、ウォーミングアップはそろそろ終わりでいいかな。これから、本気でいくからついてきてよね」

「言われなくてもわかってるわ! クソがッ!」

 

 え? まだ、本気を出していなかったのか。

 二人に会話に驚きを隠せない。

 

「あ、キスカくん。そこにいたら危ないよ。死にたくないなら、もっと離れて」

「は、はい」

 

 言われた通り、俺は全力で離れる。

 次の瞬間、風圧で吹き飛ばされる。

 風圧の発生源は、勇者と魔王の剣戟だった。剣同士がぶつかっただけで、なんで風圧が発生するんだよ。

 それからも勇者と魔王により死闘が続いた。

 

 

 

 

 勇者エリギオン。

 ラスターナ王国の第一王子。

 生まれつき、才能に恵まれて文武において、周りを圧倒していた。

 そんなエリギオンは、5年前、勇者を勇者たらしめるスキル〈勇者〉を獲得する。

 それから5年間にわたる『第七次勇魔戦争』を戦ってきた。

 そして、今、魔王を決着つけるべく戦っている。

 

 勇者も魔王もランクはマスター。

 対し、順位は魔王は5位に対し、勇者は7位。

 順位は負けているが、こちら側が有利であることには変わらない。なぜなら、勇者というのは魔王に絶対に勝つことできる存在だからだ。

 

「これでもくらえッ」

 

 そう叫びながら、〈聖剣ハーゲンティア〉を振るう。

 勇者エリギオンには、剣が上達するスキル〈剣術〉と大剣を片手で持てるようになるスキル〈怪力〉、この二つのスキルを合成させ進化させた〈熟練の大剣使い〉というスキルを持っている。

 さらに、勇者には一定時間、身体能力を倍にする〈身体能力倍加〉と呼ばれる最強のスキルがある。

 これらを掛け合わせた勇者エリギオンから放たれる一撃はあまりにも重い。

 

「こざかしいわッ!」

 

 渾身の一撃を魔王ゾーガの大剣に一蹴される。

 とはいえ、驚くことはないだろう。魔王なら、この程度防げないと手応えが無くて逆につまらない。

 

「じゃあ、これならどうかな?」

 

 次の一撃のため、勇者は精神を研ぎ澄ませる。

 

「聖道式剣技、十字型刺突(じゅうじがたしとつ)!!」

 

 そう言って、勇者エリギオンは剣技を繰り出す。

 技持ちと呼ばれる武器がこの世には存在する。その武器と契約することで、その武器特有の技を覚えることができるのだ。

 勇者エリギオンが手にしている〈聖剣ハーゲンティア〉も、そんな技持ちの武器の一つ。

 技を放った勇者エリギオンからは十字型の威光が放たれていた。

 その光に包まれたら最後、どんな生命でも駆逐する残酷な光。

 まさに規格外の技。

 だが、対する魔王ゾーガも規格外の存在だった。

 

「邪道式剣技、破戒」

 

 魔王ゾーガが持つ大剣、〈邪剣ニーズヘック〉から放たれる技によって、勇者エリギオンの技は受け止められる。

 魔王ゾーガから放たれた技はどんな光さえ飲み込む深淵の闇だった。

 魔王ゾーガの猛攻は止まらない。

 

「勇者ぁああ!! これでも、くらえッッ!!」

 

 勇者エリギオンの攻撃をいなした魔王ゾーガは、大剣を振りかざし、必殺技を繰り出そうとしていた。

 

「邪道式剣技、幽幽(ゆうゆう)たる斬撃」

 

 魔王ゾーガの持つ〈邪剣ニーズヘック〉が黒い闇に包まれ巨大な剣へと変貌する。あまりの大きさからダンジョンの壁面を巻き込みながら、勇者エリギオンにとどめの一撃を放とうとする。

 対して、勇者エリギオンはさきほどの技を放った反動なのか、反応が遅れていた。

 このままでは、勇者は魔王によって葬られる。

 少なくとも、二人の戦いを遠くから見ていたキスカはそう思った。

 

「〈セーブ〉」

 

 ふと、勇者エリギオンがそう呟いた。

 その言葉あまりにも小さく、少なくとも近くにいた魔王には聞こえなかった。

 だが、キスカは、勇者の口の動きを見て、確信とまではいかないものの、〈セーブ〉と言ったのではないかと思った。

 次の瞬間、あり得ない事象が起きた。

 

「は……?」

 

 ありえない現象にキスカは呆然とする。

 その事象を端的に表現すると、勇者エリギオンが複数人に分裂したとでも表現すべきだろうか。

 だが、事はそう単純ではないことをキスカは把握する。

 

「時間を何度も繰り返している」

 

 それが、キスカの出した結論だった。

 その結論に至れたのは、自分が〈セーブ&リセット〉というスキルを持っているから。

 このスキルは勇者を名乗るアゲハからもらったスキルだ。

 だったら、同じ勇者であるエリギオンが持っていてもなんら不思議ではない。

 勇者エリギオンは何度も時間を繰り返して魔王に勝とうとしている。結果、キスカの目には勇者エリギオンが分裂したように見えているのだ。

 分裂したように見えるののは、他の時間軸の勇者エリギオンの残像が残っているからに違いない。

 そして、恐らく何度も時間が繰り返していることに魔王ゾーガは気がついていない。

 キスカが気がつくことができたのはキスカも〈セーブ&リセット〉を持っているから。

 

 それから成功するまで、勇者エリギオンは何度も時間を繰り返していた。

 そして、何百回と繰り返して、ついに勇者エリギオンは魔王ゾーガの胸に大剣を深く突き刺していた。

 

「ばかな……っ」

 

 それが魔王の最期の言葉だった。

 魔王が勇者の手によって討ち取られたのが誰の目にも明らかだった。

 

 



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―66― 決着

「倒したのか……」

 

 魔王ゾーガが血飛沫を噴きながら崩れ落ちたのを見て、そう呟く。

 

「これで無事、世界を救うことができたようだね」

 

 対して、勇者は達成感に満ちた顔をしていた。

 

「おめでとうございます」

「そんな、かしこまらくてもいいんだよ。そうだ、キスカくんにはお礼を言わないとね。君がここまで案内してくれたから、魔王を倒すことできた」

「いえ、すべて勇者様の手柄ですよ。俺はなにもしていません」

 

 そう紡いだ俺の言葉はどこか機械的だった。

 勇者が魔王を倒した。

 それは喜ばしいことだ。

 なのに、なぜだ? さっきから喉の裏に張り付いた違和感をどうしても拭えない。

 アゲハとは結局会うことが叶わなかった。

 

 ただ、世界が滅亡する元凶となるはずの魔王が倒されたことは事実なわけで。

 これで世界が救われたことに変わりはないはずだ。

 

 

 

 

 勇者が魔王を倒してから待っていると、続々と勇者一行たちが集まってきた。

 

「殿下! 大変申し訳ありません。大事なときにお側にいることができなくて」

 

 最初にやってきたのは、聖騎士カナリアだった。

 それからさらに数時間後、

 

「おーっ! こんなところにいたのか! やっと見つけたぜーっ!」

「ふわぁーっ、やっと、会えましたーっ! もう、死ぬかと思いましたよーっ!」

「………………」

 

 ドワーフのゴルガノとエルフのニャウ、フードをかぶった男、ノクの三人が一緒にやってきた。

 ニャウは相当疲弊しているようで、さっきから足取りがフラフラしている。

 どうやら聞いてみたところ、最初は全員バラバラの場所に飛ばされたらしいが、ダンジョンを探索しているうちに合流することができらしい。

 すでに、魔王を倒したことを告げると皆、驚愕した後、勇者エリギオンを褒め称える。

 

「よしっ、これで全員そろったね」

 

 勇者エリギオンがそう言う。

 正直なところ、あまりにも複雑な【カタロフダンジョン】でこうして全員と合流できたのは奇跡といっても過言でないだろう。

 

「これから、外にでるためにダンジョンの攻略をするんですか?」

 

 ここまで奥地にきてしまうと、ダンジョンを攻略しないと外に出ることはできないことを念頭に、そう口にする。

 

「いや、もっといい方法がある」

 

 と言って、勇者エリギオンが親指を立てる。

 

「ふふんっ、いいですか。天才魔術師のニャウに感謝するんですよ!」

 

 なぜか、ニャウが胸をはっている。

 

「うざっ」

「うわぁーん、この人、ニャウのこと見て悪口を言いましたよーっ!?」

 

 あ、どうやら無意識のうちに暴言を吐いてしまったようだ。

 

「おい、こんなことで泣くな!」

「がははっ、天才魔術師が聞いて呆れるな!」

 

 聖騎士カナリアが叱咤し、ドワーフのゴルガノは豪快に笑う。

 それに対し、ニャウは「うーっ」と泣きべそをかいていた。

 

「悪いね、キスカくん。彼女の機嫌が悪くなると厄介だから、謝ってくれると助かるな」

 

 申し訳ないとばかり勇者エリギオンが俺に小声でそう告げる。

 

「そういうことなら……」

 

 頷いた俺はニャウのほうを見て、謝罪する。

 

「その、悪かったな」

「こ、今度、ニャウのこと馬鹿にしたら許しませんからねっ」

「あぁ、肝に銘じておく」

「まぁ、許してあげますよ。ニャウは優しいですからねっ!」

 

 見た目が幼い少女のくせして、どこか上から目線の物言いにイラつくが、今度は我慢してなにも口にしなかった。また、機嫌損ねられたら面倒だし。

 

「それで、ニャウさんはなにができるんですか?」

「ふふんっ、驚くなかれですよっ!」

 

 そう言って、彼女は手にもった背丈ほど大きなロッドを上に掲げる。

 

「ニャウの名のもとに命じる。混沌より出でし秩序。善悪の欠如。大地より先の煌めき。世界はまだ満ち足りぬ。欲するは胎動にあり。万事はいずれ塵と化す。我は汝に命ずる。転移の魔術、第一階梯、帰還(リグレーソ)

 

 瞬間、ニュウを中心に大きな魔法陣が現れる。

 それの正体が転移陣だとわかったときには、俺たち一行はダンジョンの外にいた。

 

「転移魔術か……」

 

 聞いたことがある。世の中には、離れた位置を一瞬で移動する転移の魔術というのが存在すると。だが、それを成し遂げることができる魔術師はほんの一握りしかいないとも。

 もしかすると、このニャウという小娘は想像以上にすごい魔術師なのかもしれない。

 

「ふふんっ、どうですか!? これで、ニャウがどれほどすごい魔術師か、わかったでしょう!」

 

 隣にドヤ顔で勝ち誇った顔をしているニャウがいた。

 やっぱり、すごいという感情より、うざいという感情のほうが先行してしまうな。

 とりあえず、腹いせにほっぺをつねるか。

 

「ふぎゃーっ! なんで、この人、にゃうのほっぺをつねったんですけどーッ!」

 

 と、ニャウが周りに助けを求めようとするが、誰もニャウのことを気にもとめようとしなかった。

 めんどくさい、とか内心思われてそう。

 

「おぉ! 勇者様が、魔王を討伐なさったぞ!」

「あれは魔王の遺体か」

「うぉおおおおお! 勇者様だっ!」

 

 ダンジョンの外に出ると、勇者の存在に気がついた村人たちが群衆で押し寄せてきたのだ。

 傍らに魔王に遺体が横たわっていることに気がつく。

 どうやら、魔王の遺体も転移陣でダンジョンの外に運んだらしかった。

 確かに魔王の遺体がこんふうに置かれていたら、俺たちが魔王を倒した勇者一行だとバレるのは当然のことだった。

 そんな感じで、興奮した村人たちに俺たちは迎え入れられるのだった。

 

 

 

 

「もう行ってしまうのかい?」

 

 その後、村では魔王を倒したお祝いの宴が始まった。

 皆、お酒を飲んでは騒いでいる中、俺は一人旅立つ準備をしていると、ふと、話しかけられる。

 話しかけてきたのは勇者エリギオンだった。

 

「はい、俺にはやらなくていけないことがあるので」

「そうか。君には感謝しているんだ。だから、なにか困ったことがあれば、僕を頼って欲しいな」

「いえ、勇者様の手を煩わせるわけにはいきませんので」

 

 農民出身の俺が、勇者でしかもこの国の王子を頼るわけにはいかない。だから、やんわりと断る。

 

「そうか。君のすべきことが無事に達成することを願っているよ」

 

 勇者エリギオンは少しだけ悲しそうな顔をしているのは気のせいだろう。

 ともかく、その言葉を最後に、俺はカタロフ村を旅立った。

 目的は、ただ一つ。

 アゲハを探すことだ。

 

 



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―67― 宴

 アゲハを探すべくカタロフ村を出た俺は大きな都市に行って情報収集しようと考えた。

 というわけで、馬車を使ってはるばる来たわけだ。

 王都ラーナ。

 王都とつくように、ラスターナ王国の国王陛下が住まう町だ。

 ラスターナ王国で最も栄えている町で、交通の要所となっているため、多くの人が行き交う。

 だから、情報収集にはうってつけだと考えたわけだが、

 

「町の様子がおかしいな」

 

 俺は生まれてこの方一度もカタロフ村を出たことがなかった。

 だから、大きな町というのは初めて来たわけだが、それでも様子がおかしいのはわかってしまう。

 みんな、はしゃいでいた。

 外で飲み食いは当たり前、楽器を鳴らしては踊ったりしている人もいる。

 まさにお祭り騒ぎというやつだ。

 

「よぉ、兄ちゃん! お前もなんか食えよ!」

 

 話しかけられる。

 俺よりも背が高くていかつい男の人が気安く俺の肩なんかを組んでくるのだ。

 

「ありがとうございます」

 

 流されるままに食べ物を渡され、それからジョッキにお酒を注がれる。

 そして、「かんぱーい!」と言ってジョッキとジョッキをぶつける。なみなみに注がれたので、盛大に零れるが誰も気にしない。

 

「いやー、それにしてもめでたいなーっ!」

 

 そう言って、男はお酒を遠慮無く飲み干す。

 

「あの……これはなんの騒ぎですか?」

「なんだ、お前知らないのか!? 勇者様がついに魔王を倒したんだよ。だから、俺たちはそれを祝って騒いでいるわけだ」

 

 あぁ、なるほど、そういうことか。

 確かに、魔王が倒されたとなれば盛大に祝うのは当たり前か。

 にしても、町のみんながこの調子だと、情報収集なんて難しいかもしれないな。

 

「俺、見ましたよ。勇者と魔王の戦いを」

「なんだって!?」

 

 周りにいた人たちが一斉に俺のことを振り返る。

 せっかくの機会だし、少しぐらいはめを外してもいいか。

 

「なにせ俺は、勇者様の案内役を務めた男ですから――」

 

 そう言った俺の表情はさぞドヤ顔だったに違いない。

 それから俺は、武勇伝のごとく勇者と魔王の戦いについて語った。

 話せば話すほど、俺の周りには人が集まり、皆、歓声をあげながら俺の話に聞き入った。

 勇者が魔王を倒した瞬間まで語り終えると、皆が「うぉおおお!」と歓声をあげ、途中から話しを聞いていた人が「もう一度、初めから話してくれ!」とお願いしてくる。

 調子にのった俺は同じ話をまた初めから話してやるのだ。

 結果、俺は何度も勇者と魔王の戦いについて、民衆たちに語るはめになったのだ。

 語れば語るほど、どう話せばウケるのかコツもわかってくるので、しゃべり方は工夫され、身振り手振りも交えて、内容は誇張されていく。

 

「勇者の必殺技を魔王はあっけなく防いでしまったのです。もう、勇者の敗北は決定的でした! 皆が諦め、もう神に祈ることしか、手は残されていなかったのです。けれど、勇者だけは諦めてなかった。その信念が奇跡を起こしたのです!!」

 

 そう告げると、民衆たちから歓声と悲鳴があがる。

 俺の周りには、それはそれは大勢の民衆がいた。皆、俺の話に心酔しているのだ。

 その上、興奮した人々は景気よく俺に硬貨を投げ渡してくれる。おかげで、けっこうな額を稼げた。

 あぁ、意外と気持ちいいなこれ。

 

「おい、ここで勇者の風評をでっち上げている愚か者がいると通報を受けた!」

 

 見ると、甲冑を身につけた兵士たちが近くにいた。

 

「やば……っ」

 

 悪いことをしたという自覚はないが、いかせんやりすぎてしまうと、目をつけられるのが世の常だ。

 

「あの、違うんですよ、これは……」

 

 喋りながら、なんとか言い訳を絞り出そうと頭を動かす。

 

「なんだ、キスカではないか」

 

 ふと、名前を呼ばれたので見ると見知った顔がそこにはあった。

 やってきた兵士は聖騎士カナリアだったのだ。

 

「こんなところでなにをやっているんだ?」

「勇者様の伝説を皆に広める活動をしていました」

 

 そう、これは勇者様のために行なったことであって、いわば慈善活動のようなものだ。だから、誰にも咎められるようなことではないはずだ。

 

「まぁ、貴様が勇者の戦いを見ていたのは本当だしな。決して、嘘を広めているというわけではなさそうだ」

「えっと、ならば、活動しても問題ないと」

「そうだな。勇者の伝説が大衆に広がることは、国家に利益をもたらすことだからな。貴様の活動を認めよう」

「ありがとうごさいます!」

 

 これで、俺の活動は国家公認となったわけだ。これで、さらに大々的に活動することが――いや、待てよ。

 自分の目的を見失うな。

 俺の目的は、アゲハを探すことだ。

 こんなことに時間を割いている場合ではなかった。

 

「そういえば、勇者エリギオン様は今なにをなさっているんですか?」

 

 世間話とばかりに話しかける。

 聖騎士カナリアがこうして王都にいるわけだし、勇者エリギオンも同じく王都に帰っているのではないかと推測したわけだが。

 

「あの、カナリアさん?」

 

 だが、彼女は俺から視線を外しては遠くを眺めていた。まるで、俺の言葉が耳に入らないとばかり。

 

「……ドラゴン」

 

 そして、ぼそっと彼女は口にした。

 ドラゴン……? 一体なんのことを言って――、

 

「「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」」

 

 地響きのような轟音が聞こえた。

 とっさに振り返る。

 

「――あ?」

 

 目の前の光景を見て唖然としてしまった。

 

 ドラゴンがいた。

 ドラゴンとは、数いる魔物の中でも最も凶悪な存在と知られている魔物だ。

 危険度はSランクと高く、倒すのは非常に困難と知られている。

 その伝説上の魔物、ドラゴンがいた。

 そのドラゴンが一匹、上空にいただけならば、俺はここまで驚くことはなかった。

 ドラゴンが一匹ぐらい街に侵入してしまうのは、珍しいとはいえ、絶対にないとは言い切れない。

 そう、上空に現れたドラゴンは一匹だけではなかった。

 では、何匹なのか?

 数え切れないくらい。

 空がドラゴンで埋まってしまうぐらい、たくさんいたのだ。

 

 さっきまで晴れだったのに、ドラゴンの群れが日差しを遮ったせいで、天気は曇りになってしまった。

 

「おい、なんだあれは!?」

「ドラゴンが群れで襲ってきたぞ!」

 

 パニックに陥った民衆たちの声が聞こえてくる。

 本来、ドラゴンはプライドが高い魔物として知られており、群れで行動することを嫌う傾向にある。

 なのに、まるで軍勢でも形成しているかのようにドラゴンたちは行動を共にしていた。

 

「カナリアさん!?」

 

 とっさに彼女の名を叫ぶ。

 彼女は聖騎士で近衛兵だ。彼女なら、この状況を脱する手立てを持っているのではないだろうか?

 

「……あれ? いない」

 

 さっきまでカナリアさんがいた場所を見るも、もうそこに彼女の姿はなかった。

 

「早く逃げるぞ!」

「おい、押すんじゃねぇぞッ!」

「ふざけんな! てめぇこそ、押すなよ!」

「ママーッ! どこー!?」

 

 さっきまでお祭り状態だった町中は一変した。誰もが襲いかかってきたドラゴンから逃げ延びようと走り出す。

 誰もが一目散に逃げようとするせいで、押して押されたの小競り合いが始まる。

 

 そして、ドラゴンが一匹、地面に着地した。

 着地するだけで地面が揺れ、建物は倒壊し、人々は押しつぶされる。

 

 また一匹また一匹と、次々とドラゴンが地面に着地する。

 その度に、人は死んでいく。

 あるドラゴンは黒炎を放って人々を焼き尽くし、あるドラゴンは逃げ惑う人々を爪で持ち上げては大顎の中に頬張る。

 あちこちで人が残虐に殺されていく。

 悲鳴やら慟哭があちこちから聞こえてくる。

 中には武装して戦おうとした者もいた。けど、そういう者から死んでいった。

 城壁の門はドラゴンが立ち塞がっては、次々と人を大顎でかみ砕いていく。

 あぁ、また目の前で人が殺された。

 

 人々が住まう都市は戦場と化した。いや、戦場とも違うか。処刑場のほうが近いか。

 人々はなんの抵抗もできずにただ無闇に殺されていく。

 ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ、と音を奏でるように人が踏み潰される音が聞こえてくる。

 気がつけば、死骸の山が積み上げられていく。

 

「あ……あぁ」

 

 そんな中、俺は、ただその場でうずくまっていることしかできなかった。

 俺が今更、なにかしたところで事態が変わるわけではない。

 目の前で繰り広げられる暴力はそれだけ圧倒的だった。

 

 世界は滅亡する。

 それを変えるために、俺は百年後からやってきた。

 その自覚が俺にあったかというと、なかったが、ともかく観測者は俺にそう言って、俺を送り出した。

 そのせいか、俺には世界が滅亡するということがどういうことなのか、ずっとよくわかっていなかった。

 けど、それを今、俺は自覚させられた。

 

「これを俺が変えるのか……?」

 

 一体どうやって?

 俺一人がなにかしたところで、この未来を変えられるのか?

 

「無理だろ」

 

 これは、俺の手に負える問題ではない。

 そう結論づけたとき、俺の心が折れる音が聞こえた。

 

「無理だ……っ、無理だ! 無理だ……!」

 

 そう叫びながら俺は闇雲に走っていた。

 いつ、ドラゴンに殺されたっていい。むしろ俺を殺してくれ!

 そうやって走って走って――ドンッ、と誰かにぶつかった。

 最初は、柱にでもぶつかったのかと思った。

 それほど、それは柱のようにずっしりと大きく質量があった。けど、よく見たら、表情があって、口が動いていた。

 

「ふむ、どうやら順調のようだな」

「あ……?」

 

 なにが起こっている?

 なんで死んだはずの魔王ゾーガが目の前にいるんだ?

 そう、柱だと思ったのは魔王ゾーガだった。

 

「なんで、いるんだよ……?」

 

 魔王に対してそう尋ねる。

 

「あん?」

 

 振り返った魔王は俺のことを目にもくれず、まるで目の前にいた蟻を踏み潰すかのように、大剣を振り回した。

 

「あ――」

 

 とっさに腕を使ってかばうが、その腕ごと体を斬られる。

 気がつけば死んでいた。

 

 

 

 

「はっ」

 

 覚醒した俺は息を吐く。

 どこだ、ここ?

 まずは自分がどこにいるのか把握すべきだ。見ると、無骨な壁面に囲われている。

【カタロフダンジョン】の中にいるんだ。

 あぁ、思い出した。

 勇者たちと一緒に転移陣を踏んだ直後、ダンジョンの中に一人っきりになってしまったところだ。

 どうやら、そこまで死に戻りしたらしかった。

 

 



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―68― 一つの結末

 死に戻りした俺は、さっきまで繰り広げられた光景を思い出して、目眩がする。

 このままなにもしなければ、あの災厄がまた繰り広げられるんだ。

 だから、なんとしてでも阻止しなければならないが、なにをすればいいんだ?

 無数のドラゴンが王都ラーナに降り立つ光景を思い出す。

 ドラゴンは本来、個で活動するが、なぜかあのときのドラゴンたちは統率がとれていた。

 恐らく、魔王ソーガがドラゴンたちを指揮していたに違いない。

 魔王には、魔物たちを従える力を持っていると聞いたことがあった。

 

「魔王復活を阻止さえすれば、未曾有の災厄を防ぐことができるのか?」

 

 なぜか、王都ラーナには勇者に殺されたはずの魔王ゾーガがいた。

 どうしてそんなことが起こりうるのか、俺には想像もつかないが、復活を阻止する手立てはあるんじゃないだろうか。

 例えば、復活には魔王の遺体が必要だと仮定すれば、その遺体を守っていれば、阻止できるような気がする。

 

 方針が固まってきたな。

 ひとまず、最速で勇者エリギオンに合流して、勇者エリギオンに魔王を倒してもらおう。

 

 

 

 

 その後、俺は前回の時間軸での俺の行動をなぞるように動いた。

 落とし穴にひっかかっては真下のトゲを回避して、そこから続く隠し部屋に入る。

 隠し部屋にある宝箱でスキル〈加速〉を手に入れては、現れる鎧ノ大熊(バグベア)たちを倒す。

 その後、勇者エリギオンと合流してからは、彼を魔王ゾーガのいる場所へと案内する。

 それから、魔王と勇者の決闘を傍観する。

 今回も前回同様、勇者エリギオンが戦いを制した。

 

 ちゃんと死んでいるな。

 胸を切り裂かれた魔王ゾーガを死体を確認していた。

 心臓の音も聞こえなければ、息もしていない。実は生きていた、ということはなさそうだ。

 

「キスカくん、浮かない顔をしているね? なにか不安ごとでもあるのかな?」

 

 ふと、勇者エリギオンに話しかけられる。

 どうやら不安が顔に出てしまっていたようだ。

 

「魔王が復活しないか不安で、遺体を確認していました」

 

 ここは、正直に言っても問題ないだろう思い、そう口にする。

 

「あははっ、復活だなんて、キスカくんは心配性なんだね」

 

 笑われる。

 俺としては、魔王が復活するところをこの目で見てしまっているため、冗談と受け止められないのだが、かといって本当のことを言って信じてもらえないだろうし。

 

「まぁ、そんなに不安に思うんだったら、遺体を燃やせばいい」

「燃やしてもかまわないんですか?」

「といっても、殺した証拠は欲しいから、頭だけは持ち帰らせてもらうけどね」

 

 そう言いながら、勇者エリギオンは魔王の首を剣を突きつけて、頭と胴体を切り離す。

 確かに、一般的に死んだ人の遺体は火葬するのが基本だ。土葬してしまうと、まれにアンデットとして復活してしまうことがあるからだ。

 だから、燃やしてしまえば安心な気もする。

 

「えっと、魔石はあったかな……。あ、ちょうど切らしていたな。キスカくんは魔石を持っているかい?」

「俺も持っていないですね」

 

 魔石があれば火を起こすことができるが、あいにく持ち合わせはないようだ。

 

「そうだ、魔石を手に入れる場所に心当たりがあるので、少しだけこの場を離れてもいいですか?」

「あぁ、うん、いいよ。気をつけてね」

「はい、気をつけます」

 

 それから俺はダンジョンを駆け足で移動する。

 魔石は魔物を倒せば入手可能だから、手頃な魔物がいればいいんだが。

 いや、そういえば、この辺りに吸血鬼ユーディートが造った隠れ家あったはずだ。隠れ家には、魔石が貯蔵されていた。魔物を倒すよりも、貯蔵されている魔石を拝借したほうが楽だよな。

 待てよ、隠れ家があったのは100年後の俺が生きていた時代で、この時代にある保証はどこにもない。

 ただ、吸血鬼ユーディートは不死身だし、100年前の時点ですでにこのダンジョンを根城にしていてもおかしくはないんだよな。

 ともかく、確認だけでもしてみる。

 確か、この辺りの壁を叩けば、通路が出現するはずだ。

 あった。

 中に入ってみると、ベッドやソファが置かれていた。それらが人為的に配置されたのは明らか。

 つまり、この時代の時点で、吸血鬼ユーディートはこのダンジョンを根城に活動しているというわけだ。

 もしかたら、このダンジョンのどこかに吸血鬼ユーディートはいるのかもしれない。

 吸血鬼ユーディートに内心お礼を言いつつ、必要な分の魔石を調達する。

 それから、俺は勇者エリギオンがいる場所に戻った。

 

「早かったね」

 

 両手に魔石を抱えて持って帰ると勇者エリギオンにそう言われる。

 

「偶然たくさん手に入れることができましたので」

 

 そう言いつつ、勇者エリギオンの隣に立っていた人物に目をやる。

 聖騎士カナリアだ。

 どうやら、俺が魔石を取りに行っている間に、合流したらしい。

 

「カナリアさん、お疲れ様です」

「ふん、貴様のほうが先に殿下合流したのだな」

 

 そんな会話をしつつ、魔王の遺体を焼く準備をする。

 

「なにをなさっているんですか?」

「魔王が復活しないように、念のため遺体を焼くんだって」

「……ふむ、頭は持ち帰るんですよね」

「あぁ、もちろん」

「なら、問題はありませんね」

 

 聖騎士カナリアの疑問に勇者エリギオンが答えてくれた。

 それから、魔石を使って火を起こし、その火で魔王の遺体を焼いた。

 

「おーっ! こんなところにいたのか! やっと見つけたぜーっ!」

「ふわぁーっ、やっと、会えましたーっ! もう、死ぬかと思いましたよーっ!」

「………………」

 

 ドワーフのゴルガノとエルフのニャウ、フードをかぶった男、ノクの三人がやってきた頃には、魔王の遺体は骨だけになった。

 それから、前回の時間軸同様、ニャウの転移魔術でダンジョンの外へと戻った。

 戻った俺たちを待っていたのは、カタリナ村の人々により盛大な歓迎だった。

 食べ物や踊りが振る舞われる。

 皆の気が緩んでいる中、俺だけはずっと気を張っていた。

 魔王の首は柱にくくられては村の中心に置かれて、晒し者にされている。

 俺は、それをずっと観察していた。

 この首がここにある限り、魔王は復活しないはずだ。

 

「やぁ、キスカくん、調子はどうだい?」

 

 勇者エリギオンに話しかけられる。

 

「なんだか元気がないようだけど?」

 

 どうやら気を張っていることがバレてしまったらしい。

 

「いや、魔王が復活しないか不安で……」

「あっははっ、キスカくんはホント心配性だね」

「そうかもしれないですね」

 

 そう頷くと、勇者エリギオンは俺の隣に座った。

 

「そういえば、君が探しているアゲハという人物は君とどういう関係なんだい?」

 

 ふと、問いかけられる。

 勇者エリギオンにとっては、話題の一つでも提供したつもりなんだろう。

 そういえば、勇者エリギオンに会ったばかりの頃、アゲハのことを尋ねたんだったな。彼はアゲハという名に全く心当たりはなかったようだが。

 

「そうですね。アゲハは僕にとって大切な人です」

「家族とかなのかい?」

「いや、家族ではありません」

「だったら、恋人かい?」

 

 恋人ではないが、かといって、俺とアゲハの関係性を語るいい言葉が思いつかないな。

 アゲハとなんの関係性もないけれど、俺はただ彼女を助けたいと考えているだけだからな。

 

「まぁ、そんなところです」

 

 恋人ではないが、否定したところで説明するのが面倒だと思ってしまった俺は、肯定することにした。

 

「そうか。もし、見かけることがあったら、君に必ず伝えるよ」

「ありがとうございます。そうしていただけると助かります」

 

 そうお礼を言いつつ、考える。

 アゲハはいったいどこにいるんだろうか?

 アゲハは勇者だから、魔王を討伐するべく動いていると思っていたが、こうして魔王を討伐してもアゲハが現れる気配が一切ない。

 早くアゲハに会いたい。

 だから、アゲハを今すぐにも探しにいきたい気持ちはあるが、今はそれよりも魔王復活を阻止することのほうが優先だ。

 

「そういえば、勇者様はこの後、どうされるんですか?」

「あぁ、今日は村に一泊して、それから明日の早朝、王都に向かうよ」

 

 そうか、勇者も王都に行くのか。

 ならば、前の時間軸でドラゴンたちが町を襲うのを勇者も目撃したんだろうな。

 

「魔王の首はどうするんですか?」

「あぁ、もちろん持って帰るよ」

「俺もご一緒することは可能でしょうか?」

 

 魔王の首から目を離したくない。

 ならば、勇者と行動を共にするしかない。

 難しい相談だろうか、なんとかして説得しないとな。

 

「うん、いいよ」

「え? いいんですか!」

 

 まさか、即決されるとは思わず驚く。

 

「君は魔王討伐に貢献した英雄の一人だ。そんな人間を丁重に扱うのは当然のことだろう」

「あ、ありがとうござます!」

 

 思わず頭を下げる。

 それを見た勇者エリギオンは笑っていた。

 

 

 

 

 翌日、勇者エリギオンとその一行は出発するべく馬車に乗り込んだ。

 他の面々も同行するようで、二つの馬車に分かれて乗ることになった。

 俺が希望したことで、勇者と同じ馬車に乗ることができた。聖騎士カタリナはそのことに不服を申し出たが勇者エリギオンが受け入れてくれのだ。

 俺が本当に近くにいたかったのは、勇者エリギオンでなく魔王の首だが、結果的に、魔王の首と同じ馬車に乗ることが出来たので良しとしよう。

 というわけで、一組目の馬車には、俺と勇者エリギオン、聖騎士カナリアの三名。

 もう一組には、ドワーフのゴルガノとエルフのニャウ、そして、フードの男、ノクが乗り込む。

 そして、馬車は出発した。

 

「王都に着けば、皆、殿下を盛大に歓迎するでしょうね」

 

 ふと、聖騎士カナリアがそんなことを口にする。

 

「そうだと嬉しいね」

「ええ、今頃、王都では魔王を倒したということでお祭り騒ぎになっていることでしょう。王都に着けば、凱旋式をやらなくてはですね」

「凱旋式か。照れるな。カナリアも凱旋式に参加してくれるかい?」

「殿下がそれをお望みになるならば」

 

 向かいに座っている二人はそんな会話をしていた。

 

「キスカくん、凱旋式で一緒に歩いてくれるかい?」

「え、えっと、いいんですか?」

「言っただろ。君も魔王討伐に貢献した英雄だ。参加する権利はあるはずだよ」

 

 まさか俺も一緒に参加することになるとは夢にも思わず、驚いてしまう。

 なんて答えるべきなのかわからない俺は、戸惑いの視線をカナリアさんに向ける。

 それを察したのか、彼女はこう答えた。

 

「殿下の提案だ。快く引き受けるのが礼儀だろう」

 

 なるほど、そういうものなのか。

 

「わかりました。参加させていただきます」

 

 そう答えることにした。

 それからも馬車の中での会話は続いた。

 俺の隣の席には、丁重に置かれた魔王の首が置いてある。

 魔王が復活する気配もないし、この調子でなにも起こらなければいいのだが。

 

 ガタンッ、馬車が停止した。

 急停止だったため、馬車は大きく揺れた。

 

「なにかあったんですかね?」

 

 ふと、そんなことを呟く。

 

「そうだね。なにがあったの確認したほうがいいのかもしれない」

 

 勇者エリギオンの提案もあり、早速俺は扉をあけて、御者に呼びかける。

 

「あの、大丈夫ですかー!」

 

 御者に聞こえるように、俺はできる限り大きな声をだした。

 

 グシャッ、となにかが潰れる音が聞こえた。

 なんの音か疑問に思った俺は振り返る。

 ビシャッ、となにが盛大に飛び散る。飛び散ったなにかが顔に大きくかかった。

 なんだろう? と思いながら、俺は手でそれを拭う。

 赤かった。

 手が真っ赤な液体で染まっていた。

 

「……は?」

 

 真っ赤なそれが血だわかるのに数秒ほど時間を要した。

 

「あははっ、ついに、殺せた。殺せた殺せた殺せた殺せた殺せた殺せたぁ! 殺せたぁ!!」

 

 笑い声と共に呪文を唱えるような独り言が聞こえてくる。

 叫んでいたのは聖騎士カナリアだった。

 

「は……?」

 

 なにが起きているのか理解ができない。

 目の前には、狂気に満ちた目で笑っている聖騎士カナリアとぐったりとしている勇者エリギオンがいる。

 よく見ると、勇者の首には短刀が突き刺さっていた。

 カナリアが勇者を殺したということなんだろうが、その事実を認めることに拒否感を覚えてしまう。

 わからない。

 なんで聖騎士カナリアが勇者を殺すのか? その理由がまったくもって見当がつかない。

 

「なんで……?」

 

 だから、そう呟いていた。

 なぜ、殺したのか。納得できる答えがほしかった。

 

「なぜ、ですか……。邪魔なんですよ。勇者のことが」

 

 ヘラッ、と口の両端を引きつるようにして笑いながら答えた。

 

「あぁ、そうだ。目撃者は消さないといけませんね」

 

 彼女は俺のことを睨み付けながら、剣の鞘を握りしめる。

 まずい……、このままだと殺される。

 彼女が剣を振り回すと同時、〈猛火の剣〉で斬撃を受け止める。けど、勢いまでは殺すことができなかったせいで、そのまま俺の体は馬車の外に投げ出される。

 まだ、事態を把握できないが、一つだけ確かなことがあった。

 このまま抵抗しなければ、聖騎士カナリアに殺される。

 

「なにがあったんですかーッ!!」

 

 異変に気がついたんだろう。もう一組の馬車からニャウが顔を出していた。

 

「来るなッ!」

 

 来たら、カナリアに殺されると思った俺は、そう叫んだ。

 数秒後には、カナリアが俺を殺すために馬車から飛び出してくるに違いない。

 だから、神経を集中させながら剣を強く握りしめる。

 落ち着け、落ち着け、精神を落ち着かせろ。瞬きをするな。いつ、聖騎士カナリアが殺しにかかってきても、対応できるようにしろ。

 静かに待つ。

 心臓と呼吸の音が鼓膜から聞こえてくる。

 

 ……あれ? 中々、来ないぞ。

 てっきり、すぐ馬車から飛び出してくると思って、こうして待ち構えているのに、カナリアが出てくる気配がない。

 どういうことだ? カナリアは馬車の中でなにをしているんだ?

 

「火の魔術、第四階梯、焦熱焔(フエゴトリオ)

 

 見ると、ニャウが魔法陣と共に火の柱を放射させていた。

 なんで? なにに対して、魔術を使った? そう思考を巡らせながら、炎の先を見る。

 

「ギャオオオオッ!!」

 

 呻き声?

 その呻き声の正体はドラゴンだった。

 ドラゴンが馬車の行き先を塞ぐように鎮座していた。こんなにも目立つ存在だというのに、聖騎士カナリアにばかり意識が向いていたせいで、その存在に全く気がつけなかった。

 なぜ、ドラゴンがこんなところに? 理由はわからないが、馬車が停止した理由がドラコンだってことはわかる。

 ともかく、敵は聖騎士カナリアだけではない。

 ドラゴンも相手にしなくてはならない。

 勝てるのか……?

 そんな不安がよぎるが、今は戦うことだけを考えるしかない。

 ガタッ、と馬車がわずかに揺れた。

 あぁ、恐らく数秒後には、聖騎士カナリアが飛び出してくるはずだ。

 神経を張り巡らせる。

 

「なるほど、こいつを殺せばいいのか」

 

 唖然とする。

 というのも、馬車から飛び出してきたのは聖騎士カナリアではなかった。

 大剣を握った魔王ゾーガその人だった。

 

「は……?」

 

 唖然とした言葉を出したときには、俺の体は大剣によって斬り伏せられていた。

 

 

 



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―69― 控えめ

「はっ」

 

 覚醒する。

 さっき刃物で斬られた箇所を手で触っては、傷がないことを確かめては死に戻りしたんだと安心する。

 

「つまり、どういうことだ……?」

 

 頭が混乱する。

 聖騎士カナリアが勇者エリギオンを殺した。

 突発的に殺したのではなく、言動から察するに計画的に殺したに違いない。恐らく、馬車の中で勇者を殺せる隙をずっと伺ってたんじゃないだろうか。

 そして、死んだはずの魔王ゾーガが馬車の中からでてきた。

 馬車の中でなにが起きていたのかわからない。

 だが、一つ確かなことは聖騎士カナリアが魔王ゾーガを復活させた。

 だから、聖騎士カナリアは裏切り者だ。

 

 とはいえ、そのことを知れたのは大きな収穫だ。

 わずかに光明が見えたかもしれない。

 もしかしたら、魔王ゾーガの復活を防ぐことができるかもしれない。

 

 

 

 

「おい、勝手なことをやっているんだッ!!」

 

 怒気をはらんで叫んだ勇者エリギオンに俺は襟首を掴まれていた。

 

「勝手なことをして申し訳ありません。ですが、魔王復活を阻止するには必要なことでした」

 

 勇者が魔王を倒すまで、俺は前回の時間軸と同じ行動をした。

 それから俺は勇者の意に反して勝手なことをさせてもらった。

 魔王の遺体を首ごと燃やしたのだ。

 

「魔王の遺体は、魔王を倒した重要な証拠だ。それを燃やすことがどういうことなのか、わかっているのか?」

 

 俺の襟首を掴みながら、勇者エリギオンはそう告げる。

 前回の時間軸では、勇者エリギオンは魔王の首以外なら燃やしてもかまわないと言った。魔王の首さえあれば、討伐した証拠になるからと。

 けど、首を残した結果、魔王ゾーガは復活してしまった。

 ならば、首ごと燃やすしかない。

 

「魔王が復活してしまえば、勇者様の努力は全て水の泡となります。どうか、ご理解ください」

「魔王が復活するなんてあり得ないだろ。民が心から安心するためにも、魔王の首が必要だというのに……っ」

 

 勇者は舌打ちをしながら、ガシガシと乱暴に頭をかく。

 正直、俺としては魔王の復活を阻止できるなら、勇者の反感をいくら買おうが別にかまわない。

 

 それから、前回の時間軸同様、聖騎士カナリアがやってきた。

 聖騎士カナリアは燃やされた魔王の遺体を見て、

 

「なるほど、随分と勝手なことをしたようですね」

 

 と、苦言を呈する。

 内心はどう思っているんだろうか? 

 魔王を復活を阻止されたと激怒してくれると、俺としてはありがたいんだが。もし、遺体を燃やされても魔王の復活に支障はないと思われていたら最悪だ。

 前者であることを心から願おう。

 

 

 

 

 それから、他のメンバーと合流した俺たちは転移陣を使ってダンジョンの外で帰還した。

 魔王の遺体を燃やしても骨は残る。

 遺骨でも最低限の証拠になるだろうということで、それを持ち帰ることになった。

 それからカタロフ村にて、宴が始まった。

 けれど、魔王の遺体がないせいだろうか、前回の時間軸よりは、宴の様子が控えめだったような気がする。

 

 そんな中、俺はずっとある可能性を考えていた。

 遺骨があるだけでも魔王を復活できるんじゃないだろうか。

 燃えている遺体を見た聖騎士カナリアの顔は怒ってはいたが、ショックを受けているようには見えなかった。

 あの顔は、遺体が燃えたところで魔王復活に支障はないと確信している顔なんじゃないだろうか。

 考えれば考えるほど、そんな気がしてくる。

 かくなる上は、行動にうつすしかないんだろう。

 

 真夜中、村中の人々が寝静まっている間、俺は一人起きて行動に移した。

 

「これだな」

 

 俺が手にしたのは魔王の遺骨が入っている木箱だ。

 木箱は不用心にも村の中央の目立つところに置かれてあったので、盗みのは容易だった。不用心に置かれていたのは、魔王の遺骨を盗む奴なんていないだろう、と思われていたからだろう。

 一応、中を確認して、遺骨が入っていることを確認する。

 その遺骨を持って、俺は村から逃げ出すことにした。

 

「はぁー、はぁー、はぁー、はぁー」

 

 これだけ走れば安心だろう、ってところで俺は立ち止まる。全力で走ったせいで、息は荒い。

 それから俺は木箱の中から遺骨を取り出しては、剣を使って粉々に砕く作業に入る。

 骨を砕く作業は非常に時間がかかった。

 どれだけ砕いても、復活を阻止するには足りような気がするせいだ。

 だから、満足に砕き終わった頃には、日が昇っていた。

 

「流石に、これだけ砕けば大丈夫だろう」

 

 塵のように細かくなった遺骨を見て、そう口にする。

 それらを近くにあった池の中へ撒く。

 

「あとは、魔王が復活しないことを祈るだけだな」

 

 やれることはやったはずだ。

 魔王の遺体を焼いた上、残った遺骨を細かく砕いて池に散骨したのだ。これ以上の最善はないはずだ。

 

 バサッ、と羽音が聞こえた。

 突風が俺を包み込む。

 上を仰ぎ見ると、ドラゴンが上空から着地しようしていた。

 

「ふむ、随分とおかしなことをするやつがいたもんだな」

 

 聞いたことある声だった。

 その者はドラゴンの背中から飛び降りて、俺の前に降り立つ。

 

「カナリア……ッ!!」

 

 俺は、目の前にいる者の名を叫んだ。

 どうして、俺のいる場所がわかったんだろう? そんな疑問がわく。とはいえ、すでに遺骨は散骨済みだ。

 取り返しに来たとするなら、もう遅い。

 

「お前の企みはすべてわかっているんだ」

「ふんっ、企みとは一体なんのことだ?」

「魔王を復活させようとしているんだろう」

「――ッ! な、なぜ、それを……!?」

 

 指摘した途端、聖騎士カナリアは目を見開いて後ずさりした。

 ざまぁない。どうやら、相当動揺してくれたようだ。

 

「だが、残念だったな! お前の企みは潰させもらった! もう、魔王の遺体はどこにもない! どうだ、これで復活させることはできないだろ!」

 

 すでに、俺は勝ちを確信していた。

 これで魔王の復活は阻止できたのだ。

 

「驚いたな。こんなところに伏兵がいたとは」

 

 聖騎士カナリアはそう告げながら、懐からある物を取り出した。

 それは輝きを放つ宝石がはめ込まれた指輪だった。

 

「これは我が主がつくった世界に一つしかない指輪だ。この指輪の力、それは蘇生だ」

 

 そう口にした途端、彼女が手にした指輪が光り始めたと思ったら、パリンッと音を立てて自壊した。

 

「ふぅ、おっと、これはどういう状況だ?」

 

 真後ろから声が聞こえる。

 まさかこの声の主は……?

 そんな、馬鹿な……ッ。そう思いながら、俺は後ろに振り向く。

 

「蘇生させるのに遺体が必要だと貴様は考えたようだが、残念ながらそれは間違っている。だから、貴様の企みは全て無駄だったというわけだ」

 

 聖騎士カナリアは滔々と語る。

 それはあまりにも都合が悪い事実だった。

 

「それで、俺はなにをすればいいんだ?」

「その者を殺めてください」

 

 魔王の問いに、聖騎士カナリアは頭を下げてお願いする。

 

「なるほど、了解した」

 

 ニッ、と魔王は口の端をつりあげるようにして笑った。

 それとほぼ同時、魔王の拳が俺を襲った。

 

「アガッ」

 

 呻き声をあげる。

 俺の体は勢いよく吹き飛ばされ、途中にあった木々をなぎ倒していく。

 

「ガハ……ッ、アッ」

 

 殴られた俺はその場で咳き込む。そのたびに、口から血を吐いた。

 

「なんだ、まだ生きてやがる」

 

 そう言いながら魔王は俺の頭を無造作に持ち上げる。もう抵抗できる力が残っていなかった。

 そして、岩に叩きつけられた。

 当然のように、俺の意識は暗転した。

 

 



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―70― 不覚

 目を開けると、やはりダンジョンの中にいた。

 

「………………」

 

 なにもやる気が起きなかった俺は、しばらくボーッと時間を過ごしていた。

 あれだけ必死に魔王の遺体の燃やして粉々に砕いたのに、なんの意味もなかった。

 とはいえ、落ち込んでもいられないか。

 収穫は確かにあった。

 まず、指輪の存在を知れたことは大きい。

 あの指輪を聖騎士カナリアから奪いさえすれば、魔王ゾーガの復活を阻止できる可能性が大きい。

 

 そうと決まれば、動かないとな。

 まずは、聖騎士カナリアがどこにいるか探そう。

 

 方針を決めた俺は鎧ノ大熊(バグベア)が多数出現する部屋まで直行し、スキル〈加速〉を獲得する。

 前回なら、ここから勇者エリギオンがいる位置まで移動した。

 今回は勇者エリギオンと遭遇しないように探索する。

 都合良く聖騎士カナリアが見つかってくれればいいんだが。

 

「見つけた……」

 

 思わずそう呟く。

 眼前には、聖騎士カナリアがいた。

 勇者エリギオンがいるところよりも上の階層、近くには金色の無人鎧(ゴールデン・リビングアーマー)の部屋があったはずだ。

 その辺りで、聖騎士カナリアが一人で探索しているところを見つける。

 殺すつもりで襲いかかろう。

 そう決めた俺は、飛び出して〈猛火の剣〉を振るう。

 ガキンッ、と金属音が響き渡る。

 聖騎士カナリアが持つ剣で受け止められた。

 くそっ、不意打ちは失敗か。

 

「貴様、これはどういうつもりだ?」

 

 鋭い眼光で彼女は睨み付けてくる。

 

「襲われる心当たりならあるはずだ」

 

 話している余裕がない俺はそう答えると、攻撃を再開する。

 

「ふんっ、愚問だったな。貴様を一目見たときから、気に入らない奴だと思っていたが、私の感覚はどうやら間違っていなかったようだ」

 

 お前が言うな、と内心毒づく。

 魔王に加担する裏切り者のくせに。

 それから聖騎士カナリアとの戦いが始まる。

 

「どうした? さっきから攻撃が生ぬるいぞ」

 

 戦いは終始防戦一方だった。

 理由は単純で、聖騎士カナリアのほうが力が強く、動きが俊敏だったからだ。

 攻撃を剣で防ぐたびに、俺の体は後ろに仰け反り、隙が生まれる。こんな調子では、防戦一方になるのは当たり前だ。

 

「うるせぇ」

 

 言葉を吐き捨てながら、額の汗を拭う。

 まだ、俺には手が残っている。

 

「〈加速〉」

 

 さっきに手に入れたばかりのスキル〈加速〉。

 このスキルを使えば、一定時間が動きが速くなる。

 

「な……ッ」

 

 一瞬で俺を見て、聖騎士カナリアが驚愕する。

 どうだ? この攻撃を受ければ、お前でもひとたまりもないはずだ。

 

 ガッ、と殴打された音が聞こえた。

 その音は真後ろからだった。

 

「あ……?」

 

 気がつけば、俺の体があらぬ方向へと折れ曲がっていた。

 誰かが俺の後ろから不意打ちをした。そのことを把握した頃には、俺の体は壁に激突する。

 一体、誰が……?

 そう思いながら、俺は顔をあげる。

 

「カナリア無事だったかい?」

「殿下、お手を煩わせて申し訳ありません。私がふがいないばかりに……」

「カナリア、こういうときは別に謝る必要はないんだよ」

 

 聖騎士カナリアと話していた人物、それは勇者エリギオンだった。

 あぁ、そうか。

 今まで、俺は勇者エリギオンを魔王ゾーガのいる場所まで案内していた。

 それをしなかったせいで、彼はここまでやってきたのか。

 そのことを気がついたときには、俺は意識を失っていた。

 

 



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―71― やれ

「失敗だったな」

 

 死に戻りした俺はそう呟く。

 勇者エリギオンを放置して、聖騎士カナリアに襲ったのは明確に失敗だった。

 勇者エリギオンにとって、聖騎士カナリアは信頼できる仲間で俺はさっき出会ったばかりの信用ならない人物だ。

 その二人が戦っていた場合、勇者エリギオンがどちらに加担するかは火を見るより明らかだ。

 

 同じ失敗をしないように、まず勇者エリギオンを魔王ゾーガのいる場所まで誘導。勇者と魔王が戦っている間に、聖騎士カナリアを狙う、というふうに丁寧に手順を踏む必要がありそうだ。

 だから、勇者エリギオンに関しては簡単に対処可能だ。

 問題は、俺の力で聖騎士カナリアに勝てるか否か。

 戦ってみた感触としては、俺よりも聖騎士カナリアのほうが強いのは確かだ。

 俺のランクはプラチナで聖騎士カナリアのランクは一つ上のダイヤモンドということからも、そのことがわかる。

 とはいえ、諦めるのは早計だ。

 なにせ、俺には〈セーブ&リセット〉がある。

 勝てるまで何度も繰り返せばいい。

 

 

 

 

 聖騎士カナリアに挑むこと、試行回数2回目。

 まず勇者エリギオンを魔王ゾーガにいる場所まで送り届ける。

 

「決着をつけに来たよ」

 

 魔王ゾーガを見つけた勇者エリギオンは嬉しそうにそう口にする。

 それから二人の戦いが始まるのを見届けた俺は、急いで来た道を戻る。

 これで勇者エリギオンに邪魔されず聖騎士カナリアを襲うことができるようになる。

 

「貴様、これはどういうつもりだ?」

 

 怒鳴る聖騎士カナリアに対し、俺は問答無用で斬りかかる。

 

「お前が裏切り者だということを俺は知っているんだよ」

 

 なんてことを叫びながら。

 その後、何度か攻撃を繰り返した後、俺は聖騎士カナリアに斬り殺された。

 今回は、敗北のようだ。

 とはいえ、最初から成功するなんてこっちも思っていない。

 俺の戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 試行回数3回目、聖騎士カナリアの突き刺しにより心臓が潰れ死亡。

 試行回数4回目、振り下ろされた剣による脳の激しい損傷に死亡。

 試行回数5回目、剣をたたき落とされた後、首を刺されて死亡。

 試行回数6回目、足を斬られ動けなくなったところ首を切り落とされ死亡。

 試行回数7回目、開幕直前に心臓を刺されて死亡。

 試行回数8回目、眼球を突き刺された後、胸を斬られて死亡。

 試行回数9回目、善戦するも脇腹を刺されたことによる出血多量のより死亡。

 試行回数10回目、死亡。

 死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡……………………。

 

 試行回数およそ120回目。

 再び俺は聖騎士カナリアに挑もうとしていた。

 

 

 

 

 すでに、何度死んだかよく覚えていない。

 多分、100回は聖騎士カナリアに殺されたんじゃないだろうか。

 ただ、繰り返せば繰り返すほど、惜しい戦いも増えてきた。

 あと、何回か繰り返せば、必ず倒せるはずだ

 

 向かいから聖騎士カナリアが歩いてくる。

 彼女はまだ俺の存在に気がついていない。

 だったら、やることは一つだ。

 まずは、挨拶代わりの不意打ち。

 

「な――ッ!」

 

 突然現れた俺に聖騎士カナリアは驚愕する。

 構わず俺は〈猛火の剣〉を振るう。

 狙うは膝。

 ゆえに、俺は低い姿勢で剣を横に薙ぐ。

 狙い通り彼女はバランスを崩す。

 けど、油断してはいけない。すかさず、彼女は剣を縦に振るうことを俺は知っている。なにせ、俺は何百回とお前と戦ってきたのだから。

 横に大きくステップからの縦に回転斬り。

 肩のこの位置に甲冑の隙間があることを俺は知っている。その隙間に刃物を入れるには、どのように動けばいいのかも俺は知っている。

 

「あがっ」

 

 彼女が呻き声をあげながら、後ろに仰け反る。

 これだ! 今までで一番大きな隙だ。この隙を逃してはいけない。

 

「〈加速〉」

 

 スキルを使うことで、瞬間、俺の速度が速くする。

 この速さを活かして、彼女の右腕を切り落とす。

 グシャッ、と右腕が握っていた剣ごと床に落下する。 

 やった……! 内心、俺は喜ぶ。

 右腕を失った剣士なんて戦えないのも同然だ。これで俺の勝ちは確定した。

 

「貴様ァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!」 

 

 聖騎士カナリアは喉が枯れても構わんとばかりに叫んだ。

 その表情には、血管が浮き出ており、怒り狂っていることが容易にわかる。

 

「ざまぁねぇな」

 

 対して、俺は余裕の笑みを浮かべていた。

 怒り狂ったところで、この状況が逆転するわけがないのに。

 

「やれ、傀儡回し(くぐつまわし)

 

 そう、普通なら逆転するはずがなかった。

 

「……は?」

 

 なくなった右腕から黒い影のような物体が生えていた。

 その黒い影は大きく膨れ上がり、巨大な顎へと変化した。

 

「食べていいぞ」

 

 聖騎士カナリアは淡々と命じる。

 次の瞬間、俺は傀儡回しにより食べられていた。

 

 



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―72― 120回

「マジかよ……」

 

 死ぬのには慣れている。

 けど、傀儡回しに殺されたとなっては流石に動揺を隠しきれない。

 

「なんで、カナリアが傀儡回しを……?」

 

 わからない。だが、現に傀儡回しを操っているとこを見せつけられた。

 そもそも聖騎士カナリアは何者なんだ? なんで、勇者を裏切るんだ?

 もしかしたら、聖騎士カナリアを調べれば、傀儡回しを人間にするヒントを得られるのかもしれない。

 次は、彼女のことを少し探ってみてもいいのかもしれない。

 そう決意した俺は、淡々と彼女のもとへ向かうのだった。

 

 

 

 

「最初に再会するのが貴様とはな」

 

 聖騎士カナリアは俺の姿を確認すると不満そうにそう口にする。

 

「貴様はこのダンジョンに詳しいんだろ? だったら、私を案内してくれ」

 

 彼女と雑談をするつもりはない。

 だから、早速こう口にすることにした。

 

「取り繕うのはやめろ。お前が魔王の配下なのを俺は知っているんだ」

「――――ッ」

 

 微かに聖騎士カナリアは顔をしかめる。

 だが、すぐに真顔に戻しては主張する。

 

「なにふざけたことを言ってるんだ。私は勇者に忠誠を誓った身だ。そんなはずがあるわけないだろ」

 

 まだ誤魔化すつもりか。

 まぁ、いい。俺は他にもたくさんの秘密を知っているんだよ。

 

「蘇生させることができる指輪。寄生剣傀儡回し。証拠なら、すでに揃っているんだ」

「………………」

 

 彼女は俺の言葉聞くと、目を大きく見開いて呆けた表情する。

 

「くっひっ、ふっはっはははははははぁ」

 

 そう思うと、今度は不気味な笑い声をあげた。

 

「なんで、貴様ごときが私の秘密を知っているんだ……?」

 

 聖騎士カナリアの不気味な笑みに、ゾクッ、と背筋が凍る。

 今まで見たことがない聖騎士カナリアの素顔だ。もしかすると、この姿こそ彼女の本性なのかしれない。

 

「俺の質問に答えろ、カナリア。寄生剣傀儡回しをどうしてお前がもらっている?」

主様(あるじさま)からもらったからだ」

 

 そういえば、蘇生させる指輪も主からもらったと言っていたことをふと、思い出す。

 

「主というのは、魔王のことか?」

 

 彼女の主が魔王だというのは、当然の帰結だった。

 なにせ彼女は魔王を復活させるために暗躍し、勇者を殺すんだから。

 

「我が主を侮辱するなッッ!!」

 

 突然の怒鳴り声だった。

 あまりにも突然すぎて困惑する。

 

「いいか、我が主は魔王よりも崇高な存在だぞ! 魔王と比べられることすら、おこがましい」

 

 聖騎士カナリアの言葉を整理する。

 つまり、彼女の主は魔王でない誰か? つまり、どういうことだ?

 

「お前は何者なんだ?」

「そうだな、一つだけ教えてやろう。『混沌主義』、それが我々を意味する唯一の言葉で、私は信奉者の一人といったところか」

「その『混沌主義』というのは組織の名か?」

「まぁ、そんなところだな」

 

 そう答えるや否や、彼女は寄生剣傀儡回し(くぐつまわし)を展開する。

 どうやら、これ以上話すつもりはないらしい。

 傀儡回しの攻撃になんとか抵抗するも、その抵抗虚しく俺は死んでしまった。

 

 

 

 

 どうやら聖騎士カナリアは『混沌主義』という組織に属しているらしい。

 その組織のトップは魔王ではないらしい。

 そして、その組織のトップが寄生剣傀儡回しを聖騎士カナリアに渡した。

 これらが会話でわかったことだ。

 

 これ以上のことを聞き出そうと何度か試してみたが、結果、失敗に終わった。

 肝心なことは教えてはくれないようだ。

 とはいえ、俺のやることは変わらない。

 まず、聖騎士カナリアを倒して、魔王の復活を阻止する。その先に、アゲハや傀儡回しがいるはずだ。

 そう決意した俺は再び前に進んだ。

 

 試行回数120回目。

 何度も死んでいくうちに、聖騎士カナリアに対する対策が徐々にわかってくる。

 まず、鎧ノ大熊(バグベア)が多数いる部屋で獲得すべきスキルの精査。

 俺は今まで〈加速〉を選んでいたが、この選択が本当に最善なのか、今一度考えてみることにした。

 

 死に戻りした直後の俺のステータスはこうなっている。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 所持スキルポイント:2430

 

〈セーブ&リセット〉

 レベルの概念なし

 

〈挑発Lv3〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:1000

 

〈剣術Lv3〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:3000

 

〈誓約〉

 レベルの概念なし

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 着目すべきは、残っている所持スキルポイント、2430と意外と余っている。

【カタロフダンジョン】のボス、大百足(ルモアハーズ)をアゲハと一緒に倒しておかげで、スキルポイントがこれだけ貯まったのだろう。

〈加速〉を選んだ場合はこのように表示される。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈加速Lv1〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:50

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 スキルポイントを50払ってレベルを上げる。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈加速Lv2〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:500

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 まだスキルポイントが残っているので、500ポイントを払う。

 すると、今度はこのように変化する。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈加速Lv3〉

 レベルアップに必要な残りスキルポイント:5000

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 流石に5000ポイントは支払えないので、レベル3で打ち止めだ。

 この状況で、何度も聖騎士カナリアに挑んだが惜しいとこまではいくが、寄生剣傀儡回しを使われると決まって負けてしまう。

 

 そこで俺は改めて〈加速〉以外の選択肢を考えてみることにした。

 手に入るスキルの一覧はこのようになっている。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 以下のスキルから、獲得したいスキルを『1つ』選択してください。

 

 Sランク

〈アイテムボックス〉〈回復力強化〉〈魔力回復力強化〉〈詠唱短縮〉〈加速〉〈隠密〉

 

 Aランク

〈治癒魔術〉〈結界魔術〉〈火系統魔術〉〈水系統魔術〉〈風系統魔術〉〈土系統魔術〉〈錬金術〉〈使役魔術〉〈記憶力強化〉

 

 Bランク

〈剣術〉〈弓術〉〈斧術〉〈槍術〉〈盾術〉〈体術〉〈ステータス偽装〉

 

 Cランク

〈身体強化〉〈気配察知〉〈魔力生成〉〈火耐性〉〈水耐性〉〈風耐性〉〈土耐性〉〈毒耐性〉〈麻痺耐性〉〈呪い耐性〉

 

 Dランク

〈鑑定〉〈挑発〉〈筋力強化〉〈耐久力強化〉〈敏捷強化〉〈体力強化〉〈視力強化〉〈聴覚強化〉

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 魔術系統のスキルは〈魔力生成〉というスキルが必須なため、却下。

 二つスキルが手に入るなら、〈魔力生成〉となんらかの魔術系統のスキルという選択肢もあるんだが。

 あとは、〈記憶力強化〉といった戦闘力に関与しなさそうなスキルも却下だ。

 となると、おのずと選ぶべきスキルは絞られていく。

 候補は〈回復力強化〉〈隠密〉〈身体強化〉〈筋力強化〉〈敏捷強化〉〈体力強化〉といった感じだな。

 

 さて、どれを選ぶべきか……?

 

「まぁ、全部やってみるか」

 

 なにせ俺には〈セーブ&リセット〉がある。

 失敗すれば、死んでやり直せばいい。

 

 



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―73― 合成

〈回復力強化〉を選んだ場合。

 550スキルポイント払って、レベル3まであげることができた。

 傷の治りが早くなるため、長期戦に強くなったが、傀儡回し相手だと一撃で死んでしまうため、あまり意味はなかった。

 

 

 

 

〈隠密〉を選んだ場合。

 このスキルも550スキルポイント払って、レベル3まであげることが可能だった。

 途中、遭遇する魔物に見つからず行動できるため、道中は楽だったが、聖騎士カナリアには普通に気付かれたので、あまり意味はなかった。

 

 

 

 

〈身体強化〉を選んだ場合。

 220スキルポイントを払って、レベル3まであげる。

 先のスキルと違って、たった220ポイントで済んだ。恐らく、スキルのレア度が低いほど、レベルアップに必要なスキルポイントが低いのだろう。

 

「あれ? 意外と戦いやすい」

 

 ふと、道中の魔物と戦っているとそんな感想を得る。

〈加速〉を選んだときは素早く動くことで敵を倒すことができたが、その分の体力の消費が激しく、連発することができなかった。

 対して、〈身体強化〉はあらゆる身体能力が強化されたようで、非常に戦いやすくなった。

 まぁ、聖騎士カナリアには負けたが。

 ただ、〈身体強化〉がこれほど戦いやすいことを知れたのは大きな収穫だった。

 

 

 

 

〈筋力強化〉を選んだ場合。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 合成の条件が揃いました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 宝箱の前で〈筋力強化〉を選んだ瞬間、予想外のメッセージが表示されたので、俺は驚く。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

〈剣術〉+〈筋力〉▶〈剣士〉

 合成に必要なスキルポイント:610ポイント

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 というメッセージが現れて、俺はようやっと合成の意味を理解した。

 どうやら二つのスキルを一つにすることができるらしい。

 スキルを一つにするメリットはなんだろう?

 例えば、一人が持つことができるスキルは五つまでと決まっているため、合成すれば、所持できるスキルの枠が新しくできるというメリットがあるか。

 まぁ、デメリットはなさそうだし試しにやってみよう。

 というわけで、早速必要なスキルポイントを支払って、新しいスキル〈剣士〉を獲得する。

 

「あれ? 圧倒的に動きやすいな」

 

 スキル獲得後の鎧ノ大熊(バグベア)たちとの戦ってみて、そんな感触を感じた。

 今まで選んできた他のスキルよりも、圧倒的に戦いやすい気がする。

 今までの〈剣術〉スキルが大幅にパワーアップした。説明するとそんな感じだろうか。

 その後の聖騎士カナリアには負けてしまったが。

 

 

 

 

〈耐久力強化〉を選んだ場合。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 合成の条件が揃いました。

〈剣術〉+〈挑発〉+〈耐久力〉▶〈騎士〉

 合成に必要なスキルポイント:1010ポイント

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 どうやら〈耐久力強化〉を選んだ場合、〈騎士〉というまた新しいスキルに変化するようだ。

 なんとなく〈剣士〉よりも強そうだし、もしかしたらこれが最適解かもしれない。

 

「あれ? 思ったよりも戦いづらいな」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)たちと戦ってみて、そんな感触を覚える。

 どうしてだろう? と考えてみて、その答えにたどり着く。

 動きが鈍いのだ。

 思い返せば、〈騎士〉というは全身に重たそうな甲冑を身につけている代わりに、動くの大変なイメージがある。

 今の俺は甲冑なんてものを身につけてはいないが、やはり体がどことなく重たい気がする。

 俺は今まで、いかに俊敏に動いては敵の攻撃を回避するかを意識して戦ってきた。防具を身につけてない俺にとって、一撃が致命傷だったせいだ。

 なのに、スキル〈騎士〉を選んだせいで、そういった戦い方と正反対の戦い方を強いられるようになった。

〈騎士〉は決して弱いスキルではないんだが、いかんせん俺には向いていなかった。

 そんな調子で、勝てるはずもなく、当然のように俺は聖騎士カナリアには負けた。

 

 

 

 

〈俊敏強化〉を選んだ場合。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 合成の条件が揃いました。

〈剣術〉+〈挑発〉+〈俊敏強化〉▶〈シーフ〉

 合成に必要なスキルポイント:1010ポイント

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 ふむ、どうやらまた合成して新しいスキルを手に入れることができるらしい。

〈シーフ〉か。

 盗賊とかって意味だよな。

 あまり強そうには思えないが、まぁ、試してみるか。

 

 そんなわけで俺はスキルを合成して〈シーフ〉を手に入れては、宝箱を開けると出現する多数の鎧ノ大熊(バグベア)に相対する。

 変化はすぐに訪れた。

 まず、大きな変化として、〈猛火の剣〉が重たいと感じるようになったのだ。

 確か、〈シーフ〉は短剣のようなリーチの短い武器を主に戦う役職だったはず。だから、短剣ではない〈猛火の剣〉と相性が合ってないのだろう。

 とはいえ、多少、動きが制限されるだけで、戦えないってほどではない。

 

 もう一つの変化は、鎧ノ大熊(バグベア)が襲いかかってきてわかった。

 

「動きがよく見えるな」

 

 今まではこんなことはなかった。

 鎧ノ大熊(バグベア)の襲いかかってくる軌道が、次にどんな動きをするのか、手に取るようにわかるのだ。

 だから、容易に攻撃を回避して、敵の急所を狙って刃物を突き刺すことができる。

 気がつけば、全ての鎧ノ大熊(バグベア)を斬り伏せていた。

 

「うん、今までで一番手応えがある」

 

 もしかしたら、これなら聖騎士カナリアを倒すことができるかもしれない。

 

 



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―74― 仲間

 スキル〈シーフ〉を獲得後、多数いる鎧ノ大熊(バグベア)を突破した後、俺は勇者エリギオンのいる場所まで、ダンジョンを駆け抜けていた。

 

「やぁ、キスカくんじゃないか」

 

 俺を見つけた勇者エリギオンは快活そうな表情を浮かべる。

 

「勇者様、魔王のいる場所まで案内します」

「魔王がどこにいるのか知っているのかい?」

「はい、見当はついています」

「ほ、本当かい!? 早速、案内してくれよ」

 

 それから俺は勇者エリギオンを魔王ゾーガのいる場所まで案内した。

 

「魔王ゾーガ、決着をつけにきたよ」

「ふんっ、うるせぇ、小僧が! 言われずとも、貴様を殺す準備はできている!」

 

 二人が戦い始めたのを見届けた俺は、来た道を戻り聖騎士カナリアのいる場所まで向かった。

 こうして、勇者エリギオンを魔王のいる場所まで案内しておかないと、聖騎士カナリアと戦っている最中に、勇者エリギオンが割り込んでは彼に殺されてしまう。

 これで、聖騎士カナリアとの戦いに集中できる。

 

「初めて見つけた人間がまさか、お前だとはな」

 

 俺のことを見つけた聖騎士カナリアは不満そうな表情でそう口にする。

 

 彼女と戦い始めてから、俺は何回死んだのだろうか。

 具体的な数は覚えてないが、恐らく130回ってところだろう。

 うん、コンディションはこれ以上ないというぐらい順調だ。

 それだけ、新しいスキル〈シーフ〉が体に馴染んでいた。

 目を閉じれば、今まで聖騎士カナリアと戦った記憶が脳裏に浮かぶ。彼女の戦い方の癖は嫌というほど、わかってしまう。

 この時間軸で、彼女に絶対に勝つ自信が俺にはあった。

 

「カナリアさんが無事でよかったです」

 

 騙せ。

 俺に敵意があることを彼女に悟らせるな。

 だから、全力の笑顔で彼女のことを見る。

 

「実は勇者様とはすでに合流していまして」

「ほ、本当か!?」

 

 勇者の名を出すと、聖騎士カナリアはわずかに高揚した表情を見せた。

 勇者を殺すことを企んでいる人間が、なぜ勇者の無事を喜ぶのか俺はまったくもって理解できないな。

 

「はい。だから、勇者様がいるところまで案内しますね」

「あぁ、頼む」

 

 そう言いながら、彼女は俺のいる場所まで近づいてくる。

 一歩、二歩、と彼女は歩を進める。三歩、四歩、五歩……。この距離まで近づけば十分だろう。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

 一向に歩き始めない俺のことを彼女は不審そうに眺める。

 

「いえ、実は待っていたんです」

 

 そう、俺は待っていた。

 確実に、彼女を斬ることができる距離まで近づいてくるのを待っていた――。

 コンマ数秒後。

〈猛火の剣〉の柄を握った俺は、鞘から剣を引き抜く。

 

「――ッ!」

 

 突然、敵意を向けた俺に対し、彼女は驚きながら、剣を握りしめる。

 けど、すでに俺の刃は彼女の首を今まさに斬ろうとしていた。

 ビュ――ッ、と血が飛び散る。

 聖騎士カナリアがどういったスキルを持っているのか、俺にはわからない。だが、彼女が聖騎士という役職である以上、耐久力がある程度強化されているに違いない。

 耐久力が強化されている人間は、攻撃を受けても致命傷になりづらいという特徴がある。

 首という人間にとって致命的な弱点部位を攻撃したにも関わらず彼女はまだ息をしていた。

 

「貴様ァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 彼女は激昂しながら剣を強く振り下ろす。

 剣で受け止めた俺は攻撃を受け流そうとするも叶わず、真後ろに吹き飛ばされる。

 

「おい、これはどういうつもりだ……っ?」

 

 彼女は怒っているように見える反面、その実、冷静に戦いをこなしている。

 というのも、彼女はこっそりと首に手を当てながら治癒魔術を施していたからだ。

 俺を攻撃で吹き飛ばしたのも、今、こうして話しかけているのも回復するまでの時間稼ぎに違いない。

 だったら、当然やることは一つ。

 今すぐ、追い打ちをかけよう。

 

「なぁ、カナリア」

 

 俺は余裕の笑みを浮かべて話しかける。

 

「な、なんだ……?」

 

 彼女は眉を潜めて俺のことを見ていた。もしかしたら、俺のことを不気味だと思ってくれているのかもしれない。

 

「お前が所属している『混沌主義』の主は、なんで魔王なんかに協力するんだ? まるで魔王の配下みたいだな」

「き、貴様……、我が主を侮辱したな……ッ!」

 

 よしっ、〈挑発〉の成功だ。

〈挑発〉はスキルの合成により、〈シーフ〉に組み込まれたが、使うことは可能だ。

 恐らく、彼女の主とやらを侮辱すれば、怒ってくれると思ったが、どうやら当たりらしい。

 

 その証拠に、彼女は途中だった治癒魔術をやめた上、握っていた剣を放り捨てては、

 

「〈黒の太刀〉」

 

 と、口にした。

〈黒の太刀〉は、寄生剣傀儡回しの形態の一つだ。どうやら、最初から全力を出してくれるらしい。

 

「殺す……ッ!!」

 

 そう叫びながら、彼女は〈黒の太刀〉を握って突撃してきた。

 とはいえ、〈挑発〉のおかげで彼女の攻撃はあまりにも杜撰だ。

 だから、攻撃を避けるのは容易い。

 

「あが……ッ」

 

 彼女は呻き声を漏らした。

 攻撃を避けた俺が、彼女の脇腹に剣を斬りつけていたのだ。

 もちろん追撃も忘れない。

 俺は何度も彼女に対し、斬りかかった。

 それから俺は彼女の攻撃を避けては攻撃を当てる作業をひたすら繰り返した。すでに、彼女の攻撃パターンは読み切っている。

 だから、彼女の攻撃が当たる可能性は万に一つもあり得ない。

 

「これで、詰みだ」

 

 そう言いながら、倒れている彼女の脚を剣で突き刺す。

 瞬間、勝ちを確信した。

 聖騎士カナリアは歯ぎしりしながら俺のことを睨むつける。しかし、もう彼女が立ち上がることはできない。

 

「あった。これが指輪だな」

 

 彼女の首にかかっていたペンダントを引っ張ると、魔王を復活させるのに必要な指輪がかかっていた。

 

「貴様、それは……ッ」

 

 彼女が焦った表情を浮かべながら手を伸ばす。その手を俺は払いのける。

 

「悪いが、この指輪が俺がもらう」

 

 これで、魔王の復活を阻止することができた。

 そして、世界は救われたのだ。

 

「おい、これは一体どういう状況だ?」

 

 第三者の声だった。

 振り向くと、そこにいたのは斧を担いだドワーフの戦士ゴルガノだった。

 勇者エリギオンを魔王ゾーガのいる場所まで誘導しなかったせいで、戦いに介入されてた結果、俺は勇者エリギオンに殺された光景がフラッシュバックする。

 まずいな……。

 俺はつい先、出会ったばかりの新参者だ。

 だから、俺は聖騎士カナリアに比べて信頼度が低い。俺と聖騎士カナリアが敵対しているこの状況、普通に考えたら、聖騎士カナリアを助ける可能性が高い。

 せっかく指輪を奪えたんだ。

 なんとかして、この状況を脱することはできないだろうか。

 

「この男に〈混沌の指輪〉を奪われた!」

 

 聖騎士カナリアがそう叫んだ。

〈混沌の指輪〉……? 俺が彼女から奪ったこの指輪のことか?

 

「なるほど、状況は理解した」

 

 戦士ゴルガノはそう言って、俺に冷たい視線を投げかける。

 待て……? なんで、戦士ゴルガノはこの指輪のことを知っているんだ?

 

「ふっはははははっ、残念だったな! いいか、ゴルガノも私の仲間だ! 私を倒して勝ったつもりでいたんだろうが、残念だったな!」

「黙れ、カナリア」

 

 カナリアの笑い声を戦士ゴルガノが制する。

 カナリアはというと、息をとめてとっさに笑うのをやめていた。

 マジかよ……。どうやら、もう一人裏切り者がいたらしい。

 

「あんたも『混沌主義』の一味なのか?」

 

 俺の質問に戦士ゴルガノは肯定も否定もせず、ただ、こう口にした。

 

「寄生鎌狂言回し(きょうげんまわし)

 

 瞬間、黒くて巨大な鎌が姿を現わした。

 その鎌はあちこちに眼球や顎が生えている武器と呼ぶには明らか不自然な形態をしていた。

 

「わーい、戦いだー!」

「やったー、戦いだー!」

「ねー、こいつを食べていいのー?」

 

 鎌から生えた顎はそれぞれ声を発する。

 どう見ても、傀儡回しの仲間だった。

 

 



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―75― 狂言回し

 目の前には、黒い鎌を手にした戦士ゴルガノがいた。

 

 寄生鎌狂言回しだと……?

 寄生剣傀儡回しの仲間みたいなものだろうか?

 聖騎士カナリアの仲間なら、同じ寄生する武器を持っていても不思議ではないのか。

 

「まいったねー、その指輪を盗られるのは非常に困るんだよ。俺たちの計画に支障がでる」

「その計画っていうのは、魔王を復活させることか?」

「……色々と知りすぎだな。少し、気をつけたほうがいいか」

 

 そう言いながら、戦士ゴルガノは寄生鎌狂言回しを手にとる。

 やはり、戦うしかないようだ。

 聖騎士カナリアと戦ったせいで、体力は大分奪われてしまったが、まだ戦えないことはない。

 だから、十分勝てる見込みはある。

 

「狂言回し、最初から本気で行くぞ」

「はーい」

「わかったー、ご主人」

「えー、本気だしたらつまんないよー」

「うるせぇ、言うことを聞け、狂言回し」

 

 戦士ゴルガノと狂言回しは独特な掛け合いをした後、ゴルガノがこう口にした。

 

「〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉」

 

 瞬間、狂言回しが三つの頭を持つ異形へと変化した。

 思い出したのは寄生剣傀儡回しの三つ目の形態、〈残忍な捕食者(プレデター)〉。

 目の前の異形は〈残忍な捕食者(プレデター)〉によく似ていた。

 

「あ――?」

 

 吹き飛ばされてから気がつく。

 寄生鎌狂言回しが大きな触手を伸ばして攻撃をしてきたのだ。その攻撃を知覚することさえできなかった。

 気がつけば、俺は地面を盛大に転がっていた。

 

「こいつ、弱いねー」

「とっても弱い」

「大したことないねー」

 

 見上げると、寄生鎌狂言回しから複数の顎が生えて喋っていた。

 

「おい、あまり無駄口を叩くな」

 

 戦士ゴルガノがそう言うと、狂言回しは

 

「はーい」

「気をつけまーす」

 

 と、返事をする。

 その奇怪な光景に俺は目を奪われていた。

 

 これに勝たなくてはいけないのか……?

 どうしても不安がこみ上げてくる。

 だからといって、立ち止まってはいけない。そう自分を奮い立たせて、俺は剣を手に立ち向かう。

 

「あむっ」

 

 ふと、そんな声が聞こえた。

 それが寄生鎌狂言回しの発した声だと気がついたときには、すでに俺の右腕が剣ごと食べられていた。

 

「あがぁああッッ!」

 

 あまりの激痛に絶叫する。

 なにが起きたんだ……?

 失った右腕から噴き出る血を見ながら、呆然とする。

 

「ねーねー、おいしいー?」

「んー、とっても硬いー、なんでだろう? 剣も食べたからかなー?」

「いいなぉ、僕も食べたーいなぁ」

 

 寄生鎌狂言回しが三つの口を使って、楽しそうに会話をしている。

 

「それじゃ、残りも食べちゃおっかなー」

 

 そう言って、寄生鎌狂言回しは俺に近づいてくる。

 

「や、やめてくれ……」

 

 すでに、俺は戦意喪失していた。

 なにせ、武器を右手ごと失ったのだ。もう、勝ち目なんてない。

 きっと、俺はこの後、残虐に殺されるに違いない。

 

「いただきまーす!」

 

 寄生鎌狂言回しが大きな口を開け、鋭い牙を見せびらかす。

 

「やめろ、狂言回し」

 

 そんな声が聞こえると同時、寄生鎌狂言回しの動きがとまる。

 

「なんでー?」

「食べちゃダメなのー?」

「お腹すいたよー」

「俺の言うことを聞け」

 

 戦士ゴルガノが睨み聞かせる。

 

「仕方かないなー」

「けちー」

 

 戦士ゴルガノは言うこと聞くようで、寄生鎌狂言回しは大人しく引き下がる。

 

「おい、ゴルガノ! なぜ、そいつを殺すをやめるんだ!?」

 

 そう発したのは聖騎士カナリアだ。

 

「カナリア、こいつは勇者の使徒の可能性がある」

「馬鹿なッ! そんなはず、あるわけがないだろ!」

「いいか、主の願望を叶えるには俺たちはあらゆる可能性を考慮しなくてはないらないんだよ」

 

 勇者の使徒? なんだそれは、と思いながら二人の会話を聞いていた。

 

「おい、あんちゃん。お前は何者だ?」

 

 戦士ゴルガノは俺の首根っこを掴んでは持ち上げながら、そう尋ねてきた。

 何者と聞かれても困る。

 

「俺はキスカだが……」

 

 困った俺は、ただ自分の名前を唱えた。

 

「ちっ、まともに答える気はないか」

 

 そう言いながら、俺の体を投げ飛ばす。

 その衝撃で、「ぐはっ」と血反吐を吐き、そのまま俺の意識が途切れそうになる。

 

「もし勇者の使徒ならば、殺したほうが厄介なことになるかもしれない」

 

 一体、なにを言って……?

 そう思うが、口に出すだけの体力が残っていなかった。

 

「だから、封印させてもらう」

 

 その言葉を聞き遂げた瞬間、俺の意識は暗転した。

 

 



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―76― 退屈

 あ、どこだ、ここ……?

 目を開けた俺はそんなことを思う。

 見知らぬ光景が目の前に広がっていた。

 といっても、特筆すべき光景が広がっているわけではなかった。

 ひたすら、無が続いていた。

 空も大地もなければ、地平線も当然のように存在しない。

 

 あぁ、過去に似たような光景を見たことがある。

 黒アゲハが世界を〈リセット〉したことにより、なにもかもが滅びた世界もこんな感じだった。確か、あのときは観測者を名乗る人物に話しかけられ、その後、世界を救うために100年前に飛んだのだ。

 

 けど、あのときとは、また様相が違う。

 そもそも、なんでこんなことになったんだ?

 

 あぁ、そうだ。確か、戦士ゴルガノが封印がどうとか言っていたな。

 恐らく、彼によって俺は封印されたわけだ。

 封印というのが、なんなのかよく俺にはわかっていないが。

 パッと思いつくのが、アゲハのことだ。アゲハが【カタロフダンジョン】内で封印されているのを俺が救ったことがある。

 アゲハの封印と俺がされた封印が同一のものなのかわからないが、その可能性は十分高そうだ。

 

 でも、なんでわざわざ俺を封印した?

『もし勇者の使徒ならば、殺したほうが厄介なことになるかもしれない』という戦士ゴルガノの言葉を思い出す。

 この言葉から察するに、俺を殺すと死に戻りすることを知っていた……? だから、殺すのではなく、封印することを選んだ。

 確かに、封印されれば、死に戻りはしないが……。

 

 もし、この仮説が正しければ非常に厄介だな。

 今後はなにかしたら対策を施す必要があるかもしれない。

 

 と、色々と考えても仕方が無いか。

 ひとまず、この状況から脱することを考えないと。

 そう思い、歩きだそうとして、勘づく。

 一歩も動けないことに。

 

 そう、俺は一歩も歩くことができなかった。

 それどころか、手を動かすことも、喋ることも、瞬きすることもできない。体のどこを動かそうにも全く微動だにしない。

 ただ意識だけが滞在している。

 

 俺はどうしたらいいんだ?

 なにもできないと悟った途端、不安がこみ上げてくる。

 この状況で俺はなにをすればいいんだ?

 誰か、いないのか! と叫ぼうにも、口を動かすこともできない。

 

 このまま俺は永遠にこの無の世界に囚われ続けるんだろうか?

 そのことを自覚してようやっと俺は恐怖を覚えた。

 これから、どうしようもない退屈が永遠に続くのだ。

 

 

 

 

 封印されてから、どれほどの時間が経ったのだろう。

 時計どころか太陽が昇ることもないため、時間がどれほど経ったのか、さっぱりわからない。

 ただただひたすら、なにもない時間が続いている。

 なにもできないというのが、これほど辛いとは知らなかった。

 あぁ、退屈だ。

 退屈な俺は、母親が聞かせてくれた物語を思い返すことにした。

 最初に誕生した勇者と魔王の物語だ。

 

 この世界は、ある魔神が覚醒するのと同時に創造されたとされている。

 その者の名は、魔神デウスゴート。

 魔神デウスゴートの支配する世界は、闇以外なにも存在しなかった。

 ゆえに、永遠に世界は闇が支配するように思えた。

 

 けれど、この世界に一人の神が訪れた。

 至高神ピュトス。

 至高神ピュトスは普段、この世界とは違う高次元の世界を住処としていた。そもそも魔神デウスゴートも至高神ピュトスから生まれた存在に過ぎなかった。

 その至高神ピュトスがなにもない世界を見て、嘆いたことで一雫の光が生まれた。

 その光が世界を照らしたのだ。

 

 それから至高神ピュトスは、火、水、風、土の精霊を生み出し、彼らに大地や大気、海といった現在よく知られている世界を創らせた。

 そして、最後に至高神ピュトスは魂を吹き込み、植物や動物、人間やエルフなどが含まれる人族といった命のあるものを生み出した。

 それによって世界は繁栄をもたらしたが、その世界に嫉妬する者が現れた。

 魔神デウスゴートである。

 

 魔神デウスゴートは、手始めに死や病気を世界にもたらした。

 それでも、世界は存続したので、魔神デウスゴートは魔物とダンジョンを生み出し、人類を破滅させようとした。

 至高神ピュトスは対抗すべく、人族にスキルを与えた。

 スキルを与えられた者によって、魔物は壊滅させられたため、魔神デウスゴートは次の手を打った。

 それは魔王と、その配下の魔族たちによる侵略だった。

 突如現れた魔王により、人族は危機に陥る。

 絶体絶命に思われたそのとき、救世主が現れる。

 

 その救世主こそ、初代勇者である。

 勇者は至高神ピュトスの加護を得た存在であり、その力をもって魔王を討伐するに至る。

 しかし、魔神デウスゴートは諦めなかった。

 その度に、この世界に魔王が顕現し、その魔王を倒すべく勇者も姿を現わす。

 このようにして、現代まで、魔王と勇者の戦いは続いているのだ。

 

 というのが、俺が母親から聞いた物語だ。

 初代勇者の武勇伝は他にもあるらしいが、母親に聞かされたのはここまでだ。だから、初代勇者がどんな活躍をしたのか俺は知らない。

 

 なんてことを考えていたら、幾ばくか時間が過ぎてくれた。

 このなにもない世界では、考え事だけが心の平穏を保ってくれる。

 

 

 

 

 封印されてから、どれだけ時間が経っただろうか……。

 退屈だ。

 退屈すぎて心が壊れてしまいそうだ。

 なにかないだろうか。心を満たしてくれるなにかが。

 あぁ、そうだ、算数でもやろう。

 農民として育った俺はちゃんとした教育を受けることができなかったが、母親が最低限の文字の書き方と数字の数え方を教えてくれたんだ。

 

 確か、1足す1は2。

 2足す2は4。

 4足す4は8。

 8足す8は16。

 16足す16は32。

 32足す32は64。

 64足す64は……128。

 128足す128は、えっと……256。

 256足す256は512。

 512足す512は1024。

 1024足す1024は2048。

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 213901312足す213901312は427802624

 あぁ、どれだけ数を数えれば、この苦痛から解放されるんだ?

 

 

 

 

 封印されてからどれだけ時間が経ったんだろう。

 100年以上経ったと言われても不思議ではないぐらい、無窮の時間を過ごしている気がする。

 いつ見ても、目の前は真っ黒でなにもない。

 お腹が空くこともなければ、眠くなることもない。

 ただただ、退屈な時間が続く。

 極度の退屈がこんなにも苦痛だなんて。

 あぁ、退屈だ。

 

 いっそのこと死ねば楽になれるのに。

 死ねば、安らかに眠ることができる。

 それはどんなに幸せなことだろうか。

 だから、死にたい。

 死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい……。

 

 頼む、誰か、俺を殺してくれ……!

 

 

 ◆

 

 

 ………………………………………………………あ、光だ。

 それはなんの前触れもなかった。

 今日も今日とて、退屈な時間を過ごすことになるんだろうと思っていた矢先のことだ。

 目の前に、光が灯ったのである。

 光とそれから数秒遅れた後、パリンとガラスが割れるような音。

 この、なにもない世界に訪れた初めての変化だ。

 気がつけば、殻を破るかのように目の前の光景が砕けていく。

 

「あら、ようやっと封印の結界を破壊できましたわね」

 

 聞き覚えるのある声だった。

 久しぶりの外界の空気が全身を覆う。

 

「ユーディート……」

 

 そう、目の前にいるのは吸血鬼のユーディートだった。

 そうか、彼女が結界から救ってくれたんだ。

 その事実に、思わず目から涙が零れる。

 うれし泣きだ。

 彼女が絶望から救ってくれたんだ。 

 

「封印を解いて早速で悪いのですが、死んでくださいます? そこにいられると非常に邪魔なので」

 

 そう声が聞こえるや刹那、血が飛び散る音が聞こえた。

 どうやら、俺は彼女の手によって殺されるらしい。

 恐らく封印を解いたのも、俺を助けようと思ってのことではなく、ダンジョンを住処にしている彼女にとって、ただ邪魔だから排除しようとした結果に過ぎないんだろう。

 とはいえ、彼女に救われた事実に変わりはない。

 なにせ死ねば、またやり直すことができる。

 死ぬことができないほうが、よっぽど辛かった。

 

「ありがとう、ユーディート。好きだ」

 

 だから、感謝の言葉を述べた。

 彼女は不快な表情を浮かべるだろうが、それを確認する前に俺の意識は事切れた。

 

 



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―77― 違和感

「あ……戻ったのか……」

 

 目を開けつつ、周囲を見回す。

 見覚えのあるダンジョンの中だった。

 どうやら死に戻りするポイントは変わっていないらしい。

 

「それにしても厄介な目にあったな」

 

 まさか、殺されるのではなく封印されるとは。

 確かに、封印ならば死に戻りは発生しない。

 

「ていうか、あいつらは死に戻りのことを知っているのか?」

 

 そんな疑念がわく。

 聖騎士カナリアと戦士ゴルガノ。二人は『混沌主義』という謎の組織に加入しているらしい。

 その組織は目的はわからないが、死に戻りのことを知っているのだとすれば、非常に厄介だな。

 また、封印されれば、今度こそ精神が壊れてしまいそうだ。もう二度とあんな目に遭いたくない。

 とはいえ、対策ができないこともないか。

 

「封印されそうになったら、その前に自害すればいいしな」

 

 自害さえしてしまえば、死に戻りをすることができる。

 封印がどういった手順で行なわれるかわからないが、自害するほうが早くできるに違いない。

 だから、封印に関しては頭を悩ませる必要はなくて……。

 

 えっと、俺がすべきことは魔王の復活を阻止することだよな……。

 長い間封印されていたせいで、思い出すのに時間がかかるな。

 

 敵は聖騎士カナリアと戦士ゴルガノの二人だ。といっても、俺が知らないだけで、他にも敵が潜んでいるのかもしれないが。

 フードの男のノクとかも見るからに怪しいしな。

 ひとまず、魔王の復活を阻止するには、この二人を相手にしなければならないのか。

 

 俺に、できるのか……?

 前回の時間軸では、戦士ゴルガノの使う寄生鎌狂言回しに手も足もでなかった。

 何度挑戦しても、勝てる光景を思い浮かべることができない。

 正直、不安だが……立ち止まる理由にはならないか。

 だから、歩き続けないと。

 

 

 

 

 もう一度、聖騎士カナリアと戦おうと思い、俺は前回の時間軸をなぞった。

 獲得するスキルは〈敏捷強化〉を選び、その後スキルを合成して〈シーフ〉にする。

 それからは勇者を魔王のいる場所まで誘導し、それから聖騎士カナリアのいる場所に向かった。

 

「よぉー、ここに来ると思っていたぜー」

 

 いつもなら、ここに聖騎士カナリアがいるはずだった。

 

「な、なんで……?」

 

 なんで、戦士ゴルガノがここにいるんだ?

 

「本当に来たようだな」

「カナリア、俺のことを疑っていたのか?」

「仕方が無いだろ。こんな平凡そうなやつが、私たちの敵なんて意外にも程がある」

 

 戦士ゴルガノの隣には聖騎士カナリアもいた。

 待て、状況を把握できない。

 この時間軸では、俺はまだ彼らに対して攻撃をしてない。なのに、なんで俺を敵と認識しているんだ?

 死に戻りしたら、全てが元に戻るんじゃないのか?

 なのに、なんで彼らの行動が変化している?

 

「こいつ、やっぱり臭う!」

「危険な臭いだ!」

「気をつけて、ご主人!」

 

 甲高い声が響いた。

 それが、戦士ゴルガノが持つ寄生鎌狂言回しの放つ声だと気がついたのは、数秒後のことだった。

 

「不思議そうな顔をしているな?」

 

 俺の顔を見て、戦士ゴルガノがそう尋ねる。

 

「こいつらが教えてくれんだよ。あんちゃんに気をつけろってな」

 

 寄生鎌狂言回しが戦士ゴルガノに前の時間軸で俺と戦ったことを教えてくれたってことなのか?

 まさか、狂言回しに、別の時間軸を認識する力があるとでも言うのか?

 

 そんな馬鹿なことあるか、と自問自答して、ふと思い出す。

 そういえば寄生剣傀儡回しも、別の時間軸と異なる行動をすることがあった。

 例えば、その時間軸では初めて会ったはずの寄生剣傀儡回しが俺に対し、「ふむ、なぜだろう? 君とはどこかで会った気がするな」なんて口走ったことがある。

 

 だから、寄生鎌狂言回しにも、別の時間軸のことを把握能力があってもおかしくない。

 

 そう、結論づけて思わず俺は背筋をゾッとさせる。

 もしかしたら、俺が敵に回しているのは想像以上に厄介な存在なんじゃないだろうか。

 

「どうした? 俺たちに怖じ気づいたのか?」

 

 呆然としている俺に対し、戦士ゴルガノはそう口走る。

 

「ゴルガノ、相手の攻撃を待つ必要なんてないのだろう? さっさと殺してしまおうじゃないか」

「待て、殺すのはなしだ。勇者の使徒の可能性がある」

「なんだと?」

 

 二人が勝手に俺について相談事を始める。

 また、こいつらに封印されたたまったもんじゃない。

 

「くそがぁああああああああッッ!!」

 

 相談事がまとまる前に攻撃をしないと、という焦りから、俺は叫びながら剣を手に突っ込む。

 

「あまり大したことがねぇな」

「あ……?」

 

 いつの間に、戦士ゴルガノが俺の後ろに立っていた。

 一体、どうやって……?

 そう思うと同時、ビュッ――! と全身から血が噴き出る。

 どうやら一瞬の間に、戦士ゴルガノが鎌をもって俺のことを全身切り刻んだらしい。

 まずい……このままだと、封印されてしまう。

 その前に!

 

 切り刻まれたせいで動かせない右腕の先には、〈猛火の大剣〉の先端がある。

 その先端に向かって、俺は倒れるように突っ込んだ。

 グシャッ! と、首が突き刺さる音がある。

 なんとか、死ぬことができたようだ。

 

 

 

 

「あー、無事戻れたか……」

 

 死に戻りしたことを自覚した俺は安堵する共に、なんとも言いがたい疲労感を全身に感じた。

 

「てか、無理だろ」

 

 そんなことを思う。

 俺はこれまで魔王復活阻止するため、聖騎士カナリアに挑んできた。

 聖騎士カナリアは強かった。

 けど、がんばれば勝てそうだと思ったから、俺は諦めずに何度も挑戦できたのだ。

 

 しかし、状況が変わってしまった。

 これからは戦士ゴルガノを相手に戦わなくていけない。

 戦士ゴルガノの強さは、異次元だ。

 その強さの秘密は、彼が扱っている寄生鎌狂言回しにあるのだろう。

 聖騎士カナリアも寄生剣傀儡回しを使っているが、恐らく、彼女は傀儡回しを使いこなせてないように見える。

 正直、俺のほうが傀儡回しを使いこなしていた。

 

 対して、戦士ゴルガノは寄生鎌狂言回しの力を十全に引き出すことができるようだ。

 そんな戦士ゴルガノに俺は勝てるのか……?

 

「やっぱ無理だな」

 

 多分、何回挑戦しても勝てる気がしない。

 俺と戦士ゴルガノの間には、それだけ大きな戦力差がある。

 

「他の方法を探す必要がありそうだな……」

 

 俺の目的は彼らを倒すことではない。

 あくまでも魔王復活を阻止することで世界の滅亡を防ぐことだ。

 

 だから、考えろ。

 他の方法を。

 どこかに、まだ試していない方法があるはずだ……。

 

 



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―78― 尊重

 何度も死んだ。

 死ぬ度に、時間がループする。

 ループする度に、俺の中の時間は流れていく。

 だから、婚約者だったナミアが殺されてダンジョン奥地に追放された過去が遠い昔のようだ。

 最初は、俺を貶めた村人たちに復讐をしたいがために、奔走していた。

 ダンジョンを無事に攻略した俺は、村人たちに満足のいく復讐を果たすことができた。

 けれど、傀儡回しが人間になれなかったという理由で自害してしまった。

 それが、気に食わなかった。

 これは、俺が求めていた未来ではなかった。

 

 だから、もう一度やり直すことにした。

 傀儡回しを人間に戻す方法をもとめてアゲハに接触をはかった。

 けど、アゲハは記憶を失っていた。

 だから、記憶を戻すために、行動を共にした。

 苦労の末、ダンジョンのボスを撃破した途端、もう一人のアゲハ、黒アゲハに襲撃された。

 彼女は泣き叫んだ末、〈リセット〉を使って世界を滅ぼしてしまった。

 

 それから、観測者という謎の存在によって、俺は世界が滅びる前の百年間前に飛んだ。

 なのに、百年前の世界のどこを探しても、アゲハには会えない。

 それどころか、勇者エリギオンに討伐されても、『混沌主義』という者たちの暗躍によって復活する魔王の手によって、世界が滅んでしまう。

 

 だから、俺の手によって世界の滅亡をとめなくてはいけないわけだが、

 

「随分と遠い場所に来てしまったな……」

 

 ふと、そんなことを思う。

 最初の目的から、随分と離れたところに来てしまったと思う。

 

 正直、観測者に世界を救えと言われたとき、こんなに苦労すると思っていなかった。

 アゲハにさえ会うことができれば、彼女の手によって、世界は救われると思っていた。

 だが、いざ100年前に来てみたら、アゲハがどこにいるのかさっぱりわからないし、魔王の復活を阻止するため、戦士ゴルガノや聖騎士カナリアを相手にしなければいけなくなったし。

 状況がめまぐるしく変わりすぎだ。

 色んな思惑が絡み合ってしまい、ほぐし方がわかんなくなってしまった糸のようだ。

 

 傀儡回しのことを忘れたわけではない。

 アゲハのことだって気になる。

 吸血鬼ユーディートは俺がいなくても大丈夫かもしれないが、気にならないわけではない。

 復讐心はどうだろう? 一度、復讐することはできたが、その時間軸は死に戻りによって無くなってしまった。 

 今の俺に、復讐心があるかと言われると、どうだろうか?

 復讐心が全くないかと問われたら、否だが、以前のような燃えるような復讐心はもしかしたら、もうないのかもしれない。

 復讐よりもやりたいことができたのは確かだ。

 

 成し遂げたいことはたくさんある。

 けど、その前に魔王ゾーガをとめないと。

 

 

 

 

「勇者エリギオンをもっと信用してみるか?」

 

 戦士ゴルガノには勝てないと悟った俺は、別の方法を模索することを強いられた。

 勇者エリギオンには魔王ゾーガを倒す力があるのだ。

 ならば、彼が聖騎士カナリアに殺されないよう誘導することができれば、例え魔王が復活しても、勇者エリギオンの手によってもう一度討伐することができる。

 

 試してみる価値はあるな。

 そう決めた俺は、目的を果たすためにダンジョンを走り抜ける。

 スキル〈敏捷強化〉を獲得しては、スキルを合成して〈シーフ〉を獲得する。

 そして、勇者エリギオンに接触して、魔王ゾーガのいる場所まで誘導する。

 勇者エリギオンが魔王ゾーガを倒すのを見届ければ、俺は新たな作戦を実行すべく彼に話しかけた。

 

「勇者様、ひとつ話しておきたいことがあります」

「キスカくん、神妙な顔をしてどうしたんだい?」

 

 聖騎士カナリアがここに来るまでに、話しをつけなくてはいけない。

 だから、助言するなら、今だ。

 

「実は、勇者様の仲間に裏切り者がいます」

「ん?」

 

 勇者エリギオンは俺の言葉に首を傾げる。

 

「えっと、その裏切り者は一体、誰なんだい?」

「聖騎士カナリアと戦士ゴルガノの二人です。彼らは、結託して勇者様の暗殺を目論んでいます」

 

 よし、告げることができた。

 これで、勇者エリギオンは彼らを警戒する。だったら、簡単には殺されないはずだ。

 

 ヒュン、と風を切る音が聞こえた。

 いつの間に、勇者エリギオンが持っていた剣を俺の首に突きつけていた。

 

「おい、僕の仲間を侮辱するとはどういうつもりだ……?」

 

 いつもの明るい口調ではなく、低くドスのきいた声だった。

 

「いいか、よく聞くんだキスカ。僕は自分の仲間を侮辱されるのが、一番許せないんだ。聖騎士カナリアが僕を裏切るだって? 馬鹿にするのも大概にしろ。いいか、聖騎士カナリアは、俺が幼い頃から王宮で仕えていた騎士だ。だから、俺が最も信頼している人物だ。戦士ゴルガノは、聖騎士カナリアと違って、知り合ったのは僕が勇者に選ばれてからだが、今まで彼は僕と共に戦ってくれた。その証拠に、彼は先の魔王軍との大戦で大きな武功をあげている。その二人が、裏切り者だと? 冗談だとしても許されないぞ」

 

 そう口にする勇者エリギオンの瞳は怒りに満ちていた。

 

 落ち着け。

 勇者がこうして怒るのは、十分わかりきっていたことだ。

 俺は勇者エリギオンからしたら、さっき知り合ったばかりの素性の知れない人物だ。

 そんな俺の言葉を簡単に信用してくれるわけがない。

 だからって、ここで簡単に引き下がるつもりはない。

 

「勇者様、俺には未来を知る力があります」

「あ?」

「だから俺にはわかるのです。二人が勇者様を裏切る姿が。俺はこの言葉に命を賭けることができます。だから、もし、二人の潔白が証明されたなら俺を処刑してもかまいません」

「………………」

 

 微かに勇者エリギオンは目を細めた。

 俺の言葉に一考の余地があると思ってくれればいいんだが。

 

「だから、勇者様にお願いがあります。二人を常に警戒してください。いつ、二人が勇者様に対して、刃を向けるかわかりません」

 

 それから、しばらく無言の時間が流れた。

 どうやら、勇者エリギオンは俺の言葉をどう受け止めるべきか考えあぐねているようだ。

 

「未来を知る力があるといったね。それを今、ここで証明できるかい?」

 

 説得力が増すと思い、未来を知ることができると嘘をついたが、あながち間違ってもいないだろう。

 なにせ、俺はこの後の未来を何度も見てきたのだから。

 

「もう、すでに勇者様は俺の力をその目で見ていますよ」

「どういうことだ?」

「勇者様をこの場所まで案内したじゃないですか。魔王ゾーガのいる場所を俺は知っていたから、こうして案内できたんですよ」

「…………ッ」

 

 そう言った途端、勇者エリギオンの目が見開いたことを俺は見逃さなかった。

 

「……なぜ、二人は僕を裏切るんだい?」

「彼らは『混沌主義』というカルト集団に属しているようです。勇者様を殺そうとするのは、その組織の意思だと思います」

 

 そう教えると、「そういえば、戦士ゴルガノを連れてきたのはカタリナだったな」と、彼は小声で口にした。

 

「他に、その『混沌主義』とやらについて、なにか知っていることはあるかい?」

「組織の目的は、魔王を復活させ、世界を滅亡へ導くことです。魔王を復活させることができる指輪を聖騎士カナリアは隠し持っています」

 

 そう告げると再び沈黙の時間が流れた。

 俺の言葉が信用に値するのか考えているのだろう。

 

「命を賭けると言ったその言葉に嘘偽りはないかい?」

「はい」

「そうか」

 

 勇者エリギオンは頷くと、「失礼したね」と言いながら、俺に突きつけていた剣を鞘に戻す。

 

「君を全面的に信頼するわけではない。けど、君の『命を賭ける』といった言葉を尊重しようと思う」

 

 上出来だ。

 勇者エリギオンの言葉に、俺は内心ほくそ笑む。

 今回こそは、悲劇を回避することができるかもしれない。

 

 



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―79― 未知数

 勇者エリギオンに忠告を済ませた後、しばらくして、聖騎士カナリアと戦士ゴルガノがやってきた。

 今までの時間軸では、この場には、聖騎士カナリアが一人でやってきた。なのに、今回は二人でやってきた。

 未来が変わったのは、寄生鎌狂言回しを通して、戦士ゴルガノが俺を警戒するようになったからに違いない。

 

「殿下、お待たせしました。申し訳ありません、大事なときにお側にいることができなくて」

「二人ともお疲れ様。カナリア謝らなくていいんだよ。こうして無事に魔王を倒すことができたんだしね」

「なんだ、もう魔王を倒してしまったのか。手柄を勇者様に全部とられてしまったな!」

 

 戦士ゴルガノの笑い声が響く。

 三人の会話の内容に違和感はない。

 どうやら、二人とも勇者の前で敵対するつもりはないらしい。

 このまま何事もなければいいんだけどな。まぁ、そんなことあり得ないことは俺が一番知っているんだけど。

 

「ふわぁーっ、やっと、会えましたーっ! もう、死ぬかと思いましたよーっ!」

「…………」

 

 それから、さらにしばらくして、エルフのニュウとフードの男のノクがやってきた。

 彼らは、前回の行動と特に変わりはないが、実際のところ、この二人は敵、味方どっちなんだろうな。

 

 ともかく全員揃った俺たちは、ニュウの転移魔法を使ってダンジョンの外へと帰還した。

 それから、俺たちはカタロフ村の村人たちに歓迎され、魔王を倒した戦勝祝いとして宴が開かれることになった。

 前回の時間軸と同様の流れだ。

 

「やぁ、キスカくん、楽しんでいるかい?」

 

 宴が開かれている広場の椅子に腰掛けていると、勇者エリギオンがやってきてはそう話しかけてきた。

 

「いえ、楽しんではいません。常に警戒していますので」

 

 俺は宴に参加せず、常に勇者エリギオンを視界に捉えては見張っていた。

 

「正直、考えすぎだと思ったけどね。二人と話してみたけど、普段と特に変化はなかった」

「勇者様、俺の未来予知は絶対に当たるんですよ」

「……そうかい。だったら、そのときが来たら、僕のことを護ってくれよ」

「えっと、もちろん、そのつもりですが……」

 

 正直、俺なんかより勇者エリギオンのほうがずっと強い。

 だから、俺が護る必要なんてないと思うが。

 

「カナリアは僕が最も信頼している部下だ。だから、彼女が本当に裏切り者だったら、僕はショックで戦うどころではないだろうからね」

「そうですか……」

 

 確かに、そういうことなら俺が勇者を守る必要があるかもしれないな。

 

「とはいえ、僕は君の未来予知が外れると思っているからね。だから、肩の力を抜いて宴を楽しみたまえ」

 

 そう言葉を残すと勇者エリギオンは別の場所に行ってしまった。

 勇者だし、他の人たちの相手もたくさんしなくてはいけないんだろう。

 

「よぉ、あんちゃん。隣いいか?」

 

 それからしばしの間一人でいると、また話しかけられた。

 話しかけてきた人物を見て、心がざわつく。

 なぜなら、話しかけてきた人物というのが戦士ゴルガノだったからだ。

 戦士ゴルガノは俺の返事を待たずに、隣の席にどっしりと深く座り込む。

 

「どういうつもりだ?」

 

 意図がわからない俺はそう話しかける。

 

「そう警戒するなよ。こんなところで戦うつもりはない」

 

 そう言って、彼は手に持っていたジョッキを口に運んで一気にお酒を飲む。

 

「なぁ、あんちゃん。お前は一体、何者なんだ?」

 

 戦士ゴルガノはそんなことを聞いてくる。

 

「俺はキスカという冒険者だが」

「そう言うことを聞いているんじゃねぇってことぐらいわかるだろ」

「さぁ、俺にはわからないな」

 

 そう返すと、ゴルガノは「ちっ」と舌打ちをした。

 

「俺たちはだよ、それはそれは綿密に計画を立てては、慎重に慎重に実行に移しているんだ。それも何十年という途方もない時間をかけてな。そして、ようやっと計画が終盤を迎えたというのに、唐突にお前というイレギュラーな存在が俺たちの間に割って入ってきた」

「随分と色んな情報を教えてくれるんだな」

 

 戦士ゴルガノの語りに対して、皮肉を込めてそう返す。

 すると、ゴルガノは不機嫌そうに鼻を鳴らしてはこう口にする。

 

「…………まぁ、いいさ。世の中ってのはよ、わからないことのほうが多い。お前もそのひとつなんだろうな」

 

 と言いながら、ゴルガノは再びお酒を口に含んだ。

 

「だがな、俺たちは諦めねぇ。どれだけお前たちが狡猾に俺たちの行く手を阻もうとしてもだ」

 

 まるで、自分たちこそが正義だという言い分に俺は困惑する。

 

「なんで、こんなことをするんだ?」

 

 だから、俺は気になってそう尋ねていた。

 

「主がそれを望んでいるからだ」

「その、主ってのは誰なんだ?」

 

 そう問いながら、聖騎士カナリアも別の時間軸で主の存在を言及していたことを思い出す。

 主というのは、一体誰なんだろうか。

 

「主の名は組織の人間だけ知る権利だ。教えるわけがないだろ」

「俺もお前らの仲間になると言ったら?」

「ばーか、信じるわけないだろ。お前は、もう組織から敵認定されているんだよ」

 

 まぁ、そう簡単にいくわけがないか。

 

「だが、一つだけ教えてやる。決戦は明日だ。だから、今日はゆっくり寝て、明日に備えろってことだな」

 

 そう言葉を告げると戦士ゴルガノは立ち上がって、お酒を取りにどこに行ってしまった。

 

 

 

 

 宴が終わると、俺たちは村に一泊することになった。

 明日の早朝、馬車で王都に向かうらしい。

 勇者たち一行は俺も含めて、宿に泊まることになった。

 一人一室を与えられ、それぞれの部屋で寝ることになった。

 

 さて、明日に備えて寝るか、とはならないよな。

 戦士ゴルガノは、決戦は明日だ、とかのたまっていたが、嘘の可能性は十分ある。

 とはいえ、以前の時間軸で、馬車の中で聖騎士カナリアが勇者エリギオンを襲ったことを踏まえると、本当の可能性もあるが……本当だとしたら、わざわざ俺に言う必要性がないからな。

 

 恐らく、彼らは勇者エリギオンとまともに戦うつもりはない。

 というのも、俺の分析では彼らより勇者エリギオンのほうが強い。だから、正面から戦えば、彼らは負ける可能性が高い。

 ならば、彼らは暗殺という手段を用いるに違いない。

 そして、暗殺の絶好のタイミングとなると、寝込みを襲うのが定番な気がする。

 

 早速、勇者エリギオンの部屋に行って護衛を申し出よう。

 そんなわけで俺は部屋を出て、勇者エリギオンが泊まっている部屋に向かう。

 

「なぜ、貴様がここにいるんだ?」

 

 勇者エリギオンの部屋の前に、聖騎士カナリアが立っていた。

 

「いや、あなたの方こそ、なんで勇者様の部屋の前にいるんですか?」

「私は明日の予定について、殿下と相談をしなくてはならないんだ。それで、私の質問に答えろ。貴様は一体なんの用で、ここにいるんだ?」

 

 なんて答えるべきだ?

 そもそも聖騎士カナリアは勇者エリギオンを暗殺するために部屋に入ろうとしているのか。それとも、本当に明日の予定を確認するために?

 ちなみに、聖騎士カナリアは俺のことをどう思っているのだろうか?

 十中八九、戦士ゴルガノ同様、俺を敵と認識しているんだろうけど。

 

「俺だって勇者様に用事があるんですよ」

「その用事はなんだ、と聞いている」

「あなたに答える義理はないと思いますが」

「私は勇者の護衛の役割も兼ねている。勇者に不用意に近づく人間を警戒するのは当然のことだろう」

 

 彼女の言っていることは正論だ。

 けれど、俺には引き下がれない事情がある。

 どうやってこの場を切り抜けようか? そんなふうに考えたとき――

 ガチャリ、と扉が開く音がした。

 

「二人とも、扉の前でどうしたんだい?」

 

 顔を出したのは勇者エリギオンだった。

 

「で、殿下、夜中にお騒がせして申し訳ありません。明日のことで、どうしても殿下に相談したいことがありまして、部屋に訪ねようとしていました」

 

 突然現れた勇者エリギオンに、聖騎士カナリアは驚きながらも冷静に対応する。

 

「俺も、勇者様に話があって来ました!」

 

 聖騎士カナリアによって封殺されると困ると思った俺も声を大にして主張させてもらう。

 

「そうか。なら、二人とも部屋に入っておいで」

 

 と、勇者エリギオンはあっさりと快諾する。

 

「殿下。彼を殿下の部屋に招くのは少々不用心かと存じます。私は、彼が信用に足る人物だとは思えません」

 

 カナリアが俺を殿下から遠ざけようと画策してきたな。

 まずいな。勇者様がカナリアの意見を聞き入れてしまうと、護衛ができない。

 

「カナリア、僕が許可がしたんだ」

 

 勇者エリギオンの言葉には、なんとも言いがたい圧があった。まるで、自分に対する一切の反論を許さないとでも言いたげな。

 

「ですぎた真似でした」

 

 カナリアもそれを察したのだろう。すぐに意見を引っ込める。

 ともかく、これで俺は聖騎士カナリアと共に勇者の部屋に入ることができる。

 

 これからなにが起こるかは、全くの未知数だ。

 けれど、これから勇者エリギオンを守ることができるかもしれない。

 

 



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―80― 護衛

 部屋の中に入ると、聖騎士カナリアと勇者エリギオンが相談事を始めた。

 相談事の内容は、明日王都へ向かう際の段取りに関してだった。

 どうやら聖騎士カナリアが部屋の前で殿下に相談事があると主張していたのはあながち嘘ではなかったらしい。

 

 そんな中、俺はというと、二人の様子を落ち着かない様子で観察していた。

 いつ、聖騎士カナリアが襲いかかってきてもおかしくない。

 だから、彼女に怪しい動きがないか、一挙手一投足を注意深く観察していた。

 今のところ、怪しい動きはない。

 

「私のほうは以上です」

 

 聖騎士カナリアがそう言って話を切り上げていた。

 知らぬ間に相談事は終わっていたらしい。

 

「それじゃ、次はキスカくんの番だね」

 

 勇者エリギオンが俺のことを見ていた。

 そういえば、俺も用事があると主張してこの部屋に入ったんだったな。

 なので、話をさせてもらう。

 

「勇者様の護衛をしたいと思い参りました。勇者様が寝ている間によからぬ者が勇者様を襲う可能性がないとは言い切れないので」

「確かに、この部屋で一人で寝るの不用心だったね」

 

 と、勇者エリギオンは納得した様子で頷く。

 

「殿下! 護衛でしたら私にその役目を務めさせてください! それとも殿下は私よりも素性の知れない冒険者を信頼なさるおつもりですか」

 

 聖騎士カナリアが声を荒げて訴える。

 確かに、俺よりも聖騎士カナリアが信頼されているのは間違いないな。だからといって、彼女が護衛することになったら、俺の計画が全て水の泡になってしまうんだが。

 

「そうか。だったら、二人で協力して護衛をしてくれ。二人いたら、交代で眠ることができるしね。うん、それで一番効率がいい」

 

 勇者エリギオンがそう結論づけた。

 どうやら俺と聖騎士カナリア二人で勇者を護衛することになったらしい。

 

 

 

 

 結局、その後、勇者エリギオンは普通にベッドに入って寝た。

 護衛をすることになった俺と聖騎士カナリアはというと、椅子に座って監視している。

 

 お互いしゃべるわけでもないため、ひたすらに静寂な時間が流れた。

 結局、彼女は寝ているときに暗殺するつもりなのだろうか?

 それとも、暗殺を実行するのは明日で、今はただ待っているだけなのだろうか。

 相手の真意がわからない以上、あらゆる可能性に対応できるよう常に気を張っていないといけないわけだが、正直疲れる。

 さっきから、段々と疲労がたまってきたような気がする。

 おかげで、眠気が……。

 

 けど、寝るわけにいかない。だから、目をこすりつつ、ふと聖騎士カナリアのほうを見る。

 彼女はどうしているんだろう……? 俺と同じ、眠くはないんだろうか?

 そう思って、彼女のほうに目をやる。

 

 ……あれ?

 えっと、そんなことあるのか……?

 思わず、自分の目を疑う。

 けど、もう一度、確認して、やはりそうだと確認する。

 

 というのも、聖騎士カナリアは椅子に座って寝ていた。

「すー」と、寝息まで立ててやがる。

 

 マジか……。

 護衛をかってでた人間がそれを放棄して寝てしまうとか、そんなことあるんだろうか。

 そういえば、勇者エリギオンが「交代で眠ればいい」と言っていたから、それを実践しているのかもしれない。

 だとしても、一言ぐらいあってもいいよな。

 まるで、今夜は勇者が襲われないことを知っているかのような態度だ。

 ってことは、こうして勇者の部屋まで来て護衛を買ってでたのは取り越し苦労だったのかな。

 そう思うと疲労感がどっと押し寄せてくる。

 なんだか俺まで眠くなってきたな……。

 

 

 

 

 ガシャッ、という音が聞こえた。

 瞬間、目を覚ます。

 どうやら俺は眠ってしまったらしい。

 そのことに恥じるが、それより勇者エリギオンの無事と聖騎士カナリアの動向を確認しなければ。

 

 大丈夫だ。勇者エリギオンはベッドで寝ているし、聖騎士カナリアも椅子に腰掛けて寝ている。

 

 じゃあ、さっきの音はなんだ? 俺は一体なんの音で目を覚ましたんだ?

 

「よぉ」

 

 突然、真後ろから話しかけられたので背筋をゾクッとさせる。

 

「気分はどうだ?」

 

 話しかけてきたのは戦士ゴルガノだった。

 さっきの音は彼が部屋に入ってきた音だったのだ。部屋には錠がかけられていたはずだと思ったが、律儀に壊されている。

 

「なんの用だ?」

「ちと、お前さんと話しがしたくてな」

「話とはなんだ?」

「こんなところで話す内容じゃない。少し、部屋の外に来てくれ」

「俺はここから離れるつもりはない」

「ふんっ、そうかよ」

 

 不満そうにそう呟くと、声を荒げてこう口にした。

 

「カナリア、予定変更だ! 正攻法でいくぞ」

 

 そう戦士ゴルガノが叫ぶと同時、寄生鎌狂言回しを展開する。

 慌てた俺は〈猛火の剣〉で受け止めるも、力を受け止めきれず、体が壁に激突する。

 けど、自分のことより、気にすべきことがあった。

 戦士ゴルガノが呼びかけた途端、眠っていたかのように見えた聖騎士カナリアが飛び起きては、勇者エリギオンめがけて剣を振るったのだ。

 

「おい、殺されるぞッ!」

 

 慌てた俺はそう叫ぶ。

 勇者相手には、普段は敬語で話すことを心がけていた俺だか、とっさのことだったので、敬語が抜けてしまったが、緊急事態だしそんなことはどうでもいい。

 

「ちっ、外したか」

 

 そう呟いたのは、聖騎士カナリアだった。

 彼女はベッドに突き刺すように剣を構えていた。その剣の先には、勇者エリギオンの首がある。

 

「カナリア、これは一体どういうつもりかな? 話を聞かせてくれよ。もしかしたら、なにか大きな誤解があるのかもしれない」

 

 剣を突きつけられているというのに、余裕の笑みで勇者エリギオンは対応する。

 それに対し、聖騎士カナリアは一言こう口にした。

 

「問答無用!」

 

 彼女は剣を力強く振るった。

 彼女からすれば、ほんの寸分剣を動かせば勇者の首をはねることができるわけだ。

 だから、勇者は確実に殺されてしまう。

 少なくても俺はそう思った。

 

「ガハッ」

 

 その呻き声は、聖騎士カナリアのものだった。

 彼女の体は勢いよく壁に激突していた。

 

「随分となめられたものだね」

 

 勇者はそう言って、剣を手に取る。

 彼はまだ生きていたのだ。

 

 



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―81― 戦意

「まさか本当に裏切り者だったとはね」

 

 そう告げた勇者エリギオンは剣を手に取って冷たい視線を投げかける。

 その視線の先には、立ち上がろうとしている聖騎士カナリアがいた。さきほど、勇者によって、吹き飛ばされた影響だろう。彼女は立ち上がるのに苦労していた。

 

「それでカナリア。一体、どんな弁明を聞かせてくれるんだい?」

「弁明なんてありませんよ」

「ふむ、納得ができないな。君は、今まで僕に忠義を働いてくれた。だから、僕は君のことを一番に信頼していた。なのに、こうして僕に刃を向けたんだ。なにか、尋常ならざる理由がないと、君の行動には説明がつかない。だから、ぜひ理由を聞かせてくれよ」

 

 そう言って、勇者エリギオンは歩み寄ろうとする。

 

「くふっ、ふふふふふふふふっ!」

 

 それに対し、聖騎士カナリアは含み笑いをしていた。

 その上、にへらっと笑みを浮かべてから、こう答えた。

 

「殿下、私はあなたに対して心の底から忠義を感じたことは今まで一度ありませんよ。もう、そう勘違いをされたというなら、それほど私の演技がうまかったということですね!」

 

 聖騎士カナリアの答えに勇者エリギオンは眉をひそめて不快感を示す。

 

「殿下、この際だから、正直に私の気持ちを教えてあげましょう! 私はあなたのことが、心の底からとーってもとってもとてもとてもとてもとっても大っ嫌いでした! だから、大人しく殺されてくださいね」

 

 そう口にした聖騎士カナリアは剣を振るう。

 けど、勇者エリギオンがその攻撃を一振りで一蹴する。

 

「どうやら僕には人を見る目がなかったらしい」

 

 そう告げながら。

 

「よぉ、余所見する余裕なんてないんじゃないのか?」

 

 戦士ゴルガノが唐突に、俺に対して攻撃を振りかざした。

 

「向こうの加勢をしなくてはいいのか?」

 

 ゴルガノの攻撃を剣で受け止めながら、俺はそう口にする。

 見たところ、聖騎士カナリアと勇者エリギオンの戦力差は歴然としている。聖騎士カナリアがいくらがんばったところで勇者エリギオンを倒すことはできない。

 けど、戦士ゴルガノと聖騎士カナリアの二人がかりなら、勇者エリギオンを倒せる可能性が多少はあるかもしれない。

 

「その必要はねぇな」

 

 けど、戦士ゴルガノはそう言いながら、俺に攻撃を続けた。

 まるで、聖騎士カナリアなら勇者エリギオンを倒せると確信しているかのような口ぶりに、疑問を覚える。

 まぁ、いい。

 俺が戦士ゴルガノを引きつけているうちに、勇者エリギオンが聖騎士カナリアを倒して、それから二人で戦士ゴルガノを倒せば、俺たちの勝ちだ。

 

「じゃあ、君が今まで僕にしてくれたということは、全部嘘だったというのかい?」

「はい、嘘です」

 

 勇者エリギオンと聖騎士カナリアはお互いに口論をしながら戦っていた。

 

「じゃあ、なんで今まで僕に仕えてたんだ!」

「今日の日のためですよ。あなたをこうして殺すために、今まで我慢をして我慢して我慢して我慢して我慢して、我慢して、あなたに仕えてたんです!」

「それだけ、僕のことが憎かったのかい?」

「あははっ。そうですね! あなたが憎くてたまらないです」

「なんで、そんなに僕のことが嫌いなんだよ!」

「あー、そんなに知りたいなら、教えあげますよ」

 

 ふと、聖騎士カナリアは冷めた口調でそう告げた。

 

「私、ルナ村の生き残りなんですよ」

「あ……?」

 

 勇者エリギオンは呆然とした声を出した。

 ルナ村ってなんだ? 知らない単語に俺は首を傾げる。

 

「察しが良い殿下なら、もうおわかりでしょう。私がいかにあなたのことが憎いのか?」

「う、嘘だ……っ!! 君は、グリシス伯爵家の次女じゃないか!」

「いえ、正確にはグリシス伯爵家の庶子です。私は不倫相手との間に生まれた子供なんですよ。そういった事情もあって、幼い頃にルナ村のあるご両親に預けられたのです。彼らに大変お世話になりました。今でも、私は彼らこそ本当の両親だと思っています」

「そ、そんなの、今まで、一言も言わなかったじゃないか……」

「言うわけないじゃないですか。言ったら、計画が全て台無しです」

「ち、違うんだ……ッ! 僕は、あのときはまだ子供だった。僕はただ利用されただけで、なにも知らなかった……!」

「ええ、殿下がただ利用されただけなのは知っていますよ。とはいえ、そんなことは些細な問題です。事実、私の家族はあなたの手によって、殺されたことに変わらないんですから」

「違う、違う違うんだ……ッ」

 

 あからさまに勇者エリギオンの様子がおかしくなっていた。

 戦意を喪失させたか、剣を振るうのをやめ、ぐったりとした様子で俯いている。

 

「おい、殺されるぞ!」

「もう、お前さんの声は届かないよ」

 

 俺の呼びかけに対して、戦士ゴルガノがニタリ、と笑みを浮かべる。

 まずい……! 勇者エリギオンがあの調子じゃ、殺されるのは時間の問題だ。

 なんとかしないとっ!

 

「だから、殿下。大人しく死んでくださいね」

 

 ヒュン、と風が切る音が聞こえた。

 同時に、血が高く飛び散る。

 ガチャン、と勇者エリギオンが握っていた剣が地面に落ちた。

 

「やった……! やったぞ、ゴルガノ! ついに殺せた。やっとだ、やっと、殺せた。やったー! 私は殿下を殺すことができたんだ!」

「おい、カナリア。喜ぶのは、後にしてくれ。次はこいつをなんとかしなくてならない」

 

 勇者が殺された……。

 もう、この状態から逆転することは不可能だ。

 なぜなら、俺ひとりで、この二人を相手することはできない。以前の時間軸のように下手に封印されるように先に――。

 

「くそっ、あいつ死ぬ気だ!」

 

 戦士ゴルガノの声が聞こえる。

 それと同時、俺は自分で自分の首を斬った。

 

 



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―82― 宴

「マジか……」

 

 無事ダンジョンに入った直前まで死に戻りしたものの、大きなショックを受けていた。

 まさか勇者エリギオンが聖騎士カナリアの手で殺されるとは。

 こんなが起きるなんて予想してなかった。

 

「だからって、このやり方は間違っていないはずだ」

 

 勇者エリギオンを頼るという方法が間違っているとは思えない。

 今回は失敗だったが、何度か繰り返せば、そのうち勇者エリギオンが勝つ未来も巡り会えるはずだ。

 

 だから、もう一度同じ方法を試してみよう。

 

 

 

 

 それから前回の時間軸をなぞるように行動した。

 

「違う、違う違うんだ……ッ」

 

 目の前には、発狂してる勇者エリギオンの姿があった。

 それからしばらくして、聖騎士カナリアの手によって、勇者エリギオンは殺された。

 あぁ、今回もダメだった。 

 そう結論づけた俺は自分の首を剣で斬った。

 

 

 

 

 勇者エリギオンを頼る方法を模索してから、3回目。

 なんとか聖騎士カナリアの口から勇者エリギオンが発狂する原因であるルナ村という言葉を言わせないと、奮闘するも、

 

「おい、邪魔をすんなよ」

 

 戦士ゴルガノに組み伏せられたせいで、俺はなにもできなかった。

 結局、今回も勇者エリギオンが発狂した末、殺された。

 今回もダメだった。

 

 

 

 

 試行回数4回目。

 あらかじめ勇者エリギオンに、聖騎士カナリアがルナ村の出身者だってことを告げることにした。

 事前に知らせておけば、知ったときのショックが小さくなるんじゃないかと推量したのだ。

 だから、ダンジョンの中で聖騎士カナリアと戦士ゴルガノが裏切り者だと告げた後、ルナ村のことも伝えた。

 

「キスカくん、流石にそれ以上言うと怒るよ」

 

 ルナ村の話題を出した途端、勇者エリギオンはあからさまに不機嫌そうな顔をした。

 

「それでも忘れないでください。聖騎士カナリアはルナ村の出身で、だから、勇者様に恨みを持っています!」

「うるさいなッ!!」

 

 ドンッ、と衝撃が走る。

 腹を全力で殴られた。

 俺はその場で呻きながらも、勇者エリギオンのことを見る。

 

「いいか、それ以上同じことを言ったら、次は容赦しないからね」

 

 そう以降、勇者エリギオンは俺に対して冷たくなった。

 今までの時間軸では、寝る際、部屋の中に入って護衛をする許可をもらえたのに、今回は部屋の中に入ることさえ拒否されてしまった。

 どうやら、勇者エリギオンにとって、ルナ村という単語はそれほど禁句らしい。

 結果、今まで同様、勇者エリギオンは聖騎士カナリアの手によって殺された。

 

 

 

 

 試行回数5回目、今回もダメだった。

 試行回数6回目、今回もダメだった。

 試行回数8回目、今回もダメだった。

 試行回数9回目、今回もダメだった。

 試行回数10回目、今回もダメだった。

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 試行回数30回目、またダメだった。

 

 

 

 試行回数31回目。

 

「今回でダメだったら、諦めよう」

 

 死に戻りした俺はそんなことを思いながら、またダンジョンの中を歩く。

 何度試しても、勇者エリギオンは聖騎士カナリアの手によって殺されてしまう。

 今回もダメだったら、次は他の方法を考えて実践してみよう。

 そう決めて、再び勇者エリギオンのいる場所へ赴く。

 

 それからは、今までの時間軸と変わらなかった。

 勇者エリギオンに聖騎士カナリアと戦士ゴルガノが裏切り者だと告げる。

 

「君を全面的に信頼するわけではない。けど、君の『命を賭ける』といった言葉を尊重しようと思う」

 

 何度も聞いたセリフだ。

 

「……ありがとうございます」

 

 そう言って、俺は頭を下げた。

 

 それから魔術師ニャウの転移魔法でダンジョンの外へ帰還する。

 その後、カタロフ村にて何度も経験した戦勝祝いによる宴が開かれた。

 

「やぁ、キスカくん、楽しんでいるかい?」

 

 宴の席でボーッとして過ごしていると、勇者エリギオンに話しかけられる。

 それから勇者エリギオンと他愛ない会話をする。

 ルナ村のことは一切口にださない。またルナ村を話題に出せば、激高するだろうから。

 

「キスカくん、やっぱり元気なさそうに見えるね」

 

 ふと、勇者エリギオンがそんなことを口にした。

 元気がないか……。

 確かに、何度も同じことを繰り返しているせいで、ノイローゼになっているのかもしれない。

 

「もしかしたら、お酒を飲み過ぎたのかもしれません」

「だったら、休んだ方がいいじゃないかな?」

「すみません、そうさせていただきます」

「別に気にしなくていいんだよ」

 

 勇者エリギオンのご厚意も得たことだし、俺は立ち上がっては休む場所を探す。

 あのまま宴に参加していると、今度は戦士ゴルガノに話しかけられる。

 正直、そのことが憂鬱だった。

 なんでこれから殺し合う敵と会話をしなければいけないんだか。

 

 だから、誰にも見つからない場所で休もう。

 どうせ夜にならなければ戦いは起きないんだし。それまでは、どう過ごしたって問題ないはずだ。

 

「ここまで来れば、大丈夫かな」

 

 宴の会場から外れた路地裏にきた俺はそう口にする。

 ここなら、誰にも見つからない。

 そう思って、俺は地べたに腰を下ろす。

 

「ふにゃっ、な、なんで隣に座るんですか!?」

「あ?」

 

 声のしたほうを見ると、そこにエルフで魔術師のニャウが地べたに座っていた。

 あまりにも小さかったので、今の今まで気がつかなかった。

 

「いや、たまたま俺が座った場所に、お前がいただけだ」

「違います! どう見てもニャウが座っている隣に、わざわざあなたが座ってきたんです!」

「……お前が小さすぎて気がつかなかったんだよ」

「ち、小さい……っ! ニャウのこと今、小さいって言いましたね! ふぎゅっ――」

 

 うるさくなりそうだったので、ニャウの口を掴んで喋ることができないようにした。

 それから、もごもごとなにか喋りたそうにしていたが、しばらく掴んだままにしておくと、とうとう諦めたかのように大人しくなった。

 

「ようやっと、静かになったな」

 

 そう言って、掴んだ手を離す。

 

「口を防がれたので、息ができなくなって死ぬかと思いました」

「嘘をつくな。呼吸なら鼻でできただろ」

 

 なんて会話をしつつ、壁に体重を預けて伸びをする。

 早く、宴が終わってほしいな。

 

「なんで、こんなとこに来たんですか……? まだ、宴の最中ですよ」

「人と会話するのが嫌になったんだよ。だから、逃げてきた」

「そうでしたか」

「お前さんこそ、なんでこんなところにいるんだよ?」

 

 思い返してみれば、今まで時間軸で宴の最中にニャウを見かけたことがなかったが、まさかこんなところに隠れていたとはな。

 

「苦手なんです。あぁいう場が」

「それまたなんで?」

「皆さん、お酒を飲むじゃないですか。だから、ニャウも一緒にお酒を飲みたいのに……」

「いや、子供がお酒飲んだらダメだろ」

「うわーっ、だから、そうやって、ニャウを子供扱いしてくる人が必ずでてくるから嫌なんですよーっ!」

 

 とか言いながら、ニャウは目に涙を浮かべる。

 こんなことで涙目になるから、子供扱いされるんだということに、本人は気がつかないんだろうか。

 

「悪かったって。ほら、これでも飲めよ」

 

 とはいえ、泣かれるとうっとうしいので、自分用に持ち出したジョッキに入ったお酒を差し出す。

 すると、ニャウはジョッキを手に取って、お酒を口に含んだ。

 

「まずいですっ」

 

 そして、感想を一言。

 やっぱり子供じゃねーか、と思うが、俺は優しいので口には出さないでおいた。

 

「な、なんで、ニャウのこと笑うんですか!?」

 

 ニュウに非難されて気がつく。

 どうやら俺は笑っていたらしい。

 こんなふうに笑ったのは、すごく久しぶりな気がした。

 

 



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―83― 変わった

「悪かったって、だから機嫌直してくれよ」

 

 ひとしきり笑った後、不機嫌になったニャウをなだめるはめにあった。

 

「別に、怒ってないですよ……」

 

 と言いながらも、彼女は頬はぷっくりと膨らませていた。どうみても怒っている。まぁ、本人が怒っていないと主張するなら、いいのか。

 

 それにしても、今までたくさんの時間軸を繰り返してきたが、魔術師ニャウとこうして話すのは初めてなような。

 せっかくの機会だし、彼女のことをもう少し探ってみてもいいかもしれない。

 聖騎士カナリアと戦士ゴルガノは裏切り者だったが、彼女はどうなんだろうか?

 彼女が裏切り者なのは、根拠はないけど、恐らくなさそうな気がする。

 もし裏切り者だとしたら、間抜けな性格が原因なせいで、すぐに露呈してしまいだし。

 

 だったら、いっそのことニャウに協力を申し出てみてもいいのかもしれない。

 

「なぁ、ニャウ、ルナ村って言葉に心当たりはあるか?」

 

 いきなり本題に入る前に、聖騎士カナリアが語っていたルナ村について、彼女に尋ねてみることにした。

 

「ルナ村ですか。あぁ、聞いたことありますよ。昔、魔族に加担したとして粛正された村だった気がします」

 

 あぁ、なるほど、そんな事情があったのか。

 恐らく、そのルナ村の粛正に第一王子でもある勇者エリギオンがなんらかに関わっていたと。だから、聖騎士カナリアは勇者を恨んでいるか。

 

「聖騎士カナリアがどうやらそのルナ村の出身者みたいなんだよ」

「はぁ、彼女は貴族の出身だったと記憶していますが……」

「いや、俺も詳しい事情までは知らないんだけど、カナリアは不倫との間に生まれた庶子らしくて、それで幼い頃、ルナ村に預けられていたようだ」

「ふーん、そうなんですか」

「それで、どうも聖騎士カナリアは勇者エリギオンに強い恨みを持っているらしい」

「はえー? そうなんですか?」

 

 エルフのニャウは首を傾げていた。

 まぁ、普段の聖騎士カナリアを見ていたら、勇者エリギオンに恨みを持っているなんて思いもよらないだろう。

 

「どうも、勇者エリギオンはルナ村の粛正に関わっていたみたいでな」

「えっと……つまり、聖騎士カナリアにとって、勇者様に親を殺されたも同然というわけですか」

 

 理解が早くて助かるな。だてに魔術師をしていないだけはある。

 

「それで、今夜、聖騎士カナリアは勇者エリギオンを殺す計画を立てている。ちなみに、戦士ゴルガノもその協力者だ」

 

 さて、ニャウはどういう反応を示すかな。

 もし、彼女が裏切り者でないのなら、協力する姿勢を見せてくれるかもしれない。

 

「え……? なにを言っているんですか?」

 

 と、ニャウはしかめっ面をしていた。

 

「カナリアさんが勇者様を裏切るだなんて、そんなこと起こるわけがないじゃないですか」

 

 その上、俺のことを小馬鹿にする。

 ……やっぱり、信じてもらえないか。

 こうなることが予想できたとはいえ、少しがっかりではある。

 

「ふにゃっ! にゃ、にゃんでニャウの頬をつねるんですかー!?」

「なんかイラついたから」

 

 それはそれとして、彼女の頬をつねっておくことにした。

 ニャウに期待した俺が馬鹿だった。

 

 

 

 

 真夜中になった。

 今までの時間軸同様、これから戦いが起こる。

 今度こそ勇者エリギオンを死なせない、と意気込んで何度失敗したことか。

 

 あぁ、正直、今回も成功するとは思っていない。

 どうがんばっても、勇者エリギオンが生存する未来を思い浮かべることができないのだ。

 こんな心意気では、今回もダメなんだろう。

 

「よし、やるか」

 

 ネガティブになっていた感情をたたき直そうと、頬を叩く。

 今回でダメだったら、諦める。

 それが、死に戻りしたとき、決めたことだった。もし、ダメだったら、全く別の方法を模索する。

 この方法を試すのは、最後なんだから、せめて全力でやろう。

 そう決意して、俺は勇者エリギオンの部屋に向かった。

 

 そろそろだな……。

 勇者エリギオンが寝ているベッドの近くで、聖騎士カナリアと共に勇者エリギオンの護衛をしていた。

 そろそろ、部屋に戦士ゴルガノが入ってきて、それを契機に戦いが始まる。

 

「よぉ、元気してたか?」

 

 ドアを静かに破壊して中に入ってきた戦士ゴルガノが俺にそう声をかけてくる。

 

「最悪な気分だよ」

「あぁ、そうかい。なぁ、悪いが、部屋の外まで来てくれないか?」

「いやだね。俺が部屋の外にでていった後、勇者様を殺すつもりなんだろ?

「あぁ、なんだ、俺たちの作戦がバレているのか。まぁ、いい。なら、正攻法でいくぞ、カナリア」

 

 瞬間、聖騎士カナリアが目を開けて、勇者エリギオンに飛びかかる。

 同時に、戦士ゴルガノが俺に斬りかかってくる。

 

 聖騎士カナリアの不意の一撃で勇者エリギオンが殺されないことは、今までの時間軸で実証済みだ。

 あとは、どうにかして聖騎士カナリアにルナ村という単語を言わせないようにしないと。

 

「よぉ、余所見するなんてどうかしてるんじゃないのか? あんちゃんの相手はこの俺だぜ」

 

 そう言って、戦士ゴルガノが立ち塞がる。

 くそっ、なんとしてでも聖騎士カナリアを口封じしたいが、こいつがいるせいで毎回うまくいかないんだ。

 なにか、突破口があればいいんだが……ッ。

 

「私、ルナ村の生き残りなんですよ」

 

 という聖騎士カナリアの声が聞こえた。

 あぁ、もう終わりだ。これで、勇者エリギオンは発狂した上、殺されるんだ。

 だから、今回も失敗だ。

 

「な、なにをしているんですか……?」

 

 それは、あまりにも不意の出来事だった。

 扉の前に、ロッドを手にしたニャウが立っていたのだ。

 部屋の喧噪を見て、彼女は目を丸くしていた。

 

「ニャウッ! 勇者を守れッ!」

「は、はいッ!」

 

 そう返事をした、ニャウが詠唱を始める。

 魔術師ニャウの乱入によって、未来が大きく変わった。もしかしたら、今回の時間軸で勇者を死から救うことができるかもしれない……!

 

「ちっ、面倒なやつが来やがった」

 

 戦士ゴルガノが魔術師ニャウを見て、舌打ちをする。

 それと、同時、寄生鎌狂言回しにこう問いかける。

 

「〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉」

 

 突如、狂言回しが三つの頭を持つ異形の怪物へ変貌する。

 あぁ、そうだった。

 戦士ゴルガノは今まで俺に手加減をしていたんだ。

 戦士ゴルガノの手にかかれば、俺を瞬殺することなんて他愛もないことだったに違いない。

 

「くそがぁああああッッ!!」

 

 もしかしたら、今回こそ成功するかも思ったのに……。

 また、失敗だ。

 

 グシャッ、と噛み千切られる音が聞こえる。

強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉が俺の首に噛みついてきたのだ。

 ほどなくして、俺の意識は遠のいた。

 

 

 

 

「あ……」

 

 目を開ける。

 何度も経験したことがある感覚だ。どうやら、また死に戻りしたらしい。

 

 また一からやり直しだ。

 そう思いながら、自分の体を起こす。

 

「あっ、まだ動かないでください。傷が塞がっていないので!」

「え……?」

 

 目の前に広がるそれは、知らない光景だった。

 なぜか、俺は森の中で寝かされており、近くに魔術師ニャウがしゃがんでいた。

 

「どういうことだ……?」

「どうって……意識を失ったあなたを、ここまで運んだのですよ。ニャウに感謝してくださいよね。ニャウがいなければ、今頃、あなたは死んでいました」

 

 ニャウの説明を聞きながら、自分の首を手で触る。

 確か、ここを〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉に噛まれたんだ。

 あっ、まだ傷が残っている。

 

「あ、触んないでください! 今、治している最中なんですから」

 

 見たところニャウは俺に治癒魔術を施しているようだった。

 

 ようやっと現状を理解できた。

 どうやら俺は生き残ってしまったらしい。

 

 



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―84― 生還後

「ニャウ。あの後、なにが起きたか教えてくれないか?」

「それは構いませんが……」

 

 魔術師ニャウは言いづらいことがあるとでも言いたげに、口をもごもごさせる。

 まぁ、なにが起こったかは大体想像はつくんだが。

 

「勇者は殺されたか?」

「はい、殺されました。申し訳ないです。ニャウが力不足なばかりに……」

 

 ニャウの力を借りても、勇者エリギオンの死を回避することは不可能だったか。

 

「それで、魔王ゾーガが復活したのか?」

「な、なんでわかったんですか……!?」

 

 魔王ゾーガの復活を言い当てると、ニャウが目を丸くして驚いた。

 

「俺は未来の予測を立てるのが得意なんだよ」

「そうなんですか……。そういえば、カナリアさんとゴルガノさんが裏切り者なのも知っていましたもんね」

 

 どうやら彼らが魔王に加担したこともニャウはすでに知っているらしい。

 

「もしかして、この後なにが起こるかも知っていたりするんですか?」

 

 そう言われてもな……。

 正直、魔王が復活してから、なにが起こるかなんて、あまり詳しくない。

 けど、ひとつだけ言えることはある。

 

「このまま魔王を野放しにしていたら、世界が滅ぶ」

「そうですか……」

 

 ニャウは頷くと、立ち上がって、こう口にする。

 

「決めました! 例え勇者がいなくなってしまったとしても、ニャウの力で魔王を倒します!」

 

 決意した表情でニャウはそう宣言する。

 それを見て、俺は素直にすごいなぁ、と感嘆してしまった。

 こんな絶望的な状況なのに、彼女はまだ諦めていないのだ。

 勇者エリギオンが殺され、魔王ゾーガが復活してしまった。だから、諦めてまた死に戻りすべきじゃないかという考えが頭によぎった。

 だけど、もしかしたら、彼女ならこの状況を打破できるのかもしれない。

 

「俺も手伝っても良いか?」

 

 無意識のうちに、俺はそう口にしていた。

 

「もちろんです。戦力は1人でも多いほうがいいですからね!」

 

 というわけで、俺と魔術師ニャウの2人で魔王討伐に向けて行動を開始することになった。

 

 

 

 

「ひどいな……これは」

 

 ひとまず、俺たちはカタロフ村に戻った。

 けど、村の状況は散々たるものだった。多くの家屋が倒れ、負傷もしくは亡くなっている人が至るところにいる。

 

「魔王が復活した後、ドラゴンの群れが村を襲ったのです」

「ドラゴンの群れがか……?」

「正直、意味がわかりません。ドラゴンは今まで、魔王に従うことはなかったのに、急に魔王の言うこと聞くなんて……おかしいです」

「そうなのか」

 

 確かに、不思議だ。

 ドラゴンは誇り高い魔物と知られているため、誰かの軍勢にくだることがないというのが一般的な見解だ。

 

「それで、ニャウ。なんで、わざわざ村に戻ったんだ?」

「馬を調達したいのと、あと、可能ならば、ノクさんと合流できればといいなぁ、と思いまして」

 

 ノク……? あぁ、あのフードをかぶった男か。

 

「ノクって、信用できる人間なのか?」

「恐らく、大丈夫だとは思うんですけどね……。どちらにしろ、彼は相当な実力の持ち主なので、味方してくれるととても嬉しいんですけど」

 

 というわけで、二手に分かれてフード男のノクを探した。

 だが、聞き込みしてもノクの目撃証言を得ることもできなかった。

 結局、ノクに関しては諦めることにした。

 代わりに、馬を2匹購入することができた。

 この馬があれば、移動が楽になる。

 

「それでニャウ。これから、どうするんだ?」

「そうですね。ひとまず一緒に戦ってくれる仲間たちを探そうと思います。勇者がいなくなっても、強い人たちはたくさんいますから。特に、マスターと呼ばれる方たちが」

「マスターか。確か、上位10名だけがなれるランクだっけ」

「はい、その通りです!」

「確か、勇者エリギオンもマスターだったよな」

 

 自己紹介のとき、そんなことを名乗っていた覚えがある。

 

「勇者エリギオンは7位。魔王ゾーガは5位だとされています」

 

 魔王が5位ということは、この世には魔王よりも強いのが4人もいるということだ。

 

「だったら、序列1位の人だったら、魔王を簡単に倒せるんじゃないのか?」

「そう、単純な話でもないのです。序列1位から3位までは、存在が確認されていませんし、序列4位は、少なくとも私たちの味方ではないですね」

「そうなのか……」

「けど、序列9位と序列10位は少なくとも、私たちの味方なのです!」

 

 9位と10位がいるのか。

 それはすごく頼りになりそうだ。

 

「その9位と10位はどんな人なんだ?」

「9位は大賢者と呼ばれるすごい魔術の使い手で、10位は大剣豪と呼ばれる最強の剣の使い手です」

 

 どちらもすごく頼りになりそうな人だな。

 これなら勇者の力を頼らなくても、魔王に勝てるんじゃないのか、と思ってしまう程度に。

 

「その人たちはどこにいるんだ?」

「大剣豪が王都にいるはず。だから、今から王都に出発しようと思います!」

 

 王都か。

 もしかしたら、今更王都に行っても……いや、今は余計なことは言わないでおこう。

 

 

 

 

 移動中、ニャウから大剣豪のついて詳しく話しを聞いた。

 名前は大剣豪ニドルグ。

 その方は魔王軍に致命的な敗北を与えた『アリアンヌの戦い』にて、最も活躍をした人物とのことだった。

 しかし、彼は大きな負傷をしてしまったため、敗走した魔王を追うことになった勇者一行にはついていかず、王都に戻って療養をしているらしい。

 

 彼を求めて、王都に来た俺たちは絶句するような光景を見るはめになった。

 いや……少なくとも俺は、この未来を知っていた。

 

 そう、王都は魔王と魔王が率いたドラゴンの群れによって、すでに壊滅していたのだ。

 別の時間軸で、すでに見たことがある光景だ。

 どうやら王都の襲撃を終えた後のようで、魔王やドラゴンの姿はどこにもなかった。

 

「な、なんなのですか……これは……?」

 

 王都の様子を見たニャウは大きなショックを受けていた。

 誰だって、こんなのを見せられたら、冷静さを保つことはできないだろう。

 

「俺は生きる人を探して救助すべきだと思うが、ニャウはどう思う?」

「そ、そうですね……。生きている人を探しましょうか」

 

 それから俺たちは懸命に生きている人がいないか探した。

 結果、1人も見つけることができなかった。

 そう、あっけなく一つの都市が滅んだのだ。

 

「ニャウのせいだ……」

 

 唐突に、彼女が言葉をもらした。

 

「ニャウがあのとき、勇者を守ることができていれば……あの2人をとめることができていれば……こんなことにならなかったのに……だから、ニャウのせいだ……」

 

 ニャウは自問自答を始めた。

 それも後悔に打ちひしがれたような表情をしながら。

 

「おい、大丈夫か……?」

 

 不安になった俺はそう語りかける。

 

「ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ……っ!!」

 

 それからニャウは、壊れたかのように同じことをぶつぶつと繰り返し始める。

 

「おい、気をしっかりしろ!」

 

 このままだとまずい、と思った俺はニャウの肩を強く掴む。

 すると、ニャウは俺のほうに顔をあげた途端、ゲフッ、と嘔吐した。

 そのことに、俺はビクッと全身を震わせる。

 申し訳ないことに、俺は汚いと思ってしまったのだ。

 女の子に対して、そんなことを思うのが失礼なのは重々承知だが、感情に嘘をつくことはできなかった。

 だから、汚いと思ってしまった俺はニャウから手を離してしまった。

 途端、バタリ、と彼女は地面に倒れる。

 一瞬、死んだのかと思って、慌てるがそうではなかった。

 どうやら、あまりのショックで気を失ってしまったらしい。

 

 



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―85― 決意

「う、にゃ……」

 

 ふと、ベッドで寝ている魔術師ニャウが舌足らずな声を発しながら、目をぱちくりと開けた。

 

「ようやっと、目が覚めたか」

「あ……どこなんですか? ここは」

「王都にあった宿屋だ。二階は倒壊してたが、一階部分が無事だったので、勝手に使わせてもらっている」

「わざわざニャウを運んでくれたのですね。ありがとうございます」

 

 そう、ニャウが気絶した後、放っておくわけにもいかないので、ニャウを寝かせることができる場所を探しては運んだのだ。

 

「あと、お腹が空くかと思って、食料を調達してきたが食べるか?」

「いただきたいです。あと、お水があると嬉しいんですが」

「あー、それならすぐ用意できるはずだ」

 

 確か、井戸が近くにあったはずだから、飲み水をすぐに調達することは可能だった。

 水を飲ませた後、ニャウと共に食事をした。

 襲撃された建物の中から残されていたのを調達したささやかな食事だ。

 

「なぁ、ニャウ。これからどうする?」

 

 食べながらそんなことを伝える。

 

「そうですね……」

 

 と、頷いたニャウの表情はどことなく重い。

 

「まずは、この王都にいる大剣豪を探すべきだと思うが」

 

 最悪死んでいる可能性もあるが、生き延びている可能性だって十分ある。

 だから、まずは大剣豪を探して、合流してから再起を図るべきだ。

 そう思って、口にしたが、ニャウはうんともすんとも言わずにただ黙っていた。

 どうしたんだろう? とか思いながら、ニャウの様子をしばらく伺う。

 すると、彼女は口を開けて、一言こう口にした。

 

「ごめんなさいです……」

 

 と。

 それから、彼女は滔々と語り出した。

 

「王都に来る前に、魔王を倒すと息巻いた手前、すごく申し訳ないんですが……、ニャウがいくらがんばったとしても、この現況を逆転させるのは難しいと思うのです。ニャウには、もう無理だと思うのです。だから、ごめんなさいです。ニャウが全部、悪いんです……」

「でも、大剣豪と合流できたら、まだ魔王に勝てる可能性が」

「大剣豪は恐らく、死んだと思うのです」

「なんで、そんなことを言えるんだ?」

 

 そう問うと、ニャウは人差し指を伸ばして、ステータス画面を表示させた。

 

「ニャウが、マスターの序列10位に昇格したからです」

 

 確かに、ニャウが見せたステータス画面には、マスターの文字と10という数字が見えた。

 元々、ニャウのランクはマスターの下のダイヤモンドだったはず。

 マスターは上位10名だけがなれる特別なランク。

 ニャウがマスターに繰り上げになったということは、言い換えるとマスターの席が一つ空席になったと考えられるわけで。

 それが、元々序列10位の大剣豪が死んだと思う理由か。

 

「まだ……大剣豪が死んだとは限らないだろ。それに、大賢者もいるんだろ?」

 

 ニャウがマスターになったからといって、大剣豪が亡くなったと断言できるわけではない。他のマスターがいなくなった可能性もある。なんだったら、勇者エリギオンが死んだ時点で、マスターの席は一つ空いたとも考えられるわけで、その結果、ニャウがマスターへと昇格した可能性も十分ある。

 だから、そのことを伝えてみるも……。

 

「そうかもしれないですね……」

 

 と、ニャウは悲痛な面持ちで頷くだけだった。

 あぁ、そうか。

 彼女がこうなってしまったのは、自分がマスターになってしまったからではない。それは、ただのきっかけに過ぎず、問題はもっと根本的で……。

 単に、彼女の心が折れてしまったからなんだろう。

 

 そりゃそうだ。

 都市が滅んだ様を見せつけられて、しかも、魔王の軍勢に立ち向かえる人間はもう自分以外残っていないかもしれなくて……。

 そんな状況で希望を持って戦える人間なんて、どれほどいるのだろうか。

 

 もう、この時間軸は無理かもしれないな。

 唯一の希望であるニャウがこの調子では、魔王を倒すなんて不可能だろう。

 だから、早いとこ諦めて、また死に戻りすべきなのかもしれない。

 

「その、悪かったな……」

「なんで、キスカさんが謝るのですか?」

「俺がもっと強ければ、ニャウにこんな思いをさせずにすんだかもしれない」

「そ、そんな……っ、謝らないでくださいよ。悪いのは、全部ニャウなんですから……っ」

 

 そう言いながら、ニャウは目から涙をこぼす。

 そんなことはない、と否定を口にしたところで、彼女の心には響かないんだろう。だから、俺はただ黙っているしかなかった。

 

 

 

 

「あのう……キスカさん。お願いがあるのですが……」

 

 その後、大剣豪ニドルグを探すべき王都を探し回った見つからず、結局、宿屋でもう一度泊まろうってことになった。

 そして、いざ寝ようとしたベッドへ入った瞬間、ニャウが話しかけてきた。

 

「キスカさん……その、手を繋ぎながら寝たいんですけど、ダメですか?」

「えっと……」

 

 手を繋いで寝るのは別に構わないが、それをするには一緒のベッドで寝る必要がある。

 

「一緒のベッドで寝ないと手を繋ぐのは難しいんじゃないか?」

 

 だから、そう告げるとニャウは「…………」と、俯いたまま黙ってしまった。

 なんだか、すごく不憫だ。

 出会った当初のニャウは、こんな感じではなかった。

 溌剌としていて、自信ありげで、もっとわがままだった。それが、今や、すっかりとその影を潜めてしまった。

 今の彼女は、ただひたすら鬱々としている。

 

「ほら、こっちに来いよ」

 

 そんな彼女のお願いを断れるはずもなく、俺はニャウを自分が寝ているベッドに誘導する。

 彼女の背丈はとても小さいため、1人用のベッドに彼女が入ってきても、狭いとは感じなかった。

 

「手を繋げばいいんだろ」

「ありがとうございます」

 

 彼女は照れ笑いしながら、手を重ね合わせてきた。

 そんなニャウのしおらしい姿を見て、なんだか子猫みたいだなぁ、とか思う。子猫みたいにかわいくて、庇護欲をかき立てられる。

 

「その、キスカさんは、とっても優しいです」

「……そんなことはないと思うが」

 

 ニャウに優しくした覚えなんてない。

 

「そんなことあるのです。キスカさんは、優しくして、とっても頼りになるのです」

「そうかな……」

「はい、そうです。その……さっきはあんなこと言いましたが、魔王討伐に向けて、もう少しだけがんばってみようと思うのです」

 

 すっかりニャウの心は折れたんだと思っていた。だが、彼女は俺が想像していたより、ずっと心が強かった。

 

「だから、ニャウのことをキスカさんが見捨てないでくれると嬉しいのです」

「俺にできることなら、なんだって協力する」

「ありがとうございます……!」

 

 彼女はお礼を言いながら、目尻に涙を浮かべる。

 お礼を言われるようなことなんて、俺はなにもしてないんだけどな。

 

 ニャウの心が折れたと思ったときは、この時間軸を諦めて、早いとこ死に戻りしようと思った。

 けど、もう少しだけ、彼女に賭けてみてもいいかのもしれない。

 ニャウの力だけでは、世界を救うのは無理かもしれない。

 けど、この時間軸におけるニャウが生き様を俺は見てみたい。

 

 それに、この時間軸を過ごしていれば、アゲハに関する手がかりを見つけることができるかもしれないしな。

 そんな決意を心に秘めながら、俺は眠るのだった。

 

 



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―86― 涙

 翌日、俺たちは王都を出発した。

 結局、大剣豪ニドルグを見つけることはできなかった。これ以上探してもきりがないと思った俺たちは諦めて、次の目的地に向かうことにした。

 次の目的地は、ラスターナ王国の隣国にあるリッツ賢皇国。

 リッツ賢皇国はラスターナ王国より領土は小さいが、軍事力に関しては大差ない。

 その上、魔術の研究にとても力を入れている国だとニャウは力説した。

 そして、序列9位の大賢者の称号を持つ者が、リッツ賢皇国にいるらしい。

 

 恐らく、ドラゴンを率いた魔王軍は次にリッツ賢皇国を襲う可能性が高いんじゃないかと俺たちは結論づけた。

 理由は単純で、ラスターナ王国の王都の周辺で最も大きな都市がリッツ賢皇国だからだ。

 だから、魔王軍よりも先にリッツ賢皇国に行って、賢皇国の軍隊と合流。そして、魔王軍を迎え撃つというのが、俺たちが立てた算段だ。

 

 旅の支度を済ませた俺たちは馬に乗って、リッツ賢皇国に繋がる街道をひたすら突き進んだ。

 

「この村はまだ襲われてはいないみたいですね」

 

 途中立ち寄った村を見て、ニャウがそう口にする。

 

「今日は遅いし、この村で一泊したほうがいいかもな」

「わかったです」

 

 早くリッツ賢皇国に生きたいという気持ちはあるが、もう日が落ちそうだし、これ以上の移動は危険だ。

 それから俺たちは夕飯を食べるべく、酒場に向かった。

 

「随分と喧騒としているな」

 

 入った瞬間、酒場の様子が騒がしいことに気がつく。

 皆、何やら真剣な眼差しで議論しあっていた。

 

「話を聞いてみたほうがいいかもです」

「そうだな」

 

 そういうわけで、近くにいた人たちから話を伺ってみることにした。

 

「なにかあったのか?」

「あんたたちは冒険者か?」

「あぁ、そうだが」

 

 俺たちは剣やロッドを装備しているので、冒険者だと思われるのは当たり前だろう。

 

「だったら、魔王軍についてなにか知っているか?」

「魔王軍が王都を陥落させたことなら知っているが」

「や、やっぱり、その話は本当だったか!?」

 

 やはりというべきか、喧騒の原因は魔王軍に関することだった。

 

「勇者が死んだってのも本当か?」

「あぁ、それも本当だな」

「くそっ、勇者がいなければ、誰が魔王をとめるんだよ!」

 

 村人はそう言って、拳を机に叩きつける。

 それから、村人たちから色々と話を聞いてみた。

 

 どうやら王都から逃げ延びた人がいたらしく、その人によって魔王軍が王都を陥落させ勇者を殺したという語が出回ったとのことだ。

 最初は、その人の話を誰も信じなかったが、それでも、あまりにも必死な形相で語るため、徐々に真実味を帯びてきたのだそうだ。

 そして、決定的になったのが、別のもう1人が魔王軍が進軍しているのを見かけたと訴えながら、この酒場に入ってきたことだった。

 この2人の証言により、魔王軍が進軍しているという情報が確かだということになり、それで村人たちはこれからどうするか、議論をしていたらしい。

 

「とりあえず、王都から逃げ延びた人と魔王軍の進軍を見た人から話を聞いてみるか」

「それがいいと思うのです」

 

 と、ニャウの同意も得られたことだし、早速、当人に話しかけてみる。

 

「なぁ、あんたが王都から逃げ延びたという人か?」

「あぁ、そうだ」

 

 その人は兵士の格好をしているが、全身ぼろぼろな上、怪我まで負っている。そのことが、死に物狂いであの王都から逃げてきたんだということを物語っていた。

 

「俺たちは魔王の情報を集めているんだが、できれば話を聞かせてくれないか」

「今更、魔王の情報を集めてなにになるって言うんだ……」

「敵を倒すためには、まずは情報を集めることから、と言うだろ」

 

 そう告げると、兵士は胡乱げな目で俺たちのことをジッと観察し始めた。

 

「あんたたち、見たところ希少な装備を持っているな。つまるところ、それなりの実力の持ち主というわけか」

 

 ニャウなんて、傍からみれば幼い少女にしか見えないが、けれど、持っている装備品を見れば、ニャウの実力を看破することができるというわけか。

 

「そういうことなら、王都でなにがあったか話そう」

 

 それから兵士は王都での魔王軍の襲撃を語り出した。

 とはいえ、俺は別の時間軸でその衝撃を目の当たりしたことがあるので、特段新しい発見を得ることなかった。

 

「大剣豪ニドルグについて、なにか知っていることはないか?」

「あぁ、あのお方ならすでに死んだだろう。なにせ俺は見たんだ。ニドルグ様が魔族たちに果敢に挑む姿を」

「そうだったか……」

 

 やはり、残念ながらマスターのランクを持つ大剣豪ニドルグはすでに死んだ可能性が高いと見てよさそうだ。

 

「あと、アゲハという名の少女に聞き覚えはないか?」

「……いや、悪いが聞いたことないな」

「そうか。聞かせてくれてありがとう。助かったよ」

「俺の方こそ、あんたたちの役に立てたなら嬉しいよ」

「あ、そうです。お礼ってわけではないですが、お怪我を治させてください!」

 

 そう言いながら、ニャウが兵士の怪我を治癒魔術を用いて治した。

 

「このままじっとしていれば、治ると思うのです」

「あぁ、ありがとうよ、お嬢ちゃん」

 

 兵士にお礼を聞いた後、俺たちはその場から離れる。

 手に入った情報といえば、大剣豪ニドルグが死亡がほぼ確定したというあまり嬉しくない情報だけだったな。

 

 ひとまず、もう1人の魔王軍の進軍を見かけたという人からも話を聞いてみよう。

 

「あぁ、もちろんいいぜ」

 

 話しかけると、その村人は悪魔軍に関して積極的に語り始めた。

 聞いたことによると、この村よりも南の街道にて、魔王軍の行軍を見かけて、気づかれないようにこの村まで慌てて逃げてきたんだとか。

 ちなみに、魔王軍の規模は、千を超えるドラゴンと、万を超える魔族で構成されていたとのことだ。

 

「お話を聞かせてくれてありがとう」

「あぁ、別にこんぐらいいいってことよ!」

「もう一つ聞きたいんだが、アゲハという少女に聞き覚えはないか?」

「ん……? いや、聞いたことないな。すまん、力になれなくて」

 

 期待はしてなかったが、やはり、この人もアゲハのことを知らないか。

 それから、俺たちは酒場で食事を済ませてから、宿屋へと向かった。

 

「ニャウ、部屋はどうする? 別々にするか? それとも……」

「い、一緒の部屋がいいです!」

 

 というニャウの主張により、同じ部屋で寝ることになった。

 

「ベッドが一つしかない部屋だったか」

 

 部屋の中を見て、そう口にする。

 ベッドの数について、もっと確かめるべきだったな。

 

「また、同じベッドで寝なくてはいけませんね」

 

 ニャウが照れくさそうにそう言う。

 ニャウとは、すでに昨日同じベッドで寝た仲だから、今更、なんとも思わないが。

 

「そんなことより、これからの予定について話そう」

「は、はい!」

 

 というわけで、ベッドに腰掛けながら、俺たちは明日について話し合うことになった。

 

「魔王軍の目撃箇所がここより南方ってことは、魔王軍はナトスの町を経由してから、リッツ賢皇国へと行く可能性が高そうだな」

 

 ナトスの町というのは、ラスターナ王国を構成する町の一つで、王都の次に栄えている町でもある。

 恐らくリッツ賢皇国に行く前に、ナトスの町を襲うことで襲撃に必要な補給をするつもりなんだろう。

 

「この調子なら、明日の朝に出発すれば、魔王軍より先にリッツ賢皇国に行くことができそうだな」

 

 魔王軍の規模は大きいため、移動に時間がかかる上、ナトスの町を経由する可能性が高い。

 そのことを考慮すれば、俺たちのほうが先にリッツ賢皇国にたどり着くことができそうだ。

 

「あ、あのう……ナトスに住んでいる人たちを助けに行かなくていいのですか?」

 

 ふと、ニャウにそう言われて初めて気がつく。

 そう、俺はなんの疑問も持たずにナトスの住人を見殺しにすることを選んでいたのだ。

 ナトスの町に行くより、リッツ賢皇国に行って魔王軍を迎え撃ったほうが勝率が高くなるとか、そもそも今更ナトスの町を助けに行っても間に合わない可能性が高いとか、色々と見捨てるに至る理由があったとはいえ、ナトスの町に助けに行くかどうかを考えるぐらいはしてもよかったはずだ。

 

「ごめんなさいです! ニャウ、余計なこと言いましたよね……?」

 

 と、ニャウが咄嗟に頭を下げた。

 

「いや、その……」

 

 なんて返すべきかわからなくて、言葉を詰まらせてしまう。

 ニャウが謝る必要なんて微塵もない。それどころか、俺のほうが間違っていたのだから。

 

「すまん、悪いのは俺だ。ナトスの住人のことをもっと考えなくてはいけなかった」

「キスカさんはなにも悪くないと思います……」

「いや、そんなことはない。俺はニャウの気持ちが一番大事だと思っている。ニャウがナトスの町を助けたいと思うなら、俺はそれに賛同するし、全力で協力をする」

 

 これから魔王軍と戦うのは、俺ではなくニャウだ。俺は精々、その手助けしかできない。

 だから、ニャウの気持ちを最も優先すべきだし、彼女が最も戦いやすい環境を整えるのが俺の義務に違いない。

 

「ニャウはキスカさんの言葉に従いたいです」

「いや、それだと意味がない。俺は、ニャウの気持ちを大事にしたいんだ」

「……でも、ナトスの町ではなくリッツ賢皇国に向かうのには意味があるんですよね」

「あぁ、そうだな……」

 

 そう頷いて、俺は説明した。

 なぜ、ナトスの町ではなくリッツ賢皇国に行くべきだと思ったかを。

 ナトスの町には、大きな兵団はないため、俺たちが行ったとしても、すぐ陥落してしまう可能性が高い。そりよりもリッツ賢皇国に行って、賢者やその兵団と合流して、総力戦に備えた方が勝てる可能性が高いかもしれない。

 それに、今からナトスの町に行っても、間に合わない可能性もある。

 

「わかったのです。明日、だから、ナトスの町の人たちには、その……申し訳ないですが……ナトスの町には行かないで、リッツ賢皇国に行きたいとニャウは思うのです」

 

 説明を聞き終えたニャウは納得した様子で、そう主張した。

 けど、その表情の裏には悲痛な思いが隠れていることがわかってしまった。

 あぁ、俺はなんてことをしてしまったんだろう。

 ニャウにナトスの町を見殺しにするという選択を選ばせてしまったのだ。

 ニャウのためにと思ってしたことだが、結果的に、より辛い思いをさせてしまっただけだった。

 こんなことなら、最初からリッツ賢皇国に行くと俺が無理を通してでも主張すべだった。見殺しにするという選択はニャウではなくて、俺が被るべきだったんだ。

 

「ごめん、ニャウ」

 

 申し訳なくなった俺は思わずそう口にする。

 

「な、なんで、キスカさんが謝るんですか……」

 

 そう言いながら、ニャウは目から涙をこぼし始めていた。

 

「あれ……おかしいのです。なんで、涙が……」

 

 そう言いながら、必死に目を手でこすって涙を抑えようとするニャウのことが不憫に思えてならなかった。

 だから、気がつけば俺はニャウのことを強く抱きしめていた。

 彼女のことを少しでも励ましてあげたかった。

 

 それからニャウは俺の腕の中で声をあげて泣き始めた。

 彼女はどこまで純粋で優しい心の持ち主だった。

 そんな彼女がとても愛おしかった。 

 

 



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―87― かわいい

 窓から差し込む日差しを感じながら目を開ける。

 ふと、胸の辺りに違和感が。

 見ると、ニャウが俺に覆い被さるようにして眠っていた。

 昨日、泣き疲れて寝てしまったニャウをベッドに寝かせてから、俺も一緒のベッドで眠ったんだ。

 そのときはできる限りニャウから離れた位置で寝たはずだが、寝ている間に彼女が俺の上まで移動してきたんだろう。

 

「温かいな」

 

 彼女の頭を撫でながらそんなことを思う。

 肌から伝わるニャウの体温は小動物のように温かかった。だから、もう少しだけそれを感じたくて、俺はニャウの体を自分のほうへ抱き寄せた。

 今は、ニャウのことがたまらなく愛おしい。

 けど、彼女に入れ込みすぎるのも危険だとわかっている。

 勇者がいないこの時間軸は恐らく滅びる運命を辿る。

 また死に戻りしたら、勇者エリギオンが死ぬ前まで時間が巻き戻る。そのとき、ニャウとの築いた関係もリセットされるんだろう。

 だから、下手に彼女に入れ込みすぎると、それを失ったときのショックが大きいかもしれない。

 いや……、例えそうだとしても、この時間軸だけは、俺は彼女のために生きよう。

 

「お、おはようございます」

 

 ふと、ニャウが目を開けながらそう口にした。

 

「おはよう。悪い、起こしてしまったか」

「いえ、そろそろ起きようと思っていましたので、問題はないのですが、その……こ、これはどういう状況なのでしょうか?」

 

 とか言いながら、ニャウはもじもじしていた。

 あぁ、なるほど。

 ベッドの中で、眠っていたニャウを俺が抱きしめている。実に、勘違いされそうな光景だな。

 

「かわいいから、つい」

「つい、なにをしようとしたんですか……!?」

「手を出そうとした」

「ぎゃああああああああッッ!!」

 

 と、叫びながらニャウが部屋の隅へと逃げる。

 本当は手をだすつもりなんて、さらさらなかったが、試しに言ってみたら、予想以上に嫌がられた。流石に傷つく。

 

「おい、ニャウ」

「にゃ、にゃにゃにゃにゃニャウのことを食べるつもりですか……っ!?」

 

 近づくと、ニャウが震えながら発狂する。

 そんな様子のニャウを見て、心の底からある感情が沸き起こった。

 ……もっと、虐めてみたい。

 出会った頃からそうだ。ニャウを見ていると、なぜだろう時々どうしようもなく虐めたくなるのだ。これが嗜虐心というやつに違いない。

 

「なぁ、ニャウ」

「は、はい!」

「先にベッドに誘ったのはお前だよな?」

 

 ニャウをできる限り威圧しようと、彼女を見下ろしながらそう言う。

 

「たしかに、ニャウが一緒の部屋がいいと言いましたけど、それはただ心細かったからで」

「知らないのか? 一緒のベッドで寝るってほぼ誘っているのと同じなんだぞ」

「そ、そうにゃのですか……っ」

 

 呂律が回っていないのか、口調がどこかおかしい。

 

「ニャウはエルフで大人の女性なんだろう?」

「そうです! ニャウはエルフで大人の女性なのです!」

「大人なら、このぐらいのこと経験していて当たり前だよな」

「にゃ、にゃぅ……っ」

 

 ニャウはおかしな奇声を発しながら、目を泳がせる。

 

「そ、そうなのでした! ニャウは大人です! だから、このぐらい余裕なのです。なので、キスカさん、ニャウのことをおいしくいただいてくださいッ!」

 

 ニャウが決意めいた表情でそう主張した。

 意外にもあっさりと言質をとれてしまったことに、思わず笑ってしまいそうになる。

 こうも御しやすいと、他の男に騙されてしまわないか、逆に不安になってくるな。

 あと、いただいてくださいって、どういう表現だよ。

 

「なに、冗談を真に受けているんだ」

 

 いい加減目を覚ませってことで、笑いながら俺はそう指摘した。

 

「え……? 冗談ですか?」

「あぁ、そうだよ」

 

 そう肯定すると、ニャウは固まったかのようにその場を動かなくなり、しばらく観察していると、途端、「はにゃにゃにゃぁ」と謎の奇声を発しながら、全身を真っ赤に染めていた。

 どうやら、ようやっと俺に騙されたということに気がついたらしい。

 

「キスカさんの意地悪ですっ! 意地悪!」

 

 それからしばらく、俺はニャウにポカポカと殴られていた。

 

 

 

 

 身支度を済ませた俺たちは、昨日決めた予定通りに、馬を使ってリッツ賢皇国に向かうことになった。

 

「居心地悪くないか?」

「はい、問題ないのです!」

「なら、よかった」

 

 どうやら魔王軍の動きを察知した他の村人たちも馬を使って避難しようと殺到したため、馬の数が足りず、本当は2匹調達したかったが、1匹しか借りることができなかった。

 結果、1匹の馬に俺が前、ニャウが後ろという感じで二人乗りすることになった。

 

「あの! キスカさん!」

「なんだ?」

「その、さっきのことなんですか……」

 

 さっきのこととは、朝、俺がニャウのことをからかったことだろうか。

 

「あれは悪かったって、さっき謝っただろう?」

「いえ、そうではなくて……その、ニャウのことをかわいいって言ったのも冗談だったんですか、っていうのを聞きたいなぁと思いまして……」

 

 あぁ、なるほど。そんなことを気にしていたのか。

 

「いや、それは本心だけど」

「……ッ。それって、ニャウのことをかわいいってキスカさんが思っているってことでいいんですよね!」

「あぁ、そうだな」

 

 そんな念を押すように言うことかな、とか思いながら頷く。

 

「ふへへっ」

 

 ニャウが気味の悪い笑い声を出してい

 た。この体勢だと、ニャウの表情を見れないのがひどく残念だ。さぞ、気持ち悪いニヤけた表情をしているんだろう。

 

「ニャウは、あまり自分の容姿が好きではなかったのですが……」

「そうなのか?」

 

 意外だ。なにせ、彼女の容姿は一般的に見てもかわいいものだと思っていたから。それを好きではないと思うのは、どういうことなんだろうか?

 

「はい、そうなんです。エルフは不老の種族なので、人間でいうと二十歳程度まで成長すると、それ以上は成長をしません。けれど、ニャウは、他のエルフと違ってこの幼い容姿で成長がとまってしまったんです」

「そうだったのか……」

「だから、ニャウはエルフの中でも異端に思われていて、他のエルフとあまり馴染むことができなかったんです」

 

 ニャウの過去を聞かされて、思い出したのは自分のことだ。

 俺もこの銀髪のせいで、カタロフ村で迫害されていた。

 

「その、悪かったな」

「なんで、謝るんですか?」

「お前のことを子供だって、からかっただろ。お前がそんなに自分の容姿を気にしているなんて知らなかったから」

「別にそんなことは気にしていないのです。でも、謝るというなら、許してあげないこともないのです」

「そう言ってもらえると助かる」

 

 そう口にしながら、馬をひたすら走らせる。

 まだリッツ賢皇国に着くには、時間がかかりそうだ。

 すると、後ろに座っていたニャウがわざわざお尻の位置をずらして、俺の背中に密着するように座り直してきた。

 おかげで、彼女の体温が背中全体に伝わる。

 まぁ、彼女の胸はひどくささやかだったので、当たっているだろう胸の感触はよくわからなかったが。まことに残念である。

 

「その、かわいいと言ってくれて、とても嬉しかったのです。おかげで、自分の容姿が少しだけ好きになりました」

「そうか」

 

 けっこう軽い気持ちで『かわいい』と言ったんだけど、存外に喜んでもらえたようで、なによりだ。

 

「本当に、かわいいやつだな、お前は」

「わぁああっ! なんですか、急に!?」

「思ったことを口にしただけだが」

「別に、いいんですけど! でも、心の準備があるので、急に言われるのは困るのです」

「かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい」

「にゃぁああああああッッ! ニャウを羞恥心で殺すつもりですか!」

「おい、暴れるな! 落ちるだろうが!」

 

 そんなふうにふざけながら、俺たちはひたすらリッツ賢皇国へと向かった。

 こうしてニャウと戯れることができるのも、今のうちだけなんだろう。リッツ賢皇国に着けば、俺たちは魔王軍と戦うことになる。

 

 

 



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―88― リッツ賢皇国

 リッツ賢皇国の首都、ラリッチモンド。

 城郭都市のため、都市の周りは城壁で囲まれている。

 魔王軍の侵攻は多くの民に伝わっているためなのか、ラリッチモンドへと入ろうとするものが大勢いた。

 そのため、衛兵が城門にてで都市に入ろうする者の身元を逐一調べていた。

 

「そろそろニャウたちの番ですね」

「あぁ、そうだな」

 

 自分のたちになる番でけっこう長い時間を待たされた。

 

「お前たち、名は?」

「キスカといいます」

「ニャウなのです」

 

 衛兵の質問に俺たちはよどみなく答える。

 

「職業は?」

「どちらも冒険者だ」

「ステータス画面を見せられるか?」

「あぁ、もちろんかまわない」

 

 ステータス画面には、様々な個人情報が書かれているが、設定で名前とランクだけを見せられるようにできたはずだ。

 確か、これでよかったはずだ。

 

「なるほど、それなりの腕の持ち主のようだな」

 

 俺のランクを見て衛兵はそう言う。確か、俺のランクはプラチナというそこそこ悪くないものだったな。

 

「もしかして、魔王軍相手に我が軍と共に戦ってくれるのか?」

「あぁ、そのために来た」

「そうか、リッツ賢皇国は勇気のある者を歓迎する。共に、人類のために戦おうではないか」

 

 この衛兵、なかなか粋なことを言うな。

 

「もちろん、そのつもりだ」

 

 なので、俺はそう応えた。

 

「はい、ニャウのステータスです」

 

 と、俺の隣に立っていたニャウも同様にステータス画面を見せる。

 

「な、なんだ、このステータスは!? ま、まさか、あなたは賢者ニャウ様ですか?」

 

 賢者ニャウ様……? なんだ、それは?

 

「えっと……そういう呼ばれ方をされることもありますね」

 

 と、ニャウは居心地が悪そうな表情でそう告げる。

 

「た、大変失礼しました! すぐに上長をお呼びしますので、少々お待ちください!」

 

 そう言って、衛兵は慌てた様子でどこかに駆け出す。

 

「なんか大事になってしまったな」

「あはは……」

 

 ニャウは苦笑いをする。

 とはいえ、冷静に考えてみれば、ニャウはマスターという最上級のランクを持っており、しかも勇者と行動を共にしていた。

 そんなニャウが特別扱いされるのは至極当然のことか。

 にしても、賢者ニャウか。

 ニャウの素顔を知っているだけに、ニャウに賢者は似合わないなと思ってしまう。

 

「賢者ニャウ様、お待たせしました! すぐにご案内致しますので! あぁ、お連れ様もどうぞご一緒に」

 

 上長らしき人物が慌てた様子でやってくる。

 どうやら、俺たちはどこかに案内されるようだ。

 

「なぁ、どこに案内するんだ?」

「あぁ、実は、あるお方が賢者ニャウ様がこの国を訪れたら、すぐさま自分の元まで案内するようにとの指示を受けておりまして」

「その、ある方というのは?」

 

 その質問に対し、上長はこう答えた。

 

「リッツ賢皇国の第一人者、大賢者と賢皇の二つの称号を持つお方、大賢者アグリープス様でございます」

 

 大賢者アグリープス。ランク、マスターの序列9位。

 魔王軍に対抗できるかもしれない唯一の人で人類最後の希望。俺たちが探し求めていた人物だ。

 

 

 

 

 大賢者アグリープスがいるのは、首都ラリッチモンドの中央にある皇宮にいるらしく、そこまで俺たちは案内された。

 皇宮に行くまで、俺たちを歩かせるわけにはいかないと判断されたのか、豪華な馬車まで用意してもらえた。

 

「なんか緊張してくるな」

 

 ここまで大層な対応をされると思っていなかっただけに胃がキリキリしてきた。

 

「ど、どどどどどとうしましょう、キスカさん!?」

 

 まいったことに、ニャウのほうが俺なんかよりもずっと緊張しているようだ。

 

「おい、落ち着け」

「だってぇ……ニャウ、絶対怒られるのです」

「そうなのか?」

「勇者様を守れなかった件、絶対なにか言われます」

 

 勇者エリギオンが死んだのは、賢者ニャウの責任ではないとは思うが、他人がどう判断するかは別だもんな。

 

「まぁ、そのときは俺がなんとかフォローするよ。できるかはわからんけど」

「キスカさんっ! ありがとうございますのです!」

 

 突然、ニャウが抱きついてきた。

 

「おい、いきなり抱きついてくるな」

「えぇ、いいじゃないですかぁ。それとも、キスカさん照れてるんですか?」

 

 ニャウが上目遣いでそう口にしてくる。その瞳には、見た目にそぐわない大人の色気が籠もっていた。

 実際、ニャウは俺なんかより年上だしな。

 まぁ、イラつくことに変わりはないのだが。

 

「にゃぁあああああッッ!! にゃんで、頬をつねるんですか!?」

「いらついたから」

「だからって、ひどい

です! キスカさん!」

 

 と言って、ニャウは叫び声をあげながら、ぽかぽかと俺のことを叩いてくる。

 

「あの……もう、着きましたが……」

 

 ふと、御者が困惑した様子で俺たちのことを見ていた。

 どうやら、大賢者アグリープスの住まう皇宮に着いていたらしい。

 それにしても、ニャウとのやりとりを他人を見られたのは、少し恥ずかしかった。

 

 



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―89― 大賢者

「こちらにて、大賢者様がお待ちです」

 

 大きな扉の前まで案内してくれた人がそう言いながら、扉を開けようとする。

 隣に立っているニャウの表情を見ると、彼女は緊張した面持ちをしていた。

 この扉の先に、大賢者アグリープスがいるらしい。

 一体、どんな人がいるんだろうな。

 

「よくきたな、賢者ニャウ」

 

 しゃがれた声が聞こえた。

 

「お久しぶりです、大賢者アグリープス様」

 

 ニャウが頭をさげてそう言う。

 あぁ、この人が大賢者アグリープスなのか。

 正直、彼の見た目は大賢者と呼ばれているには、ひどくみすぼらしい見た目をしていた。整えられていない長髪、目の下のクマ、乱雑に生えている顎髭、頬は青白く、病人のようにガリガリに痩せこけている。

 服装もまた、国のトップにはそぐわない黒いシンプルな生地。

 そのくせ、座っている玉座は金ぴかな装飾が施されている豪華なものだったので、妙なアンバランスを生んでいた。

 

「このオレに様をつける必要はない。お前もマスターに昇格したんだろう。ならば、このオレと同格だ」

「いえ、ニャウは若輩者ですので、ご遠慮させていただくのです」

「ふん、まぁいい。賢者ニャウ、二人きりで話をさせろ。応接室に来い」

 

 大賢者アグリープスは立ち上がる。応接室とやらに行くつもりなんだろう。

 

「あ、あのう!」

 

 けど、それをニャウが大声を出して、引き止める。

 

「大賢者アグリープス様、お願いがあるのです。彼も話し合いに同席をさせてほしいのです」

 

 と、ニャウが俺のことを指し示しながら、そう言った。

 

「あん?」

 

 大賢者アグリープスは不機嫌そうな声を出しながら、俺のことを見つめた。

 まさか、こんな目立ち方をするとは思っていなかっただけに、妙に緊張してしまう。

 

「初めまして、キスカと申します」

 

 ひとまず、俺は自己紹介を済ませる。

 

「賢者ニャウ、この者は何者だ?」

「先のカタロフ村の事変において、最も活躍した男です」

「信頼はできるのか?」

「ニャウが最も信頼している人です」

「そうか。だが、わざわざ話し合いに立ち会わせる理由がわからんな」

 

 大賢者アグリープスの言うことは最もだ。

 俺なんて、彼らに比べたら大した実力のない冒険者だ。ニャウが、わざわざ俺を同席させようとする理由がよくわからない。

 

「これはニャウの勘なのですが、キスカさんには話し合いに同席するだけの価値があると思うのです」

 

 ニャウは迷いのない目でそうはっきりと断言した。

 いや、流石に俺のことを持ち上げすぎだろ、と思わないでもない。

 

「なるほど……」

 

 頷いた大賢者アグリープスは、ジロリと鋭い視線で俺のことを隅から隅まで観察する。こう、見られるとすごく緊張するな。

 

「オレにはこの男の価値がわからないが、賢者ニャウの言葉だ。その男の同室も許可しよう」

 

 どうやら、俺も話しを聞くことができるらしい。

 

 

 

 

「それでは、失礼致します!」

 

 応接室にて、テーブルに飲み物が入ったカップを置いた使用人がそう言って、部屋から退室した。

 対面には、大賢者アグリープスが。

 隣には、賢者ニャウが座っている。

 

「オレは無駄話をしない主義だから、早速本題から入らせてもらうが、勇者は死んだってことでいいんだな?」

「はい、勇者エリギオンは亡くなりました」

 

 ニャウが悲痛な面持ちでそう答える。

 

「そうか。だが、それだとつじつまが合わないな。なぜ、オレの序列があがっていないのだ?」

 

 そう言いながら、大賢者アグリープスは自分のステータス画面を表示させた。

 そこには、マスターの文字と9位と刻印されていた。

 確かに、序列の7位の勇者エリギオンが死んだのなら、一つ順位があがっていないとおかしい。

 

「それは、ニャウにもわからないのです」

「まぁ、いい。例え、勇者が生きていたとしても、オレたちの前に姿を現わさないのなら、それは死んだも同然だ」

 

 それから、大賢者アグリープスと賢者ニャウはお互いに自分の持っている情報を共有しあった。

 カタロフ村でなにがあったのか。

 聖騎士カナリアと戦士ゴルガノが裏切り者で、彼らの手によって勇者エリギオンは命を落としたこと。

 王都が魔王軍の手によって、陥落したこと。

 その魔王軍はここ、リッツ賢皇国の首都ラリッチモンドに進軍中であること。

 恐らく、明日には、魔王軍と開戦する可能性が高いこと。

 

「なぜ、ドラゴンたちが魔王軍に手を貸したのか、実には不思議だった。本来、ドラゴンというのは、孤高を好む生き物で、誰かの配下になることはない。実際、『アリアンヌの戦い』では、魔王はドラゴンを率いていなかった」

 

『アリアンヌの戦い』は確か、勇者軍と魔王軍の全面対決で、勇者軍が劇的な勝利をもたらした戦いだったと記憶している。

 

「それで、うちの斥候隊に調べたところ実に興味深いが情報を手に入れた。どうやら、魔王軍にドラゴンを従える男がいるらしい」

「ドラゴンを従える男ですか……」

「あぁ、実に不可解な存在だが、彼は一度声をあげると、その彼のもとに無数のドラゴンが集まってくるらしい。彼は自らを龍王と名乗っているとのことだ」

「龍王ですか……」

 

 龍を自在に操ることができる男か。確かに、龍王の称号が相応しいのかもしれない。

 

「その龍王と魔王の間に密約があったとのことだ。もし、勇者を殺すことに成功したら、龍王は魔王の配下になる、というな」

 

 なるほど、魔王がドラゴンを従えるのにはそういう理由があったのか。

 それから、大賢者アグリープスとの話し合いは、いかにして魔王軍を迎え撃つかの相談事だった。

 リッツ賢皇国を守れるかどうかは、賢者ニャウと大賢者アグリープスの二人の働きにかかっているんだろう。

 

「それにしても、勇者を失ったのは手痛い損失だったな」

「ごめんなさいです……」

 

 しょぼくれた様子でニャウが謝罪を口にする。

 

「やはり、勇者は魔王を討伐するのに、どうしても必要な存在なんですか?」

 

 今まで、会話に割り込まないようにしていた俺だが、あえて口を挟んだ。

 ニャウの失態をこれ以上追求されないように、話題を変えたつもりだ。

 

「そうだな、勇者には至高神ピュトスの加護があるからな」

 

 それは俺でも知っている有名な伝説だ。

 

「その勇者の加護というのは、どんな逆境でも必ず勝利をつかむものだと聞いたことがある。本当かどうかはわからないがな。だが、勇者は存在しているだけで、心強いのは確かだ」

 

 どんな逆境でも必ず勝利を掴むか。

 そういえば、俺のスキル〈セーブ&リセット〉も勇者の加護なのだろうか? とはいえ、〈セーブ&リセット〉というスキルがあったとしても、負けるときは負けるので、必ず勝利するという内容とはかけ離れているような。

 

「その、大賢者アグリープス様に一つ、お聞きたいことがあるのですが」

「ふむ、聞くだけ聞いてやろう」

「アゲハという名前に心当たりはありませんか?」

「……いや、聞いたことないな。その、アゲハというのは重要な人物なのか?」

「そうですね。俺のとても心強い仲間なので、ずっと探しているんですが、どこにいるのかさっぱりわからなくて」

「そうか。見つかればいいな」

 

 どこか投げやりに大賢者アグリープスはそう言った。

 大賢者アグリープスのような人でも、アゲハを知らないのか。ホント、お前はどこにいるんだ?

 

「大変ですッッ!!」

 

 それは突然のことだった。

 扉をあまりにも乱暴に開けて、そう叫んだ者がいた。

 その者は、血相を変えて、部屋に入ってきてはこう叫んだのだった。

 

「魔王軍が我が領土に進軍してきましたッッ!!」

 

 と。

 どうやら、戦いはすでに始まったらしい。

 

 



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―90― 戦渦

 魔王軍進軍の報せを聞いて、事態は急展開を迎えた。

 大賢者アグリープスは「予定よりも早いな」と愚痴をこぼしながら、応接室を出て行く。

 俺もニャウと共に、皇宮を出て魔王軍を迎え撃つ準備を始める。

 すでに、外では大勢の人たちが慌てた様子で走り回っていた。

 とはいえ、あらかじめ魔王軍の侵攻を予測できたため、一般人の避難誘導や兵士の配置はある程度は完了しているらしい。

 

「我々が賢者ニャウ様を命を賭けて護衛致します」

 

 ニャウが配置に着くと、待っていた兵士たちがそう口にした。

 ニャウの配置場所は西端の城壁の上。

 魔王軍は西からやってくるため、最も激戦区になる可能性が高い場所だ。

 ニャウはここ一帯の指揮官も務めることになっている。

 だから、兵士たちに一言挨拶を、ということでニャウが口を開いた。

 

「ニャウは至らぬ点が多くあると思いますが、精一杯戦うつもりですので、よろしくお願いしにゃ――ッ」

 

 大事なとこで噛んだな。

『ふぇえ、キスカさん、どうしらいいんでしょう』とか言いたげな目でニャウが俺のほうを見つめてくる。

 仕方がない、俺がフォローするか。

 

「お前らよく聞け! ここにいる者こそ、最強の称号マスターを持つお方、賢者ニャウ様だ。彼女の魔術があれば、100や200のドラゴンを簡単に葬ることができる! わかるか、彼女は俺たちに勝利をもたらす女神だ! だから、お前ら、全力で彼女を護れッ!!」

「「うおぉおおおおおおおおおおッッ!!」」

 

 兵士たちは拳をあげて、雄叫びをあげる。

 よし、十分士気を高めることができたな。

 

「キスカさん、流石に言い過ぎです。ニャウはそんな強くないですよぉ」

 

 と、ニャウが周りには聞こえないよう小声で俺に訴えてくる。

 

「こういうのは、少し大げさなぐらいがいいんだよ、賢者ニャウ様」

「むぅ」

 

 ニャウは不満そうに頬を含ませては俺のことを睨んでいた。

 

「キスカさんも、ニャウのこと護ってくれますか?」

「あぁ、もちろん命を賭けて護ってやるよ、お姫様」

 

 そう言いながらニャウの頭を撫でる。

 

「ニャウも全力でキスカさんのこと護ってあげます」

「そうか、期待してるよ」

 

 魔王軍は二手に分かれて進撃してくる。

 一つは街道を歩いて進撃してくる魔族で構成された軍隊。

 もう一つは空を飛べるドラゴンを使って上空から侵入してくるというもの。ドラゴンの背中には、魔族たちが待機しているため、上空から侵入した後は、ドラゴンの背中から降りた魔族たちがドラゴンと共に、衝撃を開始してくる。

 

 俺たちの役目は、上空から飛来してくるドラゴンを撃ち落とすこと。

 うまく撃ち落とすことができれば、ドラゴンの背中に乗っている魔族共々、葬ることができる。

 そして、ドラゴンを撃ち落とすには、強力な魔術でないといけない。

 そう、賢者ニャウでないとドラゴンを撃墜することはできない。

 

 だから、最も激戦区になるであろう位置にて、ニャウは待機している。

 

「前方に、魔王軍の進軍を確認しましたッッ!!」

 

 誰かがそう叫んだ。

 見ると、こちらに飛んでくる無数の影があった。

 それはドラゴンだった。

 

「ニャウ、準備はいいか!?」

「はい、大丈夫です」

 

 そう返事をしながら、ニャウはロッドを手に詠唱を始める。

 

「ニャウの名のもとに命じる。無尽の強奪者。無力な怒り。心臓でできた鏃。塵は積もっても塵。12の言霊。脆い紅玉。原初の光。死は神の前に不平等。寂滅の差出人。全てを制御する精霊。全ては戯れ言。四つのエレメンツは下僕になった。大地は不変。真理は不在。足跡は不朽。脈動した血は尽きず。復讐の輪は断ち切られた。我の望みは、ただ一つ。知識を糧に、不死鳥のごとく栄華を。我は篝火の処刑人。さぁ、赤く染まれ。火の魔術、第九階梯、獄炎無限掃滅砲(デストリート)

 

 瞬間、巨大な魔法陣と共に、赤く無数の閃光が迸った。

 その閃光はドラゴンへと容赦なく突き刺さる。

 

「ガウッ」

 

 呻き声をあげたドラゴンが地面へと墜落した。

 すごい、ドラゴンをこうもあっさりと倒した。

 

「おい、まだまだ来るぞッッ!!」

 

 兵士の声が聞こえる。

 そう、ドラゴンを一匹倒した程度では終わらない。

 敵は千を超えるドラゴン。次々とドラゴンが襲撃してくる。

 

「火の魔術、第九階梯、獄炎無限掃滅砲(デストリート)!!」

 

 そうやって、ニャウは次々とドラゴンを葬っていく。

 けれど、いくら倒しても、次のドラゴンがやってくる。

 

「おい、ドラゴンが街に入ってきたぞ」

 

 いくらニャウが最強の魔術師だとしても、1人ですべてのドラゴンを撃ち落とせるはずもなく、ニャウの攻撃を掻い潜って、城壁の中へと着地することに成功するドラゴンが現れる。

 とはいえ、立ち止まることは許されない。

 ニャウは自分の力を振り絞って、可能な限りドラゴンを魔術を使って、撃墜していく。

 

「ニャウ、大丈夫か?」

「は、はい……、だ、だいじょうぶです……」

 

 そう答えるが、どうみても大丈夫ではなかった。

 息はあがっているし、呼吸する度に苦しそうな表情している。さっきから、立っているだけでもフラフラと足取りがおぼつない。

 魔術というのは使えば使うほど、疲弊していくと聞いてはいたが、想像以上に辛そうだ。

 

「ニャウ、移動するぞ」

「……ッ!」

 

 ニャウの返事を待たずに、俺はニャウを抱えて、その場を離れる。

 瞬間、さっきまでいた場所に、火炎の柱が立ち上った。ドラゴンによる攻撃だ。

 

「あ、ありがとうです……」

「無理してしゃべるな」

 

 そう言うと、ニャウはコクリと頷いて、再び魔術の構築を開始する。

 歯がゆいな。

 ニャウが苦しい思いをしているというのに、俺は大したことができていない。

 俺がニャウの代わりになれたらいいのだが、残念ながら俺では空を飛んでいるドラゴンに攻撃することができない。

 

獄炎無限掃滅砲(デストリート)!!」

 

 再び、ニャウが魔術を放つ。

 これでまたドラゴンを一頭倒すことができた。

 

 

 

 

「おい、ニャウ、そろそろ休んだほうがいいんじゃないのか?」

 

 戦いが幕を開けて数時間が経った。

 さっきからニャウの様子はどこかおかしい。

 目は真っ赤に充血し、手先は小刻みに震え、呼吸がさっきから荒い。

 

「だ、大丈夫です……」

 

 そう言いながら、彼女は魔術を発動させようとする。

 

「ごはぁ」

 

 瞬間、彼女が口から血を吐いた。

 流石に、彼女の体が限界なのが明らかだ。

 

「おい、流石に、もう休んだほうが――」

 

 だというのに、ニャウは俺の言葉を制止させる。

 

「だいじょうぶですから……。ニャウがやらないといけないんです。こうなったのは、全部、ニャウのせいなんですから……。だから、ニャウは立ち止まるわけにいかないんです……」

 

 壊滅した王都を見たとき、ニャウは「自分のせいだ」としきりに呟いては自分のことを責めていた。まだ、あのときの感情を引きずっていたのだ。

 

「わかった」

 

 彼女の体を第一に考えるならば、彼女を無理矢理にでもとめるべきなんだろう。

 だけど、どんなにボロボロになっても戦おうとする彼女の心意気を俺は尊重したいと思った。

 

「俺がお前のことを全力で支える。だから、お前は魔術を放つことだけを考えろ」

「ありがとう、ございます……」

 

 そう言って、ニャウは俺のことをチラリと見ながら、お礼を言う。

 本当は、お礼を口にする余裕すらないことがわかっているだけに、そんな彼女のことがとても気高く見えた。

 こんな彼女の隣に立つことができて、俺はなんて幸運なんだろうか。

 

 

 

 

 それからも俺たちは戦った。

 ニャウは休みなく魔術を放った。

 俺はドラゴンの攻撃をかわすべく、彼女を抱えては縦横無尽に移動し続けた。

 お互いに疲労困憊だ。

 隣では、次々と人々が殺されていく。

 それを悲観する余裕さえ俺たちにはない。

 1匹でも多くドラゴンを殺せ。1人でも多く魔族を殺せ。その気力だけで、俺たちは動き回っていた。

 

 これだけドラゴンを倒しても、戦況は不利なままだ。

 倒しても倒してもドラゴンは次々と現れる。

 

「グギョォオオオオオオッッ!!」

 

 前方にドラゴンの雄叫びを聞こえた。

 俺たちを狙っていることは明らか。

 スキルの〈挑発〉を駆使しつつ、攻撃を避け続ける。

 避け続けていれば、魔術の詠唱を完了したニャウがドラゴンを倒してくれる。

 そう思いながら、攻撃を避けて避けて避けて――

 

「あれ――?」

 

 気がつく。

 さっきから、ニャウの声が聞こえないことに。

 そうか、すでにニャウは気絶していた。これ以上、彼女が魔術を放つことができない。

 

「グゴォオオオオオオオオオッッッ!!」

 

 ふと、見ると前方のドラゴンが炎をまとったブレスを放っていた。

 あぁ、ここからでは避けることができない。

 どうやら、俺たちはここまでのようだ。

 

「結界の魔術、第1階梯、結界(エステ)

 

 ふと、前方に巨大な結界が出現した。

 その結界は俺たちをドラゴンからのブレスから守ってくれた。

 魔術が使えるはずのニャウはすでに気絶している。ならば、この魔術は一体誰が?

 

「よく、やった。お前たちのおかげで、ここまで持ちこたえることができた」

 

 そう言ったのは大賢者アグリープスだった。

 彼もどう見てもボロボロの姿をしており、俺たちとは違う場所で戦っていたんだと一目でわかる。

 

「賢者ニャウをまだ死なせるわけにはいかない。だから、彼女を安全な場所まで連れていくんだ。あとは、オレがなんとかする」

「わかりました!」

 

 俺は頷くとともに、安全な後方へとひたすらニャウを抱えて走った。

 

 



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―91― 前夜

 その後、戦いは大賢者アグリープスやその他の兵士たちの尽力のおかげで、首都ラリッチモンドを防衛することができた。

 そして、日が沈み始めると同時に、魔王軍は撤退を始めた。

 とはいえ、敗走したわけではなく、恐らく明日、再び攻勢をしかけてくるに違いない。

 

「んにゃ……」

「起きたか!? ニャウ」

「はい。えっと、ここは……?」

「ここは、ホテルの一室だよ。大賢者アグリープス様がニュウのために用意してくれたんだ。一番いい部屋だって言っていたな」

「そうでしたか……。確かに、言われてみれば豪華な部屋ですね」

 

 戦争に貢献してくれたってことで、国の中で一番高級なホテルの部屋を貸してもらえたのだ。

 

「それで、戦況はどうなったんですか?」

 

 それから、ニャウが気絶した後、どうなったか伝える。

 ギリギリではあったが、なんとか持ちこたえたこと。

 夜更けと共に、魔王軍が撤退したこと。近くに基地があったため、恐らくそこに魔王軍が駐屯しているであろうこと。

 恐らく明日、再び魔王軍は進軍をしてくるであろうこと。

 

「明日は今日よりも大規模な軍勢で侵略してくる可能性が高い。だから、明日が山場だろうな」

「そうなんですね……」

 

 ニャウは頷くと、放心した様子で黙っていた。

 恐らく、戦争について自分になりに考えているだろう。

 

「とりあえず、ご飯を食べないか? お腹が空いただろ」

「確かに、言われてみればお腹が空いたような気がします」

 

 それからニャウと共に、配給された食事を口にした。

 

「少しは元気になったか?」

 

 食べ終わった俺はニャウにそう尋ねる。

 

「はい、大分元気になりました。これなら、明日も戦うことができそうです」

「そうか、あまり無理はするなよ」

「はい、です」

 

 そう返事したニャウがふと、俺の肩に寄りかかってきた。

 

「その、以前、キスカさんは未来を当てたことがありますよね?」

「そんなこともあったな」

 

 確か、聖騎士カナリアと戦士ゴルガノの裏切りを事前に伝えたことを言っているんだろう。

 

「ニャウたちが戦争に勝てるかどうか、キスカさんなら知っているのではないですか?」

「流石に、それは俺でもわからんよ」

 

 そう言いながらも、なんなくわかっていた。

 今日の戦いを見る限り、俺たちが勝つのは難しい。今日はなんとか耐えることができたが、明日には町が陥落する可能性は十分高い。

 そして、そのことをニャウが一番知っているだろう。

 

「あの……キスカさん、ずっと気になっていたことがあるんですが……」

「あぁ、なんだ?」

「アゲハさんって何者なんですか?」

 

 そのことか。

 俺は色んな人に、アゲハを知らないか聞いて回っていた。

 隣にいたニャウがアゲハのことを気にするのは当然のことだろう。

 

「そうだな……」

 

 答えに言いよどんだ俺は、そう口にする。

 アゲハのことを他人に説明するのはすごく難しいような。

 

「アゲハは、もしかしたら、人類を救うことができるかもしれない最後の希望かもしれない。だから、俺はずっと彼女を探しているんだが、どこを探しても見つからないんだよ」

「そうなんですね……」

「答えが不満だったか?」

 

 曖昧に答えすぎたかな、と思った俺はそう聞いた。

 

「い、いえ、そうではなくてですね。てっきり、アゲハさんはキスカさんの恋人なのかなぁって思っていましたので……」

「ははっ、俺に恋人なんていないよ」

 

 どこかおかしくて俺は笑いながらそう答える。

 他の誰かにもアゲハを俺の恋人だと勘違いしたやつがいたような。あぁ、確か、そいつは勇者エリギオンだった。

 

「意外ですね。キスカさんって、かっこいいから、恋人どころかすでに結婚していてもおかしくないのかなと思っていましたので……」

「そういうニャウはどうなんだ?」

「にゃ、ニャウなんかにそんな恋人だなんているわけがないじゃないですか」

「そうか」

 

 あれ? なぜか、ニャウに恋人がいないと聞いて、俺は嬉しいと思ってしまった。

 それから俺もニャウも口を開かなかった。

 ただ、静かな時間が続いた。

 じれったいなと思いつつも、俺は喋ることができなくなってしまった。なんで、こんな空気になってしまったんだろうか、とか考えてしまう。

 

「あ、あの……!」

 

 静寂を破ったのはニャウの方だった。

 

「キスカさん! お願いがあるのです……っ!」

 

 そう言った彼女の頬はどこか火照っていて、目は潤んでいた。

 

「えっと……その……も、もし、この戦いが終わったら、ニャ、ニャウと、ふにゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「おい、大丈夫か……」

 

 謎の奇声を発したと思ったら、ニャウはそのまま固まってしまった。額からは汗を浮かべているし、よほど緊張しているのだろう。

 ニャウが一体、俺になにを言おうとしていたのか。

 流石に、わかってしまう。

 ニャウが俺のことを好きなのはわかっているし、好きな相手になにを言うかなんて、一つしかない。

 だったら、続きは俺が言うしかない。

 

「なぁ、ニャウ。俺と結婚するか?」

 

 できる限り冷静さを装って、そう言ったつもりだが、内心、喉が熱くなるんじゃないのかってぐらい、緊張していた。

 ニャウが言おうとしていたのが「戦いが終わったら、自分と結婚してくれ」だってことぐらい容易にわかってしまった。

 ニャウが「結婚してくれ」と言ったら、迷いなく俺は「はい」と言うに違いない。

 だったら、俺から言ってしまおう。

 なにせ、俺はニャウのことは好きだ。

 だけど、それ以上に、明日、死地に向かう彼女の願いを叶えてあげたかった。

 

「うっ、うぅ……あぅ……キスカさぁあああああああん」

 

 突然、ニャウは声をあげて泣き始める。

 

「おい、泣くなよ」

「ごめんなざいっ。だって、だって……ぞの……っ」

「落ち着け。俺はここにいるからさ、ゆっくり、答えを聞かせてくれ」

 

 そう言うと、ニャウはコクリと頷く。

 そして――

 

「好きです。キスカさんのことが世界一好きです。だから、よろしくお願いします」

 

 そう口にするニャウを見て、彼女に対する感情が爆発してしまった。

 

「俺もお前のことが好きだ!」

 

 そう言いながら、俺は彼女のことを抱きしめていた。

 抱きしめた途端、彼女の体重の軽さに気がつく。

 彼女の体は簡単に折れてしまいそうなぐらい細くて、腕を彼女の後ろに回しても幾ばくかの余裕がある。

 全身で彼女の体温を感じたいと思った俺はもっと強く彼女のことを抱きしめる。

 

「キスカさん痛いですよ」

 

 そう言われても、俺は彼女を抱きしめる力を緩めることができなかった。

 もう、このまま時がとまってくれたらいいのに。

 明日になれば、俺もニャウも恐らく死ぬ。

 俺が死んだら、また時間が巻き戻る。

 時間が巻き戻れば、俺とニャウの関係はリセットされるに違いない。いや、仮に俺とニャウの関係がリセットされなかったとしても、俺たちが結ばれることはない。

 なにせ、俺は100年後の世界の来た人間だからだ。

 いつかは百年後の世界に俺は戻らなければならない。

 

「なんで、キスカさんが泣いてるんですか……?」

「あ、えっと……」

 

 言われて初めて自分が泣いていることに気がつく。

 

「嬉しくて泣いているんだよ」

 

 そうじゃないのはわかっていたけど、そう答えるしかなかった。

 

 

 

 

 目が覚める。朝になった。

 隣を見ると、ニャウが居心地よさそうに寝息を立てて寝ていた。

 思わずニャウの髪の毛に手を伸ばす。

 髪の毛はとてもさらさらしていた。

 

「あ……キスカさん」

「悪い、起こしてしまったか?」

「いえ、そろそろ起きようと思っていましたので」

 

 そう言いながら、彼女はベッドから這い出ようとする。

 

「んにゃっ!」

 

 と、叫びながら、彼女はベッドの中に戻っていく。

 

「どうした?」

「いえ……その、裸だったのを忘れてました」

 

 あぁ、そうだった。昨日、あのまま寝てしまったんだ。

 

「恥ずかしいのか?」

「……そりゃ、恥ずかしいですよ」

「昨日、あれだけしたのに?」

「うぅー、思い出させないでくださいよー。すごく恥ずかしかったんですからぁ」

 

 とか言いながら、彼女は顔を赤くしながらベッドの中にくるまる。

 

「かわいい」

「ちょっ、キスカさん。いきなり、なにを。あぁっ」

 

 こうしている今も、刻々と時間は過ぎていく。

 間もなく、俺とニャウの最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 



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―92― 決戦

 リッツ賢皇国、首都ラリッチモンド防衛戦二日目。

 魔王軍の進軍は予想通り、日が昇ってからだった。

 

「ニャウは調子はどうだ?」

 

 俺とニャウは昨日と同じ配置場所、西方面の城郭の上に立っていた。

 ニャウとは手を繋ぎながらここまで歩いてきた。今も彼女と手を繋いでいる。

 

「昨日よりも万全なのです」

「そうか」

 

 ニャウの返事を聞いて安堵する。

 

「ニャウ、2人で今日を生き延びよう。そしたら、結婚式でもあげようか」

 

 自分で言っておきながら照れくさかったので、思わず目をそらしてしまった。

 トスッ、と胸になにかが当たる。見ると、ニャウが俺に抱きついていた。

 

「約束ですよ! 絶対に絶対ですからね!」

 

 抱きつきながら彼女はそう主張する。その健気な様がかわいいかった。

 

「あぁ、絶対だ」

 

 頷きながら、彼女の髪を撫でる。

 撫でながら、彼女の温もりを感じる。彼女を守るのが俺の使命だ。

 

「前方に、魔王軍の進軍を確認ッ!!」

 

 そう叫ぶ兵士の声が聞こえた。

 どうやら戦いの狼煙があがったようだ。

 

 

 

 

 序盤は昨日とそう変わらなかった。

 ドラゴンによる上空から襲撃と、魔族により構成された地上部隊による攻勢。

 昨日同様、ニャウは上空のドラゴンを撃ち落とす役目を担っていた。

 

「火の魔術、第九階梯、獄炎無限掃滅砲(デストリート)

 

 そうやって、ニャウは次々とドラゴンを撃ち落としていく。

 昨日よりもドラゴンの数が多いな。

 さっきから、何体かのドラゴンが城壁を飛び越えて町へと侵入していく様を見ながら、そんなことを思う。

 

「ニャウ、大丈夫か……?」

「はい……まだ、大丈夫です」

 

 そう口にするも、ニャウの表情から疲労が溜まっているのは見て取れた。

 このまま持ちこたえてくれればいいのだが。

 そう思った、矢先――

 

 上空を高く飛んでいたドラゴンから、なにかが落下してくるのを察知した。

 落下物がニャウを狙っているのは明らか。

 

「ニャウッッ!!」

 

 そう叫びながら、俺はニャウの体を掴んで遠くへと逃げる。

 ドンッ! と、地響きがなった。

 さっきまでニャウのいた位置になにかが墜落したのだ。

 

「お前だな。俺の大事な配下たちをたくさん殺したのは」

 

 墜落してきたなにかは、そう呟きながらニャウのほうへと歩み寄る。

 

「死ねやッッ!!」

 

 そして、それは大剣を振りかざす。

 だから、俺は〈猛火の剣〉を使って、攻撃を受け止める。

 

「キスカさんッッ!!」

「ニャウは気にするな。こいつは俺がなんとかする」

 

 そう格好つけたはいいもの、果たして俺にこいつの相手ができるのだろうか、という不安がとうしても押し寄せる。

 なにせ、目の前にいたは――

 

「てめぇごとき雑魚が、俺をどうこうできるわけがないだろ!」

 

 魔王ゾーガなのだから。

 

「うるせぇ、雑魚はお前だろうが」

「くそがぁっ!!」

 

〈挑発〉による攻撃誘導。その攻撃を避けつつ、急所を狙って剣を突き刺す。

 

「ちっ、いてぇな」

 

 そう言って、魔王ゾーガは舌打ちする。

 

「――は?」

 

 そんなことあるのか?

 俺の剣は魔王ゾーガの首をこうして突き刺しているんだぞ。なのに、怪我一つもしていないなんて。

 

「火の魔術、第四階梯、焦熱焔(フエゴトリオ)!!」

 

 ふと、後方から火の塊が魔王ゾーガに放たれる。

 それがニャウの魔術にみるものだとすぐにわかる。

 

「ふんっ、こんな貧相な魔術が俺に利くはずがないだろうが!」

 

 そう言いながら、魔王ゾーガはニャウの放った火の塊をいとも簡単に払いのける。

 

「ドラゴンを倒せるような魔術を俺にも使ってみたらどうだ? まぁ、その前に殺すんだけどよぉ」

 

 魔王ゾーガの言うとおり、獄炎無限掃滅砲(デストリート)は詠唱に非常に時間のかかる魔術だ。

 ここまで距離をつめられてしまうと、放つ前に近づいて殺される。

 

「それで、どっちが先に殺そうかなぁ」

 

 そう言いながら、魔王ゾーガは近づいてくる。

 

「2人仲良く死ねやぁッッ!!」

 

 そう言いながら、魔王ゾーガは大剣を横に振りかざした。

 ニャウをかばうように、それを剣で受け止める。

 

「あがぁッ!」

 

 受け止めきれなかった俺は、後方まで勢いよく体を吹き飛ばされる。

 

「キスカさん、大丈夫ですか!?」

 

 そう言って、ニャウが心配した様子で駆け寄ってくる。

 

「逃げろ」

「え?」

「いいから早く逃げろッ!」

 

 勝てない。

 どうしたって俺の力では魔王ゾーガに勝つことはできない。

 だから、せめて俺にできることはここからニャウを逃がすことぐらいだ。

 

「嫌なのです」

「え?」

「好きな人を置いて逃げるなんて、ニャウにはできないです」

 

 ニャウはロッドを握りしめて、魔王ゾーガに振り向く。

 

「これで死ぬやぁッ!!」

 

 そう発しながら、迫ってくる魔王ゾーガの姿が。

 

「ニャウッ!」

 

 ダメだ。このままだと、ニャウが殺される……ッ!!

 

「結界の魔術、第1階梯、結界(エステ)

 

 瞬間、ニャウを守るよう結界が展開される。

 見たことがある光景だった。

 

「魔王の相手はオレがする。だから、お前らは早くこの場から離れろ」

 

 そう、そこにいたのは大賢者アグリープスだった。

 

「ありがとうございます! ニャウ、逃げるぞ!」

 

 咄嗟に、ニャウの手を掴んでその場を離れる。

 もしかしたら、大賢者アグリープスなら、魔王ゾーガをなんとかできるかもしれない。

 そんな希望を胸に抱える。

 

 グシャリッッ! と、なにかが飛び散る音が聞こえた。

 なんの音だろうか、と振り返る。

 そこには、体を真っ二つに切り裂かれた大賢者アグリープスの姿があった。

 

「雑魚がこの俺の前に立つなよ」

 

 そう言ったのは魔王ゾーガだった。

 彼の手によって、大賢者アグリープスが一瞬で粉砕されたのだった。

 

 



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―93― 口づけ

「あ、嘘だろ……」

 

 絶望という言葉が、今この瞬間を言い表すためにあるんじゃないかと勘違いしそうになる。

 足下にはじんわりと広がっている血だまりがあった。

 その隣には、大賢者アグリープスだったものが。

 魔王ゾーガの大剣によって、大賢者アグリープスの胴体が真二つになっていた。

 死んでるのは誰の目に明らかだ。

 まさか、大賢者アグリープスがこうもあっけなく殺されるなんて、想像もしてなかっただけに、ショックが大きい。

 

「次はお前だ」

 

 そう言って、魔王ゾーガが人差し指を向ける。

 魔王ゾーガの指の先にはニャウの姿が。魔王ゾーガの次の標的がニャウなんだってわかってしまう。

 瞬間、頭の中に嫌なイメージを思い浮かべる。

 魔王ゾーガの手によって、ニャウが殺されるイメージが。

 

「いやだ……」

 

 無意識のうちに俺はそう呟いていた。

 いやだ……ニャウを失いたくない。

 

「逃げるぞ」

 

 そう判断した俺はニャウの手を強くひっぱる。

 

「キスカさん、ダメです! ニャウが逃げたら、魔王をとめる人がいなくなってしまいます!」

 

 けど、ニャウはそう言って応じなかった。

 手をひっぱっても彼女は微動だにしない。

 ニャウの瞳には、闘志が宿っていた。すでに諦めている俺と違って、彼女は最期まで戦う気なんだ。

 

「いいねぇッ!! 威勢がいいやつは俺は好きだぜぇ!!」

 

 魔王ゾーガの笑い声が聞こえる。

 

「だが、お前のような雑魚では俺をとめることはできねぇんだよッッ!!」

 

 そう言って、魔王ゾーガは大剣を強く振り回そうとする。

 

「ニャウッッ!!」

 

 叫び声をあげる。

 このままだと彼女は殺されてしまう――ッ!!

 

「水の魔術、第三階梯、濃霧拡散(ニーベラ)!」

 

 瞬間、ニャウを中心に白い煙のようなものが拡散した。

 またたく間に、煙のせいでなにも見えなくなる。

 すぐ近くにいたニャウの姿も魔王ゾーガの姿も見えない。足下さえ、見ることができない。ニャウがなぜ、こんなことをしたのか俺には見当もつかなかった。

 

「キスカさん」

 

 ふと、彼女が目と鼻の先にいた。

 

「少し頭をさげてくれませんか?」

「あ、あぁ……」

 

 言われたまま俺は頭を下げる。

 

「――――――っ」

 

 唇に柔らかい感触が当たる。

 キスをされたんだと気がつくのに、少しだけ時間がかかってしまった。

 実際には、キスをした時間はほんの少しだったのかもしれない。けれど、時間がとまったんじゃないかと思うぐらい、長い間キスをしていたような気がした。

 

「キスカさん、好きです」

 

 唇を離したニャウは息を吐きながら、そう呟いた。

 表情を確認しようとして、彼女の顔を見る。その表情は、なにかを決意したかのように、唇を引き結んでいた。

 彼女がなぜ、こんな表情をしているのか俺にはまったくわからなかった。

 俺も好きだ、と言おうと口を開こうとして、トンッ、と胸に感触が。

 彼女が俺のことを押したんだ。

 

「風の魔術、第四階梯、空気噴射《インゼション》」

 

 彼女がそう口にした瞬間、体がフワリと宙に浮く。そして、自分の体が真後ろへと引っ張られる。

 

「ニャウッッ!!」

 

 とっさに、そう叫びながら、ニャウの手を掴もうと手を伸ばす。

 その手の先がニャウの手の先端に触れた。

 けれど、彼女は俺の手をとってくれなかった。

 代わりに、彼女は口を動かしてなにかを告げた。

 その言葉が「さよなら」だと気がついたときには、彼女は視界のどこにも存在しなかった。

 

「あ……」

 

 どうやら、俺はニャウの魔術によって空を飛んでいるようだった。

 徐々に俺の体は下降していき、地面へと着陸する。着陸した瞬間、うまく受け身をとって、なんとか肉体へのダメージを最小限にする必要があった。

 なにが起きたのか、とっさに理解できなかった。

 けど、遠くに首都ラリッチモンドの城郭が見えた。どうやら俺は、城郭の外にある森の中にいるらしい。

 

 あぁ、そうか……。

 ニュウが俺の命だけでも助けようと、遠くに逃がしてくれたんだ。

 そして、自分1人で魔王へと立ち向かおうとしているんだ。

 

「なんだよ、それ……」

 

 呆然としながら、俺はそう呟く。

 こんなの俺は全く望んでいないのに。

 

「いやだ……」

 

 ニャウとこれっきりなんていやだ。

 そんなの俺は認めたくない。

 もう一度、彼女と会いたい。

 

 だから、俺は無我夢中で走り始めた。

 ニャウともう一度会うために。

 

 



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―94― 立ち塞がる2人

 ひたすら走り続けた。

 走って、走って、息があがる。

 走れば走るほど、体が悲鳴をあげる。

 それでも、走るのをやめることはなかった。

 

 ニャウともう一度会いたい。

 俺が死ねば、また世界は巻き戻るんだろう。

 どの地点まで、時間が戻るかは不明だが、恐らく今まで傾向を考えると、ダンジョンの中、勇者エリギオンがまだ生きている時間まで戻る可能性が高い。

 そうしたら、ニャウとの関係はリセットされる。

 もう一度、ニャウと同じような関係を築けるかもしれない。けど、できない可能性のほうが高いような気がした。

 なにせ、世界が滅ぶ運命から救ったとき、俺は百年後の世界へ戻らなくてはいけない。そうなったとき、彼女とはもう離れ離れだ。

 思い出すのは、吸血鬼ユーディートのときだ。

 結局、彼女ともう一度深い仲になることはできなかった。

 だから、この時間軸だけなのだ。

 俺のことを好きだと言ってくれるニャウは、この時間軸にしかいないのだ。

 だったら、俺はニャウのために生きたい。

 もう一度、彼女に会って好きだと伝えたい。

 

 こうしている今も、ニャウは魔王ゾーガ相手に戦っている。

 いつまで彼女が魔王ゾーガ相手に持つかわからない。

 少し遅かったせいで、すでに彼女が殺されているなんて可能性だって十分ある。

 だから、急げ。

 一秒でも速く、彼女のもとへ行くんだ――。

 

「よぉ、探したぜぇ、あんちゃん」

「随分と遠くまで飛ばされたんだな」

 

 目の前にいたのは、2人。

 戦士ゴルガノと聖騎士カナリア。裏切り者の2人だ。

 

「なんで……?」

 

 我にもなく、そう呟いていた。

 

「なんでって、そりゃあ、お前を野放ししておくと面倒だからだよ」

「主のご意向だ。貴様を捕らえろ、とな。だから、魔王軍に交じって貴様を探していた」

 

 なんで、こんなときにこいつらが俺の前に立ち塞がるんだよ。

 

「邪魔をすんなよ」

 

 一刻の猶予も争うというときに限って、なんで俺の邪魔をするんだよ。

 

「カナリア、殺すんじゃねぇぞ」

「わかっている。殺さないように捕らえればいいんだろ」

 

 聖騎士カナリアが頷くと、寄生剣傀儡回しを手に取って、俺へと突撃する。

 俺も剣で受け止めつつ、攻撃をする。

 聖騎士カナリアとは、たくさんの時間軸で何度も戦ってきた。その経験が、血肉になって俺の中に流れている。

 だから、勝てない相手ではない。

 そう思いながら、彼女と剣を交えて戦う。

 この隙に、攻撃をすれば、彼女を倒せるんじゃ――

 

「余所見はいかんなぁ」

 

 真後ろから声をかけられると同時に、背中に衝撃が走る。

 

「ガハッ」

 

 血を吐きながら呻き声をあげる。

 くそっ、俺の後ろにいたのかよ。

 そう、聖騎士カナリア1人相手なら勝てる可能性は十分あった。けど、戦士ゴルガノと2人がかりでこられたら、勝つのは不可能だ。

 

「なんだ……まだ立つのかよ」

 

 戦士ゴルガノが嘆息が聞こえる。

 

「邪魔をすんなよ」

「あん?」

「急いで行かなきゃいけない場所があるんだよ。だから、邪魔をしないでくれ」

 

 ダメ元で彼らに訴えかけてみる。

 

「てめぇの事情なんかしるかよ。これ以上、お前を逃がすわけにはいかないんだよ」

 

 ニタリ、と嫌な笑みを浮かべながら、戦士ゴルガノはそう語りかけた。

 まぁ、そうだよ。

 お前らが話を聞いてくれる連中じゃないことは嫌になるぐらい知っているんだ。

 

「だったら、お前らをここで殺してやる」

 

 もう俺は、自分に後悔をしたくないんだ。

 ならば、俺のすべきは決まっている――。

 

 

 

 

「ふんっ、随分と舐められたものだな」

 

 キスカの威勢に聖騎士カナリアが不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。

 

「あまり気を抜くなよ」

 

 油断をしてそうな聖騎士カナリアに、念のため戦士ゴルガノは注意をした。

 

「あぁ、わかってる」

 

 そう聖騎士カナリアは頷くが、本当に大丈夫なんだろうか。

 キスカは油断ならない相手だ。

 弱いと思って相手をすると、いつ、こちらの首が刈り取られてもおかしくない。

 最初、カタロフ村でキスカと対面したとき、どこにでもいそうな普通の青年だと思った。それなりに腕を立つ冒険者だと聞いてはいたが、本人からは強者のオーラを全く感じない。

 だから、特に気にかける必要のない青年。

 それが初めて見たキスカに対する評価だった。

 

 けど、戦士ゴルガノが愛用している寄生鎌狂言回しが、キスカに対してこう口にした。

「嫌な臭いがする」と。

 寄生シリーズは、『混沌主義』の主が勇者に対抗するために作った武器だ。

 信じられないことだが、勇者には因果律を変えて勝利を手にする、という謎の能力を持っているらしい。

 因果を変えるというのが、どういうことなのか、戦士ゴルガノにはよくわからない。だが、その力があれば、無敵に限りなく近い能力なのは、なんとなくわかる。

 その無敵の勇者に対抗するために作られた寄生シリーズは、因果律が変わったことを知覚できるらしい。

 知覚できるといっても、はっきりと知覚できるわけでもなく、ぼんやりとわかる程度。

 

 その、寄生鎌狂言回しがキスカを「危険だ」と評価した。

 それは、つまり、彼にも因果律を変える勇者の力が備わっているということだ。

 意味がわからない。

 勇者は、この世界にエリギオン1人だけだ。

 そうなるように、『混沌主義』が仕組んだ。

 なぜ、キスカに勇者の力が備わっているのか、戦士ゴルガノには見当もつかない。

 しかし、勇者はただ殺しても、その因果をねじ曲げてしまう力を持っている。

 だから、殺してはいけない。

 それが、主の命令だ。

 

 随分と無茶な命令をするもんだ。

 戦士ゴルガノはほくそ笑む。

 殺さないように相手を負かすのが、どれだけ面倒なことなのか主は知っているのだろうか。

 

「だから、いい加減くたばってくれよぉッッ!!」

 

 そう言いながら、寄生鎌狂言回しを振り回す。

 

「ガハッ!」

 

 呻き声をあげながら、キスカは真後ろに吹き飛ばされていく。

 もう何度、彼をこうして痛めつけただろう。

 

「おいおい、まだ戦う気かよ。いい加減諦めたらどうだ?」

「うるせぇ……」

 

 目の前には、ボロボロになっても立ち上がろうとするキスカの姿が。

 もう散々痛みつけた。

 本当なら、立ち上がることも難しいはずなのに、キスカはまだ戦おうとしている。

 

「ゴルガノ、殺さなければいいんだろう?」

「あぁ、そうだ」

「だったら、私に任せろ」

 

 そう言いながら、寄生剣傀儡回しを手にキスカに近づく。

 そして、ザクッ、とキスカの右腕に剣先を突き刺した。

 

「うへぇ、痛そうだな」

 

 思わず、戦士ゴルガノは身震いする。

 それにも構わず聖騎士カナリアは何度もキスカに対して、剣を突き刺していく。

 

「くたばれ! くたばれ! くたばれ! くたばれ!」

 

 そう叫びながら。

 気がつけば、キスカはぐったりと倒れたまま微動すらしなくなった。

 

「おい、カナリア! やめろッ!」

 

 ヒートアップしているカナリアに対し、強く制止する。

 死んでしまったら最悪だ。

 キスカは大量に出血してるし、動く気配もないし、下手したら死んでいてもおかしくない。

 だから、慌てて、聖騎士カナリアをとめなくてはいけない。

 そう思った矢先だった。

 

 ガクリ、とキスカが立ち上がった。

 あぁ、なんだ生きているのか、驚かせやがって、と一瞬だけ安堵の感情が沸き起こる。

 

「返せ。それは俺のだ」

 

 ボソリ、とキスカが小声でそう口にした。

 言葉の意味がまったくわからない。一体、なにに対して返せと言っているんだ?

 

 次の瞬間だった。

 それは、戦士ゴルガノにとって、全くもって意味不明な行動だった。

 キスカが飛び出した。

 それも、口を開けて。

 その先には、聖騎士カナリアが手にしていた寄生剣傀儡回しが。

 まるで、剣を食べようとしている姿に、ひどく困惑する。

 なんだ? なにをしようとしているんだ?

 寄生シリーズを奪おうとしている? そんなこと可能なのか?

 あぁ、でも、今、手にしている寄生鎌狂言回しを扱う際に、一度口の中に入れて体内に取り込む必要があったのを覚えてる。

 けれど、他人の寄生シリーズを奪うことができるなんて、聞いたこともなかった。

 それでも嫌な予感がした戦士ゴルガノは、とめようと手を伸ばすが、すでに、そのときにはキスカの体の中に寄生剣傀儡回しが取り込まれていた。

 

 

 

 

 危険な賭けだったと思う。

 百年後ならいざ知らず、この時代では俺はまだ寄生剣傀儡回しと出会っていない。

 それでも、この状況を打開するには、これしかないと思った。

 

 目を開けると、異空間が広がっていた。

 暗闇の中に炎が点在している異空間。

 深層世界。

 確か、傀儡回しがこの世界をそう呼んだのを覚えている。

 

「俺様を起こしたのは、君かい?」

 

 目の前には、傀儡回しが立っていた。

 

 

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

実は、なろうだと最新話が読めたりします(こっそり)



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―95― 深層世界

 目の前の傀儡回しは、右半身は少女で左半身は化物の姿をしていた。

 この姿は、そうだ、カタロフ村で村人をたくさん食べた傀儡回しが最終的に至った姿だ。

 その姿を見て、俺は思わず涙がこみ上げてくる。

 フラッシュバックしたのだ。

 彼女が「違った」と言って、自害をした記憶が。

 

「俺様を起こしたのは、君かい?」

「あぁ、俺だ」

「ふむ、そうかい。それで俺様に、一体どんな用件があって、こんな場所にやってきたんだい?」

「俺に力を貸して欲しい」

 

 単刀直入に俺は自分の願いを言った。

 もしも、傀儡回しの力を借りることができれば、俺は目の前の困難を解決できるかもしれない。

 

「アッハハハッ、君、随分とおもしろいことを言うね」

 

 傀儡回しは口を開けて、あからさまに嘲笑する。

 

「いいかい、俺様のご主人はカナリアという女性だぜ。初見だとつまらない女性だという印象を受けるかもしれないが、接してみると案外これまたおもしろいやつで、俺様はけっこうこいつのことが気に入っているのさ。だから、力を貸してやっているわけなんだけど、見たところ君はカナリアの敵みたいじゃないか。流石に、自分のご主人を裏切るのは、気が引けちゃうよなー」

 

 まぁ、そうだよな。

 傀儡回しがとりわけ忠義をつくすタイプではなかったと思うが、かといって理由もなく裏切る性格でもなかった。

 だからといって、諦める気はさらさらない。

 なにせ、傀儡回しのことは俺が一番よく知っている。

 

「なぁ、お前の夢は人間になることだろ?」

 

 思い出す。

 彼女はしきりに人間になりたい、と口にしていたことを。

 

「……なんで、それを知ってる? 俺様、しゃべった覚えないんだけど」

「いや、しゃべったな」

「よく、そんなすぐにバレる嘘をつけるね」

「いや、しゃべった。なにせ百年後の未来では、俺はお前のご主人だからな」

「……なにを言っているんだい?」

 

 傀儡回しは顔をしかめる。

 まぁ、こんなこと突然言われたら、不審に思うよな。

 

「つまり、君は未来からやってきたと主張するわけかい?」

「あぁ、そうだ」

「俺様をからかっているんだとしたら、はっきり言って不快だね。それとも、なにか証拠でもあるんかい?」

「証拠もなにも傀儡回しなら、知っているんじゃないか? 例えば、その姿に心当たりはないのか?」

 

 俺は彼女に指差しながら、そう口にした。

 深層世界で最初に彼女と会ったとき、もっとぼやけていて造形がしっかりしていない姿をしていた。

 なのに、今、目の前にいる彼女の姿は半身が化物とはいえ、人間に限りなく近い姿をしている。

 俺には、その理由がよくわからないが、傀儡回しなら、なにか知っているんじゃないだろうか。

 

「……確かに、時間軸において非常に不可解な事象を観測した。この姿も、それに関連しているんじゃないかと推測してはいるんだけど、その原因が君だと言うのかい?」

「いや、原因は俺ではないな」

 

 恐らく、傀儡回しの言う原因というのはアゲハのことだろう。

 

「けど、その原因に思い当たる人ならいる」

「……そうかい。まぁ、君の言い分はわかったよ」

「信じてくれるのか?」

「全面的に信じるというわけではないよ。ただ、見当の余地ぐらいならしてあげないこともないって感じかな」

「だったら、俺に力を貸してくれるのか?」

「その結論は随分と浅はかだね。仮に、君が本当に未来で俺様のご主人だったとして、今の俺様が君に従う義理なんてどこにもないと思うんだけど」

 

 そう言いながら、傀儡回しはしたり顔をする。

 確かに、傀儡回しの言い分には一理ある。未来で俺の主人だったからといって、それが今の彼女が俺を助ける理由にはならない。

 

「わかったなら、とっととこの場を失せてくれよ」

 

 傀儡回しはそう言って俺のことを突き放す。

 あぁ、ダメなのか……。

 もう、俺には彼女を説得させることのできる材料なんてなかった。

 だから、これ以上の説得は難しい。

 傀儡回しの力を借りることができれば、この状況を打開できるかもと思ったのだが、その可能性が断たれてしまった。

 

「………………」

「なんで、君が泣いているんだよ」

 

 そう言われて、初めて気がつく。

 どうやら、俺は泣いていたようだ。

 なんで俺は泣いているんだろう? あぁ、そうか。

 

「その、悪かったな」

「なにが?」

「お前を人間にしてあげることができなくて……」

 

 未だに鮮明に思い出すことができる。

 彼女が違ったと言って、自害をした瞬間を。

 俺はなにをすれば、彼女を救えたんだろう。毎日あの日のことを思い出しては後悔している。

 

「俺はいつも失敗してばかりだ。そのくせ、自分一人じゃ、なにもできない。それでも、お前がいてくれたから、俺はここまでなんとか、がんばれたんだ。なのに、最後にお前の望みを叶えてやることができなかった」

「…………」

「その上、お前を人間にしてやろうと決意したのに、結果はこのざまだ。他のことに、気を取られ過ぎて、お前になにもしてやれていない。でも、いつか、時間はかかるかもしれないけど、お前を必ず人間にしてやるから、そのときまで待っていてくれ。頼む……っ」

 

 言いたいことは全部言ったつもりだ。

 傀儡回しの力を借りることはできなかったけど、彼女に思いを伝えることはできた。

 満足できる結果ではないけど、これが俺にできる精一杯だ。

 

「それで、どうやったら、この異界からでることができるんだ?」

 

 ここらが去り際だろうと思って、俺はそう口にする。

 思い返せば、この深層世界には何度も足を踏み入れたが、この世界からどうすればでることができるのか、俺はよく知らない。

 

「あー、もう、わかったよ!」

 

 ふと、傀儡回しが声を荒げた。

 

「わかった、わかった。協力してあげればいいんだろう、君を。思い返せば、カナリアのことそんな好きでもなかったし、君に協力してあげたほうが、なにかと利益がありそうだし。だから、君に協力してあげるよ」

「……は?」

 

 傀儡回しがなにを言っているのか、よくわからず、俺は思わず呆けた声をだす。

 

「だから、君に力を貸すと言ったんだよ!」

「ほ、本当にいいのか?」

「だから、そうだって。何回、俺様に言わせる気だい?」

「ありがとう……」

「なんだよ、その感謝の仕方は。なんていうかさ、俺様が力を貸すといったんだから、もっとこう、泣いて喜ぶとかしてほしいもんだね」

 

 あぁ、確かに。

 未だに現実感がないせいで、どこか困惑しながら感謝してしまったからなのか、素っ気ない感謝になってしまった。

 そうか。

 傀儡回しが俺に力を貸してくれるのか。

 そう思うと、すごく嬉しいような……。

 

「うおぉおおおおおお!! ありがとうぅううう! やっぱ、俺はお前のことが好きだぁあああ!!」

「おい、待て! だからって、抱きつくのは調子乗りすぎだろ!」

 

 といって、コツンと殴られた。

 うん、少し調子のりすぎたな。

 

「その、ありがとうな。俺の話を信じてくれて」

 

 改めて、俺は傀儡回しにお礼を言う。

 

「別に、ご主人の話を信じたわけではないんだから」

「そうなのか? でも、なんで?」

「なんていうのかな……、ご主人からは嫌いじゃない匂いがするんだよ」

 

 照れくさそうにしている彼女の表情が見えた。

 

「でも、手を貸す代わりに、ちゃんと約束を守ってくれよ」

「あぁ、わかった。お前を必ず人間にする」

「約束だぜ」

 

 傀儡回しが頷いた瞬間、暗闇だった深層世界に光が差し込める。

 そして、殻が破れるように、目の前の光景がバラバラに砕け散った。

 気がつけば、俺は外の世界にいた。

 

「おい、なぜ、貴様がそれを握っているんだ……?」

 

 目の前で聖騎士カナリアが狼狽していた。

 あぁ、そうか。ちゃんと約束を守ってくれたのか。

 俺の手には、寄生剣傀儡回しが握られている。

 

「悪いな、カナリア。傀儡回しはもう俺のものなんだよ」

 

 そう、ここからは俺の反撃の時間だ。

 

 



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―96― 刺刀脈動

「おい、ゴルガノッ!! これはどういうことだ!? 寄生剣が他人に奪われることなんてあり得るのか!?」

 

 聖騎士カナリアは発狂していた。

 

「いや……そんな馬鹿なことが……」

 

 戦士ゴルガノも動揺していた。

 こいつらは知らないから、この反応も無理はない。

 俺と傀儡回しの間には、特別な絆があるんだよ。

 例え、傀儡回しにその記憶がなかったとしても、魂には刻まれているはずだ。

 

「傀儡回し、最初から本気でいくぞ」

『そんなこと言われても……俺様、ご主人の本気ってのを把握していなんだけど』

 

 傀儡回しが脳内に語りかけてくる。

 

「だったら、俺の言うとおりに動け」

『あいよー』

 

 気怠げな返事だが、まぁいい。

 

「〈脈動する大剣〉」

 

 瞬間、傀儡回しが膨張して自分の身長よりも大きな大剣へと変化する。

 やはり、俺の勘は当たった。

 やはり、以前手に入れた傀儡回しのスキルはリセットされていない。これなら、全力で戦える。

 

『待って、ご主人。もしかして、大剣を持つとデバフがかかるスキルを持っていたりする?』

「あぁ、そういえば、〈シーフ〉ってスキルを持っていたな」

 

 スキル〈シーフ〉は大剣とすこぶる相性が悪い。

 おかげで〈シーフ〉を持っていなかった頃よりも〈脈動する大剣〉が異様に重たく感じる。

 とはいえ、そのデメリットを鑑みても、〈脈動する大剣〉は強い武器なのでなにも問題ないと思ったが……。

 

『そういうことなら、シーフ用に武器を換装してあげるよ』

「なっ!? そんなことできるのか?」

『ふふんっ、知らないのかい? 俺様って、けっこう優秀なんだぜ』

「あぁ、よく知っているよ!」

『あはっ、そうなんだ! それじゃあ、新しい武器のお披露目といこうか』

 

 瞬間、傀儡回しの新しい武器の名前が頭の中に浮かんでくる。

 だから、俺はその名を口にする。

 

「〈刺刀脈動(さすがみゃくどう)〉」

 

 刹那、〈脈動する大剣〉は別の武器へと変貌した。

 それは、シーフ用なだけあって刃渡りは短かい。

 色は〈脈動する大剣〉と同様、黒い。

 けれど、柄の部分が顎のような形をしており、その顎が俺の右手を飲み込むことで固定していた。

 おかげで、右腕と剣が一体化しており、握る必要はない。

 

『それで、新しい武器のレクチャーは必要かい?』

「教えてくれると助かるな」

『あぁ、でも残念だね、ご主人。どうやらお相手さんが許してくれないみたいだ』

 

 確かに、聖騎士カナリアが寄生剣傀儡回しとは別の予備の剣をもって、今にも斬りかかろうとしていた。

 

「返せッ!! それは私のだぁあああああ!」

 

 そう叫びながら、彼女は剣を大きく振りかざす。

 

「だったら、戦いながら覚えるしかないな!」

 

 そう言って、〈刺刀脈動(さすがみゃくどう)〉で剣を受け止める。

 だが、向こうのほうが力強くこのままだと押しつぶされてしまいそうだ。

 瞬間、〈刺刀脈動〉から幾重もの腕が生えてきては、聖騎士カナリアの剣に掴みかかる。

 なるほど、これが〈刺刀脈動〉の能力か。

〈脈動する大剣〉の持つ固有能力〈自立機能〉とほとんど一緒。

 そのまま、〈刺刀脈動〉から生えた腕が俺の体を力強く引っ張る。引っ張られた俺の体は宙を浮いて、その場を縦に回転する。

 回転により生まれた遠心力によって、勢いが何倍も強くなる。

 その力を理由して、聖騎士カナリアに強力な一撃を与える。

 

「傀儡式剣技、車輪斬(しゃりんざん)

 

 聖騎士カナリアの着こなしていた鎧が真二つに割れ、そのまま彼女は崩れ落ちる。

 

「なんで……貴様のほうが傀儡回しを使いこなせるんだ……」

 

 悔しそうに彼女はそう呟く。

 

「悪いな。傀儡回しは俺のものなんだよ」

 

 そう言った瞬間、ガクリ、と彼女の体から力が抜け、そのまま気絶した。

 

『いいね、ご主人。まさか、俺様をここまで使いこなせるなんて思いもしなかったぜ』

「言っただろ。俺は、お前のことはよく知っているって」

『あはっ、ご主人が未来から来たという話を少しだけ信じてあげるよ』

「まだ俺の話を信じてなかったのかよ」

 

 なんて会話をしつつ、もう一人の敵の見やる。

 

『ご主人、あいつは結構強いぜ』

「あぁ、知っているよ」

 

 そのことは痛いほど身に染みている。

 なにせ俺はこいつに何度も殺されているんだ。

 

「いやぁ、驚いたねぇ。正直、なにが起きているのか今でもわかんねぇよ」

 

 そう言いながら、戦士ゴルガノは俺のことを訝しげに見る。

 

「だから、嫌いなんだよ。こちとら泥水すすって必死に生きているというのによぉ、お前らみたいなのは容易に奇跡起こして、俺たちのことを虫のように踏み潰すんだ」

 

 憎々しげにそう呟く。

 その瞳には、強い恨みが籠もっていた。

 

「うるせぇよ。勝手に被害者面すんな。俺だって、てめぇに散々苦しめられてんだ」

「あぁ、そうかよ」

「で、今なら、諦めて逃げるっていうなら、見逃してやってもいいけど?」

「調子こくんじゃねぇぞ、クソガキが」

 

 そう言って、戦士ゴルガノは寄生鎌狂言回しに一言命じる。

 

「〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉」

 

 瞬間、狂言回しが三つの頭を持つ異形へと変化した。

 

「ご主人! なになに? なにをすればいいの?」

「あいつを今すぐ、殺せぇ!」

「殺す? 殺すってことは食べていいってこと?」

「あぁ、そうだよ!」

「食べていいの!? やったぁ! ちょうどお腹が空いていたような気がするんだよね!」

「どんな味がするのかとっても気になるかも!」

 

強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉がおしゃべりをしながら、俺を食べようと、進み出る。

 それは、見上げるほど大きく、硬い鱗を持っていて、その上、強靱な牙を持っている。

 

『ご主人、俺様、ビビっておしっこ漏らしてしまいそうだぜ』

 

 こんなときだというのに、傀儡回しがしょうもないことを口にした。

 お前に尿を排斥する器官なんてないだろうに。

 

「女の子なんだからさ、もっと上品な言葉を使えよ」

『えぇ……俺様を女の子扱いするって、ご主人、けっこう変わっているね。普通にドン引きなんだけど』

「ドン引きもなにも、お前がかわいい女の子だって、俺は知っているからな」

『……ご主人、あまりそういうことは、軽々しく言うもんじゃないと思うんだよ。なんか、キモい』

「いや、俺はあくまでも事実を言ったまでで――」

「あーあーっ、聞きたくなーい。どうせ他の子にも似たようなこと言ってるんでしょー」

 

 次の瞬間。

 前方に、〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉のうち、一つの顎が突撃してきた。

 

「あぶなっ」

 

 そう叫びながら、転がるようにして攻撃を回避する。

 もう少し反応が遅ければ、とっくに俺は殺されていたに違いない。

 

「避けられた!?」

「なに外してるんだよー!」

「へたくそー! へたくそー!」

 

強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉が戦闘中にしては呑気な会話をしている。

 

『余所見したらダメだよ、ご主人』

「そう思ってるなら、話しかけてくるな」

『えー、俺様どうしよっかなー』

 

 なんて会話をしながら、〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉が次々と繰り出す攻撃を避け続ける。

 この調子なら、なんとか避けることができるな。

 俺自身のスキル〈シーフ〉と〈刺刀脈動〉の持つ能力〈自立機能〉を組み合わせれば、どんな攻撃も避けることができそうだ。

 

『ご主人、攻撃を避け続けても戦いに勝つことはできないんじゃないかと、俺様思うんだけど……』

「んなこと、わかってるっての!」

『だったら、攻撃をしたらどうだい!』

 

 傀儡回しの言うことを聞いたわけではないけど、確かに避け続けても意味はないわけだから、隙を伺って〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉を刃物で斬りつける。

 

『ご主人、これは……』

「まったく効いていないな」

 

 うん、全力で斬りつけたというのに、傷一つついていなかった。

 一応、念のため、何回も〈刺刀脈動〉で斬りつける。

 けれど、何度斬りつけても、〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉は傷一つつかなかった。

 

「おい、傀儡回し、どうすればいいんだ!?」

『俺様が解決法を知るわけないだろ!』

「くそっ、肝心なとき使えないな!」

『あぁ、そういうこと言うんだ! そういうこと言うなら、俺様どうしよっかなー? 協力するのやめよっかなー』

「待て待て待て、謝るから! 謝るから、俺を見捨てないでくれ! 頼む!」

『んーもう仕方が無いなー』

 

 会話をしつつも、縦横無尽に駆け回りながら、あらゆる方向から迫り来る〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉の攻撃を避け続ける。

 結局、傀儡回しと会話しても、この状況を打破する突破法はなにも思いつきそうになかった。

 

「おい、狂言回し! いつまで、もたもたしてるんだよ! 早く、あいつを殺せ!」

「そんなこと言われも、こいつちょこまかと動き回るんだもん」

「言い訳なんか聞きたくねぇ!」

「わかったよー、ご主人」

「わかったから、怒らないで」

「怒ると、幸せが逃げちゃうよ」

 

 という、戦闘中にしては呑気な戦士ゴルガノと狂言回しの会話が聞こえる。

 そんな会話を耳にして、俺はこの状況を打破できるかもしれないあることに気がついた。

 

「傀儡回し、なんで俺はこんなことに気がつかなかったんだろう」

『んー? どうしたのご主人、随分ともったいぶった言い方をして』

「狂言回しに攻撃が効かないなら、あいつを狙えばいいんじゃね?」

『おーっ、確かに。言われてみれば、とても当たり前な発想だ』

 

強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉に攻撃が通らないならば、その主人である戦士ゴルガノを狙えばいい。

 うん、なんとも当たり前な発想だ。

 

 ここから戦士ゴルガノのいる位置までそれなり距離がある上、〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉が立ち塞がるように立っている。

 戦士ゴルガノを狙うのは想像以上に骨が折れそうだ。

 

「それじゃあ、いくぞ。傀儡回し」

『俺様、本気だしちゃうよー!』

 

 そう言って、全力疾走する。

 上空から次々と襲いかかってくる〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉の攻撃を避けて、避けて、避け続けて――。

 あと一歩のところで、〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉の顎が勢いよく、突撃してくる。

 それをギリギリで回避しつつ、さらに〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉の側頭部に、〈刺刀脈動(さすがみゃくどう)〉を突き刺す。

 攻撃するために突き刺したのではない。

〈刺刀脈動〉の持つ能力〈自立機能〉を使って俺自身を強く押し出してもらうために、突き刺したのだ。

 その意図が伝わったのか、〈刺刀脈動〉がたくさん腕が飛び出しては〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉の側頭部を掴んで、俺のことを強く押してくれる。

 結果、俺の体は勢いよくゴルガノのいる場所まで一直線に射出された。

 

「くそがぁあああ! この俺を舐めるなぁあああああああッッ!!」

 

 ゴルガノは斧でもって突撃してくる俺を待ち構える。

 それを〈刺刀脈動〉の刃渡りで冷静に受け止めては、力を受け流すべく、その場で縦に一回転、さらに、その回転を利用して斬りつける。

 グシャッ! と、血飛沫が飛ぶ音が聞こえる。

 俺が戦士ゴルガノを斬りつけたことで発生した音だ。

 

「俺のほうが一枚上手だ」

「くそがぁ……」

 

 ぐったりと横たわっている戦士ゴルガノが俺のことを恨めしそうな目で見ていた。

 すでに戦う気力はないらしく、立ち上がる気配もなかった。

 そんな戦士ゴルガノに連動するように、〈強靱な三つ顎(アジ・ダハーカ)〉は動かなくなった末、元の寄生鎌狂言回しへと姿を戻した。

 

 ついに、勝てたのか。

 思い出すのは、戦士ゴルガノに散々苦しめられた苦い思い出だ。

 ようやっと、こいつに勝つことができたのか。

 そう思うと、中々感慨深いな。

 

「こんなの認められるかぁ! なんで、お前みたいクソガキに、この俺が負けなくてはいけないんだよぉ! 俺たちはよぉ、がんばってがんばって、あと少しで、計画が完遂するところだったというのに、勇者でもないよくわからない冒険者に、なんで負けなくてはいけないんだよぉ! こんなのおかしい! 認められるかぁ!」

 

 戦士ゴルガノが喚き出す。

 どうやら、喚くだけの元気はあったみたいだ。

 にしても、随分とひどい文句だ。まさに、負け犬の遠吠えってやつだろうか。

 

「認められないか。だったら、まだ見せてない奥の手を見せるしかないよなぁ。そう思わないか、傀儡回し」

『奥の手っなんだい? 俺様、そんなに心当たりはないんだけど』

「あれだよあれ。〈残忍な捕食者(プレデター)〉」

 

 寄生剣傀儡回しの第三形態。

残忍な捕食者(プレデター)〉。巨大な顎をもった異形。

 

「な、なんだ、これは……?」

 

 流石に、〈残忍な捕食者(プレデター)〉には驚きは隠せないようで、戦士ゴルガノは言葉を失っていた。

 

「いっただきまぁす!」

 

 そして、〈残忍な捕食者(プレデター)〉は嬉しそうに触手を伸ばして、戦士ゴルガノの体をゆっくりと口へ運んでいく。

 

「や、やめくれぇえええ! 悪かった! 俺が悪かったから、やめてくれ――」

 

 今更、後悔してももう遅い。

 グシャリ、と〈残忍な捕食者(プレデター)〉は戦士ゴルガノの肉体を残虐に噛み砕いた。

 

「ねぇ、ご主人。これも食べていい?」

「あぁ、うん。いいよ」

 

 ついでに、気絶していた聖騎士カナリアも食べた。

 二人食べたことで、傀儡回しがより人間に近づければいいと思ったが、特に変化はないか。

 

 ひとまず、戦士ゴルガノと聖騎士カナリアを倒すことはできたが、俺の戦いはまだ終わっていない。

 

「傀儡回し、急ぐぞ」

 

 まだ、ニャウは魔王ゾーガ戦っていると思いたい。

 だから、一刻も早く彼女のもとに駆けつけなくては。

 

 



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―97― 激戦

 魔王軍による首都ラリッチモンドの侵略は未だ勢いが衰えなかった。

 あちこちで斬撃音やら悲鳴やらが聞こえる。

 城壁はひび割れて今にも崩れ落ちそうだ。

 恐らく、ニャウは城壁の上で魔王ゾーガと戦っているはず。

 最悪すでに死んでいる可能性も……いや、最悪な事態を考えるのはよそう。

 今は、一刻も早くニャウのもとに行くことだけを考えよう。

 そう決意して、俺は走った。

 

 

 

 

「はぁー、はぁー、はぁー、はぁー」

 

 呼吸するたびに、肩が上下する。

 すでに賢者ニャウは疲労困憊だった。

 

「さっきからちょこまかと動きやがってうざいんだよ! もっと正々堂々と戦えや!」

 

 魔王ゾーガが吠えるように挑発する。

 さっきからニャウはひたすら時間稼ぎしていた。

 濃霧拡散(ニーベラ)による目くらましと空気噴射《インゼション》による高速移動を利用して、ひたすら魔王ゾーガから繰り出される攻撃を避け続けていた。

 魔王ゾーガの攻撃を正面から受け止めようと思ってはいけない。

 大賢者アグリープスが魔王ゾーガに一撃で殺されたのは、恐らく彼が魔王ゾーガの攻撃力を甘く見たからだろう。

 大賢者アグリープスはこう考えていたに違いない。

 まさか、自分の結界が破られるはずがない、と。だから、魔王ゾーガの攻撃から結界を理由にして身を守った。

 その結果、あまりにもあけっなく結界は切り裂かれ、そのまま大賢者アグリープスの体まで切り裂かれた。

 大賢者アグリープスの貼る結界は数多いる魔術師の中で最も硬度だとして知られている。

 それを簡単に破った魔王ゾーガの攻撃力がいかに規格外なのか。

 

 だから、なにがあっても魔王ゾーガの攻撃を受け止めてはいけない。

 けれど、ニャウには攻撃を回避するような技術もなければ、速く移動するのに必要な身体能力もない。

 その結果、考え出されたのが、さきほど述べた通りの濃霧拡散(ニーベラ)による目隠しと、空気噴射《インゼション》による高速移動だ。

 そういえば、勇者エリギオンが殺されたときも、戦士ゴルガノと聖騎士カナリアに勝てないと判断したニャウは、早々にキスカの体を抱えた状態で、濃霧拡散(ニーベラ)と空気噴射《インゼション》を駆使して、あの場を逃げ切ったんだった。

 

「おいおい、逃げてばかりだとよぉ! いつまでも決着つかねぇじゃないかぁ!!」

 

 魔王ゾーガが再び挑発する。

 バカですね、とニャウはほくそ笑む。

 濃霧拡散《ニーベラ》によって、ニャウ自身も周りの状況がどうなっているのか把握できない。

 けれど、魔王ゾーガが声を発すれば、相手の位置を補足できる。

 

「氷の魔術、第四階梯、大寒波(オラフリオ)!!」

 

 詠唱省略。氷の魔術なら、第四階梯までなら詠唱をせずとも魔術を発動することができる。

 しかも、濃霧拡散《ニーベラ》によって、空気中に水分が散っている状態で、大寒波(オラフリオ)を使うことで、通常時よりも威力が倍増する。

 狙い通り、視界を覆うほどの巨大な氷が発生した。

 その氷は魔王ゾーガを巻き込む。

 ガリンッ! と、氷が斬られる音が聞こえる。

 

「うそですよね……」

 

 目の前の光景に唖然とする。

 まさか、たった一振りで巨大な氷を一刀両断するなんて――。

 

「そこにいたのかぁ」

 

 魔王ゾーガの声が聞こえる。

 まずい……っ。

 と、ニャウは肝を冷やす。

 魔術を発動させたら、その発射地点を予測することで魔術師の位置があらかた予想できてしまう。

 すぐに防御態勢を整えないと。

 

「結界の魔術、第三階梯、三重結界(トリニティ・エステ)

 

 三重に重ね結界を一瞬で構築する。

 けれど、魔王ゾーガなら、これでも簡単に切り裂くに違いない。

 

「風の魔術、第四階梯、空気噴射《インゼション》」

 

 だから、結界を囮にして、自分はその場から可能な限り離れる。

 案の定、パリンッ! と、結界が斬られる音が聞こえる。

 

「くそっ、またちょこまか逃げやがって! いい加減うぜぇんだよ!」

 

 苛立った魔王ゾーガの声が聞こえる。

 

「なぁ、いい加減、正々堂々と戦おうぜぇ!」

 

 魔王ゾーガがそう呼びかける。

 対してニャウはいたって冷静だった。

 根気よく相手の攻撃を避け続ければ、いつか勝機が見えるはずと考えていた。

 

「あー、もういいや。そっちがその気なら、こっちにだって手はあるんだ」

 

 ふと、魔王ゾーガが意味ありげなことを呟く。

 一体、なにをするつもりだろうか、とニャウは疑問に思う。

 

「本当は部下を巻き込んでしまうからやりたくなかったが、まぁいいや」

 

 嫌な予感がした。

 魔王ゾーガはなにかとてつもないことをするつもりじゃないだろうか。

 そう判断したニャウはできるかぎり距離をとろうとする。

 

「邪道式剣技、大爆裂破断礫(だいばくれつはだんれき)!!」

 

 魔王ゾーガは持っている大剣を真上にかかげては、そのまま真下へと叩き込む。

 途端、地面に大きな割れ目が発生した。

 その割れ目は徐々に大きくなっていく。

 魔王ゾーガと賢者ニャウがいた場所は、城壁の上だ。

 その城壁に魔王ゾーガによる強烈な一撃が加えられたのだ。

 結論から述べると、魔王ゾーガの攻撃によって、城壁一帯が崩れ落ちた。

 近くにいたニャウもリッツ賢皇国の兵士も巻き込んで、城壁はバラバラに砕ける。

 

「まずいです!」

 

 ニャウは叫ぶ。

 このままだと、落下して瓦礫に押しつぶされる。

 

「風の魔術、第二階梯、突風(ラファガ)!!」

 

 とっさに風を起こして、なんとか瓦礫を払いのけた上、真下にも風を起こしてクッションにすることで安全に着地する。

 

「よぉ、そこにいたのか」

 

 声のしたほうを見る。

 魔王ゾーガが不気味な笑顔をうかべて、立っていた。

 城壁が崩れ落ち、立ち位置が変わったことで、濃霧拡散(ニーベラ)によって発生した濃霧がない場所まで、強制的に引きずり下ろされていた。

 

「おらぁッ!!」

 

 魔王ゾーガが突撃してくる。

 ニャウは焦燥する。

 今更、濃霧拡散(ニーベラ)を使っても、もう隠れることはできない。

 だったら――

 

「結界の魔術、第三階梯、三重結界(トリニティ・エステ)

 

 身を守るように結界を発生する。

 

「はんっ、そんな結界はっても意味ねぇことぐらい、知っているだろうがぁ!」

 

 そんなこと言われなくても知っている。

 だが、ニャウにはこれぐらいしかやることがなかった。

 

「お願いです……っ」

 

 祈るように、ニャウはそう呟く。

 その祈りを冷笑しながら、魔王ゾーガは大剣で結界をたたき割ろうとする。

 

 パリンッ!

 その音は、結界が割れた音ではなかった。

 

「あぁん?」

 

 一瞬、なにが起きたのか把握できなかった魔王ゾーガは呆けた声をだす。

 そう、砕けたのは魔王ゾーガの持つ大剣の方だった。

 

「ニャウが意味もなく逃げ回っていたと思っていたのなら、それは大きな間違いです」

 

 ニャウはそう言いながら、ほくそ笑む。  

 

「一番、最初に、あなたの大剣に脆弱化(フラヒー)という魔術をかけておいたのですよ」

 

 そう、魔王ゾーガと戦い始めたときに、こっそりと脆弱化(フラヒー)という武器が壊れやすくなる魔術をかけておいたのだ。

 一般的な武器なら、脆弱化(フラヒー)を使った瞬間に壊れるのだが、流石魔王の使う大剣なだけあって、今の今まで壊れなかった。

 だから、壊れるまで、ひたすら攻撃をかわし続ける必要があったというわけだ。

 とはいえ、もう少し壊れるのが遅かったら、致命傷を負っていたに違いないから、心底運がよかったな、と思う。

 

「これで、あなたの攻撃力は大幅に弱体化しました。だから、ニャウの勝ちです」

「うるせぇ!!」

 

 そう言って、魔王は大剣の代わりに、おのれの拳で叩き込もうとする。

 しかし、そこにはニャウによって貼られた三重結界(トリニティ・エステ)が。

 いくら魔王といえども、拳で結界を壊すなんて、不可能――。

 

「へ?」

 

 今度はニャウが唖然とする番だった。

 なにせ、目の前で、いとも容易く三重結界(トリニティ・エステ)が魔王の拳によってたたき割られたのだから。

 

「大剣が壊れたのは驚いた。だが、たかがそれだけのことだ。てめぇみたいな雑魚相手に、大剣なんて必要ねぇんだよ」

 

 そう言いながら、魔王ゾーガはニャウのお腹に拳を叩き込む。

 

「ごふぉッ!」

 

 低い呻き声をだす。

 次の瞬間には、ニャウの体躯は城壁の壁へと叩き込まれる。

 だが、それで許してくれないのが魔王ゾーガだった。一瞬でニャウのいる場所まで移動し、回し蹴りをする。

 

「ぐあぁッ!」

 

 再び、ニャウは悶絶しながら、地面を勢いよく転がっていく。

 全身に激痛が走る。あまりの痛みで発狂してしまいそうだ。

 まずい……、早く立たないと、また攻撃を受けてしまう。

 そう思って、力を入れるも、うまく力が入らない。足の骨が盛大に折れているのが明確だった。

 このままだと、まずいと判断したニャウはとっさに魔術を構築する。

 

「ち、治癒の魔術、第一階梯治癒(ヒール)……」

「おい、なにやってんだぁ?」

 

 見上げると、目の前に魔王ゾーガが立っていた。

 

「あ……あぁ……」

 

 か細い悲鳴をあげてしまう。

 これから、さらに痛めつけられると思うと、恐怖で青ざめる。

 

「死ねぇ!」

 

 魔王ゾーガは横たわっているニャウに対して、足を真上にあげては真下へ振り下ろした。

 地面に割れ目ができ陥没する。

 上かせ衝撃でニャウの体は大幅に反る。

 ニャウのか細い体はすでに全身ズタズタだった。

 

 

 

 

「よぉ、生きているか?」

 

 魔王ゾーガはそう呼びかけながら、横たわるニャウの頭を掴んでは乱暴に持ち上げた。

 

「あ……ぅ」

 

 ニャウにはすでに抵抗できるだけの力がないのか、なんの反応も示してくれなかった。

 それが魔王ゾーガにとって、つまらなかった。

 だから、ニャウの頭を掴んだ手を握りつぶすつもりで握力を強める。

 瞬間、頭が割れるような痛みが発生する。

 

「あぁあああああああ! あぁああああああああああああああああ――ッッッ!!」

 

 たまらずニャウは悲鳴をあげる。

 

「ふはははははッ!」

 

 それが、魔王ゾーガにとってたまらなくおもしろかった。

 けど、ある程度時間が経つと、ニャウは人形のように声を発しなくなった。

 死んだか? と、魔王ゾーガは思う。

 死んだなら、もう用はない。

 だから、ニャウの体を乱暴に放り投げる。

 投げられたニャウの体躯は地面を引きずるように転がっていった。

 

 さて、厄介な賢者ニャウを潰すことはできた。

 城壁が壊れたことで、魔王軍は次々と、町の中へと進軍していく。この町が陥落するのも時間の問題か。

 すでに、魔王ゾーガは勝利を確信していた。

 

「……まだ、です」

「あん?」

 

 ふと、振り返る。

 そこには、立ち上がろうとしているニャウがいた。

 けれど、立つことさえ難しいようで、ロッドを杖代わりにして、なんとか体を立たせようとして苦心していた。

 すでに、満身創痍なのは明らかだ。

 あちこちから、血は出ているし、骨が折れているのか、骨格がところどころ歪だ。

 

「まだ、ニャウは、負けていないです……」

 

 そう言って、彼女は立ち向かおうとしていた。

 とはいえ、なんの驚異も感じなかった。

 彼女なら、威力が高い魔術を放つことができるかもしれない。けど、この距離なら、自分がニャウの息をとめるほうがずっと早いことがわかっていた。

 だから、魔王ゾーガはニャウの近くまでゆっくり歩く。

 どうやらニャウの目が使い物にならなくなっているのか、これだけ近くにいるというのに、ニャウが魔王ゾーガの存在に気がつく気配がなかった。

 

「死ね」

 

 魔王ゾーガは躊躇なく、拳を全力でふるった。

 ニャウにとどめをさすため。

 

「――あ?」

 

 空ぶった。

 そこに、ニャウがいると思った場所を全力で殴ったはずなのに、なんの感触も得ることができなかった。

 

「間に合ったな……」

 

 ふと、そんな声が聞こえる。

 離れた位置に、ニャウの体を支えているキスカが立っていた。

 

 



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―98― もう一回

 ニャウの頭は朦朧としていた。

 その上、体中ヒリヒリと痛みを発している。

 痛みが激しいせいか、さっきから体の感覚がなかった。

 その上、視界はぼやけていて、まともに前を見ることができない。

 それでも戦わないと……。

 その言葉がニャウに呪いのように襲いかかる。

 自分がここで諦めたら、大勢の人が死んでしまう。

 それに、こうなった原因は全部自分にある。あのとき、勇者エリギオンを守ることができてさえいれば、こんなことにならなった。

 だから、自分には戦う責務がある。

 そう思ったニャウは、なんとか立ち上がろうとする。

 足は思い通りに曲がってくれなかった。

 それでも、ロッドを使って、無理矢理にでも立ち上がろう。

 立つことさえできれば、戦うことが出来るはずだ。そう信じて。

 

「死ね」

 

 ふと、声が聞こえた。

 どうやら目の前に魔王ゾーガがいたらしい。

 これだけ近くにいたのに、気がつかないぐらいニャウは消耗していた。

 あぁ、そうか。自分は死ぬのか。

 もうニャウには抵抗できるだけの力がなかった。だから、ニャウが死ぬのは必然だといえた。

 

 瞬間、走馬灯のように頭に色んなことが浮かび上がる。

 両親たちのこと、幼少期過ごしたエルフの森のこと。魔術を学ぶため、学校に通ったこと。冒険者として、様々なダンジョンを攻略したこと。勇者エリギオンに誘われて仲間達と共に、魔王討伐のために戦ったこと。

 けど、そんなことより、キスカのことが色濃く思い出す。

 振り返れば、ニャウにとって、キスカと過ごした時間は人生のおいてとても短い時間だったように思える。

 恐らく、キスカがいなければ、ニャウの心はとっくに折れていて戦うことができなくなっていたに違いない。

 だから、ニャウがこうして立っていられたのも、キスカのおかげだ。

 

 キスカさん、ありがとうなのです。

 

 心の中でお礼をする。

 キスカと出会って、ニャウはたくさんの好きと出会った。

 好きって、感情を知らなければ、自分の人生はもっと灰色だったのだろう。

 キスカと出会えたから、自分は幸福の中で死ねるのだ。

 でも、わがままを言うなら、もう一度だけ、彼と会いたかった。

 

「間に合ったな……」

 

 そんな声が聞こえた。

 それは、ニャウにとって信じられない出来事だった。

 だって、彼はここにはいないはずの人間だ。

 わざわざニャウがキスカを戦線から離脱させた。それは、キスカに生きて欲しいと願ったからだ。

 なのに、なんで戦場の、それも魔王のいる場所まで戻ってきたんだろう。

 

「な、んで……?」

 

 だから、ニャウはそう問うていた。

 

「好きな人の側にいたいから」

 

 キスカははっきりとそう告げていた。

 その瞬間、ニャウは気がついてしまった。

 やっぱりニャウはこの人がどうしようもなく好きなのだ。

 

 

 

 

 よかった……。

 ホントによかった。

 まだニャウは生きている。すでに、全身ボロボロでいつ死んでもおかしくないぐらい痛めつけられているけれど、生きていただけでも御の字だ。

 

「誰だ、お前は?」

 

 魔王ゾーガが俺を見てそう告げる。

 すでに、何度も顔をあわせているはずなのに、俺のことを覚えてないかのような反応だ。どうやら俺のことなんて眼中になかったらしい。

 

「キスカだ。名前ぐらい覚えてくれると嬉しいね」

「そうか。だが、悪いな。雑魚の名前は覚えない主義なんだ」

「そうかよ」

 

 苦笑する。

 ニャウのことで頭がいっぱいでなにも考えずに魔王の前にでてきてしまったが、果てして俺にこいつやりあうだけの力はあるんだろうか。

 

『ご主人。忠告いいかい?』

「なんだ、傀儡回(くぐつまわ)し」

『あいつには勝てないから、諦めることを推奨するぜ』

「……そうかよ」

 

 恐らくそうだろうとは思っていたが、改めて傀儡回しに言われると、流石にそのことを認めざるを得ないな。

 

「ニャウ、一つお願いしてもいいか?」

「はい、なんですか?」

 

 耳を貸すニャウに、俺はある魔術を使ってもらうようお願いする。

 

「わかりました」

 

 頷いたニュウはロッドを握りしめてこう唱えた。

 

「水の魔術、第三階梯、濃霧拡散(ニーベラ)

 

 瞬間、ニャウを中心に濃霧が発生する。

 

「めんどくさいことをしやがって! クソがぁッ!!」

 

 また濃霧に隠れられると困るとでも思ったんだろう。魔王ゾーガは舌打ちしながら、突撃してくる。

 濃霧が完全に覆い尽くすまで、ある程度のタイムラグがある。

 だから、最初の一撃だけはどうしても受け止めなくてはいけない。

 魔王ゾーガの拳を寄生剣傀儡回しでなんとか受け止める。けれど、魔王ゾーガの拳はあまりにも重く、このままだと自分は押しつぶされてしまいそうだ。

 だから、受け止めるのではなく、攻撃を受け流すことに全力を注ぐ。

 

 なんとか、攻撃を受け流すことができた。

 あとは、全力で霧の中へと身を隠すだけ。

 

 すでに、城壁が破られたことで、大勢の魔王軍が町の中へと進軍していった。その上、ニャウが魔王ゾーガと交戦している間に、上空からのドラゴンの侵入をとめる者がいなくなったため、ドラゴンが上空から襲撃し放題だった。

 ゆえに、すでに首都ラリッチモンドは陥落したといっても過言ではなかった。

 

 今更、抵抗しても、その事実は変えられない。

 だから、俺にできることは、ニャウを抱えて敗走することだった。

 

 

 

 

「くそがぁ!」

 

 魔王ゾーガは苛立ちのあまり吠える。

 霧の中を探したが、すでにキスカとニャウはどこにもいなかった。

 すでに、逃げられたんだろう。

 あの男はどうでもいいが、ニャウをこのまま逃がすと、なにかと面倒くさそうだ。

 とはいえ、あれでは遠くに逃げることも難しいだろう。

 

「命令だぁ! ドラゴンも魔族も手が空いているやつを全員集めろ。逃げたエルフの魔術師を探せッッ!!」

 

 こっちにまだ戦うことのできる戦力が大量に残っている。

 恐らく、見つけるのは時間の問題だ。

 

 

 

 

「とりあえず、ここまで来れば大丈夫か……」

 

 森の中まで無事逃げ切ることに成功した俺は腰を下ろした。

 流石に、体力を使いすぎた。

 

「おい、ニャウ。大丈夫か……?」

 

 とはいえ、俺なんかよりもニャウのほうがずっと心配だ。

 彼女を地面に寝かせて語りかける。どう見ても、このままだと死んでしまいそうなぐらい重傷を負っている。

 

「キスカさん、ニャウはもうダメかも、しれないです……」

 

 ニャウが口を開いたと思ったら、弱気なことを言う。

 

「いや、怪我を治す魔術を使えば、まだ……」

「これでも、すでに使っているのです」

 

 そう聞いて、思わず顔がこわばる。

 治癒魔術を使った形跡がないぐらい、彼女は満身創痍だった。。

 

「ここまで重傷を負ってしまうと、ニャウの魔術では治すのが難しいのです。もう少し魔力が残っていれば、完治できたかもしれませんが、今のニャウにはほとんど魔力が残っていないので」

「まさか、最後に濃霧拡散(ニーベラ)を使わせたら、魔力が切れたんじゃ……」

 

 魔王ゾーガから逃げるために、ニャウにお願いをして濃霧拡散(ニーベラ)を使ってもらった。まさか、そのせいでニャウの魔力が足りなくなったんじゃないこと考える。

 

「いえ、それは関係ないのです。濃霧拡散(ニーベラ)は大して魔力を消費しない魔術ですから、あの魔術を使っても使わなくても、どっちみちこうなる運命でした」

 

 そう言って、ニャウは顔をほころばせる。

 なんで、こんなときに笑うことにできるんだよ。

 

「恐らく、魔王ゾーガは配下を使って、すぐに私たちのことを見つけるはずです」

 

 そんな馬鹿な、と言おうとして言葉がつまる。

 遠くからドラゴンの咆哮が聞こえる。俺たちを探すために森の中を徘徊しているようだった。

 

「ニャウにはもう満足に戦えるだけの魔力が残っていません。歩くこともできないニャウはお荷物にしかならないのです。だから、ニャウのことを置いてキスカさんだけでも逃げてください。恐らく、魔王の目的はニャウだけだと思うので、キスカさんだけなら見逃してくれるかも」

「いやだ……」

 

 ニャウを置いて逃げるなんて考えられない。

 

「いやだ、いやだいやだいやだ。ニャウを置いて逃げたくない」

 

 そう言いながら、俺はぽつりぽつりと涙を地面に落としていった。

 

「わがまま言わないでくださいよ……」

 

 そう言って、ニャウは困った顔をしていた。

 

「いやだ……俺はニャウと一緒がいいんだ」

「その言葉だけで十分です」

 

 そう言って、彼女は俺の頬に手を伸ばす。

 たまらず、俺はその手を握りしめる。

 ニャウ手はとても冷たかった。

 その冷たさが、ニャウの死期が近いことを予感しているような気がして、より涙がこみ上げてくる。

 

「あの……少し突拍子ないことを言ってもいいですか?」

 

 こんなときに一体なにを言い出すんだろうと思いながら、話しを聞く。

 

「もしかしたら、キスカさんってこの苦境を逆転させる方法をお持ちなんじゃないですか?」

 

 それが、俺のスキル〈セーブ&リセット〉のことを指しているんだろうことは暗にわかってしまった。

 

「なんで、そんなことを……?」

「いえ、なんというか、ただの勘ですが、キスカさんにはなにか隠し事があるのではないのかなと思っていましたので」

 

 そうか。どうやら、ニャウには俺のことが全部お見通しだったらしい。

 

「俺には、勇者の力がある。その力を使えば、全部なかったことにできる」

「全部というのは、勇者エリギオンの死をもですか?」

「断言はできないけど、恐らく」

 

 そう言うと、ニャウはなにか考え事をするかのように口を真一文字に結ぶ。

 

「信じられないか?」

「そんなことはないです。なんというか想像以上だったのでけっこう驚いていたのです」

「けど、ニャウとせっかく築いた関係もなくなってしまうから」

 

 それがどうしても嫌だった。

 せっかくニャウとこうして恋人以上の関係になれたのに、その事実を全て失ってしまうのが。

 

「キスカさん、好きです」

 

 突然、好きと言われて心臓が跳ね上がる。

 何度も聞いた言葉だが、やはり照れくさい。

 

「俺もニャウのことが好きだよ」

 

 そう返すと、ニャウは俺のことを見て、こう口にしていた。

 

「キスをしてください」

「あぁ」

 

 ニャウは体を起こすこともできないほど、疲弊していた。

 だから俺は、横になっている彼女の頭を持ち上げて彼女の顔の位置を高くしてその唇に、キスをした。

 彼女の唇は小さくて、ぷっくりとしていた。

 

「もう一回」

 

 彼女がそう言うので、俺は黙って言うとおりキスをする。

 

「もう一回」

 

 また俺は彼女にキスをする。

 

「もう一回」

 

 もう一回、もう一回、彼女はそう何度も言って、俺にキスを要求した。

 俺は彼女の要求にひたすら応え続ける。

 そして、何度目かのキスを終えて――

 

「もう一回、いや、何回目でも、ニャウはキスカさんのことを好きになることを誓います」

 

 そう言われて、胸が熱くなる。

 俺はこれから何回、時間をループするかわからない。

 もしかすると、途方もない数ループするはめになるかもしれない。

 そのたびに、彼女は俺のことを好きになると言ってくれたのだ。

 

「あぁ、俺も――」

 

 そう言いかけた途端、カクリ、と彼女の全身から力が抜け落ちた。

 

「おい、ニャウッ!」

 

 揺さぶるも、彼女は眠りに落ちたかのように、彼女はなんの反応も示さない。

 

「いやだぁ、いやだぁ、いやだぁ、いやだぁ、いやだぁ……っ!」

 

 何度も何度も彼女の体を揺さぶるのも彼女はなんの反応も示さない。

 

「あぁ……っ、あぁ」

 

 そんなこと認めたくなかった。

 だから、何度も確認して、違うってことを証明したかった。

 けど、どうしても、その事実は変わらなかった。

 ニャウはすでに、息をしていなかったのだ。

 

 

 

 

 どれほどの時間、俺はその場で慟哭しただろう。

 ニャウの亡骸を抱えながら、俺はその場を動くことができなかった。

 

「こんなところにいたのか」

 

 声がしたほうを振り返ると、そこには魔王ゾーガが立っていた。

 さらには、俺たちを取り囲むように、魔族やドラゴンが多数いた。すでに包囲されているらしく、逃げ場はどこにもない。

 

 もう、どうでもいい。

 殺すなら、好きなように殺せ。

 

「おい、その女をよこせ」

 

 魔王ゾーガはそう言って、手を伸ばす。

 それはダメだ。

 ニャウをとられるわけにいかない。

 だから、魔王ゾーガの手を叩いて払いのける。

 

「ちっ、まぁいい。どうせ、お前も殺すんだし」

 

 そう言いながら、魔王ゾーガは剣を握る。その剣は、以前持っていた大剣とは見た目が異なっていた。

 その剣を魔王ゾーガはなんの遠慮もなく強く振り下ろした。

 血飛沫で視界が赤くなる。

 その血は全部、俺のものだった。

 

 



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―99― 神出鬼没

 目を開けると、何度も見た光景が広がっていた。

 なんの変哲もないダンジョンの中だ。

 ここにいるってことは今までの死に戻りと同様、勇者一行たちとカタロフダンジョン内に転移した直後まで死に戻りしたということか。

 

「最初からやり直しか……」

 

 そう思うと、憂鬱になる。

 ニャウと築いた関係は全てリセットされたからだ。

 今のニャウは俺に対する好感度はほぼゼロといっても過言ないはずだ。

 とはいえ、勇者エリギオンが死ぬ直前まで戻れたと考えれば、少しは希望があるのかもしれない。

 前回の時間軸で、勇者エリギオンの力なしで魔王ゾーガを倒すのが難しいんだってことを痛いほど思い知らされた。

 大賢者アグリープスも賢者ニャウも、魔王ゾーガ相手に歯が立たなかった。

 

 まずは、勇者エリギオンが死なないように、うまく立ち回ろう。

 何度も繰り返したことで、十分過ぎるほどの経験が俺の中にはある。それらを活かせば、今度こそ世界が滅びる運命から回避できるはずだ。

 

 そう決意した、俺は一歩足を踏み出す。

 瞬間、予想外な出来事が起きた。

 それは、今まで何度も繰り返してきた時間軸では起こりえないことだった。

 こんなこと微塵も予想していなかっただけに、大きな衝撃を受ける。

 だが、同時に、今まで何度もこういうことがあったことを思い出す。

 そうだった。

 アゲハという少女は、いつも神出鬼没だ。

 

「あぁあー、やぁーっと事象に干渉できた」

 

 それは、気怠げな様子でそう呟く。

 突然、目の前にアゲハが現れた。

 ずっと、彼女のことを探していたからか、嬉しさがこみ上げてくる。

 けど、すぐに彼女という存在が危険だということを思い出して、慎重にならなくてはと自戒する。

 どっちだ……?

 詳しいことはよくわからないが、どうにもアゲハという人間は2人存在するらしい。

 1人は温厚な性格のアゲハ。

 もう1人はいつも激情にかられているアゲハ。後者のアゲハを俺は勝手に、黒アゲハと命名している。

 

「で、なんで、お前、ここにいるの? おかしいよね?」

 

 そう言って、アゲハは鋭い眼光で俺のことを見ていた。

 その眼光を見て、目の前の少女が黒アゲハのほうだと理解する。

 

「えっと」

 

 問われた質問に返そうと口を開いた瞬間だった。

 

「知らない女の臭いがする」

 

 彼女はボソリと呟く。

 恐らく、ニャウのことを言っているであろうことは明らかだった。

 

「まーた、新しい女を作ったの?」

 

 そう言って、彼女はニッ、と不気味な笑みを浮かべる。

 

「あ……、えっと」

 

 黒アゲハの威圧の気圧されてしまった俺は、なんの言葉も思い浮かべることができなかった。

 なにを言っても、彼女を怒らせてしまうんじゃないだろうか。

 

「とりあえず、一回死のうか」

 

 彼女の口元は笑顔だったが、目は全く笑っていなかった。

 あぁ、どうやら俺は一回死ぬらしい。

 そう思った矢先、彼女が持っていた剣で俺のことをズサリ、と突き刺した。

 

 

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

     GAME OVER

 

   もう一度挑戦しますか?

   ▶『はい』 『いいえ』

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

『はい』が選択されました。

 セーブした場所から再開されます。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 

 

 第三章 ―完―

 

 

 

 

 



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第四章
―100― 何度も殺される


 自分の人生をふと振り返ると、なんて俺は惨めな人生を送ってきたんだろうという感想を抱く。

 生まれ持った銀髪のせいで、村の連中からずっと虐められていた。

 耕した土地は荒らされ、なにもしてないのに石を投げられ、払った年貢を誤魔化され、他にも色んな方法で虐められてきた。

 母親は病で死んだし、唯一俺のことを助けてくれたナミアは結婚の約束をした日に殺された。

 今でも、そのことを思い出すと、胸の底からふつふつと黒い感情が噴き出す。

 ナミアを殺したダルガや、その他の村人たちを何度殺しても、俺の中に蠢く苛立ちはなくならないんだろう。

 

 そう、俺の人生はずっと惨めだった。

 けど、そんな俺の人生の中で最も幸運だったことはなんだろうかと考えてみると、一つの結論に行き当たる。

 それは、アゲハからスキル〈セーブ&リセット〉をもらったことだ。

 このスキルがなかったら、俺はとっくに魔物に食い殺され、惨めな人生を惨めなまま終わらせていたに違いない。

 けど、このスキルのおかげで、俺はまだこうして生きながらえることができている。

 だから、このスキルをくれたアゲハは俺にとって命の恩人で、感謝してもしきれない存在だ。

 

「キスカ、我の質問に正直に答えろ。なんで百年前の世界に貴様がいるんだよ」

 

 その恩人に、俺は今、組み伏せられていた。

 うつ伏せにされたあげく、踏み台にされ、手首を拘束されている。

 あげく、首には剣を突きつけられて。

 

「アゲハがなにかをした後、なにもない世界に飛ばされて」

「意味がわからんな。いいか、我はな、世界を救ったという事実をなかったことにしたんだ。つまり、世界を滅ぼしたということなんだよ。世界が滅びた先に残るのは、なにもない無の世界。その世界には、あらゆる生命が存在することが許されない。なのに、なんで貴様はその世界で生きていたんだよ!」

 

 言いながらアゲハの力が徐々に強くなる。アゲハに組み伏せられている俺は、そ度に苦しくなる。

 

「それは、俺が因果律から外された存在だからだって、言っていた」

「誰だ! 誰が、そう言ったんだ!」

「観測者というやつが俺の前に現れて」

「観測者ぁ? なんだよ、それ!」

「その観測者ってのが俺に百年前の時代に行けって」

「あぁあああああ、もう聞きたくない!」

 

 アゲハが発狂した瞬間だった。

 あ……血が飛んでいる。

 どうやらアゲハが俺の首を斬ったようだった。

 

 

 

 

 覚醒した俺は目を開けて、死に戻りしたことを自覚する。

 前回同様、ダンジョンに中に俺はいた。

 

「あぁああああああああああああああああッッ!!」

 

 目の前には、うずくまっては頭を抱えて叫んでいるアゲハがいた。

 

「おい……アゲハ、大丈夫か……?」

 

 戸惑いながらも、俺はそう声かける。

 

「観測者は何者だ? どんな姿をしていた?」

 

 叫ぶのをやめたと思ったら、アゲハは俺のほうを見てそう告げる。

 えっと、観測者の見た目がどうだったか、必死に思い出す。確か、そう、

 

「よく、わからない。なんて表現をしたらいいのか……、全体的にモヤモヤしていて、非対称で人間とはほど遠い姿をしていた」

「そいつは神か?」

「いや、神ではない。と、自分で言っていたな」

「……そうか」

 

 頷くと、アゲハはぐったりとした様子で立ち上がる。

 

「その観測者っていうのが貴様をこの時代までタイムトラベルさせたと」

「そうだな」

「いらつくなぁ。自分の人知の及ばない存在がいるってのが。それで、キスカはそいつの言葉にまんまと乗せられたと」

「いや、まぁ……」

 

 あのときは他に方法も思いつかなかったから、観測者の言葉に従うしかなかった。今でも、それが間違っていたとは思わない。

 

「はっきりいって迷惑なんだよ」

 

 アゲハはギロリ、と鋭い目つきで俺のことを睨む。

 

「キスカがいるせいで、いつまで経っても世界が滅びない。こんな世界、今すぐにもなくなってほしいのにさァッ!! だから、死んでよ。キスカが死んだ後、我も一緒に死ぬからさ。そうすれば、〈セーブ&リセット〉を持つ者は誰もいなくなる。そしたら、世界が滅ぶのをとめる者もいなくなる」

 

 アゲハはそう言いながら、じりじりと俺に近づいてくる。

 

「死ぬって言われても、死んだら、それより前の時間に戻ってしまうだろ」

 

 今まで、俺は何百回も死んでいる。その度に、俺は死に戻りしてきた。

 

「おい、とぼけるなよ。死に戻りが強制じゃないことぐらいとっくに気がついているだろ。いつでも、このゲームはやめることができるんだよ。死んだ後に、画面が現れるだろ。『もう一度挑戦しますか? はい、いいえ』ってのが」

 

 確かに、アゲハの言葉は正しかった。

 死んだ度に、『GAME OVER』の文字が現れて、もう一度挑戦するかしないか聞かれるのだ。

『いいえ』を選ぶなんて発想そのものが怖くて、毎回なにも考えずに『はい』を選んでいる。

 

「いいか、〈セーブ&リセット〉を渡したのなにも貴様だけではないんだよ。このカタロフダンジョンにやってきた者には、もれなく〈セーブ&リセット〉をあげていたんだ。でも、全員、3回ぐらい死んだら、諦めて『いいえ』を選んだっていった。キスカ、貴様だけなんだよ。何回死んでも、しぶとく『はい』を選び続けるやつは」

 

 俺以外にも〈セーブ&リセット〉を与えた人がいるってのは、以前にもアゲハが言っていたような。

 けど、そうか。『いいえ』を選べば、死に戻りは発生しないんだな。

 

「だから、キスカ、『いいえ』を選ぶのは、なにも恥ずかしいことではないんだ。『いいえ』を選んだ先に待っているのは永遠の眠り。そう聞くと、死ぬのも悪くないと思わないか。それに、キスカが死んだ後、我も一緒に死ぬからさぁ。だから、お願い。死んで」

 

 彼女は笑顔でそう告げた。

 その笑顔はどう見ても狂気の笑顔だった。なにせ、目が笑っていない。

 

「えっと――」

 

 なにかを言おうとした途端。

 辺りが真っ赤に染まる。

 次の瞬間には、意識が途切れていた。

 

 

 

「まぁ、簡単には死んでくれないよな」

 

 死に戻りして、目を開けると、そこには佇むアゲハがいた。

 

「なぁ、アゲハ――」

 

 言葉が途切れる。

 というのも、アゲハが俺の首筋に剣を突きつけてきたから。

 

「キスカ、今から、貴様のことをたくさんたくさんたくさん、それも数え切れないほど殺すね。もう、死ぬのは嫌だぁって叫びたくなるまで、殺す。そして、最後に絶望した貴様は、『いいえ』を選んで死ぬの。それまで、何度も殺すから」

 

 血飛沫が飛ぶ音が聞こえる。

 どうやら俺はこれから何度も殺されるらしい。

 

 



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―101― 何度も何度も

 痛みは苦痛だ。

 殴られたら痛いし、剣で斬られたらもっと痛い。

 だから、死ぬ度に俺の精神はすり切れていく。

 

「それじゃあ、貴様が嫌になるまで、何度も殺すからっ。あはっ、貴様が、今からどんなふうに泣きわめくか、今から楽しみだな」

 

 そう言って、彼女は俺のことを剣で突き刺す。

 

「死んじゃえッ! 死んじゃえッ!」

 

 叫びながら、アゲハは俺の体に剣を何度も乱暴に突き刺す。

 ザク、ザク、と剣が体に突き刺さるたびに、肉が引き裂かれる音がする。

 激痛を和らげようと、俺は叫び声をあげる。

 次の瞬間には、俺は死んでいた。

 

「あはっ、休む暇なんて与えないから」

 

 死んだ瞬間、死に戻りが発生する。

 そのことを自覚した瞬間、目の前にいるアゲハが俺を切り刻むようにして剣をなぎ払う。

 また、俺は死んだ。

 

「まだ余裕そうね。もっと、苦痛を感じるように殺したほうがいいのかな?」

 

 そう言いながら、アゲハは何度も俺のことを突き刺す。

 気がつけば、俺は死んでいた。

 

「どう痛かった? これからもっともーっと、痛い目にあわせるからね」

 

 そう言って、彼女は俺のことを剣で突き刺した。

 

「あはっ、まだこんなの序章だからね。今から、あなたはもっともっと苦しむの! あなたがどんなふうに発狂するか、今から楽しみ」

 

 彼女は笑いながら、俺のことを殺した。

 

「いい、あなたはこれから地獄のような苦痛を味わうの。でも、あなたがどんなに嫌がっても、やめないからッ!」

 

 楽しそうに語りながら、彼女は俺のことを殺した。

 

「ねぇ? 今、どんな気持ち? いい加減、嫌になったんじゃない?」

 

 そう言いながら、彼女は俺のことを殺す。

 

「ねぇ、最悪な気分でしょ。でも、私はやめないからっ」

 

 そうやって、また彼女は俺のことを殺す。

 

「ほら、死んじゃえ、雑魚。年下に簡単に殺されるなんて、惨めだね」

 

 挑発するように語りながら彼女は俺のことを殺す。 

 

「まだ諦めないんだ? このまま死に戻りしても、あなたは永遠に私に殺されるのよ。ねぇ、だから、そろそろ諦めて『いいえ』を選ぼうよ」

 

 そう告げて、アゲハは俺の胸を切り開くように刻んで殺す。

 

「まだ、死に戻りするんだ。このまま死に戻りしても、あなたに待っているのは、生き地獄だから。だったら、いっそのこと死んだほうがマシだと思わない」

 

 そうやって、また俺のことを殺す。

 

「がんばれ。がんばれ。ファイト。ファイト。痛い? ねぇ、痛い?」

 

 応援しながらアゲハは、俺の右腕と左腕を切り落として激痛を与えてから俺のことを殺す。

 

「しんどい? ほら、『いいえ』押したら、楽になれるよ? だから、早く死のうよ」

 

 そう言って、彼女は俺のことを殺す。

 

「まだ、死なないの? いい加減にしてほしいんだけど」

 

 そう言って、彼女はまた俺のことを殺す。

 

「死ねよ。早く、死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

 

 怨嗟のように呟きながら、俺のことを殺す。

 

「貴様が何度死に戻りしても、絶対に殺す!」

 

 叫びながら、アゲハは俺のことを殺す。

 

「殺す。貴様がそうやって、何度死に戻りしても、絶対、我は貴様のことを殺すッ!!」

 

 そう叫びながら、アゲハは俺のことを心臓を突き刺して殺す。

 それから数え切れないほど、アゲハは俺のことを殺した。

 

「死ねよ。いい加減、死ねよ、マジで」

 

 吐き捨てるようにそう言って、アゲハは俺のことを殺す。

 

「死ねッ! 死ねッ! 死ねッ! 死ねッ! 死ねッ! 早く死ねッ!」

 

 彼女は、乱暴に剣を振り回しながら、俺のことを殺す。

 

「あー、うざいなー。なんで、まだ死なないんだよー」

 

 彼女は気怠げな様子でそう呟きながら俺のことを殺す。

 

「そろそろ、死んでよ。いい加減、こっちも飽きてきたんだけど」

 

 アゲハは退屈そうにそう告げながら、俺のことを殺す。

 

「死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね」

 

 無機質的に呟きながら彼女は俺のことを殺す。

 

「ねー、まだ死んでくれないの。わかっている? このまま死に戻りしても、あなたは生き地獄を味わうことになるんだよ」

 

 説得するように告げながら彼女は俺のことを殺す。

 

「……まだ、諦めないんだ。随分とがんばるんだね」

 

 そう言って、アゲハは俺のことを殺す。

 

「はぁ……いい加減、死んでくれると嬉しいんだけど」

 

 ふと、彼女が息切れしていることに気がつく。

 でも、そのことを指摘する前に、アゲハは俺の眉間に剣を突き刺して殺した。

 

「……そろそろ諦めろよ。もう何十回も貴様のことを殺してるんだぞ」

 

 そう言ったアゲハどう見ても、苛立っていた。

 苛立ちながらも、アゲハは俺を殺した。

 

「……まだ、あきらめてくれないの? そろそろ死んでよッ!」

 

 そう叫びながら、彼女は俺のことを殺す。

 

「ねー、まだなの? まだ、死んでくれないの? いつになったら、死んでくれるのー?」

 

 ノイローゼのように呟きながら彼女は俺のことを殺す。

 

「なんで……、なんで……、まだあきらめないんだよ! 普通は、もう、嫌になるだろ!」

 

 そう叫んでいる彼女の表情は明らかイライラしていた。

 けれど、俺が彼女に殺されることには変わりなかった。

 

「ねぇ、なんでまだ死んでくれないの……。ねぇ、おかしいよ。普通、これだけ殺されたら、嫌になるでしょ」

 

 すでに、彼女のほうが疲れているようだった。

 そんな彼女は懸命に俺のことを殺した。

 

「なんでぇ、ねぇ、なんで死んでくれないの? お願いだから、死んでよ。ねぇ、お願いだから」

 

 なぜか、彼女のほうが泣きわめいていた。

「おい」と声でもかけようかと手を伸ばした瞬間、彼女は俺のことを刺し殺した。

 

「おかしいおかしいおかしい……ッ! なんでぇ、死んでくれないのーッ。おかしいよー! おかしいよ、おかしいよ、おかしいよッ!!」

 

 彼女は発狂していた。それでも、彼女は俺のことを殺した。

 

「……………………なんで、まだ生きてるの?」

 

 すっかり疲弊した目で彼女は俺のことを呟いていた。

 それでも、彼女は俺のことを殺した。

 

「うわぁああああああああああん! なんでぇええええ! なんで、死んでくれないのッ!」

 

 アゲハは大粒の涙をこぼしながら、それでも俺のことを殺した。

 

「一緒に死ぬからッ! 私も一緒に死ぬからッ! ねぇ、だから、一緒に死のうよッ! お願いだから……」

 

 涙を流しながら説得をする。それでも、彼女は剣で俺の体を突き刺した。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。全部、私が悪いんです。でも、お願いです。だから、死んでください。お願いですぅ」

 

 どこか壊れた様子でそう呟きながら、彼女は俺のことを殺す。

 

「好きです。キスカのことが世界で一番大好きです。心の底から愛しています。だから、お願いです。一緒に死んでください」

 

 愛の告白をされながら、俺は殺された。

 

「うぅうううううううううッッ!! なんで、なんで、これだけ殺されても平気なの!?」

 

 カラン、と地面に剣が落ちる音が聞こえる。

 それから彼女は泣きながら、地面にへたりこんだ。

 どうやら彼女に俺を殺す気力はもうないようだ。

 

「いや、えっと……」

 

 なんて答えるべきかわからない俺は言葉をつまらせる。

 

「今まで、何百回も死んでいるし。このぐらいなら、正直、まだ平気なんだが」

 

 確かに、死ぬのは苦痛だし。できれば、その苦痛を感じたくないと思う。

 けど、死にすぎたせいだろうか、死ぬことに慣れてしまった自分がいるのも事実だ。

 

「それで、もう終わりなのか?」

 

 個人的にはもっと死んでもよかったんだが、とか思いながら、そう告げる。

 

「お前、頭おかしいよぅ」

 

 アゲハが深いため息をつきながらそう言った。

 

「いや、俺はいたって普通の人間だが」

 

 だから、そんなこと言われる筋合いなんてないと思うが。

 

「………………」

 

 なぜか彼女は不服そうな目つきで俺のことをだまって睨んでいた。

 なんだろう? すごく視線が痛いな。

 

 



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―102― 命運

「それでアゲハ、色々と聞かせて欲しいんだが」

 

 落ち着きを取り戻した頃合い、俺はアゲハにそう語りかけた。

 アゲハに聞きたいことが山ほどある。

 

「いいよ。どうせ、もう我は終わりなんだ……。煮るなり焼くなり、殺すなりレイプするなり、好きにすればいい」

 

 アゲハは気怠げな様子でそう告げる。

 レイプって単語が彼女の口からでた途端、少し引いてしまった。なに言ってんだよ、こいつ。

 ともかく、気を取り直して、彼女に質問しよう。

 

「なんで、世界が滅びたんだ?」

「世界を救った事実をなかったことにしたから」

「それは、お前が?」

「あぁ、そうだ」

「なんで、そんなことをしたんだよ」

「だって……」

 

 アゲハは言葉をとめると、一息ついてから、こう言った。

 

「キスカのことが好きだけど、キスカは我のものになってくれないだろ。だから、いっそのこと世界ごと滅ぼしてやろうと」

 

 淡々とした調子でそう告げる。

 やっぱこいつ、頭がおかしいな。

 そして、そのヤバい奴に好かれてしまった俺はどうすればいいんだよ。

 

「でも、なぜか世界が滅びないから、様子を見に来たら、キスカが百年前の世界にいた」

「……そうか」

 

 それで、俺をみつけたアゲハは俺を殺そうと画策したわけか。

 

「もう一つ、気になっていることがあるんだが、なんでアゲハは2人いるんだ?」

 

 ずっと、気になっていたことだ。

 アゲハは会うたびに、人が変わったように性格が変化する。

 しまいには、アゲハは同時に2人現れ、一方のアゲハがもう一方のアゲハを斬りつけたことは、今でも鮮明に思い出すことができる。

 

「ただの二重人格だよ」

「二重人格? だとしたら、同時に2人いる理由に説明がつかないだろ」

「そんなことはない。なにせ、今、貴様の目の前にいる我は、本体ではない。本体はこことは別の場所にいる。さしずめ、ここにいる我は分身といったところだな。そして、我々は、本体と分身に別々の人格を入れることができるんだよ」

「な、なるほど……」

 

 納得できるような、できないような。

 説明を聞いても、いまいちピンとこない。

 

「どっちが本物のアゲハなんだ?」

「……忘れた。どっちが本物か覚えてない。だが、我は悪意担当であいつが善意担当なところはあるな」

 

 善意担当と悪意担当か。

 確かに、最初に会ったアゲハはもっと落ち着いた性格をしていて、黒アゲハのほうは悪意の塊のような性格をしていた。

 

「なぁ、アゲハ」

「なんだ?」

「やっぱり俺は世界が滅ぶというなら、その運命を変えたい」

「なぜだ? 生きているから、嫌なことはがりが起きるんだ。最初から、なにもない無の世界であれば、平穏で静かで、とても居心地がよいとは思わないか」

「でも、その無の世界に俺たちはいないわけだろ」

「まぁ、そうだな」

「俺は、自分にとって最も都合の良い世界を創りたいんだよ」

 

 もう俺は、惨めだったときの自分に戻りたくない。

 

「なんだそれは?」

「わからん。けど、俺と他のみんなが笑うことができる世界ってのは最低条件だと思う」

「ふっ、まぁ、貴様ならそういう世界を創れるかもしれんな」

 

 アゲハは苦笑しながらそう言う。

 

「もちろん、俺のいうみんなが笑うことができる世界ってのに、お前も含まれているからな」

 

 アゲハの目を見てそう言う。

 俺にとって、アゲハがなんなのか、その答えはまだ定かではない。けれど、アゲハがいなければ、今の俺がいない以上、彼女が俺にとって大切な人間なことに変わりない。

 だから、俺は彼女のことも救いたいと思う。

 

「好き」

 

 ふと、アゲハが言葉を漏らす。

 

「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」

 

 それから呪文を唱えるように、彼女は言葉を繰り返す。

 

「キスカ、好き……やっぱりキスカは私の運命の人。だから、キスカ。私だけのものになって」

「おい、なんで、俺に刃物を突きつけながらそんなこと聞くんだよ」

 

 アゲハは俺の首筋に剣を突きつけていた。

 

「もし、断ったら、殺すの。その後、私も死ぬ。そしたら、あの世で一緒になれる」

 

 やっぱ、頭どうかしてるよ、こいつ。

 

「俺を殺すのは諦めたんじゃないのかよ」

 

 さっき散々殺された結果、アゲハのほうが音を上げたことを思い出す。

 

「……そうだった。キスカは殺せないんだった。だったら、私だけ死ぬ」

 

 そう言って、今度は自分の首に刃を向け始めた。

 

「おい、なんでそうなるんだよ」

 

 彼女から剣を取り上げようと、手を伸ばす。

 

「やだ。来ないで!」

「だからって、剣を振り回すなよ。危ないだろ!」

「どうせ、キスカは他の女のとこにいくんでしょ!」

 

 そう言って、アゲハは叫ぶ。

 どうしたものか……。

 世界を救うには、アゲハの協力は必要不可欠だ。だから、彼女をなんとか説得する必要がある。

 アゲハを説得するにはどうすべきか……。

 いや、本当はアゲハを言うこと聞かせる方法に見当はついているんだが、それをするのに少し抵抗があるだけだ。

 

 とはいえ、やるしかないんだろうな。

 覚悟を決めるか。

 

「アゲハ」

 

 そう口にして、彼女に近づく。

 

「なにっ!」

 

 彼女は反抗的な目をしていた。

 

「アゲハ、俺のことを見ろ」

 

 そう言って、彼女のことを見つめる。

 すると、彼女も俺のことを見つめた。

 お互い視線が重なる。すると、アゲハは少し恥ずかしそうに、視線をそらした。

 それを俺は彼女の頬を触って阻止する。

 瞬間、彼女が再び、俺を見つけたとき――、

 唇にキスをした。

 

 カラン、と剣が床に落ちる音がする。どうやらアゲハが剣を手放したようだ。

 

「アゲハ、俺の言うことを聞け。もし、言うことが聞けたら、ご褒美をくれてやる」

「ご褒美っていうのは、なに?」

「それを先に言ってしまったら、楽しみがなくなるだろ」

 

 そう言うと、彼女は期待した眼差しで俺のことを見つめた。

 

「それで、アゲハ。どうする? 俺の言うことを聞くのか? それとも聞かないのか?」

「聞く!」

 

 食い気味でアゲハはそう主張する。

 

「キスカの言うことなんでも聞くから、だから、見捨てないで……っ!」

「わかったよ」

 

 そう頷きながら、彼女の頭をなでる。

 すると、彼女は嬉しそうに俺に身を委ねた。

 

「それじゃあ、アゲハ。世界を救うために協力をしてくれ」

「うん……!」

 

 いかにアゲハのご機嫌をとることができるかに、世界の命運はかかっていた。

 

 



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―103― 左

 ひとまず、アゲハの協力をとりつけることに成功した。

 

「それでアゲハ、魔王を倒すにはどうしたらいいんだ?」

 

 魔王ゾーガを倒せば、目下の目標である世界滅亡の阻止をすることができるはずだ。

 

「まずは我の本体を呼び起こすことからだな」

 

 あぁ、そういえば目の前にいるアゲハは本体ではなく分身だといっていたな。

 

「その本体はどこに行けば会えるんだ?」

「この場所から近くだよ。なにせ、今このダンジョンにはあいつがいるだろう。えっと、勇者エ、エリ……なんだったかな?」

「勇者エリギオンか?」

「あぁ、そいつだ」

 

 勇者エリギオン。

 ラスターナ王国の第一王子であり、勇者でもある人物だ。

 俺は勇者エリギオン率いる勇者一行の案内役として、このカタロフダンジョンに転移陣を使って入ったんだ。

 

「その、勇者エリギオンに会えばいいのか?」

「いや、厳密にいえば、勇者エリギオンではなく勇者エリギオンの持つ剣だな」

「剣……?」

 

 確か、勇者の持つ剣は聖剣と呼ばれる特別な剣だった覚えがある。

 

「その剣がなんだというんだ?」

「〈聖剣ハーゲンティア〉。それが勇者の持つ剣だ。その剣の中に我がいる」

「…………ん?」

 

 今、さりげなくとんでもないことを言わなかったか?

 

「どこにいるって?」

「だから、聖剣ハーゲンティアの中に我が封印されておる」

「どういうことだよ?」

「どうと言われても、その言葉の通りだぞ」

 

 聖剣の中にアゲハが封印されてるって……、意味がわからないが、そういうもんだと飲み込むしかないんだろう。

 

「じゃあ、聖剣の中にいるアゲハを助けるにはどうしたらいいんだ?」

「貴様はなにもする必要がない」

「あ? なんで?」

「いいか。我は一度、この世界を救っているんだぞ。だったら、その手順と同じことをすればいい」

 

 確かに、アゲハの言っていることは最もだ。

 俺がいなかった時間軸で、彼女は一度世界を救っている。だとすれば、俺がなにもしなくてもアゲハの力があれば、世界は救われるってわけか。

 

「だから、貴様は最低限邪魔さえしなければいい」

「そういうことなら、わかったよ」

「まぁ、最低限案内ぐらいはしてやるが」

 

 と、アゲハが言った途端、アゲハの体が徐々に透けていった。まるで、ここから消えてしまうんじゃないかというふうに。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 叫びながら、アゲハの体を触れようとする。

 けれど、体が透けてしまっているせいなのか手は風を切るだけで、触れることさえできなかった。

 

「安心しろ。この体は分身だと言っただろ。分身は持続させるのが大変なんだよ。こうして貴様の前に現れるのだって大変だったんだぞ」

 

 そういえば、アゲハが俺の前に現れたとき「やぁーっと事象に干渉できた」と言っていたような。

 なるほど、詳しいことはわからないが、アゲハが分身として現れるためには色々と制約があるってことなんだろう。

 

『それに、しゃべりかけるぐらいの干渉なら姿がなくても可能だ』

 

 アゲハが目の前から消えたと思ったら、、どこからともなくアゲハの声が聞こえるようになった。

 

「意外となんでもできるんだな」

『まぁ、我は勇者だからな』

 

 そう言われると、なんだが説得力があるような。勇者ってすごい。

 

「それで、この後はどうすればいいんだ?」

『我の誘導に従うといい』

 

 というわけなので、俺はアゲハに導かれるままダンジョンを探索することになった。

 早速、左右二手に分かれる道にたどり着く。

 毎回ループするたびに、右方向に行っては鎧ノ大熊(バグベア)が多数出現する部屋でスキル〈敏捷強化〉を手に入れてはスキルの合成をしてスキル〈シーフ〉を獲得していたんだ。

 だから、いつもの癖で右に行こうとする。

 

『左に行け』

 

 ふと、アゲハが脳内でそう呟く。

 

「左なのか?」

『あぁ、左だ』

「右にいって、新しいスキルを手に入れたいんだが」

『だったら、後で引き返して、改めてスキルを手に入れればいい。とにかく、今は左だ』

 

 そこまで言うなら、従うけどさ。

 

「左に行ったら、なにがあるんだ?」

 

 左に行きつつ、そう尋ねる。

 

『ある人物と会って欲しいんだよ。そいつは我の協力者で、その協力者がいたおかげで、世界を救うことができたというわけだ』

 

 協力者か。そんな人がいたのか。

 一体、誰なんだろうな。

 このダンジョンに一緒に入ったのは、俺を除けば5人いる。アゲハの口ぶりを推察するに、勇者エリギオンではなさそう。

 かといって、戦士ゴルガノと聖騎士カナリアは裏切り者だから省かれる。

 あと、残っているのは賢者ニャウか。

 ニャウが協力者というのは納得できるな。ニャウほどの実力の持ち主なら、世界を救う手伝いができても違和感ない。

 左にいけばニャウと会えるのか。

 そう思うと、テンションがあがるな。

 ニャウは、前回の時間軸における俺とのやりとりは全て忘れてはいるんだろうが、それでも彼女と会えると思うと素直に嬉しい。

 だから、俺は弾む気持ちでダンジョンの中を歩いた。

 

『あそこにいるのが我の協力者だ』

 

 遠くに人影が見えた。

 

「よぉ、ニャ――」

 

 ニャウと言いかけて、言葉を閉ざす。

 

「誰だ……?」

 

 そいつは俺を見て、低い声でそう呟いた。

 そういえば、すっかり忘れていたが勇者一行にはもう1人いたことを思い出す。

 

『ノク、こいつが我の協力者だ』

 

 アゲハの声が聞こえる。

 そう、俺の目の前にいたのは、謎のローブ男、ノクだった。

 

 



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―104― 元凶

 ローブをかぶった謎の男、剣士ノク。

 あまりにも深いフードを被っているため、素顔すらここからでははっきりと見えない。

 

「こいつがアゲハの協力者なのか?」

『あぁ、そうだ』

 

 アゲハがそう答えてくれる。

 

「俺はどうしたらいいんだ?」

『とりあえず、あいつに話しかけろ。あらかじめ、貴様のことはノクに紹介しておいてやる。あと、さっきから独り言を喋っている不審者になっているぞ。我に話しかけるとき、わざわざ口に出す必要はないのだが』

 

 ……そうだったのか。

 確かに、アゲハの声は俺以外には聞こえないようだし、アゲハと話すためにわざわざ口に出して喋っていたら、不審がられるのは当然か。

 

『これで、聞こえているのか?』

『あぁ、問題なく聞こえている』

 

 どうやら脳内で話しかけるだけで、アゲハには聞こえるようだ。

 

『それで、すでにノクに俺のことを紹介しているってどういうことだよ?』

『今、貴様にこうやって話しかけているのと一緒。ノク自身にも、遠隔で話しかけているのだ。だから、ノクにはある程度、我の事情をすでに話してある』

 

 なるほど、そういうことなのか。

 ひとまず、剣士ノクに話しかけようと、彼のことを見る。

 剣士ノクはただ、黙って突っ立っていた。

 表情が見えないから、なにを考えているのがわからないせいか、どうにも話しかけることにためらいを感じてしまう。

 とはいえ、ずっと黙っているわけにもいかないので、勇気を出して話しかける。

 

「えっと、ノクさんですよね……」

「あぁ」

「ノクさんはアゲハの協力者なんですよね?」

「アゲハ……?」

 

 どうやらアゲハという名にピンときてないようだ。

 

『おい、これはどういうことだ?』

『そういえば、こいつに我の名を名乗っていなかったな』

『じゃあ、なんて名乗っていたんだよ』

『真の勇者と名乗っていた』

 

 真の勇者ね。

 ということは勇者エリギオンは偽の勇者ってことか。

 ともかく、そういうことなら改め言い直すか。

 

「すみません、間違えました。ノクさんは真の勇者の協力者なんですよね」

「あぁ、そうだ。お前もそうみたいだな。さっき、真の勇者が俺にそのことを教えてくれた」

 

 しっかりとアゲハが剣士ノクにも俺のことを紹介してくれたようだ。

 

「それで、俺はどうしたらいいんでしょうか?」

「……そうだな。真の勇者にお伺いを立ててみる」

 

 そう言って、剣士ノクは再び沈黙する。

 脳内でアゲハと喋っているんだろうか?

 

『なぁ、アゲハ』

『待て。今、ノクと喋っている。貴様は後回しだ』

 

 どうやら取り込み中の模様。

 ひとまず待っているしかなさそうだ。

 

『よしっ、終わった』

 

 ふと、アゲハがそう告げた。

 

『なにが終わったんだ?』

『ノクに計画のすべてを話したんだ。忘れていたよ。こいつは我の命令がないと、なにもできない木偶の坊だった』

 

 言われてみれば、今までの時間軸で剣士ノクが積極的に関わってくることはなかった。

 もしかすると、アゲハの命令がなかったせいで、剣士ノクはなにもすることができなかったのかもしれない。

 

『それで、俺はどうしたらいいんだ?』

『あぁ、ノクと協力をして、あることを成して欲しい』

『あることってのは?』

『あぁ、それを説明する前に、ノク、この男にフードの下に隠してある顔を見せてやれ』

 

 そうアゲハが言った途端。

 剣士ノクは自分のフードを手で取り払った。

 

 真っ先に目に入ったのは、輝くような銀髪。

 そして、意外にも端正な顔立ちをしていた。だが、不気味なぐらい死んだ目が、その端正な顔出しを台無しにしてしまっていた。

 

『よかったな、同胞同士仲良く出来そうで。確か、お前たちのことをアルクス人と呼ぶんだろう』

 

 あぁ、そうだった。

 俺も剣士ノクと同じ、銀髪だった。

 

『さて、キスカ。今からお前たちに行なってもらうのは、これからあげる人間の抹殺だ』

 

 抹殺という物騒な言葉に意識が向く。

 

『殺して欲しいのは、この4人。戦士ゴルガノ、聖騎士カナリア、賢者ニャウ、そして勇者エリギオン』

「……は?」

 

 思わず俺は呆けた声を出す。

 それは抹殺するリストに賢者ニャウの名前が入っていたというのが一つ。

 もう一つは、あることを思い出したから。

 

 俺はこの銀髪のせいで、カタロフ村で長年虐められていた。

 虐められていた理由は、アルクス人は昔、勇者を裏切り魔族に手を貸したという言い伝えがあったから。

 

 そういえば、俺がこの百年前の世界に来たばっかりの頃、村人たちと顔を合わせたが、銀髪だからという理由で邪険にされることは一切なかった。

 つまり、この時代では、まだアルクス人が裏切り者だという汚名が広まっていないということだ。

 それはつまり、これからアルクス人が勇者を裏切るとも考え直すことができる。

 

『まさか……、以前も同じことをしたのか?』

『あぁ、そうだ。世界を救うには、どうしてもこいつら4人を殺す必要があったからな』

 

 アゲハの言葉を聞いて、あることに確信する。

 そして、同時に、視界がぐにゃりと歪んでしまった。

 立ちくらみをしてしまったようだ。

 気持ち悪くなった俺はたまらず壁に手をついて寄りかかる。

 

 俺の人生がめちゃくちゃになったのは、この銀髪がすべての元凶だ。

 この銀髪のせいで、村では虐められて、その結果、母親は病気で死に、幼なじみのナミアは殺され、俺は冤罪でダンジョン奥地に投獄された。

 この銀髪さえなければ、俺の人生はもっと違うものになっていたはずだ。

 

 これから勇者一行を殺す。

 それが世界を救うのに必要なことだしても、傍から見れば、人間に対する裏切り行為と見られかねない。

 ふと、俺は頭の中であることをイメージする。

 剣士ノクが、勇者たち一行を無残に殺す姿を。

 あぁ、そうか。 

 銀髪の剣士ノク、こいつが勇者一行を殺したから、アルクス人は裏切り者として迫害されることになるのだ。

 

 こいつに協力してはいけない。

 なにせ、目の前にいるこいつこそ、俺の人生をめちゃくちゃにした元凶なのだから。

 

 



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―105― 標的

『キスカ、大丈夫か?』

 

 ふと、アゲハから声をかけられる。

 どうやら傍から見てもわかる通り、俺の様子はおかしいらしい。

 

『あぁ、大丈夫だ』

 

 そう言うも、自分の声がうわずっていた。

 

『そうか……』

 

 ひとまずアゲハはそう頷くも、どうやら俺に対し違和感を拭いきれないようだ。

 

『それで、まずはなにをしたら、いいんだ?』

 

 話題を切り替えるようにして、俺はそう告げる。

 

『まずは賢者ニャウを殺す』

 

 そうアゲハが言った途端、胸がざわつくのを感じた。

 

『ニャウを殺す必要はないんじゃないのか……?』

 

 個人的に、賢者ニャウに対して強い思い入れがある。だから、ニャウを殺すのはどうしても避けたい。

 

『なぜ、そう思う?』

 

 アゲハがなにか疑いをかけるような声でそう呟く。

 前回の時間軸で、俺とニャウの築いた関係性について、アゲハは知っているんだろうか?

 下手に知られたら、アゲハはニャウに嫉妬してしまいそうだ。

 もし、嫉妬なんて余計、ニャウを殺そうとするかもしれない。

 だから、そうとは気取られずに、ニャウを殺さないと方針に誘導しないと。

 

『戦士ゴルガノと聖騎士カナリアを殺さないといけない理屈はわかるんだ。あいつらは『混沌主義』という組織に加入していて、魔王ゾーガに加担している裏切り者だから』

『『混沌主義』……?』

 

 どうやらアゲハは『混沌主義』という言葉にピンときてないようだ。

 

『知らないのか? 俺も詳しいことは知らないが、そういう組織があるみたいだ』

『あぁ、組織の存在は知っていたが、組織の名前まで知らなかった。あぁ、そうか。そいつらが、我のことを……ッ』

 

 ゾワリ、と背筋が凍る。

 なぜなら、アゲハの口調には強い殺意が芽生えていたから。

 

『もしかして、アゲハを封印したのは『混沌主義』なのか?』

『あぁ、そうだ』

 

 アゲハは頷く。

 そうだったのか。『混沌主義』は魔王を復活させるだけに限らず、アゲハのことまで暗躍していたとは。

 

『ともかく、聖騎士カナリアと戦士ゴルガノはどうしても殺す必要がある。あいつらがいると、魔王が復活してしまう。それに、我の復活も邪魔してくるしな』

『勇者エリギオンを殺すのはどうしてなんだ?』

『あいつがいると、我の復活を阻止される。だから、邪魔なんだよ。それに、勇者は2人もいらないからな』

『だったら、賢者ニャウは殺さなくてもいいんじゃないのか?』

『賢者ニャウを生かしておくと、他のやつを殺すのが難しくなる』

『どういうことだ?』

『賢者ニャウに戦いを介入されて、殺すのを失敗したことがあるんだよ。それだけはなんとしてでも避けておきたい。だから、確実に成功させるためにも賢者ニャウを殺しておきたい』

 

 そう聞いて、俺は安堵していた。

 それなら賢者ニャウを殺さずとも、戦いに介入することさえ阻止することができれば、生きていても問題なさそうだ。

 

『そういうことなら、俺が賢者ニャウの介入を阻止する。それなら、彼女を殺す必要もないだろ』

『おい……、なんで貴様は、賢者ニャウにそこまで肩入れするんだ? まさか、貴様、我を差し置いて、ニャウと関係をもったんじゃないだろうなぁ……ッ』

 

 あ、ヤバい。どうやら、ニャウとの関係性との関係性を疑っているようだ。

 どうしよう。

 なにか、言い訳をしないと。 

 

『ニャ、ニャウがいると便利だと思ってさ。なにせ、あいつはダンジョンの外に脱出できる転移魔術が使えるんだから。だ、だから、ニャウを生かしてほしいと思っただけで、別に彼女とそんな関係なんて持ってないですよ……っ』

『声がうわずっているぞ』

『ひゃっ』

 

 やべっ、変な声を出してしまった。

 絶対、これ疑われているよな。

 

『………………』

 

 無言だけど、めちゃくちゃ圧を感じる。

 

『まぁ、いい。あいつの転移魔術が便利なのは事実だからな。それに、こんなダンジョン一刻も早くでたいのも確かだ。ボスを攻略するためにダンジョン内に下手にうろついていたら、嫌なやつと遭遇するかもしれないからな。それだけはなんとしてでも避けたい』

 

 よかった。

 どうやら納得してもらえたようだ。

 アゲハが納得してくれたのは、ニャウが便利だからという理由より、嫌な奴と出会いたくないってのほうが理由の比重として大きそうではあるが。

 てか、嫌なやつって誰のことだろう?

 このダンジョンにいるやつといえば……、あとは吸血鬼ユーディートぐらいしか思いつかない。

 

『それじゃあ、最初の標的を賢者ニャウから変えようか』

『誰にするんだ?』

 

 心臓を高鳴らせながら、アゲハの言葉を待つ。

 

『最初は勇者エリギオンだ。まず、あいつをなんとかして、我の封印を解く』

 

 



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―106― 過去

 目標が決まったということで、一旦剣士ノクとは別行動をとることにした。

 というのも、俺は鎧ノ大熊(バグベア)が出現する部屋でスキル〈敏捷強化〉を手に入れてはスキルの合成を活用して、スキル〈シーフ〉を獲得しておきたかった。

 これから、どんな戦いに巻き込まれるかわからない以上、自身の強化には手を抜きたくない。

 

『なぁ、アゲハ』

『なんだ?』

 

 アゲハの声が脳内に響く。

 アゲハは今もなお、俺に遠隔で語りかける。

 

『勇者エリギオンを本当に殺す必要があるのか?』

 

 賢者ニャウを標的から外すことはできたが、勇者エリギオンの説得はできていなかった。

 個人的に勇者エリギオンに特別思い入れがあるかというとそうでもないが、死なないで済む方法があるなら、それが一番な気がする。

 それに、

 

『勇者エリギオンは強いだろ。だったら、味方にしたほうがいいと思うんだが』

 

 彼の強さはこの目で何度も見てきた。

 

『味方にするのは難しい。聖騎士カナリアを殺すと、勇者エリギオンに敵対視されるからな』

『それは事情を説明してなんとか説得を――』

『残念ながら、あいつを説得することは無理だな』

 

 アゲハは諦めるようにそう口にした。

 

『俺は説得できたぞ』

『…………』

 

 アゲハの吐息が聞こえた。

 

『俺はすでにこの時間軸を何度もループしている。その中で、俺は勇者エリギオンを説得することに成功している』

 

 そう、自分1人の力では戦士ゴルガノと聖騎士カナリアに勝てないと悟った俺は、勇者エリギオンを説得して味方になってもらう道を模索した。

 最初こそは失敗したが、何度かループを繰り返すことで勇者エリギオンを説得する方法がすでにわかっている。

 

『説得して、それでどうなったんだ?』

『聖騎士カナリアの手で勇者エリギオンが殺されてしまったな』

 

 正直に俺はそう話す。

 その後、ニャウの乱入によって大きく未来が変わったことをふと、思い出す。

 

『なるほどな』

 

 アゲハは頷くと、考え事でもしているのか黙っていた。

 

『まぁ、そういうことなら説得の余地はあるのだろう。だが、一度成功したやり方を大きく変えたくはないな。一つの事象を変えた結果、未来が大きく変わってしまうのはお前だって、経験則からなんとなくわかるだろ』

『まぁ、それはわかるが……』

 

 少しやり方を変えただけで結果が大きく変わったことは、何度か経験している。

 

『けど、失敗したならまたやり直せばいいだろ』

 

 すでに、数え切れないほど死んでいるんだ。

 今更、一回や二回死んだ回数が増えたところで、俺はなんとも思わない。

 

「キスカ」

 

 そう呼ばれて、俺は驚く。

 というのも、目の前にアゲハがいたから。

 アゲハは分身である肉体を維持するのに、労力がかかるからといって、分身を消して遠隔で会話するのに留めていた。

 だというのに、わざわざこうして姿を現わしたのだ。

 

「キスカは我のやり方に不満なのか?」

 

 そう言って、不安そうな眼差しで俺のことを見つめる。

 

「いや、そんなことはないが――」

「嘘ッ!」

 

 食い気味で彼女はそう叫ぶ。

 

「さっきからキスカの様子がおかしいことはとっくにわかっているんだ。どうして? もしかして、我のこと嫌いになったのか? 嫌だ嫌だ嫌だぁ。キスカに嫌われたら、生きていけないよぉ」

 

 そうやって、アゲハはその場をうずくまる。

 

「ごめん、アゲハ。俺がお前を嫌いになるわけがないだろ」

 

 とっさに俺は彼女に寄り添う。

 

「本当?」

「あぁ、本当だ」

「……証明して。我のことが嫌いではないと、今ここで証明して」

 

 アゲハはそういって俺のことを見つめる。

 彼女がなにをもとめているのか、なんとなく俺にはわかってしまった。

 だから、彼女の肩を掴んで、キスをした――。

 アゲハが涙ぐんでいるせいだろうか。キスの味は、いつもより塩辛かった。

 

「ん。やっぱりキスカのことが好き」

 

 唇を離すと、彼女はそう言う。

 ひとまず、落ち着いてくれたようだ。

 

「その、正直に話すよ」

 

 そもそも最初から、本音でしゃべるべきだったんだ。

 俺が、勇者エリギオンを殺すことに反対していた理由。それは、彼のことがかわいそうだから、とかそんな理由ではない。

 

「俺が村で虐められていたと、以前話したことがあっただろ」

「確か、銀髪のせいだったよな」

「実は、ノクが勇者たちを裏切ったのが原因で、俺は村で虐められるようになったんだと思う」

 

 もし、勇者エリギオンを説得できれば、銀色の髪を持つアルクス人が裏切り者だというイメージを払拭できるんじゃないのかな、と思ったから、俺は勇者エリギオンを殺さずに済む方法を模索していたに違いなかった。

 

 それから俺はアゲハに自分の過去を話した。

 自分が村でどんな目にあってきたかを。

 ダンジョン奥地に追放されてから、色んな人と出会ったが、今まで自分の過去を誰かに打ち明けたことはなかった。

 どうしても惨めな過去を打ち明けることに抵抗を感じていたのだろう。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 気がつくと、アゲハは目の前でボロボロになって泣いていた。

 

「だって、キスカにそんなことがあったなんて知らなかったから。ごめんなさい。今まで、自分のことばかりで、キスカのことなんてちっとも考えてなかった」

「別に、アゲハが謝る必要はないんだよ」

「でも、キスカが虐められたのだって、そもそもの原因は我にある。我がノクに命令したから、そんなことになったわけだし」

「いいんだよ、別に。アゲハもそれにノクも、お前たちがきっかけだったかもしれないが、決してお前たちが悪いわけではないんだから。だから、その、ありがとう。そうやって、泣いてくれただけでも、俺は嬉しいからさ」

 

 口にしたことは紛れもない本心だった。

 確かに、ノクが俺が弄られた元凶だとは思った。けど、彼を恨むのはやっぱり筋違いだ。

 そんなことを考えていると、アゲハは涙で濡れた目をこすっては立ち上がってこう口にした。

 

「キスカ、貴様の過去を変えてやる。アルクス人の汚名を最初からなかったことにしてやる」

「……そんなことできるのか?」

「あぁ、我に任せておけ」

 

 そう言って、アゲハは不敵な笑みを浮かべた。

 

 



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―107― 勇者アゲハ

 ひとまず、アゲハと会話を済ませた後、俺はスキル〈シーフ〉を獲得するため鎧ノ大熊(バグベア)が多数出現する部屋に向かう。

 うん、なんの支障もなく倒すことができた。

 

『随分と手慣れているな』

 

 ふと、アゲハがそう話しかけてくる。

 すでにアゲハは分身を解除し、遠隔で話しかけるだけの状態になっている。

 

『まぁ、何度もやっているからな』

 

 数え切れないほど、この部屋を攻略してきた。おかげで、あらゆる攻撃パターンが頭に入っている。

 

『それで、これから勇者エリギオンのとこに行けばいいのか?』

『あぁ、すでにノクが向かっている。早く合流してくれ』

『それで、結局勇者エリギオンをどうするんだ?』

 

 殺すのか? 殺さないのか? どう判断するにしても、俺はアゲハに従おうと思っていた。

 

『殺す必要はないが、あいつの持つ聖剣を奪う必要がある』

 

 確か、勇者エリギオンの持つ聖剣にアゲハが封印されているって話だったもんな。

 

『奪わなくて、少し借りるだけじゃダメなのか?』

『それでも問題はないか……。キスカに任せてもいいか?』

『恐らく、問題ないと思うが』

『だったら、任せよう。いや、ほら、ノクは見るからに交渉が下手だろ? だから、ノクしか協力者がいなかったときは、無理矢理奪うという選択肢しかなかったが、キスカが手伝ってくれるなら、色々とできることが増えそうだな』

 

 ノクは常に無言だからな。そんなやつに交渉は無理だろう。

 

『てか、勇者エリギオンから聖剣を無理矢理奪うって、けっこう難しくないか? それをできる剣士ノクって、強いんだな』

 

 確か……剣士ノクのランクはなんだっけ?

 あぁ、そうだ、教えてもらえなかったんだ。

 けど、勇者エリギオンのランクは最高峰のマスターだから、勇者エリギオンのほうが強いのは明らかだ。

 

『まぁ、あいつは我が用意した最強の手駒だからな』

『そうなのか……』

『あいつの職業は暗殺者だ。不意を突いて殺すことにおいてなら、あいつに並ぶものはいない』

 

 ということは暗殺者ノクか。

 スキル〈暗殺者〉は相当、修練を積まないと獲得できないスキルだった気がする。

 

『でも、剣士だって名乗っていたぞ』

『暗殺者が自分の手の内を簡単に晒すわけがないだろ。とりあえず、下級職を名乗るんだよ』

 

 まぁ、そう言われたら、そうだよな。

 ニャウも賢者のくせして、最初は魔術師と名乗っていたし、安易に上級職をひけらかさないのが当たり前なのかもしれない。

 

『そもそも、暗殺者ノクのランクがいくつなんだ?』

 

 ふと、気になったので聞いてみる。

 勇者エリギオンのランクは最高峰のマスターかつ序列7位。他の勇者一行のランクはダイヤモンドと上から2番目。

 ちなみに、俺は上から三つ目のプラチナだ。

 

『マスター』

『え?』

『マスターで序列6位。暗殺者ノクは勇者よりも強い』

 

 マジか……。

 思わず言葉を失ってしまった。

 

 

 

 

 暗殺者ノクのいる場所までアゲハが誘導してくれた。

 この近くに勇者エリギオンはいるらしい。

 

「どうも、ノクさん」

 

 暗殺者ノクがいるので、声をかける。けど、彼はコクリと無言で頷くだけだった。

 なんか、怖い。

 マスターだと思うと、なおさら怖い。ホント、なにを考えているんだろう、この人は。

 

『それじゃあ、勇者エリギオンのいる場所まで向かえ。最初、キスカが交渉して、失敗したら、ノクが奪う。すでに作戦の内容はノクに伝えている。向かえ』

『あぁ、わかった』

 

 というわけで、勇者エリギオンがいる場所まで向かう。

 

「やぁ、キスカくんじゃないか。無事でよかったよ。それと、ノクさんも一緒にいたようだね」

 

 勇者エリギオンは俺のことを見つけると、親しみのこもった声で話しかけてきた。

 

「はい、ノクさんとは偶然合流できまして。勇者エリギオン様もご無事なようで何よりです」

 

 と、俺も応対する。

 さて、どうやって勇者エリギオンの持つ〈聖剣ハーゲンティア〉を穏便に渡してもらおうか。

 何度もループしたおかげで、勇者エリギオンの性格はある程度把握している。それを活かすときだな。

 

「それじゃあ、早速キスカくんにダンジョンを案内してもらおうかな」

「その前に、勇者様にひとつお願いがあるのですが」

「お願いって、一体なんだい?」

「聖剣ハーゲンティアを少しの間、預からせていただけませんか?」

「……どういうことかな?」

「実は、その聖剣にはある封印が施されています。だから、真の力を解放させたいと思うのです」

 

 封印されているのは、本当は人間だが、そんなこと言ったところで信じてくれないだろうし、真の力が封印されているってことにしておこう。

 

「封印だと? そんな話聞いたことがないが」

「ですが、事実です。もちろん、封印を解いたらすぐに返します」

「君がその封印を解くというのかい?」

 

 そう言った勇者エリギオンは警戒した目つきで俺のことを見る。

 警戒されるのは当然だ。

 こんな突拍子もない話を信じるほうがおかしい。

 とはいえ、説得させる材料ならすでに用意してある。

 

「いえ、封印を解くのは俺ではありません。こちらにいる剣士ノクが封印を解きます」

 

 そう言うと、勇者エリギオンは瞠目する。

 

「本当なのかい。ノクさん?」

 

 そう彼が尋ねると暗殺者ノクはコクリと頷いた。

 

「わかった。ノクさんが保証するというなら、一旦預けよう」

 

 勇者エリギオンは〈聖剣ハーゲンティア〉を暗殺者ノクに手渡す。

 ひとまず、これで交渉は成功だ。

 俺の言葉なら信用を得るのは難しいが、マスターである暗殺者ノクの言葉なら、信用してくれるだろうと思ったわけだが、うまいこと成功してくれたようだ。

 

 それから暗殺者ノクは〈聖剣ハーゲンティア〉を丁寧に地面に置くと、ローブの中からなにやら取り出す。

 それは、一見宝石のようでいて、その宝石の中に複雑な模様が刻まれていることに気がつく。

 その宝石がなんなのか、俺にわからなかった。

 ただ、暗殺者ノクは宝石を手にしながら、ぼそぼそと呟く。

 途端、宝石が目映い光を放ち始めた。

 その宝石は吸い込まれるように〈聖剣ハーゲンティア〉に吸い込まれていくと、〈聖剣ハーゲンティア〉も光り始める。

 その光は徐々に強くなっていき、果てには視界が光で埋め尽くされなにも見えなくなる。

 まぶしさから逃れるため、しばらく腕で目を塞ぐ必要があった。

 そして、気がつけば、光は止んでいた。

 

「やっと、外に出ることができたぁー」

 

 声が聞こえる。

 聞き慣れた声だ。

 

「これで、ようやっと勇者の仕事ができるね」

 

 目の前にいたのは、勇者アゲハ以外の何者でもなかった。 

 

 



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―108― 2人の勇者

「誰なんだ……? 君は?」

 

 そう言った勇者エリギオンの声は震えていた。

 アゲハが現れたのを、最も驚いたのは勇者エリギオンだった。

 それはそうだろう。

 なにせ、俺とノクは事前に知っていたしな。

 

「アゲハ・ツバキ。こう見えて、本物の勇者です」

「なにを言っている……? 勇者はこの僕だぞ」

「あなたは勇者の権能の一部を持っているに過ぎないわ。定義としては、勇者の使徒にあたる」

 

 と、アゲハは言う。

 勇者の使徒という言葉に、ふと心当たりがある。

 戦士ゴルガノが俺のことをそう呼んでいたはずだ。

 確かに、俺も勇者のスキルを持っているから、なるほど、俺も勇者エリギオンも勇者の使徒になるのかもしれない。

 

「話にならないね。そんなこと信じられるはずが――」

 

 勇者エリギオンは最後まで言い終えることができなかった。

 というのも、アゲハが勇者エリギオンの腹を全力で蹴り飛ばしていたから。

 蹴られたエリギオンはそのまま勢いよく後方へ吹き飛ばされて、ダンジョンの壁へと激突する。

 けど、アゲハの攻撃は終わらない。

 壁に激突した勇者エリギオンの顔を全力で殴った。

 結果、壁に大きな穴があきエリギオンの顔がその穴にめり込む。

 アゲハのほうが圧倒的に勝っていた。

 これが、真の勇者と勇者の使徒の力の差か。

 それでも、アゲハは攻撃の手に緩めない。

 再び、殴ろうと拳を振りかざす。

 おい、流石にやりすぎだ。勇者エリギオンを殺さないんじゃなかったのか? アゲハを今すぐとめるべきじゃないかという考えが頭の中によぎる。

 

「〈セーブ〉」

 

 それは、勇者エリギオンの声だった。

 その声が聞こえた途端、彼の姿がぶれる。

 瞬間、勇者エリギオンの姿が複数人に分裂した。

 見たことがある。勇者エリギオンが魔王ゾーガを討ったときも似たような現象を使っていた。

 俺と違って、短い時間を何度も繰り返すのが勇者エリギオンの勇者としての力だ。

 勇者エリギオンは自分が勝つまで何度も繰り返す。

 別の時間の彼の姿が残像のように残ってしまうため、複数人に分裂したように見える。

 

「残念ながら、あなたにできることは私でもできるんだよ」

 

 そうアゲハが言った瞬間、アゲハの姿も複数人に分裂する。

 そして、お互いに分裂した人同士が殴り合う。徐々に、お互いの分裂した姿が消えていき、最後にはアゲハ1人だけが立っていた。

 

「まだ死んでいないと思うから」

 

 そう言いながら、アゲハはすでに気絶しているエリギオンの首根っこを掴んで床に転がす。

 確かに、勇者エリギオンはどう見ても気絶していた。

 

「キスカぁー!」

 

 アゲハが浮かれたような声を出したと思ったら、俺のとこまでトコトコと走ってきて勢いよく抱きついてきた。

 

「会いたかったよーっ!」

 

 そう言いながら、彼女は顔を俺にこすりつける。

 

「お前、人前でこういうのは恥ずかしいだろ」

 

 そう言いながら、アゲハの肩を掴んで引き剥がす。

 暗殺者ノクがこっちを見ていた。

 

「はーい」

 

 と返事をしながら、アゲハは俺から離れる。

 

「てことはー、人前じゃなければ、こういうことしてもいいんだぁー」

 

 そう言いながら、アゲハは挑発するような上目遣いの目つきをしていた。

 アゲハの言うこういうことがどういうことなのか俺にはわからない。一体なにをさしているんだろうか。

 

「あまり俺をからかうな」

 

 そう言って、俺は頭を抱えた。

 

 

 

 

 勇者エリギオンは気絶はしていたが、まだ生きていた。

 

「聖騎士カナリアを倒そうと思えば、どうしてもこいつが邪魔をするから、念のため気絶させておいた」

 

 と、アゲハは弁明した。

 確かに、勇者エリギオンは聖騎士カナリアをよほど信頼しているらしく、聖騎士カナリアが裏切ると説明しても中々納得してくれない。

 

「それで次はどうするんだ?」

「次は、聖騎士カナリアと戦士ゴルガノ。恐らく、2人で私たちを待ち伏せしていると思うから、協力して倒したいんだけど、この2人は殺してもいいんだよね、キスカ?」

 

 と、アゲハが俺に確認する。

 

「まぁ、そうだな」

 

 この2人に関しては仕方がない。

 正直にいえば、ノクが裏切り者のレッテルを張られないために殺さない方がいいのかもしれないが、そのことに関してアゲハがなんとかすると言っていた以上、余計な気は回さないほうがいいだろう。

 

「それじゃあ、向かいましょうか。ノク、この人を運んでくれる?」

「承知した」

 

 ノクが低い声で頷くと、気絶している勇者エリギオンを肩にのせて抱える。

 そして、俺たちは戦士ゴルガノと聖騎士カナリアがいる場所へと向かった。

 

 



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―109― 圧倒的

「戦士ゴルガノと聖騎士カナリアはそれなりに強いが問題なく倒せるのか?」

「私がいるのよ。キスカはなにも心配する必要はないわ」

 

 そう言ったアゲハは余裕の笑みを浮かべていた。

 まぁ、アゲハの実力が折り紙付きなのはさっき思い知らされたばかりだし、俺が心配する必要はないのだろう。

 

「裏切り者のお二人さん、みーつけた」

 

 戦士ゴルガノと聖騎士カナリアを見つけたアゲハがそう口にする。

 

「あん? 誰だ、お前……?」

 

 アゲハを見た戦士ゴルガノがそう口にする。

 

「それじゃあ、ノクはあっちの聖騎士カナリアをお願い。私は戦士ゴルガノを相手にするから」

「承知した」

「アゲハ、俺はどうしたらいい?」

「キスカは見ているだけでいいわ」

「あぁ、わかったよ」

 

 正直、見ているだけなのは申し訳ない気もするが、この中で一番弱いのは俺だし、大人しく従ったほうがいいのだろう。

 

「私たちを無視して相談事とは、不愉快だな」

「おい、ノク。なんで、お前らはそいつらとつるんでいるんだ?」

 

 戦士ゴルガノの質問に暗殺者ノクはただ黙っていた。

 そのことに戦士ゴルガノは「ちっ」と大きく舌打ちする。

 

「私から説明してあげる。初めまして、勇者アゲハです」

 

 そう言いながら、アゲハは〈アイテムボックス〉から大剣を取り出す。

 

「あん? 勇者だと?」

 

 戦士ゴルガノが眉をひそめる。

 

「そう、あなたがたが封印した勇者。ほら、その証拠にここにあなたがたが仕立て上げた勇者エリギオンがいるでしょ。ようするに、あなたがたの計画はすべて破綻したってわけ。残念だったわね」

「ふざけるんな! そんなはずがないだろうッ!!」

 

 聖騎士カナリアが激高する。

 

「あら、信じられないんだ。まぁ、いいわ。信じようが信じまいが、あなたがたの運命はどうせ変わらないんだし」

「どういう意味だ……?」

「あなたがたはここで死ぬってことよ」

「ふざけるなぁああああッ!!」

 

 聖騎士カナリアは叫びながら、剣を片手に突撃する。

 その表情には激しい剣幕があった。

 次の瞬間、ビュンッ! と風を切る音が聞こえた。そう思った矢先、聖騎士カナリアから大量の血が飛び散る。

 

「あ……あぁ」

 

 聖騎士カナリアが吐息をもらした途端、彼女はその場で崩れ落ちた。

 

「ノク、随分と仕事が早いわね。助かるわ」

 

 確かに、聖騎士カナリアの近くには短剣を握ったノクの姿があった。

 全く、彼の動きを察知することができなかった。

 一瞬で聖騎士カナリアに接敵して斬り伏せたんだ。あまりにも人間離れした動きに俺は感嘆する。

 

「それで、あとはあなただけだけど、どうする?」

 

 アゲハが戦士ゴルガノに対し、そう言う。

 

「いや……これはまいったね。まさか、旦那が俺たちの秘密を把握していたなんて考えもしなかった」

 

 対して、ノクは口を開かない。

 やっぱ、この人なにを考えているのかわからないな。

 

「無駄話はもういいや」

 

 アゲハがそう言うと同時、剣を手にして、戦士ゴルガノに斬りかかる。

 戦士ゴルガノも寄生鎌狂言回しを手にして対抗しようとする。

 それから激しい戦闘が繰り広げられた。

 けど、アゲハのほうが圧倒しているのは俺でもなんとなくわかる。

 とどめは、暗殺者ノクによる攻撃だった。

 暗殺者ノクはアゲハと戦士ゴルガノの戦いをずっと鑑賞していたが、戦士ゴルガノが一瞬怯んだ隙を見逃さなかった。

 その瞬間、暗殺者ノクが一瞬で移動して、背後から戦士ゴルガノの胸に剣を突き刺した。

 戦士ゴルガノが死んだのは明らかだった。

 

「ノク、ありがとう」

 

 アゲハが素っ気なくお礼を言う。

 

 あまりにも順調に進んでいるな。

 あれだけ苦戦させれらた戦士ゴルガノと聖騎士カナリアが、あまりにもあっけなく倒されてしまったわけだ。

 あと、懸念する敵といえば魔王ゾーガだけだが、アゲハと暗殺者ノクの二人が協力すれば、恐らく問題なく勝てるような気がする。

 

 このまま無事に、なにもなければいいんだがな。

 ふと、そんなことを俺は考えていた。

 

 



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―110― 仮説

「ひとまず、『混沌主義』の二人を潰すことはできたな」

 

 これで魔王の復活を阻止することができるはずだ。

 

「って、アゲハ。なにをしているんだ?」

 

 ふと見るとアゲハが横たわっている聖騎士カナリアの体をまさぐっている。一体なにをしているんだろう、と彼女のことを観察する。

 

「あった」

 

 そう言って、アゲハが手にしていたのは、大きな宝石がついている指輪だった。

 

「魔王の蘇生に必要な指輪。念のため、回収しておこうと思ったけど、どうしようかな?」

 

 そう聞かれても。

 蘇生させることができる指輪といえば、聞こえはいいが、詳しいことはなにもわからない怪しい品であることには変わらない。

 そもそも蘇生させることができるのが、魔王だけなのか? それとも他の者も蘇生できるのか? 蘇生させる代わりに、大きな代償が必要なんてこともありそうだし、そもそも使い方からしてわからないしな。

 

「キスカいる?」

 

 と、アゲハが無邪気な表情でそんなこと聞いてくる。

 

「まぁ、そうだな……。くれるというなら、もらうかな」

 

 あまり深く考えずにそう頷く。

 すると、アゲハは俺に指輪を手渡す。

 もらったはいいが、使い道は思いつかない。換金すれば、お金になるだろうか? と下品な考えが頭をよぎる。

 いや、待てよ。

 この指輪があれば、ナミアを生き返らせることができるんじゃないだろうか?

 そのことに気がついた瞬間、背筋がぞわっと震えて、胸が高鳴るのを感じた。

 落ち着け。期待するのはやめておいたほうがいい。

 下手に期待して、できなかった場合、ショックが大きいだろし、死んだ人が生き返るなんて都合が良すぎる。

 そんなこと起こりえると思わない方が良い。

 だから、この指輪のことは一旦忘れてポケットにでもつっこんでおこう。

 元の時間に戻れたとき、改めて考えよう。

 

「あとは、魔王ゾーガを倒すことができれば、全て解決か?」

「うん、そうね」

 

「それじゃあ、魔王のいる場所まで行こう!」というアゲハの呼びかけに応じて、俺たちは魔王のいる場所まで向かう。

 

 戦士ゴルガノと聖騎士カナリアがいなければ、魔王ゾーガが復活することはない。

 だから、魔王ゾーガを安心して倒すことができる。

 魔王ゾーガを倒せば、世界の滅亡を阻止することもできるに違いないので、俺の役目もこれで終わりか。

 そう思うと、なんだかあっけないような。

 俺1人のときは、散々苦労したのに、アゲハが現れてからは、怖いぐらいにスムーズに事態が解決していく。

 そういえば、一つだけ気になっていたことがあったな。

 

「なぁ、アゲハ」

「なに? キスカ」

「気になっていたんだが、なんで『混沌主義』の2人は魔王を一度見殺しにするんだろうな。いくら魔王を復活させることができるとはいえ、勇者を殺すことが目的なら、裏切るなんて遠回りなことをせずに、最初から魔王と協力して勇者を殺す算段を立てたほうがよかったんじゃないかな?」

 

 聖騎士カナリアと戦士ゴルガノはあえて勇者エリギオンに協力することで、彼に取り入ろうとしていた。

 その目的は、勇者エリギオンの隙をついて殺すためなんだろうが、だったら、魔王がここまで追い詰められるよりももっと早い段階で、実行に移したほうが良さそうな気もする。

 なぜか、彼らは魔王が一度死んでから、勇者の暗殺を実行しているのだ。

 

「あぁ、それは……」

 

 アゲハはそう言いながら、チラリと暗殺者ノクの表情を伺う。

 

「ノク、さきに行ってて」

 

 と、アゲハがそう命じると、暗殺者ノクは頷きスタスタと早足で歩き始める。

 

「勇者に関する話は、できるかぎり他の人に聞かれたくないから」

 

 アゲハはそう言って、暗殺者ノクと十分に距離が開くまで待っていた。

 ここまで離れたら、聞かれることはないだろう。

 

「これは推測なんだけどね、『混沌主義』はあえて魔王ゾーガが勇者エリギオンの手によって殺されるまで、待っていた可能性が高いんじゃないかな?」

「そうなのか……!?」

 

 予想外の言葉に驚く。

 

「彼らは勇者の力を正確に把握していない。まぁ、かくいう私も自分の力の全てを理解しているわけではないのだけどね。キスカが死んだら、時間が巻き戻る。キスカにその力を譲渡する前は、私が死んだら時間が巻き戻ったわけだけど、恐らく、彼らはそのことを正確には理解できていない」

 

 まぁ、第三者が、俺が死んだら時間が巻き戻るなんてことに気がつけるわけがないよな。

 

「彼らの勇者に関する理解は、勇者を殺してもその事実がなかったことになるという感じじゃないかな。勇者を殺したいのに、どうやっても殺すことができないことに気がついた彼らはある暴挙にでたわ」

 

 どんな暴挙だろう、と思いながら、アゲハの言葉を待った。

 

「私のことを封印した」

 

 そう口にしたアゲハの口調には強い恨みが籠もっているように感じた。

 

「殺せないなら封印すればいい。確かに、賢い戦術ではあった。私も最初の頃は打つ手がないと思った」

「それで、どうしたんだ?」

「勇者の力が覚醒したといえばいいのかな? 結論から言うと、遠くの人に勇者の力を譲渡できるようになったの。私もなんでこんなことができるようになったのか、よくわからないんだけどね」

 

 事実、俺はアゲハに勇者の力を譲渡されている。

 気絶して暗殺者ノクに抱えられている勇者エリギオンも譲渡された1人だ。

 

「それで彼らは焦ったのよ。今まで以上に勇者の力が予測できなくなったから。そこで彼らはあることを実行した。それが、勇者エリギオン。彼らは私の封印を〈聖剣ハーゲンティア〉に移して、その剣をエリギオンに持たせることで、勇者の力をエリギオンが使えるようにした」

「なんで、わざわざそんなことを……」

「恐らくだけど、特定の人に勇者の力を渡すことで、勇者の力をコントロールしようとしたんじゃないのかなぁ。その上で、彼らは勇者エリギオンを殺す計画を立てた」

 

 ようやっと、これで最初の質問に戻るわけだ。

 なぜ、『混沌主義』の連中は魔王が死ぬまで勇者エリギオンの暗殺の実行を移さなかったのだろうか?

 

「勇者エリギオンは偽物とはいえ、勇者の力を持っているわ。だから、正攻法で倒すことはできない」

 

 確かに、勇者エリギオンは時間を何度も繰り替えすことで、敗北を回避することができる。

 

「彼らはこういう仮説を立てたのかなって思っている。勇者の力は魔王を倒すためにあるはずだ。だったら、勇者が魔王を倒した後なら、勇者は力を発揮されないはずだ」

 

 なるほど。確かに、そう言われたらそんな気もする。

 

「そんな事情があったから、勇者エリギオンは殺されたのか……」

「んー、どうなんだろうね?」

 

 アゲハは首を傾げていた。

 

「ほら、私たちは知っているでしょう? 勇者の力が発揮されない条件を」

「あぁ、そうだな」

 

 勇者の力は強制ではない。あくまでも本人の意思で使うかどうか決めることができる。

 それは、俺の〈セーブ&リセット〉も同様。

 仮に、勇者エリギオンがなんらかの理由で戦うことを放棄すれば、彼はそのまま殺される。

 どんな理由があれば、戦うことを放棄するのかは色々と考える余地がありそうだが、例えば、味方に裏切られて絶望したから、とかだったらあり得るか?

 

「彼らは勇者の力が意思に左右されるなんて知らないはず。だから、彼らはどんな方法を使えば、勇者を殺すことができるのか、色々と模索しているんじゃないかな」

 

 なるほど。

 それで、魔王が一度倒された後なら、殺されるという仮説を立てたわけか。

 

「まぁ、あくまでも全部私の推測だけどね」

「いや、ありがとう。とても興味深い話が聞けたよ」

「えへへー、キスカにそう言ってもらえるとなんか」

 

 アゲハは笑うと、俺の腕にしがみついてきた。

 

 



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―111― 知らない

「キスカ、魔王ゾーガのいる場所はわかる?」

「わかるよ」

「そう、だったらここからは別行動にしましょう。キスカは賢者ニャウを探してきて。私たちはその間に魔王ゾーガを倒してくる」

「あぁ、わかったよ」

 

 思い返してみれば、ダンジョンの中でニャウと遭遇したことがなかったので、彼女の居場所を俺は知らなかった。

 なので、アゲハに尋ねると、彼女はどこに賢者ニャウがいるのか大まかに知っていたので教えてもらう。

 それからアゲハたちと別れて、俺は賢者ニャウのいそうな場所まで向かった。

 

「うーっ、皆さんどこにいるんですかぁっ!」

 

 と、ダンジョンの中を不安そうな表情で探索している賢者ニャウが遠目に見えた。

 なんか緊張するな。

 前回の時間軸のことがあるだけに、どうしても賢者ニャウと顔を合わせることに抵抗を覚えてしまう。

 どうせ、彼女はなにも覚えてないんだし、気軽の接するべきか。

 

「よぉ、こんなところにいたのか」

 

 片手をあげながらニャウに近づく。

 

「あっ、やっと他の人と合流できたーっ、と思ったら、一番頼りなさそうなキスカさんじゃないですか……」

「おい、人を見て頼りなさそうとか言うなよ」

「だって、キスカさんはあの中で一番弱いじゃないですか」

「まぁ、それはそうだけどさ」

 

 こいつ、こんなに性格が悪いやつだっけ?

 前回の時間軸ではあんなに可愛かったのに……。まぁ、今もめちゃくちゃ可愛いことは間違いないんだが。

 

「ともかく、行くぞ。他のやつらが待っている」

「えっ!? 他の人はすでに集まっているんですか?」

「まぁ、そうだな」

 

 そう頷きながら騙しているような気がして罪悪感が芽生える。

 なにせニャウが想像しているような光景なんてどこにもないわけだから。

 

「それじゃあ、急がないとですね。キスカさん、早く案内してください!」

 

 それからニャウを連れて俺はアゲハたちがいる場所へと向かった。

 

「なぁ、ニャウ」

「なんですか?」

「俺たちが着いた頃には、魔王は倒されている可能性が高い」

「そうなんですか? もしかして、勇者エリギオン様は今、魔王と戦っている最中なんですか?」

「いや、違う」

「はえ? じゃあ、誰が魔王を倒すんですか?」

「アゲハだ」

「アゲハ、ですか?」

「勇者アゲハ。勇者エリギオンと違って、本物の勇者だ」

「えっと……」

 

 ニャウは困惑した表情を浮かべていた。

 まぁ、そりゃそうだよな。

 突然、ニャウにアゲハと会わせたら混乱するだろうと思い事前に説明したが、信じるのは難しいだろうな。

 

「信じられないだろうが、現実だ。ひとまず覚悟だけはしておいてくれ」

「わ、わかりました」

 

 ニャウは困惑しながらも頷いてくれる。

 ひとまず、今できるのはこのぐらいか。

 

「その、悪いな。できれば、もっとお前の力になってやりたいんだが、今回はそうもいかないかもしれない」

「はぁ……別にニャウはあなたの助けなんて必要ないですけど」

「それもそうだな」

 

 苦笑する。

 確かに、ニャウは俺なんかよりもずっと強い。

 俺の力が必要ないのは当然だ。

 

 

 

 

 ダンジョンの中をキスカに導かれながら、賢者ニャウは歩いていた。

 歩きながら、キスカとは特に会話をしなかった。

 ニャウにとってキスカはさっき会ったばかりの人間だ。だから、ニャウから積極的に話しかけようとは思わなかった。

 

「あ……」

 

 魔物を見つけたニャウはそう口に出す。

 首なしラバ(ヘッドレスミュール)だ。

 あの魔物なら、自分の魔術があれば簡単に倒すことができる。

 だから倒そうとロッドを構えて呪文の詠唱を始める。

 

 トンッ、と音が鳴った。

 なんの音だろう? と後ろを振り向く。

 

「クゴォオオオッ!!」

 

 そこには雄叫びをあげている首なしラバ(ヘッドレスミュール)がいた。

 どうやら、後ろにもう一匹魔物が隠れていたらしい。

 まずい、とニャウは焦る。

 ここまで接近させられたら、攻撃を避けるのが難しい。

 だから、ニャウはとっさに使う魔術を切り替える。攻撃を受けてもすぐに戦線に復帰できるように治癒の魔術を使おう。

 

 ふわぁ、と浮遊感をニャウが襲う。

 キスカによって抱きかかえられたんだと気がついたのは、次の瞬間だ。

 キスカはニャウを抱きかかえながら、もう片方の手で剣を操っては次々と魔物を切り伏せていく。

 どうやらキスカの力があれば、この程度の魔物なんの問題もなく対処できるらしい。

 だから、ニャウは安心してキスカの腕に身を任せることにした。

 キスカの顔を見て、睫毛が長いな、とか思いながら。

 

「ニャウ、大丈夫だったか?」

 

 戦いが無事に終わったキスカはニャウの体をおろす。

 

「はい、おかげさまで。ありがとうございます」

 

 きっとキスカがいなければ、怪我を負っていたはず。だから、お礼を言う。

 すると、なぜかキスカはニャウの髪の毛を名残惜しそうに触っていた。

 

「よかったよ。かわいい顔に傷がつかなくて」

 

 そう言って、キスカはニャウから手を離す。

 

「はぁ」

 

 と、ニャウは曖昧な返事をしながら、ふと思う。

 今、かわいいって言われた……?

 途端、ニャウの心臓が高鳴るのを自覚する。

 

 あれ? なんでこんなことでドキドキしているんですかね……。

 

 ほんのちょっと、助けてもらって、かわいいと言ってもらえただけだ。

 このぐらいのこと、ニャウにとっては些細なことだ。

 だと、わかっているのに、心臓の音はより一層激しくなるばかりで――。

 

 彼女は知るよしもなかった。

 こうなる理由を。

 

 



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―112― 威圧

 同時刻、アゲハと魔王ゾーガは接敵していた。

 

「誰だ? てめぇ」

 

 魔王ゾーガはアゲハの姿を見て、眉をひそめながらそう口にする。

 

「勇者だよ。本物のね」

「あん?」

 

 アゲハのしたり顔に対して、魔王ゾーガは怪訝な顔をした。

 

「まぁ、あなたがどう思おうが、関係ないんだけどね。だって、やることは変わらないんだし」

「なんだてめぇ。さっきから、うぜぇなぁ」

「そう、それは気が合うわね。私もあなたこと、さっきからうざいと思っていたから」

 

 そう言い終えた瞬間、両者は剣を握ってお互い斬りかかった。

 

 

 

 

「キスカぁー」

 

 アゲハと魔王が戦っているであろう場所に戻ると、すでに戦いは終わっていたようで、アゲハが手をふりながらやってきた。

 

「よぉ、大丈夫だったか?」

「うん、大丈夫だった」

 

 と、言いながら、彼女は俺に抱きついてくる。

 

「魔王は?」

「ほら、あそこにいる。ちゃんと倒したよ」

 

 確かに、アゲハが指差した方向に横たわっている魔王ゾーガがいた。見た感じ、アゲハの手によって殺されたみたいだ。

 

「そうか、がんばったな」

 

 そう言いながら、アゲハの頭をなでると彼女は嬉しそうに俺に身を委ねてくる。

 

「ほら、賢者ニャウを連れてきたぞ」

「そうなんだ」

 

 と、言いながら、アゲハは賢者ニャウのほうを見る。

 賢者ニャウはというと、状況をまだ把握できないようで、戸惑っていた。

 

「あなたの転移魔術でダンジョンの外に出たいんだけど」

「そ、それは構わないですが……あなたは誰なんでしょうか?」

「勇者だよ、本物のね」

 

 と、アゲハは言うものの、ニャウは信じられないようで顔をしかめていた。

 

「まぁ、私が勇者かどうかなんてどうでもいいでしょ。ほら、この通り魔王を倒したのは事実なんだから」

「確かに、魔王はすでに倒されてますね」

 

 賢者ニャウは魔王の亡骸を観察していた。

 

「ノクさん、彼女が魔王を倒したというのは本当ですか?」

「あぁ」

 

 賢者ニャウの質問に暗殺者ノクは頷く。

 

「わかりました。まだわからないことが多いですけど、ノクさんがそう言うなら、アゲハさんが魔王を倒したのだと思うのです。なので、協力を惜しみません。ですが、転移魔術を使うにしても全員が揃ってからでないと……。勇者エリギオン様は、そこで寝ているみたいですが、戦士ゴルガノさんと聖騎士カナリアさんを待ってからでもいいですか?」

「あぁ、その必要はないわ。2人とも裏切り者だったから殺した」

 

 もっと言い方があるだろ、と思いつつも事実だからなにも言えない。

 賢者ニャウは驚いてしまったようで、硬直していた。

 

「ノクさん、本当なんですか?」

「あぁ」

 

 再びノクが頷いたのを見て、一応ニャウなりに納得しようとしていた。

 

「わかったのです。ひとまず後で詳しく事情を聞くとして、転移魔術を使って、一旦外に戻りましょうか」

 

 ひとまず、これで賢者ニャウを説得することができた。想像以上に聞き分けがよくて助かる。

 それからニャウはロッドを手にして、呪文の詠唱を開始した。

 転移魔術を発動させるには、それなりに時間が必要だったと思うから、このまま待つ必要があるな。

 

 だから、ぼーっとして待っていた。

 魔王も倒したことだし、これですべてが終わったのだろう。

 百年前にきた当初はわけもわからなかったが、こうして世界を破滅させる元凶を取り除くことができたわけだし、これで俺のやるべきことをすべて成せたのだろう。

 ……そういえば、どうやって、元の時間に戻ることができるんだ?

 観測者はなんて言ってたっけ?

 確か……、

 

「世界が救われたと判断できたら、君を強制的に元の時間軸に戻す」

 

 そうだ、そんなことを言っていたはずだ。

 あれ……? 世界が救われたってどうやって判断するんだろう? 魔王倒したら終わりではないのだろうか?

 こんなことなら、もっと詳しく聞いておくべきだったな。

 なんて、俺は考え事をしていたとき――、

 

 それが起こったのは突然だった。

 あまりにも突然で、最初俺は自分の目を真っ先に疑った。

 

「おい、なにをしているんだ……?」

 

 俺は無意識のうちにそう呟いていた。

 視線の先には、アゲハがいた。

 アゲハの手に大剣が。その大剣にはべったりと大量の血が付着していた。

 

「こいつ邪魔だから」

 

 アゲハはぽつり、とそう呟く。

 

「それに、こいつがいなくなったほうが、キスカも幸せでしょ。だって、これで、アルクス人の風評が生まれることはない」

 

 そう言って、アゲハは俺のほうを見てにっこりと笑った。

 確かに、死んでしまえば、裏切り者の汚名が広まることもないような……、と考える。

 

「な、なにをやっているんですか……ッ!?」

 

 賢者ニャウが叫ぶ。

 叫びながら、ロッドを構えて、アゲハに敵対しようとする。

 

「なに? 私とやる気なの?」

「質問に答えてください……っ。なんで、ノクさんを殺したんですか!?」

 

 そう、たった今、不意打ちのごとく、アゲハがノクの胸を剣で突き刺したのだった。

 あまりにも深く剣が突き刺さって、血が勢いよく飛び散っていた。呻き声をあげる間もなく、即死したのは明らか。

 

「あなたに答える義理はない」

「答えてほしいのですッ! じゃないと、ニャウはあなたと敵対することになるのです」

「そう。別にいいよ。私はどっちでも。私にとって、あなたの生死はあまり興味がないから」

 

 そう言いながら、アゲハは剣の柄を握りしめる。

 待て、このままだと、ここでニャウとアゲハが殺し合いを始めてしまいそうだ。

 それだけはなんとか避けたい。

 

「おい、アゲハ落ち着け。ここでニャウと敵対する意味はないだろ!」

「キスカ。なんで、その女をかばうの?」

 

 そう言って、アゲハは睨み付けてくる。

 瞬間、ゾクッと背筋が凍った。アゲハから放たれた威圧があまりにも強烈だった。

 それでも、俺は勇気をふりしぼって、アゲハを説得しようとする。

 

「かばっているわけではない。ここで戦うのは無意味だと言ってるだけだ。それに、ニャウが怒るのも当然だ。なんで、ノクを殺したんだ?」

「なんでって、キスカは一緒に喜んでくれないの? キスカだって、ノクのこと邪魔だったんでしょ?」

「そんなこと俺は一言も……」

 

 まずいな。しゃべればしゃべるほど、事態が悪くなってくるような……。

 

「キスカどいて」

 

 そう言ってアゲハは再び威圧する。

 これ以上、ニャウの味方をしたらアゲハの機嫌が悪くなりそうだ。

 

「わかった」

 

 そう頷きながら、俺はその場を離れる。

 途端、アゲハは賢者ニャウに近づいては、剣を首に当てながら、こう口にした。

 

「殺されたくなかったら、早く転移魔術を使って」

 

 と。

 

「わ、わかったのです」

 

 賢者ニャウはそう頷くしかなかった。

 俺としては、ニャウを怖がらせてしまったとはいえ、殺されることはなさそうなので、ひとまず安心か。

 

 そして、俺たちはニャウの転移魔術をつかってダンジョンの外へと脱出した。

 

 結果的に、ダンジョンの外に生きて出ることができたのは、俺とアゲハ、それから賢者ニャウと勇者エリギオンの4人だけだった。

 

 



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―113― 着替え

 賢者ニャウの転移陣によって、俺たちは無事カタロフ村へと帰ることができた。

 魔王を倒したということで、村人たちには歓迎されて出迎えられた。

 ダンジョンの中がなにがあったかなんて、村人たちは誰も知らない。

 人数が欠けていることもアゲハという人物が増えていることも気づかれなかった。

 それは、賢者ニャウが俺たちのことを糾弾することなく、穏便に事情を説明してくれたというのも大きいのだろう。

 

 魔王討伐を祝った宴は行なわれなかった。

 というのも、主役である勇者エリギオンがまだ眠っていたからだ。

 ちなみに、村人たちには勇者エリギオンが眠っているのは魔王との激しい戦闘で負傷したから、と説明してある。

 なので、勇者エリギオンが目を覚ましてから改めて宴を行なおうという段取りになった。

 

「ねぇ、キスカ。これからどうする?」

 

 夕食を終えた俺たちは村人たちが用意してくれた宿の一室にて休んでいた。

 寝ようか思っていたところアゲハが部屋に訪ねてきたのだ。

 

「そうだな……」

 

 アゲハの問いに相づちをうちながら考える。

 てっきり魔王を倒せば、百年後に戻れると思ったが、その気配は一切ない。時間差でもあるのだろうか。

 とりあえず、ニャウに詳しい事情を説明してみるか。

 

「――ということがあったんだよ」

「ふーん、なるほどー」

 

 以前、観測者という謎の存在によって百年前に来たということは説明していた。

 ただ、観測者とどういうやりとりがあったのかまでは説明していなかった。

 

「だから、ひとまず百年後の元の時代に戻る方法を探りたいんだが」

「別に戻る必要ないと思うけど」

「え?」

「だって、私がいてキスカがいて、今とっても幸せだから、このままこの時代にいたほうがいいと思うのだけど」

「まぁ、そうかもな……」

 

 そう言われたらそんな気もしてくる。

 俺には家族もいないし、元の時代に戻る必要性はそんなにないような……。

 気がかりといえば、ナミアのことぐらいだろうか?

 百年後に戻らなければ、手に入れた蘇生に使う指輪でナルハを生き返らせることができるかどうかを試すことができない。

 ただ死んだ人を生き返らせようとすることが、本当に正しいことなのかどうか、俺にはよくわからない。だから、元の時代に戻れたとしても、本当に試すかは俺にもわからない。

 

「ただ、観測者はこう言っていた。世界が救われたと判断したら、強制的に元の時間に戻す、と。だから、俺がこの時代にいたいと思っても、難しいんじゃないかな……」

「そうかもね……」

「そういえば、アゲハはどうするんだ?」

 

 考えてみれば、アゲハはどうなるんだろう?

 アゲハも一緒に、百年後に戻れるんだろうか?

 アゲハは元々この時代に生きていたが、封印されたことで百年後まで生きながらえていた存在だ。

 だから、この時代に残るのが自然か? そうなるとアゲハと離れ離れになるな。

 

「多分、私も一緒に百年後にいけると思う」

「そうか、なら安心だな」

 

 せっかくアゲハのために百年前に来たというのに、そのまま会えなくなるのは寂しいからな。

 だから、アゲハの返事に俺は安堵した。

 

 

 

 

 

 翌朝、泊まった宿のベッドで目を覚ます。

 一日経っても、元の時代に戻れるわけではなかった。

 

「世界が救われたと判断できたら、君を強制的に元の時間軸に戻す」

 

 観測者が言っていた言葉を復唱する。

 そういえば、世界が救われたら、と言ってはいたが、魔王が倒されたら、とは一言も言っていない。

 つまり、魔王を倒してもなお、世界は滅亡の危機に瀕しているということだろうか?

 もし、そうなら、なんとか対策をする必要がありそうだ。

 

「とりあえず、アゲハに聞いてみるか」

 

 なので、アゲハの泊まっている部屋に向かった。

 

「アゲハ、話があるんだが」

 

 と言いながら、扉を開ける。

 

「あっ」

 

 彼女は言葉を漏らす。

 見ると、目の前には着替え中なのか半裸のアゲハがいた。下着とか胸元とか色々と見てはいけないものが見えてしまっている。

 

「悪い」

 

 とっさにそう言いながら扉を閉めようとする。こんなことなら、もっと確認してから開ければよかった。

 

「なんで閉めようとするの」

 

 なのに、なぜかアゲハが扉を掴んでは、扉が閉まらないようにする。

 

「そりゃ、人の着替えを見るのはまずいだろ」

「別にキスカなら見てもいいのに」

「そうもいかないだろっ」

 

 言いながらも、扉を閉めようと懸命に力をこめるが、アゲハのほうがずっと力が強いようで、全く閉められそうにない。

 

「降参だ」

 

 結果、扉を閉めることを諦める。

 いくらがんばってもアゲハに力で勝てる気がしない。流石、勇者ってことなんだろう。

 

「中に入っていいよ」

 

 言われるがままに、中に入る。

 

「それで、なんの話できたの……?」

 

 ベッドに腰掛けると、アゲハがそう言いながら隣に座ってきた。

 

「おい、なんで着替えないんだよ!?」

 

 今もアゲハは下着姿であり、直視しづらい格好をしている。

 着替えの途中だったんだから、早く着替えを終わらせてくれ。

 

「んー、着替えは後でもいいかなーって。それよりもお話を聞きたいなぁ」

「普通、そんな姿、他人に見られたくないだろ」

「だから、さっき言ったじゃん。キスカなら見られてもいいって。あ、そうか。キスカったせら私の格好を見て、照れてるんでしょー。まぁ、でも仕方がないかー。キスカって、あれだけ私に誘惑されても手を出せなかった、ヘタレだもんねー」

 

 鳥肌が立つ。

 まさか、アゲハからあのことについて言及してくるなんて思いもしなかった。

 初めて、ダンジョンでアゲハと遭遇した際に、アゲハに夜這いされた結果、俺が拒絶したことを言っているのは明らかだ。その後、アゲハは自殺した。

 はっきりいって、未だにあの事件は、俺の中で大きなトラウマとなっている。同時に、あの事件があったせいで、アゲハに対して、苦手意識がどうしてもある。

 

「しかも、他の女に言い寄られたときは、あっさりとその気になっちゃってさー。キスカにわからないよねー。どれだけ、私の心が傷ついたか」

 

 ニャウとの関係についてはアゲハは把握していなかったと思うから、恐らくユーディートとのことを言っているんだろうな。

 

「悪かったよ……」

 

 とっさに俺は謝っていた。

 

「謝罪なんて聞きたくない」

 

 対して、アゲハはそう口にした。

 アゲハの表情を見ると、彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。

 誰よりも強いくせに、俺といないとすぐに壊れてしまいそうなぐらい心は弱い。

 だからこそ、俺が近くにいて支えてやらないとダメなんだ。

 

「アゲハ、好きだよ」

 

 そういえば、まだちゃんと彼女に「好き」と伝えてなかった気がする。

 

「嬉しい」

 

 そう言って彼女は微笑んでくれる。

 本当に、アゲハのことが好きなのか、まだ答えはでていない。

 けど、今はこれが正解のような気がする。

 

 



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―114― 朝ご飯

「それで、なんの話があって来たの?」

 

 アゲハが話題を切り替えるようにそう口にした。

 そういえば、話があると言って、この部屋に入ったんだった。

 

「昨日話しただろ。観測者は俺に、世界が救われたと判断できたら俺を元の時間に戻すと言ったって。それで、一日経っても元の時間が戻れないということは、まだ世界は絶望の危機に瀕しているんじゃないのかなって思ったんだよ」

「なるほどねー。確かにその可能性は十分にありそう」

「けど、世界を滅ぼす元凶の魔王ゾーガは倒しただろ。だったら、なにが原因で世界が滅ぶんだろうな」

「魔王ゾーガ以外にも危険な存在は多いよ。魔王の配下の魔族たちはまだいるわけだし、『混沌主義』みたいな謎な組織もいるし」

「確かに、そうだな」

 

 魔王ゾーガを倒したとしても、この世界が平和になったわけではないということか。

 

「なぁ、アゲハ。俺は、世界が滅ぶというなら、それを阻止したいと思うんだが、アゲハも協力してくれるか?」

「私は勇者だよ。世界を救うのが仕事なんだから、協力するのは当たり前でしょ」

「そうか」

 

 アゲハが協力してくれるならありがたい。なんといっても彼女は勇者なんだから。

 

「とはいえ、まずなにからすべきなんだろうな」

 

 世界が滅亡する原因がわからないと対策しようがない。

 

「アゲハは世界が滅亡する原因に心当たりがないか?」

「んーと、例えば『混沌主義』の連中とかかな? 具体的なことはわからないけど」

「そうか」

 

 となると、地道に調査するしかなさそうだな。

 

「キスカ、提案なんだけどいい?」

「なんだ?」

「キスカと一緒にどこかへ遊びに行きたいな」

 

 遊びか。

 世界が滅びるかもしれないのに、そんな呑気なことをしていいのだろうか、と思ったが、とはいえ気を張り詰めすぎるのもよくないような。

 気分転換も大事か。

 

「わかった、どこか遊びに行こうか」

「やった」

 

 と言って、彼女は喜んだ。

 

 

 

 

 アゲハの着替えが終わると、俺たちは一階へと降りる。

 一階の食堂で、俺たちのために朝食を用意してくれていると聞いていた。

 

「お、おはようなのです」

「あぁ、おはよう。ニャウも朝食か?」

「はい、そうです」

 

 食堂に行くと、賢者ニャウが挨拶をしてきた。

 どことなく彼女の様子がぎこちないような。すると、彼女はちらりと後ろを見る。

 あぁ、なるほど。

 すでに、席には勇者エリギオンが座っていた。

 昨日は気絶していたが、一日経って回復したらしく、見た感じは健康そうだ。

 

「勇者様、おはようございます」

 

 失礼のないように、俺は丁寧に挨拶をする。

 

「あぁ、おはよう」

 

 と、勇者エリギオンは挨拶を返すが、どうにも表情は硬い。

 

「おい、アゲハ。挨拶をしろよ」

 

 俺の後ろでただ突っ立っているだけのアゲハに小声でそう促す。

 

「どうも」

 

 あろうことか彼女は目線もあわせずにそう言った。

 おい、相手は一国の王子でしかも勇者様だぞ。もっと丁寧に挨拶しろよ、失礼すぎるだろ、とか思う。とりあえず、謝ろうかと頭をさげた瞬間――

 

「賢者ニャウから君の事情はあらかた聞いたよ」

 

 と、勇者エリギオンはアゲハの態度を咎めもせずに、話し始めてしまった。

 おかげで、謝るタイミング失ってしまった。

 

「そうなんだ」

 

 またもやアゲハはぶっきらぼうに返事をする。

 

「君には色々と確認したいことがあるが、まずはそうだな――」

 

 勇者エリギオンはとめた息を吐く。

 いったいなにを言うんだろうか? 王子の権限で処刑とか言い渡されたらどうしよう。処刑される心当たりが多すぎるんだよなぁ。

 

「ありがとう。魔王を倒してくれたことを国民の代表として君に感謝を申し上げる」

 

 と、勇者エリギオンは律儀に頭を下げた。

 そのことに俺は目を見開く。まさか感謝されるとは思っていなかった。

 

「キスカくん、君も協力してくれたんだよね。君にも僕からお礼を言わせてくれ、ありがとう」

「あ、ありがとうございます」

 

 その上、俺自身にもお礼を言われる。慌てて俺は頭を下げた。

 

「さて、君の口から今回のことについて説明を聞かせてくれないかな」

 

 勇者エリギオンはアゲハの目を見てそう言った。

 賢者ニャウから事情を聞いたとはいえ、十分ではないはずだ。説明を求められのは当然だろう。

 そう思って、アゲハを見る。

 

「嫌だ」

 

 彼女は端的に拒否した。

 

「お前、勇者様のお願いを断るなよッ!!」

 

 慌てて、俺はアゲハに苦言を呈する。

 これで勇者エリギオンの機嫌が悪くなっていないといいんだが。

 

「だって、めんどくさいんだもん」

「そんなの言い訳にもなってねーよ! 勇者様にちゃんと説明しろ!」

「まぁ、キスカがそう言うなら、わかった」

 

 ふて腐れたのは明らかだが、頷いてくれたので良しとするか。

 

「申し訳ございません! こいつには後で叱っておきますので、なにかご容赦を」

「あぁ、うん、別に謝らなくてもいいんだよ」

 

 どうやら許してもらえたようだ。

 よかったー。勇者様が優しくて。

 

「それじゃあ、朝ご飯を食べながらお話を聞こうか」

 

 そんなわけ勇者エリギオンに対する説明が始まった。

 

 



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―115― 説明

「早速だけど、君は何者なんだ?」

 

 早速本題から入るつもりのようで、対面に座っている勇者エリギオンがアゲハに対して、そう質問をした。

 ちなみに、朝食を食べながら重要な話をするということで、すでに人払いを済ませておいた。この話を聞いているのは、俺とアゲハと勇者エリギオンと賢者ニャウの4人だけだ。

 

「私は勇者。本物のね」

 

 アゲハはぶっきらぼうな調子で言う。

 不遜な態度を勇者エリギオンに失礼だと思われるんじゃないだろうか、と俺はびくびくしていた。

 

「僕は自分が勇者だと思っていたんだけど」

「あなたは『混沌主義』という組織によって、作り出された偽物の勇者よ」

 

 それからアゲハは説明した。

 自分が〈聖剣ハーゲンティア〉に封印されていたこと。その剣を持っていた勇者エリギオンが勇者の資格を手にしたことを。

 

「君が本物の勇者だと示す証拠はあるのかい?」

「私が魔王を倒した。それ以上の理由なんて必要ないと思うんだけど」

 

 そうアゲハが言うと勇者エリギオンは考える仕草をした。

 数十秒後、勇者エリギオンはこう口を開いた。

 

「確かに、僕は偽物の勇者のようだ」

「俺たちの話を信じてくれるんですか?」

 

 まさか、こんなにもあっさりと信じてもらえるとは思わず、とっさに俺はそう口にする。

 

「まぁ、そうだね。客観的に考えてみても、僕は勇者ではないようだしね」

 

 そう言いながら、勇者エリギオンはステータス画面を表示させた。

 

「今朝みたら、こんなことになっていたよ」

 

 勇者エリギオンが俺たちに見せた画面には、その人のランクが映っていた。

 ランクはプラチナ。

 確か、勇者エリギオンはマスターの序列7位だったと記憶している。

 

「もしかして、アゲハさんがマスターになったんじゃないかな」

「そうね。今の私はマスターランク」

「僕がマスターだったのはねアゲハさんが封印されている剣を持っていたからなんだろうね。それを失った今、僕はマスターの資格を失ったということなんだろう」

 

 なるほど、ランクの変動でそれだけのことがわかるのか。

 

「勇者アゲハ、君が真の勇者だと認めよう。だが、一つだけ解せないことがある。なぜ、聖騎士カナリアを殺したんだ?」

 

 そう言った勇者エリギオンの表情は険しかった。

 やはり、聞かれるよな。

 勇者エリギオンにとって聖騎士カナリアはお気に入りの忠臣だったようだし、彼女が殺されたという事実は彼にとって納得できないことのはずだ。

 

「彼女は裏切り者。彼女は死んだ魔王を復活させようと暗躍していた。だから、生かしておくわけにはいかなかった」

「彼女が裏切り者だって証拠はあるのかい?」

 

 勇者エリギオンの問いに、アゲハは「キスカ」と口にしながら俺のほうをみた。

 

「アレを見せてあげて」

 

 なんのことかはすぐにピンとくる。

 

「これは聖騎士カナリアが持っていた魔王を蘇生させるのに使う指輪です」

 

 そう言って俺はポケットから例の指輪を取り出す。

 

「確かに、見た感じ特別な指輪ではあるようだが、その指輪は君たちが用意したただのガラクタの可能性だってあるわけだろ」

 

 まぁ、勇者エリギオンの言うことは最もだ。

 だが、俺には聖騎士カナリアが裏切り者だと納得させる材料がもう一つある。

 

「勇者エリギオン様」

「キスカくん、僕はもう勇者ではないんだよ」

 

 確かに、それもそうか。

 

「エリギオン殿下」

 

 と、俺は言い直す。彼が第一王子である以上、この呼称が最も適しているはずだ。

 

「ルナ村という言葉をご存じですよね」

 

 そう言った途端、エリギオン殿下はビクリと体を震わせる。

 

「聖騎士カナリアはルナ村の生き残りのようです。なので、彼女は殿下に対して強い復讐心を覚えていたようです」

「そんな馬鹿な……ッ」

 

 と、エリギオン殿下が立ち上がってはテーブルを叩く。

 隣に座っていた賢者ニャウが心配そうに「大丈夫ですか……?」と呟いていた。

 

「聖騎士カナリアは庶子だったこともあり幼い頃ルナ村のご両親に預けられていたそうです。カナリアのご両親を事情聴取すれば、裏付けはとれるかと」

「つまり、彼女には僕を裏切る動機があったというわけか……」

 

 エリギオン殿下は呆然とした様子で椅子に座り直す。

 

「聖騎士カナリアについて僕なりに調べてみるよ……。ありがとう、色々と話を聞かせてくれて……」

「こちらこそ、ありがとうございます。俺たちの話を信じてくれて」

「あぁ、そうだ。勇者アゲハ、君は魔王を倒したということで国王陛下から直々に褒賞を与えられるだろう。それに、ぜひ、王都で行なわれる凱旋式に出てもらいたい。なにせ、凱旋式の主役は勇者である君なんだから。だから王都に来てくれないかな?」

 

 そういえば、魔王を倒した後、勇者たち一行は王都に行って、凱旋式に参加する予定だったことを思い出す。

 魔王を倒したアゲハが凱旋式に参加するのは当たり前だ。

 

「いやだ。めんどくさい」

 

 アゲハはそう言って突っぱねる。

 

「目立つのはあまり好きじゃない。勇者って名乗るのも嫌なぐらい。なんだったら、あなたが魔王を倒したということにしていいわよ」

「流石に、そういうわけには……」

 

 エリギオン殿下は困った表情をする。

 

「最悪、凱旋式には参加しなくてもいいから、王都には来てくれないかな。君のことをもてなしたい」

「いやだ」

 

 いや、よく第一王子のお願いを無碍にできるよな。

 

「なぁ、アゲハ。王都に行くぐらいならいいんじゃないか? ほら、王都に行ったら、色々とおもしろいものがあるはずだし」

 

 今朝、アゲハは遊びに行きたいと言っていた。

 だったら、まずは王都にいって観光するのも悪くないんじゃないだろうか。

 

「キスカがそう言うなら、そうする」

「その気になってくれたらみたいで、よかったよ。それじゃあ、改めて馬車の手配をするから、一緒に王都に行こうか」

 

 そう言って、エリギオン殿下はどこかへ向かおうとする。すでに彼は朝食を食べ終えていた。

 もう会話を切り上げるつもりなんだろう。

 

「エリギオン殿下、もう一つだけお耳に入れておきたいことがあるのですが」

 

 俺はあることを思い出し、そう言ってエリギオン殿下を呼び止めた。

 

「ん? なんだね」

「実は、俺たちの戦いはまだ終わっていないんですよ」

 

 まだ、世界は滅亡する危機から救われたわけではない。

 といっても、具体的になにが起きるのかまでは、全くわからない。

 だから、警戒しておいてください、と伝えることしかできなかった。

 それでもエリギオン殿下は「肝に銘じておこう」と頷いてくれた。

 

 



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―116― 王都へ出発

 エリギオン殿下との朝食を終えた後、早速馬車を使って王都へ向かうことになった。

 村人たちは昨日できなかった宴を開きたがっていたが、忙しいエリギオン殿下を引き止めるわけにもいかないため、渋々諦めた様子だった。

 

「それじゃあ、出発してくれ」

 

 エリギオン殿下が御者にそう命じる。

 馬車には俺の向かいにエリギオン殿下と賢者ニャウ、隣にアゲハが座っている。

 この馬車には何度か乗った記憶がある。あのときは、聖騎士カナリアがいつ裏切るかヒヤヒヤしていたが、今は敵がいないことが分かっているので安心して乗ることができる。

 

「そういえば、キスカくんとアゲハさんはどういう関係なんだい? 随分と仲が良いみたいだけど」

 

 馬車が進み始めると話題のひとつでもと思ったのか、エリギオン殿下がそう話しかけてきた。

 俺とアゲハの関係か……。

 なんて説明したものか。友達じゃあ、俺とアゲハの関係を言い表すのになにかが足りない気がする。かといって他にいい表現は思いつかないが。

 

「恋人です」

 

 と、アゲハが断言した。

 思わず噴き出しそうになる。いや、アゲハと恋人関係になった覚えが俺にはないんだが。まぁ、何度もキスをしているし事実上の恋人関係ではあるんだろうけど。

 

「え……?」

 

 ふと、誰かがそう言った。

 それは、あまりにも大きい声で馬車の中が一瞬静まる。

 

「ニャウ、どうかしたのかい?」

 

 エリギオン殿下が隣に座っている賢者ニャウに語りかけていた。

 あぁ、どうやら声の主は賢者ニャウだったらしい。

 

「い、いえ、少し驚いただけです……。き、気にしないでください」

 

 賢者ニャウは慌てた様子で取り繕う。

 まぁ、思いがけず大きな声を出してしまうことは誰だってあるしな。

 

「確かに、2人が恋人関係なのは意外だね。だって、君たちはダンジョンの中で出会ったばかりだろ。どこでそんなに仲良くなったんだい?」

 

 エリギオン殿下がニャウの言葉に同調する。

 そう聞かれると、困るな。

 エリギオン殿下の中では、アゲハはダンジョンの中で封印が解けて自由の身になったことになっている。

 だから、昨日と今日だけで知り合いから恋人関係まで発展したということになる。

 まさか、俺が百年後の世界から来たなんて言うわけにもいかないしな。

 

「私の一目惚れだから」

 

 アゲハが照れくさそうにそう説明した。

 そう言うしかないだろうな。

 

「そうなんだ。確かに、キスカくんはかっこいいからね。気持ちはわかるよ」

「キスカ、かっこいいだって。よかったね」

 

 アゲハがおちょくってくる。

 

「男に言われても嬉しくはないな」

 

 あと、俺よりもエリギオン殿下のほうが何倍もかっこいいしな。だから、かっこいいと言われてもお世辞にしか聞こえない。

 

「えー、じゃあ、私が言ってあげようか」

「やめろ、恥ずかしい。殿下が見ているんだぞ」

「じゃあ、2人きりのときに言ってあげるね」

「やめてくれ。どっちにしろ、恥ずかしい」

 

 てか、こんなのろけにしか聞こえない会話をして大丈夫だろうか? エリギオン殿下が退屈していないといいんだが。

 不安になったので、チラリ、とエリギオン殿下の様子を見る。

 ニコニコと笑っていた。

 よかった。どうやら機嫌を悪くしてはいないようだ。流石、一国の王子なだけあって器が大きい。

 

「うぐ……ッ」

 

 ふと、嗚咽が聞こえた。

 見ると、斜め向かいにいる賢者ニャウが俯いた姿勢で声を押し殺すようにして泣いていた。

 他の者もそのことに気がついたようで、誰もが困惑した表情を浮かべている。

 なにせ、今までのやりとりに泣く要素が一切なかった。なんで、泣いているのか見当さえつかない。

 

「ご、ごめんなさいです……。目にゴミが入っちゃったみたいで、さっきから涙がとまらなくて、その、気にしないでくれると嬉しいです……」

 

 賢者ニャウは目を擦りながら言い訳をする。

 いや、どう見ても目にゴミが入ったで説明がつかない涙だろ、とか思うが口には出さない。

 俺以外の人も同じことを思っただろうが、なにも言わなかった。

 結局、賢者ニャウの謎の涙のせいで、馬車の中の空気が重くなり必然と口数は少なくなってしまった。

 

 

 

 

 王都に着くと、町中はすでにお祭り騒ぎだった。誰もが外にでてお酒を飲んだり歌ったりしている。

 すでに魔王討伐の報せが町中に届いたのだろう。

 馬車の中に、エリギオン殿下がいるのは民衆たちにすぐバレてしまった。

 なので、民衆たちが馬車のほうへとたくさん押し寄せてきたせいで混乱状態になってしまった。それを、やってきた兵士たちがなんとか統制をとって混乱を治める。

 エリギオン殿下は窓から顔をだし手を振っては、民衆達の期待に応えていた。

 俺たちはというと、どうしていいのかわからないため、顔を隠してはいないフリをしていた。

 馬車はそのまま町の中を通って王宮へと入っていく。

 

「勇者アゲハ、国王陛下はすでに君を歓迎する準備を整えているみたいだ。ぜひ、来てくれないかな?」

 

 馬車が止まると、エリギオン殿下は外にいる兵士となにやら話してから再び馬車に戻ってきては、アゲハを招き入れようとする。

 

「いいですよ」

 

 そう言ったアゲハの表情からは面倒だという感情がありありと見て取れた。

 

「キスカくんとニャウも、ぜひ来てくれ。君たちも功労者だ。父がお礼を言いたいそうだ」

 

 ということなので、俺とニャウも一緒になって馬車を降りる。

 ニャウの涙はすっかり収まったようで、平然としていた。

 

「アゲハ、国王陛下の前なんだから失礼なことをするなよ」

 

 心配なので一応釘を刺しておく。

 

「わかっているって。私だって身の程は弁えているつもりよ」

 

 と、アゲハはそう言うが、やはり心配だ。

 てか、俺も国王陛下と直接顔を合わせるんだよな。そう思うと、なんだか緊張してきたな。

 格好なんかも村で用意した国王と会うには貧相な服だ。

 こんな服で大丈夫だろうか……。

 

「キスカ、もしかして緊張しているの?」

「普通するだろ。逆にお前は緊張してないのかよ」

「うん、全く」

 

 ケロリとした表情でアゲハはそう頷く。

 この精神は少し見習いたい。

 

「だって、私勇者だよ。国のトップなんか怖くないわ」

「勇者って、すごいんだな」

「キスカは後ろで見ているだけでいいよ。やりとりは全部私がやることになりそうだし」

「なんか、お前がすごく心強く見えるよ」

「キスカに頼られるなんて、なんか嬉しい」

「そうかよ」

 

 アゲハと喋ったおかげか少しは緊張がほぐれたような。

 

「こちらにて国王陛下がお待ちです」

 

 俺たちを先導していた使用人らしき人物が扉の前で立ち止まった。

 どうやらこの扉の先に国王陛下が待っているみたいだ。

 

 



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―117― 謁見

 王宮の謁見の間にて、国王陛下は玉座に座りながら待ち構えていた。

 その両隣には、これまた偉そうな人たちが大勢並んでいる。

 

「陛下、ただいま戻りました」

 

 先頭を歩くエリギオン殿下がそう言い放つ。

 

「おぉ、よく無事に戻ってきたな。お主のような息子を持てて鼻が高いぞ」

「もったいなきお言葉です」

 

 そう言いながら、エリギオン殿下は頭を下げる。

 

「それで、魔王を討伐した者がこの中にいると聞いたが」

「はい、彼女こそが真の勇者であり魔王を倒した者です」

 

 エリギオン殿下がアゲハを紹介すると、アゲハは一歩前に進み、頭を下げる。

 

「陛下、お初にお目にかかります。アゲハと申します」

「そうか、お主が勇者か。我が息子が本物の勇者ではないと聞かされたときは少し残念に思ったが、しかしお主の手によって、魔王が討伐されたことが大変喜ばしいことには変わらない。大義であった」

「もったいなきお言葉です」

 

 アゲハは律儀に礼をする。

 

「そうだ、お主にはなにか褒美を与えねばな。なにか望みはあるか?」

 

 陛下がそう口にした瞬間「おぉ」とどよめきが起こる。あまりの好待遇に驚いたのだろう。

 

「金でもいいし、土地でもいい。それとも、地位か? もしくは権力か? 我に叶えられることなら、なんでも叶えてやろう」

 

 随分と太っ腹な国王陛下だな、とか思う。

 全部欲しいです、と言ったら叶えてくれそうだ。

 

「そうですね……」

 

 と、アゲハは口を開く。

 一体なにを望むつもりだろう、と俺は注視した。

 

「特に必要ありません。私は現状で十分満足していますので」

 

 アゲハがそう言った瞬間、どやめきが起こる。

「なんて謙虚なお方だ」とか「これが勇者に選ばれし人間か。見習わねば」といった声がちらほら聞こえてくる。

 

「ふはっはっはっ、流石に勇者に選ばれし人間だ。だが、本当になにもやらなければ国王の名に傷がつく。後で褒賞を用意しよう」

 

 そう言って、国王陛下は自分の部下になにやら命じた。

 その後も国王との謁見は滞りなく終わった。

 俺も貢献したということで後から国王陛下から褒賞をもらえるらしい。

 

 それから俺とアゲハ、それと賢者ニャウも王宮で行なわれた晩餐会に出席した。

 祝勝会も兼ねているということでいつもよりも豪華な食事とのことだった。

 その上、王宮にある部屋にしばらく泊まっていいということでありがたくそうすることにした。

 

「もうお腹いっぱーい」

 

 ベッドの上でアゲハは伸びをしていた。

 確かに夕飯の量が多かったので満腹だ。

 

「なぁ、アゲハ、明日はどうする?」

 

 まだ褒賞とやらをもらえていないので、もうしばらくは王都にいるつもりだ。

 

「デートがしたい」

 

 アゲハがそう口にする。

 

「デートか」

 

 そういえば、今朝アゲハが遊びに行きたいと言っていたことを思い出す。

 

「そうだな。せっかくだし、明日は2人で王都を見て回るか」

「うん」

 

 ということなので明日の予定が決まる。

 世界が滅亡する危機がそのうちやってくる可能性があるという懸念はあるものの、しばらくは楽しく過ごすことができそうだ。

 

 そういえば、なぜニャウは馬車の中で泣いていたんだろう?

 国王に謁見したときもどことなく元気がなさそうな気がしたし。

 わからないな。

 前回の時間軸でニャウと過ごしたときの記憶を掘り起こしても、それらしい理由にたどり着くことが出来ない。

 まさか、ニャウが俺のことが好きで、なのに俺とアゲハが付き合っていることにショックを受けて泣いてしまったなんてことはあり得ないしな。

 なにせ、前回の時間軸でニャウと過ごした記憶は全てリセットされているのだから。

 ニャウのことが少し心配だが、かといって今の俺ができることもなさそうだ。

 今回の時間軸では、ニャウとは特に関係を深めていないのに、突然相談にのると言ったところで戸惑わせるだけだ。

 

「そういえば、さっき聞いたんだけど、この王宮には大浴場があって自由に入っていいんだって」

 

 と、アゲハが言う。

 大浴場か。カタロフ村にも公衆浴場はあったため、どんなのかは知っている。

 王宮の大浴場だし、さぞ豪華な造りなんだろうな。

 どんなのか楽しみだ。

 

「あとで入りに行くか」

「せっかくだし一緒に入る?」

「馬鹿を言うな。男女が同じ風呂に入れるわけがないだろ」

「バレなきゃ大丈夫でしょ」

「王宮の浴場だし、恐らく使用人とか色んな人が使っているだろ。だから、バレないように使うのは無理なんじゃないか」

「そっかー。国王陛下にお願いして、貸し切りにしてもらえばよかったなー」

 

 とか言い出す。

 アゲハのことなら、国王陛下による望みを本当にそんなことに使ってしまいそうだ。

 

「そういえば、なんで国王陛下に望みを言わなかったんだ?」

 

 ふと、気になったので聞く。俺が同じ立場なら、お金を無心してしまいそうだ。

 

「言ったでしょ。現状で十分満足しているって」

「そういえば、そう言っていたな……」

 

 とはいえ、今のアゲハが特別恵まれているとは思わないが。

 

「うん、キスカさえいれば、後はなにもいらない」

 

 そう言ってアゲハは俺のことを見つめる。

 その瞳は獣のように光を放っていた。まるでこのまま見つめていると、飲み込まれてしまいそうだ。

 

「そうか」

 

 冷静を装いつつ俺はそう頷く。

 アゲハの放つまっすぐすぎる好意に、俺の心臓がバクバクしていた。

 

 



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―118― デート

 翌日、約束通り俺とアゲハはデートをすべく外へ出かけた。

 まだ戦勝ムードは終わっていないようで、すれ違う民衆たちはどことなく浮かれていた。

 

「なぁ、アゲハ」

「なに?」

 

 隣を歩いているアゲハがこっちを見る。

 

「お前って、お金とか持っているのかな?」

「うん、持っているけど」

 

 そう言いながらアゲハは手元から〈アイテムボックス〉を展開する。

 すると、中からいくつかの硬貨がでてきた。

 

「言い辛いんだけど、俺そんなにお金を持っていないからさ……」

 

 冤罪でダンジョンを投獄されたときはお金なんて持たされていなかったわけだし、その後、ダンジョンの外に出るタイミングはあったもののお金を用意する余裕なんてなかった。

 

「別に気にしなくていいんだよ。私、お金ならけっこう持っているから」

 

 彼女にお金を出させるのは、情けないような。

 せめてエスコートぐらいはしよう。準備ならしてある。昨日王宮で働いている使用人におすすめの場所を聞いてきたのだ。

 

「まだお腹は空いていないよな?」

「うん、朝ご飯食べたばっかりだしね」

 

 ちなみに、朝ご飯は王宮で働いている使用人が部屋まで運んでくれた。

 

「演劇とか興味あるか? 王都には有名な劇場があるんだって」

「へー、行ってみたいかも!」

「じゃあ、早速行ってみるか」

 

 昨日、使用人に聞いたところ、王都にある劇場がもっとも人気なデートスポットだということだった。

 そういうわけでアゲハと一緒に劇場へ向かった。

 

「大変、申し訳ございません」

 

 受付嬢がそう言って頭を下げていた。

 当日のチケットをもとめたところ、劇場はすでに満席ですでにチケットは売り切れだとのことだった。

 

「えっと、明日なら空いてたりしませんかね?」

「明日も満席ですね」

「いつなら、空いていますかね?」

「そうですね。直近でも、六日後になってしまいます」

 

 受付嬢が申し訳なさそうにそう口にする。六日も待たないといけないなんて、随分と盛況なようだ。

 

「どうする? アゲハ」

 

 俺たちの今後の予定は特に決まってなかった。

 六日間王都にいたっていいし、明日別の町に旅立ったっても構わない。

 王宮には半年でも1年でも滞在してくれても構わないと言われたから、後六日ぐらい滞在しても文句は言われなさそうだ。

 

「キスカが観たいならもちろん構わないけど」

「俺が知りたいのは、アゲハが観たいかどうかだよ」

 

 アゲハはよく俺に同調している気がする。そのこと事態は嬉しいが、たまにはアゲハも意見も聞きたい。

 

「んー、そうだねー。私はキスカと一緒なら、なにをやっても嬉しいから、そう聞かれると困ってしまうかも……」

 

 と、アゲハは言った。

 そんな風に言われると、少し照れてしまう。

 どんだけこいつは俺のことが好きなんだろうか。

 

「まぁ、だったら、せっかくの機会だし、一緒に観るか」

「うん」

 

 そんなわけで六日後、劇場で演劇を観る予約をとった。

 

 

 

 

 それから使用人が王都で人気だと言っていたレストランでアゲハとランチを食べて、その後は目的もなく町を練り歩いた。

 王都というだけあって品揃えは豊富で、ただ眺めているだけでも存分に楽しい時間を過ごすことができた。

 夕食は王宮で用意してくれるということなので、夕食前には帰宅した。

 

「入っても構わないかい?」

 

 夕食後、アゲハと部屋でのんびり過ごしていると、扉のノック音が聞こえた。

 扉を開けると、いたのはエリギオン殿下とその使用人だった。

 夕食は身分ごとに部屋に分かれて食べるらしく、俺たちは客人用の部屋で食べたため、王族のエリギオン殿下とは顔を会わせる機会はなかった。

 

「勇者アゲハにぜひお願いがあってきたんだけど」

「なに?」

「今度行なわれる凱旋式にぜひ、参列してくれないかな?」

 

 凱旋式は、以前、誘われたときにアゲハは断ったはずだ。

 

「その、以前断られたことは承知で改めてお願いしているんだ。せっかく凱旋式を執り行うんだから、勇者である君にぜひ参加してほしい。君が参加してくれたら、国民の皆も喜ぶと思うんだ」

 

 そうエリギオン殿下が説得するも、アゲハは渋い顔をしていた。

 どうしても参加したくないようだ。

 

「その、参加したくないなら、その理由を聞かせてくれないかな?」

 

 アゲハの気持ちを感じ取ったらしいエリギオン殿下がそう口にする。

 

「目立ちたくないの。私が勇者だってことが多くの人にバレてしまったら、町を歩いているだけでも注目されてしまいそうじゃない。そうなったら、対応に疲れてしまいそう」

「なるほど、だったら、仮面をつけて参加しても構わないよ。それなら、君が町を歩いても勇者だってことがバレることはない。どうだろう?」

 

 アゲハは困った顔をしていた。

 まさか自分のために、仮面をつけるなんていう対策をしてもらえるなんて思っていなかったのだろう。

 

「そういえば凱旋式が行なわれるのっていつだっけ?」

「今から六日後だよ」

 

 六日後。そういえば、演劇を観るのも六日後だったはず。

 

「残念ながら、その日はあいにく予定があるの。だから、凱旋式に参加できない」

「予定ってなにかな?」

「演劇を観るの。もうチケットは買ってしまったわ」

 

 そう言いながら、アゲハはチケットを見せびらかす。

 

「なるほど。確かに、同じ日だね」

 

 そう言ってエリギオン殿下は額を抑えて考え込む。

 

「よしっ、劇場の日を次の日にずらしてもらおう」

「そんなことできるのか?」

「僕は王族だよ。劇場に言えば、チケットの変更ぐらいすぐにしてもらえるよ」

 

 エリギオン殿下はいつもフレンドリーに話しかけてくるから、つい忘れてしまいそうになるが、彼はこの国の王族だった。

 そりゃ、チケットの変更ぐらい容易だろう。

 

「別に、そんなの必要ない。私は六日後に演劇を観たいの」

「なるほど……。けど、流石に凱旋式の日時をずらすわけにもいかないし」

 

 と言いながら、エリギオン殿下は演劇のチケットを眺める。

 すると、なにが気がついたようで、こう口にした。

 

「これハズレ席だね」

「ハズレ席?」

「もしかして、今日、このチケットを買ったのかい?」

「あぁ、そうだけど」

「やはり、そうか。この席は、端っこの、しかも大きな柱の真後ろにあることで有名なんだよ。通称、ハズレ席。この席からじゃ、なにも観ることができないよ」

「そうなのか……」

「王都の演劇は人気だからね。半年前じゃないと予約するのが難しいと言われているんだ。それでも、君たちが六日後のチケットをとることができたのは、その日が凱旋式と被ったことでキャンセルが出たからだろうね。とはいえ、それでもハズレ席しか空いていなかったんだろうけど」

 

 まさか、演劇がそれほど人気だと思わず舌を巻く。

 半年前に予約しなくてはいけないって想像以上に人気なようだ。

 

「けれど、王族の僕なら、七日後のしかも、特等席を用意することができるよ」

「特等席だと?」

「あぁ、一番見やすい三階の真ん中、しかも君たち以外が入れない個室になっている席を用意することができる」

 

 個室という単語でアゲハの心が揺れ動いたらしく、瞳孔がはっきりと開いていた。

 

「もちろん、君が凱旋式に出席してくれることが特等席を渡す条件だよ」

 

 特等席が魅力的なのは間違いないが、それでも凱旋式に出るのは戸惑いがあるらしく、アゲハはすぐに答えを出せないでいた。

 

「エリギオン殿下、凱旋式は俺も参加していいんですよね」

「あぁ、キスカくんも功労者だからね。参加してくれるなら、とても嬉しいよ」

 

 そうか。だったら――

 

「アゲハ、俺と一緒に凱旋式を参加するってのはどうだ? せっかく、エリギオン殿下が俺たちのため尽力してくれたんだし、期待に応えてもいいんじゃないかな?」

 

 劇場の特等席のみならず、王宮に泊めてもらえたり夕食をいただいたりとたくさん世話になっていることだし、ならば俺たちもなにかをしてあげるべきだ。

 

「うん、キスカも一緒に歩いてくれるならいいよ」

 

 と、アゲハは同意した。

 

「よしっ、決まりだね」

 

 エリギオン殿下は満足そうに頷いていた。

 

 



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―119― 凱旋式

 それから凱旋式の日まで自由に過ごすことができた。

 ほとんどの日はアゲハと一緒に街を見て歩いた。

 あとは、なりゆきで大剣豪と模擬試合をするなんてこともあった。

 また、ある日は、エリギオン殿下に誘われて狩りをしに馬車で遠出した。その日は、賢者ニャウも同行した。彼女も凱旋式に出るため、王宮で泊まっているらしい。

 

「聖騎士カナリアについて調べたよ。確かに、彼女はルナ村の出身者だった」

「そうでしたか……」

 

 以前、聖騎士カナリアがルナ村の出身者だってことを口頭で伝えた。恐らく、本当にそうなのか、調べたんだろう。

 

「彼女は騎士団で強いと評判で周りからの信頼も厚かった。だから、僕も彼女を信用していたんだ。けど、彼女はどんな気持ちで僕のもとで働いていたんだろうね」

 

 聖騎士カナリアはエリギオン殿下に対して強い恨みを持っていたのは明らかだ。とはいえ、そんなことを伝えるつもりはないが。

 

「その……ルナ村ではなにがあったか聞いてもいいですかね」

 

 こんなこと聞いてもいいのか一瞬迷ったが、勇気を振り絞ってそう質問をした。

 

「……君にはお世話になったからね、もちろん説明するよ」

 

 そう言ってエリギオン殿下は語り始める。

 

「ルナ村が魔族と協力した罪で、村人全員が粛正されたんだ」

「それは本当だったんですか……?」

「あぁ、どうにも村人たちが複数の魔族を匿っていたらしくてね、食料や寝床なんかを提供していたらしい」

「そうなんですか……」

 

 魔族に協力するのは重罪とされている。

 

「発覚したのは、その魔族によって、別の村が襲撃されてね。結果的に何人もの人が亡くなったんだ」

「それで、ルナ村は粛正されたんですか……」

「あぁ、陛下は大層お怒りになってね、そういう決定がくだされた」

「それで、殿下も参加したんですか?」

「そうだね。僕は団長として兵を率いたんだ。といっても、僕は幼かったから、なにもできなかったんだけどね。ただ、僕の手柄を立てたいと考えた陛下が無理矢理、僕を団長に仕立てたんだよ」

「そうだったんですか……」

 

 村人たちが魔族に協力したせいで、犠牲がでたのは事実なわけで、そう考えると粛正もやむなしな気もするような。

 

「あの粛正は間違っていたと僕は思う」

 

 そうはっきりとエリギオン殿下は断言した。

 

「確かに、魔族と協力したのは重罪だ。けど、関係ない女子供まで殺す必要はなかったはずだ。あのとき、僕は部下の過剰な行動をとめなくてはいけなかったんだ」

 

 そう言って、エリギオン殿下は悲痛な表情を浮かべていた。

 ルナ村でなにが起こったのか俺には想像もつかない。

 けど、エリギオン殿下の表情が、ルナ村で相当残虐なことが起こったことを物語っていた。

 優しい人なんだろうな、ということをエリギオン殿下を見て思った。

 

 

 

 

 凱旋式の日になった。

 参列したのは演劇のエリギオン殿下やアゲハといった俺の知っている人以外にも、魔族と戦ったたくさんの兵士たちも一緒に並んでいた。

 あと、魔王ゾーガの遺体も柱に貼り付けられて見世物にされていた。

 普通は凱旋式は歩いて参加するのが基本だが、エリギオン殿下のような一部の人は馬や天井がない馬車に乗っていた。

 

「勇者アゲハ、君にはこれに乗ってもらいたいんだ。ほら、勇者は一番目立つべきだからね」

 

 そう言って、エリギオン殿下が見せたのは見上げるほど大きな魔物だった。

 まさか魔物に乗るなんて想像もしてなかっただげに唖然としてしまう。

 

砂蜥蜴(サンド・リザード)。非常に温厚な魔物で人間の言うことをよく聞いてくれるんだ」

「目立ちたくないんだけど」

「いいじゃないか。そのために仮面をつけているんだろ」

 

 アゲハは舞踏会でつけそうな黒い豪華な装飾が施された仮面をつけていた。ちなみに、アゲハと一緒に参加する俺も同じ仮面をつけている。

 アゲハが「キスカとおそろいの仮面をつけたいなぁ」とお願いされたからつけているのであって、深い理由はない。

 

 それからアゲハと一緒に砂蜥蜴(サンド・リザード)に乗って、観客に向かって手を降り続けた。

 そんな難しくはないだろう、と舐めてかかったが、意外としんどかった。

 

「キスカ、大丈夫?」

「けっこう、しんどい。手を振るだけって意外と疲れるんだな」

「だよね。私は経験あるからわかっていたけどね」

「そうなのか」

 

 勇者だしこんなことはよく経験するのかもしれない。

 

「それにしても、勇者の人気はすごいな」

 

 下をみたら、観客たちが熱烈に俺たちに向かって手を振っていた。

 

「これだから嫌だったんだよね。もし、仮面をつけてなければ、明日からはまともに町を歩けなくなっていたと思う」

「確かに、そうかもな」

 

 勇者に対する熱狂は異常だ。

 アゲハが凱旋式にでるのを嫌がった理由もなんとなくわかってしまう。

 

「早く、明日になってほしいな」

「そうだな」

 

 明日は待ちに待った演劇を見に行く日だ。

 

 



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―120― 演劇

「ねぇ、どうかな?」

 

 そう言ってアゲハはその場でくるりと回る。

 

「あぁ、かわいいよ」

「そっか。ありがとう」

 

 劇場に行くときは、いつもよりオシャレをするのがマナーらしい。

 そのため俺たちはあらかじめ服屋に行っては、高価な服装を仕立ててもらっていた。

 アゲハは丈の長い黒いドレスを着ていた。肩や胸元が透けているデザインで、頭には大きな花をかたどったアクセサリーを身につけている。

 

「キスカもかっこいいよ」

「そ、そうか」

 

 褒められたせいかたじろいでしまう。

 俺もスーツを身につけていた。このスーツを買うために、けっこうな金額を支払ったことを思い出す。

 なお、俺は金を持っていないためアゲハに出してもらった。

 陛下から褒賞をもらったら、そのお金でアゲハに返さないとな。

 

「それじゃあ、行こうか」

 

 そう言うと、アゲハは隣にやってきて腕を組んでくる。

 それから俺たちは劇場まで一緒に歩いた。

 

 

 

 

 エリギオン殿下からもらったチケットは確かに特等席のようで、三階の一番見晴らしがいい席だった。

 その上、個室になっており、俺とアゲハ以外の観客はいない二人だけの空間。

 しかも、ベルを鳴らせば、係の人がやってきては自由に飲み物を注いでくれるらしい。

 

「アゲハってそういえば、何歳なんだ?」

「なんで、そんなこと聞くの?」

「お酒が飲めるか気になって」

 

 アゲハの見た目は可憐な乙女だ。

 この国では小さい子供でなければお酒を飲んでもいいことになっているので恐らく問題はないと思うが。

 

「封印されたときを含めるか含めないかで大分年齢は変わってしまうんだけど」

「含めなくていいんじゃないか……」

「だったら15歳だよ」

「なら、お酒は大丈夫だな」

「そういうキスカはいくつなの?」

「18だよ」

「意外と年上だ」

 

 それって見た目よりも若いってことだろうか。

 それからワインを頼んでグラスに注いで乾杯する。

 すると、演劇が始まった。

 演劇というからてっきり役者が演技するだけだと思っていたが、実際にはたくさんの演奏者による迫力のある演奏から始まった。

 それから役者たちは歌いながらセリフを口ずさむ。

 アゲハに聞くと、こういうのをオペラと呼ぶらしい。

 気がつけば、俺はそのオペラにすっかり夢中になっていた。

 神に背いたことで眠らされた美しい天使を救うべく主人公が剣を片手に戦う物語だった。

 最後には主人公が天使にキスをすると、天使が目を覚まして、それから二人は永遠の愛を誓い合う。

 公演は何時間も及ぶ長編だったが、いざ観るとあっという間に終わってしまった。

 人気だからという軽い気持ちで劇場に足を運んだが、まさかここまで圧巻させられるとは。未だに、心臓は激しく鳴り響き、興奮さめやらない。

 

「よかったな」

 

 そうアゲハに言うと「うん」と彼女は頷いた。

 酔っ払っているのか彼女の頬は赤かった。

 劇場に足を運ぶ前に軽い夕食を食べたため、あとは帰るだけだ。

 俺たちは泊まっている王宮まで歩いて帰る。

 道中、俺たちは一言も喋らなかった。まだ、オペラの余韻が頭の中に残っているせいだ。

 

「今日はもう遅いし、もう寝ようか」

 

 部屋の前でそう口にする。

 俺とアゲハはそれぞれ一室与えられていた。だから、寝る前には必ず自分の部屋に戻るのがここ最近の習慣だった。

 だから、今日はもう遅いことだし、自分の部屋に戻ろうとする。

 けど、そうすることができなかった。

 なぜなら、アゲハが俺の服を掴んで離さないから。

 

「アゲハ……?」

 

 そう呼びかけるも彼女は一言も発しなかった。

 彼女は目線も合わせようともせずただ俯いている。その上、顔が燃えるような真っ赤だ。

 彼女がなにを言わんとしているのか考えずともわかってしまった。

 

 ふと、あの日のことを思い出す。

 あの日、俺はアゲハのことを拒絶した。

 まだあのときは、心の傷が癒えてなかったのと、アゲハのことをまだよくわからなかったから俺は拒絶した。

 けど、そのせいでアゲハが傷ついたのは事実で、そのことを俺は後悔し続けていた。

 だから、もう一度同じことがあったら、今度は受け入れよう。

 それはずっと前に決めたことだった。

 

 ふと、見ると彼女は絞り出すようにしてなにかを口にした。

 

「今日は離れたくない……」

 

 そう言われた途端、俺の中のタガが外れた。

 

 

 

 

 やってしまった……。

 俺はベッドの中で後悔していた。

 隣ではアゲハが眠っている。

 やるだけのことやった途端、急に冷静になってきたところだ。

 この前はニャウに手を出して、今日はアゲハに手を出してしまった。

 そう考えると、自分がなんだか最低な男のような気がしてくる。

 けど、アゲハの好意を無碍にしたら、アゲハに殺されるか、もしくはアゲハが自殺するかのどちらかになりそうだから、やらないわけにもいかないんだが。

 もちろん、可愛い女の子に言い寄られて我慢できなかった自分がいるのは確かだが。

 あと、ニャウは俺との関係を覚えていないだろうから、ノーカンでいいはず。多分。

 アゲハは嫉妬深いはずだからニャウのことがバレてはいけないが。

 てか、既成事実作ってしまったし、責任とらなくてはいけないよなぁ。

 アゲハの両親に挨拶をしなくてはいけないのだろうか。あれ? でも、アゲハって異世界から来たと言っていたよな。

 だから、アゲハの両親も異世界にいるのかな? ってことは、会うのは難しいのかもしれない。なにせ、異世界に行く方法を俺は知らない。

 朝になったら、アゲハにそのことを詳しく聞いてみよう。

 

 

 

 

 目を覚ます。

 そうか、もう朝か。

 

「アゲハー」

 

 そう呼びかけながら、アゲハに抱きつこうと手足を動かす。

 

「どうしたんだ?」

 

 あれ? 目の前でアゲハが立っていた。

 ベッドで寝ていたはずの俺の体も地面に直立している。

 周囲を観察する。

 王宮に泊まっていた部屋ではないことがはっきりとわかる。

 

「どこだ、ここ?」

「貴様、寝ぼけているのか? もっとしっかりしろ。これから魔王を倒しに行くというのに、その調子だと迷惑だ」

「魔王……」

 

 そう呟きながら、ここがダンジョンの中だってことに気がつく。

 

「魔王はもう倒しただろ……」

「あん? 貴様、本当に寝ぼけているのか?」

 

 目の前のアゲハが怪訝な顔をする。

 あぁ、この雰囲気は黒アゲハのほうだ。

 

「…………ッ!!」

 

 やっと状況を理解した俺は、血の気が引く思いをする。

 そう、また時間が巻き戻ったのだ。

 それも魔王を倒す前ってことは、一週間も戻されたってことになる。

 てことは俺は誰かに殺されたってことになる。

 

 誰にだ……?

 あの部屋には俺とアゲハ以外に人はいなかった。外から誰かが侵入してきて寝込みを襲われたか、もしくはアゲハに殺されたか……。

 アゲハが俺を殺す動機は特に思いつかない。

 かといって、他の人間に心当たりがあるわけでもない。

 

「なぁ、アゲハ。ループした自覚はあるか?」

「ループなら、散々しているだろう」

 

 聞き方が悪かったな。

 

「アゲハ、俺とエッチなことした記憶はあるか?」

「と、突然、なにを言い出すんだ!」

 

 アゲハは顔を赤らめてたじろぐ。

 

「大事な質問だ。ちゃんと答えてくれ」

「そんな記憶はないが……貴様、一体どうしたんだ?」

 

 今まで、アゲハはループしても記憶を保持していた。

 なのに、どういうわけか、彼女はなにも覚えていないようだった。

 

 



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―121― 2回目

 時間がループしたということは、俺が殺されたということだ。

 てっきり次に死ぬのは、世界が滅亡する危機とやら陥ったときだと思っていたが、そのことを確認する前に死んでしまうとはな。

 

「ひとまず、暗殺者ノクに会いに行けばいいんだろ?」

「あぁ、その通りだ。よくわかったな」

「すでに、経験済みだからな」

「ん? そうなのか?」

 

 アゲハが怪訝な顔をする。

 

「あぁ、すでに一度魔王を倒してる。その後、誰かに殺されたせいでループしたが。てか、本当に覚えてないのか?」

 

 もう一度、念のためアゲハに確認する。

 

「いや、覚えてないな……」

 

 アゲハはそう言って考え込む。

 

「まぁ、いい。一度経験しているなら、すべてを説明する必要はないはずだ。早いとこ、魔王を倒すぞ」

 

 魔王ゾーガは前回すでに倒している。

 だったら、それを踏襲すれば問題はないはず。

 

 それからは前回同様に事が進んだ。

 暗殺者ノクと一度顔合わせをした後、別行動をして、スキル〈シーフ〉を獲得。

 アゲハが勇者エリギオンを気絶させて、アゲハの封印を解除。

 戦士ゴルガノと聖騎士カナリアを撃破。

 その後、俺が賢者ニャウを回収している間に、アゲハが魔王ゾーガを倒す。

 

「なぁ、アゲハ」

「なに? キスカ」

「暗殺者ノクを本当殺す必要があるのか?」

 

 どうしても、俺はそのことを懸念していた。

 

「キスカだって、あいつがいないほうがいいでしょ?」

「まぁ、それはそうかもしれないが……」

 

 暗殺者ノクがいると、そのせいでアルクス人が裏切り者という汚名が広まってしまう。

 けれど、例え暗殺者ノクがいても、エリギオン殿下に丁寧に説明すれば大丈夫な気がする。なにせ、前回の時間軸ではエリギオン殿下は俺たちのことを理解してくれた。

 だから、無理に殺す必要はないような?

 

「やだ。あいつは絶対に殺す」

 

 そう説明してもアゲハは強情に意見を変えなかった。

 表情から察するに、暗殺者ノクを殺す理由が、アルクス人の汚名を広げないこと以外にもありそうだ。

 そういうことなら口には出さないが。

 

 結局、アゲハは魔王ゾーガを倒した後、不意を突くような形で暗殺者ノクを殺した。

 その後、何事もなく事が運んだ。

 

 賢者ニャウの転移陣によってカタロフ村に戻り、翌日、エリギオン殿下に事情を説明して納得してもらった。

 そして、エリギオン殿下と賢者ニャウと共に、王都へと馬車で向かった。

 前回同様、馬車の中でなぜか賢者ニャウが泣いていた。

 王都についてからは国王陛下に謁見。

 その後は晩餐会に参加する。

 前回となにも変わらない。

 

「キスカ、部屋に入ってもいい?」

「あぁ、いいよ」

 

 この夜中にどうしたんだろう? と思いながら応対する。

 アゲハはお風呂上がりのようで、髪の毛が湿っていた。

 前回の時間軸では風呂に入った後は、それぞれお互いの部屋で寝たはずだ。

 

「どうしたんだ? こんな夜更けに」

「キスカと一緒にいたくて。きちゃった」

 

 そう言いながらアゲハはベッドの上にのっかかる。

 

「キスカ、しよ」

 

 彼女は蠱惑的な笑みを浮かべてそう告げた。

 

 あの日、アゲハを拒絶したせいで、彼女は自殺した。そのことが俺の中で大きなトラウマになっていた。

 もし、また断ったら、彼女は死んでしまうんじゃないだろうか?

 そういう考えが頭によぎる。

 いわば、これは呪いのようなものだ。

 だから、俺はアゲハの誘いを断ることができない。

 

 

 

 

「なぁ、アゲハ」

「なに、キスカ」

「今から6日後に俺、死ぬことになっているんだけど……」

「どういうこと?」

 

 アゲハがそう首を横に傾げる。

 だから、俺は説明した。事の次第を。

 

「なるほど、6日後に死んじゃうのか」

「俺、どうしたらいいのかな?」

「大丈夫じゃない? 私がキスカのこと守ってあげるから」

 

 アゲハがそう言ってくれるなら安心だ。アゲハなら、どんな敵でも退けることができるに違いない。

 

「アゲハ、ありがとー」

 

 そう言いながらアゲハに抱きつく。

 そのまま二回戦に突入した。

 

 



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―122― 屈辱

 魔王を倒してから3日目、今日はアゲハと一緒に王都にてデートをする日だった。

 俺は前回の時間軸をなぞるようにして行動をした。

 午前中に劇場に足を運んで6日後のチケットを購入しては、使用人から教えてもらった有名なレストランでランチを食べる。

 

 その後は、アゲハと一緒に街を歩きながらのんびりと買い物をする。

 王都の中心街にはたくさんのお店が並んでおり、地元の買い物客や観光客でどこもごった返している。

 お店には様々な品が並んでいるので、見て回るだけで十分楽しむことができる。

 といっても、前回の時間軸で一通り見て回ったんだよな。

 初めて来たときはどれも物珍しかったため、夢中になることができたが、2回目だとどうしても退屈してしまう。

 アゲハは一人で楽しんでいるようだし、俺は時間を潰すために本屋に立ち寄った。

 目についた本を手に取って、パラパラとめくる。

 本というのは、神官職が覚えることができるスキル〈自動書記〉によって生成される。神官が本を作るため、どうしても神話に関する本ばかりが棚に並ぶ傾向がある。

 しかし、そういった本は堅苦しい内容なので、もっと気軽に読める本をできれば読みたい。

 魔導書なんかも置いてあるな。

 試しにめくってみるが、難解すぎて、なにが書いてあるのかさっぱりわからない。

 

「アゲハのとこに戻るか」

 

 そんなわけで本屋を出て、アゲハを探しながら歩く。

 すると、彼女はあるお店の中でなにかを眺めていた。

 

「なにを見ているんだ?」

 

 そういって、話しかける。

 

「えっと、指輪をね……」

 

 確かに、アゲハの目の前にはガラスケースに収められている指輪が飾ってある。

 

「欲しいのか?」

「うん、けど、高いから、難しいかなぁって」

 

 値札を見ると、その値段30万エルと書いてあった。エルというのは、この国の通貨単位だ。

 30万エルって農民の俺が半年働いて、稼げるかどうかってぐらいの額だ。

 せっかくの機会だし、アゲハにプレゼントしてあげたいと思うが、所持金が0の俺には、流石にこれを買うのは無理だ。

 

「その、私の国ではね、好きな人同士が同じ指輪をつける風習があってね、だから、キスカと同じ指輪をつけたいと思ったんだけど……」

「そうなのか」

 

 一つの指輪が30万エル。二つ合わせて60万エルか。

 どこかにこれだけのお金を簡単に用意できる方法があればいいんだけどな。

 

 

 

 

 王宮に戻った後は、夕食を食べて、それから部屋に訪ねてきたエリギオン殿下から凱旋式に参加するようお願いされる。

 引き受ける代わりに、劇場の特等席にチケットをもらう。

 前回の時間軸と同じだ。

 

「キスカ、今日も楽しかったね」

 

 ベッドの上で俺とアゲハは寛いでいた。

 昨日一線を越えてしまったせいなのか、アゲハはいつもよりも距離感が近い。

 今だってアゲハは俺にべったりと寄りかかっている。

 これだけ近いと、アゲハからほのかないい匂いが漂ってくる。この匂いのせいか、無償にアゲハに甘えたくなってきた。

 

「アゲハー」

 

 どこか間延びした口調でアゲハの名前を呼びながら彼女に抱きつく。布越しに伝わってくる彼女の体温が心地良い。

 なんだかエッチな気分になってしまった。 

 だから、そのまま手を伸ばそうとして――

 

「ダメ、キスカ」

「どうして……?」

 

 昨日はあれだけ積極的に付き合ってくれたのに。

 

「私がお風呂あがったらいいよ。だから、それまで我慢してね」

 

 そういうことならいくらでも我慢する。

 だから、俺はアゲハから離れた。すると、彼女はベッドから降りて大浴場に行く準備を始めた。

 最初はなし崩し的にアゲハと関係を持ってしまったと思っていた。けど、今の俺は間違いなくアゲハのことが好きだ。

 多分、一緒の時間を過ごせば過ごすほど、もっと好きになる気がする。

 

 

 

 

 王宮の大浴場に広く開放的だ。

 そんな大浴場で、賢者ニャウは体を沈めていた。

 ニャウの体は小さいため、お尻を床につけて座ると、鼻まで湯船につかってしまう。だから、ニャウはしゃがむ必要があった。

 

 お風呂に入っている間は、じっとしていないといけない。だからなのか、さっきから頭の中を考え事がひしめき合っていた。

 こころのところ、自分の様子がどうにもおかしい。

 それが、ここ最近のニャウの悩みだった。

 

 自分がおかしいのはキスカという男とその隣にいるアゲハのせいなのはわかっていた。

 目をつむると、キスカのことばかり考えているような。

 馬車の中でキスカとアゲハが恋人だと知ったときは、自分でも驚くぐらいショックだったようで、涙が勝手に零れてしまった。

 自分が泣いたせいで、他の人たちはみんな困惑していた。キスカだって、自分のことをおかしいやつだって思ったに違いない。

 泣いたときのことを思い出すと、恥ずかしいやら情けないやら悲しいやら、色んな感情が噴き出して鬱になる。

 

「ニャウはどうしたら、いいんですかね……」

 

 消え入りそうな声でそう呟く。

 いくら考えても答えがでないことはとっくにわかっていた。

 

「こんなところで会うなんて奇遇だね」

 

 声のしたほうを振り向くと湯船の中で立っている人影が見えた。

 

「勇者アゲハ……」

 

 まさか、こんなところで彼女と会うとは。

 顔を合わせたくない相手だけに目をそらしてしまう。

 

「隣いいかな?」

「は、はい」

 

 本当は嫌だけど、そんなことを言う勇気はないため、頷くしかなかった。

 一体、ニャウになんの用でしょうか?

 そんなことをニャウは思った。

 

「あなた、キスカのこと好きでしょ?」

 

 思わぬ言葉に顔がひきつる。

 まさか、そんなことを聞かれるとは。

 

「いえ、別にそんなことないです……」

 

 とっさに否定する。

 なにせ、相手はキスカの恋人だ。肯定するわけにいかない。

 

「そう、否定するんだ。でも、あなたの態度を見ていたら、どう考えてもキスカのことが好きだとしか思えない」

 

 そう言ってアゲハは鋭い視線をなげかける。その視線で見られると、心の中まで見透かされるような気がして、心臓が高鳴る。

 

「まぁ、キスカはかっこいいから好きになってしまう気持ちはわかるんだけどね」

 

 なんて返せばいいのか、わからないため、ニャウは黙っているしかなかった。

 でも、かっこいいとアゲハが言ったとき、彼女はほのか頬を赤くしていた。そうか、やっぱりアゲハもキスカのことが好きなんだ。

 

「でも、これだけはあなたに伝えておくね」

 

 そう言って、アゲハはニャウに顔を近づける。

 一体、なにを言うつまりなんだろう?

 

「私、すでにキスカと同衾した仲だから。多分、今日も求められると思う」

「……ッ!?」

 

 一瞬、アゲハがなにを言っているのか理解できなかった。

 けど、そのことを理解して、ニャウは思わず目線を下へ下げてしまう。

 

「キスカは私に夢中だからさ、残念だけどあなたが取り入る隙は一切ないから」

 

 そう言うと、アゲハは湯船から立ち上がって、どこかへ行こうとする。

 言いたいことを全部言い終えたとでも思っているのだろう。

 

「うぐ……っ」

 

 ニャウは思わず涙を零してしまう。

 幸いなことに風呂場だから、いくら泣いても不審がられることはなかった。

 圧倒的な屈辱を味わった気分だった。

 

 



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―123― 大剣豪ニドルグ

 魔王を倒してから5日目。俺が死ぬまで後4日。

 前回の時間軸通りに進むなら、今日は大剣豪と模擬試合をすることになっている。

 大剣豪ニドルグ。

 ランクはマスターで序列10位。

 賢者ニャウと一緒に各地を旅したとき、大剣豪ニドルグは王都のドラゴン襲撃で死亡したとされる人物だ。

 

 お昼過ぎ、部屋でゴロゴロしていると使用人が部屋に訪ねてきてはこう口にした。

 

「勇者アゲハ様にぜひとも会いたいというお客様がいらっしゃいまして面会室でお待ちしているのですが、ぜひとも会っていただけないでしょうか?」

 

 アゲハは最初めんどくさがったが、下手に無碍にしたら使用人に迷惑がかかってしまうということで、なんとかアゲハを説得して、一緒に面会室へ向かう。

 

「よぉ、お前が勇者アゲハだな」

 

 面会室に入ると、そこには巨漢の男が立っていた。

 甲冑を身につけており筋骨隆々、その上身長と変わらぬ長さの大剣を背負っている。

 

「誰、あなた……?」

「大剣豪ニドルグだ。聞いたことぐらいはあるだろ?」

 

 そう言って大剣豪ニドルグはニタリと笑みを作る。

 

「そう。それで私になんの用?」

「勇者がいるって聞いてよ。いても立ってもいられなくてな、来てしまったんだ。この俺と戦え」

「なんで? あなたと戦う理由がないわ」

「理由? そんなもん戦いたい以外にあるか? 俺様は強いやつと戦いたいんだよ!」

 

 随分と好戦的な人だな。

 魔王軍に大打撃を与えた『アリアンヌの戦い』で最も活躍した人なだけはある。

 確か、活躍したものの負傷してしまったせいで、魔王との直接対決となったカタロフダンジョンに行くことができず王都で療養していたと聞いている。

 見たところ、怪我はなさそうだし、完治したのだろう。

 

「だから、俺様と戦え!」

「嫌だ」

「あぁ、なんで断るんだよ!」

「だって嫌だもん」

「てめぇ、どういうつもりだ!? 戦うぐらいいいだろうが!」

「あの、いい加減にしてくださいよ」

 

 このまま放置していくと喧嘩になってしまいそうだったので、無理矢理割って入る。

 

「誰だ、てめぇ?」

 

 大剣豪ニドルグが俺のことを睨み付ける。

 

「彼はキスカよ。私の大切な人」

 

 俺が答えるより先に、アゲハがそう紹介した。

 

「強いのか?」

「キスカは私より強いよ。主に夜限定だけど」

 

 おい、今変なこと言わなかったか?

 

「そうか、お前のほうが強いのか。よしっ、お前、この俺と戦え!」

 

 大剣豪ニドルグの標的がアゲハから俺に移った。

 前回の時間軸では、結局このまま押し切られてしまって、戦うはめになったんだ。

 しかも、負けて恥をかいたし、散々だった。

 今回は、ちゃんと断ろう。

 

「すみません、戦うのは勘弁してください」

「なぜだ!? この俺様と戦いたくないのか!?」

「その通りですよ。俺なんか戦ってもニドルグさんに負けるのが目に見えていますので」

「そんなの戦ってみないとわからないだろ!」

「いや、わかりますよ」

 

 なにせ前回の時間軸で戦っているからな。

 

「あぁ、わかった。じゃあ、こういうのはどうだ? 俺に勝ったら、なんでもいうこと聞いてやる。これで戦う気になっただろ」

 

 なんでもって、随分と太っ腹だな。

 どんだけ戦いたいんだよ。

 

「えっと、俺が負けた場合、俺が言うことを聞かなきゃいけないんですかね?」

「いや、お前が負けた場合、なにもする必要はない。俺は戦うことさえできれば、満足だからな」

 

 得することはあっても損することがないのか。なら戦ってもいいか。

 

「だったら、六十万エル欲しいんですけど、勝ったらもらうことはできますか?」

「ほう、大金だな。なにに使うんだ?」

「えっと、プレゼントに使おうかと」

「そうか、だったら、俺様に勝ってブレゼントを渡さないとなぁ」

 

 

 

 

 大剣豪ニドルグによる模擬試合が行なわれることになった。

 場所は、兵士たちが訓練に使っている闘技場でやるとのこと。

 大剣豪ニドルグと勇者が戦うという間違った情報が伝わったようで、なぜかたくさんの観客が集まっていた。

 実際には、特になんの特徴もない俺と大剣豪ニドルグとの戦いなのに。

 わざわざ来てくれた方に申し訳ないな。

 

「キスカ、大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だよ」

 

 俺とアゲハは待合室で二人っきりになっていた。

 

「ごめんね、私のせいでキスカを巻き込むことになって」

「別に気にしなくていいんだよ。俺がやりたくてやってるだけだから」

「そっか。けど、無理しなくていいんだよ。その、指輪のために戦ってくれるんでしょ?」

「それも気にしなくていい。ただ、かっこつけたかっただけだから」

「そうなんだ。じゃあ、期待している」

「あぁ、任せてくれ」

 

 それから待合室を出ると、闘技場の真ん中に大剣豪ニドルグが立っていた。

 

「来たな」

 

 そう言って、大剣豪ニドルグは笑う。

 その手には、模擬試合で使う大剣の形状をした木剣が握られていた。

 俺の手にも、ナイフの形状をした木剣が握られている。

 

「ルールはねえ。先に根をあげたほうが負けだ」

「わかったよ」

 

 そう頷くと、審判役を買って出た兵士が初めの合図をした。

 瞬間、大剣豪ニドルグが俺へと一直線に突撃してくる。

 速いッ!

 あれだけ大きいに肉体が予想だにしないスピードで迫ってくる。

 瞬きをしたら見失ってしまいそうな速さだ。

 けど、見たことがある攻撃だ。

 初めてこの攻撃を見たなら、俺は避けることができなかっただろう。けど、大剣豪ニドルグと戦うのは2回目だ。

 だから、俺は知っていたこの攻撃がくることを。

 そして、知っているなら、避けることもできる。

 

「なにッ!?」

 

 そう口にしたのは大剣豪ニドルグだった。

 俺は彼の攻撃を、最低限の横移動のみで回避する。

 回避さえできれば、そこにあるのは大きな隙。

 目の前には、大剣豪ニドルグの脇腹がある。

 

「うぉおおおおおおッ!!」

 

 雄叫びをあげる。

 なにせ今使っている武器は真剣ではなく木剣だ。だったら、全力で攻撃をしなければ、ダメージを与えることができない――ッ!!

 

 パリンッ! と大きな音が聞こえる。

 その音は俺が持っていた木剣が砕ける音だった。

 

「あ――?」

 

 唖然とする。

 なにせ、俺は木剣で大剣豪ニドルグの脇腹を全力で突き刺したはず。

 なのに、木剣の方が割れてしまった。

 それほど、大剣豪ニドルグの肉体が硬いというのか。

 あまりにも予想外の事態に困惑する。

 武器が無ければ戦いを続けることはできない。

 だから、俺の負けだ。

 

「くっはっはっはっ!!」

 

 大剣豪ニドルグが大口を開けて笑い出す。

 

「まさか、あんた、最初からこのことを知っていて俺に戦いを挑んだのか?」

 

 そういうことなら、俺に勝ったらなんでも願いを叶えてやるという一見無謀なことをしたのも頷ける。

 なにせ、大剣豪ニドルグは最初から知っていたのだ。木剣では自分が傷つかないことを。

 これは最初から勝ち負けが決まっていた戦いだった。

 

「ふっ、それはどうかな?」

 

 大剣豪ニドルグはほくそ笑む。

 どうやら、俺はこいつの手のひらで転がされていたようだ。

 

「よし、俺様の負けだ!」

 

 唐突に、大剣豪ニドルグはそう主張した。

 

「え?」

 

 まさかの発言にまたもや俺は困惑する。

 

「しょ、勝者、剣士キスカッ!!」

 

 審判も困惑しながら、俺の勝ちを宣言した。

 

「いやぁ、見事だったな!」

 

 大剣豪ニドルグは満足そうな表情を浮かべながら近づいてくる。

 

「えっと、どういうつもりなんだ?」

「どうもなにも俺の負けだ」

「だが、実際には俺は武器を失って、だから、俺の負けだった」

「それは木剣だったからだろ。お前さんが本物の剣を使っていたら、俺は無事では済まなかった。だから、お前さんの勝ちだ」

 

 そういうものなのか……?

 まぁ、俺としては勝てるに越したことはないので、ありがたい限りだが。

 

「えっと、約束の品は?」

「あぁ、もちろんくれてやるよ。60万エルだったな。すぐに持ってきてやる」

 

 どうやら約束はちゃんと果たしてくれるらしい。

 

「それにしても、お前さんと戦えて楽しかったぜ。また俺と戦ってくれ。今度は俺も負けねぇからよ」

「そうですね。機会があれば、よろしくお願いします」

 

 本音は、もう戦うなんて、こりごりだと思ったが、そう言っておくことにした。

 

 



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―124― 狩り

 今朝方、エリギオン殿下が部屋に訪ねてきた。

 

「ニャウ、今日は暇かい?」

「はい、暇ですけど」

「今から出かけるんだけど、付き合ってくれないかな?」

「はい、もちろんいいですよ」

 

 王族のお願いを断るわけにもいかないので、賢者ニャウはそう頷く。

 まぁ、本当に暇だったので、行くことになんら問題はないわけだけど。

 

「どこにでかけるんですか?」

「久しぶりに遠出して、狩りに出かけようと思っていてね。最近、凱旋式の準備で忙しかったんだけど、やっと暇になってさ」

「そうなんですか」

 

 狩りか。馬に乗って、獣を弓で仕留めるんだろうけど、あまり自信がない。

 

「それに、少し君のことが気になっていてね」

「えっと……」

 

 エリギオン殿下が自分のことを気にかける理由に心当たりがなかったたため、首を傾げる。

 

「君、キスカくんのことが好きなんだろ?」

「――――ッ!!」

 

 一瞬でニャウは頬を紅潮させる。

 まさかエリギオン殿下にも自分の気持ちがバレていたなんて。そんなに自分の反応ははわかりやすかっただろうか。

 

「まぁ、恋愛に関して、他人が口を出すのもどうかと思ったけど、君を見ていると、どうにももどかしくてね。もっと強引にアタックすればいいのに」

「ですが、キスカさんには恋人がいますし」

「たかが恋人だろ。結婚しているなら言い訳にもなるがそうじゃないなら問題ない。まぁ、結婚していても対した問題はないと思うけどね。なにせ、この国では不倫は当たり前のように行なわれているわけだから」

 

 確かに、エリギオン殿下の言うとおりだった。

 現国王陛下だって、側室とは別に愛人が複数いるのは公然の秘密だったりする。それは決して珍しいことではない。

 とはいえ、自分には不倫をする勇気なんてないわけだが。

 

「ですが、ニャウなんかでは、キスカさんは見向きもしてくれないと思うのです」

 

 ニャウは背丈も小さければ、胸も小さい。女性的魅力が一切ないのがニャウにとっては悩みだった。

 

「そんなことはないと思うけどね」

「え?」

「うん、だって、キスカくんは君のことが好きだと思うよ。というのも、キスカくんは君のことをよく見つめているからね。あの目を見たら、キスカくんが君のことを好きなの明らかだ」

「そ、そうなんですか……」

 

 どうやらキスカは自分のことをよく見てるらしい。そんなことエリギオン殿下に言われるまで、全く気がつかなかった。

 そのことを聞かされて、ニャウは「う~~~っ」とその場で悶えたくなる衝動にかられる。どうしようもなく嬉しいと思ってしまう自分がいた。

 

「最終的にどうするかを決めるのは君次第だけど、もう少し勇気を振り絞ってみてもいいんじゃないかな」

「でも、ニャウにはどうしたらいいのか、わからないです」

「そんなの一つに決まっているだろ」

 

 そう言って、エリギオン殿下は耳元でこう囁いた。

 

「強引に押し倒すんだよ」

 

 まさか潔白そうなエリギオン殿下からこんな言葉が飛び出してくるとは思わず、度肝を抜く。

 

「僕の予想では、君が押し倒せば、必ずキスカくんは君に手を出すと思うけどね」

「わ、わかりました。少しがんばってみます」

「あぁ、応援しているよ」

 

 エリギオン殿下がここまで言うなら、努力してみてもいいのかもしれないとニャウは思った。

 

 ふと、エリギオン殿下は部屋の前で立ち止まってはノックをする。

 

「やぁ、おはよう、キスカくん」

「おはようございます。どうしたんですか? エリギオン殿下」

 

 中からはキスカが出てくる。

 その後ろにはアゲハがいた。部屋の中で二人でいたんだと知って落ち込む。

 

「実は、これから遊びに出かけるんだが、ぜひ、一緒に来てはくれないだろうか?」

「もちろん、ご一緒しますよ」

 

 まさかキスカも同行するとは思っていなかったため、ニャウは驚く。

 すると、エリギオン殿下がチラリ、とこっちを見てウィンクした。

 あぁ、どうやら確信犯のようだ。

 エリギオン殿下はこの機会を利用して、キスカとの仲を深めろと暗に言っているのだろう。

 

「それで、どこに行くんですか?」

「あぁ、狩りをしに遠出しようと思っていてね」

「狩りですか。できるかどうか自分には自信がないですが」

「いいさ。やり方なら僕が教えるよ」

「ありがとうございます」

 

 エリギオン殿下とキスカのやりとりを眺める。

 

「むぅ、キスカ、今日も私と一緒にいてくれるんじゃなかったの?」

 

 ふと、アゲハが不満そうな表情をしていた。

 

「おい、アゲハ、たまにはいいだろ。こういう日があっても」

 

 キスカがアゲハのことをなだめようとする。

 

「アゲハさん、てっきり君も一緒も来てくれるんだと思っていたけど、違ったのかい?」

 

 エリギオン殿下がそう言う。

 

「わかった、私も一緒行く。キスカと離れたくないから」

 

 むぅ、とニャウは口を尖らせていた。

 どうやら、アゲハをなんとかしないことにはキスカと二人っきりにはなれないらしい。

 

 

 

 

 前回の時間軸でも4人で狩りにでかけた。

 前回は特に何事もなく1日が終わったから、恐らく今回もそうだろう。

 だから、気を抜いて参加しても問題はないだろう。

 

「キスカくん、そっちに行ったよ!」

 

 馬に乗っているエリギオン殿下が声を出す。

 

「今、仕留めます!」

 

 馬を操縦しながら、逃げていった猪を追いかける。

 追いかけながら弓を引く。

 バシュッ、と矢が飛んでいっては、猪の体を貫いた。

 当たった。

 前回の時間軸では、結局一体も獣を仕留めることができなかったのに。

 もしかしたら、前回の時間軸で得た経験が役に立ったのかもしれない。

 

「流石だね、キスカくん」

「いえ、偶然当たっただけですよ」

「そうだ、仕留めた猪を小屋まで運んでいってくれないかな。僕は、他に動物がいないか、探しているからさ」

「わかりました」

 

 頼まれた通り、猪を持ち上げては、馬を操縦する。

 そういえば、アゲハとニャウとはぐれてしまったな。エリギオン殿下と夢中になって猪を追いかけていたせいだ。

 まぁ、エリギオン殿下の配下の人たちがたくさん同行しているから、特に問題はないだろう。

 

「あ、キスカさん」

「ニャウか、こんなところにいたのか」

「はい、疲れたので休もうと思っていまして。その猪、もしかしてキスカさんが仕留めたんですか?」

「まぁ、そうだな。偶然、矢が当たってくれたんだよ」

「偶然でもすごいです」

 

 それから、猪を地面におろす。

 とりあえず、小屋の前に置いておけばいいのだろう。

 

「あの、キスカさん」

「どうした? ニャウ」

「その、せっかくだし一緒に中で休みませんか?」

 

 中というのは小屋の中のことだろう。

 小屋といっても普通の一軒家よりも大きいが。この辺りの狩り場は王族が管理しているらしく、この小屋もその一つだ。

 

「もちろん、いいけど」

 

 エリギオン殿下のもとに、すぐ戻る約束はしていもないから、少しぐらいニャウと付き合ってあげてもいいだろう。

 

「よ、よかったです。じゃあ、一緒に行きましょう!」

 

 そう返事をすると、ニャウは俺の手を握って小屋の中へとひっぱる。

 突然手を握られたので、ドキッとしてしまった。まさか、またこうしてニャウとふれ合えるなんて思ってもいなかっただけに。

 

「そうだ、紅茶の準備をしてくるのです」

「あぁ、ありがとう」

 

 小屋の中は広く、大きなソファやキッチンなんかも備え付けられていた。

 ソファに座って俺はニャウが戻ってくるのを待っていた。

 

「その、どうぞ」

「あぁ、ありがとう」

 

 お礼を言って、ニャウの入れてくれた紅茶を飲む

 

「これ、めちゃくちゃおいしいな」

 

 こんなにおいしい紅茶を未だかつて飲んだことがない。王室が用意した葉っぱだからこんなにおいしいのか、それともニャウの入れ方がうまいのか。

 

「そう言ってくれると、嬉しいです」

 

 ニャウも隣に座っては自分の分の紅茶を飲む。

 それにしても、ニャウが妙に近いのは気のせいだろうか。ちょっと肘を動かせば、あたってしまうぐらいニャウが近くに座っている。

 

「その、色々と悪かったな」

「え? なにをですか?」

「ダンジョンの中でニャウに散々迷惑かけただろ」

「いえ、気にしていないので大丈夫ですよ。今なら仕方がなかったことだってわかっているので。それに、勇者アゲハはなにを考えているのがわからなくて怖いときがありますが、その、キスカさんのことは信用できる思っているので」

「そうか。そう言ってくれると嬉しいよ」

「そんな、大したことではないですよ」

 

 ニャウに嫌われてないか、不安だったが、そんなことはなさそうなのでひとまず安心した。

 

「そういえば、ニャウのことを心配してたんだけど」

「えっ? なんでですか?」

「その、馬車で泣いていただろ」

「そ、それは、だだ、目にゴミが入っただけで……」

 

 いや、あの涙はゴミが入ったでは説明がつかないだろ。

 とはいえ、本人が隠したいなら、これ以上踏み込まないべきか。でも、ニャウがなにかに悩んでいるなら俺は力になりたい。

 

「本当にそうか?」

 

 だから、俺は隣に座っているニャウのほうを向いてそう口にする。

 すると、思っていた以上にニャウの顔が近くにあって、びっくりする。

 慌てて俺は「悪い」と口にしながら、顔をそらそうとする。

 けど、それをニャウが許してくれなかった。

 なぜなら、ニャウが俺の顔を強く掴んでいたから。

 

「ニャウが泣いていた理由、本当に知りたいんですか?」

 

 彼女はそう口にした。

 

 

 

 

 

「キスカー、どこにいるのー!」

 

 アゲハは森の中で叫んでいた。

 

「うー、迷子になってしまった」

 

 周りを見ても木ばっかりで、人ひとり見当たらない。

 

「ちょっ、勝手にそっちに行かないでよ!」

 

 乗っていた馬が思っていた方と違う方向に進んでいく。

 アゲハはあまり乗馬が得意ではなかった。なにせ、彼女は乗馬の経験浅かった。

 

「キスカー、助けてよー」

 

 そう叫ぶも、キスカにその言葉が届くことはなかった。

 

 



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―125― 告白

 どういうわけだか、ニャウが俺のことをジッと見つめていた。

「ニャウが泣いていた理由、本当に知りたいんですか?」と、ニャウは言った。どうにももったいぶった言い方だ。

 聞いてしまったら最後、後戻りができなくなってしまうじゃないかと思わせるような。

 けど、ニャウのためなら、俺はなんだってしてあげたいと思っている。

 

「知りたいよ」

 

 だから、そう口にした。

 

「なんで、あのとき泣いていたんだ?」

 

 そう言うと、ニャウはためらうかのように口をもごもごさせる。数秒考えた後、意を決したかのような表情をして、口を開いた。

 

「す、す……す……」

 

 けど、いざ口にしようとした瞬間、言えなくなってしまったのか、同じ言葉をひたすら繰り返す。

 なにを言おうとしているんだろう?

『す』から始まる言葉……。

 好きとか? いや、流石にそれはうぬぼれすぎやしないか。この時間軸では俺とニャウの関わりは薄い。だから、ニャウが俺のことを好きになるはずがない。

 じゃあ、好き以外になにがある?

 特に思いつかない。

 

「すきです……」

「……え?」

 

 どうしよう。小声すぎてなんて言ったのか全く聞き取れなかった。

 流石に聞こえたフリをして曖昧に返事をするわけにもいかないよな。

 

「ごめん、もう一度言ってくれないか? その、聞こえなかったから」

 

 だから、そう言う。

 きっと大事なことを言ったに違いないから、聞き返すしかないと思った。

 

「うぅ……っ」

 

 すると、なぜか彼女は顔を真っ赤にさせながら涙目になる。

 

「せっかく勇気をだしたのに……」

 

 ニャウはうなだれていた。

 

「ごめんって、もう一度言ってくれ。次はちゃんと聞くからさ」

 

 とっさにフォローをする。すると彼女は頷いてくれた。

 

「わかったのです。次はちゃんと聞いてほしいです」

「あぁ、わかった」

 

 けど、すぐには言い出せないようで、彼女は再び口をもごもごさせる。

 俺も今度は聞き逃さないように、彼女のことをじっと見つめる。

 なぜか彼女は頬を紅潮させていた。その上、緊張しているからなのか、さっきから息づかいが荒い。

 なんだか俺まで緊張してくるな。

 

「好きです」

 

 次は聞き逃さなかった。

 

「えっと……」

 

 まず湧き上がった感情は困惑だった。

 彼女は『好き』と言ったのだ。俺のことを。

 まさか、そんなことはあり得ないと思っていた。

 それから、徐々に実感していくと共に嬉しさがこみ上げてくる。ニャウが俺のことを好きだと言ってくれたことが無性に嬉しい。

 

「迷惑ですよね……」

「迷惑だなんて」

 

 反射的にそう口にしてから気がつく。

 今の俺はアゲハと付き合っているんだった。だから、ニャウは迷惑だと言ったんだ。

 けど、俺がアゲハと付き合っていることはニャウも知っているはず。なのに、なんで俺に告白してきたんだろう。

 

「その、アゲハと付き合っているから……」

「わかっているのです」

「じゃあ、なんで……」

「わかんないですよ……。でも、キスカさんのことがどうしようもなく好きなんです。だから、二番目でもいいです。都合のいい女として扱ってもかまいません。だから、ニャウをキスカさんのお側にいさせてほしいのです」

「ニャウ……」

 

 ここまでのことをニャウに言われて動揺しないはずがなかった。

 今ずくこの腕でニャウのことを抱きしめたい衝動にかられる。

 このままニャウと一緒になるのもいいのかもしれない。

 だから、俺は――

 

「ごめん、俺はニャウの気持ちに応えられない」

 

 わずかな理性がそう言葉を紡いだ。

 今の俺はアゲハのために尽くすと決めたんだ。それを裏切ることはできない。

 

「……謝らないでください。最初から無謀なのはわかっていましたので」

「で、でも、ニャウにそう言ってもらって俺はすごく嬉しかった」

「そんな言葉慰めなんかになりませんよ」

「……悪い」

 

 陰鬱な空気が漂う。

 当然か。たった今、好きと言ってくれた人を振ったんだから。

 

「わかっていたとはいえ、辛いですね。好きな人に振られるというのは。でも、私は諦めるつもりは微塵もないので。例え、何年かかろうとキスカさんを私のものにしてみせます」

「なんでニャウは俺のことが好きなんだ?」

「よく、振った相手にそんな恥ずかしいこと聞けますね」

「ごめん、どうしても気になって……」

 

 謝ると彼女は「はぁ」とため息をついてからこう口にした。

 

「自分でもわからないですよ。わかんないですけど、どうしようもなくキスカさんのことが好きなんです」

 

 と、ニャウは恥ずかしいのか俯きながらそう言った。

 もしかしたら、前のニャウと共に過ごした時間軸を彼女が覚えているんじゃないかと思ったが、そんなことはないようだ。

 

「そうだ、キスカさん一つだけお願い聞いてもらっていいですか?」

「もちろん聞くけど」

 

 少しでも罪滅ぼしにでもなればと思い即答する。

 

「キスしてください」

「……いや、流石にそれは」

「別に許可なんてもとめていないですよ」

「――え?」

 

 俺がそう口にした瞬間、唇にやわらかい感触が伝う。

 キスされたんだと気がついたのは数秒後。

 

「キスカさん今日という日を忘れないでください。今この瞬間だけ、あなたは私のものでした」

「あぁ、わかった……」

 

 頷いた瞬間、彼女はソファから立ち上がってどこかへ行こうとする。

 追いかけない方がいいのだろう。

 うぅ、気分が悪い。

 罪悪感で押し潰されてしまいそうだ。

 

「キスカ……」

 

 しばらくソファの上で呆然としていると、呼びかけられたので覚醒する。

 

「アゲハか」

 

 ニャウと入れ替わる形で小屋の中に入ってきたのだろう。

 

「ねぇ、なにかあった? 外で賢者ニャウが小屋からで出て行くのが見えたんだけど」

「別になにもないよ」

「そうなんだ」

 

 アゲハは納得してくれるも表情はどこか不満げだった。

 とはいえ、小屋の中であったことをアゲハに説明するわけにもいかない。

 

「まぁ、いいんだけどね」

 

 アゲハはそう言って、隣に座る。

 そして、俺のほうへと寄りかかってきた。

 

「キスカ、好きよ」

「あぁ、俺も好きだよ」

 

 俺の行動はなにも間違っていない。

 そうわかっているはずなのに。

 さっきから、吐いてしまいそうなぐらい気持ち悪い。

 多分、今日の日を俺は一生夢の中で思い出し続けるんだろうな。

 

 

◆ 

 

 

 ニャウは小屋を駆け足で出て行く。

 誰にも見られないように。

 きっと、今の自分はひどい顔をしているに違いないから。

 

「あぁー、これが失恋というやつですかー」

 

 どこか明るい口調でそう口にする。無理してでも明るく振る舞わないとやっていけないような気がした。

 

「まぁ、こうなることは最初からわかっていたんですけどね」

 

 キスカがアゲハと付き合っていることは知っていた。

 自分に望みがないことも。

 それでも気持ちを抑えることができなかった。

 気持ちを伝えれば、なにかしら状況を変えられるんじゃないかと期待した。

 けど、世の中はそう甘くはなかった。

 状況は変わらないどころか、自分一人が傷つくはめになった。

 

「うぅ~~~~~っ」

 

 そう思うと、涙が溢れてきた。

 今日は泣かないと決めてきたのに。

 その約束を果たすのは無理そうだった。

 

 



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―126― 壁越し

 エリギオン殿下たちと狩りに出かけた翌日、この日は2日後の劇場に行くための服装を買いに、アゲハと街へと赴いた。

 前回の時間軸でアゲハは黒いドレスを身につけていたが、今回は水色の明るいドレスを購入していた。

 俺は前回の時間軸と同様のスーツだ。

 その次の日は凱旋式で1日が潰れた。

 

 そして、今日、劇場に行ってオペラの鑑賞をし、この夜、俺は殺される。

 

「なぁ、アゲハ」

「わかっている。私が守ってあげるから、キスカは安心して」

 

 と、アゲハは言ってくれる。

 アゲハがここまで言ってくれるなら、安心できそうだ。

 それから劇場でアゲハと一緒にオペラを鑑賞した。同じ内容のオペラをすでに一度観ているとはいえ、退屈はしなかった。むしろ、2回目だからこそ得られる発見があって初めて見たとき以上に楽しめた気がする。

 

「それで、キスカ、何時くらいに襲われたかわかる?」

 

 俺とアゲハはベッドの上で背中合わせにして座っていた。

 こうして座ることで死角をなくすことができる。

 

「わからん。気がついたら、ループしていたから。けど、あの日は遅くまで起きていたから、夜遅いことはわかるけど」

「そうなんだ。だったら、今日は徹夜を覚悟する必要があるかもね」

 

 それから俺は気を引き締めながら、部屋の扉をずっと監視していた。

 いつ、扉から誰かが入ってくるかわからない。

 それからしばらく、俺は扉をジッと見つめていた。

 

「なぁ、アゲハ。起きているか?」

「うん、起きているよ」

 

 ふと、不安になってアゲハに声をかける。

 アゲハがこうして近くにいるから俺はまだ冷静でいられるんだと思う。アゲハがいなければ、とっに俺は恐怖で精神が焼き切れていたに違いない。

 

 それからどれだけの時間が経っただろう。

 特に異変は起きない。

 このまま無事、朝を迎えることができればいいんだが。

 

「キスカ、誰かがこの部屋に近づいてきているわ」

「え?」

「聞こえない? 足音が」

 

 どうだろうか? いくら耳を澄ましてもそれらしい音は聞こえてこない。

 

「どうする? 私が確認してこようか?」

「あぁ、そうだな」

 

 そう返事をすると、アゲハはベッドから立ち上がっては部屋の外へ行く。

 アゲハが離れることに不安を覚える。

 

「なぁ、俺も一緒に行ったほうがいいかな?」

「キスカはそこで待っていて。戦いになった場合、巻き込みたくないから」

「わかった」

 

 そういうことなら、俺は大人しく部屋で待っていよう。

 彼女に守ってばかりなのは情けない気もするが、事実アゲハのほうが強いわけだし、彼女の判断に任せるべきだ。

 

「それじゃ、キスカは大人しく待っていてね」

 

 そう言って、アゲハは扉を閉めた。

 

 

 

 

「あら、やっぱりあなただったんだ」

 

 アゲハはそう言って笑う。

 視線の先には、1人の人物がいた。

 

 

 

 

 壁越しに戦闘音が響いた。

 アゲハが誰かと戦っているのは明らかだった。

 アゲハに任せていれば大丈夫だとわかっていても、どうしても不安になってしまう。

 俺はなんて情けないんだろう。

 もっと強ければ、一緒に戦うことができたはずだ。

 

 それからひたすら待ち続ける。

 戦闘音が止む瞬間まで。

 

「終わったのか……」

 

 壁ごしなのでどうなっているのかわからないが、戦闘音はもう聞こえてこない。

 

「アゲハ!」

 

 もう戦いは終わったと判断して、廊下へと飛び出す。

 

「――あ?」

 

 目の前に広がっていた状況を俺はすぐさま判断することができなかった。

 一面に広がる血。

 あちこちに血が飛び散っている。

 激しい戦闘が行なわれた跡があった。

 

「アゲハ……?」

 

 血だまりの真ん中に力なく横たわっているアゲハがいた。

 

「おい、大丈夫か……」

 

 そう言って、アゲハの体を持ち上げようとする。けれど、彼女の体は思ったよりも重く、うまく持ち上げることができない。

 彼女は目を開けたまま、意識を失っていた……いや、死んでいるのは明らかだった。

 

「ごめん……」

 

 気がつけばそう呟いていた。

 アゲハに任せた俺の判断ミスだ。俺がもっと強ければ、アゲハが死ぬ必要なんてなかったのに。

 

「ごめん、アゲハ……」

 

 そう口にしながらアゲハを強く抱きしめる。

 アゲハを死なせてしまったことを強く後悔する。

 なよりも嫌だった。

 アゲハが目の前で死んでしまうことが。

 あのときアゲハが首を吊って自殺したことが脳裏に蘇る。あんな思い、もうアゲハに味わわせたくなかったのに。

 

「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん……ッ」

 

 いくら謝ったところでアゲハはなんの反応も示さなかった。

 次はもっとあまくやらないと。

 これ以上、アゲハを苦しめさせないためにも。

 

「あがぁ……っ!」

 

 突然、口から血を吐き出していた。

 見ると、刃物のようなものが腹から飛び出していた。誰かが後ろから刺したのは明らかだった。

 

「誰だ……!?」

 

 そう言って振り向く。

 犯人の顔を見ないことには、死に戻りしてから対策を立てるのが難しい。

 だから、なんとしてでも犯人の顔を見る必要があった。

 

 ヒュン、と風を切る音が聞こえた。

 同時に、視界が暗くなる。

 

「あぁああああああああああああッ!!」

 

 叫ばずにはいられなかった。

 なにせ刃のようななにかで、たった今両目を斬りつけられたのだから。

 次の瞬間、胸辺りに衝撃が走る。

 恐らく、なにかで刺されたのだろう。

 

 そして、俺は気を失った。

 

 

 

 

 覚醒する。

 無事、死に戻りをすることができたようだ。

 それにしても、大きく方針を転換する必要がありそうだな。

 まさか、敵がアゲハより強い存在だとは思っていなかった。

 アゲハに任せれば解決できると思わないほうがいい。

 

「キスカ、ボーッとしているようだが大丈夫か?」

「あぁ、大丈夫だよ。それじゃあいこうか、アゲハ」

 

 目の前には黒アゲハがいる。

 まだアゲハの封印を解いていないので、目の前にいるのは分身だ。

 まずは、アゲハの封印を解いて、それから魔王ゾーガを倒さないと。

 

 まず、暗殺者ノクと共に、エリギオン殿下のいる場所へ赴いた。

 エリギオン殿下をなんとか説得し、彼から聖剣を借りる。

 それから暗殺者ノクが宝石のようものを聖剣にかざして、封印を解こうとする。

 すると、次の瞬間にはまばゆい光が聖剣から放たれた。

 光が止むと、そこには一人の少女が立っていた。

 

「久しぶりに、外の空気を吸うことができるな」

 

 そう言って、彼女は俺のほうへと視線を飛ばす。

 あれ……? 俺は違和感を覚える。

 

「ん? キスカ、どうしたんだ? いつもより間抜けな表情をしているぞ」

 

 あぁ、そうか。

 目の前にいるアゲハは、アゲハであってアゲハではない。

 

「お前、黒アゲハのほうか」

 

 アゲハには二つの人格が内包している。

 普通のアゲハと攻撃的な性格をしている黒アゲハ。

 

「黒アゲハってなんだ?」

 

 そうか、黒アゲハは俺が勝手に名付けた名前だった。

 彼女がその呼び名を知るはずがない。

 

「あぁ、なるほど、黒アゲハというのは我の呼び名だな」

 

 とはいえ、察してくれたようでアゲハはそう頷く。

 

「確かに、我はアゲハの悪意担当だ。ゆえに、黒アゲハという呼び名も納得だな」

 

 そう、目の前にいたのはアゲハのもう一つの人格、黒アゲハだった。

 

 



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―127― 黒アゲハ

「それで、アゲハ。ループした自覚はあるか?」

「いや、ないな」

「やっぱないか」

 

 前回の時間軸でもアゲハはループした自覚はなかった。黒アゲハでもそれは変わらないか。

 というわけで、俺はこれまでのことを掻い摘まんで話す。

 

「なるほど、今から8日後に何者かに襲われるのか……」

「あぁ、それもアゲハが戦ったのに殺されてしまった」

「ならば、我でも勝てないな。なにせ、我とアゲハは戦力に関しては同格だからな」

 

 まぁ、そうだよな。

 他にも、なぜ、黒アゲハにループした自覚がないのか、今回はアゲハではなく黒アゲハのほうが人格を乗っ取っているのか、と色々と疑問は尽きないが、黒アゲハに質問をしても、どれも「わからない」の一言で返されてしまう。

 

「それよりも、魔王ゾーガを倒すことのほうが先決だな」

「それはそうだな」

 

 というわけで黒アゲハと共に、魔王ゾーガを倒すために画策する。

 

「なぁ、やっぱり暗殺者ノクを殺すのか?」

「当たり前だ。あいつがいると色々と面倒なんだよ」

「……そうか」

 

 結局、魔王討伐まで前回の時間軸とほとんど同じように進んだ。

 魔王ゾーガを黒アゲハが倒して、その黒アゲハが不意を突くように暗殺者ノクを殺した。

 それからは賢者ニャウの転移陣でダンジョンの外へ脱出した。

 

 その後も、前回の時間軸と同様、村人たちに歓迎されて、用意された宿に一泊した。

 

「なぁ、アゲハ」

「ん? なんだ」

 

 対面には、黒アゲハがベッドに腰掛けている。

 やっぱり見た目はアゲハと同じでも雰囲気は大きく異なる。こうして黒アゲハと対面すると、少し緊張してしまう。やっぱアゲハと違って、どこか他人行儀な気がする。

 

「なぁ、この村を出て遠くに逃げないか?」

「なぜだ?」

「このまま宿にいると、エリギオン殿下と共に王宮で寝泊まりすることになる。そうすると、また、王宮にいる誰かの手によって殺されてしまう。だったら、王都には近づかないのが賢明だと思う。だから、俺たちで遠くに逃げないか?」

 

 できる限り王都から離れた場所がいい。

 流石に、犯人も王都にいなければ襲うことはできないはずだ。

 

「だが、それだと犯人を特定できないだろ。やはり、王宮にて迎え撃つべきじゃないか」

 

 黒アゲハの言っていることは尤もだ。

 俺の意見は逃げであって、問題の先延ばしにしかならない。もし、犯人が俺たちに対して強い殺意を抱いていた場合、追ってくる可能性が高い。

 相手はアゲハを倒すことができる実力の持ち主だ。

 追ってこられた場合、命はないか。

 

「それでも、王宮で過ごすより、逃げたほうが助かる可能性は高いと思う」

 

 敵がどういう人物かは未だわからない。

 だが、いくらアゲハを倒せるだけの実力の持ち主でも、遠くに逃げた俺たちの居場所を突き止める能力はないと思いたい。

 

「まぁ、貴様の判断に従うとしよう。それで、いつ、この宿を発つんだ?」

「朝早くだな」

 

 明朝。

 エリギオン殿下と出くわすと、説明するのに時間をとられるだうし、王都に来るよう誘われて、断らなくてはいけなくなる。

 殿下の誘いを断るのは避けたい。

 だったら、誘われる前にこの村からいなくなる。

 エリギオン殿下が起きるより前に、この村を出るべく準備をしないと。

 エリギオン殿下に、なにも言わずに出るのも遺恨が残りそうなので、念のため手紙をしたためておく。

 手紙には、事情があって村でること、それと、聖騎士カナリアに関すことを書いておく。

 

「よしっ、準備はできたか、アゲハ?」

 

 隣には村で入手した一頭の馬がいた。

 

「まだ眠いぞ」

 

 そう言って、黒アゲハは眼をこする。

 寝ぼけているのか、目は半開きだ。

 

「だったら、馬に乗りながら寝てていいぞ。騎手は俺がするから」

「ん、そうする」

 

 そういうわけで、俺と黒アゲハで馬に2人乗りする。

 黒アゲハが前で俺が後ろだ。

 俺の両腕にすっぽりと黒アゲハは収まり、そのまま体重を俺に預けてくる。意図しなかった急接近にどきまぎしてしまう。

 

「それで、どこに行くんだ?」

「そういえば、言っていなかったな」

 

 ぶっちゃけ王都から離れられるなら、どこに行こうが問題ない。

 

「ひとまず、リッツ賢皇国に行こうか」

 

 だから、一度行ったことがあって、勝手がわかる場所に行くことにした。

 

 



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―128― 容疑者

 リッツ賢皇国まで馬を使っても一日で行くことはできない。

 なので途中にある村を経由する必要がある。

 

「なぁ、アゲハ。お前、お金持っていたよな……?」

 

 村に入って早速宿の確保をしようと、カウンターにて受付していた折、黒アゲハにそう話しかける。

 

「まぁ、持ってはいるが」

「えっと、工面してくれると助かるんだが」

 

 そう言うと、黒アゲハはあきれ顔をする。

 とはいえ、お金を全く持っていない以上、黒アゲハに頼るしかない。

 

「仕方がないか。我が出すことにらしよう。なにせ、我はお金に関してはそこそこ余裕があるしな」

 

 というわけで、黒アゲハにお金を出してもらった。

 それから黒アゲハと一緒に、夕食を食べに食堂へと行く。

 

「なぁ、アゲハ。俺たちを殺した犯人に心当たりはあるか?」

 

 夕食を食べながら話題の一つでも、とか思い、そんなことを口にする。

 

「そう聞かれてもな。ループしたときの記憶が我にはないから、なんともいいがたいな」

「まぁ、そうだよな」

 

 夕食を食べながらそう頷く。

 やはり、アゲハに聞いても心当たりはないようだった。

 

「犯人を捜す際、最も重要なのは動機だ。我々を殺すような人物に心当たりはないのか?」

「特にないな……」

 

 殺されるような恨みを買った覚えはあいにくない。

 

「そうか。だったら別の視点でアプローチをする必要があるか。我を殺すことができる人物に心当たりはあるか?」

 

 なるほど。

 アゲハは並外れて強い。そのアゲハを殺すことができる人物は限られてくる。

 王都にいた人物で、アゲハを殺すことができる人物か……。

 

「大剣豪ニドルグとかかな」

 

 大剣豪ニドルグのランクは最強のマスターだ。だから、アゲハを殺すことができても不思議ではなかった。

 

「その大剣豪ニドルグに動機はあるか?」

「動機か……。確か、アゲハに決闘を申し込んだことがあったな。その、強いやつと戦いたいという理由で」

 

 結局、あのときは俺が大剣豪ニドルグと決闘することになったが、それじゃあ欲求を解消することができず、アゲハに戦いを挑んだとか……?

 

「なるほど、動機はあるわけだな」

「だが、大剣豪ニドルグが俺とアゲハを殺すような人だとは思えないな」

 

 大剣豪ニドルグと関わった時間は短いが、悪い人ではなかったと思う。そんな人が人殺しなんてするだろうか?

 

「その人の本性なんて簡単にはわからないから。一見優しい人が裏で悪いことをしているなんてよくあるだろ」

 

 確かに、黒アゲハの言うとおりかもしれないが、個人的にそういうことはあまり考えたくないな。

 

「まぁ、いい。他に心当たりはないのか?」

 

 俺が不服そうにしたのを察したのか、黒アゲハがそう口にする。

 

「……そうだな。ないとは思うが、エリギオン殿下とかどうだ?」

「確かに、エリギオン殿下は元勇者なだけあって、それなりの実力の持ち主だからな。我を殺せてもおかしくはないか」

「だけど、エリギオン殿下にも動機らしい動機がないんだよな」

「わからんぞ。勇者の手柄を我に奪われたことを内心恨んでいて、我を殺したのかもしれない」

 

 アゲハはニッと口角をあげながらそんなことを言う。

 

「エリギオン殿下はそんなことしないと思うけどな」

 

 エリギオン殿下とは何度も会話する機会があったが、優しい人だという印象だ。そんな人が、恨みで人を殺すとはどうしても思えない。

 

「じゃあ、他に心当たりはいるのか?」

 

 アゲハの問いに答えがつまる。

 アゲハを殺すことができるほどの実力を持った人物か。そんな人、他にいたかな……。

 あ、一人だけいるか。

 

「賢者ニャウがいたな」

「確かに、彼女の実力は折り紙付きだ」

 

 賢者ニャウは時間軸によっては、マスターに選ばれるほどの実力の持ち主だ。彼女の強さなら、十分候補にあげてもおかしくない。

 

「それで、彼女に動機はあるのか?」

 

 やはり、他の人同様賢者ニャウにも動機らしい動機がない。

 時間軸によっては賢者ニャウとは親しい仲だだっただけに彼女のことはよくわかっているはずだ。賢者ニャウがそんなことするとはどうしても思えない……いや、一つだけ動機があったな。

 なぜか、賢者ニャウは俺のことが好きみたいだ。だから嫉妬あまりアゲハを殺してしまったとか。いやいや、賢者ニャウに限ってそんなことはあり得ないと思うが。

 でも、嫉妬で人を殺した人間に心当たりはあるわけで、賢者ニャウも同様のことをしてもおかしくはないのか……?

 

「どうやら心当たりはあったようだな」

 

 黒アゲハが不敵な笑みを浮かべていた。

 どうやら俺の表情をみて察したようだ。

 

「……そうだな」

「それで、どんな動機なんだ?」

 

 と、黒アゲハに聞かれるが、まさか賢者ニャウが俺のこと好きだから、なんて答えたら、余計なことになりそうだから言うわけにいかない。

 

「別に、大した動機ではないんだけどね」

 

 とか言って、誤魔化す。

 黒アゲハは特に不審に思わなかったようで、「そうか」と頷いてくれた。

 

「他に、容疑者に心当たりはないのか?」

「いや、流石にもういないかな」

「そうか。ならば、容疑者は三人に絞られたわけだな」

 

 とはいえ、三人とも犯人とはどうしても思えないんだよな。

 

 

 

 

 翌朝、窓からの太陽の日差しを感じながら俺は目を覚ます。

 結局、昨日夕食を食べた後、そのまま宿に戻って寝たんだった。

 隣を見ると、アゲハが眠っている。

 ベッドが二つ並んでいるツインの部屋を選んだつもりが、間違えて一つのベッドに二人が眠るツインの部屋をとってしまったんだ。

 寝ているアゲハを見ていると、かわいいなぁとか思ってしまう。

 うっ、抱きつきたい衝動が。

 

「少しぐらいいいよな」

 

 眠っているアゲハのところまで移動して、俺は彼女のことを両手で抱きしめる。

 まっさきアゲハの放つ良い匂いが鼻腔をくすぐる。それから、生地越しの肌の体温と柔らかさが伝わってくる。

 こうしていると安堵感で胸がいっぱいになりそうだ。

 

「おい、なにをしている? 貴様、変態か」

 

 ふと、アゲハが目をつりあげて俺のことを睨んでいた。どうやら起こしてしまったらしい。

 あぁ、そういえば今のアゲハは黒アゲハのほうだった。寝ぼけていたせいか、アゲハだと思って抱きしめてしまった。

 

「悪い」

 

 と、反射的に謝りつつ、ふと、思う。

 アゲハとは恋人だったと思うが黒アゲハはどうなんだ?

 黒アゲハも俺のこと散々好きだと言っていたのは覚えている。

 だったら、別にいいような。

 

「なぁ、お前って俺のこと好きなんだよな?」

「おい、唐突になにを言いだすつもりだ。ふざけるのも大概にしろ」

「別にふざけてはいないんだが」

 

 本気で聞いたつもりなんだが、伝わっていないようだ。ならば、聞き方を変えるしかない。

 

「俺はお前のことが好きだ。お前はどうなんだ?」

 

 そういえば、アゲハには好きだって伝えたつもりだが、黒アゲハにはちゃんと伝えてはいなかった気がする。

 

「おい、貴様ッ、きゅ、急になにを言い出すつもりなんだ……っ」

 

 途端、黒アゲハは赤面しつつ狼狽する。

 

「ちゃんと確かめておくべきだと思っただけなんだが。それで、どうなんだ?」

「どうって……」

 

 恥ずかしいのか黒アゲハは目を泳がせていた。

 

「アゲハ、ちゃんと答えてくれ」

「わ、我も、その……」

 

 黒アゲハの言葉を待とうと、俺はじっと待つ。

 

「き、貴様のことが、す、す、すぅうううう」

 

 ほぼ好きと言っているようなもんだが、ちゃんと言うまで待つ。

 

「なぁ、本当に言わなくていけないのか?」

 

 ふと、黒アゲハが困った様子でそう尋ねてきた。

 

「そりゃ、俺としてちゃんと言って欲しいかな」

「わかった。ちゃんと言うから、心の準備をさせてくれ」

「あぁ、わかったけど」

 

 そう言うと、アゲハはその場で目をつむりながら「ふーぅ、ふーぅ」と、深呼吸を始めた。

 ただ、好きというだけで、随分と大げさなやつだな。

 

「準備はできたか?」

「あぁ、待たせたな」

「それで、どうなんだ?」

「わ、我も貴様のことがす、す……」

 

『す』まで言えるなら、『好き』ぐらい簡単に言えるだろ、とか思いながら、待ち続ける。

 

「って、我になに恥ずかしいことを言わせるつもりだ!」

 

 そう言って、彼女は俺のことを全力で押しのける。

 驚いてしまった俺はそのまま真後ろへ尻餅をついてしまう。

 

「あっ」

 

 そう言った頃には、アゲハは逃げるように部屋から出て行ってしまった。

 部屋に一人残った俺は思う。

 黒アゲハのやつ、随分と反応が初々しいな。

 今まで出会ってきた女の子はみんな積極的だったからか、黒アゲハの反応は新鮮なものに感じられた。

 なんというか――

 

「かわいいやつだな」

 

 とか思ってしまった次第である。

 

 



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―129― 再確認

 カタロフ村を出発してから2日後。

 

「ようやっと目的地に着いたな」

 

 目の前にそびえ立つ城壁が広がっている。この城壁を抜ければ、リッツ賢皇国の首都、ラリッチモンドだ。

 

「やっと着いたか。ずっと馬に乗っていたから、お尻が痛いぞ」

 

 馬の前方に乗っていた黒アゲハがぼやく。

 

「もう少しだけ我慢してくれ。関門を抜ければ降りてもいいから」

 

 それから関門を通過して城壁の中へと入る。

 中に入ると、そこは王都と同じくらい人で栄えていた。

 以前、賢者ニャウときたときは戦時中だったこともあり、観光なんて一切できなかった。今回も誰かに命を狙われている都合上、羽を伸ばすまではいかなくても、少しぐらいなら観光する余裕があるかもしれない。

 馬を馬宿に預けて宿をとった後、黒アゲハと一緒に町を歩く。

 手頃な場所でランチを食べつつ、黒アゲハと今後のことを相談した。

 

「アゲハ、これから俺たちどうしたらいいと思う?」

「……そうだな。我々が殺されるのは、いつだったか?」

「えっと、今からだと、5日後だな」

 

 とはいえ、王宮で過ごした場合、5日後に殺されるってだけなので、こうしてリッツ賢皇国に来た今、5日後に殺されるとは限らないが。

 

「この国でゆっくり過ごせばいいんじゃないか? 犯人がこの国まで追ってくるとは思えないしな」

 

 確かに、俺たちがこの国にいることが犯人に筒抜けだとは思えないし、この国にいていいかもしれない。

 

「そうだな……」

 

 そう頷きつつも、胸のわだかまりは消えなかった。

 やっぱり用心に用心を重ねたほうがいいような気がする。

 

「アゲハ、俺はもっと遠くに逃げるべきだと思う。やっぱり、こういうことは最善をつくすべきじゃないかな」

「そうか。貴様がそう言うなら、もちろん我は従うよ」

「ありがとう」

「ん? なぜ、今我にお礼を言った?」

「いや、だって俺のわがままに付き合ってくれるわけだし」

「それをわがままだというなら、流石にお人好しが過ぎないか?」

「そうかな?」

「ふんっ、まぁいいさ。それで、次はどこに行くんだ?」

「えっと……」

 

 ここからさらに王都に離れるように進むとなると、ナガラ連邦か。いや、ナガラ連邦は最近できたばかりの国だったな。百年前のこの時代にもナガラ連邦があったかどうかは調べてみないとわからないな。

 

「どこに行くかは後で調べてみるよ。それに、慌てる必要もないだろ。どうせ今日はここで泊まるんだし」

 

 そんなわけで食堂を出た後、俺たちはブラブラと町を歩く。

 流石、国の首都なだけあって色んなお店が並んでいる。

 ふと、黒アゲハが右手を注視していた。ショーケースにはアクセサリーが並んでいた。

 

「興味があるのか?」

「そ、そういうわけではなくてな。たまたまに目に入っただけで」

 

 食い気味に否定された。

 恥ずかしがることもないのに。

 

「せっかくだし、中に入ってみるか」

「おい、だから興味ないと言っているだろ」

「少し中を覗くだけだって」

 

 嫌がる黒アゲハの腕を引っ張って、店の中へと入る。

 アクセサリー屋ということで、店内は女性ものの指輪やネックレスなんかで占められていた。

 どれも値段が高いな。

 思ったよりも格式が高いお店で、気軽に入るお店ではなかったのかも。

 自分から入っておいてなんだが、居心地の悪さを感じた俺は店を出ようと、黒アゲハを探す。

 彼女はなにかの品物を見つめていた。

 

「欲しいのか?」

 

 声をかけると彼女はビクッと肩を震わせてこっちを見る。

 

「いや、そういうわけではなくてだな」

 

 と、彼女はしどろもどろになりながらそう答える。

 黒アゲハが見つめていたのは、髪を結ぶのに使うリボンだった。これなら指輪やネックレスと違って、値段が極端に高いわけではないから気軽に手が出せそうだ。

 

「それに、我には似合わないだろ」

 

 と、自嘲気味に黒アゲハがそう言う。

 

「いや、普通にかわいいと思うけどな」

 

 せっかくならプレゼントしてやりたいが、あいにく今の俺には金がない。

 ダンジョン奥地に追放されてからお金を入手するタイミングがなかったからな。さっきのランチも情けないことに黒アゲハにお金を出してもらったし。

 そういえば、アゲハに指輪をプレゼントしたいと思ったときも金がなくて断念したんだよな。まぁ、あの後、大剣豪ニドルグに勝って手に入れた賞金で指輪を注文したのだが、死んだしまったせいで、結局渡すことはできなかった。

 

「いいから、店を出るぞ」

 

 そう言った黒アゲハに背中を押されながら俺たちは店を出た。

 なにか早急にお金が手に入る方法があればいいんだけどなぁ。

 と思った矢先、ある建物が視界に入る。

 

「どの国にも冒険者ギルドはあるな」

 

 黒アゲハがそう言う。

 冒険者ギルドなら、1日で達成できる依頼もあるわけだし、小銭を稼ぐならちょうどいい。

 

「なぁ、アゲハ。少し寄ってもいいか?」

「それは構わないが。なにか用事でもあるのか?」

「あー、えっと……」

 

 説明してしまえばサプライズにならないな。

 

「アゲハ悪い。少し用事を思い出して、夕方までには戻るから、少し別行動をさせてくれないか?」

「あぁ、わかったが……」

 

 黒アゲハが頷いたのを確認した俺は一人で冒険者ギルドへと入った。

 

 

 

 

 特にやりたいこともなかったので黒アゲハは一人で宿に戻った。

 

「暇だな」

 

 部屋にはベッド以外なにもない。こんなにも暇なら、本の一冊でも買えばよかったかと思うが、外にでる気力はなかった。

 

「キスカのやつ、今頃なにをしているのだろうな?」

 

 なんてことを呟く。

 キスカは突然、用事があると言って、冒険者ギルドへと行ってしまった。結局、用事がなんなのか教えてくれなかった。

 そのことが少し寂しいと黒アゲハは思う。

 

「やっぱり我よりあいつのほうがいいのかな……」

 

 黒アゲハの頭に思い浮かべるのはもう一人の自分。

 あいつは自分と違って愛嬌があって、人との接し方だってわかっている。

 自分が人に嫌われる性格なのはわかっているが、そのことを自覚するたびに胸が痛んだ。

 

「キスカ……」

 

 会いたいな、と思いつつ、その人の名前を呼んだ。

 

「悪い、アゲハ。思ったよりも時間がかかった」

 

 扉が乱暴に開かれたと思ったら、彼が立っていた。

 運動でもしてきたのか、額には汗が浮かんでいる。

 

「なにしていたんだ?」

 

 そう尋ねると、彼は恥ずかしそうに頬をかきながら、ポケットから小さな箱をとりだしては黒アゲハに渡す。

 

「開けていいのか?」

「あぁ、もちろん開けてくれ」

 

 そういうことなので中を開ける。

 

「あ……」

 

 中に入っていたのは自分がお店で見つめていたリボンだった。

 

「その、アゲハに似合うと思ったから、どうしてもプレゼントしたくなった。その、迷惑じゃなければいいんだが」

 

 瞬間、あぁ、そういうことかとなにもかもがわかった。

 キスカがお金を持っていないのは知っていた。だから冒険者ギルドへ行ってお金を稼いできてくれたのだ。プレゼントをするために。

 

「ありがとう。一生の宝物にする」

 

 やっぱり自分はキスカのことが好きなんだ。

 

 



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―130― 正体

「なぁ、せっかくだし貴様がその、つけてくれないか?」

 

 黒アゲハがリボンを手に口ごもりながらそう口にする。

 

「リボンの付け方なんて、俺わからないぞ」

「それを言うなら、我だって付けたことがないからな。我一人ではリボンをつけられそうにない」

「そうか。じゃあ、手伝うよ」

 

 それから黒アゲハと二人で四苦八苦しながら、リボンで髪を結ぶ。

 

「どうだ?」

 

 黒アゲハは髪を両側に二つ結んでいた。

 

「かわいいよ」

「そ、そうか……」

 

 黒アゲハは頷きながら照れくさそうに俯く。

 どうやら思っていたよりも喜んでもらえたようで、これなら渡した甲斐があったというもんだ。

 

 

 

 

 魔王を撃破してから9日目。

 王都からひたすら離れるように移動した俺たちはリッツ賢皇国の隣国に位置するリンド公国へと向かっていた。

 リンド公国は何十年後にいくつかの国と統一してナガラ連邦という名称へと変わる。

 俺たちが着いた町はそんなリンド公国の首都、グランリンドという町だった。

 

「やっと着いたな」

 

 前に乗馬している黒アゲハがため息をつきながらそう口にする。

 

「随分、長いこと移動していたからな」

「今日はもう遅いから、後は食べて寝るだけか」

「俺はそのつもりだったけど」

「そうか」

 

 それから俺たちは関門を抜けては見つけた食堂で夕飯を食べてから宿を探す。

 

「今日で9日目か」

 

 ベッドに入りながらそんなことを呟く。

 王都で過ごしていたときは魔王を撃破してから9日目に誰かの手で殺された。

 王都から遠く離れたリンド公国までやってきてんだから今日殺されることはないとわかっているが、それでも緊張するな。

 

「なぁ」

 

 ふと、隣で寝ていた黒アゲハが話しかけてくる。

 

「貴様は、あいつと体の関係を持っていたんだよな」

 

 あいつというのが、目の前の黒アゲハとは別の人格のアゲハだってことは、すぐにピンときた。

 突然なにを聞き出すんだ。

 

「そうだけど」

 

 隠したって仕方がないと思い、肯定する。

 アゲハも黒アゲハも人格が違うだけで同一人物なわけだし。

 

「その……貴様は、我ともやはりそういうことをしたいのか?」

 

 黒アゲハは自分で聞いておいて恥ずかしいのか、モジモジしていた。

 えっと、なんて答えたらいいんだろう。

 黒アゲハのことはもちろん好きだから、したくないと言えば嘘になる。とはいえ、正直に伝えていいのだろうか。

 

「そりゃ、お前のことが好きだから、まぁ、したいけどさ」

 

 迷ったあげく正直に言うことにした。

 

「そうか。我のことが好きなのか。だったら、仕方がないな。ほら――」

 

 そう言って、黒アゲハはベッドの上で両手を広げる。

 

「えっと……」

 

 意味がわからず俺は首を傾げた。

 

「さ、察しが悪いやつだな! その、我のことを好きにしていいぞ。って、我にこんな恥ずかしいことを言わせるな!」

 

 あぁ、そういうことか。

 まさか黒アゲハがそういうことをしてくれると思わなかったせいで、すぐわからなかった。

 

「別に無理しなくていいんだぞ」

「無理なんかしてないぞ。ただ、あいつがしていて我がしていないのはその、ズルいと思っただけだ。それとも、キスカは我とするのは嫌か?」

 

 なんというか、すごくかわいいな。

 黒アゲハの健気な好意を向けられて、なんとも思わないわけがなかった。

 

「アゲハ、好きだ」

 

 気がつけば、俺は彼女のことを押し倒していた。

 

 

 

 

 終わった後は決まって冷静になる。

 アゲハにも黒アゲハにも手を出してしまった。一瞬、大丈夫だろうか、という考えが頭を過ぎる。

 まぁ、二人とも同一人物で一心同体だしな。どっちに手を出しても大して変わらないよな。

 だから、アゲハも許してくれるはずだ。

 ……本当に大丈夫だよな。

 

「おい、どっか行くのか?」

 

 ふと、黒アゲハがベッドから立ち上がっては着替えていた。

 

「少し、夜風に当たりたい気分だからな」

 

 いや、こんな夜中に女の子が外を出たらダメだろ、とか思うが、窓を見たら、今まさに太陽が昇ろうとしていた。

 いつの間にか朝になっていたらしい。

 

「すぐ戻ってくるんだぞ」

 

 と、言いつつアゲハが部屋を出て行くのを見届けた。

 

 

 

 

 宿を出た黒アゲハは裏道を通って、いかにも閑散としていて昼間でも人通りがないであろう場所を歩いていた。

 

「悪いな。待たせてしまったみたいだ」

 

 立ち止まった黒アゲハは通りの向こう側に立っていた人影に対して、そう口にする。

 

「別に。気にしていない」

 

 そう言いつつも、その声色は明らかに不機嫌そのものだった。

 

「そうか」

「ねぇ、それなに?」

 

 指を指される。

 あぁ、髪に縛ってあるリボンのことを言っているんだってことがわかる。

 

「あいつにプレゼントしてもらったんだよ」

「そうなんだ」

 

 ギリッ、と歯ぎしりが聞こえる。

 

「うらやましいか?」

 

 まさに挑発するような口調だった。

 

「うん、すごくうらやましい」

「だが、やらぬぞ。これはあいつから、我にプレゼントされたものだからな」

「あっそ」

 

 人影は言葉を吐き捨てる。

 

「ねぇ、いい加減始めない?」

「そうだな。いつまでも駄弁っていても仕方がないしな」

 

 喋りながら黒アゲハは〈アイテムボックス〉を開き、虚空から剣を取り出す。

 人影も同様に剣を手にしていた。

 

「それじゃあ、始めようか」

「我と貴様の殺し合いを」

 

 瞬間、爆ぜる音が鳴り響いた。

 

 

 

 

「遅いな」

 

 部屋で黒アゲハのことを待っていたが、中々戻ってこなかった。

 心配だ。

 まぁ、黒アゲハなら暴漢に襲われても容易く撃退することができると思うが、前回の時間軸でアゲハを殺した謎の犯人が脳裏に過ぎってしまう。

 そういえば、魔王撃退から今日で九日目だ。

 王都にいたときは九日目に俺は殺されてしまった。

 ここは王都から遠く離れた町だから安心しきっていたが、今になって急に不安を覚えてしまう。

 

「少し外の様子を見てくるか」

 

 そう言って、部屋の扉を開ける。

 それからしばらく宿の周辺を探索した。

 

 グサリ、と肉を断ち切る音が聞こえた。

 音のほうを見ると、そこには剣を手にした少女が立っていた。

 後ろ姿でもわかる。

 そこにいるのはアゲハだ。

 

「おい、アゲハ。なにをしているんだ?」

 

 そう言いながら、近づく。

 すでに、戦いは終わった後のようで、立っているアゲハとは対照的に、もう一人は血を流しながら倒れてはピクリとも動く気配はない。

 もしかしたら、アゲハが俺たちを殺そうとしている犯人を成敗してくれたんじゃないだろうか。そんな考えが浮かぶ。

 

「キスカ――」

 

 俺の名を呼びながら彼女は振り向く。

 あれ? と、違和感を覚える。

 目の前にいるのが、黒アゲハではなく普通のほうのアゲハだった。まぁ、二重人格だし入れ替わることもあるんだろう、とか楽観的なことを考える。

 次の瞬間までは。

 

 気がついてしまったのだ。

 彼女の剣の先に転がっている人物の正体を。

 そいつもアゲハだった。

 そう、目の前にアゲハは二人いた。

 剣を手に立っているアゲハと、血を流して倒れている黒アゲハ。

 

「全部、バレちゃったね」

 

 アゲハはそう言って笑う。

 

「まさか、今までの時間軸で俺のことを殺した犯人はお前だったのか?」

「うん、そうだよ」

 

 彼女は頷く。

 その笑顔が狂気にしか見えなかった。

 

 



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―131― 真実

 目の前の状況を把握した俺はパニックに陥っていた。

 

「初めてお前と劇場を観に行った夜、俺を殺したのはお前か?」

 

 一つ一つ状況を紐解いていこうと思い質問をする。

 

「うん、そうだよ」

 

 彼女はあっさりと肯定した。

 

「じゃあ、二回目のループで、アゲハは誰に殺されたんだ?」

 

 あの夜、アゲハは部屋から出て行った後、戻ってこなかった。廊下をでると、そこにはアゲハの死体があった。

 

「私に殺された」

「どういうことだ?」

 

 意味がわからずそう聞き返す。

 

「そうね、正確に言うと、こいつに殺された」

 

 そう言って、アゲハは足下に転がっている黒アゲハを指す。

 そうか。あの夜、アゲハを殺したのは黒アゲハだったのだ。

 

「じゃあ、あの後、俺を殺したのは?」

「こいつだと思うよ」

 

 二回目のループで俺を殺したのは黒アゲハだった。

 

「アゲハ同士で殺し合いをしていたってことか?」

「うん、勝ったほうが次のループで人格を乗っ取ろうって取り決めがあったから。最初は私が勝ったから、私が目覚めた。次はこいつが勝ったから、こいつが目覚めた。今回は私が勝ったから、次のループで目覚めるのは私。そういうふうにしようって、こいつと決めたの」

 

 そういうことか、と納得する。

 だから、目の前に黒アゲハの死体が転がっているわけだ。

 

「あと、ループした自覚がないって前に言っていたけど、それはどういうことなんだ?」

 

 どういうわけか、アゲハにはループした際、前回の時間軸を失っているようだった。だから、俺一人の記憶を頼りに事態を解決しなければいけなかったが。

 

「嘘だよ。前回も前々回の記憶もしっかりある。今回は主人格がこいつだったせいで、あんまり覚えてはいないんだけどね。でも少しは覚えている」

「なんで嘘をついたんだ?」

「キスカに知られたくなかったから」

 

 アゲハは俺の目を見てそう言った。

 

「なんで、こんなことをしたんだ……?」

 

 結局のところ、アゲハがこんなことをする理由に俺は見当もつかなかった。

 アゲハがなにを考えているのか、俺にはよくわからない。

 

「そうだね……」

 

 アゲハはなんて説明すべきか悩んでいるのか言いよどむ。

 

「ねぇ、キスカ。どうせ死んでもループするとわかっている私たちにとって、死ってとっても軽いものだと思わない?」

「まぁ、それはそうかもしれないが」

「だったら、もう一回死んでくれる?」

「いや、なんで!?」

 

 俺はアゲハの攻撃を警戒して後ろへと一歩下がる。

 

「私は今、とっても幸せなんだ。キスカと一緒にいられて。だから、この幸せを壊したくない」

「もっと、わかるように説明してくれ」

 

 苛立つ。アゲハの言葉はどこか曖昧で確信をついていない。

 

「だからさ、キスカは言っていたよね。観測者という存在によって、この時代にやってきたって。そして、世界が救われたと判断できたら、元の時間に戻れると」

「それがどうしたんだ?」

 

 確かに、観測者はそんなことを言っていた。

 だから、魔王を討伐しても元の時代に戻れないことに俺は不安を覚えていた。この後、なにかただならぬなにかが起きて、世界は滅びてしまうんじゃないかって。

 けど、謎の存在に殺されるという事件が起きたせいで、そのことはすっかり頭から抜け落ちていた。世界の滅亡より、犯人が誰なのかということに俺は神経を張り巡らせていた。

 

「今宵、悪逆王が目覚めて、世界は滅びる」

「悪逆王?」

 

 聞いたことがない単語に俺は首を傾げる。

 突然、なにを言い出すんだろう。

 

「世界を破滅へと導く者よ」

「えっと、つまり、悪逆王ってやつが世界を滅ぼすってことか?」

「うん、そういうこと」

「以前、アゲハは世界が滅亡する原因に心当たりはないって言っていたよな?」

「それも嘘。魔王を倒しても戦いは終わらない。本当の敵は悪逆王なんだから。こいつによって、世界が滅亡するのを私はこの目ですでに見ている」

「そうなのか……」

 

 アゲハの言葉に俺は身を震わせていた。

 本当、この後世界は滅びてしまうんだ。

 

「ごめんね、キスカ。私、たくさん嘘ついているね」

「あぁ……」

 

 そう頷くと、アゲハはゆっくりと近づいてくる。

 

「私、今がとっても幸せ。キスカと一緒に過ごせて。私、思うんだ。この時間が永遠に続けばいいって」

「気持ちはわかるが、そんなの無理だろ」

「キスカが協力してくれたら、簡単に実現する」

「どういう意味だ?」

「今日がやってくる度に、キスカが死んでくれたら、時間は巻き戻って永遠に未来は訪れないでしょ。そうすれば、私とキスカは永遠に一緒に過ごすことができる」

 

 確かに、俺が死ねば時間はループする。

 それを活かせば、この時間は永遠に繰り返されることになる。

 それはアゲハの言うとおり、幸せなことなんだろうか? 

 

「俺たちが協力して悪逆王を倒すんじゃダメなのか?」

「悪逆王には絶対に勝てない」

 

 アゲハは断言する。

 アゲハほどの実力の持ち主が絶対に勝てないと言い切るなんて、悪逆王はどれほど恐ろしいんだろうか。

 

「悪逆王ってどんなやつなんだ?」

「悪逆王が目覚めた瞬間、キスカは苦しみながら死ぬことになる。キスカだと意識を保っていられるのは長く見積もって、1分ぐらいかな。私でなんとか3分意識を保つことができる。あぁ、もちろんキスカ以外の普通の人間は数秒も意識を保っていられない。他の人たちは意味もわからず死んでいく。なにせ悪逆王は目覚めただけで、世界を滅ぼすことができるんだから」

「あ……?」

 

 アゲハの言葉を理解できなかった。

 てっきり、殴ったり蹴ったり物理的な攻撃を想像していただけに、アゲハの答えに呆然とする。目覚めただけで、世界が滅びる? 意味がわからない。

 

「そいつは人間なのか?」

「わからない。ただ、神の領域に近い存在だと思う。どこにいるのかもわからないし、もちろん見た目だって知らない」

「じゃあ、なんでアゲハは悪逆王ってやつが元凶だってわかったんだ? その、アゲハから見たら、ただ人が倒れていくようにしか見えないんじゃないのか?」

「そいつが遠隔で私に話しかけてきたから。だから、意思を内在している存在によって引き起こされたんだってことがわかった。悪逆王って名前がわかっているのも、そいつがそう名乗ったから」

「そうか……」

「それで、キスカだったら、こいつを倒すことができるわけ?」

 

 そう尋ねられて、「できる」なんて答えられるわけがなかった。

 神に近い存在に勝てるはずがない。

 一体、どうしたら?

 いや、待てよ。

 俺は百年後の世界からやってきた。

 それってつまり、悪逆王が現れても、世界が存続したというわけだ。

 しかも、百年後に悪逆王なんて存在が現れたなんて聞いたこともない。そんな存在が現れたなら、伝承やらで伝わっていないおかしいと思うが。

 

「なぁ、なんで百年後、俺たちは普通に過ごせたんだ? そんなやつが現れたら、世界が無事で済むとは思えないんだが。けど、俺は悪逆王が現れたことさえ聞いたことがない」

「取引をしたから……。悪逆王におねがいをして、世界を滅ぼさないでくれって」

 

 悪逆王ってやつは残虐非道なやつだと思っていたが、意外と聞き分けがいいんだな。

 

「だったら、また取引して」

「嫌だ。それだけは絶対に、嫌!!」

 

 アゲハは鬼気迫る表情をしていた。心の底から嫌なんだってことが伝わる。

 

「その、取引というのは……」

「また百年間、結界の中に閉じ込められてしまう」

 

 あぁ、そうか。だから、アゲハはあの日、結界の中にいたんだ。

 

「ねぇ、キスカ。お願い……! また死んで、この時間を一緒に過ごそう」

 

 アゲハは懇願する。

 封印されたら味わうことになる苦痛は知っているつもりだ。なにせ、俺も一度戦士ゴルガノに封印にされた。あのときは、吸血鬼ユーディートに助けられたが、もし、そのままだったら、俺は廃人になっていたに違いない。

 だから、アゲハにもう一度、封印されてくれ、なんて残酷なこと言えるはずがなかった。

 

 また俺が死ねば、ループする。

 そして、今日がまたやってくれば俺が死ぬ。

 それを何度も繰り返せば、この9日間を永遠に過ごすことができる。

 それにアゲハと一緒に過ごすことができるんだ。

 だから、悪くないように思える。

 

 けど、本当にそれでいいのだろうか?

 俺にはよくわからなかった。

 

 



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―132― 理由

「キスカ、お願いだから、死んで」

 

 アゲハは澄んだ瞳をしていた。

 彼女の持っている剣が光を反射する。

 俺はどうしたらいいんだろう……。すぐには答えが見つからない。

 だから、改めて考えていた。

 俺のすべきことを。

 

「なぁ、アゲハ」

「なに? キスカ」

「想像してみたんだ。永遠にこの9日間をループし続けたらどうなるかを」

「どうだった?」

 

 それは、目を閉じれば簡単に思い描くことができた。ループし続ける世界を俺がどんなふうに過ごすかを。

 

「すごく幸せだった。だって、アゲハと共に過ごした毎日はとても楽しかったから。間違いなく俺の人生の中で最も幸せな時間だった」

 

 俺の人生は辛いことばかりだ。村では虐められて過ごしていた。カタロフダンジョンに追放されてからも心安まる日はあまりなかった。

 だから、アゲハと共に過ごした9日間は、人生の中で間違いなく幸福な時間だった。

 

「それが永遠に続くのは悪くない気がする。なにせ、好きな人と一緒にいることができるんだから」

「うん、私もおんなじ気持ち。私もキスカのことが好きだから……!」

 

 そうだ、考えてみれば、悪いことは1つもないじゃないか。

 アゲハと共に楽しく過ごすことができるんだ。

 アゲハと一緒に王都でゆったりと過ごすのもいい。色んな国へ遊びに行くのもいいのかもしれない。行く先々で買い物をしたり、おいしいご飯を食べたりするんだ。

 そして、9日目になったら俺が死んでループする。それも何度も何度も繰り返して、アゲハと共に過ごすんだ。それって、この上なく幸せなことだって断言できる。

 

 だから、俺は――

 

「ごめん、協力できそうにない」

 

 項垂れながら、そう答えた。

 

「え……っ」

 

 アゲハの困惑した声が木霊する。

 それから静寂な空気が二人の間を包んだ。俺は次になんて声を発すればいいのか、わからないでいる。

 

「な、んで……? 私のこと好きなんだよね……?」

 

 アゲハの声は今にも泣きそうだった。

 顔をあげたら、そこには絶望したアゲハの表情があるんだろう。

 なんで、か。

 理由は色々と思い浮かぶ。

 ループを受け入れるのは自然の摂理に間違っている気がする、とか。俺たち以外の人たちがリセットされ続けるのは残酷なよう気がする、とか。

 けど、こんな理由は俺の中では、たかが知れている。

 俺は別の正義のため戦っているわけでもなければ、人類のために戦っているわけでもない。

 大多数の人間の幸福よりもアゲハのほうがずっと大事だ。

 

 でも、ダメなんだ。

 これだけはアゲハに協力するわけにいかない。

 その理由は、ただ1つだけ。

 

「決めたから」

「なにを?」

「傀儡回しっていう女の子を人間にするって」

 

 俺はそう答えていた。

 

「この時間に囚われ続けていたら、永遠にそれを成し遂げることができない。俺はどうしても百年後の元の時間に戻らなくてはいけないんだ。だから、ごめん……」

 

 そう、俺にはやらなくてはいけないことがあった。

 

「なにそれ……」

 

 ぽつり、とアゲハが呟く。

 

「意味わかんない、意味わかんない、意味わかんない、意味わかんない、意味わかんない、意味わかんない……意味わかんない……ッ!」

 

 アゲハは怒号をあげていた。

 

「なんでキスカは私以外の女の子を構うの……ッ!! 私だけを見てよ」

「ごめん」

 

 アゲハが怒るのは当然だ。

 言い訳の余地もない。

 

「許さない……っ」

 

 アゲハは剣を握り締めながら、近づいてくる。

 あぁ、そうか。どうやら俺はアゲハの手で殺されるらしい。それも仕方がないか。

 

「もういいっ。キスカの許しなんて必要ない。私がキスカを殺して、何度もこの時間を繰り返す」

 

 その瞳には殺意が芽生えていた。

 あぁ、どうやら俺は殺されるらしい。

 だから、アゲハに刺されようと手をダラリと真下へ降ろす。

 もう抵抗するだけの気力が俺にはなかった。

 

 

 

 

 もうなにもかもがどうでもよかった。

 キスカなら全部受け入れてくれると思ったのに、実際はそうではなかったのだから。

 だから、アゲハは躊躇なくキスカを殺そうと考える。

 手にした剣をキスカの胴体に突き刺す。すると、血が勢いよく噴き出し、周りが血だらけになる。

 剣を力強く引き抜くと、キスカの体がゴロンと音を立てて、地面に転がった。

 すでに、キスカが事切れたのは明らかだった。

 

 あれ……?

 

 アゲハは首を傾げていた。

 いつもなら、キスカが死んだ瞬間、〈セーブ&リセット〉が発動して、時間がループする。

 だというのに、その気配がない。

 一体、なにが起きたというのだろうか……。

 途端、思いがけない出来事が起きた。

 

『予期せぬエラーが発生しました。予期せぬエラーが発生しました。予期せぬエラーが発生しました。予期せぬエラーが発生しました。予期せぬエラーが発生しました。予期せぬエラーが発生しました。予期せぬエラーが発生しました』

 

 キスカの体を中心に膨大な量の文字が発生した。

 なにが起きたかよくわからないけど、なにかまずいことが起きたのだとわかる。

 

「キスカ、どうしよう……!?」

 

 アゲハは叫びながら、キスカのもとに駆け寄る。

 けど、キスカはなにも反応しない。死んでいるんだから当たり前だ。

 

「ごめんなさいっ。ごめんなさいっ。ごめんなさいっ。ごめんなさいっ。私が間違っていたから」

 

 そう叫ぶも、アゲハの声は誰の耳にも届かない。

 

『原因:矛盾した死の発生』

 

 ふと、気になる文言を見つけた。 

 意味がわからずアゲハは困惑する。

 だから、原因を解明しようとアゲハは手を伸ばした。

 

『原因:暗殺者ノクの死亡により、剣士キスカの存在に因果的矛盾の発生』

 

 ふと、気になる文言を見つけた。

 その文言を見て、アゲハはようやっと理解した。

 親殺しのパラドックス。

 前にいた世界で、SF小説なんかでよく見聞きした言葉だ。

 確か、時間を遡って血の繋がった祖先を子供が生まれる前に殺してしまった場合どうなるのか、という考えだったような気がする。

 

 以前から、アゲハはなんとなく予感していた。

 もしかしたら暗殺者ノクはキスカの祖先なんじゃないかと。

 どちらも特徴的な銀色の髪の毛を持っていて、アルクス人と呼ばれる共通の種族なのは知っていた。

 だから、暗殺者ノクを殺してしまったこの世界戦において、キスカの存在が矛盾を生んでしまうんじゃないかとずっと不安を抱いていた。

 それが、今、こうして顕在化してしまった。

 

 でも、どうして今更? とも思う。

 暗殺者ノクを殺した後、キスカを殺したのは今回が初めてではない。

 その際は、こんなこと起きなかったのに。

 とはいえ、そんなこと今、考えていても仕方がない。

 それより、目の前の事態を早急に解決しなくては。

 

「〈リセット〉」

 

 アゲハはそう口にする。

 瞬間、まるで完成した絵の上からペンキで塗りたくっていくようにガラリと目の前の景色変わっていく。

 このスキルを使うことで、あらゆる事象をなかったことにできる。

 だから、アゲハはキスカを殺したという事実をなかったことにした。

 

「アゲハ……?」

 

 目の前にキスカが立っていた。

 キスカの体には剣で刺された跡がない。

 キスカは把握していないだろうが、アゲハにとっては10分ほど時間が巻き戻った感じだ。

 

『予期せぬエラーが発生しました。原因:矛盾した存在』

 

「なんで……っ」

 

 声を発する。

 気がつけばさっきみたいに世界が文字で埋め尽くされていた。

 どうやらキスカを殺さずとも、キスカの存在そのものが矛盾を生んでしまうらしい。

 こうなってしまえば、もうアゲハの望んだ世界は手に入らない。

 

 暗殺者ノクを殺す直前まで戻らないことには、事態は解決しないのだろう。

 そして、暗殺者ノクが殺さないということは悪逆王が目覚めるということと同義であった。

 

「キスカと一緒じゃなければ意味がないのに……」

 

 アゲハは気がついてしまった。

 いくら封印から逃れることができたとしても、キスカと一緒じゃなければなんの意味もなさなかった。

 もし、キスカと一緒にいたければ、100年間封印されなくてはいけない。

 

 だから、アゲハはもう一度〈リセット〉を使った。

 

 

 



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―133― 決着

 目を開ける。周囲はダンジョンの壁が取り込んでいることから、ここがカタロフダンジョンの中だってことがわかる。

 どうやら無事、ループしたらしい。

 

「キスカっ」

 

 声が聞こえたと思ったらアゲハが胸元に飛び込んできた。

 ループした直前のことは覚えている。

 怒り狂ったアゲハの手によって、俺は殺されたんだ。

 

「アゲハ……」 

 

 恐る恐るといった調子で、そう呟く。

 もしかしたら、アゲハはまだ怒っているかもしれない。

 

「キスカ、ごめんなさい。私が間違っていた」

 

 どういうわけか、アゲハの考えは変わっていた。

 なにかあったのだろうか。

 

「間違っていたというのは……?」

「キスカを殺して、この時間を何度も繰り返すのは間違っていた。私、封印されるからキスカは安心して」

 

 そう口にしたアゲハは小刻みに震えていた。

 そりゃそうだよな。

 俺だって少しの間封印されてたからわかる。あんな苦しみ、もう二度と味わいたくない。

 

「なぁ、提案なんだが」

「なに?」

「俺もアゲハと一緒に封印されるんじゃ、ダメなのか?」

「……いいの?」

 

 アゲハは困惑していた。

 

「アゲハを一人にさせたくないから」

「でも、とっても辛いよ」

「あぁ、もちろん覚悟はしているさ」

「そっか……。不思議、キスカと一緒だと思えたら、あれだけ嫌だった封印が平気な気がしてきた。だって、隣にキスカがいるんだもん」

「俺もアゲハと一緒なら、なんの不安もないよ」

 

 そう言うと、彼女は「えへへ」と笑う。よかった。どうやら笑顔を取り戻してくれたようだ。

 

「それでなにをしたらいいんだ?」

「んー、キスカはなにもする必要ないかな」

「そうなのか?」

「うん、だって本来、キスカはこの時代にいなかったわけだから」

「そうか」

「ここで待っていれば、なにもかもが終わるはず。だから、キスカは魔王のいる場所まで来て。私はやることがあるから一旦消える」

「あぁ、わかったよ」

 

 そう頷くと、アゲハは目の前から消失した。

 そういえば、この段階ではアゲハはエリギオン殿下の持つ聖剣に封印されていた。だから、目の前にいたのはアゲハの分身でしかなかった。

 

 それから俺は、ダンジョンの中を軽快に進んでいく。

 まずは鎧ノ大熊(バグベア)が多数出現する部屋に行き、スキル〈敏捷強化〉を入手。その後、合成を活用してスキルの〈シーフ〉を獲得。

 戦う機会があるかわからないが、これらのスキルを手に入れても得しかないため、念のため入手しておく。

 

 後はアゲハに言われた通り、魔王ゾーガのいる場所まで向かうだけだ。

 いや、賢者ニャウだけが少しだけ不安だな。

 時間には余裕があるはずだし、賢者ニャウのいる場所まで行き、彼女を案内してあげよう。

 そう思った俺は、進路を変えた。

 

 

 

 

「いないな……」

 

 呟く。

 大分長いこと賢者ニャウを探して、ダンジョンの中を散々徘徊しているが、どこにも姿が見当たらない。

 賢者ニャウのことが心配だが、そろそろ魔王のいる場所に戻る必要がありそうだな。

 ひとまず魔王がいる場所まで行ってみようか。もしかしたら、魔王のいる場所に賢者ニャウが到達しているなんてこともありそうだし。

 

「あ、キスカさん」

 

 道中、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 そこには賢者ニャウの姿があった。

 その後ろには、暗殺者ノクと戦士ゴルガノがいる。

 

「おー、あんちゃん生きていたんか!」

 

 戦士ゴルガノが屈託ない笑顔で話しかけてくる。

 色々と複雑だが、今、敵対しても仕方がないため、「ええ、おかげさまで」と頷く。

 そうか、この三人で行動していたのか。

 どおりで賢者ニャウが見つからないわけだ。

 そういえば、俺が魔王ゾーガを倒すべく翻弄していたときも、この三人は揃ってエリギオン殿下のもとへと来ていた。

 

「みなさんは、これからどこに?」

「ああ、こいつが勇者様のいる場所がわかるっていうんで、案内してもらっているんだよ」

 

 戦士ゴルガノがそう答えると、フードをかぶった暗殺者ノクがコクリと頷く。

 なるほど、暗殺者ノクは魔王のいる場所を知っているのか。もしかしたら、アゲハが伝えているのかもしない。

 

「わかりました。俺も同行します」

 

 それから四人で魔王ゾーガとエリギオン殿下のいる場所へと向かう。

 

「よしっ、これで全員揃ったね」

 

 俺たちがエリギオン殿下のいる場所に着くと、彼はそう口にした。

 エリギオン殿下の足下には、すでに亡骸になっている魔王ゾーガがいる。あぁ、そうか。エリギオン殿下はすでに魔王ゾーガを倒したのか。

 そして、聖騎士カナリアはすでに辿り着いていたようで、エリギオン殿下の隣に立っていた。

 アゲハの姿はどこにもない。まだ、エリギオン殿下の持つ聖剣に封印されているんだろう。

 

 これからなにが起きるんだろう?

 俺はなにも指示を出されていないので、黙って見ているしかないが。

 

 それは突然の出来事だった。

 エリギオン殿下が血を出して倒れた。

 見ると、隣にはナイフを握った暗殺者ノクの姿が。まさか、目に留まらぬ速さで切り裂いたのか。

 

「貴様、なにをしているぅうううッ!!」

 

 ふと、聖騎士カナリアが怒鳴った声で剣を振り上げる。

 すると、次の瞬間には彼女は血を吐いてうろたえる。

 暗殺者ノクの動きがあまりにも速すぎて、全く歯が立っていない。

 

「ノクさん、これはどういうことですか!?」

 

 賢者ニャウの声が聞こえる。

 刹那、俺はあることを思い出した。アゲハは賢者ニャウを平気で殺そうとしたことを。あのときは、俺がアゲハを説得してなんとか事なきことを得たが、アゲハが賢者ニャウの生死にぞんざいなことに変わりはない。賢者ニャウが邪魔をするなら、アゲハは暗殺者ノクに殺すよう指示を出すだろう。

 それだけは避けないと――。

 

「ニャウ、やめろ!!」

 

 咄嗟に俺は賢者ニャウを羽交い締めにする。

 

「ちょ、どういうつもりですか――ッ」

 

 そう叫んだ賢者ニャウの口をふさぐ。発声できなければ、魔術を詠唱することはできない。

 

「アゲハッ!! 必要以上に殺すのはやめるよう指示を出せ!」

 

 聞こえているかわからないが、俺はそう叫ぶ。

 伝わったかどうかわからないが、暗殺者ノクは俺たちから視線を外して戦士ゴルガノのほうを振り向く。

 

「ちと、まずいことになったな」

 

 そう呟きながら戦士ゴルガノが寄生鎌狂言回しを展開する。

 

「おい、カナリア起きろ。二人でこいつを倒すぞ」

「あぁ、わかっている」

 

 聖騎士カナリアも体を起こす。

 どうやら暗殺者ノクの攻撃を受けても、意識は残っていたらしい。

 それから聖騎士カナリアも寄生剣傀儡回しを展開する。どうやら本気で挑むらしい。

 それから暗殺者ノクと戦士ゴルガノ、聖騎士カナリアによる2対1の戦いが始まった。

 戦士ゴルガノと聖騎士カナリアはどちらも強いはずなのに、暗殺者ノクは互角に渡り合っているどころか、少し推しているような気さえする。

 ふと、気になってエリギオン殿下のほうを見る。

 ピクリ、と髪の毛が動いた。

 どうやらまだ死んではいない様子。

 

 そんなふうに観察していると、手に強い痛みが走った。

 見ると、口を塞がれていた賢者ニャウが俺の指をガブリ、と思いっきし噛んでいた。

 

「い――ッ」

 

 たまらず俺は手を離す。

 

「ニャウの名のもとに命じる。混沌より出でし秩序。善悪の欠如――」

 

 すぐさま賢者ニャウが詠唱を始める。

 とめるべきかと逡巡する。いや、この詠唱は聞いたことがある。俺が思い描いている魔術と同じのを発動するなら、彼女をとめる必要がない。

 

「転移の魔術、第一階梯、帰還(リグレーソ)!!」

 

 瞬間、ニャウを中心に魔法陣が発動する。

 やっぱり転移の魔術だった。

 

 ふと、暗殺者ノクが体を反転させては地面を転がった。どうやらエリギオン殿下から〈聖剣ハーゲンティア〉を奪ったようだ。

 

「貴様ァアアアッ!!! それを返せッッ!!」

 

 ふと、聖騎士カナリアが暗殺者ノクへと飛びかかろうとしていた。

 ヒュン――ッ!! と、風を切る音が聞こえた。

 

「ガハッ」

 

 と、聖騎士カナリアが口から大量の血を吐いていた。

 見ると、彼女の胸元が大きく斜めに切り裂かれていた。握る力を失ったようで、片手から寄生剣傀儡回しが地面に落ちる。

 暗殺者ノクは剣を握っている手とは別の手で、なにかを奪う仕草をした。

 その手には、魔王復活に必要が指輪が。

 あの指輪を奪っておかないと、魔王が復活してしまい、どのみち世界が滅亡してしまう。

 

 気がつけば、賢者ニャウによりもたらされた魔法陣の光が消え失せていた。

 無事転移に成功したようで、賢者ニャウ、エリギオン殿下、聖騎士カナリア、戦士ゴルガノ、そして魔王ゾーガの亡骸が目の前から消失していた。

 残っていたのは、俺と暗殺者ノクだけだ。

 そうか、俺は賢者ニャウの転移魔法で連れてもらえなかったらしい。恐らく、賢者ニャウに敵と認識されたからだろう。

 まぁ、最後に賢者ニャウを無力化しようと乱暴なことをしてしまったからな。

 仕方がないとわかっているけど、少し寂しいな。

 

 とはいえ、感傷に浸っていても仕方がない。

 これからアゲハを復活させるのだから。

 

 

 



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―134― 誓約

 暗殺者ノクがエリギオン殿下が持っていた〈聖剣ハーゲンティア〉を地面に丁寧に置く。その上で、ローブの中から宝石のようなものを取り出し、ボソボソと呪文のような言葉を呟く。

 すると、〈聖剣ハーゲンティア〉からまばゆい光が放たれる。

 そして、幾ばくか時が流れた後、目の前にアゲハが立っていた。

 

「キスカぁああ、やっと会えたぁ。寂しかったよぉ」

 

 アゲハが現れたと思った瞬間抱きついてくる。突然だったので思わず戸惑いながらもなんとか受け止める。

 

「どうかしたの? キスカ」

 

 ふと、アゲハが不安そうにそう尋ねる。

 どうやら俺の顔色がおかしいことがバレてしまったらしい。

 

「いや……エリギオン殿下とその仲間に嫌われてしまったと思ってな。このままだと、アルクス人の汚名が広がったままだろ」

 

 暗殺者ノクがエリギオン殿下を裏切ったせいで、アルクス人の汚名が広がり、結果俺は村で虐められてしまう。

 できれば、その事実を変えたいと思っていたが……。

 

「いや、待てよ。まだ間に合うかもしれない」

 

 もう一度ループすることも考えたが、そこまでする必要はないかもしれない。

 

「なぁ、アゲハ。紙とペンは持っていないか?」

「持ってはいるけど、なにをするの?」

 

 そう言いながら、アゲハは〈アイテムボックス〉から紙とペンを取り出す。

 

「エリギオン殿下に一筆したためようかと思って」

 

 エリギオン殿下はちゃんと事情を話せばわかってもらえる人だというのは、経験則から十分理解している。

 けど、寡黙な暗殺者ノクでは、話して理解してもらうのは厳しいに違いない。ならば、暗殺者ノクに手紙を持たせればと考えたわけだ。

 さて、なんて書けばいいかとペンを握りしめる。

 

『予期せぬエラーが発生しました』

 

 突如として、不可解な文字が現れた。

 

「なんだ、これ?」

「ダメっ!」

 

 アゲハが大声を出したと思ったら、俺から紙とペンを強引に取り上げる。俺の手からペンが離れた途端、不可解な文字は消えた。

 

「なぁ、アゲハ、なにか知っているのか?」

「えっとね……」

 

 それからアゲハは説明し始める。

 どうやら暗殺者ノクは俺の祖先らしい。確かに、共通の髪色や同じアルクス人と共通点は多かったが。

 

「つまり、暗殺者ノクの運命を大きく変えてしまうと、俺の存在そのものが危ぶまれるということか」

 

 マジか、と唖然とする。

 俺が虐められる事実をなくすなんて都合の良い方法は存在しないのかもしれない。

 いや、でも……。

 

「例え、俺の存在がなくなっても、それでナミアを救えるなら……」

「それは絶対にダメ!」

 

 アゲハの声が耳をつんざく。

 

「次、同じことを言ったら怒るから」

「ごめん……」

 

 反射的に謝る。確かに、俺が死ぬことをアゲハは許さないよな。だからといって、ナミアのことを諦めたくない。

 ふと、暗殺者ノクの手に持っている魔王復活に必要な指輪が目に入る。この指輪があればナミアを復活させることができるかもしれない。だったら、虐められたという事実を無理に変える必要はないか。

 

「ノクさん、その指輪貰ってもいいですか?」

「あぁ」

 

 頷いた暗殺者ノクは俺に指輪を手渡す。

 

「わかったよ、アゲハ。虐められた事実をなくすのは諦める。それでアゲハ、これからどうしたらいいんだ?」

「待っていたら、あいつが現れるよ。恐らく、そろそろだと思う」

 

 あいつとは?

 ここにいるのは、アゲハと俺、それから暗殺者ノクの三人だけだ。

 別の場所から誰かがやってくるんだろうか? とか色々と考えを巡らせる。

 そんなことを考えていたら突如として、暗殺者ノクが悲鳴をあげた。

 

「うがぁあああああああ!!」

 

 いつも寡黙な彼からは想像もつかないほど獰猛な声だ。

 

「暗殺者ノクには私の封印を解いてもらうために、『混沌主義』に接触して封印を解くのに必要な鍵を入手するよう指示を出していた。恐らく、そのせいで取り憑かれたんだと思う」

 

 目の前で人が苦しんでいるというのに、アゲハは呑気に平然とした調子で説明していた。

 恐らく、アゲハにとってこれは想定通りなんだろう。

 鍵というのは暗殺者ノクが封印を解くために使用していた宝石のようなもののことだろうか?

 そんなふうに思慮していると、暗殺者ノクに大きな異変が起きた。

 体が膨張して肌が緑色に変色し、人ならざるものへと変貌しようとしていたのだ。

 

「はじめまして、勇者アゲハ。我は悪逆王である」

 

 その声は暗殺者ノクの発していた声とは全く別のものだった。

 悪逆王と名乗ったよな。

 あぁ、こいつがアゲハの言っていた世界を滅ぼす元凶か。

 

「はじめまして」

 

 対面に立っていたアゲハは淡々とした様子でそう告げる。

 

「まずはおめでとう。魔王を倒したのだろう?」

「倒したのは私ではないわ」

「そうか。だとしても、お前ら人類にとってはめでたいことだ」

「御託はいいからさっさと本題にはいって」

「つれないな。では、早速本題だ。最近、時間の流れにおいて特異な波長を観測した。また、お前がなにかしたのか?」

「心当たりはないわ」

「……答える気はないか。十中八九お前が原因なのはわかっているんだがな」

「ねぇ、あなたと無駄話はしたくないの。さっき言ったよね。さっさと、本題に入れって」

「なるほど、どうやら我は貴様に嫌われているようだ。だが、おかしいな。貴様と会ったのは初めてのはずなのに、いつの間に嫌われたのか。いや、勇者ならその程度の超常をおこすのは容易いか」

 

 悪逆王は意味深なことを呟く。

 

「勇者アゲハ、我と取引をしよう。お前を封印したい。魔王が倒された後、勇者が封印されることでどのような現象が起きるか観測したい」

「断ったら?」

「この世界を滅ぼす」

 

 淡々とした調子で、悪逆王はそう断言した。

 

「あぁ、我をとめようとか考えないほうがいい。貴様では、我を殺すことはできない。そして、我にとって世界を滅ぼすのは朝食を用意することよりも簡単だ。だが、我は理解している。世界を滅ぼしても貴様を真の意味では殺すことができないことを。だから、この手段で引き分けに持ち込むことができても、勝つことはできない」

「その取引、私にメリットがないんだけど」

「我は悪逆王だからな。自分が得することにしか興味がない。それでどうする?」

「いいわ。あなたの言うとおり、封印される」

「随分とものわかりがいいんだな」

「そうだね……」

 

 アゲハは曖昧に頷く。

 

「なぁ、俺もアゲハと一緒に封印することは可能か?」

 

 このタイミングで言うしかないと思った俺は悪逆王に対して、口を開く。

 

「我が封印したいのは勇者であって、それ以外の人間には興味はないが」

「えっと、アゲハを一人にさせたくなくて」

「……そうか。まぁ、一人も二人も対して労力は変わらないからな。二人でも問題なく封印できるだろう」

 

 悪逆王の答えによかった、と安堵する。

 もし断られたらどうしよう、とずっと考えていた。

 

「それじゃあ、早速封印の儀に必要な準備を執り行う」

「俺たちはなにをしたらいいんだ?」

「なにもする必要がない。ただ、そこに立っていたらいい」

 

 そういうことなので、ただ黙っている。

 すると、手を握られた感触を覚える。見ると、隣で立っていたアゲハが俺の手を握っていた。だから、俺はアゲハの手を握り返す。

 

「悪かったな、アゲハ」

「なんで、キスカが謝るの?」

「その、アゲハの願いを叶えてあげることができなくて」

「もう気にしなくていいのに。キスカが近くにいてくれたら、私は満足だから」

「そうか……」

 

 アゲハの直球な好意にも随分に慣れたな、とか思う。

 

「もう話は終わったか?」

 

 悪逆王が口をはさんだ。

 

「あぁ、終わったけど」

「そうか。では、封印の儀を執り行う」

「ねぇ、悪逆王。一つだけ質問してもいいかしら?」

 

 アゲハがそう口にする。

 

「あぁ、かまわないが」

「あなたが『混沌主義』の長よね?」

 

『混沌主義』。聖騎士カナリアや戦士ゴルガノが属している正体も目的も不明の組織。そういえば、暗殺者ノクが悪逆王に取り憑かれたのも『混沌主義』に接触されたからだとアゲハが言っていた。

 その話が本当ならば、目の前の存在が『混沌主義』の長というのは納得できる。

 

「どうせ否定しても仕方がないだろうから、そうだと肯定しておこう」

「やっぱりそうなんだ。それで、あなたたちの目的はなに?」

「まぁそのぐらい語っても支障はないか。我々の目的、それは真理に辿り着くことだ」

「そのために世界が滅ぼすの?」

「あぁ、それが必要ならばな」

「そう。私にとって世界の命運なんてどうでもいいんだけど、私と私の大切な人にこれ以上迷惑をかけないで」

「あぁ、わかった。善処しよう」

 

 悪逆王がそう頷くも、本当にその言葉を信じていいのか疑問だ。

 

「そう」

 

 頷いたアゲハは話が終わったとばかりに悪逆王から視線を逸らし、俺の手を握り直す。

 

「では封印を執り行う」

 

 途端、俺たちの周囲を光が取り込んだ。

 初めてアゲハと出会ったとき、こんな光がアゲハのことを封印するように取り囲んでいたことを思い出す。

 

「アゲハ、俺がいるからな」

「うん」

 

 もう一度アゲハの手を握りしめる。この手を離さない限り、どんな苦難だって俺たちは乗り越えられる。

 徐々に、肉体が動かなくなる。

 そのうち視界も暗くなり、なにも見えなくなるだろう。

 けれど、この手にアゲハの温もりがある限り、俺の心の中にある灯火が消えることはない。

 

『条件を達成しました。元の時間軸に送還します』

 

「あ?」

 

 目の前に突如現れた歪な文字列に俺は思わず大声をあげた。

 同時にあることを思い出す。

 この時間軸に俺を送った観測者はこう言っていた。

 

『世界が救われたと判断できたら、君を強制的に元の時間軸に戻す』

 

「おい、待ってくれ! アゲハと離れ離れになりたくないんだ! だから頼むっ、元の時間に戻すのをとめてくれ!」

 

 そう叫んでも、場は静寂だった。微かに遠くから、魔物のうなり声が聞こえてくる。

 そもそも観測者が俺の声を聞いているかどうかさえわからない。

 

「あっ、ぁ……」

 

 見ると、アゲハは大粒の涙をポロポロと不規則に目から零していた。

 

「アゲハッ!」

 

 衝動的に俺はアゲハを抱きしめる。けど、こんなことしてもなんの解決にもならないことはわかっていた。

 

「やだぁ……いやだ……キスカと離れたくないよう」

 

 涙ながらにアゲハがそう訴える。

 俺も同じ気持ちだった。アゲハを1人残して、俺だけ百年後に飛ぶなんてそんな残酷なこと許されるはずがなかった。

 

「おい、悪逆王! 今すぐ、封印をとめろ!」

 

 そう叫ぶも、すでに封印の外と内が隔絶されており、封印の外にいる悪逆王に声が届くことはない。

 徐々に自分の体がつま先から透けていくことに気がつく。

 完全に体が消えたとき、俺はこの時間軸からいなくなるのだ。

 消えるスピードから、アゲハとこうして話せる時間がもうわずかしかないことに気がつく。

 

「アゲハ、聞いてくれ」

 

 無我夢中だった。少しでもアゲハの役に立ちたいという一心で叫んでいた。

 俺の言葉が聞こえたアゲハは俯いていた顔をあげ、俺の目を見つめていた。

 

「元の時間軸に戻ったら真っ先にアゲハのことを迎えに行くから……だから、気を強くして待っていて欲しい」

 

 せめてこれでアゲハの心が軽くなってくれれば。

 

「うん、待っているね……」

 

 アゲハは頷いてくれるも、その表情は悲哀に満ちたままだ。

 ダメだ……。

 こんな言葉では、アゲハの心を軽くすることはできない。

 なにかもっと他にできることはないか。けど、なんにも思いつかない。

 クソッ、俺はなんて無力なんだ。

 なんで俺は目の前の女の子を一人も救うことができないんだよ。

 

「アゲハ、必ず迎えに行くから」

 

 それでも、愚直に俺は声をかけつづける。

 こんな言葉が正しいのかわからないが、それでもアゲハに俺のことを信じてもらうしかなかった。

 なにか、ないだろうか……。

 俺の気持ちを証明する、なにかがないだろうか……っ。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 スキル〈誓約〉が発動しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 見たことがないメッセージが表示される。

 そういえば〈誓約〉なんていう、どうやって使うかもわからないスキルを持っていた。

 メッセージが消えたと思ったら、手元に光が降り注いだ。光を掴むと、一つの指輪が手の中にあった。

 そういえば、アゲハが指輪を欲しいと言っていたことを思い出す。

 結局、色んなことあって用意することができなかった。

 

「これ、受け取ってくれ」

 

 だから、自然な流れでアゲハに指輪を渡す。

 すると彼女は左手を伸ばしては、薬指に嵌めてくれと仕草をする。俺は言われるがままに彼女の薬指に指輪をはめた。

 

「ありがとう。とってもうれしい」

 

 目は赤く顔は涙でぐしゃぐしゃだった。それでも、微かに口角をあげていた。その笑顔を見ることができただけで、俺の心が浄化されていくような錯覚を覚える。

 最後に笑わせることができてよかった。

 

「アゲハっ」

 

 せめてあと一回だけでもアゲハのことを触れたいと思い手を伸ばす。

 けど、指先が彼女に届いたかどうかっていうとき、俺はその場から消失した――。

 

 

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

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―135― 暗闇

「100年……」

 

 そう呟いたアゲハはなんとも悲観的な表情をしていた。

 周囲を見渡しても暗闇がただ広がるばかりで、なにも存在しない。

 この空間で、100年も過ごさなくてはいけない。

 地獄のような退屈は精神を蝕む。

 そのことをアゲハ知っていた。

 なにせ、封印されるのは二回目なのだから。

 

「そんな調子では、先が思いやられるな」

 

 ふと、声をしたほうを振り向くと、一人の人間が立っていた。

 そいつは生き写しのごとく自分とそっくりの見た目をしていた。

 といっても、よくよく観察すると細部が違うことがわかる。それは目つきや表情に現れていた。極めつけは、彼女は赤いリボンを頭に結んでいる。

 

「黒アゲハ……」

 

 確か、目の前の存在をキスカがそう呼んでいたことを思い出す。

 

「まぁ、自業自得の一言に尽きるな」

 

 黒アゲハはそう言ってニタッと気味の悪い笑顔を浮かべる。

 瞬間、プツリと頭の中のなにかが切れる音がした。

 思い返せば、黒アゲハがあのとき――キスカと共にダンジョンのボスを倒したあと――〈リセット〉なんかを使ったから、100年の前に戻っては再び封印されてしまったのだ。

 だから、目の前のこいつがなにもかもが悪い。

 

「ふざけるなッッッ!! 全部、お前のせいだろうがッッ!!」

 

 気がつけば怒鳴っていた。

 その口調は、普段のアゲハからかけ離れていた。

 黒アゲハが全部悪いのに、自業自得だなんてどういうつもりなんだと、アゲハは言いたかった。

 

「おい、とぼけるなよ」

 

 明確な殺意を向けられたにも関わらず、黒アゲハは臆す様子もなく笑みを浮かべていた。

 

「責任転嫁とはひどいじゃないか。我は所詮、貴様の操り人形でしかないんだから」

 

 黒アゲハの言葉を聞いて、そういえばそうだったとアゲハは思い出す。

 ずっと忘れていた。

 黒アゲハの正体を。

 いや、忘れたフリをしていたと言ったほうがより正しいか。

 

「そういえば、二重人格とキスカには説明していたな。あれも貴様お得意の嘘だろ。貴様はいくつ嘘をつけば、気が済むんだ」

「だって、キスカに嫌われたくなかったんだもん」

「くくっ、まぁいい。なにせ、その気持ちは我も同感だから。ともかく、その様子だと思い出したようだな、我の正体を――」

 

 正体だなんて、もったいぶった言い方をするほど、黒アゲハは大それたものではない。

 なんせ黒アゲハの正体は、アゲハの作ったイマジナリーフレンドに過ぎない。

 長い間封印されたことによって生じた退屈を紛らわせるために、話し相手を造った。それが黒アゲハ。

 だから、黒アゲハはアゲハの傀儡に過ぎず、アゲハの言うとおりにしか動かない。

 

「頭に血がのぼった貴様は、何度もキスカを殺した。だが、ふと冷静になって思い返したのだ。こんなことをしたら、キスカに嫌われてしまう。そこで妙案を思いついた。二重人格ってことにして、もう一人の自分が悪さをしたんだって言い訳をしようと」

「けど、キスカは一度も私を責めなかった」

「あぁ、おかげでせっかく言い訳を用意したのに、使う機会がなかったな」

 

 そう、結局のところ、キスカはアゲハのことを責めたことはなかった。

 恨まれるだけのことを散々してきたはずなのに。

 

「だが、救った事実を〈リセット〉するのは、ちとやりすぎだったな。その、つけがこれでは割りにあっていない」

「本当そうね……」

 

 そもそも、なんであのとき〈リセット〉を使ったんだろうか。

 アゲハは思い返す。

 たしか、キスカに会わせる顔がないから仕方なく記憶を失ったフリをして、それでキスカと仲良くなって、不安になってしまったんだ。

 キスカの好意が自分に向いていないんじゃないか。

 キスカは自分なんて、なんとも思ってなくて、他の女が好きなんじゃないか。

 ついに、自暴自棄になったアゲハは自殺を図った。

 しかも、自殺するだけでは、飽き足らず、世界を滅亡させようと考えた。

 そうして、世界は暗黒に包まれた。そのはずなのに、なぜかキスカが百年前まで来てしまったのだ。

 結局、なんでキスカは百年前に来れたのだろう?

 観測者という存在がいた、と言っていたが、そんな存在をアゲハは知らない。神に近い存在だろうか、と思案するが、答えが出そうになかった。

 ともかく、こうしてアゲハは生き残っている。

 結局のところ、アゲハの壮大な自殺は失敗してしまったのだ。

 

「私、キスカに救われてばっかりだね」

 

 左手の指輪をさすりながらそう言う。

 自殺に失敗したのだって、キスカががんばってくれたからだ。

 

「早く、キスカに会いたいな」

 

 そう言って、アゲハは思いをひたすら募らせる。

 

 

 

 

「ねぇ、封印されてから、どのくらい時間経った?」

 

 途方もない時間を暗闇の世界で過ごした気がする。

 

「あいにく体内時計は有していないからな。まったく見当つかない」

 

 そう答えたのは、黒アゲハ。

 

「2年ぐらいは経ったかな?」

「いや、半年も経ってないと思うぞ」

「あぁ、長いなー」

 

 そう口にして、アゲハはくたびれる。

 まだ黒アゲハが話し相手になってくれるから、気を持っていられるが、いなかったらとっくに狂っていただろう。

 けど、前回封印されたときよりは、幾分か気持ちが楽な気がする。

 

 

 

 

「飽きた……」

 

 ぽつり、とそう呟く。

 どれほど時間が経ったか、もうよくわからない。

 

「今日はダンジョンを探索しないのか?」

 

 見ると、そこには黒アゲハがいた。

 自分はこんなにもゲッソリとしているはずなのに、黒アゲハは余裕そうに笑みを浮かべている。それがなんだか憎たらしい。

 

「どうせダンジョンを探索しても、なんにもないもん」

 

 ふて腐れた様子でアゲハはそう呟く。

 長いこと封印されていた影響で、アゲハは自らを模した分身を封印の外、つまりダンジョン内に造ることができるようになった。

 分身は自分の体と同じように動かすことかできるため、これがけっこう気晴らしになる。

 とはいえ、分身を動かすには多くの制約がつきまとう。

 例えば、分身は本体のいる場所から遠くに行くことができない。そのため、ダンジョンの外にでるのはおろか、ダンジョン内でも動ける範囲が制限されている。

 それに分身を維持するのに、相当なエネルギーを消費するため、長時間維持することはできない。

 

「前みたいに、ダンジョンの奥までやってきた冒険者にスキルを授けてみるのはどうだ?」

 

 黒アゲハの言うとおり、アゲハは【カタロフダンジョン】の奥地にやってきた人にスキル〈セーブ&リセット〉を渡していた。

 このスキルの譲渡も、長いこと封印されていたことで獲得したものだ。

 その目的は、このスキルを駆使した冒険者がうまいこと生き延びて封印されて動けない自分を救ってくれるんじゃないかと期待をしたからだ。

 

「やる意味はないよ。キスカ以外はみんな死んじゃうのわかっているんだもん」

 

 前回の封印では、数え切れない人に〈セーブ&リセット〉を譲渡した。けど、繰り返される死に耐えきれず、みな死を受け入れてしまった。〈セーブ&リセット〉は強制的に発動するわけではない。当人が諦めてたら、時間はループしない。

 だから、譲渡した全員が数回ループした後、死んでしまった。

 

「けど、気晴らしにはなるだろ」

 

 それもそうか、と黒アゲハの言葉に頷く。

 封印されている現状、娯楽は限られている。

 スポーツを観戦する感覚で、〈セーブ&リセット〉を譲渡された人間がどう足掻くのか見てみるのも悪くないかもしれない。

 

 

 

 

 封印されてからどれほど時が経っただろう、とアゲハは思案した。

 5年は経ったと思いたいが、実際はもっと少なかったら悲しいから、あまり期待できない。

 

「つまんない……」

 

 気晴らしに、〈セーブ&リセット〉を渡そうと、分身を使ってダンジョン内を徘徊するも、そもそも人と遭遇することがあまりにも稀だった。

 やっとの思いで、出会った人に〈セーブ&リセット〉を渡して、その生き様を観察しても、あまり楽しくはなかった。どうせ死ぬとわかっているからだろうか。

 前回、同じことをしていたときはもっと違った感情で観察していた。

 ダンジョン奥地まで人がやってくること自体珍しかったため、人がやってくるたびに、心臓が高まり、期待を込めて〈セーブ&リセット〉を渡す。

 そして、祈るような気持ちでその人がやってくるのを待ち続けた。

 だというに、途中半ばで死んでしまい、そのたびにアゲハは絶望する。

 そんなことを何度も繰り返す度に、アゲハの心は疲弊していく。

 

 けど、今回はそんなふうに心が乱れることはなかった。

 それは、キスカが助けてくれると知っているからなのは、考えずともわかる。

 とはいえ、憂鬱なことには変わりない。

 たまに吸血鬼ユーディートと分身が鉢合わせて殺し合いに発展することも稀にあるが、退屈しのぎになるかというと疑問だ。

 

 またあるとき、吸血鬼ユーディートが封印されている場所までやってきては封印を壊そうとしたことがある。

 邪魔だから壊した上でアゲハを殺してしまおうとでも思ったのだろう。

 けど、封印は非常に硬くあっさりと諦めてしまった。

 そういえば、キスカはアゲハの封印をあっさりと解くことができたけど、それはなぜなんだろう? と、アゲハは今更ながら疑問に思う。

 ちなみに、分身で物理的に壊そうとしてもビクともしないのは、実証済みだ。そもそも、分身では強い力を引き出すことができない、というのもあるだろうけど。

 そんなわけで退屈しのぎに調べてみることにした。

 なにせ、時間なら飽きるほどある。

 

 

 

 

 封印されてから、途方もない時間が経った。

 

「それで、なにかわかったか?」

 

 見ると、黒アゲハが立ってた。黒アゲハが現れるのは、決まって人恋しいときだ。

 

「時間が経つごとに結界の強度が脆くなっている」

「つまり、百年経った頃には、誰でも結界を壊せるようになっているというわけか」

 

 黒アゲハの言葉を片耳で聞きながら、アゲハは思考を巡らせる。

 結界が脆くなるのは、偶発的なのか? それとも意図的か? もし意図的なら、なんのために?

 

「もしかすると、キスカが来なくても、いずれ結界は崩壊し、外にでることができたかもしれぬな」

 

 そうだね、とアゲハは頷く。

 本当に、この結界が時間が経てば壊れる仕組みだったとしても、壊れる年月がどれほどか見当がつかない以上、キスカが救ってくれてよかったということに変わりはない。

 キスカがいなければ、さらに10年、もしくは、さらに100年封印されたままだったかもしれないのだから。

 

「ちなみに、分身を使って壊すことはできないのか?」

「できない。私の力を加えようとすると、どういうわけか弾かれる」

「なるほどな」

 

 ホント、この結界がどういう仕組みか全くわからない。

 この結界を作ったのは悪逆王なんだろうが、ホント彼は何者なんだろうか。この世界の理から外れすぎている気がする。

 

「もしかして、悪逆王の目的は私を封印することではないのかもしれない」

「どういうことだ?」

 

 てっきり悪逆王は殺すことが出来ないアゲハを無力化するために封印したのだと考えていた。

 

「推測なんだけどね、もしかしたら悪逆王は私を100年後の世界まで、生きながらせるために封印したのかなって」

 

 通常、100年も経てば、人間は死んでしまう。けれど、封印されている間は歳をとらない。

 

「なんのため、そんなことをしたんだ?」

「それはわかんないけどさ」

 

 結局、こんなふうに考えたって答えなんてわからない。

 

 

 

 

「ねぇ、どれだけ経ったかな……?」

 

 ポツリ、と呟いた。

 

「さぁな? やってきた冒険者を剥ぎ取れば、わかるんじゃないのか」

 

 黒アゲハは投げやりな様子だった。

 確かに、と思いつつ、それをやるだけの気力も湧かない。

 とはいえ、どれだけ経ったか気になる。

 がんばるか、と思いながら、冒険者がやってくるのをひたすら待つ。

【カタロフダンジョン】はS級ダンジョンということもあり、攻略にくる冒険者は少ない。

 それでも、ごく稀に人がやってくるのは、カタロフ村が罪人をダンジョン奥地へと追放するから。

 キスカもその一人だと言っていたことをふと、アゲハは思い出す。

 キスカのことを思い出したせいか、キスカに会いたいという欲求が高まる。

 そんなことを思いながら、ダンジョン奥地まで人がやってくるのを待った。

 たまにしかやってこないため、何日も待ち続ける。

 そして、とうとう一人の男がやってきて、魔物に食い殺されるのを見届けた。

 分身を使ってその男の遺留品を探る。

 なにか、日付がわかるものを持っていないだろうか?

 

「あ、日記がある」

 

 表紙が日に焼けて文字がかすれている。

 日記なら決まって日付を書いているはず。それさえわかれば、何年経ったかもわかるはず。

 封印されてから、随分と時間は経った気がする。

 予想では、10年以上は経っているだろう、と思いながらページを開いては、日付を見て、年数を計算する。

 

「あれ……? まだ1年しか経っていない……」

 

 正確には1年と半月。

 予想は大きく外れていた。

 

「あ……っ」

 

 おのずと涙が零れる。

 想像以上に、年数が経っていないことに大きなショックを受けてしまった。

 それゆえに、アゲハの中でなにかが壊れてしまった。

 

 



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―136― 不幸

「死にたい」

 

 まだ一年しか時が経っていないことに、アゲハは絶望していた。

 

「死にたい、死にたい、死にたい……ッ!!」

 

 アゲハはわめき続ける。

 けれど、耳を貸してくれる者は誰もいない。

 所詮、黒アゲハとの会話は独り言と相違なかった。

 

「いやだぁ……いやだよう……」

 

 わめいたと思ったら、今度は泣きじゃくり始める。

 それからアゲハは何日も泣き続けた。

 けれど、悲哀という感情でさえ一月も経てば飽きてしまう。

 そうなってしまえば、最後は無の境地に達するしかなかった。

 アゲハはただひたすら焦点のあわない瞳で、無窮を眺め続ける。その様は、波に打ち上げられた魚のように、全身から力が抜け落ちていた。

 

「あ……」

 

 ときたま、そう声を発して、どれほどの時が経ったのだろうか、と思案する。

 恐らく、それほどの時間は経っていないんだろう。

 そう思った途端、なんで自分がこんな責め苦を受けなくてはいけないんだろう、と悲観する。

 一時でもそんな考えが頭を過ぎると、濁流のように感情があふれ初めて、涙となって昇華される。

 それからどれほどの時が流れただろう。

 途方もない時間が流れた気がする。けれど、それは錯覚で、実際には大した時間は流れていないのだろう。

 

「なんで、私がこんな目にあわなきゃいけないのよ」

 

 そもそも元凶はなんだっただろうか?

 アゲハは元々日本という国で中学生をしていた。特に不自由ない生活を送っていたと思う。それなりに裕福な家庭で、優しい両親に囲まれて。

 学校のクラスでも人気者で、それなりにモテた。何人もの男子生徒に告白されたが、あのときの自分は恋愛に興味がなかったため、全部振った覚えがある。

 ごくありふれた生活を送っていた。

 それが、ある日一変した。

 異世界召喚に巻き込まれたのだ。

 目を開けた途端、見たこともない国の大地を踏んでいた。

 最初は戸惑ったけど、スキル〈勇者〉というものがあったおかげで、それなりに無双することができた。例え失敗したとしても〈セーブ&リセット〉ですぐ元に戻ることができる。おかげで、魔王の配下だって倒すことができた。

 自分は無敵だと疑わなかった。この調子なら、魔王だって簡単に倒すことができる。

 けど、物事はそう単純ではなかった。

 死に戻りができるスキル〈セーブ&リセット〉をどうにか無力化しようとする集団が現れたのだ。

 そいつらの手によって、封印された。封印さえすれば死ぬことできず、時を戻されることはない。

 けれど、封印ぐらいで〈勇者〉の力を無効化できるわけがない。

 アゲハはスキル〈勇者〉の力の全容をいまだに把握できていない。けど、アゲハはひとつの仮説を立てていた。

 スキル〈勇者〉の本質は『どんな逆境でも必ず勝利の女神が微笑む』というものではないだろうか。

 あくまでも、死んでも時が戻る効果はその力の一端でしかない。

 だから、封印されて絶体絶命に思えた状況でも、それを覆すことができた。

 スキル〈勇者〉の覚醒により、自分のスキルを他人に譲渡できるようになったのだ。

 その力を使って、見ず知らずの他人にスキルを明け渡し、そいつを手招くことで封印を解いてもらう。これで封印を攻略したとアゲハは自惚れていた。

 やつらは諦めていなかったのに。

 次に、あいつらはアゲハを聖剣という特定の物質の中に封印した。

 途端、勇者の力を聖剣の持ち主にしか譲渡できないようになってしまった。

 結果、勇者エリギオンという虚構の勇者が作り上げられた。

 勇者エリギオンもアゲハ同様多くの武功を打ち立てることに成功した。

 そんな中、アゲハはなんとか封印を解こうと四苦八苦していた。そして、なんとか勇者エリギオンの近くにいた暗殺者ノクに接触することに成功した。

 それからのことはあまり思い出したくない。

 悪逆王に脅されたのだ。

 世界を人質に封印されろ、と。

 封印なんてもうごめんだと思ったアゲハは最初反発した。

 結果、世界は滅びた。

 あの残虐な光景は未だにトラウマだ。絶望というのは、こういうことなんだとアゲハは理解してしまった。

 それでも、アゲハは諦めなかった。

 悪逆王を倒そうと懸命に戦った。

 戦っては死んで、戦っては死んで、何度も何度も何度も何度も――数え切れないほどそれを繰り返して、アゲハの心は折れた。

 悪逆王はアゲハの人知をはるかに超えた存在だった。

 けど、封印を受け入れてからが本当の地獄だった。

 

「なんで、たくさんがんばったのに、私だけこんな目に遭わなくちゃいけないのよ」

 

 こんな不条理な世界救う価値なんて本当にあったのかと、今でも考えてしまう。

 

「いい気味だな」

 

 さっきまでなにも存在しなかった空間に黒アゲハが立っていた。黒アゲハは嘲笑するような笑みを浮かべている。

 明らか自分を馬鹿にしにきているんだとわかっても、人恋しいアゲハにとってはそんな彼女でも存在するだけでありがたい。

 

「なんで、そんなひどいことを言うの……?」

「我は貴様が嫌いだからな」

「同感ね。私もあなたが嫌いよ」

 

 なんの意味もない問答だった。

 所詮、黒アゲハはアゲハの一部でしかない。黒アゲハを嫌いと言うのは、言い換えれば自分自身が嫌いと言っているのと一緒だ。

 

「ねぇ、本当にキスカは迎えに来てくれるかな……」

「なんだ、キスカのことが信じられないのか?」

「そういうわけじゃない。けど、100年も経てば気が変わってしまうかもって」

「貴様にとっては100年でも、キスカにとっては一瞬だろ。まぁ、でも我々のやったことを考えたら、それでも愛想をつかれていてもおかしくないかもな」

 

 なんで不安になるようなことしか言わないのだろう、とアゲハは顔をしかめる。

 やっぱりこいつは気に入らない。

 

「そうね……」

 

 けれど、反発するだけの気力がアゲハにはもうなかった。だから、ただただ頷く。

 再び黒アゲハのいるほうを見ると、そこには虚無が広がっていた。彼女は消えてしまったらしい。

 瞬間、寂しいという感情がアゲハの胸の中にこみ上げてくる。

 なにか楽しいことでも思い出して、この寂しさを紛らわそう。

 アゲハにとって、楽しい思い出といえばキスカしかいない。

 

 封印されてから100年が経とうとしたとき、【カタロフダンジョン】奥地に新しい人の気配を感じた。だから、いつものようにその人に〈セーブ&リセット〉を譲渡しよう。

 このときのアゲハはとっくに壊れていた。

 どうせこの人もすぐ諦めるに違いない。

 だから、アゲハは全くキスカに期待していなかった。

 けれど、キスカが異様な存在だということに、すぐ気がつくことになる。

 普通、5回も死んでしまったら心が折れて死を受けて入れてしまう。

 けれど、キスカは100回以上死んでも諦めなかった。勇者であるアゲハでも、死んだ回数は30回にも満たないのに。

 何度も挑戦するキスカを見ているうちに、感情が希薄だったアゲハの心は高揚へと変化していく。

 がんばって、と何度応援したことか。

 キスカが難関である鎧ノ大熊(バグベア)が多数出現する部屋を突破したときはうれしすぎて泣いてしまった。

 とはいえ、キスカがダンジョンを進み続けてもアゲハが封印されている場所に到達できるとは限らない。

 3つある転移陣のうち、アゲハのいる場所にたどり着ける転移陣はひとつだけ。アゲハは来てくれるように心の底から祈った。

 そしたら、本当にキスカは来てくれたのだ。

 

 もう、そのときにはアゲハはキスカに心を奪われていた。

 この人こそ自分の運命の人なんだ。

 この人と出会うために自分はこの世界にやってきたんだ。

 

 それからアゲハはキスカにアピールをした。

 なのにキスカは焦燥としていて、自分に関心がないように思えた。

 アゲハは焦った。

 どうにかして彼を射止めなくては。

 結果、あんなことになってしまった。

 今更になって、バカなことをしたと思う。例え、自殺したとしても〈セーブ&リセット〉がある以上、なかったことにできるのに。

 そのことに気がつかないぐらい、アゲハはパニックに陥っていた。

 

「うっ、うぅ……」

 

 唐突に涙があふれる。

 

「会いたいよぅ……」

 

 そう呟く。

 どうしようもないぐらいキスカのことが好きなんだ。

 早く会いたい。

 

「キスカぁ」

 

 愛しの人の名を口にする。

 100年経った頃には、きっと自分は壊れている。

 

「助けて……」

 

 ひどくか細い声だった。

 

 運命というのは残酷だ。

 なぜなら、彼女が救われないのは確定的事実なのだから。

 彼女は一度歩んだ道をなぞるようにもう一度歩んでいるだけに過ぎない。

 であれば、今後100年彼女を救うものが現れないのはもう覆しようのない事実だった。

 ここに一人の不幸な少女がいる。

 幸せかどうかは心の持ちようだ、なんて言葉はありふれているが、いくら好意的に解釈しても彼女はかわいそうだった。

 けれど、神は沈黙を貫く。

 彼女のことなんて、そもそも眼中にさえない。

 その上、世界には大勢の人がいるが、誰一人として、彼女のことを気にする者はいなかった。

 なにせ、彼女は異世界の住民で、家族すら存在しないのだから。

 だから、世界は彼女を無視し続けて、時間を黙々と刻みつける。

 そう、彼女に手を差し伸べる者は一人としていない。

 

 かのように思えた。

 

 一滴の光が落ちた。

 そのことにアゲハは数秒遅れてから気がつく。

 なんだろう? と。

 光は次々と指先から落ち続ける。落ちた光は地面へと波紋を描くように広がっていく。

 あ、と声をあげた。

 光の源は、キスカのくれた指輪だった。

 そうか、キスカが守ってくれているんだ。

 そう思った途端、さっきまでの悲壮感は薄れ、アゲハの中に心地よい温もりが生まれた。

 悪くない。

 キスカが近くにいるのを感じられるなら、怖いものなんてもうないのだから。

 彼女は心はずっと安らかだった。

 

 

 

 

「やぁ、無事に世界を救ったようだね」

 

 目の前に、人間とはかけ離れた造形をした何かがいた。

 こいつが観測者という存在だとすぐにピンとくる。他に、こんな見た目の知り合いに覚えはないからな。

 この観測者という存在によって、俺は過去の世界へと渡ったんだ。

 

「これから俺はどうなるんだ?」

「まもなく、君は元の時間に帰れるよ。ちゃんと君にお礼が言いたかったから、こういう場を用意して貰ったのさ」

「そうか……」

 

 頷きながら感慨深い感傷に駆られる。

 長い過去でのあれこれがすべて終わったのだ。

 

「なぁ、なんで俺を元の時代に戻したんだ?」

 

 けれど、これだけは文句を言わずにはいられなかった。

 アゲハと一緒に封印されたかったのに、こいつのせいでそれが適わなかった。

 

「一体なんのことだい?」

「おい、だから、俺は最後あの時代に残ることを望んだのに、なんでそれを叶えてくれなかった?」

「そうか、それは悪いことをしたね」

 

 観測者は申し訳なさそうに口にする。

 

「けれど、残念ながら僕は君が思っている以上に全能ではないんだ。君の事情は初めて知ったし、例え知っていたとしても、願いを叶えることはできなかっただろうね。時空を超えるというのは、それほど難しいことなのだよ」

 

 観測者の言っていることは、正直よくわからない。

 けれど、悪意があって意地悪をしたわけではなさそうだ。

 

「そうかよ。だったら、早く元の時間に戻してくれ。急いで迎えに行かなくてはいけないやつがいるんだ」

「そうかい、わかったよ。それじゃあ、改めて僕が代表して君のお礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

 お礼を言われても正直困る。

 俺は別に大したことなんてしてないんだから。

 けど、それを伝える前に、観測者は消失していて、目の前の光景がめまぐるしく変わっていた。

 そして、数刻経った頃には、俺は地面を踏みしめていた。

 

 急がないと――。

 アゲハが待っている。

 

「どこだ? ここは」

 

 まず、現在位置を把握しないことにはアゲハを迎えに行けない。

 上を見上げると、星空が見える。

 下を見て気がつく、ここは【カタロフダンジョン】を攻略した者が立つとされる台座だった。そういえば、100年前に来たときも同じ台座に立っていたな。

 

 急げ。

 俺はがむしゃらに走っていた。

 すぐに、村を追放された際に使った転移陣に乗る。そして、【カタロフダンジョン】奥地へと辿り着く。

 転移陣を使った場合、転移される場所はランダムだ。だから、辿り着いてから、自分がどの辺りにいるか急いで把握しないといけない。

 

「クゴォオオオッッ!!」

 

 ダンジョンの通路を走っていると、目の前から鎧ノ大熊(バグベア)が雄叫びをあげながら襲いかかってきた。

 

「邪魔だ、どけっ!」

 

 鎧ノ大熊(バグベア)に構っている暇なんてない。

 攻撃をかわしつつ、奥へと進んでいく。

 

 急げ、急げ、急げ――っ!!

 走り続けたせいで息が上がる。さっきから呼吸するたびに喉が締め付けられ、足は痙攣し、視界がぼやける。

 それでも止まることは許せない。

 なにせ、俺のことを100年も待っている人がいるのだから――。

 

「やっと、見つけた」

 

 アゲハは眠るように光の檻の中に封印されていた。

 何度見ても、その様は美しいと思う。

 手を伸ばす。

 手が触れた途端、光の檻はガラスのような音を立てて崩れていく。

 

「アゲハ!」

 

 名を呼びながら封印が解けたアゲハを抱きとめようとする。

 

「……キスカ?」

 

 状況を理解しきれないのか、疑問形だった。だから、俺は優しく肯定する。

 

「あぁ、俺だよ」

「うっ、うわぁああああああん!!」

 

 彼女は感極まったのか泣き始める。俺もつられて泣いていた。

 

「わたし、がんばったよぅ」

「あぁ、そうだな」

「キスカ、ありがとう。迎えにきてくれて」

「俺こそ、ごめん。一緒にいれなくて」

「いいの、謝らないで」

 

 それからしばらく俺たちはそのままの姿勢で過ごしていた。

 ふいに顔をあげたと思ったら、アゲハはこう口にした。

 

「やっぱりキスカが私の王子様だ」

 

 そのときの彼女の表情は笑顔だった。

 

 

 

 

 

 アゲハ編 End

 

 

 

 

 



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第五章
―137― やるべきこと


 過去の時間軸から元の時間軸に戻ったことで、勇者アゲハに関する問題は一通り解決したとみていいだろう。

 とはいえ、俺にはやらなきゃいけないことが他にもたくさんある。

 寄生剣傀儡回しのこともそうだし、ナミアの件も解決していない。

 手元には、魔王を復活させるのに聖騎士カナリアが使っていた指輪がある。この指輪を使えば、もしかしたら死んだナミアを復活できるかもしれない。

 とはいえ、そこまで期待してはいなかった。

 死んだ人間を復活させるなんて、そんな都合のいい話がこの世に存在するとは正直思えないから。

 

「その指輪って、魔王を復活させるのに混沌主義の連中が使っていたやつだよね」

 

 指輪を手で持って眺めていると、勇者アゲハがそう口にした。

 今俺たちは、【カタロフダンジョン】内にある隠れ家と呼ばれる吸血鬼ユーディートが住処として作った安全地帯で休んでいた。

 勇者アゲハの封印を無事解くことができた俺たちは疲れがたまっているかもしれないので、一旦隠れ家にて休むことにしたのだ。

 

「あぁ、そうだな」

 

 アゲハの疑問に俺は肯定する。

 

「その指輪、どうするつもりなの?」

 

 そういえば、アゲハにはちゃんと説明してなかったな。

 

「殺された幼なじみをもしかしたら復活させることができるかもしれないと思って」

 

 以前アゲハには俺がどういう経緯で、【カタロフダンジョン】の奥地に追放されてたか話していた気がする。

 けど、殺されたナミアのことまで話してあったっけ?

 

「その幼なじみって女?」

 

 間髪入れずに放ったアゲハの問いに俺は眉をひそめる。

 なんで、そんなことを聞くんだろうか。

 

「女だよ」

 

 素直にそう答えると、アゲハは不満そうに口にすぼめた。

 

「もしかして、その人ってキスカの恋人とかじゃないよね?」

 

 あぁ、なるほど。

 どうやら嫉妬しているようだ。

 

「恋人とかじゃないよ」

 

 確かに、俺とナミアは恋人なんかではなかった。とはいえ、結婚の約束をした仲ではあったが、そのことは隠して置いたほうが良さそうだ。

 

「それならいいけど……。キスカの今の恋人は私なんだからね。そのことを忘れないでね」

 

 そう言って、アゲハは頬を膨らませる。

 それからソファの上で隣り合って座っていたアゲハが寄りかかってきた。

 

「わかっているよ」

 

 そう頷きつつ、アゲハの頭を撫でると彼女は満足そうに目を細めた。

 その仕草が、なんだか猫みたいでかわいい。

 とか、思いつつ、しばらくアゲハのさらさらとした髪質を堪能していた。

 

 もし、本当にナミアが生き返って、しかもナミアが俺のことを好きだと改めて言ってくれたら――そのとき、俺はどうするんだろうな。

 ナミアを選んだりしたら、アゲハが怒るのは明白だ。

 彼女の嫉妬深い性格には散々苦労させられている。

 とはいえ、俺にナミアを振るなんてことできるだろうか?

 ……愚考だな。

 ナミアが生き返ると決まったわけではないのに、今からそんな心配事をしたって仕方がないだろう。

 

「なぁ、本当にこの指輪を使えば、ナミアは生き返るのかな?」

「知らない。けど、試すだけ試してみたらいいんじゃない。もし、不都合なことが起きたらやり直せばいいだけだし」

 

 ――だって、私たちには〈セーブ&リセット〉があるんだから。

 アゲハは不敵な笑みを浮かべていた。

 確かに、アゲハの言うとおりだ。

 

 

 しばらく隠れ家で休んで、ダンジョンにいつまでもいるわけにいかないため、ここから脱出するべく俺たちは歩き始めた。

 とはいえ、一つだけどうしても寄り道したいところがあった。

 

「これがキスカの言っていた傀儡回し?」

 

 目の前には、化物と化した寄生剣傀儡回しが存在していた。

 黒いを影のようなものを全身に纏っており、牙と触手も生えている。魔物からもかけ離れた異形の姿をしている。

 

「あぁ、そうだ。なんとかして人間にしてやりたいんだが、方法を知らないか?」

「なんで? 人間にしてあげる必要なんてあるの?」

「えっと……」

 

 アゲハの疑問に、狼狽してしまう。とはいえ、事情を知らないアゲハにとっては、そう感じても仕方がないか。

 

「その、本人がそれを望んでいるんだよ。それに、俺はこいつに恩があるから助けてやりたいんだ」

「そうなんだ」

 

 アゲハは素っ気ない返事をした。本当にわかってくれたのだろうか。

 

「化物が人間になれると思わないけど」

「それはそうかもしれないが……」

「まぁ、こいつは混沌主義が造った兵器だから、混沌主義の連中に聞けばわかるかもしれないね」

 

 混沌主義が傀儡回しを作ったのは俺も把握していた。

 

「そもそも、なんのために作られたんだ?」

「そんなの私を殺すためだよ」

「……そ、そうか」

 

 アゲハの答えになんて返すのが正しいのかわからず、思わずぶっきらぼうな返事をしてしまう。

 もしかしたら、アゲハにとって自分を殺すために生まれた存在を俺の都合で助けてくれ、だなんて都合が良すぎるのかもしれないな。

 

「ひとまず、私なりに調べてみるね」

「助けてくれるのか?」

 

 てっきり消極的だと思っていたアゲハの快い返事に驚愕する。

 

「うん。だって、キスカのためになるなら私はなんだって協力するよ。それに、敵の兵器を調べるのは後々自分のためにもなるでしょ」

「そうか。そう言ってくれると、すげー嬉しい。ありがとう」

「キスカ喜びすぎ。まだなんにも解決してないのに」

 

 それでも嬉しかった。

 アゲハがすごいやつってのは十分知っている。そのアゲハが協力してくれるというなら、なにかしら進展するに違いない。

 

「そうだ。せっかくだし持ち帰ろうか」

「持ち帰る?」

 

 アゲハの言っている意味がよくわからなかった。

 

「うん、ちょうどいいものを持っているんだ」

 

 そう言って彼女は〈アイテムボックス〉を開いた。

 取り出したのは、手首につけるためのブレスレットだった。金属でできているようで光沢がほどこされており、装飾がないシンプルな構造をしている。

 

「〈運び屋の腕輪〉といって、生きたまま魔物を持ち運ぶためのアイテムなんだけどね。まぁ、見ていて」

 

 アゲハはそう言うと、寄生剣傀儡回しに近づく。

 近づかれた寄生剣傀儡回しは獣のように襲いかかってくる。大丈夫か心配に思うが、アゲハなら問題ないだろうと思い直す。

 

「少しだけ弱らせる必要があるから」

 

 とか言いながら、アゲハは拳を使って攻撃をする。

 強烈な一撃だったようで傀儡回しは後ろに仰け反った。これで十分なのか、アゲハは腕輪を傀儡回しに向けると、腕輪は光だし気がつけば、傀儡回しがその場からいなくなっていた。

 

「うわっ、気持ち悪っ」

 

 アゲハの手には、さっきまでなんの特徴もなかった腕輪が黒く染まっていた。しかも、腕輪は獣のような目が装飾のようについてある。確かに、気持ち悪い。

 

「キスカがこれを持っていて」

 

 気味が悪い品を持ち歩きたくないのかアゲハがそう言って、俺に手渡す。

 

「かまわないが」

 

 とか言いながら、腕輪を腕にはめる。

 

「この中に傀儡回しがいるのか?」

「うん、そうだよ」

「そうなのか」

 

 そう言われても、いまいち実感が湧かなかった。

 

 



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―138― 願望の指輪

 寄生剣傀儡回しを〈運び屋の腕輪〉に収納することで回収した俺たちは【カタロフダンジョン】から帰還するべく、ボスのいる部屋まで向かった。

 吸血鬼ユーディートのことが少しだけ気になったが、恐らく彼女と出会ったら余計な災難が降りかかるのは必然なため、彼女のことは一旦忘れることにする。

 それに彼女なら、俺がいなくても問題はないだろう。

 

【カタロフダンジョン】の最奥にいるのは大百足(ルモアハーズ)という魔物だ。

 非常に強力な魔物ではあるが、こっちには勇者アゲハがついている。彼女にかかれば、なんの問題もなく討伐できるだろう。

 そんなふうに楽観視していたが、実際に勇者アゲハの手によって、いとも容易く討伐されていた。

 あまりにも呆気なかったので、特に語ることはない。

 ボスを倒した特典として〈猛火の剣〉が手に入る。

 俺はすでに〈猛火の剣〉持っているので、アゲハに渡した。

 すると、アゲハは「売ったらお金になるのかなー」とか言いながら〈アイテムボックス〉の中に収納した。

 

 ボスを倒すと転移陣が現れた。これを使えば【カタロフダンジョン】の外にでることができるのはすでに何度も経験しているのでわかりきっていることだった。

 少し緊張する。

 俺がダンジョンから帰還したと、カタロフ村の人たちに知られたら、彼らはどんな反応するだろう。きっといい反応はしないに違いない。

 そう思うと、少し憂鬱だ。

 とか考えているうちに、転移陣は光り出し俺たちはダンジョンの外へ飛ばされた。

 

 目を開けると、上空には夜空が広がっていた。

 足下を見ると、ダンジョンを攻略した者が立つとされる台座の上に立っていた。

 寄生剣傀儡回しと共にダンジョンから帰還したときには、その姿を村人たちに見られていたが、たまたま夜だったおかげで、目の前には人が一人もいない。

 

「なぁ、アゲハ。せっかくだし、俺の家にでも……」

 

 言葉がつまる。

 というのも、隣に立っていたアゲハが涙を流していたから。

 

「ご、ごめんね。やっと帰ってこれたと思ったら、少し感極まっちゃって」

 

 そう言って、アゲハは涙を拭う。

 そうだよな。ダンジョン内でずっと封印されていたアゲハにとって、ただダンジョンの外にでられたわけじゃないんだ。

 

「よかったな」

「うん、これもキスカのおかげだね」

 

 それから俺たちは自宅へと向かった。

 

「ここがキスカの住んでいた場所かぁ」

「狭いけど、我慢してくれ」

 

 自宅にあがったアゲハは興奮しているのか、部屋の隅々を観察していた。観察したところで面白みのない内装だとは思うが。

 ともかく、自宅が破壊されている可能性も想定はしていたが、まだ無事に残っていてよかった。ベッドやらテーブルやら最低限の家具も残っている。

 ランタンに火をつけて、お茶でもいれそうかと茶葉を探すがどうやらちょうど切らしていたようで、残っていなかった。

 

 指輪の効果でナミアを生き返らせるのを確かめるのは、日が昇って明るくなってからにしよう、ということで今日はもう寝ることにした。

 ベッドは昔、母親が使っていたやつと俺が使っていたやつとで二つあるので、それぞれのベッドで寝ようかと提案したが、アゲハが嫌がった。

「一緒に寝たい」と主張したのだ。

 シングルベッドなので少し狭いが仕方がない。

 

「やっぱり少し不安かも」

 

 ふと、隣で寝ているアゲハがそう口にした。

 

「幼馴染みが生き返ったら、キスカが私に興味をなくしてしまうんじゃないかって」

「そんなわけないだろ」

「でも、キスカには前科があるから」

「………………」

 

 下手に反応すると墓穴を掘りそうなので、聞こえなかったフリをした。

 

 

「これ、買ってきたよ」

 

 翌朝、アゲハにはある物を買ってくるようお願いした。

 

「どう? サイズ間違ってない?」

「いや、ぴったりだよ」

 

 それを羽織りつつ、そう口にする。

 買ってきてもらったのは、顔を隠せるぐらい大きなフードがついた外套だ。これならちょうど銀髪が隠れるし、良い感じだな。このフードがあれば俺の正体がキスカだって安易にばれることはないだろう。

 それからアゲハと一緒に村を歩いた。

 アゲハにとっては新鮮な光景なようで、彼女はキョロキョロと村の中を観察していた。

 

「ここにあると思うんだが」

 

 立ち止まる。来た場所は墓所だった。

 ナミアは比較的裕福な家庭だったため、ちゃんとした場所で埋葬されているだろうと思ってやってきたわけだが。

 

「これじゃない?」

 

 アゲハの目の前には、新しくできたばかりなのかまだ綺麗な墓石が置いてあった。

 その墓石にはナミアの名前が彫られていた。

 それからアゲハと協力して墓石をどけて土の中に埋まっていた棺桶を取り出す。

 そして、棺桶をあける。

 そこには、眠っているナミアが入っていた。

 瞬間、涙腺がこみ上げてくる。あの騒動の後、すぐ捕まってしまったせいで、祈りを捧げる機会すらなかった。

 そのせいか、ナミアが死んでしまったという事実をいまいち実感する機会がなかったのだ。ようやっと、ナミアと会うことができた。

 とはいえ、いつまでもめそめそしているわけにもいかない。

 こうして墓を掘り起こしたのには、ちゃんとした理由があるんだから。

 ポケットから指輪を取り出す。

 それから聖騎士カナリアが魔王を復活させる際に使っていたのを頭に思い浮かべながら、それを真似してみる。

 たしか、こうして指輪を掲げていたような……。

 

 瞬間、指輪から目映い光が放たれる。

 下手したら、なにも起きないんじゃないかと危惧していた。けれど、こうして指輪が光ったということはなにかが起きるというわけだ。

 心臓が高鳴る。

 もしかして、本当にナミアが――。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 レジェンドアイテム〈願望の指輪〉の使用が確認されました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 ふと、そんなメッセージウィンドウが表示された。

 どうやらこの指輪は〈願望の指輪〉と呼ぶらしい。

 そして、レジェンドアイテムとは一体どういう意味なんだろうか? ちらりと隣にいるアゲハの顔色を伺う。もしかしたら、アゲハならレジェンドアイテムの意味を知っているのではないだろうか、と思ったのだ。

 けど、アゲハはなにか口にするわけでもなく、ただじっと正面を見つめていた。

 

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 レジェンドアイテム〈願望の指輪〉の使用が完了しました。

 

 △△△△△△△△△△△△△△△

 

 そんな文言が現れたときには、手に握っていた〈願望の指輪〉が消え失せていた。

 それと共とまばゆかった光が徐々に止んでいく。もしかしたら、この光の中にナミアがいるかもしれないのだ。

 

「え……」

 

 と、困惑した表情で一人の少女が立っていた。

 緑がかった髪の毛。おっとりした表情。よく見知った顔だ。

 

「ナミア」

 

 そう呟く。

 すると彼女は俺のことを見つめて呟いた。

 

「キスカ……?」

 

 あっ、本当にナミアなんだ。そう確信した瞬間、涙が零れてくる。

 

「ナミア……ッ! 本当によかった……!」

 

 そう言いながら彼女のことを抱きしめる。

 

「キスカ、そんなに喜んでどうしたの……?」

「だって、こんなことが本当に起きるなんて信じられなくて」

「……そっか。そうだよね。私、ちょっと混乱していて。事情をまだ把握しきれなくて、でも、キスカのおかげなんだよね……。ありがとう」

 

 そう言って、彼女は笑みを浮かべていた。

 

 

 本当に生き返った……?

 目の前の光景が私――アゲハには正直信じられなかった。

 あの指輪は〈願望の指輪〉というらしい。

 それもレジェンドアイテムとのこと。

 たしか、レジェンドアイテムはこの世界で最も価値のあるアイテム群のことだ。種類は100種類にも満たず、どれも世界に多大なる影響を及ぼすことで知られている。

 

 けど、いくらレジェンドアイテムでも人を生き返らせるなんてこと可能なんだろうか?

 確かにこの世界はファンタジーだ。

 私の元いた世界じゃあり得ないようなことが日常に満ちあふれている。

 それに〈セーブ&リセット〉による死に戻りだって、死者の蘇生とやっていることはそう変わらない。

 死霊魔術を使えば、死者をアンデッドとして生き返らせることはできるかもしれない。

 けれど、今目の前で行なわれた死者蘇生は、なんの制約もないように思える。

 本当にそうだろうか……?

 ……もしかしたら、死者蘇生をした代わりに、知らずして大きな代償を支払っているような。

 私なりに調べてみる必要があるかも。

 

 キスカは浮かれているみたいだし、私がちゃんとしないとね。

 

 



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―139― 顔合わせ

 カタロフ村では、亡くなった人をその人が生前気に入っていた服装を着せて埋葬することが風習だ。大抵はドレスやスーツといった一張羅が選ばることが多い。

 なので、さっきまで埋葬されていたナミアもドレスを身に着けていたわけだが、そんな格好で外を出歩いていたら目立つため、誰にも見られないように急いで連れて帰る必要があった。

 

 それから、ナミアが着ることができる服装をアゲハにお店にいって購入してもらう。

「私をパシリに使うなんてさいてー」と不平を口にしたが、言うことは聞いてくれるようで彼女はでかけていった。

 

「それでナミア、調子はどうだ?」

「うん、なんともないよ」

 

 椅子に座ったナミアはそう頷く。

 色々と聞きたいことはあるが、いったいなにから聞くべきか……。

 

「ねぇ、キスカ。一緒にいた女の子は一体誰なの?」

 

 勇者アゲハのことを尋ねていることはひと目でわかる。

 

「えっと……」

 

 なんて答えよう。

 アゲハは俺の彼女で、ナミアは俺の婚約者だ。これって浮気になるんだろうか。いや、アゲハはナミアが亡くなっている間につくった彼女だから、決して浮気ではないはず……。

 だからといって、ナミアにアゲハのことを恋人だと紹介するのは憚れる。

 

「アゲハは色々と助けてくれたやつでさ、今も彼女には協力してもらっているんだ」

「そうなんだ」

 

 正直胸が痛いが、今はこれで納得してもらうしかない。

 

「ねぇ、キスカ。私って死んでいて、キスカのおかげで生き返ったんだよね」

「あぁ、そうだな」

 

 肯定しつつ思う。

 生き返った直後、ナミアは混乱していると言っていたし、まだ混乱している最中かもしれない。だから、ちゃんと説明すべきかもと思ったが、いかんせんナミアの最期はあまりにもひどいものだったため、下手に説明することで記憶が蘇ってしまい、最悪ナミアが現実に直面することで絶望してしまうんじゃないかと思い二の足を踏んでしまっていた。

 

「もしかして、死んでいた自覚がなのか?」

 

 結果的に俺は、質問をすることで探りをいれることにした。

 もし、ナミアが死んだときの記憶がないなら、それが一番幸せな気がする。

 

「ううん、死んだときの記憶はちゃんとあるよ。鮮明に覚えている」

 

 どうやら俺の期待は外れていたらしい。

 

「ごめん、嫌なこと思い出したよな」

「キスカ、謝らないで。こうしてキスカのおかげで、今私はしゃべったりすることができるんだから、本当にありがとう」

「そっか。ナミアはホント強いよな。昔から、そう思っていた」

「別にそんなことはないと思うけど」

 

 ナミアは恥ずかしそうにはにかむ。

 こうしてナミアの表情が見られるだけ指輪をつかってよかったと思える。

 

「ねぇ、キスカ。私が死んだ後、なにがあったのか教えて」

 

 ナミアが真剣な眼差しを向けていた。

 下手にしゃべったらナミアが辛い現実を思い出し絶望してしまうかもと思っていたが、こうして話してみてナミアが強い心の持ち主なんだと実感できた。

 だから、迷いなくナミアに話すことができた。

 ナミアが死んだ罪をなすりつけられたことで、ダンジョン奥地に転移させられたこと。大変な目に遭ったが、アゲハと出会ったことでダンジョンを攻略できたこと。指輪はその道中手に入れた。

 本当、〈セーブ&リセット〉のことや過去の世界に行ったこと、吸血鬼ユーディートや寄生剣傀儡回しのことまで話すべきなんだろうが、それらは省かせてもらった。

 いきなりこんな話をされたら、あまりの情報量に困惑されるだろうと思ったからだ。それに死に戻りことをいきなり話したら、真実味がなさすぎて頭がおかしくなったと思われそうだし。

 

「ごめんね、キスカ。辛い思いをさせて」

 

 説明を聞き終えるとナミアはまっさきに謝罪した。

 一瞬なんで謝られたのかわからず困惑する。

 

「私があんなことを言わなければ、こんなことにならなかったのに」

 

 あんなこととは、ナミアが一緒に逃げようと言って、その上好きだと言ってくれたことに違いなかった。

 ナミアは静かに泣いていた。

 

「俺は嬉しかったから。だから、自分を責めるようなこと言わないでくれ」

 

 反射的にナミアの手をとってそう主張していた。

 すると、ナミアは「ありがとう」と言って小さく微笑む。

 

「ねぇ、キスカ。ずうずうしいかもしれないけど、お願いがあるんだけど、聞いてもらってもいいかな」

「なんでも言ってくれ。ナミアの言うことなら、どんな願いでも俺は叶えたい」

「ありがとう」

 

 そう言って、ナミアは微笑む。

 

「それでお願いってなんだ?」

 

 いったいなにをお願いするつもりだろうか?

 まさか、あのときした約束をもう一度言い出すんじゃないだろうか?

 あの日、俺たちは村をでて駆け落ちする約束をした。結局、その約束は叶わなかったが。今なら、もう一度あの約束を叶えられるかもしれない。

 と、そこまで調子のいいことを考えて、思い出す。今の俺にはアゲハがいることを。

 

「私の復讐を手伝ってほしいの」

 

 なんの抑揚もなく、彼女ははっきりとそう告げた。

 

「復讐……?」

 

 ナミアから、そんな言葉が飛び出てくるとは思わなかった。

 

「うん、だって、あいつのせいで……ッ」

 

 そう言って、ナミアはその場でしゃがんで怨嗟の声をあげる。

 そりゃそうだよな。

 あんなことをされて、なんにもないはずがないんだ。

 俺だって、復讐してやりたいという気持ちはまだ残っている。

 

「わかったよ。もちろん協力する」

 

 そう言って、ナミアの背中をさする。すると、彼女は「ありがとう」と言って、その場で再び泣き始めた。

 

 

「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったね」

 

 アゲハがそう切り出す。

 すでにナミアはアゲハが買ってきてくれた服装に着替え終えていた。

 

「私の名前はアゲハ・ツバキ。アゲハは名前でツバキは名字ね。まぁ、この国には名字を名乗る文化はないみたいだけど。肩書きは4代目勇者で、出身はこの世界とは違う世界。地球という星の日本から転生してやってきたの」

 

 アゲハは調子よく自分の肩書きをしゃべる。

 改めてみて、アゲハの肩書きは信じられないものばかりだ。今までアゲハの常人離れした力を目の当たりしているから俺は信じられるが、そうじゃなきゃ嘘をつかれていると思われても仕方がない気がする。

 

「アゲハとはダンジョンで出会ったんだよ。いきなり勇者だなんて言われて信じられないかもしれないが、アゲハはどんな魔物でも剣を使えば一撃で倒せるのを見てきたからな。だから、彼女が勇者だってことは俺が保証する」

「そうなんだ。すごいんだね」

 

 俺が補足すると、ナミアは目を丸くしていた。

 

「えっと、私はナミアと言います。カタロフ村出身で、父が商人をやっていて、よくお店の手伝いをしていたのでお金が計算とかが得意です。えっと、勇者アゲハ様と違って、私は普通だね」

 

 ナミアが自信なさげにしていたのと対照的にアゲハは鼻を鳴らしていた。

 

「あと、あらかじめ言っておくけど、キスカと私は恋人同士だから。キスカとナミアがどういう関係か知らないけど、そのことだけは忘れないでね」

 

 アゲハのやつなに言ってくれてるんだよ、と叫びそうになる。

 言いたかったことを言い終えたアゲハはドヤ顔でこっちを見ていた。

 下手ししたら、ナミアが傷つくかもしれないのに。

 確かに、アゲハの性格を考えれば彼女が恋人だと主張して牽制するのはわかりきっていたことだ。それを口止めする権利が俺にあるはずもなく、だから、これは仕方がないことだ。

 

「ナミア……」

 

 とっさにナミアのことを気遣って、そう口にする。

 ナミアが今、なにを考えているのか想像もしたくない。

 

「やっぱりそうなんだ」

 

 けど、ナミアは平然とした様子でそう呟いた。

 

「わかってたのか……?」

「うん、だって、どうみても恋人っぽい雰囲気だったし。よかったね、キスカかわいい彼女ができて。とってもお似合いだよ」

「ありがとう……」

 

 どう反応したらいいのかわからず曖昧な物言いになってしまう。

 ナミアはただ強がっているのか、それとも本当になんとも思ってないのか、どっちなんだろう。アゲハはというとお似合いと言われたのかがまんざらでもないらしく、口元がニマニマと緩んでいた。

 

「あの、勇者アゲハ様」

「ナミア、私のことは呼び捨てでも構わないよ。キスカも呼び捨てだし」

「わかりました。あの、アゲハちゃんにもさっきキスカに話したことをお願いしたいんだけど」

「お願いってなに?」

「私の復讐をアゲハちゃんにも手伝って欲しい」

 

 ナミアがそう告げると、アゲハは即座にこう返事をした。

 

「うん、いいよ」

 

 と。

 

 それから、なぜ復讐をしたいのか、ナミアはアゲハに説明をした。

 とはいえ、以前俺が身の上話をかいつまんで説明したことかあるので改めてということになる。

 カタロフ村で俺が虐められていたこと。

 俺とナミアでカタロフ村から逃げだそうとしたこと。それが失敗したこと。

 ダルガという男とその取り巻きによって、ナミアが殺されたこと。

 俺とナミアがお互い好きだと通じ合ったことは、流石にアゲハには伝えなかった。

 その後、俺は村長を初めとした村人たちに陥れられ、冤罪によりダンジョン奥地に転移陣で追放されることになった。

 

「そうだ、アゲハちゃんのおかげでキスカは助かったんだね。私からもお礼を言わせて、ありがとう」

「そうよ。今のキスカがいるのは私のおかげなんだから」

 

 褒められたのが嬉しかったのか、アゲハは鼻を高くしている。

 

「なぁ、それで復讐って具体的になにをするんだ?」

 

 ふと気になったのでそのことを口にする。

 

「うん、まだ具体的なことは決まってないけど、今度この町で大きなお祭りがあるじゃない」

 

 大きなお祭りだと? そんなのあっただろうか?

 

「もしかして覚えていないの? 魔王討伐記念祭が毎年、村で行われていたでしょ」

「そういえば、そんなのあったかもな」

 

 この銀髪が原因でお祭りがある日は家で引きこもっていないと村人たちから怒られるため、特にいい思い出はない。

 

「今度の式典は100周年だから、大きな規模でやるみたい。偉い人をたくさん呼ぶんだって。しかも、王族も呼ぶらしいよ」

「それは随分と大がかりだな」

 

 辺鄙な村の祭典にわざわざ王族が出向くなんて普通じゃあり得ないことだ。

 

「その式典をどうしたいんだ?」

「めちゃくちゃに潰したいの」

 

 そう言って、彼女は不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

本作の書籍化が決まりました!

レーベルはMFブックスです。

小説家のなろうの活動報告にいけば、より詳細がわかるかもです。

よろしくお願いします!!



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―140― 計画

 まさか、ナミアが復讐をしたいだなんて言い出すとは。

 夜、ベッドに寝転がりながら昼間の会話を思い出していた。ナミアには、母親が使っていたベッドを使ってもらっている。

 ナミアは誰よりも優しかった。

 そんな優しいナミアから復讐だなんて単語が飛び出てくるなんて正直意外だった。

 それだけ、されたことに対する恨みがあるということだ。

 

 ナミアが生き返れば全てが元通りになる、なんて幻想を抱いていた。

 けれど、そんなことはなかったというわけだ。

 例え生き返ったとしても、傷が消えるわけではないのだ。

 ナミアが復讐を果たすことで、少しでも心が晴れるなら、俺は全身全霊をかけて手伝おう。

 

「ねぇ、キスカ」

 

 俺が心の中で決意を新たにしていると、隣で寝ていたアゲハが話しかけてきた。

 

「ナミアは良い人だね」

「そうだな」

 

 ナミアにお似合いだと言われたことがアゲハ的には嬉しかったらしい。

 俺としては敵対してくれないだけありがたい。

 

「ナミアはキスカのことが好きなんだよね」

「え……?」

「見ていたらわかるよ、そのぐらい。昨日、ナミアと恋人同士じゃないと言っていたけど、どうせ恋人に近い関係だったんでしょ」

 

 確信めいた物言いだった。

 

「ナミアとは、そんなんじゃないよ」

「嘘」

 

 否定してもアゲハは信じてくれないらしい。だからといって、本当のことを言うわけにはいかないことは恋愛に疎い俺でもわかる。

 

「俺が好きなのはアゲハだけだよ」

「…………」

 

 今度は不満げな眼差しだった。

 

「なぁ、どうしたら信じてくれるんだ?」

「それは、聞かなくてもわかってよ」

 

 そう言ったアゲハの表情は照れくさそうで微かに頬が紅潮していた。

 そういうことなんだろう、ということはわかる。

 けど、この家壁が薄いからな。隣の部屋で寝ているナミアに全部聞こえてしまうんだよな。

 

「ねぇ、キスカ。ちゃんとこっち見てよ」

 

 アゲハはやる気満々なようで照れつつも、捕食者を捕らえた獣のような目つきをしていた。

 これは、逃げられないやつだ。

 

 

 どうやら今年は魔王が討伐されて100周年らしい。

 そして、ここ魔王が討伐された地であるカタロフ村では100周年記念祭が行なわれるらしい。

 毎年、記念祭はやっていたようだが、今年は100周年という節目ということで王族まで招いて、そうとう大規模に行なうつもりらしい。

 

「道理で村が賑やかなわけだ」

 

 記念祭が行なわれるのは一週間も先だというのに、村は人で賑わっていた。さっきから頻繁に窓から外を眺めているが、ちらほらと村外の人たちで歩いているのが目に入る。

 式典では様々な催しをするらしく、それらの関係者たちは早めに村へきて準備にとりかかっているとナミアがさっき話していたことを思い出す。

 村はお祭りムードだが、俺とナミアは自宅にて引きこもっていた。

 俺もナミアも下手に外を出歩いて正体がバレでもしたら大騒ぎになるだろうから、こうして引き籠もっているしかなかった。

 唯一外を歩いても問題ないアゲハには買い物や村の偵察をお願いしていた。今もアゲハは買い物に出かけている。

 

「ねぇ、アゲハちゃんって勇者なんだよね?」

 

 退屈しのぎに編み物をしていたナミアが顔をあげて話しかけてきた。

 

「あぁ、そうだよ」

「そうなんだ……」

 

 なにか思うことがあったのかナミアは頷きつつもどこか上の空だった。

 

「どうかしたのか?」

「あぁ、えっとね。100年前の勇者はエリギオン様じゃなかったのかな? って思ってね」

 

 そうか、世間的には勇者はエリギオンってことになっているんだった。

 そのエリギオン殿下の子孫がこの国の王族だ。

 

「えっと、アゲハが本物の勇者で、エリギオン殿下は勇者アゲハの力の一部を受け継いでいるに過ぎないんだよ」

 

 この辺りの事情は非常に複雑だ。簡単に説明してみたが、ナミアはよくわからなかったそうで、首を傾げていた。

 とかそんなことを話しているうちに、アゲハが「ただいまー!」と言って、帰ってきた。

 

「悪いな。買い物を押しつけて」

「別にこのぐらいなんてことないよ」

 

 と言って、アゲハは買い物かごをテーブルの上にのせる。

 それから三人で協力して、買ってきた食材で昼食を作り始める。

 

「そういえば、村でいいものを見つけたんだ」

 

 ふと、アゲハがそんなことを口にした。

 

「いいものってなんだ?」

「ほら、キスカとナミアが自由に村を出歩けたら便利だねって話していたじゃん」

 

 確かに、そんな話をした覚えがある。

 ナミアの願い通り復讐をしようにも、俺たちが自由に村を出歩けないのではできることに制限がかかってしまう。

 

「俺たちの正体がバレないいい方法でも見つけたのか?」

「うん、二人とも仮面をつけるのはどうかな? 村で仮面が売っているのを見かけたんだ」

 

 仮面……?

 なんだそれは?

 

「もしかして仮面劇で使われる仮面のことじゃないかな?」

 

 ナミアがそう口にして、あぁそういうことかと、納得がつく。

 記念祭では様々な催しをするらしい。劇や踊り、演奏などなど色んなことをするようだ。そんな演目のなかに、仮面劇も含まれているのだろう。

 

「仮面劇ってなに?」

 

 どうやらアゲハは仮面劇を知らない様子。

 

「仮面劇ってのはね、仮面で色んな登場人物に扮してする演劇のことだよ。恐らく、記念品ってことで仮面劇で使われる仮面が売ってあったんじゃないのかな」

 

 恐らくナミアの説明通りだろう。

 まだ、祭典は始まっていないのに、今から記念品を売るなんて随分と気が早いことだ。

 

「劇で使われる仮面なんかをつけて村を歩いていたら、めちゃくちゃ怪しまれるぞ」

「そうなんだ。てっきり、こっちの世界では仮面をつけてもいいのかなって勘違いしちゃった」

「もしかして、アゲハが元いた世界では仮面をつけるのが当たり前だったのか?」

 

 気になったので聞いてみる。

 アゲハの主張は随分と非常識だが、とはいえ彼女は別の世界からやってきた住民だ。こっちの世界とアゲハが元いた世界では色々と事情が違うんだってことを考慮しないとな。

 

「流石に仮面はつけないけど、病気対策に口と鼻だけは隠すことはあるかな」

 

 なんだそれは。全く想像がつかない。

 

「話は変わるけど、すごく偉い人が村にくるってことでみんなでお出迎えしていたよ」

「客人だな。まだ祭典は先だというのに、早く来る人もいるんだな」

「どんな人でしたか?」

 

 ナミアの質問にアゲハは頭を回転させる。

 

「白い服装に長い帽子をかぶっていて、杖を持っていたよ。同じ格好の人が何人もいて、大きな馬車から降りていた。遠目からだから確証はないけど、多分神官じゃないかな」

 

 確かに、アゲハの言った特徴は神官に近そうだ。

 

「なんで神官がくるんだ?」

 

 どこぞの貴族ならわかるが、神官がわざわざお祭りにやってくるだろうか?

 

「魔物対策に結界をはるためでしょうね」

 

 ナミアがそう説明する。

 

「この辺りは魔物の生息地として有名みたいだから。王族もやってくるということで、万全を期すために村全体を覆った結界を張るんだと思うよ。結界を張るには時間がかかるって聞いたことあるから、こんなに早く来たんじゃないかな」

「村全体を覆うって、そんな大きな結界を張るのか……」

「相当、位が高い神官が来たんじゃないかな」

「あと、兵士がたくさん来てたよ。村の警備のためだと思うけど」

 

 やはり王族が来るということで、安全には相当気を使っているらしい。

 

「祭典のときに復讐するのは難しいかもな」

 

 復讐の内容はまだ具体的には決まっていない。

 けれど、なにをするにしてもこれだけ警戒されていたら難しいのは違いなかった。

 

「ナミア、復讐は祭典が終わってからのほうがいいんじゃないのか?」

 

 だから、こう提案する。

 これだけ気合いの入った祭典を潰すことができれば、一番の復讐になるだろうが、別に祭典を潰す以外にも復讐の方法はいくらでもある。

 

「キスカが辞めたいなら辞めてもいいよ。その場合、私一人でやるから。邪魔だけはしないでくれると嬉しいな」

 

 ナミアの物言いがどことなく冷たいような気がした。

 同時にナミア一人で一体なにができるんだろうか、とも思ってしまう。

 

「そんなに祭典を潰したいのか?」

「うん」

 

 ナミアはよどみなく返事をする。

 その瞳はどこか蠱惑的で、このまま見つめているとなんだが吸い込まれてしまいそうな気がする。

 こんなナミアは初めて見た。

 

「心配する必要なんてないでしょ。だって、勇者である私がいるんだよ。私がいれば、兵士が何人いようと関係ないと思うけど」

 

 一際呑気なことを言っているのはアゲハだった。

 確かに、アゲハがいれば大抵のことは解決するかもだが、とはいえ楽観的過ぎるとは思うが。

 

「そっか。アゲハちゃん、ものすごく頼もしいね」

 

 ナミアがそう言う。

 もしかして、この中で心配しているのは俺だけなのか?

 

 それから三人でどうやって復讐をするか考えた。

 

「よしっ、それじゃあダルガを拉致するってことでいいよね」

 

 話をまとめたナミアがそう口にする。

 村長の息子であるダルガを拉致してしまえば、お祭りどころではなくなるので、案としては悪くない。

 それから、具体的な拉致の方法について話していく。

 色んな案がでたが、どれも決定的な方法とはいえなかった。

 結局、一日中話したがまとまらなかった。

 

 

「それじゃあ、行ってくるね」

「気をつけるんだぞ」

「はーい」

 

 翌日、アゲハが玄関から出て行くのを見送った。

 唯一、外を自由に出歩けるアゲハにあることをお願いしたのだ。

 それは、ナミアの家族の様子を確認することだった。娘が亡くなったんだから、落ち込んでいるのは間違いないがちゃんと無事かどうかを確かめておくべきだろうと思った次第だ。

 とはいえ、アゲハがナミアの実家を知っているはずもなく、わざわざナミアの自宅の場所がわかる地図を紙に手書きで描いて手渡した。

 地図を見れば時間はかかるだろうが辿り着くに違いない。

 

 さて、朝食は食べたし、どうしたものか。

 ナミアは部屋にいるみたいだし、部屋を訪ねて彼女と会話でもしたい。

 前から考えていることがあった。復讐が片付けば、俺とナミアとアゲハの三人で、この村とは違う場所に行くことができれば、と思っていたのだ。

 どうせこの村にいてもいいことなんてない。

 けれど、新天地に行けばきっと楽しいことがあるはず。

 まだ先の話になるかもしれないが、試しにナミアに話してみて感触を確かめてみてもいいかもしれない。

 

 ガチャリ、と扉が開く音が聞こえた。

 振り向く。

 すると、そこにはアゲハが立っていた。

 さっき出掛けたばかりなのに、一体どうしたんだか。

 だから、「忘れ物か?」と言おうとして、言葉を飲んだ。

 彼女は目を赤くし、悲壮に満ちた表情をしていたのだから。たった今、絶望するようななにかがあったと彼女の表情が語っていた。

 

「キスカ、ごめんね」

 

 彼女はそう口にした。

 

 



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―141― これから始まる

 意味がわからなかった。

 アゲハがでかけて戻ってくるまで1分も経っていない。その1分間のうちに、アゲハをここまで豹変させてしまうような事件が起きたというのだろうか。

 

「おい、大丈夫か――」

 

 言葉が途切れる。

 

「あぁあああああああああああああああああッッ!!」

 

 だって、アゲハは突然奇声を放ったのだ。

 

「ふざけんなふざけんなふざけんなッッ!! 最悪だ……。あぁああああああッッッ! なんで、こんなにも思い通りにいかないんだよッッ!!」

 

 それからアゲハは苛立ちながら、頭をかきむしり恨み言を呟き続ける。

 

「おい、しっかりしろ!」

 

 このままだと埒があかないと思い、アゲハの肩を掴む。

 そして、目を合わせてようやっとアゲハは俺のことを認識したようだ。

 

「キスカ、ごめんね……」

 

 そう呟くと、アゲハは涙を流し始めた。

 

「ごめんね。キスカ、ごめんね。私のせいで、辛い目にあわせて。ごめんね。ごめんね。私たくさんひどいことしたよね。謝っても許してくれないよね。私はキスカは……ッ。あぁあああああ! やだやだやだ! ごめんなさい、キスカ。私が全部悪いの!」

 

 さっきまで怒りをぶつけていると思ったら、今度は泣きながら謝り始める。

 やば、アゲハの言動が理解できないことは今までも度々あったが、今回のはあまりにも理解できそうにない。

 

「おい、しっかりしてくれ。なにがあったんだよ……?」

 

 アゲハの耳に届くように、いちもより大きな声を出す。それでも、彼女の耳には届かなかったようで、今度はぶつぶつと独り言のようなことを言い始めた。

 

「大丈夫。私はやれる。この方法しか、あいつらのことを欺くことはできない。そうよ、この方法しかないの。あいつらが気づいたときには全部手遅れ! 驚く顔が見られると思うと、今から楽しみね! 大丈夫、私はできる」

 

 まるで自分を言い聞かせているようだった。

 大丈夫と言いつつも、呼吸は荒く、小刻みに震えている。

 

「おい、本当に大丈夫なのか……?」

 

 もう何度目かになる呼びかけを行った。

 何度呼びかけてもアゲハはこのままおかしくなったままなんじゃないかという不安が頭を過ぎる。

 

「キスカ! 今から話すことをよく聞いて!」

 

 アゲハがそう主張した。

 目は大きく見開いているものの、瞳がぼんやりとしていて焦点はいっさいあっていなかった。

 突然のことに俺がとまどいそうになる。とはいえ、やっと事情を説明してくれそうだ。事情さえわかれば、対策する方法だって思いつくはず。

 

「私はすでに何度も未来をループしている」

「は……?」

 

 一瞬なにを言ったのか理解ができない。

 

「これから最悪なことが起きる。それで何度も失敗して失敗して失敗して気がついたの。私じゃダメだ。私じゃキスカを救えない」

「おい、もっとわかりやすく説明してくれ」

「だって、仕方がないじゃない。私が全部悪いの。私のせいで、キスカは……。でもって、あいつらはそのことを知っていたんだ」

 

 ダメだ。アゲハの説明ではなにも理解できない。

 それでもなんとか理解しようと頭を必死に動かす。それで、一つの結論に辿り着く。

 

「もしかして、アゲハは未来で死んで、この瞬間まで〈セーブ&リセット〉を使って、戻ってきたのか?」

 

 今まで俺はスキル〈セーブ&リセット〉を使って、死んでも過去の時点まで戻ってくることができた。けれど、このスキルは元々アゲハのものだ。

 だったら、俺の知らないところでアゲハが〈セーブ&リセット〉を使って、時間をループしていてもおかしくはない。

 そして、そう考えるとアゲハが錯乱しているのも、理解しがたい言葉の意味も説明がつきそうな気がする。

 

「さっきそう言ったじゃない」

 

 俺の質問にアゲハはそう答える。

 アゲハの説明じゃ理解できなかったから、確認しただけだが、まぁいい。

 

「なぁ、ちゃんと説明してくれ。俺も全力でアゲハに協力するからさ。これから一体なにが起きるんだ?」

 

 アゲハの言うとおり、これから最悪なことが起きるというなら、なにかしら対策はしないといけない。そのためには、まずアゲハから説明を聞かないと。

 

「私とキスカが喧嘩してしまうの。それも、修復不可能なぐらいひどい喧嘩」

「あ、あぁ……」

 

 喧嘩というのが、アゲハの言った最悪なことなのだろうか。

 もっと最悪な出来事を想像していただけに少しだけ拍子抜けのような。アゲハにとっては最悪な出来事なのかもしれないが。

 

「私が嫉妬してしまうのがいけないの。この前だって、夜中にナミアに刃物で脅したわ『キスカに変な気を起こさせるな』って。ナミアは『わかった』と言ってくれたから、この子なら安心だなって、思ったのに。あぁ、なのに最悪ッッ!! ナミアのせいで……ッ!!」

「落ち着け。喧嘩することがわかっているなら、そうならないようにお互いがんばればいいだろ。俺も気をつけるからさ」

「違う。そんな単純な話じゃない。喧嘩をしたのは、ナミアによって仕組まれた罠だったの」

 

 そんなバカな、と心の中で思う。

 あのナミアがそんなことを企むとは思えない。

 

「ナミアのせいでキスカは壊れてしまうの。せめて、あのとき私が近くにいればよかったのに」

「おい、ナミアが俺に一体なにをしたというんだ?」

「ナミアはナミアじゃなかった。あれはナミアのフリをした化物よ。あはっ、残念だったね、キスカ。あの指輪は死者を生き返らせるなんて大層な代物じゃなかった。もっと非道で趣味の悪いアイテムよ」

「…………」

 

 アゲハの口によってあっさりとばらされた残酷な真実。

 嘘だと叫びそうになる。だって、ナミアが生き返ってくれたおげで、俺は救われたと思っていたのに。

 

「この真実を知って、キスカは壊れてしまうの。けど、今知ってしまえばまだ傷は浅いでしょ。大丈夫よキスカ。キスカには私がいるんだから」

 

 そっと温もりを感じた。

 アゲハが俺のことを胸に引き寄せていたのだ。

 そのせいかりわからなくなってしまった。

 思い返せば、ナミアが生き返ったことはどこか非現実的で夢の中の出来事ようだった。それが嘘だとばらされて、やっぱりそうか、という感じもする。

 

「ありがとう」

 

 アゲハのおかげで落ち着けたような気もして、お礼をする。

 すると、アゲハは満足したのか俺から離れたと思ったら、紙切れをポケットから取り出した。

 その紙切れは、俺が今朝渡した手製の地図だった。

 

「忘れるから大事なことは書いておかないとね」

 

 見ると、アゲハはペンを握って地図に文字を書いていた。

『ナミアは偽物だ。警戒を怠るな』と書いてある。

 忘れるから紙に書くって、こんな大事なこと忘れるはずもないのに、大げさだなと思う。

 

 アゲハの作業を見ていると、下の行に別のことを書き始めた。

『神官長シエロティアを敵から守れ』

 

「誰だ?」

「彼女が死ぬとキスカも一緒に死んでしまう。だから、彼女は守らないといけない」

 

 すると、さらに下に次のことを書いた。

 

『第二王子ディルエッカは見殺しにしろ』

 

 また知らない名前だ。

 それよりも見殺しという文言のほうが気になる。

 

「祭典に村までやってくる王族よ。彼の死は諦めたほうがいい」

 

 理由が気になる。

 けれど、アゲハがまた別の文章を書き始めたので、ひとまず質問は後回しにしようと考える。

 

『村に混沌主義の連中が潜伏している』

 

 混沌主義という単語に背筋が震える。

 あれほど苦しめられた存在は他にはない。 

 どんなやつか気になるがアゲハのペンはとまらない。

 

『自分以外信用するな』

 

 今度は随分と抽象的だ。

 具体的に書いてもらわないと意味がない。

 

「えっと、これはどういう意味だ?」

「言葉通りの意味よ」

「えっと、もっと具体的に書いてくれたほうが助かるんだが」

「私だって、全部を知っているわけじゃないの。それに、情報を与えすぎるの問題なの。下手に教えて予期せぬことが起きても問題だし……。それに、キスカ自身で答えにたどり着くのも大切なことよ」

 

 アゲハの答えはよくわからなかった。

 ただ彼女がそう言うなら、そういうもんだと納得することにする。

 すると、彼女はまた新しい文章を書いた。

 

『吸血鬼ユーディートには近づくな』

 

 まさかここで彼女の名前がでてくるとは思わずギョッとする。

 

「なんでだ?」

 

 だから、思わず反射的にそう呟いていた。

 

「だって、こいつと会うとキスカがこいつと良い感じになってしまうかもしれないじゃん。こいつだけはホント大っ嫌い……ッッ!!」

 

 恨みが非常にこもっていた。

 ようするに、単なる私怨らしい。

 別に吸血鬼ユーディートと出会って、なにか不利益を被るわけではないようだ。とはいえ、アゲハが嫌がるなら彼女とは会わないようにしないと。

 

「あぁ、もう時間か。もっと書きたいことはたくさんあったけど」

 

 ペンを走らせようとして、なにかに気がついたアゲハが顔をあげていた。

 見ると、俺の背後を見つめているような。

 なにかあるんだろうか、と思いながら振り返り、気がつく。

 背後にナミアが立っていた。

 

「…………ッッ!!」

 

 息をのむ。

 さっきまでならなんとも思わなかっただろうが、たった今アゲハに警告されたばかりだ。

 彼女はいつもの柔和そうな笑みではなく、目を細めて警戒すべきものを見つめているかのような、とにかく暗い表情をしていた。

 もしかしたら、俺たちの会話を聞かれていたのかもしれない。なんせ、この家の壁は薄いのだから。

 

「それじゃあ、キスカあとはよろしくね。私はそろそろ行かなきゃいけないから」

「おい、行くってどこに行くんだ?」

「大丈夫、私はいつもあなたのそばにいるから」

 

 アゲハがそう答えると、地図にまた文字を書き始める。

 その文字を見れば、なにかわかるんだろうか、と思った矢先――

 

 ふと、目の前から気配が消失した。

 さっきまでそこにいた彼女はいなかった。

 

 



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―142― レヴァナント

 おかしい。

 さっきまでここに誰かがいたはずなのに、誰がいたのか思い出せない。

 

「キスカ、ボーッとしてどうしたの?」

 

 振り向くとそこにはナミアが立っていた。彼女は心配そうな表情をしていた。

 

「えっと、今、ここに誰かいなかったか?」

 

 違和感の正体を探ろうとそう尋ねる。

 

「なんのこと?」

 

 彼女は首を傾げる。

 どうやらナミアはなんの違和感も抱いてないらしい。

 

「ねぇ、キスカ大丈夫? 顔色が悪いよ」

 

 ふと、ナミアがそう言って近づこうとする。

 

「近づくなッッ!!」

 

 反射的にそう叫んでいた。

 すると、ナミアは立ち止まって困惑していた。

 

「ご、ごめんね……」

 

 それからナミアは謝罪した。けれど、どうして俺が叫んだのか理解が及んでいない様子。俺自身もなぜ、ナミアを拒絶したのかよくわかっていなかった。

 

 ふと、足下に一枚の紙が置かれていた。

 そこには手製の地図が描かれていた。見たところ、ナミアの自宅の場所が地図で表されている。

 筆跡から俺が誰かのために描いた地図だとわかる。

 けれど、一体誰のために俺はこの地図を描いたのか思い出せない。

 

 地図には誰かの手で6つのことが書かれていた。

 

『ナミアは偽物だ。警戒を怠るな』

『神官長シエロティアを敵から守れ』

『第二王子ディルエッカは見殺しにしろ』

『村に混沌主義の連中が潜伏している』

『自分以外信用するな』

『吸血鬼ユーディートには近づくな』

 

 まず、目に入るのはナミアは偽物だという文言。

 そんなバカなことあるかと、鼻で笑ってしまいそうになるが、なぜかこの文章に説得力を感じてしまう自分がいた。

 さっき自分が感じたナミアに対する忌避感もこれが原因ではないだろうか。

 

「なぁ、ナミア。お前って偽物なのか?」

 

 無意識のうちに俺は彼女にそう尋ねていた。

 失礼かもしれないが、聞かずにはいられなかったのだ。

 

「キスカ? どうしたの? さっきから様子がおかしいよ」

 

 ナミアはそう言って、俺の身を案じてくれる。こんなに優しくしてくれるナミアが偽物なんてあり得ない。

 

「悪い。どうかしてたみたいだ」

 

 もしかしたら俺は熱に浮かされているのだろう。部屋で休んだほうがいいかもしれない。

 そんなふうに考えた次の瞬間、あることに気がつく。

 さらに下に七つ目の文章が添えられていたのだ。

 

『キスカ、好きよ』

 

 最後に書かれた文章を読む。

 なぜだかわからないけど、涙がでてくる。

 どうやら俺はとても大事なことを忘れてしまったようだ。

 

「ナミア、やっぱりお前は偽物だろ」

 

 同時に、俺はこの紙に書かれている文章が本当のことなんだと確信をしていた。

 

「キスカ……どうかしたの? やっぱり様子がおかしいよ」

 

 それでも目の前のナミアは誤魔化そうとする。

 そのことに内心いらだちを覚えた。これ以上、ナミアの真似をしてナミアを汚さないでくれ。

 

「これ以上、嘘をつかないでくれ。俺はお前が偽物だってことはすでに知っているんだよ!」

 

 だから、今度は強い口調で主張した。

 

「………………」

 

 途端、ナミアはさっきまでの柔和そうな笑みを崩して、冷たい表情へと一変させる。

 

「あっはっははは……っ! これは一体、どういうことかしら? 完璧にナミアを演じていたはずなのに、なんでバレてしまったの?」

 

 突然、彼女は不気味な笑い声をあげはじめる。

 それと同時に、さっきまでナミアだった顔面が崩れ始めた。全身が真っ黒へと変色していき、皮膚がボロボロと崩れていく。まさに人間離れした化け物が顕現していた。

 

「誰なんだお前は……?」

「レヴァナント。死体に悪霊が取り憑いたものといえばわかりすいかしら」

 

 魔族と魔物の違いは曖昧だが、人語を解する場合、魔族とされることが多い。だから、目の前のそれは魔族と呼称すべき存在なんだろう。

 

「ナミアのフリをして一体なにを企んでいたんだ?」

「別になんだっていいじゃない。それよりさ、レヴァナントの習性がなにか知っている?」

 

 レヴァナントはほくそ笑む。

 

「いや、知らないが」

「レヴァナントはね、生きている人間がとにかく憎いの! 憎くて憎くて仕方がないの! だから、たくさん人間を殺したくて仕方がないの! そんでね、殺せば殺すほど、快感を得てたまらないんだよ……ッ!!」

 

 そう言ってレヴァナントは恍惚の笑みを浮かべる。

 もうそこにはナミアの面影は一切なかった。

 

「じゃあ、復讐を企てたのは、たくさん人を殺すため?」

「うん、正解」

 

 満面の笑顔だった。

 こんなのナミアじゃないと今なら断言がいる。

 

「もちろん、殺したい対象はキスカも含まれているよ」

 

 途端、黒い霧状のものがレヴァナントの体から噴き出し、周囲を覆い尽くす。一瞬のうちに辺りが見えなくなった。

 まずい……ッ!

 そう本能で判断した俺は〈猛火の剣〉が置いてあった場所まで転がり、剣で身を守るように構える。

 カキンッ! と金属音が鳴り響いた。

 

「あら? 防がれちゃった」

 

 レヴァナントが台所から持ち出したであろうナイフを俺に突き刺そうとしていた。

 

「どういうつもりだ?」

「別になんだっていいじゃない」

 

 そう言って、レヴァナントは再び霧の中に身を隠す。

 

「あはははははっ!」

 

 と、様々な方位からレヴァナントの笑い声が聞こえてくる。再び、俺を殺そうと攻撃してくるはずだ。だから、神経を研ぎ澄まし、どんな攻撃をされても防げるよう剣を構える。

 

 けれど、その予想は外れた。

 数十秒後に霧が晴れたと思ったら、そこにはもうレヴァナントの姿はなかった。扉が無造作に開いている。彼女が扉を使ってこの家から出て行ったのは明らかだった。

 ひとまず危機は脱したようだ。

 そうわかっていても、どうしようもなくやるせなかった。

 

 



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―143― 差別

「なにもやりたくない」

 

 ベッドで転がっていた。

 さっきから気だるくて頭が働かない。

 それだけナルハの件が俺の中でショックが大きかった。

 もう全てがどうでもいいと思ってしまうほどに。

 とはいえ、立ち止まるわけにはいかない。

 七つの予言をもう一度見る。一部、予言と呼ぶには相応しくない文言はあるがもとめて予言と呼ぶことにした。

 この七つの予言を誰が書いたのか俺は思い出せないでいる。

 けど、過去の記憶を頭の中で辿っていくと空白の箇所があり、そこに忘れてしまった少女が当てはまるのだろう。例えば、スキル〈セーブ&リセット〉を俺に渡した少女とか俺は思い出せない。

 少女のことは思い出せないが、この予言を書いてくれた少女の期待を裏切るようなことをしてはいけないことだけはわかる。

 俺はこの予言をなんとしてでも守らなくてはいけない。

『神官長シエロティアを敵から守れ』

 まずやるべきことはこの予言か。

 そのためには神官長シエロティナに会う必要があるな。

 

 

 正直、自宅から外に出たくはない。

 外に出てしまうと村人にこの銀色の髪色が見られるかもしれないから。

 だから、深いフードのついた外套を身につけて外を歩く。これなら簡単には俺の正体がわからないとは思うが、それでも不安は拭えない。

 

「おい、何者だ?」

 

 話しかけられる。

 見ると、白装束に身を包んだ女性が立っていた。格好から女性の神官とわかる。外にでて見張りでもしていたのだろう。

 尋ねたのは村で一番立派な館。ここに、村の外からやって来た神官たちは泊まっているらしい、との噂を聞いたのだ。

 

「神官長シエロティナ様に用があるのですが」

 

 話しかけられたので用件を伝える。

 

「質問に答えろ。私は何者か、と尋ねたのだ」

「剣士をたしなんでいるキスカと申します」

「剣士キスカが一体なんの用だ」

 

 用ならさっき答えたが、とか思いつつ質問に答える。

 

「神官長シエロティナ様に会いに来ました」

「貴様のような身元もわからないようなやつが神官長シエロティナ様に一体どんな用があるというのだ」

 

 神官のくせに随分と口が悪いな。

 

「神官長シエロティナ様の護衛を引き受けたく参りました」

 

 神官長シエロティナを守るためには、まず彼女の近くにいる必要がある。そのためにも彼女の護衛役になれれば好都合と考えたわけだが。

 

「護衛だと? すでに神官長シエロティアは我々で厳重に護衛をしている。なぜ、無関係な貴様が護衛を引き受けようというのだ?」

「えっと、もしかして人手が足りないかなと思いまして」

「別に人手は足りているが……貴様怪しいな。調子のいいことばかり言って、裏でなにか良からぬことを企んでいるのではないか?」

 

 そう言って、神官は俺のことを睨み付ける。

 マズいな。神官長シエロティアに近づきたい以上、ここで不興を買うのは避けたい。一旦出直すか。

 

「貴様、アルクス人だな」

 

 次の瞬間、彼女は手に持っていた錫杖を俺に向ける。

 確かに、これだけ近づかれれば、フードの下に銀色の髪の毛が隠れていることがバレるのは当然だった。

 

「第一階梯、捕縛(チェイン)

 

 彼女がそう唱えた瞬間、地面から複数の光でできた鎖が飛び出し、俺の手足に絡みつく。抵抗するも、鎖は固くほどけない。これでは立っていることさえ難しい。

 

「おい、これはどういうつもりだ!」

 

 反射的にそう叫ぶ。

 

「アルクス人がこんなところで、いったいなんのつもりだ?」

「だから、護衛をするために――」

「嘘をつくな。きっと良からぬことを企んでいるに違いない」

「おい、なんか証拠でもあるのか?」

「貴様がアルクス人だという以外に必要か?」

 

 愕然とする。

 もしかしたら、俺の認識は甘かったのかもしれない。確かに、カタロフ村ではアルクス人はひどく嫌われている。けれど、村の外の人間ならもう少し話が通じるだろうと無意識のうちに思ってしまっていた。

 そんなのは幻想だった。

 

「知っているだろう。アルクス人は100年前、勇者を裏切り魔族に肩入れしたのだ。まさにその銀髪は不吉の象徴! この祭典に立ち入るには相応しくない!」

 

 やはりアルクス人はどこにいても差別対象なのか。

 結局、過去にいったけどアルクス人に関する風評を変えることはできなかった。

 

「おい、どうかしたのか?」

「なにか大声が聞こえたが……」

 

 ふと、騒ぎを聞きつけたらしい神官や衛兵が集まってくる。まるで見世物にされている気分だ。

 

「アルクス人だ。不審だから捕まえた。取調室に連れて行け。尋問すればなにか吐くに決まっている」

「ふさげるなっ! 俺はなにもしていない!」

 

 そう叫んだところで耳を傾ける者はいない。誰もが俺の銀髪を見た瞬間、軽蔑の眼差しを向ける。

 クソッ、アルクス人というだけで犯罪者扱いかよ。

 

「なにかあったんですか?」

 

 とても澄んだ声だった。

 瞬間、周囲の空気が変わったのがわかる。誰もが背筋を伸ばし口を閉ざす。おかげて緊張感が漂ったのがわかる。

 

「神官長シエロティナ様!」

 

 俺のことを捕縛した女神官がそう叫んで、目の前の人物こそが神官長シエロティナなんだとわかる。

 まず、想像よりもずっと幼い見た目をしていたことに驚く。恐らく、俺より年齢は年下で背も低い。

 偉い人物だと聞かされていたから、もっと高齢な方だと勝手に思っていた。

 けれど、幼い見た目に対して表情は大人びていて、聡明であることが一目でわかる。大人たちに囲まれているこの状況でも彼女は臆せず堂々としていた。

 

「神官エリエーゼ。なにがあったのか説明してください」

 

 神官長シエロティナがそう命じると、俺を捕縛した女神官が「はい!」と返事をして、より背筋を伸ばす。どうやら彼女の名前は神官エリエーゼと呼ぶらしい。

 

「不審なアルクス人を見つけたのでこの通り捕縛を致しました。これから取調室にて、尋問を執り行う予定であります!」

「不審とは、具体的に彼はなにをしていたのですか?」

「神官長シエロティナ様に会いたいという意味不明なことをおっしゃっていました」

「そうなんですね」

 

 神官長シエロティナがそう頷く。

 眉ひとつ動かさない彼女の表情はどこか冷酷なようで、このままだと彼女によって処罰されてしまうんじゃないかという危機感を募らせてしまう。

 

「待ってください! 俺は決して怪しい者ではありません。ただ、神官長シエロティナ様の護衛を申し出ただけなんです。腕には自信があります! だから、どうか俺を雇ってください!」

 

 弁解するチャンスは今しかない。

 ありったけの思いつく限りのことを口にする。

 

「あなた、出身はどこ?」

「カタロフ村です」

「そう」

 

 彼女はそう返事をすると俺の顔をじっと見つめて、考え事をしているのかただひたすら沈黙を続けた。

 そして、一言、

 

「不可解」

 

 と、口にした。

 

「あなたが必死に護衛を申し出る理由がわからないですね。なにか特別な理由があるように見受けますが?」

 

 その質問は最もだった。

 ここで納得のいく理由を述べることができなければ、怪しい人間だと認定されてしまう。

 

「ある予言を授かったんです。その予言によると、神官長シエロティナ様は近いうちに敵に襲われてしまう。だから、俺はあなたを守らなくてはいけないのです」

 

 納得のいく作り話が思いつかなかった俺は本当のことを言うしかない、と腹をくくることにした。

 

「やはり、この者は怪しいです! 予言だなんて、そんなのあるはずがない!」

 

 神官エリエーゼが声を荒げる。

 確かに、こんな突飛な話信じられなくて当たり前だ。きっと神官長シエロティナも信じてくれないだろう。

 

「神官長シエロティナ様、今すぐこの男を――」

「エリエーゼは黙ってください」

「はい、すみません!」

「ごめんなさい。私の部下がうるさくて」

「い、いえ……気にしてません」

 

 神官長シエロティナが部下を黙らせたことに戸惑ってしまう。

 

「その予言は神から授かったのですか?」

「わかりません」

 

 神官長シエロティナの質問に素直に答える。いったい彼女はなにを考えているのか俺には見当もつかない。

 

「どんなふうに予言を授かったのでしょうか?」

「……朝起きると頭の中に予言が」

 

 本当は紙に書かれていたのだが、それだと予言に書かれていた紙を見せる流れになるだろうと思い、とっさに嘘をついた。他の予言は見せない方がいいだろう。特に、『第二王子ディルエッカは見殺しにしろ』という予言を見られたら、あまりいい反応はしないに違いない。

 

「エリエーゼ」

「はい!」

「彼を客室に案内してください」

「え?」

「それと、今すぐ捕縛を解いてください」

「か、かしこまりました!」

 

 唐突な判断に理解が遅れる。

 

「どうやらあなたには詳しく話を聞く必要がありそうです」

 

 澄んだ瞳で彼女は俺のことを見つめていた。

 どうやら彼女は俺の言葉を聞いてくれるらしい。

 

 



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―144― 護衛

 この世界で神といえば、至高神ピュトスと魔神デウスゴートの二柱のみだ。けれど、魔神デウスゴートを信仰していると公言すれば、それは魔族と見なされる。

 よって、神を信仰しているといった場合の神は至高神ピュトスを指すのが一般的。

 そんな信仰を生業としている者を神官と呼び、神官の属する組織をピュトス協会と呼ぶ。

 

「それで、詳しく話を聞かせてもらいたいのですが」

 

 客室に案内された俺は二人がけの高級そうな椅子に座らされた。対面には、神官長シエロティナがこれまた高級そうな椅子に座っている。

 

「詳しくと言われても、予言の内容以上のことはなにもわからないのですが……」

 

 こんなことを言ったら、役立たずと思われるかもしれないが、嘘をついてバレるだろうし正直に言う。

 

「そうですか」

 

 対して、彼女はそう返事すると、目の前に置かれた紅茶を啜った。

 

「こちらお飲みください」

 

 見上げると、神官エリエーゼが俺の前に紅茶のはいったカップを置いていた。彼女の引きつった顔を見るに、まだ俺のことを信用はしていない模様。

 

「あの、なんで俺の話を信じる気になったんですか?」

 

 沈黙に耐えきれなかった俺はなにか話題を、と頭を巡らし思いついたことを口にした。

 

「別に、全面的に信用したわけではありません。ただ、あなたが嘘をつく理由が思いつかなかっただけです。なので、ひとまず話を聞いてみようと思いました」

 

 澄ました顔で彼女はそう説明する。

 彼女が表情を崩さないで話すせいで緊張感が漂っている。

 いったい彼女はなにを考えているのだろうか? 想像もつかない。そのせため、この状況を楽観的に捉えるべきか否か、俺はわかりかねていた。

 

「失礼します」

 

 ふと、扉がノックされた後、一人の神官が部屋の中へ入ってきた。そして、手に持っていた用紙の束を神官長シエロティナに手渡す。

 用紙にはなにかが書かれているらしく、神官長シエロティナはそれを読み始めた。その間、俺はただ黙って待ち続ける。

 

「あなた、名をキスカというのですね。そんなあなたは先日、犯罪を犯してダンジョン奥地へ追放されたようですね」

 

 口を開いたと思った途端、そんなことを口にした。

 

「ここにあなたについて書かれていました」

 

 俺が驚いたのを察したのか、そう説明する。どうやら神官長シエロティナが読んでいたのは、俺に関する内容だったらしい。

 きっと神官長シエロティナが部下に命じて、俺のことを調べたに違いない。

 

「犯罪者ですって!? 犯罪者なんかをここに置いていくわけにはいきません! 今すぐこの者を追い出しましょう!!」

「エリエーゼは黙ってください」

「はい、失礼しました!」

 

 隣で立って聞いていた神官エリエーゼが声をあらげる。とはいえ、今は神官長に怒られたので静かにしているが。

 

「冤罪です。俺はなにもしていません。村の連中に嵌められたんです」

「証拠はあるんですか?」

「証拠はないですが、詳しく調べれば俺が犯人じゃないことはわかるかと。俺がナミアを殺す理由がありません」

「そうですか。けれど、私が興味あるのはそんなことより、あなたが今、ここにいることでしょうか。なぜ、ダンジョン奥地に追放されたあなたが外にいるのですか?」

 

 その疑問は最もだと思った。なんせ、俺は転移陣を使って【カタロフダンジョン】へ追放されたから。普通なら帰ってこられない。

 

「ダンジョンを攻略したからです」

「……へぇ」

 

 一瞬、彼女が微笑んだような気がした。もう一度、改めて見たときには彼女はいつもの澄ました表情に戻っていたので、気のせいだったかもしれない。

 

「100年前、【カタロフダンジョン】では勇者と魔王が抗戦したのをご存知ですか?」

「はい、知っています」

「でしたら、こんな噂をご存知でしょうか。【カタロフダンジョン】には、勇者が封印されている、という」

「勇者……?」

 

 なんだろう? なにか俺は知っていた気がする。けれど、頭に靄がかかったかのように思い出せない。

 

「もしかして知っていましたか?」

「いえ、初めて聞きました」

「けれど、【カタロフダンジョン】から攻略したあなたなら、なにかそれらしいものを見たのではありませんか?」

「……いいえ、特になにも」

「そうですか」

 

 今一度【カタロフダンジョン】での出来事を思い出す。けれど、勇者の封印に関することは記憶にない。いや、俺は明確になにかを忘れていることを自覚している。恐らく、勇者の封印についても俺は知っていたけど、忘れてしまったんじゃないだろうか。

 

「あの、神官長シエロティナ様。お言葉ですが、勇者エリギオン様は魔王討伐後、【カタロフダンジョン】から脱出し国へ帰ったと伝わっています。ですから、勇者が封印されるはずがないと思うのですが」

 

 神官エリエーゼの言うとおりだ。

 彼女のいった噂は勇者エリギオン様の伝説と矛盾している。

 

「ええ、ですから根も葉もないただの噂です。信憑性なんてありません。もし、本当にダンジョン内に勇者が封印されているというならば、勇者エリギオン様とは別に勇者がもう一人いたのか、それとも勇者エリギオン様が偽物の勇者ということになります」

 

 勇者エリギオンが偽物だなんて、不敬ともとられるような発言に息を飲む。

 

「神官長、例え噂だとしても今のは言葉が過ぎると思います。誤解されかねません」

「ごめんなさい、エリエーゼ」

 

 そんなやりとりを済ませた後、神官長シエロティナが再び俺のほうを見て、こう口にした。

 

「それで護衛の件ですが、正式にあなたにお願いしようと思います」

「えっ、いいんですか?」

 

 まさかの返答に驚いてしまう。てっきり断られると思っていた。

 

「はい、【カタロフダンジョン】を攻略した実力をお持ちなら、護衛としてこれ以上ない適任でしょう。祭典の期間、私専属の護衛として働いて貰います。もちろん、相応に見合った報酬は出しますので。引き受けていただけないでしょうか?」

「むしろ、こちらからお願いしたいぐらいです。ぜひ、引き受けさせてください」

 

 お互いに頭を軽くさげていた。これで彼女を守ることができる。

 

「その、いんでしょうか? アルクス人を護衛にするだなんて」

「偏見はいけないですよ、エリエーゼ」

「ですが、彼は犯罪者です。そのような者を護衛にするなんて」

「彼は冤罪だとおっしゃっています」

「まさか彼の言うことを信じるんですか!?」

 

 神官エリエーゼと神官長シエロティナの言い合いの様子を俺はドギマギしながら聞いていた。

 客観的にみればエリエーゼの言うことの方が正しいような気がする。神官長シエロティナが俺を庇う理由が思いつかなかった。

 

「はい、私は彼の言葉を信じます」

 

 淡々とした口調で彼女は断言した。

 瞬間、俺の心が奪われるのを感じる。なんせ、俺が冤罪だと主張したとき、村の者でそれを聞き入れてくれる者は一人もいなかった。

 だというのに、彼女は信じてくれた。

 

「な、なぜですが?」

 

 エリエーゼが苦心した表情で尋ねる。

 

「嘘をついているかどうか、私ならそと人を見るだけでわかります。彼は嘘をついていません」

「神官長にそのような力があるなんて初めて知りました」

「はい、普段は隠していますので。それで、エリエーゼは彼を信用すると言った私のことをまだ疑いますか?」

「……いいえ、神官長がそこまでおっしゃるなら、私にはもう言うことがありません」

 

 どうやらこれで二人の話は決着したようだ。

 神官長シエロティナが護衛の件を撤回してしまうんじゃないかと緊張しながら聞いていたが、どうやら彼女は俺のことを信用してくれているらしい。

 

「ですが、他の方があなたのことを見るたびにエリエーゼのような反応をされると困りますね」

 

 シエロティナの視線は俺の毛先にあった。確かに、この銀髪は目立ちすぎる。俺が神官長の護衛していることが村人にバレたらなんて思われるか想像もしたくない。

 

「なので、その髪を別の髪色染めてしまうのはどうでしょうか」

「そんなことできるんですか?」

「髪染めは特殊な原料があれば可能です。この国では一般的ではありませんが、他国では庶民の間でも広く浸透していたりしますし」

 

 知らなかった。

 正直、自分の髪色はあまり好きではない。別の髪色に変えられるなら、変えてしまいたいと昔から思っていた。

 

「ちょうど髪染めの原料も持ち合わせていますし、どうなさいますか?」

「お願いします」

 

 だから、遠慮なく俺は頷いた。

 

 それから数時間後、染料を髪から洗い流すと銀髪から金髪へと髪色が変化していた。

 

「私と同じ髪色です。これならあまり目立たないでしょう」

 

 隣で立っていたシェロティナがそう言う。確かに彼女と金色だった。

 これから目立つことなく護衛ができそうだ。

 

 



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―145― 儀式

 魔王討伐100周年を記念した祭典まであと数日と迫っていた。

 神官長シエロティナがそれまでに成すべき仕事は村全体を覆えるほど巨大な結界を張ること。そのために彼女は王都からこの村まではるばるやってきたのだ。

 結界を張ることで魔物の脅威から安全を確保した上で、王族をお出向かいするのだ。

 

「ここで結界を張る儀式を行なっています」

 

 神官長シエロティナに案内されたのは村にある小さな教会だ。

 小さな教会であるものの、今は多くの神官や村人たちが押しかけており、中はけっこうなぎゅうぎゅう詰めだ。

 

「今、神官たちは聖典を読み上げることで祈りを捧げています。この儀式は交代しながら五日間途切れることなく続ける必要があるのです」

「そんなに長くやるんですか」

 

 五日間という長さに舌を巻く。

 

「村全体を覆う結界を張るにはそれだけの労力が必要なんです。ただ、それだけ苦労して結界を張っても3日程度しか保ちません。ですから、こういう特別なときにしか結界を張ることはできないのです」

「そうなんですね」

 

 もし、結界が半永久的に展開することができるなら、普段からあればいいのにと思うところだが、そう都合のいいものではないのだろう。

 

「そろそろ私も儀式に参加しなくてはいけません。なので、中で待っていただいてもかまいませんか?」

「もちろんそのつもりです。俺はシエロティナ様を護衛するためにいるんですから」

「ありがとうございます。それと、もしよろしければあれを注視していただけませんか?」

 

 あれ、と指を指した先には金色に輝く大きな杯が置かれていた。

 貴重なものなのか、杯の周りには神官たちが配置されており厳重に管理されてある。

 

「聖杯です。この儀式においてもっとも重要な代物です。あの聖杯を奪われると、儀式はたちまちに成り立たなくなります。なので、あなたにはあの聖杯を注意深く監視しておいてほしいのです」

「わかりました」

 

 了承すると、彼女は儀式に参加するべく中央の祭壇へと向かう。その間、俺は事前の打ち合わせ通り他の観客に交じって席に座って見守る。

 それから、神官長シエロティナによる儀式が始まった。

 まずは聖典を用いた朗読が始まった。

 といっても、ただ中身を一字一句違わず読むわけではなく、時折わかりやすく解説を挟んだりしている。正直、聖典の中身は抽象的でよくわからない箇所が多いため、解説があるのはありがたい。

 聖典の中身はまず、この世界の成立ちから始まり、至高神と魔神の関係についてやステータスやスキルに関すること、そして初代勇者の伝説といったところだ。

 正直、最初は興味深く聞いていられたが、これだけ長時間に渡ると流石に飽きてくるな。周囲を見回すと、中には座りながら眠っているものもいる。

 そんな中、神官たちは真剣そうに儀式を執り行っているから尊敬する。

 特に、神官長シエロティナは数時間以上喋り続けているのに、疲れを一切見せることなく明瞭な声量でしゃべり続けている。

 俺も護衛としての役割を果たすために、緊張感をもって常に怪しい人がいないか観察し続けないとな。

 その後、神官たちで聖歌を歌ったり、祈りの呪文を唱えたりと儀式が続いた。 

 

「今日のところはもう終わりです」

「おつかれさまです」

 

 夕方近く、数時間以上にわたった儀式がようやっと終わりを迎えた。といっても、儀式自体はまだ終わっておらず途切れさせてはいけないため、別の神官に交代してこれから儀式を執り行うわけだが、シエロティナに限っては、今日はもう予定がないらしい。

 夕食は泊まっている館が用意してくれているとのことだった。しかも、急遽護衛することになった俺の分も用意してくれたとのことで、ご一緒する。

 

「ひとまず、今日は何事もなく終わりそうですね」

 

 夕食を食べながらシエロティナがそう呟く。

 

「えぇ、無事に終わってよかったです」

 

 と、俺は返事をする。

 

「予言では私が敵に襲われること以外のことはなにもわからないのですよね?」

「はい、そうです」

「気が抜けない日々が続きますね。儀式の最中に襲われるのか、それとも寝ているとき、もしかしたら食事しているときに襲われる可能性もあります。それに、予言の日が明日なのか明後日なのか、もしくは一年後だったり十年後だったりしてもおかしくありません」

「もしかして祭典が終わった後も、予言に備えて彼を護衛に雇うつもりなんですか?」

 

 一緒に食事をしていた神官エリエーゼが口に挟む。

 てっきり、俺はすぐさま予言通りのことが起きると思っていたが、そうか数年後先のことを予言していてもおかしくはないのか。

 

「それはわかりません。ですが、祭典の間はキスカを雇うつもりでいます。祭典が終わった後のことはそのとき考えましょう。あなたもそれでいいですよね?」

「はい、俺はそれでかまわないですよ」

 

 そんな感じで食事は滞りなく終わった。

 それから夜、寝ている時間も護衛をする必要があるだろうってことになったはいいが、まさか同じ部屋で休むわけにもいかないため、俺は神官長シエロティナが泊まっている部屋の近くで寝泊まりすることになった。

 

「申し訳ございません!」

 

 ふと、謝っている声が聞こえた。

 見ると、この館の従業員が神官長シエロティナに頭をさげている。

 

「どうかしたのですか?」

 

 近づくと、神官長シエロティナが説明してくれた。

 

「どうやらあなたの部屋が用意できなかったようです。でも、仕方がありません。無理を言ったのはこちら側ですし」

 

 そもそも祭典があるということでどこの宿も人が殺到し満杯らしい。そんな中、俺の部屋を用意してもらうようお願いしていたらしいが、どうやら難しかったようだ。

 

「こうなったら誰かと相部屋するしかありませんね」

「わかりました……」

 

 正直、知らない人と相部屋するのは心苦しいが受け入れるしかない。これも彼女を護るためだ。

 

「そういうわけなので、キスカは今日から私の部屋に泊まってもらいます」

「……は?」

「シエロティナ様! それは流石に、どうかと思いますよ!」

 

 呆然としていると、神官エリエーゼが顔を真っ赤にして非難の声をあげた。

 

「でしたら、あなたの部屋にキスカを泊めますか?」

「そ、それはその……。そもそも私の部屋には、他の神官がすでにいますし……」

「そういうことですから、私の部屋に泊めるのが妥当かと。キスカの件を知っているのは、私とあなたしかおりませんし」

「えっとですが、男女が同じ部屋というのは……色々と問題が」

 

 神官エリエーゼの文句はもっともだ。俺だって、一緒の部屋に泊まるのはどうかと思う。

 

「ですが、同じ部屋に泊まるのが護衛するのにもっとも確実かと思います。なにかがあった場合、すぐに対処ができますし」

「いや、そういう問題ではなくてですね……」

 

 神官エリエーゼが戸惑っている。まぁ、男女に関する云々を理解してない人に説明するのは難しいよな。とはいえ、こういったセクシャルな問題を異性である俺が説明するわけにもいかないし、ここは彼女にがんばってもらうしかない。

 

「いいですか。神官長シエロティナ様は客観的に見て、とてもかわいいです!」

 

 エリエーゼが必死な形相でおかしなことを言い始めた。

 

「そんなかわいいシエロティナ様と同じ部屋で夜を過ごしたら、どんな男でも我慢できなくなります。私も男だったら、我慢できないです! 私なら間違いなく襲います!」

 

 言っていることは突飛だが、それでも彼女の必死な説得は伝わったようで神官長シエロティナは納得した様子で頷いていた。

 

「なるほど、確かに配慮が足りませんでした。ですが、安心してください。私は女性的魅力が乏しいので、キスカが私に興味を示すことはないでしょう」

「神官長ぉおおお!! もっと客観的に自分を見てください! そんなことはありません!」

「ですが、私は胸は小さいですし背も低くですし、年齢のわりには子供っぽいとよく言われますので、私にそのような魅力は皆無かと」

「逆にそれがいいんじゃないですか!」

 

 神官エリエーゼが絶叫する。

 一瞬、エリエーゼがただの変態に見えてしまった。

 

「もう一度いいますが、神官長はとてもかわいいです! キスカさんもそう思いますよね!?」

「えっ、えぇ、かわいいと思います」

 

 急に俺に話を振らないでほしいと内心思いながら、そう答える。

 

「ほら、彼もそう言っていますし、神官長はかわいいんですよ!」

「……冗談はさておき」

「冗談なんかでこんな必死にはならないです!」

「キスカは信頼できる人ですので、そういう心配は不要かと」

「なんで神官長はこの男をそれほどまでに信用しているんですか!?」

「私はその人を見ればその人が信用できるかどうかわかりますので」

「神官長にそんな力があるなんて初めて知りましたよ!」

「今、初めて言いましたので」

 

 実際のところ、なんで神官長シエロティナは俺のことをこれほど信用してくれているんだろう。本当に、シエロティナは見ただけでその人が信用できるかどうかわかるのだろうか?

 俺自身はなにかした覚えはないが、ここまで信用されているとわかると、なんだかむず痒い。

 それからも神官エリエーゼによる説得は続いたが、神官長シエロティナが折れることはなかった。

 結局のところ、最も立場が高いのは神官長であるシエロティナだ。部下であるエリエーゼはもちろん、彼女に雇われている俺も彼女の言葉に逆らうことはできない。

 

「キスカ、それでは中へどうぞ」

 

 そう言って、シエロティナが手招きする。

 どうしてこうなった、と思いながら、俺は彼女の部屋に入るのだった。

 

 



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―146― 膝枕

 シャワーを浴びてタオルで体を拭き、鏡の前に立って気がつく。

 髪が元の銀色に戻っていた。

 髪染めを使って金色へと染めていたが洗ったことで落ちてしまったんだろう。

 また明日、シエロティナは髪染めを貸してくれるだろうか? 髪染めは貴重な代物だろうし、もう残ってなかったらどうしようか……。

 

「シエロティナ様、お聞きしたいことがあるんですが」

 

 だから、寝間着に着替えたあと彼女に確認すべく話しかける。

 

「キスカ、二人きりのときは敬語を使わないでください」

「え?」

「私はあなたと仲良くなりたいと思っています。そのためには、まずその敬語をやめるところからだと思いました」

「ですが、俺は雇われの身ですから」

「だったら、雇い主の私の言うことを聞くのが道理だと思います」

 

 そう言われたら、そうかもしれないがいきなりフランクな口調で話すのは抵抗がある。

 

「そもそもシエロティナ様も俺に対して敬語ですよね。なのに俺だけ敬語をやめたらおかしいのでは?」

「私は誰に対してもこのしゃべり方なのでいいのです」

 

 なんだか暴論な気もする。とはいえ、俺が彼女の命令を無視し続ける理由もないため、ここはおとなしく従っておくべきだろう。

 

「わかったよ。これでいいんだろ?」

「はい、これであなたとも少しだけ距離が縮まった気がします」

 

 そう言ったシエロティナの目はなんだか笑っているような気がした。

 

「それで、お聞きしたいこととはなんでしょうか?」

「あぁ、髪染めって明日のぶんもまだあるのかなって。この通り、元の髪色に戻ってしまったから」

「そのことなら大丈夫です。まだたくさん残ってますので、安心してください」

「そうか。悪いな、貴重なものなんだろ?」

「そうですね。貴重ではあります。ですが、あなたが気にすることではありません」

 

 そう答えると、シエロティナは立ち上がる。シャワーを浴びにいくのだろう。

 

 彼女がシャワーを浴びている間、俺は一人でボーッとしていた。もちろん、予言のことがあるので警戒はしているが、それでもどこか気が抜けてしまう。

 どうにも彼女は俺のことを信用し過ぎな気がする。

 護衛のこともそうだが、こうやって異性を部屋に招いてしまうのもそうだ。

 彼女は見ただけでその人が嘘をついているどうかわかるからと言っていたが、本当にそれだけなんだろうか。

 彼女がシャワーからあがったら、その辺りのことを掘り下げて聞いてみてもいいのかもしれない。

 

「キスカ、あなたに見てほしいものがあります」

 

 数十分後、シャワーからあがったらしいシエロティナの声が真後ろから聞こえた。

 だから、俺はなんとなしに振り向いた。

 瞬間、目が奪われた。

 まず、彼女はまともに服を着ていなかった。一枚のタオルを身に着けていたので、大事な箇所は隠れていたが、それでも裸に近い彼女の格好は目に毒だ。

 けど、彼女の魅惑的な格好なんて、今目の前にある情報の中ではとても些細なことだった。

 そんなことより、俺は彼女のある部分に目が釘付けになっていた。

 それは彼女の髪だった。

 俺は彼女の髪の根本から毛先まで、その一本一本を食い入るように観察していた。

 彼女の髪の色はくすんだ銀色だった。

 さっきまでの彼女の輝くような金色の髪はすでに消え失せていた。

 

「私もあなたと同じアルクス人なのです」

 

 彼女は確かにそう言ったのだった。

 

 

「今まで黙っていて申し訳ございません。口で言っても信じてくれないのではと思ってしまって」

 

 今、神官長シエロティナは対面に座っていた。

 すでに彼女も寝間着へと着替えている。

 

「別に気にしてはいないけど」

 

 そう言いつつも俺は動揺をしていた。

 なんせ、自分以外のアルクス人と出会ったのは一度だけ。過去の世界に行ったときに出合った暗殺者ノクぐらいだ。

 まさか、こんな身近に同胞がいたなんて思ってもいなかった。

 

「もしかして、俺のことを信用してくれたのはアルクス人だから……?」

「はい、そうです。私もアルクス人特有の苦しみをわかっているつもりです。だから、あなたを見捨てることができませんでした」

「じゃあ、見ただけでその人が嘘ついているかどうかわかるというのは?」

「あれは、エリエーゼを納得させるためについた嘘です」

「そうか……。納得したよ。ありがとう、色々と助けてくれて」

 

 今まで感じていた疑問が全て解決した気がする。

 

「シエロティナは自分がアルクス人だってことは他の人に伝えているのか?」

「いえ、話していないです。神官関係者で私をアルクス人だと知っている者は一人もいません。だから、こんなことお願いするのは心苦しいのですが、このことは内緒にしていいだけると……」

「あぁ、もちろんわかっているよ。このことは誰にも言わない」

「ありがとうございます」

 

 シエロティナは軽く頭をさげた。

 協会で偉い立場にある彼女がアルクス人だと暴露されたら、色々と揉め事が起きるだろうから、もちろん協力はする。

 

「それで、シエロティナが髪を染めているのはアルクス人とバレると虐められるから?」

「はい、その通りです。アルクス人のままだったら、今のように出世はできなかったでしょう」

「そうか。100年前、アルクス人が勇者を裏切った影響がそれほどまでに大きいとはな

 

 暗殺者ノクのことを頭に思い浮かべながら口にする。俺は彼が裏切った瞬間を目の当たりにした。

 

「もちろん、それの影響も大きいですが。アルクス人が迫害されている理由はそれだけではありません」

「え……?」

 

 他にも理由があったなんて知らなかった。

 

「遠い昔、アルクス人が魔族だった時期がありますので、そのせいでしょうね」

「魔族だったとは?」

「ご存知ないんですか?」

「あぁ、初耳だ。その、人間も魔族になれるのか?」

 

 魔族といえば、まっさきに思いつくのは、100年前のとき戦った魔王ゾーガ。彼はオーガの変異種だと聞いている。他には、吸血鬼も魔族の一種だろう。だから、魔族というのはてっきり人間からかけ離れた存在だと思っていたが。

 

「そうですね。人間でも魔神を信仰していれば、魔族になると思います」

「そうなのか。ならば、もし100年前のときアルクス人が裏切っていなかったとしても、俺たちは迫害されていたのか?」

「恐らく、その可能性が高いと思います」

 

 そうだったのか。過去の世界に行ったとき、俺は暗殺者ノクが裏切ったという事実を変えようと努力して失敗したが、結局のところ行動そのものが無駄だったようだ。

 なんだかそれを知って、やるせない気持ちになる。

 

「あの、キスカのことを聞かせていただけませんか? あなたを見ていると、とても辛そうで、同じアルクス人だからこそ苦しみを共有できると思うのです。それに、神官は迷える子羊を導くのが仕事ですし」

「それはいいけど」

 

 それから俺は自分の身の上話を始めた。

 幼少から髪のせいで虐められていたこと。婚約した幼なじみのナミアを殺されたこと。その罪をなすりつけられて、ダンジョン奥地に追放されたこと。

〈セーブ&リセット〉のことや吸血鬼ユーディートや寄生剣傀儡回しのこと、過去の世界に行ったことや記憶の一部欠けてしまっていることなんかは、話しても信じてもらえそうにないから省略したが、それでも俺の話は大分長くなってしまった。それでもシエロティナは真剣に俺の話を聞いてくれた。

 

「キスカ、こっちに来てください」

 

 話し終わった途端、彼女は真剣な眼差しでそう言った。

 

「わかったが……」

 

 戸惑いながらも指示に従う。俺は彼女の隣に座った。

 すると、彼女は俺の体を倒しては自分の膝の上に俺の頭を乗せる。

 

「これはどういう……?」

「膝枕です。あなたの話を聞いたら、こうしたくなりました」

 

 すると、彼女は俺の頭を優しくなで始めた。

 

「今まで辛い思いをされましたね。けれど、あなたは誰よりもがんばりました。そのことを私は認めます」

 

 そう言って、頭をなで続ける。

 やり方が不器用かもしれないが、彼女なりの方法で俺のことを一生懸命励ましてくれているんだってことがわかる。

 

「その、信じてくれるのか?」

「どういうことでしょうか?」

「だって、村のみんなは誰一人俺のことを信じてくれなかった」

「そうですね。裁判の記録を見ましたが、ところどころに改ざんされた跡がありました。それに、私はアルクス人なので、同胞であるあなたを贔屓目に見てしまいます。と、私があなたを信じる理由をあげてみましたが、納得していただけたでしょうか?」

 

 彼女の真面目すぎる説明に苦笑してしまう。

 同時に彼女の優しさに触れて、泣きたくなった。

 

「なぁ、もう少しこのままでもいいか?」

「はい、気が済むまでいいですよ」

 

 もう少しだけこのまま彼女に甘えさせてもらおうと俺は思っていた。

 

 



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―147― 仮面

 前夜祭を翌日へと控えた今日、何日にもかけて行われていた儀式はようやっと終わりを迎え、ついに結界を展開できるようになるらしい。

 儀式も終盤。協会の中はいつもより緊張感が漂っている。

 俺も最後まで気を抜かずに護衛を務めないと。

 そう心に決めて、俺は神官長シエロティナを見張り続けていた。

 なんせ、俺は予言が必ず起こると確信していた。

 だから、それが起きたとき、即座に対応することができた。

 

 協会に人が入ってきたのだ。

 とはいえ、儀式には村人たちにも見学してほしいという方針から随時扉は開放してある。だから、人が入ってきたのはなにもおかしいことではない。

 おかしかったのはその格好だ。

 それは仮面を顔につけていた。

 白塗りされていて目の周りだけ豪華に装飾されている仮面だ。恐らく、仮面劇で使われるものだろう。その上、黒いマントを全身にまとっていて、体格すら把握できない。

 おかげで、仮面の人物は男なのか女なのか、年齢もなにもかもがわからない。

 流石に、怪しいと思い、俺は立ち上がる。

 

「おい、そこの者! それ以上は関係者以外、立ち入り禁止だ」

 

 仮面の人間が神官たちのいる壇上へと行こうとしていたので止めようとする。

 すると、仮面の人物はこっちを振り向いた。

 表情が見えないので、なにを考えているのかわからない。

 いつでも動けるように剣の鞘を握った瞬間、仮面の人物はなにか動作をした。

 途端、黒い霧が協会内を覆い尽くした。

 なにも見えなくなると同時に、あることを思い出す。ナミアのふりをしたレヴァナントがこれと同じことを俺の家でしたことを。あのときもレヴァナントは黒い霧を出して、俺の前から姿を消したのだ。

 まさか、目の前にいる仮面の人物はナミアの姿をしたレヴァナントじゃないだろうか。

 けど、それについて考える前にやることがある。

 まず、神官長シエロティナを守らないと。

 とっさに、彼女の前まで飛び出しては剣を抜く。霧のせいでなにも見えなくても、シエロティナの位置は覚えている。

 カキン、と金属音がなる。

 予言通り、仮面の人物は短剣でシエロティナを襲ってきた。予言で知っていたおかげで、こうして剣で防ぐことができた。

 それから何度かお互いに剣をうちつけあう。見えない分、俺のほうが不利だが、それでもなんとか対応できる。

 

「光をつかって霧を晴らします!」

 

 後ろからシエロティナの声が聞こえた。

 そんなことができるのかと思いながら、黙って頷く。

 

「〈閃光(フラッシュ)〉」

 

 その声と同時に、光が放される。

 すると、徐々に霧が晴れていく。

 そして、目の前が見えたときにはすでにそこに仮面の人物の姿はなかった。

 

「聖杯がないわ!?」

 

 誰かの叫び声が聞こえた。

 確かに、中央に置いてあった聖杯がなくなっている。

 それと同時に、外へと通じる扉が無造作に開いていることに気がつく。

 聖杯を奪われた。

 そのことに気がついた俺は慌てて外をでる。外はすでに暗く小雨が降っていた。

 

「くそっ」

 

 左右を見るが、聖杯をもっているらしい人影はどこにも見当たらない。

 

「キスカ、落ち着いてください。私なら、聖杯の位置をどれだけ離れても特定することが可能です。だから、私と共に探しに行きましょう」

「だけど、シエロティナをこれ以上危険な目にあわせるわけには」

「お気遣いありがとうございます。ですが、私はここにいるなかでは最も位が高く責任者でもあります。そんな私が大人しく待っているわけにはいかないのです」

「そうか、そういうことなら」

 

 シエロティナの目には強い意志を感じた。俺がなにを言っても彼女は意見を変えないのだろう。だから、了承する。

 

 それから、シエロティナに聖杯の位置を把握してもらう。

 どうやら聖杯は猛スピードで村の外へ移動しているらしい。馬を使わないと追いつけないほどに。

 小雨とはいえ、雨が降っているなか乗馬をするのは慣れてないが、一刻も争うので仕方がない。

 雨具を着て、馬を借りる。シエロティナを後方に乗せる。

 それから夜なので、シエロティナに魔術による光で照らしてもらいつつ進む。

 

 

 それから数時間後、俺たちはついに仮面の人物に追いつくことができた。

 

「ようやっと追い詰めた。これ以上、逃げられると思うなよ」

 

 背景には滝があり、これ以上進むのが難しそうだ。そのせいか、仮面の人物は逃げるのを諦めた様子で動く素振りさえ見せない。

 

「こんな山奥まで逃げて、一体どういうつもりだ?」

 

 周囲を見回しながら、仮面の人物に問い詰める。一心不乱に追いかけていたせいで、自分が今、どこにいるのかさえわからない。こんな調子で、村まで帰ることはできるのか不安だ。

 仮面の人物は会話する気はないようで、ただひたすら沈黙を続けている。

 

「おい、それを返してもらうぞ」

 

 仮面の人物が持っている聖杯を指差しながらそう口にする。

 それでもなお、なにも喋らない。

 こうなったら力尽くで奪う必要がありそうだ。

 そう思って、〈猛火の剣〉の鞘を握った瞬間――

 

「キスカ、気をつけてください!」

 

 シエロティナの叫び声が聞こえる。

 それと同時に、仮面の人物が短剣を手に飛びかかってきた。

 とっさに剣を抜いて攻撃を防ぐ。

 大丈夫だ。このぐらいの攻撃なら、俺でも対処できる。

 仮面の人物の攻撃は素早くて厄介だが、それでも今まで戦ってきた強敵たちを思い出せば、この程度の攻撃なんてことはない。

 そう思った矢先、仮面の人物がなにか仕草をする。途端、体中から黒い霧が発生する。

 また、この目くらましか。

 すでに協会で同じ光景を見ている。だから、恐れることはない。

 逆に、黒い霧を放ったため大きな隙が生じている。だから、冷静に剣を横にふって、仮面の人物の体を斬りつける。

 

「あれ?」

 

 そう呟いたのは違和感があった。

 というのも、手応えがなかったのだ。

 傷を与えれば、通常なら悲鳴をあげまともに動けなくなるはず。なのに、仮面の人物は傷口を黒い影で覆うと、なんの不自由もなく俺に攻撃を加えた。まさかの攻撃に反応が遅れる。

 シュッ、と風を切る音がなる。

 しまった、と思った。仮面の人物によって脇を大きく斬られる。

 おかげで、俺の体が言うことを効かなくなる。視界がぼやけ、足取りがふらつく。

 

「キスカッ! 大丈夫ですか!?」

 

 シエロティナの悲鳴が聞こえた。

 見ると、彼女が俺のもとに駆け寄ろうとしていた。

 くるなっ、と叫ぼうとしてうまく口が回らない。

 すると、仮面の人物がシエロティナのほうを振り向いて、彼女に飛びかかろうとする。まずい、このままだとシエロティナが殺されてしまう。

 

「〈閃光(フラッシュ)〉」

 

 そう言って、シエロティナが目映い光を放った。

 そのせいか、仮面の人物が怯んだのか、半歩後退するのが見えた。このチャンスを逃すな……!

 そう思って、なんとか足を動かして、背中から剣を突き刺す。けど、さっきみたいに怪我を負っても動けるかもしれないから、後ろから倒れるように覆い被さりそのまま拘束する。

 体勢を維持しながらレヴァナントの背中に剣を突き刺し続ける。すると、仮面の人物はカタカタと動いて抵抗するが、それでも数十秒後には動かなくなる。

 どうやら、うまく急所を攻撃して絶命させることに成功したようだ。

 

「キスカ、大丈夫ですか?」

「あぁ、なんとか」

 

 少しでもシエロティナを安心させようと聞こえるように返事をする。

 

「今すぐ、治癒魔術を施しますので」

 

 そう言って、シエロティナが体の様子を見ようとする。

 そんななか、俺は仮面の人物の正体が気になっていた。結局、なんで仮面なんてつけていたんだろう。

 だから、無造作に仮面を取り払う。

 

「――――ッ!!」

 

 息をのむ。知ってしまったのだ。

 正体は意外でもなんでもなかった。

 恐らくそうなんだろうと俺は予想していたし、その予想は全くもって当たっていた。

 仮面の下にあったのは、ナミアだった。

 いや、違う。ナミアの姿をしただけのレヴァナントというアンデッドであって、ナミアではない。

 そうわかっているはずなのに、感情が追いつかない。

 たった今、俺はナミアを殺してしまったんじゃないか。

 そんな考えが頭の中をぐるぐる駆け巡る。ナミアを救えなかったという後悔で身が引き裂けそうになる。さらに、追い打ちのようにレヴァナントに傷つけられた痛みが俺のこと蝕む。

 

「おぇえ……っ!!」

 

 気がつけば吐いていた。胃の中ひっくり返したかのうに、吐瀉物が喉を逆流する。

 

「キスカ、大丈夫ですか!?」

 

 その声に反応する前に、俺は気を失っていた。

 

 



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―148― 山小屋

「ほら、これでもう大丈夫」

 

 ナミアが俺の傷口に包帯を巻いてくれていた。そうか、俺はダルガたちに殴られて、それでナミアが看病してくれたんだ。

 

「ありがとう」

 

 礼を言う。すると、ナミアははにかむ。

 その表情をみて、ふと疑問が湧く。なんで死んだはずのナミアが目の前にいるんだろう。そしてその理由は単純だった。

 そう、俺は夢を見ているんだ。

 

「ごめん、ナミア」

 

 ここが夢の中だとして、謝らずにはいられなかった。

 

「どうしたの? 突然、謝って」

「その、ナミアのことを助けてやれなくて……」

「別に、キスカはなにも悪くないから気にしなくていいんだよ」

「それに、ナミアを生き返らせることができるかもと思ったけど、それもできなかった……」

「仕方ないよ、それは。私はキスカがこうして生きているだけでも嬉しいから」

 

 そうだった。ナミアはいつも優しかった。

 ナミアならこうして俺のことを許してくれるはず。

 

「……なんて言うと思った?」

 

 ふと、ナミアの表情がこわばる。

 

「え?」

「だって、キスカさえいなければ私は死ぬことなかったんだから。だから、全部キスカが悪いんだよッ!!」

 

 ナミアが激高する。

 途端、胸が苦しくなり叫びたい衝動に駆られる。

 そうだ、全部俺が悪いんだ……!

 

「キスカ、大丈夫ですか!?」

 

 ――ごめん、ナミア。

 そう言おうとして、気がつく。目の前にいたのは神官長シエロティナだった。

 彼女は俺の顔を心配そうな表情で覗き込んでいた。

 

「だ、大丈夫だ。その、嫌な夢を見ていて」

「そうでしたか。その、苦しそうな表情を浮かべて眠っていましたので心配しました。でも、ひとまず意識が正常に戻ったようで安心ですね」

 

 どうやらシエロティナに心配をかけたようだ。

 てか、今どういう状況なんだ?

 確かに、仮面の人物と戦闘して打ち負かすことができたけど、俺は倒れてしまったんだ。

 そんなことを思い出しながら、体を起こして周囲を観察する。

 

「ちょうど山小屋を見つけまして、ここで休ませてもらっています」

 

 シエロティナの説明通り、どうやら俺は山小屋で寝ていたようだ。

 山小屋の作りは雑なようで壁が薄いことが内側からでもわかる。その上、外は大雨がふっているらしく、さっきから小屋がガタガタと揺れていた。おかげで声が聞き取りづらい。

 状況をみるに、シエロティナが俺を小屋まで運んでくれたようだ。

 

「ありがとう。俺を小屋まで運んでくれて」

「いえ、キスカさんのおかげでこうして無事に聖杯は手に入りましたし、このぐらいなんてことはありません」

 

 シエロティナは涼しい顔でそう言うが、男を一人運ぶのは相当大変だったに違いない。

 

「それと、シエロティナ。さっきからずっと気になっていたことがあるんだが……」

 

 状況は大方理解できた。

 けれど、一つだけどうしても腑に落ちないことがあった。

 

「なんでしょうか?」

 

 シエロティナは淡々とした調子でそう言う。けど、俺としてはよくそんな冷静にいられるな、と思う。

 

「その、俺たちなんで裸なの?」

 

 正確に描写あると、俺はパンツ以外の服を全部脱がされた状態に、一枚の毛布がかけられていた。シエロティナも同様に、ブラとパンツ以外の服を脱いでいる。毛布は一枚しかないのか、シエロティナはなにも羽織っていない。

 

「大雨で服が濡れてしまったのでやむを得ず勝手ながら脱がせることにしました。あのままだと、風邪を引くと思ったので」

 

 確かに、理由を聞けば理に適った行動だったとわかる。

 それでもこの状況は恥ずかしい。逆に、よくシエロティナは照れもせず説明ができたな。

 見ると、小屋の片隅に服が置かれていた。

 

「その、まだ乾いていないのか?」

「そうですね。まだ濡れています」

 

 シエロティナが触って確かめながらそう言う。どうやらまだこの格好で過ごす必要がありそうだ。

 

「外はけっこうな雨みたいだな」

「はい、雨が止まない限り下山は厳しいでしょうね」

「そうか。祭典までには戻れるといいんだが」

「はい、朝までには雨が止めばいいのですが」

「てか、シエロティナは寒くないのか? よかったら、この毛布使えよ」

「いえ、大丈夫です。その毛布は病み上がりのキスカが使ってください」

 

 そう言われても気が引ける。

 ここは男である俺が我慢すべきだ。

 

「てか、毛布は他にないのか?」

「はい、その毛布は小屋に置いてあったもので一枚しかありませんでした」

「だったら、やっぱりシエロティナが使えよ」

 

 そう言いながら、毛布を押しつけようとした瞬間だった。

 ガタリと大きな音がなったと思ったら、小屋の扉がバタンと音を立てて倒れたのだ。風で扉が外れたようだ。

 外は暴風雨だったようで、小屋の中に雨と風がいっきに入り込んでくる。冷たい風のせいが体を包みこみ体温が急激に下がる。

 これは意地をはっている場合ではないな。

 

「シエロティナ、毛布を二人で分け合わないか?」

「ちょうど私も同じことを提案しようと思っていました」

 

 どうやら考えていることは一緒のようだ。

 

 二人で密着して毛布を被る。しかも、近くには魔術で点火したたき火がある。シエロティナは多少の魔術なら使えたようだ。

 だからか、風と雨が入ってくるこの状況でも、なんとかしのげそうだ。

 けれど、一つ大きな問題があった。

 隣にほとんど裸のシエロティナが密着しているのだ。この状況でなんとも思わない男はいないだろう。

 だって、シエロティナは誰がみてもかわいい顔立ちをしている。しかも、さっきから彼女の体温が肌越しに伝わってくる。

 ふと、雨で髪染めが落ちたのか、彼女の髪の一部が銀髪になっていることに気がついた。

 

「なぁ、寒くはないか?」

「いえ、おかげさまでとても温かいです」

「そうか、それならよかった」

 

 なんとか気を紛らわせようと会話するが、あまり意味はなかった。どうしてもシエロティナの裸が気になってしまう。

 

「キスカ……」

「なんだ?」

「さっき嫌な夢を見たと言っていました。どんな夢を見たか聞いても差し支えないですか?」

「その、幼馴染みの夢を見ていたんだ……」

「あの、死んでしまった幼馴染みのことですか?」

 

 そういえば、シエロティナにはナミアのことを話したんだったな。

 

「信じられないかもしれないが、聖杯を盗んだ女とナミアが同じ顔をしていた」

「え?」

「同じ顔をしていても違う人間だとはわかっているんだ。それでも、もしかしたら俺がナミアを殺したんじゃないかって気がして、それで苦しくなって倒れてしまった」

「……そうだったんですね」

 

 同じ顔の人間がいるなんて、けっこう突飛な話にも聞こえるかもしれないが、シエロティナはただ黙って聞いてくれる。それがけっこうありがたい。

 

「その、いつも俺の話を聞かせて悪いな。シエロティナも俺に話したいことはないのか?」

「いいんですか?」

「そりゃもちろんいいさ。むしろ、俺はシエロティナのことを色々知りたいよ」

 

 そう言うと、シエロティナは一度俺の顔を見てから話し始めた。

 

「私はこの銀色の髪のせいで父親を亡くしました」

 

 あっさりとした口調で衝撃的なことを話すから、反応に困ってしまった。

 彼女の境遇は俺とよく似ていたのだ。

 彼女の場合、父親がアルクス人で母親はそうではなかった。

 それでも彼女は暮らしていた村で迫害されていた。だから、シエロティナの家族は目立たないように隠れて過ごしていた。不便な生活ではあるけど、シエロティナは十分幸せを感じていた。

 けれど、ある日アルクス人である父が捕まってしまった。

 ある家族が強盗に襲われて死んでしまったのだ。

 その犯人として疑われてしまったらしい。

 証拠は一切なかった。けれど、アルクス人だからという理由だけで捕まったのだ。父は最後まで容疑を否認したらしい。けれど、それが気に食わなかった者たちによって殺されてしまった。

 そのことを知った母親は精神的に病んでしまい、子育てが難しくなってしまった。結果、シエロティナにとって祖父母にあたる母親の両親の家に預けられることになった。母親と祖父母は仲が悪く、ほとんど絶縁状態だったらしいが、頼るほかなかったのである。

 祖父母は教会関係者だったこともあり、シエロティナも教会で働くことになった。その際、アルクス人だということは秘密にする必要があった。髪を染めるようになったのもその頃かららしい。

 

「私には神官としての才能があったので、こうして神官長になれたわけです」

 

 そう言って、彼女は自分の話を締めた。

 

「そうだったのか」

 

 中々辛い過去だったので、しんみりとした空気が漂う。なんて言葉をかけて慰めればいいのかわからなかった。

 

「正直な話、大好きだった父を否定しているような気がして、髪を染めている自分があまり好きではありません」

 

 ふと、自分に置き換えて考えてみる。俺は髪を染めることに抵抗はいっさいなかった。それは、俺にとって父親は小さい頃に家族を捨てたクズだという認識だからだろうか。

 

「それに私はアルクス人以外の人たちにどうしても苦手意識があります。だから、初めてキスカさんを見たとき、うれしいと感じました。ようやっと、心を許せるような人に会えた気がして」

「そうだったのか……」

「あの、だから、これからも仲良くしてくれると嬉しいです……」

「あぁ、もちろん。俺こそ仲良くしてくれると嬉しいよ」

 

 そう返事をすると、彼女が俺のほうに寄りかかってきた。

 会話に夢中で忘れていたが、そうだ、シエロティナは裸同然の格好で俺の隣にいるんだった。だから、彼女の柔らかい裸があたって心臓がドキリとした。

 

「雨、少し弱まりましたね」

「そうだな……」

 

 確かに、さっきはひどい暴風雨だったが、今はそうでもない。この調子なら、朝までには雨が止みそうだ。

 

「あ、あの、キスカ……っ」

「なんだ?」

 

 なんだか会話がぎこちない気がする。

 シエロティナの口調がどことなく緊張している気がするから、そのせいだろうか。

 

「これからおかしなことを言うかもしれません。いいでしょうか?」

「もちろん、いいぞ。なんでも言えよ」

「じゃあ、言いますね」

 

 言い出しづらいことを言うつもりなのか、なかなか次の言葉がでてこなかった。だから、安心させようと彼女の手を握る。すると、彼女は嬉しそうに握り返してくる。

 

「これからもずっと私の側にいてくれませんか……?」

 

 ふと、彼女のほうを見る。

 いつもの冷静な表情ではなかった。顔を真っ赤に染めて、両目が潤んでいる。彼女の心音が耳まで聞こえてきそうだ。

 言葉通りの意味ではないことは流石にわかった。

 そう、彼女は俺に告白してきたのだ。

 俺は彼女の手を取るべきなんだろうか?

 シエロティナのことが好きか嫌いかでいえば、好きなんだと思う。

 それでも即答できないわけがあった。

 

 真っ先、頭に浮かんだのはナミアのことだった。でも、ナミアはもうこの世にはいないんだ。

 次に浮かんだのは賢者ニャウだった。でも、彼女との思い出は100年前の過去の時間に置いてきた。もう、ニャウと再会することもないんだろう。

 その次に浮かんだのは吸血鬼ユーディートだ。けれど、彼女との思い出も消失してある。今の俺は彼女との接点が一切ない。

 それから寄生剣傀儡回しのことを思い出す。彼女にはやましいことはないと思うけど……。

 一番の懸念は、記憶にない彼女かもしれない。恐らく、ダンジョンで出会ってスキル〈セーブ&リセット〉を俺にくれた彼女。所々記憶に穴があって、きっとそれは彼女に関することなんだろう。なんだか、このまま流されたら彼女に悪いような気がした。

 

「キスカ、なにか言ってください……」

 

 見ると、彼女は泣きそうな表情でうずくまっていた。

 たしかに、ずっと黙っていたら不安だよな。優柔不断な自分が嫌になる。

 

「気持ちはすごく嬉しい。俺もシエロティナのこと好きなんだと思う。けど、ごめん。今は気持ちに応えられない」

 

 結局のところ、こう答える以外の選択肢はないのだ。

 今の俺にはシエロティナと付き合う資格がない。そんな気がした。

 

「そ、そうですよね……。私、そんなかわいくないですもんね……っ。ごめんなさい。ご迷惑をおかけして」

 

 半泣きだった。

 慌てる。別に、可愛くないなんて思っていない。

 

「シエロティナはめちゃくちゃかわいいって。それに、シエロティナが悪いとかじゃなくて、むしろ俺が原因というか……」

「……どうして私じゃダメなのか聞いてもいいですか?」

「それは、他に気になっている子がいるんだ」

 

 こんなこと言ったら彼女は俺を幻滅するはず。けど、彼女に対して俺は正直でいたい。

 

「私よりその子のほうが好きなんですか?」

「そういうわけでは……。けど、他に気になっている子がいるのに、シエロティナとつきあったら申し訳ないというか」

「わかりません。私のことが好きならそれでいいじゃないですかっ」

 

 そう言って、シエロティナは涙を流す。こんなふう泣かせてしまって申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだ。

 

「キスカ、好きです。あなただけなんです、今までこんな気持ちを抱いたのは。それに、私はあなた以外の人を今後好きになることはないと誓って言えます。だから、お願いです。私の側にいてください」

 

 それは告白というより必死な懇願のように思えた。これほどまでにシエロティナが俺のことを想っているとは思わず戸惑ってしまう。

 

「それに、もし他の子が好きになったとしても私は構いません。私はキスカの側にさえいられたら満足なので」

 

 なぜ、彼女がこれほどまでに側にいることに固執するのだろうか。

 

「でも、今だけは私のことを見てください」

「……あぁ」

 

 うなずいた瞬間、彼女は俺の頬にキスをした。

 抵抗することはできなかった。俺は彼女のキスを受け入れていた。

 

「キスカ、あなたのことが好きです」

 

 そうはっきりと明言された瞬間、心がグラついた。

 よく見ると彼女の肩は小刻みに震えていた。とてつもない勇気を振り絞って言ってくれたことはわかる。

 無意識のうちに彼女の肩に手を添えていた。

 すると、彼女はなにを思ったのか俺の胸に顔をうずめてくる。すると、俺は自然な動作で彼女の体を抱きしめていた。

 少しでも力を入れてしまうと折れてしまいそうなぐらい彼女の体は華奢だった。だか

ら、ガラス細工を扱うときのように丁寧に彼女の体にふれる。

 後はもう流されるままだった。

 もう俺の中の理性は消し飛んでいた。

 

 

 いつの間にか太陽は昇り、雨は止んでいた。

 膝の上にはシエロティナの寝顔があった。気持ち良さそうに吐息を立てている。

 なんだか愛おしい気がして、彼女の髪の毛を触る。

 とはいえ、いつまでものんびりとしていられない。早いうちに下山を開始したほうがいいだろうと思い、彼女の肩を揺らして起こす。

 

「おはようございます、キスカ」

「あぁ、おはよう」

 

 それから乾いた服に着替えて山を二人で降りる。ここに来るまで馬に乗ってきたが、シエロティナによると雨の中馬は逃げてどこかに行ってしまったようだ。あとで見つかるといいが、今は歩いて帰る他ない。

 道中、シエロティナは俺の腕に絡みついては離さなかった。まるで、自分の居場所がここであると主張しているような。

 今、俺とシエロティナはどういう関係なんだろうか? 彼女は恋人であるかのように振る舞うが、別につきあおうと一言も言ったわけではないんだよな。まぁ、彼女が恋人だと主張したら文句は言えないのだが。

 

 とはいえ、確認するのはなんだか億劫な気がして、俺のほうからは特に話しかけなかった。そのせいなのか、下山中、ほとんど会話をすることがなかった。

 

「なぁ、髪の毛大丈夫なのか? そのままだとアルクス人だとバレるだろ?」

 

 麓に差し掛かった辺りでそのことを尋ねる。彼女の髪の毛は髪染めが落ちて、一部銀色になっていた。

 

「なんとか雨具を頭からかぶって誤魔化そうと思います。キスカも一部銀色に戻ってしまっているので、気をつけてくださいね」

 

 そうか、俺もどうやら髪染めが落ちて一部銀髪になっていたらしい。

 雨具はフードの部分が深いので、俺もこれでうまいこと誤魔化す必要がありそうだ。

 

「それと、キスカ。夜あったことはなかったことにしても私としては構いませんので」

 

 そう言いながら、彼女は俺から握っていた手を離した。

 そして、彼女は俺より先に村へ行こうとする。

 

「待て」

 

 反射的に俺は彼女の手を掴んでいた。

 

「俺はシエロティナのことちゃんと大事にしたい。だから、その、そういうことは言わなくていいぞ」

「……わかりました」

 

 嬉しそうに返事をしたシエロティナは再び俺の手を握った。

 

 

「シエロティナ様!!」

 

 村につくと神官エリエーゼが慌てた様子で駆け寄っては、そのままの勢いでシエロティナに抱きついた。

 

「本当によかったです! あなたは無事で」

「エリエーゼ、なにかあったのですか?」

 

 違和感を覚えたのか、シエロティナは即座にそう尋ねる。すると、エリエーゼは「はい」と返事をして、こう口にした。

 

「落ちついて聞いてください。今朝、祭典に出席する予定の第二王子ディルエッカ殿下が何者かに襲われて亡くなりました」

 

 その言葉を聞いた瞬間、心臓が高鳴る。

 七つの予言。その一つに『第二王子ディルエッカは見殺しにしろ』というのがあった。また、この予言が当ったのだ。

 

「……わかりました。ひとまず、村の責任者を集めて会議をする必要がありそうです。それまでに、エリエーゼは情報の精査をお願いします。私は急いで着替えてきますので」

 

 淡々とした様子でシエロティナはそう語る。よほどショックを受けているはずなのに、彼女はいたって冷静だった。

 

「おい、大丈夫なのか?」

 

 たまらず俺は話しかける。

 

「大丈夫ではありません。もし、エリエーゼの言っていることが本当なら、祭典どころではないでしょう」

 

 一国の王子が亡くなったのに祝ってる場合ではないだろうから祭典は中止に違いない。

 

「それにしても、不可解ですね。第二王子は千を超える護衛と共に王都を出発して、この村に向かっていました。それに、彼にはこの国最強の護衛がついてました。それらを蹴散らして王子を殺害したとなると、襲撃者はよほどの手練だと予想されます」

「そうなのか……。最強の護衛ってどんな人がついていたんだ?」

 

 ただの興味本位だった。一体どんな護衛が王子についていたのか気になったのだ。

 

「――――――ッッッ!!」

 

 だから、シエロティナの答えを聞いて強い衝撃を受けてしまった。

 まさか、ここでその名前がでてくるなんて。

 

「もう一度言ってくれ……」

 

 混乱を悟られないように必死に自我を抑えつつ、そう口にする。シエロティナは不可解に思ったかもしれないが、素直に言うことを聞いてくれた。

 だから、もう一度冷静にその護衛の名前を確認した。

 

「賢者ニャウ。ラスターナ王国が有する最強の魔術師です。キスカでも聞いたことぐらいはあるのではありませんか?」

 

 質問に答える余裕なんてなかった。

 賢者ニャウ。あまりにも、よく知っている名だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

 

非公開の状態から元に戻しました。

 

新作を書きましたので、こちらの作品もどうかよろしくお願いします。

こちらの新作は現在、ランキング2位と非常に好調なので、少しでも伸びてほしいと思ってます!

 

以下のURLから飛べます。

https://kakuyomu.jp/works/16817330660928163051

 

タイトル

『実は最強の探索者、嘘ばかりつく鑑定スキルにまんまと騙されて、自分を最弱だと思い込む〜SSS級モンスターをF級だと言い張るんじゃねぇ!』



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―149― 悪魔

 賢者ニャウの名前を聞いて、俺はいてもたってもいられなくなった。

 気がつけば、馬を借りて第二王子ディルエッカが襲撃されたとされる現場へ向かっていた。

 王都からカタロフ村まで多くの兵士たちと共に行軍するとなると1日では足りない。そのため、カタロフ村と王都の途中にあるリオット村と呼ばれる場所で一泊するという計画だったらしい。

 聞いたところによると、その村で襲撃を受けたとのこと。

 だから、急いでリオット村へと向かった。

 一人で、それも馬があれば5時間もあればたどり着くことができる。

 ニャウ、お願いだから間に合ってくれ――ッ!!

 そんなふうに心の中で願いながら、少しでも早く着くようひたすら急いだ。

 そして、村についた途端、その願いは叶わないんだってことを確信する。

 

 死体安置所のように一万人規模の死体が綺麗に整頓されていた。

 

 そんな惨状が目の前に広がっていた。

 一人一人の顔がわかるように死体が並んでいる。よほど、細かい人間がこれをやったのか、全ての死体は等間隔、その上頭の位置は同じ方向を向いた状態で並べられている。

 もう戦闘は終わってしまったとばかり、辺りは静寂だった。鳥の鳴き声すら聞こえてこない。

 

「なんだ、お前?」

 

 ひどくしゃがれた低い声だった。

 遠くから俺のことを見つけたのか、のそのそと歩いてやってくる。

 近づいてくるにつれ、それの外見が判明した。

 毛むくじゃらの化け物だった。頭はなにかの動物のようで下半身は人間に近いかと思えば似てなくもあり。四つ足で、かと思えば背中からも両腕が生えている。

 この化け物が大量の死体を一人で整頓したんだ。

 

「なにをやっているんだ?」

 

 呆然とした様子でそう尋ねていた。

 本当は他に優先して聞かなければいけないことがあるはずなのに、思考が思ったとおりに動いてくれなかった。

 

「ん、あぁ……」

 

 化け物は一瞬考えるそぶりをしたと思えば、軽快に喋り始める。

 

「どれだけ人間を殺せたか数えているんだよ。こうやって綺麗に並べたら数えるのも簡単だろ。昔、他のあるやつにこれを説明したら『数えてどうするんだよ、バカだろ』と言われたんだがそんなことないよな。お前はどう思う?」

「別にいいと思う……」

 

 そう口にしたものの頭の中は真っ白だった。ただ、化け物の言葉に肯定しただけで、彼の言葉は一切に頭にはいってこなかった。

 

「そうか。お前はいいやつだな。それで、お前はなにをしているんだ?」

 

 化け物が俺のことを前足で指をさすかのように向けながら尋ねてくる。

 

「ニャウを探しに……」

「ニャウ? ニャウってどこかにいたな……。少し待ってろ。探してくるから」

 

 そう言うと、魔神は並べられた死体を吟味し始める。

 

「確か、こっちの列だったかな……違ったかな……」

 

 とか口に出しつつ探しているのを呆然と眺めていることしかできなかった。

 

「おーい、これじゃないかー!!」

 

 遠くで化け物が呼びかけてくる。

 確認しなくてはという思いと、確認したくないという相反する思いが内在していた。確認した瞬間、自分は絶望するんだと確信していた。

 それでも、ゆっくりと足を動かし、化け物のいるほうへと向かった。

 

「死体を踏んで動かすなよー!!」

 

 と、化け物が忠告してくる。

 だから、注意深く足下を確認しながら死体を避けつつ前に進んだ。化け物の言うことを聞く義理なんてないはずなのに、なぜか俺は律儀に忠告を守ろうとしていた。

 

「おい、ニャウってこれじゃないか」

 

 化け物の近くに辿り着いた途端、やつはそう言って無造作に足下に転がっているそれを持ち上げた。

 それは、かつて人の姿をしていたものだった。

 あまりにも損傷が激しく、顔の判別さえ難しい。それでも、見たことがある体型だった。

 だから、それがニャウだったんだとすんなりと納得ができた。

 

「こいつ、戦っていて一番厄介だった。だから、覚えていたわ」

 

 淡々と化け物は説明する。

 そこに悪意のようなものは一切なく、だからこそ怒りすら湧いてこない。まるで天災のようにこいつはこの村を襲ったんだ。

 

「なんなんだよ、お前は?」

 

 必死に声を絞り出す。

 さっきから頭が痛い。視界は船の上にいるかのように揺れているし、十分な気温のはずなのに手足のさきっぽは凍えるぐらい寒い。立っているのでさえ、やっとだ。

 

「悪魔ベールフェゴル」

 

 化け物はぶっきらぼうにそう言い放った。

 

「怠惰な悪魔と呼ばれているが、俺はこの通りとても勤勉なんだけどな」

 

 悪魔。その存在は聞いたことある。けれど、悪魔について具体的なことはなにも知らない。

 とても恐ろしい存在。悪魔について知っていることはこのぐらいだろうか。

 

「あれ? ピンと来てない? だったら、こう説明した方が早いか。一応、マスターランク第三位。俺はこの世界で三番目に強い存在だ。それで、お前は一体なんなのだ? 俺はこれだけ自分のことを説明したんだ。だったら、次はお前のことを教えてくれよ」

 

 そう言って、悪魔ベールフェゴルは俺の瞳を足先を使って指さす。

 

「……俺はキスカだ。冒険者で職業はシーフ」

 

 自分が名乗ってなんの意味があるのだろう、と内心思っていた。

 

「そうか。ちゃんと聞いておかないととコレクションに加えたとき、なんなのかわからなくなってしまうからな」

「コレクション……?」

「あぁ、死体のコレクション」

 

 その言葉を最後まで聞いたと同時、破裂音が聞こえる。

 すでに、やつの手によって俺は殺されていた。

 あまりにも一瞬の出来事で苦痛を感じる暇もなかった。

 

 

「あ……」

 

 そして、同時に気がつく。

 

「キスカ、ボーッとしてどうしたの?」

 

 目の前に、心配そうな表情をしているナミアが立っていた。

 ナミアは偽物で、その偽物のナミアも俺の手で殺してしまったんだ。なのに、なんで目の前で俺に対し笑顔を振りまいているんだ?

 

「あぁ、そうか……」

 

 そういえば俺は〈セーブ&リセット〉というスキルを持っていた。

 だから、この現状に納得してしまう。

 どうやら、世界は巻き戻ったようだ。

 

 



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