呪術高専さしすせそ! (キサラギSQ)
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プロローグ・ラーメン

「ようこそ呪術高専へ!俺は君達を歓迎するぞ!」

 

腕を組んでねじり鉢巻をした平凡な顔をした男が、真新しい高専の制服に身を包んだ男女を迎える。

きょとんとした顔でその男を見返す男女……虎杖悠仁と釘崎野薔薇。

二人はお互いに見つめあったあと、小さく頷くと、その男の前にある器を同時に指差した。

 

「「それ、なに?」」

 

「しょうゆラーメンだ!」

 

「また始まった……」

 

そう呟くのは二人と同学年の伏黒恵。

呆れたように言いつつも、用意されたそのラーメンを密かに受け取り、マイ箸を取り出していた。

 

一方悠仁と野薔薇の二人は一瞬面食らったものの、その器から香る香しい醤油の香りと、昼近くという時間帯もあって、咥内に唾液が溢れるのを止められなかった。

 

「麺から俺が手作りした特製しょうゆラーメンだ!好きなだけ食っていいぞ!」

 

「えっ!いいんっすか!?」

 

「ラーメンかぁ……」

 

喜色満面の笑みを浮かべる悠仁の隣で、野薔薇はラーメンに眼を奪われながらも、少し悩ましげに顔を歪める。

 

「おお、女の子だもんな!安心してくれ、油減らして麺もヘルシーに出来るぞ!それに…硝子用のさっぱり海鮮しおラーメンもあるぞ!」

 

「おぉ!気い利いてるぅー!私そっち!」

 

「硝子?」

 

「ああ、高専に所属してる医者。ズルッ…この人も含めて、昔の高専の同級生だった五人全員が今この高専に所属してんだよ。五条先生もその一人…ズルルッ」

 

「あ!おい伏黒!お前何先食ってんだよ!」

 

「うだうだしてたら伸びんだろ…ズルルッ…ちなみにこの人は高専の食堂やってる。無料でなんでも食いたいもん作ってくれるぞ。ズルルルルッ…」

 

無表情で淡々と啜りながらも、何処か嬉しそうな恵の様子に、二人は口の端からよだれを垂らす。

ゴクリと喉が鳴り、腹も鳴る。

男はにっ、と笑うと、二つのラーメンどんぶりをレンゲと割り箸をつけて、二人に差し出す。

 

「ほい!特製しょうゆラーメンと、さっぱり海鮮しおラーメンだ!気が向いたらしょうゆラーメンも食ってみてくれよ!」

 

「うぉお!美味そう!いただきまーす!」

 

「こっちも美味しそー!いただきます!」

 

眼を輝かせた二人はラーメンをそれぞれ受けとると、早速とばかりにその麺を啜った。

 

「「ズルルルルッ」」

 

「「うっま!」」

 

思わず飛び出たその言葉に、男は満足そうに腕を組んで頷く。

 

「そうだろうそうだろう!さぁて…ん?」

 

男が次のラーメンを用意しようと動き出そうとした時、ガラララと音をたてて部屋の扉が開いた。

そこから現れたのは、目の下にひどい隅が出来た不健康そうな女。

そんな女が顔を青くしてフラフラと入ってくる様子だった。

 

「んぁー…昨日飲み過ぎたぁ……頭いたぁい…さっぱり海鮮しおひとつ…」

 

「おう、今から作るから、ほれ、しじみ汁でも飲んどけ」

 

「んーさんきゅー……っはぁあああ……染みるぅ…」

 

「ちゅるんっ……伏黒、もしかしてあの人が?」

 

「ああ、さっき言ってた家入硝子さんだ」

 

「ごくっ…さっきまで死にそうな顔だったのに、しじみ汁飲んだら輝き出したぞ」

 

「あっれー?そっちは新入生?高専によくきたね、死なない程度に頑張りなー。死ななきゃなんでも治してやるよ」

 

ひらひらと手を降る硝子は何がおかしいのか、そのままケラケラと笑いだしてしまう。

ラーメンどんぶりを直接傾けてスープを啜る悠仁は、一気にその器を空にする。

 

「っぷはー!美味かったー!」

 

「おー。いい食いっぷりだな!名前はなんていうんだ?」

 

「あ、虎杖悠仁です!よろしくお願いシャス!」

 

「はははっ!元気良いなぁ。まだ食うだろ?次は何がいい?」

 

「あ、そッスね…じゃあ」

 

「特製みそラーメンオススメだよ」

 

悩む悠仁の肩に、ふわりと手が乗り、耳元でそう囁かれる。

 

「うぉう!?」

 

ビクリと肩を跳ねさせて声のした方に振り向くと、逆さまになった顔が悠仁を覗いていた。

体は宙に浮かび、まるで悠仁の上で逆立ちしているようだ。

けどまるで海に浮かぶようにゆらゆらと揺れていたり、長い髪が下にまったく落ちてこない様子からは、重力をまるで感じない。

 

「えっ!?何この人…空、飛んでる…?」

 

「あー…この人は夢乃空先生。五条先生や夏油先生と同じく教師やってる人」

 

「夢乃空です。よろしくねぇ」

 

逆さまにぷかぷか浮かびながら笑顔を浮かべる、中性的な茶色の髪。

空はそのまま宙をすぃーと移動すると、硝子の上空に移動する。

 

「あれ、硝子チャンまた二日酔い?飲み過ぎは良くないよー」

 

「うっせー……はぁーしじみ汁美味い…」

 

「……見ての通りふわふわしてるし言動もふわふわしてるけど…まぁ…五条先生よりはマシな先生」

 

「アレで…」

 

野薔薇はうんうんと頷いていた。

ぽわぽわしてる奴はあんまり好きなタイプではないようだが、あのクズ目隠しよりは明らかにマシだろう。

脳内で五条悟がダブルピースしてる姿が自然と浮かび上がってしまったのか、野薔薇は苛立ち交じりにスープを飲み干した。

 

すると、噂をすれば、というものだろうか、再度扉が開く。

そこから目隠ししたツンツン白髪と、一房だけ前に垂らしたオールバックのようにした黒髪の二人組が現れ、黒髪のほう、夏油傑が麺を真剣な顔で茹でる男に話しかけた。

 

「やっ、今日は蕎麦あるかい?」

 

「お、傑か。今はラーメンしかねぇな。それで良ければ好きなの言ってくれ」

 

「んー、じゃあ酸辣湯麺かな。出来るかい?」

 

「出来らぁ!……良いトマトがあるから、トマト酸辣湯麺でいいかー?」

 

「それでいいよ」

 

「おっし、硝子、しおラーメンお待ち!」

 

「おー、きたきたぁ!」

 

「空!みそラーメンお待ち!」

 

「はぁい、いただきまーす」

 

空中に放り投げられたラーメンの器を、空中でくるりと反転した空が危なげなく受け取る。

その際、投げられたラーメンや、続いて空がラーメンどんぶりから手を離してもそのまま空中にふわふわと浮いてる様子に、悠仁と野薔薇は眼を見開いていた。

 

「恵は二杯目は?」

 

「大丈夫です」

 

「悠仁はどうする?」

 

「あっ、じゃあ…みそお願いします!」

 

ちら、と空中を見上げ、空がご機嫌にちるちると啜る、その器から香る味噌の香りに、悠仁は魅了されているようだ

 

「そっちの女の子…えーっと」

 

「あー、釘崎野薔薇です」

 

「野薔薇ちゃんね、二杯目食うか?」

 

「うーん……半ラーメンとか出来ます?しょうゆを半ラーメンで…」

 

「勿論!しょうゆ食ってくれるの嬉しいねぇー」

 

男は改めてラーメン作りにいそしむ。チラチラと食べる様子を伺いながら、男は嬉しそうに笑みを浮かべる。

そんな中、傑が悠仁と野薔薇の二人に手をあげながら近付いていった。

 

「やっ。君達が新入生の虎杖悠仁君と釘崎野薔薇さんだね?私は夏油傑。悟と空と同じく高専で教鞭を取らせて貰ってるよ。よろしくね」

 

ニコ、と愛想の良い笑いを浮かべる傑に、二人は恐る恐る恵のほうを見つつめた。

 

「ああ…夏油先生は高専の教師の中で一番まともだぞ。ただ、根本的には五条先生と同類だから気を付けろよ。あの二人親友だから」

 

ふぅ、と息を吐きながら腹を擦る恵の言葉を聞いた二人は、同時に傑を見る。

愛想よく笑ってるけど、隣にいる悟と、同類!?

傑、悟、傑と移っていく視線と、少しずつ怪訝な顔になっていく様子が面白い。

 

っと、いつの間にか悟が移動し、男に詰め寄った。

 

「ねー、そろそろ出来た?僕専用ラーメン」

 

「甘いラーメンなー…バランスが難しいんだよなぁ。まあ、出来てるけど」

 

ほれ、と差し出された、パッと見は具がなく、表面がとろりとしているあんかけラーメンのようだ。

それを悟は受けとると、躊躇いなくちゅるっと啜り、咀嚼する。

ごくん、と飲み込んだ悟はうんうんと頷くと口を開く

 

「……うん、甘めの甘酢あんかけって感じ。悪くないね」

 

口元を吊り上げた悟の笑顔に、男はガッツポーズを決める。

 

「いよしっ!後は合う具の模索かー。なんか意見あったら言ってくれよ。まだまだ試作品だからな。……いよしっ、出来たぞ!まずはトマト酸辣湯麺お待ち!」

 

「いい香りだね、美味しそうだ。いただきます」

 

「特製みそラーメンお待ち!」

 

「あざーっす!」

 

「特製しょうゆ半ラーメンお待ち!」

 

「やっぱ気になっちゃうわよね、いただきます!」

 

それぞれに行き渡るラーメン。

机に置いて、椅子に座り、ズルズル、ちゅるちゅる、美味しそうに麺を啜る音が教室中に響き渡る。

男はその光景に満足そうに頷いた。

 

「おかわりはまだ」

 

ガララ

 

「あるから、な」

 

その時勢い良く教室のドアが開く。

そこに現れた、とても堅気に見えない凶悪な顔の男。

ここ、東京都立呪術高等専門学校の学長。

五人の学生時代の恩師であり、現在の上司。

夜蛾正道は額に青筋を浮かべながらそこに立っていた。

静かになる教室の中、空のちゅるちゅると啜る音とぐつぐつと煮える音だけが響いていた。

 

「またお前か…禪院誠一!教室で料理するなと何度言ったら…」

 

「解散!」

 

男…禪院誠一のその声と共に、傑と悟はラーメンどんぶりを抱えたまま教室を飛び出した。

未だに呑気にしている空の手を引き、自分のラーメンどんぶりを空の周囲に浮かせて、先ほどのふらふらっぷりが嘘のように、硝子も次いで教室を飛び出す。

そして、その後を追いかけ、誠一……俺も教室から走って逃げた。

後ろから夜蛾先生の怒鳴り声が響くが、俺達は止まらずに走り続けた。

やがて五人が横並びになる。

悟も、傑も、硝子も、空も、そして俺も。

いつの間にか笑顔を浮かべていた。

 

「僕達ただ出されたラーメン食ってただけですよー」

 

「わかってて食ってただろうが!バカども全員同罪だ!」

 

「うわあ、地獄耳。よく聞こえんね」

 

「やれやれ……ズルル……走りながらだと食べ辛いね…ズルルルルッ」

 

「傑クンすっごーい。ぽんぽん痛くなっちゃわないようにね」

 

「あははははっ!」

 

俺は楽しくて楽しくて仕方なかった。

全員でこうやって、高専時代と同じようにバカやって、夜蛾先生に怒られて。

いつまでもこうやってバカやっていたいな、なんて思って四人を見る。

 

……四人全員ドン引き顔してやがる。

 

「「「「キモッ」」」」

 

口にも出しやがった。

 

……今日の晩飯は醤油づくしにしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズルルルルッ……ふぅー。ねぇ、伏黒」

 

「……なんだ?」

 

「高専の人達って、皆あんな感じなの?」

 

「…………呪術界全体で言えば相当マシな部類…しかも実力的にはかなり上澄みなんだよあの人ら……」

 

「アレでぇ?」

 

「アレで……」

 

「っぷはーっ!みそも美味かったー!他のも食ってみたいな!」

 

「喜べ虎杖、これから毎日いくらでも食えるぞ」




オリ主
『禪院誠一』男
生得術式【醤油操術】
『夢乃空』?
生得術式【解放呪法】


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豚の角煮と半熟煮卵

「禪院さんの術式?」

 

「うん、俺今度あの人と任務行くんだけど、そいや知らないなって思って」

 

禪院さん、一人で高専の食堂を切り盛りしてる、高専所属の術師。

どんなリクエストしてもなんでも作ってくれるし、栄養バランスも考えてくれる。

そしてなんでも美味い!

 

特に醤油ベースの料理はまた段違いに美味い。

今目の前にあるのは豚の角煮定食。

香りと見た目からして間違いなく美味いんだけど、驚いたのはその軟らかさ。

箸を入れると、脂身と肉が同じように裂けてく。

 

「うっは、見たこれ伏黒!縦に切れるよこの角煮!」

 

「おー、流石だなあの人…美味そ」

 

「一個いる?」

 

「いや、俺も後で頼む」

 

「オッケー。いただきまー……んむっ!」

 

口に含んだ瞬間広がる豚の旨味と脂、それを包み込む香り高い醤油の風味。

甘めの味付けなのにくどくなく、何より噛んでもないのに口の中でホロホロとほどける。

 

「んっまぁ……」

 

目尻が下がるのを自覚してしまう程、この角煮は絶品だった。

こりゃご飯だ、と山と盛られた白米を一気にかっこむ。

そして、ご飯と一緒に咀嚼すると、噛み締めた肉の繊維からまたじわりと旨味が溢れる。

最高の、至福の時間…俺の目からは自然と涙が溢れていた。

しっかりと飲み込んだ俺の表情は、意識せずとも笑みを浮かべていた。

 

「うめぇ……俺、高専きて良かったぁ……」

 

「んで、あの人の術式の話か?」

 

伏黒のその言葉にハッとなり、気を取り直して話を聞く事にする。

 

「ああ、そうそう」

 

「あの人の術式は、【醤油操術】だ」

 

…………?

醤油?

 

「へ?」

 

「まー、そういう反応になるよな」

 

苦笑を浮かべた伏黒は俺の手元の角煮と煮卵を指差す。

 

「その煮卵、食ってみな」

 

「?」

 

首を傾げながらも言われるままに煮卵、箸で摘まんだ感じ半熟のそれを、一口で頬張ってみる。

そのまま噛むとさっき食べた角煮と同じ……いや、少し薄い?風味は良いけど味が染みてないのか?

そう思いながら噛み締めた時、とろりとした食感が舌の上に広がり…その瞬間この煮卵の本当の味が口の中に広がった。

 

「……!?」

 

なんだこれ、黄身が妙に塩っけが強い…!?黄身だけが!

そしてそんな味の濃い黄身が、さっき味が薄いと思った白身と口の中で混じりあって…。

 

「ゴクンッ……うっま。え、何これ!?なんで中のほうが味染みてんの!?」

 

器にもうひとつある煮卵を見つめて、箸を入れて半分に割る。

ぷつりと割れた断面から、とろりと溢れてきた濃いオレンジ色の黄身と、色むらなく薄茶色に染まった白身…。

箸先についた黄身を舐めると、強い塩っけに思わず米を掻き込んじまう。

これも美味いけど…半分に割った煮卵を白米の上にドン!

垂れた黄身がご飯をオレンジ色に染め上げる。

そこを…かっこむ!

 

がつがつがつ……

 

気付けば山盛りの白米は空…あっという間に食いつくしちまった……。

 

「…………さいっこうだ…」

 

「それが【醤油操術】……醤油を使った煮込みの、具それぞれの味の染み具合を、完璧にコントロール出来るらしい」

 

「へぇー!成る程、どうりでなぁ!」

 

感心してうんうんと頷くけど…ふと、疑問が頭に浮かんだ。

 

「……なあ、それでどうやって呪霊祓うんだ……?」

 

「……知らね。俺、あの人が素手で呪霊祓うとこしか見た事ない」

 

「えぇ……」

 

思わず呆れた声が出るけど、これ俺悪くないよな?

 

「面白い話してるね」

 

声がして振り向けばそこには五条先生と似たような黒い服に身を包んだ、同じ高専の先生の一人がそこに立ってた。

 

「「夏油先生」」

 

「今日は角煮か、美味しそうだね。私もそれにしようかな」

 

そう言いながら俺の角煮を獲物を見る目で見つめる夏油先生。

そういえばあの五人は同級生だったらしいし、禪院さんの戦いかたとかも知ってるかもしれない。

折角だし、と俺は聞いてみる事にした。

 

「あ、夏油先生なら知ってる?禪院さんって【醤油操術】使ってどうやって呪霊祓うんすか?」

 

「誠一がどうやって呪いを祓うか、か。うーん、そうだねぇ」

 

腕を組んで暫し悩む様子を夏油先生は見せる。

ただ待つのもあれだし、とまだある角煮に箸を伸ばそうとして、空の茶碗を見て箸を止めた。

いや、これだけ美味い角煮を相手するのに、空の茶碗じゃ無作法ってもんだよな!

 

「禪院さんご飯おかわり!」

 

「あ、私にも虎杖君と同じ奴を頼むよ誠一」

 

「俺の分もお願いしますします、禪院さん」

 

「あいよー!悠仁はそこの炊飯器から好きなだけ盛っていけ!」

 

キッチンで料理を続ける禪院さんの示す方向にあったのは、巨大な炊飯器。

空の茶碗を抱えてパカリと開けると、ふわりとご飯の香りが広がる。

水に浸されたしゃもじで、さっきよりも大きく山盛りにする。

ざっと二倍…こんくらいなきゃ、あの角煮は攻略出来ねえ。

 

俺の山盛りの白米を見てギョッとする伏黒を視界に捉えつつ、俺は夏油先生に視線を向けながら席につく。

夏油先生は眼を細めて小さく頷いた。

 

「そうだね…まぁ【醤油操術】について率直な感想を言うと…雑魚だよね」

 

たはー、と笑う夏油先生にえ、と声が出る。

凄い朗らかな顔で笑いながら毒吐くじゃん。

伏黒の、比較的マシ、五条先生と同類、という言葉が頭を過った。

夏油先生はテーブルに備え付けられている醤油さしを手に取り、手の中で揺さぶる。

 

「物質を操る術式の中でも、醤油に限定されてて使い辛いったらない。ほとんど加茂家相伝の【赤血操術】の下位互換みたいなものさ。そこらの有象無象じゃ【醤油操術】を得ても、何も出来ないだろうね」

 

ちゃぽちゃぽと音をたてる醤油を覗き込む夏油先生の笑顔はいつの間にか消えてて、細められた目から鋭い眼光が覗いていた。

 

「じゃあ禪院さんは…?」

 

「……そうだね、誠一は一級呪術師だけど、禪院じゃなければ特級だったろうね。彼が今一級に甘んじてるのは、禪院に他に特級がいないってだけのくだらない理由だからね」

 

「醤油で…?」

 

醤油を操る能力なんか…なんかって言うのも失礼かもしれないけど、そんな能力で強いってのは全然想像がつかないなやっぱ。

ふと見れば、伏黒も首を捻ってる。

 

「ははは!まぁ誠一は、強いとは少し違うかな…?ただ、油断してると痛い目にあうよ?それこそ…」

 

「そーだな。学生の頃二人で俺の事嘗めくさって二人並んで転げ回ってたもんな」

 

がちゃ、がちゃと音をたててテーブルにおぼんに乗った俺と同じもの…角煮定食が置かれる。

いつの間にか両手に料理を持って近付いていたらしい、三角巾をしっかりつけてエプロンをした禪院さんだ。

じと、と夏油先生を見つめると、夏油先生は気まずそうに苦笑を浮かべた。

 

「たはは、痛い所をつくね」

 

「お前ら二人は自信ありすぎなんだよ。あ、悠仁これ辛子。つけて食うとまた美味いぞー」

 

「あ、ウッス」

 

市販のチューブ辛子を手渡される。

ちら、と見ると目の前に角煮定食を置かれた夏油先生と伏黒は既に手を合わせて挨拶してるし、話は終わりかな…。

じゃ、俺も早速残り食べちまうかな!

 

「そんじゃ早速辛子つけて…と」

 

そうして角煮を頬張る!

うわ、辛子がまたアクセントになって、こんなん米だろ!

一気に白米を口いっぱいにかっこむ一択!

柔らかいのに、噛めば噛む程美味しくなる…たまんねぇ…!

 

「「「美味い!」」」

 

「いやぁ、美味しいね。堪らないよこれは」

 

「…………」

 

夏油先生は眼を細めて笑って、ゆっくりと噛み締めているみたいだ。

伏黒は黙々と食い続けてるけど、その目がキラキラと光ってて、随分とご機嫌な様子だった。

俺もご機嫌だけどな!

 

「相変わらず悠仁の食いっぷりは気持ちいいな!角煮はまだあるから、好きなだけおかわりしてくれ!」

 

俺らの食いっぷりを見守る禪院さんは満面の笑みを浮かべてそう言ってくれる。

こんな美味いもんまだ食えるのか、という嬉しさに、箸が止まらん!

半分にした煮卵と、半分にした角煮…同時に口に放り込めば、もう最高!

あっという間に山盛りご飯の半分が消えていった。

箸休めのチンゲン菜をしゃくしゃくしながら、俺は、幸せというものを噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、見せる時はいつかくるだろうさ。俺、悠仁の死刑執行人の第一候補だからな。そん時はよろしくな?」

 

「…………え?」

 

にこにこと朗らかな笑顔を浮かべて、事も無げに言いきる禪院さんを恐る恐る見上げる。

ああ、この人もやっぱおかしいんだな、と再確認する出来事だった。

 

 

 

いや、高専こえぇ……。




【醤油操術】
醤油ベースの料理をする時、具材の染み具合を操る事が出来る。
無下限呪術の五条と呪霊操術の夏油二人相手に、転げ回らせた?
虎杖、復活した宿儺の死刑執行が出来る?


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みたらし団子

星野→夢乃
きららちゃん出すとき紛らわしいから変えます


ぷかぷか

 

窓の外を見ると高専の先生の一人夢乃空先生が、お腹で手を組み仰向けで眠っていた。

すやぁと聞こえてきそうなくらい気持ちよさそうに、何もない中空で眠る夢乃先生。

まあ、いいかとふと時計を見れば授業の時間で。

そういえば次の授業は夢乃先生の初めての授業で。

もっかい窓の外を見れば風に流されてふわーと浮き上がる先生の姿があって。

私は急いで窓を開けて身を乗りだし、手を伸ばした。

 

「すぴー…」

 

「ちょっ…!届かなっ…!虎杖ぃ!」

 

「なんだ釘ざっうぉおおお!夢乃先生ぇえええ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やー、ありがとうねー。ついついうとうとしちゃって」

 

すったもんだありつつ、どうにか夢乃先生が風に浚われるのを阻止するのに成功。

夢乃先生は現在教壇の上で宙に腰掛けるようにして、タイツかストッキングか、艶のある黒い長い脚を組んでぷかぷかと浮いていた。

くっそ細いな脚。

 

「どういたしまして!」

 

「窓から飛び出てまで連れ戻したのは俺なんだけど?」

 

「……」

 

虎杖がなんか言ってるけど聞こえない。

 

「それじゃあ、どうしよっか、初めての授業だしー質問タイムする?」

 

その言葉を待ってた!

浮いてる以上気になる事あるし、今のうちに聞いておかないと!

 

「ハイ!」

 

「はぁい虎杖クン」

 

っと、虎杖に先越されたわね。

まぁいいわ、時間はまだあるもの。

 

「先生はなんで浮いてるんですか?」

 

「おー、いい質問ですね、虎杖クン」

 

夢乃先生は、ぽわぽわとした雰囲気を醸し出しながら、 黒い手袋をした手をパチンと叩いた。

 

うーん、見れば見る程この人肌の露出ないわね。

顔以外まったく見えない。

袖が広がってるタイプのコートだけど、長い手袋みたいで腕は黒しか見えない。

足首まであるだろうコートの下部分のファスナーは開いてて、太もも半ばまで見えてるけど、上は首までしっかり閉めて覆ってるし。

ちらっと見えた感じ首も黒っぽかったし、脚のと材質似てるから、もしかすると全身タイツなのかも。

……全身タイツに黒いフード付き長コートかぁ……。

 

「浮いてる理由を話すには…まずはボクの術式について教えなきゃねぇ」

 

目を細めた夢乃先生は、胸元から何かを取り出した。

金色の…鍵?

なんというか、正に「鍵!」って感じの鍵。

持ち手から真っ直ぐ棒が伸びて、先端辺りに鍵山がついてる、鍵をイメージしろって言われたらまず思い浮かぶような形。

 

「ボクの術式はねぇ、【解放呪法】って言ってね、この鍵を差して回す事で、何かから解放する事が出来るんだー。ボクは、常に自分を重力から解放しててね?それでこうやって浮いていられるんだー」

 

ふーん…なんかよくわからないけど凄そうね。

少なくとも浮けるっていうのは間違いなくアドバンテージだし。

虎杖もよくわかって無さそうに首を傾げてるわね。

 

「まぁ、ボクの周りが無重力になるみたいなイメージかなぁ。さっき虎杖クンもボクに触ってれば落ちなかったでしょ?」

 

確かに。

さっき虎杖は完全に窓から飛び出して夢乃先生に飛び付いていたけど、目を覚ました夢乃先生とふわふわと戻ってきてたものね。

 

「成る程…すごいッスね!さっきのあれが無重力って奴かぁ」

 

無邪気に喜んでる虎杖を横目に、後で私も体験してみたいなぁとそわそわする。

そんな私達に、伏黒がわざとらしいため息をつきやがった。

 

「あのなぁ、夢乃先生の術式はそんな浅いもんじゃねえぞ。やろうと思えば……」

 

「あー、ダメダメー」

 

呆れたように口を開く伏黒に、夢乃先生からストップがかかる。

すぃーと伏黒の上に泳ぐように移動すると、その頬に片手を添えた。

 

「伏黒クン、折角ならボクが直接見せたいから、秘密、ね?」

 

顔を近付けて、伏黒の唇に人差し指を立てた。

うわ、あざとっ!

この人五条先生と同じって事はあれでしょ?もうすぐ30!

いや、全然そう見えないけど!

 

空色の瞳をほにゃりと緩めた夢乃先生に見つめられて、伏黒は頬を染めて視線を外しやがった。

 

「っ……ッス…」

 

「てめえ伏黒!照れてんじゃねぇよ!」

 

「ゆ、夢乃先生!コートの中見え、見え…!」

 

「エロガキどもがぁ!」

 

「コートの中?ショートパンツ履いてるから大丈夫だよ?」

 

ピラッ

 

「「……!」」

 

「センセー!履いてても男子にそういうチラリズム良くないでーす!お前らその目に釘ぶちこむぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ!この超絶美女を差し置いてデレデレしやがって!」

 

「超絶…」

 

「美女…?」

 

「お前ら…」

 

顔を見合わせて首を傾げる二人。

本当に目に釘ぶちこんだろうか?

イライラしながらしらーっとした反応を返す二人を睨み付けると、いつの間にか側に浮いていた夢乃先生に頭を撫でられる。

ぽんぽん、と優しく撫でられ、思わず表情を緩めて先生を見上げた。

 

「まあまぁ釘崎チャン。落ち着いて」

 

「夢乃先生…」

 

「窓の外から悟クンに写メ撮られてるよ」

 

「は?」

 

言われた通りに窓の外を見れば、片手に携帯を構え、もう片手に何故か大皿を持った五条先生が、笑いながら宙に浮いていた。

……なに?高専の教師は空飛ぶのがデフォな訳?

笑顔で窓をガラーッと開けた夢乃先生を見ながら、私はそんな事を思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー。誠一からみたらし団子いっぱい貰ったから皆で食べよー」

 

授業中にも関わらず、団子を乗せた大皿を持った白髪の不審者が、窓から教室に侵入してそう宣った。

とんでもない光景ね。

 

「五条センセー!授業中ですよ!」

 

自分から招き入れたにも関わらず、何故か夢乃先生はご立腹のよう。

いや、これ楽しんでるよな?

腰に手を当てて頬を膨らませてるけど、目がすっごい穏やか。

現に五条先生に頬を突っつかれて息が漏れると、もー、と言いながらも笑ってる。

 

「何?私達は何を見せられてる訳?」

 

「いつもこんな感じだ」

 

「二人仲良いんだなー」

 

最早見てもいない伏黒に、呑気な虎杖。

こいつら本当に現役高校生なのか?

 

「はい空あーん」

 

「あー…んむっ!おいひー!」

 

あーあー、夢乃先生が誰よりも先に食べたよ。

五条先生が差し出した串に刺さったみたらし団子を、一切の逡巡なしにパクリ…。

ほっぺを押さえて満面の笑み。

うーん。

腹立つけど、美味しそう。

というかいい匂いし過ぎよあのみたらし団子。

 

「はい、皆もお食べ」

 

ずい、と大皿を差し出してくる五条先生に眉を寄せながらも、一本貰っておく。

 

「わー!いただきますセンセー」

 

「いただきます」

 

虎杖は両手に二本ずつ、伏黒は片手に三本…食い意地はってるわねぇ。

ま、私は一本で充分かな。

いい匂いとはいえ、そこまでみたらし団子好きじゃないし。

 

「あむぅっ」

 

口の横につけて唇で一個挟み、串を引き抜く。

団子を口の中に放り込んで唇についたたれを舐めとって、口に広がるあまじょっぱいたれの風味を感じて…。

噛んだ瞬間世界が変わった。

団子に焦げ目ついてるな、と思ってたけど、噛んだ瞬間ねとりとした団子の感触に、カリ、パリ、と少し硬い歯応えがあった。

その瞬間口の中で弾けるほろ苦さと豊潤な香り!

手元の団子をよく見てみると、みたらしの奥、団子の表面が薄茶色、多分醤油風味のカラメルでコーティングされてる!

しかも一度噛むとほろっとほどけて、それ以降食感の邪魔にならない!

団子自体も軽く炙られてて、香ばしさと弾力が良い塩梅。

 

「ごくん…」

 

美味しい…。

 

「うめぇえ!これ、すっご、何個でも食えるって!」

 

「………はぐっ」

 

ばくばくと食う虎杖と、黙々と食い続ける伏黒の反応を見て、私も串に刺さった二つ目を口にする。

正直これは二本三本イケる。

せめてもう一本は確保しないと…。

そう思って五条先生のほうを振り向くと…。

 

「はい、あーん」

 

「あー…む……んまー」

 

教壇に座って、膝に夢乃先生を乗せて団子を食わせてた。

腕の中でぽやぽやとした笑みを浮かべて団子頬張る夢乃先生と、団子を口元に持っていき続ける五条先生。

 

「はぁ!?はぁーー!?何してんの!?」

 

私は慌てて二人に詰め寄った。

いやいや、仲良いねとかいうレベルじゃないわよね?

 

「それ!距離感おかしくない!?恋人の距離感よそれ!」

 

そう言うと、二人はきょとんとした顔をして同時に首を振った。

 

「えー?違うよぉ。仮にもしも恋人作るとしても、悟クンとはないかなぁ」

 

「それ、僕のセリフ。あのね、空はマスコットみたいなもんだよ。愛玩動物っていうか」

 

「「ねー」」

 

「キーッ!」

 

いや、そもそも、ていうか!

 

「夢乃先生って男なの!?女なの!?」

 

体つきがよく見えないし、顔もいいし、髪も長いから判別つかないのよ!

それによって五条先生の膝に乗ってあーんして貰う映像の意味も変わるんじゃない?

いや、どっちでもおかしいけど!

 

私の言葉に、夢乃先生はきょとりと目を瞬かせた。

すると、微笑みを浮かべるとふわりと浮き上がった。

そしてスィー、っと私に近付いてくると、口元に手をやって、私の耳元に答えを告げていった。

 

「―――――――」

 

「えっ…?」

 

私がその言葉の意味を考えてフリーズしている内に、夢乃先生はゆらりと浮いたまま、虎杖と悠仁の二人に向けて、手をパン、と叩いた。

 

「もー後はお団子食べて親睦深める会にしちゃおっか。お茶淹れてくるねー」

 

「僕カルピスで」

 

「悟クンのはブラックコーヒーかな?」

 

「ちぇっ、ケチだねぇ」

 

「淹れてくる、ってなあ」

 

「……あともう少しで授業終わるな…」

 

「あっ。空ー!ちょっと待ちなよ空ー!」

 

焦ったように追いかける五条先生を尻目に、私はさっき囁かれた言葉を考え込んでいた。

特に深い意味はないのかもしれないけど、ちょっと捉え方に困る言葉だったから。

うーん、でもまぁ、なんつーか…。

 

「変な教師しかいねえ……」

 

頭痛がするわ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どっちでもないよ』かぁ…。




【解放呪法】
夢乃空が持つ鍵を差して回す事で、何か解放する事が出来る。
現在本人は重力から解放される事で宙に浮いているらしい。
その状態だと周囲の物や触れてる物も、同様に重力から解放されるらしい。
重力から解放されるだけなのは浅いらしい。

性別
どっちでもないらしい


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カツ丼

「悠仁!今日は二人で任務だ!」

 

「オッス!」

 

「験担ぎに今日の昼飯はカツ丼だ!」

 

「オオォッス!」

 

「好きなだけ食え!」

 

「いただきまぁす!」

 

ほっかほかの出来立てカツ丼。

それを差し出すと、悠仁は満面の笑みで食べ始めてくれる。

まずは、とばかりに卵と出汁で綴じたカツを一切摘まみ、口へと運んだ。

 

ザクッ!

 

食堂中に木霊するような小気味良い音が響いた。

 

「こ、これ……!」

 

驚いてこっちを見る悠仁に、俺は親指をたてる。

 

「それが【醤油操術】を使っての調理…そう!カツ丼のカツが出汁を吸ってるのにサックサク!」

 

「すげぇ!なんだこれ!衣を噛み締めると出汁が溢れだすのに、歯応えが揚げたてのままだ!卵も最高の火の通り方で、玉ねぎもしっかり味が染みてるのにシャキシャキ…肉もジューシーで美味い!はぐっ……んー!」

 

半分になったカツを口に放り込み、下の米をかっ込む悠仁。

そこで俺はニヤリと笑った。

米を口一杯に頬張った悠仁の瞳は、みるみるうちに輝きだした。

悠仁は最早言葉もなく、夢中でカツ丼をがっつき出す。

 

くっくっくっ、カツにばかり気をとられてたようだな。

染み具合のコントロールは、カツや卵のみにあらず。

その下の米の染み具合もコントロール出来る!

丁度丼の中層だけに出汁が染み込み、しかも米粒一粒一粒が出汁でコーティングされている!

頬張ってがつんとくるカツの旨さ、そこをただの白米で包み、味が薄れてきた所に再度出汁の旨味!

そして何よりも、だ。

 

ザクッ

 

ザクッ

 

ザクッ

 

最後までザックザクだ!

カツ丼といえば揚げたてを使っても、最後にはザクザクの食感が失われたりするもの…だが、俺の作ったカツ丼にはそんなもんはない!

最後の一切もザクザクと音をたてながら頬張る悠仁は最高に幸せそうだ。

いやぁ、この子は本当に美味そうに食うね、作りがいがあるよ。

 

そんなふうに眺めていると、最強コンビが顔を出す。

カツ丼を頬張る悠仁を見て、悟が口を開いた。

 

「お、カツ丼ー?ロース?ヒレ?」

 

「どっちもあるぞ、ハーフで作るか?」

 

「お、いいねぇ、少し出汁甘めでつゆだくとか頼める?」

 

「任せろ悟!傑はどうする?」

 

そそくさと座った悟に対し、備え付けのサーバーから水をコップに二杯注ぐ傑に問い掛ける。

 

「そうだね、私はヒレで。味付けは誠一に任せるよ」

 

「あいよ!悠仁はおかわりは?」

 

「食べる!またロースで!」

 

あっという間に丼をからにした悠仁は、元気よく返事をしてくれる。

俺はそれらの注文の調理に早速取りかかった。

 

「あいよー!」

 

じゅわわわわわわ

 

ジャー!

 

シャカシャカシャカ

 

じゅわー

 

トンカツを油で揚げる音、出汁が熱される音。

魅惑の音だよなあ。

そして加熱された出汁にぶちこむトンカツと溶き卵。

ついでに味噌汁の味も見て、と。

醤油使わないと流石に自在には出来ないから、意外と味噌汁が気ぃ使うんだよな。

 

「いよし、まずはハーフ&ハーフカツ丼甘め!」

 

「きたきた!傑、お先ぃ!」

 

シャキ、とマイ箸を取り出す悟。

というか皆マイ箸持ってるからな。

悠仁と野薔薇にも後でプレゼントすっかな。

 

「はぐはぐはぐはぐ!」

 

早速カツ丼を嬉しそうにかっ込む悟を眺めつつ、俺は調理を続ける。

 

じょわー

 

ジャク!ジャク!ジャク!

 

カカカカカ

 

じゅわわー

 

揚げあがったトンカツが良い音をたてて切られる。

うーん、小気味いいね。

玉ねぎを放り込んだ出汁、に切ったトンカツをぶちこんで卵とじ…っと。

よし、こっちは完成!

 

「ほい、ヒレカツ丼!お待ち!」

 

「最高の揚げあがりだね。いただくよ」

 

シャオ…

 

ヒレカツを噛んだ傑はいつもの細目を少し開く。

ふふふ、俺もまだまだ発展途上よ。

中身はしっとりとジューシーに揚げあがっているはず。

前は少しだけパサついてたから気になってたんだよなぁ。

 

「また腕をあげたね、誠一」

 

「おいおい、褒めても漬物くらいしか出せねーぞー」

 

「いいね、それも頂こうかな」

 

切り干し大根の漬物を小皿に盛って出してやろう。

 

「んっ、美味しいね。箸休めに最適だ」

 

ポリポリと美味そうに咀嚼してる傑を横目に、よし、と頷き、悠仁の二杯目を仕上げを終える。

 

「いよしっ!と!ロースカツ丼お待ち!」

 

「ざーっす!もっかいいただきまーす!」

 

そうして満面の笑みでカツ丼を頬張り始める悠仁。

いやぁ、良い光景だ。

悟も傑も一時期は食もろくに取れてなかったからなぁ…。

こうやって二人で俺の料理を笑って食ってくれるのは…控え目に言っても最高だな。

さあて、他の腹ペコどもはいつ来るかね。

俺は豚カツを揚げる準備をしながら、三人がカツ丼を頬張る様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは山奥の山荘、そこに巣食う呪霊を祓った後の事。

 

一級にも届かない、強くて二級、殆どが三級の実に楽な任務。

ただ、数だけはいたので悠仁には良い経験になったと思う。

四方八方から襲い掛かってくる呪霊に、どう対処していくか…この業界は万年人手不足、一対多なんて常だからな。

二級だけは俺がぶん殴って祓ってたが、最期には丁度よく残った二級と、悠仁がタイマンを張った。

そして見事、悠仁は二級呪霊を打ち破ったのだった。

しっかし凄まじい身体能力だったな、こりゃ鍛えれば化けるぞ。

後で傑にでも話しておくか。

ま、後は麓に止めてある窓の人が乗ってる車に戻るだけ。

そんな風に気楽に考えていた時だった。

 

「騒がしいと思えば…呪術師か」

 

面倒な事になったな…。

道を塞ぐように現れた人間大の呪霊。

だがその目は大きな一つしかなく、人間なら髪があるべき場所はまるで火山の火口のようになってる。

服を着こなし、言葉を話し、此方を値踏みするように見つめてくる視線。

けど一番やばいのは、こいつが現れた瞬間周囲の温度が上昇し続けてる事だな。

こいつから発せられる圧と暑さもあって、悠仁は固まってしまった上に呼吸が荒い。

……まあ仕方ない、さっきまで全力で任務だったしな。

 

「騒がせたみたいで悪かったな。もう俺達用は済んだし、帰るよ」

 

推定特級…中の上ってところか。

悟や傑なら瞬殺、空でもいけそうだが…。

ちら、と俺は隣で固まっている悠仁に視線を向ける。

悠仁を抱えながらは…俺じゃ祓うのは難しいかもな。

 

「まぁ、待て」

 

一歩踏み出そうとする俺の足元に…そうだな火山とでも呼ぶか。

火山が炎弾を放ってきた。

足元から立ち上る強い熱気が顔を煽り、命中したら火だるまになったであろう事が容易く想像が出来るな。

 

「なんだい呪霊さん、俺らは疲れてんのさ。敵同士とはいえ、言葉が通じるなら、見逃してくれない?」

 

俺の素の実力を見切り、避けれるか対処出来る程度に抑えてあるし、会話も出来る。

その目から理性を感じるが…。

 

「そうさな…貴様達は山荘の呪霊を祓ったのだろう?あれは儂の…そうだな、仲間、いや配下と言える者達。その敵討ちという事にして…呪いあおうではないか?」

 

同時に此方を痛め付けたいという、残虐性も強く感じる。

山荘の呪霊云々は明らかに出任せだ。

ここで会ったのが意図的が偶然かはわからんが、俺達を殺したくて仕方ないらしい。

呪霊らしいっちゃらしいがな…。

火山の両の手から立ち上る、景色が歪む程の熱気と、いやらしく歪んだ瞳と、つり上がった口元。

もしも背後を見せれば一瞬で焼き付くされるな。

……逃げるのは無理か。

 

「ぜ、禪院さん……」

 

どうするか、と悩んでいると、隣の悠仁が声を震わす。

……ま、答えは決まってるか。

 

「大丈夫だ悠仁。お前は俺が守るよ。心配すんな」

 

わしわしと少し雑に頭を撫でてから、俺は一歩火山のほうへと踏み出す。

たった一歩踏み出しただけで、火傷しそうな程の熱気を感じる。

…長期戦は間違いなく不利、近接しか出来ない今のままだと近づいただけで燃えるかもなぁ。

なら…方法は一つ、か。

 

「はぁ……」

 

「浮かない顔ではないか、貴様ら呪術師は我ら呪いを祓うのを生業としているのだろう?ほら、また一つ祓えるぞ?」

 

ニヤニヤと笑う呪霊はわかっているのだろう、俺が火山を害せる程の実力を持たないと。

まぁ、物事の一側面としてはあってるかな…。

俺はそっと柔らかく両の手を軽く合わせる。

そこから、指先だけを交差して、掌印を結ぶ。

その意味に気付いたのだろう、火山はニヤニヤとした笑みを引っ込め、直ぐ様掌印を結ぶ。

まぁだろうな、そのステージの呪霊だよな。

さあ、あとは俺とお前の根比べだ。

 

「……悪く思うなよ。領域展開【黒天天ヶ原】」

 

「嘗めるな!領域展開!【蓋棺鉄囲山】!」

 

俺の黒と、全てを焼き付くす赤がぶつかり合う。

 

 

 

―そして、決着はついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パシャッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、色々報告する事が増えたな……キナ臭い話だ。なあ、悠仁?」

 

「は、はい、そう、ですね……」

 

「そうビビるなって…さっきの火山、頭だけ残して抱えさせたのは悪かったって」

 

「い、いやそうじゃ…」

 

「あー、あのなんか木みたいな呪霊に火山の頭奪われた事か?気にすんなよ、俺もボーッとしちまってたからな」

 

「そ、そうでもなくて……その…禪院さん、めっちゃくちゃ強いんスね……」

 

「ははは、んなこたねえよ、同期じゃ硝子にゃ流石に勝てるが、最弱だぜ?」

 

「はははは……」

 

「ま、帰るとしようぜ。傑にお土産もあるしな」

 

誠一の手の瓶の中で、黒い液体がちゃぽ、と揺れた。




禪院誠一
領域名【黒天天ヶ原】(こくてんあまがはら)
火山(仮)の呪霊に競り勝った、黒い領域。


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川辺で焚き火焼き

名推理


特級呪霊と早速遭遇するという、入学したてにしてはかなり刺激的な経験をした悠仁だが、呪術界は常に人手不足…。

甘え等許さんとばかりに高専での授業もそこそこに次々と任務を与えていくのが、呪術界の今の上層部だ。

故に今日も今日とて任務だ。

 

「の、前に、現場の近くにいいスポットがあったから、校外授業的な感じで今日は川釣りだ!」

 

「「おー!」」

 

「……」

 

長袖長ズボンに長靴、ライフジャケットに帽子。

山の中の川だからな、こういうのはしっかりさせないとな。

野薔薇はダセーと嫌がってはいたが、危険性をこんこんと説明したら渋々納得してくれた。

まったく皆良い子だな。

 

「釣れた魚は俺が直ぐに焼いてやるからな。釣れたては美味いぞー」

 

俺は焚き火を育てながら伝えてやる。

よーし、大きく育てよー、美味しく魚を焼いてくれ。

 

「竿はシンプルに竿と糸のみ。針もかえしがないタイプ。魚がエサを食ったら上手い事力を調整しないと、すぐバレるようになってるからな。ま、エサはたくさんあるから好きに楽しむといいぞ」

 

エサは練り餌だ。

つけやすいのが良い。

手が臭くなるのが難点だが。

 

「はーい」

 

「ハッ…これも訓練の一つなのか…?反射神経を鍛える…?」

 

「ただの遊びだろ、真面目すぎ」

 

それぞれが竿を持ち、それぞれに渡した練り餌を針につけていく。

後は放るだけ…というタイミングで、悠仁が口を開く。

 

「そういえば…気になってたんだけど……なんでいるの?」

 

そして俺の背後を指し示した。

振り返った俺は、はは、と苦笑を浮かべた。

 

「ま、気にすんな。応援団みたいなもんだよ」

 

「「「応援団」」」

 

三人が声を合わせ、背後のレジャーシートを敷いてくつろぐ四人を見つめた。

元々傑は着いてくる予定だったが、他二人は任務、硝子に至っては高専から出る為の許可取るのとかも一苦労の筈なんだがな…

 

「一番釣れるの誰が賭けよーよ。負けた奴が今晩高級焼肉驕りで」

 

「乗った。私は釘崎で。がんばー」

 

「じゃあ私は悠仁かな。楽しむんだよ」

 

「うーん、うーん、ボクも釘崎チャンで!がんばってー!」

 

「野薔薇が二票か、それなら僕はー…恵かな。頑張りなよー」

 

クーラーボックスから取り出したビールを開ける硝子と傑。

瓶コーラを飲む悟と、瓶ラムネを傾ける空。

四人ともいつも通りの格好で、周りの自然を眺めながら、思い思い楽しそうにしている。

……応援団だな。よし!

 

「……生徒で賭けしてるよ。焼肉かけて」

 

「明らかにクソなのに、二票入ってて少し嬉しい自分がいるのがやだ」

 

「……」(ちょっと嬉しそう

 

それぞれなんとも言えない反応を見せつつ、三人は川に糸を垂らす。

涼やかな風が吹き、穏やかな木漏れ日が差していて心地良い。

焚き火も良い感じになってきたので、持ってきていた沖漬けイカをタッパーから取り出して炙りはじめる。

すぐに気付いた硝子と傑の目が獲物を狙う目になった事にげんなりしつつ、焚き火に木を足していく。

 

「……うん、こんなもんだな。おら、これでも食ってろ呑んだくれ」

 

紙皿に乗せた焼きイカを、二本目のビールに手を掛けた硝子と傑に渡してやる。

 

カシュッ!

 

……渡す前に香った匂いだけで、こいつら一本目の半分くらい飲んだな。

まぁ、そりゃ自信作ではあるが…イカが死なないように完璧に調整して完璧なたれの染み具合にしたし、、さっきまで生きてた新鮮なイカだからな。

 

「ひゃあぁたまんないわこれ、ビールが進むわぁ」

 

「これは飲まずにはいられないよ」

 

カシュッ!

 

一口食べただけで二本目を空にした呑んだくれ共は、躊躇いなく三本目を開ける。

それをカン、とうちつけあった二人はイカを食べ、すかさずゴキュゴキュと音を鳴らし、その銀色の缶を一口で飲み干してしまう。

 

「「っぷはーっ!」」

 

「……飲み過ぎんなよ」

 

「あんたの作る酒のアテが美味すぎんのが悪い!」

 

「硝子に同感」

 

カシュッ!

 

……まぁ、楽しそうだからもう何も言わん。

 

「てか任務はどうしたんだよ」

 

「あー?京都のほうが近かったから直哉と歌姫に丸投げしてきちゃった。ま、その代わりに北海道の任務貰ってきたから。明日行く予定」

 

「……等級は?」

 

「京都近くのは一級、北海道のは二級」

 

「歌姫は災難だな…」

 

歌姫には荷が重いだろう。

直哉がいれば大丈夫だろうが…無事を祈るばかりだな。

 

~~~~~~~~~~

 

「クシュンッ!」

 

「なんや歌姫ちゃん、風邪かいな。一級案件やで?いくら俺かて歌姫ちゃんの為に常に気ぃ張ってられへんのやからね?」

 

「五月蝿いわね…わかってるわよ!言われなくても油断はしないわ。あのバカに擦り付けられた任務…絶対ろくな任務じゃないもの」

 

「良い経験だと思わな。特級の受けた一級任務やで?」

 

「だから言ってるんでしょうが!」

 

~~~~~~~~~~

 

「空は?」

 

「ここに着いてくるつもりだったから、早朝に終わらせてきたよー。硝子チャンは一段落ついてたみたいだったから連れてきちゃった」

 

「……それ大丈夫なのか?」

 

「窓から連れ去ったけど、誠一クンの名前で書き置き残したから大丈夫だよー」

 

「そうかそれなら……なんで俺の名前使ったお前?」

 

~~~~~~~~~~

 

「禪院誠一ぃいいいいいいい!!!」

 

「…筆跡違くね?これ」

 

「空さんの筆跡だな」

 

「しゃけ」

 

~~~~~~~~~~

 

ま、良いか。

 

「ほれ、味噌田楽。悟と仲良く分けろよ」

 

「わあい」

 

こんにゃくに甘い味噌をつけて焼いたのを紙皿に乗せて、空に渡してやる。

来てしまったもんはしゃあない。

むしろまぁ、硝子はいつも大変だからな…気分転換になりゃいいさ。

 

さて、三人の釣りの成果はどんなもんかね。

事前に仕込みはしてたが…。

まぁ、視界の隅で悟も硝子も傑も歓声あげてたし、まぁ入れ食いだろう。

 

「っしゃあ!またきたぁ!」

 

「釘崎ー!いいぞー!私のタダ酒と焼肉の為に釣れ釣れ!ぐびぐびー…」

 

「いいよー、釘崎チャンー。はぐ…んー、おいしー」

 

手慣れた様子で釣り上げた魚をバケツに入れ、直ぐ様餌をつけて川に放り込む。

野薔薇調子良いな、グッと親指を硝子と空に向けて笑みを浮かべて。

余裕あるし、楽しそうだ。

さて他二人は…。

 

「お、伏黒いいデカさじゃん。俺の釣る奴なんか小ぶりなんだよなぁ…」

 

「いやでもそっちのが脂のってる感じするな…この後が楽しみだな」

 

仲良さげでほっこりするな。

 

「恵ー!いいからもっと釣りなよ!野薔薇に負けちゃうよー!」

 

保護者がうるせーな。

 

「てかそろそろ良いんじゃねぇか?あんまり一気に釣りすぎると良くないっていうし、釘崎もめっちゃ釣ってるみたいだから、この辺でさ」

 

「そうか?……そうかもな。終わりにするか」

 

魚がパチャパチャと泳ぐバケツを見て、恵頷く。

 

「悠仁はいい子だね…」

 

「恵ー!諦めないで釣ってよー!」

 

顔を赤くしながらパチパチと拍手をする傑は…酔ってるなもう。

悟の言葉は無視みたいだな…ま、悟も笑って田楽食ってるし、そこまで必死でもなさそうだが。

さてじゃあ、野薔薇も止めて終わりにするかぁ。

 

パァンッ!

 

俺の拍手がその場に響く。

 

「終了!」

 

丁度最後に一尾釣り上げた野薔薇に、俺は終わり、と告げる。

残念そうにするその姿に、楽しんで貰えたように思う。

まあ、奴等が賭けをやり始めたのは少し想定外だったが…結果的に楽しんでればいいか。

 

「そんじゃ釣った魚は俺に任せて、お前らも手を洗ったらシートの所で待ってな。イカ焼きと味噌田楽色々あるけど、魚と一緒に食う塩むすびも用意してあるから、程々になー」

 

「「「はーい」」」

 

元気に返事をした三人は、釣りの成果を確認し、野薔薇は得意そうに笑みを浮かべた。

それに二人が賛辞を述べながら歩きだし、事前にタンクに汲んでおいた水道水で手を洗っている。

川でもいいんだけど…まぁ、一応な。

釣りの結果は野薔薇一番、恵二番、悠仁三番だったみたいだが…。

釣った魚を見ると、悠仁の釣った奴は鮎ばかり。

個人的には鮎が一番好きだから、悠仁に花丸送ってやりたいぜ。

 

「さぁて、仕込みするか」

 

鮎はそのまま塩焼きかな。

ヤマメは内臓とって塩焼き…ま、それでいいかね。

それらの処理をしつつ、皆の様子を眺める。

 

頭をかきながら傑に謝る悠仁だが、傑は特に気にした様子なく、ラムネを差し出してる。

 

「すみません、夏油先生」

 

「はは、楽しかったかい?それならいいさ。ラムネでも飲むといい」

 

「うっす。いただきます」

 

悟はなんかぐちぐち恵に絡んでるようだが、完全にスルーして恵はお茶を飲んでるみたいだ。

 

「恵ー。もうちょっとなんか色々出来たんじゃないのー?式神使って妨害するとかさー」

 

「…………」

 

「あれ?恵ー?無視ー?」

 

そして勝利した野薔薇だが…。

 

「よしよしよーし!よくやったねぇ、褒めてあげる」

 

「よしよしー。釘崎チャン頑張ったねぇ」

 

「あはは!こんなもんっスよ、あは、あ、ははは……はひ……」

 

硝子と空に頭と頬を撫でられ、引き倒されて膝枕させられ、撫でまわされ続けている。

野薔薇は最初は純粋に嬉しそうだったが、段々と顔を赤くし、目をグルグルと回し始めていた。

 

……問題無し。ヨシ!

流石に淫行はしないだろう。

 

さて、串うちは終わった。

塩もまぶし終わった。

ヒレにしっかりまぶして白くなるようにして焼くと、そこがうめえんだよな。

さて、後は焼くだけ。

新鮮な、うちの可愛い生徒達が頑張って釣り上げた魚だ。

完璧な焼き加減、見極めてやるぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パリッ!

 

「「「うっまぁ!」」」

 

我ながら完璧な焼き加減の塩焼きを、いい音をたててかぶりつく三人。

 

「皮うっまぁ!パリパリで脂がじゅわって、うっめえ!」

 

「素朴でいい味わいだな…」

 

「んんー!美味しいー!勝利の味は格別ね!」

 

笑顔の三人に俺も嬉しくなっちまうな!

 

「ほれ、塩むすび!この後任務だからな、食え食え!」

 

俺もつられて笑いながら、塩むすびを渡していく。

はぐはぐと夢中で食べる様子を眺めつつ、次いで焼き上がった魚を教師陣にも渡していく。

 

「「「「いただきます」」」」

 

パリパリと音をたててかぶりつく三人、そして一人、串から引き抜いて、頭からかぶりつく傑。

そうそう、それも美味いんだよ。

鮎は内臓も美味しく食えるからなぁ、骨も奥歯で磨り潰せるし、この食い方美味いんだよなぁ。

ぎょっと目を見開く悟と硝子と空を尻目に、既に一尾食いきった悠仁が、手についた塩と脂を舐めとりながら、傑の食べ方におお、と感心したような表情を浮かべた。

それに何を求めているのか即座に理解した俺は、鮎の塩焼きを渡してやる。

 

「ほれ、鮎の塩焼き」

 

「あざーっす!」

 

さっと串を抜いた悠仁は、ばくん、と半分程を一気に口に入れて、パリパリボリボリと咀嚼していく。

そしてばくんと一息に塩むすびを頬張り、幸せそうに咀嚼している。

本当に、美味そうに食うなぁ。

さて、二尾目も焼けたし…俺も食うかな。

イワナの背に歯をたて、俺も食事にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしてもすごい入れ食いだったなぁ」

 

「気持ちいいくらい釣れたわね!あれくらい釣れたら楽しいわ流石に」

 

「少し心配になるくらい釣れてたな」

 

「ああ、上流に事前に醤油一滴垂らして、あの辺りの魚の警戒心だけ下げてたからな」

 

「「「????????」」」

 

「いやだから、川に醤油垂らすだろ?

そしたら川はもう醤油だろ?

なら川に住む魚ももう醤油だ。

醤油なら操れる。

だから魚が釣れやすい状態にしてたんだ」

 

「「「なんて??????」」」

 

「ま、縛りで俺は俺が作った醤油しか操れないし、戦闘に醤油一切使えないんだけどな」

 

「「「????????」」」

 

「いや、醤油は調味料だからな、勿体無い勿体無い」




【醤油操術】
縛り
・自分が作った醤油しか操れない。
・戦闘に醤油操術で操った醤油を使う事は出来ない。

誠一が作った醤油を混ぜた液体は、どれだけ薄れても醤油扱いにして操る事が出来る。
少なくとも魚の警戒心のみを麻痺させるような使い方が可能らしい。


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ざる蕎麦と天ぷら

川での釣りを終えた俺達は、任務の現場へと赴いた。

そこは古臭い廃屋で、2級呪霊がうじゃうじゃいるという、恵にとって出来る範囲ではある任務だ。

そこを悠仁と野薔薇を連れて行う。

二人の経験にもなるが、恵が二人をどう扱うか、それが鍵になるだろう。

 

「大変な任務だが頑張れよ。終わったら傑の金で焼き肉らしいからな!」

 

「「「はい!」」」

 

元気良く返事をして駆けていく三人を見送り、俺はひらひらと手を降った。

 

「あれ、もしかしてこれ全員に奢るのかい?硝子と空だけじゃなくて?」

 

「え?そういう話じゃなかったのか、すまん。でも、悟なんかは奢られる気満々みたいだけど…。あー…まぁ、俺も悠仁勝つかもなーと思ってたから半分くらいは出すぞ?」

 

「誠一も貰ってるとはいえ、ほとんど食事の材料に使ってるだろう?それにいつも作って貰ってる身で、よりにもよって君に出して貰う選択肢はないよ。まぁ構わないさ。美々子と菜々子も乙骨君に着いていって暫くいないし、金は貯まる一方だからね」

 

「そうか?じゃあまぁ、今回は馳走になるかな。代わりに明日はざる蕎麦用意してやるよ。天ぷら何がいい?」

 

「それは嬉しいね。かき揚げがあれば文句ないよ。ふふふ」

 

そう言って不敵に笑う傑を横目で見やる。

……美々子と菜々子…ボロボロの二人を抱えて戻ってきた時の余裕の無さは感じなくなってきたな。

傑が、皆が楽しそうなら料理くらいいくらでも作ってやるさ。

さぁて…蕎麦はどうするかな…粉からやるか、市販の高級品使うか…。

 

そんな風にくだらない話をしながら暫く様子を見てたが、廃墟からは時折悲鳴やら破砕音等が響くものの、特に危なげなく祓い続けているようだ。

傑と並んで、その光景を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30分くらい経っただろうか?三人とも特に目立った怪我なく戻ってきた。

まぁ、流石に疲れてはいるようだし、少し煤けてはいるが。

 

「終わりました」

 

「おし三人ともお疲れ!無事で何よりだな!」

 

俺はそう言うとチラ、と悟のほうを見る。

何が言いたいのかわかった悟は目隠しを外し、六眼で廃墟のほうを見つめた。

悟は暫くしてから、おっ、と小さく声をあげた。

 

「あっれ、残ってるね。随分と隠れるのが上手い奴がいるみたいだ」

 

「えっ!玉犬でしっかり索敵した筈…!」

 

「やっぱりか。ここは以前も二級術師を派遣してたんだ。だが、短時間でまた被害が出てな、こりゃおかしいと思ってたんだ」

 

「……わかってたんですか?」

 

「えー、それなら先生達が最初から対応してたら良かったんじゃー?」

 

「以前が二級で祓えた規模だからなぁ、調査して窓の人達が死ぬわけでもなかったし。二級呪霊の巣窟ってのは、経験しておいて悪い事はないしな。正しい任務の形としては、お前達は露払い、その後俺と傑で詳細調査って感じだ。悟がいたから見て貰ったけどな」

 

「こういうのは結構あるンスか?」

 

「そうだね、割りとあるよ。そもそも呪霊を祓い損ねていたり、その土地自体が呪われていたり……強い呪物があったり、ね。大体は調査でわかるものだけど…今回は本当に隠れるのが上手なパターンのようだ」

 

悠仁がうっ、と声をあげる。

そして傑は、顎に指を添えてじっと廃墟を見つめた。

 

「んー、もしかして取り込みたいのか?」

 

「二級で戦闘力も無さそうだけれど、少し欲しいかな。頼めるかい?」

 

「はいよ、お前らじゃ廃墟毎壊すしかないもんな」

 

俺はパン、と音を鳴らして手を合わせた。

 

「拡張術式…【醤融言】」

 

対象は、あの廃墟内、と。

 

「『醤油』」

 

そう呟いて手を再度鳴らして、俺の呪力がごっそり減ったのを感じる。

さて、そしたらさっさと操作して、と。

指で何かを掴むようにすると、くいっ、と手首を引く。

そうすれば廃墟からは黒い液体が飛んできて、ひゅるりと俺の手の中に収まった。

 

「ほれ」

 

「ん、ありがとう」

 

俺の手の中でふわふわと浮いている黒い液体は、手を翳した傑の手の中へと吸い込まれ、黒い球体へと変化する。

それを大口を開けてゴクン、と一息に飲み込んだ傑は、顔をしかめた。

 

「お味のほうは?」

 

「醤油風味の吐瀉物だね。何時もよりはマシだから、毎回やって貰いたいくらいだ」

 

それは流石に呪力がもたねえな。

 

「そいつは勘弁だな…。さて、そんで後は…空、頼むわ」

 

「はあい」

 

そう声をかけると、空は胸元から取り出した金色の鍵を右手に持ち、廃墟へと向けた。

途端、キンッという音が鳴り、その鍵がそのまま巨大化する。

まるで剣のようになった鍵を左右にブンブンと振り回し、クルクルクルクルとバトンのように回す。

鍵の先に灯った光がそれに伴って輝きを増していき、空は両手で鍵を押さえ、廃墟へ向けて付き出した。

その鍵の先の光は廃墟へと延びていき、入り口付近にそれが触れると、その建物全体が淡く光りだす。

 

「この地を呪いから解放せよ……光よ」

 

空が真剣な顔でそう呟いた後、鍵を左側に回す。

同時に何処からかガチャリ、と重厚な音が響き、廃墟を包む光が少しずつ消えていった。

残るは呪いから解放された廃墟だけ、と。

おー、と呆けた声をあげる悟と硝子。

 

「いやぁ、いつ見ても幻想的な光景だね」

 

そう言って笑う傑は労る為に、小さくした鍵を胸元にしまう空の元へ歩み寄っていった。

 

「お疲れ様、空」

 

「あ、傑クンもお疲れサマ。口直しにラムネどうぞー美味しいよ?」

 

「ありがたく頂こうか」

 

さて、これで完全に任務完了だな。

あの廃墟は長年呪霊が隠れて住み着き、その廃墟自体が呪いに「囚われて」いた。

後は簡単、空が【解放呪法】でその呪いから解放すればいい。

これですぐには呪いは発生しないだろう。

 

「さ、帰って焼き肉に行くとするか…」

 

そう呟いて踵を返すと……恵、悠仁、野薔薇の三人が廃墟を見つめ、目を点にして肩をいからせて固まっていた。

……ふむ、そういえば空の解放を見るのは悠仁と野薔薇は初めてだったか。

恵は見たことあったと思ったんだがな…。

 

「何々、三人ともなんで固まってる訳?これから夏油の金で高級焼き肉よー?」

 

強!とかかれた缶チューハイを片手に硝子が寄ってくる。

 

「空の解放は派手だからビックリしたんじゃないか?」

 

「ふーん……ぐび…ま、後々馴れるでしょ。さー焼き肉焼き肉ー」

 

ふふふーんとご機嫌で鼻唄を口ずさみながら硝子は足早に帰路につく。

その足取りはしっかりしてて、相当飲んでる筈なのに酔ってる感じはまったくない。

 

「やー。みんなお疲れー。焼き肉はちゃんと貸し切りで予約してあるから、そう急がないでも大丈夫だからね」

 

その後をクーラーボックスを抱えた悟が続く。

 

「悟?今貸し切りと言ったかい?それかなり別途料金かかる奴じゃないかい?おい!」

 

「あははー楽しみだねえ、やきにくー」

 

額に冷や汗を滲ませて悟に詰め寄る傑と、呑気にふわふわと浮きながら着いていく空。

それらを見送り、改めて三人に目を向ける。

三人は漸く正気に戻ったようで、俺に そのまま詰め寄ってきた。

 

「「「禪院さん!」」」

 

「なんだなんだ、聞きたいことあるなら順番に聞いてくれれば、順々に話すよ」

 

めんどくさいけど、仕方ない。

俺は色々な道具を入れたリュックを担ぎ直し、三人の疑問に答えつつ歩きだすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「禪院さんの拡張術式初めて見ました……問答無用で相手を醤油に変えるんですね」

 

「いや、帳って醤油みたいだろ?」

 

「……???」

 

「じゃあ帳の中にあるのって醤油だろ」

 

「?????」

 

「伏黒が宇宙猫になってる…珍しいわね」

 

「釘崎は禪院さんの言ってる事わかった…?俺意味わかんねーや」

 

「わかる訳ないでしょ。でもあの人も、改めてイカれてるって事はわかったわ」

 

 

 

 

 

「それにしても夢乃先生のあれ凄かったな、本当にあれ呪術なのか?キラキラしてさ!」

 

「呪いが生まれやすくなる土地を解放するっていうのは、理屈はわかるけど、そんな言葉遊びみたいな事が出来るのね…」

 

「言ったもん勝ちみたいな所あるからな、呪いの世界ってのは。全ては解釈次第だ。ま、度が過ぎればとんでもないしっぺ返しがあるから、慎重にやんないとダメだけどな」

 

「術式の解釈、か。私ももっと何かないかしらねぇ…」

 

「追々考えていけばいいさ。空は高専入学時なんて、ただでかくした鍵でぶん殴るしか出来なかったぞ?」

 

「へぇー、俺は術式ないからなんか親近感わくなぁ。後で話聞いてみようかな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

焼き肉を存分に楽しみ、傑の財布をカラにした翌日。

俺はざる蕎麦と揚げたての天ぷらを用意し、傑の自室へと運んでいた。

 

「おはよー傑、持ってきたぞ」

 

「ん、ああ、誠一か。いらっしゃい」

 

傑は別に皆と食うのが嫌いという訳じゃないか、こうやってたまに好物を一人で食うのを好んでいる。

気持ちがわからない訳ではない。

たまには好きな物を好きなように一人で自由に食いたい、そう思うもんだ。

 

「ほい、ご注文の天ざるだ。蕎麦の手打ちはまだ自信がなかったから、市販の十割蕎麦だ。茹では慎重にやったから自信はあるが、茹で具合の調整も出来るからな」

 

「いや、いい艶だ。まずは薬味なしでつゆだけで頂くよ……ずっずるるっ……んー良い香りだ」

 

もぐもくと笑顔で咀嚼する傑に胸を撫でおろしつつ、天ぷらの紹介にうつる。

 

「天ぷらはかき揚げだけにしといた。いい桜エビがあってな。ごちゃごちゃ用意するよりは、とな」

 

「ザクッ……いや、素晴らしいよ、最高だ。……同じのをもうひとつ頼むよ。……ずるるるっ」

 

……どうやら気に入って貰えたようだ。

蕎麦ってのは繊細だからな、緊張したぜ。

温蕎麦ならまた少し違うけど、ざるは苦労するな…。

でもまぁ。

 

「……ザクッ…ずっ、ずるるっ……」

 

ご機嫌で頬張るのを見れるなら、料理人冥利に尽きるってもんだな。

 

「うしっ、じゃあおかわり用意してくるぜ、楽しんでくれ」

 

そう言い残して部屋を去る俺に、傑はひらひらと手を降っていた。

さあて、食堂に戻ったらおかわり作りつつ、天ぷらを揚げてくとするかな。

今日は天ぷらだ。

そのまま天ぷら定食、天丼、天蕎麦、天うどん、勿論天ざるも。

腹ペコ達は何を食うのかねぇ。




【醤油操術】
拡張術式【醤融言】(しょうゆうこと)
自分が醤油だと認識出来る物が触れた、醤油だと認識出来るものに『醤油』という言霊をぶつけ、醤油に変化させる術式。
高専入学前、自分の作った醤油しか操れないという縛りを設けた後、どうしても手数が減ってしまったので、その頃は手頃な液体を醤油に変える事で補っていた。
自分がそれを強く醤油だと思い込む事が必須。

【解放呪法】
「呪いに囚われている」等の無機物に対する概念的な事象も解き放つ事が出来る。
鍵は大きくする出来て、その状態で呪力を溜める事で直接触れなくても解放する事が出来る。


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炊き込みご飯

ニコちゃん(^. .^)ꪆ‬様、誤字報告沢山ありがとうございました。


ん?俺の術式の事がもっとよく知りたい?

そうだな…ま、いいだろ。

今日は炊き込みご飯だし、仕込みは終わって暇だからな。

話してやるよ。

 

まずは俺の【醤油操術】についてだな。

蒸した大豆と炒った小麦で麹を作り、塩水と合わせた諸味、それをじっくり絞った物を加熱して色と匂いを整えた黒い液体…それが醤油だ。

それをある程度自分の意思で動かす事が出来る。

ただスピードはそこまで早く操れないし、ろくに固くする事も出来ない。

まぁ仕方ない、それが俺の醤油に対する認識だったからな。

何処にでもある、普遍的な調味料だ、ってな。

 

そんな役立たずな術式だったから、禪院の奴らにゃ滅茶苦茶にボロボロに言われてなー。

ん、ああ、禪院はゴミの巣窟だぜ?

『禪院家に非ずんば呪術師に非ず。呪術師に非ずんば人に非ず』

そう本気で言ってる奴等がいっぱいいるからな、お前達は近付くなよ。

空も俺が…あ、いや、これは俺が言うべき事じゃねぇな。

 

えーっと、それでだ。俺はそこから何くそと奮起してな、体を鍛えて、呪力を鍛えた。

腐ってはいないがクズの、えらく身体能力の高いあんちゃんに遊びがてら鍛えて貰いながら、毎日ボロボロになるまでやってたんだ。

だがある日、ふと、俺は醤油の事を何もわかっていない事に気付いたんだ。

原材料だってその頃は大豆しか知らなくてな。

作るのに数年かかる事すら知らなかった。

もしや醤油操術が弱いのは、俺が醤油を正しく理解してなかったからなんじゃないか?とそう考えたんだ。

 

俺は親父に頼み込んで、専門家に醤油作りを教えて貰う事にした。

そしたらすげぇんだ工程が。

職人技さ、全てが。

自分の醤油を初めて手掛けた時、何度も何度もひっぱたかれながらやったもんだ…。

実際初めて作った醤油は大将のに比べて味も色も悪くて、風味もない、ひどい出来の醤油だった。

だが、すげえ苦労したし、達成感があった。

それから、自分が操る醤油の価値を正しく把握した俺の操術は、気付けば強くなってた。

本気で動かせば呪霊を貫く事すら出来るくらいにな。

そこで俺は醤油を作りながら、『自分が作った醤油のみ操る事が出来る』という縛りを課した。

それによって更に俺の術式の威力は上昇…10歳くらいで二級呪霊を祓えるようになってたんだ。

 

更には醤油と長く過ごした結果、液体が時折醤油に見えるようになってな…。

匂いとか、味とか、ただの水とかから香ってきて…。

その頃丁度手作り醤油だけじゃ手数が足りない、そう考えるようになって…。

やがてたどり着いたのが拡張術式【醤融言】。

まあー、簡単にいえば、自分の認識する範囲で醤油だと思い込める物に醤油が触れると醤油になるんだ。

……わかった?

わからんか…んー。

 

あ、そうだ、以前ほら、悟と傑を転げ回らせた、って言ってただろ?

高専に入学した時、悟に【醤油操術】ボロクソに言われてな。

腹がたったから空気を醤油だと思い込んで、あいつらの唾液を醤油にかえてやったんだ。

そうするとむせるだろ?すると鼻水や涙が出る。

それも醤油になる。

痛いぞー?粘膜に醤油は。

目と鼻と口から醤油撒き散らしながら転げ回る二人の姿は、あの時じゃないと見れなかっただろうぜ。

ま、そういう事も出来る訳さ。

対策?ああ、呪力ガードして自分をしっかり持てば大丈夫だ。

【醤融事】は自分の思い込みを対象に押し付けて醤油にするから、自我が強ければ強い程効きが悪いんだ。

 

そんでまぁ、ある日の事だ。

今まで通り醤油で呪いを祓い、土まみれになった醤油を見た時かな。

俺はその醤油を勿体無い、って思ったんだよ。

高専に入って料理にハマってた俺はよく料理をしてたんだ。

同級生、悟達によく振る舞って、なかなか反応も良くて、笑顔を浮かべてくれてな。

そんな中で、今無駄にした醤油があれば何が作れる?どれだけ美味しい料理が出来る?

そう考え出したら俺はもうダメだった。

 

『醤油は調味料だ!武器じゃねえ!』

 

そう思って俺は醤油を戦闘に用いないっていう縛りを課した。

十数年必死に研ぎ澄ました【醤油操術】の技術、それらを捨てるような行為をした俺は準一級から四級まで落とされた。

親にも怒られたし、禪院家に呼び出され好き勝手罵られたんだよ。

そんで内心イライラしながら高専に帰ってきてみれば、悟に滅茶苦茶煽られてな…。

時間経ってから思えば、あいつなりに同級生である俺を心配してたんだとはわかったが…そんときの俺にはそんな余裕なくてな。

ブチギレた俺は、感情のまま悟を殴り飛ばした。

…なんだ恵、そんな人外を見るような目して。

ああ、悟には無下限があるからな。

普通はどんなにキレてようと、どんなに力があろうと、あいつの無限は越えられない。

けどな、そん時今までにないくらいキレてた俺は、頭の血管切れて死にかけたんだよ。

そこで覚ったんだよ。

世界は醤油だって。

 

ピピピピピピピ

 

っと、炊き込みご飯出来たみたいだな。

今回のラインナップは鶏五目、たけのこ、生姜、牡蠣、鮭だぞー。

鮭にはいくら乗せ放題だ。

ん?勿論いくらは醤油漬けだ…食ってみな、トぶぞ?

おかずはなし!……ウソウソ、希望があればなんか作るぜ。

鶏とたけのこの天ぷら?カキフライ?焼き鮭?

オッケーオッケー、任せな。

おつゆは松茸のお吸い物と鮭のあら汁があるからなー。

 

美味いか?

そうか、へへへ、やっぱこれが性に合ってるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんつった五条…」

 

「はっ、何度でも言ってやるよ禪院。お前バカだろ?ただでさえカスで雑魚い術式の癖に、それ全部捨てるとかさ。わけわかんねー」

 

五条悟はへらへらと嘲笑う。

疲労の色濃く出た湿気た面を浮かべた禪院誠一を、最強である自分に一矢報いた同輩を、磨き上げた全てを投げ捨てた大馬鹿野郎を。

 

「……別に捨てた訳じゃない。醤油を戦いに利用したくなくなっただけだ」

 

ふい、と視線を反らす誠一を笑い飛ばす。

 

「はっ、同じだろ。そんなんじゃ遅かれ早かれ死ぬぞ?無駄死にする前にさっさと術師やめれば?なんならウチで飯炊きとして雇ってやろうか?」

 

瞬間、振り返った誠一は拳を悟に振るった。

 

ビッ

 

しかしその拳は無下限に阻まれ、悟の目と鼻の先でピタリと止まってしまう。

震える誠一の拳を、つまらなそうに眺めた悟は更に嘲笑う。

 

「はっ、本当の事言われてキレるとか、マジでガキじゃん。無駄だよ、醤油があっても俺に敵わなかったの忘れちゃった?それよりも役立たずになった身で敵う訳―」

 

「……無下限には、呪力が流れてるよな」

 

目を見開いた誠一は、悟を見つめる。

 

「……あ?」

 

「流れてるなら液体だろ」

 

誠一のこめかみに、血が流れていく。

 

「……何言ってんの?頭おかしくなった?」

 

「じゃあ無下限って『醤油』だろ」

 

パシャッ

 

悟の回りに、突然黒い液体が現れた。

それに悟本人が戸惑う前に、その頬に誠一の渾身の拳がめり込む。

そして。

 

「は、ぶぐぅっ!」

 

意識を失う直前、悟の目には、誠一の拳に黒い閃光が走ったのが見えた。

 

殴り飛ばされた悟は校舎の壁を破壊し、教室の机と椅子を巻き込み、黒板に大きな亀裂を刻んでそこに崩れ落ちた。

突然血みどろで飛んできた同級生である五条の姿に、家入硝子は呆然と咥えていたタバコを落とした。

 

「うぇ…?ご、五条!?アンタ何したの!?」

 

すわ何かの危機かと悟に駆け寄り、吹き飛んできた方向を見る硝子。

が、そこから現れた憤怒の表情を浮かべた誠一を視認すると、関わりたくないとばかりに教室の角に移動していった。

心配して損したとばかりに、新しい煙草を咥えてライターを取り出す。

 

「悪い家入。怪我なかったか?」

 

「ないでーす。気を付けてよね」

 

「後でなんか作るよ」

 

肺いっぱいに吸い込んだ煙を吐き出し、硝子はその様子を眺める。

気絶していた悟は、自分から分泌される液体を醤油にされ既に醤油まみれ。

悟は傷口や粘膜を醤油に触れられ、その痛みに目を覚まし、もがき苦しんでいた。

 

「(あれ、禪院の奴の術式はもう対策した、二度とあんな無様は晒さない、って言ってなかったっけ…ま、いっか、撮っとこ)あははー」

 

「いっでぇええってぇ!それやめろ本当に!っぐぁああ!目がぁああああ!!!」

 

叫ぶ悟に構わず、誠一は術式を行使し続ける。

叫び、唾液が醤油に変わり、噎せて咳をし、涙や鼻水が溢れ、それも醤油になる。

悟はそのまま、音に気付いた夜蛾と夏油傑が来るまでの数分間、醤油に苦しみ続けた。

 

そのやり取りを、教室の外から上から下まで真っ黒で、フードまで被った夢乃空が眺めていた。

フードから覗くその瞳を無感情に細める。

 

「……くだらない。小学生か」

 

悟と誠一を無理矢理対面させているのを見て、小さく呟いた空は踵を返す。

 

「……どちらも死んでおけばいいのに…」

 

そう吐き捨て、冷たい目をした空は、その場から立ち去っていった。




【醤油操術】【醤融言】
なんでも醤油に出来る。
個体、液体、気体、物質、非物質関係なく、あらゆる物をこじつけて醤油に出来る。
誠一の課した縛り、汎用性を捨て、十数年研ぎ澄ました力を捨てる、それらが非常に重く判断されている。
ただ、それには誠一が本気でそれらを醤油だと思わなければ変化せず、自我があると抵抗出来る。


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ザギンでシースー


『―呪胎戴天―』



今回は料理なし


「ふふふふーんきょーはみんなで任務だよー」

 

珍しく地に足をつけて歩く空先生は、ご機嫌そうだ。

補助監督、という術師のサポートを主に行うらしい、伊知地さんという人が今回の任務の内容を説明してくれた。

 

「此方の英集少年院にて呪胎が発見されました」

 

「呪胎……?」

 

「呪霊の卵みたいなもんだ。非術師にも目視出来たりするもので…特級呪霊になる可能性を秘めてる」

 

「特級……!」

 

ごくり、と喉が鳴る。

俺の中にいる宿儺や、この間禪院さんと一緒に出会った火山の呪霊…。

宿儺は兎も角、火山とは面と向かったからわかる、あの圧力。

今向かい合えと言われても正直ゴメンだ。

何より禪院さんが言うには、俺がまともに戦えば塵も残らないくらい強い呪霊だったらしい。

今更ながらに背筋に寒気が走る。

 

「まだそうなると確定した訳ではありません。ですが可能性は高いとして、呪胎が発見された時は『特級仮想怨霊』として登録されます。そして基本的には特級が派遣されるのですが…」

 

そこで伊知地さんは言葉を濁して、空先生の方を見る。

視線が集まってる事に気付いたんだろう、空先生はにぱっと笑った。

 

「悟クンも傑クンも忙しいからね!もう一人の特級は海外だし!あと一人は……ボクもよく知らないや。ま、大丈夫大丈夫。ボクも特級は何回か祓った事あるし」

 

「……そういう事です。仮に特級と出会った場合は、夢乃さんに対処を任せて下さい。貴方達には取り残された生存者5名の救出をお願いします」

 

「伊知地クン、他に何か情報ある?」

 

「そうですね…貴方がいてくれてホッとしています」

 

「あははー、やっぱ上かぁ。大変だね、その立場も」

 

「自分に出来る事をしようとしてるだけですから」

 

「そっかあ、偉いねえ伊知地クンは。さ、皆行くよー。あ、でもまずはボクがいないと思って行動してみてね!危なくなったらすぐ助けるから」

 

「……わかりました『玉犬』」

 

伏黒が呼び出したのはお馴染みのもふもふの白い犬。

一吠えしてからお利口にお座りするその犬を、すかさず俺と釘崎でもふもふしてやる。

 

「おー、相変わらずもふもふだなぁお前は」

 

「このもふもふ具合はたまんないわね。ご主人様のツンツンの髪に別けてあげなさい」

 

「余計なお世話だ」

 

パン

 

空先生の拍手に、撫でる手を止める。

…ちょっと、浮わつき過ぎたかな。

立ち上がって空先生を見る。

意外とちゃんと立った空先生は背が高く、170くらいはある筈の俺と同じくらいの目線だった。

 

「それじゃ、そろそろ行こうか?」

 

その言葉に、皆で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年院に入る直前、中に閉じ込められているという生存者の母親が悠仁達に声をかけてきた。

助けて欲しいと頼むその母親に対し、悠仁と野薔薇は真剣な顔で頷き、一方で恵は冷めた表情を浮かべていた。

そして空は、その母親に慈愛の表情を浮かべてその様子を眺めていた。

 

「ん、すごいね、既に生得領域が展開されてるよ」

 

少年院に侵入した四人を待っていた状況は悪い。

辺りは妙に赤く染まり、後ろを振り返れば出口は見えなくなっていた。

気味が悪そうにしつつも、四人は進みだす。

 

「母親かぁ。親ってのはすごいね、情報確認した?救出対象の岡崎正って人は二回無免許運転して、女児をはねたんだって。そんな子でも愛して、心配出来る……愛だよねぇ」

 

「とりあえずは助けるッス。話はそれからで…」

 

「……俺は気が進みませんね。余程の余裕がない限り、俺は助けようとは思いません」

 

「なっ…何言ってんだ伏黒!その人を助けられるのは俺達だけなんだぞ!?」

 

「助けて生かして、その後そいつが改心する確信でもあるのか?そいつがまた人を殺したらお前、責任取れるのか?」

 

「お前っ…!」

 

「ハイハイストップストップ!それ今言い争う事!?まずは探す!見つける!こうしてる間に殺されるかもしんないのよ!」

 

二人が睨みあいを始めた所で、野薔薇がそれの仲裁に入る。

その内容がぐうのねも出ない正論な事もあり、二人は互いに視線を切る。

そうして辺りを警戒しながら歩き始めた。

 

「青春だね。子供らしくて大いに結構…。子供、か。ふふふ……ボクも欲しいなぁ、子供…」

 

そんな言葉を呟く空に対し、空気を払拭しようと思ったのか、釘崎がその言葉に反応した。

 

「夢乃先生は誰かそういう好きな人とかいないんですか?結婚相手として誰がーとか」

 

「うーん、ボクは天与呪縛で子供を作れないから、ちょっと、尻込みしちゃうなぁ。そもそもそういう器官がボクの体には存在してないから、どれだけ子供を欲しても出来る事はないんだ。それに性別もどっちでもないし」

 

そんな突然重い話をぶっこまれた野薔薇の笑みが固まる。

 

「えと…すみません、でした…」

 

ただ呆然と謝る事しか出来ず、野薔薇はそのまま閉口した。

最後尾を歩く空に、誰も振り向く事も声をかける事も出来なかった。

 

「ま、そのかわりに高専の生徒達がボクの子供みたいなものかな。だから皆気をつけてね?無事に高専に帰ろうねぇ」

 

「「「はい!」」」

 

「いい返事。頑張ろうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

領域内を進んで行った四人は、やがて探していた者達を見つけた。

 

「惨い…」

 

胸糞悪そうに顔をしかめる野薔薇と、目を見開く悠仁。

呪霊に遊ばれたのだろう、一目で死んでいるとわかる有り様、恐らく三人分の死体だが、顔がわかるのは一人しかいない、酷い有り様だった。

その顔の見える一人の所にしゃがみこんだ悠仁は、その死体の胸に『岡崎正』とあるのを確認し、パン、と手を合わせた。

 

「……連れて帰ろう」

 

「え…」

 

「あの人の子供だ…死体もなしに納得出来ないだろ」

 

「でも虎杖…」

 

「ふざけるな、今俺達が何処にいると思ってる。それに他に二人の生死も確かめなきゃいけないんだぞ!」

 

「でも捨て置けないだろ!」

 

「元々救う気もなかった奴の遺体を持って帰る為に、危険は晒せない!お前、そいつ抱えて戦えるのか?逃げれるのか?それで隙晒してみろ、呪霊はそこを嬉々として狙うぞ!」

 

「俺なら大丈夫だ!抱えて逃げ切れる!」

 

「っ……!このバカが!いい加減にしろ!」

 

ぎり、と奥歯を噛み締めた恵は、悠仁の胸ぐらを掴み上げた。

 

「ちょっと!やめな!今はそんな言い争ってる暇なんて―」

 

ギンッ!

 

その瞬間、野薔薇の足元に巨大な鍵が突き刺さる。

一度だけ見た、空の使う鍵。

その鍵の先端が床にめり込み、その先に黒く蠢くものがあった。

それが呪霊だと気付いたのはそれが消滅してからだった。

 

「バカな、呪いの気配は玉犬が…!」

 

振り返る恵の視界に、壁にめり込み、血を流す玉犬の姿があった。

そして、悠仁と恵の間に、その姿はあった。

体は不自然に白い筋肉質な人体。

だがその異形な顔が呪霊である事を示していた。

 

「(間違いない、特級…!まずい、動かなきゃ……ビビりすぎだよ私ぃ!)」

 

「(動け動け!動かないと死ぬ…!)」

 

「(火山より、マシだけど…マシなだけで、強い、こいつも……)あぁあああ!!」

 

その発する圧で恵と野薔薇は威圧されてしまい動けない。

経験から少しだけ動けた悠仁は、がむしゃらに攻撃を繰り出そうとする。

しかしその攻撃も、呪霊が無造作に手を振れば腕ごと切り落とされるだろう。

 

「はぁ……」

 

キィン!

 

だがそれを空は許さない。

ため息を吐いて巨大な鍵を手にし、呆れたようにその呪霊の手を弾く。

そしてその鍵を剣のように構え、そのまま呪霊を左右から強く打ち付け、その腹部に大きく振りかぶった一撃を繰り出し、そのまま弾き飛ばした。

少し離れた柱に背中から衝突し、呪霊はそのコンクリートに体を埋める事となった。

 

「うーん、捜索中止、君達は即刻領域外へ。遺体は好きにしていいよ。この子抑えておけば大丈夫でしょう」

 

空は三人に背を向け、柱に埋もれたままの呪霊に鍵先を向けて続ける。

 

「ここは特級かもしれない呪霊の領域内なんだよ?気を緩めちゃダメだよー。特級の怖さは……少しはわかったみたいだね。よし、それじゃ気を付けて帰ってね。ボクは……」

 

鍵を左手に持ち替え、呪いに向け真っ直ぐ向ける。

そしてその左腕に乗せるように、右手を親指を出して指をゆっくりと小さく折り曲げ、印を作り出す。

 

「こいつを祓っておくから。はい、行動開始!」

 

その言葉とともに、弾かれたように動き出す三人。

表情に悔しさを浮かばせながら。

悠仁は岡崎正を抱え、恵は新たな式神鵺を呼び出し、野薔薇はそれらに追随して走り出した。

 

『~~~~~!!!』

 

それに気付いたのだろう、柱に埋もれた呪霊が咆哮し、ボコリ、とコンクリートを破壊して体が動き出す。

空はそれを見て、苦笑を浮かべた。

 

「産まれたばかりの赤ちゃんだけど、ごめんねぇ、これも仕事だから」

 

そして、いっそ穏やかな笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

 

「領域、展開」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君このままじゃ祓われちゃうよ」

 

領域内で空は四肢を切り取った特級呪霊に話し掛けていた。

 

『……~~』

 

「ねえねえ、君さえ良ければ、ボクの子供にならない?」

 

力なく倒れている呪霊に対し、空は笑みを浮かべる。

 

『~~~?』

 

「うん、そうすれば君はまだ消えないよ」

 

恍惚とした表情で頬を染め、呪霊に手を差し伸べる。

 

『~~~』

 

「あは、契約成立だね」

 

それに対してコク、と頷いた呪霊に、嬉しそうに空は左手で前髪をかきあげ、鍵を呪霊の胸に突き刺し、回す。

すると目の前の呪霊は光となり、空に吸い込まれるように消えていった。

消えたそこに、ころりと指が一本転がった。

 

 

 

空のその露になった額には、横一直線に縫い目があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

ひらひらと手の平にあるものを見せながら、空は少年院から外へと歩いて現れた。

全身黒コートに茶髪の長髪、前髪は眉をほとんど隠してしまっている。

出来る限りの肌の露出が抑えられたその姿。

難しい顔をしたままで空気の悪かった恵、悠仁、野薔薇の三人は顔を上げた、その姿と無事を確認した。

 

「「「夢乃先生!」」」

 

三人はほぼ同時に口に出すと、歩いて此方に向かっている空へと駆け寄る。

そして、その手にある物に顔をしかめた。

 

「っ…!それ!」

 

「うん、そうだね、宿儺の指っぽい。これのせいで発生したのかもね…まだ残穢とかで呪いが出る可能性もあるから…少し様子見かな」

 

「前みたいに夢乃先生が解放とかしちゃダメなんです?」

 

「まだちょっと正しい状況がわからないからねー。下手にやると悪化する事もあるから」

 

「そうなんですか…わかりました」

 

そう言われてしまえば引き下がるしかない。

 

「……今日のはちょっと色々と皆悪かったね。呪術師は死が隣にある事を、もう少し認識しないとダメかもね(後で皆と相談しよう。甘やかしすぎてるかもしれないし)」

 

「はい……」

 

「ウッス……」

 

「……」

 

三人はそれぞれ俯き、元気なく頷いた。

 

「まあ、今日はいいとこナシナシの三人だけど、これからに期待してご飯奢ったげるよー。お寿司とかどうかな?」

 

「いきます!」

 

「……回転?」

 

「ちゃんとした銀座の高級店だよー」

 

「え!マジでザギンでシースーじゃん!やった!」

 

「…さぎんでしー…え?」

 

「……すみません、夢乃先生、俺がもう少し冷静に…」

 

「反省会は後々!お寿司食べながらでも出来るから。まずは腹ごしらえだよ。しょんぼり気味で腹ペコじゃ気持ちはは落ちていく一方だからね」

 

そう言って、空は伊知地に話し掛ける。

 

「って事でいつもの所に予約いれて、車用意して貰っていいかなー?あとこれ、軽く封印して、高専のほうに持ってって欲しいな」

 

「わかりました。……夢乃さん、貴方がいて良かった」

 

「んー…そうだね、今回は本当に誰かがいなきゃヤバかったねー」

 

伊知地と話しつつ、チラ、と悠仁達のほうを見る。

突入する前に話し掛けてきていた『岡崎正』の母親が三人にそれぞれ頭を下げているようだった。

 

「愛、だね……いいなぁ」

 

親ならば、子供がどうなろうと愛し続ける…言うのは簡単、実行はとてもとても難しい。

それを実行してる彼女は、空から見たらとても輝いて見えた。

空は自分のお腹を撫でながら、その光景を笑みを浮かべて眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、四人は銀座の回らない寿司屋で大満足の食事をするのだった。

最高級の大トロを口にした野薔薇と悠仁は、感動にうち震えていた。




夢乃空の天与呪縛
子供を作る事が出来ない。
子供を作る為に必要な器官がなく、性感帯が存在しない。
性欲はある。
母性もある。


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大人の飲み会議

ほのぼのです!


「という訳でね?ちょっと甘えがあるのかなって思ってさー」

 

今回の任務、一年生は特級がいるかもしれない、という領域内にも関わらず、ちゃんと呪力感知してればわかる、特級の接近に気付かないというポカをやらかした事を説明した。

テーブルに両手をぐでーと伸ばした状態で、上半身を預けて突っ伏している。

 

「ふうん、恵がそうなるのは珍しいね」

 

棒つきキャンディを舐めながら、悟は呟く。

実際恵は仮にも二級術師。

単独任務すら許されるようになる、呪術師としては一人前と言える階級だ。

 

「でしょ?流石にペナルティないとさー。玉犬は可哀想だったけど、本人達に怪我はして欲しくないしー…引率向いてないなーボク」

 

本来なら少し痛い目に合わせたほうが良かった。

空にして見れば、あの特級と自分には片手間で瞬殺出来る程の差があった。

三人が死ぬギリギリに助ける事すら出来たが、野薔薇が拉致されそうになった時は止めてしまったし、悠仁の腕が切り飛ばされると思った時には動いてしまっていた。

 

命の危機のない修羅場なんて、術師としてやっていく中でどれだけあるか…三人の戒めとしても経験としても、暫く放置がこれからを考えれば一番の正解だった。

実際悟や傑であれば、命の危機になるまでは手を出さなかっただろう。

 

「いや、そもそも特級仮想怨霊現場に、彼らが派遣されるのがおかしいだろう。たかが五人、生きてるかもわからない非術師の為に」

 

不愉快さを隠しもせず、傑はチーたらを摘まむ。

 

「元々空が言われた任務でもないんだろ?まぁた上層部か。狙いは悠仁か?恵の線もあるか」

 

バリと海苔煎餅を齧り、誠一は呆れたように言う。

このような、任務内容と派遣される術師の階級が合わないというのはこれまでも何度もあった。

誠一や空にも経験があるし、後輩達にもある。

そういう時には悟や傑が遠距離の任務に着いてる事が多いので、間違いなく作為的なものがある。

 

「多分そうだよ、伊知地クンも複雑な顔してたし」

 

「伊知地後でマジビンタする?」

 

「彼も本意ではなかったろうさ、半ビンタくらいで許してあげなよ」

 

その後で大概理不尽な目にあうのが、高専の後輩で現在補助監督の伊知地だ。

誠一は流石に可哀想に思い、よくうどんを奢っている。

 

「ビンタはさせるのな…まぁ話戻そうぜ、一年生が弛んでるって話だろ?」

 

「そうだねぇ、あれボクがいなかったら全滅案件だよ。宿儺の指でブーストしただけの呪霊だったし、生得領域はあっても術式は刻まれてなかったけど……。伏黒クンには荷が重かったかな、先手とったり先に捕捉出切れば別だったろうけどねぇ…」

 

はぁ、とため息を吐いて、空は目の前のマシュマロを摘まむ。

目を瞑りながらもむもむと咀嚼する様子は、少し疲れが見てとれた。

 

「……っぷはっ。同年代の呪術関係の友達が出来て、恵もはしゃいじゃってるんじゃない?私は別に少し様子見でもいいと思うけど。ただそれはそれとして上層部が任務弄ってくるってなると…せめて呪力の鍛練は厳しくしてもいーんじゃない?また灰原と空みたいな事になるよ」

 

ショットグラスに注いだ酒を煽った硝子の言葉に、傑の表情が強張る。

あの頃、特に任務で忙殺されていた所に届いた知らせ。

後輩の二人、個人的に可愛がっていた七海建人と灰原雄。

二人が任務先からボロボロで帰還し、同行していた空が行方不明との知らせ。

星奬体任務の後で色々と考え込んでいた時期だった傑は、その知らせにひどくショックを受けた。

その時の事を思いだし、数本のチーたらを口に放り込むと、半分程残っていたビールを煽った。

 

「……ちっ」

 

ガリッ

 

悟が咥えていた飴を噛み砕く。

その任務は二級術師となった建人と雄、二級で燻り続けていた、態度の悪い頃の空が向かった任務。

二級として判断されていた呪霊だったが、蓋をあけて見れば一級…三人がかりでもとても対応出来なかった。

一番近くにいた悟が即座に向かったが、その時には呪霊の祓われたであろう残穢と大量の出血しかなく、空の姿はなかった。

その時のやるせない気分を、悟は忘れる事が出来そうもなかった。

 

「あー、硝子チャン、あんま二人苛めちゃダメだよー。ボクが死んだのはボクが弱かったからだし、そもそも、これが仕掛けた事だし」

 

空は次のマシュマロを口に放り込み、自分の頭を人差し指でコンコンと叩く。

そしてへら、っと笑った空は髪をかきあげ、額の縫い目を露にした。

 

「三人を本格的に鍛えるのは賛成かなー、ボクや灰原クンみたいな目にはあって欲しくないからね」

 

ボロボロで帰還した建人と雄だったが、雄のほうは膝から下を喪っており、硝子でも生かす事で精一杯だった。

そこで雄は術師を引退、建人もその後、それらの経験もあって術師から足を洗う事になる。

結局それらの任務も、悟や傑に対する嫌がらせ、そして、とある存在の企みによるもの。

一連の話は、悟と傑にとって非常に不愉快な話だった。

 

「やれやれ、原因となったそれを未だに頭の中で飼ってる事は理解に苦しむよ。空が生き返ったのは喜ばしい事だけどね。……流石に宿儺の器は放置が難しかった、か。仕方ないね、予定を早めようか」

 

空を、厳密には空の頭の中に潜む輩を呆れたように見つめ、傑は肩をすくめた。

 

「人の脳ミソに寄生するとかマジ終わってる、オエーッって感じ。僕の目でもわからないのが更にタチ悪いよね。……んー、恵と野薔薇はいいけど、悠仁はもっと基礎的な所からやろっか。夜蛾センに相談だね」

 

悟はべ、と舌を出して手の平を外に向けて吐くようなジェスチャーをした後、ピラ、と目隠しを外して空を見る。

悟の六眼で見ても空には特におかしな所はなく、間違いなく空本人であると伝えてくる。

 

空は額の縫い目を撫でるように、自分の指を這わせた。

 

「それだけどうにかする手段が見つからねぇんだ、仕方ないさ…悔しいけどな。……じゃあ、予定通り二年と交流始めていく感じでいくぞ。交流戦に備えて、っていう名目で」

 

誠一はそう言って、焼き立ての醤油煎餅に齧りつく。

鼻をスンスンと鳴らした硝子が手を上げると、その手元には焼きたての醤油煎餅が置かれる事となる。

バリっと小気味の良い音を響かせながら煎餅を齧った硝子は、肩を落として口を開いた。

 

「そもそもなんで空が今生きてるのかが、医学的には意味不明なんだよ。呪術的にいっても、五条の六眼で見てわかんないんじゃ、どうにもならないでしょ……ん、からか。夏油ー私もビール」

 

「はいはい」

 

硝子はボトルが空な事に気付いて、密かに冷蔵庫に向かっていた傑へと声をかけた。

 

『今まで私が使ってた肉体は、抜けたら死体になってたから、外科的に摘出しても死ぬだけだと思うよ』

 

少しだけエコーがかった空の声が響く。

その場の皆の視線が、ゆるりと空のほうを向いた。

 

『乗っ取ったつもりの体に閉じ込められるなんてね……参っちゃうよね』

 

空は、たはーと笑う。

そしてするりと額の縫い目の糸を抜いていく。

 

今喋っている者こそ、空の頭、脳ミソに巣食う存在。

その存在曰く、そうやって今まで何人もの人間の身体を乗っ取り生きてきたという、明らかにまともではない、尋常ではない存在。

 

パカリと開いた空の頭、露になる脳ミソ。

そして、その脳ミソの正面についた、不自然すぎる口…。

その口が開き、空の口と同時に動いて言葉を紡ぐ。

 

『君達も難儀だね、手段を選ばなければ容易く呪術界を変えられる戦力を持つというのに、正道に固執して。まぁ、その青臭さも嫌いじゃないよ。ただここから、私の置き土産が色々あるから気を付けるといい』

 

「は?てめえまだなんか仕掛けてやがんのか?やっぱ殺すか?」

 

「悟、地が出てるよ。空が死なない手段を見つけたら殺そう」

 

殺気立つ悟と傑。

一方で硝子と誠一は気味悪そうな顔をしていた。

 

「「キッショ…」」

 

「何度見てもキショイな」

 

「うん、キショイ。空が汚れるからさっさと消えて欲しい」

 

脳ミソについた口が動くという、実に気持ち悪い動きを見た二人の、率直な感想だった。

 

「頭…スースーする……」

 

『ああ、ごめんよ空。という訳で警告は終わり。どうせ私はここから出られないし、精々楽しませてくれ』

 

それだけ脳ミソは言い切ると、かぽりと頭をはめた。

手慣れた手つきで糸を通していく空は、また目の前のマシュマロを口に含んだ。

もむもむと口の中で転がし、これからの事を思う。

 

「……色々不穏だねぇ。まあ、あとは誠一クンにしっかり生徒達を見て貰う為に、明日から悟クンも傑クンも……僕も任務頑張らないとねぇ…」

 

空はそうしみじみと言うと、眼を閉じて疲れたようにテーブルに改めて突っ伏した。

空に寄り添うように硝子が隣に座り、ビールを飲みながら、その頭を優しく撫でた。

 

悟と傑は苛立ちを解消するかのように競いあって煎餅を齧り、誠一もそれをわかってか、黙々と煎餅を焼き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっさと逃げろ!邪魔なんだよ!ぐぅぅ!」

 

「くそ、灰原…!夢乃先輩!!」

 

「足やられたそいつ連れて、さっさと、行けぇえっ!」

 

「っ……!はいっ……!」

 

血塗れで意識を失い、膝から下もない死に体の灰原雄を、七海建人は背中に背負って走り出す。

その顔を涙で歪め、痛む身体に鞭をうち、夢乃空先輩に背を向けて。

 

「ぐぁあぁっ!」

 

ドガシャァアアン!

 

先輩の悲鳴と共に轟音がしても、建人は信じて走る。

早く助けを、少しでも早く!早く早く!

 

フッ

 

瞬間建人の顔を影が覆った。

反射的に見上げてしまった建人は、同時に絶望した。

先程の呪霊が、ピタリと自分の背後につき、手を振り上げている光景。

先輩はどうしたとか、あんなに必死に走ったのにとか、建人の頭に次々に浮かび消えていく。

振り下ろされる手が落ち始めた瞬間、その声は聞こえた。

 

「あぁあああああ!そいつらに、手を出すなぁああ!!領域、展開っ!!!」

 

同時に目の前に結界が出現し、呪霊を飲み込み、残された振り下ろされる筈だった腕だけが、建人の真横の地面に転がる。

ちらりと見えた空の姿は、顔から何から血塗れで、ボロボロだった。

一瞬建人の脳裏に過るのは、先輩へと助力をする事。

だが、建人の冷静な部分がそれを即座に却下する。

領域展開が出来たとして、勝てると決まった訳ではない。

何よりも術式は【解放呪法】それが必中になったからとどう必殺に持ち込むのか。

ならば自分がすべき事は…。

 

「う……」

 

「灰原……っ……夢乃先輩!ありがうございます!」

 

建人は再度走り出す。

灰原の生命力を信じて、夢乃先輩を信じて。

がむしゃらに走り続け、ハッと気付けば高専の治療室で寝かされていて。

そこで、灰原の生存と、夢乃先輩が行方不明…恐らく死亡を聞かされ。

 

「……クソ」

 

自分の無力さに、死んでしまいたい気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『って訳でね、宿儺の器の子を七海クンに見て貰いたいんだぁ。すぐではないけど』

 

「成る程、わかりました。今の案件が終わればそちらに向かいましょう」

 

『ごめんねー、七海クンも大変なのに』

 

「……いえ、他でもない、夢乃先輩のお願いですから」

 

『ありがとう!じゃあまたね!』




「おお、死に際に領域展開まで取得したのか、これは嬉しい誤算だね」

「……ひゅー…………ひゅー……」

「完全に虫の息だ。ふふふ、運がいいなぁ。君の術式も気になってたんだよ。勿論本命は【呪霊操術】の子だけど…ちょっと確かめておきたくてね…よっと」

「っか……ひゅっ…………」

「ボロボロだけど見事に一級呪霊を祓ったね。凄いよ、凄い凄い。いやぁ、どんな事が出来るかな?それにもしかしたらこの子使って【呪霊操術】の子も手に入れられるかも…?ははは、良い拾い物だ」

「…………」

「ん、死んだかな。じゃ、持って帰って加工しようか…楽しみだね」


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牛丼ビュッフェ

感想評価ありがとうございます!
お気に入りも増えてて嬉しい限り。
そしてほのぼの進行で頑張っていきたいと思います!
ほのぼのです!


「お、いたいた真依ちゃーん」

 

呪術高等専門学校京都校にて、上等な和服を着た男が高専の制服に身を包んだ女子に声をかけた。

男は京都校にて教鞭を奮う、時期禪院家当主候補の禪院直哉。 女子は京都校二年の禪院真依である。

二人は禪院と同じ名字であるが、父親が兄弟であるという従兄弟の関係だ。

 

「直哉先生、どうしたんですか?」

 

「いや、誠一君からちょいと来い言われたから東京高行くんやけど、一緒にどないやと思うて」

 

「行きます!久々に誠一さんのご飯食べたいし!それでいつ行くんです?」

 

「今」

 

「え」

 

ひょい、と横抱きにされた真依は顔を一瞬きょとんとさせたが、次の瞬間青ざめさせた。

 

「ちょっ、直哉兄さん!それもうやめてって言ったよね!?」

 

「喋ってると舌のうなるで」

 

きゅ、と口を閉じた真依を確認した直哉はうんうんと頷く。

 

「素直なのは良いことやわ。ほな行くでー」

 

「~~~~~!!!」

 

その瞬間加速を始めた直哉の姿は既にそこから消えていた。

 

「直哉ー!緊急任務……あれ?」

 

直哉と同じ京都校の先生である庵歌姫のそんな呆けた声だけが、その場に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今日の昼は牛丼だ。

今日から本格的にしばかれる一年生には頑張って貰わんとな。

まあまあ悪くない牛バラ肉を、油を適度に取り除きながら煮込む。

あんまり油が多いと飽きるからなぁ。

玉ねぎはどうするかな、俺はつゆを吸ったとろとろが好きだが、シャキシャキ好きもいる…。

よし、なら、つゆの濃いめ薄めも合わせて、四種類作るか。

そ、れ、と。

今日はそこから更に色んなトッピングを楽しんで貰う!

 

「うーん、やはり牛丼といえばまずは紅生姜…は山盛り用意して…と。後は事前の空の調査だと…?どれどれ、今の牛丼はどんなのがあるんだ?」

 

ふむふむ、チーズ、キムチ、食べるラー油?

ねぎ卵、おろしポン酢、高菜明太マヨ?

わさびやまかけ!かつぶしオクラ!

面白いなぁ、おお、トマトとチーズでピザ風!

……牛カレー?

え、カレーかけんのか?てか今の牛丼屋ってカレーもあるのか!

流石に今からカレーは無理だが、それ以外はいけそうだな。

……にんにくファイヤーはギャグだろ。

だがにんにくはいいな、にんにくの芽も美味そうだ、歯ごたえを残して炒める感じで…。

 

「うん、楽しくなってきたな」

 

料理を作ってる時がやっぱ最高に楽しいな。

 

「うーん、いい匂いだね」

 

すると傑が悟を伴って食堂に入ってきた。

ちら、と時間を確認すれば、午前十時。

うーん、今朝はいなかったから、今帰って来た感じか?

 

「誠一ぃ、今食える?」

 

「無理言ってるのはわかるけど、頼めるかな?またすぐ出ないといけないんだ」

 

疲れた声で言われてしまえば、選択肢に否やはねぇな!

 

「任せろ!」

 

ぐっ、と親指をたててやれば、二人は安心したようにテーブルに並んで座る。

きっと移動時間で寝るつもりだろう、特級はやっぱ大変だなぁ。

ま、二人が気持ちよく任務に行く為に、俺みたいなサポート役がいる訳だ。

 

「玉ねぎはトロトロ?シャキシャキ?つゆの味は濃いめ?薄め?」

 

「とろとろ濃いめで!」

 

「シャキシャキ薄めかな」

 

「薄目なだけに?」

 

「……」

 

悟のあまりのくだらなさにか、傑は無言で端末を取り出して、任務の確認を始めたみたいだ。

さてそんじゃ、やりますか!

本当は味を染み込ませる為にまだまだ煮込む所だが、醤油操術を応用すれば、あっという間に完成出来る。

小鍋にそれぞれ一人前ずつ注ぎ、火をつけて、術式展開。

そしてご飯を丼にさっさとよそい、と。

 

「あ、そうだ、つゆだく?」

 

「「つゆだくで」」

 

「あいよー!」

 

そうこうしているうちに、俺の醤油操術で火の通りと味の染み具合が完璧となる。

いやぁ、我ながらいい匂い、つゆの味のバランスも完璧だな。

小鍋からお玉であつあつのご飯の上に乗せてやれば…!

 

「うっし、牛丼完成!お待ち!」

 

完成した牛丼をそれぞれの前に置いてやる。

 

「きたきた、いただきまーす」

 

「ありがとう、いただきます」

 

箸を取り出して早速食べ始める悟と、手を合わせて軽く礼をしてから箸を取り出す傑の対比が面白いな。

まー、これで悟も挨拶するだけマシになったもんだ。

 

「んぐんぐ、んまーい!玉ねぎ大きめでとろっとろで甘くておいしー!」

 

丼の縁に口をつけて頬張る、一番美味い食いかただな。

カカカッと口に一気に放り込んで、ご飯、肉、玉ねぎを一度に咀嚼する…やっぱ丼ものはこれだよなぁ。

音をたてて、はぐはぐカカカッと食う悟と対照的に傑は静かだ。

けどペースは同じくらいだな、一度に口にいれる量が多い。

 

「あぁむ……うん、うん……シャキシャキとした感触が堪らないね。噛むと玉ねぎの繊維から染み出すつゆが最高だ。玉ねぎだけでもご飯いけるよ、これ」

 

「え、じゃあ傑肉いらねーの?もーらい!あむっ!ん!濃いめとはまた違った風味で美味っ!」

 

「あっ、悟!そうは言ってないだろう!いい度胸じゃないか……!私から肉を奪うなんて……!」

 

じゃれあう二人の間に紅生姜を置いて、と。

仲が良くて大変結構だが、やはり疲れてが垣間見えるな。

となると…お疲れのお二人には…食べてほっとする汁物をついでに出すとするかな。

野菜たっぷりの特製豚汁!

豚バラ人参大根ごぼう長ネギこんにゃくに…里芋!

 

「牛丼の時にサラダってのも悪くはないが…個人的には汁物でいきたいんでね」

 

牛丼のどんぶりよりかは一回り小さな器になみなみと豚汁を注ぐ。

そうしてじゃれあいを終えて、あと数口で器が空になるであろう二人の前に、その豚汁を置いてやる。

 

「ほい、豚汁。これ食って頑張れよ」

 

「お、誠一は気が利くねー…はぐはぐはぐはぐ…」

 

「豚汁か、最高じゃないか…あぁむ…」

 

豚汁を見た悟と傑は残りの牛丼を一気に頬張り、咀嚼して飲み込むと、ほぼ同時に豚汁の器を持った。

 

「「ズ…ズズズズー……」」

 

二人は具を箸でおさえて、まずは汁だけを啜る。

味は?なんて野暮な事は聞かない。

二人が晴れやかな顔で息を吐くのを見て、俺は小さく笑う。

 

「「はぁ~~っ…」」

 

「はぁっ、染みるねぇ…」

 

そんな爺臭い事を言う傑。

だが、まぁ、同年代なんで、んな事言うとただのブーメランだから俺は黙ってトッピングの調理に移る。

気持ちもわかるしなぁ、疲れてる時の味噌汁は最高なんだ。

……いや、これも既に爺臭いか。

苦笑しながら、俺は調理を進めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで何作ってんのそれ?」

 

「牛丼のトッピングだな、今日は小さめの器の牛丼に、好きなトッピングで楽しんで貰おうと思ってな」

 

「え、私達は食べられないのかい?」

 

「えー!いいなー。面白そう。僕も食べたかったよそれ」

 

「またいつかやるから。それに今回はちゃんとリサーチしてなかったから、割りと手当たり次第だけど、次はしっかりと俺の作る牛丼にあったトッピング作るから、楽しみにしとけよ」

 

「ちぇー…仕方ない、次を楽しみにして、任務頑張りますかー」

 

「そういう事なら、仕方ないね。ふう、ご馳走様誠一。今日も美味しかったよ」

 

「あ、ご馳走さま!」

 

「おう!お粗末様!お前達も頑張れよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どーもー、誠一クンおるー?」

 

「お、直哉か、早かったな」

 

「いやーあんまりはよう着き過ぎて、可愛い可愛い従兄弟とその友達達よしよししてきたとこや」

 

「おお、悪いな、もう面倒見て貰ってたのか。どうだった?」

 

「まだまだやなー。てか真希ちゃんまだ4級なんやて?あんなんが4級におるなんて詐欺もいいとこやろ」

 

「そうだよなぁ、せめてさっさと3級にはあげてやればいいのにな?やっぱ禪院の頭でっかちどもは頭がかてーよ」

 

「パパもいつも頭痛そうにしとるわ。あ、でも真依ちゃん2級にあがったんやで?そろそろ真希ちゃんとそのお友達と一緒に来る思うから、後で褒めたってや」

 

「おぉ、てことはなんかきっかけ掴んだんだな?」

 

「それはまだ秘密。交流戦までのお楽しみや」

 

「そりゃ楽しみだ!よし、直哉、お前も食うだろ?今日は牛丼ビュッフェだ!好きなトッピングで好きなだけ食ってくれ!」

 

「牛丼やて?僕それまだ食うた事ないねん、楽しみやわ」

 

「最近は色んなトッピングがあってな…ま、いろいろ試してみてくれ!味噌汁も豚汁と豆腐の味噌汁としじみ汁用意してるから、好きなのを食ってくれ。特に豚汁オススメだぞー」

 

「自分で用意するんやな。おもろいやん。ほんじゃ、いただきますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて食堂の前がザワザワと騒がしくなる。

雪崩れ込んでくる東京校の一年と二年、プラス真依。

悠仁が香る匂いに正体に行きあたったのか顔を輝かせ、恵と野薔薇は疲れたように息を吐いた。

続いて二年のパンダと狗巻棘、そして禪院真希が食堂に入ってくる。

最後に京都校二年の禪院真依、直哉が連れてきただろう真希の双子の妹が入ってきた。

例外なく皆顔に疲労が見てとれて、ボロボロなのを見るに…。

 

「おお、お疲れさん。随分直哉に可愛がられたみたいだな」

 

「遅いて皆ー。先に食べとったで」

 

既に食べ終わり、デザートにプリンを頬張る直哉に、真希が眉を吊り上げた。

 

「てめぇ!私達をあれだけボコボコにして放置してった癖に、第一声がそれかよ!」

 

「そない大声たてんでも聞こえてるて真希ちゃん。あ、そうそう、買うてきた一個千円のプリン冷蔵庫にあるさかい、皆も後で食べてええで。僕に感謝してよーく味わって食うんやでー」

 

「禪院先生ありがとう!いただきます!」

 

「千円!?ありがとうございます!」

 

「しゃけ!しゃけ!」

 

目をキラキラさせた悠仁、野薔薇、棘の三人が深々と頭を下げる。

 

「ええてええて、はよ誠一クンの牛丼ビュッフェ堪能せえ。冷めてまうわ」

 

「うっす!……ビュッフェ?」

 

「なんか色んなトッピングあるわね…丼も小さめ…成る程ね、なんかわくわくしてきたわ、自分にあう最高の組み合わせ見つけてみせる!」

 

「ツナマヨ!」

 

三人はそう言いながら楽しそうに歩いていく。

野薔薇はなんか変な方向に行ってる気がするが…ま、好きに食えばいいさ。

 

「はぁ、ったく……まぁいいか、腹拵えだ。お、チーズあるじゃん、しかも何種類か混ざってんな。誠一さん、タバスコある?」

 

呆れたようにため息を吐いた真希は、俺に聞いてくる。

タバスコか、その発想はなかったな…お、丁度手元にあるな。

 

「あるぞー。ほれ」

 

「サンキュー。ほら真依、行くぞ」

 

真希なら取れないって事もないだろうから、そのまま放り投げてやる。

苦もなくキャッチした真希は、真依の手を引いて炊飯器のほうへと向かっていった。

 

「はーい。あ、誠一さんお久しぶりです、ご飯いただきます!」

 

「おう、是非満喫してくれ!」

 

可愛らしくニコッと笑いかけてくれる真依に、俺も笑顔を見せて応えてやる。

いやぁ、皆楽しそうで何よりだ。

トッピングどれにしようか迷う姿に癒されるねぇ。

悠仁なんて4つくらい作ってんな…。

 

「あんたそんなに一気に食える訳?」

 

「こんくらいならよゆーよゆー」

 

「おかか!」

 

「ちょ、お姉ちゃんチーズかけ過ぎじゃない?」

 

「お前だって同じくらい乗せてるじゃねえか?」

 

さて、そんじゃ俺はどうするかな……皆がよそい終わったら様子見て足りなくなりそうなのを追加調理かねぇ。

そんな風に思って辺りを見回すと、食堂入り口からパンダと恵が動いていない事に気付いた。

まあ、今は混んでるから懸命かもしれんな。

さ、じゃあ今のうちに俺もプリン食っとくかな、流石に1000円は食ったことねえわ。

 

「誠一と真依、直哉と真希か。アリか?」

 

「……何言ってんスかパンダ先輩」

 

「憂太にライバル登場かって話。どう思う?」

 

「また真希さんにぶっ叩かれますよ」



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和風牛カレー

わぁっ、評価バーが赤色!?
これは嬉しいですね…評価してくれた人達は勿論、評価を見て見に来てくださる方々にも楽しんで貰えるよう、頑張っていきます!


「まずな、強なるにはまず自分を知らなアカンねん。自分はどうやったら強うなるかな、というビジョンが必要や。例えば僕の術式はパパ相伝で歴史の浅い【投射呪法】いうねんけど……1秒を24分割して、その通りに動く事で……。……まぁ簡単に言うと条件を満たせば物理法則とか無視して加速出来る術式やねんけど、その条件満たせないと動きが1秒フリーズすんねん。そんでこの術式、僕が触れる事で他人にも付与出来てな?本来は特定の動きを強制させる事で、それが出来へんやつのアホ面拝む使い方するねんけど、今僕とお手て繋いでる真希ちゃんには『動かない動き』を強制させ続けとんねん。そうする事で真希ちゃんは動けない言う訳やな。解釈次第でこないな事も出来るでー、っちゅう一例や。言うて僕がほとんどずっと触ってなアカンから、精々二人しか止められんし、この時間使って加速したら亜音速くらいにはなれるから、あんま使い道ないねんけどな。しっかしまあ、六人もいて術式持ちは三人だけかい。二人パンダとゴリラやし」

 

「誰がゴリラだ!」

 

「自覚あるねんなー。まぁ兎に角、呪術は言ったもんやったもん勝ちや。術式の、呪いの、呪力を深く理解していき。そんで解釈広げてな、やれる事を、手札を増やしていくんや。誠一クンなんて、どうやってあないなカス術式であんなバケモンになったかわからへんわ」

 

「ば、バケモンっすか?」

 

「せやでー。醤油操術とか言ってあんな飄々としつつ、このゴリラに腕相撲勝つくらい膂力ある時点でやばいんやけど」

 

「ゴリラ言うんじゃねえ!殺すぞ!」

 

「なぁんやの真希ちゃんキャンキャン鳴いて。久し振りにお兄に会えて嬉しいん?」

 

「昔の呼び名出すな!」

 

「ほんで知っとるやろ?誠一クンの拡張術式。醤油に変えるやつ。あれ、自分らまだ少し嘗めとると思てな。あれ、とんでもない事出来るんやで?」

 

「え、人には効きづらいって聞きましたけど……」

 

「あー、間違うてはないな…ただ、人に効かないなんてどうでもええねん。ほら自分等、よう考えてみ?自分等の立ってる所はなんや?」

 

「……もしかして、地面とかも醤油に出来る訳…?」

 

「せやで、誠一クンゆうてなかった?『世界は醤油』って。ただ、変換するには呪力が必要やから、規模は限定される……そう思ったやろ、伏黒クン」

 

「それはそうですよ。そこまで無茶苦茶な事すれば、すぐに呪力が枯渇してしまう筈です」

 

「それがそうはならないねんなー。誠一クン術式反転も使えるんよ。そうするとな、醤油がな、誠一クンの呪力になんねん」

 

「ツナマヨ……」

 

「おいおいそれって……」

 

「そう、誠一クンが本気になったら、この世は醤油になんで。正に世界は醤油やわ……醤油になって滅ぶ星とか笑えんて。…醤油に溺れる苦しさえぐいで?二度と体験したないわ……。なんであの人まだ一級やねん」

 

「こっわ……」

 

「まぁー、誠一クンの真似は無理やな、あないまともそうな顔して、裏でこの世は全て醤油や思てんから。気ぃつけや……油断したら、自分等も……醤油にされてまうかもな!」

 

「皆お疲れさん、3時のおやつ持ってきたぞー」

 

「「「ギャァア!(ビクンッ)」」」

 

「めっちゃビビるやん、おもろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なーんかおやつ持ってった時妙に皆驚いてたな……直哉の奴、なんか変な事でも言ったか?

妙に笑顔だったもんな。

……でもなんで直哉と真希はずっと手を繋いでたんだか。

ま、仲良い事は悪い事じゃねえから、いいけどな。

 

「さって、知った時のインパクトあったから、晩飯は急遽カレーだ。牛丼の残りも少しあるから、牛カレー試してみるとするかな」

 

とはいえ、材料は切ってもう放り込んだし、後は煮込むだけだからなー。

何するかな…っと?

誰か来たな。

 

「失礼しまーす……」

 

そう声をかけて恐る恐る入ってきたのは真依だ。

直哉に連れられてきて、夜蛾先生に許可貰って東京校を見学してた筈だが……見終わったのか?

 

「おう、どうした?」

 

「あっ、えっと……実は今反転術式覚えようとしてまして…誠一さんも使えるって聞いて……」

 

「ああ、まあ使えるが……硝子には聞いたのか?あいつのほうが反転術式は上手いぞ?なんせ他人に使えるからな」

 

上手いって言い方が正しいのかは知らんが。

そう言うと真依は何か言いたげに口元をもにょもにょさせ始める。

 

「えーっと、一応聞いたんですけど…」

 

『ひゅーってやってひょいっ、だよ。ひゅー、ひょい。わかんないかな?えー?じゃあすいーっ、ぴょっ、って感じ。え、これもわかんないの?センスないね』

 

「って感じで…」

 

「あー……あいつ天才肌の感覚型だからなぁ」

 

真依は目元を押さえて疲れたように俯いた。

俺はそんな真依に、カレー用に用意していたラッシーを渡してやる事にする。

 

「んー、こういう感覚の言語化は何気に悟が上手いんだが、いないもんは仕方ないか。そーだな…俺なりの解釈でいいか?」

 

コト

 

真依の前にラッシーを置いて、俺はその場で腕を組み、自分の中でそれを言語化しようと少し悩む。

 

「はい……せめてとっかかりだけでも知りたいです。こくっ……美味しい…」

 

さて、反転術式か…俺が会得したのは空が帰って来て……まだ脳ミソの支配下にいた空に殺されかけた時か。

悟もあんちゃんに殺されかけて覚えたっていうし、死に際に研ぎ澄まされた精神が、限界状態で無意識に絞り出すのが反転術式……か?

うーん、いやそれはあくまでも死に際の体が防衛本能で体を生かす最善手を模索した結果が反転術式なだけで、反転術式自体は技術のひとつでしかないか。

うーん、なんて言えばいいか……。

 

「夢の中で…見ている内容を…ひっくり返す……?本来は自分でコントロール出来ない流れを、見ないで作り出すみたいな感じかな……?」

 

「……?」

 

わからんよな、俺もこんなん言われてもわからんよ!

 

「硝子さんよりは具体的だけど、よりわからなくなったような気がします……」

 

ラッシーをしょんぼりしながら飲む真依に、申し訳なさが募る。

うーん、なんとかしてやりたいんだが……仕方ないな。

死にかけるのと同時に反転術式直接味わえばなんかわかるかもしれん。

それじゃ、真依ちゃん、ちょっとの間醤油に……。

 

「真依ちゃんおる?」

 

と、あれ?直哉?

 

「どうした直哉、授業中じゃなかったか?」

 

「いや、京都のほうでちょっとトラブルみたいやねん。僕宛の任務やったけど、緊急やったらしく、歌姫ちゃんが仕方なく東堂連れて行ったねんて。そこでちと苦戦しとるらしいから、行ってくるわ」

 

直哉はそう言うと真依に近づく。

 

「て訳で堪忍な真依ちゃん、ちょいと置いていくわ。明日迎えにくるさかい、皆と仲良うしててな?」

 

「わかりました。先生も気を付けて」

 

真依はすく、と立ち上がると、そう言って力強く頷いた。

それを見て直哉は和服の袖に手を突っ込むと、そこから黒いカードを取り出す。

 

「なんか必要なもんあったらこれ好きに使うて」

 

「うぇっ!?ぶ、ブラック……」

 

手の中に雑に放り投げられたそれに、真依の体が震えだした。

 

「ん?あ、そやね、現金も持っとかんとな。ほれ、100万くらいあれば足りるやろ」

 

更にはぽん、と白い帯で束ねられている諭吉さんをその手に乗せた。

 

「ひゃっ!?」

 

直哉は悲鳴をあげる真依の横をすり抜け、食堂の窓を開ける。

縁に足をかけ、身を乗り出した。

 

「てな訳でほな誠一クン、真依ちゃんの事頼むわー。中途半端で堪忍な」

 

パン、と手を合わせ申し訳なさそうな顔をする直哉。

そんな直哉に、俺はちょっとしたお菓子を投げ渡す事にした。

 

「直哉!ほれ」

 

「ん?」

 

パシッ

 

「ナイスキャッチ。かるめ焼きだ、今日もう大分術式回してるだろ、それで糖分補充しとけ」

 

朝の早いうちから術式使って走ってきて、既にかなり頭に負担がかかってる筈だ。

そういう時は悟じゃねえが、甘いのが一番だ。

醤油風味で、サクサクとした軽い食感にして作ったから、食べやすい筈。

直哉はそれを掲げ、にっ、と笑うとそのまま背中から窓の外へと倒れこんでいく。

 

「おおきに!」

 

そして完全に窓から体が出たその時、壁を蹴ったようなトッという音がして、直哉の姿はブレ、木々の上を加速しながら飛ぶように移動する黒い影と化していった。

窓に駆け寄ってそれを見送った真依は、ひらひらと手を振って……その直哉の影が視界に映らなくなってから、肩を落として俯いた。

 

「……多すぎよ、兄さんたら……もう」

 

そう呟く真依だったが、何処か嬉しそうに俺は感じた。

 

「ははは、ま、明日真希とショッピングでも行ったりしたらいいんじゃないか?たまには姉妹でさ」

 

「……そうですね、そうします。とりあえずまずは…ちょっと色々買ってきます、日用品とか、いろいろ……」

 

「そうか、気を付けてな?今日は和風カレーだぞー」

 

「はーい」

 

そう言って去っていく真依を見送る。

 

「んじゃ、カレーの仕上げに入るかな」

 

なんだかんだといい時間になってきたので、そう呟いて作業に入るのだった。

 

あ!……真依を醤油にすんの忘れてたな。

まぁいいか、いつかで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

「どうした真依、顔青いぞ」

 

「な、なんか、物凄い寒気が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うまぁあ!すごい、カレーなのに和風!あ、あれだ、カレーうどん!とりあえず美味い!牛丼の頭とも合うー!」

 

「ん、すごい、後味がさっぱりしてるから手が止まらないわこれ」

 

「……んまい」

 

三人とも美味そうに食ってくれて嬉しいねぇー。

作り甲斐があるよ本当に。

 

「具材にしっかり出汁が染みてて美味い!流石誠一だ」

 

「しゃけしゃけ……はぐ」

 

「直哉の奴いきなり帰りやがって、一発あのにやけ面にぶちかましてやりたかったのに……がつがつがつ」

 

「もぐもぐ……美味しい!本当、毎日誠一さんのご飯食べれるの羨ましいー!」

 

こっちでも好評みたいで良かった良かった。

昼間の残り物かよー、みたいに言われるかと思ってたけど、皆良い子でありがたいな。

 

「まだまだおかわりあるからなー?」

 

そうカレー鍋をおたまで回しながら言えば、からになった皿を掲げ、全員が声を合わせた。

 

「「「「おかわり!!!」」」」

 

「はははっ!あいよ!」

 

落として思わず笑いながら、俺はそのカレー鍋を抱えて腹ペコ共の方へと向かうのだった。




拡張術式【醤融言】(しょうゆうこと)
呪力の許す限りなんでも醤油に出来る。
術式反転【追醤有】(おいしょうゆう)
醤油を呪力に還元する事が出来る。
ただし、それで得た呪力は縛りによって戦闘に用いる事は出来ない。

【投射呪法】
まず自分の視界に、1秒を24分割させた動きをイメージする。
その通りの動きを成功させるとある程度物理法則を無視し、身体能力的に出来ない動きも可能になる。
それを重ねていく事でその速度は段階的に増していき、呪術界では五条悟を除いて最速となれるポテンシャルを秘めている。
ただし、動きを失敗した場合1秒間強制的にフリーズする。
また、触れた相手に【投射呪法】の使用を強制させる事が出来る。
ただし直哉は【投射呪法】を使用させてその動きまでを強制する事が出来る。


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味噌煮込みうどん

ここは都内のとあるマンション。

そのとある一室の扉を、ツギハギの不気味な男が開け放とうとしていた。

 

「ただいま」

 

ガチャ、と開け放たれた扉。

その先に広がるのは白い砂浜青い海、燦々と照りつけるつ太陽、白いベンチにパラソル。

まるで南国のビーチのようなその空間は、現在海でパチャパチャと泳いでいるタコのような姿の呪霊、陀艮の生得領域だ。

そこには現在他に二人の呪霊の姿があった。

歯を剥き出しにした髑髏が目に枝を生やしたような姿をした呪霊、花御。

花御は南国の木々や泳ぐ陀艮を眺め、穏やかに佇んでいた。

そして火山のような頭で1つ目の呪霊、漏瑚。

ただ漏瑚の体は頭に比べて異様に小さく、違和感が残る姿だった。

そんな漏瑚は悲鳴をあげるパイプを燻らせ(?)ふぅ、と小さく息を漏らした。

 

「あれ、漏瑚大分治ってきたね。もう一息かな」

 

「ああ……どうにかな。今でも油断すれば醤油を吐きそうだ」

 

苦々しい顔で言う漏瑚に、ツギハギの男…呪霊、真人はきょとんとした顔で問い掛ける。

 

「そんなヤバイの?その禪院とかいう奴」

 

「強くはない」

 

ピシャリと放たれた言葉に、真人の頭に疑問符が浮かぶ。

 

「何それ」

 

「儂は見た瞬間、奴は弱いと思ったし、奴も逃げ腰であった。故に問題ないと焼き付くそうとした。だが、領域勝負に持ち込まれ、押し込まれた時……儂は大豆になってた」

 

「……え?」

 

「厳密に言えば『醤油』という調味料を作る過程を、材料目線で追体験させられたのだ。苦痛はなく、ただただじっくりと数年かけて醤油にさせられた…自分は醤油なのだと刷り込まれていくのだ」

 

「うぇ……何それ、自己喪失させられるって事?」

 

気味悪そうな顔を浮かべた真人の言葉に、漏瑚はこくりと頷いた。

 

「醤油だと思い込んでしまった儂の体は醤油となり、首だけとなった儂は譫言のように『儂は醤油だ』と呟いていたらしい。……100年後の荒野で笑う存在が呪いであれば、儂である必要はないと思ってはいたが……醤油となってかき消えるのは流石にな……」

 

「それは俺も嫌かも。趣味悪いね、そいつ」

 

へらへらと笑う真人は、そのままビーチチェアに腰掛ける。

頭の後ろで手を組んで、空を見上げた。

 

「ま、どうにかなるでしょ、例えば反応出来ないようにさっさと殺すとかさ。んべぇ……でもなかなか良いインスピレーションだ、圧縮、変形……」

 

真人は口から手の平大の肌色の塊を吐き出す。

小さく震えるそれは、その辺で捕まえた人間を真人の術式で圧縮変形させ、生きたまま口に入れておいた物だ。

その負担により数刻と生きられないが、色々と試そうと持ち帰っていた。

 

「変換……か」

 

ぷるぷるぷると震えが大きくなるそれは、やがて真人の手の中で崩れ、赤い血と肉の塊となる。

手の中でギュルギュルと回転し、赤黒いボールのようになったそれを真人はじっと見つめる。

 

「ふふふ、漏瑚、ありがと。まだ形には出来ないけど、面白い事が出来そうな気がするよ」

 

「そうか……障害が多すぎる今、貴様の成長に儂達の悲願が叶うかどうかがかっておると儂は思う。真人、期待しているぞ」

 

「オッケー、任せてよ。……陀艮ー!これあげるー食べていーよ!」

 

真人はその手にあるかつて人間だった赤黒いボールを、海で泳ぐ陀艮目掛けて放り投げた。

 

「…!ぱくっ」

 

それを見事に口でキャッチした陀艮は、もごもごと口を動かした後、キラキラとした目を真人へと向けた。

 

「ぶふー!ぶぶふー!」

 

「あはは、美味しかったみたい、良かったね」

 

笑う真人はおげ、と口から同じようにした人間を新たに取り出す。

ぅぎぃ、と小さく鳴いたそれは、真人の手によりまたその形を変えられていく。

 

「さて、次はどうしてみるかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

任務を終えた夢乃空は、個人的に借りた一軒家、そこでお腹を抱えて正座で座り込んでいた。

顔は苦痛に歪み、顔には脂汗が浮かんでいる。

 

『空、大丈夫かい』

 

文字通り脳から響く声に、空は小さく笑う。

 

「ふ、ふふふ、全然大丈夫…禪院家で過ごした日々に比べたら、屁でもないよ」

 

空の下腹部、天与呪縛により産まれた時から空洞なそこで、ドクン、と鼓動が鳴った。

 

「あ、は、ボクの願いが叶う……あは、あははは、嬉しいな……っぐぅあっ!?」

 

ビクン、と震えた空の背が反り、倒れそうな体を腹から離した手で支える。

目を見開き歯を食い縛る空の、突きだされた腹が不気味に蠢いた。

 

ずぼっ

 

「あがっああががあ」

 

盛り上がった腹を突き破り、血塗れの手が現れる。

わきわきと手を開いたり閉じたりするその手は、空の腹から飛び出し、その先を少しずつ露にしていく。

肘まで出てきたそれは、床をがしり、と掴む。

 

「ぐっぅぷ……」

 

それを見た空は、口から血を吐きビクビクと体を震わせていた。

けれどその目は爛々と輝き、恍惚とした表情をしていた。

頬を染め、まるで、想い人を待ち望んでいた少女のように。

 

「あはっ……いいよ、一気に、出ておいで……!ボクの」

 

バキバキバキッ!

 

ブチチチッ!

 

「がはっ、あは、あはは、あははははっ!」

 

自分の体を壊しながら腹を突き破って出てきた存在に、空は血の塊を吐きながら笑う。

血塗れで、床に倒れこんだそれは、空より体の大きな成人男性の姿をしていた。

ぽっかりと開けられた腹と、砕かれたあばら骨、引きちぎられた内臓。

だらだらと流れていく血に、空の脳内に声が響く。

 

『笑ってないで、さっさと治さないと死ぬよ?』

 

「あは、そう、だね、ふひははっ」

 

笑い続けながらも、空は自身に反転術式を使う。

みるみるうちに治っていく空のお腹。

しかし、治ってもなお火傷や醜い傷がお腹を覆い尽くしていた。

やがて、空の目の前で踞っていた成人男性は、血塗れの顔を軽くぬぐうと、空へとその顔を向けた。

鼻の部分に横一直線に線のような傷が走っている男性は、その半目を空へと向けた。

 

「お前は……誰だ、何を、した?」

 

「あはははっ!もう喋れるんだね!大丈夫、心配しないで。ボクは夢乃空」

 

空は警戒してる様子の男性に向けて、その恍惚とした表情のまま、両手を広げて高らかに言い放った。

 

「君達のお母さんだよ!」

 

感極まり体を反ったその弾みでか、その額が露になる。

その額に刻まれた縫い目に男性、呪胎盤九相図一番、脹相は目を見開く。

微かに残る記憶、母を苦しめ弄んだ憎むべき敵。

 

「加茂憲倫ぃ!」

 

脹相は憎しみに満ちた声をあげ、直ぐ様膝立ちになり、その両の手を伸ばして真っ直ぐ重ねた。

その手の先から勢いよく放たれた血、赤血操術穿血を、空は首を横に少しズラすだけでかわす。

背後の壁が勢いよくはぜた。

 

『ふむ、ほらね、こんな普通すぎる子達を、君がわざわざ命をかけて受肉させる意味なんてなかったろう?その恩も忘れて君に攻撃しているんだよ?』

 

「ふふ、反抗期みたいなものだよ。そもそも君がちゃんと親をやらなかったからでしょ?君の昔の名前を叫んでいるし」

 

『耳が痛いね、耳はないけれど』

 

「何をゴチャゴチャと……!何故今になって俺を受肉させた!何をするつもりだ!弟達を使うつもりならば……許さんぞ!」

 

そう言って睨み付けてくる脹相に、空は笑顔のまま手を向ける。

 

「ふふ、親子喧嘩かぁ、これも憧れてたんだよ。なんて親孝行な子なんだろう……後でよしよししてあげるからね」

 

キンッ

 

空の手に巨大な鍵が握られ、それは真っ直ぐ脹相へと向けられていた。

その宣言に脹相はギリ、と歯を噛み締め、その穿血を放とうとする手に力が入る。

 

「術式反転……【LOCK】」

 

ガチッ

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

脹相の脳内に溢れだした、存在しない記憶。

 

自分は誰かの膝の上に乗っていて、全幅の信頼をその人に置いていて。

穏やかな縁側で日向ぼっこをしているのだ。

自分は幼い姿で、見上げれば慈愛の笑みを浮かべたその人が、見つめている。

その人が優しく頭を撫でれば自分はその暖かさと心地よさに目をとろんとさせる。

そしてその人はクスリと笑う。

 

「おねむかな?脹相…それじゃ、一緒にお昼寝しようか」

 

目を擦る自分は、それにコクリと頷き、お腹に回された腕にしがみついた。

暖かな陽気に、こくりこくり槽をこぐ自分は、夢見心地で呟く。

 

「んんー……母さん、俺、立派なお兄ちゃんになる……」

 

それにその人は破顔して、満面の笑みとなって自分に頬擦りをしてくれる。

 

「ふふ、絶対立派なお兄ちゃんになれるよ」

 

茶髪の穏やかな中性的な人が笑った。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「ふー、ふー……はい、脹相、あーん」

 

「あー……ちゅるん」

 

テーブルに大人しく座る脹相は、空が息を吹き掛けて冷ましたうどんを口にいれて咀嚼する。

味噌の甘い香りが鼻を抜け、煮込まれた麺が柔らかく、暖かいうどんに、脹相の頬がつり上がる。

 

「美味い……」

 

「そう?良かったあ。味噌煮込みうどん、ボクの得意料理なんだよ、気に入ってくれて良かった。次、あげるからね」

 

満面の笑みで、またうどんに息を吹き掛け始めた空を眺める脹相は、穏やかな気分だった。

ちらりと見える額の縫い目に思う事はある。

張本人が実際に脳の中にいると聞かせられた時は、殺意を抑えるのに必死だった。

けれどもこの人は自分を心から慈しんでくれた。

自分の肉体を使い、呪霊で補強し、自らを受肉させてくれた。

まともな人間とは決して言えない、呪いでもあるそんな体でも、脹相は嬉しかった。

しかも、弟達も順次似たような形で受肉させてくれるという。

これ以上があるだろうか?

 

「あーん」

 

「あー……ちゅるる」

 

暖かい……心も、体も。

満たされる……あの空虚な時間もかき消えるようだ。

弟達に会いたいのもあるが、早くこの暖かな時間を共有したい…。

この人の、母さんの元でなら、俺達は穏やかに暮らすことが出来る。

皆で幸せになろう、弟達よ……。

 

「……母さん」

 

「ん?」

 

「俺は、立派なお兄ちゃんになる」

 

「んふふ、脹相ならなれるよ」




元からね、空に脹相に対して味噌煮込みうどんふーふーして貰う予定だったんですよ?
まさかアニメでスパゲッティあーんさせると思わないじゃないですか。
というかタイミングもタイムリー……。


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中華料理

お気に入り増えてて嬉しい…。
感想も評価もありがとうございます。
評価でとても嬉しいコメント貰ったのでとてもとても嬉しいですね……(語彙力
正直自分も毎回呪術廻戦の展開に脳が焼かれているので、楽しんで貰えたら更に嬉しいです。


「……何か企んでいると思っていたけど、空、君は何をしたかわかっているのかい?」

 

「うん!ボクの子供を受肉させたんだよ!」

 

脹相とぴったりはりついて共に正座をしながら、満面の笑みを浮かべる空を見て、傑は頭を抱えて呆れたようにため息を吐いた。

 

「君の子供って、彼は呪胎九相図だろう?というかどうやって手に入れたんだい?それに彼の体は人と呪いが混じってるようだが、どうやって用意したのさ」

 

「脳ミソがボクの体好き勝手してる間に3番まで確保してたみたいで、今もボクの中にあるよ!肉体はね、ボクの肉と、祓う予定の呪霊をボクの中に吸収して、補強して作ってあげたんだ!」

 

「……自分の体を使ったのかい?」

 

傑は怪訝な顔をして空に近付くと、その脇に手をいれた。

ひょい、と軽く持ち上げられた体に、傑の顔が歪む。

 

「……今、重力から解放されてないのだろう?体重、もしかして30キロもないんじゃないかい?」

 

「大丈夫!またお肉つけて、あと二人の体も作ってあげるんだ!」

 

ぺかーと輝かしい笑顔を浮かべているものの、目の下の隈や、蒼白な顔色、そうして不調からか時折不意に体に起きる震え。

明らかにまともな状態ではないだろう。

今は妙にテンションが高いせいでアドレナリンでも出て不調を感じなくなっている事が予想出来た。

 

『君の懸念の通りだよ、夏油傑。空の身体は文字通り血肉を別けた事と大量出血で、そこらの老人より死にかけてるよ。反転術式で治したとはいえ、呪術的ではない治療を早く行ったほうがいいだろうね』

 

「なに!母さん、大丈夫なのか……!?」

 

脳ミソの言葉に反応し、脹相は心配そうに顔を歪めて空にすがり付く。

そんな脹相の頭を優しい笑みを浮かべた空は優しく撫で、大丈夫大丈夫と宣う。

 

「大丈夫じゃないだろう……まったく。とりあえず硝子の所に連れていくよ?脹相……と言ったかな。君も来なさい。色々と問題もあるが、悪いようにはしない事を約束するよ。ただし、空から別けて貰ったその体を大事にする事だね。粗末にしたら許さないよ」

 

「む、わかった……お前が母さんを大事にしている事が伝わってくる……。お前の言葉に従う」

 

その言葉に傑は複雑そうな表情を浮かべながら、空を横抱きにする。

 

「君、女だったっけ?」

 

「骨格はどっちかというと女らしいよボク!それにもし孕めるなら傑クンになら抱かれてもいいよ!硝子チャンも大丈夫!むしろ孕ませたい!誠一クンもまだいいけど、悟クンは嫌!」

 

「うーん、予想外の言葉が飛び出して来たね、明らかに正気じゃないようだ。後、君これから硝子とお風呂に入るの禁止ね」

 

「ボクが拒絶しても、硝子チャンが引っ張るから一緒に入ってるだけだよ!むしろ硝子チャンのほうが、よくボクの体撫でてくるんだ!」

 

「硝子の方が問題だったか……知りたくなかったなぁ……」

 

苦笑を浮かべた傑は脹相を引き連れ、高専へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……頭が痛い……少し一人で考えさせてくれ……」

 

事情を聞き、理解し、話を終えた夜蛾先生は、そう呟いて食堂を後にした。

空は現在自分の肉体を再生させる為にか、黙々と俺の料理を食い続けている。

その隣で脹相と名乗った、なんでも特級呪物、呪胎九相図が受肉したらしい存在の男が、同じように食っているが、そろそろお腹いっぱいのようで、顔を青くしていた。

なんでも空の血肉を呪霊で補強したものに受肉したらしく、文字通り空の腹から出てきたらしい。

流石に前代未聞だな。

 

「はぐはぐはぐはぐはぐ」

 

「ぐっ……うぷっ」

 

「無理して食うなよ、そんな風に食っても美味くないだろ」

 

「いや……こんなに苦しくても美味いから困っている……」

 

なかなか嬉しい事言ってくれるな。

まぁその天津飯もあと一口だし、それでやめておくべきだな。

それにしても空の奴、よく食うな。

練習がてら大量に中華料理を作ってたんだが、食いきりそうな勢いだ。

あの細い体の何処に入ってんだ?

いや、それだけ無理したんだろうな。

 

しかし空の子供、ねぇ。

あいつの天与呪縛で子供を成す事は出来ない筈だが……まぁ抜け道を突いた感じか。

話聞く限り、脳ミソが昔の体でやらかした時の子供らしいが…まぁ今脳ミソは空の中にいる訳だし、子供と言えなくもないのか?

 

「そーだね、彼、脹相って言ったっけ?多分空の分身(わけみ)みたいな扱いになるんじゃないかな?おまけに受肉して作り替えられてるのもあるし、厳密には子供じゃないでしょあれ」

 

「大事なのは繋がりだろう。彼は空を良く慕ってるようだし、空も彼を慈しんでいる。彼等は親子だと私は思うよ。空は喜んでいるしね」

 

「それにしたって自分が死にかけるのはどうなのさ?しかも後二回も似たような事するつもりらしいじゃん?そこまでする価値があるのかなー?って僕は思うんだけど」

 

「理屈じゃないのさ、空にとってはね。私は特級として彼等を監視という名目で高専で保護するように訴えるつもりだよ。それに、彼を見るに特級呪物とは思えない純朴さじゃないか。最も強力な呪いである一番があれなら、他もきっと大丈夫さ。……彼等の境遇を考えると、彼等にも幸せになる権利があって然るべきだと私は思うよ」

 

「呪いだぞ?」

 

「半分は人さ」

 

悟は少し気にくわないみたいだな…まあ、一応特級呪物の受肉体だからな、悠仁と違って完全に呪物のほうが表に出てるし。

一方で傑は結構空よりだな?

ふむ…まあ呪胎九相図の境遇に同情したのかもしれないな。

明治時代の最悪の呪術師、加茂憲倫の実験によって産まれた人と呪いの混血、胎児で呪物と成り果てた哀れな被害者。

更には100年程を封印されて過ごしたんだものなぁ、そう考えれば傑の気持ちもわからんでもないか。

 

「ふぅ……誠一はどう思うよ?」

 

テーブルに頬杖をつく悟は、俺にそう問い掛けてくる。

 

「ん?ああ、そうだなぁ」

 

俺はちらりと、腹を抑えてテーブルに突っ伏してる脹相に視線を向ける。

まぁ俺としては単純かな。

 

「美味そうに俺の料理食ってくれたし、食いっぷりも良かった。今までなーんも食った事なかったんだ、食いたいだけ食わせてやりたいと思うぜ」

 

「はあー、誠一に聞いたのが間違いだったよ……」

 

ペチリ、と額に手を当てた悟は、大きくため息を吐いた。

 

「ま、仕方ないか、早々我が儘を言わない空の為だ。僕も彼の保護に協力するよ。……それより、空に貼り付いたままの硝子には誰も突っ込まないワケ?」

 

「……硝子が空にセクハラしてるとは思ってなくてね、少し対応の仕方を悩んでるんだよ」

 

悟が指し示した先には空の背中に硝子が貼り付き、抱き付いてるみたいだ。

傑は硝子と空が良くお風呂に入ってる事だけは知ってて、あまり詳細を知らなかったみたいだな。

今も黙々と食べてる空の胸元をまさぐってるからな、あいつ。

 

「今もセクハラしてるよ、ウケんね」

 

「笑えないよ……」

 

同輩の思いもよらない性癖に、先程とは逆に悟は面白そうに笑い、傑は目を抑えてため息を吐いていた。

空の胸は膨らんでる訳でもないが、何が楽しいんだろうな?

……いや、この考えはセクハラか?

 

ちなみに、一応心音等を測ってはいたらしい。

だからと言って、あそこまで密着してる必要性はわからないが。

 

「うーん、私の空がいつの間にかコブつきに……」

 

その後、結局俺の作った中華料理を食べ尽くした空は満面の笑みを浮かべ、手を合わせた。

 

「ご馳走さま!美味しかったぁ!……」

 

バタン!

 

そう空が言った後、そのままテーブルに突っ伏して気絶した。

…血糖値でもあがりすぎたか?

気絶するまで食うなよ、いい食いっぷりだったが。

 

「母さん!」

 

「あー、大丈夫、気絶しただけみたい」

 

そんな笑顔のままよだれを垂らす空の様子を確認し、焦る脹相を宥める硝子。

気絶した空を横抱きにし、硝子は何処か浮かれた様子で食堂を去っていった。

まだ顔の青い脹相も、少しふらつきながらもその後を追って行く。

それを見送った悟と傑は互いに肩をすくめ、苦笑を浮かべた後、ほぼ同時に立ち上がった。

 

これからどうなるかわからんが、特級二人が抗議するんだ、どうなっても最悪で悠仁のようになる程度だろう。

ま、俺に出来るのは美味い飯を作るだけだ。

さあて、まずは空に平らげられた中華料理、もう一度改めて作るとするかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は中華料理だ!色々用意したから、好きなように食ってくれ!少し珍味もあるから、良ければ食べてみてくれ」

 

食堂に所狭しと用意した沢山の中華。

それぞれ好みか物珍しいのを見つめて目を輝かせてるな。

 

「熊の手なんかが意外と美味いから、オススメだぞ」

 

「「「熊……?」」」

 

俺の言葉に驚いた反応をした皆は、パンダを見つめる。

パンダはアワビを物珍しげに眺めていたみたいで、皆の視線に遅れて気付いた。

特にすぐ隣にいた棘の戦慄した眼差しに、ビクリと肩を跳ねさせてた。

 

「な、なんだ…?」

 

「あー、パンダの手ではないから安心してくれ」

 

「明太子……」

 

棘はほっと胸を撫で下ろし、それを確認した皆も、それぞれ皿を持ってその中華を取り分け始めた。

頭に疑問符を浮かべたままのパンダを捨て置き、皆はなかなかお目にかかれない珍味を物珍しそうに眺め、見た目怪しい料理はおっかなビックリという様子で恐る恐る取り分けていった。

 

「中華料理は難しいからなぁ、良ければ後で感想聞かせてくれよな!」

 

「「「いただきまーす!」」」

 

それぞれ思い思いの物を皿に乗せ、手を合わせる。

色々作ったからなぁ、大変だったが皆嬉しそうに食べてるようで良かった良かった。

フカヒレの姿煮を目をえらい輝かせて食う野薔薇が長々面白い光景だった。

 

「あれ、肉まんとかそういう蒸した奴はないのか?」

 

不思議そうな顔をした真希にそう問い掛けられる。

あー。

 

「すまんな、そういう系統は今回は作らなかったんだ」

 

まぁ正しくは空に食われたんだが…。

なのでまあ、今回は大皿料理やご飯ものとスープ限定だな。

 

「はふっ…っひょー!辛ぁっー!でもうっまこれ、辛さの後に旨味がぐっとくる!」

 

悠仁が食ってるのはかなり本格的に作った四川風麻婆豆腐か、香辛料たっぷり入れたから滅茶苦茶辛いが、その分産み出される旨味は相当な筈だ。

汗をたっぷりかいて…ああ、流石に上着脱いでシャツになってるな。

 

「はぐ、ん、美味い。このニラレバ炒め、生姜が効いてて臭みがない……」

 

恵はニラレバか、生姜きかせ過ぎてもレバーの旨味壊しちまうからな。

なかなか上手く調整出来てるみたいで良かった。

 

「んー!フカヒレってこんなに美味しいのね!幸せだわ!」

 

野薔薇の奴、滅茶苦茶フカヒレ食ってるな…まぁ好きに食ってもいいんだが…、他の奴等にも別けてやれよ……?

 

「おっ、美味いな!熊の手って奴は初めて食ったけど、私はこれ好きだな」

 

「どれどれ……あむっ……んっ!美味しい、けど、少し獣臭いわね……」

 

「そうか?山で猪焼いて食ったのに比べりゃ全然臭くねぇけどな」

 

「なんでそんな経験してるの……」

 

真希と真依は熊の手食ってくれたか!

だが、うーん、だな。

やはり食い馴れてないと臭みが残るか……またいずれ再挑戦だな。

 

「ツナマヨ」

 

棘の食べてるのは回鍋肉か。

かなり歯応えを残して作ったが、棘は気に入ってくれてるみたいだな。

 

「回鍋肉か、美味そう。うーん、でも真希の奴も美味そうだな、それ食ってみるか」

 

「おかか!」

 

「いや、俺熊じゃないから、パンダだから。共食いにはならないって」

 

「おかかー!」

 

パンダの奴、熊の手を食うのを棘に止められてて面白いな。

棘が妙に必死なのが笑いを誘う。

更には諦めて回鍋肉にしたパンダを満足そうに眺めた棘が、熊の手の蜂蜜煮込みを取ってて、俺は思わず顔を背けて噴き出してしまった。

 

「くく、まぁ好きに食ってくれ」

 

俺はそう言って調理器具の片付けに移る事にする。

色々問題は山積みだが…こいつらの青春を阻害する理由にはならねえ。

俺の料理たっぷり食って、これからも頑張ってくれよな。




10/23昼
狗巻君の名前の漢字が今回は刺になってました…。
失礼しました。
棘君ですね。
誤字報告わざわざありがとうございます。


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アヒージョとバゲット

「迎えに来たで。真依ちゃん、遅なって堪忍なー」

 

「いえ、お疲れ様です。直哉先生」

 

「ちっ、真依を置き去りにしやがって……」

 

「お?なんや、二人ともえらい綺麗な髪飾りつけとるやん。似合っとるで?」

 

「うふふ、良かったねお姉ちゃん、似合うって」

 

「うっ……うっせえよ……それにそもそも、直哉の金だし……」

 

「あはは、二人とも取り柄のお顔が更に輝いとるわ。やっぱ女の子は着飾ってなんぼやなぁ」

 

「あー、直哉先生、そういうのあれですよ、男女差別になりますよ」

 

「何言うてんねん、女なんてのは男の三歩後ろで適当にやっときゃええねん。僕の好きな漫画でも言うてたわ、『幸せになるのは女子供だけ』『男なら死ね』いやぁ、カッコええわ。ま、僕は死ぬ気ないけどな」

 

「その女とやらは捕まえられたのかよ」

 

「いやぁー、なかなかおらんねん。呪術界で見つけんの嫌やし。一般人引きずり込むのも嫌やけども」

 

「もう先生30じゃありませんでした?そろそろ焦ったほうがいいかもしれませんよ?」

 

「僕に言うのはええけど、歌姫ちゃんには絶対言うたらアカンからね?それ。ま、もう少し悟クン達と呪術界ぶっ壊してからやろなぁ、まだ僕はその辺考えられへんわ……さ、真依ちゃん、そろそろ行こか、しっかり捕まっとくんやで」

 

「あ、そういえばなんか空さん、なんか子供出来たとか言ってたぞ」

 

「……!?はぁ!?あいつ子供作れん天与呪縛やったやろ!何したんや!?」

 

「先生、そろそろ行かないと、ちょっとよくない時間になりますよ?」

 

「うっ……しゃあない、後で詳細教えてな真希ちゃん!」

 

「じゃあ、またねお姉ちゃん、交流会負けないから」

 

「ああ、私だって負けねえよ」

 

「ほな、また!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……にひっ」(チャリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあて、午後の訓練の時間だ。

早速手合わせを始めた野薔薇が、パンダに投げ飛ばされてる様子を眺める。

 

「そーれわっしょーい」

 

「いやぁああぁ!」

 

後は昨日から妙にテンションの高い真希が恵をボコボコにしてる様子とかな。

 

「おらおらおら!守ってばっかじゃ訓練にならねぇぞ!」

 

「くっ、痛っ、そう言われてもっ!反撃の目もないんですけどっ!」

 

「あぁ?相伝の癖にだらし、ねえなっ!」

 

「うわぁっ!」

 

どうにか隙をついて攻撃に転じた恵を、真希は容易く避けて投げ飛ばした。

野薔薇と恵の総合力は悪くないが、二人ともどちらかといえば遠距離タイプの術式だからな。

ある程度鍛えてはいるが、バリバリ前衛の二人には軽くあしらわれる程度でしかない。

この機会にしっかり鍛えてやるべきだろう。

 

「こんぶ……」

 

そんな中で何故か棘は俺の隣に座って茶をしばいてるが……まあ、今は手持ち無沙汰だろうから別にいいか。

授業中なのに穏やかな表情だ。

……いや、俺も手が空いてるし、折角だから少し揉んでやるか。

 

「棘」

 

「しゃけ?」

 

「暇みたいだし、いっちょ俺と手合わせするか」

 

「しゃ……高菜!?おかかおかかおかか!」

 

顔を向けてそう言ってやればすごい勢いで首を横に振る。

そんな棘の服の襟を、がしりと掴んでやった。

暴れる棘に穏やかな笑みを浮かべてやって、俺は掴む腕に力を込める。

 

「まぁそう言うな、遠慮すんなよ」

 

「おかかー!」

 

そうして、棘も空を飛ぶ奴等の仲間入りを果たした。

ついでに、パンダと真希も空を飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、そろそろ終了かな。俺は晩飯の用意に行くから、お前達は回復した奴から……」

 

「やっと終わりね…疲れたー…身体中痛いわ……早くお風呂に」

 

「グラウンド十週して終わりな」

 

「「えっ」」

 

「出た、誠一のスパルタ」

 

「疲れきった身体でやるのが一番身に付くんだ、しっかり見張っとけよパンダ」

 

「あいさー」

 

「裏切りパンダ……」

 

「所詮畜生だ」

 

「もふもふ罪も追加」

 

「塩」

 

「俺そんな言われなきゃいけないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂までの道程で、俺は久々の再会を果たす事となる。

特徴的な眼鏡をつけた、七三分けできっちりとした社会人風の男性、俺達の一年下の元高専生、七海建人だ。

一度は雄と空の件で卒業後は呪術界から足を洗っていたが、今はまた戻ってきて一級呪術師でもトップクラスの実力者となっている。

 

「お久し振りです、禪院さん」

 

俺に気付いた建人は頭を下げて挨拶をしてくれる。

相変わらず丁寧な奴だな。

 

「おう、久し振り。建人も元気そうで何よりだ。それで?悠仁はどうだった?」

 

「そうですね、良くも悪くもまだ子供で、まだ一般人といった印象……でしょうか。先ずは呪力の操作が形にならなければ、話にもなりませんね。……あの善良さは好ましく思います。彼のしたことを肯定する訳ではありませんが」

 

ふむ、まぁまぁの評価だな。

悠仁はそもそもこの世界に足を踏み入れて、間もない。

呪力の扱いも我流で荒く、無駄が多い。

故にここで一度ガッツリと基礎を固めて貰っている所だ。

映画を見ながら呪力が一定でなければ殴ってくる呪骸を抱えて、平常心を保つ修行。

並行して建人に見て貰って体を動かしたりしてる筈だ。

呪術師の中で恐らく一番まともな建人に気に入られた悠仁の先行きは明るいな。

これならこのまま任せても良さそうだ。

 

「教師でもないのに悪いな、礼に晩飯作るよ。あ、遠慮すんなよ?後輩は大人しく先輩のパワハラを受けておくもんだ」

 

「わかりました、遠慮なくご馳走になります」

 

小さく笑いながら礼儀正しく頭を下げる律儀さに、俺は苦笑を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、建人の好物はアヒージョだ。

簡単だが奥深い料理で、一度作った時はあまり良い出来ではなかった。

だがまぁ今なら大丈夫だろう、わざわざ協力してくれてる建人にしっかり満足して貰おう。

材料はエビとムール貝、タコ。

マッシュルームに、ブロッコリーにアスパラ。

ベーコンと鶏胸肉……と。

バゲットも焼き上がったし…うーん、いい匂いだ。

オリーブオイルを用意して、にんにくと鷹の爪、塩で味付け…あとは材料の旨味をしっかりと活かしていくだけ。

まぁ、それが一番難しいんだが。

さあ、やりますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、出来たぞ建人、具沢山のアヒージョだ。食ってくれ」

 

建人の前に小さな鍋ごとアヒージョを置く。

ぐつぐつと音をたてるその鍋からは、豊潤なオリーブオイルの香りが立ち上っている。

 

「良い香りですね……いただきます」

 

手を合わせた建人は、フォークを手に取り、まずはエビを口へと運ぶ。

さあて、建人の口に合うか?

咀嚼した建人は小さく笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「……美味しいです。以前とは雲泥の差ですね……」

 

「やっぱ前のは微妙だったか」

 

「……ノーコメントで……ふー、ふー……はぐ」

 

以前は建人が呪術界から抜ける時に卒業祝いも兼ねてご馳走したもんだが、涙ながらに食ってたのは不味さからだったか……まぁ仕方ない、俺も美味いとは思えなかったからな……。

続いて口に運んだのはマッシュルーム。

薄くではなく、今回はただ真っ二つにしただけだから食べ応えあるぞー。

ほふほふと熱そうに咀嚼する建人の元に、食べやすく切ったバゲットを運ぶ。

バゲットをちら、と見た建人はまだ手に取らず、ブロッコリーを口に運んだ。

ブロッコリーがなぁ、具材の旨味が染みた油を吸うから、美味いんだこれが。

果たして今回は上手く……。

 

「美味いっ…!具材の旨味が…一つに…最高ですね」

 

「おいおい、誉めてもビールくらいしか出ねえぞ」

 

ポンッ

 

嬉しくなった俺は気付けば瓶ビールを開けていた。

キンキンに冷やしてあるジョッキを取り出し、注ぐ。

 

しゅわわわ

 

みるみるうちに炭酸が立ち上り、ジョッキの中はビールと白い泡で7対3。

うむ、完璧だ。

ドン、と建人の前に置いてやれば、少し戸惑うように視線をさ迷わせつつ……ジョッキに手を伸ばした。

 

「はぐっ……んぐ、んぐ、んぐ」

 

ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ

 

再度ブロッコリーを口にした建人は、堪らないとばかりにビールを煽る。

喉を鳴らしながら飲むその様子に、俺は今回の料理の成功を感じて、笑みを浮かべた。

 

「っぷはー!労働後の一杯は、堪りませんね!」

 

ドンッ

 

一口でからになったジョッキが、それを証明してくれている。

俺が二杯目を注いでいる間に建人はネクタイをゆるめ、バゲットに手を伸ばしていた。

オリーブオイルに浸したそれの上に厚切りベーコンを乗せ、頬張る。

咀嚼しながら、笑みを浮かべた建人は、二杯目のビールに気付いて会釈し、ビールを啜った。

 

「っぷはぁ、美味い!……このバゲットは?」

 

「勿論俺が焼いたやつだ。どうだ?」

 

「美味しいです、私の行きつけと比べても甲乙つけがたい……」

 

パンにうるさい建人にそう言って貰えると嬉しいもんだな。

まったく、この後輩、先輩を喜ばせ過ぎだろうよ。

俺はまたジョッキを空にした建人に更に楽しんで貰うため、次の瓶ビールに手を掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ところで夢乃先輩の姿が見えませんが」

 

「あー、あいつ子供産んで今ちょっと硝子の所で治療中なんだよ」

 

「……子供!?御結婚なされていたんですか!?」

 

「あぁ、いや、結婚はしてない。ちょっと複雑でな……まぁ、話は長くなるが……」

 

「……出産祝いが必要ですね。さて、どのような物を……」

 

「あ、おーい、建人?」

 

「ぶつぶつ……他の方々と被らないような……ぶつぶつ……知育玩具……」

 

「建人ー?空を慕ってるのはわかるが、ちょっと冷静になってくれー」

 

「何を言ってるのですか、貴方もしっかり責任とって下さい」

 

「……え?これ俺が空孕ませたと思われてる?違うよ建人?建人君?」



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スイーツユートピア

ネタバレになるかもしれないけれど、かいてて「この人の話原作ではもう増えないんだよな」って思うと「ひんっ!」ってなって指が止まる。
辛い、やはりあの単眼猫さんは人の心がない。
なのでどうか皆さん癒されてほしい……。
そう考えて頑張ってかいていきます。

誤字報告ありがとうございます!


「おっはー皆元気ー?修行は順調かな?今日の午前は座学だよ。しっかり勉強してねー」

 

今日はちゃんと勉強らしい。

ここ最近はずっと映画見ながらナナミンにアドバイス貰って、手合わせしながらアドバイス貰って、とあんまり教室にも来てなかったから少し新鮮。

……ただ、それよりも何よりも、どうにも気になる事がある。

俺は憮然とした顔で五条先生を見つめる伏黒に耳打ちした。

 

「なあ伏黒、なんか五条先生、様子変じゃない?」

 

「あの人はいつも変だろ」

 

いや、そうだけどそうじゃなくて。

 

「なんかテンション高くね?」

 

ちら、と見ると黒板に何かを書いてる五条先生がいる。

その後ろ姿はなんとなくご機嫌そうで、実際鼻唄が聞こえてる。

 

「んー?……あ」

 

伏黒は目を細め、怪訝な表示で五条先生を見たあと、何かに気付いたように声を漏らした。

 

「なになに?なんか思い当たる事あった?」

 

そう問い掛けて見ると、伏黒は眉を寄せて物凄くイヤそうな顔になってた。

……なんだその顔。

 

「……スイーツユートピアの日か」

 

「「スイーツユートピア?」」

 

聞き耳をたてていたらしい釘崎も反応して、俺らは顔を見合わせた。

そして、聞き耳をたてていたのは釘崎だけじゃなかった。

 

「そう!今日は、スイーツ、ユートピア!」

 

いつの間にか直ぐ側に来ていた五条先生が、両手を広げて立ってた。

 

「えっと、なんなん……ですか?その、スイーツユートピアってのは」

 

「えっへへへへ、聞きたい?なら教えてあげましょー!」

 

「ウッザ。ノリがウザイわ」

 

「スイーツユートピアってのは誠一が僕の為に定期的に開催してくれる、スイーツ食べ放題イベントの事さ!」

 

「思った以上に字面そのまんまな話だった」

 

「どれもこれも美味しくてね、僕にとって今日は最高の日さ。スイーツ最高foooooooooooo!」

 

テンション高く腕を高く掲げ、教室内で踊り狂う五条先生から意図的に視線と意識を外しておく。

 

「甘いモン苦手な硝子さんや俺にとってはあんまりな日だな」

 

「あれ、伏黒甘いもん嫌いだっけ?」

 

「ご飯として甘いモンあまり食いたくないんだよ」

 

「なーる」

 

「前はどんなのあったの?」

 

「前か、前は……色んなミニケーキがあって、色んな味のアイスとゼリーとかがあって、後はパフェ作ろうコーナーがあったかな。それで甘いもん苦手な人の為に惣菜パンコーナーがあった」

 

「ふぅん」

 

「ああ、あと五条先生が金出してるから、結構いい材料使ってるって聞いたな」

 

「へぇ」

 

釘崎の目がギラリと光った。

 

「そういうのに目がねえよな釘崎って」

 

「とーぜんでしょ?俄然楽しみになってきたわ」

 

まぁ、俺も少し楽しみだけど。

スイーツ食べ放題か……初めてだな。

……それよりさ。

 

「あの踊り狂ってる先生誰止めんの?」

 

「「……」」

 

釘崎と伏黒はそれぞれ拳を突き出してくる。

これは……そうだな、恨みっこなしだ!

 

「「「最初はグー!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

負けたのは俺だった。

ただ、ついでに言うと、俺がいくら止めても五条先生は止まんなかったよ。

結局午前の座学は何故かスイーツの授業になってた。

死んだ目をして聞く伏黒と、それはそれとしてスイーツ談義を楽しんでいた釘崎の落差が酷かったな……。

今までもどうせこうなってたんだろうな。

なんでそんな日にこの人に教師やらせてるんだろう……。

俺はそもそも論としてそんな考えに行き着いたけど、五条先生が純粋に嬉しそうなので考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お、きたか」

 

「あれ、禪院さん食堂の前でどしたの?」

 

「いや、前に開催した時に硝子が甘い匂いだけで具合悪くなってな、今回はスイーツユートピア会場とそれ以外で部屋わけてんだよ」

 

「それは……俺にとってもありがたいですね」

 

「そうそう、もう硝子は空と脹相引き連れてその隣の部屋にいるから、恵もそっち行くといいぞ」

 

「わざわざ俺の為に待ってたんですか?ありがとうございます」

 

「いやいや、気持ちよく楽しんで食って貰うのが一番だからな!それじゃ、悠仁と野薔薇は初めてだよな?楽しんでくれ!俺のスイーツユートピア!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、スイーツユートピアだ。

日々柄でもない癖に呪術界を変えようと頑張ってる悟のご褒美として始めたスイーツユートピア。

お菓子作りってのはかなり繊細で、まともに作ろうとすると突然難易度が跳ね上がる。

だがまぁそれも頑張ってる同輩の為だ。

毎回手を変え品を変え、飽きの来ないように色々と準備してる。

前回は好きなようにパフェをカスタマイズ出来るようにしてみた。

なかなか好評だったな、個人的にはコーヒーゼリーが会心の出来だった。

コーヒーの風味が強いとはいえ多少は甘いのに、あの硝子が食ったんだから作った本人の俺もビックリだった。

ま、それはそれとして、今回の目玉はー……。

 

「手作りクレープだ!好きな具材を言って貰えば、それを包むぞ!自分でクレープ作りしたいならやらせてもいい!」

 

「おおー!あれ、それで禪院さんは今何作ってんの?五条先生がめっちゃ張り付いてるけど」

 

「ん?ああ、パンケーキだ。よっ、と」

 

「おおー!すごーい!」

 

悟が子供のような歓喜の声をあげる。

ひっくり返したパンケーキの焦げ目は、デフォルメされた悟の顔が描かれていた。

 

「パンケーキアート!禪院さんそんな事も出来るの!?」

 

うぉ、めっちゃ野薔薇が食いついてきた。

 

「今日初めてやってみただけだよ。やって欲しけりゃ後でやってやるよ。それで、どうだ悟?気に入ったか?」

 

その問いに、悟はうんうんと激しく頷き、にっ、と白い歯を見せて笑った。

 

「最高、デフォルメされてても僕はイケメンだね」

 

「それは何より。んじゃ、あとこれデコレーションするけど……見えなくなるけどいいか?」

 

「あっ、ちょっと待ってちょっと待って、これとツーショットさせてよ。恵ー、写メ取ってよ写メ!」

 

「伏黒こっちにいないよ」

 

「え!なんで!?」

 

テンション上がりすぎて誰がいるのかすら把握出来てないのか。

まぁ…そんな日があってもいいだろ、たまにはな。

結局、自分の顔とパンケーキのツーショットを悠仁に撮って貰った悟は、ご機嫌な様子で俺にパンケーキを手渡してきた。

 

「よろしく!」

 

ニコニコと擬音がつきそうな程満面の笑みを浮かべた悟からそのパンケーキを受け取り、俺も笑みを返してやる。

 

「勿論、任せな」

 

さて、と。

皿の上に乗った悟の顔が描かれたパンケーキだが……今からすごい姿にしてやるぞ。

 

「まずは、バニラアイス……ぽん、ぽん、ぽん」

 

「うわぁ!三つ!三つも乗せちゃう訳!?」

 

濃厚なバニラアイス、今回の乳製品は皆一昨日に絞ったのを昨日仕込んだばかりの品ばっかりだ。

まずはパンケーキの中心にまん丸のバニラアイスを三つ置く。

悟の顔は見えなくなったが、悟はご機嫌だから続けるぞ。

 

「次に生クリームー……たっぷり」

 

「うわうわうわ!そんなに乗せちゃっていいの!?」

 

勿論生クリームもそう、甘味は殆ど入れず、生乳本来の濃厚さを楽しめる一品……。

それをバニラアイスを囲うようにたっぷりと塗っていく。

パンケーキの小麦色は一切見えない。

 

「そして、ベリーミックス……!」

 

「うわぁ、もう美味しい!最高じゃん!」

 

ストロベリー、ブルーベリー、ラズベリー。

その中でも甘すぎない、酸味と甘味のバランスの良い品種だ。

悟は大興奮だが……これでトドメだ。

 

「最後に、最高級蜂蜜たっぷりだ!さあ、おあがりよ!」

 

「反則反則!そんなのズルいよ、もう!いただきまーす!」

 

雑味のない、爽やかな甘味とさっぱりとした後味が自慢の蜂蜜。

とろーっとした蜂蜜が、パンケーキに浸っていく。

そこまでしたら悟は辛抱たまらないとばかりに、目にも止まらぬ早さで頬張った。

もぐもぐと咀嚼する悟の口が弧を描く。

 

「んっ……ま……」

 

ごくん、と嚥下した悟は左手で自分の口元を抑えると、徐にフォークを置き、目隠しをくいとあげて、その輝く瞳で俺を見つめた。

 

「誠一、俺の専属パティシエにならねぇ?」

 

キメ顔で言う悟だが、俺はそれを鼻で嗤う。

 

「絶対ならねーよ、一昨日来やがれ」

 

「そっか……」

 

キメ顔からショボン顔になんの早すぎてウケる。

作画変わった?

そんなしおしおな顔でも、次の一口を口にすれば、その表情は輝き出すんだから単純だよな。

 

「んまーい!最高!上層部の奴等にぐちぐち言われても、今日の任務全部ボイコットして良かったぁ!」

 

「くく……」

 

まぁ、そんな所は嫌いじゃないぜ、悟。

まだ色々沢山あるから、じっくり楽しめよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、そういえば今回はケーキ類はないんだね」

 

「ああ、でもかわりにミルクレープがあるぞ!沢山作ったからたんと食えよ?」

 

「食べる食べる!」

 

「ん!この赤いシャーベット、イチゴだと思ってたら、西瓜じゃない!すっごい嬉しい……」

 

「釘崎、西瓜好きなんだ?」

 

「大好き」

 

「ふーん……そういえば向こうはどうなってんだろ」

 

「あっちはサンドイッチを自分で作って食えるようになってるぞ。あ、サンドイッチっつっても食パンじゃなくフランスパンの奴な。野菜たっぷり用意してるし、ローストビーフなんかもあるぞ!あとクレープもあっちに作れるようにしてある。惣菜クレープも美味いよなー」

 

「……ちょっと興味出てきた」

 

「あたしも。……行く?」

 

「行く行く!腹半分くらいにしてまたこっち来ようかな」

 

「シャーベット美味しくて結構食べちゃった…大丈夫かな…」

 

「甘いもんは別腹ってよく言うじゃん!いけるいける!」

 

「……そうね!折角のユートピアだものね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走さま!誠一!今回も最高だったぁ……」

 

「おう、お粗末様。楽しんで貰えたようで良かったよ」

 

「こんな料理上手な同輩を持てて、僕は幸せ者だよ……」

 

「スイーツ作ってやったくらいで大袈裟な奴だな」

 

「……次はいつやる!?」

 

「もう次の話かよ。そうだな……」

 

 

 

「ハロウィンくらいにはやりたいな」




脹相「(じーっ)」
虎杖(なんかあの鼻に傷みたいなのついてるあんちゃん、ずっとこっち見てるなぁ)


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タコ焼き

お久し振りです、放置していてすみません。
「陰鬱曇らせ杯」に参加しておりました。

評価バーがオレンジに!
わや。
仕方ないですね。


「ヤバイ……!」

 

私、釘崎野薔薇は、今産まれてきて一番の危機に晒されていた……!

お風呂上がりにタオルだけ巻いた姿で私は、足元を睨み付けていた。

 

それは、乙女の宿敵、体重計……。

 

「3キロも増えてる……!」

 

その体重計は、高専に入学してから3キロも増えてる事を指し示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「釘崎ー、朝飯行こーぜ」

 

「い、いやぁ、ちょっと今朝調子悪くて、いいかなーって……あはは」

 

「なにぃっ!?」

 

バギィッ

 

「キャァアアア!あんた乙女の部屋なんだと思ってるのよ!」

 

「ん?なんだ、制服着てるじゃん。まぁいいや、具合悪いなら家入先生とこ行こう!」

 

「え、いや、いい」

 

「よっと」

 

ひょいっ

 

「わ。……へ?」

 

「かっる。もっと肉つけたほうがいいぞ釘崎」

 

「は、はぁ!?あんた乙女の柔肌に触れながら、体重の話振るんじゃないわよ!」

 

ボカッ!

 

「痛い!あんま暴れんなよ!落としちゃうだろ!」

 

「このバカ!デリカシー皆無!アホ虎杖!」

 

ボカボカボカ!

 

「痛い!痛っ、痛い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガララッ

 

「家入先生!!釘崎具合悪いんだって!診てやってください!」

 

顔面を釘崎に殴打され、真っ赤に腫らした虎杖が保健室に飛び込んできた。

 

「そっちなんだ」

 

それを見た硝子は、煙草の煙を吐き出し、思わず呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー……健康だね。疲労が少し溜まってるけど、少し休めば大丈夫」

 

「そうですか、良かったぁ」

 

簡単に検査を受けた私は、家入先生にそう診断された。

それに胸を撫で下ろす虎杖……なんなの、あんた、私のオカンか!

 

「という訳で私はちょっと休んで行くから、先生に連絡お願いね虎杖」

 

「おう!俺は今日任務なんだけど、とりあえず連絡してから行く事にするわ。じゃ、お大事に釘崎、また後でな!」

 

そう言って笑顔を浮かべて去っていく虎杖。

……しまったな、一応礼くらいは言っておくべきだったかしら。

 

「……それで?仮病ちゃん、釘崎使ってどうしたの?」

 

「逆です逆、酔ってます?」

 

「仮病は否定しないんだ?」

 

「まぁ……ある意味気分は悪いですけど」

 

「ふぅん……どうしたの?カウンセリングも校医の仕事だよ、言ってみな」

 

カチッ

 

ふー

 

家入先生は、新しい煙草に火をつけながら、非常にダルそうに言う。

この人なんで医者やれてんだろ……。

私は純粋にそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?太った?成長期なだけでしょ、ちゃんと食いな」

 

「誠一の作ったもん食って変に太ると思えないし、筋肉ついたか、胸でも大きくなったんじゃない?」

 

「え?私?分かんないや。体質的にいくら食べても太らないんだよね」

 

「……なんで怒ってんの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝昼と食堂に来なかった野薔薇だが、手合わせの時間に顔を合わせた時、なんでか滅茶苦茶怒ってた。

聞けば朝、硝子になんともデリカシーのない事を言われたという。

詳細は言わなかったが……硝子の事だから、そうだな。

 

「ああ、そうか」

 

俺はそこで勘づき、他の奴等に聞こえないように耳元で囁いた。

 

「少し体重増えた、ってとこか?」

 

「っ……!」

 

肩をビクリと跳ねさせ、キッと睨み付ける野薔薇だが、まー……色々仕方ない事だ。

この年頃の女の子は体重増えるのは嫌がるもんだよな……真希は兎も角、真依は嫌がってたし。

ただ、そろそろ緩やかに、人によっては止まるとは言っても、このくらいの年はまだ成長期だからなぁ……大人としてはちゃんと食ってて欲しいもんだ。

そんでそれらをオブラートに包まず言うのが硝子だからな、野薔薇が怒ってんのも仕方ないか。

 

俺はそんな事を考えながら、野薔薇の術式も織り混ぜた攻撃を避け続けていた。

 

「こっのぉ!」

 

痺れを切らしたのかトンカチでの大振りになったのを見計らい、加速仕切る前に手首を取る。

ぐるんとその手首を回し、そのまま地面に引き倒した。

 

「いったぁっ!」

 

うーん、まだまだだな。

だが、三級呪霊くらいなら問題なく祓えはするか。

悠仁も二級いけたし、今年は豊作だなぁ。

とはいえ、悟の考えじゃあ全員一級は前提みたいだし、先はなげーな、おい。

 

「ううー!そもそも禪院さんが作るご飯が、みんな美味しいのが悪いわ!」

 

「んな事言われてもな……そう言われるのは嬉しいが。まぁ野薔薇も年頃だ、気になるのもわかる。だが、飯抜くのは見逃せねえなぁ。ちゃんと食わねえと、心にも体にも影響出るぞ?」

 

「それは、知ってるけど……!」

 

それにそもそも、だ。

 

「飯くらい楽しんで食え。呪術の世界で強くなっていけば、加速度的に忙しくなる。そうすると疎かになってくのはまず飯だ。それが良くない」

 

野薔薇に手を貸し、立ち上がらせてやる。

……うん、まだまだ軽いな、もっと肉つけろ。

 

「まだお前らにはあまり見せてないが、胸糞悪い任務なんざいくらでもある。そこで沈んだ気持ちはなかなか癒せねえ。そうするとパフォーマンスがどうしても落ちる。後は悪循環だ」

 

思い出すのは三年の時の傑だ。

反転を覚えた悟に劣等感を抱きながらも、特級として役目を全うしようと東奔西走してた時期。

更には空の行方不明と雄の自主退学も重なって、まともに食ってなかった頃。

見かねてふんじばって、無理矢理飯を突っ込んだもんだ……。

 

「だから、飯はちゃんとしっかり食え!そんで楽しめ!それに学生の間はまだ体が出来てないほうが多いんだ、変に飯減らしたり制限したりなんてのはまだ早い!好きに食え!それが一番だ!」

 

「うぅ、でも……好きに食べてたら、それこそ本当に肥えちゃうわ……」

 

「そこは任せろ、ある程度のバランスは俺がちゃんと考えておく。それでももし太っちゃったなら……」

 

俺はゆったりと構えを取る。

 

「飯減らすんじゃなく、体動かせ。ほら、相手してやるからやるぞ野薔薇。あんまり無様晒すと最後のランニング、倍にするからな」

 

呪力強化は……いいか。

そのかわりに本気でやってやろう。

 

「……食わなきゃ殺されるって訳ね……」

 

野薔薇は遠い目で呟いた。

そこまでではないが……ちゃんと食わないと力出ねえからな。

お昼も抜いたかろくに食べてないんだろう、野薔薇のお腹が小さくきゅぅ、と鳴いた。

 

「ま、三時のおやつまで気張れ。それまでの苦しさは自業自得だ。あ、今日のおやつはベビーカステラだぞー?」

 

「それは、美味しそう、ねっ!」

 

おっ、トンカチで目潰し狙いか、悪くないな。

だが甘い。

 

「げっ」

 

俺は横から手を伸ばし、野薔薇のその手首を再度掴んだ。

 

「狙いは悪くないぞ」

 

「っがぁああ」

 

アームロックをキメ、悲鳴をあげる野薔薇を見る。

ふーむ……呪力強化もしてない俺に抵抗も出来ないとは、やっぱもう少し筋肉つけないとダメじゃないか?

うーん、周回回数は増やしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の晩飯は、たこ焼きだ!今日はオーソドックスなたこ焼きだけ。色んな具材いれたり、トッピングしたりは別でやるからなー。てか悟いる日にやらねぇとあいつ拗ねるんだよ」

 

今日はたこ焼きらしい。

粉モノなんて食べてられない!って本当なら言う所だけど……はぁ、ボロボロで疲労困憊な今、食べない選択肢はないわね……。

朝も昼もろくに食べなかったからお腹空いたし……禪院さんの言うことも一理あるしね。

……増えてはいたけど、適正体重ではあったし……でも乙女としては複雑だわ……。

 

「たこ焼きはかりふわとかりとろがあるから、好きなのを好きなだけ食えよー。マヨネーズ、青のり、かつおぶしはテーブルに用意してあるからな。ソースは関西風と関東風用意した。是非食べ比べしてみてくれ!」

 

成る程ね、本当にオーソドックスって感じ。

んー、既に狗巻先輩と真希先輩食べてるから、香ばしいソースの匂いが漂ってきて、堪らないわね!

本当にズルいわよね、これだけ美味しそうなものばかり作って……って、あれ?

 

「こういう時いつも五月蝿い虎杖は?」

 

「あー……なんか任務先で同じ年頃の奴と意気投合したらしくて、そこの家で飯食ってくるらしいぞ」

 

「あいつ、任務なんだと思ってるのかしら……」

 

まぁいいわ、バカは置いおく。

かりとろとかりふわを2個ずつ貰って、早速食べましょ!

 

まずはかりとろに関東風で……青のり、マヨ、かつおぶし、っと。

 

「いただきまーす」

 

かりっ

 

とろぉ

 

「あっふ、っふい、ほふ、ほふ……」

 

んんっ!美味しい!

 

「んっく、ふぅ。外かり中とろで最高だわ」

 

出汁も効いてるし、生地に混ぜられてる紅しょうががいいアクセントだわ……。

タコも弾力がありつつ、噛めば噛む程味が出てきて美味しい。

絶対いいタコだわ、これ。

 

次は関西風ソースを、と……かりふわで。

 

「はふ、はふっ……」

 

ん!関東風に比べてピリッとするわ、これも美味しい!

かりふわも美味しい…かりとろより軽い感じだけど、出汁の風味が引き立ってるわ。

本場のたこ焼きなんて食べたことないけど、これが本場の味って奴なのかしら……。

 

そこで、ふと他の人達が気になった私は、周りに視線を向けた。

 

「はふっ、はふ、ほふっ!」

 

……あの伏黒が目を輝かせてひたすら食ってる……。

生姜にあうのが好きだって言ってたわね、そう言えば。

小動物みたいでちょっとかわいいわね。

 

食べてる人を見ると、それぞれ食べ方に特徴があるわね。

伏黒は青のりなしでソースとマヨネーズの上にかつおぶし乗せて食べてて、狗巻先輩はソースとマヨネーズを混ぜて、そこにたこ焼きをつけて食べてる……。

 

「しゃけ!」

 

そういう食べ方もあるのね……。

真希先輩は……。

 

「はむ、はむ、はむ、はむ」

 

……なんもかけずにそのままひょいひょい口に運んでるわ。

確かにたこ焼き単体でも味しっかりしてたけど……火傷しないのかしら……。

 

「んー、うまい!誠一さん!次まだー?」

 

「おう、今焼けたぞ!」

 

「きたか!いやぁ、相変わらず美味いね、誠一さんのたこ焼き!次はソースかけて食うかな」

 

真希さんの皿に山と盛られるたこ焼き。

それに豪快にソースをかけ始める真希さんを見て、私は視線を外した。

 

あれであの完璧なスタイル維持してるんだから、とんでもないわね……目に毒だわ。

 

うん、でも……美味しいわ、たこ焼き。

ちょっと悔しいけど……素直に言うこと聞いて、ちゃんと食べる事にするわ。

私は笑顔を浮かべながら、次のたこ焼きを頬張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん、ツギハギの呪霊……ねぇ」

 

『はい。分類するなら、間違いなく特級に値すると思われます。私も逃げるので精一杯でした』

 

「建人クンがそこまで言うんだ……わかった、後詰めとしてボクも行くよ。即死級の術式持ってるみたいだし、決して無理しない事!」

 

『……わかりました』

 

「それじゃ、また後で!終わったらご飯でも食べに行こうね?」

 

『はい、それでは』

 

プツッ

 

「…………脳ミソクン?なんか知ってるでしょ」

 

『勿論知ってるよ。だが教えてはあげない』

 

「ケチだね……ま、いっか。それじゃ行こうかな。脹相はお留守番しててね?」

 

「わかった。母さん、気を付けて。いってらっしゃい」

 

「んふふ、行ってきます!」




硝子は禁煙していないぞ!
ただ空がタバコの煙が苦手なので空の前では吸わないぞ!


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みんなで鍋

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ああ……!なんて……!

新鮮なインスピレーション……!

これが……

 

 

 

死か

 

 

 

「領域展開」

 

「【自閉円頓裹】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザァアアアア……

 

「…………は?」

 

どこだ、ここ……金色の平原……?

今俺は、虎杖と七三術師と鍵を振り回す術師と戦ってて……。

領域に鍵術師を取り込んだ、筈。

……あれ?

 

「おや、こんな所にお客さんとは」

 

その声に反応して振り返ると、そこには鍵術師が足を組んで座りこっちを見ていた。

いや、本当に鍵術師か?見た目と服装は同じだけど、髪型が違う。額を露出するような髪型だ。

鍵術師は前髪が長くて額隠してたし……ていうかこっちの鍵術師なんか額に縫い目あるし……。

 

しかもなんか座ってるのは椅子というより、人じゃないかあれ?

その直ぐ近くには人の顔が幹にいくつも浮かんだ木?があるし……その木の周りには人体のオブジェみたいなのがあって……。

片手で本を開いていて、近くあるテーブルにはティーセットまである。

俺が言うのもアレだけど、かなり冒涜的な光景の中ですごく寛いでる。

なんというか、いい趣味してるね。

人を使ってる所や、縫い目がある所とか、不思議な親近感が沸くよ。

 

「やぁ。アンタは、何?」

 

「何、ときたか。見た目通りとは思わないのかい?」

 

「俺は魂がわかるからね。アンタが鍵術師の魂を守ってたんだろ?触れても効かない訳だよ……。俺の術式が効かない奴が二人もいるなんてね……ツいてない」

 

「ふぅん、君からはそう見えるのか」

 

「違うワケ?」

 

「間違ってはないね。ま、折角来たんだ。少し話でもしよう」

 

鍵術師っぽい奴はパタンと本を閉じると足を組むのをやめ、本をテーブルに放った。

みるみるうちに奴のテーブルの対面には同じような椅子が現れて、俺を誘っているようだった。

 

間違ってはない、ね……。

つまりこいつ自身の意志で守ってる訳じゃないのかな?

 

「ま、こうやって領域に取り込まれた時点で終わり、か。外はどうなってる?」

 

俺は躊躇いなく、その用意された椅子に座る。

明らかにここは誰かの領域内、取り込まれているし、俺の術式は焼き切れてる。

足掻いても無駄でしょ。

どかりと背もたれに背中をつけて、頭の後ろで手を組んだ。

 

「安心していいよ、君が入り込んだ時点で外の時間はほとんど止まってるようなものさ。少し話そうじゃないか、茶でも飲みながら、さ」

 

「あ、その言い方俺知ってるよ。小便飲まされる奴」

 

「……随分サブカルに染まってるようだね。まぁ、安心しなよ、本当にただのお茶だよ」

 

苦笑するそいつに対して、俺はジャブを放つ。

このまま祓われるのも癪だしね……何か道が開けるかもしれない。

まずは術式の回復までの時間を稼がないとね。

 

「ところで、話終わったら即座に祓われるとかだと口は重くなるよ?」

 

「ああ、安心しなよ。君がこの領域から去るまで、私は君を害する事はないよ。なんなら縛りを結んでもいい」

 

「へぇ……やっぱり好きでここにいる訳じゃないんだ。なら俺が何か手伝ったら鍵術師を殺してくれたりするの?」

 

「ふふふ、どうかな。今の君に出来るかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢乃先生!ナナミン!」

 

校舎の窓から飛び降りた悠仁は、何事もなかったかのように着地し、排水溝に鉈を振り下ろしている建人を見つける。

その網目の排水溝には何か蠢く物が吸い込まれていくのが見えた。

 

「バイバァーイ。中々……面白かったよ」

 

バゴンッ!

 

「ちっ……!」

 

建人の鉈は蓋を破壊するも狙いは空を切り、逃してしまう。

逃したのは建人が以前遭遇した特級呪霊、名は真人。

現在いる高校での騒ぎ、その騒ぎを起こした少年を煽動したと思われる呪霊。

それを見す見す逃してしまった建人は舌打ちを鳴らした。

 

「下水道か……領域展開まで会得した特級放置はマズイけど……出来れば傑クンが欲しいなー……」

 

「無い物ねだりをしても仕方ありません。此方で唯一有効打となりえる虎杖君を活かして祓うしか……」

 

ドサッ

 

「うっ……」

 

そこで悠仁が突如尻餅をついた。

意識ははっきりしているが、顔色が少し悪く見受けられる。

これは先刻までその騒ぎを起こした少年と、真人、両名と争っていた影響のようだった。

空はそれを暫く見つめ、肩を落としてため息を吐いた。

 

「……ここまでだね。奴を放置はしたくないけれど……傑クンも悟クンも長期任務、今から誠一クンを呼んでも間に合わない。有効打を放てる虎杖クンも限界……」

 

キン、と音がして空が持つ大きな鍵が、小さな鍵へと変化する。

それを見た建人も、乱れたネクタイを直した。

 

「……仕方ありませんね。今回の任務は終了です」

 

「悠仁!」

 

そこに、学ランを着た少年が悠仁の元へと駆け寄ってくる。

昨日の建人と悠仁の受けた任務、映画館の変死体発見事件の重要参考人。

その1日だけで接触した悠仁と友情を築いた少年。

そして……今ここ、里桜高校で非術師に対し、呪術を行使した疑いのある少年。

吉野順平が、悠仁の傍らで膝をついた。

その瞳には涙が浮かび、心配そうに悠仁の手を取る姿からは、そのような凶行に走ったとは思えなかった。

 

「あんな純粋そうな子を呪いの世界に引き込んだ、あの呪霊。逃しちゃってごめんね……」

 

「……いえ、空さんで無理なら他のどの一級でも無理でしょう。奴はそれだけ厄介でした。……吉野順平、彼は呪術規定では」

 

「見てみなよあの二人を」

 

大丈夫と言って微笑む悠仁と、泣きながらも喜ぶ順平。

昨日出会ったばかりなのに、二人の間には確かに友情が存在していた。

 

「ふふ、若人から青春を取り上げるなんてのは、何者にも出来ない……だってさ。彼らを地獄に叩き落とす為の準備期間くらい、気儘に楽しむべきだと、ボクも思うよ」

 

悟クンからの受け売り!

そう言ってニッと笑う空に、建人は小さく息を吐きながら頷いた。

 

「ふぅ、まぁあの人にしては良い事言いますね」

 

「ねっ!ま、報告書とかは後でボクが纏めとくよ。二人は一先ず誠一クンに頼んで……ボク達は約束通りご飯行こっか。建人クンも疲れたでしょ?」

 

『七海も灰原も疲れただろ。帰りに飯くらい奢ってやる』

 

高専時代の記憶が建人の脳裏に浮かび上がる。

髪を短く切り揃えた鋭い眼光で、視線を反らしつつも此方を思いやる、手放しで尊敬出来る先輩の一人だった。

口は悪いしそんなに強くもない、けれども優しい先輩だった。

 

昔の空のビジョンが顔を赤くしながら睨み付けたと同時にその姿は薄れ、今のポヤポヤとした空が首を傾げて此方を見ていた。

 

「何食べたい?」

 

「ふっ……では、ラーメンでも」

 

「いいねっ!」

 

小さく笑みを浮かべた建人の提案に、空はパアッと笑顔を浮かべた。

二人は笑みを浮かべあいながら、悠仁と順平に近付いていく。

今回の任務はそう良い結末ではなかった。

これからの不安も残る、後味の悪い物となった。

けれど、皆生きてる。

悠仁と順平の友情は、青春は続く。

それを思えば、そう悪い結末でもないだろう。

 

空はそう考えつつも、自分の頭に潜む脳ミソを小突いた。

 

「なんか、企んでるでしょ」

 

『何の事かわからないな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん、成る程ね……」

 

俺は吉野順平という少年を前にして、腕を組んだ。

順平はなんでも苛められていたらしく、それを呪術を使って仕返ししたのだという。

まあ、それだけ聞いたら憂太みたいなもんだろう、ただただ上層部が五月蝿いだけだ。

だが、問題なのは理知的な特級呪霊と関わりがあった、という事だ。

オレと悠仁が遭遇した火山との関係もあるかもしれない。

だから情報を欲した上層部が更に五月蝿かったが、気にしない事にした。

一先ずは俺預かりって事にして、悟や傑が戻ってきたら特級権限で色々やって貰うとしよう。

だがまぁまずは、目の前で俺を少し怯えた目で見る少年と会話する事としよう。

 

「順平、って言ったか?」

 

「は、はい!」

 

「俺は禪院誠一。この高専の食堂を切り盛りしてる。これから美味いモン沢山食わせてやるから、宜しくな!リクエストあればなんでも作ってやる!好きなもんはなんだ?」

 

「え、て、天津飯とか」

 

「おお!じゃあ明日作ってやるよ。今日は……歓迎会って事で、同学年、一年で鍋でもつついて親睦を深めてくれ」

 

「鍋かぁ……少し季節外れじゃないッスか?」

 

「いつ食っても鍋は美味いと思うけどな。ま、もう鍋の仕込み終わってるから、野薔薇と恵来たら食え食え」

 

少し不安げな顔を浮かべる順平に、俺はその頭に手をのせてやる。

 

「そう不安がるな、皆いい奴等だぞ?それに今日は色々あって疲れただろう?美味い飯をたらふく食って、ゆっくり休め。これからの事はそれから考えろ」

 

「……はい」

 

頷いたが……まあ、そう簡単切り換えれる事でもないか。

ま、俺に出来るのは美味い飯を用意する事だけだ。

しっかりと仕上げするとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、鍋?」

 

「いやぁ、親睦深めて貰いたくてな。あ、おかわりあるからな?」

 

カセットコンロの上で土鍋でグツグツと煮られる鍋。

四角テーブルで悠仁、恵、野薔薇、そして順平がそれを囲んで座っていた。

 

「しっかり味がつけたからそのままでもいけるが、ポン酢やごまだれもオススメだぞ。さ、たっぷり食べてくれ!」

 

「「「「いただきます」」」」

 

怪訝な顔の野薔薇だが、鍋は本当にいつ食べても美味いからな。

白菜、大根、人参、長ネギ、しめじ、えのき、糸こんにゃく、白滝、つみれ、鳥肉、タラ、鮭……具沢山で美味いぞー?

 

「それで、虎杖、そいつは?」

 

恵が早速自分の取り皿に取り箸で具材を取りながら、向かいに座る順平を見る。

順平がビクリと体を跳ねさせる一方で、タラを口に放り込みながら、悠仁が答えた。

 

「はふっ……吉野順平!元々一般人で、色々あってこれから同級生になるんだぜ。いい奴だよ」

 

「ふぅん……はふっはふ……宜しく。俺は伏黒恵だ」

 

「よ、宜しく。吉野順平、です」

 

「はぁい宜しく。私は釘崎野薔薇。一年の紅一点よ。…ふー、ふー……はむ……」

 

恵はそのまま、野薔薇はポン酢で早速か。

二人とも美味そうで良かった。

はふはふと熱そうに食べる姿に、順平は少し顔を赤らめ、悠仁に体を寄せた。

 

「……釘崎さん、可愛いね」

 

「え、順平もしかして」

 

「い、いや、そう言うのじゃないよ……!」

 

耳打ちでこそこそと会話する二人だが、近いからか野薔薇にも聞こえてるし、なんか嬉しそうだ。

 

「ふふんっ、なかなか見る目があるじゃない。虎杖と伏黒は吉野を見習いなさい」

 

「はふ……んっ、このつみれ生姜が効いててとても美味しいです、禪院さん」

 

「そりゃ良かった。まだまだあるからな」

 

つみれを食べた恵が目を輝かせて俺に言ってくるが……いいのか?野薔薇がめっちゃ睨んでるぞ。

 

「ほら、見てないで順平も食えよ!禪院さんの料理マジでどれも美味いから!」

 

「う、うん……!」

 

突然顔が凶悪になった野薔薇にビビって顔を強張らせながら、順平は具材をひょいひょいと少し控え目に取った。

 

「はぐっ……あふ、はふ……」

 

「どう?」

 

咀嚼している順平の顔は熱さに悩む顔から、目を開き、うんうん、と何度も頷く。

 

「ん!美味しい!味が丁度良く染みてるし、歯応えも良くて……はむ……んー!」

 

「だろー?にしし!」

 

目を輝かせて食べ進める順平の様子に、胸を撫で下ろした。

いやぁ、良かった。

いつかの傑や、高専に来たばかりの憂太と同類っぽかったから心配だったが……根は優しい良い子なんだろう。

だからこそ、まずは美味いもんを食って、心の余裕を取り戻してくれ。

悠仁と談笑しながら食べ、野薔薇と外の流行りについて話、恵と高専について話し……。

笑う君に、これから良い未来が来る事を願ってるよ。

俺は減ってきた鍋の中身を追加しながら、そう願った。




誤字報告ありがとうございます!
修正しました。


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天津飯

アニメ……虎杖……。
漫画でもアレでしたけど、本当に……もう。

まぁこの作品はほのぼのなので!
大丈夫です!

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「はぁーあ……つっかれたぁー」

 

「お、お疲れだな」

 

「とーぜんでしょ、任務やーっと終わったと思ったらいきなり上層部説得するハメになったんだし……誠一がやっといてよ、そんくらい」

 

「あー?無理だろ俺じゃ。禪院の落ちこぼれ、ただの一級術師だぞ。」

 

「僕の無下限突破出来る一級なんていないっての。さっさとこっちに上がってきて欲しいもんだね」

 

「禪院の老害がうるせーのもあるだろうが、加茂とかも結構気にしてるらしいからなー……ま、メインは食堂でやって行きたいし、一級でも俺は構わないんだけどな」

 

「特級案件もっと割り振りたいからさっさと特級なってよ」

 

「お前が楽したいだけじゃねーか」

 

軽口の応酬をしたが、悟が疲れてるのは確かみたいだな。

ま、お疲れの最強サマにはこれでもやるか。

 

「ま、これでも食えよ」

 

包装された円柱のお菓子、ロールケーキを手渡してやる。

スポンジもクリームも黒めのロールケーキだ。

 

「お、ロールケーキ。なんか黒くない?」

 

「黒糖ロールケーキだ。クリームも特別製だぞ?」

 

「ふーん、じゃあ早速。いただきまー」

 

悟はその場で包装を剥がし、30センチはあるロールケーキにそのままかぶりついた。

 

「んむ……んぐんぐ……んっ!」

 

試作品で、個人的にはなかなか美味いと思ったんだが、悟はどうかな?

 

「これ、なに?なんか黒糖の風味が凄い……甘さが際立ってて……美味っ!あーんむっ!」

 

再度ロールケーキにかぶりついた悟を見て、上手く作れたようで胸を撫で下ろした。

 

「いやぁ、上手くいって良かった。これ直哉に借りた漫画で見て美味そうだったから作ってみたんだよ。醤油クリームの黒糖ロールケーキ」

 

「……へえー、これ醤油入ってるのか。塩キャラメルみたいな感じかな、あむ……」

 

さっきまでの何処かギスギスした雰囲気を消し、悟はぽやぽやした雰囲気でロールケーキを頬張る。

良かった良かった、お菓子は繊細で難しいからな。

 

「美味しそうなのを食べてるじゃないか、悟」

 

「あー……!やんねぇぞ!これは俺のだ!もぐもぐもぐもぐ」

 

「悟、また素が出てるよ。取らないからゆっくり食べなよ」

 

傑は呆れ顔で、そっぽ向いてロールケーキを食べだす悟頭に手を置いた。

 

「お疲れ傑。任務終わりか?」

 

「いや、仮眠取ったらまたすぐに出発だよ。面倒な事に、上層部は私達を忙殺する方に舵を切ったらしい」

 

冗談めかして肩を竦めた傑に、俺は悟と同じものを取り出してやる。

まぁこの時期はどうしても呪霊は多くなるからな……。

 

「大変だな……まあ、悟みたいに丸かじりしろとは言わんが、疲れには甘いもんだ、お前にもやるよ」

 

「ありがとう。移動中に頂くよ」

 

傑は受けとると、ニコリと目を細めて礼を言ってくれる。

 

「んぐ……傑任務どこ?」

 

ぺろりと口の回りについたクリームを舐めとり、悟は問いかける。

顎に手をあて暫し悩む傑は、直ぐに口を開いた。

 

「確か青森だったかな。新幹線で行く予定だよ」

 

「お、僕岩手なんだよね、折角だから途中まで一緒に行ってさ、仙台に寄って牛タン食いにいかね?」

 

「いいね」

 

肩を組んで楽しそうにそんなやり取りをする二人。

本場の牛タンか、美味いだろうな。

ま、楽しみがあるのは良いことだ。

 

「それじゃ、シャワー浴びて少しだけ寝るよ。悟、また後でね」

 

傑はロールケーキを抱えながら、ひらひらと手を振って去っていく。

それを見送った悟は、一口ぶんだけ残ったロールケーキをばくんと口に放り込んだ。

無駄に無下限でロールケーキに直接触れないで食うとかいう事をしてたからか、手にはクリームは一切ついてなかった。

 

「高等技術の無駄遣いだな……」

 

「誠一にだけは言われたくないかな。さて、噂の順平君と悠仁の様子でも見ておこうかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

順平の起こした事件、里桜高校でほとんどの先生と生徒が昏倒する事になった事件。

本来ならば呪術規定により云々と小難しい事を言ってたが、母親が害され、呪霊に唆された事を理由に、秘匿死刑候補くらいで保護観察を兼ねて、正式に高専に入学する事となった。

 

実際この事件、かなりキナ臭い話だ。

 

建人と空の二人がかり相手で逃げ仰せる実力があり、会話の出来る、自我のある呪霊……火山と植物との繋がりを感じられずにはいられない。

更には戦いで急成長し、術式は決まれば必殺、領域展開まで会得……面倒すぎる。

更には人と穏やかに接して、行動を誘導……しかも特に深い理由なく弄ぶ為と来た。

基本出来れば任務なんてせずに料理してたいと思ってる俺だが、流石に同行して始末仕切るべきだったと後悔したね。

 

そして極めつけは宿儺の指だ。

順平の母親を襲った呪霊は、何者かが仕込んだ宿儺の指に誘われていたらしい。

指自体は空が回収し、母親も空が助けたから良かったが……。

明らかに何かが起こっている、そう思わざるをえない。

 

「やー。やってる?」

 

「え、誰で」

 

ボゴォッ!

 

「ぶふっ」

 

「うぉー。良いの入ったな」

 

悟が声をかけると集中が途切れたのか、順平が抱えているぬいぐるみに頬をぶん殴られていた。

気の抜けた声で感心し、悠仁はコーラを啜った。

その腕の中で同じようなぬいぐるみを抱えて。

 

ふむ、悠仁はほぼ完璧だな。

呪力が乱れると襲い掛かってくる、ぬいぐるみを抱える修行……まぁでも順平もそこまでボコボコにされてる感じでもないか。

将来有望、優秀優秀。

 

「順平、この目隠ししてる人が皆が話してた五条先生。滅茶苦茶強い人なんだってさ」

 

「あぁ……あの」

 

順平は怪訝な顔をして悟を見つめる。

……随分と恵や野薔薇と仲良くなったみたいだな。

かなり悟の話を聞かされたと見た。

 

「あの……?まぁいいや。君の保護と高専の正式入学が決まったのは僕のお陰なんだから、感謝しなよ?」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます!五条先生!」

 

「うんうん、きちんと敬ってね」

 

やってる事は立派なんだが、そういう発言がダメなんだよなぁ……。

ほら、順平も悠仁もなんとも言えない顔してる。

 

「センセーそういう事わざわざ言うから、クズって家入先生に言われんじゃねーの?」

 

「ちょっと、悠仁、先生に失礼だよ……!わざわざ言うんだってちょっと思ったけど……!」

 

二人の容赦のない言葉に、悟のニヤけた頬がひきつった。

 

「…………ま、いいや。僕これからまた任務だから、ちゃんと修行しててね」

 

気を取り直した悟は手をひらひらさせて、部屋を後にする。

牛タン牛タンーと歌いながら……。

あーあー。

二人がすっげえ怪訝な表情になってる。

二人からの評価暴落してるの気付いてんのかなあいつ……。

 

「まぁまぁ、あの不審者と会話して呪力乱れなかったのは、二人とも見事だったぞ。さ、気を取り直して修行再開してくれ。今日の飯は天津飯だぞ?」

 

「え、本当!」

 

おお、喜色満面の笑顔。

かなり大人ぶった子だと思ってたが、いい笑顔だ。

本当に好物なんだなぁ。

……だが、乱れたな。

 

ボゴォッ

 

「おぶふぅっ」

 

「順平ーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は順平のリクエストで天津飯だ!中華スープもおかわり自由だぞー」

 

丸く盛ったご飯の上に蟹玉を乗せて、甘酢餡掛けをたっぷりかけた料理。

それが天津飯。

ふわふわと卵と蟹の旨味、たっぷりと味わうがいい!

 

……っつって、あんま作った事ないからそこまで自信ないけど。

けどまあ、香りは及第点、後はこれを好物だという順平が美味しく食べれるか、だな。

 

「わぁ……美味しそう……」

 

順平は天津飯を前にして、目をキラキラさせている。

 

「なっ!禪院さんなんでも作れるし、なんでもうめぇんだよ!んじゃ、いただきまーす!」

 

パン、と手を鳴らして手を合わせた悠仁は、早速とばかりにレンゲを手に取った。

そのまま蟹玉を豪快に崩し、餡掛けと一緒にパクリ。

 

「んんー!美味い!禪院さん、今日も最高っすよ!」

 

「そりゃ良かった!さ、順平、遠慮しないで食ってくれ」

 

悠仁が美味しそうに食べるのを眺めていた順平は、ゴクリと生唾を飲み込む。

その様子に見かねて声をかけると、ハッとしたように一度こっちを見た後、レンゲを手に取った。

 

「いただきます!」

 

順平は、形を崩さないようにふわふわの卵とご飯をれんげで丁寧に掬う。

 

悠仁と比べて性格が出るなぁ……。

既に悠仁の天津飯はぐちゃぐちゃ……いや、別にどっちが悪いとかじゃないけどな?

好きに食ってもらって、美味しく思って貰えれば、それでいいんだ。

 

そうして一口分をそのまま口に入れて、咀嚼。

ゴクリと嚥下した順平の口元は弧を描いていた。

 

「……美味しいっ!」

 

そう言って笑顔を浮かべた順平は、俺のほうを見て、口を開いた。

 

「禪院さん!これとっても美味しいです!卵がふわっふわで、蟹の旨味が噛むとじゅわっときて!甘酢餡掛けも今まで食べたことないくらい奥深くて!本当に美味しい……!」

 

「そっかそっか、良かった良かった。腹一杯、好きなだけ食ってくれ!」

 

「……はい!」

 

そのまま二口目も美味しそうに頬張る順平を、悠仁が嬉しそうに眺めていた。



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野菜炒め

お久しぶりです、更新遅れて申し訳ありません。
他小説にかかりきりになっておりました。
まぁでもそちらが一段落つきましたので、ついでに匿名投稿を解除しようと思います。
まぁ、だからなんだという話ではありますけどね。
更新スピードはそう早くはないと思いますが、良ければこれからもお付き合いください。


「邪魔をする。少し見ててもいいだろうか?」

 

 一人で仕込みをしていると、そんな言葉と共に張相が厨房に顔を出してきた。

 和風にアレンジされ、袖の広くなっている高専の制服を身に纏っている。

 

「お、そうか、今日は空いねぇのか。いいぞ、手を洗うとかを最低限やって貰えれば俺は構わねえぞ」

 

「感謝する」

 

 ペコリと行儀よくお辞儀をした張相は、俺の言う通りに手をしっかりと洗う。

 そうして俺の姿がよく見える……けれど邪魔にならないような所へと移動して、そのままじっと此方を見つめてきた。

 ふむ……?

 いや、よく見ると仕込みをしてるゴム手袋を見てる……か?

 

 俺は料理をする時、人手として【醤油操術】を使う時がある。

 俺は縛りによって醤油を戦いに使う事が出来ないが、こういう料理なんかには好きなだけ使う事が出来る。

 それの応用の一つが、醤油を入れたゴム手袋を使っての調理だ。

 微細なコントロールが要求されるが……まぁ、このくらいは出来ねぇとな。

 

 張相の視線は、それらの宙に浮いて野菜を切り続けているゴム手袋に向いてるように思う。

 ふむ……確かこいつの術式は加茂家相伝の【赤血操術】だったか。

 液体操作系の術式において、間違いなく頭一つ飛び抜けた応用力を誇る術式だ。

 例えば、俺が使う【醤油操術】はどうあがいても醤油のみが操作の対象だ。

 俺が無理矢理自分の認識を弄って醤油だと思い込んでやっても、普段操れるのは少なくとも醤油を混ぜた液体くらい……。

 だが、【赤血操術】に関しては自分の血でなければならないが、血が付着した物すら操れる。

 物理的な威力を出す為に様々な工夫が必要な液体操作系にとって、その差はでかい。

 

 さて、そんな【赤血操術】を持つ張相が、なんでこうも熱心に見つめてるんだか。

 

「なんか気になる事でもあったか?」

 

「む……いや、料理がどう出来ていくのかが見てみたかった。

 誠一の作る料理はいつも美味い。いずれ弟達にも食べて貰いたい。

 そう思った時に、そもそもどう作っているのかが気になった。

 ……術式を味付け以外にも使っているとは思わなかったが」

 

「はははっ。ま、使えるもんはなんでも使えってな。しかし、そうか……成る程な」

 

 料理への興味、か。

 いつも残さず食ってるから楽しんで貰えてるとは思ってたが、興味まで持って貰えるとはな。

 

 ……ふむ、仕込みは大体終わったし、時間はあるか。

 なら、ちょいと体験でもして貰うかね。

 

「なら、ちょっとやってみるか?料理」

 

 それに張相は少し驚いたように目を見開いてから、ペコリと頭を下げた。

 

「ああ、やってみたい。お願いする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁまずは肉野菜炒めでも作ってみるか。まずは材料を切る所からだ」

 

「ああ、わかった」

 

「具はキャベツ、ニンジン、ピーマン、もやし。

 ニンジンは本来皮があるが、そこは剥いといた。

 ピーマンはヘタをとって、中の種を取り出しておく。

 これで後は食べやすいサイズに切るだけだ」

 

「わかった」

 

「キャベツは、一口大にこう。ニンジンは、こんな感じ。

 ピーマンはこうだ。もやしは切らないが、洗った後しっかり水切りしておいたほうがいいな」

 

「ふむふむ……」

 

「包丁を使う時、切るものを押さえる手は、間違って切らないように、こう。

 猫の手って言われてるな。ゆっくりでいいから、正しく包丁を使っていこう」

 

「ああ……む、上手く切れないな」

 

「そうだな……こう、前に押し込むように刃を入れて、引いて切る感じかな?」

 

「こうか?おお」

 

「そうそう、上手いぞ。後は肉だな。豚バラがあるから、今日はこれを使ってみるか」

 

「これは切らなくていいのか?」

 

「そうだな、肉のサイズは好みなんだが……この豚バラなら半分にしてもいいかもな」

 

「わかった……む、野菜とはまた違うな」

 

「そりゃな。……けど上手いな。飲み込みが早いぞ、偉いな」

 

「誠一の教え方が上手いたけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、後は焼くだけだが、実は野菜によって火の通り方が違くてな、全部同時に焼くと上手く火が通ってない、なんて事がよく起きるんだ」

 

「成る程」

 

「それと肉は焼きすぎると固くなるし、野菜より火が通りやすい。だが、旨味が出るから最初っからいて欲しくもある、なかなか難しい食材なんだ」

 

「成る程、そういう場合は?」

 

「最初にさっと火を通してフライパンに肉の旨味を残して、そこで野菜を焼いていくんだ。油引いたな?」

 

「ああ」

 

「中火で肉をさっと焼く。色が変わるくらいでいいぞ。塩コショウだけして一旦退避だ」

 

じゅぅう

 

「わかった」

 

「そうしたら強火にして、フライパンが温まれば、そこにニンジンを投入だ」

 

じゅううう

 

「……成る程、肉からエキスが出てるのか」

 

「そうそう、そんてニンジンに火が通ったら、キャベツ、ピーマン、もやしを投入」

 

じゅわわわわわ

 

「……いい匂いだな」

 

「だな。そのまま焦げないように適当にかき混ぜて……ん、そろそろか。キャベツがしんなりし始めただろう?後は肉を戻して味付けだ」

 

「味付けは?」

 

「料理酒、醤油、オイスターソースに鶏ガラでいくか。……ん、こんなもんだな。ほれ、これ入れて全体に味を馴染ませていくんだ」

 

じゅわぁっ

 

「……一段といい匂いだ」

 

「これで後は馴染んだら完成なんだが、一応ちょっと味見してみな。足りないもんがあればここで足すんだ」

 

「わかった……あむ……(ジャキジャキ」

 

「どうだ?」

 

「む!美味い……!」

 

「そうか!それ、お前が自分で作ったんだぜ?どうだ?」

 

「ああ……悪くないな」

 

「そんじゃ、皿に盛り付けないとな。それ以上火を通してもよくないからな」

 

「ああ。わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見事に完成した野菜炒め。

 いい香りをさせてやがるぜ。

 いやぁ、なかなか筋が良かったな。

 張相も無表情ながらキラキラして嬉しそうだし、良かった良かった。

 

ガラララッ!

 

「誠一さんっ!」

 

 そんな時、少し慌てた様子の悠仁が食堂に飛び込んできた。

 

「おっ?どうした悠仁、まだ朝の五時半だぞ」

 

「緊急任務!悪いんだけど、なんか食うもんない!?」

 

「食うもんって……米は炊けてるが……」

 

 そこで俺の視界に入ったのは張相の作った野菜炒めだった。

 俺と張相で食おうと二人前作ってたが、悠仁なら丁度良い量か。

 チラ、と張相に視線を向けて、俺は両手を合わせて張相に頭を下げた。

 

「張相、それ、悪いが悠仁に食わせてもいいか?」

 

「む、構わない。作れただけで満足だ」

 

「悪いな。悠仁!ご飯は炊けてるからよそっとけ!」

 

「はーい!」

 

 茶碗に山盛りご飯をよそった悠仁の席へと、完成したばかりの野菜炒めを置いてやる。

 ほかほかと湯気をたてるご飯を手に戻ってきた悠仁は、席について手を合わせた。

 

「ありがとう誠一さん!いただきます!」

 

 早速とばかりに野菜炒めに手を伸ばし、それを口に運ぶ悠仁。

 背後で張相が息を飲んだのが不思議とわかった。

 もぐもぐと咀嚼した悠仁は。

 

「んっ!美味っ!」

 

 カッと目を見開き、キラキラと輝かせた。

 ご飯をそのまま掻き込む悠仁は、口をパンパンにして、幸せそうに笑みを浮かべていた。

 

「んぐ。美味いっすねこの野菜炒め!シャキシャキとした歯応えも良くて、いくらでも食えそうだ!あむっ!」

 

 そこまで言った後は食べる手を止めず、次々と頬張っていく。

 みるみる内に減っていく野菜炒めと山盛りのご飯。

 笑顔で食べ進める悠仁……そしてそれを見守る張相。

 ふと見たその顔には、自然と笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走さまでした!誠一さん、美味しかったっす!」

 

「礼なら張相にしな。それ作ったのこいつだからな」

 

「マジか!張相……さん?料理上手いんスね!ご馳走さま!」

 

「……ああ」

 

「それじゃ、任務行ってきます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作った料理を誰かに食って貰う……笑顔で食べて貰える……悪くないだろ?料理人冥利に尽きるってもんよ」

 

「ああ、悪くない…………。誠一、これからも料理を教えて貰ってもいいだろうか?」

 

「はははっ!大歓迎だ!気が向いた時、いつでも来てくれていいぞ!」

 

 それから張相は、食堂で料理する姿がよく見かけられるようになる。

 得意料理は野菜炒めだ。



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バーベキュー・仕込み

さっさと皆でワイワイバーベキューする様子をかきたい。


 さて……今日は京都姉妹校交流会の日だ。

 生徒の奴等には昨日はカツ丼、朝は納豆を振舞い、健闘を祈った。

 

「納豆……?」

 

「粘り強く諦めるな、っていう験担ぎだな」

 

「成る程!じゃあしっかり混ぜて粘り出さないとな!」

 

ねりねりねりねり

 

「お、気合い入ってんじゃねぇか!私も負けてられないな!」

 

ねりねりねりねりねりねり

 

「しゃけ!」

 

ねりねり

 

 競ってかき混ぜる悠仁、真希、棘。

 個人的にかき混ぜ過ぎると逆に美味しくないと思ってるが、まぁ、人それぞれか。

 それに、こっちは三年の金次と綺羅羅、二年の憂太と美々子と菜々子がいねぇからなぁ。

 一年ズは基本格上との戦いになるだろうし、是非粘り強く頑張って貰いたいもんだ。

 流石に順平は見学だけどな。

 意外とセンスはあるっぽいが……。

 

「頑張ってね、悠仁」

 

「おぅ!」

 

 うん、まあいきなり格上にボコられてもなあ。

 ……ん?逆に出て貰ったほうが良かったか?

 死ぬ危険のない死線なんて、何回経験してもいいしな。

 まぁ、決め終わってるからな、今言っても仕方ない。

 来年には活躍して貰おう。

 

 さて、そんで今回の交流会は前回憂太が滅茶苦茶したからウチで開催する訳だが……俺は夜のバーベキューの為の仕込みだ。

 去年は京都校でやってたからあんまり手の込んだ事が出来なかったが、今回はこっちでやるからな、好き勝手やってやるぜ。

 

「頑張れよー。もし負けたらグラウンド100週するまでは、飯食わせねぇからな」

 

「……ねぇ、あれって本気?」

 

「禪院さんはこういう時冗談言わねえ……」

 

「おぉ、なんかそれっぽいな!燃えてきた!おかわり!」

 

「んぐ、私もおかわり!」

 

「しゃ……おかか……」

 

「棘、腹いっぱいなら無理すんな……」

 

「はっはっはっ!好きなだけ食って、全力出し切って来い!

 夜は交流バーベキューだからな!楽しみにしとけ!」

 

「「おぉおおーっ!」」

 

 俺のその言葉に悠仁と真希が歓声をあげ、山盛りのご飯を頬張る。

 はは、まぁ、頑張ってきてくれよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、粗方仕込みは終わったし……俺も観戦に行くとするかな。

 予定通りなら今頃は団体戦始まってる筈だ。

 確か冥さんがカラスで映像を投影してるんだったかな?

 歌姫先輩にも挨拶したいし、早速……ん?

 

 ふと、窓の外の光景が目にはいった。

 突然帳の下ろされていく光景……こんな予定はなかった筈だ。

 

「……なんだぁ?何が起きてる?」

 

 怪訝に思いつつもその帳の下ろされてる所が今回の会場の予定地である森な事を確認して、俺は一先ず他の奴等と合流を目指す事にした。

 まずは情報だ、何が起きてるのか確認する必要がある。

 仮に襲撃だとして……高専に直接なんてとても信じられん。

 悟と傑がいるんだぞ?

 何かがなければ、間違いなく自殺行為だ。

 

「……急ぐか」

 

 そう呟いて、俺は足を早め、廊下の曲がり角を曲がった。

 その時、その先に目の前に人間大の存在が立っているのが見えた。

 ツギハギの、人間大のそれは、驚いたように俺を見て、何かを見つけたかのように、顔に笑みを浮かべた。

 

「お、黒髪に地味顔、もしかしてアンタが漏瑚を醤油にした奴?

 ラッキー、少し話してみたかったんだよねー!」

 

 その瞬間に俺は既に掌印を組んでいた。

 両手の指を柔らかく重ね、指先だけを交差する。

 十一面観音印。

 

「領域展開」

 

「ッ……!問答無用かよっ!」

 

 焦燥を顔に張り付けた、ツギハギの呪霊、真人。

 なんでここにいるか、何をしにきたか。

 気になることはいくらでもあるが、どうでもいい。

 こいつの危険性はわかってる……ここで、祓う。

 

「【黒天天ヶ原】」

 

 闇より黒い黒が、俺と真人を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!ボクは硝子チャンの所行ってくる!生徒達の事はお願いっ!」

 

 正体不明の帳が下りた時、まず空が立ち上がり、駆け出した。

 理由は硝子が心配だから……だが、それも当然と言える。

 家入硝子は反転術式をアウトプット出来る、人を即座に癒す事が出来る稀有な存在。

 存在は秘匿されているが、もしもバレれば、欲する者は後を絶たないだろう。

 

「空!アンタ一人じゃ……もういないし!」

 

「空君も一級なんやで?歌姫ちゃんなんかよりよっぽど強いんやから、放っときや……それよりこっちが問題や」

 

 京都校引率の二人、庵歌姫と、禪院直哉は目の前の下ろされた帳を見ながら言葉を交わす。

 帳が下りた範囲は、生徒達が鎬を削っていただろう森がすっぽりと入ってしまう範囲だった。

 一先ず空の判断も間違いではないとそれぞれの学長は判断し、残った面子で下ろされてしまった帳の様子を見る事になった。

 

「ま、こんなもんは下りた所で壊せばそれまでで……」

 

 そう言って悟が帳に触れた時。

 

バチイッ!

 

 音をたてて悟の手が弾かれた。

 俄には信じられない光景に、歌姫は思わず帳へと手を伸ばし……。

 

スカッ

 

「え?」

 

 そのまま素通りしてしまった事に更に目を見開いた。

 すかすかと何度も行き来する歌姫の手、それを見た悟が納得したように頷き、腕を組み顎に手を当てた。

 

「……成る程ね。僕は通さない代わりに、他全ての侵入を許す帳、か。

 こりゃ傑が今いない事もバレてるね?しかもかなり結界術に精通してる奴がいるか……」

 

 現在傑は不在だ。

 だが、ここには五条悟がいるし、敷地内には一級術師が四人もいる。

 不測の事態があろうと対応出来る筈だったが、悟の侵入を阻むような手を打たれるのは予想していなかった。

 こちらの戦力を正しく把握しているかもしれな襲撃者……悟の眉間に皺が寄った。

 難しい顔で唸る、そんな悟の言葉に、直哉はピク、と眉を動かす。

 

「なんや、それ。僕ら嘗められとんな。悟君、僕は先中に入らせて貰うわ」

 

「私も行くわよ!生徒を守るのは先生の役目だもの!」

 

「当然やろ。歌姫ちゃんは学長と一緒に生徒の保護頼むわ」

 

「アンタはどうすんのよ?」

 

「とりあえず変なのおらんか探し回る。この僕をコケにしたんや……ただじゃおかんわ」

 

 その瞬間、直哉の姿がかき消えた。

 少し遅れてぶわり、と風が吹き、歌姫が目を細める。

 はためく着物の裾を押さえ、歌姫は苦笑を浮かべた

 

「……キレてるわね、あいつ。やりすぎないといいけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこのお兄さん。ちょいとお話聞かせて貰てもええか?」

 

 高速で移動した直哉が最初に出会ったのは、まったく見覚えのない人物だった。

 スキンヘッドで目と鼻の辺りが黒く、何故か上半身が裸で、エプロンをしている男。

 直哉は立ち止まると、その男に愛想良く話し掛けた。

 

「あ?なんだよ、五条悟が来るって話じゃなかったのか?」

 

 男は、憮然とした態度で直哉を一瞬だけ見ると、肩を落としてため息を吐いた。

 ビキリ、と直哉の額に青筋が浮かんだ。

 

「……この帳下ろしたんお兄さん?なんでこないな事したん?」

 

 それでも冷静に問い掛ける直哉。

 

「折角五条でハンガーラック作ろうと思ったのによ」

 

 そんな直哉が視界にすら入っていないのか、男は残念そうに首を振った。

 ビキビキと浮かぶ青筋が増えていく。

 

「…………答えて貰えると、手荒な真似せんで済むんやけど」

 

 そこまで話して漸く、男は直哉を認識したようで、値踏みするように上から下までじっくりと眺め始める。

 舐め回すような視線に、気持ち悪さを感じる直哉は、表情が抜け落ちていった。

 

「お、てめぇも中々いいタッパしてんじゃねぇか

 そうだな……ハンガーラックは二つあってもいいかもなぁ!」

 

 そう叫んで斧を手に、気味の悪い笑みを浮かべた男を見て……直哉は限界を迎えた。

 顔に手を当てて天を仰ぎ、はぁー、と疲れたように大きく息を吐く。

 

「……アカンわ。話が通じん……こないな奴が主犯な訳ないけど、まあ、見逃す理由もないな」

 

「ハンガー!ラック!」

 

 変な言葉を叫んで駆け寄ってくる男に対して、直哉は自然体で構える。

 だが、心の内は燃え上がっていた。

 心の奥から涌き出る苛立ちに、直哉は苛立ち紛れに吐き捨てる。

 

「黙ってろやハゲ。てかなんで裸エプロンやねん。目も耳も腐るわ」

 

「活きがいいなぁ!」

 

 そう叫んで、男は斧を片手に、直哉へと襲いかかってきたのだった。



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バーベキュー・焼き

交流戦の内容飛ばしてるのに三話になる、だと……?
自分はさっさと東京、京都の面々で楽しくバーベキューを書きたいだけなのに……。
全部しっかり書いてる作者の方々には頭が下がりますね。


 交流会が始まる前……今回参加する京都校の生徒達は、学長である楽巌寺学長から、直接告げられた言葉があった。

 

「宿儺の器、虎杖悠仁は殺せ」

 

 保守派筆頭である楽巌寺学長の言葉に、生徒達の反応はまちまちであった。

 責任は問わない……そんな保証をされようと、人を一人殺すというのだから、それも当然である。

 三年の東堂葵等は激昂してその場から去って行ってしまったが、概ね、学長が言うなら……という雰囲気を醸し出してもいた。

 特に御三家である加茂憲紀はもしも宿儺が復活したら……等の最悪を考えると当然かと割り切り、納得していた。

 三年の紅一点である西宮桃は、それが指示なら従うという態度で平然と様子を伺っている。

 一方で少し交流のあった二年の禪院真依は複雑な表情を浮かべていた。

 同じく二年の三輪霞は呪術師としては珍しい真っ当な感性の持ち主である為、内心で嫌だなぁ、と呟く。

 それらを見た目がまるっきりロボな究極メカ丸が、口を挟まずに眺めていた。

 

 そんな、少し重い雰囲気の中、憲紀が覚悟を決めたような表情で口を開く。

 

京都校(わたしたち)全員で虎杖悠仁を――」

 

ポンッ

 

「憲紀君に皆ー、怖い顔してどないしたん?」

 

「っ!直哉、先生……」

 

 重々しく告げようとした所で、その頭に突然手が乗せられた。

 驚く憲紀を、直哉は悪戯が成功したかのように笑みを浮かべて、京都校の面々を見渡す。

 

「どーせ学長になんか言われたんやろ?悠仁君を殺せ……とかか?」

 

「そう、です。宿儺の器は、生きてるだけで危険ですから」

 

 言い切る憲紀を見つめ、直哉は大袈裟にため息をつき、肩をすくめて首を振った。

 

「はぁー。そないなモンな、学生が背負うもん違うやろ」

 

「兄さん……」

 

 真依は思わず安堵したように息を吐いた。

 呪術師になったのだから人の命を奪う事もこれからあるのだろうけれど……知り合いを心から納得出来ずに殺す、そんな覚悟まではまだ出来ていなかった。

 

「悠仁君の事は悟君達が責任持つ言うとる。

 仮になんかあっても、悟君達に任せとけばええ。

 それでもなんかあれば、歌姫ちゃんも、僕もおる。

 君らはまだ学生なんや、好き勝手やってればええねん。

 ……東堂みたいにまでなると、流石に困るけどな」

 

 最後に冗談っぽく苦笑を浮かべて言う直哉に、京都校の面々の雰囲気は晴れていく。

 それは、責任を持って処する覚悟を決めていた憲紀も同じであった。

 やはり、心の何処かには忌避感があったのだろう、安堵している自分に気付いてしまっていた。

 

「ですが!うわっ」

 

 それを振り払いように声を荒げる憲紀の頭を、直哉はぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。

 

「呪術師としちゃ立派やけどな。まだ君達は学生や。

 憲紀君や桃ちゃんなんて交流会最後なんやで?

 そんな汚い大人の事情なんて関係あらへん、しっかりアピールせんとな!」

 

「でも、いいんですかね……学長の言葉無視しちゃって」

 

 霞は俯き、少し心配そうに呟く。

 

「あないな老いぼれの話なんて聞く意味ないわ。

 なんなら僕に脅されたーとでも言っとけばええ。

 てか僕から後で言っとくわ。だから、君達はなーんも気にせんと戦ってき!」

 

「……ありがとう、兄……先生。しっかり勝って来ます!」

 

「その意気や。東京校なんかに負けるんやないで!」

 

 直哉のその激励に、皆はそれぞれ小さく笑って頷いた。

 これらの言動、直哉は今正しい呪術師ではなかっただろう。

 だが、彼はこの時、誰よりも正しく先生であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「交流会かぁ、思い出すわ。三年の頃は楽しかったで」

 

「直哉先生の実力なら、一年の頃からぶいぶい言わせてたんじゃないんですか?」

 

「阿呆か。一年の時も二年の時も悟君と傑君にボッコボコにされとったわ」

 

「あー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんなぁ、これは京都校(ウチ)の生徒達の晴れ舞台なんよ」

 

ゴスッ

 

「うげっ」

 

「折角気持ち良く()れるように説得して送り出したんよ」

 

ドスッ

 

「おごぅ」

 

「それをなんや?ハンガーラック?気色悪いわ!」

 

ズドッ!

 

「おっぼぇえ」

 

「何よりなぁ、五条五条って、僕を完っ全に無視してるその準備や態度がムカつくわ!」

 

ズドンッ!

 

「ごぼっ!」

 

「ドブカスが……」

 

 直哉の足元で、スキンヘッドの男……呪詛師である組屋鞣造は倒れ、腹部に蹴りを叩き込まれ、悶絶していた。

 既に両脚は膝が真横にひしゃげ、斧を持っていた右腕は逆方向に折り畳まれていた。

 

「ラック……」

 

 それでも唯一無事な左手で、斧を握ろうとするのは見上げた根性の持ち主であった。

 だがそれも。

 

「もう寝とけ」

 

 顎を蹴られて脳を揺らされた結果、目玉がぐるりと回り白目を剥き、鞣造の意識は闇に飲まれていった。

 

どしゃ

 

 漸く沈黙したのを確認した後、直哉はその無事だった左腕も丁寧にへし折り、腕を組んで息を吐き出した。

 

「さて、こいつが関与してるのは確実やけど……どないするかな」

 

 森から感じる肌を刺すピリピリとした圧力に、未だに脅威は去っていない事を察するが、このハゲからも話を聞かなければならない。

 殺さないように手加減する必要があった為に、多少時間をかけてボコっておいた。

 そんな手間をかけたハゲを放っておいて、死なれても困るが……。

 

「既に一人確保しておったか、流石だの」

 

「ええ所にもう一人ハゲが来たわ」

 

「は?」

 

「そいつよろしゅう」

 

 直哉は現れた楽巌寺学長へと男を蹴り飛ばすと、即座にその場から立ち去る。

 向かう先は強い呪いの気配のする場所。

 直哉は加速し、その場へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その道中で上がる、いや砕ける帳。

 視認する、目から枝の生えた、恐らく特級の呪霊の姿。

 それと対峙する悠仁と東堂の姿。

 一先ず無事な姿に安堵の息を吐く。

 

 だがその直後、直哉の額に冷や汗が浮かぶ。

 感じる、特級呪霊の圧力なんざ比べ物にならない程の呪力の高まりに。

 

「何ぼさっとしてんねん!」

 

「え、直哉先――」

 

「ぬ――」

 

 二人の前に立ち、直ぐ様二人を肩に担ぐ。

 そしてそのまま即座にその場を離脱し――――

 

ゴゥッ!

 

 轟音と共に放たれた凄まじい破壊が、森と、その呪霊を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒。

 

 上下左右、全てが黒に染められた空間。

 そこにぷかりと浮かぶ存在が一つ。

 全裸で目を瞑る、人間のような姿のそれは、全身にツギハギだらけ。

 眉間には皺が寄り、歯を食い縛る姿は何かを堪えているようだった。

 

「『醤油』」

 

 だが、黒の奥から言葉が響き、その表情ががらりと変わる。

 眉間の皺は取れ、目尻は穏やかに、口元は自然と吊り上がっていく。

 強ばっていた四肢からは力が抜け、その身を黒に任せた。

 閉じていた瞳がゆっくりと開かれ、弧を描いていた口が言葉を紡ぐ。

 恍惚とした表情で、特級呪霊、真人は呟いた。

 

「俺は、醤油だ」

 

パシャッ

 

 瞬間形を保っていたツギハギだらけの体が黒に変わる。

 周囲の黒と同化して、全て同じになる。

 暫しその空間には静寂の時が流れ……。

 

「ちっ……」

 

 その黒の中で唯一形を保っている存在の舌打ちが響いた。

 先程まで形のあった場所に足が現れ、パチャ、と液体を踏んだような音が鳴る。

 

「やられた……こいつ、本体じゃねぇ」

 

 この空間、【黒天天ヶ原】の主、禪院誠一は、そう呟いて足元の黒い液体を掬った。

 特級にしてはあまりにも手応えがない。

 宿っている呪力も、大したものではない。

 祓えなかった苛立ちと共に、掬った黒を握り締めた。

 

「……目的は、陽動か。

 だがな、醤油なめんなよ!てめぇは、醤油だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は醤油……やっべ嘘だろゴボッ!」

 

 帳、特級呪霊、呪詛師、更には自身の分身、それらを囮にして高専内に侵入し、忌庫へと侵入する直前だった真人。

 分身の消滅に気付くと同時に勝手に自分が口ずさんだ言葉に衝撃を受けた。

 口から溢れる黒い液体、芳醇な香りや強烈な塩味にえずく間も無く、自分自身が書き変わっていく感覚に、背筋に寒気が走った。

 自分の魂の形が変えられていく……!

 

ビチャビチャビチャ!

 

「む、『無為転変』……!」

 

 即座に術式を使い自らの魂の形を保つ。

 幸いにも、本気で自分自身に術式を使えば少しずつ醤油に変えられた部分を元には戻せそうではあるが……本人が近くにいたり、直接術式を使われたり、領域に取り込まれなんてすれば……。

 

「今度こそ醤油に変えられて終わりか……ははは!」

 

「……こっちで音がしたような」

 

 思わず笑ってしまった真人のほうに、忌庫の番人が様子を見にきてしまう。

 術式は全力で自分に使い続けなければ、醤油にされてしまう。

 帳が上がるまでという時間制限もある。

 もし騒ぎを起こして鍵術師に見つかれば、禪院誠一が気付けば、五条悟と出会えば、自分は終わりだ。

 産まれ落ちて、ここまでの危機はない。

 

 だが、真人の口は酷く吊り上がっていた。

 

「これが縛りプレイってヤツか!禪院誠一に見つかったペナルティ、なんなら殺しもなしで行ってみるか!」

 

 呪力が満ちる、気力が満ちる。

 口から垂れる醤油を乱暴に拭い、知らず自らに課した縛りにより、真人の天性のセンスは研ぎ澄まされていく。

 

「……なんだ?黒い……水……?」

 

 その場から離れて身を隠し、自分が先程吐いた醤油を怪訝な表情で見下ろす術師の背後へと回る。

 首に腕を回し、即座に締め落とす。

 

「っ!っ…………!!!」

 

 抵抗虚しく、声も上げる事なく、忌庫番の一人は気絶させられてしまう。

 動きが止まったのを確認した真人は、肩をぐるりと回し、唇を舌で舐めた。

 

「しょっぱ。ははは、面白くなってきたな!」

 

 その後、真人は見事に目的を果たし、見事に高専を脱出する事に成功する。

 失われたのは高専が保管していた宿儺の指、七本。

 忌庫番は負傷のみで、気絶させられていた所を発見されていた。

 その場に残されていた黒い水が醤油だというがわかった。

 その為禪院誠一がこれらの襲撃に関与している可能性があるとの事で、上層部から拘束命令が下った。

 

「頭腐ってんのか?誠一がそんな事する意味ないでしょ」

 

『今私は任務で海外にいるので。あなた方が一番ご存知の筈では?』

 

「えー、パス。誠一クン、呪霊逃して結構殺気だってるから、今は大人しく料理させてたほうがいーよ」

 

「アホくさ。くだらん事言うてる場合かカスが。

 そない暇なら、僕が捕まえた呪詛師でも尋問しとったらええんちゃう?」

 

「え!無理無理無理無理!私があの子をどうにか出来る訳ないです!」

 

 下っただけだった。



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バーベキュー・実食

いつも閲覧ありがとうございます!
バーベキューそして、姉妹校交流会編ラストです!



 交流会団体戦は、呪霊、呪詛師による襲撃によって無効試合となった。

 襲撃による人的被害は幸いにしてなし……。

 ただし、襲撃者も全てを捕えるまたは祓う事は出来なかった。

 捕えたのは直哉がボコボコにした組屋鞣造のみ。

 特級呪霊は上手いこと逃げ仰せ、もう一人いた呪詛師もいつの間にか姿を消していた。

 一方で失ったのは宿儺の指七本……大失態である。

 上層部は鬼の首を取ったように、嬉々として高専側の責任追及に走っていた。

 頭を悩ませる夜蛾学長だったが、彼の姿は今。

 

「交流会一日目お疲れ様ーって事で、皆様お待ちかね、親睦会バーベキュー、開催しまーす!」

 

「「イェエエエエエイ!」」

 

「しゃけー!」

 

 親睦会、バーベキュー会場にあった。

 所狭しと並べられた金網、鉄板、そしていくつもの謎の箱。

 既にそれらには火が灯り、パチパチと音を立てていた。

 アウトドア用の簡素な椅子に座り、左右を固めるのは、教え子の硝子と空。

 更に手には、気付けばプラスチックのコップが握られていた。

 

「……なんで俺はここにいるんだ」

 

 空いてるほうの手で顔覆い俯く夜蛾学長に、酒瓶を直接ラッパ飲みしていた硝子が、瓶から口を離してから話し出す。

 

「っぷは、折角のバーベキューですよー。ヤガセンも飲みま……食べましょーよ」

 

 ぶはぁと酒臭い息を吐き出しす硝子に、夜蛾学長の眉間に皺が寄る。

 注意を言葉にしようとしたその時、シュワワと音をたてて夜蛾学長の持つコップに黄金の液体が注がれ始めた。

 

「まぁまぁ、夜蛾先生、報告書とか始末書とかは、後でボクも手伝いますから~。先生もたまには羽目を外しましょ~よ」

 

しゅわわわわわ……。

 

 空は朗らかに笑い、ビールを注ぎ終える。

 泡とビール、見事な配分のそれを視界に入れた夜蛾学長の喉が鳴る。

 今日は確かに疲れた、本当はこれから色々と対応しなければならない事もある。

 先行きも不安だ、誠一を拘束しろとの命もある。

 そしてそれに誰も従う気もない事で、全ての小言が自分に来る。

 それらを思うと胃がキリキリと痛む……。

 

「ささっ!遠慮しないでせーんせ♪」

 

「飲まないなら、私が飲んじゃいますよ」

 

「ああ……そう、だな。今、くらいは……」

 

 しかし全てを無視して、夜蛾学長は、ビールの注がれたコップを口元に運ぶ。

 教え子の中で、比較的マシな二人、見た目だけなら見目麗しい二人に囲まれ、夜蛾学長の判断力は酷く削られていた。

 

ぐびっ

 

ぐびっぐびっぐびっ

 

ゴクンッ

 

「ッ~~~!ぷっはぁーーー!」

 

「良い飲みっぷり!さささ、もう一杯!」

 

「カマンベールチーズとベーコンの燻製ありますよ」

 

「貰おう」

 

 一口で空となったコップに、透かさず注がれるビール。

 更に差し出される、チーズとベーコン。

 夜蛾がチーズを手に取ると暖かく、強く握ると潰れてしまいそうだった。

 

とろ~っ

 

 断面からチーズが伸びて、盛られた皿にチーズの道を作る。

 夜蛾はそれをすかさず頬張った。

 口の中に広がるとろとろのチーズ、そして燻製特有の煙の香りが鼻を抜ける。

 元よりこの夜蛾正道、好物はいぶりがっこ、それを始めとした燻製物は皆好物である。

 

「美味い……」

 

 口の中のチーズを咀嚼し、残り少なくなった所で。

 

ぐびっ!

 

「っぷはぁー!堪らんっ!」

 

 ビールで流し込む、これが至福の時である。

 続いてベーコンに手を伸ばし、食べ、飲む。

 そんな夜蛾を空と硝子は、笑みを浮かべて見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何あれ、キャバクラ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーベキュー、調理は基本的に全て誠一が担っている。

 大量に用意された金網の上には所狭しと生肉にソーセージに魚にと、多種多様な具材が並べられていた。

 それらを、鬼気迫る表情で一心不乱に焼き続ける誠一は、次々と見事な焼き上がりで仕上げていく。

 

「んっ、んま!このカルビ、いくらでも食えそう!」

 

 そんな誠一から、悠仁は焼き上がった肉である漬けカルビを頬張り、目を輝かせた。

 程好く油の落ちたカルビ肉に染みた、甘辛いタレが絶品であった。

 肉自体も柔らかく、けれど噛み締めると肉の旨味が溢れる。

 

「白米欲しいーっ!」

 

 そう悠仁が叫んだ瞬間、山盛りのご飯茶碗が差し出されていた。

 

「張相さん……」

 

「欲しがる奴がいると思ってな」

 

 エプロンをした張相は、鉄製のへらを片手に白米を悠仁に持ってきていたのだ。

 それを悠仁は満面の笑みを浮かべて受け取った。

 

「サンキュー!」

 

「ん……俺は焼きそばを作っている。良ければ後で食べてくれ」

 

「おぉ!いいなぁ、焼きそばも楽しみ!」

 

 無邪気な悠仁を見てから、張相は自らの担当する鉄板へと戻っていく。

 胸に灯る暖かさに、微笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「加茂さんは好きな部位とかあります?」

 

「強いて言うなら……ハツかな。そういう恵君、君は?」

 

「あんまり油っぽくないほうがいいですかね。だからハツも結構好きですよ」

 

「噂をすれば、ハツが丁度焼き上がったみたいだ……頂こうか」

 

「ですね」

 

 恵と憲紀……二人は交流会において一戦交えたのだが、現在は穏やかに言葉を交わしていた。

 その間に隔たりはなく、笑みすら浮かべて互いの好みの話をする。

 御三家の相伝術式を受け継ぐ者同士、今後どうなるかはわからないが、今はただの学生の身。

 気ままにしても構わないだろう。

 憲紀は不思議な解放感を感じながら、恵を始めとした東京校の面々と交流を深めていくのだった。

 

「んっ!このハツかなり良い物だ。それに加えてタレが堪らないな……何処で売っているんだろうか」

 

「ああ、誠一さんの手作りのタレだと思いますよ。

 きっと言えばお土産にでもしてくれるんじゃ……」

 

ドーッ

 

 2リットルのペットボトルにギッチリ埋まった焼き肉のタレが、テーブルを滑って憲紀の前でピタリと止まった。

 二人が思わず滑ってきた方を見れば、誠一が親指を立てて良い笑顔を浮かべていた。

 

 一瞬呆気に取られるも、直ぐに正気に戻った憲紀はペコリと頭を下げ、そのペットボトルを手に取る。

 それを確認した誠一は焼きの作業に戻るのだった。

 

「……ありがたく貰っていくよ」

 

 少し困ったように笑った憲紀に、恵も苦笑を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、これケバブ?こんなのも作るのね……」

 

 用意された箱の一つ……中には巨大な肉がゆっくりと横回転していた。

 ドネルケバブと呼ばれるそれは、塊肉からナイフで削ぎ落として野菜と共にパンで挟んで食べる。

 その傍らには野菜にいくつかのソース、それらを包むパンが置いてあった。

 ドネルケバブを眺める桃に気付き、誠一は直ぐ様ナイフを手に取り声をかけた。

 

「お、桃ちゃんだったか、一つ包むか?」

 

「あ、じゃあ一つ――」

 

「二つお願いしまーす!」

 

 指を一本立てた桃の言葉を遮り、野薔薇の元気な声が響いた。

 驚いたように振り替える桃に対して、野薔薇はニッと挑戦的な笑みを浮かべた。

 

 手早く用意する誠一を横目に、野薔薇の差し出したジュースの入ったプラコップを受け取り、桃はジト目で野薔薇を見つめた。

 

「野薔薇ちゃんだっけ、あんたが箒壊したせいで落下した時ので、私まだ少しお尻痛いんだけど」

 

「そんな事言ったら私だってまだ、あの糞箒がめり込んだ鳩尾痛むわよ」

 

 わざとらしくお尻に手を当てる桃と、此方もまたわざとらしくお腹抑え、見下ろす野薔薇。

 二人は視線を交わし、互いにジト目で見つめあい。

 

「「ぷっ」」

 

 途端に吹き出して、笑みを浮かべあった。

 この二人も交流会で一戦交えた者同士だったが、特に気にする様子はない。

 

「箒ぶっ壊した時は貰った!って思ったんだけどねー」

 

「流石にピコハンは嘗めすぎ。痛かったけどあと2発は耐えられるわよ」

 

「マジ?普通の人間だったら即死レベルでそれかぁ……呪術師って怖いわぁ」

 

「年季の差って奴ね。まだまだ甘いわ、一年」

 

 フフン、と得意げな桃に、野薔薇は不覚にも、少し可愛いと思ってしまった。

 そんな和やかな会話を交わす二人に、完成したケバブサンドが差し出される。

 

「へいお待ち!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いただきます、誠一さん!」

 

 二人が礼をすると、嬉しそうに笑った誠一は、直ぐ様その場から立ち去る。

 他の肉の世話に向かったようだ。

 

「さて、早速……あむ」

 

「あーむ」

 

 それを見送った二人はほぼ同時にそのケバブサンドを頬張る。

 まず、ピリッと辛く、けれどまろやかなソースの風味が口いっぱいに広がる。

 続いてシャキシャキとした野菜の食感とともに、噛むと旨味の染みでる肉、それらを包み込む香ばしいパン。

 嚥下した二人は顔を見合せ、笑みを浮かべあった。

 

「「美味しい!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいひい……おいひいよぉ……」

 

 霞は口いっぱいにお肉を頬張り、涙をポロポロと流していた。

 食べるお肉のどれもが、今まで食べた事のない美味しさで、感動のあまり涙を堪える事が出来なかったのだ。

 いくつか持ち帰れないかな……。

 脳裏には食べ盛りの弟達の事が浮かび、後で交渉してみようと心に決めたのだった。

 

「良い食いっぷりだなぁおい」

 

 感心したように真希が笑う。

 交流会では霞と競って呪霊を狙っていた真希だが、その刀の軌跡は素早く、鋭かった。

 刀の扱い一つに絞れば自分より上だと素直に認めた真希は、霞への好感度を高めていた。

 

ずぞぞぞぞ

 

 張相が焼き上げた塩焼きそばを啜り、真希は後で改めて手合わせでも出来ないものかと、一心不乱に肉を食らう霞を見ながら思ったのだった。

 

「ん、美味い。張相、おかわり」

 

「ああ」

 

 あまりの美味しさに、あっという間に皿に盛られた焼きそばを平らげた真希に、山と盛られた焼きそばが差し出される。

 

「お、きたきた」

 

 ズルズルと焼きそばを啜る真希の傍らで、棘がフグの干物を恐る恐る食べ進めていた。

 直ぐにその美味しさに、目を輝かせていたが。

 

「しゃけ……!」

 

「それフグよ」

 

「明太子」

 

「……真希」

 

「考えんな、感じろ」

 

「……はぁ。ねえ、私はソース焼きそば食べたいわ」

 

「わかった、少し待っていろ。もうすぐ出来る」

 

ジャッ!ジャッ!

 

 張相は、真剣な表情で忙しなくへらを動かし続けている。

 その額には汗が滲むが、その表情は何処か満ち足りていて、楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎杖(ブラザー)……焼き肉ではどの部位が好みだ?」

 

「また出た……俺焼きそば食いに行きてぇんだけど……。

 うーん……どれも好きだけど……強いて言うなら……ハラミかなぁ」

 

「!!!ああ、最高だ。やはりお前は超親友(マイベストフレンド)だ虎杖!」

 

「また始まった……もういい?俺焼きそば食いてえんだよ」

 

「まて、ここで共にハラミを食らい、友情を深めようじゃないか。

 あの頃、河原でバーベキューした時のように」

 

「そんな時ねーって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あんた、何焼いてるの?」

 

「ん?見てわかんない?ビッグマシュマロ」

 

「あっま!匂いがもう甘過ぎ!そういうのってシメで食べるんじゃないの!?」

 

「そんなの僕の勝手でしょー。

 あーむ……はふっ、ほふっ……とろっとろ……堪んないなぁ」

 

「あーあーまったく、あんな事あったってのに気楽なんだから……あむ」

 

「んぐ、あんな事があったからこそでしょ。

 あ、てかそれ僕が仙台行った時に買ってきた最高級牛タンじゃん。

 どうせ食べる機会なんてここ以外ないんだから、よおく味わって食べてよね」

 

「いちいち一言多いのよ!余計なお世話!あむ…………悔しい……美味しい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーい、お前は混ざらねえのかー」

 

 バーベキュー会場から少し離れた所で、その様子を眺めているだけだったメカ丸。

 そこにパンダが皿にステーキを乗せて歩み寄ってきた。

 

「……俺は食べられないからナ」

 

 何も食べない木偶が立っていても邪魔だろう、そう言外に伝えていた。

 

「そりゃー残念。はぐっ……んぐ、でも混ざって雰囲気だけでも味わっても良いんじゃないの?」

 

 口の中でとろけるステーキにご満悦のパンダだったが、一人ポツンと立っているメカ丸に気を使ったのだろう。

 交流会では殴りあった二人だが、そこに隔たりは感じない。

 

「……むしろ何故お前ハ食えるんダ」

 

「知らね。まさみちに聞いてみたらいいんじゃないのか?」

 

「……いや、止めておこウ」

 

「あっ、メカ丸こんな所にいたんですねっ!」

 

 パンダとロボ、バーベキューの会場から少し離れた所で話していた二人の元に、霞が両手に串を持って駆け寄ってきた。

 

「見てくださいこの、正にバーベキュー!って感じの串!

 メカ丸も一緒に食べませんか?」

 

 ソーセージ、玉ねぎ、肉、ピーマンが長い串に刺さり、タレを滴らせているそれを差し出す。

 その目はキラキラと輝いていて、純粋な好意から差し出された物だとわかる。

 だが、先程本人が言った通り、メカ丸のこの体は物を食べる事は出来ない。

 傀儡操術……本体はここにはおらず、遠隔で操作されている人形なのだ。

 端から見ていたパンダが、気まずそうに視線を二人の間で彷徨わせていた。

 

「……その好意は嬉しいガ……」

 

 メカ丸は心の底から嬉しく思いながらも、その好意を受け取る事は出来ない為、断ろうとする。

 しかしその時、暫しメカ丸の動きが止まる。

 その不自然な様子に霞が首を傾げ、手に持つ串からタレがポタリと落ちた。

 

「……いや、いただこウ」

 

 再度動き出したメカ丸は差し出されている串に、手を伸ばした。

 

「はい!どうぞ!」

 

 霞は嬉しそうに微笑み、串を手渡した。

 そのまま自分の串のソーセージを齧り、モグモグと咀嚼し始める。

 

「はわわ……」

 

 横で見ているパンダはその様子をハラハラしながら見守っていた。

 そんな二人が見守る中、メカ丸は口を開き、ソーセージを口の中へと放り込んだ。

 

「どうですか!?」

 

 キラキラと目を輝かせて問い掛ける霞に、メカ丸は暫しの沈黙を挟み、口を開く。

 

「ああ、美味いナ……」

 

「えへへ!ですよね!」

 

 霞は、花が咲くような笑みを見せた。

 そしてそのまま、メカ丸の手を引く。

 

「一緒に楽しみましょうよ!」

 

 そう朗らかに笑う霞に、メカ丸はコクリと頷く。

 大丈夫なの?と視線で問い掛けてくるパンダに、手で問題ないとジェスチャーで伝え、メカ丸は霞に手を引かれてバーベキュー会場へと足を踏み入れる。

 東京校の悠仁と棘に妙に気に入られる一幕があったり、京都校の面々とも改めて親睦を深めたり。

 皆が笑顔で舌鼓をうつ中に混ざり、口に同じように放り込む……。

 どう?と皆の視線が自分に集まるのを感じながら、メカ丸は答える。

 

「あア……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味いよ……」

 

 遠く離れた、メカ丸の本体……与幸吉。

 身体中包帯に巻かれ、浴槽に浸かりながら、様々な管に繋がれた彼。

 天与呪縛により生まれつき右腕と膝から下がなく、下半身の感覚もなく、脆い肌は常に痛みを訴えてくる、そんな状態の幸吉は。

 

「はぐ……」

 

 今、メカ丸が口に入れたものと同じ物を、唯一ある左手を使い、頬張っていた。

 唇や顎を伝うタレが肌に沁みて激痛が走り、咀嚼する度に何処かしらに痛みが走る。

 だがそれでも、幸吉は食べる手を止められなかった。

 思わず流れる涙は、痛みのせい……だけではないだろう。

 メカ丸を通して皆の笑顔が、皆と共にする時間が、幸吉の心を満たしていた。

 

「美味い……」

 

 その様子を、傍らで静かに直哉が眺めていた。

 ケバブサンドを頬張り、小さく頷きながら。

 

「(直哉デリバリー、お仕事完了やね……まったく、教師も楽やないわ)」

 

 心の中で呟き、生徒の交流を眺め続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……直哉先生……お話が、あります」



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黄金チャーハン

いつも閲覧ありがとうございます。
アンケート的にはそこまで過去編なくて良さそうなので、ストーリーを続けていこうと思います。

……ちなみにこの作品、原作における渋谷事変で終わりです。


ジャッ!ジャッ!ジャッ!

 

 交流会二日目……トラブルは大いにあったものの、一先ず続行となった交流会。

 本来なら二日目は個人戦、呪術師としてこれから生きる為に自分の実力をアピールする重要な場だ。

 ……なのだが。

 

『僕、ルーティーンって嫌いなんだよね』

 

 とある馬鹿目隠しの謀により、二日目は野球となっていた。

 ただ決まってしまったからには仕方ないと、粛々と準備する中で、妙に歌姫が張り切るとかいう一幕があったみたいだ。

 一日目の団体戦に参加した者に加え、見学していた順平と京都校の新田新も参加し、7人でプレイボールとなったらしい。

 

 その一方で、京都校の引率の一人直哉は帰ってこず、東京側も空が欠席。

 まあそれでもなんだかんだと皆、楽しそうに野球をしているみたいではある。

 

 そんな中で俺は……一人調理場に立っていた。

 そして、一心不乱に中華鍋を振る。

 中で踊るのは米と卵のみ。

 

ジャッ!ジャッ!ガシャッ!カンッ!

 

 味付けは塩と胡椒……仕上げに香り付けの醤油。

 パラパラになったのを見計らい、皿に盛り付け、完成したのはなんの変哲もないチャーハン。

 具はなし、卵のみの、黄金チャーハン。

 それを前にし、レンゲを手に取った俺は、そのまま掬って口に放り込んだ。

 

「はぐっ」

 

 もぐもぐと咀嚼し、味わい、食感、味、風味を感じとり……。

 

「くそ……」

 

 その出来の悪さに、思わずレンゲをテーブルに叩き付けた。

 

「失敗したのか?珍しいな」

 

「……張相、居たのか。悪い、見苦しい所見せたな」

 

 ははは、と笑って誤魔化す。

 張相はそんな俺を見て何を思ったのかは知らないが、いつの間にやらレンゲを手に取り、テーブルに置いたままのチャーハンを指差した。

 

「……食べてみてもいいか?」

 

「ん、ああ……いいぞ。出来は悪いけどな」

 

「いただきます……。はぐっ」

 

 礼儀正しく挨拶した後、張相は俺の作ったチャーハンを頬張る。

 もぐもぐと味わう様子の張相は、ゴクンと飲み込むと少し驚いたように目を瞬かせた。

 

「美味い……パラパラとしてるのに米一粒一粒に卵が絡んでいてしっとりと、油が程よく飛んでしつこくなく、程好い塩味に、醤油の風味が鼻を抜けていく……。

 これが失敗とは思えんが……はぐっ」

 

 続けて二口目を頬張る張相に、俺は苦い顔を浮かべてしまう。

 

「いや、よく見ると卵が上手く絡んでない部分があるし、所々パサついていて、味付けにむらが出てる。

 ……雑念、だな。真人とかいう呪霊をまんまと逃した事に苛立ってるみたいだ」

 

 そんな雑念を料理に持ち越してしまうとはな……俺もまだまだだ。

 だが、真人は危険性から見ても、祓わなければいけなかった。

 魂の繋がりから、本体も幾分か醤油に出来た手応えはあったが、その後からは手応えなし。

 奴の術式が俺の術式に抗えるという事がわかっただけで、俺達は奴等に見事にしてやられてしまった。

 次に術式を叩き込んだ時、奴を祓える自信はあるが……それまでにどれだけの犠牲が出るか。

 

「……んぐ……誠一、貴方の疑念は最もだ、話を聞く限り確かに性質の悪い呪いである事は疑いようもない。

 祓えていれは最上だった……それは間違いないだろう。

 だが、それは貴方一人で背負う物ではないのではないか?

 あの時、五条も母さんも夜蛾も、補助監督も……忌庫番もいた。

 だが結局は高専に侵入した奴を取り逃した……それは貴方だけの責任ではないだろう」

 

「そりゃあそうだがな……」

 

 思わず後頭部をかく。

 確かにその通りだが……奴に通用する手が限定されてる都合上、俺にはあの時奴を仕留めきらなければいけなかった。

 もしも他の呪術師が真人と遭遇すれば……命は保証出来ないだろう。

 だが、そんな悩む俺に、張相は真面目な顔で言葉を続ける。

 

「それに、そんな難しい顔で料理するのは誠一には似合わない。

 昨日のバーベキューの時のように、笑うべきだ。

 笑って、楽しんで、食べて貰う人に喜んで貰う。

 それで作り手である俺達も喜ぶ。

 俺は貴方に料理とはそういうものだと教えて貰ったんだ」

 

「張相…………そうか。……そういうもんだったな。

 ちょっと、気負いすぎてたか。

 ありがとよ、張相。目が覚めたぜ。

 しっかし、お前に諭される事になるとはな……」

 

 照れ隠しに後頭部をガリガリとかく。

 張相は過ごしてきた時間こそ長いが、最近産まれたばかりのようなもの。

 料理の腕もあがってるし、その成長には毎度驚かせられるな。

 

「ああ……俺はお兄ちゃんだからな。

 弟達の手本となるように、人として立派に生きていくつもりだ」

 

「立派なもんだぜ、お兄ちゃん」

 

 お兄ちゃん、か……禪院の兄弟の繋がりなんて……。

 っと、ダメだダメだ、際限なく暗くなっちまう。

 明るく行こう、料理はまず俺が楽しまねえといけないからな。

 よし、ならまずは!

 

「はぐっ、はぐっ!」

 

 戒めとしてこのチャーハン食って、やる気出すとするか!

 バクバクと頬張り、味わう。

 うーん、やはりいまいち……まぁ、悪くはねぇか!

 

「む……食うのか……」

 

 そして、張相が少し残念そうに俯いたのを見て、俺はもう一つチャーハンを作る事になる。

 完成したチャーハンは満足出来る出来で、頬張った張相はその目を輝かせていた。

 

 うん……やっぱこれだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ誠一にお願いがあってきたんだ」

 

「お。なんだ?」

 

「栄養のつく料理を沢山用意して欲しいんだ」

 

「?なんでまた。誰が食うんだ?」

 

「母さんが今、壊相と血塗を産んでいるから、その回復の為に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バキバキッ!

 

ブシュッ!

 

「おぶっ……ゴポッ……はぁ、はぁ……」

 

 高専内、とある窓のない一室。

 空の腹から、血塗れの腕が飛び出していた。

 空の体を内側から壊し、夥しい血を流しながら。

 

「ッ……空っ!今治し―――」

 

「はぁ、ダメだよ、硝子ちゃん……言ってたでしょ?

 この子達が、はぁ、ボクの体から出てくまで、はぁ、治しちゃ、ダメ……」

 

 達、の言葉通りに腹から飛び出ている腕は二本、明らかに太さ長さの違う、別人の二人分の腕。

 それらの腕が、外を求めて蠢き続けていた。

 

バキィ!

 

「あがっ!……ふふ、元気だ……もうちょっと、だよ……頑張って……!おぶっ……」

 

 空の肋がまた一本中から折れ、体の外に飛び出す。

 それを硝子は息を飲み、けれど空の傍らでその手を握って見守っていた。

 顔色は空と同じくらい青く、今すぐにでも空を治したい衝動に抗い、胸をざわつかせながら。

 

「はぁーっ、はぁーっ!ッ……!出て、おいで……!壊相、血塗っ――――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その二人が壊相と血塗、か」

 

「初めまして、壊相と言います。ほぼ全裸で失礼……」

 

「はぐはぐはぐはぐはぐはぐ」

 

 俺の前に、見慣れない人物が座っていた。

 見た目割りとガタイの良い兄ちゃんって感じだが、白目が黒く、モヒカンで、布を羽織っただけのような格好だ。

 

「その格好で寒くはないのか?」

 

「お構い無く」

 

 丁寧な言葉と柔らかい物腰に、隣に座ってバカ食いしてる空の頬を時折拭く優しさ。

 本当にこいつ特級呪物の受肉体か……?

 こいつが呪胎九相図2番の、壊相、か。

 もしかしたら今高専で最もまともな人間(?)かもしれんな。

 そんで、3番の血塗は……。

 

「はい、血塗あーん」

 

「あーん」

 

「美味しい?」

 

「美味しい!」

 

 硝子の膝の上でチャーハンを食べさせて貰ってる、ちっこい空が、血塗か……。

 壊相と同じく白目が黒いが、ほぼほぼ小さい頃の空だな。

 ……懐かしいな、あのくらいの空なんて高専の頃以上に荒んだ目をしてたからな。

 まぁそれも、俺の実家である禪院のせいだから、なんとも言えねえんだが……。

 

「血塗って言ったか?チャーハン、どうだ、美味いか?」

 

「?うん、美味い!これ好きだ!」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべる血塗は、硝子のブカブカの白衣を身に纏っている。

 その首元が少し見えるんだが……見間違いじゃなきゃ、あれ、口があんのか……?

 笑顔で咀嚼する顔、それと同じようににもごもご動く首元の口。

 まぁ、一応は半分呪霊って事なんだろうな。

 目と合わせて、張相に比べて二人は呪霊っぽさが残ってる感じか……。

 

「おし、壊相、出来たぞチャーハンだ。

 折角受肉したんだ、腹いっぱい食ってくれ!」

 

 ま、関係ないな!

 俺は完成したチャーハンを壊相の前にドカリと置いた。

 米一粒一粒が黄金色に輝く、黄金チャーハン。

 ……うん、やはり食う奴の事考えて作ると、違うな。

 

「ありがとうございます、いただきます……ん!これが美味しいというものなんですね……」

 

「兄者ぁー!これ美味ぁいー!」

 

「頬っぺたが汚れてるよ血塗。……うふふふ……」

 

「はぐはぐはぐはぐはぐはぐ!誠一クンおかわり!」

 

 手を合わせて行儀よく食べ始める壊相、硝子の膝の上でぶんぶんと手を振っている血塗。

 そんな血塗に何処か怪しい目を向ける硝子に、兎に角食い続けてる空。

 その様子を、張相は腕を組んで、心底嬉しそうに見守っていた。

 

「……また、一段と騒がしく、賑やかになりそうだな!」

 

 俺は小さく呟き、新しいチャーハンの調理に取り掛かるのだった。



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手巻き寿司

いつも閲覧ありがとうございます。
やはり皆さん呪術には癒しを求めておられる。
自分もそうです、皆幸せになって欲しいですね。


 壊相と血塗、二人に飯を食わせている間に交流会は恙無く終了したらしい。

 結果は東京校の勝利……まぁ、野球で勝っただけだが。

 とはいえまぁ、自分の所属してる所が勝つのはほんのり嬉しいもんだ。

 学生時代は悟と傑がいるから勝って当たり前だったから、なんとも思わんかったがな。

 京都校の奴等は、直哉の奴を筆頭に、さぞ面白くなかった事だろうな。

 

 さて、それでだ。

 最後に皆で飯を食い、それで交流会の締めとなる訳だ。

 その品は……ずばり手巻き寿司!

 好きな具材を好きなように盛って好きなように食う!

 楽しいパーティー料理だ。

 

 元々その予定だったから、今朝市場に行って魚介類はたっぷり確保している。

 なので魚介類はオッケー……あとは、それ以外の変わり種の用意だな。

 肉とか野菜とか、ツナマヨなんかも用意して……。

 錦糸玉子と厚焼き玉子はどうすっかな……まぁどっちも作るか!

 

 という訳で早速錦糸玉子を作ってた訳だが……。

 

「おおー……」

 

 目をキラキラさせた小さな空……血塗が物珍しそうに此方を見つめていた。

 視線は薄く焼かれていく玉子に釘付けだ。

 

「血塗、どうした、見てて面白いか?」

 

「面白い!綺麗!誠一、お前は凄いなぁ」

 

 純粋な尊敬の念を感じて少しむず痒い。

 錦糸玉子をわくわくとした顔で見ているが……これ自体にはそこまで味がねぇからなぁ。

 ほんのりは甘くしてるが……。

 ……ここで切り上げて、厚焼き玉子作ってやるか。

 

「いよしっ、もっと凄いの作ってやるぜ。張相、錦糸卵の仕上げ頼む」

 

「むっ、わかった」

 

 そしたら厚焼き玉子だ。

 玉子にだしを混ぜて焼いた玉子焼き……コツはいるが美味いんだなこれが。

 種はもうザルでこしたのを用意してあるから……専用の四角いフライパンで早速焼いていこう。

 

「油をしいて、卵液を薄く伸ばして、くるくるくる、っと。

 巻く度にしっかり油をしくのがコツだ。あと一巻き目はそこまで神経質にならなくていい」

 

 血塗に見せつつも、俺の手をちらちらと覗いている張相に説明しつつ、手早く焼いていく。

 

「おぉ……」

 

「手間取るとふんわり感がなくなるから、手早くやるのが大事だ、焼きすぎもよくないしな」

 

くるくるくるっ

 

「おぉ……!」

 

「巻いたら形を整えて……油しいてまた卵液、火がある程度通ったらくる、くる、くるっと!」

 

「すごい!すごい!兄者見てる?すごい!」

 

 キラキラと眩しい笑顔ではしゃぐ血塗。

 

「ええ、見てますよ、凄いですね」

 

 血塗の背後には壊相の姿もあり、此方も笑顔だ。

 微笑ましそうにしつつも、壊相も割りと喜んでるな。

 それを感じ取ってるのか、張相も嬉しそうだ。

 

 笑顔に溢れた空間に、俺も自然と笑ってしまう。

 

「さぁて、これを何回か繰り返して大きくなったら……ヒョイヒョイっと」

 

 焼き上がった厚焼き玉子をまな板に置いて、形を崩さないように切り分ける。

 そして真ん中のあつあつでふわふわな奴を箸でつまんで……と。

 

「ほーれ血塗、熱いからよーくふーふーして食えよ」

 

 そう言って差し出してやる。

 

「はぁい!ふーっ!ふーっ!…………あむぅっ!」

 

 血塗はある程度吹いて冷ますも、待ちきれない!とばかりに急いで口に放り込んだ。

 

「ほふっほふぁっふぁむっ!んむぐ!んーっ!」

 

 熱そうにしつつも、その目はドンドン輝きを増していく。

 本当に……こうしてると普通の子供と変わらねえなぁ。

 

「ほれ、壊相も」

 

「え、いや私は……」

 

「いいからいいから。お前達は今回表に出れないんだし、出来立ての玉子焼きを食べるくらいの役得ねぇとな」

 

 今回の手巻き寿司会場に、流石に壊相と血塗を連れてく訳にはいかねえからな。

 襲撃あったばっかだし、そもそも夜蛾先生こいつらの事まだ知らねえし。

 ……いや、てか今更だか、よくまぁこのタイミングでやりやがったよな、空もよ。

 張相や本人は喜んでるけどがなぁ……。

 

「……では、いただきます。あふっほふふっ!」

 

 壊相は観念したように、俺が差し出した玉子焼きを頬張る。

 息を吹き掛けなかったからか、血塗より熱そうにしてるな。

 

「兄者ぁ、ふーふーしないと熱いぞぉ。

 あっ、誠一ー!俺も兄者にあーんしてあげたいぞ!」

 

「お、いいな、やってあげれば喜ぶぞ。ほれ」

 

「ありがと!兄者!あーん!」

 

「血塗……あー」

 

 錦糸玉子の仕上げを終えようとしていた張相に、血塗から差し出される玉子焼き。

 あつあつだが……大丈夫……。

 

「あふぅっ!ほふっほっふっ!」

 

 ……じゃなさそうだな。

 そんな兄二人の様子を見て、血塗はケラケラと笑う。

 

「あはははは!兄者達、熱いから気を付けないとダメだぞぉ!

 ふーっふーっ……ほふほふ!」

 

 得意そうに言う血塗は、自分で玉子焼きを取り、念入りに息を吹き掛けてから口に放り込んだ。

 にまーと擬音が出そうな程の笑みを浮かべた三人。

 そして面白い事に、三人はほぼ同時にその口を開いた。

 

「「「うまいっ!」」」

 

「はははっ!いい顔だ!」

 

 俺はその様子に笑いが押さえられず、声をあげて笑った。

 九相図三人も顔を見合わせた後、各々笑いだす。

 血塗は大きな口をあげて、二つの口でケラケラと。

 壊相は口元に手を当てて、上品に。

 張相はそんな二人を慈しむように見て、笑い声をあげていた。

 

 ああ、いいな。

 兄弟がこうやって笑いあえる光景ってのは、尊いもんだ。

 

 ……さて、仕込みを続けよう。

 俺が笑顔にしなきゃならねぇのは、こいつらだけじゃねぇからな!

 

 俺はそう自分に言い聞かせて、手巻き寿司の為の仕込みを続けるのだった。

 

 ちなみにこいつらのお母さんである空は、血糖値スパイクで気絶して、硝子に抱えられて運ばれて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ!東京校も京都校も交流会お疲れさん!

 正真正銘最後のイベント、俺の用意した手巻き寿司を楽しんでくれ!

 いろんな食材を用意したし、酢飯もなくなれば直ぐに作るからな!

 丼も用意してるから、好きな具材を乗せて海鮮丼にしてもいいぞ!

 希望があれは普通の寿司も握るから、遠慮なく言ってくれ!

 それじゃ、マナーなんて気にせずに好きなように楽しんでくれ!」

 

「「「うぉおおおぉおおおお!」」」

 

 誠一の挨拶と生徒数人の雄叫びと共に、姉妹校交流会最後の食事会は始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふむ……」

 

「あれ、加茂先輩?食べないンすか?」

 

「虎杖君か。いやね、手巻き寿司だなんて初めてで、どうしたものかと悩んでいたんだ」

 

「そうなンすか?っつっても手巻き寿司にルールなんてないッスよ?他の人から見たら変な組み合わせでも、好きに食っていいのが手巻き寿司ッスから」

 

「そういうものか……ところで君のそれはどういう組み合わせなんだ?」

 

「えーっとマグロのたたきにたくあんッスね。マグたくっつって回転寿司とかでよく見ますよ?」

 

「刺身に沢庵……?なんとも珍妙な……」

 

「良ければ食います?まだ口つけてないッスから、良ければ」

 

「ふむ……そうだな、それじゃ遠慮なく……はぐ」

 

「どうッスか?」

 

「おお、悪くない。沢庵のコリコリとした食感と塩っけがマグロのたたきとよくマッチしてる。海苔の風味も堪らない。こういう組み合わせの開拓をするのも、楽しみの一つという奴かな?」

 

「そんな感じッスね。色々試してみると面白いし、美味しいッスよ。さてそんじゃ、俺は海鮮丼にして食おっかなー」

 

「……これが手巻き寿司、か。面白い」

 

 憲紀の顔には、開拓する事の期待、楽しさからか、純粋な笑みが浮かんでいた。

 

「あぐ……さて、次は何を試してみようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「色々あるのね……あ、さくらでんぶ。懐かしい」

 

「お、魔女っ子だ。ミニちらし寿司にしてたんだけど食う?」

 

「さくらでんぶと海苔と玉子だけ……シンプルね」

 

「ここにあと好きな海鮮乗せれるようにっていう気遣いよ」

 

「パンダなのに?」

 

「パンダだからな」

 

「ま、その好意にあやかっておこうかな。どれどれ……はぐ……」

 

「あれ、海鮮乗せないんだ。エビとか飛子とか色々あるぞ?」

 

「んぐんぐ……ちらし寿司ってこれで充分じゃない?」

 

「そうかな……そうかも。俺もこれで食べるか」

 

 桃はパンダと並んでほんのり甘いちらし寿司を微笑みながら頬張った。

 

「ん……なんか懐かしい気分」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これがえんがわ……?私の食べてたの全然違うっ!?」

 

「あー、三輪だっけ?それあれでしょ、回転寿司で食べてた?」

 

「そ、そうです!安いのに美味しくてよく食べてたんですけど、このえんがわは全然違います!コリコリしてて、身が引き締まってて、全然!」

 

「あたしもあんまり詳しくないんだけどさ、えんがわってカレイのとヒラメのがあるらしいわよ」

 

「……!?えんがわっていうお魚じゃないんですか!?」

 

「よくある勘違いね……それで多分これはヒラメのえんがわだわ。はむ……うん、凄っ、それにしたって美味しいわねこれ」

 

「で、ですよね!ほへぇ……勉強になります……」

 

「……高級なのもいっぱいあるんだし、いくらとかうにとか、大トロとか食べてみたら?」

 

「そ、そんな!今回役立たずだった私がそんな高級食材なんて……」

 

「うじうじじれったいわね!ただで高級食材食い漁れる機会なんてそうないんだから、変に遠慮しないで好きなように食べればいいのよ!ほら、行くわよ!」

 

「ひ、ひえぇ……す、すみません……!」

 

 霞はビビりつつも、今まで食べたこともないような高級食材を、感涙しながら食べて行く事となる。

 

「お、おいひぃいいい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「んー、美味しいし楽しいわね。恵君も楽しんでる?」

 

「禪……真依さん、ええ、こういうのも悪くないですね。はぐっ」

 

「何食べてるの?」

 

「んぐ……豚の生姜焼きです」

 

「え」

 

「美味いですよ」

 

「…………まぁ、そういうのも有りよね、誠一さんだもんね……」

 

「……はぐっ」

 

「(でも一心不乱に食べてる恵君は可愛いわね……)」

 

 真依は変わり種を食らう恵に苦笑しつつ……ツナマヨとウインナーを包んで口に放り込んだ。

 

「あむっ……んー♪この組み合わせ美味しいわー♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なふぇ(何故)……」

 

 なお東堂葵、究極メカ丸の二人は欠席である。

 先の野球において、真希の投げた豪速球を顎に受けた東堂は、顎の骨が折れ、療養中であった。

 本来なら硝子が治すのだが、現在硝子は空に付きっきり治す為に通常医療にて治療するしかなく、食事などまともに出来る訳もなく、強制不参加となったのであった。

 

「大人しくしていロ……」

 

 だが、油断すればそれでも勝手に参加する事を危惧し、メンテナンスもしたいから、とメカ丸が監視を請け負っていた。

 霞は少し残念そうだったが、メカ丸の後押しもあり、一応の納得をしてメカ丸に任せているのだった。

 

ふらはぁー(ブラザー)……」

 

 メカ丸の呆れたような声と、東堂の悲しげな声が部屋に響いていた。



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握り寿司

いつも閲覧、ありがとうございます。
姉妹交流会編ラストです。
滅茶苦茶に飛ばしまくったのにまぁまぁ長かったですね……。
さて、本来ならこの後は過去編の流れですが……やらないで行こうと思います。
アンケートご協力ありがとうございました。


「禪院よ、一つ握って貰おうか」

 

 京都校の学長、楽巌寺学長が席につく。

 特設したインスタント寿司屋……回らない寿司屋のカウンターをイメージしたセットで、俺は顔を綻ばせた。

 現在ここには他に誰もおらず、引率含めて皆手巻き寿司のほうで思い思いに楽しんでいるみたいだ。

 

「お、楽巌寺学長、お久し振りですね。何を握りましょうか」

 

 楽巌寺学長は呪術界の保守派筆頭……これから呪術界を変えていこうとする悟の目的からすると宿敵みたいな人だが……。

 まぁ、別にこの人自身は腐ってる訳じゃないっつーか、かなりまともな人だからなぁ。

 それに俺としてもこの人には世話になったから、あまり失礼な態度は取りたくない。

 

「そうだな……まずは穴子でも貰おうか」

 

「わかりましたっ!まずはあがりをどうぞ」

 

 会話しながら淹れていた熱いお茶を出してから、俺は手を拭いて穴子を握り始める。

 

ズズ……

 

 楽巌寺学長が茶を啜る音が響いた後、湯呑みが置かれると共に、手早く握り終えた穴子二貫を寿司下駄に置いて差し出した。

 

「お待ち!」

 

「早いな……では早速」

 

 学長は寿司下駄に置かれた穴子の寿司を、そのまま手掴みで頬張る。

 咀嚼し、飲み込み、ピクリとその眉が動いた。

 

「ふむ……シャリが口の中で程好くほどけ、穴子の味付けも申し分なし……腕をあげたな、禪院」

 

 ニヤリ、そう音がしそうな笑みを浮かべもう一貫を頬張った楽巌寺学長に、胸を撫で下ろす。

 及第点貰ったようで、良かった良かった。

 

「んむ……では適当に握って貰おうか?」

 

「了解です」

 

ズズ……

 

 お茶を啜り出した楽巌寺学長から視線を外し、今朝購入したばかりの新鮮な良いネタ達で寿司を次々と握りだす。

 マグロにハマチ、シメサバにタイ、ホタテ、イカ、エビ……どれも楽しめるように気持ちシャリは小さめに、けれどバランス良く……。

 

「禪院よ、何故お主は五条につく?」

 

 そんな中、不意に学長から問い掛けられる。

 俺が今一級術師なのはこの人の推薦あってのものだし……自分と同じ保守派にいない事を疑問に思っているのだろう。

 とはいえその声色に責めるような意図はなく、ただ疑問に思っているだけなのだろう。

 

「儂は貴様を高く評価しておる。恵まれてるとは言い難い術式、決して高くはない才能、おまけに産まれが禪院ではまともな扱いを受けていなかったであろう」

 

 歯に布を着せぬ言葉に、俺は思わず苦笑を浮かべてしまう。

 確かに術式が判明した後禪院では、ゴミ術式だなんだとそれはそれは酷い扱いだったが……。

 

「親父とお袋が好きにさせてくれましたから」

 

 まぁあれは諦めていた、とも言えるか。

 今でこそ交流はあるが、一級になるまでは断絶してたからなぁ……。

 空を連れて禪院を出た後は流石に大変だった。

 

「それに、あのクソガキ共の隣にいて、腐らずに力をつけたその心意気を儂は最も評価しておる」

 

 それは、確かにそうか。

 六眼と無下限術式の悟に、呪霊操術の傑……。

 その存在だけで、雑多な奴等は焼き尽くされてしまう程の強い……なんだろ、光、というにはあいつらの性根が腐りすぎてるから……えー……まぁ要は全自動心折りマシーンって事だな。

 実際健人はそのクチだ。

 自分達が手も足も出ず、先輩である空が命をかけて足止めし、命からがら逃げ出した一級呪霊を、あの二人は片手間、もしくはおやつ感覚で下す。

 真面目に鍛えていればいる程、馬鹿らしくなっちまう事だろう。

 

「俺はほら、そこまで真面目じゃないっすから。はい、お待ち」

 

「ふん……」

 

 一通り完成した寿司を差し出す。

 早速とばかりにマグロの赤身を手にした楽巌寺学長は、醤油に軽くつけてパクリと口に放り込んだ。

 

「……これだけ美味い寿司を握れるのだ、呪術師としては確かに真面目ではないのかもしれんな」

 

「その言葉、料理人としては嬉しいですね」

 

 そう言ってニヤリと笑う楽巌寺学長は、寿司には満足してくれているようだった。

 寿司は難しいからな……いや、難しくない料理なんざねぇんだけどさ。

 俺は苦笑を浮かべて、楽巌寺学長が食べる姿に視線を向けた。

 

「……俺が悟達についたのは単純な話っすよ。

 あいつが、俺の友達だから。そんな友達に頼まれたから。それだけの話ですよ。

 あいつらが未来を憂いてるのは間違いないです」

 

「友達……か。あ奴等相手にそう言えるのはお主くらいだろう。

 しかしまぁなんともそれは……難儀な呪いじゃな」

 

 呪い、か言い得て妙って奴だな。

 思わず苦笑を浮かべてしまう。

 

「ははっ、違いないですね。

 あいつら放っといたらまず食を疎かにしやがるから、目が離せませんよ。

 悟なんて一日中角砂糖ガリガリ食いながら、任務に没頭してた事あるんすよ?

 そんな奴等に食の楽しみを植え付けられるよう、これからもあいつらの側でやっていきますよ」

 

「ふん……仕方あるまい。儂としてはお主がこの先の呪術界を担う人間になると思っていたのだがな」

 

 本気で思ってる様子だが、それは流石にねぇなぁ。

 俺には荷が重い。

 

「買い被りすぎですよ、俺はこの高専のコックでいい。

 合間に任務をこなして、生徒達と友達に飯を作って、笑顔にさせる。

 俺にはそれで充分過ぎるくらいですよ」

 

 そういう未来を担うのは悟とか、これから先育っていく生徒達だ。

 俺はそいつらの胃を満足させるだけでいい。

 

「そうか……わかった、この件はもう何も言わん。

 さて、それでは次に何を握って貰おうかの?」

 

「お、そろそろ変わり種行きます?回転寿司なんかであったんですけど、天ぷら寿司とかどうです?天ぷらお好きだったでしょ?」

 

「ほぅ、お主の握る天ぷら寿司か……期待させて貰おうか」

 

「任せて下さいよ!」

 

 俺は朗らかに笑って、天ぷらの準備を始める。

 さて……まずはエビとイカに、後はキスでも握るかね。

 楽巌寺学長の口に合うといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サクッ

 

「ふむ……美味い……わさび醤油マヨがよく合うのぉ……。

 ところで話は変わるが、お主は宿儺の器をどう見ておる?」

 

「あ?悠仁ですか。良い子ですよね、本当に良い奴で、学校内が一段階明るくなった気がしますよ」

 

「人柄は儂も好感は持っておるが、宿儺が表に出た時、または正式に死刑が下された時なんとする?」

 

「え?勿論殺しますよ。そのくらいは割り切ってます。

 ま、正式に下されるまでは足掻きますけどね」

 

「……本当に惜しい。クソガキ共には勿体無いわい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、天ぷらだ。誠一!あたしにも頂戴な」

 

「歌姫先輩、わかりました。天ぷら盛り合わせっすかね。寿司はなんか握ります?」

 

「炙り系のなんか食べたいわ!」

 

「ふーむ、かつおのタタキでも作るか……ちょっとお待ちを」

 

「あー、あんたは良い子ね、硝子や空と同じくちゃんと敬語使うし、先輩ってつけるし。五条と夏油とは大違いね!」

 

「今回の食材費とか結構悟が持ってるから、あんまり罵倒するのもどうかと思いますよ」

 

「え、そうなの……?ぐぬぬ……」

 

「……その天ぷらに罪はないんで、そんな憎しみ込めた目で見ないでやって下さいよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終的に、炊いてた米の殆どを食べ尽くし、手巻き寿司と握り寿司は大盛況のまま終わった。

 皆満足そうに笑顔を浮かべ、学校の違いも学年の違いも気にせず、思い思いに交流して……。

 棘に作ってやった大量のツナマヨ軍艦を、真希が食い漁り、棘が拗ねたり、順平と見学していた京都校の一年が仲良くなってたり……いろんな光景があった。

 俺はそれを眼を細めて眺めていた。

 

「ああ……いい光景だな」

 

「なに誠一、なんか爺臭いよ」

 

 いつの間にか隣にいた悟は、デザートに用意していたあんこもちを頬張りながらそう言って笑う。

 まあ、否定はしねぇな。

 

「いや、こうやって未来を担っていく呪術師達が、仲良くやってるのは素晴らしいなと思ってさ」

 

 そう素直に告げれば、悟はそれを笑い飛ばす。

 

「はっはっはっ。これをずっと見れるようにしていくのが、僕達の仕事だよ。

 今回は正直危なかった。相手は想像以上に僕を意識してる。

 まさかこの僕が弾かれる帳なんか使えるなんてね……。

 ……僕にもしもの事があればその時は……」

 

 けれどそこで珍しく、悟は一度口ごもる。

 少しだけ自信無さげに俯く悟の背中を、俺は思い切り叩いてやる。

 無下限を突破する気はなかったので途中で止まるも、悟は俺の行動に気付いたようで、驚いたように顔を此方に向けていた。

 ったく、らしくねぇな。

 弱音を吐いてくれたのは嬉しいが、そんな情けない姿は『五条悟』じゃねぇだろ。

 

「おいおい、天下の五条悟が自信喪失してどうすんだよ?

 悟、お前はなんだ?傑と二人ならお前は?」

 

 悟は俺の言葉に面食らうも、一瞬の間の後、にいっと頬を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ……ま、何があっても大丈夫でしょ」

 

 ニヤリ、悟はいつも通りの笑顔を浮かべた。

 

「僕達、最強だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、姉妹校交流戦は色々なトラブルもありつつ、問題もありつつ、けれど死人はなく、恙無く終了を迎えたのだった。



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マグロ食べ尽くし祝勝会

いつも閲覧ありがとうございます。
これからもまったりと皆には美味しい思いをして、笑顔で過ごして貰いたいと思います。


 交流会が終わって次の日……。

 今日は海外から傑が帰ってくる筈の日だ。

 バーベキューも寿司も食えなかった傑の為に、少し特別な飯……兼教師陣の打ち上げの予定だ。

 久々に五人で集まって飯が食えると、今から楽しみだ。

 

 今回使うのは、寿司では使わないないし使えない、まぐろのかまや中落ち等の部位だ。

 見た目は悪いが美味いんだなこれが。

 特にまぐろの目玉なんかはビジュアル最悪だが、煮付けも塩焼きも美味い。

 頭の肉も捌くのは本体以上に大変だが、その苦労の甲斐はある。

 まぐろのかま焼きとして一つ、頬肉や頭肉、中落ちを刺身や丼で……。

 後はテールステーキか。マグロの希少な部位を食べつくして貰おう。

 

 ただ、重ねて言うとビジュアルは悪い。

 皆受け入れられるかはわからんが……まあ、傑は美味しく食べれるだろう。

 いつも呪霊飲み込んでる奴が、まぐろの目玉くらいでピーピー言わねえだろ。

 

 夜蛾先生は可哀想な事に壊相と血塗の件、更には俺を拘束しなかった件でお偉いさん方から呼び出しだ。

 今日は傑を優先するが、明日も帰ってきてなければ悟達と一緒に殴り込みに行くつもりだ。

 勿論俺は拘束されてな?掌印組みながらだが。

 

 さて、それまでは普通通りだ。

 いつも通り生徒達の希望に応えた飯を作る。

 交流会も終わったから俺が指導する事もなくなるし……料理に専念する事にしよう。

 

「おはざーす!」

 

「おはようございます」

 

「おはよーございまーす」

 

「お、おはようございます」

 

 っと、考えてたら一年の四人がやってきたか。

 

「おはよーさん。さ、今日はなに食う?」

 

 今日も一日が始まるな。

 

「サバ味噌!」

 

「納豆ご飯でお願いします」

 

「フレンチトースト!」

 

「あ、ボクもサバ味噌で」

 

「了解、ちょっと待っててな」

 

 四人が顔を見合わせるのを微笑ましく思いながら、俺は料理を始める。

 ……納豆だけじゃ味気無いし、恵のには塩鮭でもつけてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで気付けば放課後。

 両手いっぱいに荷物を抱えた傑が、生徒達にお土産を手渡している所だった。

 

「現地で売ってたお菓子だよ。

 いっぱい買ってきたから仲良く分けて食べなさい」

 

「夏油先生あざーっす!」

 

「明太子!」

 

「なんかすごい高級そうなチョコがあるわ……」

 

「パンダ君にはカルパスもあるよ」

 

「おおー、傑はわかってるな」

 

「俺もカルパス貰いますね」

 

「海外のポテチって妙に美味いよな」

 

 和気藹々とした空気で傑のお土産を漁り、頬張る生徒達は皆笑顔だった。

 その様子を眺める傑はとても嬉しそうで、疲れの滲んでいた雰囲気がみるみるうちに解れていった。

 

 うんうん、海外で何してきたかは知らんが、妙に疲れてたからな、癒されてるようで良かったよ。

 

「しっかしお前らよく食うな、さっきまで晩飯たらふく食ってただろうに……」

 

 呆れたように呟いたが、それは生徒達の喧騒に紛れて、聞こえてはいないようだった。

 

「これがちょこれいとかぁ……あむっ……うまぁああ!

 凄いなぁ!美味しいものばっかりだ!兄者達も食おう!」

 

「ええ、折角なので頂きましょう。兄さんも、ほら」

 

「ああ……うん、美味いな」

 

 九相図三兄弟も嬉しそうだし……言うことなしだな。

 三人を、特に血塗を見る傑の表情が怪訝なものになってってるが、まぁ誤差だな、誤差。

 何処か疲れたように息を吐く傑だが、やはりその表情には笑顔が浮かんでいる。

 騒がしく、賑やかな食堂の様子を、ただでさえ細い目を細めて穏やかに見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ところで、あの小さい空は?」

 

「血塗っていう九相図の三男だが、呪いの力が弱めで受肉体の影響をもろに受けちまってるらしい。

 だから体を作った空とそっくりなんだとさ」

 

「……空はいつ彼等を産んだんだい……?」

 

「交流会の途中、襲撃があった後だな」

 

「……」

 

「いや、そんな目で俺を見るなよ。

 俺だってそのタイミングでやるとは思ってなかったって」

 

「あっ!傑クンおかえりーっ!あ、これお土産?ボクも」

 

「空、君にはちょっと話がある」

 

「えっ?いや、ボクもご飯食べたいし、お菓子も……」

 

「教師として、強者として……その弛んだ考えを少し叩き直す必要があるね。

 君が子供を欲する事を否定したくはないが、タイミングというものがあるだろう?

 その辺りの考えの甘さ、叩き直させて貰うよ」

 

「ひぇ……せ、誠一クンたすけ――」

 

「少し外で話そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて!少しトラブルはあったが、傑海外出張お疲れ会と、交流会祝勝会という訳で!マグロ食べ尽くし会をやるぞー!」

 

「いぇー!って、あれ、なんか空妙に煤けてない?」

 

 空が傑にドナドナされて暫くした後、生徒達もいなくなった食堂にて、俺達教師陣は集まっていた。

 目的は生徒達にはナイショの祝勝会。

 あとはバーベキューも寿司も食えなかった傑の為にだな。

 そんな傑はニコニコと笑みを浮かべ、空はテーブルに突っ伏してグッタリしている。

 随分絞られたらしいな……硝子もこればかりは空が悪いとわかっているのか、知らんぷりだ。

 

「早く酒のアテになるようなもん頂戴よ」

 

 ちげぇわ、ただ酒飲みてえだけだったわ。

 高専時代から酒とタバコに溺れてた奴は違うわ。

 

「まぁまてまて。まずは傑にマグロの寿司セットをご馳走してやんねぇとな」

 

「お、嬉しいね」

 

 ネタ自体は手巻き寿司の時の残りだが、まだまだ新鮮で美味いぞー。

 

「赤身に中トロ、大トロにそれぞれの炙りに、ネギトロとまぐたく軍貫、そして鉄火巻きだ!」

 

 それぞれ二貫ずつ……寿司下駄に乗せて傑へと差し出した。

 ネタはキラキラと輝き、それを見た傑の目も嬉しそうに細められた。

 

「マグロ尽くしだね。いやぁ、贅沢だ。それじゃ遠慮なく頂くよ」

 

 早速とばかりに大トロを手に取った傑は、醤油すらつけずにパクリと頬張った。

 もぐもぐと美味しそうに咀嚼する傑の頬が吊り上がるのが見えて、俺も思わず笑ってしまう。

 

「ん~……堪らないねこれは。口の中でとろけて、しゃりも程好く口の中でほどける。

 ……誠一、悪いけどもう1つ握って貰えるかな?」

 

「勿論いいぞー。さて……硝子にはこれだ、マグロの目玉の煮付け」

 

 煮込んでたそれを硝子に差し出してやれば、硝子の目がキラリと光る。

 

「きたわね……見た目は最悪だけど最高の酒のアテ」

 

 煮込まれた目玉が器で硝子を見上げているのを、横から見ていた悟が気味悪そうに顔を歪めた。

 

「うげぇ、目玉ァ……?んなもん食うの?」

 

「美味いんだぞ?マグロの目玉」

 

「食わないなら五条の分まで私が食べるよ。あむっ」

 

 怪訝な悟にマグロの目玉の魅力について語ろうとした所で、硝子が煮付けを口に放り込んだ。

 咀嚼する硝子は頬に手を当て、うっとりと頬を染める。

 容姿の良さも相まって、なかなか色っぽいが……。

 

「……んー!……あー、もう、我慢出来ないっ!」

 

カシュッ!

 

ごきゅっごきゅっごきゅっごきゅっ……

 

カンッ!

 

「っぶっはぁーーーっ!」

 

 その色っぽい雰囲気は次の瞬間完全に霧散していった。

 缶ビールを一口で飲み干し、おっさんみたいに息を吐く。

 まぁ、本人は満足そうだから別にいいが……。

 

「おっさんかよ……」

 

 呆れたように呟く悟の言葉等耳に入ってないかのように、硝子は煮付けを更に頬張り……。

 

カシュッ

 

 また新たな缶ビールを開けるのだった。

 

「ま、目玉が嫌ならこれはどうだ悟?中落ちだ」

 

 そんな酒に溺れ始める硝子を後目に、俺はマグロの中骨を取り出す。

 

「んー……?これ骨だよ」

 

「いや、この骨の間に少し残ってるだろ?これをスプーンで……こう掬ってやって……」

 

 自分でこそぎおとして食うのも楽しいんだこれが。

 マグロなんざ解体する機会なんてそうないから、やる機会もほとんどないんだがな。

 

「おお?」

 

 中骨の身がみるみるうちに削ぎ落とされていき、その身がスプーンの中に溜まっていく。

 スプーンに乗せられた赤とピンクの身に、悟の視線が吸い寄せられている。

 

「ほれ、醤油つけて食ってみな」

 

 それを差し出してやれば、大人しく受け取る悟。

 スプーンに醤油をちょろりと垂らして、そのまま頬張った。

 

「はむ……んむんむ……んっ、悪くないね」

 

 パアッと表情を明るくさせた悟は、機嫌良さげに中骨を手に取った。

 言葉とは裏腹に、何か琴線に触れたらしいな。

 中骨から身を削ぎ落とす悟は、とても楽しそうだった。

 

「さて、ほんで今回のメイン!マグロのかま焼きだ!」

 

 大皿に乗せた本マグロのかま焼きをズドン、とテーブルに乗せた。

 じゅうじゅうと音をたてるマグロのかま焼き……芳しい香りのするそれに、皆の目線が集まる。

 

「わぁ、すごいね、なかなか見ないよこんなのは」

 

「これも良い酒のアテになりそう」

 

「頭だけなのにでっけぇ……」

 

 思い思いに呟きながら、今手元にあるものを一時止め、それぞれがマグロのかま焼きに箸を伸ばした。

 ほじほじと暫しかまから身を取る時間が流れ……それぞれが程々の大きさの身を箸に挟む。

 そうしてそのままパクリと口にした三人の顔が笑みを形作った。

 

「うーん、脂がたっぷり乗ってて美味しいね」

 

「塩がきいてて、ぐびっ……酒止まらん……ぐびっ」

 

「うっま。なんかぷりっとしてる、不思議な食感だね」

 

 そんな三人の反応で、漸く空も再起動したのか、ピクッと体を震わせた。

 そして、のろのろと顔を上げると、半目でかま焼きを見つめる。

 

「むー……皆美味しそう……うー、ボクも食べるぅ……」

 

 疲れた顔の空に、先程まで説教していた傑は苦笑を浮かべる。

 やり過ぎた……とか考えてるんだろうか?

 そんな中で、硝子は空にかま焼きの身を差し出した。

 身を差し出されている事に気付いた空は、ぱかりと口を開く。

 まるで親から餌を貰う雛鳥のようだった。

 

「はいあーん」

 

「あーん……んむ」

 

 その身を咀嚼すると、虚ろだった空の瞳に輝きが戻り始めた。

 開かれた瞳がキラキラと光りだし、頬が緩んだ。

 

「おいひぃー!」

 

 元気よく声をあげ、復活を果たした空の様子を見て、各々笑みを浮かべた。

 困ったように笑う傑、微笑ましそうに笑う硝子、そして悟は楽しそうに笑っていた。

 

「はははっ、幸せそうで何よりだ」

 

 俺は傑の次の寿司の用意をしつつ、皆の喜ぶ様子を眺めていた。

 全員で美味いもんを食い、楽しい時間を過ごす……。

 これ以上に良い時間の過ごし方はそうそうないだろうな。

 良い友達を持ったもんだ。

 

 皆の美味い飯を食って浮かべる笑顔を眺めながら、俺は胸に広がる充足感に自然と笑みを浮かべていた。




誤字報告ありがとうございます。
修正しました。


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マグロ食べ尽くし飲み会

感想来て嬉しかったので久し振り更新。


「……さて、今回、色々な事が起きたようだけど、皆の口から直接聞きたいな」

 

 傑はマグロ寿司を二貫食いしながら、微笑みを浮かべた。

 口いっぱいにしたいのはわかるが……いや、まぁ、細かい事は言いっこなしか。

 折角のめでたい場だしな。

 

「お、そうだね。それならー……悠仁が黒閃キメたーとか?」

 

「……予想以上の話が出てきたね」

 

 悟の言葉に、傑は苦笑を浮かべた。

 まぁ、予想外だわな。

 そもそも傑は黒閃キメた事ねぇし。

 

「僕が帳に阻まれてる間、東京京都問わず、生徒達が特級を相手どってくれてたんだけど……犠牲者が一人も出なかったのは悠仁のそれがでかいと思ってるよ」

 

 悟はそう語りながら、中落ちをスプーンに山盛りにして、それを一気に頬張った。

 うんうん、と頷きながら咀嚼する悟の口角はつり上がり、美味そうだ。

 

「ま、それもその後、帳ぶっ壊した僕が良い所全部持ってっちゃったけど……そのままでも良い所までは行ったんじゃない?あの特級相手に今それなら、充分充分。次に対面したらきっと祓ってくれるでしょ」

 

 悟は冗談っぽく言うが、まぁ強ちズレた期待でもない。

 黒閃をキメた、それはつまり呪力の核心を掴んだという事だ。

 その経験は、間違いなく呪術師に飛躍的な成長を促す。

 そもそもポテンシャルは悪くなかった悠仁だ、これからが楽しみだな。

 

 俺は傑のお猪口に日本酒を注ぎながら、悠仁のこれからの飛躍を願い、期待に胸を膨らませていた。

 

「おっと、悪いね。そうだな、他には何かないかい?」

 

 傑の奴、ちょっと焦ってるな。

 あいつ、黒閃キメた事ないからなぁ。

 生徒に先を越され、嬉しいながらも内心複雑って所だろう。

 そこいらの雑魚じゃ自分が出る幕もないだろうし……呪霊操術の弱点とも言えない難点かもな。

 ま、黒閃を狙って出せる術師は存在しねぇ。

 そう焦らずにやってけばいずれは出せるだろうさ。

 

 ふと悟を見ると、笑みを深めているように見えた。

 ……狙って出せる術師は()()()存在しない、に言い換えておくか……。

 悟ならやりかねねぇんだよな……。

 

「ん……私はただ空に守られてただけだから、なんもないよ。んー……うっま。日本酒が進むわぁ」

 

 硝子はかま焼きを頬張り、いつの間にビールから変えたのか、コップに注いだ透き通った酒を煽る。

 ごくごくと喉を鳴らして飲むようなもんじゃねぇだろそれ……。

 

「っぷはーっ」

 

 まぁ、何も言わん。

 繰り返すがめでたい席だからな。

 めでたい席じゃなくても呑んでるがまぁ、そこはご愛嬌……愛嬌……。

 見た目は良いんだけどなぁ。

 

「でも、そうね、空の出産……あれを出産なんて言いたくはないんだけども。あれは心臓に悪かったわ。二度と立ち会いたくない」

 

 荒んだ目で言い切ると、硝子はガリを口に放り込み、少し荒くボリボリと噛み砕いていた。

 まぁ、なんでも血みどろだったらしいからな……んな姿見たい奴なんざいないわな。

 グイッとコップに残った酒を飲み干し、疲れたように息を吐いた。

 

「まぁ……そうだろうね。硝子もお疲れ様。空の治療もしてたんだろう?災難だったね」

 

「っとと、なみなみとお願いね」

 

 そのコップに、傑が瓶から日本酒を注ぐ。

 なみなみと注がれたそれを、硝子は空かさず口に運び、幸せそうに目を細めた。

 

「あ、でも、血塗は可愛かった。ちっさい空みたいな見た目で、中身も見た目相応に幼くてね。まるで……」

 

 そこまで言って、硝子は一度言葉を切った。

 そして、一度口を閉じると小さく首を振る。

 

「いや、やっばなんでもないわ。はぐ……んー、目玉の煮付けさいっこー」

 

 再度コップを傾ける硝子に、誰も追及する事はなかった。

 

「交流戦自体はまー……途中までは普通にやってたよね。あー、でも真依チャンには驚いたなー。まさか真希チャンが一時的にでも気絶するような威力の銃撃してくるなんてね……はむ」

 

 空はそう言って、テールステーキを頬張った。

 

「なに?確か彼女の術式は【構築術式】で、燃費が最悪な上に、本人の呪力は大した事がなかったんじゃないかい?」

 

 おっと?それは俺もよく知らない情報が出てきたな。

 真希は生まれつき呪力がない代わりに、身体能力がバカ高い天与呪縛の持ち主だ。

 無論タフさも折り紙つき……その真希を気絶させるなんて、真依はどんな手を使ったんだ?

 

「ああ、あれね。僕も見てたけど、すっごい縛りつけまくって無理矢理作ってたね、スナイパーライフル」

 

「…………は?」

 

 傑が呆けた声をあげるが……いや、俺もあげそうだったぞ。

 何?スナイパーライフル?

 確か、銃弾の一発でも作れば呪力切れになるって言ってたぞ真依の奴。

 それを……どうやって?

 

 そんな疑問は、悟が憶測交じりではあるが、簡単に説明してくた。

 

「あれは多分『術式使用中まったく動かない』『一度の使用で崩壊する』辺りの縛りを設けて、呪力を底上げして、術式の出力を上げてるね」

 

「それで説明つく上昇値じゃねーだろ」

 

「そだね、多分まだ縛り設けてるだろうね。それこそ……冥さんみたいに、ね」

 

 そこまで言われて漸く、悟が懸念してる事柄に遅れて気付く。

 縛りによる上昇値ってのは、本人にとって重ければ重い程でかくなる。

 流石に銃弾がスナイパーライフルになんのは桁違い過ぎる。

 何か無茶してんじゃねえか、って事か。

 

「む……直哉や歌姫先輩が見てるのに、そんな無茶な縛りさせるとは思えねえが……一応後で確認しとくか」

 

「そーしときな」

 

 とはいえまあ、あの二人の教え子だ、大丈夫だとは思うがな。

 

「京都校のほうも粒揃いって事かな?」

 

「そうだねー。今の世代は豊作だよ。誰一人欠けずに青春を満喫して欲しいね」

 

 同年代が全滅する事も珍しくない呪術界隈、これだけの人材が溢れているのは奇跡みたいなもんだ。

 是非ともそのまま順調に育って欲しいもんだが……。

 

「それにはやっぱ、あの特級呪霊どもが邪魔だな」

 

「悟と誠一からそれぞれ逃げ仰せるとはね、敵ながら天晴れだね」

 

 傑が何処か感心したように笑ったので、俺はそこで釘を刺す事にした。

 呪霊を取り込む為に弱らせる必要があるからな、そこをつけこまれる可能性も万にひとつくらいはある。

 

「取り込むなっては言わねえけど、あの真人って呪霊相手すんなら油断すんなよ。下手に弱らせて刺激して、変に成長されちゃ堪ったもんじゃねえ」

 

「わかってるさ。っと……寿司も終わりか。美味しかったよ。さてそれじゃそろそろ、私もかま焼きをいただこうかな……」

 

 傑は最後の一貫を口に放り込み、ニコリと笑った。

 そして、かま焼きに箸を伸ばし始めるのだった。

 

「あ、あとそう、内通者の話」

 

 そこで、悟が唐突に口を開き、一瞬全員の動きが止まった。

 

「それ、本当にいるのかな?あんまり信じられないけど……」

 

東京校(ウチ)にはいないと思うけどねぇ」

 

「呪霊と内通、ねぇ」

 

 俺は腕を組んで首を傾げた。

 仮に内通者がいたとして、どんなメリットがあるんだか……。

 腐った奴等の中にでもいる可能性はあるか?

 頭の腐った連中の考えはわかんねぇな。

 

「僕はいると思ってるよ。ま、歌姫にも頼んだし、それは追々だね。それより傑、海外はどうだったのさ?」

 

「あー、ミミナナも慣れない生活で大変な思いしてたりしてんじゃねーの?……そこんとこどーなのよげとー」

 

「皆元気そうだったよ。私の滞在中にもリカちゃんに二人は良く吹き飛ばされててね、仲良く出来てて一安心だよ」

 

「お前それ仲良くの基準ぶっ壊れてんぞ」

 

「二人とも憂太クン大好きだもんね。ふふふ、誰が射止めるのかなぁ」

 

「あ、そういえばさ――」

 

 やがて話はくだらない話に移っていく。

 笑い、食い、飲み……。

 賑やかに、穏やかに、夜は更けていく。

 笑顔の絶えない、心から楽しいと思えた時間だった。

 

「何回やっても、親しい奴等との飲み会ってのは良いもんだな」

 

 俺は誰にともなく、小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あがががが……頭がががが」

 

「飲み過ぎだっつーの」

 

 ただ次の日、二日酔いの硝子の相手しなきゃならんのだけがネックだな。

 ま、それこそご愛嬌ってやつだな。



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