魔法少女育成計画DonutHole (皇緋那)
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プロローグ

 ──その日、彼女は人を殺した。

 殺されそうになったし、目の前で死んだ友達がいた。だからって、無我夢中で飛び出して、己の魔法を殺すためだけに使って、さっきまで生きていた相手を死骸に変えた。無惨にもはらわたを飛び散らせた遺体にした。紛れもなく、自分が。

 

 犬の着ぐるみグローブの爪が、エルフの脇腹を少しだけ傷つける。ほんのわずかな裂傷。そこから一気に穴が広がり、破裂するかのように上半身が消滅する。

 飛び散った肉片から少し遅れて、崩れ落ちる残った下半身の傍らに、生前身につけられていた薔薇がひらりと落ちる。血の赤を浴びた青い薔薇だった。

 

 彼女──「たま」は我に返る。そして、目の前に広がる鮮血だらけの景色と、その中央に転がる下半身だけの肉塊が自分の作ったものだと自覚し、胃液を吐き出した。落ち着くまで何度も嘔吐を繰り返し、疲れきった体は倒れそうで、なんとか立ち上がる。よろめきながら、その近くに倒れているはずの友達のもとへと急ぐ。

 

「スイムちゃん!」

 

 倒れているのは、まだ十歳にも満たない幼い女の子。あまりにも幼かった。魔法少女姿の彼女とは全然違った。けど、たまは何度も彼女の名前を呼び、抱き起こす。

 それでも反応がなくて、揺さぶって、はじめて気がついたことがあった。

 

「スイムちゃん! スイムちゃん……あれ?」

 

 体温がない。頭は力なく垂れ、目を覚ます様子がない。慌てて胸元に耳を当てる。心臓は動いていなかった。

 

「い、嫌だよ、スイムちゃん、ねぇ、ねぇ……」

 

 泣いても彼女は目を覚まさない。だって、その時、彼女はとっくに命を落としていたんだから。

 

 

 ──意識を現実に引き戻す。

 今のは夢だ。このところ何度も何度も同じ夢を見ている。脳に焼き付いて離れない記憶だった。

 目蓋をこすり、目を開く。カーテンの隙間から見える外の風景は暗い。まだ夜なのに目が覚めてしまったらしい。

 部屋の扉を開き、母が置いてくれただろう冷めた少量の夕飯を取ってきて、また扉を閉めるとひとり机に向かった。

 

「いただきます」

 

 喉を通らない食事を、水で無理やり流し込む。苦しいけれど、そうしなきゃ生きられない。後でまた吐くかもしれなくても、胃に食べ物を入れなくちゃ。

 

 薔薇の魔法少女「森の音楽家クラムベリー」が引き起こした殺し合いは、たまが彼女を殺したのを最後に幕を閉じた。

 十六人もいたはずの魔法少女は、もう三人しか残っていない。クラムベリーとつるんでいたあのマスコットは、マスターだなんだと絡んできたけれど、言うことがわからなかったので端末を壊した。何度も傷をつけようとすれば、あとは魔法で粉微塵だった。

 

 あれからもう何日も経った。正確な日付はわからない。

 魔法少女たま──否、ただの少女「犬吠埼珠(いぬぼうざきたま)」は、学校へ行くこともできず、毎日部屋に引きこもってばかりだったからだ。時間の感覚が麻痺し始めている。元々の珠に居場所なんてなかった。だから、引きこもっていても、なにも変わらなかった。相変わらず家族はみんな珠をいないものとして扱っていて、学校にだってもう居場所はない。

 唯一友達だったかもしれないクラスメイトとも、魔法少女の力で人を殺した今、顔を合わせるだけで吐いてしまいそうだった。

 

 そんな日々がこの日で終わりを告げるなんて、珠は思ってもみなかった。けれど、きっかけは、突然に訪れる。

 誰かが窓を叩く音がして、珠は窓辺に駆け寄った。締め切っていたカーテンと窓を開くと、夜闇を背に立つ意外な相手に驚いた。黒い髪、切れ長の目、露出の多い衣装、一際目立つ赤いマフラー。忍者をモチーフとした彼女は、確か、リップルといったか。一度も話したことはなく、怖いという印象しかない。

 

「あなたがたま……?」

「ぁ、え、えと……」

 

 彼女が冷ややかな声で投げかけた問いに対し、咄嗟に答えられず口ごもった。うまく声が出ないのに加えて、疑問が挟まったのだ。今の珠は魔法少女たまだと言えるのだろうか。

 

「もう調べはついてる……逃げたりはしない方がいいと思う……」

 

 そう呟くリップルの手に、クナイが握られているのが珠の目に入った。金属製の切っ先は月光を浴びて冷淡に輝き、珠の背筋を凍らせる。

 

「わ、私のこと、こ、殺しに、来たの」

「……そうじゃない。あなたはスイムスイムじゃないから。殺しても復讐にすらならない。だから意味が無い……」

 

 リップルは自分に言い聞かせるように答えた。

 スイムスイム。目の前で死んだ友達の名前。彼女が何人もの魔法少女を殺戮したことも知っている。その中に、リップルの友達がいたことも。そう。リップルにも仲のいい魔法少女がいた。名前は確か、トップスピード。彼女はリップルにとって友達かそれ以上の存在だったんだろう。スイムスイムとたまがそうだったように。

 

 でも、仮に復讐でなかったら、一体なぜ珠のもとを訪れたのだろうか。

 

「魔法の国から特使が来た……私達に謝りたいって。そんなことしても、死んだ奴は帰ってこないのに……」

 

 彼女はそう吐き捨てつつ背を向けて、軽く跳躍すると、隣の家屋の屋根に立つ。そこから向けられる冷えきった瞳は、ついてこいと言われているようで、珠は慌てて部屋の外に出ようとした。

 

 変身は……したくない。もう、魔法少女になりたくはない。また、この爪が人を殺してしまうかもしれないから。

 けれど、ドアノブに手をかけようとした瞬間に足がもつれ、珠はあっけなく転んでしまう。ずっと引きこもっていた脚は弱っていて、いきなり動かせるはずもなかったのだ。床に打ちつけた鼻や手のひらは痛んで、こぼれた鼻血がカーペットを汚す。ああ片付けなきゃ、そう焦るとともに、もはやついていかなくていいんじゃないかと思った。

 鼻血も出たし。たまは魔法少女を続けたくないし。まともに歩けやしないし。言い訳はいくらでも出てきた。

 

「……け、けど」

 

 魔法少女たまであることを手放す、とは不思議と考えられなかった。ルーラのためか。ミナエルユナエルのためか。それともスイムスイムのためか。あるいはクラムベリー。いや、どれも違う。ただ、犬吠埼珠の奥底に、執着があった。

 鼻血まみれの手でパジャマが汚れても気にせず、胸元をぎゅっと掴み、珠は変身した。してしまった。へたりこんでいた少女は犬耳の可愛らしい姿へと変わり、脚にも力が入る。ドアノブに手をかけるのをやめ、自室の窓を開け放ち、外に飛び出した。

 

 久しぶりの外の空気を味わう間はない。リップルの姿はもうない。隣家の壁に爪をひっかけ駆け登り、屋根を伝っていく。犬の魔法少女であるたまにとっては、四足歩行の方が早かった。そうして駆けていった先で、リップルは待ってくれていて、彼女の案内は続く。そしてその先、夜の山奥──たまにとっては忌々しいあの山に、二人の少女が待っている。複雑な表情の白い魔法少女スノーホワイトと、もうひとりは見たことの無い魔法少女だった。

 

「みなさん集まりましたね」

 

 リップルがスノーホワイトの隣に立ち、たまはそんなリップルから距離をとって立った。もう少し寄っていただけますかと魔法少女に言われ、初めてリップルの半径2メートル以内に入った。

 

「お集まりいただきありがとうございます。私、魔法の国の人事部門所属の者です。森の音楽家クラムベリー及び電子妖精の暴走の件……我々人事部門として、大変申し訳なく、魔法の国全体の問題として、私が代表として謝罪させて」

「そういうの、いらない」

 

 聞こえるように冷たい舌打ちと共に吐き捨てられた言葉。おかげで目の前の魔法少女も沈黙してしまい、風の音だけがする時間が流れた。

 

「謝られたって、誰も帰ってこない……」

 

 続くリップルのつぶやきで、スノーホワイトは俯いた。たまはもっと俯いた。リップルの言う通りではある。クラムベリーの所業を、形式だけの謝罪で片付けられたくはない。

 

「……そうですね。はい。前置きは不要でした。では、本題を」

「本題?」

「はい。皆さんに問います。魔法少女を続けますか?」

「……!」

「一連の事件の記憶を消し、日常生活に戻っていただくこともできます。魔法少女で居続けるのであれば、それなりの待遇をご用意いたしますが……ただ、魔法少女の世界も、クラムベリー事件のような血腥い厄介事は少なからず起きること。クラムベリー最後の生き残りとなれば尚更巻き込まれるかもしれません。それでも、続けられますか」

 

 目の前の魔法少女は心配してくれているというより、脅しに来ている。手放した方がいい、と。

 

「続けます」

「っ……! 私も、スノーホワイトと同じです……」

 

 だが最初に迷いなく答えたのは、意外にもスノーホワイトの方だった。リップルは一瞬目を見開き、それから一息遅れて魔法少女でいることを選んだ。残るはたまだった。こちらに視線が向いて、自分の足りない頭を回した。辞めた方が幸せなのは、わかっている。いや、本当に、やめた方が幸せ、なのかな。やめたって……なにも良くなんて、ならない。

 

「わ、私、も、魔法少女で、いたいです」

 

 人に穴を掘るなんて、二度と体感したくない感触だった。二度と知りたくないし思い出したくもない死だっていくつも見せられた。忘れられたらどんなに幸せか。でも。だとしても。忘れたくないものだって、ある。

 たまはふと、自分のしている首輪に触れた。金具が小さな金属音をたてる。ルーラの錫杖の音をどこか思い出した。

 

「……わかりました。スノーホワイトさん。リップルさん。たまさん。御三方とも、魔法少女を続けられるのですね。

 でしたらこちらでも手続きがありますので。また後日、連絡させていただきます」

 

 ため息混じりに了承をしたかと思うと、用を終えた特使は帰っていった。その場に残されたたま達は、ふいに互いの顔を見合った。スノーホワイトにもリップルにも、どこか覚悟というか、炎のようなものがあって。思わず怯えて縮こまって、少なくともリップルにはもう会いたくないと思った。



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第1話『たま育成計画』

 たまが『クラムベリーを殺した魔法少女だ』という評判は瞬く間に広がった。スノーホワイトの告発によりクラムベリーの悪名は轟き、さらに元より彼女の実力を知る者からは「あのクラムベリーを討ち取るなどただ者ではない」というイメージだけが先行していった。

 ──らしい。実の所、たまは何も知らなかった。魔法の国からの連絡がごくまれにやってくる、程度。どんな手続きが行われているのか、一度説明されたが、たまには理解できなかった。先日の特使の件で引っ張りだされてから、少しだけ外に出られるようにはなったが、結局クラスメイトとは顔を合わせたくなかった。たまはいつもひきこもっていて、スノーホワイトやリップルが今なにをしているのかもわからなかった。そもそも、連絡先は持っていないのではないだろうか。

 

 よって、魔法の端末が急にけたたましく着信音を響かせた時、珠は飛び跳ねるほど驚いた。ひとしきり驚いて、落ち着いてから、電話に出た。

 

『やっと出た。もしもし。君がたまで間違いないか』

「……は、はい」

 

 魔法少女らしい、優美な声。緊張する。

 

『私は君の指導役になった、外交部門所属のレディ・プロウドです』

「指導役……?」

『魔法少女としての心得を教える先生役、といったところでしょうか』

 

 ……どうしても、それはルーラのことを思い出してしまう。たまは魔法少女としても落ちこぼれだ。ルーラの教えがあって、その教えを……無理にでも守ろうとしたスイムスイムに助けられてたまは生きてこられた。乞うことができるなら乞う方がいい。勉強は、苦手だけど。

 

『本来は人事部門の仕事ですが、双方の派閥で色々とあったみたいでして。私の所属する外交部門に話が回ってきたようです。ただ魔王塾の連中は君がクラムベリーを倒したことしか目に入っちゃいませんから』

「ええと……」

『あ……こんなことを言われてもわかりませんよね。殴り合いしか考えていない連中には君を任せられないから私が立候補した、という話です』

「あ、ありがとう……ございます?」

 

 経緯はともかく、そんなプロウドさんが指導役になる、らしい。聞けばスノーホワイトとリップルにはまた別の人がついたとのことで、そのあたりには詳しくない様子。とにかく、いつどこでなら会えそうか都合を聞かれ、たまはいつでもいいと答えた。どうせ学校には行けない。よって、プロウド側の予定が合う日が伝えられ、初対面は三日後になった。場所だけは、ルーラたちが根城にしていた廃寺を希望した。

 

『会えるのを楽しみにしています』

 

 電話が切れた。途端に、その日が来るのが怖くなって、部屋の隅に隠れるように三角座りをした。

 

 ◇

 

 三日後。怖くて行きたくない気持ちに怒られたくない気持ちがギリギリになってようやく勝って、たまは待ち合わせ場所に急いだ。するとその先には、魔法少女がふたり。スノーホワイトやリップルがいたわけではない。吸血鬼のような格好をした女性と、雨でもないのに雨傘をさした女の子の二人組だ。見た目の通り、血のような匂いと、雨上がりのような匂いがほんのりとする。どちらがレディ・プロウドだろう?

 恐る恐る近づこうとすると、傘をさした少女は頬を膨らませ、不満そうにこぼした。

 

「飽きた。まだ来ないの?」

 

 お、怒られる。だったらいっそ行かない方が……? やっぱり駄目だと家屋の陰に隠れ、様子を窺おうと顔を出す。出した瞬間、吸血鬼の方と目が合った。

 

「あ……」

 

 二人はたまを見つけるなり、どんどん近くに来る。腰を抜かして逃げられそうになかった。そんなたまに、吸血鬼の魔法少女はわざわざ屈んで目線を合わせて話しかけた。

 

「貴方が魔法少女たま?」

「は、はい、そうです」

「ふーん?」

 

 二人とも、じろじろとたまを見つめる。特に傘をさした少女は遠慮なく周りをぐるぐる回り、首をかしげていた。

 

「私はレディ・プロウド。以前電話させてもらった通り、貴方の指導役になりました。こちらはアンブレン。私の部下です」

 

 吸血鬼の魔法少女の方がプロウドだったらしい。傘の魔法少女の方、アンブレンはお辞儀をすることもなく、やはり疑いの目でたまを見ていた。

 

「早速ですが資料を」

 

 魔法少女の教育には資料があるとのことで、プロウドからプリントの束が渡された。展開に既視感があった。まさかと思って、肉球で器用に開くと、中には難しい言葉と読めない漢字でいっぱいだった。

 

「……あ、あの」

「どうかした?」

「漢字……」

 

 プロウドはきょとんとして、アンブレンと顔を見合わせた。先に頷いたのはアンブレンの方だった。

 

「あー、魔法の国の資料、不親切だもんね。わかる」

「そうか……盲点だった。子ども用を貰ってくるべきだった」

「そんなのあったの?」

「少なからず例がある以上作ってはある……が、この際資料の内容はいい。それよりも」

 

 プロウドが蝙蝠のようなマントを広げ、それを合図にアンブレンも傘を構えた。わけもわからず呆然としていると、二人の眼光は鋭くたまを捉えていた。

 

「え、えと……!? 魔法少女の心得は……」

「方針を決めるテストをさせてもらいたい。君があのクラムベリーを倒した魔法少女だという事実は独り歩きしている。これから先、厄介な連中に付け狙われるだろう。その時、身を守れるか見たい」

「そ、そんなこと言われたって」

「音楽家は待ってくれたの?」

 

 アンブレンの言葉で思い出し、左腕を押さえた。それから弱々しくも身構えるほかなく、既にアンブレンが動き出している。瞬時に傘を閉じ、瞬く間に喉元に石突きを突きつけられていた。

 

「私が攻める魔法少女だったら、もう殺してるよ」

「っ……!」

 

 アンブレンは傘を下ろし、今度は仕掛けてくるように悠々と手招きする。こうなったらやるしかない。爪で傷つけないように、魔法を使わないようにしなきゃ。なんてふうに飛びかかっていって、気がついたら宙を舞っていた。受け身もとれず、地面に落ちる衝撃をまともに食らう。

 

「きゃんっ!?」

 

 それから何度もアンブレンにかかっていっても、たまは一撃どころか、間合いに入ることすら許されなかった。何度立ち上がっても変わらない。しかしたまが折れるより先に、アンブレンの方が声をあげた。

 

「飽きた」

「え」

「そもそもこの仕事、私じゃなくてプロウドのだし。帰る」

 

 帰宅宣言に対し、プロウドはため息まではつかなかったが、匙を投げたそうにしている。申し訳なさで小さくなるしかできなかった。これじゃあ、初めて魔法少女になった時と一緒だ。

 

「まずは実技を優先しよう。座学はその後に」

 

 それからというもの、プロウドと、時々アンブレンも一緒に、たまの特訓の日々が始まった。プロウドは声をかけながら組手に付き合ってくれ、何度も何度も怯えるな、と喝を入れてくれた。けれどたまの頭が劇的によくなるわけがない。必死についていこうとしても、次回には前回やったことを覚えられておらず、同じことを教わろうとすることもあった。こんなのじゃ見捨てられてもおかしくないと何度思ったことか。

 

「止まるな。魔法少女は思いが全てだ」

「は、はいっ!」

 

 幸いなことに、たまには集中力だけはあった。アンブレンが言う飽きがなく、長時間の特訓も苦にならない。真摯に付き合ってくれるプロウドとひたすら体に染み込ませる。1回やって駄目なら2回、2回で駄目なら3回目。それでもだめなら10、100。怯えや躊躇を抜くこと。まずはそこからだった。

 

 気の抜けた掛け声が出ないようになったのは一週間後。さらに一週間後、ようやく相手に向かって飛び込めるようになった。その日、何時間も続けた組手の中、プロウドが繰り出した鋭い一撃をどうにかくぐり、続く猛攻のうちいくつかは腕で防御、びりびり走る衝撃になんとか耐え、愚直に食らいついて初めてそのマントの端を破いた。それだけなら有効打とはいえない。いえなくとも、たまにはこの魔法がある。

 

「……っ!?」

 

 マントの端の切れ目が一気に広がり、そのほとんどを破く。布の破片がひらひら花びらみたいに散って、フラッシュバックに吐きそうになりながら、あの時以来に使った魔法でプロウドを驚かせた。

 

「なるほど。これが穴を掘る魔法」

「すごい、プロウドの羽がそんなになるの初めて見た」

 

 少しは面白くなったと評価してくれていたアンブレンは、その瞬間さらに目を見開いて、褒め言葉を出した。たまは嬉しくなって、照れまみれで頭を搔いた。

 プロウドから事実上一本を取った後、その日はそれから、魔法少女の武器を生かすことを教えられた。

 

「魔法少女には副次的に感覚が優れていたりすることがある。例えば私……吸血鬼なら、血の匂いに敏感だとか。貴方のモチーフは犬。だとしたら、他の魔法少女よりも鼻がきく、ということもあるでしょう」

「確かに、そう、かも?」

「いいなあ。雨具にはそういうのないし。強いて言うなら防水?」

 

 話を遮って羨ましがるアンブレンに、プロウドは屈んで他のいいところがあると機嫌をとっていた。彼女が満足したらまた向き直り、すぐさま優しげな顔から真剣な顔に戻る。

 

「君の使っていた姿を隠せる外套のように、身を隠す方法は魔法の国にもある。だが、音や匂いまで消し去るのは難しい。そこに付け入る隙がある」

 

 言葉の全部を理解はできなかったが、頭が回らないなりに体を使うことは、その後の特訓で叩き込まれた。目隠しを付けさせられてアンブレンと戦った時は、鼻が雨の匂いでおかしくなるかと思った。おかげで目を開けていても匂いを気にするようになり、目を閉じても少しなら追えるようになっていった。

 

 始まってから1ヶ月もすると修行への疑問なんかもとうに忘れていて、本当にうまくやれた時、アンブレンが純粋に褒めてくれ、プロウドは控えめながら頭を撫でてくれることもあったのが嬉しくて、そのために頑張っていた。その日は丁度、何日もうまくいかなかった魔法の制御が少しできるようになって、師匠と別れ飛び跳ねるように家に帰ろうとしたところだった。

 

「あ」

「……あ」

 

 民家の屋根に立つ、輝くような白い影。互いに目が合う。怯えることはない。見知った顔だ。かといって話したことは……あまりない。スノーホワイト。たまと同じ試験の生き残りだ。

 

「えっと、お久しぶりだね」

「……あ、う、うん」

「せっかくだし、少しお話していかない?」

 

 人目につかないという夜の公園に赴き、2人並んで座った。スノーホワイトと2人っきりなんて、本当に初めてだ。今日も魔法少女活動の帰りだろうか?

 

「あっ、敬語じゃなくても大丈夫……?」

「う、うん」

「じゃあそうするね。たまちゃん」

 

 そういえば、スノーホワイトの魔法は困っている人の心の声が聴こえる、だった。今、自分は困っているだろうか? いや、間違いなく困っている。どう考えても、スノーホワイトとなにを話せばいいかわからない。スノーホワイトからしてみても、どうしよう、どうしようとばかり聴こえているのかも。

 

「たまちゃんにも先生がついてるの?」

「う、うん。レディ・プロウドっていう……」

「どんな人?」

「厳しいけど……優しいっていうか、気を使いすぎ……? なんていうか、こんぷらいあんす? が気になるんだって」

「あははっ、なにそれ。あ、私も指導役の魔法少女についてもらってるんだ。一緒に頑張ろうね」

「うん……」

 

 たまが返事を声に出せないまま黙るせいか、会話はよく途切れる。けど少しずつ話題について受け答えているだけでも、スノーホワイトの眩しさというか、白さというか、そういった感覚にあてられて、たまもいつの間にか震えていなかった。かつての『魔法少女育成計画』のゲームの思い出だとか、そういう他愛のない話もたくさんした。

 そんな雑談をいくつもして、やがて途切れた時、ふいにスノーホワイトが立ち上がった。

 

「あのね」

 

 横顔を見上げる。以前見たスノーホワイトとは、どこか顔つきが違うような。

 

「私、強くなりたいんだ」

「強く……?」

「……うん。強く、ならなくちゃ」

 

 その目には意志が宿っていた。ここじゃないどこか先のことを見ようとしている。彼女の中には明確に求める理由が、理想が見えた。

 たまは特訓をしてもらっている。理由は……プロウドにそうしようと言われたからだ。強くなって、魔法少女らしくなって、何をしよう。みんなが目指していたものはなんだったろう。思いを巡らせて、数分の沈黙を挟んで、たまなりの結論を出した。

 

「あ、あのね、スノーホワイト」

 

 彼女は軽く首を傾げてこちらを向いた。

 

「試験の時……スイムちゃんが使ってた、その、道具? なんだけど」

「えっと……『元気が出る薬』『透明になる外套』、あと『武器』、だったよね」

「うん。薬はもう全部使っちゃってないけど……それをね、スノーホワイトに使って欲しいな、って」

「え……?」

 

 スノーホワイトはなによりも先に驚き、少しだけ喜んでいそうだった。

 

「だってあれは……あなたが寿命を払って手に入れたものじゃ」

「武器はそう、だけど……肉球じゃうまく使えないもん」

 

 ──それに。

 

「私は、ルーラにも、スイムちゃんにも、なれないから」

 

 スノーホワイトは頷くのを躊躇った。そのうえで、照れで縮こまるたまを見て、今度はしっかり、深く頷いた。

 

「……ありがとう。大事にする」

「ま、また今度、取ってくるね」

 

 スイムスイムが遺したアイテムたちは、使わずに自室に仕舞ってあったはずだ。これで少しだけでも、スノーホワイトの役に立てるだろうか。きっと武器だって外套だって、たまが扱えずにいるより、彼女に使ってもらった方が嬉しい。それに、リーダーには、スノーホワイトの方が相応しいと思うから。



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restart編
第2話『リスタート』


 ◇たま

 

 スノーホワイトとばったり出会ってから、しばらく経った。彼女と会うことは元々多くなかったが、一時期何度も会って話し、仲良くなってきたと思ったところで、急に少なくなっていった。なんでも彼女の指導役──ピティ・フレデリカが、他ならぬスノーホワイト自身の手で逮捕されたとの話だ。そう、プロウドから聞かせてもらった。例え指導役の立場だろうと悪を許さない。魔法少女らしく、スノーホワイトらしかったと思う。

 だからといって──犬吠埼珠の友人としてたまにお茶をする姫河小雪には、そんな英雄性は見えなかった。魔法少女が好きで、心優しく、大人びた美少女。珠にとっては眩しいくらいの。あんなふうにはなれない。珠にはなれないものばっかりだ。

 

 辛うじて人助けのパトロールだけはやるようにしていたが、それとプロウドに会う以外の時間、引きこもりには余った時間が多すぎた。何か没頭するものが欲しくて、魔法の端末をいじっていた。

 

 その中に、ふいに、とあるメールが目に止まる。

 

「……『魔法少女育成計画』」

 

 あのゲームと同じタイトルだ。たまたちが魔法少女の世界に引きずり込まれた元凶であるソーシャルゲーム。クラムベリーの死とともに、いつの間にかサービス終了していたはず。そのゲームからのお知らせが、今更どうして?

 どうにも気になって、試しに開いてみる。すると次々と説明文が流れ、読めない漢字と最近覚えた漢字の混じった文章たちを理解する間もなく、一番下までスクロールしてしまった。そこにあった登録ボタンには触れないようにしようと決め、メールを消そうとした。だがなぜか登録ボタンが押されてしまった。それ以外の操作を受け付けなくなった魔法の端末は、かちり、消し忘れていた効果音とともに、表示を変えた。

 

『それではゲームをスタートします』

 

 光に包まれ、気がつくと──犬吠埼珠は魔法少女たまへと変身していた。いつの間に、自分の意思に関わらずの変身。そして自室にいたはずのたまは見覚えのない荒野に立っている。慌てて周囲を確認する。現代日本らしからぬだだっ広い荒野に、申し訳程度の廃墟がある。ここはどこなのだろう。端末を確認すると、ほとんどの項目がロックされており、まるで始めたばかりのゲームのようだ。

 

「チュートリアルモード……?」

 

 魔法の端末が勝手に画面を表示する。敵を倒して、マジカルキャンディを手に入れろという表示が流れ、さらに『スケルトンが5体現れました』のアナウンス。わけもわからないまま、目の前の地面から骸骨が5体這い出てきて、カタカタ鳴りながらたまに襲いかかってくる。襲いかかってくるといっても、その速度は手加減したプロウドよりも遅い。戸惑いながらも身構え、飛び込んできた1体を肉球グローブでぶっ叩き、2体目はすれ違いざまに足を払って蹴っ飛ばし、奥で見ていた3体目と4体目には同時に爪を振るって、魔法を発動。穴を掘る魔法によって骸骨はバラバラに弾け飛び、残り1匹。互いにじりじりと見合い、動き出すと共に張り手を一発。あっさりスケルトンは崩壊して、敵はいなくなった。

 

『マジカルキャンディを5手に入れました』

「な、なに、いまの……」

 

 まるで一昔前のゲームのような、安っぽいファンファーレが鳴り響く。新手が来る気配はない。しばらく周囲を警戒し、ようやく解いて深くため息をつく。それから、先程聞こえたアナウンスのことを思い出した。マジカルキャンディ。知らないはずはない。ゲームの魔法少女育成計画における通貨であり、あるいはクラムベリーが行った死のゲームにおける生死の指標だ。毎週最も少ない者が死ぬ、そんなふざけたルールで、たしかにたまは命が消えるのを見た。ルーラの死がフラッシュバックして、吐きそうになるのを堪えた。

 これがあのゲームの続きなんだとしたら、マジカルキャンディは最重要。端末に表示された『5』の数字に半ば戦慄しながら、次のメッセージが『街に向かってください』だと気がついて、遠くを見る。確かに遠方に建物の群れが見えた。

 

「あそこに行け、ってことなのかな」

 

 行かないことには何も始まらない。たまは歩き出し、いつまた骸骨が出てくるのかとおどおどして、結局街に着くまで骸骨は現れなかった。

 たどり着いても街に人影はなかった。そこにビルがあるだけで、取り残されたというより、初めから誰もいなかったように思える。知らない街、知らない景色。割れた窓ガラスから見える建物の内部に生活の痕跡は見られず、ひたすら無。外見だけのコンクリートの塊だ。いくつか見て回っても、全部同じ。

 

「どうしよう」

 

 宛がない。なさすぎる。あまりの心細さに誰かに連絡しようと発想して、端末を操作しにかかる。ない。どれだけ探しても、他人と電話をする機能は見つからず、メールボックスもゲーム内メッセージのログでしか辿れない。ないない尽くしだ。しらみ潰しにも意味があるとは思えず、途方に暮れそうになった。その時、かすかに、魔法少女の匂いが鼻に届いた気がした。

 

「こっち……かな?」

 

 犬の魔法少女であるたまの嗅覚は、実は鋭い。これまで何かに使ってはこなかったが、プロウドの鍛錬のおかげで覚えた。魔法少女にも少なからず匂いがある。そしてそれが感じられるということは、間違いなく他にも魔法少女がいる。鼻孔を動かし、嗅覚で追跡をする。するとその先で、開けた広場のような場所に出た。

 

「あ……!」

 

 思わず声が出る。誰もいないと思っていた世界で、初めての人影。そこには3人の魔法少女だ。1人は車椅子に座り、1人は黒いナース服に身を包み、1人はぴっちりとしたスーツのヒーローらしい姿だった。魔法少女らしい可愛らしさと統一感の無さが安心感をもたらしてくれる。

 

「はぁああ……やっと誰かいた……!」

 

 腰が抜ける。その場にへたりこんだたまの元へ、ぴっちりスーツの魔法少女が駆け寄って、大丈夫かしらと声をかけた。続いて黒いナース、最後に車椅子上の眼帯少女が続いた。

 

「立てるかしら?」

「は、はい、なんとか。安心して腰が抜けちゃって」

 

 照れ隠しの愛想笑いに、彼女も微笑み、手を貸してくれた。立ち上がって4人が丁度並ぶ。そして真っ先に、目の前の魔法少女は右手を高く掲げ、左手は胸元を押さえるようにして、声を響かせる。

 

「我が名はマスクド・ワンダー! 力ある正義の体現者『魔法少女』!」

 

 盛大な名乗り。呆気に取られていたたまだが、一拍遅れて、肉球で拍手をした。その後に割り込むようにして、車椅子の少女が口を開く。

 

「私はプフレ。こちらはシャドウゲールだ。君は?」

「え、えと、たま、です」

 

 プフレにより紹介されたシャドウゲールは会釈をして、たまはそのまま返すみたいに会釈をした。何事もなかったかのような流れに、マスクド・ワンダーの方を見る。まだポーズをとっていた。

 

「たま、たま……どこかで聞いたような……いや、気のせいか?」

 

 例の噂のせいで名前が広まっているかもしれない。プフレの独り言に驚いてビクッとしてしまったが、思い出されなかったようで助かった。あの噂に応じた扱いを受けるのは嫌だ。

 その時に、全員の端末からファンファーレが鳴り響き、驚いたたまとシャドウゲールが端末を落としかけ、起動した端末からはホログラムが浮かび上がる。立体映像で、白と黒の、潰れた金魚のような形をした何かが浮かび上がる。電子妖精だ。

 

「魔法少女のみなさんこんにちはだぽん! 『魔法少女育成計画』のマスコットキャラクター、ファルだぽん!」

「ファル……? ファヴじゃなくて?」

「ファルはファルだぽん。たぶん妖精違いだぽん」

 

 たまの知っている名前ではなかったが、しゃべり方は同じだ。そもそも、あれが入っていた端末はたまが壊した。必死に喚いていたのを思い出す。魔法の国に同じデザインの妖精がいても、不思議ではない、けど。

 

「質問いいかしら。これ……魔法少女育成計画って、何なのかしら」

 

 マスクド・ワンダーの問いに、ファルは左右に振れながら答えた。

 

「『魔法少女育成計画』は魔法少女のための新世代フルダイブ型ゲームだぽん。仮想空間での訓練や選別を想定されて作られた特別な試作品だぽん」

「こ、これって本当にゲームの中なんですか?」

「その通りだぽん! 『魔法少女育成計画』は魔法少女のための……」

 

 同じ説明かつ、2回聞いてもよくわからないので、それ以降たまが質問に手を上げることはなかった。それから、ルールが複数説明される。テストプレイヤーに選ばれたこと、賞金が出ること、三日ごとにログアウトさせられること。たまの知っている『魔法少女育成計画』とはルールが異なっていた。このマジカルキャンディというのも、ゲーム内ショップで使用する通貨の名称らしい。武器を買うのに寿命は必要ないようだ。きょろきょろ周囲を見ると、ゲームの中であることは予想がついていたらしく、皆に驚きはなかった。そして理不尽な強制参加についても、薄々『そういうものだろう』と感じていたせいか、プレイの続行を問うファルにノーを返す者はいなかった。

 

「それでこそ魔法少女だぽん。健闘を祈るぽん」

 

 ファルの映像が消えた。説明は以上だろう。すると早速、プフレが魔法の端末を何やら操作しており、わざとらしくふむふむと頷き、画面を見せてきた。

 

「パーティ登録、という機能がある。4人まで出来るようだね。丁度4人いる。折角だ、協力してゲームをクリアしようじゃないか」

 

 わけもわからないまま参加させられていた『魔法少女育成計画』。あの名を冠して、本当にただのゲームなのか不安は付きまとう。だが、新たにできた魔法少女の仲間に、内心浮き足立っていたかもしれない。

 

「もちろんいいわよ。こちらからお願いするくらいだわ」

「ぁ、わ、私も!」

 

 マスクド・ワンダーに続き、慌ててたまも宣言する。シャドウゲールには答えを聞いていない、聞くまでもないらしく、4人パーティが結成された。この後、パーティを組んだ記念にと、マスクド・ワンダー主導の円陣に付き合わされるたまなのであった。



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第3話『バージョン2.0.0』

 ◇キーク

 

「どう? 動作は正常そう?」

「今のところは何も……いや、魔法少女選びに不具合があったみたいだぽん」

「あー、そう? いいよ、1人や2人くらい」

「よくないぽん。それにあんな、噂の魔法少女なんて呼び込んで」

「当初の目的まんまだったら元のでもよかったけど、あの子に目ぇ付けずにはいられないって。今回はあの子さえいれば他はなんでもいいし?」

 

 ホログラムに浮遊するファルの隣で、キークはモニターに向かっている。大幅に作り直した『魔法少女育成計画』は特別製。以前使用したデータベースをより深く組み込んで、ルールも変えた点がある。ゲームの製作者としては気になるところだ。だが、ゲームマスターとしてのキークにとって、このシステムには絶対の自信がある。

 

 画面の中ではスノーホワイトが躍動している。躍動というには最小限かもしれない。炎を操る実力者、炎の湖フレイム・フレイミィに対し、表情ひとつ変えず、全ての動きを先読みするかのように薙刀を振るっている。むしろ暴れ狂っているのはフレイミィの方。炎に溶け込み背後を取る不意打ちにもあっさり対応してみせ、炎に潜んで姿を消したフレイミィに対しても平然と、腰の布袋から消火器を引っ張り出し、消火剤の噴霧で悶絶させていた。

 

「スノーホワイトはかっこいいなぁ。悪を許さない! 揺るがない正義、これこそ正しい魔法少女だよ」

 

 動画が終わると、眼鏡のズレを白衣の袖に隠したままの手で直し、画面を切り替える。表示されるのはゲーム画面だ。4人の魔法少女が映っている。1人は遠く、土煙を激しく巻き上げながら車椅子を走らせる異様な状態にあったが、それを横目にスケルトンと交戦しているのが3人。その中でも犬耳フードの魔法少女に照準が合い、彼女に向かってズームインされる。その表情はどうにか、隣で戦うヒーロー姿の魔法少女についていくのが精一杯といったもので、キークの期待していたものとは違う。スノーホワイトの勇姿を思うとため息が出る。

 

「貴方は正しい魔法少女かな? 音楽家殺し」

 

 生き残るためにクラムベリーを殺した。それだけじゃあ正義の魔法少女とは言えない。だがこの『キークの魔法少女育成計画』なら大丈夫。彼女が正しい魔法少女であれば生き残り、そうでなければ──。

 

「あ。遠距離攻撃反射は残した方がよかったかな?」

「そんなの聞かれても知らないぽん」

 

 ◇たま

 

 プフレが車椅子を激走させたことにより、エリアミッションがクリアされ、第二エリアが開放された。らしい。先に進むまでに準備を整えておこうとゲームらしい理屈で、プフレ率いる4人パーティは荒野エリアのショップに赴いた。多数のスケルトンを相手に稼いでおいたマジカルキャンディは50ほど。エリア移動のための通行証に5を使い、回復薬や保存食をいくらか購入すると、エリア移動の門へと向かった。ほとんどの指揮はプフレが取り、異論のないワンダー、そしてとりあえずついていくシャドウゲールとたまで流されるように新しいエリアに進む。門を抜けたその先は、明らかに今までの荒野とは異なる見た目をしていた。

 

 ──広がっていたのは荘厳な城であり、どこかメルヘンな空間だった。まさに王城といった風景と、夢の中のようなぼんやりした空間が入り交じっているという不思議な場所だ。その名も『お姫様エリア』。頭の痛くなる名前だ。普通荒野の次に来るなら草原エリアとかだろう、というのはいっそ飲み込んで、たま達は探索を始めた。大理石の道は2番目のエリアとは思えない豪華さで、まるでゲーム終盤みたいにも思える。

 

「え、かわいい」

 

 その途中、廊下にふわふわと浮かぶ雲型の何かがあった。可愛らしい顔がついており、ふとシャドウゲールが立ち止まる。そして何気なく手を伸ばし──噛まれた。

 

「いったぁ!?」

「グルルルル……!」

 

 意外と鋭い牙を剥き出しにし、襲ってくる雲。ワンダーの一撃でぼんと破裂したかと思うと、彼女のキャンディ数が10増えていた。あの雲はモンスターだったらしい。

 

「だ、大丈夫?」

「……人の家の犬に噛まれた気分です」

 

 シャドウゲールの指は無事だ。ちょっと噛み跡がついているが、回復薬【小】で治癒する程度だった。事前に買っておいてよかったが気をつけてくれよ、とプフレに釘を刺されており、確かにあれより強いモンスターだったと思うとゾッとする。

 

「あそこにもいるわね」

「先程のマスクド・ワンダーの獲得量を見るに、スケルトンよりキャンディの効率が遥かにいい。見つけ次第狩っておこう」

「賛成です。サーチアンドデストロイで」

 

 シャドウゲールの賛同には先程噛まれた恨みが入っているようにしか聞こえなかった。それからというもの、見かける雲には誰かが攻撃しに行き、何種類かあることがわかった。噛むもの、噛まないが雷を撃ってくるもの、そして両方の3種類。噛むし雷も放つ個体はキャンディを最大30も落とし耐久力も変わらないため、そのタイプが湧くと数字は一気に増えていた。やがて城の中にあった、荒野エリアと同じ枯れ噴水広場に辿り着き、一旦休憩をする。

 

「どうやらこのゲームには空腹度があるらしい。今のうちに保存食を胃に入れておこう」

 

 配られた保存食はとても味気なかったが、死にたい時に食べるキャベツサラダよりは美味しい。食事というよりは、作業に感じたけれど。

 

「いらっしゃいませぇ〜」

 

 お姫様エリアのショップは荒野エリアとは違い無人ではなかった。ショップメニューの傍らに、ふわふわ雲に乗って浮かんでいる、パジャマ姿の女の子がいる。クリーム色の髪が長く垂れ下がっており、間延びした可愛らしい声で魔法少女たちを出迎えた。この感じ、知っている。同時にマスクド・ワンダーもなにか見覚えがあるらしく、思い出そうと頭を押さえていた。

 

「待って。確か……そう、なにかで会ったことが……」

「?」

「えっと、ねむりん……だよね?」

「バーチャルねむりんだよ〜」

 

 バーチャル……?

 ねむりんはクラムベリー最後の試験にて『魔法少女育成計画』のチャット内にずっと居着いていた魔法少女だ。あの試験の初週に脱落し、試験の脱落はつまり死だった。ねむりんもまたその犠牲になっているはず。本人がプレイヤーなのではなく、それをモチーフにしたゲームキャラクター……なのだろうか?

 

「荒野エリアのショップとはラインナップがかなり違うね」

 

 ねむりんと縁のないプフレはそこに関しては一切なにもなかったかのように商品リストと睨めっこしている。

 

「私のおすすめはこのモンスター図鑑だよ〜、出会ったモンスターが自動的に記録されていくっていうハイテクなアプリだよ」

「どこかで聞いた事のある説明ですね」

「エリアボス対策にもおすすめだよぉ」

「いくつか聞いてもいいかな?」

 

 エリアボス──バーチャルねむりんの口から出たその言葉にプフレが反応し、これ幸いと質問攻めが始まった。会話を隣で聞いていて伝わってくる情報だけでいうと、この先のエリアにはボスキャラが配置されており、それを倒すことによって次のエリアが開放されることがあるとのこと。さらにそのボスキャラは厄介な特殊能力を持ち、対策アイテムが手に入るイベントがあるそうだ。さすがにその内容まではねむりんも触れなかったが、どうやら今まで戦ってきた雲とは別種のモンスターが関係する、とまでは話してくれた。それを踏まえ、ひとまずねむりんのおすすめ通りモンスター図鑑を購入。手分けして探索を行い、イベントを探してみることに。

 

「機動力のある私と、それからワンダーは単独で。たまとシャドウゲールは2人で行動してくれ」

「大丈夫なんですか?」

「あの雲程度に遅れは取らないとも」

「えっ、あ、あの」

「えぇ、手分けした方がいいと思うわ。少なくとも現状、レアモンスター以上の脅威はなさそうだもの」

 

 確かにレア枠の、物理も魔法も使ってくる雷雲でさえあっさり倒せたけど。しかし引き止める間もなく、プフレによる指揮で合意が形成された。言い出せないまま一行は「がんばってねぇ〜」の声を聞きながらショップを後にして、ここからは別行動になる。プフレは車椅子を走らせ、ワンダーは鮮やかに跳躍し、残されたたまとシャドウゲールは顔を見合わせる。

 

「え、えと……」

「……えーっと、とりあえず進みましょうか」

「う、うん」

 

 シャドウゲールはどんな人なんだろう。色々聞いてみたい……けど、なんとなく、横顔は話しかけにくい。魔法少女は皆端正な顔立ちだが、その中でもこの、凛としたクールビューティな雰囲気のせいで。やはりここでも悶々としたまま、たまは歩き出さなければいけなかった。



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第4話『お姫様エリア』

 ◇マジカルデイジー

 

 マジカルデイジーが出会った魔法少女2名、@娘々及び夢の島ジェノサイ子と3人パーティを結成してから数時間。デイジーたちが最初のエリアやショップで何やかんややっていたところ、いつの間にか新たなエリアが開放されていたらしい。早速次に行こうというジェノサイ子の意見により2番目の『お姫様エリア』へ向かう。その途中で、他のパーティとすれ違った。

 

「え、その子なんで縛られてんの?」

 

 ジェノサイ子から出た単純な疑問。そちらの4人パーティは、人形、巫女、ケンタウロスの魔法少女と、その馬体の背中に無理やり糸で縛られたコック帽の魔法少女の4人だった。こうでもしないと逃げるらしい。

 

「えっと、あの……頑張って!」

 

 縛られて虚空を見つめていた彼女に声をかけるだけかけて、別れた。単独でいてくれればパーティに縛らず招き入れたのだが、残念だ。他は4人パーティでこちらだけ3人というのは不利になる。その分まで、頑張らなくては。マジカルデイジーは密かに気合いを入れた。

 

「みんな! 次は必殺技大盤振る舞いでいくよっ!」

「おおっ! ついに生デイジービームが!」

 

 

 ◇ディティック・ベル

 

 ディティック・ベルは探偵の魔法少女だ。ゲームを攻略するようにはできていない。出会った順に成り行きで結成されたパーティは、まず宝石を用いた瞬間移動と持ち前の勇敢さを武器とするラピス・ラズリーヌ。次に、透明化の魔法を使い銛を撃ち込む名手であるメルヴィル。そして2人に負けず劣らず勇猛果敢で肉体派のカプ・チーノ。皆『戦う魔法少女』だった。

 

「ゲームだから謎解きとかもありそうっすよね! そうなったらベルっちにお願いするっすよ!」

 

 ラズリーヌはそう言っていた。あるかどうかもわからないものに期待されても、今は役に立たないと言われているようなものだ。最低限の支援はできるつもりでも、精々今出来ることといえば、コスチュームに付属した虫眼鏡で思いっきり雲のモンスター『ねむりんソルジャー』を殴ることだった。……意外とダメージが出たらしく、ねむりんソルジャーは目がバツ印になりながら吹っ飛び、地面にバウンドすると、丁度その近くに着地してきたカプ・チーノについでのように倒された。

 

「ふぅ。これで終わり?」

「キャンディも稼げたっすね」

「狩場としてはなかなかなんじゃない。夜が明けると復活だったっけ」

 

 ねむりんソルジャー及びその亜種の群れを潰した結果、皆のキャンディの平均は100を超えている。ただし、ディティック・ベルを除いてだが、これだけあれば躊躇いなくアイテムを買えるだろう。

 

「ディティック・ベルに盾でも買っておかないとね」

 

 カプ・チーノの言葉に耳が痛い。ベルっちに何かあったら大変っすからね、と続くラズリーヌの言葉も刺さる。だからわざわざ、自分は別行動でイベントのヒントを探そうと提案したのに、蹴ったのは他でもないカプ・チーノだ。探偵なんだから洞察力で指示とか出してよ、との理屈だった。無茶振りがすぎる。

 その後も攻略のためにねむりんソルジャーを倒しながら進むが、その先には何やら荘厳な門と、明らかに雰囲気の違うお城がそびえ立っていた。建物の中に建物があるという変な光景だが、ここから違う領域になるのだろう。

 

「これは……」

「いかにもって感じ」

 

 鎧と槍で武装したねむりんソルジャーたちが門番となり、入口を守っている。中央にある立て看板には文章が書かれているが、暗号なのか象形文字なのか、人型の絵文字のようなものが書かれている。旗を持っていたり不思議なポーズを取ったり、個性的な人型でいっぱいだ。

 一方、城門の奥にはどうやらこの武装したモンスターがひしめいているらしく、突っ込むのは得策ではないのが明らかだった。4人揃って立て看板の前に並び、首をひねる。

 

「なんのポーズなんすかね。この通りにしたら入れてくれるとか?」

 

 ラズリーヌはいくつかの人型の形を真似してポーズを取った。よく見ると、人型の中には同じ形が多い気がする。そしてこの人型がずらりと並ぶ感じ、見覚えがあるような……?

 

「……あれ? メルっちは?」

 

 ラズリーヌが首を傾げる。そういえば、メルヴィルの姿がなくなっている。立て看板に集中しているうちに、休憩に移動したのか。周囲を見るが彼女の姿はない。代わりに、こちらに歩いてくる人影が2つ。

 

「あっ! もしかしてプレイヤーさんっすか?」

 

 ラズリーヌに声をかけられ、その犬耳の魔法少女は縮こまり、ナース服の魔法少女は素直に頷いた。それから、互いの情報を交換する。ラズリーヌはいつもの名乗りをあげ、犬耳の魔法少女は目を輝かせて肉球で拍手をしていた。彼女の名はたま、ナース服の方はシャドウゲールと言うらしい。ディティック・ベル及びカプ・チーノも、主にラズリーヌから紹介を受け、会釈で自己紹介の代わりとする。シャドウゲールからも会釈が返ってきた。

 

「で、この看板を解読中なわけ。見るからに何かあるでしょ、こんな城に門番までいてさ

 

 状況はカプ・チーノから説明され、たまとシャドウゲールも並んで看板を見る。2人揃って、首を傾げた。革命的なアイデアには期待できなさそうだ。

 

「なんのことだかさっぱりですね」

「いやぁ、ほんと。楽しそうに踊ってるようにしか見えないっすよ」

 

 ラズリーヌの何気ない言葉に引っかかった。踊る……あぁ、そうか、ディティック・ベルともあろう者が忘れてはいけないものじゃないか。

 

「そうだ、踊る人形」

 

 シャーロック・ホームズの1篇、その作中に登場する暗号そのものなのだ。恐らくは形とアルファベットが対応している。そうと決まれば、真っ先に取り掛かるのは頻度の分析だ。踊る絵文字たちと睨めっこをして、ディティック・ベルは一種類ずつ抜いていく。まずは最も頻度が高い「E」。続いて「T」や「N」を仮定し、「EEN」で終わる5文字の単語を発見、恐らくは「QUEEN」だとして解読を進めていく。

 その間、ラピス・ラズリーヌはカプ・チーノと共に、たま、シャドウゲール両名としばし雑談タイムに入っていた。口下手そうな2人組だがさすがはラズリーヌ、早速心を開かせ始めているようで、ふと見るとたまの緊張が解れてきている。

 

「……The queen will not have an audience……」

 

 やがて魔法の端末にしていたメモ書きが埋まり、英文が出来上がった。幸いにも前提を間違えることはなかったらしい。出来上がったものが指すのは恐らく「女王陛下には5人組でなければ謁見できない」という内容だ。メルヴィルは姿を隠してしまったが、丁度たまとシャドウゲールがいる。ディティック・ベルは雑談中のメンバーに話しかけ、暗号が解けたことと、5人組の件を伝える。

 

「えっ! ベルっちもうあれ読めたんすか!」

「……恐らく、この女王っていうのが、そのバーチャルねむりん?の言っていたエリアボスで、元々普通のパーティじゃ挑めない設定になっているみたい」

「丁度メンバーは運良く5人ってことね。メルヴィルはどうするの?」

「メールで先に攻略してるって伝えておけばいい、と思う。後から追いついて来るならそれはそれで」

 

 皆の視線はたまとシャドウゲールに向く。

 

「この先エリアボスになると思うけど、来るよね」

「一応こちらのメンバーからの連絡が……」

 

 着信音がシャドウゲールの言葉を遮った。機を窺ったかのようなタイミングでのメールだ。添付された画像には自撮り風にして、眼帯の魔法少女と、先の暗号と同じ踊る人形が描かれた看板が写っている。解読済みらしく、文章の方はその内容が書いてあった。

 

「『女王のブローチは女王の城に』……ってことは、結局対策アイテムも乗り込まないといけないってことですかね」

「い、行くんだよ、ね? 女王様のお城」

「そうと決まれば、っすね!」

 

 答えは決まったようだ。ラズリーヌがぱんと手を叩いたのを皮切りに、皆で城門に歩き出す。門番の反応はない。意外と通して貰えるのだろうか。様子を窺いながら、最初に皆を制止してカプ・チーノが踏み込む。その長い三つ編みがふわりと靡き、門の横を通る──その瞬間、門番が高く槍を掲げ、何語かわからない声をあげた。敵襲の合図だ。奥から続々と兵士が現れ、襲いかかってくる。

 

「カプっち!」

「あたしが囮になるから先行って! すぐ追いつく! ……って! 言ってみたかったんだよね!」

 

 構えた彼女は鮮やかなローキックで兵士の第1陣を吹っ飛ばし、奥から来る連中に飛び込み拳、からのコンビネーションキックが炸裂。一瞬、入口が開けた。

 

「ベルっち、掴まるっす!」

 

 ディティック・ベルの手をラズリーヌが強引に掴み、その一瞬に向けて踏み出した。そこへ追ってくる兵士の槍を拳で逸らし、肘の一撃で雲散させ、より先へ。ディティック・ベルが狙われそうになるのはラズリーヌが的確に対処。そしてその間にたまが前に出て、爪の一撃で数体の兵士が爆散、4人は扉に突っ込んで転がり込む。追っ手は少なからずいる、が最後尾にいたシャドウゲールが大きなハサミで殴り飛ばし最初の個体を倒すのに合わせてラズリーヌが青い宝石を投げ瞬間移動、追っ手の勢いを回し蹴りで殺し、ディティック・ベルの手を引いていたのを今度は抱き抱える方に切り替える。わけもわからずお姫様抱っこの形になるが、構っていられない。

 

「二手に分かれるっすよ!」

 

 たまとシャドウゲールに向かう雑兵に、落ちていた槍を投げつけ挑発。多めに追っ手を引き受けながら、ラズリーヌが駆ける。やたらと長い廊下を風を切って走り、一切の減速なく角を曲がる。見回り中らしき兵士は声を出される前に潰し、急な下り階段を思いっきり飛び降り、下へ下へ。そうして逃げ込んだ先は、あろうことか行き止まりだった。

 

「あー、ちょっとまずったっすね。今から戻って適当な部屋に」

「ラズリーヌ! こっち!」

 

 ディティック・ベルは行き止まりの横壁に口付けをする。荘厳な城の壁に、カートゥーン調の老年の男性の顔が浮かび上がり、2人を見下ろした。『たてものとお話できるよ』、それがディティック・ベルの魔法だ。本来ならば建物の記憶を探り、密室を破ったりするのに使う。だが今回は違う。

 

「おやおやお嬢さん……ここは女王の城。女王陛下の許可なく私に話せることはないよ」

「なんすかこれ」

「口の中、隠れさせて」

「そのくらいなら構わないが」

「え! 入れるんすか!」

 

 壁の顔は口を開いた。壁のくせに唾液があるせいでねばつくが、この際贅沢は言えない。ラズリーヌを連れて舌の上に立ち、狭い中を詰めて2人押し入って、口を閉じてもらう。口の外ではギャーギャーと兵士たちがディティック・ベルとラズリーヌを探す音がするが、しばらく待てばその音も過ぎ去った。頃合いを見て出しての合図に口内をとんとんと叩き、外に出る。コスチュームはベタベタになってしまったが、撒いたようだ。

 

「危なかったっす! 助かったっすよ」

「こっちこそ」

 

 たまとシャドウゲールは無事だろうか。無事だといいのだが。撒いた追っ手があちらに合流しないことを祈り、来た道を戻る。行き止まりの反対側には大きく重そうな扉が見つかった。2人がかりで押すまでもなくあっさりと開いたので、内部に踏み入る。

 

「おおー! お宝まみれっす!」

 

 中には宝箱が点在し、その外にも金貨のぎっしり詰まった箱が複数あった。試しに手に取ってみたが、魔法の端末にインストールできないあたり、そちらはゲーム内アイテムではないらしい。代わりに宝箱の方を開いてみる。鍵はかかっておらず、中に何かが入っているというわけでもなかった。ただし開いた瞬間、ファンファーレが鳴って、端末の方にメッセージウィンドウが出現する。マジカルキャンディを百七十四獲得しましたと言われ、なぜそんな中途半端な数値なのかと思った。確かにキャンディの数はそのくらい増えている。

 他の宝箱からは武器や防具が出現する。この武器や防具にはプラス補正がついており、このエリアのショップで扱っているものよりもその数値が大きい。ひとつ先のエリアで手に入るものだろうか。買うタイミングを逃していたわけで、あるに越したことはない。

 

「お! ベルっちこれ!」

 

 開封タイムの中、ラズリーヌが声を上げてこちらを呼んだ。言われるがまま駆け寄り、隣に屈む。するとラズリーヌの手の中に、淡く青い輝きがある。宝石があしらわれたバレッタだ。

 

「『ロイヤルバレッタ』っていうらしいっす。レアアイテムに違いないっすよ! 装備すると、幸運値に補正をかけて、魔法耐性も上がるらしいっす。それにこれ、すごく綺麗っす」

 

 確かに、嵌め込まれた宝石は中に星空を閉じ込めたようにきらきら輝いている。2人並んでそれを照明の方に透かし、はっとして気付いた。ここは敵地。戦利品を手に入れたら、すぐに移動しないと。幸運値や耐性はどこまで役に立つのだろう。試しにアイテム図鑑を見ると、ゲーム内に存在するロイヤルバレッタの流通量は1分の1となっており、レアアイテムであることに間違いはなさそうだが、具体的な補正倍率に関しては書いてない。それでも前衛のラズリーヌにとっては嬉しい装備品だ。悪くない収穫だった、と宝物庫を後にしようとして、引き止められた。

 

「はい、ベルっち。これ、ベルっちが使って欲しいっす」

「……え、なんで?」

「似合うからっすよ。それに幸運ならしっかり備わってるんで!」

 

 そう言うのなら、受け取るしかない、か。ディティック・ベルは素直に彼女の手からロイヤルバレッタを受け取ると、自らのコスチュームに装備させてみる。珊瑚色の髪には意外と馴染んだ。

 

「うんうん、あたしの見立て通りっすね」

 

 ラズリーヌの方が鼻が高そうだった。

 あとはもう、宝物庫に用事はない。たまとシャドウゲール、あるいはカプ・チーノの下へ急がなければ。ディティック・ベルはラズリーヌと顔を合わせ、途端に笑ってみせた彼女に調子を狂わされつつも、宝物庫から再び出発した。



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第5話『VSエリアボス』

 ◇たま

 

 壁に穴を開け床に穴を開け、さらには天井を突き抜けて縦横無尽に逃げ回り、気がつけば来た道を忘れていた。兵士の姿もなければ、延々と続く廊下はなにもない部屋の扉がずらりと並ぶばかり。簡単に言えば、迷子だった。

 

「どうしよう」

「どうしましょうね」

 

 とりあえず歩みを止めてはいない。ただ、だからこそ迷子になるということには誰も気がついておらず、また時間が経つ。この王城に辿り着くまでそうだった。2人して会話もなく、隣の人について行けばなんとかなるだろうと思っているせいで、彷徨は続く。

 

「……あ、あの」

 

 沈黙に耐えかねたのはたまだった。シャドウゲールの視線だけが彼女に向いた。

 

「プフレさんとは、どういう関係なんですか……? あ、いや、その、なんだかすごく仲が良さそうに見えたから」

 

 今聞くのか、という顔をされた。確かにいつでもいい。世間話をしている暇じゃないだろと思われている。その通りだから何も言えない。撤回する勇気もなく、しばらく2人の間に沈黙が帰ってくる。

 

「……生まれた時から一緒にいる、みたいな」

「家族……なんですか?」

「似たようなものではありますが……私とお嬢は……」

 

 ああでもないこうでもない、どう説明したものかと言葉に詰まっている。たまは待つのがもどかしく、ふいに出たその呼び方を深堀りしに行くことに決めた。

 

「あの、その『お嬢』って」

「……えっと、それは」

「あ、あの、変とかじゃなくって、なんだか良いですね、特別な存在っていうか。生まれた時からずっと、魔法少女になっても一緒で、ロマンチックかも? ……あっ、といってもその、少女漫画みたいとかって意味ってほどでもないんだけど」

 

 ロマンチックだと言われ、シャドウゲールは露骨に眉間に皺を寄せた複雑な顔をした。言葉選びを間違ったかと慌てて訂正しにかかるが、すぐ彼女の中では納得したらしく、聴こえていない。

 

「え、えと、ごめんなさい、その、魔法少女の友達とか……あんまりいないから、うらやましくて」

「……そうですか? 魔法少女の友達は私も特に思い当たりませんけど」

「みんないなくなっちゃったから……スノーホワイト、くらい、かな? リップルさんは……まだ苦手で」

 

 自然と首輪に手を触れる。首輪をくれたルーラは友達……とは少し違う、けど。余計な感傷を打ち切ったのは、魔法の端末の通知音だった。

 

「あ、ラズリーヌさんから『落ち着き次第1階中央に集合』だって」

「1階……ここ何階ですかね?」

「わかんない……」

 

 結局この後、たまはシャドウゲール発案の作戦により、天井と壁に穴を開けまくり、城の屋上に飛び出し、上空から正門に移動するという力業で迷子を解決したのであった。正門にはもう兵団はおらず、ドロップアイテムと思しき槍がごろごろ落ちている。アイテムは魔法の端末にインストールしてから取り出して使う仕様なのだが、乱闘の最中ではこれを魔法の端末に収納する暇もなかったのだろう。いくらかを拾っておきつつ、先に進む。戦闘の痕は激しく続き、中央広間に通ると、壁に寄りかかったカプ・チーノとまず目が合った。

 

「遅い」

「う……え、えと、夢中で逃げてたら、その、迷子に」

「あたしらも迷子だったし、同じっすよ」

 

 カプ・チーノは激戦で擦り傷が少なからず目立つ。ラズリーヌとディティック・ベルは元気そうだ。ディティック・ベルの方はこれまでなかった髪飾りを装備している。バーチャルねむりんの言っていたエリアボス攻略アイテムかもしれない。ともあれ無事にメンバーは揃った。兵士もどこかに散っていっている。今のうちに、と意を決して中央の荘厳な扉に目を向ける。そこには五つの星のマークが書かれており、1人で押そうとするとびくともしないが、手を触れている間は星がひとつ点灯する。

 

「触れている魔法少女1人につき1つ、つまり5人でやれば開く」

 

 カプ・チーノの言葉に皆で肩を並べ、一斉に手を触れた。扉が輝き、皆の体が光に包まれ──いつのまにか、大広間ではない場所におり、目の前にあるものは扉ではなく、赤い絨毯と、その先に聳える玉座だった。そこに座るのは、ただ1人。たまが目を丸くするとともに、くぐもった声が響いた。

 

「ルーラの名の下に命ずる。跪け」

 

 凄まじい全身への重圧。体が勝手に動き、皆は女王の前に片膝をつく。魔法少女たちを見下ろすは城主に相応しい高貴な姿。たまの記憶にある姿よりは彩度が低く、肌も異様に白いが──その姿は紛れもなく、魔法少女ルーラだった。

 バーチャルねむりんという前例があった。ゲームキャラクターとして再現されているだけだろう。それでも、たまはあの姿を見ると、目の前で見た初めての死を、綺麗な顔のまま息絶えたあの女性を思い返してしまう。そうして呆気にとられている間に、こつ、こつとハイヒールの足音が近づいてくる。するとたまの隣にいたカプ・チーノへ、次の言葉が浴びせられる。

 

「ルーラの名の下に命ずる。仲間を襲え」

「……っ!?」

 

 カプ・チーノは抵抗する。が、抵抗してどうにかなる魔法ではない。振り切ろうと藻掻くも虚しく、立ち上がらされた彼女はまず、たまとは逆の隣にいたラズリーヌへと拳をかざす。

 

「っ、く、体が、勝手に……っ!」

「カプっち……! くっ、あたしも動けな……っ!」

 

 ゲームの中であるせいか、ルーラ本人よりもその効力は絶大だ。命令の効果が複数残っている。現にたまだって動けない。目線の先には、不本意にもラズリーヌを攻撃させられるカプ・チーノに、どうにか抗うラズリーヌ、その後ろで震えるディティック・ベル。そして悠々と王笏を構え、命令の効果を持続させている黒いルーラ。逆隣ではシャドウゲールが重圧に呻き、歯噛みしている。だがカプ・チーノは最後の抵抗に、攻撃の矛先を己自身に変えた。思いっきり自分の顎を殴り、自ら昏倒し、その場に倒れる。カプ・チーノが使えなくなり、王笏の先は仕方なく、今度はシャドウゲールに向いた。

 

「ルーラの名の下に命ずる。仲間を襲え」

 

 同じ命令だ。隣のシャドウゲールはゆらりと立ち上がり、大振りなレンチを手に、狙うは倒れているカプ・チーノ。その時後ろからディティック・ベルが飛び出した。その手には魔法の端末、そして不意にそこから英国紳士のステッキが飛び出し、レンチに叩きつけられる。ゲーム内で手に入る武器だろう。彼女は震えているのではなく、機を窺っていたのだ。

 

「ごめんっ!」

 

 シャドウゲールの後頭部を思いっきり打ち付けるステッキ。前衛の魔法少女ほど鍛えていない彼女はあっさり気絶し、そのはずみで倒れかかった先に女王がいる。彼女もそれは予想外だったのかもろに頭同士が激突し、黒いルーラはよろめき、命令が解除された。その隙を、ラズリーヌが逃さない。強烈な膝蹴りが突き刺さり、大きく吹っ飛ばされた。

 

「……ルーラの名の下に命ずる。動くな!」

 

 立ち上がる間もなく、こちらにも拘束が来る。全員の動きを止めようとした命令だ。立ち上がりながら命令のポーズをとったのだ。それでもなお、止まらなかった者が1人。ディティック・ベルだ。ロイヤルバレッタの魔法耐性が効いている。

 

「やぁあっ!」

 

 がむしゃらに振り回されるステッキだが、このエリアの宝物庫から回収されたその補正値は+3。ショップで手に入る武器よりも威力は高く、黒いルーラの胴を強かに打ち付ける。衝撃にポーズが解け、だがそれでも諦めることはない。次にルーラが狙いを定めたのはたま達の方だった。

 

「ルーラの名の下に命ずる! 魔法少女ども、私のために戦え!」

 

 拘束させられていたはずの体が急に動かされる。たまが飛び出し、戦っていたディティック・ベルを背後から襲撃してしまう。その瞬間、瞬間移動の魔法によってラズリーヌが割り込み、彼女を攫った。瞬間移動直後の瞬間は命令の効力に抗いやすいのか、歯を食いしばりつつも、大丈夫、任せるっす、そんな表情をしていた。勝手に動く体が、爪が彼女を傷つけないことを祈り、それを口に出した。

 

「わ、私の爪っ、危ないから! 気をつけてっ!」

 

 叫んだ瞬間に振り下ろされたたまの手を、ラズリーヌに抱えられたディティック・ベルのステッキが受け止め押し戻す。そしてコートを翻し地面に降りた彼女がレイピアのように突き通した一撃が、ポーズを保ったままで戦おうとしていた黒いルーラの体勢を再び崩す。綻びた一瞬。ルーラの名がまた紡がれそうになったその前に、たまは飛び込み、今度こそ爪を振るう。

 

「その名前を……使わないでっ!」

 

 魔法が使われる。黒いルーラの頬に作られた僅かな擦過傷から、直径1mになるまで穴が穿たれる。無論肉体は引きちぎられ、彼女は破裂し四散した。残った脚は他のモンスターと同じように消滅していき、すぐに何も残らなくなった。

 

「はぁ、はぁ……これで、倒せた……よね?」

 

 魔法の端末が通知音を鳴らす。エリアミッションのクリアを告げるメールだ。つまりエリアボスは倒れたということで、たまは緊張が途切れ、大きくため息をついた。ディティック・ベルも同様で、彼女はその場にへたりこんでさえいた。

 

「はぁぁぁあ……! な、なんとか、なった……!」

「やった……! やったっす! あ、お2人は無事っすかね?」

「気絶してるだけみたい。よかった……」

 

 気絶しているカプ・チーノとシャドウゲールを仰向け寝かせ、規則正しい呼吸を確認。ここで迷子と戦闘のぶんの心労がどっと来て、皆それぞれ立ち上がる気もなく、たまも座り込んだ。

 

「たまちゃんもベルっちもナイスファイト! っすよ!」

 

 初めは互いに健闘を称え合い、やがてそれにも疲れて、たまとディティック・ベルの口数は少なくなり、最後には気絶組と並んで寝転んでいた。ラズリーヌの方はなかなか減らず、たまは照れ笑いと相槌を少なくとも1時間は繰り返していた。

 

 この時点で、ゲーム開始から3日。お姫様エリアのクリアとほぼ同時に、ログアウトの時が近づいていた。

 

『これよりイベントが発生します。五分後に全てのプレイヤーを『荒野の街』の広場に強制移動します』

 



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第6話『ねむりんスロット』

 ◇たま

 

 お姫様エリアのエリアボス──モンスター図鑑によると『デスルーラ』を撃破したたまは、その後の休憩中、微睡んでいたところを強制転移させられた。気がつくと、荒野エリアの街に立っている。近くには、ようやく気がついたらしいシャドウゲール、久方ぶりに会う気すらするプフレとマスクド・ワンダーがいる。つまり、パーティメンバーが揃っていた。

 

「例の看板は役に立ったかな?」

「まあ、はい」

「ワンダーの方はどうかな」

「私の方は特に収穫なし、よ。いくつか悪くない湧きポイントはあったけれど、もうエリア解放だし、関係ないわね」

「えっと、こっちはエリアボスと戦って……倒しました……」

「え、そうだったの? すごいじゃない!」

「大手柄だよ」

 

 マスクド・ワンダーは目を輝かせ、プフレからも微笑みがかけられる。純粋に褒められるのは気持ちがいい。思わず自分の頭を搔く。

 

「情報の共有をしておこう。主に他プレイヤーについてだ。会ったことがあるのは?」

「あのチームですね。探偵のディティック・ベル、青い方がラピス・ラズリーヌ、黒い方がカプ・チーノ」

「3人パーティなのかな?」

「あれ、もう1人いるはずですが……」

「姿が見当たらないね。この場にちゃんといるのなら、魔法で見えなくなっている、だとか」

「隠れたい理由がある……?」

 

 そういえば、ディティック・ベルのパーティの残る1人のことは何も知らない。首を傾げて、他の魔法少女たちのことを見回した。これだけの、数えてみると15人も魔法少女が揃っているのは驚きだ。皆バラバラの世界観で、統一性がないのが魔法少女らしい。鹿のケンタウロスと人形と料理人が一緒におり、侍にしきりに話しかけ無視されている巫女を不安げに見つめている。ヒーローめいたスーツの魔法少女が大きな菊の花を身につけた魔法少女に目を輝かせ、チャイナ服の魔法少女に見守られている。

 傍から見れば、深窓の令嬢、黒い看護師、アメコミ風のヒーローに犬というこちらのパーティもおかしなものなんだろう。

 

  『皆さん、3日間のゲーム攻略お疲れ様でしたぽん』

 

 各々の会話を遮るように、大きめに電子音が響く。広場の中央、枯れ噴水の正面に現れる白黒の影。ファルだ。

 

『これより日没とともに一時ログアウト。それから3日後、再ログインしてもらいますぽん。以降もクリアまでこの繰り返しになりますぽん』

 

 皆の視線が彼に向き、静まり返る。

 

『ログアウト時にはイベントが発生しますぽん。プレイヤーに有利なものから不利なものまで、ランダムで1つ発生しますぽん。今回は……』

 

 じゃーん、という効果音と、淡い黄色やピンクの紙吹雪とともに、ファルの隣、何も無かったはずの空間から魔法少女が出現する。お姫様エリアのショップの店番、バーチャルねむりんだった。

 

「バーチャルねむりんだよ〜。今回のスペシャルイベントはね〜……『ねむりんスロット』だよ〜。パーティごとに1つ、ここでしか手に入らないアイテムがランダムにプレゼントされるんだ〜」

 

 それぞれのパーティの目の前に、大きなスロットマシンが出現する。いくつもの電灯がチカチカ輝き、横にある大きなレバーは先端の球体が虹色に発光している。

 

「回したそうな顔をしているね」

「なっ……そ、そういうわけでは」

 

 プフレからシャドウゲールに、からかうような視線と言葉。だが彼女が少しうずうずしていたのは間違いないようで、皆彼女がスロットを回すことについては異論はない。あっさりそのまま代表が決まり、シャドウゲールは前に出て、レバーをガコンと一気に下げた。スロットの回転が始まり、中央のボタンが明滅する。これが停止ボタンらしい。強そうな武器や煌びやかなアイテムなど色々な絵柄が変化していく中、シャドウゲールはしばらく真剣な目で絵柄とにらめっこをした後、その中にあった強そうな武器を目押ししようとして──ズレた。ボタンを押しても即止まることはなく、いくつか滑ってから止まり、正面の絵柄は鍵のアイテムを示していた。

 

『おめでとう! 『車庫の鍵』を手に入れた』

「しゃ、車庫?」

 

 シャドウゲールの手元に出現する小さな鍵。魔法のアイテムっぽい装飾がされているわけでもなく、シンプルな鍵だ。申し訳程度にねむりんを模したキーホルダーがついているが、それ以上でもそれ以下でもない。

 

「隠しエリアに行けるようになるのかしら。いいじゃない」

「でも車庫の鍵って……」

 

 絵柄だけ見えていた豪華アイテムを狙っていたシャドウゲールにとっては、どうしても地味な感じが拭えないらしい。この後、宝物庫とかならまだしも車庫って、と何度か溢しており、そんなに車庫に期待が持てないんだと思った。だが結果は結果。仕方なく、彼女は己の魔法の端末に車庫の鍵をインストールする。

 

『みんないいアイテムは手に入ったかぽん? それではまた次回ログインの時に会おうぽん』

 

 果たして車庫の鍵が役に立つ時は来るのか。少なくとも、現実世界で3日の間、答えはわからないことになった。

 

 

 ◇九条李緒

 

 ログアウトにより意識が落ちていくから目覚めると、李緒は自室にいた。確かにゲーム内で過ごした時間は、現実ではほぼ一瞬だったらしい。しかしそれよりも、魔法の端末が何とも通じなくなっているのが問題だった。

 九条李緒──いや、魔法少女リオネッタとしての仕事が、事実上全てご破算だ。リオネッタの稼業、いわゆる汚れ仕事には汚れ仕事なりの信用が必要だ。突如音信不通になる者に任せるとはいかない。メールも通話も効かないとなると、どうしようもない。ゲームの攻略に注力しろと言いたいのか。マスターの強引な施策に腹が立ち、李緒は気晴らしに目的のない散歩へ出ようとした。不本意ながらも目立たないよう質素な衣服にマスクで口元を隠し、わざわざ現住所を悟られぬよう駅複数個ぶん電車に乗って移動する。

 その途中に思い立ち、まずは口座を確認すると、確かに参加報酬の百万円が振り込まれていた。ゲームのクリア賞金の額はそれよりも高い。それだけあれば、李緒が背負わされた借金を、あるいは吹き飛ばせるかもしれない。

 

 あまり知らない街中で降り、そして、ゲーム内での体験だが、あのおにぎりの味を思い出した。

 

 ──あれは良い。ペチカ、彼女の魔法で紡がれる料理は繊細で、筆舌に尽くし難い。ただの塩にぎりだというのに、塩加減、米の香り、空気の具合、どれを取っても非の打ち所は見当たらなかった。

 

 そもそも借金を返すために汚れ仕事をしているなどという身の上の関係で、これまで私生活の食事も蔑ろにしてきた。現実では魔法少女に変身していれば空腹にはならないし、ゲーム内での携帯食料にも不満はなかった。だが、あの時、お姫様エリアのモンスターから効率よく回収されたキャンディの使い道としてゲームの中のガチャを回し、鍋が手に入ったのをきっかけに、味気ない携帯食料ではなく、ペチカの魔法で作られた食事に手をつけた。あの時ばかりは、寡黙なクランテイルも、あの小煩い御世方那子も、心は同じだったに違いない。食べ終わるまで、皆何も言わなかった。リオネッタでさえ、似合うだけの褒め言葉が見つからないほど。

 

 現実での仕事がこうなってしまっては、李緒もゲームの再開を待ち、早々にクリアを狙う。どこか待ち遠しい、と思うのは、きっとペチカのせいだ。魔法少女として何も気にせず優雅に舞い、そしてあの料理を食べられるのであれば、あるいは現実よりも充実している、のか。

 

「……あら」

 

 気がつけば、知らない中学校の横まで来ていた。校庭では野球部が練習中らしい。縁のない世界だが、何気なくその風景を見ていた。その中に──ふと。知っている横顔がある。

 目を疑った、が、間違いない。グラウンドの横から足早に出ていく少女。清楚で素朴なワンピース姿だが、見ればわかる。あれはペチカだ。魔法少女としてのコスチュームを外して着替えただけの変装といったところか。李緒はペチカの後をつけ、彼女が1人になるのを待った。後を追ってきたらしい野球少年と彼女のやり取りを見守ったのち、公園に誰も来ないのを確認し、彼女に接触する。もちろんその瞬間は、九条李緒ではなく、リオネッタとして。物陰で変身して人形の姿となると、ブランコに揺られるペチカに話しかける。

 

「こんな場所で、奇遇ですわね。ペチカさん」

「え……えっ、あ、え!? り、リオネッタ、さん!? な、なんで」

「本当にただの偶然ですわ。通りがかったところに、見知った顔を見かけただけですのよ」

 

 嘘はついていない。初めは警戒していたペチカだが、リオネッタが隣のブランコに座っても逃げ出すことはなかった。思えば二人きりになるのは初めてのことだ。俯くペチカに何を話せばいいやら、リオネッタは軽くブランコを漕いだ。ブランコに乗るなんて、いつぶりだろう。

 

「あの殿方は?」

「え、えと、彼はその……」

 

 頬を染めるペチカ。踏み込むのは無粋だったようだ。話題を変える。

 

「先のエリアボス、先を越されてしまいましたわね」

「は、はい」

「次エリアこそ、あの御世方那子が扱えるモンスターが出るといいのですけれど」

「そう、ですね」

「お供なしでも盾にはなってくださいますが」

 

 話題を間違えたろうか。ゲームの話を持ち出した途端に、表情が暗くなった気がした。

 

「そう不安がらないでくださいまし。貴女の手は私が守りますもの」

 

 あのゲーム『魔法少女育成計画』は疑えばいくらでも疑えるほどにきな臭い。この先、現実世界に影響が出ないとは言いきれない。いつなにを課されてもおかしくないのが魔法の世界だ。だからこそ、彼女の不安には、私がいなければと思えた。自分のためにまた料理を作って欲しい、なんて欲望でもある。

 

「……あの、リオネッタさん」

 

 リオネッタはブランコを止め、ペチカの続く言葉を待った。

 

「本当に、ずっと、味方でいてくれるんですか?」

 

 ペチカの不安は人を疑うというよりも、自分の意義を疑っているように思えた。だとしたら、彼女のことを肯定すべく、リオネッタは静かに頷く。

 

「貴女が一緒に来てくださるのなら」

 

 例え、人形の手が汚れていたとしても、手を取ってくれるのなら、人形は応えよう。繊細にして巧緻なるその指先が傷つかぬよう。

 ペチカの表情が、少しだけ明るくなったように見えた。



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第7話『薔薇の残り香』

 ◇たま

 

 前回のゲームから丸3日。時の流れは早かった。ゲームに巻き込まれたことに対し、魔法の国の誰かに頼ろうとして、レディ・プロウドにもアンブレンにもスノーホワイトにも連絡はつかなかった。最後に、躊躇いに躊躇って、二の足どころか五十の足を踏んで、リップルに電話をかけようとしたが繋がらなかった。ここで、初めて魔法の端末側がおかしいことに気がついた。それからはなにをするでもなく、多少体を動かし、ほどほどに人助けをし、魔法少女らしい3日間を過ごしてメンテナンス期間が終わった。

 

 そして、この再ログインに至る。丁度時間が経った時、強制的に変身させられ、意識はいつの間にか荒野エリアにあった。作り物とは思えないリアルな土臭さと眩しさに迎えられつつ、まずは前回のログアウト前に約束した、パーティメンバーとの合流を目指すことにする。地図を開き、パーティメンバーの位置を探そうとした。

 その時である。荒野エリアの土の匂いの中に、ほんのかすかに、薔薇の匂いが混じる。

 

「──ッ!!」

 

 一気に警戒体勢を最大限に引き上げる。低く構え、その瞬間に頭上を何かが通過していく。矢か。いや、銛だ。荒野エリアにはただのスケルトンしか出現しないはず。であれば──そこに現れるのは、魔法少女に違いない。たまの目の前に、手には銛を持ち、薔薇の香りを纏い、こちらを睨め上げる少女の姿が現れた。さらりとした金髪。現実離れした尖った耳。青く咲いた花。細部は違うが、その姿はたまに最悪の思い出を甦らせる。

 

「あ、あなたは」

「この顔ざ忘れだどは言わせね」

 

 その声と激しい訛り、本人とは違う。しかしながらその姿はどうしても彼女を彷彿とさせるのだ。あの『魔法少女育成計画』、阿鼻叫喚の殺し合いのその黒幕──森の音楽家クラムベリーを。

 

「わげはわがねばっておめだげは殺さねぐぢゃいげね」

 

 何を言っているのかうまく聞き取れない。だが再び放たれる銛の投擲。殺意は変わらない。身をかわし、視界から薔薇の魔法少女が外れた。視線を戻すと──いない。本人の濃い匂いは残っている。魔法少女の嗅覚が由来を辿り、その先に振り向くと銛が放たれている。即座に叩き落とすが相手の姿が見えず、視覚を捨て鼻に集中するしかない。

 姿を隠すアイテムか、あるいは魔法か。身を隠す手段は魔法少女界にはいくらでもあるとはプロウドの言葉だ。犬の嗅覚は確かに殺意の薔薇を嗅ぎ取り、再びの襲撃を前転で躱す。その瞬間に肉球の間に石を挟んで拾い、当たったらごめんなさいと心の中で先に謝罪して、反撃に打ち出した。直後、息が漏れたのが聴こえる。それでも負けじと銛が飛来し、恐らくは無尽蔵の投擲を前にどうすべきか考える。槍を相手に地面に隠れるのは得策じゃないはずだ。

 ゲームの中だからって、わざわざ他の魔法少女と戦いたくはない。だけどあの薔薇の魔法少女が諦めるとは思えない。あれはリップルの目に近い。例えるのなら、研がれた切っ先。

 

「あっ! いた! よかったわ、何かあったのかと──」

「っ! 危ない!」

 

 そこへ響いてきたのは仲間の声だった。マスクド・ワンダーからは薔薇の魔法少女が見えていない。たまは全速力で駆ける。飛び込んで、代わりにその銛を受けた。右肩が抉れる。痛い。だがたまの肉は銛を受け止め、貫かせなかった。その光景を前に、一瞬硬直したマスクド・ワンダー。しかしさすがは正義の魔法少女、敵襲と判断しこちらへ駆け寄ると、たまを抱え上げ、その場から思いっきり離脱する。彼女の魔法は重量の操作である。たまと自身の重さを操ることにより、一蹴りで大幅な離脱を可能とした。

 

 薔薇の魔法少女の視界からは外れただろう。上空から、合流に向かっているだろうプフレとシャドウゲールを確認。2人の眼前に着地し、しばらくは再び襲撃に遭うことを警戒していた。

 

「えっ、そ、それ」

「なるほど。そういった手合いはどこかには居ると思っていたが、ログイン直後を狙われるとはね」

 

 たまの怪我を見て、シャドウゲールは動揺するが、プフレは驚いた様子さえ見せなかった。彼女は冷静に指示を出し、シャドウゲールがコスチュームに付属した包帯で応急処置をしてくれる。買い込んであった回復薬も併用し、そのお陰から痛みは和らぎ、出血も抑まってくる。突き刺さった銛を半ば強引に引き抜き、痛みには耐えながら、皆には伝えようと声を絞る。

 

「薔薇の魔法少女にやられて……それで……」

「無理しないでください」

 

 2人の肩を借り、付近の岩に寄りかからせてもらう。呼吸を整える。まずは、落ち着いて。胸元に無事な方の手を当て、目を閉じた。大丈夫。もう痛くない。

 

「……ログインした後すぐ、薔薇の魔法少女が追ってきたんです。姿を消す魔法かなにかを持っていて……その、殺そうとされました」

 

 プレイヤーキルを狙う者がいる。その事実を前にして、存外皆驚いてはいなかった。どこか、そうなることを予期していた、みたいな。そう感じることをシャドウゲールは嫌悪し頭を振り、マスクド・ワンダーは静かに受け止め、プフレは当然として話を続けた。

 

「薔薇の魔法少女ということは、前回ログアウト時に姿が見えなかった魔法少女だと見ていいだろう。ディティック・ベルチームの残り1人だね」

「でも、ディティック・ベルもラズリーヌもカプ・チーノも協力してくれて」

「全員が同じ方針とは限らない。あるいは損得の勘定にもよるだろうさ。何よりも今価値があるのはその存在が私達に周知されたことだ。知っているのと知らないのとでは違う」

 

 プレイヤーキル狙いの魔法少女が紛れており、姿を隠す魔法を持つ。それはゲーム内に安心出来る場所はないということを暗に示している。さすがにパーティ単位で相手取る気はないにしても、特にログイン時に警戒は欠かせなくなる。

 

「私たちを取り逃したんですもの、以降はより慎重になるんじゃないかしら」

「そうだといい、とも言えないがね」

 

 魔法少女同士の殺し合いなんて、誰もが嫌だ。プフレでさえも嫌そうに目線を落としていた。

 

 ◇リオネッタ

 

 新たに開放されたエリアは『サイバーエリア』というらしい。エリアミッションの報酬である多額の賞金を目指し、リオネッタたちペチカ・チームはそのサイバーエリアに直行すべく待機していた。

 

「クランテイルさんはまだデス? もう乗り込まないと日が暮れちゃいマース!」

 

 那子の言う通りだ。荒野エリアからお姫様エリアへの移動地点を合流に定めていたが、一向にクランテイルが現れない。ペチカも那子もリオネッタも、彼女を待とうとゆっくり移動してきたし、その後はアイテムの整理などをして過ごしたが、かれこれ2時間は現れない。地図アプリで彼女の居場所を確認しようとした、が、表示がない。諦めて、先に進むことにした。彼女のアドレスには、探索しているよと一応メッセージを送っておく。

 

「ずっと待っているわけにもいきませんわね。先にサイバーエリアまで行きましょう」

「いいんデスか? ペチカさんもそれで?」

「……う、うん……きっとすぐ戻ってくる、と思います、し……」

 

 クランテイル不在はパーティにとって痛手だ。それでもリオネッタたちは3人でサイバーエリアに踏み込むことに決める。皆でエリア移動の光を潜り、お姫様エリアではバーチャルねむりんの隣を通り抜けてその先へ。辿り着いた先は、見渡す荒野とも荘厳な大理石とも異なる、近未来の街並みだった。金属のビルは相変わらず無機質だが、水色の発光体や動く歩道などサイバー空間な印象を受けるオブジェクトで荒野ほど殺風景ではない。

 

「これはさすがにロボしか出なそうデース……でも諦めまセーン!」

 

 そして残念ながら、那子の期待する味方にできるモンスターが出そうになかった。那子の魔法は動物を友達にし、使役するものだ。これまでにも、スケルトンは動くだけの骸骨、そしてねむりんソルジャーは顔がついた雲のマスコットということで、魔法が通じなかった。この調子だとゲームクリアまでに動物が出る気配はあまりないのだが。

 

「出てきていただきませんと、実質魔法なしのままですものね」

「くっ、痛いとこつきマスね!? ぐぬぬ……出てきてくだサーイ! サイバーライオンとか! 何か!」

 

 那子が喚き、そんなに騒がしくしたらモンスターに見つかるでしょうと言おうとした。その瞬間、物陰から明らかな駆動音がして、何かが姿を現す。魔法少女のようなシルエットだが、どう見えもロボット。ランドセル型のブースターから火を噴き、両腕に備えた機銃の銃口をこちらへ向け、赤い瞳のランプを明滅させていた。

 

「オーノー! ロボットデスネー!」

 

 心の底から悲嘆の叫びの直後、魔法少女ロボットは銃の乱射を開始する。こいつがこのエリアのモンスターだ。銃撃から散開して逃げ惑い、リオネッタは己に注意が向くように周囲の看板をもぎ取って投げつける。看板自体は銃撃で破壊されてしまうが、逃げ惑っていたペチカやリーチの足りない那子から惹き付けられた。リオネッタなら対応出来る。投擲では飛行と銃撃で届かないが──リオネッタは人形だ。ロボットが低空飛行で突撃をかまして来たその瞬間、蛇腹に折り畳んだ腕を伸ばし、鉤爪を引っ掛け捕まえる。そのまま地面に叩きつけ、怯んだところへさらに一撃。背面を貫くと金属が破損する音と共にビクンと大きく痙攣し、消滅する……かと思った瞬間、倒れ伏したまま腕を動かし、銃声が鳴り響いた。弾丸が頬を掠めて表面が削られる。恐らく最期の抵抗だろうが、念の為さらに何度か突き刺して、消滅を見届けた。那子とペチカが駆け寄ってくる。

 

「キャンディはかなり増えていますわね」

「飛ぶし撃ってくるモンスターとは厄介モンデスネ。お友達にできたらよかったのデスが……」

「……あっ、ま、待って、まだ戦闘終了してない……!?」

 

 ペチカが声をあげるとほぼ同時。ビルの向こうから飛来するは複数の魔法少女ロボットだ。先程倒したはずのモンスターと同じモンスターが、5体隊列を成して現れた。さすがの那子も絶句し、リオネッタは咄嗟にペチカを抱えて横に跳んだ。振り返ると、さっきまで立っていた場所が一斉射撃により穴だらけになっていくのが見えた。那子は逆側に避けている。だが今回は、リオネッタ1人でどうにかできるようなものではない。

 

「急に仕掛けてきますわね……!」

 

 モンスターは『街』の中までは追ってこない。市街地のようなエリアだと語弊があるが、このゲームには安全地帯が存在するという話だ。倒せないのであれば街まで逃げればいい。逃げられるのか? 腕の中で不安げにするペチカを一瞥し、逃げ切らなければならないと決心する。クランテイルさえいれば、彼女にペチカを託すなり、共に戦うなり、ずっと楽だったろうに。

 もしもの話に思考が逃げた時、ミサイルが飛来し、リオネッタのすぐ傍らで爆発を起こす。ペチカを庇い、コスチュームのフリルが焦げてしまう。それで彼女の手が傷つかないのなら、安い。しかしロボットたちのミサイル攻撃は激化していき、反撃に出ていくつか叩き落とせるものの、あまりにペチカを危険に晒す。どうする。守るには、どうすればいい。汗のない人形の体で、冷や汗をかくような思いだった。

 

「きゃあっ!?」

 

 それを吹き飛ばしに現れたものがいる。ビルの1つを派手に叩き壊し、現れたのは建物と同程度の体躯を持つ竜であった。黒い2本の角、金色の瞳に凛とした縦長の瞳孔。尾は剣のように変化しており、どうやらその剣尾がビルを一撃で破壊したらしい。

 新手のモンスター、しかも今度は明らかに強力な相手だ。生物的なフォルムは那子の援軍という可能性を期待するが、彼女の姿はここにはない。仮に援軍であれば、その背に乗って助けに来マシターなどと叫んでいるのが目に浮かぶ。那子の友達でないとしたら、即ちモンスターは敵なわけで。

 

「どう、しましょうね」

 

 リオネッタにも答えは見えなかった。前門の竜、後門のロボット兵器の状況を前に、これを打開できるほどの魔法はここにはなかった。──ここには。ここでリオネッタとペチカを救うのは偶然だ。竜が動いた。魔法少女たちではなく、ロボットめがけて。大きく跳躍し、その尾を振り抜き、その瞬間だけ尾の刃が巨大化して叩きつけられる。回避する間もなくロボットたちは巻き込まれて破壊され、跡形もなくなっていた。

 

「……え? モンスター同士が戦って……」

「おふたりとも! 街はこっちデース!」

 

 那子が進行方向の先で手を振っていた。だったらやはり那子が連れてきたのか……? 謎は尽きないが、竜は幸いこちらに興味がないらしい。悠然と佇む竜を尻目に、リオネッタは走り出す。

 

「い、今のって」

「舌を噛みますわよ!」

「ワタシ何も知りマセーン!」

 

 それより後はロボットに追われることもなく、命からがら、街までたどり着く。ようやくペチカをお姫様抱っこから下ろせる。彼女を地に立たせると、気が抜けるとともに急に空腹感に襲われた。腹の虫は鳴るわけではないが、それとなくペチカの顔を見ると、彼女はなんとなく察していた。

 

「ご、ご飯休憩にしましょうっ」

「待ってマシタ! オー、リアルドールもお腹空いてる顔デスネ」

「ゲームの仕様ですもの。仕方ありませんわ」

 

 そうは言いつつも内心浮き足立っていたのは、ここにいる彼女らには知られたくない。



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第8話『行方不明事件』

 ◇たま

 

 サイバーエリアの探索に乗り出し、プフレチームはこのエリアに出現する、どこかで見たことのあるロボット型モンスター『地獄の道化』たちの洗礼を受け、あれが群れで出てくることへの脅威を認識した。たまの活躍は1体を運良く倒せたのみで、あとはほぼマスクド・ワンダーがなんとかしてくれたに等しい。上空からミサイルを撃ってくる敵に対して、こちらから攻撃する手段が少ない。

 対してマジカルキャンディは、1体をようやく倒したたまの獲得分だけでも、ねむりんソルジャー5体ぶんはある。ハイリスクハイリターンだと評するマスクド・ワンダーに、バランス調整極端すぎですって、とシャドウゲールがこぼしていた。

 さらにキャンディは先のお姫様エリアのクリア報酬がある。よってまずは銃撃対策をとってから進もうと、人数分の盾の購入が検討され、その他アイテムとの配分や調整をプフレ主導で話し合い、やがてファルからのイベントの召集が発生した。

 ログアウト時と同じシステム音声が通知され、一定時間後に視界が一瞬で歪む。まだ再ログインから1日も経っていないのだが、突然荒野エリアの街に転送された。集められた魔法少女の中には、たまを殺そうとしたあの薔薇の魔法少女がいた。彼女の存在に警戒をするが、あちらはたまの方を一瞥することもなく、代わりに見ていることに気づいたラズリーヌに手を振られ、振り返した。

 そうして、皆の前に現れたファルから告げられたのは。

 

「えー、まずは訂正がありますぽん。ゲーム内ダメージのフィードバックに関して、例外がひとつ」

「例外?」

「ゲーム内で死亡した場合、現実世界でも死亡しますぽん。これは死を仮装体験してしまうことによる弊害で、心臓に強い負荷がかかる結果になりますぽん。ある種仕方ないことですぽん」

 

 空気が凍りついた。ゲーム内での死が現実の死……と、言うことは。これまでも、1歩踏み間違れば、本当に死んでいたということになる。

 

「ふざけないで」

 

 まず真っ先に啖呵を切ったのはカプ・チーノだった。ファルに掴みかかる勢いで前に出ていき、ホログラムゆえにすり抜けてしまうが、それでもほぼ眼前で怒りを露わにする。

 

「お気持ちはわかりますぽん。でもクリアしていただければ問題ナシ、無傷で帰れますぽん。あ、こちらはトップシークレットなゲームですので、公表はお控えくださいぽん。その場合は、ゲーム内での死亡という形で罰則を与えさせていただきますぽん」

「つまり現実でも死ぬじゃないっすか」

「……正しい魔法少女であればゲームをクリアできますぽん。これは試験と同じですぽん。ゲームのクリアを目指してくださいぽん」

 

 試験──。ファルの言葉に混じっていたその単語で、たまは最悪の連想をした。あのクラムベリーを彷彿とさせる魔法少女──今はディティック・ベルの隣で黙って話を聞いているが、彼女の存在も合わせれば、それが再演であることは想像がついた。

 魔法少女たちの中からは怒号が飛び出す。こんなことを受け入れろなどという方がおかしい。そして何より、後に退けなくしてから明かすやり口は、あの時と一緒だ。クラムベリーの試験でねむりんが脱落し、チャットルームで静かに、それが死を意味することを告げられた時。既にプレイヤーは全員、このゲームに引きずり込んだマスターの手のひらの上にある。

 

「そ、そんな事っ……」

 

 誰かが泣き崩れるように呟いた。コック帽の魔法少女だった。たまはふいに視線をやる。コック帽、人形、巫女服のパーティだ。……3人? 3人パーティはここではなく、もう1つのところだったはず。それに気がついた時、助け舟を出してくれるようにプフレが呟いた。

 

「あの半人半獣の魔法少女、クランテイルが見当たらないね」

 

 そうだ。下半身が四足の動物だという、目立つ姿のあの魔法少女。また薔薇の魔法少女のように、姿を消す手段だろうか。それとも。

 

「いくつか質問いいでしょうか。この召集の形式で、呼ばれないことはあるのですか?」

「生存しているプレイヤーに関しては、ありませんぽん」

 

 人形の魔法少女からの質問に、ファルは即答する。暗に、クランテイルは脱落した、つまり死亡したと言うが如くだった。

 

「ありえまセン、それは流石に嘘デス」

 

 3人とも信じられないという様子であり、それを傍から眺めるたまからしても、戦慄せざるを得ない。もう死人が出ているとしたら……。そこへプフレが続く。

 

「クランテイルは前回のねむりんスロットの時には確かにいたわけだ。再ログインしていないということは?」

「それもありえませんぽん」

「再度ログインをして、その直後に行方がわからなくなったと」

「……彼女がこれまでのモンスターにやられるとは思えませんわ。彼女を襲撃できるとしたら」

 

 人形の魔法少女の言葉に、プフレはちらりとこちらに目配せをする。不安が漂い、それは的中した。

 

「この話は今のうちに解決しておくべきだ。皆に共有しておこう。再ログイン時、うちのパーティのたまとマスクド・ワンダーが襲撃を受けていてね。ディティック・ベルのチームの彼女……メルヴィルがその犯人だというんだが」

「なっ……」

 

 急に名を出され、ディティック・ベルは声をあげた。

 

「なに言ってるっすか!? なわけねーっすよ! メルっちがそんなことするわけねーっすよ!」

 

 ラズリーヌの反論を、他ならぬ薔薇の魔法少女メルヴィル自身がその手で遮った。

 

「んだばなんだって?」

「……メルっち? たまちゃんと同志ワンダーを攻撃したって、マジなんすか」

 

 ラズリーヌには答えない。あくまで、見ているのはプフレと、その後ろにいたたまの方だ。冷たい目線に、背筋が凍る。

 

「いや。現に彼女らは無事だ。エリアクリア報酬が該当パーティや達成者にしか与えられないんだ、プレイヤーキルも以前は戦略の1つだったろう。だが、ゲーム内での死が現実での死とリンクした。それを知らずに行ったのであれば事故だが、これ以降は違う。殺人になる。そうだろう」

 

 この先のプレイヤーキル行為を牽制する目的か。メルヴィルは黙ってプフレの言葉を聞き、そのまま静かに見つめ返している。この時間が妙に不気味だった。特にカプ・チーノなんかは身構えており、いつこのパーティメンバーが銛を抜き放つか、警戒しているようにしか見えない。

 

「単刀直入に尋ねよう。クランテイルの件に君は関与しているかな」

「知らね」

 

 迷いのない答えだった。ただ、このプフレの暴露と、それを認めたことにより、この先メルヴィルは警戒対象となる。動きにくくなることは間違いなく、そう仕向けることがわざわざ全員の前での発言だったんだろう。そしていち早くメルヴィルは街に背を向け、ラズリーヌの制止も聞かず、自らパーティを外れたらしかった。ディティック・ベルは帽子を目深に被り、何も言わない。カプ・チーノも見送るばかりで、むしろラズリーヌの方を宥めていた。

 

「警戒は続けてくれ。彼女には身を隠す魔法かなにかがあるんだろう。去ったふりをして、この場で私や君を攻撃する可能性は残る」

 

 プフレの言葉に、たまは頷こうにも頷けなかった。死が現実に及ぶと知ってなお、プレイヤーキルに走ってくるとは考えたくなかったからだ。薔薇の匂いが遠ざかっていることは確実だが、急な展開に、主に残った1つのパーティが混乱していた。

 

「えーっと、つまり? あのメルヴィルって魔法少女はPKに走って、やめてくれって言ったらどっか行っちゃった……ってことでFA?」

 

 特撮風のスーツに身を包んだ魔法少女は首を傾げつつも状況を噛み砕こうと声を出した。わざわざ肯定する者もいなければ、否定する者もいない。

 

「……あ、あの」

 

 そしてその隣にいた大きな菊を頭に着けた魔法少女が、言いにくそうに声を出す。

 

「私、ゲーム始まった時、あの子に襲われたことがあって」

 

 彼女が指したのは侍の魔法少女だ。彼女はただ虚空を見つめており、己に注目が向いたことに気がついてすらいない。そんな彼女へわざわざ話しかけに行くような人物はおらず、互いの顔を見合った後、仕方なさそうに特撮風の魔法少女が前に出る。

 

「ちょ、ジェノサイ子さん……」

「まーまー大丈夫だって。やあやあお嬢さん、うちのマジカルデイジーにちょっかいかけたってぇのはマジの話?」

 

 答えない。もしもーし、なんて呼び掛けが何度か行われ、それでようやく、その濁りきった瞳がジェノサイ子に向けられた。

 

「……音楽家か?」

「へ?」

「音楽家か?」

「音楽家って、いやまあ、実は──お?」

 

 その口から出た問いと、刹那に感じる鋭い気配。魔法少女が口にする音楽家といえば、ひとりしかいない。この魔法少女は、あの女を知っている。たまはその時点で、思わず飛び出した。咄嗟にジェノサイ子を突き飛ばして、肯定しようとしていた言葉を途切れさせた。そして、彼女が刀に手をかけたまま止まったのを見て、そこからの言葉を落ち着いて聞く。

 

「音楽家か?」

「音楽家はもういないよ」

 

 その眼に、わずかに生気が宿った気がした。

 

「なぜ分かる」

「私が、やっつけたから」

「殺したのか」

 

 頷いた。虚ろな眼は怖くて仕方なかったが、目を逸らさないように、心の中で己の頬を張り、耐えた。再び沈黙が走る。視界の端ではマジカルデイジーが状況を様子見しつつ、ジェノサイ子に駆け寄り、助け起こしているようだった。

 

「終わったのか。ではこれはなんだ。奴では無いのか」

「……わかんない。でも、音楽家じゃない。音楽家はここにはいない」

「そう、か」

 

 侍は刀から手を離し、あっさりと背を向けた。急に敵意が消えてなくなり、ふらり、ふらりと歩き去った。彼女は一体、なんだったのだろう。

 

「音楽家って、なんだったアルか?」

「わっかんねー……けどなんか助かったっぽい? 犬耳ちゃん、マジ感謝ってことで!」

「……ううん。それよりもあの人……」

 

 その背中は遠ざかっていく。ずっとパーティも組まずに放浪しているようだが、平気なのだろうか。

 

「お待ちくださいませ。では、クランテイルの行方不明はなんなんですの?」

「彼女の反応はどこへ行っている? 魔法の端末の場所なら表示されるんじゃないのか」

「それがどこにも……」

 

 話は振り出しに戻り、答えは出ない。

 

「ベルっち、何かわかんないっすかね。隠れてなきゃいけないってことなんすかね」

 

 ラズリーヌの言葉に探偵は目を逸らす。彼女にも見当がつかないのだろう。現実とリンクした死。死体も端末も消えている異常事態に、プレイヤーキラーの存在。協力ゲームだったはずが、既に立ち込めるのは暗雲ばかりで、既に前を向こうとする魔法少女は少なくなりつつあった。



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第9話『きみの剣に』

 ◇ディティック・ベル

 

「どうするっすか、ベルっち」

 

 ラズリーヌの声がする。今は何も聞きたくない。荒野の広場を出てすぐ、廃ビルの影に寄りかかり、ディティック・ベルは思考を放棄しようとしていた。顔を隠すために当てた手にかかる自分の吐息は熱い。

 

「メルっち行っちゃったっすよ。ミラクルコイン持ち逃げしてたっす」

 

 ねむりんスロットで出たはずのレアアイテム……そうだ。レアドロップ確率の上がるミラクルコインは、トドメを刺す役割の多いメルヴィルの手に預けられていた。それが今、彼女はパーティを離脱し、ディティック・ベルたちの手元から失われた。

 

「追いかけなくていいんすか」

「……無駄でしょ。あの子、たまが来た時にいなくなったのって、そういうことだったんじゃないの」

 

 カプ・チーノが耐えきれなくなって、呟き始める。人を信じたいラズリーヌにとっては、聞きたくない言葉だ。

 

「それに……私は信用してなかったんだから。アイツを見ると……胸がざわつくっていうか」

「メルっちとカプっちは知り合いなんすか?」

「違うけど、なんか引っかかるの」

 

 カプ・チーノが胸元に手を当てる。自分自身でも理解できない感覚というもので、どうしようもない、と本人は言う。それで疑いを強めるのはどうかと思うが、あの形で訣別した相手を信用するのもおかしな話だ。2人の間に座り込んだまま、ディティック・ベルは頭を抱える。こっちだって、どうしようと思っている。これが死のゲームだなんて言われて、そもそも抜け出したいというのに。いっそ死体が見つかっていたり、手がかりのある相手だったなら、推理の立てようも捜査のしがいもあったというのに。

 

 メルヴィルは強者だった。徒手空拳で飛び込み、格闘するスタイルの前衛が2人いる上で、的確にトドメを刺すスナイパーは重宝した。彼女の魔法なのか、景色に溶け込んで姿を消すことも可能とし、非戦闘員であるディティック・ベルがリーダーを気取っていてもどうにかさせていた側面さえある。エリアボスの時は、全てが偶然うまく噛み合っただけだ。

 彼女を疑っていたカプ・チーノはわかる。ラズリーヌはなぜ、あちらについていかず、引き止めることも諦めたのだろう。

 

「ベルっち……」

「……ごめんなさい。少し考えさせて」

 

 探偵として、魔法少女として、この先にすべき事はなんだろうか。問いかけても、問いかけられる相手はいない。

 

 ◇リオネッタ

 

 気を取り直し、リオネッタのチームはサイバーエリアの探索を再開する。落ち込むペチカと那子を無理やり引っ張る形でサイバーエリアまで連れて行って、不明瞭な返事ばかりの2人にショップで勝手に買った盾+3を押し付けた。しかし、それでも動こうとしない。

 

「なんでむしろやる気がありマスカ!? 理解できまセン!」

「先を越されれば報酬が減る。当然の理屈でしょう」

「金のために死んでもいいって言うんデスカ!」

「元より魔法少女など死と隣り合わせでしょう。誰かがクリアしてくれるまで、黙って隠れていたいと言うつもりですか」

「それは……」

「それに。なんとなく、予想がついていたでしょう」

 

 リオネッタの突きつける言葉に、ペチカも傍らでびくんと肩を震わせていた。ああそうだ。誰しも始めから、心のどこかでファルを疑っていたはずだ。これほどリアルで命が懸かっていないわけがないと、そう気付いていた。だからこそ、やることは変わらない。

 

「クランテイルさんが消息を絶ったことに驚くのはわかりますわ。だからといって、動かない理由にはなりません」

「っ……わかったデス。アンタに乗ってやるデース」

 

 那子の事情など知らないし、知るつもりもない。こちらだって開示しないのだから。それでも、黙って隠れているような魔法少女ではないと見たのは正しかったらしい。思わず、ふ、と笑みがこぼれ、彼女と並び立つ。だが残る1人。彼女の存在は、リオネッタの中でも、どうしても例外であって。

 

「……ペチカさん。貴女はいいのですよ。貴女は傷つくべきじゃない。どこか安全な場所に」

「い、いえ、ついていきます。いかせてください」

 

 必死に吐き気を堪えるような顔色だ。彼女がついてくるというのなら、リオネッタと来てくれるのなら、拒む理由はない。安全な場所とは言ったが、リオネッタの側にいさせることが、リオネッタの目からして最も安全に等しい。

 

「では、武器も追加で3つ購入ですわね」

 

 飛行する相手には気休め程度だろうが、あるとないとでは覚悟が違う。リオネッタ自身の武器もアップグレードしておきたかった。

 

「モンスター図鑑チェックしておきまショウ! 弱点属性とかあるかもデス」

 

 モンスターには人一倍気を配っているためか、那子は率先して図鑑を確認。あのロボット『地獄の道化』たちの属性は通常だった。つまり弱点なしだ。つまりとにかく叩くしかない。そしてもう一方、『乙女竜ラ・ピュセル・ドラゴン』に関しては、データのほとんどが詳細不明のままで、遭遇しただけでは詳しくはわからなかった。

 

「さあ! 対策のしようがないなら気合いデス! どっからでもかかってこいデース!」

 

 そうして気合いを改め、挑んだ2回目のトライ。サイバーエリアの景色が全くと言っていいほど変わらないのを、いつどこから地獄の道化が出てくるか警戒しながら歩く。リオネッタが先行し、お祓い棒と絵馬の盾、フライ返しと鍋の蓋を構えた2人が続く。それでどうなったかというと、何度目かの遭遇で群れにぶち当たり、ガトリングとミサイルの雨を浴びる羽目になった。盾+3はガトリングに耐える優秀さだったが、ミサイルの爆発には押される。相手が突撃してくることによる反撃のチャンスをひたすら待つばかりになってはしまうが、逃げて追ってくる輩が増えるよりはいいか。

 

「……にしたって多すぎデース! 今ので何匹目デスカ!?」

 

 飛来した地獄の道化をお祓い棒で思いっきり殴り、すぐさま絵馬の陰に隠れる那子。本人は確認できていないが、これで10は超えた。探索どころではない。やはり離脱しかないのか。

 

「あっ! あれは……!」

 

 そうして追い詰められた時、上空から飛来する大きな影。それは剣の尾を叩きつけ、開幕の一撃でロボットの群れを蹴散らし、地面にクレーターを作る。前回にも出会った巨竜、ラ・ピュセル・ドラゴンだ。彼──彼女? は散開して残っていた個体のミサイル攻撃をものともせず、こちらを見つめている。黒い鱗の鎧が盾となり、リオネッタたちに攻撃は来なかった。魔法少女を助けた……? 味方モンスターが存在する、ということなのか?

 敵対しないNPCという見方ではバーチャルねむりんという先例が存在する。だとしても、戦闘に介入するし、見た目がドラゴンだ。

 

「ほら、お待ちかねのドラゴンですわよ」

「エッ! ワタシの魔法、調伏しないといけないんデスガ、これにどうやって勝つんデスカー!」

 

 那子の背中を強めに押した。彼女の魔法は生き物を従わせるもの。もしこのドラゴンを従えられれば、それは非常に大きな戦力になる。何せ魔法少女3人でずっと苦戦していた地獄の道化の群れを一撃で粉砕するのだ。ついに彼女の魔法が役に立つ時が来たかと思い、リオネッタはひそかに微笑みかけて、すぐに消えた。ゆっくり歩み寄ってくるドラゴンに向かって那子が呼びかけても、無視されたのだ。

 

「おーい! ラ・ピュセル・ドラゴン=サン! 一緒に……あぁちょっと、どこ行くんデスカ!? ドラゴン=サン!?」

 

 那子を無視したドラゴンがどこへ行くのかと思えば、意外にも離れて見守っていたリオネッタとペチカの所で立ち止まった。このまま去っていくかと思っていたが、今ので逆鱗に触れて襲ってくるか。ペチカを庇うように身構えて、目の前の竜はしかし攻撃態勢にはならなかった。むしろ、ペチカだけを見て、その目の前に傅いた。警戒を強めていただけにその不可解な行動に驚かされる。やはり味方、なのだろうか。

 

「ペチカさん? ワタシの魔法パクりまシタカ!?」

「えっ? そ、そんなことできないですっ」

「冗談デス! それはそれとして、この子、味方でいいんデスカ?」

「……クランテイルが行方不明のままである以上、先程のような群れが出て来れば現状のパーティ戦力では厳しいでしょう。仕方ありませんが、信用するしか」

 

 もしこのドラゴンが従ってくれるなら心強い。言葉の通じない相手だ、本来なら頼るべきではない。だが本当に、ペチカに傅いているのなら。可能性はある。

 

「ペチカさん。試しに、彼……彼女でしょうか。話しかけてみてくださいな」

「えっ? あ……うん、やってみます」

 

 警戒は続けたままペチカを行かせた。彼女は頭を下げているドラゴンのことを、恐る恐る撫でながら、まずは感謝を伝えている。ドラゴンからの反応はない……いや、なんとなく顔が赤いような。ドラゴンも上気するのか。羨ましい、いや、じゃなくて、攻撃してくる気配は依然としてない。いきなり動いたかと思うと、尾を高く掲げ、高らかにひとつ吼えた後、再びペチカの目の前に控えた。それを聞いた那子が「オー……」と歓声を漏らす。

 

「あんなに小っ恥ずかしいことよく言えマース」

「貴女の魔法、動物の言葉もわかるのですか?」

「なんとなくデスガ……今のは『僕が君のナイトだ』的なやつデスネ。間違いないデス」

「確かにそれは……」

 

 よく考えたら、インターバル期間にペチカと出会った際、リオネッタも似たようなことを言ったかもしれない。今になって恥ずかしくなったが、つまり味方宣言をしたということのようだ。

 

「じゃ、じゃあ、一緒に……来てくれる?」

 

 ドラゴンは頷く。一時3人パーティにならざるを得なかったペチカチームが、今度は3人と1体となった。

 

「なんかお腹すきマシタネ。ペチカさん、その水筒は……?」

「あっ、これ、ランダムで出て……その、中身は非常食というか、なんだけど」

 

 ペチカがいつからか腰に提げていた水筒に気がついた那子。既にその中身を食べる気満々だ。確かに、開くと中から、上品なルゥと、肉の旨みの香りが漂ってくる。ビーフシチューだろうか?

 

「オー! 頂いてしまっても?」

「あっ、え、う、うん……」

「ペチカさんもご一緒に!」

「いや、私はその、食欲無いから……ごめんなさい」

 

 ペチカは水筒を手放す。ビーフシチューを直飲みとはまたなかなかやらない食べ方だが、味はペチカの料理で保証されている。あまりに美味しそうな香り、そして那子の口元に残る濃茶の反射する光に、リオネッタの唾腺も無意識に期待を溢れさせていた。



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第10話『ランキングイベント』

 ◇ディティック・ベル

 

 端末が鳴り、新たにお知らせとして通知されたのはランキングイベントだった。モンスター討伐数をパーティで競い合う、というもので、期間はまる2日。つまり次回ログアウト直前までだ。イベント終了時に次回エリアが解放されているという仕様で、ランキングイベントの1位パーティがエリアクリア報酬の賞金とキャンディを受け取る。つまり、お金を目指すなら誰よりも討伐を重ねるほかないわけだ。

 対象はサイバーエリアということになっており、出現モンスターはモンスター図鑑アプリの項目にイベント獲得ポイントが併記されるらしく、通常の地獄の道化は1000ポイントと書かれている。

 

「おおっ! ランキングイベント! 燃えるっすね、こういうの。地獄サバイバルを思い出すっす」

「なに、その物騒な名前のイベント」

「カプっち知らないっすか? あの魔王塾のイベントっすよ」

 

 今度は真っ向からの実力勝負。ディティック・ベルの出る幕はないと感じる。それに、今回に限っては本当にじっとしていても次のエリアが解放されるのだ。命を賭ける意味は……。

 

「ベルっちは、休んでてくださいっす。名探偵の出番はここじゃねーっすから」

 

 戦えないディティック・ベルに居場所はない。ラズリーヌの優しささえそう聞こえてしまい、歯噛みして、地面を殴った。

 

「独りにするのは危険でしょ。メルヴィルもいるし」

「確かにっす。じゃああたしの近くで休んでてっす!」

「それならまあ……?」

「ほら、ベルっち。あたしが守るっすよ」

 

 ラズリーヌが差し伸べた手に、ディティック・ベルは恐る恐る手を重ねた。彼女の力を借りて立ち上がる。ラズリーヌに頼ってばかりでいいのだろうか。……ラズリーヌはどう思っているのだろう。死ぬのは、怖くないのだろうか。立ち上がっても、無意味に彼女のことばかりを考えていて、危うく置いていかれかけた。

 

「あ、魔法の端末がアップデートされてる。ランキングイベントのポイントが見られるようになってるみたい」

 

 カプ・チーノの端末を皆で覗き込む。わざわざ覗く必要もないが、ラズリーヌにつられて覗いていた。画面の中では、パーティメンバーの名前の並びと、数字が常に変動し続けている。現状1位となっているのは、ペチカたちが率いるチームだ。既に数十体もの討伐数であろうポイントを誇り、追い上げるには相当の努力が必要に違いない。

 

「よぉし、燃えてきたっすね!」

「そう? まあ付き合うけど。ベル、背負おうか?」

「……いや。歩ける」

 

 荒野エリアからお姫様エリア。お姫様エリアからサイバーエリアへ。先に進むことを再び選んで、どうにか自分の足で歩き出す。ディティック・ベルが求めるべき真実が何かもわからないまま、ゲームの奥の方へ。

 

 ◇たま

 

「このスコア、間違いなく何かあるね」

 

 トップを走り、今なお得点を稼ぎ続けるペチカチーム。たまのいるプフレチームだって頑張ってはいる。地獄の道化からドロップしたジャンクパーツをシャドウゲールが改造したことで光線銃が完成し、上空の敵へ彼女が狙撃手の役割を持てるようになった。プフレが索敵し、マスクド・ワンダーが切り込み、シャドウゲールが撃ち落とし、たまがトドメを刺す。最も多いのはその流れだ。だが半ばルーチン化していっても、ペチカチームのスコアは短時間で一気に増える。ペースには波があり、ぴたりと止まったかと思うが、またしばらくすると突然一気に加算される。結果として差は開いていき、2位か3位を争う形になっていた。

 同様にマジカルデイジーチームの追い上げも激しいものだったが、そちらはまだ常識的なペースだと言える。ライバルの範疇だ。……逆に言えば、ペチカチームの側には仕掛けがあるとプフレは判断した。

 

「私の目で見てくるよ」

 

 これまでもプフレは単独で別れ、情報収集を繰り返してきた。それ自体は不思議じゃないが──。引き止めるべきか、ふと手が伸び、プフレに振り向かれた。

 

「メルヴィルの件かな?」

「……はい」

 

 彼女はすぐまた襲ってくる。もしかしたら今すぐにでも、という思いが離れない。あの音楽家を思い出してしまうからか。プフレは表情の一つも変えず、絵画のような微笑みだけで答えた。

 

「彼女の狙いは君だ。あれだけ言って、あの目を君だけに向けていた。プレイヤーキルのつもりでさえない、私怨の類と見た方がいい」

「そう、なんでしょうか」

「何にせよ、警戒するに越したことはないがね。不安なら私と来るかい?」

「え、でも」

「君の爪なら掴まっていられるんじゃないか」

 

 たまは思わず自分の肉球手袋と、プフレの車椅子を交互に見た。あの速度で振り落とされるなということ。車椅子が二人乗りになるわけがないので、たまは仕方なく頷き、車椅子後方の持ち手に掴まった。

 

「というわけだ。行ってくるよ」

「どういうわけですか」

「ここは任せて!」

「返事が気持ちよすぎる……!?」

 

 説明のないプフレにあっさり納得するマスクド・ワンダー。いつものことながら仕方なく、道化狩りの方に集中するシャドウゲール。みんな振り回されっぱなしだが、彼女らが作業に戻るなり、車椅子はその魔法動力をロケットスタートさせる。あまりに急な加速に吹っ飛ばされそうになり、必死でしがみつく。荒野エリアでそうしたように、サイバーエリアの端から端へ……とまではいかないが、一気に探る。途中でモンスターと遭遇するのを振り切り、他のパーティを探す。先にデイジーの方と出くわすかと思っていたが、それほど遠くへ行かないうちに、大きな破壊音がして、大規模な戦闘の形跡と建物の破壊を辿った先を察する。この先だ。ここからは速度よりも隠密を選び、たまはようやく風圧から解放された。

 

「こっちの方だね」

「……!? あ、あれは……?」

 

 周辺のビルが切断され、倒壊の轟音が再び鳴り響く。誰か──恐らくはあの巫女服の魔法少女、御世方那子の歓声がさらに聴こえて、ほぼ確定だ。瓦礫の物陰に隠れて覗いて見ると、戦闘はひと段落したところらしく、ペチカ、リオネッタ、御世方那子と、もうひとつ、無視できない巨大な影が並んでいた。

 

「あれは……」

「乙女竜ラ・ピュセル・ドラゴン……か。多数の地獄の道化を一気に狩り続けているのはあれを味方につけているから、ということだね」

 

 ラ・ピュセル──これもまた、クラムベリー最後の試験にいた魔法少女だ。言われてみれば確かに面影がある。アイシャドウや瞳孔、胸部の膨らみもそのままだ。決め手は尻尾だ。ラ・ピュセルが持っていた剣が先についており、伸縮自在なのも継承している。ラ・ピュセルには一撃でのされた経験がある……が、このラ・ピュセル相手だとそれではすまないと直感する。

 

「……1億ポイントか」

「えっ?」

「ラ・ピュセル・ドラゴン討伐のポイントだ。これを使って逆転しろ、と言わんばかりだね」

 

 モンスター図鑑には確かに、ラ・ピュセル・ドラゴンの情報のほとんどが伏せられているにもかかわらず、ランキングポイントが非常に高いことを記していた。

 

「君の穴を掘る魔法で鱗を剥ぎ、マスクド・ワンダーがとどめを刺す……という形なら勝てそうかな?」

「えっと……そ、それは危ない、かも」

「だね。よし、それは最終手段として」

 

 プフレはくるんと、器用にも車椅子をその場で回転させる。

 

「車庫を探そう」

 

 車庫? いきなりの発言に首を傾げ、前回のねむりんスロットの報酬アイテムが車庫の鍵だったことを思い出した。そして、こちらはペチカチームに見つからないうちに動くため、再び、車椅子移動とは思えぬジェットコースターにより帰還することになる。吹っ飛ばされそうな思いをして、犬耳フードが脱げて髪の毛がぼさぼさになりながら、2人の下へ。すごい前髪ね、と評され、たまは慌てて肉球で整えた。

 

「たまには伝えたが、地道な討伐はやめだ。車庫を探す」

「確かに……あ、アイテム図鑑にはこのエリアだってありますけど。でもいいんですか? ランキングイベント」

「その逆転のための賭けさ」

 

 いきなりチームの方針が変わるのは何度目か。ただ、プフレの提案が役に立たないことはこれまでになく、たまとしてもなんとなく従うべきものだと嗅覚が言っている。ちらりとマスクド・ワンダーの方を見ると、彼女もちょうどこちらを見て、苦笑した。

 

「だんだん慣れてくるわね。シャドウゲールはいつもこんな感じの気分なのかしら」

「勘弁して欲しいんですけどね」

 

 探すものがモンスターの群れから車庫に変わった。そして、探すこと数時間。派手にドラゴンが建物を壊していたことを思い出して、壊されていてくれるなよと願い始めたところで、見つかった。見るからにガレージ。普通の車庫よりは大きめのものだ。発見の感動というより、本当にあるんだ、という感覚が強く、呆然としている間にシャドウゲールが鍵を使う。パーティ全員の視界がぐにゃりと歪み、ワープという形で、隠しエリアへと飛ばされた。

 

 そしてその先にあったものとは。

 

「……デコトラですね」

「デコトラだね」

「デコトラね」

「……で、デコトラ? なのかな?」

 

 派手な電飾と『魔法少女』の文字が目立つ、魔法のトラックであった。 



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第11話『ドラゴン事変』

 ◇シャドウゲール

 

 ランキングイベントが終わるまでに、発見したデコトラを無敵戦車に改造しろ。プフレから突きつけられたのはそんな無茶ぶりだった。

 車庫の中には目立つデコトラと、それに伴うエンジンキーやカー用品がいくらか、そして一人では持ち運べないほどの超大型盾『ビッグシールダー』があった。本来はこれで大盾を運搬しつつ移動拠点として使ってくださいという構成なんだろうと思えたが、シャドウゲールの魔法は『機械を改造してパワーアップできる』だ。ランキングイベントを途中まで走ってドロップしたジャンクパーツを使えば、素材は豊富にある。レンチとハサミを両手にガレージの中に籠り、主に運転席を中心に改造を続けていった。

 大盾は運べる気がしないので合体させてしまって、前面に取り付け衝角にする。1個では大きすぎるので分割して三本だ。これで攻防一体だ。さらに全体にはできるかぎりのミサイルやガトリング砲を装備。片っ端のパーツにミサイル発射機構を取り付けたせいで見た目がどんどん火薬庫か何かに近づいていったが、電飾を光らせれば逆に馴染む。割り切って、武器は過積載並に積んだ。忘れずに緊急脱出ボタンを設置したら、その色々を操作するコントロールパネルを増設して、表面を頑丈になるように少し手を加え直して完成。

 見た目はおどろおどろしいというか、輝く電飾、前に大きく突き出した恐竜めいた三本角、明らかに大量に装填されたミサイルはそれぞれ威圧感満載で、これが走ってきたら誰でも逃げるレベルのものが誕生していた。

 

「す、すごいじゃない! 名前は……決めているのかしら?」

「え? いや名前は……」

「じゃあシャドウゲール号ね!」

「えっ私の名前……?」

 

 自分で作っておいて自分の名前をつけるのははばかられる無骨さというか、いっそドラゴン絶対蜂の巣号とかの方がいいのではと思う。いやそれもどうかと思うが……。

 

「完成かな?」

「はい」

「お疲れ様。少し外に出よう」

 

 制作時間はほぼ半日。ガレージから出ると、サイバーエリアの灰色の空が真っ暗になっていた。額の汗を拭い、突貫工事だが達成感を味わった。プフレから携帯食料を受け取って、ワイルドに齧る。相変わらず味気ないが、いつもより美味しい気がした。

 

「夜が明けたら出発しよう」

 

 ◇リオネッタ

 

 ドラゴンのお陰でマジカルキャンディは高速で溜まり、おかげでサイバーエリアのショップに並ぶものはほとんど購入できた。なぜかドラゴンが倒したものもペチカの端末にカウントされていたのだ。その中でも翻訳アプリが購入されたことで、断片的ながらドラゴンの咆哮も翻訳できるようになった。内容は意外とキザな台詞が多く、画面の表示は有益そうではないため、リオネッタはそれを見る担当から率先して外れた。翻訳アプリが渡ったのはペチカだが、この得体の知れない竜に頼っている以上、翻意や乱心には警戒しなければならないのには変わらない。臆病な彼女が持っているくらいでちょうどいい。

 

 そう思っていたはずなのに。

 

「そろそろ休憩にしマスカ」

 

 ドラゴンの打ち漏らしをちょっと叩き落とすだけの作業を続け、気がつけばランキングは現在独走状態。現在2位のマジカルデイジーチームとは約24万ポイント差だ。数にして240体、多少手を抜いたとして追いつかれることはないと見ていい。時間的にも、もうほとんどイベントは終了しているわけで、これをひっくり返すモンスターは存在しない。

 ──ただ、ドラゴン自身を除いては、だが。これをいきなり倒せる魔法少女はそうそういまい。

 リオネッタは息をつき、那子に賛成。ペチカにも伝え、彼女がドラゴンに「休憩にするよ」と呼びかけることで彼女も索敵と戦闘を中止し、一旦モンスターの出なかった位置まで移動する。

 

「いやー余裕デスネ、最高デスあの子。クランテイルさんいなくてもなんとかなりそうでよかったデス」

「油断していると斬られますわよ」

「マサカ!」

 

 ペチカの調理を待つ5分間。那子は楽観的だ。いや、自身の動物を従える魔法で操れているわけではないというのに、楽観的すぎると言った方がいい。苦言を呈しても彼女には通じないわけで、言うだけ無駄だ。

 

「で、できました……!」

 

 ペチカは律儀にも、ドラゴンのぶんまで料理を作っていた。こちらには片手で食べられそうなホットサンドを。一方ドラゴンのご飯と言えばということでイメージから、ありがちなマンガ肉が大きくどんと、待機しているドラゴンの目の前に置かれた。喜んでがっつくかと思いきや、無反応。ペチカの料理を供されて無反応とは失礼なやつだ。リオネッタは一足先に舌鼓をうつ那子に続き、上品に、しかし我慢できずにかぶりついた。食事の時間は皆、舌に集中する。おかげで静かだ。その中に、低い唸り声が聴こえた。

 

「ドラゴンさん?」

 

 ペチカは慌てて翻訳アプリを立ち上げた。

 

『次は何をすればいい?』

「えっと……」

『主はこのゲームに勝ちたいのか?』

「か、勝ちたいっていうか……そう、だけど……」

『勝利のためにこの剣を捧げよう』

「……?」

 

 ドラゴンが立ち上がる。こちらへ一歩、二歩と近寄ってくる。なんのつもりだと、咀嚼ついでに顔を上げると、その時すでにドラゴンはその手を振り上げていた。

 

「ッ!!」

 

 リオネッタは突き飛ばされ、代わりに飛び込んだ那子がその一撃を受けた。彼女の体は大きく吹き飛び、近くの建物に叩きつけられ、その壁を突き抜けていった。悲鳴が聴こえるでもなく、那子は戻ってこない。またしても理解を超えた事象が起き、リオネッタは動けなかった。狙いはまだこちらに向いている。今度は尻尾が来る。振り上げたものが巨大化して、周囲を覆うように叩きつけられる。リオネッタは全速力で駆け、先程那子が貫いていった壁の穴をくぐり、中に転がり込む。道のほとんどは剣に潰されたが、建物内は無事だ。そして倒れている那子を見つけ、担ぎ上げる。

 

「なんという無茶を……!」

「体が勝手に……ってやつデス……」

「喋らないでくださいまし! 死にますわよ!」

「ペチカさんは……」

 

 リオネッタとしたことが。ペチカはまだ残されている。ドラゴンが暴走したということは、彼女も身の保障はない。だが荒げられた声が響いてきて、無事だけは確認できる。

 

「なんであんなことしたのっ!!」

 

 返答であろう唸り声を挟んで、彼女の嗚咽混じりの叫びが続いた。

 

「そんなこと望んでない……! 私のためだからって、リオネッタさんも那子さんも……パーティの仲間なのにっ!」

 

 まだペチカと話が通じているのか。今のうちだ。リオネッタはこっそり、ペチカ宛に自分も那子もなんとか無事である旨を告げ、ここは一度離れる。建物の反対側から硝子を割って抜け、まずは離れようとする。と、騒ぎを聞きつけたのかばったりと、他のパーティに出会った。口先の達者な車椅子、プフレとその仲間たちだ。

 

「ど、どうしたんですか」

「……話は後でいたします。とにかく、この女を」

「ちょっと待つデス、リアルドール……ペチカさんなら私も……」

「黙っていなさい! 怪我人なんて足でまといに決まってましてよ!」

 

 呆気に取られた犬耳の魔法少女に那子を押し付け、リオネッタはすぐさまペチカの下へ戻ろうとフリルを翻す。そのスピードに併走して、先のパーティのぴっちり黒スーツがついてくる。

 

「助太刀するわ。正義として見過ごせないもの」

「それはどうも。言っておきますけれど、相手はドラゴンですわよ」

「いいじゃない、ヒーロー番組みたいで」

 

 丁度いい。こいつを囮にしてやる。リオネッタは彼女を先行させた。彼女は軽やかにビルの壁を蹴ってドラゴンの視界へとエントリーすると、同時にドロップキック。純粋なキックとは思えない重い音がして、ドラゴンがひるみ、狙いがそちらに変わった。

 

「我が名はマスクド・ワンダー! 力ある正義の体現者『魔法少女』!」

 

 高らかに名乗りをあげる彼女、マスクド・ワンダー。完全に注意はそちらだ。再び軽やかに、とんとんと振るわれる大剣や爪をかわし、その間を縫ってリオネッタが後方で縮こまるペチカにたどり着いた。

 

「大丈夫かしら、ペチカさん」

「リオネッタさん……あの、なんで、私」

「怪我はなさそうですわね。那子も生きてます。心配しないでくださいまし」

「あ、あの、ドラゴンさん……善意で皆さんを……」

「……ペチカさんに対してあまりにも過保護になった、と?」

「そういう感じのことを言ってたと思い……ます」

 

 まさにモンスターペアレント。なんて例えを思いついて唾棄した。何故そこまでしてペチカの剣だと言うのか。そういう風に作られたモンスターなんだろうか? だとして、なぜペチカだけ? 戦う力のない魔法少女へのハンデのようなものか?

 リオネッタは顔をしかめ、とにかく戦場から離れようと彼女を抱き抱える。

 

「あれは……!」

 

 そしてふとドラゴンの方を見て目に留まったのは──先程シャドウゲールが乗っていた、あの珍妙な乗り物。電飾を輝かせた異様な来訪者が、ドラゴンを前に対峙していた。



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第12話『それいけ!シャドウゲール号』

 ◇シャドウゲール

 

 ギラギラ輝く電飾、その中央には大きく『魔法少女』の文字。その光が3本の角にも鈍く反射し、纏ったミサイルの帷子が見るものを震撼させる。これこそシャドウゲールが作り上げたデコトラ戦車シャドウゲール号だ。やっぱり名前はこれじゃない方がいい。

 だがこうも言ってられないのは、この場が完全に実戦投入の場だからだ。マスクド・ワンダーがまずは戦闘を開始し、時間を稼いでくれていた。よって、彼女が合図とともに離脱したら、そこからはこちらの仕事だ。ハンドルを持つ手が震える。免許はないが、これはゲームの中。ドライブ系のゲームで培った経験でいけるはずだ。

 

「!」

 

 マスクド・ワンダーが幾度目かの回避の後、隙を見て勝利のポーズを決めた。つまり、右手を高く掲げ、左手で胸を押さえた。来た。エンジンのキーを思いっきりひねり、点火。重低音とともに駆動をはじめるトラック。アクセルを踏み込み、発進とともにボタンを押し込む。

 

「目標、ラ・ピュセル・ドラゴン! 発射ぁ!」

 

 本来なら荷台である部分の側面から、次々と発射されていくミサイルの群れ。地獄の道化から剥ぎ取ったものの強化版だ。それが波濤となって押し寄せる。さすがのドラゴンも爆風に目を細め、押され気味だ。反撃に振り下ろされる刃は無理やり曲がって回避。ドラゴンの周囲を旋回しながら連射を続ける。そして撃ち尽くしたミサイル台の奥から、さらに新たな射撃機構が出現。シャドウゲールの操作で火を噴く。

 

「いっけえ! 44式ビームキャノン!」

 

 車両後部から放つ極太のビーム。最初は剣を盾に防御し、そのまま前進して押し返しに来る。だがそこへ叩き込むのは新たな装備だ。ビームキャノンの前方の荷台が変形、中からせり上がってくるのは砲塔。迫撃砲だ!

 ドカンと響く轟音、直後に着弾。ビームの対応に気をとられていたドラゴンの背面に当たり彼女を怯ませる。剣がズレた瞬間に照準を変え、下肢と尾の境にビームとミサイルの集中砲火を食らわした。ドラゴンの装甲には少なからずダメージが入っている。このままいければ……!

 優勢に思わず口元を歪めていたシャドウゲールだが、次の瞬間、不意にドラゴンが突っ込んでくる。長い車体の都合上、急な移動は難しい。ビーム砲を最も邪魔だと認識したのか、真っ先に車体後方が狙われる。腕の一撃が砲台の先を叩き壊し、砕けた鋼が地面に散らばる。さらに迫撃砲も次弾の装填より先にやられ、三段目の機構を隠した場所まで手が伸ばされたところで、苦渋の決断を下す。秘密の一発、切り離しボタンだ。荷台を切り離す。そして──ドラゴンの抱えていた荷台から爆炎が噴き上がる。衝撃にガラスが揺れ、破片が舞う。炎の中でドラゴンがシルエットになってなる。ロケットランチャーのロマンは炎に消えたが、それはそれ。ここからが決戦だ。炎を振り払い、煤と傷で彩られたドラゴンが現れる。シャドウゲール号のフロントガラスに、対峙する竜と魔法少女の顔が重なった。

 

「これで……決める!」

 

 ハンドルを強く握り、再びアクセルを踏み込んだ。三本の衝角を活かす単純な突撃だ。突っ込んでくるのがわかっているなら、ドラゴンだって対応は決まっている。剣の尾を巨大化させ、横に振り抜いてくる。想定済みだ。躱す手段は1つ、ボタンを叩き割る勢いで押し込み、車体下部からバネを解放。車体が思いっきりジャンプして剣を回避し、上空で全エンジンが噴射を始める。横には高速回転、縦には全力噴射による加速。防御力を貫通力へと変えた一撃が、上空からドラゴンへと突き刺さる──!

 

「緊急……脱出ッ!」

 

 接触の瞬間にシャドウゲールが車体から弾き出され、地面に全身を強かに打ちつけた。転がりながら距離を取る。振り返ると、そこには胸元に三本角が突き刺さったドラゴンの姿。そして凄まじい爆発が巻き起こり、思わず顔を腕で覆った。駆け抜けた爆風の熱さがなくなって、ようやく目標の方を見る。やったか……? 半信半疑で見ると、そこにはドラゴンがまだ立っていた。尾剣を杖代わりにして、なんとか、だが。シャドウゲールは腰の光線銃を抜き放つ。しかし、ドラゴンの目線の先は、もはやシャドウゲールではなかった。

 

「ドラゴンさん……」

 

 ぽつりとこぼしたのは、リオネッタの陰に隠れていたペチカだった。そういえばこのドラゴン、好き放題暴れていたが、元は彼女のパーティに協力していたんだったか。彼女からしたら、まだ味方であるかもと思える相手かもしれない。シャドウゲールは銃口をドラゴンへ向けるのを躊躇った。ドラゴンの目線はペチカへ向いている。攻撃の気配はない。

 

「……ペチカさん。貴女のことは私が守りますわ。ですから、あの竜のことは」

 

 クランテイルが──目撃もなにもなく死亡とも言えない──行方不明だとわかった時、不安定になっていたのは彼女、ペチカだった。その不安を、この強大な竜の存在は埋めていたのだろうか。それが後々にして裏切るとは、ゲームマスターも悪趣味なことをするものだ。リオネッタから、ペチカのことは大丈夫だから、というような目線を貰い、シャドウゲールは頷いた。気がつけば震える手だったが、それでも大きな的を外すことはなかった。衝角が突き刺さった痕であろう胸の大きな傷、ひいてはその奥で拍動する彼女の心臓に向かって、引き金を引いた。

 

 細い光線が肉を焼き、貫く。露出していた赤い肉はひときわ大きくどくんと脈を撃つと、そこから鮮やかな紅を溢れさせていった。ドラゴンはそれでも倒れることはなく、ペチカに向かって礼をするような体勢のまま、瞳を閉じた。

 

『ランキングイベントは以上で終了となります。お疲れ様でした』

 

 機械的な通知音声が鳴り、肩の力が抜ける。肩だけじゃない。全身抜けて、へたりこんだ。今になって、緊急脱出の時の痛みがずきずきとやってくる。駆け寄ってきたマスクド・ワンダーに合わせる気力はほとんどなかったが、辛うじて片手をあげ、ハイタッチをした。爽やかな汗が、煙の匂いの中に混じって跳ねた。

 

 ──それから、ランキングイベント結果発表のための強制移動が行われた。視界が一斉に歪み、気がつけば皆が一堂に会している。疲労が残るシャドウゲールはマスクド・ワンダーの肩を借りた。御世方那子も被ダメージが残っているだろうが、彼女の方はたまに絡んでいた。オーヨシヨシ、たまちゃんカワイイカワイイネ〜と明らかな小型犬扱いが聴こえてくるし、なんならたまも遠慮がちながら満更でもなさそうだ。

 ふいに思い出して、周囲を見回す。最も警戒すべきメルヴィルに関しては、他の魔法少女たちから距離を置かれた状態で、ひとりただ立っていた。姿を見せている。事を起こそうという雰囲気はない。一方、やはりと言うべきか、クランテイルは見当たらない。状況に変化はないということだった。

 

「実質エリアボスの討伐、おめでとう」

「……どうも」

「楽しかったかい?」

 

 プフレからの言葉に、頷くのははばかられた。なんとなく、ペチカのことが頭に過ぎったせいだ。彼女自身は平気そうにしているが、よく見ると、その手はリオネッタのケープをぎゅっと握っていた。

 

「結果発表だね」

 

 呟きとともにファルが現れる。丁度3日ぶりといったところだろう。相変わらず浮遊しながら、緊張感もなく話し始める。

 

『結果を発表するぽん。集計の結果……優勝はペチカ・御世方那子・リオネッタですぽん』

 

「……はい?」

 

 耳を疑った。完全に勝った、と思っていたのに。

 

「ちょっとちょっとちょっと、あの、私、ドラゴンとか倒して」

『いやぁ、ラ・ピュセル・ドラゴンの討伐もお見事だったけど、ギリギリ集計期間外になっちゃったぽん』

 

 絶句する。そんなことがあっていいものか。確かに時間はギリギリだったが、通知が来たのはドラゴンを倒してからのはずで……。思わずシャドウゲールは魔法の端末を起動する。皆の視線が注がれているのにも構わず、大急ぎでキャンディ数を確認した。増えている。モンスター図鑑を見る。ラ・ピュセル・ドラゴンの情報が更新されていた。

 

『ラ・ピュセル・ドラゴンは主のためならば、どんなダメージも耐え凌ごうとします。心臓を貫いても何分かは戦い続けるので注意!』

「……んな馬鹿な」

 

 言われてみれば、ドラゴンは礼をして目を閉じただけだ。よく見たら心臓は穴が空いてなお動いていたかもしれない。確認していなかったが、あの瞬間にはキャンディが増えていなかったのかもしれない。倒したその瞬間の安堵よりも思いっきり力が抜けて、シャドウゲールはゲーム始まって以来一番のため息をついた。

 

『え〜っと……まあ3位のプフレチームは残念だったぽん。今回のログアウトイベントはこの結果発表がありましたのでなし。では、残り6時間後にログアウトとさせていただきますぽん。また次回会おうぽん〜』

 

 シャドウゲールは心の中で、間違いなく戦友であったシャドウゲール号に謝ったのであった。



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第13話『いざ新エリアへ』

 ◇キーク

 

「あのさ、ランキングポイントの奪い合いとかプレイヤーに教えなかったでしょ」

 

 モニターを眺め、高い椅子で宙ぶらりんの脚を揺らしながら、ファルに向かって吐き捨てる。ファルは答えない。

 地獄の道化は本来の予定ではラストダンジョンに配置していた強敵だ。この時点で出現させるために作ってはない。ステータスそのものは調整したが、なんなら飛行性能だけは強化してある。ラ・ピュセル・ドラゴンも同様だ。あちらはユニークモンスターに変えるにあたり、ボスとしてデザインしてあったグレートドラゴンと統合したり、強力になるようにかなり魔改造したが、根っこは『魔王の騎士』というエネミーである。つまるところ、脱落者を出すつもりのデザインだった。

 ランキングイベントはそういう仕組みだった。実質的に参加者間での奪い合いになるシステムを導入することで、そろそろ本格的に割れてもらおうと思ったのだ。それが、薄味の決着になった。ラ・ピュセル・ドラゴンも犠牲なくギリギリで討伐されていた。

 

「マスターはなにがしたいぽん」

「言ってるじゃん。選抜、というか聖別だよ。音楽家殺しが正しい魔法少女なのか、見極めるための」

 

 ともあれ、本番はここからだ。次の迷宮エリアにはプレイヤーを苦しめる仕掛けがいくつも用意してある。想定ではここで2回ログアウトぶんは足踏みをしてもらう。その間に、ランダムイベントなりでスパイスを撒いて、不和を育てていく。結実が楽しみだ。果たしてそうなった時、音楽家殺しはどちらに振れるのだろう。

 

 キークは回転椅子をぐるぐると回し、ファルはゲーム内へ戻るべく管理者端末の灯りを落とした。

 

「ああ、そうそう。今度スノーホワイトと会うんだった。楽しみだなあ、準備しておかなくちゃ」

 

 ◇マジカルデイジー

 

「なんかうちら先越されてばっかりじゃないっすか?」

 

 4番目のエリア、迷宮エリアは読んで字のごとく迷宮であった。無骨な壁が立ちはだかり、単純に迷路と化している。屋根も低く、全体が狭くて重苦しい。閉所恐怖症だったら発狂していたかもしれない。幸いパーティメンバーにはそんな重症者はいない。マジカルデイジーたちはただ歩く。その最中で、ジェノサイ子がふと呟いたのだ。

 

「荒野のミッションも、お姫様のエリアボスも取られたし、ランキングイベントは2位だったじゃんか。そろそろエリア獲りたいよね」

 

 言っていることはわからないでもない。事実だ。慎重に進む案を採用し続けた結果、デイジーたちは完全に出遅れている。いつもそうだ。この迷宮エリアに入った時だって、先に探索していたプフレに出会い、「どうやら次のエリアを回るには迷路を解かなくてはいけないらしい」と教えられたわけだし。

 

「かといって、どうするアルか?」

「うーん、右手法左手法は……使える? あの、どっちかの側の壁に手を当てて辿っていけばゴールに行けるってやつ」

「そう単純な迷路なのかな」

 

 街から少し離れて進むと、何やら分岐の真ん中に大きな石版があり、道を綺麗に塞いでいる場所に来た。壁と同様に分厚く、石版だとわかるのは色と材質が違って見えるからだ。実際はどちらも同じくらい硬かった。試しに地形を変えられないかやってみたが、殴る蹴るでは魔法少女の膂力でもびくともしない。

 それから落ち着いて、表面を調べてみる。すると、石版にはお姫様エリアのような暗号ではなく、しっかり日本語でメッセージが書かれていることに気がついた。殴ったり蹴ったりしている時は、暴力に夢中で気づかなかったようだ。

 

「『先へ進むためには3つの石片と4つの輝きを束ね、誓いの祝詞を唱えよ』……だって。キーアイテム8つってこと? 大変だなあ」

「8は多いアルね」

 

 ただでさえ帰り道を見失いそうな迷宮だというのに、この殺風景の中を3つの石片と4つの輝きと誓いの祝詞を求めて彷徨うのは……正直言って見返りが釣り合っているか微妙なところだ。これまで楽しそうにミッションをやろうと言っていたジェノサイ子でさえも面倒くさそうにしている。デイジーはため息混じりに方法を考えた。……ズルい方法なら、ある。

 

「ただここが塞がれてるだけなら……」

 

 2人を壁から離れさせた。周囲の安全を確認。そして、気持ちを切り替え、くるんと回って決めポーズ。

 

「デイジー、ビィーッム!」

 

 指先から必殺のビームが迸る。閃光は石版に激しい明滅を浴びせ、分解。あれほど分厚かったはずの石版は、そのメッセージごとさらさらと消え去っていった。これがデイジーの魔法、デイジービームである。ジェノサイ子は目を輝かせ、@娘々はおおーと歓声を漏らした。心の中にあった顕示欲が満たされるのを感じる。魔法少女マジカルデイジーの前に、障害物など無いも同然なのだ。誇らしげに、しばらくは決めポーズのまま、ファンサービスのつもりで立っていた。

 

「この先、もしかしてエリアボス……アルか」

 

 気を取り直して先に進もうとしていたデイジーも、同様の気配を感じ取る。確かにアイテムを集めて最後のボス部屋に入れるという理屈は単純だ。とはいえ、準備もなにもなく進んでいいのか。

 

「道開けちゃったし? 準備してたら先越されちゃうし? っていうか……正直なんとかなるんじゃない?」

 

 夢の島ジェノサイ子の魔法は『バイザーを下げている間は無敵』。@娘々の魔法は『お札にものを収納する』。ジェノサイ子の魔法は……デイジーの魔法が矛だとすると盾で、ぶつけたらどうなるのか気になりもするが、言わずもがなタンク役として最適だ。ビームを放つ瞬間までの時間を稼いでくれる。@娘々の魔法はオールマイティだ。魔法の端末ではアイテムとして認識されないものまで持ち運べる。そして各々、それなりの戦闘の心得がある。なんとなく、この3人ならいけるでしょうという楽観が、特にジェノサイ子とデイジーの中にはあった。

 

「準備は整えるべきアル」

 

 そういう@娘々の意見も一理ある。店売りのアイテムもたかが知れている、という自分の心の中で芽生えた意見もその通りではないだろうか。武器はデイジービームがあれば不要。盾はジェノサイ子のスーツがあれば不要。回復薬やら便利機能やらは、これまでのエリアのものはしっかり買い揃えてある。よってデイジーはリーダーとして、強行を選んだ。

 

「行こう!」

 

 そして臨んだボス戦。少し進んだ先で大きな広間に出たかと思うと、中央に、マフラーを靡かせた人影と、その傍らにシスター服の人影がある。魔法少女を模した敵か。@娘々が真っ先に魔法の端末、モンスター図鑑を見た。だがそれより先に、マフラーの方が地面に手をつき、彼女を中心として地面から、壁から、新たな壁がせり上がってくる。全方位から石柱が飛び出してきて、さらにボス自身も飛び込み肉弾戦を仕掛けてきた。

 

「ちょっ、待っ! いやぁ、ダメージ効かない魔法でよかった!」

 

 ジェノサイ子が攻撃を受けつつ、こちらに飛んでくるものは@娘々共々受け流して対処。娘々はむしろ伸びてきた石柱をお札に収納し、ボスに射出し返して見せた。石は石同士で相殺されるが、こちらに来る石柱が止んだ。反撃の隙は──いや。違う。

 

「おわっ!?」

 

 攻撃が通じないなら封じてしまえばいい。ボスはその解決方法を選んだ。つまり、ジェノサイ子を包むように壁が出現し、彼女を覆い隠してしまったのだ。驚く声とともに、その姿が見えなくなる。そして彼女を助けに行く暇もなく、ボスとの格闘戦。@娘々が中国拳法、とは少し違うが華麗な格闘スタイルで応戦し、デイジーもそれに続く。一撃一撃が重く、隙が少ない。純粋な身体能力として、魔法少女の中でも上位クラスだ。こちらが押され始めている……!

 

  石柱の乱舞も続く。格闘戦だけに集中しようとすると、側頭部を突如出現した壁に叩きつけられてリズムが乱れ、何発かを食らった。重い。空気と唾液が漏れ、なんとか踏みとどまる。今は@娘々が引き付けてくれている。しかしビームでは彼女を巻き込む。ジェノサイ子ならデイジービームで解放できるか。そちらに向けて放とうと指を向け、視界の端の違和感に気がついた。

 

「あれ……あんな変な柱、あったっけ?」

 

 いや、戦闘開始時にはなかった。そして、もう一つだけ。戦闘開始時といえば、このマフラーをしたボスの隣にいた、シスター服のボスはどうした? ジェノサイ子の件で、壁の中に誰かを隠すという手段があるのは知っている。だったら一か八か、あれを撃つ!

 

「デイジービィームッ!」

 

 デイジーの標的がその不自然な壁であることに気がついたらボスは、射線上に壁を乱立させて防ごうと試みる。が、それを全て瞬時に分子から破壊し、貫くのがデイジービームだ。抵抗も虚しく標的へと届き、そしてその中も貫いた。ぶち抜かれた壁の奥から、よろめいてシスター服の人影が現れると、その胸に空いた風穴から塵となって消え去った。

 

「今ので片方やったアルか!?」

 

 ここでどうにか耐えてくれていた@娘々が振り向いた。そのうえで、マフラーのボスからの矛先がデイジーに向いた。相棒を倒された怒りか。動きが大振りになり、しかし威力も速度も落ちている。あのシスター服の側が強化をかけていたということか。

 

 それでも、ボスは下手な魔法少女よりは強敵だ。マジカルデイジーが蹴りで応戦しようとした途端、ボスの巻いていたマフラーが蠢き、巻きついてきた。不意に動きを阻害され、デイジーに隙ができる。そこへ掴みかかられ、すぐ横に現れた壁に顔を叩きつけられる。痛い。痛いが、冷静になる時間は少しだけでもある。2度目、3度目と打ち付けられ、鼻血を自覚した辺りで、反撃に動く。

 

「……デイジービーム」

 

 やりたくなかったのだが、この瞬間だけはデイジーポーズを捨てた。指先から放つ普段のビームよりさらに細く。爪の先にだけ発生させたビームをふっとかざし、絡みつくマフラーを切り裂いた。そのまま、今の今まで拘束されていた脚の不意のハイキック。防御したらそのまま蹴り飛ばすようなヤクザキック。反作用で後方に跳び、体勢を整え──ようとして、背面に壁を出されて激突。反撃の勢いを削がれる。ボスが追ってくる。一直線だ。間に合うか。頭を回す。

 

 ふいにその視界に、ふわり投げられたお札が3枚飛び込んだ。振り返ることもなくそれが@娘々の投げ込んだものだと悟ると、デイジーは覚悟と、デイジーポーズを決めた。刹那、お札からボスの散々使ってきた魔法の石壁が飛び出し、その行く手を遮り、時間を用意しきった。

 

「これで……終わりっ!」

 

 光条はボスを貫いた。人型はあっけなく消滅し、マフラーの先まで塵になっていった。その後すぐ、魔法の端末から通知が来る。

 

『エリアミッションをクリアしました』

 

 ──終わった。抜け駆け成功だ。デイジーはポーズと決着の余韻を噛み締めるように解き、まずは流れ出た鼻血やら滲んだ汗を拭った。

 

「……ふぅ。あ、ジェノサイ子さんを助けないと」

「お疲れ様アルよ。デイジー、凄いアル」

「あはは、アニメの範囲でも全然なかったよ、こんな本気の……」

 

 そうだ。こんなに思いっきり魔法少女として立ち回ったのなんて、いつぶりだろう。

 

「私は……あの時以来かもアル。あの時……あれ?」

「……どうしたの?」

「私……魔法少女をやめて……何か嫌なことがあって……」

 

 頭を抱える@娘々。その様を見ると、マジカルデイジーは同様に頭を捻らせる気は失せた。ただぼんやりと、人型の敵がさらさらと崩れ落ちていくその様に覚えた感情が、頭の奥底にへばりついていた。



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第14話『密林エリアの歓待』

 ◇ディティック・ベル

 

 ──ランキングイベントが終わり、その次のログアウト期間。ディティック・ベルは変身を解き、『氷岡忍』として、ラピス・ラズリーヌの足跡を追った。氷岡忍自身も探偵事務所の下っ端のようなものだが、その仕事を全部休みにして、こちら側に力を注ごうと決めた。ラズリーヌの魔法の端末のアドレスにあった電話帳、その市外局番からおおよその地域を把握し、後は足で稼ぐ。繁華街に揉まれながらこっそりと魔法を使う。建物に話を聞き込み、あれも違う、これも違うと次から次へ建物の壁にこっそり口付けしていく。

 だが三日間では有益な情報は得られなかった。せっかく繁華街に溶け込めるような格好を揃えたのだが。……本職のお姉さま方からすれば薄化粧の地味女に見えるだろうが、忍のできる精一杯だ。そのうえで話しかけてくるナンパや客引き、酔っ払いに阻まれ、捜査は難航したままゲームの中に戻ってきた。ラズリーヌはすぐに、カプ・チーノはそれより少し離れた位置にいるため、2人で迎えに行く形でパーティを合流。そして迷宮エリアの探索に張り切ろうとした。

 

「ベルっち、次のエリア解放されてるみたいっすよ」

「え?」

 

 入って歩いて割とすぐ、ボス部屋らしきものに到着。広場ながらそこに何もいないことを確認した。3人して出遅れたらしい。

 

「名前は密林エリアらしいっす。前のログアウトまでにギリギリ突破してたみたいっすね」

 

 迷宮エリアで何をすることもなく、仕掛けられていた罠も秘宝も全部スルーすることになってしまったようだ。仕方ない。キャンディ効率や武器防具の補正値は後発の方が当然高い。わざわざクリアしたエリアを後から探索する価値は薄い。仮にレアイベントを見つけたら話は別だが……。

 

「一応ショップは覗いた方がいいのでは」

「ベルっち休憩中に見てきたっすけど、このエリア専用の地図とかモンスター避けの鈴とか、あとモンスター倒す時に使うとアイテムが出やすくなる薬があったっす。カプっちと相談して、ちょっとだけ買っておいたっすよ」

 

 いつの間に。この解剖用水溶液……というらしいアイテムはレアドロップでも確実に落とせるあたり使い道はありそうだが、モンスター図鑑とにらめっこし続けなければ使いどころが見い出せなさそうだ。事後承諾だが気にしないことにする。

 

「武器や盾は次のエリアにしよ。出遅れたぶん、追いつかないと」

 

 カプ・チーノの先導で、次のエリアへと移動する。入口に踏み込むといつもの如く視界が歪み、肌に当たる空気が一気に変わる。陰鬱な迷宮の空気から、高温多湿の、また別方向に嫌な環境へと変わって、ディティック・ベルは眉をひそめた。密林エリアという名前の通り、周りには木々が生い茂り、閉塞感は迷宮エリアとさほど変わらない。だが何よりも嫌だったのは、視界が晴れると同時に耳に飛び込んでくるいくつもの銃声。横殴りの衝撃を受け、それがラズリーヌによって銃撃から助けられたのを認識すると、ディティック・ベルも身構えた。

 

「なに、もう始まってるの……!?」

 

 状況を再確認する。撃ってきたのは豹頭人身の獣人モンスターだ。本物の銃器を手にしており、さらにそれが何体もいる。モンスター図鑑を開くと、新たなモンスターが2種登録されていた。うち片方、『極道獣』がこいつらだ。向こうの方では他のチームが同種と戦っているのか、銃声が絶えない。

 

「向こうの方に合流! この数、一緒に戦った方がいい!」

「また物量って……!」

 

 ラズリーヌは何も言わずディティック・ベルを抱えあげ、その場を離脱。カプ・チーノはその背中を狙っていた極道獣にローキックからの首筋への手刀を決めて撃破してから続く。追手はあるが、対処できないほどではない。森の中でツタをかきわけ、突っ込んだ先では既に何人もの魔法少女が交戦状態だ。特に2人、多く敵を引き付けている役がおり、ディティック・ベルは抱えてくれていたラズリーヌの腕の中から降りるとともに頼む。

 

「ラズリーヌ、あっちの手助けをお願い」

「はいっす!」

 

 彼女は猛スピードで戦場に合流。突っ込む飛び蹴りで数体を蹴散らし、両手を顔の横でクロスさせてポーズを決めた。

 

「戦場に舞う青い煌き! ラピス・ラズリーヌ!」

 

 決めポーズは隙があるように見えてその実完全な戦闘態勢である。獣たちは名乗りに引き寄せられていく。その事実を差し引いても形から入っただけかもしれない。しかしそれでは終わらない。先陣を切って戦っていた魔法少女にも伝播する。

 

「我が名はマスクド・ワンダー! 力ある正義の体現者『魔法少女』!」

 

 続いてマスクド・ワンダーも名乗りをあげる。彼女が勝利のポーズを決めた直後にも銃撃や襲撃が相次ぐが、難なく蹴散らし、背中合わせになった彼女らは互いに視線だけを向け、頷き合った。なにか通じあっている。

 そしてその彼女らを取り囲んだ獣たちを、飛来した光芒が焼き尽くした。否、消し飛ばした、という方が正しい。

 

「戦う花のお姫様……マジカルデイジー!」

 

 マジカルデイジーは得意のビームによって周囲の雑魚を払い、流れるようなデイジーポーズ。ラズリーヌとマスクド・ワンダーにわざわざ波長を合わせに行ったらしい。言わなければならないわけでもないのに名乗った彼女にも、極道獣は一斉に集まっていく。その中で、恐らくは夢の島ジェノサイ子が「あれは! 児童誌で1回だけ使われたオリジナル口上!」と感銘を受けていた。

 とにかく、大多数はあちらに任せてもいいだろう。銃弾程度でどうにかなる魔法少女ではない。彼女らの戦いぶりには観せる余裕がある。

 

 ディティック・ベルはラズリーヌたちの戦いぶりにほぼ見惚れていたが、気がつくと隣にカプ・チーノがいなくなっていた。どこへ行ったと姿を探し、すぐに見つかる。フライ返しを振り回していた魔法少女、ペチカが銃弾を慌てて避け、転び、そこへ追撃しようとしていた個体をカプ・チーノがジャブからのキックで助けに入った。ペチカはしばらく呆然としていたが、新手がすぐやってきたのを見て気を取り戻し、フライ返しを再び構えた。そして、突っ込んできた個体を思いっきり打ち、クリーンヒットにより撃破に成功。カプ・チーノの方から手を差し出し、握手を交わす。

 

「やるじゃん、ペチカ」

「え、へへ……あれ? 名前……」

「……あれ? なんで知ってるんだろ。名乗ったっけ?」

「失礼、皆の前でリオネッタが呼んでいたのでは」

 

 割り込む形にはなったが、ディティック・ベルがペチカの名を知ったきっかけを告げる。ペチカもカプ・チーノもああそうか、と反応したものの、どこか違和感があるらしい。ディティック・ベルにはない。

 

「とにかくこの場をなんとかしないと……あぁ、まだまだいる。ペチカ、まだ平気?」

「う、うんっ」

 

 木々の中から飛び出してきた極道獣に皆で反応、身構えてどう仕掛けるかというところで、その背後に忍び寄る人形が鉤爪で首筋を撫で、鮮やかに絶命させた。溢れ出す返り血をひらりとすり抜けながら、こちらにやってくる。リオネッタだ。

 

「ペチカさん! ご無事ですの!?」

「う、うん。チーノのおかげで」

「チーノ?」

 

 リオネッタの顔がカプ・チーノに向いた。それからすう、と吸い込み、いつの間にそんなにお近付きになられたのです、羨ましいですわ、私のこともぜひもっと親しみを込めて呼んでいただいて構いませんことよ──と、ディティック・ベルが聞き取れる限界ギリギリの早口で言葉が連ねられた。ペチカはその押しの強さに半笑いだった。

 

「こちらの方はある程度片付きましたわよ。向こうの方で、巫女と犬が喜び勇んでいるようですが」

「ラズリーヌたちに加勢はむしろ邪魔そうだし、そっちに合流して突破を目指した方がいいんじゃない」

 

 ディティック・ベルも概ね同意見だ。4人並んで、リオネッタが先導する形で歩き出して、獣との戦闘ではないつかの間の一時に汗を拭う。やや暑い。走り回ったせいだろう。帽子を取り、こもった熱を取ろうとし、ふいに上空を見た。いくつもの影がある。鳥だろうか。ディティック・ベルたちの頭上を旋回している。

 ……鳥? これまで、ゲーム内にモンスターと魔法少女以外の生き物は出てこなかったのに? そう思った瞬間、上空の影は一気に加速をつけ──地上に向かって突っ込んでくる。

 

「上から来るっ!」

 

 咄嗟のことでそれしか言えない中、リオネッタのすぐ後ろを歩いていたペチカが振り向いて、彼女を庇おうとリオネッタが前に出て、カプ・チーノも駆け出した。その1秒に満たない時間がスローモーションに思えた。ディティック・ベルは行動できないまま、目の前で突っ込んできたモンスターが地表に激突し、爆炎を噴き上げて炸裂した。

 



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第15話『持つべきものは』

 ◇たま

 

「いったた……」

 

 極道獣の群れとの戦闘中、大規模な爆発が発生。たまも含め、多くの魔法少女が巻き込まれた。空を飛ぶモンスターが自爆覚悟の特攻をしてきたらしく、モンスター図鑑を確認すると確かに自爆をするモンスター『高速の狂鳥』が登録されていた。しかも群れで行動するらしく、爆発の規模が大きかったのはそのせいのようだ。吹き飛ばされてここまで来たんだろう、背中が痛い。

 パーティメンバーは無事だろうか。不安が過ぎる。マスクド・ワンダーは心配いらないとしても、車椅子のプフレ……は、彼女ならうまくやっていそうだ。心配するべきはシャドウゲールかもしれない。まずは魔法の端末から地図を開き、パーティメンバーの居場所が表示されるように祈った。マスクド・ワンダー、プフレ、シャドウゲール、皆バラバラでここからはかなり遠くにいる。加えてこのエリアの特性なのか、道の詳細がわからない。マップ内に木々の壁が書かれておらず、誰かのところに行こうと地図を見ながら歩いて、思いっきり壁に激突した。そして歩き魔法の端末はやめようと決意。再度確認をして、唯一の手がかりとして、シャドウゲールが何かの建物の内部にいるらしいことを認識した。

 皆から離れていたたまは、木々の群れの中を探して回ろうと、ひたすら鼻を幹や地面に近づける。木々の匂いの中に混じる魔法少女の体臭を辿るのである。例えばマスクド・ワンダーならわかりやすくゴムや汗の匂いがするし、シャドウゲールは機械や薬品のような匂いがする。するといっても、嗅覚に長けた魔法少女でなければ気にも留めない残り香だが。

 

「……あ」

 

 見つけた。アンティークな木材に香水をかけたような匂い。追って駆けて、口論が聴こえるようになり、やがて声と匂いの主を見つけた。

 

「ですから! 早くペチカさんを探しに行かなければ……!」

「そのために! 足になるモンスターを手に入れるべきデース!」

「回り道している暇などありまして!?」

「急がば回れって言葉もありマース! ガムシャラに探し回って見つかるなら苦労はしマセーン!」

 

 どう見ても話に割って入れる状況ではない。どうしようと右往左往し、見つからないよう縮こまり、ふいに喧嘩中の那子に見つかった。

 

「オー! たまちゃん! こっちおいで〜!」

 

 普段なら喜んで駆け寄りそうなところ、躊躇いながら歩み寄った。リオネッタは一瞬ハッとしたような顔をしたが、また焦りの表情に戻ってしまった。そうだ、彼女らのパーティのうち、ペチカだけ姿がない。地図アプリを使い場所を確認したはいいが、そちらに向かえる道がない、と那子が言った。聳え立つ木々は入り組んだ壁となっており、上空にはあの自爆する鳥も飛んでいる。逆側に遠回りし続けてここに来たとか。

 

「あ、あの、じゃあ……」

 

 恐る恐る手を挙げた。

 

「私の穴を掘る魔法なら、なんとかなりませんか?」

 

 リオネッタと那子が顔を合わせ、双方揃って目を輝かせた。左右から同時に手をとられ、驚く間もなく頼みが浴びせられる。

 

「ナーイス! さすがたまちゃんデース!」

「えっ、あ、はい」

「早速お願いできますこと、一刻を争いますわ」

 

 勢いに流されるがまま頷いた。もちろん元々助けるつもりで、それでも想像以上に焦っていたらしい。那子にワシワシと撫で回されながら先導され、近くの木の幹に連れていかれた。この木々は迷宮エリアの壁ほど頑丈ではないはずだ。爪を振りかぶり、振り抜いた。がり、と表面が少し削れたことにより、たまの魔法が発動する。魔法少女が通れる広さの穴が一瞬にして、小さな傷が広がって出現し、その向こうに光が見えた。そうして木の中を抜け、地図アプリの反応を頼りに歩き出す。

 

「いやー、たまちゃんがいてくれて助かりマシタ! いい子いい子、偉いデスネェ〜!」

「え、えへへ……」

 

 那子は動物好きで、元々ペットを飼っている。その中にハムスターの『たまちゃん』がいるらしく、名前が同じことからか、やたら可愛がられている気がする。……撫でられるのは嬉しい。こんなに直球で褒められたのはいつぶりか、思わず手放しで喜んでしまう。サイバーエリアで初めてまともに話した時も、ランキングイベントの結果発表の時も、こんな感じだった。なんというか、散歩の途中で出会った犬好きの人、みたいな?

 そんなたまと那子の傍らで歩くリオネッタ。はじめ喧嘩しているところを見ていたぶんには、この那子とのやり取りをどれほど白い目で見るかと思っていたが、そちらは眼中にもない様子だ。ペチカのことを考えるのでいっぱいいっぱい、ということかもしれない。前を見ているようで見ていない、そんな様子でどんどん前に進んでいくリオネッタに、那子の撫でを受けながらついていった。

 

「ア」

 

 小さく声を上げ、那子はリオネッタを無理やり引き止めた。リオネッタは一瞬眉を顰めたが、止まってくれる。そして那子が指した先には、太めの枝に留まり、竹箒を幹に立てかけて休憩している狂鳥だった。

 

「あれを調伏しマス」

「壁を越えたんですもの、飛んで抜ける必要はなくなりましたわ」

「この後のエリアでも使えそうじゃないデスカ!」

 

 それよりも早くペチカをと言いたげなリオネッタだが、次チャンスがあるかわからないと押し切られ、静観に。

 

「いよし、それじゃあこいつで……!」

「えっ、武器投げるだけって、それで大丈夫なんですか?」

「ワタシの魔法は勝負に勝つのが動物をお友達にする条件なのデース」

 

 本来はモンスターを従えていく予定が、これまでのモンスターは全然動物型ではなかった上、迷宮エリアは一瞬でクリアされてしまったため、ここでようやく本領発揮できる、というかそろそろしたいということだった。先制して自爆されては従えられない。

 そんな那子にできることはないかと、たまは自分の手、肉球グローブを見て考える。

 

「だったらその、木登りは得意なので……連れてきます!」

「いいんデスカ!? 持つべきものはたまちゃんデース!」

 

 穴掘りほどじゃないが木登りもできる。犬の特技とはちょっと違うとはいえ、引っ掛けられる爪があるのは大きな利点だ。那子の期待を一身に背負い、気づかれないように立ち位置を調整。あとはゆっくり、そっと木を登り始める。木の表面はでこぼこしていて、掴んだりひっかけたりは容易だ。あとは鳥にバレないように動かないと。ひとつ、またひとつと慎重に登り、あと二手。ここで思いっきり、加速して飛び出す!

 枝の下から突然飛び出してきた魔法少女に、狂鳥は飛び立てず、さらにたまが枝の方に一撃。根本に穴を掘ることで枝を折り、鳥を落とす。そして空中で捕まえようと飛び込み、しかし向こうもそう怯んでばかりではない。翼をばたばた動かして、どうにか揚力を得ようともがいているのだ。自爆の原因である箒とそのエンジンからは引き離せている。あとは本体だけだ。空中で体勢を整え、へし折られて自由落下する枝を無理やり蹴り、ほんの少しながら推進力を得た。そしてギリギリ、両手で片翼を挟んで掴み、引っ張りこんで首を押さえた。やった、捕った。これで那子の期待は裏切らずに済んだ。

 

「……あっ」

 

 捕ったのはいいが、その後のことは考えていなかった。そのまま重力に身を任せ──着地寸前でふわりと受け止められる。受け止めたのはリオネッタで、暴れていた鳥はすぐさま那子が掴み、急に因縁をつけて幣で何度か殴ると、魔法の対象になったらしく大人しくなった。

 

「あ、えっと、ありがとうございます」

 

 返事はない。むしろ、気まずいような表情で顔を逸らされる。どうしたのだろう? リオネッタの態度に首を傾げる間もなく、彼女の腕の中から下ろされると同時に那子に笑顔を向けられた。

 

「いやぁ〜、またまた助かりマシタ。この子もありがとうと言ってマス」

 

 那子の隣でお辞儀をする狂鳥。それはさすがに嘘だと思う。ただ、これを見るに、とにかく那子の魔法は効いているらしい。

 

「では気を取り直して! ペチカさんたちを探しに行きマショー!」

 

 斥候に狂鳥を先頭として、即席パーティはまた歩き出す。もはや樹木の壁はたまの穴掘りで関係ない。あとは地図を頼りに真っ直ぐ行くだけだった。



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第16話『謎』

 ◇ディティック・ベル

 

 爆風に見舞われ、気がついたら皆とはぐれ、小さな洞窟の中に寝かされていた。近くにいたのは2人。咄嗟にカプ・チーノが覆いかぶさったらしく、ペチカはほぼ無傷。爆風を浴びたカプ・チーノは少なからず火傷を負っていたが、平然としており、ディティック・ベルを見つけて連れてきてくれたのも彼女らしかった。

 

「その怪我……」

「これ? 痛いけど、まあなんとかなるって感じ。回復薬は使ったからいい」

 

 ペチカが無事だったなら十分、という具合で、彼女の自己犠牲的な気質が垣間見える──が、どうしても探偵としての視点が過ぎるディティック・ベルからすると、その態度には違和感が大きい。

 そもそもパーティも違うカプ・チーノは、ペチカとはほぼ初対面だ。確かプフレとシャドウゲールは人間体の時点で知り合いだった。ゲーム外での知り合いの線もゼロじゃない。だがそれにしては、互いの認識がおかしい。そうならそうと言い切ればいいのだ。先程顔を合わせた時に名乗ったか確認する必要などない。

 そのペチカに対してそこまでするのは、よほどの神愛に生きる人間か、恋する乙女か。カプ・チーノはそのどちらかとは思えない。

 

「あ、そうだ。アドレス交換しとこっか。これ以上はぐれたら困るし」

 

 ふいに飛び出した提案にペチカが頷いた。元々知り合いだという線はなくなったはずだ。ディティック・ベルはここでラズリーヌの時と同じ手法のソーシャルエンジニアリング……つまり、覗き見を敢行する。こっそりと覗いたカプ・チーノのアドレス帳には、パーティ結成時に登録したディティック・ベル、ラピス・ラズリーヌ、メルヴィル、そしてペチカの名が並んでいるだけだった。……ペチカ?

 

「あれ? もう登録されてる……?」

「ほんとだ。なんで?」

 

 不思議な現象に、本人たちも首を傾げる始末。まあいっか、と誰も気にすることはなく、ディティック・ベルとペチカの間での交換が行われて話は終わった。だが、頭の中には謎が残ったままだ。マスターの思惑、クランテイルの行方不明、そしてペチカとカプ・チーノ。紐解くにはヒントが少ない。

 このゲームには何かが隠されている。恐らくは、ここにいる2人だけに留まらず、参加者すべてに波及する何かが。ゲームのクリアは脱出の必須条件だとして、その裏にあるものが解き明かせなければ、探偵としての完全クリアとは言えない。あるいは、クリアのその前に──。

 

「ラズリーヌの端末の反応はずっと遠くみたい。あの子の魔法なら、瞬間移動だし一発で合流できるかもしれないけど」

「……合流できない状況にある?」

「かも。一緒にいたのがあの面子なら心配は無用でしょ」

 

 ラズリーヌが心配じゃないとは言えないが、今助けに行く手段はない。こちらでも、他の魔法少女たちがどうなっているのか把握すべきだ。

 

「そっちはどう? あの……お人形さんと、巫女さんは」

「えっと、動いて……こっちに向かってる? みたいです」

 

 あちらの方で合流しようとしてくれている。となれば、あまり無理して動かない方がいい。カプ・チーノがいるとはいえ、他は非力な、戦わない魔法少女なのだから。

 

「ペチカさん。この場所には獣の気配もない。下手に移動するより、少し休まないか。落ち着いて話をしよう」

「え? あ、えと……」

「私はディティック・ベル。こう見えて、探偵をしている」

「それは、えと、はい」

 

 決まり文句なので、見るからに探偵じゃんという反応を貰うのは仕方がない。

 

「でしたらその……お食事……」

 

 このゲーム内では食事が必要だ。ログインからはまだ早いが、できる時に補給しておくべきだ。彼女の言葉に頷き、魔法の端末から買い置きの携帯食料を出した。早速個包装を剥いて食べようかと手をかけると、ペチカはなにか言いたそうだ。手を止め、声をかけるかという瞬間に、カプ・チーノの方から伝えられた。

 

「ペチカの魔法、料理を作る……だよね? せっかくだし、この携帯食料、料理にしてもらおっか」

 

 そんなことができるのか。確かに携帯食料は味気なく、本当に最低限のエネルギー補給という感じだ。やってくれるというのなら、手の内を見せてもらおう。2人から携帯食料を渡され、ペチカがそれを受け取り、魔法の端末から食器アイテムを用意。その上で携帯食料を握り、何をするかと思い眺めていた。……何もしない。沈黙が流れる。

 

「あ、あの、ちょっと、時間かかるんです」

 

 条件は時間経過だったらしい。ただ見ていても本当にしばらく変化がないとのことで、ひと足お先に本題を吹っ掛けていく。

 

「ペチカさんはカプ・チーノとはお知り合い?」

「……よくわからないんです。なにか、大事なことを忘れているような気がして」

「よくわからない……?」

 

 こうなると、魔法による関与が最も疑わしい。魔法少女が関わっている以上、どうしてそうなっているかはもはや考えても無駄だ。手段ではなく、誰なのか、なぜなのか。ゲームマスターか? ゲームマスターだとして、参加者の記憶を消して何になる?

 

「私も同じ。ペチカにはなんとなく親近感というか、慣れた雰囲気があるけど……それだけ」

「そうか……ありがとう」

「って言うか……ゲームに参加した経緯とかも、思い出せないんだよね。気がついたらここに居たし」

 

 それは皆同じで仕方のないことだ。恐らくは無差別に選定され、送られてきたメールを受け取った段階で問答無用で連れ込まれた。ディティック・ベルの状況もそうだ。ラズリーヌもそう言っていて、ペチカに訪ねると、口から似たような状況が説明された。ここは疑っても仕方がない。……魔法という常識外れなものが相手な時点で、疑い出せばきりはない。

 

「あ、出来ました。ど、どうぞ」

 

 スプーンを添えて渡されたお椀には、透き通るあつあつのスープだった。鶏の肉団子が入っている。モンスターを引き寄せないよう、あまり匂いの強くない料理を選んでくれたのかもしれない。食べる前から嗅覚がこれは美味しいと判断してしまっている。スプーンで掬った一口をふう、ふうと吹き冷まし、流し込む。

 

「……!」

 

 衝撃だった。これまでに立てた推理が吹き飛ぶような味だ。多少なりともダメージを受けていた身体に染み渡り、これまで食べてきた携帯食料は本当に味気なかったのだと思い知らされた。カプ・チーノもなぜか得意げにしていたかと思うと、熱いのも気にせずどんどん飲み干していく。すごいペースだが、自身もそんなことを言えないくらい、スプーンが止まらなかった。あっという間に一杯が空になり、余韻を残しながら、ご馳走様を告げた。

 これは、ペチカと同じパーティの魔法少女が羨ましくなるというものだ。

 

「っはー! この味よ、この味! 最高! ね、ペチカ!」

「お、おそまつさまでした……!」

 

 ペチカ自身も嬉しそうに、一滴も残っていないお椀を受け取った。魔法の端末に収納さえすれば元通り綺麗になるという。便利なものだ。ゲーム内にまで洗い物がなくてよかった。

 

「いや……美味しかった。ご馳走様」

 

 それはそうと、さっきも言った挨拶をもう一度言わずにはいられない美味しさだった。続けて聞こうと思っていた色々、ペチカに抱いていた諸々が、少なくとも今は思い出せない。どころかディティック・ベルの心は現金なもので、彼女を疑うなんてとぼんやり感じてしまっていた。

 うまく言葉が出てこなくなったところ、ふいに、カプ・チーノが動き出す。

 

「──誰か来る」

 

 洞窟の入口の方を見て、身構えた。それに一拍遅れてペチカとディティック・ベルが続き、カプ・チーノの気がついたらしい気配に備える。その気配の正体がわかったのはすぐ後だ。密林の木々と草むらを掻き分け、初めに箒に乗った鳥が現れ、緊張が走る。だがその直後見知った顔が現れたことで、襲撃では無いことを理解した。

 

「きっと、この先に……あっ!」

 

 顔を出したたま。そして、それに続く人形──リオネッタと、巫女──御世方那子。ペチカのことを見るなり、リオネッタは心底ほっとした様子で胸を撫で下ろし、那子は駆け寄ってきた。

 

「ペチカさーん! 会いたかったデース!」

 

 突っ込んできてペチカに抱きつく那子。あまりの勢いに2人して倒れ込んでいた。

 

「あ、あの、その子は」

「この子は鳥のモンスター、今はワタシのお友達なのデス!」

 

 はぐれてからここに来るまでに、はぐれる原因となったあの爆発する鳥のモンスターを見つけ、那子の魔法で従えているという。

 

「あ、えと、お姫様エリア以来……かな?」

 

 たまに小さく手を振られていることに気がついて、ディティック・ベルも振り返す。ペチカのチームは揃ったが、たまの方は他の魔法少女が3人いるはずだ。彼女だけがここにいるということは、合流しなければいけない魔法少女の数が増えたということになるか。全員が揃い、入り交じって動いていたせいか、パーティが元に戻るだけでも大変だ。

 

  「……? どうしたデスカ?」

 

 それから他のはぐれた魔法少女の居場所を確認するために地図アプリを開いていたところ、那子の支配下にある狂鳥がある場所を指し示す。魔法の端末の反応はないが、代わりに、鳴き声を翻訳するとある事実が浮かび上がる。

 

『北、俺たちの巣。南、ヤツらケモノの城』

「このあたりデスカ? この、シャドウゲールさんの反応があるところ」

『ケモノの城、ケモノ、たくさん。それに、絶壁。行くなら、ボスの力借りるべき』

 

 従えられているこの個体によると、狂鳥たちのボスはもしかしたら手を貸してくれるということになるのか。魔法の支配下にあるモンスターの証言は微妙なところだが、どうやら事実、上空に飛び出してみると絶壁の城が目に入るらしい。それに関しては、リオネッタやたまが頷き、事実そうであったという。

 

「急がば回れ……か」

 

 目指す場所は北部、狂鳥たちの巣になる。かなり距離的には遠ざかるが、そうするのが最善の侵入方法なのだ。那子の魔法頼りにはなるものの、次の目的地は決まったらしい。互いの顔を見て、異論のある者がいないことを確認。そうして、6人になった即席パーティは新たな冒険に出ることになる。



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第17話『最速の魔女と災厄の魔女』

 ◇たま

 

 合流した魔法少女たち6人で並び、密林エリア北部へと向かう。主に那子とそのしもべの鳥、たまが先頭で警戒しながら歩き、最後方でカプ・チーノとリオネッタがペチカを隠すように位置どっている。非戦闘員はその間だ。

 北部へと向かうにつれ、上空を旋回する影が増えてくる。突っ込んでこないのは、先行している狂鳥のおかげだろう。狂っていると書くのに仲間の説得が通じるなんて、とディティック・ベルがこぼし、極道獣よりも義理に厚いですわねとリオネッタのつぶやきが重ねられた。

 

「ワオ! これが巣……みたいデスネ」

 

 密林の中に溶け込むように、蔦に絡みつかれて一部と化した廃アパートが存在している。ドアの取り払われた入口には、しきりに鳥たちが出入りし、見張りらしき2羽組が雑談に花を咲かせている。なんというか、人型でないくせにやけに人間臭いというか。モンスターの巣というより、これではヤンキーの溜まり場だ。

 仲間にしてある個体が最初に行き、門番に話しかける。門番同士で顔を合わせて話し合い、片方が中に入っていき、少しすると出てきた。そして両手で頭上に丸を作った。なんと問題なかったらしい。そのまま仲間の鳥に手招きされ、たまたちは顔を見合わせる。

 

「い、行きましょう」

 

 控えめに皆の顔色を見ながら、たまが最初に口を開く。異論は出てこない。相変わらず那子とたまが先行し、草むらから魔法少女たちが一斉にアパートの中へ入っていく。隊列はそのままだ。警戒は怠らない。それでも意外すぎるほど、誰も魔法少女たちに反応を示さない。行き交う鳥たちは常に急ぎ足で忙しない。やがて大きめの扉の前に着くと、中に招かれる。控えている鳥たちの多さからして、この先がボスの部屋か。気を引き締めて、その奥の家具もない無骨な部屋に踏み入った。中央奥でボロ布の上に腰掛け、頬杖をついて魔法少女たちを待ち受けるその存在は、鳥型ではなくほぼ完全に人型だった。しかも、その格好はステレオタイプないわゆる魔女と聞いてイメージするそのままの格好だ。見覚えしかない。

 確かその名は──トップスピード。最後の試練の参加者であり、そして脱落者。ねむりんに始まり、これまでもたまにとって見覚えのある魔法少女ばかりがモチーフに選ばれている。まさかとは思う。クラムベリー最後の試験がこのゲームに取り入れられているとしたら、この先のエリアには──。

 

「俺の力が必要だってのはあんたらか」

 

 たまの思考が嫌な方向に引きずられていくのをリセットするように、声が響いた。

 

「貴方が……狂鳥たちのボス?」

 

 彼女はにやりと笑い、頬杖をついたままで答える。

 

「いかにも。俺が『最速の魔女』トップスピード。やたらと大所帯になっちまってるが、こいつらの親玉には違いない。で、そんな俺に話があんだろ?」

 

 ここは元々チームリーダーだということでディティック・ベルが前に出ていった。狂鳥の自爆によって仲間とはぐれてしまい、はぐれた仲間のうち数名はここから真逆、南の建造物にいると。そう聞かされたトップスピードは腕を組み頷いた。

 

「なるほど確かに、飛べなきゃあそこに入るのは難しい。正面から奴らの要塞に入るのは自殺行為だ。俺を運び屋扱いしたいってのもわかる」

 

 運び屋扱い。その言葉に緊張が走る。交渉へ持ち込むため、ディティック・ベルがリーダーとして前に出て、説得を試みようとした。

 

「……都合がいいのはわかっている。だから交渉に来た。彼らが急いでいる理由──」

「交渉? いいよ。乗せてやるって」

 

 そのはずが、あっさりと了承される。想定外の反応に、ディティック・ベルの言葉は続かなかった。それもそうだ。そもそも彼女自身はともかく、狂鳥たちはモンスター。現に魔法少女たちには自爆覚悟で特攻してくるような存在だ。そのボスがそんなにもあっさり協力を了承するなんて、誰も考えていない。身構えていた魔法少女たちは全員が呆気にとられ、たまはトップスピードが元々そういう性質だったのだと無理やり納得する。彼女のことはよく知らないが、あのリップルと友好的にやれていたというのだから、こういう感じ、なのかな。

 

「アイツとは抗争中だしな。あんたらのお仲間が捕まってるんなら……儀式が始まる。儀式には隙がある。全面戦争には丁度いい」

「抗争中……それに儀式って?」

「生贄、見せしめ……そんなとこだ。アイツはそんなのばっかりなんだよ。『災厄の魔女』カラミティ・メアリは」

 

 ◇シャドウゲール

 

 シャドウゲールは捕まっていた。上空から爆弾が降ってくる中で極道獣の群れと戦っていたはずが、集団に対応しきれず、武器を取り上げられて人質にされたのだ。その瞬間咄嗟に飛び込んでこようとしたプフレがいたものの、彼女は銃弾の雨を受けて負傷し、@娘々と夢の島ジェノサイ子に逃がされていった。その傷口から散っていた血液を受け止められないまませっせとアジトに運び込まれ……気がついたらここにいた。大きな鉄檻の中で、その傍らにはせっせと働く獣たち、そしてそれを眺めて悠々と酒らしき飲料を流し込む女。ゲーム参加者の魔法少女ではない。であれば……デスルーラのようなエリアボス級か。

 

「目ェ覚めたかい。あんたがマヌケで助かったよ。さっさと撃ち殺さなくて良かった」

 

 露出度の高い水着のような格好をした彼女は、パチンと指を鳴らし、獣に合図を出す。獣たちは大慌てで何かタブレットのようなものを持って来て、その画面をこちらに見せてくる。タブレットは2つ。まずは牢獄の中で、機を窺うように待つ3人組。マジカルデイジー、マスクド・ワンダー、ラピス・ラズリーヌ……事実上の最高戦力たちだ。彼女らほどの実力者が捕まり、その状況に甘んじているということは、シャドウゲールが人質にされているから以外の理由が思いつかない。

 そしてもう一方では、車椅子を乗り回し、他の魔法少女2名と主に獣たち相手に大立ち回りをするプフレが映っていた。ジェノサイ子と@娘々は彼女に協力しているらしい。さらに地中の狭い通路のような場所らしく、明らかにやりにくそうだ。それにあの時、プフレは撃たれた。その傷は?

 

「アンタの存在がちらついて、無駄死にしようとしてる奴らさ。反吐が出る」

「っ……!」

 

 脱出する方法がないか、ふいに周囲を見回す。その仕草でさえ気に障ったか、見回すことを禁ずるように、女はわざわざ立ち上がり銃口をこちらに向けた。いつの間にか拳銃を手にしている。

 

「カラミティ・メアリに逆らうな。カラミティ・メアリを煩わせるな。カラミティ・メアリをムカつかせるな。それがこのエリアでのルールさ。オーケイ?」

 

 言い終わるや否や、ズドン、と轟音が響く。弾丸がシャドウゲールの頬を掠め、耳朶の一部を抉る。威嚇射撃のつもりだろうが、耳に走った痛みに声にならない悲鳴をあげ、その場に崩れ落ちる。気まぐれでこちらを殺してくるだろうという確信がある。下手に声も出せない。

 

「お前たち、儀式の準備を」

 

 獣人たちは命令に対して敬礼し、檻の中のシャドウゲールを引っ張り出す。耳の傷を癒す暇など与えないと言わんばかりに、どこからか持ち出された丸太の担架に頑丈な縄で磔にされてしまう。抵抗できないまま、シャドウゲールはカラミティ・メアリの部屋から運び出されていく。カラミティ・メアリ自身はそれを興味なさそうに、一瞥もせずに飲酒に戻る。既に檻を片付けさせ始めていて、戻す気すらないということもわかる。そして儀式という言葉。真っ先に思い浮かぶのは、シャドウゲールがその生贄だという可能性だった。

 獣たちはせっせとシャドウゲールを運び、どこへ行くかと思えば屋上に祭壇のような空間があり、その中に設置された。大勢の獣たちが儀式のための飾りを運び込んだり、警備のために銃を手に彷徨いたりと、厳重だ。

 シャドウゲールは歯を食いしばり、空を見上げた。青空だ。飛ぶ鳥は、遠くにしか見えない。儀式はじきに始まるだろう。諦めたくはないが、腕の縄が切れないか試す警備の隙はなかった。



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第18話『シャドウゲール奪還作戦』

 ◇たま

 

「ちょっと待ってろ。今、選りすぐりの速度自慢を集めてくるからさ」

 

 トップスピードはそう告げると、数分後、人数分の狂鳥を連れて現れた。皆目がギラついている。いささか不安ではありつつ、乗せてもらうしかないので、それぞれ自然と相方を決め、巣の頂上に出る。箒に跨る鳥人間たちの後ろに乗せてもらい、後ろにディティック・ベルを乗せたトップスピードの合図で、一斉にエンジンがふかされた。

 

「ちゃんと捕まってな! さん……にぃ……いち……ゼロ!」

 

 一斉に地面を蹴り、エンジンが火を噴く。急加速でグンと全身に重力がかかり、吹き飛ばされそうになりながらしがみつく。その必死さから思わず目をつむり、開いた時にはもう下に地面は無い。空の上で、魔法少女たちと鳥たちを乗せた箒が並んでいる。

 

「ワーオ! はやーいデース!!!」

 

 下を見ると景色がすごい勢いで流れていく。プフレの車椅子とどちらが速いだろう。どっちも速すぎて判別不可能だ。ここから落ちたら、なんて考えてしまうのはみんな同じだろうか。恐る恐る視線を前に変え、聳え立つ岸壁、そしてその上に建つ城のような場所の存在を知った。

 あれが極道獣たちの本拠地か。魔法の端末を確認する余裕はないが、シャドウゲールたちがここにいるに違いない。しかし向こうも簡単には上陸させてくれないらしい。岸壁の端には砲台が設置されており、速射砲や大砲が備え付けられ、既に獣が数体搭乗している。

 

「しっかり掴まれよ!」

 

 砲台が火を噴く。トップスピードを先頭に箒は一斉に回避行動をとり、魔法少女たちも振り回される。あまりの急旋回に首がちぎれるかと思うほどだ。その超人的なバレルロールのおかげで弾丸の一発すら貰うことなく、一気に距離を縮めていく。屋上では何やら催事の準備をしているような雰囲気だ。中央には大きな磔台があり、そこに少女が括られている。シャドウゲールだ。彼女はまだこちらに気づいていない。声をかけようと息を吸い、また急旋回で肺が空気に押され、全部声にならずに吐き出してしまった。もう一度シャドウゲールの方を見ようとすると、そこに先程までいなかった人影がもうひとつ。ガンマンスタイルの彼女を、たまは知っている。

 

「こっちはメーター振り切ってるってのに……!」

「あたしに逆らうな……羽虫ども」

 

 鳴り響く破裂音。カラミティ・メアリの弾丸が風を切り、目の前に飛沫が散る。赤い──それを認識した瞬間、たまを乗せてくれていた狂鳥がこちらを突き飛ばし、叩き落とされたと思いきや、トップスピードの乗る箒に拾われる。重なる発砲音で振り向くと、さっきまで乗っていた箒が銃撃を食らい、エンジンから黒煙を吐きながら落ちていくところだった。乗っていたはずの狂鳥は血を流しながら、翼でこちらに向けてサムズアップをして、箒と運命を共にしていった。地上の方からは爆発音が響いても、トップスピードが振り返ることはない。

 

「あ……」

「……あぁ、後は任せな」

 

 侵入を拒み弾丸で迎え撃つ獣たち。城の周囲を高速で旋回する鳥と魔法少女たち。散弾銃を持ち出し、カラミティ・メアリはさらに攻勢を強めた。髪の横を掠め、被弾した箒のパーツが欠け、また翼に食らって血をほとばしらせた個体もいた。それでも彼らは魔法少女を守り切り、トップスピードの「仕掛ける」という号令とともに、一斉に箒が変形。風防が現れ、エンジンがより物々しい見た目となり、吹き出される炎が勢いを増す。それはつまり回避を捨てて一直線に進むということだ。風防は弾丸の雨を受け、さらにカラミティ・メアリからのライフルの1発が貫通。目の前でトップスピードが撃たれ、たまは思わず前に乗るディティック・ベルに抱きついた。

 

「トップスピードさん……っ」

「構うな! 飛び降りる用意だけしとけ!」

 

 さらなる急加速。風圧に目を細めざるを得ず、トップスピードが弾丸をその身に浴びているのがわかる。それでもなお止まらない。そして一気に屋上に近づき、トップスピードが合図した瞬間、たまはディティック・ベルを連れて飛び降りる。彼女と一緒に転がって着地し、すぐさま体勢を整える。後ろではトップスピードに続いた鳥たちの箒からみんなが降りてきているはずだ。あとは、この屋上に集まっている獣たちを蹴散らすだけ。

 たまは真っ先に、シャドウゲールの下へと急ぐ。魔法少女たちが来たと見るや否や、獣たちは磔ごと彼女を連れ去ろうとし始める。一斉に飛び込もうと動くが、階下より飛び出してきた一団が乱射を開始。慌てて物陰に隠れるしかない。

 

「こちらは私たちで引き受けます。お二人はシャドウゲールさんを」

 

 リオネッタはそうとだけ話すと、他のメンバーと共にその場を片付けに向かう。たまはディティック・ベルと顔を合わせ、半ば呆然としたままの彼女の手を取って頷く。頷き返してくれたのを合図に、床に魔法で穴を開け、建物の中へと侵入。直下にいた獣は驚いている間にディティック・ベルがステッキで殴り掛かって昏倒させ、シャドウゲールが連れていかれたであろう道を辿っていく。戦力は屋上の祭壇に集中しているのか、屋内は手薄だった。そしてその道中、血の匂いの濃い部屋を見つけ、堅い扉は穴を掘って突破する。内部にはシャドウゲールと、刃物を手にした獣たち。中でも特に大柄な豹男がリーダーらしく、彼の号令で一斉に襲ってくる。

 

「え、えいっ!」

 

 全力の体当たりで壁に叩きつけた一体を掴んで振り回し、何体か巻き込んで投げ飛ばす。その先で豹男と激突するように狙ったが、彼は片腕で払い除けた。それどころか、ステッキで応戦しようとするディティック・ベルの打撃を受け流し、彼女に強烈な大斧の一撃が突き刺さる。

 

「かは……っ!」

「ベルさんっ!」

 

 飛び込んで彼女の体を受け止めた。幸い刃をまともに受けてはおらず、大きな怪我ではなさそうだ。向こうとて一度手に入れた獲物を手放すつもりはない、ということか。立ち上がったディティック・ベルと肩を並べ、斧を振り回す獣の周囲を駆け回って、なんとか連携をとって隙を狙う。

 たまの一撃さえ通れば、この魔法は──生物にはあまり使いたくないが、必殺だ。ディティック・ベルが仕掛け、注意が彼女の方へ向く。ステッキと斧がぶつかり合い、その度にステッキ側は弾かれよろめき、追い詰められていく。そして止めを刺そうと、油断が生まれる機を待った。この時を待っていた。出来る限りの気配と音を殺して駆け出し、飛びかかる。右手を振りかざし、爪を立てた。そして直後、右手に痛みが走った。

 

「っ……!?」

 

 銃撃だ。たまは攻撃を続行したが、弾丸の介入で予定が狂った。獣にはかわされ、むしろ反撃の斧を食らって壁に叩きつけられる。撃たれた。誰に。振り向いた先には、部屋のぶち破られた扉を塞ぐように立つ増援の姿。最悪のタイミングだ。痛む腕を構え、立て直す。せめてディティック・ベルとシャドウゲールは助けないと。どこからだ。どうすれば──。

 

 その時、廊下から、車輪が床を削り火花を散らす音がした。音の主は圧倒的な速度で近づき、気がついた時には、扉の前に立つ増援が車輪の体当たりに轢かれ、たまの横を通り過ぎてリーダーの獣に激突。飛び込んできたその車体はシャドウゲールの磔の場所にまで飛来し、車輪の回転で縄を焼き切るまでやってみせた。

 

「……! お嬢……!?」

「なかなか手こずったが、間に合ったようだね」

 

 プフレ自身も何度も銃撃を受けたのかボロボロだ。それでも飛ばしてきたのだろう。涼しい顔をして、呼吸は肩でしていた。解放されたシャドウゲールの表情は、自分が捕まっていたことなど忘れて彼女の心配に染まっていた。

 

「……っ、そうだ!」

 

 突然増援がノックアウトされ驚いていたリーダー格の獣が起き上がろうとする。これ以上、皆に無理はさせたくない。その一心で飛びかかって、その顔面を両手で押さえつけ、爪を食い込ませる。空いた穴は瞬く間に大きく広がり、獣の体を引き裂いて押し広げる。上半身が丸々破裂したようになくなった獣は動かなくなり、じきに下半身も消滅した。

 

「これで……シャドウゲールについていた獣は全部、か。はぁぁあ……良かった……」

 

 ディティック・ベルから深いため息が出る。集中の糸が切れたのだろう。シャドウゲールは傷ついたプフレに慌てて包帯を巻き始めており、どっちが助けに来たのかわからない。あとは……みんながどうにか無事に帰れることを祈る、しか。

 

「マスクド・ワンダーの捜索は夢の島ジェノサイ子と@娘々に任せてきた。彼女さえ居れば断崖から飛び降りても問題ない。こちらですべきことは……」

 

 階下から足音と唸り声。もしかして、プフレを追ってきた獣が追いついてきた、とか。

 

「安全な場所まで逃げることになるかな」

 

 さらりと言い放つプフレに、特にディティック・ベルが信じられないものを見る顔をしていた。



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第19話『マジカルプリズムワンダージュエル』

 ◇マジカルデイジー

 

 シャドウゲールを人質にとられ、カラミティ・メアリというらしい獣たちのボスによって、デイジーたちは今牢獄の中にいる。牢獄そのものは問題ではない。デイジーもらラズリーヌもワンダーも、脱出だけなら容易である。それよりも、人質のシャドウゲールの生殺与奪を握られていた。だからこそ下手には動けなかったのだが……。

 

「何か始まったっすね」

 

 城の中が騒がしい。絶え間ない銃声だけでなく、何かが高速で通過する音や、どこかの壁が砕かれる音なんかがしきりに響いてくる。シャドウゲールはどうなったのか。こみあげてきた心配に、いてもたってもいられなくなってくる。それはラズリーヌとワンダーも同じようで、思わず立ち上がったタイミングはほぼ同時だった。

 

「……うん、行こう」

 

 デイジーが構え、互いに頷く。

 

「デイジービーム」

 

 檻の隙間から看守役の獣を狙撃する。頭部を消し飛ばされた獣は為す術なく崩れ落ち、続けて檻の鉄柱にもビームを浴びせる。牢獄はサラサラ崩れ落ち、周囲を確認しながら脱獄を開始した。やはりこの騒ぎの方に駆り出されているのか、こちらは手薄だ。不意打ちと先手必勝を繰り返し、城の中の捜索を始める。とにかく騒がしいのは上階だ。ひたすら階段を探して登る。何度か繰り返しているうち、人影に遭遇する。獣かと思い構えるが、声がして違うと気がついた。

 

「わっ!? ちょ、タンマタンマ! デイジー氏、ストップ! 自分らですって! ジェノサイ子!」

「……え、ジェノサイ子さん? @娘々さんも……!」

「助けに行くつもりだったけど、その必要はなかったみたいアルね」

「あの、シャドウゲールさんは?」

「プフレが先に行ったアル。あのスピードなら今頃は……」

 

 ワンダーの端末から通知音がする。丁度、プフレからシャドウゲールの無事を確認したという連絡があったようだ。ほっと胸を撫で下ろす。それでも、まだ騒ぎが収まってはいないどころか、銃声と建物の揺れは激しくなりつつある。戦いは終わっていない。端末を確認すると、エリアクリアミッションの『抗争を終わらせる』がクリアされていない。何と何の抗争か知らないが、とにかく獣側のボスは片方には含まれているはずだ。

 

「行きましょう。私たちは銃声の方に。ジェノサイ子さん達は、プフレさんを追ってくれますか」

 

 これまで人質をとられ、不甲斐なく牢獄でじっとしていたぶんだ。ラズリーヌもワンダーもやる気なわけで、ボスがまだ残っているのなら、皆に切り込み隊を任された者としてやるしかない。デイジー達はジェノサイ子及び@娘々とは分かれ、3人で駆け出した。銃声と爆発音の続く、南側だ。

 

「派手にやってるっすね」

 

 進むにつれて建物の損壊が酷くなっていく。何かが高速で突っ込んだ跡がいくつもあり、銃撃どころか砲撃で破壊されたらしい跡も多い。一体誰と誰が交戦しているのか。警戒は最大限のまま、抉られた壁の向こう、断崖の上の戦場へと飛び出す。そこには折れかけた箒を手にして膝をつくボロボロの魔女と、彼女に向かって銃口を向けるガンマンの姿があった。

 

「あれは……カラミティ・メアリ……!?」

「知ってるっすか?」

「いえ……でも見覚えがあるというか……」

 

 頭を押さえるワンダー。その違和感自体には何も反応を示さず、むしろカラミティ・メアリはデイジーたちの乱入に怒りの表情を浮かべた。

 

「またあたしの邪魔をする気?」

「……またかは知らないけど、悪い人なら戦うよ」

「ハッ! だったら見ときな。今からこの羽虫がどうなるか!」

 

 目の前でトリガーが引かれる。銃口が弾丸を放つ。魔女姿の少女に向かって飛び出す凶弾は真っ直ぐに飛来し、しかしそのすぐ前方を投げられた青い宝石が通り、そして青い輝きが弾道に迸った。デイジーは忘れていた瞬きを一度して、その直後、カランと弾丸が地面に落ちる音がした。魔女を庇い立つのはラズリーヌ。彼女が片脚を振り上げているのは、弾丸を蹴り飛ばしたことの証左であった。

 

「大丈夫っすか?」

「っ、はは……助けられちまったか。お前ら……ディティック・ベルの仲間だろ?」

「! ベルっちのこと、知ってるっすか」

「あいつらは上だ。あとはコイツさえ……何とかすれば……」

 

 魔女の口から知っている名が出たことで、ラズリーヌは彼女の味方だと決めたようだ。デイジーも異論はない。獣の首領はここで倒す。ラズリーヌの隣に歩み寄り、ワンダーもそれに続いてくれた。

 

「あなたはここから離れてください。ここは私たちが!」

「……悪ぃな。頼んだ!」

 

 魔女は壊れかけの箒に跨ると、城の上階に向けて飛んでいった。これでこのフロアにいる味方はデイジーたちだけだ。

 

「ここは私たちが……どうするつもりだい? やれるものならやってみなよ、お嬢ちゃん」

 

 カラミティ・メアリが指を鳴らすと、複数体の獣が物陰から駆けつけ、その手のサブマシンガンを乱射してくる。魔法で強化された弾幕は魔法少女の肉体を破壊できる、そのはずだった。一斉に身構えた魔法少女たちは、受け止め、蹴り払い、消し飛ばす。弾丸は届かない。サブマシンガンが放っていた硝煙が晴れると、そこにはポーズを決める魔法少女たちの姿。

 

「戦場に舞う青い煌き! ラピス・ラズリーヌ!」

「我が名はマスクド・ワンダー! 力ある正義の体現者『魔法少女』!」

「戦う花のお姫様、マジカルデイジー!」

 

 デイジーは遅れることなく、デイジーポーズからの名乗りに入れたことに満足していた。それによって神経を明らかに逆撫でされているカラミティ・メアリが額に血管を浮かべているのも構わず、ラズリーヌがすぅと息をして、声を張り上げた。

 

「3人揃って!!!」

「えっ?」

「!?」

 

 ユニット名!? 確かに流れ的にはあってもおかしくないかもしれないけど、一切予定にないというか、そもそもそんな話したことないというか。ワンダーも驚きにラズリーヌを一瞥。やる気の顔で目配せしてくる彼女に、乗るしかないとなる。

 

「魔法戦隊!」

「ま、マジカル……?」

「プリズム──」

「ワンダー!」

「ジュエル!」

 

 二つ名の後に挟み込もうとしたところに二人から交互に続き、名前が長くなる。長くなってしまったからには、それを通すしかない。2人の視線がデイジーに向いて、締めの決め台詞はこっちで決めるしかない。

 

「ま、魔法戦隊マジカルプリズムワンダージュエルが揃ったからには、悪は絶対許さない!」

「っす!」

 

 その語尾は正解した時のそれなのか。直後、カラミティ・メアリが黙れと言わんばかりに大砲をぶっぱなし、奇しくも名乗りを終えた感のある爆発が魔法少女たちの後方で発生した。

 

「……気は済んだかい?」

「来るよ、みんな!」

 

 メアリと獣たちが一斉に攻撃を再開する。マジカルプリズムワンダージュエルは散開し、撃ち込まれる兵器の数々をくぐり抜けていく。閃光弾が破裂する寸前にデイジービームを当てて不発に終わらせ、妨害工作をしてくる取り巻きはラズリーヌが背後を取り一撃。そしてマスクド・ワンダーがその重さを操る魔法と体術によりメアリの放つ弾丸をすり抜け、一気に迫る。メアリも負けじと腰に提げた袋からいくつもの銃器を取り出し応戦する。体術には銃身で受け止め、至近距離での発砲を試みるが、瞬時に銃身が耐えきれないほどの重さとなり引鉄にかけた指がズレてしまう。不意の重力に目を丸くするその隙にまずはアッパーカットが突き刺さり、大きく後方へ。その軌跡を予測して投げられた宝石がラズリーヌを呼び寄せ、腹部への強烈な拳で上空へ飛ばされた。

 

「がは……っ、この、くそったれが……!!!」

 

 体勢を整えられず、めちゃくちゃに銃を抜き、ただ乱射するカラミティ・メアリ。どうにかしてラズリーヌだけでも撃ち殺そうとしたらしいが、彼女は最低限の、首を傾げるだけでかわしてしまった。銃撃のほとんどは空を切り、デイジーに狙いを定めることを許していた。奥で手をかざすその構えが、必殺にして致命であることを認識出来ていない。

 

「デイジー、ビィームッ!」

 

 放たれた光は、手を広げた大口径バージョンだ。あれだけの軍勢を率いていたはずのカラミティ・メアリは抵抗も虚しくあっさりと貫かれ、それでもなお銃を抜こうとして、取り落とした。腹部から血を雨のように振らせ、地上に戻ってくることはなかった。落ちてきた銃は衝撃で割れ、それっきりだ。

 

『エリアクリアおめでとうございます』

 

「……はぁ。みんな、無事かな」

 

 ぽつりと呟く。ボスを倒した、という喜びは薄い。デイジービームでの決着には手応えがない。名乗って、格闘して、隙を窺うのは楽しかった。呆然と自分の手のひらを見つめ、そのすぐ後に笑顔で駆け寄ってくるワンダーとラズリーヌのハイタッチには応えた。



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第20話『祝勝会』

 ◇シャドウゲール

 

「はぁ……今回こそは死ぬかと思いましたね」

 

 密林エリアでの大立ち回り。特に攫われたシャドウゲールと、車椅子で爆走して迷路状態の通路を突破したプフレは死ぬ思いをした。シャドウゲールの方には肉体的なダメージは──片耳の耳たぶがなくなったが──少なかった。一方のプフレは銃弾を受けていたわけで、事実まだコスチュームはぼろぼろである。

 

「彼女らが味方になってくれていて助かったよ」

 

 包帯に巻かれた怪我人プフレは、痛みを表情には出さずに白々しくそう話す。

 カラミティ・メアリが倒れたことで、密林エリアでの抗争は狂鳥側、つまりトップスピードが勝利。彼女らによる熱烈な歓迎が始まった。そういうわけで、エリアミッションはクリアになったが、療養も兼ねて新エリアへ赴く前に、トップスピードたちのアジトにて祝勝会に参加しているというわけである。

 ログアウト時の強制イベントでもないのに、4チームの魔法少女たちが集結し、同じ食卓を囲んでいる。食卓に並ぶのはペチカの料理と、トップスピードたちが出してくれたお酒アイテムだ。未成年用のジュースも用意してある。シャドウゲールの手にあるのもそちらの方だ。有名な定番炭酸飲料そのものの味がした。思えば、ゲームの中で血以外を味わうのは初めてだ。携帯食料は味がしないためノーカンだろう。

 続いて料理にも手をつける。ペチカの魔法によって作られたらしく、見た目と匂いは既に極上だ。大人数で取り分けられるよう大皿の中華料理が並んでいる。どんどん減ってきているのを見て危機感を覚え、近くにあったチャーハンを多めによそってまず一口。

 

「……!」

 

 その瞬間から、シャドウゲールのこの宴会における目的はできるだけ多くペチカの料理を楽しむことに変わった。傍らを見ると、プフレの手も止まっていない。流れるように胃に収めながら、料理に関する知識を披露していた。

 向こうの方では、ひたすらがっつくラズリーヌの姿がある。彼女は本当に美味しそうに食べるが、はしたないとディティック・ベルに注意されていた。そのディティック・ベルも、手元の皿には溢れる寸前の量が盛られている。

 先程までは大変ばたばたしていた料理長ペチカの近くには、チームメイトのリオネッタと那子、それとカプ・チーノもいる。彼女をひたすら褒めそやしているらしく、ペチカは照れっぱなしだ。そのペチカ褒め隊からペチカ自慢を食らっているのがマジカルデイジーだった。マジカルデイジーは会食には慣れているらしく、可愛らしいリアクションで気持ちよく話させている。@娘々とジェノサイ子は半ば奉行めいて、2人で各テーブルに料理を取り分けたりしていた。彼女らに料理を届けられ、控えめに食べていたたまとマスクド・ワンダーの目の前にも山盛りの中華が置かれる。見た目の印象は少食と大食いの2人だが、マスクド・ワンダーがたまに譲り、たまはラズリーヌに負けず劣らずかきこみ始めた。

 

「よぉ! 飲んでるか!」

 

 突然、彼女は隣にドンと胡座をかいて座ってくる。驚いて振り向くと、トップスピードだった。手にした炭酸飲料の瓶からシャドウゲールのコップに、まるでお酒のようなノリで継ぎ足してくる。飲んではいる。

 

「あの……その節は本当にありがとうございました」

「ん? いやいや、俺に礼なんていいって! 助けに行きたいから力を貸せって言い出したのは全員なんだからさ。むしろ、こっちはアイツを倒してくれて最高の気分だよ」

 

 獣たちと鳥たち、カラミティ・メアリとトップスピードとではこれまでも因縁があったらしい。獣をなるべく巻き添えにして自爆する、というのも覚悟の決まり具合を示す行動だったのかもしれない。トップスピードとその舎弟は散った奴のぶんまで楽しむのが弔いというスタンスだと言っていた。

 

「次のエリアに行くんだろ? いい事教えてやるよ。次の図書館エリア、その次が魔王の城だ」

「つまり、あとエリアは2つ」

「あぁ」

 

 プフレも今の話は聞いていただろう。ゲームはもう終盤だ。次のエリア、トップスピードが言うには図書館を超えたら最終エリア。長い道のりだったが、もうすぐこのゲームも終わりを告げる。噛み締めるように、炭酸を飲む。

 

「そういうこった。頑張れよ、魔法少女!」

 

 トップスピードはまた別の魔法少女に絡みに行こうと立ち上がった。残されたシャドウゲールはコップを手にしたまま、呟く。

 

「だとしたら……一体、マスターは何がしたかったんでしょう」

 

 こんなゲームに参加させて、まさか本当にゲームのテストをさせたかっただけなのか。強制参加で、ゲーム内での死が現実とリンクするというのに。

 

「マスターの心の内までは読めない。ただ、ちょっとした推測はあるよ」

「推測?」

「ランキングイベントのポイント、覚えているかな。君がドラゴンを倒し損ねて手に入れられなかった」

「思い出させないでくださいよ」

「あれは本来、奪い合いができる仕様だった。他チームの魔法少女の端末から、譲渡コマンドを使えば」

 

 目を丸くした。そんなやり取りするなんて機能が。そもそもポイント自体を確認しようとする暇がなかったため、知らなかったことだ。

 

「譲渡コマンドはメッセージが被って見えないようになっていた。それがわざとかまではわからないがね」

「わかる者だけが奪う側になれる……みたいな」

 

 実質的にそうだった、とプフレは続けた。それを選ばなかったのは、効率の問題か。不信と天秤にかけたのか。

 

「エリアボスが魔法少女型だというのも引っかかる。魔法少女同士で戦うことに慣れさせようとしている風に見える」

「本当にさせたいのはプレイヤー同士の潰し合いだと」

「有り得る話だ。それを言い出せばきりがないがね」

 

 話しているうちにプフレの皿が空になり、彼女は料理を貰いに立ち上がる。銃創に血の滲んだスカートの端が目に入り、ゲームの中に漂う生死の色を窺わせる。

 

「メルヴィルはそれに乗った。我々は乗らなかった。マスターの思惑を超えたわけだ。少なくとも今は、そうしようじゃないか」

 

 確かにこの料理が作れる魔法少女を裏切る気はしない。それ以前に、囚われていたシャドウゲールにとっては皆が恩人だ。

 この場にいないメルヴィルとクランテイルのことは、まだゲームの情報も出揃っていなかったわけで。侍風の魔法少女──ファル曰くアカネというらしい、彼女に関しても、元々ゲームプレイを続ける意思が見えなかった。事実上の全員が、同じ食卓を囲んだ味方と考えてもいい。はずだ。そもそも、これは協力ゲームなんだから。

 

「……メルヴィルはどうしているんでしょう」

 

 たまの命を狙い、パーティを抜け、それから消息を絶ったメルヴィル。その存在を思い出したのも、全ての魔法少女のことを押さえ直した今だ。プレイヤーキルを狙っていたにしては、不気味なほど静かである。現実世界にも波及すると知って反省したのか。

 

「不安要素はそれだ。ただ、彼女の情報はたましか持っていないようなものだろう」

 

 当事者のたまが近くに座っている。ついでに彼女の前の油淋鶏を取りながら、移動して話しかけてみる。それとなくメルヴィルの名を出し、あれから何かあったかと聞いてみる。口いっぱいに頬張っていたたまは慌てて咀嚼し、ゆっくり飲み込んでくれと諭す羽目になった。

 

「ん、んぐっ……はぁ。ご、ごめんなさい、待たせちゃって」

「喉に詰まらせたら大変ですから」

「うんっ……あ、えと、メルヴィルさん、のことだよね。あれから……姿は見てない、けど。何も無かったところに罠とか、遠くから射撃とか……そういうことは、されてます……にゃ」

「え……」

「あ、あの、メルヴィルさんが犯人って決まったわけじゃないですけど」

 

 さらっと言い放つ。メルヴィルは諦めていない。それに、執拗にたまを狙っている。他の魔法少女からの情報共有もなにもないということは……たまだけを、毎度のように狙っている。たまはメルヴィルが一方的に悪いようにはしたくない口振りだが、同時に信用しているわけもない。

 

「言ってくれたらよかったのに……正義の魔法少女として、到底許すべきではないわ」

 

 マスクド・ワンダーはそう続けた。正義に生きる彼女にとって、既に敵と看做されている。

 

「メルヴィルはなぜそうまでしてたまさんを……?」

「それは……」

 

 心当たりがないではない、といったふうに言葉を濁らせた。たまといえば、人畜無害な、こう言ってはなんだが人懐っこい犬のような印象の魔法少女だ。それでも人に言えないようなことがあるのか。少し驚いて、それが何か尋ねようと考えた。制止したのはマスクド・ワンダーだった。

 

「今は楽しみましょう。思い出させるのは酷よ」

 

 シャドウゲールの中にも、完全にないわけじゃない。以前なにか嫌なことがあった、という認識程度のものが。何かを忘れている。その何かがわからない。ゲームを進めれば、わかるのか。それがメルヴィルとたまの関係にどう繋がるのか。

 わからなくてふと、大きめの油淋鶏一切れを一気に口に入れた。もやもやをかき消したのは、衣のパリッという軽い音だった。



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第21話『ラズベリー』

 ◇ディティック・ベル

 

 メンテナンス突入前の強制イベントが発生し、魔法少女たちは祝勝会の余韻からゲームに引っ張り戻された。視界が歪み、もうそこにテーブルや食器はない。あったのは見慣れた同じ様式の枯れ噴水だ。そして先程までは同じ場にいなかった、アカネと──メルヴィルの姿がある。2人とも、誰を見るでもなく、ただ立っている。魔法少女たちは自然と彼女らからは遠巻きに、パーティで固まっていた。明確に避けられているのはわかっているだろうに、メルヴィルからの反応はない。

 そのうえで、ラズリーヌは何かを思い立ち、頷くと歩き出した。慌てて後を追うが、その先にはメルヴィルがいる。

 

「メルっち! 元気だったっすか?」

 

 返事はない。ディティック・ベルの肝だけが冷えていく。

 

「ソロ攻略ってきつくないっすか? しかも弓使いで!」

「ちょ、ラズリーヌ……」

 

 確かにメルヴィルは元パーティメンバーだ。復帰してくれれば心強い味方になる、かもしれない。一切の疑念を抱かないなら、間違いなくそうだ。だからといって、信頼出来るのか。そもそも、クランテイルの件において、容疑は晴れていないのだ。いや、これはそれだけじゃないのか。本能か、直感か、いや、学習或いは心的外傷の類い……なのか。自分を分析しようとしてもうまくできない。

 無意識にラズリーヌの後ろに立っていたディティック・ベルは、ふいにメルヴィルの十字の瞳孔がこちらに向いて戦慄する。

 

「おめはむったど隠れでばすだな」

 

 これまでメルヴィルの言葉がなにか理解出来たことはなかったが、その呟きは、なんとなくわかった。隠れてばかりだと、揶揄されている。そうだ、お姫様エリアの時も、ランキングイベントの時も、あの時も。最初に隠れてやり過ごそうとする。

 

 ──あの時?

 

 それがどの時か、今はわからなかった。自分の思考に絡まってしまったディティック・ベルの耳には、ラズリーヌからメルヴィルに反駁しているのは届いていなかった。我に返った時には、ファルが現れ、ある程度話を進めた後だった。

 

『迷宮エリアと密林エリアの連続クリアはお見事だったぽん。マスターも予想外だったみたいで、今回のランダムイベントはマスターが直々に選んだみたいだぽん』

 

 重要な話を聞き逃したわけではなさそうだ。少しだけ安堵して、次の瞬間に叩き落とされる。

 

『今回のイベントは、マジカルキャンディを……えー、没収……させていただきますぽん』

「はあ!?」

「その流れでご褒美イベントじゃないってことある?」

「没収……」

 

 魔法少女たちからは不満や驚嘆の声が噴出する。強引だったが、ゲーム内である以上従うしかなく、ディティック・ベルは己の魔法の端末を見る。確かにランキングイベントや極道獣との戦いでかなりの数量が溜まっていた。新しいエリアのために残しておいたはずが、最悪のタイミングでの没収である。

 

『では、今から10分ほど後、ログアウトとともに没収になりますぽん。やり残しがないようにするといいぽん』

 

 ファルのアナウンスは終わった。不満たらたらで舌打ちでもしそうなところ、真っ先に動き出したのはプフレだった。彼女のロケットスタートを見て、ファルの言葉の真意がショップに走って消費しろということであると遅れて反応した。

 

「ラズリーヌ! ショップに全力疾走! 回復薬とか、買いこんで!」

「お買い物タイムアタックっすね! いくっすよ! カプっちも!」

「はいはい……!」

 

 他の魔法少女たちも我先にとショップに急いで、みんなでバーゲン状態になりながら魔法の端末をいじり、回復薬やら携帯食料やら何やらをどんどん買った。携帯食料だけでもう一度祝勝会ができるほど買い込んだだろうか。そして気がついたら──ディティック・ベルは氷岡忍に戻っていた。

 

「っ……あぁ、そう、だった」

 

 氷岡忍は現実でのラズリーヌの身元を特定すべく歩いていた。ふらついた先で目に入った姿見で、自分の格好を見て思い出す。今日からまた地道な捜索作業だ。自分の頬を張って気合いを入れ直す。そうして街に繰り出して、路地の方でまた魔法を使ってローラーを繰り返していく。

 ここからまた3日、次のログインまでには成果を出したい。探偵は地道な作業でナンボだ。積み重ねこそが探偵となる。

 

 ──けれど。彗星は向こうの方からやってくる。

 

「あれ? ベルっち?」

 

 ログアウトから1日も経たないうち、頭上から声がして、ぴょんと飛び出してくる青い影。あまりにも見慣れた姿。前兆もなく到来した彼女はこちらを覗き込み、じっと顔を見て、ひとりで呟きながら勝手に腑に落ちた顔になる。

 

「ベルっちっすよね? あ、ほら、ベルっちだ」

 

 ゲームの中の姿と変わらぬ砕けた雰囲気で、ラズリーヌは氷岡忍に話しかけてきた。

 なんだ会えたじゃないか、と思ったところで、自分が変身していないことに気がつく。どう見てもディティック・ベルではない。どうしてわかったのか口にしようとして、ラズリーヌに全部遮られる。

 

「えー、なんでベルっちがここに? もしかして会いに来てくれたんすか!?」

「……ま、まあ」

「どーやってあたしのこと見つけたんすかね。やっぱ探偵だからバーッといけるもんなんすかね! さすがベルっち!」

 

 とにかく頷いた。思い立った時は全員を一度疑うべきだと始めたことだった。けれど、無垢ゆえか無頓着ゆえか、メルヴィルさえ疑わなかったラズリーヌはそんな思想とは無縁も無縁だ。彼女を疑ってもしょうがない。急に前回の3日間が徒労であったことを思い知らされた気分になる。

 

「ラズリーヌモード、オフ!」

 

 ラズリーヌは宝石を掲げ、あっさりと変身を解除してみせた。清楚系の美少女から一転、濃いめの化粧で、氷岡忍より繁華街の似合う、いわゆるギャル系の女子高生が姿を現した。いつにも増してぐいぐいと来るその振る舞いはラズリーヌそのものなのに、見た目が派手系なのは違和感でいっぱいだ。流されるがまま腕を組まれ、路地裏じゃなんだしと彼女の家にまで連れていかれることになった。人間のままでもスイスイと街の中を進んでいく。

 

「こっちっす! おいてくっすよ〜!」

 

 置いていかれそうになりながら、なんとか着いていくしかない。初めは道を覚えようとしていたのに、児童公園を通り、ビルの裏手を抜け、わざわざスーパーの中を突っ切り、歩道橋を渡って野良猫に一礼したあたりでやめた。そこから先はもはや記憶になく、彼女曰く『ちょっと寄り道』して彼女の邸宅に到着する。それは魔法少女に変身後でも歩いたなあと思いそうな道のりで、着く頃には忍は当然ヘトヘトであった。対して女子高生は平然としている。

 到着したのは団地らしい団地、といったところか。年季の入ったアパートの一室の前で立ち止まり、女子高生は鍵を取り出して中に案内してくれる。とりあえず表札を探すが、見当たらない。実名を知ったところで、どうということもないが。

 

「お、お邪魔します」

「はーい、ようこそっす! ちょっと待つっすよ、おやつと飲み物用意するっすから。あ、ベリー系と炭酸大丈夫っすか?」

「大丈夫……だけど」

 

 彼女の部屋に通されて、とにかく言われるがまま、もちもちした球形のクッションの上に座った。そして紙コップに入れた黒い液体を渡される。シュワシュワしている。向こうが一切疑わないのなら、やはり疑うべき余地もない、か。迷いなく受け取り、ぐいっと流し込む。コーラだった。

 

「パパは夜いないんで、今はあたしだけっす」

 

 なにやら箱を手に戻ってきた彼女は当然のように隣に座り、中身を開いた。ラズベリーの乗ったレアチーズらしきケーキが出てきて、それをケーキナイフでさくっと半分にしてこちらに渡してきた。忍はそれに手を伸ばすより先に、口を開く。

 

「どぞっす!」

「あの」

「なんすか?」

「どうして私がディティック・ベルだってわかったの?」

「ベルっちはベルっちっすよね?」

「そうなんだけど」

 

 よく観察してみると、彼女の目元にはラズリーヌのものとそっくり同じ泣きぼくろがある。こういった細かなポイントを見逃さない、ということか。だとしたら、探偵よりも探偵らしいことを一瞬でしているに等しい。

 

「魔法少女と変身前って、違うように見えて被ってるとこがあるんすよ。ししょーの教えっす」

「その、泣きぼくろみたいに?」

「それっす。それに」

 

 付け加えて、彼女は忍の頭のあたりを指した。何かあったかと自分で手を伸ばし、宝石をあしらったバレッタの存在を思い出した。これがどうかしたのかと思うと、彼女はふっと笑う。

 

「ゲーム内であたしがあげたロイヤルバレッタ、そっくりそのままっす。そんなに気に入ってくれてたんすね」

「あっ……?」

 

 買い出しの時、なんとなく目に止まり、これも歓楽街に溶け込むためだと少し反発して買った青い宝石の髪飾り。ゲームの中でずっと装備していたものと似たようなものを選んでいたなんて、まるで気が付かなかった。自分でも驚きだ。

 

「無意識に選んでて」

「じゃあ無意識に現実でも欲しい! って思うほどだったってことっすか! いやぁ、めっちゃ嬉しいなあ。変身してなくても似合ってるっすよ」

 

 そもそも選ぶも何も、ゲーム内でのドロップアイテムなんだから、見た目は彼女が決めたわけじゃあるまいに──と、思い、ラズリーヌはわざわざディティック・ベルにと渡していたことを思い出した。あれは戦術を度外視して、似合うからこそ渡したのか。ラズリーヌなら、そうするのか。ふと、彼女の手がこちらに伸びてくる。顔が近づく。顔が……近い。

 

「っ、あ、ちょ、待っ──」

「ほら、もっとよく見せてほしいっす」

 

 いや待て、私達は女の子同士だぞ──と言うまでもなく、その先には進んでこない。焦ったが、宝石の輝きと、忍の顔とを交互に見て、女子高生は微笑んでいた。

 

「はー、そうだ! ケーキ食べ終わったらカラオケでも行くっすよ! せっかく遊びに来てくれたし、朝までコースっす!」

 

 呆然とする忍をよそに、彼女のテンションは高かった。一方の忍は、やたらと胸がドキドキさせられたまま、口にしたラズベリーはきゅんと甘酸っぱかった。



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第22話『消えない穴』

 ◇たま

 

 街のパトロールの終わりに、誰とも会わないように立ち寄る夜の廃寺。ここには思い出とトラウマだけが残り、たまの他には誰もいない。それでもふらりと、いつも来てしまう。魔法少女としての最初の居場所だから、離れられないでいる。

 

「やっと、会えた」

 

 そこにふわりと降り立つ白い影。振り向くと、立っていたのはスノーホワイトだった。フルダイブの『魔法少女育成計画』に参加させられてから、たまは恐らく音信不通になっていたのだろう。魔法の端末がゲーム外の全てに対して通じなかったため、スノーホワイトの動向もなにも知らなかったのだ。そんな彼女との久しぶりの遭遇は、スノーホワイトが駆け寄ってきて、驚きながら始まった。

 

「たまちゃん、大丈夫? 怪我はない?」

「え……う、うん、大丈夫だよ」

 

 スノーホワイトがたまの手を取る。ファルの説明通り、ゲーム内の怪我は現実に影響していない。ダメージは何度も負ってきたが、ここにいるたまは平気だ。

 

「ど、どうしたの……?」

 

 いきなりスノーホワイトが会いに来るのもだが、こんな焦った様子だとは思わなかった。

 

「……ゲームのこと。ごめんね、私のせいで巻き込んじゃって」

 

 驚いた。スノーホワイトには、もうゲームのことは知られているのか。しかもスノーホワイトのせいだって、意味が読み取れずに困惑する。

 

「スノーホワイトのせい? なんでそうなるの? 違うよ、スノーホワイトは……」

「……私のせい。私みたいに正しい魔法少女かどうか試すって、言ってたんだ」

「え、誰が」

「あいつ、ゲームマスターが」

「え……」

 

 スノーホワイトはゲームマスターの存在を知っている。ゲームの中からでは決して手の届かない相手だ。曰く、スノーホワイトには特例で面会を許したらしく、たまにはまず会ってくれないだろうという。それでも、スノーホワイトが外からどうにかしようとしてくれている、それは嬉しかった。

 

「ごめんね。もう少しだけ……もう少しだけ、待っていて。なんとしてでも、助けてみせるから」

「っ……! で、でも、私たちだって、もうすぐゲームはクリアみたいだし……」

 

 嬉しいとともに、スノーホワイトには無理はさせたくなかった。なんとなく、相当に無理をしているように見えた。互いに顔を見合って、互いに疲れた顔をしていることに気づいて、ふいに笑ってしまった。

 

「あ、その」

「……? たまちゃん?」

「リップルさんは……元気?」

 

 何気なく、ゲームの話から逸らそうとした。

 

「うん。たまちゃんは……リップルとは」

「……その。気まずい、っていうか、トップスピードさんのことが……あるから」

「そっか。リップルだって、わかってくれてると思う」

「だと、いいけど」

 

 それでも怖いものは怖い。もしメルヴィルのような敵意の切っ先が向けられたら、たまは抵抗できるだろうか。もういないスイムスイムの罪は、本当に彼女だけの罪なのだろうか。

 

「無理はしないでね」

「す、スノーホワイトも……!」

 

 夜は明けていく。即ち、メンテナンス期間の終わりが近づいていく。

 

 

 スノーホワイトと会ってから、まる1日が経った。

 再びゲームの中に突入する時、たまはいつも最大限の警戒心と戦闘態勢を作って臨む。そうしなければならないのは、狙われているのをわかっているからだ。ちょうど3日、その時間が来る時、息を整えて視界が変わるのを待つ。

 

「──っ!」

 

 ログインと同時に、待ち構えていたであろう銛が顔の横を通り抜ける。首を倒していなければ貫かれていた。ただ、メルヴィル自身はこれを仕掛けた後にどこへ行っているのか、いつも残り香しかない。残されているのはトラバサミやら落とし穴やら、獣を捕るための罠の数々。かつて何度も山の中を走り回って穴を掘っていた魔法少女であるたまには通用しない。土や葉でカモフラージュされたそれらを匂いで看破して壊しながら、合流を目指す。

 

「やあ。今回も無事で何よりだ」

「ごめんなさい、いつも救援に向かえなくて」

「い、いえ、なんとかなって、ますから」

 

 再ログインが行われると、魔法少女たちのダメージは現実基準にリセットされる。つまり戻ってきたその時、プフレとシャドウゲールは包帯もなにもなく無傷で、たまは大いに安心した。自分がメルヴィルの襲撃で心配される側だという意識はマスクド・ワンダーに謝られるまでなく、はっとして大丈夫を伝える。それから、プフレの行こうかという一言で、一行は最新エリアに向けて歩き出す。

 

「……あの」

 

 ふいにシャドウゲールが口を開いた。

 

「本当に大丈夫……なんですか」

「その、ゲームをクリアしちゃえばいいと思う、から」

 

 彼女の矛先がたまだけに向いている限り、たまから何かしようとは思わない。……頭の中にこびりついた、あの音楽家の撒き散らした赤色に、怯えているせいだ。友達が死んでしまうのはもっと見たくない……けど。あの日から何度も考えてばかりのことに、また行き当たって、歩みが鈍る。

 

「気に病むことはない。その魔法に私たちは何度も助けられている。それに、正しいことのために力を振るうのは当然の行いだ。だろう?」

「えぇ。まさに必殺の魔法よね。頼りにしてるわ!」

 

 何かを察したプフレと、それに続いたマスクド・ワンダーに声をかけてもらえて、考えるのはやめた。

 

 新たに解放された図書館エリアに踏み入ると、そこは本当に本棚でびっしりだった。

 プフレはそれを見るなり喜び勇んで本を手に取り、表紙しかないことを知ると興味をなくし、何事もなかったかのように元の場所に戻した。ここはハリボテの本がたくさんと、硬そうな椅子なんかがあるだけで埃っぽく、密林とはまたうってかわって過ごしにくい。こんなのばっかりだ。くしゅん、と大きめのくしゃみが出る。

 

「なんだか戦いにくい場所ね」

 

 荒野、お姫様、サイバー、迷宮、密林、図書館……どれもまったく統一性がないどころか、荒野からお姫様の時点で統一性などあったものではないが、今までより障害物が多い。モンスターの気配もないので、探索が主になるエリアだろうと、プフレがまずは本棚を調べようと方針を示す。4人それぞれで、逸れないようになるべく近くで、本を抜いたり並べ替えたりしてみる。肉球だと素手より大変な作業だ。

 

「うーん……」

 

 相変わらずなにも起きない。飽きてふと魔法の端末を見る。エリアミッションは表示されていない。はぁ、とため息をつき、本を戻して、ふらっと近くにあった椅子に座ろうとした。

 

 ──その時である。

 

「! 危ない!」

 

 シャドウゲールがたまの手を引いた。座っていた椅子がぐにゃりと歪み、剣となって襲いかかってくる。モンスターだ。飛び込んできたマスクド・ワンダーの一撃で剣は吹っ飛び、対岸の本棚にぶつかる。そして剣が再び歪んだかと思うと、次の姿は片翼の小さな天使のような姿だった。

 

「あ……」

 

 見た瞬間、その元となった魔法少女がわかってしまう。友達だった、あの。

 たまの中に記憶が溢れ出した時、天使はまたしても姿を変える。今度は槍型だ。一直線に飛び込んできて、マスクド・ワンダーの魔法で受け止められる。そして彼女が再び本棚に向かって吹っ飛ばし、さらにキックを決めたことで槍が叩き折られ、それを以て撃破されたらしく天使の形に戻る。柄を、つまり胴体を折られたままで。

 

「っ……!」

 

 すぐに消滅した遺骸に、思い出してしまうあの時。なにもできなかった日々。無生物に変身できる天使の魔法少女、ミナエルの死は、あの何度も見た悪夢の、クラムベリーとの殺し合いでの出来事だ。

 

「変身するモンスターかしら。警戒しなきゃいけなさそうね」

「あぁ。モンスター図鑑によると対になる種類もいるようだ。出現場所は決まっているというから、地図アプリへの記録もした方が──」

 

 だんだん聴こえる話し声さえ遠くなっていく。ふらふらする。

 

「っ、大丈夫ですか」

「ごめん、なさい……ちょっと、その、気分が……ごめんなさい……嫌なこと、思い出しちゃって……だから……うっ……」

 

 シャドウゲールの肩を借りて、なんとか倒れずに済んだ。このエリアでは、戦えそうにもなく、貢献できそうにない。無力なのは、あの日々と同じ。ユナエルが死んだ時とも、ミナエルが死にスイムスイムが死んだ時とも、同じだった。



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第23話『デイジーフラストレーション』

 ◇マジカルデイジー

 

 デイジーチームは、迷宮エリアの時と同じように、謎解きを放置してボス部屋を探して直でボスを狙うと決めていた。先を越される前に倒してしまう。ジェノサイ子と@娘々のサポートがあれば、デイジーならなんとでもなる。なんて楽観的だったのは事実で、そして今回、それが裏目に出たのも事実だった。

 

「やっば!? ちょ、髪の毛絡まってるって! ぬわーっ!?」

 

 つい先刻、ボス部屋に突入し、ジェノサイ子を前衛に踏み込んだ。現れたボスは真っ黒な不思議の国のアリスのような姿の『不死の令嬢』だった。部屋の奥に立ち込める暗闇そのものであるかのように蠢き、長く伸びた黒髪が不用意に先行したジェノサイ子に絡みつき捕縛してくる。その名に恥じぬ不死性は、デイジービームで頭部を吹き飛ばしてもあっさりと再生したことで証明されている。

 

「さすがにまずくないアルか!?」

「ごめんね、ちょっと狙いが……当たったらどうなるかわからないし」

「無敵のスーツと無敵のビームなんて、どうなっちゃうんだ〜!? あっ、ちょ待って、関節はやばいって! デイジーさん! お願いします!」

「うん……デイジービーム!」

 

 なるべくジェノサイ子には直撃しないように気をつけ、小指だけを立てることで細めのビームを照射。ジェノサイ子の脚に絡みついた令嬢の髪を、ビームで梳かす。髪は魔法の力で分解されてほどなく解けるが、狙いの問題で全て掃除できるわけではない。除去作業にはなかなか時間がかかるが、慎重にクリアしていく。最終的に根本を絶ち、切り離されても動く髪は娘々の御札に封印という方法で、なんとかジェノサイ子を救出。ボス部屋から退却した。重い扉を全力で押して飛び出したら、今度は逆向きに押して開かないようにする。不死の令嬢は外までは追ってこないらしい。

 

「デイジービームでも倒せないって、どうすればいいってこと?」

「うーん、先に解くべきギミックがあったとか……」

 

 それとも、エリアボスを一撃で消し飛ばしてきたせいで、対策されてしまったのだろうか。どちらにしたって、ゲームマスターは余計なことをしてくれたものだ。

 

「全部無視してきたアルもんね」

 

 そういえば道中に、意味深な本棚があった。一旦そこまで戻ってみるしかなさそうだ。それを提案すると、2人とも同じ意見。揃って引き返し、途中でプフレ一行に出会う。

 

「あら、奇遇ね! マジカルデイジー!」

「あっ、マスクド・ワンダーさん。お疲れ様です」

「先日は世話になったね」

「あの時のことアルか? あぁ、止めなかったら死んでたアルよ」

 

 デイジーが挨拶をすると同時に別の挨拶も交わされる。密林エリアでは娘々とジェノサイ子がプフレに同行していたんだったか。祝勝会ではデイジーが狂鳥たちの話を翻訳アプリ越しに聞いて接待に徹していたため、他の魔法少女とはあまり話せなかった。ワンダーたちと一緒に捕まっていたし、密林エリアで何があったか、実の所そこまで詳しくないのだ。

 ただ、その話に混ざらず、後方でうずくまる少女と、その付き添いがいる。付き添いはシャドウゲール。うずくまっている方はたま。心配になってそちらに行こうとしたが、たまの顔を見る限り、そっとしておくほかないかと感じた。デイジーで元気づけられる類の状態ではない。

 

「えっと……そ、そうだ! これ。謎解きだと思うだけど」

 

 無理に気を使うくらいなら、話を逸らしてしまうしかない。デイジーが指した先には小さな空の本棚がひとつあり、隣の本棚にある本には、表紙に色の英単語が、背表紙にタイトルが数字1文字だけが書かれている。これを並べるのだろう。本はそれぞれ色が違い、表紙の単語と対応している。赤い本には『RED』という具合だ。そのおかげで、ここだけやたらとカラフルになっている。

 

「本棚の上に何かあるね。太陽の形と……三角形か」

 

 プフレが呟いた通り、縦に二段、上から太陽のマークと三角のマークが並んでいる。これが何を意味するかはよくわからない。さらに本棚の下部には1から7の数字が割り当てられており、入れるのは全部で7冊といったところか。左から1、2、7、4、5、3、6……バラバラだ。

 とりあえず背表紙の数字と一致するものを入れようとしたが、背表紙に7の数字が見当たらなかった。この作戦は失敗し、そそくさと先に並べた二冊を元に戻した。

 

「本の色も関係あるのかしら?」

「意味のない要素ではないだろうね」

「太陽の下の三角……ピラミッド? ピラミッドだとして何?」

 

 生憎ここに探偵はいない。謎解きは頭脳担当のプフレと、なんとなく頭脳派な雰囲気のシャドウゲールだろうか。と思い、たまについているシャドウゲールを見る。首を傾げていた。

 

「太陽……光……三角。7つ、7色……虹色?」

 

 ぽつり、ぽつりと呟きながら思考が整理されていく。確かに、このカラフルな本たちは7色、ちょうど虹色と同じような。

 

「虹色の7冊、だとしたらこの数字は……?」

 

 虹色を構成するべく、赤の1、橙の1、と試しに背表紙の文字が『1』だけを選んでセットしてみる。7冊収まり、何も起きない。こうではないらしい。また全部抜き取り、やり直しだ。

 

「どっちの数字にも意味はあるはずだ。それが何を示しているのか……」

「虹、虹色、レインボー……?」

 

 皆が首を傾げ、戦闘要員のマスクド・ワンダーなんかは、キャンディを回収しに行くと言って離れた。確かに溜まっていてもしょうがないかもしれない。そうしてデイジーチームもあとはプフレに任せようと思った。彼女はまだ独り言で思考を整理しており、虹、と繰り返していた。

 

「レインボー……RAINBOW。アール、エー、アイ、エヌ……7文字、だ」

 

 7。それがなにかの手がかりとなったらしく、プフレは顎に手を当てながら、もう片手で本を配置し始めた。デイジーはそれを呆然と見守り、赤の1、橙の3、藍の1……何度か置くものを修正しつつ、結論が出た。

 

「……最後に、黄色の枠に6を」

「これは……どういうことですか?」

「太陽は光源。三角はピラミッドではなく、プリズムだったんだろう。そして背表紙の意味は、表紙の単語のN文字目を取るということだ。それを、本棚にある指示の通りに並べ替える」

「……例えば?」

「レッドの1文字目は『R』、オレンジの3文字目は『A』、といった具合だね。これを並べ替えた時、ある言葉になるようにする」

 

 レッドのR。オレンジのA。インディゴのI。グリーンのN。ブルーのB。バイオレットのO。そして、イエローのW。それらを並べ、英単語『RAINBOW』が完成した。プフレが揃った虹色をぐっと押し込むと、それらは七色の輝きを放ち、その末に何かが現れた。宝箱だ。プフレは車椅子を二度ほど漕いで、ゆっくりと開く。中から出てきたのも、本だった。

 

「『図書館エリア攻略本』……ねえ」

 

 プフレは自身の端末に攻略本をインストールすると、デイジーチームにも伝わるよう、内容を音読してくれる。『3つある謎を解くことがエリアミッションである』、『不死の令嬢は倒せないが、彼女が守る宝箱にはレアアイテムがある』といった役に立つ情報とともに、その残る謎に関するヒントも書いてあるらしい。

 

「ヒントはディティック・ベルにも送っておこう。謎解きだからね」

 

 ポチポチと操作が行われ、転送が完了する。

 しかし、謎解きだけが解放条件となると、本格的にデイジーたちには出番が来ない。精々が、このエリアの片翼天使のモンスター『デビル』『デーモン』を倒してキャンディ稼ぎをするくらいだ。この間のキャンディ没収イベントがあったせいで、図書館エリアでアイテムの更新はできていない。それも惹かれる作業ではないけれど。

 

「私達は次の謎を探すよ。魔王城が解放されたらまた合流しよう」

「そうしましょう」

 

 デイジーは頷き、プフレたちとは離れた。広報部門の魔法少女になって色々な魔法少女に会ってきたが、プフレは話したくない魔法少女の部類に入る。デイジーの立ちたい土俵とは違う次元にいようとするタイプだ。別れた後で、大きなため息をつき、ジェノサイ子と@娘々の視線を集める。

 

「マスクド・ワンダーさんの方に行ってくるね」

 

 気晴らしがてら、派手に名乗り、目立てる舞台に行こう。雑魚狩りでも、らしくを忘れないなら、彼女の隣がいい。そうしてデイジーは、図書館エリア3つの謎がすべて解かれるまで、謎解きに関わることはなかった。



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第24話『魔王城』

◇キーク

 

 手のひらの上でカチャカチャと勝手に回るルービックキューブを浮かべ、魔法少女キークはひとり、隔絶された電脳の空間に浮かんでいた。

 

「スノーホワイト、怒ってたなあ」

 

 独り言だ。先日、スノーホワイトを己の城に招き入れた。キークの企てた選別計画に、彼女なら賛同してくれると思っていた。だが彼女はあの『音楽家殺し』がゲームに参加させられていると知った時、キークの胸ぐらを掴み、今にも手を出しそうな空気になった。

 彼女は彼女なりに『音楽家殺し』を英雄視しているのだろうか。世間的、というかキーク的には、不殺を貫いたスノーホワイトの方がかっこいい。音楽家殺しはただ偶然トドメを刺せただけで、クラムベリーの亡霊と戦っているのはスノーホワイトの方だ。

 

「まあいいや。次回からはもっとゲームをアップデートしとかないとね。イベントの種類も増やして……っと」

 

 ゲームの様子を確認する。……図書館エリアが突破されている。しかも犠牲者なしだ。迷宮がありえないほど速攻で終わり、密林もかかった時間は大したことなく、図書館も想定より速い。つまりキークが思うよりずっとあっさりクリアに近づいている。

 

「うーん……バランス調整ミスったかな」

 

 簡単すぎるようにした覚えはない。むしろ改修の結果、戦闘に比重を置いて、難しくしたつもりだった。だというのに、結果はこれだ。『子供達』には血の気が多く、野蛮だということを失念していた。これも反省点だ。次は没にした反射持ちエネミーや即死火力を持つドラゴンなんかを復活させようか。

 

「でもPvPはしてくれてないし。せっかく人型の敵多くしたのにさ」

 

 過去の魔法少女データベース、とりわけ最後のクラムベリーの試験から大量にデータを組み込んでやった。その目的は、主に音楽家殺しへの嫌がらせだったが。

 

「まあ、いいや。ここからクライマックスだよ。さあて……どうするのかな? 『音楽家殺し』」

 

 そう、本番はこれからだ。本当のゲームはここから始まる。

 

 ◇たま

 

「本当に大丈夫ですか?」

「う、うん。もう平気……だよ」

 

 最後のエリアである魔王城には、4チーム13名の全員が合流し、足並みを揃えて突入することになっていた。これは誰が言い出したわけでもなく、自然と皆が集まって、こうなったのである。それだけ、密林エリアでの出来事は大きかった。謎解きをこなしてくれたらしいディティック・ベルとラズリーヌ、カプ・チーノが最後に合流して、少し小休止を挟み、最後のエリアへと挑むこととなる。

 

 そしてモンスター図鑑の残る項目は2つ。ミナエルとユナエル、そしてハードゴア・アリス型のモンスターは図書館エリアにて出現した。あの試験にいた中で残っているのは……スイムスイムとクラムベリーだけ。

 

「えっと、魔王のこと、なんだけど……なんとなく、心当たりというか、あって」

 

 たまの知る魔法少女たちをモデルにしたモンスターが多数出現しており、その中でも魔王になるだろうと思われる存在がいる、と伝えると、皆は耳を傾けてくれた。リオネッタにはなにか言われるかもしれないと思っていたが、かえって緊張が走る。

 

「森の音楽家……って、知ってるかな」

 

 呼吸を整え、意を決して切り出した。が、たまが想定していたような反応を示した者はいなかった。少ししてから、ラズリーヌがこぼした。

 

「その音楽家ってのが、魔王なんすか?」

「う、うん、たぶん……」

 

 ここまでクラムベリーの存在が知られていないとは思わなかった。そこで、たまは彼女の魔法が音を操るものだと解説する必要に駆られた。

 

「なるほどっす。魔法の耳栓とか、あったらよかったんすけどね」

「耳栓だけでなんとかなる相手とは思えませんけど」

 

 たまのまったく不確定な話を聞き入れてくれるのも、この一致団結の雰囲気があってこそだ。たま自身も覚悟の上……万が一スイムスイムが現れても戦えるように、呼吸を整えてから、魔王城エリアへ続く門を開く。

 

「みんな、準備はいい?」

 

 ワンダーの号令に、皆一様に頷いた。

 

「行こう!」

 

 そして門を開く。視界が光に包まれ、新たなエリアへと移動する時の感覚がする。これまでの埃っぽい空気から、済んだ空気に変わり、お姫様エリアにも似た、大理石の廊下に出た。大量のモンスターと遭遇することを想定して身構え、陣形を崩さぬように進んでいく。

 

「……何もいないっすね」

 

 ラズリーヌの言う通りだった。たまの鼻にも、何の匂いも引っかかりやしない。各々、盾を構えたり武器を構えたりし、驚くほど何もないまま、長い廊下を歩いていく。

 

「磨かれすぎですわね。スカートの中身が映ってしまいますわ」

「ドールのドロワーズなんて見せてナンボデース」

 

 次第に緊張が緩み、リオネッタは大理石の床にそんな感想を漏らした。マジカルデイジーなんかはそれとなくスカートを押さえたり、那子は軽口で返す。油断した頃に襲ってくるのでは、と思い気を引き締める。

 ──それでも、何も起きなかった。

 

「……何か、着いちゃった」

 

 カプ・チーノの呟いた通り、目の前には大袈裟な扉。禍々しく悪趣味で、余計な装飾がこれでもかとつけてある。どう見てもこの先が魔王の部屋だ。今度こそ、絶対に戦いになると、皆に緊張が走る。まずは直感力のあるラズリーヌが先に進み、扉を調べた。鍵やトラップの類はないと、合図に両手で大きなマルが作られた。

 魔法少女たちは陣形を整えた。戦闘力のあるワンダーやラズリーヌが前につき、必殺の一撃を持つデイジーを最後方に。たまは中央前方でリオネッタやシャドウゲールと並び、また呼吸を整え、クラムベリーとの接敵の瞬間を頭の中で思い返し、とにかく後悔を取り返そうと決意する。

 

「開けるっすよ」

 

 彼女が扉に手をつき、告げた。ある者は盾を握り直し、ある者は唾を飲み、ある者はいつものまま、そして扉が開かれた。魔法少女たちは一斉に動き、構える。またしても、なにもない。

 

「……ラズリーヌ! たま! ここ、何かいる?」

「いや、ないっす」

「匂いは……ないよ」

 

 正直に答えた。部屋の中には豪華な椅子が中央にあるだけで、モンスターの気配は全くない。じゃあ、残る2枠とはなんだったのか。そもそも、魔王はどこなのか。不可解な目の前の事象に、何名かは武器や防具よりも端末を触り始めた。地図アプリではここが最奥。戻っても、分岐する部屋はショップのそれだけ。エリアミッションの項目には何も書かれていない。メッセージアプリ。変化なし。他の機能は起動できないまま。色々試してみて最後に、しばらく使ってもいなかったヘルプコマンドに、すがりつく思いで触れた。

 すると現れたウィンドウには唯一変化があって、玉座を調べよう、となっていた。

 

「玉座を……?」

 

 同じものを見たであろう@娘々が、御札を投げつけ、中から何やら動く髪の毛のようなものを出してクリアリングを行った。罠はない。ただ、その後ろの部分に何かが書いてある。翻訳アプリを起動し、解読する。

 

「なになに……『魔王は留守です。13人の魔法少女と、勇者に狙われて逃げ回っています』……」

「……へ?」

 

 わけもわからず力が抜け、たまはふいに玉座に触れた。すると全員の端末が一斉に着信音を鳴らした。

 

『魔王の玉座に到達し、記憶の解放条件を満たしました。これにより、主の危険に魔王の腹心が駆けつけます。どこかのエリアに新モンスターが登場しました』

 

 画面を見て、メッセージに目を通し、魔王の所在に触れられていないことを認識し、消した。改めて玉座を見る。空だ。この部屋には魔法少女たちの匂いしかない。つまり、魔王はここにはいない。どこにもいない。

 



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第25話『ラッキーアイテム、瑠璃の髪飾り』

 ◇ディティック・ベル

 

 魔王がどこにもいなかったことにより、探偵は玉座をしらみ潰しに調べるしかなくなった。他エリアには新モンスターが現れたらしいが、それらは他のチームに任せ、ディティック・ベルは魔王の部屋に残っていた。

 真っ先にやったことは、ファルを呼び出すことだ。しかし彼は何も知らなかった。

 

「こっちだってわからないぽん。魔王はいるぽん。なのになんでいないぽん」

 

 こっちが聞きたいよということしか話さない。本当に情報を持っていなかったんだろう。早々に彼を頼りにするのはやめた。

 

 魔王城エリアにモンスターはいない。初めから、1匹も、だ。それが怪しさを加速させる。魔王がどこにもいないというのなら、このハリボテのエリアは、マスターが我々を嘲笑うために入れたとでも言うのだろうか。

 

「ベルっち」

「……ラズリーヌ? 他エリアの探索は?」

「カプっちはペチカっちについてくみたいっす。あたしは居残りっすよ」

「わざわざ残らなくてもいいのに」

「ベルっち。あたし、探偵になろうと思うんすよ。一緒に!」

 

 唐突だった。変化のない探索に早くも飽き始めていたディティック・ベルだが、いくらなんでもラズリーヌ、しかもそのいきなりの話は刺激になりすぎやしないか。

 

「なんで?」

「ベルっち、アツく語ってくれたじゃないっすか。探偵の誇り、プライド、そして矜恃!」

 

 ……全部一緒だ。

 あの日あの後、氷岡忍はカラオケに付き合わされ、いっそ飲酒してやるとアルコールが入り、そこから記憶が無い。ということは、カラオケで語り明かしてしまったのか。そんな酔っ払っていた時のことを言われても困るのだが、今は和む。少しは乗ってやるか、なんて気分だ。先は見えなくなったが、見えないなりに、ラズリーヌが明るくしてくれる。

 

 「じゃあ……助手、ってことで」

 「うおー! ベルっちの探偵助手!」

「図書館エリアではプフレから貰ったヒントがないとどうにもならなかった。けど、今回は足で解いてみせないと」

「あっ、あたし、助手は何をすればいいっすか?」

「うーん、入口の方から確かめてみてほしいかな」

「了解っす!」

 

 ラズリーヌが離れ、玉座の部屋を出ていった。またひとりになる。落ち着いて集中できるが、あの騒がしさがあるのも悪くないかな。それから玉座を数センチ感覚でノックし続け、さらに刻まれていた文字とにらめっこし、暗号がないか、角度によって違う文字にならないか、炙ってみたら変わらないか、色々試していく。案の定どれも効果はない。ため息を大きくついて、玉座に座ってみた。居心地は、良くはなかった。それでも小休止にと、魔法の端末を立ち上げ、ラズリーヌ宛に『玉座の間、異常なし』と送り、地図アプリを見る。玉座の間のマップはただ四角い。隠し部屋などがあるとは思えない。

 

「……そうだ」

 

 初めてこのエリアに来た時、通路は陣形のまま真っ直ぐ奥へと進んでいった。ショップの方は調べていない。ラズリーヌは廊下のどこを調べているだろうか。ディティック・ベルはショップの小部屋を目指し、歩き出す。ふと視界の隅に何かが映った気がしてそちらを見るが、ピカピカの大理石には自分が鏡のように映るだけだ。何気なく帽子の角度を直し、ロイヤルバレッタの位置も調整して、部屋を出る。

 

 ショップの小部屋には期待を込めて赴いた。もしかしたらキーアイテムがあるかもしれない。小走りで廊下を行き、辿り着くと扉を力いっぱいばたんと開いて中に入る。宝箱の類は……ない。あるのはショップである壺。ショップを利用するにはあの近くで端末を立ち上げればいい。他のエリアでも、お姫様エリアのねむりんを除いてそうだった。つまり見慣れたいつもの壺だ。

 陶器ゆえかやや重たい壺を持ち上げ、中を覗く。何も見えない。深淵だ。コンコンと叩く。何も入っていない時の反響が返ってくる。ため息混じりで壺を下ろし、端末からショップ利用を押した。

 

「おっ」

 

 思わず声を出した。見慣れないアイテムだ。最後補正値の武器や防具や、ラストエリクサーなる超回復薬なんかはまるで買えない価格設定だが、唯一、図書館エリアの謎解きで貰った額でも余裕で買える少額の見慣れないアイテムがあった。

 その名も『記憶回復装置』。確か、あの玉座を調べた時のメッセージに、記憶がなんとか書いてあったような。もしかしたら、魔法少女たちは記憶を消されていて、これを使えば魔王の所在がわかるようになっているのか。期待をこめて、それを押す。

 

『失われた記憶を取り戻しますか?』

 

 確認の選択肢が表示された。これははいを選ぶしかないだろう……と思い、指を近づけたその時だった。

 

「──え?」

 

 視界の隅にまたしても何かがあった気がして、何気なく振り向きかけた。瞬間、目に映ったのは銀色。一つ目はどうにか身を翻し、二つ目があるとは思わずそれは肩に食らった。想像より何倍も強い衝撃を受け、吹っ飛ばされる。視界が回転し、壁に叩きつけられ、状況がわからなくなる。今のはなんだ。槍か矢か、いや、銛、か。冷たい大理石の壁がひび割れ、パラパラと破片が降っている中、ディティック・ベルは考えようとした。答えはすぐに出る。ゲームの中に、銛なんて出てくる理由はひとつしかない。足音が聴こえてくる。目の前に、想像した通りの人物が現れる。薔薇を身に纏ったあの少女。

 

「メル、ヴィル……」

「えぐ気づいだな。だげんどこぃで終わりだ」

 

 手にした禍々しい弓に、再び銛を番える。さっきの衝撃はこの変な弓のせいか。どうして狙われている。私の端末はどこだ。せめてあの記憶回復装置だけでも届けなくちゃ。なんとか動こうとするが、ダメージのうえに壁にめり込んでしまったせいで動けない。歯を食いしばり、抜け出そうとして、床の鏡面に映る自分の顔が見える。出血はさほどでもない、が、さっき直したはずの帽子とアクセサリーが乱れてしまっていた。その中に見える青い輝き。このロイヤルバレッタが、何かを引き寄せてくれたら。

 

「へばな」

 

 引き絞られた弦から、手が離される。今度こそ終わりか、と覚悟した時──鏡面の中で、ロイヤルバレッタの青い宝石が煌めいた。

 

「……ごめんなさい。間に合わなかったっすね」

「ラズ、リーヌ……?」

「ベルっち、動かないで。無理しちゃだめっす」

 

 こちらに向かって放たれたはずの銛はラズリーヌが弾き飛ばし、ディティック・ベルに着弾することはなかった。なぜここにいるのかは、彼女の魔法だろう。ロイヤルバレッタの宝石をワープ先にした。ディティック・ベルの下にだけ、駆けつけられるようになっていたのだ。初撃には間に合わなかったと謝るラズリーヌだが、来てくれたことが、嬉しかった。

 

「どってんしたじゃ」

 

 これはメルヴィルにとっても想定外だったらしく、再び次の銛を番えてくる。2人まとめて葬るつもりか。だが放つと同時に飛び出したラズリーヌは横からぶち当てた拳でその軌道を大きく変え、続く一瞬でメルヴィルの体に数発の拳。そのまま瞬時にディティック・ベルのすぐ近くにワープして距離をとり、打撃で今更よろめいたメルヴィルを見据えていた。ディティック・ベルも、目でついていくのが本当にやっとだった。

 

「やれねなら用はねえべ」

「待つっすよ、メルっち。なんでベルっちを狙ったっすか」

「……隠れでばすだはんで」

 

 メルヴィルは何歩か後ずさりした後、背を向けて足早に去っていく。ラズリーヌは完全に姿と気配が消えると、ディティック・ベルを助け起こしてくれた。魔法の端末を拾い、まずは買い込んだ回復薬を使う。突き刺さった銛を痛みに耐えて引っこ抜き、すぐさま回復させる。なんとか気絶せずにすみそうだ。

 

「本当助かった……死ぬくらいなら、これ、ラズリーヌに託そうと思ったよ」

「縁起でもねーっすよ」

「あはは……そうだ。手がかりになりそうなものを見つけたんだ」

「……! マジっすか! さすがっす!」

 

 記憶回復装置の選択肢を再び表示させる。そして、今度こそ、『はい』を押す。そしてその直後、頭の中に電撃が走ったような気がして。今まで忘れていたもの、忘れていたかったものが全部、頭の中に溢れ出してくる。

 

「え? ベルっち? どうしたっすか、ベルっち! しっかりするっす!」

 

 隠れてばっかりの自分をラズリーヌが心配そうにする中、ディティック・ベルは頭を押さえ、思わず叫んで、またしても気を失いそうになる自分に耐えた。

 

「……追わなきゃ。メルヴィル、あいつだけは、止めないと」



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第26話『デイジー@ジェノサイド』

 ◇マジカルデイジー

 

 その瞬間、皆が全てを思い出した。

 

「あー……そうだったっけ」

 

 ゲームの中にいる魔法少女たちは概ね、皆同じ反応をしていただろう。吐いたって仕方ない。気絶したっておかしくない。こんなものをいきなり突きつけられて、正気でいる方が難しい。

 他のチームと共に迷宮エリアを担当していたデイジーチームは探索の途中で、記憶回復を食らった。ジェノサイ子も@娘々も例外ではなかった。初めは目を見開き、次に己を疑い、そして行き場のない慟哭を無理やり発露させる。特に@娘々は、血だらけになるまで自分の拳と頭を何度も壁に打ち付けていた。デイジーが比較的冷静でいられたのは、そんな様子を見ていたからかもしれない。それとも、初めから冷めていたのか。

 

 自分の手を眺める。この手は、綺麗なお花の国のお姫様なんかじゃない。汚れている。あぁそうだ。モンスターを吹き飛ばすあの感触、知っていたんだ。こんなものだったと思い出していただけだったんだ。

 

 ──マジカルデイジーは、森の音楽家クラムベリーの課した試験を突破した魔法少女だ。その内容は単純、候補生同士での殺し合いだ。 殺せば魔法少女でいられる。殺さなければ、こちらが殺される。それだけの瞬間だったことを、思い出した。

 デイジーはそれを簡単に終わらせた。なんの手応えもなく、あっさりと人を殺してみせる必殺の光線がこの手にあって、使わない者はいない。戸惑う他人を、襲ってくる知り合いを、逃げ惑う友達を、分解して消してしまった。自分以外の全員をこの必殺の一撃で殺し、当然のように生き残ったデイジーは、それから魔法少女としての道を歩んだ。

 自分がかつて血溜まりの上に立っていた記憶なんて忘れて、華やかなアニメになって、人々に笑顔を届けようなんてほざいていたのだ。

 

 なんだか急に馬鹿馬鹿しくなった。何が、生き物に向けてはいけない、だ。もうとっくに汚れた手のくせに、何をいい子ぶって。

 

 ぴろりん、と、誰の心境にも不釣り合いな明るい機械音がして、魔法の端末が振動する。何の通知か、皆は確認する余裕もないだろうに。

 

「『記憶回復装置により、プレイヤーの記憶が戻りました。これにより、勝利条件が変更されます』」

 

 勝利条件が変わる? 魔王を倒すではなくなるということか。魔王の姿がないことに気がつき、クリア不可能なものを修正したのか。なんて、希望に満ちた現実がここにあるわけがない。表示されたのは、無感情に記述された文字列。

 

『魔法少女の中に紛れた、魔王または勇者の討伐』

 

 注釈が続く。

 

『勇者が討たれた場合、魔王と討伐者のみが勝者となります』

 

 意味はよくわからない。だが、このゲームにはクラムベリーがいた。クラムベリーではないが、その薔薇を模した魔法少女がいた。つまり、これは殺し合いに他ならない。だったらこれが意味することはただ一つ。殺られる前に、殺れ、ということ。

 

「ねえ、大丈夫?」

「っ……美千代……昌子っ……」

「……誰?」

 

 @娘々は頭を抱えたまま、うわごとのようにデイジーの知らない名前を呟いていた。それがもしかしたら、かつて試験で失った誰かかもしれないと思い当たり、デイジーは手をぽんと打った。デイジーだって気持ちはわかるつもりだ。デイジーが違うのは、これでよかったと思ってしまっていることかもしれない。うんうん、辛いよね、と頷き、娘々の背中を優しく叩く。そして、彼女の方を指さした。

 

「デイジービーム」

 

 ぎゅん、と一筋、光が走る。光はその直線上にあったものを抉って消し去り、娘々の抱えていた苦しみごと、彼女を吹き飛ばした。主を失った首から下が崩れ落ち、どくんと大きく跳ねた心臓が大動脈の残りから血を吐き出した。赤い池ができていく。

 ……ゲームは終わらない。ハズレか。仕方ない。切り替えて次に行く。

 

「えっ、な、なにして」

「ごめんね? こんなところ、見せるつもりなかったんだけど」

「娘々氏? 嘘、それ、ほんとに……」

 

 ジェノサイ子はパニックになっている。

 デイジーは一気に距離を詰めた。ジェノサイ子のバイザーは、非戦闘時ゆえに上がっていた。彼女の無敵の魔法は、そのバイザーが下がっている時だけ有効だ。勝利条件が変わったのが、今この瞬間で良かった。

 取り戻した記憶と、目の前で行われた娘々の殺害への動揺で、ジェノサイ子の反応は遅れていた。あとはクリアだけ、自分には何も起きないだろうという慢心が、デイジーに隙をくれる。

 

「ちょ待っ、なんで──」

「デイジービーム」

 

 短く告げて、彼女の眼前に指を突きつけた。そして、一閃。バイザーを下ろそうとするその手ごと、彼女の上半身に光を浴びせた。娘々と同じように、何もかも等しく飲み込まれ、自慢のスーツが効力を発揮することはなくなった。彼女の残りが転がり、血溜まりは広がっていく。結局デイジービームと彼女の魔法がぶつかったらどちらが勝つかは試さなかったが、もし耐えられたら面倒なことこの上ない。

 

「ジェノサイ子さんも違ったかあ」

 

 少し待っても端末からの通知もゲームの終了もなにもないことから、これでよかった、とは言い難い。が、また1つ可能性が潰れている。それならいい。

 大きなため息をついて歩き出そうとし、ばしゃり、と赤い液体を巻き上げてしまった。処理を優先したせいで、気づかずに血溜まりを踏んだのだ。デイジーのスカートが返り血で赤くなってしまった。

 

「……まあ、いいかな」

 

 血溜まりも残骸も含めて全部消してしまってもいい。けれど、それでは少し可哀想だ。お墓を作ってあげる余裕はないけれど、全部が終わったら、埋めてあげに戻ってこようかな。

 デイジーはいつも通りの足取りで、その場から離れる。迷宮の石畳に、ぺた、ぺたと、真っ赤な足跡を残しながら。

 

「あ、これって、自分で消さなきゃいけないんだ」

 

 何気なく開いた魔法の端末のパーティ編成画面から、ジェノサイ子と娘々を消した。ふと振り返ると、匂いに引き寄せられてやっていたであろう迷宮エリアのモンスターたちが群がっていて、もう2人の姿は見えなかった。



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第27話『乱入ボス確変中!』

 ◇たま

 

 端末に表示された新たな勝利条件。そしてもう1つ、たまだけに届いたメッセージ。それは『あなたは勇者です。魔王を倒して世界を救おう』というものだけ。頭が追いつかずにパニックになりそうだ。魔王が、魔法少女の中にいる。そんな魔王か、たまが死ぬかで、ゲームが終わるのか。端末を開きっぱなしで呆然としていた。するとふいに、プフレから声をかけられる。

 

「……なるほど。君の言っていた音楽家とは……そういうものだったのか」

「えっ?」

「全てを思い出した。それにこの通知。皆、クラムベリーのことを思い出させられたのだろうね。道理で護……シャドウゲールがこうなるわけだ」

 

 記憶が戻った時でも、プフレはいつもと変わらない様子だった。静かに己の思考を整理して、それから、クラムベリーの存在を飲み込み、しきりに頷いていた。一方、シャドウゲールはうずくまり、何度も嘔吐を繰り返していた。再度探索中だった迷宮エリアの石の床に、彼女の吐瀉物がぶちまけられる。最後にワンダーだが、彼女はどこか遠くを見たまま、黙っていた。何を考えていたのかは、わからない。

 

「どうしましょうね、本当に」

 

 いつものワンダーの溌剌とした声色ではない。彼女でさえも落ち込んでいる。シャドウゲールの嘔吐は暫く収まらず、ようやく収まると、プフレは何事もなかったかのように口を開く。

 

「探索を続けよう」

「えっ、い、今、だって」

「迷宮エリアは早期にクリアしてしまったからね。未踏破の場所も多い。そこに魔王の真の住処がある可能性だって捨てきれない」

「そうかも、しれないけど……」

 

 ほんの少しの希望でも縋るしかないのはわかる。けど、皆がこの状況で、探索を続けるというのも酷な話じゃないか。図書館エリアで役に立たなかったたまが言えたことではないかもしれないが。

 

「記憶は記憶だよ。省みるだけで魔王は見つからない」

 

 それも彼女の言う通りだ。想像していた以上に前向きなプフレは、何も言わずに睨むシャドウゲールには一瞥だけをして、パーティを前に進ませようとする。普段の明るさをなくしたワンダーが続き、置いていかれかけたたまは慌ててついていく。

 

 迷宮エリアの敵は動物型だ。蝶やアルマジロ、イノシシのような生物が人間大のスケールで登場する。警戒さえ怠らなければ、今の魔法少女たちなら苦戦はしない。それらよりさらに大型の鹿やら蟷螂の中ボスエネミーは手強い。手強かったはずだ。

 だがマスクド・ワンダーが前に出て、急所を確実に狙い、先手必勝の一撃で勝負を決めていったせいで、それを実感することはなかった。勝利のポーズを決めることすらなく、先を急ぎましょう、と急かされる。

 思えば、彼女なりに何かを感じ取っていたんだろう。たまの鼻にも、届いてはいた。嗅がなかったふりをしたいような、血の匂いが。

 

 ある一角に差しかかろうという時、モンスターの量が急に多くなった。集団相手でもワンダーは強かった。震脚で一斉に怯ませ、その瞬間からちぎっては投げ、その圧倒的な活躍の前にモンスターのうち何割かは逃げていった。戦闘を終え、ワンダーは汗を拭い、モンスターたちが集っていた場所を見下ろす。

 

「……そういうこと」

「えっ……」

 

 たまは咄嗟に口元を押さえる。血の匂いの正体は言うまでもなく血だった。誰のものかは、初めはわからなかったが、コスチュームの残骸でわかってしまう。特撮的なボディスーツと、チャイナドレス。夢の島ジェノサイ子と@娘々だろう。だが、ジェノサイ子は下半身しかなく、@娘々には首がない。

 シャドウゲールが吐き気を堪えている声が聞こえる。ワンダーは自分が血に汚れることも構わず、遺体2つの傷口を確認した。

 

「何かに削られたような断面。こんな傷、このエリアのモンスターで作れるものじゃないわ」

「夢の島ジェノサイ子は自身の魔法を無敵のスーツだと言っていた。いくらなんでも、モンスターと遭遇してそれを使用しないはずはない。モンスターの線は消える」

 

 やけに冷静な2人は犯人探しを始めていた。いや、始まった時点で、もう終わっている。だって、ここにいるべきなのにいない魔法少女なんて、決まっている。夢の島ジェノサイ子と@娘々は、マジカルデイジーとパーティを組んでいたんだから。

 

「……モンスターじゃなかったら、なんなんですか」

「魔法少女だろうね。魔王である可能性もある」

 

 プフレの言葉に淀みはない。だからこそ、シャドウゲールにとっては受け入れ難い。

 魔法少女同士の殺し合いの存在は、きっと記憶によって叩きつけられた。その再演がこうも目の前に現れると、やり場のない思いばかり溢れる。その気持ちは同じだった。たまはきっと、シャドウゲールがいなかったら、彼女のように嘔吐していた。

 

「私が追うわ」

 

 再び訪れた沈黙に、ワンダーの言葉が響いた。

 

「デイジーは私が止める」

「っ、そんな、1人で……」

「私は何も言わない。行ってくるといい。正義のためなんだろう?」

 

 心配を遮ってかけられた問いかけに、ワンダーは深く頷いた。もはやたまにもシャドウゲールにも、彼女を止める言葉は出せなかった。

 血溜まりから伸びていた血痕で出来た足跡を辿り、跳躍し、全速力で遠ざかっていく黒いシルエットを見つめ、呆然とする。

 

「さて。私たちにも来客のようだよ」

 

 そんなショックの抜けきらないうちに、プフレの声で気を取り戻す。彼女が差す背後には、人影がひとつ。白いスクール水着に、ふわりとしたピンク色の髪。漂う塩素の匂い。

 こうなると思っていた。

 

「スイムちゃん……」

 

 長柄の刃を手にして立つのは、魔王の玉座に到達したことで現れた最後の魔法少女型のエネミー。そして同時に、たまの、大事だった友達の姿をした敵だった。

 

 ◇リオネッタ

 

 最序盤のエリアである荒野エリアの探索中、それは訪れた。気分は最悪だ。記憶を取り戻した時、己に嫌悪感が溢れ出してたまらなかった。やってきたこと自体は、試験の外でも変わらない。それでもなお、堪えるものは堪える。

 

「あはは……そうデシタ。ワタシも人殺しデース」

 

 あの那子でさえも、持ち前の明るさがおかしな方向に向いている。そんな様子をペチカに見せたくないと、リオネッタは彼女の頬を張った。

 

「いった……なにするデスカ!」

「貴方が暗くてどうしますの!」

 

 こんな時でも騒いでもらわないと困る。ペチカの方を一瞥する。彼女は混乱した様子で、その傍らに寄り添うカプ・チーノに対して、言葉にならない言葉を何度も繰り返していた。カプ・チーノも平静ではなく、呼吸が荒い。こんな状況で、那子まで暗いなんて考えられない。

 

「そんなこと言われたって……! アンタは何も思わないんデスカ!」

「何も感じないわけないでしょう。だからって、落ち込む理由もありません」

 

 那子に胸ぐらを掴まれる。掴まれる側なのは初めてだった。握る手には、力が籠っている。彼女に何があったのかは知らない。だが恐らくは皆同じ。クラムベリーの試験に参加させられた『子供達』だ。その記憶を、リオネッタのようにただ飲み込めとは言わない。けれど、振り回されてはゲームに勝てない。

 

 リオネッタは勝たなくてはいけない──いや、勝たせなくては。

 

「あーハイハイ、わかりマシター! 魔法少女の中に魔王がいるんデショウ! そんなの絶対、あの音楽家似のエルフに決まってマス! クランテイルさんをやったのもアイツに違いありまセーン!」

 

 見るからに空元気だが、今はこれでいい。これはリオネッタにはできないことだ。勇ましく、荒野を歩き出す。障害物はない。相方の狂鳥を上空からの偵察に向かわせ、目指すはメルヴィルの下だ。最悪の記憶だが、音楽家という手がかりはメルヴィルが魔王の可能性を伝えてくれた。彼女に持ちかけられた取引には、乗らなくて正解だったのだ。

 

「それでこそ貴女でしてよ」

 

 那子の様子に安心していたのは、誰よりもリオネッタだったかもしれない。威勢よく歩き出した彼女についていくべく、ペチカに手を差し出す。躊躇いと逡巡を経て、手を取ってくれる。

 

「貴女もそれでよろしくて?」

「ペチカについていくだけ」

 

 カプ・チーノの答えは素っ気ない。ただ、来てくれる気はある。魔法少女の味方と言うよりは、ペチカの味方だ。リオネッタはペチカを先導して歩き、その後方をカプ・チーノが警戒する。皆の意識はペチカに向いて、那子のことを振り向いたのは、皆の肌に衝撃がびりりと走り、彼女が吹き飛ばされてきてからだった。

 

「カハッ……!?」

「……那子、さん?」

 

 地面に叩きつけられる那子。ドラゴンが襲撃してきた時のように、不意の攻撃だ。凄まじい衝撃を食らったらしい。耳や鼻から垂れているだけでなく、咳き込んで血を吐く。まずい。リオネッタは仕方なくペチカの手を離し、仕舞っていた鉤爪を剥き出しにする。さらにカプ・チーノが先行して攻撃に出た。

 

「お前ぇえ……ッ!」

 

 カプ・チーノが歯を食いしばり、怒りの声を上げるのも仕方がない。那子を攻撃した相手は、薔薇の魔法少女。しかしメルヴィルではなく、記憶の中の悪夢そのものだ。ゲーム内最後のボスモンスター『魔王の左腕』。その正体は再現された、森の音楽家クラムベリーであった。

 

「ペチカさん。そのお馬鹿さんのこと、頼みましたわよ」

 

 瀕死の那子は彼女に任せるしかない。ここで、また折られるわけにいかない。ペチカの手だけは、音楽家であろうと傷つけさせない。

 



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第28話『もう永遠に会えないね』

 ◇たま

 

 スイムスイムの姿をした来訪者。彼女を前にして、プフレはまず魔法の端末を開こうとする。既にスイムスイムは臨戦態勢、どころか武器を振り上げており、たまは刃を喰らわぬようどうにか柄を受け止める。

 

「そいつは『魔王の右腕』! 物理攻撃を無効化する! 通じるのは光や音だけだ!」

 

 スイムスイムの魔法は透過の魔法だ。どこでも水のように泳げるという効力はあらゆる物理攻撃に対して発揮され、そのことごとくを無効化する。こちらから攻めることはできない。

 武器を引き、今度は横薙ぎに切り払ってくる。思いっきり跳んでかわすが、着地のことは考えていない。待ち構える刃に、横から光線銃がヒットする。

 

「これは効くんでいいですよね!?」

 

 シャドウゲールの持っていた光線銃だ。スイムスイムが怯む。狙いがシャドウゲールに移った。容赦なく振り抜かれる薙刀。縦、横、さらに横、突きと次々繰り出される攻撃。なんとか対応しているが、少しの隙でも見せれば切り裂かれる。

 

「駄目ぇっ!」

 

 叫んでスイムスイムに向かっていった。飛びかかって、爪を振るって、全てがすり抜けた。彼女を攻撃しようとしても駄目だ。たまはスイムスイムの体内を突っ切り、シャドウゲールの方を突き飛ばし、自分が背中で刃を受けた。

 

「ぁぐ……っ!」

 

 鋭い痛みが走る。幸い傷は浅い。倒れ込む体を踏みとどまらせ、スイムスイムの追撃を迎え撃つ。振るわれた刃を白刃取りの要領で掴み、しかし透過の魔法ですり抜けてしまう。

 起き上がったシャドウゲールが引鉄に指をかけ、後方ではプフレも車椅子を操作する。車椅子後方からレーザー砲が出現し、スイムスイムに向かって直線の光をいくつも連射し、さすがのスイムスイムもここでは回避を選ぶ。シャドウゲールの射撃をするりと躱し、続くレーザーに対しては地中へ潜ってしまう。逃がすわけにはいかない。

 たまは彼女を追って地面を殴りつけた。魔法が石畳を抉り空間を作る。すかさず飛び込んで、爪を振りかざす。薙刀に受け止められ、弾かれたが構わない。駆けつけたシャドウゲールが銃口を向けている。

 

「これで──」

 

 刹那、スイムスイムが薙刀を持ち替えた。たまが再度殴り掛かるより先に、投擲により彼女の手から薙刀が離れる。弾を放とうとする光線銃に当たり、手から零れ落ちた。そしてスイムスイムが飛び出し、シャドウゲールのことを蹴りつけた。予想外の一撃を顔面に貰い、バランスを崩す。たまは穴の壁面を駆け上がり、薙刀を拾い上げるスイムスイムと、額を押さえるシャドウゲールの間に割り込んだ。そこへプフレも車輪を回し、レーザーを何発も放ちながら飛ばしてくる。牽制のレーザーのほとんどは最低限の動作でひらり避けられてしまうが、その間にシャドウゲールを抱えあげる。

 

「一度退こう。図書館エリアのショップに用途不明のお守りアイテムがあったはずだ。それに賭ける」

「賭けるって」

「『聖なるお守り』。触れられないものに触れられるようになる。これで効力がなければお手上げだね」

 

 シャドウゲールを抱えたまま手すりに無理やり座り、プフレの扱う猛スピードの車椅子に移動を任せる。追ってきていたスイムスイムの姿はみるみる小さくなり、わずか1分足らずでエリアのゲート部分に到達。そして迷宮から密林の街を突っ切り、図書館エリアに爆走する。ショップに到着すると、すぐさま端末を操作する。キャンディ没収イベントのせいで、買えるのはひとつだけだろう。

 

「いっそこのまま逃げてしまってもいいんじゃないですか」

 

 シャドウゲールがこぼした言葉に、ぐっと唇を噛んだ。

 魔王が魔法少女の中の誰かだとは決まっている。彼女はモンスター、ラスボスの可能性は無い。スイムスイムを倒そうとする意味はないかもしれない。彼女の言う通り、今から戻らなくたっていい。

 

「君はそれでいいのかな?」

 

 プフレに声をかけられた。びくっと肩を震わせるしかなく、すぐには答えられなかった。

 ミナエルと戦うのに怯えてしまって、何も出来なかったのに、スイムスイムからも逃げたら。彼女を直視することから逃げて、そのままなんて、胸を張って生きられない。

 魔法少女は思いが全てだ。思いに嘘はつくな。レディ・プロウドに教えられたことだ。私の中にあるのは、ルーラの教えてくれたことだけじゃない。

 

「わ、私はっ……向き合い、たい。向き合わなきゃ。私の、友達……のっ、見た目の、だからっ」

 

 声を振り絞る。うまく言えない、が、もう、穴を掘って逃げたくない思いは、きっとシャドウゲールには伝わったと思う。彼女のはっとした顔と、それから手元の光線銃に落とした目線が、その証拠だった。

 

「そもそも、逃げ切れるかの問題があるがね」

 

 淡々とした調子だったのはプフレだ。3人のキャンディを集め、購入したお守りを受け取った。左手に通して、手袋越しにぐっと握りしめた。背中の傷には回復薬を使ってもらい、いくらか楽になる。後はエリアに戻って──。

 

「いや。来るよ」

 

 ほのかに広がった塩素の匂い。地中から飛び出すスイムスイム、そして振り下ろされる薙刀。車椅子から飛び出したロボットアームが受け止め、一気に戦闘の空気に変わる。たまはまずシャドウゲールを下がらせ、プフレが捕まえている間に突っ込む。腹部目掛けて突き出した拳が確かな手応えを返し、スイムスイムがよろめき後退していく。聖なるお守りは効いている。

 

「エリアを超えて追ってくるなんて、っ……!」

「スイムちゃんッ!」

 

 繰り出される薙刀の斬撃と、透過を用いた不規則な移動。こちらの攻撃が効いても、壁をすり抜け地中を自在に動く相手に対応しなくてはならない。ゆらり、ゆらりと爪を躱し、武器を振るってくる。すんでのところで避けながら、必死に食らいつく。

 振るった爪が髪の端に届いて、桃色の切れ端が宙を舞った。大振りな横薙ぎを地面に空けた穴に飛び込んで避け、すぐさま飛び出して彼女を狙う。スイムスイムの腰から伸びた装飾に掠り、千切るのが精一杯だ。そうして反撃の斬撃をくらい、肌が裂ける。痛い、痛いだけで泣いていられない。何度目かの攻防、振り抜いた爪が頬に掠り傷をつけたが、スイムスイム相手ではうまく魔法が起動しない。魔法にはお守りの効果が乗らないらしい。

 

 頭の中に巡るのは、ルーラチームでいた頃の自分。ルーラがいて、ミナエルがいて、ユナエルがいて、スイムスイムがいた。……ルーラを裏切って壊したのは、他ならぬ自分たちで、誰も守れなかったのも、他ならぬたま自身だった、けど。

 寄り添ってくれたこと、導いてくれたこと、生かしてくれたこと。全部大事で、だから、逃げない。私は、魔法少女でいたいんだから。

 

 レーザー攻撃が援護に入る。振り向くまでもない。プフレとシャドウゲールは助けてくれている。

 背を向けたのはスイムスイムの方だった。聖なるお守りを相手にするのは不利と思ったのか。逃げるスイムスイムを追う。壁を抜けていこうとするのなら、壁に穴を穿つ。本棚を殴りつけ、ばらばらと降り注いだ本で道を塞ごうとしてくるが、それらだって、たまの魔法で消し飛ばす。そして追いついたその時、先回りしていたプフレが、妙に頑丈な扉を開け放った。咄嗟にスイムスイムを掴み、その中へと投げ飛ばす。今まで入ったことのない部屋だったが、プフレがその正体は知っていた。この部屋の中にいるのは──部屋の奥部を埋め尽くすような長い髪とドレスを纏う真っ黒な姿、ハードゴア・アリスの映しである不死の令嬢だ。

 扉が開いた途端、モンスターとしてプレイヤーと敵対するのではなく、彼女はハードゴア・アリスの記憶として、スイムスイムを狙っていた。黒い髪がうねり、病的な白い手が暗闇からいくつも伸びてくる。だが彼女からの干渉もスイムスイムには通じない。歯牙にもかけず、スイムスイムはまたこちらを見据えると、刃を投げつける体制に入った。その手を光線銃が撃ち、投擲がキャンセルされる。

 

「聖なるお守りだ! 投げろ!」

 

 プフレの声がした。たまは手にしていたお守りを、言われるがままに無我夢中で投げつけた。お守りはスイムスイムの横、不死の令嬢の手に渡り、確かに握られた。そしてその瞬間、令嬢からの全ての干渉がスイムスイムに通るようになり、部屋を埋め尽くすような髪の毛や無数の腕が、彼女を引きずり込もうとする。

 

「っ……」

 

 無表情のまま引きずり込まれようとするスイムスイムに、たまは口元を押さえた。手を伸ばしてもがく彼女に前にして、その手を取らなきゃと感じた。でも、動かない。記憶は記憶だ、と先程プフレが言っていたように、目の前の彼女はスイムスイムではない。あの子はもういないんだから。

 

「……ごめんね。スイムちゃん」

 

 私はルーラにもスイムちゃんにもなれない。できるのは、背負って、生きていくことだけ。

 

 薄桃色も、水着の白も、闇の中に呑まれて見えなくなっていった。不死の令嬢がそれ以上姿を見せてくることもなく、スイムスイムを──『魔王の右腕』を見送って、呼吸を整えたら、その部屋を後にしようとする。

 

「バイバイ」

 

 あの日言えなかった訣別を、やっと果たせたような気がした。

 



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第29話『切先よ笑え』

 ◇リオネッタ

 

 現れたクラムベリーへと、カプ・チーノが飛び掛る。上段から3連発のジャブを放つ。クラムベリーは首を傾けるだけでそれを避け、チーノの胸元に肘を叩き込む。呼吸器が傷付き、逆流した血に咳き込むが、それにすら構わずチーノは拳を振るう。意識を上に持っていき、本命のローキックを通しにかかる。しかしクラムベリーの対応は速い。側頭部を殴りつけられ、並大抵の魔法少女なら首が吹き飛んでいるかのような一撃に、チーノは大きく転がっていってしまった。

 クラムベリーはチーノには一瞥もしない。こちらを品定めするように見ている。その狙いがペチカに向くことを恐れ、リオネッタは自らが動く。この手にある鉤爪、キャンディをかき集めて図書館エリアで購入した「武器+7」は、最高補正値には届かないにしろこれまでのモンスターならあっさり切り刻む。それをぐっと、片肘と片膝で挟んで止められたかと思うと、次の瞬間にはリオネッタ自身に激しい衝撃が叩き込まれた。

 

「ぐっ……!!」

 

 歯を食いしばる。クラムベリーが操る音の衝撃波だ。那子はこれにやられたのだろう。それでもと人形の腕を伸ばし、クラムベリーに巻き付け捕縛しにかかる。いくら本物でないとしても、クラムベリーを相手に奥の手を隠している余裕はないのは知っている。手首に仕込まれた刃を剥き出しにし、このまま殺しにかかる。そしてそれを、指で弾くだけで振動の増幅により破壊し、リオネッタが離れられないのをいいことに何度も殴りつけてくる。一撃一撃が重すぎる。芯まで響いてくる気絶しそうな攻撃の連続、気概がなければ耐えられなかっただろう。

 

「こん、の……っ!」

 

 お嬢様らしからぬ絞り出した声での反撃。自由な腕での爪撃はガードされ、袖を裂いただけ。突き刺そうにも手首を掴まれ、組みつている本体ごと地面に叩きつけられる。轟音で荒野が抉れ、離れなければまずいと直感し、伸ばし巻き付けた蛇腹を戻そうとして、今度はその機構を掴まれた。再び投げ飛ばされ、チーノが転がっていったより遠くの地面に激突。一瞬、視界が白くなり、目の前に火花が散った。それでも、球体の関節をぐりんと回して強引にでも立ち上がる。

 

「貴女の相手はこっちですわ……ッ!」

「ほんと……無視するな、っての!」

 

 どうにか復帰したチーノとともに仕掛ける。左右同時の挟み撃ち、だがクラムベリーの放つ打音にはそんなこと関係ない。大きな壁を叩きつけられたかのような感覚と共に押し返され、吹き飛ばされる。それでも吐きそうな血を口の中に留め、飲み込み、立ち上がった。

 

「待ち、なさっ……!」

 

 脚部の損傷がひどく、膝をつく。チーノの傷はもっと酷い。それでも、リオネッタと彼女の思うことは同じだ。ペチカだけは、あの子にだけは触れさせないと、振り絞っている。

 それを嘲笑うかのように、悠々と、クラムベリーが1歩ずつ、また1歩とペチカと那子に迫る。這いつくばってでも間に合わせようと脚を動かそうとして、ふいに、クラムベリーは何も無いのに回避行動をとった。

 

「え……?」

 

 クラムベリーの金髪が切られ、はらりと舞う。一体なにが起きている。クラムベリーの目線の先を見ると、立っていたのは、これまで攻略を共にしてきた魔法少女ではない。侍姿の魔法少女──アカネが、日本刀を手に笑っていた。

 

「音楽家ァ……やっと……やっと! また、会えたなッ!!! 音楽家ァアアアッ!!!」

 

 その笑みと雄叫びは狂気、或いは妄執の域にあった。ひたすら刃を振り回しながら、アカネが一気に距離を詰めていく。無茶苦茶に振り抜かれる日本刀だが、その軌跡の通りにクラムベリーの周囲で斬撃が巻き起こる。音楽家の驚異的な身体能力に対応されているが、斬撃を飛ばす魔法は時に標的の髪や袖に掠っている。

 リオネッタはこれ幸いと、アカネが襲いかかっている隙に端末を起動。回復薬を惜しみなく己とチーノ、那子に連打し、ペチカには逃げるように目配せした。彼女は那子をなんとか背負うと、走り出してくれる。少しだけ安心して呼吸を整えたら、アカネの声が響く中、クラムベリーへと向かっていく。アカネは笑っていた。刃を振りかざし、その斬撃がいくら避けられようと、いくら己がクラムベリーの攻撃に傷つこうと、笑い声は響かせ続けていた。

 

 ──そのお陰で、クラムベリーの使う『聴力』が潰れている。チーノとリオネッタは一瞬のアイコンタクトから、同時にクラムベリーの背後に回る。クラムベリーはアカネの身を捨てた連続斬りに夢中だ。リオネッタが突っ込む。アカネの斬撃に巻き込まれてボンネットの顎紐が切れようが構わない。振りかぶった鉤爪がクラムベリーの背に突き刺さり、肉を削ぎ取りながら引き裂いていく。続くチーノの突貫が背後から肩を襲い、渾身のハイキックが片腕を脱臼させる。脱力して伸ばされた瞬間をアカネは見逃さず、クラムベリーの左腕を切り落とした。残った右腕がチーノを逃がさぬよう彼女を殴りつけ、片脚を折り脇腹を抉ったが、腕を奪ったのは大きい。

 

「っ……ぐ、はぁ、ハハッ! 魔王の左腕のくせに……左腕! 取られてやんの……ッ!」

 

 チーノはアカネに釣られて笑っていた。よろめき倒れ、体力は限界だ。彼女が攻撃を引き寄せたお陰で、リオネッタはまだ間合いにいる。人形の体に仕込んだ暗器を総動員して、今度こそ切り刻んでやると飛び込もうとし、クラムベリーが掴んだアカネの刃で切りつけられた。バキバキと木の砕ける音がして、ヘッドに大きな傷がつく。が、互いにそんなことは眼中にない。リオネッタがアカネを蹴って、日本刀を引き抜かせた。アカネはその勢いを利用して袈裟斬りをかまし、躱されても構わず、突っ込んでいく。

 既に衝撃波も打撃も幾度となく食らっているアカネは満身創痍だ。しかしあの有様では、己のダメージに気がついてさえいないだろう。そして強靭な刃より先にはそれを握る指が砕かれる。取り落としそうになった柄を咥え、それでも切り裂こうとするが、刃を蹴り付けられて弾き飛ばされる。アカネの手から武器がなくなったと見るや否や、クラムベリーは彼女を羽交い締めにし、リオネッタに向ける。

 今更人質に躊躇うリオネッタではない。アカネがどうなろうと構わない。はずが、その刹那、あの日々──強要された殺し合いのことがフラッシュバックして、逡巡してしまった。構えた刃が鈍った。

 アカネには、そんな鈍りはない。拘束が緩む一瞬の間に、脇差を抜き放ち、一切の躊躇いなく己の腹に突き刺し、自分ごとクラムベリーを貫いた。アカネの体で縫い止められたクラムベリーに、逃げ場はない。

 

「……これで、終わりですわ……!」

 

 忌まわしきその首筋目掛けて、突き刺し、引き裂いた。頭部が胴体から切り離され、残った首から数多の血を吐き出しながら、クラムベリーが倒れ伏す。アカネはそれでも立っていた。崩れ落ちたクラムベリーを見下ろし、その濁っていた眼に、ほんの少しだけ光を取り戻した。

 

「がは……ッ、は、はは……はぁ……やっ、た……これで……やっと、行ける……」

 

 全てをやり遂げたような顔をして、立ったまま、ほどなくしてアカネは息絶えた。彼女もまた、クラムベリーによって激しく人生を壊されていたのだろう。その妄念に来るべき終わりが来たとすれば、幸せだったのかもしれない。

 リオネッタは彼女が使っていた日本刀を拾い上げると、その眼前の地面に、墓標代わりに突き立ててやった。アカネには、敬意を表する他ない。

 

「あとは……チーノさん……!」

 

 それからチーノを助け起こし、肩を貸す。互いによろめきながらしか歩けないが、生きてはいる。

 

「は、はは……トドメ、あたしも刺したかったな」

「あら、意外と贅沢言いますのね」

 

 早く、ペチカの下へ戻らなければ。敵はクラムベリーだけではない。未だ姿見えぬ魔王が潜んでいる。



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第30話『デイジーグラビティ』

 ◇マジカルデイジー

 

 魔王でも勇者でも、当たりを引くまで出会った先から全員しらみ潰しにしていけばいいと思い、デイジーは迷宮エリアの街を目指して歩いていた。確か魔王城で聞いた話によると、ここを探索しているのはデイジーの他にもう1チーム居る。プフレ率いるパーティだ。

 もしかしたら彼女らはデイジーを魔王と疑っているかもしれないし、既にジェノサイ子と娘々が見つかっているかもしれない。けれど、プフレたちが前線に立つタイプではないことは知っている。

 歩いているうちにゲームが終わってくれたらと期待もした。けれどその気配もなく、それより先に、出会ってしまった。

 

「会いたかったわ」

 

 ぴっちりとした黒いボディスーツに紫のマントとブロンドの髪をなびかせ、こちらを見据える魔法少女。マスクド・ワンダーだ。出来れば出会いたくないと、頭の中から消していた。そしてこの表情を見るに、もう2人のことは見つかっている。だとしたら、対話の必要はない。

 

「デイジービーム」

 

 狙いは正確に、人差し指から迸った光はワンダーの頭部へと突き進んだ。が、消し飛ばすことはなく、体を逸らして避けられた。よって、構えた腕は下ろさない。奥歯を強く噛み締めながら、狙いを取り直す。

 

「もう名乗りもしないのね」

「だって私は」

 

 お花の国のお姫様でもない、ただの人殺しだ。そう答えようとして、その先を遮るように、ワンダーは地面を蹴った。軽いステップでありながら、急速にデイジーの元へ接近し、次のビームを放つより前にデイジーは蹴りを食らっていた。対応できない速度に吹っ飛ばされ、石畳を転がって、即座に立て直す。膝をつきながら叫び、胸元を狙った反撃のビームはまたしても避けられた。

 

「デイジー! あなたの正義は、あなたの『魔法少女』は……あんなことだったの?」

「知らないっ! デイジービームッ!」

 

 腕を動かし横に薙ぎ払ったのを屈んで避けられ、斜めに振り下ろしてもステップに躱される。再び距離を詰めてくるワンダーに、純粋な速度では勝てない。ビームの照射を捨て肉弾戦に移し、両腕をクロスさせて受け止める。一撃が重い。重すぎる。

 

「ぐっ……! これがマスクド・ワンダーの……ッ!」

 

 恐らくは彼女の魔法。確か、重さを操るというものだ。衝撃は最大限逃がしたつもりなのに、折れていないのが不思議なくらいだ。デイジーにとって両腕は砲台も同然。かといってあれを体に食らうのは臓器への負担が大きすぎる。

 思考を回しつつもデイジーは食らいついていた。動く時は軽く、放つ時は重い。その遠心力を常識外れに用いた急加速。念頭に置かなければとうに頭蓋が割られているだろう。視界と思考を切り替える。

 拳を逸らし、手刀には退き、上段蹴りには屈んで足払いには跳ぶ。連続パンチをひたすら避け、最後の一発を流して飛び込んだ懐に膝蹴り。うまく入れられたはずが、こちらの攻撃は軽くされている。手応えが全くない。なのに、返すワンダーの頭突きは隕石のような衝撃だ。脳が揺らされ、よろめいてしまう。

 続く飛び蹴りには反応しきれず、咄嗟に防御よりも指を差す。デイジービームの「デ」が紡がれると同時に光が充填され、空中にいるワンダーには避ける術が──ないはずだった。

 

「デイジービーム……っ!?」

 

 次の瞬間にはワンダーは地面に、半ば叩きつけられるように降りていた。自身の質量を一気に上げ、重力に引かせたのだ。そして飛び蹴りをキャンセルし、デイジービームを頭上にすかすと、屈んだはずみに跳躍。上から振りかぶった右ストレートが飛んでくる。重力増幅による加速のタイミングを予測して確実に躱し、回し蹴りを側頭部に入れ、受けきったワンダーに掴まれたのをビームで牽制。手が離れると共に彼女を蹴り付けて間合いを合わせ、次に来るフックには屈み、返すのはアッパー。

 息をつく暇もない。互いに回避と距離の調整を繰り返していく。殴り合いではあちらに分がある。だがデイジービームの存在は無視できず、警戒を強いている。ほんの少しだけワンダーの攻勢が緩んだ時、デイジーは叫んだ。

 

「ワンダーさんはっ、思い出してないんですか、クラムベリーの試験のこと……!」

「……思い出したわ。私だって同類よ。けど、これまで信じてきた正義が嘘や間違いだったとは思わない。これが私の魔法少女。正義を貫くことが!」

「私は……魔法少女の中の誰かを殺さなきゃいけないって言うなら、全員殺してもいい」

「それが! あなたの魔法少女なの!?」

 

 力ある正義の体現者。ワンダーの言う魔法少女とは、超常の力を手に、それを正しきことのために振るう者。今のデイジーはそうじゃない。それは分かっている。分かっているけど、それでも手を止められない。

 

「デイジービーム!」

 

 駄目元で放った一発は届かない。それは分かっている。誘導でしかない。ビームを囮に飛び込んで、拳と拳が激突する。デイジーの速度と威力では彼女に及ばない。それを理解した上で仕掛けたつもりだった。だが重さを操る魔法に身のこなしを狂わされ、攻撃が遅れた。

 

「ぁぐっ!?」

 

 狙われたのは左腕だ。肘関節を狙ったハイキック。今のは魔法少女といえども骨を砕かれた。逆方向に曲がっている。片腕は持っていかれた──が、わざわざ腕を狙うということは、対話の機会を残そうとしている。デイジーにその気はない。

 

「デイジー……ッ!」

 

 これまでの戦闘で砕けた石畳、その破片をワンダーの脚が巻き上げ、視界が乱れる。砂利が目に入ってしまう。構えた途端に照準が崩れ、デイジーは土埃の中を警戒した。いや、違う、後ろだ!

 

「ッビィーム!」

 

 振り向きざまに放った閃光。ワンダーの眼前を通り抜けたその光は、はためいた彼女の前髪と、繰り出されていた拳を通り抜けた。ワンダーの右の前腕が、あまりにも綺麗な断面で斜めに切断されている。間に合わないつもりでそのまま前転で回避を行ったデイジーは、ずるりと落ちて、初めて自分がワンダーの腕を奪ったことを認識した。

 喜ぶ暇も、罪悪感を抱く暇もない。ワンダーは腕から血が迸ることなど構わず、地に落ちた己の腕を拾い上げると、それをこちらに向かって投げつけた。腕の中に残っていた血液が飛び散る。それで目を眩ませたつもりか。投擲されたものを消し飛ばせばいいだけ、と構え、それだけではないことに気がつく。投げつけられた腕の輪郭が歪んでいる。いや、『重くなりすぎて』『周囲ごと』歪んでいる。

 

「デイジービームッ!」

 

 溜めている暇はない。ワンダー自身も仕掛けてきている。あの腕が重力崩壊を起こす前に、確実に消し去る。折られた手を無事な手で掴み、激痛にも構わず辛うじて動く指を全て伸ばす。両手のひらで花の形を作る、大口径のデイジービーム『カノンスタイル』だ。普段なら通常版で事足りるが、確実に全部を消す。その気配を察知したワンダーが跳ぶと同時に、空中で重力崩壊しようとしているワンダーの腕を、極太のビームが呑み込む。ブラックホールは出現する前に消し飛んだ。

 

 それで終わりではない。上空から、跳んだ直後のはずのワンダーが風を切り飛び蹴りをかましてくる。後方に跳んで回避し、石畳の床にクレーターが出来るのを目前にし、その着地の瞬間を狙いもう一発カノンスタイルを放つ。攻撃範囲が広い以上、回避に注力しなければならない。ワンダーは思いっきり横に移動し、残された片腕で来る。これなら読める。加速の癖まで頭に入れ、最適なタイミングでハイキックを繰り出した。折られた意趣返しに、そちらの左ストレートもキックで逸らしてやった。その瞬間に目が合う。ワンダーの眼は、正義に燃えている。

 

「対話はもはや不可能ね」

「初めから、話し合いなんか要らないよ」

 

 ワンダーが全力で地面を蹴り付け、衝撃波とともに距離がリセットされる。幾度となくビームに撃ち抜かれ、ボロボロになったマントの切れ端を舞わせながら、彼女は再度降り立ち、片腕の先をなくしながらも、気高く構えた。

 

「──悪を許さぬ正義の化身! その正体は敵か味方か! 我が名はマスクド・ワンダー! 力ある正義の体現者『魔法少女』!」

 

 その名乗りと勝利のポーズは、デイジーへの手向けか、遺言のつもりか。どちらでもいい。デイジーは口元の血を拭い、自分の口角が上がっていることに気づく。

 そうだ。クラムベリーの試験を乗り越えて、アニメ化までされて、いろんな敵を目の前にしてきた。だけど、これまでの何よりも、本能は今この時に熱くなっている。

 生き残りたいんじゃない。私が欲しかったのは、実感だけだったんだ。

 

「私は……お花のお姫様じゃないけど。応えるよ。私は、今の私が『マジカルデイジー』だって!」

 

 吼えて、飛び出した。私は魔法少女じゃなくていい。私の正義はなくていい。息苦しさも何もない、ただぶつけ合う、この瞬間が、私のマジカルデイジーだ!

 

「デイジー……ビィームッ!!」

 

 右手から放ったデイジービームは空を切った。マスクド・ワンダーは止まらない。間合いに入り、互いに残った片腕で、砕けるまで殴り合う。ワンダーは唇を噛み締めた。デイジーは思わず笑みをこぼした。咄嗟に巻き上げられた石片をビームで一掃し、キックにはキックを合わせ、合わされ、顔を付き合わせるほど近づいたら互いに頭突き。目眩しながら立て直し、動かぬ腕をも防御に使い、上腕骨を居られてもやっと届かせた拳がワンダーの頬を打ち、その拳を先のない腕で払い除けられた。

 そして、ワンダーの全体重どころかその何倍もの威力を乗せた全力の手刀に対応できず、デイジーの右腕が千切れ飛ぶ。間もなく突き刺さる脇腹への蹴りに肺から空気が漏れる。構えられた拳が、デイジーを貫かんと迫るのが見える。

 右腕は無くなった。左腕は折れて動かない。だとしても。銃口となる指先そのものはまだある。

 

「──デイジービーム」

 

 折れていた腕を自分の膝で蹴りあげ、指先をワンダーに向かせた。既に彼女の拳は迫っている。ビームの合図は最小限。それでいい。光と拳が互いの体を貫いたのは、ほぼ同時の出来事であった。

 

 肉を抉り、血が飛び散る音。そして訪れる沈黙。デイジーとワンダーは無音の中にあり、その無音は、ワンダーが倒れ伏したことで破られた。彼女は顔面をデイジービームに貫かれ、片眼と脳幹を喪っていた。もう動かない。

 対するデイジーも、ワンダーの一撃が腹を破っており、致命傷には違いなかった。風穴が空いたまま、どくどくと、流れ落ちてはいけないものを流れるままにして、名残惜しさに笑った。

 

「……あとは……そうだ、正義……正義、を……っ」

 

 己が助からないことは知っている。ワンダーは殺した。であれば、彼女が成すはずだった正義を、ひとつでも。

 デイジーは致命傷を負っているとは思えないような軽い足取りで、戦場を後にする。



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第31話『探偵の意地』

 ◇メルヴィル

 

 メルヴィルはクラムベリーに憧れていた。否、今も憧れている。崇拝している。彼女を忘れたことは片時もない。いつかクラムベリーを超えたい、その一心で魔法少女であり続け、必要とあらば彼女の試験に協力し、そしてあの最後の試験が訪れた。クラムベリーはどこぞの馬の骨とも知れない女に殺され、スノーホワイトによって全てが暴かれ、メルヴィルもまた魔法少女の資格を剥奪された。

 ゲームが始まった時、狂喜した。クラムベリーの試験で見た覚えのある顔ぶれが並んでいた。試験の勝者を集め、今一度再演しようとしている。そんなことをしようとするのがクラムベリーでなくて誰なのだ。

 ──彼女さえ参加していなければ、そう純粋に喜んで、殺し合いと疑心暗鬼の演出に回っていただろう。

 

 魔法少女、たま。音楽家殺し。忌々しいあだ名がつけられたものだ。メルヴィルは官憲の手が己に伸びるまで、必死で彼女のことを調べた。あんなに強かったクラムベリーを殺したのが何者なのか、どんなに強いのか、調べあげた。

 だが結局、それは偶然の産物でしかないと結論付けた。あれ以上は同じ試験の中でも多数いた。ならば彼女を殺し、己が再びクラムベリーになると誓った。

 誓って、いまだ果たせていない。

 

 メルヴィルの中では全ての計算が狂っていた。勘定に入れ忘れていたのは、己の執着心だ。最初にたまを始末しようとし、それが失敗した。その時からおかしくなった。大人しく、厄介そうなマスクド・ワンダーから潰していればよかったのに。たまとプフレのせいでプレイヤーキルを狙った襲撃犯として第一候補となり、単独行動に移るしかなくなった。

 いや、単独行動でも、本腰を入れて狙えば暗殺は可能だったろう。そうしなかったのは、まだたまを殺していない、クラムベリーの復讐を果たしていないことが、頭の中にこびりついていたからだ。そうに違いない。

 金さえ出せば従うリオネッタを使うという発想もあった。現実世界でリオネッタの隠れ家に金を置き、居所を知っているぞと一方的に宣告した。だが、驚くべきことに、脅迫込みでなお拒絶された。プレイヤーキラーとの繋がりは不利だと判断したのか。不可解だったが、協力者を作るという線は諦めざるを得なかった。口封じをしなかったのは、狭い図書館エリアには隙がなく、魔王城では全員が固まっていた。

 

 だから、そう、ディティック・ベルを殺し損ねたのも、その大きなミスの1つだった。あろうことか、初撃に勘づかれ、ラズリーヌが駆けつける間を与えてしまった。記憶回復装置、だったか。あれが起動したせいで、皆がクラムベリーのことを思い出した。

 クラムベリーへの憧れから変身した、同じ薔薇のエルフの魔法少女であるメルヴィルは明らかに警戒されているだろう。己の姿を魔法により風景と同化させながら、エリアを移動する。魔王城を抜け、密林エリアを目指して図書館エリアを急ぐ。たま達の担当はそのもう1つ先、迷宮エリアのはずだ。

 

 やはり奴から片付ける。彼奴さえいなければ……!

 

「止まって」

 

 しかし、見えないはずのメルヴィルに向かって、ディティック・ベルはステッキを構えてそう告げた。ラズリーヌの姿は無い。奇襲を狙っているのは見え見えだ。その髪飾りでディティック・ベル自身がラズリーヌのワープポイントになっているのは、先の襲撃の際に種が割れている。

 今更ディティック・ベルが1人で出来ることなどたかが知れている。魔法もゲーム内では機能しなければ、身体能力も魔法少女の中では劣る。試験においても隠れて、周りが潰し合ったおかげで生き残ったような相手に、そう労力はかけていられないし、要らない。

 

 銛を番え、引き絞る。無造作に放つ。ディティック・ベルが慌てて飛び込み回避すると、着弾した地点には衝撃でクレーターができる。

 パーティから持ち逃げしたミラクルコインは、レアドロップを齎してくれた。『力の護符』と『邪神の弓』はともに迷宮エリアのモンスターから手に入れたアイテムで、これらがあれば魔王城にある最高補正の武器をゆうに上回る威力が得られる。そして番えるのはメルヴィルのコスチュームに付随した無尽蔵の銛だ。攻撃が絶えることはない。

 また弓を引き、放った。ディティック・ベルには近づく暇すら与えない。このままではただ徒に体力を奪われるだけだと、彼女も接近戦に持ち込もうとする覚悟をしたらしい。一気に距離を詰めようと駆け出し、放たれた銛を間一髪でかわし、余波で袖が少し破けていた。さらにもう一発が帽子を掠め、彼女のハンチング帽は飛んで行った。ステッキの間合いに入る。が、こちらは避けるまでもない。

 メルヴィルは片手でディティック・ベルの突き入れたステッキを掴み、むしろ引っ張ってやった。バランスを崩し、メルヴィルと衝突しかけるディティック・ベル。さすがにこのままだとただ刺されて終わるとは理解していたらしい。武器を手放し踏みとどまり、今度は懐から小さなナイフを振るってくる。がむしゃらに振り回しても、当たるはずがない。

 メルヴィルは奪ったステッキで彼女の頬を打つ。同じ武器なのに力の護符によって増幅された攻撃はディティック・ベルの体を突き飛ばし、倒れさせるには十分であった。

 

 「くっ……!」

 

 ナイフを取り落とし、地面を転がっていく彼女に見せつけるように、ステッキをその辺りに放り投げ、投げた先を一瞥もせず番えた銛で脚を撃ち抜いてやる。這いずる彼女の片足が地面に縫い止められた。武器を失い、脚の自由も奪われ、もはや彼女自身に打つ手はない。

 

 「早ぅラズリーヌさ出せ」

 

 脅しの一発。顔を上げたばかりのそのすぐ横を通過し、彼女の頬に一筋の傷が入る。明らかに勝てない相手に、1人で向かってくるほど愚かではないはずだ。奥の手を出せ、と突きつける。ディティック・ベルが歯を食いしばる。

 ゲームが始まってくれてよかった。『子供達』に相応しくない弱者を、この手で伐れる。

 

 「……クラムベリーなら」

 

 彼女の口からその名が出て、少しだけ手を止めた。

 

 「私を殺し損ねたりはしないんじゃないか」

 「……弱ぇ者が語るな」

 「ッ……確かに、私は貴方より弱いだろうさ。けど……隠れていたのは私も、貴方も同じだ」

 「っ……!」

 

 衝動のままに放った一矢は狙いがずれ、肩口を掠めた。肉が抉れ、弾け飛ぶが、ディティック・ベルの言葉は止まらない。

 クラムベリーとメルヴィルは違う。メルヴィルはクラムベリーになれない。それはわかっている、割り切っている。だからって、ディティック・ベルと一緒にされる筋合いはない。ましてや──

 

 「それに、たま。あの子を毎度のように襲って逃げられて、クラムベリーがそんなことをするかな」

 

 仇を取れないことを、お前に言われる謂れなど、あっていいはずがない。山では強い者が正しい。お前が正しいはずがないのに!

 弓に番えるのはやめだ。この手で殺す。銛を引っ掴んで、強く握り締め、座り込んでいるディティック・ベルに向かって歩き出す。お前を殺して、たまも殺して、クラムベリーのしたかったことの続きを始めてやる。一歩、また一歩。ディティック・ベルは己の脚に刺さった銛を抜こうともがいている。無駄だ。弱い奴には、弱い奴らしく!

 

 「……あ?」

 

 差し出した足が泥濘に嵌った。泥濘? 図書館エリアに? 見ると、カートゥーン調の顔が床に浮き上がり、メルヴィルの足を咥えていた。ディティック・ベルの魔法か。そしてその近くにはディティック・ベルが落としたナイフ。ナイフの柄に、埋め込まれた装飾の宝石。まさか、自分が負けることを知っていて、不意打ちだけを頼りに仕込んでいたのか。

 

 「探偵は、足で稼ぐんだ」

 

 そうだ、ラズリーヌは来ないのか──振り向こうとして、ナイフの柄が青い光を放った。青い、と認識して、その直後には、メルヴィルの体は貫かれていた。

 

 「ッ……が、はッ……!」

 

 ラズリーヌの拳がメルヴィルの体を貫いている。まさか。彼女と戦うでもなく、こんなところで、終わるのか。全身から力が抜け、銛が床に転がり、ラズリーヌの手が引き抜かれるとともに、崩れ落ちた。

 

 「メルっち、ごめんっす」

 

 ラズリーヌはそうとだけ告げると、ディティック・ベルの方に駆けていった。霞んで消えていく視界で、自分を中心に広がる血溜まりの中で、ディティック・ベルなどにしてやられた己を許せぬまま、必死に手を伸ばす。銛と、邪神の弓。寝そべったままでも、弓は引ける。転がったままの弓に番え、引き絞る。既に勝利したつもりのラズリーヌ、いや、やるならディティック・ベルだ。彼女の頭を狙う。狙って、手を離そうとして、光が視界を遮った。

 

 「──?」

 

 わけがわからない。光が晴れた時、そこに弓も、銛も、メルヴィルの腕もなかった。執念の一撃さえ奪われて、もはやメルヴィルにそれ以上を追える命は残っていなかった。

 

 ◇マジカルデイジー

 

 朦朧とする意識を、ワンダーとの戦いの高揚を反復しながら歩き、図書館エリアまでたどり着いた。自分でも、よくも腹に風穴が空いたままここまで来れたものだ。

 そして、倒れてもなおラズリーヌを道連れにしようとしていたメルヴィルが遠くに見えて、デイジーは屈んで構えた。折れている腕を両膝で固定し、その掌から、最期の一発を撃ってやった。

 あの弓矢は腕ごと消し飛んだろう。これで、ラズリーヌにも思い残すことはない。マスクド・ワンダーに頼まれたわけでもない、勝手な正義だったが、少しは正義らしくいられただろうか。

 

 「……戦うお花のお姫様、マジカルデイジー……」

 

 おやすみ、私のマジカルデイジー。

 

 己の中の『魔法少女』に満足した時、心臓がひときわ大きくドクンと脈打ち、マジカルデイジーは意識を失った。



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第32話『メランコリー・ラストゲーム』

 ◇ディティック・ベル

 

 「ごめん、ラズリーヌ。嫌な役を押し付けちゃって」

 「気にしてねーっすよ。ベルっちの方がきつかったでしょ」

 

 ラズリーヌにとってはメルヴィルもパーティの仲間だった。囮になって食らったいくつもの傷よりも、ラズリーヌに手を下させた罪悪感が痛い。

 

 「いや……平気だよ、ありがとう。助手のおかげだ」

 

 脚をやられており、手持ちの回復薬でも全快とはいかなかったため、ラズリーヌに背負ってもらうことに。彼女の肩を掴み、なんとか力をこめたその時、背後で光が迸った。

 光は倒れているメルヴィルの腕を吹き飛ばしたらしく、彼女はそのまま息絶えていた。不可解な現象に目を見開いて、呆然と呟く。

 

 「今のは……?」

 「たぶんだけど……同志デイジーのビームっす。もしかしたら……」

 

 ディティック・ベルを背負ったまま、ラズリーヌは光がやってきた方に歩いた。その先、数百メートルほど先、廊下の途中に屈み、微笑みを浮かべたまま動かないデイジーがいる。いや、既に遺体だ。まさか助けてくれたのか。デイジーをやったのは誰なのか。色々と巡るが、何よりもの疑問がある。

 

 「ゲームが終わっていない。だろう」

 

 ディティック・ベルの思考を読んだかのように声をかけてきたのはプフレだった。振り向くと、プフレだけではない。シャドウゲールとたまも居る。皆それなりに、特にたまがボロボロだ。コスチュームの破れは壮絶な戦闘があったことを示している。それは、腕ごとやられたのも含めてほぼノースリーブと化しているディティック・ベルも同じ話だ。

 

 「同志ワンダーはどこっすか?」

 

 そうだ、彼女らのパーティにはもう1人いるはず。マスクド・ワンダーの姿がない。ラズリーヌが訊ね、たまとシャドウゲールが顔を見合わせた。プフレは平然と語り出す。

 

 「マジカルデイジーがここにいるということは、大方敗死だろうね」

 「はい……え?」

 「同志ワンダーと……同志デイジーが殺しあってたってことっすか。ありえないっす」

 「追って状況を整理しようじゃないか。まず、我々がそう判断するに至った経緯を説明しなくてはならないね」

 

 プフレチームとデイジーチームは、どちらも迷宮エリアを担当していた。曰く、記憶回復装置の起動後、プフレチームは夢の島ジェノサイ子と@娘々の死体を発見。状況と傷口から見て、彼女らを疑ったマジカルデイジーの凶行と判断し、彼女を止めるためにマスクド・ワンダーが別行動となった、という。

 その後については魔法少女型モンスターの襲撃で把握できていないというが、デイジーがここまでエリア移動しているのにワンダーの反応が図書館エリアに確認できないこと、彼女からの連絡がないことを考えると、死んでいるとするのが自然かもしれない。

 

 「そんな……でも、同志デイジーはさっき助けてくれたっすよ」

 「……そうか。そちらは何があったのかな」

 「メルっちは……あたしがやったっす。向こうにいるっす」

 

 魔法少女の視力なら、ラズリーヌの指した先にあるメルヴィルの死体も見える。腕を消されたまま動いていない。完全に息絶えているのは確かだ。プフレチームの皆も確認し、頷く。そこで改めて、問題にぶち当たる。

 

 「じゃあ、誰が魔王なんですか」

 

 シャドウゲールの言葉だけが反響した。

 

 ◇リオネッタ

 

 クラムベリーの姿をしたボスとの壮絶な戦いの末、チーノと肩を貸しあって歩く。それを出迎えてくれたペチカの不安げな顔が、リオネッタもチーノも生きていたことでぱあっと明るくなり、駆け寄ってくる。その手には『R』で手に入れたお玉が握られており、血で鈍った嗅覚も料理があることを示していた。

 

 「え、えっと、まず、回復を」

 

 買い込んである回復薬をひとしきり使ってもらい、痛みが和らいだ。命を擲ったアカネのおかげで、致命的なダメージは食らっていない。激戦の疲労はあれど、むしろあの面を引き裂けて清々しいほどだ。2人してよくぞ生き残ったと、一気に脱力して座り込む。そこへ、ペチカが箸と汁椀を持ってきてくれる。

 

 「食べやすいよう汁物にしたので……よかったら」

 

 手渡されたのはお味噌汁だ。軽く吹き冷ましてから、くいっとひと口。味噌と出汁の味が染み渡り、わかめや豆腐といった定番の具材は心を落ち着かせてくれる。いわゆる毎朝作ってほしい味わいだ。

 ペチカの料理のおかげで、疲れ果てた体でもまだ動けるような気がする。なんて、リオネッタがゆっくりと味わっている中、隣のチーノはほぼ一気飲みの勢いで飲み干していた。

 

 「ペチカ! おかわり!」

 「なっ! ちょっ、貴方は、ありがたみというものを……!」

 「ふふっ……まだまだあるから、遠慮しないで」

 

 どこからそんな材料を持ってきたのやら、鍋の中に並々と味噌汁が入っている。炊き出しのような光景だ。他の魔法少女たちがいれば、炊き出しそのものになったところだろう。他の魔法少女は無事だろうか。他の──。

 

 「ペチカさん? あのおバカさんはどちらへ?」

 

 そうだ、那子がいない。クラムベリーの襲撃で深く傷ついていたが、即死レベルではなかったはずだ。どこかで休ませているのだろうか。回復薬であっさり元気になって、その辺をフラフラ歩いているのか。そもそも彼女が従えていた狂鳥さえ、偵察から戻ってこない。何かがあったのか。例えばメルヴィルに撃ち落とされただとか。リオネッタはペチカが答えるまでの間に最悪の想定を何パターンか考えた。

 けれどペチカの口から帰ってきたのは、どれとも違う、無関係にも思える言葉だった。

 

 「リオネッタさん。ずっと、味方でいてくれるって、言いましたよね」

 「……? えぇ、私はペチカさんの……」

 「チーノも。何があっても、私と来てくれる?」

 「私にはそれしかないもの」

 

 チーノは2杯目を飲み干しながら即答する。詮索しようとしない彼女の言葉はそれ以上続かないと見て、リオネッタは戸惑いのままペチカにもう一度問いかける。

 

 「……那子はどこにいるのか聞いていますのよ。それとも」

 「那子さんなら……ずっと、いますよ」

 「……はい?」

 

 その言葉でもわけがわからず、周囲を見回し、鍋、食器、いるはずのない場所を確認してしまう。当然ながら、どこにも那子の姿はない。どういうことだ。焦るリオネッタに、ペチカがそっと、2杯目の味噌汁をよそって渡してきた。今は舌鼓を打っている場合じゃない。それでも、ペチカは目の前にいっぱいの汁椀を置いて、リオネッタに差し出してきた。

 

 「……これが、那子さんです」

 「は……?」

 「私がお料理にしました。だから、那子さん自体はもう、この世にはいません」

 

 ペチカの魔法は材料を選ばない。それはこれまでのことで知っている。携帯食料も、瓦礫も、土や砂だって絶品の料理に変えてきた。それはよく知っているが、魔法少女を、人間を、料理に変えた? そんな、ことがあるのか。そうなったらどうなる? 肉体がなくなって、それはつまり死んだってことなのか。

 リオネッタもチーノも、もう口をつけ、1杯は飲み干している。飲み込んでしまっている。那子の、成れの果てを。

 

 「っ……!」

 

 吐くのは嫌で、耐えた。それでも、那子を? どうして? ペチカにそんなことをする理由があるなんて思えない、そう思考を続け、可能性がひとつだけ引っかかった。まさか。

 

 「魔王……? ペチカさんが……?」

 

 あまりにも有り得ない、考慮したくない結論を、ペチカは否定もしなかった。いつもの彼女がやるように、気まずそうに笑った。

 

 「クランテイルさんのこと、覚えてますか」

 「……覚えているも何も」

 

 思えば短い付き合いになってしまって、それ以来どこにも現れないが──

 

 「あの人も、私がやりました」

 

 リオネッタは言葉を失った。クランテイルが死んだかもしれないと告げられ、最も動揺していたのは、いつもクランテイルに守られていた彼女だったじゃないか。そのペチカが、クランテイルをやった張本人?

 

 「……ゲームの中でやられたら本当に死んじゃうなんて、思ってなくって。始めは……魔王なんだからって、誰かやらなくちゃって思って」

 

 選んだのがクランテイルだった、と。彼女はあの時既にペチカを信頼しており、料理にされるとは露ほども思っていなかったであろう。……那子も同じだ。

 

 「クランテイルさんのビーフシチューは……食べきれないから捨てるしかないと思ったのに、全部は捨てられなくって……水筒に詰めて持ち歩いてました。那子さんが食べちゃいましたけど」

 「……っ」

 

 なんてことをしたのだと掴みかかりたい心はあった。けれど、リオネッタは彼女の人形になると決めていた。クランテイルのビーフシチューの味。那子の味噌汁の味。思い返すだけで、怒りが消えていってしまう。ペチカだって、そうするしかなかったんだと。

 彼女は魔法の端末を見せた。そこに表示されていたのは『あなたにはこのゲームで魔王をやってもらいます』という運営からのメッセージ。

 

 「私が、魔王です。リオネッタさん。それでも、あなたは私の味方でいてくれますか」

 

 怯え、震えながらの声だった。

 リオネッタの思考は止まった。そして、何秒かの沈黙を辿って、動き出した。リオネッタが目指したのは、ゲームのクリアではなく、ペチカの無事、ペチカの勝利だ。既に汚れたこの手が、彼女の刃になれるというのなら、それでいい。これまでだって、振るってきた刃だ。

 リオネッタは目の前に置かれた汁椀を手に取り、チーノと同じように、飲み干してやった。

 

 「貴方が一緒に来てくださるのなら」

 

 ブランコに揺られて気取っていたあの日と、同じ言葉で示す。



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第33話『どれだけ救われたことか、多分あなたは知らないな』

 ◇たま

 

 「残る生存者とはお姫様エリアで合流になった。カプ・チーノからの連絡によると、クラムベリー型モンスターとの戦闘でアカネと御世方那子が死亡。残っているのはペチカ、リオネッタ、カプ・チーノの3名だ。皆、気を引き締めるよう」

 

 プフレから聞かされて、生き残った魔法少女たちは顔を見合わせる。ここにいる者は誰も魔王ではない。であれば残った3名の中に魔王がいる。必然の答えだが、いるとは思えない。それでもまずは、手遅れになる前に合流しなければならない。シャドウゲールもディティック・ベルも目を逸らす中、とにかく行こうと声を出す。

 

「そっすよね。じっとしててゲームは終わらねーっす」

 

 ラズリーヌが最も前向きで、冷めたような反応だった。結局、たまとラズリーヌ、及び背負われているディティック・ベルが先行する形で動き出す。密林、迷宮、サイバーと、エリアを通る度色々なことがあったと思い返す。死んでしまった魔法少女の姿も、頭に過ぎる。手に力が入る。

 帰ってこなかったマスクド・ワンダーのことは、よく知ることができなかった。彼女の掲げた正義は、デイジーに伝わったのだろうか。探して埋めてやることも、たまなら簡単だろうけれど、未だ命は賭かったままで、そんな暇すらない。

 考えているうちに、お姫様エリアに到着する。これまで最新エリアに戻るため何度も通ってきたせいで、次のエリアに行く最短ルートだけは覚えている。集合場所はそこから外れた、あのルーラの城の中だった。ディティック・ベルのチームと初めて共闘したのが昔のことのように感じられる。

 

「門番は不在だね。中に入ろう」

 

 一行は揃って扉をくぐる。入口ホールにはこちらを振り返る3人組がいる。ペチカは無傷だが、リオネッタの人形の体にはヒビが入り、カプ・チーノも血の跡とコスチュームの破れが痛々しい。こちらを見るなり、リオネッタが手を振り、近寄ってくる。その1歩目で既に、たまやシャドウゲールは身構えてしまっていた。

 

「あら……いえ、そうですわよね。この中に魔王がいるかもしれない、という気持ちはわかりますわ。えぇ」

 

 気弱なペチカや、ディティック・ベルと同じパーティだったカプ・チーノではないだろうとして、無意識のうちにリオネッタを1番に疑っていた。それが出てしまったのだ。リオネッタには申し訳ないことをしたと、慌てて解こうとした時、リオネッタは何かをくい、と引っ張るような動作をしてみせた。

 

「それはこちらの視点でも同じことをお忘れ?」

 

 その言葉とともに周囲に飾られた鎧や彫像がカタカタと動き出す。人形遣いの魔法少女であるリオネッタの魔法だ。騎士の鎧が剣を持って突っ込んできて、魔法少女たちは散開する。たまはシャドウゲールを庇って飛び込み、斬撃を受けながらも鎧を引っ掻く。表面のわずかな擦過傷が拡大し、鎧は爆ぜてなくなった。

 

「……! また……何度も、ごめんなさい」

「ううん、いいの……それより、なんとか、リオネッタさんを……」

 

 言葉を続けようとして詰まった。リオネッタが魔王だと確定したわけじゃない。そもそも、本当に魔法少女の中に魔王が紛れているのか。そうこうしているうちに、次の鎧が襲いかかってきて、なんとか受け止める。シャドウゲールが武器のレンチで殴りつけてくれて助かった。

 周囲は混乱状態だ。プフレの車椅子がレーザーを放ちながら逃げ回っている。ディティック・ベルとラズリーヌは、カプ・チーノの襲撃に背負い背負われた状態のまま応戦している。どこへ向かえばいいか考えているうちに、新手の人形がやってくる。城の壁面を抉りとって作られたらしい大理石のゴーレムだ。その大きく堅い体を振り回して暴れてくる。大振りな攻撃そのものは対応できないほどじゃない。だが、人形たちは己が壊れることも厭わずに突っ込んできて、そのうえでゴーレムにも警戒を配らなくてはならない。シャドウゲールと背中を預けあい、要警戒の方向をひとつ減らし、それでもなお互いに精一杯になる。この城はなかなかに広い。そしてその廊下の全てに等間隔に鎧は設置されていた。下手すればこの城にいた兵士よりも多くをリオネッタは使役できる。完全に誘い込まれた。

 少しでも状況をよくしようと、大理石のゴーレムの1体のところに飛んでいき、その石の肌を駆け登る。胸元を引っ掻き、穴を掘る。上半身が破綻すれば人形とみなされなくなるのか、ゴーレムは崩れてくれる。だが1体をやったところで、だ。着地の直後にも鎧を1体、2体、3体と相手して、潜り抜け、次々に破壊していこうとして、別のゴーレムに思いっきり殴りつけられた。

 

「ぎゃんっ!」

 

 たまの喉から痛めつけられた野良犬のような声が出て、大きく転がってしまう。すぐにでも戦場に戻ろうと身構え、しかし視界の隅で、その奥にある通路を壁になって隠しているゴーレムの存在を見つける。たまはそちらに標的を変えた。追ってくる鎧もいるが、番人のゴーレムを叩き壊し、追ってきた鎧はそれから相手をし、片付いたらその奥の──怯えた様子で隠れていた、彼女を見る。

 

「っ、ペチカさんッ!」

 

 リオネッタ自身が飛んできて、ペチカとたまの間に割り込んだ。今までとは一線を画した敵意。ペチカには触れさせないという眼光。

 

「彼女は……彼女だけは狙わせません」

「っ、私は、そんなつもりじゃなくって……っ」

 

 いや。否定は、しきれない。リオネッタが隠したいであろうことを、穴を掘って暴いたのは、たま自身だ。とにかくリオネッタの鉤爪を受け止めたが、人形ゆえの有り得ない角度からの蹴りを何度か受けて、耐えきれずによろめき、さらに来る伸びる両腕の同時攻撃を潜っていく。

 たまには難しいことはわからない。けど、ペチカを守ろうとする彼女が、魔王とは思えない。魔王の勝利条件は他の参加者の全滅か、勇者の討伐。その勇者の役割がたまにあることは、誰も知らないのだ。

 だったら誰だ。他に誰が疑える。魔王を探すくらいなら、いっそたまが死ねば確実にゲームが終わるというのに。

 

「っ……!」

 

 余計なことばかりを考えていたせいで、リオネッタの腕から突如飛び出した隠しナイフに対応できなかった。頬が切り裂かれ、真っ赤な一文字の線ができている。彼女に情け容赦はない。猛攻は続き、人形の関節による人体では不可能な動きと、さらに操る人形の不意打ちを受け、追い詰められていく。

 避けて、逃げて、どうするんだ。シャドウゲールもプフレもディティック・ベルもラピス・ラズリーヌも戦っている。視界の隅に、人形たちを相手に立ち回る彼女らを見て、ふいにシャドウゲールがプフレを下がらせ槍を受けたのを見て、決意せざるを得なかった。

 

「ぅ……わぁあああっ!!!」

 

 吠える。突然の攻勢にリオネッタの狙いがズレる。首を狙っていた鉤爪が肩に刺さって止まり、たまの爪も人形の肩部を掠める。ついた傷から一気に穴ができるのは知っているだろう。リオネッタを殺すつもりで使った魔法は、リオネッタが──『人形の中から這い出た』ことで躱された。一回り小さな、リオネッタの姿をした少女が内部より飛び出し、巻き込まれまいと飛び退く。逃げきれずに片腕や顔の一部を巻き込まれ、右半身を大きく抉られた彼女は地面に落ちた。

 胸元から肋骨の断面が覗いている。頬が失われ、千切れた筋繊維がわかってしまう。ただの人間ならもう死んでいて、魔法少女だからこそ、辛うじて生きている。

 

「っ……やって、くれましたわね」

 

 こうなるのはわかっていた。リオネッタが回避できなければ、もっと酷く──クラムベリーのように死んでいた。それを自分がやった。呆然としていると、リオネッタは人形を呼び出し、その手を借りて立ち上がる。潰れた片目で、抉れた右脚で、たまの前で生きている。

 

「せめてっ……貴方だけでも……!」

 

 リオネッタが人形を動かす。標的をたまに変え、一斉に襲いかかってきた鎧たち。囲まれている。地面に穴を掘って逃げようにも、その先はどうすればいい。咄嗟に屈むことしかできず、頭を隠そうとして、直後、降りかかった攻撃を受け止めた者がいた。

 

「……え?」

「ペチカ、さん……?」

 

 ペチカはその両手を広げ、小さな体で、鎧の振るった刃たちを受け止めていた。怯え隠れ、無傷だったはずの彼女が、傷だらけで立っている。

 

「ど、どう、して……! 貴方は……!」

「……ごめん、なさい。私が、巻き込んだのにっ、死んでほしく、ないって……動かなきゃって……こんなことができるならっ、最初、からっ……」

「っ……!! 喋らないでくださいまし! 今、今……そうだ、勇者、勇者はどいつですの! 早く、早くっ……!」

 

 リオネッタは大きく慌て、己の支えていた人形の手から離れ、床を這いずってでもペチカにすがりついた。そして、その手が己の振るわせた剣により裂け、血を滴らせていることに直面し、全てを打ち砕かれたかのような表情を見せ、項垂れた。

 

「っ……せめて……先に、私をっ……」

「……ペチカ。もう、いいの?」

 

 リオネッタが絞り出そうとした言葉を遮るように、近寄ってきた人影が問いかけた。カプ・チーノだ。ラズリーヌを相手に仕掛けていた彼女は、剣の刺さったままのペチカを見つめている。

 

「……うん。ごめんね……チーノ」

 

 

 

 ◇カプ・チーノ

 

 記憶回復装置が起動した時、カプ・チーノは己がなんだったのかを全て思い出した。

 クラムベリーとの遭遇、智香……ペチカと一緒に魔法少女になった時のこと、美味しかったお弁当の味、なんだかんだ楽しくて仕方なかった日々。そして、その終焉。

 

 魔法少女カプ・チーノ──三笠千乃は、もう死んでいた。ペチカを逃がそうとして、森の音楽家クラムベリーに挑んで、殴られて、殴られて、殴られて……死んだ。その記憶が蘇った時、己の実在を疑った。そして魔法の端末を見て確信した。自分は魔法少女ではない。このゲームのNPCだ。何も気が付かないままプレイヤーに混じってきたのは、バグか何かなんだろう。これまでも己に、魔法少女たちのいう『現実』が思い当たらない違和感はあった。

 

 幸いだったのは、ペチカがいたこと。あの時、自分は彼女を逃がせたのだと、安心できた。

 しかし最悪だったのは、彼女が魔王だった、ということだ。

 

 ペチカの側も、チーノが死んだことは理解していて、だからこそ、リオネッタよりも先に、チーノに魔王であることを明かしてくれた。そして、もう1つ、リオネッタには出来ないお願いをされていた。それが。

 

『私が耐えられなくなったら、このゲームを終わらせて』

 

「そっか。やっぱり、ペチカには無理よね。優しすぎ」

「……そう、かな」

「うん。だから、あたしに頼んだんでしょ」

 

 カプ・チーノは、魔法少女たちが呆然と見守る中、ペチカの首に手を添える。握力じゃあペチカには叶わないが、その細首を折るくらいは魔法少女の膂力には簡単だ。

 ペチカが何を感じていたのか、どこまで苦しんでいたのか、チーノには想像もできない。NPCにできることは、頼まれたことを完遂することくらいだ。

 

「っ……そんなの、許しませんわっ……クランテイルさんもっ、那子のこともっ! 勝手に、殺しておいてっ……!!!」

 

 力を込めようとした手を止めた。ペチカはそれに気がついて、ふっと息を吸い込んだ。喉が動くのがわかる。

 

「……リオネッタさんに、お願いです」

 

 人形たちが止まっている。他の魔法少女たちが駆け寄ってきている。気がついたのはチーノだけだ。ペチカの言葉が続く。

 

「ずっと、私を許さないでください」

 

 そんな、呪いのような言葉の後、リオネッタが返事をする前に──ペチカがチーノを見た。微笑んだ。それが合図だ。チーノは歯を食いしばり、最悪の気分のまま、手に力を込めた。

 

 ペチカの言葉を、己の中で反芻する。

 

『ごめんね、チーノ』

 

 いいよ、ペチカ。リオネッタがあんたを許さず背負い続けるのなら、あたしは許したげる。全部受け止めて、終わりにしてあげるから。

 

 ──そうして、ゲームは終わりを告げた。



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第34話『リスタートエピローグ』

 ◇たま

 

 生死を賭けたゲーム『魔法少女育成計画』は、ペチカの献身と、カプ・チーノの慈悲によって終わりを告げた。気がつけばゲーム空間から弾き出され、体に受けた傷はどこにもなくなっていた。あの日々が嘘だったかのように、3日経ってもまた電脳空間に攫われることはなかった。ただ、口座にお金だけが入っていた。手をつける気にはなれなかった。

 

 それから少しして、スノーホワイトによる連絡があり、間に合わなかったことへの謝罪が繰り返され、犯人がIT部門とやらのトップであったことを伝えられたが、何を答えることもできなかった。ただ、助けてくれようとしていたことには感謝をして、やっぱり助けられてここにいるんだななんて思って、自分の部屋の隅に縮こまった。そうしていたのが、ゲームが終わってから最初のひと月だった。

 

 そして、ゲーム終了から1ヶ月。

 ラズリーヌに教えてもらった連絡先から、たまはずっと接触しようとしていた人物との接触に踏み切った。簡潔で思考の読み取れないやり取りをしているうち、日時と場所が指定され、本題は直接会って聞く、という話になった。

 ひとりでN市から離れ、S市の、しかも町外れにある廃工場にまで赴く。

 人の中に珠として混ざるのはまだ落ち着かず、結局魔法少女として走り回って来ることを選んだため、たまは最初から変身したままだ。

 中に入ると、何も無い。ただの廃工場だ。人の気配もなく、場所を間違えたかと思った。いや、廃墟とは違う匂い、誰かが通った残り香がある。甘い、飴だろうか? それを辿って進むと、地下へ降りる階段があり、そのさらに奥には大きな鉄の扉があった。パスワードや鍵の類は、解除してあるようだ。恐る恐る、手をかけ、開く。中はまさに研究所といった雰囲気で、あまり長居はしたくない閉塞感に満ちている。

 そのどこかにいるであろう目的の人物を探して歩く。人影は意外と入ってすぐの部屋にあり、彼女はこちらに気がつくと、手を振った。青を基調とした魔法少女だ。

 

「はじめまして。たま……ちゃんだよね?」

「はっ、はい」

「私のことは……ブルーベル・キャンディ。ブルーベルって呼んでね」

「ブルーベル、さん」

 

 その名からして、先の甘い残り香が彼女のものだろうと察しつつ、たまはブルーベルの案内を受けた。奥の方にある閉ざされた扉に何やら操作を施し、さらに奥の方へと案内される。何の施設なのか、たまにはまるでわからない。周囲を見回しながらついて歩く。ブルーベルは淡々と歩いていく。なにか話しかけていいのか、わからない。やめておいた方がいいだろうか。

 

「着いたよ」

 

 ブルーベルがまた扉を開けてくれる。今度こそこの先に、たまが会おうとしていた人物がいる。初代ラピス・ラズリーヌ──たまが知っているラズリーヌの、師匠にあたる人物だ。強くなるためにと相談し、紹介してもらったのだ。そっと自分の首輪に触れ、握った。大丈夫。そして踏み出した先、質素なデスクとパイプ椅子に腰掛けていた、彼女と目が合った。

 

「──っ」

 

 全てを見透かされるような青の瞳。それが視線の重なった瞬間に、ぐいと見開かれる。たまの姿に何を見たのだろう。いや、たまの方こそ、彼女の姿になにかを見てしまう。そんなはずがないのに、ふと口をついて出たのは。

 

「おばあ、ちゃん」

 

 無意識に口から出たのに気がついた時、やってしまった、と思った。魔法少女姿ゆえに老齢には全く見えないのだが、なぜか雰囲気のせいでそう思えたのか。自分でも混乱して、慌てて謝ろうという言葉もうまく出せないでいると、彼女は己の膝をぽんぽんと叩いて、微笑んだ。

 

「おいで」

 

 誘われるがまま、そのすぐ前に座り、頭を撫でられた。優しい手つき。犬吠埼珠の心が、祖母を思い出して離れない。少しだけあった警戒や、大きな緊張がどこかに行って、残ったのは牙を抜かれた飼い犬だった。我に返ったのは、なんだこいつら、という顔をするブルーベルが視界に入ってからだ。

 

「……あ、あっ! ご、ごめんなさい、初めましてなのに」

「いえ。構いませんよ」

 

 彼女は変わらず、柔和な笑みでたまを受け入れた。

 

「私はオールド・ブルー。以前よりあなたの噂はお伺いしておりました。『音楽家殺し』……クラムベリー最後の魔法少女試験において、彼女に引導を渡したと」

「そ、そんな大層なものじゃ……ないです。私は、ただ、友達に助けられただけで」

「好機を手にしたのはあなたの力ですよ」

 

 スイムスイムのことを思い出し、下を向いて、ふと視線を戻す。オールド・ブルーの眼には、やはり本来見えないようなものまで見られているような、不思議な感覚がある。どこまで話して、どこから話していないのか、曖昧になるほど。たまが何も言わなくても、話は進んでいった。彼女から名を継いだラズリーヌのことを尋ねられても、何か言う前に「助けていただいたようで」と続けられ、たまは言葉を淀ませてばかりである。

 

「弟子入りの話でしたね。私の門下生と一緒に、という形になりますが、それで良ければ」

「……! はいっ! ありがとうございますっ!」

 

 ちゃんとお礼が言えたのは最後の最後でようやくだった。面と向かっての相談の末、一応、ラズリーヌの妹弟子、ということになったわけだ。

 

「ひとつ、いいでしょうか」

「は、はい……?」

「あなたが強さを求める理由を、教えていただいても?」

「理由……」

 

 ゲームの中で、思ったことがある。ルーラも、ミナエルもユナエルも、スイムスイムも……それだけじゃない、散らされていった皆のためだ。もう奪われないためには、落ちこぼれのままじゃ駄目だ。強くならなくちゃ。

 

「誰かを、助けられるように……なりたい。大切なものができた時……それを、失わないでいられる、そんな人になりたい、です」

 

 オールド・ブルーはなるほどと頷いた。そして、再びぽんとたまの頭に手を乗せた。

 

「一緒に強くなりましょうね」

「……はいっ!」

 

 力のこもった返事が部屋中に響く。詳細は追って伝えると言われ、オールド・ブルーとの面会はここまでになった。

 

「いいの? あの子。青くもないのに」

 

 たまが部屋の扉を閉めた後で、ブルーベルが冗談混じりに呟いたのが聞こえた。それに対し、オールド・ブルーの答えは、

 

「新しいアクセサリーを贈りましょう。例えば……リード、とか」

 

 さすがにリードは貰っても、引きずりながら歩くことになって困る。ラズリーヌ、ブルーベル、オールド・ブルーの顔を順番に思い浮かべて、青系のものが貰えるならリボンとか、可愛いかな……なんて、思い描いたりもした。



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リスタートエクストラ
第35話『リスタートエクストラⅠ ラズベリー探偵事務所初仕事のこと』


リスタートエクストラ以降、オリキャラ・オリジナル魔法少女要素が含まれます!


 ◇ディティック・ベル

 

 ──事務所のインターホンが鳴る。ダンボールだらけの室内で、ソファに寝転がり新聞を読んでいたディティック・ベルは慌てて起き上がった。否、起き上がろうとして、ソファから転げ落ちた。尻を擦りながら目を開けると、目の前に手を伸ばしてくれる少女がいる。

 

「ほら、お客さんっすよ。ベルっち……いや! 先生!」

「は、恥ずかしいからベルっちでいいって」

 

 ラピス・ラズリーヌが伸ばした手を取り、助け起こされて、玄関へと急ぐ。扉を開くと、見知らぬ魔法少女が2名立っており、どうやら荷物の配送ではないらしい。ここで客人の可能性が一気に高まり、ディティック・ベルは咳払いをした。

 

「こちら、ラズベリー探偵事務所です。如何なさいましたか?」

「おー! 本当に魔法少女で探偵! 白黒してるね! あぁいやなに、自分はお仕事の仲介役でさ。依頼主は自分とはちょっと違うわけ」

 

 白黒ツートンの長い前髪で目元を隠した魔法少女は、手をひらひらと振ってみせる。今、依頼主……と言った。まさか本当に、一年越しになんとか開業したこのラズベリー探偵事務所に初仕事が舞い込んで来たのか。内心ではテンションが上がりっぱなしである。

 

「どうぞ、お話は中で……ラズリーヌ、お茶を頼む」

「はいっす!」

 

 ディティック・ベルはラズリーヌが部屋の中へと駆けていったのを見送り、客人2名を招き入れる。

 白黒の魔法少女はパーカーのフードを被ったコスチュームで、黒地に白丸が目のように2つついたデザインをしている。どこかで見たことがあるような、ないような。

 もう1人のアラビアンな踊り子風の魔法少女には覚えがない。無表情で、ふわふわ浮遊している。

 

「まずは身元を明かそう。自分は、まあ、驚かないでほしいんだけど、実はキューティーオルカでね。ちょいと広報部門背負ってきたわけ」

「広報部門……!?」

 

 広報部門といえば、魔法少女のアニメ化による宣伝などを統括する、魔法の国の魔法少女部門の1つである。そんなに大きな所から、うちに話が来るとは。益々手汗が増える。

 

「……自分に対しての反応は?」

「えっ? あっ、えーと……キューティーオルカ、さん……?」

 

 記憶を辿る。広報部門、そしてキューティーとついているからには、かの有名なキューティーヒーラーシリーズか。その中でオルカといえば……そうだ、思い出した。

 

「もしやキューティーヒーラーストライプの……」

「そう! そう! その! 本人!!!」

 

 実際のシャチが獲物に飛びつくみたいに、キューティーオルカはこれまでで1番大きな声を出した。ディティック・ベルが硬直していると、キューティーオルカは咳払いをした。

 

「失敬、取り乱しちゃったね。いやいや、ストライプは自分の誇りすぎて」

「キューティーヒーラー、ってことは……同志デイジーと同じアニメになった魔法少女ってことっすか? すごい! 本物っすか!」

 

 少し遅れて今度はラズリーヌが目を輝かせ始めた。キューティーオルカはまんざらでもなさそうだが、ラズリーヌの言葉に引っかかったのか、前髪の奥の眼を光らせる。

 

「同志デイジー? デイジーの奴とお知り合い?」

「肩を並べた仲で、命の恩人っすよ」

「んなるほど……デイジー……なかなか良い白黒っぷり、惜しい人材だった……お別れの会はさすがのストライプも総出で泣いたよ。いずれクロスオーバーしたかった……」

 

 アニメ化魔法少女仲間ゆえか、マジカルデイジーのことから別の話が始まってしまった。故人のことに積もる話もあるだろうが……あまり長くやられても困るわけで。キューティーオルカの隣で、踊り子の魔法少女が虚空を見つめ続けているし。とにかくタイミングを見計らい、話題を戻す。

 

「そ、そのキューティーオルカさんご本人が……この開業したばかりの魔法少女探偵にどんなご依頼で?」

「そうだった。この子のことなんだけど」

 

 キューティーオルカが隣にちょこんと座る踊り子の魔法少女を指した。

 

「名前はテプセケメイ。こちらで保護した未登録魔法少女。で、ちょいと事情があってね。人事部門にこの子の身柄を預けてきて欲しいんだよね」

「人事部門に……?」

「あるでしょ? コネクションが。指名手配中の妖精を追う段階で何悶着かあってね。広報部門の連中は顔が売れてるし、表立って動けない。そこで貴方たちなわけ」

 

 人事部門へのコネクション……?

 思い当たる節はディティック・ベルには無い。ラズリーヌの方だろうか。ちょうどお茶を淹れて戻ってきた彼女に訊ねると、即答の「友達がいるっす」だった。妙なところに顔が広くて助かった。

 

「ってなわけで、魔法少女護送のご依頼。はいこれ、なんかよくわかんない書類とか。あとよろしく〜」

 

 キューティーオルカはラズリーヌの持ってきたお茶を、熱がる素振りも見せずに一気飲みしてしまうと、書類とテプセケメイを置いて行ってしまった。残されたものを前に、ディティック・ベルは我に返る。もしかして、とんてないものを請け負ったのか。

 

「タンテイ?」

「こ、こほん。いかにも、私が探偵だよ」

「お前は」

「あたしはベルっちの助手の、ラピス・ラズリーヌっす。あ、口上もあるっすよ! せーの……」

「ラズリーヌ、やらなくていいから」

「ラズリーヌ」

 

 テプセケメイと呼ばれていた魔法少女は短い言葉で復唱する。何を考えているのかわからない無表情だが、元々こういう人間なのだろう。探偵として、必要な真実と余計な詮索の区別はしなければ。テプセケメイの身元に関する深堀よりも、やるべきことは依頼の遂行だ。

 

「ラズリーヌ、その人事部門への連絡は」

 

 目を向けると、彼女はサムズアップをして、魔法の端末を操作し始める。通話の呼び出しをかけ、数秒で繋がっていた。

 

「……あーもしもし? ななっち? あたしっす。今日お仕事っすか? あ、じゃあこれから行くっす! はい! また後で! ……よし! ベルっち! アポはとったっすよ!」

 

 今ので取れているのだろうか。不安は残るが……まあ仕方ない。信用しよう。

 記念すべき初仕事に、ディティック・ベルはコート掛けに置いてあったケープと帽子を取り、瑠璃の髪飾りの位置をきゅっと直し、支度をする。

 

「えっと……テプセケメイ、さん?」

「メイはメイ。自分は自分」

「えーっと……」

「メイちゃん! ベルっちとあたしからはぐれたらダメっすよ!」

「ベルっちは誰?」

「この人っす!」

「なんで?」

「危ないからっすよ」

「なぜ危ない?」

 

 ラズリーヌとテプセケメイはこの調子でしばらく喋り続ける。聞いていると頭痛がしそうだ。ラズリーヌは律儀に答え続け、次第に会話の内容が哲学的になり、ラズリーヌが「わかんねっす」、テプセケメイが「なぜ?」を繰り返すようになり、あまりにもきりがなくディティック・ベルは慌てて止めた。

 

「あ、あのさ、人待たせてるんだし、ほら」

「ラズリーヌは難しい」

「そうっすかね?」

 

 とにかく不安まみれで出発する。彼女らのおかげと言っていいのか、初仕事への緊張は、早く終わらないかなという気持ちにすり替わっていた。



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第36話『リスタートエクストラⅡ 探偵と青のゆく道』

 ◇ディティック・ベル

 

「ここに来るのは久しぶりっすね! 2年ぶりくらいっすかね?」

「そ、そうなんだ」

「いやー、あの時はすごかったっすよ! ホントに!」

 

 ディティック・ベルは人事部門なんかにお世話になったことはない。曰く、ラズリーヌがラズリーヌではなかった頃の話だというが、聞けばテロリストとやりあったとか、不穏な言葉が出てくる。ついでに後ろをついてくるテプセケメイが時折「〜とは?」と言葉の意味を聞いてくるのだが、日本語の勉強中なのだろうか。ラズリーヌから学習するのはちょっと違う気がするが、大雑把な説明を交えつつ、ラズリーヌのエピソードトークは止まらない。止められるのはラズリーヌ自身だけだった。

 

「で、その時にななっちが……あっ! あの子! おーい!」

「? あの子が?」

「んや、あの子はななっちじゃないっすよ。でも2年前に会ったことあるっす」

 

 通りがかりに見かけた青系の魔法少女に、ラズリーヌは反応した。人事部門の友人らしい『ななっち』を見つけたのかと思いきや、違うらしい。恐らくは警備の見回りか何かだったのだろう。寄り道は避けてほしかったが、止める間もなく行ってしまう。ついていくしかない。

 

「どもっす! あれ、今は警備の仕事してるんすか?」

「えっ? っ!? くぁwせdrftgyふじこlp!?!?!?」

 

 声にならない悲鳴を噴出させ、話しかけられた魔法少女は気絶して倒れそうになった。慌てて支え、目を覚ましてもらう。

 

「えっ、あ、いや、あの、えっ」

「あの時! 人事部門の受付にいた子っすよね。77っちに会いに来たんすけど」

「!? わ、私のこと、覚えてくださってるんですか!?」

 

 魔法少女は感極まって泣きそうになっている。

 

「え、えと、あれから、魔王塾サバイバルのDVDとか買ってっ、あ、あの……ぶっ、ブルーコメットさんっ! さっ、サインください……!」

「サインっすか? いいっすよ〜」

「……!!! な、なににしてもらおうっ、ちょっと待ってください!」

 

 少女は慌ててどこかへ走り去っていく。色紙か、そのDVDでも取りに行ったんだろう。あの熱烈なファン具合、ラズリーヌにそんな憧れている子がいたとは。……気持ちは、ディティック・ベルにもわからなくもない。

 

「ブルーコメット?」

「あぁ、あたしのことっすよ。師匠からラズリーヌを継ぐ前の名前っす」

 

 テプセケメイが挟み込んだ疑問符で初めて、あの少女がラズリーヌをそう呼んでいたことに気がついた。思えば、1年も一緒にいて、彼女の──特に『ブルーコメット』のことは何も知らない。先程話していた人事部門でのエピソードで初めて触れたくらいだ。

 

「あのさ」

 

 ラズリーヌが振り向いて、可愛らしく首を傾げた。

 

「話、もっと聞かせてよ。私の知らないあんたの」

「……! はいっす! じゃあ、まずはブルーコメットのオリジンから……」

「あーいやいやちょっと待って、今じゃなくていいから!」

 

 やがて戻ってきたあの子は魔王塾サバイバルなるイベントのDVDを2組持参し、それぞれに『ブルーコメット』のサインと『ラピス・ラズリーヌ』のサインを別々に書いてもらっていた。彼女はその両方を大事に抱え、笑顔を見せてくれる。とにかく彼女が嬉しそうならいいんだろう。

 

「え、えっと、そのっ! ブルーコメットさん……今はラズリーヌさんですけど、に! 憧れて、警備の仕事に転職したんです。あの時の……戦場に舞う煌めきが、忘れられなくって」

「えへへ、すっごく嬉しい話っす……あ! あたしもこのベルっちに憧れて、探偵助手始めたんすよ!」

 

 いきなりラズリーヌが肩に手を乗せてきて、身構えていなかったディティック・ベルは目を丸くした。お世辞にも格好のついた面ではなかったと思う。

 

「だから、あたしも同じっす! 一緒に新天地で、頑張らなきゃ、っすね!」

 

 ラズリーヌが笑顔とともに差し出した手を、少女は強く握り、笑顔を返した。強く交わされた握手は、きっと彼女の中に残り続けるんだろう。誰かの夢になれるほど嬉しいことはない、と思う。その夢を見てくれたのが、他でもないラズリーヌなんだけど。

 

「……あれ? あの、最初にいたあのアラビアンな子は……?」

「えっ?」

 

 2人のやり取りを微笑ましく後方から見守っていたら、テプセケメイのことを忘れていた。どころか、彼女はどこかに行ってしまった。……まずい。初仕事で護送対象に何かがあったら、とんでもなくまずい。

 

「ごめん、ラズリーヌ! 先行ってるから!」

 

 ディティック・ベルは大慌てで駆け出した。駆け出して、知らない建物の中を探し回り、意外と複雑な構造に自分がどこにいるのかわからなくなり、清掃員の魔法少女に道を聞き、「あっちに行きましたよぉ〜」とテプセケメイの目撃情報を得て、さらに自身の魔法で建物そのものからも話を聞き、体力の大半を持っていかれながらその場所に到着した。人事部門のうち、とある部署。扉を急ぎゆえに乱暴に開き、中を見る。いた。テプセケメイだ。

 

「探偵」

「はぁ、はぁ……どこ、行ってたの……!?」

「ここはメイの知らないものでたくさん」

「そりゃ、そう、でしょうけどっ……あっ、ご、ごめんなさい! 本当!」

「あ、い、いえ……!」

 

 近くにいたゴーグルを着けた魔法少女にとにかく謝る。

 

「おっ! さすがっすね、ベルっち」

「ラズリーヌっ……」

 

 後からやってきたラズリーヌは、例の青い彼女にここまで案内してもらったらしく、特に急いでいる様子はなかった。悪びれるということすら知らなさそうなテプセケメイと合わせ、ディティック・ベルは今日1番のため息が出る。

 

「お! 77っち! おひさしぶりっす!」

「あっ!?」

 

 そしてこのゴーグルの魔法少女とラズリーヌは知り合いらしい。というか、この人が用事のある『77っち』らしい。彼女の方は本当に来るの、という顔をしていたが、友人、でいいのだろうか。

 

「紹介するっすね。前あたしが改名の色々の時にお世話になった、ななっちっす」

「あっ、初めまして……これと一緒に探偵事務所してます、ディティック・ベルです」

「ご丁寧にどうも、7753です」

 

 名刺を差し出すと、7753はデスクの中から慌てて引っ張り出した自身の名刺と交換する。ラズベリー探偵事務所の名が記されたものが初めて誰かの手に渡った。

 にしてもなんというか、この7753という魔法少女、ディティック・ベルとなんとなく同じ匂いがする。体臭ではなく、振り回され体質……というか。

 

「その、それで、この子は……?」

 

 そうだった。テプセケメイと依頼のことを説明しなければ。改めて今回彼女を訪ねた理由について話そうとして、部屋の扉が開き、何気なく後ろを向いた。

 ──見知った顔が立っていた、否、座っていた。車椅子の上、まさに深窓の令嬢という雰囲気を漂わせながら、やあ、とこちらに小さく手を振った。

 

 どうして彼女、プフレがここにいるのか。疑問が湧いてくるが、そこに7753の控えめな「お疲れ様です」を始め、いくつかの挨拶が聞こえ、何割か察する。これらは上司に向けてする挨拶に違いない。今挨拶の対象に成りうるのは、そもそもプフレしかいない。

 

「1年ぶりかな? ディティック・ベル、ラピス・ラズリーヌ。聞けば探偵事務所を開業したそうじゃないか。今後は仕事の付き合いにもなってくるだろうね」

「おおーっ!」

「えっ? ちょ、え?」

 

 プフレの手を取りぶんぶん振っているラズリーヌは置いておくとして、7753の方に目を向けた。彼女はゆっくり頷く。つまりこの部署にいる魔法少女より、プフレの立場が上、ということが確定する。

 

「7753。こちらの彼女……未登録魔法少女、テプセケメイの保護を頼むよ。仔細は追って送ろう」

「えっ」

「探偵諸君とは別の話をしたい。別室に移動しよう」

 

 プフレの登場以前からそうだったが、2人して困惑の中に囚われて出てこられないままだ。そんな中、無表情のテプセケメイと置いてけぼりの7753を本当に置いてけぼりにして、プフレはディティック・ベルとラピス・ラズリーヌを別室に連れ出してくる。その別室というのが、部門長室だというからまた驚いた。ここを使えるって、つまり。

 

「さて。話の続きをしようか。未登録魔法少女の護送依頼、ご苦労だった。確かに確認したよ。彼女のことは7753に任せていいだろう」

「え、いいんですか?」

「広報部門の介入で話が拗れたが、そちらは君たちに依頼することはないね」

「広報部門の……」

 

 脳裏に浮かぶ、前回の依頼人であるキューティーオルカの顔。というか、話のスケールが大きくなってきて、処理が追いつきそうにない。

 

「ここから先は極秘の依頼だ。まだ詳しくは言えないが、主な内容は……とある魔法少女の身柄の確保。受けてくれるかな」

「……あたしにはなんにもわかんねっすけど、どうするっすか?」

 

 助手の目線もこちらに向く。相手は顔見知りだが、部門長。そしてそこからの極秘依頼。開業してからすぐだっていうのに、もっと大きな何かに巻き込まれていこうとしている。だがその現状に、探偵として、探偵に憧れる者として、高鳴っている自分もいる。

 

「受けるよ」

 

 ──この選択で、ラズベリー探偵事務所は更なる運命のうねりの孔に吸い込まれていく。ディティック・ベルは少しだけ、ラピス・ラズリーヌは大いに、その予感を抱いていたことだろう。



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魔法の国編
第37話『とっととリミテッド』


第2部開幕です。第2部は全てオリジナル展開で進めていきます!


◇トーチカ

 

 軍服をモチーフにしたコスチュームに、白いコックの帽子。ブロンドの髪の先には焦げ茶のアクセント。透き通る水色の瞳。端正で可愛らしい顔立ち。小学生とはかけ離れた、女性的なボディライン。鶏のような尾羽。

 ──魔法少女『トーチカ』は、数ヶ月前に魔法少女となったばかりの見習い魔法少女である。初めての頃は本当にこれが自分だとは信じられなかった。鏡の前で何度も自分の頬を触ったりもした。自分の体を触る……のはさすがにまずいと思ってやめた。今でも慣れないし、現実感はない。

 だが、確かにトーチカはトーチカだ。それだけは間違いない。今日も、親に隠れて、いつもの待ち合わせの場所に急ぐ。魔法少女の高い身体能力なら、街の端から端まででも大したことのない距離だ。屋根から屋根に飛び移り、軽快に進んでいく。

 

 待ち合わせ場所には、もう友人が待っていた。そこにいるのは2人。ハムスターの着ぐるみを着たふわふわの少女と、パンクロックなファッションで固めたトゲトゲな少女である。トーチカはすぐ近くに着地し、何やら話していた彼女らから笑顔で迎えられる。

 

「……お待たせしました」

「やっほー、トーチカちゃん! お時間通りなのね」

「2人は何を?」

「チェルナーはトットと美味しいもの探してたんだよ」

「そう! 食べ歩きをしてきたのね!」

 

 ふわふわの方はチェルナー・マウス。トゲトゲの方はトットポップ。トーチカが魔法少女になる切っ掛けの2人である。チェルナーと知り合い、チェルナーと一緒にいる時にトットポップと初遭遇、トットポップ経由で『魔法の国』のスカウト担当と知り合い……といったような経緯だ。その節はお世話になったというか、魔法少女として間違いなく先輩なのだが、彼女らが先に到着していた状況はやや不安である。

 この2人だと無邪気の塊というか、一切のブレーキがない。

 

「この間もらったあの紙? 渡したら、キラキラをもらったんだよ。キラキラは美味しいものと交換してもらえるってトットが」

「それでなくなるまでうろちょろして、残金スッカラカンどころか、トットも自腹切っちゃったのね」

「ねえ! あのキラキラはどこで取れるの?」

 

 お金という概念を理解していないらしいチェルナーが暴走しないようにと、トーチカが捻出して渡したチェルナーお小遣いだが、会う度にゼロに戻っている。トットポップが同行してもそうなる。頭を抱えるが、彼女らはそういうものだと思うしかない。

 

「そうそう、いっこだけトーチカに残しておいたのね。はい、これ」

「! ありがとうございます」

 

 トットポップから手渡されたのは、馴染みのある近所の精肉店のコロッケだった。素直に嬉しい。これ、美味しいんだよな。まだ意外と温かいそれを受け取って、軽くいただきますと手を合わせてかぶりついた。サクッ、といい音がする。お肉の香りが口の中に広がる。

 そういえば、魔法少女になってから食べるのは初めてかもしれない。もしかしたら、このコロッケ、何か特別なものが入っていたり、特別なことをしているのかなと思った。そして、思い立ったらすぐ自分の魔法を使ってみる。

 トーチカは目を見開き、魔法に呼応してほんのりと瞳が光る。たぶん光っている。そして、頭の中に情報が流れ込んでくる。

 

 じゃがいも。玉ねぎ。お肉。油、小麦粉、卵──。

 

「……なんもないのか」

 

 これがトーチカの魔法だ。見ただけでレシピがわかる、という魔法である。自炊もなにもしないためおまけ程度の魔法でしかないが、料理以外にも通用し、例えば鉛筆の作り方が見るだけでなんとなくわかったりもする。するんだが、それだけなのだ。

 面白いは面白い。しかしやはり地味だ。トーチカ自身としては、こんな地味な魔法よりもっと派手なものが欲しかったと思う。派手なのが無理なら、もう少し役に立つ魔法が欲しかった。

 

 結局、精肉店のコロッケは純粋に揚げたてとお肉の美味しさでこんなに美味しいらしい。

 

「それで……今回はどんなご用事で」

「そう! それ! 実は、トットのお友達にトーチカちゃんのことを話したのね」

「はい」

「そしたらそのお友達がすっごくトーチカちゃんに会ってみたいっていってて」

「は、はぁ」

「お友達に会ってほしいのね」

 

 トットポップはやたらと顔が広い。そしてアクティブだ。スカウト担当の時もそうだった。いきなり話がきて、いきなり魔法少女になった。そのノリでこの姿にされるんだから、驚くし慣れない。今回だって何が起きてもおかしくないのだ。多少心構えをしようと、トーチカは自分のコック帽や、十字型の髪飾りの位置をいじった。

 

「せっかくだからチェルナーにも紹介するのね!」

「その子たちって、トットのファミリー?」

「そんな感じ!」

 

 トットポップを先頭に、チェルナーが続き、トーチカは慌ててついていく。パンクファッション、着ぐるみ、軍服と明らかに目を引く美少女の行軍が堂々と道をゆく。魔法少女はその正体を知られてはならないとされているが、人通りの少ない方で助かった、のだろうか。周囲をしきりに見回しながら、どんどん見知った街から離れていく。道中、チェルナーが何度も脱線しかけて、トットポップが一切止めずにむしろ乗り始めるのでやたら寄り道させられ、集合がお昼からなのに空が赤くなり始めていた。

 やっと着いたのは、S市郊外。トットポップが立ち止まったのはボロアパートの前で、ここなのね、と指された。想像していたよりずっと、なんと言うべきか、言ってしまえば、しょぼい。

 

「こっちこっち!」

 

 トットポップがアルミの階段を駆け上がっていく。彼女のコスチュームのスパンコールが手すりに当たってカチカチリズミカルな音を立てている。後を追って、一室の前で止まった。表札はない。誰が住んでいるのだろう。インターホンが押されると、すぐに反応がある。

 

『どちらさんや?』

「トットが帰ってきたのね〜! 開けて!」

『……合言葉は?』

「レジスタンス万歳!」

 

 すると少しの間があって、がちゃりと扉が開かれる。こちらを出迎えたのも魔法少女らしかったが、その顔はガスマスクで隠されている。

 

「その子が?」

「そう、連れてきたのね」

「そっちのモフモフは?」

「お友達!」

 

 ガスマスク魔法少女は頷き、奥に通してくれた。いや、ガスマスクは彼女だけかと思いきや、部屋の中にまだいたらしい。全部で4人の魔法少女が、同じくマスクで顔を隠している。彼女らが集まって並び、本当に最低限な小さい机を囲み、散らかった畳の上に正座する。チェルナーは正座できないらしく、座りにくそうに体育座りしていた。

 

「紹介するのね。こっちがチェルナー。トットのお友達。こっちがトーチカちゃん。トットのお友達ね」

 

 紹介の内容がまったく変わっていない。連れてくる予定だった例の魔法少女というのがトーチカであることも説明されていない。トットポップからの話を受け、ガスマスク4人組の中から、画家っぽいのがすっと手を挙げ、立ち上がった。

 

「トーチカ。君がトットポップの言っていた『レシピのわかる』魔法少女か」

「あっ、はい」

「我々は『レジスタンス』」

「レジスタンス……?」

「そうだ。腐りきった魔法の国の体制を破壊するべく活動している」

「……あの。そんなこと言われても、見習いで魔法の国のこととか知らないんですが」

 

 控えめに、申し訳ないながら言っておく。響きは格好良いが、そんな反体制されるような状態なのか。会ったことある魔法少女がそもそもここにいるので全員だというのにそう言われても、となる。

 

「ならば教えてしんぜよう。この所魔法の国には不祥事が耐えない。『クラムベリー事件』に付随する『魔法少女狩り』関係、それにこの間の『集団心臓麻痺事件』も──」

「……心臓麻痺」

 

 気がつくと、挙げられた事件の名の一部をぽつりと復唱していた。トーチカは呆然と考える。目の前では、新人ちゃんが困ってるでしょと画家の魔法少女が窘められている。心臓麻痺事件……まさか。

 

「それって、いつの話ですか」

「集団心臓麻痺事件か? 確か、1年と少し前だ」

「……っ」

 

 トーチカには、引っかかる心当たりがあった。それで食いついて、机に乗り出した。

 

「その詳細。何があったか、誰が起こしたのか。ついていけば、わかりますか」

 

 その様子を見たガスマスク魔法少女たちは互いの顔を見合わせ、中でも画家の魔法少女が頷く。

 

「そうだ。レジスタンスなら真実を暴くことができる」

「行かせてください」

「いえーい! じゃあ決まりね!」

 

 トットポップが言い出したのに釣られ、ガスマスク魔法少女は喜び出す。置いてけぼりに戸惑うチェルナーの手を取り、トーチカは彼女に伝える。

 

「これ、危ないことだよ。行っちゃダメ。チェルナーは間違えないんだ」

「チェルナーさんはこれまで通りでいいですよ。僕に知りたいことがあるだけですから」

「トモキ……?」

 

 ぽつりと呼ばれた名前。魔法少女になっても、チェルナーはトーチカを、智樹を名前で呼んでくる。そうだ。1年前のあの時なにがあったのか、智樹は知りたい。あの──姉が死んだ、あの日。

 

「これからはファミリーとしてもよろしくなのね、トーチカ」

 

 トットポップから差し伸べられた手に気づき、振り向いたトーチカは、チェルナーの柔らかな掌を離す。そして、一瞬の迷いもなくトットポップの手をとった。



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第38話『レジスタンスの魔法少女たち』

 ◇建原智樹

 

 あの日、姉の智香が亡くなってから、もう1年が過ぎていた。

 死因は突然の心臓麻痺だ。持病など欠片もない健康な女子中学生であるところの智香が、まさかいなくなるだなんて、智樹は想像だにしていなかった。

 自室で倒れていた彼女を見つけたのは智樹だった。慌てて体を揺さぶり、救急車を呼び、しかし彼女は帰らぬ人となった。家族はみんな泣いていて、葬式では知らない姉の友人たちも泣いていた。智樹は……葬式の時はまだ、受け止められずに呆然としているだけだった。最後に、綺麗な顔で、静かに眠る姉の姿を見送って──その夜から2週間は、毎晩のように泣いていたと思う。

 

 そして1年が経っても、立ち直れていなかったのを、一周忌で実感した。自分でも驚きだ。姉と特別仲が良かったわけではない。それなのに、その死は受け止められない。……受け入れたくない。

 智香が、何かをしたのだろうか。どうして彼女が死ななければならなかったのか。嘆いても答えが返ってくることはなく、これで整理がつくと思っていたのにこのざまだ。写真の中で笑う姉の前に線香の煙が燻っていた光景だけが、頭の中に残っている。

 

「なんで姉ちゃんだったんだよ……」

 

 墓前でひとり呟き、また泣いた。こんな姿、知り合いには見られたくないなとふと思い、そろそろ戻ろうと踵を返す。木陰に隠れ、魔法少女の姿に変身する。

 智樹は魔法少女『トーチカ』になった。一周忌の前後にチェルナーと再会してから、知らない世界へとどんどん引きずり込まれていった。それがどうなるのかこれまではわからなかった、が、今はある。あのガスマスク魔法少女が言っていた『集団心臓麻痺事件』を辿れば、どうして姉が死ななければならなかったのか、わかるはずだ。

 

 トーチカは智香の眠る墓地を後にする。向かうはS市郊外のボロアパート。レジスタンスのところだ。先日は暗くなるからということで解散し、本格的な参加はこれからになる。頭の中にある案内された道のりを、前回寄り道させられところを補正しながら辿り、部屋の前へ。呼び鈴を押し、反応を待つ。

 

『どちらさまですか?』

「……トーチカです」

『合言葉は?』

「レジスタンス万歳」

 

 トットポップがやっていたのを見様見真似で再現して扉を開けてもらう。相変わらずガスマスクをつけた皆が部屋の中で待っていた。前回もそうだったが、この部屋そんなに臭かったりもしないのに、なぜガスマスクなんてしているんだろう。聞こうにも聞けない。とにかく、案内されるまま、あの小さなテーブルを囲む。

 

「トットポップはまだ来ないようだ。先に自己紹介でも済ませておこう」

 

 どうやや4人の中では画家風の少女がリーダー格らしく、誰も異論はない。ついでに、ガスマスクを外す気配もない。このままだと顔を隠しながらになるのでは。危惧したトーチカは、慌てて口を挟む。

 

「あ、あの、素顔は見せてはいけなかったりするんですか?」

「ん? あっ……ガスマスクのままだと確かに自己紹介はよくないな。みんな、マスクオフだ」

 

 特に掟でとかそういう話でもなかったらしく、号令で一斉にマスクを取った。魔法少女だけあり、可愛らしい少女の顔が出てくる。

 

「ふぅ」

 

 そしてそれぞれに出てくるため息。もしかして普通に息苦しいのか。声がこもって聴こえにくいし。ますますなんでガスマスクなんてしていたんだろう。

 

「んっ、んんっ!」

 

 画家の魔法少女がすっと立ち上がり、何かと思ったら咳払いをしたようだ。声がか細いせいでわからなかったが、彼女なりに張り上げてくる。

 

「私は『カラフルいんく』! このレジスタンス魔法少女部隊のリーダーだ」

「元リーダーやないか」

「自分からトットちゃんのことリーダーにするって言い出したくせに」

「そこ! うるさい!」

 

 画家の魔法少女、いんくは胸を張ったがメンバーに茶化された。4人で最も小柄なこともあり、難しい顔をしても微笑ましさが勝つ。確かにリーダーっぽくはないというか。かといってトットポップでいいかと言われると違う気もするが。

 

「手の内も明かした方がいいんじゃない?」

「そうだな。私の魔法は『塗り絵』だ。色を塗ることでものの性質を少しだけ変えられる」

「例えば?」

「甘いお菓子を真っ赤に塗ると辛くなるぞ」

 

 それは、そもそも魔法の絵の具を塗ったものを食べて大丈夫なのか。

 

「はーい、じゃあ次あたしね」

 

 2番手に来たのは露出度の高い小悪魔コスチュームの魔法少女だ。『大人の下着』にしか見えない格好で、目のやり場がない。彼女はそんな様子には一切気づくことなく、くるんと回ってポーズを決める。背中の小さな羽と一緒に胸が揺れた。

 

ロッキュー(ROCK YOU)ルッキュー(LOOK YOU)サッキュー(SUCK YOU)☆ 『サッキュー・ラッキュー』だよっ☆」

 

 ウインクした目の傍に横向きのピースが決まり、それからしばらく彼女は静止したままだった。やや遅れて、義務感に駆られて「おぉ〜……」と歓声と拍手を出してみたが、サッキュー・ラッキューは何事もなかったかのように座った。

 

「次イロハちゃんね」

「ツッコミなくていいの!?」

「私はやるべきことをしただけだからね」

 

 サッキューはなぜか誇らしげだ。彼女が胸を張ると、いんくとは違って胸元がまずいほど強調される。揺れ……いや、駄目だ駄目だ。トーチカはサッキューを視界から外した。

 

「あ、あの、サッキューちゃん、魔法」

「あーそうだそうそう、ナイスエンプリちゃん。あたしの魔法はこのストローだよ。誰かの元気を吸い取ったり、分けてあげたりできるんだ」

 

 胸の谷間から何かを取り出し始めたサッキュー。取り出されたのは、途中でくるんとハート型に曲がっているストローだ。彼女はそれにキスをしてみせ、またドキッとさせられる。顔が赤いのはバレていないだろうか。

 

「お、自分、ええか?」

 

 前回出迎えてくれた関西弁の魔法少女に番が渡り、彼女は「よっこいしょ」と言いながら立ち上がると、これまた決めポーズをする。

 

「遥か彼方、貼るか体! ピタッとあなたの温もりに、『彩葉流歌(イロハルカ)』……イロハって呼んでや。よろしゅう」

 

 遠くを指さしたかと思えば両手をぱんと叩いて音を立て、続いて髪をふわっとかき上げ、最後に人差し指を口元に持ってくる……という一連の流れを終えると、彼女は余韻を残さず、普段の調子で笑いかけてくる。

 

「よ、よろしくお願いします」

「まあそう気張らんでええよ。レジスタンスやる時は本気やけど、うちらそれっぽくやっとるだけやし。楽しくやろや」

 

 肩をぽんぽんと叩かれた。距離の近さはトットポップといい勝負だ。暖色系で暖かそうな見た目だけあって、体温が高いのだろうか、触れられたところが熱い……と思って肩を見ると、そこに何かが張り付いている。熱の正体がその物体だと気がついた途端、トーチカは慌てて剥がした。

 

「!? イロハさん!? こっ、これ」

「あっははは! うちの魔法で貼るカイロや。あったかいやろ?」

 

 曰く、イロハの魔法は触ったところにカイロを貼るというものらしい。だんだん寒くなってきた時期だから、丁度いいかもしれない。やや肌寒いし、手に持っておくことにする。

 

「最後、エンプリやな」

「う、うんっ……」

 

 イロハに背中を叩かれ最後の一人が立ち上がる。コスチュームのところどころについた鍵や錠前からして鍵関係の魔法少女なのだろう。彼女はちらりとトーチカを見て、またすぐ下を向く。

 

「その……『エンタープリーズ』……です」

 

 そうとだけ言うと、エンタープリーズは座ってしまった。いんくがあれ?という顔で見て、イロハがちょいちょいと背中を叩き、最後にサッキューがエンプリちゃん?と呼びかけて、ようやく思い出したらしく、急いで立ち上がっていた。

 

「そ、そのっ! 魔法は、『どんな扉でも開けられる』……魔法です。その、金庫破りとか不法侵入に向いてます……はい」

 

 見た目と態度に似合わず、かなりの盗賊魔法少女だった。

 

「なー、前に銀行襲撃した時はすごかったもんなぁ」

「エンプリちゃんが銀行の中片っ端から開けて、もううちら大金持ちだったもんねー」

「え、えへへ……」

「ふふん、私の部下だからな」

「いんくがようわからんことに使って大半ないがな」

「なっ! うるさい! 経費だぞ!」

 

 和気あいあいとして、レジスタンスもイロハの言う通りゆるくやっているのというのも本当なんだろう。その思い出話の内容が銀行強盗でなければ、素直に笑っていられたんだけどな。

 なんてトーチカが気を遣った苦笑いを浮かべている中、ピンポンの音が響く。イロハが素早く応対し、あのレジスタンスだとバレバレになるだけの合言葉で確認すると、遅れたトットポップが、案の定悪びれる様子は一切なく、むしろにこにこしながら入ってくる。

 

「トットポップ! 遅刻だぞ」

「いやいや、ごめんなのね。ちょっとお仕事の連絡がね」

 

 お仕事、という響きに、いんくが目を剥く。

 

「まさか、上層部から!?」

「え、次の銀行の情報とかが来たのかな」

「ついに魔法の国と決戦だったりして」

「それはさすがにないやろ。まあええとこ要人の拉致とか」

 

 ざわめくレジスタンス魔法少女たちと呆気にとられるトーチカに向かって、トットポップは無邪気ににっと笑みを浮かべ、机にばんと手をついた。

 

「次の目標は……監獄。魔法少女刑務所にカチコミなのね」



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第39話『革命の前に』

 ◇トーチカ

 

「監獄……だと? まさか、その話は立ち消えになったのでは……」

 

 驚愕するいんく。監獄、魔法少女刑務所……言葉の通りだとすれば、悪い事をした魔法少女が捕まる場所、という感じか。超常の力を持つ魔法少女を収監しているくらいだから、それはもう厳重なんだろう。

 そしてトットポップ曰く、その『監獄』には彼女の元師匠も収監されているらしい。何をやらかしたのかまでは教えてくれなかった。

 

「今回はアメリカに飛ぶのね」

「アメリカ!」

「えっ……」

「あぁ、トーチカちゃんは新人さんだからゲート使ったことない系だもんね」

「ワープゾーンみたいなのがあるのよ」

 

 日本から1歩出たこともないトーチカにとっては衝撃の話だ。魔法少女なんてものが存在する時点で何が起きてもおかしくないが、まさかどこぞの未来のロボットが持つドアが実在するとは思ってもみなかった。飛行機でも船でもなく魔法の力でこっそり入国して、またここに逃げ帰ってくるというプランになるらしい。もはや海外旅行ではなく、侵入である。

 

「アメリカ……アメリカか。まさか……第4か」

「第4? いんくちゃん、何か知ってるの?」

「いや……その、かつての上司というべきか、以前革命軍……我らレジスタンスの上層部にいた魔法少女がそこに収監されたと聞いたことがあってな」

 

 事情を知るらしいいんく以外は揃って首を傾げており、他のメンバーたちはそのかつての上司とは会ったことがないらしい。

 

「でも魔法少女監獄の警備ってすごいんでしょ? 封印も厳重だって」

「今は警備が手薄で、内通者がなんとかしてくれるみたい」

「エンプリちゃんなら開けられるんじゃない? 金庫の時みたいに!」

「えっ、で、でも、魔法の封印扉なんて、開いてくれるかどうか……」

「まあまあ、なんとかなるやろ。ほら、もうメンバーはうちらだけやないし?」

 

 イロハの言葉で、全員の目線がトーチカに向いた。意味がわからずきょとんとして、自分を指さし首を傾げてしまった。

 

「せや。なんでいんくがあんたをスカウトしようとしたかわかるか?」

「……ごめんなさい、わかんないです」

「そっか! ほな教えたって」

「押しつけか……いいだろう。君の魔法は、色々なもののレシピがわかるというものだそうじゃないか。それを、魔法でできたものに使ったらどうなる?」

「……やったことがないのでわからなくって」

「そこだ。例えば」

 

 いんくがポケットから取り出したのは釘のようななにかだ。魔法のアイテムなんだろうということは状況から察して、試しに魔法を使う。傍から見ればただの釘か杭かでしかないが、トーチカの水色の瞳を通せば──。

 

「っ……!」

 

 レシピを見ようとした途端に頭の中に流れ込んでくるのは、コロッケのように材質じゃない。トーチカが触れたことなどないはずの理論、儀礼、技法が、何語かもわからない詠唱が、記憶の中に紛れ込む。目の前に、魔法少女のそれとは違う『魔法』を使う映像が幻視され、気がついたのはトーチカを呼ぶトットポップの声がして、だった。

 

「杭自体はただの杭だ。だが……見えたか?」

「……はい。魔法がいくつも組み合わさって……魔法を養分にして植物が成長する、っていう術式になってます」

「ほう! ははっ、なるほど、できるのか、そうか」

 

 いんくは目を見開いた後、にやりと悪い笑顔になって、トーチカの手を取った。いんくの紫がかった黒の瞳と目が合って、輝きに満ちた視線に晒される。

 

「これでやる気のない上層部の手すら借りる必要はない。仕組みが解るということは解体も容易いということ。行こうトーチカ。魔法の国に、恐怖を解き放ってやろう」

 

 恐怖──その言葉に、トーチカは己が巻き込まれようとしているものの重大さに踏みとどまった。頷くのも返事をするのも止めて、いんくを見る。すっかり気分の良くなったいんくは笑顔のまま首を傾げる。そこへ声をかけてきたのはサッキューだった。

 

「どしたの、トーチカちゃん」

「いや……僕はその、革命をしたいんじゃなくて……姉のことを知りたいだけなんです」

「なに?」

「んー、そっか。じゃあ、こうしようか、いんくちゃん」

 

 サッキューがいんくに向かって、後は任せてと言わんばかりのウィンクを飛ばす。

 

「トーチカちゃんのお姉さんは、たぶん1年前の事件に巻き込まれてたんだよね」

「……はい」

「そういう情報は一般魔法少女には公開もなにもされてないし……むしろ、偉い人の不祥事なら隠されちゃってるかも。つまり、情報を握ってるところを革命しちゃおうって感じでどうかな?」

「っ……」

「あ、あの、実は……」

 

 小さく手を挙げたエンタープリーズは、控えめそうながらわざわざサッキューのすぐ隣へ来て、後出しで付け足してくる。

 

「さ、サッキューちゃんの言う通り……で」

「隠蔽されてるってやつ?」

「う、うん、調べようとしてたんだけど、うまくいかなかった……よ? 誰が死んじゃったのかもわからなくって……その、伝えようとは思ったんだけど、タイミングがなくて」

 

 疑うのは簡単だが、会話の苦手そうなエンタープリーズなら、本当にタイミングを失っているということだって有り得た。トーチカは口ごもり、次に口を挟んできたのはイロハだった。

 

「……とまあ、そういうことやな。うちらと来るしかないやろ?」

 

 この先に行けば後戻りはできない。少なくとも、チェルナーの手を取ることはできないだろう。トーチカのこの先は、これからずっと追いかけられるか、その刑務所に一緒に捕まるかだ。

 それでも。姉のことは、突き止めなくちゃ。生まれた躊躇を、建原智香の頼りない笑顔でかき消して、頷いた。

 

「……その情報だけは必ず手に入れさせてください」

「もちろんだ。革命は全てをひらく。情報も開かれるべきだ」

「なんでも開くって、エンプリちゃんだね」

「ふぇ? ど、どういうこと?」

「適当言っとるだけやないかい」

 

 胸を張って持論を述べるいんく、何も考えずにとりあえず口を開くサッキューに困惑するエンタープリーズ、そしてため息混じりに苦笑するイロハ。バラバラの皆が一様にガスマスクを手に取り、その様を眺めるトーチカに、トットポップから同じマスクが手渡された。

 

「これ、トーチカちゃんの分」

「……ありがとう、ございます」

「お姉さんのこと、わかるといいのね」

 

 トットポップの人懐っこい笑顔が、ガスマスクの奥に隠れた。トーチカもそれに倣って、ガスマスクを装着する。確かにちょっと息苦しいし、視界が狭くただ不便だ。ただ、レジスタンス活動において顔を隠さなければならないのはなんとなくわかる。トーチカはその息苦しさに、覚悟を決める。

 

「それでは作戦会議を始めるのね!」

「おー……お? あれ?」

 

 どうやらまだ出発は先らしい。じゃあなんでガスマスクしたんだろう。トーチカにはわからなかった。



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第40話『監獄突入!』

 ◇トーチカ

 

 作戦会議から数日が経ち、上層部とやらから指定された日がやってきた。トーチカたちレジスタンスは6人でまとまり、拠点のボロアパートを発った。

 といっても、軍服にパンクファッションならまだギリギリ、いや目立つが、下着同然の格好にガスマスクなんて姿で往来を歩けるはずもなく、外套で魔法少女とわからないようにしたうえで、屋根の上を警戒しながら移動している。

 

「こっちなのね」

 

 レジスタンス組織上層部が用意したゲートを使い、魔法少女監獄『第四宿舎』へと移動する──そういう手筈の通りに、ゲートのところまでやってきた。都内某所、一見して何の変哲もない、無造作に積み上がったガラクタたち。だが試しにトーチカの魔法を通すと、また杭の時のように、その時よりも激しく、脳内に大量の情報が流れ込んできた。思わず気分が悪くなって頭を押さえたトーチカの様子を察し、サッキューが背中をさすってくれる。

 

「あんまり無理しないでね? ほら、イロハちゃんのカイロ使う?」

「お、うちの出番か?」

「あはは……ありがとうございます、まだ平気です」

「あまり魔法の解析をしていると目をつけられるかもしれないな。ハハハッ! レジスタンスの時点で目をつけられないはずもなかったか!」

「い、いんくちゃん……声大きいよ……」

「まあまあ。誰か来ても飛び込んじゃえばヘーキヘーキ」

 

 最も上層部との連絡を取っているはずのリーダー・トットポップが投げやりな発言をするごとに、トーチカが最も緊張する。大丈夫なんだろうな、と思いつつ、当人はゲート起動のための操作を行っていく。起動自体はあっさり終わり、あとは定刻まで待機。緊張が高まる中、他のレジスタンスメンバーはどこか浮き足立った様子で、不安は加速した。

 

「そろそろ突入時間なのね」

「あぁ! 高鳴るな。ここから我らの革命が始まる……!」

「レッツゴー! なのね!」

 

 さっきよりは声を落としているうえガスマスクにこもっているおかげで、最もテンションが高まっているいんくの声も、それほど響かずに済んでいた。幸い目撃者が出ることもなく、トットポップの合図で次々とゲートに飛び込んでいく。視界が光に包まれ、その先へ。思わず目を閉じ、開くと、そこは既に黴臭くて暗い、牢獄らしいコンクリートの廊下が伸びていた。

 

「ここが……」

「こっからは全速前進! 作戦通りに、スピーディーに、なのね」

 

 事前の打ち合わせの通り、魔法少女部隊が目指すのはとある囚人の繋がれた牢獄だ。地図は共有されたものに目を通してある。警備が手薄な時を狙ったというだけあり、人の気配はほとんどない。それは同時に魔法少女監獄の異常性でもある。通りがかる独房にさえ、誰もいない。中央に魔法陣があるだけだ。あの魔法陣が封印の術式なんだろう。軽く見ただけでも、これが拒絶、肯定、拒絶と魔法陣が組み上がっている、これまでの2つとは比べ物にならないくらい複雑な魔法が使われているのがわかる。

 

「こっちだ!」

 

 足が止まりかけたのを、トーチカのすぐ前を走っていたいんくが引っ張り、さらに奥へ。その道中でついに看守らしき魔法少女が歩いていたのを発見した。ここはイロハが、固有魔法で出現させたカイロを投げつけ、熱の力を過剰に発揮させて爆発させる。パァンという破裂音がその少女の後頭部で炸裂し、強かに頭を壁にぶつけた彼女は昏倒した。

 そして騒ぎになる前にとより急いで駆け出し、何度も角を曲がって、ようやく着いた。

 目的地には目的地らしい特別な目印はない。囚人に振られた番号だけだ。格子扉の鍵はエンタープリーズが「お願いします」と囁くことであっさりと開き、狭い部屋の中に入って、皆が並ぶ。

 

「トーチカ、頼む」

「……はい」

 

 まずはトーチカが封印のつくりを解析する。魔法のレシピを見るのも3つ目。脳が少しだけ魔法に慣れたのか、複雑で難解で頭痛がするが、それでも高度な魔法を脳にいきなり解説されても気絶せずに済んでいる。そしてそれを頭の中でなんとか自分なりに整理できたら、皆に伝える。

 

「C案でお願いします」

「封印解除、配置はC案を採用! みんな、配置につくのね!」

 

 C案は鍵開けの魔法であるエンタープリーズよりも、内部に熱エネルギーを送り破壊工作をできるイロハ、そしていんくが持つ杭を軸に添えるプランだ。

 

 まずはエンタープリーズが手を合わせ、封印へと干渉を開始した。格子扉のようにあっさりはいかず、彼女の腰から伸びるネズミのしっぽが緊張にぴんと立っていた。

 続くいんくは筆を振るって、魔法少女たちの体にオレンジの塗料を付着させ、魔法の力を強めていく。

 そこでサッキューが魔法のストローを口元に添え、息と一緒に魔法陣の中にある力を吸い上げて、それをエンタープリーズとイロハに分配する。

 そして強化を受け取ったイロハがカイロを魔法陣に貼り付け、また熱エネルギーを送り出す。魔法陣とカイロをくっつけて同一化させ、一緒に破裂させる作戦だ。

 

 ここに、いんくが先日の、魔法がかかった杭を投げて突き刺す。そこから植物が根を張り、さらに奥へと根を伸ばす。これでより奥まで力が伝わる。そして、その時が来るのはすぐだった。パキパキと音がして、大きく膨らんでしまったカイロごと、パァンと破裂し──途端、周囲に色彩が溢れ出した。

 いんくが何かをしたわけではない。視認できるほどに強い魔法の力が外に溢れ出ているのだ。空間が色彩でぐにゃりと歪み、自分が立っているのかも曖昧になり、そこで何かが割れる音がした。封印最後の砦が壊れたらしい。見守るうちに集束が始まり、色彩は吸い込まれるようにひとつの光となり、光の中に人影ができていき、そして彼女はそこに現れた。

 

 輝く満月の黄色と、夜空の落ち着いた紺の二色の衣装。ふわりと広がったスカートや華美な装飾、頭の丸い黄色の飾りから、アイドルめいた姿だなと感じる。同じ魔法少女であるトーチカと比べてもより整った線の細い顔立ち。ゆっくりと開かれた両眼には三日月形の瞳孔。それが光を取り戻し、きらっと光って、周囲のガスマスク軍団を見回した。

 

「ん……はぁ……あれぇ? ぼく、生きてる?」

「お迎えにあがりました、マッド=ルナ様」

「あっ! いんくちゃんだ! わーい!」

 

 無邪気に喜び、手を振っていんくに駆け寄る魔法少女。彼女がかつてのレジスタンス幹部、マッド=ルナだというのか。幹部というにはこう、雰囲気がトットポップに近い。

 

「やーやー。トットはトットポップっていうのね」

「トットちゃん! よろしく! うん、いんくちゃんを連れてきてるってことは、身内だね。どうして今更ぼくを?」

「お上から声がかかったのね」

「ふぅん……まあいいや。ね、きみたちがぼくの封印解いてくれたんだよね。同じこと、まだできる?」

「えっ!?」

 

 こっそり侵入し、ルナを解放し次第すぐさま切り上げる。そういう作戦だったはずが、ルナはまだ解放させようとし始めている。

 

「ここ第四宿舎だし、そんなビッグネームはいないだろうけど。ここにいるような極悪魔法少女たちなら、戦力としては申し分ないよ」

「そんなこと言ったって、時間の問題が……!」

「怖い人たち来ちゃうのね」

「まあまあ。多少の騒ぎくらいなら、起こした方がよくない? この分だと、誰も来ないっぽいし」

 

 道中で気絶させた看守が目を覚ましたり、気絶しているのを発見されたらまずい。というのに、むしろ追手が現れるのは当然として、ルナが急ごうという気配はない。

 

「一応お上から助っ人が来るとは聞いてるけど……まさか、思いっきりやりあえって意味だったのね?」

「だろうねー。ぼくに好き勝手またやってほしいんだっていうなら……ここに仕舞われてる魔法少女が大量脱獄、くらいのインパクトで応えなきゃ。ね、いんくちゃん」

「っ!? は、はい」

「ってなわけで、行ってらっしゃーい」

「……っ、い、行くぞ! 皆!」

 

 ルナに促され、いんく始め4人組はぞろぞろと独房を出ていった。すぐ後に隣の独房の扉を開く音がする。あとは封印の解除は同じ手順で済むだろう。トーチカの役目は終わっている。呆然と、トットポップともう打ち解けたように話しているルナの横顔を見ていた。そして、それが気づかれる。

 

「きみは?」

「えと……トーチカ、です」

「トーチカちゃん! 魔法とか、教えてよ」

「……物のレシピがわかる、ってやつです。今回は魔法の解析をさせてもらってて」

「そっか! あー、あの魔法陣? すごく複雑なやつだと思うんだけど、それを分析しちゃう魔法ってことね。ふぅん? 魔法使いに吠え面かかせるにはいい魔法かも」

 

 トーチカの眼前にルナの顔が迫る。じっと目を合わせられ、見られていると恥ずかしくなって目をそらす。しかしぱちんとルナが指を鳴らすと、何かの力が強引にトーチカの視線をルナに戻し、無理やり見つめ合わされた。そして彼女は何かを思いついたようで、にっと笑ってみせる。

 

「きみの魔法で、人間って作れるのかな?」



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第41話『看守のお仕事』

 ◇フィルルゥ

 

 フィルルゥは魔法少女刑務所に務める看守である。この日、アメリカの某所にある第四宿舎にて、普段通りに勤務中であった。

 全く普段通りとは少し違う。急に欠員が出て、今日は人が少ないな、と思いつつもいつも通りに働こうとしていた、というのが正しい。そして大抵の場合意味の無い、封印刑をくらっている連中の区画を見回り中、見つけてしまった。同僚が倒れている。

 

「だ、大丈夫……ですか?」

 

 恐る恐る声をかける。返事はない。見た限り外傷は額の擦り傷くらいで、息もしている。思いっきり殴られて気絶させられた、といったところか。フィルルゥは警戒心を抱き、壁に向かって、己の魔法であるところの糸を伸ばした。僅かだが、壁から伝ってくる振動がある。看守として、刑務所の運営は円滑に、平穏に。不穏の芽は摘む必要がある。最悪、事が起きていたらフィルルゥが失職する、なんて未来さえ有り得るのだから。

 こちらの区画にいる同僚は、恐らくこの気絶している彼女くらいだろう。彼女の頬を軽く叩き、それでも起きないことを確認したフィルルゥは、単身奥へと向かう覚悟を決めた。脱獄囚がいたらどうしよう。容赦はするなと言われているが、フィルルゥ1人で、刑務所にぶち込まれるような極悪非道の魔法少女を相手にできるのか。できなくてどうする。

 ぐっと、手の中に魔法の糸の端を握り込む。勘づかれぬよう息を殺して進み、何度目かの通り過ぎようとした時、気がついた。扉が開いて、魔法陣が壊されている。……脱獄事件だ。上司に連絡をと端末を起動し、通話が繋がらず、早々に諦めて先を急ぐ。駆け出して、人影が見えて、近くの独房に飛び込み物陰から様子を窺う。

 

「あれは……」

 

 中心に立っているのは、月とアイドルの魔法少女、マッド=ルナ。確か魔法の国に反抗する反体制派の魔法少女だ。その周囲を、見知らぬ魔法少女1名、どこかで見たことのある気のする魔法少女1名、そして複数名の囚人魔法少女が囲んでいる。ここから見ただけでも、キュー・ピット・アイ、華刃御前……炎の湖フレイム・フレイミィまでいる。

 フィルルゥたった1人であれを相手するのは不可能だ。今は戻って応援を呼べるように逃亡を。

 

「はぁ、はぁ、疲れた……疲れた……」

「うるさい! みんな疲れてるんだ!」

「うちよかマシやしA案よりマシやろ」

「エンプリちゃん、大丈夫? ハグする?」

「するぅ……」

「あぁこらサッキュー、甘やかしすぎやって」

 

 いくつか壁に繋いでおいた糸が会話を拾ってきた。同僚の声ではない。囚人魔法少女と職員の双方に『エンプリ』『サッキュー』に該当する者もいないはずだ。よって、侵入者には違いない。あとはフィルルゥで鎮圧できるかの問題だ。隠密での行動を続け、独房を覗く。彼女らガスマスク4人組は油断しているらしい。こちらから仕掛けるなら、可能性はある。

 

「はい、ぎゅ〜っ!」

 

 小悪魔の魔法少女が鍵の魔法少女を抱きしめている。鍵の魔法少女は蕩けた顔をして、癒されているらしい。ネズミのしっぽがぶんぶん振られている。残る冬服魔法少女と画家魔法少女もそちらに気を取られており、これは好機だ。フィルルゥは片手に魔法の縫い針を4本用意し、そして陰から放つ。この縫い針は痛みを感じさせずに縫うことができる。気づいた頃にはもう遅い。

 

「えへへ、サッキューちゃんいい匂い……」

「でしょー? ほら、でもそろそろ続きやらなくちゃ」

「うん……あれ? 動けなっ……?」

「エンプリ? なんや、あんたサッキューにくっつきすぎやないの」

「違っ……」

「あれ? あたしももしかしてこれ縛られてる?」

「なんだと? 仕方ない、手を貸してうわーっ!?」

「は? なに転んどるんや。いんくまでふざけてるんとちゃう──ッ!?」

 

 フィルルゥは飛び出した。鍵と小悪魔はハグのまま糸でぐるぐる巻きにしてある。画家は今、足をひっかけて転んだ。その瞬間を狙って床に縫い付けてやる。残った冬服がフィルルゥに振り向いたが、既に投げつけた縫い針がすっと肉体をすり抜け、彼女に糸を通す。咄嗟の抵抗でカイロらしき白い物体を投げつけてきて、それが赤熱して爆発してくるが、こちらが回避している間に何をできたわけでもなく、次のカイロを投げつけてきたところでフィルルゥが彼女に通した糸を引っ張り、頭上に手首が揃えて縛られた。これで次の投擲もできない。

 

「な、なんなんや、これ!」

 

 何なのか問いたいのはこちらの方だ。魔法少女4人組を拘束したが、まだ脱獄囚たちが残っている。フィルルゥは額の汗を拭い、上司は諦め監査部門への連絡を優先するため端末を手に取る。通話をかけ、耳元に当て、幸いにもこちらは繋がり、「はい、監査部門です」の声が聞こえたその瞬間、手元の端末が何かに弾き飛ばされた。

 

 ──手裏剣?

 

 床に転がったフィルルゥの端末には手裏剣が突き刺さり、バチバチと火花を散らしている。つまりもう援軍は呼べない。そしてこの手裏剣、脱獄囚の中に忍者がいた覚えは無い。つまり恐らくは、これも侵入者。そう思っているうちに、赤いマフラーをした忍者姿の魔法少女が姿を見せた。その姿を見るなり、助っ人だ!と拘束済みの魔法少女たちが歓声をあげる。

 忍者の魔法少女は纏う雰囲気からして彼女らとは違う。怒りだとか使命だとか、なにかに燃えている目をしている。彼女と真正面からの戦闘は厳しいと判断し、口を開く。

 

「っ……わかっていますか、今やっていることが……社会を脅かすことだって」

 

 忍者は何も言わず、忍者刀を構え、動き出したのはフィルルゥとほぼ同時だった。あちらの方が迅い。両手の間に魔法の糸を展開し、即席の布にして刃を受け止める。束ねれば魔法少女の刃にも負けないのがフィルルゥの糸だ。受け止めたのを押し返して、すぐさま縫い針を忍者刀に通し、ぐっと引いて後方に吹っ飛ばした。そのまま接近戦に持ち込むべく踏み込み、回し蹴りを放つ。ひらり避けられてもこれが本命ではない。振り返りざまに忍者の体に糸を通し、反撃に投げられる手裏剣は躱し、さらに抑え込もうとしたところ、一周して戻ってくる手裏剣に今しがた通した糸を切られた。精度が高すぎる。いや、これこそが彼女の魔法なのか。

 目を見張った瞬間の側頭部に殴打を喰らい、フィルルゥはよろめき耐える。体制を整える振りをして組み付いてやろうと飛びかかり、回避されても肩に掠めた縫い針が糸を残す。その糸を手繰れば忍者は引っ張られ、その手にあった手裏剣が離れた。彼女を背負い、受け身も許さず床に叩きつけてやる。侵入者に容赦はいらない。

 

「ッ……!」

 

 忍者から吐息が漏れる。すかさず次の糸で床に縫い付けようと動き、振り返って馬乗りになろうとした時、先程手から離れただけの手裏剣が部屋の隅に金属音を鳴らした。一瞥をする意味もないと切り捨てて、複数本の縫い針で忍者を制圧し、振り向くと、そこには自由の身となった冬服の魔法少女と、その手には大きく膨らんだカイロ。

 

「助っ人さんの方が一枚上やったみたいやな」

 

 フィルルゥに向かって投げられたカイロが爆発し、衝撃を喰らって独房の外にまで吹っ飛ばされた。廊下の壁に背中から激突し、大きく咳き込む。まだ意識は明瞭、戦えはする、が。忍者と冬服が追ってきて、そのうえで廊下の奥からも足音がして、制圧しきれなかったことに歯を食いしばるしかなかった。

 

「げっ! フィルルゥちゃん!」

「え……あっ! 思い出した、あなた、監査部門の!」

 

 マッド=ルナ率いる脱獄囚の行軍に混ざっていた、パンクロッカーな格好の魔法少女。以前フィルルゥが監査部門にて講習を受けた際に担当になった、部門の魔法少女……のはずだが。なぜ監査部門の内勤が、こんなところにいるのだろう。しかも、脱獄囚の手助けをする形で。

 

「トットちゃん、お知り合い?」

「えっとえっと……まあそんなところなのね」

「トットキークさん、監査部門のあなたがどうして」

「トットキーク……? ポップじゃなく?」

「その、色々あったのね。監査部門に潜入している時にちょっと、ね」

 

 トットキークは変な汗を流していたが、マッド=ルナはふぅん、とあっさり流し、フィルルゥの横まで、戦闘態勢に入ろうとすらしないまま歩み寄ってくる。肩で息をしながら呆気にとられるフィルルゥ。吹っ飛ばされてきた独房の方向を見て、魔法少女が3人拘束されているのを見たマッド=ルナはぐりんとこちらを振り向くと、愛らしくも狂気の笑顔で言った。

 

「いいこと思いついた。きみ、人質決定ね」

「っ……わかり、ました」

 

 これだけの相手を前に逃げられるとは思えない。マッド=ルナの背後にはまだまだ凶悪な魔法少女たちが控えている。下手なことをすれば殺すと宣告するかのような笑顔を前に、フィルルゥは看守だというのに、脱獄囚の一行に加えられてしまったのだった。



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第42話『歪む月の欲しいもの』

 ◇トーチカ

 

 魔法少女監獄への襲撃から引き上げ、レジスタンスは多数の脱獄囚を生み出した。当初の目的であった、元レジスタンス幹部『マッド=ルナ』のみに留まらず、手当り次第に解放し、連れ帰り、最後に看守を拉致して人質として撤退した。

 結果としてレジスタンス魔法少女たちはさすがに大所帯になり、あのボロアパートには詰められそうにない。そこで、かつてマッド=ルナが使用していたという別のアジトへと移動することとなった。監獄突入の時のように隠しゲートを使い、アジトへ到着。外見は廃墟だが、内部に入ると無機質で広い空間が広がっている。

 

「わお! こんなところがあったのね」

「あのボロアパートともおさらばだねー!」

 

 トットポップとサッキューが真っ先にはしゃぎ出した。確かに広い。マッド=ルナは何かの魔法──トーチカがレシピを覗き見たところ、結界だった──を起動し終えると、好きに使っていいと伝え、皆がわっと散っていった。トーチカも適当な部屋を確保して休もうと思って歩き出して、数歩目でルナに呼び止められる。

 

「おーい! トーチカちゃんはこっち。おいでー」

 

 ルナは奥へ奥へと案内してきて、さらに奥、魔法のシャッターで閉ざされている向こう側までトーチカたちを連れていく。一緒になって歩かされているのは、助っ人に寄越されたという忍者だけだ。彼女は全く喋らない。トーチカも黙って、るんるん歩くルナについていくしかない。

 

「あーそうだ。トーチカちゃんにはリップルちゃんのこと話してなかったね。この子、リップルちゃん」

「……」

「クラムベリー最後の試験の生き残りなんだよね。そうそう、『魔法少女狩り』の……トーチカちゃんのお姉さんが亡くなった事件? だっけ? を解決したあの人のお友達だって」

 

 忍者の魔法少女はリップルという名だそうだ。ルナの言うところまで間接的だと身近には思えないし、それで事件のことを知ってはいないだろう。単純に、レジスタンスの仲間、と思えばいいだろうか。リップルの横顔に目を向けても、彼女は何も言わない。互いに無言のまま、軽い会釈だけをした。

 

「リップルちゃんは誰に言われて来たんだっけ?」

「……知りませんし、言えません」

「あはは! そりゃそーだよね! まあ、大方レジスタンスってよりかは、もっと別の……口の上手い偉い人にひっかけられた、って感じだと思うけどー」

 

 ルナの言葉に、リップルは固く口を結んだ。

 

「着いたよ。ここ」

 

 ここでルナによって、奥の奥にあった部屋に通された。中は埃を被ったよくわからないガラクタでいっぱいで、レシピを盗み見する気も失せる雑多具合だった。その中央に、ちょうど人がひとり入る棺のようなカプセルが安置されている。マッド=ルナが蓋にかかった埃を払い、見えるようになった中には、この廃墟でありながら、安らかに目を閉じる黄金色の少女の姿があった。

 

「この子はとある魔法使いが生涯をかけた理想の結晶。そして、ぼくの友だちだった魔法少女」

 

 ルナが何かの機械を操作すると、ぎぎぎぎぎ、と軋む音を立てながら棺のガラスの蓋が開き、彼女は眠る少女に頬を寄せた。

 

「反体制派といってもいくつもあるけど。ぼくみたいな連中は、この子の名前を使って『マリア派』を名乗って、魔法の国を排斥しようとしてた。ま、ぼくが捕まるちょっと前に、マリアちゃんが死んじゃったんだけど」

「……死んで、るんですか」

「うん、死んでるよ。触ってみる?」

「い、いや……」

 

 即答で断る。知己だとしても、躊躇なく遺体を触れるルナに驚きだった。そして続く言葉に、トーチカはまた目を剥くことになる。

 

「初めましての時に言ってたやつだよ。この子のレシピを考えて欲しいんだ」

「……え? いや、僕の魔法を、その、亡くなった方に……?」

「できるんじゃない? 作り方がわかるんでしょ。やってみてよ」

 

 そんなことを言われても、人間の作り方、つまり受精の仕組みか、人間を魔法少女にする方法が見えて終わるだけなんじゃないか。そうは思っていても、やれと言われたらやるしかない。心の中でごめんなさいと遺体の少女に謝りつつも、その遺骸に魔法を使う。まず見えてきたのは、初めに思っていた通り、理科の授業みたいな人間の発生。次に、マスコットとの契約や特殊な薬品を用いたものなどの魔法少女のなり方。どちらも想像の域を出なかった。

 

「どうだったー?」

「……この人を甦らせるやり方はありません」

「そっか。でもそうじゃなくてさ」

「え……?」

「この子をもう1人作るやり方……っていうかな。見様見真似、でどう?」

 

 ルナにそう言われ、トーチカは意識しながら魔法を起動させた。

 ──人間の作り方、ではない。魔法少女にする方法ですらない。トーチカの頭の中で、いくつもの候補からレシピが絞り込まれていき、トーチカにもしかしたら可能かもしれない手法だけが残っていく。死者の蘇生そのものでなくとも、再現ならば──方法が、出来てしまう。必要なものは魔法のアイテムと、材料になる魔法の血肉、そして儀式。魔法少女の死体をもう一度魔法少女として動かす、禁忌の人形。

 

「っ……はぁ、はぁ……っ!?」

 

 これ以上は見たくないと無意識がリミッターをかけて、トーチカの魔法は途切れた。それを見たルナが、今度は満足そうに、見えたでしょ、と続けた。

 

「っ……はい。魔法少女の死体から……その魔法を再現する……」

「ぃよーし! 聞いた? リップルちゃん。みんなでそれを作ろう! そんなものができたら、魔法の国もひっくり返せるよね!」

 

 ルナは嬉しそうにくるくると回って、トーチカの手を取り、無理やり踊りに連れ出した。歯噛みしながら見ていたリップルにも、その手が伸ばされる。

 

「死者を再現する方法が本物だったなら。大切だった人も帰ってくる。きみにとっても、きみのお友達にとっても嬉しいことだよね。トーチカちゃんのお姉ちゃんもそう」

「……」

 

 リップルは手を取らない。ルナを無言で睨み返した。ルナはその反応にひとしきり笑って、トーチカのことを振り回すと、急に手を離した。トーチカはバランスを崩し、危うくガラクタの山に突っ込むところだった。

 

「はぁ。ふふっ、全くもう、支援者さんったら。せっかく寄越してくれた子、笑ってくれないんだけどー」

 

 リップルではなく、リップルの背後にいる権力に向けた独り言で、けらけら笑うルナ。棺の傍らをステージに見立てて踊る彼女は、壊れかけの照明が妙に美しく照らしている。

 

「さて。トーチカちゃん。材料リストをつくってほしいな。主に何が必要そうかな?」

「えっと……魔法のアイテム、ですね。魔法の国が作ったものというよりは、魔法少女が持っているような、固有アイテムというか」

 

 こうなったらとことん協力してやる。そんな決意のもと、トーチカはルナの求める答えを躊躇わずに吐く。ルナがそれを受け、んー、と頭を捻る。

 

「そっかー、じゃあ……まずは人事部門に行って魔法少女の名簿を貰っちゃおう。情報局に行くのは大変だしね。よぉーし、それじゃあ作戦考えなくっちゃー。あ、話終わったから、あとはふたりとも自由行動でいいよ! 解散!」

 

 既にルナの頭にはいんくたちのことすらない。トーチカの姿でさえ眼中に映ってはいないだろう。彼女が見ているのは最終目的ばかりだ。トーチカもそうあるべきなのか。リップルは何も言わずに部屋を後にする。それについて歩き、外に出た。

 

「あ、あの、リップルさん」

「……あの女は危険」

「えっ、いや、確かに……あの、いいんですか? それでレジスタンスにいて」

「……魔法の国を敵に回してもやりたいことがある。そっちも、そうでしょ」

 

 人事部門とやらに行けば、魔法少女の情報が手に入る。魔法少女の情報の中には、姉のことも含まれているだろう。その死の真実には、近づけるかもしれない。

 トーチカにはついていくだけの理由はある。ついていかないだけのリスクは承知して、無視している。リップルだってそうなのか。無表情な彼女からは何も読み取れず、その中にある複雑な心境のレシピも、トーチカは踏み込もうとはできなかった。



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第43話『魔法少女集結Ⅰ 貴方の人形』

【MAGICAL GIRL'S──3+16人の魔法少女】
☆たま
「いろんなものにすばやく穴を開けられるよ」
☆リップル
「手裏剣を投げれば百発百中だよ」
☆スノーホワイト
「困っている人の心の声が聞こえるよ」

【Side T:Task force/Tama】
☆ノゾカセル・リアン
「思い出をフレームの中に映すよ」
☆キューティーオルカ
「空中を自由自在に泳げるよ」
☆レイン・ポゥ
「実体を持つ虹の橋を作り出せるよ」
☆ポスタリィ
「どんなものでも持ち主のもとに送り返せるよ」
☆リオネッタ
「人形を思い通りに操ることができるよ」

【Side R:Resistance/Ripple】
☆トーチカ
「なんでも作れる魔法のレシピを編み出すよ」
☆マッド=ルナ
「歌と踊りで誰も彼も振り向かせるよ」
☆トットポップ
「魔法のギターで実体のある音符を作り出すよ」
☆エンタープリーズ
「どんな扉も開いてくれるよ」
☆カラフルいんく
「カラフルな塗り絵で気分転換するよ」
☆サッキュー・ラッキュー
「魔法のストローで元気を吸い取っちゃうよ」
☆彩葉流歌(イロハルカ)
「魔法のカイロを貼って温めるよ」
☆キュー・ピット・アイ
「視線であなたを射止めるよ」
☆フィルルゥ
「魔法の針と糸でなんでも縫いつけるよ」

【Side S:Sleuth/Snow White】
☆ラピス・ラズリーヌ
「宝石を使ってテレポートできるよ」
☆ディティック・ベル
「たてものとお話できるよ」


 ◇リオネッタ

 

『例のゲームを生き残った者へ。君にはやるべき事がある』

 

 そう書き出されたメールを受け取った時、最初は感情のままメールを消してやろうかと思った。

 魔法少女の力を用いた裏稼業、汚れ仕事には何度も手を染めてきた。それでも、『広報部門』から話を寄越されるのは初めてのことだった。広報部門といえば、魔法少女のイメージアップのために、アニメなどのコンテンツを通じた発信を行う部門である。ただその仕事はそれだけでなく、知名度以上の野望を抱く者も少なくないと聞く。そんな広報部門からの話が舞い込んだ。その返事の期限は数日後とされていて、ギリギリになるまで考え続け、最後には受けることとした。

 送り主はキークが起こした『魔法少女育成計画』事件のことを知っている。それを問い詰めてやる気になったのだ。あのゲームにリオネッタたちを引きずり込んだキークは表舞台から退場したというが、生還者であるところのリオネッタには見舞いも何も無いまま。せめて犠牲者の墓だけでも教えてくれたらよかったというのに。

 

 広報部門が持つ、指定された施設──広報部門らしからぬ、医療機関めいた地味な建物へ到着したリオネッタは、その時点でいい気分ではなかった。そして、出迎えた者によって、微妙な気分が戦慄に変わる。

 

「初めまして。依頼の件でしょ。自分は見ての通りキューティーオルカ。広報部門所属の魔法少女さね」

「……っ」

「あっ、それともやった方がいい? 見たい? あーしょうがないなあ、ソロバージョンだけど名乗りやっちゃおうかなぁ」

 

 キューティーオルカ。彼女の属する『キューティーヒーラーストライプ』の名は、裏社会においてはただのアニメタイトルではない。恐怖の名だ。広報部門における暴力装置のようなものであり、正義の味方にあるまじき『応対』を得意とする。構成メンバーはパンダ、ゼブラ、ペンギン、そしてオルカの4名だ。相手にしたくないとは以前から思っていたものの、まさかこんなところで。

 

「大海原をゆく白と黒のアバンチュール! キューティーオルカ! 白と黒、どちらも正しくどちらも美しい! どちらかだけなんて、このキューティーオルカが選ばせない!」

 

 リオネッタの思考や反応を一切無視して、オルカはポーズとともに名乗り口上を高らかに述べていた。扱いに困り一瞬呆然としたが、長い前髪の奥ですごくドヤ顔をしているのはわかる。ここまで自己主張が強いと、やりにくいことこの上ない。

 

「傭兵を雇うような依頼に、オルカ1人だけを寄越すのですね」

「まあね。オルカちゃんが一番単独行動しがちだし。デイジーちゃんが事件中に残した手記がマジカルデイジーお別れ会で発表されてから、広報部門で覇権取りに行く機運が高まってるっていうか。まだ極秘だからオルカちゃんだけで動いてる、っていうか。本気でかかるとストライプどころか、キューティーヒーラーオールスターズ始まっちゃうっていうか」

 

 切っ掛けはマジカルデイジーだった。彼女の手記とその死が広報部門を大きく動かしている……と。リオネッタはデイジーとはまともな面識がないままだったが、オルカの投入はありがた迷惑といったところだ。

 

「さぁて。なんで自分がここに呼ばれたか、気になる顔してんね」

「……えぇ、まあ」

「教えたげよっか」

 

 オルカがギザギザの歯を剥き出しにして笑ってみせ、リオネッタを先導して歩き出す。その道中にあった部屋を開いたかと思うと、中に向かって一言。

 

「おーい、公務執行妨害ちゃんたち、出ておいで〜」

 

 部屋から現れたのは、虹の魔法少女と郵便屋の魔法少女だった。明らかにオルカのことを警戒している、どころか郵便屋の方はかなり怯えている。

 

「この方たちは」

「元・獲物ってとこ?」

「どういうことですの」

「訳あって捕まえ、えー、いいように使って、じゃなくて、保護してるの」

 

 2度も道徳的によろしくない表現になるところだったが、そもそもが裏稼業や半グレの魔法少女だ。脅して協力させている、といったところだろう。

 

「こっちがレイン・ポゥ。こっちがポスタリィ。まあまあ、後ろから刺されたら刺し返す感じで」

「はぁ……」

 

 つまり信頼するなと言っているのか。金を貰っているならまだ信用できるし、オルカだって曲がりなりにもアニメ化された魔法少女だ。いつ裏切るかもわからない輩と一緒にいろと。依頼主には舐められているのか。レイン・ポゥとポスタリィ、両名に軽く頭を下げられ、スカートの裾を持ち上げ片足を引くお嬢様式のあいさつで応えたら、少々の苛立ちもありつつオルカに連れられていく。オルカが立ち止まったのは、病室らしき一室だった。カーテンに覆われ、ベッドが2つほど並んでいるらしい。オルカがカーテンを、勢いよくシャッと開いた。

 

「こっちこっち。これ見て、これ」

「なにを……っ」

 

 リオネッタは目を疑った。ベッドに寝かされ、呼吸器を初めとした配線の群れに繋がれ、目を閉じたまま開かない魔法少女が、2人。ひとりはダブルサイズのベッドに、そのポニーの下半身を横たえている。もうひとりは巫女の衣装が乱れていて、その2人の顔、いや、何から何まで、ここではない場所で目にしたことのある姿だった。

 

「クランテイル。御世方那子。例の事件の被害者のうち──まだ、肉体が死んでいない魔法少女ね」

「は──」

 

 クランテイルも御世方那子も、死が現実とリンクするあの悪夢のゲームの中で死んだはずだ。あの子の、ペチカの『料理を作る』魔法の材料にされたことによって、いなくなってしまったはず。それが、肉体は生きている、と。

 いや、まさかとは思うが──ファルは『死の衝撃が心臓に負荷をかけて』死んでしまうと言っていた。それが本当のことだとしたら、ペチカに料理にされた彼女たちはその『死の衝撃』を受けていない、のか。答えはわからない。だが、クランテイルと那子に繋がる心電図は、ほんのわずかでありながら心音を示し続けていた。

 

「リオネッタ、だったね。この子達とは知り合いだって聞いてるよ」

「……えぇ。短い間、でしたが……目を覚まさない彼女らが、私への依頼となんの関係があるのでしょう」

「目覚めさせられるかもしれない方法がある。『魔法を解体する魔法少女』を確保し、彼女にキークの魔法を解体させる」

 

 なるほど、そういうことか。クランテイルと那子をわざわざ連れてきて、目覚めさせたいのなら協力しろ、と。広報部門も随分とめちゃくちゃを言う。

 ゲームの中でパーティメンバーだったとはいえ、クランテイルも那子も元は他人。金で汚れ仕事ばかり受けていたリオネッタを、そんな情を人質に協力させようというなど、ゲーム以前ならば全くの見当外れだっただろう。

 

「肉体がこうなっているってことは、行き場を失った中身が消えることさえできていないはず、というのがうちらの見解ね。うちらにとっても、その『魔法の解体』は欲しい存在になる。今回の依頼っていうのは、その子の確保だ」

「その子というのは、居所はわかっているんですの?」

「あぁ。ただちょっと、それが厄介で……ちょいちょい」

 

 オルカの指示で、ポスタリィが慌てて写真を持ってきた。何やら監視カメラの映像から切り抜いたかのような画質の写真だ。そのおかげで、写真に映る魔法少女は、リオネッタの知る魔法少女と重なって思えてしまう。髪色、顔立ち、コック帽、鶏の尾羽、全部が彼女とペチカを結びつけてくる。

 

「『トーチカ』。先日の第4宿舎大量脱獄事件に関与しているとされる未登録魔法少女だ」

「……未登録、魔法少女」

「反体制派レジスタンスがバックにいるって話も出てる。実際、レジスタンス元幹部が脱獄してて」

 

 そこから先の話はまともに頭に入ってこなかった。ただとにかく、ペチカに似た謎の魔法少女『トーチカ』の存在が、クランテイルと那子を現世に呼び戻すかもしれない。それが、私を許さないでと涙を溢して行ってしまったペチカが残した希望のようで、リオネッタは拳を握った。汗をかかない人形の中の奥で、小さなリオネッタ本体の手が汗を吹き出していた。ぐっと握りこんで、目を閉じる。

 

「えぇ、そうですわね、ペチカさん。私は貴方の人形ですもの。貴方が行ってしまった後でも……貴方の偶然が描いたように、踊ってみせます」

 

 覚悟は初めから決まっていた。あとは、手繰る糸を見つけるだけ。

 

「ああ、それと。今回はラズリーヌ? だったかな。なんか流派とも協力してるみたいでさ。あと2人来るから、よろしくね」

 

 リオネッタは何も言わず頷いた。誰が味方だろうと、もはや関係なく、頭の中にあるのは決して許すことのできないあの子のことばかりだった。



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第44話『魔法少女集結Ⅱ 合流』

 ◇たま

 

 たまは今、オールド・ブルーの下に弟子入りして、彼女の指導を受けている。たまより少し先に弟子入りしたという魔法少女と、二人一組での行動をするようにと言われ、今はその通りにしている。

 ついでに最近犬吠埼家から家出して、ラズリーヌ門下生たちの寮にもお世話になっていたり。このバディは相部屋になるとのことで、ここ1ヶ月は彼女と一緒だ。二段ベッドで同年代の子と生活なんて、憧れの一端にあった生活だ。

 

 だけど。

 

「あ、あの、ね、ノゾカちゃん」

 

 彼女──『ノゾカセル・リアン』と交わした言葉は自己紹介くらいなもので、彼女はほとんど喋ってはくれなかった。振り向いてはくれるが、無表情のまま。それがなんだか、スイムスイムのあの発言しにくい感じを思い出して、何も言えずに首を傾げられた。この所の毎日は、勇気を出しては折れる繰り返しだった。

 

 だが今日は確かな用事がある。せめてそれは伝えないと。

 

「そ、その、おばあちゃん……じゃなくて、師匠に……呼ばれてる、みたいで、私たち」

 

 絞り出した声に、ノゾカは無言で頷くと、先に行ってしまう。ちょっと待ってと言おうにも言えず、師匠の待つ部屋まで早歩きだ。歩調の早いノゾカに置いていかれないようにして、彼女に続いて部屋に入る。呼んできてと言われたのはたまの方なのに、これでは連れてこられている。

 中には、上品、としか形容できない魔法少女がゆったりした椅子に腰掛けている。

 

「き、来ました……!」

 

 彼女、オールド・ブルーはくすっと笑い、たまとノゾカにも座るよう促した。言われるがまま、おもむろに座るノゾカに続き、その隣に腰掛ける。差し出された椅子も良いクッションだった。

 

「ノゾカとは仲良くできていますか?」

 

 たまは答えを淀ませた。ノゾカはそう思ってくれているのだろうか。ノゾカの方を見ると、ゆっくり頷いていた。それを見てから、慌てて頷く。自分は仲良くしてもらえているらしい。

 

「それはよかった。共同生活にも慣れてきたころでしょう。貴女方に、任務を与えようと思いまして」

「任務……」

「先日、魔法少女刑務所からの脱獄事件がありました」

 

 たまと同じく修行をしている者たちの間でも話題になっていた。収監されていた魔法少女が多数解放され、逃亡中だ。怯える者もいたが、返り討ちにしてやると意気込む者もいた。まさかとは、思うが。

 

「任務の内容は、脱獄事件の犯人であるレジスタンス魔法少女部隊の捕獲。広報部門と協力して事にあたることになります」

「……師匠。それは、監査部門の仕事では。なぜ広報と我々が?」

 

 ノゾカの声を久しぶりに聞いた。言われてみて確かに、魔法少女のアニメ化をはじめとした事業を行う広報部門が、しかも監獄の襲撃犯という大捕り物を狙うのは不自然だ。

 

「そうですね。ただ捕まえるには勿体ない者がいる、といったところでしょうか」

 

 事情はぼかして伝えてくれない。たまもノゾカも、考えるのはそれほど得意ではない。特にたまは。悪い人を捕まえる、ただそれだけ考えていればいい……の、だろうか。こう言っただけで納得されるとは思っていなかったのか、視線を泳がせていたたまの方にオールド・ブルーは歩み寄り、たまとノゾカの頭を撫でた。

 

「えぇ、そうです。これは修行の一端でしかありませんから。健闘と、無事を祈っていますよ」

 

 そうやって柔らかく微笑む師匠を前にすると、何も言えなくなる。ノゾカと顔を合わせ、たまはうんうんと頷き、ノゾカも頷いてくれたのだった。

 

「合流の予定はこの後、午後からです。用意をしてきてくださいね」

「えっ?」

「しばらく寮から離れ、広報部門の方が活動していただくことになりますから」

「えぇっ!?」

 

 いきなりの話だった。ようやく枕に慣れてきた頃だったのに、いきなり遠征なんて。枕も持って行ってしまおうか。師匠の無茶ぶりに、何気なく手を握り、その肩をぽんと叩かれる。ノゾカだ。驚いていると、急にふっと笑った。

 

「任務、がんばろう。がんばる」

「……うん!」

 

 少なくとも、ノゾカに悪く思われている風ではなく、安心して出立の用意に取り掛かった。

 ──のだが、主に枕のせいで余計に荷物が大きくなり、なかなか用意してもらったリュックに入らず、手伝ってもらったり取捨選択を相談したりして、荷造りはふたりですることになった。

 

 そして、予定より少し遅れ、日が暮れる頃になって広報部門へと到着。たまとノゾカは想像していたより質素な建物に入り、よくわからない薬品の匂いでいっぱいの中、出迎えられる。長い前髪で目元の隠れた白黒の魔法少女だった。

 

「やあ。ラズリーヌの門下生の2人っていうのが君たちかな」

「は、はい」

「自分は、見ての通りキューティーオルカ。そう、みんながテレビで見たことのあるあのキューティーオルカ」

 

 ノゾカがおお、という感じの反応をしたので、たまの反応の前に、キューティーオルカはご満悦の顔になっていた。そしてノゾカが一言も発しないのをいいことに、名乗りやらなんやらの話を始めてしまい、たまが「あの、」と発さなければ終わらなかった。

 

「おっとと、ごめんごめん。これで揃ったってことで、改めて顔合わせしとこうかね」

 

 彼女が案内役になり、道中『公務執行妨害ちゃんたち』と『お人形さん』を呼び、会議室に通される。虹の魔法少女、おどおどした配達員の魔法少女と続いて入ってきて、最後にゴシックでロリータな格好の人形の魔法少女が入ってきて、互いに目が合った。

 

「リオネッタ……さん!?」

「……そう耳を立てないでくださいまし。仕事ですもの、こうなることもありますわ」

 

 予想外の再会だった。ゲームの終わりには戦う羽目にもなったけれど、それは事情が重なってのこと。彼女の魔法やその戦いぶりは知っている。味方にいてくれるというのは、頼もしい限りだ。取り繕って笑顔にして、リオネッタには苦々しい表情をされた。

 

「まあまあ。今回の仕事について、もっかい確認ね」

 

 目標は『トーチカ』という魔法少女。軍服めいたコスチュームにコック帽という調理兵スタイルで、金髪、鶏のような尾羽が特徴だ。最後に目撃されたのは魔法少女監獄の襲撃時で、他の反体制派の魔法少女とともに多数の凶悪犯を脱獄させた後、看守1名を拉致して逃走中、とのこと。

 行いはテロリストそのもので、この反体制派及び脱獄囚の確保も任務の一環だ。ただ、トーチカだけは他部門に渡さぬよう、と強調される。

 続いて、トーチカの写真が見せられる。監獄にあったカメラのデータだそうで、その姿を見る限り──たまにも見覚えがあった。『魔法少女育成計画』のゲームにおいて、自らの命と引き換えにゲームを終わらせたあの子だ。彼女の味方であり続けようとしていたリオネッタは、きゅっと机の上に置いた手を強く握っていた。

 

「情報が入り次第、こちらから指示をさせてもらうね。あ、いいよね? ストライプ本編でだって、オルカちゃんが司令塔になることもあったし、一番自然だよね。そうそう、第21話の時なんて〜」

 

 オルカは何か言っていたが、そこから始まった話を聞いていたのは、恐らくノゾカだけだったと思われる。虹の少女はこちらをなぜかじっと見ていたし、郵便屋さんの少女はそんな虹の少女とたまを交互に見ていた。

 



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第45話『魔法少女集結Ⅲ はみ出すクリーム』

 ◇ディティック・ベル

 

 プフレから依頼された魔法少女の確保のため、ディティック・ベルはここ2週間、ひたすら候補地に赴いて建物に訪ねるアナログスタイルで調査を繰り返していた。

 ただ今回はラズリーヌの時とは話が違っている。そもそもの候補地が広かった。さらにその容姿が他の──ディティック・ベルも知る料理人の魔法少女と被るため、個人名を知らない建物たちに聞いても、現在の居場所については分からずじまいであった。ラズリーヌの人脈は、そもそも連絡先も持っていない顔見知りばかりで、連絡をつけようにもつかないのがたくさんで、トーチカのヒントはなかった。

 だがほんの数日前、話が大きく変わった。プフレからの続報だ。アメリカの魔法少女刑務所が襲撃され、その事件に関して、トーチカと思しき魔法少女が襲撃犯の中にいた、と。ただ、あくまでラズベリー探偵事務所は探偵事務所である。凶悪脱獄犯の追跡は専門外だ。専門外のはずだった。

 

「失礼、ないようにね」

「もちろんっす。あ、ベルっち、パンケーキ頼んでもいいっすか?」

「……まだ時間あるしまあいいか。いいよ。じゃあ私も何か……」

 

 コスプレ可能であるがゆえに魔法少女が利用する定番のカフェにて、ラズリーヌと共に相席予定の相手を待つ。ついでにせっかくなのでスイーツも食べようと、軽くメニューを見て、どうせならとカロリーの高そうな、クリームがみっちみちに詰まったパンを選んだ。ラズリーヌはベリー系のパンケーキを頼んだらしい。

 

「ベリー系、好きなの?」

「ほら、あたし達ラズベリー探偵事務所じゃないっすか。だから普段食べるものもラズベリーに寄せるっすよ」

「あぁ……ん?」

「ベルっち見てると甘酸っぱいもの食べたくなるんすよね」

 

 納得しかけたが、よく考えるとどういう意味かわからない。そもそもディティック・ベルもそんなに美味しそうな衣装ではないような。首を傾げるうちに、スイーツが運ばれてくる。片方はディティック・ベルのマリトッツォ。もう片方はラズリーヌの頼んだパンケーキだ。最初は何も乗っておらず、自分でソースと生クリームをかけるらしい。絞り袋が一緒に渡され、彼女は嬉々として手を取った。

 こちらもマリトッツォを手に取り、なんとか圧縮して口に入る厚みにしながらかぶりつく。逆側からクリームがはみ出るが、これはどう対策すればいいかわからないので、はみ出たクリームだけ食べた。魔法少女のまま食べたものに関しては一切のカロリーを気にしなくていいのが嬉しいところだ。

 ラズリーヌも容赦なく、絞り袋からどんどん生クリームも盛り付けていく。

 

「スノーホワイトってどんな子なんすかね」

「……話を聞く限りでは、無慈悲で無感情だって印象だけど」

 

 これから会う相手がそのスノーホワイト、『魔法少女狩り』だ。クラムベリー最後の試験を生き残り、監査部門の外部職員として次々と魔法少女犯罪者を摘発し、とある地域の紛争を根こそぎ止めたという話もある。これより凶悪犯と対峙するにあたり、頼もしい味方となる人物だ。

 ただ、ディティック・ベルは『音楽家殺し』が普通の女の子だったと知っている。クラムベリーにさせられた殺し合いを生き残ったのが、怯えてばかりだった実例もここにある。噂の独り歩きなんだろう。

 危険に飛び込んで、悪い奴を懲らしめる。探偵や警察とは違う、ヒーローのような、憧れる生き方ではあるが──。

 

「あの」

 

 何気なくマリトッツォをかじったその時、話しかけられて顔を上げると、そこには白い魔法少女。アレンジされた真っ白な学生服に、可愛らしく花で飾られた衣装。間違いなく、今しがた待っていたはずの相手だった。時間を見ると、まだ予定より少し早いが、完全に気を抜いていた。

 かじりついたままのマリトッツォを無理やり噛み切り、咀嚼して、飲み込み、詰まりそうになって水で流し込んで、息を整えた。

 

「失礼、少々思考のために糖分を」

「ベルっち、キメてるとこ悪いっすけど口の周りクリームまみれっすよ」

「……」

 

 何事も無かったかのように口の周りのクリームを拭いた。しばらくの沈黙の後、咳払いでごまかし、スノーホワイトとの対談を再開した。

 

「スノーホワイトさん、ですね。どうぞ、そちらの席に」

「なんか頼むっすか?」

「いえ、お気になさらず」

 

 向かいに座ったスノーホワイトは表情ひとつ変えない。あんな痴態を晒したのだ、笑ってくれた方が気が楽だったかもしれない。かえって恥ずかしくなり、ディティック・ベルは思わず、ハンチングの鍔に指をかけてぐっと下げた。

 

「……私はディティック・ベル。こちらは助手のラピス・ラズリーヌ。2人で探偵事務所をしています。スノーホワイトさんは、監査部門外部職員として、独自で魔法少女を追っていると聞いて連絡させてもらいました」

「友人から、少しですが話は聞いています。1年前の事件の中で知り合った、と」

 

 スノーホワイトの連絡先を手に入れたのもたまを経由してだった。今たまが何をしているのか、確かラズリーヌが師匠の連絡先を渡していたらしいことしか知らないのだが、たまからスノーホワイトにこちらのことが伝わっていたらしい。好都合だ。

 

「頼りになる探偵さん、と話していました」

「それはどうも……」

 

 たまから見たディティック・ベルはそういう評価になるとか。……駄目だ、にやけるな、耐えろ。ぐっと表情筋全部に力を込めて、一旦無理やりリセットする。

 

「実は今、依頼を受けてある魔法少女を追っているんですが」

「……第4宿舎襲撃に関わっていた犯人ですか」

「えぇ、そうです。脱獄囚の中には、貴方が逮捕したはずの魔法少女も含まれている」

 

 スノーホワイトの表情は変わらない。真っ直ぐ、見据えてくる。腹の底まで覗かれているような気分になる。いや、見透かされて困ることはない。はずだ。プフレがトーチカを探しているのは、恐らくペチカに関わる何かだと思いたい。よって、ここは目を合わせに行く。

 

「協力していただけませんか」

 

 再び訪れる沈黙。今度は居心地の悪さよりも純粋な緊張が、ディティック・ベルの頬に汗を伝わせる。そして、スノーホワイトからの返答は、頷きだった。

 

「……こちらも。襲撃犯に、知人に似た人物がいたと聞きました。私にも、彼女に会う必要があります」

 

 だからこそ、他の監査部門には任せておけない。そんな理由が彼女の口から聞けて、ディティック・ベルは大きなため息をついた。緊張の糸が抜けて、隣のラズリーヌの方を見た。パンケーキの上で、生クリームが豪華に盛り付けられている。その真っ白になったパンケーキの上に、ラズベリーソースがかけられていく。

 ここで、残りのマリトッツォのことを思い出した。先にパンの部分がなくなって、残っているのはほとんどクリームばかりだった。

 

「……失礼。残りを食べても」

「どうぞ」

 

 気まずいながら、クリームの塊を頬張った。ひたすらに甘いのが脳に沁みる。スノーホワイトは無言で見ている。協力関係になったのに、気まずい。ラズリーヌなんとかしてくれ、と思っても、彼女はパンケーキに夢中で、堪能している笑顔は可愛らしいが、こういう時に限って静かである。

 

「……あ、あの」

「はい」

「よかったらご馳走しますよ。せっかく来たんですから、何かスイーツでも……」

 

 何を言っているんだ私は、さっき来た時にはいらないと言っていたのに。口に出してから反省し、冷や汗の感触を強く感じながら返答を待っていると、スノーホワイトはすっと、メニュー表に手を伸ばした。お言葉に甘えてくれる、と。

 

「……せっかくですから」

「情報の交換は食べながらでもできるっすからね。あ、スノっち、これおすすめっすよ」

 

 いつの間にやらパンケーキが残り少なくなっていたラズリーヌがスノーホワイトと距離を詰め始めて、ディティック・ベルは安心した。スノーホワイトからの警戒が外れたような気がして、コップの水で渇いた口内を潤した。



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第46話『魔法少女集結IV 魔法少女に囲まれて』

 ◇トーチカ

 

 大所帯となったレジスタンスの拠点。丸一日もすれば各自で部屋を確保し、ほぼ所在が確定した。寮やアパートのような感覚だ。トーチカも自分専用の部屋を手に入れ、監獄襲撃でどっと疲れたぶんを、ベッドにひっくり返って癒そうとしていた。

 魔法少女でいる間は食事や睡眠に悩むこともない。それでも、精神的に休みたくはなる。いっそ変身を解いた方が、眠るにはいいか。寝転がると、今の体に女の子であることに違和感があって落ち着けない。

 トーチカは建原智樹に戻り、長いため息を吐きながら、仰向けに転がった。そして、ゆっくり休もうと目を閉じた。瞼の裏にあるのは、今日あった後戻りできないような出来事の数々。これでしばらく追われる身がゆえ、家にも帰れないだろう。学校も無断でサボっているし、親はどう思っているだろうか。なんて考えながらも目を閉じてしばらくして、微睡んできたその時、扉がノックされた……んだと思う。その後、声を掛けられていたのかもしれない。が、結局気づかなかった。

 

「こ、こっそり失礼しますね……えっ」

「ん……えっ?」

 

 入ってきていたのはエンタープリーズだった。鍵をかけていたはずなのに入られているのは、彼女の魔法ゆえか。さすがに他人の部屋を勝手に開けるのはやめてほしいんだが、なんて思いつつ起き上がって、今トーチカがトーチカではなく智樹である、という点だと気づくのが遅れた。慌てて変身しようとベッドから飛び出して、さらにタイミング悪く、飛び出してきた魔法少女が3名。

 

「いえーいトーチカちゃん! ここ広くて快適だねぇ!」

「同志トーチカ! 作戦会議だ作戦会議!」

「トーチカ! うちなぁ、せっかくやしお茶菓子買ぅてたんやけどな、休憩がてら食わへん?」

 

 ひとしきり言いたいことが、ほぼ同時に発せられ、聞き取る前に目が合った。

 

「……誰や?」

 

 イロハは首を傾げ、

 

「なっ、お、お、男!?」

 

 いんくは仰天し、

 

「え……めっっっちゃ可愛い〜!」

 

 サッキューは喜び出す。

 最初に目撃したエンタープリーズは完全に固まっており、その横をすり抜けサッキューが全身じろじろ見てくる。とにかく変身していつも見せたことのある姿になって、4人娘を部屋に招き入れ、ベッドや椅子を使って輪になった。

 

「……こ、こほん。まあ、トーチカの正体がなんであれ、関係あるまい。うん、そういうことにしよう。あ、トットポップはあの人質と話してくると言っていたぞ」

「えへへ、そっかぁ、トーチカちゃんじゃなくって……トーチカくんなんだぁ……」

「サッキュー? 戻ってこーい? な?」

「……」

 

 エンタープリーズが無言で睨んできている。スカウト担当の妖精は「男子でもまれになる人はいる」と言っていたが、数は少ない。中身が異性だと、警戒されるのもやむなしだと思う。むしろ、にこにこしたサッキューの目の方が怖い。

 

「とにかくだ。トーチカ、襲撃作戦ではご苦労だった。分析のおかげで、これだけ多くの同志を得ることができたからな」

「それは……僕だけのじゃないというか」

「まあ確かに頑張ったのは我々だが?」

「おい。いんくは1番楽やったやろ。大変やったのはエンプリやろ、なあ?」

「えっ? う、うん、それなりには」

「あたしも過呼吸になるかと思ったよ〜」

「サッキューは吸って吐いてやもんなあ。看守にも出会すし、散々やったわ。あんたら一撃でやられとったしな」

「あっ! あれはだな! 油断していたとかではなく!」

 

 皆わいわいと各々の話をするがゆえに、なかなかいんくのしたい話は進まない。煽られたいんくを宥め、ようやく次に進む。

 

「聞いたか? ルナ様によると、次の襲撃は人事部門だそうだ」

 

 マリアの遺体が安置されたあの部屋で、ルナ自身が言っていた話と同じだ。既に次の襲撃が予定に入っている。人事部門という名前で、魔法少女の名簿があるというと、人間の社会で言う役所のような場所なんだろうか。

 

「人事部門……他の部門に比べたら、暴力は苦手そう、かも」

「封印のこととか的確に指示してくれたトーチカくんなら、人事部門もなんとかなっちゃう?」

「そ、そんな無茶ぶりされても……そもそも人事部門なんて行ったこともないですし」

「あはは、だろうね〜」

「余程のことがないと用がないっちゅうしな。実際今回が初の用事やもん」

 

 わかるのはレシピ、つまり作り方だけだ。見たこともない場所の攻略方法なんてわかるはずも……と考えて、ルナから『材料リストが欲しい』と言われていたことを思い出した。にしたって紙に書いておく……ものなのだろうか。ちょっとアナログすぎやしないか。特定の人にしか見えない魔法の紙とかないんだろうか。紙側じゃなくても、インク側とか。

 ん、インク?

 

「なんだ、そんなに私の顔を見て」

「あ、いや……特定の人にしか見えない暗号インクとか使えないものかと」

「私の魔法にそういうのはないぞ。見る者がすごく眠くなる文字とかは書ける」

「それはそれで嫌な暗号になりそうですね」

 

 いんくのことは頼れないことがわかった。怖いが、挨拶回りついでに、それに類するものが使えないかと聞いて回ろうか。疲れた感覚は仮眠でマシになった。自分の頬をつねって目を覚まし、立ち上がる。

 

「ど、どこか行くんですか?」

「一応、挨拶に行こうかなと」

 

 そもそも成果には期待はしていないが、ルナほど、こう、目の前にいたくないような人物はそういないはずだ。少しくらい接しやすい人物がいないかと、トーチカはいつの間にかくつろぎモードでイロハの持ち込んだお菓子を開けていた4人娘を置いて、部屋を出た。

 

 ──まず立ち寄ったのは、人質のいる部屋。人質とされた看守のフィルルゥは、拘束されているわけでもなく、こちらを見るなり気まずそうにした。監視役なのか、近くには壁に寄りかかったリップルがいる。リップルには軽く会釈をして横を通り、ベッドに腰掛けているフィルルゥに目線が合うように屈んだ。

 

「その……失礼します。僕はトーチカ……っていいます」

「あっ、ご丁寧にどうも。フィルルゥと申します」

 

 監獄の看守だった彼女は、封印解除担当の4人娘を圧倒し全員拘束した後、リップルとの一騎打ちの末に確保された、らしい。人当たりから受ける印象は、武闘派っぽくはない、真面目で自己評価の低そうな、ちょっと姉っぽいタイプに思える。

 

「えっと、フィルルゥさんは看守……でしたよね」

「はい、ですが恐らく、今回のお陰で失職かな……と、はは……」

 

 諦め顔で遠くを見つめている。可哀想かなと思ってしまうが、これをやったのも自分だと言い聞かせる。反体制派、今あるものを壊すんだ、こうなる者が出るのも覚悟はしておかないと。それにしたってフィルルゥの纏う哀愁には耐えきれなかった。思わず手を取って、きっと貴女を必要な人がどこかにいます、といった具合に声をかけてしまう。フィルルゥは驚いた顔をして、だといいですけどね、なんて苦笑した。

 それからそれなりに気まずく、ちょっとした会話をぽつり、ぽつりとする程度で、自然と会話が途切れ、丁度誰かがこの部屋を訪ねてきたタイミングで、トーチカは入れ替わりに部屋を出た。出る時、ルナを含む数名とすれ違ったが、見なかったことにする。

 

 そして次の部屋へ。コンコンと扉を叩き、返事のない部屋、中で盛り上がりすぎて気づいてもらえない部屋、すぐに出てきて軽い挨拶で応対してくれた魔法少女の部屋、と続き、なんだ、脱獄囚でも話が通じる人がいるんじゃないかと思い始めた次の部屋だった。

 

「はいっ」

 

 魔法少女の例に漏れず可愛らしい、そして細く透き通った声だ。自分はレジスタンスのトーチカで、挨拶回りをしている、と伝えると、少しだけ扉が開かれ、顔を覗かせた。

 部屋の主は目隠しをした魔法少女だった。モチーフは蛇、だろうか? 髪飾りや各所に、ハート型にとぐろを巻いた蛇の意匠がみられる。背中にある小さな羽も蛇っぽい鱗で、むしろドラゴンっぽい。原色ピンクのふわっとした髪を指先でくるくると弄りながら、こちらを品定めしている、ような。

 

「失礼……(わたくし)、封印刑の前に目隠しをされてしまったもので……あなた様のお顔も見えませんから。蛇の魔法少女として……温度を感知して、なんとかしておりまして」

 

 彼女は口元に手をやって、控えめにくすりと笑ってごまかした。

 

「あぁ、よろしければ……この目隠し、取ってくださいませんこと……? 封印を解けたあなた様ならきっと……お願いできませんか……?」

 

 視覚に関わる魔法を持っていたのだろうか? 視覚を封じられているのは不便だろうと、トーチカは疑いは残しつつ、その目隠しのレシピを覗き見る。確かに魔法がかけられ、自分では外せないようになっているようだ。だったら、と目隠しに触れ、魔法による抵抗がトーチカの体に走るも、耐えて結び目を解いた。

 はらり、目隠しが外れ、蛇の魔法少女とトーチカの目が合った。目が合って、焼き付くようなビビッドピンクだなと思っていると、虹彩がトーチカ一色になり、そして縦長の瞳孔はぐりぐりとこちらを舐めまわすように動き回り、最後に視線を捉えてきた。否、()()()()きた。

 

「あっ……♡」

「ッ……!?」

 

 響いた嬌声に手が止まる。思春期に差し掛かったばかりの智樹には刺激が強すぎる声だった。

 

「この目隠しが外れたということは……あなた様が……♡ はぁっ♡ 見つけた♡ (わたくし)の……おうじさま♡ こんなお顔をしてらしたのですね♡」

 

 見られてはいけなかった。嫌でもわかる。既にトーチカは蛇に睨まれた蛙だ。逃げ出そうにも逃げ出せない、どころか体が動かない。魔法なのか。視線から逃れられないまま、その手が、足が、するりと組み付いてきて、荒い息のまま、耳元で囁かれた。

 

「『キュー・ピット・アイ』……それがあなた様の、姫の名です。刻みつけてくださいましね♡」

 

 撤回しよう。脱獄囚魔法少女たちに、話が通じると思っていた僕が間違いだった。



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第47話『人事部門襲撃Ⅰ 狼煙は誰よりも熱く』

今回より始まる人事部門襲撃編には、赤葉忍先生作『魔法少女育成計画NoName』より、赤葉忍先生オリジナルの魔法少女『ミルキーウェイ』『ラブリーバブリー』をゲスト出演させていただいております。
この場を借りてお礼申し上げます。ミルキーウェイ、好きです。


 ◇トーチカ

 

 現在時刻は午前9時。人事部門襲撃作戦の開始は約1時間後の予定だ。ルナの指揮のもと、魔法少女たち複数名が集まり、これより作戦の説明が行われる。今回の襲撃は最小限のメンバーでのものとし、戦力は温存するようだ。脱獄させた魔法少女たちは、レジスタンス4人娘の活躍により8名がいるが、ここにいるのはそのうち2人だけだった。

 トットポップはフィルルゥの監視、及びその他脱獄囚魔法少女とともに待機だと聞いている。今はフィルルゥの部屋にいるそうだ。フィルルゥとは知り合いの様子だったが、なにを話しているのだろう。トットポップは顔がやたらと広く、彼女に言わせれば「昔、ちょっとね」なんだろう。

 これから作戦開始だというのに、なんてことを考えているのは、トーチカの現実逃避のためである。

 

「おうじさま……昨夜はあんなに激しく……♡」

「っ!? 違う違う違う! ない、ないから! 何も無かった!」

 

 キュー・ピット・アイ。昨日、初めて出会った魔法少女。他の脱獄囚魔法少女なんかからは、あいつやらかしたな、という目で見られる。ものすごく恥ずかしい。抱きしめてくると柔らかい感触がして、それも思考がおかしくなりそうだ。

 

「はぇえっ!? な、なにをトーチカにベッタベタくっついとるんやあんたは!?」

 

 キュー・ピット・アイを初めて見たイロハの反応はこうだった。

 

「私、おうじさまの姫です♡」

「なんて?」

「運命が私とおうじさまを引き合わせたのです♡」

「せやからなんてぇ!?」

 

 イロハからお前はそれでええんかという顔を向けられ、よくないと首を振った。よくないが、どうしようもない。離れてくれと最初のうちは言っていたが、彼女は一切の話を聞いてくれない。

 

「まあまあ。キュピちゃんも参加するってことでいいんじゃないかなぁ」

「キュピ……?」

「キューちゃんじゃああたし(サッキュー)と被っちゃうから」

「……私、あだ名なんて初めて……はぁっ♡ あなた様も私の運命の方なのですね♡」

「え? えー、これどういうこと? トーチカくん」

「僕に聞かれても……」

 

 そのぐりぐり動く眼球はサッキューに対してもハートを浮かべていた。困ったサッキューが眉間に皺を寄せるなんて初めて見た光景だった。

 

「はーい! みんな、揃ってるかーい!」

 

 マイクを通した声が響いたその瞬間、各々話していたレジスタンス魔法少女たちは一斉に声の方を向き直る。マッド=ルナだ。彼女は全員に手を振って、アイドルのパフォーマンスかのように堂々と登場した。

 

「人事部門襲撃大作戦、はっじまるよー。準備はオッケー?」

「──」

 

 突然の問い掛けに、咄嗟に反応できず周囲を見る。比較的テンションの高い面子もタイミングを逃したらしく、即座にルナのコールがもう一度響く。

 

「聞こえないなぁ、みんな! 準備はオッケー!?」

 

「お、おーっ!」

「うむ!」

「はーい!」

「できてまっせ!」

「……は、はいっ!」

「はぁ〜い♡」

 

 トーチカに4人娘とキュー・ピット・アイを加えた6人分のレスポンス。そこに参加しなかったのは、ずっと黙ったままでいる魔法少女だ。挨拶回りに行った時には顔を出してくれなかった脱獄囚魔法少女だった。見るからに炎っぽい見た目で、声をかけようにも、なんとなく他のみんなには無いようなオーラがあって近寄り難い。

 

「それじゃあチーム分けを……あれ? キュー・ピット・アイは呼んでないはずだけど」

「私はおうじさまのお傍にいなければなりません」

「んー、まあいっか!」

 

 ……いいんだ。当たり前のようにここにいたが、そもそもルナの作戦に含まれていないというキュー・ピット・アイ。そうまでしてトーチカにくっついて回りたい理由はわからない。聞いても理解できないので、もうそういうものなんだと思う。もしかして、ルナがあっさり認めたのもそういうことなのか。

 

「気を取り直して! チーム分けね。正面玄関は──」

 

 ──というわけで。トーチカは正面玄関側から突入し、オフィスを目指す係となった。

 魔法少女たちの名簿や、トーチカの目的となる例の事件の情報が含まれるデータベース。それが今回の狙いで、本命だ。

 キュー・ピット・アイはその護衛役ということで、要望通り『おうじさま』とずっと一緒に行動する。頼りになるかどうかは知らないが、当事者としては、作戦中でもこの調子なんじゃないかと心配であった。

 そしてそのトーチカの潜入を成功させるため、警備を惹き付け、騒ぎを起こして撹乱する役がいる。これが残る1名、『炎の湖フレイム・フレイミィ』だった。

 

 時刻は午前10時少し前。この日は警備が最も薄いらしい。別のテロリストが見ても今日を選ぶだろう。なんなら襲撃がダブルブッキングする可能性すらあるという話だ。途中で、トーチカとは別行動となるルナ及び4人娘と分かれたら、正面玄関に突入する。正面玄関組には一切の会話はないが、作戦行動に支障はない。

 人事部門正面玄関にある受付では、通常業務はまだ始まったばかりながら、数名の魔法少女が並んでいたり、受付でも魔法少女が作業していたり、意外と人がいた。彼女らを巻き込むことになる。心を痛めている暇はない。

 

「スタンプラリーの方はこちらですよ」

 

 受付の魔法少女が案内してくれようとしているが、トーチカは大丈夫ですと無視して先へ進もうとした。さすがに不審に思われたのか追いかけられそうになるが、それより先に、待合室に残った彼女が作戦を開始し、魔法を解き放つ。

 

「『上は大火事(ヘルフレイム)』」

 

 フレイミィを中心として炎が放たれ、貼られたポスターやら置いてある書類に次々と引火。一瞬にして周囲は火の海と化す。それは待合の椅子や受付の機器も例外ではなく、巻き込まれた彼女らは慌てて正面玄関から出ていこうとする。それを、フレイミィの炎が阻んだ。先頭を走っていた魔法少女が火傷を負い、転がる。炎の壁が入口を塞ぎ、さらに爆発的燃焼は家具類を破壊し、ガラガラと棚の上に置かれていたものが落下していた。

 

「死人は出さないで!」

 

 トーチカの言葉に、フレイミィは答えたのだろうか。何も聞こえず、頷いたのすら見えなかった。ただし、作戦行動は迅速に行わなければならない。トーチカはキュー・ピット・アイと並んで、さらに奥へと駆けていく。

 

「『古巣に帰ってきてやったというのに挨拶もなしか』『スタンプラリーは今日で中止だ』……ですって。フレイミィさん……カッコいい♡ 運命感じてしまいます♡」

 

 彼女が言う啖呵はトーチカには全く聞こえなかったが、その中に少し気になる言葉があったので、走りながら聞いてみる。

 

「古巣?」

「フレイミィさんは元々この部門の所属ですわ。凄く悪いことをして、魔法少女狩りさんに捕まったそうですけれど……あら」

 

 そして丁度話が一区切り着いたところで、開けた場所に出る。そこには様々な材質で作られた橋のような物体が乱立し、バリケードとなって道を塞いでいる。先に進むのは難しい。

 そして、魔法少女が立ち塞がっている。青くキラキラしたコスチュームの彼女は右手でピース、左手を突き出すというポーズを決め、名乗りをあげる。

 

「夢と希望、未来をつなぐ天ツ橋。彗星の如く、今、推・参ッ!! 魔法少女、ミルキーウェイ! 聞いていた予定よりなんだか早いですが、ここから先は、絶対に通しません!!」

 

 あの先の部屋が目当てのオフィスになるはず。そして、ミルキーウェイの瞳に宿る強い意志は曲がらないだろう。ここは押し通るしかない、つまり、戦うことになる。魔法少女同士の戦闘なんて初めてだ。身構えるが震えてしまうトーチカの手を、キュー・ピット・アイが手を握った。

 

「ご安心を、おうじさま。私は護衛役、兼、あなた様の武器ですから♡」

 

 こんな時になって、彼女に落ち着かせられるとは。トーチカは深呼吸をして、目の前に立ちはだかる青に向かい合った。



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第48話『人事部門襲撃Ⅱ 初めての対魔法少女』

 ◇トーチカ

 

 キュー・ピット・アイに背中を押され、歯を食いしばって覚悟を決める。これからも魔法少女と対立することはある。ここで決められなくてどうする。その一心で、駆け出した。

 

「とっ……とりゃああっ!」

 

 ミルキーウェイに向かって、まずはトーチカから仕掛けていく。コスチュームについているフライパンを振りかぶって、突っ込む。そこに、可愛らしい少女に向かって殴り掛かることへの躊躇いが残っていた。それが魔法少女同士で通じるはずがないと知ったのは直後。あっさり受け流されて、反撃の拳を食らう。

 

「がっ……!?」

 

 一発目、二発目、くるりと回って三発目。最後の大ぶりのだけはなんとか腕で受け止めるが、痛みは想像以上だ。いくら魔法少女の身体能力が高いと言っても、それは相手も同じこと。しかも訓練を積んだ警備員に、ただの小学生が変身したトーチカでどうにかなるはずがない。フライパンを握り直し、もう一度構え、既に迫っていた回し蹴りをどうにか防ごうとして後方によろめいた。フライパンで受けても衝撃は逃がせず、転んでしまう。

 そこへミルキーウェイは踏み出すともに、首から提げた小さな金属板を咥え、恐らくは魔法を使った。ミルキーウェイが跳んだその足元に金属製の橋が現れ、それを足場に加速、トーチカに向かって急降下キックを繰り出してくる。見上げた時には遅い。せめてなんとか立ち上がろうとして、目を瞑り、眼前でミルキーウェイが止まった。

 

「なっ……!?」

 

 ミルキーウェイも驚く。ふいに振り向いて、互いに意識から、ずっと見ていたキュー・ピット・アイの存在が消えていたことを思い出した。彼女は手を後ろに組み、片目はミルキーウェイを捉えたまま、眼球を左右別々に動かしトーチカに一瞥、ウインクをしてみせた。

 

(わたくし)の視線に捕まった者は逃げられない……運命と同じですわ♡」

 

 トーチカがミルキーウェイの着弾地点から離れると、アイが瞬きをして魔法が解除される。床に蹴りが叩き込まれ、タイルが割れる。ミルキーウェイは既に、トーチカよりもアイが脅威だと認識を改めている。銀の金属板から橋を架け、アイの方へと迫っていく。

 しかし真っ先に繰り出した蹴りは、アイの魔法が一瞬動きを止めたことで逃げられる。続くジャブ、ストレート、ハイキック、全部そうだ。一瞬の停止で紙一重の回避を繰り返され、ミルキーウェイが歯噛みする中、アイからの目配せが再び来る。

 

「おうじさま。魔法少女同士の戦いは……可憐に、派手に、そして、容赦なく、ですわよ。例えば」

「っ、次こそ──きゃあっ!?」

「こんなふう、に」

 

 アイはミルキーウェイががむしゃらに繰り出した拳に突如噛みつき、鋭い牙で流血させた。さすがに慌てて手を引っ込め、後退するミルキーウェイ。

 

「ごめんあそばせ。あら、でも久方ぶりの血の味ですわ。血を口にするなんて、実は運命……♡」

「何言ってるかわかりませんけど、大丈夫です、この程度、問題ありません!」

 

 ミルキーウェイから出てくるのは自らに言い聞かせるような言葉だ。対して、アイはあとはどうぞとトーチカに獲物を譲ってくる。彼女の思惑はわからない。それでも、トーチカだって覚悟はしなくちゃいけない。

 手元のフライ返しを少し見た後、ミルキーウェイの姿を見る。手を咬まれても、青く煌めく瞳に変わりない。諦めない意志、痛みを耐え単身、襲撃者を止める勇姿。誰が見ても正義は彼女にあるだろう。だったとしても、こっちを選んだのはトーチカ自身だ。だとして、トーチカにやれることは──レシピ作りだ。

 

「可憐に、派手に、容赦なく……」

 

 トーチカの目が青く輝く。脳内に定義するのは『気絶したミルキーウェイの作り方』。脳内に直接流し込まれるような情報たちが、体の動かし方を教えてくれる。踏み出したその瞬間から、ミルキーウェイの動きから目を離さない。

 再度接近し、格闘戦に入る。躊躇うのはやめだ。両手で握ったフライパンを剣のように使い、攻撃を入れる。ストレートには躱してから側面で小手を叩き、キックは逃げてやり過ごす。ふいに現れた鉄の橋には対応できず、繰り出したパンチが当たって、こっちの手が砕けるかと思った。橋を壊すのは考えない方がいい。

 ミルキーウェイの動作ひとつひとつへの対応が脳内に広がってくる。それが実行できるかとは、別として。

 

 追いつけるように頭を回して体を動かす。うまくいかないのが何度も続き、思いっきりの右ストレートが鳩尾に入って呼吸が苦しくなるが、なんとか耐える。耐えて、次の一撃にカウンターを、と目を光らせた途端、同時にアイも眼を見開く。やはり一瞬動きが止まり、集中を乱されたミルキーウェイの攻撃はズれて、トーチカが思いっきり振り抜いたフライパンが彼女の頬を強かに打ち付けた。

 

「ぐふぅっ!? ……まだまだっ……!」

 

 されるがままに大きく吹き飛ぶミルキーウェイ。転がって衝撃を軽減し、立ち上がるのは早い。今のはまだ狙いが甘かった。体勢を建て直しつつ、彼女は首に提げた板のうち青の宝石を咥え、また飛び込みながら橋が架かる。今度は1度だけじゃない、連打だ。めちゃくちゃに作られた橋はオフィスへの道を封鎖するもののように、トーチカとミルキーウェイを通路からも隔てる。アイからの視線を遮ろうとしたのか。

 

「あら……ふふ、私の魔法が視線によるものだと気が付かれたのですね。あぁ、ということは運命♡」

 

 こんな時でもアイはそのままの調子で、どころか戦闘に参加しようともして来ないのはそのままだった。代わりに、言葉だけを届けてくる。

 

「私のヘルプあり、恋のチュートリアルは終わりですわ。あとはご自身で、勝利を掴み取ってくださいまし。あと私のことも後で掴み取ってくださいましね♡」

「……何言ってるかわからないけど、やるよ、1人でも!」

「私にだって! 負けられない理由、ありますから……!」

 

 初めての魔法少女戦は続く。体はまだミルキーウェイには追いつけないが、あとは意地の張り合いだ。意志の張り合いなら、姉ちゃんにだって負けたことはないんだから。

 

「あっ、あっ、扉じゃない! どうしようっ、扉じゃないよっ!」

 

 そんなトーチカとミルキーウェイの耳に届いた声。振り向くと、オフィスに続くバリケードの前であたふたする、エンタープリーズの姿があった。エンタープリーズだけじゃない。いんく、サッキュー、イロハ、みんないる。彼女らは裏口からのルートということになっていたが、あちらの警備はどうにかなったのか。

 

「おっしゃ! 爆破するで!」

 

 イロハがバリケードに大量のカイロを貼り、そこにいんくが赤い塗料を塗布、そしてサッキューが思いっきり元気の力を注入することで、爆発の勢いはミルキーウェイの橋を破壊できるほどに強くなっており、轟音とともにオフィスへの道が開いてしまった。

 

「なっ……! 待って、ここは通さない……っ!?」

「悪いけど、ミルキーさんの相手は僕だ!」

 

 駆け出そうとした彼女に殴りかかって引き止める。トーチカもミルキーウェイも体力は削れている。なら尽きるまでだ。立ちはだかる者と阻まれる者の関係は逆転していた。



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第49話『人事部門襲撃Ⅲ 人事部門、炎上!』

 ◇炎の湖フレイム・フレイミィ

 

 『炎の湖』。その二つ名の存在は、フレイミィが魔王塾を卒業した証であると共に、周囲に及ぼす影響を表した二つ名だ。フレイミィの暴れた場所は文字通り、炎の湖となる。それを──不幸にも人事部門を訪れていた魔法少女たちは思い知らされた。

 

 襲撃開始から10分も経たないうちにエントランスは燃え盛り、その場にあったはずの観葉植物や紙製品は軒並み炭化、のみならず本来ならば燃えにくいようなものまで炎をあげている。例えば受付に使われていたパソコンや──魔法少女の体。

 大火傷を負い、魔法少女たちが倒れ伏している。勇敢にも、そして無謀にも、フレイミィに立ち向かってきた魔法少女たちである。人事部門は人事部門でも、かつてのフレイミィやあのクラムベリーとは違い、こうして本部で役所仕事をしている連中は歯ごたえがない。なくて当然だが、物足りないと思うのはフレイミィの性だ。

 さあ次は誰が焼かれたい、誰かいないのかと、部屋の隅に避難し怯え固まっている魔法少女たちに向け、挑発の手招きをしてやる。

 

 元よりマッド=ルナに言われたのは、好き勝手暴れろ、だけだった。言われた通り、好きに暴れてやっている。炎上したエントランスには、正義感に燃えた勘違い魔法少女でもなかなか入ってはこられないだろう。入口を封鎖する炎の壁は、応援も脱出も拒んでいる。無理やり出ていこうとした魔法少女が焼かれて、全身火だるまの黒焦げになりながら外で力尽きていたのを見ていた者らは、無理やりの突破など考えない。

 

 では他にフレイミィに挑んでくる者がいるとすれば。怯えている連中の中からではなく、もっと別、例えば、戦う気でやってきた──清掃員。

 突如炎の湖の一部分が、泡と放水によって鎮火される。現れたのはピンクと白のふわふわとしたコスチュームの魔法少女。

 

「あなたねぇ……ここをこんなにしたのは!」

 

 再び噴出された泡が炎を覆う。消火活動のつもりか、魔法の消化剤でもないのに。負けじと炎の勢いを強めて相殺してやろうとし、さらに後方から差し出されたスポンジが泡ごと炎を吸い上げていった。なるほど、それがお前の魔法か。

 スポンジは泡を産みながら滑り、ピンクと白の彼女がこちらへ向かってくる。繰り出される蹴りに合わせて炎と同化、瞬時に背後に回ってこちらが踵を落とす。それを差し出されたスポンジが受け止め、衝撃が吸収された。物理攻撃は無意味、だが炎はどうか。脚は受け止められたままで思いっきり炎を吹き付け、その姿が赤の中に見えなくなる。

 

「っ、あっ、つい、じゃないっ!」

 

 ──消し炭にするつもりの火力だったが、咄嗟に泡でも纏ったか。スポンジの魔法少女が負ったのは多少の火傷程度で、反撃に泡の塊をぶつけてくる。炎の中に潜り回避してやった。まだまだ炎なら大量にある。多少消された所で、再び発火するだけの話だ。指を鳴らしたのに呼応して炎がゆらめき、対峙する彼女を炎が囲む。

 

 フレイミィはいつも対策される側だった。消火剤などに頼る下郎どもに何度叫ばされたことか。だがフレイミィが地獄から舞い戻ったことを知る者はいない。多少の相性差など、フレイミィの前には無いも同然だ。

 

 そろそろこの空間の酸素も薄くなってきた頃か。

 フレイミィは余裕の笑みを浮かべ、決着してやるべく襲撃にかかる。体勢を崩すローキック。ぽよんと弾むスポンジがまた受け止めた。続けて炎の拳、これもスポンジ。火力を強めて焼いてやろうと連打し、受け止められ続け、スポンジに焦げ跡が刻まれゆく。そして最後の一発で貫くため振りかぶった時、衝撃波がスポンジから発生し、フレイミィは炎ごと後方に飛ばされた。吸収したものを返す力もあったらしい。

 両手から膨張する空気を打ち出して吹っ飛ばされる力を相殺してその場に着地すると、息を吸い込み、吐き出す。人間大の炎のブレスが泡の魔法少女に向かっていくが、足元の床がスポンジになり、トランポリンのように彼女を飛ばし脱出させた。そして上空から泡を吹き付けてこようとしているのを認識し、地面を蹴った。圧縮した炎の噴出でさらに加速し、高速で迫り回し蹴りを見舞う。狙うは胴だ。当たった、が浅い。いや、誘い込まれたか。今度は受け止めるのではなく、フレイミィを捕まえるためにスポンジを使おうとしている。

 膨れ上がった細かな繊維の壁が包み込み、フレイミィを閉じ込めた。それならとこちらは全身から炎を噴き出し、包み込んでくる繊維を燃やしてやる。燃焼により繊維が融け、少しでも光が見えた途端、爆発的な出力に切り替え己を包む壁を吹き飛ばした。

 どうした、掃除の手が止まっているぞ。そんな意味を込めて、フレイミィは深く息を吐く。吐息は細く長く赤く燃えた。スポンジ使いは上手い、がここは既にフレイミィの火事場(ホーム)。炎を全部消されでもしなければ、よく燃えるウレタンは敵にならない──と、笑ったはずだった。吹き飛ばしたはずのスポンジの破片が泡を含んで炎を吸い込み、炸裂しようとしている、のか。

 

 フレイミィは咄嗟に跳んだ。炎に潜っても炎ごと掻き消されるだけだと悟り、上空に飛び出した。その飛び出した先に差し出されたスポンジ。進路を狂わされ、さらに迫り来る魔法少女。落下し、着地するその瞬間まで、何十手という拳を交わす。殴ったのを流され返され、受け止めてきたのを焼き焦がし、また物理同士に戻る。繰り返しだ。

 フレイミィを相手によく立ち回るものだ。人事部門にこれほどの使い手がいたとは、認めてやらなくもない。しかし時間は酸素と希望を奪っていくだろう。千日手のままであれば、フレイミィに分がある。意識を失い炎に沈むのはお前の方──の、はずだった。

 

 噴出音とともに、打ち払われる炎の壁。入口を封鎖していたはずの炎が消されている。そしてこの白い粉塵、その向こうから現れる白い学生服。フレイミィはその姿を知っている。腹の底から縮み上がるような感覚とともに、思い出した。

 あの女、いまだ消火器など持っていたのか。

 

「『魔法少女狩り』……!」

 

 ◇ディティック・ベル

 

 ──時を少し遡り、午前10時半。緊急の連絡が届き、氷岡忍は睨めっこしていた魔法の端末を取り落とした。

 

『ディティック・ベル! 大変だぽん! 人事部門の本部が襲われてるぽん!』

「ファ、ファル? なんで」

『説明はいいから! 急ぐぽん! スノーホワイトとは現地で合流ぽん!』

 

 なぜここで、あのゲームのマスコットキャラクターであるファルから連絡が来るのか。その疑問は抱えたまま、大慌てで外出の準備をする。瑠璃──変身前の姿で日向ぼっこに勤しんでいたラズリーヌの肩を叩いて気づかせ、こちらもディティック・ベルへ変身。魔法少女であればメイクもコーディネートも必要ない。人事部門本部へ通じる先まで急ぐ。

 

「人事部門……プフレ様とななっち、無事っすかね」

 

 そうだ、依頼主の身に非常事態とあっては、探偵が急がないわけにはいかない。事務所を飛び出し、戸締りはしっかりしておいて、並んで駆け出した。人事部門へと通じる、前回も使用したゲートを用いて現場に急行。するや否や、ラズリーヌが飛び出していく。

 

「あっ……! 誰か倒れてるっす! 大丈夫っすか!?」

 

 ラズリーヌが飛び出した理由は大火傷を負って倒れていた魔法少女だった。辛うじて生きてはいるようだが意識がない。助け起こしても何もできず、気道の確保だけはして、本部の建物を見た。彼女の倒れていた先の人事部門正面玄関は、炎の壁で塞がれ、来る者を阻み逃れる者を閉じ込めるかのようであった。

 

「一体何が起きて……」

「ディティック・ベルさん」

 

 ふいに声をかけられ、振り向いた。スノーホワイトだ。相変わらずの無表情のようで、今はどこか、怒りのようなものが感じられる。

 

「私がこの炎の出処を断ちます。その間に、お2人は先に」

「そんなのどうやって──」

 

 スノーホワイトの手にはいつの間にか、消火器が握られていた。普通だったらこんな消火器でこの大火事はどうにもならない。だが魔法少女の前にそんな常識は通用しない。噴射される魔法の消火剤は炎の壁を消し去り、出入り口を開いた。その先で、スノーホワイトに向けて驚愕の顔を見せる赤い魔法少女の姿が目に入る。その他にも複数名の魔法少女がおり、炎の赤に照らされていた。弱っているところを見るに、十中八九巻き込まれた被害者だ。

 

「皆さん! こっちへ!」

 

 スノーホワイトがあの赤い魔法少女へと向かっていく。相手は驚愕を憤怒に変え、獣の形相で飛びかかってくる。戦闘開始のその横で、ディティック・ベルは皆の避難を誘導し、それが終わるや否や、追いついたラズリーヌと顔を見合わせた。

 

「あれ……フレイム・フレイミィじゃないっすか? あたし、魔王塾のイベントで見たことあるっすよ。あれ、でも、悪いことして……それこそ、スノっちに捕まったはずっす」

 

 フレイム・フレイミィ、名前からして明らかに炎の魔法少女だ。この火災の原因は彼女とみていい。それでいて、スノーホワイトの口振りでは、襲撃者はフレイミィだけではない。彼女が捕まったはずの存在で、つまり脱獄犯であることも加味して、可能性が最も高いのは──レジスタンス。今、まさに追っている相手!

 

「急ごうラズリーヌ。もしかしたら依頼達成かもしれない」

「まじっすか」

 

 フレイミィの攻撃をことごとく躱し、炎をかき消し、打撃をいなすスノーホワイト。彼女が消火器のトリガーに指をかけ、フレイミィの「待っ」が言い終わらないうちにその声が悲鳴に変わるのを聞きながら、長い人事部門の廊下を駆けていく。



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第50話『人事部門襲撃IV 奪取と脱出』

 ◇エンタープリーズ

 

 裏口の警備にあたっていた魔法少女はマッド=ルナがひとりで引き受けた。互いにミュージックをスタートさせ、ルナが可愛らしいダンスを始めた時は、魔法少女同士の戦いって極めるとダンスバトルになるんだ、と呆然となりかけた。最初のうちは巻き添えをくらい、目の前に出現した矢印に対応できず激しい電撃のような衝撃をくらって、エンタープリーズたちレジスタンスチーム全員行動不能になったりもしたが、なぜか次第に警備の魔法少女はルナの相手で手一杯になり、横を抜けていくことができたのだった。見ていても、何が起きたのかはエンタープリーズにはわからなかった。

 

 そして、今はこうして、目的地であるところのオフィスにまで来ている。固いバリケードの存在でエンタープリーズがパニックになりもしたが、封印解除プランを応用した3人のコンビネーションでバリケードを突破。内部へとなだれ込んだ。

 

 中には数名の魔法少女。ヘッドホンを首にかけた少女は、電話口に「話が違うっすよ」としきりに話している。タキシード風と学ラン風、それにアラビアの踊り子の3人は物陰に隠れている。隠れているだけならこちらからは何もしない。目的のものが奪えればいいのだ。

 エンタープリーズはパソコンの前にかじりつき、かかっているパスワードに対して魔法を使う。気難しいことのある扉と比べたら、データのパスワードに対しては少し横柄なくらいでいい。こいつらは従順だ。開け、開け、開けと脅せばすぐに開く。

 

「あれは悪い魔法使い?」

 

 隠れている魔法少女の方からそう聞こえた。踊り子がそう問いかけたのに、学ランが頷いて応えた。その瞬間、室内だというのに強風が吹きつけて、エンタープリーズはパソコンの前から飛ばされた。警戒体勢ではあったはずのいんくに思いっきり激突し、後ろから「ぐえっ!」という悲鳴がした。

 さらに続けて空気の塊が何発も飛来して、エンタープリーズたちの肌を掠める。うまく避けきれずに頬や手の皮膚が裂けている。もっと対応が下手だったら、全身穴だらけにされていたかもしれない。

 

「奴さん、やる気かいな!」

「エンプリちゃんはデータ盗むのに集中して! あたしらでなんとかするから!」

 

 言われた通り、一緒に吹っ飛ばされてきたパソコンを見た。引っ張られて抜けていた線を差し直し、マウスとキーボードを引っ掴み、己の手元で作業を再開する。そうだ、こういう時、いつもみんなが、サッキューが守ってくれる。また一から強引にパスワードを解除して、フォルダを漁って見つけたのは『面接予定リスト』だった。もうこれでいい。多少少なくても、なんとかなるはずだ。魔法の端末とパソコンを繋ぎ、また警告を出すセキュリティに開けと言い聞かせて突破。エンタープリーズの手元に送信してしまう。

 

「それとっ……!」

 

 まだあるか、次の名簿を漁ろうとした時、風を切る音がし、端末を持つ手に痛みが走った。またあの空気の弾丸だ。端末を取り落とし、慌てて拾う。そこへ追撃に来る踊り子の魔法少女を、イロハの爆発が阻もうとし、さらにサッキュー自身が突っ込んできて、格闘戦に持ち込む。とはいえサッキューだって戦いの得意な魔法少女じゃない。口元にストローを当てて、攻撃を受けつつもその分のダメージを相手から元気という形で吸収し続ける。

 

「よ、よし、いいぞ皆! その調子だ!」

「いんく! あんたもなんかせぇ!」

「なんかって何だ!?」

「相手に色塗って状態異常とかかけられへんのか!?」

 

 次々とカイロを生み出しガムシャラに投げて攻撃するのを繰り返していたイロハがいんくに怒鳴る。いんくは慌てて筆を振るい、しかし飛び散った灰色を、踊り子の魔法少女はぼわんと分裂することで回避してしまった。

 

「はぁ!?」

「メイはこんなこともできる」

「……うん! 私だけ逃げ帰ってもいいかな!?」

「駄目に決まっとるやろがいこんのダボ元リーダー!」

 

 離れられるなら早く離れたい。エンタープリーズだってそうだ。でもあともう少し、もう少し……!

 そこでふいに目に止まったファイル。1年前の日付に、集団不審死事件の文字。トーチカが追っていたあれだ。エンタープリーズは即決でそれを転送しようとし、ボタンにカーソルを合わせたその時、部屋の入口から魔法少女が飛ばされてくる。青くキラキラした衣装の彼女は、エンタープリーズにぶつかって、デスクを壊しながら着地。起き上がるや否や、状況を見て、エンタープリーズを羽交い締めにした。

 

「データが目当てだったんですね……っ! 離れてください……っ!」

 

 抵抗しようにも力が強い。エンタープリーズの力では動けない。イロハもサッキューも分身したメイと戦っている。ならあとは、頼れるのは元リーダーだけだ。

 

「い、いんく、ちゃんっ! お願い!」

「む!? あぁ、そうか、わかったぞエンタープリーズ!」

 

 いんくがパソコンの方に飛び込み、最後の確認ボタンを押した。データの転送はすぐ終わる。完了メッセージが表示され、いんくは勢いよく振り返る。

 

「終わった、撤退か!?」

 

 食い気味に頷く。

 

「よぉし! 任務完了だ! 総員、撤収!!!」

 

 いんくの号令で、皆の体勢が変わる。抗戦から逃亡だ。さらにいんくはエンタープリーズを拘束する青いキラキラの魔法少女に灰色の絵の具を塗りつけ、意識を朦朧とさせる。灰色は強い眠気の色だ。拘束が弱まった今なら、エンタープリーズでも抜けられる。もがいて抜け出し、いんくと一緒になって走り出した。オフィスから飛び出し、イロハとサッキューができる限りいろんなものを投げつけてメイを撒こうとするがメイは追ってくる。

 

「トーチカ! 撤収! 撤収だ!」

 

 いんくがオフィス前で先の青いキラキラと交戦していたトーチカ、及び彼女にくっついて回るキュー・ピット・アイを呼び戻さんと声を張った。走りながらトーチカのいる方を見ると、彼女は──立ち止まり、誰かと相対していた。

 

 ◇トーチカ

 

 レジスタンス4人娘が一斉にオフィスから飛び出してきたのに気がつき、合流しようとしたその時、待て、と声をかけられた。振り返ると、探偵らしき魔法少女と、青い魔法少女の2人組がこちらを追ってきている。警備の新手かと身構えたトーチカに対し、息を切らした探偵が声を絞り出す。

 

「はぁ、はぁっ……君が……ペチカ、いや、トーチカ……なのか?」

 

 トーチカの耳と脳は、名を呼ばれたことよりも、その直前にぽつりと出た言葉を拾い上げた。ペチカ。それは……もしかして。

 

「ペチカ……」

「あぁ、すまない、知っている魔法少女によく似ているんだ」

「その人は……1年前の事件で、亡くなっていますか」

「……! やはり君は、ペチカの……?」

 

 探偵が驚いた顔をしてみせたことで、エンタープリーズが手に入れたであろうデータを見るよりも前に、確信を得た。

 

「私はディティック・ベル、探偵だ。私たちと来てくれ。ペチカさんのことは……よくは知らないが、よく知る人物の心当たりはある。あの事件の時、私たちはペチカさんに助けられたんだ。レジスタンスに与していたことだって、まだ引き返せるはずだ。だから」

「……っ、僕は──」

 

 トーチカの言葉を遮るように、ディティック・ベルの後ろに控えていた青い魔法少女が飛び出してきた。いや、彼女だけではない。トーチカの背後から現れた、影がもう1つ。キュー・ピット・アイだ。その手には刃物を握り、その手を青い魔法少女が掴み押しとどめていた。

 

「今、ベルっちに何するつもりだったっすか」

「……っふふ♡ 止められてしまいましたわ。そぉんなに私を見てくださって……運命ですの?」

「これで何するつもりだったか聞いてるっすよ」

 

 青い彼女はキュー・ピット・アイが力を込めてきたのを押し返し、回し蹴りで凶器を弾き飛ばす。トーチカが呆然とする傍らで2人が睨み合い、一触即発の数秒後、先に口を開いたのはアイだった。

 

「おうじさま。このままだと逃げ遅れてしまいますわよ」

「っ……そう、ですね」

 

 アイに手を引かれるがまま、トーチカは2人から離れていく。ディティック・ベルは追ってこようとしたが、アイの魔法で動きが止められ、視界から外れるまで動けず仕舞いだった。先を急いだ4人娘とは、彼女らを追っていた踊り子の魔法少女にもアイの魔法を効かせ、裏口付近で合流した。アイはずっと、追っ手を褒めているのかなんなのか、相変わらず運命がどうこう喋り続けていた。

 そして、突入時からずっと、音楽に合わせて踊っていたらしいマッド=ルナとも合流。音楽は流しっぱなしにして、さっさと裏口から出ていってしまう。

 

「ルナ様! 無事名簿を奪取しました!」

「やったね! みんな、ありがとう♪」

「ふふんっ!」

「ほぼエンプリの功績やがな……」

 

 疲れていてもいつもの調子のいんくとイロハ。エンタープリーズはサッキューによしよしと頭を撫でてもらっている。そうして皆が人事部門の建物から離れ、遠ざかっていくのを振り向きながら、あの──ディティック・ベルの手をとっていたらどうなっていたのか、考えてしまって、振り払った。後戻りする気なんて、元からなかったはずだ。

 

「おうじさま。初めての戦い、ご立派でしたわ♡」

 

 傍らにいるのは、こうして頬を擦り寄せ胸を押し付けてくる、キュー・ピット・アイだった。



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第51話『人事部門襲撃Ⅴ 燃え、残ったもの』

 ◇ディティック・ベル

 

 トーチカの目の前にまで迫り、しかし彼女を逃した。あの蛇の魔法少女のものであろう動けなくなる魔法が解けてから、大急ぎで裏口へと向かっても、彼女らの姿はない。呼吸を整え、付き合ってくれたラズリーヌを見る。彼女もすっきりしない表情だ。

 

「なんすかね。気分よくないっすね」

「……姉ちゃん、か」

 

 姉に先立たれた気持ちは、ディティック・ベルにはわからない。だとしても、あの手を取れなかった、せめて引き戻す手助けになってやれなかったのは、依頼の件を抜きにして悔しさが残る。

 

「失礼、少しばかり、肩を貸していただけないか。くっ、一生の不覚……!!」

 

 そう言い出したのは確か、警備員だったはずの魔法少女だ。ディティック・ベルは快く肩を貸した。体力を消耗しているらしい。曰く、マッド=ルナを己の魔法で食い止めていたはずが、その手下を逃がしてしまう失態を犯した……と、暑苦しく後悔を語った。マッド=ルナ、話によるとかつてのレジスタンス幹部で、脱獄囚の中でも特に危険視されている人物だ。殺さなかったのは、彼女の方針か。

 

「はぁ、はぁっ……キューティーさんっ! あっ……探偵さんに……ら、ラズリーヌさん!? どうしてここに」

 

 ディティック・ベルたちと警備員魔法少女のところまで、へろへろになりながら駆け寄ってくるのは、かつて人事部門を訪れた際ラズリーヌにサインを貰っていたあの子だ。名はミルキーウェイといったか。彼女も体力は限界で、そちらにはラズリーヌが肩を貸す。

 

「おっとと、大丈夫っすか?」

「は、はい、私は……問題ないです。でも、賊を逃がしてしまい……」

 

 ミルキーウェイから語られる状況もほぼ同じ。警備員として、こうもしてやられたのは悔しいのだろう。いや、彼女の場合はそうじゃない、か。

 

「ごめんなさいっ……一緒に、がんばるって……声、かけて、くれたのにっ……!」

「なんでミルっちが謝るんすか?」

「へ……?」

「ミルっちはがんばったじゃないっすか」

 

 向けられた何気ない笑顔。ディティック・ベルは思う。自分がミルキーウェイの立場にいたとしたら、こんな当たり前のように認めてくれたら、惚れるまで行ってしまいそうだ、と。ふいにラズリーヌの視線がこっちに向き、思わず帽子をぐっと深く被って顔を隠し、首を傾げられた。

 

「あっ! 皆さん! ご無事で……!」

 

 そこへ現れ声をかけてきたのは、学ランにゴーグルの魔法少女、7753だった。

 

「ななっち! 大丈夫っすか、なんともなかったっすか?」

「えぇ、はい……警備員さんとテプセケメイのおかげです」

 

 ラズリーヌの顔がミルキーウェイに向く。彼女は目を丸くした後、理解して頬を染めた。

 テプセケメイと聞いて、そういえば7753に預けたままだったかと思い出し、ちょうど後方からふよふよと浮いて現れた。7753からは「あれから人事部のマスコットみたいになっているんですよ」と付け加えられた。色々と押し付けてしまったが、うまくやっているみたいでよかった。

 そんなところをテロリストに襲撃されたテプセケメイは、無表情ではあったが、ずっと裏口の方を見ていた。

 

「逃げられた」

「……そうですね」

「機械を、いじっていた」

 

 機械? 気になる言葉で7753に目を向ける。

 

「テロリストたちはどうやら、私のパソコンからデータを盗んでいったみたいなんです。盗まれたのは『面接予定者リスト』と……1年前の事件の……」

「1年前? ってことは……キークの」

「『魔法少女育成計画』っすか」

 

 あの反応からしても、トーチカはまず間違いなくペチカの血縁、恐らくは兄弟姉妹。であれば1年前の事件を探っているのも理解できる。身内が突如死に、その原因に得体の知れない事件が絡むのなら、真実を明らかにしたいと思うだろう。だがどちらかといえば、わざわざ7753の面接が予定されている魔法少女のリストを持っていったことも引っかかる。

 元凶であるところのキークは収監され、魔王だったのはペチカだった。トーチカが人を探している線は薄い。だとしたら魔法少女のリストはなんのために? トーチカの目的とは別に、マッド=ルナの目的があるのか。

 

「……だめだ、わからない」

 

 探偵はいつも後手だ。事が起こってからでなければ、推理のしようもない。ディティック・ベルは考えるのはやめ、現在の状況に思考を戻す。

 

「そうだ。エントランスは」

 

 裏口には、奴らを追いかけて取り残された者しかいなかった。エントランス側の騒ぎは収まったのか。コートのポケットから引っ張り出した魔法の端末を起動し、スノーホワイトに連絡を取る。

 

『はい、スノーホワイトです』

「こちらディティック・ベル。そちらは?」

『フレイム・フレイミィの制圧は完了しました。重傷者の保護にあたっています』

「なるほど、了解。こちらは人事部門の魔法少女数名と一緒で……これよりそちらに合流します」

 

 さすがは魔法少女狩り。かつて捕らえた相手に2度目はない、といったところか。彼女に話を持ちかけたのは間違いではなかったと確信しながら、ディティック・ベルはラズリーヌに移動の旨を伝えた。

 

 ◇炎の湖フレイム・フレイミィ

 

 消火剤を食らった全身が痛む。炎そのものとなるフレイミィにとっては、むしろそれが火傷のように激痛として襲いかかるのだ。何度食らっても慣れない、耐えられない痛みにいまだ苛まれながら、フレイミィは魔法のロープに手を縛られている。力を込めるほどに固くなるという特性は、力自慢の魔法少女ほど拘束するだろう。

 スノーホワイトはそんなフレイミィのことなど眼中にないかのように、後から居合わせたらしい魔法少女たちと共に負傷者の応急処置や輸送にあたっていた。火傷を負った魔法少女を、旗を担架がわりにして運んでいるのが見える。

 

 ……魔法のロープもロープはロープ。つまり、燃やせば燃える。フレイミィは炎も吐けるし、全身から発火もできるし、周囲を燃やせたなら炎に潜り拘束を無効化することだって可能だ。そんなフレイミィに対する拘束をこれだけとしているとは、魔法少女狩りも程が知れる。一度勝った相手だからと、道具に頼り図に乗ったか。フレイミィの本領はここからだ。消火器に屈するフレイム・フレイミィではない。二度とあの地獄に戻されてたまるものか。

 

 さあ隙をついてやろうと身構え、炎を噴き出す用意をしたその瞬間、スノーホワイトがすっと手を挙げ、それを合図に泡とゼリーがぶっかけられた。

 

「待っ」

 

 言い終わるより先に被り、悶える。消火剤ほどではないが、魔法の泡や魔法のゼリー、これらだって炎をかき消し得る。つまり耐え難い。悲鳴を吐き散らし、抵抗する意思を削がれ、これを何度か繰り返した末、フレイミィは抜け出そうとは思わなくなった。炎なのに、寒い、震える。

 

 ひと段落ついたらしいスノーホワイトは、電話に応対した後、こちらに歩み寄る。あの薙刀は手にしたままだ。今後こそトドメを刺すつもりかと戦慄するが、彼女は無表情のまま、口を開いた。

 

「……目的は?」

 

 襲撃の目的は知らない。知らされないまま、暴れろとだけ命じられた。地獄から解き放たれたばかり、付き従う先もないフレイミィは、言う通りに暴れてやった。それだけの話だった。そう答えてやろうとも思ったが、悲鳴と消火剤のせいでうまく声が出せず、睨み返すだけで終わった。

 

「リップルは何処?」

 

 リップル……?

 どこかで聞いたような……そうだ。マッド=ルナが、あの……赤いマフラーの忍者魔法少女をそう呼んでいた。何処と言われて教えられるわけがない。今回同行していないんだから、レジスタンスのアジトに待機しているんだろうが──など、そんな無意識下の思考は、当然スノーホワイトには筒抜けだった。

 

「そう」

 

 オフィスへ繋がる廊下の方から、魔法少女たちが合流してくるのが見える。レジスタンスの連中は、とうにフレイミィを見捨て逃げたらしい。それがどうした、せめて憎き魔法少女狩りに手傷だけでもと思いっきり吐き出した炎は、半歩体をずらすだけで躱され、燃えず残っていたスタンプラリーのポスターに当たって焼き尽くし、消えていった。



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第52話『とっととリプライ』

 ◇フィルルゥ

 

 がちゃり、扉の音がして、牢屋の中のフィルルゥは顔を上げた。

 

「いやー、一昨日は悪かったのね。フィルルゥちゃんの職場がそこだとは知らなかったのね」

「あ、あの……」

 

 あまりにも見た事のある顔、パンクファッションでトゲトゲで、やたらと人懐っこい笑顔をした魔法少女。トットキーク……というのは名前ではないらしい、トットポップが見張り役に入ってくる。気がついたら、確かにあの見張りの忍者、リップルが見当たらない。彼女は一言も発しない。リップルのマフラーに隠れた口元を見たことがないほど、フィルルゥに構おうとはしなかった。

 ただトットポップは真逆である。牢の格子のすぐ近くに屈み、わざわざ顔を寄せてまで話しかけてくる。

 

「ベテラン看守フィルルゥちゃんでも捕まる側は初めて?」

「べ、ベテランというほどでも……って、捕まったことがあったら看守になんてなれないですよ」

「あっはっは! そりゃそうだったのね!」

 

 トットポップは無邪気に、けらけら笑っている。つられて苦笑いが出る。

 

「じゃあずっと、鞭でバシーン! とか! やる側ってことね!」

「い、いやそんなことはしないですよ。更正は私の担当じゃありませんし。そういった魔法の方がいる、とは聞いたことがありますが、大抵はなにもしなくても皆さん真面目に刑務作業してくれます」

「意外と平和なのね?」

「まあ、わりと立っているだけですね。まあ、ここにいらっしゃる封印刑のみなさんのような重い罪の方には刑務作業とはなりませんから」

「だって封印してるもんね!」

 

 そうだ、ここにいるのは封印されるような重大魔法少女犯罪者と、それを解き放つテロリスト。そう自分に言い聞かせ、口は滑らすまいと決意する。この後、トットポップがにこにこ話を聞いてくるので決意はどこかに飛んでいくのだが。

 

「大立ち回りしたのは初めてなの? うちのメンバーみんな一網打尽にしてたけど」

「あぁ、以前の監査部門の研修のおかげでもありますし……あの後、ちょっとした騒ぎがあって」

「おお! 聞かせて聞かせて!」

 

 既に、エピソードトークくらいならいいか、と思っていた。魔法少女の知り合いも多くないフィルルゥには披露の席もないし、使えるなら持ちネタにしたいと思ったのである。

 

「そうですね。その日は更正担当の方とご一緒させてもらっていたんです。といってもただの見学ですから、鞭を持ったりはしてませんよ」

「ほうほう、まだ平和ね」

「しかしその時。示しを合わせた囚人たちがですね」

「来た! よりによってお客様いる時に!」

「えぇ、むしろ説明なんかに人手が割かれていて、ちょっと手薄だったのかもしれません」

「さすが囚人、ずるがしこいのね。更正してないじゃない」

「そうなんです。で、なんと看守仲間にですね──」

 

 そして──1時間後。

 

「そうしたらその時! あらかじめ掛けておいた糸が引っかかり……!」

「おおー! すげえ! フィルルゥちゃん頭良すぎるのね!」

 

 会話が盛り上がっていたところで、扉ががちゃりと開いた音がして、そちらに互いの視線が向いた。ここでようやく、そもそもここがレジスタンス、言い換えれば反社会勢力の本拠地だということを思い出した。

 扉の音で入ってきたのはリップルだった。もう交代の時間かとトットポップが尋ね、頷かれたが、トットポップは動く様子がない。

 

「そうだ! せっかくだしリップルちゃんのお話も聞きたいのね!」

 

 フィルルゥは耳を疑った。驚いた顔でふたりを交互に見た。そもそもリップルが喋っているのを見たことがない。なのにそんな簡単に行くわけない。そう思い、実際、トットポップでもアピールを開始してもはじめはかわされていた。しかし、それで止まらないのがトットポップでもあった。

 

「まあまあ。お姉さんのお節介くらい聞いてくれても──」

「……チッ」

 

 舌打ち。フィルルゥと、恐らくはトットポップも、初めて聞いたリップルの声はそうだった。声というにはただの音すぎるかもしれないが、それを引き出しただけでもすごい。またもや目を丸くしていると、さらに驚くことになる。

 

「……話すことないから」

「まあまあ話すことないなんて言わずに。リップルちゃんはどっから合流したの?」

「……話すことないって」

「わざわざこんなとこに来るってことは、凄く理由があったり? 覚悟なかったら単身で看守と戦ったりしないって」

「……」

 

 あのリップルが応じたかと思いきや、何か思いを巡らせ、視線を外してどこか違う方向を何度か見た後、鉄格子に寄りかかり、答えた。

 

「友達のため」

「お友達! たった1人のために革命志すとか、最高にロックなのね!」

「……」

「あ、どっちかっていうとJ-POPなのね? 世界を敵に回しても的な!」

 

 リップルは何を思い出しているのか、その無表情にほんの少しだけ郷愁を浮かべ、小さく、うざ、とこぼした。トットポップは聴こえなかったのか、そのまま追撃が始まって、それからもリップルから少しずつ言葉が引き出され、気がついたら数十分、彼女の刃のような気配が、少しだけ収められているように思えた。リップルの立っている場所も、フィルルゥのいる格子に2歩ほど近づいている、ような。

 そこで、トットポップが放り込む。

 

「リップルちゃんの大事なお友達……ってのは、スノーホワイトのこと?」

 

 空気が凍りついた気がした。リップルは頷くでもなく、寄りかかる体勢を少し変え、腰のクナイが当たり、金属が擦れる音を立てる。

 

「トットは知ってるのね。トットのマスターぶっ捕まえたのもスノーホワイトだって」

「……あの子は」

 

 リップルからの視線が一瞬、敵意、殺意を含んで鋭くなり、対峙したあの瞬間を思い出す。この場にいる誰かではなく、もっとどこか、遠いものへの怒り。

 

「戦うべきじゃ、ない」

 

 フィルルゥにはその覚悟が張り詰めた糸に思えた。あまりにもぴんと張って、弾こうとする指が切れてしまうような。それでも次の言葉を繋げようとするトットポップがいて、慌てて止めるべきか過ぎったが、会話の中断は別の要因によって引き起こされる。アジトに張り巡らされた結界の解除、そして再構築。機械音とともに自動扉が開閉し、ただいまという高らかな声。気がついたトットポップは立ち上がり、通りすがりにフィルルゥとリップルに軽く手を振りながら、部屋を出ていった。部屋の外からは、彼女らしい楽しげな声。

 

「おかえりなのね! 首尾はどんな感じ? えー、すごいのね! 大成功じゃない!」

 

 すっかり主な音の発生源が部屋の外になり、鉄格子の部屋自体は静かになっていた。



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第53話『待機命令』

 ◇たま

 

 広報部門の施設で過ごしはじめて数日。持ってきたお気に入りの枕のおかげで慣れるのも早く、起き抜けはそれなりに気持ちいい。朝日を浴びて、朝の身支度と準備運動をしたら、朝から借りたスペースでノゾカと日課の組手だ。実験用の広く頑丈な部屋だから、施設へのダメージは考えなくていい。

 

「やぁっ!」

 

 飛びかかるたま、躱すノゾカ。ふわりと飛んで繰り出された蹴りをくぐり、こちらも飛び上がって爪を振り抜く。

 身を逸らしたノゾカには当たらず、体を回しながらの掌底をもろにくらいかけ、なんとか腕で流す。そこへ反撃に脚を使い、ノゾカの足元を狙う。当たりはしたが崩される瞬間に体を回し、上半身はすぐさま攻撃に転じている。ノゾカとたまの拳が交差し、押し合いになった末、互いに退いて仕切り直しだ。

 

 師匠の教えの中でも、ノゾカは剛より柔を得意とする。一撃も受けず、己の攻撃だけを当て続ける……なんてことが常に出来ればいいが、そううまくはいかずとも、そうしようと立ち回ることが大事だと、言われたことがある。その考えを実践し続けているのがノゾカだ。

 実際の戦闘においても、相手も魔法少女となるのなら、一撃でも貰えば死が見える。たまの魔法なんてその代表格だ。魔法じゃなくたって、単純な身体能力の差が即死に繋がることだってある。避け、逸らし、受け流し、生き残るための体術なのだ。ただ、たまにはちょっと、難しすぎてついていけていない。だからやることは単純だ。

 

「はぁっ……!」

 

 なんとしてでも当てる。逃げてばっかりじゃいられない。踏み込んで、爪を振り抜き、反撃を許さない。ノゾカは躱し続けるが構わない。打ち込み続けるのが今のやり方なのだから。

 

「っ……!」

 

 さすがのノゾカでも集中に限界が来る。無理やり何度も何度も繰り出された引っ掻きに、ついに肌がわずかに裂かれた。実戦なら、これで魔法が発動し、勝負がついている。

 単純な没頭であれば、まだできる方だと、たまは思っている。難しいことを考えなくていいなら、少しは食らいつける。

 

「完敗、やられた。一撃、貰っちゃいけないの辛い」

「で、でも、すごかったよ、全然届かなかったもん」

 

 その後も、練習の域を出ないようにしながらも、本格的な組手を続ける。ラズリーヌの修行施設だと、怪我をしても治してくれるレベルのものがあるが、ここではそうもいかない。昨日より少しでも強くなれるように、でもちょっとやり過ぎはしないように。互いの身のこなしを確認し、そこそこのところで切り上げた。

 

 組手の後は、日向ぼっこの時間だ。修行の場ではお昼寝というわけにもいかないので、休息のために陽だまりでゆっくりするのを日課にしている。ノゾカの方は、この時間は何をしているかよく知らないのだが──今日は、珍しく隣に座ってきた。2人で並び、互いに呼吸が乱れているのを感じる。ゆっくり、落ち着いて、整える。休息も強い魔法少女になるために必須ですよ、というのも師匠が言っていた。

 

「調子、良いと思う」

 

 ふいに、耳元でノゾカの声がした。

 

「にゃっ!? そ、そうかな?」

「……最近、自分の使い方……というか。板についてきたんじゃないかな」

 

 そもそも話しかけられると思っていなかったせいで、驚きの変な声が出る。これまでのノゾカなら、わざわざ隣に来たりもしなかった、と思うのに。いきなり距離が縮められて驚いていると、ノゾカはまた喋る。

 

「任務、過酷だと思う。だから……ちゃんと話しておかないとと思って」

「あ……うん、そ、そう、だね」

「今迄、ちょっと、話しかけ方、わからなくて」

 

 それは、たまの方だってわからない。彼女の中でどういう変化があったのやら、何かあったような気もしないのだが。

 

「……後悔、したくないし」

 

 ノゾカは首元のアクセサリーに触れる。彼女のそれは、宝石の外れてしまったネックレスのよう。銀色の外枠だけが残されて、中央にはなにもない。そこに窺い知れぬ思い出が見えて、たまは目を逸らした。

 

 ◇レイン・ポゥ

 

「待機ね、待機。全員まだ待機。何もしなくていいよ」

 

 人事部門がレジスタンスによって襲撃された、という話が耳に届き、これはレジスタンス対策チームとして動かざるを得ない状況だろうと思い立った。わざわざキューティーオルカのもとへ赴き、そして彼女に直談判しようとして、そう言い放たれてしまった。やる気のある下っ端の演技をしたはずが、通じていない。そもそもの暗殺犯の疑いを強くかけられている以上、オルカに演技は大して意味がない、か。

 部屋に戻っても、いるのはどうせ体育座りをしたポスタリィだけだ。

 

「……んー? まだなにかある感じ? あは、オルカちゃんもここで暇してるわけじゃないから、眺めてたいならマギシブで二次創作絵でも見てるといいよ?」

 

 キューティーオルカ、思えばほとんどはこの女のせいだ。この女による単独での早期突撃により、レイン・ポゥは相棒の妖精──トコと、用意した魔法少女戦力のほぼ全てを失った。魔法少女は魔法の国により保護、記憶削除処分。トコは行方不明だ。中には1名……亀が変身したらしい魔法少女は行き場もなくどこかに預けられたらしいが、接触できない時点で関係ない。

 とにかく、レイン・ポゥもポスタリィも、記憶を消されて放逐、そうなるはずだった。そうしなかったのは、キューティーオルカの独断だ。

 

 レイン・ポゥは暗殺稼業で生きてきた。あの日のB市でも、元々雇い主からの指示でトコと共に暗殺の仕事をするはずだった。そのはずが、仕事を全て失敗し、相棒はどこかにいなくなり、人質にされ、傍らに残ったのは……友達を演じていた相手(ポスタリィ)だけ。

 

「……」

 

 少なくとも、今キューティーオルカは無防備だ。レイン・ポゥを人質にとっておいて、背中を見せている。格上だとしても、その油断から切り裂かれてきた連中は何人もいた。仕掛ければ、あるいは──!

 

 レイン・ポゥの放つ『実体を持つ虹』が伸び、刃となってオルカに迫る。デスクの一部を切り裂きながら、その背中に至ろうとして、彼女はぎゅるんと振り向き、躊躇なく虹に──噛み付いた。虹の硬度は生半可じゃない、魔法少女が蹴っても走っても壊れない。歯で止めたとして、砕けることはない。ないが、横に放り投げられた。だがそれなら次の虹を出すだけだ。今度は何本もの虹を一気に発生させ、取り囲んで切り刻まんとする。その包囲を、床を蹴ると同時に全て潜り抜け、レイン・ポゥが盾の虹を展開するその瞬間、強烈な蹴りが叩きつけられた。盾ごと大きく押され、よろめき虹が消えてしまった瞬間、潜り込んだオルカから拳の1発。

 

「ぅぐっ……!?」

「さっすが謎の暗殺者。速いし正確。オルカちゃんじゃなきゃ見逃してるね」

「げほっ、げほっ……! そりゃ、どうも……」

「あはは。いいね、白黒してるよ、君」

 

 鳩尾に突き刺さった拳のおかげで呼吸困難になりつつ、なんとか気絶と嘔吐の手前で耐え、白と黒なのはオルカの方だろ、私は虹色だぞ、なんて睨み返した。その瞬間、オルカからさらにもう1発腹部への殴打を食らい、ついに胃液が逆流した。

 

「おぇえっ……!?」

「初回特別サービス、お仕置95パーセントオフね。裏切ってもいいけど、仕留め損ねたらこの20倍ってことで」

 

 さすがは広報部門の裏仕事を任される反社会魔法少女……か。胃酸の味が広がる口の中から、どうしようもない苦笑が漏れる。オルカを甘く見すぎた。裏切るのならもっと、確実な状況を用意しないといけないらしい。

 

「っ……! 香織ちゃんっ!!」

 

 扉を開いて飛び込んできたのは、どうしてかポスタリィだった。彼女はこちらへ飛びつき、心配した様子で見つめている。こいつは何も知らない。わけもわからぬままいきなり魔法少女にされて巻き込まれ、オルカに捕まって連れてこられた。レイン・ポゥの本当を知ったら、この態度も変わるだろうか。

 

「……大丈夫だから」

 

 嘘だった。オルカに貰った痛みは、レイン・ポゥにまだ立ち上がることすら許さなかった。



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第54話『帰還』

 ◇トーチカ

 

 人事部門襲撃から帰還したトーチカが真っ先に行ったのはもちろん自室だった。疲れた、それに尽きる。恐らくだが、ミルキーウェイは素人が戦っていい相手ではなかった。レシピの魔法と、キュー・ピット・アイの手助けがあって、ようやく五分、いや四分くらいに押し込めたのだ。

 そんな戦闘の末、疲れきっていないはずもなく。ベッドに思いっきり寝っ転がりたい。そのまま泥のように眠り、傷を癒したい。と思っていたのだが、トーチカは自分が使っている部屋に入ろうとして、当たり前のように何人もぞろぞろ続いてくるのに、遅れて違和感を覚えた。

 

「なんでまた僕の部屋なんですか」

「えー別によくない? なんか無理やり集合した方が狭くてやりやすいっていうかさ」

「なー。うちら、なんやかんや前のアジト気に入ってたんやと思うわ」

「わ、私は別に、トーチカくんの邪魔をしたいわけじゃないんだけど」

「まあまあいいだろう。トーチカが最もルナ様に重用されている。であればトーチカが主役。主役の部屋でやるのが正しい! 違うか?」

 

 4人娘がまたわいわいやいのやいの言い始め、いんくの言葉を否定しようとして、言葉を詰まらせた。現在、レジスタンスの方針を握っているのはトーチカだ。『魔法少女のレシピ』……それを、奪い取った名簿から編み上げなければならない作業もある。そう、その内容こそが、重要だ。自分の金髪をわしゃわしゃと掻き、端末を手にベッドに寝転がった。

 

「っていうかトーチカくん……当たり前みたいにベッドにまで入ってきてる人にはなにもないの?」

「……アイさんはもうそういうものですから」

「ふふふ♡ 私にとっても、もはやおうじさまといるのが当たり前ですわ♡」

 

 出会って数日なんだけどな、本当に。ため息混じりに苦笑を出そうとして、アイの言葉は止まらない。

 

「ちょっと待ってくださいまし。おうじさま、今、私のことをアイさんと」

「え? あ、あぁ、アイさんでしょ」

「くっ……これは私、究極の選択……やや他人行儀でも私を思って決めてくださった呼び名か、それともより親密であると方々に知らしめる呼び名か……」

「キュピちゃんでいいんじゃない?」

「なっ……キュピ(それ)はやめてくださいますこと? マヨネーズ作ってるようにしか聴こえませんわ」

「そんな〜」

「まったく……やはりここは『ハニー♡』と」

「呼ばないから……」

 

 案の定これで心安らげるはずもない。ないのだが、常に魔法を使い続けながら格上と戦った疲労はそれよりも大きく、既に眠たい。次第に会話の返答もうとうとしながらになり──そのうち自然に意識を手放していた。

 

「……はっ!? ぼ、僕、寝てた!?」

「はい♡ それはそれは可愛らしい寝顔でしたわ♡」

 

 目を覚ました時、目の前で微笑むアイで視界がいっぱいになり、慌てて飛び起きた。4人娘は……まだいる。全員ダラダラしており、特にいんくは完全に寝ている。エンタープリーズもサッキューの太ももを枕にすやすや寝息を立てており、そのサッキューもうとうと船を漕いでいる。絶えずお菓子をぼりぼり食い続けているイロハだけがこちらに気が付いた。気の抜けた「おはようさん」が飛んできて、何気なく返す。

 

「そうだ……作業、やらなきゃ」

「あの女に頼まれた、ですの?」

「あの? あぁ、ルナさんの」

 

 端末に魔法少女名簿を表示させ、その魔法の簡易的な説明とを目に通し、トーチカ自身の魔法を交え、標的を決める。……トーチカが選んだ魔法少女に、害を及ぼすことが決まる。迷ってしまったらできない作業だ。それでもトーチカがやらなければならない。ディティック・ベルの手を躊躇って取らなかったのは、トーチカ自身だ。

 

「ふふ、おうじさま♡」

 

 そんな作業の最中にあっても構わず来るのが、キュー・ピット・アイだった。

 

「ごめん……今はちょっと。その……ゆっくり考えないといけないというか。ルナさんに完成品が見たいって、言われてるし」

「あら、そうでした? でも、急ぐことではありません♡ それよりも二人っきりであることの方が大事です♡」

「いや、うちも起きとるけどな」

 

 イロハに突っ込まれた後、アイは数秒沈黙し、何事もなかったかのようにまた距離を詰めてくる。柔らかい体が当たる。魔法少女に変身していなかったら、本当に危ない。

 

「ふふっ……ですけど、私、ただ絡みついているだけでもありませんわ」

「え?」

 

 失礼ながら、やりたいからやっているだけだと思っていたのだが。そういう反応をしてしまったトーチカに、基本はそうですわ♡なんて本音をいただきつつ、話は続く。アイは急に真剣な表情になり、いつもならハートに染まっている目を細めた。

 

「おうじさま。これが今後のレジスタンスの動きに関わるもの、だとしても。全てを決めてしまうのはよろしくないのでは?」

「……どうして?」

「マッド=ルナは平気で誰かを使い捨てますもの。フレイム・フレイミィを見捨てたこと、もうお忘れですの?」

 

 そうだ。今初めて、彼女がいなくなっていることに気がついた。アジトにフレイム・フレイミィは帰りついていない。侵攻と撤退に使ったゲートは解除しているため、少なくともトーチカたちが使ったルートは使えない。マッド=ルナは触れもしなかった。フレイム・フレイミィはどうなったのか。全く姿を見せなかったことからして、再び捕まったのだろうか。彼女を最後に見たのは、エントランスに残してきたあの時だ。

 

「『レシピを作る』おうじさまの魔法が貴重なら、他人に渡さないために消しておく……なんて、あの女ならやりかねませんこと?」

「っ……そ、そんな……ことは……」

「ふふ♡ 私も元々はレジスタンスと無縁の魔法少女。彼女らの所業はよく知りませんから、杞憂かもしれませんけど。封印刑を受けるような囚人、信用するものではありませんわ♡」

 

 暗に自分を信用するなと言っているかのような口ぶりに、さすがに頷くことはできなかった。苦笑いしながら、魔法の端末を軽く操作した。

 開いたのは、事件の方の名簿だ。初めて目を通す。そこに並ぶ名のほとんどは当然知らない魔法少女の名前ばかりだが、いくつかは聞かされた。『ディティック・ベル』。あの探偵の言っていたことは真実に他ならないのだろう。そして、そこにはもちろん。

 

「『ペチカ』」

 

 ぽつりと呟いた。本名の智香(ちか)に1文字足しただけの名前。きっとこれが智香だったに違いない。詳細には死亡した旨とその日付が淡々と書かれている。……あの日だ。その日付、自分の部屋で眠るように動かなくなっていた彼女のことを思い出してしまう。

 

「……ん」

 

 十数名のリストの中半分以上に確認された死亡時刻が並ぶ中、唯一、日時が書かれながらも死亡ではなく『確保』とされている魔法少女があった。名は……『キーク』。しかもその内容には、収監、第四宿舎にて封印刑に処す、と。第四宿舎といえば、トーチカたちが襲撃した監獄である。わざわざ収監され、しかも封印刑にまで処されているということは──。

 

「あー、何見てるの?」

 

 目が覚めたらしいサッキューとエンタープリーズ、お菓子を食べ続けながらのイロハと、いんく以外が並んで覗き込んでくる。エンタープリーズが取ってきた名簿だと話し、目を戻そうとした時、サッキューがキークの名を指した。

 

「あっ、このキークって名前。トットちゃんが友達だって言ってたよ」

 

 トットポップが? いや、トットポップなら、誰と顔見知りでも驚くべきではない。急に名前が出てきてもおかしくはないだろう。だったら、彼女に聞くのが最も早い。またしても、思い立って立ち上がる。今度は当たり前のようにキュー・ピット・アイもついてくるが、もう気にしない。そして、人質の檻がある部屋にいたトットポップを訪ね、キークについて聞いてみた。

 

 あっさり返ってきたのは、衝撃の言葉。

 

「キークちゃん? キークちゃんなら、あっちの方の部屋にいるのね」

「……え?」

「あの時連れ帰ってたよ?」

 

 ──思いのほか。手がかりは身近にずっとあったらしかった。



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第55話『キーク・ワールド』

 ◇トーチカ

 

「キークちゃん? キークちゃんなら、あっちの方の部屋にいるのね」

「……え?」

「あの時連れ帰ってたよ?」

 

 姉、智香──ペチカの死を知るであろう人物、キーク。その存在への手がかりにすべくトットポップを訪ね、そして、本人がこのアジトにいるという、手がかりどころか答えを提示されてしまった。

 全く予想外のところに飛んで行った話に呆然とし、トットポップに首を傾げられ、彼女はぽんと手を叩くとトーチカの手を引いて連れ出してくる。

 

「キークちゃんに会いたいなら案内したげる」

「え、あ、あぁ、ありがとうございます」

 

 アジトの白い廊下を、彼女は迷いなくずんずん歩いていく。正直、まだ状況が飲み込めたわけではないのだが、歩きながら呼吸を整えた。真相に一気に近づいているんだと思うと、鼓動が早まってくる。やがてトットポップが立ち止まる。そういえばここは、挨拶回りをしようとした時、ノックしても返事もなにもなかった部屋だ。トットポップがコンコン叩いてもやはり返事はなく、いないかと思われたが、続けてドアノブに手をかけている。

 

「可愛い可愛いトットポップちゃんが来てやったのね。開けちゃうのね〜」

 

 ガチャリとノブを回し、開け放たれる扉。鍵はかかっていないようだったが──かわりに、その扉の向こうが異界化していた。まず床がなくなっており、風景のすべてがデータの海というべきか、明滅する細かい光の集合体となっている。アジトにこんな場所があるわけがない。

 

「あはは、キークちゃんの魔法でこうなっちゃってるだけだってば」

 

 トットポップはそういうが、それが一番の問題だ。足場らしきものは、その辺を浮遊して移動している謎の立方体くらいしかなく、これを辿っていくしかないらしい。空間の底は見えず、落ちたらどうなってしまうのか、想像できないししたくもない。

 

「でも、前より酷くなってるのね」

「以前からこんな感じなんですか?」

「着いてすぐこの部屋まで逃げ込んで、それっきり」

 

 あの時軽率に開いて入ろうとか考えなくてよかった。そう思いつつ、タイミングを窺うトットポップに続き、トーチカも飛び込もうと心を決めた。と、後ろを見ると、アイが珍しく目を逸らしている。

 

「私、ブルーライトが苦手でして……」

「……? それならアイさんは待ってて。すぐ戻ってきますから」

「あっ……♡ はい♡ おうじさまを待つのも姫の役目♡ ですわね♡」

 

 これまで全然離れようとしてくれなかっただけあって意外だった。そんなにこの電子機器のような発光が苦手らしい。だったらトットポップと2人で行くしかない、というか、そもそもアイを頭数に入れていた方が変だった。トットポップと目を合わせ、息を合わせ、さらに助走も合わせて、異界と化した部屋の中に飛び込んでいく。思いっきり床を蹴り、浮遊移動するキューブの上に飛び乗った。

 

「着地成功! さてさて、奥に行くにはどうすれば……」

「はぁ、ひとまず助かっ……あっ、ちょっと待って、この足場──」

 

 乗っているはずのトットポップとトーチカは運ばれず、足場だけが動いているという事実に気がついた時、既に遅かった。重力があるはずなのに摩擦がない、本当に足場だけが先に行っている。足元を見た時にはもう両足が外れており、重力が体を下へ下へと引っ張っていく。

 

「っ!? お、落ち、落ちっ──」

「あっははは! やっば、めっちゃ落ちてるのね!」

「わ、笑い事じゃないですって! これ、いつまで落ちるんですか!?」

「わかんない! 全く底見えないもんね!」

 

 そうだ、もう何百メートルも落ちているはずなのに底が全く見えてこない。よくわからない立体の横を通り過ぎていくだけだ。なのにトットポップには一切の危機感がない。見上げたら、通ってきたはずの入口さえ見えなくなっていた。このまま永遠に落ち続けるのでは、という予感さえして、いっそ気絶してしまった方がいいと目を閉じることさえ考えた。

 

 ──その時だった。ふわり、羽毛がトーチカとトットポップを受け止める。目の前には少女の背中が2つ。2人の少女が巨鳥に乗り助けに来てくれたのか。いや、これは──乗っているのは片方、巫女姿の方だけだ。もう一方の着物風の少女の上半身はこの鳥の頭部の代わりに生えている。ケンタウロスの鷲版とも言うべき姿だ。彼女は真っ直ぐに伸ばした翼を巧みに動かし、浮遊する立方体の横をすり抜けて進んでいく。

 飛び続けるうち、自ら動いていない浮島が見つかり、鷲の魔法少女はそれを目指した飛行に切り替えた。ようやく地面を踏むことができて、胸を撫で下ろした。

 

「いやー、助かったのね! 一生落ち続けるところだったのね」

「お礼には及びマセーン! 魔法少女は助け合いデース!」

 

 巫女服魔法少女の言葉に、鷲の魔法少女も頷いた。頷いた後、彼女は何やら魔法を使ったらしく、その下半身は鷲でなく小型の馬に変わる。これぞケンタウロスという見た目になった彼女は、無言かつ無表情のまま、じっとトーチカの方を見ている。

 

「えと……その、ありがとうございました」

 

 彼女も軽く頭を下げる。異形の見た目は体高も高く威圧感があるが、こうして見ると普通の魔法少女の、ような。

 

「ワタシは御世方那子いいマス。こっちはクランテイルさん」

「はーい! トットはトットポップ! この子がトーチカなのね!」

「よろしく……お願いします」

 

 御世方那子に、クランテイル。どこかで見覚えのある名前だと引っかかって、少なくとも脱獄囚ではないはずだと考え、思い出した。1年前の事件の関係者としてリストに名があった魔法少女たち、のはずだ。それも、死亡扱いとされていた──。

 

「……あの」

 

 これだけは聞いておかなくちゃと思い声を出す。那子もクランテイルもこちらを見て軽く首を傾げた。

 

「ペチカ……って魔法少女のこと、知っていますか」

 

 那子とクランテイルは顔を見合わせ、頭を悩ませるような仕草を見せる。あのリストにあった魔法少女ならという期待をして、しかし叶わなかった。

 

「ごめんなさい、私たち、何も覚えていないんデス。なんでここにいるのかもよくわからず」

 

 問題はそれ以前にあった。2人は記憶喪失になっており、そもそも脱出する方法も思い当たらない。あんなに落ちてきてしまったら、もはや上を目指すのも不可能に近い。そもそもの目的であり、この空間の主であるところのキークに会うしかない。

 

「だったら一緒に行くのね!」

「それがいいデス!」

 

 トットポップと御世方那子は波長が合うというか、テンションが近く、主にこの2人でどんどん話が進められていく。早速出発、となり、トーチカとクランテイルはそれに黙ってついていくことになる。隣を歩くクランテイルから蹄の音がする中、トーチカはふと、置いてきたキュー・ピット・アイに連絡をしようと魔法の端末を取り出そうとし、見つからないことに気がついてしまった。

 

 ◇キュー・ピット・アイ

 

 おうじさま(トーチカ)は1時間経っても戻る気配はなかった。この廊下で待ち続けてもいい、けれど、どうせならこの隙に彼女のベッドを占有してみたいと──訂正、邪心は一切なく、部屋に戻ろうと思い立って、その場を離れる。そしておうじさまが普段使っている部屋に入ると、まだあの、普段からおうじさまにまとわりついている4人組がおり、何やら話をしていた。

 

「おぉ、トーチカ……じゃ、なかったか」

「おうじさまはキークに会いに行きましたわ。まだしばらくかかると思いますわよ」

「そうか。であれば仕方ない、トーチカ抜きでも作戦を実行しよう!」

「……? あら、そちら……おうじさまの端末では?」

 

 輪になった4人組の中央に置かれているのは、おうじさま(トーチカ)の魔法の端末だった。表面の小さな傷の入り方でわかる、間違いない。忘れていったのだろう。おうじさま(トーチカ)、連絡手段もなくて平気なのでしょうか──と思った時、画面が目に入り、4人娘が何の話をしていたのかなんとなく想像がついた。表示されっぱなしになっている魔法少女名簿にはアイの知らない魔法少女の名前が並んでいたが、その中に、印のついた名前がある。

 

「トーチカが印をつけて残してくれたのだ。重要人物に違いない! これより、我らで確保作戦を始めるぞ!」

「キュピちゃんも来る?」

「いえ。私には、おうじさまを待つ役目がありますもの」

 

 4人組はばたばたと出ていった。名簿に目を通していた時、おうじさまはあの時出会った2人組── ディティック・ベルとラピス・ラズリーヌだったか──をはじめ、生存者に印をつけていた。確かに事件に巻き込まれた当人であれば話を聞けるかもしれないが……わざわざ確保しに行くものだったのだろうか。

 

「災難ですわね、この『シャドウゲール』さんとやらも」

 

 キュー・ピット・アイは呟き、おうじさまのベッドに潜り込む。魔法少女のいい香りと共に、魔法少女ではない、少年のような汗の匂いがする。それが誰に由来するのかまではわからなかった。



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第56話『人小路邸にて』

 ◇犬吠埼珠

 

『人小路邸前駅』なんて、その近くにある1軒の超巨大屋敷のためだけに作られたかのような、使ったこともない駅で降りた。きょろきょろ周囲を見回し、犬吠埼珠としては(・・・・)久しぶりの外出に、自分が変じゃないことをしきりに確認する。

 わざわざこうして、変身せず出歩いているのには理由がある。かつてのパーティメンバーから急な連絡が来たのだ。オールド・ブルーに弟子入りしてからは初めてのことだった。いや、シャドウゲールとはそれなりにやり取りをしていたが、プフレからの連絡は本当に久しぶりだった。

 このやたらと大きな屋敷の周囲をぐるぐると回り、迷子になりかけながら、正面玄関にたどり着く。平日昼間、建設工事の音が響く中、そこからは呼び鈴を押すと出てきた黒服に色々事情を聞かれ、心底怯えながら正直に伝え、この見たこともないような大豪邸の内部に通された。

 

「こうして現実で会うのは初めてだね」

 

 珠を出迎えたのは2人並んだ美少女。少し歳上だろうか。佇まいだけで気品を感じ、柔らかな金の巻き髪のまさにこの屋敷の令嬢といった印象の少女と、その傍らにあってなお不釣り合いを感じさせず、従者らしく付き従う黒髪の少女の、2人組だ。なるほど魔法少女の姿と印象は似ていて、どちらがプフレで、どちらがシャドウゲールかは一目で認識できた。

 

「私は人小路庚江(ひとこうじかのえ)。こちらは魚山護(ととやままもり)。私がプフレで、護がシャドウゲールだ」

「あっ、は、はい……えと、犬吠埼珠です、たまです」

「では珠。どうぞ、こちらへ」

 

 名前と一致しているせいで2回名乗ったふうに聞こえていたのは、言い終えてから気がついた。

 庚江に導かれるまま、ティーテーブルに案内される。護が紅茶を用意してくれ、勧められるがまま口をつけた。……珠には美味しいのかどうかもわからない。猫舌が火傷しそうになったことだけは確かだった。その様子を庚江は微笑みをたたえて見守り、護が席につき、珠がカップを置いたのを合図に、口を開いた。

 

「もうあの事件から1年か、早いものだね。元気にはしていたかな」

「う、うん……元気です」

 

 でなければ、修行にはついていけない。最近はようやく慣れてきた頃だ。

 

「それはよかった。さて、何から話したものか。一番の理由からにしよう」

 

 珠も他愛のない世間話は得意ではない。わざわざ呼び出してきた庚江も、多少は用件を急ぐらしい。すぐに本題が持ち出された。

 

「今回君を呼んだのは他でもない。君が今、命じられている任務に関わる話だ」

「任務……! な、なんでそれを」

「君の師匠から聞いた」

 

 庚江とオールド・ブルーに繋がりがあるとは思わず、狼狽える。確かになんとなくの雰囲気には近しいものがあるような気がするけれど。今の任務は脱獄囚の捕縛で、1年前の事件とはさすがに関わりがない、はずだった。

 

「実を言うと、あれから私も出世してね。人事部門長という立場にいるわけだが」

「えっ?」

「その人事部門が、つい一昨日レジスタンスに襲撃を受けた」

「えっ」

「エントランスがほぼ全焼するほどの被害でね。幸い人死には出なかった。その犯人はスノーホワイトが撃破し確保したわけだが」

「えっ、えっ、ちょ、ちょっと待って」

 

 プフレが人事部門長? レジスタンスの襲撃? スノーホワイト?

 ばらばらに知っていたものがそれぞれ突然繋がり出そうとして、頭の中が混乱する。

 

 人事部門といえば選抜試験なんかを担当しているため多くの魔法少女に関わりのある部門で、クラムベリーもあの時は所属していた、という。その人事部門の長が、今目の前にいる彼女だと。そんな偉い人が知り合いに居たとは。

 そして、その人事部門を、今まさに珠たちが追っている相手であるレジスタンスと脱獄囚が襲撃した。つまり、足跡が残っているかもしれないということ。部門長である庚江は、その情報を持っている、というのだろうか。

 そして最後に……同じ試験を生き残った、スノーホワイト。彼女は監査部門の立場を持ち、悪事を行う魔法少女を捕まえている。脱獄囚なんてものが出て、監査部門が動かないはずもない。スノーホワイトのことはそれほど驚かずに済んだ。

 

 1つ1つ整理して、順を追って驚いていったところで、庚江は大丈夫かな、と声をかけてくれた。とりあえずある程度は飲み込めたとして、頷く。

 

「どうやらオルカはそれすらも話していなかったみたいだが……ここまでは状況の確認だ。ここからは、情報の提供になる」

 

 庚江の目が、真剣な眼差しに変わる。差し出されるのは何かの資料だ。報告書と題され、赤い文字で機密の印が押されている。珠にとっては、見るだけで背筋が凍るようだ。庚江はそれを容赦なく開く。

 

「レジスタンス……かつてのマリア派の調査報告書だ。第四からの脱獄囚に、マッド=ルナという魔法少女がいる。彼女はこのマリア派の幹部で……彼女が逮捕された際のことが記されているはずだ。機密とあるが、キューティーオルカやリオネッタには見せても構わない」

「えっ、と、その……いいんですか、わ、私に、こんな」

「もちろん。君のためにやっていることさ」

 

 開かれた資料には、当時レジスタンスに与していた魔法少女と、各部門混成チームとの戦いが記されていた。マリア派の討伐は、互いに甚大な被害、多くの犠牲者を出しながら、最後にはレジスタンス他派からの裏切りによってリーダーであった『マリア・ユーテラス』が死亡。そしてその右腕だったマッド=ルナの逮捕により、ほぼ全てが幕を下ろした、となっている。

 報告書ゆえに淡々とした語り口だが、起きている出来事はショッキングなものばかり。クラムベリー最後の試験やキークの起こしたゲームのことを、嫌でも思い出す。

 

「さすがに監査部門のデータベース全ては見せてくれなくてね。脱獄囚すべての詳細までは用意できなかった。交戦するようなことがあれば役立ててくれ」

 

 そう告げて、他にも報告書の冊子をいくつか差し出すと、庚江は席を立った。手には魔法の端末が握られている。

 

「お嬢?」

「ちょっとした野暮用さ」

 

 珠だけでなく、護にも聞かせられない話がある、という合図らしい。残された部屋で、護が紅茶を口に運ぶ。

 

「え、えっと……」

「いつものことですよ。珠さんがいてもこうなるとは思いませんでしたが」

「そ、そっか。あの……」

「……どうかしましたか?」

「資料……」

「?」

「読めないところ、教えてほしくて」

 

 読めない漢字は読み飛ばしたため、大枠でしか出来事は理解できていない。結局この頭がいい出来じゃないことは、何を経ても変わらなくて、それでもいいですよと言ってくれる護のような人が仲良くしてくれるのは、恵まれていることだと思う。もちろん、この資料で手助けをしてくれようとしている、庚江のことも。

 

 友達──。

 

 そんな感覚に、思い出してしまうこともある。もう犬吠埼珠ではいたくないと、もうずっと会っていない人だっている。あの子はまだ、珠を受け入れてくれるだろうか。護は珠がそんなふうに、他の人のことを考えているとも知らず、真剣に報告書とにらめっこしている。

 

「……あぁ。彼女のスケジュール帳によると、そろそろかな」

 

 そんな中、ふいに扉の向こうから聴こえた庚江の声は、何かが始まろうとしていることを示していた。



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第57話『オルカキック』

 ◇キューティーオルカ

 

 白と黒の長い前髪、白と黒のパーカー、白と黒のマスク。その前髪の奥には不平を睨む眼、そしてそのマスクの奥からは不満そのものが漏れ出る。キューティーオルカは急に呼び出され、不機嫌だった。

 

「まったくあの女、何考えてるのかわかんなすぎるって」

 

 やたらと大きな屋敷の外周、鉄道『人小路駅』周辺の路地裏。いくら巨大だといってもここは人家だ、家主に関わる者しか付近にはいない。よって人通りは少なく、アニメ化魔法少女ゆえに顔の知られたキューティーオルカだとしても、軽く潜伏すればいいかなレベルだった。それでも建物の裏側に隠れなければならないのは、有名がゆえの弊害である。

 いや、なんてことはいい。慣れている。それよりも、オルカが嘆いているのはどうしてこんなところにいるか、だ。

 

「まったくさぁ。オルカちゃんが影から護衛とか、贅沢すぎだし。ストライプのこと便利な傭兵だと思ってる? いやま、それは否定出来ないけど」

 

 オルカとしては、アニメ化できない仕事はしたくない派だ。それはそれとして従う。広報部門の刺客として、密かに手を組んでいる人事部門から名指しの要請とあらば、受けざるを得ない。しかもそのトップから直々に、だ。

 にしたってなぜわざわざオルカだったのか。ゼブラ……は最近部門長の関係で忙しいらしいし、パンダ……はまあ魔法少女アスリート大会に向けて調整中、ペンギン……は後輩のキューティーヒーラーの映画に客演するスケジュールの打ち合わせがあって、ああ、結局オルカかも。というかペンギン、客演の話が来たなら全員呼んで欲しかったんだけど。確かにペンギンは女児人気高めだったから納得できなくもない、でもさ? やっぱストライプは4人揃ってこそだし、ペンギンだけじゃあ持ち味たるストライプ・ナンセンスが生きないというか。オルカも出せと言うより、作品の顔というならゼブラが出るべきで──。

 

「……おっと」

 

 魔法の端末が震え、脳内ストライプ談義を中断した。

 

「はいはーい、オルカちゃんですよっ」

『魔法少女が4名、こちらへ向かっているのを確認した。人事部門襲撃に参加していた魔法少女たちだ』

「うっわ、ホントに来るの? 部門長サンさぁ、自分を釣り餌にでもしたわけ?」

『似たようなものだね。対処は頼んだよ』

「そうなるよねぇ。ま、レジスタンスだってんなら、オルカちゃんの獲物に違いないってことでー……あ。ごめ、切るよ」

 

 ばたばた通り過ぎる気配。通話を一方的に切り、端末をポケットに放り込み、軽く地面を蹴った。オルカの魔法により、その後は空中を泳ぎ、魔法少女の走力をゆうに超えた速度で迫る。ドルフィンキックならぬオルカキックから体をうねらせ加速、入口を探して彷徨く派手な格好の集団に向かって突っ込み、その目の前に着地。ポーズを決めた。決めなきゃやっていられない。

 

「な、なんやアンタ!?」

「お、聞いちゃう? いいよ、やったげる! 大海原をゆく白と黒のアバンチュール! キューティーオルカ!」

「ッ、キューティーヒーラー! 広報部門の犬か……!」

「犬じゃなくてシャチだってば。もっかいやる? 大海原をゆく白と黒の……」

 

 大サービスとして2度目のキューティーオルカポーズをとり、その顔面に白い物体が飛来、破裂する。オルカからすれば衝撃自体に大したことはない。頬についた煤を拭い、口に入った布片を吐き出した。問題はそれよりも、あの冬服の魔法少女が禁忌を犯したことだ。

 

「……あは。それ、意味、わかってる?」

「なんや、反体制派にルールも美学もあらへん──」

「そっか」

「──で?」

 

 名乗りの間に攻撃してくるような輩が悠長に話している暇などない。オルカは食いちぎった腕を投げ捨て、状況を理解して悲鳴をあげる相手を振り返る。皆が一斉に戦闘体勢となり、ストローやら絵筆やらを構えている。魔法少女らしい白黒した光景だ。普段のオルカなら笑って認めてやっている、が、もはや目の前にいるのは獲物。ヒーローと悪役の関係ですらない。

 飛来した絵の具を躱し、ストローで思いっきり何かを吸い上げてきた魔法少女には腹部に一発。筆を振り回す魔法少女は闇雲に振り回すだけで脅威にもならず、ドルフィンキックからの上空を通過する瞬間に肩を掴み、一回転して地面に叩きつけてやる。頭からアスファルトに突き刺さって痙攣する少女は放置し、ひとりだけ立っている鍵の魔法少女を見た。

 

「っ……わ、わ、私は……っ」

「逃げる? 逃げてもいいよ。シャチは獲物を泳がせるんだ」

 

 彼女は震え、逡巡する。迷いが長い。相手がオルカじゃなかったらもう首が飛んでいる。おかしな魔法を使う気配もない。本当にただ迷い、誰を助けるべきかと見回し、地面に突き刺さってしまった画家に駆け寄り、引き抜こうとし始めた。

 

「……はぁ」

 

 これで人事部門を襲ったと言うのだから呆れたものだ。他の連中、例えばあの場で捕まったフレイム・フレイミィなんかが手を貸して、ようやくだったんだろう。オルカは思わずため息をつき、苦戦している少女に歩み寄ると、仕方なく引っこ抜いてやった。

 

「ぶはぁっ!? っ、き、貴様、どういうつもりだ! よくもイロハの腕を」

「しゃ、喋らないで、いんくちゃん」

「そーそー。こんなんでレジスタンス? 反体制派でルール無用? せめてもうちょっとアウトローらしくなりなよ」

 

 まだ一発も与えていなかったことを思い出し、不意に鍵の魔法少女を蹴りつけた。ぎゃん、と短い悲鳴を上げて倒れ、欠けた歯が転がった。痛みで涙目になり、頬を押さえ、少女はこちらを睨み返す。

 

「っ……こ、この……ぉ!」

「あはっ、いいじゃん、白黒してるよ、キミ」

 

 向かってきた彼女がじゃれついてくるのに付き合ってやるかと思って、しかし、またしても軽く構えたオルカに向かって爆発物が飛んでくる。失った片腕を、自分の爆弾……いや、カイロか? 高熱で焼き塞ぎ、なんとか食らいつこうとしているらしい。こちらもなかなか白黒じゃあないか。アウトロー気取りの雑魚からそれなりの気概のある連中に脳内評価を修正し、さらに飛来した爆弾を避け、受け止め、爆発する前に上空に捨てた。だがやる気なのは彼女だけじゃない。ストローはオルカからまた何かを吸い取ろうとし始め、絵の具はオルカの精神に干渉しようとしてくる。宙を泳ぎ目線を逸らし、双方から逃れながら投げられたカイロを蹴りつけて破壊。その衝撃で、ふと思いついた。

 

「『単独で秘密組織を追うオルカだったが、悪のエージェントたち4人によって襲撃されてしまう。窮地に陥ったオルカの運命は』……ってところかな。あは、いいね! それなりに苦戦させてよ。アニメ化してストライプの歴史に混ぜてあげるからさ」

 

 着地するや否や、口角が上がる。むしろ一対多に追い込まれるキューティーヒーラー、悪くない構図だ。アニメ化されたらどう脚色されるだろう? やはりみんなが助けに来る王道展開か。オルカなら、仲間の想いを胸に単独で覚醒しても絵になりそうだ。

 オルカの頭の中はいまだにキューティーヒーラーストライプでいっぱいだ。目の前にいる獲物を、少しだけ認めていたことも、もう思考の中に混じっていない。



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第58話『キーク・ワールド・デバッグモード』

 ◇トーチカ

 

 キークの世界の中へ入ってきて、もう何時間が経っただろう。2日くらいは経ったかもしれない。太陽は昇りっぱなしで時間の感覚が失せるようなあてのない空間は、さすがの魔法少女たちにも精神的に堪えるところがある。初めのうちは楽しく談笑が絶え間なく続いていたトットポップと御世方那子でさえ、会話が途切れつつあった。

 

「あ〜もう! 発見もなにもありマセーン! クソゲーデース!」

「……気持ちはわかるけど」

「宝箱どころかモンスターも何もありまセン! エリアがちょっと変わるだけ! 紛うことなきクソゲーデス!」

「さすがのトットも飽きてきたかも」

 

 この先になにかあると信じて進み、風景が変わる度今度こそはと期待し、裏切られてきた。大理石の城、本まみれの図書館、古びた樹海の迷宮、鬱蒼としたジャングル、近未来的な街、どれも無人だ。

 トットポップ曰く、キークの魔法は『電脳世界』。ゲームの世界を作り、他人を招くようなこともできるという。彼女はこの奥の奥に閉じこもっているはずだ。そう言い聞かせて、なんとか気力を保つ。トーチカは己の頬を叩き、さすがのトットポップと御世方那子でさえも口数が減り、寡黙だが尻尾に感情が出やすいクランテイルも馬体の尾が振られていなかった。

 

 廃墟同然の近未来都市を抜け、たどり着いたのはまた大理石のお城。雰囲気は多少違うが、城の中という感触は同じ。まさかこの雰囲気というのは勘違いで、ループしていたりして、なんて最悪の想像が過ぎり、歩調が落ちる。けれどその先に、これまで一切見かけなかったはずの──人影が、あった。

 

「……! トットさん、もしかしてあれが」

「んや。キークちゃんはもっと、これぞ陰キャみたいな感じなのね」

「えぇ……」

 

 その先にふよふよと浮かんでいた少女は、クリーム色の優しい色使いの髪を床に引きずりそうなほどのツインテールにしており、コスチュームはパジャマ姿だった。那子やクランテイルと同じく、なぜかこの空間に迷い込んでしまった魔法少女だろう。リストの中にそれらしき名前があったか、記憶を辿りつつ、真っ先に恐れ知らずのトットポップが接触していく。

 

「どもども。宛のない冒険者トットちゃんご一行のお通りなのね!」

「やぁやぁ、こんなところまでお疲れ様〜。ねむりんでぇ〜す」

 

 波長が合っているのかいないのか、ねむりんは雲に乗ってふわふわ浮かびながら、癒しの笑顔を見せた。ねむりん、リストにはなかった名前だ。事件の関係者を期待していたが、そうではないのだろうか。

 

「こんなとこでなにしてるのね?」

「ん〜、お昼寝かなぁ? 元々ショップ番だったんだけど、誰もこなくなっちゃったから〜」

「ショップ?」

「そうだよ〜、あれ、新しく来た人にも使えるのかなぁ?」

 

 ついに発見されたゲーム内施設はお店だったようだ。だが、棚もなにも見当たらず、近くにあるのは見るからに古めかしい壺ひとつだけ。これがショップには到底見えないが。

 

「魔法の端末から見るんだよ〜」

 

 言われて皆がポケットや懐を探り出す。トーチカも万が一あるかもしれないと思ってそれに乗り、案の定なく、クランテイルの端末を見せてもらう。確かに普段用いるメニューとは別にショップ利用のアプリが追加されていた。開いてみると、商品一覧が表示される。

 そういえばお店と言うなら貨幣が必要だ。上部のこの飴のマークにはゼロが書かれており、やはりこのゲームの中の貨幣は持っていない。それでショップを使っても買えるものがあるのか。ここでも一抹の不安がよぎり、すぐに払拭された。ショップ一覧にはよくわからないアイテム名の羅列があり、その全ての価格に『0』と書かれていた。

 

「デバッグモードだからねえ」

 

 『水のお守り』も『邪神の弓』も『携帯食料』も、なんなら『鍋』や『水鉄砲』といった用途不明のものまで好きなだけ買えるらしい。魔法の端末にインストールし、実体化させる、という手順が必要になるため、トーチカにはどれも使えないのが残念だが、そこは皆に頼るしかない。

 

「モンスターも出ないのに使い所あるんデスカ?」

「いるよ、ラスボス」

「片っ端から全部買っといてよさそうデス。日用品以外!」

 

 手のひらを返して画面をバシバシと連打していく那子。一番激しいのは彼女だが、クランテイルも次々と購入しているらしく、お金の効果音が鳴り響いていた。この間に、何かねむりんにこの空間のことを聞こうと口を開く。

 

「えっと……ねむりんさん」

「どうしたの〜?」

「他の魔法少女は見ませんでしたか?」

「ん〜……でも、あなたたちが探してる人は、あっち。没データゾーンの方にいると思うよ」

 

 ねむりんが指したのは、これまで進んできた道の先ではなく、その傍流。ショップの近くにあった裏道を覗くと、これまでのエリアに突入する以前の、ぐちゃぐちゃした漂流データの塊のような領域がある。それを踏破した先に……と思うと、気が遠くなりそうだ。

 

「うん。あなたたちはねむりんと違って、みんな帰る場所があるみたいだし。ちょっと、働いちゃおうかな」

 

 しかしトーチカたちが幸運だったのは、それをねじ曲げうる魔法少女がここにいたことだった。ねむりんはよいしょ、と雲の上で立ち上がり、深呼吸をひとつ。皆の視線が集まる中、両手のピースを額に当て、相変わらずのふわふわした声で高らかに宣言する。

 

「ねむりんびぃ〜む! びびびびびび」

 

 効果音は口で言うらしい。呆然とするトーチカをよそに、ねむりんの額からは確かに光線が発射され、稲妻のごとく迸り、なにもないはずの空間に向かって激突する。激しく火花が散り、トットポップと御世方那子が「おおー!」「オオー!」と同時に歓声をあげ、やがて空間が歪む。その先に、これまで通ってきたエリアとはまるで異なる、ジメジメした洞窟らしき場所が見える。

 

「ごめんねぇ、今のねむりんじゃボス手前までが限界かも」

「謝らないでください。すごく助かりますから」

「あの長い道を歩き続ける工程がカットされるだけでも最高なのね!」

 

 那子とクランテイルの買い物は終わっているらしい。見ると、2人して手には仰々しい武器、装身具がジャラジャラついている。お守り類を全部装備するとこうなるようだ。和風テイストのおかげか、むしろ卑弥呼チックで似合っていると言えなくもない見た目である。

 買い物は終えた。支度が終わっているなら、あとは進むのみ。魔法少女4人は互いに確認し、ねむりんが開いた孔に向かって駆け出す。ふとねむりんを見ると、可愛らしい笑顔で手を振り、応援してくれているのが見えた。トーチカは思わず立ち止まる。

 

「ねむりんさんは……」

「私は行けないんだ。パーティは4人までだしね。頑張ってねぇ〜」

「トーチカさん? 置いてっちゃいマスヨ?」

 

 慌ててついていき、ねむりんの姿が見えなくなって、たどり着いたのは洞窟の中だった。ジメジメしている分居心地が悪く、密林のエリアを思い出す。が、ここにはボスがいるという。警戒は最大限に強めながら奥へと進む。やがて広い場所に出たかと思うと、そこにはねむりんに続いて2回目となる生命の気配。だが、魔法少女でなく、絶望的な光景だ。

 

「ワーオ、これはものすごくドラゴンデスネ」

「……」

 

 全員、こんなの相手にできるのか、という顔をするしかなかった。赤い鱗、巨大な体躯、見開かれた細い瞳孔。圧倒的な威圧感を誇るそれは間違いなく、ゲームなんかで見るドラゴンだ。周囲を見回したトットポップが最初に口を開く。

 

「なんか線引いてあるのね? この先に入ったら戦闘になるとか?」

 

 試しに石ころを投げ込んだ。するとドラゴンは即座に反応し、炎を吐いて石ころを消し炭にしてしまった。魔法少女でも消し炭にそれてしまいそうなほどの火力、余波だけでも火傷しそうだ。

 

「炎攻撃……そうだ! さっき売ってた水のお守りが効くのね」

「水のお守りだけでは足りまセンネ。この『竜の盾』なら」

「名前的にあいつの素材使ってそうだし効きそうね」

「あと『竜殺し』もありマス! 対策はばっちりデース!」

 

 那子とクランテイル、そしてトットポップの視線が、トーチカの方に向いた。そうだ、トーチカには魔法の端末がない。お守りも盾も剣も買えず、使えない。この空間の仕様らしく、渡されても端末を介さなければ効力が発揮されないらしい。つまり、トーチカは絶対にあの炎を受けてはいけない。

 

「ここで待機してもらうべき」

 

 クランテイルの言う通りだ。悔しいが、トーチカは戦えない。姉のことを追うだなんだ言っておいて、こんな時に前に出られない。ぐっ、と拳を握る。そこへ、トットポップが魔法の端末を見ながら、あー、と声を出した。

 

「どうかしたデス?」

「えっと、えっと……トーチカちゃん、急いだ方がいいかもなのね。ちょっとまずめというか」

「なっ……」

 

 トットポップはぼかそうとしているものの、隠し事は苦手で、現実世界の方で何かが起きているということは明らかだった。背筋が凍る。

 

「でしたら……ワタシとクランテイルさんでドラゴンを惹き付けマス。トットポップさんはトーチカさんを守りつつ強行突破デス」

「え、でもそれは囮ってことじゃ」

「ここは私たちに任せて先に行って」

 

 クランテイルの言葉に愕然とする。が、この先にいるキークに会わなければ、トーチカの目的は果たせない。脱出だけでは、ここに来た意味がない。ここは……2人を、置いていくしか。

 

「お言葉に、甘えさせてください」

 

 那子が頬をつりあげ、クランテイルもほんの少し口角を上げた気がした。

 

「任されマシタ! 行きマショウ、クランテイルさん!」

 

 2人が先行して飛び込み、ドラゴンが吼え、灼熱で応戦してくる。空気が震え、熱されている。クランテイルは次々と下半身の動物を変身させながら、高い身体能力で炎をかわしていく。那子はそのバックアップとして、時に炎をひきつけ盾でなんとか受け止め、隙を見て購入アイテムのひとつ『邪神の弓』で攻撃を試みる。邪神の弓の攻撃力は高く、ドラゴンの鱗を突き通すが、その巨体に致命傷とはなり得ない。憤怒と共に那子を狙いつつ、飛び回るクランテイルには爪や巨体での攻撃で接近を許さない。双方に自らの天敵、竜殺しがあることを理解して動いているようにも見えた。

 

「さすがデバッグモード? のアイテム祭りなのね。2人であいつを翻弄してるのね! 今のうちなのね!」

 

 勇ましく戦う魔法少女と、恐るべきドラゴンの横を、トットポップに連れられ駆け抜ける。ドラゴンは熊に変身して応戦するクランテイルを弾き飛ばし、那子のことを尾で薙ぎ払うと、今度はトーチカを狙ってくる。何発もの炎に対し、トットポップは魔法のギターを掻き鳴らし、音符の海で相殺する。

 

「おお! さすが、課金アイテムのアンプ! めっちゃ威力上がってる!」

 

 なぜかショップにあったアンプは彼女の魔法を強化してくれたらしい。おかげでトーチカに攻撃は届かず、壁に叩きつけられていたクランテイルと那子が復帰。ドラゴンは彼女らの相手にまた手一杯となり、奥にある梯子まで辿り着いた。トットポップに促されて先に上る。きっとトットポップが守ってくれているのだと信頼し、無我夢中で、次へ次へと手を動かす。そうしてやがて、穴から顔を出し、その先にある細い洞窟や抜け道を、時に駆け、時に這って──地底エリアを抜けた。

 

 何か世界が切り替わるような感触がして、景色が変わる。その先にあるのはこれまでにないほど真っ白で、なにもない空間だった。

 

「あっ、あれ」

 

 そしてその中央。回転するタイプのチェアに座って、俯き、こちらを見ることもなく、ただ項垂れている少女。ぶかぶかの白衣、眼鏡、ニーソックス、なんて特徴的な見た目だ。声を出したトットポップに反応して、向けられたその目には光が宿っていなかった。

 

「……だ、れ?」

 

 ぽつりと出る嗄れた声。トットポップの反応からして、彼女が追ってきた者であることに間違いなさそうだった。



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第59話『キーク・ワールド・ログアウト』

 ◇トーチカ

 

「いやぁ、お久しぶり! トットポップちゃんがこーんなバグの底にまで会いに来てやったのね!」

 

 ゲームの奥底、なにもない果ての果てにただ座る少女。トットポップはそれでも構わずに近寄って、朗らかに話しかける。いつも彼女を見ていて抱く緊張感がまた走り、トーチカが息を呑む。少女、キークからの答えはない。

 

「……誰……」

「だーかーら、トットポップちゃんだって! 可愛い可愛い妹弟子! もうキークちゃんも知ってるんだったよね? これ。ほら、トットのマスター」

「マスター……ピティ……あっ、あ、ぁああああっ!!!!」

 

 いきなりの大きな声に驚かされた。やめろとか来るなとか、私は違うとか、拒絶の言葉を吐き続け、キークは頭を抱え苦しみ始めた。彼女が苦しむ度に空間にノイズが走り、周囲に浮いている物体の輪郭が崩れる。これ以上は空間の崩壊が起きかねない。危機感とともにトットポップを見る。彼女はキークを訝しげに見つめ、しきりに話しかけている。

 

「おっかしいのね、さすがに忘れられてるとは思いたくないのね〜」

「ちょっ、と、トットさん? あんまり刺激するとこの場所ごとやばいんじゃ」

「あっ! ぶっ叩いたら直るかも!」

「トットさん!?」

 

 彼女はおもむろにギターを振り上げると、頭を抱えるキークに容赦なく叩きつけた。ブツブツ言っていた言葉が強制終了され、彼女を浮遊させていたなにかの力が途切れる。周囲の浮遊物体は軒並み床に落ちて転がった。倒れたキークはそのまま動かない。どころか、ぶん殴られた後頭部から、赤いものが広がってきている、ような。

 

「あ、あの、これ……だ、大丈夫なんですか?」

「あー……キークちゃんこの魔法の中じゃ無敵のはずなんだけど……本体はひ弱だから? ね?」

 

 ね?ではない。話を聞くとかそういう次元ではなく、そもそもこれ、生きているのか。どくん、どくんと血溜まりが広がってきているあたり、心臓は動いているはずだが。恐る恐る手を伸ばし、なんとか応急処置をしようとした時、空間に声が響いた。無機質な機械音声だ。

 

『マスターの生命危機を検知。強制再起動を開始。プロテクトを再構築します』

 

 キークの姿が大量のノイズに包まれる。トーチカは指を巻き込まれ、火傷のような痛みを食らって慌てて引っ込めた。指は無事だ。キークを包むノイズも晴れていき、やがて中から現れたのは、無傷のキークだった。血溜まりもなくなっている。彼女はズレていたメガネを直してこちらを見ると、トットポップの存在に嫌そうな顔をした。

 

「あれ、あたし、確か……ゲームを……何? なんでいるの?」

「ぃやったー! これでこそキークちゃんね!」

「ちょ、ほんとに何?」

「キークちゃんに会いたくてここまで来たんだよ。元気な顔が見れて嬉しいのね」

「っ……いやいや、だから、こっちも忙しいんだから」

 

 キークは明らかに鬱陶しそうな顔をし、ため息をつく。先程までの精神的に追い詰められている様子はない。再起動や再構築と言っていたのが関係しているらしい。こうしてトットポップがいつもの雑談のペースに持っていこうとしたところで、トーチカは口を挟んだ。

 

「あ、あの」

「……はい? 誰? あー、いや、その帽子……」

「わかりますか。姉のこと」

「ははぁ……なるほど、あんた、ペチカの妹ってとこ? 何、文句言いに来たの?」

「……単刀直入に聞きます。どうして姉が死ななければならなかったんですか。一年前の事件、あれはなにが起きたんですか」

 

 すぐに本題を持ち出し、彼女を見据えた。トットポップでさえも黙って待ち、空間には沈黙だけが立ち込める。キークの目がレンズの向こうで細められ、さらにため息がもう一度。

 

「『子供達』だからだよ」

「……はい?」

「『クラムベリーの子供達』だから。そして『正しくない魔法少女』だったから」

「正しくないって……そんなの」

「だってそうだよ。あたしのゲームはそのために作ったんだ。殺し合いの魔法少女試験で、友達を見捨てて生き残ったような子は、そうなって当然だって」

 

 ……わからない。クラムベリー? 魔法少女の名前か? 正しくない魔法少女? 殺し合いの試験? 何の話だ。姉が、ペチカが……友達を、見殺しにした?

 

「それだけじゃない。魔王役を言い訳にして、手にかけてるじゃないか。それも2人も。それが正しい魔法少女なわけがない」

「っ、何を言って……」

「あぁ、知らないの? 魔法少女ペチカは人殺しだって」

 

 ……信じられるはずがない。キークが好き勝手を言っているだけだ。そうに違いない。トーチカがただ、拳を握った時、キークはそれを嘲笑った。

 

「いつの間に一年前のことにされてるけどさ。それ、あたしのやったゲームの話だよね? じゃあそれが何のためにあったか、教えてあげる。

 あたしの『魔法少女育成計画』は、候補生同士の殺し合いを経て魔法少女になった連中の資格を再度試すものだった。正しい魔法少女は生き残り、正しくない魔法少女は死ぬ。ペチカは後者だった。それだけの話だよ。まっ、魔王役なんて誰でもよかったんだけど──」

「お前はっ……!!!」

 

 トーチカは耐えられなかった。気がつけば、キークに向かって、思いっきり拳を叩きつけていた。頬を殴られた少女は大きく吹き飛び、少し離れてどさりと倒れた。衝撃で眼鏡が外れ、レンズは砕けている。少しして、ようやく起き上がった彼女からは、笑顔は消えて恨めしい表情に変わっていた。いや、今のトーチカの歯を食いしばった顔も、似たようなものだったろう。

 

「なんだよ……それが用事だったんでしょ。だってのに……!」

 

 キークは逆上し、トーチカのいるところを指差す。すると床に落ちていたルービックキューブやらが動きだし、周囲を取り囲む。攻撃してくるのかと身構えたが、起きた事象はそうではない。キューブ同士の間にビリビリとした力が走り、回転を始める。

 

「あたしの世界から出てけ……! 強制、ログアウト!」

 

 トーチカはキークの方をずっと見ていた。本当なら、もっと聞き出すべきことがあったのだろう。だが、こいつの話は聞きたくない。もっと……本当のペチカを知っている者がいるはずなんだ。目の前の景色が変わり、無理やりこの電脳世界から引きずり出されていきながらも、トーチカの中には焦りに近いものばかりが渦を巻いていた。

 

 ◇キーク

 

「ったく……なんなのあいつら……!」

 

 頬はヒリヒリ痛む。さっきから電脳世界のプロテクトが弱い。キークの魔法が弱まっている? ここ1年の間の記憶もない。ファルもいない、何がどうなっているのかわからない。

 だが、キークがやるべきことは決まっている。また無作為にクラムベリーの子供達を集め、再選別をしてやらなければ。空中に画面を出現させ、新たにゲーム内に招き入れようとして、知らない画面が現れた。

 

「……は?」

 

 キークが知らない画面など有り得ない。有り得ないのに、そこには「だめだよ」の文字と、可愛らしいデフォルメキャラの絵。この姿……少しだけ覚えがある。NPCに採用した、あのクラムベリー最後の試験の……そうだ、ねむりん。そのねむりんが、なぜこの画面に。

 

「いろいろあったからねぇ。無意識の部分が夢と混ざっちゃったんじゃないかなぁ?」

「っ──!?」

 

 振り向くと、そこにはふわふわと浮かぶ少女。デフォルメキャラと同じ見た目、間違いなくねむりんだ。彼女の使う夢の中に入る魔法、キークの電脳世界を支配する魔法が、混ざった……? どうしてそんな事態になったか、キークには理解できないが、確かに主導権が己にない。他人を引き込む主導権を、ねむりんに奪われている。

 

「あの子たちが帰れるまでは、ねむりんがなんとかしなくちゃだからねぇ〜」

 

 ねむりんが眠たげな目で見つめる中、使命を封じられたキークにできることはない。歯噛みして拳を握りしめ、食いしばったせいで痛む頬を押さえた。



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第60話『材料』

 ◇トーチカ

 

 気がつけばそこはレジスタンス拠点の廊下だった。隣にはトットポップ。キークがいるとされていた部屋の扉を背に立っており、扉は固く閉ざされている。2人して、強制的にあの世界から弾き出されたらしい。トットポップと顔を見合わせ、手を掴まれる。

 

「いやぁまさか! キークちゃんのことぶん殴るとは思ってなかったのね! キークちゃん殴られ慣れてないからすっごい顔になってたよ」

「トットポップさんだってギターで派手にぶっ叩いてましたよね」

「あっはっは! そうだった!」

 

 朗らかに笑うトットポップ。那子とクランテイルはどうなったのか、確認する術もない。ただ、無事だと信じ、トーチカはトーチカのことをするしかない。

 

「おうじさま……♡」

「わっ!? アイさん!? ご、ごめん……すごく待たせちゃって」

「いえ。待つのも姫の役目。離れて初めて知ることもあります。例えばおうじさまの、ベッドの匂……こほん。失礼。なんでもありませんわ」

「絶対匂いって言ったよね?」

 

 曲がり角からぬるりと現れたアイはやたらと顔を近づけてきて、トットポップとトーチカの間に割り込むと、指を絡ませてくる。この距離の詰め方、全く慣れない。絡ませた指で手を引いて、アイはトーチカをどこかに連れていこうとする。

 

「あの?」

「早速休憩を……と言いたいところですが。トットポップさんにお伝えした通り、事態が変わっておりまして」

「あ……」

 

 那子とクランテイルを置いてまで先に進もうとした理由を思い出した。トットポップを振り返ると、そういえばそんなのあったのね、という顔をしていた。彼女も後からついてきて、進んだ先はトーチカの部屋ではない。これまで使ったことのない部屋だ。中に入ると、四つ並べられたベッドに寝かされている魔法少女たちと、その傍らにはフィルルゥ。彼女らはこちらに気がつくと、フィルルゥだけが会釈をし、他の魔法少女たち──いつものレジスタンス四人娘は、いつもの雰囲気とは違う、暗い顔で目を背けた。

 

「先日の外出でひどく怪我をして以降、この調子ですわ。落ち込むどころか」

「わあ、みんなボロボロ。こっぴどくやられてるのね」

 

 キークの世界をさまよっている間に、一体なにが。まずは一番近く、包帯を巻かれているいんくのベッドに歩み寄る。

 

「トーチカ……」

「ど、どうしたんですか?」

「すまない、トーチカ。私のせいなんだ。私が悪いんだ」

 

 いんくが縋りついてくる。何があったのか訊ねる前に、彼女の手から魔法の端末が渡された。忘れていったトーチカのものだ。礼を言い受け取るが、何が起きたのかはわからない。そしてふと端末を立ち上げると、名簿リストの、いくつかの項目にチェックが入った状態のものが表示された。

 

「トーチカがいない間に、シャドウゲールを攫おうとしたんだ。できなかった、皆をただ傷つけただけだった」

「……とんでもないのが私たちのこと追いかけてたみたいでさ。返り討ちだよ」

「ほんまに話が違うっちゅーてな。ほら、見てやこれ」

 

 コスチュームである上着を脱ぎ、イロハは右腕を見せた。ちぎれた腕を糸で縫い合わせたような状態で、動かしてみせようとすると顔を歪める。

 

「えっと……イロハさんの腕なんですけど、なんとか繋げはしましたが。私のは医療用の魔法ではないので、あまり動かさないようにお願いします」

 

 この縫い目はフィルルゥの魔法の糸であるようだ。そしてその縫い目が必要になったのは、サッキューが呟いた通り、レジスタンスをむしろ襲撃してきた魔法少女の仕業だという。レジスタンス、反体制派、なんてことをしているんだから、当然敵は多い。むしろ、大抵の魔法少女にとって敵であるのが自分たちだ。何せ、テロリストと脱獄囚しかいない。

 

「っ……」

 

 だが何よりも言い出せなかったのは、シャドウゲールの襲撃はトーチカの予定にもなかった、ということだった。トーチカが魔法の端末を忘れたりしなければ、勘違いからの単独行動は生まれなかった。キークから聞き出したのだって、信じられないようなことばかりで、これならトーチカはなにもすべきではなかったのではないか。

 

「……ど、どう、するの、これから」

 

 エンタープリーズがぽつりとこぼす。その声は震えている。

 

「どうしたら、いいの」

「それは……」

「ぼくも聞きたいな。トーチカちゃん」

「っ……!」

 

 開かれていた扉をくぐり、現れたのはマッド=ルナだった。

 

「どう? レシピはできてる?」

「その……」

「次は何をすればいいのかな? 早くしないと、またこんなふうにやられちゃうんじゃないかな」

 

 レジスタンスが『魔法少女のレシピ』を完遂させるため、これ以上余計な時間はかけていられない。トーチカは一年前の事件に関わるリストを閉じ、もう一方を開いた。その中にある目星から、巻き込む魔法少女を決める。深呼吸して、この場で、ターゲットを告げる。

 

「次に狙うのは──」

 

 

 

 ◇たま

 

「……」

 

 キューティーオルカによって呼び出され、集合の時以来、全員が会議室に揃った。魔法少女が5人いて、会話はない。引っ込み思案か、話す気がないかのどちらかだ。気まずい。同じく気まずそうにしているポスタリィに話しかけようか何度も考え、その隣のレイン・ポゥに睨まれているのに気づいて断念し、オルカが来るまで縮こまっていた。いつも通り何もないところを見つめているノゾカはともかく、リオネッタもなんだかピリピリしていて、やはり居心地は悪い。

 そんな中に響いたのは、着信音。たまのではない。隣、ノゾカの方からした音だ。彼女が通話に出ると、本当に最低限の返答だけがぽつぽつりといくつか発され、それで終わった。

 

「……面談、受ける予定だったやつ。中止になったみたい」

「あ、そ、そうなんだ」

「未定、再セッティングの時期はわからない。しばらくは任務に集中」

 

 ノゾカからの報告に頷いて、会話が終わり、沈黙が戻っていた。さっきの話、なんの面談だったのかとか広げた方がよかっただろうか。まだ間に合うか。さっきの会話を再開すべく息を吸い、そして同時に。

 

「っえーい!」

「ふにゃあっ!?」

「やーやー、みんな揃ってるね」

 

 ノックもなく、蹴り破るような勢いで扉が開かれる。顔を出したオルカは手を振りながらお誕生日席に座り、上機嫌で話し始める。

 

「実はね。やっと、やっとだよ。あの女のおかげっていうのが気に食わないけど、掴んだんだよ、尻尾」

「! ということは」

「恐らくは、尻尾の尻尾でしかない。奴らにとっては複数のターゲットのひとつでしかないだろうけど……そこで、叩く。集中させることにするよ」

 

 オルカは回転椅子でくるりと回って、たまの方を指してくる。

 

「たまちゃん。そしてノゾカちゃん。あとオルカちゃん。こっちで主な陽動、護衛を担当する。リオネッタちゃんと公務執行妨害ちゃんたちは暗殺ね。得意でしょ? 暗殺」

「手を汚すのには慣れていますもの」

 

 リオネッタがそう答え、残る2人は答えなかった。2人して俯いているばかり。そして暗殺だと聞いて、たまも冷や汗をかいた。実力を行使しなければ対処出来ない犯罪者だとすれば、殺害もやむを得ないこともある、と。慣れているとは言うが、これ以上誰かが手を汚すのは、気分のいい話じゃない。

 いや、たまはとにかく、次にやってくる護衛の任務に集中しなければ。思いっきり首を振って余計な思考を止めた。

 

「配置的には、私が敵を引き受けて、公務執行妨害ちゃん……あぁもういいか。レイン・ポゥとポスタリィで不意討ち。もう一方はたまとノゾカで引き受けて、リオネッタが不意討ち……っていう感じ。脱獄囚のデータ、あとこないだちょっとやりあったぶんだと、個人の性能で負けることは無いかな。不安要素はマッド=ルナみたいな不確定部分で……だからこのくらいシンプルな方がいい」

 

 オルカが机の上、マグネットを使って説明してくれたおかげで、たまでもどう動くのかは理解できた。はずだ。

 

「じゃあそういうことで。護衛組の出発は明日からでよろしく」

 

 やっと、師匠に任された任務につける。ノゾカと目線が合い、彼女が頷いたのに続き、頷き返した。

 



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第61話『迎撃作戦Ⅰ たまには服屋さんで』

 ◇たま

 

 護衛対象の魔法少女との待ち合わせは、彼女の担当地区で行われた。オルカとは別れ、ノゾカと2人で、コートを羽織り、人目につかない雑木林の中で待つ。彼女は予定の時間よりも少し遅れて、黒い豪華なスカートを揺らして現れた。

 

「お2人が……ですよね?」

「あっ、は、は、はいっ」

「……護衛、ノゾカセル・リアンと、たま。よろしく」

「ご丁寧にどうも。でしたら私も自己紹介を」

 

 ここで一度切るということは、自分流の名乗り口上を持っているタイプの魔法少女に違いない。アニメ化魔法少女であるオルカをはじめ、中にはそういう人もそれなりにいる。彼女はスカートの両端を持ち上げ頭を下げ、口上を始める。

 

「変幻する真実を宿せしフリルと幽玄なる荊棘を纏いし黒の終端、或いはブラック・ロゼットと申します」

「えっと……ロゼットさん?」

「変幻する真実を宿せしフリルと幽玄なる荊棘を纏いし黒の終端、或いはブラック・ロゼットです。師匠にこれがいいと伝えただけで正式な申請はこれからですが、いい2つ名ですよね。我ながらいいものができたと思います」

 

 ……いや、違う。口上だと思った部分も含めて全部が名前だ。変幻の……有限の……駄目だ、たまにはまったく覚えられない。とにかく元々の名前はブラック・ロゼットで間違いない。戦う魔法少女たちのサークル『魔王塾』を最近卒業したとのことで、実力は折り紙付きだ。

 

「今日は護衛に来て下さっているんでしたよね。これでも私元魔王塾生ですから、生半可な相手でしたら返り討ちのつもりですが……危険が迫っている、ということですよね」

「そ、そう、なんです」

「ふふ。燃えますね」

 

 そして戦闘を好むからこそ、わざわざ護衛を寄越されるような状況で、笑ってもいられる。たまには無理だ。

 

「せっかく来てくださったんですもの。お2人とも、付き合ってくださいますか?」

 

 ブラック・ロゼットはそう言い出すと、たまとノゾカを連れていく。町外れ、寂れたシャッター街の一角まで来ると、さすがに一般人からの視線もない。周囲に活気がない中に小さなお店があり、軒先に小さく店名らしきボロの看板が出ている。

 

「ごめんください」

「あら……ロゼットちゃん。いらっしゃい」

 

 堂々と入店するブラック・ロゼットに、魔法少女のままでいいのかと不安でいっぱいになりながらついていく。すると店の奥では、暇そうな少女が店番をしていた。格好からしても魔法少女らしい。こうして店を構えている人もいるんだ、と思い、知り合いが探偵事務所を作ったという話を思い出した。

 

「ここにあるものは、魔法少女の身体能力でも破れないように作られてるんです。私、これ合わせるのがすごく好きで。やっぱり色んな服、着たいじゃないですか」

 

 たまだって一応年頃の女の子ではあるが、ほとんどの生活を引きこもり、制服、魔法少女と私服に袖を通さず生きてきたせいで、服飾のことはよくわからなかった。けれど、並ぶ様々な衣服を見ていると、わくわくしてくる感覚はある。ノゾカが隣でふといくつかの商品を手に取り、じっと見つめていた。

 

「私はゆっくり見てきますので。それはもう1日を潰す勢いで。お2人もぜひ、どうぞ。おすすめです」

 

 薦められて、まあそれなら、と沢山並ぶ商品に視線を戻す。一般人の中に紛れられるような普通の衣服と、魔法少女のコスチュームに近いコスプレ的な衣装が別々のラックに掛かっており、それぞれの華やかさがある。何気なくコスチューム側に行ってみると、よく見るときわどいものが多い。

 ……いや、たまもお腹を出しているし、ノゾカも鼠径部を見せるかのようなレオタードだ。水着同然、どころか水着そのものがデフォルトの魔法少女だっていたことを知っている。だから、そうだ……魔法少女向けの服屋にスクール水着が並んでいたって、おかしくはない。

 

「『魔法少女のまま水辺で遊びたい人向け』……たま、行きたい?」

「ひゃっ!? あっ、い、いや、そういうことを考えてたんじゃ、ないけど……」

 

 ふいにノゾカが、水着についていたタグを読み上げた。海やプールに友達と遊びに行く、か。たまには経験がないことで、憧れる気持ちもある。さすがにもうシーズンが過ぎているけれど、来年……たまから声をかけるのは、ちょっと怖いけれど、行ってみたい、かも。

 それに──ノゾカになら、過去のことは話すべきだ。

 

「えっと……ね。コスチュームがこの水着の……白いやつみたいな感じの子と、友達、だったの。思い出しちゃうなって」

「……そう」

 

 ノゾカもたまの経歴は知っている。それがどういう意味なのかはわかってくれる。ぽつりと小さな返事だけが来て、スクール水着をラックに戻す。するとノゾカはまた別の衣類を引っ張り出していて、こちらの方に翳していた。

 

「これ、似合うかも」

「えっ? そ、そうかな?」

「……うん。似合うよ。私も何か思い出しちゃうくらいに」

 

 それはきらきら輝く、星空をモチーフにしたドレスだ。確かに可愛らしいが、数々の水着やコスプレ衣装よりも、少し遠くにあったそれを手に取ったのは、本当に似合うと思ってくれたからなのか。それとも──たまにとっての、スイムスイム、なのか。

 だったらこれもと天使風とお姫様風の衣装を探し、ノゾカが着るならどっちかなと迷ったり、さすがにアメコミ風ぴっちりスーツは……とふいに彼女の方を見る。レオタード部分に限っていえば、似たようなぴっちり度合いだった。ノゾカはノゾカで他にも手に取っており、互いに互いのコスプレを選んでいる。中にはキューティーヒーラーの衣装もあって、オルカのパーカーも並んでいる。本人をまじまじと見たことがないぶん、こんな感じなんだという感想が出たりもした。

 

「試着、させてもらう?」

「ちょ、ちょっとだけ」

 

 それが護衛任務であることも忘れて、たまは何気なく手にしたお姫様ドレスを持ち、店主がいたカウンターの方に軽く駆けていった。そして、店主を押さえつけ刃を突きつける魔法少女の存在を知った。

 

「いつの間に──」

「動かないで」

 

 黒い髪、切れ長の目、露出の多い衣装、一際目立つ赤いマフラー。

 そして、切っ先のような殺意と、冷ややかな声。たまは彼女を知っている。

 

「──っ、リップル……!?」

「……たま!? チッ……!」

 

 店主を離し、こちらに向かってぐいと投げてくる。彼女のことは体で受け止め、リップルを追いかけていくノゾカを引き止めた。

 

「ま、待って、ノゾカちゃっ……!」

「ロゼットちゃんが、ロゼットちゃんがあっちに……」

 

 店主が指したのは店の奥。恐らく裏口か。オルカたちはどう動いている? どっちへ向かえばいい? 一瞬考えて、考えるくらいならと、店主をドレスの上に寝かせ、リップルを追うと決めた。魔法の端末を引っ張り出し、リオネッタを選んで連打する。

 

『──こちら、リオネッタ』

「裏口! ロゼットさん! お願いします!」

『何が起きましたの? 敵襲?』

「そう、です……ッ!」

『……! 了解ですわ、こちらはお任せなさい』

 

 リオネッタの方から通話が切られ、端末を仕舞いながら店から飛び出した。そこには対峙するノゾカとリップルの姿。リップルの手にはクナイが複数握られ、ノゾカは両手を構えている。一触即発だ。そうはなってほしくない。ノゾカの前に割り込んで、リップルを見据える。

 

「リップル……」

 

 こうして顔を合わせるのすら数年ぶりだ。互いにスノーホワイトを経由して、ほんの少しだけ近況を聞いていた。だけど、こんなところで、この任務の最中に、敵として出会うなんて。

 

「これって、反体制派、だ、よね……? どうしてリップルが?」

「……」

 

 返答の代わりに放たれたのはクナイだった。リップルの魔法は必中の魔法。どんな軌道を描いてでも当ててくる。回避という選択肢はない、迎撃あるのみだ。爪で叩き落とし、たまの魔法が粉砕する。相手はやる気だ。彼女の纏う敵意がこちらに向けられている。

 

「私には……やらなきゃいけないことがある……」

 

 次が来る。二発、三発、放たれる瞬間を見てどうにか合わせる。迫り来る小さな的を引っ掻き続けなければ対処できない。そして、どうにか対処している間、こちらからは仕掛けられない。次々と繰り出される投擲に当て、砕き、たまとリップルの視線は互いに集中し続ける。

 

「魔法の国は……変えないと……」

「変えるって、そんな、ロゼットさんや店主さんを巻き込んで」

「誰かを巻き込んででも……誰かがやらなきゃ……変わらない」

 

 脳裏に浮かんだのは、スノーホワイトが見せたことのある表情。己に陰がさしてなお、俯いていても、間違っていても、決意で前に進もうとする顔だ。今のリップルは魔法の国に仇なすテロリストの一員に他ならない。スノーホワイトには会わせられない。

 一気に何本ものクナイを引き抜き、一斉に投げつけてくるリップル。たまを包囲する形で動いてくる。後退して、まず1つ、2つと潰し、高速でついてまわるのから逃げながら隙を見てクナイを破壊する。しかし振り向いたその時、そこにリップル自身が忍者刀を振りかざしており、こちらは回避するしかない。そして回避に意識を割いた結果、打ち漏らしたクナイがすぐ目の前に。数本の被弾は覚悟した時、どこからか放たれた弾丸がクナイを撃墜した。弾丸のやってきた方向を見ると、ノゾカが指で小窓を作り、己の『枠の中に思い出を映す』魔法を行使していた。今のは銃を使ってくる魔法少女との戦いの思い出だ。記憶から飛び出した銃撃がたまを救った。

 

「邪魔しないで……」

「対話、終わり。任務、貴方を捕まえる」

 

 事情を知るためにも、ここでリップルを逃がすわけにはいかない。ロゼットや店主の無事を祈りながら、たまは再び爪を構える。



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第62話『迎撃作戦Ⅱ 許せない』

 ◇リオネッタ

 

 たまからの連絡を受け、リオネッタは待機地点から息を潜めて動いた。当初のプランは彼女らがリオネッタの地点まで誘き寄せる、という側だったが、こうなれば逆をやる。反体制派に狙われている魔法少女、黒いドレスのブラック・ロゼットの姿を確認し、物陰をいくつも経由して接近する。ある程度距離を保ちつつ、ブラック・ロゼットが誰か魔法少女と話しているのを認識し、まずはそちらに耳を傾ける。

 

「……一緒に来てほしいんです。魔法の国を変えるために、力を貸して欲しい」

 

 語りかけている魔法少女の方を覗き込む。傍らに、蛇とハートの散りばめられた魔法少女がいるのが先に見えた。知らない顔だ。だがもう一方、話している本人は、知っている顔だった。リオネッタにとって大事な、あの子と見間違う容姿。あれが、トーチカか。今すぐにでも飛び出していきたかったが、耐えて、じっと待つ。

 

「そういう感じですか。もっと、過激派武装魔法少女組織なのかと思ってました」

「……この目的が完遂されたら」

「ごめんなさい、知りません。私、戦う魔法少女ですので。唸らせるのは実力でどうぞ」

 

 さすがは魔王塾出身、拳で語り合おうとする脳筋っぷりだ。スカートの裾を掴みながらの臨戦態勢は魔法少女らしく、トーチカに向かって煌びやかに飛びかかっていく。だがロゼットのスカートを翻して繰り出された蹴りは、トーチカに届く前に止まる。トーチカは手で顔を覆い、恐る恐る周囲を見る。隣の蛇の魔法少女に礼を告げていた。あの女の魔法は動きを止める魔法ということだ。あの女から触れたりしていないあたり、条件は別にあるだろう。

 トーチカは『魔法などを分析する魔法』を持つと知らされている。であれば──仕掛けるなら今か。リオネッタは懐から小型の人形を取り出し、己より先に向かわせた。その手に装着された刃を振りかざし、死角から飛び出していく。

 

「おうじさま……っ!」

 

 ここで、トーチカを遮り蛇の女が飛び込んでくる。彼女の武器であろうナイフで人形が切り裂かれる。これが隙だ。今度はリオネッタ自身が動き、一直線に目標を狙った。手首から飛び出した仕込みナイフで襲いかかる。呆然とする彼女は防御姿勢も取れていない。

 そこへ彼女は保護対象である事実が頭を過ぎり、そしてその顔立ちがリオネッタの冷静さの邪魔をして、1秒の猶予が生まれてしまう。蛇の女がトーチカを引っ張り、己の身で盾とした。防御した腕に突き刺さるが、手応えは浅い。距離を取り直し、ロゼットの隣に着地する。ロゼットの硬直は解けていた。

 

「たまさんノゾカさんの同僚ですね。ありがとうございます」

「礼には及びませんわ……あの顔で好き勝手されるのは気分が悪いですもの」

 

 誰よりもまず、トーチカに目を向けた。彼女は己を庇った魔法少女の傷を心配し、傍らに屈んでいる。

 

「奴らの狙いは貴女。お逃げくださいな」

「あら。ヤワな魔法少女ではないつもりですが。ご忠告痛み入ります」

 

 リオネッタはロゼットが離れていくのを見送り、返り血を拭った。そして無防備すぎましてよ、の一言と共に再度切りかかっていく。2人は前転で間合いから抜け、今度は蛇女が反撃に来る。ナイフとナイフがぶつかり合い、金属音を響かせ、鍔迫り合いのような形となった。

 

「貴方、おうじさまのなんですの……!」

(わたくし)の邪魔、しないでくださいますこと?」

「それは……(わたくし)の台詞ですわ!」

「アイさん! 傷が!」

 

 力の込もった腕から血が滴っていて、それでも厭わず向かってくる。こういう手合いは厄介だ。トーチカの保護さえしてしまえば、このアイという魔法少女を捕まえる必要は無いが、そううまくいかない、そういうしつこさを感じてならない。リオネッタは人形の体に仕込まれた暗器を動員しようと構え、ほぼ同時にアイも腰から伸びた蛇尾での攻撃に出て、これも相殺。心配したトーチカが駆け寄り、アイは心配されながらなぜか勝ち誇った笑みを見せてきた。

 

「……はぁ。トーチカさん、でしたわね。貴方……ペチカそんの似姿で、テロリズムなどやめてくださるかしら」

「っ……貴方は……!」

「リオネッタ、ですわ」

「やっぱり、あの事件の」

 

 名を聞かせてやると同時に、トーチカは目を見開く。

 

「おうじさま。ブラック・ロゼットが」

「……ごめん。アイさんが追ってくれますか」

「ですがおうじさまでは」

 

 アイはたった数撃でも理解している。トーチカでは、リオネッタの相手をするには明らかに戦闘への経験値が足りていないと。トーチカ自身もそれはわかっていて、それでもリオネッタには自分1人で、と続け、アイはそれに従った。去り際にこちらを睨んで、ロゼットを追っていった。逃げ切れるかはロゼット次第だが、リオネッタにはこちらを優先する理由がある。そもそも、リオネッタの本来の目的はトーチカの保護なんだから。

 

 木々の中、トーチカとリオネッタは2人きり。間を風が吹き抜け、木の葉が擦れ、さらさら音を立てた。

 

「姉のこと、聞かせてもらいます」

「ただお話に応じてくれるとお思いで?」

「……それは」

 

 刃を出したままのリオネッタを前に、戦うつもりはないという意思はもう意味がないとようやくわかったらしい。今の今まで挙げていた両手で腰に提げていたフライパンを握り、武器として構え始める。調理器具を戦闘に用いようとするなんて、どうしても重なって見えて、眉を顰めずにはいられなかった。

 振り抜いてきたフライパンを受け止め、回し蹴りで彼女を吹っ飛ばす。さらに2体目、3体目の小型人形を投入し、刃がトーチカへと襲いかかる。必死に回避し防御し、叩き落とそうとフライパンを振り回している。

 

 その最中、彼女の眼が輝いたのが見えた気がした。僅かな肉体の変化、魔法の予兆に違いない。確かにその瞬間からトーチカの動きが多少は良くなり、握り直した武器で一方の人形の動きを読み、ヒットさせることに成功した。吹っ飛ばされた人形は砕け、それを見たトーチカは表情を明るくし、近づくもう1体を捉えていなかった。

 

「っ……!?」

 

 刃が頬を掠め、赤い線が走る。加減されたのだと悟り、嘲笑うように踊っている人形を殴りつけ、リオネッタを見た。歯を食いしばり、またあちらから仕掛けてくる。ぶつかり合う金属音は甲高く、火花が散った。

 

「ペチカさんは」

 

 名を口にした瞬間だけ、トーチカの力が緩み、簡単に押し返せそうであった。そうはしなかったのは、続く言葉を聞かせたかったからだ。

 

「貴女のように無謀で。貴女のように優しく、貴女のように身勝手で……」

 

 出かけた言葉を噛み潰して、ぎりりと奥歯に力をこめて、あの別れの時を思い出しながら。

 

「私には、許せない人ですわ」

「……っ! 嘘だ……嘘だっ、姉ちゃんは! 

 そんな人じゃない! 姉ちゃんは……人殺しなんか……!!」

「っ、く、この……っ!」

 

 額に血管が浮かぶトーチカに押され始め、リオネッタはフライパンを握る両腕を上方に弾き飛ばし、無防備になった懐に飛び込んだ。そしてこれを警告とすべく、峰打ちで怯ませ、背後に組み付き刃を突きつけようと動いた。計算から外れたのは、彼女が痛みから逃げようともせず、リオネッタに向かってきたことだった。首元に突きつけようとした刃が、半端に差し出される。高く振り上げたトーチカのフライパンが振り下ろされ、その衝撃は、リオネッタを前方によろめかせた。たった半歩、その間に──衣服の繊維ごと、突き刺す確かな手応えがする。

 

「え──」

 

 目の前の少女の肺から一気に空気が吐き出され、傷口からじわりとコスチュームが赤く染まっていく。体重が預けられ、引き抜くこともできない腕のナイフに、リオネッタは思考を止めるしかなかった。



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第63話『迎撃作戦Ⅲ きみに幸運を』

 ◇レイン・ポゥ

 

 ──隣にいるポスタリィと一緒になって、目を疑った。

 襲ってきた魔法少女は5人。うち4名はオルカが前回接敵したらしい者と特徴が一致しており、残るアルマジロ的な格好の魔法少女は脱獄囚『マル万理(まり)』だろう──と、接敵直前にオルカ自身から聞いた。ここにトーチカはいない、生死は問わない、とも。

 

 だがいくらオルカが惹き付けると言っても、一度に全員を相手にするとは思わなかった。オルカは既に飛び出して、全員を前にポーズと名乗りを決めて挑発。名乗り終えるや否や始まった攻撃の中をすり抜け、強烈な一撃を見舞い、カラフルいんくはそのせいで木にめりこんで動けなくなっていた。

 

「なんなんや、アンタはァッ!」

 

 叫ぶのは彩葉流歌(イロハルカ)。爆発物を投げつけてオルカを攻撃し続けるが、手で払われ脚で蹴られ、届いていない。さらに横から精神力を吸いあげようとしてくるサッキュー・ラッキューのストローは、球体化する魔法を使い突っ込んできたマル万理を蹴りあげて盾にし、防いでいる間にイロハへと接近。今度は彼女に蹴りを叩き込む。イロハが喰らって吹っ飛んでいく中、マル万理がまた向かってきたのを躱し、サッキューがストローから吐き出した筋骨隆々の魔神の拳をまた避けて、オルカはゆらゆらと宙を泳ぎ続ける。

 空中を自在に動けるのは重力に従う者たちにとっては相当やりにくい。そのうえで、身体能力も高く、突如地面を割るほどの一撃が飛来する。今度はサッキューが喰らい、耐えようとしたがその場に倒れてしまう。

 

「アンタ……またうちらの邪魔を……!」

「あ、腕、繋がったんだ。もう1回食いちぎれるじゃん、ありがとう」

「ッ、アンタは、うちらで遊んでるつもりかなんかか!?」

「あははっ!」

 

 イロハが両手を合わせ、数度の拍手。手の中でカイロが大きくなり、オルカに向かって投げつけられると激しい爆発を起こす。1度ではない、何度も連鎖して爆発が始まった。破裂音が次々に響き、それだけ炎と煙も大きくなる。だが煙の中から、平然とした足取りでオルカが現れる。それを認識したマル万理が再び球体化、回転しながら突っ込んでいく。拳で迎え撃ったオルカの腕はあまりの衝撃に皮膚が裂け血が迸るが、彼女の表情は変わらない。むしろ勢いを止められたマル万理が球体化を解き、慌てて逃げ出そうとして、オルカに捕まった。その牙が腕の甲羅に刺さり、硬度をものともせず食いちぎった。

 マル万理は悲鳴を上げ、オルカは甲羅を投げ捨て、さらに食いつこうとして絵の具が飛来した。カラフルいんくだ。戦闘を遠巻きに見つめていたエンタープリーズが彼女を助けていた。

 灰色の絵の具は見ているこちらの精神にも作用し、レイン・ポゥまで眠くなってくる。それが付着したオルカ自身は尚更で、さすがの彼女でもよろめき、マル万理の脱出を許し、さらにイロハの連鎖爆弾、サッキューのストローから飛び出す魔神の連続パンチと重なり、オルカが追い詰められ始める。立て直す暇もなく交互に魔法少女の攻撃が浴びせられている。マル万理の体当たりがクリーンヒットして血を吐いた。サッキューのドレインが立ち上がったオルカの脚の力を奪ってふらつかせ、イロハの爆弾が顔面に当たる。

 

 オルカは咳き込んでいる。いつも被っているフードが脱げていて、前髪が血で張り付き普段隠れている目も露出している。

 今優勢なのはレジスタンスだ。ここで──レイン・ポゥがオルカを攻撃すれば、彼女の殺害はできる。自由の身となって、行方不明のトコを探すこともできる。或いはレジスタンスについて、脱獄囚に混ざってしまえばいい。いざとなればレジスタンスをも後ろから刺せばいい。そうやって生きてきた。その選択肢が頭の中に浮かんで離れない中、オルカの視線がこちらに向いていることに気付く。目の前の敵ですらなく、さあどうする、という目を、レイン・ポゥに向けている、のか。

 隣のポスタリィを振り向いた。彼女は目の前で繰り広げられる魔法少女同士の死闘を前に、動けないまま。オルカの目線の先はポスタリィだ。やってみろ、お前がオルカを殺しても、オルカはそいつを殺す──そう告げられているようで、動けなかった。

 いや、どうした、動け、それでいいんじゃないのか。こいつは利用するために連れてきただけだ。ポスタリィが、酒己達子が死んだところで、レイン・ポゥには関係ない。

 

「ッ……たっちゃんはここにいて」

 

 それでもどうしてか、戦闘の輪から外れて遠巻きにおどおどするエンタープリーズが目に入った時、彼女を狙おうと切り替えていた。あれなら殺せる。まずは手始めだ。茂みから木陰へと移動し、エンタープリーズへと接近、彼女以外の全員がオルカに向かっていっているその瞬間を狙った。

 姿を現すと同時に、虹の橋を伸ばす。レイン・ポゥの下から真っ直ぐに突き進み、少女の肉を切り裂かんとする。マル万理、いんく、イロハ、皆オルカに夢中で気づいていない。エンタープリーズ本人が振り返り、状況を理解していない呆けた顔を向けてきて、レイン・ポゥは奥歯に力を込めた。そして、その顔を切り裂いてやろうと大きく手を振りかぶり、さらに虹に二方向に追加して包囲。獲ったと確信し、駆け寄ってくるもう1人の魔法少女が考慮から抜けていた。

 

 彼女──サッキュー・ラッキューはエンタープリーズを引っ張り、迫る虹の軌道から突き飛ばして、自らは逃げることなく、防御も捨ててその身で受ける。脚、胸元、腹部と切り裂かれ、多量の赤色が繁吹(しぶ)きながら、サッキューは安堵の表情だった。

 エンタープリーズを守れたことか。だったとしたら、どうして、あのまるで戦闘の役に立っていなかった魔法少女が、何よりも大事なものだったのか。周囲の魔法少女たちが状況を理解するまでの一瞬の空白に、レイン・ポゥは動けなかった。見るからに致命傷を喰らったはずのサッキューは、痛みに表情を歪めつつも、レイン・ポゥに向かって中指を立てた。

 

「ふぁっきゅー。無駄足、ご苦労さま」

 

 安堵の笑みが、勝ち誇った笑みに変わる。そして最後に咥えたストローに思いっきり息を吹き込み、力を込めすぎたがゆえに傷口からさらに出血する。ここで我に返り、レイン・ポゥがもう1本虹の橋を突き刺し、心臓を破ってやった。ついでに肺も貫かれ、息が出せなくなった彼女の変身が解けて、血の海の中に少女が倒れ伏す。

 

 

 ◇エンタープリーズ

 

「──え」

 

 いきなり飛び出してきた魔法少女が、何やら虹のようなもので襲撃してきた、というのはようやく理解できた。だが、目の前で起きた出来事は理解できずにいた。サッキューが、エンタープリーズを守ってくれた。守ってくれたから……死んだ。もはや変身が解け、そこにサッキュー・ラッキューはいない。

 

「やだ……そんな、やだっ、咲楽(さくら)ちゃん? ねぇ、やだよぉっ!!!」

 

 叫んだ時、自分の中に何かが入り込んでくるのを感じた。サッキューが魔法のストローで操る『元気』だとはその温かさですぐにわかった。彼女の置き土産だ。あぁ、これで仇を討ってやる、お前だけは、お前だけは許さない。

 自分が戦えないことすら忘れて身構え、飛びかかろうと息を吸い込んだ。その瞬間、背後から声にならない悲鳴があがり、べちゃ、とまた血が飛び散るような音。振り返って、そこには同行した脱獄囚のマル万理がオルカに喉を食いちぎられ、今まさに絶命しようとしている光景があった。

 

「……無理や。こんなん、死ぬしかない」

 

 イロハが諦めに苦笑した。無理やり縫合した腕をだらりと下げ、木に寄りかかった。

 

「っ、はぁ、はぁ……はぁっ、わ、私が……私が悪いのか……私がリーダーだから……?」

 

 いんくは呼吸が乱れている。目を泳がせ、およそ指示などできる精神状態にない。

 

 そうか、向かっていっても、ダメなんだ。

 

「逃げ、なきゃ」

 

 エンタープリーズにできることはない。私の魔法は、鍵や扉に開いてもらえるようお願いするだけの魔法だ。この祈りは、神様や運命、そんなものには届いてくれない。だけど、サッキューが残してくれた、渡してくれた湧き上がる力だけは、確かにある。

 エンタープリーズは飛び出し、肩や頬を切り裂かれながらも虹を潜り、倒れているマル万理の遺骸を思いっきり投げつけて盾にして、いんくとイロハを助け出す。2人を担ぎ、後ろを振り向くことなく、ただ走った。



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第64話『迎撃作戦IV 揺れるスカート』

 ◇フィルルゥ

 

「こっちの方です。リップルさんに引っ掛けていただいた糸に反応が」

「やるねぇフィルルゥちゃん」

 

 自分はなぜ反体制派に手を貸しているのだろう。レジスタンスの目的である魔法少女を追いながら、フィルルゥはふいに我に返っていた。そもそもどうしてフィルルゥをここまで協力させるのか。監視についているのもトットポップだけどころか、彼女はフィルルゥを一方的にレジスタンスの仲間認定している。マッド=ルナもそれに近い認識だろう。でなければ最重要目標を追跡する役割なんて、任せない。

 

「あの……」

「? どうかしたのね?」

「そもそも私はレジスタンスではないんですが、いいんですかね、こんな重要なこと」

「それだけ頼りにしてるってことね」

「あ、あはは……そうですか」

 

 隣を歩く彼女から、こうしてこの笑顔を向けられるのは嬉しくなくもない。というか、トットポップと話しているとこちらの前提が狂わされる。フィルルゥは看守、秩序を守る側だ、そのはずだ。己の胸に手を当て、信念を持ち直そうとした。

 

「あ、そうそう。魔法少女刑務所がなくなるみたいな話が出てるらしいのね」

「……へ?」

「人員とか全部取っ替えて、システムを変えるとか……なんか、囚人を使ってよくないことやらせてた記録が出てきたーみたいな」

「総入れ替え!? それって……つ、つまり」

 

 失職。働く先がなくなったら、もちろん職もなくなる。もしかしたらクビかも、と思っていた不安の部分が、別の方向へと急激に成長した。刑務所がなくなるとしたら……どうする? どうにかなると思っていたら、取り残されるかもしれない。実際、フィルルゥが持っている人脈なんて刑務所関係しかなく、つまり全部なくなるようなものだ。焦りで手元が狂いそうになり、息を荒くしたところで、ふとトットポップのことが目に入る。彼女はまた、笑顔を向けた。

 

「でもフィルルゥちゃんは大丈夫ね。可愛いトットちゃんたち、仲間がいるから」

 

 リップルが何を欲していて、トーチカが何をしようとしていて、マッド=ルナが何を考えているのかなんて、どれもわからない。一つだけわかるのは、目の前にいるこの彼女だけは、疑うべくもないということ。

 

「……そうですね!」

 

 もう、レジスタンスでいいか。

 フィルルゥは諦め、捕虜の身分でありながら、誰よりも積極的にターゲットを狙う方針に切り替えた。近辺に張り巡らせた糸を使い、その中から逃げているであろうロゼットのことを探す。先程まであった感触が消えている。消失地点からは近いだろうが、どこへ行ったのか。勘づかれたのか。フィルルゥはトットポップを連れて急ぎ、林の中、恐らくは気配が消えたであろう場所で立ち止まった。

 

「『光輝なる刻の衣(フレアスカート)』」

 

 その瞬間だ。物陰から飛び出してきたのは炎を纏った魔法少女。飛び込みながらの回し蹴りがフィルルゥを吹っ飛ばす。飛ばされて、魔法で木々の間に網を貼り自身を受け止めさせ、着地直後、コスチュームの糸玉と木に引火したのに慌てているとトットポップの放った音符が地面にぶつけられ、その衝撃波が鎮火を行った。

 

「何人もの気配、戦場の空気……これでただ逃げてはいられませんね。貴方がたも追手でしょう? もっと、見て行ってくださいよ。私の早着替え」

 

 ブラック・ロゼットだ。資料と異なるのは、長い脚を包むスカートが炎となっているということ。彼女の魔法は『スカートを変化させる』魔法だと聞いた、それが炎のキックを生み出していたというわけか。フィルルゥの糸は絹糸のようなもので、炎には弱い。

 

「フィルルゥちゃん、無事?」

「あ、はい。すみません、炎を使える相手だと、私の糸は……」

「まあまあ。ここはトットちゃんにお任せね」

 

 前に出たトットポップ。何か策があるのか、と思いきや、彼女はめちゃくちゃにギターを掻き鳴らし始める。音符が実体を持って撒き散らされ、乱反射して木々を抉りながらロゼットの周囲を跳ね回る。炎のスカートを翻して華麗な蹴りで音符を迎撃し、捕らえきれず何発かはロゼットの衣服を傷つけていく。トットポップの演奏はまだまだ止まらない。これはまずいと判断したのか、炎のスカートを一気に膨れ上がらせ、ロゼットの魔法で新たな形となる。

 

「『堅牢なる刻の衣(コクーンスカート)』」

 

 硬質化したスカートが彼女の全身を包み、音符を弾き返した。しかもその、スカートに覆われたままの弾丸みたいな形状で、こちらに突っ込んでくる。トットポップの音符による迎撃は火力が足りず、この状態なら糸が通じるとフィルルゥが前に出る。縫い針をいくつも同時に投げ、地面に縫いつけ、動きが止まったのを認識すると共にロゼットのスカートが解けた。

 

「『剪断する刻の衣(サーキュラースカート)』!」

 

 布が鋼に変わり、回転ノコギリと化した。駆動音を響かせる刃が一気にフィルルゥの糸を切り裂き、さらにロゼットが地面を蹴る。猶予は数秒、トットポップが肩を叩き、上を指した。フィルルゥが木の上方に糸を伸ばし、急速に巻き取り上空へと緊急回避。跳躍で追ってくるロゼットに、トットポップが音符を乱射して迎撃する。

 上を取れば、少なくとも彼女の魔法は上半身には作用しない。先程の繭のように全身を包むしかなくなるはずだ。狙い通り、回転ノコギリが硬い殻に姿を変える。そのままでも突っ込んでくるが、糸で拘束すれば打破のためまた刃物や炎に変えざるを得ないはず。木の上から縫い針を構え、投げようとして、またしても技名を聞くことになる。

 

「『鋭利なる刻の衣(ナイフ・プリーツ)』」

 

 ロゼットから放たれるナイフの群れ。スカートを変化させて飛ばしたのか。現にロゼット本人のもとには布がなくなっている。好機を認識したフィルルゥが先に飛び込み、トットポップが続く。さらにかき鳴らす音符がフィルルゥに向かってくるナイフをいくつか撃墜し、フィルルゥ自身も魔法の縫い針を駆使して軌道をずらし、最後に真っ直ぐ突っ込んできたひとつを糸玉で受け止めて無力化、そのまま接近したロゼットに糸を通す。トットポップはもうギターを振りかぶっている。ロゼットの糸を引き、構えて魔法を使おうとするロゼットの体勢を崩し、意識を逸らす。出かけた技名が、直後、トットポップが叩きつけた魔法のギターによって潰された。顔面にクリーンヒットした一撃は彼女を大きく吹っ飛ばし、木に激突してようやく止まる。幹が砕け散る衝撃だったが、土煙の晴れた後、ロゼットは立っていた。鼻と口の端の血を拭い、笑っていた。

 

「いいじゃないですか。修行の日々を思い出します。私を捕まえたいんでしたね、もっと本気でかからなければ捕まりませんよ」

 

 ロゼットの腰、露わだった下着の上に一瞬で布が戻ってくる。これは振り出しか。やはり魔王塾出身者、一筋縄では──。

 

「……? 音楽?」

「どうかしたのね?」

 

 気配を読もうと伸ばしている糸に伝わってきた振動。アップテンポのアイドルソングのようなものが流れている。そんなものがどうして。混乱しながら、導かれるように、ロゼットよりも向こう側に視線を向けた時だった。何の変哲もないはずの森の中にスポットライトが点き、魔法少女を照らし出す。

 

「はい、こっち向いて」

 

 どこからともなく流れるイントロ。その瞬間、トットポップも視線を奪われる。何かの力に無理やり動かされたかのような感覚。そしてそれはロゼットにも適用され、無理やり首だけで背後を振り向かされた彼女の首からは、ばきり、なんて嫌な音がした。そのまま力が抜け、崩れ落ちる。

 

「え……?」

「2人とも、時間稼ぎありがとう♪ おかげで、目標達成だね」

 

 突然訪れたのはマッド=ルナと、彼女の引き連れた終わりだった。倒れ伏し、まだ痙攣しているブラック・ロゼットに対し、ルナは刃物を突き立て、スポットライトを浴びたまま止めを刺していた。



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第65話『迎撃作戦Ⅴ 垣間見た刃』

 ◇ノゾカセル・リアン

 

 ノゾカセル・リアンの魔法は記憶の投影だ。両手で作った『枠』の中に、記憶の中の体験を映し出し、限定的に現実へと干渉させる。それこそがノゾカの武器だ。このために飛び道具持ちの魔法少女に片っ端から組手を頼んだこともある。こちらに向かってくる記憶でなければ現実に飛び出させることはできないからだ。強くなるために、弾丸、ビーム、斬撃、打撃、色々と食らってきた。だから──相手の魔法が百発百中でも、対応しきる。しなきゃ。

 

 飛来したクナイを破壊し、忍者刀を振り回すリップルと激突する。刀の攻撃はひたすら避けて、飛び道具は迎撃。そのうえでこちらから攻めに出なきゃいけない。リップルはノゾカより速く、攻撃的だ。身体能力で勝てない相手に技術で対応する師匠(ラズリーヌ)の教えのお陰でなんとかついていけているが、それもどこまで続けられるものか。

 彼女はたまの友人らしいことは先のやり取りでわかっている。そして、たまの魔法は人体に使えば即ち死に直結する。つまりたまに戦わせるわけにはいかない。飛び道具の全てとはいかないが、撃墜を続けてリップルの攻め手を凌ぐ。そして隙と見て、指で作った小さな枠から小型ミサイルを放ち、爆発させた。魔法のミサイルはリップルとノゾカを巻き込んで爆風を起こし、互いに肌が焦げつく。それでも刃と、思い出の中から現れる弾丸、その応酬は止まらない。

 

「チッ……!」

 

 舌打ちをしたいのはノゾカだってそうだ。ノゾカが映せるのは一瞬の記憶だけ、剣戟には向かない。必死になって防いでいるのはこっちだ。

 現に──ほら。落とせなかった1本が、ノゾカの左肩を抉ってくる。痛みと損傷で手元が狂い、合わせていた両手の親指と人差し指が離れ、魔法が途切れる。目の前には刃を振りかざすリップル。駆け寄ってくるたまが見え、避ければ彼女に当たると直感し、ノゾカは自ら左手で刃を掴み、刀を押し留め、もはや魔法を使えもしないままリップルの顎を蹴りつけた。いいところに入った手応えがある。

 枠を作る暇はない、無事な方の手を握り、思いっきり振り抜く。慣れない拳でも鳩尾にクリーンヒットすれば呼吸困難になる。咳き込む相手にまだ追撃をしようと構えて、その背後に、ありえないものを見た。

 

「ノゾカ」

 

 銀河色のドレスがふわりと靡く。コスチュームに着けられた鎖と、輝くプラチナの髪が揺れて、ノゾカは『彼女』を認識してしまう。決してここにいるはずのない、友達。かつて失った、その名が喉から出かかって、彼女の振りかざした大鎌がやっと目に入った。体が動くのが遅れ、たまが飛び込んできてくれ、その刃を受け止める。そのまま刃が弾き返された『彼女』は後方に退き、うずくまるリップルを一瞥したかと思うと、こちらに微笑みかけてくる。

 

「なにしてるの? ノゾカ。大丈夫だよ」

「っ、あいつの言葉を聞かないで!」

「一緒に行こう」

 

 わかっている。だってあの子は死んでいる。これは相手の魔法だ。そう見えているだけの幻覚。だけど、ノゾカには──。

 伸ばされた手、再び振り上げられた大鎌。後悔すらも立つ前に、ぎゅっと目を瞑ってしまった。

 

 ◇たま

 

 ノゾカの動きが止まった。リップルは怯んでいて、突如現れたスイムスイムがあの武器を振り回している。たまが寿命を対価に購入し、スイムスイムが『ルーラ』と名付けた薙刀状の武器だ。……この手で、スノーホワイトに託したものだ。ここにあるべきものじゃない。

 たまはもう、その幻惑では揺るがない。揺らいでいられない。ゲームの中でさんざん味わわされた、かつての友達の姿をした誰かという敵。スイムスイムにはもう、別れを告げている。そうじゃないとわかっているなら、たまにだって、戦える。

 

 振り下ろされる刃を両手の爪で受け止める。手がビリビリと痺れるが、衝撃は向こうにも同じこと。決して欠けないはずの刃の表面にほんの少し傷がつく。条件は満たした。たまの魔法がわずかな欠けから穴を穿ち、魔法の武器を破壊する。

 

「っ……!?」

 

 偽スイムスイムが驚き飛び退いた。逃がさない、追いかけて爪を振るい、歯を食いしばり身を躱す彼女が偽りだと確信しながら、攻撃を続ける。追い詰めて追い詰めて、腕で受け止めるしかなくなり、彼女はたまの腕を押さえつけて歯を鳴らした。魔法が解かれ、鎧武者のような姿をした魔法少女が現れる。プフレから渡された資料で知っている。相手の傷つけたくない存在に化ける魔法少女、『華刃御前』だ。反体制派の魔法少女としてかつてスノーホワイトに襲いかかり、返り討ちにあって収監されていた、らしい。

 

「お主にも誰かに見えていたはずだが」

「……そういうの、もう、やられたことあるから」

「そうか。ならば、いざ、尋常に」

 

 ぐっと押し返され、立て直す間に華刃御前は腰の刀を抜き放つ。刃がぎらりと鈍く光り、風を切る音と共にたまに向けられる。切りおろしを避け、突きを爪で逸らして躱し、3度目に対応しようとして、ノゾカが割り込み突き飛ばした。彼女の記憶から再現された刀が刀にぶつかって弾き合い、さらに散弾が続き不意の銃弾が華刃御前の鎧を激しく打つ。

 

「ぐっ……!」

「偽物、お前より、ロンドの方が……強い」

 

 華刃御前が体勢を崩し、それに組み付き、ノゾカが彼女を背負い投げで地面に叩きつける。肺から残った空気が吐き出され、ダメ押しの衝撃波で意識にとどめを刺す。体から力が抜けたのを確認し、残るはリップル。彼女の姿を探し、顔を上げた瞬間、クナイが1本飛来し、たまに当たるのではなく地面に突き立った。飛んできた方向を探す。誰もいない。リップルの姿はどこにも見当たらない。

 

「リップル……」

 

 彼女を止めることは叶わなかった。傷ついたノゾカが駆け寄ってきて、彼女の怪我を見た。痛々しいが、深すぎることはなく、修行中に貰っていた応急処置セットを思いついて引っ張り出すと、止血だけはしておこうと、魔法のガーゼを当てた。

 

「護衛、討伐、任務。対象を追う」

「うん……まだ近くにリップルがいるかもしれないし」

 

 ノゾカのだけではなく、この森の中には血の匂いが濃くなっている。他の皆も接敵、衝突、交戦している証拠だ。最悪、死人が出ているかも。そうでないことを願い、まずは匂いを辿っていく。



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第66話『迎撃作戦VI 誰のせい』

 ◇トーチカ

 

 ──目が覚めた時、最初に襲ってきたのは激痛だった。

 

「痛ッ……!?」

 

 大きな刺傷が自分の腹にあるのを認識する。縫合はされていた。フィルルゥの魔法の糸だろうか。いや、その前に、ここはどこだ。そもそも、トーチカは刺されて──。

 

「あぁあ! よかった……よかった……♡♡」

「アイさんっ、あっ、ちょ、痛っ! 痛いって!」

「おうじさまが、おうじさまではないのかと思いましたわ」

 

 その言葉の意味はよくわからないが、とにかくキュー・ピット・アイがここまで連れてきてくれたらしい。言われてみれば、ここはレジスタンスの本拠地の一室だ。見覚えのあるベッドに寝かされていて、周囲にも見知った魔法少女が療養中である。

 

「あの……リオネッタさんは」

「悪趣味人形ですか? 私が戻った時には、おうじさまを抱えて右往左往しておりましたわ」

「え……」

 

 あれは夢ではない。この腹の傷はリオネッタの刃が突き刺さった傷だ。死んでもおかしくはなかった。彼女がどういうつもりだったか知らないが、トーチカを死なせるわけにはいかないと思ってくれていただろうか。それともアイが来なければ、あのまま死んでいただろうか。

 

「おうじさまを取り返して、傷ついたおうじさまを私の魔法で止血。ふふ、褒めていただきたいなどとは言いませんが、私、頑張りましたでしょう」

「それは……」

 

 リオネッタには悪いが、トーチカだってまだ死ぬ訳にはいかない。リオネッタだけじゃない、もっと皆に、全てを聞かないと。そしてレジスタンスとしての活動だって、まだ終わっていない。始まったばかりなのだ。傷がまだ傷んでも、立ち上がるしかない。

 

「……うん。ありがとう、アイさん」

 

 礼を言いながら、辺りのベッドを見回した。四つ並んだベッドに寝かされているのは、またボロボロになるまでやられた四人娘たちだ。エンタープリーズ、いんく、イロハ……と見回して、気がつくのはすぐだった。サッキューがいない。彼女は療養するほどの怪我をしていないということかと解釈して安心し、立ち上がろうとして、腹筋に力が入って激痛に呻いた。

 

「痛っ!? っててて……」

「おうじさま! 動かないでくださいまし」

「う、うん……」

 

 まだしばらく休まなければならなそうだと思い、大人しくすることに決める。アイは隣から離れようとする気配がない。こうなったらもう一度寝てしまえと目を閉じ、多少の時間が経って、そのまま眠りかけた頃、部屋の扉が開く。マッド=ルナだ。無邪気に手を振り彼女が現れるなり、トーチカは真っ先に尋ねた。

 

「リップルさんたちと……ロゼットさん、それにサッキューは?」

「そうそう。トーチカちゃんとは、状況の共有、しとかないとね」

 

 ふいに隣のベッドのエンタープリーズが目に入る。彼女は目を逸らし、拳に力を込めた。それがどういう反応なのか理解出来ず、マッド=ルナの言葉を待った。まず、そもそもの作戦は成功だよ、と伝えられ、安堵が真っ先に来る。

 

「じゃあ、ロゼットさんは」

「うん。ちゃんと腰の部分を切り取って回収したよ」

「……は?」

 

 切り取っ、て? 

 

「それってつまり」

「殺したよ。だって、どうせそうするでしょ?」

「っ……そんな」

「まあ、向こうの抵抗も激しかったからね。フィルルゥちゃんとトットちゃんは休憩。リップルちゃんも負傷して休んでる。華刃御前ちゃんはやられて逮捕。死んじゃったのは、マル万理ちゃんと──」

 

 浴びせられる言葉に理解が追いつかない。ルナは脱獄囚魔法少女たちを捨て駒として扱っている。華刃御前、マル万理、どちらも知っている名とは言い難い。それでも死んだと言われるのはショッキングなことだ。いずれ出るものだと覚悟していたって、それが誰かもわからぬ魔法少女だったとしたって、誰かの死は辛い。ブラック・ロゼットに至っては、トーチカが巻き込もうとしなければ、死ななくて済んだだろう。

 

 それだけでも、忘れられないような心の傷。なのに、ルナの口から告げられた名前はもうひとつ続いた。

 

「──サッキューちゃん。あの子は残念だったねー。死体回収する暇もなかったわけだし」

 

 息を呑む。

 

「……死ん、だ?」

「うん。ね、エンプリちゃん?」

 

 反応を求められ、エンタープリーズは震えながら、枕を殴りつけた。枕の布が破裂して、中の羽毛が周囲を舞う。急な破裂音に驚かされ、同時にあの大人しいエンタープリーズがこんな行動をすることにも驚いていた。

 

「わ、私の……私のせいだ」

「アンタは……ちゃうって。あんなんどうしようもないって。悪いんは殺したオルカだけや」

 

 いんくは前と同じ調子でぶつぶつ呟き出した。イロハはそんな彼女を慰め、左手でその背中を撫でる。右腕は、動かない。

 

「私なんだ。私が……間違えたんだ。そもそも、私がこんなことに誘わなければ」

「うるさい……」

「私が今回こそ、止めていられれば」

「うるさいッ!!」

 

 エンタープリーズがベッドからいきなり立ち上がって、いんくに掴みかかった。慌ててイロハが間に入ろうとするが、身体能力で劣るはずの彼女を引き剥がせもせず、むしろ突き飛ばされてしまった。無理やり縫合された右腕から床に叩きつけられたせいで、イロハが痛みに顔を歪ませる。

 

「っ、おい、エンプリ、いんくはなぁ!」

「……取らないでよ。咲楽ちゃんはあなたのために死んだんじゃない。あなたのせいじゃないっ、私のために死んだんだ! 私を庇ったから! 私だけのせいだ! 咲楽ちゃんは……渡さない……ッ!!」

 

 鬼気迫る言葉にいんくはもはや呟く元気もなくなり、ただ目線を落とした。ようやく手が離れ、ベッドの上に倒れ込む。あれほど和気藹々としていたはずのレジスタンスが、こんなことになるなんて。トーチカは仲裁に手を伸ばしかけて、何も言えないままだった。

 

「話は終わったかな? じゃあ、トーチカちゃんには次のターゲットを聞こうと思って」

「……なっ、も、もう!? こんなボロボロで、またオルカに出くわしたら今度こそ全滅やで!?」

「どうやって前回情報が抜かれたかわかんないけど、掴まれる前に動くべきじゃない? 完成は早い方がいいよ。ぼくだってはやくマリアちゃんに会いたいし〜」

「んなこと言ったって!」

「悲しんでる暇があるなら、計画を進めなきゃ。大事なお友達を無駄死ににはしたくないでしょ?」

 

 イロハが言葉を失う。エンタープリーズが彼女を睨む。いんくが目を伏せたまま震える。彼女らが何も言えなくなったのを見届けて、ルナはこちらを振り向き、張り付いたような笑顔で問う。

 

「で、トーチカちゃん。次の獲物は?」

「……次は」

 

 もはや巻き込むという次元ではない。殺す相手を選ばなければならない。そして、あと何人も殺さなければ、誰の死も無為になる。再びリストを表示させ、候補者を探し出す。

 ブラック・ロゼットにも人生があった。それは誰のことでも変わらない。変わらないのなら……誰を殺したとしても、結果は同じだ。歯を食いしばって、そう自分に言い聞かせる。何度も躊躇って、出かけた名前を飲み込んで、笑顔のまま返答を待つルナの顔を見て、ようやく名前を告げる。わかった、という返事の後、用意のためと言ってルナが退室し、部屋には傷ついた者と、寄り添う者だけが残されていた。

 

「……あのさ」

 

 不意に、隣にいたアイに話しかけなくてはいけない気になった。

 

「アイさんは……どうして、封印刑に?」

「あら。おうじさまは、知りたいのですね。『乙女の秘密』」

「……そう言われると、聞きづらいんだけど」

「ほんの冗談ですわ。私の罪状は単純。人殺しです。それも1人ではありません」

 

 そういう過去があるんだろうなとは思っていたが、本人の口から突きつけられると、あぁ、そうなのか、と思う。トーチカに危害を加えないのはただ、今の彼女がトーチカを想ってくれているだけ。信用するなと言っていたのはこういうことで。

 

「安心してくださいまし。ひとり巻き込んで死なせたくらいじゃあ、封印刑にはなりません。あら、でも、体制への反逆でとっくに封印刑ものでしたわね」

 

 気遣ってくれているのかいないのか、笑えない冗談だった。



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第67話『迎撃作戦Ⅶ 作戦失敗のこと』

 ◇レイン・ポゥ

 

 ──逃げ、られた。

 既に切り刻んでいるはずだったエンタープリーズは、死体を投げつけて囮にしてまで仲間を引っ張って逃げていき、目の前から敵の姿がなくなった。この場に残ったのは血溜まりが2つ。レイン・ポゥが急襲をかけて殺せたのはストローの魔法少女、サッキュー・ラッキューのただ1人だけ。オルカが反撃で殺した魔法少女と共に、この場に転がっている。殺しに慣れたレイン・ポゥにとっては見慣れたような光景で、動転する理由は無い。荒くなった呼吸を整え、頬に貰った返り血を拭い、死体を見下ろす。目障りな笑みのまま、少女は動かない。その笑みを見ていたくなく、レイン・ポゥは目を逸らす。

 

「かっ、香織……ちゃん」

 

 茂みからポスタリィが駆け寄ってくる。心配した様子だ。心配する必要はないはずだ。レイン・ポゥはただ不意討ちで1人殺しただけ。こんなのはまともな戦闘でもない。彼女は安全圏で見ていただけで、心配するならオルカの方だ。

 

「大丈夫……?」

「……まだ敵が帰ってくるかもしれないでしょ」

 

 まずありえないと思いながら、最初に吐いたのはそんな言葉だった。この作戦でも、彼女を連れてくることには反対しようとした。だがオルカは監視下に置き続けるよう告げ、最も安全な場所はレイン・ポゥの隣だと判断し、そうなるようにした。現にポスタリィは巻き込まれておらず、ただ、レイン・ポゥの判断が鈍っただけだ。

 

「それに、オルカがいるのに名前で呼ばないでよ」

「……そ、そうだよね。で、でも、香織ちゃんは……香織ちゃんだから……」

 

 意味がわからない。自分で言っていて、そんなことより、目の前で起きたこと、奴らを逃がしたこと、その方が重要だろう。わかっていても、目の前の彼女から離れるくらいなら、ここにいようとしていた。一方のポスタリィは怯えているくせに、こうして逃げ出そうとはしない。萎縮している、とは違うように見える。

 

「……なんとも思わない? 私……見るからに、人殺し、でしょ」

 

 ポスタリィが目を伏せる。香織ちゃんは香織ちゃんだと、もう一度同じ言葉を吐くかもしれないとほんの少しだけ思っていたが、答えはない。……やはり、こいつの考えていることはわからない。泣きわめくでも、糾弾するでもない。

 

「あはっ、ごめーん、手ぇ……貸してくれない?」

 

 そこに聞こえてきた声。絞り出したような声は、もう一方の血溜まりから聞こえてきたものだ。振り向くと、オルカは寝転がったまま。焦げ跡や擦り傷まみれで、傍らには食いちぎった肉片が落ちている。彼女のことだ、魔法で泳げばいいだろうとも思ったが、そうもいかないらしい。ポスタリィは見つめるだけで動かず、レイン・ポゥが仕方なく手を貸した。掴む手の力は彼女の印象にしては弱く、力を込めようとして呻いており、どうやら骨が折れているらしい。

 

「あーよかった、立てばなんとかなるかも。いったたた……あれの直撃は痛すぎるって。そっちは? 無事? だよね?」

「……」

 

 オルカは笑う。笑って、わざとレイン・ポゥではなく、ポスタリィの肩に手を置いた。思わずやめろと言いそうになり、何の関係があるんだと自分を押さえ込む。この頃のレイン・ポゥは、何かがおかしい。

 

「あは、オルカちゃん、腕くらいは持ってかれるかなと思ってたんだけど。やらなかったね? あのお仕置でわかってくれるような子じゃないと思ってたけど」

 

 オルカの言う通りだ。殺せるタイミングはあった。オルカに怯えた、そうかもしれない。

 目立たない妹、無垢な新人、都合のいい人質。それに……友達。レイン・ポゥはいつも何かを演じてきた。今だって同じだ。無理やり脅されて、人殺しをしてしまい、その状況に立ち尽くす少女。

 そのうえで、本当に、理解のできないものは残っていた。そこに転がっている女、サッキュー・ラッキューが、エンタープリーズを守ろうと身を呈したわけ。普段なら馬鹿のやる事だと切り捨てていたろうに、頭から離れていかなかった。

 

 ◇たま

 

 ──結局、誰かが死んでいた。

 森の中に放置されたブラック・ロゼットの遺体からは、彼女の特徴的なスカートが、腰部ごと奪われていた。離れたところに切り取られた脚が無造作に放り投げられ、辺りには切断の際に流れたであろう血が飛び散り、凄惨としか言いようがなかった。それを見つけた時、たまは吐きそうになるのをなんとか堪えた。堪えられたのは吐き気だけで、罪悪感はそうはいかなかった。その場に崩れ落ちて、勝手に溢れてくる涙にどうしようもないまま、ごめんなさい、と何度も呟いた。

 

「……生きて、いましたのね」

 

 その場に現れたのはリオネッタだ。彼女の人形の体は大きく破損し、ヒビが入っている。返り血だろうか、衣装の一部が赤く染まっており、彼女らしからぬよろよろとした歩き方でこちらへ来ようとして、ノゾカに受け止められた。

 

「リオネッタさん……」

「……私も個人の感情を優先した。責任の一端は……私にも……」

 

 らしくないのは、言葉もそうだった。ぽつりとこぼして、途切れた言葉の後、目線が不安定になり、それから何も言わなかった。ノゾカの手から離れ、やっぱり1人にしてほしいと、ふらりいなくなる。オルカからの連絡が入り、撤収と伝えられて、初めてたまも立ち上がる。そして、伝えられた集合地点に戻り、状況の報告と共有だ。

 華刃御前を倒したこと。ロゼットを守れなかったこと。リップルが確実に敵だとわかったこと。

 あちらはあちらで、構成員を殺害したこと、オルカがダメージを受けたこと、痛かったこと、オルカが活躍したこと、すごく痛かったこと、なんて延々と語られそうになり、それなら早く治療した方がいいなんてこちらから提案する羽目になった。

 

「護衛作戦は失敗だねぇ。迎撃作戦でいうと、まずまず……いやぁ、駄目寄りだ。見通しが甘かったっていうか……脅しが足りなかったかなぁ」

 

 オルカはストライプが恋しいやとこぼし、魔法少女たちは目を逸らす。そうして林を抜け、当初ロゼットと寄っていたはずの服屋まで戻る。ここには巻き込まれた魔法少女がもう1人いた。この店の店主だ。彼女はこちらを見るなり、もしかして、なんて顔をして、全てを察してしまったらしかった。

 

「ごめん、なさい」

 

 たまには謝るしかできない。続き、ノゾカが頭を下げ、店主は手を振った。

 

「……私に謝るくらいならさ。預かってた服、代わりに貰ってくれないかな?」

 

 最後にロゼットが購入しようとした衣服、それが入った紙袋を受け取った。他の魔法少女への贈り物だったのか、宛名が添えられていた。

 

「ロゼットちゃんが届けたかったもの、届けてほしいんだ」

「……はい」

 

 店主の言葉に頷いた。せめてもの罪滅ぼしだ。



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第68話『探偵チーム再結成』

 ◇ディティック・ベル

 

 トーチカたちレジスタンス勢力と、それを追う広報部門が交戦。その結果、脱獄囚1名が確保され、複数名の人死にが出た。そう知らされたのは、約束の日付に差し掛かってからだった。間に合わなかったことに胸を痛め、胸元に手を当て、ぐっと強く握った。ついに人死にが出てしまった。つまり、トーチカはもう、十字架を背負っている。どうしても、魔王に選ばれてしまったペチカを思い出す。

 

「……だからここに来たんだけど」

 

 トーチカの素性を探り、辿り着いたのはこの地域だ。出来ることなら目立たぬよう、魔法少女のままだが変装しながら行動する。深く被ったフードで顔を隠した4人組が、人目につきすぎないように待ち合わせの場所まで急ぐ。

 4人──そう、4人組だ。ラズベリー探偵事務所は本来、探偵であるディティック・ベルと、その助手ラピス・ラズリーヌの2人だけだ。あとは外部協力者のスノーホワイトと……。

 

「……」

 

 今のところ黙ってついてきている、残り1名。本来なら監査部門の本部に突き出し、刑務所に移送されるべき人物。元魔王塾、元クラムベリーの模倣犯、元封印囚、そして現脱獄囚。炎の湖フレイム・フレイミィだ。戦力に期待している……というのは言い訳だ。主に、単純に護送する暇がなかった。プフレからは一方的な連絡しかない。広報部門とは直接の線はないし、刑務所本体はてんてこ舞い。スノーホワイト曰く、監査部門もこちらに人員を回してくれないそう。

 一度レジスタンスとの接触があり、彼女らも本格的に動き出している。我々にとってスノーホワイトの離脱は痛いと思い、ディティック・ベルが提案した。彼女が監査部門に戻れば、しばらく戻っては来られないだろうという一言と、スノーホワイトさえいれば邪心が芽生えたとしても察知してくれる事実が前提だ。

 まあ客人に会うのに罪人を連れていくというのも変な話だが、なんて思ってフレイミィを見ていると、睨み返された。驚いて冷や汗をかき、その時フレイミィが何を考えたのやら、スノーホワイトがすっと手を差し込み、彼女を止めた。フレイミィはビクッとして、大人しく従う。散々の折檻で懲りたらしい。スノーホワイト自体がトラウマになっているようにも見える。

 

「ベルっちー、これから会うのはどんな子なんすか?」

「トーチカの知人で、私たちと同じ『子供達』だよ」

 

 ディティック・ベルもスノーホワイトもクラムベリー試験の被害者である。これから会う彼女もそうだ。だからといって、何かが変わるわけでもない。ただしフレイミィは、今までにも増して居心地が悪そうにしていた。

 

 そして歩くこと十数分。予定していた公園の真ん中に、彼女はいた。変装もなにもせず、ベンチで足をぶらぶらさせている。着ぐるみのようなふわふわした格好は街の噂に聞こえていた話と相違ない。ディティック・ベルは周囲を確認し、誰もいないと認識してから、変装用のフードを脱ぎ、彼女の前に出ていく。

 

「初めまして。貴方がチェルナー・マウスだね。私は探偵、ディティック・ベル」

「! おまえ、トモキの居場所知ってるって言ってた……」

「あ、あ、あぁ、居場所は知らないんだ。何をしているかは知っている」

「……! トモキ……」

「彼女は……そうだね、とても危険なことをしている。私たちはそれを止めたいんだ」

「大丈夫っす! ベルっちは名探偵だし、あたしはその助手! スノっちもすっごく強いっす!」

「その人は?」

「えーっと……まあ、強いは……強いんじゃないかな? うん」

 

 チェルナーに指を差されても、フレイミィは無反応だ。ふーん、とそちらにはチェルナーの興味もいかず受け入れてくれた。彼女にとっての問題はやはり、『トモキ』……建原智樹、つまりトーチカが危ないことをしているということの方だ。

 

「トモキ……トットと一緒じゃないのかな」

「トット?」

「え、それ、トットっちっすよね? トットポップ」

「……? ラズリーヌ、知ってるの?」

「知ってるも何も友達なんすよ、ほら、MINE(マイン)も持ってるっす」

「……ちなみに連絡は取れる? 一応状況確認のためにやっておいてほしい」

「はいっす」

 

 まさか、これで居場所がわかったりすることはないだろう。相手はテロリスト。いや、どうしてそんな相手がラズリーヌと連絡先を交換していたのかも謎だが、まあさすがにここで電話に出てくるわけ。

 

『はいはいなのねー』

「あっ、トットっち!」

『コメットちゃーん! お久しぶりなのね!』

「出るの!?」

 

 他の魔法少女にも聞こえるくらいの大きく元気な声が聞こえて、思わず叫んだ。

 こちらが発信元を辿れでもしたらアウトだと思うのだが、そういったところへの警戒がないのか、わからないように細工してあるのか……こんなことなら追える手立てを用意しておけばよかった。ディティック・ベルはここで、あまり長くならないようにねとラズリーヌにジェスチャー。返ってきたのはサムズアップだ。挨拶をほどほどに切り上げ、本題に切り込んでいく。

 

「トットっち、今日はちょっと違くて! トーチカ……って子と一緒っすよね。元気かだけ聞かせてほしいっす」

『あれ。コメットちゃん、そっち側なのね? んー、まあいっか! トーチカちゃん、刺されたけど元気! トットも元気なのねー』

「……そっすか! チェルっちが心配してたっすよ! それじゃ!」

『チェルナーがいるの? もー、それなら代わってくれても、あっ、リップルちゃん? トットまだお話して──』

 

 ぶつんと途中で電話が切れる。ラズリーヌはこちらに向き直ると、トットポップから聞いたことをそのまま伝えてくれる。チェルナーはトーチカが刺されたと聞くと目を丸くし、ラズリーヌに手を伸ばし、彼女を揺さぶった。

 

「ねえ! トモキ、怪我したって!」

「そぉうみたいっすねぇっ、ぇえっ」

「揺れてる、揺れてるから! うちの助手の脳が!」

 

 チェルナーに落ち着いてもらい、脳震盪は回避する。

 

「……そうだ。スノーホワイトさん、ファルに逆探知してもらうことは?」

「やってみます。頼める?」

『了解ぽん』

 

 スノーホワイトが魔法の端末を取り出し、そこから立体映像が展開。電子妖精であるファルが出現し、それをラズリーヌの端末に近づけた。ファルが何かし始めたようで、その目の部分が明滅している。

 

「チェルナー、その白黒のやつ嫌い」

 

 待っている間、チェルナーはファルをやたら威嚇していた。たぶん妖精違いだ。ディティック・ベルも、あちらの妖精は好きになれそうもない。やがてファルの明滅が終わると、彼(?)の動きが止まる。冷や汗などかくはずもない電子妖精だが、かいているように見えた。

 

『これは……』

「何かわかりそうっすか」

『場所の特定は無理そうぽん。セキュリティと偽造が強固すぎるぽん。元マスターが噛んでるっぽいぽん』

「元マスターってことは……」

「……キーク」

 

 スノーホワイトがその名を呟く。あの忌々しくも、転機となったゲームを起こした張本人だ。その姿もなにも知らないが、元凶として憎む気持ちが大半、ラズベリー探偵事務所を開くことができた感謝がほんの少しだけ。

 ──待て、ということは、トーチカはキークといることを許容しているのか? 何か……理由があるのか。

 

「フレイミィさんは何か?」

 

 フレイミィは無言で首を振った。毎度違うゲートの設定を変更して移動していた、というのはフレイミィを捕縛した際のスノーホワイトが突き止めている。つまり彼女からアジトは辿れない。手がかりはここで途絶える、か。

 

「……あっ!」

「チェルっち?」

「チェルナーとトモキがトットに連れて行ってもらったところ! そこにレジスタンスって人達がいたの! この間いったらもういなかったけど……」

「……! いや、探偵には重要な情報源だよ。ありがとう、場所を教えてくれるかな」

「うん」

 

 遠い手がかりであったとしても、一刻でも早く、トーチカを見つけるためには縋らなければ。トーチカ自身のためにも、勝手ながら、その身でゲームから救ってくれたペチカのためにも、ディティック・ベルは走ることを決めていた。

 

「じゃあチェルっちと……フレイっち? フレっち? も加えて! 捜査本部、再結成っすね!」

 

 高く掲げられた拳に、チェルナーが勢いよく追従し、ディティック・ベルが続き、スノーホワイトもやってくれ、フレイミィがラズリーヌの熱視線に負けて、全員の手が揃う。

 ……この感覚。あのゲームの中と似ている。ここにメルヴィルもカプ・チーノもいないことに、悲しくなった。



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第69話『渡さない』

 ◇エンタープリーズ

 

 サッキュー・ラッキューが死んだ。藁部咲楽(わらべさくら)が死んだ。エンタープリーズの大事な友達が、特別な人が、殺された。彼女はエンタープリーズに魔法の力を遺し、身代わりになって死んでいった。

 

 彼女が死んだのは、情報が漏れていたからだ。

 キューティーオルカやあの虹の魔法少女をはじめとした魔法の国の者たちが、奪われたリストの中から、本来ならトーチカが選ばなければ狙われないであろうブラック・ロゼットをピンポイントで護衛する、というのは明らかにおかしな状況だった。

 

「ルナさん。どこかから、情報が漏れていたのではなくて?」

 

 レジスタンスの中に魔法の国に通ずる裏切り者がいる、ということは、真っ先にキュー・ピット・アイが言い出した。彼女はトーチカには聞かせぬよう、マッド=ルナと2人きりになり、直接それを告げていた。

 

「だよねえ」

 

 対するルナの答えはそれだけだ。ルナは椅子に座ったまま足をぷらぷらさせるだけで、探し出そうとはしていなかった。エンタープリーズはただそれを覗き見していただけだが、そのルナの表情からわかる。彼女はサッキューや脱獄囚の1人が死んだことにも何とも思っていない。ただ、最終目的が遠ざかることだけは良しとせず、代わりに速度で対応しようと言い出していた。

 そもそもバラバラの脱獄囚に、寄せ集めのレジスタンス。誰かが裏切っていたっておかしくはない。だからこそ、マッド=ルナは戦力を出し渋っていたのかもしれない。

 

 エンタープリーズにはよくわからない。ただ、ルナが次のターゲットをどう襲おうかと考えて出した時、思わず彼女の所へ飛び出していき、やらせてくれと志願した。本当はキューティーオルカも、あの虹の魔法少女も、何回だって殺してやりたい。もう一度現れたら殺してやろうと思っている。だからその前の1歩目、誰でもいい、野望のため、いや、これはエンタープリーズの八つ当たりだ。誰だってやってみせる。

 それを告げられて、ルナはきょとんとした後、ふっと笑顔になって、素直に頷いた。

 

「うん、いいよ。サッキューちゃんから魔法力を受け取ったきみなら、人殺しもできる」

 

 できなくてどうする。心の中でそう叫びながら、ルナが差し伸べた手に指を重ねる。ルナの手は冷たかった。これがサッキューのあの温かな手指だったら、どんなによかったことか。思わず力を込め、ルナにはくすりと笑われた。出発は少し後で、目標の場所が特定されたら声をかけると言われ、自分の中で覚悟を決める。ぐっ、と拳を握るのだ。

 

 そうして部屋を後にして、エンタープリーズは自分で使っている部屋へ一直線に戻った。もういんくの作戦会議も行われないし、必要ない。すれ違う魔法少女もいない。ただ施錠されていない扉を勢いよく開き、生活感のない部屋でベッドに飛び込む。この数日、まともに使ったこともない布団。あのボロアパートでの生活が恋しい。何をしてもサッキューの影がちらついて、何をしても彼女のことを考える。せめて目を閉じて。それでいいと受け入れるなら、思い出に浸っていよう。

 そうすることも許さないように、やがて扉を叩く音がする。ほんの短いため息をつき、渋々立ち上がって、来客を招き入れた。もう目標の居場所がわかったのかと思ったが、そうではないらしい。来たのはイロハだった。

 

「イロハちゃん」

「エンプリ……平気なんか?」

「なんのこと?」

「いや、その……」

「サッキューちゃんのことなら、平気じゃないよ。平気でなんていたくない」

 

 気まずそうにするイロハを部屋の中に招いた。真新しい椅子を引き、座るように促すが、互いに腰掛けることはなく、立ったまま扉のすぐ側で目を合わせ、普段とは逆にイロハが先に逸らした。

 

「マッド=ルナと話しとったやろ。なんの話やったん?」

「レジスタンスのこと」

「まさか、やけど。次のターゲット、行くんか」

「うん」

「……その、大丈夫な相手なんか? うちは、その、心配で」

「それは平気。サッキューちゃんに貰ったから、元気」

「相手の素性とかは? 名前とか、魔法とか。うちならアドバイスができるかも」

「わかんないよ。全部。それに相手が誰でも関係ないから」

 

 イロハは恩人だ。いんくと共に、エンタープリーズとサッキューを魔法少女に誘ってくれた。誘われなければ、サッキューは死なずに済んだかもしれない。いや、そんなことはいい。魔法少女でいた時間は大事なものだ。エンタープリーズにとって、魔法少女だったこと、彼女が自分のために死んだこと、間違ったことはひとつもない。

 それからいんくの方は頭を抱えてばっかりだという話から始まり、ぽつりぽつりと小さな話題が現れて、割れて消えていった。その中で、振り絞った声がする。

 

「あ、あのな」

 

 エンタープリーズは首を傾げた。

 

「いんくちゃんに悪気はなかったねん。ただちょっと、言葉選びがうまくいかんかったっちゅーか」

「そっか」

「……でな? うちも、言い回しはいんくちゃんと同じようなもんなんやけど」

 

 そう言われるとは思っておらず、首を傾げる。言い回し? 何の話だろう、イロハのこんな態度は見たことがなく、見当がつかなかっから、次に来る一言がエンタープリーズに突き刺さった。

 

「いんくちゃんも連れて、うちら、こっから逃げ出さへん?」

「……え?」

「魔法の国の連中にも、マッド=ルナに利用されてたって言えばええ。まだ、ちょっとの刑務所暮らしで済ませてくれるはずや。オルカやってキューティーヒーラーなんや、投降した連中を殺したりは……」

「イロハちゃん……本気で言ってるの……?」

 

 これまであんなに明るくやってきて、今更怖気付いたとでも言うのか。エンタープリーズにはわからない。逃げ出して何になるのか。それじゃあ、サッキューがどうして死んだのかわからない。彼女とその意味を置いていくなんてできるはずがない。

 見つめるエンタープリーズに、イロハはまた言葉を何度も濁らせ、あぁもうと髪を掻き乱した。

 

「……うちな。オルカに脅されたんや。人小路んとこで戦った時、みんなを逃がした時、死んでもええって思ったはずやのに。自分可愛さに、次の襲撃先をバラす約束をしてもうたんや」

 

 と、なると。つまり、あそこにオルカたちがいたのはイロハが情報を流していたからで。

 裏切り者。今しがた、キュー・ピット・アイが話していたのを聞いたばかりのその正体がイロハで。つまりイロハは、サッキューを死なせた責任は自分にあると言っていて。

 

「……イロハちゃんもそうなの?」

 

 イロハが目を丸くする。呆然とする彼女の首元に手を伸ばす。サッキューがくれた『元気』は、本来なら勝てない相手の身体能力にも負けない力をくれた。振り払おうと抵抗するイロハのことを押さえ込んで、彼女の動揺する目を見ていた。

 

「違うよ。咲楽ちゃんは私だけのものなんだから。咲楽ちゃんが死んだことに、イロハちゃんもいんくちゃんも関係ない。関係ないんだから」

「っ、な、何、や、やめっ……! ま、まだっ、三人でっ……がっ、あ……!」

「三人で……何をするの? 咲楽ちゃんはもういないのに? ずっと語ってきた革命から逃げ出して!」

「っ、く、苦、ぅっ……」

「意味、ないの。嬉しかった、楽しかった、全部、全部! いんくちゃんもイロハちゃんも好きだよ。トットちゃんもトーチカちゃんも大事だよ。だけど、だけど、咲楽ちゃんが! 私は咲楽ちゃんが頷いてくれたからここまで来たんだ。咲楽ちゃんが託してくれたからどこまでも行くんだ。渡さない、理由は誰にもあげない、いんくちゃんだってイロハちゃんだってトットちゃんだってトーチカちゃんだってマッド=ルナだってキューティーオルカだって誰だって、渡さない。渡さない、渡さない、渡さない……私の、もの、なんだから」

 

 手に小さな衝撃が伝わった。ばきり、と音がした気がした。イロハの細い首とその体から力が抜ける。手を離す。イロハがそのまま崩れ落ちる。床に倒れ伏した少女の格好は見慣れた暑苦しそうな防寒具ではなく、ラフな部屋着になっていた。首元には真っ赤な痕がある。まだ痙攣している。もうそこに魔法少女・彩葉流歌はいない。

 

 ……なんだ、こんな感じか。

 

 手と脳裏にまだ残る頸椎の手応え。エンタープリーズはもう、足元に転がる女に目を向けることはなかった。

 

「イロハ! エンプリ! ルナ様からの指令はまだか? 私たちもそろそろ仇討ちに──」

 

 部屋から出ていこうとして、勢いよく開いた扉から、カラフルいんくが顔を出す。もう彼女にも用はない。ただ、すれ違った後、あの時のエンタープリーズのように叫ぶいんくの声が聴こえた。

 それで罪悪感でも、芽生えてくれたらよかったのだが。



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第70話『魔法少女殺人考察』

 ◇ディティック・ベル

 

「なっ、なぜここにフレイム・フレイミィが……ぐはぁっ!!」

 

 一帯を囲む炎にその赤い姿が消え、再び現れ、炎を纏った拳が魔法少女を叩く。衝撃もさることながら、コスチュームに引火、火達磨になって転がっている。そんな相手を踏みつけて止め、さらにもう一撃。悲鳴が響き、目標は再起不能となる。

 

「……技を……使うまでも、ない……」

 

 目の前で起きた戦闘が終わったことを確認し、ディティック・ベルは恐る恐る物陰から顔を出す。間もなくスノーホワイトが涼しい顔で帰還、フレイミィの戦った跡の炎上した家屋を消火してくれる。フレイミィは慌ててその場から退避しており、炎の始末といい、皆の無事といい、安心に深いため息を吐きながら胸を撫で下ろした。

 

 探偵というものは、得てして後手に回らなければならないものである。事が起きてからでなければ出番はやって来ない。新メンバーが加入したとて、その原則は変わらない。

 そして、しっぽを出すどころか派手に振り乱して現れるような者は、大抵追いかけている相手とは違う相手だった。

 

「どうでした、スノーホワイトさん」

 

 スノーホワイトは首を振り、今回撃破した相手の襟首を掴み、腰に提げた小さな袋から魔法少女を引きずり出し、転がした。

 今回の相手はレジスタンスの名を出して強盗行為をしようとしていた連中だ。他のメンバーも圧倒的質量の一撃で壁にめり込み動けない者、単純にボコボコにされた者に、先程フレイミィに焦がされた者も合わせて散々な有様になっている。正直同情する。

 彼女らはプフレから貰った脱獄囚及び目撃情報のリストにない魔法少女たちだった。無論、トーチカの姿もない。

 

「今回もハズレか……」

 

 この所、ただの模倣犯が現れ始めている。今回で何件目か。レジスタンスを騙り、予告状やら何やらで魔法の国の関連施設を襲う。以前からないとは言いきれなかったが、ホンモノが暴れている以上、そのフォロワーが現れたことには監査部門も手を焼いていることだろう。道理でフレイミィを引き取ってくれなかったわけだ。

 フレイミィに関しては、今はもう、事情聴取やら重要参考人やらという扱いを申請し、特例措置で同行が許可されている。すっかり仲間として戦ってくれている、というのは心強い。対処がスノーホワイトに頼り切りなのは不安が残るが、実際先程の戦闘を見る限り、生半可な魔法少女ではそもそも対処が不可能だとわかった。

 

「いぇーい! フレっち! いぇーい!」

 

 ハイタッチを求めたラズリーヌに、フッと鼻を鳴らし、気取りつつも応えたあたり、なんか意外と、ブレーキがあるならなんとかなるのかもと思わされる。封印刑レベルの凶悪犯罪者なのに。

 

「いぇーい! チェルっちもいぇーい!」

「このくらい当然なんだよ」

 

 自身の大きさを変える魔法によって巨大化、一撃で目標を鎮圧し、今は元の大きさに戻ったチェルナー。そして荒事が得意そうな相手を真っ先に引き受け、格闘戦を難なく制したラズリーヌ。勝利のハイタッチをしつつ、仲睦まじくしている。互いのコスチュームについた尻尾がぴこぴこ動いて、さっきまで暴漢を返り討ちにしていたとは思えない可愛らしい光景だ。ラズリーヌの方は視線に気がつくと、大きく手を振り駆け寄ってくる。チェルナーも後からぽてぽて着いてきた。

 

「あ、ベルっち! 今回もすごかったっすね。予告状ドンピシャ正解じゃないっすか。悪は許さない! さすが名探偵っす!」

「戦ってくれたみんなのお陰だって」

「またまたぁ〜」

 

 口では謙遜しても、ディティック・ベルの中にこの状況を楽しんでいる自分がいるのは確かだった。それは否定できない。一刻も早くレジスタンスの凶行を止めなくてはいけない、というのに。ラズリーヌが頬をつついてくるこの女子高生ノリについていければよかったのだが、うまく答えられず目を逸らし、その様をスノーホワイトに気づかれた。彼女には、心の声が漏れている。

 

『ディティック・ベル! 別件で、エンタープリーズが目撃されたぽん。レジスタンスは別に動いてたみたいぽん』

「エンタープリーズ……あの、鍵の魔法少女?」

『そうだぽん。今、事件関係の画像送るぽん』

 

 スノーホワイトの端末からファルが情報をくれる。そもそもこの模倣犯というのも、レジスタンスによって仕組まれたものだったとしたら……なるほど。予告状を出すのもごっこ遊びではなく、止め得る可能性を出すことで、そちらに目が行くようにさせたかった、と。

 自らの端末を開き、踊らされている間にまた犠牲者が出てしまったことを知らされる。覗き込んでくるラズリーヌとチェルナーには、見ないように遠ざけた。

 

「? どしたっすか」

「いや……その、仏様の写真だから」

「んー、まあ、あたしは平気っすけど。チェルっちはどうすかね。ショッキング画像っすけど」

「チェルナーに怖いものはないよ」

「らしいっす」

 

 本人がそう言って後悔しないなら……と、画面が見えてもいいように持った。

 

「またレジスタンスっすか」

「レジスタンス? ってことは、トモキ……」

「……これで4件目か」

 

 被害者の共通点はわかっている。7753との面談が予定されていた魔法少女だ。その予定リストが人事部門襲撃の際に奪われたことで、奴らはそこから魔法少女を探している。だが、それだけでは絞り込めない。殺害方法もバラバラで、襲撃者も毎度異なる。監獄や人事部門の時からいた魔法少女か、脱獄囚の中にメンバーがいる、ということしかわかっていない。

 ここは一度、整理する必要がある、か。

 

「一旦、事務所に戻ろう。殺人事件について、本気で会議しなきゃ」

「おお! なんか、名探偵っぽいっすね」

「賛成です。早く……止めないと」

 

 珍しくスノーホワイトから率先して賛同を得て、よくわからないけど行くというチェルナーと強制連行のフレイミィを加え、全員が出発しようとする。そして、足元で呻き声がして、そういえばこの人達どうしよう、と思ったのだった。

 

「ようこそっす、あたしとベルっちの城に」

「そう言うと愛の巣みたいに聞こえちゃうから」

「愛の巣? どういうことっすか?」

「……えー、こほん、こちらがラズベリー探偵事務所です」

 

 ──引渡しの方は遅れてやってきた監査部門の職員に丸投げし、軽い挨拶をしてさっさと事務所に帰ってきた。ディティック・ベルがホワイトボードを引っ張りだそうと事務所の奥に行っている間にラズリーヌ式のもてなしとしてお菓子が出され、チェルナーが喜んで食べ始め、それを見たフレイミィが控えめながら手を付け始めたところでホワイトボードが到着した。

 

「まず……被害者と状況についてまとめなくちゃね」

 

 ホワイトボード用のペンをキュッキュッと鳴らしてボードに走らせ、被害者の情報を書いていこうとして、ファルに話しかけられる。

 

『ホログラム投影できるけど、どうするぽん?』

 

 ……確かに、こちらで把握していない情報もあるわけだし。最新とか何も知らないし。恥ずかしくなって慌ててペン文字を消し、ファルに頼んだ。

 

「まず、第一の被害者。ブラック・ロゼット。元魔王塾生の魔法少女」

「……ロゼット……鬱陶しい奴、だった」

「フレっちお知り合いっすか? あ、フレっちも魔王塾だったっすね」

 

 フレイミィが頷く。その後、被害に遭い、亡くなってしまった魔法少女たちとその写真が並べられる。7753の面接リスト以外に共通点はなく、現状、トーチカをはじめとしたレジスタンス魔法少女や脱獄囚との関係もほぼない。フレイミィとロゼットが精々だ。

 

「……無差別、に見える」

 

 言われた通り、被害者だけ見れば本当にそうだ。ただリストの中ならなんでもいい、皆殺し、というには今回囮を使ってきた件が不自然だ。メンバーとの面識もなし、死因と実行犯も様々、遺体の損壊は酷い、これでは理由が見えてこない。

 魔法少女のような超常の存在においては「どうやって(ハウダニット)」より「どうして(ホワイダニット)」だ。まじまじと見つめるべきものじゃないと思いつつも、遺体の写真を見比べ、切断や損壊が多い中、どれも人体が揃っていないと気がついた。

 

「……まさかね」

 

 ブラック・ロゼットでは下腹部、腰のあたりが無くなっている。これは……彼女の「スカートを履き替える魔法」が関係しているのか。魔法のキックを放つ魔法少女は脚が、腹部に第二の口を持つ魔法少女はその腹が。ハートから光線を放つ魔法少女は胸部が持ち去られているのではないだろうか。

 面接予定者のリストを開く。魔法の説明が簡素ながら書かれている、これをレジスタンスも使っているのか。魔法の行使に使う部位を狙っている? なんの為に? まさかとは思うが、人体を揃えようとしているのではないか。

 脚、腰、腹、胸。残るは、腕と首。

 いや、違う。首は──マッド=ルナの信奉していたマリア・ユーテラス。彼女は首を断たれて討伐されたとなっていたはずだ。

 

 魔法の解説を見て照らし合わせ、探す。だがこの簡素な説明文では限界がある。腕を使いそうな魔法少女、意外にもそれを目当てに探すと見つからない。

 

「ベルっち……何かわかりそうっすか?」

「……ラズリーヌ、そうだ、このリストの中に知り合いって、いるかな。その子の魔法を知りたいんだけど」

「はいっす。えーっと……あっ。この子はあたしの妹弟子っすね」

「魔法は!?」

「思い出を見せる魔法っすね! 両手の指で枠を作って、そこに記憶を映すっていう感じっす」

 

 つまり、両手を使う魔法少女だ。レジスタンスが次に狙う魔法少女は彼女に違いない。目を見開き、思わず大きな声で質問を重ねた。

 

「……! その子って、どの……!?」

「え? ここっす。ほら」

 

 ラズリーヌが指した名。そこに書かれていた文字は『ノゾカセル・リアン』だった。



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第71話『ラスト・ピースⅠ 前に進むこと』

 ◇たま

 

 あれからオルカの指示は来ない。『初心に還る』と宣言し、一人でキューティーヒーラーストライプ、つまり自身の出演作の上映会を開始し、それっきりだ……と、ノゾカから聞いた。ここ数日は何かあれば連絡をくださいとだけメッセージを送り、ノゾカと一緒にブラック・ロゼットの遺品を届けるため、広報部門の施設からは離れている。

 だがメッセージへの向こうからの返答すら来ておらず、リオネッタにも同様のメッセージを送っても既読すらついていない。レイン・ポゥとポスタリィはそもそも人質であり端末を没収されているため、広報部門とは実質的に別れてしまった形になっている。

 これでいいのだろうかとはと思うが、店主さんに頼まれたことは完遂したかった。

 

「きょ、今日会う人は……大丈夫かな」

 

 小さな包みを持ち、プフレに頼んで連絡をつけてもらい、外交部門所属の魔法少女たちに話を通した。要件はロゼットの遺品、プレゼントとして購入されていた衣服を届けることだ。届けるだけと言えばそうなのだが、生来の人見知りは変わらない、正直怖い。

 魔王塾関係の魔法少女と言えば、思い出すのは森の音楽家クラムベリーや炎の湖フレイム・フレイミィ、袋井魔梨華といった錚々たる面子。これまで渡していた者の中には、血の気が多い者もいて、襲われかけたこともある。パッと見の印象とは逆に、パステルカラーの大具足という異様な見た目でありながら素直に服を受け取ってくれた魔法少女もいたりして、魔法少女は特に見かけによらないと実感させられた。ただ、中の人(?)と服のサイズは合うのだろうか、そこは疑問だった。

 

 そして今日会う予定なのは『雷将』の異名を持つ魔法少女だ。外交部門の関連施設での待ち合わせとなり、ドキドキしながら向かう。待っていたのは軍装風の魔法少女。羽織るマントには稲妻模様が描かれ、そのスパークの閃光のような瞳孔はたまに気がつくと、こっちや、と手を振った。

 

「あんたらが人事部門の、やったな」

「あっ、は、はい、人事部門所属ではないというか、私用……なんですけど」

「人事部門からいきなり話が来た時はどうなるかと思ったわ」

 

 彼女の名はアーデルハイト、だったか。魔王塾卒業生は二つ名も含めて正式名となるため『雷将アーデルハイト』がフルネームだ。ロゼットの手紙に「アーデルちゃん」と書かれていたのを思い出す。彼女に言われるがままその横に座り、さらにその隣にノゾカが並んで座る。そしてノゾカがこれで最後となったプレゼントの紙袋を取り出したのを受け取って、早速彼女に渡した。中身はフリルとレースでいっぱいの黒いドレスだ。アーデルハイトの印象とは異なるが、確かにこういうのも似合うかもしれないと思わせる代物だ。

 

「なんや、服……ロゼットか? こんなんわざわざ人に頼まんでも……」

「ロゼットさんは……その」

 

 真実を伝えるのを躊躇い、口から言葉を出せなかった。けれど伝えなければどうにもならないのはわかっていて、見つめるアーデルハイトに一言、亡くなりましたと告げた。

 

「……そっかー、ほんま、死んでもプレゼントとは、お節介やな」

「その……ごめんなさい」

「なんであんたが謝るんや。私に謝られてもな」

 

 これまで何度ごめんなさいばかりを口にしてきただろう。それでどうにもならないとは、皆に言われ続けている。それでも罪悪感は晴れなくて、重くのしかかったままだ。ノゾカが心配そうに手を背に回してくれたのを感じる。私は……。

 

「てかその犬耳に手袋。あんた……『音楽家殺し』か」

「っ……」

「やっぱりせやろ。うちらの間じゃ有名人やで」

 

 罪悪感……そうだ、人を死なせたのは初めてじゃない。ルーラだって、スイムスイムだって、クラムベリーだって、忘れていた罪悪感ならいくらでもある。アーデルハイトの言葉に彼女が見られなくなって下を向くと、周りからの視線がこちらに集まっている気がして、今すぐ穴を掘ってどこかへ行きたくなった。

 

「何があったか、私にはようわからんけど……魔法少女、特にうちらみたいなのは生き死にと隣り合わせや。取った取られたがどうこうなんて不毛やし。ロゼットのこと、気に病まんどいて」

「……」

「あ、でも。ありがとな。ロゼットのプレゼント、しゃーないから大事に使ったるわ」

 

 アーデルハイトはこの後もいくらか外交部門の仕事関連の用事があるとのことで、用件が終わると行ってしまった。気を遣ってくれたであろう言葉たち。でも、あの感謝は……少しだけ、たまを楽にしてくれる。もう少しだけ、前を向かなくちゃいけない。レジスタンスを追う戦いはまだ終わってなんかいない。

 

「……平気、たま?」

「う、うん。受け取ってくれて……よかった」

「完遂、喜んでると、思う。ロゼットさん」

 

 一度宿舎に戻ろうと話し、2人で歩き出す。外交部門のゲートから抜けて、広報部門の拠点施設に続く獣道を辿る。大丈夫、まだみんながいる、ノゾカがいてくれる。次こそは……リップルも、逃がさない。ちゃんと話をして、分かってもらう。胸に手を当て深呼吸をしながら、隣のノゾカと目を合わせ、彼女がその無表情をぴくりと動かそうとしてくれたのを見て笑いが込み上げ、揃って前を向いた。

 道中、魔法の端末が着信音を鳴らす。

 

『私だよ。ディティック・ベル』

「……? はい、たま、です。ベルさん? 」

『ノゾカセル・リアンとは一緒かな』

「そう、ですけど」

『彼女から離れないでくれ。レジスタンスの次の狙いは彼女かも──』

 

 カラン、と何かが当たって、たまの端末が弾き飛ばされる。振り向き、端末に当たったのがクナイであることを認識する。強い衝撃、クナイ、間違いない。彼女だ。気がつけば周囲に人の気配はない。直後、姿を見せたリップルの手には忍者刀が既に構えられていた。

 

「リップル……ベルさんから、聞いたよ。今度の狙いは……ノゾカ、なんだって」

「……私のやることは、変わらない」

 

 向けられる刃。同じ試験を生き延びた、友達の友達として、リップルには向き合わなくちゃいけない。リップルがノゾカ目掛けて放った複数の凶器をたまが爪と魔法で砕き、彼女の近くに踏み込んだ。振るった爪を刀身で受け流され、振り抜かれた刃を躱す。やはり速い、次々と繰り出される凶器を破壊し続けられるかに懸かっている。そしてたまが捌ききれなくなりそうな時、飛び込んできてくれるのがノゾカだ。その指で作った枠からは他ならぬリップルの刃が飛び出して切っ先を弾く。そして2人で一斉に仕掛けよう、というその時、ノゾカの動きが止まる。

 

「……ッ!」

 

 歯を食いしばるノゾカ。彼女に迫った手裏剣を止めて、ノゾカが眼だけでぐっと睨みつけるその先には、新手がいる。ひとりはペチカと瓜二つの魔法少女、トーチカ。そしてもう一方の──ハートの散りばめられた衣装の彼女と目が合った時、たまの体にもドクンと掴まれたような感覚が走り、筋肉が強張った。動かない、力を込めようとも動かせない。あの魔法少女の、魔法か。

 

「ふふ、おうじさま、捕まえましたわ。さっさとすませてしまいましょう」

「……うん、ありがとう、アイさん」

 

 2人組はゆっくりと歩み寄ってくる。アイと呼ばれた魔法少女から、トーチカにナイフが手渡された。トーチカはナイフを握りしめ、刃に映った自分の顔を見つめている。その間に、ノゾカが吠えた。

 

「……貴様……なぜここにいる……!」

「あら、私をご存知ですの? 運命感じてしまいますわ♡」

「運命、なものか……ロンドを、殺したのは、お前のくせに……キュー・ピット・アイ……!」

 

 ロンド、とは聞いた事のない名前だったが、初めて見せるようなその表情と声色に、きっとそれが大事な人だったであろうことだけは伺い知れる。ノゾカが見せたのは憎悪の目だ。だが対するアイと呼ばれた魔法少女は、その何も心当たりがないようで、首を傾げた。

 

「あら……失礼、何番目のおうじさま候補だった方でしょう。私、おうじさまでなかった方のお名前はわかりません」

「ッ……お前は、お前はぁ……ッ!!」

「さあおうじさま。必要なのは両腕だけでしょう? 私、あの方の目が怖いですわぁ、助けてくださいましっ」

「……言われなくても、やるよ」

 

 どれだけノゾカが怒りを募らせても、アイの魔法が彼女を離さない。たまも同じだ、動けないまま。体は言うことを聞かない。無理やりにでも動けと力を込め続けていても、無駄な事だ。トーチカが静かに刃を振り上げる。彼女の手元は震えている。下唇を噛み、振り上げたまま、動けないでいる。躊躇う彼女の姿に、たまが見たペチカの最後の姿が重なるようで、見ていられない。何度目かの躊躇、徐々に荒くなる呼吸に、見かねたアイが視線はこちらに向けたままで手を重ね、手助けしてやろうとしたその時だった。

 

「トモキっ!」

 

 かけられた声に目を丸くして、トーチカが振り向く。着ぐるみのような格好のふわふわした魔法少女だ。彼女の傍らには、息を切らしたディティック・ベルと、真剣な眼差しのラピス・ラズリーヌの姿もある。

 

「チェル、ナー……? なんでここにチェルナーが」

「トモキ……! だめだよ、そんなこと……!」

「おうじさま。手が止まっていますわよ。巻き込んできたものを無駄にするおつもりですの?」

「っ、ぼ、僕は……っ」

 

 トーチカがナイフを取り落とした。頭を抱え、視線を泳がせて、大きくよろめいて、それに気をとられてアイの視線がこちらから外れた。体の自由が戻ってきたのに気がつくと、ノゾカはもう飛び出している。目標はアイだ。組み付き、トーチカから引き剥がし、己の魔法によって弾丸や刃を呼び攻撃に移っていく。落ちているナイフを拾ってアイも応戦し、金属音が響き、ようやくリップルとたまも我に返った。

 

「……リップル、2人きりがいい、よね」

「その方がいい」

 

 目を合わせ、どちらからともなく、合図もなく飛び出した。



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第72話『ラスト・ピースⅡ 少年は尚』

 ◇ディティック・ベル

 

 なんとか、今回は間に合ったらしい。

 スノーホワイトとフレイミィとは二手に分かれた。戦闘能力に秀でる彼女らには接近するレジスタンスの相手を任せ、機動力と直感力のあるラズリーヌを先に行かせ、急ぐチェルナーに必死で走ってついていって、ようやく追いついた時、そこはもう戦場だった。トーチカがあのキュー・ピット・アイのナイフを手にして、まさに今ノゾカセル・リアンを害しようとする場面だったからだ。

 

 チェルナーの叫びが間に合っていなければ、今頃ノゾカは腕を落とされていたかもしれない。アイの魔法が解けるや否や、ノゾカがアイに襲いかかり、リップルとたまはこの場から離れていく。残されたのはトーチカだけだった。

 

「トモキ!」

 

 チェルナーが声をかけても、トーチカは息を乱して肩で呼吸をするばかり。敵は敵として、ラズリーヌは戦闘態勢を解かないが、ディティック・ベルにはトーチカが戦える状況にあるとは思えない。今はとにかく、声をかけ続けるしか。

 

「人事部門で出会った時は伝えられなかったけど。私達よりペチカさんと親しかった魔法少女の心当たりならある。それに監獄にいる真犯人だって、どうにか話を通せば」

「……リオネッタさんとキークならもう会いました」

「なっ──」

「会って……言ってたんです。姉ちゃんは人殺しだって。リオネッタさんはきっと嘘ついたりしてない。でも、僕には……あの姉ちゃんがそんなことできるとは思えない」

 

 そうか、キークはあの封印刑からの脱獄事件で行方知れずとなった脱獄囚の1人だったか。

 よろめきながらもトーチカは腰から文化包丁を武器として手に取った。凶器を構えてくるのは、まだ敵対の意思があるということ。待ってくれ、と言っても、返ってくるのは反抗の理由だけだ。

 

「マリアのレシピが完成すれば……いずれ姉ちゃんにも会えるかもしれない。会って、聞かなきゃ」

 

 死者の蘇生──そんなの、見え見えの甘言だ。いくら魔法の世界でも、そんなことができたらもうとっくにやっている。

 なんて断ずるのは簡単でも、それに縋るしかない者のことはどうすればいい。ディティック・ベルだって、あの音楽家に殺し合いをさせられたひとりだ。失うことは……知らないわけじゃない。その心中がどれほど痛いのかは窺い知れなくとも、痛いことは判る。

 

 どう、すればいい。受けた依頼は彼女の確保だけ。首を突っ込んだ事件を解決するには、強引な方法だって解決は解決だ。だけどそれじゃあ、彼女の痛みは取れやしない。トーチカの心には刺さったままになる。奥歯を噛み締め、トーチカに告げる。

 

「わかった。君のお姉さんについて知っていることを話そう。君のお姉さん、ペチカは……『魔王』役だった」

「ベルっち? 全部、言っちゃうっすか」

 

 ラズリーヌからも話さないようには気をつけてくれていたんだろうが、今自分たちからトーチカにできることはこれだと決めた。彼女の向けた視線には頷いて返し、ラズリーヌはトーチカに目線を戻す。包丁を持つ手が震えているのがわかった。

 

「……彼女は、ペチカはあのゲームで『魔王』をやらされていた。他の魔法少女を殺さなければゲームから出られない、裏切り者の役職だ。その魔王として、クランテイルと御世方那子……2人を手にかけたのが、ペチカだと聞いている」

「クランテイルと、御世方那子……?」

 

 その名を彼女が知っているとは思わず、復唱に対して素性の話をしようとした。ペチカとチームを組んでいた魔法少女で、と続けてなお、トーチカは何かが引っかかる様子で視線を隅へとやっていた。

 

「その2人だ、間違いない。他の犠牲者はまた別の」

「……会ったんです。キークの世界で、2人に」

 

 キークは脱獄し、そのままレジスタンスと同行していたのだろう。そしてその魔法の世界、つまりあのゲームの中にトーチカも足を踏み入れていた。そこに那子とクランテイルがいた、ということは。ペチカの手で脱落した2人は、現世に戻ることが出来ていないだけ、なのだろうか。つまり──。

 

「2人を元の世界に戻す手立てがあるのなら、ペチカは誰も殺していないのと同じだ。被害者が帰ってこられるのなら、そもそも人殺しにはならない」

「……っ、なんだよ、それ」

 

 ぐっと、手に力が入っているのが見えた。

 

「じゃあっ! 僕が殺させた人達はなんだったんだよ。死んだ人たちは! どうして姉ちゃんだったのか知りたかっただけだったのに、僕は……僕は! それでも! やらなくちゃいけないんだ……っ!!!」

 

 ラズリーヌに向かって包丁を突き刺そうとして、あっさり腕を掴んで受け止められる。それでも表情は鬼気迫るもので、彼女の中で、これまでの事件がどれだけ重いものか思い知らされる。

 いや。そもそも、建原智香は中学生だった。その弟妹だと言うのなら、当然、まだ子供じゃないか。

 

「チェルナーさんは離れてて……僕は……僕はもう、帰れないから」

 

 そんな彼女に、ここまで言わせるのか。

 

「私は、ただ君の力に──」

「っ、ベルっち! 来てるっす!」

 

 振り向いた。両手に大きな鍵を持ち、襲いかかってくる魔法少女が視界に飛び込んでくる。エンタープリーズ、つまりレジスタンスの新手だ。咄嗟に後方に跳ぼうとし、バランスを崩して尻もちをついた。すかさず敵は追ってきて、魔法のテレポートで青い煌きが割り込み、鍵を蹴飛ばし攻撃を逸らす。それでもさらに振り回し、攻勢をやめない。ラズリーヌは次々と身を躱して、時に受け流して対応し、大鍵は空を切り続けていた。

 

「邪魔しないでよ……抵抗しないでよ……大人しく死んでよ……」

「そうもいかねーっすよ。探偵は悪い奴捕まえるもんっす」

「っ……なにしてるのトーチカちゃんっ! 殺してよ! こいつらっ、魔法の国の……敵なんだよ!」

「わ、わかってるって……!」

 

 エンタープリーズの叫びに、トーチカがよろめくように駆け出してこちらに来る。自分が立ち上がってすらいないことを思い出し、慌てて後退りして、振り下ろされる包丁をすんでのところで避けることができた。それも長くは続かない。苦しんだ表情のまま、歯を食いしばって刃を強く握り、掲げられた銀色が鈍く光った。

 

「ごめんなさい──」

「ダメぇっ!!!」

 

 チェルナーだ。数メートルほどのサイズに巨大化した彼女はその巨体でトーチカを叩いた。トーチカはあっけなく吹き飛び、木にぶつかった。肺から空気を一気に吐き出し、痛みに呻く。

 

「がっ……!」

「それだけはダメ……トモキはチェルナーのファミリーだから。ダメなことは、チェルナーが叱るんだよ」

「……チェルナーさんまで……っ」

 

 トーチカが視線を落とす。思わず、彼を心配して駆け寄った。衝撃でナイフはどこかへ行ったらしい、手元には見えない。ラズリーヌはエンタープリーズに対処している、肩を貸せるのは自分だけだ。傍らに屈み、その手を自分の肩に回させる。

 その時ようやく、彼女の足元すぐそこに、包丁が落ちているのが見えた。トーチカも同時に気づいたのだろう。咄嗟に蹴飛ばすことができたらよかったのだが、トーチカの方が反応が早かった。反射的に掴み、振り上げ、そして、躊躇った後、手から力が抜けて地面に転がった。

 

「……できるわけ、ないだろ」

 

 呟きを最後に、戦意を失ったらしかった。

 

「……なんで……なんでっ!! 動いてよ、動けよ! 咲楽ちゃんが殺されたんだよっ!!! 私たちの目的はっ、私たちがやらなくちゃ、ぁぐ……ぅっ!?」

 

 エンタープリーズがその様子に叫び、ラズリーヌは逃がさなかった。振り向いて隙を晒した瞬間、打ち込まれた拳で言葉が途切れる。鳩尾への一撃、並大抵の魔法少女なら一発でノックアウト。彼女もその例に漏れず、そのまま意識を手放しラズリーヌにもたれかかった。

 

「加減はしたっす」

 

 トーチカとエンタープリーズの身柄はこれで確保したと言えるだろうか。スノーホワイトからの連絡はなく、たまやノゾカの様子はわからない。けれどそこへ、トーチカが呟いた。

 

「……残りのレシピはルナさんに伝えてある。レジスタンスの目的は、僕が欠けてももう止まらない」

 

 そうだ、そもそもレジスタンスはノゾカを狙っていた。そして最悪のパターンを想像してしまった途端、遠方から爆発音が響いた。



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第73話『ラスト・ピースⅢ 愛と思い出の輪舞曲』

 ◇キュー・ピット・アイ

 

 生田愛(いくたまな)は、愛するために生まれ、愛されるために生きる女の子である。魔法少女になる前からそう。魔法少女『キュー・ピット・アイ』に選ばれてからも、ずっとそうだ。

 運命の王子様(おうじさま)を探して、魔法少女になってからもずっと探して。見つけたと思っても、(まな)を拒む偽物で、何度も悲しい別れを経験してきた。

 

 でも、挫けなかった。騙されて金銭を搾られても、近寄るなと叫ばれても、殺されかけるほどの暴力を受けようとも。アイはいつか来るその日を待ちわびていた。運命の王子様(おうじさま)じゃなかった相手のことなんて忘れてしまえばいい。偽物は、二度と間違えないよう、消してしまえばいい。

 

 どこまでも、本当の運命を探して、探して、探し続けて──それを阻んだのが、『魔法の国』と『魔法少女狩り』だった。

 

 (アイ)はただ、(あい)を探していただけなのに。あろうことか、監査部門からやってきた魔法少女はアイを逮捕。これまで消してきた偽物の王子様たちのことを取り沙汰され、一度は魔法少女を辞めさせられた。記憶を消されて放り出されて、生田愛には運命があったような気だけが残った。

 

 だけど、そこにはわずかな違和感があった。本能(こころ)が覚えていたのだ。(まな)はまた運命の相手を探して、自分がキュー・ピット・アイだった痕跡と、王子様候補を見つけ出した。偶然すれ違ったその匂いで、全てを思い出したのだ。

 それだけ思い出してしまえば、魔法少女に再び変身することだってできた。記憶を消されて変身する方法さえ思い出してしまえば、また魔法少女になれるのだ。

 

 運命を決して逃がさない、執念と愛情を司る蛇の魔法少女、それがキュー・ピット・アイ。蛇は永遠の象徴だ。アイは永遠で、(あい)は永遠だ。

 それなのに、彼女は舞い戻ったアイを拒絶した。運命が偽物だったことに気付かされたアイは、これまでと同じように偽物を始末して、また次の運命を探す旅に出るところだった。

 そんな時に出会ってしまったのがあの『魔法少女狩り』だった。彼女はアイの魔法である『視界に捉えた相手の動きを封じる』魔法を、視界を遮り、身を隠しながら戦い続け、姿を見せることすらなくアイを制圧した。あの悔しさには、キュンと来てしまうほどだった。少しだけ、この人に会うために戻ってきたのかな、なんて思ったりもした。

 

 そして2度目の逮捕を受けて、魔法少女としての記憶を抹消する刑でさえ刑として作用しなかったことから、身柄をそもそも封印する、という措置が取られてしまったのだった。

 連行された時のことはよく覚えている。わざわざ目隠しなんてして、目を合わせるなよと言い含められていた。失礼なものだ。運命の人はアイが決める、どころか決まってしまうものだ。見えなくたって、居ればわかる。

 

 そう、そうだ。あの時、挨拶と称して向こうから会いに来てくれた時。永遠に続く封印の地獄からアイを解き放ち、忌々しい目隠しも外して、ここまで連れてきてくれたあの王子様候補(トーチカ)。今、アイの一番の運命は彼女にある。

 

 彼女がやろうとすることのためだ。運命がそう言っている。愛の邪魔をする魔法の国なんて壊してしまう反体制(レジスタンス)、いいじゃないか。

 

 アイは己の目の前で怒りを露わにする標的を前にしてなお、彼女のことはまるで頭になかった。だって、彼女の語る元王子様候補なんて、記憶から消してあるんだもの。

 

 

 ◇ノゾカセル・リアン

 

 ──ノゾカセル・リアンには友達がいた。

 銀河色のドレス、コスチュームに着けられた鎖、輝くプラチナの髪。名前はロンド、『アン・ドゥ・ロンド』。中学校のクラスメイト同士で、魔法少女になる試験で一緒に合格して、友達になった。ロンドは試験の時も助けてくれたし、口下手なノゾカによく話しかけようとしてくれた。

 

 気弱だけど心優しく、率先して人を助け、誰かのために身を粉にする。まさに、魔法少女らしい魔法少女。彼女はそういう女の子だった。ノゾカはずっと、ロンドを魔法少女として尊敬し、友達として傍にいたかった。その分け隔てない優しさの心地良さを、ずっと浴びていたかった。

 

「なのに……お前は……ッ!!」

 

 指で作った枠の中から銃弾を放つ。アイが止められるものは眼球の数まで。3発目からは止められない。それは本人が最も理解していて、一瞬の停止から避けられる体勢を作って確実に回避してくる。格闘に持ち込んでも、こちらの攻撃が当たりそうな瞬間には体が動かなくなり、回避しようとしてまた動きが封じられ、思うように動けない状況が続く。常に指の枠は作り続けていなければ、いつか隙を刺される。

 思考を読みアイを完封したという魔法少女狩りが羨ましい。羨ましい反面、こいつの思考が流れ込んでくるのは拷問かと思い当たり、失笑する代わりに口の中に溜まった血を吐き捨てた。

 

「仇敵ッ……お前だけは──ここで──!」

「仕留めたいのはこちらも一緒ですわ」

 

 踏み込もうとして動きが止まる。この感覚、慣れたくもないが慣れてしまったものだ。刃が走り、ノゾカの肩が切り裂かれる。幸い傷は浅く、痛いだけだ。ただ、アイは躊躇うような奴ではない。その傷口をさらに抉るように突き刺そうと、ナイフを持ち替えるのが見えた。

 

 ノゾカは辛うじて作れていた指窓からあるものを飛び出させた。それは地面に落ちるや否や、衝撃で内部から激しい輝きを放つ。つまり──閃光弾だ。

 視覚が奪われたことで魔法が解ける。こちらは位置くらい知っている。渾身の力を込めて脚を振り抜き、叩きつける。手応えは確かだ。光が晴れ、腹部に食らったアイが目線を戻すより先に、弾丸の召喚と次の蹴りのため踏み込んだ。アイが咄嗟に銃弾を優先し、二発目の蹴りは食らって吹き飛びながら、致命的な銃創は免れる。地面を転がり大きく咳き込みながら、アイは立ち上がってくる。

 

「げほっ、げほっげほっ……! 嗚呼、ここまで……きゅんとこない痛みは初めて……ですわ。あまりにも運命を感じない」

「奇遇……私もだよ」

 

 今度は指窓から起こすのは黒い煙だ。思い出の中から激しく黒煙を撒き散らして視界を奪い、薄く見えたアイは見るからに不快な顔をしていた。そしてむしろ突っ込んできてくれるのを認識し、互いの視界が奪われた中、風切り音と師匠に鍛えられた直感で攻撃を流す。勢いよく突き出される攻撃に横から肘で軌道をずらして頬や肩への浅い傷だけに留め、致命傷を避け続ける。ペースはこちらのものだ。煙の中ならアイの奴の顔も見なくて済む。

 

 ──そこへ響いてくる、突如起こったメロディ。アイドルソングらしいイントロに、ラズリーヌ候補生としての直感が働いた。何かがまずい。アイの刺突を1度、最小限致命傷を避けて背中に受け止めながら、メロディのする方に振り返った。アイの魔法が来るよりも先に、黒煙の中からでも見えるスポットライトが視界を埋めた。

 

「はーい、こっち向いて」

 

 視線が強制的に、その小さなライブステージに吸い込まれる。中央に立つのはアイドルめいた魔法少女。強制的に注目させる魔法か。あのまま背を向けていたら首が折れていた可能性すらある。

 そうだ、こいつ、レジスタンスの首謀者の──。

 

「……あれ? あーあ、気づかれちゃったか。まあいいや、やっちゃえ〜」

 

 メロディは流れ続ける。視線は突如現れた魔法少女に固定され、幸いアイの魔法もノゾカには作用できないようだ。互いに余所見しながらの応酬だ。視界の隅で刃をいなし、闇雲な蹴りは当たらず、切りつけられたのを避けて指窓からの刃で切りつけ返す。当たったのか、今飛び散ったのはどちらの血か、それすら把握出来ない。

 そして最悪なのは、ステージから踊りながらこちらに来る者がいたことだ。目線は彼女に奪われたまま、アイの攻撃が続く中、彼女は振り付けの中にあるらしいキックでノゾカを蹴りつけ、予想外の一撃にノゾカも防御できなかった。顎へのクリーンヒットで脳が揺れる。その瞬間また刺傷の痛みが襲って来た。今度は脚、太腿だ。蹴りを潰しに来たらしい。

 

「はぁ、はぁ……無駄な抵抗はおやめなさいな。必要なのは貴方の体だけ。それ以外は要りませんもの」

 

 体──? わざわざ殺して、死体を何かに使おうとでも言うのか。アイの言葉を受けて、ノゾカの中にひとつだけ、最終手段が浮かび上がる。誰に会えなくなってもいい、ここでこいつらだけを連れていく、というのなら。

 

 ここは獣道、普通は誰も寄り付かないような防風林だ。たまからも、途中で現れたあの魔法少女たちの一団からも、大きく離れた。たまには、この女を近づけずに済む。そして、巻き込む覚悟でしか使えない思い出もある。

 ステージの魔法少女は踊り続けている。アイはそこに視線を奪われながらも、ノゾカに馬乗りになり、腿に突き刺したナイフを握っている。好機はここにある。曲のワンコーラスが終わり、メロディが途切れたその瞬間、そっと、指窓を作る。

 

「……! 今度は何を」

 

 次にノゾカが映した思い出から黒い物体が転がり出る。無骨な形状に不釣り合いな装飾、そして取り付けられた残り数秒を示すタイマー。アイはその正体にすぐさま気がついたのであろう。凶器を手放しすぐさま逃げようとする。逃がすものか。指窓を覗くように、飛び退いたアイには『視線』を贈る。

 もう1人はダンスに夢中で、こちらには目もくれない。ありがたい話だ。お前も巻き込めるんだから。

 

「っ、これは……私の……!」

「……あれ? アイちゃん? 仕留められてないけど、それって」

「単純、明快。爆弾を作る魔法少女に1度、見せてもらった。さすがに爆発そのものは受けたことはないけど……言っていた。魔法少女消し飛ばすくらいは余裕だって」

「まさか貴方は──」

「体が欲しいんだった? 残念。思い出だけになってやる」

 

 ノゾカは笑って、踊り続ける魔法少女のステージに、そのとっておきを蹴りこんでやった。タイマーがゼロを示す。思い出を映す鏡は割れていく。跡形もなく──。

 

 

 ◇キュー・ピット・アイ

 

 爆炎が晴れる。熱いや痛いを通り越して、その瞬間は何も感じなかった。最後の最後、爆発の瞬間にマッド=ルナを狙ってくれたお陰で、アイの火傷は──愛がなければ死んでいたくらいには深刻だが、愛があれば死なない程度だとも言えた。防御がうまく間に合わなかったらしく、左目には何も映らない。焼けてしまったのか。魔法少女キュー・ピット・アイとしては、四肢よりも大事なものが持っていかれた、というわけだ。

 

「……やっ、て、くれました、わね」

 

 立っている力をなくし、その場に膝から崩れ落ち、周囲を見回す。落ちているのが、マッド=ルナが魔法を使う際に持ち込む小ステージの破片なのか、ノゾカセル・リアンの焦げた跡なのか、マッド=ルナがこの中に含まれているのか、その判別すらもつかない。

 ただ、少なくとも、レジスタンスが材料として欲していたノゾカの両腕は、この世になくなった。その点で言えば、勝ち逃げ、されたと言う他にない。

 

「……はぁ。王子様でもないくせに……こんな運命が、あってたまるものですか……」

 

 アイは地面に転がった。まだ動けない。残った右目に映るのは、無駄に青い空。



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第74話『ラスト・ピースIV 炎の行先』

 ◇炎の湖フレイム・フレイミィ

 

 脱獄囚魔法少女の合流を食い止めろという指令を受け、フレイミィはディティック・ベルたちから離れた。制圧は好きにしろ、と探偵からのお言葉をいただいている。よってフレイミィは、空気を燃やし、膨張させることによって飛翔。高速で移動中らしき魔法少女に接近、まずはその眼前に衝撃波を伴って着地する。驚き立ち止まった魔法少女が2名。ネオンサインの衣装でピカピカ光る魔法少女と、ゾンビ化した警官といった風貌の異形系魔法少女だ。アジトでは見覚えがある。

 彼女らはフレイミィを見るなり、警戒を追っ手に対するそれよりも緩めてくる。

 

「ふ、フレイミィさん……でしたっけ? 捨て駒にされて捕まったって聞いたのに、戻ってこられたんですね」

 

 ゾンビ魔法少女が話しかけてくる。彼女には悪いが、フレイミィはもうそちら側ではない。確かにここには魔法少女狩りもいない。裏切るのならばこの瞬間かもしれないが──。

 

 己の理由を思い返す。

 敵の狙いを推理したディティック・ベルは大急ぎで支度を始め、一行は皆それに続いたが、ファルの解析を待つその最中、彼女はラピス・ラズリーヌと共に、わざわざフレイミィに話しかけた。

 

『ええっと……フレイミィ、さん。フレイミィさんは『魔王塾六火仙』や『魔王塾七福神』などを兼任されていた……とか。その、肩書きを増やすことにはなってしまうんですが』

 

 フレイミィもそれなりに名の売れた魔法少女だ。全てが露見し捕縛されても、その名は残っていたらしい。フレイミィはふっとクールに笑い、それに続く言葉を待つ。

 

『ラズベリー探偵事務所、臨時捜査員──』

『兼、炎の四天王に任命するっすよ!』

『ちょ、それは……まあいいか。四天王の1人として。頼りにしています』

 

 ラズリーヌはキラキラした瞳で四天王とやらに勧誘し、ディティック・ベルはフレイム・フレイミィを頼りにした。四だと魔王塾四絶拳に被るが、頼まれたのならやるしかない。

 

 意識を現在に戻した。ゆっくりと構え、目線が交わされた瞬間に炎が噴き上がる。周囲の草木に引火し、瞬く間に火の手が魔法少女たちを囲む。そして炎を纏った拳がゾンビ魔法少女に叩き込まれ、対応できないまま吹っ飛ばされた。

 

「おやおや……もしやとは思いますが、魔法少女狩りの飼い犬に成り下がったと? 誇り高き脱獄囚、地獄の試験官ともあろう貴方が」

「……そんな……肩書きは……ない」

 

 ネオン魔法少女はへらへら笑い、両腕に装着された機械の拳を構えてくる。拳の先がスロットマシンになっているらしく、何かの絵柄が書いてある。それで何をしてくるのかと思いきや、まずは単純に殴りかかってくる。あの質量を真っ向から相手にするのは止め炎に溶け込み、拳をすり抜け懐に潜り込む。姿を現しながらの一撃がもろに入り、相手は呻きながら後ずさった。

 しかしそれで止まる相手では当然ない。右、左、右と続いて交互に攻撃が繰り出され、透かすうちに殴る度にリールが1つずつ止まっていっているのに気がついた。右手の図柄はバラバラだが、左はリーチだ。そして今、ここで振るわれた拳が地面に激突してリールが停止。大きな効果音を鳴らして飴のイラストが揃う。相手がより口角を歪めたのを見て、フレイミィは仕掛けることを選ぶ。

 

「来ましたよぉ、ここらで一発当たっていただきます」

「……上は大火事(デスフレイム)

 

 殴りかかろうとしたその時、上方から炎の雨が迫った。相手はフレイミィから炎に標的を変え、揃っていない右手でパンチを繰り出し、リールを再始動させつつ炎の迎撃を図った。その程度の風圧で消せる炎ではない。被った火の粉を手で払い、仕方ないと歯ぎしりをしながら、絵柄のボーナスが乗ったパンチは炎に向かって放たれた。このボーナスは威力を高め、衝撃波が大きく炎を消すことに成功する。

 だが、フレイミィの本領はそこじゃない。彼女が降り注ぐ方に気を取られている間、周囲に燃え広がったこの炎たちをフレイミィは一気に集めていた。振りかぶり、回転の勢いを乗せた拳。慌てて繰り出されたスロット回転中の拳と激突し、その余波で撒き散らされた炎が敵の本体を襲った。顔に浴びて悶え転がっている。

 

「あぁッ……熱ッ……熱いですよぉ……! ですがおかげで……こちらもアツくなって来ましたァ!」

 

 ネオンサインが激しく明滅し、拳のリールの左右が同じ絵柄、『7』を示している。そういう趣味のないフレイミィでも知っている、それが一番の大当たりというやつだ。大振りな攻撃でまた襲ってくる相手に、炎に溶け込んで撹乱、背後から炎を吹き付ける。悲鳴があがるが、振り向きざまの拳がぶつけられ、咄嗟に両腕で受け止めた。なるほどこれはなかなかに重い一撃だ。だがそれよりも、目の前で揃う3つ目の『7』が意識に残る。

 

「私も……フレイミィさんには憧れがあったんですよぉ? 同じ魔法少女狩りにやられた身として」

 

 彼女は何かを語り始める。お喋りをしてやる時間はないと炎を浴びせ、怯ませるが、それでも追ってくる。面倒な相手だ。

 

「ぁああっ、熱い、痛いぃっ……もう、話の途中ですよぉ? 

 いいじゃないですかぁ、監獄破り(ジェイルブレイク)。今はちょっとした殺人鬼くらいしか解放されてませんがぁ……いずれ伝説級の……魔女狩り将軍(プキン)やら風船暗殺者(チュブラ・ルーン)やらも味方につけて、魔法の国をグチャグチャにしてやると思ってたんですよぉ」

 

 なのに、と続く言葉の最中、スリーセブンの拳が輝きを放つ。仕掛けてくるつもりだ。であればこちらだって、容赦はしない。

 

「裏切られた気分ですよぉ……!」

「『下も大火事(ヘルフレイム)』」

 

 繰り出されようとする拳を炎の壁が阻む。噴き上がる衝撃で相殺し、互いに余波で体制が崩れた。フレイミィは倒れ込みながらも、炎の中に潜る。そしてしぶとく立ち上がろうとする相手に急接近し、炎の柱を纏って振り下ろす。焼き焦がすだけでなく、叩きつける攻撃。これまでで一番の悲鳴があがり、炎が晴れると、ネオンの魔法少女は気を失っていた。これで再起不能だろう。

 残るはあのゾンビ魔法少女か、と先程吹っ飛ばしていった方に急ぐと、そこにはスノーホワイトだけが立っている。ゾンビ魔法少女の方は立っておらず、しっかり気絶しているらしい。

 

「……魔法少女狩り」

「向こうから心の声がします。急がないと」

「……向こう……か……」

 

 スノーホワイトよりも先行すべく、再び燃焼による飛行に移る。木々には燃え移るが、この際構わない。確かに魔法少女、戦いの気配がする地点まで飛翔した。

 

 今度はふわりと勢いを潰しながら着地。まずは状況の確認からだ。

 今まさに戦っているのは犬耳と忍者。即ち音楽家殺しと、スノーホワイトの探し人だと把握し、彼女らが共にクラムベリー最後の世代だと思い当たったところで、目の前の2人はフレイミィの存在に構う暇もなく、刃と爪を交わす。

 

「リップルは……何をそんなに憎んでいるの……?」

「ッ……それは……ッ!」

 

 リップルの表情が歪む。その目は、音楽家殺しを見ていない。その奥に誰かの影を見て、切っ先のような殺意はそちらへ向いていた。

 

「……そんなの、決まってる……あいつを奪った……全部。あの子を苦しめる……全部」

「スイムちゃんも、クラムベリーも、もういないよ」

「わかってる……だから……あいつらを生み出した魔法の国に向けるしかない」

「そんなの間違って……」

「だったら! あなたがスイムスイムの代わりになってくれるの……!?」

 

 盗み聞きだけのフレイミィにはわからない話だ。だが、リップルの激情に、たまが言葉を失い、目線を逸らしているのは見えた。むしろリップルの猛攻は激しさを増し、たまの爪が弾かれ、押されていく。

 

 そして──もうすぐスノーホワイトが駆けつけるであろうと、フレイミィが振り向いた時だった。

 

 遠方から、不意に響いた爆発音。恐らくは同じく反体制派と捜査班の激突か。フレイミィもディティック・ベル達を心配し、同様に音楽家殺しも気を取られた。だが息をつく間もなく、振り上げられた忍者刀は止まらない。気づいた時にはもう遅かった。右腕がその瞬間に切り落とされ、グローブごと宙を舞った。

 血が迸り、痛みに呻くたま。そこへ、聞こえてくる足音。

 

「……ッ! 来るな、魔法少女狩り……!」

 

 直感が叫んだ。この状況を彼女に見せてはならないのではないか、と。同じクラムベリーの試験を生き延びた者同士が殺し合う、この状況は、スノーホワイトには惨いのではないかと。

 制止しようと飛び出して、そんな気遣いも虚しく、フレイミィは押しのけられた。

 

「え……? なんで、リップルが、たまちゃんを──」

 

 そもそも彼女の魔法は読心だ、すべて聞こえていたのだろう。呆然と立ち止まり、フレイミィには見せたことのないような顔をして、彼女は呟いたのだった。



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第75話『ラスト・ピースⅤ 白と黒と斑と』

 ◇たま

 

 痛い。切断された右肩の断面が焼けるように痛む。思わず手で押さえ、どくどくと溢れ出す血で肉球が真っ赤に染まる。けれどそれよりも、それを見てしまったスノーホワイトに、あんな顔をさせたことが何よりも心を痛ませる。現実を受け入れられない、茫然自失の顔。

 

「っ……違う、の……! スイムちゃんを止められなかった私がっ、受け止めなくちゃっ……だから、リップルは何も……!」

 

 どうにか言葉を絞り出して、自分の痛みにも言い聞かせるように、これは当然の報いなのだと吐き出した。対するリップルは血のついた刀を取り落とす。きっと今は同じ気持ちだ。スノーホワイトだけは、巻き込みたくなかった、なんて。

 

「ッ、私は──」

「あは……みぃつけた。魔法の……腕ぇ……」

 

 歯を食いしばり、拳を握り直し、何かを吐き出しかけたはずが、突如として声がした。煌びやかなステージ衣装は焦げ、肌は焼け爛れ、リップルに掴まって立っているような状態の──マッド=ルナだった。つまり反体制派幹部、紛うことなき敵。リップルにこんなことをさせた張本人だ。彼女は呆気に取られる魔法少女たちを余所に、ゆらりと地面に転がる刀を拾い上げる。

 あの火傷、もしかして先程の爆発か。ノゾカは無事なのか。たまは片腕だけでも身構え、ルナの行動に備えようとし、目の前でリップルの左腕が突き刺されるのを見た。

 

「えっ──」

 

 リップルは今は反体制派、ルナにとっては味方のはずだ。それがなぜ、リップルを害しているのか。リップル自身もわけがわからないうちに刃を受け、痛みに表情を歪め、どうにかルナを突き飛ばした。ルナはよろめき、さらにそこへいち早く我に返ったフレイム・フレイミィが乱入。炎の一撃でルナをさらに吹っ飛ばし、彼女は血を吐く。

 

「っ、は、はははっ……取って逃げるよ……トットちゃん」

「はいはーい、やっと出番なのね」

 

 物陰からまた新手だ。いかついギターを手にしたパンクな魔法少女はその弦を掻き鳴らし、実体のある音符を撒き散らす。普段なら簡単にかわせるだろう攻撃だが、疲弊した今はその簡単すら精一杯。彼女は魔法少女たちが気を取られているうちに、切り落とされたたまとリップル、2人の腕を拾い上げると、さっさと逃げ去っていく。

 

「……! 逃がす……ものか……!」

 

 ここでもフレイミィが動いた。しかしその炎は、鳴り始めた謎のメロディによって引き寄せられる。マッド=ルナの魔法だった。いつの間にか出現していたステージの上、ふらつくように覚束無い足取りの踊りが皆の視線を吸い上げる。注目を集めるのが彼女の魔法だ。誰もあのパンクな魔法少女のことを追うことができないままで、マッド=ルナへの対処を強いられる。我に返ったリップルがクナイを放ち、避けようともしないルナの額に突き刺さり、それでも踊り続けるルナへスノーホワイトが武器(ルーラ)を振るう。薙刀状の刃はルナの足を切り裂きステップを奪い、さらにそのままステージに付随したスピーカーへの突き。破壊音が最後に放送され、それを最後にメロディが止まる。刃は最後になおも歌い続けようとするルナの首元へと向けられ、歌が止むと魔法の影響は途切れた。

 

「……あははっ、リップルちゃぁん……? ノゾカちゃんの自爆にはしてやられたけどぉ……きみが友達の腕を切り落としてくれたおかげで……材料、集まっちゃった」

「ッ──」

「きみのお陰で魔法の国が変わるよ。ありがとねぇ?」

 

 歌の代わりに飛び出したリップルへの嘲笑。その中で、たまには聞き逃せない言葉が混じっている。

 

「待って、ノゾカが、自爆って」

 

 ディティック・ベルが言っていた、狙われているのはノゾカだと。幹部であるマッド=ルナは、本命の標的のノゾカを最優先に狙うのが自然かもしれない。それが、火傷を負ってこちらに来たということは、そのノゾカの肉体が手に入れられなくなったということだ。そして口から出た自爆という言葉は、つまり、ノゾカの安否を示していた。

 

「そん、な」

 

 急に、片腕の痛みが激しくなる。動悸がして、出血が激しくなった。立っていられずに蹲る。これで、たまの近くにいたはずの友達が行ってしまうのは何度目か。

 そんなたまの脳裏に巡る感情も知らず、震えるスノーホワイトの刃先を煽るように、言葉が続く。

 

「魔法少女狩りちゃんだったっけぇ……? ふふっ……ぼくはねぇ、死んだマリアちゃんに会いたかったんだ。マリアちゃんだけじゃない。この儀式が形になれば、死んだ誰かを再現できる。殺し合いの試験でいなくなった子とまた会えるんだ。それがどんなにみんなの夢か。魔法の国は何もしてくれないでしょ?」

「……」

「会いたいと願うことの何が悪いのかなぁ? ねぇ……想いまで狩っちゃうのかなぁ、きみは──ァっ」

「……それ以上……余計なことを……聞かせるな」

 

 フレイム・フレイミィの炎がルナを焼き、言葉を潰した。熱にスノーホワイトが思わず少し離れると、息の荒い彼女の代わりに前に出て、振りかぶった拳で止めを刺した。断末魔が短く響き、炎の中のシルエットが消え、そしてどこにもなくなった。死んだ、のだろうか。周囲を警戒しても、再び現れるような気配はない。

 

『マッド=ルナの生体反応、完全に消えてるぽん。そもそも正体、人間だったのかも怪しいぽん』

 

 炎は燃え尽き、やはりそこには何の死体もない。灰すらも残っていなかった。

 

「っ、そうだ、あの子、追いかけっ……」

「……動くな……少し手荒だが……我慢……」

「えっ? あっ、ぁあああっ……!?」

 

 傷口にフレイミィの手が押し当てられ、さらに焼け付く痛みが襲って呻いた。が、どうやらこれはフレイミィなりの応急手当らしい。リップルに対しても同様に傷口を焼き、出血を止めてくれる。

 

「……荒療治……でも、失血死より……マシ」

「ぅ、うん、ありがとう……?」

 

 というか今まで色々ありすぎて考えられなかったことが頭の中に浮かんでくる。そもそもこの人、味方してくれているけど、脱獄囚じゃなかったっけ……? 

 受け取った好意はとにかく受け入れておき、ようやく呼吸を整えた。まずは……持ち去られた腕と、逃げていったあの魔法少女。ルナは材料が揃ったと話していて、反体制派がたまとリップルの腕で何かをしようとしていることは確かだ。

 

 戦闘と失血の疲弊は大きく、歩き出そうとして倒れそうになり、フレイミィに支えられた。ここでも彼女に頼らざるを得ない。

 リップルの方には、スノーホワイトが肩を貸してくれていた。

 

「ファル、あの魔法少女は」

『もうこの辺にはいないぽん。すごい逃げ足ぽん』

「……そう」

 

 ファルの電子音が無理して追跡しても甲斐はないと告げてくれ、たまの残った肩に入っていた力が抜ける。緊張の糸は切れてしまった。無理をして歩くのは、今はもうできそうにない。

 

「みんな……! 無事!?」

「お〜い! スノっち! フレっち! あっ、それに、たまちゃんも──!」

 

 ディティック・ベルたちが手を振り、駆け寄ってくる。彼女らの方はと言うと、こちらに比べれば五体満足で無事そのものだ。そしてノゾカの姿は、当然ながら無い。代わりに、拘束されている状態で、トーチカと、見知らぬ魔法少女が連れられていた。反体制派の魔法少女、ということになるのだろう。

 

「……ごめんっす。ノゾっちは連絡もつかなくて、爆発の跡にも……いなかったっすよ」

「ら、ラズリーヌさんが謝ることじゃ……ないよ」

「これだけ、拾えたっす」

 

 ふいに、無事な手を握られた。その手の中、血の付着した肉球の上に、ヒビの入ったネックレスの破片。その中に宝石は入っておらず、割れてしまった枠だけがある。いや、宝石がないのは元々だ。ノゾカが首元に提げていたものは、そうだった。

 

「……捕虜も……負傷者も……いる。落ち着ける場所と、治療を……」

「あ、えと、この先に広報部門の施設がある、から。とにかくそこに」

 

 フレイミィに肩を借りながらも、たまは案内のため、皆を先導する。まずはそれからだ。希望の話も、失ったものの話も。



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第76話『あなたを照らします』

 ◇カラフルいんく

 

 エンタープリーズもトーチカも、帰ってはこなかった。どころかマッド=ルナでさえも行方知れず。脱獄囚は当然確保されたっきりで、戻ってきたのはトットポップたったひとりだけ。

 残りはそもそもアジトに残されていたいんくと、捕虜のはずのフィルルゥ、それと引きこもりのキーク。キークはそもそも頭数には数えられず、レジスタンスはもう壊滅したも同然だった。

 

 サッキューは死んだ。イロハも、死んだ。脱獄囚たちは次々と捨て駒とされ捕まった。マッド=ルナはトットポップを逃がすために向かっていったらしい。

 

 そうして戻ってきたトットポップはというと、フィルルゥといんくを同じ部屋に呼び出した。アジトの奥にある倉庫のような研究室のような、誰も使っていなかった部屋だ。

 そしてその真ん中で、腕を2本、それぞれ違うコスチュームのアームカバーやグローブを身につけたものをごろんと、いんくとフィルルゥの前に転がした。さらに、他の魔法少女たちから剥ぎ取ったバラバラ死体を、無造作に詰め部屋の隅に置いてあった魔法の袋の中から引っ張り出し、並べていく。

 魔法の袋のお陰で腐敗はしていない、だが代わりに新鮮な血の匂いが撒き散らされる。部屋の中は噎せ返るほどの死の匂いで満たされてしまった。

 

「これで、トーチカちゃんが言ってたレシピの材料が揃ったのね。調理していかなきゃなのね」

「調理って……なんですかこれ、レシピって」

「魔法少女を組み立てるみたいなのね。調理ってか、プラモデルみたいな。フィルルゥちゃんの糸でくっつけるのね」

 

 フィルルゥは目を丸くしていた。まさか自分が、という顔だ。さらにトットポップからこれまでのレジスタンス活動の目的がこの材料集めだったと語られ、さらにフィルルゥは絶句していた。

 

「それ、私が協力的じゃなかったらどうするつもりだったんでしょうか……?」

「んー、接着剤とか?」

「そんなわけは……」

「じゃあ魔法の接着剤ね」

「そういう問題では……」

 

 トットポップは嫌な顔ひとつせず、血のついた人体の破片の数々を弄り始める。彼女によって最低限血を拭って並べられたものへ、やればいいんでしょうと開き直ったフィルルゥが魔法の縫い針を刺していく。もはや傷口を縫うという次元ではなく、フィルルゥの糸が神経代わりになるほどに何度も通していく。本領の針仕事とは勝手が違うだろうに、手際が良い。

 いんくがその作業に見入っているうちに、胴と腰、胴と腕、腰と脚がそれぞれ縫い付けられていった。

 

 数十分もしないうちに出来上がった魔法少女人形は、元々の持ち主の体格に差があるぶんアンバランスで、返り血を浴びたコスチュームがそのまま使われているためさらに継ぎ接ぎだ。いんくは我に返った途端、吐き気に襲われた。私たちが目指していたのはこんなおぞましいものだったのか、そんな感性が残っていたことに自分でもおかしくなってくる。

 

「さーて、フィルルゥちゃん集中してるし。いんくちゃん、一緒に首取ってこよっか」

 

 そうだ、首がない。最後の材料はまた取りに行かなければならないのか──と思った途端、トットポップに手を引かれる。

 

「ほら。いんくちゃんも」

「私は……」

 

 足が動かなかった。ずっと抱いている無力感と、この吐き気のせいだ。そうに違いない。

 

「関わって……いいのだろうか。私が……私が迂闊だから、みんなっ……」

 

 いんくのことを助けてくれていたイロハもサッキューもいない。2人がいたら、きっと慰めの言葉をかけて、心を救ってくれるはずなのに。全部、自分が不甲斐ないせいだ。涙が出てくる。

 

「まあまあ、泣かないで。奥で寝てるマリア・ユーテラスの首持ってくるだけだから。そう心配することもないのね。それに」

「……?」

「ルナちゃんもいないわけだし。今はいんくちゃんがリーダーね」

「……いいのか、私で」

「そりゃもちろん。はじめましての時はノリで貰っちゃったけど、トットはリーダー向きじゃないし。いんくちゃんこそレジスタンスのリーダーね」

「しかし……トーチカたちは」

「捕まった子は取り返せばいいだけなのね。大量脱獄ならさせたことあるじゃない」

 

 確かにそうだ。捕まっただけならまだ取り返せる。いんく達の成果次第では、まだまだだ。エンタープリーズはサッキューのためと突っ走って、積極的に動いていたという。いんくはそうはできなかったが、今からでもいい、元々いんくが始めたことだ。

 だからきっと。次はこう言えば、トットポップは笑ってくれる。

 

「……そうだ。私はレジスタンス魔法少女チームのリーダー……カラフルいんく! 私がやらなきゃ誰がやる! いなくなったみんなのぶんまで、私が革命を遂げてやる……!」

「その調子その調子! やっぱりいんくちゃんはそっちが一番ね」

 

 高らかな宣言のおかげか、トットポップの無邪気な笑顔のおかげか。どちらにしたって、いんくの足は動く。軽快に、アジトのより奥へと進んでいく。奥の部屋には倉庫に転がっているものよりもさらによくわからないガラクタでいっぱいだ。中央には棺のようにカプセルが設置されていて、その中で眠るように安置されている遺骸があった。想像と違い胴体もあるが、縫い合わされているわけではないらしい。そっと抱き上げるようにして、その頭部に触れた。当然の事ながら、柔らかな髪と人体の感触でありながら体温はない。その違和感を覚えつつ持ち上げる。そうして、大事に首を運び、フィルルゥが作業を続ける倉庫まで戻っていく。

 

「お待たせなのね〜、最後のピースのお届けね」

「分冊百科の付録じゃないんですから」

「これは……このあたりか?」

「そうですね。断面を合わせて……」

 

 首をあるべき場所に置き、転がらないように押さえ、フィルルゥが針を通すのを見守った。これで全身が縫い合わされる。首が繋げられてもやはり全体で見るとバラバラの継ぎ接ぎだ。それでもフィルルゥの職人芸と言うべきか、継ぎ目はぴったりで不自然さはない。衣類も無理なく繋がれており、パッチワークの魔法少女であると言われたら納得出来るかもしれない。

 

「……よし。できました。こんなサイコの連続殺人鬼みたいな……いや連続殺人はそうなんですけど、これでも達成感は出ちゃいますね」

 

 苦笑しつつ額の汗を拭うしぐさを見せたフィルルゥ。これで依代は出来あがりだ。だがこれで動き出してくれるわけではない。最後の仕上げには、彼女に血を通わせる必要がある。そんな血液などどこにあるかと言えば、ないわけでもない。いんくは絵筆ではなく、魔法に使う絵の具をチューブで取り出した。ここから任意の色が出せるようになっているが、今選ぶのは、鮮やかな赤。生命を象徴するヘモグロビンの赤だ。マリアの口を開かせると、チューブをそこに目掛けて絞り出していく。1本では足りない。何本も引っ張り出してあるだけを注ぎ、5本目を使い果たして、気がつけば土気色だった肌が赤みを帯びてきた、ような。

 ふとそれに意識を向けた途端、目の前のマリアから何かが溢れ出す。光が辺りに満ち、髪が見えない力の流れに靡き、ぶわっと広がった。かと思えばぴくりと指先が動いて、まさか本当にと思ったその時、瞼が開く。目が合った。

 

「……おや。これは……私は……?」

 

 上体を起こして呼吸を確かめ、手足を試しに動かし、その場にいる魔法少女たちの顔を見回す。動いている。生きている。有り得ないが、これがトーチカの魔法だ。儀礼の手順を踏めば、こんな魔法すら可能にする。まさか本当にできるとは思っていなかった結果を目の前にして、息を呑んだ。

 

「おはようなのね。マリア・ユーテラスさんなのね?」

「そのよう、ですね。皆さんは……」

「えっと、ルナちゃんと一緒に魔法の国ひっくり返そう! ってやってた反体制派のメンバーね」

 

 目を覚ましたマリアは皆の顔を見回し、首を傾げる。傾げても継ぎ合わせた首がズレるようなことはなかった。

 

「反体制派……よく、わかりませんが、わかりました。何となく……この頭が覚えています。革命、ですね。皆が幸せになるように。まずは、奪い取るところから」

 

 マリアの胸元から光が迸った。眩しさに思わず目を閉じ、ゆっくりと開くと、そこに広がっていた光景は信じ難い。マッド・ルナと()()()()()()見知らぬ魔法少女たちが、いんくたちを取り囲んでいたのだ。代わりにその辺に転がっていた金属片やら何やらが消えている。

 まさかとは思うが、なんでもない無機物を……魔法少女に、変身させたのか。これが、マリアの魔法か。

 

「え、だ、誰ですか、この人たちは」

「ご安心ください、私の子供たちですよ。そう怯えないで。マリアが、あなたを照らします」

 

 限界まで削られたはずの戦力の問題はどこかへ消えた。いんくは思わず口角が上がっていた。たった1人で、無限の魔法少女軍隊になれるなんて。

 もう負ける未来は見えていない。始まるのは復讐と報復と、革命だ。



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第77話『取り合うべき手』

 ◇たま

 

「いっ、いたた……」

「動いたら痛いですよ」

 

 広報部門管理下の研究施設に辿り着いて、魔法少女一行はまず怪我人を医務室に運び込んだ。ここまで来られた中で一番の重傷は言うまでもなく片腕を持っていかれたたまとリップルだった。たまよりも重傷の者は、もういないものだと思う。フレイミィに焼き塞がれた傷口が消毒され、しっかり包帯が巻かれていくのを待ちながら、帰ってこられなかったノゾカのことを思い、残っている手に力を込めた。

 マッド=ルナがあれだけの傷を負い、狙いを変えなければならなくなったのはノゾカの決意があったからだ。あるいは、ただ奪われて、マッド=ルナを倒すことも出来ていなかったかもしれない。だから彼女の決断には大きな意味があったのだ。……なんて言い聞かせて、寂しさを誤魔化した。オールド・ブルーの下での修行生活のことも、ここに来てからのことも思い出す。

 ──やっと、話してくれるようになってきたのにな。

 

「たまちゃん……その、手」

「あっ、うん、大丈夫。ちょっと不便だけど」

 

 魔法の国の技術であれば失った手足も治す手段はあるというが、そこまでの設備にはここにはない。今はその時間すらも惜しく、片腕だけでも戦う覚悟はある。リップルも同じだろうか。雑用扱いに思うところのありそうな顔をしたレイン・ポゥに包帯を固めてもらいながら、隣のベッドに座ったまま俯くリップルを見た。

 

「ねえ、リップル」

 

 寄り添い、時に手伝ってくれていたスノーホワイトが、ふいに声に出す。思えば。スノーホワイトとリップルは、いつかから話せていないと言っていた。そんな2人が、ようやく状況も落ち着いた。言葉も溢れだしてくる。きっかけはスノーホワイトからだった。

 

「どうして、反体制派に……手を貸していたの」

 

 ここでも答えはない。リップルはどうして反体制派に与していたのか、たまだって知りたくはあった。自分との戦いで見せるのは、いつもスイムスイムへの怒りばかり。あの日のことを思い出してしかいない様子だったから。

 スノーホワイトのためにというのが本当だったのか、ルナの言うような死者の再現……トップスピードの後悔が、彼女を動かしていたのか。どちらとも、答えは言わなかった。それでもスノーホワイトには心の声が筒抜けだろうに。

 

「どうして、たまちゃんのことを傷つけてまで戦おうとしたの」

「……」

「どうして……何も言ってくれなかったの」

「私は……」

 

 それでも問い続けて、初めて、リップルが口を開いた。

 

「スノーホワイトは巻き込みたくなかった。もう、スノーホワイトは戦わせたくなかった」

「だからって……!」

「……私は人殺しでもいい。だから、貴方を苦しめる魔法の国を……変えたいと思ったんだ。最初は、それだけだった」

 

 マッド=ルナが解放され、トーチカの存在からマリア復興の計画が立てられ、それに続いて各地の襲撃と殺人が始まった。リップルにとっての予想外はたまが立ちはだかったこと。そして、マッド=ルナが死者の蘇生を餌としたことだ。

 

「復讐になんてならないこと……わかってた……つもりだった」

 

 会えるかもしれないと言われて、たまが立ちはだかって、トップスピードの姿が脳裏に浮かんでいたんだろう。気持ちは分かる。これまで何度も、心の傷につけこもうとされてきた同士だ。

 

「……ごめんなさい」

 

 呟かれた言葉に、スノーホワイトからの視線がたまの方に向いて、反応が遅れる。まさかここで自分の方に来るとは思っていなくて、慌てて謝らなくていいと手を横に振った。

 

「い、いやっ、大丈夫、私は大丈夫だから」

 

 腕ならクラムベリーにやられたこともあったし、ゲームの中でも散々やられたし。このくらいの痛みだったら平気だ。

 ……いや。平気では、ないけれど。それでリップルの復讐の炎が少し和らぐのなら、それで構わなかった。

 

「……なにそれ」

 

 呟いたのは、これまで静かにしていたレイン・ポゥだった。

 

「自分の腕切り落とした相手、そんな簡単に許せるの?」

「えっと……」

「音楽家殺し……あんた、自分が殺されても、同じこと思うの」

 

 そう、かもしれない。少なくともあの時の自分は、死にたくないという気持ちと同じくらい、リップルにだったら仕方がないかなという思いも持っていたから。

 

「……たぶん、友達だから」

「わけわかんない」

 

 ぐっと、ひときわ強い力で包帯が締められた。これで完成の合図だった。

 

 

 ◇リオネッタ

 

 もう立ち上がることもないと思っていた。希望の種も、残った奇跡も、潰したのは自分だと打ちひしがれていた。だから彼女が──また別の知人に連れられてだが、姿を現した時、目を疑った。

 

「……生きて、いたのですね」

 

 トーチカ。特別なあの子、ペチカの荷姿。捕虜として拘束された彼女は、仮の捕虜部屋に押し込めてある。室内に入ると、彼女はベッドに腰掛けたまま、リオネッタへの敵意を露わにして睨みつけてくる。ペチカそっくりの顔でそうされるのは心にくるものがあった。

 

「……聞きました、ベルさんに。姉ちゃんと……那子さんとクランテイルさんのこと」

「……そうでしたか」

「嘘じゃ、ないんですよね」

 

 頷く。初めから、彼女のことで嘘などついていない。普段の、建原智香を知る者にとっては信じ難かっただけのこと。

 

「えぇ。那子とクランテイルはペチカさんの手にかかり……いまだ眠り続けている。取り残された肉体だけは、生きていようとしている」

「……」

「貴方の魔法であれば。或いは、それを目覚めさせられるかもしれない。キークの魔法を解析し、或いは改竄する。全ての魔法少女に対してそれが行え得るのが貴方の魔法ですもの」

 

 トーチカは目を逸らす。

 

「許せないんじゃ、なかったんですか」

「私にとっては……決して許せない方であることに変わりありません。だからこそ……遺された可能性(もの)を、蔑ろになどしたくもありません」

 

 許すなと言われたから、それが人形の私に絡みついた糸だから、それだけは決して変わらない。

 

「僕は……レジスタンスです。反体制派の大罪人だ、人殺しだ。無関係な人を巻き込んで死なせた、何人も」

「関係ありませんわ」

「でもっ……」

「貴方なら救える。貴方でなければ救えないんですの」

 

 その手が汚れていても関係ない。この汚れた手でさえ、手に取ってくれた少女がいたのだ。リオネッタはトーチカを見据えた。

 

「そう、だよな。姉ちゃんは……助けられるものを助けない人じゃないんだよな」

 

 そんな呟きをひとつ吐き捨てた後、トーチカはほんの数秒目を閉じて、それからリオネッタの視線に応えた。

 

「……わかりました。けど……僕は、レジスタンスのみんなと戦うことは……できない。協力できるのは、那子さんとクランテイルさんの救出だけです」

「上等ですわ」

 

 手を差し伸べる。互いに手を握る。

 人形は──あの日、ゲームが終わりを告げたあの時、繋ぐことが出来なかった白く美しいその姿を幻視した。

 彼女は──理想を裏切ってでも、やり様(レシピ)があるのなら、届く希望があるのならと、歯を食いしばり立ち上がった。

 

「リオネッタさん」

 

 捕虜ではなく協力者として連れ出そうと踏み出した1歩目、それに続く2歩目でふいに聞こえた声。振り向くと、敵意でも決意でもなく、照れた様子の少女の姿。警戒は解いていないのに可愛らしいのは、あぁ、こうして見ると、本当に似姿だと息を呑まされる。

 

「あの。ずっと聞きたかったんですけど……姉ちゃんの料理はさ、美味しかったんですか?」

「えぇ。それは、もう」

 

 思い出して、笑顔が溢れると共に、悲しくなった。けれど人形に涙はない。反復する思い出は、笑顔だけだ。

 

「この世で一番。特別な手料理でした」



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第78話『いざ魔法の国』

 ◇ディティック・ベル

 

 広報部門はたま、及びノゾカセル・リアンが協力していた相手だった。彼女らはラズリーヌの師匠、初代ラズリーヌに師事しており、

 彼女が協力しているというのは確実だ。

 ただ、こちらの依頼元であるプフレ──つまり人事部門とはどういう関係なのだろう。信用に値するのだろうか。念の為に疑いの目を持ち、この作戦における指揮官だというキューティーオルカの部屋を訪れた。

 いや、まだ訪れようとしただけだ。彼女が籠っているという部屋の場所を聞き、ラズリーヌを連れて廊下を歩いている。キューティーオルカは探偵事務所記念すべき初の依頼人であった。テプセケメイの件では、人事部門との関係は悪くなさそうだったが……今はどうだろう。なんて思っていると、廊下にまで響く大音量で、声が聞こえてきた。

 

『ン大海原をゆく白と黒の……ァアバンチュールッ!!! キューティー……オルカァッ!!!!』

 

 なんというか、すごい『圧』だ。聞くところによると自分の出演作を何周もぶっ続けで見続けているという。その行為が何を意味するのかは全くわからないが、もしかしたら邪魔をしたら命はないかもしれない。アニメ化魔法少女だけあって、独特の美学があるんだろう。やっぱり訪問はやめようか、なんてようにも思ったりもした。が、キューティーオルカは広報部門でもかなりの実力者。マリア・ユーテラスに対抗するには彼女の力があるべきだ。

 

「部屋の前で待とう。時間はないけど、出来る限りで」

「はいっす。なんかさっきの名乗り、最終話っぽかったっす。そろそろ1周終わるっすよ」

「そうかな」

「キューティーヒーラーストライプはまだ観てないっすけど、そんな感じが──」

「ストライプを観たことがない!?!?!?」

 

 扉がぶっ壊れるかと思うほどの勢いで開かれ、実際壊れた。頑丈そうな防音のシアターから飛び出してきたのは、例の白と黒のパーカーを着た魔法少女だ。シアター内ではまさに主題歌とともに、魔法少女たちが敵と戦う映像が流れているところであり、確かに映像の気合いの入り方的になんとなく最終話っぽい。

 

「ストライプねぇ、良いよ。この世の全てが詰まってる。何も言わずに観た方がいい。骨折とかにも効くよ。マジで。効いたし。てか今から空いてるよね? 具体的には24時間ほど」

「いやいやいや、アニメ50話ぶっ通しの時間ですよねそれ、もしかしなくても」

「劇場版はまた別カウントね」

「い、いや、あの、レジスタンスが……」

「レジスタンスぅ?」

 

 ぴくり、と、オルカの長い前髪の奥で眉が動いた。

 

「ちょいと待ってね。停止、停止……いいところだったけど、すごく熱い場面だったけど、泣く泣く停止……っと。あ、よく見たら探偵事務所の。久しぶり」

「お久しぶりっす。オルカっち、力を貸してほしいっすよ」

「オルカちゃん、自分を見つめ直し中なんだけども。それでもやらなきゃいけないことが来たかな?」

「レジスタンスが蘇生させようとしていた魔法少女であるマリア・ユーテラスが蘇り、行動に出ようとしています」

 

 今度は眉どころではなく、目を見開き、ギザギザの歯をにやりと見せた。

 

「へぇ? なるほど……マリア、あの革命軍旧幹部の……かな。蘇生、ね。よくもまあそんなことができたもんだよ」

「これがレジスタンスとの決戦となるでしょう。貴方の力が必要です」

 

 ぐいっ、と顔を近づけられる。眼はギラついており、背筋が凍りかけた。ここまで近くに来られると、負い目もなにもなくても食いちぎられるんじゃないかという本能的恐怖を感じる。鮫を見ると噛まれる想像をするのと同じ生理現象かもしれない。

 

「協力していただけますか」

「とーぜん。ヒーローなしで何が決戦? って話。アニメストライプはこの世全ての正義だけど、現実のストライプは純粋な暴力だかんね。広報に喧嘩売ったこと後悔させてやらなきゃ」

 

 これは素直に喜んでいいのだろうか。バキバキと指を鳴らすオルカ。気泡の音のはずなのに、骨を噛み砕くような音で怖い。

 

「で、いつ出る? いつでもいいよ。すぐ行こう、今すぐ行こうか? オルカちゃん、もう全快だからね」

「そ、それはさすがに。こちらには怪我人もいる、まずは皆と作戦を合わせようと」

「……あのさぁ」

「ひぇっ、は、はい」

 

 何か失礼があっただろうか。何を言われる。思わず身構えて、オルカは急に撒き散らしていた攻撃的なオーラを引っ込めた。

 

「冷静でいいね。そうしよっか」

「あ、え、はい」

「よっしそれじゃあ行くぞ探偵ちゃんたち! 会議室に集合だー!」

 

 大股で歩き出したオルカを先頭にして、慌ててついていく。一応、魔法の端末から皆には伝えておく。即返信が来た。スノーホワイトだった。たまやリップルの傷の処置は終わったのだろうか。彼女らの受けた欠損も、いずれ落ち着いて治療できるといいのだが。

 

「よくわかんないけど、なんとかなったっすね」

 

 ストライプという言葉には敏感なのだろう。彼女のことだから、何をしていてもキューティーヒーラーストライプの話題だけは逃さないに違いない。

 

 オルカを連れて会議室に入った時、レイン・ポゥが『よくこいつ連れ出せたな』という顔をした。ポスタリィもオルカを信じられないものを見る目で見ている。本当に、あちらから出てきてくれて助かった。

 心配していたたまとリップルは気丈にも、包帯を巻かれたのみでここに来ている。まだ自分は戦うんだという目だ。彼女ら自身よりも、その間に座るスノーホワイトが近寄り難い表情をしていた。

 フレイム・フレイミィはいつも通り。何を考えているのやら、目を閉じて堂々と座っている。チェルナー・マウスは心配そうな表情で、手元のひまわりの種を齧ってもいない。

 そしてリオネッタ。ここに彼女がいることは予想外だったが、ペチカの弟であるトーチカの存在に最も動揺しているのは彼女だろう。だがトーチカとは話を付けてきたのか、澄まし顔には動揺はない。

 

 ディティック・ベルは空いている一列へ、キューティーオルカとラピス・ラズリーヌに挟まれて座り、これで全員が揃った。

 

 総勢11名。これだけの魔法少女たちによる作戦会議、この先の探偵人生でまたあるだろうか。魔王の城に突入する時のような、ボス目前の空気感がそこにはある。

 緊張感に頬の冷や汗を拭い、オルカを見た。オルカもこっちを見ていた。探偵ちゃんが仕切りなよと言いたげだ。ディティック・ベルは大きな咳払いをして、皆の注目を集め、会議を始める。

 

「まず……ファル、状況は?」

『リップルから聞いた座標にアクセスしたぽん。聞いていたよりも……ずっと大量の魔法少女の反応があるぽん。マッド=ルナに似てる、ちょっとずつ違う反応だぽん』

「マリア・ユーテラスに関する資料によると、彼女の魔法は『魔法少女を出現させる』らしい。無機物に命を与え、魔法少女に近いものに変化させる……というような」

「つまりその魔法で兵隊を作ってるってことっすかね。レーダーには分身系に近い感じで反応してるんじゃないっすか」

 

 あちらが動くのを待っていては遅い、というのは共通の認識だ。そのうえでどうするか。魔法少女の反応が多いということは、やはり大元を討つべきだ。奇襲に向く魔法少女は多く、やはり陽動と手分けをするべきか。

 

「マリア・ユーテラスは私が」

 

 スノーホワイトが手を挙げた。心の声を聞く魔法は索敵にも向く。彼女ならば戦闘能力も高く、信頼できる、が。たった1人で親玉の下に向かわせるわけには。

 

「……私も出る」

「い、一緒に行かせてください」

 

 そしてそれに続き、リップル、そしてたまの手も挙がった。

 敵の親玉との戦い、怪我人には危険な役割だと言っても、ここで止めても止まるものではないだろう。ディティック・ベルとしては、信頼するしかない。少なくとも、片腕でもディティック・ベルよりは強いわけで。頼むと、頷くしかない。彼女たちなら、勝ってくれると信じて。

 

「わかった、3人とも。マリア自身は貴方たちに頼むよ。皆は、どうかな」

「異論はないよ。腕、取り返しちゃえ」

 

 オルカ以外からの返事はないが、それはつまり先に進めていいということ。そこへ、リオネッタが続いて挙手して発言を始める。

 

「私はトーチカさんと共に、キークの確保に向かいますわ。こちらにはこちらのやり残しがありますの」

「……そうか」

 

 御世方那子とクランテイルの話だとは察した。捕虜であるトーチカを連れ回すのに対しても、異論のある者はいない。オルカも事情は知っているらしく、あぁ、アレね、といった反応だ。彼女に関しては、むしろ正義(ストライプ)であること、或いは暴力(ストライプ)であること以外に関心がないのかもしれない。

 

「チェルナーも行くよ」

 

 意外な反応を見せたのはチェルナーだった。いや、予想していなかっただけで、意外ではないかもしれない。理由は想像がつく。

 

「トーチカはファミリーだから。危ないことをするならチェルナーが守るよ」

「あら。そちらの人手はどうですの」

「問題ねーっす。あたしがついてるっすから! チェルっち、そっちは任せたっすよ」

「もちろん!」

 

 ふたりが胸を張ったところで、残る探偵チームとオルカ、それとレイン・ポゥたちの配置を詰めていく方向に話を移す。それぞれが別方向から切り込み、マリアの生み出す魔法少女やレジスタンスの残党を食い止めるということで話が決まっていく。

 

「では……行こう。事件を終わらせに」

 

 これが最終決戦となることを祈り、ディティック・ベルは立ち上がり、帽子を整えた。



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第79話『最終決戦Ⅰ 開戦の合図』

 ◇ディティック・ベル

 

「あれがレジスタンスのアジト……」

 

 リップルに聞いた移動装置や魔法の器械を使い、辿り着いたのは大きな施設だ。以前からレジスタンスの拠点として使われていた場所で、かつてのマリア派が壊滅して以来は手入れされていないらしく植物は伸び放題。新しめの外観ながら、荒れた印象を受ける。

 だがしっかりと結界には守られているらしい。リップルが皆を制止し、ディティック・ベルが触れようとした指は強い力で弾かれた。感電した時のような感触で指がヒリヒリする。まずはこれを解除する手段が必要だ。

 

「たまちゃんって、こういうのに穴を開けることはできるんすかね」

「えっと……やったことは、ない、けど」

 

 ラズリーヌの提案にたまが前に出て、結界のある際に立ち、爪をぶつける。接触を受けた結界はバチッと拒絶の力を働かせるが、それがつまり『爪でつけられた傷』となる。景色が直径1mほど歪み、弾けて元に戻った。もう1度手を伸ばすと確かに結界が消えている。ラズリーヌがハイタッチを求め、たまが応じたところで、ディティック・ベルは深呼吸をひとつ。

 

「……さて。まずは、私が行くよ。隠れるのは得意だし……というか、今私に出来ることはそのくらいだから」

 

 皆、傷つくほど必死になって、人死にが出るほど傷つけあって、それでもディティック・ベルはただ見ていたに等しい。張り込み、潜入、ちゃんと探偵らしいことだ。大丈夫。それならできるはず。

 連絡はするから待機を頼むと伝え、歩き出そうとした。見張りはいないが、なるべく音を立てぬように慎重に踏み出し、足音がついてくるのに気がついた。振り向くと、当たり前のようにラズリーヌがいた。

 

「どっから入るべきっすかねー、開いてる窓とかあればそっから入れるんすけどね」

「ラズリーヌ?」

「どうかしたっすか」

「いや、潜入、2人で?」

「違うんすか?」

 

 戦闘能力のないディティック・ベルとしてはやはり、ラズリーヌの存在は安心になる。けど、いつも彼女には助けられてばっかりで──あぁ、そうか、ラズリーヌはこれまで、ずっと一緒にいてくれたのか。ゲームの外で出会ってから、探偵事務所を立ち上げて、一緒に暮らすようにまでなって……当たり前のように隣にいてくれた。

 

「あたしは助手! 助手はつまり助ける人っすから!」

「……! うん、ありがとう」

「降りかかる火の粉はこう! っすよ、こう!」

 

 キレのある殴打のジェスチャーが頼もしい。思わずふっと頬が綻んで、気合いを入れ直す。

 

「……それに。ベルっちからはもう離れないって、決めたっす」

 

 ふいに見せたその顔の意味はわからないままだったが──助手に情けないところは見せられない。まずは侵入口を探す。周囲に見張り番などはおらず、ぐるっと一周して裏口が見つかった。扉そのものは何の変哲もないように見え、鍵がかかっている様子もない。ただ、ここはラズリーヌを頼る。アイコンタクトで理解してくれたらしい彼女が先に扉へ手をかけ、じっと観察する。気配がないことを確認し、優しくコンコンと叩いてみて、ぴくりと反応した。

 

「……ん? なんかあるっす」

「なんか、って?」

「トラップっすよ」

 

 奴らもさすがに罠を構えていたらしい。元よりこの明らかな裏口には期待していなかった。窓を割るのはさすがに派手すぎる、ダクトか何かが使えるならそうしたいところだが、もう潜入捜査というよりは泥棒だ。もっとスマートな方法を見つけたい。

 

「そうだ、ラズリーヌ。魔法に使ってる宝石って、どのくらいのサイズ?」

「あたしのっすか? 普段はこういうのっすけど、ちっちゃいのはもっとちっちゃいのあるっすよ」

 

 ポケットから大小さまざまの青い石が取り出され、彼女の手のひらの上に並ぶ。大粒のものや綺麗なものになると探偵業では手の出ない金額になりそうな代物だが、それはそれ。この中から特に小粒なものを摘んだ。

 

「破片がどうかしたっすか?」

「あれ、あそこ」

 

 指した先は何らかの戦闘の跡が残る壁面だ。かなり抉れており、ほんの少しだが、穴が空いて向こうが見えている。これだけなら風でもなければ出入りできないただの穴だが、ほんの小さな宝石と、宝石の下へ瞬間移動できる彼女がいれば話は違う。互いに顔を合わせ、頷いた。作戦開始だ。

 狙いを定めたら、親指の上に乗せた青い欠片を人差し指で弾く。宝石はしっかりと内部にころんと転がり、ディティック・ベルは静かにガッツポーズをした。

 

「……よしっ。ラズリーヌ、向こうに」

「はいっす!」

 

 青い煌めきが一瞬にして消え、壁と穴の向こう側に現れた。その穴からしばらく覗いていたが、ラズリーヌは一見何も無いところでアクロバットをしながらすいすいと移動している。ここからの目視ではわからないだけで、やなり罠が多数あるらしい。先程の裏口にまで移動して待つこと数分、扉が開き、中に出迎えられる。

 

「いやぁ危なかったっすね。なにもせずにいきなり開けてたら、糸でぐるぐる巻きにされて吊られてたっす」

「……優秀な助手がいてよかったよ」

 

 内部への潜入には成功した。ここで、ディティック・ベルは自身の魔法を使うため、通路の端にある使われていないらしい部屋に入った。中には生活感が残っており、脱獄囚のいずれかが使っていたのかもしれないが、関係は無い。目的は壁だ。壁に向かってキスをして、ディティック・ベル自身の魔法を使う。それによりカートゥーン調の顔が浮かび上がり、こちらを見下ろしてきた。

 

「何かご用かな」

「……誰も見当たらないけど、魔法少女たちはどこに?」

「全員中央のホール部屋だね。1階はもう満杯だけど、2階席があるよ」

「そんなコンサートみたいなものが……いや。歌って踊る魔法少女が根城にしていたんだっけ。道を教えてほしい」

「いいとも」

 

 道順は建物自体に聞いた。これで間違いない。教えられた通りの道のりで階段を上り、誰にも見つかることなく、中央ホールの中に入ることに成功した。こちら側には誰も来ないと思っていたのやら、鍵も罠もない。そっと扉を開き、身を低くして入場する。ここなら手摺りの影に隠れられそうだ。ほんの少しだけ顔を出し、目視で様子を見る。

 

「これは……」

 

 思わず呟いた。数十人を超える人影。これがほぼ全て、マリア・ユーテラスの魔法によって生み出された魔法少女だというのか。このすべてに正面から相手をするのはさすがの選りすぐりの面子でも厳しいだろう。集団戦に向く、あるいは広域破壊兵器を持つ魔法少女ならここで仕掛けてもいい。だがここにいるのは探偵と助手。冷静に、まずは状況の報告を。ディティック・ベルは端末を操作し始め、スノーホワイト宛のメッセージとして打ち込んでいく。その最中、声が聞こえてくる。壇上に立つひとりの魔法少女のものだ。

 

『私がここに立っているということ。全てを擲ち、私に捧げてくれた者たちがいたということです。ですから。求められた革命を、ここに成しましょう』

 

 魔法少女たちは静かに聞き入り、マリアに従う様子を見せ続けている。よく見れば、壇上に立つ彼女の両腕には、確かにたまとリップルのコスチュームがそのままだ。あれがマリア・ユーテラスで間違いない。まさか本当に奪い取った肉体を継ぎ接ぎにして体にするとは、目の当たりにすると異様さに驚かされる。この後もマリアの話は続いている。中身はないも同然だ、物静かなホールに、声だけが響き続けている。まだ話は続くと思い、皆にそれを伝えようともう一度端末に目を向けた。その時、気配を感じたのかラズリーヌがディティック・ベルの肩を叩き、しかしその警告のわけがわからず、戸惑ううちに入ってきた扉が勢いよく開いた。

 

「あら。誰かと思ったらコメットちゃん。こんなとこでなにしてるのね?」

「……トットっち! えっと、それは〜……迷子というか」

「なぁんだ、迷子なのね……とはならないのね。結界、あったでしょ」

 

 現れたパンクロッカーな魔法少女──トットポップ。ラズリーヌの友人で、レジスタンスの一員。人懐っこい笑顔だが、反体制組織の中核メンバーであることに変わりはない。現にラズリーヌも身構え、ディティック・ベルを後ろに隠すように立っている。

 

「ベルっち、跳ぶっすよ」

「え? うわっ!?」

 

 急に肩に背負われたかと思えば、ラズリーヌが手摺りから飛び出した。そして上空、階下の魔法少女たちが一斉にこちらに注目する中、今度はディティック・ベルを思いっきり上方に投げ飛ばす。このラピスラズリの髪飾りを利用して瞬時に移動し、投げられるがままのディティック・ベルをさらに上空でキャッチ。勢いに乗せて天井まで到達すると、その瞬間に繰り出すハイキックで蹴破り突破。屋外に飛び出し、着地する。

 

「危なかったっすね」

「あ、あぁ、心臓に悪……え」

 

 あの群衆の中に飛行できる魔法少女が何人もいたらしい。さらに翼や翅で追ってきた者に混じって、抱えられたトットポップがまた現れると、ギターを構えた。

 

「さすがにタダで逃がしてあげるほどトットも甘くはないのね」

 

 やっぱりこうなるか。屋外に持ち出したのはラズリーヌのファインプレーだった。こうなったら、囮役を全力で遂行するしか。

 トットポップが最初の一音を掻き鳴らし、それが合図となって一斉に攻撃が始まる。ラズリーヌが足元を蹴り、ディティック・ベルもまたその場から駆け出した。



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