シャーレ所属傭兵レイヴン (猫又提督)
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時計仕掛けの花のパヴァーヌ編一章
1話
『——621。お前を縛るものはもう何もない。これからのお前の選択が…お前自身の可能性を広げることを祈る』
最後に聞いた彼の声。私の門出を祝うその声。たった一度しか聞けなかったその言葉。私は未来永劫忘れないだろう。
暗い機体の中で目を覚ました。一体何が起こったのか記憶を振り返る。ザイレムがバスキュラープラントに突っ込んだ後、爆発するコーラルから逃げて、それから……駄目だ。記憶はそこで途切れている。とりあえずここはどこだろう。起動して外を見なければ。
『メインシステム起動』
聞きなれた音声とともに機体内の照明が付き、目の前に外の様子が映し出される。ここは……廃墟だ。あれから地上まで落ちてきたのだろうか。視界が低い。どうやら座り込んでいるらしい。
立ち上がろうとした時、不意に声が聞こえた。
「うわっ動いた!?」
「ひ、ひぃ!?」
「先生! アリスの後ろに!」
「だめ! 後ろから追手が!」
よく見れば足元に人が居る。そしてその後ろには多くの機体がいる。普段見ているものよりもとても小さい。が、一機だけMTのような機体が見えた。私は反射的に戦闘モードを起動させた。
『メインシステム。戦闘モードへ移行』
数が多い。両腕の武器より両肩のミサイルが有効だ。直ちにマルチロックを行い完了次第放つ。MTだけロックしきれなかったので右腕のバーストライフルで追撃を行った。そのMTは一発当たっただけで爆発四散した。そのほかの機体もミサイルの直撃や爆風に飲まれて全て砕け散った。広域レーダー上に他の機体は映っていない。全滅したようだ。
再び足元を見ると、私を見上げ惚けている彼女たちの姿があった。
私はミドリやユズ先輩、アリスとあと先生と一緒に廃墟へG.Bibleを探しに行った。結論から言えばG.Bibleは見つかった。でも私がうっかり叫んでしまったせいで廃墟内のロボットに見つかってしまった。応戦したけども数が多すぎたしゴリアテまで出てきたので私たちは急いで逃げ出した。
ようやく巻いたところで私たちは廃墟に横たわる巨大なロボットを見つけた。前にアリスを見つけた時にはいなかったはずだった。恐る恐る近づくとそのロボットは突然動き出した。まずいと思った。このロボットも襲ってくるかもしれない。しかもタイミングの悪いことに追手が私たちを見つけてしまった。すると突然ロボットは追手を一瞬で全滅させてしまった。私たちはそのわずかな出来事に呆けることしかできなかった。
恐らく数秒ほど呆けていただろうか。ふと我に返り、私は慌てて飛びのいた。
「大丈夫!?」
ミドリがみんなに安否を確かめている。私たちは全くの無傷だ、この謎のロボットのおかげで。皆このロボットに釘付けになっていた。勿論ミドリもだ。
「これって前からここにあったの?」
先生がロボットを見ながら呟いた。
「い、いや。私は見たことない」
「私も初めて見た」
「ど、どうするこれ?」
「どうするってどうしようもないよ。とりあえず今は襲ってこないようだし、今のうちに離れよう」
「そ、そうだね」
そうして足早に立ち去ろうとしたところロボットが突然動き始め私たちの進路を妨害するように頭上に覆いかぶさった。私たちは恐怖で固まりロボットを凝視していた。すると胸の一部分が開き、そこから何か落ちてきた。それは全身を包帯で巻かれた人間だった。
私たちはすぐに駆け寄った。結構な高さから落ちたので怪我なんかしていないだろうかと思ったがヘイローがなかったので一瞬嫌な想像をしてしまったが幸い胸の辺りが動いているのに気づいた。私たちは見捨てることができず、結局その人を抱えて学園に戻ることにした。
また目を覚ました。なんで私はまた……そうだ。あの人たちにここが何処か尋ねようとしたんだ。それで咄嗟に呼び止めようとして、声が出なかったから機体で足止めしようとした。それでどうしようか悩んでいたら手が滑って緊急脱出ボタンを押してしまったのだ。当たり所が悪かったらしく、そのまま気絶してしまったようだ。
背中が柔らかい。視界も明るい。いつも眠っている場所より幾分も居心地がよかった。
上体を起こすとここがどこかしらの建物であることが分かった。
「あ、気づいた?」
そう言って入ってきたのはあの時いた人たちの一人だった。
「大丈夫? 頭打ってたようだから心配したよ」
私は大丈夫という旨を伝えようとした時自身に巻かれている包帯が新しく、真っ白になっていることに気づいた。全身を確認してみたが全て巻き直されているようだ。いつも黒い包帯を巻いていたのでどうにも落ち着かない。
「包帯もね、古くなっていたようだから巻き直してもらったんだ。で、起きて早々で申し訳ないんだけどちょっと付き合ってもらっていいかな。実は君が乗ってたロボットが改造されちゃいそうで」
そう言って彼は車いすを取り出した。私はほぼ自力で動けないので彼の力を借りて何とか車いすに乗れた。
「そういえばその格好で外で歩くのはちょっと良くないな……とりあえずこれを着てて」
彼は来ていたジャケットを脱いで私に着せてくれた。仄かにあったかい。それとこの男の匂いだろうか。不思議と落ち着く匂いだ。不意にウォルターのことを思い出してしまった。だがこの男には私の落ち込んだ顔など見えていないのだろう。構わず部屋を出た。
部屋もそうだったが、廊下も見たことない風景だった。なにより明るかった。いや、なんというか温かいような心地いい明るさだった。
謎の建物を出ると驚きはさらに増えた。人がたくさんいる。今までこんなにたくさんの人を見たことがなかった。
「あ、先生!」
一人の少女がこちらに手を振った。どうやらこの男は先生と言うらしい。
「アリス、エンジニア部は?」
「モモイたちが止めているそうですがいつまで持つか分かりません」
「よし急ごう。ちょっと揺れるけど我慢してね」
彼は走り出した。アリスと言う少女も一緒に横を走っている。すれ違う人々が皆私の方を見ていた。だがそのことを意識する間もなく通り過ぎてしまう。彼は揺れると言ったが本当によく揺れる。あまり指に力が入らないので持ち手に掴まるのも一苦労だ。途中で落ちなければいいが。
数十分ほど揺られていただろうか。先生は途中で疲れてしまったらしく車いすをアリスに譲った。アリスが車いすを押し出すとスピードが急に上がった。同時に揺れもひどくなりより一層落ちそうでひやひやした。進むたびに人は少なくなり、ある場所を境に人が居なくなり建物は全て崩れていた。まるで廃墟だった。道はまるで舗装されておらず、揺れがひどい。起きてからずっと揺れっぱなしだ。
「だからあんまり触らない方がいいって!」
「せめて持ち主に許可を!」
「あ、あの、えっと」
「こんなものを前にして私たちが黙っていられるだろうか。いや無理だ」
「そうですよ。こんな大きなロボット今まで見たことがありません! 私たちの探求心を止められるものなど誰もいないのです!」
「すごい。どれも見たことない技術」
何やら話し声が聞こえてきた。ある角を曲がるとその声の正体が明かされる。私の機体によじ登っている三人と、足元でその三人を止めている様子のもう三人だ。
「モモイ、ミドリ、ユズ! 連れてきました!」
「あ、アリス! よかった。早くこっちに」
「持ち主来たから一回降りて!」
「何? それなら仕方が無いな」
三人は私の姿を見るとすぐに降りてきた。
「先生は?」
「残念ながら途中で力尽きてしまいました。ですが先生の意思は私が引き継ぎます」
「途中で置いて来たんだね。まあ後から追いつくか」
「あなたがこのロボットの所有者か?」
よじ登っていた三人の内一人が私の前までやってきて尋ねた。私は首を縦に振った。
「おお。おっと紹介が遅れた。私はミレニアムサイエンススクールのエンジニア部白石ウタハ。三年生だ」
「一年生の猫塚ヒビキだよ。よろしく」
「同じく一年の豊見コトリです!」
三人とも自己紹介をしてくれたが生憎私はしゃべることができないので黙っていることしかできない。
「君の名前は?」
案の定ウタハは私の名前を聞いて来た。どうにか喋れないことを伝えようと喉を指さして口をパクパクさせてみた。
「もしかして喋れないのか?」
どうやら察してくれたらしい。私は首を振って同意を示した。
「そうか……それは厄介だな。ん? よく見たらヘイローもないじゃないか」
「え、あ! 本当だ。ヘイローがない。じゃああなたも先生と同じキヴォトスの外から来たってこと!?」
ヘイロー? キヴォトス? 聞きなれない言葉だ。ルビコンにそんな地名があったなんて聞いたことがない。私は首を傾げた。
「いや、とりあえず今はそんなことはどうでもいい。重要なことじゃない。頼む、どうか私たちにこのロボットを調べさせてくれないだろうか?」
「いや、いやいや。結構重要なことだと思うよ!?」
ウタハは真剣な表情でお願いしてきた。ヒビキとコトリも同調して私に期待のまなざしを向けている。
「止めといた方がいいよ。絶対余計なことするから」
「下手したら壊れちゃうかもしれない」
後ろから制止の声が聞こえてくるが、まあ別に変なことはしないだろうと私はウタハのお願いを聞いてあげた。
「そうか。ありがたい。では早速調べたいところだが、ここじゃ何もできない。だから一度学園まで戻ってから……そうだ。君はこのロボットの持ち主だったな。じゃあこのロボットを動かせるな?」
私は首を縦に振った。
「ではこれを学園まで持っていってくれないか」
「えぇ、学園にこれを? 絶対騒ぎになるじゃん」
「大丈夫。ミレニアムなら巨大ロボットの一体や二体いてもおかしくない」
「ですです!はあ、早く動いているところみたいです!」
「まあアリスのスーパーノヴァ作ったぐらいだしエンジニア部の仕業だと考えれば不自然ではないよね」
「話もまとまったことだし早速動かしてほしいのだが」
私は機体の胸部分を指さした。あそこに行かなければ動かすことができない。
「あそこ……ああ、あの部分か。あそこに乗ればいいのか? 少し高さがあるな……よし」
ウタハは残りの二人と何やら話し始めた。短い会議ののち三人は辺りに散らばる廃材を集め、どこからか取り出した工具を持って何か作り出した。突拍子もない行動に私含めた全員が呆けているうちに一つの脚立ができていた。その脚立は丁度、機体のコックピットに届くぐらいの距離だった。
「さあ、これで乗れるはずだ」
しかし私は這って進むならともかく、自力で立ち上がり歩くことができない。ウタハが手を差し出したのでそれを掴んだが、当然ウタハが私の体のことを把握しているはずもなく、立ち上がった瞬間に私はバランスを崩しウタハを押し倒すような形になった。
「だ、大丈夫?」
すぐに誰かが起こしてくれた。頭にピンクの輪っかのようなものを浮かべた女の子だ。そういえばここに居る人は皆頭に変な輪っかを浮かべているな。
「いたた。立てないのか。すまない、その事をすっかり失念していた。車いすだしそのことも配慮するべきだったな。またしばらく待ってくれないか」
そう言ってウタハたちはまた何か作り出した。私はピンクの輪っかの子と緑色の輪っかの子に助けてもらいながら車いすに座りなおした。
ウタハたちの作業風景を見ているうちに先生が追い付いてきた。
「おーい……はぁ、やっと追いついた」
「あ、先生」
「ごめん。遅くなった。あれ何してんの?」
「この人をあのロボットに乗せるための何か、かな?」
「あー、そう」
「よし、できたぞ!」
ウタハが声を上げた。そして私の車いすを押して謎の建造物に近づけた。それはさっき見た脚立とは打って変わって垂直カタパルトのような見た目をしていた。
「これはあなたに配慮して自動でロボットに乗せてくれる装置だ。手持ちの工具では最低限の機能しか取り付けられなかったが、今はあなたを乗せることが最優先だから仕方がない」
アームのようなものがついているそれはウタハから車いすを預けられるとそのまま上に上がった。垂直カタパルトの動きをスローで再現したような動きだ。コックピットは開けられたままだった。高さは丁度いいが車いすから操縦席まで乗り移るのは難しそうだ。するとどこからかさらにアームが伸びてきて私の体を抱き上げた。そして私を操縦席まで運んでくれた。ウタハが作業していたのは数十分ぐらいだったと思うがあの短時間でよく脚立をここまで作り変えたものだ。
ともかく再び機体に乗り込めた。コックピットを閉め、直ちに起動する。
『メインシステム起動』
真っ暗な機体内に外の風景が映る。機体の下にいる彼女たちの姿が見て取れた。私はすぐに立ち上がった。ああ、やっと見慣れた高さだ。周りも廃墟でなんだか落ち着く。
足元を見ればエンジニア部の三人が興奮しているのが分かる。何か言っているようだが流石に立ち上がると何を言っているのか分からない。なので再びしゃがんだ。
「本当に動くとは」
「こんなロボットが廃墟にあっただなんて」
「すごい! すごいです!」
「でっかぁ」
「立つとこんなに大きいんだ」
「ちょ、ちょっと怖い」
「大丈夫です! いざというときには私がこの光の剣で守ってあげます!」
「ちょっと流石に無理があるんじゃないかな」
「今すぐにでもいろいろ調べたいところだが」
広域レーダーに何か映った。後方から何か迫っている。振り返ると、そこには一度見たMTが十機ほど、そのほかに小さなドローンなどがこちらに近づいていた。
「このロボットが目立ちすぎてしまったみたいだ」
「う、うわあ!? ゴリアテがたくさんいますよ!」
「まずいね」
「と、とりあえず戦闘準備を!」
前と一緒だ。所詮ライフル一発で壊れる代物。すぐに終わる。
『メインシステム。戦闘モードへ移行』
私は引き金を引いた。が、弾が出ない。どうやら弾切れらしい。ではショットガン……も弾切れだ。ならばミサイルの方は……これも弾切れだ。なぜだ。さかのぼる記憶の中で原因はすぐに見つかった。封鎖区域でエアと戦った時にほぼ全て使い切っていたのだ。ならば仕方がない。蹴り倒すしかないか。そう思って行動に出ようとした瞬間、横のがれきの中から何か反応するものがあった。退かしてみると、そこには補給シェルパが埋まっていた。運がいい。早速中を開けるとそこにはもう一丁のショットガンに二基のニードルミサイルがあった。肩武器を換装している暇はない。私は右腕のバーストライフルをパージし、ショットガンを手に取った。そして敵MT部隊に突撃した。
最初書いたときは機体はHALシリーズを想定して書いてたんですがS評価の旅をしているうちに逆足装備でもいいなぁと思い始めましたね。皆さんは好きな機体を想像しながら読んでおいて下さい。そのうち明記しようと思います。
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2話
でも書き直すと少し体裁を整えることができるので悪いことばかりではないですけどね。まあショックで頭抱えましたが。
ゴリアテがたくさんいる。他にもドローンやロボットもたくさんいる。一目見て絶望的な状況であるのは分かった。こっちには私たち含めてエンジニア部が三人、計七人。果たしてこの人数であの大量の敵を相手することができるだろうか。いや、難しいだろう。先生がいるとはいえ数が多すぎる。では逃げるか? 無理だ。ロボットはともかくドローンやゴリアテには追い付かれてしまう。ならば戦うしかない。銃を構え覚悟を決めていると、後ろで何か音が聞こえた。振り返るとあのロボットが立ち上がっている。もしかして戦ってくれるのだろうか。
「おお、もしかして戦ってくれる感じ!?」
「このロボットならあの数でもなんとかなる!」
私は期待のまなざしを向けた。そしてその期待にこたえるかのようにロボットが右手のライフルの引き金を引いた……が、何も出ない。
「あれ?」
「何も出てない……ね」
次にロボットは左手の銃の引き金を引いた。こっちも何も出てこない。肩に着いたミサイルポッドも蓋が開閉するだけで何も出てこない。
「弾切れ……なのかな」
「弾切れ……でしょうね」
「だめだー! 終わったー!」
無理だ、もう無理だ。このロボットが戦えないんじゃ私たちには何の勝ち筋もない。私は銃から手を離し膝から崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん! 早く銃持って! ロボットが戦えないんなら私たちが戦うしかないんだから!」
「むりだよー! あんな数相手にどうしろっていうのさ!」
「先生がいるから大丈夫だよ。それにエンジニア部の人もいるから」
「そうです! それに、もしもの時は私がこの光の剣で全てを薙ぎ払ってあげます!」
「僕も頑張るからモモイも頑張って、ね?」
「後方支援は任せて」
「本業はもの作りだが戦いも十分こなせるぞ」
「はい! 私も前線は張れませんが弾幕は張れます!」
存外、絶望しているのは私だけだった。他のみんなは意気揚々と戦う意識を見せている。エンジニア部も手伝ってくれるみたいだし
私だけが一人諦めるわけにはいかない。
「う、うん。分かった。私も頑張る!」
私はもう一度銃を握り直した。そして再び敵を待ち構えていると、突然後ろのロボットが横の瓦礫をどかし始めた。突拍子もない行動に私たちは呆然とロボットの行動を見つめていた。
ロボットがどかした瓦礫の山からは何やら白い建造物が出てきた。ロボットはそれが何なのか分かっているようで手際よく操作していた。
どうやらその建造物は倉庫だったようだ。表面部分が開き、中にはロボットが左手に持っていた銃と同じものが見えた。ロボットは両手に持っていた武器を外した。衝撃で大きな音とともに砂塵が舞った。ロボットは掛けられていた銃を手に取ると敵に振り向き飛んでいった。とんでもないスピードに大量の塵が舞った。私は思わず目を覆い、外した時には既に戦闘を始めていた。
「まさかあの巨体をあんなスピードで動かせるだなんて」
「どんな技術を使ってるのでしょうか?」
「推進力も速度に耐える機体の技術力も私達より上みたいだね」
どんな状況でも姿勢を崩さないエンジニア部には一種の尊敬すら覚えてしまう。
戦闘はロボットの独壇場だった。一発撃てばゴリアテは吹き飛び、手で払うだけでドローンは落ちる。さらには撃つばかりではなく殴る蹴るも行っている。それだけでもゴリアテはただの瓦礫と化してしまうのだ。
数分間の蹂躙が終わったのちに、ロボットは私たちの前に戻って来た。頭を私たちの方に向けてじっと立っている。
「とりあえず帰ろうか。いつまた襲ってくるとも限らないし」
ウタハ先輩がそう言ったので私たちは学園に戻ることにした。
彼らが歩き出したので私もついて行くことにした。人とACの一歩は全然違う。彼らの数十歩はACの一歩にしかならない。だから彼らが数十歩歩くたびに私が一歩踏み出すというのを繰り返した。すると突然彼らは立ち止まり顔を見合わせて何か話し出した。ごく短い話の後、先生が私にハンドサインを出した。あれは、近づけと言うことか。彼の要望通り膝をついて体を近づけた。
「僕たちの後ろをついてくるより君に乗って帰ったほうが早いと思うんだ。だから良ければ乗せてくれるとありがたいんだけど」
そういうことか。なら別に構わない。人数は……八人か。まあ両手に何とか乗るだろう。私はサムズアップで了承の意を示した。右手のショットガンをパージし、両手を彼らの前に差し出す。彼らは一人ずつ両手に乗って来た。最後の一人が乗り終わるのを確認し、立ち上がった。
「学園までの道は覚えてる?」と先生は聞いた。
学園というのはさっき私が目覚めた建物群のことだろうか。目覚めるや否や連れてこられたのと物珍しさで全く道を覚えていなかった。私が首を振ると彼は「そっか」と考え込んでしまった。するとウタハが立ち上がりポケットから何かを出した。
「ここに向かってくれ」
そう言って差し出してきたので、私はコックピットを開きウタハからそれを受け取った。それには地図が表示されており、目的地らしき場所と自分の場所にマーカーが設置されていた。これはどうやらデバイスの類らしかった。デバイスを機体と接続するとこちらの方でも目的地にマーカーが設置されたので。私はウタハにデバイスを返しコックピットを閉めた。
目的地まで一キロも無いのか。ならアサルトブーストですぐ着く。そう思ってアサルトブーストを使おうとした時、昔ウォルターに言われたことを思い出した。あれはたしか人を運ぶ任務を請け負った時のことだ。一部輸送機に乗れなかった人員をACで運ぶことになった際、ウォルターからこういわれた。
『621。人を持った状態でアサルトブーストを使ってはダメだ。人の体がもたない。クイックブーストも駄目だ。ブースト移動に留めておけ』
危ない。危うく彼らをおぞましい姿に変えるところだった。大人しくブースト移動で戻るとしよう。
ブースターでも歩くよりかは随分と早いものだ。それに彼らも楽しそうにしている。にしてもここのマップは見やすくていい。ルビコンはやたら立体的で上にも下にも建造物が立ち並び、中にはほぼほぼ浮いているようなものもあった。うっかり穴に落ちてエネルギーが足りなくなった時は本当に死ぬかと思った。全く嫌なことを思い出してしまう。
ふと、一度ここの全体像をみたいと思い、近くの一番高い建物に飛び移った。この辺りは全て廃墟みたいだ。高いビル群も目立つ。ただ少し向こう、目的地の方面は壁を挟んで都市が生きている。一方で反対を見れば視界一杯に廃墟が広がっていて不思議な光景だった。そういえばなんの気無しに飛んでしまったがうっかり落としてしまってないだろうか。恐る恐る確認すると幸い八人ちゃんと手のひらの上に乗っていた。彼らも私と同じように周辺を観察しているようだ。
「すっごーい。こんなところから廃墟見るの初めて!」
「みんなそうでしょ。ここ立ち入り禁止なんだから」
「あ、あれアリスを見つけた建物じゃない!?」
「多分そうかも」
「はい! アリスはあそこでモモイたちと出会いました!」
「先生大丈夫ですか!?」
「う、うん。大丈夫。ちょっと高いところが苦手なだけだから……うん」
「あまり下見ちゃだめだよ」
「ああ、下を見ると余計怖くなるからな」
目的地も確認したからそろそろ移動しようか。このままビルを渡り歩いたほうがいいかな。
ビルを飛び降り、ブースターで浮きながら移動した。左右に移動すると落としそうなのでなるべくまっすぐ動くようにした。そうやってビルを渡り歩いてあっという間に境界線までやって来た。あとは学園まで戻るだけだ。
マーカー地点に降り立つとたちまち人が足元に集まって来た。
「あっちだ。あっちに行ってくれ」
ウタハが指さしたところには石レンガと芝生の地面と違ってコンクリートの地面が見えた。人が集まっているせいで歩けないので飛んでいった。そこにはバンカーのようなものが三つ並んでいた。ウタハはその内真ん中のバンカーに入るように言った。
「この奥に行けば私たちの部室だ。入ったら適当なところで待っててくれ。下ろす準備をするから」
立ったままだと入れそうになかったので一度ウタハたちを下ろしてから四つん這いになって中に入っていった。
バンカーのさらに奥にまで入ると広々とした空間に出た。機体が立てるぐらいの高さがある。遅れて入って来たウタハたちが直ちに準備をし始めた。多分これで一度落ち着けるだろう。
『強化人間C4-621。通常モードに移行』
息を一つ吐き、操縦桿から手を離す。足を折り曲げて腕で抱え込んだ。頭を太ももに押し付けると視界が真っ暗になった。以前はこういう時に話しかけてくれる声があった。だが今はその声はない。私がエアと決別してしまったせいだ。エアと戦う日が来るなんて思ってもみなかった。できれば来ないでほしかった。いつのまにエアはACの動かし方を知ったんだろう。あの動きは素人どころの動きじゃなかった。
ラスティとも戦った。なんであの時ラスティが私を倒しに来たのか、結局分からなかった。ザイレムの突入を止めたかったんだろうけどなんで止めたかったのか分からない。エアと同じようにコーラルとの共存を目指していたのかな。
カーラはどうなったんだろう。ザイレムを手動で操作するって言ってそのまま。
死んだ。みんな死んだ。ヴェスパーもレッドガンもエアもウォルターもみんなみんなみんな死んだ。
『コーラルが絡むと死人が増える』
ウォルターが言ったその言葉は正にその通りだった。増えるどころか皆死んでしまった。その中で私だけ生き残ってしまった。私だけ。
何かを叩く音がした。顔を上げるとヒビキがコックピットの辺りをノックしていた。
「準備が出来たから開けてくれると嬉しい」
私はすぐにコックピットを開けた。ヒビキは「ありがとう」といって手を差し出した。私がその手を握ると数秒の間互いに沈黙が走った。
「そういえば歩けないんだったね」
そう言ってヒビキはさらに体を乗り出し、私の腰に手を当て引っ張り出した。ヒビキが乗っていたリフトには車いすが一台置かれていた。私はその車いすに座らされた。すると私の頭にヘルメットのようなものがかぶせられた。
「ちょっと動かないでね」
ヒビキの言葉通り私は頭を動かさず、遠くに見える壁を見つめていた。後ろで何か操作する音が聞こえる。ヘルメットはすぐに外された。振り返るとヒビキが手持ちのデバイスと車いすにつけられたコンソールを交互に弄っていた。そして折りたためられていたらしいモニターを側面部から引っ張り出してきた。モニターは向かい合わせになっており、片方が私を向いていた。この車いすはやけに多機能だ。
「じゃあここに手を置いてね」
ヒビキの指さすところにはひじ掛けがあったが同時にスクリーンが設置されており手のマークが描かれていた。指示通りそこに手を置いたが何か変わったことはなかった。
「これで考えていることがモニターに表示されるよ」
『つまりこれで会話できるってことか。本当かな』
「うん、ちゃんとできてるよ」
モニターにはさっき私が思ったことが一言一句記されていた。私は目を見開いて驚いた。
『本当にできるなんて』
「もし機能を切りたかったら手を離すか、ここをタップしてね」
スクリーンには端っこの部分にONと書かれたところがある。試しにそこをタップしてみるとOFFと書き換わった。するとひざ元にキーボードが出てきた。機能を使わないときはこれで打ち込めということか。もう一度ONにするとキーボードは引っ込んでいった。
「左手の方は車いすの操縦用ね。こっちも同じ感じで思った方向に動かせるよ」
『へぇ、え!?』
無意識に試そうと前に進めと思った瞬間車いすはグン、と動いた。思っていたより速い。リフトは狭く足場が短かった。止め方が分からずパニックになり目の前の柵に迫った時車いすは急停止した。私は一度前につんのめった。全身に冷や汗をかいていた。
「ご、ごめん。言うのが早かったね。一応センサーがついてるから道が途切れてたり障害物があったら自動的に止まるようにはしてるけど今はOFFにしておくね。また後で試してみて」
「おーい、大丈夫か? 降ろすぞー」
下からウタハの間延びした声が聞こえた。彼女がリフトを操縦していたらしく操縦卓の前に立っているのが見えた。
「うん、大丈夫」
ヒビキが合図を出すとウタハが操縦卓のレバーを下げた。連動してリフトもゆっくりと降りて行った。私はリフトが下りる中この部屋を見回してみたがよくわからないものがたくさん並んでいた。大きなものから小さなものまで、明らかに銃器的なものもあった。割合的には銃器が多いように見える。ここは武器工廠か何かだろうか。
リフトが降りきるとたたまれていた階段が展開され、さらにその上から待機していたコトリによってスロープが置かれた。私はヒビキによってゆっくりとリフトから降ろされた。
「どうですか、うまくいきました?」
「うん。ちゃんと表示されてる」
「やった! これでやっと会話ができますね」
「それじゃ改めて。君の名前を教えてくれるか?」
『私はC4-621。強化人間だよ、旧型の』
「し、しーよん?」
「そ、それがあなたの名前?」
『うん。まあ私はいろんな呼ばれ方したけどね。レイヴン、G13、戦友、野良犬、ビジター……ああ、あとはご友人。好きな呼び方をしていいよ』
「どうやら君はいろいろと複雑な名前をしているようだね。とりあえず私は君をレイヴンと呼ぶことにするよ」
「私もそうする」
「よろしくお願いしますね。レイヴンさん!」
『うん。よろしく』
「ようやく互いに自己紹介も終わったところだし、質問、よろしいだろうか?」
『いいよ』
私がそういうと三人は矢継ぎ早に質問してきた。その全てがACに関わることで多分データだとかそういう質問をしてきたのだと思う。私はその質問があまり理解できなくて、何とか理解できた質問でも彼女たちが求めるような、いわゆる数値的な回答ができなくて使い心地を伝える、みたいな回答しかできなかった。それでも彼女たちは満足してくれた。私の話す言葉に興奮していた。
『カーラならもっと詳しく答えられたかな』
私がふと思ったことがモニターに表示されてしまった。その言葉に三人は一度質問の手を止めた。
「そのカーラさんという人はレイヴンさんのお友達ですか?」
あまり他の人を話すつもりはなかったが聞かれてしまった以上答えるしかなかった。私は『そうだよ』と答えた。『カーラはいいドーザーで、私のサポートもしてくれた。兵器づくりをしてたから多分カーラのほうが詳しく教えられたかも』
「へえ、じゃあ私もそのカーラさんという方に会ってみたいです!」
『カーラは死んだよ。多分ね』
私がそう答えると再び水を打ったように静まり返った。三人は固まって何も言葉を発さず、ただ空調の音が僅かに響いていた。
最初強化人間って皆621みたいにラップ巻きされてるのかと思ってましたが逆に621がレアパターンだったんですよね。イグアスが強化人間って知った時、強化人間って喋れるのか……って思ってました。
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3話
「あ、あの。ご、ごめんなさい」
コトリが謝りながら俯いてしまった。他の二人も気まずそうな顔をしている。
『気にしないで。傭兵やってると似たようなことはよく起こるから。カーラはちょっと違うけど。さ、次の質問はある?』
「ほ、本当に大丈夫なのか? もしあれなら一度休憩するか?」
『大丈夫だって。コトリも顔上げて。気にしないから』
「で、でも失礼なことを言ってしまったのは変わりのないことなので」
『なんだか私が悪いみたいだ』
「い、いえ! 決してそんなことはありません! 悪いのは私なんです!」
また誤爆してしまった。便利だと思ったが何でもかんでもリアルタイムに表示されると少し面倒なことが起きる。やっぱりキーボードで会話した方がいろいろと融通が利く。
「なら、レイヴン。君の過去のことを聞いてもいいだろうか。君の話から出てくる単語はどれも聞いたことのないものばかりだ。あまり信じられないことだが君は別の星から来たんじゃないのか?」
『別の星から? まさか。AC単体で星を渡ることはできないよ』
「だがここはルビコン3なんていう星ではない。地球だ。それに君の話だと星を簡単にわたる技術があるようだが地球にそんなものはない」
『え、ここルビコンじゃないの?』
それは完全に予想外だ。ではなぜ私はルビコンにいないんだろう。ACだけでは星は渡れないはずなのだが。考えられる原因は……コーラルの爆発でここまで吹き飛ばされたとかだろうか?
「だから君の過去について興味があるんだ。良ければ話してくれないだろうか」
『別にいいけど……長いよ』
「構わないよ」
『それじゃ——
私はルビコンに降り立ったところから話し始めた。何をどう話そうと過去のことを思い出すと本当にいろいろなことがあったと思う。レイヴンという名を借りたことや、初めてベイラムとアーキバスの依頼を請け負った時のこと。ウォルターに褒められたことや、褒められたことや、褒められたことや……いろいろあったと思う。私はその一つずつを思い出しながら文字に書き起こした。人に自分の過去を教えるのは初めてだったので難儀したが三人は文句も言わず私のお話に目を通していた。
私がストライダーを落としに行った時のことを教えていると誰かが部室に入って来た。先生たちだった。そういえば機体から降りてから彼らの姿を見ていなかった。どこにいたのだろう。
「おや、戻って来たみたいだ。すまない、話はまた後で聞かせてもらっていいかい?」
『うん。いいよ』
「あれ、なんか変な車いす乗ってる。エンジニア部のやつ?」
「そうだよ。多機能車椅子。いろいろあるけど一番はBluetoothが接続できること」
「あ、あー。そうなんだ……これもBluetooth接続」
「それで? わざわざここに戻って来たということは何か話があるんだろう?」
「うん。実はエンジニア部に手伝ってほしいことが有って」
そう言って先生は話を始めた。私にはよくわからないことだらけだったが一応話半分程度に聞いておいた。分かったのは『生徒会』を襲撃し『鏡』というものを強奪するという作戦だった。その過程でエンジニア部の助けが必要らしい。
「お願い。どうか僕たちに協力してくれないかな」と先生が言った。
ウタハはしばらく考える素振りを見せて頷いた。
「なるほど、それは確かに的確な判断だ。君の言う通り、その方法なら私達じゃないと難しいだろうね。うん、分かった。協力しよう」
「ほ、本当にいいんですか? エンジニア部には実績もたくさんありますし、こんな危ない橋を渡る必要は」
「そうだね、そうかもしれない」
「それなのにどうして、メイド部と戦うなんていう危険な計画に乗ってくれるんですか?」
「それは」
「うん、その方が面白そうだから、かな」
「そうです! それに私たちも、もっと先生と仲良くなりたいですから!」
「そうだね、それと」
ウタハはアリスの方をじっと見つめた。アリスはなぜ見られているのかわからずに首を傾げた。ミドリも同様に首を傾げた。
「いや、今はいいさ。それにレイヴンも手伝ってくれるなら百人力だ」
「レイヴン?」
なんか急に私に飛び火してきた。全員が一斉に私を見る。
「こちら独立傭兵のレイヴンさんです!」
『よろしく』
「よ、傭兵?」
「細い話は省くが別の星で傭兵をしていたらしい」
「別の星!? てことはこの人は宇宙人なんですか?」
「宇宙人って結構人の見た目してるんだね」
「よろしく! 私は才羽モモイ!」
「才羽ミドリです」
「は、花岡ユズです」
「アリスです!」
なんだか覚える名前がまた増えたようだ。多分後で何人か忘れるだろう。
『私はC4-621。レイヴンは借り物の名前。まあ好きに呼んでもらっていいよ』
「え、え?」
「彼女は複雑なんだ。私たちは一先ずレイヴンと呼んでいる」
「えっと、じゃ、じゃあレイヴンさんも手伝ってくれるんですか?」
『私もやるの?』
「え、さっき手伝ってくれるって」
あれはウタハが勝手に言っただけで私は一言もやるとは言ってないのだが。しかしやれと言うならやる。報酬があるなら。それが傭兵というものだ。
「私からもお願いできないだろうか」
『報酬があるならやるよ』
「報酬か……予算は今はないし……そうだ。じゃあこの部室でどうだろう。ここを君の拠点として提供しようじゃないか。拠点がないと未知の惑星では苦労するだろう? 君がルビコンに帰るにしろ帰らないにしろ、ね」
拠点か。確かに拠点は重要だ。ただで手に入るのならそれ以上のことはない。
『分かった。その作戦引き受けるよ』
「ありがとうございます!」
「ぱんぱかぱーん! エンジニア部とレイヴンが仲間になりました!」
「それじゃヴェリタスに行こうか。そこで作戦会議だ」
「分かった。レイヴン、君も一緒に来てくれないか」
『分かった』
私が車椅子を動かそうとするとヒビキが「まだ慣れてないでしょ」と言って後ろから押してくれた。私はヒビキに任せることにした。
ヴェリタスに向かう道中私はずっと気になっていたことを聞いた。
『ねえ、ヴェリタスって何?』
「ヴェリタス? ヴェリタスはね、部活の一つで言うならハッカー集団かな。私たちも心得はあるけどヴェリタスには及ばないね」
ハッカー集団か。そう聞くとウォルターとカーラのことを思い出す。二人もよくハッキングをしていた。
廊下を車椅子で押されているとすれ違う人が皆こちらをじろじろと見ている。あまり気にはしてなかったが、あまりにも見つめられるのでなんの気無しに聞いてみた。
「あー、まあその格好だとね」
ヒビキは私の格好を見て苦笑いした。全身に包帯を巻き、その上から先生から貸してもらったジャケットを羽織っている。これが奇異な目で見られる原因か。そういえばジャケットを借りっぱなしだった。後で返さないと。
「服は私が後で見繕ってあげるよ。でもそうだね、多分レイヴンに一番目がいってる理由はヘイローがないからだね」
『そのヘイローって一体なんなの?』
「ヘイローっていうのは私たちの頭の上に浮いている輪っかのことだよ。キヴォトスの人なら全員このヘイローがあるんだ。ヘイローがないのは先生と、あとはレイヴンだけだね」
『私のヘイローが無いのってそんなに変? 一人ぐらいいるでしょ』
「うーん、わかりやすくいえばレイヴンの知ってる世界だとヘイローは普通ないんだよね。それならその世界で頭に輪っかをつけた人を見つけたぐらい珍しいことだよ」
つまりヘイローがあるというのがこの世界の常識か。私は非常識というわけか。
「特にレイヴンみたいな背格好の人だと余計にね。そういえばレイヴンって何歳なの? 背は私たちとそんなに変わらないよね」
『わかんない。手術で脳を焼かれたから昔の記憶は全部無くなったよ』
「サラッととんでも無いこと言うね。本当に人生壮絶すぎるよ」
『でもウォルターはルビコンでコーラルを見つければ私でも人生を買い戻せるって言ってくれたよ。そのお金で再手術をしなさいって』
「ウォルターさんは優しいんだね」
『うん。いつも私のこと気にかけてくれた。仕事を持ってきてくれたの。だから私もウォルターの手伝いをたくさんした。それで喜んでくれるウォルターが見たかったの』
「じゃあ早くルビコンに戻らないとね」
『ウォルターは死んだよ。と言うか私の周りの人はみんな死んだ。私だけ生き残っちゃったんだ』
「そっか」
ヒビキは黙り込んでしまった。またあの重苦しい空気が流れる予感がしたので私は慌ててキーボードを打った。
『大丈夫だよ。傭兵をやってたらよくあること。昨日の友と今日は殺し合うなんてことは日常茶飯事だったから。私はもう受け入れたから。ウォルターはこれからは自分の判断を信じなさいって言った。だから私はウォルターの指示通り自分で選ぶんだ』
自分で言っておいてその自分が一番まだ引きずっているなんて笑えると思えないだろうか。私はその思いを殺しながらキーボード打ち込んでいた。
「なら部長の頼みを聞いてくれたのもレイヴンの判断?」
『それは傭兵的な判断かな。報酬さえあれば誰の味方にでもなって誰の敵にでもなるから。私を味方にしたいんだったら見合うだけの報酬を出してね』
「努力するよ」ヒビキは苦笑しながら言った。
『まあでも、受けてもいいかなって思うぐらいはしてるよ。私にも依頼を選ぶ権利はできたからね』
「なら良かった」
ヴェリタスの部室に入るとそこには三人の少女がいた。彼女たちは私の姿を見るとギョッとした。目線は上から下へ全身を見るようにしてから、やはり私の頭上で止まった。
「先生、その人は?」
白髪の彼女が先生に聞いた。
「この人はレイヴン。話すと長くなるから今はとりあえず作戦に協力してくれる人だと思って」
彼女は少し納得がいってなさそうだったが「わかった」と言って私たちを部室の奥まで案内した。
「これで、メンバーは揃ったよね?」
「うん、準備もできてる」
「よしっ! あ、そういえば、いつ作戦配置始まるの?」
「いつ……? もう始まってるよ」
それから彼女は作戦の内容を語りだした。その殆どは私には関係のないものだった。もともと私の存在がイレギュラーなのは彼女たちの態度を見れば明らかだったし、作戦の内容を聞いても私が必要ないことは分かった。だから私をどこで使うのかで少し議論が為された。私は使われる側だし下手に口は出すまいと終始黙っていた。
「一先ずそこの彼女をどう利用するかは置いておいて計画の一段階目を進めよう」
そう言って彼女たちはアリスに指示を出し、ヴェリタスを出ていった。
しばらくしてアリスが生徒会に捕まったという情報が伝わった。そこから更にウタハたちがなにかしていたが私にはさっぱりわからなかったのでぼーっと眺めていた。やがてしばらくしてウタハが「こちらエンジニア部、トロイの木馬を侵入させることに成功した」と誰かに報告していた。
アリス抜きで戻ってきた彼女たちは再び作戦会議を始めた。カメラがなんだのエレベーターがなんだの複雑な話ばかりだ。その後の内容的にも私が必要そうなところは見えない。
『これ私動く必要あるの?』
私はとうとう隣りにいたウタハに聞いた。
「ああ、君には私と一緒に動いて欲しい」
ウタハと一緒ということはカリンというメイド部の一人を妨害するときだろうか。
「折角のACだ。私情を挟むのなら私ももっと動いているところを見たいんだ。合理的に言えばACの機動力があればいささか楽だからね」
作戦会議が終わり私たちは一時解散となった。エンジニア部の部室の戻るころにはすで
に空が少し暗くなっていた。
「では私は早速行ってきます!」
そう言ってコトリはヴェリタスの一人と囮作戦を遂行するため足早に出ていった。
「私たちも準備しよう」
私は頷きヒビキに押してもらいながらリフトで上がっていった。コックピットに乗せてもらう際、私はヘルメットを一つ渡された。これは何なのかと言いたげにヒビキを見ると
「これで交信できるよ。思ったことを読み取るタイプ固定だけど会話ができないと不便だから」と言った。私は了承し、ヘルメットをかぶった。液晶にHUDが浮かび上がったかと思うとすぐに表示は消えた。
「どうだ、聞こえるか」
突然ウタハの声が聞こえた。
『聞こえるよ』
「よし、ちゃんと接続できてるみたいだな。乗ってる間はそれをつけておいてくれ。少し付け心地が悪いかもしれないが勘弁してくれ。まだ試作品なんだ」
『構わないよ』
私は機体の電源を入れた。
『メインシステム起動』
真っ暗な機体に外の風景がなだれ込む。視界は二階ぐらいの高さに変わり下から見ていたものが全て上からの視線になる。
「さあ行こうか。外に出たら私たちを運んでくれ」
そう言ってウタハとヒビキは部室を出ていった。私も入った時と同じように四つん這いになりながらバンカー方面に出た。外に出ると意外にも明るかった。それはまだ完全に日が落ちていないというのもあるが、何よりも建物全体に光が灯っていたからである。人が居るのだということを嫌でも実感した。
「そんなに明かりがついているのが不思議なのか?」
思わず伝わってしまっていたらしい。軽く見とれていた意識はその声に引き戻された。
『こんなに人が居るところを見たことが無くて』
「ルビコンってそんな荒廃してるの?」
『分かんない。でも確実にここよりかは荒廃してるね。昔にいちど星が焼かれたことが有ったみたいだから。人が居ないというわけじゃないんだけど。如何せん目立つのはACとかMTとか機体ばっかりだから』
「ほう、君みたいなのがたくさんいるのか。それは俄然興味がある」
『止めといたほうがいいよ。ああいう世界じゃいつ死んでもおかしくはない。私はたまたま生き残っただけだから』
でもコーラルを焼き払ったからルビコンを狙う企業はもういないだろうし、あの時よりかは平和になってるかもしれない。
「だといいな」
『また送られちゃったの? やっぱりちょっと不便だよ。送る文章選べるようにしてほしい』
「すまないね。そも思ったことをそのまま出力すること自体難しいからね。でもいずれは
何とかするよ。エンジニア部だからね。さあ、来たぞ」
気づけば二人は私の足元まで来ていた。私は腕を近づけて二人を乗せた。
『で、どこに向かえばいいの? その鏡を保管してる場所が分からないんだけど』
「あそこだよ。あのひときわ高いビルが見えるかな。あそこの近くまで行ってほしい」
あの周りより一際大きなビルか。よく目立っている。
「それと出来るだけ隠密にいこう。ACだと目立つからね。まだ時間はあるから遠回りしながらできるだけ人気のないところを通るんだ」
『分かった』
私はブースターをつけ移動を開始した。なるべく目立たないように……苦手だな。
「頑張ってね」
『うっ……うん』
早くこの機能を何とかしてほしいものだ。
隠密(目撃者は全員消す)
この前ACの大きさ調べたら思ったより小さくてびっくりしました。
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4話
一話も少し修正しました。最後に戦ったのラスティってなんだよ……(エアちゃん戦ド忘れしてた人
私たちは現在ミレニアム学園の中を疾走している。目的地は一段と高いビル、ミレニアムタワー。その最上階から先生たちが『鏡』を強奪するまでの間、それを防がんとするメイド部を妨害すること。それが私たちの任務。恐らく私達が相手するのはそのうちの一人、カリン。彼女は狙撃が得意で、外から狙撃によって三人を狙う可能性があるそうだ。彼女をどう妨害するのか、その手順は私が行うべき行動も含めて事前に説明されている。
狙撃と聞くとラスティを思い出す。彼と敵対はしたくなかったはずなのだが。一体どこで道を違えたのだろう。私はそう思ったがまたウタハたちに言及されそうだと、慌ててかき消した。今は作戦に集中しておこう。
セミナーまでの道は乱立するビルの間を抜ける必要があって非常に動きづらい。屋上を渡り歩いて移動したかったが、そうはいかなかったのでそのうちブースト移動をやめて歩いて移動することにした。
「け、結構揺れるな」
『ブースト移動するとぶつかりそうだったから歩くしかない。屋上使うなら多少は改善するだろうけど』
「い、いや、屋上を渡り歩くとバレてしまうからこのまま行こう」
チラッと手を見たがウタハとヒビキは手のひらに捕まって必死に揺れから耐えようとしていた。どうにかしてあげたいがどうにもできないので仕方がなく『頑張って耐えてね』というメッセージを送っておいた。
ビルの迷路を通り抜けているとマーカーまでの距離が三百メートルを切った。そろそろつきそうだ。
セミナーにつくとそのすぐ下で機体を止めた。ウタハを一度地面に下ろした。
「今から準備を少しするから先にヒビキを送ってくれないか」
『分かった』
マップのマーカーを更新した。タワーから建物を一つ挟んだビルの屋上だ。直下までやってくると私は浮き上がり屋上でヒビキを下ろした。
「ありがとう」
『後で迎えに来るから』
ビルから降りるとウタハは部室を出たときからずっと一緒にあった椅子のようなものに座ってなにか弄っていた。
『ずっと気になってたんだけどそれ何』
「ん? どれだ?」
『その座ってるやつ』
「これか? これは雷ちゃん。銃が撃てる椅子だよ」
『銃が撃てる椅子』
何か昔に似たようなものを見たことがある気がする。何だったか……カーラのところで見たことがある気がする。
「似ているものがあったのか?」
『なんか見たことがある気がするんだよね』
「そうか」
彼女はあまり気にしていないようだった。そのうちウタハは雷ちゃんから降りた。すると雷ちゃんの上部が開き中から極小さいものが何個も飛び出した。一瞬光に反射したのが見えただけで機体内からは姿が見えない。
『何出したの?』
「ドローンだよ。これで先生たちが来るだろう方向を監視するんだ。メイド部が見つかるまではドローンに任せて私たちは待機しておこう」
私は再びウタハを乗せて建物の影に隠れた。
モモイたちに準備完了の連絡をしてから長い時間が経った。ミレニアムタワーからかすかにサイレンが聞こえてきたことで作戦が始まったのは分かった。
『メイド部は?』
「まだ見つからない。この辺りにいるとは思うんだがな」
ウタハはずっと画面とにらめっこをしている。ドローンの映像を見ているのは分かるが一体何体のドローンを出したのだろう。
「三十体ぐらいだよ。だから一度に全画面には表示できなくてね。ちょっと確認に手間取ってる」
「え、あ、ろ、ロボット!?」
近くで声がした。私は気づかなかったのでウタハに教えてもらったのだが、振り返ると確かにそこには人が居た。
「しまった。生徒会の役員だ。ここで止められると厄介だ。場所を移そう」
『分かった』
私は直ちに移動を開始した。その役員を飛び越えブロックを二つほど通り過ぎ、そのまま適当にジグザグに動いた。これだけで人相手なら巻けるだろう。場は再び静寂となった。ここからは僅かに響いていたサイレンも聞こえない。ウタハはドローンによる索敵を再開したがその画面の映像はやけにかくついていた。
「距離が遠すぎる。済まないが少しだけ近づいてくれ」
『注文が多いね』
「機械は便利だが時たま融通が利かないのさ」
ウタハの注文通りブロック一つ分だけ近づいた。映像は再び滑らかになり、タワーのとある階を移していた。そこには先生たちが廊下を歩いている姿が目に入った。
「どうやら無事に潜入できたよう——!?」
次の瞬間先生たちの横の窓ガラスが派手に割れた。幸い命中はしなかったようだが着弾した壁には穴が開いているのが分かる。狙撃だ。メイド部のカリンがどこかから狙撃を行ったのだ。ウタハは急ぎドローンの映像を回し見た。そしてついに見つけた。タワーより五百メートル離れたビルの屋上。メイドの格好をした人が狙撃体制に入っている。
「いたぞレイヴン! ここから四ブロック先、西側だ!」
ウタハの報告を受け私は急ぎ移動を開始した。移動している最中にヘルメットのHUDに指定の場所が表記されてた。幸いここからは遠くないが歩きでは遅い、ブースターを使用する。上昇しながら目的のビルを見つけ屋上まで一気に上がると映像で見た女性が見えた。ウタハは私が着地する前に雷ちゃんとともに飛び降りた。
その後二人は何か会話していたが、私は一個離れたビルに着地したので聞き取れるのはウタハの声だけだ。雷ちゃんと私の紹介をしてるのが聞こえた。念のためちょっとだけ身振りしてアピールしてみた。
カリンが何かぶつぶつつぶやいていると突然彼女はその狙撃銃を至近距離で雷ちゃんに発砲した。機体内でも聞こえる重厚な発砲音とともに雷ちゃんは体勢を崩した。
「雷ちゃん!」
ウタハの痛烈な悲鳴が聞こえるが、雷ちゃんの表面は大きくへこんでいるものの貫通はせず足をばたつかせてるだけだった。狙撃銃を近距離から食らって貫通しない椅子とはいったい何だろう?
「丈夫なのさ。そういう作りだ。それよりもヒビキに座標を送ってくれ」
『ヒビキ?』
「聞こえてるよ。レイヴンがいる位置は分かってる。撃つのはそこでいい?」
『いや、私の一個正面のビル』
「了解、調整するよ」
『ウタハ、ヒビキのほうは準備よさそうだよ』
「了解だ」ウタハは小声で言って、カリンとの会話をつづけた。「君の言う通りだ、ここには遮るものは何もない。そう、天井すらもね……撃て」
『撃て』
ウタハからの指示をそのままヒビキに伝達した。数秒の静寂の後、風切り音とともにヒビキの曲射砲が着弾した。
「ふふ、もう一度言ってあげようか? 計算通りだ」
しかしカリンは砲弾が降る中でも狙撃を止めようとはしなかった。無理やりにでも一発撃つつもりだ。私は咄嗟に彼女の前に躍り出た。直後放たれた銃弾は私の機体を跳弾し彼方に飛んでいった。
「くっ! 椅子もそうだが一体この巨大なロボットはなんだ!」
「独立傭兵レイヴンさ。一度紹介しただろう?」
そう言ってウタハは取り出したボタンを押した。直後煌々としていたミレニアムタワーの電気が全て落ち、周辺には似つかわしくないほどの闇を振りまいた。
「レイヴン、ここはもう大丈夫だ! あとは先生たちの回収を!」
『了解』
ウタハの元を離れた。私にはもう一つ重要な任務がある。『鏡』を確保した先生たちの回収だ。回収の合図は貸してもらったスマホというものから連絡があるらしい。以前ウォルターが持っていたものに似ている。これがスマホか。扱い方は……多分分かる。どうせ今回は連絡だけだ。
ウタハと別れた直後、轟音とともにウタハとの連絡が途切れた。何度呼びかけても反応がない。まさかやられたのだろうか。キヴォトスの人は銃弾を食らっても痛いで済むとかいうトンでも性能をしているとは聞いたがそれでも心配になる。しかし戻って作戦を中断させるわけにもいかない。私は振り返ることなく回収までの待機地点に向かった。
先生との連絡を待って三十分ぐらいになるだろうか。未だ連絡はない。ウタハとの通信も回復した。どうやらカリンの狙撃弾を食らったようだ。
『大丈夫なの? それ』
「だいぶ痛いよ。それで先生は?」
『まだ、連絡も何も来ていないよ』
「予定じゃそろそろ……何でもないよ。ただの独り言だ」
『ウタハ?』
「カリンに聞かれただけだ。とりあえず後は頼んだぞ」
そこでウタハとの通信は切った。真っ暗なスマホを前に私はじっと眺めていた。さっきまで騒がしかったのに一転して静寂が訪れている。いや、喧騒はごく一部だったか。それでもずっと続いていたかのような、そんな気がする。またこうして一人になるのが久しぶりなせいかもしれない。
ふと停電しているミレニアムタワーに目を向けた際、最上階の窓でこちらを見ている少女に気が付いた。ズームするとやけにガラの悪そうな眼付と服装をしている。だがその下から見えるメイド服から彼女もまたメイド部であることを示唆していた。少女は私をじっと見つめている。私もまた機体越しに少女の姿を見つめていた。なんというか彼女は直感的に強そうだと思った。それがメイドという言葉とはかけ離れた格好をしていたのか、それとも本能とかいう非科学的な根拠によるものなのかは分からなかったが、とにかくカリンとは違う何かを感じた。
少女はしばらくの間私を見つめていたがやがて窓から離れ、その姿は見えなくなった。それからもうしばらくしてにスマホに着信があった。画面には『先生』と出ている。一瞬どうしようか迷ったが露骨なラインをなぞると通話状態に入った。
「もしもし? 鏡を回収したから僕たちも回収してほしいんだけど」
話せないので返事は出来ないが代わりにすぐに行動に起こした。ビルを離れ、先生たちがいるはずの保管所までやって来た。そこには先生たち五人の姿があった。窓を開け、モモイが手を振った。私はその窓の前に手を広げた。先生たちは窓を乗り越え掌に乗った。全員が乗ったことを確認すると私は部屋から離れてまた待機していたビルに着地した。思ったより高低差があったのでENがぎりぎりだった。
ウタハと通信を再開する。
『先生たちを回収した。今から回収に行くね』
「ああ、なるべく早く頼む。眩しくてかなわない」
どういう状況なのか分からなかったが急いでほしいと言っていたのでなるべく急ぐ努力はした。ウタハの元に戻るとその言葉の意味が分かった。一定間隔で閃光弾が撃ち込まれているらしかった。それでカリンの狙撃を妨害していたらしい。私自身も光に目を細めながら近くに着地した。
カリンはすぐに気づき私に撃とうとしたがそもそも私は狙撃銃程度では傷つかないし、モモイたちが応戦してくれたのでカリンの攻撃は叶わなかった。その内に先生がウタハと雷ちゃんを担ぎこみ、足早に退散した。
『ウタハを回収した。今からヒビキも回収するよ』
「了解。予定通りだね」
ここまでくるともはや何の妨害もない。私は無事ヒビキを回収し部室へと戻った。
部室へ戻ったところで一同は解散となった。先生たちは『鏡』をヴェリタスのところまで持っていくらしい。コトリが戻っていないが、多分生徒会に捕まったということだそうだ。
「明日私たちも呼び出されるだろうな。しかし、一仕事終えたな。私たちも帰るとしようか」
『帰るってどこに?』
車椅子に乗りなおし、リフトで降りた私は支度をしているウタハに聞いた。
「自室にだが……そうかレイヴンはキヴォトス外の人間だったな。部室で寝させるわけにもいかないし」
「あ、それなら私の部屋でいいかな。レイヴンの服をどうにかしてあげたいし」
「そうか? ならレイヴンのことはヒビキに任せるよ。レイヴンもそれでいいかい?」
『いいよ』
私は彼女たちと一緒に部室を出た。空はもうずいぶんと暗くなっている。作戦自体数時
間行っていたのですっかり夜中だった。当然そんな遅い時間にまで学園に残っている人はおらず、学園内は静寂に包まれていた。外に出ると建物からあふれる光でまだ明るかった。
「今日はいろいろと手伝ってくれてありがとう」
『どうしたの突然』
「いや、思えば今日一日は君にとってとても濃い一日だっただろう? キヴォトスに来たばっかりだってのに」
そういえばそうだったか。ミレニアム郊外の廃墟で目覚めそれから先生たちと出会い、エンジニア部と出会い、いつの間にか先生たちの手伝いをすることになっていた。思い返せばとても濃密な一日だったと思う。
『いいよ。楽しかったし。久々に血なまぐさくない日々だった』
「レイヴンが言うと重みが違うね」
ヒビキは苦笑していた。
二人はやがて一つの建物に入る。廊下に並んだ一連の扉からここが寮だと分かった。
「それじゃまた明日」
そう言ってウタハは入り口すぐの階段を上がっていった。
『ヒビキは一階?』
「うん、近くだよ」
ヒビキは入り口から三つ目の部屋に入った。中は整然としていた。机の上には何かのパーツが散乱していた。
「ちょっと散らかってるけどごめんね」
『十分綺麗だと思うよ』
「机の上がね。もしかしたら小さなパーツが落ちてるかもしれないから」
ヒビキは私を部屋の真ん中に置いて机の上を整理し始めた。部屋には黄色い壁紙が張られており、床には木のような、しかし木ではないようなものが張られている。鉄の床しか見たことない私には新鮮味あふれる明るい部屋だった。
部屋に見とれている間にヒビキは机の整理を終えて私の元に戻って来た。そのままクローゼットを開けるとそこには大量の衣服がかけられていた。ヒビキはその中から何着か服を引っ張り出すとそれをベッドに広げた。しばらく吟味してから二種類の衣服を差し出した。
「どっちがいい?」
どっちがいいと言われてもずっと包帯姿で過ごしてきたので服の良し悪しとかは全く分からないので『どっちでもいい』と返した。するとヒビキはもう少し悩んだ挙句、右手の服を選んだ。私はヒビキに手伝ってもらって何とかその服を着せてもらったが……なんだか微妙にサイズが合ってないようだ。
「うーん……ちょっとサイズあってないかな。かわいいんだけど」
そのあとも何着か試したがやっぱりどれもサイズが合ってない。
「私に合わせて手作りしたから合わないのかも」
『これ全部作ったの?』
「うん、趣味でね」
『すごいね。手先が器用なんだ』
「それほどでもないよ……それよりもごめん。探してみてるけどちょっとレイヴンの体に合いそうな服がないかも」
『大丈夫だよ。私元々包帯で過ごしてたし』
「い、いや流石に自分が何とかすると言った手前何もしないわけにはいかないから」
しかし結局その後何着か試してみたが合うものは一つもなかった。
「ごめん」
ヒビキは床の上に座り顔を伏せながら静かに謝った。
『大丈夫だよ気にしないで』
私はモニターにそう書きこんだがヒビキが顔を伏せているのでモニターが見えない。私は彼女の肩を叩いた。ヒビキは顔を上げモニターの文字を読むともう一度「ごめん」と謝った。
『大丈夫だって。ほら、今日はもう遅いから寝よう?』
時刻は十二時を過ぎようとしている。ヒビキはまだ落ち込んでいるのか静かに頷いた。しかしベッドは一つしかない。だがヒビキはもう一つのクローゼットから布団を引っ張り出した。
「私は布団敷くからベッド使っていいよ」
『いいの? そんな気を使わなくても』
「気はまあ多少使ってるけど、ベッドのほうがいろいろ楽でしょ? 車椅子から降りたり乗せたり」
まあそれもそうか。ならお言葉に甘えてベッドを使わせてもらおう。ヒビキが私に手をかけベッドに移そうとした瞬間ヒビキは私に掛けた手をひっこめた。私が首をかしげると、ヒビキはどこからともなく消臭剤を取り出し、ベッドにスプレーしだした。別にそんなことまでしなくていいのだが私は何も言わなかった。
「よし」という言葉が聞こえると再び私に手をかけた。
ベッドで寝るのは二回目だ。背中が柔らかい。私自身疲労がたまっていたのか、ヒビキが「おやすみ」というころには半分寝ていた。
私は何をしているんだ。レイヴンの容姿をはっきり決めてないのに決めるような路線書きやがって……なんとかごまかしました。
雷ちゃんを見て思いましたがAC6にも似たような敵いましたよね。キッカーとか。
レイヴンが主人公である以上オリジナルストーリー部分がどうしても出てきます。次回は多分全編オリジナルになると思います。
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5話
翌日のこと、部室にいた私たちは突然の訪問者に取り乱すことになる。
「ちょっと、いる?」
急に入って来たのはツインテールの比較的清楚な服装を来た女性だ。太ももが太い気がする。訪問者のその声には呆れのような怒りの混じった多少余裕のある調子があったが、次の瞬間には目を見開き体を固めることになった。
「な、なにそのロボット」
『誰?』
「ユウカだよ。生徒会の役員」
私はウタハたちのお願いをかなえるべくACに乗り様々な挙動を屋内でできる範囲で行っていたところだ。今は休憩中だ。ウタハは手をかけていたコンソールから手を離し、そのユウカという女性に近づいていった。
「どうした。何の用なんだ? そう言えばコトリがまだ戻ってきてないんだが」
ウタハが声をかけると機体をみて呆けていたユウカの顔は途端に戻った。そしてまた入ってきた時の表情に戻った。
「そ、そう、あんたたちに用があったの。昨日の件で話を聞きたいから来てくれるかしら。そこのロボットの近くにいる娘も!」
「質問に一つ答えてもらってないんだが。コトリはどうなっているんだ」
「今日一日反省室で謹慎……と言いたいんだけど今どっかの誰かさんのせいで修復でそれどころじゃないからあなたたちの話を聞き終わったら返すわ」
「それ、時間がかかるのか?」
「あなたたちがこっちの質問に快く答えてくれれば早く終わるわ」
「しょうがない。ヒビキ、行こうか。レイヴン、すまないがしばらく待っていてくれないか」
「は? 誰レイヴンって。エンジニア部にそんな名前の娘はいなかったはずだけど」
「あの機体のパイロットだ」
「あれ人乗るの?」
「当たり前だ。あんな巨大なロボットを無人で動かせるわけないだろう」
「もしかしてだけど昨日から散々目撃されてる巨大ロボットってまさか」
「ああ、たぶんあれのことだろうな」
「昨日メイド部を妨害したっていうロボットも」
「ああ、あれだ」
ユウカはその言葉を聞くとわなわなと震えてゆがんだ笑顔を見せた。放った言葉は震えており感情を押し殺しているのが察せられた。
「昨日からね報告がすごいの、ロボットが学園内を歩いてるって。でも一番原因が予測できるエンジニア部の予算報告書を見てもロボットを作っただなんて一言も書かれてなかったわ。で、報告の一つに廃墟方面から飛んできたっていうのがあったの。まさかあなたたち廃墟に入ってたりしないでしょうね」
さっきまで威勢の良かったウタハの目が少し泳ぎだした。
「あー、いや。入ってはないぞ」
「じゃあ、あれ何」
「あれはな……拾ったんだ。廃墟の近くで」
「ふーん。で、そこにいるパイロットさんも?」
「そうだ。一緒に見つけた」
ユウカがその言葉を信じたのかどうかは分からないがため息を一つ大きく吐いて表情をやわらげた。
「まあ、今はどっちでもいいわ。聞きたいのは昨日のことだし。でもそこのパイロットさんにもついて来てもらうわ。関係者なんでしょ」
ウタハがヒビキに目配せした。ヒビキは頷き私に「ごめん。巻き込んじゃったみたい」と言った。
『いいよ。大丈夫』
ヒビキにと一緒にリフトから降りてウタハの元までやって来た。ユウカは私を一瞥すると「あなたがレイヴン?」と聞いて来た。
『そうだよ。初めまして』
「なんで車椅子……ヒマリと一緒?」
「足に力が入りにくいそうなんだ。彼女は結構訳ありでね」
「まあ、その包帯だらけの格好を見るとそうみたいね。それに……キヴォトスの人じゃないみたいね。先生以外にキヴォトス外から来た人は聞いてないんだけど。聞きたいことが山ほどあるわ。ついて来なさい」
一同は部室を出た。昼間の学園は人が多い。道行く人々が相も変わらず私をじろじろ見つめてくる。そろそろこの目線にも慣れてきた。
『どこに連れていかれるの?』
「多分ミレニアムタワー。昨日向かった場所だよ。生徒会のセミナーがある場所だから」
昨日ACで向かった時は時間がかからなかったが歩いていくとミレニアムタワーまでは距離があった。大小さまざまな廊下を通り過ぎ、建物をいくつか通り過ぎた。何百人にも思えるほどたくさんの人とすれ違った。改めてミレニアム学園の広さを思い知った。
足早に通り過ぎた昨日と違ってのんびりと眺めると気づかなったことにも気づけるもので、例えばビルが乱立していたと思ったが、それはミレニアムタワーの周辺だけでそこ以外は芝生の広く開けた場所が点在している。遠くには謎のドームもあった。
『ここって広いね』
「キヴォトスにある学校はどこも広いよ。ミレニアムだけが広いってわけじゃない」
『ミレニアム以外にも同じようなところがあるの?』
「もちろん。私が知ってるのはゲヘナ学園に、トリニティ、あとは……まあたくさんあるんだ」
『へえ、そこにも行ってみたい』
「いつか行ってみるといいよ」
不意にできた楽しみを胸に四人はミレニアムタワーの入口まで来ていた。中に入ると人が忙しそうにしている。
『忙しそうだね』
「そうだな」
「誰かさんが派手に暴れたせいで後処理が面倒になってるのよ」
ユウカが私のモニターを見ていた。私は特に何も壊してないはずだ。暴れたとするならそれは先生たちでは? しかしそれを訴える暇もなくユウカはノンストップでエレベーターまで行き、何階かのボタンを押した。エレベーターが到着するとそこには瓦礫が散らばっていた。床には焦げたような跡もあり、おおよそ戦闘があったことを予測させるが、その廊下を人がさも当たり前かのように歩いているのは少し不思議に思えた。ユウカは何番目かのドアを開けて私たちに入るよう促す。
中は非常に簡素だった。時計と机があるだけ。窓も無い一見して何のための部屋なのかわからないような部屋だ。壁にパイプ椅子が立てかけられていたのでこれで座れと言うことだろう。
「じゃあ座って待ってて」
それだけ言ってユウカは一度部屋を出た。ウタハとヒビキはユウカの言う通りパイプ椅子を広げて机の一辺に座った。元々車椅子の私はヒビキの隣に位置どった。静かな部屋の中では時計の秒針が刻む音がよく響いた。窓がないせいで妙な閉塞感を感じる。時折外から慌ただしく走っているような足音がする。それと何かを話し合うような声。慌ただしい外と静寂な中、矛盾した空間がこの中で作られていた。
十分に感じられた一分が過ぎたころ、ユウカは幾つかファイルを持って喧騒を招き入れながら入って来た。ドアが閉まりなだれ込んだ喧騒はせき止められ再び静寂が流れる。ユウカも同様にパイプ椅子を広げ対面に座った。
「それじゃ今からあなたたちに質問するから」
ユウカはファイルから紙を取り出しながら言った。そして懐から一本ボールペンを出してノックした。
「じゃあまず、今回の騒動を引き起こした理由をそれぞれ言ってくれる?」
「先生の計画を聞いたとき私たちじゃないと遂行できないと思ったからだ」
「面白そうだと思ったから」
『頼まれたから』
ユウカは私たちの回答を復唱しながら紙に書いていった。「まともな回答がない」ユウカが静かにこぼしたのを私は聞き逃さなかった。
「じゃあ次、アリスが爆破した後のシャッター、あれは結局エンジニア部製のものだったの?」
「そうだね。エンジニア部製のものより低価格な高性能なものがあればそれを選ぶだろう?」
「はぁ、まんまと引っかかったわ」
「じゃあ指紋認証を書き換えたのもあなたたち?」
「いや、あれは私たちじゃない。私たちがやったのは隙を作ったところまで」
「じゃあ停電はあなたたちの仕業ってことでいいのね」
ユウカは質問の回答一つ一つを紙に書いていった。質問はウタハとヒビキに向けた者ばかりで私に対するものが無い。部室でACを見て驚いていたあたり、私の存在を知らなかったのでそも質問することなどないのかもしれない。その後も質問は続きまるで私などいないかのような質問答が繰り返されること約二十分。「じゃあこれが最後」と前置きしてユウカの目線は私に向いた。
「騒動の後全員を回収したのはあなた? タワー内でいくら待ち伏せしても先生たちは来ないし、ウタハたちもロボットが回収していったってメイド部から聞いてるんだけど」
『言っていいの?』
私は一度聞いた。ウタハは「言っていいぞ」と言った。私はユウカに向き直り『私が回収した』と打ち込んだ。
「やっぱりそうなのね。先生たちはどこから?」
『保管所』
「保管所? 保管所って最上階の? どうやって最上階まで?」
『近くのビルから飛んだ』
「飛んだ……飛んだ? あれ飛べるの?」
『まあ、ちょっとの時間なら浮けるから。結構ギリギリだったけどね』
「飛べるんだ……まあ謎は分かったからこれでいいかしら。それじゃ今からあなたたちの処分を決めてくるからまたちょっと待ってて」
ユウカは紙をファイルに収めて立ち上がった。そして足早に部屋を出ていった。部屋にはまた静寂が舞い降りた。
「謹慎は避けられないかな」
ウタハが唐突につぶやいた。
「まあだろうね。結構派手にやったし生徒会相手だからね」
『そういえば結構べらべら話してたけど良かったの?』
傭兵家業をしているとときたま敵対勢力に捕まる人はいるが最後まで話さずに死ぬ人も多い。傭兵は自分の命最優先なので助かるなら話すこともあるが、まあ話しても結局殺されることも日常茶飯事だ。
「信頼関係が大切でね。正直に話しとかないと二度と生徒会の設備とか触らせてもらえないだろうから。前にも言ったけど生徒会のセキュリティには私たちも関与している。私たちはキヴォトス内でも指折りの技術者たちだからだ。だから信頼関係を失ってセキュリティに関与できなくなるのは双方にとって大きな損失になるんだ。まあ、あと私たちは心から生徒会に敵対するつもりは毛頭ないからね」
そういうことか。学生全員が銃を携帯し常日頃ドンパチしている世界にしてはなんだか平和だと思った。そういう所はうまくやっているらしい。
ユウカはまた二、三十分も時間をかけて戻って来た。そして彼女と一緒にコトリも一緒に入室してきた。
「皆さん! ご心配おかけしました」
「そこまで心配してないから大丈夫だよ」
「それよりも待ちすぎてちょっと眠気が出ている」
「え!?」
「おしゃべりは後でとりあえず、座って」
ユウカに諭されコトリはパイプ椅子を持ってきたが、生憎私たちの辺にはもうパイプ椅子を置くスペースはなかった。仕方なくコトリはその横に椅子を出した。
「それじゃあなたたちの処分を発表します。まずあなたたちは明日から三日間の謹慎。部室の入室も禁止ね。それとレイヴンとあのロボットについて。エンジニア部はあのロボットの所持を禁止します」
その言葉に珍しくウタハは焦りの顔を見せた。
「は、き、禁止って、じゃああの機体は一体どうするつもりだ」
「あれは生徒会が接収……と言いたいところだけどどうやらパイロットがいるみたいだしそれは出来ないわね。そもそも生徒会にあんな大きなロボット置ける場所ないし」
「あれはうちの所にしか置いておけない。禁止にしたら一体どこに置いておくというんだ」
「代わりにあのロボットおよびパイロットであるレイヴンはシャーレに所有権を委託してもらうこととします」
「つまり先生に渡すということか?」
「ええ、うちで預かれない以上どこかに受け渡す必要があるのだけど、先生たちから話を聞いた限り廃墟のロボットを簡単に破壊したみたいじゃない?」
ユウカは不敵な笑みを見せた。あれ、そういえばユウカは部室でウタハにそのことを聞いていたような。ウタハも気づいたのか苦笑しながら「最初からばれてたのか」とつぶやいた。
「勝手に廃墟に行った罰も含めての対処です。とにかく、あのロボットは戦闘能力を有し、それも高性能。下手に他学園に渡すと、特にゲヘナかトリニティに渡したら最悪戦争が起こりかねないのでシャーレに預かってもらうことにしました。何か異論はある?」
「まあ、先生のとこなら私から文句はないが君はいいのかい?」
『報酬の件は?』
「報酬? 何の話?」
「ああいや。エンジニア部を拠点として提供する代わりに生徒会襲撃を手伝ってもらってね」
「何それ。まあ拠点ならシャーレでも十分だと思うわよ。エンジニア部の部室より広いわ」
『代わりがあるならそれでいいよ』
「ユウカ、せめて機体の整備くらいは認めてもらえないか? 先生たちから聞いたはずだが、あれは廃墟で拾った私たちから見てもほぼオーバーテクノロジーだ。正直私たちでも手に余る代物だが整備できるとしたらうちのほかにないだろう?」
「そこはおいおい。それについては事実だろうからシャーレでロボットの有用性が示せたなら認めてあげるわ。それじゃ話は終わり。とっとと帰んなさい。私はまだ後処理が残ってるから」
ユウカはそう言って私たちを半ば追い出す形で外に案内した。見送りはタワーの入口までだった。
「すまない」タワーの外にでたウタハは開口一番私に謝った。「約束を果たせなくなってしまった」
『いいよ。代わりが見つかったわけだし。なにより楽しかった』
私は微笑んで見せた。ウタハも私の顔を見て多少顔が緩んだようだ。
「そうだ忘れてた!」突然後ろからユウカの叫びが聞こえた。振り返るとユウカがタワーの外にいる。「先生がエンジニア部の部室の前で待ってるはずだから」
それだけ言ってユウカは今度こそタワーの中に戻っていった。
「あまり先生を待たせるべきじゃないな」
私たちは足早に部室に戻った。
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6話
キヴォトスの地理良く分かんない……
部室の前ではユウカの言う通り先生が一人立っていた。先生はスマホを弄っているようだったが私たちに気づくとスマホをしまって私たちの元に近づいて来た。
「昨日ぶりだね。話は聞いた?」
「ああ、本当に残念な結果になってしまった」
ウタハは落ち込んだ様子を見せているが明らかにわざとらしかった。
「う、うん。ごめん。レイヴンたちの面倒はちゃんと見るから」
「ユウカはACの有用性が証明出来たら私たちで整備していいって言ってた。だから早くそれを証明してね」
「お願いします! 私たちももっと詳しく調べたいので」
「ぜ、善処するよ」
早速移動の準備をするため部室の中に移動した。
「レイヴンの車椅子も周辺機器もそのままあげるよ。何かあったら……一週間後にまた連絡してくれ」
私は頷いてACに乗り込んだ。ヒビキはリフトを降りコトリと一緒に梱包を始めた。梱包が終わるまでの間、私は機体の中で待機することとなった。
『メインシステム起動』
まあ電源だけは入れておこうか。高い目線から皆が作業しているのを眺めていた。ウタハと先生が何か話している。ちらちらとこちらを見ている。するとスマホに通知が飛んだ。チャット——モモトークにウタハからメッセージが来ていた。
『レイヴン、今から先生のスマホとヘルメットの同調をするから被ってくれないか。被ったら教えてくれ』
たら教えてくれ』
ヘルメット、ああこれか。思ったことを何でも送信する困ったやつだ。私はヘルメットをかぶってからウタハにメッセージを送った。少ししてHUDに「接続中」の文字が出た。そして何かのアイコン。下には「先生」の文字があった。
『接続できた?』
「すごい。文字が送られてきた。これリアルタイムってことだよね」
『困ったことに何でもかんでも送っちゃうけどね』
「よかった。これでやっと君とまともに会話ができるよ」
しばらくの間先生と話した。ついでに先生が顧問だと言うシャーレについても説明を受けた。つまり、法外な権力を持つ部活でシャーレ自身の、この場合は先生の判断で様々な規定規則をすっ飛ばし直接学園に手が出せる超法規的な組織だそうだ。基本的に中立らしくどんな学園でも要請さえあれば手を貸す、傭兵みたいな活動をしているらしい。実際の傭兵と違うのは仕事が自分で選べると言う点だろうか。
『私の性に合いそうだね』
「傭兵やってたんだっけ」
『うん。だから色んな勢力に手を出したよ。昨日の友は今日の敵、今日の敵は明日の友なんてことがよくあった。なんなら今からお前の敵、になったこともあるよ』
「裏切りってこと?」
『金を積まれれば、あとは都合が良ければ平気で裏切るからね。傭兵ってそう言うもんだよ。特に私は独立傭兵だからそれが一層激しい』
「裏切られないようにするには?」
『簡単だよ。先生が私にとって都合のいい存在であり続ければいい。もしくは私が先生を裏切りたくないって思わせることかな』
「前者はともかく、後者は頑張ってみせるよ」
「話してるところ邪魔して悪いけど梱包が終わったよ」
先生との会話はヒビキによって中断されてしまった。そこには二つの箱が置いてあった。一つは車椅子だとしてもう一つの箱は何だろう。車椅子よりも大きい。
「リフトだよ。これがないと機体に乗り降りできないでしょ? 説明書もつけておいたから先生でも扱えるよ」
そうか。すっかり失念していた。
「それじゃ、そろそろ移動しようか」
「あ、そういえばレイヴンはシャーレの位置知らないよね。どうしようか」
『場所を教えてくれれば自分で行くよ』
すると少ししてスマホにマップが送信された。しかし、シャーレは私が思っているより何倍も遠い距離にあった。これぐらいだといつも輸送機で移動している距離だ。
『ちょっと遠い。輸送機とかないの?』
「あるにはあるが、人とか物の輸送機で巨大ロボットを積むような輸送機はないなあ」
『じゃあこれ自分で移動しなきゃダメってこと?』
「申し訳ないがそういうことになるな」
しょうがない。思わずため息をついてしまったが、そもACが巨大ロボットなんて言われる世界だ。専用の輸送機はないのだろう。
『先生は?』
「僕は輸送ヘリで帰ろうと思うよ。この荷物もそれで運んでもらうことにする」
『それじゃ私もそれについて行く』
「別に先に行っててもいいよ?」
『私だけ先についてもリフトがないと降りれない』
「そうか。考えてみればそうだね」
流れで私が輸送ヘリを護衛する形になった。そういえば昔解放戦線の輸送ヘリも護衛したことが有った。今回は名ばかりの護衛だし考えられる敵もいない。ただヘリの後ろからついて行くだけの、先生から見ればただの帰宅である。
先生と一緒に行くことになったため荷物の運搬を手伝うことになった。まず私が先に出てあとから先生とエンジニア部が荷物を持って出てきた。外に出たところで荷物の運搬が私に移った。
「ここでお別れかな。また君に会えることを期待してるよ」
『私もキヴォトスで最初に会えたのがあなたたちでよかった』
「またね」
「次会うときはもっと詳しく調べさせてくださいね!」
それぞれと別れの言葉を交わしながら先生と荷物を持ってエンジニア部を後にした。
『輸送ヘリってどこにあるの?』
「えっと……学園の入口のそばだったから、あそこかな。ヘリポートがあるところ」
先生の指さす方向をみると確かにヘリポートらしきものが見えた。そこには一機だけヘリが止まっている。
『あれ、先生の輸送ヘリ?』
「そうだよ」
私はそのヘリの近くまで行って先生と荷物を下した。先生はそのまま近くの建物まで行った。数分後、先生は一人の生徒を伴って建物から出てきた。生徒は外に出るや否やACを見て唖然としていたが、先生が事情を話すと納得してくれたようだ。
『その人は?』
「ヘリのパイロットだよ。僕はヘリの操縦できないからね」
『専用のパイロットとかヘリとか持ってないの? 権力あるんでしょ?』
「無いわけじゃないけど今回は電車乗り継いで来たから。ヘリで来てないんだ」
話もそこそこに早速積み込みが始まった。車椅子は難なく積み込めたが、リフトがヘリより少し小さいぐらいのサイズがあるため積み込むわけにもいかなかった。吊り下げてみてはどうかと具申したがそもこのヘリには吊り下げようのジョイントは無いらしい。だからリフトは私が手持ちで行くことになった。
パイロットと先生がヘリに入り、すぐにローターが回りだした。一定のリズムを刻みながら回転を速め、ついに離陸する。短時間の旋回を行ってからヘリはシャーレに向かって動き出した。
ヘリが上空を飛んでいる間、私は地上を走ることになる。先生が私を気遣ってくれてなのか市街地のような狭い道ではなく比較的広めな、かつ人気のない道を進んでいた。キヴォトスは人気の盛んなところだと思っていたが、今走っているような人の居ない場所もあるらしい。私はまだキヴォトスに多数ある学園の一つしか見ていないのだからそういう所を知らないのは当たり前なのであるが。
この世界の統治は良く分からない。学園ごとに自治区を持っているようだが、つまり学園を中心にして町が出来上がっているということか。生徒があれだけのことをしでかせる世界なら学園が持っている権力も大きそうだ。生徒全員が銃を携帯しているキヴォトス……やっぱりルビコンより治安悪いのでは? それにユウカがしれっと戦争が起こるなんて言い方していたが、彼女が言っていた名前は恐らく学園の名前だろう。学園同士で戦争が起こるってどういうことだ。企業じゃあるまいし。
ここまで言っておいて私は最後にある結論にたどり着いた。ここじゃそういうものなのかもしれない。そもそも戦いしか知らない私だ。そのほかのことはウォルター達から教えてもらった以上のことを知らない。だから私が思っている学園はただの私の妄想で、キヴォトスの学園が本来の学園の姿なのかもしれない。
シャーレに着いたのは日も完全に落ちたころだった。町の中にそびえる一際高い建物。あれがシャーレが所有するビルだ。周りの建物との差が激しいだろうか、ミレニアムタワーよりも目立つ印象を受ける。私がビルの前で待っていると上空からヘリが下りてきた。ヘリはビルの裏手に降りた。しばらくして先生が機体の足元までやって来た。
「お疲れ。遅くなっちゃったね」
『本当に疲れたよ。すぐにでも休みたいぐらい』
「じゃあ早く中に入ろう。車椅子を準備するから機体の方を……待ってね、どこに止めてもらおう」
先生はまわりをキョロキョロと見渡し始めた。ACを置く場所を探しているようだが正直私は早くおりたかったので『どこでもいい。とりあえず降りられればいいよ』と伝えた。
「じゃ、じゃあそこにしよう」
そう言って先生が案内したのはビルの裏手、わずかにあった庭のような場所だ。何とかACが立って収まる程度の広さ。本当にとりあえず降りれる場所だ。先生が梱包を開けるのに苦心している間、私はそれを見守ることしかできない。残念ながらサーチライトの類も装備していないので手元を照らしてあげることすらできなかった。
ぼーっと先生の作業している姿を眺めているといつの間にか作業は終わり、説明書片手にリフトを操縦していた。車椅子とともに先生が上がって来たので私もコックピットを開けて出迎えた。リフトは機体から少し離れたところに上がっていた。
「えっと……どうやって伸ばすんだ? これか?」
先生が勘で押したボタンは見事リフトの先端を私の方へ近づけた。
「やあ。遅くなってすまんね」
私は静かに両腕を先生に掲げた。
「なるほど、そうやって降ろすわけね」
先生が私の腰に手を回して担ぎ上げる。流石大人の男性だ。ヒビキの時より動作がスムーズだ。
『ありがとう』
「いやいや。お礼を言われるほどじゃないよ」
先生はまた説明書片手にコンソールを弄っている。少々苦労しながらリフトを下ろし、私を地面に下した。
先生に押してもらいながら入ったシャーレのビルは一言でいうなら、広い、だろうか。一目で様々な部屋があるのだと分かった。
「居住区が上の階にあるから今日はもう休んでいいよ」
『先生は?』
「僕はまだこれから仕事があるから」
『そう。頑張ってね』
「うん……がんばる」
さっきまではきはきとしゃべっていた先生の声は途端にしゃがれ、顔も悲壮感がにじみだしていた。相当仕事が嫌なんだろうなと思った。私と先生は二人エレベーターで上階に上がった。部屋はいくつもあるから好きな部屋を使っていいよと言われたので私は適当にエレベーターに一番近い部屋を選んだ。中はミレニアムで見た寮より広く、内装も豪華だった。まるで権力の違いを見せられているようだった。
先生の力を借りてベッドに座らせてもらった。先生は最後に「何かあったらいつでも呼んでね」と言って部屋を出ていった。
実際先生ってどうやって移動してるんでしょうね。ヘリを持ってるとか電車が通ってるとかいろいろ情報はあるんですけどね。
次回から本筋に戻ります。多分
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7話
あれから数日経った日のこと、先生にモモイからメッセージがあったという。どうやら手伝ってほしいらしい。当初先生だけで行こうとしていたが、私もついて行こうとすると「いいよ。ちょっと手伝ってくるだけだから」と遠慮した。
『一応、私はシャーレ所属ということになっててそこのボスである先生を護衛するのは当たり前のことだと思うけど』
「ボスだなんて大げさな。別に危険はないよ」
『本当に? ここ数日呼ばれた場所のほとんどで先生は危険がないと言って銃撃戦に巻き込まれてたのに?』
「うっ、そ、それは」
『私はあなたを護衛する。猟犬が飼い主を守るのも当たり前だから』
「か、飼い主ってそんな。別にレイヴンとそういう上下関係を築くつもりはないよ」
『そこは重要じゃない。いや私にとっては重要だけど……とにかく、私のあずかり知らないところで飼い主が死ぬのはもう嫌だから』
私がそういうと先生は「分かった」と言って私が同行することを了承した。しかし私が行くとなると当然ACに乗るということで、そうなるとほぼ必然的に先生もACに乗せていくことになるわけだ。シャーレからミレニアムまであの遠い道のりをブースト移動だけで向かうのは、電車を乗り継ぐよりも早いが私が疲れる。私は何とかアサルトブーストを使えないかとACに乗り込みながら考えた結果一つの妙案が思いついた。
『先生、車持ってる?』
「車? 何台かあるけど」
『一番小柄なやつ乗ってきて』
先生は言った通り小柄な車に乗って来た。私はそれをおもむろに掴むとアサルトブーストを使ってミレニアム学園へと出発した。先生は車の中で悲鳴を上げている。時速百キロは出ているだろうが二百も三百も出ているわけではないと思うので車が壊れることは無いだろう。ENギリギリまで飛んで着地して、回復したらまた飛んでいく。外の景色はとても早く移り変わっていく。景色を見ているような余裕はない。見てたらぶつかってしまうかもしれないから。
ミレニアムからシャーレにやってくるよりも断然早く来れた。六日ぶりのミレニアムは記憶の中と寸分違いなかったが以前よりも活気に満ちているような気がした。いや、実際そうなのだろう。生徒があちらこちらに走り回っているのが見える。前はあれほど興味を持っていたACにも一瞥するかもしくは気にも留めていない。
私は持っていた車を下したが先生は降りてこなかった。
『先生?』
返事がない。窓を覗いてみると先生は起きているが呆然としている。
『先生』
今度は窓を叩いてみた。先生はそれでやっと我を返したようで一度体がはねてからこちらを向いた。
「え、あ、な、なに?」
『ついたよ』
「え、も、もう?」
先生は周りをキョロキョロとしてそれから「本当だ」とつぶやいた。もう一度車を下すと今度こそ先生は車から降りてきた。なんだか足がおぼつかない様子だが大丈夫だろうか。
「う、うん。大丈夫。ちょっとねまだ足が」
先生は近くの壁に手をついている。まあ多分大丈夫だろう。
『それじゃ私も降りてくるから』
「何処に行くの?」
『エンジニア部の所。あそこじゃないと降りれない』
「リフトは持ってきてないの?」
『連絡したら向こうで用意してくれるって』
「じゃあ車椅子も用意してくれてるんだね」
『え?』
「え?」
車椅子……しまった。向こうに置いて来てしまった。ミレニアムに早く行く方法ばかり考えていた。リフトを向こうで準備してくれると聞いてなぜか車椅子も用意してくれてくれると勘違いしてしまった。これでは彼に付き添うことができない。
『ごめん置いて来た。付き添えない』
「大丈夫だよ。ここまでくればモモイたちがいるから」
まあ学園にまで付いたのなら……あの四人なら大丈夫か。
「何かあったら連絡するからさ」
『ごめん』
私はもう一度謝った。先生はもう一度「大丈夫」と言ってさっきよりはマシでも、やはりまだおぼつかない足取りでゲーム開発部の元に向かって行った。私は彼が建物の角を曲がって見えなくなるまで見送った。
エンジニア部のところまで行くと三人が快く出迎えてくれた。部室には前もって知らされていた通り前回くれたリフトと似たようなものが用意してあった。
「やあレイヴン久しぶりだね」
「元気にしてた?」
「お久しぶりです!」
『久しぶり。用意してもらって悪いんだけど車椅子を忘れちゃって降りれないの』
「ん、そうなのか? あの車椅子は試作品だったから予備は無いんだ」
「それなら機体を調べてもいいですか? 前は私参加できなかったので調べたいことがたくさんあるんです!」
「うん。前回は途中で止められちゃったし。レイヴンさえよければ調査の続き、やってもいいかな」
『うん。いいよ。ごめんね、わざわざリフト用意してくれたのに』
「いや、構わないさ。レイヴンに言うのはあれだが私たちにとっては棚ぼただ。さあ準備するぞ!」
ウタハが声をかけると二人は手際よくリフトを片付け始めた。その間私は部室を観察していた。以前よりも散らかっているような気がする。外の活気の良さと何か関係があるのだろうか。私はほぼ無意識的にウタハに聞いていた。
「なんか今日は騒がしいね」
「ああ、今日はミレニアムプライスの応募締め切り日だからな」
『ミレニアムプライス?』
「ミレニアム中の生徒がこぞって参加するイベントだよ。部活動の中で制作された作品が集まって一度に審査を受けるんだ。いわば博覧会みたいなものさ」
博覧会か、しまった博覧会が何なのか私は知らない。
「ん? 博覧会を知らないのか。まあいろんな作品が集まるイベントなのさ」
『ウタハたちは何か出すの?』
「ああ、出したよ。透ける下着だ」
『透ける下着……つまり下着が透けるってこと?』
私は困惑のあまり同じことを聞き返していた。もしかしたら聞き間違いという可能性もあるからだ。しかしその希望はウタハの自信満々の返事によって早々に打ち砕かれた。
透ける下着ってどうなんだ。いやどうも何も駄目だろう。何のための下着だ。透けてては意味が無いだろう。何故下着を透けさせようなどと思ったのか、理由が気になる。
「理由? 理由はな……とある学園のとある生徒の話を小耳に挟んだのが始まりでな——」
ウタハは長々と開発した経緯を熱弁していた。要約すると別の学園に出没する露出狂をヒントにして作ったらしい。下着が透けるメカニズムは良く分からなかった。私は多分引いていた。それが文字でも伝わったていたのだろう。
「レイヴン、引いているようだが君の格好もなかなかだと思うぞ」
確かに私は全身包帯だが、露出しているよりかはマシだと思う。
『ヒビキとコトリは何か出すの?』
私は話題を変えようと二人に同じことを聞いた。
「私は何も出してないよ。今回は出さなくても実績は十分あるし。コトリもミレニアムプライスで司会やるから何も出さないよ」
『実績? 何かに必要なの?』
「生徒会の方針が変わってね、部の予算が下りるのに一定の実績が必要になったんだ。これはつまり極論を言えば実績が無ければ廃部になってしまうということだよ。だから今回のミレニアムプライスでどの部も実績を残そうと必死なんだろうね。特に今まで碌に実績を残してなかった部活はね。今回のゲーム開発部の行動もそういう背景があるんだろう」
あの日はキヴォトスにやって来た日でまだ右も左も分かってないのに急に仕事を頼まれて言うがままに動いたから、ゲーム開発部の事情がどうかなんて全く考えていなかった。今考えればあれだけの騒動を起こしたということは相当切羽詰まってたということだが。
『ゲーム開発部ってそんなに切羽詰まってたの?』
「さあ、私はアリスがやってくるまでゲーム開発部とは接点がなかったから良く分からないよ。でも以前にゲーム開発部が作ったゲームはミレニアムで話題になっていたかな」
『へえ、結構いいもの作るんだね。それなら実績とかたくさんありそうだけど』
「悪い方でな。私は実際にプレイしていないが聞いた話だと相当アレなものだったらしい」
その言葉で私は一気に不安になった。果たしてそんな状態で出展しても大丈夫なのだろうか、と思わず他人の心配をしているとヒビキがウタハに話しかけているのが見えた。
「レイヴン、準備ができたみたいだから外に出てくれないか」
『外? 中で調べるんじゃないの?』
「今回調べたいのは駆動系だからな。外じゃないと調べれない」
『いいの? ユウカにはまだACの整備は認められてないんじゃなかったっけ』
「今からやるのは整備じゃなくて調査だ。それに君がいいと言ったんだから別に構わないだろう」
果たしてそれでいいのだろうかという考えは置いておくことにした。まあ向こうがいいならそれでいいか。
外に出るとそこには見慣れない機械が置いてあった。
『これは?』
「速度測定器だよ。これであなたの機体が出せる速度を測定するの」
「歩く速度、ブースト移動の速度、それと今日君が使っただろう特別な移動法もね」
『アサルトブーストのこと?』
「多分それだ。シャーレからここまで短時間で来れるそのアサルトブースト、どれくらい速度が出るのか楽しみだよ」
私はウタハたちに言われるがまま速度測定器の前を何度も行き来させられた。まずは歩きからだった。測定器から百メートル離れたところから歩くように言われた。私は指示通り、測定器を通り過ぎるまで歩いた。その後引き返すように言われて、引き返した。二往復したところで一度止まった。
「ロボットでこれぐらい早く歩けるものはないよ。ほとんど人間をそのまま巨大化させたような速度だ」
ような速度だ」
『キヴォトスのロボットって早く動けないの?』
「人サイズとかドローンは発展してるけど巨大ロボットはそこまでだね。コストがかかる割には強靭性とか俊敏性とか、とにかく扱いにくいからね」
そういうものか。確かにロボット自体はよく見るがACのような機体は見ていない。ACが巨大だと言ってるぐらいだからそういうものなのだろう。
巨大だと言ってるぐらいだからそういうものなのだろう。
その後、ブースト移動を測定した次、いよいよウタハたちが一番楽しみにしていたというアサルトブーストの速度測定が始まった。同じく百メートル離れた場所で待機する。
「それじゃ始めてくれ」
ウタハの合図とともに私はアサルトブーストを起動させた。景色はモザイクのように移り変わり、百メートルという距離は僅か数秒で過ぎ去ってしまった。測定器を過ぎたと認識してから止まっても数十メートルは余分に進んでいた。さっきは通り過ぎてからすぐに引き返すように言われたのだが、今回は何も言ってこない。
『引き返す?』
私が聞き返すとウタハは声に詰まったかのように息を吐いてから言った。
「すごいなレイヴン。三百キロ近く、いや三百キロを超えてるぞ」
『え、そんなに早かった?』
てっきり百キロちょっと程度だと思っていたのでまさかこれほど速度が出ているとは思わなかった。いや、実際ブースト移動の時に車と遜色ないスピードを記録していたのでその時点で怪しいとは思っていた。
アサルトブーストを気に入ったウタハたちはその後の調査をアサルトブーストをメインに行った。移動速度はもちろん持続時間や、上昇速度、ひいてはブースター本体やジェネレーターを調べたいとまで言ってきた。あれもこれも調べているうちに日は沈んでいった。
暗くなってきたのでサーチライトを取ってこようかという話になっていたころ、突然一発の銃声が鳴り響いた。大音量で重厚な、ここ数日聞き続けた銃声よりも重い音はなんだか聞き覚えのあるものだった。
「おや、これは狙撃銃かな?」
ウタハがそうつぶやいた直後、先生から通信が入った。
「レイヴン、た、助けてくれ!」
『どうしたの先生?』
「め、メイド部と生徒会に襲われてるんだ!」
『え、なに、何かやらかしたの?』
「わからない、けど襲われてるのは確かなんだ! うわっ!?」
通信先から先生の悲鳴と一緒に銃声が聞こえた。それは同時にこちらでも聞こえてきた。どうやら本当に襲われているらしい。
『場所は?』
「場所? えっと……ここって今どこ? え、えーっと、きゅ、旧校舎に向かう道だって!」
旧校舎ってどこだ。私はミレニアム学園の構造を把握しているわけじゃない。それなのに今初めて聞いた場所の位置が分かるはずがない。
「レイヴン? 何かあったのか」
私がウタハに対してずっと黙っていたせいかウタハが私に何があったのか聞いて来た。
『先生がメイド部と生徒会に襲われてるみたい』
「それはまた……すごい面々に襲われているね」
『旧校舎ってどこ?』
「旧校舎? えっと……あっちだ」
ウタハが指さしたところを見た。かすかに周りの建物より古びた建物群が見える。
『ありがとう。ごめん、ちょっと離れないといけなくなった』
「いいよ。一大事なんだろう? また後で調べさせてくれたらいいからさ」
私はすぐに飛び立った。暗くて少し見えにくいが近づくにつれ生徒会と思しき人たちが移動しているのが見えた。その先に向かえば先生たちがいるはずだ。その時突然校舎を巨大な光が突き抜けていった。危うく直撃しそうになったが、間一髪避けることができた。一体何があったのだろうと、その先を見るとそこに先生たちの姿を見つけた。私は急いでそこまで飛んでいく。
「レイヴン!」
『大丈夫?』
私はその場に駆け付けた時戦闘が起こっていたようだが、当人たちは私を見て固まっている。
「お、お前あんときのでっけえロボット!?」
叫んだのは前回生徒会を襲撃した際遠目から見えた生徒だ。相変わらずガラの悪い目つきと服装をしている。
『先生、とりあえず今のうちに逃げて』
「う、うん。アリス! 逃げるよ!」
先生の掛け声に全員踵を返して逃げ出した。
「あ、おい待て!」
ガラ悪少女が追いかけようとしたので私はそれをルビコン神拳で阻止しようとした。
キヴォトスの人は丈夫らしいしルビコン神拳を食らっても多分大丈夫だろう。それに殴るんじゃなくて壁に押し付けるだけだから威力は高くない。しかしガラ悪少女は素早く反応し、後ろに飛びのいた。私のルビコン神拳は不発に終わったが結果的に道を防ぐことに成功した。彼女は私の腕に銃撃をかましたがそんな豆鉄砲ではかすり傷もつかない。
先生たちが十分逃げ切ったと認識すると、私は腕を抜いて先生の所へ先回りしに行った。
ルビコン神拳って通常プレイだとベイラム部隊迎撃ぐらいでしか使わなさそうですよね。初見時はルビコン神拳自体知らなくて右手武器も両肩ミサイルも尽きてから残党をショットガンで殲滅してました。
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8話
先生たちと合流した私は全員を乗せ早々に旧校舎を離脱した。飛びながら離れると足元では上を見上げ呆然とする者、こちらを撃とうとして止められるものもいた。
『怪我はない?』
先生に聞くと彼含めて全員怪我は無いようだった。
「びっくりした、急に襲われるから一体何事かと」
「お姉ちゃんがまた何かやらかしたのかと思ったよ」
「こ、怖かった」
「アリスはしばらくチビのメイド服を見たくありません」
三者三様の感想があるようだが一先ず降りる場所を探さないといけない。もうエネルギーがぎりぎりだ。誰もいないグラウンドに着地し、少ししてからまた飛び上がる。どこまで逃げようか。とりあえず戻ると言ったのでエンジニア部でいいや。
エンジニア部の格納庫まで戻るとスタンドライトが焚かれており、地面が照らされていた。近くで降りてからライトの中心まで歩いた。
「やあ、早かったね」
『ちょっと行って回収したらすぐ逃げてきたからね』
「それうちにまで追撃来ないだろうね」
『さあ、それは分かんない』
「もしうちに来たら大人しく君たちを差し出すよ」
「おっとそうなる前に戻るとするよ。レイヴンそろそろ帰ろうか」
『まだウタハたちが調べたいことがあるみたいなんだけど』
「あともう少しだけいいかい。すぐ終わるから少しだけ時間をくれないかい?」
「うん。構わないよ。僕もここで待ってるから」
ゲーム開発部とはここで一度別れた。ライトで照らされる中、エンジニア部に機体を弄られること一時間ほど、やっと満足したエンジニア部は私を解放してくれた。
「待たせたね。ACにはまだまだ分からないことがいっぱいあるからついつい熱中してしまうんだ。だがいつまでも拘束するわけにはいかないからな。レイヴンがうちに入ってくれればいつでも触れるんだが」
『ごめんね。今の飼い主は先生なんだ』
「飼い主? ふーん?」
ウタハは私の言った「飼い主」という言葉が気になったようだ。私と先生を見比べてなにか察したような声を先生に向けていった。自分が誤解されていると気づいた先生は慌てて弁明した。
「違う、違うよ? 決してそんな関係とか築いてないよ? 飼い主ってレイヴンが勝手に言ってるだけだから」
「はは。まあ先生がそう言う人じゃないって知ってるからそこまで心配しなくてもいいさ。次来るのはいつだい?」
「三日後かな」
「三日後……ミレニアムプライス当日か」
「うん。ちゃんと結果を見届けないとね」
「君の望む結果が得られることを祈っているよ。それじゃまた三日後に」
エンジニア部と別れ、学園の入口まで戻って来た。駐車場に先生が乗っていた車が置かれている。
「帰りもあれで帰るの?」
『うん。その方が早い』
「でももう結構暗いよ? 暗い中あのスピードで帰ったらぶつかるかもしれない」
『大丈夫、暗くても何とか見えるから』
「ライトとかないの?」
『生憎ついてないんだよね。今度エンジニア部につけてもらおう』
三日後のミレニアム学園の空は晴れていた。雲は幾つかあるが青の割合が多いから晴れだ。学園はにぎわっていると思っていたが意外にも部分的にそうではなかった。校舎の外には誰も歩いておらず、そのミレニアムプライスが開催されている様子はない。聞けばミレニアムプライスは専用の会場で行われているらしい。だから生徒は皆会場に行っているか、中で中継を見ているかのどちらからしい。ゲーム開発部は後者だった。
機体をエンジニア部に預けに行くとコトリの姿は無かった。三日前に言っていた通りミレニアムプライスの進行役として会場に行っているらしい。ウタハとヒビキも中継を見るそうだ。
ゲーム開発部の部室には初めて入った。良く分からない機械がたくさんあったがその全てが昔のゲーム機だという。少し前までそのゲーム機のいくつかで遊んでいたのか本体とコントローラー、いくつかのカセットがテレビの前に散乱していた。
「ねえねえアリス、見て見て~。じゃ~ん、メイド服~!」
「ひぃ!」
モモイがアリスにメイド服を見せるとアリスは反射的に飛びのき私の後ろに隠れた。どうやらアリスはメイドに、特にあのガラ悪少女に相当なトラウマを植え付けられたらしい。そういやあのガラ悪少女はネルと言うらしい。あれでも三年生だそうだ。てっきり一年生かと思っていた。
ユズ曰く旧校舎を壊した件はC&C、あのメイド部が処理したそうだ。私のルビコン神拳で壊した壁も含めて。
「あ、あとネル先輩から伝言。『また会おう』……って」
「ひぃ!」
ユズの追い打ちにとうとうアリスは私の後ろからロッカーに隠れてしまった。
「ああっ、アリスちゃん! ロッカーの中に入っちゃダメ! ユズちゃんを見て変なこと覚えちゃったよ!」
ロッカーがガタガタと揺れて上にはヘイローが浮いている。ユズも同じことをしているのか、当人は苦笑いをしていた。
「ふぅ……まあそれならそれでよかった。ところで」
「うん。ミレニアムプライス、始まったね」
もうそんな時間か。時計を見ると確かに開始時刻が間近だ。
「もし受賞したらクラッカー鳴らそっか。でも、もしそうじゃなかったら」
「すぐに荷造りしないとね。私たちはさておき、ユズちゃんとアリスちゃんは」
ミドリが意味ありげに言葉を濁すが、当の本人たちは何もしゃべらない。先生もその言葉の意味が分かっているのか重苦しい表情をしている、事情を理解できていないのは私だけの様だ。私は一体どんな事情があるのか聞こうとしたが、その時テレビからコトリの声が聞こえた。
コトリは今回のミレニアムプライスでは史上最多の応募数であることを告げた。ウタハの予想通りだ。そのことにモモイとミドリは苦言を呈した。
次にコトリは前回の優勝作品を紹介した。詩集だった。なぜサイエンススクールで詩集が優勝できたのだろう。その疑問は誰にも話さなかった。不眠治療に最適だと紹介されてその詩集がどういうものなのか予想できた。
コトリは今回の応募作品をいくつか紹介した。いずれも何に使うのか良く分からない代物だった。ただその中の一つとして通り過ぎた「光学迷彩下着セット」という言葉に気が行った。多分、いや絶対にウタハの作品だ。透ける下着と言うとしょうもないが光学迷彩とつくと途端に格好良く見えるのは一体なぜだろう。その疑問も誰にも話さなかった。
「——そして! 今キヴォトスのインターネット上でセンセーションを巻き起こしている、スマホでマルチプレイが楽しめるレトロ風ゲーム、『テイルズ・サガ・クロニクル2』などなど!」
ああ、ゲーム開発部の作品だ。前作はとてもひどい内容だったらしい。三日前に先生から話を聞いて2の方をやってみた。いろいろ言ったが私はそもそもゲームを遊んだことがないのでゲームの良し悪しは分からなかったが普通に楽しめた。
「今回出品された三桁の応募作品のうち、栄光の座を手にするのは、たったの七作品!」
ユズが覚悟を決める顔をした。
「それでは七位から、受賞作品を発表します!」
もう発表するのか。これから会場の中継とかを、とにかくまだ審査とか終わってないんじゃないのかと思ったが、そういえば応募締め切り日が三日前だった。だからこの三日間で審査を終わらせていたのだ。てっきり作品を紹介してくれるものだと思って少し期待していたのに残念だ。
「七位はエンジニア部、ウタハさんの『光学迷彩下着セット』です! これは身に着けてもその下の素肌が見えてしまうため、着ているのかそうでないのか分からないというエキセントリックな作品ですが、露出症の患者さんが合法的に趣味生活を営めるようになるという点で、大変高い評価を……その評価をした審査員が一体誰なのか、気になってしまいますね! とにかく七位!」
早速ウタハの作品がランクインしていた。よくあれでランクインしたものだ。まあ他に紹介されていた作品をみればウタハの作品でもまだマシなのだろう。と言うか評価したの絶対噂の生徒だろう。
七位の紹介にモモイたちはホッとしていた。どうやらもっと上の順位を期待しているそうだ。その後も六位、五位と紹介されるがゲーム開発部の作品は発表されない。
「私たちの名前……呼ばれないね」
ミドリが不安そうな声を上げた。四位が紹介される、ゲーム開発部の名前は出てこない。モモイも早く出してほしいと言い出した。
「さあ、ここからはベスト三です! 三位は!」
「も、もう心臓が持たない!」
「お願い……お願い」
「僅差で二位を受賞したのは!」
「お願いします、私たちの名前を!」
「くっ、二位でもない! って言うことは!」
「最後に! 今回のミレニアムプライスで、最高の栄誉を受賞した作品です! その一位は!」
「うぅっ!」
「CMのあとで!」
その瞬間全員がずっこけた。テレビを見ているとよくある手法だ。私も肩をすくめた。しかしモモイは「アリスっっ!」と名を呼んだ。アリスも「充電完了、いつでも撃てます!」と言って背負ったバカでかい兵器をテレビに向けた。私たちは慌ててアリスをなだめた。私は動けなかったので腕だけ動かしてあわあわしているだけだった。
「うぅっ、焦らさないでほしい」
きっと私以外はCMを見ている間生きた心地がしなかっただろう。私も暇をしてたのでゲームの続きをしていた。
「あ、レイヴンさんもテイルズ・サガ・クロニクル2やってるんですか? お、面白いですか?」
ミドリが私の画面を覗いてそういった。スマホから手を離せなかったので首で頷いておいた。ミドリはほっとしたようだ。モモイもそれに食いついてきた。「どこまで進んだ?」と画面を覗いてきた。どこまで進んだと言われても、ゲームを始めたのは三日前だし、ゲーム自体にも慣れないのでまだ序盤だ。モモイも「そこかー、そこはね」と言って先の展開を言いやがりそうになった。ミドリが「ネタバレしちゃダメでしょ!」と止めてくれたおかげで私はワクワクを逃さずに済んだ。
結果的に焦れったいCMの待ち時間は過ぎていた。私は全くゲームに集中できなかったが。
「さあそれでは発表します!」
コトリの声が聞こえてきた瞬間、私に群がっていたモモイたちは一転してテレビの前に飛んでいった。
「待望の一位は……新素材開発部——」
瞬間テレビの画面が撃ち抜かれて何も見えなくなった。撃ったのはモモイだった。
「うえぇぇん! 今度こそおわりだぁぁぁぁぁ!」
モモイの嘆く声に同調するように周りの顔も下がっていく。
「ここを追い出されたら、ユズちゃんとアリスちゃんは」
またその話か。一体何が問題だというのだろう。
「心配しないで、ミドリ。わたし、寮に戻る」
「え?」
「もう私のことを、クソゲー開発者って呼ぶ人はいないと思う」
なるほど、読めた。要は前回の作品のせいで寮に戻れなくなってしまったのだろう。ではユズはずっと寮に帰っていなかったということか? では一体今までどこにいたのだろう。
私は自然とロッカーに目が行った。いや、まさか。まさかね。
私が一人自問自答している間に先生たちの間には相変わらずしんみりムードが漂っていた。
「ただ、アリスちゃんは」
「うん、私に任せて。アリス、シャーレに来る?」
おや、アリスがシャーレに来るのか? なぜそうなるのか分からなかったためようやく先生たちに事情を聞くことができた。
「アリスはもともとミレニアムの生徒じゃないんだよ。廃墟で見つけたんだ」
『へー、よく学園に入れたね』
「うん、ちょっとヴェリタスの人に手伝ってもらって」
あのハッカー集団か。なんだか私と似たようなことしているな。いや、私の場合は名義を借りているだけだが。
「もう……もう、みんなとは……一緒に、いられないんですね」
「うっ、ごめんね……ごめんね、アリスちゃん! 私、毎日シャーレに行くから! 本当に、絶対に毎日行く!」
おお、ミドリも来るのか。シャーレが賑やかになってよさそうだ。
「うううう……やっ、やっぱり嫌! 先生! やっぱアリスを連れていっちゃだめ!」
『えー、モモイも毎日シャーレにくればいいんだよ』
私はモニターにそう打ち込んだが誰も見てくれなかった。皆アリスを囲んで、抱きしめている。その時突然部室の扉が開いた。
「モモイ! ミドリ! アリスちゃん! ユズ! きゃぁっ!?」
部室が狭かったので私はドアの真ん前にいたのだが、そうなると当然ドアにぶち当たる。案の定、勢いよく開け放たれたドアは私の車椅子に激突した。幸い頭には当たらなかったがとても驚いた。
「れ、レイヴン? ごめんなさい。気づかなかったわ。あ、それよりも……おめでとうっ!」
ユウカがそういうとモモイとミドリは一体何のことか分からずに硬直していた。
「え?」
「え、えっ?」
その場にいた全員が混乱していた。
「え、何この反応? 結果、見てなかったの?」
「結果?」
「私たち、七位以内に入れなくて」
「はぁ? 何を言っているの、今も放送中なんだからちゃんと見てなさいよ」
「お姉ちゃんがディスプレイを吹き飛ばしちゃって」
「ほんとに何をしてるのよ……ほら、見て見て。私もスマホで見てて、途中から走ってきたの」
なんだスマホで見れたのか。それなら私も最初からスマホで見ていればよかった。ユウカのスマホにみんな群がっているが車椅子の私はその輪に入りきれなさそうだったので自分のスマホで見ることにした。そこには審査員の姿が映っていた。
「今回は『特別賞』を設けます、その受賞作品は……ゲーム開発部の『テイルズ・サガ・クロニクル2』です」
「えぇ、嘘っ!?」
「何が起きてるの?」
どうやら特別賞を受賞したらしい。審査員の言葉は私にはよくわからなかったがとりあえず高評価を推しているのは分かった。
「モモ、ミド!」
また誰かがドアを開けた。さっきよりも強い力で開けられたので車椅子もそれより揺れた。変な悲鳴、は出なかったがこの際出た方が面白かっただろう。私はただ無言で首を強く揺らされただけだった。
「わっ、大丈夫?」
『びっくりした』
声の主は……確かヴェリタスの誰かだった。名前は知らない。一体何をしに来たのかと思えばゲームの感想を言いに来ただけだった。
ゲーム開発部は今回の特別賞で廃部を免れることになった。つまりアリスがシャーレにやってくるという件も無くなった。私はそれが少し寂しかったが、モモイたちはとても喜んでいたので言及はやめておいた。
ミレニアムプライスの行方を見届けた私たちはシャーレに帰ることになった。エンジニア部に預けていたACを引き取り、アサルトブーストで以て短時間で帰る。四回目ともなるといい加減慣れたのか、先生と会話する余裕もできた。
「そういえば、アリスに来てほしかったの?」
先生は唐突にそう聞いた。私は『なんで?』と聞き返した。
「だって廃部を免れた時にレイヴン少し寂しそうにしてたから」
『顔に出てた?』
「うん」
『まあ、大体一人で過ごしてるから。仲間ができるかもって思って』
「僕がいるじゃないか」
『先生はほとんど仕事で忙しくしてるじゃん。帰ってもまだ仕事あるでしょ』
「うっ、嫌なこと思い出させてくれるね」
私と先生は二人、夕焼けに照らされる中爆速でシャーレに帰った。その日、先生が徹夜したのは言うまでもない。
次回ですが、当初は二章を書く予定でしたが調べると時系列では二章はかなり後みたいですね。時系列は実相順らしいのでこのお話もそれに沿うことにしました。よって次回からエデン条約編に入ります。
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エデン条約編一章
9話
トリニティはミレニアムに比べると少し古風な建物が多かった。そして今私たちがいる場所はさらに古風な場所であった。目の前にある大きなテーブルには様々な見たこともないお菓子が並べられており、見るからに高級そうなティーカップが私の前に置かれている。
目の前にいる二人は今回先生を呼び出した張本人だ。最初は先生だけを招待したかったらしいが、私がどうしてもついて行こうとしたため、ついでに私も招待してもらった。それにしても招待という形式が少し引っかかった。
れにしても招待という形式が少し引っかかった。
「初めまして、先生。私はトリニティの生徒会長の桐藤ナギサと申します。こちらは同じく生徒会長の聖園ミカです」
ミカと紹介された少女はこちらに手を振った。第一印象だとナギサとは対極にあるような性格だったが多分実際にそうなのだろう。
「あなたが噂の先生ね。それであなたは……全く知らない人だね。ヘイローがないし、あなたも先生と一緒にキヴォトスの外から来た人? 名前は? あのでっかいロボットは?」
『私はC4-621。旧型の強化人間。みんなはレイヴンって呼んでる。あれはAC』
私はミカの質問に一つ一つ答えた。するとミカはさらに私に興味を持ったようだ。
「じゃあ、私もレイヴンって呼ぶ。621って囚人番号みたいでいやじゃん? ACって何の略? そういえばなんで全身包帯だけなの? 怪我?」
「ミカさん、気になる事がたくさんあるのは分かりますが初対面の方にそのような態度は礼儀がなっていませんよ」
止まらない質問の波にナギサがすかさずストップを入れた。ミカは「う、確かに……ごめんね?」と言って私の元から離れた。正直助かった。
「さて、トリニティの外の方がティーパーティに招待されるのは私の記憶が正しければ、先生とレイヴンさんのお二人が最初です」
「あ、ナギちゃんもレイヴンって呼ぶんだね」
「ミカさん?」
ナギサの顔は穏やかなままだったが、その内側から怒りの感情がにじみ出ていた。私はすぐにナギサが怒らせたら怖い人だと直感した。先生もそれを察したのか苦笑している。ミカは「ごめん。静かにしてる、できるだけ」とおおよそ守れそうにはない約束をして一歩下がった。
「今回先生をご招待したのはお願いがあるからです」
「お願い?」
「あ、もう本題行っちゃう感じ? 折角だからもうちょっとお話しようよ。ほら、まだあのでっかいロボット、ACだっけ? あれのこととかさ。私すっごい気になってるの。ティーパーティって社交界でしょ? ならもっとコミュニケーション取らなきゃ」
「ミカさん。今回は私がホストです。そう言ったことはあなたがホストになった時に追及してください」
ミカが黙った。呼応してナギサも黙った。どう話を進めたらいいか分からない先生も黙った。声が出ない私は最初からずっと黙っていた。ミカも流石に少しやばいと思ったのか「あー……ごめん、黙ってる。できるだけ」とおおよそ守れそうにない約束をしていた。
ナギサは咳払いを一つして話を続けた。
「すみません、先生。まあ、ですがそうですね。少し話の方向を変えるというのもいいでしょうか」
「トリニティは生徒会長が複数いるんだね」
「はい、これはその昔、トリニティがまだ分割された学園だったころの名残があるんです」
「ナギちゃん、話は手短にね。社交界と言っても長すぎるお話はダメだよ?」
「当時トリニティには、パデル、フィリウス、サンクトゥスの三つの派閥がありました」
「あれ? 無視? 私の話無視されたの?」
「その派閥の間では長く紛争が起こっていました。その紛争を解決するために各派閥の代表たちが集まったことがティーパーティの歴史の始まりなのです」
「どうしようレイヴン。私ナギちゃんに無視されちゃった! 十年来の幼馴染なのに! 私そんなナギちゃんに無視されるようなことしちゃったかな?」
なぜかミカは私に助けを求めてきた。なぜ初対面の私に助けを求めてくる。というか無視される原因は正に今の言動だろうに。いい加減ちょっと大人しくしてほしい。こうもナギサの話の間に口を挟むとまた彼女の怒りが爆発しそうで恐ろしい。先生も顔は笑顔だが変な汗が流れている。
「こうして始まったティーパーティですが今も各派閥の代表がホストを——」
「レイヴン——」
「ああもう五月蠅いですね!?」
ナギサは何の脈絡もなく突然切れた。笑顔だった顔は完全に目が吊り上がっている。流石にミカも「ひぇっ」と小さく悲鳴を上げた。無論私もびっくりしたし、先生も肩を跳ね上がらせた。
「今私が話してるんですよ!? それなのによこからぐちぐちぐちぐち……おまけに初対面のレイヴンさんにだる絡み……その小さな口にロールケーキをぶち込みますよっ!?」
私たちの間に沈黙が流れた。全員がナギサの方を向いている。ナギサだけが唯一静かに肩を揺らしていた。数秒間その状態が続いただろうか。やがてナギサの顔は元に戻っていた。
「あら……すみません。私ったらなんて言葉遣いを」
「あ、あーうん。大丈夫気にしないで」
先生は笑って言ったが私はその顔が引きつっているのを見逃さなかった。
「さて、それでは今度こそ本題に入らせていただきますね。先生には補習授業部の顧問になってほしいのです」
「補習授業部?」
「はい。補習授業部、その顧問になってほしいとお願いしましたがどちらかと言うと担任の先生と言うのが正しいでしょうか。要は落第寸前の生徒を救ってほしいのです」
「はあ、まあそれぐらいなら全然かまわないけど」
「そう? よかった~。実は今の時期は忙しくってそこまで手が回せなかったんだよね~」
「何かあるの?」
「ちょっとエデン条約の件でね。どうしようかと思ってたんだけどちょうどシャーレの活躍を新聞で見てね。いろんな仕事をこなしているみたいだから丁度いいと思って!」
普段の活躍……ゴミ掃除やら、探し物やら、不良の制圧やら。果たしてそこに担任の先生につながるような活躍はあっただろうか。
「お願いできますでしょうか」
「うん、いいよ。僕にできる事ならなんでも」
「それではこちらが補習授業部の名簿になります」
ナギサは一冊のファイルを差し出した。先生はそれを受け取り中身を確認していた。ぺらぺらと一枚ずつめくっていたがあるページで手を止めた。
「あれ……この子って」
「どなたか知り合いでもいましたか?」
「いや、何でもないよ」
「そうですか。それでは最後に何か聞きたいことはございますか?」
「エデン条約って何?」
先生がその質問をするとナギサとミカの顔はこわばり互いに顔を見合わせた。
「すみません。エデン条約については先生にも知っていただいたほうがいいのですが、一応機密条項なので」
「またあとで教えてあげるよ」
「そっか。分かった。じゃあ僕たちはこれで失礼するよ。レイヴン行こうか」
『うん』
先生が椅子から立ち上がり、歩き出した。私もそれに続いて後ろからついて行く。あれから車椅子を一人で動かす練習をしたので、細かな動きはまだ難しいが日常生活においてはそれほど苦にはならなかった。
私は先生と移動している途中に気になったことを聞いた。
『さっきファイル見てるときに手が止まってたけどやっぱり知り合いがいたんじゃない?』
「まあね。レイヴンと出会う前に少しだけ一緒に行動してたことがあるんだ。でも落第しそうになる子じゃなかったはずなんだけどな」
先生はもう一度ファイルを開き、その知り合いと思われるページを開いたまま首をかしげていた。先生がそう言うなら恐らくそんな問題がある生徒ではないのだろう。
「とりあえず会ってみようか」
トリニティもまた広い学園だ。ACで移動するのが丁度いい。
補習授業部の一人がいるという教室に着いたらしいので、私はそこで先生を下した。私はいちいち車椅子とリフトを下すのが面倒だったので機体に乗ったまま先生を待つことにした。
あれから何度かエンジニア部の所に通ってできる範囲で機体を改修してもらった。現時点ではとりあえずライトをつけたのと、肩の部分にリフトと車椅子をまとめた箱を繋げられるようにしてもらった。誰かの手伝いが必要だがこれでいつでもどこでも乗り換えられる。あとマイクもつけてもらった。こちらから話せるのはまだ先生やウタハたちの他にはいないがこれで特定の人物以外の声も聞こえるようになる。ただその分派手な戦闘ができなくなったのは残念だ。まあ、武器を未だに廃墟に置いてきているのでそもそもできないわけだが。
しばらく待っていると教室から先生と一人の少女が出てきた。あれが先生の言っていた知り合いの生徒か。彼女は私の機体を見上げ、口をぽかんと開けていた。
「大きなロボット……ですね」
「彼女はレイヴンだよ」
「か、彼女? このロボット女の子なんですか?」
「ああいや、そういう訳じゃなくて。中に乗ってる子のことだよ」
「あ、ああ。そういうことでしたか。中に人が乗ってるんですね。初めまして阿慈谷ヒフミと言います」
丁寧に頭を下げて自己紹介をしてくれたので私も手を振って応えた。
「レイヴン。次の生徒の場所まで連れて行ってほしいんだ」
『どこ?』
「えっと正義実現委員会っていう所の教室なんだけど」
先生とヒフミの案内の元向かった場所は相も変わらず少し古風な建物だ。ここが正義実現委員会か。名前がなんか物騒だ。正義と言う言葉がきな臭い。
私は先生とヒフミを下ろしてまた近くで待機することにした。
「そこのロボット。もし中に人が居るようならすぐに外に出てきなさい」
待機しだしてからすぐにどこからともなくそんな声が聞こえてきた。ただ正面には人の姿が見えなかったので一体どこにいるのだろうと探すと、どうやらすぐ後ろにいたようだ。そこには三人の少女がいたが、うち二人は黒い制服を着ており直感的にこの二人は仲間であると察した。もう一人の少女は全体的に白、と言った印象があったがなぜかガスマスクを着けていた。
「あら、あのマークはシャーレの? と言うことは先生も近くにいるのでしょうか」
黒い制服を着た少女は警戒した顔をしていたが機体の胸に書かれたマークをみて警戒を緩めたようだ。シャーレに所属するようになってからいろいろと便利だからと機体にシャーレのロゴを入れたが実際にこれが楽だ。ACで赴くと驚かれたり警戒されたり、おまけに私がしゃべれないせいで話が全く進まないがシャーレだと分かると途端に話が進みだす。
「先生が何処にいるのか知っていますか?」
私は目の前の建物を指さした。
「教室に? 分かりました。ありがとうございます」
少女はお礼を言って建物に入っていった。それにしてもなぜあの白い少女はガスマスクをしているのだろう。
それからもうしばらくして、先生とヒフミは新たに三人ほどつれてきた。その三人はさっきのガスマスクの少女に水着の少女と、あとなんか……小さい少女だ。前者二人の印象が強すぎて特徴が思い浮かばなかった。ああ、そういえばさっき見た二人と同じような制服を着ている。ならあの制服は正義実現委員会のものなのだろう。その三人もやはり思った通りの反応を示したが、もう慣れたというかこの展開も飽きた。早々に五人を乗せて補習授業部の部室に向かうことにした。
部室に着くと流石に私も一緒に降りることにした。ヒフミたちには先に行ってもらい、先生に降りるのを手伝ってもらいたい。毎回毎回手伝ってもらうのも申し訳なくなってくる。
部室と言う名の教室に入るとヒフミ以外の三人はやはり個性が強かった。なにか変なことをおっぱじめそうな水着少女に、あと一か月は立て籠れるとかいうガスマスクの少女、あとは死にたいと呟き続ける正義実現委員会の少女だ。
彼女たちは先生と私が入室すると一斉にこちらを向いた。
「あ、先生と……どなたですか?」
『C4-621。レイヴンだよ』
「あ、あなたがあのロボットのパイロットさんですか?」
『そうだよ』
「ま、まさか、もっと大人の方かと」
「な、なによその格好! エッチなのは駄目! 死刑!」
突然ヒフミとの会話にキンキンと甲高い声で乱入する声があった。正義実現委員会の少女だった。
「あら、あらあら。もしかして私と同じような方でしょうか」
「ふむ。あなたがあのロボットの操縦者か。その全身の包帯、相当の戦士と見受けられる」
一人からは死刑宣告をされ、もう一人からは同類と言われ、そして最後になぜか尊敬された。全く収拾がつかない状況と言っていいだろう。私は打ち込むキーボードに手が動かなかった。
ヒフミが自己紹介をしましょうと言わなければこの混とんとした空間はずっと続いただろう。おかげで私も全員について把握できた。特にハナコに関してはデジャヴを感じた。ついでにこの部活についても詳しい説明を受けた。どうやらこの四人がこれから行われる三回の特別学力試験の一つに同時に合格できればこの部活から解放されるそうだ。
ハナコやアズサはともかくコハルが一番足を引っ張るだろうなと私は思った。そもそもの理由も変なプライドから来ているようだし、一応先輩であるハナコやアズサを先輩扱いしたくないと駄々をこねる姿が本当に子供っぽかった。
「先生はスケジュール調整や、補習を行っていただければと。レイヴンさんは」
『私はただの護衛だから。あとは先生の足』
「せっかくだからレイヴンも勉強していく?」
『え』
私は別に関係ないと思うのだが。ヒフミが「仲間が増えますね! あまり喜んじゃいけないかもしれないですけど」といって何か期待のまなざし的なものを向けてきたので断りにくくなってしまった。
「せっかくだから、ね」
先生にまで念押しされてしまったのでとうとう断れなくなってしまった。まあ、別に私は試験を受けるわけじゃないから別にいいか。
それから毎日放課後に私と先生はトリニティで補習授業を行うことになった。
ストーリーの文章そのまま使いまくったら利用規約に引っかかりそうなので話の流れは変えずに表現を変えまくりました。今後もそうなります。
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10話
放課後になって私たちが教室を訪れるとすでに四人は到着していた。挨拶もそこそこに早速自習時間が始まった。私も参加すると言ったので、先生から事前にトリニティの教科書と筆記用具類を渡されていた。適当に机の前に行ってから、教科書を広げてみる。幸運にもこの世界の文字は私でも読めた。しかし目の前の教科書に書いてあることは何一つ分からなかった。
「どう、レイヴン。分かる?」
『全然分からない』
「どこか分からないかな」
『全部』
「全部っ?」
『脳を焼かれてからこういう勉強は一切してないから』
「そうか……手術前の記憶もないんだよね?」
『ない。なんとなく体が覚えてるようなこともあるけど実質記憶喪失』
「うーん。それだと高校の教科書はまだ早かったかもしれないなあ」
『簡単な計算程度ならできるよ。九九はまだ覚えてる』
先生は腕を組んで考えだした。その様子を見てかヒフミが私たちの方に近づいて来た。
「どうかしましたか先生?」
「いや、レイヴンの学習状況がちょっと不透明でね。高校生の教科書はまだ早かったかもしれないと思って」
「レイヴンさんはどの学年なんですか? 一年生の教科書ならまだ持ってますから明日にでも持ってきますよ」
『私は脳を焼かれてるから自分の年齢が分からない』
「え、の、脳を焼かれた? え?」
ヒフミはその言葉を聞いて何回か「脳を焼かれた」と言うフレーズを繰り返しながら私と先生の顔を何度か見合わせていた。うん、この反応も見慣れたものだ。流石にルビコンでも脳を焼かれたと言えば多少は驚かれるだろうか。強化人間と言うと全てを察するだろうが。
「ま、まあともかく。小学生ぐらいのことは分かりそうだから中学生の教科書が適してるかなと」
「中学生、ですか……流石に中学生の頃のは全部処分しちゃいましたから持ってないんですよね」
「いやいや、気にかけてくれてありがとう。ところでそっちの方がどうかな?」
「思ったより順調ですよ」
そう言ってヒフミは三人の方を向いた。アズサがしきりにハナコに質問をし、ハナコはその質問に的確に答えれているようだ。
「大丈夫そうだね」
「はい。ハナコちゃんがすごくって、アズサちゃんも学習意欲たっぷりです!」
二人とも思ったよりずいぶん勉学に励むみたいだ。そういえばアズサは成績と言うより素行が原因だった。ハナコは先ほどの会話を聞いていた感じでは成績は優秀そうだがなぜ落第しかけているのだろうか。二人の間には賢そうな話題が広がっており、私にはその内容が分からなかった。国語なら何とか理解できるだろうか?
「アズサちゃんは古代語が読めるんですね?」
「ああ、昔習った」
駄目だやっぱり分からない。なぜ古代語なんだ。今の言語を習えばいいだろうに。
一方コハルは一人で教科書を眺めていた。難しそうな顔をしている。多分理解できてないのだろう。ハナコに質問すればいいだろうが、さっきの言動からして質問とかはしなさそうだ。
アズサの質問に答えていたハナコがふとコハルの開いていた教科書を覗いた。
「コハルちゃん? そこは今回のテスト範囲ではないですよ?」
「え、は? う、嘘。あ、いや、ち、違うし! ちょっと予習してただけだもん! 今回のテスト範囲が簡単だから早く終わっちゃって、だからちょっと予習もしておこうかなって」
うーん。言い訳が苦し紛れすぎる。ヒフミも苦笑していた。
「まあコハルちゃんも実力を隠してるみたいですし、もしかしたら一次試験で全員合格できちゃうかもしれません。実は私とっても心配だったんですよ。一次試験で不合格者が出たらティーパーティから合宿をするように言われてまして。もし三次試験に合格できなかったら」
「出来なかったら?」
「いや、大丈夫です。きっと杞憂に終わるはずです!」
そうして日は過ぎ、第一次特別学力試験が行われた。先生は試験の監督者として、私は……自由にしていいと言われたので邪魔にならない程度に適当に時間をつぶしておくことにした。教室の後ろの方でゲームでもしておこうと思ったがなんとなく雰囲気的にしにくかったので漫画にしておいた。
チャイムと先生の合図とともに試験が始まった。全員が一斉に用紙に記入する音が聞こえはじめる。試験の時の静けさは独特の空気が流れていた。なぜか無関係の私までも緊張感に包まれている。先生は基本的に黒板の前で座っているが、時折立ち上がってはヒフミたちの様子を一人一人見ていた。
五十分間の試験時間が終わった。チャイムとともに張りつめていた空気は緩んだ。先生が四人の試験用紙を回収し、この日の活動は終わった。結果は明日届くそうだ。
翌日、試験の結果が届いた。
「試験は百点中六十点以上なら合格の様です。とりあえずそのラインさえ超えていれば大丈夫なので、内容も簡単でしたのできっと大丈夫です! それじゃ、先生。発表をお願いします」
先生は結果が入っている茶封筒の封を開けて、中に入っている紙を取り出した。
ヒフミ:七十二点
アズサ:三十二点
ヒフミの顔は自信に満ちた顔からだんだん驚愕の顔に変わっていく。先生の結果発表は続く。
コハル:十一点
ヒフミはコハルの顔を見る。コハルは顔を反らした。
「コハルちゃん!? ち、力を隠してたんじゃないんですか!?」
「い、いや、その……難しかったし。私の力をもってしてもって感じだったし?」
「基礎的な内容ばかりでしたよ!?」
ハナコ:二点
「ハナコちゃーん!?」
コハルからさらにハナコを向くときの動きは面白かった。ついでに先生とハナコを二度見する姿も面白かった。
「な、なんでですか!? ハナコちゃんものすごく勉強できる感じじゃなかったですか! え、二点? 二十点の聞き間違いとかでは!?」
「い、いや。二点……だね」
先生は紙を見ながら言った。私も横からのぞいたがそこには確かに二点と書かれていた。
「何でですか、アズサちゃんの質問にはあんなに答えられていたのに!」
「たまたま勉強していたところだったんですよ。それに私成績がいいとは一言も言ってませんよ?」
「え、そ、そんなあ」
ヒフミはそういうとふらふらとしてから倒れてしまった。
「ヒフミっ!? し、しっかり!」
その日はヒフミを保健室に送ったり、そのせいで今後のことも相談できなくなってしまった。
日もすっかり暮れたころ、補習授業部の皆も帰った二人だけの教室で先生はナギサの場所に行きたいと言った。
『何か聞きたいことでも?』
「うん、いろいろとね。最後に寄ってくれないかな」
『いいよ』
先生の申し出を快く引き受けた私は、すぐにナギサの元へと向かった。すぐだからと言うので私は機体の中で先生を待つことにした。ナギサは一人ボードゲームの盤に向き合っていた。
「やあ、直接でごめんね」
「あら先生。この場に直接降りてきたのも先生が初めてですね。どうですか補習授業部は……とは言っても結果の方はすでに知っています。どうやらうまくいかなかったみたいですね」
「三回不合格になったらどうなるの?」
「ヒフミさんから聞いたのですか? そうですね。簡単ですよ。みんな揃って退学です」
「退学!?」
「もちろん本来は退学や停学などには規則があります。私たちはゲヘナとは違いますので。ですが今回はそうもいかないのです。この際言ってしまいましょう。補習授業部は生徒を退学させるために作った部です」
「なんでそんなことを」
「あの四人の中に裏切り者がいるからです」
「裏切り者?」
「裏切り者の狙いはエデン条約締結の阻止。エデン条約とは簡単に言えばトリニティとゲヘナの不可侵条約です」
ナギサは長々とそのエデン条約について語った。要は長い間対立していたゲヘナ学園とトリニティ総合学園が対立を止めて、協力しようという条約だそうだ。
ゲヘナ学園か。また知らない学園の名前が出てきた。それにしてもゲヘナとトリニティの関係を聞くとまるでベイラムとアーキバスの様だ。
裏切り者はエデン条約の締結を阻止したいようだが、話を聞いた限りでは随分とメリットの大きい条約だ。締結できなかった時の損失は限りなく大きいだろう。逆に締結できなかった際のメリットは……トリニティとゲヘナが争い続ける事。裏切り者はそれを狙っているということだが、ああ、だから裏切り者か。
裏切り者、裏切り者ねえ。一見してあの四人の中に裏切り者がいるとは思えない。だが総じてそういうのは分かりにくいものだ。裏切り者は自分がそうであるとバレてはいけない。もしくは私のように大胆に裏切る。私にとって裏切りと言うのはそれほど重い言葉ではない。傭兵をやっている以上裏切りとは常に隣にいた。裏切りを防ぐ秘訣は幾つかあるが私の場合はしっかり首輪をつけておくことだ。私は一度手綱を外されると変なところに行ってしまうから。
さて、裏切り者がいるようには見えないとは言ったものの、誰も何も怪しくないのかといえばそういう訳ではない。一人怪しい者がいる。
「先生、試験の結果は私たちの掌の上であることを忘れないでくださいね。試験の範囲を変えたり、試験会場を前日に変えることも我々には可能なのです。できればこの方法は使わないのが好ましいですが」
「僕は僕の方法で解決して見せるよ」
「なら私も私のやり方で解決するまでです。細かいごみの分別が面倒ならいっそのことゴミ箱ごと捨ててしまう。いい方法だと思いませんか、先生」
先生はその問いに答えなかった。代わりに一つの質問をした。
「最後に一ついいかな。トリニティの生徒会長、ティーパーティのホストは三人いるっていう話だったけど」
「彼女は、セイアさんは現在入院していて顔を出せないのです。すみません」
「そっか。お大事にね」
「ありがとうございます」
「それじゃ、僕たちはこれで失礼するよ」
先生が私の名前を呼んだので、それに答えて右手を差し出した。先生が乗りかかるとナギサは彼を呼び止めた。
「最後ついでに教えてあげましょう。最初の学力試験、我々は一切関与していません。誓ってそう言います」
「そう。ありがとう」
先生が右手に乗ると直ちに私は飛び立った。
『先生は誰が裏切り者だと思う?』
シャーレに帰る途中、私は先生にそう聞いてみた。先生は一呼吸おいて私の質問に答えた。
「そうだなあ、僕はあまりそういうのは考えたくないかな。実は裏切り者何ていないんじゃないかなってそう思いたい」
『先生ならそう思うだろうね。予想してたよ』
「レイヴンはアズサが怪しいと思ってるの?」
私は思わず返答が遅れた。先生はきっとログをさかのぼっていたのだろう。先生とナギサと話している間私はずっと思案していたわけだし、それはすべて先生の元に送られていたわけだから。
『アズサって最近転校してきたんでしょ? こんな時期に転校だなんて怪しいと思わない?』
「裏切り者がいるという前提で話すなら確かに怪しいかもね。でもたまたまこの時期に転校してきただけって可能性もあるよ」
『それはそうだけど』
「そもそもなんであの四人が裏切り者だと思われるのか理由も聞いてないのに」
『さっき聞けばよかったのに』
「そうだね、すっかり忘れてた」
『はぁ……話は変わるけどさ。合宿、するんだよね』
「まあきっとティーパーティから指示が来るだろうね」
『合宿する間、先生はずっとトリニティにいるの?』
「合宿だからそうなるだろうね。それがどうかしたの?」
『いや、その間に溜まった仕事はどうなるんだろうな……って』
その言葉に答える先生の声はなかった。時折詰まったような呼吸と大きなため息が聞こえる。一分ほどしっかり溜めてから「この話は止めようか」と言った。
合宿はトリニティの本館から遠く離れた別館で行われることとなった。別館は長い間使われていないという話だったが多少中が埃っぽいだけで後は変わらず使えそうだ。施設も充実しているので一週間過ごすには差支えのない場所だろう。それに人も来ないのでACを見られて騒ぐ声もなく、静かでいい場所だ。
「思ってたよりも綺麗ですし、冷たい床に裸で寝る必要はなさそうですね。広いですし、みんなで寝られそうですね。裸で」
「なんでいちいち裸を強調するの!?」
丁度私が思っていたことをコハルが代弁してくれた。こいつ絶対ウタハの光学迷彩下着を作るきっかけになった露出狂だろう。今度ウタハに教えてあげよう。あの下着のきっかけに出会ったと。
「あれ? アズサちゃんはどこに?」
確かにこの場にはアズサだけがいなかった。ついさっきこの部屋に入る前までは一緒にいたはずだが。
みんなが周りをキョロキョロしていると「偵察完了だ」という声とともにアズサが部屋に入って来た。ヒフミが聞き返すとアズサはこの建物の特徴をゲリラ的視点から教えてくれた。多分こんなところを襲撃に来る輩はいないだろうし、いたとしても私がいるから大丈夫だと思うが。
『もしもの時は私がいるから大丈夫だよ』
「いや、レイヴン。その考えは甘いぞ。もし今この場で襲撃が来たとしてレイヴンがACにたどり着くまでにどれくらいかかる? それにもし私が襲撃犯なら真っ先にACを確保する。そうしてしまえば君はただの少女だ」
うん、まあ確かにその通りではあるのだが。そもそもなぜ前提が紛争地帯なのだ。
「あ、あのアズサちゃん? 私たちは別に戦いに来たわけじゃないんですよ? 勉強に来ただけで」
「もちろん分かっているさ。目標は忘れていない。きちんと勉強して第二次特別学力試験に合格する。迷惑はかけたくないからそこらへんはちゃんとする」
「よかった。ちゃんと覚えてたみたいで」
「大丈夫、万が一に備えてクレイモアもIED一式も持ってきた。対戦車地雷も少々——」
「いやだからアズサちゃんそういうのは……はあ、もういいです」
ああ、これは諦めたな。自分の手に負えない行動はもはや放っておく、そういう考えだ。
「では改めて、私たちは第一次学力試験に落ちてしまったのでここで一週間合宿することになりました。でも建物はしっかりしてますし施設も十分使えそうです。先生とレイヴンさんも私たちと一緒にいてくれるみたいなので何かあっても大丈夫なはずです! 今度こそ合格に向けて皆さん頑張りましょう!」
私はアズサかハナコが裏切り者やろなアと思いながら当時読んでました。
アズサちゃんってなんか行動と声が一致してなくないですか? 夏イベで初めてアズサちゃんの声聞いたとき「アレオ前ナンカ声可愛クナイ?」ってなりました。もうちょっとクール系の声を想像してたんですけどね。
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11話
全体的に文章の書き方を変えてみました。読みやすくなってたらいいなと思います。
「そういえば通路を挟んだ向かいにもお部屋があるのですが、先生とレイヴンさんはどうされますか?」
「僕は向かいで寝るよ。レイヴンはどうする?」
『私も先生と一緒に向かいでいいよ』
「先生とその格好で二人で寝るの!? ダメ! エッチなのは禁止! 死刑」
「こ、コハルちゃん?」
「私は別に先生もレイヴンも一緒で構わないけど? 丁度ベッドも六つあるわけだし」
「い、いや僕は流石にね……でもレイヴンは皆と一緒に寝てもいいんじゃない? いつも一人で寂しいって言ってたから」
『そ、それは』
恥ずかしいのであまり言ってほしくなかった。でも先生がそう言うと一層ヒフミたちは一緒に寝ようという。
『でも私は先生の護衛としてきたわけだから体裁的に先生と一緒に寝た方が』
「それなら安心してくれ。後で先生の部屋の前にトラップを仕掛けておく。侵入者がドアを開けようとしたら即爆発だ」
「そ、それ僕が開けても爆発しない?」
「大丈夫だ。そこは工夫するから。先生が寝た後に仕掛けるとかね」
「い、いや大丈夫だよ。それにみんな向かいにいるわけだから、トラップは必要ないかな」
「む、そうか」
「え、ええと、それじゃレイヴンさんは私たちと一緒の部屋と言うことでいいですか?」
どうしようかな。まあ向かいならいいか。ここには四人いるわけだし。裏切り者については……締結の阻止で先生の命が目的じゃないから大丈夫だろう。というか裏切り者がいるなら一緒にいた方が分かりやすいか。
『分かった。私もヒフミたちと一緒の部屋にするよ』
「では早速荷物を置いて勉強を」
「あら、でもその前にやることが有ると思いませんかヒフミちゃん?」
「え……何かやる事ありましたっけ?」
やめなさいコハル、目を猫にしないで。アズサも鞄から爆発物を出さないでほしい。というかその鞄に一体どれだけ入っているというのだ。見かけは普通の鞄なのだが出てくるものが明らかにサイズが合ってないと思う。
「掃除です」
ハナコが言ったのは意外と普通のことだった。確かに埃っぽいが私から見れば別にそのままでも十分だと思うがヒフミたちは同調し、先生もやろうと言い出したので私も賛成しておいた。
「それでは皆さん汚れてもいい服装に着替えましょう!」
先生が部屋を出て行ってから皆は体操着に着替えだした。私はそもそも服を持ってないのでこのままで参加する。着替える必要もないし先に出ていくか。
先生はジャケットを脱いだ姿のままで外にいた。
『それ汚れてもいいの?』
「まあ、替えはたくさんあるし。普段からよく汚れるから、汚れが落ちやすいものに変えたんだよ」
『色は変えようと思わなかったの?』
先生の着ているシャツとズボンは白だ。これだと汚れが目立つ。
「いつも白だったからつい癖で白を頼んじゃってね」
先生はこう細かいところがうっかりしているのだ。まあ大事な部分はしっかりしているのでそこまで心配しているわけではない。
私は別館の方を向いた。トリニティは全体的に古風な建物が多いが別館も例にもれず古風な建物だ。規模が小さ
いとはいえ六人で使うには十分すぎる大きさがある。
『これ掃除するのにどれだけ時間かかるかな』
「そうだねえ。結構広いし半日……もしかしたら今日一日ずっと掃除かもね」
『いいの? 三回落ちたらみんな退学なのに』
「二回目の試験までまだ時間はあるわけだし、それに一週間埃っぽいところで過ごすよりかは六日間綺麗な場所で過ごす方がいいでしょ?」
『まあ、それはそうだね』
十分ほど待っているとヒフミたちは体操着の姿で外に出てきた。アズサは少し遅れて銃を担いだまま外に出てきた。
「あ、アズサちゃん。掃除をするだけなので別に銃はいらないですよ?」
「肌身離さず持っていないと、奇襲に対応できない。いつ襲撃されるかは分からないから」
「そ、そうですか」
「そういえばハナコは? まだ来ていないの?」
「私が部屋を出るときにはまだ着替えていた」
「じゃあもう少し待ちましょうか」
数分後、足音が聞こえたのでそちらを向くと「お待たせしました」と言いながらハナコがやって来た、水着で。
「アウトー!」
コハルはすかさずハナコの水着姿に突っ込んだ。ハナコは突っ込まれた理由が良く分かってないようだ。
「なんで水着なの、体操着でいいじゃない、大体泳ぐ予定ないんだからそもそも水着を持ってくる必要ないじゃない、なんで持ってきてんのよ!」
「水着は濡れても動きやすいですし、汚されても洗濯もしやすいですから汚れてもいい服装ですよ?」
ハナコはコハルの疑問に淡々と答えた。確かにそういわれると体操着よりも水着の方が適しているように思えてきた。ただ汚されてもってなんだ、なぜ受身形なんだ。
「だ、誰かに見られたらどうすんの!」
「ここには私たち以外誰もいませんよ?」
「せ、先生がいるじゃん!」
「あら、先生なら別にみられても構いませんよ? むしろもっと見ていただいて結構です」
そう言ってハナコは先生に笑いかけた。先生は苦笑していた。
「ダメ! エッチなのは禁止! 死刑! あなたは水着禁止!」
「あらあら」
結局ハナコはコハルの言う通り体操着に着替えなおしてきた。
「それじゃ、まずは草むしりから始めましょうか」
私には無理な仕事だ。それを知ってのことだろう。ヒフミは私に自由にしていていいと言ったが、皆が頑張って掃除している中私一人だけ遊んでいるというのは罪悪感に苛まれる。何か私も手伝いがしたいというとヒフミはガラクタを片付けてほしいと言った。
『ガラクタ?』
「はい。別館の裏手なんですけど、多分昔壊れた机とか椅子とかそういう備品が沢山捨てられてるんです。私たちだけじゃ時間がかかりそうなので、レイヴンさんに任せてもいいですか?」
彼女の案内で別館の裏手まで行った。そこにはヒフミの言う通りガラクタが大量に、山のように積み重なっていた。思っていたよりも多いがその分やりがいがあると言えるだろう。
『たくさんあるね。これ何処に持っていけばいいの?』
「向こうの方にごみの集積場があるので、そこにもっていって下さい」
『ん、了解。じゃあ機体に乗るの手伝ってもらえる?』
「はい!」
私はヒフミの手を借りて登場し、再び別館の裏手に回った。ACに乗ってから見るとその山は幾分か小さく見えた。早速ガラクタの山から一つかみしてみた。大量のガラクタが掴まれ、一部掴みきれなかった物がぼとぼとと落ちていく。思ったよりも数を掴めなかった。あと十回は繰り返さなければならない。
ヒフミの指さした方向に集積場があるはずだ。掴んだガラクタをこぼさないように歩いていると、恐らくここだろう、ゴミが沢山集められている場所があった。ついでに『集積場』という看板も見つけた。ここで間違いない。このガラクタは一体何ゴミだろう。私は〇〇ゴミと書かれた看板を一つずつ確認していった。
『粗大ごみ』と書かれた看板の下に、いくつか備品らしきものが置かれている。私はその看板の下にガラクタを置いた。別館に戻り、また裏手からガラクタを掴めるだけ掴み集積場までもっていく。それを三回繰り返したころでこれ以上置けなくなってしまった。置き場は仕切りで分かれているのだが、これ以上は他のごみ置き場に溢れてしまう。別館に戻ってヒフミに相談すると、また別の場所に集積場があるそうだ。私は次からそこまでガラクタを運びに行った。
ガラクタを全て運び終わったころ、丁度草むしりも終わっていた。草を抜いた後を少し掃いてから、今度は中を掃除することになった。
「げほっ、げほっ、ここすっごい埃っぽいんだけど」
「家具が多いからでしょうか」
入ってすぐにコハルが咳き込んだ。最初に入ってきた時はそこまで気にならなかったがいざ掃除をしようと意気込むとここは随分と埃っぽい。コハルがここの掃除を申し出た。私も家具を拭くぐらいなら出来そうだったので私もここの掃除を申し出た。
「ではコハルちゃんとレイヴンさんはここの掃除をお願いしますね」と言ってヒフミたちはさらに奥に入っていった。
「あなた掃除の仕方ちゃんと知ってる?」
『いや知らない』
「知らないのに掃除しようとしてたの!?」
『私も何か手伝った方がいいと思って』
「そ、そうなの。じゃ、じゃあ私が教えてあげるわ! しっかり聞きなさい!」
コハルは自分で掃除用具を準備すると、私にいくつか渡し、家具の一つで掃除の仕方を教えてくれた。
「いい? まずは家具の埃を落とすの。それから濡れた雑巾で水拭きする。それが終わったら乾拭きよ」
コハルの指示通りにまずは埃を落としにかかった。渡されたはたきで家具の表面をはたく。埃が舞い上がって私は咳き込んだ。コハルも同様に片目を閉じながら咳き込んでいた。
「うぇ、マスク準備すれば良かった」
はたけばはたくほど埃が舞い上がる。ロビー中に蔓延し目を閉じたり腕で口を覆うだけでは到底耐えきれない。埃の匂いでくしゃみも止まらなくなった頃、コハルは突然走り出し近くの窓を全開にした。
「っはあ! 苦しかった~。窓開けるの忘れてた。あなたも窓開けるの手伝って」
私も近くの窓に腕を伸ばしたが留め具に手が届かなかった。
『届かないや』
「それじゃドア開けてきて。それなら出来るでしょ」
入口のドアを開けると周辺の埃っぽい空気は外の新鮮な空気と入れ替わっていく。私は少し外に出て深呼吸をした。生き返った気分だ。
やがてロビー内の空気は外の空気と入れ替わり、だいぶマシになった。全ての家具から埃を落とした私たちは、はたきから濡れた雑巾に持ち替えた。
「ねえ、その格好どうにかならないの?」
コハルは椅子を拭きながら聞いた。雑巾から手を離せなかったので久しぶりに思考読み取り機能をONにした。
『別にいいじゃない。着たら包帯を取り替えるのが面倒』
「せめてなにか羽織るぐらいしなさいよ! そ、そんなは、はれ、破廉恥な格好して学校を歩き回らないでよ!」
『そんなに変な格好かな?』
「変でしょ!? なんでそんな裸同然な格好するの!」
『肌は全然露出してないなんだけど』
「包帯は服じゃないの!」
『そう言われても、無いものは無いんだけど』
「なんで服持ってないの!?」
『だから包帯を巻き直すのが面倒になるんだって』
「また着直せばいいじゃない! それぐらい面倒くさがらないでよ」
『えー。昔からこれで過ごしてたから今更着たってなあ』
「む、昔から? その怪我昔から治ってないの?」
『手術のせいか怪我が全然治らないんだよね。昔は触れるだけで痛くって服なんか到底着れなかったよ』
「い、今も痛いの?」
『今はそこまでじゃ無いよ。まあもう慣れちゃったからね』
「な、なんかごめん」
『謝る必要はないよ? なんで皆すぐ謝るの?』
「なんか強要させちゃったみたいだから……でも服を着なくてもいい理由にはならないから! 着れるならちゃんと着てよね」
『気が向いたらね』
他の皆も掃除が終わったようで、ロビーにやってきた。
「わぁ、随分と綺麗になりましたね」
「あ、終わった?」
「ええ、布団は今干しているので多分午後には乾いているはずです」
「トイレもピカピカだ。 衛生面はバッチリだぞ」
「レイヴン掃除終わったって」
私とコハルは家具を拭き終わったあと、椅子やソファに座って休憩していた。コハルは私の名を呼んで知らせてくれたが私もとうに気づいていた。コハルは椅子から立ち上がり私のそばにやってきて私の腕と腰に手を回した。コハルの手つきはどの人よりも優しかった。多分私が怪我の話をしたからだろう。
「二人とも仲良くなったみたいだね」
『掃除しながら雑談したからかもね』
「これで掃除は終わりですね。時間はかかりましたがとてもいい気持ちです。これなら勉強にも身が入りそうです!」
「あ、待ってください。まだ一か所残っていますよ?」
教室に戻ろうとする私たちに、ハナコは待ったをかけた。まだ一か所残っているそうだが果たしてどこかあっただろうか。
「え、どこか残ってましたか?」
「はい。プールが」
ハナコに連れられてやってきたのは別館から奥まった場所にあった屋外プールだった。ベンチや飛び込み台などがあって充実したつくりだが周辺の床やプールの槽は黒ずみ、プールの底には黒ずんだ水が溜まってしまっている。
「これは、だいぶ大きいですね」
「どこから手を付けたらいいかわからないな」
「でもこの合宿にプール必要ないんだから別に掃除しなくてもいいじゃない」
「いえいえ、想像してみてくださいよ。この大きなプールで楽しくはしゃぎまわる生徒たち……楽しくなってきませんか」
ハナコはなぜか先生の顔を見ている。先生は顔を反らし顎に手を添えながらしばらく考えその内「ま、まあ?」と生返事をした。
「でも、ここだけ掃除しないというのもなんだか変ですしね」
「このサイズのプールだ。昔はきっと使われてたんだろう。それでも、こんなふうに寂れてしまう。vanitas vanitatum」
アズサは急に聞き取れない言語を話した。ヒフミも「えっ?」と聞き返した。
「古代の言葉ですね。全ては虚しいものであるという意味です」
「すべては虚しい」
「皆さん! 今から遊びましょう! 今から掃除して、プールに水を入れるんです。明日から勉強しなくちゃいけないんですし、この際今日は遊んでしまいましょう」
「え、え、いいのかなあ?」
「うん。そうだな。問題ない、水着もちゃんと持って来てある」
そう言ってアズサはさっさと建物の中に入ってしまった。
「さ、ヒフミさんもコハルちゃんも早く着替えてきてください。先生とレイヴンさんもあったら着替えてきてください」
「い、いやあ僕は流石に準備してきてないなあ」
『私はそもそも着替えの類は持ってない』
「あら? そうだったのですか?」
「僕たちは代わりにプールサイドを掃除するよ」
「ではそちらはお願いしますね」
水着に着替えてきたヒフミたちは早速プールの中に入ったがなぜかハナコはそのままだった。
「なんであなただけそのまんまなのよ」
「スクール水着はコハルちゃんに着用禁止と言われてしまいましたので。安心してくださいこの下に別に水着を着ているので」
「なんでスクール水着以外も持ってるの」
「さあ、早く掃除しちゃいましょう。そしてみんなで遊びましょう!」
ハナコはコハルの疑問を無視してホースを取り出した。それに続いてヒフミたちもモップを手に取った。私と先生もモップを取り出してプールの掃除が始まった。
一万UA突破ありがとうございます! これからも頑張って続けていきます!
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12話
後輩の家でドーナツ食べてアーマード・コアやってたら投稿遅れましたすみません。
プールの掃除が始まった。私は車椅子に座りながらブラシを持ってプールサイドをこする。長年放置された汚れは私が車椅子に乗っているので力がかけにくいのも相まってなかなか落ちない。何度も、何度も何度も擦ってようやく少し落ちた。
三十分ほど経ったぐらいだろうか。プールサイドを擦っているとつい手が滑ってブラシを手放してしまった。ブラシが地面に転がる。私は身を乗り出してブラシを掴もうとした。しかし地面に落ちたブラシには中々手が届かない。もう少し、もう少し身を乗り出せばと手を伸ばしていると、誰かがブラシを掴み私に差し出してきた。先生だった。
「はい」
『ありがとう』
「なかなか落ちないね。やっぱり長く放置されてたから汚れも随分と固まってるみたいだ」
一度ブラシを落としたことで集中力を欠いた私はプールに目線をやった。ヒフミたちは楽しそうに掃除をしている。なかなか落ちない汚れにイライラしていた私とは対照的だ。
『楽しそうだね』
「うん。本当に。あの子たちにはずっとああやって笑っててほしいよ。退学にはさせたくない」
『でもナギサは試験を好きにできるって言ってたよね』
「ナギサもあんまりそういうのはしたくないって言ってたし、そこは彼女の良心に期待するしかないかな」
『どうだろうね。そもそもあんなこと言ってる奴に良心なんてないと思うけど』
「そんなことはないよ。少なくともヒフミのことはナギサも結構気に入っているみたいだし。部長をわざわざ指名して退学のことも知らせてるみたいだから信頼はしてるはずだよ。さあ、ヒフミたちも頑張ってるんだし僕たちもサボらずに掃除を続けよう。バケツに水を入れてくるよ。濡らしたら落ちやすくなるはずだ」
『信頼してるなら最初からゴミ箱に入れたりはしないよ』
その文章は背を向けた先生に届くことはなく、誰にも見られないうちに消えてしまった。
先生と一緒に掃除をつづけたが、ヒフミたちがプールの掃除を終わらせるまでに終わることができず、結局ヒフミたちにも手伝ってもらった。そしてプールに水を入れ始めたがそこそこの大きさがあったため水を入れるのには随分と時間がかかった。プールに入って遊べるようになる頃にはすっかり日が落ちていた。
夜になってようやく溜まり切ったプールを、私たちはじっと見つめていた。ライトが付き、その光が反射したプールの水面はキラキラと光っている。
「こんな時間だと、もうプールには入れませんね」
「すみません。水を入れるのに時間がかかることをすっかり失念していました」
「いや、プールに入れなくても今日は随分と楽しかったよ」
アズサの言う通り、面々の顔はプールに入れなくなった状況でも楽しげであった。ただコハルだけは随分と疲れていそうだ。船をこいでおり、少しふらふらとしている。
「あら、コハルちゃん。おねむですか?」
「ん、いや……ちょっと疲れただけ」
「今日は一日中動きましたもんね。疲れててもおかしくはありません。明日からはいよいよ勉強合宿が始まります。今日はもう休みましょうか」
「そうだな。休むのは大事だ。いざというときに動けなくなるからな」
一同はプールを後にして建物に入った。部屋に入るとコハルは真っ先にベッドに寝ころんだ。すぐにでも寝てしまいそうだ。私も先生の手を借りてベッドに横になった。
「それじゃ僕は向かいの部屋にいるから何かあったらすぐ呼んでね」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」
先生が部屋から出ると、ヒフミは電気を消した。私の意識は早々に深く潜っていった。
翌朝、私はアズサの声で目を覚ました。朝から声が大きい。アズサは朝に強いようだ。
「おはようございます。アズサちゃんは朝から元気ですね」
「ああ、睡眠はしっかり取れたからな。レイヴンもおはよう」
私は右腕を上げて返事をした。上体を起こし、両足をサイドに移して軽く背伸びをする。目一杯すると傷が痛んでしまう。アズサは未だ起きないコハルとヒフミを起こしにかかっていた。
「コハル、ヒフミ、起きて。もう朝だよ」
「ん……朝? あれ、ここどこ?」
「んんぅ。あと十分、あと十分だけ寝かせてくださいぃ」
「そんなこと言って、もう朝なんだから起きないと」
「まあまあ、ヒフミちゃんは昨日遅くまで起きていたみたいですから、まだ朝も早いですしもう少し寝かせてあげましょう」
「そうか……ヒフミは部長だからいろいろとプレッシャーも大きいし心労も絶えないのかもしれない。それなら仕方が無いな。よし、じゃあコハルシャワー室に行こう。あっちだ」
「え、だれ? ちょ、ちょっと引っ張らないでどこ行くの!」
アズサはコハルを連れて部屋を出て行ってしまう。ハナコは二人の様子を見てほほ笑んでいた。そして私の方を見てきた。
「レイヴンさんは一緒に行かなくてよかったですか?」
ダメだ。シャワーは傷が痛む。そう伝えたかったが車椅子は少し離れたところに置いてあるので使えない。そこで近くに置いてあったメモ帳とペンでハナコに伝えた。
『シャワーは傷が痛む。あとで包帯を変えるときに体を拭くだけでいい』
「そうなんですね。なら私がしてあげましょうか」
『大丈夫。自分でできる』
「心配しなくても優しく拭いてあげますから」
ハナコは笑顔で言ってくるが何か変なことをされそうで怖い。だから全力で遠慮させていただいた。何回か断るとハナコもそれ以上は言わなくなった。
「そこまで言うなら仕方がないですね。でも包帯を変えるのは手伝わせてください。 私は包帯の巻き方に心得があるので変えてあげますよ。自分で巻くのは大変でしょう」
私は一言も包帯を自分で巻いてるなんて言ってないのにどうして分かったのだろう。ところどころ緩くなっていたので察せられたのだろうか。とはいえ、自分で巻くのが大変だというのは事実だ。ハナコにやってもらうというのが不安だがしょうがない。
『車椅子に替えがある』
「分かりました。ちょっと失礼しますね」
ハナコは車椅子のポケットを探り、中から包帯を取り出した。全身に巻く必要があるので使う包帯も大きく長い。
「それじゃ私たちもシャワー室に行きましょうか」
『シャワーは傷が』
「体を拭くならここだとベッドを濡らしてしまうかもしれません。だからシャワー室で拭きましょう? そこならお湯も出ますし」
ならしょうがないかと車椅子に乗り、ハナコと一緒にシャワー室に向かった。入り口からコハルの悲鳴が聞こえる。
「ちょ、ちょっと待って! 脱がさないで! 自分で脱げる、脱げるから!」
「早く脱いで、洗いっこしよう」
「なんで洗いっこするの! 自分で洗える!」
「あらあら、楽しいことになってますね」
脱衣所に入るとすでに二人は去っていた。その先から同様に悲鳴が聞こえている。
「それじゃ包帯を外しますね」
そう言ってハナコは包帯の結び目を外した。ハナコが包帯を剥がすと傷と引っ付いたところがペリぺリとはがれていく。これが少し痛い。なるべく勘づかれまいと我慢しているがどうしようもなく体が少し跳ねてしまう。ハナコが気付くのには十分だった。
「痛いですか?」
仕方なくうなずくとより丁寧に外してくれた。私やウォルターが外すときよりも丁寧だった。おかげで痛みもあまりなく包帯を全て外すことができた。ハナコは包帯を外し終わった私を見ていつも通り可愛がるわけでもなくただ私の姿を見ていた。
私の体には全身に無数の傷がある。手術でできた物や、仕事で付いたものが大半だ。傷の治りが遅いうえに仕事でよく怪我をするので、傷の上から傷が重なっていく。おかげで私の素肌はあまり見えなくなっている。唯一顔や手先は怪我をしていない。
ハナコがあまりにもじっと見るものだから私は首を傾げた。
『ハナコ?』
「あ、すみません……レイヴンさん。私もやっぱり体を拭くの手伝いますよ」
『え、だ、大丈夫だよ』
「いえ、拭かせてください。背中は難しいでしょう?」
大丈夫だと言ったのに今度は譲ろうとしない。まあ割と真面目な顔をしていたので結局了承した。次にハナコは自分の服も脱ぎだした。何故脱ぐ必要があるかと聞くと自分もついでにシャワーを浴びるという。それはそうか。私が変に勘繰っただけだった。
ハナコはゆっくりと私を抱き上げた。そして「痛くないですか?」と聞いて来た。私は頷いた。一緒にシャワー室に入るとアズサとコハルが洗いっこ、もといアズサが一方的にコハルを洗っていた。シャワー室の扉が開いたことに気づいた二人は私たちの方を見たがハナコと同様にじっと見つめた。コハルは私の名を呟き、アズサも眉をひそめて手を止めた。シャワーの流れる音だけが響いた。
残念ながらシャワー室内に座れるような椅子は無かったので仕方がなく洗面器をひっくり返して椅子変わりとした。ハナコはお湯で濡らしたタオルを一枚渡してくれた。私はそのタオルで左腕から拭き始めた。拭くと言っても普通に拭くのではない。それでは痛いので、押し付けるように拭く。ハナコも知っているのか同じように拭いてくれた。
「レイヴンさんはキヴォトスの外から来たんですよね。ヘイローが無いですし」
私は頷いた。
「一体キヴォトスの外で何を」
ハナコはそう聞くが、今の私には答える手段がない。ハナコもそれは気づいているはずで私に対する質問ではなくただの独り言だったのだろう。背中を拭き終わったハナコは自分もシャワーを浴びると言って隣のシャワーに向かった。私はハナコがシャワーを浴び終わるまでずっと体を拭いていた。
ようやく起きたヒフミと一緒に教室に向かうと先生と丁度一緒になった。教室は本館と造りが変わらなかった。ヒフミと先生は教壇の前に立った。
「皆さん。今日は六日後の第二次試験に向けた合宿の初日です。今私たちは絶壁に立たされていますが、難しく考える必要はありません。ただ試験に合格すればいいのです。とはいっても闇雲に勉強したって意味はないでしょう。そこで!」
ヒフミは鞄から一つの茶封筒を取り出した。
「昨晩先生に手伝ってもらって模擬試験を用意しました!」
「模擬試験?」
「トリニティの過去の問題集を確保してそこから作った模擬試験です。試験時間と合格ラインは本番と一緒です、まずはこれを解いて自分の立ち位置を確認しましょう」
「ふむ、そうだな。自分の実力を知っておくのは大切なことだ。自分よりも強い相手に遭遇したら逃げることも大事だ」
「試験から逃げちゃダメでしょ」
「それでは配りますね」
ヒフミは自身を含めて他の四人に試験用紙を配っていく。全員に行き渡るとヒフミも席に座った。先生が腕時計を確認した。
「いいかな? それじゃ……始め!」
先生の合図とともに一斉に記入を始めた。先生は数分ほど皆の様子を見ていたがやがて教壇に座り、持ってきていた鞄から書類の束を取り出した。シャーレから持ってきた仕事の束だ。
私はどうしていよう。相も変わらず自由にしていいと言われたが何もすることは無いのだ。ゲームをするわけにもいかなかった。しばらくぼーっと外を眺めていたときふとあるものの存在を思い出した。前に先生から渡された中学生向けの本というやつだ。少しずつ暇な時に読んでいた。これなら丁度いいだろう。
カラスが男の子に鍵を届けに来たところで先生の「そこまで」という言葉が聞こえた。ヒフミが皆の解答用紙を集めて先生に渡した。これから先生は別の教室で採点を行う。私も手伝うことにした。先生について行って隣の教室に向かうと模範解答と赤ペンを分けてもらった。これと同じ回答なら○を違うならば☓をつければいい。
十五分ほどで採点は終わった。教室に戻り四人の前で点数を発表する。
ハナコ:四点
アズサ:三十三点
コハル:十五点
ヒフミ:六十八点
アズサたちは悔しげな表情を見せた。ハナコだけはそこまで表情に差が見られなかった。まるで動じていないようだ。
「残念ながらこれが私たちの現状です。ですが、一週間後の第二次試験までに六十点を取れるようにならないと私たちの道は永遠に暗いままです。ですから残りの日数を効率的に使わなければなりません。そこで、まずコハルちゃんとアズサちゃんの試験が一年生用なので私とハナコちゃんで対応します。ハナコちゃんは一年生の時には問題なかったんですよね?」
「え、はい。まあ」
突然指摘されたハナコはきょとんとしていた。ヒフミが言うには偶然ハナコの答案を見つけたようだが、すべて高得点だったという。今の落ちぶれ様を見るとまるで想像できないが、確かにアズサの質問に答えるときの様は正に勉強ができる者のそれであった。
「ハナコちゃんについては後で先生と一緒に相談しましょう。なんで成績が落ちてしまったのか、ちゃんと理由があるはずです。これが今できる最善の選択です!」
ヒフミが言い切るとすぐにアズサが前に出た。
「分かった。指示に従おう」
「すごいですね。ヒフミちゃん。昨晩だけでこんなに考えてくださったんですか?」
「い、いえ。私だけじゃなくて先生も手伝ってくれたので」
「確かに私も手伝ったけど、ほとんどはヒフミだよ」
「それだけではありませんよ。なんとご褒美も用意しました!」
そう言ってヒフミはいつの間にか置いてあった大きめの鞄を漁りだした。そして取り出したのは何体かのぬいぐるみだった。そのぬいぐるみは一見鳥の姿をした、しかし目はあらぬ方を向き、舌を出しているおおよそ正気とは思えない表情をしたぬいぐるみだった。他にも同じような、アイスを口に詰められているものだったり、ドクロのような仮面をした謎の黒い生き物がいた。
「こちら、いい成績を出せた方にはモモフレンズのぬいぐるみを差し上げます!」
ヒフミは意気揚々と紹介したがこの場にいる全員はモモフレンズと言う単語に聞き覚えがないようだ、斯くいう私も見たことも聞いたこともなかった。皆が首をかしげているとみるみるヒフミは心配そうな顔に変わっていった。
「あ、あれ? 皆さん知らないんですか? モモフレンズですよ?」
「さあ、見たことないですね?」
「何これ? 豚? カバ?」
「違いますよ! ペロロ様は鳥です! ほら見て下さい、この立派な羽と凛々しいくちばしを!」
ヒフミはペロロ様なるぬいぐるみを持ってコハルへ熱心に説明していたが、コハルはヒフミの勢いに若干引いていた。ヒフミはそのコハルの態度に気づかずペロロ様の魅力とやらを熱弁し続けた。
ミシガンとエアちゃんのところでSランク取ってあげたら後輩にとても喜ばれました。とても嬉しかったです。
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13話
今回でエデン条約編一章は終わりです。割とサクサク言ったんじゃないでしょうか?
ヒフミの持ってきたぬいぐるみは今のところそんなにいらないみたいな空気が流れていた。しかし、一名違う反応を示すものがいた。
「か、かわいい」
「あ、アズサちゃん!」
アズサはヒフミの持っているペロロ様を見てそう言った。その言葉をヒフミは聞き逃さなかった。素早くコハルからアズサの元まで移動する。
「ですよね! かわいいですよね!」
「ああ、この何を考えているのか分からない目に突き出した舌、私の中に言いようのない気持ちを湧きあがらせてくれる。この……長い胴体をしているのは一体なんだ? キリンか?」
「これはウェーブキャットさんです!」
「この小さいのは?」
「Mr.ニコライさんです!」
ヒフミとアズサはそのまま談義を始めてしまった。その熱狂ぶりは私たちが入り込む隙間を見せないほどである。完全な二人だけの世界だ。
「レイヴンも一つもらったら?」
『え、私?』
「うん。せっかくなんだし」
『いや、あれってご褒美でしょ? 私がもらったらダメだよ』
「だからご褒美でもらうんだよ」
そう言って先生は紙束を出した。それは何かと聞くと私に用意した中学生用の問題集だそうだ。
『私に構っていて大丈夫なの? ヒフミたちの方を優先させた方がいいんじゃない』
「大丈夫だよ。ちゃんとヒフミたちの方も見るから。でも大方彼女たちだけでもなんとかなりそうだし。せっかくならレイヴンもね」
準備してくれたのなら私も無下にすることはできない。仕方がないので私も先生に勉強を教えてもらう流れになった。
その日の勉強は夜遅くまで続いた。私も問題集を前にうんうん唸りながら先生の助言を得つつ問題を解いていた。
「これが葉緑体。葉っぱが緑色に見える理由ね。植物はこの葉緑体を使って光合成をするんだけど——」
「うわぁぁぁあ!?」
先生の講義を聞いていると、突然コハルの叫び声が教室中に響いた。何事かと振り向くと、コハルが一冊の本持って慌てている。コハルはすぐにその本を隠してしまった。
「ち、違うの! これは違うの!」
「いえ、私は見逃しませんでしたよ。さっきの本、しっかりR18と書かれていましたよね。しかも表紙を見た感じ相当なハード物です。トリニティ、いやキヴォトスの中でも相当上位の本ですね」
「こ、これは私のじゃなくて」
「コハルちゃんって実はむっつりさんなんですね。そんな本を持ってくるだなんて。もしかして実際に試してみようと、そういう魂胆ですか? コハルちゃんたら案外大胆なんですねえ」
「だから」
「うふふ。心配しないでください。私も一緒に楽しみますから」
「違うのぉ!」
コハルが弁明しようとするとハナコはそれを押し切って話をかぶせてくる。だんだん自分の言いたいことを遮られハナコによって違う人物像を植え付けられそうになったコハルは、とうとう泣き出してしまった。そしてそんな事態に先生は珍しい表情をした。
「ハナコ」
「す、すみません。話が合うと思って」
「僕じゃなくてコハルに」
「そうですね。ごめんなさいコハルちゃん。私が少し言いすぎてしまいましたね」
コハルの顔は俯いて肩を震わせている。時折鼻をすする音が聞こえる。泣くのを我慢しているかのようだ。
「え、えっと、それってコハルちゃんが押収したものですか?」
「ぅん」
「じゃ、じゃあ、あれですよね。きっと押収したものを渡しそびれてそのまま持ってきちゃったんですよね」
「ん……たぶん。私押収品の管理してるから」
「なるほど、トリニティの地下には古書館があってそこには多くの禁書が積みあがっているという噂です。でもそれなら戻してきた方がいいのでは?」
「そうですね。数が足りないなんてことになっちゃいけませんし」
「今からこっそり返してくるのはどうですか?」
「え、今から? でも私教室入れないし」
「それじゃ僕も一緒に行くよ」
「先生が?」
「先生が一緒ならまだ誤魔化しが効くかもしれませんね!」
「うん。それじゃ僕はコハルと一緒に正義実現委員会のところまで行ってくるから皆は勉強続けてて」
そう言って先生とコハルは教室を出ていった。ハナコは二人が出た後も意気消沈したまま席に座った。
「はぁ、コハルちゃんには悪いことをしてしまいましたね」
「大丈夫ですよ。コハルちゃんならすぐ許してくれますって。多分急にあんな本が出てきたからパニックになっちゃっただけですよ」
「それにしても先生のあんな顔は初めて見たな」
「先生は大人ですからね。生徒が間違ったことをした時に正すのが先生の役割ですから」
「あ、レイヴンさんもお勉強してたんですか?」
『うん。先生が用意してたみたいだから無下にするわけにもいかない』
「へえ、一体どこを……わあ懐かしい!」
その声にハナコとアズサも集まって来た。二人とも私の問題集を見てはヒフミと同じように懐かしいと言っている
「理科は得意だったな。特に化学は好きだ。独学だがよく理解できた」
『だろうね。そんな感じがするよ』
でなければ即席で爆発物を作れないし作ろうとしないだろう。ヒフミは私の解いた問題集をぺらぺらとめくっている。中身は拙い字で書かれているうえに、先生に懇切丁寧に教えてもらってようやく理解しているので解けているページも少ない。
「レイヴンさんも勉強頑張ってるんですね」
『先生に教えてもらってやっとって感じだよ。ヒフミたちに比べれば全然』
「いや、レイヴンのことを思えば十分やってると思うよ。その、君の体をみると相当苦労したんだろう?」
『まあそれなりには』
「それにレイヴンさん脳を」
そこまで言いかけてヒフミは口をつぐんだ。「脳を焼かれている」と言おうとしたのだろう。多分気遣ってくれたのだ。それが私に対してなのかアズサとハナコに対してなのかは分からない。ヒフミは鞄からモモフレンズのグッズを一つ取り出した。
「レイヴンさんには特別にこちらを差し上げます!」
そう言ってヒフミは私に小さなぬいぐるみを渡してくれた。これは……何だったか。確かMr何とかというやつだ。私はそのぬいぐるみを受け取り、じっくり眺めてみた。横でアズサがうらやましそうにしているのが目の端で見えた。
『でも私いい成績取ってないよ』
「レイヴンさんは特別です!」
『でもそれじゃ不平等』
「でもレイヴンさんは特にテストがあるとかそういう訳ではないので別に大丈夫だと思いますけど……そうだ。じゃあ私のために受け取ってくれませんか?」
『ヒフミのため?』
「はい! 私がレイヴンさんにあげたいと思ったんです。だから私のこの思いを満足させるために受け取ってくれませんか?」
『まあ、そういうことなら』
なんだかすごい回り道をしたような言い方だったがそれでヒフミが満足するというなら受け取ろう。そのぬいぐるみはよく見ると頭にチェーンがついていた。私はチェーンを掴みぬいぐるみをぶら下げた。
「そのMr.ニコライのぬいぐるみはキーホルダーにもなってるんですよ! だから何かにつけることもできるんですよ」
私はMr.ニコライをぶら下げながらヒフミの話を聞いていた。どこに着けようか考えたがいい場所が思いつかなかったのでこのまま持っておくことにした。
先生とコハルが戻って来たものの、今日はもう終わってもよさそうな時間だったのでそのまま今日の合宿は終わりを迎えた。部屋に戻るとヒフミは早速シャワー室に向かった。三十分後にはホカホカと湯気を立てながら部屋に戻って来た。
「さっぱりしました!」
「ヒフミちゃん、今日寝坊したからシャワーも浴びれず一日中ありのままの匂いでしたからね」
「や、やめてください!」
私は会話に加われないのでベッドに転がったままMr.ニコライのキーホルダーを見つめていた。あとでACのコックピットにつなげておこうか。あの中は殺風景だし一つぐらいぶら下がっててもいいかもしれない。でも戦闘中に気が散ったら危険だろうか。なら気が散らないような場所に置けばいい。
今日も今日とて部屋の電気が消されると私はすぐに眠ってしまった。
翌日、今日は何かに起こされるわけでもなく自然と目を覚ますことができた。ヒフミも昨日のように二度寝を訴えることもなかった。今日もハナコに包帯を変えてもらった。昨日と同じように、かつ素早く変えてくれた。私にも教えてほしいぐらいだ。教室に向かおうとするとモモトークに通知が来ていた。開いてみれば先生からメッセージが来ている。
『僕と一緒にプールの所に来てほしい』
『わざわざモモトークで伝えなくても直接言えばいい』
『ごめん。ヒフミたちには内緒にしてほしいんだ』
『分かった』
「レイヴン」とアズサが呼んだ。私だけ部屋から出ようとしていなかったからだ。『ちょっと準備するものがあるから先行ってて』と誤魔化すとアズサは渋々と言った感じで先に部屋を出た。廊下からいなくなったのを見計らって私はプールへ向かった。
途中で先生と会ったので二人でプールにまで向かうことにした。
『どうしたの急に』
「呼ばれたんだよ」
『誰に?』
「ミカ」
『ミカって……あのティーパーティの?』
「そう」
『なんで急に呼び出したの?』
「さあ。僕にも分からないよ。僕も朝急に言われたんだから」
私たちがプールに向かうとそこにはプールの水面を眺めるミカの姿があった。先生が「おまたせ」とあいさつをするとミカもこちらに気づき手を振りながら近づいて来た。
「先生、レイヴン久しぶり。初日以来かな? 私たち全然会わないね~。まあお互い忙しいから当たり前なんだけど。それにしてもナギちゃん太っ腹だよねえ。こんなところ貸し出すなんて。プールに水が入ってるのなんて久々に見たよ。先生たちが泳ぐの?」
「僕は泳がないかな」
「へえ、残念。見て見たかったなあ、先生が泳いでいるところ」
「あはは。で、話って何?」
ミカは一瞬目を見開き、次に困った笑顔を見せた。
「先生は長い前置きとか嫌いな人? しょうがないなあ。じゃあ先生のお望みどおりに本題に入ろうかな。あ、そうだ。その前に前提だけど私は今一人で来ているの。だから私は今ティーパーティの聖園ミカとしてじゃなくてただの聖園ミカ。だから今から話すのも私の個人的な話。ティーパーティだからとかそういうのは全く……とはいえないけどあまり入ってないよ。『トリニティの』は入っているけどね。じゃあ改めて本題だけど、ナギちゃんから取引とか提案されなかった?例えばトリニティの裏切り者を見つけてほしい、とか」
先生は何も言わなかった。わずかな沈黙が流れ、ミカは再び口を開く。
「その様子だと持ち掛けられたんだね。全くナギちゃんたら……何か情報は教えてもらった? 理由とか目的とかなんであの四人が疑われているとか教えてもらわなかったの?」
「あまり教えてもらわなかったかな。補習授業部の役割と作られた理由。あとはエデン条約のことを少し」
「そっか。ナギちゃんも酷だね。碌な情報も与えずに裏切り者を探せだなんて」
「そもそも、僕はその提案を断ったからね」
「そうなの?」
そうだったのか? 私はてっきり先生が自分の方法で裏切り者を探すのだと思っていた。あの自分の方法で解決するってそもそも裏切り者を探すという方法を取らないという意味だったのか。
「それは僕の役割じゃないからね」
「ふーん? それは先生がシャーレ所属だから? シャーレが独立しているから他学園の事情には介入しないってこと? それってさ独立してるなら他学園の事情にも介入できるってことじゃないの? そもそも先生が手続きなしにトリニティの一部活の顧問をできてるのだって先生がシャーレ所属のおかげでしょ……ごめん。意地悪言っちゃったね。そうだもんね。先生はそういうの嫌いそう。独立してるからどれだけ介入するかも自由だもんね。それじゃあ……先生は誰かの味方なの?」
「僕は生徒の味方だよ」
「生徒の? じゃあ生徒ならだれでも味方するってこと? 例えば不良でも?」
「味方になるべきと思ったらそうだね」
「ふーん? じゃあ……ゲヘナの生徒でも?」
「うん」
先生が答えた瞬間ミカの顔からは表情が無くなった。空っぽの顔で先生を見ている。ただ僅かに見える怒りのようなものが漂う殺気と一緒に見えた。
「もちろんミカの味方でもあるよ」
「私の……わーお。さらっとすごいこと言うね、先生。それが大人の話術ってわけ? うん。そうだとしてもそう言ってくれるのは嬉しいかな。えへへ。因みにレイヴンは?」
『私は先生の味方だよ。今のところは』
「今のところは?」
『今は気にしなくていいよ。話が脱線するから。とにかく今は先生の味方』
「そっかそっか。先生の答えは少し意外だったけどレイヴンのは予想通りだったね。でもそれならよかった。うーん、先生のその生徒の味方って裏返せばだれの味方でもないってことだよね。だから私もナギちゃんと同じように取引を提案しようかな」
「取引?」
「私からはトリニティの裏切り者を教えてあげる」
その言葉を聞いて私たちはきっとわかりやすく驚いただろう。肩が跳ね上がり、目線がミカから離せなくなった。呼吸が荒くなり、体勢もミカに対して少し及び腰になっているに違いない。
「な、なんでミカがそれを知っているの?」
「そもそも先生を補習授業部の担任として招待したのは私だったからね。あとレイヴンの招待を後押ししたのも私」
「ミカが?」
「うん。ナギちゃんには反対されたんだけどね。先生との借りをこんな形で返すのはどうかって。先生との借りが何なのか分からないけどね。とにかく私の方で先生の力が必要だったの。トリニティでもゲヘナでもない第三の立場が必要だったの。少し脱線しちゃったね。補習授業部にいるトリニティの裏切り者は……白洲アズサ」
そのカミングアウトに私はともかく先生もあまり驚いている様子はなかった。ああは言っていたがやはりどこかで裏切り者のことを考えて、勘づいていたのかもしれない。情報を与えられればそのことについて考えないすることなんて不可能だ。たとえ無意識下でもどこかで考えてしまう。そしてそうやってできた印象は静かに体にしみこんでいくのだ。まるで最初からそう思っていたかのように。
「アズサが?」
「そう。知ってるかもしれないけど、あの子は最初からトリニティに居たわけじゃないの。あの子はトリニティの分派、アリウス分校から転校してきた生徒だったの。うーん、でも何かを学ぶということがない生徒のことを生徒って呼べるのかな? 先生はどう思う?」
「少なくともアズサは今、ヒフミたちと一緒に補習授業部で頑張って勉強している生徒だよ」
「ふふふ。そうだね」
「それで、このことを僕に教える理由は何?」
「言ったじゃん、先生。取引だよ。あ、これはレイヴンに対する取引でもあるからね。単刀直入にいうよ。私が先生たちに望むのは、あの子を守る事」
次回からは二章です。
ぶっちゃけペロロ様のぬいぐるみ、ちょっと欲しいなあと思わないこともないんですよね。あとウェーブキャット。あの猫なんか顔に仕事味を感じる……感じるくない?
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エデン条約編二章
14話
ミカさん……話なげぇっす。
『私も一緒に呼んだのはACがあるから?』
「そうだね。新聞を読んで知ったの。写真が載ったこと無かったらどんなロボットなのか分からなかったけど思ってたより大きくてビックリしちゃった。やっぱり先生だけだとやっぱり物理的な保護は難しいからね」
「アズサが裏切り者」
先生はさっきから何度かそのフレーズを繰り返している。さっきはそこまで驚いているようには見えなかったが、内心ではかなり驚いていたのかもしれない。
「ごめん、少し事を急ぎすぎたかな。じゃあもう少し最初から説明しようかな。これは複雑な事情が絡まりあって成り立っていることだし」
「ごめん。お願いできるかな」
私は少し迷っていた。本来私のような存在は依頼主の細かな事情を知る必要はないからだ。良くて依頼をした理由まで。私たち傭兵は盲目的に依頼をこなせばいいだけだ。だがこの状況、どっちみち話を聴く羽目になるだろう。
「まずはトリニティ総合学園について。ナギちゃんも言ってたけどこの学校はたくさんの分派が集まってできた学校なの。パデル、フィリウス、サンクトゥス。この分派が集まったっていう話は前にしたと思うけど本当はもっとたくさんの分派があったの。さっきの三つは中心になった分派。例えば今の救護騎士団の前身にあたる派閥とか、シスターフッドもそうなの。言ってしまえば今トリニティにある部活一つ一つが昔はそれぞれの派閥だったみたいなことかな。ちょっと違うかもしれないけど。
「そんなたくさんあった派閥が今のトリニティとゲヘナみたいな、互いに互いをいがみ合って紛争ばかりの時代があったんだって。それで、これ以上戦わずに仲よくしようっていう話が出てきた。たくさんの派閥をまとめて一つの学園にしようっていう話。それでさっき言った三つの分派が集まったのが第一公会議」
「うん、聞いたことある」
『私は聞いたことない』
「そうなの?」
「レイヴンはまだキヴォトスに来て日が浅いからね。そこらへんの歴史は全然知らないかも」
「そうなんだ。概要ぐらいは知っている体でちょっと端折った部分もあったんだけど理解できた?」
『うん、まあ一応は理解できたよ』
「ならいいや。えっと……そう。その会議を経て生まれたのがトリニティ総合学園。今でも分派の時の余波はあるけどそこは時代の流れっていうやつかな? 今は気にしてない人の方が多いよ。自分が入学するより昔のことを重視する人ってそんなにいないでしょ?
「でもその公会議は円満に終わったわけじゃない。一つだけ反抗していた学園があったの。それがアリウス。教典がちょっと違うだけで他は私たちとほぼ同じだった分派の一つ。そのアリウスだけが最後まで連合に反対していた。最終的には争いにまで発展しちゃったの。連合になったトリニティ総合学園はその強大な力を試すがごとくアリウスを弾圧し始めた。一つの分派が連合の学園に勝てるはずもなくアリウスはつぶされたの。トリニティの地区から追放されて今はどこにあるのか分からない。今の生徒はアリウスの名前自体知らないかもね。だって相当昔の話だもん。歴史と言う名目で語られる話なの。
「それでナギちゃんが今進めているエデン条約は正に第一回公会議の再現なの。トリニティとゲヘナ、二つの大きな学園が仲よくしましょうっていう条約。一見してとてもいい条約でしょ? だって長年いがみ合ってた学園が仲良くなるんだから。でもその実作られるのはエデン条約機構通称、ETOと呼ばれる武力集団なの。ナギちゃんも言ってたっけ、もしもの時両学園が力を合わせて事に当たるみたいな。ナギちゃんはおまけみたいに言っていたけどね。トリニティとゲヘナは単体でもキヴォトストップクラスの力を持っている。そんな学園が合わさったらどうなると思う? そんな集団を連邦生徒会長が行方不明になっているときに作ろうとしているの。
「ナギちゃんはこの力でなにをしようとしているのかな? 例えば連邦生徒会を襲撃して自分が生徒会長になるとか。例えばミレニアムという新しい芽を摘んでおくとか」
『もしそうなら私はミレニアム側につくよ。先生が敵になったとしても』
「え、嘘」
『本当』
「相当入れ込んでるみたいだね。理由でもあるの?」
『私の機体を整備できるのはミレニアムぐらいだから潰れたら困る』
「ああ確かに……あんなおっきいロボットはミレニアムぐらいしか弄れないだろうね。でもさっきのはたとえ話だからナギちゃんが本当にその力をそういうふうに使うとは限らないよ。でもこれだけは言える。そんなに大きな力を手に入れたらきっとナギちゃんは気に入らないものをつぶす。昔トリニティがアリウスにしたみたいに。もしくはセイアちゃんみたいに……ごめん今のは忘れて」
「セイアは今どこにいるの?」
「セイアちゃんのこと先生に話したっけ?」
「ナギサから聞いたんだ。入院してるって」
「あー、ナギちゃんったらそこまで話したんだね。先生は知りたいの?」
「ミカはそれを教えたくないの?」
「うーん、もしこのことを話したら私はもう戻れなくなる。先生が裏切ったら私はもう終わりだね」
「裏切るだなんてそんなこと」
「そうだよね。先生さっき言ってくれたもんね。それに裏切られたってそんなに悪くないかも……セイアちゃんはね、入院中なんかじゃない。ヘイローを壊されたの」
先生の息が詰まるのが分かった。汗を流している。ミカの表情からもそれがとても大事であることが分かる。しかし私には分からない。それがなぜこんなにも重苦しい空気になる事態であるのかを。
『ヘイローが壊れたらどうなるの?』
「レイヴンは知らないの? 私たちキヴォトスの生徒はね銃弾に当たっても痛いぐらいで済むほど体が丈夫なの。でも私たちにだって死はある。それがヘイローが無くなる事。厳密に言えば死んだらヘイローが無くなるってことなんだけど。つまりヘイローが壊されるということは死と同義なんだよ。セイアちゃんは去年何者かに襲撃されたんだ」
『じゃあセイアっていう人は』
「死んだわけじゃないよ。死んだらヘイローが無くなるのは事実だけどその逆は当てはまらない。でも植物状態に近いかな。このことはティーパーティ以外には誰にも知られてない秘密事項なの。シスターフッド辺りには知られてるかもしれないけどね」
「犯人はまだ?」
「うん。まだ何も分かってない。セイアちゃん自身良く分からない子だったからね。話を戻すけどアズサちゃんを入学させたのは私なの」
「ミカが?」
「うん。ナギちゃんには秘密でいろいろ書類を捏造して入学させたの」
何だろうなデジャヴを感じる。でも向こうと違うのはミカの持ってる権力の大きさか。そっちの方が簡単だろうな。
「理由が気になる? アリウスはね今も私たちを恨んでるの。私たちや連邦生徒会の助けも断るほどに憎しみが深い。私はアリウスと和解がしたかった。でもそう簡単にはいかないの。だってあんな昔のことをまるで今も根に持つほどだよ? 途方もない憎悪がないとそんなことできない。一言二言言葉を交わす程度じゃ到底拭いきれない。
「私の考えはナギちゃんとセイアちゃんには反対された。政治的な理由でね。それが分からないわけじゃないよ。私だってティーパーティだからね。私は政治的なあれこれは苦手なんだけど、でも今から仲良くするのってそんなに難しいことかな? 前みたいにお茶会でも開きながらお話しできないのかな。
「私はあの子に、アズサちゃんに和解の象徴になってほしかった。あの子のこと詳しいわけじゃないけど、アリウスでも優秀な生徒だったらしいし、あの子優しいでしょ? まるでアリウスの生徒じゃないみたいでしょ? ナギちゃんを説得して正式に事を進める手もあった。でもナギちゃんそういうの許してくれないだろうなって、信じきれなかった。だから内緒にしてたの。
「ナギちゃんがエデン条約を締結させる前に和解したかった。締結したら今度こそ和解は不可能になるから。でもそんなときにナギちゃんが裏切り者がいるって話をしだしたの。なんでナギちゃんが急にそんな話をしだしたのかはわからない。もしかしたら動いているうちに何かバレちゃったのかな。ともかく、エデン条約締結が近かったナギちゃんは急遽補習授業部を作ってその中に怪しい人を全員いれたの。そういえば先生はなんであの四人なのか知らないんだっけ。
「ハナコちゃんは変なところがあるけど本当に優秀な生徒なの。もちろん成績と言う意味でもね。ティーパーティの候補としても挙がっていたくらいに。シフターフッドもハナコちゃんを引き入れようとしてたみたいだけどうまくいかなかったみたい。礼拝堂の授業であの子だけ水着で現れた時はびっくりしちゃった」
ああ、簡単に想像できる。なんなら表情までも手に取るようにわかる。
「でも、あんなに優秀だったハナコちゃんはなぜか急に変わっちゃったの。落第直前になるまでに。気になっちゃうよね? あの子は上層部にも繋がりがあったから余計にナギちゃんは気にせざるを得なくなった。コハルちゃんはどろどろした政治とか全く関係ない純粋でいい子。だからあの子は疑われたわけじゃなくて人質なの」
「人質? 誰の?」
「正義実現委員会だよ。あの武力集団は本当の意味でティーパーティの下にはついてないんだ。おまけにゲヘナに対する憎しみも人一倍強いからね。エデン条約になんて絶対賛成しないでしょ? だから暴走した時の人質が欲しかったんだろうね。なんでコハルちゃんなのかは……単純に成績が悪かったからかな。アズサちゃんは言わずもがな。あとは……ヒフミちゃんか。
「いい子だよねあの子。ナギちゃんもとっても気に入ってるみたいだよ。でもナギちゃんの疑いの目が行っちゃったの。どうやらこっそり学園の外に出て怪しい場所に行ってたみたい。ブラックマーケットみたいな出入り禁止の場所にね。あとはどこかの犯罪者集団とつながってるって情報も出てきた。善良の権化みたいな子なのにね。世の中思いもよらないことが有るよね」
「あ、いやそれは……まあいいや」
『何か知ってるの?』
「何でもないよ、うん」
何か知ってるだろうな。でもミカの前では言いにくいのだろうか。なら後で二人になった時に聞いてみようかな。
「こういう事情があってナギちゃんの中で裏切り者は疑惑から確定の存在になったの。そして今につながるってわけ。どう? 今の状況良く分かってくれた?」
「うん。おかげで」
「裏切り者について解釈はいろいろあるんだよね。まずナギちゃんが言ってた意味だけど要はスパイみたいな、そういう意味で言うなら裏切り者はアズサちゃんだよね。経歴を偽って入学しているし何よりアリウスの生徒だし。それからある意味では裏切り者は私でもあるの。エデン条約に私は賛成してないからね。でもこういう見方もできる。トリニティの裏切り者……それはナギちゃん。トリニティ、ひいてはキヴォトスのバランスを変えてしまおうとしてるから。まあ今までの話全部私視点の話だからね。事実もあるけど全部合ってる訳じゃないから。じゃあ私はこれで帰ろうかな。先生とお話できてよかった。ティーパーティの私が下手にうろつくと変な噂が立っちゃうからね。あ、帰りにレイヴンのAC見て帰ろうかな」
『見るだけなら自由に見てっていいよ。なんなら送ってあげようか』
「いいよ、ありがとう。じゃあまたね二人とも。合宿頑張って!」
ミカは私たちに手を振って帰っていった。私と先生はミカが建物の陰で見えなくなるまで彼女を見送った。
「戻ろうか。長話しちゃったしヒフミたちが心配してるかもしれない」
『さっき先生何か言いかけてたよね』
「え、なんのこと?」
『ヒフミがどうのこうのっていう話の時』
「あー、あれね……あれはそうだなあ。レイヴンには話してもいいかな。実はねヒフミが犯罪者集団に関わってるって話なんだけどあれは事実だしなんなら僕も関わってる」
『え』
「は、話の流れでそうなっちゃっただけで襲ったのは悪徳銀行だからその……義賊みたいな?」
『へえ。先生が銀行強盗を……へえ?』
「話の流れですることになっちゃっただけなんだよ」
『一体どんな話をしたら銀行強盗する流れになるのか気になるんだけど。つまりヒフミがこうなったのは先生のせいでもあると』
「い、いやそれは……うんそうだね。僕のせいでもあるね……このことはヒフミには黙っててね?」
『いいよ』
今朝は雲一つないとてもいい天気だというのに、廊下を歩く私たちの気分は暗く沈んでいた。先生はさっきからずっと床を眺めながら歩いている。多分何か考えているのだろう。何を考えているのかは想像がつく。二人しかいない廊下には先生の足音と私の車椅子の駆動音しか鳴っていない。考え事をするにはうってつけの空間が形成されていた。幸か不幸か私は車椅子の操縦で手一杯で考え事をする暇はなかった。
「レイヴン。ミカは君にもアズサを守ってほしいって言ってたよね」
『先生。話をするなら車椅子を押してくれない? 車椅子を動かしながら別のことを思考するのはまだ慣れてない』
「ごめんごめん」
先生は私の後ろにつき車椅子を押し始めた。
「君にまで頼むってことはミカはアズサが戦闘に巻き込まれることを加味してるってことだよね」
『そんなに難しく考えなくてもいいと思うけどね。キヴォトスじゃあ銃撃戦何て日常茶飯事なわけだし。まあそういう意味で言うならミカが考えているのはアズサがアリウスの生徒だってバレた時のことだと思うよ。ミカは多分アズサの正体がバレた時、ナギサが武力行使をすると思ってるんじゃないかな』
「武力行使……か」
『とはいえ私が必要になるってことは相当ひどい展開になってるってことだよ。大事にしないのであれば先生で事足りる。要は私はただの保険だよ』
「じゃあ僕はレイヴンに仕事をさせないようにすればいいってことか」
『頑張ってね』
適当に論をでっちあげてみたが存外先生には効いたようだった。話が終わったのなら私はまた自分で動かそうと思ったが先生はついでだと言ってそのまま教室まで押してくれた。
突然二人の間にあった沈黙を破るようにコハルの叫び声が聞こえてきた。いつの間にかヒフミたちのいる教室の前まで来てしまったらしい。先生は床を眺めるのをやめて前を向き、息を一つ吐いた。
「せめてみんなの前では笑顔でいないとね」
先生は私に向けてそう言ったが、私は元より笑顔も何もない。
歩を進めるたびにコハルの声は大きくなっていく。大方またハナコに何か言われたのだろう。さらに進むとヒフミたちの声も聞こえた。アズサの声も聞こえてくる。試験結果の話題が聞こえてきた。
『私たちが話をしている間に試験が一本終わってるみたいだね』
「そんなに時間が経ってたのか……本当だ。こりゃ思ったより心配させちゃったかもね」
」が無いのはそういう書き方です。
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15話
ここに謝罪します。私はセイアちゃんの名前と間違えて某百円ショップの名前を書いていました。本当にすいません。これはセイアちゃんファンに刺されてもおかしくない……
「あ、先生、レイヴンさん!」
「ごめん遅くなった」
「なんでレイヴンが先生と一緒にいるんだ?」
『丁度先生にも用があったんだよ。終わらしてから一緒に来た』
「あら、私たちに隠れて何をしていたんでしょうね、コハルちゃん?」
「え、な、なんで私に聞くの!? し、知らない! でもエッチなのは駄目! 禁止! 死刑!」
『問題集を見てもらってただけなんだけど』
「あはは。ヒフミたちは何の話をしていたの?」
「そうだ。先生見てください。さっき自分たちで試験をしたんですけど、ほら!」
ヒフミは四枚の解答用紙を見せてくれた。特筆すべきなのはアズサが五十八点を取っていることだ。本人も紙一重だったと言っている。コハルも五十点近くとっていた。前回の試験の結果とは大違いだ。両者ともに目標点数にぐっと近づいた。ヒフミはまるで自分のことのように喜んでいる。実際これで自分たちの退学がぐっと離れるわけだから自分のことでもある。ヒフミの喜びようにアズサも喜んでいるし、コハルも照れているがその口元には笑みが見える。
しかし一方でハナコの点数は八点と、合格ラインには程遠いものだ。ヒフミの顔も歓喜から苦笑に切り替わった。
「ハナコちゃんはその……はい」
「あら、私だって前回から点数が上がってますよ? 最初が二点、次は四点、そして今回は八点。このまま指数関数的に行けばあともう三回目には合格ラインを突破してます」
「そ、そうですね。このままいけばですけど。ともかく、私たちは着実に成長しています! このままいけば第二次特別学力試験で皆合格できますよ!」
「ああ、全てはあのかわいいものをゲットするためだ。全力で事に当たるのは当然」
「え、えっと目的は学力試験に合格することですよ? モモフレンズはそのための手段と言いますかモチベーションを保つための道具で」
「ん? ああ。そうだな。ついでに合格もしないとな」
「つ、ついで!? あ、いや。モモフレファンとしては嬉しいんですけどできれば試験合格を目標にしてほしいなあって」
にわかに暗雲立ち込めていた私たちの心境も現状の四人を見て晴れてきた。いろいろ守ってだの裏切り者だのどろどろとした話を聞かされたが要は四人を退学させないように試験に合格させるのが先生の目標だ。私はあくまで保険。事が上手くいけば私が動く必要も無いだろう。それにアズサなら一人で十分身を守れそうな気がする。
爆発音が鳴り響いたのは突然だった。爆音の直後、私たちは目を見開いて互いを見合わせた。コハルは「な、ななな、なになになにっ!?」と慌てふためいている。
「これは……入り口の方向からでしょうか」
「ブービートラップを仕掛けておいたんだ。襲撃者が掛かったに違いない」
「トラップ!? え、いつの間に掛けてたんですか? ちょ、ちょっとアズサちゃん!?」
アズサは途端に教室を出ていった。私と先生もアズサの後を追いかける。あんな話をした後なので余計に気になってしまった。もしかしたら本当に襲撃者かもしれない。その考えがどうしても頭をよぎってしまった。ロビーに到着するとそこには煙に巻かれている一人の少女に銃口を向けているアズサの姿があった。少女は「一体何が……」とつぶやきながら煙を手で払っていた。その少女は黒い服に身を包み、頭までもを覆っていた。動物のような耳をつけているのが服の上からでもわかる。見たことのない服装だった。
「アズサ! 大丈夫……あれ、君は」
「だ、大丈夫ですか!?」
「きょ、今日も平和、けほっ、と安寧が……けほっ、あなたと共にあり、けほっ、ありますように」
「まずは自分の安寧と平和を確保した方がいいと思いますよ!?」
「マリーちゃんじゃないですか」
『知り合い?』
「あ、ハナコさん」
どうやら先生とハナコはこの少女のことを知っているようだ。ハナコ曰く、この少女はシスターフッドのマリーと言うらしい。シスターフッドと言えばミカが言っていた組織の一つだ。詳細は何一つ知らないが先生とハナコの知り合いであるらしいし怪しい人物ではないようだ。ではなぜこんなところに来たのだろうか。一先ずマリーを教室まで案内した。
コハルから水を渡されようやく落ち着いたマリーの前にアズサがヒフミによって連行されてきた。アズサの顔は少々不満そうに見える。
「ほら、アズサちゃん」
「うっ……す、すまなかった」
「い、いえ。私は大丈夫ですから」
「ところでどうしてここに? また私に用ですか?」
「い、いえ。今回はアズサさんに用があって来たんです」
「私に?」
「はい、いじめにあっていた生徒さんからアズサさんにお礼がしたいというので探していたのですがなかなか見つからなくて、補習授業部にいるということだったのでここまで」
「いじめ!?」
「トリニティでもいじめはありますよ。陰湿で狡猾な分、表には出にくいですけど」
「その生徒さんがいじめにあっていたところをたまたま通りかかったアズサさんが助けて下さったようで。それで主犯の方たちが腹いせに正義実行委員会に事実を歪曲させて伝えたせいでアズサさんとの戦闘が始まってしまい最終的に三時間立てこもる事態にまでなったと」
「え、あれそういうことだったの!?」
「あの事なら別にいい。私はただあの行為が気に入らなかっただけだ。その子に伝えておいてくれ。いつまでも無抵抗なのはダメだ。どこかで抵抗しなければ自由は得られない」
「はい。分かりました。では私はこれで失礼させていただきます」
「僕が送るよ」
『じゃあ私も』
先生が見送りに行こうとしたので私もついて行った。少し焦げた匂いのするロビーの玄関の前で振り返ったマリーはもう一度私たちの前で挨拶をした。
「お見送りありがとうございました、先生。それとあなたがレイヴンさんですね。自己紹介が遅れました。私は伊落マリー、シスターフッドに所属しています。レイヴンさんの話はかねがね聞いていました」
『初めまして。よろしくね』
「今回はゆっくりお話ができませんでしたがもし今後機会があればその時にまた」
『うん、また。そういえばさっきああいいやなんでもない』
私はさっきハナコが言っていた用について聞こうと思ったが多分ミカが言っていた勧誘のことだと気づいたので打ち込む途中で無理やり断った。マリーはすぐに玄関から出ていった。私たちはしばらくの間マリーが出ていった玄関の扉を見つめていた。
『襲撃じゃなくてよかったね』
「うん。あの話を聞いた後だったから心配しちゃったよ」
『でもアズサって別に私の助けとかいらなくない?』
「まあ、言いたいことは分かるよ。でも一人よりも仲間がいた方が安心できるでしょ?」
『それは……そうだね』
仲間、というか僚機を伴う任務を請け負ったことは何度かあった。賑やかで、いつもより被弾も少なくてお財布に優しい任務になる。任務で仲良くなる僚機もいたが終始因縁しかつけてこないような奴もいた。私を褒めてくれる僚機もいた。どれも最後は私が殺した。傭兵だから仕方がないことだった。実際そこまで気にならなかった。死体が目に入らないからかもしれない。でもわずかに悲しみと寂しさが湧いて出てくる。キヴォトスではそうならないといいな。
『ところでここ煙臭いね』
「ブービートラップ仕掛けてたらしいからね」
『でもその割には焦げてないみたい』
「そうだね。理由は良く分かんないけど焦がさないように爆発させたみたいだね?」
『器用だね』
「とりあえず換気だけしておこう」
先生はロビーの窓を開けにかかった。私は手が届かないので見ていることしかできなかった。窓が開くと風が入って来た。すぐに煙の臭いが抜けるわけではないが夜までには抜けてくれるだろう。
窓を全開にした後、すぐに教室に戻った。その日は夜まで何も事件は起こらず、ずっと勉強をしていた。コハルやアズサも試験の結果のことが有ってか普段よりも集中して机に向かっていた。それに影響されたのか私も今日は集中して問題集に取り組めた気がした。
その晩、皆で談笑をしているとハナコが洗濯カゴを取り出した。そして皆から洗濯物を募った。ヒフミたちは次々と洗濯物を手渡した。生憎と私には洗濯物の類は持っていなかった。
「下着も一緒に洗っちゃいましょう」
「え、下着もですか?」
「下着は各々でいいんじゃない?」
「いや、洗濯物は一度で洗濯した方が水の節約になる。ハナコ頼めるか?」
「はーい、預かりますね」
「じ、じゃあ私も」
「あら、かわいい下着ですね」
「あ、あまり見ないでください」
「さあコハルちゃんも」
「え、なに、これ私が何かおかしいの? そういうものなの?」と言ってコハルは私を見た。
『私に言われても、下着付けてないから何とも言えないよ』
「え、レイヴン下着もつけてないの!?」
『傷の部分がかぶれちゃうんだよ。前にも言わなかったっけ』
「そ、そうだったっけ?」
「さあコハルちゃん。早く貸してください」
「う、うう……分かった、分かったわよ! はい。これでいいでしょ」
「あらあら。コハルちゃんもかわいいものを穿いてるんですね」
「そんなにじろじろ見ないでこの変態! さっさと洗濯に行きなさいよ!」
「うふふ。先生も一緒にどうですか?」
「僕は遠慮させてもらうね」
ハナコが洗濯物と一緒に部屋を出ると、ヒフミが先生に何かを耳打ちしていた。残念ながら私のいる位置からはヒフミが何を耳打ちをしたのか分からなかった。私はやることが無くなったのでベッドに転がり天井を眺めた。規則的な四角いタイルが見えた。この建物、外見や教室は古風な見た目をしているが居住スペースは案外現代風な内装をしている。トリニティは伝統を大事にしているらしいから建物の外見や教室だけは昔から同じなのかもしれない。
私は手持無沙汰から車椅子にしまっていた読みかけの本を取り出した。少年が赤い砂漠で迷っているところまで読んでいたはずだ。ぺらぺらとめくると丁度そのページで栞が落ちてきた。顔の側に落ちてきた栞を拾い、手に持ったまま読みはじめた。
ふと目が覚めた。辺りは真っ暗だった。さっきまで本を読んでいたはずなのに一体どうしてこんなに暗いのだろう。体を動かすと手に何か当たった。暗闇の中その何かが本であることを手探りで暴いた。近くに栞もあった。多分本を読んでいる間に寝落ちしてしまったのだ。そして間の悪いことに尿意に気づいてしまった。全く、喋れなくなったり歩けなくなったりするのなら尿意も殺してほしかった。普段から夜中に尿意を催すことがたまに有った。その時はいつも先生に連絡を取ってトイレまで連れて行ってもらってたので今回も先生に連れて行ってもらおうとした。その時誰かがごそごそと動く音が聞こえた。
「うぅん、トイレ……」
コハルの声だ。私は壁を叩いてコハルを呼んだ。コハルは突然聞こえた音に驚いたもののすぐに私のところまでやって来た。
「なに、レイヴン?」
『私もトイレに行きたい』
「レイヴンも? 分かった。ちょっと待って」
コハルは車椅子を近くまで持ってきて、私を抱えた。車椅子に乗せると一緒に部屋を出た。夜の別館は恐ろしいほどに静かだった。元々私たち六人しかいないので建物内は静かだったが、同じ静寂でも雰囲気が違った。まるで異世界にいるようだった。コハルは何もしゃべらない。眠いのかもしれない。静かすぎて普段は全然聞こえない車椅子の駆動音がとても大きく聞こえた。
先生の部屋の前を通った時、何の脈絡もなく扉が開いた。私たちは驚きのあまりその場にとどまって開いた扉をじっと睨んだ。中から出てきたのはヒフミだった。
「え、な、なんでヒフミが?」
「あれ、コハルちゃんとレイヴンさん? なんでこんなところに?」
それはこちらのセリフなのだが私がキーボードを打ち込む前にコハルが口を開いた。
「こ、こんな夜中に何してんの!?」
「あら、お二人ともどうしたんですかこんな夜中に」
中からさらにハナコまで出てきた。
「二人!? な、なな……変態! エッチなのは禁止! 死刑!」
コハルは何か変な想像をしたようだ。静かだった別館はにわかに賑やかになったが尿意の強かった私はコハルたちを置いて一人先にトイレに向かった。
次の日、目を覚ますと外から雨音が鳴っていた。いつも部屋に入ってくる朝陽がない。外の景色を映していた窓の向こうは暗い灰色に染まり、代わりに私たちの姿を映していた。まるで未だに夜中のような、そんな暗さだった。私の起きる姿が窓にでも映ったのか、先に起きて窓を見ていたヒフミとハナコがこちらを向いて「おはようございます」と言ってきた。それからすぐにコハルも起きてきた。ただ珍しく今日はアズサが起きてこなかった。その内先生も部屋に入って来た。
「おはよう皆」
「あ、先生。おはようございます」
「すごい雨だね」
「ええ、朝からずっと降ってたみたいです」
「あれ、アズサは? まだ寝てるの?」
「あ、はい」
「きっと普段からずっと起きてたので今日は限界が来たんでしょうね」
「雨が降ってるからっていうのもあるかもね」
「とりあえず起こさないでおきましょう」
時折雷が鳴るほどのひどい雨空をしばらくの間眺めていた私たちだが、ハナコが突然「あ」と何かを思い出したようにつぶやいた。
「すっかり忘れてました! 洗濯物が外に!」
そう言って部屋を飛び出していった。少し遅れてその言葉の意味することを理解したヒフミとコハルと先生もハナコを追って部屋を飛び出していった。私はベッドに置かれたまま置いて行かれてしまった。部屋には私とアズサだけになったわけだが、アズサは三人が飛び出して行ってから直ぐに目を覚ました。
「ん……あれ? 皆は? ああ、レイヴンおはよう。皆が何処に行ったのか知らないか?」
『皆なら外に干してた洗濯物を取りに行ったよ』
「洗濯物? ああ雨が降っているのか。だから……雨が降ってる!?」
起きたばかりで寝ぼけていたのかアズサはぼーっと外を眺めていたが、事の重大さに気づくとハナコたちと同じように、しかし少しふらふらとしながら部屋を飛び出していった。とうとう部屋の中には私だけが取り残されてしまった。
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16話
結論から言えば外に干していた洗濯物は全滅していた。どれもこれもびちゃびちゃに濡れている。体操服なんかは泥だらけになっていた。途中でコハルが転んでしまったせいらしい。
「すみません。私が全部一緒にと言ってしまったせいで」
「大丈夫だ。もう一度洗濯すればいい」
「とりあえず着替えませんか? 洗濯物取りに行って濡れちゃってますから」
「ちょ、ちょっと先生いるんだからまだ脱がないでよ! なんでそんなに脱ぎたがるの!」
「おっとそれはまずい」
先生が部屋を出てから四人はそれぞれの鞄を漁ったが、ほぼ同時に全員が気付いた。服は全部昨日洗濯していた。その洗濯物は今全て濡れた状態である。つまり替えの服がないのだ。
「どうしましょう。私も服がないのですが」
「下着はたくさん持って来てあるし靴下も履けば保温になる」
「え、し、下着だけで過ごせってこと!? そんなのダメ! エッチじゃん!」
「あら、私はいいと思いますよ? 下着姿で勉強……想像するとわくわくしますね」
「わくわくするな! 洗濯物はもう一度洗濯するとして今着てる奴はドライヤーで乾かせばいいでしょ!」
「それなら先に使っててくれ。私はもう一度洗濯機に持っていく」
アズサは洗濯物を持って部屋を出ていった。私も手伝おうと二つあるドライヤーを一つもってコンセントに挿した。温風が出ているのを確認し、コハルの服に当て始めてから少しして、一際大きな雷が落ちた。直後部屋の電気が落ち、ドライヤーも止まってしまった。私の車椅子についている画面だけがぼんやりと光を放っていた。
「うわっ! な、なに、どうしたの?」
「停電でしょうか」
「まずいことになった」
部屋に誰か入って来た。声からしてアズサだろう。こちらに近づくと薄暗い中でアズサの困った顔が見えた。
「洗濯機が止まってしまって蓋もあかない」
「え、それじゃあ服はこれしかないってこと?」
「ドライヤーが止まってしまいましたし、服も濡れたままですね」
「ど、どうすんのよ着る服もうないじゃない!」
『包帯ならあるよ?』
「包帯だけですか……いいかもしれませんね」
「いいわけあるか!」
『あ、もう数がない。皆の分は無いかも」
「巻かないから!」
「あっはは……でも着替えないと風邪ひいちゃいますよ。なにか着れる服はないでしょうか」
「うーん……あ、ありますよ」
「え、なんかあったけ?」
一同は暗い部屋から広い体育館に移って来た。広く窓もたくさんあるおかげか、寝室よりもほんのり明るかった。雷が鳴ると一瞬お互いの水着姿がはっきりと見えた。
「第一回水着大会ですね」
「大会じゃないし二回目とかないから」
「ふむ。水着はいいな。通気性もいいし動きやすい。ハナコがずっと着ていたのもうなづける」
「分かってくれましたか? 今度一緒に水着で学園内を歩きましょう」
「歩くな! 歩いたら捕まえるわよ!」
「一先ず停電が直るまではここに居ましょうか」
「落雷で停電するなんてセキュリティが心配だ」
「ま、まあこの建物古いですからね」
『そういえば私の機体にライト付けてたんだった。少しは明るくなるかも』
「気遣いはありがたいけどこんな雨の中だとレイヴンも風邪ひいちゃうよ」
『そっか』
「うふふ。実は私今結構興奮してるんですよ。こうしてみんなでお話ししてみたかったんです」
「楽しそうだね」
停電が直るまで勉強も何も出ないので必然的に談笑が始まった。自分でしてみたかったと言っていた分、ハナコは自身の知っている話題をいろいろ話してくれた。最近水族館で展示されたゴールドマグロの話だったり、廃墟になったアミューズメントパークの話だったり、水着の上から覆面を被っている犯罪集団の話をしてくれた。恐らく犯罪集団はヒフミのことだろうなと彼女と先生の方を見てみると二人とも苦笑しながら相槌を打っていた。
「皆とこうして話すのが楽しいとは思わなかったな。ありがとうハナコ」
「いえいえ。楽しんでいただけたなら幸いですよ」
「コハルもいつも感謝してるぞ」
「え、なにいきなり」
「いつも勉強を教えてくれて感謝している」
「ん、ま、まあ私が教えてるんだから当然よね」
「もちろんヒフミにも感謝しているぞ」
「え、えへへ。なんだか照れちゃいますね」
「先生たちにも感謝している。今があるのは先生たちのサポートがあったからこそだ」
「僕はただ顧問をしているだけだよ。皆が合格してくれたらそれでいいんだ」
『私は特に何もしてないけどね』
「いや、前にレイヴンがしてくれた話はとても興味深いものだった。また聞きたいと思っている」
「へえ、レイヴンさんとアズサちゃんが二人で話しているところを見たこと無かったんですがいつそんな話を?」
『昨日お昼ご飯を食べてたときだったかな。ちょっとだけ話したよ』
「因みにどんな話を?」
『前に居た場所での仕事の話。あんまり面白いものではないよ』
「ちょっと興味あるかも。それって外のロボット使った話でしょ?」
『そうだけど、この雰囲気で話すようなものではないかな』
私はふと窓の外を見た。まだ雨は降りそうだ。一つぐらいは話してもいいかもしれない。アズサもこころなしか私の話を期待しているようだ。
『でもしょうがないから一つ話そう。アズサにもまだ話してない話だよ』
「ほ、本当か? それは楽しみだ」
話をすると言ってから私は何の話をしようと考えた。数秒の思考の後、アイスワームの話をすることにした。
アイスワームの話をする前に、まずアイスワームが一体どんな姿形をしていたのか思い出した。それからその姿を一体どのように表現すればいいのか考え出した。頭と胴体の腹にドリルが付いた、芋虫のような兵器だ。ACの何百倍も大きい、もはやACと比べるのが不適切なほどに大きかった。
「あれの何百倍も大きい鉄の芋虫ってこと?」
「んー……想像できるようなできないような感じだな」
「レイヴンさんはそのアイスワームを倒したんですか?」
『最終的にはね。そこまでちょっと時間がかかったけど。初めて遭遇した時は驚いたよ。どんな武器も通さないんだから』
「どんな武器も? ミサイルも通さないのか?」
『うん。ミサイルも近接武器も何もかも。唯一通ったのは頭の部分。そこも二つのバリアが張られてて剥がすのに苦労したんだけどね』
それからアイスワームの対処法が協議されて、一時的に争っていたベイラムとアーキバスが共闘することになった。RaDも奪われたレールガンでアイスワームのバリアを剥がせると言った。ブルートゥの件は端折った。それからベイラムとアーキバスそれからRaDの三つの勢力が協力した。あの時のブリーフィングは今でも覚えている。あんなに皆が仲良くお話をしたのはあれが最初で最後だったからだ。私はアーキバスのスタンニードルランチャーを貸してもらい一枚目のバリアを剥がす任を受けた。あれだけの巨体で信じられないほど素早く動くのだから当てるのには本当に苦労した。
『三回目にようやく当たったんだ。それだけで軽い達成感を得たね。でも本番はここから。今度は二つ目のバリアをレールガンで剥がすんだ。これについては私が撃ったわけじゃないからあまり話せないけどとにかく彼は当てたんだ。何十キロも先からね』
「そんなに遠くから? 目標が巨大とは言えすばしっこいのだろう? よく当てられたな」
『私もすごいと思うよ。で、剥がれた後は当然殴りに行くんだけどこれが一回じゃすまないんだよね。すぐにバリアが復活して地面に潜っちゃった』
「それじゃあ一体どうするんですか?」
『簡単だよ。もう一度すればいい』
二回目は慣れていたので一回で済ませた。しかし二回目でもアイスワームを倒しきることはできなかった。しかしダメージを与えた影響なのかアイスワームの抵抗は激しくなっていく。範囲攻撃やどういう訳かバウンドするミサイルまで撃ってくる始末。加えてもとからある地中からの奇襲によって僚機は全滅、残るは私だけとなった。
『それでも何とか一瞬の隙を捉えて撃ち込むことができたんだ。でもスタンニードルランチャーの弾数はあってもレールガンは三発目で限度。それで倒せなかったら任務は失敗。加えてダウン後に攻撃できるのはもう私だけ。今思えば絶望的なシチュエーションだったね。でも当時の私はそんなことには気づかなかったよ。とにかく倒さなきゃいけないと思った。無我夢中で攻撃したね。でもアイスワームのバリアが展開される予兆が現れた。これで倒せなかったら任務は失敗。祈りを込めて左手のパイルバンカーを打ち込んだ。その瞬間確かに手ごたえを感じたね。アイスワームは体を反らして誘爆が起こり始めた。最後は体を大きく反らし直立してから大爆発を起こして倒れたよ。後はそのままドリルも止まって任務完了ってわけ』
「結末は分かっていたとしてもなかなか手に汗握る話だったな。あの大きなロボットが小さく見えるほどの兵器か」
『もう二度と戦いたくないね。強いとかそういうんじゃなくて面倒くさい』
「レイヴンさんってやっぱりすごい方なんですね」
『そこまででもないよ』
「あれ、雨やんでない?」
コハルの声に一同は同じ窓を見た。耳を澄ましてもさっきまで聞こえていた雨音はない。加えて見ていた窓からは日が差し込んでいた。更に停電も直ったようで薄暗かった体育館は一瞬で眩しいほどに明るくなった。
「一度に全部直ったね」
「停電も直ったようですしこれで洗濯機が回せそうですね」
「あら、これで水着大会は終わりでしょうか」
「とても楽しかった。二回目が開催されたらぜひ参加したい」
「するな! てか二回目とか無いから!」
復活した洗濯機を回し、雨に濡れた服を乾かす。今日はそれだけで終わってしまった。乾いた洗濯物を取り込んだころにはすっかり遅くなっており、一同は寝室に入った。今日は予想外な一日だったが楽しくもある一日だった。また明日から頑張ろう。
「終わっていいはずがありません!」とハナコは突然叫んだ。
「なに? もう遅いんだから寝なさいよ」
「何を言ってるんですかコハルちゃん。今日はせっかくの休みだったんですよ。もっと楽しみましょうよ」
「楽しむっていったい何を?」
「うふふ。合宿の醍醐味と言えば合宿所を抜けることも一つじゃないかと思いませんか? トリニティの商店街は遅くまでやってるところも多いですし皆さんで今から向かいましょう」
「は? そんなのダメに決まってるじゃない。校則違反よ」
「でも皆さんこっそり抜け出したりしてますよ? 校則だなんて案外そういうものじゃないですか? ねえヒフミさん?」
「あはは……でも私たちは補習授業部ですけど大丈夫でしょうか」
「大丈夫ですよ。ちょっと行って帰ってくるだけですし。先生もいますし。コハルちゃんだって興味はあるでしょう?」
「う……ま、まあ無いわけでは無いけど」
「私は興味がある。ぜひ行きたい」
『私もついでに包帯を調達しておきたいかな』
「レイヴンさんもこう言ってることですし、先生も行きましょう」
「うん。面白そうだね」
こうして一同はハナコの突発的な提案により夜の商店街に繰り出すことになった。
もうすっかり遅い時間であるが存外商店街は賑わっていた。お昼ほどではないと思うが時間を考えると相当だと思う。私もついて来たが当然こんなところにACで来るわけにもいかなかったので車椅子で付いて来た。世間体を気にしてか先生からジャケットを貸されてそれを羽織っている。
「うふふ。ついに来てしまいましたね。禁じられた行為をしているという背徳感、興奮せざるを得ませんね」
『今日ずっと興奮してるよね。ハナコ』
「楽しいんだろうね」
「深夜の商店街も案外にぎわってるんだな」
「トリニティは二十四時間営業のお店が多いですからね。スイーツ店なんかも二十四時間やっているところがありますよ」
「スイーツ店も? それは心が躍るな」
「あ、この先にモモフレンズのグッズが売ってるところがあるんですよ。その向かいには限定グッズも売っているところが……」
「あら、ヒフミちゃんは詳しいですね」
「あ、あはは」
「それも捨てがたいな。とはいえまずは目的がしっかりしているレイヴンの包帯から調達するとしようか」
「包帯なら薬局ですかね。薬局なら間違いなく二十四時間やってるところがあるはずですよ」
「う、うう。思わず便乗しちゃったけどこんなところ見られたらハスミ先輩に怒られちゃう」
「正義実現委員会のハスミさんですか? 後輩の方には優しいと聞いていますが」
「そ、そうよ。ハスミ先輩は私たちに優しいけど、怒ると本当に怖くって」
「そういえば前に本気で怒った時はすごかったって」
「えっとね。前にこんなことが有って——」
コハル曰く、前にゲヘナの生徒とエデン条約について会議に行ったことが有るそうだ。そこでゲヘナの生徒会長からいろいろ言われたらしく特に「デカ女」と言われたことが一番腹が立ったらしい。教室中の備品を壊し、ダイエットを宣言したそうだ。
「会議も駄目になっちゃったし、ハスミ先輩もそれからあんまり食べなくなっちゃったから心配で」
「あら……それは大変ですね。ゲヘナの方々に怒るのも分かります」
「ハスミ大丈夫かな」
周りの反応が思ってたのと違った。てっきり笑い話になると思ってそういう感じの返信を打ち込んでいたのだがなんだか神妙な雰囲気になっていたので急いで文字を消した。
「でも先輩はいろいろと強いから! 今も自分との約束を守ってるし」
「あ、こんなところにもスイーツ屋が」
歩きながら話を聞いていたが、偶然なのか話を聞き終わったところにスイーツショップが現れた。
「なんだか食べ物の話してたらお腹がすいてきちゃいましたね」
「あ、ここの限定パフェすごくおいしいんですよ! 二十四時間開いてるとは知りませんでした。あ、でも先に包帯を買わないといけませんね」
『いいよ。どうせパフェを食べた後でも買えるんだから』
「そういうことなら入りましょうか」
スイーツショップの中には私たちのほかにもう何人か来店していた。店員に案内され席に着くと早速注文を聞かれた。
「あの、限定パフェってまだありますか?」
「申し訳ありません。限定パフェは先ほど別のお客様が三つ頼んで終わってしまいまして」
「一足遅かったか」
「まあ限定だからね」
「あ、あら?先生?」
急に私たちではない別の声が聞こえた。どこかで聞き覚えのある声だ。声のした方向を向くとそこには数日前に私の機体に声をかけた少女の姿があった。
「ハスミ!?」
どうやら彼女がハスミらしかった。彼女の前には店の入り口にあった限定パフェの写真と同じものが三つ並んでいた。
何周してもアイスワーム戦は面倒なんですよね。一応スタンニードルランチャー無くても攻略できるみたいですし今度やってみようかな?
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17話
もしかしたら次回から毎日投稿ができなくなるかもしれません。正直言って一日で一話分書き上げるの中々大変なので。二日に一本とか最悪三日に一本になるかもしれませんが気長に待っていただけたら幸いです。
「補習授業部の皆さんまで……どうしてこんなところに?」
「は、ハスミ先輩!?」
「あ、いやこ、これは違うんです!」とハスミが狼狽えると「夜中ってお腹が空くよね」とあまりフォローになってないようなフォローを先生が入れた。
「ですが補習授業部の皆さんも合宿所以外の出入りは禁止では?」
「あ、あっはは……それは、まあそうなんですけど」
「ふう……ひとまずここはお互いに見なかったことにしましょう。あら? そちらの方は」
『初めまして、レイヴンだよ。初めましてと言うわけでも無いけど』
「ああ、あなたがレイヴンさんなのですね。あの時は失礼しました。正義実現委員会の副委員長をしている羽川ハスミです。さて、コハル。勉強は頑張っていますか?」
「え、あ、はい。その……」
「コハルは頑張ってるよ」
「はい! コハルちゃんはテストを受けるたびに成長しています。これなら次の学力試験は合格できるはずです!」
「そうですか。言ったじゃないですか、コハル。あなたなら出来ると。いち早く正義実現委員会に戻ってきてください。あなたと一緒に仕事をするのを楽しみにしていますよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
「いい話だ」
目の前で繰り広げられているハートフルな雰囲気も束の間。突然そんな雰囲気を叩き割るかのように携帯の電話が鳴った。一体誰の携帯かと周りを見たが、携帯を取り出したのはハスミだった。
「こんな時間に一体誰が……すみません。ちょっと失礼します」
ハスミは私たちから背を向けて電話に出たがすぐに席を外し、私たちから距離を離した。
「仕事の電話かもね」と先生が言った直後「ゲヘナが!?」と言う叫びが店内に広がった。
「数は!? 小隊規模、大隊規模ですか!? え……はぁ……四人?」
中途半端に聴こえてくると、勝手に意識がそちらに向いてしまうものだ。ハスミはわざわざ離れたのに意味がない程度に大きな声で話している。内容を聞く限りはゲヘナの生徒が四人で何かをしているらしい。トリニティとゲヘナの仲はすこぶる悪いと聞くのでなんとなくやばいだろうなと思った。
「美食研究会、ですか……アクアリウムを。あ、いえ。私はそのちょっと私用で……分かりました。私も向かいます」
ハスミは携帯をしまうとこちらに向かって来て、協力を頼み込んできた。
「今はエデン条約目前でお互いに緊張している状態です。ここで下手にトリニティの正義実現委員会とゲヘナの衝突と捉えられてしまっては状況が不利になってしまいます。そこで補習授業部とシャーレの先生にも協力してほしいのです」
「分かった。それじゃあ補習授業部出発」と先生は即答した。
「な、なんだか大変なことになってしまいましたね」
「ふむ。そういえば先生の指示に従って戦うのはこれが初めてだな。遠慮なく指示してくれ」
「は、ハスミ先輩と共闘ってこと?」
「まさかこうも早くコハルと一緒に肩を並べて戦う日が来るとは思いませんでしたね」
「あ、でもレイヴンさんは危なくないですか?」
「そっかヘイローもないから銃弾に当たると危ないね。ACも無いしレイヴンは別のところにいた方がいい。また後で連絡して迎えに行くから、戦闘地域には近づかないようにね」
『先生は大丈夫なの?』
「安心してくれ先生はちゃんと私たちが護るから」
『なら、まあ分かった。ここらへんで待ってるよ』
ACが無い私はただの車椅子に座っている少女だ。そんな状態で銃弾飛び交う戦場に行っても仕方がないので大人しく従うことにした。結局パフェを食べることは出来ず、店を出ると私は先生たちと別れた。一人になって周りを見ると時折爆発が聞こえてくるというのに周りの人は何事もなく歩いている。人……人だろうか。二足歩行している動物とロボットは人と言えるだろうか。私も大分キヴォトスに慣れてきたと思うが未だにこれは謎だ。キヴォトスにいる生徒以外の存在は先の二種類しかいないから私のような存在が驚かれるのも良く分かる。ここは治安がいいのか悪いのか良く分からないな。
一人になった私はどうしようかと思ったが、包帯を買いに行くことにした。丁度いいしこの際用事を片付けてしまおう。
遠くから聞こえる爆発と銃弾の音から離れるように薬局を探していると、商店街の外れにようやく開いている薬局を見つけた。早速中に入ると、「いらっしゃいませ」とロボットの声が聞こえた。後は聞いたことない音楽がBGMとして流れている。それほど大きくない薬局だが包帯ぐらいならあるだろう。店員と私以外誰もいない店内を進んでいると絆創膏なんかを売っているコーナーを見つけた。絆創膏があるなら包帯も売っているだろうとそこで車椅子を止めた。絆創膏から横に順番に見ていくが包帯の姿は見つからない。ここに売っていると思ったのだが、もしかしかしてと上の方を見るとちゃんと包帯がかかっていた。だがあそこまで手が届かない。それに一番欲しい箱売りの包帯はその上にある。思えばいつも先生と一緒に買いに行っていたから商品棚にある物も先生に取ってもらっていた。その事をすっかり失念していた。どうしようかと悩んでいると、店のドアが開く音がした。誰か入店してきたらしい。そうだ、その人に取ってもらおう。
入り口に来るとそこには膝に手を突き荒い息を整えている少女がいた。羊のような角を持った少女だ。そういや生徒もまた、今目の前にいる少女のように角を持っていたりコハルやアズサのように羽を持っている生徒もいるな。いや、今はそんなことはどうでもいいか。
彼女はしばらく俯きながら肩で息をしていたがそのうち落ち着いたようで顔を上げた。
「はぁ……はぁ」
『申し訳ない。少し助けてほしいのだけど』
「え……あ、今はちょっと」
彼女はちらちらと外を見ていた。少し何かに気づいたらしく顔をぎょっとさせて慌てて入り口から離れた。同じように外を見ると複数人が慌ただしそうに走っているのが見える。着ている服装は正義実現委員会の制服だ。
「わわ、分かった。何かな? あ、少し奥で話聞くよ!」と言って店の奥まで入っていくので私もそれについて行った。「ふぅ、一先ずここまでくれば……あ、えっとそれで助けてほしいことって?」
『棚の上にある包帯の箱を取ってほしいんだけど』
「棚の上?」
私は彼女を包帯が売っていた場所まで案内した。そして頭上にある箱を指さした。
「あ、あれのこと? ちょっと待ってて……はい。これでいい?」
『ありがとう。助かった』
「ううん。私も助かったから……なんでもない! じゃ、じゃあね!」と言って彼女は外をちらちら見ながら店の奥に消えていった。
私は包帯の箱をレジにまで持っていき、会計を済ませると店を出た。そこに丁度先生からメッセージが届いた。
『終わったよ。今から迎えに行くね』
『それじゃあさっきのスイーツ屋の前で待ってる』
『うん。それと後で頼みたいことがあるんだけど会ってから話すね』
『分かった』
スイーツ店の前で待っていると先生たちがやって来た。
「ごめん遅くなったね」
『ううん。大丈夫だよ』
「あれ、その箱は?」
『包帯の箱だよ。先生たちが行ってる間に買って来たんだ』
「あーなるほどね」
『それで、頼みたいことって?』
「ああえっとね。一言で言えば生徒を送ってほしいんだ。詳しくは帰りながら話すよ」
頼まれたのは捕縛した美食研究会を引き渡し場所まで先生と一緒に運ぶことだった。ACなら早く着くし、もうこんな時間だから早く終わらして寝たい。
別館に戻った私は早速ACを起動してその捕縛されてる美食研究会を受け取った。引き渡す場所はトリニティの外郭にある大きな橋の上だった。指定された場所にまで来たがまだ相手の姿が見えない。早く来すぎてしまったかもしれない。
しばらく待っていると一台の車が近づいて来た。その車は私たちの前で止まると、運転席から誰かが出てきた。
「新鮮な死体……負傷者がいると聞いていましたが」
「し、死体?」
「巨大なロボットがいるとは聞いていませんでしたね。それとあなたは?」
「その方は先生よ」
車から更にもう一人降りてきた。小柄な少女だ。あとやけに毛量が多いような気がする。
「ヒナ!」
「久しぶりね、先生。そのロボットは例の?」
「知ってるの?」
「ええ、まあ。新聞でたまに見かけるから。実際に見たのは初めてだけど……いるのは先生だけ?」
「うん。ハスミたちの代わりにね」
「だから中立のシャーレが、なるほどね。私も政治的な関係が薄い救急医学部の部長に付き添ってもらったの。だから表では負傷者の受け渡しってことになってる」
「氷室セナです。以後よろしくお願いします。で、死体はどこですか?」
「だから負傷者でしょう? 本物を見たことないでしょうに」
こうして美食研究会の受け渡しが始まった。捕縛されていた四人が次々と車の中に入っていく。
「た、助かった」
「あら給食部の……今日一日見ないと思ったら。今ジュリが学園で……いや、やっぱり説明は帰りながらで。一人足らない気がするけど面倒だから後でいいわ」
全員を収容したセナはいつでも出発できると言ったがヒナは待ったをかけた。そして先生と向き合う。
「先生、トリニティで何をしてるの?」
「補習授業部の顧問だけど」
「それは知ってる。いろいろ情報は入ってるから。ただ中立のはずのシャーレがこんな時にトリニティに居るなんてまるで……いや、先生に限ってそれは無いわね。気にしないで」
「ヒナ、少し二人で話したいことがあるんだけど」
「二人? 三人じゃなくて?」と言ってヒナは私の方を見た。
「あ、ああ。彼女は事情があって話せないんだ」
「あら、そうなの?」
『私の意見は先生の意見と同じだから聞いてるだけでいいよ』
私は先生にメッセージを送ってみた。先生はそのメッセージをそのままヒナに見せた。ヒナは首を突き出してそれを読み「こうやって会話してるのね」と言った。そして時間を見ながら「少しの間なら大丈夫」と言った。
先生はこの数日間に起こったことをヒナに話した。補習授業部の顧問を任されたところから始まり、ナギサから知らされた裏切り者の存在とエデン条約のこと。そして合宿所でミカから聞いた裏切り者の正体とナギサがエデン条約機構、ETOを使って好き勝手に行動するかもしれないという疑惑。極めつけは今日開催された第一回水着大会——
「なるほど、先生も結構複雑な……待って今変なの混じってなかった?」
「い、いや。そんなことないよ?」
「はあ、トリニティの裏切り者ね。噂が噂を呼んで誰が嘘を言っているのか分からない疑惑が渦巻いている現状。これってそもそも私に話していいの?」
「うん。ヒナのこと信じてるから」
先生がそう言うとヒナは押し黙りむず痒そうな顔をした。そして何かつぶやいたようだが小さすぎてマイクでも拾えなかった。
「それと、エデン条約が武力同盟と言うのは興味深いけど私はそうは思わない。あれはれっきとした平和条約よ」
「どうして?」
「エデン条約によって生まれるエデン条約機構、ETOは一人で扱えるようなものじゃない。マコトも同等の権力を持つことになるし、もちろん他のティーパーティや万魔殿のメンバーにも権力が行き渡る。皆が協力したら話は別だけど、マコトは協力なんてできない質だし、そういうことをしたいなら条約じゃなくて統合すればいい話」
「よくマコトはエデン条約に賛同したね」
「マコトはあんまり考えてないんでしょう。そもこっちでエデン条約を推したのは私だし」
「ヒナが? どうして?」
「私も三年生だし、条約が締結されたらゲヘナの治安も多少マシになるだろうから引退もありかなって」
「なるほどね」
「せっかくならあなたの意見も聞いてみたかった。同じと言っても全く同じではないはず」
ヒナはそう言って私を見たがすぐに後ろを向いた。多分誰かに、セナに急ぐよう言われたのだろう。
「それじゃあ私はこれで。次に会うときにはお互いもっとゆっくりした状況で会いたいわね」
「うん。ヒナも頑張って」
ヒナは車両に乗る間際に先生に振り返り「補習授業部は先生が護るのよね?」ときいた。先生は一言「うん」とだけ答えた。
「そうね。あのロボットもいるから心配はしなくてよさそうね」
美食委員会を乗せた車両を見送ったあと、先生は私に「帰ろうか」と言った。私は先生を乗せるとすぐに学園まで戻った。
帰る途中私は自分の意見と言うものを考えていた。なんだろうな。私の意見って。先生と同じだ。同じだったろうか。私は裏切り者を探そうとした。先生は裏切り者は探さないと言った。じゃあ違うか。私と先生は違うか。いやでも……そうか。そういやそのころから考えなくなったな。アズサが裏切り者だと知った時はやっぱりだと思った。それと同時に裏切り者には見えなくなった。だってあんなにやさしいのに裏切り者だなんて思えない。あれがトリニティを恨むアリウスの生徒だって? 彼女はトリニティの生徒をいじめから助けた。その事実を知って誰が彼女を憎めるだろうか。少なくとも私はしない。だから先生と同調しだした。私の意見は捨てた。だって先生の考えの方が正しそうに思えたから。事実そうだろう?
「難しいこと考えてるね」
『私は自分の意見を持ってないみたい』
「ヒナが言ったこと? 別に責めてるわけじゃないからそんなに落ち込まなくていいよ」
『落ち込んでは無いよ』
「そう?」
『私はただ先生に同調するから。思えばそれが傭兵として正しいかも』
「そんなことはないよ。レイヴンだってちゃんとした人間なんだから。それに傭兵なら雇い主を見限るタイミングは自分で考えないと」
『そっか。そうだね。そうかもしれない。でも今はまだ先生に付いても大丈夫そうだし先生の味方でいるよ』
「それはありがたいね」
別館まで戻るとすでに部屋の電気は消えていた。無理もない。今の時刻は深夜も深夜だ。ヒフミたちを起こさないように慎重にベッドに移ると私はそのまま寝た。全く、今日は本当に忙しい一日だった。
二万UAありがとうございます!
これからも頑張って書いていきます!
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18話
翌朝。起きるとそこにアズサの姿は無かった。
「あれ、アズサちゃんは?」
「朝早くに部屋を出るのが見えましたが戻ってきてなかったんですかね?」
「えへへ……ハスミ先輩……」
未だに寝ているコハルを起こし、先生と合流した私たちはアズサを探しながら教室に向かった。教室に入るとすでにアズサが机に向かっており、机の上には教科書やノートが広がっていた。
「おはよう、遅いぞ」
そういうアズサの顔はむっとしていた。ヒフミは苦笑とも驚きともつかない顔で「早いですね」と言った。
「当然だ。日が昇る前から予習復習をしていた。今日も模擬試験があるんだろう?」
「ええ、まあ」
「第二次特別学力試験まであと二日しかないんだ。いつまでも心配をかけるわけにはいかない」
「すごい気合入ってるじゃん」
『朝から頑張るね』
「あらあら、そこまで気合が入ってるなら私も頑張らざるを得ませんね」
「それなら今からでも始めようか、模擬試験」
「ああ! ぜひお願いしたい!」
アズサの気合の入りようから、朝一発目に模擬試験をやることになった。解答用紙を配られたアズサの顔はこれまでよりもずっと自信に満ちている。そして先生の合図によって試験が始まると、皆一斉に記述を開始するわけだが心なしかこれまでよりもペンを進める手が早いように感じた。
模擬試験が終わり、採点結果が出た。先生が発表した結果はなんと全員が合格であった。教室には歓喜の声が上がっていた。アズサは見るからに喜び、ヒフミはそれを称賛している。コハルもギリギリではあるが合格したことに軽く信じられていないようだ。ヒフミがお膳立てをし、コハルは鼻を高くしている。なんだこの子いい子過ぎる。自分ではなく他人ばかり褒めている。善の権化だ。なんで犯罪者集団のリーダーなんかやったのだろう。
中でもハナコの成長ぶりが著しすぎる。前回から六十点も上がるだなんて一体何があったんだ。先生にこっそり聞いてみるとどうやら数日前にハナコに補習授業部の実態を教えたそうで、それでハナコも「合格できる程度」の点数を取ってくれるようになったそうだ。つまりこれまでの点数はやっぱりわざとだし、今回も点数を調整したということになる。実力の底が見えないのもあれだが、なぜこの期に及んで未だに全力を出さないのか不思議だ。先生に聞いてみたがその理由はまだ知らないらしい。
ヒフミたちの方ではモモフレグッズの授与式が執り行われていようとしていた。しかし盛り上がっているのはヒフミとアズサのみでハナコとコハルは早々に断っていた。別にいいと思うのだがな、モモフレグッズ。
「この中から選べるのは一つだけ……あの黒くて仮面をしたのもいいし、この眼鏡をかけたカバみたいのも捨てがたい!」
「あの、ペロロ様はカバじゃなくて鳥なのですが……」
「駄目だ! どっちか一つだけを選ぶだなんてそんなことは私にはできない!」
アズサは膝から崩れ落ち嘆いた。なぜか究極の選択を迫られているような格好だが、本人にとっては正に究極の選択なのだろう。最終的にアズサはヒフミに選択を任せた。
「えっと……そうですね。スカルマン様とペロロ博士ですよね。うーん……今のアズサちゃんに合うのは……ペロロ博士でしょうか」と言って眼鏡をかけたペロロを差し出した。
「これは?」
「こちらはペロロ博士です! 物知りで勉強もできるという設定なんですよ! まさに今のアズサちゃんにぴったりです!」
「そうか、ならこちらにしよう!」と言ってアズサはキラキラした目で受け取り愛おしそうな目でそれを眺めた。
「ペロロ博士は勉強のし過ぎで頭がおかしくなってるという設定もありますが……」
私は『まさに今のアズサだね』と打ちかけて途中で慌てて消した。
「うん。とってもかわいい……えへへ。ありがとうヒフミ。これは一生大事にする」
「うえぇ!? そ、そんなに大事にされるとびっくりしてしまいますね。う、嬉しいのは嬉しいんですけど」
「友達から初めてもらったプレゼントだから。これからはこのカバをヒフミだと思って大事にする!」
「は、恥ずかしいですね……それとペロロ様は鳥です!」
二人の様子を見てハナコは「趣味の世界は広いですね」と言い、コハルは冷めた目で二人を見ていた。
その日の合宿も皆の士気の高さのおかげで順調に進んでいき、時間は淡々と過ぎていった。そして第二次学力試験を明日に控えた合宿最終日を迎えた。しかしやることはいつもと変わらない。勉強をし、時々小テストのようなものをする。アズサはもらったペロロ博士のぬいぐるみを机の側に置いて勉強をし、時折ぬいぐるみの方を見ては、にへらと笑っていた。
私も問題集をだらだらと解きながら一つ質問をしようかと思い顔を上げたところ先生の姿が見えなかった。周りを見渡したが教室内に先生の姿は無かった。トイレにでも行ったのだろうか。
「あれ? 先生は」
どうやらヒフミも先生に用があったらしく、彼の姿を探していた。
「レイヴンさん。先生の姿が見えないのですけど何処に行ったか知りませんか?」
『私も知らない。質問しようとしてさっき気付いた』
「レイヴンさんも質問ですか? 私に分かる物であれば代わりに答えてあげますよ」
『いや、勉強の邪魔をするわけにはいかない』
「大丈夫ですよ。少しぐらいなら余裕もありますし」
『じゃあここの部分を教えてほしい』
「ここですね——」
先生の代わりにヒフミに教えてもらうことになった。先生よりかはいくらか拙い部分はあったが十分わかりやすい説明だった。先生が戻ってきたのはそれから数時間後のことだった。
教室の扉が開く音がして、全員がそちらを見た。そこには少し汗をかいた先生を姿があった。
「あ、先生。一体どこにいたんですか?」
「ごめん。ちょっと用事を思い出して片付けてきたんだ」
『用事って?』
「えっと、シャーレに関する奴だよ。ちょっと書類なんかをね……あはは」
「そうなんですか……あ、そうだった。ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「うん、いいよ。何処かな?」
用事とはいったい何だろうか。さっきの質問に対する答え方は明らかに何かを誤魔化したような答え方だ。ヒフミの質問が終わった後で私は先生にだけモニターが見えるようにしてこっそりと聞いてみた。
『本当は何だったの』
「ちょっとナギサに呼ばれて……現状報告みたいなものさ」
『裏切り者が誰かとか聞かれたわけ?』
「うん。それとミカが接触したことも勘づかれてたみたい。でも何か答えたわけじゃないし。アズサのことも言ったわけじゃないから安心して」
『そう』
「でもおかげで一つ分かったことがある」
『分かったこと?』
「ナギサが疑心暗鬼の闇の中にいるってことだよ。彼女は今いろんなものが信じられない状況にいるんだ。自分のことしか信じられていない」
『だから先生はどうしようっての?』
「うっ、残念ながら僕にはどうしようもなかったよ。でも僕のやることは変わらない。ただ補習授業部の皆を合格させるだけだから」
『なら私も先生の手伝いをするよ。できる限りでね』
「うん。ありがとう。ところでレイヴンも勉強は順調?」
『どうだろうね。個人的にはまあぼちぼちと言った感じだけどヒフミたちと比べるとどうもね』
「自分が順調だと思ってるなら大丈夫だよ。どれ、僕が続きを見てあげるよ」
その日も順調の一言に尽きた。何の事件も起きない、一日を勉強に費やした日だった。
「皆さんお疲れさまでした。今日で合宿は終わりです。明日の第二次学力試験、皆で合格して堂々と卒業しましょう! そして最後は皆で笑ってお別れできるように!」
「そうか、終わったらお別れか」
「そうですよね。元々は臨時で組まれた部活ですから試験が終わってしまえば解散ですね。でも卒業したからと言ってこの学園には皆さん居るわけですから、連絡を取ればいつでも会えますよ」
「そ、そうよ。正義実現委員会の教室に来れば私もいるしっ!」
「あはは。なんかもう終わりみたいな雰囲気ですけどまだ明日の試験がありますからね」
「明日の試験会場はここなの?」
「どうでしょう。今のうちに調べてみますね」
ヒフミはスマホを開いた。試験会場が書かれた部分を見つけたのか指の動きが止まった。しかしヒフミの顔は俄に驚愕したものに変わった。
「えええええええ!?」
「なな、なになに!?」
「第二次特別学力試験の変更内容ですか」
いつの間にかハナコもスマホを開いている。そのまま内容を読み上げた。
「『試験範囲を既存の範囲から約三倍に拡大。また、合格ラインを六十点から九十点に引き上げとする』?」
「はぁ!? 何それ!」
「わ、私でもまだ九十点は取ったことないのに……昨日になって急に上がったみたいです。なんで試験直前に」
「これは」
十中八九ナギサの仕業だろうな。使いたくないと言っていた手段を使ってきた。いよいよなりふり構っていられなくなったようだ。
「なるほど。ナギサさんがどうにかして私たちの現状を知ったようですね。そこまでして退学にさせたいですか」
「た、退学!? 何それ!」
「なんだそれは。落第ではないのか?」
「そろそろお話しなければと思っていましたが、まずその前に知らせないといけないことが有りますね」
「試験会場も変更になっています。えっと……ゲヘナ自治区第十五エリア七十七番街、廃墟の一階……ゲヘナ!?」
「な、なんでトリニティの外に出る必要があるの!?」
「でもこれで受けなければ未受験で不合格ですよね」
「と言うかさっきの退学って何!?」
教室内はパニックに陥った。先生はまだ事情を知らないコハルとアズサに実態を教える為にも一度皆を落ち着かせた。先生がこの補習授業部について説明するとまた騒ぎ出しだすと思っていたコハルは意外にも静かで、しかしその顔は絶望のようなものが見えた。アズサは比較的落ち着いてるように見える。
「さ、三回不合格で退学ってそんな」
「うん、状況は理解した。それならすぐに出発しよう。試験時間が深夜三時になってる。今から行かないと間に合わない」
「あ、本当です」
「そうですね。文句を言っても仕方がないですしとにかく今は試験を受けないといけません」
「早く準備して」
「え、銃器も!?」
「ゲヘナは治安が悪いですからね」
『もしあれなら私が送ろうか?』
「え?」
『ACなら早く移動できる。小型の銃器ぐらいなら効かないし私が送ってあげる』
「本当か? それはありがたい」
「あのロボット結構早かったですし試験会場にも余裕を持って到着できそうですね」
「そ、それなら向こうで少しぐらい勉強できるかも」
「よし、それなら準備次第レイヴンのACの前に集合!」
『メインシステム起動』
ACを起動した。なんだか久々に起動した気がする。最後に起動したのは……二日前だ。全然久々じゃない。何を言っているんだ私は。
ライトをつけ別館の入口の前で先生と一緒に待った。その間に目的地を調べておこう。えっとゲヘナの——。
ヒフミたちはすぐに来た。鞄のほかに銃器も持っている。
『銃は別に大丈夫だと思うけど』
「いや何が起こるか分からない。レイヴンの援護が求められない状況に陥る可能性もある」
「アズサちゃんは用意周到ですね」
「は、早く行きましょ!」
「レイヴンさんお願いします」
『分かった。風に気を付けてね』
全員を乗せると私はすぐに出発した。ここからゲヘナまで結構な距離がある。
ゲヘナ地区まではすぐに来れた。ただ場所がスラム街の近くと言うこともあってか建物と建物の間が狭い。一見廃墟群の所にも人が居る為、気にせずに通ることができない。そしてとうとうACでは通れないほどの狭い道が現れてしまった。
『まずい。これ以上はACじゃ進めない』
「どど、どうするの?」
「降りるしかないでしょうか?」
「お、おい! てめえ何のつもりだ! このバカでかいロボットで来やがって!」
「うわっ。もう人が集まってきてます!」
「これだけ大きいものがいたらそりゃみんな集まってくるよね」
下にはすでに不良たちがACの周りに集まり始めた。とうとうこれでは下手に動くわけにもいかなくなった。
『うーん。一回上空から見て見たいんだけどヒフミたちがいると危ないからなあ』
「それなら一度降ろしてくれて構わない」
『大丈夫? 下結構チンピラがいるけど』
「あそこだ。あそこに下してくれ」とアズサが指したのは路地の入口だった。「私たちは一先ずあそこから抜けていくから合流できる場所があったらそこで合流しよう」
『分かった。他の皆はそれで大丈夫?』
「はい、大丈夫です!」
私は路地の入口に皆を下すとそのまま入り口をふさいだ。これで追手はついて行けないだろう。すでに激高したチンピラどもが私に向けて発砲しているがそんな豆鉄砲は効かん。
私は合流地点を探すべくその場から飛び上がった。ブースターに吹き飛ばされたチンピラたちの悲鳴が僅かに聞こえた。ゲヘナのスラム街はネオンが光り輝いていてトリニティの商店街とはまた違った賑やかさが感じられた。どこか開けた場所は無いだろうか。ここら辺の建物は脆そうなので屋上なんかに着地したら潰れてしまいそうでできれば降りたくない。なので一回で見つけたいのだが……あそこはどうだろうか。一見ぽっかりと穴が開いているように見える。そこからスラム街の出口まで広い道も通っていた。あそこにしよう。
見つけた合流地点に降り立つとそこには誰もいなかった。さっきの騒ぎで皆向こうに行ったのかもしれない。私は先生たちに居場所を伝えた。すぐに行くという返事があった。
しばらく待っていると路地の出口から先生たちが走って出てきた。最後尾にいたアズサが路地から出てくるや否や、何かを路地に投げ込んだ。するとすぐに路地には煙が立ち込め大通りにも漏れてきた。
「れ、レイヴン!」
『早く乗って』
アズサが応戦射撃をしながら少しづつ下がっていたが、先生たちが全員乗ったのを確認すると走って私の元まで来た。アズサも乗せるとすかさずスラム街の出口まで一直線に移動した。
久々にまともにACを動かした気がします。エデン条約編は三章以外戦闘が全然ないですからACを動かすタイミングが全然ないんですよね。
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19話
スラム街を抜けると広い町に出た。しかし町の中は異様に静かだった。誰一人いない。
「誰もいない……ですね」
「何かあったんでしょうか」
さらに進むと橋に出た。真ん中まで進むと誰かが立っている。見たことのない服装だ。ただ正義実行委員会の制服に似ている。ゲヘナの生徒だろうか?
「検問? なんでこんなところに」
「おい、そこのロボット。今ここは通行止めだ!」
「つ、通行止め? どうしましょう。ここを通らないと試験会場に行けません」
「何とかして通してもらえないでしょうか?」
「ん? そこにいるのはトリニティの生徒か!? なぜトリニティの生徒がこんなところにいる!」
「や、やばいわよ。どうするのこれ」
「試験を受けに来ましたって言ったら案外通してくれたり?」
「するわけないでしょ!」
「僕が何とか言ってみようか」
先生がそう言うので私は膝を下した。先生を下ろそうとするとゲヘナの生徒は驚愕の声を上げた。
「お、お前は正義実現委員会!? くそっ、正義実現委員会が攻めてきたのか! 早く応援を!」
「わわっ、わ、私はただ試験を受けに来ただけなのに!」
「こうなったら正面突破も止む無し」
「アズサちゃん!」
その時背後から頭上を越えてゲヘナの生徒の元に何かが着弾した。爆発を起こし、橋を封鎖していた車両からは炎が舞い上がる。爆発に巻き込まれたゲヘナの生徒は「お、おのれ……」とセリフを吐いて倒れた。
「アズサちゃん!」
「いや、さっきのは私じゃない。レイヴンの後ろから飛んできた」
「やっぱり先生でしたか。見覚えのあるロボットが居たのでもしかしたらと思いましたが」
後ろから車のブレーキ音と聞き覚えのある声がした。振り返るとそこには先日引き渡したはずの美食委員会が二人と後ろで縛られているフウカの姿があった。
「先生たちはどうしてこんなところに?」
先生が理由を話すとハルナは「あらそれは間の悪い時に来てしまいましたね」と言ってからさらに言葉を繋げた。「今温泉開発部の方たちが市街地で大きな爆発を起こしたせいでゲヘナ全体が混乱状態なんです。風紀委員も総出で出てまして。おかげで牢屋から抜け出せたのですが」
「その車は?」
「こちらは御友人のフウカさんが我々の脱出を手助けするために快く貸してくださったものですわ」
「その御友人は後ろで縛られているみたいなんですけど大丈夫なのでしょうか?」
「せっかくのご恩を返せるチャンスですが……残念ながら私たちがお手伝いできることは無さそうですね」とハルナは私を見て言った。
「いや、情報だけでもありがたいよ。ハルナたちも気をつけてね」
「はい。それではごきげんよう」
終始車からはフウカの呻き声が聞こえていたが誰もそれに言及するものはいなかった。申し訳ないが今はどうすることもできないのだ。試験を優先させなければならない。まあ、件の温泉開発部とやらは市街地で騒ぎを起こしている訳だから廃墟に向かう私たちが出会うことはないだろう。
数時間後、私は試験会場に向かう市街地の道を走っていた。聞き慣れた警告音がした。クイックブーストは使えないので横に移動して避ける。直後後ろで爆発があったのがわかった。
「な、なんでこんなことになるんですか!?」
「レイヴン後ろを向いてくれるか。射撃の準備ができた」
私は前方を見た。しばらく直線が続いている。少しの間なら後ろを向いても問題はないだろう。
『一分だけね』
「了解した」
私は走りながらゆっくりと後ろを向いた。そこに広がる光景は爆炎を背景に向かってくる大量のショベルカーとダンプカー。そしてそのさらに後ろからは風紀委員の車両が追いかけてきた。また警告音だ。少し横によければ問題ない。飛んできた爆弾を避けると四人は一斉に射撃を開始した。
「なんで私たち温泉開発部と風紀委員の人たちに追いかけられてるんですか!?」
「なんででしょうね?」
「御託はいいから撃ち続けて!」
「ダメだな遠すぎて照準が合わない。もう少し近づけないか?」
『無茶言わないでこれ以上近づいたら避けきれない。爆弾は流石にダメージが行く』
「別に倒す訳じゃないから牽制になればそれでいいでしょ?」
『あと五秒……三、二、一』
一分経った。前を向くと、すぐ目の前にゲヘナの検問が設置されていた。ダメだ止まるには距離が足らない。
『ごめん、飛ぶよ。掴まって』
「は、と、飛ぶって何!?」
果たして先生が私の送ったメッセージに気づかなかったのか、気づくのが遅れたのか。コハルが聞いてきた時には私はすでに飛び上がっていた。検問の頭上を飛び越え、先の道路に着地する。念のため左手を添えていたが大丈夫だろうか。
『大丈夫?』
「な、なんとか……うぅ」
「次からはもっと早く言ってよ」
『正面を向いたら急に見えたんだ。しょうがなかったんだよ』
「うふふ。浮遊感がなんともこう下半身の辺りが——」
「それ以上言うな! エッチなのはダメ! 禁止! 死刑!」
「検問で後続の奴らを足止めできるだろうか」
後ろを向いて確かめようと横まで向いたときに目の前を車両が通り過ぎた。何回転かすると近くの建物に激突しようやく止まった。
『無理みたいだ』
「追いかけっこ続行ですね」
「続行しなくてもいいわよこんな追いかけっこ! 早く逃げ切って!」
それからさらに一時間ほど追いかけっこが続き、川を飛び越えたあたりでようやく振り切った。幸い川を飛び越えた先が第十五エリアだったので、あとは七十七番街の廃墟を探すだけになった。ここは暗いし、どれも廃墟に見えるので歩いて探すことにした。
「はあ……疲れました」
「ショベルカーとダンプカーが飛んできた時は死んだかと思ったわ」
「スリルがありましたね」
「ACの機動力はすごいな。あの川を一息で飛び越えるとは」
『この機体の構成だとあんまり機動力は良くない方だけどね。ルビコンじゃあもっと早く動くような奴はたくさんあるよ』
「これで遅いのか……ACの力は未知数だな」
『ところでそれっぽい廃墟が見つからないんだけど』
「えっと……あ、あれじゃないですか?」
ヒフミの指さす方向を照らすと、その建物は正に廃墟と言った感じにボロボロになっていた。他の建物よりも損壊が激しい。多分あれだろう。その廃墟まで歩き、近くで皆を下した。
「ここ……ですよね。第十五エリア七十七番街の廃墟の一階」
「試験用紙は中でしょうか?」
「多分?」
「ん……これじゃないか?」とアズサが瓦礫の中から掘り出したのは何かの弾頭だった。「L118、牽引式榴弾砲の弾頭だ。雷管と爆薬が取り除かれている」
「なるほど。L118ということはティーパーティの、つまりナギサさんからということですね」
「開けて見よう」
アズサが弾頭の中身を空けると、そこには四枚の解答用紙と通信機が入っていた。アズサが通信機のスイッチを入れると、そこからはナギサの声が聞こえだした。
「この音声を聞いてるということは無事に到着されたようですね。レイヴンさんにでも送ってもらったのでしょうか?」
「ナギサ!」
「ふふ、恨み言が聞こえてきますがこの音声は録音されたものですから受け答えは出来ませんよ。それでは時間内に終わらしてくださいね。一応言っておきますが試験会場はモニタリングしておりますので。それでは幸運を祈ります。補習授業部の皆さん。どうかお気をつけて」
ナギサの音声はここで終わっていた。念のためもう一度スイッチを押すと先ほどと同じ音声が流れ始めた。
「なんだか最後含みのある言い方でしたね」
「とにかく入ろう。結局試験時間ギリギリになってしまった」
「わわ、あと十分しかない!」
「急いで中に入りましょう」
『私は近くで待ってるよ。終わったら呼んで』
「うん、分かった」
四人は廃墟の中に入り、先生も試験監督として一緒に中に入った。私は廃墟から少し離れた空き地にACを止めて操縦桿から手を離した。ゆっくりと息を吸い、またゆっくりと息を吐く。ヘルメットを脱いでなんとなく上を向いたがごつごつした内装が見えただけだった。ふとコックピットの端に置いてたはずのMr,ニコライの存在を思い出した。その場所を見ると彼の姿が見えない。振動で落ちてしまったのだろうか。そう思って下を見ると予想通り彼はそこにいた。私は彼を拾い上げてチェーンの部分を持ってぶら下げた。そういえばどこかに付けようとしていたな。どこがいいだろうか。しかし、周りを見てもカラビナが付くような場所はなかった。ぬいぐるみにはチェーンのほかに輪っか状のひもが付いていた。代わりにそのひもを操縦桿の右側に通した。
今頃試験が始まったぐらいだろうか。今なら他に誰もいないしゲームをしていても構わないだろう。まだテイルズ・サガ・クロニクル2のストーリーをクリアできてないのだ。あともうちょっとだと思うので少しでも進めておきたい。スマホを取り出そうとしたその時、コックピット内で警告音が鳴った。私は警告音を出したコンソールを見て固まった。なぜこんな時に鳴った? 直後先生たちがいる廃墟が爆発した。
私は慌てて廃墟まで歩み寄った。建物は更地と化し、粉塵が舞っている。瓦礫の山と化した廃墟でヒフミたちは薄汚れながら立っていた。
「え、は? な、なにが起こったの?」
「し、試験用紙が!」
「諸々吹き飛ばされてしまった」
「先生は大丈夫ですか?」
「う、うん。なんとか」
『大丈夫?』
「レイヴンこそ、なんともない?」
『私は離れてたから大丈夫』
「ど、どうしましょう。試験用紙が吹き飛んでしまったのですが」
「これじゃあ解けないじゃない!」
「ふふふ。なるほど。ナギサさんはそこまでするんですね」
パニックになった試験会場だったがじきに落ち着き、話し合った結果、試験用紙が吹き飛んでしまっては何もできないということで帰ることになった。当然第二次特別学力試験は全員不合格だった。
帰るころにはすでに日は登り、私たちは一先ず寝た。ほぼ仮眠でしかなかった今の我々にはそうぐっすり眠れるほどの余裕はない。厳密に言えば私はちょっと眠たかった。教室に集まった全員が口を開くのはいずれも試験に関するもので、コハルは早々に諦めるような言動をした。ヒフミやアズサが励まそうとするものの、コハルの言う文句は事実そのもので、ハナコが茶化すおかげで何とか笑える雰囲気になっていた。
「せ、せんせぇ」
「うん、何とか頑張るね」
いろいろ文句を言いたいのは分かるが、結局文句を言ったところで何も変わらない。補習授業部に残された方法は勉強でしかない。四人はそれを承知して最後のチャンスである第三次特別学力試験までの一週間を全力で勉強に費やすことにした。先生も四人のサポートを全力で行うことを決めた。
さて問題は私だ。一体私は何をすればいいのだろうか。変わらず勉強を? 未だに先生が居なければまともに解けない。今この時期に先生を自分のために使うだなんてそんなもったいないことできるはずがない。では先生と同じようにサポートするのはどうだ。私は四人に勉強を教えられるほどの頭はしていない。
勉強以外のサポートは? 車椅子で一体何をサポートすればいい。立てないのだからちょっと高いところのものは取れない。食堂から何か差し入れを持ってくることもできない。では結局のところ何もしないのが一番いいのではないか。自分が頑張ってる中横でだらだらされてたらどうだ。イラつくほかないだろう。
ACならどうだ。ACに乗れば私の体はよく動く。ACで何をするというのだ。あんな巨体では教室に入れないしペンも握れない。そもそも誰かの助け無しに乗り降り出来ない。
もはや自分では何も思いつかない。ならばどうするか。他の人に聞く以外ないだろう。私は先生に聞いた。私は何をすればいい、と。帰ってきた返事はある意味予想道理のものだった。いつも通りで構わない、と。
ヒフミたちは実によく頑張った。一度は諦めたコハルも再びやる気を取り戻した。毎日毎日勉強して数日ごとに模擬試験を行った。ハナコ以外は八十点にも満たない悲惨さだった。だがそんなことで諦める四人ではなかった。できないのならできるまですればいい。間違えたところを解き直し、誰かがわからなければ他の皆で教え合う。先生も全員からの質問に答えていた。
一方で私は何をしていただろうか。唸りに唸って考えた末、掃除を買って出た。掃除であれば車椅子に乗りながらでもできる。掃除と言っても教室はヒフミたちの邪魔になってはいけないので廊下を掃く。教室を掃除するのはヒフミたちが昼食で離れている時や、休憩しているときだ。箒で掃いて、塵取りに集めてごみ箱に捨てる、簡単な仕事だ。
先生は私にいつも通り過ごせばいいと言った。私は自分よりもヒフミの勉強を見てほしいと言った。すると先生は無理に勉強しなくてもいい、好きに過ごせばいいと言った。だから私は自分だってヒフミたちのサポートをしたい、これはその結果である、自分が好きでやっていることだと言った。先生は何も言わなくなった。
日は巡る。ぐるぐる巡る。気づけば第三次特別学力試験を明日に控えた。その日の夜、ヒフミは最後の激励をした。コハルは心配だからと寝る間も惜しんで勉強しようとしてハナコに止められた。アズサにまで同様に止められてコハルは観念して寝ることを決めた。一同は明日に備えて早めに就寝した。
「レイヴンさん」
私は急に誰かに起こされた。目を開けるとそこにはハナコの姿があった。もう朝なのか、そう思い窓を見るとまだ暗かった。時計を見れば深夜ではないか。一体こんな時間に起こしてなんだというのだろう。
『なに』
私は眠い目をこすりながらスマホに手を伸ばし画面に打ち込んで見せた。
「レイヴンさんに頼みたいことがあるんです」
仕事の話だ。私の眠気はすぐに吹き飛んだ。上半身を起こすとハナコの後ろにはヒフミたちの姿があった、振り返るとベッドには誰もいない。
『皆寝るんじゃなかったの?』
「ああ、えっと……実はですね——」
『いや、今はいい。詳しい話はあとで聞く。私は何をすればいい』
さて、ここからどうやってレイヴンを動かしましょうか。元のストーリーでは当然ですがAC無しで完結してますからどうやってACをねじ込むべきか……
上手くいけば次回で二章は終わります。
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20話
嬉しいことにはじめて誤字報告が来ませんでした。でもいざ来なくなるとちょっと寂しいものですね。まあ無いことはいいことなんですが。
ハナコから話を聞いた。要は入り口で敵を足止めすればいいそうだ。ただ数が多いと何人か隙間を通り抜けていきそうだ。
「大丈夫だ。私たちだって戦えるし、レイヴンに頼むのは敵が大量に流入するのを防ぐこと。ある程度引き付けてくれればいいんだ」
『いつまで相手してればいい?』
「ナギサさんを運んだところで正義実現委員会に連絡をします。レイヴンさんはハスミさんたちが来るまで耐えていただければと」
『分かった。それで作戦はいつ始まるの?』
「今からだ」
『いいね』
私は車椅子に乗り換えてハナコとアズサと共に外に出た。先生、ヒフミ、コハルの三人は体育館に待機した。外に出ると僅かな風を感じた。今日は満月であるがそれとは関係なく学園の中は別館でもライトによって十分な明るさを保っていた。
ハナコの手助けを得て私はACに乗り込んだ。その際ハナコは私にこんなことを口にした。
「もし正義実現委員会の方が来られなかった場合、シスターフッドが来るはずです。本物の裏切り者に心当たりがあるので来るとすれば後者になるでしょうね。私の勘が当たってなければいいのですが。ともかく両者のどちらかが来た場合その方たちを体育館まで連れてきてください」
私はすでに車椅子から降りていたので返事ができなかった。スマホを取り出そうにもすでにハナコはリフトから降りてしまっていた。裏切り者と言うのはアズサのことではなかったのだろうか。ハナコの言う裏切り者とはいったい誰のことだろうか。そんな疑問が湧いてくるがそんなこと私が知ったって意味はない。状況をいまいち理解しきれてないが傭兵は傭兵らしく目の前の仕事を片付けるのみだ。
『メインシステム。戦闘モードを起動』
私がACを起動したときにはすでにアズサとハナコは別館を離れていた。
二人が戻ってくるのを待っていた。ひたすらに。本館の方へと続く道を見ていた。何も聞こえないせいか耳鳴りが聞こえてきた。耳は何か音を拾おうと必死の様だ。包帯と座席がすれる音がする。私が呼吸する音が聞こえる。ACのどこかが駆動している音が聞こえる。スマホが振動した。何かの通知が来たのだ。多分ゲームの通知。
「もしもし、そっちの様子はどう?」
突然スマホから先生の声がした。僅かな音も拾おうと過敏になっていた耳はその声を余計に大きくして拾ってしまう。故に私は肩を跳ね上げさせた。
『びっくりした。どうしたの?』
「ごめんごめん。ちょっとそっちの様子を聞きたくて」
『二人が行ってからそこそこ経ったけどまだ静かだよ。何も聞こえない』
「作戦が上手くいってるといいけど」
『うまくいくよ。多分ね。二人のこと信じてあげなよ』
「そうだね。レイヴンの言う通りだ。信じてあげないとね」
先生との会話中もずっと道をにらみ続けていた。すると遠くからアズサとハナコがこちらに走ってくるのが見えた。アズサが誰かを担いでいる。
『来た。二人が戻って来た』
「これで第一フェーズは完了だね。次は第二フェーズだ」
『そして私の仕事の始まり』
二人はそのまま別館に入っていった。担いでいたのはナギサだった。約十分後、二人は再び外に出てきた。
「ナギサを連れてくるところまではうまく行った。今頃アリウスの部隊がナギサがいたところに到着しているはずだ」
「これで本物のトリニティの裏切り者に情報が行くはずです。コハルちゃんにはすでに正義実現委員会に連絡してもらっています。もし私の勘が当たれば……いえ、この話は止めておきましょう。後はお願いしますね」と言ってハナコは交互に私とアズサの方を見た。
「任せろ。こんな時に備えて学校中にトラップを仕掛けてある」
アズサは再び本館の方へと消えていった。私とハナコは彼女の後姿を見送った。
「それでは私も動きますね。アズサちゃんがここに来るまでには戻ってきます」
そう言ってハナコも消えていった。
しばらく待っていると遠くの方から爆発音が多数聞こえていた。それはだんだん近くなり、やがてアズサが走ってくるのが見えた。彼女の後ろには多数の人が見える。これまた見たことのない制服だ。皆ガスマスクを被っている。アズサの話によればあれがアリウスの生徒だ。
「頼んだぞ」
アズサはそう言って別館の中に入っていった。私はすかさず入り口の前に立ちふさがった。
「な、なんだこのロボットは。報告にはなかったぞ!?」
「だがあのスパイの仲間であることは確実だ。全員射撃を開始しろ!」
アリウスの生徒は一斉に射撃を開始した。私の機体にはたちまち多くの銃弾が着弾するがそんなものは私には効かない。銃弾を物ともせずに私は目の前のアリウスにルビコン神拳を炸裂される。人をACで殴るのはあまり良くないこと、と言うか一発でむごいことになりそうだがキヴォトスの生徒なら、ましてやアリウスの生徒ならまずこの程度では死なないという。現にルビコン神拳を食らった数名は吹っ飛ばされたものの、ヘイローは消えていない。つまり意識を失っていないということだ。驚いた、本当に耐えるとは。それも意識を失わせずに。
「くそっ! 銃弾が効いてないのか!」
「駄目だ。私たちだけじゃどうにもならない。早く援軍をこちらに呼べ!」
遠くで倒れているアリウスの一人が何かを耳に当てた。恐らく通信機だろう。まずった。遠くに飛ばしすぎたせいで始末するには届かない。おめおめと援軍を呼ばれてしまった。ただ援軍が到着するまでにはこの部隊は殲滅できるだろう。
思惑通り一分後には私の周りにアリウスの生徒たちが横たわっていた。ヘイローは消えていないものの全員動けないようだ。数人ほどヘイローが消えているが意識を失っているだけなのだろう。
『アズサの追手は全員片付けた。でも援軍を呼ばれちゃった。ごめん』
「え、あ、あの数を全員か?」
私は先生に報告したはずだが、聞こえてきたのはアズサの声だった。私は『そうだけど』と返事をした。
「そ、そうか。うん、援軍を呼ばれても問題はない。私たちだって戦えるからな」
『数によるね。全員片付けられそうならこっちでやる』
「レイヴン、無理はしないでね。私たちの方でも戦えるんだから」
『覚えとく』
先生への報告を終えると静寂が訪れた。時折僅かなうめき声をマイクが拾っていた。しかし静寂は僅かなものとなった。本館へと続く道からは多くのアリウスの生徒たちがやってきている。増援と言うのだから数は前回よりも多い。それにしても多い。ちょっと処理しきれないかもしれない。先に断りを入れておこう。
『ごめんやっぱ何人か見逃すかも。数が多い』
「無理だけはしないでね。危なくなったら逃げてよ」
その言葉には返事をしないで置いた。猟犬が主人を置いて逃げることはあり得ないのだから。
増援との戦闘は苛烈なものになった。銃弾だけではなく、グレネードまで飛んでくる始末。流石に爆発はダメージか衝撃が行くかもしれない。だとしても戦闘はこちらが一方的だ。ルビコン神拳を繰り出すたびに何人か吹き飛んでいく。にしても数が多い。危惧していた通り私が戦闘している間に横からどんどん別館に入っていく。しかし別館の中からも爆発が聞こえる。そういえばアズサがトラップを仕掛けていたか。まさか本当に役立つ時が来るとは思わなかった。
『ごめん敵が入った』
「大丈夫、任せて」
先生たちの様子は分からないがきっとうまくやっているだろう。こちらはこちらの仕事に集中する。殴って殴っての繰り返し。銃弾やグレネードを無視し続け目に入ったアリウスを片っ端から殴り続ける。増援はあとからあとからやってくる。まるできりがない。
何十人目か忘れた頃、突然聞いたことのある声がした。
「全然報告が来ないからなんでだろって思ったらなるほど、こういうことか」
声の主は後方で待機しているアリウスたちをかき分けながら私の前にやってきた。最も、上から見ていた分にはその特徴的なヘイローは酷く目立った。聖園ミカは若干困ったような笑みを見せていた。彼女がなにかの合図をするとアリウスの生徒たちは動きを止めた。
「道理で全然事が進まないと思ったよ。あなたが動いてるってことはつまりシャーレが動いてるってことじゃん。ちょっと面倒なことになっちゃったなあ。ねえ、ナギちゃんがどこに行ったか知らない? それさえ教えてくれれば私たちはすぐに引き下がるから……教えてくれないの? あ、そっかあ。喋れないんだっけ。困ったなあ。これじゃどこにいるのかわかんないよ。あ、でもそれなら中にいる先生に聞けばいいじゃんね。あなたがここにいるなら先生も中にいるんでしょ?」
ミカがべらべらと喋っている間、私は現状を先生に伝えていた。きりのない増援に大量に流れ込むアリウスの生徒たち。そして目の前にいるミカの存在。
「ミカがっ!?」
スマホから先生が驚愕する声が聞こえた。無理もない。私だって驚いている。だがしかし、少し考えてみれば納得がいくことだ。アリウスと繋がりがあるのはアズサとミカだけだからだ。
『敵の動きは一旦止まってる。どうする、こっち来る?』
「うん。こっちが片付いたらそっちに向かう。それまで引き止めといてくれ」
『引き止めるたって、私は話せないから実力行使になるけどね』
私と先生が会話している間もミカは延々となにか話していた。しかし先生との会話が一段落した時にはミカの口は止まっていた。
「はあ、いくら話せないからって何も反応してくれないと寂しいなあ。ずっと一人で話してても時間の無駄だしさっさと先生のところに行ったほうがいいね」
まずい、ミカが動きそうだ。手荒だが実力行使で止めさせてもらう。私はミカに向けて拳を振るった。拳は確かにミカの正面から当たった。しかしその手応えには違和感があった。
「危ないなあ。急に殴ってくるだなんて。私じゃなかったら怪我してるよ」
拳を戻すとそこにはヘイローを失わず、無傷で立っているミカの姿があった。更にその何かを受け止めたような構え、まさかルビコン神拳を受け止めたというのか。しかも真正面から。まさかそんなこと、人間がACの拳を受け止めるなんてありえない。百歩譲って意識を保っているならまだしも、無傷で受け止めるなんて一体どんな馬鹿力を持っているんだ。もはやキヴォトス人としてもおかしくないか。
だが私に驚いている暇はない。ミカを止めることができなかった。彼女は進撃の合図を出した。やむを得まい。私は別館の入口に立ちふさがった。これで正面からの侵入はできないはずだ。
「必死だね。そんなに守ってるならそれってナギちゃんが中にいるってことじゃんね。正面だけ守ったって意味はないよ」
言葉の通りアリウスは正面ではなく窓や裏口から侵入しようとした。もはや私ができることはただ入口の前に立っていることしかできない。武器があればまだやりようはあったかもしれない。
「いたぞ!」
すぐそばから声がした。そして銃声も。いたというのは先生たちのことか? それを証明するかのようにスマホから先生と銃声が聞こえてきた。
「レイヴン、入口まで来た。ドアが開かない!」
『ごめん、今退く』
私が入口から離れるとすぐに先生たちが出てきた。そしてミカの名を先生は叫んだ。
「ミカ! どうしてこんなことを!」
「あ、先生。なんで私がここにいるの知ってるの? 誰かから……もしかしてレイヴンから? 私とは話せないのに先生とは会話できたんだ。それってなんか不公平だね」
「僕は理由を聞いているんだ。どうしてナギサを襲撃しようとしたんだ」
「理由? それはゲヘナが嫌いだからだよ。心の底から嫌い。なのにナギちゃんがあんな変なことしようとするから」
「エデン条約のことですか?」
「ん? あなたは……えっと誰だっけ。えっとね……あ、そうそう。浦和ハナコ。覚えてるよ礼拝堂の時のこと。とてもびっくりしたんだから。うん、そう。エデン条約。あんな角の生えたやつらと平和条約だなんて裏切られるにきまってるじゃんね。後ろから刺されちゃうかも。そんなことさせない。平和条約だなんて……あんなに長い間いがみ合ってきたゲヘナと? 夢物語じゃないんだからさ。ナギちゃんもいい加減私たちがドロドロした世界の住民だってこと分かってもらわないと」
「エデン条約は武力同盟じゃなかったの?」
「あ、それは嘘。エデン条約は正真正銘平和条約だよ。そもそもナギちゃんがあんな組織を一人で動かせるはずが無いからね。でもアリウスと和解したいっていうのは本当だよ。アリウスだって元はトリニティの一員だもん。だから私がホストになってアリウスを本当のトリニティの一員にするの。エデン条約が締結されたらそれも難しくなるからね。だから締結される前にホストになるしかないの」
「それは、つまりクーデターなのか?」
「そうだねえ。考えてみればクーデターかも。クーデターってなんかイメージ悪いなあ。なんだか先のことを考えてないみたい。でも私はちゃんと考えてるよ。私がホストになったらアリウスを公的な武力組織にするの。正義実現委員会みたいにね。私はゲヘナが嫌いだしアリウスの子たちもゲヘナが大っ嫌い。だから一緒にゲヘナを潰すの。共通の敵がいれば敵同士でも仲良くなれる。一時でも仲良くなったらそこから和解の足掛かりになるでしょ?」
ミカはそう言うが私はそれこそ夢物語だと思った。どうせ共通の敵がいたとしてそれがいなくなればすぐに敵対する。私はそれを実際にこの目で見てきた。アリウスのトリニティに対する憎悪はゲヘナを一緒に潰したぐらいで消えないだろう。たとえ一緒に潰そうと共闘したとしてもそれは協力ではない。利用だ。
「あなたのことは覚えてるよ白洲アズサ。あなたは私にとって大事な人物だもん。今までもこれからも。だって今からあなたにはナギちゃんを襲った犯人になってもらうから。スケープゴートってやつ」
「ミカは最初からティーパーティのホストになる事が目的だったの?」
「んー、まとめるとそうかな。でもね、先生。私は権力が欲しいわけじゃないの。ホストになってトリニティの穏健派を追い出してから空席をアリウスで埋める。新しい組織が生まれるから新しく公会議もいるよね。そうしたら合理的にゲヘナを潰せる。こそこそせずに真っ向からトリニティとゲヘナの全面戦争! どう? いいシナリオだと思わない?」
笑顔で言うミカのその顔は一種の狂気に包まれていた。純粋な狂気だ。ゲヘナを潰したいという思いだけで動いている。その宣言に先生は一体どんな顔をしたのだろう。たちまちミカの顔はおっかなびっくりしたようなものに変わった。
「先生ってそんな怖い顔できるんだね。うーん、確かにちょっと説明が雑だったかもしれないね。こんな場所で話すようなことでもないし、まずは邪魔者を消してからゆっくり話そっか」
その瞬間緊張した空気が流れた。今この場で決着をつけるつもりなのが分かった。数はこちらが劣勢、戦力は……多分五分五分。ミカの戦力がひどく高そうだ。ACの拳を受け止めるほどだから。
「言っとくけど、私強いから」
戦闘はミカの合図で始まった。
ミカならルビコン神拳ぐらい受け止めれるっしょ(適当
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21話
「レイヴン、すまないが盾になってくれないか。この場ではACしか盾になるものがない」
『分かった。ミカは強いよ。ACの拳を受け止めた。周りの雑魚からやるしかない』
「え、う、受け止めた!? このロボットの拳を? ティーパーティの人ってそんなに力持ちなの!?」
「い、いえ。そんなことはないはずですけど」
「あはは……」
敵の数は多いが先生の的確な指示のおかげで戦線は崩壊せずにいる。しかし建物に侵入した部隊が後ろから攻めるために閉じたドアをこじ開けようとしている。機体で塞いでいるためそれは防がれているが先に扉が破れるかもしれない。
「レイヴン少しだけ動いてくれ。隙間にグレネードを投げる」
『少しってどのくらい? このくらい?』
「ああ、それぐらい結構だ」
数秒後後ろから爆発が起こり、同時に閃光と煙が出始めた。
「ど、どんだけ投げたのよ!」
「普通のグレネードと閃光弾と煙幕だ。ここで戦っても不利だ。私はこれから中に突入してロビーを再度占拠する」
「そ、そんな一人で危ないですよ!」
「だが、こんな開けた場所で戦ってても状況は不利だし、最大の戦力であるレイヴンを盾に使うのはもったいない。安心してくれ。多対一の状況は何度も訓練で体験したことがある」
「そ、そんな危ないよ。僕も一緒に行こう」
「いや、それこそ危ない。先生はレイヴンに守ってもらっててくれ。先生は一発でも受ければ致命傷になるんだから」
『話はおしまい? なるべく早くお願いするよ』
私は機体を少し動かし、アズサは隙間を縫うようにして中に入っていった。直後建物の中からは一層強い戦闘の音がした。銃声に加え何度も爆発が起こり、窓から漏れたであろう閃光も見える。
「粘るね! でも早く投降した方がいいと思うよ。私だってできればみんなのこと傷つけたくないから」
「は、ハスミ先輩がくればあなたたちなんか一網打尽なんだから! それまで耐えればいいだけなんだから」
「正義実現委員会のこと? それなら来ないよ。私が待機の命令を出したから」
「そ、そんな!?」
「今日一日静かだったでしょ? 私が色んなところに根回ししたんだよ。ナギちゃんの襲撃を邪魔されたくなかったからね。まあでも結果的にはこうしてナギちゃんを奪われちゃったわけだけど」
警告音が鳴り、爆弾が飛んできた。私は手でヒフミたちの前を遮った。コツンと爆弾が当たり直後機体の前で爆発した。それを皮切りに警告音が多数なり、私の手には多くの爆弾が当たっては跳ね返り、爆発する。その時、アズサから制圧完了の報せが入った。それに伴い先生たちは急ぎ屋内に陣地を移した。これで私はようやく自由に動ける。
私は真っ先にミカを狙った。指揮官を失えば部隊の力が弱まるはずだからだ。ミカを守るように展開するアリウスたちを薙ぎ払いながらミカの元までくると私はミカに拳を振った。しかし前回と同じようにミカは真正面からこれを受け止めた
「またこれ? さっき受け止められたじゃん。同じ攻撃ばっかしても意味ないよ。それとも時間稼ぎかな?」
私は拳を戻すと、ミカが体勢を戻さないうちにもう一方の腕でミカの側面から殴った。流石にミカも構えができてない状態で受け止めることはできない。咄嗟に銃を盾にしたがACの拳に体が弓ぞりになり大きく飛ばされた。アリウスの部隊をなぎ倒しながら飛ばされたミカは銃を杖に膝立ちしている。やっとまともにダメージが入ったか。
「痛った~。少しは加減してくれてもいいのに。本気で殴る事ないじゃん」とミカは言うがACの拳を受け止められて本気で殴らないわけがない。「強いなあ。先生たちもまだ投降する気はないみたいだし、正直これぐらいの量が居ればすぐに落ちると思ったんだけどな。皆がシャーレ、シャーレっていうのが良く分かるよ。うん、最初はあなたもどうにかなると思ったけどこれは無理だね。あなたは無視するしかない」
ミカは再度アリウスに指示を送った。私にちょっかいを出していたアリウスも一転して別館に向かう。先生たちの制圧を優先させるつもりだ。私は急ぎアリウスの掃討にかかったが数が多すぎてとてもじゃないが追い付かない。先生に警告を出すも向こうからも厳しいという返事があった。
その時後方から、本館の方向から爆炎と銃声が上がった。ミカもそれに気づき一緒になって後方を見た。
「なに? 一体誰が。ティーパーティの命令に逆らう組織なんていないはずなのに」
「た、大変です。後方からシスターフッドが!」
『シスターフッド』と私が思考を漏らすとすかさず先生の方から追及の声が挙がった。
「し、シスターフッドが来たの?」
『そうみたい。ハナコが言った通りだ』
シスターフッドが来たという報告にアリウスたちは混乱しているようだが私はその中で次々と掃討していった。ミカも先生たちの制圧を急がせるが、その声と顔には明らかな焦りが見えている。そしてミカ自身も別館に突入しようとしていた。私はミカが近づいてくるのを待ち、タイミングを見て彼女を捕獲した。焦りで前方しか見ていなかったのか彼女はあっさりと捕まったが、その怪力でACの手から逃れようとしている。冗談抜きで押しのけそうだったのでもう片方の腕でもミカを押さえ付けた。
「ぅ、ぐっ!」
ようやくミカは敵わないと自覚したのか力を弱めた。そしてぽろぽろと言葉をこぼし始めた。その声はただの独り言なのに、周りの銃声で掻き消えそうなほど小さな声なのに。どういう訳か機体のマイクはミカの声を強調して私に聞かせた。
「なんでこうなるかな。セイアちゃんの時だって動かなかったのにこんな時に動くだなんて……もしかしてハナコちゃんかなあ。ハナコちゃんはシスターフッドに気に入られてたし。どこで見誤ったんだろうなあ。ハナコちゃんのことを見くびってたから? ううん。浦和ハナコがとんでもない存在なのは知ってた。でもいつの間にか無害な存在になってた。アズサちゃんが裏切ったから? ううん。アズサちゃんが裏切ろうと裏切らまいと計画は何も変わらない。寧ろ裏切ってくれた方がスケープゴートとして切り離しやすかった。ヒフミちゃんは普通の子だし、コハルちゃんはただのおバカさんでしょ? どうしてかな……あなた、というよりシャーレなのかな。ナギちゃんが裏切り者って騒ぐから、仕方なくシャーレに連絡して、あなたもついてくるって言うから興味本位で一緒に招待して……あーあ、まさかあなたと先生がこんなに強いだなんて。知っていれば招待だなんてしなかったのに」
最後にミカは私に向かって笑いかけた。その顔はとても悲しそうな笑顔だった。アリウスが制圧されたのはそれからすぐのことだった。
「教えてください。セイアちゃん襲撃を命じたのはミカさんですか?」
シスターフッドに身柄を確保されたミカに対してハナコはそう聞いた。ミカはどこか諦めたような顔をしていた。
「そうだよ。でもヘイローを破壊しろとは言ってない。ただ卒業まで牢の中で生活してもらおうと思っただけ。ここまで大事になるとは思わなかったんだよ。そこらへんは当事者に聞いてみるのがいいんじゃないかな。ね、白洲アズサ」
ミカに名を呼ばれたアズサは顔を俯かせ何も答えない。ヒフミが「あ、アズサちゃん?」と聞いても黙っているだけだった。
「まあいいや。殺すつもりはなかったんだよ。あれは事故だったんだよ。元々セイアちゃんは体が弱かったからね」
「セイアちゃんは生きています」
「え?」
「まだ怪我が治っておらず目覚めないのですが今はトリニティの外部で救護騎士団の団長さんが一緒にいます。襲撃の犯人が分からなかったので今まで偽装していたんです」
「ミネ団長が? そっか……良かったあ」
ミカはそう言って笑った。その顔はさっき見せた悲しそうな顔ではなく安心した、憑き物が落ちたような顔をしていた。そしてもう一度アズサを見て言った。
「白洲アズサ。自分が何をしたのか分かってるの?」
「もちろん」
「これから追われ続けるよ。安心して眠れる日なんて無くなるかもしれない」
「ああ、分かってる」
「それにサオリから逃げられると思ってる? 覚えてるよね、et omnia vanitas……」
「覚えている。だとしても足掻いて見せるさ」
「ミカ」と先生が言うと、ミカの笑顔は困ってしまった。
「ごめんね先生。今は先生とは話したくないかな。でもあの時私の味方って言ってくれて嬉しかったよ。ありがと」
それっきりミカは誰とも口を利かなかった。やがてミカはやって来た正義実現委員会に身柄を引き渡されてそのまま連れていかれてしまった。
気づけば空はすっかり白んでいた。ヒフミはあくびを噛み殺しながら大きく背伸びをした。
「はあ……やっと落ち着きましたね」
「ずっと戦ってましたものね」
コハルはうつらうつらとしていたが、ハッとすると誰も何も言ってないのに勝手に弁明を始めた。
「ち、違うから。ちょっと気が緩んだだけだし」
「レイヴンもお疲れ様」
『初めてキヴォトスの闇を見たよ。やばいねここ。結構平和だと思ってたんだけどな』
「光が強い分闇は濃くなるからね。でもその闇を払拭するためのエデン条約だよ。僕たちはそれを守ったんだ。よくやったと思うよ」
「ヒフミ。まだ終わってない。寧ろここからスタート……いやスタートも出遅れてるかもしれない」
「え? どういうことですか」
「あー……そういえば試験が」
「あっ、忘れてた」
「そうでしたね。でも出遅れてるってのは?」
「今の時刻は午前七時五十分。走らないと間に合わない」
「え、そんな!? ここから試験会場までどれくらいでしたっけ?」
「走って一時間ぐらいでしょうか?」
「もう歩くのだって痛いのに一時間も走れないんだけど!?」
「ど、どうしましょう?」
「僕も一時間走りっぱなしはちょっと」
皆慌てふためているが、次の瞬間には私の方を見ていた。私はつけないため息をついて『私が送るよ』と言った。
「ありがとうございます!」
「レイヴンさんなら早く着きますね」
「ああ。少し余裕もできそうだ」
「と、とりあえず早く行きましょ」
私は片膝をつき、両腕を差し出した。五人全員が乗ったのを確認して立ち上がると私は言った。
『で、試験会場ってどこ』
トリニティを移動するたびに思うのだがここもミレニアムかそれ以上に広い。大体学園内で一時間以上の移動が発生するってなんだ。何かしらの交通手段がいるだろう。
八時を過ぎているのに学園内はやけに静かだった。走っていても誰とも会わない。今日は休日か何かだろうか。爆速で通り過ぎるので窓の様子は微塵も見えないが、かすかに見えた分には電気は消えていた。そんな建物群が続いている。
『静かだね。だれもいない』
「昨日ティーパーティから戒厳令が出されたらしいのでその影響でしょうか」
『でももうティーパーティ誰もいないよ』
「そういえば……そうですね。でもそれを知ってるのは私たちだけですし、ナギサさんが起きればきっと戒厳令も解除されるでしょう」
「はあ……裏切り者を捕まえたんだから合格ラインが下がるくらいしないかしら」
「どうだろうな。ナギサはまだ私たちがトリニティの裏切り者だと思ってる、というか確信してるだろうからな。誤解が解けるころには私たちはすでに退学してるだろうな」
「か、確信って何ですか」
「あ、あらえっとですね」
「ハナコがまるで補習授業部全員が裏切り者みたいな言い方をしてヒフミがその指導者みたいな言い方をしたんだ」
「え!? ちょっとハナコちゃん!?」
「ちょっとした意趣返しのつもりだったんですよ。あんまりじゃないですか、私やアズサちゃんならともかくヒフミちゃんまで」
「あぁ~、後でナギサさんに誤解を解きにいかないと」
試験会場は正義実現委員会が警備をしているところらしい。だから多分正義実現委員会が周辺にいるそうだ。なぜ試験会場を警備してるのか分からなかったがナギサの嫌がらせだと聞いてなんとなく納得した。
「結構余裕出来ましたね」
「ありがとうレイヴン」
『いいよこのくらい。試験頑張ってね』
試験会場の入り口には正義実現委員会が一人待機していた。
「補習授業部の皆さんですね。お待ちしておりました。ハスミ副委員長からの伝言です。頑張ってください……と」
「ハスミ先輩!」
「それと、力になれなくてごめんなさい。この分はいつか必ず、とも」
「うん。じゃあ入ろうか」
『私はここで待ってるよ』
「分かった。終わったらまた連絡するから」
先生たちは試験会場に入っていった。私はそれを見送ると、正義実現委員会と対称の位置に立ちそこで落ち着いた。ゆっくりと背伸びをしてようやく事態が落ち着いたことを実感した。それとなくMr.ニコライのぬいぐるみを弄った。手持無沙汰だからだ。ヘルメットを脱げば完全に一人の世界になる。さて、どうやって時間を潰そうか。試験時間までもまだ時間がありそうだ。ゲームでもしてよう、と思ったがふと充電の残量を見ると残り少ない。昨晩充電器に挿すのを忘れていた。これでは途中で切れてしまう。なくなくゲームは諦めた。
三十分ほど暇な時間を過ごしてチャイムが聞こえた。試験が始まったらしい。ふと横を向くと、顔を戻す正義実現委員会の子が見えた。ちらちら見ていたのだろうか。それから不定期に横を向くと彼女は何度も急いで顔を戻すので面白かった。なんやかんや彼女で遊んでいたら試験時間は終わっていた。
第三次特別学力試験の結果が届いた。結果は全員が九十点以上を獲得。見事補習授業部全員が合格した。
次回から三章に入ります。三章いいですよね。素敵だぁ。私はあの雰囲気を再現できるでしょうか。ご友人の皆さん、ぜひ読んでくださいね。
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エデン条約編三章
22話
今回からついに三章に突入です。
ゲヘナ学園には初めて来たがここもここで中々歴史を感じる建物が多い。私はゲヘナの生徒会、万魔殿が設置されている校舎で先生を降ろすとそのまま待機した。先生は私も一緒にと誘ったが、ミカの件で思い知った。面倒な話はとことん面倒くさいと。そもそも私は裏でこそこそするのは苦手だし、仕事を請け負ってこなすのが役割だ。難しい、思惑の混じった話を聞くのは先生に丸投げしたい。だから断った。
ゲヘナには今のところあんまりいい思い出が無い。記憶にあるのは、追いかけられたり目の前で爆破されたことだけ。ここの治安も終わってそうだ。
先生が万魔殿と話をしている間、スマホを取り出しモモトークを開いた。いくつか通知がきている。一つはヒフミからでアズサが正式にトリニティに入学できたという報せと今度一緒にペロロ様の映画を見に行こうという誘いだった。アズサの件に関しては簡単なお祝いを書き、誘いに関しては『予定が空いてたら』と曖昧に送っておいた。もう一つはウタハからだった。随分と会っていなかったが内容は廃墟に置いて来た武器の回収を手伝ってほしいという事だった。そういえばずっと置きっぱなしだったな。いつもはパージしたところで新しく買いなおすだけだがキヴォトスじゃそういうわけにもいかない。それにしてもまた廃墟に行っているのか。立ち入り禁止のくせによく入る、そのように送ってみるとどうやら手伝いでヴェリタスと一緒に入っているらしい。何でヴェリタスと一緒にと思ったが一先ず無断で入っているわけでは無いようだった。キヴォトスでも武器を持たないと不便そうだし、先生や他の人を運べるアタッチメントでもつけてもらうついでに回収に行こうか。
ふと思い出した。そういえばハナコのことをウタハに教えようとか思って結局何も言っていなかった。この際教えておこう。ハナコのことを教えるとウタハは是非お礼と作品を試してほしいとお願いしてきた。今度ヒフミ経由でハナコに伝えておくか。
数ある窓の中から一つ、造形の凝った窓から先生の姿が僅かに見えた。彼の前には白髪のなんだか動作の大きい少女が見える。彼女が生徒会長なのだろうか。あ、こっちを見た。何を話してるのだろうか。気にする必要はないが気にならないわけではない。だが、まあいいか、と一言思うと途端に私は興味を失った。
先生は三十分ほどで出てきた。横にはヒナの姿もある。トリニティでは随分と長く話していたのにとても早くに出てきた先生に何を話していたのか聞いてみた。
「何を……顔合わせぐらいかな?」
「ごめんなさいね、うちの生徒会長が」
「ヒナが謝ることじゃないよ。僕も挨拶のつもりで来たし」
『今日はもうおしまい?』
「うん」
「それじゃ帰り道気をつけて」
先生は手に乗ろうとしてもう一度ヒナへ振り返った。
「もしかして引退のことアコたちに言ってない?」
「そうね。先生にしか言ってないわ。アコには勘づかれてるかもしれないけど。でも引退とかそんな大げさなことじゃない。ちょっと休みたいってだけ……この話はやめよう。そんな大事なことじゃない。それじゃ、また調印式で」
「うん、それじゃあ」
先生は今度こそ乗り込み、私たちはゲヘナから立ち去った。
ミレニアムにパージした武装を取りに行ったり、治安維持に呼ばれたり、迷い猫を探したりしながら日は流れ調印式の日がやってきた。
古聖堂はトリニティにある聖堂よりも古めかしい見た目をしていた。とはいってもそれは外装だけで、中は新しいものに置き換えられていた。私は先生と二人、古聖堂の中で椅子に座っていた。
「暇だなぁ」
先生はふと呟いた。いやに広く、二人しかいないホールの中では先生の小さな呟きも微かに響いた。私も『暇だね』と先生に同調した。実際暇である。先生の護衛目的で付いてきたがこんなに暇になるとは思わなかった。余裕を持って早めに来たのが裏目に出てしまった。調印式が始まるまでの間私たちは古聖堂のホールで待つように言われ、私はスマホで今日のニュースを見ながら時間を潰していた。
『私の機体が紹介されてる』
「え、どれどれ」
丁度カメラが古聖堂の前に向いたとき、入り口付近に置いておいたACに寄せられた。リポーターのシノンがACのことをいろいろ紹介している。シャーレの所有するロボットだとか、先生が自費で購入したとかある事ないこと言われているので私は思わず微妙な顔をしてしまった。先生も苦笑いしている。カメラにはACが持っているショットガンも映っていた。先日ミレニアムの廃墟から回収したやつだ。二丁あったが片方はエンジニア部に渡した。解析して可能なら弾薬含めて複製してくれるそうだ。三人ともえらく興奮しながら言っていた。ついでにウタハからハナコに対しての感謝の言葉と光学迷彩下着を預かった。いらない。
今も外ではトリニティとゲヘナの生徒が向かい合わせで待機しているのだろうが、到着した時の雰囲気と言ったら一触即発の一言に尽きていた。あれはどちらか一方が踏み出せばそのまま戦争になりそうな勢いだ。裏切り者ってトリニティ全員じゃないのか? あの顔はどう見たってエデン条約を締結したがってるようには見えない。現にカメラに映っている両者の笑みが恐ろしい。
『ナギサの言ってたトリニティの裏切り者って全員じゃない?』
「え?」
『だってナギサの言ってた裏切り者ってエデン条約を締結させたくない人でしょ。絶対この人たちそうじゃん』
「う、うーん。まあ、でも一応争いごとは起こさないようにしてるから。それにもう終わった話じゃん?」
『今更蒸し返す話じゃないか』
「せっかくだしさ、ちょっとぶらついてみない?」
『いいよ。どうせ暇だったしね』
先生は立ち上がり、私もスマホを仕舞った。先生が歩くのと同時に私も横を一緒に歩いた。古聖堂は普段私が行かないようなタイプの建物であるので観光気分で見ていた。観光なんてしたことないし、言葉しか知らないが先生が「観光気分だね」と言っていたので、観光とはこういうものなのだろう。一通りホールを見学してから入ってきた時とは逆の方面から出ようとしたのだがすぐに二人の生徒に止められた。トリニティの正義実現委員会とゲヘナの風紀委員だった。
「すみません、業者の方ですか? こちらは入れませんのでご遠慮を」
「見物人か? こっちは関係者以外立ち入り禁止だ」
「あ、あの、えっと僕たち一応関係者……」と先生が言いかけたが二人の目線はお互い同士に変わった。
「そこの風紀委員の方、さっきその線を超えませんでしたか?」
「は? あんたが線を超えてたから足で払っただけだけど?」
二人の間の雰囲気は見る見るうちに険悪なものとなっていた。さっきニュースで見た目をしている。先生は慌てて仲裁をしようとした。私も先生に倣って仲裁の言葉を打ち込んでみたが、まあわざわざモニターを読んでくれることはしない。ACがあればこう、やめなさい! とかできたのだが生憎外に置いて来てしまった。そして火に油をかけるようにどこからともなく別の風紀委員がやって来た。
「あ? トリニティの奴喧嘩吹っ掛けてんのか? こうなりゃ話は早い」
「なっ、増援!? ならこっちだって……支援を、増援を要請します」
両者ともに銃を取り出した。まさかここでおっぱじめるつもりか。先生はまだ止めようとしているが、ここは危ない。先生の裾を掴み、引っ張って避難を促した。すると、足音が聞こえてきた。ゆっくりと不規則な不思議な足音に私はすぐに振り向いた。そこにはおぞましい羽とヘイローを持った、やけに前傾姿勢で正義実現委員会の制服を着た生徒がいた。彼女は支援を呼んだ生徒の横に立つと、私たちとゲヘナの生徒を見比べた。
「急に委員長!?」
「増援がツルギ先輩?」
「キヒヒヒ」
ツルギと呼ばれた彼女は鳴き声のようなものを発している。その独特な雰囲気と周りの反応から彼女が特異な存在であるのが分かった。彼女はしばらく私たちを見比べていたが突然「ひゃっはああああああ!」と雄たけびを上げ、私も含めてその場の全員が肩を跳ね上げさせた。その時もう一人、生徒がやって来た。彼女は服装からして恐らくシスターフッドだろう。
「み、皆さん喧嘩はダメですよ!」
彼女がそういうとツルギも落ち着きを見せ悪魔の笑顔は虚無の顔になった。
「皆さん仲よくするために集まったんですから。ね、ツルギさんも」
「ここにいらっしゃるのはシャーレの先生とレイヴンさんだ。覚えておけ」
ツルギの言葉にゲヘナもトリニティの生徒もいい返事をした。そしてそれぞれの持ち場へと戻っていく。両者とも顔と足が引きつっていた。
「ごめんねツルギ。それとありがとう」
先生がそう言うとツルギの恐ろしい顔はみるみる少女のそれになり、やがて顔を紅潮させた。
「い、いえそんなとんでもありません、先生……それでは私は別の任務がありますので」
声まで高くなりもはや別人のようになったツルギは羽をパタパタさせながら行ってしまった。
『知り合い?』
「前にちょっとだけね。やっぱりツルギは優しいね」
果たしてそうだろうか? シスターフッドの彼女が居なかったらそのまま加勢していたような気がするが。それに彼女も先生の言葉を聞いて驚いているぞ。
「あ、君は確かシスターフッドのヒナタ、だよね。助けてありがとう」
「いえ、こちらこそ。あの時以来ですね」
「シフターフッドに来てもらって助かったよ」
「いえ、私はあの時あまりお役に立てず……私力があるだけで全然……」
「今日はほかのシスターもいるの?」
「はい、サクラコ様の指示で……シスターフッドは今まで対外的な活動に無干渉を貫いてきましたが前回の事件はそれが原因で招いたことではないか、と考えまして。それで今後はもっと積極的に活動していくように方針が変わったんです。今日は私たちも調印式の手伝いを、警備や案内をしているのですが……良ければお二方に古聖堂を案内いたしましょうか?」
「うん、是非お願いするよ。レイヴンもそれでいい?」
『うん。いいよ』
「レイヴンさん……あなたがあのロボットに乗っていた方ですね。そのようなお姿で……あなたに平和と安寧がありますように」
私はなぜかヒナタに祈られ、反応に困っているうちに案内を始められた。ヒナタが一緒にいると流石に正義実現委員会も風紀委員会もすんなり通してくれた。
古聖堂の奥は、外で見た印象と変わらなかった。トリニティで見えた聖堂よりもより古く見える。実際古いのだが材質のせいだろうか、それとも色味のせいだろうか、もしくは壁や床に生えている苔のせいだろうか。
ヒナタ曰くここは今回の調印式に伴い廃墟として放置されていたものを急遽改修したそうだ。一部分のみが改修されており、特に地下にあるカタコンベは未だに手を付けていないらしい。
『カタコンベって?』
「地下のお墓のことだよ」
「カタコンベは数十キロに及ぶそうです。第一回公会議の記述でも終わりが見えないとありました。あ、ここは塞がれていますね。まだ修理中でしょうか」
私も一緒に覗くと『KEEP OUT』と書かれた柵の向こうにはボロボロの外壁と散らばる瓦礫が見えた。なるほど確かに廃墟だ。
「いろいろな歴史があるんだね」と先生は立ち入り禁止区域を覗きながら言った。
「はい。なにせ第一回公会議が開かれた場所ですから。なんだか戒律の守護者の名残のような、神聖な何かがまだ残っているような感じがします」
先生が「守護者?」と聞き返すとヒナタはそれについて説明してくれた。難しい話だったが曰く第一回公会議にて定められた戒律、約束を守るため、約束を破ったものに対処するユスティナ聖徒会を守護者と言うらしい。シスターフッドの前身で、今の正義実現委員会みたいな立ち位置だそうだ。
その時ヒナタのスマホが鳴った。彼女がスマホを覗くとどうやらサクラコが到着したらしい。ナギサも直に到着するそうだ。
「中途半端になってしまいましたが、そろそろ行きましょうか」
「うん」
『メインシステム。戦闘モードを起動』
ACに乗り込み、先生の隣に立った。さて、一応護衛目的なので戦闘モードを起動しておいた。何も起こらないといいが。古聖堂に着いた時やニュースで見た時と相変わらず両陣営の間には大きすぎる憎しみが見えた。少なくとも今から平和条約を結ぼうとしている雰囲気ではない。見ているこっちがハラハラしてくる。
それぞれの代表が壇上に上がり互いに握手しようとした時、最も恐れていた音が鳴った。警告音。機体に害を成す大型兵器が飛んでくる音だ。同時にスクリーン出てきた簡易的に方向を表すマークの方を見ると、そこには見えにくいが確かにこちらに向かって飛んでくるものが見えた。あれは恐らく……ミサイルだ。
私はすぐに飛び出た。式の真っ最中に突然飛び出した私に対して先生は「レイヴン!?」と私の名を呼んだ。私は『ミサイル! 逃げて!』とだけ言ってミサイルの迎撃に向かった。まさか本当にこんなことが起こるなんて思っていなかった。戦闘モードを起動しておいて良かった。幸い今日はショットガンを持って来てある。問題はミサイルにロックオンできないという事。当てられるだろうか。そう思いながら照準を定めて撃った。拡散した弾は見事にミサイルをすり抜けた。まずい再装填してもう一度撃つ暇はない。避けるわけにもいかない。地上を見て見ればすでにパニックになっているのが見える。しょうがない受けるしかない。
胸の前で腕を交差し、最低限コックピットは守れる体勢を取った。飛んでくるミサイルを待ち構える。そして着弾する寸前に気づいた。そのミサイルは思っていたより大きかった。それはまるで以前護衛したRaDの打ち上げ花火ほどの大きさだった。耐えられないと思った。世界はスローになり、ミサイルが私の腕に近づいていくさまが見えた。そして着弾した瞬間世界は等速に戻り、機体内は暗くなり同時に明かりが入り込んだ。強い衝撃と頭への痛み、そして視界のほとんどがぼやけて、半分が赤く染まった。
『AP残り&#%!'#~=>?!\』
何を言っているのか分からないCOMにスタッガー状態を表す警告音、他にも聞いたことのない警告音が入り混じって聞こえる。私は落ちながらコックピットに空いた穴からもう一発のミサイルを見つけた。しかし何もできない。体が動かない。ただミサイルだと認識することしかできない。古聖堂に墜落し、再び強い衝撃が私を襲う。
「レイヴン! 大丈夫!? レイヴン!?」
先生の声がかなりぼやけて聞こえる。どこから聞こえているのか分からない。もう一本のミサイルのことを伝えたかったが私の脳は思考を拒否した。そして僅かに残っていた意識はミサイルの着弾によって崩れてきた瓦礫が私の機体に落ちてきたところで完全に失った。
三章に入ったばかりだというのになぜかもう大事件。
本来ミサイルは一発だけですしRaDの打ち上げ花火ほど大きくないはずですけどレイヴンを一度脱落させるためにはこうするしかなかったんです……アリウススクワッドにはレイヴンの情報も入っていたはずですし、ACを排除するにはこうするしかなかったんですよきっと。
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23話
夢って不思議ですよね。初めて見る世界のはずなのに、自分はそこで何をすべきなのか初めから分かってるんですから。
私はパイプ椅子に座っていた。前の机にはプロジェクターが置かれている。真っ暗で窓もない部屋、プロジェクターが映し出す映像だけが唯一の光源だった。ホワイトボードに映し出される映像には見覚えがあった。輸送ヘリの中だ。
「621。仕事の時間だ」
ご主人の声が聞こえた。ベイラムからの依頼。ルビコン解放戦線の砲台を破壊しろ。昔やったことのある仕事だ。でもスクリーンに映し出されたのは知らない場所。でもなんだか知っているような雰囲気を醸し出したやっぱり知らない場所。
「身分の――」
ご主人が何か言いかけていたのに私はその場から落とされた。降り立ったのはさっき見た映像とは違う場所だった。とても綺麗な街でどこにも壊れた建物がなかった。機体の腰の高さに高速道路が走っていた。でも道路には車が一台も走ってないし街には誰もいなかった。
私はショッピングモールの屋上を目指した。警告音が鳴ったので避けるとすぐ横を砲弾が掠めていった。屋上には砲台が二基設置されていた。照準レーザーが二本私の機体に当たっている。定期的に飛んでくる砲弾を避けながら砲台の後ろをとった。二基の砲台は私のライフルとパルスブレードによって見事破壊された。屋上を歩き、縁までやって来て遥か下にある下界の様子を見ていた。ミレニアムにある廃墟がずっと向こうまで続いていた。遠くでACが一機、瓦礫から這い出て来た。私はしばらくそのACと見つめ合った。
マーカーが新たに表示される。五キロ先にあるマーカーが指す場所には小さくジャガーノートの姿が見えた。私はその場所に向かうべくコントローラーの左スティックを押し込んだ。画面の中にあるACはアサルトブーストで飛んでいった。
「遠いね」と横からモモイが言った。
『うん。でもすぐ着くよ』と私は言った。
私が言った通りすぐについた。マーカーに近づくと画面上部にバーが出てきてバルテウスと戦闘になった。その場所はいやに狭くて、ブースターの出力も無ければエネルギーも全然回復しない。そのせいで大量に迫り来るミサイルを避けることができずAPはすぐに無くなった。画面には『GAME OVER』の文字が浮かび上がりその後ろでACが爆発した。
「見掛け倒しだよ」とモモイは言った。
『ご主人は?』
「ご主人? 誰それ」
『ウォルター』
「ゲームだよ、それ」
『そっか』
「信じられない!」
私でもモモイでもない声がした。振り返るとミドリが怒りながら部室に入ってきた。
『どうしたの?』
「イグアスがね、私のこと裏切ったの!」
「それはイグアスが悪いね」
『でも私だって裏切ったことあるし』
「レイヴンは大丈夫だよ」
「レイヴンは私達を裏切ったことないもん」
二人に擁護されて私はそれ以上何も言えなかった。
「お姉ちゃん、レイヴン、行こう」
ミドリの誘いを受けて私とモモイは立ち上がり三人で部屋を出た。トリニティの別館のような廊下には窓からから陽の光が差し込んでいて明るかった。外は真っ白だった。コハルが黒い本を掲げていた。
『何してるの?』
「誇張」
『ふーん。面白い?』
「うん。レイヴンもする?」
コハルは懐からもう一冊取り出し渡してきた。私は本を受け取って表紙を見た。黒いハードカバーに金色の文字で『裏切りカラスと猟犬2』と書かれていた。1はコハルが持っていた。私はコハルの真似をして本を掲げて歩いてみた。廊下には誰もいなかった。
「あ、レイヴン」
コハルが後ろを向いて言った。私も同じように振り向くと確かにコハルの言う通りレイヴンがいた。本物のレイブンだ。パイルバンカーを構えている。今にも撃ち込まれそうだったので咄嗟に後ろへ飛びのいた。クイックブーストを使った時特有の一瞬の強烈なGを感じた。突出した矛先が眼前にそびえたち、圧縮されていた空気がパイルバンカーから噴出された。私と“レイヴン”は互いに距離を取った。“レイヴン”はそのまま中距離を保とうとする。一方で私は一度距離を取るとすぐに両肩の十連ミサイルとライフルを撃ちながら距離を詰めた。“レイヴン”も撃ち返す。だが気を付けるべきはパイルバンカーと右肩のショットガンで後は無視していい。すれ違いざまに左腕のショットガンを撃つと“レイヴン”のスタッガーゲージが一気に溜まったのが分かった。あと一、二回繰り返せばスタッガー状態にさせれそうだ。
距離が離れてしまったのでもう一度同じようにして距離を詰めた。今度はミサイルも多数当たってショットガンさえ撃てばスタッガー状態にさせられるだろう。しかし撃つ直前に警告音が鳴った。私は撃つ方を優先した。結果“レイヴン”はスタッガー状態になったが私もまた“レイヴン”のショットガンを受けてスタッガー状態になってしまった。数秒間互いに何もできなくなった。動けるようになるとすぐに私は後ろに飛びのいた。パイルバンカーを打ち込まれると思ったからだ。予想通り“レイヴン”はその場でパイルバンカーを打ち込んだ。
パッとしない撃ち合いが続き、再度チャンスが訪れた。ショットガンやライフルを使うまでもなく蹴りさえすればスタッガー状態になりそうなほどにゲージは溜まっていた。アサルトブーストを使って急激に距離を詰めた。警告音が鳴る。今度はちゃんと避けてから蹴った。スタッガー状態になった“レイヴン”に私はミサイル、ライフル、ショットガン、全ての武装を使って攻撃した。トドメにアサルトアーマーを放ち“レイヴン”は敗れた。
「素晴らしいです、ご友人」と知らない男性が横から言った。
『すごいでしょ』と私が得意げに言うと男性は「ええ、素敵でしたよ」と言って立ち去ってしまった。
駅に電車が入ったので仕方なく私はコントローラーを戻し、電車に乗った。やがてドアが閉まり、電車が動き出す。車内にはちらほらと乗客がいたがいずれも知らない人だった。電光掲示板には『オールマインドからコーラルリリースについてお知らせ』という文字が延々と流れていた。車内からは広大な海のような湖の上で多くのACが上を見上げている後姿が見えた。湖の中から立ち上がっているところも見えた。一機だけ私の方をじっと見つめていた。
「初めまして、レイヴン」
振り返ると少女が一人、座っていた。金髪で小柄な、キツネみたいな耳を持った少女だ。ヘイローが浮かんでいる。キヴォトスの生徒だ。それにここはどうやらティーパーティがいつもいる場所の様だ。
『初めまして、あなたは?』
「私は百合園セイア。君のことはよく話を聞いているよ」
『あなたがセイア?』
「私のこと知っていたのかい?」
『名前だけは』
「そうか。なら私が今どういう状況にあるのかも知っているんだね」
『うん。ここは?』
「君と私の夢が混ざった場所さ」
『夢……あれが夢』
「そうだね。君が見ていた夢はいかにも夢らしいものだ。とはいえ私が君の夢に入るのには苦労した。なぜだか君の周りには多数の存在がいてなかなか入ることができなかったんだ。君自身こうして弱らないと夢なんか見ないだろうから」
『弱る……ああ、そっか』
私は思い出した。確か古聖堂にミサイルが飛んできて、私はそれを庇って墜落したのだ。
『先生は大丈夫なの?』
「ああ、撃たれはしたが、もう動けるほどに回復しているようだ」
『撃たれた? 撃たれたの、先生?』
「そうだけど?」
『死んでない、よね?』
「だからもう回復していると言っただろう」
『そっか。死んでない。生きてる……良かった、生きてる』
「君は観察する限り他人や事象にそれほど興味を持たない人物だと思ったが……君にとって先生とはそれほど大事な人なのかい?」
『先生は私の雇い主で飼い主だから。猟犬がご主人を守るのは当たり前でしょ?』
「君は不思議な人だな」
私周りを見渡した。トリニティであることに違いはなかったが私達以外に誰もいなかった。
「どうかしたのかい。そんなに周りをキョロキョロして」
『そろそろ起きたいんだけど。いつまでも寝ているわけにはいかないから』
「その時が来たら自然と目覚めるさ。まだ起きれないならきっと君の体はまだ回復しきれていないんだ。せっかくだから少しみんなの様子を見て見ないかい?」
そう言ってセイアは立ち上がった。バルコニーの柵に手をかけ私にもバルコニーから外を見るように促された。セイアの言う通り私もバルコニーから見下ろした。庭の真ん中がまるでジオラマのように、風景を一部分だけ切り取ったようになっていた。そこには雨が降っている中、一人壁にもたれかかって膝を抱え込んで顔を突っ伏しているアズサの姿があった。そしてその横にはまた別の、知らない人たちが現れた。
「彼女はあの時私に使わなかった爆弾をサオリに使ったようだね。しかしサオリは重症を負ったもののまだヘイローは壊れていない。だが彼女を庇ったアツコはどうだろうか」
『あの二人は誰?』
「長身のがサオリ。仮面を被っているのがアツコだ。アズサはサオリから私のヘイローを壊すように命令を受けていた。その際に渡されたヘイローを破壊する爆弾を私にではなくサオリに使ったんだ」
『でも二人とも生きているみたい』
「そうだね。どうやらアツコ、彼女のヘイローは誰かに守られているようだ、しかしこれでユスティナ聖徒会との繋がりが少し薄れた。人殺しにはならずに済んだみたいだ。これでアズサの絶望が少しは和らげばいいのだが」
『アズサは人殺しを恐れていたの?』
「そうだ。実際私に使うはずの爆弾を使わず、私を気絶させるにとどめた。もしかしたらサオリに対してもアツコが庇うことを知って、そしてアツコのヘイローが何者かに守られていることを知っていたから爆弾を使ったのかもしれない」
『アズサは仕事を放棄したんだね』
「君にとってはあまり褒められないことかな」
『うん。放棄するにしても自分に対して何かしらのメリットが無いと。アズサにとってそのメリットはなんだったんだろう』
「ヒフミたちと出会えたことじゃないかな。彼女の存在はアズサの人生に豊かな彩りを与えただろう。それにアズサが仕事を放棄したからこそ君と出会えたんじゃないか」
『結果論だ。物質的なメリットが無い。今のアズサの様子を見る限り、仕事を放棄するべきではなかったと思う』
「手厳しいね。アズサがサオリを裏切らなければもっと酷い結末が訪れていただろうに」
『セイアはアズサをよく庇うね。そんなに美談が好きなの?』
セイアは押し黙ってしまった。そして口を開こうとしてまたすぐに閉ざしてしまう。私が言ったことにどう答えればいいのか分からないみたいだ。
『なんか変なこと言っちゃったみたい。ごめん』
「いや先生と話したせいだろう。私も少し未来を信じてみようと思ったんだ」
庭に現れた二つのジオラマはいつの間にか別のジオラマに置き換わっていく。皆難しい顔をしている。先生は単身でトリニティとゲヘナを行き来し生徒の様子を確認しているようだ。
『先生は面倒見がいいよね』
「そうだね。あそこまでのお人好しはそうそういないよ」
『でも先生ってどこか抜けているんだ。たまに変なことを言う』
「分かるよ。ついさっき私も変なことを言われたからね」
『先生はどこに向かうんだろう』
「古聖堂だろう。アズサがそこへ向かっている」
セイアはジオラマを指さした。古聖堂に立つサオリたちの周りには変な人物が多数いる。
『あれは何?』
「ユスティナ聖徒会だ。その昔、第一回公会議にいた戒律の守護者だよ」
『あれが守護者。あれが私たちの敵なの?』
「残念ながら今はそうなっているね。無限に湧きだす彼女たちに私たちは為す術もなく敗れた。そこから混乱が広がりトリニティはバラバラになろうとしていた。しかし今、先生のおかげでトリニティは再び統率を取り戻そうとしている。そして彼はエデン条約機構に立ち向かおうとしているんだ」
『私も行きたい』
「君は未だに目が覚めないし、なにより君が乗っていたロボットはもう使い物にならないじゃないか。悪いことは言わない。事が収まるまでここにいた方が安全だ」
残念だがセイアの言う通りだ。たとえあの機体がまだ使えたとしても古聖堂に放置されているなら私が乗ることはできないだろう。
「なら私を使えばいい」
その声は後ろから聞こえた。柱の陰から出てきたのは私だった。私と同じ姿かたちをしている。セイアの顔は驚きに満ちていた。
「き、君は誰だ。ここには私とレイヴンしかいないはずだ。夢の造形物じゃないな。確かに存在している。レイヴンと同じ姿をしているだなんて君は一体何者だ」
「私はレイヴンだよ。百合園セイア、このレイヴンは私が連れていく」
彼女は私の肩に両手を置いた。
「待て。一体どうするつもりだ」
「私たちの体は常に闘争を求めている。闘争を目の前にしてそれを阻止されるのはとても悲しいことだから」
彼女は私と共にバルコニーの柵へと一歩ずつ近づいていく。
「待てっ!」
セイアが叫ぶと同時に私と彼女は柵を乗り越えた。バルコニーから落ちながら彼女は私にささやいた。「もうすぐ迎えに行くから」
私はその言葉の意味を聞く前に地面に激突すると同時に視界が真っ暗になった。
私は飛び起きるように目を覚ました。その様子に驚いたのかその場にいた生徒が私の方を見ていた。
「め、目が覚めたんですね? 気分は大丈夫ですか?」
私は荒い息を整え頷いた。すると部屋を影が通り過ぎた。直後、轟音と共に何かが過ぎ去った。赤い炎が見えた気がした。
「きゃ!? な、何ですか!? ロボット?」
彼女は通り過ぎたのが何だったかのかが見えたようだ。ロボットと言う言葉に私はさっきまで見ていた夢を思い出した。周りを見ると画面の割れたスマホが見えた。私はスマホを手に取り、文字を打って彼女に見せた。
『さっきのロボットが行った場所に連れて行ってほしい』
「だ、だめですよ。まだ起きたばっかりなんですから!」
『お願い』
無理を言って何とか連れ出してもらった。騒ぎになっていたのでそのロボットが何処に降りたのかはすぐにわかった。私が起きた保健室のある校舎の前にあった広場にそのロボットは降りていた。
そのACはとても懐かしい機体構成をしていた。武装は違うが、久しぶりにルビコンへ降り立った時を思い出した。そういえば夢の中で私のことを見つめていたのもこの機体だった気がする。群衆をかき分け機体の前に着くと、その機体は胸部を開けコックピットを晒しながら片膝をつき、片腕のハンドガンを置いて開いた手を差し出した。私はすぐに車椅子から降りてその手の上まで這った。
「ちょ、ちょっと!?」
私を連れて来てくれた彼女が困惑の声を上げるが私はすでに持ち上げられコックピットへ入ろうとしていた。
『メインシステム起動』
COMの声がした。メインカメラが起動し、動揺している群衆の姿が見えた。私はすぐに飛び上がった。
ああ、これは幻覚だろうか。セイアが言ってたとおりまだ体が治っていないのかもしれない。特に頭が。だってここはキヴォトスだ。ルビコンじゃない。だっておかしいじゃないか。こんなにも真っ赤な火を噴きだすなんて。この機体に搭載されているジェネレーターは技研のものだ。
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24話
いつまでたっても戦闘描写が難しくて慣れません。
「レイヴン。私たちは争いの火種でしかあり得ないのでしょうか」
そうだね。でも私は違うじゃないか。火種は君だけだ、エア。コーラルがあるから皆争うんだろう? 私はその火種を炎にまで成長させる薪の一つでしかない。ウォルターは言ってた。コーラルが絡むと死人が増えるって。皆がコーラルを求めなければ争いは起きないんじゃないかな。実際ウォルターもそう思ったはず。多分、きっと、絶対。だからコーラルを焼き尽くしたんだ、私は。それがウォルターの願いだったから。犬は飼い主の幸せを一番に考えるべきだ。
私は先生の元に向かいながら武装を確認していた。両手に持っているのは大型のハンドガン。肩にはそれぞれレーザードローンとパルスブレードが載っている。ドローンは使ったことはないが説明を聞いたことがある。多分使い方は分かってるはずだ。
まだ少し体調が悪いのかもしれない。起きたばかりで動き回ってしまったから体が追いついていない。でも、それでも私は向かわねばならない。先生を守るために、敵を殲滅するために。
古聖堂に向かう途中で戦闘している人たちを見かけた。
『メインシステム。戦闘モードを起動』
私は迷わず下へ降りた。地面へ降りると慣性で道を滑り、丁度戦闘をしている両者を分断するようになった。広域レーダーが真っ赤に染まるほどの敵がいた。メインカメラでも敵が道を埋めるほどにいるのが分かった。
ドローンを展開しながら敵であるユスティナ聖徒会に発砲を開始した。彼女たちはたった一発の弾丸で消えてしまう。倒れずに消えるのはなぜだろう? まあいいや。消えるんだったら倒せるんだ。
撃って撃って撃って……リロード中はパルスブレードで薙ぎ払う。レーダーを真っ赤に染めた聖徒会たちは気づけばほとんどいなくなっている。あれだけいたのになぜこんなに早く殲滅されているのだ? 少し物足りないかな。次を探そう。
近くにもう一つ戦闘が発生しているところがあった。私はそこに降り立ち、また発砲を開始した。撃った数だけ敵は消える。歩きながら足元の敵を撃つだけで数が減っていく。一歩踏み出す時、敵は十人減る。もう一歩踏み出すと更に十人減る。三歩四歩歩いた時、既にそこには誰もいない。周りを見ても敵はいない。
カメラが屋上を向いた。そうだね、屋上に行けばよく見える。私は周辺で一番高い建物の屋上に上がった。視界が広くなり多くの状況を確認することが見えた。ところどころ戦闘が起きているのが見えるがいずれも小規模だったり、すでに終わりかけているところばかりだった。物足りない、まだ物足りないのだ。久々に闘争できるチャンスを得たのにこれでは少し燃焼不足ではないか? もっと死線をまたぐようなそんなところは無いだろうか。
ふと右腕が動き、持っていたハンドガンで一つの建物を指した。それはひどく崩れて、周辺よりも古い様式をした建物、古聖堂だった。そうか、あそこには敵の本陣がいるのだったな。ユスティナ聖徒会もあそこから湧きだした。ならばあそこには敵が跋扈しているに違いない。私はすぐに古聖堂を目指した。
古聖堂に近づくと、上空からでも多数の敵がいるのが見えた。それはレーダー上でも真っ赤に染まっているのが分かる。先生やヒフミたちの姿も見えた。しかしなんだか知らない人もいるような気がする。まあいいか。先生は無事そうで安心した。これなら気兼ねなく暴れられるだろう。あの時みたいな、ベイラムを殲滅した時のようなギリギリの戦いを私はもう一度したい。
私が下りようとした時下で銃撃戦が始まったのが見えた。獲物を減らされては面白くない。私もドローンを展開しながら地上へ降りた。地面を滑りながら減速する間に両腕一マガジン分撃った。そしてリロード中にブレードに持ち替え、地面を薙ぎ払う。敵は銃を落としすっと昇りながら消えていく。まるで火が消えるようだ。
私は敵の中心に降り立った。三百六十度全方位に敵がいる。両腕をT字に伸ばし、回りながら撃った。ドローンも展開しなおした。撃って撃ってリロード、切り払って、撃って撃ってリロード。それの繰り返し。首を右へ左へ動かし、敵を見つけて撃って消えてはまた敵を見つけて……首を動かすたびに敵の数は減っていく。敵の攻撃は一切効かない。豆鉄砲でACに立ち向かえると思うな。虚しいね、全力で反撃しても私にはダメージがない。でもこっちは引き金を引けばそれだけで勝ってしまう。戦闘と言うには虚しくないだろうか。
vanitas vanitatum。思わず思い出してしまった。こういうことではないだろうに。
「全ては消えゆく余燼に過ぎないのだ」
これは誰の言葉だ? 聞いたことがない。私が知っている言葉ではない。それじゃあこれはあなたが知っている言葉なのか? 機体は何も答えてくれない。今聞いても機体には答える手段がない。彼女にまた会えたならその時に聞けば答えてくれるだろう。
虚しくやりがいがない、作業にも近い戦闘が行われていた。しかし、瓦礫の陰から一風変わったものが現れた。それは一見人の様であるが、人と言うには大きく、また醜い姿をしていた。ロックオンが働いた。つまりあれは敵という事か? そうか、敵なのか。ああ……お前はきっとそこらの有象無象とは違うだろう。少しは私を楽しませてくれるかな?
その人ならざる何かがこれまた異様な手から青白い炎のようなものを浮かび上がらせると、私に向けて投げてきた。警告音は鳴らなかった。弾速も遅い。見てから十分に回避できる。まさかこの程度か? 今度は逆の手から複数撃ってきた。速度は変わらないので飛んで避ければいい。これだけか。そんな大きな図体をして醜い恰好までしておいてその程度か。残念だ。
アサルトブーストで接近して、一発蹴った。相手は大きくのけ反った。私は両腕のハンドガンを撃った。一発ずつ打つと相手は一歩後退した。私は一歩踏み出してまた撃った。相手が後退して、私が撃って、後退して、撃って、下がって、撃って、下がった、撃った。
七発目を撃った私はすぐにブレードに持ち替えて、袈裟切りにした。相手は一度空を仰ぐと俯いてそのまま消えた。何もしてこなかった。何もさせなかった。お前は何もできなかったな。もう周りにはユスティナ聖徒会すらいない。全てドローンが始末してしまった。
振り返ると、皆が私を見ていた。サオリたちや、先生、ヒフミたち、知らない生徒も全員が呆然と私を見ている。しかしサオリだけはすぐに我に返り、後ろの仲間に何かを言うと古聖堂へ向かった。逃さない。咄嗟に撃ったが撃つのが早すぎて照準が定まっていなかった。もう一発撃とうとしたが何故かリロード状態に入っている。さっき一度撃ち尽くしたはずだがどうやら一発だけ残していたことに気づかなかったらしい。それを理解するまでにサオリたちは入ってしまった。アズサがそれを追い、先生までも彼女の後ろについて行ってしまった。
私はヒフミたちの側に寄った。中に私がいるのにヒフミたちは私を見て怯えた表情をしている。知らない生徒たちに至っては銃を向けられている。私は片膝をつくとコックピットを開けた。
「レイヴンさん!」
「ご無事だったのですか」
「良かった! 無事だったのね!」
ヒフミたちは私の姿を確認してようやく笑顔になってくれた。私の近くにまでやってきて無事を喜んでくれている。私はヒフミたちにほほ笑んでからその後ろに立っている五人を見た。ヒフミはその視線に気づいて彼女たちを紹介しようとしてくれた。
「あ、えっとこの方たちは依然知り合った方で——」
『私も先生のところに行く。話はまた後で』
私はそれだけ言ってコックピットを閉めた。
古聖堂の入口があった場所の側で瓦礫に埋もれたACが見えた。私が元々乗っていた機体だ。掘り出してあげたいが今は先生を追うことが第一だ。古聖堂の入口は完全に崩れ去っており内装が丸見えになっていた。おかげで中に入り込めたが先生の姿が見えなかった。内装をひっくり返してまで探したが見つからない。
古聖堂の最奥に当たる場所も壁や屋根が著しく破壊されていた。そこには目立つように一つの階段があった。ここは地上階だ。ならばこの階段は地下に続いている。しかし当然のことだがこの階段は人間用でACは通ることが出来ない。先生の姿は見えない。だから多分この階段を通って地下に行ってしまった。私はこれ以上先生に近づけない。
私は肩を落としながらヒフミたちの元へ戻った。ヒフミたちは当然ながら、息巻いて向かった私がトボトボと戻って来たので首をかしげていた。さっきと同じようにしてコックピットを開けた。
「ど、どうしたんですか? 先生のところに行ったんじゃ?」
『先生が多分地下に行ってて、私じゃ地下に降りれない』
「地下……ああ、トリニティのカタコンベですね。まあ人の往来しか想定していないですからACが通れるような入口は無いでしょうね」
「え、か、カタコンベ? カタコンベって何?」
「地下墓地のことですよ。トリニティの地下には先が見えないほど長い地下墓地があるんです」
「地下に? 何で先生がそんなところに?」
「それは……分かりませんね」
「おっ、戻ってきたんだ。さっきのロボット」
ヒフミの後ろから声がかかった。さっきヒフミが紹介しようとしていた生徒たちだ。彼女たちの制服はミレニアムの制服に似ていた。ただミレニアムで彼女たちの姿を見たことはない。
「あ、そうだ。さっきは急いでいたみたいですけど、もしよかったら皆さんを紹介してもいいですか?」
『いいよ』
さっきは食い気味に拒否したのにヒフミはそんなことは全く気にせずに言ってくれた。流石にこれを拒否するほど心は腐ってないので、私はすぐに快諾した。
「えっとこの人たちはアビドス高等学校の人たちで——」
ヒフミは一人一人丁寧に説明してくれた。彼女たちの名前と学園……彼女たちの場合は学校だった。学校の事情まで説明してくれた。どうやら相当なお金が必要らしい。どことなく親近感があった。アビドスはトリニティから随分遠いらしい。なんでそんなところの学校の生徒とトリニティのヒフミが知り合っているのだろう。
『ヒフミはアビドスとどうやって知り合ったの?』
「え、あ、えーっと。それは……ですね。なんと言いますか……あはは」
「ヒフミちゃんとはねー、ブラックマーケットで知り合ったんだー」
「ほ、ホシノさん!」
「あれ、言っちゃダメだった?」
「ブラックマーケットって立ち入り禁止の所じゃない。そんなところに行ってたの?」
「あらあら、覆面水着団のことと言い、ヒフミちゃんも意外とやることやってるんですね」
「ん、ファウストとは一緒に銀行強盗をした仲」
「ふ、ファウストは恥ずかしいのでやめてください!」
「突っ込むところそこなんだ」
「それで、君は一体誰なのかな?」
ホシノは私を見た。そういえばまだ自己紹介をしていなかった。私はスマホに自己紹介文を打ち込んでホシノに渡した。
『私は独立傭兵レイヴン。今はシャーレに所属している。諸事情で喋ることができないのは容赦してほしい。見ての通りヒフミとは仲良くしているからそんなに警戒しなくていいよ』
自己紹介を読んだホシノは一瞬目を見開いてスマホから目線を外すと罰の悪そうな顔をして私を見た。
「うへぇ。おじさんそんなに分かりやすい顔してたかな。ごめんね、おじさんの癖なんだ」
ホシノは自分のことをおじさんと言うがそもそも彼女は女性であるし、まだ学生だし、おじさんと言うにはふさわしくないと思った。しかしそれを聞くにはホシノからスマホを返してもらってもう一度打ち込んでホシノに見せる必要がある。ホシノからスマホを返してもらったがその間に聞く気が失せた。
「それじゃあさ、これは警戒とかそういうんじゃなくて単純に好奇心で聞くんだけどさ、そのロボットって何?」
『AC』
「それって何の略称?」
『アーマード・コア』
私は少し考えてから答えた。
「聞いたことないなあ。ノノミちゃんは聞いたことある?」
「いえ、私も聞いたことないですね」
「レイヴンさんはキヴォトスの外から来たんです」
「キヴォトスの外から? じゃあ先生と一緒なんだねー。通りでヘイローが無いんだ。そのACと一緒に来たの?」
『私が乗ってた機体はあそこに埋まってる』
私は古聖堂の入口辺り、瓦礫が山のように積み重なっているところを指した。
「じゃあそのACは?」
私はどう答えようか迷った。夢で迎えに行くと言われた、どこかからか飛んできた、どちらにしても現実味のない話だ。とりあえず現実で起こったことを話した。
『どっかから飛んできたから乗って来た』
「どっかからって……どこ?」
知るわけがない。だからぼかしたのに。ただ、多分ミレニアムの廃墟だ。私が廃墟で目覚めたからとか、夢で見たからだとか、とにかくミレニアムの廃墟から飛んできたんだと思う。
「まあいいや。うん、でもおじさんちょっとかわいいと思うよ。肩の部分とかマンボウみたいで」
「え、かわいい? これが?」
「マンボウに見えない? ほら、あの部分が目で、あそこが口で」
「言われてみれば確かに、見える気がしないでもないような?」
可愛い? ACを可愛いという人は初めて見た。可愛いというのはつまり私をマスコットだと思ってるという事か? 私はマスコットじゃない。ウォルターがそう言ってた。それはそれとしてマンボウとは何だろう。聞いたことが無かったのでスマホで検索してみるとどうやら大きく平たい魚の様だ。画像を見て見ると確かにマンボウに見えなくもないだろうか。
「あのっ」とヒフミが声を挙げた。「埋まってるレイヴンさんのACはどうするんですか?」
『破壊された機体は基本的にその場に放置だよ』
「でもそれじゃ可哀そうじゃないですか? ずっと一緒にいたのにこんな場所に放っておくなんて」
「それにここに放置すると復旧の邪魔になるかもしれません」
ヒフミとハナコの言うことに一理あった。確かに私でもあの機体に何の情も無いわけでは無い。少しずつ改造して今では原型をとどめてないが、元は今乗っているような機体だった。ずっと一緒にいたから少しは情もある。それに、ルビコンでは破壊された機体はドーザーなんかが勝手にばらして売り払ったり、自身のパーツにしたりなんかで時間が経てば自然に消滅していたがここじゃ誰も持っていかない。エンジニア部あたりなら喜んでもらってくれそうだから掘り出したら丸々あげようか。その方が私もまだ気が晴れる。
私はヒフミの提案に了承し、一同は機体が埋まっている瓦礫の山へと歩を進めた。
既に分かってるかもしれませんけど一応今のレイヴンのアセンを紹介しますね。
頭:HC-2000 FINDER EYE
コア:CC-2000 ORBITER
腕:AC-2000 TOOL ARM
足:2C-2000 CRAWLER
右腕:HG-004 DUCKETT
左腕:HG-004 DUCKETT
右肩:VP-60LT
左肩:HI-32:BU-TT/A
ブースター:AB-J-137 KIKAKU
FCS:IA-CO1F:OCELLUS
ジェネレーター:IB-C03G:NGI 000
エキスパンション:アサルトアーマー
私は今これで七週目を攻略してる途中です。
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25話
今回ちょっと短めです。
その機体は僅かに穴の開いた胸部だけが見えていた。私は多分ここから引っ張り出されたのだろう。ヒフミたちは何か話し合っているようだが、この機体にはマイクが付いてないので何も聞こえない。そうしてヒフミが私に何か話しかけているんだがもちろん何も聞こえなかった。私はスマホを取り出してモモトークでヒフミにそのことを伝えた。
『この機体マイクついてないからよっぽど近づかないと声が聞こえないんだ』
『そうだったんですね。じゃあこうやってモモトークでお話しますね。私たちも一緒に手伝いますよ』
『ヒフミたちじゃこの瓦礫は退かせないでしょ。私が一人でやるよ』
『そういう訳にはいきません。レイヴンさんがずっと大切にしていた機体ですし、私たちも何度も助けてもらいましたから、私たちにも手伝わせてください』
『そこまで言うなら私も止めはしないけど』
『では私たちは足の方を手伝いますね』
その後、ヒフミは私の方を見てほほ笑んだ。それから後ろのハナコたちに何か指示をして足の方の瓦礫を退かし始めた。私も頭の方へ向かった。胸部の辺りから大体頭はこの辺だろうと予想した場所には大きな瓦礫が積みあがっていた。人間では到底動かせない大きさだ。ACでも軽々と動かすことは出来なさそうだ。一番上の瓦礫に手をかけた。力を入れると思ったより動かない。もう少し出力を上げると砂埃と欠片を落としながら瓦礫が動き始めた。捲るように瓦礫を退かすとその下には瓦礫がまだ重なっていた。
何枚か退かすとやっと頭が見えた。僅かに空いた穴に腕を突っ込み少々強引に引っ剥がした。力に耐えきれず瓦礫が割れた。おかげで一個あたりの瓦礫が軽くなって楽々と退かせた。機体の装甲にヒビが入っている。メインカメラは完全に割れている。センサーも駄目だろうな。胸部に至るまでを退かすとコアと頭部が繋がった。
肩に納めていた車椅子なんかも全部ガラクタと化していた。新しく先生を運ぶアタッチメントをつけてもらったばっかりだったのに。
次に腕部を掘り出しにかかった。しかし掘り出してすぐに右腕が完全に破損していることに気づいた。ミサイルに直撃したのだから無理もないか。左腕も駄目かもしれない。そう思いながら右腕を掘り起こすと、一応繋がっていたが素人目にも使い物にならないのが分かった。
ヒフミたちの方を見るとまだ足先が少し見えてる程度だった。ヒフミは私を見て申し訳無さそうに笑ってからメッセージを送ってきた。
『すみません。手伝うって言っておきながら全然進んでなくて』
『気にしないで。気持ちだけでも嬉しいよ。こっちは終わったからそっちやるよ』
私は腰の部分から退かし始めた。作業は順調に進み、すぐに全ての瓦礫を退かすことができた。改めて見るともうガラクタ同然の有り様だ。やっぱりこれはもう動かないだろうな。あのミサイルが着弾したのだ。原型が残っているだけでも奇跡だろう。
頭の方へ回り肩を持って上半身を起こすと、適当な瓦礫の山に座らせた。機体は力無くうなだれ、腕がないのでバランスを失って倒れてしまった。もう一度座らせても倒れてしまう。何度やっても倒れてしまうのでそのうち諦めた。
倒れる機体の前でコクピットを開けた。視点はメインカメラから見ていたときより少しだけ低くなった。
「すみません。私のわがままに付き合ってもらって」
『いいよ。ヒフミの言うこともわかるし、ハナコの言う通りでもあるから』
「随分とボロボロね」
『ミサイルが直撃したからね』
「ミサイルって今朝飛んだミサイルですか? あれが直撃って……よく無事でしたね」
『よく原型が残ったと思うよ』
突然スマホの着信音のような音が鳴った。互いに顔を見合わせたがすぐにコハルがポケットからスマホを取り出してその場から離れた。
コハルは二、三分ほどで戻って来た。彼女は少し困ったような顔で、また口調で話した。
「あ、あのね。さっき別の正義実現委員会から応援をお願いされたの」
「あらあら、それじゃ早く向かわないといけませんね」
「うん。それで、実は同時に二箇所頼まれちゃって」
「つまり手伝って欲しいと言うことですか?」
「う、うん。そう言うことなの」
「分かりました。じゃあ一箇所は私たちが行くとしてもう一箇所は」
「私たちが行くよー」
ヒフミが何かを言う前にホシノが名乗り出た。後ろにいるノノミたちも異論はないようだ。だが私がホシノの提案に待ったをかけた。
『もう一箇所は私が行く。ホシノたちはヒフミについて行って欲しい』
「大丈夫なの……と言いたいけどさっきの戦いを見た感じ君だけで十分そうだね。分かったおじさんたちはヒフミちゃんについていくよ。それじゃ行こうか、ヒフミちゃん」
「あ、はい。それじゃあレイヴンさんもお気をつけて」
ヒフミたちを見送った後、私は一人去り際に教えてもらった場所に向かった。地図と照らし合わせてみるとどうやら交差点のようだ。
その場所では正義実現委員会とユスティナ聖徒会の戦闘が熾烈を極めていた。少しの間眺めていたがその中に見知った顔があった。あれはハスミだ。最前線で指揮を執っているようだ。武装の残量を確認した。両腕のハンドガンは三桁を切りそうだ。ドローンはまだ余裕がある。
私はビルの屋上から飛び降りた。位置を調節してユスティナ聖徒会と正義実現委員会の間に降りた。ドローンを三つ展開して斉射した。マガジンを交換しながらブレードで薙ぎ払った。残りはドローンが殲滅するのを待った。その間に後ろを振り返ったが、全員私を見て呆けている。私だと気づかないのか? 機体が違うとはいえACに乗っているのは私だけだから気づくと思うのだが。それどころかだんだん銃を構えだした。別に撃たれても何の損害も無いが気づいてもらえないのは少し寂しい。だがまあいいやと思い、その場を離れようとした。すでに敵は殲滅できていた。
古聖堂に戻ろうとするとヒフミから連絡があった。どうやらまたほかに増援が必要みたいだ。渡されたマップには複数の場所にピンが刺してあった。これ全部かと聞くとそうだと言われた。これでも何割かはヒフミたちが対処しているらしい。まあ、別に大変とかそういうのは無いので全然かまわない。
ピンを刺されたところ全てを回った。言うまでもなくただドローンを出して待っているだけに終わってしまった。多少は楽しめると思ったが古聖堂での戦闘が一番やりがいがあったな。あれはあれで虚しいものだったが。ただ不思議なことが起きた。最後の場所に降りた時、何もしていないのに敵が全て消えてしまったのだ。なぜ消えてしまったのか分からなかったがヒフミ達の所でも同様の現象が起きたらしい。原因として考えられるのは地下に行った先生とアズサが何かをしたという事だが、その何かは分からなかった。
古聖堂に戻ろうとすると、マーカーが設置された。私は何も弄ってないのだが、もしかしてこの機体か? あのマーカーに一体何があるのか知らないがあなたがわざわざ知らせてくれるのなら行ってみようか。
古聖堂とは真反対の場所だ。辺境で道路しかない。マーカーがあった場所にはトンネルが続いていた。一体こんな場所に呼んで何があるというのだろうか。辺りを見回しても特段何かあるようには見えない。しばらく待っていると道路の脇から誰かが出てきた。サオリたちだった。私は咄嗟にハンドガンを構えた。しかし彼女たちは腕を振り何かを必死に訴えている。戦う意思はないのだろうか。中にいたままでは何も聞こえないので仕方なくコックピットを開けた。
「お前がレイヴンか。話は聞いている」
サオリは私に近づこうとして倒れかけた。咄嗟に近くにいた仲間が彼女の肩を持った。
「お前のせいで計画が諸々台無しになった」
私は返事をしようとするとサオリが鼻で笑ったのが聞こえた。
「私とは話をする気が無いか。どうしてここから脱出したことがバレたのかは知らないが、先生たちに連絡する気か?」
私は打ち込んでいた返事を消して、別の文を打ち込んだ。
『私は喋れないからスマホで会話するしかないの』
「喋れない? 誰かに口止めでもされてるのか」
『違う。声が出ないの』
「そうだったのか。勘違いして済まなかった」
私はさっき書こうとした文をもう一度スマホに打ってサオリに見せた。
『私は一度ミサイルで気絶したし、ACも破壊された。私が戻ってくるまでの間に十分そっちの作戦が成功する可能性はあったと思うけど?』
「確かにそれもそうかもしれない。お前が居ようと居るまいとこの結果は変わらなかったのかもしれないな。私たちはもう行く。このことは先生に知らせるでも好きにすればいい」
『最後に聞くけど、先生を撃ったのはお前?』
「もしそうだと言ったら?」
『殺す、と言いたいけど先生は生きてたし今回は許す』
「恩に着る」
そうしてサオリたちはトンネルの中に消えて言った。最後に残った少女が私へ振り向いた。仮面が無かったが服装からアツコであると分かった。
「アズサによろしく言っておいてくれる? あとどうかお幸せにって」
『分かった』
アツコがトンネルの暗闇に消えるのを確認してから私も戻ることにした。スマホを見るとモモトークにヒフミから私の場所を尋ねるメッセージがいくつか来ていた。
『ごめん寄り道してた。すぐに戻る』と返してから、私はすぐに飛んだ。
途中どうしてあの場所を指定したのか聞いてみたが、もちろん機体は何も答えてくれなかった。
古聖堂に戻ると正義実現委員会やら風紀委員やら様々な人が集まっていた。そして一番古聖堂に近いところにはヒフミやホシノたち、そしてアズサに肩を貸された先生の姿があった。ヒフミは私に気づくとこちらに手を振って来たので、私も彼女の近くに降りた。
『先生大丈夫?』
「レイヴンだったのか。レイヴンこそ大丈夫? 落ちてきた時は本当にびっくりしたんだから」
『先生が撃たれたと聞いたときのほうがよっぽどびっくりしたよ』
「う、それは心配かけたね。それでその機体はどうしたの? 新しいやつ?」
『これはどっかから飛んできたやつ』
「え、それは……大丈夫なの?」
『同じACだから大丈夫だよ。それにこの機体ちょっと懐かしい感じがするからちょっと気にいってる』
「レイヴンがいいならそれでいいんだけど」
『そういえば全部解決したの? 敵が急に消えたから』
そう聞くと先生とアズサは微笑んだ。そして先生は自信満々で言った。
「うん。解決したよ」
エデン条約の締結は延期になった。両者の代表が重傷を負ったうえに会場である古聖堂も破壊されてしまった。故に締結のしようが無くなってしまったからである。
シャーレはようやく平常運転を再開した。先生の体調を考慮してしばらく仕事量を減らしていたがそれも今日から通常に戻る。先生は悲鳴を上げていたし「もう一度怪我をすれば仕事が減るかも……」と血迷ったことを言っていた。流石に誰かから怒られていた。なんだか先生が持っていたタブレットから声がしたのだがだれかと通話でもしていたのだろうか。
私はミレニアムのエンジニア部の所へ足しげく通った。機体が新しくなったのでまたいろいろと付け直してほしいし、せっかくいろいろもらったのに全て壊してしまったから謝った。
「気にしなくていいさ。形あるものはいずれ全て壊れるんだから」
「むしろ新しく作るチャンスが得られる」
「壊れたのなら新しく作ればいいだけですから!」
『ごめん、迷惑かける』
「そんなことよりニュースを見ていたがよく耐えたな。いくらACでもあれは流石に死んだと思ってひやひやしたぞ」
『あれは奇跡に近いね。こいつもよく頑張ったと思うよ』
「あ、あの! これ本当にもらっていいんですか!?」
コトリが指さしたのは私が古聖堂から持ってきた機体の残骸だった。私が持っていたってしょうがないしシャーレに置いてくわけにもいかないしで、どうせならエンジニア部にあげることにした。
『ガラクタで申し訳ないけど、壊しちゃったお詫びにもらってくれると嬉しい』
「いやいや、こんな素晴らしいものをくれるだなんて。むしろこちらがお礼を言いたいぐらいだ。君からもらったこのAC、今後の研究に役立たせてもらうよ」
『うん、おねがい。そういえば前に預けたショットガンはどうなった?』
「ああ。解析は順調だよ。複製にはまだ時間がかかるだろうけどね。どうだ、新しい機体にいろいろつけている間に詳しい話でも聞くかい?」
『うん。今日は特に仕事も無いし、一日付き合うよ』
「それは良かった。ぜひレイヴンに試してほしいものがあるんだ——」
珍しく私の中では平和な時間が流れていた。
ヒエロニムス戦にも参加させたかったんですけど、どうしてもACを地下に持っていく方法が思いつかなかったのでなくなく断念しました。
因みにレイヴンがウタハから預かっていた光化学下着はミサイルで紛失しました。
次回は第四章カルバノグの兎編に入ります。実はまだストーリー読んでないんですよね……なので私にストーリーを読む時間をください。もしかしたら投稿が遅れてしまうかもしれませんがそこはどうかご容赦を。
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カルバノグの兎編一章
26話
前回ちゃっかりレイヴンにアロナの声が聞こえてましたけど、調べたらアロナの声は先生にしか聞こえないらしいですね……まあ気にしなくても大丈夫……かな? 一応留意しておきます。
私は先生のいる部屋を掃除していた。理由は特にない。強いて言えば暇だった、と言うのが理由だ。つまりは暇つぶしなので適当に箒で掃いているだけだ。先生は朝からずっと書類作業に追われている。
不意に先生の眼の前にある固定電話が鳴った。先生はすぐに受話器を取った。
「もしもし……リンちゃん!」
電話の相手は私の知らない人の様だ。電話は一、二分程度で終わり、終始先生は相槌を打ってばかりだった。受話器を下した先生は苦笑していた。
「お疲れ様です、先生」
そんな先生を労う声が聞こえた。しかし周囲に先生と私以外の人はいない。声の主は先生の側に置いてあるタブレットの中にいた。彼女は名をアロナと言うらしい。自称つよつよAIなのだとか。私は話したことが無い。
「ちょっと空気感がアレでしたね」
「うーん、怒られるかもしれない。まあでもリンちゃんならいっか」
「そ、そういうものでしょうか? でもお茶を出してくれるそうですしもしかしたらおもてなしを受けるかもしれませんね! そうと決まれば早く行った方がいいですよ」
「うん。レイヴン、ちょっと留守番頼めるかな?」
『どこか行くなら私が送っていくけど』
「すぐ近くだから大丈夫だよ」
『分かった』
先生が部屋を出て行った後も私は一人で掃除をしていた。静かな部屋の中では車椅子の稼働音と箒で床を掃く音だけが聞こえていた。アロナも何も言わない。先生の前以外で彼女が声を発したことを見たことが無い。
何度も往復して掃いているうちに止め時を見失った私は適当なところで途中で掃くのを止めた。箒をロッカーに戻して塵取りの中身をゴミ箱に捨てるとそれもロッカーにしまった。
最近は平和すぎてシャーレに一日中いる日が多い。治安維持も何度か武力で制圧したらもう滅多にチンピラが騒がなくなってしまって必要がなくなった。ハンドガンを乱射しながらドローンで制圧したのはやりすぎだったろうか。暇になった私は理由もなく部屋を出た。
部屋に戻る途中でふとコンビニに行こうと思い立った。大体あそこに行けば何かしらあるし、何もなくても商品を眺めるだけで多少の暇つぶしにはなるはずだ。私はエレベーターに乗ると自分の部屋がある階のボタンを押さず、一階のボタンを押した。階を示す部分をじっと見つめて光っていく数字を追った。1が光ると同時にチャイムが鳴りドアが開いた。私はエレベーターから降りた。廊下を突き進みシャーレ内にあるコンビニ、エンジェルマートの入口をくぐった。
「い、いらっしゃいませ!」
入店音とともに聞きなれた声が聞こえた。ソラは多分ここの唯一の店員だ。彼女以外の人がレジに立っているのを見たことが無いし、そもそも彼女以外の従業員を見たことが無い。
「あ、レイヴンさん」
『お疲れ様』
「いえ、レイヴンさんこそお疲れ様です。いつもエンジェルマートをご利用いただき感謝してます」
『暇つぶしだけどね』
「だとしても私にとっては数少ないお客様ですから。ここ先生とレイヴンさん以外にお客さんが来なくって」
確かに店内には私以外の客の姿が無い。知らないアイドルグループの曲が店内のBGMとして流れていたが、その明るすぎる曲調は誰もいない店内ではミスマッチだろう。今はお昼時を過ぎてはいるが、まだまだ町に人はたくさんいるはずだ。なぜここのエンジェルマートに人が来ないのかと言えば多分ここがシャーレだからだろう。別にエンジェルマートはシャーレ以外の人が使ってもいいはずなのだがシャーレのイメージ的にだれも近づこうとしない。生徒たちはたまに併設されているカフェに遊びに来るので、その流れでここにも来るかもしれない。だとしたら今は平日の昼間であるので生徒たちがいるはずがない。となると、ソラは授業をどうしているのかと言う疑問が湧くが彼女曰く通信制の学校だとか何とか、とにかく大丈夫らしい。
「できれば何か買っていただくと嬉しいです。お客さんがレイヴンさんと先生しかいないので廃棄の数が多くって、処理が大変で大変で」
ソラが死んだ魚のような目でつらつらと言うので流石にいたたまれなくなって何か買うことにした。適当に店内をうろつき、目に入ったジュースとスナック菓子を手に取ってソラの所へ持っていった。先生からお小遣いをもらっているのでお金には余裕がある。なんだか金額がやけに多いので使い切ったことはない。
『少し立ち読みして行ってもいいかな』
「あ、はい。大丈夫ですよ」
『何か読みたいものある?』
「え?」
ソラは私が言ったことが良く分からないのか素っ頓狂な顔をした。
『ソラも暇だろうから一緒に読もう。何が読みたい?』
「レイヴンさん!」
ソラはさっきまでの死にかけのような顔から一点、満面の笑みを見せてくれた。どうせなら一緒に探そうと誘ってみると彼女はすぐに承知しカウンターから出てきた。そして私と一緒に雑誌コーナーを見て回った。
数々の雑誌とにらめっこした結果ソラが選んだのはファッション雑誌だった。私たちはその場で雑誌を広げた。私はファッションなどしたくてもできないので、はなから興味などないが、ソラは興味津々だった。他の私が知っている生徒たちよりも幼く見えるがやはり年頃の女の子なのだろう。ファッションに興味が無いと言ったが、ここキヴォトスでは生徒全員が銃を守有している関係上ファッション誌にも銃のカタログが乗っている。そちらには多少興味があるため私はそちらの方を見ていた。まあ私はACの銃火器はよく使っていたが人間用の銃は全く触ったことが無いので良く分からないのだが。それにファッション誌なので銃のカタログと言ってもほぼほぼ見た目が違うだけだった。
しばらくソラとファッション誌を眺めていると、突然メッセージが届いた。スマホを見て見ると先生からだった。
『ちょっと連邦生徒会のところまで来てくれないかな』
『何かあった?』
『うん。ちょっとね。ACで武装してきてくれないかな』
『急いだほうがいい?』
『うん。その方がいいかも』
『分かったすぐ行く』
何やら火急の様みたいだ。ソラに断りを入れて私はエンジェルマートを出た。
外に出るとまっすぐにACを置いてある場所へ向かった。そこにはリフトともう一つ、横長の六角柱が置いてあった。私はリフトの元に行き『全自動』と書かれたスイッチを押した。車椅子とリフトのモニターに『接続中』の文字が現れ、それはやがて『接続完了』と表示された。するとリフトから何本かアームが伸びてきて、車椅子を持ち上げた。リフトの上部、通路部分には溝のようなレールが敷かれている。アームはそのレールと車椅子の車輪を合わせた。そして車椅子はレールに沿って自動で進んでいく。開かれているコックピットの目の前までやってくると今度は車椅子からアームが伸びてきて私の体を掴んだ。そして私をコックピットへと乗せてくれた。運び終わるとアームは車椅子に収納され、リフトも収縮していき、やがて車椅子を巻き込んで一つの箱と化した。
『メインシステム、起動』
ACを起動した私は箱と化したリフトを掴んで左肩に接続した。先日ハンドガンも一丁エンジニア部に預けたのでパルスブレードを左腕に常備することになり左肩が開いたのだ。
次に私は六角柱をリフトの上につなげた。これらはエンジニア部からもらったものでリフトや車椅子は新機能が追加されている。おかげで一人で乗り降りできるようになった。そしてこの六角柱は人員輸送用のユニットで、アサルトブーストに耐え、同時に五人運ぶことができる。
全て積んだ私は先生がいるサンクトゥムタワーに向かった。距離は約三十キロ、これぐらいなら一分以内で送れたのに。連邦生徒会という事はサンクトゥムタワーのことか。そういえば初めて行くな。いつも見えてたあの高すぎるタワーだ。
サンクトゥムタワーの入り口に付近に着くと先生がこちらに手を上げた。
「流石。速かったね」
『これぐらいなら送ってあげたのに』
「他の学園ならまだしも電車で三十分ぐらいの所なら自分で行くよ」
『そう。で、用はなに? 武装してきてってわざわざ連絡するなんてよっぽどの事態だと思うけど』
「向かいながら説明しよう」
私が輸送ユニットを下ろそうとすると先生は近くだからと断った。だから仕方なく手に乗せて移動することにした。場所は子ウサギ公園、辺鄙な場所にある公園だった。
子ウサギ公園は辺鄙な場所にいる分にはやけに人が集まっていた。ただ公園に集まっている人はいずれも武装しており、怪我を負っているものが多い。おおよそ普段から公園を利用している人には見えなかった。私はその人たちの中でも一番見た目に特徴のある、何やら指示を出し続けている人の元へ下りた。突然下りてきたACの姿にその場にいた全員が騒然とした。それはもちろん彼女も例外ではなかった。
「な、なんだ!?」
「やあ、大変そうだね」
私は先生を降ろし、彼は私の手から降りながら彼女に声をかけた。声をかけられた彼女は怪訝そうな目で、あるいはそれはただ私が下りるときに発生した突風にただ目を細めているだけかもしれないが、とにかくそういう目で見てきた。
「誰だ、あんたたちは。見物は公園の外でやってくれ。それとこのロボットは」
彼女はそう言いながら私を見上げた。そして機体の胸部辺りにペイントされたシャーレのマークに気づいたのだろう。途端に背筋を伸ばし、不審者を見る目から上司を見る目へと変わり、敬礼までした。
「し、失礼しました。もしかしてシャーレの先生ですか?」
「うん。こっちは——」
「レイヴンさん、ですね。お話はかねがね聞いております。おかげでこのあたりの治安は随分と改善されました。あ、申し遅れました。私はヴァルキューレ警察学校の公安局長、カンナです。今回の作戦では現場指揮を任されています」
態度は変わっても目つきはあまり変わらなかった。元々そういう目だったのかもしれない。
「状況はどんな感じ?」
「見ての通り苦戦しています。相手はたった四人なのですがトラップやら最新鋭の武器を使っているせいなのか……流石はSRT特殊学園の生徒ですね。残っている戦力は——」
その時、私の足元を通って二人の生徒が現れた。
「お待たせしました。生活安全局、キリノ。ただいま到着しました」
「なんかでっかいロボット来てるんだけど、これ私たちいらなくない?」
「——この生活安全局のみです」
「奇遇ですね、先生。支援に来てくださったんですか?」
「こんなところまで出てくるだなんて大変だねえ」
「先生が来てくださったならもう作戦は成功したも同然ですね! 噂のロボットまでいますし!」
「ねー。だから私たちいらないよね」
「お前たちなあ。まずお前、早まるな。いくらレイヴンさんがいたとして相手はSRTの特殊部隊だぞ。警備局と公安局を撃退している以上対ロボット兵器を所有している可能性も低くはない。お前は帰るな。一応はやる気を見せろ」
私は全く知らないが、二人とも先生を知っているようだ。
「ここを占拠してる生徒について情報はある?」
「はい、SRT特殊学園所属の一年生チーム。RABBIT小隊です。学園の閉鎖に伴い四人ともヴァルキューレ警察学校に転校する手はずになっていたのですが、突然学園の閉鎖を撤回しろ、とデモを起こしてここの公園を占拠しています。顔に関しては……クロノスのドローンが迂闊にも中に入り込んだのでそちらを見るのがよろしいでしょう」
クロノス……という事はニュースで中継でもやっているのか。そう思いスマホを取り出してニュースを開くとそこでは丁度中継が映っていた。子ウサギ公園の中を映し出しているらしい。そこにはカンナの言うRABBIT小隊らしき生徒が映っていた。だが、情報じゃ四人いるはずだが映っているのは三人のみだ。
RABBIT小隊と言う名前だけあって兎のようなヘルメットやヘッドセットをつけている。武器については良く分からないが彼女たちが持っている物は普通のと大して変わらないような気がする。目立つものと言えば後ろに置いてある木箱やら武器の類だろうか。まさかあの木箱の中身全てが銃火器なのだろうか。だとすればおおよそたった四人の生徒が持つような数ではないと思う。やがて一人が何かをこちらへ向けた。その何かが発射されたと思った次の瞬間にはカメラは真っ黒な砂嵐だけを映した。
「ヴァルキューレ以外の物でもお構いなしか。よくSRTに入学できたな」
「元気な子達だね」
「ご冗談を。バカの間違いでしょう?」とカンナは鼻で笑いながら、特に「バカ」を強調しながら言った。「しかもただのバカじゃなくてやたら力を持ったバカです。ここは各学園の風紀委員の力を借りましょう」
「いや、僕たちで何とか出来るかもしれない」
「正気ですか? いくらレイヴンさんがいるとは言っても流石に少し危険なのでは?」
『問題ない。あの程度の武器じゃ傷もつかないよ』
「レイヴンはそう言ってるよ」
「そう、ですか。そこまで言うなら……確かに風紀委員を呼ぶよりそっちの方が確実で手軽かもしれませんね」
「キリノとフブキも借りるね」
「流石にそれは……平和ボケした生活安全局ですよ? かえってレイヴンさんの邪魔になる可能性が」
「カンナたちは占拠している生徒を捕まえる必要があるんでしょ? レイヴンじゃ人を捕まえられないし私がするにしても人が足りないからね。それに私の前ではみんな同じ生徒だから」
「そうですか。まあ、責任もシャーレが取るならいいでしょう……まだ動けるものに告ぐ! シャーレと生活安全局の生徒を援護しろ!」
「うぇえ、私も行くの!? ロボットだけでよくない!?」
「先生が言ったじゃないですか。私たちが中にいる生徒を捕縛する必要があるんです。それに、もしこれで成功したら特別休暇が得られるかもしれませんよ? あわよくば警備局への転科のチャンスも……えへへ」
「はあ……後者は別にいいけど。それならちょっと試しにやってみようかな」
『話は決まった? じゃあ乗って』
私は左腕を差し出した。キリノとフブキはきょとんとしていたが、先生が最初に乗って二人を誘うとようやく理解したようで同様に乗って来た。
「それではくれぐれも気を付けて」
カンナの声を背にして私たちは公園の内部へと入った。
ストーリ読みながら思ってましたがモエは絶対ACに興奮するでしょうね。バルデウスを見たらもっと興奮しそう。
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27話
公園内に侵入するとすぐに中央付近についた。テントやら木箱やら中継で見たのと同じものが置いてある。そしてあの三人もいる。
「な、なんだこいつ!?」
「うわっ、すっごいおっきなロボット!」
「くっ、早く対処を!」
やはり最後の一人が見当たらない。そこでスキャンを行うことにした。この機体ではスキャン範囲は随分と狭いが、この公園全体をスキャンするには十分だろう。スキャンを行うとコックピット内からは黄色い円が広がっていくのが見えた。そして近くにいる三人と、少し遠くの茂みに潜んでいる四人目を発見した。
『いた。前の茂みの中だよ』
「オッケー。じゃあ私はそっちに行こう。あとは頼んだよ」
フブキは真っ先に降りると、依然混乱している三人を横目に茂みに消えて行った。私は先生とキリノを降ろしながら周りにたかるドローンを手で払った。叩かれたドローン群は火花を散らしながら全て落ちた。
キリノは降りると少し離れた場所にいた一人を確保しに行った。残りの二人のうち片方が反撃がわりに銃を乱射してきた。しかしそんなものは効かない。警告射撃として彼女のすぐ近くにハンドガンを一発撃った。人のサイズもある弾丸は地面に着弾すると大きく地面を抉ると跳弾してどこかに飛んで行った。一瞬は射撃を止めたがすぐに再開した。先生に当たらないよう右腕の影に隠した。
「モエ、支援お願い!」
「支援って言われてももう弾残ってないけど」
「は、弾薬なら後ろに大量にあるだろうが」
「さっき言ったんじゃん。ド派手に全部使って……後先考えずに大量の火薬を爆発させるのは興奮するよね」
「バカ! 本当に全部使うやつがいるか!? こんな状況で支援も無しとか一体どうすれば」
「あのー。お二人さん?」と先生が声をかけた。
口論していた二人はこちらを向くと顔を引きつらせていた。そこには静かにじっとハンドガンを構えているACの姿があったからだ。銃口はまっすぐ彼女たちの方へ向かれていた。
『今度は当てる』
「だって」
少ししてからキリノとフブキからも生徒を確保したという連絡が来た。そしてそれぞれその生徒を引連れて私と先生の元にやってきた。先生はカンナに制圧完了の報告をした。
数分後にはカンナが何人か部下を引き連れて公園に入って来た。その眼には明らかな驚愕が見えた。
「まさか本当にやってしまうとは……流石は先生とレイヴンさんと言ったところですか。ヴァルキューレ警察学校を代表して感謝します。」
「いいよいいよ。この子達はどうするの?」
「一先ずヴァルキューレに送って取り調べですね」
『それじゃあ持ってきて丁度良かったね』
私は肩に乗せていた輸送用ユニットを地面に置いた。
「い、いえ。流石にそこまでしていただくわけには……我々の面目も立たなくなってしまいますので」
「うん、そうだね。制圧の件に関しても僕たちが出しゃばった側だから後はカンナに任せよう」
先生がそう言うので渋々ユニットを背負いなおした。新しい装備が試せると思ったのに残念だ。
「ふぅ……これはもう二十日ぐらい特別休暇がもらえちゃうかもね」
「警備局への転科もありえます!」
「お前らなあ……そういうのは私じゃなくてもっと上の人が決めることだ。とにかくご苦労だった。報酬については来月の賞罰の発表を待つように」
「なんだ来月か。がっかりだよ」
「でも来月何てすぐです! 警備局への転科も夢じゃないですね」
「私はそれ断るけどね」
RABBIT小隊の四人は先生やカンナたちを冷ややかな目で見ていた。
「私たちあんな頭悪そうな人たちに負けたの?」
「お前も頭悪い行動してただろうが。弾薬全部使うとか」
「ロマンは大切なんだよ。感動したでしょ?」
「絶望したわ!」
「あぁ……もうおわりだ。SRTもこれで全滅なんだ」
「初めまして。君たちがSRTの生徒かな?」
先生が彼女たちの一人に声をかけた。途端に彼女は嫌悪感を前面に押し出してきた。
「んだよ。お前と話すことなんかない!」
「何の用? 謝罪でも欲しいの? 優越感に浸りに来た?」
「あなたが先生ですか?」
「うん」
「多くの生徒の悩みを解決し、生徒から信頼されている超法規的捜査権をもったシャーレの先生……私たちはそういう大人が嫌いです」
「地獄に落ちろ」
「二度と会わないだろうね」
言いすぎだ。いくら何でも。先生は笑っている。だが私は許せない。ご主人をバカにする者どもを看過できない。私はハンドガンの銃口を向けようとした。なんなら即撃ったって良かった。
「レイヴン。大丈夫、そんなことしなくていい」
先生に止められてしまったので渋々銃口を下げた。
「はっ、従順なこった。まるで犬だな」
『私は犬だからね。先生の猟犬だよ』
先生が私のメッセージを伝えることはなかった。
四人はヴァルキューレの生徒に連行されていった。一人を除いて全員が先生をにらみつけてから行った。一方で私は見向きもされなかったが、一人だけ私のことをじっと見つめていた。スクリーン越しに目が合った。彼女は連行されながらもずっとちらちら見続けていた。
「うーん。元気だなあ」
先生は去り行く彼女たちの姿を見届けながらそんなことを呟いた。
「気にする必要はありません。負かされてイライラしているだけでしょう」
カンナが先生を気遣うような声をかけた。すると先生は「あの子達どうなるの?」と尋ねた。
「だから取り調べを受けると」
「違う違う。そのあとだよ」
「あー……処罰の方は通常ならヴァルキューレが決めるのですが、今回は連邦生徒会も関わりましたので恐らく防衛室長が決めることになるでしょう。ご希望なら取り調べの様子を見ることもできますが?」
「うん。お願いできるかな」
私はこれ以上奴らに関わりたくなかったのだが先生がそう言うなら私もついて行くしかないだろう。結局私たちもヴァルキューレ警察学校へ向かうこととなった。
先生は取り調べの様子を見学するだけのはずが、なぜか取り調べを手伝う事態になっていた。私は取調室の外で先生を待つことにした。部屋の外で先生を待っているとカンナがやって来た。片手に紙コップを持っている。
「飲みますか?」
私は頷いて紙コップを受け取った。中身はココアだった。一口飲んでいるとカンナも近くのベンチに座り持っていたマグカップに口をつけた。
「改めて今回はありがとうございました」
『私は特に何もしてないよ。銃口を向けただけ』
「ですがおかげでこうやって占拠犯を捉えることができました。先生とレイヴンさんのおかげです」
カンナは正面を向きながら話しているが、ちらちらと私を見ていた。
『気になる?』
「あ、気分を悪くしたようならすみません」
『気にしてないよ。もう慣れたし、私のこの姿がみんなにとって衝撃的だっていうのも最近自覚した』
「そうですか。まあ、気にならないと言ったら嘘になりますね」
『最初見た時すごい驚いてたよね』
「それはまあ……あんな巨大なロボットから出てきたのがレイヴンさんみたいな少女だったら誰でも驚くと思いますよ。おまけにそんな格好ですし」
『うん。何度も経験したよ。最初は慣れなかったけどいい加減慣れたね』
「全身包帯だけなのはよっぽどの理由があるんですよね。流石にそこまでは聞きませんが」
『別にいいよ。ただ今までの仕事の傷だよ』
「一体どんな仕事をしてきたんですか。私でもそこまで傷つくことはありませんよ」
『キヴォトスの人は丈夫だからね。私もヘイローがあったらここまで傷つくことはなかっただろうね』
カンナが一つため息をついた。
『疲れてる?』
「え、あ、いや。すみません。少し仕事が立て込んでるもので」
『大変そうだね。先生もよく仕事が溜まって悲鳴を上げてるよ』
「先生がやっていることに比べれば私の仕事なんてそんなに大変ではないでしょうね」
『さあね。私には何も分からないよ。ごめんね、気の利いたこと言えなくて』
「いえ。気にかけていただいただけでも十分嬉しいです」
カンナと談笑をしていると取調室から先生が出てきた。ドアが閉まるまでの間に一瞬だけ中にいる彼女の姿が見えた。カンナは先生が出てくるとすぐに立った。
「お疲れ様です。手伝っていただいてありがとうございました」
「いやいや。全然かまわないよ」
「こちらが他の三人の記録になります」
「それじゃあこっちはミヤコのを」
カンナはずっと脇に挟んでいたファイルを取り出して先生に渡した。先生も持っていたファイルをカンナに手渡した。互いにしばらく記録を読みあい、先生はなぜか私に渡してきた。自分も読めという事だろうか。別に私はいらないのだが、渡されてしまった以上拒否するわけにもいかないので仕方なく中身を読んだ。とはいっても名前ぐらいしか興味はない。
「あの子達はこれからどうなるの?」
「本来であればこちらで処罰を決め、ヴァルキューレへの編入を薦めるのですが、連邦生徒会の要望が強かったので処罰は向こうで決めることになりました。事件の規模も相まって最悪どの学園にも編入できない事態になるやもしれません」
「SRT特殊学園の復活は無理かな?」
「あいつらの提案を飲むと? 私は個人的に飲みたくはないですが、そもそもSRT特殊学園の閉鎖は連邦生徒会が決定したことなので私どもではどうすることもできません」
「僕なら何とか——」
「シャーレでも流石にそれは無理かと」
「じゃあやっぱり連邦生徒会の誰かに聞くしかないか」
三人の取り調べの記録をぺらぺらめくっていると、ふと前方から誰かが近づいていた。白衣みたいな服を着たピンク髪の誰かだ。
「その件については私がお話ししましょう」
「ぼ、防衛室長」
「はじめまして、ですね。先生。キヴォトス連邦生徒会所属、防衛室のカヤと申します。行政委員会における安全周りを担当しています」
「は、はじめまして。それで行政委員会っていうのは?」
「あら、リン行政官から話は聞きませんでしたか?」
「いや特に」
「まあ、リン行政官は口数が少ないですからね。ではあいさつ代わりに説明させていただきますね」
すぐにカヤは難しそうな話をし始めた。私はそうそうに話半分で聞き始めた。要は連邦生徒会がいくつかの組織に分かれていてカヤが所属する防衛室はその一つだという。
SRT特殊学園は各学園の管轄外で起こった、主にヴァルキューレが管轄するエリアで犯罪を起こした生徒が別の管轄エリアに逃げたとしても連邦生徒会長の命により活動ができる名前の通り特殊な組織だったようだ。なんだかシャーレと似ている。違いはれっきとした武装集団だという事か。
SRT特殊学園は案外功績を挙げていたようで、ワカモという犯罪者を捕らえたらしい。私には聞いたことない人名だ。だが、連邦生徒会長が失踪したせいで彼女たちを指揮する者がいなくなり、結果手に負えなくなって閉鎖を決定したという。その際に暴動も起きたそうだ。それがエデン条約の調停式ぐらいの時期だったというから驚きだ。サンクトゥムタワーの一部が全焼するほどの被害だったのになぜ気づかなかったと言えば、丁度そのころ私たちがずっとトリニティに居たせいだった。
「今回RABBIT小隊までもが連邦生徒会に銃口を向けようとしました。こうなってはSRT特殊学園の閉鎖を延期させようとしていたメンバーたちも閉鎖に賛成するでしょう。先生の活躍はよく聞いております。RABBIT小隊は紛れもなくSRT特殊学園の生徒。あの四人の力を無下にしてしまうのは私としても望ましくはありません。どうかあの四人を説得してヴァルキューレへの編入を勧めてはくれませんか」
「別に説得するのは構わないけど、僕は生徒たちが望まない進路を強制することはできないよ」
「なるほど。それはそれは……確かに彼女たちも夢を見てSRT特殊学園に入学したのでしょうからね。彼女たちの夢を無下にするわけにもいきませんし、連邦生徒会長が戻ってきた時に何て言えばいいのか分かりません。本来なら原則にのっとって重い処罰をと言う話があったのですが……まあ原則なんて知ったことではありませんね!」
カヤが急に叫んだので私はひどく驚いた。丁度持っていたココアをこぼしそうになり片手で持っていたファイルからは何枚か紙が落ちてしまった。
「ぼ、防衛室長?」
カンナは私が落とした紙を拾いながらそう言った。
「流石に今のは忘れてください。先生。私たち行政委員会・防衛室はシャーレに積極的に協力します。ですからどうか彼女たちを助けあげてください。SRT特殊学園を復活させるのは流石に難しいですが」
「ありがとう。でもいろいろと大丈夫? 他の委員会からにらまれるんじゃ」
「安心してください。これでも私、そこそこ信頼があるんですよ? まあ他のメンバーに借りを作ったという事にしましょう。将来のエリートのためならこれぐらい安いものです。処分についてはシャーレにすべて任せます。先生の元に置いておくのもいいでしょう。小回りの利く部隊も必要なのでは?」
カヤはそう言って私を見た。
『あいつらと一緒にいるの嫌なんだけど』
私はそう言ってココアを飲み干した。
「あら、なにか不和でもあったのですか?」
「ちょっとね。まあそれに彼女たちも多分僕の下に就くのは嫌がるだろうし……おいおい決めるよ。一先ず四人は僕預かるね」
「分かりました。では彼女たちを引き渡す手続きを行いますので少々お待ちくださいね」
私たちは引き続き取調室の前で待った。カンナにココアのお代わりを尋ねられたのでほしい、と答えた。途中で先生が手続きのためにカンナと一緒に離れた。私はすぐに終わるからと先に戻っているように言われた。
入り口に止めてあるACに乗ろうとロビーに向かうとRABBIT小隊の四人がいた。私は何か言われるだろうかと思ったが、私を見てくることはあれど何か話しかけることはなかった。そういえばこの姿を四人に見られてないので彼女たちは私がACのパイロットであることを知らないのだった。ゴミ箱に空になった紙コップを捨てると、私は外に出てACの中で先生たちを待った。
私は罵られると普通にしょげるタイプです。
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28話
今更ですがAC6にアプデが来ましたね。新しい武器に、新しい機体パーツ。早速購入してみたが面白いものばかりですね。特に武器全部ガトリングとかいう頭悪いアセン組めるようになったのはいいですね。
ランクマッチも追加されたみたいで、まあ私はPSplus買ってないんで対人戦できないんですけど。
ACに乗ってしばらく待っているとRABBIT小隊が先生と共に出てきた。
「お待たせ」
『結局その四人どうするの』
「子ウサギ公園に送ってくれないかな」
『あの公園? 占拠犯を元の場所に戻すってこと?』
「そうだね」
『いいの、それ?』
「うん。僕が決めていいってなってるし、この子達もそっちがいいって言うから」
「さっきから何一人でぶつぶつ言ってんだ。気味が悪い」
本当にこいつら口が悪いな。先生が止めてなければ完全に手を出してたぞ。
『分かった。じゃあそれ乗って』
私は輸送ユニットを指さした。
「分かった。じゃあ皆、これに乗ってくれるかな」
「なんなのこれ」
「人を運ぶためのものだよ」
「まさかこのロボットで移動するってこと?」
「公園までの距離なら十分歩ける距離ですが」
「この中で絶対あんなことやそんなことをやらされるんだ」
ミユがそういうと他の三人も先生を訝しげな目で見た。私は機体の中でため息をついて『早く乗って』と急かした。
やっと乗ってくれた四人と先生を肩に乗せると、私はその場から飛び上がった。
公園に着くと私はユニットを降ろした。中からは少しふらふらした四人が出てきた。今日は送るだけで終わり、というか処罰はもう終わりらしいので私はユニットを背負いなおしてさっさと帰った。
翌日、先生があの四人の様子を見たいというので仕方なくついて来た。別にもう放っておいていいと思うのだが先生が聞かないし、あの四人のことだ。何か危害を加えるかもしれない。
公園の前に下りると先生は歩くと言った。なので先生を降ろし、その後ろからゆっくりとついて行った。公園の道は人にとっては十分に広い道であるがACにはギリギリ通れるほどの幅しかない。両脇にある木のせいで視認性も悪い。頭部分じゃなくて胴体ぐらいの高さの視点が欲しくなる。昨日の喧騒とは打って変わって今日は静かだ。周りの住民もほとんどいなかったし、これぐらいが日常なのかもしれない。
「うわっ!?」
先生が何の脈絡もなく転んだ。どんくさいなと思いしゃがむと、先生の足元にはロープが絡まっていた。
「と、トラップ?」
「なんだ。やっぱり先生と昨日のロボットか」
木の陰からやって来たのはサキだった。あからさまにがっかりした表情をしている。
「な、なんで公園にトラップが。公園にトラップとか危ないでしょ」
先生は足に巻き付いたロープをほどきながら聞いた。
「侵入者対策に決まってるだろ」
「あ、先生と昨日のロボットじゃん。そこらへん地雷埋まってるから危ないよ」
「え?」
丁度ロープがほどけた。先生の素っ頓狂な声と張っていたロープが戻っていく音が重なった。先生はその場から立ち上がることもできず座ったままになった。
「なんで地雷が?」
「だから侵入者対策だって」
「いくら何でも地雷はやりすぎじゃない?」
「これでも最小限なんだよ。本当は公園の外周に対戦車地雷とか置きたかったのに」
「いや、いやいや。やりすぎだってそれは」
「何言ってんだ。いつまたあの警察のワンコが来るか分からないし、そこのロボットみたいなのが来るかもわからん。特にそこのロボットは今埋まってる地雷が効くかもわからないのに」
「因みに地雷ってどこ埋まってるのかな? 怖くて動けないんだけど」
「具体的な場所は忘れちゃったなあ。爆発すればそこにあるよ」
「そんな無責任な」
生徒や機体が地雷にかかっても問題はないが先生が地雷にかかるのはシャレにならないので、私の手の上に避難させた。そして私が一歩踏み出すと、足元から小さな爆発が起こった。
「あ、一つそこに埋まってたね」
「危なかった……」
「サキ、モエ。どうかしましたか……先生たちでしたか」
「ひ、ひいっ。先生?」
騒ぎを聞きつけてミヤコとミユがやって来た。ミユは私たちの姿を見てミヤコの後ろに隠れてしまった。
「や、おはよう」
「おはようございます。こんな早朝に一体何の用ですか?」
「大丈夫かなって思って。何か困ったこととかない?」
「大丈夫です。SRTの生徒は皆キャンプには慣れてますから」
「これぐらい朝飯前だ」
「ここは水も使えるから快適だしね」
「木陰も多くて隠れる場所も多いですし」
「だから何の問題も無い。分かったらさっさと帰れ」
その時、全員が硬直し先生が「今の音って?」と言った。私には何も聞こえなかったので先生に何の音が鳴ったのか聞いた。
「いや、なんかお腹が鳴った音が聞こえた気がして」
「まさか……雷が近いんじゃないかな」
「それは無理があるでしょ……なんで我慢できなかったのさ」
「しょうがないだろ! 生理現象なんだから!」
「改めてですが、特に問題は無いので——」
また沈黙した。私には何も聞こえなかったが予測は出来た。
『また誰かのお腹が鳴った?』
「みたいだね。本当に大丈夫?」
「あ、あの実は」
「そうだよ。昨日から何も食べてないんだよ」
「ここ水はあるけど、逆に水しかないから」
「くそっ、ミサイルなんかより食料を持ってくるべきだった」
「何言ってんの。ミサイルの方が大事に決まってるじゃん」
「は? あんなの持ってたって使わないだろうが。まだライフルの方が役に立つ」
「そっちこそそんな重い教範なんか捨ててその分食料持ってくればよかったじゃん」
「何言ってるんだ。学生が教範を捨てるとかありえないだろうが」
「あーもう。イライラしてきたら余計お腹すいて来た」
「口座が凍結されてるのでお店で買うこともできないんです。このまま私たち餓死していくんだ……」
先生は持っていたカバンからカップ麺を取り出した。
「実はね、いろいろと持ってきたんだけど食べる?」
「そ、それはミッシンの鳥ガラ醤油ラーメン!」
「く、くれるんですか?」
「うん、そのつもりで持ってきたから」
ミユが先生のカップ麺に手を伸ばそうとするとミヤコがそれを阻止した。
「駄目です。こうして極限にまで追い詰められた状態での取引はよくある手段です。何かしらの懐柔を受ける可能性があります」
「そ、そうだ。第一SRT特殊学園は任務中には何も口にしないんだ。そもそもそれが安全だという保証もない。何かしらの薬物が混入している可能性もある」
それを聞くとミユは手をひっこめて後ろに下がった。モエは訝しげな眼をしている。
「それで私たちを懐柔して何をするつもりだったのさ」
「ま、まさか、口では言えないようなことを」
どう見ても未開封なのでそんな可能性は無いのだが、先生は仕方がない、と言ってカップ麺の包装を破いた。
「レイヴンも食べる?」
『それじゃあ……カレー味のやつで』
「分かった」
先生がカバンの中から取り出しているうちに私は降りる準備をした。ユニットを取り外して地面に置くと、その横にリフトを置いた。スマホから専用のアプリを立ち上げてボタンを押す。すると箱状になっていたリフトが展開しだした。コックピットを開けて待っていると、展開されたリフトの上部に置いてある車椅子からアームが伸びて私を車椅子まで運んだ。
車椅子が地面に着くと同時にサキが私を指さして声を挙げた。
「あ、お前昨日いた……お前があのロボットに乗ってたのか」
「え、うっそ。その姿で乗ってたの?」
「わ、わぁ」
「一体どんな訓練をすればそんな姿に」
「あれ、レイヴンと会ったことなかったの?」
先生は二つのカップ麺にお湯を入れていた。
『機体から降りるところ見られたことなかったからね』
私は先生からカップ麺を受け取りながら打ち込んだ。
『改めて、私がレイヴン。先生の犬だよ』
「う……昨日の聞こえてたのかよ」
『話し声ぐらい聞こえるよ』
三分経って蓋を取るとカレーのいい匂いがしてきた。朝早くに出てきたのでまだ朝食を食べていない。だからこの匂いを嗅ぐととてつもない空腹感が出てきた。私は先生から割り箸を受け取って割った。持ち手側がとがるように割れてしまった。
キヴォトスに来た当初は箸なんぞ使ったことが無かったので扱いには随分と苦労したが最近になってようやくまともに扱えるようになった。まだ小さいものを掴むのは難しいがカップ麺程度なら難なく食える。
先生も同様に蓋を開けた。カレーの匂いと醤油の匂いが辺り一面に広がった。
「う、ぐぅっ」
「ああ、いい匂い」
「こ、こんなもので屈して溜まるか!」
「まだあるから好きなもの選んだら?」
「結構です。そんなもので私たちの意思を折ろうとしても無駄なこと。一度屈してしまえば同じような手口で先生の策略に巻き込まれることになるでしょうし」
「たかがカップ麺なんかに屈するか!」
「そっか」
そう言って先生はカップ麺をずるずるとすすり始めた。私もまだ少し手慣れてない手つきで麺を掴んですすった。うん、おいしい。カレーは万能だ。ご飯にもパンにも合うのだから。
「やばい、これはやばい」
「こ、こんな時こそ深呼吸だ。薬物を使用されたときの対処法で習っただろ!」
そう言ってサキは大きく深呼吸をした。この状況だと余計にお腹がすくと思うのだがその対処法は適切なのだろうか。
「あー! めっちゃいい匂いしたあ!」
予想通りサキは膝をついて叫んだ。ついでに派手にお腹の音も鳴っていた。
「うーん。外で食べるカップ麺ってなんでこんなにおいしいんだろうね」
『外で食べると何でも美味しくなるよね』
「それだ」
半分ほど食べたところで先生は鞄の中から温泉卵を取り出してカップ麺の中に割いれた。そして私にはチーズを一枚渡してくれた。私はそれを受け取りカップ麺にいれた。少し混ぜてから麺を掴むと一緒にチーズも伸びてくる。
「そ、そんな。このタイミングで温泉卵だなんてずるい!」
「カレーにチーズだなんてそんな悪魔的な組み合わせをするなんて!」
「ああ、絶対美味しい」
「あそこまでされたらもう」
「だめだ、もう我慢できない」
先生はサキの発言を聞くとカバンの中に入ったカップ麺を見せながら言った。
「食べる?」
その問いに四人は間髪入れずに食べる、と答えた。カップ麺を受け取ると皆死に物狂いで包装を剥ぎ、お湯を入れると三分も待っていられないという様子で二分ぐらいで食べ始めてしまった。
「ヴァルキューレに編入したらどう? 食料面を見てもそっちのほうがいいと思うんだけど」
「やっぱり食料で釣るのが目的だったんですね」
「これが大人のやり方か。汚いぞ!」
文句は言うが四人の箸は止まらない。それじゃあ、と言って先生は一枚の折りたたんだ紙をミヤコに渡した。ミヤコはその紙を開くと中のメモ書きに目を通した。そこにはエンジェルマートの住所が書いてある。
「これは?」
「少なくとも僕からの施しっていう形にはならないから。もし気が向いたらそこに行ってみて」
私たちはカップ麺を食べ終わるとすぐに片付けてシャーレに戻った。
シャーレに戻った先生は机の上に積み重なった書類に手を付け始めた。私は文字を打ち込み、モニターに表示させた。すると通知音のようなものが鳴り、書類に向いていた先生の目線は私に向いた。
『あの四人来るかな』
「どうだろうね」
『プライドが高そうだからコンビニの廃棄品を渡したら逆に怒りそうだけど』
「まあ、手段の一つとして提示しただけだから。あの子達が別の手段を見つけたのならそれでいいさ」
『お人好しだね』
「僕は先生だからね。生徒の面倒はちゃんと見ないと」
数時間後、エンジェルマートに寄ると、ソラが廃棄品が減ったと嬉しそうに話してくれた。
数日後のこと、先生は再び四人の様子が見たいと言った。食料の確保もできているしもう心配することは無いだろうと思うのだが、それでも一応と言ってきかない。その机にそびえる書類を見る限り、仕事から逃げたいのかもしれない。私はもう何も言わずに先生を公園まで送った。
公園についたが前回のことを考えると先生をそのまま歩かせるのは危ないので、手に乗せたまま公園の奥まで歩いた。中央まで入ると何やら言い争う声が聞こえてきた。
「皆さん落ち着いてください。SRTが弁当一つで争うなんてみっともないですよ。弁当ぐらいどれも一緒なんですから」
「じゃあミヤコはどれにするんだ」
「えっと……この唐揚げ弁当で」
「一番高い奴じゃねえか!」
私たちが四人の前に姿を見せると全員言い争いを止めてこっちを向いた。
「やあ。いろいろと大丈夫そう?」
「もう、こんな時に限って」
「あ、あの。別に弁当で言い争いになっていたわけじゃないんです」
「そうだ。仲良く弁当を分け合ってただけだ」
別に弁当を取り合ってたぐらいで何も言わないがなぜか必死に弁明しようとしている。プライドが高いせいかもしれない。弁当で言い争うような集団だと思われたくないのだろう。つまらない意地だ。
「そ、そう? 仲がいいんだったらそれでいいんだけど」
「喧嘩しているように見えたなら目を洗った方がいいな」
それじゃあ私はメインカメラを洗った方がいいのかもしれないな。
「私たちは正当な話し合いをしていただけだ。それが望まぬ結果だとしてもその人の意見を尊重して——」
「じゃあこの焼肉弁当は私ので」
「だぁっ! 待てよ、まだ話し合いの途中だろうが!」
「なによ人の意見は尊重するんでしょう?」
「意見も何も結論しか言ってねえだろうが!」
サキとモエは焼肉弁当を持ちながら口論を始めてしまった。焼肉弁当が引っ張り合われている。先生はそれをにこやかに見ているし、ミユは口論を止めようとしているのだがおろおろするばかりで何もできていない。ミヤコは額を押さえていた。
「すみません。お恥ずかしいところを見せました。ですが特に困ったことはありません」
「食料も廃棄弁当で何とかなりました」
「コンビニの廃棄弁当で屈辱を与えて私たちの意志を折るつもりだったんだろうけど、先生の策略には飲まれないからね」
「ああ。だから先生の助けなんかもういらない。だからさっさと帰りな」
「でもちょっと顔色が悪くない? 具合とか悪い?」
私にはサキの顔色は特に変わっていないように見えるが先生はそう見えたらしい。サキへ近づこうとすると、彼女は慌てて後ずさりながら先生を止めた。
「わわっ! バカ、近寄るな……」
「え? 匂い?」
私には最後の方が良く聞こえなかったが、先生はそう言って自分の匂いを嗅ぎだした。
「うーん。最近忙しくてシャワーしか浴びれなかったからかな? 僕ってそんな臭い?」
『いや別に。臭いと思ったことは無いけど』
「ち、ちがっ。とにかく私に近づくな! 本気で殴るぞ!?」
先生は困惑したが、次にミヤコに近づこうとした。するとミヤコは突然発砲した。先生はその場に立ち止まり一瞬の静寂が訪れた。私はすぐにミヤコへ銃口を向けた。こいつは今あきらかに先生へ向けて発砲した。
最近一段と冷え込んできましたが体調は大丈夫でしょうか? 私は昨日強いめまいと吐き気で立てなくなって三時間ぐらい寝込んでました。皆さんも体調管理は気をつけましょうね。
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29話
クリスマスだろうが何だろうが関係ありません。出します。
「さりげなく近づかないでください。次は足を狙いますよ」
ミヤコはそう言って銃口を上に向けた。そして先生の顔と私が向けている銃口を交互に見ていた。先生はその眼の動きに気づいて私の方へ振り返った。
「わわっ。レイヴン、そんなことしないで!」
『でもこいつ先生に発砲しやがった』
「当たってないし、僕が不躾に近づいたのが悪かったから! だから銃口を下して!」
先生が必死で言うものだから仕方なく。私は銃口を下した。自分が狙われていたわけでもないのに先生はホッと胸をなでおろしていた。
「それでなんでそんなに近づかれたくないの? やっぱり具合悪いんじゃ」
「いやだからそうじゃなくって匂いが」
「や、やっぱり僕臭いかな?」
「だから私たちの問題なんだよ!」
サキがそう口走ると他の三人は呆れたようにため息をついた。
「あーあ、言っちゃった」
「もう四日以上もシャワー浴びてねえんだよ!」
「え、でも近くに銭湯が」
「前に行ったろ。口座が凍結されてるからお金が使えねえって」
「洗顔ぐらいなら公園の水でどうにかなるんですけど」
「短期なら気になりませんが長期的になると衛生的にちょっと」
「じゃあ、シャーレのシャワー室でも使う?」
先生がそう言った途端、周りの空気が冷えた。四人の先生を見る顔は明らかに見下したものになった。
「最っ低」
「度し難いですね」
「わ、私たちが武装解除した瞬間に一体何するんですか!?」
「実物より残滓のほうが好みだって? ひゅー!」
モエに至ってはその言い方はまるで皮肉を言っているみたいだ。流石に先生も少し参っているようだ。
「一体僕ってどう思われてるの」
「信頼できない大人」
「変質者」
「燃えないゴミみたいな?」
「特に何も」
「そ、そんなあ」
先生はがっくりとうなだれていた。そりゃまあ、ずっと気にかけているのにこの言われようじゃへこみもするだろう。私なら金輪際面倒を見てやらない、と思う。というか今思ってる。
「とにかく、解決策を考えるのでそれまで先生は公園に近づかないでください」
「でも公園の水を被ったらそれこそ風邪ひくだろうしなあ」
「トイレの貯水槽にミサイルでもぶち込む?」
「それは余計に汚れそうな気が」
「キャンプでお風呂ならドラム缶とか?」と先生はちゃっかり四人の会議に参加した。
「ドラム缶……ですか。以前百鬼夜行連合学院で似たようなものを見ましたね」
「それどうやって体洗うのさ」
「というかセンスが古い」
「でも今はそれしか解決策が無いような」
ミユの言う通り、その後数分間考えたが結局誰もドラム缶以外に解決策が思いつかなかったので、ドラム缶を確保する方法に話は進んでいった。
「モエ、いまから資源管理システムにアクセスしてドラム缶を使っている現場を探してくれますか。衛生面の確保は部隊にとって最優先事項です。今から浴槽の確保……ニンジン作戦を開始します!」
しばらくしてドラム缶確保の候補としてD.U.の港湾施設が挙がった。ドラム缶が多数ある上に廃棄されるものも多い。そこから何個か拝借するという運びになった。なんだか入念な作戦が練られているが、ちょっと港湾施設に行って、そこの職員からドラム缶を分けてもらえばいいと思う。しかもいつの間にか私と先生まで参加する運びになっていた。ただ面倒だったので何も言わなかった。
夜、日も完全に落ち、住民はすっかり寝たであろう時間に私は潜伏場所から移動し、港湾施設に進入した。ここはコンテナが多く積まれており、照明も全くないおかげでACでも見つかりにくいだろう。
輸送ユニットを下すと中から先生とミヤコ、サキ、ミユが出てきた。現地で動くのはこの四人。モエは公園で後方支援を行うらしい。
「こちらRABBIT1。現着しました。現在こちらに問題はありません。作戦通りポイントEまで向かいます」
「こちらキャンプRABBIT。各位のGPSを確認。作業員のシフトにも大きな変化は無し。そのままEに向かっても問題ないと思うよ」
ユニットから出てきたミヤコは公園にいるモエに通信を行った。今回私も作戦に参加するので一応通信機を一つ貸してもらったが、私は声を出せないので聞き専になる。何かこちらから発信する場合は先生経由になる。それなら最初からいらないと思うが、私はドラム缶を確保した先生たちを回収して公園に撤収するという任務がある。だから『荷物』の状態は知っておいた方がいいだろう。もし万が一があれば強行して回収する手はずになっている。
「ちょっといい?」
先生が口を挟むと、ミヤコは少し迷惑そうな顔をした。
「なんですか? 今更ここまで来て小言を並べるつもりですか?」
「いやちょっといろいろと心配事が」
「安心してください。私たちは何も盗みに入ろうとしているわけではありません。私たちはここにある廃棄予定のドラム缶をもらうだけ。企業にとっては廃棄する費用を節約できるわけですからむしろ私たちがするのは善行ですよ」
「それなら最初から素直にもらいに行けばよかったのでは?」
「そこはプライドの話だ。そう易々と他人からの温情が信じられるか」
「そっか、信じられないか」
「ま、まあ弁当の件は私たちが確保したからな。温情じゃない」
「RABBIT2静かにしてください。騒いでは見つかってしまいます」
「というかなんでミヤコが指揮執ってんだよ」
「作戦中はコードネームで呼んでください」
「それはそうだけど。私が聞いてんのはなんでお前が勝手に指揮を執ってんだっていう話だ」
「それはもちろん私が隊長に任命されたからに決まっています」
「SRTを閉鎖させた連邦生徒会長の命令で、だろ。SRTも閉鎖された、連邦生徒会長も失踪した。ならこの状況、誰が指揮を執ってもいいはずだ」
「皆さんはどちらがいいですか?」
「私はどっちでもいいと思うけど、どっちも同じじゃない?」
「私は……その」
ミユは明言しなかったが、それはそれでつまりどっちでもいいという事だろう。私もどっちでもいいと思う。と言うかさっさと行ったらどうだ。誰か来るかもしれないのに。
「分かりました。では今回の隊長はRABBIT2に任せます」
「よっしゃ。こういう状況は授業で何回もやったし、教範でも確認した。相手は所詮ただの警備員、訓練の時よりも楽だ」
サキは隊長に任命されると途端に意気揚々としだした。最初から隊長になりたかったのかもしれない。上の位に立ちたがるやつはどこにでもいるものだ。そういうやつは大体まともな死に方をしないが。
「じゃあ、サキ……じゃなくてRABBIT2、私はどこに待機すれば?」
ミユが自身の待機場所を尋ねた。すると意気揚々としていたサキは一転して慌て始めた。
「え、あ。ちょっと待て。市街地の狙撃手の待機場所は教範に書いてたはずだ」
サキはいつも持っている教範を取り出し、ペラペラとめくりだした。明かりが無いのでとても読みにくそうだ。
「うぃー……飲みすぎちったなあ。トイレトイレ」
その時この場の誰のでもない声が聞こえてきた。恐らくここの警備員だろう。
「誰か来ます。RABBIT2、指示を」
「は、ちょちょっと待てよ。何でここに人が来るんだ。この時間は誰もいないんじゃなかったのか!?」
「なんでだろうね? まあ予想外ってやつ?」
「あ、あのえっと私はどこに?」
「ま、待て待て。えっと教範によれば確か狙撃手の最優先事項は視界の確保……あ、あのクレーンの上だ!」
「待ってください、あのクレーンでは逃走時に——」
「あ、そ、それくらいわかってるって!」
サキがあたふたしているととうとうコンテナの陰から声の主が出てきてしまった。お互いに目が合い、数秒間沈黙が広がった。
「だ、誰だ! まさか荷物を盗みに来たコソ泥か!?」
「くそっ! ああもう、交戦開始! 最大火力でポイントEまで強行!」
静寂が広がっていた港湾施設はにわかに騒がしくなった。作業員によりセキュリティのロボットが呼ばれ、一同はその場で戦闘となった。私は隠密を最優先させた。前もってそう説明されたからだ。だからコンテナの陰に隠れ自身は攻撃をしなかった。しかし、敵の数は多く、強行突破しようにもなかなか前に進めていない。しょうがないので私もドローンで援護することにした。
右肩のポッドからドローンが三機飛び上がり、セキュリティロボットに攻撃する。おかげで短い間だが敵の数が減った。その隙に四人は包囲網を突破して闇夜に逃げていった。
作業員やセキュリティロボットは四人を追いかけていった。幸い私の姿は見られなかったようだ。目撃者を全部消す隠密はやったことあるし、ミレニアムでも多少見られても構わない隠密もやった。ただ今回みたいに誰にも見つかってはいけないような隠密は初めてだ。しかもじっとしておかないといけない。こんな大きな図体でいつ見つかるかもわからないとひやひやする。
通信機からはサキたちが戦闘する音と走っているときの荒い息遣いが聞こえていた。やがてそれが収まると依然息が荒いながらも彼女たちの話し声が聞こえてきた。
「くそ、何がコソ泥だっ!」
「声を落としてくださいRABBIT2。RABBIT1からキャンプRABBIT、ポイントEに到着。ニンジンを多数発見。しかし先ほどの交戦で当初計画していた撤収経路が使用不可になりました。回収ポイントも変更しなければなりません」
という事は私も場所を変えなければいけないという事か? まあ直前で動けばいいか。わざわざ見つかるリスクを取る必要性もあるまい。
「まあ、サキが隊長て時点でこうなるとは思ってたけどね。サキは机上の空論が多かったから」
「うっせえ! モエだって実戦演習はダメダメだったくせに! 何がいけなかったんだ……教範通りに動いたはずなのに。ああもう、せっかくSRTの実力を見せようと思ったのに、逆にシャーレにこんな失態見せるなんて!」
「まあ、実際やってみたらうまく行かないなんてことはよくあるよ」
「ところでミユの姿が見えないのですが一体どこに?」
「え、GPS上では重なってるけど?」
「は? まさか……あ、あのバカ! 通信機置きっぱなしじゃねえか!」
「じゃあ一体どこに?」
「サキの指示の通りに動いたのならあのタワークレーンでしょうか」
「あそこか……さっき警備が沢山行ったところじゃねえか」
ふむ……タワークレーンと言うとあれのことだろうか。ズームすると確かにミユは一人で頂上に立っている。下を見ておろおろしているようだ、ここからでは下にいるとかいう警備の様子は見えない。
「どうしましょうか。ドラム缶を持った状態ではミユを助けることはできません。この際ドラム缶は諦めてミユの救出に向かった方がいいかもしれません」
「背に腹は代えられないか」
『三人を回収してから私がミユも回収すればいい。さっさとドラム缶回収してきて。回収ポイントも変わるんでしょ? 私もいつ見つかるか分からない』
「そ、そうか。そういう手段があったな。よしじゃあ手ごろなドラム缶をいくつか——」
その後約数分間にわたって三人のドラム缶を吟味する会話が聞こえてきた。その内容は大体どうでもいいものばかりで大きさがどうの形がどうの色がどうの穴が開いてるか開いてないかなど、いや穴が開いてないかは重要か。ともかくそんなに気にするようなことではないはずだからさっさと決めてほしい。
「よし、ドラム缶はこれでいいだろう。そうしたらさっさと撤収しないとな」
「こちらRABBIT2。ニンジンの確保に成功したのでこれより撤収を開始します。回収ポイントは予備ポイントのAとします」
Aか。となるとこの廃棄倉庫の近くだ。私はコンテナの陰から出ると、できる限り物音を立てないように、人影に見つからないように移動した。やがてポイントAにつくと、そこには情報通り廃棄倉庫があった。だが肝心の回収目標はいなかった。
少しの間待っていると、物陰から何かが出てきた。二つのドラム缶がひとりでに動いてこちらに近づいているではないか。私は静かに構えた。ドラム缶は私の近くまで近づくとゆっくりと持ち上げられ中に入っていたらしい人物が現れた。
「わ、私です。RABBIT2です。後ろにはRABBIT1と先生がいます」
『なんだ。ドラム缶が歩いてくるから何事かと思った。なんでドラム缶被って歩いてんの』
「隠密には最適でしょ?」
「段ボールやドラム缶を被って任務を成功させる伝説上の工作員の話があるだろ? それを参考にしたんだ」
『何それ知らないんだけど』
「ドラム缶の回収は完了しました。早くミユを救出しましょう」
私は輸送ユニットを地面に置いた。三人がドラム缶と共に入ったのを確認すると背負わずにそのまま抱えてタワークレーンの頂上を目指した。
タワークレーンに近づくとサキが言っていた大量の警備とセキュリティロボットが見えた。流石に私は見つかったが見つかったところですでに頂上付近にいる私には何も手出しができない。悠々とミユの前に立つと輸送ユニットを差し出した。
「うぇ、え、な、なに!?」
輸送ユニットの入口が開き中からサキが顔を出した。
「ミユ! 早く中に入れ! ドラム缶はもう回収した!」
「え、で、でも距離が」
ミユの言う通り彼女とユニットの間には少々距離があった。まさか私が乗るわけにもいかないので、できるだけ近づいて浮いている。
『早くして、じゃないと一回降りなきゃいけない』
ENが切れたところで一度降りて回復させればいいが何回も繰り返すのは面倒だし、そのうち警備がもっと集まって面倒になる。
「大丈夫だ! 私たちが受け止めるから! こういう訓練はSRTでもやっただろうが!」
「で、でもぉ、こんな高いところから飛び降りたことないよ」
「いいから早く!」
サキに急かされミユは訳も分からずに飛んだ。実際一メートルほどの距離しかなかったわけだから余裕で飛び乗れたわけなのだが、ユニットの中でミユが腰を抜かしたような様子が分かった。
全員の回収を済ませた私は、直ちに公園へと戻った。
まあ実際後輩と遊んだせいでこうやって投稿が遅れたわけなんですけどね。
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30話
レイヴンが右肩に背負っている武器なんですけど、私ずっとドローンって書いてましたが最近確認したらあれタレットでした。とはいえもう今更なので今後もドローンって書きます。
公園に戻ると四人はすぐにドラム缶に水を注ぎ始めた。私が下りた時にはすでにドラム缶には火がかけられていた。
待つこと数十分、ミヤコがドラム缶の中の湯に手を入れて適温であることを知らせると四人はすぐに服を脱いでドラム缶に入った。
「あー……生き返るー。やっぱり疲労回復にはお風呂だな」
「ドラム缶風呂というのも案外悪くないですね。お湯加減もいい感じで」
「これ温度管理難しそう……このままぬるま湯に入ったカエルみたいに私も……」
「そこらへんは心配ご無用。ちゃんとサーモグラフィーで確認してるから。でもちょっとぬるすぎるかな? テルミットの粉でもかけてみる?」
そう言ってモエはどこからかグレネードのようなものを出してきた。サキは慌ててモエを止めた。
「バカ! 全部吹き飛ぶだろうが。それにこれぐらいがちょうどいいって。これ以上熱くしたら茹っちまう」
「それにしてもこうやってみんなで入るというのも悪くないですね。いつかSRTに戻ってもいつかまたこうやって……」
「それなら誰かが来ないようにこうやって見張っとかないとね」
先生がそう言った途端にご機嫌な顔をしていた四人の顔は一転して厳しいものになった。
「なんで先生はここにいるわけ?」
「誰かが来ないように見張ってるだけだけど?」
「別に隊員同士裸を見せ合うのは今更だし、こんな時間帯に公園に来る奴なんていない」
「もし侵入者が来れば地雷とクレイモアが反応するはずです。先生がここにいる必要はないはずですが?」
「え、あー……流れで?」
「流れで生徒の入浴眺めるとかおかしいだろ! こればっかりは撃たれても文句は言えねえはずだ!」
「うっわー……最低」
「や、やっぱり武装解除の瞬間を狙って!?」
「モエ、ミサイルを」
「わ、わわ! ごめん!」
モエはミサイルとまではいかないものの、手に持っていたグレネードのピンを抜いていた。流石に今回ばかりは擁護できないかった。それよりもグレネードはまずい。私も巻き添えを食らってしまう。
咄嗟のことに車椅子をうまく動かせなかったうえに、石か何かに引っかかって方向転換ができなかった。しかし、先生の姿が見えなくなるとモエはグレネードのピンを差しなおした。
「レイヴンも入るか?」とサキが誘ってきた。
「さ、三人はちょっと狭くなる……」
『いいよ。私お風呂入れないから』
「包帯を長時間巻いていると衛生的によくありません。なにかやむを得ない事情が無いのであれば入ったほうがよろしいと思いますよ」
『湯船につかると傷が酷く痛むんだよ。いつも体を拭くだけで済ましてる』
「傷ってその包帯の下の傷? そんなにひどいの?」
『見る?』
「い、いえ。大丈夫です。全身包帯になるほどの傷です。さぞかしひどいんでしょうね」
『治る前に新しい傷が増えてくからね。手術のせいか治りも遅いし』
「手術って一体?」
『脳を焼くんだよ』
「の、脳を……!?」
「シャーレってそんなことするの!? わ、私たちをシャーレに連れて行こうとしてたのってそういう……」
『何言ってんの。前にいたところの話だよ』
「レイヴンはキヴォトス出身じゃないの?」
『違うよ。私は生まれたところは知らないけどルビコンから来たの。ヘイロー無いでしょ』
「あ、本当だ。へえ、キヴォトスの外からって珍しいな」
『そうらしいね』
私がキヴォトスの外から来たという話をすると四人は存外その話に食いついて来た。食いつきすぎてミユがのぼせそうになるまでずっと話していた。先生はのぼせたミユを助けようとして四人の前に姿を現し、また撃たれかけていた。というか何発か撃たれた。幸い命中はしてなかった。
数日後のこと、先生は買い物に出かけていた。私は先生が帰ってくるまで一人、留守番をしていた。以前なら買い物にも付き合っていたがACだと商店街に入れないし、かといって車椅子では先生以上に何もできない。それに最近は滅多に先生を襲おうとするチンピラもいなくなった。だから別にいっかとここ数か月ぐらいはついて行ってない。
先生がシャーレを出てからどれくらい経っただろうか。時計を見るとすでに一時間は経っている。結構長く買い物をしているようだ。量が多いのかそれとも遠くまで買い物に行ったのか。そんなことを考えながらゲームをしていると、突然通知が画面の上部を埋めた。サキからだった。先日ドラム缶風呂での一件で少しだけ仲良くなったのでモモトークを交換した。通知には『さっき先生から』とまでしか表示されていなかった。通知をタップしてモモトークを開く。そこでようやくメッセージの全文が読めた。
『さっき先生から電話がかかって来たんだけど、なんか捕らえられてるんだって』
『は、何それ。詳しく説明してください。私は今冷静さを欠こうとしています』
『だからなんか変な奴が先生を捕らえて人質にしてるって』
『どこ? 先生何処にいるの』
『知らねえよ』
『分かるでしょ。モエあたりなら何とかなるでしょ』
『面倒』
『しばらく弁当全部買い占めるよ』
『そんな金あるわけねえだろ』
『シャーレに金がないと思う?』
『分かったすぐに調べさせる』
数分後サキから一枚のマップが送られてきた。中央にピンが刺されている。先生はここにいるようだ。
私は急いで外から出るとACに飛び乗りリフトも何も背負わずに飛び出した。サキから送られたマップの写真には端っこに商店街の名前が書かれていた。私はスマホでその商店街を検索し、詳しい位置を取得した。
ピンの場所にはすぐに到着した。商店街の外れにある廃墟だった。ただ、かすかに土煙のようなものが見えた。私がそこへ降りると、収まりかけていた土煙が再び立つがすぐに収まり、その中から先生と変なロボットたち、そしてRABBIT小隊の三人がいた。
「こ、今度はなんだ! で、でかいロボット!? まさかシャーレの巨大ロボットか!」
「レイヴン! レイヴンまで来てくれたのか」
『なんでRABBIT小隊までいるの?』
「えっと、それは——」
「おい、で、和牛ステーキ弁当は一体どこにあるんだ」
「隠してるなら早く言った方がいいですよ」
「最高級の和牛なんてSRTにいたころでも食べられなかったです」
『なるほどね』
「ふ、ふふふ。まんまと作戦に引っかかりましたね。その欲望の果てにあるのは破滅のほかにないのです」
「何言ってんのか分からないが、つまり和牛ステーキ弁当は無いってことか?」
「当たり前でしょう。なんでそんなものが廃棄されていると思ったのですか。どうでしょう、これを機にそこのロボットの方も無所有のすばらしさに気づいてはみませんか?」
自分もロボットのくせに何言ってんだと思ったが、彼? 多分彼がそういうと周りには仲間であろう者たちがぞろぞろと集まって来た。
「包囲されちゃった」
「うわ、何だこいつら服はボロボロのくせに武器だけ最新鋭じゃねえか」
そうなのだろうか。ここからじゃあよく見えないし、よくわからない。でも今から戦闘がおこるのは理解できた。不意にサキからメッセージが来た。
『盾になってくれるか。ミヤコが閃光弾を投げたら外に出る』
『分かった』
私が返信をした数秒後に、彼女たちがいた場所はまばゆい光に包まれた。普通に私も閃光を食らった。とても眩しい。少しずつ視界が戻ってくる。足元で銃弾が飛び交っていた。
私も援護と称してハンドガンとドローンで応戦した。ただ、先生の近くに撃つと先生が巻き添えを食らってしまうのでハンドガンを撃つのは先生から離れた場所にいる敵、例えば二階から狙っているような奴に向けて撃つ。着弾した場所は向こう側まで貫通し、崩れてしまった。二階から落ちるロボットたちがかすかに見えた。
たとえ敵の武器が最新鋭だろうが扱っているのはただの素人だし、私の前では無力だ。着々と数を減らし、リーダーらしきロボットだけが残るのにそれほど時間はかからなかった。
「くそ、こんな奴ら相手に勝てるか! 俺は逃げるぞ!」
「あ、おい待て! 俺も逃げる!」
不利を悟ってなのか、ロボットたちは次々と逃げていく。三人は逃げている相手にも容赦なく追撃する。
「あ、ちょっと! 逃げないでください!」
「そもそも何もしたくないのに戦闘なんかできるか!」
「こんなことになるんだったら入るんじゃなかった!」
「ああ! 待って!」
リーダー格のロボットは逃げていく彼の仲間とボロボロになった廃墟を見てうなだれた。
「ああ、私のアジトが……せっかく集めた高級な調度品が」
「何度も聞くようで悪いけど無所有なんだよね?」
「あなたたちさえ、あなたたちさえいなければ!」
そう言ってロボットは私たちを指さすが私が銃口を向けるとすぐにおびえて物陰に隠れた。
「二階の狙撃手は全員制圧した。レイヴンが大方片付けたしもういないはず」
「こっちも制圧完了だ。何人か逃げられたがほとんど無力化した」
「お疲れさまでした。得る物はありませんでしたが怪我がないようで何よりです」
三人が廃墟に入るとすぐにサキが何か見つけた。見たところ缶詰の様だ。
「ん? これ缶詰じゃないか? サーモンとベーコンの燻製……オイル漬けのホタテまである。賞味期限は切れてるが、十分食える!」
「こ、こっちには撥水シートもある。これで雨が降った時も何とか出来るかも」
「おい! それに触るな! それは私が後でゆっくり食べようと思ったものだぞ!」
「なんだお前、ずっと無所有無所有って言ってるくせに持ってるものたくさんあるじゃねえか」
「う、うるさいうるさい! お前たちだってそんなに強いなら傭兵でもなんにでもなればいいじゃないか!」
「私たちは傭兵じゃなくてSRTなので」
『私は傭兵だよ』というメッセージは当然ながら誰にも届かなかった。
「そんなの詭弁だ!」
「詭弁なのはどっちだよ」
ミヤコが通信機に手をかけた。相手はどうやらモエの様だ。トラックを手配している。
「お、おい。何戦利品みたいな扱い方しているんだ。これは全部私のものだぞ!?」
「一応損失分の埋め合わせが欲しいので、いくつかもらっていきます」
「部下に逃げられたんだからこんな量食べきれねえだろ。どうせ喰いきれなくなるんなら私たちが貰って行った方がいいに決まってる」
「あ、寝袋もある」
「うっくう……こ、この穀潰し! 社会の膿! そんなに物が欲しいなら真っ当に働けばいいだろう!?」
「お前が言うか! 無所有だの求道者だの変な言い訳ばっかしやがって。求道者なら求道者らしくもやし弁当でも食ってろ!」
「求道者だって焼肉弁当が食べたいんだ!」
「お前こそ穀潰しじゃねえか!」
「まあまあ、どうどう。私が不用心に捕まったのも悪いし、シートとか必要なものは私が買ってあげるからこの人からは何も取らないであげて」
「いいんですか? 一応この人は先生を拉致したわけですよ」
「うん。生徒に恐喝とか強奪まがいのことをしてほしくないからね」
先生はそう言うがつい先日窃盗を行ったばかりである。それに先生もしれっと参加していた。先生なら止めるべきだったんじゃなかろうか。それともあれは実は犯罪行為ではなかったのだろうか。ミヤコも確かそんなことを言っていた。廃棄予定の物だったから窃盗には当たらない……のか? 私には分からない。
「もう一度言いますが、私たちは先生の助けなどいりません」
「はぁ……もういい。疲れた。食欲も失せた。帰ってもやし弁当でも食べて寝よう」
「あ、わ、私も」
「そうですね。急に脂っぽいものを入れても胃もたれしそうです」
ミヤコは再び通信をかけた。モエに戦利品が何もないことを告げていた。
「あー……できればこれほどいてほしいんだけど」
先生がもぞもぞと動いた。三人は顔を見合わせた。ミヤコは見るからに手が離せそうにないし、ミユはミヤコの背中に隠れてしまった。
「なんだよ。私がやるのかよ」
サキはぶつぶつと文句を言いながらも先生の縄をほどいた。
「ふ、ふふ。その欲望に満ちた目……やはり所有は人の目を見えなくし、心を凶暴にする」
「今のあなたも同じ目をしてると思うけど」
「まさか! そんなことありません! 私はこの眼で全ての価値を見極めることができるんです! その結果多くの同士が……そういえばみんな逃げてしまったんでした……どうですか、先生。この際所確幸に入りませんか? 今ならナンバー二になれますよ」
「い、いや遠慮しておきます」
私は先生を手に乗せるとその場を立ち去った。ミヤコ達ともその場で別れた。
残念ながら先生がさらわれる前に持っていた買い物袋は見つからなかった。仕方がないので買い物をし直す羽目になった。どうせなら私も一緒に行かないかと先生が誘うのでそうすることにした。今回の一件でまたいつ先生に危害が降りかかるのか分からなくなってしまった。さっきの団体はもう解散しそうだが。
「そういえばよく僕がいる場所が分かったね」
『サキに教えてもらったんだよ』
「サキに? 僕が言うのもなんだけどよく協力してくれたね」
『弁当買い占めるって言ったらすぐに見つけてくれたよ』
「ああ、なるほど、そういう」
『先生も似たような方法で呼んだんでしょ?』
「ま、まあそうだね」
『RABBIT小隊の扱い方が良く分かったよ』
「悪用しちゃだめだよ。あの子達の生活を利用したような使い方だから」
『先生は本当にやさしいね。見境が無い』
「それが先生だからね」
私はさっきのロボットに対する態度のことも言ったつもりだったが先生にはよく伝わらなかったようだ。その後、先生が商店街で買い物をしている間、私はその近くでずっと先生を待っていた。お礼にといろいろと買ってもらった。
数日後のこと、キヴォトスには大雨が降っていた。窓から見える風景もいつもよりずっと狭い。それほどに強い雨が降っていた。私はふと外に置きっぱなしにしているACやリフトのことを思い出した。今日だけはACに乗りたくない。できれば雨がやんでからも数日は外に出たくない。
「すごい雨ですね」
アロナの声が聞こえた。今は先生がいるからアロナも声をかけてくるのだ。
「それぞれの自治区に被害が出てないといいのですが……それぞれの各委員会に任せれば大丈夫でしょうか」
「そうだね。他の所はここより雨が強くないといいんだけど」
「あ、でも公園にいるSRTの皆さんは……こんな大雨だとテントだけでは」
嫌な予感がした。そしてその予感はすぐに的中することになる。
「レイヴン、ちょっと公園の様子を見に行こう」
『え、絶対びしょびしょになるじゃん。 機体とか全部外に置いてるんだけど』
「そうか、そうだね。それにその格好じゃ雨に打たれて風邪ひいちゃうかもしれないし……分かった。ちょっと一人で行ってくる」
『いいよ、いくよ。また先生がさらわれても困るし』
私は渋々先生と一緒に大雨の降る外に出ていった。
こんな時期に雨の描写を書くと余計寒くなってきます。
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31話
おかげさまでお気に入りが500件を突破いたしました。こんなたくさんの方に気に入っていただけけて感無量です。これからも頑張って書いていきます。
外はとてつもないほどの大雨だった。折角出てきた少しのやる気も削がれてしまいそうだ。先生が傘を渡してくれた。傘をさして屋根から出ると、途端に傘に雨が打ち付けるとてつもない轟音が聞こえた。
外に置いてある機体の場所に行くと、見る間でもなくリフトとユニットはびしょぬれになっている。ウタハたちは防水だと言っていたがこんな大雨だと少し心配になってくる。武器の様子でも見るついでに一度点検でもしてもらおうか。
機体の中に傘を置くスペースは無いし、リフトに一緒に詰めたら壊れてしまうかもしれない。しょうがないのでリフトのスイッチを押して傘を閉じた。一瞬で私の全身はびしょびしょに濡れてしまった。機体に乗るまでの数分間、私は雨に打たれ続けた。
機体の中に入り、ようやく雨に打たれなくなったが、包帯はたっぷりと雨を吸って水まで滴っている。なんだか全身がピリピリしてきた。雨水を吸った包帯が傷に滲みているのかもしれない。帰ったら包帯を取り換えてもらおう。
先生がユニットに乗ったのを確認すると、私はユニットとリフトを背負って公園に向かった。視界は普段よりもよっぽど悪い。公園の付近に高いビルなどが無くて良かった。公園の近くに下りて中に入るとミヤコが一人スコップを持って何かしているのが見えた。先生はユニットから降りて、ミヤコの元に向かった。
「先生ですか。見ての通り今は冗談を言っている場合ではないのですが何の用ですか?」
ミヤコは先生を一瞥するとシャベルで土を掘り返しながら言った。掘り出しているのは排水路に詰まった土なのだろうか。先生は何も言わずに近くに置いていたシャベルを持ってミヤコの隣で同じように土を掘り出し始めた。ミヤコは先生のその行動に少し驚いたようだが、黙って作業の続きを始めた。私もACで土を掻き出した。
しばらくしてサキやモエたちも集まってきて「シャベルの使い方が下手」と言って先生の隣で同じように作業をしだした。土を掘り出している間、誰も何も話さなかった。何か声を発していたとしてもこの雨では掻き消えているかもしれない。そして顔は見えなかったが、その背中は心なしか寂しく見えた。
ACで手伝ったとは言え、掘り出す必要のある排水路は公園全域に渡り、作業が終わったころにはすっかり日が落ち雨も止んでいた。
「雨、止みましたね。先生は……先生は何がしたかったんですか。私たちに恩を売ろうとでも思いましたか?」
「理由は無いよ。僕は先生だから。先生が生徒を助けるのに理由はいらないさ」
「そうですか。装備は全てダメになってしまいましたが、おかげで公園は浸水せずに済みました」
ショベルを片付けていたサキたちもミヤコの元にやって来た。その顔は幾分かマシになっているように見えた。
「何の得にもならないのに……筋金入りのバカだな」
「まあ、先生がバカなのは最初から知っていたけどね」
「モエちゃん、せっかく助けてくれたんだから」
「助けは要らないとずっと言っていましたが、今まで何度も助けていただきましたし、今回も先生たちの助けが無ければ公園が浸水していたのも事実です。ありがとうございました」
先生は満足そうに頷くと私に「帰ろうか」と言った。私は先生を回収してシャーレまで帰った。
機体の中は少し湿気があった。びしょびしょの状態で密閉された空間にいたのだから仕方が無いことはある。コックピットを開けると謎に解放感があった。しかし車椅子に座ると再び不快感が現れた。収納されていた車椅子は半日でも全く乾かず、濡れたままだった。少しだけ乾いていた包帯は車椅子と面するところだけまた濡れた。
翌日、先生は風邪を引いた。大雨の中傘を差さずに作業したし、たまった雨水に足をずっと突っ込んでいたので、順当ではあった。一方で私は全くその兆候すらなかった。因みに先生が風邪をひいてしまったためにしばらく業務ができないと告知した際にどういう訳かいろんなところから見舞いの品が届いた。ここ最近RABBIT小隊ばかりと接していたせいで忘れていたが、先生がよく慕われていたことを思い出した。
ある日のこと、先生はサンクトゥムタワーに向かった。子ウサギ公園に関する何かで行ったらしい。しかし数時間後、落胆した様子で戻って来た。話を聞く限りあまり受け入れてくれなかったようだ。それどころか子ウサギ公園が撤去されるという不穏な話があったらしい。
「ちょっとカヤの所に行ってくる」
一瞬誰のことだったか忘れたが確か行政委員会の一つ、防衛室の室長だったか。連邦生徒会に突っぱねられたというのにその傘下に相談しに行って何か解決するとは思わなかった。
『そこに行って何とかなるの?』
「カヤは僕たちをサポートしてくれると言っていたし、何か支援してくれるかもしれない」
『そういえばそんなこと言ってたね』
「だからまたちょっと空けるよ」
『待って私も行く』
「え、留守番は嫌だった?」
『サンクトゥムタワー方面ならまだしも、ヴァルキューレの方面は安全性が確保できない。またさらわれても困る』
「だ、大丈夫だよ。今度からは気を付けるって」
『先生の気を付けるって言葉あんまり信用ならないんだけど』
「さ、三度目の正直ってあるでしょ」
『二度あることは三度あるっていうのもあるね』
正論をぶつけても先生は折れようとしない。仕方がないので理屈ではなく感情で訴えてみることにした。
『じゃあこういう事で、ずっと中にいても暇なの』
そういうと先生はあっさり私がついて行くことを了承した。やはり先生は感情論に弱いな。
ヴァルキューレに先生を下すと、先生はそのまま中に入っていった。私はその場で待っていようと思ったが生徒の一人に邪魔だと言われてしまった。確かに入り口の前に陣取るのは良くなかったかもしれない。じゃあどこに止めればいいかと、わざわざ膝をつけてコックピットを開けてスマホに文字を打って尋ねると、その生徒はしばらく悩んだ末に駐車場を指定した。
ヴァルキューレの横にある駐車場にはまばらに車が止まっていた。その中で『来客用』と書かれたスペースに機体を置いた。駐車場もあいているしせっかくだから降りようと思った。リフトもユニットも下すので仕方なく隣のスペースも使ったが、まだスペースは開いているし大丈夫だろう。
降りたはいいが、ここは学校とは言え警察なわけだし警察で何か時間か潰せるのかと言えばそんなわけないだろう。大人しく機体の中で待っていてもよかった気がするが、いつ終わるか分からない話を何もせずに待っているというのも暇だった。先生の連れだと言えばロビーで待たせてくれるぐらいはできるだろうと思い、学校の入口へと向かった。
ロビーで適当な場所を探そうとすると、生徒の一人が私に話しかけてきた。
「外部の方ですよね。今日は一体どんな用で?」
『先生の連れだよ。さっき中に入っていったでしょ』
「ああ、シャーレの。先ほど防衛室長に会いに行かれましたがあなたもそこに?」
『いや、私はただ待ってるだけだから。別にここで待っててもいいよね』
「はい、構いませんよ」
そう言ってその生徒は私から離れて行った。そして入り口のすぐそばにある部屋に入った。受付係だったのかもしれない。
ヴァルキューレは他の学校とまた違う雰囲気があった。学校であると同時に警察組織であるからどちらの役割も持たせたが故の内装なのだろう。ロビーにいると町の住民らしき人たちがたまにやってきては何か話している。その様子をしばらく眺めていたが、ふと何か飲もうと思い自販機に向かった。
適当にジュースでも買って飲んでいると先生が戻って来た。顔を見る限りそれほど悪い結果にはならなかったみたいだ。
「あ、待っててくれたの?」
『うん、まあ。その様子だとあまり悪い結果にはならなかった感じ?』
「うん。なんとか学籍だけは維持してくれるみたい。でも公園は難しいかもしれない」
『なんで?』
「あの辺りは再開発区域みたいでカヤでもどうにもできないって」
『まあ、防衛室が町の建築に手を出せるとは思えないからね』
「公園の代わりを見つけてあげないとなあ」
『それは先生がやる事じゃないんじゃない?』
「先生だからだよ。一度面倒を見ると決めたんならちゃんと見てあげないと」
『ストイックだね』
私は先生と一緒に外に出た。先生が周りを見て「ACは?」と聞いたので『駐車場』と答えた。駐車場に止めた機体は何の変りもなくそこにあった。
私たちはその足で公園を目指した。途中で先生が何か食べようと言って、下りるように勧めてきた。
私は商店街の近くに下りた。しかし異変にはその時点で気づいた。そこにある店は全てシャッターが下りており、開いている店が何処にもなかった。
『どこも開いてないね』
「おかしいな。今日は何かイベントでもあるのかな?」
『さあ、HP見ても特に何も書いてないけど』
商店街のHPを見ても店を紹介する分が続くだけだ。掲示板やイベントのお知らせを見ても今日の日付に何かあるという知らせは何もなかった。
しばらく立ち呆けていると先生がどこかへ振り向いた。少し遅れて私もそちらへ振り向いた。何か歌のようなものが聞こえてきた。
「美味しい美味しい、おいなりさんはいかがですか~」
どこかの学園の生徒が今時珍しく立ち売り箱を持っていなり寿司を売り歩いていた。周囲が閉店している上、誰いないのでは彼女の声は遠くからでもよく聞こえた。彼女は周りにいなり寿司を宣伝しているもまっすぐ私たちの方へ向かってきた。じっとその生徒のことを見ているうちにいつの間にか彼女は私たちのすぐ近くまで来ていた。
「あ、そこのお二人様! お食事がまだならこのおいなりさんはいかがですか? 出来たばかりですよ。出来立てが一番おいしいですよ」
「じゃあ二つもらおうかな」
「毎度あり! 今日お客さん全然いなくって売れるか心配だったんですよ。せっかく作ったのに一つも売れないんじゃ悲しいですし、もったいないですからね」
「今日は商店街もどこも開いてないからね」
「あれ、お客さん知らないんですか?」
「やっぱり今日何かあるの?」
すると彼女はわざとらしく近寄ってくると先生に耳打ちするしぐさを見せた。その割には私にも聞こえる程度の声で話してきた。
「実はこの辺りもうすぐ再開発が始まるらしいんですよ。そのせいで周りも全部閉店しちゃってるんですよ」と言って離れた。そして今度は普通に話してきた。「このあたりの地下に地下鉄を通して、商店街を潰してからショッピングモールを建てるらしいですよ。何でしたっけ……タコさんみたいなマークをした会社だったはず」
「カイザーコーポレーション?」
先生は少し考えた素振りを見せてから言った。私の聞いたことが無い会社名だった。
「あ、そうそう。そんな名前だったはずです。たしかカイザーコンストラクションっていう名前だったと思います。社運がかかったおっきな事業らしいですよ。それによってお店は閉店を余儀なくされて、住民の立ち退きも進んでいるようで……まあ、アルバイトの私には雲をつかむような話ですけどね」
「いなり寿司もう一つくれるかな」
「あら、お口に会いましたか? 自分で言うのもなんですけどそのいなり寿司結構自信があるんですよ。そこのロボットの人にも是非食べてほしいです」
そこまで言うので私は仕方なくコックピットを開けて先生からいなり寿司を受け取った。二口、三口程度で食べれそうなサイズだった。一口食べると甘いいなりの皮とわずかにしょっぱい酢飯の味がした。確かにこれは美味しい。私は彼女にサムズアップして味の感想を伝えた。
「あはは。気に入っていただけて何よりです。同僚……友人や後輩にもよく食べてもらったんです。そうですね……せっかくたくさん買ってもらってるのでもう一つ情報をあげちゃいます。実はこの辺りに放浪者さんの集団がいるんですけど、やたら強い武器を持っていてカイザーコンストラクションの方々が来るたびに騒ぎを起こしていて工事が遅れてるみたいなんです。それと公園を占拠してる集団もいるみたいで。そっちの集団も強力な武器を所持していてヴァルキューレの方々も苦労しているみたいですよ」
彼女が言った公園の集団と言うのは間違いなくRABBIT小隊のことだろう。先生もそれに気づいたはずだ。そして彼女は先生に何か心当たりがあることに気づいたようだった。
「あれ、もしかしてお知り合いでした? うふふ、私結構おしゃべり好きなんですよ。でも人から話も聞くのも大好きなんです。おいなりさん、もう二つあげるので何か知っていることがあれば教えてくれませんか?」
「申し訳ないけど、僕から話せることは何もないかな」
先生はそう言って差し出されたいなり寿司を断った。
「そうですか……噂ですが、その公園を占拠した集団はどこかの学校のエリートらしいです。強い武器を持っている上に学校のエリートじゃあヴァルキューレが手を焼くのも納得できますよね。でも何で彼女たちは公園を占拠しているんでしょうね。どこかに反発してデモを起こしているのか、はたまた公園に何かを隠蔽しているのか、何かとんでもない失敗をしてしまったが故なのかもしれません。もしくは……夢を見ているとか。温室育ちが見るような淡くて、はかない夢を。その子たちを指導する立場にいる人はきっと大変でしょうね。叶いもしない幻想に憑りつかれている子たちの面倒を見るんですから」
「そんなことはないと思うよ」
「ふむ……それはどうしてですか?」
「生徒たちの夢を支えるのは指導する側の義務だから。たとえそれが叶わないものだとしても支えないといけないんだ。別の形で叶えてあげる方法もあるはずだから」
彼女は何かつぶやいたようだった。しかし私にはよく聞こえなかった。
彼女は箱の中のいなり寿司を箱詰めしだした。そしてその箱をさらに袋に入れて全て先生に差し出した。
「これは?」
「今日はもう店じまいですから。売れ残りですが私だけでは食べきれないのであげます。お腹がすいている子にでもあげてください」そして彼女はまた先生に耳打ちをするように、しかし私に聞こえるように言った「また機会があれば会いましょうね、先生」
書いてる途中でいなり寿司食べたくなってきました。小さい頃はいなり寿司あまり好きじゃなかったんですけど最近食べたら普通においしかったですね。うーん、食べたい。
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32話
もう年末も近いですね。私は変わらず書き続けますが。
私たちが何か行動を起こす前に彼女はすでに離れていた。遠くで彼女が片手で立ち売り箱を持ちながら歩いていた。いなり寿司から染み出る油が垂れていてもそれを気にする様子はなかった。
私たちは互いに見合ってから、次に先生が渡されたいなり寿司に目が行った。
『それ食べて大丈夫?』
「大丈夫だよ。さっき食べたし」
それなら別に大丈夫かと思った私はこのいなり寿司をご飯代わりに持っていくことにした。
『あの人怪しすぎるよね』
「いなり寿司売ってた子?」
『ただのアルバイトにしては情報持ちすぎじゃない?』
「噂だからいろんなのがあってあの子はたくさん噂を聞いただけじゃない?」
『でも先生のこと知ってたし、知ってるはずなのに最初知らない体で近づいて来たんだよ。怪しい以外の何でもないでしょ』
「それはまあ、そうかもしれないけど」
しかし私はそれ以上言及することができなかったし、先生もあまり触れたくないのか自分からは話そうとしない。この話題は自然消滅した。
公園に到着するとすぐにミユと出会った。しかし、なぜか銃口を向けられている。
「と、止まってください。へ、変な動きをしたら、撃ちます!」
AC相手に人間一人で立ち向かうのはなんともまあ勇敢と言うか蛮勇と言うか。私と先生は一体どうしたものかと対応に困ってしまった。先生がミユに声をかけようとした時、モエが後ろからミユの肩を叩いた。
「警告するときはまず相手をちゃんと見ような。ほら、先生たちだよ」
「え……あ。す、すみません」
「あとこんな巨大ロボット相手に警告しても無駄だからこういう時は一回身を隠そうね」
「ご、ごめんなさい」
「なんだ、やっぱり先生たちか。轟音がしたから何かと思った」
サキもモエの後ろからやって来た。
「今日は何の用?」
「これを持ってきたんだけど」と言って先生はいなり寿司の入った袋を見せた。
「あ、いなり寿司だ!」
「懐かしいな。SRTの頃を思い出す」
「も、もしかして私たちのために買ってきてくれたんですか?」
「う、うん。良かったら食べて」
先生は少し言いよどんだ。さっきのアルバイトの生徒のことが引っ掛かったのかもしれない。サキはその一瞬の言いよどみを見逃さなかった。訝し気にいなり寿司を見るとモエの方を見て「一つ試しに食べて見ろ。なんか入ってるかもしれない」と言った。
「なんで私が食べなきゃいけないの。サキが自分で食べてみればいいじゃん」
「だ、大丈夫だよ。さっき僕とレイヴンも食べたし!」
『美味しかったよ』
「この匂いは……いなり寿司ですか?」と言ってミヤコも寄って来た。そして先生が持っていた袋からいなり寿司が入った箱を取り出した。「懐かしいですね……ああ、えっと。昔いなり寿司が好きだった先輩たちがいたんです。よくいなり寿司を作ってもらって食べていたので。先輩たち、今頃どこに……」
ミヤコはいなり寿司の箱を見つめながら言った。私はさっきのアルバイトのことを思い出した。明らかに公園の集団、RABBIT小隊に執着と言うかよく言及していた。もしかしてあのアルバイトがミヤコの言う先輩たちの一人ではないかと思ったのだが、確かな証拠は無いし先生も何も言おうとしないので、私も何も言わなかった。
一同はいなり寿司を食べながら先生から話を聞いた。連邦生徒会でリンから聞いた話、ヴァルキューレでカヤから聞いた話、そして噂のことをアルバイトの子から聞いたという事を伏せて話した。
「連邦生徒会からの支援はむずかしい、と。元々連邦生徒会には期待してなかったのでいいんですが、再開発のプレッシャーは大きいですね。先日の大雨で武器はほとんどダメになてしまいましたから、生活安全局にすら抵抗できるかどうか」
「いざとなれば素手でも戦う覚悟だ」
「物資が無くなって、支援も無くて、攻撃は続いて……降参したらブラックマーケットに連れていかれて……」
「流石に先生とレイヴンさんがいるのでそこまでの事態にはならないと思いますが」
『私もあまり長くは支援できないよ。そろそろ弾薬が怪しい』
「補給はできないんですか?」
『ミレニアムで弾薬の複製をしてもらってるけどまだかかりそう』
「せめてターレットの改修ぐらいはしたいところなんですが」
『私の知り合いにゲリラ戦が得意な人がいるんだけど連絡してみようか』
「ゲリラ戦?」
『IEDとかトラップを作るのが得意で、もちろん効果的に仕掛けることもできるし、立てこもりも得意だよ』
「す、すごい。今の私たちにぴったりかも」
「SRT以外でそんな人がいるとは思いませんでしたね。どこの学校ですか?」
『今はトリニティかな』
「トリニティ!? あのお嬢様学校のか?」
『ちょっと複雑なんだよ』
「ふむ。とはいえ確かに今の私たちには必要な人材かもしれません。立てこもりに関してはあまり知識がありませんからその方に教えてもらう方がいいでしょう」
概ね賛成のようなので私はアズサにモモトークを送ろうとした。しかしその時モエが私の行動を止めた。彼女は不敵な笑みを浮かべていた。
「ふっふっふ。まさか私のことをお忘れかな?」
「何かいい方法でもあるのですか、モエ」
「でも今の私たちにはお金も口座も……」
「ていうか一番最初に派手に弾薬消費したのお前だけどな」
「あ、あれは必要な爆発だったから! じゃなくて、お金を使わなくても補給する方法があるの」
「ま、まさか銀行強盗を」
「何言ってるんですか、先生。市民を守るSRTが銀行強盗なんてするはずないじゃないですか」
「そうだよ。私たちがするのは古典的な方法ではあるけど、確実な方法。つまり物々交換だよ!」
「物々交換?」
「私たちが貴重なものを差し出して、代わりに弾薬や武器をもらうのさ」
「貴重なもの……もしかして私たちの」
ミユは何を想像したのか自分の体を見て真っ青な顔をした。モエは呆れたような顔をしてミユの考えを否定した。
「ミユが思っているようなことじゃないよ」
「じゃあ焼肉弁当か?」
「賞味期限きれてる弁当何て誰が欲しいのさ。せいぜい所確幸ぐらいでしょ。そうじゃなくて、私たちが持ってるミサイルとか余ってる武器を差し出すんだよ」
「ですが先日の大雨でミサイルも武器も錆びてしまっていて使い物にはならないと思いますが」
「使えないからって価値がゼロになったわけじゃないはず。断腸の思いではあるけど水が浸かったミサイルでも私たち以外の人ならもっとうまく使ってくれるはず」
「でも買い取ってくれるところなんてあるのでしょうか」
「大丈夫、ちゃんと伝手があるから。ブラックマーケットのカイザーインダストリーなら傭兵用に武器が沢山必要だから需要は絶えない。あそこなら水に浸かったミサイルでも買い取ってくれるはず。それでその対価にカイザーインダストリーからそこそこいい武器を貰うってわけ」
モエの考えを聞いた一同は感嘆の声をあげた。
「モエにしてはまともな発想だな。体調は大丈夫か? 変なもの喰ったんじゃないのか。あ、もしかして昨日のナポリタン弁当に当たったんじゃ——」
「うっさいなあ!? 一体私のことなんだと思ってんのさ」
モエはぶつぶつ文句を言いながらもスマホを取り出して電話をかけた。相手はすぐに出たようでモエが会話を始めた。スピーカのせいか向こうの声も漏れていた。
「はい、こちら高品質の武器を提供するカイザーインダストリーでございます。どういったご用件でしょうか?」
「やあやあ、久しぶり。私だよ、私。SRT特殊学園の補給担当。前にもいろいろ買わせてもらったでしょ」
「あ、あの時のVVIPの方ですか!? ご無沙汰しております!」
『VVIPって?』
「えーっと……Very Very Important Person、VIPより上の待遇の人みたい」
『VIPより上の階級ってあったんだ。ていうかモエがVVIPなんだ』
「いつの間にそんな繋がり持ってたんだ」
「ご無沙汰しております! 今回はどんなご入用でしょうか。もしかして以前購入したクラスター爆弾に何か問題でも?」
「そんな買い物いつしたんですか」
「あ、あくまで私用の爆弾だから、自費だから問題なし!」
「私用の爆弾とはいったい?」
「とにかく……今日は買う方じゃなくて売る方で連絡したの」
「売る方ですか……当店は基本買取はしてないのですが……とはいえ何も聞かずに断るわけにはいきませんね。まずはお話を伺いましょう」
「実はね、今手元にコンビニじゃ手に入らない高級装備があってさ。誘導式対空ミサイルに威力調整可能なクラスターグレネードに、遠隔操作可能な対戦車ロケット——」とモエは後方に置いてある兵器群を見ながらその名称を挙げていった。
「なんと、それらを売ってくださるのですか」
「うん、若干錆びてるけど大丈夫でしょ」
「若干? 相当錆びてるけど思うけど」
先生が口を滑らせるとモエは指を口に当て「シャラップ!」と小声で言った。
「そういった特殊なものでしたら需要もあるで……はい、お受けしましょう。代金は以前の口座と一緒でよろしいでしょうか」
「あー、実は今口座が使えなくてさ。代金の代わりに現物でどうかな。ちょっと安めの奴でいいからさ、威力高めの武器が欲しいんだよね。気化爆弾とか、白リン弾とか、はあはあ」
果たして本当にそれは大丈夫なのだろうか。白リン弾のことは良く分からないが気化爆弾はやりすぎな気がする。しかし向こうの返答は意外なものだった。
「申し訳ありません。実はただいま武器の在庫が切れている状況でして」
「え、いつもたくさんあるのに? 全部?」
「はい。先日匿名で全て買われていったお客様がいまして」
「なっ……全部ってキヴォトスで戦争でも起こすつもり? 誰がそんなに大量に」
「申し訳ありませんが顧客の情報は守秘義務ですのでお教えすることはできません」
「まあ、それもそうか」
「それでは今回のお話はなかったことに。またのご利用をお待ちしております」
「ああ、待って!」
モエの叫びは虚しく電話は切れてしまった。
「なんだその状況。武器全部買われるとか流石に予想できないって……当てが外れたな」
「なあ、いつカイザーインダストリーのVVIPになったんだって」
「そういえば、前にいろいろと計算が合わないことが有りましたね。もしかして」
「モエちゃん、横領罪で逮捕?」
「い、今はいいじゃん。SRTも閉鎖されてるんだしさ。と、ともかく伝手はカイザーインダストリーだけじゃない。中古オークションでも武器は確保できる」
「銃火器ならまだしもミサイルって買う奴いるのか?」
「舐めるな! 最近のオークションはミサイルからハッキング機器、ちょっとした野菜まで手に入るなんでもある場所なんだぞ」
『何でも?』
「うん何でも」
『じゃあ私の武器の弾薬も置いてるかな』
「い、いや、どうだろう。レイヴンの武器は流石にちょっと置いてないかも」
『じゃあ何でもじゃないじゃん』
「そもそもレイヴンの武器はお前とミレニアムの連中しか持ってないだろうが」
「それはそうとして。早速オークションに出品してみよう。きっと今すぐにでも爆弾を買わせてくださいってメッセージが来るはず」
そしてモエはスマホでミサイルや機器の写真を撮りに行った。数分ほど置かれた兵器の写真を撮ってきてスマホを操作しながら私たちの元へ戻って来た。モエの読み通りメッセージは早くに来た。その後、何人か入金する人が現れたが、すぐに同じ人が入金を繰り返す。結局最初に入金した人が買い取ることになった。
その人は公園にやってくるなり購入したミサイル等の兵器を全てトラックに積めると代金を渡して早々に立ち去ってしまった。
「まさかあの錆びたミサイルを欲しがる人が居たなんて」
「こんな額のお金初めて見た」
ミヤコは立ち去るトラックを見ながら、ミユはアタッシュケースに詰め込まれていたお金を見ながら言った。一方でサキもトラックを見ながら、しかし顔は訝し気であった。
「さっきのやつなんか怪しいな。器用に顔隠してたし、ミサイルの状態を一切調べてなかった。普通のならまだしも錆びてるって前情報があるんだから多少なりとも調べるはずだ」と言うと、視線をアタッシュケースに向けた。「それ偽造紙幣じゃないよな」
「お金の出どころなんてどこでもいいよ。これで資金繰りは多少良くなった。でもサキ、なんで最初に注文するのが固形燃料とガソリンなわけ。こんだけお金があるならプラスチック爆弾でも買えばいいのに」
「バカ。お前は爆弾で米を炊くつもりか。それにヘリにも必要だろ。それに火力はあればあるほどいいってわけじゃないだろ」
「そんなことない。火力は一番だよ」
『そうだね。火力はいいね。空浮いてミサイル撃っとけばなんとかなる』
「ほら、レイヴンだってそう言ってる」
『まあ、当たればの話だけど』
「火力がでかいやつは総じて弾数も少ないし、当てにくい。外したら一転してピンチだし、爆発系は近かったら自分たちもまきこまれるだろうが」
「一先ずこれで多少防衛力は補えるでしょう。しばらくは誰かが来ても安心——」
「だ、誰か助けてください」
ミヤコが言いかけた瞬間、誰かが助けを求める声がした。「早速だれか侵入しているじゃねえか」とサキが言う。声のした方向には、いつだったか先生を拉致しやがった所確幸のリーダーがいた。曰く奴の名はデカルトなそうな。
『地雷が反応しなかったのかな』
「レイヴンが地雷を踏み抜きまくったせいで網に穴が開いてるんだよ」
「でも丁度いい。早速新しく買った兵器の火力を確かめてみるか」
「お、おい、もう私のことを忘れたのか! それに助けてと言ったはずだが!?」
「はぁ……今日は一体何の用事ですか」
「じ、実はヴァルキューレの公安局にアジトを追い出されてしまって」
「公安局? 公安局が放浪者に手を出すわけないでしょ」
「け、警備局の間違いでは?」
「いいえ。私は確かにこの眼で見たのです! 見慣れない武器を持ち、私の聖域で暴れまわる狂犬の姿を!」
狂犬と聞いて全員が私の方を向いた。私は一斉に視線を受けながらも冷静に文字を打った。
『私は狂犬じゃなくて猟犬だから。そこんとこよろしく』
とはいえ何か引っかかるところでもあったのか、一同は彼の話に耳を傾けることにした。
名無しタウンって知ってますか。その町には名前が無くって誰かがいつの間にかつけた名前なんです。噂だとそこに住んでいる人は全員名前が無いそうで。その名が示す通り人も町も名無し何です。そこに移住した人もいずれ名無しになってしまうとか。
嘘です。さっき適当にでっちあげました。
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33話
「というか背格好のメンバーはどうしたのさ」
「所確幸だ! 所有せずとも確かな幸せを探す集い、略して所確幸! 前の交戦でメンバーが減ってしまってそんなときに公安局に押し入られたから私たちはただ為すがままで」
「狂犬ってカンナのこと?」
「ああ、あの公安局のトップか。確かに犬みたいな見た目してたな……ん? お前それちょっと見せて見ろ」サキは何かに気づいたようでデカルトに近づくと、体についた弾痕を観察しだした。「この発火の具合、角度を見ても相当硬度が高い。これHEIAPだな」
HEIAPがなんなのか分からなかった私は少し調べてみた。徹甲炸裂焼夷弾らしい。主に装甲目標に使われる弾薬だそうだがロボットである彼だからこそ使われたものなのだろうか。
「弾痕だけで分かるの?」
「完璧じゃないけど、これくらい教範にも乗ってることだ」
市街地戦の狙撃手の配置と言いHEIAPのことと言い、サキが持っている教範には幅広いジャンルが載っているようだ。分厚いだけのことはあるらしい。
サキの発言にミヤコも一緒に弾痕を観察しだした。
「こんな口径のHEIAP初めてみました」
「そもそもHEAIP自体珍しいし、実用性も低い。こんな特殊なもの使ってるのなんてカイザーインダストリーぐらいか?」
その時、にわかに点と点がつながった。その場にいた全員が気付いただろう。
「つまりヴァルキューレがカイザーインダストリーから武器を買い占めたってこと?」
「で、でもヴァルキューレにそんな資金の余裕あるのかな?」
『余裕があったんだから買えたんじゃない?』
「まあ、普通そういうことになりますね」
「面倒なもんが渡っちまったな」
しかしただ一人、先生は何かを考えているようだった。「確かキリノが……」とうわごとを言っている。
「先生?」とミヤコに声をかけられ先生はすぐに我へ返った。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「なんだ、立ったまま昼寝でもしてるのかと思った」
「起きながら夢を見られるなんていいことだねえ」
「とにかくヴァルキューレの件に関してはご愁傷さまでした」
「ご愁傷様でしたじゃない! 君たちにとっても他人事じゃないんだぞ! 公安局はこのあたり一帯の放浪者を全員駆逐している。いつここに来たっておかしく——」
その途端、数発の銃声と共にデカルトがその場に倒れた。一同は突然のことに固まったが流石はSRT特殊学園の生徒か、RABBIT小隊はすぐに臨戦態勢に入った。公園には続々とヴァルキューレの生徒が入ってくる。
「野生動物は危機に瀕すると、最も強い群れにすがるもの……ここにいたのか、歩き回る手間が減ったな」
ヴァルキューレの生徒たちの中からカンナが出てきた。
「あなたは——」
「ヴァルキューレ警察学校の狂犬」
「カンナだ。せめて公安局長と呼べ。嫌いなあだ名ではないが、そもそもお前たちとはあだ名で呼ぶ間柄ではないだろう」
「公安局長がどうしてここに」とミヤコが聞くとカンナの顔はより一層険しくなった。
「それは、自分たちの行いを理解したうえで質問しているのか。市民たちが使う公園を不法占拠し、地域社会に不安を広めている存在がいる……そう聞いて取り締まりにきた」
「でもここにいてもいいって言ったのは防衛室の室長さんだよ。シャーレ経由だけど。公安局長が上官の命令に背いて言いわけ?」とモエが言うとカンナは呆れたようなため息をついた。
「勘違いしているようだが、防衛室長は公園に滞在してもいいとは一言も仰っていない。ただ処罰を保留すると仰っただけだ」
全員が先生を見た。先生はただカンナを見つめるだけで何も言い返そうとはしない。そしてみんなを見て重苦しく頷いた。カンナの言うことは事実みたいだ。
「さらにいえば公園の管理は防衛室の管轄ではない、だから私たちに立ち退きを要求することは正当であると?」
「私たちに帰る場所が無いって知ってるくせに、いい性格してんね公安局長さん」
モエの煽りにカンナは眉一つ動かさない。ずっと険しい表情であるのは狂犬と呼ばれるが故の表情なのだろうか。
「で、でも公安局が直接ですか? 治安管理なら警備局の管轄では?」
「確かに治安管理は警備局の管轄だ。公安局の出る幕ではない……普通の状況ならな」
「御託はいい。つまり私たちを無理やり追い出しに来たってことか」
「別にいいけど、前回もシャーレありきだったじゃん」
「風倉、言葉には気を付けた方がいい。聞けば前日の大雨でほとんどの武器が水没したそうじゃないか。中古品で装備を調達したそうだが公園全体をカバーするには心もとないんじゃないのか」
私はコックピットを閉めて四人の前に躍り出ようとした。しかしカンナが私の名を呼ぶので私は動きを硬直させた。
「レイヴンさん、レイヴンさんも協力する相手は選ぶべきですよ。あなたが今協力しようとしているのは紛れもない犯罪者です。シャーレが犯罪者を援助したと知られれば困るのは先生ですよ」
私はそれを聞いてまた後方に、先生の側に並びなおった。
「今回公安局はスポンサーの協力を得て大量の火器を得た。その中には対戦車火器もある。もしもの場合はレイヴンさんとも事を構える所存だ。貴様らがエリートだとしてもこの数的優位を覆せるかは別の話だ。レイヴンさんも今の話を聞いてお前たちに協力するとは思えない。どうする、今すぐに投降するか、それとも試しにその粗雑な武器で私たちに抵抗してみるか?」
ミヤコは苦い顔をした。私が共闘してくれるなら勝算はあったが、それが無理ならば勝率は著しく低くなる。申し訳ないが先生の立場を危うくさせる選択は私にはできない。すると先生が「ちょっと待ってくれる?」とカンナの前に出た。
「先生……防衛室長から聞きました。RABBIT小隊の処遇はシャーレに一任すると。ですがそれとこれとは話が別です。子ウサギタウンの再開発は決定事項ですから先生でも取り消すことはできませんよ」
「でもいきなり立ち去れと言われても困る。少し皆に考える時間をくれないかな」
「今までにも十分時間はあったと思いますが」カンナはそう言ったものの、軽く頭を抱えて何か考えだした。だがやがて諦めたようなため息をついた「はぁ、分かりました。先生には借りもあることですし今日は引き上げましょう。ざっくりと計算して今月末までです。それまでに公園から立ち退きしないのであれば我々も武力行使をせざるを得ません。レイヴンさん相手でも対抗できる火器を持っていることをお忘れなく」そしてカンナが何かを呟いたが距離が遠くよく聞こえなかった。「撤収!」とカンナが号令をかけると生徒たちは軍隊のごとく撤収していった。公安局が去った後の公園は嵐が過ぎ去った後のように静かになった。
「けっ、偉そうに」
「ですが武器が強化されていたのは事実です。何名か対戦車ミサイルを所持していたのも確認できました。モエ、あれはカイザーインダストリーの武器で間違いないですか?」
「だね。でもあんなケチなヴァルキューレが羽振りのいい買い物をするとは思えないんだけど」
「そ、そういえばさっきスポンサーって」
「リベート、かな」と先生は静かに言った。
「リベート?」
「それって割り戻しのこと?」
私には何のことかさっぱりだったので調べてみた。どうやら支払金額の一部を支払者に返す行為のことだそうだ。
「つまりカイザーインダストリーが支払金の一部をヴァルキューレに返すってことだよね。確かにそれならヴァルキューレでもあれだけの火器を揃えられるだろうけど……カイザーインダストリーがリベートをするメリットって何なのさ」
先生は自身が考えたことをみんなに話した。要点を言うならば、カイザーコンストラクションが子ウサギタウンの再開発を担っており、公安局がその協力をしているという事だった。
「なるほど。カイザーコンストラクションはカイザーインダストリーと同列企業です。再開発で得られる利益を見越して割り戻しを行ったと考えれば自然でしょう」
「でもそれって違反だよな」
『え、どうして?』
さっきの説明だと特に違反しているようには見えなかった。確かにリベートを調べているときに違反になる可能性があると書いてはいたが、現時点ではそこに違反している要素があるとは思えない。
「そうですね。市民に奉仕すべき警察学校が私企業のために動いているんですから」
依然理解できない様子の私に先生はまた教えてくれた。
「ヴァルキューレがリベート行為を行ったこと自体まずいんだ。そもそも特定の企業の仕事を手伝っちゃダメなんだよ」
『なるほど。なんとなくわかったような気がする』
「警察と企業が結託して市民を攻撃とか意味わかんねえな」
『あ、わかりやすい。それ今一番分かりやすかったよ』
「わ、私たちもいろいろ言えない立場だけど」
「もちろん推測の域は出ないよ。証拠が無いし」
「そうですね。カイザーインダストリーとの取引記録があれば確実なんですが」
「ヴァルキューレってローカルサーバーでしょ? 外からのハッキングは無理だよ」
「どうやって取引記録を見つけ出すかだよな」
一同は頭を捻った。しかしなかなか案が出ない様子で誰も唸ってばかりで何も言わない。しばらく唸ったうえでミヤコがぽつりと言った。
「ヴァルキューレに潜入すれば取引記録を探せますよね」
「潜入って、お前正気か? 取引記録ってことはヴァルキューレの本館だぞ。あそこ何人いると思ってるんだ」
「し、支援があっても無理そう……」
「警察に通報すればよくない?」
「警察のことを警察に通報するの?」
「そうだった。どっちもヴァルキューレじゃん」
「ヴァルキューレでトラブルがあった時に操作できる上位機関……」
サキがそう呟くとミヤコ以外の全員がほぼ同時にあ、と呟き互いの顔を見合わせた。
「それが、SRTです。私たちなんです」
「そうだね。確かにそうだ」
「私じゃないと、他に解決できないか」
「で、でも今学校は無いし……」
ミユの発言ににわかに彼女たちの顔は曇った。しかし先生はそんな彼女たちに優しく声をかけた。
「君たちがそう信じるなら……いいよ。責任は僕が取る。だから行ってらっしゃい」
先生の発言に一同は呆気にとられた様子だ。しかしそれまでの訝し気な表情ではなく笑顔で答えた。
「変な人ですね」
「先生、本当に責任って言葉の意味わかってる?」
「本当にバカだったな」サキはそういうが表情にバカにしている要素は見受けられなかった。
「ふふ」
『分かった。先生がRABBIT小隊につくなら私も協力する。何でも使って、陽動、殲滅、受けた仕事は絶対にこなすから』
「ありがとうございます……私たちはSRT。キヴォトスの込み入った事件に真っ先に投入される特殊部隊」
「秩序維持のため、犯罪者を速やかに制圧し」
「可能な限り全火力を瞬く間に投下し」
「気づかれる前にその場を去る」
『おお、かっこいい』
「特殊部隊感出てるね」
「ヴァルキューレが私企業と結託し、不法行為を行おうとしている……正規の方法ではその実態は絶対に露わにはならないでしょう。まさにSRTが投入される事案です。皆さん作戦の準備を。これよりヴァルキューレの不法取引の証拠をつかむため、クローバー作戦を開始します!」
時刻は夜の二十三時半。ミヤコ、サキ、ミユの三人はヴァルキューレに潜入した。一方で私、先生、モエはヴァルキューレから一キロほど離れた場所で身を隠している。先生とモエは輸送ユニットの中でミヤコ達の様子をうかがっていた。私の役割は証拠を確保したミヤコ達を回収し素早く撤退することだ。
「こちらRABBIT1。現在時刻二三三〇。現着。哨兵の姿は無し、廊下の向かいに監視カメラ確認」
「こちらキャンプRABBIT。その監視カメラはハッキング済みだから進んで大丈夫」
「流石モエちゃん。仕事が早い」
「ふっふっふ。これくらい朝飯前……と言いたいことだけど、どうやら一定時間ごとに乱数コードが変わるみたい。持って三十分ってところかな。作戦は三十分以内に終わらしてね」
「三十分以内だな。了解した」
「こりゃヴェリタスの副部長だな。相変わらず面倒なもの作りおって」
「にしても静かすぎる。仮にも本館なのに警備が誰もいないってどういうことだ」
「大丈夫だって、安心してよ。三十分は確実なんだから」
「違う、お前に言ったんじゃない。ヴァルキューレに言ったんだ」
『案外警備がガバなところってあるもんだよ。私だって暗殺したことあるもん』
「ACが侵入してバレないって相当だな」
「まあとにかく、目標のクローバー、ポイントSは地下三階にある。一応警戒して西側の通路を使って」
「せ、先生は?」
「今回は作戦が作戦なので無理やり置いてきました。場合によっては銃撃戦にもなりますしそうなった場合先生を守りながら戦う余裕はありません。そもそも訓練していない先生では私たちの動きについて行けないでしょう」
「レイヴンは別に陽動で使ってもよかったんじゃね?」
「非常事態になって普段と違う行動をとられると予期せぬアクシデントに見舞われる可能性があります。最悪クローバーの保管場所を完全にロックされる可能性もあるため通常通りに動いてもらった方が都合がいいです」
「ごめんね、役に立てなくて」
「まあ、ある意味いつものメンバーだな」
「そ、そうだね」
『申し訳ないね。人相手の隠密は流石に無理そうで』
「気にすんな。その代わり撤収の時には期待してるぜ」
「そうですね、私たち、だけで」
「どうした。何か問題でもあるか?」
「いえ、何でもありません。警戒しつつポイントSまで行きましょう」
それから時折ミヤコから報告が入るものの幸い見つかることはなかった。報告を聞きながらGPSの動く様子を見ていた。建物の角に着くたびに立ち止まり、するとミヤコからの報告が入る。「哨兵を確認せず。前方に進む」するとモエからも「フロアの監視カメラを全部ハッキングした。進んで大丈夫」と報告する。私と先生は何もできなかった。いや、まだ私には仕事がある。先生はただ待っておくことしかできないのだから一番むず痒いだろう。
そしてついに目的のポイントSに到着した。
元旦から大変なことになってしまいましたね。
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34話
保管庫に到着したという報告が入った。モエはさっきからずっと何かと格闘している。ミヤコ達は保管庫の前で感想を言い合っている。どうやら警備がいないらしい。サキがヴァルキューレでもないくせに警備の甘さを嘆いている。ここまでくると一種の同情までしてしまう。
「なあ、ところでどうしてここで立ち止まってるんだ? 入らないのか?」
「この保管庫電子ロック式なんです」
「今モエちゃんが頑張って開けてるって」
「まさかこの時間も三十分に入ってるのか?」するとすかさずモエが物申した。
「今急いで開けてるから急かさないで……これをデコードしたら……開いた!」
数秒後にミヤコからも「開きました」と報告が入った。
「三分かそこそこかかったな。急いで探そう」
「うう、暗い」
「中は保管棚が沢山あるみたいですね。手分けして探しましょう」
「分かった。じゃあ私は右側から」
それからしばらくの間、報告は無かった。ただ待つほかに無い私たちにとってはたとえ数分でも数十分のように感じた。今にも制限時間が来るんじゃないかとひやひやしていた。しかしそんな心配はサキの「あった!」という声で打ち消された。
「これだ」
「見せてください……確かにカイザーインダストリーとの取引記録です。先生の言う通り子ウサギタウンの開発計画が絡んでいたようですね。これさえあれば公安局を十分足止めできるでしょう。それではこれより脱出ポイントへ——」
「ちょ、ちょっと! 何してるの! 待って待って嘘でしょ!?」
ミヤコの声はモエに上書きされてしまった。モエの声色的に何かしらのトラブルがあったようだが、私にはみんなの声しか聞こえないため一体どういう状況なのか分からない。
「ミ、ミユ。お前何した?」
「え、扉閉めた。見つかったらまずいと思って……」
「私が見ておくって言ったじゃん! なんでそこで不安がるかなー」
「ご、ごめんなさい」
「おいおい。これどうするんだ。完全に閉まっちまったぞ。ドアノブもなんも無いし、なんでドアストッパーとか挟まなかったんだ」
「う、うう。私なんてここにいなければよかった。SRTに入学しなければよかった。私なんて生まれてこなければ……」
「ミユ、そんなこと言わないでください。狙撃手は屋内活動に不慣れですから。むしろそれを考慮できなかった私の失態です」
「おい。誤魔化すなよ。ミユの失態であることに間違いはないんだ」
「ちょっと、今は誰が悪いとか言ってる暇ないでしょ。あと五分も無いんだよ。どうにかしてそこから出て」
「どうにかって言ったって……あ、この保管庫電子式なんだろ? それじゃあハッキングしたら開くだろ」
「電子ロック式ね。開けるのは手動だよ」
「うう……死にたい、逃げたい」
「み、皆落ち着いて」
「ミヤコなんかない?」
「仮にも小隊長なんだろ」
「ミヤコちゃん」
全員がミヤコを当てにしている。正直ミヤコ一人に負わせるのはどうかと思うのだが。ここは一つ私が何か助け舟を出すべきだろうか。
「わ、私は、私にはこの状況を打破することができません。先生ならきっと何か手段があったのかもしれませんが今の私には何もないんです。私は私自身を信じることができない。私一人では何もできません!」
数秒の沈黙があった。先生がぽつりと言葉を漏らす。
「ミヤコ、一人で背負わなくてもいい。ミヤコは一人じゃないよ。だから皆を信じてあげて」
「教範にはこんなシチュエーション載ってないから私には無理だ」
「こ、怖い任務ばかりだけどミヤコちゃんと一緒なら……」
「そもそも私はオペレーションで手一杯だし」
だから、という言葉が三人分重なった。そして「ミヤコ、お願い」と言った。
「分かりました。改めて作戦を開始します。この先指示に気になる点があるかもしれませんがどうか迷わずに従ってください」
『私も何かするよ。武器は持ってる』
「はい。すでにクローバーは確保しました。いかなる手段を以っても必ず公園に戻りましょう!」
再び一致団結し、ミヤコは作戦の説明を行った。モエに脱出ポイントまでの道順を詳しく聞き、そして私の待機場所を聞いた。それを了解すると二人に作戦の内容を話していた。それは単純明快、強行突破だ。
「詳しい説明はまたその際に。今は一先ず時間がありません。位置について待ち伏せしてください」
「うん、分かった」
「頼んだぞ」
それから約五分間音沙汰は無かった。作戦を開始するときは向こうの方から知らせてくれるという。
「警報が鳴った」とモエが知らせてくれた。一応これで直に作戦が始まることは分かった。私も場所を移動した。少しだけ開けた場所に移動するとビルの合間にヴァルキューレの本館が見えた。一キロも離れていてはその警報は聞こえなかった。
「行動を開始しました! これよりORPまで強行突破を行います!」
ミヤコからの報告は突然だった。通信機越しに銃声が響き渡っている。
「了解。姿はこっちで捕らえられてる。監視カメラのハッキングはもう映像を共有させることしかできない。けどなるべく状況は知らせるよ」
「お願いします。RABBIT2は私と共に前進。RABBIT4は後方から支援及び狙撃手の排除を」
「了解!」
「り、了解!」
『支援射撃の準備は出来てる。いつでも言って』
「分かりました。その時はお願いします」
その後もモエが行先を指示する声とミヤコが指示する声、そして二人がそれに答える声が聞こえ続けていた。
「地下二階東階段から三人、西エレベーターから四人来てる。その先のT字路で合流するはず。スナイパーがそれぞれ一人ずつ」
「了解です。RABBIT2、私と共に東側を、RABBIT4は西側の敵を攻撃してください。最優先目標は敵狙撃手です。カウントダウンと共に発砲を開始してください。モエ、カウントダウンを」
「合流まで五、四、三——」
「二、一、撃ち方始め!」
コックピットの中に通信機越しの発砲音が広がった。そしてその発砲音に交じって僅かに悲鳴のようなものが聞こえる。
「リロード」
「敵狙撃手撃破」
「前方に移動してください。制圧射撃を行います」
「一階から増援が来てる。今のうちに地下一階か地上階まで上がったほうがいい」
「スモークグレネードを投下する。その間に駆け抜けよう」
「了解」
通信機からは絶え間なく音声が発せられる。きっとヴァルキューレ内部も大騒ぎになっているだろう。一方でこちらはとても静かだ。何一つ音がしない。誰一人として歩いてない町の音などマイクは拾いやしない。耳鳴りでも聞こえてきそうな静寂と騒がしい通信機の音声をBGMに私は虎視眈々とハンドガンを構えていた。
三人は順調に階を登っていた。地上階に上がり、また敵を待ち伏せしているときのことだった。
「まずい、装甲車と増援が大量に近づいてる。これが本隊かも」
「屋内に装甲車!?」
「装甲車は流石に貫けないよ」
「レイヴンさんお願いできますか」
『了解、任せて』
「詳しい場所を送るよ」
直後マップにピンが刺されたものがスマホに送られてきた。何の問題も無い。ピンは私が立っている方面にある。普通一キロ先を狙うなんてACでもやらないことだ。勿論そんな遠くのものなどロックオンできないのでマニュアルで照準する必要がある。が、相手は装甲車とは言えほぼほぼ建物を狙うようなものだ。
じっくりと狙いを定め、私は引き金を引いた。静かな町に突然一つの轟音が鳴る。その音と共に発射された弾丸はまっすぐに建物へ着弾した。同時に通信機からも爆発音が聞こえた。
「ちゃ、着弾確認」
「銃声が止んだな。直撃したはずだ」
「装甲車と増援の多数の無力化を確認しました。今のうちに一気に駆け抜けてしまいましょう」
三人は二階、三階と階段を登っていく。時折私の援護射撃を受けながらも、敵の本拠地にいるとは思えないほど順調だった。
「モエ、ヴァルキューレの室温感知器はハッキング出来ますか」
「それぐらい、カメラや金庫に比べれば朝飯前よ」
「数値を操作してください。誤作動を誘発させます」
「オッケー、数値はいくら?」
「摂氏九百度で」
『摂氏九百度っていくら?』
「そのまま九百度だよ」
『わーお。そんなことしてどうすんの』
「防火扉を閉めて敵を分断させます」
「あとC4にリチウムバッテリーをつけたものをいくつか撒いておいた。今頃ドカンだ」
「お、屋上まであとちょっと……疲れた」
「ミユ、頑張ってください。もう少しですから。この部屋を突っ切りましょう。近道です」とミヤコが扉を開けた瞬間に「止まってください」と言った。「敵がいます。あれはたしか生活安全局の」
「寝てるな。この騒ぎでよく寝られるよ。無視して通ろう」
「いえ。念には念を入れておきましょう。一応用意していましたし」
「さっきの誤作動で敵の増援はほとんど分断できてる。多少の余裕があるとはいえ早めにね」
「ミヤコちゃん、それってドーナツ?」
「買ったのか」
「こ、これはその前に先生から頂いたもので」
「聞いてないんだが」
「もしかして独り占めしようと?」
「一人で楽しもうとか言い趣味してんね」
「み、皆さんの分もありますから帰ったら一緒に食べましょう。今は作戦に集中を」
「そのドーナツで何するんだよ」
その後しばらく物音が聞こえていた。そういや先生がドーナツを持っていったこともあった気がするな。昨日だったか一昨日だったか、いつかは忘れたけども。
『ミヤコは何してるの』
「ドーナツの下にダイナマイト置いて段ボール設置してる」
『それ大丈夫なの?』
「さあ、ミヤコが考えたなら何とかなるでしょ」
「対象が起きました」
「それマスタードーナツの限定ドーナツ。しかもマシュマロ入り」
直後爆発が起こった。まさかあれで本当にうまく行くとは。流石ミヤコだ。
「まさか本当にうまく行くとは」
「私もどうかと思ったけど、ミヤコちゃんの命令だったし……でも成功だね」
「私としても賭けでしたし、きっと私以外の人が指揮を執っていても結果は同じだったでしょう」
「誤魔化すなよ。この結果はお前が考えたからこそだ。お前が最適解を出したことに違いはない」
「そうだよ。ミヤコの指示に従ったからうまく行ったんだ」
「ミヤコちゃんの指示に従ったから」
「その……前はいろいろ言って悪かったな。今のお前は隊長だよ。私が保証する」
「いえ、私だけの功績ではありません。皆と動いたからこそです」
「はあ……話の通じない奴だな」
「話が長くなりましたね。先を急ぎましょう」とミヤコが言ったがGPSは動いていない。
『どうかしたの? 動いてないみたいだけど』
「生活安全局の生徒がもう一人出てきました。ですが問題はありませんこのまま突破します」
ミヤコの言う通り三人はそのまま突っ切っていった。後ろで発砲音が聞こえたが幸い命中はしなかったようだ。
屋上を目前にしたことを確認した私はついに移動を開始した。待機地点から飛び上がり、ヴァルキューレを目指した。静かだと思っていた町中は次第に喧騒が目立つようになり、やがて本館に着いたときには鳴り響く警報と立ち上る煙で大混乱になっていた。屋上に着地すると三人が待っていた。
『お待たせ』
「いえ、迅速な行動有難いです」
「帰りは何の問題もなさそうだな」
「やっと帰れる……」
三人の顔には安堵の表情が見えた。そしてミヤコの手には例のクローバー、取引記録があるのも確認できた。私が輸送ユニットを下そうとした時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「また貴様らか」
「公安局長……!」
「まだ扉のバリケードは破られてないはず。どうやってここまで?」
「外壁を登って来た」カンナはさも当然のように言う。
「嘘だろ、ここ十階以上あるんだぞ!?」
「公安局は犯人を捕まえるためになら何でもする。貴様らヴァルキューレに忍び込んでただで済むと思うなよ。貴様らはほぼ包囲されたも同然だ」
「はっ、レイヴンの姿が見えねえのか」
「確かにあれだけ言っておいてレイヴンさんが協力したのは予想外だった。だが言っただろう。対抗できる火器を所持していると。飛び立つ前なら十分可能だ。お前たちもあんな目に遭ったばかりなのに懲りないな。こんな犯罪まがいなことを起こして、今度こそ連邦委員会から学籍情報を抹消されるぞ」
カンナの言葉に三人は全く動揺を見せない。それどころか堂々としている。そしてミヤコは手にしていた書類を突きつけながら言った。
「公安局長、そちらの犯罪行為についてはどうお考えですか」
「なぜそれをっ!?」
一方でカンナはひどく動揺した。ミヤコが持っているものがよほどまずいものだと分かる。
「子ウサギタウンの再開発のため、放浪者の立ち退きに協力する。その報酬に火器を提供するという違法なリベートが発生していた、そうですよね。キヴォトスの治安を維持するヴァルキューレが私企業と結託して犯罪行為に手を染める。これは警察学校の理念に反する犯罪行為です」
ミヤコは冷静に淡々と言った。そのせいなのかカンナは何も言わずに書類から目を背けて苦虫を噛み潰したような顔をした。そしてまた顔を上げるとぽつりぽつりと言葉を発した。
「そうだな。ヴァルキューレは公的な規則に則り、公正であるべきだろう。だがな、現実はそれほど公正ではない。貴様たちのように特権を使って無理やりにでも正義を貫ける訳じゃない。私たちが持っているのは所詮妥協に塗り固められたちっぽけな正義だ。手を汚さずに貫ける正義など存在しない。それが社会だ、現実だ。潔白な世界に憧れたガキどもに正義を語られる筋合いはない。一方的な強者が一方的な正義を語るな」
カンナの言葉はずっしりと重く、暗かった。同時に彼女を取り巻く空気も重かった。それは彼女の見た世界がどれだけ理不尽であったのかを証明するものであり、また彼女の悲痛な叫びの様であった。
私にはそれが言い訳のように聞こえた。実際言い訳だろう。だが、私はそれを咎めようとは思わなかった。彼女の言うこともまた事実だと思ったからだ。だから私は何も言おうとは思わなかった。言ったところで彼女には何も伝わらない。その代わり先生がユニットから降りてカンナに声をかけた。
正義を貫くのは難しいですよね。正義ってもう一方の悪ですから。今回だってRABBIT小隊はヴァルキューレの悪ですよ。
そもそもこれって公園の占拠を維持するための潜入ですし。
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35話
前回のお話ですが、地下一階で待ち伏せをする際にミヤコかサキのどちらかがミユと一緒に銃撃するべきでした。
十字砲火は基本。
今回でカルバノグの兎編第一章は終了です。残りが短かったので今回は普段より短いですがその分昨日からの連投とさせてもらいます。
「カンナ」
「先生。やはりあなたも」
カンナは先生が出てきたことに全く驚く様子は無かった。私がいるので先生が後ろにいることは想定済みだったのだろう。
「自分の信念を貫くことは大変かもしれない。それでも最終的に未来は自分で判断し続けていくものだよ」
「それでも、自分の信念だけを貫いていてはここではやっていけないんです。私のような中途半端な立ち位置ではかえって何もできないのです」
「RABBIT小隊はほぼゼロからのスタートだったよ」
「それがどうかしましたか」
「カンナみたいにほぼすべてを失った状態から再スタートをした。僅かなものでここまでできた。大丈夫、状況は辛いだろうけど、苦しいだろうけど、それでも行先は自分で決められるよ」
「ふーん、結構いいこと言うじゃん。まあそうだな、最後は自分で決めるものだ」
「ずっと不安で怖かったけど」
「自分たちで決めたことだからね」
「公安局長、あなたの言う正義はきっと間違っていないでしょう。私たちが掲げる正義とは違う正義なのでしょう。しかし根幹の部分をずっと誰かのせいにし続けていてはいつか色あせてしまいます。どんな判断をしてきたのか、それが私たちとあなたの違いです」
ミヤコの言葉を聞いたカンナはしばらく傍観していたが次第に目が泳ぎだした。首もいろいろな方向を向き、そして一つのため息をついた。通信機を取り出すと「攻撃は中止。閉じ込められた生徒たちの救援に当たれ」と告げた。
「ありがとう、カンナ」
「貸し借りは無しで行きましょう。互いに助けられた。私も少し貫く気力が生まれました。私はこの辺で失礼します。生徒の救出と始末書の準備があるので」
「次はもっといい形で会いましょう」
ミヤコはカンナの去り行く背中に告げた。彼女は背を向けたまま右腕をひらひらと振った。
ミヤコ達がユニットに入ったのを確認すると私は足早にその場を立ち去った。カンナのおかげで追撃してくる者は誰もいなかった。
公園に戻るころにはすっかり深夜になっていた。今の時刻は深夜一時を過ぎている。輸送ユニットを下すと中から先生とミヤコが降りてきた。しかし他の三人が降りてこない。
『サキ達は?』
「疲れて寝ちゃったみたい」
「今日だけでいろいろありましたからね。あれだけ本格的な作戦を実行するのは初めてでしたから」ミヤコは手にしていた取引記録を先生に渡した。「あとは先生に託します。子供である私たちがやれることはここまでが精いっぱいです。大人の世界は良く分かりませんが、まあ私たちが無理をして分かる必要もないでしょう」
「うん、後は任せて」
その後二人はユニットの中で眠ってしまった三人をテントに運び、私たちはようやく帰路についた。
『それどうするの』
「取引記録のこと? そうだね、今のところはどうするか決めてないけどどうにかしないといけないね。一先ず今日はもう帰ったら寝よう。レイヴンもお疲れ様」
数日後、私たちはまた子ウサギ公園に来ていた。公園に到着すると見てほしいと言ってミヤコがニュースを見せてくれた。画面にはいつしか見たクロノスのリポーターがヴァルキューレの前にいた。
「私は今カイザーグループの癒着が問題になっているヴァルキューレ警察学校の本館の前に来ています! とある匿名の方からの情報によるとヴァルキューレの生徒がカイザーグループから金品を受け取り、その見返りに権力を行使したとか」
「市民の安全を守るはずのヴァルキューレが私企業と結託し、市民を攻撃していたというのはかなり衝撃的な情報です!」
もう一人声が聞こえてきた。画面に今映っている人ではない。カメラの人だろうか。
「それに加えて先日とある集団がヴァルキューレに潜入し、施設の一部を破壊したという情報も入っています。また巨大なロボットが目撃されたという情報もありました。果たして真相はいかに!」
「ヴァルキューレの権威を揺るがす事件が立て続けに発生しています」
リポーターが言うロボットとは間違いなく私だろう。まだ数日しか経ってないのにいろいろバレているらしい。
「これ私たちだな」
「ロボットって言ってるし、レイヴンに間違いないだろうね」
「も、もう噂になってるんだ」
「大丈夫ですか? 何か苦情とか来てませんでしたか」
「いや、大丈夫、なにも来てないよ」
『バレてまずいことがあれば目撃者を全員消すから問題ないよ』
「駄目だよ!? 絶対にそんなことしちゃ駄目だからね!?」
画面がまたにわかに騒がしくなった。見れば入り口からカンナが出てきている。カメラとリポーターはカンナの姿を見つけると一直線に走っていった。
「おい、一体何の騒ぎだ」
「公安局長! 今回の違法リベートの件について一言お願いできますか!」
「んなっ、それは一体どこからの情報だ。そもそもここは敷地内だ。一体誰の許可を得て撮影している」
「おおっと、やはりマスコミと権力は衝突する運命にあるのでしょうか。しかし我々クロノスは決して権力には——」
「ええい! 騒がしい! 許可を得ていないならさっさと出ていけ!」
クロノスの二人はカンナが呼びつけた部下によって敷地外へと押し出されてしまった。中継はやむなくそこで終了した。
『大変そうだね。昨日のことも相まって同情しちゃうよ』
「朝からずっとこんな感じで、どこもかしこもヴァルキューレの特集ばかりです」
「もしこれで公安局がここに襲撃してきたらどうしよう」
「そんなの関係ない。私たちはやるべきことをやっただけだ。それにヴァルキューレもクロノスの対応だったりいろいろで私たちに構ってる暇なんてないだろ」
「うーん、でもなんだか引っかかるところがあるんだよね」
「どういうことだ」とサキが聞いた。
「なんというか対応がめちゃくちゃ早い。マスコミの対応はそうだけど連邦生徒会も早々に調査委員会を立てたし、カイザーグループも相当なお金がかかってたはずなのにあっさり再開発中止を宣言したし……いろいろと不自然じゃない? 先生連邦生徒会に脅迫とかした?」
「そんなことしてないよ。でもいろいろと事情があるみたいだね」
「私たちがこれ以上気にする必要はないでしょう。どちらにせよ再開発が中止しましたし、公安局も動きを止めました。放浪者の人たちが追い出されることも無くなりましたし、私たちもまだここにいられます」
「あのー」
不意にここにいるはずのない声が聞こえた。この展開には既視感がある。振り返るとそこにはデカルトが立っていた。公安局の凶弾に倒れたと思っていたが、生きていた様だ。
「うわ侵入者だ」
「サキ、手榴弾頂戴。朝の運動がてら一発」
「待て待て! 侵入じゃない! 挨拶に来たんだ!」
「挨拶?」
「ああ、挨拶と称して火薬と鉛弾をプレゼントするあれだね」
「あーもう全く……ふう。君たちには助けられてしまいましたね。危険を顧みず、ヴァルキューレに潜入し彼女たちの陰謀を暴いたと聞いています」
「なんでこいつらにもバレてんだ」とサキが言った。モエは「知らない」と言っていた。
「私たちのためではなかったのでしょうがおかげで私たちの聖所である子ウサギタウンは守られ、所確幸のメンバーも戻ってきました。これだけの恩を受けて置いて知らぬ存ぜぬは求道者としてできません。そこで君たちに特別な食べ物を持ってきました」
「特別な食べ物!? 何それ!」
「まさかもやし弁当じゃなかろうな」
「まさか、そんなものではありません。私が持ってきたのはこちらです!」
デカルトが自信満々に差し出したのは鶏のからあげ……の残骸だった。彼はこれを鶏の骨を揚げた唐揚げだと言い張るが、どう見ても唐揚げを食い終わった後の残骸にしか見えない。
「唐揚げ、ですか?」
「はい。そのまま食べることはできませんが、匂いは十分です。これだけでビール三缶は行けますし、もちろんご飯にも相性抜群です」
「つまりこれは」
「生ゴミか」
「生ゴミとは失礼な! れっきとした食べ物ですよ」
「確かに生ゴミではないね。この地域の規定じゃ鶏の骨は燃えるゴミだ」
「さ、さっきから生ゴミだの燃えるゴミだの……ええい! やはり我々所確幸はあなたたちとは相容れない!」
「それはこっちのセリフだ! モエ、榴弾をありったけもってこい!」
「よっしゃ、派手に爆発させよう! レイヴンも、あいつメンバーがまた集まってるって言ってたし先生がまたいつ攫われるか分からないよ!」
『そらきた。私も参戦しよう』
「ちょ、ちょっとレイヴン悪乗りは良くないよ!?」
その後、どこからか集まって来た所確幸のメンバーと公園を戦場にして軽い戦争が勃発した。戦いはその日に終結し所確幸が再び半壊したことは言うまでも無かった。
次回からエデン条約編第四章に入ります。
おかげさまで総アクセス数が五万を突破いたしました! まさかこれだけ読んでもらえるとは思ってもいませんでした。これからもどうかよろしくお願いします。
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エデン条約編四章
36話
トリニティに来たのは補習授業部以来か。折角卒業したのに、また同じメンバーで補習授業部になっていたものだから先生が気を失ってしまって大変だった。
またナギサに呼ばれたので少し警戒をしていたが、いざナギサの元にやってくるとそこにはティーパーティ以外の二人がいた。片方は以前に見たことが有るだろうか、たしかシスターフッドのサクラコだった。もう一人は知らない。見た目的に救護騎士団だと思う。
「本日はお二人ともお越しくださりありがとうございます」
『久しぶりだね』
「レイヴンさんも変わりなく……いえ、ロボットの方は随分と様変わりされたようですが」
『いろいろあったんだよ。話すと長くなる』
「先生、レイヴンさん。先日はお世話になりました」
「初めまして救護騎士団の団長をしているミネと申します」
「うん、よろしく。なんだか不思議な組み合わせだね」
先生の言う通りこの場にはティーパーティがナギサしかいない。それに呼ばれた場所も前回のバルコニーではなく屋内だ。おかげで私はわざわざ降りる羽目になった。こういう話の場にはあまり参加したくなかったが、先生がお礼に何か買ってくれるというのだから仕方なく私も付き合うことにした。
「不思議というか、ナギサ様を困らせる組み合わせかもしれませんね」とサクラコがほほ笑みながら言うとミネは不服と言った表情でサクラコに反論した。
「私はホストを困らせるつもりは無いのですが。私は信念と誇りを掲げる騎士団の一員として道を誤った者を正すのみです。たとえそれが正義実現委員会やティーパーティの生徒だったとしても」
ミネの発言は本人がいる前でするにはいささか好戦的なものだった。証拠にナギサは何とも言えない微笑みを浮かべている。
「そういう発言がすでにナギサ様を困らせていると思うのですが」
「雑談はこのあたりにして本題に入りましょうか」ナギサは不穏になりかけた空気を戻すように半ば無理やりに話を持っていった。「今回先生をお呼び立てしたのはエデン条約以降の顛末と事件の後始末について話すためだったのですが、シスターフッドと救護騎士団のリーダーが出席すると言って聞かず……こういった形になってしまいました」
『つまり元々は先生と二人で話す予定だったと』
「ええ、もともとエデン条約はトリニティでは私が主導して進めていたものですから」
「ですが、以前宣言した通り私たちシスターフッドも方針を変えました。今後こう言った場にも積極的に参加していきます」
「私も騎士団としての責務を果たすべくこの場に出席しました」
二人の言葉にナギサは困ったような顔を見せる。私でもこの二人の出席が望んだものではないという事が表情から見て取れる。
「えっと……つまり二人はティーパーティを牽制しようと?」
「いえ、純粋に興味があるだけです」
「私は政治的なことはあまり詳しくありませんので」
二人はそういうが、そも別々の組織のリーダーが出席している時点でそれ相応の圧が加わっている。ミネは分からないがサクラコはそのことを理解しているはずだ。
「エデン条約の騒動は何とか収まりましたが、事後処理と状況分析は未だに終わっておりません。今回の事件は私たちも無関係とはいえません。情報分析はシスターフッドの生徒が担当しています。ですのでこの席は事件についての情報を共有するためのものだと理解してください」
「救護騎士団がこの席にいることについては私から説明します。今ティーパーティには外部の助けが必要です。ティーパーティの生徒が同じティーパーティを攻撃するという事態が起こりました。ましてやそれはホスト同士のいがみ合い。そして一種の内戦状態に陥りました。ミカ様はアリウスに利用されていたとはいえその罪が消えることはありません。現ホストであるナギサ様も超法規的組織シャーレを利用して無辜の生徒を退学にまで追い詰めました」
ミネの言葉にナギサは僅かに顔を反らした。ミカが言うにはもともとナギサは優しい人物であるらしいし、あんな手段は本当にとりたくなかったのだろう。未だに負い目を感じているようだ。
無辜と言う言葉を調べてみたが、何の罪もないという事らしい。何の罪もない、か。うーん、どこぞのファウストさんが引っ掛かるが黙っておこう。
「被害に遭った生徒たちに謝罪しおよそ丸く収まったとは聞いていますが、それでもナギサ様の行為が消えたわけではありません。セイア様も学園に復帰できたとは言え、体調は以前よりも悪化しています。この状況を鑑みるに現在のティーパーティは不安定です。そのため外部の助けが必要であると私が判断しました」
「なるほど」
「丁寧な説明ありがとうございます」
ミネは一礼した。しかしそのあとに言葉を繋ぐ者が誰もいない。ナギサもサクラコも何もしゃべろうとしない。次第に気まずくなり、先生が助けを求めるかのように私に視線を送って来た。
『私に何かできると思わないでよ。私も何も話すことないんだから』
モニターを動かし、先生だけに見せた。先生はモニターの文字を読むと大人しく正面を向いた。メンバーがメンバーな分、だれもこの沈黙を苦に思っていなさそうだったためこの気まずい空気はどんどん濃くなっていく。
数分に感じる十秒程度の沈黙の後、サクラコがふと話し出した。
「ミネ団長はトリニティの中でも最古の歴史を持つ部活のリーダー、そしてヨハネ分派の首長です。本来ならティーパーティのホストになれる権利を有していますす。救護を理由に今まで拒否し続けていましたが」サクラコはミネを顔を見ながら言った。
「過去の話です」
やっと気まずい空気から脱したと思ったサクラコの発言はまるでホストの交代を示すようなものだった。ミネの発言の直後に、さらにナギサ本人がいる前でのその発言は不穏極まりないものである。内容が内容だけに先生もあまり口出しができない。
再び気まずい空気になりかけたが、またナギサが無理やり話題を変えた。
「今回の事件を集約すると全てアリウスにつながります。エデン条約会談襲撃の実行犯であり黒幕がアリウス分校でした。マコト議長やミカさんもアリウスの掌で踊らされていただけと言えます。マコト議長はトリニティの分派であるアリウスが攻撃してきたのだからすべての責任はトリニティにあると主張しています。そのため焼け焦げた髪を切るための美容代までこちらに請求しているのですが……これはまあ置いておくとして」
「アリウスが裏で手を引いていたとしたらいくつか疑問が残ります。一つはなぜアリウスはエデン条約を襲撃したのか」
「アリウスはトリニティとゲヘナ両方を憎んでいたと聞きました。両学園を一度に始末できる絶好の機会だったからではないでしょうか」
「さらにエデン条約を利用して契約を行い不可解な戦力を手に入れたと、セイアさんからそう説明されました」
「ユスティナ聖徒会の姿をした幽霊のことです。彼女たちがトリニティとゲヘナに突入していたら間違いなく両学園は崩壊していたでしょう」
『あれ弱かったけど。すぐに倒せたし』
「彼女たちの最もの強みはその数です。倒しても倒しても蘇ってきますから、レイヴンさんのように一度に多くの聖徒会を倒せなければやがて数で上回るでしょう。あれは一体何だったのですか」
「それについてはいくつか仮説が出ていますが、それを裏付ける証拠が挙がっていない状況です」
「ユスティナ聖徒会はシスターフッドの前身、この件に関して何か隠していることはありませんかサクラコさん」
「いいえ、残念ながら」
「シスターフッドは元来謎多き集団。情報の歪曲にもたけています。シスターフッドに不信感を抱いている生徒がいることをご存じですか」
「例えば、あなたのように」
両者は互いを睨み続けた。沈黙が広がり、ナギサは困った顔で私たちを見た。助けを求めているのだろう。だが残念ながら私たちにもどうすることもできないのだ。
「私がシスターフッドの秘密を全て知っていると思っているなら大間違いですよ。シスターフッドには私にすら秘匿にしている秘密があります。詳しく申し上げることはできませんが」
「そうですか、失礼しました」
ミネは一応納得したようだが、その声色はまだ納得できていないように感じた。なんとか衝突が避けられたことにナギサは安堵と疲労のため息をついた。今後、この二人と活動を共にしなければならないと考えると、将来が不安になるのも当然だろう。
「トリニティの防護機能とレイヴンさんを無力化させたあのミサイルについて分析は進んでいますか?」
「今のところ出所も構造も不明。ただ一つキヴォトスの技術ではないという事が分かっています」
キヴォトス外のミサイルという事か。ならありえないとは思うが、あれがRaDのミサイルだという可能性もあるわけだ。なぜアリウスが持っているのかという疑問はあるが、そも私だって流れ着いた存在。ミサイルの一発や二発流れていてもおかしくないのかもしれない。
「それでは、アリウスは最低二つの未知の力を有しているという事になりますね」
「はい。そしてそれは二つ目の疑問につながります。二つ目の疑問……アリウスは何を計画しているのか」
「これについては私たちは何も理解できていません。そも、アリウス自治区が何処にあるのかすら把握できていません」
「今まではそうでした。しかし今回の事件でいくつか糸口が見つかりました。アリウスは古聖堂の地下にあるカタコンベからトリニティに進入したことが分かっています。また巡航ミサイルの発射位置もトリニティ内の遺跡からでした」
「ですが、トリニティ内の地下遺跡はかなりの数がありますし、それらを全て統制するのは不可能です」
「さらにはカタコンベも未だに全容が分かっていません。今の状態から自力でアリウス自治区を見つけるのは不可能に近いでしょう。セイアさん曰くカタコンベは理解できない不思議な力で守られているとのことです」
「また理解できない力ですか」
ミネは飽き飽きしたような口調で言った。確かにこれまでにアリウスが持っている力は両方とも理解できない力だ。それに加えてカタコンベまで理解できない力とやらに守られているなら、もはや八方塞がりだろう。
「アズサさんがアリウスの生徒だったころには毎回地図が渡されていたそうです。地図に書かれている経路は毎回変わり、裏切り者である自分にはすでに地図はもらっていないと」
その時、ミネの眉がピクリと動いた。そして静かに聞いた。
「その少女を取り調べたのですか?」
「え? いえ、取り調べたとかではなくアズサさんが自分から言ってくれたことなのですが」
「いいえ! そんなはずはありません! きっとティーパーティの権力を乱用してあの少女に無理矢理取り調べをしたのに違いありません!」
ミネは立ち上がりナギサに向かって堂々と言った。なぜか自分の言葉を否定されてしまったナギサはただ困惑することしかできない。先生も「落ち着いて」となだめるが彼女の耳には入っていないようだ。
「落ち着いてくださいミネ団長。確かにナギサ様は血も涙もありませんがそのような事実はありません。第一彼女が属している補習授業部は先生が担任をしています。もしそのような事実があれば先生が黙っていません」
サクラコがなぜかナギサに追い打ちをかけながら弁護してくれた。それで納得が言ったのかミネは目を伏せながら「確かにそれもそうですね。失礼しました」と落ち着いて席に座った。追い打ちをかけられながら弁護されるという良く分からないことをされたナギサはもはや困惑の声すらあげられない。
さっきまでまた変なことを持ちかけられるんじゃないか、と警戒していたが、このような仕打ちを見せられると逆にナギサへ同情してしまった。
「な、ナギサ? 大丈夫?」先生も心配な様子だ。
「補習授業部の方たちには本来背負うべき以上のものを背負わせてしまいました。私はこのことに関して非常に後悔しています。だからこそもうこのような場には関与させないように努力しています」
「私もハナコさんには役目を渡したいと思っているのですが、彼女との契約はすでに終わっています。私としてもハナコさんにはこれ以上のことをしてほしくはありません。この件を私たちだけで解決することが最低限の礼儀でしょう。ですが先生は最後まで付き添ってくれると信じています。できればレイヴンさんも」
『先生がついて行くところならどこへでも行くよ』と言うとサクラコは優しく微笑んでくれた。先生は「もちろん」と快諾していた。
「カタコンベは未だに全容を把握しきれていません。毎回変わってしまう入り口を見つけるのは難問だと思いますが」
「発想を逆転してみましょう。私たちが探すのではなく、知っている人に聞いてみるのです」
「ですがアズサさんはすでに地図は渡されていません」
「ええ、ですがアリウススクワッドのリーダーである錠前サオリ、彼女であればまだ入り口を知っているはずです」
「ですがスクワッドの足取りは今もつかめていません。彼女に聞くことは無理かと」
「ええ、そうでしょう。ですがスクワッド以外にも一人、入り口を知っている方がいますよね」
サクラコがそういうので私は誰だろうと考えた。しかし私には思いつくことができなかった。一方でナギサはすぐに誰のことか分かったようだ。目を丸くしてサクラコを凝視している。サクラコはナギサが理解したうえで、自分の口からその名前を言った。
「聖園ミカ……アリウスと長く接していた彼女であればアリウス自治区までの道を知っているのではありませんか?」
ナギサは分かりやすく動揺した。そしてミカを弁護しようとするが、そこには必死さが見て取れた。
「で、ですがミカさんはアリウス自治区までの道だけは知らないと仰っていて……」
「彼女の言葉を信じるというのですか」
ナギサはミカと幼馴染であった。その関係から見ればミカのことを信じたいのは当たり前だろう。だが客観的に見れば、ミカはクーデターを実行した張本人であり、長くアリウスと接していた彼女のことをそう易々と信じることはできないのだ。問い詰められたナギサは押し黙ってしまった。
うーん。どろどろしている。ほんまにここ学校か? ほんまに君たち高校生か?
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37話
実家帰って成人式行って、帰って、友達と会って……てしてたら普通に書く時間無くなりました。
「失礼を承知で申し上げますが、ミカ様は前々から問題行動が多く、ティーパーティのホストであるがゆえに様々な問題行動が見逃されていました。これまでの世論もそれらと関係が無いとは言えません」
「ミカさんが嘘をついたという事ですか……どうして」
「ナギサ様はミカさんとは幼馴染なのですよね。どうですか、ナギサ様から見てミカ様がほかに隠しているところはありますか」
なんだかナギサに対する尋問みたいになっている。私たちが完全に蚊帳の外みたいな扱いを受けているうえにナギサに対して圧をかける行為に先生は一度二人を止めようとした。しかしそれよりも先にナギサが口を開いた。
「いえ、私はミカさんを信じます。確かにミカさんは善良な生徒とは言えませんが、それでも私はミカさんを信じます。それが今回私が学んだ教訓ですから。明日の聴聞会に出席し、ミカさんの弁護をいたします。必要ならば学園全体にミカさんが信じてもらえるよう尽力するつもりです。たとえ、それで私が糾弾されることになったとしても」
「いえ、私が言ったことは仮説ですので、誤解させてしまい申し訳ありません」
「失礼しました。非礼をお許しください」
「はぁ……今日はもういい時間ですし、ここでお開きにいたしましょう」
「ええ、そうですね。私も大聖堂に戻るとします」
「はい、今回はお会いできてよかったです。私も今回のミカ様への非難、大変遺憾に思っております」
「今日はお越しくださりありがとうございました」
二人は立ち上がり、ナギサと先生に一礼をして行った。そしてミネは何故か私の車椅子を手に取り、一緒に立ち去ろうとした。あまりにも自然であったため、私と先生は数秒間自分が連れ去られようとしていることに気づかなかった。
『まてまってっまってえあっま』
驚きと困惑、そしていち早く止まってもらおうととにかく文字を打った。しかしミネはモニターを見ようとせずまっすぐ前を向いて私の車椅子を押している。
「ま、待って待って!? レイヴンをどこに連れて行くの!?」
先生の呼びかけにようやくミネは止まり、先生に振り返った。
「救護室ですが?」
「え、どうして」
「先生はレイヴンさんを見てもなんとも思わないのですか? こんな全身に包帯を巻き、車椅子に乗られて……この姿であんなロボットに乗せているだなんて救護騎士団として見逃せません。今すぐにでも救護いたします。ここではレイヴンさんほどの傷は治せませんが、救護室でしたらきっと最善の治療が行えますので」
『待って大丈夫私大丈夫これ以上治らないから』
私は必死にミネに治療が不要であることを知らせようとした。しかし彼女は先生の方を向くばかりで全くモニターを見てくれない。結局先生やナギサが必死に説得してくれたおかげで私は何とか誘拐されずに済んだ。
「大丈夫、レイヴン?」
『恐怖を覚えたよ』
「すみません」
『ナギサが謝る必要はないよ』
「うん。それにナギサも大丈夫だった?」
「ええ、胃が痛いですが……すみません。情けない姿ばかり見せてしまいましたね」
「明日の聴聞会っていうのは?」
「ああ、先生たちにはまだ耳に入っていませんでしたか。明日の午前にミカさんの聴聞会が開かれる予定です。聴聞会、とは言っても実際は審問に近い、査問会と思ってもらった方がいいでしょう。明日の聴聞会で恐らくミカさんは退学になると思います。エデン条約の事件以来トリニティの情勢は複雑になりました。ミカさんはすでに自身が所属していたパテル分派を追放されており、ティーパーティの資格をはく奪されることも決定されています。真相がどうであれ、ミカさんがアリウスと結託しクーデターを引き起こしたのは事実です。加えてミカさんに対する世論も悪化しています。聴聞会が開かれる前に断罪を求める生徒が増えており、中には私刑と称して檻に石を投げ込む生徒も現れました。掲示板にはミカさんやミカさんの所属していたパテル分派を非難する書き込みが増えています。ミカさんの私物もすべて押収され、服やアクセサリーは焼却される始末」
『うーわ、考えうる最悪の状況じゃん』
「ミカ大丈夫、なはずはないか」
先生もミカがやったことは許される行為ではないと理解している。だから素直にミカに対する仕打ちに怒りを覚えることができない。代わりに過剰すぎる仕打ちに悲しみを覚えていた。
「正義実現委員会が取り締まっていますが、今の空気を払拭することは不可能でしょう。ミカさんは公共の敵になっています。それでも私はミカさんを弁護したいのです。ですが、その……ミカさんが自身を弁護する気が無いようで……このままではミカさんが確実に退学へ追いやられてしまいます。セイアさんでしたら何とか出来たのかもしれませんが、私ではどうにも……それで先生にお願いがあるのですが」
「うん。ミカを明日の聴聞会に出るように説得するよ」
先生の言葉にナギサは顔を明るくさせた。先生だけが頼りだったのだろう。
「ありがとうございます。先生のお言葉ならきっと……まだ何も解決していませんが、少しでもいい方向に向かってくれれば幸いです」
「ナギサは大丈夫?」
「私? ああ……心配はいりません。私はいつも通りですよ」
『無理は良くないよ。日帰り旅行程度なら足になってあげる』
「ありがとうございます。私のことを心配してくれるのは先生とレイヴンさんぐらいですね。それでは、後はお願いします」
ナギサのことが心配であったが、私と先生は一先ずミカの元へ向かうことにした。
外に出るといろいろ置きっぱなしなのが見えた。ミカがいる場所は近場らしいのでユニットは使わずに先生を手に乗せて運んでいくことにした。機体に乗り込み、リフトとユニットを納めようとすると、右腕が右肩に収めているものに引っかかった。先日ウタハたちから預かったこれは随分と大きく、ちょっと邪魔だ。
「ずっと気になってたんだけど、その右肩にあるのって何?」
『これ? これはちょっと前にウタハから渡されたんだよ。武器の試供品とか何とか。アリスが持ってる武器を巨大化させたものみたい』
「使うの?」
『アリスが持ってたものでも随分と極太なレーザーが出てたからね。こいつを撃つ場面は相当限られるはずだよ』
「下手に撃ったらいろいろと吹き飛びそうだ」
『ウタハにもどれだけの力を持ってるかわかんないって言われた』
「よく引き受けたね」
『面白そうだったし』
今回は人が多いのでブースターを使うわけにもいかずに仕方なく歩いて移動していたところ、広場にて何かを騒いでいる群衆を見かけた。
「セイア様を害そうとした裏切り者を引きずり出せ!」
「エデン条約を破綻に導いて未だにティーパーティの地位に就いているのは納得できない!」
「罪人には罰を! 断罪を!」
「この線の先に出ないでください!」
考えなくても分かる。あれがミカに不満をぶつけている者たちだと。正義実現委員会がまだ理性的に動いているから暴動に発展していないものの、この時点で随分と異質な空間と化してる。
『相当ヤバいとは思っていたけど、あれは予想以上だね。弁護は難しそうだよ』
「それでもナギサはミカを信じたいって言ったんだ。僕たちもミカを信じないと」
『そうだね。言い出しっぺは先生だもんね』
ミカが幽閉されている建物に入った。怒号が壁を貫いて聞こえている。正義実現委員会の生徒軽く挨拶をしてから檻に近づいた。ところで建物に入った時からかすかに聞こえてくるこの音楽は一体なんだろう。
「ミカ?」
「しーっ」
先生が名を呼ぶと、ミカは口元に指を当てジェスチャーをした。彼女の前には端末が置かれており、そこからはずっと聞こえていた音楽が流れていた。私たちはしばらくミカと一緒にその音楽を聴いていた。
音楽が鳴りやむとミカは端末の電源を切った。
「お待たせ。礼拝の時間だったの。今日は讃美歌を聞く日。こんな時にまで礼拝をしないといけないとか嫌になっちゃうよね。少しぐらい大目に見てくれたっていいのに」
「でもいい音楽だったよ」
「そう? 聞いてて退屈じゃない? ご慈悲を、とか、憐れみたまえ、とか」
『今の状況を見るとまるで皮肉だね』
「あー、うん。そうだね。確かに考えてみればそうかも。キリエなんて名前も気に入らない。どうして見えない存在にすがらなきゃいけないの?」
見えない存在、か。私が考えるそれは見えはせずとも確かに存在しているものだったし、もっと言えば初めての友達だった。ミカが言う見えない存在とはまた違ったはずのものだ。この場でそれについて言及するのは不適切であろう。そう思った私はキーボードに置いた手を直した。
「でも歌は好きだよ。歌詞は微妙だけどね。そういえば二人に私の歌聞かせたことなかったよね。本来ならタダで聞かせるものじゃないけど、先生達なら特別だよ。こうやって会いに来てくれたしね!」
外の惨状を見るにミカは相当落ち込んでたり沈んでいるものだと思っていたがいざ会ってみると、私の予想とは裏腹に随分と元気そうにしていた。
「塔に幽閉されたお姫様が、白馬に乗った王子様にセレナーデを歌うの。どうどう? 物語のワンシーンみたいじゃない?」
「塔じゃなくて檻だけどね」
『白馬じゃなくてACだね。ACに乗った王子様を考えると少し面白いよ』
「なんでそこで現実に戻すかなー。ロボットに乗った王子様ってミスマッチすぎるよ……それで、今日は一体何の用事で来たの?」
「一通りの事情は聴いたよ。聴聞会を欠席するんだって? ナギサが心配してたよ」
「そう。ナギちゃんは元気、だよね。うん、良かった。多分ナギちゃんの側にシスターフッドと救護騎士団がいたんじゃない?」
先生は何も言わなかった。ミカはそれを肯定と受け取った。
「やっぱり。ティーパーティの立場が危うくなるほど、他の勢力が幅を利かせるようになる。まさかここまで直接的にティーパーティを牽制するとは思わなかったけどね」
ミカはあの二人の出席をティーパーティの牽制だと思っているようだ。本人たちはそうとは言わなかったが、まあ自分からそんなことをしゃべるはずはない。それにしてもミカは自分のことを政治には疎いと言っていたが個人的に見れば十分考えられていると思う。もしかしてトリニティ基準だとミカでも疎い扱いなのだろうか。だとしたら私は世間知らずもいいところだ。
「ナギちゃんのストレスすごかったでしょ」
『そうだね。胃が痛いって言ってた。ミカが聴聞会に出席してくれたらもうちょっと和らぐと思うよ』
「あはは、痛いところ突くね。でも、先生たちも広場にいる集団見たでしょ。今の私の立場は見ての通り。ナギちゃんは私が聴聞会に出席すればすべて丸く収まると思ってるけど、トリニティはそんなに甘くない。あの事件以降ティーパーティの権威は地に落ちた。学園内の立場も、政治的な立場もそう。私があんなことをしちゃったせい。そんな状態で私を庇えば庇うほどナギちゃんの立場は、ティーパーティのナギちゃんの立場はもちろんセイアちゃんの立場だって危うくなっちゃう。これはすべて私が背負うべきことだから」
「退学になるかもしれないんだよ。こんな仕打ちまで受けて」
「でも、それでも私の責任なの」
「ミカはもう十分に償いをしたと思うよ」
「ナギちゃんとの思い出の品は全て燃やされてしまったけど、私はまだ許されない」ミカの顔に陰りが見えた。「セイアちゃんにもまだ恨まれたままで」
「そんなことは無い。セイアは恨んでないよ」
「でも前に会った時に——」
そうしてミカは先日セイアと会った時の話をしてくれた。ミカの話の中で、セイアはミカとの話を体調を理由に断ったらしい。
「でもセイアはミカのこと許すって言ってたよ」
「私はまだセイアちゃんにちゃんとごめんねって言えてないの。セイアちゃんがまた無理をしたら、私は今度こそ自分を許せなくなっちゃう」
「じゃあ僕たちでセイアに会ってみるよ。ミカがちゃんとごめんねを言えるように説得する」
『任せて』
「本当? 分かった、それが運命なら。二度とチャンスなんてないと思っていたけど、これが運命だというなら……私はやっぱり塔に閉じ込められたお姫様だったのかな?」と言った直後にミカの顔は赤面しだし、さっき言ったことを撤回した。「ご、ごめん。何でもない……それじゃあセイアちゃんのことお願い」
私たちは一転してセイアの部屋まで足を運んだ。ミカの所とは違って、部屋も雰囲気も明るく、静かな場所だった。セイアは窓の外をぼんやり見ていたが、先生が扉を開けるとこちらへ体を向けた。
「ああ、先生、とレイヴンか。二人とも無事だったのか。いやこれもまた都合のいい夢かもしれない。幻か虚構か、あるいはいずれも同じことかもしれないが」
『様子のおかしいセイアだね』
「ど、どうしたの?」
出会い頭に良く分からないことを呟くセイアに、先生は心配する声をかけた。
「そうか……今日は君たちがトリニティに来る日だったか。済まない、最近いつにも増して夢と現実の境目が曖昧なんだ。現在、過去、未来……そう言ったものが私の周りに渦を巻いていて、今自分が何処に立っているのかすら不明瞭で、まあつまるところ君たちには関係のない話だからそんなに気にしないでくれ」
「みんな心配してるよ。何かあったの?」
「ふむ……先生の質問に答えるのにはなかなか難しいんだが、強いて言えばそうだね……私は今誰にも告げられない未来を見てしまった。でも先生とレイヴンになら……いやむしろ二人に話しておくべきことかもしれない。今から話すことはこれまで先生たちが経験してきた事件とは全く別物の、異彩を極める話だ。正直自分でも荒唐無稽な話だと思う。だとしてもどうか最後まで聞いて、これを信じてほしい。私は先日予知夢を見たんだ。つまりはいつか起こる未来のこと。そこで私はキヴォトスが終焉を迎える夢を視たんだ」
セイアの話す内容は正に荒唐無稽な話であった。だがしかし、その話は私にとってとても興味深い話であった。巨大な塔の出現と、世界が緋色に染まる現象。まさかではあるが、私はその可能性を否定することができなかった。コーラルによる汚染を。
塔、バスキュラープラント、コーラル集積地……うっ、頭が
アイビスシリーズ、俺はお前を許さない。後アーキバス、あいつらは絶対に許さない。
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38話
すみません。コロナに罹ってしまい高熱で全然書けていませんでした。
「巨大な塔がキヴォトスの上空に出現し、空を緋色に染めた。不吉な塔はまるで悲鳴を上げるように鳴動し、少しずつ削り取って、その破片を何かに被せた。削られた破片が嵐のように吹き荒れる中、黒い光が天から降りてきて、終焉に傾いた。そうしてキヴォトスが崩壊し、塵一つ残さずに、全てが虚無に消えた」
セイアの話す内容は文学的でその情景を想像しにくかったが、とにかくキヴォトスに終焉が訪れようとしているのは分かった。それよりも私は上空に出現する巨大な塔と、緋色に染まる空が気になって仕方がない。
「私が視たのは単なる悪夢なのか、それとも本当に未来を、あるいは過去に起きたことを観測したものだったのか……それは分からないが、だが私はあの光景を見た以上、真相を突き止めなければならない。明晰夢とは自身を意識的に微睡みに落とす行為。夢と現実を行き来しすぎた私は、今立っているのが夢なのか現実なのか曖昧なんだ」
「良く分からないけど、今の状態って結構危ないんじゃ?」
「そうだね、否定すると嘘になる。でも必要なことなんだ。以前の私ならば未来を知ることを恐れて、夢の狭間に逃げ込んだだろう。しかし今回はそうもいかない。あの光景がただの悪夢じゃないと、私の直感が囁いている。アレはキヴォトスに存在しない、キヴォトスの外部から侵入した、私の想像をはるかに上回る、理解の及ばない存在。恐らくアレを招いたのはゲマトリアだろう」そう言ってセイアは私の方を見た。「もしかしたら君も彼らが招いたのかもしれないな。君もまたキヴォトスの外部から到来し、理解の及ばない存在だ。あれから彼女はどうしている」
『特に何も。機体に彼女がいるのは知ってるけど、あの日以来向こうから私に接触してきたことは無いよ』
「そうか」
「セイア」先生が静かに名を呼んだ。その顔はいつもの穏やかな顔とは違い、酷く真剣だ。「ゲマトリアに関わる事ならすぐに手を引いたほうがいい。セイアは今とても危険なことをしようとしている」
セイアは少しの間思考を巡らした。
「ああ、確かに。あの集団の痕跡を追うのは自殺行為だろう」
「もしセイアの推測が事実だったとして、今のやり方はダメ。きちんと情報を集めて周りの人に相談してやるべきだよ。そういうことは大人に任せて、セイアは目の前にいる人のことを見てあげて」
先生の言葉にセイアは僅かに目を見開かせ、俯いて自嘲気味に笑った。
「まだ何の情報も無いのにあの夢に圧倒されて……私は自分を見失っていたのかもしれない。今私の身に何か起こればミカが、彼女がまた選択を誤ってしまう。彼女は今考える得る限り最悪な状況下にある。あの子は今まで甘やかされて生きてきた。皆が彼女を崇め奉る——童話に出てくるお姫様のように。今はミカをあの泥濘から引き揚げることが最優先事項。どうして私はそんなことに気づかずに……霧が晴れたような気分だ。ありがとう先生。君のおかげでミカの問題に一歩ずつ歩み寄っていけそうだ」
「ありがとう。ところでミカがセイアに謝りたがっていたよ」
するとセイアは首をかしげながら「すでに許しているが」と言った。「ああ、あれは夢の中での話だったか。そうか、ミカはまだ私に許されてないと思っているんだね。自分の犯した罪の中で、私が一番の被害者だと感じているんだろう。愚かだね。我儘で——」
『あー、話してるところ悪いんだけどさ』
「どうかしたのかな」
『話が長い。回りくどい。分かりにくいって言われない?』と言うとセイアは図星とでも言いたげな反応をして苦笑した。
「ああ、ミカによく言われるよ」
『明日の聴聞会には出席するんでしょ? だったら早く寝なよ。体調悪いんでしょ』
「確かにそうだね……ミカの罪状で一番重いのは私への危害だから、私が出席すれば多少は軽くなるだろう。レイヴンの言う通り今日は早めに寝ておくべきなのかもしれない。ただその前に——」
セイアは手元にあったベルを鳴らした。すぐにティーパーティの生徒の一人が中に入って来た。
「どうかいたしましたか、セイア様」
「ミカと話がしたい。今すぐに呼んできてもらえるか」
「み、ミカ様をですか? わ、わかりました。ナギサ様に確認してみます!」
「ありがとう。あと出来るだけ二人きりで話したいんだ。どうにも他人が同席するのは恥ずかしいからね」
「分かりました!」そうしてその生徒は部屋を後にした。
「ふう……私は久々に人と話しすぎたようだ。レイヴンに言われたこともある。ミカが来るまで横になるとしよう。悪いが、ここで失礼させてもらうよ」
「うん。また明日の聴聞会で」
私たちはセイアの部屋を後にした。しばらくして先生が私に話しかけてきた。
「あれはセイアを寝かせてあげようとしたのかな?」
『さて、何のことやら』
「はは、レイヴンは優しいね。少し不器用だけど」
『何のことかさっぱりだ。ナギサに報告して私たちもさっさと帰ろう』
「そういえばレイヴンってセイアと会ったことあったっけ」
『ああうん。夢の中で一度」
「へー、僕と同じだ。じゃあセイアが言ってた彼女ってのは? レイヴンも知ってるみたいだけど」
『話が長くなるから詳しいことは聞かないでほしいんだけど、今私の機体にはもう一人、私がいるんだ。なんで入ってるのか分からない。私にも分からないことだらけなんだよ』
「それはまた……僕が昔見たアニメにそっくりだ」
『そんなアニメがあるなら見て見たいね』
「いやぁ、どうだろうね。あれ割とへこむから無理して見なくてもいいかなあ」
私たちはナギサにミカの件とついでにセイアのことも伝えた。ナギサはとても喜んでいた。ミカのこともそうだったが、セイアのことも心配だったのだろう。ましてや二人の仲が戻りそうだと知ればこの上ないほど嬉しいはずだ。
私たちは明日に備えて早々にシャーレに帰った。
それは突然の出来事だった。私がシャーレのオフィスでスマホを弄っていると、先生に声をかけられた。
「レイヴン」
『どうかしたの』
「なんか変なメールが来たんだ」
『URL踏んじゃだめだよ。スパムは無視』
「いや、なんか座標が送られてきてる」
『座標? どこの』
「うーんとね……ここみたいだ」先生は画面を私に見せた。そこはトリニティの中心から随分と離れた場所だった。
『トリニティの外れ……なんか怪しいよ。もうこんな時間なのに』私は時計と窓を見た。外は真っ暗になってるし、時刻もすでに夜と言われる時間帯だ。
「うーん、でも大切なことだったらアレだしなあ」
『それどっちのメールアドレスに届いてる?』
「どっち?」
『先生個人か、シャーレか。後そのメアドは知ってる人?』
「えっと……シャーレのアドレスだ。これは、見たことないアドレスだね」
『じゃあ行かない方がいいよ』
「でも件名が『頼む、きてくr』なんだよね。これ焦って打った感じじゃない?」
私が止めようとしても先生は次から次へと理由を探してくる。まあ、今まで先生の個人メールならともかくシャーレのアドレスにスパムとかは来たことが無いらしい。今回のが最初の迷惑メールの可能性もあるし、先生の命を狙っているやつらの仕業かもしれない。だが先生は行く気満々のようなので、私はとうとう折れてしまった。飼い主の意見に背くなんてそうそう出来る事じゃない。
『仕方ない。送り主が見えるまでユニットの中で待機しててよ』
「分かった」
夜だが、ライトもレーダーもある。不意打ちは何とかなりそうだ。
トリニティに入ると、雨が降っていた。無理をすれば傘を差さなくてもいいが、もし傘を持っていたらさっさと差す、それぐらいの雨量だった。
更に座標の近くへ向かうと、そこは華やかだった中心街とは打って変わってとても寂れた場所だった。トリニティでもこんな場所はあるらしい。
『座標が示すのはこのあたりだ。でも厳密にいえばあの橋の下みたい』
困った。あの陸橋は機体の腰辺りまでしかない。この橋の下で会うとして立ったままでは覗けない。かといって座れば反応が遅れる。やっぱり下にもカメラが欲しい。
仕方なく私は片膝立ちをして、何とか覗けるようにした。ライトで照らしたが、まだ誰もいないようだ。一先ず私はユニットを下した。先生にはまだ出てこないように言った。とりあえず相手の姿を確認したい。
実はついさっきレーダー上に反応があった。ただ色が赤でも青でもない、白色だ。つまり中立という事だが、こんな場所に呼ぶ中立の存在とはいったい……そもそも、外部から私を指示する存在が無い今、私のレーダーに反応を置くのは彼女だろう。つまり彼女はこの反応を中立としているわけか? なぜこのタイミングで彼女は自身の存在を示唆した。彼女はこの件に関わりたいという事か?
レーダー上で動く反応はとてもゆっくりだ。人であるのは間違いない。そして反応が私の直線上に来た時、反応の主が建物の陰から現れた。ふらふらとこちらに近づき、ライトに照らされたその姿は、アリウススクワッドの一人、サオリだった。
『サオリ?』
「え、サオリが。どうして?」
『分からない。まだ出ないでよ』
サオリは先日、先生を撃った張本人だと聞く。まさかこの期に及んで先生を始末しに来たのか。
サオリはこちらのライトに気づくとゆっくりと顔を上げた。眩しそうに目を細めて何かを呟いている。走る訳もなく、サオリはふらふらと歩いたまま、こちらに近づいてくる。そして私の目の前で立ち止まると、持っていた銃を落としてもう一歩進み、私に土下座した。
「頼む……助けてくれ」
こんなにも近いのに、サオリの声はか細い。明らかにただ事ではない事態に私は先生に『出てもいいよ』と言った。直後、ユニットから出てきた先生は土下座をしているサオリの姿を見ると急いで駆け寄った。
「サオリ!? どうしてこんな」
「先生……アツコが、連れていかれた」サオリは顔を上げずに言った。「他の仲間もアリウスの襲撃に会って散り散りに……生死も不明だ。私では彼女を止められなかった。先生、このままではアツコは、姫は死んでしまう。明日の朝、彼女によって殺されてしまう。私の話など信じられないだろうが、これだけは真実だ」サオリはここで一度言葉を区切った。そして一度息を整えてからまた言葉をつづけた。「アツコは元よりそういう風に育てられた存在なんだ。姫の運命を変えたければ、彼女の命令に従えと。エデン条約を強奪し、ユスティナ聖徒会の力をアリウスのものとし、ゲヘナとトリニティを手中に収めたらアツコは生贄にならずにすむと。だが、私は失敗した。エデン条約の強奪も、トリニティとゲヘナの征服も、仲間を守る事さえも、全て私の力不足だ。今の私は落伍者だ。トリニティやゲヘナはもちろん、同じアリウスにすら助けを求められない。だから頼れるのはもう先生たちしか……頼む。私は命を懸けて約束する。先生のどんな命令にも従うと。ヘイローを破壊する爆弾も渡しておく。もし信じられないと思ったらすぐに使ってくれ。もしくは——」サオリは私の方を見た。「あのロボットで始末してくれ。どうかアツコを……姫を助けてくれ」
サオリはここで言葉を締めくくった。今の思いを全て言ったようだった。私にはもう分かる。ここまで頼んでおいて先生は絶対に断らないだろう。強いて断る理由を言えば目の前にいるのは先生を撃った相手だという事だ。恐怖か不安か、それとも寒さのせいか僅かに震えているサオリに先生は優しく声をかけた。
「サオリ、立って。僕はサオリと対等に話がしたい」
そういうとサオリは素直に立ち上がった。
「先に質問させて。彼女って誰の事?」
「彼女はアリウス自治区の主人であり、アリウス分校の主人。私は彼女と呼んでいるが、他の生徒からはマダムとも呼ばれている。私も彼女の姿は数回しか見たことが無い。背が高く、白いドレスを纏い、赤い肌をした大人だ」
赤い肌……もしかしてそのマダムと呼ばれている彼女はコーラル中毒者だろうか。いや、コーラル中毒になったとして肌が赤くなるのか知らないけれども、とにかく赤い肌を持つなんて異形にしか思えない。
「名をベアトリーチェと言う。彼女には私よりもアツコの方がよく会っていた」
「他のスクワッドは?」
「分からない。襲撃されてから散り散りになったから……今も追われているかもしれない」サオリの手に力が入ったのが見えた。
「アツコが何処に連れ去られたのか分かる?」
「アリウス自治区にある、アリウス・バシリカ。その地下に彼女が用意した秘密の至聖所がある。おそらくそこだろう。彼女は明日の朝に儀式を行う。もはや姫に時間は残されていないかもしれない」
『明日の朝ってもう全然時間ないじゃん。間に合うの?』
「うーん。確かに時間が無いねえ」
「先生……」
「うん。大体の状況は分かった。じゃあ今からアツコを助けに行こうか」
「本当か。本当に助けてくれるのか?」
「うん。生徒の願いを無碍には出来ないから」
「それだけの理由で? 忘れたのか。私はお前を撃ったんだぞ!?」
「そうだね。とても痛かったよ」
「うっ……それならどうして」
「だからと言って助けを求められて無視するわけにはいかないからね。でも爆弾は没収」
「あ、ああ、約束通りに」と言ってサオリは何かの端末を先生に渡した。
「爆弾も」
「爆弾もか? 先生がそう言うなら仕方がない」
サオリが懐から出したのは私が想像していたような爆弾ではなかった。一見すればただの四角い箱だ。あれが爆弾だなんて。
「安心してくれ。その爆弾は起爆装置を使わないと絶対に爆発しない」
「それは安心した。生徒が危険物を持っているのは見過ごせないからね」
はて、キヴォトスの生徒は全員危険物を持っているし、アズサやRABBIT小隊はもっと危ないものも持っていた気がするが突っ込まない方がよいだろうか。
「レイヴン、ちょっとこれ持ってて」と言って先生は私に爆弾を預けた。そしてそのまま先生は手に持っていた起爆装置を握りつぶした。
「んなっ!?」
まさか先生が端末を素手で握りつぶすほどの力を持っているとは思わなかった。いやそれよりも——
『誤作動起こして爆弾が起爆したらどうするのさ。せめて爆弾から離れたところで壊してよ』
「た、確かにそうだったね。ごめん」
「さっきから一体誰と?」
「さ、そうと決まったら時間が無いよ。先にミサキとヒヨリと合流するよ」
「ま、待ってくれ先生。まだ私は理由を聞いていない」
「ほら早く早く」
サオリは結局先生と一緒にユニットに乗り込んだ。ユニットを収容した私はミサキとヒヨリを探し出すため空へと飛びあがった。
先生って力強いのか弱いのか良く分かりませんね。
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39話
ようやくいつもの更新ペースに戻せそうです。
空から見ると、探し物は見つかりやすい。アリウスの生徒が誰かを追いかけているのが見えた。その誰かは以前トンネルの前で出会った時にサオリに肩を貸していた人物だ。ミサキとヒヨリのどちらなのか分からないが、まあ探していた人物の一人であるのは間違いない。
『見つけた。下りるよ』
「本当か!? ミサキか? ヒヨリか?」
『分かんない、下りてから確認しよう』
さすがサオリは順応が早い。ACに乗った私と会話できる人は先生を入れても未だ少ない。だから多くの人は私と会話をする先生を見て、突然見えない誰かと会話しているように見えている。サオリはユニットの中で私と話しているメカニズムを説明したらすぐに理解してくれた。今サオリは先生のスマホに話しかけている。ふむ……ユニットの中でくらいモニターを用意した方がやりやすそうだ。今度ウタハたちに頼んでみよう。
探していたスクワッドのメンバーとアリウスの間に下りたかったが、生憎そんなスペースはなさそうだった。仕方なく、アリウスの後方に下り、追いかける形にした。
地面に下りた私にアリウスはすぐに気づいた。
「な、なんだ!?」
「あれは、前に話に上がったシャーレのロボット!?」
「い、いや、でも報告にあった姿と違うぞ」
「そもそもあれはエデン条約の時にミサイルで破壊したはず!」
「じゃあなんでシャーレのマークが描いてあるんだ!」
「くそ! お前とお前はあいつを追え! このロボットは私らで何とかする!」
二人抜け出した。良く吠えるな。その人数で私を止めれると思ったか。いや、事前に知ってるならせめてもの時間稼ぎか。まあ遊んでやってもいいが、生憎今は時間が無い。折角だからエンジニア部特製、予算超過してまで作ってくれた『
追いつくのが最優先だ。適当に撒こう。道が狭いこともあってか比較的集まっている。その中心部分に撃てば——
「う、うわっ!?」
一度に全員を制圧することも可能だ。ヘイローは消えてない。あれでも死なないのか。キヴォトス人はつくづく頑丈だな。でも、そうでなければヘイローを破壊する爆弾なんて代物は開発されないだろう。
少し足止めされたが問題は無い。すぐに追いつく。ただどこかで曲がったのか視線上には見えなかった。再び飛び上がると、すぐに見つかった。さっきの騒ぎで多少間が空いている。あれなら割り込める。
私はスクワッドのメンバーとアリウスの間に下りた。両者は突然降りてきた私に驚き、足が止まった。
「も、もう追い付いたのか!?」
「ひ、ひいいぃぃ!? な、なな、なんですかこのロボットぉ!?」
スクワッドのメンバーも足を止めてくれたのはありがたい。追う手間が省けた。追手にはさっさと退場してもらおう。
一発撃つと片方は弾と一緒に吹き飛び、もう一人は着弾時の勢いに巻き込まれた。ヘイローが消えているが、さっきと同程度の衝撃だろうからただ気絶しているだけか。
「レイヴン、降ろしてくれ。そこにいるんだろ」
『ちょっと待ってね』
私がユニットを下した直後、サオリはユニットから飛び出し、左右を見た後すぐに、スクワッドのメンバーへ駆け寄った。
「り、リーダー!? ど、どうしてロボットと一緒に……あ、そ、そのロボットってまさかシャーレの」
「やあヒヨリ、無事みたいで何より」
「せ、せせせ先生まで!? なんでシャーレの先生まで一緒にいるんですか!?」
「それは……」
「リーダーとうとう捕まってしまったんですか!? だから私のところまで……ああ、ついに天罰が下るんですね。そうですね、先生はアリウスから私たちを取り返して自分の手で処罰を下したいんですよね。きっと私たちを噂の地下牢に連れて行く気なんですね。シャーレに反抗した子達のすすり泣く声が聞こえると噂のあの地下牢に!」
はて、シャーレで過ごして数か月経つがそんな声は聞いたことが無い。地下牢があるという話も聞いたことが無いが。
『地下牢あるの?』
「そんなものないよ?」
『じゃあすすり泣く声は?』
「そ、そんなの僕も聞いたことないよ?」
『じゃあなんであんな噂立ってるの』
「なんでだろうねえ」
「うわぁぁぁぁぁぁん! もう終わりです! まだやりたいことも読みたい雑誌たくさんあったのに! リーダーもシャーレの先生に脅されているんですね!? リーダーも苦痛だらけの人生に……」
なんだこの被害妄想激しめの奴は。最近似たような奴を見たような……ああ、そうだミユだ。あの子もなかなか被害妄想が激しかったがこっちは随分と騒がしい。
「ヒヨリを助けに来たよ」
「え、私をですか? そ、そのロボットさんも? え、どうしてですか? もしかして、記憶喪失とか……私たちのこと忘れちゃったとか?」
「先生の言う通りだ。シャーレの先生が私たちを手助けしてくれる」
サオリがそういうとヒヨリはまだ信じられないっといった様子で私たちとサオリの顔を何度も見返している。
「事情は聞いたよ。アツコを助けに行こう」
ヒヨリの顔は驚愕からだんだん落ち着いて、少し俯き顔になった。
「そうだ、姫ちゃん。私たちにアツコちゃんが救えるでしょうか」ヒヨリは俯いたまま黙った。そしてもう一度怯えたような目でサオリを見た。「私は、リーダーの居場所を教えたら、アリウス自治区に戻れるよう便宜を図ると彼女に言われました」
サオリの動きが止まった。その腕は僅かに震えているように見える。
「私はリーダー指示に従ったっだけの存在だから、情状酌量の余地があるのだ、と言っていて……へへ」
「そうか、ならそうするといい」
「サオリ……」
「えっと?」
「彼女に私の居場所を答えて、お前はアリウス自治区に戻れ。そうすれば少なくともお前には迷惑が掛からないだろう」
「え、いや、私は!?」
「いつかこんな日が来ると分かっていた。今まで私について来てくれてありがとう」
「ええと、その、もう断ったんですけど」
サオリの動きは再び止まった。今度は腕の震えすらない。
「え、なんですかその裏切り者に理解を示すムーブ。私ってそんな簡単に裏切ると思われていたんですか」
見た目や言動は味方を売ってでも生き残りそうなやつに見えたのは私だけだろうか。
「そもそも彼女の話が本当かどうかわかりませんし、リーダーとはもう運命共同体みたいなものですし、一人でアリウス自治区に戻ったって意味がないというか……わ、私も、皆でアツコちゃんを助けられるなら、そっちの方がいいと思うんです。リーダーもそうじゃないんですか? だから私を助けに来たんですよね?」
技研都市で会ったあの詐欺師よりよっぽど義理堅いな。それほどサオリが慕われているという事だろう。いやでも、ミシガンも結構慕われていたな。じゃあやっぱり個人の問題か。あと今の状況だと、サオリが冷静さを欠いているのが分かった。ヒヨリの言う彼女、ベアトリーチェの言うことが信じられないのに、サオリはヒヨリたちの保身の話にほいほいついて行こうとする。私は今のサオリが少し危なっかしく感じた。なんだか、あまり自分を大切にしていなさそうだ。
サオリはヒヨリの言ったことに少し遅れてから返事をした。
「ああ、そうだ。詳しい話は全員集まってからにしよう。まずはミサキを探さなければ」
「そうですね……ミサキさんならこの状況をもっとうまく説明できるでしょうし……ミサキさんのいる場所には心当たりがあります」
「そうだな、恐らくあそこだろう」
『場所が分かるなら話が早い。早く乗って』
「だって」先生がスマホをサオリに見せた。
「ああ、了解だ」
「え、あ、あの? リーダー? 一体誰と?」
サオリたちが案内したのは長い間放置されていたという橋だった。大層な橋だ。この地域の惨状の割には立派すぎる。昔は多分栄えていたのだろう。
私は橋の真ん中あたりに下りた。そこにミサキと思わしき姿が見えたからだ。
「め、眩暈がするような高さだね」
『いつももっと高いところ飛んでるでしょ』
「ユニットの中と外じゃ全然違うよ……お、落ちたらひとたまりもなさそうだ」
先生は橋の下を覗いて体を震わせた。そんな先生に誰かが言葉を繋げた。
「そうだね。下の川は水深五メートル以上はある。流れも速いから落ちたらあっという間に流されるだろうね」
「ミサキ」
「ミサキさん」
先生が覗いた側とは逆側に立っていた。それから順にサオリ、ヒヨリ、先生、そして私へと視線を動かした。
「リーダーにヒヨリ……それにシャーレの先生とロボットか。なるほど、そういう選択なんだね。まさかリーダーが、ね。先生もそれを受け入れたんだ。どちらにせよ予想外だったな。でも先生、知ってる? 私たちは先生を始末すればアリウス自治区に戻れるんだよ」
私は少し身構えた。引き金に指を回し、いつでも撃てる状態に。
「リーダーとヒヨリも同じ提案をされたはずだよね」
「ああそうだ。先生を始末すれば私たちの裏切りを許すと」
「私が受けた提案は少し違いましたけど」
裏切り? サオリたちは失敗したから切り捨てられたのではないのか。裏切りとは、一体。サオリが先にアリウスを裏切ったという事か? アズサと同じように? いや、だとしてもサオリは仕事を続けた。失敗したとはいえ役目を全うした。なら、始末される前に自ら離反したという事か。この場合、私はサオリを軽蔑するべきか? いや、先に見限られていたのならむしろ生き残るための裏切りは褒めるべきか? 私だったらどうだろうか。ウォルターに見限られ……た場面が全く想像できない。無いな、ウォルターは絶対私を切り捨てない。失敗したからと言って始末しようとしない。つまりこれはあれだな。ベアトリーチェとかいうやつは手綱の握り方が下手だ。
「危ないミサキ! それ以上動いたら!」
私が考え事をしている間に状況は変化していた。ミサキはいつの間にか手すりの上に立っている。まさか飛び降りるつもりか。
「黙れミサキ」
おっと、なんだか知らない間に険悪になっている。ヒヨリがおどおどした様子でサオリとミサキを何度も見ている。
「それで? 苦痛だらけのお前の人生も安息を迎えたいという事なのか? そんな脅迫が私に通じると、本当に思っているのか? よく聞けミサキ。もしお前がここから飛び降りるなら、私もすぐにお前の後を追って飛び降りる」
後追い自殺か。いつの間にそこまで話が進んでいたんだ。仲間思いが過ぎるぞ、サオリ。取り残されるヒヨリのことも考えるべきだと思う。
「服の中に重りを仕込んでいても無駄だ。すぐに岸まで運ぶ。そこまで長くて二十秒。もしお前が気を失っていたら何度でも心肺蘇生してやる。お前が何度繰り返そうと、お前を生かしてみせる。何度も失敗しているのに、今回は成功すると思っているのか」
なんだ、心中じゃなかったのか。私の早とちりだったらしい。それよりもさっきの発言だとまるでミサキが今まで何度も自殺未遂していることになっている。ミサキは以前会った時、まともな印象があったのだがまさかそんな死にたがりだったとは。
サオリが言い放った後、静寂が残った。それから少ししてミサキは「まあ、自信は無いかな」と言って手すりから降りた。先生とヒヨリは安堵のため息をついた。
「で、結局姫を助けるんだね。いいよ、リーダーの命令なら従う。今回も最後までお供するよ、リーダー」
「ああ、頼んだ」
「はああー……何とかなってよかったです」
「そうと決まれば急ごう。残り時間はあと九十分しかない」
「そうか、零時まであと一時間半か」
『一時間半? 説明と違くない? 夜明け前までの話じゃ』
「説明は後だ。一先ず案内する場所に向かってくれ」
「リーダー? 一体誰と話してるの?」
私はスクワッドと先生を乗せ、ヒヨリの案内の基、指定される場所に向かっていた。その道中、先生は先ほどミサキが言っていた残り時間に着いて聞いた。
「アリウス自治区に向かうにはカタコンベを通る必要がある。カタコンベの入口は判明しているだけでも約三百か所。その中にある本当の入口は限られた数しかなくて、後は全部偽物」
「もし間違った入り口に入れば永遠に彷徨うことになる。だから私たちは正しい入口と、そこからアリウス自治区に通じるカタコンベのルートを暗号で伝えている」
「カタコンベの内部は一定周期で変化するからね」
「内部が変化する?」
「そう。この前通った道が行き止まりになってたりあるいは方向を見失ったり、そんな感じになっちゃう」
『方向を見失うのはともかく、道が行き止まりに変化するって、ゲームじゃないんだから。現実でそんなことが起こるとは思えないんだけど』
「でも実際にそうなんだ。おかげで今までアリウス自治区は誰にも見つからなかった」
「今の私たちはどの入口が本当の入口なのか分からないんです。もう暗号を教えてもらっていないので」
「逃げ出した猟犬に、帰り道を教える必要は無いからな」
『猟犬!? 今猟犬と言った!?』私はその言葉に思わず反応してしまった。
「え、あ、そうだが?」
『サオリは猟犬なのか?』
「いや、ただのたとえ話だ。まあ、やってることを考えれば猟犬と言っても過言ではないと思うが」
『そうかそうか。うん、仲よくしよう。同じ猟犬同士』
「お、おう……ど、どうしたんだいきなり」
「レイヴンはね、前にいたところで猟犬って呼ばれてたというかそれを意識してた時があって、いたく気に入ってたらしいんだよ」
「犬になって喜ぶなんて変な奴だね」
「ま、まあ私たちも彼女に飼われていた犬ですから……始末されようとしてますけど」
後ろで何か言われているが私には全く気にならなかった。それよりも私は同じ猟犬と呼ばれる人物がいたことがちょっと嬉しかった。
やったね、レイヴンちゃん! 犬仲間が増えるよ!(おいやめろ
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40話
学校が忙しくなってきて今の更新スピードを維持できるか心配になってきました。一月を過ぎれば多少落ち着いてくるはずなのですが。
今月中は二日に一本のペースだと厳しいかもしれません。でもなるべく頑張ってみます。
「確かこのあたりのはずです」
飛びだってからしばらくしてヒヨリが声を上げた。ここ、と言われても辺りは変わらず寂れた建物群があるだけだ。しかし、代わりに分かりやすい目印があった。
『あの人がたくさん集まってるところかな』
「なに?」
「そりゃ、まあ。敵さんも思いつかないはずがないよね」
「レイヴン、任せろ。私たちで何とかする」
『いや、私がやった方が早い』
私は敵の真上から奇襲するように落ちた。突然の出現にアリウスは為す術がない。
「なんだ!?」
「ロボットだ! シャーレのロボットが攻めてきたぞ!」
数が多いな。どうやら正解みたいだ。時間が無いみたいなので早々に終わらせる。
建物で視界が悪いので、まずは周りの建物を吹き飛ばした。それだけでも何割かを制圧できる。道に広がるやつらにも何発か打ち込めば大きな穴となる。
夢中で撃っていたらハンドガンがリロードに入った。私は代わりに左腕を構えた。当時はあまり使わなかったブレードだが、弾薬節約には結構役に立つ。ハンドガンの直撃でも死なないんだから、別にパルスブレードでも真っ二つにはならんだろう。多分。
『着☆剣!』
緑色の刃が現れ、私はそれを振った。刃が触れた地面には大きな溝が出来上がる。予想通り、刃が触れたアリウスは真っ二つにならず、刃に押されたまま飛んでいった。
「れ、レイヴン? さっきの掛け声は一体?」
『気にしないで。ルビコンで流行ってたんだよ』
「へ、へえ、変わった流行りだね」
『それより制圧が終わったよ』
私はユニットを下した。中から先生たち四人が出てくる。サオリは降りてから周りを見て感嘆の声を漏らした。
「これだけの数をこんな短時間で」
『まあ、人相手ならこんなもんだよ』
「ひ、ひえぇ……私たち相手なら瞬殺なんでしょうね……」
「ほんと、今敵対してなくてよかったし、あんとき戦ってなくてよかった」
「よし、とにかく敵は居なくなった。今のうちに中に入ろう」
「待って」先生はサオリたちに声をかけた。「僕たちはともかく、レイヴンはどうする? この巨体じゃ地下には入れないよ」
「とはいっても、カタコンベを通る以外に方法は無いぞ」
『問題は無いよ。先生たちがアリウス自治区に着いたら現在地を教えてくれればいい。そこまで飛んでいくから』
「そっか……そういう手があるか」
「どちらにせよ急がなくてはいけないし、この中にまだ敵が潜んでいる可能性もある。今度はレイヴンの支援は無い。気を引き締めろ」
「は、はい」
「うん」
「それじゃレイヴン。また後で」
『先生も気を付けてね』
サオリは先生を引き連れて、まだ原型を保っていた建物へと入っていった。
静かな時間が訪れた。私一人だけ待機し、仲間の報せを待つ。通常なら私は誰の援護も受けられない孤立無援な状態。きっといつ敵がやってくるかひやひやしながら待つのだろう。しかし現実は逆だ。四人もいる先生たちは狭い地下通路の中、私の支援を得る事ができずにいつ敵が襲ってくるか分からない恐怖に襲われている。なおかつ日付が変わる前にアリウス自治区にまでたどり着かなければならない。
私は操縦桿から手を離し、スマホを開いた。日付が変わるのにあと一時間程度余裕がある。アリウス自治区までどれぐらい距離があるのか知らないが、残り九十分であの程度の慌て様なら、そこまで遠くは無いのだろう。
四十分以上経過したころ、私は不意に時間を確認した。残り二十分も無いのに未だ連絡は来ない。私は少しずつ焦燥を感じてきた。本当に先生たちはアリウス自治区に到着できるのか、途中で敵に制圧されてないか、そんな心配ばかりこみ上げてくる。いや、もし何かあれば先生は何か伝えるだろうから、何も連絡が来ないのであれば順調に進んでいる証拠か。
ふとスクリーン上にマーカーが設置された。先生たちが進んだ方向とは微妙に違う、しかしほとんど誤差の約十キロ先の地点だ。このタイミングで一体何事なのかと思った。彼女が再び私に接触してきた。今までとは違う積極性がある。先生たちの連絡がまだだが、どっちみち進む方向が一緒なのだから向かってみてもいいだろう。
私はスマホを納め、操縦桿を握った。
『メインシステム、戦闘モードを再起動』
上空へ飛びあがるとマーカーの場所まで一直線に向かった。
マーカーに近づくにつれ、ただでさえ寂れていた町の風景はより寂れていった。まるで時代が逆行しているかのようだった。そして、人工物よりも自然が多くなってきたころ、ふとトンネルとトンネルの間の短い通路が目に入った。そこで誰かが戦闘していた。一瞬しか見えなかったが、この短時間で飽きるほど見たアリウスの姿だと分かった。そのアリウスと戦っていた人物も一瞬だけ見えた。しかし私はそれを一度疑った。自分の見間違いだと思った。だがしかし、もし見間違いで無ければあれはまさか……聖園ミカ?
そんな疑問を考えさせないかのように先生から連絡が来た。私のスマホに先生の現在地を共有した。結果、先生の居場所はマーカーの場所とほとんど一緒だった。
先生がいたのは遺跡のような場所だった。トリニティであることを考えればそれほどおかしくない建造物だ。
先生たちの様子がおかしい。誰かを介抱しているようだ。私は先生から少し離れた場所に下りた。近づくと彼らが介抱していたのはサオリだった。彼女は苦しそうに呻いている。息も荒い。どこか怪我でもしたのだろうか。
『どうしたの』
「サオリが熱を出したみたいなんだ。一応常備薬を飲ませたんだけど」
「目的地まではまだ距離がある。でもリーダーがこんな状態じゃ先に進めない」
『しょうがない。今ユニットを下すから少しそこで休憩しよう』
私はユニットを下した。先生はサオリを担ぎ中に入っていく。しかしミサキとヒヨリは中に入ろうとしない。先生が中に入ってしまったので私の言葉を伝えてくれる人が居ない。仕方がないのでコックピットを開けた。
「うわ、びっくりした。そういや中にいたね」
「へ、へへ。この感じ、なんだか久しぶりですね」
『あなたたちも少し休憩すればいい。どうせしばらく動けないんだ』
「いいよ、私は。そっちこそ少しぐらい寝ておけば?」
「はい。見張りぐらい、私たちにもできますから……レイヴンさんにはずっと助けてもらってばかりですし」
『私もいいよ。第一、機体の中じゃ寝られない。そこまで器用じゃないよ』
「それもそっか。中、狭そうだもんね」
『もしもの時はユニット背負ってそのまま逃げるから、二人も中入って』
「そ、それなら、仕方がないですね……お先に失礼します」
『ほら、ミサキも』
ミサキはヒヨリが入っていくのを眺めていた。私が催促するとミサキは私を一瞥してユニットの中に入っていった。
しばらくして、スマホを通じて先生の声が聞こえてきた。どうやら寝ていたらしい。そして、僅かに他の声も聞こえてきた。
「あ、ごめん。起こしたかな」
「いや、大丈夫。夢を見ていたみたいだ」
「夢? まあ、こんな状況じゃ、熟睡も難しいよね。ここもいつ見つかるかわかんない。ロボットがでかいし、すぐ見つかるかもしれない。リーダーは、今は寝ているけどあと三十分したら行こう」
「三十分か」
「うん。何かあるなら三十分以内にね」
「それなら……さっきの話の続きを聞かせてくれないかな?」
「さっきの? あんまりおもしろい話じゃないよ」
『何の話? 私が来る前?』
「あ、レイヴンも起きてたのか。うん、レイヴンが来る前にちょっとだけ」
『私も気になるなそれ。話してみてよ』
「えっと……それは」
「ふう……しょうがないね。それじゃ——」
ミサキとヒヨリが話したのは、アリウスで起こった内戦の話だった。内戦がおこった理由は当時幼い彼女たちには良く分からなかったようだ。醜い内戦が続いたある日、マダムが内戦の終結を宣言した。それから彼女は自身を新しいアリウス自治区の代表、そして生徒会長であると言った。そして大人らしくアリウスの生徒に様々なことを教えたそうだ。常識、戦闘技術、トリニティとゲヘナへの憎しみ、全ては虚しいという教え。そして人殺しはここ以外に居場所がないとも。教えに背けば怒られたそうだ。アズサやアツコなんかはよく背いていたらしい。
「ひっ、せ、先生がすごい顔をしています……」
「だから面白くないって言ったじゃん」
「怖いです、大人って怖いです」
『一体どんな顔してるの? 見てみたい』
「あ、ごめん。あんまり人に、生徒に見せる顔じゃないね。そうだな、アツコの話も聞かせてくれるかな? どうして姫って呼ばれているのか」
二人はアツコの話を始めた。彼女は幼いころからお姫様だったようだ。理由は彼女が生徒会長の家系だったから。アリウス自治区の生徒会長は世襲制で、本来なら次の生徒会長はアツコだったそうだ。
「リーダーや私にとって姫ちゃんは羨望の的でした……ミサキさんはあまり興味なさそうでしたけど」
「いや、私も気になってはいたよ。あまり表に出さなかっただけ」
「え、そうだったんですか!?」
「アツコは皆に優しくしてくれた。私みたいな奴なんかにも優しくしてくれた。そういえばまだマスクをしてなかった頃はよく笑ってたっけ」
『あの顔だと笑うと可愛いだろうね』
「はい! アツコちゃんは、笑うととっても可愛いんですよ」
「内戦が終わってからアツコが彼女によって生贄に出されるって噂が流れ始めた。なんでアツコが生贄に選ばれたのか幼い私たちには分からなかったけど……リーダーはそれに納得していなかった。一体どうやったか分からないけどリーダーはアツコを自分たちの所に連れてきたんだ。彼女が簡単に姫を手放すとは思えないから、多分彼女とリーダーの間で何か約束でもしたんだと思う。まあ、そういう感じで、リーダーは私たちと顔を隠した姫、それから途中で合流したアズサを自分の手で指導し始めたんだ。その時の記憶は、正直楽しいことは無かったね」
「あうう。思い出したくないです……あの時のリーダーはとっても怖かったですから」
「その後、私たちはスクワッドと呼ばれ、様々な任務を請け負うようになった。でも、私たちは今、任務に失敗して、姫も捕まった。元々ターゲットだったシャーレと一緒に裏切り者としてアリウス自治区に戻ってきて……笑えない話だね」
「え、えへへへ」
「笑えない話だって言ったでしょ」
「ご、ごめんなさい」
「面白い話をしているな」
話を聞いていると突然サオリの声が聞こえてきた。どうやら起きてきたらしいが、ミサキたちの驚く声が聞こえた。
「リーダー、起きてたんですか!」
「リーダー、体調は大丈夫?」
「ああ、おかげで動く分には問題ない」
「よ、良かったです。もうすべてが終わったと思いましたよ」
「でも、まだ正常なコンディションじゃないことは覚えていてね……さてこれからどうする?」
「今から姫ちゃんを助けるんですよね?」
「ああ、そうだ。アリウス・バシリカに向かい、姫を救出する。目標は最初から一つだ」
「でもどうやってバシリカに進入するの? 私たちがアリウス自治区に入ったことはもうバレているはず」
「ルートはすでに考えている。アリウスの旧校舎に向かう」
「旧校舎ですか!? あそこはもう随分長い間放置された廃墟ですよ!?」
「そこには何があるの?」
「姫から聞いた話だが、かつて聖徒会がアリウス分校を建設する際に、バシリカと校舎を繋ぐ地下回廊を作ったのだとか」
「聖徒会が?」
『あれ、聖徒会って確かアリウスを潰そうとしたんじゃないっけ?」
「うん、トリニティ連合に反対したアリウスのトリニティ自治区脱出を支援したのがユスティナ聖徒会。最も糾弾した彼女たちがアリウスの再建を主導したの」
『案外いい加減なものだね。自分たちが嫌ってたものを助けるだなんて』
「おかげで、私たちは今、バシリカにたどり着く手段を得ている。回廊はかなり昔に作られたものだから彼女が見落としている可能性も高い」
「その回廊の場所は分かるの?」
「いや、まずは回廊を探すところからだ」
「そう」
「でも他に手段も無いですよね、後時間も。どうします? バシリカに強行突破しますか? レイヴンさんもいるので可能だと思うんですけど」
「いや、無理でしょ。バシリカは地下にあるのに、こんなおっきなロボットが通れる通路があるはずないじゃん」
『それを言ったら地下回廊も通れそうにないんだけど、まあそれは着いてからでいっか』
「そうだね、とりあえず行ってみよう」
旧校舎までの道はサオリに案内してもらうことにした。場所が場所なので彼女が直接案内してくれた方がいいと思い、一同はユニットから降りて私は、サオリたちの後ろをちびちびとついて行くことにした。
『そういえば、ここに来る途中でミカを見かけた気がするんだけど、私の気のせいかな?』
「そっか、レイヴンも見たんだね。うん、僕たちはカタコンベに入る直前にミカと会った。今のミカは話が通じるような状態じゃない。勿論ちゃんと話し合えば分かってくれるだろうけど、今はちょっと」
『なに、また敵対してるの?』
「早い話そうだね」
『また面倒になったね』
ミサキがハンドサインを送った。どうやら敵の姿は無いらしい。私は先生と一緒に気持ち隠れながら向かった。
「おかしい……街が静かすぎる。元々人通りが少なかった場所だが、ここまでではなかったはずだ」
「な、なんか変なものも一杯増えています」
「そうだね、違和感は私もある。長い間自治区を離れていたとはいえ、全く別の街になってる」
サオリたちは辺りをキョロキョロ見回しながら言った。私はここが初めてなので特におかしいものは無いように思う。まあ、何本か見える巡航ミサイルは多少おかしく見えるが。
「思い返せば、少しずつ変なものが増えて言った気がします。街の至る所に設置された巡航ミサイルに、補給された、謎の武器……今思えばあの複製も変じゃないですか。なのに、なんの疑いもせずに受け入れてた気がします」
その時ミサキが声を上げた。
「隠れて、誰か来る」
サオリたちは急いで陰に隠れた。ただでさえ図体がでかい私も慌てて路地に入った。近くに広い道があってよかった。陰からそっと顔を出すと、そこにいたのは、先生がエデン条約を奪い返したがために、確保に失敗したはずのユスティナ聖徒会であった。
万歳エディションもっとだしたい……もっと大和魂を……もっと着剣しなきゃ
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41話
私はサオリたちと逆方向に隠れた。向かいでサオリたちが何か話しているが、距離と声量のせいでよく聞き取れなかった。いやそれよりも、レーダー上で赤い点が動き出した。順調に包囲しているらしい。
『先生、アリウスが私たちを包囲しようとしてる』
「え、それじゃあ早く逃げなきゃ」
『いや、もう遅い。もうほとんど終わってる』
まあ、相手は所詮人間。私の敵ではない。先生たちを回収して飛べばいい。それにしてもこんな遠くから包囲してたなんて、最初からばれていたという訳か。なら隠れている意味もない。先生の側に移動するべきだ。
私は向かいの先生が隠れていた場所まで行った。その際に通りを見てみたが、てっきり包囲しているのはアリウスの生徒だと思っていた。しかし着々と包囲の輪を狭めていたのはユスティナ聖徒会だった。耐久戦に持ち込まれる可能性があった。そうなったら私がいるとはいえ、不利なのは自分たちだった。
「すまない、罠だったようだ」
「私たちがここに来ることが分かってたんだ」
「ええ、そうです」
突然女性の声と、見慣れない姿が現れた。その質感からして彼女はホログラムらしい。赤い肌に、白いドレス。鳥の羽を集めたような頭には、羽の部分一つ一つに目が付いている。そしてサオリが「マダム」と呼んだことから、彼女こそがベアトリーチェだと判断した。
「ここは私の支配地。皆さんの位置や目的地、それに至る経路まで把握しております。あなたたちが旧校舎の地下回廊に向かおうとしていたことも知っていました。愚かな子供たち、私に隠し事など不可能ですよ」
「ひ、ひいぃ……さ、最初から」
「私たちは掌の上ってわけ?」
「そういう事です。あなたたちの任務は初めからロイヤルブラッドを古聖堂に連れて行き、聖徒会を顕現させる……それだけです。パスは一度さえ接続すれば後は私が扱えるので。マエストロは作品が奪われるみたいだと嫌がっていましたが」サオリはベアトリーチェをじっと見つめている。彼女はそんなサオリを見て、言葉を付け足した。「まあ、トリニティやゲヘナを占領するなど、私には些末なことです。この自治区が長年抱いていた憎悪を制御するための方便ですから。私はあの学園に何の禍根もありません。そうですね、ですからあなたは任務を遂行したと言えるでしょう。あなたは複製の力を私に提供してくださいましたし、ロイヤルブラッドも素直に生贄としてささげてくれました。あなたは聞き分けのいい子ですね、サオリ」
ベアトリーチェはまるであやす様に、恐らく自分では優しい大人を演じていられるかのようにやけに甘ったるい声でサオリを褒めた。しかしサオリはそんな彼女に良い思いをしなかったようだ。
「やはり最初から約束を守る気は無かったのか」
サオリがそういうと、目だけは微笑んでいたベアトリーチェも真顔に戻り、興味を失くしたようだ。代わりに視線は私と先生の方に向く。
「不毛な争いはこの辺で……私の興味は、そう」
ベアトリーチェは指を鳴らした。すると聖徒会の一部がサオリに向かって引き金を引いた。もろに被弾したサオリはその場に倒れ伏せた。先生がサオリに手を貸そうとすると、それを遮るかのように、ベアトリーチェが先生の名を呼んだ。
「初めまして、先生。私はベアトリーチェと申します。すでにご存じかもしれませんが私はゲマトリアの一員です。通信越しの挨拶となる事をお許しください。それと——」ベアトリーチェは次に私に向かった。「あなたがレイヴンですね。初めまして、ベアトリーチェと申します。単刀直入に聞きますが、あなたは何者ですか?」
私は質問の意図が良く分からなかった。何者か、私はC4-621、旧型の強化人間だ。独立傭兵で、元はルビコンでウォルターの猟犬をしていた。今はシャーレに所属している。そんな自己紹介を頭に思い浮かべた。
「失礼、質問の仕方が悪かったですね。聞き方を変えましょう。あなたは誰に呼ばれたのですか?」
『あなたじゃないの?』
「少なくとも私はあなたを呼んだ覚えはありません。そもそもあなたのようなものを呼ぶ趣味はありませんから。マエストロか、あの黒服か……まあいいです。あなたが知らないのであれば」ベアトリーチェは先生に向き合いなおした。「さて、黒服やマエストロ、ゴルコンダからあなたのことは色々とお話を聞いております」
「あなたがアリウスの支配者である、ベアトリーチェ?」先生は探りを入れるように聞いた。
「はい。そしてゲマトリアの中で現状、唯一の成功者です。ふふっ、私のことが気になりますか? どうやってアリウスを手中に収めたのか、よければあなたが持っている情報と交換することもできますよ?」
「必要ない。あなたの手口は知っている」
「ほぉ。そうですか。一応私の名誉のために言っておきますが、私は何ら特別な力は使っておりません。くくくっ、超能力や洗脳の力があれば楽でしたが、それらは大人のやり方ではありません。ええ。憎悪、怒り、軽蔑、嫌悪——そういった負の感情を利用し、偽りと欺瞞で子供たちを支配してきました……私が来る前からここは内戦が起こっていました。お互いに対する負の感情が、十二分に満ち溢れていました。私はソレを利用しただけ。ですがそういったものであればむしろトリニティの方が強いのではありませんか?」
ベアトリーチェの言う通り、私は抑えきれない負の感情を見てきたばかりだ。現状あの学園を取り巻く闇はどの学園よりも深いだろう。
「私はただそう言ったように動いてきました。生の謙虚さを教える金言は、無価値な空虚へと歪曲し、堕落を警戒する厳格な自責は、逃れられない罪悪感へと歪曲し、事実を歪曲し、真実を隠蔽し、本心を曲解し、嫌悪を助長し、憎悪を煽り、他人を、他人を、他人を——永遠に、互いを、他人とさせること」
私にはベアトリーチェが言っていることが良く分からなかった。難しい言葉を使いすぎなのだ。だがそれでも、その言葉にどす黒い何かが籠っているのは分かる。そしてそんなことをすらすらと話す彼女に向かって、これが彼女にとって簡単なことだと、これが彼女にとっての大人であると思った。私には理解できないものだ。
「楽園は永遠に届かないからこそ、楽園たり得る。その地獄の中で大人は子供を支配し搾取し、捕食し続けます。ええ、誰かにとっては地獄でしょうが、大人にとってはこれこそ楽園。ですからこれも、理解していただけますよね。先生?」
ベアトリーチェは先生に同意を求めた。彼女が先生のことを知っているなら同意を得られないことは分かっているだろう。私だってそんな提案をされても困る。まあ、先生がそれをよしとするなら私も同意するが。
ベアトリーチェは先生の回答を待たずに言葉を続けた。
「そしてどうかこのままロイヤルブラッドを手放してはいただけませんか? あの子は私が丹精込めて教えた生徒なのです。生贄としてささげれば、きっと私たち大人に素晴らしい福音を授けてくれる。気になりませんか? 私が何をしようとしているのか。どんな偉業を為そうとしているのか……今ここで教えて差し上げることもできます。いかがでしょう、先生? 例えば、このキヴォトスが一体どんな場所なのか知りたくはありませんか?」ベアトリーチェは先生だけでなく私にも目を向けた。「この場所は正体不明で、理解などが一切及ばない、神秘と恐怖が入り混じった崇高の転炉。ええ……私は、この世界の真実を教えることもできます。いかがでしょう? これを逃せば、次の機会はないかもしれません」
「そこまでにして」
「ほう?」
「誰かを犠牲にして得る真実なんて興味ない」
「そうですか、先生、あなたはそうなのですね。ではそちらの方はどうでしょうか」ベアトリーチェは私の方を向いて言った。「レイヴンさん、あなたはどうでしょう。あなたもまたキヴォトスの外からやって来た者。この世界の真実に興味がおありでは?」
「レイヴン……」
先生が心配そうに私を見つめた。確かに私にとってここ、キヴォトスは謎だらけの場所だ。一つの学園がまるで一つの国のように機能しているし、学園の生徒には変な輪っかが付いている。生徒全員が銃火器を持っているし、弾丸や爆弾を受けても死なないし、それどころかACの武器でも死にはしない。私の常識を超える場所だ。
『そうだね、キヴォトスは謎だらけの場所だ』
「では」
『でも別に真実を知りたいとは思わないかな。私にはそんなことどうでもいいんだ。少なくとも真実を知らなくても十分生きていける。私には真実なんて必要ない。先生が知りたくないなら私も知らなくていいよ』
私が言い切ると、ベアトリーチェの口元が裂けた。そこから白い歯が見えた。彼女は笑っているのだ。いちいち化け物みたいだ。
「くくくっ、そうですか。やはりこうなるのですか。どうやら私たちは、お互いに違う真実を信じているようです。ええ、私たちは互いに敵対者で間違いありません。ええ、理解しました。あなたの語る楽園はエデン条約なのですね。皆の友情で悪を退ける、単純で理解しやすい世界。くくくっ、どうして子供たちは純粋で単純なのでしょう。楽園の名前を付けたからと言って、変わることはありません。むしろ大人であるならばきちんと子供たちに教えなければなりません。その楽園こそ、原罪が始まった場所だ、と。真の楽園こそ憎悪、怒り、嫌悪、苦痛、悔恨——そういったもので溢れかえっているのだと」
「ベアトリーチェ」先生は彼女の演説を切るように言った。「あなたは生徒たちと、私を侮辱した。そして教えを、学びを侮辱した。私は大人としてあなたを絶対に許すことができない」
先生の言葉にベアトリーチェは据えた目をした。
「それは宣戦布告と受け取っても? いいでしょう、バシリカでお待ちしております。そこで決着をつけましょう……ここまでたどり着けるなら、ですが。さあ先生、不可解なものよ。黒服はあなたを仲間と認識し、互いに競い合える存在として、マエストロはあなたを理解者として認識し、高め合える存在として、ゴルコンダはあなたをメタファーとして認識し、互いを通じて完成する存在として、そして私はあなたを敵対者として認識し、互いに反発しあう存在と信じています。あなたは私の敵です。始末してください」
演説が終わったかと思いきや、急にベアトリーチェの通信は切られユスティナ聖徒会が動き出した。何とか先生を機体の後ろに匿うことは出来た。代わりにサオリたちが前に出て応戦してくれた。この対応の速さ、前もって準備していたらしい。一歩遅れたが私もすぐに応戦した。しかし、ユスティナ聖徒会の強みはその数にあるという。幽霊だとかなんだかのせいで、彼女たちの数は無尽蔵だ。加えて、ここは敵の本拠地。もしかしたら終わりのない戦いを求められるかもしれない。
しかし、その心配は早々に無くなった。と言うよりも別のものが現れたというのが正しい。一点に攻撃を集中し、包囲を突破しようとしていると、私たちがやってきた方向のユスティナ聖徒会が、突然多数消滅した。その現象に敵も味方も一瞬攻撃の手が止まる。そこにいたのは聖園ミカであった。しかし、手を止めたのは一瞬だ。ミカはユスティナ聖徒会の攻撃の合間を縫って、私たちに攻撃した。先生の言葉もあって、すぐにミカも敵であると理解した。
三つ巴の戦いに戦場は混乱した。しかし、若干ユスティナ聖徒会に対して共闘気味になった。おかげで、ユスティナ聖徒会はすぐに全滅し、スクワッド・私対ミカの構図に変わった。こちらは人数有利である上に、先生と私がいる。以前ミカは私と戦い負けている。ルビコン神拳を受け止めるという信じられない業を見せてくれた彼女であるが、そも、その戦いも負けている。つまり私と対峙した時点でミカの負けは決定しているのだ。
わずか数分後、私の手の中で無駄にもがくミカの姿があった。
「ああもう。またこうなるの?」
「ここまで追いかけてきたのか」
「久しぶり……てほどでもないね、サオリ。どうやったら先生が指揮するスクワッドに勝てるか考えたんだけど何にも思い浮かばなかった。だからとりあえずぶつかってみたんだけど、やっぱり強いね先生は。それにレイヴンもいるんじゃ、私なんて手も足も出ないじゃんね……いてて、ちょっと力弱めてくれない? 痛いんだけど。できれば降ろしてくれると嬉しいな。大丈夫だって、こんな状況じゃ抵抗したって無駄でしょ」
私はミカの言う通り、地面に下した。左手を緩めた瞬間、ミカは無理やり私の手を押しのけ、私の元から離れて銃口を向けた。そして私に向けて笑って見せた。まだ、諦めていなかったらしい。
「ミカ、やめて! 今は争ってる場合じゃ!」
先生はミカに訴えかけた。しかしミカはその言葉に首を横へ振った。
「ごめんね先生。私ってば悪い子だから。先生が今どういう状況にいるかは理解してるけど、その言葉には従えない。私は先生を何度も裏切って来たし……今更一回二回増えたって変わらない、うん」ミカは自身に言い聞かせるようにそう言った。
「どうする?」
「せ、先生」
スクワッドは先生に判断をゆだねた。先生は少し考えてから息を一つ吐いた。
「しょうがない。とりあえず、ミカにお灸を添えよう」
「あれ? もしかして私が怒られる感じ? 全く嫌われ者は損ばかりするんだから」
果たして自ら嫌われ役を演じていることは自覚しているのだろうか。先生の置かれている状況を理解した上で邪魔をしているなら怒られて当然だろうに。そも、なぜこんな状況になっている。なぜミカは先生に敵対しているのだ。そんな疑問は今、聞ける状況にない。
『制圧ってことでいいんだよね。捕らえる必要は無いってことでいいね?』
「うん。しょうがない」
「いいね、丁度私もムカついて来たところだったんだ」
「わ、わかりました。戦闘に入ります」
ミサキはランチャーを担ぎ、ヒヨリは排莢を行った。サオリは静かに銃を構える。私もハンドガンを構えた。
「先生相手に勝てると思わないけど、やるしかない。私はやるしかないの」
ミカの目もまた据わった。
書いている途中で、不意にロイヤルブラッドをロイヤルブレッドと書き間違えてしまったんですが、途端にベアトリーチェがパンを求めてる人になっちゃって一人で爆笑してました。
ミカは本当に困ったお姫様ですね。
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42話
制圧となると、案外手こずった。スクワッドと共闘のため、誤射には十分気を付ける必要があった。AC基準では交戦距離が近すぎる。そのため、ハンドガンであっても味方を巻き込む可能性があった。サオリたちが死闘を繰り広げる中、私は構えるばかりで撃つタイミングを計りかねていた。そんなものだから当然、光の大剣も使えるはずがない。
先生の指揮があってもミカはよく耐える。戦闘が思ったよりも長引いているのは別に理由があった。サオリの体調がまだ本調子でない。前衛であるサオリが後衛であるミサキたちを守るのに精いっぱいなのだ。その事に気づくのが少し遅れた。
サオリの体調に気づいた私は、半ば無理やりサオリの前に出た。こんな状況で言葉のやり取りは出来ない。突然のことでサオリは理解が及ばないだろうが、察してほしい。
私にはチーム戦などできない。共闘をやったことはあれど、客観的に見ればひとりで戦っているのと変わりなかった。だから今回も自分のことだけを考える。ミサキとヒヨリは遠距離武器だし、合わせられるだろう、多分。
ハンドガンや肩武器は銃口を見せるだけで十分だ。ミカの動きが一瞬でも鈍ればいい。そうすれば、パルスブレードが当たる。
『着☆剣!』
渾身のブレードは見事ミカの脇腹を捉えた。ミカはブレードに押され、側の建物に激突した。切れないんじゃまるで打撃武器だ。建物に突っ込んだミカに追い打ちするように、ミサキとヒヨリは撃った。
煙立ち込める建物に、私たちは一瞬制圧できたと思った。しかし、その煙を切るようにミカは飛び出した。私はすかさずハンドガンで迎撃した。しかしミカは服装からは想像できないほど軽快な動きで弾を避ける。そして迂闊にも私の前で飛んだ。腕を足場にして飛び越えようと思ったのだろう。良かった。いくら何でも戦闘に関してそこまで頭がいいわけでは無かった。ACはでかいが、動きは鈍重でない。飛んでも反応は出来る。
私は銃口をミカに向けた。空中では避けられまい。ミカの銃口を睨む目つきを見るのもそこそこに、私は躊躇なく引き金を引いた。ミカは大きくのけ反り、その場に落ちた。銃弾をまともに食らったんだ。動けはしないだろう。ただヘイローがまだ浮かんでいるのは信じられないな。
「や、やりました?」
「やっと制圧できた」
「んん……痛ったー。だめ、もう動けない」
そう言いながらもミカは上体を起こした。
『なんで生きてんだ』
「やっぱ、レイヴンに勝とうだなんて無謀だったな」
「ミカ、セイアは多分大丈夫だ。だからトリニティに戻って。これ以上傷ついてほしくない」
「先生……ごめんね。私ったらいつもこう。私には問題児は……先生に何度も迷惑かける問題児は……先生の側にいられないって、分かってる。でも、私には、わたしには」そうしてミカはその場で膝をついた。体が震えだし、流れる涙を腕で受け止める。「私にはもう帰る場所が無いの。私はトリニティの裏切り者で、皆の敵で……セイアちゃんを何度も傷つけた魔女だから……もうナギちゃんにも、大切な人にも、二度と会えなくなる……生徒じゃ無くなったら、先生も私に会ってくれないよ。私にはこれ以上、幸せが訪れないのも分かってる。わ、私は、悪党だから、殺人犯だから……なのにあなたはどうして!?」
ミカは突然顔を上げた。涙と土で汚れた顔はサオリたちを見ている。
「私は大切なものを失ったのに! 全部奪われたのに! あなたたちはどうして?」ミカの訴えにサオリたちは何も言わない。「あなた達がなんの代償も払わずに、何も奪われないでいるなんて……そんなの、そんなこと許したら、私は何者でもなくなってしまう。私は……どうしたらいいの。スクワッドを、サオリをそのままにしておけない。その女が、なんの代償もなく先生の庇護を受けるなんてダメ。だから先生、止めないでね」
ミカは立ち上がった。まさかそんなボロボロの状態でもう一戦交える気か。正気の沙汰じゃない。しかし向かってくる以上、私は応戦しなければならない。私が臨戦態勢に入ると、ミカは私と戦うでもなく、踵を返して路地に消えてしまった。
「行ってしまいました?」
「何なのあの女」
ミサキの言葉には同感だ。今のミカは良く分からない。私が状況をうまく理解できてないのもあるかもしれないが、とにかくミカの言い分が分からない。なんの代償も払っていない? サオリたちは今までに十分すぎるほど代償を払っているし、今もとても大きな代償を払わせられようとしている。一方でミカはどうだ。私には自業自得としか言えない。確か元はアリウスとの和解だったか。それは素晴らしいことであるが、さも全て自分が被害者であるように振舞うのはいただけない。今はどうしてもミカの味方にはなれそうにない。
「ミカ……そんなに私が憎いのか」
『今のミカは何でも憎いでしょ。ちょっとだけ先生に助けられたサオリが、まるで全て救われたように見えてるんだ。今のミカには何言っても無駄だと思うよ』
「レイヴンの言う通りだよ。リーダー、あの女また追いかけてきそうだよ。このままバシリカに突入するのは危険かも。アリウスに聖徒会、それにストーカー……相手しきれないよ」
「このまま地下回廊を目指して、バシリカに突入する。彼女が何を企んでようが、時間が無い。行くぞ」
サオリは先行していった。ヒヨリとミサキもそれに続く。
『先生?』
私はミカが逃げた路地を見つめる先生に声をかけた。先生は「ごめん、行こう」と言ってサオリを追いかけた。あんな状態でもミカを手放しに心配できるとは、よっぽどのお人よしだ。今の先生に私の考えは聞かせられない。先生だけに異様にお人好しな私は、先生を落ち込ませるようなことが言えなかった。でも何か言っておきたいと思った私は、考えに考え、先ほどのベアトリーチェとの会話のことを話した。
『ねえ先生、気づいた?』
「何を?」
『ベアトリーチェ、私と普通に会話できてた』
「それが何か?」
『だって、私声で会話してないのに、スマホが無いと会話できないのに、先生はベアトリーチェにスマホの画面なんか見せてないよね』
「そういえば、そうだね」
『なんか普通に私の思考を読み取って来たってことになるんだけど。化け物じゃん。化け物に人間の考えなんて理解できないって』
「あはは、確かに言えてるかもね。うん、ベアトリーチェは僕の敵だ。彼女からアツコを取り返さないと。今はそれに集中しないとね、ありがとう」
いささか不自然な会話の運び方だった気もするが、先生が元気になってくれたのならそれでいい。サオリに催促されてしまったので私たちは急いで彼女を追いかけた。
「こっちだ」
サオリが案内したのは、随分と年季の入った建物だ。下手したらトリニティの校舎よりも造りが古いんじゃなかろうか。その割にはきれいに残っていると思うが、所々崩れている部分が見受けられた。
「ここがアリウスの、昔の校舎」
「中に入ったの初めてです」
「ここは廃墟と言うより、もはや遺跡だからね」
「む、昔はここで勉強していたんですよね。い、一体どんなことを学んでいたのでしょう?」
「さあね。覚えてる人はもういないだろうね」
「行くぞ。回廊は地下にある」
当然だが旧校舎には人間用の入口しかなかった。私がサポートできるのもここまでかと思ったが、幸いにして、一部天井が崩れている部分があった。そこから中に入ると、入り口の割には随分と広さがある内装だった。流石に少々動きにくいが、十分ACでも動き回れる大きさだ。
中で先生たちと合流し、私が周りを警戒している中で旧校舎を探索していると、ヒヨリが声を上げた。
「あ、ありました!」
ヒヨリの元に集まると、そこには大きな椅子に隠されていたらしい階段があった。先は暗く、何も見えない。サオリが早速階段を降りようとすると、ミサキがそれを止めた。
「待って。リーダーの言葉通り、この階段がバシリカまで一直線につながってるなら、この地形は危ない」
「待ち伏せの可能性なら考えている。一直線の地形ならむしろ——」
「違う、聖園ミカの話。私がミカならどうするか、考えたの。彼女にとって一番の障害は、先生とレイヴン。先生は怪我をさせたくないし、指揮も厄介。レイヴンはどう戦ったって勝てない。私が彼女ならきっと——」
その時、地響きが聞こえた。全員が辺りを見渡し何事かと身構える。
「き、気を付けてください! 後ろから柱が!」
ヒヨリの言葉に振り返ると、まさに建物の柱が落ちようとしていた。他人を考える余裕は無かった。各々が自分最優先で避けた。
埃と土煙で一瞬視界が塞がった。それはすぐに収まり、他の人たちの姿も見えた。
「くっ、先生大丈夫?」
「うん、何とか」
「よ、良かったです。急に柱が倒れてくるなんて」
『みんな無事みたい?』
先生、ミサキ、ヒヨリの声が聞こえたので、全員無事だと私は思った。
「あ、あれ? り、リーダーの姿が見えません!」
「本当だ。リーダー、どこ?」
ヒヨリに言われて初めて気づいた。確かにサオリの姿が見えない。一瞬、柱に潰されたんじゃないかと嫌な想像をした。しかし、すぐにどこからかサオリの声が聞こえた。
「ここだ、反対側にいる」
サオリがいるのはどうやら瓦礫の反対側の様だ。さらに運の悪いことに、廊下の近くにいたせいか、サオリはそちらの方へ逃げてしまったらしい。倒れてきた柱によって分断され、さらに廊下は天井が低くなっているので、ACで跨ぐこともできない。
「瓦礫でよく見えない。怪我はない?」
「ああ、大丈夫だ」
「待っててください。柱を退かしてみます」
『私も手伝うよ』
ヒヨリが柱の残骸に手をかけたので、私もそれを手伝った。しかしその瞬間、また柱がこちらへ倒れてきた。それも何本も。
「あ、ああ! まだ倒れてくるんですか!?」
ヒヨリは荷物を背負ったままで、瞬時に動けなかった。なので私が無理やりにヒヨリを残骸から引き離した。倒れてきた柱は全て、廊下の入口を塞いでしまった。経年劣化のせいか、原型をとどめずに山のように積み重なっていた。
「駄目だ。完全に塞がれてる」
「ど、どうしましょう! リーダーは無事ですか!?」
「こっちで合流できるか探してみる。リーダーもそっちから探してみてくれない?」
「いや、それは出来なさそうだ」
瓦礫の向こうからくぐもった返答が聞こえた。そしてさらに、もう一人分の声が聞こえる。
「良かった、先生に当たってたらどうしようと思ったよ。念のため威力を下げててよかった。それにレイヴンとも寸断できたのは幸運だったね」
「ミカ! やめて!」
瓦礫の奥から聞こえてきたのはミカの声だった。あれから直ぐにまた追いかけてきたのか。いや、それとも先回りして柱に爆弾か何かでも括り付けていたのか。だがしかし、今はそんなことを考えている余裕はない。すぐにサオリと合流しなければ。今のミカはサオリを殺しかねない。
「来るな! 先生! もう時間が無い! 姫を頼む!」
その言葉に先生は動きを止めた。その横からミサキが語り掛ける。
「リーダーの言う通りだよ。もう時間が無い。あるかも分からない道を探している時間は無い。それにリーダーのいる場所にたどり着いても、もう手遅れだよ。今のリーダーがミカに一人で勝てるか分からない。先生、私たちの目的を思い出して」
「僕たちの目的は、アツコを救い出すこと……」
『夜明けまで多分一時間も無い。急いだほうがいいと思うよ』
「でもかといってサオリを放置するわけには」
「先生、あの女は自分のやってることを理解しているみたいだけど、先生はあの女を説得できるの?」
『安心して、私はどうせ地下に行けないから、ここで瓦礫を退かす。先生が戻ってくるまでには救出しておくから』
「最終判断は先生に任せるよ」
先生がどう判断しようが私の仕事は変わらない。私は一足先に瓦礫の撤去作業に移った。本当は『光の大剣』で全部ぶっ飛ばしたいが、サオリごとぶっ飛ばしそうなのでちまちま手で瓦礫を退かす。
先生たちが駆ける音が聞こえた。選択をしたらしい。私は振り返らずに撤去作業に集中した。倒れてきた柱はなかなか多かった。だが、入り口全体が塞がっていれど、上の部分は壁が薄い。一つ二つ瓦礫を退かせば簡単に穴が開く。その穴からはミカとサオリの話し声が聞こえてきた。
「レイヴンが合流する前に早く片付けないと」
「ああ、そうだな。こんなところで猟犬の手を煩わせるわけにはいかない」
猟犬とは誰のことだろう。自分だろうか。他人から猟犬と言われるとなんだか嬉しい、認められた気分だ。思わず口角が上がりながら作業をしていると、爆発の音が聞こえた。それからさらにもう一つ爆音が聞こえる。戦闘が始まったらしい。
「ミカ、私はお前の憎悪に応じよう」
「うん、これなら……これってサーモバリック手りゅう弾でしょ? ちゃんと数、用意してる?」
激しい銃撃戦の音が聞こえる。恐れていた事態が起きた。今のサオリがミカとタイマンで戦っても勝てないだろう。いち早く合流する必要がある。かといって廊下がこの天井の低さじゃ、私は中に入れなさそうだ。ここから支援攻撃をするしかない。ドローンを持ってくればよかったな。
見た目よりもずっと量の多い瓦礫に悪戦苦闘している時、ふと銃撃の音が無くなっていることに気づいた。決着がついたのだろうか。サオリが無事ならいいが。
さらに瓦礫を退かして、ようやく中の様子が見られる程度に撤去できた。できた隙間に手をかけ、無理やり引き抜くと、これまでの苦労が何だったのかと言えるほどに瓦礫が崩れていく。中を見ると、サオリは壁にもたれ掛け、ミカはサオリの前で銃を構えている。まずいと思った私は、ハンドガンだけでも無理やりねじ込んだ。
「やめろ、レイヴン!」
サオリの叫びが聞こえた。私はその言葉に従い、ハンドガンをひっこめた。そして代わりに穴を覗いた。サオリは壁にもたれたまま、私の方を向き「話を、させてくれ」と言った。そしてミカと向き直った。
「アズサは、もともとスパイとして選んだわけじゃない」
「え?」
「あの子は……和解の象徴になる予定だった」
戦闘ができて、マイナー兵器を知ってて……ミカって本当にお姫様ですか?サーモバリック弾とか一体どこで知ったんでしょう。まさか学校? トリニティって結構武闘派なんですね。
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43話
「トリニティとアリウスの和解の象徴……最初にその表現を使ったのは、お前だったな」
「何言ってるの……思い出した。でも、それは先生を騙すために使った方便だよ」
「いや、お前が初めて訪ねてきた時に使った言葉だ。セイアが襲撃される前、いやエデン条約だってまだ決められてなかった頃。お前はアリウスと和解したいと言った」
ミカは何も返さなかった。神妙な顔をしたままサオリが言葉を繋ぐのを待っている。
「私は、アズサなら……あの子ならきっと和解の象徴になれると思っていた。ついぞそれを確認する機会は訪れなかったがな」サオリは僅かに笑って足元を見た。そしてまたミカを見た。「マダムはこの機会を逃さなかった。セイアは彼女にとって厄介な存在だったから。お前は私たちを便利な私兵程度に思っていたのだろう。じゃないと、身内にも極秘のはずのセイアの位置を、教えるわけがない。だが、私たちはそんな便利な存在じゃない。私たちは、ヘイローを壊す方法を学び、訓練した……人殺し集団だ。ミカ、私はお前のことが理解できなかった。何を望んでいるのか分からなかった。単にバカなのかもしれないと思った。でも、もしお前が本当にアリウスとの和解を望んでいるのなら……初めてお前からその言葉を聞いたときも、何をそんな譫言を、と思ったが……もしもそんな未来があるなら、その考えを捨て去ることはできなかった。ミカ、お前は本当に私たちと和解したかったのだろう」
サオリがミカに初めて問をした。しかし、ミカは何も答えない。サオリは数秒待ってから言葉を続けた。
「お前は善意を持って訪ねて来てくれたのだろう。でも、その善意を踏みにじり、この地獄に誘ったのは私だ。お前はその地獄を受け入れられず、記憶に蓋をした。そう、お前だけじゃなく……姫が声と顔を隠して生きなければならなくなったのも、ヒヨリとミサキをスクワッドに引き入れたのも、和解の象徴で無く人殺しとして、皆を欺き踏みにじらなければならないスパイとして送られたアズサも……すべては私のせいだ。私は猟犬なんかじゃない」その言葉は私に向けられたようだ。「私は苦痛をまき散らす、疫病神だ」
私は否定したかった。慰めたかった。でも今の私はサオリに言葉を伝えることしかできない。そも、慰めると言ったって、ありきたりな当たり障りのない言葉しか思い浮かばなかった。
「アズサに聞きたいことがあった。あの子はすべてを押し付けられたにも関わらず、幸せに見えたんだ。誰にも感情を表さず、私たちを受け入れず、孤独を貫いていたあのアズサが」
ふむ、なんだか私の知っているアズサと違うな。私の知っているアズサとは真反対だ。確かに、顔に表情はあまり出ないが、代わりに別のところにたくさん出る。例えば言動とか、羽の部分とかだろうか。前なんてヒフミたちと映画を見た時は私そっちのけでヒフミとずっとペロロについて話していた。そういえばあの時は笑顔だったな。
ゲリラ戦の方法も教えてもらった。ACで実践する機会が訪れるか分からないが、まあ覚えておいて損は無かったと思う。車椅子じゃ何もできないが、今度車椅子でも戦える方法を考えると言ってくれた。まあ、一応期待はしておこう。
「友達と、大人と一緒に、最後には苦難を乗り越えて、晴れやかで青空の満ちた空の下に、進んでいった。私はそんなアズサがうらやましかったんだと思う。だから私はアズサの言葉を否定した。全ては虚しいと言い放った。しかし、結局は認めざるを得なかった。ああ、そうか……私たちの憎悪も、全ては虚しいという言葉も……すべてが嘘だったんだ。愚鈍で惰弱だった私は、疫病神のようにすべてを破滅に追い込んだ。全ては私が原因だった。アズサは私から離れたから幸せになったんだ」
サオリはミカと向き直った。ミカもまたサオリを見つめ返した。
「もう私はこんな有様だ。お前の好きにすると言い」
おいおい、何を言っている。みすみすサオリを死なせるために、話を聞いていたわけでは無い。サオリが死ぬと先生が悲しむ。あとミサキとヒヨリも悲しむ。とにかく死なれると困る。
私は目に見えて焦りだした。その様子を見てサオリは「もういい。私はこれでいいんだ。先生にもそう言っといてくれ」と言った。しかし、私にとってはどうでもいいが先生にとって良くないのだ。先生が悲しいと私も悲しいのだ。
「さあ、お前の奪われた分だけ私から奪うといい。優しいお前を魔女にしてしまったのは、他でもないこの私だ。私は他人からたくさん奪ってきた。これできっと公平になるだろう。
サオリは目を閉じた。そしてその時が来るのを待っていた。私はそれを阻止せんと、より穴を広げ体を入れた。しかし、ミカは動かず、更にはその場に銃を落としてしまった。サオリは目を開け、ミカの方を向き、私は引き金を引くのを止めた。そしてミカは、絞り出すように言った。
「わ、私は……私にはできない。私にはそんなこと、できない。私だって幸せになりたかった。先生にもっと早く会っていれば、そんな機会もあったのかもしれない。これは当然の罰だと受け入れた。でもやっぱり慈悲が欲しくって、何度も祈った。私は私自身の罪をどう償えばいいのか分からない。二度目のチャンスが……先生や他の皆が私のために集まってくれて、やり直すことができる。そんなチャンスがあるって信じてた。でも、無かった。そんな未来は無かったの」
ミカの言うことは間違っている。昨日の先生は明日の聴聞会でミカにチャンスをあげようとした。セイアにもミカと仲直りするよう説得し、実際に機会を与えた。なのに、どういう訳かその全てが無駄になっている。一体何があったのか分からないが、ミカは差し伸べられた手を取れていないのだ。更に質の悪いことに、ミカは手を差し伸べられたことすら気づいていない。私が声を発すれば全て伝えられるのに、伝えることができない現実がもどかしい。
「あなたは私だよ、サオリ。あなたが幸せになれないのと同じように、私も幸せになれない。もう二人とも取り返しがつかないんだよ。二度目のチャンスなんて訪れない。私はあなたに公平な痛みを求めていたのかもしれない。だからこそ、私にはできない。だって、私がこんなふうにあなたの結末を決めてしまったら、私に幸せなんて訪れないって自分で証明することになる」
「ミカ、お前は——」サオリはゆっくり立ち上がった。
「ねえ、なんでヘイローを壊す爆弾を使わなかったの?」
サオリの目が一瞬泳いだ。事情を知っている者からすればそれはしょうがないことだった。しかし、ミカは事情など一切知らない。
「使うチャンスはいくらでもあったはずだよ? 何で使わなかったの? あれなら私に勝てたはずなのに」
「それは……そもそも、私は持っていない。せ、先生に没収されたから」
「え、なんて?」ミカは素っ頓狂な顔をして聞いた。サオリは少しだけ顔を赤らめて「だから、没収されたんだ」と繰り返した。
「先生に?」と聞くとサオリは首を縦に振った。「え、なんで?」
その時、廊下の向こうから足音が聞こえた。まさか敵の追手が来たのか、と警戒したが、その足音には余裕があるようだった。迷いが無い。
「危険なものは僕が没収するよ」
先生の声が聞こえた。私もそうであったが、二人もまた先生が現れたことに驚いている。私はさっき、先生が駆けて行った音を聞いたはずだが、なぜ反対側から先生が現れたのか。
『地下に行ったんじゃなかったの?』
「サオリと一緒に行くんだよ。じゃないとアツコが心配するでしょ?」
「り、リーダー、無事だったんですね。あ、無事ではないですね」
ヒヨリがサオリの元に駆け寄った。肩を貸してサオリは立ち上がる。以前もこういう構図を見たな。
『時間が無いのによくやるよ』
「帰り道はレイヴンが用意してくれてるはずだったからね。すぐに見つければ時間はかからないはずだ」
『それはそうだけど。なら私を手伝ってくれたらよかったのに』
「邪魔になるといけないと思って。それにただ見ておくのは嫌だったんだ。何か行動したかった」先生は次にミカに声をかけた。「ミカ、サオリと戦っていたんだね」
先生がそう言うと、ミカはバツの悪そうな顔をした。こんなことをして、先生に怒られるのは避けられないと思ったのだろう。しかし、先生は意外にもミカに謝った。
「ごめん」
「せ、先生!?」
「僕がミカにちゃんと説明しないといけないのに、できていなかった。僕もミカと向き合って話をしないといけなかった」
「先生は悪くないよ! 悪いのは私……先生が謝る必要なんて」
「一人の生徒の命がかかってたから、サオリの手伝いをしているんだ。だから、アツコを助けたら一緒にトリニティに戻ろう」
「そ、そんなことしたって、もう何も変わらないよ。もう退学は決まってるし、セイアちゃんだって私のせいで」
「僕が手伝うよ。僕はミカがどんな子なのか知ってる。どうしてこんなことをしてしまったのかも知ってる。だから、僕がミカを手伝うよ」
「何を言ってるの? 私のことちゃんと知ってる? 私は魔女だよ。私が犯してきた罪のこと知ってる? それが償っても償え切れないこと分かってる?」
「そうだね。ミカは悪い子だ」
ミカは自分で自分を貶しておきながら、いざ先生に改めて言われると、言葉をつぐんだ。
「人を騙し、己を騙し、他人を傷つけて、自分も傷ついた。そんなことをしておきながら、自分でそれを受け止めきることができず泣いてしまう子だ」
ミカの顔は下がり、体が僅かに震えている。恐らく今にも涙を流しそうなのだろう。だが先生の言っていることは事実だ。
「——でも、和解の手を差し伸べようとする優しい子だし、嫌われていることを恐れて自傷してしまう、不安定な子でもある。ミカは魔女じゃない。ただ言うことを聞かない不良生徒だよ」
その言葉にミカは顔を上げた。先生の方を向いているせいで、どんな顔をしているのか私には分からなかった。
「だから、ちゃんと話を聞かせてほしいな」
先生の言葉に、ミカは返すのに少し時間がかかった。
「なんで……そのまま振り返ってくれなければよかったのに。どうして私を苦しめるの? どうしてまだチャンスがあると信じさせるの?」
「大丈夫、まだあるよ。チャンスが無ければ作り出せばいい」
「そ、そんなの無茶苦茶だよ」
「もしそれがだめでも、また作ればいい。失敗しても、何度だってチャンスは作り出せる。ミカ、サオリ、一度や二度の失敗で道が閉ざされるなんてことは無いんだよ。この先に続く未来には、無限の可能性があるんだから」
ああ……いいな。先生の言葉は。私までも救われそうだ。私にもチャンスはあっただろうか。ウォルターを救えたチャンス。エアと決別せずに済んだチャンス。チャティやカーラを死なせないチャンス。ラスティと戦わずに済んだチャンス。あっただろうか……いや、無かったのだろう。チャンスを作るチャンスなんてなかった。私の前には暗闇しかなかった。それはまるで私が自分で道を切り開いているかのように錯覚させた。私は決められた道を、飼い主の手助けを受けながら進んでいるだけに違いなかった。
「チャンスが無いなら私が何度も作るよ。生徒が諦めるなんてあっちゃいけない。そういうことは大人に任せて」
すべてが終わった後にチャンスは訪れない。ミカやサオリはまだ終わってない。だからまだチャンスは作れる。
傭兵が過去を考えるべきでない。今の飼い主は先生だ。過去の飼い主のことなんて忘れるべきだ……やっぱり忘れられないかもしれない。許してくれ先生。先生のことも忘れるまでは忘れないから。
「よくもまあ、私のバシリカを前にしてそんな戯言が吐けますね」
突然いるはずのない声が聞こえた。先生とミカたちの前にベアトリーチェのホログラムが現れる。
「ベアトリーチェ!」
「興が覚めました。見世物はここまでといたしましょう。あなたたちの位置を知らないとでも? いいえ、私はただ見守っていただけ。こんなつまらない余興は終いにしましょう。全力をもってお相手します。さあ、儀式を始めましょう」
「そ、そんな!? まだ日は昇ってないはずです! 儀式は夜明けのはずでは」
「何を勘違いしているのですか?」
ベアトリーチェの口元が裂けた。声は大きいが、表情は愉快に見える。まるで種明かしをしているかのようだ。
「日が昇るまで待つはずがないでしょう?」
先生たちの周りに聖徒会が顕現しだした。こんな狭い廊下に多くの生徒会が現れる。その中に一人だけ様相の違うものがいた。見るからに両手の武装がおかしい。
「さあ、ユスティナの聖女バルバラ。戯言ばかりの先生の口を塞ぎなさい!」
まずい。向こうの狙いは先生だ。私は咄嗟にバルバラと呼ばれる、重火器を持った聖徒会に向けて引き金を引いた。狭い廊下の中、ハンドガンの弾は廊下を壁を破壊しながらバルバラに着弾した。バルバラは吹き飛んでいったが、何事も無かったかのように立ち上がった。
『今のうちにこっちへ』
他の聖徒会はスクワッドが対応してくれたらしい。先生は何とか無傷だ。しかしこんな狭い場所では先生を守りながら戦うのは不可能だ。私の誘導に従って、先生は走って廊下を抜けた。その次に後衛のヒヨリとミサキが抜けて、最後にサオリとミカが廊下を抜けた。
「時間が無いのに!」
ミサキは苦しそうにつぶやいた。元々時間が無かったのに、ベアトリーチェは時間を繰り上げてきた。本来ならこんな奴ら無視して進むべきだが、かといってこいつらを後ろに残したままにするのも不安だった。
廊下からこちらへやってくる以上、一度に相手する聖徒会の数は少ない。つまり各個撃破が可能だ。順調に撃破していくので、すぐにバシリカまで向かうことができるかと思ったが、バルバラが廊下から出てきた時、全てがひっくり返った。多数の銃弾を物ともせずに、こちらに向けて撃ってくる。私がもう一度ハンドガンを撃つと、また飛んでいったが、なんともないように立ち上がる。
『うっそでしょ。なんか効いてないみたいなんだけど』
「まずいね、これは」
「ど、どうしましょう!」
「ぐっ……」
その時、ミカがサオリたちの前に出た。廊下から抜け出そうとした聖徒会を二人とも消滅させる。
「ミカ!?」
「アレは私がひきつけるよ。サオリ、あなたがあの子を助けたいと願う理由が少しわかるよ。私も、そうだったから……先生もごめんね、いつも問題ばかり起こして。そしてありがとう。私にまだチャンスがあると言ってくれて」
『私も残ろう』
「レイヴンまで」
『どっちみち私は地下に行けないんだし、あのバケモン、私だって倒せるか怪しいのにミカ一人に任せられないでしょ』
「ほら、早く行って! 時間が無いんでしょ!?」
「ミカ、レイヴン、気を付けて!」
先生たちは椅子の下に隠されていた地下階段をかけていった。少し遅れてサオリもそれに続いた。
「レイヴンも残ってくれるの? 味方になると結構頼もしいね」
ミカと直接話すことができない私は、仕方なくコックピットを開けた。
『あの化け物は私に任せて』
それだけ表示して私はすぐにコックピットを閉めた。
「おっけー。じゃあ周りの雑魚は任せてよね!」
ミカは挑発するように聖徒会に威嚇射撃をすると、聖徒会が出てくる廊下の隣にある、また別の廊下に走った。聖徒会たちはミカの挑発に乗って彼女を追いかけだした。私の前には、挑発に乗らなかった聖徒会たちとバルバラが立ちはだかった。
先生はチャンスを何度も作れると言ってましたが、レイヴンにはそんなものありませんからね。全て失った後にチャンスは訪れませんよ。まあキヴォトスではまだ失ってないのでチャンスがありますけどね。
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44話
まずは周りの雑魚から片付けよう。数を減らせば戦闘が楽になる。そう思ってバルバラの取り巻きを処理していたのだが、全く数が減らない。無限に出てきそうな勢いだ。全滅させるのは無理かもしれない。バルバラまで無限に湧いてきたら、どうしようもない。それは無いと信じよう。
ついにバルバラが発砲した。両手に持っているガトリングから想像した通り、濃密な弾幕だ。こちらが撃っても撃っても傷つく様子が無いし、あの弾幕の濃密さ。人が戦うには不利だ。私じゃないと有利に攻撃できない。流石に体力が無限にあるわけがない。外見上体力が減ってないように見えるだけだ。が、倒すのに弾数がいるならそれだけで厄介だ。こちらの弾薬は無限ではない。
目的を変えよう。奴を倒すのは諦めるべきだ。元々の目的はアツコを助けることなので、先生がアツコを抱えてきたらさっさと逃げればいい。勿論倒せるのなら倒した方がいいだろう。
私はバルバラが発砲しているところに体を出した。機体はガトリングの銃弾を受けても無事、ではなかった。APの数値が僅かずつ減り、スタッガーのゲージまで増えた。私は驚き、急いで柱に隠れた。当然こんなもので機体を隠しきれるはずはなく、手足に被弾し続ける。幸い手足ではたいしたダメージではないが、奴が回り込めばそうもいかない。私はたまらず壁を突き破り外に出た。
今まで銃弾を受けても全くの無傷だったので、今回もなんともないだろうと思ったが、流石にバルバラの持っているガトリングはそうはいかなかった。屋内だったので必然的に近距離で受けたのもあるだろう。こうして外に出れば射程外に出れるはずだ。
私は外でバルバラが追ってくるのを待った。少しして、バルバラが外に出てきたが自分の予想外なことに、他の取り巻きが外に出てきていないのだ。まさかミカの方へ行こうというのか。
最初に何人向かった。今何人の聖徒会がいる。全員向かったのか。それともバルバラ以外はさっきの部屋で待機しているのか。もしバルバラ以外の聖徒会が全員ミカの方へ向かったとして、ミカは対処できるのか。分からない、全く分からない。ミカの戦闘力は如何ほどだ。さっき戦った時、ミカは意外にも高い戦闘力を見せた。あの動きができるなら大丈夫か? いやでもミカが戦ってるのは屋内だから……屋内なら家具に隠れられるし……駄目だ。
『分かんない! 全員ぶっ倒す!』
全員始末すれば何ら問題は無いのだ。私は残弾数を確認した。その時、光の大剣に目が行った。ハンドガンでダメなら、これでやってやる。私は迷わず構えた。これにはチャージが必要だ。視界の片隅にやって来た銃口から、青い光が発せられた。それは光球となり、だんだん膨らんでいった。
以前、この肩武器を受け取った際にたまたまアリスがエンジニア部に遊びに来ていた。アリスが持っている光の剣を参考にして作ったこともあり、彼女から『光の大剣』という名前を貰った。アリス曰く、自分が撃つ時はある言葉を発しているらしい。だから私も真似をしてみると言いそうだ。その言葉は確か——
『光よ!』
その光はとても神々しく、太かった。私が知ってるレーザー類よりも倍はあったのではないかと思う。バルバラの全身を飲み込むには十分すぎた。強大な反動に、体勢を崩しかけた。数秒程度の照射の後、レーザーはだんだん小さくなり、最後は糸の様になって消えた。スクリーン上に『OVERHEAT』の文字が現れた。一発でオーバーヒートしてしまうとは、実用性が低いが浪漫はたっぷりだし、火力は目を見張るものがあった。後ろの校舎はレーザーの形に穴が開いていた。
照射された跡にはバルバラが立っていた。黒い煙を上げている。焦げたか。しかしヘイローは失われていない。消える様子もない。まだ生きている。
『嘘でしょ、あれでも死なないっての?』
正直ACでも、あれは当たり所が悪ければ一発でアウトだろう。当たり所が良かったのか、いやそもそも全身が飲み込まれたのに、当たり所も何もないだろう。奴の体力の底が見えない。だがしかし、全くダメージが無かったわけではなさそうだ。ふらふらとしており、私を狙う様子が無い。私は駆けた。ブレードを構え、バルバラを袈裟切りにした。実際はこのブレードで両断することはできないので、地面に叩きつけられる形となった。
力いっぱい叩きつけると、地面が割れ、バルバラは武器を両手から離した。反動で上がった手が地面に下りると、ついにバルバラのヘイローが消えた。しかし、体が消える様子はない。聖徒会は力尽きると、幽霊のごとく消える。体が残ったままなら、気絶しているという事だ。あれだけの攻撃を喰らってようやく気絶か。願わくば先生が戻るまでずっと気絶しておいてほしい。
私はミカを援護するべく、急いで屋内に戻った。懸念していた通り、バルバラ以外の聖徒会は全てミカの元に行っていた様だ。屋内へ入る時に廊下から湧いて来た聖徒会を二人倒した。それから部屋にいた五人を薙ぎ払い、ミカが逃げた廊下を覗いた。大量の聖徒会がいる。ミカの姿は無かった。私はハンドガンを廊下に差し込み、マガジン内を全て撃ち尽くした。光の大剣はまだオーバーヒートしている。
数回マガジンを交換したところで、ようやく廊下にいた聖徒会が全滅した。とはいえ休めるわけでは無い。未だ聖徒会は湧き続けている。無限に湧いて出てくる。このままでは先にこちらの弾薬が尽きてしまう。少し節約しなければならない。右手のハンドガンを銃と言うよりも鈍器として使うことにした。それと左手を主に使うことにした。ブレードを振り回して、クールタイム中はルビコン神拳を振り下ろす。
どれだけ戦っていたか分からない。空はもう朝陽が見えようとしているし、敵はほとんどこちらで引き付けているはずなのに、ミカは戻ってこない。聖徒会の数も減らない。平行線が続いていた。
弾を節約しながら戦っているとはいえ、そろそろ三十パーセントを切りそうだ。先生はまだ助けられてないのか。それと同時にミカが戻ってこないことが気になった。聖徒会はミカの元へ向かう前に私が全て処理している。だからここへ戻ってきてもおかしくないはずだ。
私は隙を見て、ミカが進んでいった廊下を覗いた。すると廊下の向こう、恐らくここと同じような部屋を聖徒会が横切っているのが見えた。何という事だ。全て処理していたと思っていたが、敵は反対側からも湧いていたのだ。
『くそ、あれじゃ結構な数がミカの方に』
今すぐにミカの元へ行くべきだろう。一瞬、前に古聖堂で会った異形の聖徒会が見えた。
しかしその時、横から多数被弾した。APの減り方とスタッガーゲージの溜まり方で、すぐにバルバラだと気づいた。とうとう目覚めてしまったらしい。前と位置が逆転しているが、私の後ろには光の大剣で開いた穴がある。そこからまた外に出て距離を取ればいい。実際に私は、その場から距離を取るように穴へ向かって外に出た。校舎程度の厚さなら体当たりで十分壊せた。バルバラは中に入って来たが、予想と反して私ではなくミカの元へ向かおうとした。光の大剣を喰らって、私にはかなわないと判断したか、先にミカを倒して数を減らす方に注力したようだ。
私は慌てて屋内に戻った。するとバルバラはそれを待っていたかのように私へ発砲した。私の反応から自分の攻撃が有効だと学んだのだろう。確かに有効であるが、ダメージは微々たるものだ。久々にダメージを受けたので私は大げさなリアクションを取ってしまったが、それが敵に自身を過大評価させたらしい。実際は一分ほど当て続けなければまともなダメージにはならない。
私は被弾しながらも、バルバラへ駆けた。奴は自分の攻撃を信じているのか動こうとしない。その慢心が命取りだ。私はバルバラを掴み上げると、そのまま地面に叩きつけた。そしてハンドガンを七発撃ちこみ、ブレードでも二回薙ぎ払った。最後に、四つん這いになってようやくクールダウンが終わった光の大剣を押し付けた。
『いい加減に死んでくれ……光よ!』
光球はレーザーとなり、至近距離でバルバラを飲み込んだ。直後、地面が崩れ穴へと落ちていく。光の大剣で床に円状の穴が開いてしまった。私はバルバラと共に、穴へ真っ逆さまに落ちてしまった。
着地したのは地下の、恐らくバシリカと呼ばれる場所だった。一目見て神聖な場所なのだろうと分かった。古聖堂に行った辺りでそういう建築の雰囲気は学んだからだ。地下にこれほど広い空間があるとは思わなかった。
「れ、レイヴン?」
その声で私の僅かな観光気分は現実へと引き戻された。周りには私を見ている先生とスクワッド、それとベアトリーチェの姿があった。
「なぜあなたが落ちてくるのですか? 私はバシリカの兵を呼んだはずですが」
『さあね、私にはそんな声聞こえなかった。届いてないんじゃないの?』
「いえ、今まさに兵がここへ集まろうとしているのです」
ベアトリーチェはやけに自信満々だし、先生たちは辺りを警戒している、それほどまでに彼女の発言は現実に起こり得るという事なのだろうか。まあ確かに、あいつらは無限に湧いてくるから、私が処理しなくなって数が増えているだろう。今にも大挙して押し寄せてくるかもしれない。
しかし、待てども誰も来る様子はない。代わりに何かの音楽が聞こえてきた。私は以前この音楽を聞いたことがある。記憶を遡ってみると、それはミカが檻の中で聞いていたものだ。
「この歌は?」
「これは……キリエだ」
「ミカ!」
「なりません!」キリエが聞こえてきた途端にベアトリーチェは慌て始めた。初めて彼女がペースを乱されるところを見た。「なりません! 私の領地で慈悲を語る歌を響かせるなど!一体どんな手段を? 楽器も蓄音機も全て破壊したというのに……まさか奇跡とでも? なりません! 生徒は憎悪を、軽蔑を……呪いを謳わなければなりません! お互いを騙し傷つけあう地獄の中で、私たちに搾取されなければならないのです!」
ベアトリーチェはヒステリックに叫び散らかした。それに対して先生は冷たく「黙れ」と言った。その一言だけでも普段の先生とは全く違う印象を受けた。
「何?」
「私の大切な生徒に話しかけるな。あなたは偽りの教育で生徒を騙した。私はあなたを絶対に許さない」
終始静かに語りかけた先生はきっと激怒しているに違いない。自分をないがしろにしてまで生徒を愛する先生が、生徒をないがしろにする当人を前に起こらずにいられるはずがないのだ。
「よ、よくも……良くも私にそのような言葉をぉぉぉおお!」
ベアトリーチェはまたヒステリックに叫んだかと思うと、だんだんその造形を変えていった。かろうじて人の姿をしていたのにそれすら捨てきってしまえば、ただの化け物だ。人型でなければ雀の涙ぐらいはあった罪悪感も無い。つまり快く銃弾を撃ち込める。
「ま、また変わり始めましたよ!?」
『うっわぁ、すっごい気持ち悪い。アイビスシリーズの足より細いよあれ。生き物として破綻してない?』
「ああ、そうだサオリ、あなたを新しい生贄としてささげましょう! 貴様が計画を台無しにしたのですから、貴様が代償を払うのです」
何を言っているんだと思った。自分から生贄になろうとするやつはいない。しかしサオリは「いくらでもどうぞ、マダム」と生贄を了承してしまった。思わず私はサオリの方を向いてしまった。ヒヨリやミサキも同じように思ったらしい。
「り、リーダー!?」
「何をバカなことを言ってるの!?」
「私にまだ払える代償があるなら、むしろ感謝したいくらいだ」
サオリはもう十分に代償を払ったと思う。これだけ払ってなお払い足りないと思っているのだろうか。しかし、話し合う時間は無い。
「さあマダム! 私はここにいるぞ!」
サオリは挑発までしている。急いで戦闘の準備をした。
全体的に細くなったベアトリーチェはまるで木の様だ。実際に木の枝みたいなものまで伸びている。となれば頭のあれは花だろうか。私の狙いは自動的に頭に向かった。あそこが一番狙いやすかったし、狙いたくなる造形をしている。真ん中に当たれば百点だ。
私はベアトリーチェの頭を狙って引き金を引いた。的が大きいとマニュアルでも照準がしやすい。弾丸は見事、頭の真ん中に命中した。ベアトリーチェは奇怪な悲鳴を上げてのけ反った。バルバラと戦った時よりも反応が大きい。腕で頭を覆っているし、相当痛かったのかもしれない。
私の中で一つの仮説が生まれた。私はその仮説を実証するため、ベアトリーチェに接近し、ブレードで薙ぎ払った。予想通り、片腕が飛んだ。ベアトリーチェは同じような悲鳴を上げる。これで私の仮説は立証された。異形と化したベアトリーチェはバルバラよりも、キヴォトス人よりも脆い。
『弱いね』
私は一言、そう思った。ベアトリーチェにもそれが伝わったのか、悲鳴とは違う鳴き声を上げた。私はそれに構わず引き金を引いた。残弾が少ないことをすっかり忘れて、何度も撃ちこんだ。
『右腕武器残り三十パーセント』
『しまった。残弾少ないんだった』
COMの声でようやく思い出した。私は代わりにブレードで薙ぎ払った。ベアトリーチェの体は三分割された。真ん中だけ異様に短い。光の大剣が使えれば即座に消し飛ばせていただろうに。余計な痛みを味合わせずに済んだろうに。私はとどめに、ベアトリーチェの頭に一発撃ちこんだ。彼女は動かなくなった。
振り返ると先生たちは呆然と私を見つめていた。
『終わったよ』
そう伝えてみたものの先生はスマホを見ようとしない。
『ほら、早くアツコを助けないと』
また振り返るとアツコは十字架に磔にされていた。やっぱり先生はスマホを見ない。誰も動かないので、私は仕方なくアツコが磔にされている十字架を折り、ヒヨリたちの前に置いた。
「あ、ひ、姫ちゃん!」
ヒヨリがようやく我に返り、声を上げた。その声に他の全員も我に返ったようだ。サオリたちは急いでアツコを十字架から解いた。マスクを外すと、アツコは目を閉じたままだ。見ればヘイローも浮いていない。しばらくアツコの様子を見ていると、彼女の頭にヘイローが顕現した。それからすぐにアツコの目が開いた。
実際ベアトリーチェってゲーム内でもバルバラより楽に倒せましたし、ヘイローも無いですから、あれだけ細いならパルスブレードで十分両断できるでしょう。
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45話
「サオリ、ちゃん?」
「アツコ!」
「姫」
「姫ちゃん、気づいたんですね!?」
「サオリ、ミサキ、ヒヨリ、皆おはよう」
アツコが皆にそういうと、サオリはアツコを抱きしめた。そしてもう一度アツコの名前を呼んだ。
「さ、サオリ?」
「良かった……本当に良かった」
「う、うん?」
アツコはいまいち状況を理解できていないようだ。
「アツコ……生きてくれてありがとう、本当にありがとう」
「うん」
サオリの肩が震えている。さっきの言葉も、最後の方は震えていた。
「サオリ、泣かないで。私は大丈夫だから」
アツコがこちらを向いた。私と先生を見て、僅かに目を見開いたのが分かった。
「先生とあのロボットさんが手伝ってくれたんだね」
「ああ、そうだ。これでもう、大丈夫なんだな」
「うん、きっと大丈夫。全部終わったんだよ」
そう言って、アツコはサオリを抱きしめた。
「く、ぐぅ」
折角の感動的な場面に水を差す声が聞こえた。ベアトリーチェは三分割されても、頭に銃弾を受けても未だ息があった。私は再度とどめを刺そうとしたが、先生がそれを止めた。
「もう終わりだよ。ベアトリーチェ」
「よくも……わ、私はまだ……まだ! たかだか儀式を中断できただけで図に乗らないでください! 私にはまだバルバラもバシリカの兵もいます! 複製の能力だって残っています!」
その図体のどこに口があるのかはわからない。この期に及んでまるで負け惜しみのように言う様は、もはや滑稽だ。負け犬の遠吠えと言う慣用句が実によく合うと思う。
「一度の勝利で終わるなど——」
「いいえ、このお話はここで終わりです」
その声はあまりにも突然だった。そのせいだろうか、私はその異質な存在に、声を聞いて初めて気づいた。まるで最初からそこにいたかのようだ。
「ゴルコンダ!」
ゴルコンダと呼ばれるその存在は、茶色いコートを羽織り、手足は黒かった。頭は無く、首からは黒い煙が上がっている。片手には杖を、もう片手には写真を持っている。その写真は白黒で、帽子をかぶった顔の無い頭、もしくは後姿が映っていた。私はその写真を遺影だと思い、単純にその写真の主をゴルコンダだと思った。
驚いているのは勿論私だけでは無かった。先生もまた後ずさり、警戒の姿勢を見せている。そんな先生に、ゴルコンダは気さくに話しかけた。
「ああ、落ち着いてください。驚かせてしまったのなら申し訳ありません。私はゲマトリアのゴルコンダ……挨拶は省略しましょう。もしかしたら私たちは以前、出会っているかもしれませんから」
私は先生を見たが、先生は何の反応も見せなかった。ゴルコンダの言葉の意味は、私には分からなかった。
「私は戦いに来たのではありません。マダムを回収しに来たのです」
「私を!?」
「それに戦闘で勝てる自信もありません。ゲマトリアが皆マダムみたいに怪物になれるわけではないのです。怪物になったとしてもそこのロボットに一蹴されるのがオチでしょう」ゴルコンダの体は私たちから、ベアトリーチェへと向いた。「さあマダム、これで先生はあなたの敵対者ではないと証明されました。これはあなたの物語ではないのです。あなたが起こした事件、葛藤、過程の数々……それらは知らずとも良いものに格下げられました。あなたは主人公どころか……敵対者でもない。ただの舞台装置だったのです」
「く……ぐぅ!」
「先生」ゴルコンダの体は再び先生に向いた。「あなたが介入すると、全ての概念が変わってしまいます。元々この物語の結末はこうではなかったのです。友情で苦難を乗り越え、努力で打ち勝つ物語? 私が望んだのはもっと文学的なテクストだったのですが……ああそれと、レイヴンさん。あなたの存在もまた異質です。あなたが介入したせいで、ただでさえ変わってしまう概念が更に変わってしまう。厳密にいえば簡略化されてしまうのです。あなたが居なくてもこの結末は変わらなかった。しかしあなたが介入したせいでこの物語は簡略化された。せめてマダムとの戦闘も、もっと文学的なテクストが用意されたでしょう」
私と先生はその言葉に何の返答も行わなかった。そんな私たちの態度にゴルコンダはすぐに謝罪した。
「ふむ……申し訳ありません。ご気分を害されてしまったようですね。それでは、私はマダムを連れて帰ります。ほらマダム、起きてください」
ゴルコンダは持っていた杖でベアトリーチェの頭を小突いた。自分でやっておいて何だが、三分割された相手に起きろとは、理不尽な要求をするものだ。しかしベアトリーチェは頭だけの状態から、その花開いた頭を閉じると、細かった体がみるみる太くなっていった。そしてものの数秒で上半身を戻してしまった。あそこまで見せられると本当に化け物だ。しかし私に切り落とされた片腕や下半身は戻っていなかった。
ゴルコンダは中途半端に戻ったベアトリーチェの襟元を掴むと、そのまま引きずった。おおよそ生き物を扱っているとは思えない、持ちずらい物を無理やり引っ張っているような運び方だった。
「待って!」
先生はゴルコンダを呼び止めた。その声に彼は立ち止まり、先生へ振り向いた。
「もしかして私の邪魔をするつもりでしょうか? どうかそのような判断はなさらないでください、先生。例えば……私は様々な道具を作成できます。あなたが持っているヘイローを破壊する爆弾も私の作品です。ああ……安心してください。ここで爆発させる気はありません。あなたには効果が無い上に、その実験は結局失敗の様でしたから。その爆弾が実際にヘイローを破壊できるかどうか、一度も確認することができませんでした。私の計画は断じてそうではなかったのですが……まあとにかく、それは廃棄する予定です。ですからマダム、実験は失敗です。帰りますよ」
「ゴルコンダ!」
ベアトリーチェは忌々しく名前を呼んだが、片腕と下半身を失い、襟首をつかまれている彼女には何もできなかった。私たちは姿が見えなくなるまで、ゴルコンダと彼に引きずられるベアトリーチェを眺めていた。
先生は振り返った。私もそれに合わせて振り返った。サオリたちはすでに再開の挨拶を終えていた様だ。
「皆、大丈夫?」
「うん、辛うじて」
「も、もう本当に大丈夫なんですよね」
「ベアトリーチェは?」
「逃げたよ」
「逃げた?」
「でも、もう二度とみんなを傷つけることは無いはずだよ」
先生はそういうものの、サオリたちの顔は晴れなかった。散々苦しめてきた相手が逃げたことに思う所があるのだろう。相手が生きている以上、また接触してくる可能性を捨てきれずにいるのだろう。
アツコが私たちに近づいて来た。
「先生、私たちを助けてくれてありがとう。レイヴンも」
『先生の頼みだったから、仕方が無かったんだ。まあ結果的にうまく行って良かったよ』
「もうマスクは付けなくていいの?」
「うん大丈夫。なんでマダムが私にマスクをつけさせてたのか分からなかったけど、アズサの爆弾に巻き込まれたときに、私の体を保護してくれた装置があって、多分それを起動させるのに必要だったんだと思う。結局マダムは私を守るためにあのマスクをつけさせたんだろうね」
「それじゃ、これからもマスクはつけておこうか。アツコが傷つくと悲しむ人がいるから」
果たしてそれは冗談のつもりで言ったのだろうか。だとしたら微妙に笑えない冗談だ。もし本気で言ったとしたなら……まあ確かに、身を守ってくれるのならマスクは有用性が高いだろう。
「そうだね、これからも時々つけるようにする」
どうやらアツコはまじめに受け取ったらしい。いや、微笑を浮かべていたし半分冗談で言ったのかもしれない。
「先生」
サオリが呼んだ。私は一瞬サオリが先生に苦言を呈すのかと思ったが、次に話した言葉は全く違うものだった。
「約束通り、姫を救ったから好きにしてくれ」
「好きに?」
「エデン条約も、セイア襲撃も、姫のことも、ミサキやヒヨリも全部私のせいだ。連邦生徒会でも、トリニティでも、矯正局でも、先生の好きな場所に送ってくれ」
「リーダー!?」
「一体何を!?」
「ふ、ふざけないで、一人だけそんな」
「いいんだ、これは私が背負うべきものだ。お前たちに背負わせるものじゃない」
レーダーに何か赤い点がある。これは何だろうと私はその方向を向いた。向いたところで何もいないが、強いて言うならバルバラや私と一緒に落ちてきた瓦礫がある。まさかとは思うが、あれだけやってまだ死んでいないわけでは無かろうな。
私はそれを確かめるべく、その場を動いた。
「レイヴン? どこへ」
先生が当然の質問をした。私は『気にしないで、話を続けてて』と言った。私が瓦礫の前に立つと、僅かに瓦礫のてっぺんが揺れ動いた。バルバラがまだ生きていると確信した私は、その動いている瓦礫を退かした。やはりバルバラは生きていた。瓦礫が退かされたことで立ち上がろうとした。私はそれを許さなかった。上体を起こす前に足で踏みつけた。
『お前まだ生きてるのか。本当にしぶといな。そんなボロボロになってまで生きたい? ああ、それは私も一緒か』
途端にバルバラが自分と重なった。マスクのガラスにはひびが入っているし、服もボロボロだ。生き物かどうか怪しいからか血は流していない。脳を焼かれて、全身に傷を負っている私とどこかそっくりだ。だからと言って同情は出来ない。こいつを殺さないと先生が死んでしまう。
私はバルバラを踏みつけた。足を上げて踏みつけた。何度も踏みつけた、何度も、何度も、何度も。痛めつける趣味は無い。気分が乗れば遊ぶ癖はあるが、こいつに対してはうんざりしたという感想以外ない。ただこれぐらいで死ぬかなと思っただけだ。流石にここまでボロボロになっても踏みつけた程度で死にはしなかった。私はブレードでバルバラを突き刺した。なかなか貫けなかったが力の限り押し付けた。すると刃が進んだ感覚がした。ようやくブレードが貫通した。そしてバルバラもやっと消滅した。
私は先生の元に戻った。
「じゃあここでお別れだよ」
「待ってくれ先生!」
「まだ助けが必要な生徒がいるんだ」
丁度良く先生の方でも話が付いたようだ。先生は私に近づいた。
『話は終わった?』
「レイヴンも用事は終わったかな?」
『うん』
「それじゃあ急いでミカの所へ向かおう」
『サオリたちはいいの?』
「ああ、きっともう大丈夫だ」
『そう。まあ先生がそう言うなら』
私は先生を掌に載せると、天井に空いた穴へ飛んだ。
地上へ上がると、すでに日はそこそこ登っている。夜明けはとっくに過ぎていた。私はミカが走っていった廊下の前に先生を下した。
『ミカはこの先にいるはず。私は何とか向こう側に行ける穴を探すから』
「分かった」
先生はそれだけ言って、廊下を走っていった。先生を見送った私は、壁に空いた穴から外に出た。するとすぐに私は朝日に照らされた。今までずっと暗い印象を受けていたアリウス自治区だったが、それはただ深夜に行動していたせいで、こうして明るい場所で見るといたって普通の街に見える。多少は寂れているのかもしれない。
感動するのもそこそこに、私はミカの元まで行ける道を探した。まずは直接的に行けないか、天井の穴を探してみたが、都合のいい穴は開いてなかった。地面に下りてみたが、もちろん壁にも穴は無い。仕方がないので、穴をあけることにした。まああと一つぐらいなら開けても崩れはしないだろう。となると、ミカがいる場所に見当をつけなければならない。
まずは、ミカが走っていった廊下を外から探ってみた。教会的な作りのせいか、廊下に窓は無かった。そもそもミカがいる部屋が何処なのか分からない。そういえば、ちょっと前に覗いたとき、廊下の先で聖徒会たちがどこかへ向かっていたのを見た。多分あれはミカを追いかけていたのだろうし、だとしたら私がいた部屋と対照的な位置に違いない。
私は早速、校舎の端っこに来た。恐らくここだろう。私はブレードで建物をバツ印に切った。それからその真ん中をハンドガンで殴った。すると壁は容易に崩れ、中の様子が見えた。
そこには一機のACがいた。タンク型で両腕両肩にガトリングを背負っている。両肩のガトリングは私の知らないものだ。その周りを聖徒会たちが取り囲んでいた。
私の思考は一瞬止まった。いるはずのない存在を見たからだ。しかしその情報を処理する前にACは四基のガトリングを起動させた。バルバラの時とは比べ物にならないほどの轟音が響いた。私は咄嗟に距離を取ったが、そのACが攻撃したのは、私ではなく聖徒会であった。大量にいた聖徒会はガトリングの掃射によりあっという間に全滅した。
私は終始、ACが聖徒会を掃射するのを眺めていた。私はACの所作一つ一つを観察していた。首を振って敵を確認している姿。一人一人正確に照準している様子。ガトリングの銃身が回る様子や、薬莢が落ちるところなど、細かい部分まで観察した。それは決して私が歴戦の傭兵が故の観察眼を発動したわけでは無い。それ以外に何もできなかったからだ。それ以外の行動をするほど時間がかからなかったからだ。
敵を全滅させたACは私に近づいた。私は残弾の少ないハンドガンを向けた。しかしACは少し私に近づいてその場で百八十度回転した。その際に、一瞬先生とミカの姿が見えた。
『突然申し訳ない。私はレイヴン。あなたと普段接しているレイヴンとはまた別の存在』
私のスマホにはそのように表示された。つまり、私の目の前にいるACはエデン条約の際に出会った彼女であるという事だ。なぜ彼女がここにいる。なぜACがここにいる。なぜ彼女は先生に話しかけているのに、私のスマホに表示されている。
最後の疑問だけは自分の中ですぐに回答が思い浮かんだ。彼女は私のスマホを通して先生と会話している。
「もしかして君が? レイヴンから話は聞いたことがあるよ」
先生は意外にも冷静に会話を始めた。
『あなたの力を利用させてもらった。勝手に使ってしまってごめんなさい。もしかしたらまた会えるかもしれないし、もう会えないかもしれない。でも、もしまた会ったらよろしく。もう時間が無いからお話はここまで。レイヴンをよろしくね』
ほぼ一方的なメッセージを残し、目の前のACは全て赤い粒子状となって消えた。
四基ガトリングは浪漫……! 使えるかは……個人の腕次第ですね。因みに私には扱えませんでした。
賽投げレイヴンのACは、アセン適当なんでガトリングとタンク以外何も決めてません。なので皆さんの自由なアセンで呼んでいただけたら幸いです。
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46話
実は最終編のストーリーを確認していたんですが、一章の真ん中あたりで確定で落ちるようになってしまって実機でのストーリー確認ができなくなってしまったんですよね。確認自体はYouTube上で行えるのでたいした問題ではないのですが、どうせなら初回は実機で確認したかったですね。
さて、いよいよ今回でエデン条約編四章も最終回です。
私はACが消えた後もしばらく放心していた。先生が話しかけてくれなければずっと放心していただろう。私は我に返って、すぐにさっきのACが何だったのか聞いた。
「み、ミカを助けようとして大人のカードを取り出したんだけど、使おうと思った瞬間に赤い霧、というか粒子? みたいなものが集まって来たんだ。そうしたら次の瞬間にはさっきのACが立ってて、レイヴンが来たのはその直後だよ」
『彼女が言ってた先生の力ってその、大人のカードってやつ? そのカード一体何』
「これは……なんだろうね。説明が難しいんだ。特別な力を持ってて、いざって時に皆を守るためのカードだよ」
正直自分の疑問を晴らせるような回答ではなかった。しかし、先生がそれしか言わない以上、私はその回答で納得するしかなかった。
私はミカと先生を乗せてアリウス自治区を歩いていた。ミカは一人でずっと聖徒会を食い止めていたがために、怪我がひどかった。すっかり忘れていたがミカはこの後、聴聞会がある。先生も出席しないといけないので急いで戻ろうとしたのだが、飛び上がってすぐに自治区内での騒ぎに気付いた。その騒ぎの中にいる人物に見覚えがあったので、私は下りてそれを確認しようとした。
「きえええええええ!」
「ツルギ先輩、それドアじゃなくて壁……あ、終わった」
そこにいたのは奇声を上げながら乱射をするツルギと、後は初めて見る生徒がいた。ツルギを先輩と言っていたので、学年は下の様だ。その生徒はすぐに私の姿に気づいた。
「あ、ツルギ先輩、あれレイヴンさんじゃないですか?」
「そうだ」
私はツルギの前に立ち、ユニットを下した。中から先生とミカが顔をのぞかせた。
「ツルギ」
先生に気づいたツルギは途端に背筋を伸ばし、顔を赤面させた。
「どうして正義実現委員会が?」
「あ、ああ。先生、こんにちわっす。正義実現委員会のイチカっす。前に美食研究会の逮捕で一応お会いしたっすけど……もしかしたら覚えてないかもしれませんね。あ、レイヴンさんとは初対面っすね。初めましてイチカっす。見ての通り先生を助けに来たっす」
「うん、イチカに会えて嬉しいよ」
「えへへ、先生とあいさつ出来て嬉しいっす」
先生は無意識なのか意図的なのかそういう発言をする。イチカは素直に嬉しいという辺り、コミュ力が高そうだなと私は思った。イチカは通信機を取り出し、誰かに通信しだした。相手はハスミの様だ。
「ハスミ先輩、先生とミカ様を確保したっす……はいはーい。それじゃあ行きましょうか。皆さんを待っている人が居るっすよ」
イチカは私たちを案内しだした。ツルギは一緒ではないのかと先生が聞くと、ツルギはこのまま自治区内の聖徒会を掃討するそうだ。
「ねえ、レイヴンに乗って移動した方が早くなーい?」
イチカが案内を始めてすぐにミカがそう言った。それはそうなのだが、イチカが案内する先を私は知らないし、先導してもらわないと進めないのは事実だ。先生も同じことを言った。
「それなら、その子もレイヴンに乗せて道案内してもらえばいいじゃん。というか私結構ボロボロなんですけど、ちょっとは休ませてほしいんですけど」
全く我儘なお姫様だ。だが一応言ってることは事実なので、ミカと先生はユニットで休んでもらうことにした。私はイチカを掌に乗せて、道を教えてもらうことにした。
道を教えてもらいながら進むため、あまり速度は出せなかった。せいぜい小走り程度だが、人が歩くよりかはよっぽど早い。
「うっひょー。めっちゃ早いっすね。あ、あそこ右に曲がってくださいっす」
私はイチカの指示通りに道を進んだ。道中でたまに戦闘を行っていたが、いずれも正義実現委員会と聖徒会の戦闘だった。いつの間にかあのカタコンベを突破したらしい。その方法が気になったが、今の私にはイチカにそれを聞く手段が無かった。
最終的にイチカが案内したのは、私たちが最初にアリウス自治区に出たあの遺跡だった。そこには多くの正義実現委員会と一緒にナギサとセイアの姿もあった。ユニットから降りて、彼女たちと顔を合わせたミカは驚愕の表情を見せた。
「ああ、ミカさん! ご無事だったのですね!」
「ナギちゃん!? どうしてこんなところに」
「ここがアリウス修復作戦の指揮本部です」
「どうやってここに?」
「私が教えたのだよ」
「セイア!?」
柱の物陰からセイアが出てきた。私はこの場に到着した時から気づいていたのだが、先生は気づいていなかったようだ。それはミカも一緒で、一瞬驚いた後、すぐに表情を曇らせ、顔を下に向けた。
「せ、セイア……ちゃん」
「本当に愚かだね、ミカは。常のように衝動で動いて過ちを犯す、君の悪い癖だよ」
「ど、どうやってここに?」
ミカはすでに涙目になっていた。セイアの顔もまた僅かに曇った。
「言葉を紡ぐには些か時間が足りないかもしれないね。白昼夢の中で、偶然ある人と邂逅できたんだ。話すと長くなるから割愛するが……私は言わば、小さな取引をしたのだよ。そしてシスターフッドや救護騎士団、正義実現委員会を招集してここまで案内したんだ。一つ確かなのは……ナギサはミカを救うためなら、自分の権利を全て手放しても構わないと告げ、周囲を総動員したことかな」
それを聞いて私は周りを見渡したが、正義実現委員会以外の生徒は見当たらなかった。別の場所にいるのかもしれない。ミカはいつの間にか顔を上げていた。
「みんな」
「私たちも先生の力を借り続けてばかりではいられない。彼の人の道先に光を灯せてこそ、理想的な関係たらしめるからね。だからミカ……君を助けに来たよ」
「セイアちゃん、相変わらず何言ってるのか全く分からないよ。本当偉そうだし、心底むかつく」となぜかミカはセイアを挑発した。折角助けに来てくれたのに。ミネが言っていた通り元々素行が悪いからだろう。ミカの言動は想像がついたのかセイアも涼しい顔をしている。「それでも大好き、セイアちゃん」
「え?」
セイアの目が開き、ミカの顔を見た。しかしすでにミカはナギサの方を向いていた。
「ナギちゃんはヒステリーがひどすぎ! っていうか、こんな所でも紅茶が手放せないの、どうかと思うよ?」
ナギサはなぜかきょとんとした顔をしている。まるで挑発されていることに気づいていないようだ。
「カフェイン中毒? 脅迫症? でも、そんなナギちゃんが大好き!」
「い、いえ、これは緊張してしまって」
ナギサは真面目に弁明しようとした。やはり馬鹿にされていることに気づいていないようだ。
「——え?」
「うん、二人とも大好き。二人ともありがとう……ごめんね」ミカの明るかった顔はだんだん泣き顔に変わった。
「ミカさん」
「ふむ、謝るのはこちらの方だ。すまなかった、ミカ。いつも謝ろうとしていたんだ。でも子供みたいな意地が邪魔をして、果たすことができなかった。ミカ……君がアリウスと和解したいと言った時、私は」
「ううん。もういいの、大丈夫だから。ごめんね、私が悪かったの」ミカはまた涙を流した。そんな彼女に二人は名前を呼ぶことしかできなかった。
私の横を通り抜けて、イチカが三人の元に近づいた。一瞬だが何かを持っているのが見えた。
「あ、ええっと、仲良しな雰囲気の所申し訳ないっすけど、ミカさんに渡したいものがあるっす」
「私に?」
「これっす」
「これは」
ミカに渡されても私にはそれが何なのか分からなかった。何か箱のようなものが部分的に見えた。
「——私のアクセサリー!? 全部燃えちゃったはずなのに」
「ええっと……押収品の管理担当の子が……説明しにくいっすね、とにかくその子がミカさんのアクセサリーで燃えてない物を保管してたみたいで」
『コハルだよね』
「そうだね、コハルだろうね」
私はイチカの言う管理担当の子が誰か直ぐに分かったので、たまらず先生に言ってみた。先生も同意してくれた。
「コハルちゃんが?」ミカもすぐに分かったようだ。
「はいコハルが……て、コハルのことご存じだったんすか?」イチカはミカがコハルのことを知っているのが予想外だったようだ。目を見開いて驚いている。
「うん、知ってる。ありがとうコハルちゃん……私、酷いことしたのに」と言って、ミカはアクセサリーが入っているのだろう箱を大事そうに抱えた。
ナギサとセイアはミカを見つめていた。そこに先生がみんなの前に出た。
「お互いにいろいろ話す時間を設けた方がいいね」
「ああ、そのようだね」
「では、そろそろ参りましょうか。ミカさんの聴聞会まで時間がありません」
「えー……私この格好で行かないと駄目?」
ナギサが声をかけると、ミカはさっきまでの泣き顔は何処に行ったのか知らないが、むっとした顔でナギサに文句を言った。
「ちょっと着替えたいんだけど。傷の治療もしたいし……人前に立つんだから髪もセットし直したいし」
今回に限っては、ミカの言い分も正当性があると思った。聴聞会と言うのはそこそこ重厚そうな場であるし、その場にボロボロな格好で行くのは不相応な気がする。というか、要らぬ噂を立てられそうだ。セイアは私と同じことでも思たのか、それともミカのことだからと適当に処理をしたのか「好きにすると言い」とだけ言った。
「そうですね、私たちも徹夜してますし、少しは体裁を整えてから行くべきでしょう」
「僕たちも行くよ」と先生は宣言した。たち、という事はやはり私も出席するのか。
「勿論です先生。全員で聴聞会に出席するのが約束でしたから」
聴聞会とか絶対に面白くなさそうなので、正直出席したくないのだが、先生がすでに言ってしまったし、私もそんな約束をしたような気もするし、第一今は出席を辞退できるような雰囲気ではなかった。
ミカたちが準備を終えるまでの間、私は先生と雑談をしていた。
『バシリカでサオリと何話してたの?』
「バシリカで?」
『うん、ほら私が一回離れたじゃん。その時に何の話してたの?』
「ああ、あの時。なんてことはないよ。サオリにしっかり生きなさいって話をね、それで責任はちゃんと果たせるって話をしたんだよ」
『生きるだけで責任を果たすね……まあ、そう簡単に死なれちゃなんだか逃げられた気もするもんね。生きてそいつが苦しんでいると分からないと気が晴れないよね』
「い、いや、別に僕はそういうつもりでサオリに言ったわけじゃないんだけど」
『あれ、そうだったの?』
「レイヴンの考えは怖すぎるよ」
『ごめんね、そういう世界で生きてきたもので』
「ルビコンって怖いところなんだね」
『聞きたい?』
「いや、また機会のある時にでも」
『まあ、血なまぐさい話しか持ってないしね。こんな時に話すことでもないかも。他にはどんな話したの?』
「そうだなあ……サオリが先生になるかもしれないって話かな?」
『サオリが、先生みたいに……確かにサオリもよく体張るもんね』
「違う違う、僕みたいになるんじゃなくて、職業としての先生だよ」
『つまりサオリが人に何かを教えるってこと? いまいち想像できないな』
「でもミサキとヒヨリは賛成してたよ」
『じゃあ、本当はそういう人ってことだ。たった数回、数時間だけでその人のことは分からないね。それはそうと、体張ってることは自覚してるんだね』
「う、うん、まあ、一応」
『じゃあ少しは抑えてくれないかな。私もそうだけど、先生に命かけてまで体張られたくない子はたくさんいるんだから』
「わ、分かったよ……善処する」
『ミカの準備長いかな』
「どうだろうね、まあでも、時間はかかるんじゃないかな。怪我もひどいし、服もボロボロだったし」
『じゃあ、私が送っていかないと駄目かな』
「時間によるね。今の時間だと……まあ、まだ間に合うんじゃないかな。もし難しそうなら頼むよ」
『まあ、構わないよ。乗せようが乗せまいが変わらないしね』
結局ミカの準備が終わったころには、時間に余裕がなくなっていた。ナギサやセイアも乗せて、私たちは急いでトリニティへと戻った。
聴聞会に出席すると異様な重厚感に包まれた。当然だが、その場にいた者たちのミカに対する視線は厳しかった。それと同時に先生に対する興味の視線も向けられた。私に対しては、まあ奇異の目で見られた。名前を知らされると多少マシになった。
聴聞会のことは正直覚えていない。小難しい単語が並べられるし、ミカの罪状が並べられるのはそんなにいい気分ではなかった。何より一番嫌だったのは、ミカがいやに丁寧な姿勢を見せたことだた。敬語やらなんやら、普段のお転婆はすっかり消えて別人のようだった。まさに別人を見ているようで、私は言いようのない嫌悪感を覚えた。つまりは、そんなミカを見たくなかったので、ほとんど目をそらし、話を聞いていなかった。あと単純につまらなかった。
ミカの聴聞会から数日が経った。どうやら今後も聴聞会は行われるらしい。しばらくミカは軟禁生活が続きそうだ。
先生が仕事に追われる横で、私はスマホを弄っていた。何か手伝おうと思ったが、先生に断られてしまったので手持無沙汰だった。正直先生の様子をみて勢いで手伝いを申し出てしまったので、書類仕事なんて一切できなかったから、断られてちょっと助かったのは内緒である。
手持無沙汰でスマホを弄っていたが、ニュース一覧に気になる見出しを見つけた。どうやらブラックマーケットのある会社で爆発が起こったらしい。誰かの仕業らしいが犯人は判明してないそうな。だが、爆発事件という見出しの割には記事の内容が薄かった。関連記事も爆発事件ばかりだしブラックマーケットでは日常茶飯事なのかもしれない。
私は適当に他の関連記事を読んでいたが、あるところで銀行強盗の記事が出てきた。まさかと思いその記事を開いてみると、それは数か月前に起きたことで、更に犯人グループは自らを覆面水着団と名乗ったとか。私は思わず先生を見た。先生は私の視線には全く気付かなかった。まあ、今更だろう。
私はふとサオリのことを思い出した。サオリたちは今頃何をしているだろうか。先生にも連絡は来てないそうだ。無事に過ごせているといいが、私にはそれを知る術が無かった。
次回から時計仕掛けの花のパヴァーヌ編の二章に入ります。
デカクラマトンはメインストーリーに関わってくるんですかね。今作で触れるのはメインストリーだけなんですけど、もし密接にかかわるというか、言及せざるを得ないようなら出そうかと考えているんですが、もしそうだとしてもうまい具合に回避する可能性もあります。
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時計仕掛けの花のパヴァーヌ編二章
47話
今回より時計仕掛けの花のパヴァーヌ編二章に入ります。
その日は珍しくシャーレの仕事が無かった。どういう訳か一つも仕事が舞い込んでこなかったのである。どうせ明日も仕事が来るだろうからと、前日までに先生が悲鳴を上げながら片付けたというのもあるのだろう。とにかくうれしい誤算により、先生にとっては臨時休暇ができた。
「あれ、なんか来た」
早速臨時休暇が終わりそうな予感がした。今にも先生のため息が聞こえてくるだろう。コーヒーぐらいは入れてやってもいいだろう。最近ようやくコーヒーメーカーマシーンを扱えるようになった。私は砂糖をたくさん入れないと飲めないが、先生は砂糖を入れなくても飲めるという。良く飲めるな。
予想していたため息が全然聞こえてこなかったので、一体何の連絡だったのか先生に聞こうとすると、先に先生の方から私に話しかけてきた。
「レイヴン、ミレニアムに用事とかあったりしない?」
『急に一体どうしたの』
「実はモモイから呼ばれてさ、具体的なことは分からないけど何か手伝ってほしいことがあるみたいで」
モモイ、というとゲーム開発部か。ミレニアムプライス以来モモトークでの会話は少しだけ続いたが、全然会っていない。先生にも連絡は取っていなかったんじゃなかろうか。
『へえ、珍しいね。まあいいよ。私もエンジニア部の所に行かなきゃいけないと思ってたし丁度いい』
きっと先生は私に送ってもらいたかったのだろう。私に送ってもらった方が早いし、交通費も節約できる。まるで足に使われているようだが、私が断れば先生はきっと電車を使ってミレニアムまで行っていただろう。実際先生が私を足として見ているかはわからないし、別にそれでも私は構いやしない。仕事を手伝って上げれない代わりにこういう所で役に立っておきたい。
私はすぐに準備をした。外に出て機体に乗り、先生が乗ったユニットを背負い、シャーレを飛び立った。
ミレニアムに到着すると、先生は私に一声かけてゲーム開発部の部室に向かった。私は私でエンジニア部の元へ向かった。
バンカーの前では、事前に連絡していたこともあり、ヒビキとコトリの二人が待っていた。
「お久しぶりです、レイヴンさん!」
「久しぶりだね。元気にしてた?」
『久しぶり。私は元気だよ。そっちはなんか変わりある?』
「いえ、特には。ささ、どうぞどうぞ!」
「ウタハ先輩もレイヴンが来るのを楽しみにしてたよ」
私は二人に進められるがままにバンカー内に潜っていった。部室の中に入ると、以前私が預けた片方のハンドガンや、ショットガンが置いてあった。そしてその横には巨大なコンテナが置かれていた。それらよりも最も目についたのは、エデン条約襲撃時に大破した私の機体と、その横に立っている謎の機体だった。
「やあレイヴン。待っていたよ」
『久しぶり』
「ああ、久しぶりだ。今すぐにでも話をしたいところだが、下りた方が互いにも話がしやすいだろう」
聞きたいことが盛りだくさんだったが、ウタハの言う通り、一度降りた方が話しやすかった。ユニットを置いてからリフトを展開させた。機体に乗っているときはあまり感じなかったが、地上に下りると以前より部室が狭くなった気がする。物が増えたからだろうか。
「レイヴン、こっちに」
ウタハに呼ばれるがままに向かった先は大きめのデスクだった。多分細かい作業をするんだろうなと思う工具や部品が置かれていた。その上には私を含めた四人分のコップが置かれていた。
「どうせなら何か飲んだりしながらの方が話が弾むだろう。何か希望はあるかな?」
『何でもいいよ。あ、コーヒーは砂糖が無いと飲めない』
「そうか、まあなら普通にお茶でいいだろうか」
『構わないよ』
コトリが何本かペットボトルを持ってきた。その内、お茶は私のコップへ、他にもジュースやら紅茶やらが並んだ。それぞれに飲み物が行き渡ると、ウタハたちも席に座った。
「さて、お互いに色々と話したいことがあるはずだが、どちらから話そうか?」
『私は後でいいよ』
「ならぜひ試作品の感想が聞きたい」
ヒビキが言う試作品とは、以前取り付けられた光の大剣のことだろう。アツコを助けに行った際にはその法外な火力に助けられた。
『いい火力だね。ルビコンでも通用すると思うよ。でも一発撃っただけでオーバーヒートするのはいただけないね。クールタイムも長すぎる』
「うーん、痛いところを突かれてしまいましたね」
「すまないな。今の私たちではそこの部分はどうしても解決できなかったんだ。解決しようとすると火力や照射時間を減らす必要がある」
「そこだけは妥協したくなかったの」
『全然かまわないよ。しょうがないのは分かったし、まさかキヴォトスでこんな武器に出会えるとは思ってもいなかったよ』
「レイヴンからそう言ってもらえるとは光栄だ。その問題、いつかは絶対に解決してみせよう」
『そういえば、光の大剣って予算超過したんでしょ? 大丈夫だったの?』
「はい! そのあとにコンクールや技術提供の功績で報酬やら賞金やら、セミナーからの特別予算もおりましたから」
「実は結構ギリギリだったんだけどね。でも後悔はしてないよ」
『ゲーム開発部とは大違いだね』
「そういえば先生はそっちに用があるらしいな。また面倒なことに付き合わされていないといいな」
『最近はどうなの、ゲーム開発部』
「特には。何か活動しているっていう話は聞かないかな」
「たまに何か相談しているところは聞きますね!」
「さあ、次はレイヴンの番だ。気になることがあったら何でも聞いてくれ」
『ふむ……それなら、まず一番聞きたいことなんだけど、弾の量産ってできた?』
「ああ、やっと量産できるようになったんだ。長らく待たせてしまって申し訳ないね。今日レイヴンが来ると聞いて急いで梱包したんだ。あのコンテナに入っているから後で持って行ってくれ」
見た時から薄々予想していたが、やっと補給ができるようになった。もう節約プレイをせずに済む。コンテナは見上げるほどの高さがあった。中にどれだけ入っているかはわからないが、ACでも両手で持つ必要があるだろう。今回は一先ずハンドガンの方を持って帰ろうか。
『助かるよ。今日はハンドガンの方を持って帰る。また後日にショットガンの方も引き取りに来るから』
「ああ。そうだ、こっちは申し訳ないんだがミサイルの方は多分無理だ。サンプルが一つも無いし、レイヴンの話を聞く限り私たちの技術力では再現できそうにない」
『いいよ。今の機体構成でもキヴォトスでは十分やっていける』
「代わりにドローンの方はちゃんと再現できるように頑張ろう。何なら追加機能も付けれるぞ」
『い、いや。そこまではしなくていいよ……因みにさ、あの機体って何なの?』
私は遂に例の、謎の機体を指さした。するとウタハたちは待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。
「よくぞ聞いてくれた、レイヴン」
「今私たちが一番聞いてほしかったことだよ」
「聞いて驚かないでくださいよ。なんと私たちは今、ACの建造をしているんです!」
『ACの建造を?』
「そうだ。前々から、そう、初めてACを見た時からその野望は生まれていたんだ。ぜひACを自らの手で作りたいとね」
「でも簡単にはいかなかった」
「はい、レイヴンさんの機体を分析していくほど技術力の差を感じたんです」
「まあ廃墟で軽く弄った時から分かっていたことだ。キヴォトス外から来た技術だったからな」
「でも、レイヴンが機体を譲渡してから状況は変わったんだよ。より詳しい解析が可能になった」
「今までは下手に弄って壊してしまっては申し訳が立ちませんでしたからね」
「そうして出来上がったのがこの機体だ。きっとレイヴンの視点から見れば至らぬ点は多くあるだろうが、ぜひとも一度乗ってみてほしい。君からの視点が非常に重要なのだ」
軽い演劇でも見てる気分だった。三人の気迫に押されて私は二つ返事で了承してしまった。立ち上がって私の眼前にまで迫ってくるのだから、これで拒否でもしたら何を言われるか分かったもんじゃない。了承する以外の選択肢が無かったことは誰であっても分かるだろう。
「そうかそうか。嬉しいよレイヴン。断られてしまったらどうしようかと思った」
そんなこと言って、どうせ拒否したら何が何でも首を縦に振らせただろう。さっさと折れた方がこちらの心理的負担が減る。
「すぐにでも、と言いたいが、せっかくの茶会だから楽しもうじゃないか。私たちは別にトリニティの生徒会ではないがね」
茶菓子代わりに私の近況を求められた。幸いにも話のタネはたくさんある。公園で会った特殊部隊だとか、とある自治区からお姫様を救った話などだ。
茶会は至って楽しく進んだ。私の話は予想通り茶菓子の代わりになった。少しは他人に物を語るのもうまくなったかもしれない。
「じゃあ今でもコンビニに来るの?」
『ほぼ毎日来てるよ。お客さんが大体私と先生だけだからね。ソラも廃棄する手間が省けて嬉しそうだよ』
「シャーレにカフェが併設されてたんですね。私今度行ってみようと思います!」
『いいんじゃない? 知名度あまりないから空いてるよ。まあ知られたら皆行きそうだけど』
「先生もよく行くんでしょ?」
『仕事がひと段落着いたら行くこともあるかな』
「じゃあ先生と会えるチャンスが増えたってことだね」
「話は変わるが、あのニュースは丁度私も見ていた。巨大なロボットと聞いた時点で予想していたが、やはりあれはレイヴンだったんだな」
『まあ、分かる人にはわかるよね。シャーレに特に何も苦情は入らなかったけどね』
「そうか、私も少し心配していたが特に何もなかったのなら良かった……さて、じゃあそろそろ始めようか?」
ウタハが不敵な笑みを見せてそう言った。それに合わせてヒビキとコトリの二人も席を立った。
「さあレイヴンさん! こちらへどうぞ!」
コトリが腕を上げてあの機体に案内した。私は大人しくコトリについて行った。
その機体は何というかゴツかった。あと身長も低い。真新しさで何とか誤魔化せるものの言っては何だが、技研都市から逃げ出すときに使った用廃機に似ていた。
乗り込む用のリフトは普段私が使っているもので十分という事だった。あと、コックピットを開けるのに少しコツがいるとかでコトリがリフトに同乗した。リフトで上がり、機体の前まで行くと、コトリが前に立ちはだかり、コックピットがあるのだろう胸部を弄りだした。
「えっと……確かこれをこうして……ここを掴んで上げれば……開きました!」
コトリは両手で装甲を持ち上げた。とても重そうだ。コトリに通されて中を見ると、私が乗っているACよりも広かった。
『広いね』
「はい! 二人まではスペースに余裕ができるように出来ています!」
『二人まで乗れることに意味はあるの? まさか二人じゃないと動かせないとか?』
「いえ、ただレイヴンさんが操縦してもう一人、私たちのうちだれかが中で様子を見られるようにするためです! 今回は私が乗ります!」
『そういう事』
リフトのアームは乗る機体が違ってもちゃんと席まで私を運んでくれた。座り心地はあまり変わらなかった。
「じゃあこれつけてください」
コトリは頭上からヘルメットを下した。私が普段被っているものよりごつくない。私はヘルメットを被り、コトリに感想を伝えようとした。すると私の横のモニターが起動し、そこに文字が表示された。
『ここに表示されるんだ?』
「はい、後はいつも通りスマホの方にも。同乗者にはこっちの方が都合がいいですから。それじゃあ電源を入れてみましょうか。そこのボタンを押してください」
コトリが指さしたのは『始動/停止』と書かれたボタンだった。彼女の言う通りそのボタンを押すと、周りからファンの廻る音が聞こえだした。聞き慣れたCOMの声はしなかった。
操縦桿を握ろうとすると、コトリから待ったがかかった。
「ごめんなさい、起動してから動かすのにちょっと時間がかかるんですよ」
『え、嘘』
「ああでも、長時間じゃありませんから、ほら、せいぜい数十秒程度で」
コトリは前のスクリーンを指さした。人型の絵が映っており、五つの部位に分けられている。バーのようになっているのか緑色と数字がそれぞれ上がっていた。コトリの言う通り、数十秒で全て緑色になり、百パーセント表示になった。今度は操縦桿を握っても何も言われなかった。スクリーンにカメラも映し出された。普段より視点が低い。一先ず歩いてみるか。
今までのことから予想していたが、やはり動きがもっさりしていた。まあでも許容範囲内か。思ったよりかは悪くない。
「よし、そのまま外に出てくれ」
ウタハとヒビキが部室の外に誘導してきた。何時しかと同じように外で色々と動かすみたいだ。
外に出ると二人がコーンを並べていた。しばらくそれを眺めていると全て置き終わったのか私の方へ近づいて来た。
「あのコーンに沿って一周してくれないか」
『分かった』
操縦桿を前に倒すと、機体が小走りしだした。よく見れば操縦桿の間にはスピードメーターが設置されている。大体時速六十キロぐらいか。たしかACだと百キロは出ていたはずだからちょっと遅いな。
『これ以上は早くならないの?』
「できないことも無いんですけど、まだ安全性が確保できてなくて」
『確保できてないっていうのは?』
「レイヴンさんの機体を真似して、ブースターをつけてみたんですけど、点火すると姿勢制御がうまく行かなくて倒れちゃうんです」
『それは……致命的だね』
「はい……数秒だけなら耐えれるんですけどね。まあそれでもACの速度には程遠いんですけど」
コトリは肩を落としてしまった。私は何とか慰めてあげようと『走りは悪くないよ』と言ってみた。
「本当ですか!?」とコトリはすぐに元気を取り戻し私に顔面を近づけた。
『う、うん。スピードは遅いけど、それだけだし歩く分には全然問題ないよ。武器は持てるの?』
「いえ、それはまだ試していません」
「それなら今からでも試してみようか」
突然ウタハの声が聞こえていた。スマホからではない、スピーカーの声だ。前にはいなかったので横を向くと、なんとウタハが何かに乗って併走していた。
『何に乗ってるの?』
「雷ちゃんだよ。自動車に併走できるようにしたんだ。そんなことより一周したら早速試してみよう。武器の反動に耐えられるかは試していなかったんだ」
時速六十キロの風を生身で受け、かつ雷ちゃんから落ちないバランス力は驚異的だ。ウタハは結局私と一緒に併走しながら一周したのだった。
この機体が今後活躍するかは、ブルアカのメインストーリーの展開と、私の構成力次第ですね……
最初はACよりもかなりスペックダウンさせてたんですが、キヴォトスにも一応カイテンジャーがいるので少しスペックを盛りました。
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48話
武器の反動に耐えられるか試していた。まずは反動が低いであろうハンドガンから試した。いつも通り片手で持ち上げ、狙い、引き金を引いた。
『うわっ!?』
いつもより腕が跳ね上がった。そもそも、ハンドガンで腕が跳ね上がるなどということが無かったので、腕が動いた時点で、普段とは違う感覚がした。命中精度は悪くなかった。ちゃんと狙ったところに命中している。
「大丈夫ですか?」
『ハンドガンで反動を感じることなんてなかったから驚いちゃって」
「反動を無視させることも可能ですけど、それだとパーツに負荷がかかりすぎちゃいますので」
『いつもの感覚じゃ撃てないな。ショットガンが不安になってくるよ』
私は不安を感じながらもハンドガンからショットガンに持ち替えた。狙いを定めて、引き金を引いた。腕が大きく後退した。バランスを崩しそうになり、慌てて姿勢を戻した。
「あっ」
コトリが声を上げた。私が『どうしたの』と聞くと、「肩の関節部分にちょっとダメージが」と気まずそうに言った。
一度メンテナンスを行うため、機体から降りることになった。ヒビキがリフトと車椅子を用意してくれた。私は機体から降りた。
私は肩を弄られている機体を見ながら、使えないなと思った。移動にならまだ使えるが、武器の反動に耐えられないなら使用価値は無いと思った。でもそのまま伝えたら感じが悪いから伝え方を変えないといけないとも思った。
どうやったら傷つけずに使えない、と伝えられるか考えていると、後ろから突然私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「レイヴン!」
後ろから私の元へ歩いて来たのは、アリスと先生の二人だった。珍しい組み合わせだ。私は車椅子を回転させて応じた。
『久しぶりだね。どうしたのこんなところで』
「アリスは今、先生と冒険中なのです!」
『冒険?』と私は先生の方を見た。先生はこれまでの経緯を簡単に教えてくれた。
要はアイデア探しに散歩に出かけているそうだ。
「あれは何ですか?」
アリスが聞いたのは、きっとあの機体のことだろう。私は『エンジニア部が作ったACだよ』と言った。
「へえ、AC作ったの?」
『まあ、本物のACとは遠く及ばないけどね』
「現実は厳しいのですね」
『アイデア探しはうまく行ってる?』
「どうだろうね。僕にはどういうものがアイデアなのか良く分からなくって」
「冒険は一筋縄ではいかないのです。仲間と協力して苦難を乗り越える……それが冒険なのです」
『それじゃあ今の苦難はアイデアを探すことだね』
「あはは、そうだね」
『私のところに来たのは、私に話を聞くため?』
「まあ、そんなところかな。あとはあれが見えたから」先生は機体を指さした。
「英雄の過去を知るイベントですね! 昔は世界に名をとどろかせていた英雄が、今では人知れずこっそり暮らしている。勇者たちはそんな英雄の元を訪れ、過去のお話を聞くんです。そしてその英雄が昔使っていたという伝説の武器を手にするんです!」
『私は英雄でも何でもない。ただの傭兵だよ。まあそれでもいいっていうなら何か話すけど』
「ぜひお願いします!」
アリスは目をキラキラさせていった。話すとは言ったが、何を話そうか。もう血なまぐさい話しか残っていないし、それでいいか。
『ならず者を掃討した話、とあるACをこっそり撃破した話、本物のレイヴンの話』
「どれも面白そうです! 全部お願いできますか?」
『長くなるけどそれでもいいなら』
「おや、私たちに内緒で話かい?」
ウタハが後ろから声をかけてきた。ヒビキとコトリもこっちに歩いている。
『丁度私の昔のお話でもとね』
「それは興味深い。一体どんな話かな」
『人殺しの話』
私は正直に伝えた。もう別に言ったっていいだろう。初対面ならともかく、ある程度交流を持っているし、エンジニア部にはさわりだけでも話したことがあるはずだ。しかし、やはり場の空気は冷えた。笑顔だった皆の表情は真顔になる。
「れ、レイヴンは人を殺したことがあるのですか?」
『あるよ。たくさん』私は即答した。
「ど、どうしてそんなことを」アリスは心配そうな目で私を見ている。私から半歩下がった。先生の手を繋ごうとしている。
『それが仕事だったんだ。私ができる話なんて人殺しの話しかないんだよ。話をしてほしいと言ったのはアリスだからね。ちゃんと聞いてほしいな。先生もぜひ聞いて言ってほしい。今まで避けてきたけど丁度いい。私がしたことについて話すよ』
先生は覚悟を決めた顔をした。そんな顔など私は見たことないが、勝手に決めた。ヒビキとコトリが来るのを待ってから私は話を始めた。
さて、最初に話すのはならず者を掃討した話。これはあまり暗い話じゃないね。これは……そうだ、まず前提から。ルビコンじゃ、ならず者はドーザーって呼ばれてる。私がカーラの元へ訪れた時の話なんだけど、先生とアリスにはカーラを紹介したことが無かったよね。カーラは私の前のご主人であるウォルターと古い付き合いがあったんだ。だから私のことはすぐに受け入れてもらったよ。いろいろと試されることはあったけども。今回はその話じゃない。そのあとの話。実はウォルターに内緒でカーラの所に行ったからこっちが襲撃に来たみたいな状況になっちゃった。カーラがリーダーのドーザーが半壊して、その隙に別のドーザーが攻め込んできちゃった。
私はカーラの組織を半壊させた責任としてそのドーザーを撃退することになった。なんてことはない。相手は所詮コーラルに酔った、人を捨てかけたやつら。操縦の腕もたいしたことない。私にとっては雑魚だよ。ドーザーっていうのはね当然だけどまともな機体を持ってないの。でもね、攻めてきたドーザーはカーラたちが作った機体を持ってた。だから耐久性だけはあったよ。でも猫に小判、豚に真珠、使いこなせてるとは言えなかった。そんなものだからすぐ終わるよね。攻めてきたやつらを全部撃破しろって言われたから全員殺ったよ。奴らは第一自分が死ぬことなんて考えてなかったろうね。会話を聞いたら良く分かった。ACは時代遅れ、ドーザーでもそれは常識だったみたい。でもそんな時代遅れに為す術もなくやられたって考えると、面白いよね。
ドーザーの話はこれくらいかな。話してみると内容が薄いね。まあドーザーの話だしそんなものか。次は暗殺の話だね。これを話す前に、まず前提から。私は前々から言ってる通り独立傭兵だから、どこの組織の依頼も請け負う。ルビコンに来た当初は、二つの企業の依頼を受け続けた。それぞれベイラムとアーキバスっていう名前がある。ルビコンの現地組織を攻撃する依頼だったり、もう片方の企業を妨害する依頼だったり。ある時、敵であり続けたルビコンの現地組織から依頼が来た。名はルビコン解放戦線。アーキバスのAC部隊にいる何人かの隊長の内の一人を暗殺してほしいという依頼。ベイラムとアーキバスはもともとルビコンの外からやって来た企業だから、解放戦線にとっては、侵略者みたいなものなの。その二つの企業に加担してる私も、向こうから見れば侵略者と同義なんだけど、私は傭兵だからね、頼まれれば味方にだってなるよ。
話を戻そう。依頼を受けたはいいけど、実際現地に向かうと結構難しかったんだよね。当然ながらMT部隊が見張ってる。MTっていうのはACとはまた違う種類の機体だよ。今回は説明を省くね。今まで目標さえ破壊できれば過程は適当だった私には、今回の依頼はとても難しかったんだ。なにせ依頼は暗殺。当人以外に見つかっちゃいけないんだよ。こそこそ動くのは苦手だったんだよね。今まで見つかる前提で突っ込んで、そこにいる敵を全員殺ってたから。でも別に見つかっても目撃者を消せばいいって助言をもらってね、なるべく隠密して、見つかっても仕方がないときは突っ込んで敵を消して、針路上にいる敵は前もって倒した。そうすると、あら不思議。途端に簡単に思えるんだ。
最初に表示されたマーカーに向かってみたけど、そこには誰もいなかった。でもどこからか砲弾が飛んでいくのが見えた。助言もあって、私は砲弾か飛んできた方向へ移動したんだ。すると、誰かが何かと戦ってるんだよね。偶然にも、そこには暗殺対象がいたんだ。私は後ろからこっそり近づいた。そして切り捨て御免、みたいなノリでショットガンで一発撃った。勿論ACがショットガン一発で壊れるわけが無いからね、戦闘が始まるんだ。相手がね、これまた妙に機動力が高くて。四脚なのになぜかすばしっこいんだよね。だから私は仕方なく近づいて戦うんだけど、それはそれで相手の電気バトンが痛いんだ。知ってる? 電気バトンを喰らうとスタッガーゲージが早く溜まるんだよ。だから馬鹿みたいに近距離戦するわけにもいかなかくって……で、結局中距離で戦うことにしたんだよね。アセンは丁度、そこに掛かってる今はもうぶっ壊れた機体とほぼ同じだったから、肩のミサイルだけ違ったかな? 確かまた別のミサイルを背負ってたと思う。今思えば近距離より中距離が得意なアセンだったかもしれないね。それ以外は特段苦労しなかったよ。
順調に敵を追い詰めた。とどめを刺そうとしたところで、奴は私に提案を持ち掛けてきた。命を助けてくれれば、それ相応の礼金を払ってくれるって。まあ、私は傭兵だからこういう時に元の雇い主から乗り換えるのも自由。でもその時の私はそんな気分じゃなかったからね。所謂真面目モードだったから、雇い主を裏切る気はしなかったよ。それにね、相手の口調がなんか胡散臭くって、本当にお金を払ってくれるか怪しかったっていうのもある。
だから殺した。
最後はなんとも無様な悲鳴を上げたよ。面白いぐらいに小物チックだった。実際そいつは隊長格の中でも下だったし、実際小物だね。命乞いまでしちゃってさ。ああでも、私はそれを軽蔑するつもりは無いよ。誰だって命は惜しいからね。死にかければ生きたいと思うのは当たり前だから。でも悲しいかな、立場が上がるにつれて命を惜しむことが当たり前じゃなくなってくるんだよね。当然のように命を張ることを強制される。いやだね。だから私はそんなに偉くなりたくないよ。先生に命を張ってほしくないのもそういう部分があるのかもしれないね。勿論ただ先生が死んでほしくないっていうのが大部分だけども。
最後は……ああ、レイヴンの話か。自己紹介はちゃんとしたよね。私はレイヴンじゃない。C4-621、それが本当の名前。名前かも怪しいけどね。番号と言った方がいいかもしれない。レイヴンっていうのは私がルビコンに入った時に借りた名前。破壊されたACの名前を借りたんだ。そこで採用されたのがレイヴンだった。でもレイヴンっていう名前は複雑な事情があった。レイヴンっていうのは代々受け継がれていた名前だった。だから私とはまた別にちゃんとレイヴンという名前を受け継いだ人がいた。ルビコンに来てしばらくは出会うことが無かったけども、私の名が知られるにつれ、向こうにも私の存在が知られた。
あれは、確か惑星封鎖機構から奪った基地を防衛する依頼が来た時だったかな。惑星封鎖機構っていうのは簡単に言えば、企業の敵。だからこの依頼は企業から来たもの。確かアーキバスの依頼だったかな。依頼を受けて基地防衛に出向くと、やけに静かだった。現場に来てみれば、援軍のMTも敵の惑星封鎖機構も全滅していた。破壊された一隻の強襲艦の上に奴はいたんだ。そう、本物のレイヴンだね。見た目は、今の私の機体と一緒だよ。頭がちょっと違うかな。武器はよく覚えてないや。でも左腕にパイルバンカーを持ってたのは覚えてる。パイルバンカーって怖いんだよ。APが一気に削られるんだから。あまり当たることは無いけどね。
レイヴンは強かったなあ。まるで自分と戦ってるみたいだったよ。戦い方が似ててね。基本中距離なんだけど、スタッガーゲージが溜まるとパイルバンカーを引っ提げて、急接近してくるんだよ。怖いよ。あれをまともに喰らえば一発でお陀仏もありえるから。あー、久々に必死に戦ってたから逆に記憶が無いな。アサルトアーマーとか使ってきた時はびっくりしたな。こっちが近づいたら向こうがアサルトアーマーを展開しようとするんだから、慌てて下がったよ。あれ喰らったら逆に私がパイルバンカーを喰らって死んでたかも。
苦戦はしたけども死にかけはしなかったかな。必死に戦ってたから、トドメと言えるトドメを刺せなかった。中距離からライフル撃ってたら急に向こうが爆発を起こして、後は誘爆して、最後に大きめの爆発がドカン。それっきりレイヴンは動かなくなったよ。あの爆発じゃ中の人も死んだだろうね。
私は……そうだね。言ってしまえばコピーみたいなものなんだよ。もっと言えばドッペルゲンガー、最近知ったけどスワンプマンも近いんじゃないかな? 近くないかな。まあいいや。ともかく私はコピーでありながらオリジナルを殺し、オリジナルにとってかわった。オリジナルが死に、唯一のコピーが残ったのなら、そのコピーはオリジナルじゃないかな。とはいえコピーであるという事実は残る。レイヴンのオペレーターの言葉を借りるなら、私は借り物の翼で飛び上がり、借主を蹴り落とした。どこまでも飛び上がった。そして今あなたたちの前にレイヴンという皮を被って表れたんだ。いや、違うね。私は最初にありのままを晒した。それからいくつか被せる皮を提示したんだ。勿論何も被せないという選択肢も与えた。でもあなたたちはレイヴンという皮を選んだんだ。
別に恨み言を言いたいわけじゃないよ。しょうがないことだよ。だって私はその時、話さなかったから。いくつか提示した名前の中で、レイヴンという名前が一番名前としてしっくり来たんだからしょうがない。
さて、つまり私はレイヴンでありながらレイヴンではないんだ。レイヴンの名を奪ったただの強化人間。あなたたちはこの話を聞いて、まだ私がレイヴンに見えるかな。私はシャーレ所属傭兵レイヴンである前に、独立傭兵レイヴンである前に、旧型の強化人間C4-621だ。そして仕事とはいえ、多くの人を殺した大量殺人犯だ。もう一度聞くけど、あなたたちは今も私がレイヴンに見える?
先生たちはこれを聞いてどんな反応をするでしょうね。エンジニア部は少しだけ話を聞いたことが有るはずなので、そこまでショックを受けることは無いでしょう。アリスは……泣いちゃうかもしれない。
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49話
「レイヴンはレイヴンだよ。過去が消えるわけじゃないけど、少なくとも今のレイヴンは誰も殺してないだろう?」
『殺してないというか死なないんだよ。キヴォトス人が丈夫すぎるんだ。いつも殺す勢いで戦ってる』
「アリス、英雄の過去の話が聞けると思ってわくわくしていました。ですがそのお話が人殺しの話だったなんて」
『私が怖い?』
「そんなことはありません。レイヴンは見ず知らずの私達を助けてくれました」
『あれはまだ状況がつかめてなかったし、反射的にロボットを敵だと思ったんだよ。結果的に今があるわけだけどね』
「ではレイヴンは私たちでも殺すのですか?」
『頼まれれば、あとは私の気分が乗れば。傭兵とはそういうものだから。でも安心して、今のところはあり得ない。アリスとは仲が悪くないでしょ? それに今の飼い主は先生だから、私は先生の望まないことはしないよ』
「アリス、なぜ英雄が過去を語りたがらないのか分かったような気がします。英雄と言う名誉の後ろには、人には到底話せない過去がある物なのですね」
『だから私は英雄じゃないよ。むしろ……まあいいか。これでお話はおしまい。どう、面白かった?』
「面白いと言っていいのか分からないです」
『じゃあ、少しは参考になったかな』
「それは、はい。いくつか」
『ならよかった。先生にも少しは私の過去を知っておいた方がいいと思ってたから丁度よかった』
「レイヴンの過去がどうであれ、僕が知っているのは今のレイヴンだから。僕は今のレイヴンを見ているよ」
『それは嬉しいね』
「ではアリスたちは冒険の旅を続けます!」
「じゃあ、レイヴン、また後で」
私は手を振って先生とアリスを見送った。二人が見えなくなると、一緒に見送っていたウタハが声をかけた。
「リスキーなことをするね。あれで先生に拒絶されてたらどうするんだい」
『ウタハはさっきの話を聞いて、私を拒絶する?』
「今更だ。前に仕事の話は聞いたよ。今回みたいに詳細に聞いたのは初めてだけどね。理解するよ」
『じゃあエンジニア部でお世話になったよ』
「私たちのところで? まさか。私たちは歓迎してもセミナーから拒否されるさ」
『ACの技術を全面的に譲渡すると言われても? 私の機体を自由に弄らせてあげるし、ACの操縦まで教えてあげる』
「そ、それなら……むう。セミナーを何とか説得してでも」
『そこまで真剣に悩まれると、私も揺らいじゃうなあ』
「全く……冗談はよしてくれ。私でも肝が冷えたぞ」
『今、あんな話をしたら先生は一体どういう反応をしただろうと思ってね。好奇心だよ』
「好奇心は猫をも殺すぞ」
『私は犬だから問題ないね。それと、先生が思っている私と本来の私が乖離している気がして。先生が思っている私がどういう存在なのかはわからない。でも、違う気がしたの。いや、これは私が勝手にため込んでいたのかもしれない。今までまともに過去を話してなかったから先生を騙しているような気分だったんだ。一回ぐらいはちゃんと話して、その上で私と一緒にいてもらいたかった』
「なんだ、結局レイヴンはシャーレにいたいのか。少しは期待してたんだがな」
『おや、そうだね。なんだかんだシャーレは居心地がいい』
「あ、あの」
コトリが気まずそうに、声をかけた。私とウタハは彼女の方を向いた。
「メンテナンスが終わったので」
「ああ、そうか。よし、続きをしようか」
『続きって言っても、撃ったら腕が壊れるじゃん』
「片手はまだ無理だったようだからね。ここは見栄を張らずに両手で持って撃ってみようじゃないか」
『あれ両手で持てたかな』
私は再び搭乗した。同じようにコトリも搭乗した。おいていたショットガンを手に取り、ウタハに言われた通り両手で持ってみた。一つの武器を両手で持ったことが無かったので、どう持てばいいのか分からなかった。いろいろな持ち方をしていると、横からコトリが教えてくれた。
狙いはACと同じようなやり方らしいので、人間が撃つようにのぞき込む必要は無い。腰撃ちのような恰好で引き金を引いた。大きな反動が伝わったが、腕の損傷はない。実験は成功した。
「よかった。これならこの機体でも戦えますね!」
『MTぐらいにはなるんじゃないかな。ACほどではないなあ』
「そ、それはとうに分かり切っていたことです。そもそもこれはまだ試作機、それも一号機ですから。これからどんどん改善を施していって、いずれは完ぺきなACを作ってみせますよ!」
『期待しているよ』
機体の試運転は終わった。ただ私に乗ってみてほしかっただけの様だ。降りるとすぐに、私は意見を求められた。
「忌憚のない意見を求めるよ」
『はあ、まあ、じゃあ、まずACとは程遠いね。用廃機よりも性能が低いよ』
そういうと三人の肩がガクッと落ちた。もしかして忌憚のない意見の意味を間違えてしまったのか。私は急いでスマホで意味を調べたが、私の解釈と間違いはない。思ったことを素直に言っただけだ。
「ま、まあ私たち自身、テストをしていて感じていたことだ。しかし改めて言われると心に来るな」
「え、エンジニア部としてのプライドが」
『最低限飛べるようにならないと』
「最低限のハードルが高すぎます!」
『じゃあMT目指したら? MTは確か飛ばないよ』
「ACとMTの違いって何?」
『んー、専門家じゃないから詳しくは分からないけど、私が戦ってた感じだと、弱い、脆い、飛ばないって感じだったかな。あ、あと人型じゃない奴もいた。多かったのは首が無いやつとか、雷ちゃんを巨大化させたやつとか』
「話を聞いただけだとACの下位互換ですね」
『ACより強いMTもいるから、一概にそうとは言えないけど、大方そうだね。安いから』
「雷ちゃんみたいなMTがいたのか?」
『いたよ、もっと武骨だったけど、雷ちゃんの座席部分に武器を乗せてそのまま大きくした感じ』
「それなら作れるかもしれないな」
「いきなりACは無理だったのかもしれないね」
「となるとまずは簡単な機構からやってノウハウを積むべきでしょうか」
「ACより安価に作れると聞く、実際雷ちゃんを巨大化させるならそこまで費用は掛からない。試行回数も積みやすいな。ありがとうレイヴン。今後の目標が固まったよ。レイヴンの言う雷ちゃんみたいなMTを作ろうと思う」
『役に立ったみたいでよかった』
それから、先生が戻ってくるまで私たちはずっと話していた。新しい武器の案だったり、ルビコンにあった武器を再現できないかと、詳細を求められた。先生が帰って来たのはすっかり日が暮れたころだった。
ある日のこと、オフィスに珍しく先生がいなかったので、地下の方へ行くと、やはり先生がいた。大体オフィスにいなければコンビニか地下にいる。
先生は誰かと話していた。私は先生が話し終わるまで待っていた。会話の内容からは誰と話しているのか分からなかった。
『先生、誰と話してたの?』
「ああ、レイヴン。誰って、ヴェリタスだよ」
『ヴェリタス? 誰だっけ』
「ほら、ミレニアムのハッカー集団。レイヴンがキヴォトスに来てすぐの時に一緒に作戦で動いたでしょ?」
『ああ、あのハッカー集団。懐かしいね。最後にあったのは本当に何か月も前だ。で、そのヴェリタスが一体何の用なの?』
「何か見たことのないものを見つけたらしい。誰も見たことないから僕に見てほしいって」
『誰も見たことが無いものを先生が見たって、何もわからないと思うけど。それならエンジニア部に見てもらった方がいいんじゃないの?』
「まあせっかく呼ばれたし、レイヴンも来る? ピザが用意されてるかもしれない」
『ピザか……まあ、いいよ。面白そうだし』
私も先生に同行することにした。
ヴェリタスの部室に向かっている途中の廊下で、ゲーム開発部に出会った。
「あ、アリス、先生を発見しました!」
「あれ?」
「こ、こんにちわ」
「やっほー、先生。あ、レイヴンもいる! 久しぶり」
『久しぶり』
「どうしてここに?」
「やほ。ヴェリタスに呼ばれてね。モモイたちも?」
「うん、なんかマキが面白いもの見つけたって」
「もしかしたら何かしらのインスピレーションがもらえるかもと」
「今回は重要そうなイベントなのでユズも一緒です!」
「はい……い、いいアイデアのためなら……ここまで来るのは、すごく大変でしたけど」
『そこまで遠くないと思うけど』
「ユズにとってはここまで来るのも大変なんだよ」
『少しぐらい動けるようになった方がいいよ』
「う、うう」
「あともうちょっとだよ」
「うん、頑張ろう」
「ユズが倒れないよう、アリスがしっかり支えます!」
「み、みんな……ありがとう」
ゲーム開発部は仲がいい。私はその様を見せつけられた。
「じゃあ入ろうか」
先生がノックをすると、中から「はーい、どうぞー」という声が聞こえた。先生はドアを開けた。ヴェリタスの部室は、一度来た以来だったが、記憶と何も変わっていなかった。よく分からない高性能そうなPCやモニターがたくさん置いてある。
先生が中に入るのと同時にモモイとアリスが脇を通り抜けた。
「やっほー! お邪魔しまーす」
「途中で合流したパーティーメンバー、先生とレイヴンも一緒です!」
「レイヴン?」
ハレは先生の後ろを見て、納得した声を上げた。
「ああ、あなたか。久しぶりに見た気がするよ」
私は手を振っておいた。ハレは手を上げて私に応えた。
「間に合ったみたいだね」
「やっほー、久しぶり」
「やっほー」
なんだか今日の先生はやけにフランクだ。
「それでハレ先輩、例の物って?」
「ああ、それなら……これ」
ハレはその場から退いて、後ろに置いてあった例の物とやらを見せてくれた。それは奇妙な形をしており、ボールから二本の触手のような足とたくさんのコードが繋がっていた。それを見た私の第一印象は、タコのロボットだった。
「これは……どこにあったの?」
「これらは全て、ミレニアムの郊外で発見されたものです」
「これで全部じゃなくて、まだあと二十体ぐらいあったよ」
「なんというか見た目が」
『タコみたいだね――』
「深海魚みたいだよね――」
私とマキの発言が重なった。私たちは互いに目が合った。深海魚と言われれば、まあ確かにそう見えなくもない。
「タコ……まあタコと言われればタコのような気も」
「まあ、ロボットの様ではあるけれども」
「でもちょっと変だよね。ミレニアムで作ったドローンに、こんな形状のものは無かったし」
「個性的な形です」
「個性的と言うかなんというか」
その場にいた全員がロボットを見た。なんとなく生物チックな見た目だ。
「ええ……なんだかコメディ映画かと思ったら、急にホラー映画になったみたいな……何これ?」
「これって、本当にミレニアムで作られたロボット、なのかな」
そのユズの発言で、全員の視線が私に向いた。ルビコンのロボットだと思われたらしい。
『ルビコンでもこんな形のロボット見たことないよ。自走する破砕機なら見たことあるけど』
「ハレ先輩、これって今どんな状態なんですか? 頑張ったら起動させることができたり」
「私たちの方でも一通り調べてみたんだけど」
「結構綺麗な状態だったから、起動できるんじゃないなかなーて思ったんだけど、でも、結局何も見つからなかったんだ」
「というと?」
「調べた結果、電源ボタンも接続ポートも見つかりませんでした」
「それどころか、表面にはつなぎ目すらなかった。だから開けることができなくて、起動しない原因がソフトなのかハードなのか、そもそも故障してるのかすらわからないんだ」
ハレたちの話を聞いていると、アリスが例のロボットに近づいているのを見つけた。気になるようなので、私もアリスの後ろについて行った。
「だから先生を呼んだんだ」
「はい、もし危険物だったらシャーレに協力してもらおうと思って」
「そういう意味だと、ゲーム開発部を呼んだのはちょっと違う気がするけどね。あはは、まあついでってことで」
『アリス、私にもよく見せて』
アリスの背中が邪魔でロボットが見えなかったので呼びかけたのだが、アリスは気付いてくれなかった。アリスはじっとロボットを見つめていた。
「どう、先生。何かわかった?」
「いや、うーん、何もわからないなあ」
「やっぱダメかあ。先生なら何か分かったりするんじゃないかと思ったけど。レイヴンも見たことが無いんじゃ、多分キヴォトスの技術だと思うんだけど……やっぱり部長に聞くしかないのかなあ。確かオカルトとか詳しかったし」
「オカルトかぁ」
「もしくは副部長とか? 副部長なら情報見つけてくれそうなんだけどなあ」
「今ここにいない人の話をしても仕方がないですよ」
「ここにいないというか、部長は滅多に来ないけどね」
「あ」
アリスは唐突に声を上げた。まるで何かに気づいたかのようだった。モモイはアリスの声を聞き「何かわかったの?」と聞いた。
「アリス……これを知っています」
「アリスちゃん?」
アリスはロボットの何かを弄った。私からは背中が邪魔で何をどうしたのか分からなかった。しかし何かが押されたような音がした。仕方なく横にずれると、なんとロボットの電源が入っていた。
「え、電源入った!? なんで!」
「え?」
「え、なになに!?」
それと同時に何か音が鳴った。バイブレーションしている音だ。
「この音……お姉ちゃん、ゲーム機から何か音が鳴ってるよ?」
「え?」モモイはポケットからゲーム機を取り出した。「本当だ、さっきまで電源入ってなかったのに」
「待って、アリスちゃんの様子がおかしい」
アリスはロボットを起動してから動かない。私は心配してアリスを少し揺らしてみたが、なにも反応が無い。
「起動開始」
アリスは小声でつぶやいた。きっとすぐ隣にいた私にしか聞こえなかっただろう。すると、目の前のロボットと同じものが更に四機起動した。アリスの周りに集まり、浮遊している。
「え、え!? なんで、どうして!? コタマ先輩、何かした!?」
「いいえ、私は何も弄っていません。一体何が」
「気を付けて、何かおかしい」
『アリス?』
私はアリスに尋ねた。しかし彼女は何も答えない。光の剣を取り出した。私はもう一度彼女の名を呼んだ。
「これは一体何が?」
「コードネームAL-1S起動完了。プロトコルATRAHASISを実行します」
まるで別人のように、抑揚のない声で告げると、アリスは光の剣の銃口を私に向けた。
余談ですが、ヴェリタスの部室にピザは用意されていませんでした。残念でしたね、レイヴン。
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50話
私は状況を把握できずにいた。なぜアリスは私に銃口を向けている。なぜアリスは突然別人のようになった。なぜアリスはあのロボットを知っていると言った。あのロボットは一体何だった。何一つとして理解できない。短期間に大量の情報を持ち、その情報を何一つ処理していなかった私は、光の剣から発せられようとしている光を前に、動くことができなかった。ただ一つ、死ぬ、とだけ思った。先生の私を呼ぶ声が遠く感じた。視界の隅が円状にぼやけてきた。
「アリスちゃん!」
その声と同時に、一発の弾丸が私とアリスの間を通った。光が収まり、アリスは撃った主の方を向いた。私もそちらの方を向くと、ミドリが目を見開き、肩を大きく揺らした状態で銃を構えていた。その銃口からは細い硝煙が昇っていた。
アリスは直ちに標的を変えた。ミドリたちのいる方向に光の剣を向け、そのまま撃とうとした。相手がアリスであるがために、誰も彼女を撃って無力化しようとはしなかった。その場にいた全員が先生に逃げるよう言った。ミドリはアリスがレールガンを発砲する直前まで、彼女を止めようと名を呼んでいた。光の剣から閃光が溢れ、眩い光に部室全体が飲み込まれる寸前、モモイがミドリの腕をつかんだのが見えた。
光と轟音が私に入ってくる情報を全て閉ざしてしまった。そして再び視界に収まったのは、ほとんど更地になってしまったヴェリタスの部室だった。もはやさっきの光で廃墟にワープでもしたんじゃないかと思うほどに変わり果てた。
先生たちは無事であった。ミドリやユズも、ヴェリタスの三人も立っていた。
「ゲホッゲホッ」
「い、一体何が起こってるの!?」
「突然眠っていたロボットが起動、そして突然我々に攻撃をしてきました」
「その攻撃を行ったのが」
「有機体の生存反応を確認。失敗を確認しました」
アリスは淡々と言った。それは誰かに報告しているのか、独り言なのかもわからなかった。言葉に全く感情が無かった。それはまるで機械の様だった。
「アリス!」
「アリスちゃん!?」
「プロトコルを再実行します。武装のリロードを開始」
その声と同時に仰々しい音が聞こえだした。
「またレールガンの充電を始めました!」
「早くアリスを止めないと、ごめん皆お願い!」
「アリスちゃん、ごめん!」
マキがアリスに向かってタックルを仕掛けた。アリスは何の抵抗もなくマキのタックルを喰らい、尻餅をついて光の剣を落とした。
「妨害を確認。リロードを失敗しました」
「やった! 止まった!」
「妨害要素を排除します」
「へ?」
アリスはすんなり立ち、マキの前に立った。マキは動こうとしなかった。
「マキ! 危ない!」
ハレが叫んで警告したが、結局マキは動くことなく、ゆっくりと近づいたアリスからみぞおち部分に拳を入れられた。マキはそのままうつ伏せに倒れた。
「マキ!」
コハルが叫んだが、マキは動かなかった。幸いヘイローは消えてなかった。
「プロトコルを再実行します。武装のリロードを開始」
「あ、ああ」
「アリスちゃん……一体どうしちゃったの!?」
アリスは落とした光の剣を持ち、再充電を行った。マキの惨状を見て再び止めようとする者はいなかった。私もまたその場で見ていることしかできなかった。
再充電を終えたアリスは、迷うことなく先生たちに銃口を向けた。そして――
「発――」
「そこまでだ、チビ」
その声はまた突然で、声の主が姿を現すのも突然だった。アリスの背後に立つと、両腕で首を絞めた。アリスは抵抗しようとしたが、光の剣が邪魔で思うように抵抗ができなかった。やがてアリスは抵抗しなくなり、両手を力なく下した。ヘイローが消えている。意識を失った。
「ここで寝ていろ」
彼女はアリスを床に寝かした。するとアリスを守ろうとしてなのか、多数のロボットが近づいて来た。
「はあ、全く……ここにもいやがるのか。おい、さっさと片付けるぞ」
「はーい部長」
「支援する」
「ええ、後方支援はお任せください」
彼女が呼ぶと更に三人やって来た。私はその中の一人に見覚えがあった。対物ライフルを持ったメイド、確か先生たちがセミナーのタワーに進入した時に彼女の足止めを行った。という事はこの四人はメイド部か。そういやあの目つきの悪い低身長の彼女とも、少しだけ戦った記憶があった。
彼女たちは淡々とロボットを処理した。一つの被弾も無く、時間をかけることなく、この場にいた全てのロボットを処理した。
「よし! 終わり!」
「作戦終了」
「お疲れさまでした」
「んで、先生これでいいか?」
全てのロボットを処理したネルは先生の元に行き、そういった。
「ネル、皆! ありがとう」
「これは一体どういうことだ? すっげえ音がしたから向かってみれば、部室がボロボロじゃねえか。それにあのチビの姿は一体」
「ごめん、ちょっと待ってね。皆、大丈夫!?」
先生はネルとの会話よりも、皆の確認を優先した。私は右手を上げて無事を知られた。
「うっ……なんとか」
「うえぇ、内臓が飛び出るかと思った」
「軽口が言えるなら大丈夫ですね」
倒れこんでいたマキも無事に立てたようだ。
私は周りに瓦礫が散乱しているせいで、車椅子で動くことができなかった。何とかして先生たちのほうまで向かいたいのだが、誰かの助けが必要そうだ。
「せ、先生……先生」
ミドリが青い顔をして先生を呼んだ、先生がミドリの方を向くと、ミドリはそのまま先生を引っ張った。その先ではユズがこれまた青い顔をして膝をついている。
「ああ、モモイ……モモイ」
どうやらモモイの名を呼んでいるようだ。確かに周りを見ればモモイだけ姿が見えなかった。
「どうしたのミドリ、ユズ」
「先生、お姉ちゃんが!」
「うん……モモイ!」
先生もすぐに気づいたようで、急いでユズの元に駆け付けた。
「皆、手伝ってくれ! モモイが瓦礫の下敷きに!」
その言葉に全員が駆け寄った。私のいる場所からはモモイが瓦礫の下敷きになっているのかは見えなかったが、皆の焦り様から、本当だと分かった。しばらくして、大きな一枚の瓦礫が退かされた。そしてすぐに先生に抱えられるモモイの姿が見えた。
先生はモモイを抱えて医務室に走った。ミドリとユズも先生を追っていった。そしてようやく私も助けを得て皆の元に戻ることができた。私も先生を追いたかったが、被害は部室だけにはとどまらなかった。レールガンの射線上にあった全てに被害が出ており、廊下にも瓦礫が散乱していた。車椅子では到底抜けることができない。仕方がないので、ヴェリタスと一緒に部室内の生き残ったPC等の整理を手伝った。
それから少しして、先生たちが戻って来た。医務室に向かったはずだが未だ傷だらけのモモイを抱えていた。
「レイヴン、シャーレに戻るよ!」
『な、一体どうしたの。モモイ抱えたままじゃん』
「医務室も被害を受けてて使えない! だから代わりにシャーレの医務室を使う!」
私はすぐに状況を理解した。ミドリとユズもついて行くという。私はミドリに押してもらい、全速力でエンジニア部の部室に向かってもらった。ウタハたちへの挨拶もそこそこに、先生たち四人を乗せて私はシャーレへと飛び立った。
シャーレに戻ると、先生はモモイを抱いて走った。私も少し遅れて先生の後を追った。
医務室に入ると、そこには救護騎士団のセリナの姿があった。いつも先生の近くに潜み、少しでもけがをしようものならどこからともなく現れ治療を施す、ACのレーダーにも映らない不思議な生徒だ。恐らく今回もどこかでこっそり先生を見ていたのだろう、先生が医務室に着くと、すでにセリナが準備をしていたという。
セリナの手によってモモイに応急処置が施された。ストーカーまがい、否、ストーカーであるセリナだが、救護騎士団らしく、その腕は確かだ。彼女が処置をしたのなら大丈夫だろう。だがその日、モモイは目を覚まさなかった。
あの騒動から二日が経った。未だにモモイは目を覚まさない。セリナが様子を見ているらしいが、いつ起きるかは分からないそうだ。
先生はまたオフィスにいなかった。多分地下にいるのだろう。折角なので淹れたコーヒーを手に、私は地下に向かった。地下では先生が誰かと話していた。二日前に見た光景だ。
『先生、コーヒーいる?』
私は先生が通話を終えたタイミングでコーヒーを差し出した。
「レイヴン、ミレニアムに行こう」
『また誰かに呼ばれたの?』
「アリスが部室に引きこもって出てこないらしい。僕も様子を見に行く」
『分かった。とりあえずコーヒー淹れたからそれ飲んでからにしよう』
まあ、私は飲めないので先生の分しか入れてないのだが。先生がコーヒーを処理している間に、私は機体の準備をしておいた。しばらく待っていると、先生が外に出てきた。
ゲーム開発部の部室に向かうと、部屋の前でミドリとユズがドアに向かって語り掛けていた。
「ミドリ、ユズ」
「あ、先生、とレイヴンさんも」
「アリスは?」
「それが……まだ部室から出てこなくて」
「何回も声はかけてるんですが」
「こういう時、どうすればいいか分からなくて」
そう言ってユズは目元に涙を浮かべた。ミドリもまた、暗い顔をしている。先生は腰を下ろして二人と同じ目線になった。
「大丈夫、僕に任せて」
そう言って二人の頭を撫でた。先生はドアの前に立ち、一度深呼吸をした。そしていつもの優しい口調で語りかけた。
「アリス、入ってもいいかな?」
アリスは何も答えなかった。先生がドアノブを回し、押してみると僅かに空いた。鍵はかかってないようだ。
「入るよ」
先生が部室に入った。私も先生の後ろから中に入った。部室の中は暗かった。電気もつけず、カーテンも閉め切っている。アリスは部室の一番奥、窓の下、テレビの横で体操座りをして、顔を埋めていた。
「アリス」
先生の呼びかけに、アリスはようやく顔を上げた。その顔は不安で満ち溢れていた。
「せ、先生」
「ご飯もずっと食べないで籠ってるって聞いたよ。みんな心配してるから、一緒に行こう?」
先生は手を差し出した。しかしアリスはその手を取ろうとはしなかった。折角上げた顔を、また下げてしまった。
「アリスには、できません。アリスは……アリスのせいで……アリスのせいでモモイが怪我をしてしまいました。どうしてあんなことになったのか分かりません。でも……全てアリスがやったことです。まるで、アリスの中に知らないセーブデータが入っているみたいです
「あ」
先生はアリスの言ったことに心当たりがあるようだ。
「アリスの体が反応しました。動きました。あの時何があったのか、記憶はありませんが……それでも一つ、確かなのは、アリスが……アリスが……アリスがモモイを!」
アリスは突然声を荒げた。慌てて先生は落ち着くように慰めた。アリスが部室に閉じこもっている原因がそれらしい。私から見れば、別に怪我をさせたぐらい気にすることは無いと思うが、明確な敵意を持って攻撃したことが一番響いてそうだ。
「先生、アリスは、アリスはどうすれば」
『気にすることは無いよ』
「レイ、ヴン」
『怪我をさせただけじゃん。殺したわけでもない。モモイはちゃんと生きてるし。私の話聞いたでしょ? 私は人を殺しまくった大量殺人犯。それでもアリスは私を怖いと思わなかった。むしろ感謝してたでしょ。じゃあ、モモイだって同じだよ。怪我をさせたぐらいでモモイはアリスのことを何も気にしない。むしろそうして落ち込んでばかりいると、返ってモモイを苦しめるよ。自分が怪我をしたせいでアリスが苦しんでるんだって』
「そんなことはありません。アリスが、アリスが悪いんです」
『そういうものなんだよ。優しい人はいつでも自分が悪いと思い込む。私みたいに人殺してもスンとしてるぐらいがちょうどいいよ』
「そう、なのでしょうか。本当にモモイはアリスを許してくれるのでしょうか」
『モモイがアリスを嫌ってるところを想像できる?』
「できませんね」
「でも、あなたが怪我をさせたのは逃れられない事実よ」
突然知らない声が乱入してきた。私たちは声がした方向を振り向いた。そこにはスーツを着た高身長の女性が立っていた。
「誰!?」
先生でも知らない相手だ。女性が部室に入ってからすぐに、ミドリとユズが慌てて入って来た。
「せ、先生!」
「会長が!」
「ああ……危惧していた通りになってしまったわね」
「会長?」
「あなたが噂のシャーレの先生、そして用心棒のレイヴンね。二人との記録的な出会いがこんな形になってしまったのは極めて残念だわ。私の名前は調月リオ。貴方……そして彼女たちに、真実を教えに来たの」
「調月、リオ?」
「彼女は、ミレニアムの生徒会長です」
「生徒会長!? あの見た目で? 大人じゃないの!?」
「私はまだ高校生よ」
いや、正直無理があると思う。先生ほどもある高身長にスーツまで着て、あとその胸で高校生は絶対無理がある。いや、まあキヴォトスには高校生と言うには無理があるような生徒が沢山いたが。
「か、会長が、い、一体何で、こ、ここに」
ユズは異様なまでに動揺していた。それほどまでにリオがここに来るのが珍しいのか、それとも恐ろしいというのか。
「ええ、私はミレニアムサイエンススクールの中枢、セミナーを率いる者。そして、千年問題の解決を望み、星を追う者。本来ならシャーレとは正式に挨拶をする場を設けたかったのだけど、今日は別の用事があるから、また別の機会に――」
「真実とはいったい?」先生はリオの話を途中で切った。
「そう、真実」リオは話を切られたのにもかかわらず、気にしない様子で続けた。「貴方たちは数日前の事件で一つの考えに達したはずでは? 今まで友人だと思っていた彼女が見せた、異なる姿。そして同時に起きた破壊と混乱。そして貴方たちはこう思ったのでは? 今まで友人だと思っていたものはそうではないのかもしれない、と」
ふむ、私のことだろうか。そう聞こうとする前に先生が口を開いてしまった。
「リオ、一体何を」
「単刀直入に言えば、貴方の後ろにいるその少女、少女の外見を備えたソレは普通の生徒ではないわ。貴方たちがアリスと名付けたソレは、未知から侵略してくる不可解な軍隊の指揮官であり、名もなき神を信仰する無名の司祭が崇拝したオーパーツであり、古の民が残した遺産、その名も……名もなき神々の王女AL-1S」
皆さんは人殺してスンとしてちゃだめですよ?
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51話
「名もなき?」
「アリスは……アリスは分かりません」
「そうですよ。勝手に脳内設定をしゃべらないでください! お姉ちゃんが良くそんなことを言ってたんで分かるんです。勝手にアリスちゃんに設定を付与しないで」
ん、なんだ。一瞬本当のことだと思ったが、冗談なのか。こんな時にそんな冗談は合わない。
『慰めるならもっと別の方法があるはずだけど』
「み、ミドリ」
「ごめんなさい。配慮が足らなかったわね。もっと理解しやすいよう、貴方たちの好きなゲームで例えましょう。つまり、アリス。貴方は世界を滅ぼす魔王なの」
「アリスが、魔王?」
「またそんな変な設定をつけて……どうしてそんなことを言うんですか! 一体何を企んでいるんですか!?」
「企んでる? 私は何も企んでなどいないわ。寧ろ聞きたいのだけど、貴方たちは見たのではなくて? 不可解な軍隊とソレが接触したことで何が起こったのか」
「不可解な軍隊……もしかしてあのロボットのこと?」
「ええ、そうよ。本来はあんなことになる予定は無かった。完全に私のミスよ。C&CとAMASを通じてすべて監視していたと思っていたのだけど、まさか監視をかいくぐった個体がいたなんて。これに関しては私の不手際によるもの。謝罪をここに」
そう言って、リオは先生に頭を下げた。それに対してミドリは困惑していた。あまりリオは謝るような人ではないらしい。
「でも、おかげで私の仮説は証明された。貴方たちが接触したソレは廃墟からあふれ出した災禍。ミレニアム、ひいてはキヴォトス全土に終焉をもたらす悪夢。そして、アリスの存在が奴らを廃墟から導いている事が証明された。今回は運よく壊れかけの個体と接触するにとどまったけど、次はどうなるか分からないわ」
先生を含め、この場にいる者は誰もリオの言葉に反論しようとはしなかった。先生は一体何を考えこんでいるのだろう。アリスがまた暴走した時か、そしてその先までもをだろうか。だが、ネルが落とした際はすぐに気絶したし、気絶から戻った時にはアリスは通常に戻っていた。暴走する条件はその不可解な軍隊というロボットに接触すること。数か月間、暴走しなかったところを見るに、条件はその一つだけだろう。ならばロボットをアリスの元に近づけなければいいだけの話ではないか。ミレニアム中であのロボットを見つけ次第破壊するように命令でも何でもすればいい。
「この脅威を解決する方法は一つだけよ、アリス」
アリスを監視下に置き、ロボットとの接触から防ぐことだろうか。協力者を募れば監視下で置いてもまともな学園生活を送れるだろう。
「解決、方法?」
「そう」
しかし、リオの次の言葉は、私の予測とは全く違うものだった。
「――貴方が消える事。この世界に貴方は存在してはいけない」
「そ……んな」
『なにを言っているの?』
「当たり前のことよ。レイヴン、貴方の隣にいるのは世界を滅ぼす狂気のロボット。そんなものが存在してはいけないだなんて、至極当然のこと」
「アリスは……ただみんなと一緒に……勇者として、一緒に冒険を」
「貴方は果たして勇者かしら。私はゲームにあまり詳しくないのだけど、辞書的なことは知っている。だから質問させてもらうわ。貴方は己を勇者と言っているけれども、勇者とは己の友人に剣を向ける存在かしら? むしろあなたのやったことは魔王ではなくて?」
アリスは言葉を詰まらせ、たまらずリオの顔を見た。リオは無表情でアリスの回答を待っていた。
「アリスちゃん、答えなくていい! 会長は前々から変な人だったと思っていたけど、まさかこんな人だったなんて!」
「せ、先生」
「リオ、やめて」
「やめる? なにを? 現実から目を背けるのは思いやりではないわ、先生」
「あ、アリスは……一体どうすれば」
「簡単なことよ。爆弾は安全な場所で解体すればいいの」
「ば、爆弾?」
「うまく伝わらなかったかしら。つまり、あなたのヘイローを破壊すれば済む話よ」
全員がその言葉に固まった。リオが言うそれはつまり、アリスを殺すという事だ。この女は今ここでアリスを殺すと宣言した。私はたまらず反論した。
『あれをやったのはアリスじゃない』
「レイヴン、貴方は良く知っているでしょう。貴方は目の前でアリスが暴れたのを見たのでは?」
『間近で見ていた。一番近くで見ていた。だからこそ分かる。あれはアリスじゃない。アリスではない何者か、例えばウイルスのようなものだ』
「だから何だというの。ウイルスに感染したPCは捨てるべきじゃないかしら」
『直すべきだ。それが一般的でしょ。ほいほい買い替えるような富豪じゃないんだから。アリスは一人しかいない。なら殊更に直すべきだ』
「では一体どうやって直すべきなのかしら。私が今ここにいるのはその手段が無いからなのだけど、ぜひ教えていただきたい」
『そんなの私が知るわけないでしょ。私はそれをすべき立場にいない』
「無責任ね。自論を一方的に言って、それはただの我儘よ」
『じゃあ、納得させてみて。あなたは一体どれ程に探した。どういう経緯でアリスを消すほかないという判断に至った。全ての可能性を試したか。一人で勝手に決めたことなのか? 誰かに相談したのか?』
リオは何も言わない。
『ミレニアムには優秀なハッカーとエンジニアがいるでしょ。あなたがその二つの集団よりも優秀だというなら、一人でそういう判断に至ったのも理解する。でもそれよりも乏しい知識で勝手に決めつけたのならばいただけない。なにより、お前は人を殺す覚悟があるのか。たとえアリスがロボットだとしても、キヴォトスでは人とそう変わらんだろう。人を殺したという事実は未来永劫、お前に付きまとうぞ。隠せるものではない。どこからか必ず漏れ出す』
「私の言動が気に食わなかったのであれば、謝罪するわ。昔から私のことが嫌いな人は多かったもの。それは私に問題があるという事なのだから。理解されなくても構わない。私は皆を守りたいだけ」
『その皆にアリスは含まれてないってわけ?』
「どうとでも言いなさい。これはもう決定事項。さあ、あなたの出番よ。美甘ネル」
リオの陰からネルが出てきた。その顔は真剣であった。アリスのほか、ミドリやユズも怯えた顔でネルのことを見ていた。
「ネル……先輩」
「ネル?」
「悪く思わないでやってね。元々C&Cはセミナー……正確には、私直属のエージェントなの。そこに私的な感情は無いわ。ただただ私の命令に従うだけ。C&Cのリーダーであるネル相手ではいくら先生やゲーム開発部でも抵抗は出来ないでしょう。レイヴンのロボットも今はエンジニア部の元にある。ロボットを取りに行こうとしたり、外部に助けを求めるのも無駄よ」リオは指を鳴らした。するとどこかからか、大量のロボットが部室の前に集まって来た。「この周囲は、すでにAMASで掌握しているわ。救援が間に合うことは無いでしょう。さあ、仕事の時間よネル。アリスを確保して頂戴」
リオの命令に、ミドリとユズは臨戦態勢に入った。私も加勢したいがACが無い、そして取りに行けないこの状況では何もできない。せいぜいアリスを庇うことしかできない。
ネルはリオの前に立った。私たちはネルが行動を起こすのを待ったが、彼女はそれ以上何もしようとしない。しばらく待った挙句、彼女は「ふっ」と鼻で笑った。
「ネル?」
「くっそ、やってられるかよ!」
ネルは反転し、リオに向けて発砲した。しかしAMASのロボットがリオを庇ったので無傷だ。
「ネル、一体何のつもり?」
「ネル先輩?」
「今までだって依頼内容を気に入ったことは無かったがよお……同じ学園の生徒を、しかもなんも分かってねえ奴を誘拐しろだあ? そんなこと、やってられっかよ。もうてめえに付き合う義理なんかねえぞ、リオ!」
「ここで裏切るつもり?」
「裏切る? ハッ! てめえの指示が気に入らねえだけだ」
「そう、そうなのね。ネル、貴方はいつもそうだった。自分の気分で命令を違反する姿、かんしゃく玉のようにいつ爆発するか分からない、それがあなたの長所であり、厄介なところだった。だからこそ、この状況も想定していたのだけど」
「ああ、んだって?」
「トキ、貴方の出番よ」
ネルの後ろに誰かが立った。ネルはその存在に気づいていない。
「ネル、危ない!」
「ああ?」
先生は咄嗟にネルに叫んだが、ネルがそれに反応するよりも早く、その生徒は足元にグレネードを落とした。
爆発とともに埃や煙が舞い上がり、視界が悪い。私は腕で顔を覆った。
「だれだてめえ!?」
ネルの声が聞こえた。無事なようだ。やがて煙が収まり、生徒の正体が見えた。ネルと同じようにメイド服を着た金髪の生徒だ。
「初めまして、先輩。そしてシャーレのお二方。C&C所属、コールサインゼロフォー。ご挨拶申し上げます」
「え、五人目?」
「C&Cって」
つまりネルの仲間だという事だ。しかし、ネルの反応から見れば彼女のことは知らないようだが。
「背後から奇襲たあ、舐めた真似しやがって! 覚悟はできてるんだろうなあ!?」
ネルはすでに戦闘態勢のようだ。廊下に出てしまったのか部室の中からは姿が見えない。リオの前に再びAMASが集結した。それからすぐに射撃音と、飛び交う銃弾が見えた。
私たちはこの間に何ができる。今のうちに窓から逃げようか。いや、しかしネルが反抗するのを想定していたリオのことだ。窓から逃げた先にも何かしら配置しているに違いない。私たちにできることは何もない。仕方なく私は部屋の中からごく一部だけが見える戦闘を眺めていた。
その戦闘が終わるのにそう時間はかからなかった。ネルはリオを守っていたAMASをすべて破壊し、部室に戻って来た。
「流石ネル。AMAS程度では貴方を止めることはできないという事ね。こんなことはしたくなかったのだけれど……トキ」
「イエス、マム」
「武装の使用を許可します」
「了解しました」
リオの前にAMASの代わりにトキが立った。武装と言うがその手には何も握られていない。
「準備完了。モード2に移行します」
「ああ? 何をごちゃごちゃと――」
トキの姿は間庭たちの間に代わっていた。少し身軽になったようで、武器らしきものも背負っている。そしてトキはネルの横に近づこうとした。ネルが撃つが、しかしトキには当たらない。また別の方向から近寄った。ネルは同じように迎撃するがやはりトキには当たらない。
「くっそ、ウロチョロと」
何度か繰り返しているうちにトキの姿は見えなくなってしまった。
「あっという間に消えちゃった」
「一体どこに行きやがった!」
ネルがあちらこちらを探すが一向に見つからない。その時、ネルの背後にトキが姿を現した。
「ネル先輩、後ろ!」
「なにっ――」
ユズの警告もむなしくネルは羽交い絞めにされ、五発の銃弾を受けた。腕をきつく締めているのか、ネルが喘いだ。
「ネルがあっという間に」
「気づいたら、突然現れて」
誰も先ほどの動きを捉えられてなかったようだ。かくいう私もさっきの動きは全く分からなかった。ミドリが言うようにトキが突然ネルの背後に現れたように見えた。
「くそっ! 離しやがれ! ぶっ壊されてえのか!?」
ネルは暴れて抵抗するが、全く解けなかった。
「先輩、それ以上暴れると腕が曲がってはいけない方向に曲がってしまいますよ」
その言葉にネルは少しだけ大人しくなった。
「皆さんも下手に動いて、抵抗しようとしないでくださいね」
「さあ、AMAS。アリスを回収しなさい」
全滅していたと思っていたAMASが部室の中に入っていった。本当なら抵抗したいところだが、トキに何をされるか分からない。撃たれるものなら洒落にならない。私にはヘイローが無い。撃たれたら死ぬ。
「ちょ、ちょっとま――」
「抵抗しない方がいい」
ミドリとユズがAMASを止めようとするが、リオの声が鋭く突き刺さる。
「無関係な子を傷つけたくない」
それつまり、邪魔をすればたとえ私や先生でも排除するという事だ。
「やめて、リオ」先生がせめてもの抵抗に、リオへ言葉をかけた。
「それは私のセリフよ。私も対立などしたくないわ。貴方と敵対する気も、憎まれる気もない。むしろ貴方に聞きたいことがある。こういった事態において、シャーレの先生、貴方のような大人が真っ先に行動するべきではないかしら」
「それは、どういう」
「子供より感情に支配されず、冷静に状況を判断できる、そういった大人である貴方がまず働くべきだったのではなくて?」
「そんな、生徒を傷つけるだなんて――」
「いつまでそんな寝言を吐き続けるの!」リオは突然言葉を荒げた。思わず先生も口を噤んだ。「勘違いしないでほしいの。あれは生命体ではない。貴方が背負うべき生徒ではない。あれは世界を終焉に招く兵器。あれとキヴォトスの全生徒を天秤かければどちらに傾けるのかは明白なはず。もしそれでも動かないのであれば、アリスのヘイローは私の手で破壊する。その準備はすでに整っている」
リオはアリスに近づいた。私はアリスの前に立ったが、さらに私の前にミドリが立った。
「ち、違うよ! アリスちゃんは兵器じゃない! アリスちゃんは勇者なんだよ。だ、だって光の剣を、スーパーノヴァを持っているんだもん」
ミドリは肩を揺らしながら言った。今更、そんなこと証明にも何にもならない。だが、それほどまでに私たちは追い詰められている。もはや戯言な証言にもリオは残酷にも冷静に対処した。
「光の剣? ああ、エンジニア部のあのおもちゃね」
そう言って、リオはスマホを取り出すと、アリスの横に立てかけてあった光の剣にかざした。すると、光の剣の電源が落ちてしまった。
「そ、そんな、光の剣の電源が落ちた」
「アリスの、剣が……ゆうしゃの、あかし、が」
アリスは電源の切れてしまった光の剣を撫でて、それから私たちの顔を見た。
「全部……アリスが魔王だから起こったことですか。アリスがここにいれば、また同じことが起こるのですか。アリスが……勇者で無いのなら」アリスは顔を伏せた。しばらくそのままでいると、次に顔を上げた時にはやけに納得した顔であった。「そう、ですね。アリスは、理解しました。アリスが消えれば、皆が平和になるのですね」
「アリス」
アリスは力なく立った。ゆっくりとリオの元へ歩き出す。先生は手を伸ばすが、アリスの手を掴むことは無かった。
「アリスは……皆に怪我をしてほしくないです。レイヴンは、そんなこと気にしなくてもいいと言ってくれましたが、怪我をさせないのであればそれでいいのではないですか。アリスは、それがいいです。でも、少し苦しみが和らぎました。モモイを怪我させてしまって、アリスの胸は苦しかったですから。もしモモイが起きたら、代わりに謝ってくれますか。アリスは、とても楽しかったです。短い時間でしたが、たくさん冒険ができました。いろんなお話を聞くことができました。アリスはとても幸せでした」
アリスは涙を浮かべながら笑った。その顔に先生は力なくアリスの名前を呟くことしかできない。
「心配しないでください。アリスは生命体ではないのですから。ミレニアムの生徒ではないのですから、いなくなっても大丈夫です。みんな……アリスと一緒に冒険してくれてありがとうございました。レイヴン、お話をありがとうございます。とても面白いお話でした。もっといろんなお話を聞いてみたかったです」
そう言ってアリスは最後に一礼すると部室から出て行ってしまった。
「それでは、失礼するわ。もし私の言動で先生が傷ついてしまったのなら、後日謝罪させてもらうわ。では、また」
リオも、また一礼すると部室のドアを閉めた。とても暗い、だが目が慣れてしまったが故に皆の顔が見えた。私たちはAMASが完全に去り、解放されたネルが部室に入ってくるまで動くことができなかった。
改めてこの場面見ると、リオ会長は正義感が強いですね。正しいのは正しいですが、多数を助けるために少数を切る判断が手早いです。上に立つ者としては正しいのかもしれませんが、先生が立っているのが少数であるがゆえにリオの悪者ムーブが目立ってしまっていますね。
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52話
私たちは意気消沈したまま、とにかく外へ出た。そこでたまたまヴェリタスの三人と出くわした。騒ぎを聞きつけやってきたようだ。とりあえず、こんなところで話したくは無かった。
私たちはミレニアム内の広場にやって来た。ネルが呼んだのだろうか、途中でC&Cも合流した。一角に座り、先生は事の顛末を話した。
「結局、会長がアリスを連れてったんだね」
「ねえ、これって結構ヤバいんじゃない?」
「はい、非常事態です」
「では、リオ会長が部長だけを呼んだのは」
「恐らく、最初からリーダーが裏切ることを予想していたのだろう」
「ひどい! アリスちゃんを連れて行っただけじゃなくて、部長をいじめるなんて」
「はあ」
ネルは大きくため息をついた。先生はネルに「大丈夫?」と声をかけた。
「いや、あたしはあんとき、あいつが連れていかれるのをただ見ていることしかできなかった」
「それは」
「リーダー、そんなに気に病む必要はない。正面から戦ったのではないだろう?」
「そうだよ、あんなの無効!」
「お前たちは任務が失敗してもそうやって言い訳をするのか?」
慰めてくれた二人に対して、ネルは厳しい姿勢を見せた。その言葉にC&Cの三人は顔を反らし、口を噤んだ。
「あいつ、あたしを物ともしてなかった。あいつは、自分のことをコールサインゼロフォーと呼んでやがった。トキつってたっけ。アカネ、あいつのこと知ってたか?」
「はい、そうですね。存在は知っていました。コールサインゼロフォー、C&C所属でありながらリオ会長専属のメンバー、いわばリオ会長のボディーガード。知っていたのは存在だけで、実際に対面したことはありません。まさかリオ会長が彼女を使ってこんなことをしてくるとは」
「あいつ、なんか変なもんを使っていやがった」
「リオがくれた武装だと言っていたね」
「なあ先生、なんであいつはヘイローを壊されるなんて話をされてまで、会長について行ったんだ。レイヴンとも何か話していたみたいだが、あたしにはレイヴンが何を話していたのか分からねえが、きっとあいつが怪我させちまった友達のことだろ?」
『私は、アリスに気にしなくていいって話をしたんだ。モモイはアリスが怪我をさせたことをきっと気にしてないって。本人も納得していたはずなんだけどね』
「じゃあ、どうしてあいつはついて行っちまったんだ。自分が消える必要なんかねえだろ。あいつはちょっとゲームができるチビじゃねえか。なんでそんな奴にリオ会長はあんな言葉を投げかけたんだ。なんだ、これは私だけが理解できてないのか?」
ネルは先生に問いかけた。きっと先生だってそんなことを言われても困るだろう。私だってなぜアリスがあの行動を選んだのか分からない。私はモモイが気にしないと言った。アリスも納得した。だが、リオが示した自分がいることの影響を考えてしまったのだろう。自分が今後存在し続けたとして、また怪我をさせてしまうかもしれない。もしかしたらリオの言う通り、キヴォトスを滅ぼしてしまうのかもしれない。でも自分が消えてしまえばそんな可能性は微塵も無くなる。より明確な方を選んでしまったのだろう。自分が消えても大丈夫と言いやがって。ミレニアムの生徒じゃないから大丈夫ではない、ミレニアムの生徒で無かろうと、悲しむ人はたくさんいる。
先生は「状況を振り返ろう」と、言葉を濁した。先生は思案に入り、そのほかの人たちもそれぞれ思案を始めた。
「わ、わたしは……よく分からない。アリスちゃんが何を考えてるのか、よくわからないよ。だから、アリスちゃんと話がしたい。アリスちゃんが魔王じゃないって、リオ会長に説得したい。わたし……私たちは」
ユズが絞り出すように言った。普段一度にこんなに長く話すことは無かったはずだ。それほどに、ユズはアリスのことを大切に思っていたのだろう。よく見ればユズの眼もとにはうっすらと涙が浮かんでいる。
「先生、私たちはどうすればいい」
ハレは先生に尋ねた。先生は再び顔を下してしまった。どう、何を答えたらいいのか分からない表情だ。
「モモイ……降臨!」
それは突拍子もなく現れた。皆が顔を下げる中、彼女は逆に誇らしく顔を上げて、私たちの前に現れた。だから一瞬、彼女の登場に反応が遅れた。
「お姉ちゃん!?」
「も、モモイ!? 体は、怪我は大丈夫なの!?」
「体なら大丈夫! ぐっすり寝たから体力も全快! いわば今の私は棚からポーションを取得して次ステージの推奨レベルにまで強化された戦士……怖い物なんてない、超強化女子生徒状態だよ!」
なんとも、アリスみたいな言い回しをするな。いや、アリスがモモイの口調を真似した結果なのだろうか。それよりも、今の私たちに渦巻いていた負の感情は、モモイの高テンションによって少しだけ払拭された。
『一人でここまで来たの?』
「うん。目が覚めたらトリニティの人が居たんだけど、まさかシャーレにいるとは思わなかったよ。とりあえずミレニアムにもどってきたんだけど」
『いつ起きたの?』
「うーん、多分先生たちがミレニアムに向かってすぐだよ。トリニティの人からそれを聞いて私も追いかけてきたの」
『その割には遅かったね』
「レイヴンが早すぎるんだよ! シャーレからミレニアムまでどれだけかかると思ってるの。ACみたいに飛んでまっすぐ行けるわけじゃないんだから!」
『ん……ああ、そうか。そうだね。普通は電車とか乗り継いでくるんだっけ。すっかり感覚が鈍っちゃったよ』
「おねえちゃん……アリスちゃんが……アリスちゃんが!」
ミドリは私と会話しているのにも関わらず、途中でモモイに抱き着いた。モモイは突然のことに驚きながらもなんとかミドリを受け止めた。
「わわっ、一体どうしたの!? ミドリがアンチコメントを呼んだ翌日の一日限定甘えん坊モードに入ってるけど、どうしたの!?」
モモイはミドリの様子に困惑している。アリスが連れ去られたことを知らないようだ。ミドリは「アリスちゃんが」と繰り返すばかりで説明できる気配がない。
「モモイ、アリスちゃんが――」
代わりにユズが事の顛末を話した。
「このおバカさんが!」
モモイはユズの説明を聞き終わるや否や、大声で叫んだ。広場にいた他の生徒の注目を集めてしまった。
「お、お姉ちゃん?」
「モモイ?」
「正直、難しいことは分からない。皆の話を聞いてたら胸がギュッとしちゃって、うまく言葉がまとまらないけど……一つだけ確かなことが有る!」
「確かなこと?」
「皆が納得してないことだよ! 私はこのままアリスとお別れなんて嫌だよ! アリスの最後の言葉、別れの挨拶でも何でもないじゃん! てか、レイヴンの話って何!? 私だって聞きたいんだけど! こんなのまともなエンディングじゃない! だから私はアリスを連れ戻したい、連れ戻してレイヴンからどんな話を聞いたのか教えてもらうの!」
『それなら私が話すけど』
「アリスともう一度聞くから!」
「モモイ……」
「おい、チビ」
ネルが声をかけた。それにしてもネルって人のことよくチビと言うが、身長的にはそれほど変わらないだろうに。むしろモモイの方が若干背が高いんじゃなかろうか。しかし、私はそれを決して口にしない。きっと言えば殺されてしまうだろう。
「わっ、ネル先輩?」
「あんた、いいこと言うじゃねえか。そうだ、ごちゃごちゃ考える必要はねえ。殴られたら殴ればいい。奪われたもんがあるなら奪い返せばいい」
『お、いいこと言うねえ』
「だろ? 簡単なことだったんだ。いじいじしている暇があるなら行動に移すべきだったんだ」
「先生、どうか私たちに力を貸して」
「モモイ、皆……よし、アリスを取り返す方法を探してみようか」
先生はまずユウカに連絡を取った。そういえばユウカもセミナーか。だったらリオのことも知っているはずだ。
先生がユウカを呼び出すと、更にもう一人後ろに誰かいた。私の知らない人だ。先生は知っていた。ノアだそうだ。先生はユウカに事の顛末を話した。
「会長がアリスを誘拐?」
「最近何か裏で進めているような気はしていましたが、まさかこんなことになってるなんて……少しショックです」
「会長は一体何を企んでいるのかしら。アリスを誘拐して、その上ヘイローを破壊する? 全く意味が分からないわ!?」
「普段から突飛な行動をされる方でしたが」
「ノア、これはそんな次元の話じゃないわ! 何を企んでいるのか分からないけど、アリスを……生徒を誘拐……いくら会長でもやっていいことと悪いことがあるわ!」
「仮にも自分の先輩なのに、容赦ないね」
「でしょ。それがユウカのいいところなんだよ!」
『いくら先輩でもそれぐらいは言うでしょ。やってること犯罪だし、人殺しをしようって言ってんだから。本人もいないし、個人的にはもっと貶してもいいと思うけどね』
「私怨が大きいね」
『ん、それはごめん』
「別に悪いとは言ってないよ」ハレは肩をすくめた。
「ユウカ、ノアお願い。リオがアリスを連れて行った場所を探してほしいんだ」
「分かりました。セミナー内部の情報を確認してみます。会長が残した痕跡があるはずです。任せてください、全力で協力します!」
そう言って、ユウカは一度連絡を切った。
「ねえ、レイヴン。アリスとどんな話をしてたの?」
『え、それ今聞く? アリスと一緒に聞くとか言ってなかった?』
「えー、だってユウカが何か見つけてくるまで何にもできないんだし、暇つぶしで」
『暇つぶしで聞くような話でもないんだけどなあ。今話すと皆の士気を下げかねない』
「え、そんな話をアリスにしたの?」
『アイデアが欲しいっていうものだから、ちょっと好奇心で傭兵時代の話をしたの。最悪先生に拒否されてたね』
「え、ええ」
『聞く? 多分私の方が魔王なことした』
「え」
「え」
モモイだけでなく先生も声を出した。
「え、なんで先生も驚いてんの? 先生、話聞いたんじゃ」
「聞いたけど、そこまでのことは、いや、聞いた話も随分あれだったけど、それ以上のこと?」
『うんまあ、でも今話すと私、リオに何も言えないからやめておきたいんだけど』
「え、えっと……それじゃあ、別にいいかな」
『助かるよ』
私は顔を反らした。アリスと先生に話したことなら別に構わないが、私のやったことの行きついた先は今の状況では洒落にならないことだし、リオにばれたら殺されるのは私だろう。流石にこればかりは好奇心で話せない。いや、ミレニアムでは話せないかもしれない。私自身この話はあまりしたくないので、モモイが諦めてくれてよかった。墓場まで持っていきたい話だが、いつか話さないといけない日が来るだろうな。
私たちの間に気まずい空気が流れた。恐らく、若干私は引かれているだろう。私としても居心地が悪いので、ユウカには早く手掛かりを見つけてほしいところだ。そう思っていると、タイミングよくユウカから着信があった。思っていたより早くて助かった。
「リオ会長がアリスを連れて行った先が分かりました! 先生の話を聞いて、まさかとは思ったのですが、本当にセミナーの予算を横領していたなんて」
「本当にショックです……そんなことをされる方だったなんて」
いまいち話の展開が分からない。アリスが連れていかれた先とリオの横領の発覚に何の関係があるのだろうか。
「え、えっと、どういう事?」
先生は少し困惑した様子でユウカに尋ねた。
「その……セミナーのデータベースに削除された、意図的に隠蔽されたような痕跡を発見しました」
「その痕跡を調べたところ、予算の不透明な流れを発見しました」
「そしてその流れの先がここです。今画面に映します!」
先生のスマホに一枚の画像が映し出された。私を含め、全員がそれを見ようと集まった。総勢十二名が小さい画面を覗こうとした。背の小さいネルや、ゲーム開発部、そして車椅子に座っている私は、背の高い他の生徒に押し出されてみることができない。
「わ、わわ!? み、見えないー!」
「あ、ごめんごめん。ちょっと下げるよ」
先生は中腰になって私にも見えるようにスマホを掲げてくれた。そこに映っていたのは一つの都市だった。近未来的で、最近できたような印象を受けた。
「これは、都市?」
「はい。データベース上から削除されたデータを復元したところ、一つの都市のデータを見つけたんです。コードネームエリドゥ。リオ会長が秘密裏に建設していた、終焉に備えるための要塞都市だそうです」
まるでザイレムだ。中央に立つタワーなんか、ザイレムにも同じようなものが建っていた。あのタワーはなんだったか……今はもう忘れてしまった。未来に備えて建設したというのもザイレムと一緒だ。つまりエリドゥはザイレムだ。
「一体、いつの間にこんな都市を……お金の流れを隠すのだって困難でしょうに」
『これ飛ぶ?』
「え、飛ぶの?」
『飛ばないの?』
「いや、飛ばないでしょ。あなたの中じゃ都市も飛ぶの?」
『じゃあザイレムじゃないか』
「ルビコンって不思議なところだね」
「あ」突然アカネが声を上げた。「もしかして先日のコユキさんの一件が絡んでいるのでは?」
「あっ! コーユーキー!」
ユウカはその一件とやらを知っているようだ。私には皆目見当もつかない。
「どうして要塞都市を作ったんだろう」先生が素朴な疑問を挙げた。
「リオ会長は、ご自身がやると決めたことに決して迷いません。合理的な判断を、時には重要な判断をした場合には、強引にも、まるでブルドーザーのように押し進めます。そうして危機を排除し、キヴォトスの終焉を防ぐべく奔走した結果が、あの要塞都市エリドゥなのでしょう」
「アリスはエリドゥの中央にあるタワーに連れて行かれた可能性が高いわ」
「あそこに、アリスが」
「エリドゥの座標を送ります。立場上、お手伝いできるのはここまでです」
「お願いします、先生。リオ会長を止めて、アリスを連れて帰ってください!」
「うん、任せて」
先生はユウカとの着信を切った。
「よし、今からエリドゥに向かおう!」
「待って、お姉ちゃん」
「な、なんで止めるの!? 場所も分かってるんだよ。早く助けに行こうよ」
「要塞都市だよ。普通に行って入れるわけがないよ」
「それならレイヴンに連れて行ってもらえばいいじゃん。なんか乗り物つけたんでしょ?」
『あれ最大でも五人乗りだから、ここにいる全員は乗せられないよ』
「それなら、別ルートを見つける必要がありますね」
「あたしたちはそんなもん知らねえし、あったとして誰がそんなものを知ってるんだ?」
ネルの言葉に皆は考えた。リオ会長が秘密裏に建設していた都市。今まで誰も知らなかったのだからそれを知っている人、と言うか別ルートの予想ができる人を探すべきだ。都市を建設するうえでのルートに見当が付きそうな人物……建設……あ――
『エンジニア部だ』
「エンジニア部、かな」
私と先生は、同時に同じ名前を出した。
エリドゥはザイレムだった……!?
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53話
先生はエンジニア部に訳を話して、広場にまで来てもらった。私たちの元にやって来たエンジニア部に、早速先生はユウカから教えてもらった座標を、ウタハに知らせた。
「うん、座標は確認した。問題は潜入方法だね。会長ならきっと、潜入者用の防御プログラムを実行しているだろうから」
「レイヴンに乗っていけば大丈夫じゃないの?」
「ふむ……私は実際にエリドゥの建設に加わったわけでもなければ、ロボットを譲ったわけでもない。防御プログラムの威力がどれくらいなのか分からないけど、会長のことだ。レイヴンでも通用するような火器を用意しているだろう」
『別にACは無敵じゃないからね。大型兵器だったら普通にダメージ入るよ。巡航ミサイルとか』
「巡航ミサイルは設置されてないだろうけど、それに準ずる物はあるだろうね。どちらにせよ、全員がレイヴンに乗れるわけじゃない。私たちが何の策も考えずに生身で接近すれば、なぜ要塞都市と呼ばれるのか身をもって知ることになるだろう」
「じゃ、じゃあどうすればいいの?」
「接近することすら難しいだなんて」
「それは、あくまで普通に接近した時の話だよ。私たちエンジニア部は別のルートを知っている」
「別のルート?」
「都市建設の人手だけならリオ会長が所有しているドローンだけで事足りる」
『あれだけの都市を建設できるだけのドローンを持ってるんだ。どんだけ持ってるの』
「予算を横領していたんだろう? じゃあ法外な数のドローンくらいどこかで入手したんだろう」
『なるほど』
「話を戻そう……だが、資材となると話は変わってくる。無から有は作れないからね」
「ミレニアム近郊には、多数の無人列車がある」ヒビキが説明を付け足した。
「都市建設の資材をミレニアム近郊から調達していたとすれば、それをエリドゥ内に運ぶための路線があるはずだ」
「じゃ、じゃあその路線を見つければ!?」
「ああ、エリドゥに行けるだろう」
「で、でも路線と言っても沢山ありますよね。どうやって探せば」
「ああ、だからその路線探しはエンジニア部がサポートしよう」
「え、で、でもリオと戦うことになるんだよ?」
「先生が私たちを呼んだんじゃないか。それは私たちに一緒に戦ってほしかったからじゃないのか?」
「僕は助言を貰おうと……ウタハたちを巻き込もうとは思っていなかったよ」
「巻き込むだなんて今更だ。それに理由はちゃんとある。今回もレイヴンは動くのだろう?」
『もちろん』
「それなら実戦データを取るのに最適な機会じゃないか。私たちのAC再現計画はまだまだ実現が遠い。こういったチャンスはつかみ取らなくては。そして何よりも、リオ会長はエンジニア部の最高傑作を奪っていったからね」
「もしかして、アリスのスーパーノヴァ?」
「ご名答。うちのデータの実測を邪魔をするなんて、それは越権行為に他ならない。事実上これはエンジニア部に向けた宣戦布告だ。エンジニア部の部長として、これを無視するわけにはいかなくてだな――」
「全く……部長の恥ずかしがり屋」
なんだか、やけに饒舌だなと思っていると、ヒビキがウタハにそう声をかけた。
「え、え、一体どういう話なの?」
モモイはウタハの話を理解できていないらしい。そこに意気揚々とコトリが寄って来た。
「ではこの私がウタハ先輩の論理を説明しましょう! 友達を助けに行きたいけど、自分から口にするのは恥ずかしい。それにレイヴンが助けに行くのを手伝いけど、それを口にするのも恥ずかしい……そうだ、それぞれものを奪われたことと、データの測定ができることを口実にしてしまおう!」
「ちょっと、コトリ」
饒舌にウタハの心情を暴露するコトリの後ろから、真顔になったウタハが近づいて来た。そして素早くコトリの口を手で塞いだ。
「うっ、うう!?」
「しーっ」
ウタハはもう片方の手でジェスチャーをした。そしてコトリは必死に頷いていた。どうやら図星っぽかった。
「よし、これで秘密は守られた」
「ごめん、何一つ守れてないと思うけど」
『むしろ自ら情報の確実性を証明してしまったのでは?』
どや顔で宣言するウタハに私と先生は冷酷にも現実を見せるような言葉を投げかけた。
「守られたんだよ」
ウタハの顔は再び真顔に戻った。先生は「う、うん」と頷くほかなく、私は一言、ごり押しだ、と思った。
「コホン……と言うわけで、私たちエンジニア部も手伝うよ」
「うん」
「えへん! お手伝いいたします!」
「さて……手段も方法も見つかった。後はどうやってアリスを連れ戻すかだね」
「ええ、要塞都市と呼ぶくらいですから、リオ会長には万全の準備があるでしょう」
「都市のセキュリティもそうだけど防御システムも中々の物だと思うよ」
『防御システムは私が壊して回るよ。そっちの方が得意だし』
「そういえば、レイヴンでもちゃんとエリドゥに入れるのかな? なんかレイヴンでも難しいみたいな話してなかったっけ」
『全部避ければいいんだよ。安心して、そういう侵入したことあるから』
「じゃあ……大丈夫か」
「まあ、要塞都市の方はレイヴンのおかげで簡単に攻略できそうだけど、問題はまた別にある」
「そうだね……要塞都市はおまけに過ぎない」
「話を聞く限り、リオ会長の護衛をしているメイドが一番厄介ですね」
「トキさん……でしたよね。あの時の……彼女の動き……まるで」ミドリはユズに目配せをした。ユズはその目配せを受け取った。
「うん、チートプレイヤーみたいだった」
「あたしたちには作戦が必要だ」
ネルは静かに言った。その場にいた全員が、厳密にいえば私以外がネルを凝視している。私はその意味が分からずきょろきょろと皆の顔を見ていた。
「ネルが作戦ていった!?」
先生は言った。なるほど、柄でもない発言をしたという事か。確かにネルは破天荒だし作戦とかあまり考えなさそうだ。
「ね、ネル先輩。大丈夫? 熱とかない?」
「もしかして大けがをした時の反動で?」
『そこまで柄に無いの?』
「任務モードの部長だ」
カリンの発言により、注目の的はC&Cの三人に移った。
「そうそう! 仕事モードになった部長はとーっても真面目なんだから!」
「ふふっ、実はそうなんです」
「な、なるほど」
「うーん、ネル先輩……どういう意味か聞いてもいいかな」とハレは尋ねた。
「無事要塞都市についたとしても、だ。そこがリオの領域である以上、あたしらの行動は常に監視されてるはずだ。誰が何と言おうとあいつはビックシスターだからよお」
「どういう意味?」先生はさらに尋ねた。
「単純な話だ。あれこれ浅知恵をこねくり回す暇があるなら、初っ端から突っ込んだ方がいい」
「ですが部長、それではリオ会長の思うつぼでは?」
「だから作戦が必要なんだ。いや、詳しく言えば陽動作戦か」
「陽動作戦?」
「このゲームの勝利条件は単純だ。あたしらがやられる前にあのチビを助け出す。あたしらC&C、そしてレイヴンが騒ぎを起こす。そうすればリオとトキはあたしらを相手するしかなくなるだろ? その隙にお前たちがアリスを救え。単純な話だろ?」
『いいね。その作戦気に入った』
「アリスを救ったら――」
「私たちの勝利!」
「で、でも大丈夫ですか、ネル先輩? 相手はあのチートプレイヤーですよ?」
「あ? この私を誰だと思ってやがる。あいつには一杯食わされたからな。次会った時はやり返してやるって決めてんだよ。後はそれを実行するだけだ」ネルは不敵な笑みを浮かべた。
「分かった、従おう」
「うんうん! 私たちに任せて」
「ふふっ、精いっぱい頑張りますね。それでは正面は私たちC&Cとレイヴンさんが担当します」
「後方から潜入するのはその他、ゲーム開発部と私たち……それと先生かな」
「私たちヴェリタスは遠隔から支援するね」
「防御システムのハッキングは私たちに任せて!」
「完ぺきにこなしてみせます」
「よし、じゃあこれで行こっか」
「うん……作戦開始!」
全員はその場で解散した。とはいってもヴェリタス以外は一度エンジニア部の部室に向かうことになった。
「C&Cがレイヴンと一緒に動くならユニットに搭乗するのはこの四人だね」
「にしても。なんかロボット多いなここ。あたしたちが乗るのはどれだ?」
『あれだよ』私は機体を指さした。
「なんか……初めて見た時と違くないか?」
『ああ、ネルと初めて会った時の機体はアレだよ』
私はボロボロになり、天井からつるされた状態の機体を指さした。
「派手に壊れているな。一体何があったんだ。ちょっとやそっとじゃ壊れる耐久じゃないだろう」
『エデン条約の時に巡航ミサイルが直撃したんだよ』
「ああ、あの時の」
『もしエリドゥに巡航ミサイルがあったらああなるね』
「おいおい不吉なこと言うなよ……侵入するまではお前が頼りなんだから」
「よし、じゃあ私たちは先に行くよ。多分それでもレイヴンの方が先に着くだろうけど。私たちが到着するまでは防御システムに探知されないところで待機しててくれ」
『分かった』
ウタハたちは一足先に部室を去っていった。五人だけになった部室の中、私は機体に向かった。
「あたしたちはここで待ってればいいのか?」
『ああ、この先をまっすぐ行くとバンカーから外に出られるからそこで待ってて』
「分かった。よし、行くぞ」
ネルは他の三人を連れて外に出ようとした。私は外に向かうネルたちの背中を見ながらあることを思い出し、ネルを呼び止めた。
「なんだ、まだなんかあったか?」
『うん。ちょっとスマホ貸して』
ネルは首をかしげながらも私にスマホを差し出した。私はそれを受け取り、車椅子からコードを一本伸ばしてネルのスマホに挿した。画面には『接続中』という文字が現れ、それはすぐに『接続完了』に戻った。
『はい、返す』
「一体何したんだ?」ネルは帰って来たスマホを弄りながら尋ねた。
『これで機体に乗っても私と会話ができるよ。マイクはつけててね』
「あ? ああ」
ネルは生返事をしてスマホを仕舞った。「用はこれだけか?」と聞いたので、私は『うん』と答えた。
『メインシステム起動』
機体の電源を入れた私は、すぐにネルたちが出た所と同じ場所から外に出ると、待機してた彼女たちの前にユニットを下した。
『じゃあ、この中入って』
「ん? スマホから通知が……ああ、なるほど。こういう事か」
「どれどれ? どゆこと?」
アスナがネルの横からスマホを覗き込んだ。それに倣って、二人もスマホを覗き込む。
「なるほど、こうやって会話するのだな」
「私たちの声は聞こえているのでしょうか」
『スマホからも聞こえるし、機体にマイクついてるからそっちからも聞こえてるよ。中入ったらちゃんとベルトも締めてね。結構激しく動くよ』
「分かった」
私は四人がユニットの中に入るのを眺めていた。中に入ったカリンから「武器はどこに置いておけばいい」と尋ねられた。
『あー……持ってて』
確か、掛けるところは無かったはずだ。カリンみたいなライフルを持った人は全然乗せたことが無かったし、そこは考えていなかった。
「全員座ったぞ」
『分かった。最初にちょっと揺れるけど、すぐに慣れるから』
私は飛び立つ前に、もう一度エリドゥの座標を確認した。場所が遠い。暴れても騒ぎにはならんだろう。マーカーが映し出された。私はそちらを向き、飛び上がると、適当な高さでアサルトブーストを焚いた。
エリドゥの近くまで来るのに、そう時間はかからなかった。ただ、ACでも十分以上はかかったし、先生たちが来るのは、さらに時間がかかるだろう。
『着いたよ』
「も、もう着いたのか?」
「はやーい! どれだけ速かったのか分からなかったけどとにかく速かったことは分かったよ!」
「エリドゥまで結構距離があったのに、こんなに早く着くなんて」
「まるで飛行機だったな」
『飛行機よりかは遅いよ。AC重いし。先生たちは多分まだ来てないからしばらくここで待機かな』
「なあ、近くにエリドゥがあるんだろ?」
『あるね。高い壁が見えるよ』
一、二キロ先には巨大な壁が立っている。マーカーはこの壁の向こうにあり、この壁がエリドゥ全体を囲っているのだと予想できる。ACと比べてもその壁は高い。
「降りて見てもいいか?」
『まあ、大丈夫じゃないかな。ちょっと待って、下ろすから』
私はユニットを下した。そこからネルが降りてきた。
「あれが……たっけえなあ」
「この高さだと、通常の方法で壁を越えて侵入する方法はないでしょうね」
「レイヴンはこの高さでも飛び越えられるのか?」
『これぐらいなら……まあ、行けるかな』
「なら安心だね! じゃあ先生たちが着くまで何してよっか」
「何もするこたあねえ。作戦も決まってるんだ。その時が来るまで待ってりゃいいだろ」
作戦と言っても、私たちが暴れてその隙に先生たちがアリスを助け出すという、簡素なものだが、今振り返るとあれは作戦なのだろうか? まあいいか。やることが決まってるなら私はそれでいい。
三十分ほど待っていると、ウタハからモモトークが来た。
『そろそろ私たちもエリドゥに着く。頼むよ』
『分かった。存分に暴れさせてもらうよ』
『頼む。期待してるよ』
『ネル、連絡が来た。やるよ』
「おう、準備は出来てるぜ」
『それじゃあ、壁越えと行こうか』
『メインシステム、戦闘モードを起動』
アサルトブーストで壁を一気に登った。飛んでいる私を撃退しようとするミサイルは無い。外の壁に兵器は設置されてないようだ。割とぎりぎりになったが、無事に壁の上に立つことができた。そこには見事な近未来都市が広がっていた。しかし、のんびりと眺めている暇はない。下から大量のミサイルが飛んできた。
『ミサイル! 回避する』
クイックブーストで回避すると、ミサイルは私の横をすり抜けたが、きっと回って帰ってくるだろう。私はミサイルが戻ってこないうちに、壁から飛び降りた。
都市内に侵入してきた私を迎撃しようと、四方八方からミサイルが飛んでくる。これを全て回避するのは無理だ。流石要塞都市と呼ばれているだけある。だが少し被弾した程度では、私は止まらない。
ミサイルを回避しつつ、地面に下りると、遠くからAMASが集結しつつあった。私がユニットを下すと、中からネルたちが飛び出した。
「よっしゃあ! 作戦開始だ!」
壁越えと行こうじゃないか戦友。とはいってもすぐに壁超えちゃいましたけど
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54話
迫りくるAMAS達にネル達は、待ち構えるのではなくむしろ自ら立ち向かって行った。カリンのみすぐそばで狙撃を行っている。AMAS相手にネル以外の二人も無双している様子。果たして私が動く必要があるだろうか。
『思ってたより量が多くないね。私がいなくても別にいいんじゃないかな』
試しにぼけてみたが、ネルは何も答えてくれなかった。スマホを見てないのだろう。しょうがない、私も動こうか。
敵はある程度のラインに沿って現れている。ネル、アカネ、アスナのラインはすでに対応が出来ている。私が手を出すまででも無い。だとしたらカリンが担当しているラインを手伝おう。狙撃だけでは数に任せて襲ってくる敵をさばききれないだろう。
私は前に踊りだした。敵の数は……十より多い、つまりたくさんいるという事だ。ミサイルで一網打尽にしたいところだが、生憎そんなものはない。かといってハンドガンでちまちま倒すのも弾がもったいない。光の大剣で全て吹き飛ばすか。
光の大剣を展開し、前傾体勢になる。撃ってくださいと言わんばかりに真っすぐな道が続いている。チャージを開始した。青色の光球が形成され、それは次第に大きくなる。バーが最大まで振り切った。発射ボタンと一緒のチャージボタンを離した。
『光よ』
直後、光球は極太なレーザーとなり、大量のAMASを飲み込んで突き進んでいった。
光の大剣はオーバーヒートし排熱が始まった。私は前傾から直った。レーザーが通った後には何も残っていなかった。
「おい、さっきのレーザーはお前か?」
『そうだよ』
「派手にやるじゃねえか! 気に入ったぜ!」
『そりゃどうも。まだまだ暴れるのはこれからだよ』
「おうよ!」
AMASが再び湧いてくる様子はない。もう打ち止めか。想定していたより数が少ないな。そうわらわら出てこられても困るけども。
私は消し炭になったAMAS達の中心に降り立った。周りを見渡しても敵の姿は見えない。あ、いや、レーダーを見るともう何体かいるようだ。そいつらを消そう。終わったらネル達の元へ加勢に行くのもいいかな。
残念ながら加勢に来たころにはすでに殲滅した後だった。ネルはまだ暴れまわってるらしいが、私が行ってもかえって邪魔になるだけだろう。ある程度殲滅し終わって、これからどうしようか相談しようとしたが、私と接続したのはネルのスマホだけだ。他の三人とは一度コックピットから顔を出さないといけない。
不意にレーダーに赤点が出てきた。私はそちら向き、反射的に引き金を引いた。弾丸はその敵には命中しなかった。
赤点の正体が私の前に現れた。トキだ。
「流石ですね。私の存在に気づくとは」
それは私にかけられた言葉だろうか。トキは私たちの前でスカートの裾を広げて一礼した。
「C&C所属、コールサインゼロフォー。飛鳥馬トキ、ご挨拶申し上げます」
「思ったより早く現れてくれましたね」
「私たちがここに来ることは予想済みと言う訳か」
「はい。リオ様はすべてを把握しておいでです。C&Cの判断も、その動きも、そしてもちろん、先生の狙いも全て。ですので、僭越ながら申し上げます。これ以上の抵抗は無意味です。大人しく投降をお願いいたします」
「ほう……なるほど」
「それはちょっと難しいかな」
アカネが何かを投げた。トキがそれを避けると、さっきまでいた場所が派手に爆発した。
「わっ!? びっくりした!?」
「あら、この程度では相手になりませんか」
「あ、アカネ?」
爆発物を投げたらしい。アカネがこんなことをするとは思っていなかったので驚いた。カリンやアスナも驚いているようだが。
「室笠アカネ先輩。戦闘では広範囲の爆破攻撃を得意とする、C&Cの要注意人物」
え、アカネって要注意人物だったのか。確かに急に爆弾を投げたが、持ってる武器はハンドガンだし、言動も大人しめで、全く要注意人物には見えない。
「ふふ、初対面の後輩にそう言われると少し照れますね。先ほどはただの挨拶のつもりだったのですけど」
なんだろう、途端にアカネのことが少し恐ろしくなってきた。きっと怒らせたら駄目なタイプだ。
「初めまして、後輩さん。トキ……でしたね? 部長が大変お世話になったと伺いました。それに投降しろと丁寧なご勧告までいただくなんて……ふふ、あなたがリオ会長のボディーガードと伺っていましたが、全く……C&Cを見くびってもらっては困りますね」
アカネの声のトーンが下がった。私は思わず少し身震いした。生身でアカネと戦いたくないな。いや、生身で戦えば私は絶対に死ぬのだけども。
「目には目を、歯には歯を。今日はそのために来ておりますから」アカネの声に合わせ、アスナとカリンも一歩前に出た。「もちろんここで大人しく投降するのであれば、水に流すこともできますが。むしろそちらの方がよろしいのではないですか?」アカネは私をちらりと見た。
「それは出来ません」トキは即答した。「私はリオ様より命令を受けています。指示に背いて行動しているC&Cを制圧せよ、と。そのため、たとえレイヴンさんと対峙しようと、この場から動くことはできません」
「ふーん。まじめちゃんなんだねえ、トキちゃんは」
「想定通りの反応だ」
「C&Cは秘密のエージェント組織……想定では潜入によってこちらをかく乱してくると踏んで、備えておりましたが、まさかレイヴンさんと共に強行突破してくるとは……レイヴンさんの戦闘能力も含めて想定外でした。ですが、私がここにいるのもあなた方の作戦の内なのでは?」
「そう……なのか?」カリンはアカネの方を向いた。
「あはは、そういうことにしておけばいいんじゃないかな」アスナはあっけらかんとしている。
「あら、そうですねえ……私たちとしても想定外ですよ」
まあ、詳しい作戦は何も決めていないから、想定も何も考えていない。
「誤魔化そうとしても無駄ですよ」
残念ながらトキには演技だと思われてしまったらしい。どうか信じてくれ、私たちは何も考えていない。
「すでに先輩方の思惑は分かっております。ネル先輩と先生がおりませんね。つまり、そういうことなのでしょう。先輩方は私の足止めを任されている。加えてレイヴンさんも。それはある意味正しいです。リオ様の武装を纏った私との正面対決を避け、その間にミレニアム最強の戦力であるネル先輩を自由にさせる。確かにそうすれば勝算はあるでしょう。ふむ……先輩方三人ならともかく、レイヴンさんは骨が折れますね。足止め要員として最適だと思われます」
「――おいおい、あたしを勝手に逃げたように言うなよ」
突然ネルが乱射しながら飛び降りてきた。完璧な奇襲だったのにも関わらず、トキはそれを避けた。だがその顔には驚愕の表情が見える。
「ネル……先輩が、どうして……ここに」
「あぁ? んなの決まってるだろ。リベンジマッチだよ」
「リベンジ?」
「あたしが別行動してたら、お前は絶対にあたしを止めに来るだろ? まあ、レイヴンがいるからそっちに注力したかもしれんが、どちらにせよレイヴンと一緒に行動すれば必ずお前はここに来る。あたしは面倒なのは嫌いなんだ。だからあのチビを助けに行くのは、お前を倒してからでも、遅くねえってことだ。おい、後輩。前回はよくもやってくれたな。先輩に盾突いたらどうなるかってのを、じーっくり教えてやるよ」
ヤンキーだ。ここにヤンキーがいる。C&Cはメイドのはずなのに、目の前にいるのはヤンキーだ。
C&Cが戦闘態勢に入った。私も加勢する隙があるなら参戦しよう。
戦闘が始まると、意外にもネル達の方が優勢であった。そもそもトキが武装をつけてない時点ではネルだけで十分圧倒していた。そして武装をつけたとしても他の三人によるサポートでやはり優勢に持ち込むのだ。正直四人の連携が完璧すぎる。私が介入する余地が無い。よって私は、ハンドガンを構えたまま傍観する羽目になった。
気づけば、少しずつ空が暗くなり、それに合わせて都市は青く発光しだした。すでにそれほどの時間が経っているという事だ。戦闘は終わらない。ネル達が優勢であるとはいえ、トキに中々有効打を与えられていない。
「レイヴン。ここはあたしたちだけで十分だ! そろそろ先生たちも来るだろうからそっちの援護をしておけ!」
『うん、了解』
「くっ、そんなことは」
私が飛び立とうとすると、トキは私に銃口を向けた。しかしネルによって射撃は叶わなかった。
「おいおい、よそ見すんなよ! お前の相手はあたしたちだろうが!」
私は手ごろな高い建物の屋上に立った。さて、先生の元に行くと言っても、先生が何処にいるのか分からない。壁の上からでも見て取れたが、エリドゥは広い。おまけに高い建物が乱立していて視界も通らない。いくら先生が集団でいるとしてもこの都市の中から人を見つけるのは難しいだろう。
ふと遠くで煙が見えた。さらに何かが弧を描いて飛んでいるのが見える。起こっているのは爆発だろうか。誰かがあそこで戦闘を行っているのだろうか。だとすればあそこに先生がいるわけだ。
私は屋上から飛び上がった。アサルトブーストで先生の元に向かった。戦闘は未だ続いているらしく、一瞬だが先生たちのいる方向へ向かっているのだろうAMASも見えた。
到着した時にはきっと先生たちの後方から現れるようになるだろう。一度スピードを緩め、回復してからまた向かおうと手前の屋上に降り立った時、先生たちが何と戦っているのかが見えた。何やらロボットと戦っている。サイズは私と同じくらいか? 足はタンク、右肩と右腕にはライフルとガトリングを積み、左肩にグレネードキャノン、左腕には盾を持っている。少し変わったアセンだ。だがしかし、おそらく相手にとって不足なし。見た所先生たちは苦戦しているようだ。あのロボット、顔は少し変だが、強いらしい。
私は思わず笑みをこぼした。しかし同時に心配もした。私が強いと思って挑んだ相手は大抵弱い。ロボットならなおさらに。バルバラは強かったがあれはロボットじゃない。あいつは本当に強いだろうか。
私は屋上から降りた。最高速度で以てあのロボットに近づく。
『とつげきいいいぃぃぃいい!』
「レイヴン!」
先生の声が聞こえた。しかし私は掛け声に夢中で先生の声に耳を傾けなかった。
ロボットが私に気が付いた。左肩のグレネードキャノンを私に向けた。警告音が鳴る。私は右に避けた。直後、砲弾が私の横を通り過ぎた。
『っらあ!』
私はロボットを蹴った。ロボットは盾で防いだようだが、その盾は大きくへこんでいる。私は続いてブレードで二回薙ぎ払った。歪んだ盾は歪に裂け使い物ならなくなった。クイックブーストで一歩前進し、ロボットと密着した。そして私はあるボタンを押した。すると機体の排熱機構が開き、そこから真っ赤なエネルギー球体が現れた。
『ばんざあああああああああいいいぃぃいい!』
掛け声とともにエネルギー球体は、巨大な稲妻の半球となり私とロボットを飲み込んだ。
美しい光景だ。コーラルによってアサルトアーマーは赤く変色するが、その色は鮮明な赤であり、見事な大和魂を表現していると言えよう。コックピット中に掛け声が響き渡った。まるで六二一人で掛け声をしたかのようだ。
私は上を向いて酔いしれてた。完璧だ完璧な流れだ。芸術的だ。
『決まった』
しかし突然警告音が鳴る。
『うぇ?』
私は咄嗟によけ、砲弾が機体を掠めた。ロボットは動きが鈍くなっているもののまだ動けるようだ。
『おいおいまじかよ~。貴様なぜ生きている』
四脚MTぐらいの耐久性はあるようだ。よし、久々に真面目に戦闘するとしようか。
基本的に後ろを取るような行動をすればいい。あとは小ジャンプを混ぜる事。こうすると謎に照準がずれてくれる。そして警告音が鳴ったら欲張らずに避ける事。
飛んで後ろを取ると、ロボットは足ごと回ろうとしている。クイックターンができないのか。ポンコツだな。こいつが回る前に、私は二発撃ちこめる。振り向きざまにグレネードキャノンを撃とうとしたらしいがすでに私は射線上にはいない。また三発撃つと、ロボットの機体は穴だらけになっていた。右腕が動かなくなり、動きはぎこちなくなった。
『着剣☆』
私はとどめと言わんばかりに勢いよく袈裟切りにした。動かなくなった右腕と、歪に裂けた盾を持つ左腕を切り飛ばし、胴体に大きな亀裂の入ったロボットはうなだれたまま動かなくなった。
『うん……うん、よし。我々の勝利である(大本営発表)』
「れ、レイヴン?」
勝利に酔いしれていると、先生の困惑した声が聞こえた。
「なんだか、珍しく賑やかだったね?」
『あ、ごめん。興奮しちゃって』
「派手にやったね。折角鏡を用意したのに、これじゃ役に立てないじゃないか」
『ん、誰?』
先生の声に加えて知らない声が混じった。今までに聞いたことのない声だ。
「初めまして。私はヴェリタスの副部長チヒロ。先生のサポートをしようとしたんだけど、先に壊されてしまったようだね」
「チヒロ! 助けに来てくれたんだね!」
「うん。まあとはいえ、鏡のおかげでネットワークも奪取できたし、確保しているうちに先生たちを案内するよ」
『ああ、どうせあのタワーでしょ』
「え、まあそうだけど。何か問題がある?」
『私が先生たちを持っていった方が早い。ほら、早く乗って』
私は両手を差し出した。そんなに遠くないし、アサルトブーストを使わなければユニットに収める必要もない。先生とゲーム開発部は私の手に乗りこんだが、エンジニア部の三人が動かない。
『ウタハ?』
「ああ、すまない。私たちはここまでの様だ」
「い、インドア派にとってここまでの運動にはきついものがありまして」
「もう一歩も動けない」
『えぇ』
私は困惑の色を浮かべた。ここで動けなくなっても困るだろうに。
「安心したまえ。無防備なわけでは無いから。そんなことより早く行くんだ」
『後で迎えに行くよ』
私はそう言い残し、先生たちを持ったまま飛び上がった。屋上に上がりタワーの位置を確認すると、屋上を伝いながら真っすぐタワーを目指した。
「はあ、これじゃあ本当に私が助けにきた意味ないじゃん。折角取ってきてもらったのに」
「誰かに手伝ってもらったの?」
「あ、そういえば鏡ってセミナーに押収されてたんじゃなかったっけ?」
「どうやって鏡を取り返したんですか?」
「トレーニング部の人に手伝ってもらったの。あの部活は唯一会長の目が及んでいなかったから」
「なるほど。じゃあ今度スミレにお礼を言いに行かなくちゃ」
「そうだね、それがいいと思うよ」
エリドゥに着いてからAMASを殲滅したおかげか、私たちを追う者は一切いなかった。私たちは楽に中央のタワーに到着することができた。
今回の話が書きたくてこの作品を始めたと言っても過言ではありません。本当は一章の次に二章に行きたかったんですが、時系列上仕方が無かったのでここまで遠回りになってしまいました。
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55話
私たちがタワーの元にまでやってくると、丁度ネル達も走って来た。
「あ、先輩!」
私は着地し、先生たちを下した。先生たちはすぐにネルの元まで駆け寄った。
「ネルがここにいるってことは、トキは?」
先生が聞くと、ネルは顔を紅潮させ苦虫を潰したような顔をした。
「あはは、実はねえ」
「逃げられてしまいました」
『え、あんなに優勢だったのに?』
「うっせ! あとちょっとでぶちのめせたんだよ!」
先生たちはそのまま、トキとの戦闘について聞いた。どうやら地震があり都市内部を変更するとかいうトンでもギミックがあったようだが、飛んでいた私には全く分からなかった。
「さっきの地震はそういう事だったんだね」
『地震なんてあったかな』
「ええ、そのせいで陽動自体意味がなくなってしまったんです」
「まあ、建物自体が動くなんて予想できないよ」
『アニメでしか見たことないね。本当にそんなことできるんだ』
「レイヴンはもっとすごいこと経験してるでしょ。都市が浮くとか言ってなかったっけ?」
『まあ、そうだね……でも建物が動くのは経験ないから』
「そういう問題か?」
「そういえば先生の方は大丈夫だったか? まあレイヴンが向かったのなら問題はなかったと思うが」
「エンジニア部が見えないね。どうしたの?」
「こっちは……そうだね」
「レイヴンさんのおかげで何とか」
「アバンギャルド君強かったけど……強かったはずなんだけど」
『あれそんな名前だったの? ロボットに君をつけるのはちょっと』
「因みにレイヴンの機体にも名前ってついてるの?」
『ああ、確かウォルターが最初に付けてくれた名前があるよ。LOADER4っていう名前が』
「へえ、なんかかっこいい! そのLOADERってどういう意味?」
『さあ』
「えっと……色々意味があるみたいだけど、多分積込機、かな?」
「それってつまり」
『私の機体は作業用機体ってことか』
「何それショベルカーで戦ってるみたいなこと?」
「その例え方はどうかと思うよお姉ちゃん。でも多分意味合い的には一緒、いや一緒なのかな……わかんない」
私たちの間に微妙な空気が漂った。個人的にこの名前は結構気に入っていたのだが、そうかショベルカーと同義が。でも響きがいいからやっぱりこの名前を使い続けよう。
「あのさ、いいかな?」チヒロが間に割って入って来た。「その、会長が言ってたんだよね。アリスのヘイローを破壊するって。そのためには相応の施設が必要なんじゃないかな。このタワーには都市中の電力が集中するようになってる。これほどの規模の施設が、会長の手によって作られた理由、そして、会長の動機。答えは明白だろうね」
「じゃあやっぱりこのタワーにアリスが」
「つまりこのバカ高えビルを登ればいいんだろ?」
「そうだね、あとは登るだけ」
『私が送ろうか。そっちの方が早いでしょ』
「ううん。ここまでくればもう登るだけだから」
「いや、先生。任せた方がいいと思うよ。あの会長が門番を用意しないはずが無いからね」
その言葉と同時に、タワーからトキが出てきた。
「お待ちしておりました、先輩方、先生」
「あ、トキちゃん。また会ったね」
「さっきは尻尾巻いて逃げたくせに、一体どの面下げてあたしたちの前に来たんだ?」
「作戦を変更したのは貴方たちだけではないのよ」
突然リオの声が聞こえた。これはスピーカーから流しているのか。ネルの発言を知っているかのような口ぶり、どこかにマイクが仕掛けられているらしい。
「リオ」
「貴方たちが来ることを見越して様々な作戦を立てたのだけど、まさか正面から防衛システムを破壊してくるなんて思わなかったわ。それにレイヴン、貴方の戦闘能力も想定外だった。いえ、正確には違うわね。私は決して貴方の戦闘能力を過小評価していたわけでは無かった。でも、そう考えれば考えるほど貴方に対抗し得る兵器がこちらに無いことが分かったわ。頼みの綱だったアバンギャルド君も、貴方の前では全く歯が立たなかった。でもだからと言ってあきらめるわけにはいかない。切り札はまだあるわ。トキ、現時刻をもってアビ・エシュフの使用を許可します」
「リオ様、それは」
「ええ、本来なら名もなき神々の王女との戦闘用だけど、仕方ないわ。目の前にいるのはそれと同等かもしれない存在だもの。出し惜しみしては私たちが負けるわ」
「イエス・マム。パワードスーツシステム、アビ・エシュフへ移行します」
すると、突然トキは服を脱ぎだした。いきなりみんなの前で脱ぎだして、そういう癖でもあるのかと思ったが、すぐに異音に気づいた。それは上から降って来た。大量の土煙が起こり、一瞬視界がふさがれた。
土煙はすぐに収まり、次にトキの背後に何かが設置されているのが分かった。トキがそれに乗り込むと、それは形を変え、それぞれ手足の様になった。
「パワードスーツシステム、アビ・エシュフ、起動。戦闘開始します」
無機質な機械音声が鳴ったかと思うと、トキはすぐに発砲した。発射レートが明らかに高い。撃っているのはガトリングだ。私は先生の前に腕を下した。モモイたちもあわてて私の腕の陰に駆けこんだ。直後、腕には多数の銃弾が被弾した。ダメージはない。
逆に狙われていたらしいネル達の方には多数の銃弾が着弾した。ネル達はステップ等で射線から逃げる。トキが一度射撃を止めると、その横から多くのAMASが通り過ぎた。
「くそっ、まだこんだけいやがったか! おい、ここはあたしたちだけで何とかする。レイヴンは早く先生たちをチビのところまで届けろ!」
私はユニットを下し、先生を中へ誘導した。
「そうはさせません」
トキがユニットと先生の間へ向かって発砲した。先生の前に多数の銃弾痕ができ、先生はその場で尻餅をついてしまった。
『あの野郎』
私は反撃にハンドガンを放った。トキにロックオンが向かなかった。そのためマニュアルで照準したが、この距離ではそうそう外さない。トキは被弾する直前にパワードスーツの腕で防御した。当たった弾はトキを大きくのけ反らせたものの、跳弾し、後ろのタワーに穴をあけた。
『防いだ!?』
私は驚いたが、それよりもトキの攻撃が著しく緩んだ。今のうちに先生たちを中に誘導するべきだ。
四人が中に入ったころにはすでにトキが体勢を直していた。ガトリングを放ち、銃弾はユニットに当たるが、アサルトブーストに耐える分、多少の防弾性能があった。
「トキ、主砲の使用を許可します」
私がユニットを肩に装着しようとすると、リオの声が聞こえた。直後警告音が鳴り、私は反射的に避けた。すぐ後ろを何か通ったようで、トキのアビ・エシュフの肩にあった砲から煙が上がっていた。呆けている暇は無かった。再び警告音が鳴り、トキはもう片方の砲を撃った。いや、砲だと思ったそれはレーザーであった
悠長に肩に取り付けている暇が無くなった。私は半ば強制的ではあるが、ユニットを持ったまま飛び上がった。トキはそれに追従するように照準する。三回目の警告音が鳴った。クイックブーストで避けるが、残量とタワーの高さを見比べて気付いた。屋上に上がるまでの残量がない。仕方なく近くの屋上に上がったが、すぐにトキが追撃を行う。
「くそ! 邪魔すんな!」
ようやく取り巻きのAMASを殲滅したらしいネルが、トキと戦闘を始めた。流石に私とネルの相手を同時に行うことはできないらしく、私への攻撃が収まった。
私は屋上から飛び上がったが、屋上に避難した際に感じた通り、エネルギーがマックスの状態でも、タワーの屋上まで届かない。
『駄目だ。直接屋上まで上がれない。仕方ないから適当な階にユニットを放り投げるよ。後は先生たちに頼んだ』
「レイヴンはこの後どうするの?」
『ネル達に加勢する』
「分かった。気を付けてね」
『先生も。アリスを助けてあげてね』
「任せて」
エネルギー切れの警告音が鳴った。私はすかさずユニットを投げ込んだ。投げ込まれたユニットは外壁を突き破った。先生たちがユニットから出るのを確認する前に、私は落ちていった。
下ではネル達がトキと戦闘を続けていた。一見してどちらが優勢なのかは分からなかった。
着地すると、すぐネルの元に駆け寄ったネルは肩で息をしており、頭から血を流していた。ネルが一番ひどいが他の三人もボロボロだ。
『思ったより苦戦してるね?』
「悔しいことにな。どういう訳か、どんだけ撃っても傷一つつきやしねえ」
私とネルの間に多数着弾した。私たちは互いに避けた。話す隙すら与えてくれないらしい。撃っても傷がつかないとはどういうことか。私は試しに一発撃ってみた。トキは一瞬右腕を上げたが、すぐに飛びのいた。避けられた銃弾はトキの後ろにあったタワーの入口に着弾し、瓦礫の山となってしまった。私はそのあとも撃ち続けたが、トキはその全てを避けた。
『避けられるなあ。あれじゃ傷もつかないだろうね』
「いや、おかしい。いくら何でもあれは避けすぎだ。あたしでも正直この距離で躱しきるのは難しいぞ」
『じゃあ何、向こうはどこに撃たれるのか分かってるってわけ?』
「まさか、そんなはずが――」
「あるわ」
チヒロが私とネルの間に割って入った。連絡先は教えてないはずだが、当たり前のように私のスマホに話しかけてくる。ネルも同じだろうか。
「エリドゥ全体の電力と演算があの機体に集中してる。あれじゃ未来予知も可能な域よ」
「つまりどういう事なんだ?」
「飛んでくる銃弾を全て撃ち落とすことができるし、死角からの攻撃も回避できるってこと」
『じゃあさっき一瞬腕を上げようとしたのは私の銃弾を撃ち落とそうとしてたからか』
「んだよそれ。本当にチートプレイヤーじゃねえか。でも初めに撃った時は避けなかったじゃねえか」
「あれはまだ集中しきってなかったから回避ができなかったんだと思う。それにあれから避けてばかりってことはレイヴンの銃弾は撃ち落とせないし、受けるわけにもいかない」
「じゃあ何とかしてレイヴンの攻撃を当てればいいってわけだな」
『撃ったら避けられる……遠いとそれだけ相手に時間を与えるから……よし、つまり接近戦だね』
私は迷わずハンドガンをパージした。そしてトキの前に出ると、渾身のルビコン神拳を振るった。しかし拳は地面を殴り、トキはその隙にガトリングを撃ち込んでくる。しかしバルバラと違ってダメージは全然入らない。バルバラの持っていたガトリングよりも口径が小さいせいだ。その分数が多い。人やロボット程度ならこれで十分なのかもしれない。だがACには効果が薄い。私は気にせず次々と繰り出した。しかしハンドガンと同じようにひょいひょい避けられる。見た目の割に機動性が高い。
ガトリングが効かないと気づいたトキは、肩のレーザーに攻撃手段を変えた。そちらは流石にACでもダメージになる。トキと違って私は人力だ。こんな近くだと警告音に反応しきれない。よって私は至近距離からレーザーに被弾してしまった。初めてまともにダメージを受けた。幸い、目立つほどAPは減らなかったし、スタッガーゲージも微量だけ溜まった。しかし距離を離すには十分な理由だった。
『ごめん、ダメだった』
「お前割と武闘派な戦い方するんだな」
『あまりしないよ。キヴォトスに来て久しぶりに』
「レイヴンの機体じゃ、トキの動きについて行けない。パワーはあるから何とか機体を止められればそのうちに押し込んで」
「分かった。その役あたしが引き受ける。本当はあたしがとどめを刺してやりてえが、この状況じゃ四の五の言ってられねえ。あたしたちに必要なのは勝利だ。美談じゃねえ。この際使える作戦は使わねえと」
「作戦だなんて……こんな短時間じゃ作戦も何も」
「いいや、大丈夫だ。作戦って言い方が悪かったな。あたしたちはつまりあいつにとにかく攻撃しまくればいいんだな。よし、お前ら! まだ動けるな! 攻撃を止めるな! とにかく撃ちまくれ!」
ネルは後ろの三人に声をかけた。三人はそれぞれネルに返事をし、トキへの攻撃を再開した。
「最後は頼むぜ」
ネルもそれだけ言い残して攻撃しに向かって行った。
やれやれ、連携か。一番苦手な動き方だ。味方の動き合わせて動く、味方が有利になるように動く、味方を邪魔しないように動く……なぜ他人を気にしながら動かねばならない。いや、分かる。協力するのは強力な攻撃手段だ。でもその分成功させるのは難しい。味方が長い間一緒にいた人で、その人がどういう動きをするのか分かっているのならともかく、私とネルは知り合って日が浅いし、共闘するのは今日が初めてだ。だから私はネルがどんな戦い方をするのか知らない。だから私はネルに合わせる気はない。自分のタイミングで行かしてもらう。向こうは戦闘のプロだし、どうせ私相手でも勝手に合わせられるだろう、多分。
私はしばらくの間、ネル達の戦闘を見守っていた。やはりネル達だけでは劣勢の様だ。どのタイミングで行こうか。今か……いや、今か? 分からない。トキはがむしゃらに撃っているように見えるがあれはきっと、銃弾を撃ち落としているせいだろう。そうみると、ただ一つだけ回避する攻撃があった。アカネが爆発物を投げた時だ。あれだけは撃ち落とすことができないから、回避するしかないのだ。じゃあ、あれに合わせて攻撃するか。勿論合わせるのは向こうの役目だ。
私はトキに急接近した。一番近くで戦っていたネルが私を察知し、退いた。私は拳を振り上げた。トキはそれを見て回避する。しかしその直前、回避方向にアカネが爆発物を投げた。トキの意識はそちらへ向き、回避が止まった。どれだけ機械が補助しようとも結局動かすのは人間だ。目先の危険を最優先に回避しようとし、一歩先への危険を疎かにする。
トキはすぐに別方向へ回避しようとした。しかしそれよりも先に私の拳が振り下ろされた。トキは両腕の武装で拳を防御した。両腕にあったガトリングは大きくひしゃげたものの、トキへのダメージはない。勢いが殺され、押し合いになったが、すぐにらちが明かないと判断した私はブレードで薙ぎ払った。しかし一瞬の隙にトキは逃げ出してしまった。私はすぐに追撃に移った。ブレードの再使用に数秒。使うのはルビコン神拳。またアカネに合わせてもらおう、そう思って避けられる前提で適当に拳を振るった。トキは勿論避けた。しかし、反応速度が遅かった。
「効いてる。さっきの攻撃で機体にダメージが行ったから、少し機能が落ちたんだ」
「よし、じゃあこの方法なら勝てるってことだな! お前ら! 攻撃を続けるぞ! この勝負、勝てる!」
当たらないのなら近づけばいいじゃない(マリーアントワネット感)
最初はどう考えてもトキがレイヴンに勝てる未来が無かったのですが、実は書いてる途中から逆転していました。なんとか途中で勝算があることに気づいてホッとしております。
諸事情により、明日から一週間投稿頻度が著しく低下する可能性があります。ご了承ください。
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56話
状況は有利に動き出した。勝機が見えてきた私たちは、調子づいて果敢に攻撃を仕掛けた。チヒロの言う通り、アビ・エシェフの機能が落ちている。相変わらずチートのように弾丸を撃ち落とすが、片方は壊れ、近距離、特にネルの射撃に追いついていない。撃ち落とせないと悟ったトキは迎撃を防御に切り替えた。大きな腕がネルの射撃を受け止めるが、そんなに大きな腕を顔の目の前に置いてしまうと、前が見えないだろう。私は拳を振るったしかし、当たる寸前にトキは後ろへ飛んだ。
『は? 前見えてなかったでしょ。何で避けれたの』
「視線だけで動かしているわけじゃない。ある程度は機械が察知してくれるから」
『何でもかんでも機械に……いや、私が言える義理じゃないか』
振ったのは左腕だ。私は拳を地面につけたままパルスブレードを伸ばし、やや右側に傾けながら振り上げた。トキはどっちに避ける。また後ろに下がるか、それとも左に避けるか。どっちにしても私には有利になるだろう。
トキは左へ避けた。勢いでトキは壁に激突し、私は右腕で殴った。トキは右に避けるが、ガトリングの銃身が避けきれずに、壁と共にひしゃげた。さらにそこへカリンの狙撃が命中する。アビ・エシェフの右腕に命中した。装甲の一部がへこんだのみで、そこまでダメージは無いように見える。
私の後ろからアスナが飛び出し、トキに銃口を向けた。ガトリングは両方とも使えない。トキは腕で防御せずにす避けることを選んだ。しかし避けた先でアスナの銃撃に被弾してしまう。まるで弾に自分から当たりに行ったみたいだった。
「ラッキー、当たった!」
狙撃でへこむ程度の装甲に、アサルトライフルの弾が太刀打ちできるはずがないが、幸運にもアスナの銃撃はトキ本人に命中した。ここまで来てようやくトキ本人にダメージを与えることが出来た。トキは防御もせずにまともに喰らったために、私からは表情が見えないが、相当な痛みを感じているはずだろう。数秒だけ動きが止まった。それをネルは見逃さない。ここぞとばかりに追撃を仕掛けた。流石にネル相手ではトキも防御を必ず選ぶ。しかしトキが腕を動かそうとすると、カリンが狙撃でゴーグルを打ち抜いた。トキは大きくのけ反り、動かしていた腕も止まった。そのままネルの猛攻をまともに受けた。ネルの射撃が終わると同時に、トキのヘイローが消え、アビ・エシェフから崩れ落ちた。
『死んだ?』
「まさか。キヴォトスの生徒が、ましてやC&Cの奴がこれぐらいで死ぬわけねえよ」
「トキちゃん強かったねー」
「ああ、レイヴンが助太刀してくれなければ勝てなかっただろう」
「先生に言われてこっちの手助けをしに来たのに、あまり役に立たなかったな」
『チヒロの言葉でおかげで突破口が見つかったんだから十分役に立ったよ』
「ならいいか」
「ところで先生たちはどうなりましたか?」
『屋上に近いところまでは送ったけど、ユニットを投げつけてそのまま落ちてきたからそのあとは分かんない。無事にたどり着けてるといいけど』
「先生たちなら大丈夫だろ」
「リーダーは先生たちを信頼しているんだな」
「ばっ!? そ、そんなんじゃねえよ!」
「えー、別にいいと思うけどなあ?」
「トキはどうしましょう。とりあえず、事態が落ち着くまで拘束しておきましょうか」
アカネはどこからともなくロープを取り出した。明らかに忍ばせられる量ではないのだが、今まで一体どこにいれていたのだろう。アカネは手際よくトキを拘束した。そして念のためか、アビ・エシェフから離れたところにトキを座らせた。
「はあー、少し休憩させてくれ。あたしはもう疲れたよ」
「お疲れ様。リーダーがあそこまで苦労する敵は初めてだったな」
「もうボロボロー。帰ったら着替えないと」
「その前に医務室に行く必要がありそうですけどね」
「レイヴンはどうすんだ。このまま先生とこに行くのか?」
『いや、私もここで待つよ。アリスが何処にいるのか分からないし、私は建物の中に入れないから』
「私は先生たちのサポートに回らせてもらう。そっちの方が役に立てそうだし」
ネル達と先生たちを待っていると、突然都市から轟音が響いた。
「なんださっきの音」
「さあ?」
「部長と別れた時の音に似てるかな?」
「隔壁が作動した時ですか? なぜこんな時に」
顔を見合わせていると、いつの間にか建物の陰から人影が近づいていた。車椅子に乗った生徒と、かなりきわどい服装をしている生徒だ。
「どうやら、始まってしまったようですね」
『え、誰』
「ああ、レイヴンさんとは初めましてでしたでしょうか。明星ヒマリと申します。こちらは和泉元エイミ」エイミと紹介された生徒は軽く会釈をした。「せっかくですからもう少し交流を深めたいところなのですが、生憎今は火急の用事がありますので、私は代わりに失礼します。エイミ、よろしくお願いしますよ」
「分かった。部長も気を付けて」
ヒマリはエイミを置いていき、一人タワーの中に入っていった。
いまいち状況を理解できない私たちは、残されたエイミに説明を求めた。
「あまり詳しく説明している暇はない。部長曰く無名の司祭のオーパーツが起動してしまったから、やがてここに配下が大挙して押し寄せてくる。私たちはここでそれらをとどめればいい」
『はあ、なんだかあまり良く分からないな』
「つまりここで敵を迎え撃てってことだろ。簡単なことだ」
『ああ、なるほど。確かに簡単なことだね』
ネルは立ち上がった。しかし、途中でふらつき、隣にいたアカネに体を支えてもらった。
「部長は休んでてください。その傷ではこれ以上の戦闘は危険です」
「何言ってんだ。お前らが戦ってるのを横目に一人だけ休んでられるかっての。大丈夫だ、あたしはまだ戦える」
ネルが闘争を求めるのはアカネたちの方が良く分かっているのだろう。それ以上に何かを言うことは無かった。
「それなら私も狙撃位置についておかないと」
『狙撃……高いところがいい?』
「まあ、そうだな」
『ちょっと待ってね』
私は立ちあがり、ほっぽり出していたハンドガンを拾った。そしてタワーの適当な高さに照準をつけると、引き金を引いた。轟音と共に発射された弾丸はタワーの壁を易々と崩し、恐らく反対側まで貫通した。
私はカリンの前に手を差し出した。カリンは首をかしげている。
『乗って』
「あ、ああ」
カリンは少し困惑しながらも私の掌に乗った。その場で飛び上がり、あけた穴の前で機体を止めた。穴に手を差し込むと、今度は意図を理解してくれたようで、すぐに降りた。カリンが完全に降りると、私は地上へと降りた。
『他に移動したい人はいる?』
「便利だね。部長もああいうので移動してくれたらもっと早く着くのに」
『エンジニア部に言ってみればいい。喜んで作ってくれるよ。というか今一機あるからもらってくれば』
「暇があったら行ってみよう」
初対面の割にはこのエイミと言う少女とはよく話してるなと思った。多分身元が分かっているからだろう。ネル達が警戒している様子ではないし、リオみたいに私の敵にはならないと思ったからだろう。
結局他に移動する人はいなかった。私たちはそれぞれの場所で、その押し寄せてくるらしい敵を待ち構えていた。敵が来たのはそれからすぐだった。
建物の陰からやって来たのは、今朝ヴェリタスで見たあのロボットだった。エイミが言っていた無名の司祭のオーパーツと言うのはあのロボットのことだったのか。あの時は車椅子に乗っていたせいで何もできなかった。だがしかし、私は今ACに乗っている。あの時ただ見ていることしかできなかった屈辱を今晴らす。
先制は私が貰った。ロボットなど、私の前ではどうという事はなかった。車椅子に乗っていた時の無力感が嘘のように簡単に壊れた。私の攻撃を皮切りに、ネル達もロボットに攻撃を始めた。やってくるロボットの数は膨大で、私がいなければネル達は数的暴力によって押し切られていただろう。これはつまり、このタワーの中にアリスがいるという事の裏付けになっているのだろうか。
不規則的な列を為しているロボットたちは、私が引き金を引くたびに一直線の穴が開く。しかしその穴はすぐに埋まってしまう。一発ずつ撃つハンドガンでは分が悪かった。前に出てブレードで薙ぎ払うが、クールダウンの時間を考えると、それほど効果的でも無かった。殴ったり蹴ったりしても隙間からロボットが流れ出てしまう。ネル達のおかげで何とか取り逃がしたロボットも処理できているが、いつタワー内部まで押し切られるか分からない。
「こんだけの奴らが一体どこに潜んでいやがったんだ!?」
「この数、私たちだけでは」
「捌ききれないよ!?」
『数が多すぎる』
私たちがロボット相手に悪戦苦闘していると、遠くから何かが走ってくる音がした。まさかロボットの増援が来たのだろうか。もしそうであれば今度こそタワー内部まで侵入を許すことになる。
建物の陰から現れたのは、ロボットをなぎ倒しながら道路を爆走する一体のロボットだった。私と同程度の大きさを持ち、左手には歪に裂かれた盾の代わりにランチャーらしきもの、そして胴体には応急修理された袈裟切りの跡があった。あの微妙にダサい顔は、アバンギャルド君だ。なぜアバンギャルド君がここにいるのだろうか。あの時、完全に止まったのを確認したはずだ。それがどういう訳か、私たちの前でロボットと戦っている。そして微妙に装飾が追加されていた。
よく見ればアバンギャルド君の肩にエンジニア部の三人が乗っていた。アバンギャルド君は私の横につき、ガトリングで押し寄せてくるロボットと戦いだした。多数の敵に対しては、アバンギャルド君のガトリングは非常に相性が良かった。ウタハが私の方を向き、話しかけてきた。
「助けに来たぞ、レイヴン」
『どうしてアバンギャルド君が』
「直したからに決まっているだろう。エンジニア部をなめてもらっては困る。ACならまだしも、これぐらいなら修理して、さらにパワーアップすることだって簡単だ。まあ、今回はスピードを重視したから修理するだけに収まったが」
『名前は?』
「名付けてアバンギャルド君Mk.2だ。レイヴンが名前を気にするとは珍しいな」
『少しね、話題に上がったものだから』
「ウタハ先輩! 数が多すぎます!」
「弾切れもそうだけど、銃身がもたない」
「あまり悠長に話している暇はないみたいだ。私たちも戦おう」
アバンギャルド君Mk.2とエンジニア部の助太刀により、状況は持ち直した。アバンギャル君はヒビキが言ったように銃身が赤く灼けていた。アバンギャルド君はガトリングの代わりに左腕を差し出した。そしてその武器から放たれた砲弾は地面に着弾するや否や爆発した。やはりランチャーだった。
前線が少しずつ上がっていった。しかし相変わらず数は衰えない。ハンドガンは射撃間隔が短いがためにこれだけ時間が経っていてもまだ残弾に余裕がある。だが制圧力が足らない。私は両腕を下げ、光の大剣を突き出した。青い光球は大きくなり、機体の四分の一を飲み込むほどになると、私はトリガーから指を離した。光球は極太なレーザーとなりロボット群の大部分を飲み込んだ。
数秒の照射後には、ロボットは消滅し、射線上にあったビルにも大きな穴が開いていた。突然差し込まれた青い光に、全員が攻撃を止めた。そしてロボットもまた同じようにその場でとどまった。ロボットにも感情と言うものがあるのか、仲間が大量に消し去られて呆気にとられたのだろうか。いや、様子がおかしい。触手を全て下ろしているが、次の瞬間先頭にいたロボットから順に地面に落ちた。金属と地面が激突する音が鳴り響き、視界にあった全てのロボットが落ちると、そこにはACとアバンギャルド君の稼働音だけが残った。
「止まった?」
「一応警戒はしておけ、まだどこかに潜んでいるかもしれない」
ネルの言葉に私を含め全員が武器を構えなおした。ロボットが押し寄せる音がしなくなった後は、コックピット内の空調に似た耳鳴りの音だけが聞こえている。
「いや、もう大丈夫。完全に止まった」
エイミが声を上げた。彼女を見ると耳に何かを当てている。目線はその耳に当てているものに向けられており、まだ何か聞いているようだ。
「アリスも無事に救出出来たって」
その言葉に私は安堵の息を漏らした。安心したのは私だけではない。ウタハたちもほほ笑んでいる。ネルだけは真顔でエイミの言葉を聞いていた。そしてそのまま地面に寝ころんだ。アカネたちが慌ててネルの元へ駆け寄った。
「はー、全く心配かけさせやがってよ。帰ったらまたゲーセンに付き合ってもらわねえと割に合わねえぜ」
私は先生たちを回収するために飛び上がった。先生からはすでにユニットに乗り込んでいると、メッセージが来ていた。引きずり下ろすようにユニットを回収し、再び地面に下りた。私はついでに怪我だらけのネルを一緒にミレニアムまで送ろうとした。先生もそれに賛同したがネルには断られた。仕方なく、私は先生とゲーム開発部だけを乗せて先にミレニアムまで帰った。
エリドゥでの騒ぎから幾ばくが日にちが経った。あの日のことは数日経っても色あせることはない。なにせ、あれだけのことがたった一日で起こったのだから……いや、今までも一日で起こった大事件が沢山あったな。エデン条約にアツコの救出。あれも慌ただしい一日だった。
そして私は今、ミレニアムにいる。理由はネルの退院祝いに招待されたからだ。あれだけ余裕そうな素振りを見せていたのに、いざ医務室に行くと入院レベルの怪我を負っていたそうで、即刻入院させられたとか。それでも数日で治ってしまうのは流石ネルと言ったところか。
私の目の前には美味しそうなお菓子がたくさん置いてある。そしてそのわきにはなぜか妖怪MAXとかいうお菓子とは明らかに合わないだろうエナジードリンクが置いてあった。私がお菓子に目移りしている間に、先生とネル達の会話はおかしな方向へ進んでいた。
「それなら今度バニー姿で手伝いに行ってあげようか」
「い、いや、遠慮するよ。変な目で見られるから」
一体どういう経緯でバニー服の話になったのだろうか。
「なるほど打ち上げすらもバニー姿で……これがC&Cのやり方なのですね。また一つ賢くなりました」
そしてなぜかトキがここにいる。飼い主であるリオがいなくなったらしい。いきなり現れたことにネルは詰め寄っていたが、一言二言交わすうちに険悪な空気も無くなった。同じC&Cだから、そこまで敵対心は無かったのだろう。
その後、先生はモモイに呼ばれゲーム開発部へ、私はウタハに呼ばれてエンジニア部の元へ向かった。にわかに奪われた日常は、いろいろな人の頑張りがあって、無事に取り戻された。
次回から遂に最終章、あまねく奇跡の始発点編に入ります。最終章は全四章……長丁場になりそうですが頑張って書いていきます!
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あまねく奇跡の始発点編一章
57話
さあさあ、ついに最終章です。一体どうなるでしょうね。果たして私が書きたいと思っているお話が書けるかどうか……不安に思いながら書いていきます。
ある日のこと、先生は険しい顔をしながら出かけて行った。どこへ行くのかと聞くと、サンクトゥムタワーだそうだ。連邦生徒会に用があるらしい。難しい話に巻き込まれたくなかったので、私は同席を断った。
一人留守番をしていると、モモトークから通知が来た。メッセージの送り主はモモイだった。
『宇宙戦艦に乗ったことある?』
『急にどうしたの』
『次の新作ゲームなんだけど、主人公たちが宇宙戦艦に乗って宇宙海賊と戦うっていうシナリオなの。それで宇宙戦艦に乗りながら戦うってどんな感じかなって思って、レイヴンなら乗ったことあると思ったから』
『乗ったことないよ、宇宙戦艦なんて』
『嘘!? 乗ったことないの!?』
『ルビコンにも宇宙戦艦なんてものはなかったよ。強襲艦ならあったけど』
『そんな~。レイヴンなら宇宙で戦ったことぐらいあると思ったのに』
『宇宙で戦ったことはあるよ。あと戦艦ではないけど入植船に乗って戦ったことはある』
『ほんと!? じゃあ参考程度に話を聞きたいんだけど、いいかな?』
『構わないけど、主人公人間でしょ? ACの話聞いて参考になる?』
『いいのいいの。何も話を聞かないよりかマシだから』
『分かった。じゃあ今からそっちへ向かうから』
私はエンジニア部へミレニアムに向かう旨を報せ、念のため先生にも一報を入れてからミレニアムに向かった。
ミレニアムでザイレムでの戦闘を話してから数日経った。モモトークには感謝の旨が書かれたメッセージがモモイから届いていた。シナリオの参考になれたことを私は嬉しく思っていた。ラスティとの決戦は話せたがエアとの決着は話せなかった。別に忌々しいというわけでは無いのだが、話そうとしてもどうしても気が滅入ってしまう。私はまだエアを裏切ってしまったことを引きずっているのかもしれない。自分で考えて置いて仮定形でしか結論が出せない。だからこの問題の解決には時間がかかるだろう。
先生がアロナと話しているのが聞こえた。私はスマホを弄りながら、先生とアロナの話に耳を傾けていた。連邦生徒会からメールが来たとか、キヴォトスの各地で高濃度のエネルギーが見つかったとか、もうすぐ警備の車両が来るとか、色々話していた。高濃度のエネルギー云々は私には良く分からなかった。
「レイヴンも一緒に来てくれるかな?」
先生はいつの間にか私の方を向き、私もいつの間に先生の方を向いていた。
『面倒くさそうな話だから断りたいんだけど』
「レイヴンあてのメールも来てるから。僕と一緒に来てほしいって。場合によってはレイヴンの力も借りる可能性があるかも」
『武力で解決させる可能性が? 物騒な話だね』
「迎えにはレイヴンの席も用意されてるみたいだし、他の学園の生徒会も集まるらしい。結構重要な会議みたいだね」
『そんなものに私が呼ばれるわけ? 先生ならともかく、私には不釣り合いだと思うんだけど』
「レイヴンだって立派なシャーレの一員だから。それにレイヴンの今までの活躍を考えればこういう場に呼ばれるのもおかしくないさ」
『私ってそんな活躍してたかな』
私はこれまでの自分の活躍とやらを思い返してみたが、好き勝手暴れまわった記憶しかない。強いて言えば巡航ミサイルから先生を守った。結局二発目のミサイルで会場は破壊されたし、私が気絶している間に先生が撃たれてしまったので、守ったとは言い難い。まあ呼ばれているのは事実のようなので大人しく参加するしかないだろう。
「それでは私は引き続きリンさんから届いた情報を解析してみますね。また何か分かれば先生にお知らせします」
「うん、お願い」
そう言って先生は席を立ちあがった。アロナとの話は終わったようだ。そのまま私の向かいのソファーに座り、おっさんみたいな声を上げながら天井を仰いだ。
『仕事はいいの?』
「もうすぐ着くらしいし、今きりがいいから中途半端にやって会議に行くのもアレだからね」
『少しでも進めておけばいいのに』
「うぐっ……そ、それはそうなんだけどね」
『私が少しでも手伝えればいいんだけどね』
「大丈夫だよ。気持ちだけでもうれしいし、たまにユウカが手伝いに来てくれるから」
『ああ、怒られてる声が良く聞こえるよ。今月も色々買ったんだって?』
「聞かれてたか……今月はなぜかほしい新作が沢山出るんだよね。だから仕方なくって」
『一か月ぐらい我慢すればいいのに。ゲームは逃げないでしょ』
「何を言う。新作ゲームは発売日に買ってこそ意味があるんだ」
『全く、シャーレの先生というか、大人とは思えない発言だね』
「そういうもんさ。皆が僕のことをどう思っているかは分からないけど、僕はそんな立派な大人じゃないさ。というか、大人になったって自動的に立派になれるわけじゃないから」
『頑張って立派になりましょう?』
「自動的に立派になれたらいいのになあ」
『ああ、そっち』
「僕だって昔は年を取れば勝手に大人っぽくかっこよくなると思ってたんだよ。でもいざなってみたら子供の時となーんにも変わらないんだこれが。困ったもんだよ」
先生は右手を顔のそばまで上げた。顔は困ったように笑っていた。私は鼻で笑った。先生も乾いた笑いをした。
話題が途切れ二人の間に沈黙が広がった。私は何か話した方がいいだろうかと、話題を探した。だが、それからすぐに遠くからヘリの音が聞こえだした。それは次第に大きくなり、シャーレの真上にまでやって来たのが分かった。そのままどこかへ過ぎ去る様子はない。
『シャーレの上にヘリが?』
「もしかして迎えってこれかな」
『迎えぐらい私で十分なのに』
「たまにはいいじゃない。迎えられる立場になっても」
やがて部屋の中にはヴァルキューレの生徒が入って来た。
「お迎えに上がりました、先生、レイヴンさん」
「ここからは私たちがサンクトゥムタワーまでお二方を警護します」
「ヴァルキューレが?」
「はい。シャーレの非常ヘリポートにヘリを止めていますので、それで」
「でもわざわざサンクトゥムタワーにヘリで行かなくても、車で十分なんじゃ」
「先生だけならそれでも構いませんが、レイヴンさんがいるならヘリの方が車いすに乗ったままの移動が容易ですので」
「そっか、ならそっちの方がいいかもね」
「それでは参りましょう」
先生がヴァルキューレの生徒に従って部屋を出た。生徒の一人が私の車椅子を押そうとしたが『一人で動かせるから大丈夫』と私は断った。
ヴァルキューレの案内に従って屋上に出ると、確かにそこには一台のヘリが止まっていた。ローターが回りっぱなしで轟音が響いている。ヘリは普通の物と違って縦に長かった。ローターも二つ並んでいて、私たちはヘリの後方まで案内された。所謂戦術輸送ヘリと呼ばれるものだろう。そのヘリ以外に機体や車両は見えない。護衛はこれ一機なのか。まあ、たかがサンクトゥムタワーまで行くのにたくさんの護衛は必要ないだろう。
「こちらです、先生」
先生がヘリに乗った後に私も乗り込んだ。流石にヴァルキューレの生徒に手伝ってもらった。先生が座った座席の近くで、私は車椅子をしっかり固定してもらった。
機内は静かであった。ローターの回る音はすれど、ヴァルキューレの生徒は何も話さない。
「移動に戦術輸送ヘリを使うなんて豪華だね」
先生は近くにいたヴァルキューレにそう尋ねた。話しかけられた生徒は少し反応が遅れ、生返事をしながら答えた。
「え、あ、まあ、ヴァルキューレですから。財政には余裕があるので」
私は、おや、と思った。確か、先生の話によればヴァルキューレは財政難に陥っているはずだ。銃弾の補充も難しいほどに。だから先日のヴァルキューレのリベート行為に気づけた。この数か月の間に状況が好転したのだろうか。私はそういう結論に至ったが、先生は違った。
「君たちは誰? ヴァルキューレの生徒じゃ、ないよね」
私は思わず先生の顔を見た。先生は訝し気な顔をしつつ、ヴァルキューレの一人をじっと睨んでいた。一方で先生に怪しまれたヴァルキューレの生徒たちはと言うと、先生の目には全く臆している様子はなく、真顔で先生を見つめ返し、他の生徒と見つめ合った。
ヴァルキューレの生徒はヘリの操縦席に向かって何かの合図をした。すると、見たことも無い恰好をした武装兵たちがぞろぞろとやってきて、先生と私を取り囲んだ。そしてその中央にはヴァルキューレの生徒がいた。
「カイザーPMC!?」先生は大声で言った。
「勘がいいじゃないか、先生。だが気づくのが遅すぎた」
そう言ったのはヴァルキューレの一人だった。しかし、声は先ほどまでとは違って野太い。その生徒は服と、顔に手をかけて引っ張った。服も顔も破け、その下からは他の兵士と同じ格好をした者が現れた。
「シャーレの先生とレイヴンを確保しました」
ほかのカイザーPMCが誰かに報告をした。返事の声は私には聞こえなかった。そのPMCは報告先からの指示でも聞いているのか、しばらく手を耳に当てたままだった。やがて、PMCが耳から腕を下すと、別のPMCが誰かに報告を、否、指示を請うた。
「ジェネラル、先生とレイヴンはいかがしますか…………イェッサー!」
彼は何かしらの指示を受け取り、それを他のPMCにも共有した。小声のために私には良く聞こえなかったが、勇逸聞こえたのは「足を打ち抜く」という言葉だった。
PMCの一人が銃口を向けた。銃口の先は私ではなく先生の足元だった。私は咄嗟に腕を伸ばしたが、その腕は別のPMCによって抑えられた。間もなく、ヘリ内に一発の銃声が響いた。
銃口から伸びる硝煙。放たれた銃弾は先生の足を貫通、することはなかった。先生のすぐそばの床に小さな穴が開いた。
「何をもたもたしているんだ。その距離すら当てられないのか」
「いや、違っ、銃身が曲がった?」
「全く、こうやって銃口を当てれば外し様が――」
PMCは引き金を引いたが、弾は発射されない。二回三回、何度も引き金を引いたが、弾は出なかった。
「な、なぜだ!? 動作不良!?」
「何をしているんだ! もういい俺がやる!」
更に別の兵士が先生に銃口を向けた。銃口の先は足ではない、体だ。
「お、おい! ジェネラルから殺すのはダメだと――」
そのPMCは制止を聞かずにフルオートで発射した。しかし、銃弾はなぜか全てヘリの外壁に当たり、先生には一発も当たらなかった。一瞬の轟音のあと、先生に一発も当たっていない様子に、PMC達は唖然としていた。先生は息の詰まった様子でPMC達を見ていた。
「私がいる限り、先生には傷一つ付けさせません! 先生の安全はこの私、シッテムの箱のOSであるスーパーアロナが護ってますから!」
先生の懐からアロナの声がした。まさか、これがアロナの仕業だというのか。ただのおしゃべりAIだと思っていたが、とんでもない性能を持っているらしい。ならば以前先生が撃たれたのはアロナがそばについていたからという事か……なんだそりゃ。アロナがいる限り、先生に弾丸は当たらないという訳か。弾くのではなく、まるで幸運がごとく弾が当たらないだと? 欲しいのだが、私にもアロナが。
「さあ先生、この隙に早く――」
その時、ヘリの中が一瞬激しく揺れた。そして幻覚のように刹那の時間だけ赤い光が見えたような気がした。コーラル、いやCパルスか? でもあの時のような一瞬で脳全体にコーラルが絡みつく感覚はしなかった。
PMC達も先ほどの揺れを感じたようで、あたりを見回しながら「地震か?」と呟いている。彼らには赤い光が見えなかっただろうか。
先生を見ると、先生は胸ポケットをまさぐっていた。どうかしたのだろうか、と、先生の頭上に銃床が叩きつけられた。PMCの一人が先生を殴ったのだ。先生は勢いそのまま、機体の床に倒れ伏した。
「ちっ、とにかく逃げられないようにすればいいんだろ。このままそこらへんに転がせておけ」
「こいつはどうする」PMCは私を指した。
「車椅子だろ? 何もしなくたって逃げられやしねえよ。猿轡と目隠しでもしておけ」
「急いで目標地点に移送するぞ」
私は先生に寄り添うこともできず、車椅子に押し付けられると、猿轡と目隠しをされた。暗闇の中で、誰かが私の体に何かを縛り付けた。
「念のため体も縛っとくか。暴れられても困る」
暗闇の中、ずっとローターの回る音が聞こえていた。PMCが何か話しているのが聞こえていたが、何を話しているのかは全く分からなかった。
どれくらい乗っていたのか分からないが、あまり時間は長くなかっただろう。地面に着陸したらしい、振動を感じた。私は目隠しをされたままロープをほどかれ、担がれた。暴れることはしなかった。足が全然動かないのに、手だけで暴れたって何にもならないし、暴れたせいで撃たれたくなかった。
しばらく担がれたままだったが、階段を下りているのが分かった。そして金属製の物を擦ったような音が聞こえた。更に進み、私は持つ体勢を変えられ、床に寝転がされた。目隠しと、猿轡を離された。猿轡には唾液が染みつき、私の口から糸を引いた。猿轡を持ったPMCは人差し指と親指だけで猿轡に使ったタオルを摘まんだ。汚物でも持つかのような持ち方だ。
辺りを見ると、材質はよく分からないがとにかく建物の中であることが分かった。そして金属音の正体が、柵の扉であることも分かった。どうやらここは牢屋らしい。私が担ぎ込まれてからすぐに先生も同じ牢屋に担ぎ込まれた。PMCは先生を私と同様に地面に置くと「ここで大人しくしておけ」と言い残し、牢に鍵をかけると見張り役の一人を残して去ってしまった。
残された私はとりあえず先生に向き合った。地面を這い、先生の顔を見た。幸い出血はしてないようだった。
牢屋には椅子が壁に設置されていたが、地面から少し離れており、椅子に手をかけて状態を起こすことは出来るものの、そのまま腰かけることはできなかった。私の貧弱な腕では、自分の体を持ち上げることが出来なかった。仕方なく椅子に座ることは諦め、椅子をつたってすぐ横の壁までくると、背中を預けた。私はそのまま気絶している先生を横目に、牢屋の外と監視役のPMCの背中を眺めだした。
どこかで見て同じことを思ったのですがカイザーPMCの変装能力高すぎでは?
うちのレイヴンは貧乳美少女ですよ!? そんな子の唾液を汚物だなんてもったいなっゲフンゲフン……あ、どうか今の発言は忘れてください。
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58話
私はずっと牢屋の外を眺めていた。ここには時計が無い。どれだけの時間が経ったのか分からない。先生はまだ目を覚まさないし、外のPMCも全く動かない。全てが静止しており、まるで時が止まっているかのようだった。私の呼吸音と、それによる胸の浮き沈みだけが唯一時間が経過していることを自覚できた。
静かだ。何の音もしない。風の音も。頭の中で記憶が騒がしく再生されている。私はその記憶を少し古い映像っぽく編集してみた。壊れたビデオの様に、とあるフレーズだけが繰り返し再生される。耳鳴りがした。
誘拐され、監禁されているという今の状況はパニックになり、慌てふためいてもおかしくないだろう。しかし私は落ち着いていた。物事を考える余裕もあった。招待したはずの先生と私が来ないので、連邦生徒会は怪しんでるんじゃないだろうか、とか、先生が行方不明になったらキヴォトス中の生徒が血眼になって探しそうだな、とか、そんなことを考えていた。
誰かが階段を下りる音がした。私は目線が下に動き、再び牢屋の外に向けられたのを自覚した。考え事をしているうちに目線が上に行っていたらしい。降りてきたのはヴァルキューレの生徒だった。声も少女のものだった。しかし、ヘリの中のことがある。あれもPMCなのかもしれない。
「交代だ」
「そうか。あっちの方はどうだ。順調か?」
「ああ、連邦生徒会を無事掌握することが出来た。今は戒厳令を敷いているからしばらく外にばれることはない」
「ヴァルキューレはまだ残存勢力がある。連邦生徒会が掌握できたのなら全て制圧するべきだと思うが、ジェネラルからの連絡は」
「残存勢力と言ったって、俺たちにかなう相手じゃない。放っておいても問題は無いだろう。ジェネラルからの連絡はない。まだ待機中だ。それにあの箱のハッキングが終わってない。俺たちから指示を乞う訳にもいかないだろう」
先生を横目に彼らの話を聞いていた。先生の頭が僅かに動いた。私は目線を先生に向けた。先生は僅かに目を開け、目線を私に向けた。体は動かせないのか、私に話しかけることもしない。
「本社のデータセンターがあの箱に接続したが、八社がシャットダウンしたらしい」
「残る手段は先生だけか」
彼らは牢屋の中を覗いた。私は先生の意識が戻っているのがバレるとまずいと思った。幸い先生は身をよじることもしなかった。突然ヴァルキューレの生徒が階段に目をやった。
「今銃声がしなかったか?」
「銃声?」
私には何も聞こえなかった。狂ったように静かなこの空間で、彼らの会話だけが大音量で聞こえた。他の音は入ってこなかった。その言葉に私は耳を澄ませた。すると今度ははっきりと銃声が聞こえた。二人は慌てて階段を登っていった。
二人が階段を上がってから直ぐに撃ち合う音が聞こえた。しかしそれもすぐに収まり、誰かがゆっくりと階段を下りていた。私は体に力を入れ、少しだけ先生に寄った。左手が先生の頭に触れた。先生は私の手を掴んでくれた。動けると思っていなかったので、私は少しだけ肩を跳ね上げて先生を見た。先生は私に微笑み、少しずつ体を起こしていた。
先生が起き上がるまでに、階段を下りてきた人物が姿を現した。ボロボロになったカンナが呼吸を荒くして私の方へ近づいていた。
「大丈夫ですか、先生、レイヴンさん」カンナは牢の中にいる私たちを見ると、少しだけ安堵の表情になった。「ご無事でなによりです。諦めなくてよかった」
「カンナ、どうしてここに」
「ああ、私のような三流悪党を覚えていてくれたのですね。今、鍵を開けますから」
カンナは少しふらふらになりながら、しかし手際よく鍵を挿した。やがて鍵が開く音がし、牢が開いた。先生は立ち上がるが、起きてすぐだったのと殴られて気絶させられていたためか、立ち上がってすぐに倒れかけた。カンナがすぐに駆け寄り、先生を支えた。
「大丈夫ですか。体調がすぐれないようなら少し休んでいかれても」
「いや、大丈夫だ。行こう」
先生はカンナに支えられながら牢を出ようとした。私も置いてかれまいと、地面に這いつくばり腕だけで体を引っ張った。しかしコンクリートの床では腕が滑ってしまい、手を付けて引っ張っても腕だけでは到底自分の体を動かすことはできなかった。先生とカンナの歩むスピードは遅い。私の進むスピードはもっと遅い。動いていないのと同じぐらいだった。私と二人の距離がどんどん離れて行く。置いて行かれそうで私は焦った。焦るほど腕は良く滑った。力を入れようとすると、傷が痛みだして力が入らない。
置いて行かれると思った。置いて行かないで、と叫びたかった。しかし私は声が出ない。声の出し方が分からない。二人は私に気づかない。目に涙が浮かびそうになった。私は藁にもすがる思いで床を叩いた。ペチペチと音がした。二人はようやく振り向いた。
「レイヴン? あ、そうか。車椅子が無いから……ごめん、置いて行くところだった」
「どう、しましょうか……先生、一人で歩けますか?」
「うん、大丈夫。レイヴンは僕が抱きかかえていくよ」
「ですが」
「大丈夫、カンナだってボロボロじゃないか」
先生はカンナの制止を振り切って私に近づいた。私は目の端に少しだけ涙を浮かべていたかもしれない。先生は跪き、私の脇に腕を伸ばした。腕がピーンと張った。先生は私を抱き上げると、また体勢をかえてお姫様抱っこみたいな形になった。
「痛かったり苦しかったりしない?」
私は頷いた。
「よし、じゃあ行こうか」
カンナが先行し、その後ろを先生がついて行った。警戒しているせいなのか、先生を気遣っているのか、自身の傷のせいなのか、カンナが進むスピードはゆっくりだった。
道中の廊下の造りに見覚えがあった。以前ヴァルキューレ警察学校の本部に行った時と似たような廊下だった。
カンナが先生を止めた。背を屈め、ゆっくり音を立てないようにドアを開けると、一人でその中へ入っていった。
「うわ!? 何だお前!?」
中にいた生徒の声が聞こえるや否や、数発の銃声が聞こえた。それからすぐに「入って大丈夫です」とカンナの声がした。先生は開きかけのドアを押して中に入った。中は薄暗く、中央にカンナが立っていた。彼女の元まで行くと、足元に数名のヴァルキューレの生徒が倒れていた。
「こいつらは、全員ヴァルキューレの生徒に扮したPMC兵です……ゴホッゴホッ」
カンナは最後に咳き込んだ。顔が僅かに苦痛で呻いているように見えた。しかし私にはカンナに声をかける手段が無かった。
「うん、僕もさっき知ったところだよ。ここは一体?」
「D.U.にあるヴァルキューレ第三分校です。本来なら予算の都合で新入生合宿に使われていた校舎ですが、いつの間にかカイザーの手に渡っていたようです」カンナの言葉を裏付けるように、背後にヴァルキューレのエンブレムが見えた。「恐らくヴァルキューレ内部に協力者がいるのでしょう。カイザーが何処まで魔の手を伸ばしているのか、私にも分かりかねますが、そもそもの原因には私のような堕落した警察官の存在もあるでしょう」
「カンナ」
先生はカンナに何かしら声をかけようとした。しかしカンナはそれを無視して喋り続けた。
「今信号を送りました。後は裏門に向かうだけです。封鎖されたD.U.から脱出できるルートをご用意しました」
封鎖などと物騒な言葉が上がった。先生も「封鎖? 一体何が」とカンナから聞き出そうとしたが、カンナは顔を落とすのみで「行きましょう」と言ってさっさと行ってしまった。先生はついて行くほかなかった。私は牢屋で聞いた、連邦生徒会を掌握したという言葉が脳裏に浮かんだ。何かしら、いや、絶対に何か関係しているだろう。しかしやはり、今の私にはそれを問いただす手段が無かった。
カンナは続けてカイザーから隠れるように裏口まで向かった。避けられるところは避け、避けようがない場面では後ろから奇襲した。確かカンナは狂犬と呼ばれていたはずだ。なるほど、奇襲とは言え複数相手に完封できるとは、そう呼ばれるほどの強さを目の当たりにした。
裏口から外に出てすぐに隠れた。外はすでに暗くなっていた。拉致されたのは午前中だったはずなのだが、一体どれだけの時間、私たちは監禁されていたのだろうか。先生も「え、空が」と言葉を漏らした。カンナはそーっと陰から確認した。かと思えばさっと顔を引いた。直後、多数のPMCが歩き去るのが見えた。
「ここで落ち合う予定だったのですが……もう警備が強化されてるようです。落ち合う地点を変更――」
「誰だ!」
「こっちだ! 撃て!」
後ろから突然声がした。私を含め三人とも驚いて後ろを振り向いた。そこには複数人のPMCがおりすでに銃口が向けられていた。私は恐怖を感じた。生身で動けない状態で銃口を向けられているのだ。そして相手はためらいなく撃つ相手だった。本当に恐怖した時、私は意外にも目を見開いて銃口を見つめていた。ただ先生の首に回した手の力が強くなった。
先生は咄嗟に銃口に背を向けた。そしてカンナが「先生!」と叫びながら先生の前に立った。銃声が聞こえた。先生はギュッと目を閉じていた。数秒間の銃撃、そしてまた別の銃声が聞こえたかと思うと「ま、まだ援軍が」とかいう声が聞こえ、銃声が止んだ。
「先生! 大丈夫ですか!?」
「うう、らしくないことしちゃった……なんでこんなことに」
「キリノ! フブキ! 来てくれたんだ!」
先生は振り返った。しかし、それと同時にカンナが膝をついた。
「カンナ!」先生がカンナに声をかけた。
「大丈夫です。移動に支障はありません」
「カンナ局長、大丈夫ですか?」
「あちゃー。これは大分痛そうだね」
「心配はいらん。お前らの荷物になるつもりはない。退路でも確保しておけ」
「分かりました。では先生、本官とフブキについて来て下さい!」
「敵にはまだばれてないみたいだし、狂犬――いやカンナ局長も気を付けてついて来てね」
「調子のいい奴め」カンナは小声でつぶやいた。
カンナはフブキの手を借りて立ち上がり、五人になった私たちは再び進みだした。
カンナは傷のせいかあまり素早く歩けなかった。フブキの手を借りて歩いている。キリノは張り切っているのか、一人でどんどん進んでしまった。ある程度進んだところで、キリノは陰に隠れていた。
「うぅ……ものすごい警戒態勢です」
「はあ……はあ……ちょっと待て」
ようやく追いついたカンナがそう言った。
「キリノ、カンナ局長が辛そうだから、スピード落として」
「あ、し、失礼しました!」
「休憩しよっか。あそこの建物に入ろう」
キリノもカンナに手を貸して、近くにあった建物の中に入った。その建物はどうやら射撃場らしく、何丁かの銃と的が吊るされたレーンがいくつもあった。
キリノとフブキがそっとカンナを座らせた。カンナは壁にもたれると、大きな息を一つ吐いた。先生も日様ついて「降ろすよ」と一言言ってから私を壁にもたれ掛けさせた。
「ひとまずここで休憩しましょうか」
「でも時間が無いからなるべく早く移動しないと」
「ここは……ゲホッゲホッ」
カンナは何かを言おうとして激しく咳き込んだ。フブキが困った表情で言った。
「全く、なんでこんなことしたのさ。柄にもないことやって、局長らしく取り調べだけやってればよかったのに」
「責任を転嫁するわけにはいかなかった。この状況下で私についてこいなどと無責任なことをいう訳にはいかなかったんだ」
「はあ、まあそういう事だろうとは思ったけど」
「私たちがいない間に何があったの?」
先生は聞いた。私も気になっていたことだ。長時間情報を遮断されていたのだから、妥当な質問だ。しかし、キリノとフブキは言いにくそうにする。代わりにカンナが毅然と答えた。
「六時間前、連邦生徒会が襲撃されました。カイザーPMCの高位指揮官、ジェネラルが行政委員会を解散させ、サンクトゥムタワーを掌握。D.U.全体に戒厳令を敷きました」
それは監禁中にPMCの会話から聞いた内容と同じだった。尚もカンナは言葉を続ける。
「D.U.交通、通信はすべて遮断。ヴァルキューレ含むほぼ全ての機関の行政権も失われ、命令待機状態です。現在、D.U.治安は戒厳令に則りカイザーPMCが掌握しています。つまり、私が今カイザーPMCと敵対し、先生とレイヴンさんを連れ出している今の状況は、組織の規範に背いているのと同義です。幸い生活安全局は治安維持の組織ではないため、偶然居合わせた上官の命令に従ったと言えば問題ないでしょう」
「カンナがさっき言ったついてこいと言えなかったって言うのは」
「はい、部下を巻き込んで違反させることはできません」
「わ、私は、自分の意志でカンナ局長について行くことを決めたんです! そんな自分だけ知らないふりをするだなんて。もしもの時は私も一緒に」
「バカなことを言うな。お前らがいなくなったら誰が交通整理をする。困った市民をどうやって助ける。役立たずと言われようともいなくなってもいいというわけでは無い。それぞれの組織によって負うべき責任は異なる。今回はお前らが負うべき責任じゃない。だが、それでもお前らを巻き込んでしまったことについては、後程詫びさせてくれ」
「ま、私はマスタードーナツのグレーズド・ドーナツ一箱分で手を打ってあげる」
「ドーナツなら好きなだけ持っていくといい。公安局のオフィスに山ほどある」カンナはそこまで言って先生と向き直った。表情は真剣なものに変わっている。「さて、お二人が行方不明になった後のことですが、行政官が非常対策委員会を設置し、各自治区の代表者を呼び出したことはご存じだと思います。お二人も出席するはずでしたから。ですがシャーレを出発した直後にお二人が行方不明になり、連邦生徒会は混乱に陥りました。捜索を開始するものの、お二人が見つかることはなく、ですが、呼び出しを中止するわけにはいかず結局お二人とも不在のまま非常委員会を設置することになりました。当然ながら先生不在では各自治区との連携はうまく行きませんでした。加えて、財務室長によって行政官に対して不信任案決議案が可決されることに。極めつけにカイザーコーポレーションがこのタイミングで連邦生徒会を襲撃しました。室長はちりじりになり、連邦生徒会も事実上解散しました。連絡も途絶え、今のサンクトゥムタワーの状況は誰にも分かりません」
カンナはそこで言葉を締めくくった。畳みかけられる情報量に私の頭はうまくついて行けない。とりあえず、私たちがいなくなったために色々大変なことになったというのは分かった。
私だって急にこんな話されたら宇宙ネコになってしまいますよ。高校生の時に不信任決議案が出るとか聞いたことないですよ。本当にキヴォトスはキヴォトスしてるんだから……
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59話
「うぅ……こんな状態で出動してないんだなんて」
「うっわぁ、すっごい面倒な状態になってるじゃん」
キリノとフブキは知らなかった様子だ。私とは違って監禁されてないのだから知っていると思っていたのだが、さっきの情報はカンナだから知っていたのかもしれない。
「おい、ドアが開いてるぞ!」
「中を調べろ!」
突然PMCの声が聞こえた。複数人いるのは確実だ。射撃場にはドアがもう一つあった。こちらはけが人が一人と戦えない二人がいる。急いでそこから抜け出すべきだ。
「げ、PMCの奴らがこっち近づいてる。急がないと」
「は、早く行きましょう」
キリノとフブキがカンナを起こそうとするが、少し立ち上がると、カンナは呻いてまたもたれかかってしまった。
「カンナ……傷が」
カンナは私たちの前に現れた時からすでにボロボロだった。その上、先ほど私たちを庇ってPMCの銃撃を受けた。彼女の傷は重いものであるのに違いない。
「先生……どうやら、私はここまでの様です」
痛みに呻いたはずだが、やがて顔をうつむいたままそう言った。皆が目を見開いた。
「な、なにを言ってるんですか局長!?」
「そうだよ。どうしたの!?」
カンナが顔を上げた。口の端や、頭から出血しているその姿は非常に痛々しかった。だが、彼女の顔には安らかな笑みが浮かんでいた。カンナは射撃場を見渡した。
「ここは……何も変わっていませんね。新入生合宿の時と同じです。あの頃の私は正義の味方であろうと夢を見続けたものですが……どうやら変わってしまったようです。生活安全局には世話になったな」
おいおいカンナよ、この状況でそんな過去を語りだすような、しかも穏やかな顔で言うのは、これから散りますと言っているようなものだぞ。先生と一緒に見たいろいろなアニメで学んだのだ。絶望的な状況で過去を語ったキャラは大体華々しく散るのだ。この状況でそれはシャレにならない。
「ちょ、ちょっと、この雰囲気苦手なんだけど? 今から死ぬつもりでもあんの?」
「え、ええ!? ダメですよ局長!?」
二人も騒いでいるがカンナはそれすら愛おしそうだった。
「この建物を出て右側に曲がればD.U.外部に出る高速鉄道の駅があります。子ウサギ公園近郊ですから、先生もご存じですよね。その後……っと、うっかり忘れるところでした」
カンナは制服をまさぐり、中から二台のスマートフォンと一台のタブレットを取り出した。
「先生のスマートフォンとタブレットPC、それとレイヴンさんのスマートフォンです。申し訳ないのですが、車椅子は取り返すことが出来ませんでした。すみません」
先生がカンナからそれらを受け取って、私に渡してくれた。ようやく会話をする手段を得た私は早速カンナに礼を述べた。
『これだけでもうれしいよ。やっと会話ができる』
「シッテムの箱まで……どうやってこれを?」
「ヴァルキューレ内部の極秘情報を収集し……これらの機器と……先生たちの居場所を突き止めました」
カンナは一文の間が長くなっていた。もう話すのも辛いようだった。
「現在カイザーコーポレーションは、サンクトゥムタワーを襲撃し行政指揮権を奪取しました。恐らく……この都市は、大混乱に陥るでしょう。全ては今の現実を受け止め、妥協してしまった私のせいです。これが今の私にできる最大限の抵抗でした。あの時、あの先生の言葉が無ければ今でも私は踏み出せずにいたでしょう。先生、ヴァルキューレの全員が私のような者ではありません。今なお、正義のために戦おうとする者がいるでしょう。この二人のように」
「カンナだって立派さ。確かに、過去はそうだったのかもしれない。でも今のカンナは立派に警官出来てるよ。それに、これさえあればなんとかなると思う」
「それ、そんなに大事なものなの?」
先生の言葉に、全員にはてなが浮かんでいた。正直私も疑わしく思っている。確かにそのタブレットを起動すれば先生に銃弾が当たることは無くなるが、アロナに今の状況を好転させる力があるのだろうか。
「我々は望む、七つの嘆きを。我々は覚えている、ジェリコの古則を」
先生はタブレットにそう呟いた。すると、すぐに電源がついて、画面にアロナの姿が現れた。どういう起動方法なんだ。音声認識なのだろうか。
「先生? うわあああん!」
アロナは先生に気づくや否や、大声で叫んだ。うるさい。
「ご無事でしたか? 心配したんですよ。突然電源が切れてしまって、本当にびっくりしたんですから。それに、今とても大変な状況になってて」
「ごめん。心配かけたね。今の状況は分かってる。アロナも無事でよかった」
「うぅ、私は大丈夫です」
先生はタブレットから目を離し、カンナたちの方を向いた。
「それじゃあ、もう一度指揮を始めようか」
先生はそう言った。その言葉に一瞬の間があり、フブキが先生に物申した。
「え、は、いやいや。先生が強いことは知ってるけど、今の状況じゃ流石に」
「負傷者もいますし、それにレイヴンさんだって」
その瞬間、射撃場にPMCがなだれ込んできた。
「いたぞ!」
「うわわ、来ちゃった!」
「もうやるしかないです!」
フブキとキリノが武器を抜いた。先生は急いで私を抱き上げる。
「とにかく逃げよう。カンナ、動ける?」
「ぐ……何とか」
カンナはかなり辛そうだが、何とか立ち上がることが出来た。フブキとキリノが喰いとめているうちに、私たちは射撃場から脱出した。
私たちの後を、二人が応戦しながら追ってくる。意外にも多数のPMC相手に善戦していた。ヘイローがある分耐久性が違うのだろう。そういえばヴァルキューレに変装していたPMCにもヘイローが浮かんでいた気がするが、あれは一体どういう原理だったのだろう。ホログラムだろうか。
カンナの話では出て右側に行けば高速鉄道があるという話だったが、そちらからはPMCの増援が来ていた。私たちは反対側に逃げることを余儀なくされた。外では四方八方から敵がやってくる。先生はやむなくまた別の建物へ逃げることを提案した。そして本棟らしき高層の建物に逃げた。
「と、とりあえず何とかなりましたね」
「はあ、はあ、でも補給も支援も圧倒的に不足してるって! 応援呼ぼうよ!」
「しかし今はD.U.全体の通信網が遮断されているぞ。かくなる上は全員で」
「え、なに、玉砕とか嫌だよ?」
「少し休憩したから私も動ける。必ずここを脱出するぞ!」
「はい!」
「え、しないよね。玉砕しないよね!?」
フブキの疑問に答える前にPMCが建物に入って来た。カンナが二人の前に立ち、最前線で応戦を始めた。
「先生、一先ず逃げましょう。この先に階段があるはずです」
「気を付けてね」
先生は私を担いだまま、カンナの言う階段まで走っていった。
途中でキリノに先導してもらいながら、どんどん登った。何階かは分からないが、今横の窓から見える後景を見れば相当な高さにいるのが分かる。
「アロナ、他の人に連絡取れたりしない?」先生は走りながら尋ねた。
「難しいです。通信遮断はサンクトゥムタワーから発せられた命令なので……ですが、このスーパーつよつよAIである私がサンクトゥムタワーに劣っているはずがありません。それぐらいの権限……ううっ、ぐぐぐ」
なんだかアロナが力みだした。私にはタブレットの画面が見えないので今アロナが何をしているのか分からないが、力む必要があるのだろうか。電子世界にいると電子的なものを物理的な力で解決するのか。あれか、データ地引網漁か……自分で言ってて訳が分からなくなった。
「ぬぬぬぬ、物理的に近いところなら何とか……あ、つながった! どうか一人でもいいので誰かに……ああ、切れてしまいました。一番近い人になら何とかつながったと思うのですが。お役に立てずすみません」
「いや、十分だよ。助かった。ありがとう、アロナ」
どうやらうまく行ったようだ。先生はまた走ることに注力した。
引き続き廊下を走っていると、その先から大勢のPMCが現れた。先導していたキリノが慌てて止まった。後ろからついて来ていた三人も足を止めた。
「こ、こっちからも」
「ど、どうすんの。すぐに後ろからも追い付いてくるよ」
「流石にこの数では応戦しても……ここまでか」
カンナは構えかけた拳銃を下した。キリノとフブキはカンナが諦めたことに気づいていない。前と後ろを振り向きながら銃を構えている。
「速やかに投降しろ。投降しないのであれば掃射する」
PMCは私たちへ銃口を向けながらにじり寄ってくる。キリノとフブキはどうすればいいのか分からないのか、銃口を少し下ろしたまま、先生を見た。先生のことだ。生徒を危険に晒すわけにはいかないと、投降を宣言するだろう。
先生が口を開いたその時、何かがガラスを突き破った。ころころと転がり私たちとPMC達の間で止まった。
「なんだこれは……ドローン?」
ドローンは再び動き出し、PMC達の中心へ入った。彼らはドローンを撃とうとしたがそれよりも早く、ドローンから激しい閃光が発せられた。
閃光は廊下一帯を飲み込んだ。カンナたちも先生も、そして私も強く目を瞑った。直後、気勢のいい掛け声とともに、誰かが窓を突き破った。
「どりゃああああああ!」
銃声が鳴り、PMCが呻きながら倒れる音がした。爆発音も聞こえた。掛け声に聞き覚えがあったが、まだ目が開けられない。正解を確かめる前に向こうから答え合わせをしてくれた。
「どうだ、この煙幕弾は痛いだろう。RABBIT2現場に到着した」
ようやく目が開けられうようになり、少しずつ目を開けると先生のすぐ横にミヤコの姿があった。
「RABBIT1先生および要人を確保。RABBIT3残りの敵の位置を把握してください」
煙幕が少しずつ割れた窓から外に逃げて行った。先ほどの爆発と掃射である程度倒せたものの、後方にはまだまだPMCが残っていた。
「くそっ! 何だお前らは。全部隊一斉射用意――」
またガラスが割れる音がした。同時に一番後ろで指揮をしていたらしいPMCが号令途中で壁側にのけ反り、倒れた。PMCの間に動揺が広がる。
「今のは」カンナが呟いた。
「RABBIT4の狙撃です」ミヤコが残ったPMCを掃討しながら答えた。
「RABBIT小隊! 来てくれたんだ!」
「勘違いするんじゃねえ。丁度先生から連絡が来たから食後の運動がてら寄っただけだ」
サキが目を逸らしながら言った。しかし直後に通信機に向かって「うるせえ!」と怒鳴った。
「RABBIT小隊、先生の要請を受け救援に参りました。間に合ったようでよかったです」
「ここで援軍とは……先生もやるねえ」
「SRTの方たちが一緒なら心強いです!」
再びけたたましい警報が鳴り、窓からはヘリが上がってくるのが分かった。
「ここから逃げ切れると思うな!」
ヘリからスピーカーを使って脅迫された。
「これほどの戦力にヘリまで動員するだなんて……先生、一体何をやらかしたんですか」
「いや別にやらかしたわけでは」
「どうせまた変なトラブルに巻き込まれたんだろ。先生だし」
「流石にこの数は……でも先生ですし、ありえないことはないですね」
「おう、モエとミユもそう言ってるぞ」
「ちょっと傷つくなあ」
『先生だもんね』
「レイヴンまでぇ」
ミヤコがカンナと向かい合った。
「カンナ局長、この間はお世話になりました。またお会いできてうれしいです」
「RABBIT小隊……今は戒厳令が敷かれていて行政の兵は動けないはずだが」
「わ、私たちは、その、公園で野宿してますので」
「そんなこと知らなかったんだよ! 誰からもそんなこと聞いてないし。何か文句あんのか」
「いや、べつに」
「一先ず先生と局長を安全な場所に移動させます。RABBIT小隊戦闘準備」
「ラジャー」サキが銃を構えなおした。
「ヴァルキューレ安全局の方も一旦私たちの指示に従ってくれると助かります」
「分かりました!」
「ま、この状況ならそれが一番だよね」
増援が下から上がって来た。もはや彼らはなりふり構わないだろう。私の姿を確認するや否や銃口を向けた。
「RABBIT小隊、交戦開始!」
四人が一斉射を開始した。一番前にいたPMC数名と、後方にいたPMCが一人倒れた。ミユの狙撃によりPMCは見えないところからの攻撃におびえる羽目になった。しかし、ミユは一体どこから狙撃しているのだろう。ここからは全く見えない。アロナが連絡してからそれほど時間が経ってないのでそこまで遠くにはいないはずなのだが。
動揺の隙をつき、ミヤコとサキが突撃した。ワントリガーで確実に敵を倒していく。廊下に展開されたPMC兵はあっという間に全滅した。ミヤコが前進の合図を出し、サキがそれに続いた。その後をフブキとキリノが追った。カンナは自分が殿を務めると言ったので、先に先生が走った。
RABBIT小隊が来たので一行は逃げるのをやめ、攻勢に出た。次々と現れるPMCをなぎ倒し、建物脱出を目指す。
いくらか降りたところで、窓の外にヘリが現れた。二つのミサイルポッドが見えた。すでに廊下で交戦中だったため、ヘリにリソースを割けれない。カンナが近くにあった部屋へ先生を非難させようとすると、突然ヘリはバランスを失い、窓から離れて行った。そしてすぐに爆炎が見えた。
「RABBIT4、助かりました」
ミヤコの声が僅かに聞こえた。さっきのはミユの狙撃の仕業だったらしい。ヘリの操縦手を打ち抜いたのか。恐ろしい手腕だ。
一階に下りた。出口が見えたのでそこまで一直線に走っていると突然ミヤコが「避けて!」と叫んだ。直後に先生が誰かに引っ張られた。すると、先生のすぐ横を大量の銃弾が飛んでいった。先生はカンナと一緒に柱の陰に隠れていた。ミヤコ達もまたそれぞれ柱の陰に隠れている。
「な、なに?」
先生がカンナに尋ねた。カンナはそーっと柱から顔を出した。直後銃弾が飛んできて、カンナは間一髪で顔をひっこめた。
「どうやら敵のパワードスーツが出口の前に陣取っているようです」
ミヤコ達が攻撃を仕掛けようとしてもそのパワードスーツは装備が潤沢の様で、それぞれに対し牽制が可能だった。私たちは出口を前に足止めを余儀なくされた。
思ったんですけど、ミユとサキってフロントとスペシャル反対なのでは? ミユの方が狙撃で後方支援っぽいですし、ストーリーではサキの方が前に出ていますし……運営がミユのSDを動かしたかったのでしょうか。
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60話
出口前で足止めを喰らっているが、このままでは後ろから増援が来て挟み撃ちにされてしまう。早く突破しなければならないのだが、パワードスーツの前にのこのこ出て行くわけにもいかない。
「ミヤコ! 残ってる煙幕弾と閃光弾を渡せ!」
数秒間のにらみ合いの末、サキが叫んだ。一体何をするつもりなのか私には分からなかったが、ミヤコは何の疑問も持たずにグレネードを全て投げ渡した。
サキは何度かちらちらパワードスーツを見ると、グレネードのピンを全て抜いて投げた。閃光が走り、直後大量の煙幕が張られた。咄嗟に柱に隠れたので、閃光で目がやられることはなかった。再び柱から顔を出すと、隠れているはずのサキの姿が見えなかった。その代わりに煙幕の中から銃声と、マズルフラッシュが見えた。数秒間撃ちっぱなしの末、何かが倒れた音がした。
「いくぞ!」
サキの声が聞こえた。ミヤコはすぐに柱を出たが、他は理解できず柱から出るのを躊躇った。
「皆さん、早く! 追いつかれてしまいます!」
ミヤコの声でようやく他の皆も柱から飛び出した。未だ残る煙幕の中を突っ切る際に、一瞬だけだが操縦席付近に大穴が開いたまま倒れているパワードスーツが見えた。
大量に張った煙幕のおかげか、建物の中から私を追ってくる敵の姿は無かった。ミヤコとサキは一直線にヴァルキューレの出口に向かった。当然それを阻止すべく、PMCが襲い掛かてくる。しかし恐らくモエの支援なのだろうが、大量のミサイルが降ってきて、襲い掛かるPMCを返り討ちにした。
私たちはそのままヴァルキューレを脱出し、子ウサギ公園へと向かった。
一夜明け、カンナを除いた全員が集まった。そこで先生からPMCに拉致された経緯とD.U.の現状を話した。
「なるほど、先生も巻き込まれた、と。カンナ局長がいなければ危なかったですね」
「あの狂犬が自分を犠牲にして助けるとか……先生はどうやってあの狂犬を手なずけたんだ?」
「す、すごい怪我でした」
「一応テントの中で寝かせてるけど、ほっといたら勝手に起きてくるんじゃない? 公安局長だし大丈夫でしょ」
「とにかく今は、お互いに情報を共有するほかないでしょう。何を考えるべきか、何をすべきかを把握するべきです」
先生は昨夜アロナから聞いたサンクトゥムタワーの現状を話した。
D.U.に敷かれた戒厳令を撤回するには行政官の指示が必要だが、現在行政官は不信任決議案を議決されておりその権限が無い。不信任決議案を解消するには不信任決議案に同意した六人の室長が同意を撤回するか、再信任可決を行う必要がある。しかしカイザーがサンクトゥムタワーを掌握しているためにどちらも不可能である。
「つまり今の連邦生徒会は何もできない役立たずってことだね」
「連邦生徒会が今まで役に立ったことなんてあったか?」
「行政権限を一企業に奪われるなんて……SRTを維持していればこのようなことは避けられたはずです」
「てことはサンクトゥムタワーは今もカイザーに掌握されたままなんだよね。一体どうすれば」
「方法はまだ残ってる……シャーレだよ」
「シャーレ、ですか? 確かにシャーレは超法規的組織ですが、一体どのようにして」
「厳密にはシャーレの地下にあるクラフトチェンバー、そこがサンクトゥムタワーの行政指揮権を掌握してるみたい。どうやらリンちゃんもそこに監禁されているみたいだし」
「なるほど……理解しました。要はPMCからシャーレを奪還すればいいのですね」
「みたいって、誰かから聞いたような口ぶりだな。誰から聞いたんだ?」
「え、あ、い、いや、まあそのとある情報筋から」
「ふーん? ま、いいや。一度でいいからシャーレを吹き飛ばしてみたいと思っていたんだ。丁度いい」
「え」
「で、でもここにいる人たちだけでやるの? シャーレまでカイザーが制圧してるってことはつまり」
ミユが私を見た。それにつられて他の人たちも私を見ている。RABBIT小隊の四人はどういうことなのか分かっているようだ。先生も同様に曇った顔をしている。私は他の人が言う前に、その理由を自分で言った。
『ACもカイザーの手に落ちている可能性が高いね』
「あ、あれだけ戦闘能力が高いんだ。特定の人しか乗れないような構造だろ。な?」
『そんなことはない。ルビコンじゃACは一般的な機体だし、操縦するのは慣れが必要だけど起動するぐらいなら誰でもできるよ』
「最悪ACが敵になるってこと? ほんとに最悪なんだけど。ACに傷すらつけれたことないのに」
『ダメージくらいすぐ受けるよ。あれとか』
私は公園の中に置かれていた一つの大きなミサイルを指さした。
「あれ、ですか」
「モエが駄々こねて仕方なく買い戻したミサイルか」
「人聞きの悪い言い方しないでよ」
「で、でもあのミサイルは一つしかないし……あれだけでACを止められるとは思えません」
『まあガトリングでも攻撃は通るよ。ヘリについているものなら。微々たるものだけどね』
「それなら……まあ何とかなるか。でもいいのか。私たちが言うのもなんだけど、今お前の機体を壊そうとしているんだぞ。その、なんていうのか……いいのか、壊しちまっても」
『できれば壊さないでほしいなあ。それしか方法が無いなら仕方が無いけど。まあ、最悪エンジニア部に何とかしてもらうよ』
そういえば、エンジニア部にはあのMTもどきがあった。あれさえあればなんとかなるだろう。素人のACよりかは熟練のMTの方が強いはずだ。私は早速ウタハにMTもどきを持ってきてもらおうとしてすぐに気づいた。そうだった、通信も遮断されているんだった。モモトークは全く繋がらなかった。
「分かりました。本官も頑張ります!」
「でもさあ、本当に行けんの? そのAC? もそうだけど、相手はキヴォトス屈指の大企業、カイザーだよ? 先生がいたとしてもそう簡単に行くと思えないけど。第一、私たちがシャーレに来ること分かってるでしょ」
「う、うう、だれにも止められないロボットを相手しながら幽閉された行政官を助けるだなんて……わ、私に出来るかな」
「ミユ、できる出来ないの話ではありません。やらなければ」
「そうです。キヴォトスの平和は私たちの手に掛かっているんですよ」
「う、うん……分かった。私も頑張るね」
キリノの言い方は随分重圧をかけるような言い方だった。でもそれが事実だった。キヴォトスの危機を把握し、かつ解決できる力を持っているのは私たちだけなのだから。ミユはよく前向きになれたと思う。
「ああもう、全く。これが終わったら二十九泊三十日の休暇を貰ってやるんだから!」
「PMCごとき、キヴォトスのトップエリートである私たちSRT特殊学園の前には雑魚も当然だ!」
「まあ、私たちは実戦経験のない新入生なのですが」
「学校は閉鎖されて無くなっちゃったし」
「野宿中だし」
『ACに負けてるし』
「うっせえなあ! 関係ねえだろ。てか最後! それはノーカンだろ! あんな装備で誰がACに勝てるんだよ!? 軍隊じゃなきゃ無理だ!」
「よし、RABBIT小隊、生活安全局の皆……始めようか」
先生の言葉に全員が頷いた。サキがミヤコを見る。
「ミヤコ、作戦名を決めてくれ」
「そ、そうですね……では、これよりシャーレ奪還のパセリ作戦を――」
「ちょっと待って、なんでパセリなの。もっとかっこいい名前ないの? いやほんとなんでパセリ?」
「う、うさぎが好きな食べ物なので」
「それならニンジンでしょう! ニンジン作戦です!」
「それは前に使っちゃって」
「ならドーナツ作戦は? グレーズド・ドーナツ作戦」
「なんかクリスマスに放映されそうな映画のタイトルみたいだな……レイヴンはなんかあるか?」
急に振られた。私はしばらく考えてみたが、妙案が思いついた。私はその作戦名をスマホに書き込み、自信満々に見せた。
『カイザー越えと行こうじゃないか、戦友』
「シャーレ奪還作戦にします」
私の案はバッサリ切り捨てられてしまった。
「ええ、普通じゃん」
「よ、よしじゃあ行こう!」
一同は子ウサギ公園を出て、シャーレを目指した。私は公園で留守番になった。まあ、自分で歩けもしないのに、戦場に出たって邪魔になるだけだし当然だろう。
先生たちが公園を出てしばらくしてから、モエはドローンを飛ばした。その小型のドローンは先生たちが向かった方向に飛んでいき、モエの肩越しにドローンのカメラの映像らしきものが見えた。
モエはドローンの操縦に集中していた。私は椅子に座ったまま何もできなかった。声が出ないので、スマホで話しかけても気づいてもらえないし、歩けないのでモエの隣まで行くこともできない。自分だけ何もできなかった。
「敵の巡航戦車、中隊規模を確認。攻撃ヘリからバリケードまで、徹底的に準備してるよ」
モエの声が聞こえた。それに答える声は聞こえなかった。なんで誰も答えないのだろうと思ったが、ヘッドセットをつけているのでモエにしか聞こえていないのだ。それに気づくのに一分ほどかかった。
遠くから爆発が聞こえた。音のする方を見ると、僅かにヘリが見えた。しかし、そのヘリはすぐに落ちてしまった。あっちは確かシャーレの方だ。
「後方から更に戦車が四両来てる。東からも増援が中隊規模。西側が手薄だからそっちに一度退避した方がいいかも」
モエの指示が激しくなった。あの爆発は先生たちがカイザーと衝突した影響なのかもしれない。
公園は静かだった。遠くから爆発が聞こえるとはいえ、それ以外は日常と何ら変わりはなく、少し遠くではスズメが地面の上で羽を休めていた。私は背もたれに背中を預け、スズメとモエを交互に見ていた。じっと地面に座り続けるスズメと、忙しそうに腕を動かしているモエは対照的でなんだかおもしろかった。
空がきれいだった。雲一つなくてきれいな青空だった。ここ最近下を向いてばかりだったのを思い出した。いい天気だなあ、と私は率直に思った。昼寝をするのには丁度いい天気なのかもしれない。
「ん? あれってAC?」
モエのつぶやきが聞こえた。ACと言う単語に、私は視線をモエに向けた。
「シャーレに置きっぱなし……周りのPMCもACに手を付けようとしてない……ミヤコ、カイザーはACに手を付けてない。あの無敵ロボットが私たちの前に立ちはだかることはないみたい……さあ。何か知らないけど動かせなかったんじゃない……そうだね、分かった。今から連れて行くよ」
モエは振り向いて、立ち上がった。そのまま私に向かって言った。
「カイザーがACに手を付けてない」
『それはラッキーだね』
「今からレイヴンをシャーレまで送るから、向こうで先生たちの支援をしてくれる?」
『まあ、構わないけど』
「よし、じゃあヘリの準備してくる!」
モエは走ってヘリに向かった。
ACに手が付けられてないと言っていた。起動すらしてないのだろうか。動かすならともかく起動ぐらいなら出来ると思うが、まあいいか。私だけ何もせずに傍観するほかないのはいささか罪悪感があった。
ヘリの準備はすぐ終わったようでモエが迎えに来た。私が腕を差し出すと「ああ、動けないんだっけ」と言いながら私を抱き上げた。
「うわ、軽っ!? え、ちゃんと食べてる? 先生から制限されてたりしない」
そんなのされてるわけがない。先生にも同じようなことをよく言われるが、仕方ないだろう。小食なのだ。それよりも私は、自分の胸に当たっているものの方がずっと気になっている。初めて見た時から思っていたが、でかい。別に何がとは言わないがでかい。抱き上げられた私は軽くくの字になっている。多少押し付けた程度では形が崩れないのだ。声が出なくてよかったと思った。もし声が出ていたら、抱き上げられた瞬間に、やわらか、と言っていただろう。先生だったら撃たれてたな。
ヘリの座席に座らされた。その際ヘッドセットをつけてもらった。RABBIT小隊らしく兎の耳がついていた。固定されると、モエも操縦席に座った。
「今からシャーレに向かう。対空火器には注意するけどもしもの時は援護よろしく。レイヴンも、結構揺れるかもしれないから注意してね」
そう言ってモエはヘリを離陸させた。ヘリに乗るのは一日ぶりだ。まあ昨日は拉致られたわけだが。そういえばルビコンじゃあほぼ毎日ヘリに乗っていたな。ACが乗る輸送ヘリだったので中も随分広かった。歩き回れるほどだ。私は歩き回ったことなんてないけども。
向かいにあった窓からは、空しか見えなかった。下では戦闘が繰り広げられているのだろうが、ヘリの音で全て掻き消えた。時折、操縦席の方から警告音らしき音が聞こえた。そのたびにモエは「あぶなー」だの「狙わないでよ」などと言っていた。そして機体も揺れた。こんだけ大きいのに、よく避けれるものだ。
何度も実は命の危機に瀕していると、モエから「着いたよ!」と報せが来た。モエは操縦席から立つと、私を固定していたシートベルトを外しにかかった。操縦席から離れて大丈夫なのだろうかと思いながら見ていると、モエは私をちらりと見て思っていることが分かったのか「ホバリングぐらいなら別に大丈夫だから」と言った。
席から移動された私は、そのままハーネスをつけられた。
「下ではすでにシャーレを奪還しかかってる。サキが今真下で待機してるから、サキにACまで連れてもらって、いい?」
私は頷いた。モエはヘリのドアを開けた。より一層騒がしい音が聞こえ、風も入り込んだ。少し寒かった。
モエは私のヘッドセットを回収した。そして肩をポンポンと二回叩くとドアから私を下した。ゆっくりと降りていくと、だんだんヘリのローター以外の音がした。銃声や爆発音、叫び声なども聞こえた。ACもすぐ近くに置いてあった。昨日置いた体制のまま何も変わっていなかった。
下ではモエの言う通り、サキが待機してきた。降りてきた私の体を掴むと、素早くハーネスを外し、二回引っ張った。それが合図だったのかハーネスはまた上に上がっていく。
「よし、いくぞ。あのリフトに乗れば大丈夫だよな」
私は頷いた。シャーレの周りにはヴァルキューレの生徒たちがいた。カイザーの姿は見えないがまだ臨戦態勢だ。
『シャーレはもう確保できたの?』
「外にいるやつらはな。中はまだだし、これからもう一度奪取しようと増援が来る」
だから急いで私をここまで運んできたのか。
サキは手慣れた手つきでリフトを操作した。流石エンジニア部、初心者でも分かりやすいボタン配置をしている。リフトが上がり切るのを待っていると、後ろから「増援が来たぞー!」と叫ぶ声がした。私もサキもその声につられて振り返った。
大勢のPMCに戦車やヘリもいる。何両かの戦車の内一両の主砲が動いた。心なしか私たちの方を向いている気がした。
「おいおい、まさかここに向かって撃つつもりじゃないよな!?」
サキが心配して間もなく、戦車の主砲は火を噴いた。
今日の夕飯はチャーハンなんです。
∧,,∧
(;`・ω・) 。・゚・⌒) チャーハン作るよ!!
/ o━ヽニニフ))
しー-J
古いですかね。
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61話
私は目を瞑った。いずれ来る激痛と死に正面から向き合う勇気はなかった。直後に轟音と風を感じた。痛みはなかった。恐る恐る目を開けると、何かが私たちを戦車砲から守っていた。それが手のような物であるのが分かった。根元までたどってみると、それはACの腕だった。
誰も乗っていないはずのACが動いていた。本当は誰か乗っていたのか。でもそれならどうして今動いた。今さっきようやく動かし方が分かったのか。
私の疑問は止まない。サキはACが勝手に動いたことなど気にしてないのか「助かった」と呟いている。私の疑問はそれでも止まない。サキは私の困惑など意にも介さずコックピットに近づいた。そういえばコックピットが閉まっている。一昨日解放したまま降りたはずだ。閉めてしまうと少し面倒だったから。
コックピットが勝手に開いた。やっぱり中には誰にも入っていない。なぜ動いた。何故勝手に開いた。そういう設定だっただろうか。いや、記憶にない。じゃあ誰が動かした。どうやって動かした。
私はふと思い出した。彼女の存在。姿を見たのは夢の中で一度だけ。それから存在を感じさせることは何度かあった。存在感が薄かったせいで思い出すのに時間がかかった。
カイザーに起動させなかったのも彼女の仕業か。なら納得できる。
「よし……これでいいか? 後は頼んだぞ」
気づけばコックピットに座らされていた。私は慌てて頷いた。サキが離れてからコックピットを閉めてACを起動した。
『メインシステム起動。メインシステム戦闘モードを起動』
やっぱり簡単に動いた。彼女の仕業か。
さっさと終わらしてしまおう。戦車隊の一番前にいた一両に狙いをつけた。引き金を引けば、戦車はあっという間に主砲塔と車体が別れて飛んでいった。一両ずつ一発一発丁寧に撃っていく。一発で破壊される戦車を見ると気持ちがいい。ゲームをしている気分だ。何週もしたゲームを走ると大体こうなるな。
厄介なのは戦車ぐらいか? 後は歩兵ばかりだし、なぜだかヴァルキューレの生徒がシャーレの周りにたくさんいるが、カイザーと敵対しているなら彼女たちは本物だ。
ミサイルが飛んできたので、避けた。そういえばヘリもいたんだったか。お返しにハンドガンを一発撃ったらヘリは墜落してしまった。
後は適当に歩兵を蹴散らせば私たちの勝利は確実だ。敗戦確実と判断したカイザーたちは勝手に撤退していった。それと同時にスマホが鳴った。また鳴った。またまた鳴った。鳴りやまない、通知が一定間隔で来ている。通知欄を見て見ると、いろいろな人からメッセージが来ていた。エンジニア部に、ゲーム開発部、ヒフミたちからもメッセージが来ていた。
コーラルの汚染。ルビコンで何度も見てきた。赤く染まるほどのコーラルを見たのはウォッチポイントが初めてだった。コーラルの汚染が一体どのように人体を犯していくのかは知らない。せいぜい薬物に使って廃人と化す程度だ。ただ、強いて言えば、コーラルに染まった空を見るのは、美しくもあり、不気味でもある。
大きく揺れた。地震だった。それに驚き一瞬地面を見て、次に前を向いたときにはすでに空は赤く染まっていた。私はその空をみてウォッチポイントで見た光景を思い出した。確かあの時もこんな赤色をしていただろうか。周りを見れば際限なく赤色が広がっている。同時に天高くそびえるタワーも見えた。細長いタワーだ。空高く伸びている。ここからでは頂点が見えなかった。
ここまで来て私はようやくセイアの予言を思い出した。赤く染まった空に高くそびえる塔。私はそれをバスキュラープラントとコーラルだと思っていたが、少なくともバスキュラープラントはあんなに細くなかったな。
先生からメッセージが来た。
『各自治区にいる生徒は、黒い塔に近づかず避難してください』
かなり事務的なメッセージだ。黒い塔、と言うのは今まさに見えるあの塔のことだろうか。
また先生からメッセージが来た。
『申し訳ないけど、手伝ってくれないかな』
『いったいどういう事。突然のこと過ぎて理解が追い付かない』
『ごめん、ちょっと説明が長くなるけど』
『それなら直接話を聞く。今どこにいるの』
『屋上だよ』
私はすぐに飛びあがった。
「レイヴン!?」
サキが私を呼んだが、私はそれを無視した。
私は屋上に飛び上がった。その際何か黒い煙のようなものが見えた。奇妙な話だが、私はそれが人型に見えた。
『お待たせ。さっき誰かいた?』
「いや、誰もいないよ」
『あっそ。で、一体どういうこと』
「レイヴンもあの塔は見えるよね」
『見えるよ。あれだけ高いとね』
「今、あそこの塔の周りを中心に敵が現れているから僕たちで何とかしないといけない」
『まだシャーレには戦力が残ってるじゃん。ヴァルキューレもRABBIT小隊もいる』
「あまり生徒をあの塔に近づけないようにしないと」
『どうして?』
「突然現れた謎の物体に不用意に近づいたら危ないでしょ?」
『まあ確かにそうだね。私は接近させられるわけだけど』
「それは申し訳ない。今は避難もそうだけど、現れた敵の対処も必要だから」
『はいはい。とにかく敵を倒せばいいんだね。先生は一体どうするの。生徒は近づけないんでしょ?』
「僕は、これを使う」
先生は懐から一枚のカードを取り出した。私はそれに見覚えがあった。確か大人のカードとかいう奴だ。アリウスでACが出てきたのを見た。
『また別のACを呼び出そうってわけね』
「い、いや別にACを呼ぶためのカードじゃないんだけどね?」
『そうだったの。まあいいや。じゃあ私は先に行くから』
私はシャーレの屋上を飛び立った。アサルトブーストで以て最速であの黒い塔の根元に向かった。
そこには先生の言う通り多くの敵がいた。久々に見た聖徒会に、変な色味をしたPMCといろいろだ。
『さて、仕事を始めようか』
真っ赤に染まった空は地上の全てに赤いフィルターをかけてしまった。川の横にある土手道はまるで紫色だ。ついでに、道の端には奇妙な赤いクリスタルが生えている。
現れた敵を掃討しながら前に進むと、どこからともなく増援が湧いてくる。どこかに隠れていたみたいな現れ方ではなく、その場にスポーンしたような現れ方だ。聖徒会もPMCも同じように湧いてくる。よく見ればPMCの色合いが聖徒会に似ていた。じゃあこいつらは聖徒会の仲間、同類みたいなものか。無限に湧くとかじゃなかろうな。
バルバラの出現におびえながら敵を掃討していると、前方の少し離れたところで敵の大群が吹き飛んだ。おや、と思い振り返ってみると、一機のACが赤い炎を上げながら降りてきた。
『手伝いに来たよ』
彼女はさも当たり前のように、私にメッセージを送って来た。
『やっぱり出てきた』
『私だってたまには戦いたいんだよ。特殊な身だけど、元はあなたと同じレイヴンだもの。先生があの力を使わない限り、私は出てこれないんだから』
『アセン変えた?』
『うん。色々試してみたかったんだ。エルカノのタンク。すっごい早いんだって』
『へえ、タンクって飛び回れないから少し苦手』
『あなたももっと色んなアセンを試してみるべきだよ』
『それ今の私に言う? ていうかあなたは一体どこから機体を持ってきてるの』
『先生が使う力と同じ原理だよ』
『だからそれってどういう――』
『ああほら、また出てきたよ』
彼女は持っていたハンドミサイルで前を指した。消し飛んだはずの敵が復活している。
『無限湧きじゃん』
『ある程度殲滅して一時撤退かな。じゃあ私は向こう行くから』
彼女は行ってしまった。なんか馴れ馴れしかったな。あ、そうか、私と一緒だからか。他人から聞けば私って馴れ馴れしく感じるのだろうか。そういえば初対面の人と、ある程度知り合った人も口調一緒だったな。次から直した方がいいかもしれない。
機体がガンガン鳴った。敵が私を攻撃している。そうだった、戦闘中だった。口調のことはまた後で考えよう。
倒しても倒しても敵が湧いてくる。なんかキヴォトスに来てから耐久戦ばかり強いられている気がするが気のせいだろうか。耐久戦ばかりが記憶に残っているせいだろうか。
何度目か分からないリロードに、何度振ったか分からないブレード。流石に街を吹き飛ばすわけにはいかないので光の大剣は使えない。ドローンに変えておくべきだったな。光の大剣に浪漫を感じ続けていたが、浪漫だけでは解決できないこともあった。
『ん、なんだあれ』
見慣れない敵が近づいて来た。色合いはミレニアムで見たディビジョンとかいう軍隊のロボットに似ている。だがあのロボットよりも、なんというか生物味を感じた。だが、あのロボットと一緒に行動しているので同類だろう。私は照準をつけて撃った。弾頭は前にいたロボットを巻き込んだ。その四本足だった謎の敵は体の前半分が消し飛んでひっくり返った。
『敵が変わったところで強さはそう変わらないな』
メッセージが来た。先生からだ。
『一回シャーレに戻ろう』
『でもまだ敵が湧いてくるよ』
先生と会話しているこの間にも、川沿いの土手にはどんどん敵が湧いて出ている。撃ちながら先生と会話した。
『黒い塔の近くにいた住民は避難できたし、シャーレでも作戦会議の準備が進んでるから』
『他の場所は? またあのACが来たのは分かったけど、結構広範囲に敵がいるんじゃ』
『ああうん。また出て来たね……他の場所もちゃんと対処できてるよ。でもそっちもそろそろ撤退させる』
『分かった。じゃあ撤退する』
私はすぐ近くにいた数グループだけ殲滅してその場を後にした。飛び上がって見て確認できるが、あの塔は現れたというより、落ちて来たみたいだ。落ちた瞬間を見ていないが、塔を中心に大きなクレーターが出来ていた。
シャーレに戻ると、先生が待っていた。ACから降りると、リフトで先生が迎えに来てくれた。
「ごめん、まだ車椅子の用意が出来てないんだ」
そう言って先生は私を抱き上げようとした。私は別に構わないので、先生に大人しく抱き上げられた。
シャーレの入口にはヴァルキューレの生徒が立っていた。それ以外にも、カンナの姿や武装展開している姿も見られた。まるでシャーレを防衛しているみたいだ。
『すごい厳重になってるね』
「まあ、いまここに色々な人が来てるからね。連邦生徒会も来てるし、ここが今のD.U.防衛の最重要拠点になってるから」
先生はシャーレのとある一室に入った。そこには部屋いっぱいに人が座っていた。見たことがある人もいるし、見たことない人もいる。
「ごめん。遅れたね」
「いえ、それでは先生も来ましたのでこれより作戦会議をします。先生もご着席ください」
残った椅子は一つだけだった。必然的に私は先生の膝の上に座ることになった。なんだか、周りの人からの視線がすごい集まっている。先生じゃなくて私を見ている。ちょっと怖いのだが。ハナコは「あらあら」と言って笑っているし、え、何。目が怖い。
「結論から申しますと――」
リンが発現してくれたおかげで、皆の視線は彼女に集まった。
「あの塔を二週間以内に破壊しなければなりません。現在キヴォトスに出現している六つの塔、今からこれを虚妄のサンクトゥムと呼称します」
「つまり偽物のサンクトゥムってこと? それならこの謎の超高濃度エネルギー体にも納得いくけど」
「こちらはセイアちゃん……ティーパーティとシスターフッドが協力し、古書館から発見したデータです」
ハナコが立ち上がり、全員に数枚の書類を渡した。私たちの所にも回って来た。先生がそれを持ちペラペラとめくった。細かい文字が並んでいるが、とりあえず色彩という単語が何度も出ていた。
「ティーパーティとシスターフッドが協力するなんて、今まで考えられなかったのですが、これも先生のおかげですね。えっとこちらのデータですが――」
ハナコが書類の内容を説明しだした。全員書類に目を落とす。私も一応書類を先生と一緒に読んだがちんぷんかんぷんだ。唯一分かったのが、あの塔は人を狂わせるという事だった。
「色彩? 人々を狂気に陥れる? 一体どういう話?」
ユウカもあまり分かってなさそうだ。
「ユウカちゃん、信じがたいのは分かりますが、これらはすべて事実です」
突然ノアの声が聞こえた。この場にいないのに一体どこから、と思ったがユウカのスマホからだった。
「今、エンジニア部があの塔を分析してくれていますが、そこから人の精神を錯乱させる信号を検知しました」
ユウカを含め、全員が押し黙った。セイアはスマホ越しに以前私たちも聞いた予言の内容を話した。予言の内容を疑う者はもう誰もいなかった。
「約三百時間、つまり約二週間後にはキヴォトス全域に色彩が広がってしまうということです。短期決着が望まれますね」
「それと色彩に触れてしまった人を戻す方法も見つけないとね」
「そうだな……私が口にできることは殆どない。しかし彼女であれば……百鬼夜行の大予言者クズノハ、彼女を探すべきかもしれない」
「にゃはははは。クズノハ、ですか?」
またこの場にいない誰かが口を開いた。この場にいない人も出席しているのは分かったが、一体この会議に何人出席しているんだ。
「――まあ、こちらに関しては後で二人でじっくり話し合いましょ、先生。ちょ~っと込み入った事情があるので……ま、重要そうですし何とかしてみましょう」
「ありがとう、ニヤ」
先生は知っているようだ。一体いつ知り合ったんだ。
「にゃはは。ではまた」
切れてしまった。ニヤとかいう生徒は結局声しか分からなかった。
「まとめますと、虚妄のサンクトゥムは二週間後に臨界点を向かえます」
「そうなったら」
「世界は終焉を迎える……全てが終わりですね」
「それを防ぐために虚妄のサンクトゥムを全て破壊する。シンプルな話ですね」
「二週間以内に、ね」
「虚妄のサンクトゥムは計六つ存在します。アビドス砂漠、D.U.近郊の遊園地、ミレニアム郊外の閉鎖地域、トリニティとゲヘナと境界、ミレニアム付近の新しい都市、そしてD.U.の中心地点」
『ここのは私がやるよ』
「レイヴンさんであれば安心して任せられますね」
「それでも一応D.U.の中心にあるサンクトゥムタワーが一番エネルギーが強いので、他の五つを破壊してから最後の六つ目を破壊するのがよろしいかと――」
「そうであればよかったのですが、実際はそう簡単には行かないようです」
ようやく会議が終わりに向かおうとしていたのに、また誰かが口を挟んできた。まだまだ会議は終わりそうにない。
レイヴンいけない! その座り方は戦争が勃発してしまう!
会議中ずっとレイヴンは先生の膝に座っているので事あるごとにレイヴンは嫉妬の目線を向けられるわけですね。
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あまねく奇跡の始発点編二章
62話
会議に飽きてきた。そもそも私が参加する理由ってなんだ。サンクトゥムタワーに出現した虚妄のサンクトゥムは私が壊すと宣言したので、それについての会議であれば私も参加する意味がある。だが、他の場所は知らん。私は上でお話をするお偉いさんではなく、現場で実際に動く下っ端だ。
「虚妄のサンクトゥムにそれを防衛する守護者の存在が発見されました。それらは全て以前キヴォトスで確認された奇怪な現象を元にしています」
ミレニアムの頂天才病弱美少女ハッカーなどと言う変な二つ名を自称したヒマリが、各自治区の守護者の名を挙げていくがどれもこれも分からない。
「うーん、そういう事か」
「先生はご存知の様ですね。各守護者を倒さなければ虚妄のサンクトゥムの破壊は叶いません」
『D.U.の守護者は?』
D.U.の中心に落ちて来た虚妄のサンクトゥムだけ名前が挙がらなかったので尋ねてみた。
「そちらについては不明です。まだ攻撃を仕掛けておりませんので守護者も現れていません」
「つまりは守護者を倒せばいいってことよね。シンプルなことに違いはないわ」
「六地点の同時攻撃ですか……連合作戦を想定する必要がありますね。すぐに準備しましょう」
「そうだね、時間も限られているし」
「ちょ、ちょっと待ってよ皆~」モモカがやる気溢れる全員に一度待ったをかけた。「やる気があるのは分かったけどさ、それ以外にもやることが沢山あるんだよ。各自治区の生徒や住民の避難場所の確保に、作戦期間中の治安確保もしなくちゃいけないんだよ。ゲヘナ、百鬼夜行、レッドウィンター、山海経、トリニティ、D.U.……いろんな場所から報告が上がってる。敵は守護者だけじゃないってこと」
「それについてはご安心を」どこからともなくナギサの声がした。「トリニティについては私たちが担当しましょう。本来は私たちの仕事ですので」
ナギサがトリニティ自治区の治安維持を申し出ると、各自治区からもそれぞれ治安維持を申し出る団体が相次いだ。この会議もしかしてキヴォトス全域規模で開催しているのかもしれない。
「大方まとまりましたね。私たちの目標はキヴォトス各地に現れた六つの虚妄のサンクトゥムを破壊すること。それに付随して、各自治区の避難や防衛を遂行することです。全ての作戦はシャーレの先生を中心に展開されます。全自治区の避難状況の確認やサンクトゥムの攻略……全て先生の方で確認してもらわなければなりませんが大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
先生は迷う様子もなく即答した。
「ひゃ~、先生も忙しくなるねえ」
先生は前々から忙しかったが、今回はベクトルが違いそうだ。
「そ、それでは皆さん時間をキヴォトス標準時刻に合わせてください」
皆がそれぞれ時計やスマホを弄りだした。私も慌ててスマホを開いたがキヴォトス標準時刻ってなんだ。どこで設定するんだ。時計か、時計アプリか。『キヴォトス標準時刻』という項目でもあるのか。
「標準時刻はD.U.基準だから、レイヴンは大丈夫だよ」
私が慌ててスマホを弄っていると先生が後ろから教えてくれた。なんか、ユウカの目が怖いなあ。顔の向きは下を向いているが、視線が確実に私を見ている。そのせいが酷く睨んでいるように見えた。
プロジェクターに虚妄のサンクトゥム攻略作戦と銘打ったボードが現れ、その下には最終臨界迄予想時刻とキヴォトス標準時刻が書かれていた。
「わ、私たちに残された時間はあと十四日と二十三時間五十九分五十九秒です」
「この時間内に虚妄のサンクトゥムを攻略しないといけないってわけね」
「は、はい。この時間内に作戦を立て、攻略を完了しなければなりません」
「分かりました。それではこれより、虚妄のサンクトゥム攻略作戦を開始します」
一同は解散した。先生も立ち上がり、部屋を出た。私はこれからどうすればいい、と先生に聞こうと思ったが、いろいろな生徒が先生に話しかけてきた。どれもこれも虚妄のサンクトゥム攻略作戦の相談ばかりだった。私はお姫様抱っこをされながら聞こえてくる話を右から左へ聞き流していた。そろそろ突き刺すような目線にも慣れてきた。
先生のオフィスに来てようやく質問をする生徒は居なくなった。私はようやく自分のしたい質問をすることが出来た。
『私はどうすればいい? このまま虚妄のサンクトゥムに攻撃する?』
「いや、D.U.の中心にある虚妄のサンクトゥムはまだ攻撃しないでおこう。当初の目的通りまず他の五つの虚妄のサンクトゥムを破壊してから。下手に攻撃して守護者を出してしまうと戦況がおかしくなるかもしれない。他の五つの守護者を聞いた感じ、ここの守護者も強力なものになると思う」
『じゃあそれまで私は何をすればいい?』
「レイヴンにはここの防衛をお願いしたい。守護者は出ていないけど、敵は出続けてるからね」
『分かった』
「でもそれよりも、車椅子を手配してもらおう。いつまでも僕が抱いてばかりだとレイヴンも不便でしょ」
『ま、そうだね。他の人の視線も怖いし』
「あ、もしかして恥ずかしかった? ごめんね」
『いや別にそういう訳じゃ。まあ、うん、そうだね。恥ずかしかったね』
あれは少なくとも奇異の目ではなかったな。何か恨みのようなものを感じた。このまま先生にお姫様抱っこされ続ける限り、そういう風に見られてしまうだろうから、私としても早く自分の意思で動けるようにしたい。
先生は私をソファに座らせてオフィスを出て行った。部屋の中一人になった。外から騒ぎが聞こえる。多分シャーレを防衛する準備でもしているのだろう。今の時刻は昼過ぎであるのに、外が真っ赤に染まっているせいか夕方のように感じた。
先生は車椅子を押しながらすぐに戻って来た。意外と早かったので、どこから持ってきたのかと聞いたら医務室からだという。シャーレにあるなら最初から用意すればよかったのにと思ったが、急いでいたのならしょうがないか。
「僕はこれから色々とすることが有るけど、レイヴンはしばらく休んでていいから」
『シャーレの防衛は?』
「まだ余裕があるし、ここにいるヴァルキューレに頼む。ACだと弾薬の消費も激しいでしょ?」
『そうだね、またミレニアムまで取りに行く必要があるかもしれない』
「ひとまず今日は休むといい。二週間しかないというけど、まだ二週間ある。今日だけで解決しなきゃいけないわけじゃない」
『分かった』
私はオフィスから出て行った。自分の部屋に戻ろうとしたが、興味本位で玄関まで行ってみた。いろんな人がいた。これだけの人がシャーレに集まるのを見たのは初めてだ。
外に出ようとすると、一人の生徒とすれ違った。さっき会議にいた人だ。名前は知らない。
『初めまして』
「ん……初めまして」
私は彼女に挨拶してみた。向こうは私が話しかけてくると思っていなかったのか、返すのが少し遅れた。
ここで新しいコミュニケーションを試してみよう。なるべく馴れ馴れしくしないように、礼儀正しく挨拶すればいい。
『レイヴンです。よろしくお願いします』
「ああ、知ってる。有名だから。私は鬼方カヨコ。別にそんなあらたまなくていいよ」
なんだ、折角柄にもなく礼儀正しくしたのに。
勢いで話しかけてしまったので、何を話せばいいのか分からなくなった。かといってここで別れるのもなんだか気まずいので何かしら話しておきたい。
『カヨコはどこの学園の生徒?』
「一応ゲヘナだけど」
ゲヘナか。あまりゲヘナには知り合いがいないな。
『ゲヘナの人とはあまり交流が無かった』
「そう? まあ、ゲヘナは変わり者が多いからね。あまり関わりを持とうとする人は少ないし。そういう人が居たらよっぽど変わり者だよ」
『じゃあ先生は変わり者になるけど』
「ああ、そうだね。確かに先生はとっても変わり者だね」カヨコは周りを軽く見ると、顔を近づけてそっと耳打ちをした。「れ、レイヴンは、その、せ、先生とはどういう関係なの?」
カヨコはそう言って顔を離した。僅かに顔が紅潮していた。
『なんでそんなこと聞くの?』
「い、いや、そのさっき先生の膝に乗ってたから、その結構仲がいい……」
最後の方はごにょごにょと言っていて聞き取れなかった。どういう関係と言われても傭兵とその雇い主でそれ以上でもそれ以下でもないのだが。
『犬と飼い主だけど』
「い、犬!?」カヨコは叫んだ。
さっき初めて言葉を交わした時、とても静かな印象を受けた。だからカヨコが叫ぶと、他の人よりもより大きく叫んだ感じがして、私は驚きのあまり肩を跳ね上げさせた。
「あ、ごめん」
『まさかそんなに叫ばれるとは思っていなかった』
「い、いやでも突然犬とか飼い主とか言ったら誰も驚くと思うけど」
『それはそうだけどね。カヨコまで大声で叫ぶとは思ってなかったの』
「ああ、そう……犬、犬か……ありがとう、参考になったよ。じゃあ私はこれで。作戦頑張ってね」
『うん、そっちも頑張って』
カヨコはひらひらと手を振って去っていった。参考になったと言っていたが、何か参考になるようなことを言っただろうか。犬としか言ってないのだが……考えても良く分からなかったので、私はそのまま先に向かった。
外に出ると、ヴァルキューレの生徒たちが慌ただしく動いていた。その中で人だかりができていたので、その中心に何があるのか遠目に見ていた。生徒の一人が動いたので、一瞬中心にいる何かが見えた。カンナだった。子ウサギ公園で寝かせられていたはずなのに、いつの間にここまで来たのだろう。聞いてみたかったが、何か話しているようなので、終わるまで待ってみることにした。
やがて、集団が解散した。カンナはどこかへ行こうとしたので、私はすかさず彼女の元まで向かった。車椅子を自分の手で動かすのは難しかった。車輪が思ったより重い。私の筋力では前に進むのも一苦労だ。
カンナが何気なしに、こちらを向いた。私に気づいたのが分かった。幸い彼女はそのまま私の元まで来てくれた。
「レイヴンさん」
『どうしてここに? 子ウサギ公園で寝ていたんじゃ』
「はは、少し寝たらすっかり回復しました。他の公安局の奴らが頑張っているのに、局長である私が寝ているわけにはいきませんので。RABBIT小隊の奴らには礼を言って、ここまで来ました」
『カンナは頑張ったんだから、もっと休んでてもいいのに』
「ええ、この騒動がひと段落したら休みますよ。カイザーが撤退したと思ったら、また別の敵が現れたのですから、今は休むにも休めません」
『カイザーいなくなったの?』
「ええ、あの黒い塔が現れたというものの、すっかり姿を消してしまって。逃げ足の速い奴らです」
『じゃあ、ヴァルキューレにいたカイザーも?』
「ええ、撤退しましたよ」
『じゃあ、私の車椅子取ってこれる?』
「ああ、そうですね。確かに、今ならレイヴンさんの車椅子も回収できるでしょう。急ぎますか?」
『出来れば。これだと移動がしにくくて』私は今座っている車椅子のひじ掛けを、ポンポンと叩いた。
「分かりました……あ、おい。そこのお前、ちょっといいか」
カンナは近くにいた公安局の生徒を一人捕まえ、手短に事を話した。その生徒は「分かりました!」と返事をすると、車両に乗り込み行ってしまった。
「恐らく……一時間後には届くでしょうから、それまで待っててもらえますか」
『ありがとう、助かったよ』
「いえ、レイヴンさんには恩もありますから」
『私何かしたっけ。それ先生じゃないの?』
「その先生を守っていただいてます。本来であれば警察である私たちが守るべきですが、いつも一番近くで先生を守っているのはレイヴンさんですから」
『そう。まあ、それが仕事だしね。じゃあ、私は行くね。カンナも頑張って』
「ええ、お互い頑張りましょう」
数日後、作戦が本格的に始動しだした。シャーレには複数のトラックが運び込まれ、地面の至る所にケーブルが引かれている。トラックの荷台に乗せられたコンテナには『SHALE CONTROL』と書かれており、それぞれナンバリングされている。何の車両か聞いてみれば通信用の車両らしい。通信網は回復したものの、虚妄のサンクトゥムのせいで再び通信障害が起きたようだ。自治区を超えた通信が困難らしい。トラックは計五台。コンテナも五つ用意されていた。
私はACやら、周辺機器やら、弾薬やらを全て裏手に移していた。裏ならトラックも回っていないのでケーブルも引かれていない。引っかかって転ぶ心配もない。
「第一から第五サンクトゥムまでの攻略準備は着々と進んでいます」
「防衛戦も順調です」
スマホから連邦生徒会たちの声が聞こえる。特別に先生を通じて指揮所の音声をそのまま流してもらっている。万が一、何かしらのトラブルがあった際、私が支援に急行する手はずになっているからだ。作戦では私の支援は必要ないことになっているが、実際の戦場では何が起こるか分からない。私はこのまま全作戦が終了するまでACに乗り続ける覚悟だ。
音声を聞く限り、私の支援が必要には思えない。作戦がいつ終了するかは分からないが、なるべく早く終わってほしいものだ。作戦が完了するまでACに乗り続けるとは言ったが、きついのはきつい。一体何日この狭い空間に捕らわれることになるだろう。
今すぐに出動することが無いなら少し体勢を崩させてもらおうか。足を伸ばしたい、とは言っても足は動かないのだが。片足ずつ持ってなるべく伸ばせるように調整した。コックピットが狭い。エンジニア部が作ったあのMTもどきのコックピットは広かったな。あの時は広いことに無関心だったが、今思うとあの広さがうらやましい。まあ、いままで日を超えてACに乗る事なんてなかったし、広さに恩恵を受けることも少ないだろう。
「思ってたより順調だから、もしあれなら降りて待機しててもいいよ」
『いいの? すぐに動けるようにしておいた方がいいと思ってたけど』
「攻略はともかく、防衛戦にはそれぞれの自治区で最大数の戦力が当たっている。今からずっと待機しておくのも大変でしょ。もしもの時はすぐにお願いするし、万全の用意だけしてくれてたらいいよ」
『そう。ならお言葉に甘えて、外で待機するよ』
結局私はACから降りて、外で待機することになった。
このあたりの時系列が良く分からないんですよね。順番に防衛および、攻略を行っているのか、同時にすべてのサンクトゥムに手を付けているのか、日は跨いでいるのか……
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63話
今回調整用に少し長くしております。
支援要請も無いので、ぼーっと空を眺めていた。先生たちはとても忙しそうだ。スマホから流れる音声は絶えない。ずっと何かしらの報告や先生の指示が流れている。シャーレの中は忙しそうなのに、一歩外に出て見れば静かなまま何も仕事していない自分がいた。
暇だなあ、と思った。でもすぐに先生たちのことを考えて、暇だとか思ったらいけないかな、と考えを改めた。
「お? シャーレのレイヴン様が一人こんなところでぼけっとしてやがるぞ?」
突然誰かが話しかけてきた。知らない声だ。なまじ有名になってしまったせいで、相手が一方的に私を知ってることが増えて困る。ルビコンでもそんな感じだったな。
空から視線を下すと、スケバンたちが私の前で仁王立ちしていた。知らない声じゃなかったな。何回も聞いた声だ。街の治安維持の際に何度も衝突してる。何度会っても態度を崩さない困ったやつらだ。
『一体何の用。今日はしばく余裕ないんだけど』
「シャーレが大変だって小耳にはさんで来てみれば、なんだ、レイヴンが暇するぐらいかよ。来て損したぜ」
『混乱に乗じてシャーレを乗っ取りにでも来たの?』
「あ? いや別に」
『じゃあなんでここに』
「シャーレが大変っていう噂を聞いて来てみればそうでもないじゃない」
また誰か同じようなセリフを吐いて近づいて来た。そちらを向けば今度こそ知らない奴らが、大勢を引き連れてやって来た。全員ヘルメットを着けていて、スケバンよりも組織的なものを感じる。見た目からしてスケバンと同じ不良軍団だろうが。
「おうおうおう、一体誰の許可取って私たちの敷地に入ってきてんだ!?」
『いやここシャーレの敷地』
「ここがてめえらの敷地? そんなわけないでしょ。お前らの許可なんか取る必要ないわ」
『まあ、そう。まあそうね』
「ああ?」
「おお?」
スケバンの一人とヘルメット集団のリーダーらしき奴らが眼を飛ばしあう。それに習って後ろにいた奴らも互いに眼を飛ばしあう。一触即発の状況だ。関係ないところでどうでもいい争いが起きようとしている。しかもシャーレの敷地内で。やむを得ないのでACに乗り全て処理しようと思った時、スマホから危機迫った声が聞こえてきた。
「うえぇぇっ!?」
「ど、どうしたんですかモモカちゃん!?」
「しゅ、襲撃! シャーレ周辺に襲撃! い、いつの間にこんな!」
その声と同時に襲撃の合図と言わんばかりにどこからともなく甲高い鳴き声が聞こえた。スケバンとヘルメット集団もスマホから聞こえた声に、眼の飛ばしあいを中断してスマホの声に集中している。
「レイヴン!」
『分かってる。すぐに対処する』
そうこうしているうちに襲撃に来たロボットたちがどんどん姿を見せている。
「後門の防衛は私たちに任せな! 丁度暇してたんだ!」
「こわーいお姉さんたちの実力見せてやるぜ!」
「だてに突っ張ってねえんだよ、こっちはよお!」
スケバンの一人が、叫んだ。それに続いて他のスケバン達もロボットの前に立った。
「ヘルメット団、全員集合!」
ヘルメット集団、改めてヘルメット団のリーダーらしき奴が号令をかけた。彼女の号令に他のヘルメット団は素早く集まった。
「ま、そういうこと。ヘルメット団幹部河駒風ラブ、助太刀しようじゃないの! お前ら武器を持て! ほら、シャーレを救うんだよ! 全員突撃!」
ラブの合図に合わせてヘルメット団全員がロボットに向かって突撃していった。あいつら結局シャーレを助けに来たのか。まあ、シャーレが大変そうだから来たって言っていたし。シャーレ、というか私は良くスケバンやら不良たちをしばいていたのに、私が所属するシャーレをわざわざ助けに来るとは先生も愛されているな。
不良集団に遅れを取るわけにはいかない。私も急いでACに乗り込んだ。
『メインシステム戦闘モードを起動』
レーダーには無数の赤い点が現れる。現状視界内に見える敵よりもずっと多い。手早く処理しよう。シャーレに一歩たりとも踏み込ませるわけにはいかない。
前線は不良共に任せておいても大丈夫だろうか。少し心配だが、あれだけ数がいればそうそう崩れることは無いだろう。私は奥に行って後方から叩くことにする。
屋上をつたいながら襲撃の規模を計っていたが、とてつもない数だ。本気でシャーレを落とそうとしているのか。狙いは何だ。先生か、それともシャーレが虚妄のサンクトゥム攻略作戦の指揮所だと知ってのことか。どちらにせよ案外こいつらに知性があるというこった。
恐らく最後方だと思われるところで、背の高い敵影を確認した。どこかで見たことあるやつだ。あれがこの襲撃のボスだろうか。
ボスの前に下りると、当然取り巻きも一緒にいた。ゲームと同じように、接敵してから雰囲気を醸し出す間はない。敵を確認したら即刻戦闘に入る。
周りの敵を掃討してからボスを倒そう。取り巻きの攻撃は全く痛くないが、ボスの攻撃が少々厄介だろうか。腕を振ると不気味な色合いの弾が飛んでくる。ビル街のために横に避けるには狭い。だがビルの屋上を使って簡単に後ろを取ることもできる。
戦っている間に思い出した。どこかで見たことあると思っていたが、こいつ古聖堂の前で戦った奴だ。雑魚かったな。あの時のようにハイな状態で戦って周りのビルを壊すのもあまり良くないので今回は少し落ちいついて戦おう。
そこの小道に取り巻きが入ったな。右側はもう壊滅だし、左側に注力するか。ボスが攻撃してきそうだ、飛んで避けよう。いや、もうボスを直接叩くか。そんなに強くないし、周りの攻撃も痛くない。むしろ道路の真ん中に居座られて邪魔だ。
三発撃った。左の脇腹と右肩、そして頭に当たった。ボスは大きくのけ反ったが、すぐに体勢を戻した。これぐらいじゃ死なないのか。前回はもうちょっと楽に倒せた気がするが、流石にこれほどじゃなかったか? 私は急接近してブレードを差し込んだ。多少抵抗があったが、力強く押し続けると刃が貫通した。そのまま引き上げると、ボスは胸から上が真っ二つに裂けた。そのままうなだれるようにして消えた。
よし。敵の一番の戦力は消した。ここからは殲滅戦だ。さっき路地裏に逃げた敵を全て倒してから前線に向かいながら殲滅しよう。
殲滅戦は楽、いやそれ以上かもしれない。適切な表現な表現が思いつかないが、とにかく楽なのだ。レーダーで敵を見つけて、銃弾を撃ち込むだけ。楽な仕事だ。金はもらえないが。
敵は一体どんな心情だろう。突然ACが現れ殺される。恐怖だろう。敵に心情があるかどうかは置いておいて、私は怖いと思う。圧倒的力を持って、それを自分たちを殺すために使うのだから。ホラーゲームのプレイヤーってこんな気持ちなのだろう。
レーダーから一塊ずつ赤い点が消えていく。大きな塊だった点もシャーレに近づくにつれまばらになっていった。ヘルメット団とスケバンが共闘している音が聞こえるころには点がまばらに存在するだけだった。一個ずつ探し当てては銃弾を撃ち込んだ。
最後の一つを探していた。多分このビルの向こうだ。そう思って屋上に飛び上がる。それと同時に点が消えた。自滅した? ありえない。私はのぞき込んだ。人が一人いた。ヘイローが浮かんでいるのでキヴォトスの生徒らしい。だが見たことが無い。制服も見覚えが無い。彼女は私を見上げると、すぐに消えてしまった。
ようやく点がすべて消えた。改めて確認してもレーダーには何も映っていない。私は早速先生に報告した。
『裏手の敵を全て倒したよ』
「ありがとう。助かったよ」
『まさか他の自治区よりも本拠地の方が支援が必要になるとはね』
「レイヴンがいてくれて良かったよ」
『他の自治区の支援が不要そうなら、私はこのままシャーレの防衛に注力しようと思うけど』
「そう……そうだね。うん、そうしてもらおうかな」
『ん、じゃあ定位置で待機してる』
シャーレへの襲撃はその後も不定期に行われた。そのたびに私は迎撃に向かい、そのたびに不良共は私を手伝った。
攻略準備が終わった。結局あれからまた日にちが経った。空は赤く染まったきり、何も変わらない。朝か夜かさえも分からない。スマホを見ればいつの間にか日をまたいでいるのだ。
防衛戦が完了したと聞いた時、そのままサンクトゥムの破壊に行くと思っていたが、攻略準備のための準備が終わったようなものと言われた。守護者を倒すにはそれなりの作戦が別に必要らしい。D.U.に関してはぶっつけ本番みたいな扱いになっているが、まあ私がいるから大丈夫とでも思われているのだろう。
私はシャーレ防衛の傍ら、先生たちの声で戦況を把握していた。そして今から総攻撃のカウントダウンが行われるらしい。
「お時間です、リン先輩!」
「分かりました。それではカウントダウンを開始します」
リンはゆっくり数字を読み上げる。緊張感が生み出された。
「――三……二……一……総攻撃開始!」
「タイマースタート! 攻略終了まであと二十三時間五十九分五十九秒です!」
ついに攻略が始まった。とはいってもD.U.以外のサンクトゥム攻略のため、ここは静かなものだ。
サンクトゥム破壊までの時間は数時間を予定しているらしい。五つのサンクトゥムを破壊したのちすぐに、最後のサンクトゥムの破壊に着手する。今のうちに乗っておこう。
中継が無いのが残念だ。先生たちもあまり状況を報告してくれないので、どういう状況なのか分からない。だから私は機体の中でひたすら私が呼ばれるのを待つしかない。
不良共の会話を聞きながら、同時に静かすぎる機体の中で耳鳴りも聞こえながら、時折発せられる報告に耳を傾けて数時間。突如守護者撃破の報せが聞こえてきた。
「第一サンクトゥム、守護者を撃破しました!」
「第三サンクトゥムも守護者撃破したって」
それから数分間隔で守護者撃破の報せが入ってくる。二十分以内に五つのサンクトゥムの守護者が撃破された。三十分後には破壊完了の報せも入った。
「よし、これで五つのサンクトゥムの攻略は完了! 残るはD.U.中心のサンクトゥムだけ!」
「はい。それではシャーレの全戦力を投入します」
「うん、レイヴン。聞いてたよね。レイヴンを中心に戦力を展開させるよ」
『うん。分かった。私が中心っていうのがちょっと嫌だけど』
「そこは頼むよ。レイヴンが一番ふさわしいんだ」
『私がシャーレだから?』
「そう」
「待ってください!」
突然制止を呼ぶ声が聞こえた。私は前進させようとする腕を止めた。
「D.U.シラトリ区から巨大なエネルギーを検知しました!」
私は急いでサンクトゥムの方を見たが、これと言って変化は見られなかった。
「リン先輩、こっちもやばい。破壊したはずの五つのサンクトゥムが」
「これは……破壊したはずのサンクトゥムタワーが復活している?」
「そんな。今までの攻撃は無意味だったのでしょうか」
スマホから流れる音声を聞きながらサンクトゥムを観察していると、サンクトゥムの近くである点が現れた。それは空中に舞った塵のように見えたが、それは次第にブラックホールのような様相を持ち始めた。そしてそこから何かが現れだした。足の方から出現するそれは出てくるたびにありえない物だと分かる。あれは――
「レイヴン、そのまま最後のサンクトゥムを攻略してくれ」
『大丈夫? 何か大変そうだったけど』
「大丈夫、何の問題も無い。現れた守護者を倒して虚妄のサンクトゥムを破壊するんだ」
『分かった』
私は動いた。たった今現れた守護者――ペロロジラ、たしかそんな名前だったあれを倒しに全速力で向かった。
ペロロジラか、そういや最近ヒフミから映画に誘われていたっけ。生返事しただけで行くかどうか決めていなかったな。まあこの状況じゃどっちみち映画なんて見れないだろうけど。
ペロロジラが目からビームを発しているのを見た。それによってミサイルが迎撃されたのも見た。さながら本当の怪獣映画の様だ。ペロロジラと相対したとき、奴は問答同無用で私に襲い掛かって来た。警告音が鳴り、その場から飛び上がれば、直後にビームが通り過ぎる。ハンドガンで牽制しながら距離を取ったが、当たったところで効いているようには見えない。
突然ペロロジラは悶えだした。効いていないと見せかけて実は効いていたのか、そう思ったのも束の間、奴は口から何かを吐き出した。複数のその何かは放物線を描いて落ちた。それはペロロだった。私はその軌跡を追った。すると私の足元に誰かいるではないか。それはヒフミとアズサ、後は知らない三人に何時しかドラッグストアで会った人だ。思いがけない再会となったが、それを嬉しく思う暇はない。ここだと間違ってヒフミたちを踏みつぶしてしまう可能性がある。
私は早々に飛び上がった。その瞬間を狙ったのか、途端に警告音が発せられる。少々意表を突かれたが、問題はない。私は横に避けた。しかし、次の瞬間視界が急激に動いた。私は混乱し、受け身すら取れなかった。ようやく止まった視界は横になっている。何が起こったのか分からなかったが、それよりもペロロジラの手? ヒレ? が降りかかっている。私は咄嗟に腕で地面を押しのけた。寸でのところでビルは押しつぶされてしまった。少々高さがあったビルの様で、私は尻餅をついてしまった。
多分回避した時に足が引っ掛かってしまったのだろう。何とか理解できた。
ペロロを処理したヒフミたちがペロロジラに攻撃を加えている。私はハンドガンでちまちま体力を削るのは悪手であると感じ、ブレードによる短期決着を望んだ。飛び上がってからアサルトブーストで急加速する。ペロロジラはビームで以て迎撃するが、私はそれを避け、蹴りをかました。勢いで後方に下がるペロロジラに追従し、私はペロロジラを二回袈裟切りにした。
ペロロジラは顔を上げ、大きく悶えた。だがまだ倒れない。数秒のクールタイム。ハンドガンを接射して時間を稼いだ。そしてクールタイムが終わると、今度はチャージして一刀両断するように袈裟切りにした。ペロロジラはもう一度悶えあがり、目を×にして座り込んだ。
『ペロロジラを倒したよ』
私は早速先生に報告した。お礼の返事が来るかと思いきや、実際に返ってきたのは全く別の言葉だった。
「気を付けてレイヴン! 他のサンクトゥムからエネルギーが集まってるみたい!」
その言葉の意味を理解するよりも先に、目の前でその結果が見えた。活動を停止したはずのペロロジラが再び立ち上がり、なおかつその大きさを増しているのだ。終いにはそこらの高層ビルよりも高く、超高層ビルに並ぶほどの巨大な姿に変貌した。ACでさえも見上げるほどだ。
警告音が鳴った。ペロロジラの両目が怪しく光る。これほどの巨体から発せられるビームがどれほどの大きさになるのか、私はすぐに飛びあがった。直後、足元にビームが流れるが、それは私を追っている。ペロロジラが目線を動かす方がよっぽど早い。寸でのところで射線から外れることが出来た。
『ちょいちょい、ちょっとこれ無理だって。でかすぎる。どうすればいい先生』
通常のペロロジラだって、ハンドガンではダメージにならないのに、これほどの大きさだとパルスブレードでも通用するか怪しい。先生に助けを求めたが、返ってきたのは別人の声だった。
「突然申し訳ありません。こうして言葉を交わすのは初めてでしたね、レイヴンさん」
『誰?』
「あら、先日の会議にも出席していたのですが、覚えていないですか?」
『ちょっと今そんな余裕ない』
絶えずなり続ける警告音に、飛んでくる極太の二本のビーム。とてもじゃないが避ける以外に脳のリソースを割けれない。
「それは失礼しました。私は頂天才病弱美少女ハッカーの明星ヒマリと申します」
『ああ、あの何言ってるか良く分からない……何の用? 茶化しに来たのなら消えてほしいんだけど』
「単刀直入に言いますと、今からあなたを大きくします。厳密にいえばその機体を、ですが」
『でっかくする? そんなことできるの?』
「ええ、今なら可能です。その巨大怪獣にも対抗可能ですよ」
良く分からない話だ。機体を大きくする? 物理的にか? どういう原理で……駄目だ、考える余裕がない。
「先生からも大きくするならぜひレイヴンさんを、という事です」
『分かった。どうすればいい』
「今から送信する座標まで来てください。そこで照射します」
スマホの通知が送られた。だから避ける以外に何もできないのに、スマホを見ている余裕はない。そう思っていると、スクリーン上にマーカーが現れた。ああ、あそこか。と言うか照射とはなんだ。
考えてもなにも分からないので、私は大人しくマーカー地点に向かった。ここから約十キロほど離れた場所だ。
マーカー地点にやって来た。私はそのことをヒマリに伝えた。
「はい、こちらでも確認しました。いいですか、そこから動かないでくださいね。外れますので」
『は? 一体どういう――』
はるか彼方から青い光が見えた。そう認識したかと思えば、私は青い光に飲み込まれていた。
次回ですが、ちょっとやりたいことがあるので投稿が遅くなると思います。どうか待っていただけると幸いです。
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64話
何とか書けました。多分今回はうるさいです。いや、私はちゃんとうるさくできたでしょうか?
超巨大なペロロジラに対して僕たちはただ茫然と見ることしかできなかった。ヒフミたちが現場で戦っているが、ペロロジラには全く効いている様子が無いという。僕はヒフミたちにすぐその場を離れるように言った。モモカによるとペロロジラは針路をシャーレに向けているらしい。このままでは僕たちはペロロジラに押しつぶされてしまう。
アユムが僕に逃げるように言った。だが僕は退くわけにはいかない。アユムたちはどうするのかと聞けば、ここに残って最後まで指示を行うというのだ。生徒を置いて僕一人だけ逃げるわけにはいかない。
頼みの綱はレイヴンだけだ。きっともうすぐ来てくれるはず――
「つ、通信です! レイヴンさんからです!」
「え、そっちに!?」
レイヴンとは僕のスマホを通じて話していたはずだ。シャーレに直接つなぐなんて。
「と、とりあえずレイヴンと通信を!」
「はい、通信開きます」
「レイヴン――」
『時は来たれり、大日本帝国海軍はこれより太平洋における最大の戦力と対峙することになる。我々の次なる任務はこれを占領することである』
『いや、状況を理解されていないようですが、我々はすでに遅れています』
『何?』
「れ、レイヴン?」
スクリーンに映し出されるのはレイヴンからの通信。彼女は声が出ないので文字で会話する。しかし、今スクリーンに映し出されているのは本当にレイヴンからの通信だろうか。いつもの彼女と口調が違う。加えてまるで会話しているようなフレーズまである。
「え、これ本当にレイヴンから?」
「は、はい。確かにレイヴンさんからの通信です」
『先生。ヒフミたちを下げて。後は私が……いや私たち六百二十二人でやる』
「レイヴン!? 一体これは、六百二十二人って?」
『今私の後ろには六百二十一人の兵士がいる。力を合わせてあのペロロジラを倒す』
「だ、誰なのその六百二十一人って!?」
『吉田で――』
機体の中で銃声が聞こえた気がした。幻聴かと思ったが、先生が慌てて銃声のことについて聞いて来たので、どうやら幻聴ではなかったらしい。私は『幻聴だよ』と言っておいた。
『おい、今のは海軍が発砲した音だと思うか?』
『いや、嵐の雷鳴だろう』
『衛生兵ー!』
『あー、やっぱり六百二十一人で倒すよ。じゃあ先生行ってくる』
「え、あ、う、うん頑張って」
『行くよ、皆』
『了解!』
『お前ら戦闘配置についてください』
巨大化のために戦線を離れていたが、ようやく戻ることが出来た。巨大化により、速度もそれなりに早くなっている。ペロロジラは私に目もくれず進んでいるが、その先にはシャーレがあった。
『ありゃなんやあ!?』
『敵の潜水艦を発見!』
『駄目だ!』『駄目だ!』 『駄目だ!』『駄目だ』『駄目だ!』『駄目だ!』
『駄目だ!』『駄目だ』 『駄目だ』 『駄目だ』『駄目だ!』『駄目だ!』
『超巨大ドリルレーザー戦艦シュトールアラハバキ接近』
『ちがぁう!』
『ちくしょう、なんて言ってやがるんだ』
『あれはなんやあ!?』
再び誰かが何かを発見した。それを強調するかのようにマーカーも示された。あれは……ヒフミたちだ。先生の指示を受けて退避しているに違いない。だが、ペロロジラはヒフミたちに対してビームを撃とうとしている。
『あれは味方だ!』
『味方を援護せよ!』
『りょーかーい!』
『バイノハヤサデー!』
『わあああああああああああああ!』『いやああああああああああああああああああ!』
『わああああああああああああああ!』『わああああああああああああああああ!』
アサルトブーストを使った途端勇ましい掛け声が四方八方から飛び出し、喇叭の幻聴まで聞こえてきた。鼓膜が破れかねない程の轟音に私は耳を押さえそうになった。
『やかましくてかなわん』
『俺は攻撃を行う!』
『援軍が到着しました』
間一髪ビームを撃つ寸前のペロロジラに蹴りを入れることが出来た。アサルトブーストで加速した分、ペロロジラは近くの高層ビルを突き抜けてさらに奥のビルに激突した。
『一撃必殺だ、見たか!』
『一丁あがり!』
『よく見ろ!』
ペロロジラは依然として立っており、早くも体勢を立て直そうとしていた。
『こちら小隊長から大隊へ、砲撃支援を要請します。座標は、東経一〇五・北緯二〇・地点ロの二、繰り返す地点ロの二』
『砲兵隊、目標の座標はここだ』
『こちら大隊から小隊長へ、今後の砲撃支援は出来ません☆』
『ばかもの! 貴様ら何一つまともにできんのかあ!?』
『いや、そもそも砲撃支援してくれるところが無いよ。戦ってるの私たちだけなんだから』
『あ、失礼』
『砲手、準備完了』
『キツツキでなぎ倒せー!』
私はハンドガンを構えた。ペロロジラは避ける様子が無い。寧ろこちらに突撃しようとしている。私はひるまず引き金を引いた。当然避ける気が無いのだから弾は全弾命中した。
『奴さん射撃の的になりたいようです!』
『撃ち続けろ! 足止めするんだ!』
日本兵たちも私を鼓舞してくれている。私は引き続き撃ち続けた。しかし、ペロロジラは何発被弾しようともひるむ気配がない。
『あれ?』
『射撃、無効』
『目標はダメージを受けませんでした』
『危なーい!』
もう避けるには引き付けすぎた。防御するしかなかったので、腕をクロスさせて、ペロロジラの体当たりに耐えることにした。ペロロジラと衝突すると、強い反動を感じた。コックピットも大きく揺れた。衝突した後もペロロジラは強く押してくる。片足を後ろにやり、ペロロジラとの押し合いが始まった。
『一歩も引くな!』
『押されているぞ、気合を入れろ!』『反撃しろ!』
『反撃ったって、このままじゃ何もできない!』
『横から突撃しろ!』
『む、無茶言わないで』
押し合いのまま膠着した。互いに引けを一歩も譲らない状況で、数分経ってしまった。すると光の大剣が勝手に動き出した。
『ロケット弾準備完了』
『砲手準備完了』
『は、待って、それはロケット弾じゃ――』
『俺の弾を喰らえ!』
私の制止も聞かず、光の大剣はレーザーを放った。レーザーはペロロジラの右上を焼いたが、それ以上にはみ出た部分が、ビル群を貫いてしまった。幸い位置が高かったので建物を薙ぎ払うような事態にはならなかった。
『ばかもの!』
『あほか!』
『何をしている!』
『これ以上の失態は許されないぞ』
『すまん、悪かった』
しかし怪我の功名か、おかげでペロロジラはたまらずのけ反った。すかさず私は更に押しのけてペロロジラとの距離を取った。
『どうしよう。ハンドガンじゃ効果が薄いし、光の大剣じゃ周りへの被害が大きすぎる』
『突撃せよ!』
『前進あるのみ。いいか。攻撃!』
『突っ込めってこと?』
『着剣せよ!』
『まじかよ~』
『ハンドガンも光の大剣もダメってなったらそうするしかないか。もしくは効果があると信じてハンドガンで攻撃し続けるか』
私はハンドガンの引き金を再び引いた。相変わらずダメージが無いように見える。弾が発射されなくなった。マガジンを一つ撃ち切った。
『装填開始!』
『装填中!』
『装填完了!』
ペロロジラは目を怪しく光らせだした。紫色の光はどんどん集まる。ビームを打ち出すに違いない。機体が攻撃を感知する前に私は回避軌道に移った。そして数秒後に警告音が鳴った。
『危なーい!』
『矢を避けよ!』
前もって回避軌道に移っていたおかげで避けることが出来たが、巨大化の影響で動きが鈍足になっている。
『動きが遅いな。慣れるのが先か、やられるのが先か』
とは言え、慣れるまでの時間があるとも限らない。ヒマリによれば巨大化できるのは三分間のみ。後どれだけ時間が残っているのか分からないが、短期決着をしなければならないのは確実だ。
『仕方がない。やるか』
『準備はいいかあ!?』
『皆殺しにしてやる!』
『お国のために』
『いざ参る!』
ビームが途切れた瞬間、私はペロロジラに接近した。ペロロジラは多少後退したが、その程度で私から逃げられると思うな。私はブレードを引き抜いた。
『着☆剣! 着☆剣!』
二回ブレードで薙ぎ払った。バツ印の傷がペロロジラに刻み込まれる。これは流石に効くだろう、そう思ったのも束の間、異変が起こった。巨大化する前なら大ダメージで悶えていたはずのペロロジラがひるみすらしない。それどころか、またすぐに目が怪しく光りはじめた。
『まずい、ひるまない!?』
このままひるんだところにルビコン神拳やハンドガンを接射しようと思ったが、私の目論見は完全に外れてしまった。そうこうしているうちに警告音が鳴り始めた。私はすぐに避けようとした。しかし、左右がビルで阻まれていることに気づいた。横に避けられないなら、上に逃げるか? いや、もう時間が無い。なんでこんな状況に。
『まさかはめられた!?』
『危なーい!』
『矢を避けよ!』
『やめろ、俺は味方だ!』
『俺を撃つな!』
『お願いだ、撃つな、撃たないでくれ』
日本兵の懇願もむなしく、ビームは放たれた。そしてそれは私の機体に真正面から命中した。コックピットの直撃は防いだものの、甚大な衝撃が伝わった。押されに押されて、何百メートルか後方のビルに直撃した。機体は経ち状態を維持できずに座り込んでしまった。
『いやああああああああああ!』
『艦首に被弾!』『艦尾に被弾!』
『艦首大破!』『艦尾大破!』
「ア゛っ!?」
衝撃で後頭部と前頭部を強くぶつけた。声は出ないと思っていたが似た何かが口から漏れた。ひどい頭痛と共に、視界のほとんどが黒く染まった。体を動かそうにも動けない。腕も垂れ下がれ、前にうなだれたまま、目だけが動いた。ペロロジラがゆっくり近づくのが見えた。
『車長が負傷しました!』
『車長がぼーっとしています!』
『お前ら、準備はいいか。反撃しろ!』
『お前ら死ぬなよ。攻撃だ!』
『かかれ! 目標を押さえろ』
機体の腕が勝手に動きハンドガンを撃っていた。しかし機体自体は動いていない。
『衛生兵―!』
『誰か、医療箱を!』
『衛生兵はいないか!? 助けてくれー!』
私は日本兵たちの幻聴をぼーっと聞いていた。ペロロジラがこちらに迫っているという危機的状況、それは日本兵たちの会話からも分かることだ。しかし頭をぶつけたせいか、何も考えられない。
『直ちに守れ!』
『あかん、ここを死守するんや!』
『ウテウテウテエ』
『中尉殿、次のご指示をお願いします』
『殿、ご指示を』
『敵は右側です』『敵は左側です』
『あれ、敵を見失ってしまいました』
『ばかもの!』
また一際揺れた。ペロロジラがヒレで攻撃したのだ。機体の中が一段と騒がしくなる。
『右舷に被弾!』
『右舷大破!』
『ダメダ、コレイジョウテキヲオサエラレナイ。テッターイ』
『逃げろー!』
『隠れろー!』
『・・・---・・・』
『警告する。貴様は戦いから逃れようとしている。逃亡者は銃殺される』
『それだけはご勘弁を』
少しずつ意識が戻ろうとしている。指先が動かせるようになり、だんだん思考も戻って来た。今は何とかこの状況を変えなければ。
『工兵来てくれー!』
『金田ぁ!』
『ただいま参りまーす!』
ペロロジラがまたビームを撃とうとしている。機体の中は日本兵たちの絶叫で満たされた。逃げようとする者、逃亡者を銃殺しようとする者、徹底抗戦を乞う者、私の指示を乞う者、機体の修理に奔走する者。いずれにしろ、日本兵たちは武装は動かせるが機体の操縦は私でないと無理らしい。どうする、絶体絶命のこの状況、覆す手段は……ある。ただ一つ、だがそれを実行するには時間が足りない。
『砲手準備完了』
『ロケット弾準備完了』
まさかクールタイムが終わったのか? あれは一度撃つと多大なクールタイムが必要だというのに。これが日本兵、否、大和魂の力だというのか。
私は力を振り絞り、何とか右腕を動かした。ゆっくり、感覚がほぼないが、かすかな感覚を頼りにトリガーに手をかけた。だが、指に力が入らない。トリガーを押すことが出来ない。いくら力を入れようとも、それ以上動きはしない。
『お願い……代わりに動かして』
私は最後の手段をとった。機体の中にいるはずの彼女に助けを求めた。別に私は彼女に動かしてもらうことを嫌がってはいない。だが、彼女はこれだけ私が追い詰められていても手を貸そうとはしていない。彼女が一体どういう思考回路で動いているのか分からないが、別の機体があれば助けてくれるが、私の機体を動かそうとしないのだ。
こうしている間にもペロロジラは機体に攻撃を加え、日本兵たちの絶叫が響き渡る。
『AP残り五十パーセント』
『いいの、動かして』
『今は……無理、だから。お願い』
『そっか、分かった』
トリガーが勝手に動き出した。そして沈みこんだのが分かった。ぼんやりとした視界の中、青い光が見えた。それはすぐにスクリーン一杯に広がった。
『ロケット弾発射!』
『ばーん』
レーザーが放たれた。それはペロロジラの顔面を飲み込み、空高く上った。レーザーを喰らい、ペロロジラは流石に大きく後ろへのけ反った。
『目標に命中!』
『奴さん思い知ったか!』
機体が動き出した。私は勢いで後ろに下がり、背もたれにのしかかった。操縦桿からは手を投げ出しているが、勝手に動いている様が見えた。
『私が代わりに指揮を執る』
『車長が戦闘に復帰しました!』
『我々はかつてこれより惨憺たる事態を乗り越えてきた』
『大和魂を見せてやる!』
『準備はいいか?』
『着剣!』
『着剣せよ!』
『了解!』
『元からそのつもりだよ』
機体が前方に踊りだした。私はただ事の成り行きを見ることしかできない。
ブレードを出現させた。ペロロジラに衝突せんばかりに接近すると、ブレードで大きく薙ぎ払った。
『いくぞ!』
『着☆剣』
ブレードはペロロジラを一刀両断した。さっきとは違い、ペロロジラは大きくのけ反り、悲鳴のようなうめき声をあげた。腹にまで響くような轟音だ。
『まだだ。まだ倒しきっていない、トドメを刺すよ』
機体は更にもう一歩踏み出した。未だうめき声をあげるペロロジラに激突した。
機体の排熱機構が開いた。真っ赤に焼けるジェネレーターよりも更に赤い光が生まれる。
『大和魂を見せてやる!』
『ばんざあぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああいいいいいいいいぃぃぃ!!!』
絶叫と共に、真っ赤な光が機体を中心に半径数百メートルを飲み込んだ。とても、とても美しい赤色だった。素晴らしい大和魂だ。大和魂は味方を鼓舞し、敵を打ち砕く。それを今まじかで見ることが出来た。
ペロロジラは大きくのけ反ったまま、主に着剣でつけられた真一文字の傷跡から光が漏れた。そしてそのまま巨大な光の柱となって消えた。
『日本の勝利である(大本営発表)。帝国海軍の輝かしい勝利は歴史に刻まれるであろう。大日本帝国に栄光あれ!』
『ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい! ――』
機体の中で日本兵たちの万歳が聞こえる。しかしそれと同時にスクリーンに映し出される視界がどんどん低くなるのが分かった。時間なのだ。視界が低くなるにつれて日本兵たちの声は小さくなっていく。六百二十一人の兵たちが消えようとしている。私は力を振り絞り、彼らが消えてしまう前に一言呟いた。
『万歳』
語録集からセリフを選ぶのは大変でした。時間がかかったのはそのせいです。でも書いてて楽しかったです。セリフを読みながら想像してるのですが、とてもうるさかったですw。
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あまねく奇跡の始発点編三章
65話
ペロロジラも消え、日本兵も消えた機体の中は恐ろしいほどに静かだった。ところで日本兵ってなんだ。誰だ一体。大日本帝国ってなんだ。そんな国聞いたことないぞ。さっきまでさも当たり前のように接していたが……コーラルに中てられ過ぎたのかもしれない。
彼女は機体の操縦を続けた。近くのビルに背中を預ける形で座り込ませると、ついに操縦を止めた。
『強化人間C4-621通常モードへ移行』
体から緊張が抜けた。しかし私の体は依然として言うことを聞かない。頭はまだ痛いし、口から血が入り込んで頭から出血しているのが分かった。
スクリーンには丁度虚妄のサンクトゥムが見えた。それから微かに爆発も聞こえた。まだ戦闘が行われているのだろうか。なら私も行かなければ。先生にリーダーを任せられたのだから、全うしなければ。
私はやっとの思いで腕を上げたが、またすぐに落ちた。ベチッと情けない音が聞こえた。
『無理しないで』
彼女からのメッセージだった。彼女はそれ以上に送ってこなかった。私はそれを見て諦めた。
ひどい耳鳴りを聞きながらサンクトゥムを見ていた。それと破壊されつくしてしまった町の様子も。ここはどこだっただろうか。先生の仕事に着いて行ったりしてD.U.のほとんどは回ったはずなのだが、今私が何処にいるのか全然わからない。私がビルなどの建物で場所を覚えていたのが良く分かる。
動けない体と動かしたくない視界でサンクトゥムタワーを眺めていたが、一際大きな爆発と僅かに爆炎が見えたかと思うと、サンクトゥムタワー全体に亀裂が入って塵と化してしまった。そして同時に赤く染まった空が本来の青色を取り戻した。
久々に見た青空はとても眩しかった。私は思わず目を細めた。ついにやった、と心の中で喜んだ。
「レイヴンさん!」
声が聞こえた。ヒフミの声だった。見れば私の足元にはヒフミとアズサ、そして知らない四人組が立っていた。
「大丈夫ですか、レイヴンさん!」
ヒフミは心配そうな顔で私を呼び掛けている。しかし、私にはそれに答える手段がない。体を動かすことが出来ないのでコックピットを開くこともできない。
ヒフミが必死に声をかけていると、アズサが機体によじ登り始めた。するとコックピットの扉が勝手に開いた。彼女の仕業であるのはすぐに分かった。だが助かった。
「レイヴン!」
コックピットが開いたのを確認するとアズサは速度を上げて登って来た。そしてその中にいた私を見て慌てて近寄った。
「大丈夫かレイヴン」
私は何も答えれなかった。アズサが私の胸に耳をつけた。それから口元に手をやった。
「よかった、意識はあるみたいだな。瞬きは出来るか」
私は一回瞬きをした。
「体が動かないのか。もしそうなら瞬きをしてくれ」
私は瞬きをした。
「頭を打ったのか?」
私は瞬きをした。
「分かった。救援を呼んでくる。もう少し待っててくれ」
アズサは私の目の前から降りて行った。
「アズサちゃん。レイヴンさんは?」
「頭を打ったみたいだ。私たちが勝手に連れ出すのは危ない。だから救援を呼びに行こう」
「わ、分かりました!」
「それでは私たちが送りましょう。シャーレまで行けばよろしいでしょうか?」
「ああ、お願いする」
私は車が去る音を聞きながら、少し休憩しようと目を閉じた。
痛みと耳鳴りで眠ることはできなかった。しかし視界を閉じることで脳を休めることはできた。次に私が目を開けたのは、車の音が聞こえだした時だった。私はゆっくりと目を開けた。清々しいほどに青い空が見えた。青い空がこんなに美しいとは思わなかった。
車は機体のすぐそばでブレーキを踏んだ。中から誰か降りてくるとが聞こえた。複数人だ。やがてその人たちは機体をよじ登り、私の前に姿を現した。
「大丈夫ですか、レイヴンさん」
「すみません。遅くなりました」
一人は見覚えがある。神出鬼没のセリナだ。もう一人は知らない生徒だ。角がある。
「今助けますからね。セナさんは足の方をお願いします」
「分かりました。折角の新鮮な死体です。丁重に扱わなければなりませんね」
「ま、まだ死んでないですよ」
セリナが苦笑いしながら中に入って来た。私を死体と言った彼女、その独特なフレーズに聞き覚えがあった。以前どこかで会った記憶がある。どこで会ったか、記憶をさまよっている間に私は機体から降ろされた。
私は救急車らしき車に乗せられた。そこで思い出した。確か補習授業部の時に美食研究会とかいう奴らを引き渡した時に会ったことがある。ついでにさっきヒフミたちの横にいた四人が美食研究会だったということにも気づいた。
私は救急車の中でセリナの応急手当てを受けながらシャーレまで運ばれた。
シャーレの前に着いて、私はそこから運ばれていった。シャーレは祝勝ムードで四方八方から歓声が上がっていた。私にも気づいていない様子だった。中に入った私は医務室に直行し、そのまま治療を受けることになった。
幸い頭を強く打っただけで、それ以上の外傷はなかった。頭にまで包帯を巻かれいよいよミイラみたいな状態で私はベッドに寝かされた。
しばらくして、医務室に誰かが入って来た。その人は迷うことなく私のベッドの前まで来た。
「レイヴンさん。体調は大丈夫ですか」
私を訪ねてきたのはカンナだった。私は起き上がろうとして、彼女に制止された。寝たままでいいという。仕方ないので、寝転がったままスマホを手繰り寄せた。
『大分マシになったよ』
「それは良かったです。遠目からでしたが、レイヴンさんの勇姿は見せてもらいました」
『あれを勇姿と言えるかは疑問だけどね』
「どちらにせよ、レイヴンさんが守護者を倒してくれたおかげで最後のサンクトゥムが破壊できたんですから、誇っていいと思いますよ」
『なら誇っていよう』
「ええ……おっと、私はまだ後処理があるのでこれで。まともに相手できず申し訳ありません」
『いいよ。来てくれただけでうれしい』
カンナは一言「では」と言って医務室を去っていった。私は天井を見上げ、なんとなく目を閉じた。気づけば私は眠りに落ちていた。
眠りから覚めるのを自覚した。いつの間にか眠っていたらしい。寝る前より部屋が暗くなっており、赤みを帯びている。嫌な予感がして隣の窓を見て見るが、そこにあったのは青い空にオレンジ色のフィルターをかけたような色、つまりはただの夕焼けだった。スマホの画面を見て見れば、なるほど確かに夕方と言うには丁度いい時間だった。
医務室の扉を誰かが開けた。セリナに挨拶をする声で先生だと分かった。先生はセリナとしばらく何か話していたようだが、やがて私の元にやって来た。
「レイヴン、大丈夫」
『大丈夫だよ』
「良かった。怪我をしてるって言うから慌てたよ」
『その割にはもう夕方だけどね』
「あはは……色々とね」
『まあ、大方後処理とかあったんでしょ。別に見舞いが遅いとかとやかく言うつもりは無いよ。それで、これでもうキヴォトスが終焉を迎えることも無くなったね』
私がそういうと、途端に先生の顔は暗くなった。私はそんな先生の顔に違和感を覚えた。私が聞く前に先生の方から先に話してくれた。
「実はね……最後の虚妄のサンクトゥムを破壊した後、また虚妄のサンクトゥムが復活しそうなんだ」
『は、何それ。今までの攻撃全部無駄だったってこと?』
「全てが無駄と言うわけでは無いよ。虚妄のサンクトゥムを発生させている根源が分かった」
果たしてそれだけのためにあんなに苦労したのは割に合うだろうか。だがわざわざそれを聞くのは野暮なことだ。私は先生にその根源とやらを聞いた。
「どうやら空の上にあるみたいで」
私はその言葉を聞いて窓を覗いてみた。しかし綺麗な夕焼け空がある以外に何も見えない。
『何も浮かんでないけど?』
「多分地上からじゃ見えないと思う。何せそれは七万五千メートル上空にあるらしいんだ」
『七万五千ってどれくらい高いの?』
「ほとんど宇宙かな」
『ACは宇宙でも動けるけど、流石に自力で宇宙までは行けないよ』
「まさか。ちゃんと手段は用意してるんだ」
『手段って何?』
「僕も詳しくは知らないけど、話によればアドビスにそれはあるらしいんだ」
『アドビス? 知らない自治区だ』
「そっか。レイヴンはまだアドビスに行ったことが無いんだっけ」
『アドビスってどんな所?』
「うーん、そうだね……町と砂漠が隣接してる所、かな」
『へえ、砂漠。つまり先生をそのアドビスまで連れて行けばいいんだね。出発はいつ?』
「明日早速向かうんだ。でもレイヴンは」
先生はチラッと後ろを見た。そこにはセリナの姿があった。彼女は一つため息をついて言った。
「はあ、本当はあともう数日様子を見ておきたいんですけど、幸いこれと言った怪我はないですし、脳波も正常です。だから動いても問題はないですけど、あまり無理はしないでくださいよ。特に頭を強く振るようなことはしないように」
「ありがとう、セリナ。助かるよ」
私は起き上がろうとした。いい加減寝転がるのに飽きた。天井を見るのも飽きた。私が起き上がろうとすると、先生が手伝ってくれた。
上半身を起こすと、ベッドの上にぬいぐるみが二つ置かれていた。これはペロロと、確か……スカルマンだった気がする。
「ヒフミさんとアズサさんがレイヴンさんが眠っている間にお見舞いに来て、そのぬいぐるみを置かれていったんです。名前は……何でしたっけ。ぺろぺろ様、だったような?」
『そうなの、今度お礼言わなきゃね』
私はペロロのぬいぐるみを手に取った。新品のような質感だった。これもヒフミのコレクションの一つだろうか。それとも布教用の一つだろうか。
先生はその後もしばらく医務室にいて、私と他愛ない話をして戻っていった。
翌日のこと、私はアドビスに行く準備をしていた。とは言ってもただ起き上がるだけなのだが。あとはセリナに包帯を変えてもらうぐらいだろう。このペロロとスカルマンはどうしようか。うーん……まあいいや。しばらく持っていよう。
私は車椅子に乗ろうとして気付いた。車椅子が無い。はて、なぜか。そういえば私はどうやってここまで運ばれたか。確か救急車に乗って、シャーレに着いた後はずっと寝かされたから、担架か。ということはつまり車椅子はここには無く、さらに言えば機体もあの場所に置きっぱなしというわけだ。
アビドスに行く前に機体を回収しに行かないといけないなと思いながらセリナに包帯を変えてもらっていると、先生が医務室に入って来た。
「レイヴン? 準備できてる?」
「ま、待ってください!」
先生が私のベッドを覗こうとした時、セリナが慌てて待ったをかけた。
「どうかしたの?」
「今レイヴンさんの包帯を変えてるのでちょっと待っててください!」
「え? なんか見ちゃいけない物でもあるの? 傷口ぐらいなら別に」
そう言いながら先生はセリナの制止を聞かず、私のベッドを覗きこんだ。
セリナの言う通り、私は包帯を付け替えて貰っていた。頭もそうだが、全身の包帯も付け替えて貰っている。今は丁度胴体の包帯を付け替えているときで、言ってしまえば私は上裸だった。
先生は私の上裸が目に入ると慌てて目を隠してのけ反った。
「わ、わああああ!? ご、ごめん! 付け替えてるってそういう事だったんだね!?」
「な、何見てるんですか先生!? は、早くどっか行ってください!」
セリナが私以上に恥ずかしがって先生に怒鳴っている。先生は目を覆ったまま後ろに下がり、棚に頭をぶつけた。「あいたっ!?」という短い悲鳴を上げると、おずおずと医務室を出て行った。
「まったく」
『私は別に先生に見られたって構わないんだけど』
「な、なな、何を言ってるんですかレイヴンさん!? だ、だめですよ年頃の女の子がそんなことを言ったら……も、もしかしてレイヴンさんは先生とそんな深い関係になってるとでも言うんですか? だから見られても構わないと? あ、だから先日の会議でさりげなく先生のお膝に乗せてもらえたんですね。先生もレイヴンさんも全く恥じらわずにさも当たり前のように……ひゃ、ひゃー」
『いや、別にそんなことはないんだけど。ただ私が気にしてないだけ』
セリナは顔を赤くさせて言葉をまくしたてる。目が泳ぎまくっているが、包帯を巻く手が止まることはなく、順調に巻かれまくっている。多分私のメッセージには気づいてないだろう。
結局セリナは包帯を巻き終わるまで、それどころか巻き終わった後も自論を語り続けた。
セリナが外で待っている先生に声をかけたことでようやく、中に入って来た。その際入って来たのは先生だけでなく、連邦生徒会の三人も後ろについて来た。
「さ、さっきはごめんね」
先生は気まずそうに話しかけてきた。
『いいよ、別に。私は気にしてない。それよりも後ろの三人は一体?』
「ああ、リンちゃんたちもアドビスに一緒に行くんだ」
「先生」
「あはは、リンちゃんだって」
「も、モモカちゃん」
『そう。それで、アドビスに行く話なんだけど、一つ問題がある』
「え、もしかして傷が痛むとか?」
『違う。機体があの場所に置きっぱなし。しかも私はあそこが何処か覚えていない』
「それなら――」
「それなら心配はありません」先生の言葉に被せるようにしてリンが話し出した。「レイヴンさんの機体が何処にあるのかはすでに把握済みです。そこまで向かう車両も用意していますので今すぐにでも出発できます」
準備がいいな。流石連邦生徒会長を代理しているだけある。
『じゃあ行こうか』
私は先生に両腕を差し出した。抱き上げてほしいという合図だ。先生はすぐに意図を読み取り私を抱き上げた。そのまま医務室を出ようとしてセリナに止められた。
「あ、あの車椅子がありますし、こちらに座られた方が……ほ、ほら先生もそちらの方が楽だろうし」
『機体がある場所に向かうだけだし、どっちみち乗せてもらうのに先生に手伝ってもらわないといけないからこのままでいいよ』
「ありがとうセリナ。僕は大丈夫だから」
「そ、そうですか」
私たちはセリナの申し出を断り、医務室を出た。
シャーレを出る前から入口の目の前に車両が見えた。あれが用意したという車両だろう。運転席の側にはカンナが立っていた。
「おまたせ、カンナ」
「いえ、気にするほどでもありません。レイヴンさんも元気そうで何よりです。それでは行きましょうか」
カンナがドアを開けてくれた。先生が礼を言って私と一緒に後部座席に座った。その後にモモカとアユムが乗り込んだ。リンは助手席に座った。最後にカンナが運転席に座った。
「それじゃ、出発しますよ」
カンナが一声かけ、私たちを乗せた車両はACに向かって発車した。
何だか前回と比べると随分静かになってしまいましたね。文章だけでこんなに静かに感じるとは。
それはそれとして、全く先生はうらやまけしからん。
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66話
D.U.シラトリ区は無残な姿に変わってしまった。かつての賑わいある都市の面影は無くなり、ミレニアムにある廃墟のような様相を呈していた。瓦礫が多く、道を塞ぐ物もあり、カンナは道を迂回しながら目的地へと向かった。
機体のある場所は案外近かったものの、瓦礫のせいで時間を要した。車を二十分ほど走らると、壊れかけのビルに深く座り込むACの姿があった。
車から降り、先生は私を抱き上げて機体を登った。コックピットの扉は昨日からずっと開けっぱなしだった。先生は私をコックピットに座らせて閉めた。中は真っ暗になった。
『メインシステム起動』
COMの声が響き、機体の中が明るくなった。スクリーンにはメインカメラの映像が流れる。先生が機体から下りようとしていた。
立ち上がってすぐに、私はユニットを下した。そこへ先生たちが入っていく。先生は最後にカンナに礼を言って入っていった。三人がユニットに入ると私はそれを回収する。
えっと、アビドスはどっちだ。私はスマホの地図アプリを開いてアビドスと入力した。数秒後に、現在地からアビドス自治区まで画面が飛んだ。ピンチアウトして現在地からの距離を測ってみれば、相当な距離があるみたいだ。
私はカンナの方を向き、礼をこめて右手を上げた。カンナもそれに答えてくれた。私はカンナに背を向けて、飛び上がった。
小一時間ほど移動すると、地平線に砂漠が見えだした。手前には町が見えるから、先生の言う通り本当に町の隣に砂漠があった。というより、境目が曖昧だ。町と言えそうな部分にも普通に砂が入り込んでいるし、隣接と言うよりは町が砂漠に飲み込まれかけているというのが正しそうだが。
目的地はアビドス自治区にある学校らしいが、多分あれだろう。町の中に一つだけ様子が違う、まさに学校と言うような建物があった。ただ学校にしては狭いな。校舎が一つしかない。周りも住宅街だ。というか校舎も砂漠に呑まれていないか。
高度を落としてみて気づいたが、この自治区、あまり活気が無い。道路を歩く住民の姿も全然無かった。町や学校が砂漠に呑まれ、町自体に活気も無い。大丈夫かこの自治区。
私は学校のグラウンドに機体を下した。その際多大な砂埃が舞い、視界は一気に悪くなった。私は砂埃が収まるのを待ってからユニットを下した。
私が機体から降り、車椅子に乗って地面に下りるころにはすでに先生たちはユニットから降りて、私たちを待っていたらしい生徒に話しかけていた。彼女はそういえばシャーレで一緒に会議に出ていたな。
「あ、レイヴンも降りて来たみたいだ」
「お久しぶりですね、レイヴンさん」
『初めまして』
「あれ? 話したことないっけ? 前にシャーレの会議で一緒になったと思うんだけど」
『話すの初めての気がするけど』
「あはは、一応以前トリニティの古聖堂で会ったんですけど、あの時は通信機越しでしたし、バタバタしていたので覚えてないかもしれませんね」
古聖堂――古聖堂、古聖堂、あ、なんかいたな。そういえばそうか、あそこにいた四人はアビドスだったっけか。
「改めて、奥空アヤネです。よろしくおねがいしますね。レイヴンさん」
『ん、よろしく』
「では皆さんこちらへ」
アヤネは私たちを校舎の中へと案内した。中に入った時の第一印象はぼろい、だった。窓は全て閉まっているものの、いくつか割れている。さっき私が下りた時に舞った砂が入ってしまったのか、車椅子や先生たちが歩くたびに、じゃりじゃり鳴った。
どの教室も使われていない雰囲気があった。教室名を表す札もボロボロだ。そして誰ともすれ違わない。今まで学園に入ればすぐに他の生徒とすれ違っていたのに、ここでは誰ともすれ違わない。それどころか人の姿すらなかった。寂れた校舎と関係があるのかもしれない。
アヤネに案内されたのはとある教室で、札には上から被せるように『アビドス廃校対策委員会』という紙が張り付けられていた。廃校とは……穏やかじゃないな。
中に入ると、見覚えのある面々がそこにいた。
「やあやあ、先生。お久しぶりだねえ」
「お久しぶりです、先生」
「久しぶり」
「皆、元気そうでよかった」
「話は聞いてるよ。アビドスに古代の遺物があるんだって?」
「カイザーがわざわざ土地を買い上げてまで探すので何かあるとは思っていましたが」
「まさか本当にお宝があるとはね」
「お宝かあ」
「先輩、何か知ってるんですか?」
「いや、なんでもないよ。ちょっと若い時のことを思い出してただけ」
「若い時って、今も十分若いでしょ」
「それで、場所の見当はついてるのでしょうか?」
「あ、はい。ここから――」
不意にスマホへ通知が飛んできた。見てみればモモトークだ。一体誰からだろうと開いてみると、送り主はヒマリらしい。
『レイヴンさん。いまよろしいでしょうか』
『別にいいけど』
『レイヴンさんは今アビドスにいるとお聞きしました。そしてそこにある古代の遺物を探しているとも』
『そうだけど、何。要件は?』
『単刀直入に言えば、私もアビドスに連れて行ってほしいのです』
『なんで?』
『その古代の遺物について興味がある、とだけ言っても駄目でしょうか?』
『そのために往復するの面倒なんだけど』
一度スマホに意識を集中していたが、いったん目の前の話に意識を戻すと、ホシノたちが私に乗ってその遺物の場所まで行く話になっていた。
『遺物が見つかってからでもいい? 忙しくなりそう』
『分かりました。ではまた後でご連絡ください』
「レイヴン、お願いできるかな」
『ん、いいよ』
スマホを閉じると同時に先生に確認を取られた。話半分で聞いていたが、まあ概要は分かったし大丈夫だろう。善は急げとでもいうのか、やることが決まればすぐに行動に移った。
入ったばかりの学校を出て、先生とホシノたち三人は、砂漠にあるカイザーの拠点を目指すためユニットに搭乗した。
「これに乗ればすぐにつくってわけね」
「どれぐらい速いんでしょうね」
「おじさんは砂漠を歩かずに楽できるなら別にそれでいいんだけどねえ」
先生達を乗せると、スマホに座標が送られた。これが指定の場所か。地図にペーストしてみると、どうやら砂漠のど真ん中みたいだが、果たして本当にこんな場所にあるのだろうか。しかし、指定された場所がここなので行くしかないだろう。
学校のグラウンドを旅立ち、座標の場所へと向かった。砂漠になじんだ町はあっという間に呑まれかけ、更に行けばすっかり呑まれた様子が見れた。広大すぎる砂漠には時折文明の破片ともいえる、建物の残骸が見えた。あ、あれは駅だろうか。一両だけ車両が見える。
広大で遮蔽物がほとんどない砂漠は地平線までしっかり見通せて、おかげで座標の地点に何かがあるのが遠くからでも良く分かった。砂漠の真ん中にポツンと建てられた壁。町の雰囲気とも合わないし、用途も想像できない。一応マップで確認してみるが、やっぱり目的地はあのあたりだ。
『見えてきた。あそこかな』
「多分そうだ。近くまで来たら降ろしてくれる?」
『分かった。ところであそこはなんなの?』
「えっと、カイザーの拠点、かな」
『そこにあるわけ?』
「まあ、カイザーが土地を買い取って、拠点を作ってまで探してるんだ。きっとそこにあるんだろうね」
『もしかしてまだカイザーがいたり?』
「分からない。すでにカイザーPMCは撤退してるから無人のはずだけど、戻ってくるかもしれないって」
『警戒するに越したことはないか』
ACが飛んでくる時点で奇襲など無理だから、かなり手前で降ろそう。降りている間に攻撃されてはたまったもんじゃない。
拠点の数百メートル手前に着陸し、ユニットを下した。中から先生となぜか覆面をしたホシノたちが出てきた。予想外の者が出てきて、私は一瞬誰が降りてきたのか分からなかった。別人にすり替わったのかとも思った。先生は苦笑いしていた。
『何を、しているの?』
一応数秒だけ考えてみたが、目的がさっぱりだったので直接聞くことにした。
「いやぁ、カイザーの拠点に強襲するわけだしシロコちゃんスタイルで行こうかと」
「でももう撤退していないんでしょ? わざわざ覆面被る意味なんてないじゃない」
「でもセリカちゃんノリノリで被りましたよね」
「まあ、いないなら別にいっか」
一同は行軍を開始した。先生たちを機体の手に乗せて、残り数百メートルを移動する。もしカイザーが残っているならそろそろ攻撃してきそうなものだが。
「あ、あそこ」
「いるわね」
「カイザーPMCです」
『いるんじゃん』
「サンクトゥムが壊れたから戻って来たのかもしれないね」
『このまま中に侵入する。飛ぶから掴まってて』
宣言した数秒後、私が拠点の壁を飛び越えるよりも先にPMCが攻撃してきた。弾が当たらないよう、先生たちを手で覆い隠し、壁を飛び越えた。
着地してすぐに、ホシノたちは降りて近くのPMCと戦闘を始めた。私も先生を抱えながらハンドガンで応戦する。ホシノたちの邪魔にならないよう、援護に駆け付けようとする戦力を中心に削いでいった。シャーレ奪還作戦時ほどではないものの、僅かに装甲車も見える。PMCが乗り込む前に破壊した。
戦闘はすぐに終わった。思っていたよりもずっと敵の数は少なかった。
「あまりいなかったね。まだ混乱が多いからあまり戻ってきてなかったのかも」
「でも、元々ここは私たちの土地ですから」
「そうよ、戻ってくるも何も不法占拠よ!」
『ここカイザーに買い取られたんじゃなかったっけ。侵入してるのは私たちのはずなんだけど』
「ま、まあ。今はいいんじゃないかな」
『ま、カイザーは私もあまり好きじゃないし別にいいんだけど』
私たちは遺物につながる入口を探し始めた。しかし、物陰から突然ロボットが現れた。こいつらはDivi:Sionの……なぜこんな場所に。
「うわっ、こいつらまだいたの?」
「このロボットが出たってことは、ここにあるってことだね。よ~し。気合入れていくよ~」
ロボットはPMCよりも数が多かった。なぜこいつらカイザーの拠点にいるのだろう。協力関係にあったのか。いやでも、カイザーとDivi:Sionは敵対していたような……いや、私が勝手に思い込んでいるだけか。明確にカイザーとDivi:Sionが戦っているところを見たことはない。
一体一体丁寧につぶしていった。際限なく出てくるものかと思ったが、潰しているうちにいつの間にか数は減っていった。一度殲滅してから追加で来ないか身構えていたが、結局それ以上に現れることは無かった。
それからもう少し行くと、一つのテントに行きついた。どうやら座標は丁度このテントを指しているようだ。セリカが中に入った。
「地下への入口があるわ!」
その言葉に釣られてノノミも中に入った。
「はい。結構深そうです」
「うへ~。じゃあ行ってみようか」
先生もついていくと言うので下した。残念ながら私は入ることが出来ないので、ここでお留守番だ。いや、このうちにヒマリを迎えに行くか。
『じゃ、後は頼んだよ。私はミレニアムに行く』
「え、どうしたの突然」
『ヒマリに頼まれたの。アビドスまで送ってほしいって』
「それは……お疲れ様」
『うん。じゃ、また後で』
先生のねぎらいの言葉を受け取って私はミレニアムへと向かった。
集合場所に向かうとヒマリのほかにユウカとチヒロ、そしてエンジニア部の姿があった。
『なんか増えてるんだけど?』
「ええ、皆さん遺物に興味があるようで」
「部長に頼まれて仕方なく」
「わ、私はその……まあ、なんとなく?」
「宇宙戦艦が眠ってるなんて聞けばいかずにはいられないだろう!」
「私たちの夢が」
「すぐそこに眠っているんです!」
『ミレニアムからアビドスまで結構あるけどね』
「実在してるだけですぐそばなんです!」
『あ、そう。まあ別にいいけど。それより宇宙戦艦だなんて聞いてないよ。あの砂漠に戦艦が眠ってるの?』
「ええ、あそこに眠っている遺物は宇宙戦艦と言って差し支えません」
『なんだか含みがある言い方だな。ところでユニットは四人乗りなんだけど』
この場にいるのは六人。どうしても二往復することになる。面倒くさい。
「ではまず誰から向かいましょうか?」
「私は別に後でいいけど」
「私もどっちでも構わないわ」
「エンジニア部としては今すぐにでも向かいたいところなんだが」
「何分声をかけられたのが急で」
「まだ準備が出来てないんです!」
『誰でもいいからさっさと乗ってくれるとありがたいんだけど』
話し合いの結果、第一便でヒマリ、チヒロ、ユウカ、ウタハの四人が乗ることになった。
「すまない。私だけ先に行ってしまうことになって」
「大丈夫。機材はこっちで準備するから」
「はい! ウタハ先輩は先に宇宙戦艦を楽しんでください!」
「ありがとう、感謝する」
「うふふ、こうして乗ってみるとまるで飛行機みたいですね」
『ふむ……本日はルビコン航空をご利用いただきありがとうございます。当機体はミレニアム・アビドス間を飛行いたします。途中アーレア海を横断いたしますのでコーラルの汚染には重々お気を付けください』
「れ、レイヴン? どうしたんだい」
『いや、飛行機みたいって言うからつい……なんかごめん』
「レイヴンさんって案外面白い方ですね」
『それじゃいくよ』
私はヒマリたちを乗せてアビドスに向かった。道中何事もなく、やっとのことでアビドスに到着すると、四人を下してすぐにまたミレニアムに向かった。ミレニアムに戻る道中、頭の中は面倒くさいでいっぱいだった。
ミレニアムに戻るとヒビキとコトリが大きなリュックを背負っているほかに、なぜかゲーム開発部とヴェリタスの姿もあった。
『なんかまた増えてるんだけど?』
「宇宙戦艦について質問されたことがあったから」
「なんとなく声をかけたら食いつかれてしまって」
「本当に宇宙戦艦があるの!?」
「アリス、宇宙勇者になれるんですね!」
「キヴォトスに宇宙戦艦が眠ってたなんて」
「本当に宇宙まで行けるのかな」
「部長から来るように連絡があったので」
「よろしくね、レイヴン!」
『待って、何人いるの。八人? え、あと二往復確定?』
「そういうことになるね」
「よろしくお願いします!」
頭を抱えたくなったが、私が運ばねば時間が何倍もかかる上、実は時間があまりないというこの状況で仕事を放り出すわけにはいかなかった。結局無理やりやる気を出して、私はミレニアムとアビドスを二往復した。
なぜこんなにもさりげなく人が増えるんでしょうね(メインストーリーを確認しながら)
改めてキヴォトスの地理が知りたい……確か一章を見る感じアビドスとゲヘナは隣接してて、そのゲヘナはトリニティと隣接してて……?
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67話
先生たちが宇宙戦艦を調べている中、私はキヴォトス各地から人を運んでいた。宇宙戦艦を動かすために人員が必要だとかで、シャーレとして要請を出したらしい。するとキヴォトス各地からそれに応えようとする者が現れた。シャーレという事はつまり先生からの要請だから、答えようとする者は多いだろう。しかしキヴォトス全土から人を集めていてはいくらACを使っても時間がかかりすぎる。結果、少数精鋭として更に三人が選ばれた。
ゲヘナからカヨコとアコを連れてきた私は機体の中で天井を眺めていた。
疲れた。ずっと座って移動していただけなのに疲れた。気疲れと言うやつだろうか。
先生からメッセージが来た。ブリーフィングだそうだ。申し訳ないがこれ以上頭を使う余裕はない。後で私に関係ありそうなことだけ伝えてもらうよう頼んだ。先生はそれを了承してくれた。
私はスマホを持った手を下した。足でも伸ばしたい気分だったが、せまいコックピットの中ではそれも叶わない。
疲れた。私はもう一度そう思った。
モモイからモモトークが来た。通知には『写真が送信されました』と書かれている。開いてみればはしゃぐアリスと一緒に宇宙戦艦の内装らしきものが映っている。予想以上に内装は広いみたいだ。流石戦艦と銘打ってるだけはある。
『見て見て! 宇宙戦艦の中!』
『思ってたより広いね。そこはどこの部分なの?』
『えっとね……わかんない』
『何それ』
『だって良く分かんないところばっかなんだもん。多分廊下なんじゃない? 操縦席から近いし』
『ふーん。そういえば、前に宇宙戦艦が出てくるゲームの話してたでしょ。順調?』
『ジュンチョウダヨ』
『ああ、そう。まあ頑張って。本物の宇宙戦艦に乗ってるんだから資料はたっぷりあるでしょ』
『実はね、前にレイヴンがザイレム? の話してたでしょ。あれが結構面白そうでさ。そっちにしようかなって』
『あれは戦艦じゃなくて入植船だけど。ただの浮遊都市だよ』
『いやいや、宇宙に行ける浮遊都市って十分インパクト強いよ』
『でも戦艦の方がかっこいいんじゃない? 砲撃戦とかできるでしょ』
『あ、そっか。でも何も使わないのはもったいないと思うんだよね』
『そこらへんはミドリとかユズと相談しなよ。話した内容は別に使ってもらっても構わないから。というかそのために話したんだし』
『それもそうだね。アリスが呼んでるからまたね』
『またね』
モモイから返信が無くなった。私は通話履歴を遡りモモイから送られた写真をもう一度見た。改めて見ても広い廊下だ。窓が映っているが、廊下が明るいせいで外の様子は全く見えない。見えたとしても岩しか映っていないだろう。
廊下は何人ぐらい横に並べるだろう。アリスの様子を見るに……五、六人ぐらいだろうか。古代の遺物と言うには随分と近代的なデザインをしている。本当に遺物だろうか? でも誰もこの宇宙戦艦を知らなかったみたいだし、もし知っていたのならカイザー以外にもいろんな企業が手を出そうとしただろうから、やっぱり古代遺物か。
こんなに暇するならやっぱりブリーフィングに出ればよかっただろうか。いやでも、出た所で私には良く分からない話ばかりだしどっちもどっちか。
私はどうやって着いて行くんだろう。どっか機体でも乗せられる場所があればいいんだけど。もし着いて行けなかったら私は地上でお留守番だろうか。
休憩と称して暇な時間を過ごしていると、先生からメッセージが来た。ブリーフィングが終わったという連絡かと思ったが、スマホを開いてみると『どんなユニフォームがいい?』だそうだ。話の見えない私は先生に説明を求めた。先生曰く、作戦の主要メンバー専用に新しいユニフォームをヒビキが作ってくれるそうだ。私もどうかと誘われたようだが、丁重に断っておいた。今の格好が動きやすい。下手にぶかぶかになって袖口が引っ掛かったらたまったものではない。
さらに時間が経って、やっと先生からブリーフィングが終わったと連絡が来た。もう日が傾いている。
先生からは会議が終わったという報告に加えて、ブリーフィング内容の概要が送られてきた。多次元がどうのこうの状態の共存がどうのこうの書いているが少しも理解できない。もっと簡単に教えてもらえないか聞いてみると、まとめるのに時間が必要だから後で話をするそうだ。現時点で分かったのは八時間後に作戦を開始するという事だった。
やがて地下の入口からぞろぞろと人が出てきた。先生から彼女たちを学校まで送るようお願いされている。私はユニットを下して、誰がどの席に着くか待った。定員はユニットが四名、機体の両手で約八名ほど。
遠慮して徒歩で戻ると言った者もいた。近いからと自分の自治区に戻る者もいた。エンジニア部やヴェリタスは最後まで宇宙戦艦の調整をするらしい。
十分ほどの話し合いの後決まった先生を含む十二名を乗せて、私は一足先にアビドス高等学校に戻らせてもらった。
学校に戻ると、いくらでもある空き教室から好きな教室を使ってもいいと言われた。作戦の実行は八時間後、時計を見れば丁度明日の朝と言ったところだろうか。私は先生と一つの教室で二人きりになった。先生からブリーフィングの内容を教えてもらうためだ。
「で、目的は上空にあるアトラ・ハシースの箱舟を破壊すること」
『そのためにハッキングをして事前にシステムを掌握する、と。私は必要そう?』
「うん。敵の本拠地だし、抵抗は激しいだろうね。それにあれだけ大きいバリアを発生させるなら箱舟も相当な大きさになるはず。ACでも十分動けると思うよ」
『じゃあ、さっき言ってたバリアがどうのこうのは? と言うかあれどういう事。全然わからないんだけど』
「すっごく簡単に言うとね。アトラ・ハシースの箱舟を覆っているバリアは普通のバリアと違ってとても特殊なんだ。だから僕たちが乗るウトナピシュティムの本船も同じ状態にならないといけない。じゃないと僕たちは最悪量子サイズに分解されてしまうらしい」
『宇宙戦艦じゃないの?』
「あれはただの比喩だから。問題はレイヴンをどうするかなんだけど」
『恐ろしい話だね。量子サイズに分解。流石に宇宙戦艦に触ってるだけで同じ状態になるゲームみたいなご都合設定はないよね』
「まあ、でもそこはエンジニア部に考えがあるみたい。時間と体力の勝負らしいけど。レイヴンに一つお願いがあるらしくて、えっとそのまま伝えるけど、ACをハッキング出来る状態にしてほしいって」
『そんなやり方知らないんだけど』
「無理ならこれを挿してほしいって」
先生は私に一つのUSBメモリを渡してきた。表面にはミレニアムのロゴが張られている。挿してほしいらしいが、コックピットに何か挿せそうな穴はあるがUSBポートは無いぞ。そう文句を言おうとしたら、先生が「忘れてた」といってもう一つ何か渡してきた。一方にUSBポートがあり、もう片方に端子が刺さっている。
「ウタハ曰くこれで多分ACのシステムを遠隔で弄れるって」
『多分』
「多分」
私は今不確かで怪しいものを受け取ってしまった。遠隔でシステムを弄るってそれはただのコンピュータウイルスなのではなかろうか。自分の機体にウイルスまがいの物を入れるのはとても嫌なのだが。しかしこれが無ければ私は量子レベルで粉々。信頼している相手にハッキングされるのと、量子レベルで粉々になる。どちらがマシかと言われれば明白だろう。私は先生からUSBメモリとコネクターを受け取った。
先生は何処かへ行ってしまった。他の生徒と話しに行ったのだろう。私は教室の電気もつけずに、暗い教室の中で外を眺めていた。そもそもここは蛍光灯が外されていて、つけたくてもつけることができなかった。
教室から見える風景はとても陳腐だった。すぐ隣が家で綺麗な景色も、夜空すらも見えやしない。暗い教室で、静かな場にいるのに台無しだ。
明日は一日中ACに乗らなければならないだろうか。宇宙戦艦もあるし、ユニットも車椅子もいらないか。なら外してしまってもいいか。そうしたら、左肩が空くな。折角なら左肩にも何か武器を背負いたい。以前下ろしたドローンがいいな。しかし付け替えるならエンジニア部の助けが必要だ。今は宇宙戦艦で手一杯かもしれない。しかもこんな時間だ。
私はダメ元でウタハにメッセージを送ってみた。僅か数分後に返信が来た。
『そうしてあげたいのはやまやまだけど、こっちも忙しくてね。面倒なことを押し付けるけど部室から持ってきてこっちまで来てくれれば取り付けてあげよう』
『分かった。数時間後に持ってくる』
私はそう返信をしてすぐに教室を出た。玄関の前で戻って来た先生と鉢合わせた。
「どうしたのレイヴン。こんな時間に」
『ちょっとミレニアムまで行ってくる』
「こんな時間に?」
『預けてた武器をつけてもらおうと思って。明日はずっと乗ってるだろうし、少しでも武器を持っておきたいと思って』
「そっか、それじゃいってらっしゃい。あまり遅くならないようにね。明日は早いから」
『なるべく早く戻るよ』
私は右手を上げて外に出て行った。星がきれいだった。周りはとても暗くて一軒も電気が付いていない。振り返れば校舎の所々で電気が灯っていた。
ACに乗り、ミレニアムに向かった。アビドス自治区は全体的に暗かった。ぽつぽつと電気が灯っているが、町の規模にしては随分と少ない。まるでゴーストタウンだ、ここは。
ミレニアム自治区に入ると、途端に明るくなった。どこもかしこも明るく輝いている。そしてD.U.よりも高いビルが乱立していた。その中でもひときわ高いビル、セミナーのビルの近くにあったビルの屋上で、一度エネルギーを回復させた。なつかしい。あの時はまだキヴォトスに来て一日も経ってなかっただろうか。右も左も分からない状態で手伝ってくれと言われ、言われるがままにセミナーを襲撃したな。今もお願いされれば襲撃するが。
夜も遅いが人通りは多い。実はキヴォトスの終焉がすぐそこまで迫っているというのに、何も知らないかのように、すでに脅威はすぐ去ったかのように過ごしている。でも、終焉を知って過ごすよりかは、知らずに過ごす方が幸せかもしれない。私はすぐに屋上を飛び出した。
すっかり、私が飛んでも驚かれなくなった。最初は私の姿を見るとあちらこちらから人が集まって来たのに、今ではすっかり慣れられてしまった。ミレニアムだからと言うのもあるかもしれない。
エンジニア部の部室に着くと、壊れて未だ吊るされていた機体の隣に置いてあったドローンポットを手に取った。その際、ふと立てかけてあったショットガンが目に入った。明日は多分屋内戦だし、敵の数も多いだろうし、ハンドガンよりショットガンの方が役に立つんじゃなかろうか。そんな考えが頭をよぎった。そしてそれはすぐに確信へと変わり、私はついでにショットガンも持っていった。
アビドス砂漠、宇宙戦艦が眠っているカイザーの拠点に向かい、ウタハに連絡をした。間もなくウタハたち三人がテントから出てきた。
「やあやあ、それじゃ早速始めようか」
ウタハたちはスマホのライトをつけながら、拠点内にあった設置型のライトをつけた。真っ暗だった拠点内は高校と輝いた。
『頼んでおいて何だけど、どうやってつけるの? ここは機材も無いでしょ』
「いや、あれを使う」
ウタハは拠点内に建設されていたクレーンを指した。恐らく掘削用に建設されたものだろうが、詳しい用途は良く分からない。
「あそこの真下に立ってて」
「三十分から一時間程度で終わる予定です」
私は指示に従ってクレーンの真下に立った。コトリがクレーンの操縦席に座り、ヒビキとウタハは機体に取り付けられたユニットとリフトを接続するための器具を外し始めた。私はただじっとして作業が終わるのを待っていた。
機体内ではウタハたちが作業している声が聞こえていた。ウタハたちが怪我でもしないか少し心配だった。部室でもないのでただでさえ専用の設備が無いのに、クレーンで代用している。まあ、ウタハたちなら大丈夫だろう。
コトリが言っていたように一時間経とうかと言うころ、ウタハから「終わったよ」と言われた。コンソールを確認すると、ちゃんと左肩に残弾表示がされていた。
「前に言った通り、これはちゃんと再現できたし補充もしておいた。なんなら追加機能も付けておいたぞ」
『Bluetooth?』
「ご名答、良く分かったね」
『あなたたちが着ける追加機能って大体それでしょ。あとは自爆機能とか』
「あ、それもついてます」
「そういえば、レイヴンがずっとドローンと言っていたからそう思い込んでいたが、多分これどっちかと言うとタレットだな」
『え、そうだったの? ずっとドローンだと思ってた』
「展開したらその場から動かないみたいだし、タレットだと思う。だからついでに自走できるようにしておいた。Bluetooth付きで、残弾が無くなれば自爆特攻するドローンだ」
『凶悪すぎる。でもありがと』
「レイヴンももう休むと良い。明日はきっととても忙しくなる」
『ウタハたちも早く休むんだよ』
「私たちはまだやることがあるから」
「この宇宙戦艦をギリギリまで知る必要があるのです」
『疲労で明日何もできなくなっても困るよ。いざと言うときはウタハたちが戦艦を動かさないといけないんだから』
「それもそうだな。切りのいいところで私たちも寝るよ。そうだ、先生からアレは受け取ったかな」
『USBと変なコネクタのこと?』
「そうそれ、明日船に乗る前にそれを挿しておいてくれ」
『挿すのはいいけど、私どこから乗ればいいの。船は地下に埋まってるし』
「ん? ああ、どうせ飛び立つんだし、その時に飛び乗ってもらえば」
「正面にスペースがあるからそこならACも乗れると思う」
『正面ってどっち』
「えっと……ちょっと待ってください」
コトリは駆けだし、拠点の中をうろうろしだしたが、しばらくして戻ってくると、ウタハとヒビキを呼んで三人で話し始めた。多分どっちが正面なのか話し合っている。
やがて三人は顔を上げ、私を見た。
「ちょっとこっちに来てくれ」
私はウタハの誘導に従った。拠点の外に出てすぐの場所に案内されるとそこでウタハは立ち止まった。
「多分ここら辺が正面だ。この近くで待っていれば乗り遅れることはないと思う」
『そう、ありがと。じゃあ私戻るね』
「ああ、また明日」
私は外したリフトとユニットを持って学校に戻った。明日はきっと長い一日になるだろう。
久々のフル装備レイヴンですね。
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68話
翌日、朝早くから私は動き始めた。主に人の輸送だった。昨夜自治区に戻った人たちをもう一度アビドスまで送る必要があった。幸い、人が少なかったので往復する必要は無かったが、ユニットを取り外してしまったのでアサルトブーストは使えなかった。両手で覆えば行けないだろうかと考えたが、もし万が一ミンチになってしまっては困るのでやめておいた。
ハナコとアコをカイザーの拠点に置き、今度はアビドスの校舎内にいる先生たちを送った。朝早くから疲れた。
作戦開始時刻の一時間前に準備が終わり、私は僅かであるが休憩の時間を得ることが出来た。昨日ウタハから教えてもらった地点に立ち、操縦桿から手を離した。スマホを開くとヒフミやアズサから激励のメッセージが届いていた。なぜ私がこの作戦に参加することを知っているのだろうと思ったが、おおよそハナコが話したのだろう。適当に返事をしておいた。
残りの一時間は妙にソワソワしてあまり落ち着かなかった。先生からは随時作戦の確認事項が送られており、私はそれをずっと読んでいた。ついでに艦橋の写真も送られた。そこにいる約十名の衣装は朝見ていたものと違っていた。昨日言っていユニフォームらしい。ヒビキが一晩でやってくれたそうだ。リンだけちょっと不服そうだった。
作戦開始時刻になった。飛び乗るタイミングを掴むため、先生と通話状態になった。
「メインパワーの起動を確認しました!」
「メインコントロールのシステム起動、完了!」
「各エリアの通信システム、演算装置の起動も完了……ここまではマニュアル通りだね」
「メインエンジンシステム、クリア」
「多次元解釈システムのチェック、クリア。オールクリアです!」
「管制システムチェック、オールクリア。よし、これで全部使えるわよ」
「発進準備完了! 命令待機に移ります!」
「先生、発進の号令をお願いします!」
「うん……宇宙戦艦ウトナピシュティム発進!」
先生の号令の数秒後、地面が揺れだした。亀裂が入ったかと思うと、次の瞬間地面から巨大な船が飛び出した。それは想定よりも高く飛び出した。私は慌てて飛び、なおも高度を上げようとするウトナピシュティムの甲板に飛び移った。
「レイヴンさんの乗艦を確認しました!」
私は忘れずに昨日渡されたUSBをコンソールにつなげた。
『不明なユニットが接続されました。ダウンロードを開始しますか? Y/N』
なんだこれ。こんな表記見たことない。とりあえず、私は知っているユニットなので『Y』を選んだ。直後スクリーンには何かのダウンロード表記が現れ、完了するとミレニアムのロゴが現れた。
「レイヴンさんとの接続を確認しました!」
「多次元解釈システムの起動は今でいいのよね?」
「計算は終わりました。ハナコさん起動をお願いします」
「多次元解釈システム起動!」
多次元解釈システムとやらを恐らく起動してから数秒経ったが、何も変化が無いように感じる。
「せ、先生? 顔色が悪くありませんか?」
「すごい震えてるよ。大丈夫?」
私はその声に振り向いた。環境にはリンたちの姿が見え、中央ではアユムとモモカが言っているように先生が苦しそうに手すりを掴んでいる。
「だ、大丈夫。ちょっと乗り物酔いがね」
「もう少しの辛抱です。これよりアトラ・ハシースの箱舟に向けて急加速します」
「しっかり掴まってて! マニュアル通りならとんでもない速度が出るはずだから!」
「最大出力……加速します」
宣言通り、船は急加速した。アサルトブーストよりもずっと早い。機体内でも衝撃とGを感じた。私はしゃがんで、艦橋に手をかけて加速に耐えた。手を離すと振り落とされてしまいそうだ。
「う、うひゃあ!?」
「大丈夫ですかユウカさん?」
「え、ええ。何とか」
「すごいスピード」
艦橋内にいる彼女たちは楽観的だ。こっちは割ときついのに。
「た、多次元解釈システムの波動値が不安定です! 予想をはるかに上回ってます!」
「大丈夫です。これぐらいならまだ臨界点は超えません」
なんだか穏やかでない声も聞こえる。もしもの場合は量子レベルで分解だが、果たして大丈夫だろうか。
『私とあなたは大丈夫だよ』彼女が話しかけてきた。『元々別世界の住民で最初から曖昧だから』
『じゃあ最悪の場合でも私だけは助かるってこと?』
『そうだよ。コーラルを弄れば別次元の解釈ぐらいできる』
『便利だね、コーラルは』
『企業達が欲しがるのも、ウォルターが焼き払いたがってたのも良く分かるでしょ』
『本当に』
『あなたは他の心配でもしておけばいいよ』
『他の心配って?』
『心配は心配、つまり他の人を心配しておけってこと』
『はあ』
急加速を楽しむ余裕もなく、スマホから流れる緊迫した会話を聞き続けた。
スクリーンにエラー表示が出た。私は驚いてその内容を読んだが、エラーが出たのはAC内部ではなく、多次元解釈システムの方らしい。とはいえ、私は冷静になった。さっきの彼女との会話で私にはこのエラーが何の障害にもならないことが分かった。
「次元が一致しなくなった今、このままではバリアに衝突してしまうわ! 今すぐ速度を落として頂戴!」
「い、今から減速しても衝突は避けられません!」
『ちょっと疑問。バリアを通り抜ける話しかしてないけど、あのバリアって破壊できないの?』
「あれはそんな簡単な構造ではないの。もはや科学すら超越した概念なの。物理的な干渉は不可能に近いわ。ただ一つを除いて」
『その一つとは?』
「あれがアトラ・ハシースの箱舟と言う概念をコピーしたものなら、あれに介入できるのは同じ箱舟だけでしょうね」
「同じ箱舟……まさか!」ヒマリが何かに気づいた様子で叫んだ。「いけません! それだけは! あなたは、ビックシスターと言う人は本当に!」
ヒマリは珍しく感情的だ。しかも声色は侮蔑に近い。
はて、ヒマリは何に気が付いたいのだろうか。アトラ・ハシースと同じ概念……そういえばアトラ・ハシースって何か聞き覚えがあるな。
「衝突まであと六分! 喧嘩している時間なんてありませんよ!」
「一体何の話!? 箱舟なんてどこにも――」
「アリス、理解しました」
アリスが静かに会話に入って来た。喧騒が引き、皆がアリスに注目する。
「リオ会長、こんなところにいたんですね。会えて嬉しいです」
「アリスちゃん」
「え、リオ会長いたの? 自分の姿は現さずにドローンだけ送ってくるってどういうこと!?」
通りでリオの声はするのに姿が見えないと思った。私は彼女を乗せた記憶が無い。いつまぎれたのだろう。
「この状況、名もなき神々の王女である私の力が必要なのですね」
「で、でもアリス。そんなことしたらまたあんなことに」
「駄目だよアリスちゃん!」
「アリスの話を最後まで聞こう」
アリスを止める三人を先生は止めた。そしてアリスの話を聞くように促した。三人は大人しくアリスの話を聞き始める。
「先生、先生はアリスがなりたい存在になればいいと教えてくれました。私は名もなき神々の王女であり、ゲーム開発部であり、ミレニアムの生徒であり、シャーレの生徒です。アリスは魔王で勇者です。アリスはアリスの望んだアリスです。だから、名もなき神々の王女として、ケイにお願いをします!」
察しが悪い私でもやっとわかった。アリスはいつかの日の、あのDivi:Sionの力を利用しようとしてるのだ。私は慌てた。やっとモモイたちが必死でアリスを止め居ようとしている理由が分かった。私もまたあの日みたいな惨状になってほしくないので、力を使うのは止めたかったが時すでに遅し。止められるような雰囲気ではない。
『私の武器で何とかならないかな。光の大剣あたりで打ち壊せたり』
『無理だよ。私たちは何してもすり抜けるから。ここは大人しく彼女に任せた方がいい』
私は艦橋を振り返った。アリスは私に背を向けていて詳しいことは分からない。ただじっとしていて動かないでいる。私は前方に振り返った。真っ黒な球がそこには浮いている。どれほどの大きさなのか、ここからは良く分からない。
いつの間にか、アリスは艦橋を飛び出していた。そして、なんと甲板に出てきた。彼女は手すりにしがみつきながらゆっくりこちらへ近づいている。彼女の長い髪が激しくなびいていた。
私はアリスを抱えた。
「レイヴン。レイヴンも私を手伝ってくれますか?」
私は頷いた。とは言っても何をすればいいのか全く分からないが。とりあえずこんなところにいては危ないので、拾い上げた。風が当たらないよう、手で風よけも作った。
「ありがとうございます、レイヴン。それでは始めます!」
アリスは目を閉じた。やがてもう一度目を開いた時、そこにあったのはいつもの青い瞳ではなく、何時しかの惨状を生み出したピンク色の瞳だ。
「AL-1Sに接続された利用可能なリソース確保のため、全体検索を実行。リソース領域を拡大。リソース名ウトナピシュティムの全体リソース、九九九九万エクサバイトのデータを確認。現時刻を以てプロトコルATRAHASISを稼働。コード名アトラ・ハシースの箱舟を実行します。王女は鍵を手に入れ、箱舟は用意された」
アリスの目はピンク色から再び青色へと変わろうとしている。ただ瞳のふちにピンクのラインを残したまま。
「名もなき神々の王女、AL-1Sが承認します。ここに新たな聖域が舞い降りん!」
アリスを中心に光が舞い上がる。彼女が背中に背負っていた光の剣が浮かび上がり、それからまばゆい光が現れているのが分かった。それはだんだん大きくなり、当初の光の剣の何倍も大きく、それは正に、光の大剣と同じであった。
「レイヴン、あなたをお借りします!」
『は、え?』
『不明なユニットが接続されました。直ちに使用を――』
COMの音声は遮られ、代わりにまたロゴが現れた。今度はDivi:Sionだ。スクリーンでは勝手に前方のバリアがロックされた。否、それだけではない。右肩の光の大剣がチャージされている。射撃管制システムを乗っ取ったらしい。
「ターゲット確認。出力臨界点突破。魔力充電百パーセント、行きます! 悪を打ち砕く正義の一撃、光よ!」
光の剣が発射されると同時に、光の大剣も発射された。巨大な二本のレーザーがバリアに向かって一直線に伸びていく。実質光の大剣を二発同時に撃ったがために、機体に掛かる反動はとてつもないものになった。機体は甲板を滑り、艦橋に激突した。だが、体勢だけは崩さないよう、私は必死に操縦桿を握った。
『なるほど、単体ではすり抜けてしまうけど、彼女が乗っ取ったなら話は別か』
彼女は勝手に一人で納得していた。
二本のレーザーは発射された数十秒後にバリアへと命中した。甲板上ではバリアを破壊できたのかどうか分からない。やがてレーザーは収束する。そこには変わらないバリアの姿があった。
「直撃です! 多次元バリア粉砕!」
あれで粉砕できているのか? 私には傷一つついているように見えないが。
「多次元バリアが状態の共存を維持できずに崩壊していきます! 約五秒後衝撃波が来ます! 皆さん備えて!」
私はアリスを守るよう両手で覆い、屈んだ。直後、アコが忠告した通り、衝撃波が私たちを襲った。スタッガーの警告が鳴り響く。ダメージはないが電気系統が一時的にマヒしたか。
スタッガーが直ると、私はアリスの無事を確かめる為、覆った手を退けた。アリスは元に戻った光の剣にもたれかかっていた。動かないので私は軽くゆすってみたが、反応が無い。放り出された手を見れば、明らかに意識が無い。そしてヘイローも無い。
死んだ?
冷や汗が湧き出た。背筋が伸びて、周りの音が一切聞こえなくなった。思考が現実の拒絶を始めた。副作用で腕が震えだした。
『大丈夫、死んでない。気を失っただけ』
彼女がすぐに訂正してくれた。私は安堵のため息を大きくついた。
「レイヴン、大丈夫? アリスは」
『大丈夫。私もアリスも平気。ただアリスは気を失ってるみたい』
「分かった。とりあえず無事みたいでよかった」
「この好機を逃すわけにはいきません。最高速度で突っ込んでください!」
「い、今ですか?」
「それで合ってる! 相手の防御が崩れているうちに先手を打たないと!」
「わ、分かりました。最高速度で突撃します!」
直後、船の速度が急激に上がり、より大きなGが襲い掛かった。私はGに耐えながらアリスを大切に持っていた。
「間もなくバリアと衝突します! 衝撃に備えて!」
「ほ、本当に大丈夫!? 分解されない!?」
「今の状態でしたら、物理的に干渉できるはずです。このまま突撃してバリアを突破します」
黒い球体がみるみる近づく。このままだと機体もバリアと衝突する。でも、彼女の話なら私はすり抜けるから安心――
『ああ、それならアリスが無効化しちゃったから、あれただのバリア。と言うか壁だから、あなたにも当たり判定あるよ』
『は? え、は?』
私は驚きながらもすぐに光の大剣を発射しようとした。しかしクールタイムはまだ終わっていない。ペロロジラの時の様にはならないか。私は意を決して防御態勢を取った。バリアにぶつかる一秒前のことだった。
バリアはまるでガラスのように砕けた。幸い、機体にダメージが入ることはなかった。
「バリア突破! アカネさん緊急制御を!」
「はい! 緊急制御シーケンスを作動!」
「逆推力装置を稼働。エンジンの過負荷に注意して!」
途端にブレーキがかかったかのように、私はつんのめった。しかし、目の前にある外壁までに止まりそうな雰囲気はない。流石に外壁と衝突して無傷ではいられない。私は咄嗟にウトナピシュティムから飛び降りた。直後、船は外壁に衝突し、轟音が鳴り響いた。煙が立ち上り、一時的に船の姿が見えなくなった。
エネルギーはそれほど長い時間持たない。船の状態が不明瞭である内に私は足場を求めて、近づいた。
船は外壁に深くめり込んでおり、アトラ・ハシースの箱舟の内部にまで侵入していた。私は無事着地することが出来た。
オーバードウェポンってなんかかっこいいですね。使うときの音声が一番かっこいいです。AC6にもそういう音声がちょっと欲しかったですね。
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69話
久々に一日で仕上げました。昨日は一日中ジョジョみてサボってたので……
戦艦が衝突してできた穴から侵入した。中は思ったより広かった。ACでも立って移動ができるほどに。
アリスは未だ目覚めない。早く先生に預けなければ。艦橋を叩いて私の存在を知らせようとすると、中で先生たちが慌てているのが見えた。艦橋にいたモモイたちが急いで出て行く。
「レイヴン、無事だった?」
先生が安否確認をした。スマホからは先生の声に交じってけたたましい警報が流れてくる。
『船が突っ込んだ後に、着地したから何ともない。警報は一体?』
そう言いながら、レーダーを目にして警報の意味を理解した。振り返ると、たくさんの敵がこちらへ向かっているのが見えた。
「敵が僕たちの所へきている。守ってくれ、レイヴン」
『分かった。こっち側は私で何とかする』
「一人で大丈夫?」
『問題はない。こういう時のために武器を変えてきたんだ。それよりも早くアリスを渡したいんだけど』
「分かった。えっと、ユウカ。モモイたちにレイヴンの所に行くように言ってくれ」
「わ、分かりました」
「すぐにモモイたちがレイヴンの元に来るはずだ。だから、彼女たちにアリスを預けて」
『分かった』
私は艦橋を離れ、振り返った。地上でさんざん戦ったロボットだとか、聖徒会だとかが大量に来ている。私はモモイたちの到着を待たず、船の防衛を開始した。
ショットガンを構えて照準を敵集団の真ん中あたりにする。引き金を引くとハンドガンよりも強い反動と共に複数の銃弾が飛び出した。何百メートル先の集団に着弾すると、そこに着弾した形に穴が開いた。
ショットガンは一度に一つのシェルしか撃てない。数秒のリロードが始まった。
「レイヴン!」
足元からモモイの声がした。リロードが終わるよりも先にモモイたちがアリスを預かりに来た。私は跪き、左手の中に抱えていたアリスを差し出した。モモイたちはアリスを受け取り、皆で大事そうに抱えた。私は左手でサムズアップした。モモイもそれを返してくれた。
私は立ちあがり、再び敵と向き合った。さっきよりも近づいており、穴も塞がれている。
私は前に飛び出した。それと同時にタレットポッドも開けた。中から五機のタレットが、いや、ウタハの言う通り私に追従するようになっているのでやはりドローンだ。五機のドローンが展開された。敵集団の先頭から約百メートルほど手前で止まった私は、そこを防衛ラインとし、防衛戦を開始した。
私が集団に一撃いれると、ドローンもレーザーで攻撃を始めた。
撃ってはリロードをし、撃ってはリロードをする。敵の集団には早くも最後尾が見えていた。ショットガンとドローンをかいくぐった敵はブレードで薙ぎ払った。
残る敵が五体となった時、丁度弾切れになったドローンがそれぞれ的に突撃した。敵に衝突したドローンは爆発して、敵もろとも消えた。ドローンにしては派手な爆発だった。
船に戻ろうとすると、十人ぐらいの人がこちらへ向かっていた。ゲーム開発部だとか、アビドスの三人だとか、美食研究会だとか。
「あれ、もう終わっちゃったの?」
「反対側の防衛が完了したのでレイヴンさんを援護しに来たのですが」
「はぁ、はぁ……い、いらなかったみたい?」
私はモモイにサムズアップした。その後、他の面々よりも明らかにばてているユズを拾って、私たちは船に戻った。
モモイたちは船の中に戻り、私はまた甲板に上がった。
「敵の撃退を確認。防衛完了しました」
「先生お疲れさん~。あ、レイヴンも。他に特に変な動きも無いし――」
その時、艦橋は煙に包まれた。それと同時に、スマホからは爆発音が聞こえた。
「な、何!? 爆発!?」
「そんな。一体どこから」
煙はすぐに収まった。艦橋には知らない人が一人、立っていた。大人びた雰囲気の黒いドレスのような服を着た彼女だ。
「あ、ああ!? そんな、一体いつの間に中へ?」
「シロコ!」
先生が叫んだ。たった今現れた彼女の名はシロコだという。私の記憶の中にうっすらある彼女像とは少し違うが、目の前にいる彼女はシロコと似ていた。
「そっか。うん……結局ここまで来たんだ。どうして。警告したのに。ここには命の終わりしかないのに」
シロコは落ち着いた声色で言った。銃を構え、先生を牽制している。
「シロコ先輩!」
アヤネが叫んだ。その声に、まっすぐ先生を見ていたシロコの目線はアヤネへと移る。その隙に、艦橋内へアビドスの三人が入って来た。
「止まれ!」
「し、シロコちゃん?」
「シロコ先輩? シロコ先輩なのよね!?」
シロコは一転して逃げようとした。空間に穴をあけたかのような真っ黒いゲートを出して、そこへ片足を入れた。
「待って、シロコちゃん!」
ホシノは咄嗟にシロコを呼び止めた。しかし彼女は止まることなく、代わりに去り際に何かを投げた。
「しゅ、手りゅう弾!?」
ホシノは持っていた盾を構えて、体ごと手りゅう弾に圧し掛かった。再度爆発が起こり、僅かに煙が立ち上る。
「ホシノ!」
先生はすぐに彼女へ声をかけた。しかし、ホシノは何もなかったように涼しい顔をしながら逆に先生に「大丈夫?」と聞いた。
「うん」
「シロコ先輩……」
「シロコちゃん、どうして」
騒動が落ち着いたのち、艦橋内では現状報告の話になった。現状戦艦はボロボロ、完全な修理は難しいものの、再起動までなら行ってくれるらしい。つまりは脱出のめどは立つそうだ。そして修復をしている間にも襲撃に来るであろう敵からの防衛の話になった。防衛に名指しされたのはゲーム開発部、対策委員会、美食研究会だった。私の名前は呼ばれなかった。
「オペレーターとシャーレには次の作戦をお願いします」
「次の作戦」
「ここからが本番かあ」
「はい。これより私たちは、アトラ・ハシースの箱舟を占領し、奪取します!」
箱舟の奪取についてはヴェリタスが説明してくれた。要約すると、この作戦の目的は箱舟の自爆シーケンスを発動させて、箱舟を自爆させること。そのために箱舟の制御権を少しずつ奪う必要がある。
箱舟は私たちがいる場所を基準として四つのエリアに分かれていた。柱を中心として円状の外郭があるこの箱舟には、外郭に三つ、そして中央に一つのエリアがある。それぞれのエリアには次元エンジンと言うものがあり、これを破壊することでシステムの掌握が可能だそうだ。
残された時間は長くない。今の箱舟はアリスのおかげでとどめているようで、もし限界がくれば、箱舟はまた別次元に逃げてしまう。
話が聞く限り、即行動が必要そうだ。
『じゃあ、早速行ってくる』
私はヴェリタスから激励されてる先生に言った。先生は慌てて外に出ようとした。
『どうしたの先生、そんなに慌てて』
「僕も行くよ」
『どうやって戦うの。皆防衛するのに。もしかして大人のカード?』
「そうだけど」
『いいよいいよ。私一人でする』
「そんな、レイヴンだけに押し付けるわけには」
『時間が無いんだ。申し訳ないけど今は押し問答する暇ない』
私は先生が外に出るのに時間がかかるのをいいことにさっさと次元エンジンの破壊に向かった。
会話は先生と共にヴェリタスも加わった。彼女たちに道案内されながら、道中の敵を倒したり無視したりしながらあっという間に次元エンジンまでやって来た。
ACと比較しても巨大な次元エンジンは不気味で赤い光を放っていた。私がエンジンに近づこうとすると、見覚えのある穴が空間に現れた。中からシロコが現れ、私を見上げた。
「あなた一人で来たの?」
私は何も答えなかった。答えようとシロコには伝わらない。私が何も答えないのを不思議に思ったのか彼女は首を傾げた。しかし、すぐに納得したように目を伏せた。
「そっか。そうだった。悪いけど、エンジンを破壊させはしない」
ACに身一つで抗おうなどと無駄なことだ。相手するまでも無い。このまま強行突破する。
私が構わずショットガンを構えると、シロコは飛び上がり、私の右腕に着地した。そして私の右腕をつたってこちらへ走ってくる。私は驚き、固まり、引き金を引く手が止まった。シロコが銃口を向けた。銃口が正面から見える。スクリーンに映るこの映像はメインカメラからの映像だ。つまりシロコが今狙っているのは――
気づいた時には遅かった。シロコが放った銃弾は機体のメインカメラに着弾した。本来もっと激しい戦場で戦うACのメインカメラはちょっとやそっとの被弾では壊れない。しかし、レンズの部分となると話は別だ。どうしてもレンズは脆くなる。それでも銃弾を一発二発受けたところで問題はない。しかしシロコはフルオートでまんべんなく撃ってきた。結果、レンズのひび割れはほぼ全体に行き渡り、スクリーンに映る映像全てがひび割れた。
シロコが狙っていたのはこれか。見えなければACもただのウドの大木だ。私が油断したとはいえ人でもACに対抗することが出来た。だが照準は最初から固定したままだ。私は引き金を引いた。直後何かが爆発する音が聞こえた。
「次元エンジンの破壊を確認!」
『ごめん、油断した。一回そっちに戻る』
「どうしたの、どこか怪我でもした?」
『シロコにメインカメラをやられた。完全に油断してた』
「え、シロコが?」
「やはり止めに来ましたか」
「大丈夫? そこから戻れる?」
『全体的にひび割れた感じだけど、何とか戻れはする』
「気を付けてね」
レーダーからシロコの反応は消えていた。エンジンを破壊されたので撤退したのだろう。とにかく今のままではエンジンの破壊は出来ない。一度戻ろう。
何故シロコはあんな手段を取ったのだろう。その場で思いついたのか。いや、それにしては行動に自信が見えた。まるでこれが最適解だとでも言うみたいに。だとすれば、シロコはあの方法を知っていた? 何故知っている。ACへ対抗する方法を。
映像が不明瞭だ。あまり速度は出せない。やっとの思いで船の部分まで戻ってこれた。
映像が見れないので、コックピットを開けた。足元ではエンジニア部が待機していた。
「大丈夫かレイヴン。怪我は?」
『怪我はない。ただカメラがやられた。何とかできる?』
「レンズの取り換えはちょっと難しい。レンズは全損しちゃったの?」
『いや、一応防弾だし人間用の奴ならせいぜいヒビが入るぐらい』
「それなら何とか応急処置できるかもしれません!」
『お願い』
私は三人を手に乗せて、メインカメラの近くまで持っていった。
「確かにひび割れがひどいけど、これぐらいなら補修材で何とかなりそうだ」
「多分十分ぐらいで終わるから」
「なるべく早く終わらせますね」
助かった。何とか復帰できそうだ。この程度で戦線離脱とか目も当てられない。
十分後、補修作業が終わった。確認のためにスクリーンに映像を映してみると、多少違和感はあるものの十分活動できる。
私が第二エリアに向かおうとすると、足元には対策委員会の三人がいた。
「レイヴン。次のエリアには私たちも連れてってよ」
「あんたに比べたら戦力の足しにもならないけど」
「それでもどうか連れてってください! シロコちゃんに会いたいんです!」
『ホシノたちが連れて行ってほしいって言ってる。防衛は? 人手が足りないんじゃ』
私は先生に聞いた。
「大丈夫。第一エリアの次元エンジンを壊したおかげで、ヴェリタスが防衛システムを構築してくれたみたい。多少なら抜けても問題ないよ」
『なら、いいか』
「またカメラを割られないように守ってもらうと良い」
『それは言わないでよ。もう油断しないから』
私は三人に片手を差し出した。三人が乗ったのを確認すると、私は足早に第二エリアへと向かった。
第二エリアは第一エリアに比べて抵抗が激しかった。恐らく第一エリアは防衛戦の時に戦力を削っていたので楽に攻略できたのだろう。正直言って私だけでは少し手こずっていたかもしれない。
じりじりと前線を上げて行って次元エンジンの前までやって来た。その時、敵集団の最後尾に穴が現れ、シロコが現れた。
「シロコちゃん」
「シロコ先輩!」
三人も気づいた様子だ。シロコはもはや何も言わずに私たちへ攻撃してきた。私たちも目の前の敵を蹴散らしながらシロコの元へ向かった。
やがて次元エンジンの目の前までやってきた時、シロコはさっきと同じように私の腕へ飛び乗ろうとした。だが二度も同じ手は喰らわない。ホシノたちも飛び上がるシロコを牽制した。私はショットガンを発砲した。エンジンは無残に壊れた。
シロコはやはりエンジンが壊れるとまた穴を出現させて逃げようとした。
「待って!」
「シロコちゃん!」
ホシノとノノミがシロコを呼び止めた。彼女は二人の声に振り向いたが、結局何も言わずに消えてしまった。
『消えちゃった』
「このままこれを繰り返すのでしょうか」
「先輩を引き留めることなんてできるの?」
「いや、何か違う」ホシノはシロコが消えた空間を見つめながら言った。「あの子、あのシロコちゃんはなんだか私たちを避けているように見える」
「レイヴンがいるから正面からだと対抗できないから?」
「そうじゃないよ。最初は真正面から対抗してACを一時的に無力化したんだから。あれは、私たちを、私たちと向き合うのを怖がっているように見える」
「な、なんで先輩が私たちを怖がる必要があるのよ!」
「それは分からない」
三人の会話を聞いていると、先生から連絡が来た。どうやら箱舟のシステムを半分奪ったおかげでシロコの追跡ができるようになったらしい。対策委員会の三人にも同様のメッセージが来たようだ。
「レイヴン、シロコちゃんを捕まえよう」
「そうよ! シロコ先輩を探して捕まえてやるんだから!」
「シロコちゃん捕獲作戦です!」
捕獲作戦は穏やかな名前では無いな。私は再び三人を乗せて第三エリアへと向かった。
道中、シロコの位置を教えてもらえると思っていたが少し時間がかかるらしい。それと先生も第三エリアに向かっているらしい。シロコに話をしたいそうだ。
第三エリア、次元エンジンの前で先生と合流した。そしてやはり、シロコも現れた。
「やっぱり来たね」
「覚悟しなさい、シロコ先輩!」
「大人しく捕まってくださいね」
やっぱりなんだか人に使う言葉ではないような。シロコを野生動物と同じ扱いしているように思う。
「シロコ」先生が尋ねた。「一つだけ聞いてもいいかな。どうしてプレナパテスの指示を聞いてるの?」
「違うよ先生、逆」
「逆?」
「私が色彩の嚮導者のいう事を聞いてるんじゃない。色彩の嚮導者が私の言うことを聞いてるの」
「一体どういう――」
「シロコさんの位置が分かりました!」
ヒマリが突然会話に割り込んだ。しかしシロコは目の前にいる。その情報は全く役に立たないだろう。
「シロコさんは今、第四エリアにいます!」
まさか、そんな。全員がヒマリの言葉に耳を疑った。第四エリア、確かに彼女はそう言った。しかしここは第三エリアであり、間違いではない。では座標のズレか? 否、それも違う。第三エリアと第四エリアの距離は間違いようのないぐらい離れている。では一体目の前にいる彼女は一体誰だ。彼女はシロコではないのか?
今日は色々あってとても疲れてしまった。
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70話
目の前にいるシロコは一体何者なのか。偽物、幻覚の類か?
「シロコちゃんは目の前にいるけど?」
ホシノがヒマリに言った。
「え、そ、そんな。これは、そちらにもシロコさんが表示されて。第四エンジンと第三エンジンにシロコさんが? まさかそんなこと、同じ人が二人いるなんて。この私がもしかして計算ミスを?」
ヒマリは理解が追い付いてない様子だ。一方でホシノは落ち着いた様子で、むしろこの状況を理解したかのように表情を崩した。
「そういうことだね。よく分かった。てっきりおじさんは色彩のせいでシロコちゃんが変わっちゃったと思ってたんだけど、そうじゃなかったんだね」
ホシノは答え合わせを求めるようにシロコを見た。しかし、彼女は何も言わずにホシノを見つめ返している。
「アレは私の知ってるシロコちゃんじゃない」
「え?」
「な、何を言ってるの? あれがシロコ先輩じゃない?」
他の人たちは困惑しているようだ。かくいう私もよく分かっていない。あれがシロコではない。私がシロコと会ったのは一度だけだし、姿もよく覚えていない。だとしてもあれがシロコでは無いというのは一体どういうことか。
果たしてホシノの回答が正解だったのか不正解だったのか、それは分からないけどもシロコは答える代わりに銃を構えた。それを見て私たちも戦闘態勢に入った。
シロコが呼んできたのか、敵の集団が私たちを取り囲んだ。戦闘はにらみ合う間もなく始まった。
エンジンを破壊する役目は私に任された。ホシノたちは私たちを止めようとしてくる集団の対処を担った。本当ならこれぐらいの数、飛び越えてエンジンを破壊しに行きたいのだがシロコがいるせいでそうもいかない。また思わぬ方法で無力化されても困る。彼女は私でも知らないようなACの弱点を知っている。
私たちはジリジリとエンジンに近づいた。同時にシロコも発砲しながらこちらへ近づいている。狙いは私にばかり向いて、照準も頭に向けられている。私はカメラを手で守りながら近づいた。すでにレンズにヒビが入っている。遠くからでも十分割られる。
『くそ、またカメラばかり狙って来やがって』
「シロコちゃんは任せて」
ホシノがシロコと一対一で撃ち合い始めた。シロコは私を撃つのをやめてホシノとの戦闘を始めた。ホシノは盾を構えて防御しながら戦っているのに対し、シロコは時折被弾しながらもダメージを全く感じさせない立ち振る舞いで応戦している。
『射程内に入った。撃つ』
私は少し遠目から撃った。少しでも早く終わらせたかったので気持ちが少々焦ってしまった。一発では破壊しきれなかった。リロード中は何もできない。せいぜいドローンを排出するぐらいだ。一度に五つまで出せるドローンはレーザーを撃つ。撃ち切れば敵に向かって特攻する。
一つのドローンが排出されてから特攻するまでを見届ける前にリロードが終わった。私は間髪入れずに撃った。二発目で次元エンジンは破壊された。
「次元エンジンの破壊を確認しました!」
エンジンが破壊されると、やはりシロコはすぐに逃げようとした。ホシノが彼女に近づこうとするも、残党がそれを邪魔する。
「ぐっ、ま、待って、君は一体」
ホシノが声をかけるも、シロコは聞く耳を持たずに虚空に消えてしまった。
「ホシノ先輩、さっきのって一体」
「シロコちゃんじゃないってどういうことですか?」
「シロコちゃんはあんな目をしない、あれは――」
「次元エンジンを破壊したおかげで第四エリアの映像をハッキング出来たわ!」
ホシノが何か言いかけたところにユウカが割って入ってしまった。
「第四エリアって」
「ええ、彼女の信号を捕らえた場所よ。今映像を映すから待って頂戴」
ユウカが映したのは第四エリアの次元エンジン付近と思われる場所。そこには覆面を被った生徒がこそこそ歩き回っていた。
「シロコ! 大丈夫!?」
「ん、先生?」
先生が思わず声をかけたが、どうやら声も通っているらしい。彼女が本物のシロコで間違いなさそうだ。さっきまで戦っていたシロコと比べるとまるで全然違うが。
「怪我はない?」
「ん、大丈夫。自転車に乗ってたら拉致されただけ。人質になるのはセリカみたいな子だと思ってたから油断してた」
「ちょっと、シロコ先輩! それどういう意味!?」
自転車に乗ってて拉致された、はあまり大丈夫には思えない。それにしても拉致された割には元気だな。なんか箱舟の中で金品を探していたとか言ってるし。そういえばアビドスの五人って覆面水着団なんだったか。この状況でも金目の物を探すとはたくましいな。だが、ホシノはそんなシロコを嗜めた。この方法で金を得ていてはいずれ慣れて、意識せずともやってしまうようになると。シロコはそれを聞いて物色を止めた。
私はすっかり人を殺して金を得る方法に慣れたな。人の死体を見てないからあまり殺したという実感はないが、逆にいえばACやMTが爆発して生き残る人などいない。死体など消し飛んでいるだろう。
「積もる話もあるけど、それは再開してからね。本当シロコちゃんがいない間にたくさんのことがあったんだよ。涙なしでは語れないような話がたくさん」
「ん、ホシノ先輩、みんな、先生、待ってる」
ホシノとの通信はそこで切れた。
「シロコちゃん……」
「シロコ先輩、待ってて……今行くから!」
「先生、早く第四エリアに行こう」
「うん。レイヴン頼んだよ」
『はいはい』
私は先生たちを回収し、すぐに第四エリアに向かった。
道中で、オペレーターたちから第四エリアの説明を受けた。どうやら、第四エリアは箱舟の中心にあるせいか他のエリアのように一筋縄ではいかないようだ。まず第四エリアに向かうために、上部にある特別エリアの破壊が必要らしい。さらに特別エリアはハッキングの影響を受けないらしく、直接向かって破壊する必要があるらしい。その特別エリアの破壊には対策委員会がすぐに名乗り出た。
「ま、それなら私たちの出番かな。先生とレイヴンはその間にエンジンの破壊を頼むよ」
『あなたたちがシロコを出迎えなくていいの?』
「そうしたいのはやまやまだけど、エンジンを破壊するのにレイヴンが適任だからね。私たちは私たちでちゃんと仕事をするよ。シロコちゃんを出迎える前にまずは周りを掃除しないと」
『そう、なら頼んだ』
「先生も頼むよ」
「もちろん」
スマホに地図が送られてきた。私は今見れないので先生に説明を頼んだ。どうやら特別エリアと第四エリアに分かれる道が、丁度このすぐ先にあるらしい。その道は私にも見えていた。分かれ道で止まり、ホシノたち三人を下した。
「んじゃ、私たちは特別エリアに向かうから」
「了解。みんな、頼んだよ」
「はい。お任せください」
「先生も、次元エンジンを頼むわよ」
そうして私たちは分かれた。
第四エリアの入口まで来た。そこは事前の説明通り隔壁が下りており、先に進めない。私はそこで止まりホシノたちからの連絡を待った。
時間が無いのに待たされているこの状況、否応無く気持ちが急かされる。その気持ちがACの挙動にも表れていたのか、先生から落ち着くように諭された。
「落ち着いて、レイヴン。焦ってると大事な時に失敗してしまうよ。安心して、ここまで僕たちはうまく行ってる」
『そうだね。思いのほかうまく行ってる。敵の抵抗もそこまでじゃない。ありがとう先生、少し落ち着くよ』
私は深く深呼吸した。嗅ぎなれたコックピットの匂いがする。おかげで落ち着いた。そうだ私たちはうまく行ってる。もうすぐ箱舟のシステムを全て掌握することが出来る。大丈夫、私たちは今勝っている。
ホシノからメッセージが来た。特別エリアを破壊した、と。それと同時に目の前にあった隔壁が上がった。モモトークにはこのまま第四エリアに向かうと書いていた。
『ホシノは私たちのところまで来るみたい』
「そうみたいだね」
『彼女たちが来る前に終わらせておこう』
私は第四エリアへと足を踏み入れた。
第四エリアの次元エンジンは、私がエリアに侵入した入口から近いところにあった。そこではすでにシロコが待ち構えている。
時間は駆けない。最高速度で突っ込めばシロコも手は出せないだろう、多分。私は一抹の望みをかけてアサルトブーストを使用した。比較的狭い船内を疾走すると、敵は私の体当たりで消滅していく。幸い、シロコもアサルトブーストで正面から突っ込んでくるACを止める術は知らないらしい。衝突する寸前で彼女は虚空に逃げた。
無防備になったエンジンに、ブレードを振り下ろした。エンジンは簡単に破壊された。
柱の陰に人影を見つけた。レーダーにも映っている。ただ敵を表す赤色ではない。確認してみると、それは一人の少女、先ほど映像で見た本物のシロコだった。
「先生? それと」
「シロコ、大丈夫?」
「うん、私は大丈夫。先生、このロボットは」
「レイヴンだよ。二人で助けに来た」
「ん、思い出した。トリニティの古聖堂で見た覚えがある。先生、話したいことが沢山あるけど、今はとりあえず行かないとだよね」
「うん。詳しい話はあとで聞くから」
「シロコ先輩! 大丈夫ですか?」
アヤネがシロコの安否を聞いた。
「ん、私は大丈夫。先生たちと一緒に行くから道案内お願い」
「はい。えっと、そ、それでは船がある第一エリアまで来てくれますか?」
「ん、分かった。先生、いこう」
「うん。レイヴン、頼んだよ」
『任せて』
シロコと先生を乗せた私は箱舟の中を走っていた。道中に敵は一人もいない。途中でホシノのことを思い出し行き違いになってしまったかもしれないと思ったが、アヤネ曰くウトナピシュティムの方へ戻ったそうで。どうやら防衛の手伝いだとか。
道中は静かだった。次元エンジンを破壊する過程で箱舟内の敵を全て倒してしまったのかもしれない。
ふと箱舟の窓を見た時、私は思わず立ち止まった。
「レイヴン?」
先生が心配そうに声をかけた。
『空が、赤くなってる』
私の言葉に先生も驚いた様子で窓の外を見た。外は何時しかの、虚妄のサンクトゥムが現れた時と同じように真っ赤に染められていた。まさか虚妄のサンクトゥムが復活してしまったのか。だがしかし、復活までまだ時間があったはずなのだが。
「そんな、どうして。エンジンは全て破壊したのに」
「すみません。やられました」先生の疑問に答えたのはヒマリだった。「私たちが箱舟の占領を進めている間に、敵はウトナピシュティムの掌握を進めていたようです。今、本船の制御権は敵にあります」
「そんな、一体どうして。船の掌握だなんて内部からの物理的な接触が必要よ? 誰も内部に何て――」
ユウカがそう言った瞬間私は思い出した。ただ一人だけ、船の内部に入った人物がいる。爆発に気を取られていたが、シロコがあの時に船の内部に侵入していた。
「まさか、あの時に!?」
「現在、船の自爆シーケンスが始まっています」
「それはもしかして」
「はい。先生のご想像通り、私たちはまだ脱出の準備が出来ていません。敵は私たちもろとも自爆する気です」
「それじゃ、私たちはもうおしまいってこと?」
「いや、まだ終わったわけじゃない」絶望的な状況にチヒロが割って入る。「ハッキング位置を特定したけど、第四エリアの多次元解釈エンジン管制室、ナムラ・シンの玉座――ここから船をハッキングしてる」
「つまり、そこにいるハッキングの主を止めればまだ何とかなるってこと?」
「そういう事だね。とはいえ一度体勢を立て直してから――」
「先生、すぐ行こう」
「シロコ?」
「そこにいるやつを止めれば何とかなる。ん、とても簡単な話」
「そうだね。僕たちにはレイヴンもいる。諦めるにはまだ早い。レイヴン、一緒に行こう」
『分かった。ナムラ・シンの玉座だっけ? 変わった名前だ』
しかしおかげですぐに場所が分かった。第四エリアの中央にある部屋らしい。私は方向転換して再び第四エリアへと向かった。
「なあ、レイヴン。少しいいか」第四エリアに向かっている途中、ウタハから声をかけられた。「私は今ヴェリタスを手伝ってハッキングに対処しているんだけど、バックドアに使われたものを見つけたんでそれを解析してるんだ。それでなんだが、まずこれはエンジニア部とレイヴンだけしか聞いてない」
『なに、やけに秘密にしたがるね』
「正直に答えてほしいんだが、レイヴン。君船のシステムを何か弄ったかい?」
『何言ってんの。私は何も弄ってないよ。私が弄ってどうするの』
「そう、だよな。うん。当たり前だ。君が犯人じゃなくてよかった……いやどうだろう。この場合はもっと大変なことになったのかもしれない」
『何。私に何が言いたいの』
「実は、シロコが投げ込んだバックドアを組み込んでいた装置なんだが……コーラルが検出されたんだ」
『は、え、何。それがどうかしたの』
「シロコがバックドアを設置したのは彼女がレイヴンと接触する前だから、コーラルが付着することも無い。だから偶然と言うことはあり得ないんだ。確か、君の話ではコーラルは万能な物質だと言っていたね。エネルギーにもなるし、薬物のようにもなる。情報伝達媒体にもなり得ると。もしかしてコーラルを使ってハッキングも可能だったりするのかい?」
私はウタハが何を言いたいのかだんだん分かってきた。だとしてもそれを簡単に認めたくはなかった。
『コーラルが含まれているものなら可能ではある。私自身は出来ないけど、それができる人は知ってる。でも彼女が船をハッキングするなんてありえない』
それは機体の中にいる彼女だ。彼女はコーラルが含まれるこの機体を自由に動かすことが出来る。しかし、彼女が船をハッキングするなんてありえない。動機が不明だ。なぜ自爆させる必要がある。
もう一人、私には心当たりがあった。しかしそちらは更にありえない。だって彼女は、彼女はすでに消滅した。この手で殺したし、コーラルも焼き払った。万が一でも彼女がキヴォトスに来ている可能性なんてない。
「君がそれだけ信頼してるなら、その人が犯人ではないのだろう。だがしかし、もしかしたらこの箱舟には君と同じようにルビコンからキヴォトスにやって来た人が居るのかもしれない。いや、君や君の知っている人が犯人でないならそれは確実だ。そしてその人はコーラルを用いたハッキングが可能だ。場合によってはACと戦う羽目になるかもしれない。十分気を付けてくれよ」
周りの音が遠くなり、目線が正面で固定された。頭の中で思考が巡る。
まさか、ありえない。箱舟に乗っている? まさかそんな、どうやって。ありえない。万が一も無い。だって、消えた。彼女は消えた。私が消したんだ。どうやって生き残った。そうだ。キヴォトスにはコーラルがある。だから技研のジェネレーターも動いてる。キヴォトスで彼女が存在することは可能だ。だからか? なぜ、どうして。復讐なのか。私に復讐に来たのか?
ウタハの話を私は話半分で聞いていた。途中から集中できなかった。何を話しているのか分からなくなった。最後の言葉に生返事で返した。
焦燥感を胸に宿らせながら私は第四エリア、ナムラ・シンの玉座へ向かった。
さて、お話は急展開を向かえそうですね。
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あまねく奇跡の始発点編四章
71話
最近ちょっと忙しかったので書く時間と気力がありませんでした。
今回は次回の展開の調整用にちょっと長くなってます。
気の迷いを振り払い第四エリアを突き進む。箱舟の中は静かで、誰とも会いはしなかった。
地図によればこの先がナムラ・シンの玉座だ。しかし目の前にある扉は明らかに人間用であり、ACは通れない。やむを得ない、破壊する。
急停止し、扉めがけてショットガンを撃った。扉を含め、壁に亀裂が走った。壊れはしなかったが、体当たりで壊れるはずだ。先生とシロコを下し、私は扉から少し遠ざかった。そしてアサルトブーストで加速し、亀裂の入った壁を蹴った。壁は吹き飛び、中の様子が丸見えになった。
私が入るよりも先にシロコが入っていった。それを追いかけて先生も玉座に入っていった。最後に私が玉座に足を踏み入れた。
中は暗かった。床は真っ白で、壁には幾本か紫の線が入っていた。
玉座の中心に一人、立っていた。シロコはそいつに銃口を向けていた。
「敵、発見。私を拉致したあいつ! 止まれ! 少しでも動いたら撃つ。こっちにはシャーレの先生とレイヴンがいる。あなたには何もできない。大人しく降参して――」
シロコは奴に対して警告、降伏勧告を行うが奴は無視して懐から何かを取り出そうとしている。
「う、動くな!」
しかし奴は止まらない。やがて奴は懐から一枚のタブレットを取り出した。それは三つの弾痕があったが、私の見間違いでなければあれは先生が持っているシッテムの箱と同じではないのか。
シロコは警告を無視した奴に対して発砲した。フルオートで一マガジン分撃ち切った。発砲により発生した煙が視界を遮った。
私は一瞬奴が発した声を聞いたような気がした。その言葉は私の聞き間違いでなければ先生がシッテムの箱を起動させたのと同じようなフレーズであった。
「先生の認証を承認」煙の中から声が聞こえる。それはこの場にいる誰でもない声だった。煙が晴れていき、傷一つ負っていない奴の姿と、奴の前に立ついるはずのない少女の姿が見えてきた。「このシッテムの箱に常駐するメインOS、A.R.O.N.A命令待機中」
「ア……ロ、ナ?」
先生は驚きのあまりぎこちない声で名前を復唱した。かくいう私も驚愕している。驚きを消化できないうちに相手はどんどん情報を吐き出してくる。
「アトラ・ハシースの箱舟、復旧システムを起動。シッテムの箱の権限により破壊されたアトラ・ハシースの箱舟を多次元の同一存在と同一化・修復します」
彼女が宣言すると、私が壊した壁は瞬時に修復された。
「約三十分後、修復百パーセント修復完了予定。箱舟に侵入したウトナピシュティムの本船は八百秒後、最終自爆シーケンスを発動」
彼女は淡々と告げるが、つまり我々の船を自爆させたうえで箱舟を修復させることが出来るという事だ。まずい、非常にまずい。彼女を止めなくては。
「だから言ったでしょう。定められた運命から逃れることはできないと」私が行動を開始しようとした直前、牽制するかのようにあのシロコが虚空より現れた。「予定通りキヴォトスは終焉を迎える」
「あれは、私?」
シロコがもう一人の自分を見て驚いている。シロコはまだ自分と同じ存在がいることを知らなかったようだ。
「肯定。砂狼シロコ。別時間軸の同一存在」
アロナと同じ名を持つ少女が答えた。そして先生はそんな彼女に「じゃあ、君はアロナ?」と質問した。
「一部肯定。このシッテムの箱に常駐しているシステム管理者であり、メインOSであるA.R.O.N.Aです。私はあくまでシッテムの箱の所有者である先生を助け、サポートするための存在です。先生、ご命令を」
「そんな、ありえません! シッテムの箱の管理者は私で、でも私が二人いて、それならあのシッテムの箱は、あそこにいる私は、あ、ありえません! 彼女がシッテムの箱のシステム管理者ならなぜあんなところにいるのでしょうか。何かずるでもしない限り――」
アロナが叫んだ。しかし同じ名を持つ少女はアロナに対しても回答を行った。
「回答。それはここが状態の共存を維持しているアトラ・ハシースの箱舟の内部だからです。このナムラ・シンの玉座は、次元、時間、実在の有無が確定されずに混ざり合う混沌の領域。教室を持たない私に先生が空間を歪曲したからここにいるのです。ズルではありません」
「わ、私の質問に答えた!? 私の声は先生にしか聞こえてないはずなのに!」
いや、それは違う。だって私にも聞こえている。本当なら確かに先生にしか聞こえないのだろう。だが、私にも声は聞こえている。会話はできないけども。
シロコが二人いて、アロナも二人いる。そして彼女の発言。つまり彼女の言う先生とは、あの体格の大きい仮面をした奴の正体は――
「プレナパテスが別時間軸の僕ってこと?」
先生は恐る恐るそう答えた。
「一部肯定。対象が連邦捜査部シャーレの先生と同一存在であることを確認……しかし一部差異があります」
彼女はそう言った。差異と言うのは明らかにその姿であろう。私が知る先生よりも体格が大きい。あとその見た目は正直言って趣味が悪い。プレナパテスとかいう変な存在になっているし。
「先生!」アロナが叫んだ。「今私の方でもプレナパテスの生体情報を確認してみましたが、確かに見た目こそ変わりましたが、あれは別時間軸の先生です。で、ですがプレナパテス、いえ、あの時間軸の先生はすでに……生きて、いません」
「プレナパテスは、生きていない?」
先生は思わず復唱した。その言葉にシロコが反応した。
「そう、先生を殺したのは私だから。そうしたら先生は色彩の嚮導者になっちゃった。多分色彩の影響だろうね。そして私をここに連れてきた。世界を終焉に導くという、私の運命を実現するために」
「え?」向こうのシロコの言葉に、こちらのシロコは耳を疑った。「あなたが、私?」
「うん」
「私が、せんせいを、ころした?」
「そう」
「世界を、滅亡?」
「そう」
こちらのシロコは声を震わせながら尋ねるのに、向こうのシロコは酷く冷静に答えた。その態度にこちらのシロコは怒りを現した。
「ふざけ、ないで! 先生を殺して、貴方の存在の道具として利用? 私がそんなことするわけ――」
こちらのシロコは即座に発砲した。しかし向こうのシロコはいとも簡単に近づき、シロコの銃を手で払った。
「あなたがいくら否定したところで、これはすでに定められたこと。あなたはそうなる。この世界に存在する以上、そう定められているの。ところで、あなたはさっきからずっとそこで静観してるけど、いいの?」
シロコは突然私に目線を向けてきた。私はなぜ急に自身に意識が向けられたのか分からず何も答えられなかった。
「何も考えてないの? この場に別の時間軸の私、そして先生がいる。なら、考えなかったの? 彼女は確実ではあるけども仕事が遅い。口うるさくもなって、昔はあまりしゃべらなかったんだけどいつから変わってしまったんだろうね」
何を、言っている……別の時間軸、シロコ、先生、アロナ……まさか、まさか、まさかまさかまさか!?
レーダーの赤点は三つあった。いや、もう一度見る。赤点は一つ、二つ、三つ……四つ? スクリーンで機体が何かをロックした。その瞬間玉座の天井が崩れた。そしてソレはプレナパテスの前に着地した。
「いや、すっかり遅くなった」
「遅かったね。先生に何かあったらどうするの」
「うるさいな。先生にはシッテムの箱があるんだから大丈夫でしょ。大体なんでお前に指示されなきゃいけない。先生を道具扱いしやがって。お前いつか殺してやるからな」
「レイヴン、今は口喧嘩をしている所ではありません。やはりいました」
そのACは私に向いた。初めて見る機体だ。頭も胴も見たことが無い。足は逆関節で両腕両肩にショットガンを持っていた。そして先ほど天井から現れた際にブースターから真っ赤な炎が見えた。あの機体も技研製のジェネレーターを積んでいる。
「ああ、いたんだ。まああれだけ派手に迅速にエンジン壊すんだからそりゃいるよね、ACが。流石私じゃん。仕事が早い」
『あなたは、もう一人の私?』
「ん? メッセージが……あ、へぇ? そっかあ、そっかそっかあ。そっちの私はまだ喋れないんだあ? そうだよ。私はもう一人のあなた。別の時間軸のレイヴンだよ」
『なんで、喋れるの。私は何も話せないはずなのに』
「そりゃ手術したからに決まってるでしょ。歩けるようにもなったし、傷も治した。昔みたいに全身包帯じゃないんだよ」
「やはり別の時間軸では同一人物でも違った姿になるようです」
「そうみたいだね。アセンも私と全然違う。初期機体か……武器はハンドガンにブレード、タレットに……見たことないのが乗ってる。レーザーショットガンみたいだけど。それはそうと、初期機体でよくここまでこれたね。まあキヴォトスにACなんていないし初期機体でもハンドガンでも十分やっていけたか」
『エ、ア? エアがそこにいるの? なんで、どうして』
「うわ、無視された」
「私がいることに驚いているようです」
「だろうね、あんなことしたんだし。あっちは何も知らないし」
「レイヴン、いつまでも無駄話をしていないで早く仕事をして。向こうにもACがいる限り私たちの勝機は薄い」
シロコがACに命令した。するとACは持っていたショットガンを彼女に向けた。
「うっさいな。何度も私に指示をするなって言ってるだろ。今私は彼女と話をしてるんだ。邪魔をするな」
「傭兵なら雇い主の言うことぐらい聞いて」
「私は独立傭兵だ。誰の言うことを聞くのも自由だ。裏切るのも自由だ。ヘイローをぶっ壊されたくなれりゃ黙ってろ……いや、いやいや。ごめんね。目の前で喧嘩しちゃって。キヴォトスに来て初めて同胞と出会ったんだ。もう少し話がしたいんだけどしょうがない。これも仕事だ。あまり引き受けたくなかったけど先生に恩を返さなくちゃいけない。悪いけど死んでくれるかな」
ACは何の前触れもなく動き出した。逆関節による驚異的な跳躍力は一瞬で私との距離を詰めてきた。そして両腕に持った二丁の重ショットガンを撃った。反応が遅れた私は回避も遅れた。私がクイックブーストで避けた時にはすでに二発分の被弾をしていた。
スタッガーがすでに半分近く溜まった。こんなにスタッガーが早く溜まるなんて。私は唐突に焦燥感に駆られた。ACと戦うのが久々で感覚が鈍っている。完全に忘れていた。目の前にいる敵は簡単に私を殺すことが出来る。
すでに肩にかけていたショットガンと交換していた。もう一度避けたが、やはり避けきれない。多分片方が当たった。これで両方を撃ち切ったのでリロードに入るはずだ。その間に体勢を――
目の前に機体の足が映った。私はスクリーンに釘付けになり操作を忘れた。衝撃と共に私は大きく後方へ吹き飛び、壁と激突した。
「んー? おっかしいな。なんか弱くね。私ってこんなに弱かったかな」
「確かに少々動きが悪いですね。レイヴンの動きについていけていません。ですが注意してください。すぐにレイヴンの動きに対応してくるかもしれません。なにせ彼女はもう一人のあなたなのですから」
「まあ、キヴォトスにACいないからね。ちょっと感覚忘れてるだけでしょ。ほら起きて。まだ全然ダメージになってないでしょ。動かないならさっさと殺すよ?」
ここは狭い。距離を取ろうにもすぐに壁と激突する。それに流れ弾が当たる可能性がある。先生はアロナが護ってくれるだろうが、シロコはそうもいかない。
私は天井を見上げた。もう一人の私が入って来た穴はまだ塞がっていない。あそこから外に出よう。
待ちくたびれた彼女にとどめを刺される前に私は穴に向かって飛んだ。
「ちっ、逃げる気か。逃がしはしない!」
彼女もすぐに私を追いかけて来た。外に出ると、空が真っ赤に染まっていた。虚妄のサンクトゥム攻略戦を思い出す空だ。私が着地して数秒後に彼女も穴から飛び出した。
「外で戦おうってわけ? いいよ。こっちの方が広いしね」
『一つ聞いてもいい?』
「手短にね」
『なんでそっちの先生は死んでるの? あなたが守ってたんじゃないの?』
「は?」
『別の時間軸だとしても、あなたは先生を守ってたんでしょ? だって恩を返すって、そう言ってた。じゃあ守るよね。なんで死なせてるの?』
「うるさいな。なんでお前に言われなくちゃいけない」
『私だから言うんだよ。別に責めたいわけじゃない。何があったの?』
「さあね。どこかでずれたんだ。私たちとお前はほぼ同じタイミングでキヴォトスに来た。キヴォトスの状況も一緒だった。ゲーム開発部が廃墟で私たちを見つけたんだ。違うのは私にはエアがいて、お前にはいないこと。ルビコンでの選択が違ったんだ」
『ルビコンでの選択? 選択って一体何が』
「なんだお前、そんなことまで忘れたのか? ルビコンの思い出は全部捨てたのかよこの野郎」
彼女はなぜか私に対して当たりが強くなってきていた。
「お前、エアを裏切っただろ。最後までウォルターの言いなりになってコーラルを焼き払っただろ」
『当たり前でしょ。それがウォルターの願いだった』
「私は違う。私はエアを選んだ。友人なんだ。友人を殺すことなんてできない。お前はウォルターの――」
私は自分で顔がゆがんだことに気づいた。こいつは今当たり前のように言ったが、ウォルターの遺志を無下にしたと宣言した。
『ウォルターを裏切ったの?』
「うるせえ! 今私が話してるんだ! 他人の話を遮るんじゃねえ!」
「レイヴン、落ち着いてください。怒ってばかりでは話し合うことが出来ませんよ」
「ああ、ごめん、つい」
『あなたはご主人を裏切ったの?』
「そうだよ。でも人聞きが悪いな。確かにそうではあるけども、完全に裏切ったわけじゃない。私はエアと協力してコーラルとの共存を目指してたんだ。ウォルターがなんでコーラルを焼こうとしてたか分かる? コーラルが増えすぎると汚染を引き起こすんだ。それがルビコン外にもれるのを防ぎたかった。こういっては何だけども、ウォルターのやり方は手っ取り早く、効果の大きい方法だ。だが如何せん考えが浅はかだ。ルビコニアンのことを何にも考えちゃいない。彼らにとってコーラルは無くてはならないもの。焼き尽くしてしまえばルビコニアンの未来はないんだ。だから私は焼き尽くすんじゃなくて共存を選んだんんだ。そのせいでオーバーシアーとは敵対してしまったけど」
『そんなの屁理屈だ。結局は問題を先延ばしにしただけじゃないか。ご主人が用意した計画を台無しにしたんじゃないか。お前はご主人を裏切った!』
「ご主人ご主人うるせえな! お前は犬か!?」
『犬だ! 猟犬だ! 何のために私は拾われた、ご主人の犬となって命令に従うためだ! 自他ともに認める猟犬になるためだ! ウォルターだってそのために私を拾ってくれたんだ!』
「おい、おいおいおい。お前マジで言ってるの? ウォルターがお前を犬にするために拾ったって? そりゃ酷い。ウォルターも浮かばれないな。そうだな、確かに私はいろんな奴から犬呼ばわりされたさ。猟犬、野良犬、駄犬。だがな、お前。一度でもウォルターがお前を犬と呼んだことが、犬のように扱ったことがあったか?」
『もちろん――』
あれ、ウォルターは言っていただろうか。私を犬のように扱っていたことはあっただろうか。いやだってあるはずだ、そんな、無いなんて――
私はルビコンでの記憶を思い返した。ウォルターが私を何と呼んでいたのか思い出せるだけ思い出した。あれだけ呼んでいるはずだ。私を犬のように扱ったことが……ない。思い返しても出てくるのは私を621と呼ぶウォルターの姿だけだった。
『――ない?』
「そうだ、ない。ウォルターは私を621と呼び続けた。強化人間の番号、そう強化人間、つまり人間だ。ウォルターは私を人間のように扱った。人間として生きてほしかったウォルターに対してお前は犬として生きることを選んだ。その時点でお前はウォルターを裏切ったんだ。今の今までお前はずっとウォルターを裏切ってたんだよ!」
『そんな、そ、そんなこと、そんなことない。そんなわけあるはずない! 私はご主人を裏切ってなんかいない!』
私の目から涙が流れて来た。一番裏切りたくなかった、裏切るはずがない相手を裏切っていたと言われたのだ。自分に対する失望と、彼女に対する怒りが混ざった。
「ウォルターのことをご主人ご主人言ってる時点で裏切ってるってことが分かんねえのかお前よお!? お前はもう覚えてないかもしれんが、初めてルビコンに来た時に大金を得れば私でも人生を買い戻せると言ってくれた。そして最後に彼は私に再手術をするように言ってくれたんだ。私が稼いだ金だからと。私は全てが終わった後に遺言通り再手術した。今の私は人間とほど近いところまで回復したんだ。道は少したがえてしまったけども、これで少しでもウォルターが報われるなら幸いだ」
『待って、何それ。私そんな遺言聞いてない。私はコーラルを焼くようにしか――』
「だろうな。お前が最後に聞いたウォルターの声は技研都市から脱出するときだったから。私は違う。私はザイレムを落としたときにウォルターと会ったんだ」
『そんな、でも技研都市でアーキバスに捕まった時にウォルターはもう』
「正直言ってアレは生きていたと言っていいものか分からないね。企業に洗脳された状態で技研都市に眠っていた機体に乗って私の前に現れた。企業の敵となる私を止めるために。その時の機体の頭と胴は今の私のアセンだよ。引き継いだ」
『引き継いだ? 引き継いだってまさか、お前は、お前はウォルターを』
「殺した。私が殺した」
『この裏切り者がぁ!』
「だから最初から裏切り者はお前だといってんだろうが、この駄犬がぁ!」
私はハンドガンを連射し、ドローンを展開しながら彼女に向かって突撃した。彼女もまた私に突撃した。私は光の剣を発射した。しかしそれは易々と彼女に避けられてしまう。
「当たんねえな、そんな大ぶりな攻撃!」
「レイヴン、気を付けてください。あのポットから展開されるタレットはルビコンの物とは違うようです」
「もう片方の武器も違う。キヴォトスで改造したな。多分エンジニア部だな。私の敵じゃない」
彼女が私の攻撃を割け切ったのちに二丁のショットガンを撃った。今度こそ私はそれを避けた。予想通り肩のショットガンを取り出し発砲した。それも避けると蹴りを入れてきた。それも避けた。
「ちっ、全部避けられた」
『お前の攻撃なんかもう受けるか!』
「お前のも当たんねえよ!」
彼女はクイックブーストで巧みに避けると、私の頭上を飛び越えるように移動した。照準が追い付かず、ロックが外れた。急いで後ろを振り向くとすでに彼女はショットガンを構えていた。私は慌てて横に避けると、弾が掠っていった。休む暇なく再びショットガンが発砲された。クイックブーストで避けようとすると、なぜか機体が動かない。
『な、どうして』
機体の中でエネルギー切れの音が鳴っていた。目の前の彼女に集中していてエネルギー管理を怠った。あえなく私はショットガンの攻撃を喰らった。続いて蹴りも喰らった。強い衝撃と共に、私は後ろへ吹き飛んでいった。
彼女は好機と言わんばかりに追撃をかけに来た。私は揺らぐ視界の中でこちらに向かってくる彼女を見て、咄嗟にアサルトアーマーを起動させた。エネルギーも回復しきってない。今ある武器では彼女を止めることが出来ない。残った手段はアサルトアーマーだけだった。
真っ赤なパルスが現れ、数秒のチャージが始まった。彼女はもう私の目の前まで来ている。逃げられない。スタッガー状態にして切り伏せてやる。
しかし、彼女は私がアサルトアーマーを起動させたのを見るとすぐさま自分もアサルトアーマーを起動させた。私のアサルトアーマーがかき消されてしまう。しかしもう取り消せない。決まった未来に何もできず私は自分のアサルトアーマーがかき消されるのを見ていた。代わりに残ったアサルトアーマーで私がスタッガー状態になってしまった。
彼女は重ショットガンと軽ショットガンをそれぞれ私に撃ち込んだ。
『AP残り三十パーセント』
機体のコックピットに穴が開いた。僅かに外が見えた。腹に痛みが走る。恐る恐る見て見ると出血していた。多分飛び散った破片が刺さった。
彼女はパターン通り蹴りを入れた。抵抗できない私はより遠くに吹き飛んだ。終着点は突き破った時に出来た穴だった。私は穴にそのまま落ちて行ってしまった。
暗い室内で先生たちが戦っていた。私はそのど真ん中に落ちて来た。痛みに耐えながら上を見ると彼女が下りてくるのが見えた。ショットガンを構えている。私は恐怖に襲われた。勝てない、何もかも彼女を下回っている。彼女に勝てないと私は確信した。私は最後の抵抗で遠ざかった。逃げたかった。壁に激突してそれ以上下がれなくなった。彼女はわざとらしく歩いて来た。そしてショットガンの銃口を私に向けてきた。
「だめだね。ちょっとこっちにおいで」
誰かが私を後ろに引っ張った。私はそのまま真っ暗な空間に真っ逆さまに落ちた。
次回はなんとか二日で書きたいですね。
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72話
ごめんなさい。二日で投稿できませんでした。そういえば前回出てきた別の時間軸のレイヴンの機体構成を書くのを忘れてましたね。以下に記しておきます。
頭:IB-C03H: HAL 826
胴:IB-C03C: HAL 826
腕:EL-TA-10 FIRMEZA
脚:06-042 MIND BETA
両腕武器:SG-027 ZIMMERMAN(重ショットガン)
肩武器:SG-026 HALDEMAN(軽ショットガン)
私は暗闇の中で膝を抱えて座って、何もない空間をただ見つめていた。静寂の中で脳裏に浮かぶのは、彼女との会話ばかりだった。思い出すたびに私がウォルターを裏切っていたことに自責の念が生まれて涙が流れた。それが悪意無く、むしろ善行だと思ってやった悪行であると意識してさらに涙が溢れてきた。胸が苦しくなり、口から息が漏れた。涙を隠すように顔を膝に埋めた。鼻を啜る音が暗闇に響いた。
何度か悲哀の波で涙が溢れた頃、突然大きな何かを引きずる音が暗闇に響き渡る。顔を上げると暗闇だと思っていた空間に一つの光の筋が入り込んでいた。さらにそこには一つの人影もあった。
「やっと見つけた。こんな所にいたのか」
人影の主は逆光で見えなかったが、私はその声に聞き覚えがあった。彼女は真っ直ぐ私の元に来て顔を覗き込んだ。
「うわっ、ひどい顔。大丈夫?」
そう言って彼女はハンカチを取り出して私の顔を拭いてくれた。
「外に出よう。暗い場所に居続けても気が滅入るだけだよ」
でも私は歩けない。
「ん? 足が動かないの? 大丈夫、今だけは歩けるから」
足の動かし方なんて分からない。
「あれ、忘れちゃった? 前は歩けたのに。しょうがない、私が支えてあげるから。ほらいくよ、一、二の三」
彼女に引っ張られて強制的に立たされた。しかしどうしても足に力が入らず、すぐ前に倒れそうになった。だが、彼女が咄嗟に私を抱いてくれたおかげで倒れることはなかった。
「大丈夫大丈夫。すぐに思い出すから。ほら右足から立ってみて。こうやって足裏を地面につけるの」
彼女は右足で地面を何度か踏んだ。私は手探りで足に意識を集中させた。すると少しだけ右足が動いた。そのまま震えながらも、なんとか足裏を接地させることが出来た。
「うまいうまい。左足も同じように」
彼女に言われるまま、同じように左足も接地させた。両足が自重に耐えきれずプルプルしている。
「その場で歩いてみて、足を交互に動かすの。はい一、二、一、二」
彼女の合図に合わせて両足を上げてみる。最初はぎこちなかったが、数を重ねていくとだんだんスムーズになった。足の震えも止まった。
「うん、大丈夫そう。じゃ手離すよ」
そう言うと私が彼女の腕をつかみ返す前に手を放してしまった。私は途端にバランスを崩しグラグラと揺れたが、倒れまいと腕を伸ばしてバランスを取った。十秒ほどバランスを取り続けてようやく私は一人で立てるようになった。
「ほら、立てた。じゃあ行くよ」
彼女は手を差し出した。手を取ると彼女は私を光の筋まで引っ張った。少しよろめきながらも彼女に連れられて光の筋から出ると、刹那の眩しさを感じた。目を手で覆って陰から見ると、目の前には青い海と青い空がが広がっていた。とても綺麗だった。
ここは一体どこだろう。その思いながら私は周りを見渡した。後ろはさっきまで私がいたらしい古びた倉庫があった。そしてその時に私を引っ張った彼女の顔も見た。彼女は私と同じ顔をしていた。でも格好は全然違う。私みたいに全身包帯ではなく、学生服のようなものを着ていた。
陸地から突き出した岸壁に波が打ち付ける音が聞こえる。とても心地いい音だった。
「こっち」
彼女は尚も私を引っ張った。一体どこまで引っ張るのか、彼女の為すがままに私は歩いた。私がいたのは倉庫群の中だったようで、同じ造りをした倉庫が並んでいた。
倉庫群の角を曲がると一機の機体が跪いていた。ACじゃない。エンジニア部が作ったACもどきだった。
「さ、乗って乗って」
機体は片腕を地面につけて、そこからコックピットまで登れるようになっていた。彼女と一緒に中に入ると、二つある席の片方に座るように言われた。私がそこに座ると、彼女は操縦席になってる隣に座った。手際よく何かのボタンを押したり操縦桿を弄ると、機体が立ち上がりながらコックピットが閉まった。一瞬の暗闇の後、電気が付いてスクリーンにはメインカメラの映像が映った。
彼女は機体を操作して歩き出した。海からどんどん離れていた。ずっとここが何処か分からなかったがコンテナ群まで移動したとき、ここがD.U.の港であることに気づいた。
彼女はまっすぐ港の出口を目指し、誰にも会わずに港を出た。しかし人が居ないわけでは無く、港を出れば町中を人が歩いていた。誰も機体を見て驚かない。まるで当たり前の存在のように無視している。
彼女はまだ歩き続けた。どこまで行くのか私は黙って見守っていた。
歩き続けて何十分か経った頃、私がぼーっとスクリーンを眺めていると突然彼女が機体を止めた。
「着いたよ」
我に返った私は慌ててここが何処なのか把握しようとした。そしてスクリーンを見てすぐにわかった。ここはシャーレの前だった。
彼女と一緒に機体を下りると、そのままシャーレの中まで案内された。エレベーターに乗り、先生がいつも業務をしているオフィスがある階のボタンを押した。階に着くと一緒に降りて、一緒にオフィスに入った。
「ただいま、先生」
「おかえり、レイヴン」
中では先生が書類相手にボールペンを走らせていた。
「探していた人は見つかった?」
「うん、見つかった」
そう言って私は先生の前に差し出された。先生は手を止めて私に近づいて来た。腰を下ろし、彼女と私の顔を何度も見比べた。
「本当にそっくりだ。初めまして」
先生は笑顔で言った。咄嗟に挨拶を返そうとしたが、私の口はパクパク動くだけで声が出ない。
「あれ、声の出し方も忘れちゃったの? ほら、あ~って言ってごらん。あー」
彼女は口を開けた。私も見様見真似で声を出してみたが、出てくるのは息ばかりだった。
「喉を震わせるんだよ。ほら、あー」
「――ぁ、ぁ」
僅かにかすれた声が出た。彼女の口元が緩んだ。
「そのまま、そのままもう一回出してみて」
「ぁぁあー。あー、あー」
「うまいうまい。出たじゃん。そのまま先生に挨拶してみて」
「ぁあ……は、はじめまして」
「うん、初めまして。名前はなんて言うのかな?」
私は自分の名前を思い返した。私も彼女と同じレイヴンと言う名前があるけどもそれは彼女がすでに使っている。
「この子はね、私と同じだから同じレイヴンっていう名前を持ってるの。でもそれじゃ私と混同してしまうね」
「そうだね。他に何か名前は持ってるのかな」
「えっと、たくさん」
「621でいいんじゃないかな」
621か。ウォルターがずっと呼んでた名前だ。ウォルターは私を人間として扱ってて、それを私は裏切って犬として振舞ってて――。思い出して私はまた泣き出してしまった。それを見て先生は慌ててしまった。
「わ、わわ。大丈夫? どこか痛いの?」
「ああ、まだ気にしてたのかな。ごめんね。じゃあ何がいいかな……コールサインはアレだし、ご友人は変態が湧きそうだから……ビジター、ビジターならどう?」
「ぅん」
私は震えた声で了承した。私の名前はビジターに決定した。
「じゃあ、早速先生の手伝いをしよう」
「え?」
「だって先生、いつも仕事に忙殺してるから。ほら今さっきまであんなに大量の書類と格闘してた」
彼女が指さす先生の机の上にはそれはそれは大量の、山のように積み重なった書類があった。指摘された先生は頭の後ろを掻きながら苦笑した。
「頑張ってはいるんだけど、どうしても減らなくてね」
「でも私、先生の手伝いなんて」
「大丈夫。私たちがやるのは簡単なことだけだからあなたにも出来るよ。ほら座って座って」
彼女に押されてオフィスの真ん中までやってくると、都合よく先生の席の隣に二つの席が空いていた。私は先生の隣の隣の席に座らされた。何をやらされるのか不安に思っていると、彼女が一束の紙を私の前に置いた。
「これ先生が記入した書類ね。私がチェックしたから後は承認の判子を押すだけ。あなたがやるのはそれだけよ。簡単でしょ?」
「うん、まあ」
思ってたよりもずっと簡単なことで安心した。最初の一枚、二枚を彼女に教えてもらうと残りは私一人でやるように言われた。彼女は私と先生の間に座って書類のチェックを始めた。
私はそれから数時間ほど判子を押し続けた。彼女はこの仕事をやり慣れているのか、すぐに私に書類を渡してきた。それでも判子を押すだけの方が早かった。私はたびたび暇をした。
少し日が暮れたころ、先生が「終わった!」と叫んだ。見れば先生の机に積み重なっていた書類の山は消え、代わりに私の机に同じ山が積み重なっていた。
「お疲れ様。チェックしておくからそこに置いてて。後は私たちでやっておくから先生は先に休んでていいよ」
「そう? じゃ、お言葉に甘えて」
先生は席を立ち、前のソファに深く座った。情けない声を上げていた。その姿に見とれているとレイヴンから紙の束を渡された。私はその書類に判子を押し始めた。
先生が先に終わってから三十分後、私たちもようやく仕事から解放された。彼女は大きく背伸びをしてから「疲れた」と一言呟いた。
「お疲れ様」先生がマグカップを二つ持って近づいて来た。「ココアでよかったかな?」
「うん。全然いいよ」
「ビジターもココアでよかった?」
「うん」
私は先生からマグカップを受け取り口に近づけた。淹れたばかりでまだ熱かった。思わず「あつっ」と呟きながらマグカップを口から離してしまった。
「はは、淹れたばかりだからね。少し冷ますと良いよ」
それを聞いた私は今飲むのを諦めて机に置いておいた。一方で彼女は熱そうにしながらも何度も口をつけたり離したりしながら飲んでいた。
会話なく時間が進む。先生はスマホを見ながら何か飲んでいるし、彼女はココアと格闘している。壁掛け時計の針の音だけが部屋に響いていた。静かだなと思いながらまだ熱いココアに手を伸ばした。
数分後、ココアを飲み干した彼女が帰ると言い出した。
「ああ、うん。分かった。お疲れ様。ビジターはどうするの? どこか泊まるあてでもあるの?」
「ビジターは私の家に泊めるから大丈夫だよ」
「そっか、なら安心だね」
彼女は私の手を引っ張って来た。だが、マグカップにはまだ半分ココアが残っている。急いで残りを飲み干して、マグカップを置きながら私は彼女に引っ張られて席を立った。そのまま出口まで引っ張られた。
「それじゃまたね、先生」
「うん、また明日」
「あ、さ、さよなら」
私の挨拶にも先生は手を振って応えてくれた。
シャーレから出た私はまたACもどきに乗らされて、彼女の操縦の元どこかに連れていかれた。私はずっとスクリーンの映像を見ていた。
「ここはね、私が作ったキヴォトス」
唐突に彼女はそう言った。
「へえ?」
「覚えてるでしょ。ここに来る直前のこと」
「あ、うん。別の時間軸の私に殺されそうになって……私は今どうなってるの?」
「どうにもなってない。向こうは時間が止まってる。厳密にいえば少し違うんだけど。まあ、そんなことはどうでもいい。あのままじゃあなたが死んじゃいそうだったから助けたの」
「どうして私だったの? 向こうだってもう一人のあなたでしょ。あ、いや向こうにも別の時間軸のあなたがいるのか」
「いや、あっちには私は居ないよ。私にだってまだ人間の心は残ってるから。世界を滅ぼそうとする奴より守ろうとするあなたを守りたくなるよ」
「ふーん。私をここに呼んで一体何をするの? 死ぬ前に楽しい日常でも味合わせてあげようって?」
「まさか。守るためって言ったじゃない」
「どうやって?」
「それは家に帰ってからのお楽しみ」
「家ねえ」
「そこまで遠くないよ」
「あなたはシャーレに住んでないんだね」
「そっちの方が面白そうだったから」
「あっそう」
機体は等間隔で揺れている。ACよりも速度は遅いのに、揺れはそれ以上だった。
「これってエンジニア部が作ったやつだよね」
私は彼女にそう聞いた。
「うん。便利だったからね。二人乗れる」
「ACの方が早く移動できるはずだったけど?」
「たまにはゆっくり移動するのも大切だよ。あなたが落ち着けるようにね」
「落ち着くように?」
「外のあなたはまともに戦えるような精神状態じゃないでしょ」
私は何も答えなかった。
「少し落ち着いたほうがいいよ。あんな言葉気にしないの。どうせ主観的な意見だ。客観的に見てあなたが非難される立場とは限らない」
私は思い出しそうになってまた涙が溢れそうになった。私は顔を反らして彼女に涙を見せないようにした。
涙が収まったころ、機体も止まった。
「着いたよ」
そこは普通のアパートだった。一階は何かの事務所が入っていた。彼女が機体を降りていったので、私もあとに続いた。
二階に登って七番目の部屋の前に立つと鍵を開けた。
「さ、入って入って」
彼女に言われるがまま中に入ると、至って普通の内装が見えた。私が玄関から上がろうとすると彼女に止められた。
「あ、待って。裸足だったよね」
「ん、まあそうだね」
「ちょっと待って。拭くもの持ってくる」
彼女はそう言って風呂場に消えた。彼女が戻ってくるまでの間、私は玄関に立っていた。そこからは部屋の内装が良く見えた。廊下代わりのキッチンの奥には広めのリビングが見えた。家具は机しか見えなかった。
「お待たせ。はいこれ」
彼女は絞り固めた雑巾を渡した。その雑巾は湿っていた。雑巾を受け取り片足を拭くと、それだけで雑巾は真っ黒に汚れた。面を変えてもう片足を拭くと、雑巾は両面とも真っ黒になってしまった。
「明日靴買いに行かないとね。そういえば服も着ないと。それじゃ裸と一緒だし」
「でも私傷が」
「だからここじゃあなたは普通の女の子なの。服は着替えがあるから貸してあげる。私が今着てるのと全く同じだけどいいよね」
「なんでもいいよ」
「うん。じゃ、ほら上がって上がって」
今度こそ私は部屋に上がった。リビングに通されると、そこは思っていたよりも広かった。家具はあまりないが、それが部屋の広さを助長しているように思えた。
「適当なところ座っていいよ」
そういうので私は机の側に座った。
「座椅子に座っていいのに。お尻痛くない?」
「大丈夫」
「うーん、せめて座布団の上に座ろう」
彼女はクローゼットを開けると一つの座布団を取り出し、渡した。私はそれを受け取ってお尻に敷いた。幾分か楽になった。
彼女はテレビに近づくと、ゲーム機の電源を入れた。
「何か始めるの?」
「うん。あなたを救う方法を見つけるの」
しばらくこの世界観にお付き合いください。
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73話
『ARMORED CORE™ VI FIRES OF RUBICON™』
画面にはそう書かれていた。背景にいる機体には見覚えがある。
私が機体を確認する前に彼女がボタンを押してしまい、画面が切り替わってしまった。幾度も見てきた輸送ヘリの中だ。彼女はスティックを操作し、アセンブル画面を開いた。
「さ、機体を作っていこうか」
彼女は私を見ながら言った。私は生返事で返した。
今画面にあるのは私がさっきまで乗っていた機体だ。武器も一緒だが、光の大剣は表示こそされているものの装備名はエラーと出ていた。
「どういうコンセプトがいい? 防御力重視? スピード重視? 近距離戦? 遠距離戦?」
「えっと……どうしよう。どうすればいいかな?」
「うーん、彼女はショットガンを持ってるわけでしょ? じゃあ近づいたら危ないし遠距離戦主体で行ってみるとか?」
「じゃあそれで」
「おっけーおっけー。じゃあそれに合いそうなアセンを選んでみよう」
彼女は武器から選び始めた。右腕にリニアライフルを選ぶのは早かったが、他の武器を選ぶのは苦戦しているようだ。
「何積めばいいんだろうね。ミサイルもなんかさー面白くないっていうか、微妙っていうか、どうせならあまり使ったことがないやつを使ってみたいんだけど」
私にはどうでもいいことだし、助けてくれればそれでいいのだが、彼女が楽しそうに選んでいるので言い出しにくかった。
武器一覧をうろうろ選択しながら数分間、彼女は悩み続けていた。悩み続けた末に左手に着剣バズーカ、両肩にSONGBIRDSをつけた。
「武器はこれでいいし……機体はどうしよっかなあ。見た目にも拘りたい。この武器に合う機体構成ってどんなのがいいかな」
「カタログスペックと見合いながらやったら?」
「うーん、足……足どうしよう。逆足使いたいな。あいつと同じ種類は嫌なんだけど、見た目的にもオールマインドの逆足がいいしなあ……もうこれでいっか」
私の言葉を聞いてか聞かずか、足は決まったらしい。そんな調子でくみ上げた機体を彼女は早速テストした。
アリーナとか教習でよくみたステージに来ると、彼女は設定画面からトレーナーACを呼んだ。すぐに画面にはACが一機現れ、自機を攻撃し始めた。彼女も距離を取り、ライフルで攻撃するがトレーナーACはことごとく回避する。チャージして撃ってみるが、一瞬動きが止まるので余計に回避される。
「あ、あれ。全然当たんない?」
何度撃っても当たらない。代わりに同じリニアライフルを持つトレーナーACの攻撃はよく当たるし、時々チャージ攻撃時の警告音に反応しきれず被弾している。
「いてっ!? なんで敵の攻撃は当たるのに私の攻撃は当たらないんだ」
彼女はヤケでも起こしたのかボタンを連打し始めた。ほとんど避けられるが、たまに当たる。しかしトレーナーACの攻撃に比べるとスズメの涙ほどしか当たってない。
着剣バズーカやSONGBIRDSも撃つが、リニアライフルより隙が大きいのにあたるはずが無かった。逆にその隙の大きさを利用されてスタッガーを取られてしまった。
「ああ、駄目だ! 駄目だこれ使えない!」
彼女はそう言って設定画面を開いてテストを止めてしまった。そしてまたすぐにアセンを変え始めた。
「なんで私の攻撃は当たらないんだよお」
「そういう時よくあるよね。リニアライフルは私もあまり使わなかったな」
「う、まあ私も使わなかったけどね。使いにくかったし。どうしよ、何がいいかな……一から組み立てるのが難しいならすでに作ったやつを組み替えればいいか」
一個画面を戻し、下にあった『AC DATE』を開くと、そこには十機ほどの機体データが登録されていた。そこには色こそ違うものの、私が昔使っていた機体や別の時間軸の私が乗っていた機体も登録されていた。
「この機体から選んだらいいのでは?」
「それじゃ面白くないじゃん。見た目も微妙だし、もっとかっこいい奴がいい」
「助けるんなら見た目より実用性を重視してほしいんだけど」
「大丈夫、ちゃんと実用性も加味するから。えっと、どれを素体にしようかな。ハンドガンはかっこいいけど正直当たらないし、またこれっていうのも……いやまあ、これでいいか」
結局彼女が選んだ素体と言うのはRaD製の機体で構成された両腕ハンドガンに、タレットとブレードを背負った機体だった。見た目は正直ちょっとずんぐりむっくりしててかっこいいとは言えない。
「これで見た目が良ければなあ、防御高いし接近して殴り合うのには向いてるんだけど。とりあえず頭から変えるか」
「何にするの?」
「うーんと、初期のじゃなくて……どれがいいかな。頭ってぶっちゃけどれでもいい気がするし、完全に見た目で選んで……これがいいや」
彼女が選んだのは本物のレイヴンが使っていた頭部パーツだ。型番的に初期の頭と同じらしいが、見た目は全然違う。それとRaD製だったことも初めて知った。
他のパーツはカタログスペックとにらめっこしながら選んだ。彼女はひたすらにかっこよさを追い求めていった。結果、機体のほとんどがシュナイダー製となった。確かに見た目はかっこいいが、装甲が無い。それに、頭と足が違うだけで実質ラスティみたいだ。
「出来た! どうよ」
「ラスティみたいな見た目になったね」
「あ、ほんとだ。待ってこれ頭以外シュナイダーじゃん。シュナイダー製のACみたいになっちゃった。もっとごちゃごちゃさせたかったんだけど……かっこいいからいっか」
「いいんだ」
「武器どうしよっかな。あまり重たいの乗せれないし、ブレードに頼りっきりも面白くないし、ハンドガンはそのままでいいや。かっこいいし」
今度は両腕にハンドガン、両肩に小型の三連対ミサイルが乗せられた。彼女は早速テストでトレーナーAC相手に戦ってみたが、今度は順調に攻撃が当たってる。彼女も機嫌がよさそうだ。ただ問題点はすぐに見つかった。
「よく見たらハンドガンあまり当たってないし、ミサイルも近すぎたら後ろに通り過ぎちゃうな」
「このトレーナーACってよく避けるよね」
「回避に重点を置いたACなのかもしれない。トレーナーAC相手に楽勝に勝てるからってあの私に快勝できるとは限らないんだよね。多分私のことだからあまり回避しないだろうし」
「それじゃ意味なくない?」
「使い勝手を調べるのには丁度いいさ。とりあえず、機体構成はこれでよさそうだし武器を弄ってみよう」
彼女はその後もいろいろな武器を試してみたが、思った通りの動きが出来なかったり、使い慣れた武器は面白くないと言って敬遠したりして、結局武器は決まらなかった。
気づけば部屋の中は手元も見えないほどに真っ暗になっていた。
「うわっ、もうこんな時間か。今日はこの辺にしようか」
そう言って彼女はゲーム機の電源を落とした。
「今日はって、明日もやるの?」
「当たり前でしょ。まだ全然機体出来てないじゃん」
「でも私今外で死にかけてるんだけど。悠長にやられても」
「言ったじゃん。時間が止まってるようなものって。ここでどれだけ過ごしても現実の一瞬にも満たない時間なの。それにあなたも絶対まだ落ち着いて戦える精神状態じゃないし」
「もう結構落ち着いたけど」
「機体がまだできてない。助けに行けないよ。それにさ、折角歩けるんだしもうちょっと歩いてみたくない? D.U.をある程度再現できたから、町を歩き回れるよ」
恐らく私が今後どれだけキヴォトスにいようと歩けるようにはならないだろう。強化人間と言う概念が無いのだから、強化人間手術によって失われた機能を取り戻すことなど不可能だ。ならば、たとえ偽りであっても歩けるこの世界をもうちょっと体験してみてもいいんじゃないか。私はそんなふうに思った。
「歩ける……そっか、歩けるのか……なら、まあ。もうちょっといてもいいかも?」
「よし、じゃあそうしよう! 早速明日どっか行ってみようね!」
小声でつぶやいたつもりだが、彼女にすっかり拾われてしまった。おかげで半ば強制的にこの世界への滞在が決まってしまった。
翌日、寝ていた私は彼女に叩き起こされた。軽くうめきながら目を開けると、彼女の顔が私の顔からほど近い場所にあった。
「おはよう」
「おはよう?」
「起きて、ほら行くよ」
「どこに」
「靴を買いにだよ。昨日言ったでしょ。ほら早く早く」
昨日の出来事を思い出しているうちに、私は引き起こされて服を着ていた。彼女が着ているものと同じ学生服だった。
彼女が玄関のドアを開けると、外ではなくACもどきのコックピットに繋がっていた。
「あれ、ここ。機体の中? なんで直接ここにつながってるの」
「夢みたいなものだから。空間を捻じ曲げることぐらいできるよ」
「じゃあ最初から空間を捻じ曲げて移動すればよかったのに」
「それじゃリアリティがないじゃない」
「これは?」
「細かな移動はいいでしょ。もうここが虚像だって知らせたんだし」
私は生返事をした。彼女は私の返事を無視して操縦席に座った。
「どこまで行くの?」
「D.U.の中心街まで」
それだけ言って彼女は機体を動かした。一定間隔に揺れながら機体は動き出す。
「そういえば昨日先生にまた明日って言われなかったっけ?」
「いいんだよ。どうせこの世界は私が作った偽物だから、シナリオぐらいすぐに変えられる」
「リアリティがどうのこうの言ってた割には適当だね」
「あなたが楽しんでくれることが一番なの」
「そりゃどうも」
D.U.の中心街は流石に人が多かった。機体は道路の真ん中を堂々と歩いているが、住民は誰も気にしてないし、車に乗っている人も文句の一つも言わず機体を避けていく。
彼女が止めたのはいくつも立つビルの前の一つだった。機体から降りると、目の前にはショーケースに靴を並べた店が立っていた。
「ここにしよう」
彼女はそう言って店に入った。私も黙って後ろをついて行った。中はいたって普通の靴屋だ。お洒落なものもあればスニーカーのような一般的な靴も置いてある。
「どれにする? 好きなもの選んでいいよ」
「好きな物って言ったって分からないな。別に何でもいいんだけど」
「あなたが履くものだから、自分の気に入ったものにすればいいんだよ。分からなくても分からないなりに気に入るものはあるはず」
私は彼女を信じて店内を物色した。とりあえずお洒落なものは選ばないようにした。ハイヒールだとか一目見て歩きにくそうと思った。とあるスニーカーの前で足を止めた。何の変哲もないスニーカーだ。が、多分こういう奴が一番無難だと思った。
「これにする」
「え、もう決めたの? 早くない? もっと選んでもいいのに」
「これが気に入ったから」
「じゃそれにしようか」
彼女は靴を履くように促した。私は言われるがままに靴を履いた。奇跡的にサイズがぴったりだった。そのまま彼女は私を連れて店を後にしようとした。
「お金は?」
「いいよそんなの。めんどくさい。スキップした」
私はもはや何も言わなかった。
私たちは機体に乗らずに町を歩いた。靴を履くと裸足の時よりもずっと歩きやすかった。
「何処に行くの?」
「どっか。何も決めてない」
町の人通りは多く、歩道は隙間が無くなるほどに人が居た。油断すれば彼女を見失ってしまいそうだ。だというのに彼女は私を気にすることなくどんどん進む。だからやがて私は彼女を見失った。
彼女とはぐれたと分かった私は大通りから路地へと抜けた。さっきまであれだけいた人は大通りから道一本外れるだけで全くいなくなってしまった。
「さて、どうしようかな」
彼女とはぐれてしまった以上、私は彼女を探すべきなのだろうけどその方法が分からない。既にはぐれてから数十秒経っているので彼女とはそこそこ離れているだろうし、再びあの人の流れに入る自信が無い。
「何やってるんだろうな私」
私は空を見つめながら呟いた。外の私は死にかけているのに、今の私は真反対に楽しんでいる。本当にこんなことしてていいんだろうか。早く先生を助けに行かないと。外は今大変なことになっているのに、時間が止まっているとはいえこんなことしてていいのだろうか。
「いいでしょ、別に」
突然声をかけられ振り返ると、彼女がいた。
「なんでここに」
「後ろ見たらいなくなってたから探したの」
「というか心読んだ?」
「私の世界だし、あなたもわたしだからそれぐらいできるよ。もしかしてあんまり楽しくなかった?」
「楽しいけど、なんか罪悪感がある」
「時間止まってるんだからいくらでも遊んでていいのに」
「外の状況と真反対過ぎて情緒が風邪ひきそう」
「何その表現。まあいいや。あなたがそう願うなら、さっさと機体を作ってしまおうか。目閉じて」
彼女は私に手を伸ばして目を閉じさせた。次に目を開けると、そこは彼女の家の中だった。私は昨日座っていた場所に立っていた。夕暮れの光が差し込み、テレビにはゲームの画面が映っていた。
「あなたがそう願うのであれば無視するわけにはいかないものね」
彼女はそう言いながらコントローラーを弄っていた。私はその場に座った。
「でもやっぱり機体は拘りたいわ。折角キヴォトスに呼ぶんだから最高の一体を仕上げたい」
彼女は昨日作った機体で、ゲームを進めていた。画面には見覚えのある場所が映っていた。グリッド135、私がルビコンに密航した時に降り立った場所だ。そのグリッド135の掃討のミッション。密航して初めて受けた依頼だ。
彼女は手際よくミッションを進めている。まるで敵が出てくる場所が分かっているかのような動きだ。十分もしないうちに全ての敵を倒してしまった。
「すごい。まるで分かってるみたい」
「まあ分かってるからね。これやるの四回目だから」
「四回目?」
「あなたにはあまり関係のない話だよ。気にしないで。機体はある程度決まったし、実際に使いながら細かく修正することにするよ。もう少し時間がかかるだろうけど待ってて」
「うん。待ってる」
私はそれ以上何も言わずに、彼女がゲームを進めるのを見ていた。恐らくこれが終わったら彼女はすぐに助けてくれるだろう。それを信じて私は彼女の調整が終わるのを待っていた。
実際シュナイダーのパーツを使うとスタイリッシュになってかっこいい。
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74話
彼女は順調にミッションを進めた。そのミッションは一部違うものの、ほぼ私がルビコンで過ごしてきた日々に近いものだった。私が時間をかけてこなしていった依頼を、彼女はものの数分でこなしていく。私が時折驚きを示すと、彼女は「四回目だから」としか言わなかった。
時々武器を変えながら『未踏領域探査』というミッションを始めた時のこと。彼女は開始してすぐに飛び降り、洞窟へと足を進めた。洞窟はルビコニアンフツウワームでいっぱいで、画面から見ると気持ち悪い。当時はメインカメラの映像しか見えなかったので数はいないように見えたかが、第三者視点から見るとこんなにうじゃうじゃといたらしい。そしてでかい。このサイズのワームを養育していたなんて昔のルビコニアンはいかれているな。
技研都市の入口の入口の前に立つと画面が暗転し、ムービーが流れた。あの時と同じラスティが私を始末しに来たのだ。彼女はムービーが終わるとすぐにラスティと戦闘に入った。当時の私は困惑があったのだが、彼女には何もなかった。とはいうものの、私は一度これを経験しているので驚きはしなかった。彼女が言う四回目とは、ルビコンで行った一連の仕事が四回目という事か。なぜ彼女は同じことを四回もやっているのだろう。いや、と言うよりはなぜ今までに三回も繰り返しているのだろう。
彼女は意外にも苦戦した。見た目で武器を選んだので今まで使ったことが無いような武器を使っている。だから攻撃が当たらない。加えてシュナイダーのパーツを使っているのでAPも低かった。ラスティも動きが早く、近づけばレーザースライサーが襲ってくる。
「やば、捕まった」
彼女はボタンを連打して逃れようとするが中々動けない。最後の攻撃の隙を見て何とか逃げることが出来た。APはあっという間に三十パーセントを切っていた。
『リペアキット残数二』
「幸先悪いな。ラスティってこんなに強かったかな」
ようやく半分APを減らしたころ、突然誰かの声が聞こえた。私がラスティと戦った時は無かった展開だ。
「誰だろう」
「ミドル・フラットウェルだよ」
「誰だっけ」
「あなたはあまり関わりなかったんだっけ。解放戦線の指導者の一人だよ」
「へえ……なんで解放戦線の指導者がラスティと戦う訳?」
「ラスティの協力者が解放戦線だったから。コーラル燃やそうとした時にラスティが止めに来たでしょ? そういうことだよ」
「あー……そうだったんだ。もし私がザイレムを落とすことを選んでたら」
「ラスティは協力しただろうね。でも今更だ。もう何も変えられない」
「分かってる。それよりヤバくない?」
「え?」
『残念だ戦友。今になって君の背景がかすかに見えた』
ラスティのセリフと共にゲームオーバーになってしまった。彼女が顔を顰めている。
「うそー、ここ負けたことなかったはずなんだけどなあ」
「思ったよりラスティって強いよね」
「というより数的不利がヤバすぎる。はあ、しょうがない。もう一回やるか」
彼女はチェックポイントからやり直した。さっきと比べて善戦するが、フラットウェルが現れると一気に不利になる。ラスティを狙っているうちにフラットウェルの攻撃が当たってスタッガーになるとレーザースライサーに削り取られた。
『残念だ戦友――』
彼女はチェックポイントからやり直した。
『今になって君の背景が――』
「また背景見られてるよ」
「ラスティに見えた私の背景って何よ。そんなことよりラスティが強すぎる。はあ……このアセンで行けると思ったのに。ちょっと変えるか」
彼女はアセンを変えだした。左腕と左肩を選択するとすぐに近接武器を選び始めた。
「やっぱり近接武器がいるなあ。どれにしよ。とっつきは重すぎるし、ブレードは使い倒したし……あ、そうだ。これなら少し射程があるや」
そういって彼女が選んだのは弧の形をしたブレードだった。
「見たことない奴だ」
「んふふ。これいいよ。導きの月光~」
彼女はそれだけ変えてまた再戦を選んだ。
始まってすぐに近接武器を作動させた。その弧の形をしたブレードからは水色の様な緑色をした光波が飛んでいった。
「すごい」
「ね、綺麗でしょ。もう一個は真っ赤な奴が出てくるの」
ラスティとの一対一は武器が変わっても順調に行った。リペアキットを一つも使わずに半分まで削ったところで問題のフラットウェルが参戦してくる。彼女は変わらずラスティに集中攻撃してるが途端に被弾するようになった。リペアキットを一つ使ったと思うとまたすぐに連撃を喰らってAPが真っ赤になり、ぎりぎりで回復できた。だがしかし、あっという間にまた削られてリペアキットをすべて使ってしまった。
「痛い痛い!? なんで一気に削られるのよ。こんちくしょ!」
彼女はやけくそでブレードを二つも振ったが、ラスティは易々と避けた。逆にその隙を駆られてAPを削り取られてしまった。
「ぬわー!? 折角変えたのになんで勝てないの!?」
「フラットウェルから先に倒したら? AP最初から半分しかないし」
「うーん……そうするかあ」
私の言葉通り彼女はフラットウェルから先に対処した。すると苦戦もせずにフラットウェルは落ちた。一対一になるとさっきまでの苦戦が嘘のように善戦できた。とはいえそこそこギリギリの戦いになったが無事にラスティに勝つことが出来た。
「はーやっと勝った。ラスティ強かったな」
「相手が軽量級だと案外苦労するもんだね」
「んー、あのアセン使えば案外勝てるかも」
彼女はそう言ってAC DATEを開いた。そこに保存されているACの内一番上の物を選んだ。私がルビコンで最後まで使い続けたアセンだ。
「結局これが一番使いやすいと思う」
「私が使ってたやつ? でもあなたが作ったほうがもっと洗練されたものが出来るんじゃない?」
「機体構成と言うより武器構成が丁度いいのよ。重量あるから飛べないし半強制的に地上戦になって操作に集中できる」
それは右手にライフル、左手にショットガン、両肩に十連ミサイルを積んだものだ。彼女はそのアセンを選択し、もう一度ラスティとフラットウェルに挑んだ。結果として快勝まではいかなかったが、ラスティから倒すことが出来た。
「うーん、使いやすい。これでもいいんだよなあ。でもあっちの方がかっこいいし……どっちにしようかなあ」
「どっちでもいいよ。ていうか二機とも持ってこれないの?」
彼女は私を見て固まった。私が首をかしげていると彼女は「その手があったか」と呟いた。
「そうか。そうだね。なにも一機だけに絞らなくてもいいか」
「試しに言ってみただけなんだけど、そもそも複数機を一人で操れるの?」
「集中して動かすなら二、三機。一部援護に回すなら五機が限界かな」
「結構いけるね」
「流石に五機も動かすと棒立ちさせることが多いけどミサイル流すぐらいならいけそうだ。おっけおっけ。いいこと教えてもらったよ。あとはメイン機をもう少しだけ調整させたらすぐ向かう」
「もういいの?」
「うん。決めた。あなたももう落ち着いたかな?」
「昨日の時点でもう落ち着いてるよ」
「泣いたりしない?」
「泣いたりしないよ。ウォルターが私にどう思ってたのかは知らないけど、一先ず集中することにする」
「私は別に犬でいいと思うけどな。ウォルターがどう思ってたかは知らないし、ウォルターはあなたが生きていればそれでいいと思うよ?」
「そっか、ならよかった」
「じゃあ、あなたを戻すね。少し時間がかかるけど耐えて。すぐ向かうから」
彼女は私の目に手をかぶせて目を閉じるよう促した。私は大人しく目を閉じた。
「十数えたらあなたの意識は戻る。一ついいことを教えてあげる。起きて三つ数えたらどっちにでもいいから回避しなさい」
「ねえ、最後に一つ聞いてもいい?」
「何?」
「私は人間でいるべきだったのかな。それとも犬でよかったのかな」
「どっちでもいいわ。犬だろうと人間だろうと私やあなたは生きていればいいもの」
誰かに体を引っ張られた。その瞬間音が変わった。音質の悪い銃撃音、機体から聞こえる悲鳴が聞こえた。目を開けばそこはもう彼女の家の中ではない。アトラ・ハシースの方舟の中である。久しぶりに戻った感覚だが、現実では一秒も立っていない。別の時間軸の私がショットガンを向けながら歩いてきている。それと同時に腹の痛みも戻ってきた。地上に戻ったら腹に埋まった破片を取り除いて貰わないといけないな。
彼女の言葉通り、三秒数えてその場から回避した。結果、奴が撃ったショットガンが私に当たることは無かった。
「ちっ、避けたか」
『あなたのことビジターって呼ぶわ。いちいち別の時間軸の私なんて言ってられないもの。ビジターって呼び名いいと思うの。私たちから見ればあなた達はまさにビジターだもの』
「何を突然。そんなの好きに呼べばいい。なら私はお前のことを裏切り者と呼ぶ」
『好きに呼べばいい』
「開き直りやがって、さっさと死ね!」
私の回答はビジターを挑発したらしい。ビジターの攻撃は苛烈になった。撃って撃って蹴る。撃って撃って蹴る。そんなデスコンボが繰り返された。私は回避に専念した。彼女の救援が来るまであと数分。ダメージを受け、駆動系が鈍くなったこの機体で避け続けるのは大変だろう。今の機体状況じゃアサルトブーストで逃げられるかも怪しい。
ふと先生達の方を見た。対策委員会以外にも多くの生徒が集まり、別の時間軸のシロコと戦っている。そのすぐ後ろにプレナパテスが立っていてシッテムの箱をいじっている。先生達もついに決戦に入ったらしい。ビジターとの戦闘で先生達に横槍を入れるわけにはいかない。やはり上に逃げなければ。
「避けてばかりいずに少しは反撃すれば? それとも人間様にビビったかこの駄犬が!」
ビジターが挑発するが、そんなものは私の耳にも入らない。ただ、私は疑問に思う。なぜビジターはあそこまで感情的なのだろうと。再手術をして人間としての機能を取り戻したと言っていたが、感情をほぼ無くしていた反動なのだろうか。あれが私だと言われてもいまいち理解ができない。でもエアがいるんだし正真正銘私なのだろう。
アサルトブーストを点火させてみたが、うんともすんとも言わない。懸念してた通り、駆動系がボロボロになっている。幸いそれ以外はなんとか稼働するため、ブースターとクイックブーストで登り切らなければならない。ただそんなに悠長に登っていたら誰だってその隙を見逃さない。
「どうしたそんなにちまちまと上りやがって。的になりたいのか? いいだろう、お望み通り的にしてやるよ」
ビジターはわざと立ち止まり、ショットガンで私に狙いを定めた。じっくり狙いを定めている。いつ撃って来るのかわからない。まるで射的をしているみたいだ。もしくは狩猟だろうか。私は今、彼女から獲物のように見られている。
ショットガンじゃ警告音が鳴らないので攻撃のタイミングを計るのは不可能に近い。距離がある分見てから反応できるが、放射状に広がるショットガンをすべて避けるのは無理だ。チクチクと少しずつダメージが蓄積される。ほんの少しずつだが、それでも致命傷になり得る。コアの穴の開いた部分を手で隠しながら上へ上へと上がる。
「レイヴン。あまり時間をかけすぎては」
「分かってるよ。でもAP差は歴然。少しぐらい遊んだって負けはしないよ」
「ですが彼女はまた上に逃げようとしています」
「分かってる分かってる。エア、もう一度あれ試してみてよ」
「しかし、前に一度失敗していますし」
「あれだけボロボロになったんだし、セキュリティもボロボロでしょ」
「分かりました。やってみます」
遊ばれているのは癪に障るが、おかげで外に逃げられそうだ。だが外に出ようとしたその瞬間、機体の制御ができなくなった。ブースターが止まり、落ちていく。どれだけ操縦桿を倒そうともなにも反応しない。
『どうして、動かない!?』
「レイヴン、彼女の機体の制御権を奪いました」
「よくやった」
なぜエアが機体の制御権を……と、そこで思い出したのは封鎖ステーションでの出来事。エアはコーラル技術を用いた機体を動かすことが出来た。つまり同じコーラルジェネレータを持つ私の機体を乗っ取ることも可能だった。
今思い出したところで何の意味も無いし、何の対策のしようも無かった。むしろなぜ今まで乗っ取られなかったのかが不思議なほどだ。それはきっと彼女のおかげなのだろう。彼女が機体の中にいない今、エアのハッキングを防ぐことはできない。
ビジターが落ちてくる私めがけて引き金を引いた。全弾命中し、一部は背中の装甲を突き抜け、私の体も突き抜けた。幸いわき腹がほんの少し抉れた程度で済んだ。それでも激痛が襲い、私は上げられない悲鳴を上げる。痛みで涙があふれてきた。
機体は背中から落下した。強い衝撃がコックピット内にも響き、腹の傷が酷く痛む。私は操縦桿を離し、腹を押さえた。包帯に血が滲み、傷口を押さえた手から溢れた血が流れ出る。
「お前の借り物の翼は地に落ちたな。大体飼い主に盲目的に従うだけのお前にレイヴンの名は合わない。奴隷が自由意志の象徴を名乗るな」
『あなたも同じだったくせに』
「何?」
『あなただって最初は私と同じ脳を焼かれた強化人間だったくせに。ウォルターを大切に思い、ウォルターの目的なんか目もくれずに従ってたくせに。最後の最後でちょっと仲良くなった友人に目が移って恩人を捨てたくせに。ちょっと人間に近づけたからって私に説教垂れるわけ?』
「お、おまえ、おまえ、お前お前お前!」
『そんなに私を嫌うのってつまり、過去の自分が嫌いなんだ。再手術して新しく生まれ変わったつもりなんだ』
「殺す! 今すぐ殺す! 機体の残骸すら残すものか! 私の手で殺す! 確実に死んだと分かるまで殺す! コックピットに何発もぶち込んでやる!」
やってしまった。つい挑発してしまった。いや、これは本心だ。私が実際に思ったこと。押さえることが出来なかった。理性が働かなかったのだ。でも正直言って後悔している。ただ相手を怒らせて死期を近づけただけだ。今の私はなんの抵抗もできないというのに。
いつ死ぬ? 今すぐにでも殺されそうだ。メインカメラはビジターの姿を映していない。でもすぐ近くにいる事だけは確かだ。
「死ね!」
「レイヴン! 気を付けてください、船外からコーラル反応が!」
恐らく引き金を引く直前だった。突然エアが警告した。それで引き金を引くのも止めたのだろう。首の皮一枚つながった。
「コーラル反応? どういうこと」
「特異なコーラル反応を検出しました。これは……コーラルジェネレータです」
「私たちみたいな機体が近づいてるってこと?」
「はい、一つではありません。二つ、三つ……五つも――!?」
「一体どういう事。キヴォトスには元々一機しかACはいない。時間軸が変わってもそれは変わらないはず」
「ですが現に……レイヴン、反応がすぐそばまで来ています。明らかに向かっているのは私たち元です。もう箱舟の真上に、来ます!」
脇腹抉れるとかすごく痛そう(小並感)
レイヴンが挑発と言うか毒を吐くのは多分本能的なあれです。
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75話
一機のACが私の前に立った。それに続いて天井の穴から次々とACが下りてきて私を庇うように立った。全てが同じではなく二脚や逆足、四つ足やタンクなどそれぞれ違うアセンの機体がいる。
「な、なにこのAC。なんでキヴォトスにこんなにACが?」
「そんな、これは……ありえない!?」
「どうしたのエア、何かあった?」
「この五機のACの識別コードは全てレイヴンです!」
「は、え? どういうこと? 私が五人もいるってこと? そんなはずは、いやありえない! 何もかもありえない! それってつまり私が六人もいるってことで……いや、一緒なのは機体コードだけで中身が私とは限らない。どうせ中はキヴォトスの誰かだろ。それなら素人同然、数が増えたところで私たちの敵じゃない」
「で、ですが五機全てに生体反応がありません。これらは全て無人機体です!」
「どういうことだ。理解できない。一体何が起きてるの!?」
ビジターは混乱で後ずさった。五機のACは微動だにせず彼女の機体に顔を向けている。
「おしゃべりは済んだかな」
脳内に声が響いた。Cパルス変異波形、エアと話すとき独特の脳に直接響く聞こえ方だ。それでいてエアとは違う声だ。
「これはエアと同じ? だ、誰だ! 誰なんだお前は!?」
「分かんないのか。まあいいや声違うしね。私はあなただよ、レイヴン」
「わ、私?」
「レイヴンがこの場に三人? それも私と同じCパルス変異波形だなんて……本当にあなたはレイヴン何ですか」
「そうだよ、エア。あなたと同じCパルス変異波形だ」
「なんでここにいる。何でこの時間軸には私が二人もいるんだ。私の時間軸にはいなかったぞ!?」
「私は特異な存在だからね。法則に捕らわれなかったんだよ。コーラルさえあれば私は存在できるから好きな世界線に飛ぶことが出来たんだ」
「そうか……そうなんだな。いまいち理解できないことも多いけど、とりあえずあなたが私であることは分かった。それなら協力してくれないかな。私なら協力してくれるでしょ? 私は癪だけどシロコの言うことを聞かないといけない。早くそいつを始末してシロコの援護に行かなきゃいけないんだ。ほら、あんなに劣勢で数的不利だ」
「ああ、この状況で察せなかったんだ。わざわざ言うの残酷だな」
「レイヴン、この状況は――」
「言うな。分かってる。でも五機同時に相手でなんて骨が折れるな。だから希望を見出してみたかったんだけど」
「申し訳ないけど、私はあなたの敵として立ちふさがらせてもらう。彼女を死なせたくないからね」
一機のACが私の体を持ち上げて後方に下がった。壁の辺りまで引きずるともたれ掛けさせてまた定位置に戻っていった。
「二つ、聞いてもいいかな」
ビジターは言った。
「いいよ」
「なんであいつの味方をするの?」
「まあ中立でもよかったんだけど、私にだって人としての感情は残ってるんだ。そりゃ世界を滅ぼそうとする人に加担したくは無いよね」
「そう、分かったよ。確かにごもっともな意見だ。ただあなたがそれを言うのはおかしいね。まあいいや。もう一つなんだけど、どうしてあなたはCパルス変異体になったのかな。私の知る限りそんな選択肢は無かったはず」
「コーラルリリースだよ。私はエアと一緒にコーラルの向う側に行ったんだ」
「コーラルリリース? そうか、分かった。分かったぞ、お前三週目だろ。そうなんだろ?」
「周回の概念を知ってたんだ? まあ、彼女が一週目であることは知っていたみたいだしあなたはさしずめ二週目ってところか。どこで自覚したのか気になるところだけど。その話をする余裕はないみたいだね?」
箱舟内から爆発音が聞こえだした。それは一つではない。連鎖するかのように至る所から聞こえてくる。やがて玉座内も揺れだして小さな瓦礫が落ち始めている。
先生達の方ではいつの間にか色彩のシロコは膝をついている。プレナパテス、別の時間軸の先生が彼女を庇うように前に出ようとしていた。
「そんな、先生!」
ビジターは反転して先生の元に向かおうとしたが、その瞬間四脚が肩のSONGBIRDSを撃った。
「レイヴン!」
「くっ!?」
SONGBIRDSの弾道は間違いなくビジターの機体を捕らえていたが、エアの警告によって彼女は間一髪被弾を避けた。
「焦りは禁物だよ。言ったでしょ。私はあなたと敵対してる。目の前に敵がいるのにみすみす見逃すとでも?」
「くそ!」
ビジターは反転して彼女に接近した。それを迎撃するかのようにハンドミサイルを持った機体がビジターに向けてミサイルを放った。
「これぐらい、避けれる!」
「おや、避けるんだ。あなたの先生に当たってしまうかもしれないよ」
「先生にはシッテムの箱がある。先生にはいかなる攻撃も当たりやしない!」
「でも今は生徒の攻撃を受けているように見えるけどね。流れ弾がシロコに当たるのを防ぐためかな? まあ私は向こうの先生に当たろうが何だろうが別にいいんだ。こっちの先生にさえ当たらなければ。久々にまともなAC戦だ。楽しませてもらおうじゃないの」
彼女はそう言いながら、五機すべてにビジターを迎撃させた。
「んな!? くそ、くそくそくそ!」
ビジターは排熱機構を開けてアサルトアーマーを展開した。彼女を迎撃するための攻撃は全てかき消されてしまった。
「さんしゅうめえええぇぇぇぇぇぇぇ!」
ビジターは怒り狂ったかのように突撃する。狙いは五機の内一番前に立っていた、ほとんどシュナイダーの機体だ。恐らく彼女がメインで使うはずの機体だ。しかし、シュナイダー機体の前にタンクと重量二脚の機体が出た。ミニガンとミサイルの弾幕がビジターを襲う。
「レイヴン! 避けてください!」
「ぐっ!?」
ビジターはどっちに回避するか一瞬悩んだようだ。下手に避ければ先生に当たってしまう。一瞬迷った末に真上へ逃げた。そしてそのまま穴から外へ逃げていった。その様子を見ていた彼女は黙ってビジターを追った。他の四機も次々と上に上がっていく。
私は僅かに見える穴から戦況を確認しようとしたが、当然何も分からない。ただ痛みに耐えながらこの状況が何らかの終わりを迎えるのを待っていた。
爆発はよりひどくなり、玉座内の崩壊も始まった。先生たちは未だプレナパテスに銃撃を続けている。彼は一切の反撃を行わずにただ攻撃に耐えていた。
「アトラ・ハシースの箱舟が崩壊を始めています! 我々も順次脱出しますのでレイヴンさんも脱出の準備をしておいてください!」
アヤネから通信が入っていた。私は右腕で返事を書いた。文字を打ったコンソールは血に濡れてしまった。出血が止まらない。抉られて傷が深くなってしまったせいだ。失血で意識がもうろうとし始めている。今にも意識を失いそうだ。幸い、私が意識を失おうとオートパイロットがある。無事に地上まで送り届けてくれるだろう。しかし、先生の安否を確認せずに意識を手放したくはない。せめて安全が確保されてから。
「くそ! なんでこんなことになるんだ!」
機体内からビジターの声が聞こえる。これだけ離れていても声は届くらしい。
「あなたが世界を滅ぼそうなんて考えるからだよ」
「好きで滅ぼすわけじゃない! 私だってこんなことはしたくなかった! なんでルビコンを救った私がキヴォトスを滅ぼさなきゃいけなかったんだ!? なんであいつがこの時間軸にいるんだ。ルビコンを滅ぼしたあいつがキヴォトスを守るだなんてこんなにおかしい話は無いんじゃないか? なんであいつがいる時間軸は成功したんだ。ルビコンの最後で違う選択をしたとしてもキヴォトスじゃ同じ選択をしたはずだ。ミレニアムの廃墟で目覚めて、出会った日にゲーム開発部に協力した。トリニティで補習授業部と一緒に勉強した。一緒にミカの野望を食い止めた。同じ選択をあいつもしたはずだ! なのにどうして……あいつと私で何が違った。 エデン条約? あの時私がミサイルを食い止めなかったから? 私は体を張ってでもミサイルを食い止めるべきだった? でもそうすれば機体がもたない。キヴォトスには代えの機体なんてないんだ。機体が無ければヘイローのない私は誰よりも弱い。ねえ、教えてよ。私はどうするべきだった? どうすればこんな未来を選ばずに済んだの?」
「レイヴン、今は戦闘に集中を!」
「私は自分の力を把握していなかったんだ。運命を捻じ曲げることが出来るほどだとは思っていなかった。元来から私たちC4-621はここにいるはずのない存在。本当なら自分を生かすのであればあなたの選択が最善だった。キヴォトスにとって最善を選べばあなたの命は無かったはず。先生とあなたが同時に存在できる世界線なんて元から無かったんだ。でも私が彼女に介入してしまったせいでその運命を捻じ曲げてしまった。先生と彼女が同時に存在できる世界線を生んでしまった。だからあなたがどれだけ選択しようと両者にとっての最善なんて生まれなかったんだ」
「じゃあ、これ以上の最善なんて最初から私には存在しなかったってこと?」
「そういう事」
「私はこの蟠りを何にぶつければいい。ずっと後悔していた選択が最も最善だったんてそんなふざけた話があるか。もういい。お前のせいだ。そうなんだろ? お前のせいで私は後悔を失ったんだ」
「そうだね」
「もう分からない。もう面倒だ。何を選択してもこれ以上良くならないなんて、努力する意味も無い。未来を考える意味も無い。何を考えればいい。私はどう考えればいい。もう面倒だ。今すべきことしか見えない。今すべきことさえすれば何かしらの選択が為されるんだ」
「かもしれないね」
「今私がすべきなのはお前を殺すことだ。そうすれば先生を守りに行ける。先生を守ればそれでいいんだ!」
私はじっと二人の会話を聞いていた。まるで考えがまとまらないが、乃ち私は幸運だったという事だろう。彼女のおかげで今まで生きることが出来た。ビジターには申し訳ないが、彼女には運が無かったという事だ。最初から、今も。AC五機を同時に相手して勝てるわけがない。彼女に残された命もあと僅かだろう。
少しでも苦痛から逃れようとじっとしていた。体を動かさず、ゆっくり息を吐いたり息を止めたりしてみた。しかし苦痛からは逃れられない。いつ意識を失ってもいいほどの傷だが、皮肉にも意識を失わずに済んでいるのはこの傷による激痛のおかげでもあった。
私には周りに意識を向けるほどの余裕はもはや無い。だからまた勝手に光の大剣が動き出していることも気づかなかったし、気づいていたとしても私は無視していただろう。
『死ぬかもしれないな、この傷は。でも死にたくないな』
死を近くに感じて本能的に死を恐れ始めたが慌てることはできなかった。今の私はもはや苦痛に悶えるただの人間だ。ルビコンにいたころならこれぐらいの傷でも動けたが、キヴォトスにきてすっかりだれてしまったのかもしれない。平和ボケしてしまったんだ。
キヴォトスでの思い出が走馬灯のように浮かび上がってくる。初めてキヴォトスに来てから今日までの様々な思いで、ほとんどが大変な思いをした思い出ばかりだが時には楽しいこともあったものだ。
『まずいな。こりゃ本格的に死ぬかもしれない』
私はそう思いながら口角が上がった。今まで何度も死にかけたことはあったが結局死にはしなかった。ACに乗ってて死にかけるだなんてその全てが跡形もなく消えかかるわけだから今みたいにゆっくり失血死していくなんて初めての経験だった。ゆっくり死に向かっていくなんて恐ろしいことが起こっているのに私は意外と落ち着いていた。いざ死が目の前までやってくると案外信じられないのだ。本当に私はこのまま死ぬのか疑問に思ってきた。
『あれ、光の大剣が。どうして』
私はようやく光の大剣が動き出し、勝手にチャージされていることに気づいた。既にチャージは終わっておりいつでも発射できる状態だ。その時、天井からACが三機積み重なって落ちて来た。一番下にいるのはビジターだ。私を圧倒していた彼女は逆に圧倒され、今の私と同じぐらいボロボロになっている。
落ちて来たビジターは一緒に落ちて来た重量二脚と逆足の機体の下敷きになって身動きが取れない。
「くそ! 一体何のつもりだ! エア、早くこいつらを退かして!」
「駄目です! セキュリティが高すぎて制御権を奪えません!」
「よくやった方だと思うよ。二機もやられるとは思ってなかった」
そう言って彼女は穴からゆっくり降りてきた。夢で見たのとはまた少し違う機体だった。
「何のつもりだ。時間稼ぎでもしているつもりか? 私を止めたところで計画は止まらないぞ」
「違う。確実に殺すためだ。こうやって身を挺してまで抑えないと当たらないからね」
「一体何を――」
ビジターが辺りを見回し、やがて私と目が合った。彼女の声はすぐに震えだした。
「待て、待って何をするつもり。まさかあれで私を消し飛ばそうっていうの!?」
「ご名答」
「レイヴン! 早く脱出を! 今ならまだ間に合います!」
「くそ、くそくそ。あれで消し炭とか冗談じゃない……そんな、脱出装置が動かない!? さっきの衝撃で壊れちゃった!? まって、やだ、いやだ死にたくない。死にたくない! 助けて! お願い! 何でもするから! 殺さないで!」
ビジターは涙声で命乞いを始めた。しかし三週目の私は遠くから静かに見つめるだけで何もしようとしない。心なしか私は彼女がにやけながらビジターを見つめているように見えた。
彼女が光の大剣をチャージしていたのはこのためだった。丁度射線上にビジターの機体が落ちて来た。
「やだ! やだやだやだ! あああああああああああああ!」
ビジターの絶叫に交じって何かを叩く音が聞こえてきた。恐らくそれは彼女が必死に機体の中を叩いている音だろう。そんなことで開くはずがないが、彼女はもう錯乱状態だ。
三週目の私はカウントダウンも何もせず、静かに光の大剣を発射した。青い光がビジター目掛けて飛んでいく。ビジターは直撃する寸前まで喚いていたが、最後に言葉を発した。
「助けてエア――」
青い光が通り過ぎた後にはビジターの機体も、彼女を押さえ付けていた二機の機体も何もかもまるで最初から無かったかのように消えていた。
そろそろ完結が近いです。
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76話
彼女の機体が私の元へと歩いて来た。
「生きてる?」
『何とか』
「ここから脱出しよう。そろそろ爆発しそう」
『無理かもしれない』
「どうかした?」
『お腹が痛すぎて動けないし、操縦も効かない』
「あれ、オートパイロットは?」
『何も起動しない』
「無理が過ぎたのかな? まあいいや。私が何とかしてみるし、ちょっと待って」
私は先生たちがいたところを見た。そこには先生だけが座っていた。彼の前にある残骸はプレナパテスの物だ。彼は死んだのだろうか。いや出会った時から彼は死んでいたのだから、なんといえばいい、ようやく成仏したとでも言うべきか。
他の生徒の姿は見えない。色彩のシロコさえも。彼はプレナパテスの前に座っているだけで一切動こうとしない。
『先生も脱出しないと』
「ああ、先生ならね、自分用の脱出シーケンスを色彩のシロコに使っちゃったからもう脱出できないよ」
『そんな、じゃあ先生は』
「このまま箱舟と一緒に爆発かな」
『そんなのだめ。私が抱えれば脱出できる』
私は操縦桿に手を伸ばそうとしたがすぐに激痛が走って手をひっこめた。
「無理良くないよ。機体動かないんでしょ? 私が何とかしてるからちょっと待って」
『早くしないと崩れる』
「あともう少しだから――」
その瞬間、体が浮いた感覚がした。視界が暗くなったかと思うと、次に見えたのは空だった。ついに耐えきれずに玉座まで崩壊してしまった。私と彼女の機体は猛スピードで落ちていく。
「まずいまずい。まさかこんなに早く床が抜けるなんて。あとはここをこうして……行けた!」
『オートパイロットを起動』
真っ逆さまに落ちていた機体はブースターを吹かし、姿勢制御を行った。
『先生が、先生が落ちる。早く助けないと』
「もうオートパイロットが起動したからあなたは動かせないよ。切ろうとしても無駄だよ。地上に着くまでは絶対に切れないように再プログラムしたから」
『お願い、先生を助けて』
「でももう瓦礫でいっぱいだし、この中から人間一人見つけるなんて難しいんだけど」
『お願いだから、私には先生が必要なの』
「そう言われてもねえ。この高度で生身の人間が耐えられるとは思えないけど」
『そんなこと言わないで、お願い。どうか――』
急に体全体に力が入らなくなった。視界が徐々に暗くなり音が遠くなっていく。ここにきて意識の限界がやって来た。痛覚も鈍くなり、脇腹の痛みが薄くなっていく。せめてあと少し、先生を回収するまでは持ってほしかったが、体は言うことを聞かず、私はゆっくりと意識を失った。その直前に崩れ落ちる箱舟の残骸から漏れる光が見えていた。
私は学校の前で揺れる縄を見ていた。縄は屋上から垂れていて、生首の先生が笑顔で揺れていた。私はその縄にしがみついて先生と一緒に揺れていた。夕暮れでヒグラシが鳴いていた。
私は旅館の二階で窓から見える夜景を眺めていた。下には川が流れている。横を向くと先生が布団の上に座っていた。眼窩は真っ黒だった。スマホを開くと、目の前の先生と同じ構図をした写真が大量に入っていたが、次の瞬間それらの写真は新しい物からどんどん消えていった。同時に目の前にいた先生がどんどん若返っていく。大人から青年へ、青年から少年へ、少年から赤ん坊へと変わっていく。まだ時間の逆行は止まらない。赤ん坊となった先生はそれよりも若返りグロテスクな姿へと変貌する。
『地上への着地を確認、オートパイロットを解除』
COMの声で目を覚ました。浮遊感は無く、ゆっくりと顔を上げると、スクリーンには地上が映っていた。大量の瓦礫が積み上がり、その上には宇宙戦艦に乗っていたメンバーたちが立っている。彼女たちは私に向かって手を振っていた。
先生はどうしただろう。玉座が崩壊して真っ逆さまに落ちてから……私は先生がどうなったのか見ていない。彼女は最後まで先生と助けることを渋っていた。嫌な予感がして冷や汗が出てきた。まさか先生はあのまま落ちて死んだんじゃ。ついさっき見た夢ともリンクして確かめる事すら躊躇われる。
誰かが画面下から移りこんだ。その人物は私の掌から降りて、手を振っている彼女たちへ向かって走り出した。その後ろ姿は先生だった。私は安堵の息をついた。良かった生きていた。どうやってあの状況から生き残って私の掌に乗っていたのか疑問だが、今はそんなことより先生が生きていたことが何よりうれしかった。だから彼が真っ裸でシッテムの箱だけ持って彼女たちの元へ全力疾走していることもどうでもよかった。
彼女たちは真っ裸になった先生を見て悲鳴を上げていた。その場で目を隠したり、呆れたり、逃げたり、ハナコだけじっくり観察していた。
「生きてる?」
彼女が、三週目の私が声をかけた。
『生きてる、なんとか。ありがとう、先生を助けてくれて』
「いいよ別に。どっちかと言うと助けたのは私じゃなくてアロナの方だから。私は回収させただけだし。私の機体じゃ人を乗せるのには適してなくてね」
私の前にACの腕が映った。それは手と言うには少し抽象的だった。アームと言った方が正しいだろう。
『機体もいっしょに下りたの?』
「あなたが下りれたんだから私も下りてきてるよ」
「レイヴン!」
いつの間にか先生が私の前に立っていた。仁王立ちしているせいでその股間にぶら下がっているブツがはっきりと見えている。
「わーお。あれが男のブツか。私ウォルターのすら見たことなかったのに」
「その機体は」
『ああ、これは彼女だよ。なんどか会ったでしょ』
「君の中にいるもう一人の君か。これも大人のカードの力で? でもあの時は赤い光は集まらなかったけど」
『どうなの?』
私は彼女に聞いた。
「違うよ。あなたが今乗ってる機体と同じように作った代物だよ。とは言ってももうあんな量を作ることはできないけど。色彩が襲撃して空間がゆがんでたから出来た代物さ」
私は彼女が言ったことをそのまま先生に伝えた。
「じゃあその機体には彼女がいるってことだね?」
『そういう事だね』
「そっか、びっくりしたよ。急に五体もロボットが下りてきて、あれ全部AC?」
『うん』
「レイヴンを助けに来てくれたんだよね。ありがとう」
『気にしないでだって』
「その、君たちの戦いは見ていたよ。もう一人、プレナパテスのレイヴンの最期を。正直僕は別の道もあったんじゃないかと思う」
先生の顔が曇った。
ああ、そうだった。彼女は死んだんだったな。きれいさっぱり消えたからまるでその実感はなかった。引き金を引いたのは私ではないが、私も彼女を殺すつもりで戦っていた。勿論彼女もまた私を殺そうとしていた。
言い訳をするなら向こうも殺そうとしていたから、私も殺す勢いで戦う必要があった。しかし本音を言えば、私は彼女を相手した時、殺そうという考えに何の疑問も思い浮かばなかった。ACと相対した時の勝ち負けなど死ぬか生き残るしかないのだ。最初から話し合いで解決するだとか、和解するとかいう選択肢はない。ACで敵対した以上どちらかが死ぬしかないのだ。
『私にとってはあれが最善策だったんだ。でもごめん。私は先生を失望させてしまったかもしれない。先生の言う通り私はキヴォトスでも人殺しになってしまった』
「そんなことは……いや、そうだね。庇っても仕方がないか。でも終わったことをいつまでも責めるのも違う。それが君の選択であったのなら、私は君を尊重するほかない」
『ありがとう、助かるよ先生。いたたた』
「どうしたのレイヴン、大丈夫?」
『ちょっと脇腹に怪我を負っちゃって』
アドレナリンでも出ていたのか、それとも寝ぼけていたせいか痛みを感じていなかったが、実はまだ傷口は抉れたままだ。幸い出血は酷くないがここにきて痛覚が戻って来た。
「大丈夫? 今出してあげるから」
『う、ぐっ。こんなに痛かったんだっけ。まずい』
その時、背後からボンっと何かがはじける音がした。
「あ、まずい」
彼女があからさまに不吉な言葉を口にした。もはや何が起こったのか聞きたくもない。
「せ、先生! レイヴンさんの機体が炎上してます! 危ないですよ!」
「え、ええ!? は、はやくレイヴンを助けないと! だ、だれか手伝って!」
先生の言葉で皆がこっちに近づいてきたが、ハナコ以外は中々先生の隣まで来れない。
「み、皆レイヴンを出すのを手伝って!」
「ぎゃああ!? こっち向かないでください先生! レイヴンさんを出す前に先生は隠してください!」
「とりあえずレイヴンさんの救出をしましょう」
「なんでハナコさんはそんなに冷静なんですか!? 頬を染めないでください!」
「いけない。燃え残った全てに火がついてしまう」
『絶賛火がついてるんだけど。代わりに強制射出して。ボタンが反応しない』
「射出は機構の部分から故障してるから無理。開ける事ならできるよ。はい」
コックピットの扉が開いた。真っ裸の先生がブラブラとブツを揺らしながら顔をのぞかせた。
「レイヴン!」
久しぶりに直接面と向かった先生の顔は笑顔であったが、私の惨状を見るとたちまち危機迫る顔になった。
「レイヴン!?」
いざ見てみれば、コックピットの中は血まみれ、私の脇腹の傷は先生が思っていたよりも深かった。コックピットが開くと燃えている音がより鮮明に聞こえた。
「だ、誰か救急車! 早く救急車呼んで!」
私は先生に引っ張り出された。その際体勢を動かしたことにより、一層激痛が走った。
「あ、ご、ごめん」
先生は私が痛がったので手を放そうとしたがハナコはそのまま引きずりだすように言った。
「このまま出しましょう。機体に火がついている以上爆発しかねません。レイヴンさんには我慢してもらいます」
そう言って先生の代わりにハナコが私を引っ張り出した。案の定激痛が走ったが、ハナコは「我慢してください、救急車を呼んでますから」といって構わず引っ張り出した。私は激痛に耐えるように掴んだハナコの腕を強く握った。みるみるうちに来ていた真っ白な服が血に濡れる。だがそんなことは意に介さずに私を抱いてくれた。
「れ、レイヴンさん大丈夫ですか!?」
外で待機していた人たちが私を見るや否や同じような言葉をかける。
「皆さんここは危険ですから一先ず距離を置きましょう。爆発するかもしれません」
ハナコの言葉に皆従って先生ともども機体から距離を置いた。
救急車が来るまで私はずっと痛みに耐えていた。ハナコが応急処置をしようと傷の具合を見たがすぐに断念した。
「これは流石に……下手に触ればかえって傷を悪化させてしまうかもしれません。とりあえず地面にも置かずにこうして抱いていた方がいいかもしれません」
救急車が来るまでの間はよく分からなかった。ずっと俯いて血に濡れた包帯を睨みながら痛みに耐えていた。やがて救急車のサイレンが聞こえてくるとハナコはそちらに向かい、私は救急車に乗せられた。すぐに麻酔をかけられて、私の意識は沈んでいった。
目を開けるとそこは知らない天井だった。右を見れば窓があり、左にはカーテンが掛かっていた。ここはどこだろうか。シャーレの医務室では無かった。
起き上がろうとすると腕に点滴が刺さっているのが分かった。どうやら病院らしい。そのまま起き上がろうとすると脇腹に痛みが走った。そういえば脇腹が抉れていたんだったか。起き上がるのは止めてそのまま寝転がった。
誰もいない病室で暇をしながら天井を眺めていると、恐らくドアが開いたのだろう音がした。カーテンをめくって私の前に姿を現したのはカンナだった。彼女は私が目覚めていることに気づかず、私の隣に座って顔を確認したところでようやく気付いた。
「れ、レイヴンさん!? 目覚めてたんですか?」
私は頷いた。
「良かった。中々目を覚まさないんで心配してたんですよ。待っててください、ちょっと人を呼んできます」
そう言ってカンナはすぐに席を立って病室を去っていった。しばらくすると病室にはカンナと一緒に医者らしきロボットが入って来た。
私は医者から簡単な説明を受けた。ここがD.U.にある病院であること。病院に運ばれてから一週間近く経っていること。抉れた脇腹は再生手術で治したが、体が再生した部分と適合するまでの間は痛みがあること、幸い内臓までは抉れてなかったことを教えてもらった。
キヴォトスの技術ってすごいな。
「さっき先生にも連絡を入れたのですぐに来るでしょう」
私は返事をしようとしたが周りに書くものが一切なかった。私がキョロキョロ探しているとカンナは察してくれたようで、自身のスマホを貸してくれた。
「レイヴンさんのスマホは残念ながら紛失してしまいまして、ひとまずこちらを使ってください」
『ありがとう。カンナがお見舞いに来てくれたの?』
「ええ、毎日ではありませんが。私のほかにもいろいろな方が来てたようですよ。ミレニアムやトリニティの方々にRABBIT小隊の連中も」
『先生も?』
「ええ、はい。今回の事件の後処理で中々来れないそうですが」
『そっか。いろんな人が来てくれたものだね』
「ええ、レイヴンさんの人徳は高いですからね」
『私にそれを言うなんて皮肉も極まってるね』
「そうでしょうか? 私はそうは思いませんが」
『いや、なんでもない。気にしないで』
「はあ……あ、そういえばレイヴンさんへの見舞いの品が沢山あるんですが見ます?」
『見る』
カンナは立ち上がり、カーテンをめくった。そこには机の上に収まらず、なぜか机の横に置いてある車椅子の上にまで見舞いの品が積まれていた。その車椅子は作戦時にアビドスに置いて来たものだ。
『これは大量だね』
「果物に、お菓子、紅茶に、ゲーム……色々と積まれてますね」
『その車椅子私が使ってたやつだ』
「そうだったんですか。綺麗にされてますね。そうだ、何か食べます? 内臓にダメージは無いそうなので食事は大丈夫みたいです」
『じゃあお菓子でも』
「分かりました。ベッドを少し上げますね」
カンナがベッド横のリモコンを操作すると、ゆっくりと体が起き上がった。上半身が四十五度上がったところで止まった。
カンナとお菓子を食べながら談笑していると、またドアが開いた音がした。
「レイヴン」
中に入って来たのは先生だ。少し息が上がっている。多分走って来たのだろう。私は先生に手を上げた。
「良かった、カンナから連絡を受けて走って来たよ。大丈夫? 傷は痛む?」
『まだ少し。でも起き上がらない限りは痛くないよ』
「そっか、良かった」
「それでは先生も来ましたし、これで私は」
そう言ってカンナは帰ろうとした。
『もう帰るの?』
「ええ、仕事が溜まってるものでして」
私はカンナにスマホを返した。彼女は「ありがとうございます」と言ってスマホを受け取った。お礼を言いたいのは私の方だったのに。
「カンナもお疲れ様」
「いえいえ、シャーレに比べれば私など。それでは失礼します」
先生が立ち上がってカンナを見送った。ドアを閉めるとまた先生は私の隣に座った。
「レイヴンが起きてくれて良かったよ。このまま目覚めなかったらどうしようかと」
私は返事が出来なかったので車椅子横のポーチを指さした。その中にあるノートとペンが欲しい。先生はすぐに察してポーチから出してくれた。
『どうやら生き残ってしまったみたいだね。そういえば機体はどうなったの。燃えたけど』
「ああ、それならもう一人のレイヴンが近くの川に沈めて鎮火したけど」
『それならもう使えそうにないね』
「そうなの? ACって防水性高そうなのに」
『あんなにボロボロになってから水没したら流石にね。多分もう動かないよ。彼女はどうしたの』
「ああ、もう一人のレイヴンの機体ならシャーレに置いてるよ」
『そっか』
私は布団をめくって脇腹を見た。包帯が巻かれていて手術の後は見えなかった。
『跡残るかな』
「多分……レイヴンが嫌なら上着か何か着ておくかい?」
『ううん。むしろ残っててほしい』
「え、どうして」
『先生とおそろいだから』
私は微笑みながら言った。一方先生は嬉しいような悲しいようなどっちともつかない顔をした。
『命がけで守って、飼い主と同じ跡が付くなんて猟犬冥利に尽きるよ』
「そ、そっか」
突然先生がスマホを取り出し画面を見た。すると「ごめん」と言って先生は席を外した。どうやら電話らしい。
「もしもし……うん……あー、うん……それで……分かった。戻るよ」
先生は戻ってきたが、その顔は申し訳なさそうだった。そして申し訳なさそうな顔で私に言った。
「ごめんレイヴン。ちょっと急用が入っちゃって、申し訳ないんだけどシャーレに戻らないといけなくなって」
『いいよ。先生が大変なのは知ってるから』
「ごめん。またお見舞いに来るから」
そう言って先生は早歩きで病室を後にした。
一人になった病室は静かだった。外の声がくぐもりながらも僅かに聞こえる。重機の音だ。近くで工事でもしてるのかもしれない。久しぶりの平和は、空が青く透き通っていた。
更に数週間経って私はようやく退院できた。その際、いろんな人が私を迎えに来てくれた。ゲーム開発部やエンジニア部に、補習授業部まで来てくれた。
カンナが車でシャーレまで送ってくれるという。見舞い品が沢山あって手持ちで持って帰るのが大変だったから丁度いい。
D.U.では至る所で工事が行われていた。どうやら復旧作業が始まっているようだ。人的被害は少ないものの、建造物の被害は酷く最悪年単位で復旧工事が行われるかもしれないと。特にペロロジラと私が暴れたところは被害が甚大らしい。それを聞いて思わず私は目を逸らした。
シャーレに帰ってくるのは数か月ぶりだ。平和なシャーレだともっと久しぶりだ。私の機体が置いてあった場所には、彼女の機体が代わりに置かれている。
見舞い品を自室に置くと先生からオフィスに来てほしいと言われたので、ついて行った。
「ただいま」
「あ、先生! 帰って来たのですね。おかえりなさい!」
「先生、おかえりなさい」
オフィスに着くと二人の声が先生を迎えた。アロナともう一人、確かプレナパテスのアロナだ。なぜシッテムの箱にいるのだろう。
「レイヴンさんも帰ってきたのですね」
「うん。あ、そうだ。レイヴンにはまだ紹介してなかったよね。彼女はプラナだよ」
「よろしくお願いします。レイヴンさん」
『ん、よろしく』
「まさかレイヴンさんにも私の声が聞こえていたなんて予想外でした。今まで無視してごめんなさい」
アロナが私に向かって初めて声をかけてくれた。
『いや、いいよ。気にしてないから。紹介ってプラナのこと』
「あ、いや。もう一人いるんだけど。彼女は?」
「教室の外にいるので今呼びますね。レイヴンさん! 帰ってきましたよ!」
は、え? レイヴン? 私のことか? いや、でもアロナは私にではなく画面の奥に声をかけていた。少しして教室に入って来たのは、どこかで見た姿、学生服を着た私の姿だった。
「やあ私。退院おめでとう」
『なんでそこにいるの』
「いろいろあってね。というかあなたがいないと会話ができないからちょっと空間を弄ってシッテムの箱に入れてもらったんだよ。と言うわけでこれからは夢の中じゃなくても直接声をかけられるからよろしく」
『えぇ、それコーラルとか大丈夫なの?』
「問題ない。問題ないようにしてるから、問題ない」
『ああ、そう』
私は二度とルビコンには戻れないだろう。そもそも戻ろうとも思わない。どうせルビコンに戻ったって私の居場所はないのだから。キヴォトスであれば私にはたくさんの居場所がある。仲間もいる。キヴォトスから出て行く理由が無い。これからも私はシャーレ所属傭兵として先生の猟犬として生きていく。どうかこの日常がより長く事を祈って。
病院エアプなんで許してください。
約五か月の間ありがとうございました。シャーレ所属傭兵レイヴンはこれにて完結です。一時の感情に任せて書き始めた作品ですが、無事完結出来て安心しました。最終的にレイヴンは犬として生きることを選んだみたいですね。犬の方がより命がけで飼い主を守りそうなんでいいんじゃないですかね。
改めましてここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
後日談だとか番外編だとかは……多分書きません。万が一何か思いついたら書くかもしれませんが。
余談ですがレイヴンが落ちた後に見た夢は私が実際に見た夢とほぼ同じです。
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