すばらしきせかい【黒バス宝石パロ】 (mizuhara_0-0)
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[chapter:赤司編:黛千尋と降旗光樹]
実家が店というのは、なかなかどうして忙しい。長期休暇は当然のように働き手として数えられるし、家族旅行というのも家業のついで、親の仕事に同行するだけということもある。それすら数えるほどで、休み明けのお土産交換などでは一方的に気拙い思いもした。
だがこうして成長してみると、父が自分の仕事でとことんまで家族を振り回した理由が判る。特に、昨年、父が仕事中の事故で亡くなってからは。
黛千尋は、古物商「かげや」の主だ。主ではあるが、学生だ。学生だが、店主だ。
ただ単にそれは、父が亡くなり母も老いたからであるだけなのだけど。
黛が店主であるとはいえ、大学生という身分なので主に店番は家族に任せる。金銭関連や帳簿なども母に任せきりだ。では黛はどんな仕事をしているかというと、鑑定及び値段付けの類いだった。
古物商とは幅広く、「かげや」は骨董や宝飾の類いも扱う。人脈とは底知れぬもので、千尋自身の知り合いの知り合いだという医院の息子や腰の曲がった老婆が亡き人の遺品を持って来たり、時にはどこそこの画家の絵が欲しいだのあれこれの時代の書物が欲しいだのという依頼すらある。父が世界を飛び回るはずだ。そういった依頼に正当な値段を付け、入手希望には適当な心当たりを紹介する。それが今の黛の主な仕事だった。
[chapter:赤司編:黛千尋と降旗光樹]
古い木の扉が、重い音を立てて開いた。ごろんごろんと、控え目だが確かに存在感を主張するドアベルが鳴る。千尋はその音に、読んでいたライトノベルから顔をあげて入り口を見た。
客は青年だった。柔らかな茶色の髪と目をしている。とりたてて特徴はないが、愛嬌のある顔立ちをしている。服装から青年としたが、その体格だけを見ていると高校生くらいにも見える。千尋がそうではないと知っているのは、その顔を見たことがあるからだ。
「こんにちは、降旗」
青年――降旗は、千尋を見て驚いたように目を丸くした。そして、蝶番の働きで自然に閉まろうとする扉を手で支えて、引きずったコロコロ(千尋はあのキャスターつきトランクケースの正式名称を知らない)とそれに括り付けた長い箱を中に引きこんだ。
扉を完全に閉めてから、ようやく安心したようで、一息つく。そして思い出したかのように、挨拶をした。
「こんにちは、ええと――」
首を傾げる。その仕草は千尋の長くない人生でもよく見かけるものだった。
「黛千尋。一応、君のOBに当たる」
表情筋が仕事をしないのは、仕様である。
千尋の言葉に、降旗は思い出したと手を打った。
「サークルの!」
「そう。久しぶり。その様子だと、俺個人に会いに来たわけじゃないみたいだな」
「ごめんなさい」
降旗の存在は、大学のサークルで知った。一つ下の後輩の友人が目をかけている、期待の新人、だったか。黛は既に引退している上頻繁に顔を出している訳ではないので、薄い縁だ。向こうが覚えているかも微妙だったが、もともと千尋は影が薄いので思い出してもらえるとも期待していなかった。つながりを言い当てられただけでも嬉しい。
「謝る必要はないけど。うちに何? 見た所、売り付けにきたみたいだね」
というのは降旗の持つ特別長い箱とコロコロ鞄を見てのことだ。
「えっと……ここ、黛先輩の家なんですか? バイト先とかじゃなく?」
「残念ながら。多少の小遣いは貰っているけどね」
バイトするくらいなら手伝え、というのが母の主張だ。
「えっと、じゃあ黛先輩のお父さんに頼むんでしょうか。ここに、凄腕の鑑定士がいると聞いてきたんですけど……」
「父のことだな。昨年亡くなった」
「えっと……お悔み申し上げます?」
降旗が、妙な顔になる。黛は表情を緩めた。
「ありがとう。まぁ、そこそこ幸せそうな最期らしいし、過ぎたことだ。ちょっと上がってくれ。その大荷物じゃ疲れただろう」
降旗を促し、自分も店の奥の座敷に上がる。
降旗は慌てたように再び動き始めて、おそるおそる千尋の後ろについてきた。
「……お店屋さんらしく、ないですね」
「よく言われる。普通の古物商にもいくつか知り合いがいるけど、普通に棚があって、品物が飾ってあって、値札と一緒に展示されている形態が多い」
「かげや」は違う。入り口を入ってすぐに、レジと座敷がある。座敷はそこそこの広さがあり、片隅に店番の時に読むためのライトノベルや新聞雑誌が積まれている。座敷の奥はいくつかの扉で母屋や蔵につながっている。商品は全て蔵の中にあり、客の要望に併せて店主が取り出すことになっている。蔵の鍵は現在千尋だけが持っている。鍵自体は江戸の蔵前錠の改良型で、破られることはないだろうというのは千尋の知り合いの錠前師の言だ。そもそも千尋の家自体が警備会社に加盟しているのでセキュリティには心配していない。
千尋は座布団を出し、奥の扉からお勝手に入って二人分の緑茶を煎れた。
「あ、ありがとうございます」
降旗はコロコロをそのままに、長い箱を丁寧に畳の上に置いた。
「まぁ、楽にしろ」
降旗は再度礼を言うと、千尋の茶を啜った。
「……このお茶、苦くありませんか?」
「この苦さが良いんだろうが。ああ、茶菓子が欲しいか。ちょっと待ってろ、煎餅か何かがあったはずだから」
「お、お構いなく……?」
遠慮がちな降旗に、黛は首を振る。
「気にするな。どうせ暇なんだ、面白い話の一つ二つ落としていけよ。そういえば木吉は元気か? 膝は悪化していないか」
共通の知人の話を向けると、降旗は瞳を輝かせた。
「元気ですよ。この間も、安静にしていた方がいいのにストバスコートを覗きにきてカントクに叱られてました」
「通院中でもバスケする気力があるのはすげーよ。俺どうやって練習さぼるかばっか考えてたのに」
「そういえば、黛先輩はサークルは……」
首を傾げる降旗に、黛は苦笑した。
「店番があるから、なかなか行けないな。悪い」
「あ、そっか。……じゃあじゃあ、この辺りにストバスコートってあります?」
噴き出した。
「え、俺何かおかしなこと言いました!?」
「いや、バスケバカだなぁと思って……非難してるんじゃないぞ」
そう言いながらも唇の端が吊りあがってしまうのは仕方がない。
この後輩、めっちゃ可愛い。
「ええー。でも俺、黛先輩と1on1してみたいです。せっかくバスケつながりで縁があるんですし!滅多に顔を出さないOBと1on1なんて、めっちゃ贅沢ですよ!」
腕を動かして熱弁する降旗に、千尋はなぜ彼を特別に覚えていたか思い出した。猫可愛がりされているのだ。先輩連中に。
その落としっぷりたるや、千尋の可愛くない後輩たちまで餌食になる始末で、「ねーちょっと一緒に遊ばない?」「抱きしめていい!?」「お前きっと成長するぞー」とうりうりするくらいなのだ。
かくいう千尋も既に彼に落とされつつあった。身長は普通だし、きちんと先輩って呼んでくれるし、先輩にお茶を淹れさせたことに今更気付いて「しまった!」という顔をしているし、先輩って呼んでくれるし、丁寧語つけてくれるし、あー可愛い。
「話が終わった時に母親が買い物から帰ってきてたらな。ほらほら本題入るぞー。鑑定を頼みたいのは、この箱の中身か?」
足を楽に、と言っても聞かなさそうな降旗に苦笑して、千尋は傍らの箱に目を向けた。降旗はこくんと頷いた。
「祖父のものらしいんですけど……」
「亡くなった……訳じゃないよな」
そこそこの収集家の遺品の整理ならば、近親者が鑑定士を呼んでそれぞれの価値をつけ、値段相応の配分を行うものだ。間違っても孫の大学生がコロコロを引いてはこない。
「祖父は既に亡くなっています。祖父が祖母に譲って、その祖母が今度入院することになりました。そこで、『何なのか判らないけどおじいちゃんが大切にしていたものだから、こうちゃんにあげるね』とか言われて、一応今は俺の、です」
降旗は視線をうろつかせた。
「祖父は、あぁ母方の祖父なんですが、本当にこれを大切にしていたらしくて。昔は触っただけで叱られたとか、とても大きな宝石で出来ているから博物館にあってもおかしくないとか。親も絶対に値打ちものだから一度詳しい人にって言って譲らなくて……」
不安そうな降旗に、黛は頷いた。
「大丈夫、俺考古学専攻だから。手に余りそうなら、教授なり同業者なりを紹介する」
きっぱり他人を当てにする黛の言葉を冗談ととらえ、そうですね、と降旗は笑った。
「箱は中身と同年代のものか?」
「何度か作り変えられていると思います」
黛は、確かに、と頷いた。降旗の話が正しければ相当の値打ちのはずなのに、包んだ箱は安物のベニヤ板でできている。本当に価値のあるものはそれ相応の梱包がされているはずなので、実際にはそこまで価値がないか、途中で外の箱が失われたのだろう。
箱を縛るビニール紐をほどく。そのままそっと蓋を持ち上げる。箱の蓋は、少しの抵抗と共に浮き上がるように持ち上がった。湿気や何かで固化していたら数日預かることになるだろうと覚悟していただけに、拍子抜けする。
「かび臭いですね。……祖父が亡くなってから、あけられていないかもしれません」
「これは黴より樟脳の匂いだろう。おじいさんが亡くなったのは、何年前だ」
「数年前だったかと……俺が高校の時だから、ええと」
降旗は黛と二学年差だ。
「わかった、大体検討はついた」
黛はそっと蓋を開けた。中には、室内の光を一身に取り込む赤い王錫があった。
ぶわり、と風が吹く。
「うわ、」
「っぷ、」
一瞬、目を閉じる。
そして瞬きして目を開けると、そこに王錫はなく、見覚えのない少年が二人の傍らに座って微笑んでいた。
「こんにちは。始めまして」
闇の中でも光を失わない紅玉のような瞳と髪を持つ少年は、二人の驚きも気にせず、「俺にもお茶を出してくれないかな」と言った。
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赤司編・2
「俺の名前は赤司。赤司征十郎といいます」
赤色の少年は、千尋の出した茶を啜って満足げに頷いた。
赤司は、降旗が祖父から譲り受けた王錫の化身なのだという。
それについては黛が説明してくれた。
「この世には、あんま知られてないけど、『宝珠』と『宝玉』という二種類の貴石がある」
どこから説明したものか、とのんびり話し始めた黛に、降旗は目を丸くした。
「違うんですか?」
「最近はごっちゃになってる。けど、昔は明確に区別してたらしい。簡単に言うと、『宝珠』は意志を持つ宝玉だ」
『宝珠』は退魔の力を持ち、自ら主を選ぶ。その特殊性のため、街や国の象徴として用いられた。魔獣が跋扈していた時代、強力な『宝珠』は一国を守ることも出来たという。
「国全体を守れるような『宝珠』は『王印』とも呼ばれたらしい。『王印』は国を守る代わりに、王を選定する義務があったんだと」
だが、現在『王印』は、殆どが失われ砕かれた。
「暗黒の10年、って歴史で習っただろ」
黛の言葉に、降旗は頷いた。
「失われた10年。その間に、世界に魔獣が現れた、と」
世界史には何度か、空白の期間がある。近年の研究成果から、その期間には共通して『魔獣』という生物が跋扈していることが判った。失われた10年、というのはその空白の期間のうち、最も新しい時期を示す。
暗黒の10年の間に、魔獣は宝珠と共に世界のどこからともなく湧き出て姿を消した。突如出現した魔獣に怯えた人類は、突然いなくなった魔獣に戸惑うしかなかった。その10年の後、文明は急激に変化し新しい時代を築いた。そのため、魔獣に脅かされることのない現在を戦後と呼び分けることもある。
「その時にな、王印を含む宝珠も姿を消したらしいんだよ」
「全部、ですか?」
「そう言われてる。魔獣がいなくなったから宝珠が必要なくなったのか、宝珠が失われてそのバランスを取るために魔獣が消されたとか、その辺の考察は考古学者の仕事だけど」
だが。
「赤司君……は、宝珠なんですよね」
「そうだよ」
「現存する宝珠もいるってだけだろ。宝珠には宝珠にしかわからないルールが存在するらしいし。宝珠の本体を王印、精神を王獣なんて言い分ける地域もあるし。俺も全部を知っているわけじゃない」
だからところどころ適当でも気にするな、と黛は手をひらひら振った。赤司はにこにこと笑っている。
途方もない話だ。降旗は、その話を聞くことしかできない。
「で、ぐだぐだ歴史なんざ語ってみたが、要するにコイツは付喪神みたいなもんだ」
要約した黛の言葉に、赤司は少し顔を歪めた。
「そんなものと一緒にしないで欲しいな。俺たちは俺たちの作り手によって生み出されたんだ。人の情念などには影響されない」
「お前は少し黙ってろ」
黛は、赤司のことは気にするなと宣言した。赤司は少し不満げではあったが、「そのうちわかる」という一言でおとなしくなった。
「んで、こいつもその一種だってことだろ。宝珠の鑑定は楽だぞ。自分で名乗ってくれるからな」
「なんだ。降旗君は俺のことを知りたいのか?」
赤司は正座をしたまま胸を張った。
「俺は赤司征十郎。生まれは帝光、作り手は虹村。銘は『朝陽』。最初の主は真田王。最後の主は山野義仁――君のおじい様の親友にあたる」
「帝光国時代……」
黛の話に出てきた、最古の『宝珠』の時代である。千年くらい前だったか。
「よかったな。値段が付けられないほど価値があるやつだぞ、コレ。鑑定も完了だな。これくらいなら金はとらないから、持って帰ってくれ」
黛はどうでもよさそうに言った。視線はレジ脇の本棚に向かい、既にラノベを読む準備をしている。
すると、赤司が「心外です」と眉を上げた。
「俺の主は黛さんなんだから、俺は黛さんの元にいないと」
「はぁ?」
黛は初めて聞いた、と目を見開いた。
「知らないんですか? 宝珠は自分の主を自分で決める。宝珠が目覚めて人型を取れるのは、自分の主に命じられた時か自分の主が目覚めた時だけです」
降旗は、まぁ確かに自我があるなら自分の持ち主は自分で決めたいよね、と納得したが、黛は違ったようだ。
「いや、初めて聞いた」
黛は首を傾げた。一人、知り合いに『宝珠』がいるが、そんな話をしていただろうか。
「少なくとも僕ら――帝光の季石の都に生まれた七人はそうでした。多少の例外はありますが」
赤司はけろっとしている。
「法律上の持ち主は降旗君なんですよね? 俺はそれでもかまいませんが、実際に持っててもらうのは黛さんでないと」
言い放つ宝珠に、慌てるのは人間側だ。
「黛さん……」
「言っただろ、値段を付けられないほどの価値だって。『宝珠』が自分の主を決める話は初めて聞いたけど、気に喰わない持ち手は不幸にするって話だ。ちなみにさっき値段が付けられないと言ったのは、買い手がいないということと、ばか高くなるという二重の意味がある」
降旗は既に半泣きになっている。
「ど、どうしましょう……」
黛はため息を吐いた。
「こうなったら仕方ない。考古学ゼミの教授にメールして、帝光時代の宝珠について聞いてみる。そっち関係に強い知人にも当たってみよう。降旗はご両親やおばあさんに、『鑑定に時間がかかる。暫く骨董屋に預けることにした』とでも言っておけ」
黛はレジの下の戸棚をがさがさと漁り、一枚の複写紙を取り出した。鑑定依頼書だ。
「これが正式な書類な」
「ああああありがとうございます!」
受け取る降旗に、黛は苦笑した。
「他に売りたいものはあるか」
「あります!ええっと、ちょっと待ってて下さい」
赤司はその降旗の慌て振りを見て、目を細めた。
降旗は、畳の上にコロコロを引っ張り上げ、蓋を開けると陶器やらブローチやらの正しく骨董の品を並べた。
黛はそれらに迷うことなく、値段を電卓に叩き込んだ。
そして、降旗の帰り際に言った。
「『宝珠』について知りたいなら、明日また来るといい。今日くらいの時間に来てくれれば、詳しいヤツを引き留めておこう」
***
小さな、それと知らなければ判らないだろう看板には、平仮名で「かげや」と書かれている。普通の民家にしか見えない古びた扉に手をかけ、そっと押すと、重い扉は音もなく開く。カラン、と涼やかなドアベルが客人を告げるその向こうで。
「助けてくれ!」
普段は影が薄いという青年が、赤い人影に押し倒されていた。
「な、なにしてるんですか!?」
降旗は慌てて座敷に上がり込む。先日は骨董品を運んでいたが、今回は斜め掛け鞄一つの軽装だ。降旗が近寄ると、赤司はあっさりと黛を解放した。とはいえ、未だ体は黛の上にまたがったまま、上体を起こし座り込んだというのが正しいのだが。
「やぁ。初めまして、になるのかな」
赤司は降旗の方へ振り向くと、猫の様に笑った。昨日とはかなり印象が違う。よく見ると左右の虹彩が違う色に染まっている。オッドアイなら降旗は忘れない自信があるので、わずかな間に瞳の色が変化したのだろうか。
「昨日も会いました……えっと、赤司征十郎くん、だよね?」
首を傾げると、否定の声が飛んだ。
「違う、らしいぞ」
服装を正した黛は、赤司からなるべく距離を置くように上体を起こした。赤司はすわり心地が悪くなったのか、少し不機嫌そうな表情になると黛の上から降りてそこらの座布団の上に正座した。
黛は、受付のレジの位置まで移動し、我関せずと主張するように近くのラノベを一冊手にした。
「違う、って?」
降旗が目を見張ると、赤司はどこか威圧するような笑みを浮かべた。
「僕は赤司征十郎。生まれは帝光、作り手は虹村。銘は『鮮烈』。最初の主は真田王。最後の主は降旗薫」
「じいさ、祖父の宝珠だったんですか?」
降旗の言葉に、赤司は目を丸くした。
「薫の孫? 君が?」
そしてそのまま、降旗をじっと見つめる。降旗は身を竦めた。
じいちゃん何やったの。てか宝珠の主だったとか初めて聞いたよ。そういえば宝珠ってバカ高いんじゃなかったっけ、どうやって手に入れたんだろう、まさか不正なんちゃらとか違法なんとかじゃないよね。じいちゃん俺と同じでのほほんとしてるから運が良かったんだなぁって勝手に納得してたけど、もしかして腹黒かったの。ごめん俺は普通の弱虫です。だから赤司が云々とかあんまり関わりたくなかったとかああああごめんなさいいいいい睨まないでえええええええええ捨てないからああああ。
色々考えているうちに涙目になってきた降旗に、赤司は「なるほど」と頷いた。
「この目、この顔、この表情。確かに薫の面影があるな」
「えっ」
「何だ、違うのか」
「ち、違わないです、けど……」
「どうして敬語を使うんだ。砕けた口調で構わない」
「えっ、あ、ご、ごめんなさ、あ、えと、ごめんっ」
「怯えるな。それはそうと、そろそろ君の名前を教えてもらいたいんだが」
「あ、えと、降旗光樹ですっ」
「光樹……」
赤司は目を細めた。そのまま、降旗に近寄る。
「えっと、あの、近……」
「光樹」
「ハイっ」
赤司は蕩けるように笑った。
「僕の主になれ」
「だが断る」
降旗はびっくりして言葉も出なかった。断ったのは黛だ。
「どうしてだ千尋。僕はただ、この涙に潤む大きな瞳をわが物にしたいと思っただけだぞ。もしかしてお前も『僕』の主になりたいのか? だがお前はさっき迫っても表情を引き攣らせるだけだったからな、つまらないから嫌だ」
赤司は楽しそうに言った。黛はパタン、とライトノベルを閉じた。
「つまらなくて大いに結構。お前が降旗家の容姿が好きなことはわかったよこの面食い。そうじゃなくて、俺が訊きたいのは、赤司の主は二人いるってことでいいのかってことだ」
「当たり前だろう?」
赤司は、黛の方が変なことを言った、とでも言うように首を傾げた。
「二つの人格に二人の主。何もおかしなことはないじゃないか」
「いや、普通は一つの宝珠に一人の主だろう」
え? え? と戸惑う降旗に気付いた赤司征十郎が、ああ、と慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「僕はね、光樹。近年の精神医学で言うところの多重人格なんだ。赤司征十郎は二人いて、それぞれが主を決めるんだよ」
その時、降旗の隣で風が動いた。
「赤司君、相変わらずのぶっ飛び具合ですね。ちなみに人間の常識に照らし合わせると、千尋君の方が正しいと思いますよ」
水色の人影だった。
縹色の和装に身を包んだ少年は、まるで最初からそこにいたかの様に、座布団の上に座っていた。片手にはなぜか、近くのコンビニでよく見かける紙パックのバニララテがある。
「僕は人ではないから、人間の基準を気にする必要はないな」
赤司は楽しそうに言った。
「久しぶり、テツヤ」
水色の少年は静かな声で、お久しぶりです赤司君、と呟いた。
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赤司編・3
意志持つ宝玉、『宝珠』。
世界に数えるほどしかないというそれについて詳しい人間というのは、いったいどんな人柄なのだろうか。
『宝珠』に知悉しているのだから、相当金持ちか、凝り性なのだろう……という降旗の期待は見事に裏切られた。
「紹介する。こいつが赤司の法律上の持ち主の降旗」
黛の言葉に、降旗は畳の上に座って会釈した。
「かげや」の店の畳の上で、降旗に相対しているのは黛だ。二人の間で湯気の立つ湯のみを持った少年は、黛の言葉に頷いた。
「そんで、こいつが『宝珠』に詳しいヤツ。黒子テツヤ、スモーキークォーツの『宝珠』だ」
実年齢は赤司と同じくらいだろうから、俺らからしたら相当のジジイだぞ、と黛は言った。
ジジイとは何ですか、年上は敬いなさい、と黒子は言った。
降旗は宝珠自身が宝珠に詳しいとは思わなかった。降旗は、背中がピンと伸びるのを感じた。震える声で、「お願いします」と言うと、黒子はまた、表情を緩めた。
黒子が黛に、客に茶を出さないとは何事ですか、と呟いたため、黛は給水部屋に向かった。降旗は涙目になる。が。
赤司が一つ、瞬きをすると、ふうっと彼の力が抜けた。目を開けると、夕焼けの様な赤い目が現れる。
「久しぶり、黒子」
黒子は少し目を見張ったが、そのまま表情を緩め、柔らかい声を出した。
「ああ、君は……征十郎くんの方ですか。お久しぶりです。君ですか? 千尋君を主にしたのは。意外ですね」
「ふふ、総理大臣だのを主にするとでも思ったかい?」
微笑みながらそんなことを言う赤司に、黒子は真顔で頷いた。
「ええ。君は権力主義者ですからね。流石にここ何年か総理大臣は頻繁に交代していますから、そんな浮き沈みの激しい業界にいるとは思いませんが、古くからの政治家の家系に家宝として祀られていても驚きませんよ」
「それは緑間だろう。どこぞの宗教国家に、聖遺物として祀られているらしいじゃないか」
「ところが、最近のテロに巻き込まれて行方知れずという話もありますよ。彼は美しかったですからね、どこぞの好事家の手に渡っているのかもしれません。君みたいに」
「何を言うんだ、黒子。俺の先代の主――義仁さんは満州に行く時あらゆることを言い残してきちんと僕らを置いていった、常識のあるお方だぞ」
ほのぼのと会話をしているが、その内容はとんでもない。聖遺物って。満州って。何このグローバルな昔話。
「それは君の前の主の話でしょう。そもそも山野といい降旗といい、旧財閥の家系ではありませんか」
「そうなのか?」
茶盆を片手に戻ってきた黛の問いに、降旗は苦笑した。
「昔の話です」
「まだほんの五、六十年のことですよ。旧財閥は戦後に解体されましたが、影響は残っているでしょう。赤司君の様に」
黒子が詳しい解説を付け加えるが、降旗は困ったように笑うばかりだ。
「や、本当に。蔵に残っているものは、殆ど処分してしまいましたし。土地も建物も必要な人に管理してもらっているから、うちの家で自由になるのは本当少ないんで。普通です」
「普通の家には蔵はありませんし、土地も建物も自分で管理できる範囲内でしか持たないものですよ」
黒子が呆れるが、黛も全面的に同意だ。普通の基準が普通じゃない。
「まぁ、降旗の家系はそういうものだろう。何しろ『僕』が相当執着していたからな、絶対に没落はさせないさ」
「そうなの?」
征十郎に向かい首を傾げると、彼は力強く頷いた。
「ああ。あいつは――というのも俺自身だからおかしな話だけど、相当降旗家が気に入ってたから」
ところで、と征十郎は黒子に視線を戻す。
「どうして黒子はこんなところにいるんだ」
「そこの彼に、宝珠に詳しい人ということで呼び出されたのですよ。それで、降旗君は宝珠の話を聞きたいのでしたよね?」
ガラス玉のような目が降旗を覗く。
「何の話が訊きたいのでしょう。大抵の話は赤司君や征十郎君から聞けると思いますが」
「えっと、幾つかあって」
「茶、煎れたぞ」
「あ、ありがとうございます。あの、宝珠の主は一人だけなんですか?」
「俺の場合は二人いるけど」
「そうじゃなくて……あの、人間って死ぬじゃないですか。そしたらきっと宝珠は別の主を見つけるんですよね?」
じいさんと赤司みたいに、と例を挙げると、黒子は頷いた。
「ええ。少し語弊があるかもしれませんが……宝珠の主は代替わりします。その主について、どんな主にするかは宝珠の一存ですが、宝珠は主がいる間しか人の形を取れません」
「それと、宝珠と主の間に、何か契約とか制限とかってあるんですか?」
その質問には、黒子は訝しむように首を傾げた。
「赤司君に何か理不尽なことを……」
「あ、えと、何も。だけど、ゲームとかでこう、あるじゃないですか。契約するとマジックポイントが増えるとか、回復力が上がるとか……」
「ああ、召喚魔術で言うところの『呼び出した者の命を奪う』とか『三つの願いを叶える』とかですか。うーん、強いて言うなら降旗君の場合、赤司君に学校の勉強を教えてもらえるんじゃないでしょうか」
可愛らしいことを言いだす黒子に、降旗は苦笑した。
「や、大学生にもなって勉強を教えてもらうって……」
「赤司君は賢いですよ。きっと頼めば君を主席にまでしてしまうでしょう」
黒子は真顔で言った。
「宝珠の主になるとはそういうことです。そうですね、勉強では判りにくかったら、株と言えば判りますか」
「株? 株式会社、とかの……?」
降旗は首を傾げた。黒子は頷いた。
「ええ。資本金を渡せば、半年で千倍にして返してくれるでしょうね」
「そんな、まさか」
笑い飛ばそうとしたが、征十郎はあっさりと頷いた。
「千倍でいいのか? 現在の金相場を元に考えると、もっと利益率を上げることは可能だが」
降旗は絶句した。ふふ、と征十郎は笑った。
「降旗君。世界で一番価値のあるものは何だと思う?」
黒子は、懐かしいですね、と微笑んだ。
言葉遊びのように、宝珠たちは口ぐちに言う。
「賢さならば書物で良い」
「強さならば武具で十分」
「美しさなら宝玉だ」
「本当に価値のあるものは」
「本当に価値のあるものは?」
「美しく、賢く、強いもの」
「そう、我らが宝珠のように」
征十郎は唇をほころばせた。
「降旗君。俺達は、世界で一番価値のあるものなんだ」
赤司編ここまで。
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[chapter:火黒編:かれらのせかい]
「黛さん、ちょっとサークルに顔を出してもらえませんか?」
「は?」
ゴールデンウィークが終わり、大体の新入生がそれぞれのクラブに落ち着いた頃。赤司の主の片割れ・降旗光樹が言った。それに首を傾げたのは黛だ。
「何言ってんの、お前。俺もう引退したんだけど。何? 部室に機構少女でも残されてた? あれは後世に引き継ぐべき名作だからそのまま部室に置いて構わねーよ」
「いや、あの……そうじゃなくて。この間、赤司がうちのサークルに顔を出したんです」
知ってますか? と首を傾げる降旗に、そういえば征十郎がそんなことを言っていたな、と黛は頷く。余談だが、二人は僕様何様魔王様の方を赤司、俺っ子ぽわぽわどじっ子属性の方を征十郎と呼び分けている。赤司の主は降旗で征十郎の主は黛だ。魔王と降旗が果たしてうまくやっていけるのかと不安だったが、征十郎の話を聞く限り、何とかなっているらしい。
「話だけは聞いている。征十郎は、『僕がまたふらふらと出歩いて降旗君の大学に行ったらしい』くらいしか言ってなかったけど。何かあったのか?」
「それだけですか?」
「というと?」
「『宝珠の気配がする』」
「はぁ?」
黛は顔を顰めた。
「宝珠がそこらに落ちててたまるか」
「赤司が言ってたんですよ。それに、天下の帝光大ですよ?」
降旗の言葉に、それもそうだ、と黛は思い直した。
帝光大学は、帝光国一の学び舎だ。暗黒の時代の前から存在したと主張する帝光国の神話の真偽はともかく、その歴史ある土地柄から宝珠が眠っていてもおかしくはない。
「帝光国に眠っているとしたら、どの宝玉だ? 陽泉地方の異類神婚譚のやつはきちんと社に祀られてるって話だったよな」
「秀徳の預言者はどうでしょう。あれは各地に伝承が残ってたはず」
「救われぬ者を救う民の味方が、どうして帝光みたいな大都会に来るんだよ。桐皇の剣護りは壊れたって話だっけ?」
首を傾げる二人に、涼やかな声が降った。
「桐皇の柄飾りは既に修復されて主を待つばかり、とのことです。薔薇水晶の小太刀と共に眠っているとか。ですがあれもまた、どこぞの神社に収められていたと思いますよ」
「黒子」
「じいさん……」
「宝珠の話に花が咲いていたようでしたので、つい」
無表情の下に感情を隠す彼は、黒子テツヤ。黛千尋の先祖にあたるという、赤司征十郎と同時代に生まれた宝珠だ。人の形をしてはいるがそれは幻影、本体は風信子石と煙水晶の腕輪だという。黒子は湯呑片手に二人の間に座ると、急須を手に取り茶をすすった。
「それで、どうしたんです?」
首を傾げる黒子に、降旗は帝光大学で赤司が感じたという気配について説明した。
数分後――
降旗はなぜか黒子に、所属するバスケットボールサークルの勧誘を行っていた。
「すっげー楽しいよ。ボールのハンドリングが上手くいって、初めて手の周りを一回転した時は感動したもん。初心者なら初心者なりに、成長を実感できる機会が沢山あるってことじゃん。初めはキツイかもしれねーけど、その分先輩たちも優しく教えてくれるし、俺も教えるし。活動回数もそんなに多くないし、公式の部活動って訳じゃないからインカレとかには出ないけど、近くの大学との交流戦はあるから、試合は沢山できるよ。体育館の時間は多めに取ってあるから、自主練はし放題。やる気があれば上達も早いって」
「でも僕、ルールは詳しく知らなくて……」
「本、貸すよ。てか、黛先輩も持ってるはず。俺もルールは丸暗記してないよ、よく使うことだけ頭に入ってる。皆最初はそんなもんだって。試合していくうちに覚えていくんだ」
「おい降旗……」
「もし良ければ、今度赤司と一緒に見学に来る? あいつ、俺のとこに遊びに来てから、やたら月バスの記事とかバスケのニュースとか気にするようになってさ。先輩に世界大会のDVD焼き増ししてもらったら、知らないうちに再生してたんだぜ」
「そんなことが」
「そう。試しに、で良いから。何事も初めてみないと。別に大学関係者以外NGって訳でもないし、OBの木吉先輩とか伊月先輩とかもしょっちゅう顔出すし。桜井とか、後輩できたらすっげー嬉しいと思うんだ。勿論俺もだけどな!」
「おーびー、というのは何でしょうか?」
「あ、宝珠って外来語には疎いんだっけ。えっと、引退してからも顔を出してくれる人のことだよ。社会人になってからも続けてる分、熱意と技術がすげーんだぜ!」
降旗が熱心にサークルの勧誘をしている。
「千尋君、僕……」
降旗の言葉に輝かせた瞳を見て、黛は色々諦めた。
「あー、行ってきたいなら行けば? 序でに宝珠の気配について、探ってくるんだろ?」
「はい」
「黛さん、黒子のことは俺に任せて下さいね!」
楽しそうに笑うが、降旗。
宝珠はけっこう主に干渉したがるし、実際征十郎は千尋の私生活にずかずか踏み込んでくるのだが。
黒子と仲良くしすぎて、赤司に妬かれてもしらないぞ。
……まぁそれも楽しそうだからいいか、と黛は苦笑した。
***
「あれがゴールで、この白のラインがバスケのやつ。あのゴール下の曲がった線がスリーポイントラインね」
などと光樹が説明しているが、これらは主に黒子に向けたものだろう、と赤司は推測した。
三人は今、降旗属する帝光大バスケサークルに顔を出していた。赤司が前に零した、『宝珠の気配』が気になったらしい。自分が零した言葉を気にかけてくれたのは嬉しいが、どうして黒子がついてくるのか。せっかくの逢引なのに。『でぇと』なら良いのか。これは『でぇと』だと言って誘えば良かったのか。
「スリーポイントラインより外からボールをゴールに入れると、普通よりも得点が高いんだよ」
「そうなんですか」
スリーポイントラインより外から得点することをスリーポイントフィールドゴールと言うんだ、と内心囁く。スリーを入れることを生業とするSGの有名どころも一通り覚えたし、光樹のポジション、PGの基本的な戦術と動かし方も理解している。光樹のサークルのスターティングメンバ―も、主なOBの名前もポジションも、皆ビデオや記録、サークルのHPで確認した。全て光樹と仲良く話すために。
なのに。
「光樹、そんなことより試合は未だか。僕は規則は一通り知っているのだけど」
「もうちょっと。黒子は初めてだから、知らないだろ」
赤司が一人機嫌を害していると、一人、サークルの部員が声をかけてきた。
「ルールは知っているのなら、俺と1 on 1でもしてみないか?」
「え?」
「一対一の模擬戦。どっちがボールに早くゴールを入れるかを競うやつ」
声をかけてきた人を知っている。大学院に通っている人だ。光樹と同じPG、確か名前は。
「笠松さん?」
「ああ。ま、初心者ならそれなりに手加減はするつもりだけど」
視線を光樹に向ける。主(あるじ)に意見を伺おうとしただけだったのに、光樹はこちらを見もしなかった。心なしか、黒子の顔が輝いているようにも見える。
腹が立ったから、笠松さんに大人げない真似をしてしまった。
アングルブレイクの真似事をしたのは、反省したい。
***
「降旗こいつすげーぞ! 本当にバスケは未経験なんだよな?」
「え、ええ……そのはずです……」
降旗は顔を引き攣らせた。
宝珠というのは、基本スペックが人よりも高いことが多い。外見を愛でるために生み出されたのだから容姿が優れているのは勿論、頭の回転が速かったり、異様な身体能力を持っていたり、そうでないなら黒子の様に特殊な体質であることがほとんどだ。降旗はそのことを、うっかり忘れかけていた。
そう、赤司が笠松から3Pを二本先取するまで。
黒子が、小さく、「やっちゃいましたか赤司君」と呟いた。降旗も、赤司征十郎の記憶力と観察力の良さは薄々感じていただけに、顔を引き攣らせるしかない。
赤司のプレーは明らかに、昨日今日身に着けた動きとは思えなかった。バスケのルールに何一つ触れることなく、あたかも笠松の動きを先読みするかのようにボールを自在に操り、しかも彼の足のもつれを誘発した。ディフェンスは体格差まで緻密に計算され、シュートはリングに触れることなく網を揺らした。
なお、笠松はチームの元キャプテンである。エースでこそないがその戦術と求心力は他の追随を許さない。当然スタメンの一人であり、かつてインターハイでその名を轟かせたサークル有数の実力者だ。
赤司は降旗の引き攣った表情と笠松のしぐさから、何かを感じたらしい。
「笠松さん、手加減して下さったんですね。ありがとうございます」
「あ、ああ……」
征十郎はにっこりと笑うが、実際手加減していたかどうかは、笠松の普段の実力と顔から明らかだ。降旗は、もうやめてくれと叫びたくなった。
そこへ、丁度ゲームが終わったのか、一人の男が近寄った。
「へぇ、お前見学者? バスケ初めてなの?」
赤司よりも濃い赤を身に着けた彼に、赤司はニコリと余所行きの笑みを張り付けた。
「ああ、降旗君の友人で赤司と言うんだ。君は?」
「俺は火神。さっきの動き、初心者とは思えねーぜ。高校の頃はバスケやってたのか?」
「いや。だが、もともと運動神経は良かったんだ。降旗君から、バスケについては色々教えてもらっていた、っていうのもあるだろうな」
「へぇ、フリ教えるの上手なんだなー」
降旗は赤司にバスケのルールについてのみ教えていたが、火神は降旗が赤司にバスケの動きから教えたのだと思ったらしい。加速する勘違いに降旗は逃げ出したくなったが、黒子が片手をがっしり掴んで「あの人は誰ですか」と聞いてくるのでどうも出来ない。
諦めて、答えた。
「火神大我。俺と同じ学年で、うちのエースだよ。ポジションはパワーフォワード……って言っても判らないか。敵陣の真正面に向かっていくのが役目」
「かっこいいですね」
「そう見えるだろ? けど、成績が結構残念なんだよ。テスト前に練習試合があったら、試合に出してもらえない。勉強しないといけないからな」
「え? その時はどうするんですか?」
「助っ人を呼ぶ。火神と似たプレーをするヤツがいるんだ。うちの大学じゃないから、時々しか顔を出さないけどね」
降旗は苦笑した。黒子は、彼にしては珍しいことに、声を弾ませた。
「そんな人もいるんですね。火神君は帝光大学の生徒なんですか」
「気になるんなら、赤司の後にバスケしに行ったら? あいつバスケバカだから、バスケが好きなヤツならあっと言う間に仲良くなれるよ」
二人の視線の先では、火神と赤司の1 on 1が始まっていた。体格差もあり、赤司の思うようにはいかないようだ。今回はアングルブレイクは使わないらしく、なかなか苦戦している。赤司がほんのわずか表情を歪めるが、火神は楽しそうだ。
「降旗君」
「何?」
「僕、このバスケ部に入りたいんですが、この部に入るには帝光大の学生の方が都合が良いんでしょうか」
「いや、練習に来てくれるなら大学の縛りはないけど……え? 入るの? 本当に?」
降旗は驚いた。そもそも黒子のサークル勧誘は、ダメ元だった。降旗が熱く語りすぎたという自覚もある。
「はい」
黒子ははっきり頷いた。
「大丈夫です。籠球は、戦後に多少嗜みましたから」
「いやいやいや。そこじゃなくって。いいの? 『かげや』の店番とか……」
「千尋君もこの部活動に所属していたのでしょう? その間は僕が店番をしてきたわけですから、これからは千尋君にその分の店番を頼むだけです」
黒子は、ボールを追いかける二人を見た。
火神が、大きく跳んでボールをゴールにたたきつけた。赤司は涼しい顔をしているが、降旗には内心悔しがっているのが見て取れる。笠松は、エースが見学の初心者に勝ったことに安心していた。
その光景に、目を細める。
「宝珠と主は引き合う。僕らは、彼等に再び会うために、存在しているんです」
「黒子?」
首を傾げる降旗に、黒子はなんでもないですよ、と笑った。
***
『仕方ない。××に、この国の王獣になってもらおう――』
知らない、男の声が聞こえた。
「何でだよ。本当に、それしか道はないのか」
これはきっと、自分の声だ。今とそう違わない。
『けれど、火神君。そうしなければ××君は死んでしまうわ』
年上の、女性の声。
『彼は王獣なのだから。王を戴かない国にいる事自体、間違っていると思うの』
「××がここにいることが、間違いだって言うのかよ!」
『そうよ』
厳しい、声。
『彼は王獣だから。王を戴かない王獣は、もう違うイキモノになってしまうわ』
***
【王獣】[オウ-ジュウ] ①過去に存在した獣の一種。現在は絶滅している。②国を代表する獣。国獣。③宝珠の別称。
むぅ、と火神は首を傾げた。王獣。図書館の机一杯に資料を広げてはみたが、何の事だか、さっぱりわからない。
「こんにちは」
掛けられた声に顔を上げると、最近サークルに入った降旗の友人がこちらに近寄ってきた。名前は確か、
「黒子」
「はい、黒子です」
黒子は頷いた。当然の様に火神の向かいに座る。火神が探した「それっぽい」題名の本を手に取りながら、ぱらぱらとめくる。
「調べものですか」
「ああ。課題で、ちょっとな」
黒子は納得したように頷き、勉強熱心ですね、と言った。
「黒子も勉強か」
「はい」
サークルに入った時期こそ黒子の方が遅いが、火神と黒子は同学年だったはずだ。ひょっとしたら、と火神は黒子に尋ねた。
「お前、白金教授の歴史学取ってる? 王獣のレポート、これからやるなら一緒にやろうぜ」
「その授業は生憎とっていませんが……王獣のレポートなら、書いたことがあります。お手伝いしましょうか」
火神は、顔をほころばせた。
「頼んだ! うまくいったら、夕食奢るからさ!」
***
結局、資料集めを黒子が行い、火神が指定された部分を読んで文字に起し、更に黒子が手を入れる形で落ち着いた。火神は大喜びで黒子に礼を言った。
「サンキュー! こんな早く終わるとは思わなかったぜ」
「それは良かったです」
無邪気に喜ぶ火神に、黒子は表情を変えずに頷いた。
「なぁ、夕飯どうする? 約束してたし、奢るよ」
火神が勝手に言い出したことではあったが、黒子は首を横に振った。
「そんな、お手伝いしただけですので。そこまで感謝されることではありませんよ」
「いや、まじで。白金教授のレポートとか、資料集めだけで一日かかるって評判のやつだぜ? タダって訳にはいかねーよ。どっか行きたい店とかあるか? あ、あんま高いやつはダメだけど」
黒子は暫く考え、それでは、と頷いた。
「火神くんの手料理、はいかがでしょう」
火神は、目を丸くした。
「俺の?」
黒子は平然と言う。
「キミの趣味は料理でしたよね。降旗君か誰かから聞いた記憶があります」
「あー……」
思い当たる節があるのか、火神は曖昧な声を出した。
「だめ、ですか?」
「や、別にいーんだけどさ。口に合わなくても知らねーぞ」
***
「降旗ー」
「どうしたの、火神」
降旗は首を傾げた。
授業後のバスケットコートだ。帝大の敷地は広いので、サークル名義で自主練用のコートが確保できる。バスケバカばかりなので、自主練と言えど結構な人数がボール片手に顔を出している。
「質問したいことがあるんだ」
火神は真剣な顔をして言った。降旗は首を傾げながら何、と問う。
「最近入ってきた、黒子ってヤツいるだろ? お前の友達だったよな」
その言葉に、降旗は頷きながら目を丸くした。もしかして、火神が宝珠なのか?
いやいや、宝珠は基本的に頭が良いはず。あの青峰と並ぶバカが宝珠な訳……ない、うん。ないない。
心の中で失礼なことを考えながら、降旗は「一応、そういうことになってるけど」と答えた。
「でも、俺も知り合ったのは最近なんだ。赤司って覚えてる?この間見学に来て笠松さんと1 on 1してた。あいつか、もしくは黛先輩のが黒子さんとの付き合いは長いよ」
「あー……でもいいや。ちょっと聞きたいんだけど」
「だから何って」
「お前、黒子の好きなもん、知ってる?」
降旗は、ぽかん、と火神を見上げた。
火神はほんのわずか顔を赤らめながら、「いや知らないならいいんだけど」「つか、あいつ、俺の作ったもんなら何でもとか言いやがるし」とぶつぶつ照れ隠しの様に呟く。
降旗は頭痛を感じ、細かいことは気にしないことにした。
「黒子さんの好きなもの……あ、この間バニララテ飲んでた」
「バニララテか……」
「俺も詳しくは知らないけどさ、甘い物が好きなんじゃないか」
火神はうんうん唸りながら、「バニラ、バニラ……」と首をひねっている。
「てか、火神って黒子さんと知り合いだったの?」
「この間、図書館で歴史学のレポート手伝ってもらったんだ」
その答えに納得した。黛が日頃から『生きた化石』と揶揄する黒子だ。歴史学なんて、生で見たあれこれを生き生きと語ってくれるだろう。
「へぇ。黒子さんなら、教えるの上手だったろーな」
「おう。すっげー楽だった。だからその礼に、今度夕飯作るんだ」
声を弾ませる火神に、降旗は、良かったな、と笑いかけた。
(いや、本当良かったー……この調子で黒子さん、期末試験も火神の面倒見てくれないかなー……)
中間試験の悲惨さを思い出しながら、カントクに伝えておこう、と降旗は、決心した。
***
なんでもない、路地裏だった。
オフィスビルの背中の間隙。かろうじて道と呼べる、車一台通るのがやっとの道路。
舗装されているのが奇跡のようなそこには、ビルの裏口同士が背中を向けあっている。
もう一本外れると、このビルで溜めた鬱憤を晴らすための歓楽街があるような、そんな路地の影で。
ごぼり。
闇が湧いた。
ごぼり。ごぼり。
雪の降る音を雪音と言うが、それならこれは闇音だ。
ごぼり、ごぼり、と重油の様にアスファルトから湧き出た怪物未満の闇は、月光に己が身を晒そうとして。
きん、とどこからともなく飛来した弓矢に貫かれ、消えた。
あとには、なんでもない路地裏が存在し続けた。
***
「なぁ、何喰いたい?」
「何でも構いませんよ。火神君の作ったものなら」
火神は困ってしまった。その様子を見て慌てたのは黒子だ。
「では、二拓で尋ねて下さい。本当に、僕は、これといって好きな食べ物ってなくて」
「じゃあ……肉と魚。どっちがいい?」
そう尋ねると、黒子はふわりと表情を和らげた。
ここ数日、サークルで顔を合わせて、自主練も時々パスを投げてもらうようになった。図書館で認識してからこちら、サークルに顔を出す度に黒子を目で追ってしまう。黒子はバスケは初心者に毛が生えた程度だったが、教え下手の火神の説明も熱心に聞いてくれた。今まで年上に囲まれてきた火神は、誰かに教えるという経験が楽しくてたまらない。
「どちらも食べられますが、強いて言うなら魚でしょうか」
「和、洋、中。何がいい?」
「では和食で」
決して多いとは言えないレパートリーの中から、脳内で絞り込んでいく。
「あー、と。俺海外長かったから、鮭の塩焼きとかになっちまうかも知れねーけどいいか?」
「構いませんよ。ごはん味噌汁お漬物、くらいあればお腹いっぱいになりますから」
「いや、それは少なくないか」
「そうでしょうか? ……それは勿論、部活動ばかりでいつも空腹の人たちに比べれば多少は」
「悪かったないっつも食ってばっかで」
「美味しそうに物を食べるのは美点ですよ」
唇を尖らせる火神に、黒子はふふふ、と笑った。
「今に肥え太らせてやる」
「勘弁してください」
あっさり形勢逆転され、顔を見合わせる。
「あっさりしたもんって、なかなか作らねーから、良かったら意見聞かせてくれ」
「そうですね、出来ればバニラシェイク味のおかずを下さい」
「それおかずじゃねーよ。デザートだわ」
「お腹がふくれればいいんです」
「栄養バランス考えろよ。きちんと食わねーと、いつまで経っても筋肉つかねーぞ」
その言葉に、黒子は、確かに、と頷いた。
「筋肉は欲しいですね」
「欲しいだろ。ありすぎても持久力が落ちるらしいけど。黒子の場合は無さ過ぎだ」
その言葉に、黒子は火神を見上げた。
「僕も火神君くらい筋肉が欲しいです」
「お、おう……」
少し照れた。
「取りあえず、跳んで球を籠に入れたいです。だん、だんけしゅーと?」
「ああ、ダンク?」
「そう、それです」
「背丈が足りないんじゃね?」
「……バニラシェイク飲めば伸びます」
「いや、そこは牛乳と小魚だろ」
「バニラシェイクにも乳成分は含まれています」
「重要なのはカルシウムだろ。あと蛋白質」
「では火神君、僕が大きくなれるような料理を作ってください」
「いや、成長期ってもんもあるだろ。お前今何歳だよ」
「忘れましたが、肉体的には十六くらいだったと思います」
「え、十六? 高校生かよ」
「肉体年齢の話です」
「ってことは飛び級か。お前、相当頭いいんだなー……」
「ありがとうございます。こう見えても書痴の自覚はありますので、知識だけなら相当だと思いますよ」
夜道の下、月明かりが二人を照らしていた。
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[chapter:黒子編:いまはむかし]
気が付いたら、そこに存在していた。
街の雑踏。ざわめき。微かな風。
陽光にきらめく様々な商品に、威勢のいい声が響く。
そのままその場に居ることも出来た。とても居心地が良かったので。
だけど、夕暮れになり、人影が途切れてきたので、場所を変えることにした。
酒場に行った。陽気な歌声と笑い声。
民家に行った。優しい母親が、子供に子守唄を囁く。
草原に行った。風が吹く度に波打つ草。何かの獣の立てる音。
森にも行った。木の葉の囀り、虫たちの声、夜の鳥たちの歌が響いた。
最後の最後に王宮へ行った。
そこは夜でも煌々ときらめいていた。入り口付近には自分たちの同類が沢山いて、恰幅の良い男女が手を取り合って踊っていた。
暫く奥に行くと、更に様々な人間がいた。揃いの白いエプロンの女性たちが大皿を運ぶのを横目にずんずん置くへ向かうと、何やらあわただしい人々がいた。
人々が駆け込む部屋の中を覗くと、白い紙の山があちこちに出来ていた。「税」「経済」「戦争」「宗教」「王」「細工師」様々な単語が連なっていたが、まだ意味は知れないままだった。
「どんな意味なんですか?」
近くにいた、比較的暇そうな人間に尋ねると、ぎょっとされた。
「なんだ。お前、ひよっこなんだな」
産まれたばかりなのは確かだった。彼は頷いた。
「よし、俺が色々教えてやるよ。ただしお前、俺の仕事手伝えよ」
にやりとその健康そうな顔を歪ませてそんなことを言うものだから、通りがかった上司らしき人間に二人そろって叱られた。
***
初めに黒子が質問した少年も結構な下っ端だった。彼の名前は荻原といった。その日は一日中、荻原と一緒に重い書類をあちこちに運んだ。
「資料をお持ちしました」
「ありがとうございます。そこに置いて下さい」
その日の最後に、特別な部屋への遣いを頼まれた。
その部屋は建物の奥の奥にあり、最も高く、最も日当たりが良く、最も町が見渡せる場所にあった。
大きな窓は書類を山積みにしても夕陽を遮ることはなく、その場にいた初老の男性の姿を浮き彫りにした。
自分の主はこの人だ。
黒子は直感した。
ごほ、と王は咳き込んだ。黒子は慌てて、毛布はいるか薬師を呼ぶかと彼に尋ねた。彼は首を振り、ただの風邪だろうと笑った。
王は黒子のしぐさに何かを感じたのか、黒子を傍に寄せると優しく彼の頭を撫で、いくつかの質問をした。
黒子はなんだかくすぐったくなって、意味もなくそわそわした。問われるままに、街の喧噪、王宮の光景を口にした。
王は、またおいでと笑った。黒子は頷いて、また街を一周したら、と答えた。
***
次に行くと、今度は国の様子を問われた。不思議なことに、黒子は人々の視界に映らないらしい。黒子はどこにでも行くことが出来たし、何をしても咎められなかった。黒子は王のために、様々な話を見聞きした。だが民の噂ばかりでは、国全体を知るには限界がある。黒子は次に来る時がいつかは判らないが、もっとたくさんのことを知りに行く、と彼に告げた。
王は優しく頷いた。
***
様々なものを見た。港町の朝、山向こうの昼、有明の月、畑を耕す村人、罠を仕掛ける猟師たち。
街角に斃れる人、村外れに住む老婆、母に抱かれる赤子、盗み奪う人々、病に苦しむ一家。
黒子は会うたびに、見たまま、ありのままを王に話した。
ある時、一人の細工師の話をした。彼はなぜだか黒子の目に留まった。
その細工師はとても高名らしく、貴族の遣いが何度も彼を訪ねた。
細工師はとんでもなく高額な値を口にし、決してそれを譲らなかった。そのため商談が成立することは少なかったが、それに見合うだけの美しさを持つ細工物を作った。
そんな彼のところに、一人の若者が訪ねてきた。
金がないのは見ての通りだ。だが一つ、貴方に頼みたいことがある。
そう言って若者は、彼に細工物を注文した。
その細工師は依頼を聞いて、どうしてそんなものを注文するのかと尋ねた。若者は言った。
おれはとても世話になった人がいる。
世話になった人は妻に先立たれ、いるのは穀潰しの道楽息子だけ。
おれはあの人に自分の息子のように世話になった。
正直、あの道楽息子よりもよっぽどあの人を想う自信がある。
ところが、あの人の周りの人間は、息子の金銀財宝に目がくらみ、息子ばかりの機嫌を取る。
おれはそれがとても悔しくてならない。
おれが世話になった人が蔑ろにされるのが、哀しくてたまらない。
貴方はとても高名な細工師だと聞く。
貴方の細工はどれも貴方にしか出来ないものだと。
頼むからおれの大切なあの人のために、何か作ってくれないか。
細工師は暫く考え、ひとこと。
確かに、俺もあの人には世話になった。
細工師は、ひと月後に来るように若者に言った。
黒子はその話を王にした。
とても腕のいい人で。制作途中のものを見ても、まるで命があるかのようだったと。
王は頷いて、黒子の頭を撫でた。
***
黒子は、若者が細工師の家を訪れる数日前から、細工師の工房を覗いていた。
細工師の工房には、様々な作品があった。
紅玉の王錫、瑠璃の柄飾り、琥珀の王冠、紫水晶の帯飾り、緑柱石の額当て、薔薇石の懐刀。
作りかけのものも勿論あった。誰が注文したのかもわからない月長石と日長石。何かに倣ったのだろう黒曜石の指輪。木工細工の箱はその脈まで計算されているかのようだった。
細工師は若者が工房を訪れる前日に、そのほとんどを梱包した。
若者はそれらを受け取り、何度も頭を下げながら、その場を去った。
次に黒子が王に会いに行くと、部屋の片隅にあの紅玉の王錫が飾られていた。
***
黒子が伝える街の様子は、どんどんと不穏になっていった。
武具を売る店が増え、薬師を呼べない病人が増え、少しでも老いた人間は山の奥へ行き。貴族はそんな様子に顔をしかめ、更に争って宝石を求めた。
細工師は、あえて仕事を断る日が増えた。
おねがいします、おねがいしますとあえぐ住民の声に、それでも王は耳を傾けた。傾ける事しかできないのだと、その表情が物語った。
道楽王子は更に人を集め、暴動が起きそうになるたびに、街を巡り村を巡り人々を殺して回った。
その話をした時、王は黒子に言った。
色々な話をしてくれてありがとう。
とても楽しかったけれど、もう、ここに来てはいけない。
別のところで、生きて下さい。
そして、いつか見た灰色の若者に言いつけて、黒子を王宮から遠ざけた。
それからも何度か、王宮にもぐりこんだ。
ここ何年かで官吏の振りには慣れていた。
出世した萩原の手引きだったこともある。
官吏として自然なように、と文字だって覚えた。
それは何回目かの萩原の手引きで手伝いをしていた日。
突然、階下が騒がしくなった。
街で、暴動が起こったのだと知れた。普段のように、王が机に向かう間に王子かその取り巻きが排除するだろう。
黒子は茫洋と書類をめくった。
騒ぎは収まらない。
黒子は萩原に声をかけられ、書類を別室へ運ぶよう言われた。
王宮の同じ建物の、王の居室とは反対の高台にある部屋。
黒子は頷いて、書類を手に遠くの部屋へ足を運んだ。
騒ぎは収まらない。
萩原の仕事部屋は王宮でもかなり表側にあった。萩原の部屋を離れると、街の喧噪が遠のいた。騒がしいことが苦手な黒子は、ほっと息をついた。
書類を運ぶ先、そこは明らかに官吏の部屋ではなかった。
女官たちがさざめく。後宮だ。黒子は書類を置く場所を探したが、どうしようもない。困った黒子が声をかけると、桃色の少女が書類を笑顔で受け取った。宛先は間違っていないらしい。
少女は黒子に、王の居室へ行って伝言を頼んだ。後宮を抜けてすぐ、黒子は疑問を感じた。
騒がしい。
黒子は言われた通りに王の居室へ向かった。すれ違った兵士が何かを叫んでいた。
黒子は誰にも呼び止められないまま、主の元へ向かった。
向かった先で。
今まさに首を落とされる王と。
兵士に拘束された萩原と。
勝ち誇った笑みで、紅玉の王錫を手にする王子を見た。
黒子の主は、息を弾ませながらも誰にも気づかれていない黒子を見て、いきろ、と笑った。
そこからどう灰色のもとへ戻ったか、覚えていない。
***
「なんでですか灰崎くん!!」
黒子は吠えた。
「あの人は、王です!僕の王だ!何故僕がこんなところでぬくぬくと生きていけるというのですか!」
「俺だって納得してねぇよ!」
若者も、涙で割れた声で怒鳴った。
「けど、仕方ないだろ!それがあの人の望みだ!俺は!あの人の願いを叶えないと!」
「あの人の願いなんて知るものか!」
黒子は泣いた。泣いて、叫んだ。
「僕は、あの人に生きていてほしかっただけなのに!」
灰崎と二人で、どろどろになるまで泣いた。
散々泣いて泣いて泣いて、お互いの体にしがみつくようにしていないと立てないくらいに疲弊したころ、暖かいコップが差し出された。
「座れ。飲め」
短い命令に、二人でのろのろとしたがって、顔を上げた。
細工師が、二人に、暖かいコップを差し出していた。
細工師の工房だった。あれほどあった細工物は全て消え、伽藍の中に道具箱だけが残っていた。
二人はおとなしく、何かに加工されるのを待つ杉の木の上に座った。
細工師は向かいの工作台に凭れると、片手で顔を覆い、深く深く息を吐いた。
「……まさか、お前がこんなところにいるとは思わなかったよ」
その言葉に、黒子は首を傾げた。お前というのは灰崎のことだろうか?
「お前、名前、なんだっけか」
その問いははっきり黒子に向けたものだった。
「黒子と――呼ばれています」
「そうか。じゃあ、黒子」
細工師は、少しずつ、尋ねた。
「お前、自分のことをどう思っている」
「どう、とは」
黒子は首を傾げた。灰崎は、何かを思い出すかのように遠い目をした。細工師は、面倒臭そうに鼻を鳴らした。
「質問を変える。その腕輪」
と、細工師は黒子の左腕を指した。
「いつ、だれに貰った」
黒子は記憶を遡った。
王には、何も貰った記憶はない。頭を撫でてもらったくらいで。
萩原にも貰っていない。茶菓子や果物を共に食べたことがあるだけだ。
黒子本人は宝飾品に関心がない。自分からすすんで購入するとは考えにくい。
黒子は首を横に振った。
「覚えていません」
「外せるか」
黒子は腕輪を見た。スモーキークォーツの、黒みがかった半透明の腕輪だ。幅が広く手首を締め付けるように見えるが、黒子の手首が細いためある程度の自由はきく。本来、このタイプの腕輪はどこかがパックリ半分に割れ、挟み込むような形で腕にはめるのだ。この腕輪にはその割れ目が見つからない。
「あれ?」
細工師が、深く深く息をついた。灰崎は何も言わず、ちびちびとコップの中身を干している。
「やっぱりな。お前、『宝珠』だよ」
細工師が、断言した。灰崎は何も言わない。
→以下、あとがきとか設定とか
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青今:盗賊と柄飾り
世の中には美しいものも可愛らしいものもたくさんあるのだと、知識では知っている。
だが、心が動くかはまた別の話だ。
かつて美しかった建物の中で、今吉は硝子を踏みしめた。大きな花瓶が粉々に割れ、陶器の欠片と踏みしめられた花弁が散らばっている。罅の入っていない窓はなく、鍵がかけられる扉も無くなっていた。かつて飾り棚だったものは折られ、ささくれ立った木屑が壁に突き刺さっている。
この屋敷の主は、かなりの数寄者だったらしい。
自分がそういった綺麗なものを壊す側の人間だと知っていたので、今吉は綺麗なものを特別好みはしなかったし、そういったものを集めようとする人間にも関心がなかった。
「今吉、終わったぞ」
チームメイトが声をかけてくる。有り難い。
「おん。この後はどうなっとる?」
剣に付いた血しぶきを軽く振るう。ポケットに忍ばせた布で軽く拭うと、鞘に仕舞った。
「依頼人の探し物が見つからない。隠し部屋があるかもしれない、お前そういうの得意だろう」
任せた、と言外に告げる相方に、苦笑して頷く。
「屋敷の見取り図覚えとるか? 二階の寝室と奥さんの服仕舞う部屋の間な。そこに何かあるで」
「根拠は」
「柱が一階と二階でずれとった」
「了解、探索に移る」
「待ち。わいも行く」
言って、諏佐を追いかける。彼は大柄で優しい男だが、何分ささいな異変は「大体同じ」と見過ごす気がある。自分に頼られたのだから自分が向かうのが筋だろうと、彼を追いかけた。
***
「……これは」
「酷いな」
埃まみれの部屋の中、数人の侍従が死んでいた。使用人の数などいちいち覚えてもいないが、この部屋の存在を知っていた・気付いていたことから古参の者たちなのだろう。部屋に生者の気配はない。
「埃が酷いっちゅーことは、相当ほかされとったんかな」
「……今吉、あそこを見ろ」
諏佐の言葉に意識を壁に移す。豪奢な細工の大刀が、壁に飾られていた。
鞘には銀の龍が繊細に絡み、入り口から入った光を鈍く反射させる。柄は藍色の布が巻かれ、柄頭には瑠璃の柄飾りが繊細な糸細工で固定されていた。
特筆すべきはその大きさだ。大の大人ひとりが担いで振り回すサイズのそれは、とても実戦用には見えない。勿論今吉達の知り合いに欲しがるものはいないだろう。好事家達に売るのがせいぜいだ。
「は、さっすがお貴族さまやな。こんなもんを隠し部屋に仕舞いこんで。家宝にでもする気やったんやろか」
壁に歩み寄り、刀に手を掛ける。そっと両手で持ち上げた、その瞬間――
「へぇ。なかなか面白そうなことになってるじゃねーの」
低い声が、響いた。
「誰だ」
諏佐が剣を構える。今吉を庇うように間に入るのを見て、男は「かはっ」と笑った。
「そんな構えんなよ。俺はどっちかってーと、あんたらの味方だ」
「そんな言葉を信用せい、と言うんか」
目を細めるが、彼は全く気にしない。
「信じてもらわねーといけねーんだよ。だって俺、人間じゃねーもん」
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[chapter:感想&設定]
1ページ目書き終わった直後の感想
赤司編はこんな感じです。一番現代です。そしてメンバーチョイスは趣味です。
読めばわかるどころか読まなくても自明のことですが、降旗君可愛いです。
赤黛も黛赤も降赤降も好きです。大好きです。この三人がわちゃわちゃしてるのが大好きなんですが、赤黛+降でいくか、黛+赤降か、肉体的赤黛赤+精神的赤降か、それともレオ姉入れて無冠混ぜて時々宝石たちのオールスター風味か……なんて色々妄想してます。迷ってます。どうしましょうね。
問題は私にR-18が書けないということだ。肉体関係も何もねーよ。
この後、火黒は過去と現代をあっちゃこっちゃすることになりました。
***
黒子さん過去編書き終わった直後の所感(実はこの中で一番初めに書き終えた)
黒子さん回。
桃井ちゃんの薔薇石というのはローズクォーツです。クォーツと言う通り、水晶の一種です。薄い桃色をしています。桃簾石というのもありますが、あれは赤とピンクを混ぜたような色で濃すぎてあまり好きではないです。写真で見ただけなんですけどね。
スモーキークォーツは煙水晶とも言います。半透明のやつからほぼ黒にしか見えないやつまで色々あります。私は向こうがうっすら見えるくらい透明感のあるものが好きです。黒が濃いと黒水晶になり、煙水晶と黒水晶の境目は曖昧とも言いますので、訳がわかりませんね。黒子さんの濃度はご自由にご想像下さい。
……人工の宝石・キャッツアイや、色々加工してるトルコ石なんかを出しにくいのは、パラレルの難点ですにゃー。(いや、トルコ石は天然にも存在するのでセーフでしょうか)。
宝石パロではよくアクアマリンを黒子っちに当てはめるのを見ますが、アクアマリンは放射線加工してあの色にするので、私にとってはどちらかというと氷室さんイメージです。
赤司さんにはぜひとも色が変わる系鉱物を担ってほしいですが、赤-黄の変化を示す石ってなかなか見つかりません。赤-緑なら結構あるんですけどね。昔は宝石判定技術が進歩してなかったので、ルビーじゃなくてもルビーって言ってたそうです。だから適当に紅玉にしておきます。多分、ルビーっぽい宝石二つを組み合わせて赤司さんにします。
→このまま赤司の宝石決まってない
***
その他設定(掲載部分に関連する所だけ)
赤司征十郎
本体は紅玉の王錫。初代主は真田王。
二種類の紅玉が使われ、二つの人格を持つ。
黒子とは旧知の間柄。
俺司の方:主は黛。
敬語も使う。普通に常識のある天然頑張り屋さん。
黛のラノベ(ハーレム系)を読んで、「親しくなりたい相手がいる=既成事実を持つといい」と認識。健気系。黛さんとはそのうち、溺愛つんでれ×誘い受けっぽくなると思う。どんどんエロくなってほしい。なれよ。
天然爆弾落とすといいと思います。常識人に見えて非常識。
黒子に「権力主義者」と言われている。
僕司の方:主は降旗。
代々降旗家の人間の泣きそうな瞳が好き。完全どSですありがとうございました。魔王様。
敬語は基本、ない。黛をもう一人の主と知った途端に押し倒して反応を見る。黛より降旗(の泣き顔)が好き。黛曰く「面食い」。
どっちが主人か判らない、とよく言われるが、涙目の降旗君のお願いは何でも聞き入れるので僕司君は「僕の主は降旗君以外認めない」状態。惚れた弱み乙乙。なんだかんだでぴゅあっぷるでプラトニックだと萌える。そりゃー世代単位で見守ってますから。
非常識に見えて常識的。
黛千尋
俺司くんの主。
帝光大学の学生。
降旗の現在入っているバスケサークルのOB。
骨董品店「かげや」の跡継ぎ。簡単な骨董の鑑定も出来る。文学部考古学専攻で、現在は大学院生。白金教授のゼミを受けている。
知り合いに錠前師がいる。
実は黒子の子孫。黒子と「爺さん」「千尋君」と呼び合う新旧影コンビが見たかった。
降旗光樹
僕司くんの主。
バスケサークルに入っている、帝光大学の学生。
黛のサークルの後輩だが、黛が引退してから降旗がサークルに入ったため、面識はほとんどない。下宿生。実家は実は旧財閥。母方が降旗家の一人娘で、父が婿養子に入った。
赤司の主を誰かに譲るとはほとんど考えていない辺り、確実にMっ気がある。
爆発しろ。
黒子テツヤ
初代主は真田王。
本体は風信子石と煙水晶の腕輪。
身体能力・知能共に常人並だが、影が薄く、誰にも気づかれずに行動することができる。
過去に色々あって、主がいなくても覚醒状態を保っている宝珠。
宝珠の中でも精神年齢は高い方。ずっと覚醒状態で文献を漁るのも趣味だったので、知識量が多い。
黛千尋の先祖で、黛家の居候でもある。「かげや」はそもそも黒子の店だった。
風信子石の宝石言葉は「穏やかな人間関係」
煙水晶の宝石言葉は「不屈の精神」「責任感」
白金
帝光大学の教授。歴史・民俗学を専門にしている。黛のゼミの教授。宝珠について研究している。黒子の存在は伝え聞いているが、黛が赤司の主だの黒子と血縁だのは知らない。
宝珠と王獣を専門に研究している。教養科目でもがっつりレポートを出すタイプ。
虹村
宝珠製作者。
灰崎
虹村に一番最初に製作された宝珠。道をふらふらしてたら真田王の養子になった。真田王が斃れた後は、虹村に従う。キセキとして製作された宝珠だったが、貴石ではなく金属が主体だったため、火災にて変質、美しさが損なわれた。銀の狼。
キセキ
帝光国の季石の都で生まれた宝珠の総称。いずれも宝石の質が良かったため、王印に値する力を秘める。無冠の反省を生かし、必ず主が必要なように設定されている。
黒子、赤司、青峰、紫原、黄瀬、緑間、桃井。
無冠の五将
「眠らない宝珠」。いずれも虹村の作品。花宮が色々やらかしたので、虹村はこれ以降の宝珠を作る時に「主」というストッパーを設けることを決心した。
虹灰(+花)編は書いてる途中で煮詰まってます。
火黒は長くなりすぎそうで気力尽きた。
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