アカメが斬る―忠義とは何がために― (500円)
しおりを挟む

第1話

『帝都に来い』と一文だけ書かれた親友からの手紙。裏面には『ここらへん』と簡易な地図が描いてある。恐らく代理で誰かが書いたのだろう。字は綺麗だというのに、我ながら絵の意味が分からない。

旅で必要なものを単純に考えるならば、困ったときのための地図。残りは金子、武器。

それらを携え、さぁいざ行かんとまで住処を出たまではよかった。

 

「いかん…野宿かもしれんから防寒具を持ってくるか」

 

1度目に引き返す理由はそれだけだあった。

 

「いかん…1日は大丈夫だが、水と食料も持ってくるか」

 

2度目に引き返す理由も後に思えば、どうでもよいことだったのかもしれない。

帝都に入るまでの主要な道は綺麗に整備されている。整備されている理由は恐らく軍事目的だろう。

とはいえ、その道を流石に3往復すると時間もかかり、回数を重ねるごとに疲労が積もる。そのため、早朝に出たというのに気がつけば太陽が山に隠れつつあるのだ。

ここは、一先ず地図を広げ現在地を確かめる。

 

「これは……大陸地図か?]

 

地図を持ってきたのは正しい。内容は間違っている。何をやっているのかと、彼は頭を抱え唸ってしまう。

この失態は致し方ない。地図の裏はどれも似たようなもので、急いで取ってきたときに中身を確認しなかったのだ。

するとランプを下げた馬車が目の前からやってくる。道の外側に避けると、馬車が停まって御者が会釈してきた。

 

「帝都への道はこれで合っているか?」

「あぁ合ってるがアンタ、これから帝都に行くのかい…?気ぃつけてな」

 

帝都が腐敗しているというのは周知らしい。

といえど、それを知らない田舎のものは帝都で現実を思い知らされる。酷い場合は生きて出てくることもできない。そのことから一度入ってしまうと逃げられない罠と同じくらい質が悪い。

特に夜の帝都は人を食う。馬車を見送り、そう思った。犯罪者や暗殺者といった輩が闊歩しているからだ。

男の名はカール、彼もまた手配書が発行されることをしでかした。

軍部では離反者として扱われている。

とはいえ、ここ最近では離反したものに対して手配書が出なくなった。多すぎるからだ。

そして時が経つにつれ誰もが忘れていくのであろう。

しかし、今の帝都は離反者に脅かされているわけではない。

薄汚れた貴族たちは、ナイトレイドという集団に付け狙われている。彼らの活動が頻繁になったのも大臣が交代して以降だ。

 

「ブラートの奴…元気にしているだろうか」

 

手紙の送り主であるブラートとは、彼と時同じくして軍を退役した者の名だ。

退役といえば聞こえはいいがカール、ブラート両名の場合は脱走に近いだろう。というより上述通り離反だ。

カールはそんなブラートをハンサムと呼んでいた。駆け出しのころに、アニキかハンサムという選択肢を与えられ、後者を選んだだけである。真似する奴がいないだろうと思ってのことだ。

そして、ブラートは現在でもナイトレイドの一味として手配書が発行され続けている。

 

 

帝都に入った後は、案内板を頼りに歩いてまわった。夜だというのに町は光で満たされていた。とはいえど脇の道に入ると一気に暗闇が広がる。

手紙に書かれていた『ここらへん』という場所に着いたのは約束の15分ほど前であった。街灯が一つしかなく、小川に橋が架かった場所で敵が来ても四方に逃げ道がある。我ながら地図の解読には時間がかかった。棒、丸、三角、四角、そして『ここらへん』難しい課題であった。原因は真上からではなく横からの絵であったこと。

だが、解読できたことで少し自分に自信を持てた気がした。軽いな、俺。

 

「にしても臭うな…」

 

小川をのぞき込むと緑っぽく見えた。加えて腐臭がする。考えたくはないが動物の類だろう。戦場で死体を焼いたときと同じ感じだ。

そこへ、ちょうど橋を渡って近づいてくる気配を感じた。

それも酔っぱらいのような生易しい雰囲気ではなく、人と獣とあと数種類が混じったようなのが一緒だ。嗅覚と感覚を混ぜられているようで、思わず気持ちが悪くなった。

その正体は街頭に照らされてようやく分かった。茶髪のポニーテールで胸、肘、膝当て等を装備した女性で、混沌たる原因を後ろに連れていた。

 

「はっ、こんな夜分に。そこで何をしているんですか?」

 

構えを取るところを見ると素人ではなく、何かしら武術をたしなんでいることがわかる。

思わずカールは自身の見てくれが不審者なのかと落ち込むところだった。

 

「いや…人を待っているんです」

「こんなところでですか…?気を付けてください。あっ!なるほど、女性との密会というやつですね!?任せてください、この近辺は私が守ります!」

 

どうしてそうなる。敢えて言うならば貴様が不審者だ。大声で喋る彼女にそう思ったのは仕方ない。おかしな生物を連れているのだ。白いという点以外、何と表現すればよいかわからない。いや、可愛いのか。

装備からして彼女自身が恐らく自治組織の一員なのだろう。自治組織、おかしな生物、何だか…今の自分にはまずい単語ばかりで嫌な予感がする。

そう考え込んでいたためか、気づかぬ内に彼女はこちらの顔をジッと見つめていた。そして、一言発した。

 

「おっかしいなー、どこかで会ったことがありますか?」

「…っ」

 

直感が鋭いというより、無邪気な顔をしてそう言われると背筋が凍る。

こういった場合、どう反応すればよいのかと彼は思う。自分で自分の身体を制御できているか不安になった。特に顔の筋肉のことだ。

下手にいえば立場が危うくなるだろう。喋りすぎても怪しまれる。

自分が手配書に載ったことがあるなら、誰かが覚えていても可笑しくはない。寧ろ自治組織にも過去資料があるはずだ。

考えは一つ。こういう場合、印象を残さないために言葉はできるだけ簡潔に済ませた方が良い。

 

「ははは…恐らく他人の空似だと思いますよ。警邏ご苦労様です」

「そう…ですよね?失礼しました!あ、私、帝都警備隊のセリュー・ユビキタスです。困ったときは遠慮せずに声をかけてください!では、夜警を続けさせていただきます!」

 

何故か去り際に名前と所属を公開していく。しかし、彼からすれば有益な情報だ。一先ず、帝都警備隊にはなるべく目をつけられないようにすることだ。

目線で走っていく彼女の背中を追ったとき、引きずられている生物の口に鋭い牙と血を見た気がした。

 

 

結局、ブラートは30分以上遅刻した。さらに、いきなり誰もいないのに声が飛んでくるというのは、恐怖体験をした後では心臓に悪い。ブラートは透明化してるんだというが、透明化しているのに喋ったら意味がないのではないか。

さらに『帝都に来い』と書いたくせに街中では目立つということで人の出入りが少ない森に場所を移すことになった。何でも危険種が出る森だそうだ。

 

 

『ここまでくれば流石に誰にも見られねぇか』

 

そういうと今まで何も見えなかったところに徐々に色がついていく。帝具インクルシオを纏ったブラートは、本当に透明化ができるらしい。

そして、インクルシオを脱いだ彼とカールの2人は涙ながらに熱い抱擁を交わしたのだ。ブラートが頬を赤らめたように感じたが、気のせいだ。気にしたら何か危ない気がする。

 

「昔と髪型が変わりすぎじゃないか?手配書と全然違うぞ…」

「手配書…見たんだな、これはイメチェンだよ。昔の俺と一線引いて、新しい俺になるためのな。にしてもカール、お前の手配書とかは今じゃ見かけたことねぇぞ?」

 

それもそうだろう。カールの目的はそれだったのだ。2人が離反した日、一緒にいると目立つということからカールは騒動が落ち着くまで帝都から離れた。特に検問を力ずくで突破したのが印象に残っている。

後にブラートがナイトレイドという暗殺部隊に入隊して更に手配書を増やしたころ、カールは誰にも見つからないよう生活していたのだ。今も生活場所は山に作った小屋だ。

だから帝都に行くための奥の手が山越えなのだ。

念のために持ってきていたランプに明かりをを灯し、地面に胡坐をかいてようやく落ち着いた。こうして顔見知りと灯を囲むことを2人は懐かしく感じている。

 

「弱きを助け、強きを挫くっていうのは本の中で出てくる主人公だと思っていたのにな…今じゃブラートが主人公の物語か」

「俺はそんなに立派じゃねぇよ…だがな、帝国の汚れを取っ払うってのは気持ちがいいんだぜ?服、脱いでいいか?」

 

脱ぐな。人を殺す仕事だというのに彼は生き生きとしていた。まるでリヴァ将軍とカールとブラートを含めた皆で、帝都の腐敗を知らず堂々と戦場を駆けていたときのように。

 

「そういや、今回呼んだのは他でもない。これからが正念場なんだ、お前もナイトレイドに入って力を貸してくれないか?」

「俺に…暗殺を手伝えと?……断る、第一お前よりも弱い俺が入ってどうなる」

「ブラート以上の実力をお前に求めるのは酷というものだと、私は思うが?」

 

暗い森の中から聞こえた声には聞き覚えがあった。帝国の中でも女性の将軍というのは珍しい。しかも早い段階で軍から離反したので、前例がないことばかりするという意味合いから『珍獣』だと思っていた彼女のことはよく覚えていた。口に出したら殺されるかもしれない。

 

「ナジェンダ将軍!?」

「よせよせその名で呼ぶな、堅苦しいのは嫌いなんだ」

「そうだぜ、ボスは男に間違えられっごふ」

 

屈強な肉体を持つブラートの腹にナジェンダの拳が刺さる。あのブラートがビクビクと震えている。なるほど、これが上下関係の力か。

 

「それよりカール、私はナイトレイドの長をやっているんだが、お前のことはブラートから聞いている。背負っているのは帝具だろう?帝具はいまだ謎が多い…だからこちらとしても情報が欲しい」

「あまり気は乗りませんが…帝具は隠匿することで強みとなるので、名だけお教えします」

「あぁ、構わん」

 

背負っている革袋の口をほどき、中から大剣を取りだす。

 

「大剣の帝具、カタストロフ」

 

そうか、納得したようにうなずくナジェンダ。

彼女は次の瞬間に拳を飛ばしてきた。カールは腕が飛ぶという現象に心の底から驚いたせいで反応が追いつかず、顔に鉄拳がめり込んだ。恐らくブラートが受けた拳より強烈だ。幸いにも受け身はとれたので、頭がどうにかなることはなかった。

地面の冷たさが痛みに心地よい。

 

「ゆ、油断させてからの……卑怯なり」

「ははは!今のが情報分のお礼だ、帝具があるからといって慢心してはいけないぞ。義腕が飛んでくると思っていなかったお前に非がある。さて、ブラートそろそろ帰れ、明後日も仕事が入っている」

「おぅ!そうだったなボス。んじゃぁなカール、また手紙届けっからな」

 

ブラードは元気だ。さっきの一撃からピンピンしている。カールは地面に仰向けになった状態だが、首だけ動かして二人を交互に見る。この二人は強い。揺るがない芯を持っている。

 

「私もこれから用事があるのでのんびりしてはいられないんだ。あぁそうだ、ナイトレイドはいつでも君のような人材を歓迎するぞ?」

 

この日、タツミがナイトレイドに遭遇する二日前のことであった。

 




オリキャラ等の登場人物のまとめは、1000文字にならないため、現在は投稿できません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

前回のあらすじ
元軍人のカールは、軍人時代の先輩であり親友のブラートに呼ばれ帝都へとやってきた。
そこで彼は帝都警備隊の少女と出会う。己の過去がすっかり忘れたかけられていることに安堵するが、ブラートは彼を暗殺稼業の道へと誘う。ブラートの上司であるナジェンダも加わり、彼にナイトレイドへと入隊して欲しいという。
はたして、カールはこれから一体どうするのか。



昨日の疲れでぐっすりと眠っていたカールは、グワァッ!?という何かの叫び声で目が覚めた。辺りを見回すが、どうやら大きな口を開けた怪物が迫ってきているわけではないらしい。絶対に自身ではないと、小刻みに震える彼だった。

昨晩はナジェンダに殴られた後、そのまま仰向けで寝てしまったようだ。森の中で寝るのは非常に危険なのだが、カールは野宿というのに慣れているつもりだった。

彼は気配に敏感で、自身の認識できる領域まで何かが近づくと、寝ていたとしても飛び起きる、癖とも習慣ともいえぬものがあるのだ。昔に彼はこれを長所といったことがあるが、周りからはビビりとからかわれていた。

もともと生まれが戦争の多いところで、ブラートとの出会いは義勇兵として参戦した時だった。駆け出しのころは彼に何度も守られ、救われた。本当にブラートには感謝してもしききれない。

身体についた砂を落とし、大きく背伸びをする。

 

「ふわーぁ……革命か」

 

恐らくブラートからの手紙は、あの二人がナイトレイドに勧誘するためだけに届けてきたのであろう。郵送ではなく、ブラートが直接運んで窓から投げ入れた。窓を壊して。

その勧誘も昨日済んだ。いや、今朝といった方が良いのか。

 

『本来であれば話をした以上、我々の傘下として働いてもらうのが筋というものだが、生憎と私もブラートも手配書が出ている身だからな。住処まで知られていない以上、無理強いはできん』

 

ナジェンダは腕組みをして、さも困っているように見えた。拉致できないことにだ。ブラートも肩をすくめてお手上げだというポーズをしている。

恐ろしいことに、こいつら顔を知られていなければ誘拐するつもりだったらしい。元軍人二人というだけなら相手にするのは少し難しいくらいだろう。だが、この二人を相手には何があっても勝てる見込みがない。

 

『何にせよ、我々のことは頭に入れておいてくれ…そして、その目で帝都の今後の行く末を見極めてくれ。いつでも待っているぞ』

「見極めろと言われもな………暗殺されるのは得意だろうが、するのは駄目だろうな。そういえば、ハンサムって呼ぶの忘れてたな」

 

荷物を持った彼はその足で、また帝都に戻っていく。

 

 

朝餉は昨日の弁当だった。一応、匂ってみて大丈夫そうだったので食べたが、後で後悔することは…ないはずだ。

街中を歩くころには、すっかり太陽が昇り青空で良い天気だった。

帝都では皆が皆『不況』『不況』と口ずさむ。職種の中でも帝都警備隊が人気で、連日列ができているそうだ。

まぁ、そんなところを受けるつもりがないカールからすれば関係ないことだ。

人だかりをかき分け、ようやく辿り着いた場所は非労働者のための掲示板である。

要は雇用者側がここに張り紙をして、非労働者側が条件を見て受けに行くといった感じだ。

周りいる人は紙に何かしらを書き込んでおり、熱心だなと思う。

 

「ここら辺は昔と変わらないな。特にこの募集掲示板なんかは張り紙を持っていく奴がい

たりするからな…えぇと」

 

➀護衛募集

定員:10人程

内容:合格時に通達

待遇:皇拳寺、軍人、傭兵は優遇

締切:本日中

 

➁料理人募集

定員:3人

業務:豚をしめて肉を捌く行程

待遇:経験者優遇

締切:明日まで

 

➂~~~~

 

 

前言を改めよう。今、張り紙を勝手に持っていくのはカールだ。これでも地面に落ちたものだったので、古いだろうから問題ないと思ったのだ。

だが、あの場で拾おうとしたのが間違いだった。アレだけ人が密集していれば、おのずと空いた空間は潰される。ちょっと屈んだだけで、ひじ打ち、裏拳が顔の周りを飛び交い、挙句には四肢をついた際に踏み台とされ、背中は足跡だらけになった。

 

「結局…ある程度名の通った信用に足る人物に限るな。しかもチョウリといえば、元帝国大臣しか思いつかないよな…?」

 

苦労して手に入れた無価値の張り紙を手に持って、人に道を聞きながらチョウリ邸を目指す。ここまでして人違いの場合は、適当にごまかそう。

チョウリというのは、現在のオネスト大臣とは違って民を中心とした政策で支持を得ていた元大臣だ。それ故、貴族からは嫌われていたが本人は気にも留めていなかった。

その彼の護衛を募集しているというのがあり、向かっているところだ。

何でも試験が難しいらしく、定員2名だというのに未だ採用者がいないらしい。

この不景気だと、倍率が100であっても問題はないだろうに。

 

「っと」

 

道の向こう側から帝都警備隊の装備をした4人が、こちらに向かって歩いてくる。左右を見て路地に身を隠す。彼らが何かを話しながら歩いていたおかげで、カールに気付くことはなかった。

そして、隠れることや誤魔化すことが習慣になっているのだと気づかされる。

 

 

カールがチョウリ邸に着いてみると、本当に誰もいなかった。どうやら護衛募集はしたが、ことごとく返り討ちにしたようで受けに来ようとする者すらいなくなったようだ。

そもそも元大臣ともなれば、帝国の武術養成機関である皇拳寺から人材が来るだろう。皇拳寺は人材不足なのだろうか。

さらに、邸宅の周りにも張り紙があった。こちらはグレードアップしており『来たれり猛者』と書いてあるが、もはや趣旨が違っていると思う。これでは道場破りに来いといっているようなものだ。

門をくぐってすぐのところ、腰掛の背もたれに伸びきっている女性がいた。

見かけは若く、金色の長髪でお嬢様のような感じであった。それとは裏腹に、絶望した顔で口から何かがこぼれてきそうだと思って見ていると、目が合った。こちらに気付いたようだ。

次の瞬間、凄い剣幕をした彼女が猪のように走ってきた。うん、場所を間違えたか。

 

「そこの人!待ちなさい!」

「待つも何も護衛を…っ、槍を投げた!?」

 

本当、女性というのはよくわからん。昨日のナジェンダといい、顔を合わせるとこうだ。人の肉を食う。これを世間では肉食系というのだろうか。

そうしている間にも迫りくる槍。槍だというのに矛先の形状が細くない。どうやら、彼が思っている槍とは違い、大きめの包丁を先端に付けた棒といった感じである。このことから突くというより、薙ぎ払うことに適しているようだ。

 

「ならば…」

 

彼はその場で腰を落として前かがみになり、両手を前に出して構えた。

タイミングを計って先端付近を虫を取るように両手で一気に挟み込む。カカッと音がして腕が手前に引っ張られた。胸の前で合掌しているように見えてしまうだろう。

しかし、なんとか刃取りをしてみせた。

摩擦で生じた熱さが手に残る。幸いにも手の皮が少し歪んだ程度で済んだようだ。

 

「はぁ、危なかった…長い間、鍛錬だけで実戦をしていなかった分、頭が働かん」

 

自身の力不足を感じる。以前であれば、挟んだ位置で止めていた。故に紙一重とまで迫ることはなかっただろう。

それ以前に、こうも度々に殺されかけると怒りを通り越して呆れを感じてしまう。

さらに投げた本人は目を輝かせ、拳を握りおおっ!と感心していた。本当に殺す気か。

止めた槍を持って彼女へと近づいていくカール。自身と同様に受けに来た人間かと思ったが、そうではないようだ。

 

「是非とも父上の護衛に志願を!」

「…父上?」

 

それが無職からの護衛への前進だった。

 




今回からあらすじも書くことにしましたが、前話を見ていただければ問題ないと思われます。
帝具、人物、そのほかの設定の説明もまだ先となりそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話

前回のあらすじ
ナイトレイドへの入隊を決めあぐねている中、無職のカールは帝都で仕事を探していた。
彼が選んだのは元大臣であるチョウリの護衛だ。
その彼の邸宅へ着いた途端にカールへ迫る凶刃。凶刃を放った本人は、自身がチョウリの娘であることを示唆(しさ)する。
行動力がありすぎる彼女がいるなか、はたしてやっていけるのか。


「私はチョウリの…父上の娘でスピアよ。呼び方なんてこだわらないから、そのままスピアって呼んでくれればいいわ」

「では、スピア様?」

 

彼女は目を閉じて肩を落とし、大きくため息を吐く。どうやらこだわりがないといいながら、呼んでほしい呼び方はあったようだ。

 

「まぁ、皆そうよね…元大臣の娘とか、上司の娘とかって、必要以上に敬語使われるから、こっちの方が生き詰まるのよ」

「はぁ…私はカールであります。本日は護衛の件についてっ」

「あーストップストップ。様付けはいいけど、私より態度がかたいし、軍人みたいな喋り方ね?もっと楽にしていいわよ。ここの護衛の人たちなんか、上下関係なんて嫌いな人ばっかりだから」

「そういうわけには…」

「雇用者に逆らったら解雇よ。はい、もう一回やり直し」

「…………はい、私はカールでう」

 

噛んだ。

どうやら依頼主はチョウリではなく彼女らしい。あの紙にも、そんなことは書いていなかった。

とりあえず、横に並んで話しながら歩いているのだが、屋敷の中に入ると天井は高く、廊下が長く幅広い。建物を外から見ても大きいと思ったが、やはり元大臣に相応しい立派なつくりだ。

しかし、茶色で光沢のある扉に金色の取っ手がついていたりいなかったり、壁に絵画が飾ってあったのだろう影が無数に見られる。

ある種の趣向をこらした建物なのだろうか。

 

「ふふっ…。珍しいものでも見る顔ね。残念だけど、この家にはお宝とかはないわよ?あっ、でも貧しいとかそういうのじゃないから。これでも恵まれて育ってきた自覚はあるわ」

「父君がお好きなのですね…」

「えぇ、ちょっと親バカな父上だけど私はだいしゅきよ」

 

言い切った。感動的なところで間違いがあった気がしたのだが、強引に言い遂げて、知らん顔を決めている。ここは何も言わないでおこう。解雇されたら元も子もない。

 

「話を戻しますが、何故こういった風に?」

「…殆どね、父上が恵まれない人のために食べ物を買うお金と交換してるの。我が家だって、ずっと裕福ってわけにはいかないの。だから、この家に仕えている方たちには悪いけど遊ぶようなお金はあげられないわ。食住を提供することで精一杯、でも、料理を作ってくれる人は優しい女の子だから安心して」

「良心から動いているということですか…ん?となると、給付は」

「あ、それは心配しなくいいわよ?私が自力で払うから、例えば武闘大会の賞金とか」

「あぁ、スピア様は確か皇拳寺の武人で………え、武闘大会?」

「そっ、まぁ私だって、こう見えても槍の達人なんだから」

 

えっへんと胸を張ると女性らしい膨らみが垣間見(かいまみ)える。

しかし、男勝りだ。女性に対してそういうと失礼になるのかもしれないが、すごく立派である。加えて、皇拳寺の槍術免許皆伝ときた。

カールも数年前、といってもかなり昔に皇拳寺拳法家(仮師範)と1対1の組み手をしたことがある。その時は配属先が違ったが、リヴァとブラートもカールを様子見(ようすみ)にきた。

 

 

『ブラート、出撃が迫っているので手短にな』

『あの、リヴァ将軍は…何故ここに?』

『フッ、愚問だな。お前の顔を見に来ただけだ』

 

あの時は本当にゾワゾワァと身体を何かが駆け巡った。まるで蛇に睨まれた蛙のごとく。

 

『お前って不運だなー、こりゃ噛ませ犬ってやつだ。言ってくれさえすりゃ、俺が稽古をつけてやるぜ?』

『ハンサム、それはまた今度頼む』

『おっ、そいつは楽しみだ。しっかりやってこい!』

 

試合は決着間際、仮師範の頬に拳がめりこんだとき、彼の足がカールの胸を蹴り飛ばした。カールは窒息で、仮師範は気絶、両者が戦闘不能になり引き分けとなった。後に、その相手は師範にはなったらしいが非行に走って破門されたと聞く。

 

 

スピアはカールを、父であるチョウリの元へと連れてきた。そこは窓がない殺風景な部屋で、書棚があり、椅子と机のセットが1つ。その椅子にチョウリが座っており、後は4人の護衛が4つの角に1人ずつ配置され、椅子に座っている。まるで囚人監視のようだ。

カールが机の奥にいるチョウリを見ると、何故か目を見開いている。

 

「スピアが、男を…連れてきた?」

 

室内にいる4人の護衛も驚いた顔をしている。

 

「えっ、だって父上が『お前はもっと国のことを知り、民と語らえ』ておっしゃるから、私の代わりの身辺警護を…」

「むぅ、そんなこと言った覚えが…なくもない。私も忘れ癖がついてきたか、お前たちはどうだ?私がそんなことを言っていたか?」

 

4人の護衛の内、2人は知らないと首を振り、残り2人が目を合わせて何かを納得したように声を合わせる。

 

「今朝です」

「え?今朝…では、これは?」

 

カールは今まで背負っていた武器等が入った革袋から、あの古びた張り紙を取り出すとチョウリに渡した。今日張ったにしては、この紙の傷み具合は普通ではないと思ったからだ。受け取った彼は表を見ると溜息をつき、裏を見て驚愕した。

 

「これは、土地の権利書の一部だ」

 

男たちの目がスピアへと一直線になる。彼女は口に軽く手を当てて答えた。

 

「古い紙が何枚もあったから…それを使って」

「我が娘ながら行動力がありすぎる!?あー、こうしてはおれん。今すぐ集めんと、この土地が大変なことになる!手分けして集めろ!」

「はっ」

 

チョウリの掛け声で、カールと護衛たちが一目散に扉を開けて出ていった。

 

 

暗くなるまでに何とか件の張り紙を集めることに成功した。屋敷の周りを走り回ったり、川に落ちていないか橋の上から調べたりと忙しい1日だった。結局、スピアはチョウリに叱られ、カールは雇われることとなったが、公式な機関からの人材ではないということで期間限定の雇われ方だ。

しかし、1日はまだ終わらない。夜になったので、カールは護衛と2階廊下の見回りをしている。この屋敷の配置は門前、玄関、裏口、地下倉庫前、見回りが各2人、残りは寝室前と非番だ。

 

「カール、夜というのは一番危険な時間だ。油断するなよ」

「はい」

 

ちょうど1階に降りたとき、玄関からバタッと物音がした。急いで向かおうとするカールの後ろからも、同様の音がした。

振り返ってみると、先ほどまで話していた護衛がうつぶせに倒れている。急いで近づき、頭を片手で支え目の状態を確認。続いて脈拍を確かめる。

 

「瞳孔も小さくなり、脈拍も乱れはない。普通に眠っているようだが…何故だ?俺は眠っていない。原因は……そうか、食事に盛ったか」

 

カールは普段から複数人が一斉に食事をとる場合、半日ほど食事の時間をずらせる癖がある。今も夕飯のシチューは見回りの定位置である椅子の上に置いてあるだろう。ずらす理由は、全員が倒れたとしても自身が助かるからだ。

ここからは周りを助けようと、彼は大きく手を振り上げた。

 

「さて、起きるまで打つか」

 

 

「どうして貴女がこんなことを…」

 

スピアは信じられないものを見る顔で階段の上にいる人物を見た。目の前で父親に小型の銃を密着させているサイドテールの女性は、この家の皆がよく知っている料理人だ。

名前はラニエル、愛称はラニ。彼女は8年間もこの屋敷で料理をしてきた料理人である。

 

「邪魔しないで言うことを聞いて。お願いだから…私には、私にはこれをやらなきゃいけない理由があるの!」

 

彼女は涙を流しながら、チョウリに銃を押し付けた。

先ほど言った通り、地下倉庫前の人員は2人。眠っていない2人の内の1人がスピアだった。

 

「無駄だ、お前さんが望むようなものはここにはない。こんなバカなことをするより私に事情を話してくれ…うぐっ」

「今はチョウリさんを信用できないっ!スピア、早くこのカギで扉を開けて」

 

ラニエルがチョウリから奪って投げた鍵が、チャリンと硬貨のような音とともに階段の段差で跳ねる。スピアは槍を下ろし、もう1人にも剣をしまうよう目配せをする。

そして、致し方なく鍵を拾い上げ倉庫の鍵穴へと差し込む。

 

「ありがとう。そしたら貴方たち2人で扉を開けて、変なことはしないでよ?」

 

言われた通り、ゆっくりと2人は扉を押して開ける。ラニエルは足を引きずるように階段を降り、その間もチョウリを離さない。2人の間を抜けたラニエルはスピアたちの方を見ながら後退していく。

ラニエルが1度、2度、と後ろを見たとき、スピアは槍を手離してラニエルの腰にタックルをした。

しかし、思ったより抵抗もなく取り押さえられたことに違和感を感じる彼女。

 

「父上、ご無事ですか!?」

「あぁ、大丈夫だ。何もされていない…それよりラニエルはどうしてこのようなことを?」

 

取り押さえられたラニエルはチョウリとスピアの方を見て微笑んだ。

 

「良かった、これで無実を証明できる(・・・・・・・・・・・)。でも、チョウリ様はともかく、どうして貴女は眠っていないの?」

「ラニは何を、さっきから何を言ってるの…っ?」

 

その時、ガチャガチャと階段を下りてくる鉄の音が複数聞こえた。

 

「て、帝都警備隊だ。助かった!」

 

今まで、ラニエルの指示にスピアと共に従っていたもう一人は、ホッと一息をついた。

だが、スピアはおかしいと思った。

 

「どうして、この家の者たちより帝都警備隊が早く来るの?」

「そりゃ、きっと誰かが通報してくれたんですよ!」

 

降りてきた帝都警備隊の数は男4人。1人を除いて、それぞれ武器を持っている。

そのうち2人が扉を閉めた(・・・)。取り押さえられて大人しくしていたラニエルが、ここで彼らに向かって大きな声を出した。

 

「ここには言われたような、お金やお宝もありません!この人たちは無実なんです!」

 

男たち4人の帝都警備隊の中でリーダー格の男は、周りを見渡す。

地下倉庫の中には金銀財宝といった高価なものはなく、木箱が山積みされているだけだった。男は木箱を1つ蹴り壊す。中身は果物や水が詰まった容器で、彼らが期待していたものではなかった。

 

「ちっ…」

「え…?」

「本当になくてどうすんだゴラァ!」

 

男は叫びながら、木箱の中身を剣を使って何度も潰した。それを見かねたのは、武器を持っていなかった1人だ。彼が男へと話しかける。

 

「だから止めようって言ったじゃないか…っ!まだ間に合う、さっさと逃げよう」

「うるせぇ、黙ってろダイト!ここのジジイは元帝国大臣だからって聞いたから、俺たちはこの計画を立てたんだ。それがこんな間抜けな結果で終わってたまるか!」

 

リーダー格の男は見るからに怒りをまき散らしていた。武器を持っている2人も顔に怒りを表している。どうやら彼らは帝都警備隊ではあるが、正義の味方ではないらしい。

 

「どういう…ことなんです。貴方は私に『この家の倉庫には財宝があって、帝都から隠匿された財宝の可能性があるので調査に協力して欲しい』と言ったじゃないですか?あれは、嘘…だったんですか?」

「あぁ嘘だよ、バーカ。大体、お前みたいな女にそんなことを話すかよ」

 

ラニエルが震える声で尋ねると、男は一蹴した。彼女はようやく、自分がした過ちに気付き顔を真っ青にする。

そんな彼女を見たスピアはラニエルの拘束を解くと、手放していた槍を4人に向かって構えなおす。

 

「ラニをだまして、父上の屋敷を踏み荒す貴様らのような輩がいるから、帝都は薄汚れるんだ!」

「はっ、綺麗ごとを並べ立てるてめぇらみたいな貴族と一緒にすんじゃっ」

 

スピアは相手が言い終わる前に踏み込んだ。態勢を低くし一直線に槍を構える。

 

「はっ、猪が。撃て、撃ち殺せ!」

 

男はすぐさま対処した。後ろにいる二人を左右に配置し、迎撃態勢をとる。

スピアの得物である槍は中距離型の武器。近距離と遠距離の両方に対処できるが、同時に弱点でもある。扉を閉めた2人の武装は銃、つまり遠距離。

だが、彼女は達人だ。銃弾もある程度は避けられる自信があった。

ただ一つの問題、それは。

 

「遠いっ…」

 

距離だ。彼女と男たちの間が約5m半。

彼女がやってきた相対は、ある程度踏み込むだけで槍の射程であるが実戦ではそうはいかない。

 

「くそっ、狙って当てろ!」

「分かってる!何で当たらないんだ!?」

 

銃持ちの男たちは左右に乱射するが、スピアのフェイントで翻弄され、ジワジワと間を詰められていく。彼女は2人がちょうど弾切れになったのを見計らい一気に跳躍する。

まず左にいる男の銃を真上に弾き飛ばす。次に、弾を装填し終えた反対側の男の懐に潜り込み、引き金にかかっている手の甲に槍を突き立てる。

 

「ぐわぁ!?手がっ、手がぁ!」

「コイツっ、銃を弾き飛ばしたぐらいで勝った気になってんじゃねぇ!」

 

ここで彼女の予想外なことが起きた。銃を弾き飛ばしたのはいいが、ここは室内。しかも倉庫の天井は低く、思ったよりすぐに銃が返ってきた。銃を弾き飛ばされた男は、地上でとるより早く空中で受け止めると弾を装填し、銃口を彼女に向け引き金を引いた。

 

「っ!」

「は!?避けっ、ごがっ」

 

紙一重で銃弾を避けられた男の腹には、槍の石突きが叩き込まれビクッと身を震えさせた。

 

「はぁ…はぁ、これで」

 

スピアの言葉が途切れた。先ほどまでいたリーダー格の男がいない。前を見るが扉は閉まっている、逃げようがない。(ほお)から血を流す彼女は、後ろを振り向き、そこでまたしても人質になっている父親に気づいた。

 

「父上、しっかりしてくださいっ!」

「すまん…」

「分かってるよな?俺はそいつらと違って甘くねぇ、槍をとっとと捨てろ!」

「……くそっ」

 

男はラニエルを踏みつけ、チョウリを人質に取っているので、スピアは歯を噛みしめ槍を扉にたたきつける。金属同士の衝突で鐘のような低い音が鳴る。

 

「ダイト、その女縛れ、俺たちが楽しんだ後にどっかの貴族に売り飛ばしてやる」

 

男は命令したが、ダイトという男は最初から今までただ立っているだけだ。よくみれば身体が震えており、まだ顔立ちからして若く、少年だった。

 

「で、できない…!女性に、そんなことするなんてっ」

「あ?いまさら何真面目ぶってんだ?てめぇも同罪だよ。ちっ、このラニエルとかいう女といい、てめぇといい、つくづく使えない連中だ!おい、お前らもいつまで寝てんだ!」

 

そう言われてか、片手から血を流し眼が血走った男と脇腹を押さえた男の2人がスピアを押し倒す。彼女も必死に抵抗するが、相手は身体全体で押し付けてくる。

 

「よく見れば可愛いじゃないか、肌も綺麗でいい匂いもするし、汚し甲斐があるぜ」

「気持ち…悪い!やめろっ!」

「いいねぇ、こういう強気な女だと興奮してくる!」

「…いやっ」

 

床に押さえつけられ、どんどんと衣服を破かれていく彼女。目じりに涙を浮かべながら足掻くが、手首を掴まれ、もう駄目だと思ったとき、扉が爆ぜた。

 

 

カールは大剣を革袋にしまうと、さきほどまで扉だったものの上を通り超えていく。

 

「ようやく1人を起こして帝都警備隊を呼びに行ってもらったが…急に重い金属音が聞こえたと思って来てみれば、どういうことだこれは」

 

眉間にしわを寄せ目を細めると、奥で刃物を持っている帝都警備隊の男がいる。何かの見間違えかと目を擦るが、幻覚でもなんでもなく現実だ。カールの足元にも2人、少し離れたところに1人。どれも見覚えがある顔だった。

 

「お前たちは、朝見かけた連中じゃないか…あそこを通ったのは下見か。何にせよ、もう諦め…ろ?って、何でスピア様はそんな恰好なんですか!」

「お、襲われてたのよ!ついさっきまで!」

 

彼女は自分の腕で身体を抱きしめている。カールは冷めた目で足元の2人を見た。

 

「貴様らが襲ったのか…」

「俺は命令でっ」

「そそそ、そうだ!あの奥にいる奴がっ」

 

2人が銃の引き金を引くより早く、カールは背にある大剣の柄を握ると、革袋が破れるのも気にせず振り下ろした。人の頭から入った大剣は、トマトが潰れるときのように赤いものを周囲に飛び散らした。

既に動かなくなったものから大剣を引き抜くとグチャッという生々しい音がした。

彼は残った一人の男に、もう1度振り上げると第2撃を同様に振り下ろす。最後の足掻きで発砲された弾丸は天井へと刺さる。こちらは斬ったというより叩き潰したに近いものがあった。脳みそが潰れ、ゴキッという骨が折れる音、終いには身体から引き抜くと同時に内臓がこぼれてきた。

 

「っ…っ、うっ!?」

 

全員があまりのことに唖然している中、間近で見たスピアは思わず吐いた。真っ赤に染まった床に白いものが混じっていく。

 

「は、ははっ…何がどうなってんだ?お前は何なんだ!?」

 

剣先をカールに向けた男の顔からは汗が噴き出していた。

 

「お、俺たちは帝都警備隊だぞ!お前を人殺しの罪で裁けるんだ!」

「だからどうした。こんな時に正義面か、吐き気が出る。今の現状でお前は正義を名乗るのであれば、俺は悪で構わん。国を守る連中が女性を襲ったり、人質を取ったりと…ここまで腐っているとはな」

 

落ちていた槍を手にし、拳3つ分ほど石突きから内側を握る。

人質を無事に助け出すためには、1発で仕留めなければならない。狙うは頭。カールは正確に射抜くため走り出すと、助走をつけて腹を前に出したくの字をし、握った槍を水平方向にスライドさせるため、肩から腕にかけて真っ直ぐ伸ばそうとした。

 

「待ってカール!殺しちゃ、駄目…ちゃんと罪を償わせないと」

「っ!?」

 

人間、途中で止まるというのが1番難しい。カールは完全に放出態勢に入っていた。そこからいきなり止めろと言われると、槍を再び握り直し床へと突き刺すしかない。

 

「おっあぁ!」

 

短い咆哮が倉庫全体へと響く。彼は腹筋を使って先ほどの動作を行おうとしたが、するまでもなかった。全体重と助走で得た力と筋力の3つが右肩一点に集中し、ゴリッという音と共に勢いが消滅した。力の抜けた掌からぽーんと間抜けな感じで槍が飛ぶ。

要は脱臼だ。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉあぁぁ、肩が逝ったぁぁぁ!?」

 

何とも馬鹿馬鹿しい終焉だった。

 

 

玄関の段差に腰かけたカールは周りを見渡した。帝都警備隊長のオーガがチョウリと何かを話している。スピアも被害者として事情を聴かれていた。それは問題ない。問題は目の前にいる1度会ったことのある彼女だ。

 

「すぅぅぅっごいです!貴方は正義の使者だったんですね!」

「はぁ…」

「どうでしたか!?悪を蹂躙するというのは、気持ちよかったですか?」

「いや…」

「私はやっぱりボッコボッコにして、相手が懺悔を垂れながら殺すというのがもう何よりも最高です…」

 

彼女は両手を頬に当ててうっとりとするようにこちらを見ている。オーガを先頭に突入してきた帝都警備隊の中に彼女がいた。彼女は脱臼した状態のカールを見つけると、何の躊躇もなく元に戻した。外れた時と同様の痛みが2回続いたので、おかげで気分が悪い。朝食べた弁当を吐き出しそうだ。

話によると、捕縛された主犯の男は死刑だそうだ。厳しすぎるともいえるが、お偉いさんの指示だろう。どうせこのことも、明日の朝には隠蔽されている。それが今の国だ。

その時、カールが殺した2人の遺体が運び出されてきた。セリューはそちらへ走っていくと例の白い塊を両手で掴んで同じ目線まで持ち上げた。

 

「良かったね、コロ。この引き伸ばされた感じ、すごく美味しそうだよ」

「―――」

 

オイシソウ?何を言っているんだ。カールは思わず息をのんだ。身体全身がこわばり、目が飛び出してきそうな感じがした。

彼は何度も名前を呼ばれることに気付かないくらい動揺していた。

ハッと我に返る。彼を呼んでいたのは身体に毛布を巻いていたスピアだった。こちらの具合を心配して見に来てくれたのだろう。

 

「顔が真っ青よ?大丈夫」

「あぁ、大丈夫です。スピア様こそ、大丈夫ですか?いろいろと失っ」

「失ってないわよ!全く、失礼ね」

 

思い返す。セリューの言動は狂っていた。悪と認識した仲間の死を何とも思わず、美味しそうだよと言っていた。まるで家畜のような扱いだ。確かに彼女は正義かもしれないが、何かが変だと思う。彼はそれが表現できないことに歯噛みしていた。それは彼女の行動は普通なのだと思う自分がいたからだ。

すると、またスピアがこちらを見ていた。疑問に思う彼だったが、試しに質問した。

 

「私がしたことに怒りを感じていますか?」

「全然…とは言ってあげられないから。貴方は人を殺した、それも2人。私が止めなかったら3人よ?」

「つまり、あのまま聞き耳を立ててスピア様のあらぬ声に興奮しろと?」

「死にたいのかな?えっ?あははは」

 

顔が笑っていない、目が本気だ。カールは普段は冗談を全く言わないのだが、渾身の冗談がどうやら気に障ったようだ。次からはユニークという分野にも目を向けてみよう。とりあえず、今は質問を変えよう。殺される。

 

「何か思うとこでもありますか?」

「はぁ…私、睡眠薬盛られていたらしいのに全く寝れなかった…」

「それは貴女が頑丈だからだと思いますが」

「それ褒めてるの?けなしてるの?怒るわよ」

 

墓穴を掘った。そんな会話ができる日常に感謝だ。

 




今回は詰め込んだ感があり、あまり考える時間もありませんでした。
また、下書きなどを書いたうえで投稿させていただくよう頑張ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。