デート・ア・ライブ  ~転生者の物語~ (息吹)
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八舞編
プロローグ


不定期+亀更新ですご了承ください。
八舞(特に耶倶矢)の口調がおかしくなっているかもしれませんが、気にしないでいただけると幸いです。

※他のサイトでも掲載しています
※原作は11巻+アンコール3までとし、それ以降のお話は自己解釈させていただきます。


東雲 七海(しののめ ななみ)。

それが、俺の名前だ。よく、女っぽい名前だといわれるが、文句なら親に言ってくれ。俺に言われても困る。

さて、状況を確認しよう。そして思い出してみよう。『いつ何時でも冷静に』それが俺のモットーだ。・・・多分。

 確か、なんかよくわからん神(自称)によくわからんままに転生させられて、現在に至るってわけだ。

 ・・・何もわかってないじゃん。だめじゃん。

それはそうと、今俺の目の先では、ドッペルゲンガーを疑うほどに瓜二つの顔立ちをした少女が二人、空中で向かい合っている。両者の間に生じている殺気のような、闘争心のような、そんな感じの何かが火花を散らしている。勿論、比喩表現だ。

 周りは、暴風が吹き荒れ、いろんな物が吹き飛んでいる。どうやら、彼女たちを中心に吹いているようだ。

 よし、大分冷静になってきた。もっと詳しく観察できる余裕もできた。

 もう一度、少女たちの顔をみてみる。そして確信する。

 俺は、彼女達を、知っている。

 いや、正確には知っているというより見たことがある・・・読んだことがある、だな。

「そろそろ降参せぬか。そのほうが身のためだぞ?」

 片方の少女―――髪を後頭部で結い上げ、拘束具のような服装に右手首と右足首に引き千切られた鎖つきの錠を付けている、もう片方と比べてスレンダーな体つきをした方―――が口を開く。説明が長いな。反省しよう。

「嘲笑。寝言は寝て言うものですよ?」

 もう片方の少女―――長い髪を三つ編みに括り、気怠そうな半眼をしている。似たような服装に、こちらは左の手首と足首に引き千切られた鎖つきの錠をそれぞれ付けている。さらに、スタイルも良い―――が言い返す。こちらも大概長いな。反省が活かしきれてねえ。

「ふ、その言葉、そっくりそのまま返してやるわ」

「疑問。それじゃ、会話としておかしくなりますよ?」

「う、うるさいし!」

 あ、地がでた。

「お、おほん。と、とにかく今日こそ決着をつけようぞ!」

「挑発。望むところです」

 あ、そろそろ再開しちゃう雰囲気じゃね?結構ヤバくね?主に俺が。飛ばされる。

 ということで、ここらで目立って見ますか。息を大きく吸って―――――

「ちょっと待ったあああぁぁぁぁぁ!!!!」

 俺はそう、彼女達―――耶倶矢と夕弦に向かって声を張り上げた。

「む?何だ?」

「確認。あそこに誰かいます」

 よし、大体原作通りの流れ。反応も殆ど一緒。多少の差異は誤差範囲内。それはそうと、ここからどうしよう?




息吹です。
ここまで読んでいただきありがとうございます。続きも読んでもらえると幸いです。

何を書けばいいのかわからないので、とりあえず、主人公設定を。結構ざっくりなので気をつけてください。(・・・何を?)

東雲七海(しののめ ななみ)

身長 170センチほど。
体重 60キロ前後
血液型 O型(血液型による性格設定などは考えていません)
趣味 料理、読書(ラノベ多)


 顔は整ってはいるがけっこう女っぽい。男の娘というほどではないが名前も合わさって、女に間違えられたことが何回かある。
 実は文武両道。だいたいなんでもできる。転生により(もしくは能力により)身体能力は飛躍的に上がった。
 思考はけっこう精霊寄り。AST等に対してあまりいい印象は持っていない。

とまあ、こんなところでしょうか。()が多い説明文になってしまい申し訳ないです。
能力については追々わかっていきますので、ここでは割愛させていただきます。
他の設定もそのうち増えるかもしれません。

感想等を書いていただけると嬉しいかぎりです。
 


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第1話

 とりあえず、書いていた分を一気に投稿しようと思います。


 いつも通りの風景。いつも通りの時間。俺、東雲七海は学校へと歩いている。

 特に何もない、平日の朝。ちらほら見えているのは同じ学校の生徒だろう。名前は知らないが。

 これもまたいつも通り、イヤホンを付けて音楽を聴きながら、本を読みつつ登校。ちなみに読んでいるのは、『デート・ア・ライブ』というタイトルの本。ライトノベルと言われるものだ。

 そんなこんなで学校に着いたんだ。そのときは、何も知らないで。

 

 朝、朝礼を右から左に聞き流しながら思う。

『つまらない』と。

 何も起きない、何もない。そんな現実。

 常々そう思う。本の世界に行けたらな・・・なんて。

 流石に、自分TUEEEEEの夢見がちな中二病なんて卒業どころかかかってすらないし、あったとしても諦めてる。

 それでも、ラノベ読者としては、どうしても比べてしまう。例えば、今朝読んできた本の世界観に行けたならなんて、ほぼ毎朝考えてる。

『じゃあ、行けば良いじゃないか』

 ?何だ?何か聞こえた気が・・・周りを見渡してもなんか喋ったような奴はいないし・・・。幻聴?

 やっべ、俺なんか食ったけな?一人暮らしなんで料理は自分でするが、今朝は、トーストとか、そんなもんだったぞ?

『連れて行ってあげるよ。君の望む世界へ』

 俺の望む世界?そんなのいきなり言われても、ぱっと思いついたのは今朝の『デート』の天央祭コンテストの八舞なんだが・・・

『わかった。その世界だね?時間や、あっちでの君の立ち位置までは運任せだから。よろしく』

 は?待て、運任せ?大分酷だなおい!つーか今更だがあんた誰だよ!?しかも俺は何も承諾してない!

『でも、それを望んだのは君。この世界に飽きたのも君。だからボクが来た』

 う、そうなんだけどさ。だけど、声的に女か?神様気取りの不可思議ちゃんよ?

『まあ、実際神様であってると思うよ』

 はぁ?

『そろそろタイムリミット。向こうの世界でも楽しみなよ』

 あ、ちょ、テメ、勝手に消えるな。

『じゃ~ね~』

 いきなりフランクになりやがった!?軽いなオイ!!

 そうして、意識がブツリと途切れた。

 ・・・そういや、あの(自称)神様と俺って、どうやって話してたんだ?俺は、言葉を口に出してないし・・・。テレパシー?

 

 と、それで、気がついたらこうなっていたんだ。つまり、冒頭に戻る。

 気がついたらって表現も変か?しかし、なんか、ハッってなったらこうなってたしなぁ~。ま、良いだろ。

 さて、そろそろあいつらに自己紹介かな。第一印象は大事だぜ?

「俺は東雲七海!それで!えーと・・・。・・・・・・・・・」

 やべ、他に何言えばいいんだ?

 そんな風に迷っていると、向こうから来てくれた。

「ふん、誰かと思えばただの女々しい一般人ではないか。我らの決闘の邪魔をしおって」

 先に話しかけてきたのは耶倶矢。スレンダーな方だ。しかし、耶倶矢。女々しいつーのは流石に失礼だぞ?否定が出来ないのは悔しいが。

「愚行。夕弦達の邪魔をするとは、愚かなことです」

 その次は夕弦。半眼の方。耶倶矢と同じようなこと言っている。

「なはは。どちらも負ける気の決闘なんて、つまらなくないか?」

 さ、ここいらで揺さぶりをかけてみますか。

「な、なにわけの分からんことを言いおるんだ。貴様は」

「訂正。負ける気なんてありません。勝つ気しかありません。本当です」

 やっぱりな。耶倶矢は、少し目を逸らしているし、夕弦の強すぎる反論は逆に疑わしくなる。

 まだまだ、聴いてみるか。

「何勝何敗何引き分け?」

 すると、二人の顔が目に見えて驚きに変わる。なんでそこまで、って顔だ。

 しかし、似てるなー。表情の違いは耶倶矢の方がわかりやすいけど、顔だけなら激似だもんな。

「・・・25勝25敗48引き分け、だ」

 耶倶矢が答える。結構僅差だ

 ・・・?48引き分け?俺が知っているのは49だった筈だけど・・・

 あぁ、成程。これが、あの(自称)神の言ってた。時間は運任せ、ってやつか。

「じゃ、俺の乱入ということで、これは無効試合な」

「憤慨。流石にそれは勝手すぎます。怒りますよ?ぷんすかです」

 お、夕弦さんの子供言葉。生で聞けるとは。あとは、耶倶矢の中二病ネーミングかな。おっと、それどころじゃない。

「じゃあ、俺と『勝負』しよう」

 勝負、という言葉に彼女達の目つきが変わる。

 もしかしなくても、やる気満々ですね。はい。

「くかか、我ら颶風の御子、八舞に勝負を挑むとは」

「余裕。こてんぱんにしてあげます」

 おー、すっげぇ。手加減する気は無いみたいだな。ま、いらないけど。

 こっちも、使ってみたいんだ。この世界に来て気がついた瞬間、頭に浮かんできた俺の能力ってやつ?なかなかすごいと思うよ?

『情報の有無を改変する能力』ってさ。




 やっと、能力が出てきました。名前だけですが。
 あと何話か溜めております。


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第2話

思えば、デアラ以外にもこの作品のネタにしたものってたくさんありますね。
この話か、次をみればわかるかと。


『情報の有無を改変する能力』だってさ。俺のこの世界に来たことによって生じた能力。

 効果とかについては、頭に直接入ってきやがったからな。最初、少し焦ってしまった。

 で、効果の説明といこう。

 要は、何かを作り出したり、消したりするってことだな。『何か』を作り出すのは簡単。その作り出した『何か』を消すのも簡単。ただし、もともとあった『何か』を消すのはすっごい難しい。キツい。それが、規制。

 しかも、作り出せるものは、自由自在。炎を纏った剣も良し。氷で出来た盾も良し。何でもありだ。

 つまり、その、そこに『有る』という情報+その『付加情報』=作り出す『何か』だ。

 なんで消すのは難しいのかは、知らん。規制かなんかだと予想しているが。

 ということで、

「今からやるのは、『鬼ごっこ』だ」

 勝負内容。それは、鬼ごっこだ。ルールはここでは割愛してもいいだろう。

「鬼ごっこ?本当にそれでいいのか?手加減はせぬぞ?」

「驚愕。夕弦達のことをあそこまで知っておきながら、それを選ぶとは」

 あそこまでって。対して特別なことなんて無いけどな。

 ま、元の世界で最新刊までの内容を知っているからな。一応。

「ああ。構わない。分かって挑んでる」

 これで勝ちさえすれば、こちらの優位性を立証できる。

「ふん。我らに、速さでの勝負を挑んだこと、すぐに後悔してやるわ」

「承諾。では、開始しましょう」

 うし、いっちょやるか。

「じゃ、俺は10秒待つ」

 俺の予想が正しければ、こいつらは・・・

「我らにそんなに時間をやっていいのか?」

「ああ」

「了承。では、始めましょう」

 ああ、『俺たちの戦争(デート)を始めましょう』ってな。

 勝算は、微妙。勝率も、微妙。でも。0じゃぁない。

 

 まずは1秒。

 開始早々、二人は空中へと飛び立つ。流石、精霊界一の機動力。速え。

「あーー・・・」

 過小評価してたつもりは無かったんだが。

 本で読むのと生で見るのとじゃ違うってことかな。もうあんなに小っさい。

 だけど、俺の推測どおりなら。

 次に2秒。

 まだ飛び続ける二人。対となる鎖付きの錠。

 まるで、それは二人じゃなく、一人の八舞という精霊だ。

 あ、そういえば、あいつらはもとより、同一人物なんだっけ。

 こちらはまだ1/5しか経ってない。でも、動くのはルール違反。

 3秒。

 いきなり。そう、いきなりだ。彼女たちは止まった。

 そして、顔を合わせてひとつ頷く。すると、こっちに戻ってきた。その間、約1秒足らずといったところか。

 どうやら、俺の認識できる限界速度も引き上げられてるらしい。

 元の世界じゃ、絶対に把握出来てないな。速すぎて。

 それで、5秒。

 彼女たちは言う。

「ふん。流石に我らが飛び続けると、貴様じゃ何処に行ったかも分からんだろう」

「首肯。ということで、ここで残りの時間、待ってあげます」

 推測どおり。

 彼女たちは、勝負は大好きだが、一方的なものは好まない。それが俺の推測したこと。

 だから、ある程度経つと、戻ってくるだろうと踏んではいた。

 だからこその10秒。彼女達が何かを話すのも込みでの時間。

 9秒。

 俺は何も言わずに、ただ、口端を上げてニッと笑う。

 ―――直後、背中から翼が生える、いや、顕現する。

 八舞の対の翼が基礎になっていて、形は翼というより、装飾の域。

 ところどころから、光の粒子のようなものが溢れるようになっていて、まるで、とあるゲームのようだ。

 ま、それもイメージしていたから当たり前だがな。

「!なんだ、それは・・・!」

「驚愕。びっくりです」

 へへっ、作戦成功って感じ?

 さ、10秒経ったぞ?もう、スタートするからな?

 そして、俺は地面を蹴って、二人への元へと飛び出す――――――!

 0.5秒。まだ驚愕から抜け切れてない。

 さらに、0.3秒程。こちらを認識したっぽい。目の焦点がこちらに合う。

 そして、0.7秒程で逃げ始める。

 ほう、反応速度がすげえ。こちらが飛び出して、あちらが逃げ出すの1.5秒だぞ?

 そして、『鬼ごっこ』が始まった。

 

 実力は僅差・・・だと思いたい。

 だけど・・・

「ふはは!そんなものか!大見得切った割にはそうでもないな!」

「嘲笑。はやく追いついてみなさい」

 くそっ、あいつらは話しかける余裕すらあるのに、こっちは追いかけるのに必死だってのによ!

 けど、ここで必死こいてる姿みせる訳にはいかないしな。

「はっ!余裕ぶってる割にはぜんぜん距離が開かねえじゃないか!」

 逆に言えば、差も埋まってないってことだけどな・・・

 最初の0.5秒分の差。これが埋まらない。

 つまり、二人と俺の速度は一緒ってことなんだが、それじゃ駄目なんだよなあ・・・

 かれこれ一時間ぐらいか?この勝負。時計もないし、風景も嵐でわかりゃしないし。

 どうやら、ここら辺一帯からはあまり離れないで、逃げているらしい。俺がいた場所が見える。

 そんな時だ。知っているけど、あまり聞きなれない音・・・警報?それが聞こえた。

 ・・・あ、もしかして、

「総員、攻撃開始!目標、識別名〈ベルセルク〉!及び正体不明の精霊だと思われる者!」

 やっぱり、ASTか!

 となると、さっきのはやっぱり空間震警報!目標は俺らか!

 しかし、何でここが分かった?・・・あ、そういやここら辺一帯で、勝負したんだっけか。

 どうやら、速すぎてこちらを狙えてないみたいだが、一応、言っておくか。

「おい!二人とも!」

 俺が、そう呼びかけると、

「む?何だ?」

「質問。何でしょう?」

 よし、こっちに応えてくれた。

 俺らは、未だ『鬼ごっこ』をしながら、叫ぶ。

「一時、勝負は中止!休戦だ!」

 ASTがいるのに、勝負は続けきれない!あっちをどうにかしねえと!

「?何でだ?」

「疑問。意味が分かりません」

 どうやら、あっちは分かってないらしい。

「あいつらを、どうにかしたい」

 俺が止まると、向こうも、すぐに止まった。大体1秒後ぐらいに。

「あいつらは、ASTといって、精霊たちを殺そうとしている組織だ」

 多分、二人ともあいつらのことを知らないだろう。説明も忘れない。

 ということで、二人が何かを言う前に行きますか。

「お前らはここに居ろ。俺はあいつらを倒してくる」

 勿論、嘘だ。別に俺がいなくても、二人なら何とかするだろうしな。

 本当は、自分の能力をもっと練習したいだけだ。さっきから、翼の顕現と操作しかしてない。

 俺はそう言い残し、すぐさま体の向きを反転させASTの元へ突撃する。

 さ、本当の『勝負』を始めよう。




作中の『とあるゲーム』ですが、ヒントとしてはファではじまって、ルもしくはンで終わるゲームです。PSPとPCであります。
次の話で、正解が出る筈です。


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第3話

 デアラ以外にも元ネタになったものが出てくる件については、無視してください。


 俺がASTの前に降り立つと、向こうから話しかけてきた。

「先に問う。彼方は何者だ?」

 問いかけてきたのは、リーダー格の若い女性だ。少なくとも、俺が知らないということは、原作で出てきてない奴だな。

 しかし、何者だ、と言われてもな・・・

「・・・一般人?」

 それ以外に何と答えろと言うのだ。

「背中から翼生やした人間が、一般人とでも?」

 おー、恐っ。威圧感がすげぇ。

 ま、もとより本気で言ったわけでもない。

「そんなことはどうでもいい。お前らは、あいつらに銃口を、刃をむけるんだろ?」

 そう、俺が誰かはどうでもいい。問題なのはあいつらに敵意を、殺意を向けるかだ。

「当たり前だ。精霊は殲滅すべき存在。生かす理由もない」

「・・・・・・そう、か」

 殲滅すべき存在、生かす理由もない、ねぇ。

 ・・・ふざけるな。

 殲滅すべき存在?嬉しければ笑い、悲しければ泣く、人間となんら変わらない奴らだというのに?

 生かす理由もない?お前らは、ただ意味がないからという理由で、誰かに殺意を向けるのか?

 ・・・ああ、やばい。『いつ何時でも冷静に』を忘れるな。

 冷静になれ。冷静に冷静に冷静に・・・

 大丈夫。怒りに身を任すことなんてない。その代わり考えろ。今、何をすべきか。簡単だろ?

 ――――――目の前の敵を倒せ。

「・・・なら、俺は、お前らと敵対することになる」

「そうか。なら―――」

 目の前の彼女の判断は早かった。

「―――お前も、死ね」

 瞬間、彼女は俺に肉薄し、自身のレーザーブレードを展開。俺の首元を狙う。

 周りのASTも、すぐに反応を示した。大半は、俺にミサイルやら銃弾を撃ち込む。

 しかし、その中にも何人かは八舞の方へ向かう。

バチィィィィッッッッ!!

 結果、生じたのは眩い閃光と、耳を劈くような音のみ。

 俺はというと・・・

「・・・こんなものか」

 その場から一歩も動かずに、いや、身動き1つとらないでいた。

 目の前に転がっているのは、先ほどのASTの隊員。

「が、あ・・・な、何が・・・起き・・・た・・・?」

 意識が朦朧としているのか、途切れ途切れに紡がれていく言葉。

 何が起きたか、簡単なことだ。

 なら、もう1回やって見せよう。コツはつかんだ。

 俺は、何が起きたか分からずに、呆然としているAST達の一角。耶倶矢と夕弦の方に向かっていた奴らに手を向ける。

 そして、イメージ。今度は炎といこう。

 直後、俺の手のひらから、炎が噴き出す。

「・・・!よ、避けろ!」

 本能的な直感か、守るではなく、回避を選んだ彼女らは、すぐに炎の軌道上から避ける。

 いい手だ。だが、相手が俺じゃなかったらな。

 俺は、向けていた手を、手のひらが上になるように軽く捻り、軽く握る。

 そして、開く。

 この2回で、動きをつけた方が、方向性なんかがイメージ、制御しやすいことに気付いたことによる動きだ。

 そういや、なんかの本で技名もイメージ言ったほうがイメージ固まりやすいってあったな。次からはそうするか。

 俺が放った炎は、手を開いた瞬間、一気に散らばる。流石に、これは予想できなかったのだろう。その周りのAST隊員達に直撃する。

「うあああああああ!!」

「きゃああああああ!!」

 悲鳴を上げながら墜落していく隊員達。

 そんな彼女達を見ていた、ほかの奴らが、やっと我に返る。

「総員、かかれ!」

 かかれも何も、既に攻撃開始していましたよね?お前ら。

 ま、こっちも仕事をしますか。

 えーと、動きと技名ってところか。・・・名前が中二っぽくなってしまうのは致し方ない。

 俺は、また片手を突き出し、そしてイメージ。方向は、手を中心に全方向。勿論、俺には当たらない。というより、逸らせるといったほうが正しいか。

「喰い尽くせ、『雷獅子』!」

 イメージとしては、雷の獅子。まんまだな。

 だけど、威力は絶大っぽい。当たった奴らが吹き飛んでいる。

 あ~、武器も欲しいかな。よし創ろう。

 イメージは、やっぱあのゲームからかな。

 俺は右手で何かを掴む動作をする。

 すると、出てきたのは身の丈ほどもある一振りの、両剣、と言うやつだ。

 真ん中が持ち手になっていて、その両端に刃が付いている武器だ。

 俺が生み出したのは、未だに出したままの翼にも似た、いろんな部分から(と言うほど多くはないが)光の粒子のようなものが溢れている物だ。

 元ネタは、『ファンタシースター』。やってて良かったとマジで思う。

 めんどいし、これでいくか。

 俺は、それを手にして、ようやっと起き上がりだしたASTの隊員達に突撃する。

「はあっ!!」

 気合一閃。剣を振る。俺がイメージしたものだから、重さはそうでもない。だけど、丈を誤ったな。小さいのか、少しやりにくい。別にこのままでいくけどさ。

 俺は、両剣の広い攻撃範囲を活かして、一気に何人もの隊員を斬りつける。

 しかし、向こうも向こうですぐに顕現装置を展開して防御する。が、それじゃ甘い。

「焼き尽くせ、『焔嘩閃』!」

 どっかで、聞いたことあるなとは思うが無視で。

 俺は、一歩下がり、両剣を何度も振りぬく。

 その度に、その剣の軌跡から先ほどよりも細く、濃い炎が奴らに向かう。

「ぐ・・・!」

 最初の数発は何とか避けたものの、まだ、『雷獅子』のダメージが抜け切ってないのかすぐに当たる。

 彼女らは、無数の火傷跡を残しながら、倒れていった。もう、戦えないだろう。死んではないと思うが。

「後ろが、がら空き、だ!」

 毎回思うが、何でそういうことを言うかねお前らみたいな奴らは。隙を突きたいなら黙っとけよ。

 あとな、やりにくいとはいえ、別に後ろだからって隙にはならないからな?俺は?

 直後、すぐ後ろで音が途絶えた。

「・・・絶対零度の凍てつく世界で、眠れ」

 成程、技名だけでなく、その後に言う台詞でもイメージしやすいんだな。・・・無駄に中二チックなのは気にしないで。お願い。

 さ、気を取り直して、最後の一撃といこうか。

 俺は空中へ飛び立つと、追いかけてくる他の隊員達へ向かって、両剣を振り上げ、叫び、振り下ろす!

 確か、【最後の剣】と【終焉の剣】は出てるから・・・。

「『破滅の剣』!!」

 まずもって剣じゃないんじゃ?とか、最後、終焉ときてなんで『破滅』?とか、中二病乙wwとか言わないで。お願いします。お願いしますからぁ!

 自分でもイタいのは分かってんだよ!傷口に塩を塗りこまないでくれよ!

 ・・・さて、俺がイメージしたのは、あの『最後(もしくは終焉)の剣』だ。

 だから、振り下ろした軌跡をなぞるようにオーラ?的なものが向かう。

 避けることすらできなかったのだろう。こちらに向かってきた残りの隊員たちは皆、直撃し、墜落していった。

 しかし、ものすっごい手加減して、地面が壊れないようにしたのにあれか。やべえな。あまり使わないようにしたほうが良いかな?

 さて、全員片付けたし、あのリーダー風の人のところに行きますか。

 

 彼女はすぐに見つかった。ま、あんまり動いてなかったし、ほぼ真下にいた。さっき凍らせた隊員は『破滅の剣』の余波の所為か、近くに倒れていた。周囲に氷の残骸があるから、多分そうだと思う。

「じゃ、撤収してくれるよな?」

 既に怒りは収まっている。だから、こんなに普通に話せる。

 うつ伏せに倒れていた彼女は、俺の声を聞くと、こちらに視線を向けてきた。

「・・・お前は、何者だ?」

 また、最初と同じ質問。

 だから、やっぱりこう答えるんだ。

「一般人さ。少なくとも、お前らとは敵対する、ね」

 彼女はそれを聞くと、何も言わずに立ち上がり、周りの倒れている奴らに少し驚いた表情をしたものの、すぐに叫ぶ。

「総員、撤収しろ・・・!」

 悔しいのか、すこし、声が力んでいた。

 まさかの、撤収命令に他の奴らは驚いていたものの、1人、また1人と何処かの駐屯所に戻っていく。

 ま、確かに、ASTって基本、精霊を逃がしはしても撤収はしないからな。

 全員がいなくなったのを確認してから上を見上げると、丁度、耶倶矢と夕弦が降りてくるところだった。

 さて、次はこっちを相手に頑張りますか。




 書いた後になって思いますが、最後のほうになるにつれ、台詞や地の文がワンパターン化していますね。気にしないでいただけると。
 次の次あたりで、詳しい能力解説を入れると思いますので、気になる方はしばしお待ちを。


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第4話

 やっとちゃんとしたヒロインとの会話に入りました。
 なにか不備や疑問がありましたら、ご指摘おねがいします。


 二人は、俺の前に降り立つと少し興奮気味に話しかけてきた。

「貴様、やりおるではないか。名は何と申す?」

「え?いや、東雲七海って、大分前に言ったんだけど・・・」

 うん。鬼ごっこ始める前に自己紹介しましたよね?聞いてなかったんかい。

「驚愕。すごいです。さっきのは一体なんなのですか?」

 今度は夕弦のほうだ。

 なんなのかって訊かれたら、それはそれで答えにくいな・・・

「まあ、俺の能力だ。簡潔にいえば」

「確認。その翼もですか?」

 翼?あ、まだ出したまんまだったな。両剣も。こっちは消しておこう。

 ・・・よし消えた。やっぱ、自分で創り出したものは簡単なんだなー。そして、二人の驚いている顔が可愛い。

 ・・・気にしないでくれ。

「さて、耶倶矢に、夕弦」

 気を取り直して。今はチャンスだ。

「む?なんだ?七海よ」

「質問。なんですか?」

 これがうまくいけば、さっきの『勝負』俺の勝ちなんだけど、成功するかな?

「ちょっと手を出してくれ」

 俺がそう言うと、少し疑問符を顔に浮かべながらも、耶倶矢が右手を、夕弦が左手を差し出してきた。

「失礼」

 先に断りをいれてから、俺は、彼女たちの手をそれぞれ掴む。

「おい、七海よ。一体我らに何をするつもりか?」

「いやー、ちょっと逃げられなくしてやろうかと」

「?」

 耶倶矢の質問に適当に答えながら、俺はイメージする。

 こんど創り出すのは、そうだな、鎖といこう。

 イメージが完了すると同時に、俺の手の辺りから、掴んでいたそれぞれ二人の手へと、鎖が巻かれる。俺の手と二人の手が、鎖で繋がれた状態になったわけだ。

 よし、作戦成功。これでもう逃げられない。

「懐疑。・・・なんですか、これは?」

 夕弦が巻かれた腕を上げながら訊ねる。巻かれてるから、俺の手も一緒に上がる。

「よし、二人とも、今から言うことをよく聞いてくれ。なに、大した話じゃない」

 俺は、それに答えず、話題の提示に試みる。乗ってきてくれるといいが。

 うん、何か言われる前に話しちゃえ。

「1つ。まだ俺らの『勝負』は終わってない」

「何を今更。当たり前ではないか」

 だよな、耶倶矢。まだ決着はついてないもんな。

「2つ。一時休戦と俺は言ったが、もう既に、再開している」

「疑問。しかし一度も、今から再開する、などとは言っていません」

 そう。今までの会話にそんな旨を伝える言葉はなかった。なぜなら、まずタイミングが合わなかったのもあるが、俺がそんな話を持ち込まなかったからだ。

「その通り。だけど、言う必要がないなら、言わないのは普通じゃないか」

「質問。どういうことですか?」

 簡単な話さ。思い返してみろよ。

「俺は、『あいつらを倒してくる』って言ったんだ。つまり、倒したら、休戦は終了って意味なんだぜ?」

「思考。・・・確かに、そうかもしれませんが」

「それは些か、暴論じみておるぞ」

 耶倶矢の言うとおり、これは、正論ではない。あくまで、反論がしにくいってだけの暴論だろう。

 だけどな、反論ができなければ、それは正しいってことなんだよな。

「そうかもしれないな」

「ならば・・・!」

「でも、『勝負』が再開してるのは変わらないんだよ、これが」

 そう、これを暴論だと認めたところで、反論がない以上、俺の言ったこと、つまり、勝負は再開したことになんら変わりはない。

「そして、最後。4つ目。勝負内容は『鬼ごっこ』。鬼が、つまり俺が逃げているお前らを捕まえたら勝ちという内容だった。そうだろ?」

「首肯。その通りです」

「これまで俺が言ったことの結論はつまり」

 俺は、そこで一旦言葉を区切り、二人の顔を改めて見回す。

「―――俺の、勝ちだ」

 流石にこの結論に思うことはあるのか、すぐに二人が反論してくる。

「だが、我らは勝負の再開を認めてはおらんぞ!」

「そりゃな。認めてもらう必要ないし」

「反論。勝負はまだ、終わってません」

「お前らの手を見ても、同じことが言えるか?」

 そう言うと、二人は目線を自分の手に向ける。

 そこには、鎖で逃げられなく―――俺の手によって、捕まえられた自身の手があるのみだ。

「な?俺の勝ち」

 うーん・・・感じ悪いな、コレ。殆ど騙したも同然だし。

「・・・致し方あるまい。ここは我らの敗北を認めてやらんでもない」

「同意。そうですね。素直に手を出した夕弦たちも夕弦たちですし」

 お?意外と、すんなり引き下がったくれたな。

「しかし!」

 おう?なんだ今度は?

「次はないからな、七海!」

「宣言。次は夕弦たちが勝ちます」

 空いたほうの手で、ビッと俺を指差す二人。その動きはまるで間に鏡でもあるかのようにピッタリだった。

「ああ。いつでも相手になってやる」

 うん?よく考えれば、その台詞はまるで、これからも俺と一緒にいるって言ってるようなものだけど?

 ・・・いや、考えすぎだな。あの表情でわかる。あれはまったくの無自覚で言ったものだな。

「そ、それはそうと七海よ」

「あ?なんだ?」

 まだ言いたいことがあるのか?耶倶矢さんや。

「この、えーと・・・忌々しき鎖を解いてはどうだ?」

「請願。早くしてください。正直に言うと、結構痛いです」

「わ、悪い!」

 マジか、ずっと我慢してたのか?流石に人の感覚は分かんないからな、うっかりしてた!

 

 俺が鎖を消すと、二人は最初痛そうに手や手首をさすっていたが、俺が、話しかけると、それもやめて聞く体勢になってくれた。

「なあ、耶倶矢、夕弦」

「今度はなんだ、七海」

 う、まあ、何回も話しかけてるけどさ。

「いやさ、ちょっとお願いがあるんだ」

「質問。なんですか?」

 俺的には、ここからが一番言いたいことなんだけど、大分恥かしいな、これは・・・

 いや、意を決して、覚悟を決めて、言ってやろうじゃないか。

「俺と、一緒に過ごさないか?これから先を」

「・・・は?何言ってんの、あんた?」

 う!素が出るほど意味不明ですか、俺の台詞・・・

「疑問。説明を求めます」

 説明、ね・・・恥ずかしいな、改めて説明してくれとなると。

「いや、だからさ、これから先、俺と一緒に過ごさないかって」

「だから、何でって訊いてんの」

 耶倶矢、お前は一度もそんなことは言ってないぞ。

 って、そんなことは言わないで・・・

 つまり、俺がお前らを誘う理由ってことだよな?

「俺は、お前らを救いたいだけだ」

「懐疑。救う、ですか?」

「ああ。俺は、お前らを救える」

 正確には、救えるかもしれないってとこだが、そんなこと言えるわけない。

「俺の力で、お前らのその悲劇を、変えられる」

「悲劇?一体、何のことやら」

 耶倶矢・・・

「疑問。夕弦たちは、悲劇なんて知りませんよ?」

 夕弦・・・

 まあ、確かに、悲劇ではないかもしれないが・・・

「お前らは、やがて、どちらかが消えるんだろ?」

「「!!」」

 二人から同時に驚いている感じが伝わる。というか、顔を見ればわかる。

「お前らは、もともと一人の精霊だったが、何度目かの現界の時に二人に分裂した」

「なんで、あんたが知ってんの・・・?」

 耶倶矢の訝しげな声。もはや、あの芝居がかった口調でもない。

「その時には何故か知っていた。どちらかが主人格にならないと、両方が消えてしまうって。だから、今まで争ってきた。そうだろ?」

「驚愕。どうして知っているのですか」

 夕弦の声にも、俺は答えずに続ける。

「俺なら、その定められた悲劇を!どちらかが消えるなんて馬鹿げた事実を!消して、お前らを救える!そんなふざけた世界の理なんて、俺が消してみせる!」

 声を張り上げて、俺は叫ぶ。

「だから、俺と一緒に来い!耶倶矢!夕弦!」

 あと一押し。

 だけど、未だに驚愕と疑問から抜け出してない表情の、二人に向かってほかに何を言うべきなんだ?

「・・・それが、私たちを誘う理由?」

「ああ」

「確認。七海は、夕弦たちを救えるのですか?」

「ああ!」

 俺は、大きく肯く。さっきの、多分なんてことはない。絶対に救ってみせる。

「・・・ねえ、夕弦」

「応答。なんでしょう耶倶矢」

「私たちさ、いろんな勝負をしてきたじゃない?」

「返答。そうですね」

「それが、まさかさ、途中から乱入してきた人間に二人して負けて、挙句、そのまま救われようとしてるんだよ?私たちじゃ出来なかった結末を言われてさ」

「思考。・・・それでも、夕弦は良いとおもいます」

「なんで?」

「返答。それは・・・」

「いや、やっぱいい。言わなくてもわかるから」

 ・・・おお?なんか置いてけぼり感がする。

 いや、二人で話したいことだってあるんだろう。聞こえているが。目の前だし。

「ねえ、私たち、これからもずっと一緒にいられると思う?」

「思考。きっと、七海について行けば、あるかもしれません」

「だよね。私もそう思う」

 うん?話がまとまったっぽい?

「七海」

「なんだ?耶倶矢」

 今更、素が出てるなんて指摘することはしない。それは、あまりにも野暮というものだろう。

「私と夕弦、この先も一緒にいられる?夕弦と二人で、笑える?」

「・・・無理だな」

 耶倶矢、それはちょっと違う。これは傲慢かもしれないけど・・・

「憤慨。どういうことですか?さっきと言ってることが違います」

 夕弦も、落ち着け。

 俺は、さっきの耶倶矢の訂正の意もこめて、口をあける。

「俺は、お前ら二人が笑える未来なんて、創る気はない」

「なら、なんで・・・!」

「俺は、俺ら三人で笑える未来にしたい」

 ほんと、傲慢で、わがままで、欲深い願望だな。こりゃ。

 二人は、俺のその言葉を聞くと、ハッとした表情になった。

「だからさ、言ってるじゃん。『俺と』一緒に過ごさないか?って」

 言うことは決まった。最後の一押しといこう。

「三人で笑える、幸せな未来にしよう、耶倶矢、夕弦。いや、まあ、もっと増えるかもしれないけどさ」

 新しく、精霊に遭遇する可能性だって、ないわけじゃないしな。

「っていうかさ、正直に言って、大切な、大切だと思える人を救いたいだけなんだ」

 そう言って、今度は俺から手を差し出す。

 さ、どんな返事が聞こえてくるかね?

「・・・夕弦、私は決めたよ」

「同意。夕弦も決めました」

 そんな言葉が聞こえたと思ったら、さっきは意識しなかった柔らかくて温かな感触が、俺の手を包み込んだ。

「ふ、それではこれから先、世話になるぞ七海よ」

「請求。きっと幸せにしてみせてください」

 あーもう、そこまで言われたら、何が何でもやってみせたくなるじゃん。もとよりその気だけどさ。

「・・・ああ!」

 俺は、そう、笑って迎えたんだ。

 よし、まず最初にやるべきことは、

「とりあえず、宿探しと飯だな」

 そう言うと、二人は顔を見合わせて、やれやれといった表情で、

「ふ・・・全く、抜けておるな」

「早急。早く探しましょう」

 そう言って、飛び出した。俺も慌ててついていく。

 俺が見た、二人の表情は、笑っていた。

 ・・・な~んだ。笑えるじゃないか。ま。原作でも普通に笑ってたしな。




 最後のほうになるにつれ、主人公の台詞(地の文含む)が、「~~しな」や、「~~よな」とかが多くなっていますね。もう口癖じゃダメでしょうか?ダメですね。
 ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。次回も読んでいただけると嬉しいです。


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第5話

 結構、原作に似てしまいました。
 気にしないで読んでください。


 運命っつーのは、変わらないのかもしれないな。

 俺は、空を飛びながらそんなことを考えた。

 運命・・・『命』を『運』ぶ。それは天国か、はたまた地獄か。生であり、死のこと・・・なんて捻くれた解釈ではなく。

 一般的な解釈としての運命だ。偶然の産物と言い直してもいい。

 なんでそんなことを思ったのかって?簡単なことだ。思い返してみろよ。耶倶矢と夕弦との出会いから、言い方は悪いが口説き方まで、原作と酷似していただろ?

 だから、運命。二人が救われるってことと、救われ方は変わらないってことだ。

 うん?でもそれじゃさっきのASTや、これからの二人、そして本来なら二人を助ける筈だった士道の運命とかはどうなるんだ・・・?

『そう、だから運命は変わるんだよ。あくまでもそれは、偶然の産物なんだから』

 !何だ?声が・・・って、この声はもしかしなくても・・・

『やあ。久しぶりだね、東雲七海くん』

 やっぱり、あの神様(自称)じゃん!

 俺はすぐに辺りを見回す。突然の俺の奇行に、耶倶矢と夕弦が目を向けてくる。

 その二人になんでもないと手振りだけで伝え、そしてその声を意識する。

『どう?この世界に来て良かった?能力は?満足してくれた?』

 一気に訊くな。何から答えればいいかわからん。

 えーと、悔しいことにこの世界に転生させてくれて良かったとも思うし、能力も満足すぎるほどに強いよ。

『そう?それは良かった。なら、話を進めよう』

 何の話に?

『そりゃあ、君の能力についてだよ』

 ああ、あの『情報の有無を改変する能力』のことか。

『そう。詳しい説明をさせてもらおうと思ってここに来たわけだよ』

 じゃあ、とっとと始めてくれ。俺も気になる。

『一気に話させてもらうけど、その能力の基本はもうわかってるよね?』

 頭の中に流れてきた分なら。

『じゃあ、その補充説明になるのかな。えっと、創りだせるのは自分がその情報を理解しているものだけ。理解さえしたなら、意識しなくても普通に創りだせるようになるよ』

 ふむ。つまり自分でもよくわかんないものなんかは、創りだせないと。

『そう。そして、基本的になんでも消せるけど、生命、生物はできないから』

 何でだ?

『そうでもしないと、その能力はあまりにも危険だから』

 言うならば、規制であり、保険であるということか。

『保険・・・とは少し違うかもしれないけど、まあそういう解釈であってるよ』

 成程。話はそれだけか?

『最後、ここからが今一番重要なんだけど』

 おう?何だ何だ。・・・・うん?今?

『さっき、自分がその情報を理解していないといけないって言ったよね?』

 それが?

『今―――さっきもだけど―――七海くんが理解していないものも創ったでしょ?』

 ?何を創ったっけ?

『わかっていなくても話を進めるけど、いわばそれはボクからのサービスなわけだ』

 待て。話が見えない。つまり、

『待たないよ。そして、サービスの有効期限はそろそろ切ろうと思うんだ』

 ・・・あ、もしかして。

『ようやくわかったみたいだね。では、ボクはそろそろお暇させていただくから、また機会があれば』

 いや。いやいやいや。待って。それじゃ、このままじゃ俺は。

『じゃ~ね~』

 あれ、今の既視感が・・・

 直後、俺の体を浮遊感が包み込んだ。

 

「の、わ・・・あ、ぁぁぁああああ!?」

「え、ちょ、七海!?」

「衝撃。七海が消えました」

「いやいや夕弦!下!落ちてる!」

 そんなこと話してないで早く助けてくれよぉぉぉ!?

 それすらも喋れずに、ただ落ちていく俺の体。どうすればいい!?

 よし、こんな時こそ冷静になって考えろ。

 足場を創る?いや、着地時の衝撃で、体が大変なことになる。クッション的なものを創る?そういえば、前の世界のテレビで車のエアバッグで腕が折れたりするとか言ってた気がする。

 なんてこと考えている内に、もう地面が!

 冷静になろうとしつつも、結果、終始焦りっぱなしだった俺を助けたのは、風だった。

 そして、そのままゆっくりと地面へと降り立つ。

「まったく七海よ、一体何をしておる?我らの手を煩わせた代償は高いぞ?」

「安堵。いきなり落ちていったのでびっくりしました。無事でよかったです」

 声につられて上を見ると、耶倶矢と夕弦が降り立つところだった。

「す、すまん。助かった」

 どうやら、さっきの風は二人の力みたいだな。

「ふん。勘違いしてもらっては困るが、我らは別に善意で助けたわけではないぞ」

「引継。夕弦達はまだ助けてもらっていません」

 つまり、まだ完全に信用したわけではない、とか、そんなとこなのかな。

 ・・・それはそれでショックだな。

「で、一体なにがあったのだ?」

「は?」

「要約。なんで落ちていったのですか?」

 ああ、成程。理由の説明をしろと。

「・・・翼が消えた。理由はまあ、気にせんでいい」

「納得。そうでしたか」

 ふう、理由の言及をされないでよかった。正直、めんどかった。

 そこで俺は気付く。気付いてしまった。

「耶倶矢、夕弦」

「なんだ、七海」

「着替えろ」

 そう、二人は霊装のままなのだ。当たり前といば当たり前だが、そろそろ人も出てくるだろうし、さすがにその格好はまずい。

「な、我らが神聖にして邪悪なるこの霊装を愚弄するか!」

「どっちだよ。じゃなくてだな・・・」

 なんて説明したものか。

「その格好じゃ、人目を引きすぎるから、この世界の普通の格好になってくれってことだ」

「疑問。たとえばどんなものですか?」

「そうだな・・・」

 俺は女子のファッションとかは全くわからんしな。どうしたらいいんだろう?

 そこで目に付いたのはコンビ二だった。

 そうだ。あそこなら。

「ちょっと待ってて」

 そう言ってコンビニへと駆け出す俺。

 十数秒後、俺が持ってきたのは・・・

「これを読んで、好きなものに着替えてくれ。確か、お前らは視認情報で服を変えれたよな?」

 女性向けファッション雑誌が数冊。一応、宝石を創りだして、それをレジには置いといたけど・・・

「ふん。我の目に適うものがあればいいがな」

「待機。少し待っててください」

 

 そして、十数分後。ちらほらと人の姿が見えてきたころ。

 それが早いのか遅いのかわからんが、二人して雑誌を覗き込んでは、互いにこれがそれがと言い合っていたので、その割には早いのではなかろうか。

 結果、二人の格好はというと。すまん。二人とも。俺が女性のファッションに疎い所為でよくわからんが、これだけは言っておきたい。

「ん、まあ、似合ってるんじゃないか?」

 正直、恥ずかしい。少し目を背けてしまうのも許してくれ。

 まあ、耶倶矢が、髑髏や十字架が多用された痛々しいものじゃなかったことに驚くね。持ってきた雑誌には無かったのかな。

「くかか。当たり前であろう。だが・・・」

「感謝。ありがとうございます。ですが・・・」

「「どっちが似合っておる(いますか)?」」

 ・・・えーっと、これはあれだな。どちらかを選べば選んだほうに怒られるという、あれ。

「どっちも似合ってるじゃ、ダメか?」

 俺がそう言うと、二人して溜息をつき、

「はあ・・・まったく、優柔不断だな、七海よ」

「落胆。どうしようもないですね」

「う・・・そこまで言いますか、普通・・・」

 じゃあ、どうしろってんだよ。ほかに答えがあるのなら教えていただきたいね。

 俺が心の中で、愚痴っていると、

「確認。七海は着替えないのですか?」

「は?何で俺まで?」

「我らの服装に対して、その格好は目立つのではないか?」

 言われて思い返せば、今の俺の服装って、学校の制服なんだよな。

「じゃあ、宿の前にどこか買い物しに行くか」

 飯も兼ねて、どっかに大型ショッピングモールとかあるといいんだけど。

「承諾。わかりました。どこまでいくのですか?」

「行くとなるならば、早く行くぞ、七海よ!」




 最初の神様(自称)と七海の、会話が長すぎますね。
 私服の描写については、こちらの勉強不足によりできませんでした。深く反省しております。
 しかし、言い訳をさせてもらいますと、二人にどんな服装が似合うのかわからないというのもありまして・・・すいません。わかっていたとしても、服の描写は結局無理です。
 これから先も、私服の描写は多分ないと思いますので、読んでくださっている皆様、何卒、ご容赦ください。
 これを許して、次もまた読んでいただくことを心より願います。


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第6話

 今回、次回と、デート回になります。

 ここで、読んでくださる皆様に質問です。この話にもう1人ヒロイン出すとしたら、誰がいいですか?多かったヒロインを出そうと思います。
 また、この話の同主人公の別の話、「デート・ア・ライブ ~転生者の物語・Ifルート~(仮)」を書くとして、誰と誰を出して欲しいですか?組み合わせで一番多かったものを書いてみようと思います。

 注意
 このメインの方に出すヒロイン(八舞ともう1人)以外を、Ifの方で出します。
 琴里、鳶一さんは、キャラ的にも設定的にも攻略不可能な気がするので、それ以外のヒロイン、十香、四糸乃、狂三、美九、七罪の誰かからです。
 期間は、あと3話分ぐらい書き終わるまでです(不定期なので、どのくらいかかるかわかりません)
 もし、提案して下さるかたがいれば、「新小説のほう」や、「追加」など、どちらなのかわかるように書いてください。
 少なかった場合、期間を延ばします。
 その他、注意事項があれば、追々書いていきます。
 皆様の提案、お待ちしております。

 長くなりました。では、本編をどうぞ!


 そうして着いたのは、希望通りの大型ショッピングモールだった。いや~、あってよかった。

 さて、とっとと服を買いますか。

「黒、黒っと・・・どこにあるんだ?」

 その建物内の一角。特に男性向け、女性向けといったものではない普通に服を売ってる店で、個人的に好きな色である黒の服がないか探す俺の姿があった。ちなみに、ここに来る前(この店、ではなく、この建物)高山質店という所に行って、創りだしたダイヤを買い取ってもらった。店員さんは少し訝しげな目を向けてきたけれど、何も言わずに買い取ってくれた。よかったよかった。

 ・・・あ、一応言っておくと、『タカヤマ』ではなくて、『コウザン』って読むらしい。なんて語呂の悪い。そして紛らわしい。

 ま、おかげで金に余裕もできたし、結果オーライということで。

「フフ、迷っているのならば―――――こんなのはどうだ、七海よ!」

 耶倶矢!どこに行ったと思えば・・・って、それ。

「それはない」

 ここはきっぱりと言っておこう。だって・・・

「な、何故だ!?この禍々しき色合い、冥府に誘うが如きデザイン。完璧ではないか!」

 そう言っている耶倶矢が手にしているのは、さも耶倶矢が好きそうな髑髏やら十字架やらがふんだんに拵(こしら)えられた服だった。

 うん、それはないよ。イタすぎるよ・・・そして、なんでそんなの置いてんだよ・・・

「質問。七海はどんなのがいいんですか?」

 お、夕弦。お前もどこかに行ってたかと思えば。耶倶矢と一緒にいたのかな?

「基本、黒っぽいものや、ダークカラーなら大体OKだけど」

「確認。黒っぽいものですね?でしたら・・・」

 そう言って、またどこかへと向かう夕弦。

「黒っぽいものというなら、これこそピンポイントではないか!何故ダメなのだ!」

 よし、スルーしよう。

「呼掛。七海、来てください」

 十数分後、仕方なく懇切丁寧に耶倶矢を、なんでその服がダメか諭ていたころ、夕弦の声が聞こえてきた。

 声の方向に目を向けると、両手一杯に黒っぽい服やらズボンやらを手にした夕弦の姿があった。

 俺が駆け寄って手を伸ばすと、それを渡してくれた。

「感謝。ありがとうございます」

「いや、別にいいよ。気にすんな」

 なんとなく、そのまま立ち止まって話し始めてしまった。耶倶矢は・・・少しの間なら大丈夫そう。自分が選んだ服を持ち上げて、あーだこーだ言ってる。

 しかし、なんでそんなに一杯黒っぽい服やズボンを持ってるんだ?

「まさか、俺の為に・・・?」

「肯定。そうです。夕弦たち八舞に並んで遜色ない程度には、しっかりしてほしいですので」

「お、おう・・・」

 そりゃ、親切にありがとうだが、何でそんなに一杯?

「俺は、一着ずつしか買う気はないぞ?」

 なにより、まだ宿がない以上、あまり荷物は増やしたくない。とりあえずは旅館とかあればいいなとは思っているが。

「既知。わかっています。何となく察しはついていましたので」

 ああ、だから耶倶矢が、さっきの服みたいなのが欲しいって言ってこないのか。納得。

「じゃあ・・・」

「呼掛。耶倶矢、ちょっと来てください」

 俺の声を遮るようにして、耶倶矢を呼んだ夕弦。

 呼ばれた耶倶矢は、未だに愚痴っていたが、それをやめてこちらに来た。

「どうしたのだ、夕弦よ」

「この中から、七海に似合いそうなものを選んでください」

「ならば、そんなものよりこっちの方が・・・」

「却下。それ以外で、この中からです」

 なんか、夕弦の新しい二字熟語の使い方を聞いた気がする・・・気のせいかな?

 だけど、それのおかげか素直に選んでくれるようになったらしい。まあ、あのまま押し切ろうとしたら、俺からも止めるけど。

「ふん、仕方あるまい。我が選んであげなくもない。感謝するがいいぞ、七海」

「はいはい」

 俺は、そう適当に返しつつ、夕弦に目を向ける。

 するとすぐに・・・

「提案。まずはこれからです。更衣室はあちらにあります」

 その『あちら』の方向に指差しつつ、手渡してきた服とズボン。

「わかった。着替えてくるよ」

「同行。夕弦たちも行きます。耶倶矢、行きますよ」

「んー、わかった」

 よっぽど悩んでいたのか、ナチュラルに素で返す耶倶矢。しかし、彼女自身はそれに気づいてないようで、

「ん?行くんでしょ?」

 俺が唖然としていると、そのままスタスタと歩き出す耶倶矢。どうやら、話は聞こえていたらしく、ちゃんと向かう先は更衣室があるという方向だ。

 ・・・へぇ。耶倶矢って、照れていたりしていない時って、あんな感じなんだ。初めて知った。

「呼掛。七海?どうしましたか?早く行きますよ」

「お、おう。わかった」

 俺も慌てて、歩き出す。夕弦は少し不思議そうな顔をしていたものの、すぐに俺の隣に並んできた。

 

 二時間後。そう、二時間後だ。

 俺たちは遅めの昼食も食べ終え、今は休憩しているところだ。窓側の席のおかげで、なんか観覧車と思わしきものが見える。ちなみに、今は1時前後だ。

 ん?なんで二時間も経っているのかって?そりゃあ、

「まさか、あんなに時間が掛かるとは・・・」

「謝罪。すみません、つい・・・」

 そう、なんとあの後、俺の試着会が開催されたのだ。

 いつの間にかやって来た店員さんも参加して(勿論、着替えさせる側)、結果二時間近く経っていたのだ。

 男の試着会開くって、誰得だよ、一体・・・結局、買ったのも1セットだけだし。

 一応、ここに来る前に、タグとかを捨ててその買ったやつ着替えている。制服は、そのときの袋の中へ。

「くかか。あれしきの事でダウンするとは、やわなやつだな」

 そんな漢字変換なさそうな台詞吐かないで。最後のほう、『やわなやつ』でなんかこんがらがったから。

 ま、そんなことはどうでもよくて。

「これからどうする?」

「疑問。普通に宿探しでいいのでは?」

「ま、それが妥当だわな」

 じゃ、そろそろ、と席を立とうとすると、

「いや、我はあそこに行ってみたいぞ」

 そう言った耶倶矢が指差すのは、窓から見えていた観覧車。

「・・・俺は別に構わないけど、夕弦は?」

「承諾。いいですよ」

 じゃ、ちょっと遊んできますか。

「ならば、早く行くぞ!夕弦!七海!」

 わかったから、そんなにはしゃがんでもいい。ほら、他の客からの目線が。

 俺たちは(というより俺が)そそくさとその場を後にする。

 二人を外で待ってるよう伝え、会計を待つ中、俺はこんなことを思った。

 ―――――まるで、デートみたいだな。

 一緒に買い物して、一緒に飯食って、一緒に遊ぶ。まるで、なあ?

 ・・・・・・やっぱりなし!今の!思っててこっちが恥ずかしい!

 そう思っているうちに、俺の会計の番が来たので、それを打ち消すかのように慌てて財布を取り出す俺であった。




 さて、前書きの件ですが、まずこれを読んでくれる方々にしか見てもらえないんですよね・・・集まるでしょうか?

 主人公、七海の設定変更です。今更!?とか思いますでしょうが、聞いてください。
 身長170前後は、女に間違えられるにしてはでかくないかと思うのです。
 ということで、大幅(というほどではないですが)変更点を、

身長 170センチほど →163センチ
体重 60キロ前後   →51キロ

 と、まあ、こんな感じで。あまり気にしていない方もいるかもしれませんが、一応。


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第7話

 前回、今回と次回はデート回と書きましたが、もう1話ぐらい書くと思います。

 今のところ、組み合わせの方はありませんが、追加としては美九が一番です。
 感想欄ではなく、活動報告の方に組み合わせなどの希望がある方は書いてください。
 


 店から見えていた観覧車を頼りに空を飛ぶこと、数分。俺は、既にフラフラになっていた。

 だってさ、普通に考えて観覧車を頼りに歩き出すのかなー、とか思ってたら、人目のない場所に入った瞬間、

「注意。気をつけてください」

「は?何を?」

「よし、では七海、行くぞ!」

 そう言って、空に飛び立つんだぞ?いやいや俺翼ないんだけど!?とか思ってたら、風が俺を運び始めるしさ。

 結局、ものの数分で到着したけど、遊園地(観覧車があるのだから間違いないと思う)に入る前から、リアルなスリル体験をする羽目になったよ。

 俺らが降り立った場所は、一応彼女たちも気を遣ってくれたらしく、人の姿のない路地裏だった。だけど、すぐそこに遊園地の入り口が見える。

「ほら、急げ七海!早く遊びたい!」

 最後の方、素が出てきている耶倶矢。きっと、ここまで聞こえる中の歓声に興奮し始めているのだろう。

「わかったから、落ち着け」

 耶倶矢が俺の服の裾を掴んで引っ張りながら、路地裏から出てきた俺たち。

「興奮。七海、これは結構楽しそうな気がします」

 今度は逆の袖の裾を引っ張りながら、夕弦。こころなしか、目がキラキラしてるような。

 ということで、やっとフラフラから立ち直りつつ、入場口に向かう俺と、瞳を輝かせつつ俺の両袖の裾を引っ張る耶倶矢と夕弦であった。

 ・・・周りの目線が痛いな~・・・

 

 受付で一日乗り放題のチケット・・・フリーチケット?を買って二人に渡しつつ、俺は尋ねる。

「どれから乗る?」

「勿論、全部に決まっておろう」

 えー、全部ぅ~?メンドイし、時間が足りなくね?

「提案。さすがに全部は無理なので、夕弦たちが順番に乗りたいものを乗っていく、といのはどうでしょう?」

「あー・・・いいんじゃない?耶倶矢もいいよな?」

 夕弦の提案に賛同しつつ、耶倶矢に同意を求めると、

「いや!全部乗る!」

 ありゃ、拒否されちゃった。どうしたもんかな。

「じゃあ、耶倶矢」

「・・・なんだ」

「俺の乗りたいものの分まで、お前が決めていいよ」

 その言葉に、耶倶矢がきょとんとした顔をする。かわいいなぁ。

「だから、俺の分までお前が決めることで、全部は無理でも、単純に考えて二倍の数の乗りたいものにのれるじゃん?」

「でも、それじゃ七海は?」

「俺は別にいいよ。お前らが楽しんでくれるなら、それだけで十分」

 なんて使い古された台詞。もうちょいいい言葉のチョイスはできなかったのかよ俺。

 耶倶矢は、しばしの間唸っていたものの、すぐに顔を上げた。

「・・・わかった。全部は我慢する」

 ふう、よかった。危うく時間的にも体力的にも死ぬところだった。

「だけど!」

 ん?まだあんの?

 耶倶矢は、俺に顔を近づけて、その水銀色の瞳に俺の顔を映しながらこう言った。

「ちゃんと七海も乗りたいものを決めること。そして楽しむこと。わかった?」

「お、オーケー」

「ふん、ならばよし」

 危なかった。俺が上体を反らさずに突っ立ったままだったら、あのまま頭突きかキスのどちらかになるところだった。

「確認。話は終わりましたか?」

「あ、すまん。放っておいてしまって」

「安堵。夕弦も、耶倶矢と七海が普通に会話できるようになってよかったと思いますので、気にしないでください」

 普通に会話って、今までに何回もしてきたけどな。あれか、また第三者視点から見てみると(聞いてみると?)、なんか嬉しい、みたいな感じ?

「そういや、夕弦。何見てんだ?」

「紹介。ぱんふれっと、というものらしいです。入ったときに貰いました」

 ああ、パンフレットね。何か楽しそうなものがあったならいいんだけど。

「じゃあ、誰の乗りたいものからにする?」

「愚問。それは勿論―――――」

「くかか、決まっておろう。考えずとも―――――」

 そして、二人声を合わせて告げる。

「耶倶矢です」

「夕弦に決定だ」

「「む」」

 そして、バチバチと火花を散らし始める耶倶矢と夕弦。

 お前らなあ・・・

「じゃあ、コイントスするから、表か裏か決めて」

 俺は財布から百円玉を取り出しつつ、提案する。

 確か、年号が書かれた方が裏だった気がするんだけど・・・まあ、それでいいか。

「ふん、ならば我は日の当たらぬ影の向き(うら)としよう」

「提言。では、表で」

「わかった。じゃ、いくぞ」

 そう言い終わると俺は、取り出した百円玉を親指で弾き、手の甲で受ける。

 普通、これをし終わった後に裏か表か決めるんだけど、ま、俺の言い方が悪かったかな。

「じゃあ、当てた方が一番、はずした方が二番ということで」

「質問。七海はどうするのですか?」

「俺は最後でいい。じゃ、いくぞ」

 何か言われる前に百円玉を隠していた、手をどかしてどちらの向きか確認する。

「・・・裏だな」

 見ると、年号の書かれていた。

「よし!」

「驚愕。そんな・・・」

 いや、これしきのことでそこまでの温度差を生み出さんでもいいだろ。

 ていうか、互いに互いを譲ってたのに、これ当てたら普通に喜ぶってなんなんだ、耶倶矢よ。

 夕弦も、そこまで落ち込むな。

「よし、我からだな。じゃあ、まずはあれから乗るぞ!」

 嬉々として指差す方向にあるのは、この遊園地にいくつかあるジェットコースターの一つだった。

 ・・・よし、遊ぶか!

「ほら、行くぞ。夕弦」

「微笑。そうですね」

 いつの間にか立ち直った夕弦も連れて、俺らは列に並ぶ。

 今になって気づいたが、周りからの目線が痛い・・・まあ、入り口であれだけ騒いでたら人目につくし、傍から見れば、美少女二人侍らせたリア充野郎だもんな、俺。

 時折感じる、ほんわかとした視線はきっと、あの二人に向けているに違いない。決して、美少女二人+少女だなんて思っているはずがない。

 俺はそう思い込むことにした。精神衛生上のためにも。




 今日で夏休みも最終日なので、これからは週末投稿になるかと思います。
 
 アンケートの答え、待っております。どうか皆様ご協力お願いします。


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第8話

 8話です。ここまで読んでいただきありがとうございます。

 今のところ、追加=美九、組み合わせ=四糸乃+誰かとなりそうです。追加のほうはこの次かその次の投稿で決定しようと思いますので、よろしくお願いします。といっても、本編に登場するのは皆様が思ってるよりもずっと後になりそうですが。

 一応こちらにも書いておきますが、追加及び組み合わせの提案は、感想ではなく活動報告の方に書いてください。


 意外とすんなり乗ることのできたジェットコースターを降りたところ、予想以上に楽しかったことに驚く俺であった。

「へえ、なかなか楽しいな」

 一回転や垂直落下といったものがある、メジャーなものだったけど、王道だからこそ面白いって感じだな。

 そう思って、俺は耶倶矢と夕弦に話しかける。

「どうだった?」

「くかか、なかなかのものではあったが、まだ我らの方が速い。もう少し速ければよいのにな」

「お前らと比べられたら、比べられるジェットコースターも迷惑だろ」

「失笑。そう言いつつ叫んでたのは誰ですかね?」

 あー、確かに乗っている間は前から悲鳴が聞こえていたもんな。きゃーとか、驚愕。うわーとか、にゃーとか。誰だよ猫連れてきたやつ。俺か。

「別に悲鳴なんてあげてないし!あれは、そう!楽しかっただけだし!」

「指摘。誰も悲鳴をあげていたなんて言ってませんよ?」

「う、うるさい!」

 可愛いなあ。焦ってる耶倶矢。もうこのまま見守っとこうかな。

 だけど放っておくと夕弦がサディスティックモードのスイッチが入りそうなので、ここらで乱入しとこう。

「はいそこまで。夕弦、次はどれに乗りたいんだ?」

「憮然。なんで止めるのですか」

「まあまあ、ほら選んで」

 そうやって押し切る。急かすことで無理矢理考えさせるという人の心理を突いた・・・嘘です。そんなこと考えていません。

「思考。そうですね・・・」

 夕弦はパンフレットを見ながら少し考えると、この遊園地の地図が描かれた面の一角を指差す。

 そこに書かれていたアトラクション名はというと。

「メリーゴーラウンドか・・・」

「心配。・・・駄目ですか?」

「いや、別にいいんだけどさ」

 うーん、別に乗りたくないわけではないんだけど、少し遠慮しておきたいな。

 だって、そのアトラクションに高校生(耶倶矢と夕弦も見た目はそんぐらいだし)が乗るのは少し、ねえ?俺の偏見かもしれないけど。

 ということで、俺は乗らないでおきたいんだよな。

「まあ、とりあえず行くか」

「了解。では行きましょう」

「うん?何に乗るのだ?って、置いてかないで!」

 ま、着いたら俺は辞退しておくかな。ちょっとさっきのジェットコースターでまだフラフラするとでも言って。

 

 甘く見ていた。氷砂糖にメープルかけた上でグラニュー糖かけたぐらい甘かったかもしれない。なにそれまずそう。しかも結局砂糖しか食ってないようなもんじゃん。

 いやそこまで甘いわけではないけども、実際俺は乗らなかったし。外から見てたよ。

 ならどんなことがあったのかと言うと、そうだな。

 例えば、まず一つの馬に二人とも乗る。これは別に変なことではない。仲が良くてなによりだ。

 でも一周して戻ってくると、なぜか体勢がおかしいことになってた。何故か耶倶矢は馬の胴を貫く支柱を掴んで頭に座ってるし、夕弦は胴の上に立ってたもんな。

 俺が茫然としていると、また一周して戻ってきた二人はさらにすごい体勢になっていた。小学校の組体操とかでありそうな、二人でやるV字バランスみたいな感じだろうか。それぞれの胴体に手を回し、何もない外側の手は横にピーン!としている・・・伝わるかな?

 まあ、その体勢で器用にも見事なバランスで馬の胴に立っているのだ。

 まあ、体勢は終わるまでに何回も変わってたし、その所為で一目を集めるし、終わったら管理人さんか従業員さんに説教されるしで。結局、なんでか俺が謝る羽目になるし。

 まあ、案外早く解放されたうえに、何か罰があるわけじゃないから、遊ぶのに問題があるわけではないけど。

 ということで、今は俺から二人に対して説教中。

「わかった?普通あんなことはしちゃダメ。もうこれからするなよ?」

「む、むう・・・すまなんだ」

「謝罪。ごめんなさい」

 はあ・・・この通り謝ってるし、もういいかな。

 俺は、二人の頭をポンポンと軽く撫でながら、告げる。

「じゃ、この件はもう終わりにして、遊ぼう」

「ふ、ふん。そうだな。多少時間を無駄にしたからな、急ぐぞ!」

「質問。で、どこに行くのですか?」

 え?なんで俺に訊くの?

「次は七海が決める番であっただろう?どこにするのだ?」

「あー、そういえばそうだったな・・・」

「焦燥。早くしてください」

 まあまあ、そんな焦らんでもいいから。しかし、ほんと何処にしようかな・・・?

 なんか悩んだら急かされそうなので、俺は近くにあったアトラクションにすることにした。

「ここでいいんじゃないか?えーと」

 それは、『絶対零度の世界』という、極寒アトラクションだった。

 この名前に悪意を感じたが、気にしないようにしよう。

 

 入った瞬間に襲った冷気に、反射的に身を竦ませてしまう。

「寒っ!」

 こりゃ意外と寒い。キャッチコピーでは何度って書かれていたっけ?さすがに-273.15℃ではない筈だが。

 早くも吐く息が白い世界で、二人はどうだろうと思って彼女たちの顔色を見てみる。

「くか、か。ここここの、程度、ど、どうってことは、ないわ」

「酷寒。これは、寒いです」

 耶倶矢はそう強がりつつも、歯の根は合ってないし、夕弦も自分の腕を抱いて寒さに耐えている。

 やっぱ寒いもんは寒いんだなー、とか思いつつも、ふと、腕がなんか暖かいものに包まれる。

 なぜなら、耶倶矢と夕弦が俺の腕にそれぞれ抱きついていたからだ。

「うぇ!?え、なに、どうした!?」

 あまりの事態に焦る俺。どうやら、抱きつくというよりもしがみつくの方が合っているみたいだな。

 現実逃避気味にそんなことを考えていると、両脇から声が聞こえた。

「ふん、我らの暖をとるために、使ってやるから、感謝するといい」

「弁明。人肌が一番暖をとれるといいますし」

 そんなこと言うけどな・・・

 これは、なかなか困る。俺の両腕に感じる、小さくても触れればちゃんと感触はある耶倶矢の『アレ』とか、俺の腕を挟んで形を変える夕弦の『アレ』とかが主な原因。

 なんなら、二人で腕を抱き合えばいいんじゃ?とか思っちゃうのは、世の男達からしたら怒られちゃうかな。

「これで、七海も、暖かくなる、じゃん・・・?」

「密着。これなら、もっと暖かく、なれます」

 !!

 あーもう!とっとと行くぞ!

「ほら、早く行こう!寒いんだから!」

 こんなんされたら、余計体温上がっちゃうじゃん!さらに寒く感じる!

 俺の体温が上がったのも気づかれているのかなー、とか思いつつ、心の隅ではもう少しこのままで、と願っちゃうのは仕方ない。うん。

 

 そんなこんなでやっと、外に出れた俺達。出たら出たで、入る前は気にしなかったけど、なんか暑く感じてしまうのだった。




 まさか予定よりも2話もオーバーするとは。駄文率が高いです。
 一応、どんな感じにするかは決まっていますので、すぐに投稿できるかと思います。
 しかし、学校も始まりましたし、勉強もあるので不確かではありますが。(勉強しろよ!と言う声は聞こえないふり)

 では、次の話も期待して待ってくれることを願いつつ、ここらで後書きを終わらせていただきます。


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第9話

 2週間近くもあいてしまいました。すみません。
 これからは、極力1週間で書き上げれるように努力いたします。
 お詫びといってはなんですが、今回はいつもよりちょっと長めです。決して、その所為で遅くなったわけではありません。お詫びなんです。
 
 ifの方は、とりあえず四糸乃は確定しそうです。あと一人は、七罪あたりでしょうか。まだ決まっていません。
 追加としては美九ですね。
 次回で、アンケート終了とさせていただきます。よければ、活動報告の方にお書きください。よろしくお願いします。


「くかか、ほれ、次は我の番だな。着いてくるがいい」

 さっきのアトラクションを出る直前で腕を離し、そのまま出てきたわけではあるが、元気だな。あいつ。

 耶倶矢に言われた通りに彼女に着いていくと、先ほど乗ったメリーゴーラウンドを過ぎて少し離れたところに彼女は立ち止った。

「次は―――――これだ!」

 背後にバーン!!みたいな効果音を付けそうな感じで、無駄に格好よく指差す先にあったのは、

「へぇ~、耶倶矢はこれでいいのか?」

「応とも!先程通ったときに、これと決めておったのだ」

 何て言うんだっけなこういうアトラクション。まあ、有り体に言うならば、ウォーターアトラクションだな、絶叫系の。急流すべり?少し違うか。

 なんか楽しそうなものから乗っていこうつーことなのかもしれないな、耶倶矢は。

 まあ、楽しいことは間違いないだろうし、別にいいんだけど。

「それじゃあ、とっとと並ぼう」

 意外と人が多いので、結構待たされそうな気がするけど、まあ、二人と一緒なら飽きることもないだろう。

 そうして並んでる間にも、歓声や水が叩かれる音などが聞こえてきている。耶倶矢がいまかいまかと待ち望んでいる姿に夕弦と二人で和んでいたりしてると、存外早く俺らの番がきた。

「くかか!ようやく我らの番だな!待ちわびたぞ」

「ほら、早く乗るぞ」

 俺がそう注意すると、やや憮然としながらも大人しく着いてきた耶倶矢。

 そうして、3人で乗り込む。

 俺らが乗っているやつは、円形の複数人乗れるやつで、俺を真ん中にして両隣にそれぞれ耶倶矢と夕弦がいる。

「じゃあ行きますよー」

 従業員さんの声に押されるようにして、俺らが乗っているヤツが発進する。

 水路上を滑っていくと、やはりどんどんスピードを上げていく。

 最初は余裕ありそうに笑っていた耶倶矢の顔も、それに比例するように曇っていく。

 おーい、耶倶耶ー?笑みが引き攣っていますよー?

 対して、夕弦の方はそうでもない。まだまだ大丈夫って顔だな。

 そうして・・・

「きゃああぁぁぁ!!」

「驚愕。うわー」

「おぉぉ、スゲェ」

 三者三様。それぞれのリアクションをしている。

 しかし、そんな風にしていると、待ち受ける未来は一つしかない。

 バッシャーン!!!

「のわあぁぁぁ!?」

「衝撃。おおー」

「うおっ!?」

 そう、これはウォーターアトラクション。何もしなければただ濡れるのみだ。

「いやぁ・・・ずぶ濡れだし~・・・」

「呆然。びしょびしょです」

 アトラクションにも乗り終え、外にでた俺ら。それぞれが髪や服から水を滴らせている。

 まあ、なんだ。水避けの存在を知らなかった耶倶矢や夕弦ならともかく、思いっきり忘れてた俺の責任でもあるのかな。

「おい・・・」

 ということで、とりあえず声をかけようと彼女たちの方を振り向こうとした俺の首は、すぐに逆方向に向くこととなった。自身の意思で。

「こ、こっちに来い!」

「?何故だ?次は七海の番ではないぞ」

「懐疑。もしかして、順番を無視するつもりですか?」

 その台詞から察するに、どうやら気づいていないようだ。

「少しは自分の現状を確認してみろ!」

「ふん、何をわけのわからぬことを」

「指摘。そういえば、何故こちらをむかないのですか?」

 まだ、まだ気づいてないのか・・・!

 もはやなんで気づかないのかわかんないんだけど。ほら、そろそろ人目を集め始めてるし。

 もう、強行手段にでるしかないかな。

 俺はそう決めると、なるべく二人の方を見ないようにしながら彼女たちの手をとった。

「おう?なんだ、七海。どうかしたのか?」

「いいから、黙って着いて来い!」

 そう言って、視線を張り巡らせていると、いい感じの茂みがあったのでそこに入る。

「質問。一体、夕弦たちをこんなところに連れ込んで、何をするつもりですか?」

 う!そう言われれば、まあ、わからんでもないけど。意味不明だもんな。俺のやってること。

 いきなり怒鳴ったかと思えば、こっちに顔は向けないし、連れて行かれたと思えば、その先は人目のつかない茂みの中だし。

「とりあえず、自分自身を見下ろしてみてくれ」

「自分自身・・・?」

 耶倶矢が呟きながら、自身の体に目を向けると・・・

 ボンッ!見たいな感じで、顔が一瞬で真っ赤になった。

「発覚。これは・・・」

 夕弦も気づいたみたいだな。

 そう、彼女たちの服は(俺も含め)濡れていた。言い換えるならば、つまり、透けていたのだ。

 俺は、すぐに服を掴んで中に空気入れてはがしてたから、それほど目立ってないけど、二人の方はそうじゃないらしい。張り付いた服が彼女たちの体のラインをはっきりさせるほどになっていた。

 透けた服から見える肌色や、下着(着けといてくれた)を極力視界に入れないようにしないよう、彼女たちの目を見る。

「とりあえず、服乾かしてやるから、ほら」

 俺がそう言うと、二人は自身の体を抱くようにして後ずさる。何故だ。

「い、いや、大丈夫だし。こっちでなんとかできるし」

「要求。そういうことなので、少し向こうを見ててください」

 は?どういうことだ?自分たちでどうにかできるっていうけど、どうやって?

 俺が、不思議そうな顔していつまでも向こうを見ないからか、耶倶矢が怒ったように言ってきた。

「いいから!早く向こう見るし!」

「お、おう」

 その剣幕に多少、たじろぎながらも俺は言われたとおりに彼女たちを後ろにするように体の向きをかえた。

 すると、少ししてから後ろからちょっと強めの風が吹いてきた。

 ・・・今日、こんなに風強かったっけ?

 

 数十分後にしてやっと、もう大丈夫ということでそっちを見てもいいという許可を得た。

 その間、暇だったので上の方は脱いで、炎を生み出して乾かしたり、下の方はどうしようもないので、ちょっと小さめの炎で着たまま乾かした。一回、小さくしすぎて風で消えそうになったりもした。

 ということで、やっとお許しが出たわけだし、一声かけておくか。

 ・・・そういえば、風が止んだな・・・

「やっと、終わったのか」

「くかか、まあ、我らの手にかかればこのくらい造作も無いな」

 ・・・あれ?

「催促。時間を無駄にしてしまいました。早く行きましょう」

 ・・・おかしい。

 耶倶矢の服も、夕弦の服も、どっちも、

「お前ら、どうやって服を乾かしたんだ?」

 そう、乾いているのだ。

 どうやら、俺のことは見ていたのか、疑問に思っていないようだけど。

「う、ま、まあそんなことはいいじゃん。ほら、早く行くし!」

「え、ちょ、おい!?」

 そう言うや否や、俺の手を握って茂みから飛び出す耶倶矢。

 俺が咄嗟に手を握った夕弦も連れて飛び出し、すぐに離す。俺の方も、なんとなく同時に夕弦の手を離す。

「・・・そういえばさ」

「な、なんだ!?」

 何をそんなに焦っていやがる。

「いや、普通に服を変えたらよかったんじゃね?視認情報でなんとかなるんだから」

 わざわざ乾かすよりも、そっちのほうが早く済んだはずだ。

「否定。それは出来ません。夕弦たちはこの服しか覚えてないので」

「なら一旦霊装に戻って、その後にその服に戻れば良かったんじゃ?」

「不覚。あ・・・」

 どうやら、その方法に気づかなかったらしいな。

 まあ、過ぎたことだ。別にいいだろう。今更でもあるし。

「・・・さて、次は何処にするんだ?」

 俺がそう訊くと、夕弦はまたパンフレットを見ながら言った。

「思考。・・・コーヒーカップというものに乗ってみたいです」

「わかった。何処にある?」

「案内。ついて来てください」

 そう言ってパンフレットを閉じ、歩き出した夕弦。

 俺は耶倶矢と並んで、その背中を追いかけた。

「・・・ねえ、七海」

 その道中、唐突に耶倶矢が話しかけてきた。

「どうした」

 彼女のほうに顔を向けて短くそう返すと、多少の逡巡があったのか、少しの間ができた。

 俺は、何が言いたいのかわからないし、向こうから話しかけてきたので待っていた。

 そして、耶倶矢は俺の顔を見て、口を開ける。

「私と夕弦がこんな風に一緒に遊べるなんて、数時間前までは考えもしなかったんだけどさ」

 その突然の言葉に、俺は何も言えない。言えるはずがない。

 今、耶倶矢が言いたい事を、俺が止めちゃいけない。黙って聞くべきだ。

 俺はそう判断し、続きを待つ。

「七海のおかげで、こんなに楽しいことが出来たから、なんていうか、その・・・」

 耶倶矢は、また台詞を区切る。

 だけど、さっきよりは短い間で。でも、さっきよりは早口で。

「・・・ありがと、ね」

 そして、照れくさいのか顔を真っ赤にして、叫ぶように言う。

「ふん!ほら急ぐぞ!夕弦が待っておろう!」

 だだだーっと、夕弦のところまで駆け寄る耶倶矢。勿論、夕弦は待ってなどいない。時折立ち止まりながら、方向確認してるぐらいだ。

 頬を掻きながらそれを見て、考える。

 七海のおかげ、ねえ・・・

 ・・・俺は、少しは強くなれたのかな?

 無意識に空を見上げていた顔を戻して、その思考を中断させる。これは今、思い出さなくていい。

 それを振り切るように、俺も彼女たちの元へと駆け出した。

 

 そして着いたコーヒーカップ。メジャーだからか、ここも人は並んでいた。

 まあ、別にこいつらと居れば飽きはしないからいい。

 ということで、俺らの順番。

 適当に近いところにあるやつを選んで、座る。やはり、俺を真ん中に両側にそれぞれ耶倶矢と夕弦が座っている。

 間もなくして、アナウンスが聞こえ、音楽が流れ始める。

「この音楽が流れている間は、これが回り続ける。回転を速くしたいなら、このハンドルを回すんだ」

 多分、知らないだろうから説明をする。

 そして、それを聞いた二人は、目を光らせた。

 ・・・なんだ?

「ほう、速くするのならばこれを回すと」

「同調。でしたら、勿論」

 すると、二人同時に手を伸ばし、ハンドルを掴む。

 掴んだのならば、することは決まっている。すなわち・・・

「おりゃああぁぁぁ!!」

「掛声。とりゃー」

 回す。とにかく回す。力の限り・・・かどうかは知らんが回す。

 二人だからか、結構重いはずのハンドルは、どんどん回る。比例するように、周りの景色も回る。

 遠心力の所為で耶倶矢の方に倒れようとする体を、カップの淵を掴む事でなんとか維持し、叫ぶ。

「うおおぉぉぉ!?」

 酔う。いや、酔いそう。視界が目まぐるしく変わっていく。

 対して、回している当の本人たちは楽しそうに笑っている。耶倶矢は、ジェットコースターは駄目なのに、なんでこれは大丈夫なんだろう?

 現実逃避気味に考えて、早く終わることを願う。

 このアトラクション内に、笑い声だけが響いていく。

 ・・・あ、もう悲鳴は上げてないよ?

 

 大分フラフラしながらも、なんとか出てきて小休憩。

「あの程度でギブアップとは、まだまだだな」

 そんな感じの台詞を前にも聞いた気がするよ・・・。いつだっけ?

 俺は近くにあったベンチに腰掛け、ぐだーとなっていた。

「嘲笑。うおおぉぉぉ、ですか」

 あー、言ったなー、そんなこと。

 ・・・よし!こうなったら!

 俺は立ち上がりながら声を上げる。

「よし、とことん遊ぶか!」

 急に立ち上がった俺に二人は少し驚いていたものの、すぐに挑戦的な笑みを浮かべる。

「くかか、そう来なくっては面白くない!」

「不敵。遊び尽くしますよ」

「おう!」

 

 そうして、言葉通り遊び尽くすこと数時間。耶倶矢が何故か絶叫系を選びまくったり、夕弦と一緒になってお化け屋敷で耶倶矢を驚かせたり、途中で飯を挟んだりしてたら結構早く時間が経った。

 いつの間にか客の数も減り、あたりは夕焼けの赤に染まっている。多分、そろそろ日も落ちて暗くなるだろう。

 この遊園地は8時までは開いてるらしいから、日が落ちてすぐ出れば大丈夫だろう。

「最後、これに乗って終わるか」

 俺が何に乗るか決める番、そう提案すると、

「くく、そうだな。順番的にも丁度いい」

「承諾。わかりました」

 そうと決まればすぐに、列に並んで待つ。

 俺が選んだのは、観覧車。締めとしては最適だと思う。

 客が減ってきているおかげで、ものの数分で順番が来た。

 そうして、ゴンドラの中に乗り込む。向かい合う形で二人席が置かれているので、耶倶矢と夕弦で一方、もう一方に俺が座る。

 少しだけ揺れながら、上へ上へと向かっていく。

 しかし、沈黙も気まずいので二人に呼びかけようとする。が、先に彼女たちの方が口を開いた。

「これは、あんまり面白いものではないな」

「同調。そうですね」

「え・・・」

 あー、確かにスリルがあるわけでもない、ただ景色を見るものだもんな、観覧車って。

「でも・・・」

 耶倶矢が何かを言いかけたので、俺はそちらに顔を向ける。

「でも?」

「うん。でも、こんな風に落ち着いて下を見るのは初めてだなぁ、って」

「肯定。確かに、夕弦たちはいつも下は見てませんでしたからね」

 ・・・成程。考えてみれば、いつも二人は相手だけを見ていたのだろう。どんな勝負事でも全力で戦って、負けるために。

 だから、こうして二人で並んで下を、地上を見ることはなかったんだろう。

 二人のその言葉を最後に、ゴンドラ内に沈黙が訪れる。気がつけば辺りは暗くなり、地上は点々と灯りが見える。

 そしてそのまま、一周終了。

 会話のないまま遊園地からも出る。耶倶矢と夕弦は並んで俺の後ろをついて来ている。

 適当に少し歩いたところで、俺は振り向いた。

「俺は、お前らを救うと決めて良かったと思うよ」

「?なんだ、いきなり」

「だから、俺はお前らとずっと一緒に居る。前でも後ろでもなく、横に並んで」

「疑問。一体、どうしたのですか?」

 二人のその言葉には答えず、俺は続ける。

「つまり、何が言いたいかっていうと・・・」

 実際、何を言おうかなんて考えてない。ただただ思ったことを言ってるだけだ。

「笑え、騒げ、楽しめ。俺も一緒になってやるから」

 その言葉で、どうやら気を遣わせてしまったらしいと気づいた二人。はっとした表情になる。

「ふん、七海のくせに、生意気なことを言う」

「多謝。心遣い、ありがとうございます」

「・・・ああ」

 今更ながら、照れくさくなったので、顔を背けてしまう。

 その流れで、体も反転させて言う。

「ほら、暗くなったし、旅館なりなんなり探すぞ」

 そうして、歩き出す俺。

 直後、両腕に暖かい感触が。

「そうだな。誰かさんの所為で遅くなってしまったからな、早くするがいいぞ」

「探索。夕弦たちも手伝います。どんなものを探せばいいのですか?」

 突然のことに驚いてしまったが、俺は顔に苦笑を浮かべる。

「そうだな・・・」

 そうして、3人で並んで歩く。心なしか、俺らの周囲は明るく感じた。




 ここまで読んでいただき、有り難う御座います。

 次回で、八舞編が一段落でしょうか。冗長になりがちなので、多分、ですが。
 
 


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第10話

 今回、にわか知識ばかりです。なにか気になる点がございましても、気にしないでください。
 前回、次回で八舞編終わり、といった割には終わりませんでした。すみません。
 ここで次回こそ、と書くとまた終わらないような気がしますので、普通に本編をお楽しみ下さい。


 小一時間ほど歩いてようやく、探し求めていた旅館に着いた。

 いや~長かった。途中でコンビニ寄って軽食を大量購入したとはいえ、まさかこんなに時間が掛かるとは思わなかったな。

 ここに来るにも、偶然通りかかった人に道を聞いてわかったわけだし。

 ホテルじゃなくていいのかい?とか訊かれたけど。余計なお世話だ。

 ということで、早く中に入りますか。

「ようこそお越し下さいました」

 中に入ると、すぐにそんな声が聞こえてきた。

 受付は・・・あった。あれ?受付で合ってるよな?

「えーっと、3人なんですけど、空いてますか?」

 こういう所でなんて言えばいいか分からないので、とりあえず人数は言っておく。

「3名様ですね?こちらをお書きください」

 そう言って手渡してきたのは、なんか沢山の空欄がある紙。名前とかいろいろ書いてくださいみたいな感じかな?

 書ける分は書いて、分からんところは尋ねることしばし。

 途中、暇を持て余した耶倶矢と夕弦が絡んできたけど、ちょっと待っててと言ったら大人しくなってくれた。

「では、こちらになります」

 案内されるままに着いて行くと、結構奥の方の部屋に案内された。

 しかし、あれだな。保護者、もしくはそれに準ずる者っていう人が居なくてもなんとかなったな。

 案外、さっきの通行人が気を利かせてくれたり?

 俺らが使うことになった和室は12帖と8帖の部屋があり、浴室は無いものの広縁・・・だっけ?があったりと、まあ、3人で使う割には大きいと思うものだった。

 他の旅館の一般的な間取りがわからんから、何とも言えないが。

「では後程、女将が来ますので、ゆっくりとごくつろぎ下さい」

 ここまで案内してくれた女性は、そう言うと何処かへ行ってしまった。

「お、おお。なかなか良い場所ではないか」

「感嘆。素敵な場所ですね」

「ああ、そうだな」

 ちゃんと綺麗になってるし、眺めも良いし。これは得したかな。

 そんな感じではしゃいでると、音も無く扉が開き、大人びた雰囲気の女性が入ってきた。

 きっと、この人が女将さんなんだろうな。

 少し話してから、俺はあることを聞いてみることにした。二人は未だにうろうろしている。

「そういや、風呂ってどうするんです?」

「お風呂ならば、大浴場をお使いください。露天風呂もあります」

 ふむ、露天風呂か・・・入ってみるかな。

「また、当旅館では入浴時間を男女ぞれぞれを11時まで、混浴は12時までとさせていただいております」

 ・・・え、混浴?

「混浴あるんですか?」

「はい。ただ、水着着用可のにごり湯ですよ?」

「あ、いや、そういうことでは無いんですけど」

 珍しいな。普通の旅館で混浴ってあんまり無いイメージがあったんだけど。

「他に何かありますか?」

「じゃあ、明日の朝は7時ごろに朝食を持ってきてもらっていいですか?」

「かしこまりました」

 他は、ないかな。なんかあったら後で訊きに行くとしよう。

「それでは、失礼します」

 そう言って、戻った女将。

 今は何時かと部屋を見回すと、あることに気付いた。

「?耶倶矢?夕弦?」

 二人の姿が見えない。何処に行ったんだろうか?

 立ち上がって見ると、もう一方の部屋から声が聞こえてきた。

 何をしているんだろうかと思って、部屋に続く扉を開けると、

「何してんだ?・・・って」

 部屋を開けると、やけに散らかっているのが見えた。どうやら、押し入れにあったものを引っ張り出してたらしいな。子供じゃあるまいし、なにやってんだよ。

 どうやら、散らかっているのは布団類のようだ。

「・・・ほんと、なにやってんの?」

 じとーっとした視線を向けると、耶倶矢と夕弦はあわてて弁明をする。

「い、いや、これはだな・・・」

「弁明。なんでもありません」

「まあ、別にいけどさ。ほら、片づけておくぞ」

 そして、部屋に入って近くにあったものから手に取っていく。

 流石に押し入れにどう入っていたのかは分からんから、適当に畳んで部屋の隅に。

 そうしていると、罪悪感に負けたのであろう耶倶矢と夕弦も手伝ってくれた。

 それもすぐに終わり、今度こそ時間を見ると、今は9時過ぎくらいだった。

 ふむ、飯はなんだかって言って食ってたからそこまで腹が減っているわけでもないし、どうせならとっとと風呂に入るとしよう。

「耶倶矢、夕弦。俺は風呂に入るが、お前らはどうする?」

 すると彼女たちは、またうろうろし始めてた足を止めて答える。

「クク、七海が行くというならば、我も身を清めに行くとしよう」

「質問。こういう所には、温泉というものがあると聞いたことがありますが、本当ですか?」

「ああ、まあ、あるだろうな」

 というより、温泉のない旅館があったら見てみたいものだ。

 それぞれ必要なものを渡し、この旅館内にある案内板を見ながら風呂場に着いた。

 男湯、女湯の入口の真ん中に混浴に行く入口がある。どうやら、それぞれの風呂場からも行けるらしい。

「そういや、お前らはここでのマナーとか知ってる?」

 耶倶矢と夕弦はこういう所に来るのは初めての筈だから、確認の意も込めて訊いてみると、

「くかか、なめてもらっては困るぞ七海よ。我ら颶風の御子、八舞の名を持つ者、そんなの知らぬとも何とかなる」

「同調。実際、それ程気にすることでもないかと」

 まあ、そう言われればそうなんだけど。それでも、なんかこいつらだけで行かせるのは怖い気がする。

 しょうがない。ここはひとつ、ああするしかないか。

「それで誰かに迷惑を掛けたらどうするんだ?とりあえず、それぞれの場所で服を脱いだら、混浴の場所に来い。直接言ったほうが早い」

 決して一緒に入りたいとか、そういうわけじゃないことを言っておく。いやまあ、確かに一緒に入ってみたいけれども。今回は違うからな?本当だよ?

「え、それは、一緒に風呂に入りたいとか、そういう・・・?」

「戦慄。そんな、直接言うとは」

「断じて違う!」

 まさか思ってたことをそのまま言われるとは。普通に考えればそう思われるのも、仕方ないかもしれないけど。

「じゃあ、また後で」

 そう言って、俺は男湯の脱衣所へと向かう。二人も、訝しげながらも、女湯のほうへと向かった。

 はあ、しかし、男だけしかいない空間って嫌なんだよな。好きなやつもあんまりいないと思うけど。

 あれだ。一般的な男性が思ってるのとも合わせて俺の場合、たまに女に間違われるから。ほんと、そういうときショック受ける。なるべく気にしないようにはしているけど。

 

 服を脱いで、備えつきの浴衣持ってくればよかったな~なんて思いながら混浴の方に行くと、すぐに見覚えのある橙色の髪が見えた。

 にしても、旅館にしてはでっけぇ浴場だな。

 どうやら、混浴というのは男性陣にとっては気が引けるらしく、そして女性陣にとっては警戒してか、あまり人はいない。あえて言うなら、見た感じ女性ばっかりいる。

 俺はその髪目指して歩いていたけど、すぐに後ろを向くことになった。なんかこのシチュ、前もあった気がする。

「耶、耶倶矢!隠せ!」

 何故ならば、耶倶矢はタオルとかで前すら隠してないのだ。夕弦の方は、一瞬だったが隠していたのが見えた。というか、夕弦の手によって耶倶矢の体は隠されていたから、見えなかったけども。

 見たかったわけじゃないよ?

 二人は一応、俺の言うとおりになってくれるらしく、湯船には浸かってなかった。

「な、七海!?うわ、ちょっと待って!」

「嘆息。だから言ったではないですか」

 後ろからそんな声が聞こえてくる。

 十数秒後に許しが出たので、極力視線を下げないようにしながら話すようにしよう。

「とりあえず、向こうに座って」

 ここの浴場は、壁にシャワーや鏡が等間隔に並んでいる。

 流石に並んで座るのは、精神衛生上悪いと思うから、丁度角の部分に座らせた。俺はもう一方の方。俺の斜め後ろあたりに二人が座っている図だ。

「くく、で?ここからどうすればいいのだ?」

「ああ。鏡の下あたりにシャンプーとボディソープっつーのがある筈だから、それで頭と体を洗うんだ」

「確認。これですね?」

「いや、振り向けないからなんとも言えないんだけど」

 きっと後ろを向けば、そこは楽園なんだろう。背中を向けているのだとしても、首元から臀部にかけてのラインは見えるのだし。

 いや、背中を向けてるとなると、俺が振り向いても気付かないのでは?

 いやいや、それこそ駄目だ。瞬間の幸福の後に、ものすごい罪悪感に苛まれることになる。見たいのなら、そういう雰囲気、状況のときに。

 ・・・どういう状況だ?

 そんな風な雑念を流すように、無意識の内に洗い終わっていた手を止め、シャワーで洗い流す。

 幸い、耶倶矢と夕弦も使い方は分かったらしく、こちらになにか話しかけることはなかった。

 あくまで、俺に、であって、声は聞こえていたんだが。まあ、中睦まじいことでいいことだ。

 俺は、耶倶矢が夕弦の体の一部に向ける、諦めとも羨望ともつかない視線をなんとなく気付きながら、寂しいような恥ずかしいような気になっていた。

 そして、しばらくして彼女たちも終わったらしく、話しかけてきた。

「報告。終わりました」

「して七海よ、次はどうするのだ?」

 洗い終わったんなら、

「普通に温泉に浸かるといいんじゃないか?」

 ということで、俺も早く入るとしよう。

 俺が立ち上がって温泉に向かうと、二人もついて来た。

「質問。温泉に浸かるときも、なにかマナーはあるのですか?」

「まあ、あるな」

「ふむ、ならば我らはどうすればいい」

 俺もそこまで詳しくは知らないので、一般的なことしか言えないけどな。

「まずは、温泉にタオルをいれないこと。そして、浴槽内では泳いだりして遊ばないこと、だな」

「くかか。承知した」

 ほんとに分かってんのかな~?温泉入った直後に、勝負だ!、とか言って泳ぎ始める未来しか見えん。

 ま、言っても仕方ないし、俺は俺でくつろぐとしよう。

「じゃあ、俺は外の露天風呂の方いるけど、お前らは?」

 俺がそう訊くと、二人はちょっと話し合った後、

「返答。少し、中の方も入ってから、七海の方に行くとします」

「ん、わかった。他人に迷惑掛けんなよ」

 そういい残して、俺は外へと続く扉を探して歩き始めた。




 ほんとの旅館の構図やシステムなんて、ただの学生である自分には時間的、立場的、そして財政的にも無理なので、前書きのとおり、にわか知識ばかりです。
 ポケモンで新しく書き始めましたが、なるべく更新が遅くならないよう頑張っていきますので、どうかこの次も読んでいただけることを願いつつ、今回はこの辺で終了とさせていただきます。
 
 八舞編の後のヒロインは、美九になりそうです。そして、八舞編終了後、ifの方も書き始めようと思います。


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第11話

 八舞編エンドです。
 やや急展開、ご都合主義なところがありますが、気にしないでください。
 
 それでは、どうぞ。


「ほぅ・・・」

 思わずそんな言葉が出るほどに、この露天風呂は気持ち良かった。

 ありきたりな文章表現になるが、疲れがにじみ出る様な感じとでも言おうか。

「はぁぁぁぁ・・・」

 あまり人がいないことを良いことに、体を伸ばしてくつろぐ。

 微かに水音をたてながら、俺は縁に首を乗せるような体勢になる。足も伸ばして絶賛リラックスタイムだ。

 ただただぼーっとしているだけの時間。

「ほんと、色んなことがあったなぁ・・・」

 思い返せば、まだこの世界に来てから1日と経っていないんだよな~。

 こっちに来たかと思えばすぐに鬼ごっこ。途中でガチ勝負して、二人を助けると誓って、そのまま遊覧飛行・・・とはちょっと違うか。落ちそうになるのを助けてもらってデートみたいなのをしたり、遊園地で遊んで、旅館に来て、そして今。

 予想以上に疲れていたらしい体は、そんな思考と共に力が抜けていって・・・

 俺は、まぶたが落ちていくのに抵抗できずに、そのまま眠ってしまった。

 

「・・・ぅあ?」

 む、どうやら寝てしまったらしい。もとより少なかった利用者が、さらに少なくなっている。

 寝起きだからか、あまりはっきりしない頭で、そんなことを確認する。

 もうちょっと浸かっていたいが、そろそろあがるとしよう。

 そういや、耶倶矢と夕弦は?

 未練まがしく、未だに浸かった状態のまま周りを見渡してみる。

 両隣にある、温泉の湯とはまた違う温もりを刺激しないようにしながら・・・

 ・・・待て。両隣の温もり?

 ギギギと、錆びた歯車のように首を動かす。

 目に映るのは解かれた橙色の髪。意外と長い。規則正しい息づかいも聞こえてくる。寝ているらしい。

 よし、これだけで十分。落ち着こう。まずは落ち着こう。さあ東雲七海、どうやってこれを切り抜ける?

 ①常識的に、静かに起こす。

 ②驚いた風に、叫んで起こす。

 ③現実逃避(という名の願望)、このまま寝た振りor放置

 さあ、どうしよう。基本この3つだ。

 温泉に浸かってるはずなのに、冷や汗をかきながら考える。

 ・・・うん、どう考えても①が最良としか思えない。

 ということで、思い立ったが吉日だ。

「おーい、耶倶矢、夕弦、起きてくれー」

 どちらも、俺の肩に頭を乗せるような体勢なので、それぞれの手で頭を軽く揺する。

 最初に起きたのは夕弦の方だった。

「よう、起きたか?」

「放、心。これは・・・」

「俺の方が説明願いたいところなんだけど」

「要求。待ってください。今思い出しますので」

 この会話の所為か、今度は逆側からむずがるような声が聞こえてきた。

「む・・・ぅ、ぅん・・・」

「いやいや、寝るな。起きてくれ、耶倶矢」

「・・・え?」

 再び眠りにつこうとする耶倶矢に声をかけると、寝ぼけ眼でこちらの顔を見上げてきた。

 が、これもあり!と思う間もなく(結局思ってる)、その目が見開かれた。

「え、え?あれ?七海?なんでこんなことに?あれ?」

 顔に大量の疑問符を浮かべながら、体を離す耶倶矢。夕弦も、いつの間にか耶倶矢の方にやってきていた。

「思考。・・・確か、中の温泉を満喫した後こちらに来たのですが、七海が寝ているのを発見しまして」

 その言葉に、大量の疑問符を一気に『!』にしながら、耶倶矢が続けた。

「そう!それで隣に入ったら、いつの間にか寝ていて!」

「同調。そして今に至るわけです」

「・・・そうか」

 はあ、成程。状況は理解した。

 ま、それはあまり興味はないんだけど。

「それじゃ、そろそろ部屋に戻るか」

「クク・・・では、先に待っておるとしよう。あの誓い、忘れるでないぞ?」

 誓い?ああ、お前らを救ってやるってやつね。

「約束。必ず、夕弦たちが笑える世界にしてください」

「言われなくても」

 そうして二人が立ち上がる素振りをしたため、慌てて後ろを向き、気配がなくなったところで俺も立ち上がって脱衣所へと向かう。

 さあ、今日一番の大仕事だ。

 

 言っていたとおり、耶倶矢と夕弦は既に部屋にいた。

 何故か浴衣姿だったが、きっとこの浴衣を着ている客でも見て、自分たちも着てみたくなったんだろう。

 俺はそう結論付けて、部屋に敷かれていた布団の一つに座り込む。

「耶倶矢、夕弦、ここに座ってくれ」

 そう言って示すのは、俺のすぐ目の前。

 二人は特に何も言わずに、大人しく座ってくれた。

「手、貸して」

 そうすると、それぞれ手を出してくれたので、その手を掴む。

 それじゃ、とっとと始めよう。

 目を閉じ、集中。視覚ではないもので、『視る』感じ。

 意識を、彼女たちに向ける。

 俺の能力の応用、発展型。その情報を『理解』する。

 効果としてはそのまま。相手の情報を理解するための力。こうしないと、創ることも消すこともできないからな。

 あくまでも応用なので、もう1つの能力っていうわけじゃない。

 相手の情報と全く同じ情報を頭の中で組み立て、それを理解することで、創れるように、消せるようになるって感じだと思う。

 まあ、普通はここまでしなくてもいいんだろうけど。

 俺が今理解しようとしてるのは、耶倶矢と夕弦の霊結晶(セフィラ)。直感だが、これを理解すれば、絶対に救えるという自信があった。

 そうして、俺の意識は二人だけに注がれていく。

 イメージ的に、二人の中に入ったとでも言おうか。そうした途端、猛烈な頭痛が俺を襲う。

「うぐ・・・!」

 我慢するために眉間に皺を寄せ、手に力が入っているのが分かる。

 だけど、これじゃ駄目なんだ。それすらも分からないぐらい集中しないといけないのだから。

 既に、二人の声は聞こえない。意識すれば声という情報を理解できるだろうが、そうすることもできない。

 俺はさらに集中することで、その頭痛を我慢することにした。

 俺が今『視て』いるのは、なんとも表現できないものだ。色のような、形のような。抽象的のような、実物のような。そんな感じのもので、なにがなんだか分からない。

 だが、それでも理解しないと。なにがなんだか分かんないのなら、片っ端から調べてみればいい。

 そうして、俺の意識はさらに奥深くへ・・・

 

 どのくらい経っただろうか。1時間かもしれないし、1分かもしれない。この状態じゃわからない。

 少しずつではあるが、理解する効率も上がってはきている。似た感じのものがあるから、その分の理解が早くなっているのだ。

 それでも、まだ見つかっていないものがある。そう、俺が消すべきものである、二人の同一化の部分。

 見つからないなら、さらに奥に潜るまでだが。

 そうするに連れて、俺が理解している内容は、二人の根本的なものになっていく。

 これは・・・天使か。

 ここは・・・霊装。

 元が同一人物であるためか、二人の霊結晶の情報は、ほとんど一緒だ。むしろ、二人で一つの部分すらある。

 そうしたさらに奥で、俺はついに見つけた。

 ・・・ここだ!

 同一化。絶対に抗うことのできない根幹部分。

 俺は、これを、消す!

 これが消えるイメージをする。

 それでも・・・消えない。

 なっ!?何でだ?なんで消えない!!

 焦りだけが募っていく。

 落ち着け。冷静になれ。それが俺のモットーなんだから。

 問、能力の発動条件は? 解、それを理解していること。

 問、どうすれば発動しやすい? 解、方向、イメージを実際に表すこと。

 ・・・?

 問、イメージを、表すとは?

 

 解、言葉にすること。

 

 これは、少し危険性を帯びる。

 なぜなら、言葉を口にするには意識をその分浮上させないといけない。

 ・・・それでも、

 俺は、意識が少し離れていることを意識しながら、言葉を口にした。

 

消失せよ(ロスト)

 

 

 俺がそれと同時に、俺は目を開けた。

「・・・どうだ?」

 目の前の瓜二つの顔をした彼女たちに問いかける。

「む・・・おかしな違和感があるな。それ以外には、特にこれといった感じはせぬが・・・」

「首肯。でも、わかります。七海は、夕弦たちを救ってくれたんだと」

「クク・・・大義であったぞ、七海」

「・・・ああ」

 俺の言葉数は少ない。

「確認。これで、夕弦達は、ずっと一緒なんですね」

「ん・・・確かに、もうどっちかが、消えること、なん、て・・・っ」

 その声が、少しずつ濡れたものに変わっていく。

「質、問。耶倶矢?どうして、泣いて・・・?」

 それを疑問に思う声も、途中で止まる。

「疑、問。どういう、こと、でしょう・・・?」

「ふん・・・夕弦、だって、泣いてる、し・・・」

 ・・・俺が言葉をかける雰囲気じゃないな。

 未だに続く頭痛を堪えながら、俺は二人の姿を見続ける。

「ねえ、夕弦」

「返答。なんで、しょう?」

「・・・ごめん、泣かせて」

「・・・承認。いいです、が、夕弦も、いいでしょうか?」

「・・・うん」

 そうして、二人は、嬉しさからくるのであろう涙を、二人して抱き合って、零し続けた。

 途切れていく意識の中、それが俺の見たことだった。

 それを見て思う。

 

 ・・・よかった。俺は、誰かを、救えたんだって―――――




 こんな感じです。
 
 実は今日テストでして、結果が散々なことが目に見えているため、レッツ、リアルエスケープということで。
 
 書くことがあまりないため、この辺で終わらせていただきます。

 次回からは美九編です。新しく書くifは、四糸乃ともう1人も決まりました。誰かはお楽しみで。


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日常編
プロローグという名の第12話


 ・・・あれ?再来週の日曜更新する予定だったのにな~。なんでかな~?
 ということで、勉強なんてやってられるかー!!な息吹です。
 前回で八舞編は終わりですが、今回は、まあ、その後みたいな回です。
 一応、章的には美九編とさせていただきますが、実際に本編に入るのは、もうちょっと先です。
 まずは、七海たちの生活を整えないと。

 最後に+αで書いてはいますが、まあ、惰性ですね。はい。すみません。
 そ、それではどうぞ!


 どさっ、と。彼女たちのすぐ(かたわ)らで、そんな音が聞こえた。

「え・・・?七海・・・?」

「心配。どうし、たんです、か?」

 泣いている為か、やや途切れながら発せられる声。

 そんな中、二人は『それ』を認識した。

 『それ』とは即ち、

「驚愕。七海が、倒れています」

 彼女たち――――耶倶矢と夕弦を今しがた救った少年、七海が倒れている姿だった。

 何があったかは分からない。

 ただ、どうすればいいかも分からない彼女たちは思う。

 そういえば、あんまり喋ってなかった気がする、と。

 まだ1日と経っていないが、なんとなく分かる。

 もしもあの状況で、いつもの通りだったら、きっと彼は不敵に笑って、『どうだ、救って見せたぜ?』とでも言うのだろう。

 だが、思い返せば、たった二言しか口にしていなかった。

「どどど、どうしよう!?夕弦、どうすんの!?」

「狼狽。とりあえず、生きていますよね?」

「えーっと・・・」

 夕弦の言葉を受けて、七海の息を調べる耶倶矢。

 その結果は・・・

「生きてはいる、けど・・・」

「疑問。けど?」

「・・・寝てる」

「呆然。・・・はい?」

「だから、寝てるの。七海は」

 確かに聞いてみれば、規則正しい息遣いが聞こえてくる。時折(うな)されているのは気になるが、なにか悪い夢でも見ているのだろうか。

「嘆息。まったく、人をあんなに心配させておいて、寝てるとはどういう了見ですか」

「ま、まあ、我は最初から気づいてはいたがな。七海なら大事無いだろうと」

 いつもの調子を取り戻し始めた耶倶矢の言葉に、夕弦がじとーっとした目を向ける。(もとより半眼ではあるが)

「指摘。そう言いながら、一番焦っていたのは耶倶矢ですが?」

「くかか、それは夕弦、此方の茶番に付き合っていたまでよ」

「疑問。たしか、その茶番とやらを始めたのは、耶倶矢の方だったはずですが?」

「き、気のせいであろう」

 それを区切りに、二人は七海に視線を向ける。

「微笑。・・・ありがとうございます、七海」

「くく・・・なにか礼をせねばあるまい」

 だけど、どんなお礼がいいのだろう?

 ということで、二人で話し合った結果、

「ふん、あくまで礼であるからな。勘違いするでないぞ」

「質問。誰に向かって言っているのですか?」

「う、うるさいし!」

 そんな会話をしながら、七海のもとへと近づく二人。

 そして、

 自分達を救ってくれた少年の顔に、自分達の顔も近づけて―――――

 

 ちゅっ、と。軽い口付けをした。

 

 

 そこは何もない空間だった。

 いや、何かがあると言った方がいいのか?

 立っている感じはするから、地面のような場所と、俺からしたら下方向への重力はある。

 息が出来ているから酸素・・・いや、空気はある。

 自分の体を見れるから、どこからか光もあるのかもしれない。

 ただ、辺りを見渡せばなにもない闇だ。

 それが俺が分かったことだ。

「ここは・・・?」

 今更ながら、そんな疑問が湧き上がる。

 不思議と恐怖は感じない。ただ、漠然とした不安がある。

「まったく、君も無茶するね、七海くん」

「・・・フルネームから名前に昇格したのか、神様の中の俺は」

 足音も立てずに近づいてくる気配。

 前よりも鮮明に聞こえてくる声の主は、勿論、

「いや、違うか」

 振り向きながら、俺はその名前を口にする。

「久しぶりだな、楓。お前はもともとそう呼んでいた」

「!」

 神様もとい、楓。本名、西原楓(にしはら かえで)

 この闇の中で、淡く輝いているようにも見える薄い青っぽい色の髪に、俺の言葉に驚いている表情。

 その服は前の世界での、俺の中学時代の女子制服だ。

 俺はその姿を見た瞬間、胸の痛みと共に、鼓動が速くなるのを感じた。

「・・・いつからだい?」

「最初から、と言いたいところだが、2回目の別れ際だ」

「どうして気づいたの?」

「お前の、最後の台詞に聞き覚えがあった」

「最後・・・ああ、あれか」

 あの時の台詞は確か、

「『じゃ~ね~』だっけ」

「ああ」

「・・・なんでそれで、ボクだって思ったの?」

「あの言い方をするのは、お前しかいないからな」

「赤の他人だっていう可能性は?」

「ない。何年一緒にいたと思う」

「14、5年ぐらいだったかな?」

 あの台詞は、俺が何年もずっと聞いてきた言葉だ。そう間違えるはずがない。

 だからあの時、既視感を感じたんだ。

「俺からも1ついいか?」

「何かな?」

「いろいろ訊きたいことはあるが、これだけ訊く」

 そこで1度区切り、

「なんで、お前がいる?」

 俺と楓が一緒にいたのは、約15年間。ちなみに、生まれたときから一緒だった。

 俺は高校生。15年といえば、中学3年ごろだ。

 何で高校の分がないかって?それは、

「お前は、死んだはずだ」

「・・・ふふっ」

 含んだように笑う楓。その姿も懐かしい。

「死んだなんて、酷いことを言うね。だって」

 だって、

「君が殺したんじゃないか」

 その言葉に、さらに胸は痛み、鼓動も速くなる。

 これは、会えて嬉しいわけでも、恋愛感情でもない。

 これは――――後悔と、怒りだ。

「・・・・・・」

 俺は、何も言えない。

 彼女が死んだのは、俺の所為。それは、事実なのだから。

 

 数年前のことだ。当時15歳になったばかりの俺は、連続殺人事件に巻き込まれた。

 その日は、俺の両親が出張で帰れないということで、西原家に泊まることになっていた。

 いくらずっと一緒にいるとはいえ、同年代の男女が、とは思ったりもしたが、まあ楓だしいいか、という感じである。

 その日の夜のことだ。

 悲鳴と大きな音で、俺は目を覚ました。

 貸してもらった布団から飛び起きて、その音源へと向かった。

 そこで見たのは、

 床に倒れている大人と、それを見下ろすもう一人の大人。そして、床に広がり、壁に散っているのは。

 赤くて、紅くて、朱い、血液だった。

 あまりの光景に、言葉を失う当時の俺。

 すると、どたどたという足音と共に、楓がやってきた。

「どうしたの!?」

 俺は咄嗟に、声を上げる。

「見ちゃ駄目!逃げて!」

 しかし、遅かった。

 彼女は、その光景を見てしまった。

「・・・え?」

 そして、俺らの声に、犯人であろう大人がこちらを向く。

 男だ。しかし、その目は光が無く、虚ろだった。

 そして、その手に握られた大振りの刃物。

「く・・・っ!」

 反撃、応戦するなんて馬鹿なことはしない。

 すぐに楓の手をつかみ、玄関へと走る。

「誰・・・?どうして・・・?」

 靴を履くのももどかしく、裸足のまま外へと飛び出し、近所の家へと突進する。

 その家の玄関扉をばんばん叩いて、大声を出す。

「すみません!ちょっといいですか!すみません!」

 すると、顔見知りのおばちゃんが出てきて、やや苛立たしげに口を開く。

「なーに?こんな夜中に・・・?」

 しかし、俺たちの姿を見た途端、血相を変えた。

 なんせ、パジャマ姿でどっちも裸足。一人は目を虚ろにして、もう一人はこの必死さ。なにがあったと思うだろう。

「七海ちゃんに楓ちゃん!?どうしたの、こんな時間に!?」

「すみませんこんな夜中に。だけど、警察を呼んでください!」

「警察・・・?」

「いいから!!」

「わ、わかったわ」

 俺の剣幕に気圧されたのか、近くに置いてある電話の受話器を取る。

 それを見届けて、極度の緊張から解き放たれた俺は、そのまま気を失った。

 

「どうやら、思い出しているみたいだね」

「・・・人の思考を読むな」

 俺が半眼で告げると、彼女は言った。

「でも、もっと落ち着ける場所のほうがいいのかな」

 そう言うと、楓は指をパチンと鳴らす。

 すると、

「な、これは・・?」

 一瞬にして景色が変わった。

 さっきのどこか閉塞的な空間から、開放感のあるものになった。

 どうやら、どこかの屋上らしい。

 落下防止用のフェンスに、この屋上への入り口。貯水タンクなんかもあって・・・

「うぐ・・・!?」

 俺は、あまりの痛みに胸を押さえる。

 ここは、この景色は・・・!

「どう?懐かしいでしょ?」

「テメェ、何がしたい!」

 ここは、あの場所じゃないか!

 俺の後悔と怒りの、始発点であり根源。

「ほらほら、思い出してごらん?まだまだ続きはあるでしょ?」

 ああそうだな。あの事件はあくまで、始まりだもんな。

 

 それから数ヶ月後だ。結局、あれから1週間後に犯人は捕まった。

 事件は連続殺人事件とされ、被害者数は10数人。

 今までの間に、西原夫妻の葬式などもあった。

 とりあえず、楓は東雲家が預かっている。

 そんなある日のこと。

 俺は楓に呼び出された。屋上に来てくれということだ。

 放課後、そこに行くと、既に彼女の姿はあった。

 ただし、フェンスの向こう側に、だが。

「!おい、楓っ!?」

 ここのフェンスは、大して高いものではない。乗り越えるのは簡単だろう。

 だけど、普通乗り越えない。乗り越えるというのは、つまり、

「七海くん、来てくれたんだ」

「来てくれたんだ、じゃないよ!早くこっちに戻ってきなよ!」

 こちらに背を向け、顔だけを向けてくる。

 俺は、その背中に向かって駆け寄る。

「ねえ、お母さんもお父さんも、私が死ねば会えるかな?」

「馬鹿なこと言うなよ!お前が死んでも、おばさんやおじさんに会えるわけじゃない!」

「でも、お母さんもお父さんも死んでるんだよ?」

「だったらその分、楓は生きろよ!」

 違うよ、と彼女は首を振る。

「私は、会いに行く。だから」

 そう言うと、彼女はやっとこちらに振り向き、

 どすっ、と、そんな音が聞こえた。

「だから、一緒に死んで?」

 その声に、刺されたという実感と、痛みを認識する。

「が、ああぁぁぁぁああ!?」

「ねえ、何であの時逃げたの?何であの時向かっていかなかったの?」

 未だ刺した状態のまま、至近距離で彼女は尋ねる。

「それ以外に、方法が、無かった、だろ・・・」

「・・・そう」

 落胆したように、彼女は言うと、その身を離した。

 同時に、その手に持っていた大振りのナイフも離れる。

「それ、は・・・?」

「家にあったんだ。この為に持ってきたの」

 ナイフが離れたことで、さらに刺された胸から血を流しながら、その声を聞いた。

「だから、今度こそ」

 大きく振り上げられたナイフに、咄嗟に動いた腕。

 それは、自然な動きではあった。だが、場所が悪かった。

 そのナイフを避けるために、俺は、ナイフ本体ではなく、それを持った人を押し離したのだ。

 そう、楓の体を。

 俺に押された彼女の体は、そのまま後ろに倒れていって―――――

 

 そこから先は、知らない。

 

 

 そして、その屋上がここだ。今見えているこの風景だ。

「あの後、勝手に付いてきていたらしい一般生徒が、倒れた七海くんを見て駆けつけたところ、既に君は気を失っていて、その傷を見たその生徒が先生に報告。救急車を呼ばれたみたいだね」

「・・・お前は?」

「ボクは、君の陰になって見えなかったんじゃない?」

「そうか」

「そして、事件は投身自殺という風に処理されたみたいだね」

「・・・そうか」

 ?そういえば、なんでお前がそれを知っている?

「ボクは神に昇格したからね。その後を知るぐらい、造作も無いね」

 訊かずとも、勝手に喋ってくれた。

「そして見たところ、その胸の痛みは、心因性かなにか?」

「・・・まあな」

 あの後、俺が目を覚ましたのは病院の一室で、説明を受けたところギリギリだったとかなんとか。そこらへんは覚えてない。

 そして、その刺された傷は、昔のことを思い出したりするとなぜか痛むようになった。

 傷跡の場所は、丁度心臓部分。温泉のときはにごり湯だったから、耶倶矢と夕弦は知らないはずだ。

 しかし、何でわかる?

「何でわかるかって?そりゃ、その姿を見ればわかるよ」

 確かに、胸を押さえて苦しんでたらわかるか。

「それに、ここはボクの空間だから。なんでも出来るしなんでもわかる」

「そうかい」

 ふむ、だから心を読まれるわけだ。

「さて、積もる話もこれくらいにして、そろそろおはよう時間だよ?」

「あ?」

「それじゃ、じゃ~ね~」

 あ、と思う間もなく、俺の視界は光に包まれた。

 ・・・結局、楓がいた理由を聞いてないんだけど。

 

 

「みなさ~ん、今日はありがとうございました~」

 その声に、きゃー、という歓声が返ってくる。

 それは、ある意味壮観な図だった。

 まず、この場にいるのは全員女性。

 その女性たちが、一様にステージに向かって手を振っているのだ。

 その目の先にあるのは、同じように手を振り替えしている少女。

 紫紺の髪に銀色の瞳を持つ、スタイル抜群の少女の名は、誘宵美九。

「さ~て、今日はどの娘をお持ち帰りしましょうか~」

 その呟きは、黄色い歓声にかき消されていった。




 ・・・ノーコメントでお願いします。
 最後の方の意味不明さと惰性さについては、ノーコメントでお願いします!
 自分でも「うわー」とは思ってるんですよ?ただ、気力が、持たなくてですね・・・

 えー、活動報告ではちょっと空くとか言ってたのに、更新しちゃいました。

 そ、それでは、次回も読んでいただくことを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 よろしければ、ifも読んでください。


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???

 ちょっとした休憩回。
 前回の話をもっと掘り下げたものです。
 今回は、ちょっといつもと違うところがあります。
 また、本編とはあまり関係しませんので、読まなくても結構です。
 ただ、自分としては、七海と楓のためにも読んでいただきたいです。
 それでは、どうぞ。


 にゃっははー、今回はボクこと楓の想い出語りだよ。

 まったく、七海くんにも困ったものだね。あれじゃボクが、精神狂った病んじゃってる人に思われるじゃないか。

 え?何が言いたいのかって?本編の方が気になる?あれ、そんなことない?どっち?

 ま、そこはそれ。作者さんがねー、もうちょっとボクの心証を良くしておきたいーとか、七海くんのフォローしておきたいーとか、そんな理由なんだよ。きっと。

 じゃ、早速語ろうか。あの日、あの場所でなにあったのか、ホントのことを。

 

 あの日は晴れていたね。もう、これから起こることを拒否するかのように。だって、ああいうショックなイベントは、雨なのが常だろ?

 風も強くない穏やかな日。学校も終わって、放課後。

 ボクも七海くんも、部活はやってないし、やったとしても引退した時期だからね。十数分したら来てくれたよ。

 あの、屋上に。

 今にして思えば、あの時は情緒不安定というか、色々大変なことになっていたんだろうね。

 家から持ってきたナイフを両手に持ち、一歩踏み出せば真っ逆さまに落ちていく場所で、七海くんを待っていた。

 数分後、扉が開く音が聞こえて顔だけ振り向かせた。

「!おい、楓っ!?」

 いやー、あの時の顔は面白かった。驚きと疑問が混ざり合って、なんともいえない顔だった。

「七海くん、来てくれたんだ」

「来てくれたんだ、じゃないよ!早くこっちに戻ってきなよ!」

 うーん、この時のボクと七海くんの口調と、今の口調は全く違うね。

 ボクの場合は、神になってから、色々振り切れたりしてこんな風になっちゃったんだけど。昔じゃ考えられないね。

 七海くんは・・・何があったんだろう?今度こっちに呼んだときに訊いてみよう。勝手に記憶を覗いたりしてもいいんだけど、それじゃ面白みがないしね。

「ねえ、お母さんもお父さんも、私が死ねば会えるかな?」

 うわー。これはもう駄目だね。完璧に病んじゃってるね。手の打ちようなし。

 どうやら、まだ七海くんはナイフに気付いてないみたいだ。まあ、ボクの陰になって見えないから、当たり前か。

 うーん、ここは振り向くべきだったね。手は後ろにまわして隠して、面と向かって話したほうが画になっただろうに。

「馬鹿なこと言うなよ!お前が死んでも、おばさんやおじさんに会えるわけじゃない!」

 おーう、格好いいこと言うね~、昔の七海くんは。まさしく主人公に相応しい。

 でも、当時の私には届かなかったみたいだけど、ね。

「でも、お母さんもお父さんも死んでるんだよ?」

 ・・・ノーコメントで。もう、手の打ちようが無ければ、目の当て所もないね。

「だったらその分、楓は生きろよ!」

 ははっ、ほんと、熱血だね~。あまりにも真っ直ぐで、眩しくて、目を背けたくなってくるよ。

 きっと無自覚なんだろうし。ま、ボクは自然体の七海くんが好きだったからね。

 うん?そうだよ?ボクは彼のことが好きだよ?大好きだ。愛してるといってもいいね。

 まあ、七海くんはそれに気付いてなかったみたいだし、今も気付いてないみたいだけど。

 主人公だったからね、彼は。主人公が鈍感なんて、よくあることだろ?

「違うよ」

 首を振るボク。いったい、何が違うのやら。

「私は、会いに行く。だから」

 ああ、これが狂ってる、病んでると自分で思う最大の原因。

 やっと振り向いて、そのまま、どすっ、て。

「だから、一緒に死んで?」

 意味ふめーーーーーい!!一緒に死んでとか、何処の心中だよ!なに、ヤンデレなの?当時のボク、ここまでだったの!?

 ぐあー!!これはボクの黒歴史ー!!

 ・・・落ち着こう。まだ終わってない。

「が、ああぁぁぁぁぁああ!?」

 痛みのあまり、叫ぶ七海くん。こうしていると、どうやら刺された場所に手を当てようとしていたんだね。無意識の内にやってるみたいだけど。

 だけど、ボクは刺したままだから、ナイフの柄の部分。つまり、ボクの手に自分の手を置く形になってるよ。

「ねえ、何であの時逃げたの?何であの時向かっていかなかったの?」

 恐っ!もう確定。当時ボクは病んでました。どうしようもないレベルでどうかなってました。認めます。

 しかし、近いね。刺したからボクの体は自然前のめりになっちゃてるから、顔と顔が近い。

 あ~あ。そのままキスの1つでもやっときゃ、さらにトラウマかなんか植え付けられたかもしれないのに。

「それ以外に、方法が、無かった、だろ・・・」

 脂汗を流しながらも、どうにか声を紡ぐ七海くん。うん、まさしく正論だね。

 でもやっぱり、ボクには届かなかったわけだ。

「・・・そう」

 落胆してるのは何故だったっけ?

 確か、意気地無し、とでも思ったのかな?無責任というかなんというか・・・はあ。

 やっとその身を離したボク。ナイフも抜かれたから、刺した場所から血がもっと出てきたよ。

「それ、は・・・?」

「家にあったんだ。この為に持ってきたの」

 変なところで計算していますよ彼女。誰でしょう?はい、昔のボクです。

 この為って、ほんとに心中するつもりだったんだね。

「だから、今度こそ」

 今度こそって、マジに殺しにきてますね。

 ナイフを大きく振り上げる。

 すると、咄嗟の動きか、七海くんの腕が動いた。

 ここ。これこそが、七海くんの最大の後悔の瞬間。

 その腕は、ナイフを庇う動きではなく、その動きの根幹。つまりボクの体勢を崩すように動いた。

 そして、その手は、ボクの体を突き飛ば――――――

 

 

 こんな風にしたらわかるだろう?

 そう、七海くんはボクを突き飛ばしたわけじゃない。

 ボクはその腕を避けるために、体を捻った。

 でも、足場が悪い所為で体勢を崩し、そのまま真っ逆さまってわけ。

 

 そして、ここから先は、今だから知りえる話。

 

 ボクが落ちていったあと、七海くんはその目を閉じて、倒れこんだ。失血によって気を失ったのかな。

 直後、屋上への扉が開け放たれた。

 勝手について来た生徒。まあ、名前はどうでもいいので、女生徒Aさんね。

 え?だめ?わかったよ、彼女の名前は、えーっと、確か・・・

 そう!確か、宮原さん・・・だったはず。

 覚えてないよそんなの。神だからって全知全能だと思うなよ。中にはそんなのもいるらしいけど。

 その宮原さん、まあ、七海くんに恋をしてた人だね。

 なんで知ってるのかって?ふふん、女子中学生の情報網なめんなよってことだよ。

 きっと、普段誰も寄り付かない屋上に行く七海くんをみて、色々思うことがあったんじゃない?

 あ、今回は宮原さんだけど、七海くんが好きな人は沢山いたよ。今はどうかな。あ、今って言っても、前の世界の話ね。

 まあ、見た目は悪くない、っていうか、女顔で可愛いし、初心だし、優しいし、文武両道な彼だったからね。ボクとしても気苦労が絶えなかったよ。当時はそれどころじゃ無かったみたいだけど。

 あ、でももう初心では無いのかな?どうだろ。

 ま、優しいところとか、女顔なところとかは変わってないみたいだし、ちょっとクールさとでもいうのかな?それが備わった今の七海くんも好きだね。

 ・・・長くなってしまった。話を戻そうか。

 宮原さんは七海くんに駆け寄りながら、

「東雲くん・・・って、きゃあっ!?」

 ふふ、勝った。ボクは姓ではなく名で呼ぶからね。

 駆け寄った彼女が見たのは、血を流す七海くんの姿。悲鳴も上げるだろう。

「どど、どうしよう・・・」

 意味も無く周りを見渡す。

「そうだ!先生、先生呼んでこないと・・・!」

 そうそう、早く行くんだ。どっちみち助かるとはいえ、一刻を争うんだから。

 

 とまあ、こんな感じなわけだ。あの後はいいだろう。先生が来て、救急車が来て、運ばれて手術して、まあそんな感じ。

 ボク?ボクは偶然通りかかった生徒に発見されて、七海くんと一緒に運ばれたみたいだね。

 脅威の生命力をみせた七海くんと違って、ボクは死んじゃったみたいだけど。

 いやー、まさか生きていたとは。人間ってすごいね。

 

 ではでは、ボクの思い出語りに付き合っていただき、有り難う御座いました。

 どうやら、七海くんもやっとお目覚めのようだし?ここら辺でさようならとしましょう。

 以上、七海くんを想うあまり、転生して、七海くんだけの神様になっちゃった結果、七海くんの願いを叶えてあげようという粋な神様となった、西原楓の思い出語りでした!

 じゃ~ね~。




 はい、ということで本当はこんな事があったというわけです。
 今回の視点は、いつもと違って、あの神様(自称)です。
 本編をお待ちしている方、すみません。前書きの通り、七海と楓のためにも、書いておきたかったのです。
 
 次は、ifの方を更新致します。メインは、しばしお待ちを。
 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 ・・・if、どんなこと書こう・・・?


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第13話

 久しぶりです。テストも散々に終わり、一段落つきました。
 11巻が発売されましたね。
 ということで、前提となる設定変更。
 11巻が発売されたので、『プロローグ』にあった10巻+アンコール2までを基にするというものを、11巻+アンコール2までとさせていただきます。
 次回発売予定のアンコール3も、読んだ後に入れます。
 
 随分と勝手な変更申し訳ありません。これを許して読んでもらえることを願うばかりです。

 さて、美九編と言いつつ未だに出てこないこの章。いつになったら攻略パートに入るのでしょうか。
 それでは、そこまで読んでいただけることを願いつつ、本編どうぞ。


 目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。

 木目の見える天井に、微かな重さを感じさせる布団・・・

 あ、旅館か。

 やけに重い頭を起こすようにして体を寝た状態から胡坐に移行させる。

 そうして、先程の夢にしてはやけにリアルなアレを思い出す。

「・・・楓」

 疼く胸を押さえながら、その名前を呼んでみる。

 だけど、返事なんて――――――

『はーい。呼んだ?』

 あるよな。

 俺は、嘆息気味に、先程答えてもらえなかった質問を繰り返す。

「もう1度訊くが、どうしてお前がいる?」

『神様に転生した』

 ・・・随分あっさり答えてくれたもんだ。

 転生なんてまさか、と思うが、実際に俺が転生してる以上笑えない。

 ま、そんなこともあるんだろう。

 他にも訊きたいこと、言いたいことあるが、これだけは言っておこう。

「・・・ま、お前に会えて嬉しかったよ、とでも言っておこうか」

『にひひ、皮肉かい?ま、ボクも会えて嬉しかったよ』

 それこそ皮肉に聞こえるがな。

 そうしていると、部屋の外から声が聞こえてきた。ここまで聞こえるなんて、五月蝿いな。なんとなく女みたいだけど・・・

 いや、訂正しよう。別に五月蝿くなんかない。俺が過敏になってただけだな。

『ありゃ、もうタイムリミットなの?もうちょっと、お話していきたかったんだけどな~』

「タイムリミット?」

『うん。あ、一応言っておいてあげるけど、今の七海くん、虚空に話しかけてるアブない人に見えるよ?別にわざわざ声に出さなくても、会話はできるよ』

 ・・・・・・

 で、どういうことだ?

『そのうち分かるよ。それじゃ、』

 そうして彼女は、いつも通りに、聞き慣れた通りに、

『じゃ~ね~』

 別れを告げた。

 直後に、ここの部屋の扉が開く音が聞こえた。

 同時に、外から聞こえていた声も鮮明になる。

 っていうか、耶倶矢と夕弦だった。

 彼女たちが部屋に入ってくると、会話の内容も聞き取れるようになる。

『くく・・・先程の絶技、見事であったぞ、夕弦』

『訂正。いえ、あれは耶倶矢のサポートがあってこそです』

『ふ・・・そう謙遜せずともよい。とどめを刺したのは夕弦。ならば夕弦の方が凄いのは当たり前だろうて』

『否定。言いました通り、あれは耶倶矢のサポートがあってこそです。ですから、耶倶矢の方が凄いのです』

『いやふふ・・・そのー、なんだ。照れるじゃんかー。夕弦の方が凄いし。このこのー』

『否定。いえ、耶倶矢の方が凄いです。このこのー』

 ・・・仲が良いことなによりだ。

 察するに、卓球かなんかしてたのか?旅館にも卓球ってあるんだな。初めて知ったぞ。

 そして、ダブルスかなんかか?まさか、他の宿泊客と試合とかしてるんじゃ・・・・・・ありそうで怖い。

 互いに突き合ってる姿を思い浮かべながら、俺はなんともいえない感情になった。

 って、あれ?会話が止まった?

 つーか、会ったらなんていえばいいんだ?どうやら朝みたいだけど・・・

 

「・・・ねえ、七海、起きてるとおもう?」

「返答。・・・わかりません」

 先程のテンションは何処へやら。沈痛な面持ちになる二人。

 彼女たちは、彼に早く目が覚めてほしかった。

 困ったような顔をして頬を掻きながら、同じように困ったような声色で、『えーっと、おはよう?』とでも言ってほしかった。

 その顔をみたい、その声を聞きたい。それが彼女たちがずっと思っていたこと。

「とりあえず、開けよっか」

「応答。そうですね」

 二人が、彼の寝ている部屋の襖を開けると、

 

「えーっと、おはよう?」

 

 それは奇しくも、彼女たちが望んでいた姿ではあったが、彼がそれを知ることはない。

 

 

「み、3日3晩!?」

「うむ。確かに3回ずつ、我が宿敵なる光の象徴と、我が闇夜の象徴が入れ替わったぞ。そして今がその4回目であるな」

 要約すれば、太陽と月が入れ替わった。今日はその4回目、かな。

 既に布団から抜け出し、もう1方の部屋で話していた俺ら。

 とりあえず、どのくらい気を失っていたか―――寝てた、らしいが―――を訊いてみたんだけど・・・

 ・・・マジで?

「・・・ほんとに?」

「返答。ほんとです」

「おいおい・・・」

 嘘だろ?そんなに経ってたの?たったあれだけの夢を見てる間に?

 なんか、夢ではすぐなのに起きたら朝、をひどくしたものみたいだな。

「くく・・・して、不調はないか?」

「へ?」

「要約。つまり耶倶矢は、体は大丈夫かと訊いているのです」

「そ、そんなことないし!別に心配なんか!」

「はいはい、分かってるから。な?」

「絶対誤解してるでしょ!」

 まあ、何を言ったかはわかってたけども。

 でも、心配してくれたことは嬉しい。

「ありがとな、耶倶矢」

「ふ、ふん・・・」

 ポンポン、と。

 頭を撫でると、大人しくなった耶倶矢。可愛いやつだなぁ~。

「憮然。どうして耶倶矢だけなんですか」

「わ、悪い。そうだよな。夕弦にも心配かけちまったもんな」

「首肯。・・・それでいいのです」

 夕弦も、同じように頭を撫でてやる。

 しかし、そっかー。3日3晩もかー。

 ・・・その間に布団を片付けにきたであろう旅館の人達にどう思われたのかは、知りたくない。

 手洗いとかにも行ってないだろうに、その欲求を感じないのは何でだろうか。

 ・・・俺の能力かな?

 多分、俺の能力でそういうのを消していったのかな。俺自身の何か、を消すのはそれほど負担にはならないようだし。

 あれだな。『アイドルや姫様は手洗いにいかない』という迷信を再現しちまったな、俺。

 まあ、便利ではあるんだろうけど。

「そういや、さっき何を褒めあってたんだ?」

「くかか、聞いて驚くがよいぞ七海。我らはこの旅館にいる誰よりも強くなったのだ」

「注釈。卓球のことです」

「へえ・・・」

 やっぱりか。思った通りだったな。

 きっと卓球台見つけたら、即効勝負したんだろうな。二人で。どっちが勝ったかは知らないが、きっと今までに勝負をしたことがあったんだろうし。

 確かに、二人に敵う人間なんて、それこそ人類最強ぐらいなもんだろう。

「ふむ、そういえば」

「?どうしたんだ?」

「いや、なんだ。七海と戦ってはおらぬなと思ってな」

 そう言われてみれば、そうだけど。

「挑戦。七海、夕弦たちと勝負しませんか?」

「言うと思ったよ」

 だろうな、この話の流れからしてわかる。

「いいぞ。勝負しようか」

「くかか、あの時の屈辱、今こそ晴らすときぞ!」

「不敵。こてんぱんにしてあげます」

 お、お手柔らかに頼むぞ・・・?

 

「な、何故だ・・・我らがまた、負けたなど・・・」

「驚愕。まさか、こんなことがあるとは・・・」

 結果は、まあ、勝った。

 だけど、なあ、

「お前らは二人じゃなかったんだから、全力ではないんだし、そう落ち込むことじゃないと思うぞ?」

「ふん、慰めなどいらぬ」

 いや、確かに俺が勝ったんけど。それだって、辛勝だったし。

 大体、最後の決め手はお前らのミスだっただろう?

 なんて言えるはずも無く。

「ま、まあ、いつでも相手になってやるから、元気出せ。そうだ、ちょっと外に出てみようぜ?な?」

「承諾。・・・別にいいですが、何処へ行くんですか?」

 え、そうだな・・・

 !そうだ。ちょっと確認しておきたい事があるんだった。

 それなら、やっぱり外に出てみるか。

「とりあえず、外に行こうか」

 そう言って外に出てきた俺ら。部屋で着替えてはいる。

 さてと、探すか。

「ま、歩いてみよう」

「クク・・・まあ、当ても無く彷徨うも、また一興か」

「彷徨うって、迷子みたいだな」

 そう言いつつ歩くことしばし。

 時折感じた視線は、気づいてない振り。

 目当てのものを見つけた俺は、驚愕に目を見開いていた。

「な、この町って」

 振り向いて、町の建物を見渡しながら叫ぶ。

「天宮市、なのか!?」

 ・・・どうやら俺は、あの神様には愛されたらしいな。運が良い。

 ここなら、目下の目的も果たせる。




 最後の方、ちょっと急展開になってしまいました。すみません。

 これを書いていて思ったんですが、この作品を終わらせたくないです。
 かといって、新しくヒロインを出すと、誰かが空気になる可能性大だし、時間軸的に可能なのは狂三さんぐらいだし・・・はあ・・・

 まあ、まだまだ先のお話ですしね。そのときに考えましょう!

 次回は、まあ、主人公たちの生活を整えようっていう回です。なかなか美九までいかずすみません。待っていてもらえますでしょうか?

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 いや、マジでどのくらい後になるんだろう・・・?


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第14話

 久しぶりです。日曜日に更新できなかったため、今日更新させていただきます。
 前回はifの更新をしましたが、なかなか両立が難しいです。ポケモンの方も、そろそろ放置気味に・・・次はポケモンの更新ですね。

 先日、これを読んでいる知人に、とある質問をされました。
 曰く、『どうして2つに分けた?2人ずつにするよりも、1つの作品で合体させれば良いんじゃない?』とのこと。(多分な修正有り)
 そう思っている方のために、ここでも同じ答えをしておきます。
 要は、
『ヒロインが3人以上になると、誰かが空気になる可能性大だから』です。
 自分としても、確かに1作品に絞ればよかったと後悔していますが、まあ、後の祭りです。

 長々となってしまいました。
 それでは、どうぞ!


 時間的にも昼食時だったので、近くのファーストフード店に入った俺ら。

 各々、好きなものを注文して、中で食べることにする。

「美味しくはあるが、何か物足りぬ気がするものだな。これは」

 隣で耶倶矢が文句を言うが、お前、自分でこの味以上のもの作れんの?

「文句言ってんじゃねえよ。嫌なら食うな」

「いや、食べる」

 そうかい。

「まあ、あれだ。機会があれば俺が作ってやるよ」

「クク、それならば、我らを満足させるものを作るがいいぞ」

 いやいや、あんまり期待はしないでくれよ?

 自分で評価しても、精々中の上がいいところなんだから。

「疑問。七海は料理が出来るのですか?」

「・・・一般人レベルなら」

 ちなみに、中の中が、まあ出来る程度。中の下は、とりあえず出来る。

 下は、出来ないレベルで、上は上手いレベル。それぞれに越えられない壁がある。

「して七海よ。次は一体どうするというのだ?先程、驚愕に顔を染めておったが」

「ん、とりあえず、夕方まで暇かな」

 そうだな、その間何をしたものか。

「・・・買い物しに行くか」

 買い物といっても、別に食べ物じゃない。

 主に買いたいものとしては、服が挙げられるかな。

「賛成。そうと決まれば、早く行きましょう」

「オーケー」

 と言って立ち上がり、この店を後にする。

 しばらく歩いた頃、二人が話しかけてきた。

「そういえば言い忘れておったな。・・・七海、いくつか質問がある」

「?何かあったのか?」

「首肯。実は3日前、七海が倒れた日から、夕弦達のある能力が使えなくなったのです」

「ある能力・・・?」

 何が使えなくなったんだ?

「うむ。服装の変換なのだが、何か知らぬか?」

 服装の変換・・・?

「指摘。耶倶矢、もう少し詳しく言ってあげたらどうです?」

「そうだな・・・つまり、あの神聖にして邪悪なる・・・」

「霊装のことか?」

「む・・・まあ、そうだ。それに我らは・・・」

「霊装になることはできるけど、違和感がある、とかか? まさか、そもそも霊装になれない……とか?」

「・・・・・・そして、」

「その理由を知ってるなら教えてくれ?」

「むがーーーーー!!」

 うおっ!?耶倶矢がキレた!!

 何、一体どうした?

「何でっ、私の、台詞を、盗るのっ!?」

「す、すまん。確認したかっただけなんだ」

 耶倶矢が繰り出すパンチを手で受けながら、俺は謝る。

 対して痛くはないな・・・本気じゃないのか。

「嘆息。二人とも何をしてるんですか。周りを見てください」

「「へ?周り・・・?」」

 言われて見てみると、結構人の目を集めていた。

 中には夕弦の方に視線を向けるのもあるが、大半は俺らに目を向けられている。

 ・・・時折感じる生暖かい視線はなんだろう?

「・・・とりあえず、急ごうか」

「う、うむ。そうであるな」

 その人だかりを分けるように歩き進め、それが見えなくなったところでスピードを落とす。

「注意。仲が良いのはいいことですが、場所を考えてください」

「以後、気を付けます」

 夕弦の言ってることは正しいんだけど・・・ちょっと、な。

 言うなら、なんであれしきのことで怒られんといけないんだ、ってことだ。

「補足。・・・それに、夕弦も甘えてみたいですし」

「あ?なんか言ったか?」

 今、小さく呟いた気がするんだが。

「微笑。何でもありません。さ、見えてきましたよ。あれですよね?」

 そう言って夕弦が指差すのは、この世界の転生直後にも来た、大型ショッピングモールだ。あとちょっとで着くだろう。

 しかし、何でもないのは、本当か?

 俺の前では、耶倶矢と夕弦が話してるのは見える。が、内容までは聞き取れない。二人が小声だからだ。

「疑念。どうして笑っているのですか、耶倶矢?」

「いやー、夕弦も嫉妬するんだなー、って」

「要求。訂正を求めます。夕弦は、別に、嫉妬なんて・・・」

「わかったわかった。嫉妬じゃないんでしょ?」

「憮然。・・・そこはかとない悪意を感じます」

「気のせいじゃない?」

 ・・・何を話してるんだろうか。

 あ、そういえば、まだ答えてなかったな。

「おーい、ちょっといいか?さっきの質問のことなんだけどー」

 まだ会話してたので、やや控えめに声をかけてみる。

「迂闊。そういえばまだ聞いてませんね」

「で、何か知っておるのか?」

「まあ、あくまで推測なんだけど」

 俺はそこで保険をかけておく。一応の見当はついてるけど、間違えてるかもしんないし。

「先に謝っておく。すまん、多分俺の所為だ」

 言いながら頭を下げる。

「?先に謝るとは、一体何をやったというのだ」

 そうだな、早く説明しておくか。

 俺は頭を戻し、二人に顔を向ける。

「多分だが、俺がお前らの霊結晶(セフィラ)を消したのが、服を変える時に違和感が生じるようになった原因だと思う」

「疑問。というと?」

「端的に言うなら、お前らの霊結晶の一部を消して、二人の同一化が無いことにした時、間違えて服の変換に関する部分も消してしまったんだと思う」

「つまり、七海の失敗であると」

「ああ。だから、すまない」

 俺がそう返事すると、二人は顔を見合わせ、また戻した。

「くかか、別に構わぬ。なに、あまり不自由があるわけでもない」

「首肯。そういうことですので、あまり気になさらず」

「・・・すまない」

 そんな会話をしている内に、ショッピングモールの入り口が見えてきた。

 さて、もうこの話題は終了。今は買い物を楽しもうか。

 

 数時間後。

「結構買ったな・・・」

「主な物が、我らが身に纏う羽衣であるからな。多くなるのは必然であろう」

 買い物袋6袋分。勿論、俺が持ってますよ?

 まあ、耶倶矢と夕弦が1袋ずつ持ってくれてるけど。

 買った物は、服がその殆どを占める。あとは、小物。

 俺の物はあまり無いんだけど、二人の分が多い。

「心配。あと1袋ぐらい持ちましょうか?」

「いや、大丈夫、軽いから。俺こそ悪いな。持たせてしまって。持とうか?」

「拒否。これは七海には持たせられません」

 持たせられません、って。

「何で?」

「質問。七海は女性用の下着等が入った袋を、そんなに持ちたいのですか?」

「・・・すいませんでした」

 うん、あれだね・・・謝るしかないね。

「えと、じゃあ、耶倶矢もか?」

「否定。耶倶矢の分もこっちに入ってますよ?」

「あれ?じゃあ何で、あいつは持ってるんだ?必要無いのに」

「推測。・・・きっと、七海のことを想っているんですよ」

「は?()って?どういうことだ?」

「微笑。なんでもありません」

 出た。また、なんでもありません、だって。

 これ言うときは大抵、何かあるときと思うんだ、俺。

 ま、考えても仕方ない、か。

「む、我の名を呼んだか?七海」

 そうしていると、興味深そうにキョロキョロしていた耶倶矢が、こちらに戻ってきた。

「応答。いえ、単に耶倶矢のことを話していただけです」

「我のこととな?」

 まあ、間違ってはないな。

「肯定。はい。例えば、耶倶矢の好きな食べ物とか」

「ふむ」

「今日選んでいた下着とか」

「・・・・・・は?」

「スリーサ―――――」

「うわーー!!それ以上は言わなくていいから!嫌な予感がする!」

 ・・・何言ってんだろう。

 そんな風に傍観していると、

「ていうか七海!そんなこと話してたの!?」

 え!?こっちに飛び火してきた!

「は!?いや、んなわけねえだろうが!」 

「注釈。きっと誤魔化していますよ」

「ほんと!?」

「騙されてんじゃねえっ!」

 はあ・・・まったく、何やってんだか。

「ほら、そんな顔すんな。別にお前の胸は貧しいなんて話はしてないから」

 スリーサイズって言おうとしたんだろうし、耶倶矢もその話題だと思っているだろう。

「・・・・・・」ブチッ

 ん?今何かが切れる音が・・・

「七海、遺言は書いた・・・?」

「お、おい、耶倶矢?どうした?」

 耶倶矢から、ものすごいプレッシャーを感じる・・・!

 いや、マジで逃げ出したいレベルなんですけど、これ!

「だ~れ~が~・・・」

「おう!?」

 さ、さらにプレッシャーが濃くなった・・・?

 っていうか、もうオチが分かるんですけど!超メジャーでベタな展開が待っているでしょうね!

「貧乳じゃこらぁぁぁぁ!!」

「だからそんな話はしてなうわあああああ!!」

 急いで逃げるも、時既に遅し。すぐに追いつかれる。

 そして、昼過ぎのショッピングモールに、俺の悲鳴が響いた。

 視線の先では夕弦の嘆息する姿が。見ているなら助けてくれよ!




 はあ、前書きの通り、絞ればよかったかなぁ・・・と後悔している今日。
 ポジティブに考えましょう。そうです。時間軸的に無理だったけど、他のヒロインも書きたかったから、とか!
 あれ?そこまでポジティブじゃない・・・
 
 ま、まあ、いいですね。
 さて、あまりにも話が進まないので、章の変更をさせていただきました。身勝手な変更、申し訳ありません。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 な、なるべく早く、美九を書きますので!どうかご辛抱を!


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第15話

 ということで、ifの方と同時に更新します内容もろ被りのメインです。
 気力の問題上、今回はあまり双子の会話が書かれていません。
 今回はデートというより、戦争と書いてデートと読むタイプの回ですので、ご容赦ください。

 それでは、どうぞ。


 そこかしこに傷を作った俺は、街の人の案内を頼りに、とある高校の前に着いた。

「ふん、ようやっと許せる気になった。次に我の、その、あれが貧しいなどと虚言を吐いた暁には、その身は煉獄に灼かれ、塵も残らぬと織れ」

「はい、気をつけます」

 どうにか普通に会話できるぐらいには機嫌を直してくれた耶倶矢。

「質問。次は何をするのですか?」

「ん、ちょっと人待ち」

 そろそろ学校も終わるだろうと思って、ここに足を運んだんだけど・・・

 ここは、来禅高校。もう学校も終わり、ちらほらと下校をする生徒が見えるんだけど、

「何か見られている気がするな」

「そりゃ、お前らじゃ人目を集めるだろうな」

 なにしろ、瓜二つの美少女だ。見られない方がおかしい。

「成程。つまり我らは、なにもせずとも注目されてしまう程の美貌も持ち合わせているというのか。くく、だがまあ、夕弦がいる以上、それは当然であるがな」

「否定。夕弦よりも、耶倶矢がいるのが大きいかと。事実、耶倶矢の方が見られていますし」

「そんな訳無かろうて。夕弦の方がそこらの人間の目を集めておる」

「否認。それは耶倶矢の勘違いです。耶倶矢の方が可愛いので、耶倶矢の方が注目されるに決まっています」

「ふふ・・・そんなことないし。夕弦の方がスタイル良いんだし、夕弦の方が」

「否定。そんなことはありませんよ」

 ・・・仲が良いな。

 しかし耶倶矢、さっき自分でスタイルの話するなって言ったのに、自分から言ってるじゃん。

「・・・あ!」

 そんなことしている内に、探していた人物を見つけた。

 背は俺よりも高いが、顔は俺の方が女っぽい。ショック。

 夜色の長い髪を持った少女を侍らせながら、校門を出てくる。

「む?遂に邂逅の時が来たか?」

「質問。あの人ですか?」

「ああ」

 俺は二人にちょっと待ってるよう指示し、その少年のもとへと向かう。

「よう五河士道。ちょっといいか?」

 それが俺たちと、五河士道、ひいてはラタトスクとのファーストコンタクトだ。

 

「え・・・?」

 俺が名前を呼んだからか、驚いた表情になる五河士道。

 しょうがない。会ったこともない人にフルネームで呼ばれたら、そりゃ驚く。

 しかし、それを気にする必要はない。

 そのまま歩み寄り、その耳に顔を近づける。

 男になぞ興味は無いが、誰にも会話を聞こえなくするにはこれが一番手っ取り早い。

 まわりのどよめきは気にせず、俺は語りかける。

「お前()と話がしたい。十香を離してくれ」

 というか、五河士道と十香が一緒にいる地点で、今が何年はともかく4月下旬以降だというのを知った。

「なんだって・・・?」

 十香の名前を出されたからか、それを信じ切れていない様子の五河士道。

 とっとと体を離し、俺は話す。

「ちょっと静かなところに案内してくれないか。ここは人が多い。あ。インカムはつけていいよ」

 俺の台詞に不審と警戒の色を顔に浮かべるも、一応正しいことは理解しているのか、右耳にインカムだと思わしきものをつけた後、十香とも話す。

「悪い、十香。ちょっと用があるの忘れてた。今日は先に帰っててくれないか?」

「むう・・・別にいいが、なるべく早く帰ってくるのだぞ?」

「おう。お詫びに、今日はハンバーグでも作るか?」

「お、おお!それは(まこと)か!?ならば早く帰って待つとしよう!」

 バイバイなのだーと言って駆け出した十香。

 ・・・餌付け?

「ほら、十香の為にも早く済ませちゃおう」

「・・・わかった」

 そうしている間に、俺は情報を視る。

 今回は別に、それほどの物を理解するわけでもないので、わざわざ瞑目する必要はない。

 ただ、直接触れてないから、多少時間がかかるな。

 ・・・よし。

 俺はそうして創り出したものを装着して、ちょっと人を待たせているといっていったん戻る。

 連れてきた耶倶矢と夕弦を見て、最初は首を傾げていたものの、すぐに驚愕に目を見開いた。

 っていうか、聞こえてるぞ。

「そうなのか・・・!?」

『ええ。多少の差異はあるけど、ほぼ間違いなく後ろの二人は精霊よ』

「そんな、それじゃ、彼は」

『今じゃ何も言えないわね。だけど、折角向こうから会話の機会を設けてくれたんだもの。これを活用しない手はないわ』

「・・・そうだな」

『こっちでも指示はするわ。くれぐれも、勝手に動いて相手の機嫌を損ねないでね』

「わ、わかってるっての」

 っていう、会話がな。通信含めて。

 ひひっ、と笑ってみることにするか。

 

 そうして連れてこられたのは、希望通り人気の無い公園だった。

 インカムで案内されてたから、五河士道自身は知らない場所みたいだけど。

「で、話って?」

 入るや否や、すぐに切り出してきた。

 というか、結構前に入ったらこちらから切り出しなさいという指示が聞こえていた。

「ん、別に人気が無い場所を選らんだのは、あんたと会話するためじゃない」

 そして1度上を見上げ、次に五河士道を見て、

「とりあえず、耶倶矢と夕弦に向けている観測機を止め、俺達をフラクシナスまで連れて行ってくれ」

「『!』」

 五河士道、通信、両方から驚きと狼狽が混じった声が聞こえる。

「おい、なんでフラクシナスとか、観測機とか知ってんだよ・・・!?」

『分かるわけないでしょ!?でも、ほんとにどうやって・・・?とりあえず、もう少し会話して、少しでも情報を引き出してちょうだい!』

「お、おう」

 この会話において、俺は二人には黙っているよう言ってある。何か言われたらフォローが大変だしな。

「とりあえず、あんたが話したいことって何だ?」

「とぼけなくても良い。俺はお前らを知っている」

「・・・・・・」

 黙りこむ五河士道。

「俺を敵対させたくないのなら、とりあえずフラクシナスに連れて行ってくれ」

 なーに、

「俺はここで、五河士道を人質とすることも出来るぞ」

「!」

『ち・・・、まんまと騙されたのね』

 息を呑む五河士道と、悪態づく五河琴里の声。

 その通り。ちょっと騙させてもらった。人気が無いところを選んだのは、フラクシナスのことを考えてというのもあるが、もう1つの理由として、五河士道を1人にするってのもあったわけ。

「どうするんだ、琴里・・・?」

『どうするもこうするも、従うしかないじゃないの。いいわ。士道、今からフラクシナスに転送することを伝えて』

「おう」

 お、承諾された。

「わかった、君を今からフラクシナスに連れて行く。一瞬の浮遊感があるから、気をつけて」

「だって、耶倶矢、夕弦。お前らもこっちに来い」

 二人は俺の言いつけを守ったまま、つまり黙ったまま俺の傍につく。

 それを複雑な目で見る五河士道。

 そして、言われたとおりの浮遊感が、俺を襲った。

 

「おー、着いたな」

 それが終わると、どこか分からぬ空間―――いや、フラクシナス内ではあるんだろうけど―――にいた。

そして間もなく、扉が開く。

 なにか言われる前に、今度はこっちから口を開く。

「司令室で話そう」

「・・・ええ、わかったわ」

 どこか悔しそうな声色のツインテ少女、琴里。

 咥えた棒付きキャンディーが忙しなく揺れ動く。

「感謝するよ」

 正体が分からない以上、出来る限りの要求は呑もうっていうのが見て取れる。

 これなら、やりやすいかな。

 そうして連れて歩かれることしばし。

 たまに周りの情報を視て、大人しく・・・ないな。キョロキョロしている二人に観測機が回っていないか確認したりしていると、とある扉の前で止まった。

「ここが、司令室よ」

 そう言って入っていく琴里に続いて、俺たちも入る。

 さて、慣れない交渉タイムだな。

 

「とりあえず、あなたのことを教えてくれないかしら?」

 司令席にすわり、こちらを見下ろす形となる琴里。

 正直、その効果はあまり無いが。

「それじゃ、俺のことを教える代わりに、要求をいくつか。それさえ呑んでもらえるなら、全てを話そう」

「・・・言ってみなさい」

「1つ、俺らの住居の提供。

 2つ、俺らの戸籍や、学校等の便宜を図ること。

 3つ―――――」

 そこで一息。

「俺らが精霊と接触する際、こちらからの要求が無い限り、不干渉であること。とりあえずは、この3つ」

「やっぱり、精霊は知っているわね・・・」

「まあな」

 まずは、1つ。俺に関する情報と引き換えに、ここまでは呑ませる。

「最初の2つはともかく、3つ目は、容易に頷けないわ」

「だろうな。それじゃ」

 そこで俺は、耶倶矢と夕弦を見て、また戻す。

「そこの二人を検査することを許容してやる。そして、これから関わるかもしれない精霊に対しても同じだ」

 あくまでも、こちらが要求を通さないといけない。

 だから、許容して『やる』。こういう言い方をする。

「大体、精霊を倒すことが目的なら、今頃この艦を墜落させてるっての」

「・・・それもそうね。いいわ、その要求を呑んであげる」

 だけど、

「あなたのことに関する情報提供と、あなた含めた3人の検査はさせてもらうわ」

「ああ、それでいい」

 とりあえず、すべき事は達成できたから、良しとしよう。

「それじゃ、俺のことを話そうか」

 そう言って、俺は語りだした。

「俺の名前は東雲七海。能力は『情報の有無を改変する能力』だ―――――」




 ifの方も含めての後書きとなります。
 でも、流石に疲れましたね。
 じつは『小説家になろう』というサイトでも1作品、オリジナルを書いてるんですが、そちらも更新しまして。
 ふう、ほんと、メインとif、統合すれば良かったな・・・
 後の祭り感が、いま、すごいです・・・

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 こっちはもう少し、この回が続きそうな気がします。


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第16話

 先週末は、学校の文化祭でして、疲れて更新できませんでした。
 なんとか暇を作った今日、更新となります。
 何を書けばいいか分からなくなった末、迷走気味ですが、気にしないで読んでいただけると。

 それでは、どうぞ。


「おい、七海よ。御主、何故そのようなことを我らに話しておらぬのだ」

「憮然。そんな大事な話、夕弦たちは聞いてませんよ」

 俺のことについて話した直後、後ろから聞こえた声。

「うぐ・・・いや、時期を見て話そうとは思ってたんだ」

 なんとも言えない罪悪感に襲われ、慌てて弁明する俺。

 実際、いつか言おうとは思っていたんだが。

「ほう・・・つまり、我らに話すよりも、そやつらに話すが先決だったと、そう申すか」

「結果的にそうなっただけであって、他意は無い!」

「疑念。本当ですか?夕弦たちには言いたくなかったのではないのですか?」

「んな訳ないだろ」

 まったく。

「すまない、変な心配させて。大丈夫。俺はお前らを疎かにはしたりしない」

 言いつつ、近寄って頭を撫でる。

 流石に、抱き寄せるといった甲斐性は持ち合わせていないので、これが俺の出来る精一杯だ。

 そうしていると、上から声がかかった。

「仲良くしているところ悪いのだけれど」

 琴里だ。

「お、おうっ!?なんだ?」

 慌てて手を離し、もう一度琴里を見上げる。

 なんだろうか、まだ訊きたいことでもあるのか。

「今、あなたが」

「あ、七海って呼んでもらって構わないぞ」

「・・・七海が言ったこと、本当なのかしら?」

 ふむ、成程。

「貴様、黙って聞いておれば、七海の申すことを信じきれぬと言うか!」

 あ、耶倶矢。

「いや、琴里の反応は正しい。だから耶倶矢、そう構えんでもいい」

 まあ、俺のことを全面的に信頼してくれているってことだから、嬉しいことではあるけども。

 とりあえず、早く話を進めよう。

「だけどな、俺には隠す意味がもう無くなった以上、全部本当のことを話したぞ」

「・・・俄かには信じがたい話ね・・・」

 まあ確かに、異世界転生なんて、この世界じゃ有り得ないか。いや、俺の元々の世界でもそうだけど。

 だが、実際のことだし。物的証拠はないけどさ。

「それじゃ、俺の能力をみせてやろうか?」

「・・・ええ、お願いするわ」

 それなら、

「とりあえず、炎でも創り出してみるか」

 そう言って、軽く腕を曲げる。

 手が大体、鳩尾あたりの高さにある。

 そして、イメージ。

 今回は戦闘というわけでもないので、わざわざ名前も言う必要はないだろう。

 そして、

『おお・・・!』

 ボッという音と共に、俺の手が炎に包まれた。

 軽い驚嘆の声が、司令室を包む。

 見たことがある耶倶矢と夕弦は、何故か自慢げな態度だったが。

「とまあ、こんな感じ」

 言って、消す。

 他にも何か創ってみるか考えていたところ、向こうから声がかかった。

「ほんとに、何でも創り出せるというの・・・?」

「ああ。逆に、消すこともできるぞ」

 こっちは負担が大きいがな、と。

 そう続ける俺は、最後の決め手を投げかける。

「普通の人間が、こんな芸当が出来るわけ無いだろ?俺を検査して精霊じゃないと判明したら、とりあえずは信じてくれるか?」

「・・・そうね。とりあえず(・・・・・)は、信じることにするわ」

 ああ、それで十分だ。

 そうして俺ら3人は、またどこか分からぬ部屋に連れて行かれた。

 

「ふう、やっと終わった・・・」

 正確には、今日の分は終わった、なんだけど。

 あれから数時間。既に外は真っ暗だが、俺らのいるところは明るかった。

 簡単なことだ。

 ここは精霊達が住んでいるマンション。その一室なんだから。

 あの後、耶倶矢と夕弦を先に検査に向かわせた後だ。

 俺は琴里と五河士道にとあるお願いをした。

『なあ、ちょっと頼みがあるんだが』

『どうしたのよ、まだ要求があったわけ?』

『いや、ちょっと手を出してくれないか。五河士道も』

『え、俺も?』

『ああ。少し待っていてくれ。ほら、早く済ましたい』

『・・・わかったわ。これで良いのでしょう?』

『・・・ん。ありがとう。次は五河士道の番だ。手を』

『お、おう』

 ・・・てな感じで。

 何をしたのかというと、霊結晶と霊力の理解、かな。

 琴里の精霊としての器や霊結晶の構造を理解し、五河士道は、その身に封印されている霊力を理解させてもらった。

 とりあえず、琴里の分は理解できたけど、十香の分も理解しておきたいな。

 なんで五河士道の分だけじゃ駄目なのかというと、五河士道だけでは、数種類の霊力が混在していて何がなんだか分からなかったからだ。

 あくまでも分かれていたからか、耶倶矢と夕弦の時ほど時間はかからなかった。1度経験していたっていうのもあるかもしれない。

 俺自身も、極力早くしようとしたのもあっただろう。その分負担が大きくなったが。

「くく、万象薙ぎ伏す颶風の御子、八舞の名を持つ我らの(すべ)てを知るには、相応の時間が必要ということか」

 お、一通り部屋を冒険し終えた耶倶矢と夕弦が戻ってきたか。荷物も各自の部屋に持っていたみたいだな。

 というか、言葉からして、俺の呟きも聞こえていたのかな。

「指摘。服を脱ぐのに、耶倶矢がずっと渋っていたのもあると思いますが」

「ちょ、七海の前で言わないでよっ!?」

 服を脱ぐって、そんなことあったのか?

 そういや、俺も上半身は脱いでたもんな・・・。

「はは・・・とりあえず、夕飯にするか?」

 俺が訊くと、二人して肯定してきた。

「首肯。そうですね。そろそろお腹も空きましたし」

「ならば、昼時に言っていたように、我らが満足するだけのものを作るがいいぞ」

「・・・出来る限り努力はする」

 あれ?そういや、何か忘れてる気が・・・

「・・・・・・あ」

 キッチンに向かい、何があるかと冷蔵庫を開けたところで思い出した。

 食材を買っていない、ではない。

 多くはないが、十分な量が中にはある。

 つまり、別のこと。

「・・・すまん、耶倶矢、夕弦。今日は五河士道の所に行ってくれないか。俺から連絡はしておく」

 やるなら早いほうがいい。

 俺はそう思って言ったんだけど・・・

「む?どうしたというのだ。自信が無くて怖気付いたか」

「質問。いきなりどうしたのですか?」

 いや、大分間抜けな話ではあるんだけど。

「その、なんだ。旅館を退出する旨を伝えないから、早く戻っておきたいんだよ」

 少ないとはいえ、置き忘れた荷物も取っておきたい。

「納得。でしたら、早く行くといいです」

「ああ、そうする。悪い、なるべく早く戻るから」

 言って、すぐに玄関へと向かう。

 飛び出し、エスカレーターに乗って降りる。

 そうだ。五河士道に連絡しないと。

「・・・って、携帯持ってないし!」

 今度買いに行っておくか・・・

 マンションを出た俺は、まずはすぐ横の五河家へと足を向けた。

 

 旅館というのは、意外と金がかかることを知った。

「はあ、ようやく戻ってきた・・・」

 情報を視る能力だけ使って地形を理解し、それをもとに旅館まで全力疾走。

 そうして退出手続き、とでも言うべきものを終え、荷物を持ってまたもや全力疾走。

 40分ぐらいだとは思うけど、実際はどうだろ?

 汗だくになってエスカレーターに乗りながら、息を整える俺。

 この世界に来て身体能力が格段に上がったとはいえ、流石にきついか。

 そうして、俺らが住むこととなった部屋がある階に到達。

 部屋の扉に手をかけると、抵抗無く開いた。

「・・・?」

 鍵を掛け忘れたのか?不用心だな。

 だが、その疑問もすぐに解消される。

 なぜなら、

「・・・靴、あるな」

 見覚えのある靴が二足。よく聞けば、声もある。

 つまり、中に二人はいるのか。

 ・・・もう夕飯を終えたのか?

 でも、俺が行ったときはまだ準備中だったけどなあ、と。

 そんな疑問を思いつつ、リビングのドアを開ける。

「ただいま~」

 まあ、これで間違ってはないはず。

「お、存外早かったではないか」

「返答。おかえりなさい、であってますよね?」

 ・・・お、おお・・・!

 なんという夢シチュエーション!美少女二人に帰宅を迎えられる、なんて、すっごい嬉しいことじゃねえか!

 前世の友人達よ(死んでないよ)、俺はやったぞ。

 ・・・おほん。

 俺はその感動を表には出さないようにしつつ、言葉を返す。

「ああ、それでいいと思う」

 しかし、

「早いな?まだ30分ぐらいしか経っていないのに」

 時計を見れば、思っていたより10分早い、30分ぐらいが経っていた頃だった。

「当然であろうな。なんせ我らは、今まで御主を待っていたのだぞ?」

「は?」

「首肯。夕弦たちは、七海が帰ってくるまで待っていたんです」

 つまり、五河士道の所には行かず、わざわざ俺を待っていてくれた、と。

 ・・・そうか。

「・・・ありがと」

「疑問。何か言いましたか?」

「いや、何でもない」

「そんなことよりも七海、いい加減我は空腹ぞ。早く用意をせぬか」

 はいはい、仰せの通りに。

「そういや、お前らは自分で料理しないのか?」

 ふと疑問に思ったことを訊いてみると、急に二人は固まった。

 なに、どうした?

「い、いや、我らは、その・・・」

「?」

「催促。別にいいではありませんか。早く用意をしてください」

 ・・・なんとなく見えたぞ。今の夕弦の一言が決め手かな。

「成程な。つまり、二人は、料理の腕に自信が無いわけか」

 言うと、二人の目つきが変わった。

「ほう・・・つまり七海は、我らに勝負を挑むと、そう申すか・・・」

「いや、そういうわけじゃ・・・」

「提起。勝負内容は『料理』。勝敗判断は、夕弦たちの意見で決める。これでいいのでは?」

「くく・・・そうだな。それがいい」

 俺が入る余地なく話が進んでいくんだが。

 ・・・ま、いっか。

「別に構わんが、俺対お前らっていう構図でいいのか?」

「肯定。はい。夕弦たち二人で、七海と勝負します」

「くかか、我らが手を組めば、勝利は確定したも同然!七海よ、我らが作る天上の美味に、その身を震わすがいいぞ!」

 なんだ、身を震わせるって。なに、美味しすぎてってこと?

 ・・・嫌な予感しかしないのは、何故だろう?




 話が進まない・・・
 なんでだろう、当初の予定では、そろそろ美九と接触してもおかしくないはずなのに、未だ出番が出てこないという不思議。
 結果、なんかヒロインが増えそうな予感がしますね・・・
 そして、今回は夕弦の台詞が微妙な感じに・・・やばいです。勉強しましょうか。
 増えるかもしれないヒロインは、まだ内緒です。といっても、すぐにバレるでしょうね。主に、次の次あたりで。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。
 
 そのヒロインは、皆様の想像で合ってると思いますよ。


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第17話

 随分と空いてしまいすいません。ようやくテストも一段落ついたので、今日更新させていただきました。

 気がつけば、お気に入り登録者数100人越え。登録してくださった皆さん、本当に、ありがとうございます。
 
 さて、今回はまあ、書きたかっただけ、という面が強いです。
 よって、だいぶ急展開というか無理やりというか、そんな感じが否めませんが、ご了承ください。

 それでは、どうぞ!


 数時間後。

 やけに時間がかかったなと思えば、耶倶矢と夕弦が作ってきたのは、どこの国のものともしれないフルコースだった。

「は、はあっ!?」

 流石に驚きを隠せない俺。

 時間がかかるから先にやらせてほしい、なんて言うから待っていたんだけど……。

「かかか!どうした七海よ。先程の威勢は何処へいったというのだ?」

 いやいや、あんな感じだったから出来ないのかなあとか思ってたら、見るだけで美味しいというのが分かるほどのもの作ってくるんだぞ?驚くっての。

 前の世界じゃわからなかったもんなあ……。お金的な事情で、本以外はあまり買い揃えれなかったし。

「不敵。さあどうです?これを見ても、まだ自分の方が上手いと言えますか?」

 正直に言おう。

「すまん。俺の負けだわ、これ」

 もう、やる前から決まってるよね。うん。

「くく……であろうな。なんせ夕弦がいたのだ。勝敗は最初から決まっておった」

「否定。夕弦というより、耶倶矢がいたのが大きいと思いますが」

「む、そんなことは無かろう。我よりも夕弦の方が……」

「否認。そんなことはありません」

 あれ?既視感が……。夕方も同じようなやりとりを見た気がするぞ。

「ま、ほら、食べちゃおうぜ。俺の負けは決まったんだし、それでいいだろ?」

 俺が作ったわけではないけど。

 早く食べてみたいのは本当だし、二人だって腹減ってるだろう。

「ふむ、それもそうであるな」

「催促。それでは、どうぞ召し上がれ」

「おう、いただきます」

 言いつつ、合掌。

 既にテーブルに並べてあるので、早く食べるとしよう。

 そして、どれから手を付けようかと思っていたところ……。

「制止。七海、ちょっといいですか?」

 同じようにテーブルに座っていた夕弦に、声をかけられた。

「どうしたんだ?」

「要求。ちょっと、やってみたいことがあるのですが」

 やってみたいこと?

「なんだ?俺に出来ることなら、なんでもするぞ?」

 言うと、やや安堵したような表情になる夕弦。

 なんなんだ、一体。

「確認。言いましたね?何でもしてくれるんですね?」

「お、おう……」

 近い。わざわざ身を乗り出さんでもいい。

 ふと耶倶矢に目を向けると、きょとんとした顔をしていた。

「開始。それでは……」

 すると、夕弦は、料理を一口分ほどすくって、それをこちらの顔に突き出してきた。

「催促。あーん」

 ……えーっと。

「ちょ、夕弦、何してんの!?」

「回答。何って、あーん、ですが?何か問題でも?」

「い、いや、問題というか、何と言うか……」

 最初は威勢の良かった耶倶矢も、一瞬で大人しくなった。

 いやまあ、確かに。別段問題があるわけではないんだけどもさ。

 その、何と言うか、なんとも言えないというか。

「……こういうの、どこで知ったんだ?」

 とりあえず、訊いてみる。

「返答。どこ、と言われましても。まあ、知っていました」

 こ、答えになってねえ……!

「早急。ほら、急いでください。落ちてしまいます」

 言ってさらに突き出したので、意を決することにした。

「あ、あーん……」

 咥えて、抜かれる。

 そうして咀嚼し、飲み込む。

「ん、ありがと」

 こういう時になんて言えばいいのか分からないので、とりあえず礼を。

 そして、気付いた。

「あ、俺が口付けてしまったな……。悪い。俺のと交換するか?」

「無用。大丈夫です。夕弦はあまり気にしませんので」

 言いつつも、俺にはバレてる。

 今、夕弦の顔がやや赤くなっていることに。ま、指摘はしないけどさ。可愛いし。

 そうしていると、今度はやや斜め方向から何か突き出された。

 それはそのまま、俺の頬を直撃した。

「うぇっ!?」

 慌てて顔を引いて見てみれば、耶倶矢が微妙に脹れた顔で(実際はそうでもないけど、比喩表現)こちらを睨むように見ていた。

 何、今度は何なの?

「な、七海!」

「はい!」

 なんか必死の形相というか声色だったので、叫ぶように返事をしてしまった俺。

 しかし、耶倶矢はそれに何か言うでもなく。

「あ、あーん……!」

 そして再度突き出された料理の一部。

 ……、あ、成程。

「まさか、嫉妬してんのか?」

「べ、別に嫉妬なんかしてないし!ほら、その、気分でやってみたくなっただけだし!文句ある!?」

 俺が言うと、怒ったように捲くし立てる耶倶矢。

「ほら、早く!」

 ん!、と突き出された料理を見て、俺はそれを咥えた。

 ほどなく抜かれると、どこか、やり切った、という風な感じの耶倶矢が。

 えっと、交換するのか……?

「再度。七海、もう一度、あーん」

 しかし、夕弦から再び催促が。

 もう、どうとでもなれというように、俺はそちらを向き直る。

「あ!ず、ずるい!」

「否定。別にずるくなんてありません。耶倶矢が何もしないだけではありませんか」

 言われて唸る耶倶矢。

 しかし、すぐに料理をすくい、また突き出してきた。

「ほら七海!あーん!」

「対抗。あーん」

 …………お、俺にどうしろと!?

 

「うぷ……」

 く、食いすぎた……。

 あれからさらにヒートアップし、結局料理の殆どを食う羽目になった。

 美味しかった。すっごい美味しかった。けど、多すぎた。

 一応、二人も食べていたけど、明らかに俺の方が多い。

 そんな俺らは今、リビングにて寛ぎ中だ。

 ということで、俺は気になることを訊いてみることにした。

「そういや二人とも」

「ぬ、どうした」

「返答。何でしょう?」

 呼べば、向かいのソファに座ってテレビを見ていた二人から返事が返ってきた。

「いや、なんであんなに上手い料理作れんのに、自信なさげだったんだ?」

 俺と勝負する前、あんなに自力で作ろうとするの、拒んでいたのに。

 ちょっと不思議に思ってはいたのだ。

「ふむ、そうだな……笑わぬと誓えるか?」

「?別にいいけど……?」

 笑う……?どうしてだ?

「暴露。正直に申しまして、嫌われたくなかったのです」

「はあ?」

 嫌われたくなかった………?

 どういうことだよ?

「先刻、七海は料理が出来ると言ったであろう?」

「あー……言ったっけな、そんなこと」

 いつだろ?昼飯の時かな?

「言ったのだ。それで、もし七海が料理が上手いなら、私達の料理で満足してくれるかな、って……」

「それで、心配になったと」

 こくん、と肯く耶倶矢。気がつけば、素に戻ってる。

「心配。七海は、夕弦達の料理に不満はありませんでしたか?」

「あるわけないだろ。あんな美味しいもん、どこに文句つければいいんだ」

「思考。……時間がかかること、とかでしょうか?」

 わざわざ律儀に答えてくれなくてもいいぞ?

 俺は、はあ、と吐息を漏らす。

「あのな?耶倶矢、夕弦」

 俺は、話す。

「俺なんかよりも、お前らの方が料理は上手いだろう」

 だけどな?

「たとえ、料理が下手だったとしたも、俺はお前らを嫌ったりはしない。絶対にだ」

 いいか?

「俺は、お前らの全てが好きだ。大好きだ。愛してると言ってもいい」

 二人を見据えて、言葉を続ける。

「俺は、お前らとずっと一緒にいたい。傍にいたい。見続けたい。欲を言えば、全てが欲しい」

 重いと思われるかもしれないな。こりゃ。

「俺がお前らを嫌うなんて有り得ない。むしろ、」

 むしろ、

「俺こそ、お前らに嫌われたくないんだ」

 だが、だけど、だからこそ、

「俺はお前らのことが大好きだ。だが、俺は力がない。だけど、嫌いにならないでほしい。だからこそ、俺はずっと一緒にいる」

 さあ、締めようか。長くなりすぎだ。

「これからも、俺といてくれないか?耶倶矢、夕弦」

 言い終え、二人を見つめる。

 俺の視線の先、耶倶矢と夕弦は、最初の方こそポカンとしていたものの、徐々にその顔を赤くしていった。

 といっても、夕弦の方は分かりにくいがな。

 どうやら、二人で小さく話してるみたいだけど、何話してんだろ?

「なんで、唐突に言うのよ……。こっちだって、心の準備とかあったのに」

「羞恥。面と向かって言われると、恥ずかしいですね……」

「ほんと、どうしようか」

「思考。どうしましょうか」

 うーんと呻りだした二人。なんだ、どうした?

 先に動いたのは、夕弦の方だった。

 彼女は、こちらに回り込みつつ、

「呼掛。七海」

「なんだ?」

 顔が赤くならないよう努めつつ、平凡を装う俺。成功してるかどうかは知らん。

「告白。夕弦も、七海のことが好きです。大好きです」

 だから、と夕弦は続けた。

「夕弦こそ、ずっと一緒にいさせてください」

 言うと、抱きついてきた。

「……ああ、勿論。こちらこそ」

 俺はそれを、淡く抱き返す。

 すると夕弦は、後ろに目を向け、言った。

「催促。さ、夕弦は言いました。次は耶倶矢の番です」

 未だ抱きついたまま、そう言う夕弦。

 言われた当の耶倶矢は、

「……七海」

「どうした?」

 耶倶矢は、決意の顔で、問うてきた。

「本当に、嫌いにならない?」

「ああ」

「ずっと、一緒?」

「勿論」

「……七海」

 耶倶矢は、夕弦の反対側に来つつ、言った。

「私も、大好き」

 同じように、抱きついてきたから、同じように返してやる。

 でも、それからは、流石に予想外だった。

 なんせ、

「…………!!」

 二人の顔が一瞬で目の前にあると思えば、唇に柔らかくて温かい、そんな感覚が。

 えっと、えっとえっとえっとえっと……!?

 俺が硬直していると、二人は身を離し、

「く、くく……我らの最初と2回目を奪った責任、その身をもって果たすがよいぞ」

 はい?その、最初?

「指摘。どちらかというと、奪ったのは夕弦達の方ですが」

「かか、これは戒め。今申した言葉を違わぬよう、その身に刻んだ永遠の証ぞ!」

 夕弦の言葉を無視して続ける耶倶矢。

 そうか、戒めか。

 察するに、今のは2回目だけど、最初のキスも俺としてるのか。

 ……いつ?

 そして、俺は、目の前の二人みたいに赤くなってるんだろうなと思いつつ、返した。

「これからも、ずっと、よろしくな。耶倶矢、夕弦」

 そして、

「応ッ!」

「微笑。はい、よろしくお願いします」




 前回のあとがきで書かせていただきました新ヒロイン候補。
 皆様は誰を思い浮かべましたか?
 まあ、今の時間軸で可能で、なるべくifに被らないようするには、と考えると、自然と絞られますけどね。
 あ、一応言っておきますと、折紙ヒロイン化は、考えています。

 しかし、学生の本分は勉強!とばかりに、今週テストがあったのに、再来週またテストなんですよね。面倒です。
 よって、再来週あたりは更新がない可能性があります。ご容赦ください。
 
 さて、本文についてですが。
 まあ、あまり深く言わないでください。ホント、ノリとテンションだけで書いたので、特に最後のほうは滅茶苦茶になってる可能性が……
 こんなでも次回を読みたいと思っている読者がいることを願うばかりです。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 そろそろifとポケモン更新しないと……


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美九編
第18話(プロローグの役割も兼ねているかもしれない)


 ようやく、ようやく美九編に入りましたー!
 いやー長かった。何話ぐらい開いたでしょう?次は美九編と言いつつ、5話以上開いてますね。
 お待ちになってくださっていらした皆様。ここまで我慢して読んでいただき、有り難う御座います。

 それでは、どうぞ!


 夜。ただし、真夜中。

 それぞれの部屋に戻り、既に消灯している時間。

 あれから、なんとなく気まずいというか、恥ずかしいというか、そんな感情に襲われ、一人部屋に退散。

 しばらくして落ち着いたところで風呂に入り(耶倶矢と夕弦は既に入っていた)、そして、おやすみと言ってまたもや部屋に。

 その数時間後のことだ。

 俺は、夢を見ていた。

「夢だなんて酷いなー七海くん。ここは、今は、ある種の現実なのに」

「……誰だって、現実から目を背けたい時ぐらいあるに決まっているだろ」

 そうだろ?

「楓、今度は何の用だ?」

 真っ暗で、何かがある空間。

 前、俺が気を失っている間に来た空間だった。

「べっつに~?ただ、ちょっとしたプレゼントとでも思って」

「プレゼント?」

「そう、プレゼント。贈り物。ボクから君へのお祝いだ」

 お祝い?

「……今更訊くが、なんかお前、成長してないか?」

 ふと、思ったことを訊いてみる。

 そうなのだ。この前ここで会ったときよりも、幾分か背や胸なんかが成長してる気がするのだ。

 ……別に、やましい気持ちなんてないよ?

「ふふん。もしボクが生きていたら、君と同じ年齢の時、どんな風になるか変更した結果だよ。どうやらボクはこんな感じになるみたいだね」

 やや自慢げに、そう言う楓。

 ふーん。俺と同じ年齢ねー。

 微かな胸の痛みは消えないが、それでも会話は続ける。

「ま、それはともかく、七海くん」

「何だ?」

「早速、プレゼントを渡そうじゃないか」

 そう言うと、楓は右手を突き出してきた。

 どうしたらいいか分からなかったので、とりあえず、握手するように握ってみる。

 直後、

「う……!」

 鋭い痛みが、俺の右目を襲った。

 反射的に右手で目を押さえようとするも、楓は手を放してくれない。すぐに左手に交代する。

 押さえた所為でさらに暗くなった右側の視界。しかし、それを否定するかのように、俺には『それ』が見えていた。

「これは……?」

 俺が見えているのは、橙色の、魔方陣のような……図形陣?なんじゃそりゃ。よくあるような円形、ではない魔法陣とでも言おうか。

 正六角形が重なっているような陣の中心。何か模様のようなものがある。

 見たままを称するならそれは、弓だった。

 ん?橙色で、弓……?

「おい、楓、これは、」

「気付いた?そう、君が救った八舞姉妹を表した模様だよ。ふっふー、ボクが三日かけて作った模様だよ?褒めてもいいんだよ?」

「いや、お前、俺今そんな状況じゃねえから……」

 右手は拘束され、左手は動かせず。(右目が痛い)

 しかも、痛みは未だ継続中。謎が解けたなら、早く終わらせろよ。

「んー、そうだね。そっちは一旦終わろうか」

 そんな声が聞こえたかと思うと、その模様(?)は少しずつ消えていった。

 しかし、直後にまた襲われる。

 次は何だよ!?

「今度は、これ。他の人達の分も考えてあるけど、今はこれだけかな」

 次に見えたのは、赤の、何だこれ。斧?

 成程。灼爛殲鬼(カマエル)、五河琴里か。

「はい。終わり」

 楓が言うと、その通りに痛みは終わった。同時に、模様も消えていく。

「……もしかしなくても、俺が精霊、というより、その能力なんかについて理解したとき、それに対応した模様が痛みと一緒に来るんだな?」

「大正解」

 しかし、三日ねえ。暇な神様、略して暇神(ひまがみ)様だな。うん。

「……暇神様なんて、失礼な呼び方をしないでほしいな」

 う、そういや思考読まれてるんだっけ。

「今回はこれだけ。それじゃ、そろそろおはようだ」

「何でわざわざ呼び出した?」

「にひひ、だって、こういう事があった方が、なんだか『っぽい』じゃないか」

 どういう意味だよ。

「それじゃ、」

「結局、何がしたかったのか分からんが、」

 二人、声を合わせて。

「じゃ~ね~」

「またな」

 そして、世界は光に包まれた。

 

 

 数日後。

 え?経過が早い?まっさか。大体、今日まで何もなかったぞ?あったとすれば、夜刀神十香と四糸乃の精霊としてのどうちゃらを理解したくらい。

 ちなみに、十香は黒やレモンみたいな色が使われていて、模様は剣。四糸乃は青色で、模様は怪獣。というか、まんま氷結傀儡(ザドキエル)だった。

 昨日まで検査ばっかりで、結構耶倶矢と夕弦と一緒にいられる時間も少なくなってたし。まあ、フラクシナスのクルーだって、急いでくれてんだろうけどさ。

 今日は、ようやく、と言うほど待ったわけではないが、学校に行けるようになったらしい。

 ということで、六月三日という微妙な日に、俺ら三人は来禅高校に転入することになったわけだ。

 一応、監視の意味もあるのか、事前に聞かされた話では、五河士道と同じクラスらしい。

 ふむ、となると、十香や鳶一折紙とも一緒のクラスなわけで、そして耶倶矢と夕弦の原作との相違が出てきたということか。二人はもともと隣のクラスだった筈だろ?

 ということで、教室の前で俺らは待機しているのが今なわけで。あれ?なんかおかしくなった。

「くく……幾許か緊張しておるようだな、七海。なに、心配することはない。我らが共ならば、万難も乗り越えれようぞ」

「首肯。夕弦たちがいれば大丈夫です。安心してください」

「大袈裟な。というか、お前らが俺の心配の種なんだけど」

 何言い出すか分かったもんじゃないからな。

『――――――今日はなんとぉ、転入生がいるのですー』

 お?そろそろかな?

『それではぁ、入ってきてくださぁい』

 タマちゃんに呼ばれて、扉を開けて入っていく。

 計三十近くの視線に晒されながら、教卓の横に並ぶ。俺からして、右に耶倶矢、左に夕弦がいる。

 ……って、なんでわざわざ俺を間に挟むの?折角俺が先行したのに。

「それでは、自己紹介をお願いします」

「はい」

 俺は返事をしつつ、黒板に名前を書き連ねていく。

 えー、こっちの向きだと、左から、

『八舞 耶倶矢  東雲 七海  八舞 夕弦』っと。

 チョークを戻して手を払いつつ、俺から切り出す。ここら辺は、事前に話している。

「俺は、東雲七海。一応言っておくが、男だ。これからよろしく」

 言って、礼。疎らな拍手が返ってくる。

 ほれ、次はお前らの番だぞ。

 俺が視線でそう伝えると、各々が自己紹介を始める。

「く、くく……我の名は、万象薙ぎ伏す颶風の御子、八舞の名を持つ者の片割れ、八舞耶倶矢!愚かな人間共よ、我らと共に叡智を学べる事に感謝するがよい!」

「紹介。八舞夕弦です。よろしくお願いします」

 尊大な口調で胸を張って言う耶倶矢と、落ち着いた口調で一礼する夕弦。あまりにも対照的すぎる。色々。

 そして、教室内に静寂が訪れる。

「……七海、なんか、おかしなこと言った?」

「うん。おかしなことしか言ってなかった気がするが、まあ気にしない」

 袖を引っ張ってくる耶倶矢にそう返しつつ、これをどう切り抜けるか考える。

 そうだな、なんかインパクトのある紹介をすればいいかな?

 そう考えていると、タマちゃんが席を示してくれた。

「それじゃあ、あそこの席に座ってくださぁい」

 あそこ、には席が三つ空いていて、丁度人数分。謀ったな?

 ま、いいか、と席の近くに行く。途中、五河士道に軽く礼をしておく。

 ……ん?なんか違和感が。

 なんだろうと思いつつ、席に座ろうとすると、

「七海よ、お主はこちらに座するがいい」

「要求。七海は真ん中に座ってください」

 なぜだろう、いつの間にか真ん中の席に。

 そして、俺を挟むように隣に座る二人、もはや、もう、通例ですね。

 早くも男子の嫉妬の目線と、女子の面白そうという視線を一身に浴びつつ、俺の学園生活は始まったわけだ。

 ……待て。まだ考えることはあるだろう。

 そう、さっきの違和感の正体とか。

 だが、そんな思考を遮るかのようにチャイムが鳴った。鳴り終えると同時、俺らの元に生徒が集まってくる。

 なんだ、なんだなんだ。

「ねえねえ、前はどんなところにいたの?」

「前、か……。ふっ、それは人知を超えた理を持つ世界。天より高く、地より深く、宇宙(そら)よりも広く。暗黒にして光ある世界。貴様らには到底理解出来ぬ所よ」

「夕弦さんたちと東雲くんって、知り合いなの?」

「返答。知り合いというより、一緒の家に住んでます」

「待て待て待てお前らー!ちょっと待て、いいから待て!な!?」

 きゃーという言葉を無視しつつ、二人に話す。

 が、あまりの喧騒に気付いてもらえない。

「だーもう!一気に噂は広がるっつーのに!」

 まったく、これからどうなることやら。




 さて、前書きにもありましたとおり、今回から美九編です。
 ただし、今回はまだ出てきませんね。次回から出てきます。気力があれば。

 しかし、来週はもうテスト。実際問題、来週は更新出来るか危ういです。そろそろ本気でテスト勉強もしないといけないですし。提出物とか、色々。

 さて、最後の方、主人公が言っていた違和感、皆様は分かりましたか?よく考えてみてください。一度ある組織と敵対した主人公、それを知っているであろう彼女が、一言も台詞が無かったですよね?

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 大丈夫。きっとヒロインが2人ぐらい増えても大丈夫。自分を信じろ。


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第19話

 テストが終わるまで、更新が出来る可能性皆無になったので、今日のうちに更新しておきます。
 というのも、前回のテストの結果があまりにも散々で惨々だったので、これはマズい、ということで勉強しないといけないんです。

 それでは、どうぞ。


 六月五日。

 原作では特別な日だった気がするんだが、よく思い出せない。

 ということで今は、放課後。

 五河士道たちは先に帰っていて、教室に残っている人数も、少なくなっている。

 そうそう、この前の違和感の正体。すぐにわかったわ。

 鳶一折紙がいないんだ。

 丁度欠席していた、っていう訳ではなく、本当にこの高校にいない。在学していないことになっている。

 けど、だからと言って俺にできることなんて無いけどな。

「ちょっといいかな耶倶矢ちゃん、夕弦ちゃん」

「今度の週末、私たちと」

「どこか遊びに行かない?」

 亜衣麻衣美衣が二人に話しかけている。ただし、間に俺がいるので、大分話し辛そう。

「かか、我らの人望は、三日にして広まったということか。して、週末とな?」

「そうそう」

「で、どう?予定開いてる?」

「ちょっとショッピングでも決め込もうかと思うんだけど」

 ショッピングねえ。

 だけど、その日は俺と一緒に遊びに行くっていう予定があるんだけど。どうやって断るのかな?

「感謝。お誘い、有り難う御座います。ですが、夕弦たちには既に予定がありまして」

 えー、と、不服そうな声を上げる亜衣麻衣美衣。何するの?、そう訊いてくる。

「返答。七海と遊びに行こうという話になっていまして」

 直後、三つの視線が俺に刺さった。

「なに、何するの?」

「まさか、遊びに行くっておきながら向かう先は……!」

「……まじ引くわー」

「やめろ!変に話を膨らませるな!」

 つーか、ほんとに、まじ引くわーとか言うんだ!?

 耶倶矢ー、夕弦ー、助けてー。

「だがまあ、我らと七海が共にあるのは最早、世界の真理。世の理よ。それに逆らうなど、到底不可能。人間、諦めるのだな」

「謝罪。すみません」

 その言葉に、三人は手を振って言う。

「いやいや!こっちも無理に誘う気はないし」

「そんなに仲良さげなのに、それを切り裂く気もないし」

「気にしなくていいよ」

 じゃーねーと言って離れていく。

 しかし耶倶矢。もうちょっと違う言い方は出来なかったのかよ。いや、そこまで言ってくれるのは嬉しいけど、話がでかい。

「さて、俺らもそろそろ帰るか?」

 俺が訊くと、肯定の言葉が返ってきたので、用意を済ませて帰路に着く。

 しかし、六月五日……。

 なんか事件というか案件があった日だった気がするんだけど、ほんと、なんだったけなあ……?

 よし、少し考えてみよう。

 原作では、確か……。

 四月、十香と出会う。五月(だったっけ?)、四糸乃と出会う。

 そして、六月は。

 答えに辿り着いた俺は、足を止めた。

「質問。……どうかしましたか?七海」

 耶倶矢と談笑していた夕弦が、不思議そうに尋ねてくる。

「……すまない、耶倶矢、夕弦。ちょっと急用を思い出した」

「急用だと?それは、我らと共に我らが城に帰するよりも大事な案件か?」

「疑問。一体、どうしたのですか?」

 すまん。説明をしてる時間も惜しい。

 いや、ただ単に、意味も無く焦っているだけかもしれない。

 だけど、どうしても早く確認しておきたいという気持ちもあるわけで。

「後で説明する。お前らは先に帰ってくれて構わない」

 さて、まずは屋上にでも行ってみるか?

 俺が階段へと踵を返すとほぼ同時、両手に包まれるような感触が。

 耶倶矢と夕弦がそれぞれ、俺の両手を握っているのであった。

「……どうした?」

「くく、言ったであろう。我らが共にあるは世界の真理と。何処かへと向かうというのならば、我も参ろう」

「首肯。ですが、例え逃げても、夕弦たちは追いかけますが」

 ……そうかい。

 なら、

「一緒に行くか」

 さて、そろそろはっきりさせよう。今月、いや、今日、何があったかを。

 今日、六月五日は。

 時崎狂三が、ここ来禅高校に転入してくる日だったじゃねえか。

 

 屋上にはやっぱり、いなかった。だから、多分これという目処を立てて、その建物を上った。

 すると、その屋上にて、

「ひ、ひひっ、これはこれは、珍しいですわねェ、こんなところにお客様なんて」

 いた。

 気配でも察知したのか、振り向かないままに話しかけてくる彼女。

 不揃いのツインテール(かな?)に、黒と赤のゴシック調のドレス。

「時崎、狂三……」

 何かを言おうとする耶倶矢と夕弦を止め、一人で歩み寄る。

 少しして、彼女は振り向いた。

「きひひひひっ、どなたか存じ上げませんが、ごきげんよう……あら?」

 こちらを見た狂三は、可愛らしく小首を傾げた。

「あら、あらあらあら、貴方は」

 何だと思う先、狂三は近づき、

「……東雲七海さんではありませんのォ?」

「…………は?」

 待て、今、彼女はなんと言った?

「なんで、お前は俺の名前を知っている?」

「知っている?、だなんて、わたくし、悲しくなってしまいますわ。まあ、今の(・・)七海さんは知らないのも当然ですけどォ」

 おいおい、俺らは初対面の筈だ。

 だけど、どうして、俺の名前を……?

「一応訊くが、俺のことをどこまで知ってるんだ?」

「ひひっ、そうですわねェ」

 彼女は、少し考えると、

「……ひみつ、ですわ」

 何故!?

「まあ、いいが」

 ひひっ、と笑う彼女に、今度はこちらから訊く。

 いや、訊こうとした。

「……あらァ?」

 何かに気づいたように、未だ明るい空を見上げた狂三。すると、その姿が黒い影に包まれ、一瞬後には元に戻っていた。

 分身体になった?なんでだ?

「そこの少年。早くそいつから離れるがいーです」

 ん、声が。

「さあ、今日こそぶっ殺してやるです。〈ナイトメア〉、覚悟しやがれです」

「ひひひっ、それは敗北する側の言う台詞ではありませんこと?」

 そう不敵に狂三が笑う視線の先、いたのは五河士道とよく似た雰囲気を放つ青髪ポニーテール。

「崇宮真那、か」

「私を知っていやがるですか?」

「まあな」

 成程。狂三の反応があったので来てみれば、そこに一般人。

 しかし、耶倶矢と夕弦の反応はなかったのか?心配だな……。

 だがまあ、とりあえず真那をどうにかするか。

「どうした?また狂三を殺しにきたか?」

「あたりめーです。そいつを、」

「そいつを殺すことが自分の使命であり、存在理由、ってか?」

 俺の言葉に、真那は眉を顰める。

 さて、俺もそろそろ臨戦態勢になるか。

「……!もしかしてお前、」

 ん?何だ?

「〈ディザスター〉でいやがりますか?」

 ……はい?

「……なんだ、それ?」

 察するに、識別名?

 なんだっけ、確か意味は、災厄、だっけ?

「識別名〈ディザスター〉。十日程前に、突如として現れた暫定精霊でやがります」

 ほら当たり。やっぱり識別名。

 つーか、暫定精霊ってなんだよ。

 多分、精霊と判断できる材料はないけど、精霊以外の証明もできないから、一応精霊として扱うってことなのかな?

「ま、まあ、なら分かるよな?」

 そう、例えいかなる理由があっても。

 今、お前が狂三に向かって殺意を向けるなら、俺は、

「俺は、お前と敵対するぞ。狂三の為に」

 どこからか溜め息が聞こえた気がしたが、気にしない。

 確かに、狂三は一万人以上の人を殺してきた。

 だが、だからと言って簡単に殺意を向けられていたら、どうしても俺は許せないんだよな。

「……本来の目的とは(ちげ)ーですが……」

 視線の先、真那は構え直し、

「敵対するというのなら、殺されても文句は言えねーですよね?」

 そして、俺は飛び出す。

 耶倶矢と夕弦の霊結晶を理解したから、創り出すは、

「翼、だよなあ……!」

 いつぞやの顕現させた翼とほぼ同じものを背中に創り出して飛び出す。

「耶倶矢!、夕弦!、狂三を頼む!」

 さあ、行くぞ真那。

 俺たちの戦争(デート)を始めようか!

 

 

 

「――――――――――――――――――――――――♪」

 歌声があった。

 全てを魅了するような綺麗な歌声が、その場を包んでいた。

 だが、その歌声を掻き消すかのような歓声もある。

 ここは、とあるコンサート会場。

 ステージに立つのは、紫紺の髪に銀色の瞳を持つスタイル抜群の少女。

「―――――、―――――――――――――――、――――♪」

 途中の息継ぎはあるが、歌は続く。

 会場内にいる全ての観客に向けて。席を覆いつくさんばかりの女性に向かって。

 しかし、

 

 ドゴガン!!という轟音が響いた。

 

「―――――!」

 歌が中断する。

 少女が音源に目を向ければ、それは自分の真上で。

 落下する瓦礫の中、誰かと目が合った気がして。

 そして、

 少女は、瓦礫の中に消えていった。

「「「…………」」」

 誰もが反応できない中、誰かが悲鳴をあげた。

 それを最初に、次々へと悲鳴があがり、揃って出口へと向かおうとする。

 だが、一度に人が押し寄せたところで、詰まるだけだ。暴動のように、皆が焦って行動する。

「……美九!お前の声を使え!」

 そんな声が聞こえた。

 それは、最も忌避する男の声だったけど。

 状況についていけない美九と呼ばれた少女は、素直に従った。

 一度、深呼吸をし、

『……みなさーん、順番にー、落ち着いてー、出口へと向かってくださぁい』

 どこかのんびりとした声が会場内を包んだと同時、変化が起きた。

 その声の通り、順番に、落ち着いているかは分からないが、少なくとも先ほどよりは静かに退場していく女性たち。

 足音が聞こえなくなって、瓦礫が動いた。

()っ……、くっそ、思いっきり吹っ飛ばしやがって」

 声と共に立ち上がるのは、少女よりほんの少しだけ身長の低い、女顔の少年だった。

 瓦礫の中に消えたように見えた少女。だが、それは観客席側から見れば、だ。

 本当は、彼女の前側に落下したのだ。奇跡的に(・・・・)も、欠片一つ触れないように(・・・・・・・・・・・)

「……なにステージを台無しにしてくれちゃってるんですかぁ?」

「……うげ」

 苦々しげに呻く少年の横。

 少女―――――誘宵美九は、言葉を発する。

「折角の女の子たちが帰ったじゃないですかー。この責任、どうやって取るつもりですぅ?あ、いや、やっぱりいいです。責任とか言って何するか分かったもんじゃありませんしねー。まああるとすれば、そのゴキブリ以下の命を今すぐここで散らせることぐらいですかぁ」

「残念だが、その要望には応えられないかな」

「はあ?何言ってるんですか、なに会話してるんですか、なに口を開いてるんですかぁ?汚れた声を発さないでいただけますぅ?私の耳がどうにかなって―――――」

 その声は、突如途切れた。

「―――――少し、黙っていてくれ」

 片腕を突き出し、美九を守るように立つ少年の視線の先。そこにいたのは、

「まだ死んでいやがりませんでしたか。しぶとい奴でいやがりますね」

 左目の下に泣き黒子のある、青髪ポニーテールだった。




 やっと、やっと、美九が出てきました!
 出番はほんの少しだったけど!最後の数行だけだったけど!それでも、やっとなんですよ……!
 でも、次の更新はテスト明け。まだまだ先ですね。金曜には更新できるかな?

 さて、美九以外のヒロインも出てきたり、結構重要だったりするかもしれない今回、如何だったでしょうか?
 少しでも面白いと思ってくださった方や、続きが気になるという方がいれば、こちらとしても嬉しい限りです。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 誰かが台詞を言う時の描写がワンパターンなのは気にしないでください……


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第20話

 テストが終わりました。出来は、微妙ですね。
 さて、今回はあまり美九との会話が少ないですね。
 あれです。前回から続く真那との戦闘をどうにかしないと。

 それではどうぞ。


 小さな欠片を落としながら、俺は立ち上がる。

「痛っ……、くっそ、思いっきり吹っ飛ばしやがって」

 粉塵に汚れた服を払いつつ、そうぼやく。

 幸いにも、怪我はないみたいだな。痛いけど。

 いやさ、真那の腕を掴んだら、一気に振り落とされちゃってさ。

 なんでそんなことをしたのかと訊かれれば、まあ、理解するため。

 真那に施された魔力処理。それをな。

 確か、真那は、そのCRユニットを扱うために、寿命を代償に魔力処理というものが施されていたはず。

 なら、俺は真那を救う為に、それを理解しておこうと思って腕を掴んだんだけど、結果はこれだ。

 あ、一応言うと、理解して速攻消す気はないぞ。

 いきなり消したことによって、どんな弊害や副作用なんかがあるか分からないから、ってのが理由な。

 だけど、もともと魔力ってのを理解するのは時間がかかるみたいだな。せめて十数秒はいる気がする……。

「……なにステージを台無しにしてくれちゃってるんですかぁ?」

 そう考える俺の横。そう侮蔑成分が多量に含まれた言葉が聞こえた。

「……うげ」

 そういえば、そうだったな……。

 咄嗟のことで殆ど意識していなかったけど、いたんだよなあ。

 耳を塞いで、声は聞こえなくしておいたけど、どうしたものか。

「折角の女の子たちが帰ったじゃないですかー。この責任、どうやって取るつもりですぅ?あ、いや、やっぱりいいです。責任とか言って何するか分かったもんじゃありませんしねー。まああるとすれば、そのゴキブリ以下の命を今すぐここで散らせることぐらいですかぁ」

 誘宵美九。

 紫紺の髪に、銀色の瞳。抜群のスタイルに纏う服は、どうやら普通の服の様子。

「残念だが、その要望には応えられないかな」

 俺がそう返すと、彼女も言い返す。

 いや、言い返すというか、突き放す、かな。

「はあ?何言ってるんですか、なに会話してるんですか、なに口を開いてるんですかぁ?汚れた声を発さないでいただけますぅ?私の耳がどうにかなって―――――」

 そこで、声は途切れた。

 理由は簡単。

「―――――少し、黙っていてくれ」

 俺が、腕を横に突き出し、美九を守るように立ったからだ。

 気配を感じたんだ。

 そう、まだ終わってないよな。

「まだ死んでいやがりませんでしたか。しぶとい奴でいやがりますね」

 視線の先、俺の敵対者が、そう言った。

 

「まあ!」

 何かを言おうとする俺より先に発せられた声。音源は横。

 美九だ。

「なーんだ。可愛い女の子もいるじゃないですかぁ」

 きっと俺に向けられたのであろうその声は、ある言葉を続けた。

「―――――『神威霊装・九番(シャダイ・エル・カイ)』!」

 直後、彼女が光に包まれた。

 そして、現れたのは、全体的にボリュームがあり、光の帯やフリルのあるドレスを身に纏った少女。

 精霊としての、誘宵美九だった。

「な………!?」

「まさか、〈ディーヴァ〉でやがりますか!?」

 どういうことだ!?なんでこの状況で霊装を顕現させた!?

 明らかに敵対されるって……。

 いや、分からないのか?

 まさか、ASTなんかの組織を知らないんじゃ……?

 元は一般人なんだから、それを知らないというのも有り得る話だ。

 でも、それを止めなかった理由は推測できても、やった理由が分からない。

「ふっふー、私と一緒に遊びませんかぁ?今なら、たっぷりと可愛がってあげますよー?」

 ……あー。

 成程、可愛い子とじゃれ合いたいだけ、と。

 まあ確かに、霊装になれば空中に飛べるしな。そういうことかもしれないな。

 でもほら、美九、真那もポカーンとした表情をしてるぞ?

「……今なら、見逃してやらないこともないです。早くこの場から去るがいーです」

 気を取り直して、という風に真那は言う。

 見逃してもいい、っていうのは、俺と交戦中で、優先すべきは俺を倒すことだからか。

「何言ってるんですかぁ。私は逃げたりしませんよー?さあ、私の胸に飛び込んでもいいですよ!」

「わけのわかんないことを言ってんじゃねーです!?」

 うわ、真那が微妙に引いてる。

 しょうがない、無理矢理だけど、状況打破といこうか。

「美九」

 呼ぶと、今までの表情から一転。侮蔑と嫌悪の目になって返事をする。

「勝手に私の名前を呼ばないでいただけますぅ?私の名前が穢れちゃうじゃないですかー。というか、まだ生きていたんですね。なんで死んでないんですか、なんで消えてないんですかぁ?ほら、一刻も早くいなくなってくださいよ。それだけで私は救われますしー」

 よし、無視しよう。

 面倒なことは見て見ぬ振り。

 俺から呼んどいてどうかとは思ったが、背に腹は代えられん。

 俺は、空中を睨む。

 すると、それに気付いたのか、向こうも見下ろしてくる。

「……」

「……」

 一瞬の無言。

 そして。

 激突。

 両者、一言も発しないまま、空中で激突。火花が散った。

 俺は、落下の衝撃かなにかで消えていた翼をもう一度作り出し、雷の爪を纏って。

 真那は、自身のレーザーブレードを振り翳し、一息に距離を詰めて。

「……一つ、いいでいやがりますか」

 何度かの攻防の後、できた間を選んで、声が聞こえた。

「なんだ?」

「なぜ、そこまでして〈ナイトメア〉を……いや、精霊に荷担するでいやがりますか?どうも理解できねーです」

 なんだ、いきなり何を訊くかと思えば。

 しかし、いざ説明となると難しいな。

「まあ、ただ単に、目の前で救えるかもしれない奴がいるなら、手を差し伸べるのは当たり前だろ?」

「……それが、〈ナイトメア〉だとしてもでいやがりますか?」

「ああ。たとえ一万人以上殺していようが、最悪の精霊と言われようが、救えるなら俺は救うさ。勘違いしてもらっては困るが、別に俺は殺人を許容するわけではないぞ」

 だからといって、それを償う方法もあるかわかんないけどな。

「ちょ、ちょっと待つです」

「……?」

 どうした?

「今てめーは、一万人以上殺した、最悪の精霊と言われようが、そう言ったでいやがりますよね?」

「?それがどうした?」

「……それは、誰のことを言ってるでやがりますか?」

 …………は?

 今、なんて?

「いやいや、何を変なところでとぼけてるんだ。そんなの、狂三以外にいないだろ?」

 狂三以外に、なんて言い方はあまり好きじゃないが、どうも動転して頭が回らない。

 だって、あの真那が、だぞ?

 あの真那が、そんなこと言うわけないじゃないか。

「〈ナイトメア〉……?何を言ってるんです?あいつは、そんなに殺したりしてねーですし、呼ばれてもねーですよ。まあ、似た呼び方ではいやがりますけど」

 待て。それこそ何を言っている?

 だって、それじゃ、おかしいだろ。

「……じゃあ、あいつはどういう奴だ?」

「知らないでやがるのですか?変に偏った知識でいやがりますね」

 言いつつ、真那は語る。

 訂正箇所だけですがと前置きして、

「殺した数は数百人、多くても四桁はいかねーです(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。また、『悪しき精霊(・・・・・)とは呼んでいるですね(・・・・・・・・・・)

 ……なんだと?

 じゃあ、なんでお前は狂三を狙う?

 いや、能動的に人を殺すだけで、危険とは思われるのか。

 だけど、最悪ほどではない、と。そういうことか?

「真那」

「なんでやがりますか?」

「情報、ありがとう。だが、今は戦闘を再開してくれないか」

 そうでもして思考を切り替えないと、混乱してどうにかなりそうだ。

 そう続けた俺の言葉に、真那は、

「別にかまわねーですよ」

 そう言ってくれた。

 なら俺も、本気で行こう。

「さあ、再開です」

「ああ、行くぞ」

 再度、激突。

 

 美九は、暇を持て余していた。

 というのも、

「……置いてかれたですぅ……」

 いや、実際には見えている。

 可愛らしい女の子と、害悪存在が戦っている姿が。

 しかし、見えているからこそ、そこに行く気も起きなかった。

 なんせ、

「見えませんしねー」

 とにかく速すぎた。

 一度、何か会話をしたようだが、流石に聞き取れなかったし、既に戦闘は再開されている。

「だけど、あの人は精霊さんだったですかー……」

 あの人とは勿論、七海のことだ。

 だが、名前を知らないので『あの人』となっている。まあ、伏せ字にしなければならないようなあだ名ではないだけマシか。

 翼をいきなり出してきたときは驚いたが、自分と同じ精霊というのなら、話は分からないでもない。

 さて、暇なので、ちょっと疑問に思っていることを考えようと思う。

(なんであの時、瓦礫は私を潰さなかったんでしょうかぁ?)

 あの人が落ちてきた時のことだ。

 明らかにあれは、自分に直撃する軌道だった。

 なのに、今、自分はここになんとなしに立っている。

 察するに、あの時目が合った気がしたのは、彼とだろう。

 そう思うと寒気がするが、今はそれどころじゃない、かもしれない。

 美九は、彼が落ちてきた時に一緒に落ちた瓦礫の近くに行ってみる。といっても、数歩だ。

(……瓦礫が、少ないですねー)

 気付いたことはといえば、思ったより瓦礫の量が少ないことぐらい。

 やけに多く見えたのは、錯覚か。その割には、穴は大きいが。空が大きく見える。意外と脆かったのかもしれない。

(?そういえば、なんで落下地点がずれてるんですぅ?)

 思えば、おかしいのだ。

 瓦礫の軌道は自分の真上。だけど、あの人が落ちてきたのはすぐ前。

 つまり、ずれている。

 んー、と考えるが、結局分からない。

 微妙な消化不良を起こしつつ、見上げた空では、未だ火花が散っていた。




 さて、最後に美九が感じていた疑問については、そのうち明かされます。きっと。
 ここで大きな独自設定がありましたね。その理由もちゃんと考えています。ただし、それが明かされるのは随分後になりそうです。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 真那の独特な敬語については不問でお願いします……。安定の『~やがります』口調です。


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第21話

 活動報告の通り、ifルートを削除させていただきました。大変申し訳ありません。
 メインの方は残しますので、どうか、これからも、よろしくお願いします。

 それでは、どうぞ。


 俺が右腕を突き出せば、真那はそれを(くぐ)るように避け、肉薄する。

 自身のレーザーブレードを振りながらの接近に、慌てて身を下げ、雷を纏った足で蹴り上げる。

 それによりブレードを跳ね上げることには成功したものの、次に繋がらない。さらに離れる。

 しかし、その距離を一瞬で詰める真那。跳ね上げられた動きを利用して、大上段からの切り下ろしだ。

 俺は、脚と同様に雷を纏った腕を交差させ、頭上で構える。間一髪、ブレードを受けるも、下に叩き落される。

「ぐっ……!」

 制動をかけ、上に飛びつつアッパー気味に拳を放つ。

 だが、それも当たらない。

 あーもう!当たらねー!

 とにかく速い。なんとか追いついてる感じ。八舞姉妹との鬼ごっこの時とはまた別の速度に圧倒される俺。

 あの時はただ単に飛ぶだけだったが、今回は『戦闘』だ。動きが全然違う。

 速度だけなら、まだ耶倶矢や夕弦の方が上だろうが、元は一般人の俺には、戦闘なんてものは無縁だったもので、そういう動きが分からないんだ。

 言うならば、真那は『戦闘』しているのに対して、こちらは『動いて』いるだけというか、なんというか。

 なんとか数撃与えることは出来ているが、防がれてしまい、ダメージはあまりないようだし。

「……ハッ!」

 真那の軽い一息とともに、重い一撃が俺を襲う。

「が……っ」

 なんとか受けたものの、胸部を狙った一撃は、肺の中の空気を一気に押し出した。

 飛ばされて距離を開けた俺ら。そこに、真那からまたしても声がかかる。

 いや、今回は会話するためではなく、なんとなく気になったから訊いてみたと言う感じか。

「妙でいやがりますね」

「……何が、だ?」

「さっきからの攻撃、威力はあるみたいですが、動きが素人すぎじゃねーですか」

 あ~、まあ、そうだろうなあ。理由は先述の通り。

「しょうが、ないだろ。ちゃんとした戦闘訓練なんて、俺は受けたことはねーよ」

 痛みで、やや途切れながら俺は言葉を発する。

 よし、そろそろ痛みも抜けてきた。

 せーの、

「おらっ……!」

「……!」

 不意打ち気味の回し蹴りにも、真那は対応してきた。

 そうして、俺は無理矢理戦闘を再開させる。

 そうすることで、緊張を持たせ、不必要なことは考えないようにする。

 しかし、俺の目標は倒すことじゃあない。あくまでも、魔力処理を理解することだ。

 だが、それにはやはり真那に直接触れる必要があるわけで。だけど腕を掴めば振り落とされ。

 さて、どうしたものか……。

 ……!

 そうだ。動きを止める方法はあるじゃん。

 だけど、これをするのは遠慮しておきたいんだけど……。

 まあ、しょうがない。決して、真那に触れたいとかいう邪な気じゃない。

 でもやっぱり、それには接近する必要があるし。

「よっと」

 俺はブレードを避け、反撃するもそれも避けられつつ、考える。

 いや、考えても仕方ないんだ。当たって砕けちまえ。

 覚悟を決めた俺は、一気に真那に詰め寄る。

「!?」

 突然の戦闘スタイル変更に、驚きの表情を作る真那。

 しかし、流石というかなんというか、すぐにレーザーブレードを構える。

 だが俺は、それを打ち払ってさらに接近。

 もはや、戦闘をするには両者にとって近付き過ぎた距離。

 慌てたように離れようとする真那の腕を取り、引き寄せて、

「少し、大人しくしてくれ」

 抱き寄せた。

「な、なにしていやがるです!?放しやがれです!」

 もがく彼女を、さらに強く抱きしめる。

 丁度二の腕あたりに俺の腕を回しているので、顔の距離は近く、真那も満足に動くことが出来ない。

 だけど、まあ。

 それ、武器が当たらないという理由にはならないんだよなあ……。

 なんせ、

「ぐ……いた、痛い、痛いんだが、真那……ぅが!?」

「はーなーせー!」

 未だ持ったままのレーザーブレードが、俺の太腿あたりを切ったり刺したり。

 真那の為に雷を消したのが(わざわい)した。普通に傷つく。むちゃくちゃ痛い。

 今の俺からでは見えないが、ちょっとやばい量の血が流れてるんだろうなー……。

 下から悲鳴らしきものが聞こえたが、一体何だろう?

 そう思いつつも、理解は忘れない。

 痛みの所為か、集中が出来ず、思ったよりも時間がかかる。

 そうしている間にも、真那は暴れ……あれ?

 だんだん大人しくなっているような……?しかも、現在進行中?

 あ、暴れなくなった。

 どうした?

「う、う~……」

「……よし」

 なにか唸ってたようだが、どうしたんだろう?

 俺が理解し終え、身を放しても、真那は少しその場で動かないままだった。

「真那?」

 心配になって、名前を呼んでみる。

「……は、はい!?何でいやがりでありますでいやがるです!?」

「なんか口調が崩壊してる!?」

「はっ……!そ、それで、一体ななな、なんで、いやがる、いや、いやがりますか?」

 本当に、どうしたんだ?顔も少し赤いぞ?暑かったのか?

「いや、そろそろ戦闘も終了しないかと、思ったんだが……」

「りょ、了解したです。それでは、私の一時撤退ということで……」

 え?あ、おい。

 そう声をかける間も無く、びゅーんと何処かへと飛び去った真那。

 ……マジで、なにがあった?

「って、痛つつ……」

 やばい、主に血がやばい。

 よ、よし、なんだかよく分からんが、戦闘も終わったので、俺も一旦帰ろう。

 いや、その前に手当てをしよう。うん。

 結局、どちらが勝ったのかも曖昧なまま、一度俺はあの、天井に穴を開けてしまったコンサート会場に向かった。

 

 地面……ステージに降り立つと同時、倒れた。

 理由としては、まあ、傷の所為。あと失血。

「ふーん。ざまあ見ろですねー。いきなりあんなことしたから、きっと神様から天罰が下ったたんでしょう。しかもあの女の子も帰しちゃいますし、ほんと、何やってんですかぁ?というか、何で戻ってきたんですかぁ?そのまま何処かへ行って、野垂れ死んでしまえば良かったんですよぉ」

 何故かは知らないが、なんと美九はまだステージにいた。服装は、霊装から普通のステージ衣装に変わっているが。

 ステージに溢れる血に汚れないためか、俺に近づきたくないからか、ある程度の距離をもって彼女は罵る。

 だが実際、俺はそんな状況じゃないんだが。

「美九……頼む……。救急、道具かなにか……持ってきてくれ……」

 流石に、血を流しすぎた、か。意識が、朦朧としてきた……。

「嫌ですよー。なんで私があなたみたいな男なんかに、そんなことをしてあげないといけないんですかー?大体、それでどうやって手当てするつもりなんですぅ?私、近づきたくないですし、あなたもそろそろ限界じゃないですかぁ」

「いい、から……。適当に、持って……きてもら、えば、こっちで……なんとか、する」

「なんとかって、どうするんですぅ?」

「その時……考え、る……」

 駄目だ……もう、思考が、まとまらない……。

「馬っ鹿じゃないですかー?その時、って、え?まさか、ほんとに限界だったんですかぁ!?――――――」

 あ、れ?なんて、言ってん……だ……?…………。

 

「あのー、本当に死んじゃったんですかぁ?」

 遠巻きながら、声をかけてみる。

 反応は、……あった。ほんの少し指が動いた。気がする。

 どうしようか迷った後、

「……まあ、目の前で死なれても後味が悪いですしねー」

 なんで自分がこんなことをしてるのかを疑問に思いつつ、救急道具を取りに行く。多分、いつも使う所にあった気がする。

「あ、これですねー」

 それを持って、戻る。

 血の前で、もう一度声をかけてみる。

「ほら、道具を持ってきましたよぉ?後は自分でどうにかするんですよねー?」

 反応は、先程より小さな同じ動作。

 つまり、その場から動かない。

 ならしょうがない。うん。自分でどうにかするって言ってたんだし、私はもう帰っていい筈。ここで帰ってもなんの責任もないし、この男の自己責任だし……。

「……あー、もうっ!仕方ないですねー!」

 やや苛立たしげに声を荒げ、意を決して血の海を歩く。

 未だ流れているのか、自分の足跡はすぐに血に埋もれて見えなくなった。

「まったく、何でこんなことをしているんでしょうね……?」

 腹が立ったので、とりあえず蹴ってみる。

 反応はあまりなかった。なんかムカつく。

「あ、ここですかぁ……うわぁ……」

 流石に引いた。体感的には数十センチぐらい引いた。

 切り裂かれたズボンから見える傷は太腿のやや下。膝よりも少し上あたりにあり、そこら辺は惨たらしいことになっていた。

 大きな刺し傷と、幾重もの切り傷。切り落とされていないのが不思議なほどだ。

 成程。この血も、さっき空から降ってきた血も、ここからか。

 そう納得し、でも動けなかった。

 なんせ、こんな酷い傷なら、もはや病院に診てもらった方が得策である。

 しかし、

「こんな男の為にそこまでするのもなんですしねー」

 それを言えば、応急処置をしようとしている今も、大概おかしい状況だが。

 だがまあ、さすがにそろそろ始めよう。

「えーっと、どうすればいいんでしょうかぁ?」

 分からないので、とりあえず邪魔なズボンを強引に裂く。そしてポイ。

 (あらわ)になった傷口から血を拭い、適当に包帯を巻いていく。正しい使い方なんて知ってる筈がない。

 加減が分からないし、する気もないので力いっぱいきつく巻く。

「ぐ……!」

 微かに呻き声が聞こえたので、咄嗟に力を抜いてしまう。

 ……なんででしょう?

 何回目かも分からぬ疑問を心に、包帯を巻き終える。

「さ、もうこれでいいですよねー?これ以上やってあげる必要も義務も無いのでぇ、私はもう帰りますよー?」

 言って、背を向け歩き出すも、途中で止まる。

 ……はあーっ。まったく、しょうがないですねー。

「ここにずっと倒れられても困りますし、第一、私もこれじゃ外を歩けないですしー」

 しゃがんだ所為もあって、美九の衣装のスカートやその他諸々は、既に真っ赤に染まっている。

 本当は、ステージ衣装ではない私服があるが、まあ、建前である。

「目が覚めるまでですからねー?」

 そして、

「――――――『神威霊装・九番』」

 一度、霊装になり。

 言う。

「――――――〈破軍歌姫(ガブリエル)〉、【鎮魂歌(レクイエム)】」

 演奏が、始まった。




 今回、真那がややキャラ崩壊おこしましたね。気にしないでください。
 ようやくVS真那も終わり、やっと美九をメインに話が書けますね。狂三のお話は、まだまだ先です。
 
 前書き、活動報告の通り、ifルートを削除いたしました。申し訳ありません。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 そろそろ八舞姉妹との会話も入れたいな……


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第22話

 やはりこの世はお金で回り、知識で左右されるんですね。はあ……。
 
 というわけで、2日ほど遅れましたが更新です。
 もとは金曜に更新しようと思っていたんですが、少し絶望というか、そんな感じの感情に襲われ、投げ出してしまいました。すみません。
 いやですね。今月、デアラのアンコール3が出るじゃないですか。自分は、金欠なので正月明けに買うと思うんですが、やはり普通のやつです。
 でもですね、どこかで見た限定版の表紙の絵(だと思われる)を見て、一瞬で沈みました。
 そこにあったのは、皆さんは知っているかもしれませんが、狂三さんのサンタコスだったんですよ!
 感覚的には吐血しましたね。可愛かったです。やばかったです。
 でも、それを予約なんかしておらず、いや、金銭的理由で出来ず、身を削る思いで見逃していたんですが、まさか、こんな表紙だったなんて……!
 これが最初の呟きに近づくわけです。(主にお金の部分)

 というわけで、ここまで自分の愚痴につき合わせてしまい、すみません。ただ、どうしても誰かに言いたかったのです。許してください。

 それでは、どうぞ。


 ある陸上自衛隊駐屯地にて。

「日下部隊長、霊力反応が感知されました。恐らく、〈ディーヴァ〉」

「〈ディーヴァ〉!?場所は?」

「えーっと……」

 少しの間をあけて、隊員の一人は霊力が感知された位置を告げる。

 それを聞いた日下部隊長と呼ばれた女性は、一つ頷き、

「今ここにいない隊員も集めてちょうだい」

「わかりました」

 そして、言われた隊員は各員に連絡を発する。

 しかし、幸いにも殆どの隊員はこの駐屯地内にいるので、すぐに大半が揃う。

「よし、皆集まったわね。あ、折紙は?……そう、体調が優れないのね。わかったわ」

 一人の欠員を除いて集まった面々に向かって、声を張り上げる。

「それじゃあ、行きましょうか!」

『了解!』

 霊力反応があった場所へと、飛び出した。

 

 それよりさらに前、とある建物の屋上。

 そこには、三つの影があった。

「…………」

「む、むぅ……」

「沈黙。……」

 七海たちが飛んでいった方を見ている狂三と、会話の糸口を掴めていない耶倶矢と夕弦であった。

 七海(ななみ)が誰とも知れない青髪の少女と戦闘を開始して何処かへ飛んで、大分経つ。

 最初は目で追えていた耶倶矢と夕弦だったが、その姿が見えなくなってからは、今のような気まずい沈黙の中にいた。

 だが、会話の話題も無く、だから会話は出来ず、そんなこんなで今に至る。

「お、おい」

 意を決して、といった風に耶倶矢が狂三に話しかけた。

 呼ばれた狂三は、その視線と体を耶倶矢と夕弦に向けた。

「どうかしましたの?」

「貴様、名は何と申す?」

 耶倶矢の後ろでは、夕弦が「応援。ファイトです、耶倶矢」などと言っていた。

 狂三は、きょとんとした顔になり、すぐに、得心がいったという表情になる。

「あら、そういえば自己紹介がまだでしたわね」

 彼女は、自身のゴシック調のドレスのスカートの裾を掴んで、

「時崎狂三ですわ。ご察しの通り、わたくしは精霊ですの。以後、お見知りおきを」

 優雅に一礼。

 釣られて、二人も紹介をする。

「我の名は八舞耶倶矢。万象薙ぎ伏す颶風の御子、八舞の片割れよ」

「同調。挨拶が遅れました。八舞夕弦です」

 よろしくお願いします、とは続けなかった。

 ようやく会話をし始めたわけだが、まだ自分たちとどのような関係になるかわからない、もしかすると敵対の可能性がある以上、そこまで馴れ馴れしくするつもりがなかったからだ。

「ひひっ、そう構えなくてもいいではありませんの。少なくともわたくしは、貴方たちと敵対するつもりはありませんわ」

「ふん、どうだかな」

 そう言う耶倶矢だが、内心では、

(なにあれ、左目が時計のオッドアイとか、超かっこいいじゃん!羨ましい……)

 なにを言ってるんだか。

「呼掛。時崎、さん」

「そんな他人行儀な呼び方は止めてくださいまし。狂三でいいですわ」

「承諾。では、狂三、一つ訊きたいのですが」

「なんですの?」

 夕弦は、一つ頷くと、

「質問。七海と狂三は、一体どんな関係なんですか?」

 それを聞いた狂三はしばし考えた後、いやに邪悪な笑みを浮かべた。

「そうですわねェ……一言で言うのなら、共に熱い日々を過ごした仲、ですわ」

「なん、だと……!」

「驚愕。それは、どういう?」

 狂三は愉しそうに笑うと、

「ええ、わたくしの大事なものを奪っていただいたり、代わりに七海さんからもかけがえのないものを貰ったりしましたわね」

「お、おい、狂三と申したか。お主、本当に七海とどういう関係なの!?」

「詰問。本当のことを答えてください」

 問い詰められる耶倶矢と夕弦を前に、狂三は、ひひっ、と笑った。

 

「……んぁ?」

 なんだろう、音楽が聞こえる……。

 俺は確か、真那と戦っていて、魔力処理を理解して、傷の手当の為に降りてきて、それから……?

 そう傷だ!せめて応急手当ぐらいはしておきたい!

 って、あれ?俺は今まで何をしていた?記憶が無い……気を失ってでもいたのか?

 だが、それなら血は流れ続け、終いには失血死でもするんじゃないか?結構深い傷だったし。直接は見てないから、推測だけど。

 というより、まずもってこの音楽は何なんだ?どこか落ち着くような、安らぐような。

「……()っ……!」

 微かな脚の痛みに眉を顰めながら、立ち上がる。見れば、適当に包帯が巻かれていた。

 そして、音源に目を向ければ、その正体はすぐに知れた。

「美九……?」

「やーっと起きましたかぁ。あと少し寝たままだったら、置いていこうと思ってたんですけど」

 霊装にその身を包み、大きなパイプオルガンのような物を後ろに屹立させた、美九の姿があったのだ。

「〈破軍歌姫〉……?もしかしてこの音楽は、【鎮魂歌】か?」

「なんで知ってるんです?人前でこれを使ったのは、今回が初めてですよー?」

「ま、まあ、俺にも色々あるんだよ」

 それを聞いた美九は、訝しげな顔を作っていたものの、そのうち演奏をやめた。

 ん?演奏?つまり、霊装と天使が顕現してる。演奏の為に霊力を使った。これが意味することとは……?

 気になって、俺は美九に問いかける。

「とりあえず、有り難う。大分楽になった。一つ、訊きたいんだが、いいか?」

「私の【鎮魂歌】は、鎮痛作用しかありませんしー、別にあなたの為なんかではないので、感謝なんてしなくても結構ですよぉ。というか、しないでください」

 そこまで男が嫌いですか。

 あと、俺の質問に答えてもらってないいんだが。

 ま、普通に訊くか。

「俺が気を失って、いや、美九が演奏を開始して、どのくらい経った?」

 訊けば、彼女は少し唸ったあと、答えた。

「うーん、数えてないので正確には分かりませんけど、それほど経ってないと思いますよー?」

「そうか、有り難う」

 詳しくは分からない、か。

 ……ちょっと不安だな。

 多分、空間震警報は鳴っていないのだろう。もしあったのなら、今頃どこか別の場所に行っていたと思う。

 だが、それが逆に不安になる。

 今までなかったってことは、今からあるかもしれないということでもあるからだ。

 どうしたものか……。

 傷を負っている今の俺じゃ、どこまで戦えるか分からない。戦闘中に、傷が開いたり悪化すれば、それこそ面倒だ。

 そんなことを考えている俺の耳に、

 ウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――

 という音が聞こえた。

「!しまった、時間をかけすぎた……!」

「うるさいですねー、もう少し静かに出来ないんでしょうかぁ?」

 焦る俺とは対極に、のんびりとしたままの美九。

 って、原因は多分貴方なんですが。

 そうこうしている間に、

「目標補足!識別名〈ディーヴァ〉と、あれは……!」

 おう?どうした?

「まさか、〈ディザスター〉……!?」

 ……またそれか。

 俺には、東雲七海っつー、女っぽい名前があるんだが。

 俺を視認したらしいAST隊員たちに、どよめきが走る。

「た、隊長、どうしますか?」

「どうするもなにも、やるしかないじゃない……!」

 隊長と呼ばれた女性は、力んだ声で叫ぶ。

 誰だっけ、見覚えがあるぞ?……確か、日下部、だったっけ。

「A班、B班は〈ディザスター〉と相対!C班は〈ディーヴァ〉をお願い!」

『了解!』

 そんな掛け声の後、こちらに向かってミサイルやら機銃やらを撃ち始めた。

「!やばっ……!」

「わっ!!」

 美九だけは逃がそうと、手を伸ばそうとした瞬間、美九の口から大音量の言葉が発せられた。

 すると、こちらに向かってきていたミサイルやら弾丸が、一様に墜落したり失速したりしていた。

 美九が扱う能力の一つ、音楽ではない、『声』か。

 幸い、こちらには向けられてなかったので、俺は吹き飛ばされることなく、慌ててストップをかける。

「もうっ、折角可愛い娘がたくさんいるのに、これじゃ近づけないじゃないですかー」

「そ、そういう問題なのか?」

「少し黙っててもらいます?耳障りですよ?」

 へいへい。

 それじゃあ、こっちはこっちの仕事をしますよ。

「察するに、俺の方が敵は多いようだから、俺は俺で好きにやらせてもらうぞ」

「えーっ、あの人たちを盗るつもりですかぁ?」

「いや、俺がというより、向こうから来るんだが」

 まあ、早いとこ移動しよう。

 あまり近くにいると、美九も巻き込みかねん。

「こっちが片付いたら、助力ぐらいはさせてもらうぞ」

 それだけ言い残し、俺は飛び出した。

 翼を創りだし、美九から離れるように。

 すると、おそらくA班とB班とか言われた隊員たちがこちらに来たので、ある程度の距離をもって相対する。

「あまり時間はかけたくない。とっとと終わらせる」

 言い、手を向ける。

 さてと、何を創ったものか。

 ……そうだ。今パッと思いついたことを試してみよう。

 名前の出来については、気にしない。

「総員、行け!」

「はっ!」

 愚直にも真っ直ぐ来る者や、回りこんで後ろに行こうとする者、遠距離から攻撃する者まで、色々な攻撃が向かってくる。

 上手くいくかどうか分かんないけど、ちょっと楽しそうな技だ。俺はイメージする。

 接近する隊員たちよりも先に向かってきたのは、やはりミサイル等の遠距離攻撃。

 それらが当たる前に、俺は叫んだ。

「よし!こんなもんだろ!」

 そして、能力を使う。

 

 直後、向かってきていたミサイルや銃弾が直撃し、轟音と共に煙が俺を包んだ。

 さらにその数瞬後、煙が晴れた。

 

 その中心に立つ俺の姿に、接近してきた隊員含め、全員が驚きの表情をつくる。

 まあ、しょうがない。何しろ今の俺は、

「れ、霊装……!?」

 あ、言われた。

 とまあ、そんなわけで、霊装を身に纏っているからだ。

 正確に言うと、俺は精霊ではないので、自身の能力で精霊の力を使っただけだ。

 その装いは、言うならばロングコートの前を開けたようなものだと思ってもらえればいいだろう。色は、漆黒。

 それに加えて、既に顕現させていた翼もその形を少し変えていた。

 小さなものでは、腕甲やブーツなんかもあるが、詳しく説明する必要はあまりないと思うので、割愛。

「へえ……初めてやってみたが、存外上手くいくもんだな。名前は……『神威霊装・統合(セフィロト)』ってところかな?」

 素材は、知らない。

 大体、他の精霊、例えば美九の『神威霊装・九番』の素材だって、知らないだろ?

 ただ、霊力の形として、今まで理解している分の霊力を込めて創っているので、ところどころ似ている部分はあるかもしれない。

 ふむ、しかし色が漆黒だから、一見すると反転体にも見える。俺にそんなことは起きないだろうが。

「で?どうする?まだやるか?」

 固まったままのAST隊員に向けて呼びかけると、ハッとした表情になって、すぐに攻撃態勢となった。

 ……遅いなあ……。

「は、はあぁぁぁぁ―――――ッ!」

 自分を叱責するかのように声を上げながら、一人の隊員が向かってくる。それに釣られるように、他の奴らも来た。

 最初の隊員のレーザーブレードを、右手で掴んで受け止める。

「……!」

 驚愕の色を浮かべるそいつを、投げ飛ばす。

「ぐあっ!」

「お、おわぁ!?」

 投げた先いた別の隊員に受け止められ、そいつは止まった。

 すぐに、また別の奴らが群がって来る。

「灼け、『雷霆(らいてい)』!」

 俺の周りを、割れるような音と共に雷が貫いた。

 『雷霆』。神話上では、ゼウスあたりが関与してたっけな。

 雷をイメージして出てきたのがこれだったので、まんま引用させてもらった。

 近づいていた隊員を一気に戦闘不能にした雷は、他の奴らを射竦めるには、十分な威力があったらしい。見れば、明らかな恐怖を顔に浮かべていた。ころころと表情が変わる奴らだ。

 まあ、これもまた、仕方ないことかもしれないな。

 ずっと精霊と戦ってきた奴らだ。どれだけ精霊が強いか知っているからこそ、俺の力を恐れているんだろうし。

 だがまあ、それなら好都合。最後の一発といこう。

 俺は、片手を頭上に掲げ、イメージする。

 内容は、言うならば光。ただし、霊力を創らせてもらうが。

 主としては、十香あたりか。他にも、色々込めさせてもらう。

 別に、俺の必殺技的なものではない。ただ単に、イメージがしやすいだけで、これから使うことはあまり無いだろう。

 というわけで、

「……行くぞ」

「!そ、総員、防御態勢をとれ!」

 予感めいたものでも感じたのだろうか、リーダー的な奴が命じる。

 それに従い、他の奴らは防御態勢をとった。のだろう。

 いやさ、多分防性随意領域でも展開させたんだろうが、俺からじゃわかんねえし。

 ともかく、一発ドカンとやっちゃいますか。

 技の名前は、

「【無限(アイン・ソフ)】―――――!」

 頭上の手を、振り下ろす。

 その手のさらに上にあった光が、無数の線となり、敵を撃った。

 いわば、それはレーザーというものだろう。

 その光の数から、無限と訳される(意味する?)『アイン・ソフ』という名前にしたが、なかなか威力がある。

 展開していた随意領域を貫き、光が突き刺さる。致命傷にはならないよう、威力は大分抑えたつもりだ。

「うぐ……っ」

「うあぁぁぁ!」

 痛みと声を堪える者、墜落する者など、様々な反応が見られる。

 さて、決着は着いたと思うし、戻るか。

「じゃ、俺は戻るんで、後は好きにすれば?ただし、」

 一応、念押ししておくか。

「お前らは戦闘不能として、この戦闘において手出しはするなよ。いいな?」

 返事を聞かず、俺は飛んだ。

 視線の先では、美九も頑張っていた。




 あれ?なんか長い……。ま、良いことでしょう。
 
 作中に出てきた主人公の霊装(便宜的に『霊装』とさせていただきます)についてですが、なんとなく自分の中では固まっているんです。どんな感じかは。
 ただ、それを文章で説明するとなると、こちらの力量不足により、全く出来ませんでした。
 結果、大変分かりにくいものとなってしまい、すみませんでした。
 ただ、霊装を創ったとだけ思ってもらえれば、十分話は分かると思うので、それだけ覚えておいていただけると……。
 また、『無限(アイン・ソフ)』というのもありましたが、一応、実在する(?)言葉です。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 ほんと、狂三さん可愛かったなあ……。はぁ…………。


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第23話

 お気に入り登録者数150人突破ー!登録してくださった皆さん、本当に有り難うございます!

 さて、最近、日増しに寒くなってきますね。皆さんも、健康にはお気をつけて。

 やはり、狂三との関係が気になる方が多いようですね。
 しかし、狂三とのお話はまだまだ先です。待っていてください。

 それでは、どうぞ。


 近づいてみれば、その様がありありと分かった。

「今度、一緒にお茶でもどうですか?」

「あぁんもうっ、少しぐらいお話しましょうよー」

「あ、あなたもいいですねぇ」

 ……台詞まで聞こえる距離に近づくと、そんな声も聞こえた。

 言わずもがな、美九だ。

 AST隊員の女性たちに、次々と声をかけては攻撃をもらい、その度に避けてはまた別の隊員に話しかけて……というのを繰り返していた。

 うん、なにやってんだ。

「美九!」

 呼ぶと、恍惚とした表情から一転。ドライアイスもかくやという冷たい表情を向けてきた。

「なんですか一体。今この空間に、なんであなたみたいなのがいるんですかぁ?さっさと倒されていればよかったんですよー……って、あれ?さっきまでそんな格好でしたかぁ?」

 ん?ああ、そういえば霊装のままだったな。

 まあ、だからといって不自由があるわけでもないので、このままでいいか。

「な、〈ディザスター〉!?もう終わったというの!?しかも、霊装……?」

「ああ。どうする?まだ戦うのか?」

 狼狽や驚きの声を発するAST隊員に向かって、そう訊く。

 答えは行動で返された。

 即ち、

「ハアァァッ!」

「……まあ、当たり前か」

 突進するように近付いて来た隊員の腕を取り、その動きを利用して回す。

 空中なので何かに叩きつけられるということは起きないが、代わりに、その身の体勢を不安定にすることは出来た。動きが単純だからこそ出来た技だ。

「のわあ!?」

 叫ぶ隊員を掴みなおし、振るように投げる。他の隊員に受け止められることで、その動きを止める。

 しかし、それを確認した瞬間に、また別の隊員も向かってくる。

 名前も知らない隊員が放った剣戟を避けると、たった今ミサイルを撃つ隊員の姿が見えた。

 そのミサイルの軌道は、やはり俺を狙ったものだった。

 避けるための体勢移動が難しいので、防御をすることにしようと思う。

「【無・零(アイン)】!」

 なんとか手だけ翳し、技名を叫ぶ。

 すると、その手を中心に、光の円が広がった。

 その光にミサイルが着弾する。その間に身を動かし、光の前面に出る。

 一瞬の交差の時、見えたのは、ミサイルが光に包まれたために爆発を起こさず、光の破片となり霧散していく姿だった。

 さて、そろそろ反撃と行こう。

 あんまり派手なものにすると、俺を見て唖然とした表情をしている美九にも被害が及びそうだったので、やや控えめに。

 手を薙ぎ払いつつ、言う。

「薙げ、『風魔』」

 生み出したのは、風。

 ただの風では効果がなかったかもしれないので、八舞姉妹の霊力を基に創り出した。

 二撃目、三撃目と繰り返すと、叫びながら吹き飛ぶ隊員たち。

 よし、この間に……。

「美九!逃げるぞ!」

「はい?……って、え。きゃあぁぁぁ!?」

 なるべく早く美九の下へと飛び、減速せずにその身を抱く。

 俗に言う、『お姫様抱っこ』というものだ。

 聞こえる悲鳴を無視して、俺はその場から去った。

 

 ある程度の距離を飛ぶと、一旦着地し、霊装と翼を消す。美九も、普通の衣装になってもらう。

 美九の場合は戻るとステージ衣装へと戻る可能性があったので、視認情報で衣装を変えてもらった。

 本人は一度しかやったことがないと言っていたが、まあ、なんとかなった。

 そして今はというと……。

「なんで逃げたんですかぁ?折角色んな女の子がいたのに、もう戻れないじゃないですかー。大体、許可なく私を触りましたね?万死に値するのでぇ、一億回死んでくださいー」

 とまあ、こんな感じ。

 霊力を作ると場所を感知されると思うので、途中から徒歩にして移動している訳だけども、道中ずっとこれでは、こっちが疲れる。

 なので無視して歩いているわけだが、なぜか付いてくるんだよなあ。もう帰っていいぞ、とは言ってあるのに。

 あれか。文句が言い足りないのか。そうなんだな。

「別にあのままでも良かったんだけど、お前に被害が及ぶ可能性があったからな。面倒だし、退散させてもらったんだ」

 俺も俺で、たまに言い返したりもするがな。

 さて、そろそろ見えてきたぞ。あ、いや、別に案内しているわけではないのか。

「何処ですか、ここ?」

「さあ?知らね」

 とある建物の中に入り、階段を上っていく。

 未だに付いてくる美九が疲労の色を見せ始めた頃、やっと着いた。

 勿論、この建物の一番上。最上階。

 屋上だ。

 俺は、外へと続く扉を開く。

 すると、

「ようやく戻ってきおったか、七海。早速、真実を暴く為の裁判を始めようではないか」

「詰問。七海、今からの質問に、全て、正直に、答えてください」

 うおっ?なんだ?

 扉を開けると、すぐに耶倶矢と夕弦が詰め寄って来た。

 はて、真実?質問?

「ふふ、そんなに焦らずとも、いずれ答えはわかりますわ。大体、今の七海さんに聞いても無意味でしてよ?」

 あれ、狂三?まだいたのか。服も、私服になっているな。

 そして、相変わらず、何かを知っているようなことを言うんだな。

 台詞だけ聞くと、耶倶矢と夕弦を止めてくれているんだろうけど。

「まあっ!」

 後ろから、そんな声が聞こえた。

 振り返ると、先程までの疲労はどこへやら、目を爛々と輝かせた美九の姿が。

「なぁんだ。こんなに可愛い娘がいるじゃないですかぁ。何で言ってくれなかったんですかー。あ、私を驚かせるためのドッキリプレゼントなんですね?」

「誰がやるか。俺の大切な人達を、物みたいに言うんじゃねえ」

 まったく、プレゼントでもねえし、勝手に付いてきてたのはお前だし、絶対にやらねえっての。

 いやまあ、俺だって付いてきていたのを止めなかったけども。

「……七海、こやつは何者だ?」

「嘆息。また新たな女性関係発覚ですか」

「い、いや、こいつとは今日会ったんだけど」

「疑問。今日会ったばかりの少女を、七海は連れ歩いていたのですか」

「…………」

 何も言い返せねー。

 また体を前に向けた所為で後ろからは、「早く紹介してくださいよー。一億回が五千万回ぐらいには少なくなりますよ?」っつー声が聞こえるし。しかもたった半分だし。

「あら?」

 なんか微妙な顔をしていると、皆より一歩下がって見ていた狂三が、何かに気付いたかのように近付いて来た。

「……七海さん、そこ、どうかしましたの?」

 ん?そこ?

 狂三が示す先には、俺の脚があって――――――

 ああ、そういえばそうだったな。

「んーまあ、怪我してんだけど、名誉の負傷ってことで。あんまり痛い訳でもないし、大丈夫だ」

 いつの間にか痛みは引いていたが、そういや怪我してんだよな、俺。

 包帯がぐるぐる巻かれたいたから止血はしてるだろうし、破れたりしていた箇所は創りだすことで隠していたんだけどなあ。

「どうして気付いたんだ?」

「七海さんの立ち方が、そちらの脚を庇うようなものに思いまして。注意すれば、違和感にも気付きますわ」

 あー、納得。

 まあ、包帯巻いたりしてるし、違和感があって当然か。無意識に庇う立ち方にもなっていたようだし。

「七海、その傷、どのくらい酷い?」

「さ、さあ?」

「要求。ちょっと、見せてくれませんか」

 え。

「ここで脱げと……?」

 流石に嫌なんですが。

「大分深いですよー。もう、繋がっているのが不思議な位でしたねー」

 その声に振り向くと、美九はどこかつまらなさそうな顔でいた。

 なんでお前がそこまで知っているんだ?

 ……まさか。

「もしかして、お前がこれを巻いてくれたのか?」

 訊くが、美九は、ふん、と顔を背ける。

 しかしそれは、肯定としかとれなかった。

 ならば言っておくことがある。

「――――――ありがとう」

「別に、あなたの為ではありませんよー。あまりステージを汚されるのも嫌だったので、仕方なくですー」

 はいはい。

「でしたら、早々に手当てをした方が得策でしてよ」

 そうだな。狂三の言う通りだ。

 しかし、俺と耶倶矢、夕弦はともかく、狂三や美九はどうすんだ?

「……とりあえず、家、寄っていくか?」

 尋ねると、

「あら、いいんですの?わたくしがお邪魔しても」

「ぜぇーったいに、嫌ですねー。男の家に上がるなんて、考えるだけで鳥肌が立ちそうですぅ」

 両極端な答えが返ってきた。

 それじゃあ、

「耶倶矢、夕弦、狂三は俺らの家に戻るとして、美九は――――――」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 俺の声に被せるような美九の台詞に、言葉を中断させる。

 で、どうした?

「もしかして、この場にいる全員が、あなたの家に行くつもりですかー?」

「まあ、そうなるわな。もとより俺と耶倶矢と夕弦、あー、そこの双子な?は、一緒に住んでるし」

 言うと、美九はものすごい剣幕で、

「やっぱり、私も行きます。そして愛でさせてください」

「え?」

 あら、一瞬で考えが反対に。

 まあ別にいいけどもさ。

「……それじゃあ、行くか」

 そして、俺らは階段を下り始めた。

 ……傍から見れば、俺がハーレムのリア充野郎に見えるのは気にしない。誰だ、全員女だろうとか言った奴。




 ちょっと今回、口調とかが迷走気味ですね。すみません。
 狂三は狂三で難しいし、美九は『ぁ・ぃ・ぅ……』と『-(伸ばす音)』との使い分けが難しいです。

 読み返して思いますが、毎度毎度、終わる度に口調が違うと思ってしまうんですよね。改善もできませんが。
 読んだことはありませんが、他のデアラのssを書いている人はそこら辺、どうなんでしょう。

 今後の予定としては、あと2、3週間後(2~5話後)ぐらいが美九編で一番盛り上がりそうなんですよね。自分の中では。
 それまで、多分、迷走爆走します。ご了承ください。
 ほら、ノッて書ける時と、そうでない時との落差です。はい。すみません。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 あれ、美九編よりも狂三編の方が構成が出来ている……?


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第24話

 活動報告にもありました通り、今日、ifを、凍結として再投稿しました。
 数ヶ月は更新が無いということですが、よろしくお願いします。

 先に言います。今回、美九はあまり出てきません。
 といより、この話は『繋ぎ』みたいな役割なので、あまり本編に関わらなかったりもするんですよね……。

 それではどうぞ。


 途中からは耶倶矢と夕弦に案内を頼み、俺だけは別の道を行った。

 人目のない所を探し、裏路地へと入る。

 さてと、多分こっちにも観測機は回ってるだろうし、と。

「見ているなら応答を頼む」

 ポケットからインカムを取り出し、右耳に装着。

 インカムは、一応、ということで渡されていたのだ。

 しばしの間があり、

『ん、聞こえてるかい?』

「あれ、令音さんですか?」

 ああ、と返事をする声は、ラタトスクの解析官、村雨令音さんの声だった。

 ということはつまり、琴里はいないのか?

 いや、俺はこれを初めて使ったわけだから、俺に対しては令音さんが出るってことになってるのかもしれない。

『そうだが、いいタイミングだった。丁度、そちらに連絡をとろうと思っていたところでね』

 そうなのか?そしてまた、どうして?

「とりあえず、俺をフラクシナスに転送してくれないか。頼みがあるんですが」

『わかった。では、少し待っていてくれ』

 言われた通り少し待つと、浮遊感が俺を襲った。

 

「それで、頼みとはなんだい?」

「ちょっと、傷の治療をしてほしいんですが」

「……ああ、あの時の」

 あの時?俺の傷を知っているのか?

 いや、観測機が回っていた可能性がある以上、真那との戦闘だって見られている可能性もあるのか。他にも、美九との会話だって。

「では、ちょっと付いてきてくれ」

 そう言って、令音さんは歩き出す。おそらくだが、医務室的な場所に連れて行ってくれるのだろう。

 通路を幾度も曲がって、ある扉の前へと辿り着いた。

 ふむ、ここが医務室なのかな?

 随分と遠かったが、意外と、俺に道を覚えさせないためっていう線も考えられるぞ。考えすぎか。

 特に何も言わず、中へと入る。

「そこのベッドにでも腰掛けていてくれ」

 示されたベッドに座り、色々と準備をしている令音さんを待つ。

 まあ、傷がバレている以上、何を用意したらいいのかも分かるからか。

「……ん、一応、傷を見せてくれないか」

 用意を終えたらしい令音さんが言ってくる。

 だが、女性の前で下を脱ぐのは憚れる。

 ……あ、そうだ。

「……っ」

 俺は、小振りのナイフを創り出し、傷があるのであろう箇所を適当に切り裂いた。

 皮膚には触れないよう気をつけたつもりだが、冷たい感触が傷口付近に触れ、微かな痛みを得る。終わったら消す。

「えっと、これですね」

「これは……」

 表情は動かないが、多分驚いているのであろう令音さん。

 彼女に傷口を見せると、言葉を失った。

「……痛みはないのかい?」

「ええ、まあ。あんまり」

「……おかしいな……これ程の傷なら、普通、痛みで立つことも出来ない筈なんだが……」

 な、なにかぼそぼそ言ってる。

 令音さんは、考え事をするように何事かを呟いていたが、待っていると意識をこちらに戻してくれた。

「この傷なら、傷跡が残らないように治療することも可能だろう。どうする?今すぐやるかい?」

「どのくらい時間がかかりますかね?」

「ふむ……傷口を塞ぐだけなら、夕飯の時間には間に合う筈だ」

 傷を見ながら、令音さんはそう告げる。

 夕飯までには、か。

 食材は冷蔵庫にあったと思うし、もし間に合わなかったら、耶倶矢と夕弦に頼むとして……。

 あ、それじゃあ。

「それじゃあ、傷口を塞いだ後に、傷跡が残らないようにするっていうのは可能?」

「ああ、大丈夫だと思う」

 それなら、

「よろしくお願いします」

「ん、わかった。ナナは寝ていても構わないよ。こちらの用件は、また後日でもいい」

 そう?ならお休みなさい。流石に疲れたんだ。

 腰掛けていたベッドに横になると、自分で思っている以上に疲労が溜まっていたのか、すぐに意識が遠のいていく。

 そうして眠りに落ちる直前、一つの疑問が生じた。

 ……ナナって、まさか、俺……?

 

「……んにゅ」

 やべ、変な声出た。

 あれから何時間経っただろうか。俺は目が覚めた。

 まだ重い頭を上げて、周りを見渡す。

 えーっと、確か……。

「医務室、か」

 正式名称は知らないがな。案外、合ってるかもしれん。

 ん?あれは何だろうか?

 辺りを見渡す身のすぐ下。小さなテーブルに、一つの置手紙が置いてあった。

 書かれていた内容は、

『ナナへ。

 もう傷は塞いである。起きても大丈夫だ。

 先程、八舞姉妹から連絡があってね、早く戻って来いとのことらしい』

 どうやら令音さんらしい。書き方で判断するが。

 後は、それ程重要な内容ではなかった。戻るときは、司令室に一度寄って、戻る旨を伝えておけってことぐらいかな。

 しかし、もう塞がったのか。流石ラタトスクの科学力。

 あと、耶倶矢と夕弦が怖い。先程って、いつだよ……?

 でもまあ、あの二人の他に、狂三や美九も置いてきてしまったしな……。

「んじゃあ、戻るか」

 呟きながら、ベッドから起き上がる。

 ズボンはそのままだが、まあ、創るか。

 ……よし、戻した。これで元通り。

 ……って、俺、

「司令室までの行き方なんて分からないんだが……」

 よし、適当に歩こう。

 そう思い、俺は医務室を出た。

 

 なんとか家に戻って来たのは、もうすぐ七時も半ばを過ぎる頃だった。

 家の扉の前で深呼吸。心を落ち着かせる。

 さて、入ると同時に何て言う?常識的に「ただいま」が妥当か?いや、入りはそれでいい。問題はその後。リビングなんかに入る時だ。ここを考えるんだ。やはり「ただいま」か、それともいきなり「すまん!」と謝るか。他には……。

 うーんと唸って考えるが、答えが決まらないので、その場その場で乗り切ろうという結論に。

 ということで、解錠して、扉を開ける。

「ただいま~……」

 あー、情けない声になっちまったー……。

 何故か忍び足で足音を立てないようにしながら、やけに大人しいリビングのドアを開ける。

「た、ただい……!?」

 バタン!と、静かに開けていた扉を力任せに開ける。

 なにしろ、俺の目に映っていたのは、

「耶、耶倶矢!?夕弦!?どうしたんだ!?」

 床に敷いたカーペットに俯けで倒れる、二人の姿だったのだ。

 急いで駆け寄り、手前にいた夕弦を抱え上げ、耶倶矢にも声をかける俺に、頭上から声がかかる。

「あら、お帰りなさいませ、七海さん」

「く、狂三……!?お前は、大丈夫なのか?」

「ふふ、一体、何のことを言っていますの?」

 あまりの光景に周りが見えていなかったらしい。後ろにはソファに座った狂三がいた。

 しかし、何で狂三だけ倒れていないんだ?それに、美九は……?

「一緒にいた声の綺麗な方は、つい先程帰られましたわ」

 声の綺麗な方……美九か。

「じ、じゃあ、この二人には何があったんだ?」

 焦るように狂三に問いかけるも、彼女は微かな笑みを浮かべるのみ。

 ったく、どうしたんだっていうんだよ?

 部屋は多少散らかっているものの、荒れているわけではないので、戦闘があったわけではないだろう。

 なら、一体何があった……?

 ここで狂三が何かしたという考えが浮かばないのは、俺が精霊に甘いってことかな。

 心のどこかでそう思いながら考える眼下、

「確……認。七海、ですか……?」

 夕弦が起きた。

「あ、ああ、七海だ!夕弦、一体何があった?」

「うぐ……煩いぞ、七海よ。我らが静寂を望んでいることを察さぬか……」

 耶倶矢も起きたか!静寂の使い方を間違っている気がするぞ。

「で、どうしてこんなことに?」

「要求。七海、あの女性はもう、夕弦たちに近付けないでください」

「あの女性って、美九か?またどうして?」

「説明。実は……」

「ふむふむ」

 

「要は、美九の『愛情』表現に付き合わされ、あんなことやこんなことをやらされて、結果、美九が帰った後に疲れて倒れていた、と。そういうこと?」

「ふ……大方正解だ」

「……確かに、愛でさせて、とか言ってた気がするなあ……」

 何をやらされたのか詳しいことは教えてくれなかったが、大体のことは把握した。ちなみに狂三は、いつの間にかいなくなっていたらしい。

 あの時微笑するだけだったのも、詳しくは知らないのを隠すためだったのかな。

 あれから十数分。もうすぐ八時になるな。

「して七海よ。何故こんなに遅い?相応の理由があるのだろうな?」

「あ、ああ。ちょっとフラクシナスに行って、傷の治療をしてもらってたんだ」

「心配。では、もう傷は……」

「今度また行かないと行けないだろうが、とりあえずは大丈夫だ」

 まあ、時間があれば向こうから呼び出されるだろ。

「じゃあ、そろそろ夕飯の支度をするか。勿論、狂三も食っていくよな?」

「え?わたくしもよろしいんですの?」

「当たり前だろ。何を言ってやがる」

 目を丸くして驚いていた狂三だが、俺がそう言うと、表情を微笑に変えた。

「ふふ、では頂くことにいたしますわ」

「おお。そうしろそうしろ」

 さて、冷蔵庫には何があったけなあ?

 別に三人も四人も手間は大して変わらないんだが、材料が足りるかどうかだな。基本三人分で買ってるし。

 俺は別に大食いというわけでもない、むしろ普通の高校生男子より小食だと思うんだが、耶倶矢と夕弦が意外と食うんだよな。こっちの世界に来ての新発見。

 あ、そういや前の世界で、「東雲くんって、あんまり食べないんだね。ほら、私たちと同じくらい」とか女子に言われたことあったな。あれはつまり、俺が女子と変わらないってことなのか。

 ……今はそれはどうでもいい。

「えー……俺がいつもよりやや少なめにすれば、何とか足りるよな……?」

 冷蔵庫の中身を思い出しつつ、黒色のエプロンをつけて手を洗う。

 いっそのこと鍋系にするか?鋤焼(すきや)きとか。あれ?これって鍋になるよな?

 でも狂三の味の好みとか知らないしなあ……。

「……豚肉あるし、生姜焼きでもすっか」

 そうと決まれば早速調理開始だ。投げやり気味だったのは気にしない。

 豚肉に下味を揉み込ませ、玉葱(たまねぎ)を五ミリほどにスライス。同時に、砂糖や味醂(みりん)、すりおろした生姜などの調味料も混ぜておく。

 熱したフライパンに油をひかないで、小麦粉をまぶした豚肉を先に焼き、火が通ったら玉葱を加えて炒める。

 玉葱が少し透き通ったところで混ぜておいた調味料を絡めながらさらに焼く。

 そんなこんなで時間も経って……。

「ほい、完成」

 テーブルの上を片付けさせ、出来た料理を並べる。

 献立は、キャベツやミニトマトを合わせた豚の生姜焼き、味噌汁、白飯、あと一緒に作っておいた肉じゃがなど。

 おお、と目を輝かせる耶倶矢や、感嘆といった表情の狂三などの食器も並べ、

「んじゃ、いただきます」

 手を合わせ、斉唱。

 そうして、平和に食事が始まった。

 

 その後も、特に問題は起きず、狂三を無理矢理泊めさせて、今は夜。

 それぞれが風呂も終え、客間に狂三用の布団を敷いて、俺は自室にいる。

 耶倶矢と夕弦はもう寝ただろうが、狂三は起きてそうだなあ。

 ……狂三。

 分かっているだけでも一万人以上を殺し、それ以上の人間を喰らい尽くした、『最悪の精霊』。

 のはずだ。

 だが、今日知ったことは、

「……殺した数は数百人、多くても四桁はいかない、か」

 あと、『最悪』ではない、『悪しき』精霊、か。

「……どういうことだ……?」

 原作と違う、その情報。

 それは本来、有り得ない筈の差異。

「……今度、琴里に訊いてみるか」

 呟いて、俺は横になった。

 扉の外の気配に、情報に、あえて気づかない振りをしながら。




 れ、令音さんの口調がわからん……!
 はい、ということで前書きの通り、美九が出てきませんでした。残念。
 前回の後書きでは、あと数話で盛り上がる。はず。とか書きましたが、このままで大丈夫でしょうか。普通に倍以上かかりそうな気がしてきました。

 早くアンコール3が読みたいです。金欠なので、お年玉貰った後でしょうが。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 勉強なんてやってられっかーーーー!!!!(現実逃避)


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第25話

 えー、流石に話題が無いですね……。

 今回、前々回のあとがきに書いてあることを守る為に、やや急展開というか、無理矢理というか、そんな感じになってしまってます。すみません。

 書くことも無いので、それではどうぞ。


「ふむ……」

「どうしたんだい、エレン」

「ん、アイクですか。いえ、少し興味深いものを見つけまして……」

「興味深いもの?」

「ええ。少し前に確認された、霊力を感知できない精霊、〈ディザスター〉のことです」

「ああ、あの。……だけど、エレンが興味を持つなんて、その精霊に何かあったのかい?」

「そうですね……。先程まで、〈ディザスター〉の映像を見ていたんですが……」

「それで?」

「どうやら、〈ディザスター〉は日本の天宮市にいる様子。そこは、数ヶ月前に〈プリンセス〉も確認された場所」

「ああ、許可するよ」

「……まだ、何も言っていません」

「はは、すまないね。でも、そこに行きたいんだろう?」

「……感謝します。ただし、アイク。貴方も一緒に行きますよ」

「ああ構わないとも。それに、君が興味を持ったという精霊を、僕も見てみたいしね」

 

 週明け。

 今週末は、急遽狂三の生活必需品等を買いに行くことが決定されたので、土曜に予定していた耶倶矢と夕弦とのデートは先送りとなってしまった。本当に申し訳ない。

 日曜は、フラクシナスに行って、傷の再治療。おかげで傷跡も残らなかったが、一日中艦内にいた。なんとか夕飯時には戻ってこれたが。

 その時ついでに、狂三―――――ラタトスクに合わせるなら〈ナイトメア〉―――――について聞いてきた。

 結果分かったことはといえば、真那が言っていたことは全て真実だったということ。

 一応、前の世界での狂三の情報を教えたが、逆に不審がられた。

 なんで俺が知っている情報と、今この世界での狂三の情報が違うのか考えてみたが、やはり答えはわからない。

 ただ、はっきりしていることが一つだけあった。

 即ち、俺が関係しているということ。

 八舞姉妹を例とすれば、俺が関係したことで、様々な場面での差異が出ていた。だから、今回もそうじゃないかとは思っている。

 しかし、俺と狂三に、接点は無かった。

 だからこそ、理由がわからないんだ。

「はー……」

「疑問。どうかしましたか?」

「ん、いや、何でもない」

 思わず漏らした溜め息に反応して、夕弦がこちらを覗き込むように話しかけてきた。

「ふん、七海よ。折角我らと共に学び舎まで向かうというのに、溜め息を()くとはいい度胸だな」

「わ、悪い」

 今俺らは、学校へと登校している最中だ。

 耶倶矢たちがまだ寝ている頃、朝食や弁当の準備をしていた俺の次に起きてきた狂三は、今はどうしているだろうか。

 まあ、やることがあると言っていたし、昼食も作り置きしてある。心配はないだろう。

「……悪いな、ほんと。今週末、埋め合わせするから」

 俺が言っているのは、延期になってしまったデートのことだ。

「かか、なに、たとえ時が延びようと、その分我らが歓楽を味わえるよう図ればいいのだ」

「約束。今週末こそ、絶対にデートしましょう」

「ああ」

 とまあ、そんな会話をしつつ、俺らは歩いていく。

 

 確か来禅高校って、進学校の筈だったんだけどな……。

 意外と簡単な授業を終え、帰宅の準備をする。

 さて、今日は平穏に終わった。

 ……今日『は』とか言ってて悲しくなる。

「んじゃ、帰るか」

「うむ」

「返事。わかりました」

 クラスメートの女子と談笑していた耶倶矢と夕弦に声をかけると、そんな返答がきた。

 少し離れ、その女子生徒に別れを告げるのを待つ。

 しばしの後、こちらに来た二人を連れて教室を出た。

 そして、靴箱を出て、校門へと向かう。

 しかし……。

「?やけに騒がしいな」

 その校門の付近に、人だかりが出来ていた。

 なんだなんだ。

 不審には思うものの、帰る以上そこを通るので、近くに行くこととなる。

 人を分けて外へと出ようとする途中、

「あ!そ、そこの人に用があったんですよー」

 ん、どうやらこの人だかりの中心というか、原因の人が何かを言ったようだ。周りが騒がしくて何て言っているのかまでは聞き取れなかったが。

 まあ、俺には関係ない。どうせすぐにここも抜けるだろうし、後ろに付いてきている筈の耶倶矢と夕弦と一緒に早く帰ろう。

 そう思っていると、突如、人がいなくなった。

 いや、正確には、人が俺らから離れたのだ。

「……?」

 あたりを見渡すと、どうやら俺らを遠巻きに見る名前も知らない生徒たち。

「やっと見つけましたよー、『だーりん』っ」

 疑問に思っていると、声と、右腕に柔らかい感覚が。

 ぶわぁっ!!と、なんか冷たい汗が出てきた。

 だって、なあ?この声、聞いたことあるんだもん。

「み、みみみ、美九……!?」

「はい、美九ですよー?どうかしましたか?」

「こ、これは、その、どういう……?」

 右側に視線を向ければ、ニコニコした表情の少女の顔が。

 美九だった。

 実は俺よりも美九の方が身長が高いので(といっても、2センチ程だが)、必然的に、顔と顔の距離が近くなっている。

「忘れちゃったんですかー?まったくだーりんは忘れんぼさんですねー」

 くすくすと笑う美九。

 俺としては、今現在この状況についていけてないし、後ろから怒気を感じるし、なにより美九のこの態度に激しい疑問を生じさせていたので、逆に笑ってしまう。ずいぶんと固まった笑みだが。

「こんな所で立ち話もなんですし、どこかへ行きましょうかぁ。あ、耶倶矢さんと夕弦さんも一緒にどうぞー」

 と言うやいなや、俺の腕を掴んだまま歩き出した美九。勿論、行き場所なんて知らない。

「ま、待たぬか!我らは何も……って、聞いてないし!」

「追跡。追いかけますよ、耶倶矢」

「分かってるし!」

 

 ある程度歩き、人がいなくなったところで美九は手を離した。突き放すように、だが。

「とっとと……」

「勘違いしないでくださいよー?あくまでもあれは、あの場から逃げるための演技ですからねー?決して、決っっして、勘違いしないように」

 わかりましたかー?と訊いてくる美九に、はいはい、と適当に返す。

 後ろを見れば、耶倶矢と夕弦も追いかけてきていた。

「ったく、人が面倒なら、お前の声でも使えばよかったのに。たとえASTが来ても、俺が撃退できるし」

「一度はしたに決まってるじゃないですかぁ。でも、何回やってもそのうちまた集まってくるので、流石に面倒になりましてー」

 さいですか。

 ともかく、

「……で?一体何の用だ?」

 ようやくやって来た耶倶矢と夕弦を背に、俺は問いかける。

「はっ、そうでしたぁ」

 忘れてたんかい。

「そのー、今日も家にお邪魔したいんですけどぉ、良いですよね?」

「え?……別に俺は―――――」

「ふ、不許可に決まってんでしょ!」

「拒否。今日は駄目です。というより、今日も駄目です」

 俺の声に被せるように、後ろの二人が声をあげる。

 ……あ、あー、成程。

「確かにお前ら、美九に苦手意識持ってたもんなあ……」

 そういや先週末、俺がフラクシナスに行ってる間に、美九の『愛情』表現に付き合わされたんだったな。

 それが起因して、今の言葉になっているのだろう。

「んなこと言わずにさ。今日は俺もいるし、折角こんな所まで来てくれたんだから、家にぐらい上がらせてもいいだろ?」

 諭すように、説得を試みる。

「む、むう……七海が、そう言うのなら……」

「……承諾。わかりました」

 ふう、よかった。意外にあっさりと引き下がってくれた。

 そういや、何で美九は俺らが来禅高校って知ってんだ?

 ……先週美九と会った時、俺や後ろの二人は制服だったからか。

「んじゃあ、行く?」

「はいー」

 ということで、色々あったが、家に帰るか。

 おそらく、今日の餌食は……。

 

 狂三。

 だと思ったんだけどなあ~……。

「い、いないし……」

 家に戻ると、狂三の姿はなかった。

 買っておいた狂三用の物品はあるが、今日中に戻ってくるかな?

 手洗いうがいの後、美九をリビングに呼ぶ。

 まあ、着替えるのは後ででいいか。

「あれー?あの黒髪の美少女はいないんですかー?今日は彼女を存分に愛でたかったのに」

「……予感、的中」

 小さく呟く。

 一応、客間を覗いてみるか。

 戻ってきた八舞姉妹を置いて、客間へと行ってみる。

 扉を開け、中を覗くが、その姿は無い。

 ただし、声をかける。

「……ただいま。美九が帰ったら呼びに来るから、それまでは好きにしていてくれ。なんなら、こっちに来ても構わない」

 言って、扉を閉める。

 なぜ声をかけたか。

 理由は簡単だ。

 部屋に狂三の姿はなかった。代わりに、影があったのだ。

 それはきっと、狂三が中にいる影。

 その場にずっといたのは、どこかに行く必要が無いから、ずっと動かなかったからか。

 だから、声をかけておいたのだ。

 さて、やることはやったし、美九の監視をしておきますかね。

 そう思い、リビングへと入る。

 すると、

「お、七海、丁度良い。携帯が鳴っておるぞ」

 入ると同時にかけられた耶倶矢の声に、俺は急いで鞄のもとへと向かう。

 携帯は、ちょっと前に買ってきたやつだ。ちなみに、同じ機種の色違いを耶倶矢と夕弦にも買ってあげた。

 見れば、相手は、

「……琴里?」

 どうしたんだ?あいつから電話をしてくるなんて珍しい。

 そう思いつつ、再度部屋を出て、電話に出る。

「もしもし?どうした?」

『七海ね?』

「ま、まあ七海だが」

 やけに焦った第一声だな。

『今から言うことを、ちゃんと聞きなさい』

「?」

 電話越しでは俺の疑問は伝わらないのか、無言を促しと受け取ったのであろう琴里は、一気に喋りだす。

『今天宮市に、所属不明の空中艦が向かって来ているわ。一応、フラクシナスでも迎撃態勢は整えているけど、何があるか、何の目的かも分かっていないから、十分気をつけてちょうだい』

「……で?」

『それだけよ。そっちに〈ディーヴァ〉や〈ナイトメ……いえ、狂三、でしたかしら?まあ、その二人の霊力を感知しているから、くれぐれも危険の無いようにしなさい』

 言われなくても分かってる。

 でもな、琴里。

「……自身に降りかかるかもしれない火の粉、いや、炎は、消去するのは当たり前だろ?」

『言うと思ったわ。なら、耶倶矢や夕弦もどうにかしなさいよ』

「ああ」

 それじゃ、と言って、電話を切る。

 さてと、一旦リビングの戻るか。

 いつの間にか随分と騒がしいリビングへの扉を開ける。

「あぁんもうー、少しくらい良いじゃないですかぁ」

「貴様の少しは、我らに多大な損害と疲労を与えるであろう!?ならば逃げるのも道理!」

「発見。七海、電話は終わりましたか」

 部屋の中では、美九が耶倶矢と夕弦を追いかける姿が。

 まあ、基礎体力というか、運動神経的なものの差の所為で、全く捕まってないが。

 平和だな、と思う俺は、流石に鈍感だろうか。

「耶倶矢、夕弦、美九も。少し話がある」

 っと、その前に。

 俺は、聞こえていることを前提として、声を張り上げる。

「狂三!少し話がある!こっちに来てくれ!」

 言い、ほんの数秒待つと、リビングの扉が開いた。

「どうかなさいましたの?七海さん」

「よし、全員集まったな。美九も、一応聞いておいてくれ」

 すぐに出るつもりだから、狂三を俺の後ろから耶倶矢たち側に移動してもらった後、立ったまま話し出す。

「少し、急用が出来たんだけど――――――」




 冒頭の二人の会話、口調が全く分からないので、なんか変な感じになってしまいました。ご了承ください。

 さて、ようやく盛り上がる回になります。なる筈です。
 ただし、あくまでも自分の中では盛り上がる、でして、書き終えた後に皆様がどう思うかまでは分かりません。
 もしも「微妙」と思う方がいたならば、先に謝っておきます。すみません。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 次回(もしくは次々回)、ようやくVS○○が書けます!やった!


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第26話

 1日二話登校ですねっ。よく持った、自分!

 先程、評価を付けられたのに今更ながら気づきました。評価をつけてくれた方、有り難う御座います。
 いや~、1点とかだったらショックだったんですが、まあまあ良いと言える(自分の中では)点数だったので、ほんとに嬉しいです。

 それでは、どうぞ!


 どこか不気味さを彷彿させる曇天だった。

 そんな光の少ない空を、三つの影が飛んでいた。

 一つは、黒の光という矛盾した光を放つ、ロングコートのような衣装と、翼のある少年。

 残りの二つは、それぞれ多少の差異はあるものの、左右対称となった拘束着のようなものに身を包む、瓜二つの少女。

 彼女たちは、片方が紫紺の髪を持つスタイル抜群の少女を、もう片方がゴシック調の服を纏う、左目に時計の模様を持つ少女を抱えていた。

 順に、七海、耶倶矢と夕弦、美九、狂三だ。

 彼らは、少年を先頭に、高速で飛翔する。

 

「……そろそろ降りるぞ!」

 俺は後ろに向かって声を張り上げる。

 数瞬飛び、一気に急降下していく。

 そして遠かった地面にぶつかる寸前、体勢を変え、静かに足から着地する。

 後方を見れば、丁度耶倶矢と夕弦も同じように着地していた。

 その後、それぞれが抱きかかえていたりしていた、狂三と美九を降ろす。

「すまない、お前らに頼んでしまって」

「かか、気にすることはないぞ七海よ」

「首肯。風の精霊である夕弦たちの方が、飛行の際は安全でしょうし」

「まあ、そうだな」

 次いで、美九と狂三にも声をかける。

「大丈夫だったか?といっても、俺が運んだわけじゃないけど……」

「ひひっ、心遣い、感謝しますわ」

「大丈夫ですよー。耶倶矢さんの胸の感触は気持ち良かったですしー」

「ちょ、ちょっと!?」

 そうか。変態だな。

 思いつつ、俺は、ちょっと前の会話を思い出す。

 なんせ、流石に全員付いてくるのは予想外だったんでな。

『疑問。急用ですか?』

『ああ。降りかかる炎を打ち消す仕事だ』

『……もしかして、さっきの電話?』

『まあな。なに、別に気にすることはない。さくっと終わらせてくる』

『あらあら、何を勝手に行こうとしてますの?』

『え?』

『くく……御主が行くと言うのならば、我ら颶風の御子、八舞耶倶矢と』

『同調。八舞夕弦がお手伝いします』

『わたくしも、同行させていただきますわ』

『え?……え?』

 とまあ、こんな感じ。

 耶倶矢と夕弦が一緒に来ようとするのは予測できたが、まさか狂三まで付いてこようとするとは。

 そして、美九も。

『ま、待ってくださいよー。もしかして、私、置いていかれちゃいますかぁ?』

『あ……。ど、どうする?家まで送ろうか?』

『いえいえー。耶倶矢さんや夕弦さん、あと、そこの黒髪さんも行くなら、私も行きますよぉ。どうせ、それほど大きな問題ではないんでしょう?』

『いいのか?もしかすると、来なかった方が良かったと思うかもしんないぞ?』

 あの時、何度訊いても、美九は頑として意見を変えなかったんだよな。

 で、流れで一緒に行くことに。

 ほんと、狂三や美九は何で来たんだ?まったく分からん。美九は、多分本心じゃないだろうし。直感だけど。

 そんなこんなで、今に至るわけだが。

 俺は制服から霊装、『神威霊装・統合(セフィロト)』になり、他の四人もそれぞれ霊装になっていた。

 そういやこの霊装になった時、八舞姉妹は結構驚いてたな。

 霊力を感知したのか、飛んでいる最中に空間震警報が鳴り、今降り立ったこの場所にも人影は無い。

 ま、都合のいいことではあるな。

 だが、ASTがやって来ないのは不思議だ。

 そう思う俺の右耳から、声が聞こえた。

『そろそろ見える筈よ。空を見てちょうだい』

 言われた通り、いつの間にか曇った空を見上げる。

 見渡せば、俺のやや左に、何かが飛んできているのが見て取れた。

 距離があるから分からないが、大分大きい。

 っていうか、

「あれ、〈アルバテル〉、だったか……?」

 確か、DEM社の空艦。

 しかし、何でだ?嫌な予感がするし。

『何、あの空中艦を知ってるの?』

「まあ、な。とりあえず時間が無いから一言だけ言うが、あれは敵だ」

『……そう、わかったわ。それじゃ、頑張んなさい』

「あいよ」

 流石に首が痛くなったので、一度視線を正面に戻し、再度見上げる。

 さっきよりも大きく見えるその空中艦、多分、〈アルバテル〉。

 それから推測されることは何だ?

 ……ちょっと、やばいな。

「一体なんなんですかー、あれは?」

「敵、だろうな」

 まだ向こうは近づいているだけで、これといったことは何もしていないので、俺らは黙って見ているしかない。

 そうして、何分経っただろうか。

 空中艦の全貌を見て取れる距離まで近づいてきたので、よく観察してみると、やはり〈アルバテル〉だった。

 と言っても、前の世界で見たアニメを思い出すに、だが。

 こちらが見上げて待つ中、突如として。

「…………!」

「にょわあ!?何か降ってきたし!」

「確認。あれは……」

「機械、ですかしらねェ」

「……まさか、ホントに危険だったんですかぁ?」

 丁度こちらが〈アルバテル〉の艦首の下あたりに入った瞬間のことだ。

 下部ハッチが開いて、無数の人型が降ってきたのだ。

 それを見た俺は、叫ぶ。

「〈バンダースナッチ〉……!?」

 無人で動く戦闘機、みたいな解釈で合ってるよな?

 無数に降ってきた人型は、〈バンダースナッチ〉だった。

「どういうことだ?何でDEMがここで出しゃばってくる?」

「「七海!」」

 考える俺に、耶倶矢と夕弦から声がかかる。

「あの人型共は一体何奴ぞ?」

「質問。夕弦たちは、どうしたらいいですか?」

 ……そうだな。考える前に行動しないと。

「悪い、こんな事態に巻き込んでしまって」

 先に謝って、言葉を続ける。

「俺に、力を貸してくれ」

 その問いに、三つは肯定の返事がきた。

 あとは……。

「美九」

「なんですかぁ?」

「すまないが、お前の力も貸してくれ」

「……しょうがないですねー」

 !美九!

「あくまでも私は、耶倶矢さんたちに力を貸します。あなたには助力する気はないので、そこら辺覚えといてくださいねー」

「それでも十分だ。ありがとう」

 あとそれと、

「俺の名前は七海。いい加減覚えてくれ」

 そんじゃ、

「行くか!」

 そして、早くも地上へと降り立ってきた敵影へと、俺らは突っ込んだ。

 

「【無限(アイン・ソフ)】!」

 翳した手から、無数の光線を放つ。

 それは幾体もの〈バンダースナッチ〉を貫通し、一気に二桁ほど再起不能となる。

 だがそれでも、数は減ったように見えない。総数が多い所為だ。

「まったく、数が減りませんわね、っ!」

「そうだな!」

 戦闘中だからか、どうしても強くなる語気で、狂三の声に返事をする。

 先程から聞こえている音楽のおかげで、大分楽に倒せるんだけどな。

 一瞬、ちらりと音源に目を向ければ、美九が〈破軍歌姫〉を顕現させ、【行進曲】を演奏していた。

 それが、先程から流れている音楽の正体だ。

 どうやら、狂三たちに力を貸すという名目で、俺にも貸してくれているらしい。

「『鎌鼬(かまいたち)』!』

 咄嗟のネーミングで、次々と攻撃を加えていく。

 今生み出したのは、多分想像できるだろうが、不可視の刃だ。

 薙いだ腕に沿うように刃が飛び、敵をズタボロに切り裂く。

 そうして応戦する中、右耳から声が聞こえる。

『そっちは大丈夫!?』

「なんとかな!」

『ごめんなさい、こっちにも敵が来ていて、そちらへの援護が……』

「分かってる!お前はお前の仕事をしていろ!」

『え、ええ!よろしく頼むわよ』

 頼まれた!

「おらああぁぁぁぁぁ――――――ッ!!」

 次いで雷を纏った腕と脚で、舞うように攻撃を加えていく。

 そんな時だった。

「―――やはり、無人では足止めにもなりませんか」

 な!?

「―――――がはっ!?」

 聞こえてきた声に反応する間もなく、俺は投げ飛ばされていた。

 正確には、吹き飛ばされた、か。

 直感で胸を防いだ腕に、強い衝撃をくらったのだ。

 なんとか体勢を空中で立て直す。

 さてと、今のも覚えがあるぞ。

 確か、あの声は、

「エレン・(ミラ)・メイザース……!」

「おや、私の名を知っているのですか」

 ああ、知っているとも。

 DEM社の最強の魔術師。実質、人類最強。

 ノルディックブロンドの長髪が目を惹く女性。その体には、見たことの無いCR‐ユニットを纏わせていた。

 ふむ、見たこと無いということは、少なくとも〈ペンドラゴン〉では無いのか。

「……今回のこれは、お前の差し金か?」

「ええ。こうすれば、貴方が本気を出しやすいかと思いまして」

「余計なお世話だっつーの……!」

 本気を出させる為、だと?

 成程な。つまりお前は、本気の俺と勝負をしたくて、今のこの状況を作ったと。

 ははっ、

「……ふざけるなよ、人類最強……!」

「ふざけてなどいませんよ。ですが、そんな台詞が言えるとは、私が望む事も分かったんですね?〈ディザスター〉」

 根っからの戦闘狂だなあ、おい。

 冷静になれ、俺。

 そして、その上で言葉を発するんだ。

「……人類最強」

「なんでしょう」

 はっ、今ので返事が出来るとは、大した自身だな。

「今から、お前を」

 絶対に、

「―――――潰す」

「出来るものなら」




 書くことが無いです!どうしましょう!?

 はい、てな分けでなにかとハイな自分です。
 やっと書きたかった話まできました。いやですね、VSエレンは一度書きたかったんですよね。ちなみに、これからどうなるかも既に考えてあります。
 しかし、流石に疲れたので、今日は終わりです!

 評価を付けてくださった方、本当に有り難う御座います。な、名前は出しても良いんでしょうか?

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 VS人類最強の今回の話、2話で終わる筈……!


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第27話

 アンコール3巻の特装版、どこかで買えないかな~と調べていたところ、最低でも8000円かかることが判明しました。ショック。
 定価の4000円程で買えるところは、既に販売終了していて(当たり前ですね)、やっとアマゾンで見つけたと思えば8000円。
 あれですね。自分への死刑宣告ですね。
 ……欲しかったんですよ。

 はい、ということで叫びたい衝動を抑えてなるべく静かに書いてみました。
 おそらく、お年玉を貰ったとして、この値段では、残しておきたい分を考えれば、大半が吹っ飛ぶor買えない、ですね。はあ。

 愚痴ってしまいすみません。
 それでは、どうぞ。


 人類最強。

 言葉にすれば簡単だ。小学生ですらその意味は分かるだろう。

 だが、それは実感には繋がらない。

 人類最強が身近にいる奴なんて、それこそ漫画なんかの中にしかいないのだから。

 では、それが目の前にいるとしたら?

 仲間でも他人でも知人でもない、(れっき)とした、敵、として。

「ハァッ!」

 雷と炎を纏わせた腕と脚で、乱舞とでもいうべき攻撃を加える。

 しかし、

「―――――――――」

 ただただ、無言で全て防がれていく。

 右からの回し蹴りも、左の裏拳も、右手の掌打も左の膝蹴りも。全て。

「――――フッ!」

 短い息を吐き、カウンター気味にブレードを俺の右側から薙ぐ。

「くっ……!」

 左の拳を打ち付けるようにしてそれを防ぎ、その流れで体を回す。

 先程から何度もやっているこの動き、回し蹴りへの転換だ。

「何度も同じ手が通ると思いますか」

「思ってなんか、ねえっ!」

 言いつつも、動きは止めない。

 はっきり言って、止めれないのだ。

 止まればその隙を確実に突かれるし、無理に動きを変えようとすれば次に繋がらなくなる。他にも、それ以外の動き方を知らないというのもある。

「……変な人です」

「…………ぐぁ!?」

 どこに装備していたかも分からないが、一条の光線が俺を襲う。

 おそらく、魔力砲だろう。

 押されるように、彼我の距離を離す。

「力も、速度も、能力もあるのに、何故そんなに弱いのです?」

 俺が荒れている息を整えているのに構わず、敵は声をかけてくる。

「正直言って、動きが素人です」

「ははっ、全く同じ評価を、先日ある人物から受けたよ」

 確か、真那も同じようなこと言ってた筈。『動きが素人すぎじゃねーですか』だったっけ。

 そういや、いつの間にか音楽が聞こえないな……。

 ちらりと周囲に目を向ければ、戦闘中に大分移動していたらしく、最初に激突した所よりも耶倶矢や夕弦たちから遠い場所だった。

 〈バンダースナッチ〉や〈破軍歌姫〉の影は見えるものの、詳しい戦闘状況までは全く分からない。

 どうやら、〈破軍歌姫〉の音楽の、効果範囲外に来てしまったのか。

「……戦闘中に余所見とは、随分と余裕ですね」

「……!」

 やべっ、近づいてきたか!

「チッ……!」

 舌打ちを返しながら、さらに激化する戦闘を再開する。

 

 気が付けば、七海がどこかへと行っていた。

 否、正確には現在地は分かる。が、何時の間にか、という意味では変わらなかった。

「何者だ、あやつは……?」

「呼掛。気になるのは分かりますが耶倶矢、今はこちらにも集中して下さい」

「わ、わかっておる」

 言いつつ、自身の天使、〈颶風騎士(ラファエル)〉を振るう。

 耶倶矢が持っているのは、突撃槍のような形をした【穿つ者(エル・レエム)】だ。

 それを見た夕弦も、ペンデュラムの形をした【縛める者(エル・ナハシュ)】を振るった。

「きひひひひっ、さあ、さあ。行きますわよ〈刻々帝(ザァァァァァフキェェェェェル)〉。物分かりの悪い機械人形に、その力、見せつけてやりなさい」

 七海が〈バンダースナッチ〉と呼んだ人型が、他よりもやや少ない場所で、黒髪の少女が声を上げた。

 狂三だ。

 彼女は背後に、自身の二倍はあろうかという時計の形をした天使、〈刻々帝〉を顕現させていた。

 そして、その右手に持つ長銃の銃口に、〈刻々帝〉から滲み出た影が吸い込まれる。

 その銃口を自分へ向けつつ、狂三は言った。

「〈刻々帝〉――――【八の弾(ヘット)】」

 撃つ。

 銃声は聞こえたものの、その頭がはじけることはなかった。

 それもその筈。

 【八の弾】は、自身の過去の再現体を出現させるもの。

 よって、狂三を中心とする、大きく広がった影から、いくつもの腕や頭部が出てくる。

 そうして出てきたのは、狂三と全く同じ過去の狂三(・・・・・)

「ひひひ、さあ、行きますわよ『わたくしたち』」

 三桁は下らない自身の過去の再現体を従え、本体である狂三は、銃弾を放った。

 それを合図に、他の狂三たちも動き出す。

 〈バンダースナッチ〉に向かって突っ込む者、銃を使って迎撃する者など、多様な戦闘が開始される。

 そんな中、新たな狂三が、また出てきた。

 場所は、

「おわあぁ!?び、びっくりしましたぁー。狂三さんじゃないですかぁ」

 なるべく標的にされないように逃げながらも演奏を続ける、美九のもとであった。

「声の綺麗な精霊さん。一つ、頼まれごとをしてくれませんこと?」

 その姿を全て影から出したその狂三は、開口一番、そう訊いてきた。

「頼まれごと、ですかー?」

「ええ」

 そこで一つ、その狂三は周りを見渡した。

 そしてまた、美九を見ながら口を開く。

「この場はわたくしたちだけで大丈夫ですわ。なので、七海さんの所に行ってほしいのですけれど」

「あの男の所にですかぁ?嫌ですよ絶対」

「ですが、明らかに向こうで七海さんの援助をした方が、両側にとって得だと思いますわ」

 つまりはこう言いたいのだろうと、美九は予測する。

 今この場は精霊である自分たちでなんとかなるから、苦戦している七海のもとで演奏してほしい、と。

「……どうしてそこまで、あの男の肩を持つんです?人間なんて、ほとんど価値も無いに同然なのに」

 やや憮然とした態度で、美九は訊いた。

 ずっと気になっていたのだ。

 どうして、そんなにあの男のことを想い、信じきった行動が出来るのかと。

「そうですわねェ……。一介の再現体である『わたくし』が言っていいのかわ分かりかねますけど、きっと、こういうことだと思いますわ」

 そこで彼女は、一度言葉を区切り、

「――――自分を救う為に自分を信じてくれた、力を尽くしてくれた相手を、信用しないなんてことはない……というところではありませんの?『わたくし』も、あの風の精霊さんも。あくまで、推測ですけれど」

 淡い微笑を湛えながらのその言葉。

 それを聞いた美九は、なぜか胸が痛くなるのを感じた。

 なぜならそれは。

 自分が、過去において得られなかったものだから、かもしれない。

「……わかりました。あの男の所に行ってあげます。でも、私の意志で戻ってきても良いと言うのなら、ですよー?」

「ええ、別に構いませんわ」

 そして美九は、一つの疑問を投げかける。

「……でも、どうやってあそこまで行くんですかー?結構遠いですよ?」

「――――こうやって、ですわ」

 突如として出てきたもう一人の狂三。

 驚き過ぎて固まった美九を無視して、今しがた出てきた狂三は、もとよりいた狂三に向かって銃弾を放つ。

「〈刻々帝〉――――【一の弾(アレフ)】」

 その額に銃弾が当たったたのを見た後、撃った側の狂三は美九に向き直る。

「【一の弾】は自らの時間を加速させる弾。さあ、時間はありませんわ。早く行ってくださいませ」

 その狂三は、撃たれた側の狂三に目配せをする。

 直後、

「え?……き、きゃあああぁぁぁぁ!?」

 ドップラー現象を起こしながら、美九は行ってしまった。

 撃たれた側の狂三が、一瞬で美九を抱き上げ、七海のもとへと走っていったからだ。

「……七海さんを、助けてくださいまし、美九さん」

 呟いた彼女は、すぐに戦闘へと戻っていく。

 

「――――――が、はっ」

 はあ、はあと、荒い息を吐く。

 既に体は限界を迎えていた。

 外傷は無い。しかし、幾度もの攻撃を受けてきたこの身は、痛みを通り越して熱を持ったようになっており、疲労が溜まりすぎていた。

「たかがこの程度なら、〈プリンセス〉の方に向かうべきだったかもしれませんね」

「…………」

 俺はただ、何も言えず睨み返すのみ。

 しかし、それを受けるエレンは、涼しい顔だ。

 正直に言おう。

 一度も攻撃を当てることが出来ていない。

「く、そ……」

 途切れ途切れの俺の言葉は、少しだけ絶望が混じっていた。

 未だ轟々と嘶く腕と脚の炎と雷が、俺の心の対極にあるようだった。

「終わりですか?それならもう、あなたを殺してもいいんですが」

「……まだ、終わってねえ……!」

 まさかこんな熱い台詞を吐く日が来るとは思わなかったが、まあ、再び燃え始めた俺の心を言葉にするには、最適ではあるな。

 俺は、右手を一度、強く握り、また開く。

 さて、流石に新しい試みを始めてみるか。

 今まで通りじゃ駄目なら、新しい道を創るってのは、当たり前だと思うんだ。

 大丈夫。霊装だって創れたんだ。アレだって創れるさ。

 俺は、イメージを固めていく。

 何もしてこない俺を無抵抗と受け取ったのか、エレンは一瞬で肉薄してきた。

「くっ!」

「……避けましたか」

 なんとか、な。

 しかし、こんな風では、イメージを固めることが出来ない。

 でも、時間をかけてでも創りだしてみるんだ。それが、現状打破の糸口となるかもしれないんだから。

 さらに攻撃の手を密に、強くしてくるエレン。俺は、それを避け続ける。

 しかし、速度に追いつけず、当たることもある。

「うが……っ!」

 肺の空気を押し出されつつ、飛ばされる。

 霊装を直撃したが、切り裂かれないといことは、〈ペンドラゴン〉よりも劣る装備なのかもしれない。

 だが、そう考えている間に、飛ばされていた間に、イメージは固まった。

 さあ、創りだすか。

 漢字は当て字。神話上の立ち位置から、適当にそれっぽいものにしよう。

 こちらが体勢を整えている間に、敵は接近してくる。

 だけど、もうこっちは準備オーケーなんだぜ!

 せーの……!

「来い、〈聖破毒蛇(サマエル)〉……!」

 やべえ!漢字がなんか、『ちょっと間違えたというかこじらせちゃった中二病』みたいになった!

 でもしょうがねえじゃんかー。だってエレンを倒すっていうこと考えていたら、パッて『サマエル』が出てきて、同時にいろんな逸話なんかを思い出してさー。

 んで、神話上では、天使と戦ったり(=聖破)、『神の毒』っていう意味だったり(=毒)、蛇として扱われてたり(=蛇)してたからさ、こんななったんだよ。

 ……閑話休題。

 俺が創り出したのは、いつか創った武器と似たような見た目だ。

 即ち、両剣。双身剣が正式名称だっけ?

 〈鏖殺公〉の刃や、〈颶風騎士〉の金属質部分なんかをもとにしたり、オリジナルで霊力を弄ったものだったりを掛け合わせて創った。

 それを持って、接近してきたエレンに振る。その柄を掴んだ瞬間、鱗のような模様をしたものが二本、俺の右腕に巻きついてきた。

 言うならば、蛇のように。

「!…………くっ」

 咄嗟の判断で防御を選んだらしいエレンは、振りかぶっていたレーザーブレイドを盾にするように守る。

 その上から、一気に叩きつけるようにして攻撃する。

 金属音のような音が辺りに響き、エレンとの距離が開いた。

 ようやく、一撃を当てれたのだ。防がれたが。

「それは……」

「ああ、俺の新たな力ってな」

 さてと、はっきり言って振り出しという程ではないだろうが。

 それでも、力量差は縮んだ筈だ。

 だから、

「もう一戦、行こうか……!」

「成程、確かにそれは、私にとって脅威たりえるでしょう」

 ですが、とエレンは言った。

「――――当たらなければ、意味が無い」

 激突。




 もうすぐ学校が終わるので、多少更新が早くなる可能性があります。
 ただし、勉強もしないといけないので、可能性、です。

 ということで、VS人類最強(前編)みたいな回でした。
 次回はそこに美九が登場したりしなかったり。(ちゃんと登場します。)
 また、作中の中二ネーミングは不問でお願いします。

 さっき気づきました。新しい評価ありがとうございます。
 しかも、9点なんて付けていただいて……。感激です。本当にありがとうございます!
 まだまだ至らぬところもあるでしょうが、これからもよろしくお願いします。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 アンコール3、悔しいです……!


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第28話

 連日投稿してみました。

 活動報告の方で、とある質問をさせていただいております。
 内容は、もうすぐクリスマスということで、クリスマス回を書いてもいいか否か。
 詳細は、活動報告の方をご覧ください。
 また、皆さん知っておられると思いますが、回答は活動報告のほうにお書きください。

 それではどうぞ。


 両剣(双身剣よりしっくりくる)というのは、その構造上、攻撃範囲が広い。

 自分を中心とした円状で、攻撃手数もある。

 今回創ったのは、俺よりも大きいので、扱うのは難しいがバランスがとり易い。

 そして、この〈聖破毒蛇〉、まだ秘密がある。

 今、俺とエレンは、それぞれの得物で打ち合っている。

 だがまあ、両剣なんて使ったことない俺は、なんとかエレンに付いていっているって感じだが。

 なんで両剣にしたのかと訊かれれば、単に好きだから。

 でも、別に良いんだ。

 俺は、刃が再度ぶつかる直前、声を発した。

「〈聖破毒蛇〉―――【双刃】!」

 直後、両剣が光に包まれる。

 その時間は一瞬だ。

 だがその一瞬の内に〈聖破毒蛇〉は、変形した。

 展開し、縮小し、組み合わさり、分解され、離され、動き、無数のパーツとなり、新たな形となる。

 そうして造りだされたのは。

 二振りの剣。

「な……!?」

「らあっ!」

 それぞれ片手に持ち、二刀流の状態で連撃を加える。

 その刃は見た目こそ両剣の状態と同じだが、大分細身となり、大きさも俺に合っていた。

 〈灼爛殲鬼〉の変形機構を組み込んだ結果、この〈聖破毒蛇〉は、俺のイメージ通りの武器に変形するという能力を持ったのだ。

 ちなみに、それを掴んだ瞬間、右腕に巻きついていた二本の鱗は、両腕に一本ずつになった。

「くっ!」

 右、左、上、下。

 袈裟切り、逆袈裟、突き、払い。

 最適の体移動と、最速の攻撃を思って、俺はエレンを狙う。

 そんな時だ。

「〈破軍歌姫〉――――【行進曲】!」

 澄んだ声が聞こえた。

 最後の一撃も防がれるが、その身を離してその声の主の名前を叫ぶ。

「美九!?」

「勘違いしないでくださいよー!私は頼まれたから来ただけですぅー!自主的ではないですからねー!」

 いや、だけど十分ありがたい。

 俺は、その音楽を聴いて、力が再び湧き上がるのを感じた。

 【行進曲】の効果は、聞いた者の力を漲らせるもの、だったよな。

「増援ですか」

「まあな」

「……まあ良いです。たとえその力があろうと、弱いあなたでは私に届きません」

 おいおい、ついさっき『当たらなければ意味が無い』とか言いつつ、防ぐことしか出来てない奴が言うなよ。

 いやまあ、ある意味当たってないけども。

 俺は、間合いを測る振りをして、自身の背中に美九がくる所に移動する。

 そして、

「〈聖破毒蛇〉――――【鋭爪】」

 次いで、自身の手の甲を覆うような武器を創りだす。

 形は(クロウ)

 剣よりも間合いは狭いが、その分速度の出る武器だ。

 そして、接近。

 目線の先、エレンも向かってくる。

 確かに、受け身になるよりは向かっていった方が得策ではあるな。

 剣の状態よりも接近した間合いで、幾度も打ち合う。

 求めるのは、速度。

 先述の通り、剣よりも速度がでる今この状態は、ようやく対等と言える位には速くなっていた。

「ほう……ようやく私に届きえる速度に達しましたか。――――では、こちらももう少し本気を出しましょう」

 は?

「……ごふっ!?」

 思う眼前、舞う長髪が見えた。

 気が付けば、エレンは懐にいて、至近距離から魔力砲を放ったようだった。

 押され、飛ばされる俺。

 なんとか体勢を整える間に、己の中の疑問を考える。

「もう少し本気を出す、だと?」

「ええ。まさか、今までのが私の全力だと?」

 いや、それを言い出したら本装備ではない時点で、お前は本気ではないのだろうけど。

 俺は一度〈聖破毒蛇〉を通常状態の両剣に戻し、身構える。

 対するエレンも、レーザーブレイドを構えた。

 直後、目の前にいた。

「え……?」

「遅いです」

 !

 直感で、右に体を倒し、避ける。

 だが、エレンの言う通り、遅かった。

 避け切れなかった左肩部分に、刃が当たる。

「――――そこ!」

 そして、そんな気合のもと、攻撃が加わった。

 背に装備されていたのであろう魔力砲や、レーザーカノンなど、おそらく全武装が、全攻撃が、当たった左肩に殺到する。

「うぐが……っ!」

 たまらず、その身を離す。

 一斉攻撃をもらった左肩より下は、痺れたように感覚が無く、満足に動かせない。

「……?」

 視線の先、エレンは不思議そうな顔をしていた。

 俺は、左腕の感覚が戻るのを待って、ただ睨む。

 くそっ、早く戻って来いよ……!

「……確かに、このCR‐ユニットは他よりも性能は良い」

 何だ?何をいきなり話し出す?

「ですが、いくらその斉射をくらったとはいえ、普通、霊装を貫通させて攻撃を通すことは不可能な筈です」

 いい加減、感覚の戻らない左腕を動かし、手を握ったりしてみようとする。

 結果、出来なかった。

「……あ?」

 手が握れないのではない。

 まずもって、腕が動いた感覚が無かった。

 嫌な予感がして、視線を左肩に移す。

「まあ、私が思っていたより性能が良かったのか、あなたの霊装の防御力が弱かったのかは分かりませんが」

 そんな声が聞こえていた。

 だが、反応は出来なかった。

 何故ならば。

「――――まずは片腕、貰いましたよ」

 攻撃をくらっていた左肩より下が、無くなっていたのだから。

 

「が、あ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 それを確認した瞬間、思い出したように猛烈な痛みが俺を襲う。ふとすれば、気を失いそうだった。

 ずっと流れたいたのであろう血は、己の下の地面で溜まっていた。

 反射的に、右手で傷口を押さえる。その時、つい〈聖破毒蛇〉を投げ出してしまったが、少し離れた場所で空中待機していた。

「う、そ……だろ?」

 まさか、霊装が破られるなんて。

 だが、思えば、俺がイメージだけで創り出したものなんだから、オリジナルよりも劣化する可能性はあったのかもしれない。

 いやに冷静な部分が、そんな思考をする。

「今あなたが感じているであろうその痛みが嘘だと言うのなら、この世の殆どは嘘でしょうね」

 つまり、現実。

 俺は、エレンを再度睨め上げる。

 気が付けば、〈聖破毒蛇〉は手の届く距離にある。

 ならば、

「くっ……〈聖破毒蛇〉」

 右手だけで扱える武器って何があったっけ……?

「――――【小剣】」

 創り出したのは、所謂、ダガー。

 大きさは、元の両剣の状態からは想像出来ないほど小振りになっている。

 それを逆手に持ち、構える。

 左肩からは止め処なく血が流れているが、どうしようもない。

「どうやらあなたは、後ろの精霊―――〈ディーヴァ〉ですか。それを庇うようにしているようですね」

 ……おいおい、そこまで気付かれたのかよ。

 いやまあ、たとえ攻撃をもらっても、常に美九を背にしているんだから、勘の良い奴はすぐに気付くか?

「では、〈ディーヴァ〉に危害を与えられた時、あなたはどうなるのでしょう」

 !まさか……!

 ただ直感に任せて、美九のもとに飛ぶ。

「――――――!?」

 演奏を、音楽を止めないまま、驚きの声をあげる美九。まあ、あくまで推測な。

 飛んで、ダガー状態の〈聖破毒蛇〉を構えた一瞬後、強烈な右からの衝撃によって地に飛ばされ落とされる。

 ドシャアッと、耳元で聞こえた。

「……護りましたか」

 そろそろ朦朧としてきた意識の中、未だ地に倒れ伏したままの俺の視線の先で、エレンは地面に降り立った。

 美九の目の前に。

「………が、あっ!」

 右手を付き、声を上げて自分を叱咤しながら、立ち上がる。朦朧としていた意識なんて、すぐに醒めた。

 そして、一気に駆ける。

 右腕を振りかぶり、攻撃する。

 が、

「……!?」

 気が付けば、目線は左に倒れ、低くなっていた。

 そのまま、再度地面に倒れる。

 左腕が無くなったことで、体のバランスが保てなくなっていたのだ。

「無様ですね」

「はあ、はあ……」

 やべ、視界が暗くなってきた。

 右手に持った〈聖破毒蛇〉が、霧散していった。

「七海さん!?」

 美九の声が聞こえる。初めて名前を呼んでくれたが、こんな状況じゃ喜べないよなあ……。

 息も絶え絶えに、横向きのエレンと美九を見る。

 もう、力が入らなかった。

 美九が【行進曲】の演奏を止めたからではなく、単純に限界だった。

「ふむ……それでは、〈ディーヴァ〉を殺してみるとしましょうか。あなたが、本気になる為に」

「や、めろ……」

 俺の声は、既に掠れていた。

 そんな声など意に介さず、エレンは美九の前に立つ。

「ひ……っ」

 美九は、恐怖のあまり動けないようだった。

 ただただ、泣きそうな目で、エレンが振り上げたブレイドを見上げるのみ。

 く、そ。

 俺はまた、誰かを失うのか?

 俺はまた、護ることが出来なかったのか?

 ―――俺はまた、その正義を、希望を、貫けないのか?

 視線の先で、エレンは何かを呟いたようだった。

 なんて言ったのかは分からない。俺に向けたのかもしれないし、美九か、はたまた別の誰かにかもしれない。

「が、あああぁぁぁぁ―――――」

 なけなしの力を(ふる)って、背の翼を広げる。

 飛ぶように再度立ち上がる。

 一歩目。

「や……!」

 エレンがこちらを向く。釣られるように、美九もこちらを見た。

 エレンのその表情は、どこまでも冷淡だった。

 二歩目。

「め……」

 一文字目よりも小さくなる声。右腕を伸ばす。

 何が出来るかなんて考えてない。ただ、エレンの動きを止めたかっただけか。

 三歩目。

「……――――」

 もはや、言葉は出なかった。

 視線の先で、エレンは、自身のレイザーブレイドを構えなおした。

「ぁ、ぁぁぁあああああ――――――!」

 俺は、慟哭した。

 どこからそんな声が出たのかさえ、分からなかった。

 ただ、思うのは、諦めきらないままに絶望する気持ちだけだった。

 ああ、ああ。

 俺は、どうすればいい?

 俺は、敵を倒さなければならないんだ。

 ならば。

 全てを、消そう。

 創り出して救えないのなら、倒せないのなら、果たせないのなら。

 (あまね)く、消そう。

 悪を、絶望を、敵を。

 ああ、だが、それだけじゃ足りない。

 悪を消したところで、何になる?絶望を消したところで、何が残る?敵を消したところで、何を思う?

 ならば。

 そう、消すんだ。

 悪だけじゃなく、絶望だけじゃなく、敵だけじゃなく。

 ―――――正義も、希望も、己すらも。

 等しく、消す。

「ああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――」

 泣くように、叫ぶ。

 正義なんかじゃ、変わらなかった。希望なんかじゃ、救えなかった。

 ―――――己だけでは、護れなかった。

 だから、消そう。

 光を消して、全てを呑み込む闇であろう。

「―――『闇よ(ダークネス)』……!」

 そして、意識が。

 ブツリ、と。

 途切れ――――――

 

「し、司令!」

「なに!?こんな時に、どうかしたって言うの!?」

 空中艦、〈フラクシナス〉の司令室にて、モニタリングをしていた一人のクルーが声をあげる。

 前の大画面では、急遽襲来してきた人型の機械と、十香や四糸乃が戦っている姿が映っている。

 こちらでも援護はしているが、戦況は良くもなく悪くもなくといったところだ。

「そ、その、ちょっと有り得ない霊力反応が……」

 声を出した人物が、自身の画面を見ながら、何度も司令と呼ぶ少女を見る。

 その少女、琴里は、何かを感じ取り、そのクルーに目を向けた。

「……どうしたの?」

「その、えと」

「早くしなさい!」

 その声に押され、告げる。

「七海くんたちがいた場所付近に、新たな霊力反応がありました。いや、新たなというより……」

「というより?」

「……霊力反応、カテゴリーEです」

 その会話を聞いていた他のクルーたちの間に、どよめきが走る。

「嘘でしょ!?一体、誰が?」

「そ、それが……」

 そのクルーは、少し言いよどんだもの、意を決したというように口を開ける。

「どうやら、七海くんのようです」

「はあ!?どうしてよ!七海は霊結晶を持っていないのでしょう!?なのに、何で……!」

「……少し落ち着いたらどうだい、琴里」

 琴里の後ろに控えていた令音の声に、彼女は静かになる。

 絞るように、琴里は言う。

「大丈夫よね……」

 

「……!?」

 エレンは、直感で振り下ろそうとしていたブレイドを、先程〈ディザスター〉が向かってきていた方へと向ける。

 が、

「……攻撃ではない?」

 予感していた敵影は、動いてなかった。

 見れば、〈ディザスター〉は、動かずに、ゆらゆらとしながら立っていた。

 今しがた走っていたのに、と思ったが、よく見れば立っていたのではなく、少しだけ宙に浮いているようだった。

「これは……」

 その姿は、先程とは全く違った。

 まず、暗い。

 放っていた黒の光は無くなり、代わりに闇があった。

 それは、彼の周囲に蟠っており、ともすれば、彼を守っているようでもあった。

 そんな状態にエレンは、一つだけ覚えがあった。

 以前、アイクが言っていたことだ。

「反転体、というものですか」

 返事はない。

 構わず、彼女は続ける。

「そうなってくれたのならば、惜しい。出来れば十全の状態のあなたと戦いたかった」

 そう言って見るのは、先程自分が消した左腕。

 闇に支えられ血を流してはいないものの、戦うならばあった方がいい。

 そちらの方が、絶対に強い状態のはずだから。

「……問おう」

 闇の中心が、言葉を発した。

 思わず、身構える。

 一種の恐怖からかもしれない。

(恐怖した?この私が?……ありえない)

 自己否定し、完結させる。

 そんな間にも、中心は言葉を続ける。

「……お前は、俺の、敵か?」

「あなたが十全の状態なら、そうなったかもしれませんね」

「……納得した。そうか」

 直後。

 世界は闇に包まれた。

「……な!?」

 錯覚だった。

 しかし、見えている景色全てに闇が映れば、それは包まれたと表現してもおかしくはない。

 視線の先、〈ディザスター〉の霊装が、その形を変えている。

 いや、変えていた、か。

 一瞬、周囲より暗き闇にその身が包まれたかと思えば、その様相は変わっていた。

 黒の光を放っていた霊装は、闇を漏らすものとなる。

 翼は、対なす二つから、二対三本、計六本の漆黒の触手上のものとなっていた。

 だが、それに、生理的嫌悪感を催すものはなかった。

 その翼というよりは羽と言うべき先端は爪のようになっており、その中腹も、生物というよりは無機物のようであった。

 その他にも細かい箇所に違いはある。

 手甲、腕甲、ブーツのような足の装備まで、至る所に小さな差異があった。

 唯一、体全体を覆っていた前を開けたロングコートのような所は、その大きさの割りに大して変わっていない。

 いやまあ、よく観察すれば無数にあるのだろうが。

「……それで、どうするつもりです?まさか片腕が無い状態で、私と戦うつもりですか?」

 またもや返事は無かった。

 だが、動きはあった。

「…………」

 接近するのではない。

 七海が、無くなった左腕を上げるような動作をしたのだ。

 その断面は、闇に包まれ見えない。

 だが、

「ほう……」

 左腕が、戻った。

 闇の左腕が、だが。

 色なんてものはない。ただ、闇があるのみ。

 さらにそれは、人間の腕をしていなかった。

 全体的に鋭利なフォルムで、手の先端は尖った爪すらあった。

 言うならばそれは、竜の腕、か。

「成程。確かに、左腕を戻せば、十全ではありますね」

「……再度、訊く。これでもお前は、俺の、敵か?」

 今度は、首を前に倒す。

「ええ、でしょうね。今のあなたと戦わない道理はありません」

「……理解した。ならば―――」

 死ね、と聞こえたと瞬間。

 背後に、気配がした。

(!見えなかった……!?)

 思うが、反射的に体は動く。

 直感だ。

 体ごと、顔を横に動かすようにする。

 その数センチ先を。顔がもともとあった場所に。

「……確認した。外したか」

 手があった。

 形は手刀。攻撃方法は、貫手。

 髪が数本、宙を舞う。

 それは、先程までの攻撃と違う、全力で殺しにくる攻撃。

「――――面白い!」

「……先に、忠告しておく。加減はしない。敵ならば、殺す」




 うわ、いつもの2倍近くありますよ今回……

 ということで、結局2話で終わらなかったVSエレン回です。
 美九が登場するという割りに、あんまり出番ありませんでしたね。すみません。

 ある意味、主人公初の敗北です。(料理対決は棄権しましたし)
 でも、戦闘し、敗北しても、まだ戦闘は終わらない。
 そこに熱い情熱なんて無い。
 あるのは、ただ虚無の感情のみ。
 ……なんて書いてみました。

 前書のとおり、活動報告の方で質問しています。
 よければ、答えてください。お願いします。

 あと、作中の(便宜上)反転体の主人公の霊装の描写についてです。
 羽は、触手状とありますが、決してマイナスインフィニティ方面ではありません。(意味が分からない人は記号で書いてみましょう。マイナスと、インフィニティです)
 イメージとしては、ポケ○ンの、ギラティ○の、オ○ジンフォルムの羽です。ポ○モンが分からない人は検索してみてください。主人公のためにも。
 その他の描写については、あまり気になさらなくてもいいですよ。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 ……一応まだ、美九編なんだけどなあ……


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第29話

 (便宜上)反転体の七海と、夕弦の口調が8割ぐらい被った……!

 ということで、前回から引き続き、VSエレンの回ですね。
 ですが、VSエレンは今回で終わりです。先に言っちゃいます。
 しかし、反転体の七海の口調、説明させてもらいますと、『なんか違う倒置法(?)』みたいなのを意識したりしなかったりなんですよね。
 なので、夕弦と被ってるのは気にしないでください。ちょっと違うんです。ちょっと。

 それではどうぞ。


「ははははははっ!」

 哄笑が響いていた。

 そこは、真っ暗な世界だった。

 しかしその世界は、いくつもの光もあった。

 至る所に点在する、ディスプレイのようなものの数々。それが、この暗闇を照らしていた。

 その画面には、それぞれ違う映像が流れていた。

 いや、映像ではない。

 全て、今起こっていることだ。あえて言うのなら、生中継といったところか。

 その画面を見るのは、一人の少女。今も笑っている。

「いいねえ、いいねえ七海くん!」

 楓であった。

 その画面に映るのは、現実世界。

 この世界ではない、ある人物を映したものだ。

 彼女は、興奮したように叫ぶ。

「自身の正義すら無いのに、悪を決め付けるのかい!?絶望なんてしてないくせに、希望を語らないのかい!?己すらも分かっていないのに、相手を敵だと見做すのかい!?」

 はははっ、と。

 彼女は嗤う。

「そうか、絶望はしてないから、あの世界で言う反転体とは言わないのかな」

 やや静かになった口調で、彼女は一人呟く。

「そうだね~……よし、『逆転体』って名付けよう。今度、話してみようかな」

 食い入るようにして見る一つの画面では、今まさに戦闘が開始されようとしていた。

 彼女が言った、七海という人物と、ノルディックブロンドの長髪が目を惹く人物が、一度接近した彼我の距離を離し、対峙しているのだ。

「七海くん?今はボクは何もしないよ」

 でもさ、

「さっき負けた分、取り返してみなよ」

 

 いつの間にか降り出した雨に打たれながらも、なんとか必死かつ静かに逃げて、距離を開けることは出来た。

 後ろを見れば、今もなお、逃げてきた相手は動いていなかった。

「な、なんなんですかもうぅ~」

 弱音を吐きたくもなる。

 なにしろ、いきなり敵が、自分を殺そうとしてきたのだ。そりゃ逃げるし、怖い。

 膝から力が抜け、おもわずその場に座り込む。

 あの時はびっくりした。

 狂三に言われてこちらに来たのはいいが、こんなことになるとは。

 右側を見れば、闇を放つ人がいる。

 七海だった。

 先程、いきなりあんな状態になったのだ。理由は不明。

 最初はあんなではなかったのに。

 左側、目を惹く長髪の女性だ。

 確か、エレン、と言われていた。

 美女と評してもいいが、先程あんなことがあった以上、決して好きにはなれなかった。

 そして、おかしいほどに強い。

「私、ここにいりますかねー?」

 いらないと思う。

 なら、逃げよう。自分の好きな時に戻っていいって言われてたし。

 そう思い、立ち上がり、一歩後ろに踏み出そうとすると。

「……警告する。動くな」

 固まった。

「……忠告しておく。お前も敵の可能性がある。判明するまで、逃げるな」

 立ち上がろうとしている最中の、中途半端な状態で、美九はその言葉を聞いた。

 発生源は、七海。

 しかしその声は、今まで聞いてきた七海の声とは思えないほど、ぞっとする声色で、恐怖を感じた。

 体勢がきつくなり、再度座り込む。

 こちらを向かないままの七海は、エレンと言われていた女性に向かって言葉を発する。

「……最後に訊いておく。なぜ、敵対する?」

「あなたが強いからです。それ以外に、理由なんて無い」

「……聞き届けた。そうか」

 直後、七海が、消えた。

 

 現れたのは、エレンの目の前。構えた手刀を突き出してくる。

「く……っ!」

 また、見えなかった。

 人類最強である自分が見えないなど、この敵の速度はどうなっているのだろうか。

 思うも、防がないと危ない。

 先程、貫手だけで髪が切れたのだ。それは脅威に値する攻撃だ。

 首元を狙った一撃を、顔を倒すように避ける。

 そして、カウンターで、レーザーブレイドを振る。

 しかし、

「いない……!?」

「……思うが。分からないのか」

「!?」

 声は後ろからだった。

 前に進みながら振り向くも、その攻撃をもらってしまった。

「かはっ!」

 振り向く途中の自分。腹に衝撃を感じる。

 ある意味、初めて攻撃が当たった。

 思わず手を当て、さらに戦慄する。

「は……?……血?」

 湿った感触に疑問を覚え、触れた手を見る。

 そこには、赤い液体が付着していた。

 自身の血液であった。

 それを確認したが、冷静に止血と痛覚遮断を随意領域で行う。

 ただし、冷静なのは表面上だ。

(なぜ!?今〈ディザスター〉は武器を持っていません。なのに、何故攻撃を受けた場所が傷つく!?)

 考えるも、答えなど出ない。

 そこに、新たな声がかかる。

「……質問してみようか。不思議か?」

「……ええ、どうやって私を傷つけたのです?」

「……解説してやるべきか。やる必要はないが」

 待つと、言い出した。意外と義理堅い奴である。

「……一言で説明するが。消した」

「消した?」

「……肯定しよう。そして、さらに詳しく言おう。お前の皮膚や肉を消させてもらった。人間の構造など、どれも一緒だからな。あとは、髪の毛さえあれば、そいつの遺伝子なんかも理解できる」

 素直に、訳が分からないと思った。

 それを理解したからなんだというのか、消すというのは、どういうことだろうか。

 そう思う先、七海は呟く。

「……一応言っておくが。俺は生物は消せないぞ。ただ、皮膚も肉も、単体では生物ではないから消しただけにすぎん」

「理解出来ませんね……」

 いや、言っている意味は分かる。

 が、それを繋げることが出来なかった。

 だがまあ。

「これしきのことで、屈する私ではありません」

「……返答してみるが。別に訊いた覚えがない答えを言われても……!?」

 相手が話している間に突っ込んだ。

 だが、多少の狼狽を見せたが、すぐに対応してきた。

 主に、再び消えることで。

「また……!」

「……言おう。それが俺の戦闘スタイルだしな」

 今度は、斜め前。左側だ。

 先程と同じような体勢を、左腕を掲げるようにする。

 その鋭利なフォルムの左腕は、エレンが未だ消しきれていないスピードの軌道上だった。

 慌てて、その軌道を右方修正する。

 が、

「……告げておく。悪くない手だ。だが、俺には通用しないな」

 衝撃があった。

「うぐ……っ」

 左からの衝撃だ。飛行がよろける。

 そこに、敵が来た。左腕を伸ばしてくる。

 避けようとするも、またしても一瞬で接近され、そのまま首を掴まれた。

「……がはっ!」

 呼吸が苦しくなる。

 掴む腕の爪は、浅く首を裂いたようで、鋭い痛みを得る。

「くっ!」

 苦悶の声を上げるが、レーザーブレイドで左腕を切り落とすことは出来た。

 距離を開けてみると、切り離された左手部分が霧散していき、本体は、新たに同じフォルムの左腕を闇で形作っていた。

 首の傷は浅いので、大事にはならないだろうが、止血と痛覚遮断はしておき、言う。

「……あなたが強いというのは再確認出来ましたし、私は一度、退くことにしましょうか」

「……質問する。何故だ?」

「今の私のこの装備は、本来の装備ではありません。今のあなたと戦うのならば、そちらの方がいいと思いましてね」

「……睨み、思うが。逃がすと思うか?敵であるお前を。俺が」

「逃げるのではありません、いわば準備です」

 そう、これは不利を悟った撤退ではない。

 こんな状況を逃すのは不本意だが、今のこのCR‐ユニットでは、さすがに無理な気がする。

 だから、準備だ。

 その為には一度本部まで戻らないと行けないが、まあ今回はこんな敵を見つけただけ僥倖と言えよう。

「それでは」

「……納得しておこう。わざわざ追う必要も、思えば無い。だから、早く失せろ」

 そんな言葉を背に、遠くで戦っていた〈バンダースナッチ〉を撤退させる指示を出しながら、〈アルバテル〉に戻るエレン。

 その姿を、七海はずっと見ていたがそれも止め、ある一点を見た。

「ひ……っ」

 そこには、その視線を受け、竦みあがる美九の姿があった。

 そこに向かって、七海は距離を詰める。

 

 またしても、その移動は一瞬だった。

 七海の姿は、美九の前にあった。

「きゃ……!?」

「……問おう。お前は、俺の、敵か?」

 それは先程、エレンにも向けた言葉。

「ひ、ぁ……ゃ……」

 その問いに、答えることが出来ない。

 恐怖のあまり、引き攣ったような声が出るのみだ。

「……確認した。返答無し」

 彼は、そう言うと、手刀を掲げた。

「……判断する。返答無しは、敵と見做す」

「い、や」

 声が、反射的に出る。

 そこで美九は、一つの考えに行き着いた。

 すぐに実行に移す。

「ゃ、ぁぁぁ、ぁぁぁあああああ!!」

 声の衝撃だ。

 霊力を込めた自分の大声は、物理的な破壊力を得る。

 それをこんな至近距離で使ったのだ。七海は吹き飛ぶ。

 筈だった。

「……確定した。今のを、敵対行動と見做し、お前を敵とする」

 平然と立っていた。

 否、その闇に包まれた左腕を掲げていた。

 だが、それだけだ。

 それだけで、自分の声が、消されたのだ。

「―――――!?」

 そして、声が出なくなった。

 驚いて何かを言おうとするも、口からは息が漏れ出るのみ。

 霊力が無くなったのだ。

 おそらく、さっきの一発で、今まで使ってきていた霊力が底を尽いたのだろう。

「……実行しよう。お前を、殺す」

 体は竦んで動けない。声ももう出ない。

 絶望的だった。

 恐怖しかなかった。

 そんな時だ。

「――――何をしていますの、七海さん!」

 銃声が聞こえた。

 しかし、七海は身動ぎ一つしなかった。

 だが、彼の近くに、こぶし大の闇が生まれた。

 見れば、何か小さな物を呑み込んでいるようだった。

「――――【無形(ラ・トフ)】」

 七海は、何かを呟いたようだった。

 そして、闇が消えた後、ようやくその銃声の音源に目を向ける。

 そこにいたのは。

 銃口を七海に向けるゴシック調のドレスを着た少女。

「く、ぅみ……ひゃん……?」

 狂三であった。

 彼女は、一度こちらを見たが、すぐに七海へと視線を戻す。

「……もう一度訊きますわ七海さん。今、何をしようとしていましたの?」

「……判断する。今のも、敵対行動とする」

「答えてくださいませ」

 狂三の声は、どこか怒っているみたいだった。

 その声にも表情を変えず、しかし七海は答える。

「……説明しよう。殺そうとしていただけだ」

「誰をですの?」

「……指で示すが。そこにいる奴だ」

 そういえば、何で名前で呼ばないんだろうと、美九は思った。声は出ないし出せないが。

 その答えを聞いた狂三は、なにかショックを受けたようだった。

「な、七海さん。今自分が何を言っているのか、分かっていらっしゃいますの?」

「……疑問を覚える。当たり前だろう」

「……ふざけないでくださいまし!」

 突如、狂三は声を荒げた。

「七海さん、あなたがそれを言いますの!?それを行いますの!?精霊を救おうとするあなたが、わたくしですら救おうとしてくださった物好きなあなたが!何を言っていますの!?」

 怒りと悲しみが混ざった叫びだった。

 狂三は、雨なのか、はたまた別の何かを目元に溜めながら、まだ叫ぶ。

「あなたを信じた耶倶矢さんや夕弦さん、そしてわたくしを、裏切るつもりですの!?あなたが救おうとした美九さんを殺して!」

 銃を持つ右手は、震えていた。

 そんな叫びを聞いた七海は、心動かすだろうか。

「……疑問する。で?」

 そんなことは無かった。

 絶句する狂三や美九を無視し、彼は続ける。

「……それと、一つ質問させてもらうが」

 まずもって、

「……耶倶矢や夕弦、美九と言ったな。お前も含めて――――」

 七海は、本当に疑問に思っているかのように、訊いた。

 

「―――――誰だ?」

 

 

 時が止まったかと思った。

 だが、強くなる雨が、濡れた地面や水溜りを叩く音が、時の進みを語っていた。

「そん、な……」

 ばしゃんと、狂三は膝から崩れた。

 霊力で汚れることは無いとはいえ、雨に濡れた地面に直接触れるが、それを気にした風でもなかった。

 ただ、呆然と呟く。

「こんなの、わたくしは知りませんわ……あの日(・・・)、七海さんは教えてくださいませんでしたの……?」

 小さく呟いたその声は、雨音に掻き消され、誰にも届かなかった。

 そんな彼女に、一つの影がかかる。

「……変更する。最優先はお前と判断した。よって、今から殺す」

「……ふ、ふふ、わたくしを殺しきることが出来る方なんて、この世にはいませんわよ?」

 諦めたように、彼女は言う。

 しかし、それに構わず、七海は右手の手刀を振り上げた。

「……ですが、七海さん」

 最後に、狂三は語りかける。

「あなたを止める方がわたくしだけなんて、誰も言ってませんわよ?」

「?」

 小さく首を傾げた七海。

 その瞬間。

「!」

 何かに気付いたらしい七海が、ある方向を向いて身構える。

 直後。

「何しようとしてるんじゃ七海いいいぃぃぃぃぃぃッ!!」

「制止。どんな状況かは分かりませんが、狂三、とりあえず七海を止めますよ」

 そんな声が響いた。

 そして、七海が身構えた方向の逆方向へと飛ばされた。

 一緒に、雨粒も飛ばされる。

「……流石に、呆れるぞ。同じような言葉で邪魔されるとはな」

 飛ばされながらも、空中で羽を広げ、その場に止まる。

「……再度、変更する。最優先の敵を、今の者とする」

 七海がそう言う先、いるのは、

「何か不穏な物を感じて急いで戻りてみれば、一体、何があったと申すのだ?」

「疑問。……七海、ですよね?あれは」

 それぞれがそれぞれの天使を構える、八舞姉妹だった。




 はい、ということで次回はVS八舞といったところでしょうか。狂三の秘密は、まだまだ先です。

 狂三と八舞姉妹が乱入してくる際の台詞が同じな件については、気にしないで下さい。他に何を言わせればいいか分からなかったんです。
 あと、作中の『逆転体』というのは、勝手に作りました。アレです。独自設定。……すみません。
 それと、逆転主人公のテレポート並みの移動速度についての説明もあります。次回。きっと。
 あとは(まだある)、戦闘時の台詞のワンパターン化もお許しください。どんなこと言うか分からないんです。

 それと、年末年始は更新を一時止めます。宿題をぱーっと終わらせちゃいます。
 年明け5、6日ぐらいに更新出来たらします。
 それでは、メリークリスマス&(暫定的に)よいお年を~。
 ……普通に更新しそうな気がします。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 よければ、活動報告の質問もお答えお願いします。


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第30話

 今年最後の投稿です。

 主人公をあのままにして新年迎えてたまるかということで、更新しました。
 書いてて思いました。
 ―――え、強くね?
 あくまでもこの作品の中では、ありえない力ですよ、反転体というか、逆転体の主人公。

 それではどうぞ。


 さらに強くなった雨に打たれながら耶倶矢と夕弦は、狂三と美九のもとへ飛ぶ。

 地面に降り立ち、訊いてみる。

「あの禍々しき闇の霊装に左腕……一応問うが、七海なのだろう?」

「ええ、七海さんの筈ですわ」

「疑問。筈、ですか」

 見た目こそは七海本人だが、霊装に表情、行動が全く違う。

 だからこそ、どうしても別人という意識が生まれる。

 静かにこちらを見る七海を見ながら、耶倶矢と夕弦は同じ疑問に辿り着く。

「……して、何があったと言うのだ?」

「それが、わたくしにもよく分からないんですの……唯一知っているであろう美九さんも、今は声が出ないようですし」

「うぅ……しゅみま、ひぇん……」

「確認。どうやらそのようですね」

 舌足らずの声で、美九は謝った。

「ですが、一つだけ確かなことはありますわ」

 狂三は、指を立てて言う。

 確かなこと、とは、

「少なくとも、『あの』七海さんは、『今まで』の七海さんではないと思った方がいいでしょうね」

 あんな七海は、七海ではない。

 つまりはそう言いたいのだ。

 誰が決めたという訳ではないが、今まで接してきた七海ではない、ということだろうか。

「くく……あのような闇に呑まれた七海など、見たことのないからな」

 耶倶矢も、それを肯定する言葉を紡ぐ。

 そんな時、視線の先の七海が動く。

「……気付いたぞ。また増援か」

 それは、こちらへの攻撃ではなかった。

 七海は、耶倶矢や夕弦たちから視線を外し、あらぬ方向を見た。

 その先にいたのは、

「へ……?〈ナイトメア〉に〈ベルセルク〉、〈ディーヴァ〉だけでなく、あれはまさか、〈ディザスター〉でいやがりますか……?」

 独特な言葉遣いが聞こえ、その声の発生源に目を向けてみる。

 そこで確認した。

「確認。確か……崇宮真那と呼ばれてましたか」

 左目の下に泣き黒子のある、やけに武装満載な青髪ポニーテールの少女がいた。

 真那である。

 彼女は、心底驚いたように七海とこちらを何度も見やる。

「あらあら真那さん、一体何の用ですの?今は遊んであげる暇は無いのですけれど」

「〈ナイトメア〉……まあ、今回は貴様に用があったわけではありません。用があるのは……」

 狂三に向けていた視線を、七海へと移す。

「……そこの、〈ディザスター〉です。なんか、前回とは雰囲気が全く違うみてーですが」

 しかし、と彼女はぼやく。

「精霊の現界を確認してるのに、なぜか出動しないことを不思議に思ってこっちに来てみたですが、一体、何があったでいやがりますか?説明してもらいたいものです」

「きひひ、今は、そんな悠長に説明する時間はありませんわね」

「……随分、大人しいでやがりますね、〈ナイトメア〉」

「ええ、今はそんな暇は無いと言いましたでしょう?」

 真那は、無言を返した。

 耶倶矢や夕弦、美九はと言えば、三人ともほぼ初対面なので、声が出せない美九はともかく、会話の糸口が見つからず黙ったままだ。

 一方七海はと言えば、新たな人物の登場で、敵か否かを判断しているようだった。

「……問おう。お前は、俺の、敵か?」

 再三の質問。

 その矛先は、無論、真那。

「私でいやがりますか?……まあ、あなたが敵対するのなら、敵になりますかね」

「……補足しておく。そこの奴らと手を組むと言うのなら、お前も敵とするからな」

 その平坦な声色に、狂三は声を張り上げる。

「真那さん、今は休戦ですわ!七海さんを助けるのに協力してくださいまし!」

「休戦……?協力……?〈ナイトメア〉が、私に言ってるんですか?」

 信じられないと言った顔で、真那は呟く。

「真那と申したか。お主、七海を助ける気が有るのならば、我らに協力せい!」

「懇願。どうか、お願いします」

 どこか慌てた顔の耶倶矢に、頭を下げる夕弦。二人とも、七海のことを案じているのだ。

 まさかの追い討ちに、たじろぐ真那。

 しばしの逡巡の後、口を開く。

「……はあ、そんなに言われたら、断れないじゃねーですか」

 まあ、と、彼女は前置きして、

「おそらく、七海というのが〈ディザスター〉のことでしょう。ならば、その為に協力してやるです」

「ありがとうございますわ、真那さん」

「……貴様に礼を言われるなんて、不思議なこともあるものです」

 そんな中、七海が口を開く。

「……確認した。お前は、敵になるのか」

 落胆した風でもなく、ただ事実を確認しただけという口調だった。

 言葉を、続ける。

「……宣告しておく。ならば、殺す」

 直後、消えた。

 

 思えば、今まで待っていてくれたのが奇跡に等しかったのかもしれない。

 狂三は、そんな思考をする。

 つい先程、戦闘は再開してしまった。

 だが、美九と自分は優先順位が低いのか、七海が向かったのは、目の前の八舞姉妹だった。

 今彼女たちは、最初の一撃こそ驚いていたものの、真那と共に七海と戦っている。

 そんな中で声を上げる。

「先に言っておきますわ!今のわたくしが使える時間は少ないですわ!ですから、わたくしは美九さんの護衛をしておきますわ!」

 返事は無かった。

 だが、それは聞いていないという意味ではなく、出来ないという意味であった。

 瞬間移動ばりの移動速度で動く七海に、あの八舞姉妹ですら追いつくのがやっとのようだった。

「〈刻々帝〉――――【一の弾】」

 そんな中、狂三は天使を顕現させる。

 そして銃に込めるのは、【一の弾】。

 被弾者の時間を高速化する弾だ。

 そして銃口を、八舞姉妹と真那の方に向ける。

「耶倶矢さん!夕弦さん!真那さん!……これを受けてくださいまし!」

 撃つ。

 声は聞こえていたのか、その直前に一瞬だけ三人がこちらに視線を寄越した。

 だからか、その場からほとんど動かなかった。

 そして、弾が届く。

 直後、

「……驚愕を禁じえないな。速くなったか」

 七海のそんな声が聞こえたが、実際、目を見張る程撃たれた三人は速くなった。特に八舞姉妹は、それこそ瞬間移動ばりの速度だ。

 しかし、それが狂三の限界であった。

 もうこれ以上の時間の浪費は控えたかった。

 本当なら、七海に向かってせめて【二の弾】ぐらいは撃ちたかったのだが、先程銃弾を止められた以上、また防がれる可能性があった。

 そう考える中、くいくい、と、手を引かれる感覚があった。

 視線を向けると、腰が抜けているのか、座り込んだままの美九だった。

「どうかしましたの?」

「ぁい、りょうふ……なんれふ、か?」

 大丈夫なんですか、だろうか。

 そう思うことにして、返事をする。

「ふふ、心配しなくとも、こちらには来ませんわ。言っていたでしょう?優先事項を変更した、って」

 先程の七海の台詞だ。

 あの時、八舞姉妹が乱入したとき、そのようなことを言っていた。

「ですから今は、信じて待つことにしましょう?耶倶矢さんや夕弦さん、真那さんが勝つことを。七海さんが、元に戻ってくれることを」

 そう言い戻す視線の先には、目に見えない速度で激突している四人の姿がある。

 

 耶倶矢が飛ばしてきた風の塊を、左手で掴むようにして消し、夕弦のペンデュラムが右腕に巻きつくも、逆に振り回して投げる。

 その隙を突いてきた真那の剣戟を避け、カウンターで蹴る。

 全て、一瞬。

 一瞬の間に凝縮された行動が、連続する。

「……悟った。流石に不利か」

 突撃してきた耶倶矢の突撃槍の先端を左手で掴み、多少刺さるも、気にせず投げ飛ばす。

 その一瞬で、呟く。

「来い、〈死天悪竜(サマエル)〉……」

 そして、闇が広がった。

 八舞姉妹や真那が驚愕する中、現れたのは、両剣。

 再び、七海の天使が顕現したのだ。

 しかしそれは、先程とは違う様相だった。

 黒いのだ。

 元がまだ色があったのに対し、今回は全体的に黒い。

 別に、単色ではない。他の色もある。

 しかし、それらも全て明度が低く、やはり黒っぽい色合いだった。

 デザインとしては、多少の差異はあれど、大きな違いは無かった。

 それを、掴む。

「……警告しておく。死を、覚悟しておけ」

 元と同じように、鱗のようなものが巻きついた右腕を掲げる。

 片方の刃を上に向け、言う。

「……【虚無(バーブラ)】」

 闇が生まれた。場所は先端。

 何か来ると感じた三人は、一様に七海に向かって突撃する。

 だが、その前に攻撃が来た。

 光線だ。

 いや、『光』線ではないのだが。

「うぐあ……ッ!!」

「激痛。ぐあっ」

「く、うぅ……!」

 三者三様の苦悶の声を上げる。

 その闇は、三人を貫通した。

 霊装を持つ八舞姉妹も、随意領域のある真那も、だ。

 幸い、急所には当たってない。心臓や頭部は無事だ。

 しかし、幾条もの闇は、腕を、腿を、脇腹を貫通していた。

 目にも止まらぬ速さ、それを体現していたのに当たったのも、想定外だった。

「?……疑問だ。何故、外した……?」

 当の七海は、何が不思議なのか、〈死天悪竜〉を左手に持ち替え、右手を握ったり開いたりしていた。

 ほどなくして、右手に持ち直したが。

「……呼び掛ける。耶倶矢」

 七海は、比較的当たった箇所の少ない耶倶矢を呼ぶ。少ないと言っても、言うほどの差は無い。

「く……な、なに?」

 貫通させられた痛みからか、素で対応する耶倶矢。顔は苦痛に歪められている。

 しかし、そんな表情を気にした風でもなく、七海は言葉を発する。

「……告げておく。去るなら、去れ」

「ふん、殺すと息巻いていたお主が、いきなり何を申すか」

 明らかに強がりでそう言い返す。

 それを聞いた七海は、

「……思考してみよう。確かに、何故だ……?」

 考え込んでしまった。

 鋭利な左手を顎に当てながら、考える。

 その間に、耶倶矢のもとに夕弦と真那が集う。ちなみに、真那は随意領域で止血と痛覚遮断をしていた。

「呼掛。耶倶矢。一つ、聞きたいのですが」

「どうしたの?」

 流石にきついのか、また素に戻っている耶倶矢。

「質問。何で、今の七海は、耶倶矢を耶倶矢と分かったのでしょう?」

「適当なんじゃねーですか?」

「否定。その割には、考えた素振りがありませんでした」

 言うと、真那は黙ってしまった。

 七海が動いていない今、本来なら好機なんだろうが、こちらも思考タイムだ。

 しかし、耶倶矢と夕弦は怪我を負った以上、悠長にはしてられない。

「確かに、なんでだろう……?」

 うーんと三人で考える。

 同じように七海も、唸っていた。

 

 何故、逃げることを推奨した?

 何故、攻撃を外した?

 ……そういえば、何故、『耶倶矢』というのが分かった?

 それが今、七海の中で渦巻く疑問だ。

 七海は考える。

「……仮説立てよう。俺の善意か?」

 いや、それならば敵対しないだろうと思う。

 ならば、何故?

 何故、耶倶矢と夕弦が分かった?

 乱入してくる前と乱入してきた際に、狂三がその名を言っていたのは覚えている。だが、どちらがとは言っていない。

 ならば、何故?

 …………?

「……思考するが。……狂三?」

 誰だ?

 いや、あのゴシック調の服を着た少女だろう。

 ……いつ、名前を聞いた?

 美九というのは推測出来る。あの座り込んでいた奴だろう。

 美九が呼んでいた?

 否、それはなんと言っているのか不明瞭だった。少なくとも、自分にはなんと言っているのか分からなかった。ただの驚きの声かと思っていた。

 何故かを考える自分、突如として、

「!……苦悶だ……!が、あああぁぁぁぁぁッ!」

 猛烈な頭痛が、襲った。

 突然苦しげに声を上げた自分を、耶倶矢と夕弦と真那が見てくる。

 何かを言ったようだが、自分には聞こえない。それどころじゃない。

「あああああぁぁぁぁぁぁぁ―――――――ッ!!」

 まだ、叫ぶ。その痛みを、誤魔化すように。

 思わず〈死天悪竜〉を投げてしまうが、それに構っていることすら出来ない。

 自由になった右手で、右目を隠すようにして顔を覆う。

 左目は自分でもどこを向いているか分からない。しかし、右目を覆っている以上、あまり気にする必要は無いかもしれない。

「疑問、する……!誰だ、誰だ、誰だっ!」

 耶倶矢。双子のスレンダーな方。

 芝居がかった口調で話すが、興奮すると地に戻る。己の体型に少しコンプレックスを抱いている。

 夕弦。もう一方の、スタイルが良い方。

 台詞の頭に二字熟語を付けて話す。時々、子供っぽい言葉が入ることもある。

 狂三。ゴシック調のドレスを着た少女。

 己の目的の為に動いており、人を喰らう。また、自身の黒歴史あり。

 美九。スタイル抜群の少女。

 間延びした口調。男性を嫌悪しており、女性の方を好む傾向がある。

 真那。先程現れた少女。

 独特の敬語で喋る。狂三と因縁があり、彼女を殺すことを使命であり、存在理由としている。

 まだある。

 考えだしたら、(きり)が無い程に。

 だが、

「が、あああぁぁぁッ!」

 またしても、頭痛。

 そんな中でも、考える。

「……思考、するっ!……この情報を、どこで知った!?俺は、覚えてなど……」

 ふと、思う。

「……疑問だ。覚えてなど、だと?否、覚えている筈など無い!知らないのだからッ!」

 もう、どう見られているかなど関係ない。

 だが、こんな思考も要らない。

 どう断ち切るか。

「……掻き毟る……!」

 実行した。

 顔の右半分を覆っていた右手に、闇で爪を装着させ、一気に下ろす。

 掻き毟った。

 顔の右側。額から、目も巻き込み、顎まで。一気に、全部。

「な、七海!?」

「疑念。どうしましたか」

「うわ、何をやってやがるです!?」

 返答など、しない。

 傷から血が溢れるが、左腕と同じように闇で塞ぐ。

 結果、右目と引っ掻き後が闇で形作られたことだろう。自身の顔を確認する術は持たないから、推測だが。鏡を創るのも面倒だ。

「……宣言、する。一気に、終わらせよう」

 言って、一度、右腕を掲げる。

「……命令する。もう一度来い、〈死天悪竜〉……!」

 そして、再度その右手に〈死天悪竜〉が握られた。

 それを右下に構え直し、言う。

「……『幽幻を奏で、深淵へと誘う、闇であれ』……ッ!」

 すると、〈死天悪竜〉がその色を変えた。

 否、正しく言うのであれば、明度を変えた、か。

 もとより暗い色だったのが、その台詞の後、さらに黒を増す。

 その原因は、闇。

 濃密な闇が、その刀身を覆い、幅を大きく、太くしていく。

「【無極闇(カイゼーク)】―――――ッ!!」

 そして、振った。

 右下から左上へと、次いで、腕を動かし、右上から左下へと。

 交差の形の斬撃だ。

 闇色のオーラで出来た斬撃は、全てを呑み込む。

 もしかすると、七海の攻撃が闇色なのは、光すら呑み込むからかもしれなかった。

 それは、固まっていた耶倶矢や夕弦、真那の元へと向かう。

 それを見届ける七海。

 だが、直後。

「……?…………!?」

 動いた。

 疑問を感じたのは一瞬。行動に移したのは、さらに数瞬後。

 大技を使った後の疲労感も何も無視して、その攻撃の速度を超える。

 一瞬だ。

 当たり前だ。

 今までそうしてきたように、瞬間移動並みの速さだったのだから。

「え、うそ、七海!?」

「驚愕。また、一瞬で詰めてきたのですか」

「……あんな大技放っておいて、まだ何かするつもりでいやがりますか」

 彼我の距離が大分離れていたのが幸いした。こうした言葉を挟む余地が出来たのだから。

 だが、返事など出来る筈が無い。

 返事などする暇無く、今しがた自分が放った攻撃が来たのだから。

 七海は、その斬撃に、竜のような鋭利なフォルムの左腕を翳す。

 激突。

 音も、衝撃も無い、静かな激突だ。

 全てを呑み込む両の闇は、それぞれを呑みこもうと相殺し合う。

 だが、威力が段違いだった。

 明らかに、【無極闇】の方が強い。

 右腕も、左腕を支える。

 右手で触れる箇所だけ右手が消されないようにし、支える。

 羽を広げ、片腕を翳して、斬撃を止めようとする。

 その姿は、

「まさか、私たちを守ろうとしていやがるんですか!?」

 明らかに、後ろを守っての行動だった。

 振り向かないまま、七海は言う。

「……告げて、おく。自分でも、何故かは、分かっていない……」

 強大な威力の前に、途切れ途切れで発せられるその台詞。

 だがそれは、真那の言葉の肯定であった。

「……まだ、行く。……〈死天悪竜〉――――【砲塔】」

 突如として、虚空から両剣が出てくる。

 そして、その姿を変えた。

 砲身が、両剣状態の時の刃部分で出来た、大半が砲身で出来た砲だ。

「……苦悶、しながら、だが。流石に、琴里の霊力の反転状態では、この前に、無力だろうから、な」

 琴里というのも、一体誰だろうと思うが、知っているからしょうがない。

 自嘲気味に告げつつ、宙に浮いたままの〈死天悪竜〉に命じる。

「……命令、する。撃て……!」

 絶句した状態の後ろの三人の上から、己が腕を半ば呑まれるようにしてぶつけるすぐ近くに放つ。

 それも、闇。

 しかし、それすらも、多少の軽減にしかならない。

 じわじわと押される。

 腕の感覚が無かったのは幸いかと、現実逃避気味に思う。

 そんな中、

「〈颶風騎士〉――――【穿つ者】!」

「呼応。〈颶風騎士〉――――【縛める者】!」

 声がした。

 その声は、合わさる。

「「〈颶風騎士〉――――【天を駆ける者(エル・カナフ)】!!」」

 耶倶矢と夕弦だった。

 彼女たちは、〈死天悪竜〉よりやや離れた場所に飛び、己らの天使を合体させていた。

 耶倶矢の【穿つ者】を矢として、夕弦の【縛める者】を弦として、二人の翼と合体する。

 形状は弓。

 そして、行く。

 風の弓矢は、七海の頭上で闇の斬撃と激突した。

 それは確かに、わずかながら威力を減衰させた。

 が、暴風すら呑み込んで、闇は消えなかった。

「かか……我らは、ここまでのようだ。最早、霊力が底を尽きそうだ……」

「謝罪。傷もありますし、もう、見てるだけしか出来ません」

 力の無い声だった。

 だが、と二人は続ける。

「ここで無様に逃げ帰るは、万象薙ぎ伏す颶風の御子の名折れ!」

「同調。残りの力、七海に貸してあげます」

 そう言うと二人は、七海の後ろへと行き。

 その背中を支えた。

 幸い、羽は全て張っており、後ろには来てないので、その羽に触れる心配は無かった。

「……では、私も何かをしたほうがいいみてーですね」

 真那も、何かを成そうとする。

 が、今の自分では出来ることなど無い。

「……せめて、遠距離武器を片っ端から撃ちかましますか」

 そうと決まれば、飛ぶ。

 斬撃が当たる心配の無い、なるべくの近距離に移動し、持ってるだけの遠距離武装を展開する。

 傷が開くだろうが、そんなことはどうでもいい。

「――――いきますよ!」

 撃った。

 ミサイル、レーザーカノン、魔力砲、etcetc……。

 弾数の制限のあるものは一気に使い切り、なんとかなるものは、その時に出せる全力で。

 ここに来る際、精霊が複数いるということで、持てるだけの武器を持ってきたのが幸いした。

 が、すぐに限界が訪れる。

 ほどなくして、何も出来なくなった。

「……ははっ」

 笑いが出た。

 使えなくなった武器を捨て、七海の背へと回る。

「〈ベルセルク〉……いや、耶倶矢さんに夕弦さん、でしたか」

 こちらを見てくるのを気にせず、言葉を続ける。

「今は、協力中ですから、邪魔しねーですし、そちらもしないでください」

 そして、支える。

 ついでに、八舞姉妹を随意領域で包み、止血もしておいた。

「これは……」

「感謝。ありがとうございます」

「いえ、どうってことねーですよ」

 しかし、と思う。

 背を支える七海は、自分たちより苦しいはずなのに、と。

「……感謝、しよう。今までのと、時間経過で、大分威力も落ちてきた」

 七海は、そう言った。

 今なお左腕をじわじわと消されながら、しかし、それでもこちらを向いて。

 そして、羽を消した。

 もともと、羽は霊装の一部ではなく、別の者として生やしていたので、後ろの三人の邪魔にならないよう、消したのだ。

 どうせ、飛ぶわけではない。ならば大丈夫と判断したからだ。

 そして、〈死天悪竜〉の砲と、四人が必死に留める中、

「わたくしも、お手伝いいたしますわ」

「ぁ、たし、も……」

 また、新たな人物。

 霊力で浮いてきた狂三と、彼女に抱かれた美九だった。

 彼女たちは、七海を支える三人のさらに後ろに行き、

「それでは、微力ながら」

「…………!」

 その三人の背中を支える。

 狂三は美九を抱いているし、美九も狂三に掴まっているので、それぞれ片腕ずつだ。

「……再度、感謝しよう。あと、もう少しな、気がする」

 そして、全力で、止める。

 

 どれだけ経っただろうか。

 その内、【無極闇】が収束を見せ始めた頃、遂に耶倶矢と夕弦、真那がダウンした。

 狂三たちに彼女たちを任せ、七海は一人、斬撃を止めていた。

 ある程度収まったら、〈死天悪竜〉を両剣状態に戻し、右手で持って、刺した。

 すると、割れるようにして、斬撃は消えた。

 それを見届けると、七海は落ちていく。

 そうしていると、霊装が変形していった。

 闇を放つものから、黒の光放つものへと。

 戻ったのだ。

 そして、思う。

 考える。

 またしても。

 自分は。

「……護れなかった、のか」

 先程まで自分がやっていたことを、言っていたことを思い出しながら、七海は、気を失った。




 長っ!?

 まさかの8000文字オーバーに、流石に驚きました。

 最後の方の主人公の改心については、次回で詳しく触れられると思います。
 また、作中の逆転体時のサマエルの漢字については、不問でお願いします。自分で「うわー」とは思っているんです。
 加えて、作中で主人公がサマエルを顕現させる際、『天使』と描写されていますが、あれは反転体とはまた違うから、ということで納得してください。お願いします。
 あと、主人公が使っていた『無形』『虚無』【無極闇】の読みですが、あれはもともとあったものを、勝手に翻訳したものです。本来の呼び方ではないかもしれません。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 それでは皆様、よいお年を~。


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第31話

 新年明けましておめでとうございます&久しぶりです皆様。

 約二週間振りです皆様。新年一発目の投稿となります。
 宿題もあとはテスト用に詰め込むだけとなりましたので、今日、更新させていただきました。

 それでは、どうぞ。


「うん。なかなか面白かったよ、七海くん」

 声が聞こえた。

 聞き覚えのある声だ。

「いや~、まさかあんなことになるとは思わなかったよ」

 それに起こされるようにして、目を開ける。

 まず見えたのは、顔。

 次いで、黒。

 寝ているのであろう俺を見下ろす楓の顔と、背景の色だった。

 光は無いだろうに、物が見えるってのも、不思議だな。

「あ、起きた?」

「……まあ、な」

 両手をついて、身を起こそうとする。

「…………?」

 出来なかった。

 右手の感覚はあったものの、左手の感覚は無かったからだ。

 右手に押されるようにして、左に倒れる。

「ぷっ、何やってんの?」

「あ、ああ……左手の感覚が……」

 右腕だけで身を起こしつつ、ああ、と納得する。

 そういえば、

「左腕、無いんだっけ……」

 最早朧気だが、ぼんやりと覚えている。

 確か、エレンと戦っている最中に、左腕は無くなったんだっけ。

 ……戦っている、か。

 俺は、また。

「……護れなかったのか」

「誰かを護ろうとするなんて、随分おこがましい事を言うようになったね、七海くん」

 うるせ。

 大体、その原因はお前じゃないか。

 いや、違うか。

「そうだね。ボクが死んだことで君が何を思ったとしても、それは君自身の問題だよ。ボクは関係ない」

 思考を読むな。

 だがまあ、言ってることは正しいか。

 俺は、感覚の無い左腕に目を向ける。

「ああ、七海くんの左腕は、現実世界において無くなっているよ。まあ、この世界では闇っぽいものに包んであるから、傷口は見えないと思うよ。顔の右半分含めてね」

 言われて思い出す。

「……そういや、そうだったな」

 そういえば、自分で顔を掻き毟ったんだっけな。

 鏡が無いから確認出来ないが、まあ、そっちの方が良かったかもしれない。

 引っ掻き傷なんて、あまり見たくない。

「さて、そろそろ本題に入ろうというか、ちゃんとお話しようか」

 本題?

「別に君の信条なんてどうでもいいんだけどね、まあ、それを踏まえたお話さ」

「……一体、どんなことを話すつもりだ?」

 いや、訊かずとも分かっている。

 今話すことなんて、決まっているだろう。

「暗いなあ……まあ、しょうがないかな」

 呆れたように言いつつ、楓は話し出す。

「今回の件、君はどう償うつもりだい?」

 いきなり話の核心を突いてきやがった。

 まあ、そっちの方が気が楽、か……?

「償う、か。……どうするべきか」

「いや、それを訊いてるんだって」

 分かってるっての。

 しかし、まあ……。

「…………はあ」

「ああもう!自分で考え始めていきなり落ち込まないでくれるかなあ!?話が進まないじゃないか!というか、立場が逆転しているというか役が逆転してるよ!」

 言っている意味が分からん。

「本来、七海くんがツッコミ役じゃないか」

「いや、そんなことはないと思うぞ」

「ううん、絶対そうだね。ってか、それも一種のツッコミだね」

 そうかなあ……?二重の意味で疑問を覚えるぞ。

 ……話が逸れた。誰の所為だよ、まったく。

「どう考えても主な責任は君にあると思うな」

 うるせ。

 で、償い、な。

「…………はあ」

「ループすんにゃああぁぁぁっ!」

 ははは、冗談だ。ちゃんと考えてるから。

 といっても、答えは出ないがな。

 一番良いのは、

「あ、七海くんが死ぬ、っていうのは、ただの逃避だから償いにはならないよ?」

 言われてしまった。

「そうか?俺はあいつらを殺そうとしたんだ。その命をもって償うべきだろ」

「まあ、そこらへんは任せるよ。ボクも一応言っておきたかっただけだし」

 へいへい。

「……うん、大分戻ってきたね」

 戻ってきた?

「こっちの話だよ」

 そうかい。

 あ、また思考を読まれた会話になってしまった。

 なんか嫌なんだよなあ……。じゃあ何か話せよって結論になるか。

「自己完結しないでほしいなあ。ボクが割り込む余地がなくなっちゃうじゃないか」

 ほら、また。

「あ、そうそう。七海くんに言っておきたいことがあるんだった」

「何だ?って、結構今更だが」

「とりあえず、一つ目」

 一つ目、ってことは、二つ目以降があるのか。

 で、なに?

「七海くんってさ、自分の能力の使い道を一個だけ見落としてるよね」

「見落としてる……?」

 そうか?霊力ですら理解さえすれば創造/消去できるこの能力の、使い道?

 一体、何がある?

「ヒント。君の能力は、理解さえすれば何でも創りだせるっていうものだよね?」

「ああ、まあ。造りだすだけではないが」

「ヒント二つ目。君が今、失っているものは?」

 俺が今、無くしているもの……?

 何があるだろうか?

 まずもって、この世界に俺が持ってきたものという物が無い。である以上、失ったものなんて……。

「……あ」

 違う。一つだけ持ってきたものがある。

「気付いたみたいだね」

「……俺、自身……?」

 正解、と楓は言った。

 この世界で、この夢の中で俺が失っているもの。

 言い換えるなら、俺から失っているもの、だ。

 ある。

「左腕と、顔の右半分、か」

「うん。正確には、顔の右半分ではなく、表面付近右側、だね」

 大して変わらん。

 しかし、それが俺の能力とどう繋がる?

「もう言っちゃうけどさ。君の能力で傷や怪我の修復は可能なんだよ」

「は?いや、俺の能力は生物には使えないんだろう?」

「それは消すときだけ。創るのに問題はないよ。まあ、だからといって新たな生命を創るのは出来ないんだけど」

 そうなのか。

 どうやら俺は、勘違いをしていたらしい。

 傷の回復、いや、修復が出来るのなら、真那と戦った後の太腿の傷も治せたのか……。

「……で、それが一つ目?」

「そうだよ。そんじゃ二つ目」

 はいはい、次は何だ?

「君の右目のことなんだけど」

 右目?

 今言った俺の能力の使い方で、普通に治せるじゃん。

「まあ、そうなんだけどね。それじゃあ面白くない」

 面白くないて。

「ということで、右目はボクからプレゼントすることにするよ」

 字面だけ見ると猟奇的だなあ……。

 んで、プレゼント?

「そう。君が彼女たちを殺そうとした罰、証明、戒め、なんでも良いけど、そういうこと」

「……!」

 ……そういうことか。

 おそらく、楓はこう言いたいのだろう。

 君の信条に則って、ボクから罰を与えよう、ってね。

「よく分かってるじゃないか」

 まあな。

 で、右目はその烙印ってところか。

「そゆこと。でもまあ、左腕を戻すのも、右目を与えるのも、君が起きてからだね」

「だな」

 ということは、

「そ。そろそろおはようの時間だよ」

 やっぱりな。

 そんじゃ、

「じゃ~ね~」

「……またな」

 さてと、起きたら何処だろうか?

 

「ん……」

 目が覚めた。

 感覚的には、ついさっきまで起きていたのに、また目が覚めるという不思議なものだが、特段不快感があるわけでもない。

「ん、起きたかね」

「……令音さんですか」

 声の発生源に目を向けると、椅子に座った令音さんがいた。

 なにやら機械を弄っているけど、何の機械か分かんないのでスルーしておこう。

 居場所は見覚えがある。医務室だ。

「……俺、どれぐらい寝ていましたか?」

「約一週間だ。正直、このまま寝たままかと思ったよ」

「一週間!?」

 おいおい嘘だろ。そりゃ長過ぎだって。

 八舞姉妹の霊力を消したときだって、三日三晩だったんだぞ?

 ……あ、そうか。

「……消していたから、その分の負担が返ってきたのか」

「ん?どうかしたのかい?」

「あ、いえ」

 俺が反転体になっている間、とにかく消すことを主体とする戦闘方法だった。

 攻撃しかり、移動しかり。

 相手の攻撃を消したりもした。移動する際に、距離を消すことで擬似瞬間移動を再現した。

 それらの連続が負担となって、返ってきたわけか。

「……?」

 そういや、何で反転体時のことを覚えてるんだろ?

 ……ま、いいか。覚えてないよりはマシだ。

 俺の罪を覚えていられるからな。

「……さて」

 考える横、令音さんが声をあげた。

「とりあえず、今のナナの状況について説明しておこうか」

「は、はあ……」

 俺の状況、ねえ……。

 見たところ分かるのは、顔の右側と、胴体ごと左肩に巻かれた包帯ぐらいか。

「左腕と顔の処置はしてある。ただ、流石に失くした左腕と傷ついた右目の眼球の代わりは無くてね、そのうち義手なんかをどうするか決めるから――――」

「あ、そのことなんですけど」

「……なんだい?」

 俺は声を被せ、先程判明した能力の使い方について説明する。

「俺の能力で左腕とかは治せるんで、この包帯を取ってくれませんかね?」

「……別に構わないが、本当かい?」

 その質問に肯きつつ、包帯を外してもらう。

 なるべく断面は見ないようにして、っと。

 まあ、名前はいいか。特に思いつかないし。

「――――――」

 無言で目を閉じ、イメージする。

 思うのは、見慣れた左腕。

 右目は、後ででいい。楓が何か言ってたし。

 数瞬後。

「…………ほう」

 令音さんの驚いた声が聞こえた。

 閉じていた目を開け、左腕に視線を移す。

 あった。

 見慣れた左腕が、そこにはあった。

「よし」

 試しに動かし、手を握ったり開いたりしてみるが、特に違和感も無い。

 成功だった。

 あとは、右目なんだが……。

 俺は自分で包帯を外しつつ、令音さんにお願いする。

「すいませんが、鏡かなにかないですかね」

「ん、ちょっと待っていたまえ」

 そう言って、令音さんは部屋を出て行ってしまった。

 そうして、俺が包帯を外すのに悪戦苦闘している間に、令音さんは戻ってきた。

 今度はこっちが待ってもらいながら、ようやく外し終える。

「じゃあ、ちょっと貸してくれませんか」

 はい、という風に手渡された手鏡を持って、右目を映す。

 楓が何か言っていたし、一体何をしたんだろうかと思って見ると、

「お、おうっ!?」

 つい凝視してしまった。

 そこに映っているのは、確かに目だ。

 しかし、色が全く違った。

 本来白い部分が黒で、黒い部分が赤。

 不気味とかそういうのを通り越して、「うわっ……」って引くレベル。

「……うわー」

 現実に言ってしまった。

 まあ、そのぐらい衝撃だったのだ。

 だってさ、普通こんな色の目を持った奴なんていないだろ?そりゃびっくりするっての。

「……ん、どうかしたのかね」

「ええ、まあ……右目がこんなことに」

 顔を向けて右目を見せると、令音さんも驚いたようだった。

 ま、まあ、義手や義眼の心配も無くなったし、ちゃんと機能するし、気にしないでいいかな。うん。

 

 どうやら今はお昼らしい。つまり、八舞姉妹や美九は学校だ。狂三も他の人たちと一緒に来るつもりらしい。

 俺は〈フラクシナス〉内を当ても無く歩きながら、ぼんやりとしていた。

 既に服装は私服に着替えてある。

 その際、どこからか紛れ込んでいた眼帯があったので、令音さんも知らないらしく、楓からのアフターケアということで右目を隠させてもらっている。

 まあ、多少イタくなるとはいえ、普通に目を晒すよりかはマシか。

「さて、と」

 俺は周りに誰もいない及び何も無いのを確認して、あることを実行した。

 目を閉じ、周囲を『視る』。

 ……理解完了。

 数瞬後。

 俺は空中にいた。

 空気がうなる音が耳元で聞こえる。

 〈フラクシナス〉の床部分を消したからだ。

 俺が落ちていった後に全く同じ情報体を創りだした、つまりは元に戻しておいたので、何か不具合が生じることはない筈だ。

 そんなことをした理由は簡単。

「……やっぱり、命を奪おうとしたのならば、自分の命を以って償うことにするよ」

 誰に向けたでもなく、そう呟いた。




 そう言えば、前回がなんかあまり盛り上がらない理由が分かりました。
 大技を止める際の雄叫び的なものが無いからですね。キャラ上出来ませんが。

 ということで、大分短くというか本来の文字数に戻りました。
 次回からようやく美九と主人公を絡ませれそうな気がします。……次々回かな?
 そして三人称に慣れた所為か、冒頭の一人称がややおかしくなってしもうた……。

 ここでちょっとした暴露話。
 もともと美九編は、『主人公の目を変えたいな~』と『主人公を反転体にしたいな~』と『美九が時系列的に書きやすいかな~』というのが合体してできた話なんですよね。大分迷走もしましたが。
 その際にVSエレンも出てきたんですよ。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 今年も、どうかよろしくお願いします。


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第32話

 お気に入り登録者数200人突破ー!登録してくださった皆様、本当にありがとうございます!

 もうちょっと主人公の心情をダウナーに書くつもりが、気が付けば通常運転。駄目じゃないですか。

 ようやく美九主体に書ける!と思ってたら、やはり次回になりました。
 ということで、次回はやっと美九とのデート回ですかね。
 今回は、神様ちゃんとの会話が主です。

 それではどうぞ!


 落ちていくが、風を生み出すことでなんとか体勢を保ち、人目のない所を選んで着地する。

 さて、どうしようか。

『結局、自殺を選ぶんだね、七海くん』

 楓か。

 まあな。

『だったら、大振りの剣でも創って自分を刺したらどうだい?おそらく、それで死ぬと思うよ』

 だろうな。

 だけど、それじゃ死体が残るだろ?それは避けたいんだ。

 流石にここで声に出す気はないので、頭の中だけで会話する。

『ふーん、そうなんだ……』

 な、なんだよ。

『いやさ、それはただの怯えじゃないのかいと思ってね。だって、言い訳にしか聞こえないし』

 そんなつもりは無いんだが。

 まあ、人の言葉を聞いて何を思うかなんて、強制出来ないけども。

『で?それじゃあどうするつもりだい?死体を残さず死ぬなんて、まず不可能じゃないか』

 うんにゃ。ちょっと語弊があるな。

 別に死体を残さない必要なんてないんだ。

『というと?』

 死体を残さないではなく、死体を晒さない、だ。

『……ああ、成程』

 分かってくれたか。

 ということで、俺はとりあえず歩くか。時間的に猶予はあるのかどうか怪しいが。

『でもさ、七海くん。そんな死に方なんてあるのかい?』

 ああ、あるとも。

 目指すのは、

「……海、とかな」

 

 落ちていく最中に、海の方角は分かっている。

 本来ならぱーっと飛んで行きたいんだが、そんなことしたら、〈フラクシナス〉に発見されちまう。だから、てくてく歩くことにした。

『それじゃあボクは、君が関与した精霊達の為に、君を止める側になろうか』

 そっちの方が君と楽しくお話できるし、と聞こえた。

 楽しくってなんだ、楽しくって。

『さて、じゃあ始めようか』

 ……まあ、お前のしたいことは分かる。

 お前が生きていた頃、よくやったもんな。

『まずは景気付けに、この台詞から始めようかな』

 それじゃ俺も、こう思うことにしよう。

『ボクたちの――――』

 俺たちの――――

『――――戦争(デート)を始めようか』

 ――――対話(デート)を始めよう。

 

 対話ゲーム。

 どちらから言い出したかも分からない安直なネーミングだが、内容を表すには十分かもしれない。

 前の世界で、俺と楓がよくやっていたことだ。

 今はそうでもないが、昔はよく意見の対立があった。

 その際、最終的に似たような台詞が入るから、そのうちそれが様式化というか形式化して、『ゲーム』と言うようになったんだ。

 要は、ただの口論。口喧嘩とも言うし、ディベートの縮小版みたいなものだ。

 そして、どちらかの意見に相手が了承、もしくは反論出来なくなったら、終了。喧嘩でいう勝敗も決まる。

 それが、今から始まる戦争だ。

『それで、君は本当にそれが償いになると思っているのかい?』

 ああ、他に方法が見つからない以上、その選択肢を取るのは当たり前だろう。

 少しずつ沈下していく心情を意識しながら、俺は頭の中だけで会話する。

『それじゃあ、他の選択肢があれば、君は自殺をやめるんだね』

 他にあるならな。

 だが、考えうる全ての選択肢に通ずる反論として、先も言ったが、『死体を晒さない』ということが絶対条件な。

『その条件は、今から君がすることにも当てはまるんじゃない?』

 路上に肉片が飛び散っているのと、海に沈んだり肉食魚の餌になる方が、俺という身体は無くなるだろ。

 だから、当てはまるとはいえ、その中での最善だと思うぞ。

『自己満足だね。他者の気持ちを思わない、自己満足の自己完結だ』

 違う。他者を思っていないなんてことはない。

 きっと、俺が死ねば、少なくとも耶倶矢と夕弦は悲しんでくれるとは思う。多分。きっと。……まあ、希望的観測かな。

 で、そんな奴らが俺の死体を見たらどうなると思う?

『まあ、悲しみは増大するかな。死を確実なものにしてしまうから』

 だろ?

 だから、死体を残したくないんだよ。

『でも、それすらも自己満足だね』

 ……何でだ?

『じゃあ逆に訊くけどさ。君はもし八舞姉妹が死んでしまったとして、その死体を見つけ切れなかったらどう思うんだい?』

 絶対に俺が護るから、そんなことはない。

『今から死のうとしている君が言ったって、信憑性はまるで無いね』

 む。

『で?たとえばの話さ。どう思うの?』

 そうだな……。

 ……絶望する、だろうな。

『どうして?』

 死体が無いということは、俺自身が知らないところで死んでしまったということだ。つまりそれは、俺の力量不足で、あいつらを護れなかったということに他ならない。

『うん、だろうね。まあ、あくまでたとえばだから。あんまり考え過ぎなくてもいいんだけどね』

 でも、それがどうしたって言うんだ?

『その立場を逆転しているのが、今のこの状況ってことだよ』

 そんなことは分かっている。

 だが、それが何だっていうことだ。

 俺の今の答えは、俺が耶倶矢や夕弦たちを護るという誓いのもとで考えていることだぞ。立場は逆転しても、心情までは逆転しない。

『でもさ、きっと七海くんが死んでしまったら、彼女たちはこういう感情を得ると思うよ』

 楓は、そこで一旦間を置いた。

 そして、言う。

『――――絶望。虚無感。喪失感。悲嘆。凄愴。哀絶。痛哭。何でもいい。ありとあらゆる【悲哀】の感情だね』

 それを、君は看過するのかい――――と。

 楓は言う。

 それを頭の中に聞いた俺は、さらに感情が沈むのを感じた。

 そして、自分でもぞっとするような声で、言葉を発した。

「……それでも、だ」

 辺りには誰もいない。だからこそ、言葉を口にした。

「時間は残酷だ。たとえどんな感情でも、時間は癒してくれる。それが嬉しさでも歓喜でも。悲しみですらも――――ってのは、何の台詞だったかな」

『つまり君は、たとえ彼女たちが悲しんでも、そのうち時間が癒してくれるだろう、とでも言うつもりかい?悲しませない為に、死なないという選択を無視して』

「それは、償っていないからな」

『それが、逃避だとしてもかい』

 前も言ってたな、それ。

 だが、逃避じゃない。

『自分勝手すぎる感情論だね』

「ああ、自己満足の理想論かもな」

 そして、沈黙が訪れる。

 未だ勝敗は決していないが、両者が言うことを決めかねているからだ。

 楓は反論してこないが、もともと反論するような台詞ではない。

 俺も追い討ちかければいいんだろうが、その為に言えることが見つからない。

 だからこその、沈黙の膠着だ。

 ……そして、どれくらい経っただろうか。

 ぼちぼちと人の姿が見えるようになっていた。今まで会わなかったのが不思議なくらいだ。

 既に〈フラクシナス〉は俺が脱走したのに気付いているはずだ。おそらく、探しているだろう。

 今が何時かは分からないが、制服姿の奴も何人かいるので、もう学校は終わったのだろうな。

 俺は休憩を挟みつつ、海を目指して歩く。

 視界に映るのは全て、情報。

 そこに『存在』する情報。この『地』の情報。

 それを視ながら、海を目指す。

「……で?何か言うことは無いのか?もう大分時間が経ったみたいだが」

 人がいるので、小さく声を発する。

 携帯で電話しながら歩いてきた制服姿の女生徒を避けつつ、歩く。

『……うん、そうだね。再開しよう』

 少しの間があって、楓から返事がある。

『……ボクと君は、対立するね』

「ああ、俺とお前は、対立する」

 ……いきなり、飛んだな。

 今から始まる言い合いは、様式化した、形式化した台詞だ。

『やっぱり、ボクらは向かい合わせだね』

「違うだろ。どちらかというと、背中合わせだ」

 人目が無いのをいいことに、俺も実際に言葉を発する。

『どうしてだい?結局意見は対立したまんま。対等に対立して、対面しながら対話をしているじゃないか』

「たとえ対等に対立しているとしても、俺らは互いを見ていない。対面なんかしていない」

『そんなことはないね。向かい合って対話しているんだから』

「互いに背を向けて、対話しているんだよ」

 言葉は、続く。

「背中合わせだからこそ、絶対に重ならない。妥協も譲渡もない、ただの言い合いだ」

『向かい合っているからこそ、歩み寄れる。ボクらの意見は対立し、お互いがお互いを否定しあっても』

 言葉は、重なった。

「それは現実を見ていない、理想論だ」

『それは理想を語らない、現実論だね』

 再度、対話する。

『理想を語って、何が悪いんだい?』

「現実を見たところで、何が悪い?」

『……やっぱりボクらは、向かい合わせに対話するんだね』

「……結局俺らは、背中合わせで対立する」

 さて、そろそろ最終場面かな。

 元々言い合っていた内容で、俺らは対話する。

『……君は、死ぬべきではないね』

「……俺は、死んでしかるべきだ」

『……ボクは、君に死んでほしくない』

「……俺は、自分の死を選択したい」

 理想論と、現実論。感情論と、願望論。

 背反する意見はやがて、収束する。

 自論を押し通しただけのその結果は、つまり。

『……君は、意見を曲げるつもりはないみたいだね』

「ああ。つまり今回は、俺の勝ちか」

『うん』

 今回は、俺の勝ちだった。

 そうして、俺らの戦争(デート)は終わった。

『でも』

 ん?

『もし、君が死ぬ必要がなく、誰も悲しまない償いがあるとすれば、君はどうするつもりだい?』

 はっ、もしそんな方法があったら、

「……勿論、食い付くだろうな」

『うん。それが聞けてよかったよ』

 だが、それが一体何だって言うんだ?そんな方法が無いからこそ、今俺はこうして歩いているんだろうが。

『知ってるかい?裁判で判決を下すとき、裁判員は複数いるんだよ?』

 は?んなこと知ってるに決まってんだろ。中学の時に習ったことじゃねえか。

 中学生にして高校生並みの学力と知識を誇っていたお前が、何を今更。

『つまり、償いの方法は君が一人で決めるべきじゃないってことだね』

 ……言いたいことが見えないんだが。

『それじゃ七海くん。その【眼】で視てごらん。君の視界には【音】の情報も見える筈だよ』

 言われなくとも、気付いてはいるけども。

 それも含めて、言いたいことが分からないんだって。

『分からなくても答えはあるさ。それじゃ』

 あ、おい、まさか。

『じゃ~ね~』

 帰りやがった!

 どうしたんだ突然。まるで、時間だとでも言うように帰っていったぞ。

 いや、帰るという表現もおかしいか?

 そんな時、後ろから声がした。聞こえたし、視えた。

「なーなーみーさあぁぁぁん!」

 聞き覚えのある声だな。

 というか、一瞬で分かった。

 俺は音源に目も向けず、一目散に逃げ出した。

 いつの間にか、また誰もいなくなっていてよかった。目立つからな。

『その人を、捕まえてください!』

 明らかに質が違う声がした。

 そして突然、進行方向が塞がれた。

「な……!?」

 いたのは、人。

 ただし、その殆どが同じ服を着ているから、不気味さを覚える。

 慌てて進路を変えようとするも、そこすらも塞がれていた。

 つまるところの、通行止め。

 見覚えはあっても見慣れない制服の人たち(と、プラスα)を見つつ、ついに立ち止まる。

「ぜえ……はあ……やっと、追いつき、ましたぁ……」

 そして、振り向かない後ろから、再度声が聞こえる。

「もうっ、何で逃げるんですかー?」

 その人物は。

 今、最も会いたくなかった人物と言って過言ではなく。

 ギギギ、と振り向きながら、名前を呼ぶ。

「み、美九……!?」

「ようやく見つけましたよー。まったく、どこ歩いていたんですかぁ」

 美九だった。




 む、最後の方がやや急展開に……。どんまい、自分。

 作中にあった神様ちゃんとの会話ですが、あれはただ単に、ああいう会話をさせたい、ということで書きました。最後の様式化した~とか言ってる部分は、結構前から考えていたり。
 でも、もうちょっと屁理屈こね回した会話にしたかったです。
 やっぱり、キャラが勝手に動く……!

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 やっと、美九とのデート回……!


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第33話

 さらりと明かされる神様ちゃんの生前スペックに、美九の『おねがい』が効かない主人公クオリティ。

 ということで、今日で冬休みも終わりですので、これからまた週一~二の更新になっていきます。

 ……さて、先に謝らせていただきます。

 本当に、申し訳ありません。

 意味は、読んだら分かると思います。

 そ、それでは、どうぞっ。(ブルブル)


 どうやら、〈フラクシナス〉のクルーや精霊達総出で俺を探しているらしい。

 観念した俺がまず美九に訊いたことは、今どんな状況で動いているかということだった。

 要約すると、こうだ。

 俺の脱走に気付いた〈フラクシナス〉のクルー達が、俺を探し始める。

 しかし見つからずに時間が経ち、学校が終わって俺の見舞いに来た八舞姉妹や狂三、美九の力も借りて探す。その中には、五河士道や十香達も入る。

 そして、一番最初に見つけたのが、美九。

 ……ってことらしい。

 しかし、

「……お前が、男である俺を探すなんてな」

「まあ、私も少し用がありましたしー」

 感情がダウナーになっていくのを感じつつ、俺らは会話する。

 既に俺を通行止めにした人達は去っていて、この場にいるのは俺と美九だけだ。

「どうして、俺の場所が分かったんだ?」

「探してもらいましたからー」

 探してもらった?

 俺の無言の疑問に気付いたのか、美九は補足説明する。

「竜胆寺の()達に『おねがい』したんですよー。七海さんの特徴を教えて、見かけたら連絡ください、って」

「……成程」

 ということはもしかして、俺が避けたあの女生徒は竜胆寺の生徒だったのかもな。

 となると、携帯で電話してたのは、美九に知らせるため。もしくは、確認するため。

「……そういや、お前らは大丈夫なのか?その、怪我とか」

 ふと、疑問に思ったことを口にする。

 俺に主な原因があるとはいえ、特に耶倶矢と夕弦、真那なんかはダウンしていたし。

 そうか、真那はどうなってるんだろ?

「えーと、私や狂三さんは検査とかですぐ終わったんですけどぉ、耶倶矢さんと夕弦さん、真那さんは艦内で休養をとらせる、とか言ってた気がしますよー」

 言ったのはおそらく、琴里だろう。

 そして、美九の言っていることは本当だろうから、俺が起きた時には真那が艦内にいた可能性もあった訳か。

 まあ、八舞姉妹は学校にも行っていたらしいし、大事はないのだろうな。

「……そうか……よかった」

 その後も、色んなことを話した。

 結果、分かったこともたくさんあった。

 まず、俺の能力については〈フラクシナス〉で検査している時に教えてもらったらしい。俺の左腕についても、今日探すときに知らされたんだとか。

 そして、あの戦闘時に、琴里は自身の霊力を完全に返してもらったらしい。俺が寝ている週末に、五河士道とデートして再封印したらしいが。

 さらに、真那も、とりあえずは〈フラクシナス〉で面倒見るらしい。本来の積載量を遥かに上回る量の武装を使った代償として、それなりの負担があったのだろう。

 ま、真那も検査されるだろうし、その身に施された魔力処理も知らされるだろう。

 最後に、耶倶矢と夕弦。

 なんだかんだでこの二人が一番状態が酷かったらしく(俺を除く)、今なお傷の治療中なのだとか。

 それももうすぐ終わるらしいが、その原因は、まぎれもなく、俺だ。

 俺が反転した時に負った傷だろうからな。

「……って、お前はどこに連絡してるんだ?」

「え?どこって、琴里さんですよー?」

 考えていると、美九が携帯を取り出すのが見えたので、思わず声をかける。

 待て、今、琴里と言ったか。

「な、何故?」

「だってぇ、七海さんを見つけたら連絡ちょうだい、って言ってましたからー」

「待て、頼む。連絡しないでくれ。俺はもう、あそこに戻れない」

 それじゃ、償えない。

 しかし、俺の言葉を無視して、通話し始めてしまった。

「あ、琴里さんですかぁ?見つけましたよー、七海さん」

「ちょ、待てって言ってるだろぉぉぉぉぉっ!?」

「え、あ、はいー。別にいいですけど、その前に、私のお願いを聞いてくれませんか?」

 美九の耳元にある携帯に手を伸ばすも、どこからか現れた制服姿の女性二人に羽交い絞めにされる。

 って、お前らいたのかよっ。

 必死に抜け出そうとするも、何故か抜けない。しかも、必死にもがいている内に、連絡は終わったらしい。携帯を戻す美九。

 ずーんと、俺が大人しくすると、羽交い絞めにしていた二人も離れていった。

「それじゃあ、許可も貰いましたし」

 なんだ?

「七海さん、私と、『デート』しませんか?」

「………………は?」

 その台詞は、俺が反応するのに数秒を要するには、十分な意味が込められていた。

 

 美九と、デート。

 たった二文節のこの台詞だが、まずありえない組み合わせの文節だった。

 美九は、極度の男嫌いだ。これでもオブラートに言っている方とも言える。

 そんな美九が、俺(男)と、デートしませんか、だって。

 驚天動地、青天の霹靂とか、そんな単語が頭に浮かんでは消えていく。

 それぐらい、びっくりしたんだ。

「……は?俺と?お前が?デート?…………冗談だろ?」

「む、それは私とデートしたくないってことですかぁ?」

「あ、いや、そんなことは無い。むちゃくちゃ嬉しいさ。でも……どうして、また?」

 言外に、お前は男嫌いだろという意味を込めつつ、訊く。

 その疑問に、さらに本心を加える。

「――――俺は、お前を殺そうとした奴だぞ?」

 意味が分からない、という顔をしているのであろう俺を見た美九は、淡く微笑んだ。

 その笑みの意味は分からないが、見惚れてしまうような表情だということだけ言っておこう。

「それじゃあ今の七海さんは、私を殺そうとしますか?」

「そんなことする訳ねえだろ!」

「じゃあ、それで良いじゃないですかぁ」

 は、はあっ!?

 頬を引き攣らしながら、その不明瞭な答えを聞く。

 今の俺はお前を殺そうとしていない、だから気にしなくていい。

 正直、どうかしてると思う。

 今の俺がどうであろうと、俺がお前を殺そうとしたという事実に、変わりはないのだから。

「大丈夫ですよー。どこに行くかは決めてありますから、私について来てくださいー」

「あ、おい、まだ話は終わって……わかった。わかったから腕を絡ませるな自分で歩けるからっ」

「れっつごー!」

 半ば無理矢理、俺と身九とのデートは始まった。

 そ、そのうちちゃんと意味を教えてもらおう。うん。

 

「……俺は、何をしてるんだ…………?」

 死のうとしていたのから一転、デートしている、とか。

 対極どころか227度くらい回ってんじゃねえかな。

 結局腕は放してもらえないまま連れて行かれたのは、ややこじんまりとした一軒のカフェだった。

「うふふー、ここはちょっと小さいですけど、ケーキは絶品の味なんですよー。私が保証します。ちなみに、おすすめはチーズケーキです!」

 言いつつ、中に入っていく美九。必然、俺も一緒になる。

 店員さんに案内されるままに席に座り、二人分のチーズケーキを頼む美九。

 ……まあ、俺も好きだけど。

 追加で、コーヒーも頼んでおく。幸い、手持ちに余裕はある。

「あ、それじゃ私も紅茶を頼みましょうかー」

 それを見た美九も、自分の分の飲み物を頼んだ。

 オーダーを受けた店員さんは厨房(かな?)に引っ込み、俺らは、ケーキが来るのを待つことになる。

「七海さん」

「……何だ」

 呼ばれたので顔をそちらに向けると、美九はなんだかむくれていた。

 頬をぷくーっと膨らませているのだが、一体どうしたのだと言うのだろう?

「もうっ、折角のデートなんですから、もうちょっと楽しそうな表情になりましょうよー」

 言って、俺の顔に手を伸ばす。

 動かないでいると、俺の頬を摘まれた。少しだけひんやりとした温度が、微かに伝わってくる。

 そのまま、上へと引き上げる。

「………いひゃいんあが(痛いんだが)」

「ほらー、笑顔は大事ですよ?」

 むくれていた顔から一転、笑顔となる美九。そのうち、手も離してくれた。

 そうしてやや痛む頬を擦っていると、ようやくケーキが到着した。

「あ、ケーキが来ましたよ。ささ、早く食べてみてください」

 そして、味の感想をと言って来る美九。

 言われるままにフォークを取り、チーズケーキを一口分切り分け、頬張る。

「ん……美味いな、これ」

 もぐもぐと咀嚼し、正直な感想を述べる。

「それは良かったですー。これでもし気に入ってもらえなかったら、どうしようかと思っていたんですけどー……ん~、美味しいっ」

 恍惚の表情でチーズケーキを頬張る美九を横目に見つつ、さらに数口食べる。

 あっという間に食べ終え、一緒に頼んでおいたコーヒーに口をつける。

 思えば、何にも食ってねえんだよな。目を覚ましてから。寝ている最中も、必要最低限の栄養を与えてもらっていただけだろうし。

 ここのコーヒーの煎り方はシティなのか、強い苦味の中に、ほんの少しだけ酸味を感じる。

 うん、美味い。

 そうしてまったりしていると、自身の分も食べ終えたらしい美九が、こっちは紅茶を飲んでゆっくりしつつ、訊いてくる。

「少し休憩したら、次の店に行きましょうかー」

「え、まだ行くの?」

「当たり前じゃないですかー。たった一件で終わるなんて、つまらないですし」

 そして一口。

 えー、と思いつつ俺も飲むと、丁度空になった。

「……む」

 仕方ない。待つか。

 そして十数分後、俺らは次の店へと向かった。

 ……あ、一応言っておくけど、ちゃんと俺が支払ったからね?

 

 そして、今度も店の中。

 今いる二軒目は、ロールケーキがおすすめらしい。

 俺はまたしてもコーヒーも頼んで、料理が来るまでの短い間に、美九に問いかける。

「……美九」

「はいー?」

「どうして、俺とデートなんてしようと思ったんだ?」

 訊くと、無言が返ってきた。

 しかしそれは、無視ではなく、答えるべきか決めあぐねているようだった。

「そうですねー……このデートが終わったら、教えてあげます」

「…………そ」

 短く返すと同時、ケーキが到着した。

 今の会話など無かったように急かす美九の声を聞きつつ、一口食べる。

「ん……美味い」

 先程のチーズケーキと殆ど変わらない反応だが、美九はお気に召されたらしい。満足そうな顔をして自分の分も食べ始める。

 ……まあ、とことん付き合うか。

 

 

 そうして、何軒回っただろうか。少なくとも、両手では収まりきれない数だとは思う。

 やれこっちのカフェはこのケーキが美味しいとか、やれこっちは紅茶だとか、色々。

 途中、どうして琴里に連絡したのに他の奴らが来ないのか訊いてみたところ、

『七海さんとデートさせてくださいってお願いしましたからー』

 という答えが返ってきた。

 霊力は使っていないだろうが、よく許可したなとは思う。おそらく、連絡した時に頼んだのだろう。

 そして今は。

「今お茶を淹れますから、少し待っててくださいねー」

「お、おう……」

 美九の家にいた。

 初めて男を入れたとか言っていたが、何故俺は良いのかは知らん。

 というか、緊張しすぎて思考がまとまらない。

 確か美九は、一人暮らしだった筈。少なくとも、親の存在は原作で無かった。

 つまり、今この状況。

 女性の家で、その家主と、二人っきり。

 ……言葉にすると、どうなんだと思ってきたな。

 そんなこんなしていると、両手にカップを持った美九が戻ってきた。

「はい、どうぞ」

「ありがと……」

 手渡されたカップには、紅茶が入っていた。

 一口、頂く。

「……?…………美味いな」

 少なくとも、今日訪れたカフェの紅茶より、俺は好きだな――――と。

 そう付け加える。

 勧められるままに飲んだ紅茶より、俺はこっちの方が好きだった。

「本当ですか?それは良かったですぅ」

 安堵の表情で、美九はそう言う。

 確かにカフェの紅茶の方が美味いだろう。

 だが、なんだろうか。

 店の紅茶が霞む位の『暖かみ』が、あるような気がしたんだ。

 さらに数口飲んで、一度、俺はカップをテーブルに置く。

「ん……単刀直入に訊く。いいか?」

 俺がそう言うと、美九もその手に持ったカップを置いた。

 それを待って、口を開く。

「……もう一度訊くが、どうして、俺とデートを?」

「放っておけなかったからですよ」

 質問される内容は分かっていたかのような即答だった。

 思わず、二の句が告げなくなる。

「七海さんを最初に見つけた人が言っていたんですよ。なんて言ったと思います?」

「いや、分かんねえけど……」

「――――全てを諦めたような目だった、て」

 何も、言い返せない。

 たった一目でそんなことが分かるのか、とかは思わない。

 少なくとも、反論は、出来なかった。

 俺は、眼帯で隠していない方の目を見開く。

「七海さんは、気付いてましたかー?」

 俺の心情など無視して、美九は俺に訊く。

 俺も、努めていつも通りに訊きかえす。

「……何を、だ?」

「七海さんが、真っ黒になっていた時ですよ」

 その言葉に、古傷とは関係無く、胸が痛んだ。

 悲しいからではない。

 それは、俺が償おうとしている記憶だから。

「私も、映像を見て、皆さんが言っていたことそのままでしか言えませんけどぉ……」

 彼女は、言う。

「七海さん、あなたは――――

 

 ―――――誰も殺そうとしていませんよ?」

 

「んなことはない!!」

 反射的に、強く言い返す。

「俺は、お前らを殺そうとした!これは絶対だ。変わることの無い、過去の罪だ!俺はお前らに殺意を向けた敵意を抱いた!それは変わらないんだよっ!」

 捲くし立てる。

 そして、思い出す。

 一週間前の、記憶を。

 美九をこの手で殺そうとした。

 狂三に敵意を抱いた。

 真那に殺意を向けた。

 ――――耶倶矢と夕弦と、敵対した。

 攻撃を消し、距離を消し、闇を以って、攻撃した。

 それは、絶対的な、俺の、罪。

「だから、俺は償いたいんだよ」

「償うって、どうするつもりですー?」

 俺の叫びを聞いても、美九は平然としていた。

 まるで、俺がそれを聞いてどんな反応するかを、予測していたように。

「誰かの命を奪おうとしたのなら、俺の命で償う」

 それしか、方法が無いから、と。

 俯きながら、俺は言った。

 それを受けた美九は、唐突に、話し出す。

「それじゃあ、七海さんが殺そうとしていないという証明が出来れば、償う必要は無いですよねー?」

「……確かに、そうは言える。が、そんな証明なんて出来ないだろうが」

「それがそうでもないんですよねー」

 俯いていた顔を上げ、俺は美九を正面から見る。

 きっと今から言うのは、さっき言っていた、映像を見た皆さんが言っていたこと、だろう。

 一体、何を話したってんだ。

「それでは、もう一度言いますけど、七海さんは誰も殺そうとしていません」

「…………」

 無言を返す。

 それを催促とでも受け取ったのか、美九は言葉を続ける。

「ほら、思い出してみてください。そうですねー……耶倶矢さんと夕弦さん、真那さんと戦っている時のことです」

 美九は、話した内容を思い出そうとしているのか、少し上を向きながら、説明していく。

「耶倶矢さんが撃った霊力の込められた風を消したり、夕弦さんの天使を掴んで投げていたじゃないですかー?」

「……まあ、そんな記憶も、ある」

 だが、それがどうした。

 それでも、俺があいつらと敵対したという事実は変わらないだろう。

「はい、ここで疑問です」

 いきなり、おどけたような口調になる美九。

「どうして耶倶矢さんの風は消したのに、夕弦さんの天使は消さなかったのでしょうかー?確か、七海さんはそれが可能なんですよね?」

「まあ、な」

 質問に答えつつも、考える。

 どうして、耶倶矢の攻撃は消して、夕弦の天使は消さなかったのかを。

「………………」

 答えは、見つからない。

 殺そうとしていたのならば、武器を消して無力化することも選択にはある筈だ。大体、八舞姉妹の霊力なんかは全部理解してあるので、わざわざ触れずとも消せる。

 だが、その選択を取らなかった。

 何故か。

「……何でだ?」

 つい、疑問を言葉にしてしまう。

 そして、美九が再度口を開く。

 それは、さらに疑問を深める追い討ちだった。

「他にもですね、真那さんは蹴るだけの攻撃だったり、技を急所から外したりもしてましたねー」

 そんなことも、あった。

 確かに、わざわざ蹴るだけに留めた攻撃もだが、技、おそらく『虚無(バーブラ)』も、急所を狙うことが出来た技だった。

「それに、敵とした人を殺すつもりなら、わざわざ私や狂三さんを殺さずにしておくする必要なんてないですしー、最後の大技から、身を挺して守ろうとなんてしませんよねー?」

 全部、事実だった。

 だが、

「……それでも、お前らに殺意を、敵意を抱いたのは変わらないだろ」

「あぁもうっ、何なんですかもうー。自殺志願者なんですか自虐症状でもあるんですかまったく」

 いいですか、と美九は前置きして、

「誰も殺そうとしていなかった以上、殺意も敵意も持ってる訳ないじゃないですかー」

「……そうか?」

 疑問を挟むも、反論は出来なかった。

 たとえそれが正論だとしても、溜飲は下がらない。

「それでも、あいつらを俺は傷付けた」

「それは償うべきかもしれませんけどぉ、あなたの命で償う程のことではないと思いますよー」

 だからそこまで自虐的になる必要ない、ということか。

 肯定しながら、行動を否定してくる。

 今更になって俺は、何一つ反論が出来ていないことに気付く。

 それが正論かどうかは分からない。反論出来ないだけの暴論かもしれない。

 だが、理屈で語れる程、人の感情は単純でも無かった。

 八舞姉妹はきっと、色んな感情を押し殺して、俺の暴論を聞き入れたんだろうな。

 もう随分前に感じることを、頭の隅で思い出す。

「だがそれなら、俺はどうすればいいって言うんだ?」

「簡単ですよー。戻りましょう?」

 いとも簡単に、美九は『戻りましょう』と言った。

 だが、こう俺は言ったはずだ。

「……もう俺は、あそこには戻れない」

「誰がそんなことを決めたんです?」

「じゃあ訊くが!」

 思ったことをそのまま口にする。

「どうして、お前は俺を許容する!?どうして、俺の罪を否定する!?どうして――――」

 どうして、

「――――俺を、思ったようなことを言える……!?」

 今までの俺を否定するための証明は、全て、俺を擁護するものだった。

 最初、美九は『今の俺は殺そうとしないから』という理由で俺を許容した。

 先程、俺の行動の意味を否定された。

 結論、俺は俺自身の罪を、否定され、許されそうになっている。

「七海、さん……」

 美九は、テーブルを回ってこちら側に来た。

「どうして、泣いているんですか……?」

 言われて気付いた。

 俺が、泣いていることに。

「!……くそっ」

 意識した途端、視界が滲んでいるのにも気付いた。

 涙は、左目からしか出ていなかった。

 眼帯をしているからではなく。

 右目の涙腺は、機能しなくなっているかもしれない。

 目元を手で擦って涙を拭くも、止め処なく出てくる。

 その俺の腕に、掴まれる感触があった。

「そんな乱暴にしたら駄目ですよぉ。これ、使ってくださいー」

 言われて手に握らされたのは、柔らかな布のような感触。

 腕を掴まれたまま、手を目元に移される。

 素直に、俺はそれを貸してもらった。

 しかしこれでは会話も出来ないし、相手が見えない。

 俺は空いている方の手で、右目を覆っている眼帯を取った。

「!?」

 美九が、驚いて息を呑むのも分かる。

 無理もないか。

 俺の右目は、『異常』なんだから。

「七海さん、その、目……」

「気に、するっ……な」

 時折嗚咽が入るが、何とか会話出来るぐらいには落ち着いているらしい。

 …………。

「その、美九……」

「は、はいー?」

「……すまない、泣かせてくれ…………っ」

 俺は、左目を覆って、泣いた。

 声は上げなくとも、それは見苦しいものだろう。男の涙なんて、な。

 それでも、美九は。

「……よしよし」

 俺を、黙って抱き寄せてくれた。

 俺は美九の腕の中で、片側からしか溢れない涙を流した。

 美九は、そんな俺が落ち着くまで、そのままの体勢でいてくれた。

 

 

「ぐすっ……すま、ない……見苦しい、とこ、ろを……見せて、しまって……」

「ふふ、落ち着きましたかー?」

 ああ、と返事する。

 どれだけ時間が経ったのかは知らないが、窓から見える外の景色は、微量の黒を孕んでいた。

「七海さんは、優しいんですねー」

「…………は?」

 いきなり、何を言い出すんだ?

「だって、そこまでして自分に罰を与えようとするのは、耶倶矢さんや夕弦さん、他にも、私なんかを想ってくれてるってことじゃないですかぁ?」

 そう、かな?

 違うと思うけどなあ……。

「それじゃ、七海さん、一つ、約束しませんか?」

「約束?」

 はい、と美九は言う。

 約束。その内容とは、

「――――これからずっと、私を見ていてください。護ってください。……駄目、ですかねー?」

 見ていて、護って、か。

 ……ああ。

 俺は、美九の過去を知っている。だからこその、『見ていて』か。

 そして、俺のことも美九は、案じてくれているのかな。だからこその、『護って』か。

 ……ああ。

「勿論、だ……!」

「それじゃあ、私は七海さんのことを、『だーりん』って、呼んであげますっ」

 ……………ほえ?

「ななな、何、何で、また……!?」

「むー、野暮なことを聞きますねー」

 え、ええぇっ!?

 驚愕と疑問しか思えない俺を余所に、美九は話し出した。

「――――七海さんが真っ黒になったのは、私を護りたかったからなんですよねー?」

 !

「それは、私みたいな人間を見捨てないでくれたってことじゃないですかぁ」

 正直な話、

 

「嬉しかったんですよ?」

 

「私を見捨てないでくれた。私を護ろうと足掻いてくれた。私を救おうと力を尽くしてくれていた。全部、私を想ってくれていることの証明じゃないですかー」

「……確かに、反論は出来ないが」

 救おうとして手を伸ばすのは、まあ当たり前だと思うんだがな。

 ……そういうことでは無いのか?

「今まで、そうまでして私のことを見てくれる人なんていませんでした。虚構を鵜呑みにして見放した人、雲の上の存在として距離をとる人、そんな人ばっかりでしたから」

 俺はただ、次の言葉を待つ。

 美九の言葉を、ただ。

「そんな中、七海さん。あなたは、最初から誰かを救おうとしていましたよね?」

 淡く微笑んだ表情で、美九は語る。

「私が瓦礫に押し潰されそうになった時、七海さんはそれを消して、私を救ってくれました」

 他にも、と彼女は続ける。

 自身の攻撃に巻き込まれないようにASTと戦っていたこと。そのASTから美九を逃がすことを最優先としてくれたこと。私を戦闘から遠ざけようとしていたこと。

 全部、私を護ろうとしてくれたんですねー、と。

 彼女は言う。

「ねえ七海さん、知っていますかー?」

「……何をだ?」

 全部無意識にやっていた行動の意味を言われ、自分のことながら驚いていた俺だが、なんとか返答する。

「その命をもってでも誰かを護ろうとする姿って――――最っっっ高に、かっこいいんですよー?」

「……そう、かな。…………だが、そうだと、いいな」

 しばしの沈黙。

 動いたのは、美九だった。

 そして、夜の帳が部屋を包む闇の中。

 月明かりに照らされて作られた影は。

 数秒だけ、一つに、重なった。

 

「顔が赤いですよー、だぁーりんっ」

「う、うるせ」




 9000文字っ!?

 はい、ということで自身の最高記録を更新致しましたー。『……』の量がぱないけどねー。わー、ぱちぱちー。
 ……すみません。

 弁明させていただきますと、一応、美九とのデート回にはするつもりだったんです。これでも。
 でもいざ書き終えると、デート部分は半分にも満たないという謎。いや、失敗。
 誠に、申し訳、ございません……。
 それに、美九を攻略出来た理由付けが無理矢理……。も、もうちょっといい感じの理由にしたかったなあ。

 というわけで、主人公の否定を綴った今回にて、美九編の本編は終わりです。次回はエピローグ代わりの34話です。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 さ、美九編の次は狂三編じゃあぁぁぁぁぁっ!!


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第34話とエピローグ

 美九編最終話です。

 今回はエピローグなので、文字数はとても少ないです。2000ちょっと。
 なんとか大団円で終わりました。いやーよかった。
 一時はいつ終わるんだろう美九編、とか思っていたんですが。

 それではどうぞ。


「それじゃあ、判決を言い渡すわ」

 時刻は夜中。場所は〈フラクシナス〉艦内、司令室。

 そんな台詞を、琴里は発した。

 今この室内には、俺、琴里以外にも、令音さんや神無月さんが琴里の横に控えていたり、それより少し離れて五河士道の姿がある。

 琴里を除けば、精霊たちの姿はない。

「ああ」

 その言葉に、俺は頷く。

 つい先程、俺は〈フラクシナス〉に回収された。

 あの後、美九はまた琴里に連絡し、その数分後には俺の姿はここにあった。

 一緒に行きたがっていた美九や八舞姉妹を説得したのは、令音さんらしい。

 さてと、俺は一体何をすればいい?

「……七海、あなたは――――」

 固唾を呑んで、次の言葉を待つ。

 さて、どれだけ酷い罰が待ってるかな、と。

 覚悟の割に、特に緊張してはいないが、それでも無じゃあない。

「――――これからずっと、未来永劫、何があっても、彼女たちの傍にいなさい」

「……は?」

「以上よ」

 いやいや、待て。以上で締めるな。

 は?ずっと傍にいなさい?そんな、それは、罰にはならないだろ。

 訳が分からないという顔で、俺は琴里を見上げる。

「……琴里、説明してやったらどうだ?」

「い、言われなくてもするつもりだったわよ」

 それが本当かどうかはともかく、やってくれるなら早く頼む。あ、あとナイス五河士道。

「いい?あなたはあの娘たちを傷つけたわ。だから、自分が傷つけた罪を忘れない為にも、ずっと傍にいなさい。そして、事ある毎に思い出しなさい。――――自分はそれを、失わせようとしたってことを」

「…………ああ」

 成程、理解した。納得もした。

 自分が壊そうとしたものを、一番近くで見続ける。

 確かに、罪を忘れさせない為には、最善の判断だ。

 これが、楓の言ってた、『君が死ぬ必要が無く、誰も悲しまない償い』、か。

 おそらく、琴里だけの判断ではないだろう。

 令音さんや五河士道たちとも話し合って、俺に課す罰を考えたのかもしれない。

 それこそ、判決を決める時複数いる、裁判官のごとく。

「……ありがとう」

「別に、感謝なんてしなくていいわ。それが最善と判断したまでよ」

 そのことに感謝してもいるんだがな。

「そ・れ・で、一つ訊いていいかしら?」

 うん?

 唐突の話題の転換に、無言で返してしまう俺。

 だが、一応催促とは受け取ってもらえたらしく、言葉を続けてくる。

「……どうして、美九があんなに上機嫌だったか、教えてくれないかしら?一応、映像はあるのだけれど」

「……マジで?」

「マジで」

 うわー、録られてたのかよ。美九は知ってたのかよ?

 しかも嘘は無意味という脅迫付き。誤魔化しも効かない。

 しかし正直に言うのも恥ずかしいので、逃げの一手を打つことにしよう。

「え、映像があるなら、その通りだっつの」

「一応確認したいのよ。それに、既に私たちは美九が極度の男嫌いって知ってるもの。それなのに、あなたと一緒にいたのに上機嫌、しかも自分の家に上がらせているときた。理由ぐらい知りたくもなるわ」

 つまり、何があったかよりも、何を話したかの方を聞きたいのかな。

 だがなあ、それも録音出来てると思うんだけどなあ……。

 そこで俺は気付いた。

 こちらを見下ろす琴里の表情が、にやりとした笑みであることに。

「……おい、まさかお前、わざと言ってないか?」

「あら、心外ね」

「そんな笑み浮かべたまま言われても、信憑性ゼロだぞ」

 言われた琴里は、その笑みを楽しそうなものに変えた。

 五河士道に目を向ければ、それに気付いたらしく、小さく手を上げてくる。

 言葉はないが、仕草はどう見ても、『すまん』だった。

 あれか。公開羞恥プレイ的なものでもさせる気だったのか、琴里は。

「まあ、もう遅いし、続きは明日にしましょう」

「続き?」

「ええ。あなたの事について、もう少し詳しく話し合いたいと思って」

 別に構わないが……。

「学校は?主に俺とお前」

「休みに決まってるでしょう。検査とか色々残ってんのよ、こっちも」

 ああ、そういえば、霊力を一時完全に取り戻したから、ちゃんと検査する必要はあるのか。

 それに、〈ファントム〉のことも思い出しただろうし、それもあるのかもしれない。

「なら、俺は帰っていいのか?」

「いいわよ。もう、暴れることはないでしょ?」

「当たり前だ」

 言い返し、俺は司令室を出て行く。転送装置のある場所に行くためだ。

 出る直前、声がかかった。

「……あの娘たちを、お願いね」

 俺はそれに、親指を立てた手を掲げ、応じた。

 

 マンションの前に送ってもらった。

 そのまま、俺たちが使っている部屋がある階へとエレベーターで昇っていく。

 そうして着いた部屋の扉の前で、しばしの逡巡。

 しかし、それも一瞬。

「……ただいま」

 部屋の鍵を開けて、呟きつつ。

 九割方寝てたとはいえ、一週間振りの我が家(?)だ。

 なんて理由ではなく。

 耶倶矢と夕弦、狂三に合わせる顔がないからという理由で、俺は入るのを躊躇い、声も呟きだったんだ。

 だが、そんな思考は、扉を開けると同時に吹き飛んだ。

 なぜなら、

「七海……っ!!」

「抱擁。……お帰りなさい、七海」

「無事で何よりですわ、七海さん」

 飛びつくように否、事実飛びついてきた耶倶矢に、その後に遅れて抱いてくる夕弦がいたからだ。その後ろでは、狂三が微笑んでいる。

 目を白黒させつつ現状を把握しようと三人を見渡すが、何も分からない。

 それでも、やっておくことは分かった。

 俺に顔を押し付けてその涙と声を隠そうとする耶倶矢と、耶倶矢程ではないにせよ、目元に涙を溜めている夕弦を撫でつつ。狂三に微笑み返して。

 

「……ただいま。みんな」

 




 ……なんか物足りない。

 さて、美九編の次は狂三編になるんですが、その前に消化しておきたいイベントがあるので、先にそっちの話を書きます。
 題して、『日常編Ⅱ』or『バースデー&スクールトリップ』。
 要は、誕生日回と修学旅行です。
 時系列的にもうすぐ七月なので、確か原作では修学旅行になっていた気がする為、時間的に先に書いてしまおうということで。
 あと、誕生日と言っても、勿論主人公の誕生日ですよ。
 ほら、『七』海ですから、誕生日はやっぱりあの日かなと。
 その後が狂三編です。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 ほんと、狂三編が中々来なくてすみません……。


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日常編Ⅱ
第35話 七海バースデー


 サブタイがもろ被りですね。

 ということで、時系列的に、ただの消化イベントです。
 まあ、今回は主人公ではなく、他の精霊たちをメインに書いていくつもりです。
 ついでに言えば、ちょっとした休憩回。
 流石に、連続はきついです……。

 それでは、どうぞ。


 結局俺の霊力の性質は、『情報の有無を改変する能力』と殆ど同じものらしい。

 俺は、全ての解答欄が埋まった解答用紙を見つつ、思い出す。

 要は、理解したものを、しているものを創り出すか消すか。

 ただしそれに、攻撃性を帯びたものが俺の精霊としての能力という訳だな。

 攻撃性というより、普通に霊力と言ったほうがいいか。

 そんな益体もないことを考えていると、チャイムが鳴った。

 期末テストが終わったのだ。

 今日は、学校の難関の一つ、期末テスト最終日だったんだ。

 と言っても、俺にとってはそうでもなかったな。

 集められていく解答用紙をなんとなしに眺めつつ、軽く伸びをする。

「はぁい、皆さん、お疲れ様でしたぁ」

 集め終えた解答を手に、教卓から岡峰珠恵教諭、通称『タマちゃん』が声をあげる。

 だが、その間延びした声は、弛緩した教室内の空気を変えるには至らなかったようだが。

 しかしそれも、次の言葉までだった。

「今日はこれから、修学旅行の班決めを行いますよぉ」

 ふむ、修学旅行か。

 確か、七月十七日からの二泊三日だったっけ。

「それでは、一班五、六人で集まってください」

 五、六人?

 原作では、それより一人少なかったと思うんだが……。

 ああ、そうか。俺たちがいるから、その分のズレが生じるのかな?

 それでも、実質二人しか変わらないんだが。まあ、気にしてもしょうがないか。

「七海よ、勿論我らと共に行くのだろう?」

「請願。一緒の班になりませんか」

 両隣の耶倶矢と夕弦から、そんな声がかかる。

 少し離れたところでは、五河士道と十香も似たようなことを繰り広げていた。

「そうしたいのはやまやまなんだが、今回は無理なんじゃねえかな」

「な……、な、何故、そのようなことを申す」

「いやさ、ほら、男女が一緒の班ということは、寝室とかも一緒になるって訳だし」

「疑問。それがどうかしましたか?」

「まあ、その、若気の至りというかなんというか……」

 若干言葉を濁しつつだからか、どうも二人にはぴんとこないらしい。

 まあ、それならそれでいいか。

 だがそんな俺に、思わぬ方角からの攻撃が加わる。

「えーでも、ナナちゃんなら良いんじゃない?」

「ほら、女ですって言えば、押し通る容姿だし」

「耶倶矢ちゃんや夕弦ちゃんと分けるのも酷だしねー」

 あ、亜衣麻衣美衣!

「うむ、此奴らもこう申しておろう。我らとを分断せしめるものなど、この世には存在せぬのだからな」

「いやだからな、そういう問題じゃないんだって」

「強引。別にいいじゃありませんか。大丈夫です。しっかり女の子を教えてあげますから」

「やめんか!」

 はあ、ったく、どうしようか。

 助けを求めて五河士道に目を向ける。

 十香にこれまた似たような説明をしていた五河士道は、視線に気付くと、こちらに歩み寄ってきた。

「山吹、葉桜、藤袴、ちょっといいか?」

「ん?どうしたんだね五河くん」

「十香ちゃんをほっといて私たちに話しかけるとは、いい度胸ね」

「用件を早く言いなさい」

 三人の流れるような言葉に、最初は引き気味だった五河士道だが、口を開く。

「その、十香と同じ班になってやってくれないか?」

 そうお願いする五河士道。

 それを聞いた三人は、一様に頷いた。

「おうともよ!任せときなさいって」

「もとよりそのつもりだったし」

「そして耶倶矢ちゃんと夕弦ちゃんも加わって、はい班完成」

 ん、さらりと耶倶矢と夕弦も加わったな。

「ま、待て、お主ら、我らを裏切るつもりか!?」

「説明。耶倶矢、最初から七海とは一緒の班になれませんよ」

「な、なんだと……!」

 いや、そこまで驚かんでも。

 というか夕弦は、最初からそれが分かってて、どうして俺を誘うんだよ。

 と、俺もとっとと班に入れてもらうか。

「なあ五河士道」

「ん?」

「俺をお前らの班に入れてくれないか?」

 少なくとも、十香と耶倶矢と夕弦が一緒にいる以上、俺らも一緒にいた方がいいだろう。

 言外にそんな意味を込めつつ訊くと、

「ああ、そうだな。別にいいだろ?殿町も」

「おう。俺は構わないぜ」

 殿町いたのか。

 まあ二人は仲良いみたいだし、決まってて当然か。

 その後、他に三人を引き入れつつ、修学旅行の班決めは終わった。

 

 七月上旬。教室にて。

 丁度俺らが転入してから約一ヶ月。教室内での扱われ方も決まってきた。

「ナナちゃん、ここ、どうするの?」

「ここ、だけ言われても、どこだよ」

「この数式。やり方教えて?」

「あー、これか。えーとだな……」

 ナナちゃん。それが俺のあだ名となってしまった。

 誰が言い出したかは分からんが(多分、亜衣麻衣美衣あたり)、いつの間にかそれが定着してしまった。男子からはあまり呼ばれないが、女子からは殆どこう呼ばれる。

 そして、俺の役割も決まってきた。

「ナナちゃーん、次こっち教えてー」

「教科は?」

「化学ー」

「あ、ナナちゃん、終わったらこっちよろしく。教科は古文ね」

 へいへい。

 ……とまあ、こんな感じ。分かるかな?

 要は、教師役。

 つい先日、先生に当てられて、数学の授業中に先生が出した問題を解いたんだが、どうやら結構難しいものだったらしい。

 その際、『東雲は頭いい』という風に思われたらしく、とある生徒に頼まれて分からないというところを教えてやったんだ。

 それが始まり。

 その生徒が俺を吹聴したらしく、気が付けば、昼休みなんかに勉強を教える役を得てしまった。

「と、これ。分かった?」

「……ナナちゃんって、字体が可愛いね。丸字で。女の子みたい」

「金輪際教えんぞ」

「あははー、ごめんごめん。うん、分かったよ。ありがとー」

 はあ。

 教えること自体はそこまで嫌いじゃない。だが、数が多い。

 これじゃ、耶倶矢や夕弦と話せる時間が減るじゃないか。

 一応、俺に用事がある場合はそちらを優先してくれているらしいが、それでも普通はこれだしなー。

 俺は古文の勉強を教え終え、次に呼ばれたところへと向かう。

 ちなみに、教えてと頼まれるのが多いのは、順に、数学、現代文、化学かな。

 ……どうでもいいか。

 そしていつも、そうしている内に、昼休みが終わる。

 今回も、通算十数人目で、予鈴がなった。

 溜息を吐きつつ席に戻ると、隣からペットボトルのお茶が渡されてきた。

「慰労。お疲れ様です、七海。どうぞ」

「夕弦か……。うん、ありがと」

 素直にそれを受け取り、蓋を開けて口に含む。

 そろそろ暑くなってくるこの季節、ずっと喋りっぱなしだったのもあって、渡された冷たいお茶は美味しかった。

 喉を鳴らして、一気に半分以上飲み干す。

「んくっ……ふう」

 手の甲で口元を拭い、ペットボトルの蓋を閉める。

 鞄にそれを入れながら、ふと思ったことを訊いてみる。

「あれ、耶倶矢は?」

「説明。ちょっと前に出て行きましたよ。すぐに戻ってくると思います」

 そうか。

 まあ、何もないならそれでいい。

 俺が次の授業の準備をしていると、程なくして耶倶矢も戻ってきた。

 さて、と、午後も頑張りますか。

 

 放課後、帰る準備をしていると、五河士道が声をかけてきた。

「七海、ちょっといいか?」

「ん、何だ?」

「その、今度の日曜日、空いてるかな?」

 日曜日?

「まあ、空いてるけど……」

「それじゃあ、その日、家に来てくれ」

「どうしてだ?」

「七海の誕生日パーティーをやろうって話になってんだよ」

 誕生日……。

「あ、そういやもうすぐ俺、誕生日じゃん」

「忘れてたのかよ」

 いやーははは、そういえばそうだった。

 数日後の七月七日は、俺の誕生日だ。原作では、『狂三スターフェスティバル』の日だな。

 まあ、当の狂三が俺と一緒にいる以上、あのイベントは起こらないか。

 残念だと思うぐらいには、あれはいい話だったけどなあ……。

 ともかく。

「ありがとう。わかった。もし詳しい日程とか決まったら、追って教えてくれ」

「ああ」

 そう言って、両者別れを告げる。

 帰る方向は一緒なんだが、微妙に時間がずれるので、まあ今言って問題はない。

 俺は耶倶矢と夕弦に視線を戻す。

 すると、

「七海よ、お主、またそのような大事なこと、我らに黙っておったのだな」

「憤慨。どうして、七海はそういう事を言ってくれないんですか」

 耶倶矢と夕弦に詰め寄られた。

 え、大事なこと?まさか、俺の誕生日のことか?

 てっきり、二人には五河士道や十香あたりから聞かされたと思ってたんだが。

「というかお前ら、誕生日ってのを知ってるのか?」

 少し声を落として、小さく訊く。

 こういう行事については、お前らあんまり知らないと思うんだが。

「当たり前であろう。要は、この世にてその産声をあげた日のこと。して七海は、それが七日なのだろう?」

 言い方は大仰だが、まあ合ってるか。

「既知。そして誕生日には、その人にプレゼントを渡すものだと聞きました」

「聞きました?誰にだ?」

「首肯。テレビです」

 テレビかい。ドラマとかアニメであったのかね。

 俺は帰る用意を終え、鞄を持った。

 そのまま教室を出ながら、会話を続ける。

「提案。では今から、七海へのプレゼントを買いに行きましょう」

「くく……そうだな。今日(こんにち)の黄昏は、そうして(とき)を潰すのも悪くない」

「つーことは、今から買い物か。わかった。どこに行くんだ?」

 いやー、嬉しいね。聞いたその日にプレゼントを買いに行くなんて言ってくれるなんて。

 だが、俺が言うと、その場に沈黙が訪れた。

 え、何?何かまずいこと言った?

「七海よ、こういうのは本来、本人が共に居合わせては駄目なのではないのか?」

「そうか?」

「否認。今日は夕弦たちだけで行きます。七海は先に家に戻っていてください」

 ……え。

 俺、いらない子?一緒じゃ駄目っすか?

 まあ確かに、こういうイベント事のプレゼントは、渡す本人に中身は内緒というのが普通か。

 それじゃあここは大人しく、引き下がるべきだな。

「まあ、分かった。それじゃあ俺は、一足先に家に帰ってることにするよ。なに、別に付いて行ったりはしない」

 それじゃあお楽しみにならないしな。別に、付いて行くフラグじゃねえからな。本当だぞ。

「請負。任せておいて下さい。びっくりするプレゼントを選んできます」

「かか、なに、我らが直々に選んであげようというのだ。半端な物を渡すわけがなかろう」

 おうよ。

「そんじゃ、じゃあな」

「移動。それでは」

「くく、首を洗って待っておるがよい」

 それ、使い方間違ってるぞ、耶倶矢。




 さしあたって、次回は八舞姉妹メインの、他の精霊たち登場、ですかね。

 私立の受験まで、あと約20と幾許か。
 やべえっす。マジで勉強に力入れねえと。
 といいつつ書いてるんですけどね。今。

 今回のバースデー回は、はっきり言ってあまり面白いものでは無いかと思いますが、狂三編までの温存ということで、どうかお願いします。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 うあ、トライさんの台詞が頭から抜けねえ……ッ!!


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第36話 七海バースデーⅡ

 へっ、前回の後書きどおりにはいかなかったぜッ!

 ということですみません。後書きのとおりの話になりませんでした。
 じ、次回こそは、他の精霊たちの出番もあるはずっ!
 そんな風に悠長に書いてると、いつ誕生日回が終わるか分かったもんじゃないので。なるべく早く書き上げて行きます。

 それでは、どうぞ。


 精霊マンションに着くと、扉の前に見覚えのある青髪の少女がいた。

「……真那?」

 疑問に思いながら声をかける。

 なにしろ真那は、今は〈フラクシナス〉で休養中の筈だから。

 あの日。俺が反転化した時に、大怪我を負ったからだ。

 精霊である八舞姉妹は結構早くに動けるようにはなったが、真那はあくまでも人間。回復スピードは劣る。

 だから、真那はここにはいない筈なんだがな……、どうしたんだろ?

「……何と言って入るべきなんでいやがりましょう?『お邪魔します』?『急にすみません』?」

「何してんだ?こんなところで」

「ひゃいっ!?」

 背を向けていたので後ろから声をかけたんだが、そんなに驚かんでも。

 実際に数センチは浮いたんじゃないかな。

 数度目を瞬かしている間に、真那はこちらに体を向けた。

「なな七海さん、い、今、お帰りでやがりますか」

「? まあ」

 何をそんなに動揺しているんだ?

 と、それよりも。

「お前、休んでなくていいの?」

 訊くと、少し落ち着いた様子で、真那は答えた。

「ええ、まあ。というより、結構前に外出の許可は下りてはいたんですが、出る理由がねーですし、今まで〈フラクシナス〉にいたに過ぎねーんですよね」

「そうなのか?」

「はいです。あ、それに私、DEMを辞めることにしましたです」

 へえ、この時期に辞めるのか。

 原作では、天央祭あたりじゃなかったっけ、それ。

 まあ、遅いか早いかの違いか。

「それで、その……」

「ん、何だ?っと、とりあえず上がっていくか?」

 指差しつつ訊くと、真那は少しきょとんとした顔をしたものの、一つ頷いた。

 ……あ、狂三いるけど、大丈夫かな…………?

 昇っていくエレベーターの中、遅まきながら、俺はそれに気付いた。

 

 

「う~~~ん……」

「思案。……どれにしましょう?」

 大型ショッピングモール内。その一角。

 瓜二つの顔に、同じ来禅高校の制服を纏った二人の少女がいる。

 耶倶矢と、夕弦である。

 今は、七日だという七海の誕生日に贈るプレゼントを選んでいるのだが……。

「ぬあぁぁぁぁもうっ決まらない!」

「制止。静かにして下さい。他のお客様の迷惑になります」

 う、と言葉に詰まる耶倶矢。

 だがまあ、正論だ。

 大人しく、再度七海に贈るプレゼントを、耶倶矢は選び始める。

 しかし、決まらない。

 七海の好みなど、知らないからだ。

 選ぶポイントになりえることと言えば、黒が好きなことくらい。しかしそれは、身に着けるプレゼントでないと意味は無い。

 まだ会って一ヶ月強とはいえ、あまりにも知らなすぎるのではなかろうか。

 二人はそう思うも、結局決まらないのは変わらない。

「……ねえ夕弦」

「返事。何でしょう?」

「プレゼント、決まった?」

「否定。……いえ、まだです」

 顔を見合わせ、大きく溜め息を吐く。

 思う感情は、自己嫌悪。

 確かに、別れ際に言った台詞も、理由の一因ではある。

 が、それよりも。

「……七海は、私達を救ってくれた。だから、こういう時に恩返しをしたいのに……ッ!」

「諫言。落ち着いてください耶倶矢。それは、夕弦も同じです」

 これである。

 恩返しの為に、七海が絶対喜ぶものを贈りたい、ちゃんと考えたい。

 だから、こうも悩むのだ。

 勿論、素直に七海を喜ばせたいという気持ちもある。

「……そうだよね。焦っても仕方ないし、じっくり考えよう」

「肯定。その通りです」

 ということで、再度店内を見て回る。

 一応、候補はあるのだ。

 だが、それに七海は喜んでもらえるだろうかと考えると、どうも決めれない。

 夕弦はパンダのストラップを手に取ってみたり、耶倶矢は指輪の方を見に行ったりと、何度も、何時間も悩む。結局、手にしたものを戻して、二人はまた集まるのだが。

「なかなか決まらないもんねー……。プレゼント選びって、大変……」

「肯定。まったくです」

 そして、もう何度目になるかも分からない溜め息を漏らす。

「確認。もう、こんな時間ですか」

「え……、あ、ほんとだ」

「提案。……一度、帰りましょうか。選ぶのは、また明日にしましょう」

「……うん」

 結局何も決まらないまま、帰ることになってしまう。

 確かに、渡すのは当日でいいかもしれない。

 それでも、今日、すぐに決められなかったことに二人は、どうしてもダウナーな気持ちになってしまうのだった。

 そして、帰路に着く。

 いくら日が高くなって、夕飯時に近いこの時間でも明るくても。

 それに反するかのように、二人の心情は、深く落ち込んでしまっていた。

 

 

「俺の能力、出自、お前自身に施された魔力処理については、もう聞いてんのか。ほい、お茶」

「はいです。ですから、DEMを辞めようと思ったわけでやがります。あ、ありがとうです」

 注いだお茶を渡し、今真那が座ってる所の向かい側のソファに腰を下ろす。

 幸い、狂三はいなかった。

 お陰で気まずい雰囲気にはならなくて済んだけど、何処に行ったかは気になる。

 まあ、一日中部屋にいる訳も無いか。

 んで、魔力処理も知ってるなら、今度琴里に聞いて、その処理の消しても問題無い所とかを教えてもらうか。

「それで?何か用があったんじゃないのか?」

「え、ええ、まあ。七海さんに、少しお願いがあるんですが……、いいでいやがりますか?」

「? 別に良いけど……俺?」

 それに、お願いって何だ?

 俺が返事をしても、真那はしばらくの間、その場から動かなかった。

 あるとすれば、何を考えているのか、急に目を逸らしたり、もじもじと体を揺するだけ。

 ……本当、何?

 自分の分のお茶が空になったところで、ようやく真那が口を開く。

「……た、立ってください」

 言われた通り、その場に立つ。

「……そのまま、目を瞑って、動かないでください」

 疑問しかないが、まあ、目を瞑る。

 しかし、何がしたいんだろうか。

 『視界』で何をしようとしているか視てもいいんだが、バレたら怒られそうだし、止めとこう。

 ……何分経っただろうか。

 長くても五分はないと思うが、いい加減、声をかけるなりなんなりしてくれませんかね。

 そして。

 そんな事を思っていると。

「……!?」

 突如として、暖かな感触が生じた。

 思わず、目を開ける。

 そして知る。

「ままま、真那……!?」

「め、目を瞑っていてと言ったでやがりましょうッ!」

「お、おうっ!?」

 慌てて目を瞑る。顔は天井を。

 俺は、今見えた光景を思い出す。

「な、何してるんだ?」

「抱きついてるんですが、それが何か問題でもあるでいやがりますかっ!?」

「たくさんあると思うけどなあ!」

 そうなのだ。

 暖かな感触とはつまり、真那自身の体温。

 理由は不明だが、真那は今、俺に抱きついているのだ。

 よーし、落ち着け、俺。いくら想定外でも、冷静になれば答えは見えてくる。……と思う。

 大丈夫。状況は把握している。やるべきことはその理由を考えること。

 ……って、それが分からねえんだろうが!

 あーもう、何がどうなってるんだ?

「……あのー、真那さん?」

「何でいやがりましょう?」

 顔も押し付けているのか、もごもごとくぐもった声だ。同時に、おそらく口辺りがあるのであろう箇所に、くすぐったい感覚を得る。

「その、一体何故、こんなことを?」

「…………」

 答えは無かった。

 が、真那はその身を離してはくれた。

 身振りで座っていいと示されたので、大人しく座る。真那も、先ほど座っていた場所に戻っていった。

 そして、真那は口を開く。

「ということで、お願いがあるんですが」

 今のがお願いじゃなかったのね。

 真面目な表情を作る顔を真っ赤にしながら、真那は続ける。

「七海さん、私の――――義兄(にー)様に、なってもらえねーでしょうか」

「よーしまずは落ち着こうじゃないか俺、そして真那。今の言葉、よ~く思い出してみよう」

 何だって?『にーさま』?

 兄様なのか義兄様なのか。……いや絶対『義兄』の方だろうけども。

「別に、思い出さなくても、ちゃんと分かってるですよ」

「じゃあ、何でそんなことを?」

「……理由が、欲しかったんです」

 理由?

「〈ベルセルク)や〈ディーヴァ〉は――――」

「八舞耶倶矢、八舞夕弦、誘宵美九」

 そう言うと、真那はなんとも言えない顔になった。

 まあ、何気に名前を大事に思ってる節があるからな、真那は。

「……耶倶矢さんや夕弦さん、美九さんは、七海さんと一緒にいる理由があるでやがりましょう?」

「そうか?」

「あるんです」

 断言するならあるのだろう。

 それで?

 視線で続きを促すと、再度真那は言葉を発する。

「だから、私も、七海さんと一緒にいてもいーという理由が欲しかったんでやがります」

「んなの、いたいから、じゃ駄目なのか?」

「確かな理由がいいんですよっ」

 確かな理由、ねえ。

 別に、お前が俺と一緒にいたいってなら、俺は構わないのに。

 ……そういうことじゃないのかな?

「〈フラクシナス〉にいたのも、それを考えていたからなんですよね」

「んで、そうして見つけた理由が、義妹になること?」

「はいです」

「……お前、五河士道は?実兄」

「話はしてあります」

 マジで?学校ではそんなこと言ってなかったのに。真那に口止めでもされてたのかな。

「……確か、実妹の方がつえーに決まっていやがります、とか言ってなかった?」

「そんな覚えはねーでやがりますが……」

 あ、これは原作の話だ。

「と、ともかく、お前はそんな風に思っているんじゃなかったか?」

「……已むも無し、でいやがります」

「あっさりだなあおい」

 そんなに簡単に改めますか。

 というか、

「なんでそこまでして、俺?五河士道とかはどうするんだよ?」

「にーさま階級では、七海さんが一番、兄様がそれと同じ、もしくは一個下ということで納得したです」

 紛らわしい。そして分からん。何だにーさま階級って。

 あれか。俺≧士道、みたいな?

 ……それこそ何でなんだよ。

「という訳で、どうでいやがりますかね?」

「何が、という訳、なのか分からんが」

 でもまあ、

「別に、俺は構わないが、五河士道や琴里とかには話しておけよ?」

「当たりめーです」

 ったく、どうしてこうなった?

 俺がいつ、言い方は悪いが真那の好感度を上げたんだよ。会ったの、一……いや、二回じゃねえか。

 

 真那はその後帰って行った。おそらく、〈フラクシナス〉にだろう。

 程なくして耶倶矢と夕弦が帰って来たんだが、なんとなく。

 落ち込んでいる、みたいだったな。




 真那さぁぁぁぁンッ!!??

 書いてるうちに何故か真那が攻略終了してました。あら不思議。
 真那は実妹でこそ、という方には、本当に申し訳ありません。
 あれですね。一応『≧』はありますけど、気休めにもなってませんね、はい。

 そして、八舞メインとか言いながら出来ませんでした。ごめんなさい。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 なんか敵を増やした気がします……。(比喩(暗喩?)表現)


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第37話 七海バースデーⅢ

 うわーっ!もうすぐ受験だうわあぁぁぁぁぁッ!!

 頭を抱えたくなるような問題が、刻一刻と迫ってきています。
 ということで、バースデーⅢ。駄文率高いですね。4話ぐらいで終えるつもりが、まだまだ終わりそうもないという、ね……。

 それでは、どうぞ。


「はっ……はっ……はっ……はっ……」

 翌日。まだ涼しさの残る七月の朝、荒い呼気を俺は吐く。

 時刻は五時過ぎ……ぐらい。詳しくは分からん。

 俺は今、絶賛走り込み中である。

 理由は、自己鍛錬。

 俺が目を覚まして数日経ってから、俺はこうして、朝は町内を走っている。

 距離にして約十キロ。なかなか長いが、身体能力の上がっている今じゃ、ペース配分にさえ気を付けていれば、そこそこきつい、程度に感じる。

 とまあ、そんなある朝なわけだ。

義兄(にー)様っ!」

 残り数キロというところで、突如として後ろからかけられた声に、俺は思わずバランスを崩す。

 な、何だいきなり?

「朝から走力とは、いい心掛けでやがりますねっ」

「ま、真那!?何でここに……今五時過ぎだぞ?」

 振り向けば、やはり真那がいた。ペースを落として、並ぶのを待つ。

「それを言ったら、義兄様もではねーですか」

「そりゃそうなんだけども」

 軽口を叩き合いながら、真那の少し先を、先導するように俺は走る。

 しかし、昨日の今日で、どうかしたのか?

「……で?また俺に何か?」

「いえ。ちょっと見かけたので、一緒に走ろうかと思いまして」

 まあ、陸自のトップエースって呼ばれるぐらいなんだから、そこそこ鍛えてはあるんだろうけど。

 でもだからと言って、わざわざ俺を見かけたからって。

 ……見かけたから?

「見かけたって、こんな朝早くに走ってる俺を?」

 それじゃあまるで、俺に会うために朝早くから起きていたって風に聞こえるんだが。

「あ、そういうことではねーです。〈フラクシナス〉で映像を見たということでいやがります」

 そういうことね。

 でも、それでも一緒に走るという発想には至らないと思うけど、ま、考えても仕方ないか。

 個人的には、それよりも言いたい案件はあるし。

「……んで、真那」

「何でいやがりましょう、義兄様」

「その『義兄様』っての、止めてくれねえかな?」

 俺がそう言うと、真那は『がーん』とでも付きそうな表情になった。

「な、何ででいやがりましょうっ!?」

「いや別に、嫌という訳ではないんだけど」

 でもまあ、一応言っておくか。

「お前の兄は五河士道なんだろ?別に俺は真那の義兄であることに不満は無いが、それでもお前の中での優先は、五河士道であるべきだ」

 言い方が悪かったな。

 俺が『義兄様』と呼ばれるのはいいんだ。

 だが、昨日言ってた……にーさま階級?とやらでは、俺が一個下であるべきで、五河士道を一番にすべきだと思うんだ。

 そう言い添えると、少し真那は考える素振りを見せた。

「……分かりました。今度、兄様と話をしてみるです」

「おう、そうしとけ」

 そんな会話をしている内に、残り数キロをもうすぐ走破するみたいだな。スタート地点である精霊マンションが見えてきた。

 ほんの少しだけペースをあげ、残りをダッシュ。真那も、やや遅れてはいたものの、付いてきていた。

 ……よしっ、ゴール。

 走り終え、急に止まると身体に危ないので、近場をぐるぐると歩いて落ち着かせる。

 持ってきてた携帯で時間を確認すると、大体五時半ぐらいだった。

「ふう……、で、どうする?家で飯食っていくか?狂三いるけど」

「むっ、〈ナイトメア〉でやがりますか……どうしましょうかね」

「俺的には、お前らに戦ってもらいたくないんだけど。これからも」

 誰かに殺意を向けるなんて、向けられるなんて、気持ちのいいことじゃない。

「それは無理でいやがりますね」

 しかし、真那は俺の言葉を一刀両断にした。

「……どうしてか、聞いても?」

「〈ナイトメア(アイツ)〉は、能動的に人を『喰らい』ます。ですから、生かしておくわけにはいかねーんですよ。本来なら、今すぐにでも斃しに行きたいところなんですが――――」

「俺が止めるからな」

「……で、やがりましょう?」

 まあな。当たり前だ。

 でも、言ってる事は本当のことだしなあ。

「と言っても、ここ数年、〈ナイトメア〉が原因だと思われる殺人や行方不明はねーんですよね」

「そうなのか?」

「はいです。私が〈ナイトメア〉を追い始めた時には、アイツは誰も殺さなくなっていたでやがりますよ。あれ?追い始めて少ししてからでしたっけ?……ここら辺は曖昧ですね」

「…………」

 俺は、無言だった。

 また、だ。

 ――――狂三に対する、原作との相違点。

 前聞いた分では、殺した数は数百人、『悪しき精霊』と呼ばれている、ということを知った。

 そして今、ここ数年は誰も殺していないということを知った。

 ……どういうことなんだ?

 どうして、ここまでの相違が出てくるんだ……!?

「……様?義兄(にー)様?」

「……ハッ。す、すまん。ちょっと考え事してた」

「そうでいやがりますか」

 とりあえず、いつか狂三に聞いてみるか。

「んで、どうする?朝食、一緒に食おうぜ?」

「……まあ、どうしてもと言うなら」

「ん、分かった。くれぐれも、戦闘を始めないでくれよ?」

「分かってるに決まってるでやがりましょう」

 

 六時。

 そろそろ狂三が起きてくる時間だ。八舞姉妹は、朝食の少し前に起こしに行く。

 あの後家に戻った俺らは、順にシャワーを浴びて、並んで朝食の準備をし始めた。

 真那は着替えを持ってきていなかったらしいので、とりあえず上は俺のシャツを貸して、下はそのままで我慢してもらっている。

 〈フラクシナス〉に連絡して持ってきてもらおうと思ったんだが、真那が、

『朝ご飯の準備の方が先決ですっ』

 と言ったので、成り行きでそのままの格好だ。

 個人的には、汗もかいただろうし、着替えればいいのにと思う。

 というか、サイズの違いの所為で、一見すると裸ワイシャツに見える。サイズを間違えて買ってしまった、俺でも大きいものを貸してしまったというのも、一因ではあるだろうけど。

「……あら?今日は特殊なお客様がいらっしゃいますのね」

「お、起きたか狂三。おはよう」

 狂三が起きてきた。

 おはようございます七海さん、という言葉を聞きつつ、残りの用意を終わらせていく。

 でも、狂三と真那からは目を離さない。

 ……お、この卵、黄身が二つ入ってやがる。

「……〈ナイトメア〉」

「ふふ、おはようございますわ、真那さん」

 既に着替えている狂三は、自身の服のスカートの裾を軽く摘んでみせる。

 完全にわざとやってるようにしか見えん。

 ったくよお。

「お前ら、喧嘩はすんなよ」

「あら、心外ですわ七海さん。わたくしは別に、そんなことをするつもりはありせんもの」

「大丈夫ですよ義兄様。真那も、自制していますから」

 義兄様、という言葉に狂三が眉を(ひそ)めたものの、これといって訊かれはしなかった。

「ほら、もうすぐできるから、真那はテーブルの上にあるものを片付けてくれ。適当に寄せるだけでいい」

「了解でやがります」

「狂三は、耶倶矢と夕弦を起こしてきてくれ」

「わかりましたわ」

 はあ、とりあえず分けることは出来たけど、どうせすぐに戻ってくるしなあ。

 そんで、耶倶矢と夕弦にも真那のことを話しておかねえといけないし。

 今日の朝は、なんか長く感じるよ……。

 

 学校。

 真那に合い鍵を渡して、俺と耶倶矢、夕弦は学校へと向かった。

 正直、狂三と真那を二人っきりにはさせたくなかったんだが、その為に学校を休むわけにもいかない。

 一応、強く念押しはしておいたけど、大丈夫かなあ?

 ……ま、なるようになるさ。

 それよりも先に、話しておきたい奴がいる。

「なあ五河士道、ちょっといいか?」

「? 七海?」

 先に来ていた五河士道だ。

「昨日、真那が来たんだが」

 単刀直入に俺が言うと、五河士道は、ああ、と言って何かを思い出したようだった。

「そういや、ちょっと前に話したな。ってことは、もう知ってるのか?」

「知ってるも何も、既に終わっていますけども」

「あ、あははー……」

 苦笑いする五河士道。

 やはり、お前は知っていたのかよ。真那がやりたかったことを。

「とりあえず、そのうちお前の所に来る筈だから、ちゃんと話しておいてくれよ」

「え、どうして俺の所に来るんだ?」

「俺がそう言っておいたから」

 そう言い残し、じゃあな、と手を振って席に戻っていく。

 席に座って、ぼーっとしていると、

「!……っと」

 突然、携帯からメールの着信音が小さく聞こえた。

 やべっ、マナーモードにしてなかったか。

 慌てて取り出し、受信したメールを開く。本来は持ってきては駄目なんだろうが、先生の目が無い今がチャンスだし、持ってきてる奴は他にもいるし。

 そんなことを思いつつ確認すると、差し出し相手の欄には、『美九』と書かれていた。

「なんだろ……?」

 疑問に思いつつ、本文を確認。件名にあった『愛しのだーりんへ』という文はスルーしておこう。

「――――へえ」

 内容を要約すると、こうだ。

 どうやら、今日の午後はオフなので、良ければ遊びに来ないか、ということだな。

 何か色々と装飾されていた文だったので、簡潔にまとめさせてもらった。

「んじゃあ、分かった、放課後遊びに行く、と」

 小さく呟きながら、返信する。

 今美九は、先月に顔出しを解禁したことから、人気急上昇中のアイドルとなっている。

 そんな忙しい中、オフというのなら遊びに行くのもいいだろう。

 そうだ、耶倶矢と夕弦はどうすんのかな。

 俺は隣で十香と歓談していた二人に声をかける。

「なあ耶倶矢、夕弦」

「む、どうした?」

「返事。何でしょう」

「放課後、美――――あー、そうだな、遊びに行かないか?」

 この場で美九の名をそのまま出すのは危ないと思ったので、咄嗟に言い直す。

 まあ、遊びに行かないか、でも合ってる筈だ。

「くく、確かにそれもまた一興かもしれぬ。が、今日も我らは赴かねばならぬ場所があるゆえ、我らはそちらに向うことにしておる」

「遠慮。今日も買い物に行きたいので、やめておきます」

「ん、そうか。分かった」

 また今日も買い物か。

 ……俺のプレゼント選びか?

 もしかして、昨日からずっと悩んでいるのか?だから、選ぶのが今日に持ち越されたのかな。

 別に、そこまで悩まなくてもいいのに。

 それじゃあ、美九の所には、俺が一人で行くか。

 んじゃ、と言って、二人は十香と、いつの間にか増えていた亜衣麻衣美衣たちとの歓談に戻る。

 俺は、亜衣麻衣美衣に無理矢理会話に入れられたりしたな。

 そうして、今日も学校が始まっていく。




 お、終わらない……。

 次が美九登場と、狂三と真那に七海の誕生日を知らせること、ですかね。
 そして、その次回が誕生日会やって終わり、の筈です。予定では。
 ですがこの世には、予定は未定という格言が……すみませんちゃんとやります頑張ります。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 バースデーが終わっても、修学旅行が待ち構えてるぜッ!


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第38話 七海バースデーⅣ

 久し振りに『ポケモン+ノブナガの野望』にはまってました。何故。

 ということで、本来ここで終わる筈だった誕生日回4話目です。なかなか終わりません。
 ここで1つ、変更点のお知らせをしておきます。
 作中において、6月5日が水曜日の場合、7月7日って多分日曜日になるんですよね。というか、『狂三スターフェスティバル』って、何曜日でしたっけ。
 なので、バースデー編中の、日にちに関する部分を、この話投稿後、少しずつ変更しておきます。(この話含む)
 あまり大きな問題ではないですか、一応。

 それではどうぞ。


 ということで放課後。

 豪華というか、豪奢というか、そんな感じの言葉が思い浮かぶ家の前に、俺はいた。

 誘われたとおり、美九の家に遊びに来たのだ。

 着替える為に家に帰るのは時間がかかるので、制服のままである。

 ここに来たのは、実はまだ二回目だったりする。

 とりあえず、インターホン押すか。

 少し探してそれを押すと、すぐに返答があった。

『はいー?』

「あ、美九か?七海だけ――――」

『だーりん!来てくれたんですねー!ちょっと待っててくださいねー、すぐに行きますからぁ』

「お、おう……ゆっくりな」

 そして、通話が切れた。

 さらに数秒後、視線の先で玄関が開けられたのが見えた。美九が中から出てくる。

「お待たせしましたぁ。どうぞー」

「お邪魔しまーす」

 わざわざ近付いてきてくれた美九に付いていくように、俺は美九家へと入った。

 そのまま、リビングへと案内される。

「今紅茶でも淹れますねー」

 キッチンへと消えていった美九。

 手持ち無沙汰に、俺は室内を見渡してみる。

 この前来たのは、俺が死のうとしていた時だった。

 あの時は、じっくり見るような心情じゃなかったから、実質初めての気分だ。

 可愛らしい小物や、名も知らない花が活けられた花瓶が置いてある。

 そんなことを続けていると、美九も戻ってきた。

「はい、どうぞー」

「あ、ありがと」

 渡されたカップを手に取り、一口飲んでみる。

 夏場だからか、アイスティーだった。

 ほ、と一息つく。

 隣を見れば、美九も同じようにまったりしていた。

「んで、今日は何か用でも合ったのか?」

「いえいえー、そういうことではありませんよー。ただ単に、だーりんに会いたかっただけです」

「そ、そうか……」

 め、面と向かって言われると、大分恥ずかしいな……。

「あ、でもぉ」

 美九は、何かを思い出したかのように、ぽんと手を打った。

 ん?やっぱり何か用事でも?

「琴里さんから聞いたんですけどぉ、だーりんって、七日が誕生日なんですかー?」

「まあ、そうだな。七月七日、七夕が俺の誕生日だ」

 その日に生まれたから、俺の名前は『七』海になったとかなってないとか。いやなったんだけど。

 その所為でよく女と間違われたりもしたが、今は少なくなったし、もう慣れた。

 ……無くなった、ではなく、少なくなったと言わなければならない実情とも言えるが。

 ともかく。

「それが?」

「もうっ、どうしてそういうことを言ってくれなかったんですかぁ。もし知ってたら、明日のライブや、それまでの仕事をお休みしましたしたのにー」

「いや、仕事はしろよ」

「だーりんの誕生日の方が大事に決まってるじゃないですかぁ」

「そうかあ……?」

 そうは言うけどな、実際のところそうでもないだろ。俺の誕生日なんて。

「今からでも出場をやめることにしましょうかねー。夏風邪を引いたとでも言えば……」

「だからちゃんと出場はしろって」

「でぇもぉー」

「でもじゃない」

 ぶー、と頬を膨らましてくる美九。子供か。

 折角顔出しもして、人気爆走中なんだ。さらに人気を得るための機会を、たかだか俺の為に棒に振る必要はない。

「それじゃあ今から、プレゼントを買いに行きませんかー?」

「やめろ。今から行ったら、帰りが遅くなる。明日ライブなんだろ?だからやめておけ」

 でもまあ、その気持ちだけでも嬉しいのも確かな訳で。

「それじゃあ、明日のライブ、大成功させてきてくれよ」

「ふぇ?」

 俺が提案すると、変な言葉が返ってきた。

 だからな?

「俺はその気持ちだけで嬉しい。なら、プレゼントとして、お前の最高の歌を聴かせてくれ。テレビ中継もされるのか?」

「え、えーと、されると思いましたよー?」

「んじゃいいか」

 それなら、リアルタイムで見られる訳だ。

 明日やるべきことを頭の中に組み込んでいく俺。そういや、日曜日は五河家にてパーティーだっけ。

 再度アイスティーを口に含む。

 ……うん、冷たくて美味しい。

「そ、そんなことでいいんですかー?」

「そんなこととか言うなよ。言うならば、俺の為に歌ってくれるんだろ?そんなこと、なんかじゃないさ」

 苦笑いしながら、俺は言い返す。

 しょーがねー奴だな、まったく。

 ぽんぽん、と頭を撫でながら、俺は言う。

 座ってても、実際のところ美九の方が背は高いんだが、大して変わらないし、撫でたいから撫でるの。

「楽しみにしてるからな?お前の最高の歌」

「……はいっ!」

 美九は、顔を綻ばせた。

 

 どうせなら、狂三も誘ってみよう。

 ということで、耶倶矢と夕弦は一度、精霊マンションへと戻ってきていた。

 鍵を開け、リビングへと向かうと――――

「あ、お帰りなさいでいやがります」

「お帰りなさい、耶倶矢さん、夕弦さん」

 ソファに斜向かいに座る、真那と狂三の姿があった。

「あ、うん、ただいま」

「返事。ただいまです」

 …………。

「――――って、なんであんたがいんのよぉぉぉっ!?」

「驚愕。真那さん、でしたよね?なぜ、あなたがここに?休養中の筈では」

「まあ、色々あったんでやがります」

 ばっ、と答えを求めて狂三を見やるが、微笑を返されただけだった。

 説明する気が無いのか、単に知らないのを誤魔化しているだけなのか。

 二人がなぜこんなに驚いてるのかというと、二人は知らなかったからである。

 ――――真那が、ここのことを知っていると。

 あくまでも、ただの魔術師(ウィザード)と思っていたのだが、ここのことを知られているとは。

「あ、大丈夫ですよ。誰にもここのことは言わねーですから」

「そ、そうであるか……」

 そう言うのなら、信じるしか他あるまい。

 そこで二人は、本来の用事を思い出した。

「そういえば、御主らに尋ねとうことがある」

「質問。七海の誕生日についてですが」

 夕弦の言葉に、狂三も反応を示した。

「七海さん、もうすぐ誕生日なんですの?」

「うむ。幾つか月が沈み、再び陽昇れば、七海の生誕の時ぞ」

「首肯。七日です」

「七日でいやがるんですかっ!?」

 真那が、驚いたように口を開ける。

 思わず、といった風に、身を乗り出すまであった。

 その反応に驚いて瞬きしていると、ほんの少し顔を赤く染め、静々と戻っていった。

 気を取り直して。

「提案。ということで、どうでしょう?一緒にプレゼントを選びに行きませんか?」

 訊くと、

「ええ、それなら、早く買いに行った方がよろしいですわね」

「行きます。どこまででやがりましょう?」

 どうやら、一緒にプレゼント選びに付き合ってくれるらしい。

「かか、では、早速()の魔城へと参るとしよう」

「案内。それでは、行きますか」

 

 耶倶矢と夕弦は出る前に私服に着替え、四人でショッピングモールへと来ていた。

 先日、二人が選んでいたブースに案内し、各々がプレゼントを選び始める。

 その間、何度かナンパだと思われることをされたが、気にしないでいると何処かへと去っていってしまった。

 ということで、先日と同じように、懊悩タイムに入る耶倶矢と夕弦であった。

「……狂三は、決まったの?」

「一応、目処は立ててありますけれど、決定はしていませんわね」

 もう、女王様のような芝居がかった口調も、どこかに置いてきたかのように普通の口調の耶倶矢。

 今は耶倶矢と夕弦、狂三の三人で行動中である。

 真那は、ここに着くなり、

『ちょっと行って来るでやがります。気にしないで選んでいてください』

 と言って、何処かへと行ってしまった。

 もしかすると、プレゼントは決まっていたのかもしれない。

 それもあって、どうも焦ってしまう。

 というか狂三も、候補はあるから二人を助けようという善意で一緒にいるだけであろう。

 勿論、耶倶矢と夕弦だって、これがいいんじゃないか、という物はある。

 だがそれが、七海が喜んでくれるかというと……。

「溜息。微妙なところですしね……」

「? 何か言いまして?」

「否定。いえ、お気になさらず」

 そんな二人を見ている狂三。

 彼女は気付いていた。

 この二人が、七海に贈るということを、大きな課題として考えていることに。

 実際問題、七海なら自分たちがたとえ何を贈ろうと、絶対に喜んでくれる。それは分かる。なぜなら七海だから。

 しかし、そんな単純なことに気付かない程、この二人は考え過ぎているのだ。

 だがそれが、七海への好意故であることも、狂三には分かっていた。

 だから一言、助言することにしよう。

「――――耶倶矢さん、夕弦さん」

「ん?どうかした?」

「返事。何でしょう?」

「そんなに重く考えなくてもよろしいんですのよ?」

 指を立てながら、狂三は口を開く。

「お二方に、アドバイスをしてさしあげますわ」

 いいですの?

「七海さんはおそらく、贈られる物については、あまり拘らないと思いますの。ならばいっそのこと、相手が何を喜ぶか、ではなく、相手に贈りたい物、を選ぶのもありだと思いませんこと?例えば、ネックレス等のアクセサリー類などはいかがでしょう?」

 狂三のその言葉に、最初きょとんとしていた二人だが、徐々に喜色に染まっていく。

 こころなし、キラキラし始めた四つの眼。

「く、狂三!」

「平伏。狂三さん」

 なぜ夕弦は、さん付けになっているのか。

「私らに、もっと教えて!」

「懇願。さらなる助言、よろしくお願いします」

 キラキラというか、キラッキラな眼をした(意味が分からない)耶倶矢に、頭を下げる夕弦。

 二人のその言葉を聞いた狂三は、

「え、えーと……」

 頬に一筋の汗を垂らしながら、困ったように言い淀んでしまった。

 素直に言おう。

 ――――ちょっと、予想以上だった、と。

 

 真那が、自分が贈る分のプレゼントを買い終え、先程他の三人と別れた場所に戻ってくると、

「な、何があったんでいやがりますか……?」

「ああ、真那さんですの……。いえ、別に……」

 あの〈ナイトメア〉が、疲れたような表情をしていた。

 常に人を食ったような態度なので、こんな姿を見るのは初めてだ。

 だがまあ、それを言うなら、一緒に買い物に行っていること自体がおかしなことなのだが。

「お、ようやく戻ってきおったか。どうだ、目当ての物を手に入れることは叶ったか?」

「はいです。勿論、買ってきましたよ」

「確認。それですね」

 それ、とは、今真那が持っている袋のことだ。

 狂三とは対照的に元気な二人。頷きを返す。

「そういうお二人も、もう買っていやがるので?」

 確か、ここに来る途中から、ずっと何を買おうか悩んでいた筈だ。

 だから、もしかするとまだ悩んでいるのかもしれないと思っていたのだ。

 だが、返答の内容は肯定だった。

「おうとも。やはり我が振りし神の采配は、間違っておらんかった」

「首肯。狂三がいて助かりました」

 ……本当、何があったのだろうか?

「……一応、お疲れ様、と言ってやるでいやがります」

「ふふ、ありがとうございます、真那さん」

 いつの間にか、自分の名前を呼ばれることに不快感や嫌悪感を感じなくなったなと思いつつ、時間を確認する。

 見れば、どうやらもうすぐ七時になる頃。

「ふむ、もうこのような時か」

「帰宅。そろそろ帰りましょうか。真那さんも、一緒に」

「え、私もいいんでやがりますか?」

「当たり前ではありませんの。少なくとも七海さんは、真那さんも一緒だと思っていると思いますわよ?」




 さて、なんだかんだで一番この話が誤魔化しづらい……。

 ということで、あと1、2話で終わると思います。
 まあ、今まで何回も同じような事言って、実行できた試しがないんですけどね。駄目じゃん。
 一体、狂三と八舞姉妹は、どんなことをやったんでしょうね。
 そして、それぞれが買ったプレゼントとは。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 さ、少しずつ修正していかないと。


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第39話 七海バースデーⅤ

 お気に入り登録者数250人突破ー!皆様、ありがとうございます!

 さて、本来なら金曜日に更新する予定だった今回ですが、急に体調を崩しまして、二日遅れの今回になりました。
 今回は、バースデー編最終話。
 八舞姉妹や狂三、真那のプレゼントについては、独断と偏見で決めさせていただきました。
 もし、彼女たちっぽくないと思われる方には、先に謝らせていただきます。すみませんでした。

 それでは、どうぞ。


『ハッピーバースデー!!』

 パン、パン、というクラッカーの音が連続して鳴った。

 今日は日曜日。七月七日の七夕の日。

 そして、俺の誕生日な訳だ。

「は、はは……こりゃ結構張り切ってるな」

 今は、五河家のリビングにて、俺の誕生日パーティーの最中。

 流石に、この年になってケーキの蝋燭の火を一気に消す、なんてことはしないが、一応形式として、蝋燭を立てたケーキはあったりする。

「おお!これはあれだな!ふーっと消せばいいのだろう?」

「いやいや十香。それ七海の仕事だから」

「む……そうなのか?それはすまんかった」

「別にいいよ、十香がやっても。この年だし、それは遠慮させてもらいたい。ということで、任せた」

 どうぞどうぞと手振りで示すと、十香は嬉しそうに肯いた。

「うむ!分かったぞ!」

 すると十香は、すー、と息を吸い、身を反らした。

 ……あ、嫌な予感が。

 急いで五河士道に、その危険を知らせる。

「い、五河士道。危なくないか?」

「やっぱり、七海もそう思うのか?」

「……止めよう」

「……そうだな」

 自分から促しておいてあれだが、おそらく、十香が力一杯息を吹くと、蝋燭の火どころかケーキまで飛んでいく気がする。

 いや、流石の十香でも、それは無理か?

 でもまあ、可能性があるのなら、保険は掛けておくべきか。

「と、十香」

「うむ?どうしたのだ、シドー」

 五河士道が声をかけると、すっ、と姿勢を戻した十香。

「ほ、ほら、やっぱりこういうのは、本人がやらないと駄目だと思わないか?」

「しかし、先程七海は任せた、と言っておったぞ?」

「そ、それは……」

 あー、今しがた俺が言った台詞が仇となっちゃったかー。

 困ったように目を逸らす五河士道を、不思議そうに見る十香。ちょっと気まずそう。

 ま、俺もなんとかしてみますか。

「とまあ、なんか向こうは手一杯みたいだし、お前らがやってみるか?」

「くく、確かに、我が御風にてその灼熱の業火を消せと言うのならば、我らの他に適任はいまい」

「首肯。夕弦達が本気を出せば、この家も飛ばすことが出来ます」

 それ十香より大惨事だから。

 しかし、相変わらずの中二だなあ耶倶矢は。たかが蝋燭の火を、『灼熱の業火』なんて。結構ベタだし。

 まあ確かに、熱いけども。

「はいはい、やりたいのは分かるけど、この家まで破壊しないでちょうだい」

 俺が無言でいると、別方向から声が。

 ま、琴里なんだが。

 だってここ、五河家だし。

「冗談。当たり前じゃないですか」

「あなた達がそう言うと、ほんとに洒落になんないのよ」

 そう言って、面白そうに笑う。

「ま、そういう冗談が言えるほど、今この状況を楽しんでもらってるってことでもあるのだけれどね」

「ええ、本当、楽しいですわねぇ」

 ん、狂三も、楽しいのか。

 セットしたのは俺じゃないんだが、でもまあ、そう言っているのなら良いか。

「というか、そろそろ火を消さないと、蝋が溶けてきてるんだが」

「――――ふーっ」

 突然、火が消えた。

『……あ』

「へへー、折角たくさんあるんですからぁ、早く食べちゃいましょうよー」

 俺の二つ横に座っている、美九が消したのだ。

「……もう一度訊くが、お前、仕事は?」

「もう一回言いますけどぉ、無理言って、お休みさせてもらいましたー」

 おいおい。

 まったく、パーティーのこと話したらこれだもんなあ。暮林昴さんだったっけ、美九のマネージャーさん。あの人も大変だな。

 ちなみに、ライブの中継は無かった。

 番組表で確認してみたが、美九が出てくる番組は無かったのだ。

 その事について、携帯で訊いてみると、

『無かったですねー。私の勘違いでしたぁ。ごめんなさい』

 という答えが返ってきたのだ。

 でもま、いつ放送されるかは分かったし、別にいいんだけどな。

「それでは、切り分けますよ」

「あ、俺もやろうか」

「いえ、義兄様は座ってやがってください」

 そう言われては、素直に座ってるしかないか。真那はナイフを持って立ち上がり、ケーキを切り始めた。

 と言っても、ケーキの数は尋常じゃないもんなあ。

 ホール三つに、ショートケーキやカップケーキみたいなものまで色々。全部合わせると、カロリーとかやばそう。

 とりあえず、多い。

 だが、それも仕方ないか。

 大食いの十香はともかく、人数が多いのだから。

 このパーティーの参加者は、俺、八舞姉妹、狂三、美九、真那、五河士道、琴里、十香、四糸乃の、計十名。正直、リビングがやや狭く感じる。

 って、そういや四糸乃は?

 やっぱり俺もケーキを切り分けながら、キョロキョロと探してみる。真那は、隣に並んだ俺を一度、ちらりと見たが、もう何も言わなかった。

 んで、四糸乃は……。

 あ、いた。

「あらあら、随分と可愛らしい子もいるんですのね」

「え、えと……っ」

「あら、そんなに怖がらなくても、取って食べたりはいたしませんわよ?」

「食べ……!?」

 は、はは……、何してんだろ。

 狂三と話していた四糸乃は、五河士道の陰に隠れてしまった。怖がらせんなよ、狂三。

 っと、とりあえず全部切り分けたか。

 ……狂三。

 俺は、切り分けたケーキを適当に食器に移しながら、彼女について考える。

「……ほんと、どういうことだ……?」

「どうかしたか、七海?」

「あ、いや、別に」

 首を傾げてくる耶倶矢を誤魔化し、思う。

 なんせ、理解不能なのでな。

 狂三が、こうして日常に溶け込んでいることが、だ。

 原作との差異は、琴里とも確認済みだし、理由は結局分かってないし。

 原作なら、こんなパーティーに参加するような奴じゃなかったと思うし、大体、一箇所にずっと留まっていることがもうおかしい。

 ……ほんと、どういうことなんだ?

「ほらー、また怖い顔してますよ?だーりん。ちゃんと楽しみましょうよー」

 美九か。

 ……まあ、そうだな。

「ああ、お前の言う通りだな」

「それじゃあ、はい、あーん」

 …………へ?

「……これは、どういう?」

「どうって、決まってるじゃないですかぁ。あーん、ですよー。ちなみにー、だーりんの後は、耶倶矢さんや夕弦さんにもやってぇ、その後、お返しに今度は私がやってもらうんですー」

「お、おう……」

 えーと、つまり。

 五河士道以外の全員(つまりはこの場にいる女の子全員)にあーんをした後、今度は逆に自分があーんをしてもらう、と。

 ……美九らしい。

「――――はむっ」

 もぐもぐと、美九が差し出したケーキを頬張る。

「あ、ずるい!」

「痛恨。後れを取りました。耶倶矢、夕弦達もやりますよ」

「それじゃあ、真那もやりましょうかね」

「あらあら、これはわたくしもやるべきですわねぇ」

 お、お前らまで来た。

 各々が各々のケーキを一口分掬い、俺に差し出してくる。

『あーん』

 …………。

「ぷっ、モテモテね、七海」

「……五河士道も、似たような状況じゃないか」

 現実逃避気味に逸らした視線の先では、十香と四糸乃、五河士道が規模は小さくとも、似たような状況に陥っていた。

「ほ、ほら、早く食べるし!」

「催促。どうぞ」

「むっ、これは兄様の方にも、後で参戦しないといけないでいやがるようですね……」

「あ、ケーキが落ちてしまいそうですわ」

「あーっ!私ももう一回ー!」

 計五つのケーキを見ながら、どれから食べようかと迷う。

 ……そんなことに悩める、迷える俺は。

 ――――幸せ者、だなあ……。

 

「――――ということで、ここいらでプレゼント渡しの時間よ」

 ケーキも大分食べ終えた頃(以外と食べれた)、琴里がそう言った。

 そうだった。そういやこれ、俺の誕生日パーティーだったな。

「私と士道、十香達からは、合同のプレゼントということで本当に良いのかしら?」

「別に構わないさ。そこまで迷惑を掛けれない」

「迷惑と言う訳では、無いのだけれど」

 ん?何か言ったか?

 ともかく。

「しっかし、高校生になってプレゼントなんて、少し恥ずかしいな」

「えへへー、私はもう、プレゼント渡しは終えているのでぇ、後は皆さんですねー」

 そうだな。

 美九の場合は、この前のライブでの歌だから、テレビが始まってそれが流れれば、渡したことになる。

 さて、柄にも無くというか年齢不相応にも、やっぱり気になるんだが。

「それじゃあ、まずは俺から」

「あれ?お前は合同プレゼントじゃ?」

 最初に立ち上がったのは、五河士道だった。

「いや、それとは別に、個人で用意してたんだよ」

「ねえ、聞いてないわよ、それ」

「ま、まあ、言ってないしな……」

 はあ、と琴里から溜め息を貰いつつ、プレゼントが入っているのであろう包みを差し出してくる。

 それを受け取り、訊いてみる。

「はい、ハッピーバースデー、七海」

「ありがとう。開けてみていいか?」

「ああ。ただし、気をつけてな」

 気をつけて?何に?

 包装を解くと、中は木箱のようだった。

 それも開けると、

「どうだ?気に入ってもらえるといいんだけど」

 中身は、包丁だった。

「……おおー」

 金属光沢を放つその刃物を手に取り、じっくり見てみる。

 俺は別に、その手に詳しくないから分からないが、決して安くはなかっただろうに。

「ん、ありがとう、五河士道。大事にする」

「はは、気に入ってもらえたようだな。というか、そろそろ名前で呼んでくれないか?」

「分かった。以後、気をつけることにする」

「次は、私かしらね。私というより、私たちかしら?」

 次いで立ち上がったのは、琴里だった。

「と言っても、私たちのプレゼントは、今はお預けよ。明日になったら分かるわ」

「お、おう?そうなのか?」

 座り直した五河士道……いや、士道に視線を向ける。

 しかし、返ってきたのは無言だった。教えるつもりはないらしい。

「……ま、いいけども」

 明日になったら分かるってことは、明日知るのが一番好ましいということだろう。なら、あまり詮索するのはよくないか。

「では、次は真那ですかね」

 琴里が座るのと入れ替わるように、真那が立ち上がった。

 足元に置いてあった紙袋から、結構大きめの箱が取り出される。

「はいです。真那からはこれでやがります」

 差し出されたそれを受け取ると、真那は言葉を繋いできた。

「中身は靴でやがります。デザインは、こちらで決めさせてもらいました」

 開ける前に言われてしまった。

 ま、いいけど。

「ありがとな、真那」

「……へへ~」

 その頭を撫でると、気持ちよさそうに声を上げた。

 いつ……士道からは、複雑な視線が送られてくるけどな。

 しかし、靴か。

 デザインについては後でこっそり開けて確認するとして、感想としては、真那らしい、かな。

 なんか、実用的なあたり、それっぽい。

「それでは、今度はわたくしですわね」

 またしても立ち上がる姿は、今度は狂三。

 ……渡すためというのは分かるんだけど、順番が来る度に立ち上がるってのは、なんか可笑しく感じてきたぞ。

「どうぞですわ」

 そうして差し出されたのは、手のひらに収まりそうなほどの大きさ。

 シンプルに包装されたそれは、とても軽かった。

「ありがとう、狂三」

「あら、わたくしは撫でてくれないんですの?」

 ……はいよ。

「よしよし」

「――――♪」

 どこか嬉しそうな表情で、狂三は笑った。

「ところで、これ、何なんだ?結構軽いんだが」

「ふふ、開けてみてくださいまし」

 まあ、本人がそう言うのなら、今開けてみるか。

 疑問に思いつつ開けると、中は布だった。

 ただし、普通の形状ではない。

「これは……」

「右目の眼帯ですわ。今の眼帯は、少々無骨ですので、それにさせていただきましたの」

 成程な。

 確かに、今俺が付けてる眼帯は、ただ目が隠れればいいだけというデザインなので、色も黒単色だし。

「……付けてみていいか?」

「ええ、構いませんわ」

 じゃ、付け替えるか。

 俺は、今付けている眼帯を取り外し、その隠していた右目を開ける。

 少し眩しく感じたが、すぐに慣れた。ま、どうせまた覆うんだがな。

 歪で不気味な色の眼球を隠すように、いそいそと付け替える。

「なあ、それ、本当に大丈夫なのか?」

「ん?ああ、別に何とも無い。ただ色が違うだけだ」

 そうか、と言って引き下がる士道を尻目に、俺は眼帯を付け替え終えた。

 狂三がプレゼントしてくれたのは、前のよりも布地面積が多い眼帯だった。

 顔の右上1/4よりやや小さい位を覆い隠す黒色の布地。アクセントとしてかどうかは知らないが、数本の赤いラインも描かれていた。

 美九が差し出してくれた手鏡で、それを確認する。

「おお……!」

「くっ、七海までオッドアイになるし、あんな格好いい眼帯まで……!」

「呆気。……何言ってるんですか」

「だってぇ~……」

 は、はは、隣からそんな会話が聞こえてくる……。

「ん、かっこいいじゃん。ありがと、狂三」

「ふふ、喜んでもらえてなによりですわ」

 さてと。

 順番通りならば、次は……。

「さ、さて、締めは我らだ!」

「説明。夕弦と耶倶矢で、それぞれ用意してあります」

 ま、この二人だよな。

 他の皆と同じように立ち上がり、それぞれが用意したというプレゼントを渡してくる。

 と、思ったら。

「要求。目を瞑ってください」

「ん?」

「そいやッ!」

 疑問に思っていると、隠れていない左目を叩かれ、否、隠された。ぺしん、という軽い音が鳴る。

「お、おう。分かったから、手を離してくれ」

 耶倶矢の手は柔らかくて、意識してしまう……とは言えないが。

 ひんやりとした手を掴んで離しながら、もう片方の手で左目を覆う。

 ん、これでいいだろ。

「よ、よし、見えておらぬな?」

「ああ」

「開始。それでは、始めます」

 始めますって、何を?

 プレゼントを渡すだけなら不必要な行動と発言に、少しばかり不安を覚え始める俺。

 一体、何を買ったんだ?

 真那の時同様、『視覚』は使わないでいると、

「――――ッ!?」

「抑制。動かないでください」

 突如として首元に襲ってきた冷たい感覚に、思わずビクッってなってしまう。

 目が見えないから鋭敏になった感覚には、ちょっと急すぎた。

 落ち着いて、考えてみる。

 何故か聞こえる夕弦だと思わしき吐息については聞こえない振りをするとして、この首元の感触についてだ。

 結構柔い……革か?落ち着いてみれば、そこまで冷たくない。

 んで、首元を一周する感じから推測するに、ネックレスあたりか?

「困難。意外と、難しいですね」

 すぐ横で、夕弦の声がした。

 ……よし、冷静になろう。

 おそらく、今夕弦は俺にネックレス(仮定)を付けようとしている。何故か俺に前から抱きつくような形で、だが。

 まあこの際、理由は気にしないでおこう。多分、誤魔化されるか俺にダメージがあるかだ。

 そうやって、夕弦の髪から香る匂いや、俺の胸あたりで形を変える『アレ』から意識から逸らすこと数十秒。

 俺にとっては何十分にも感じた時間が過ぎ、ようやく夕弦はその身を離した。

「完了。出来ました。七海は目を閉じたままでいてください」

「あ、あいよ」

「くく、次は我の番か」

「助言。耶倶矢、こうするのです。いいですか――――」

 ……耶倶矢の番と言った割には、なんか喋ってるんですが。

 ま、待つけどね。どうせすぐ終わるだろうし。

「え、そんなこと……!」

「断言。大丈夫です。耶倶矢なら出来ます」

「でも……」

「催促。ほら、七海が待っていますよ」

「ちょ、押さないでよ!」

 ん、終わったのか。

 何故耶倶矢が素に戻っているのかについては、まあ深く考えまい。

「じゃ、じゃあ、いくからね……」

「お、おう」

 耶倶矢の声に()てられて、こっちまで声が上擦っちまった。

 いく、と言ったにしては、少しの間の後。

「……んッ!?」

「う、動かないでっ」

 夕弦と似たシチュエーションが起きた。

 ただし、今回は前ではなく、後ろから。

 耶倶矢は、夕弦とは逆に、後ろから抱きつくような格好になっているのだ。

 どこからか、ぷくくっ、という笑い声が聞こえた。というか、琴里だろうな。きっと。

 ともかく、今はそれどころじゃない訳で。

「ん……っ、やっぱ、難しい……」

 またしても間近の声を聞きつつ、もう一度シンキングタイム。

 さて、今回はどうやら、このネックレスを弄っているようだな。先程から首元で擦れる感触がある。

 つーか、それ以外にこれといったこともないや。

 よし、背中の感触から意識を逸らすことに集中しよう。多分、一分はかからないだろう。

 …………。

 ……………………。

「うむ、よし、終わりだ。七海よ、その眼を開けることを許そう」

 背中から離れた感触に安堵を得つつ、左目を開けて、理由不明の行動をしてまで付けてくれたネックレスを手に持つ。

 それは、

「革製のネックレス……いや、チェーンと言うべきか?んで、黒色の十字のペンダントトップ……」

 ネックレスではなく、厳密にはペンダントのようだった。

 おそらく、チェーンが夕弦、ペンダントトップが耶倶矢か。

「これが、お前らのプレゼント?」

「応とも」

「肯定。はい」

 そうか。

「……ありがとう、耶倶矢、夕弦」

 これで何回、ありがとうと言ったかな。

 そして、人はあまりにも嬉しすぎると、言葉が出ないということを知った。

「――――ありがとな」

 もう一度、繰り返す。

「ふ、ふんっ。言ったであろう。半端な物は渡さないと」

「安堵。喜んでもらえて良かったです」

 惜しむらくは、学校には付けて行けないってことかな。

 俺は、真那や狂三と同じように、二人の頭を撫でた。

 そうしていると、ぱん、という音がした。

「さ、あまり三人だけの空間を作り出さないでちょうだい。ケーキはまだまだあるわよ。もっと食べなさい!」

 拍手から始まった琴里の台詞に押されるように、他の奴らからも声がかかる。

「義兄様!どうぞでやがります!」

「どうして抱きつくように付けたんですかー?」

「説明。わざとです」

「ふふ、やはり、少しばかり痛々しくはありませんの?」

「そ、そんなことないし!」

 パーティーはまだ、終わりそうにないみたいだな。




 ちょっと長いですね。

 今週の金曜日は、私立前期入試当日なので、次の更新は早くて次の日曜になるかと思われます。勉強頑張ります。頑張らないと。頑張れ。三段活用。
 次回からは、修学旅行編ですかね。狂三編に中々入れず、本当に申し訳ありません……。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 約40話でお気に入り登録者数約250人って、相応なんでしょうか?少ないんでしょうか?


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第40話 来禅スクールトリップ

 私立前期入試終わったー!二重の意味でー!

 ということで、一昨日入試だった息吹です。
 どう思いますか。倍率25倍越えですって。あら怖い。そんなの無理じゃないですか。
 単純、一クラス約2人。多めに取るとしても、精々5人前後。
 ……ふっ、終わったな……。
 国語は安定してるでしょうが、数学はケアレスミスが少なくとも2つは確定。英語は半分いってない可能性。
 え? 理科と社会?
 ――――知らないですね。

 それでは、どうぞ。


「えー、急遽、修学旅行の行き先が変更になりましたぁ」

 

 タマちゃん先生は、そう言った。

 

 

 俺の誕生日パーティーを終えた、翌日。月曜日。今はホームルームの時間である。

 あれから俺達は、日付が変わっても騒ぎ続けた。

 いやー、もう夜中のテンションということでハイになっちまって、食べて遊んで騒いで。

 四糸乃なんかは途中で寝てたけど、それ以外の奴らは起きてた。

 マリオ○ートやス○ブラでトーナメントやったり、新たにケーキ作ってみたり。色々やった。ご近所さんから苦情が来なかったのが不思議なくらい。

 ということで、眠い。猛烈に。

 これで今日の授業は最後だし、ホームルームだし、もう寝ようかな。

「くく、未だに虚無の軍勢から逃れきれておらぬようだな、七海」

「虚無の軍勢……ああ、睡魔か」

「指摘。耶倶矢も、先程寝てたではないですか」

「べ、別に寝てなんかないし!気のせいだし!」

「涎の跡付いてるぞ」

「うそっ!?」

「嘘」

 ごしごしと口元を拭っていた耶倶矢が、俺の一言にジトーっとした視線を返してきた。

「な~な~み~」

「あ、先生が来たな」

 今にも飛び掛らんと構え始めた耶倶矢だが、俺がそう言うと、ばっと姿勢を戻した。

「忠言。それも嘘みたいですよ」

「……こんにゃろー!」

「ぬわぁっ!? ちょ、本当に飛び掛ってくんな!って、頭から落ち――――痛あッ!?」

 ゴン、と鈍い音が教室に響いたが、俺の姿を見た生徒達は、一様に目を逸らして、またそれぞれの談笑に戻っていった。

 く、薄情な奴らめ。

 まあ確かに、傍から見ればただじゃれあっているだけなんだけども。

 でもさ、頭から椅子から落ちたら、心配ぐらいしてもいいんじゃないかな。

 痛む後頭部を擦りながら、落とした張本人である耶倶矢を睨む。

「……ふんっ」

 そっぽを向かれた。

 ま、その内戻るだろ。どうせ日常の一コマだ。

「心配。大丈夫ですか?」

「ものすごい鈍い音がしたんだけど……」

「気にすんな」

 数少ない、心配してくれる声を掛けてくれる夕弦と士道に、手を振って答える。

 たかが椅子の高さぐらい、別にどうってことない。

「……しかし、先生遅いな」

「ん、確かに」

 ホームルームの時間が始まって数分。未だに先生の姿は無い。

 まあ、だからこそ、さっきみたいに遊んでるんだが。

「ご、ごめんなさぁい。ちょっと色々確認事項があってぇ、遅れちゃいましたぁ」

 と、丁度いいタイミングで先生が教室に入ってきた。

 いや、何に丁度いいのかは分からないけども。

「それじゃぁ、今からホームルームを始めまぁす」

 そして、学級委員の号令で、ホームルームが始まった。

 そんな中、タマちゃん先生は、まず初めに、こう言った。

「突然ですけどぉ……」

 つまり、

 

「えー、急遽、修学旅行の行き先が変更になりましたぁ」

 

 と。

 

 

「先生ー、それってどういうことですかー?」

 殿町が、高く手を挙げて、クラスの皆の疑問を代弁した。

 ま、無理もない。

 修学旅行まで十日も切ったというのに、いきなり行き先変更の話が出たら、そりゃ疑問に思う。

 勿論、俺も。

 期末テストの時に何も無かったから、てっきり行き先は沖縄だと思っていたからな。

「えぇと、実は先日、学校に電話があってですねぇ」

「電話?」

「はい。内容は、喋らないでと言われたので、言えませんけどねぇ」

 ざわざわと、教室がややざわめく。

 しかし、電話、ねえ……。

 原作では、本来泊まる筈だったホテルが、ちょっと崩壊事故を起こしてしまった、だったっけ。

 それに比べたら、随分と大人しい理由だが、やはり少し警戒してしまう。

 即ち――――DEM社の関与を。

 最近は、エレンとかとも会ってないし(会いたくもないし)、何もしてこなかったんだけどな。ついに動き出すのか?

「それで、どこに変更になったんですか?」

 再度、殿町は質問をする。

 生徒達は、落胆よりも、まだ疑問の方が勝っているみたいだな。

「えぇと、或美島、です」

 その言葉に、「或美島?」「ほら、観光地として有名じゃん」「でもグレードダウンしてるよね」といった会話が漏れ聞こえ始めた。

 まあ、俺としては、もしかしたら、とは思ってたけども。

 行き先変更といったら、そうなるだろうな、って。

「でもでも!悪いことばかりじゃないんですよぉ」

 はて、何があると言うのか。

 生徒達の視線を一身に浴びながら、タマちゃん先生は言葉を続けた。

「具体的には言えないですけど、なんと、お忍びで、とあるアイドルさんがやって来るそうなんですよぉ。しかも、皆さんの為だけに!」

 ……アイドルさん?

 皆もそれが誰か分かってないのか、近くの人達とこそこそと推測し合っている。

「せんせーい、もっとヒントくださーい」

 今度は殿町じゃない別の生徒が、手を挙げた。

 最初、先生は断ろうとしていたみたいだが、皆の待ちの姿勢に気付いたのか、うっ、と言葉を詰まらせた。

 ひとしきり目を泳がせた後、口を開く。

「……三つだけですよぉ?」

 そう先生は前置きして、

「えー、女の子でぇ、スタイルが良くてぇ、歌がとぉっても上手い子です」

『そりゃアイドルだもんな!』

 クラスの大合唱に、教室の窓が震えた。気がした。

 いやまあ、それ殆どのアイドルに当てはまることだし。ツッコまれてもおかしくないな。うん。

 しかも、俺みたいな、そういう、俗世に疎いとでも言うのかな? 美九を例外として、そういうのをあまり知らない奴にとっては、それは実質のノーヒントである。

 ……美九?

 えー、女の子。当てはまるな。

 スタイルがいい。あいつのプロポーションは抜群だな。

 歌がとっても上手い。確かにあいつは他のアイドルより一線を画しているだろうけども。

 ……全部あてはまるな。

 いやいや、そんなことは無いだろう。当てはまる奴なら、美九の他にも沢山いるだろうし。

 うーん、と一人で唸っていると、前からタマちゃん先生の声が。

「それじゃ今から、改訂版のしおりを配りますのでぇ、ちゃんと読んどいてくださいねぇ」

 ……帰ったら聞いてみるか。

 

「――――ということで美九。一つ訊きたいことがあるんだが」

 家に帰ると、美九がソファに座って雑誌を読んでいた。耶倶矢と夕弦は、部屋で着替えてきている。

 ま、丁度いいな。

「何ですかー?」

「お前、来禅高校に電話したか?」

 単刀直入に訊いた。

 ま、恐らく否定されるか、誤魔化されるかだろうな。

「はいー、しましたよー。正確には、やったのはマネージャーさんですけどぉ」

 あっさりと肯定されてしまった。

「……理由は?」

「だってぇ、お留守番なんて寂しいじゃないですかー。七海さんたちは、もうすぐ修学旅行なんですよね?」

「竜胆寺女学院だって、修学旅行があるんじゃないのか?」

竜胆寺女学院(うち)は規則とか多くて、例年つまらないみたいなんですよねー」

 そんなこと俺に言われてもな。

「となると、お忍びで来るっていうアイドルも……」

「はい、私ですよー」

 ああ、頭が痛くなってきた。落ちた時の頭痛がぶり返したのかな。そんなことはないか。

 しかし、寂しいから、という理由で仕事を休んで付いて来るか? 普通。

「本当、何でだよ……」

「だってぇ、少しでもだーりんと一緒にいたいですしぃ」

「それは嬉しいことだけども、やりすぎだろ」

 ん? よく考えてみれば、実際はそこまで規模は大きくないのかな?

 ……いや、美九が休んだ仕事のことを考えれば、決して小さくはないか。

「くく、よいではないか。その方が愉しくなろう」

「歓迎。いらっしゃいです、美九」

「あ、どうもー」

 着替え終えた耶倶矢と夕弦は、美九に挨拶をした。

 さて、二人が戻ってきたなら、俺も着替えようかな。最近暑くなってきたし、少し汗ばんでんだよな。

「じゃあ、俺も着替えてくるから、ちょっと待っててくれ」

「早く戻ってくるのだぞ」

「承諾。分かりました」

 言って、リビングを後にする。

 自室として割り振った部屋で私服に着替えていると、突然、プルルルッ、と携帯が鳴った。

 急いで着替え、電話に出る。

 相手は……琴里? 一体何の用だ?

「もしもし?」

『もしもし?七海?』

「ああ」

『急にごめんなさいね。ちょっと、あなたに渡したい物があって』

 渡したい物?

「何だ?」

『なに、忘れちゃったの?プレゼントよ、プレゼント。ほら、渡すのは今日だって言ったでしょ?』

「あー、そういやそんなこと言ってたな」

『ということで、今から外に出なさい。用意してあるから』

「あいよー」

 そこで、電話が切れた。

 ま、プレゼント渡すだけなら、すぐに終わるだろ。

 俺はリビングに戻り、三人に声を掛けておく。

「なんか琴里がプレゼント用意したって言うから、ちょっと貰ってくる」

「ぬ、それなら我らも行こうではないか」

「同行。夕弦も、何を渡されるか気になります」

「それじゃぁ、私も行きますー」

「……ま、いいか」

 結局四人で行くことに。別にいいけど。

 ……そういや、外に出なさい、って言ってたよな。

 そこは普通、直接持ってくるか、家に来なさい、じゃないのか?

 いや、普通に言い間違えたのかな。もしくは、迎えに来たとか。

 精霊マンションから、隣の五河家へと向かう。

「あら、全員来たのね」

「まあな。なんか付いてきた」

 そこには、玄関先で立つ、琴里がいた。

「ちなみに、こっちにも同行人がいるのだけれど」

「同行人?」

 誰だ?

「――――わたくし、でございますわ」

「ひあああぁぁぁぁっ!?」

 突如として襲ってきた冷たい感触に、思わず声を上げる。

「ふふ、女の子のような悲鳴ですのね、七海さん」

「くくくく狂三っ、どっから湧いてきた!?」

 そこには、いつの間にか隣にいる、狂三の姿があった。

「どうかしたか、七海?」

「疑問。今、女性のような悲鳴が聞こえましたが……」

「もしかしなくても、だーりんじゃないんですかぁ?」

「なんで俺だと分かるっ!?」

 いやまあ、俺以外に声を上げる奴がいないけども。

「と、狂三ではないか。お主、かの家におったのか」

「ええ、お帰りなさいませ、耶倶矢さん、夕弦さん。それに美九さんも、ごきげんよう」

「返事。ただいまです、狂三。琴里も、こんにちは」

「こんにちはー」

「ん、いらっしゃい。と言っても、家に用があるわけではないわ」

 どうやらようやく気付いたらしく、遅まきながら耶倶矢と夕弦、美九は、狂三と琴里とに挨拶を交わした。

「ホント、お前どこにいたんだよ……」

「そこの陰に隠れていましたわ。そして、七海さんが来た瞬間、ふーっと」

「……暇なの?」

 ふふ、と狂三は笑う。

 しかし、俺を驚かせる為に、物陰に隠れる狂三……。

 ……はっ、少しだけ、可愛いと思ってしまった。

 ともかく。

「で、琴里。わざわざ外に呼び出した理由って何なんだ?」

「付いてきたら分かるわ。なに、すぐそこよ」

 そこ、という物言いに疑問を覚えつつ、歩き出した琴里に付いて行く。

 そして付いたのは、

「……精霊マンションの真正面じゃねえか」

「だから、すぐそこと言ったでしょう?」

 そうだけども。

 …………。

「なあ」

「何かしら?」

「ここに、こんな家あったっけ?」

 そうなのだ。

 見覚えの無い建物が、そこには建っていた。

 一戸建ての、二階ぐらいまでの高さを持つ、普通の家。

 帰ってくる時は気にも留めなかったが、今にしてみると、不思議だ。

「知らないのも無理はないわ。なんせこの家、今日建てたんですもの」

「……はい?」

 待て、今、おかしなことが聞こえたぞ。

 何、『今日建てた』?

 その家を見上げる他の四人を尻目に、琴里に視線を向ける。

「嘘じゃないわ。〈ラタトスク〉の技術を以ってすれば、普通の家ぐらい、半日ちょいで建てられるのよ」

「マジかよ!?」

 えー、そんなトンデモ技術持ってんのかよ、〈ラタトスク〉。

 ……ん?

「何で、〈ラタトスク〉が?」

 ちょっと、疑問に思うな。

 どうして、わざわざ〈ラタトスク〉がこの家を建てたんだ?

「簡単よ。――――(これ)が、私たちからのプレゼントなんだから」

「…………えー」

 感謝より先に、驚きよりも強く、呆気に取られた。

 まさかの、家。

 すっげえ、誕生日プレゼントで家貰うとか、どうなってんだろ俺。

「家具類は後日運び込むとして、他の娘達に説明よろしく」

「いやお前がやれよ」

 まあ、やりますけどね。

「耶倶矢、夕弦、美九、狂三」

 玄関の近くを見て回っていた四人を呼ぶ。

「ということで、この家が俺らの新しい家らしい」

 正確に言い始めると、美九は自分の家があるから、俺、耶倶矢、夕弦、そして居候中(一応、そういうことになっている)の狂三、だけどな。

「脈絡が無いぞ」

「請求。説明を求めます」

「えーと、なんかプレゼントとして家を貰ったので、家具類を後日運んだら、ここが家となる」

「ほえー、随分を大きなプレゼントですねー」

「まあ、流石に四人であの精霊マンション一室は手狭でしょうからね」

「良いのではありませんの? これといって、不都合があるわけでもございませんでしょう?」

「まあな」

 さて、後は。

「真那からは、琴里から連絡しといてくれるか? そっちで暮らしてるんだろ? 今」

「わかったわ」

 よし、終了。

 これからどうすっかなー。

「あれ? 七海? 琴里に、他の奴らも。何してんだ? 十香たちはいないみたいだけど……」

「あ、お帰りなさい、士道。十香たちなら、中にいるわよ」

 ただいま、と士道は返事をしつつ、俺らに不思議そうな目を向けてくる。

「いや、今琴里たちからプレゼントを貰ってな」

「プレゼント?……ああ」

 どうやら思い出したようだな。

「ま、家な訳だが。知ってたんだろ?」

「まあな」

 どうやら士道は買い物帰りらしく、その両手に買い物袋をいくつか提げている。

 というか、少し買いすぎ?

「い、いやー、ちょっと特売やってて……」

 俺の視線に気付いたのか、士道は苦笑いを浮かべる。

「所帯じみてるな」

「はは……」

 俺は士道から二つの袋を奪い、五河家へと足を向けた。

「悪いな。よかったら、今日の晩飯、いっしょに食べないか?」

「いいのか?」

「まあな。ほら、具材に余裕はあるし」

 誘ってくれるなら、俺は受けるけど。

「どうする? お前らも、それでいいか?」

 一応、他の奴らの意向を聞いておく。

「別に構わぬぞ」

「首肯。いいんじゃないでしょうか」

「私もいいんですかー?」

「ふふ、それでは、お邪魔しますわね」

「おう、いらっしゃい」

 となると、今日は鍋にでもするのかね。

 暑いけど。




 たまに、主人公が眼帯着けていることを忘れる……。

 さてと、今回は修学旅行編です。要は水着回です。はい。
 いや、そもそもそれ以外に修学旅行で書く内容というのが思いつかなくてですね。

 あ、そういえば、友人に言われ、『残酷な描写』のタグを追加しました。
 どうやら、第28話の左腕喪失とか、第32話あたりの鬱表現は、付けるに値するそうで。
 まあ、保険ですね。

 ふふ、受験の合格発表にガクブルな自分ですが、転科合格ありますし、期待することにしましょう。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 ……そういや、狂三の水着って何色なんだろう? 黒? 赤? はたまた白?
 よければ回答お願いします。(これはアンケートとは見做されないんでしょうか)


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第41話 来禅スクールトリップⅡ

 来週は学校のテストー。

 そんな感じで、ここに書くことが特に無いので、早々に切り上げます。

 それではどうぞ。


「〈ディザスター〉に、〈プリンセス〉……〈ベルセルク〉や〈ナイトメア〉、〈ディーヴァ〉と〈ハーミット〉、〈イフリート〉までもが、同じ街にいる……」

 某国。

 エレンは一人、そう呟いた。

 見ているのは、一つのディスプレイ。ただし、自分よりも大きな、と前置きが必要だが。

 映るのは、一人の少年と、複数の少女たち。

 彼らは一様に、この世の物とは思えない衣装と、武器を携えていた。

 しかし、彼女が興味があるのは、最初の二人だけに過ぎない。

 つまり、〈ディザスター〉と、〈プリンセス〉。

 どちらも、強大な力を持つ、『精霊』、である。

「……ふふ」

 小さく、笑う。

 何故ならば、彼と彼女は。

 ――――強いから。

 〈プリンセス〉とは直接剣を交えたことは無いが、〈ディザスター〉とならある。

 最初は拍子抜けする程弱かったが、実際は違った。

 『反転体』と呼ばれる姿になった〈ディザスター〉は、いくら本装備ではなかったとはいえ、こちらを圧倒するまであった。

 こんなことは初めてだ。

 自分と、対等に戦えるかもしれない者が現れるなど。

「そろそろ、再び戦ってみたいものですね」

「ならば、行けばいいじゃないか」

「……せめて、ノックぐらいはしてくれませんか」

 扉が開く音も小さく、この部屋に入ってきた人物の名を呼ぶ。

「――――アイク」

「すまないね。つい、覗きたくなってしまって」

「誤解を招く言い方をやめてください」

 はあ、と嘆息しつつ、アイク――――アイザックの方に向き直る。

「それで、何の用でしょうか?」

「いやいや、そろそろエレンも退屈する頃ではないかと思ってね」

 どうやら、お見通しのようだった。

 即ち、強い者と戦いたいということが。

「どうだろう? もう一度、日本の天宮市に行ってみる気はないかい? そして再び」

 〈ディザスター〉と、戦ってきたらどうだい――――と。

 彼はいつも通りに、訊いてきた。

「いいのですか?」

「ああ、いいとも。大義名分として、〈プリンセス〉の監視、なんかはどうだろう」

 成程、それならばわざわざ日本に出向く理由が出来上がる。

 しかし、一つ、気になることがあった。

「ですが、どうやって対象に近づきましょうか……。一応、〈プリンセス〉の監視もやっておくべきでしょうし」

「それなら大丈夫みたいだよ」

 疑問で首を傾げつつ、次の言葉を待つ。

「どうやら近々、彼らは『修学旅行』というものに行くらしい。その行き先に紛れ込んだらどうだい?」

 なんとタイミングのいいことか。

 それならば、難無くかどうかはともかく、自然に近付くことが出来る。

 そして、〈ディザスター〉と〈プリンセス〉は同じ高校に通っていた筈である。

 であれば、〈ディザスター〉と戦う機会も、そのうち生まれるだろう。

「分かりました。ありがとうございます、アイク」

「気にしなくてもいいさ。なに、君なら負けることはないだろう?」

「――――はい」

 静かに、だが、確かな自身を以って、エレンは頷いた。

 

 ―――――それが、彼女の悪夢の始まりとは気付かずに…………。

 

 

「おお……!」

 十香は、その腕を大きく広げて、感動を表した。

「これが――――海か!」

 言って、更にその腕を広げようとする。

「はは、そういや、見るのは初めてになるんだっけ」

「うむ!」

 苦笑いの表情を浮かべている士道のその問いに、十香は大きく頷いた。

 そう、海。

「結構広いもんだな」

「ふん、我らにとってしてみれば、海など見飽きたものだがな」

「期待。それでも、七海と一緒なんですし、楽しくなりそうです」

 夕弦の言葉に、やや顔を赤くしながらも、耶倶矢は、

「……まあ、そりゃ」

 十香とは対照的に、小さく、頷いた。

 俺はそれを微笑ましく思いつつ、眼下に広がる藍を見渡す。

 今日は七月一七日。

 

 ―――――修学旅行が、始まったのだ。

 

 

「それでは、皆いるか、点呼を始めてくださぁい」

 タマちゃん先生の言葉に、班毎の点呼を開始し始める。

 ものの数十秒でそれも終わり、全員で面白くも無い主任の先生から留意すべき事などを聞き、やっとの思いでまずは各自の部屋へと向かう。

 行く途中、皆の表情は、隠しきれてない『楽しみ』の色で染まっていた。

 それは、今から始まる修学旅行に対するものかもしれないし、お忍びで来るという、あるアイドルの存在にかもしれなかった。

 しかし、まあ。

「……はあ」

 俺は、例外かな。

 というのも、

「えーと、今九時ぐらいだけど、自由時間の時までには来るって言ってたし……」

 そう、そのうちお忍びで来るというアイドル――――美九の存在があるからだ。

 別に、来てほしくない訳じゃない。

 ただ単に、美九に会った生徒達が暴れたりしないかとか、そんな事を心配しているんだ。

「…………はあ」

 再度、溜め息を漏らす。

「おうおうおう、どうしたんだ東雲。元気ないじゃないか」

「うるさい、殿町……」

 俺の言葉を気にした風でもなく、はっはっはと、真横で笑う殿町。うん、普通にうるさい。

「まあまあ、ちょっと聞いてくれよ。ついでだ。五河も来い」

「何?」

「どうかしたのか?」

 殿町が士道を呼び、三人となって、歩きながら喋る。

「いやさ、ちょっと噂になってんだけどよ」

「何がだ?」

 噂? 何の噂なんだろうか。

「それが、今日来るというアイドルについてだよ」

「……ふーん」

 それを聞いて俺は、殿町に気付かれないよう、士道とアイコンタクトをとる。

 即ち、内緒にしておこう、と。

 士道含め耶倶矢と夕弦、十香は、お忍びのアイドルが美九だっていうことを知っている。

 だが、美九は、今人気爆走中のアイドルな訳でもある。

 だから、それについては黙っておこうという風に、話し合いの結果決まったのだ。

 大体、そんなこと言ったら、知り合いなのか、と勘繰られてしまう可能性もあるからな。

「それで? どんな噂なんだ?」

 士道が、殿町を催促する。

 それを受けた殿町も、何故か微妙に自慢気に話し出した。既に他の奴らは知っているのか、ボリュームは落とさないままだ。

「ああ、そのアイドルって――――『美九たん』じゃないかって噂だぜ」

 殿町の声で『美九たん』なるニックネームが出たことに少し寒気を感じたが、まあ、気にせず話を聞こう。うん。別に、ヤキモチなんて焼いてないからな。

「でも考えてみればそれに行き着くよな。わざわざ、スタイルが良くて歌が上手いっていうヒントを出したってことは、他のアイドルよりも優れているってことなんだろうし、となると、美九たんしかいないよな」

 ……普通にバレてるじゃん、美九。

 いやまあ、別に隠そうとしているのは俺と士道だけなんだけども。他の三人は、言われたから、っていう面が強いし。

「まあ、会ったら分かるだろ」

 俺はそう締めた。

 さて、ほら、あの部屋じゃないのかな。俺らが使う部屋って。

「お、ここか」

 部屋番号を確認し、入室。とりあえず今からは、実質の自由時間となっている。

 というのも、行き先を変更したお詫びにということなのか、今回の修学旅行、個人の自由時間が大幅に設けられているんだ。更に、水着も自由。

 原作ではどうだったか覚えてないが、嬉しいことではあるし、別にいいか。

「さて、勿論海に行くよな?」

 殿町が訊いてくる。

 ここで、『泳ぐよな?』という台詞が出ないあたり、本当の目的が見え見えだ。

「ああ、そうだな」

 士道は、十香が心配なのか、それに賛同する。

「俺は、少し休んでから行くよ。先に行っててくれ」

 俺はというと、美九からの連絡がいつでも来ていいように、少し部屋で待機することにした。

 ま、すぐ来るだろ。

「オーケー。じゃ、着替えたら俺ら行くから」

 そう言って、殿町は大きめのタオルと水着を取り出した。

「って、ここで着替えんのか?」

「え? 他にどこで着替えんだよ」

 訊いた士道は、それもそうかという表情で、バスタオルやらを取り出す。

 ……俺も用意は済ませておくか。

 男の裸体なんて見たくも無いので、俺は視線を自分の荷物へと落とした。

 

 士道達が行ってから数分後。

 プルルルルッ、と携帯が鳴った。

「……やっと来たか」

 俺はそう呟き、それに出る。

「もしもし、美九か」

『はいー、そうですよー。今そちらに着いたのでぇ、連絡しましたー』

「そうか。分かった。迎えに行くよ」

『いえいえ、一応、先生方を経由してから、七海さんに迎えに来てもらうことにしますー』

「? 俺をピンポイントで指名して大丈夫なのか?」

『大丈夫ですよー。だってぇ――――』

 そこで、少し間が空いた。

 何だ?

『――――今変わりましたわ』

「……へ?」

 この声は……。

「狂三!?」

『ええ、そうですわ。ということで、わたくしがいますので、そこらへんは大丈夫でしてよ?』

「いや何がというわけなのか分からないんだが。と、それよりも、どうしてお前も一緒なのかが分からないんだが!?」

『簡単なことですわ』

 狂三は、一度そこで一息ついて、

『今わたくしは、美九さんの臨時マネージャー(・・・・・・・・)として、同行しているんですの』

「そうなの?」

 はい、という答えが返ってきた。

 ……そ、そうだったのかー。

 確かに、天宮市に留守番させておくのは心が痛んだが、来禅の生徒ではない以上、そうせざるを得なかったんだよな……。

 一度、来禅に編入させてもらえばとは言ったんだが、今はいい、と言って断られたんだよなあ。

 今は、って、どういうことだろう?

 ともかく。

『わたくしの知人だからという理由で、七海さんに、耶倶矢さんや夕弦さんをお呼びいたしますわ』

「分かった。それじゃ俺はもう少し待っているから、先生が来たら行くよ」

『はい、お待ちしておりますわね――――それじゃあだーりん、少し待っててくださいねー』

 最後に美九に返したのか、そんな声がした。

 さて、俺も着替えるとするかな。

 一応、誰もいないが下半身をバスタオルで隠しつつ、俺は水着に着替えた。シンプルな、黒の海パンだ。

 ただし、胸の傷を隠すために、上から薄手のシャツを着ている。こっちも黒。

 そうして待つこと更に数分。

 こんこん、と扉がノックされる音が聞こえた。

『東雲くんいますかぁ?』

 やや早足に近付き、扉を開く。

「はい、どうかしましたか?」

 何も知らされていないという体でそう訊きつつ、やっと来たか、という感想しかない。

 来たのは、タマちゃん先生。まあ、担任だしな。

「えぇと、その、東雲くんあてに連絡があったんだけど……」

 俺は無言で続きを促す。

「えー、今から東雲くんは、八舞の双子ちゃんたちを連れて、ここに行ってください」

 そう言って、タマちゃん先生は地図を取り出し、場所を示した。

 えーと、どうやら、海を挟んだ向こう側か。

 この或美島は三日月のような形をしているので、丁度その先端同士の向かい側に、美九達はいるようだった。

 ははーん、さては〈フラクシナス〉の転送装置を使ったな?

「……何でですか?」

 一応、俺は何も知らないということにしてあるので、訊いておく。

「うーん……教えられないですねぇ」

 コケた。

 ま、いいが。

 おそらく、連絡したのが、今日来るアイドルだっていうことを伏せておきたいんだろう。広めないために。

「まあ、分かりました、いってみます」

「はぁい、特例ということにしておきますのでぇ、多少時間を過ぎても大丈夫ですからね」

 それは、気遣ってくれているととるべきか、やっぱり守らなくちゃいけないのかととるべきか。

 ま、いいか。

 俺は持って来ていたスポーツバッグを手に(必要最低限の物だけを抜き出して入れてある)、部屋を後にした。

 

「ふむ、して美九と狂三は、今向かう先におるというのだな?」

「ああ。正確には、途中で転送装置を使わせてもらうんだけどな」

「理解。分かりました」

 あれから耶倶矢と夕弦を探し、というか群がられていたのを連れ出し、俺は人目の無い所へと歩いていた。

 二人は、原作で見たのと同じ、白のレースに黒地の水玉と、その逆の黒のレースに白地の水玉模様の水着だった。

 正直、恥ずかしくて見てられない。

 顔が赤くなっていることを自覚しつつ、そろそろかとインカムをバッグから探し出す。

 その途中。

「お、おい、七海よ」

「? どうかしたか?」

「一言。何か言うことがあるとは思いませんか」

 言うこと? 何だろう?

 俺の疑問が分かったのか、二人は微妙な表情になった。

 な、何だよ、一体。

「ほら、その、あれだ!」

「あれで分かるか」

 俺はエスパーじゃねえ。……あ、能力持ってたな。

 ともかく。

「示唆。ほら、夕弦たちを見て、思うことは無いんですか」

 お前らを見て思うこと……?

 …………ああっ!

 成程な。それならそう言えばいいのに。

「くく……どうやら、気付いたようだな」

「首肯。そのようですね」

「ああ」

 つまり、

「――――似合ってるぞ、耶倶矢、夕弦。超可愛い」

 これの筈だ。

 俺がそう言うと、二人して顔を赤らめた。

「ふ、ふんっ。当然であろう。我ら万象薙ぎ伏す颶風の御子、八舞の名を持つものぞ。その美貌は世の凡人が見惚れて当たり前なのだ」

「感謝。ありがとうございます。とても、嬉しいです」

 どうやら正解だったっぽい。よかったよかった。

 目を逸らしながら強がる耶倶矢に、本当に嬉しそうに微笑む夕弦。

 うん、やっぱり可愛いな。

「……っと、そういやインカム探さないと」

 俺の方も、照れ隠しにわざわざ言葉を発しながら、再度インカムを探し始める。

 程無くして、見つかった。

 それを右耳に付け、通じるか確認。

「あー、通じてるか?」

『はい、大丈夫ですよ。通じてます』

「……神無月さん?」

 通信にでたのは、どうやら神無月さんのようだった。

 そういや、今日から琴里は〈ラウンズ〉とやらの集まりだったっけ。

「……まあ、お願いがあるんだけど」

『転送装置ですね?』

「どうして分かった?」

 俺はまだ、何も言ってないぞ。

『まあ、美九さん達を送ったのは私たちですし、彼女達が何をしてほしいかなども聞いてますしね』

 ああ、つまり、既に俺を呼び出す方法とかは知っていたんですね。

「それなら話が早いな。頼めるか?」

『別にいいですよ。十秒後に、一旦呼びます。大丈夫ですか?』

「おう」

 俺はインカムに向けていた意識を、耶倶矢と夕弦に向ける。

「えと、今から転送装置を使わせてもらって、目的地に行くからな?」

「うむ。承知」

「同調。はい、分かりました」

 さて、残り数秒。

 そして、転送装置使用時の浮遊感が、俺らを包んだ。




 ――――アイクの口調が分からん……っ!!

 序盤の二人の会話については、ノーコメントでお願いします。
 
 修学旅行において、『自由時間大幅増』と、『水着自由化』については、独自設定です。なぜなら、そっちの方が都合がいいから。
 ただし、『水着自由化』は、原作でどうだったのかが分からなかったので、一応、ということで書いておきました。
 なので、それが判明したら、少し修正入れておきます。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 えーと、美九の水着は、アンコール3の口絵にします。


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第42話 来禅スクールトリップⅢ

 お気に入り登録者数300人突破ー!皆様、ありがとうございます!

 そして、色々すいませんでした。

 先日、デアラの5巻を読み返したところ、修学旅行のホテルは火事でじゃなく崩壊。琴里は本来なら〈フラクシナス〉にいないということは分かりました。
 なので、訂正させていただきました。
 よって、遅まきながら、謝らせていただきます。
 すみませんでした。

 それではどうぞ。


「だーりぃーん! 耶倶矢さぁーん! 夕弦さぁーん! こっちですよー!」

 二度目の転送装置使用後、つまり、美九と狂三がいる場所に転送してもらった後、俺らを呼ぶ声がした。

 まあ、俺をああやって呼ぶ奴は、一人しかいないいんだけども。

 見れば、ぴょんぴょん跳ねながら手を振る少女が一人と、その横に佇む少女が一人。

 美九と、狂三だ。どちらも、どうやら水着らしい。

 俺らは一度顔を見合わせ、早足で近づいていった。

「悪い、待たせたな」

「いいえー、そんなに時間は経ってませんよー」

 止まり、そう言う。

 美九の水着は、黄緑っぽい色のレースに、同色と白の……シックンシン・ストライプって言うのかな? それっぽい横縞のビキニタイプ。

 狂三の水着はといえば、

「……なんつーか、すげえな」

「あら、似合いませんの?」

 血のような真紅のビキニに、人目が無いからか、左右不対象のツインテだった。

 水着の布地面積が普通の物よりほんの少し小さいのか、なんつーか、肌色が多い……。

「いや、似合ってるけども。綺麗だけども」

 耶倶矢と夕弦が『超可愛い』なら、美九と狂三は『可愛い+綺麗』というか。

 ほら、〈a×2〉と〈a+b〉の違いというか。伝わるかな?

「えへへー、そうですかぁ。綺麗ですかー。へへー」

 にこにこしながら美九は、俺に身を寄せてきた。

「……あの、美九?」

「はいー?」

「何で、俺の腕に絡むの?」

 今美九は、包み込むようにして俺の腕に絡み付いていた。

 うん、その、なんだ。

 腕にダイレクトに伝わる『アレ』の感触と温度がヤバい……。流石スタイル抜群。

「は、離れんかッ」

「警戒。会って早々、気の抜けない人です」

「あぁんもうー」

 しかしその美九も、耶倶矢と夕弦によって離された。

 ……スイカ、メロン、…………リンゴ?

 はっ、何を考えていたんだろうか俺は。

 ともかく。

 鼻血とかが出なくてよかったと思いつつ、少し残念だとも思ってしまうのは、しょうがないんだ。

 ……しょうがないんだ。大事なことだから二度言っとこう。

 顔の赤さを自覚しつつ、狂三に目を向ける。

「しかし、臨時マネージャーだっけ?」

「ええ、そうですわ。と言っても、要はただの同行人といった感じですわね」

 そうなのか。

 ま、狂三も一緒に来れたんだし、なんでもいいがな。

「えーと、それで? これからどうするんだ?」

「そうですねー……、とりあえず、私と狂三さんに、日焼け止め塗ってくれませんかぁ? 時間が無くてですねー」

「ん。分かった」

「でしたら、向こうに傘やシート等を置いてますので、そちらを用意いたしませんこと?」

 了解。

 皆でその場所に行き、各々の準備を始める。

 ……そういや、時間が無くてとか言ってたな。

 俺らがここに来るまでに、二人で塗る位の時間はあったと思うけど……。

 まあ、色々あるんだろ。

「そういや、今回の旅行先変更、美九が経費の半分を持ったんだって?」

「そうですよー。折角の修学旅行の行き先を変更させていただいたんですからぁ、それぐらいは当然ですよー」

 そんなものなのか。

 俺はパラソルの下にシートを敷きつつ、美九に訊く。

 それじゃあ、

「狂三は、どうやって?」

「えーとですねぇ、マネージャーさんと一緒に話して、友人と一緒に旅行に来たという体ならいいよ、とは言われてありますよー」

 あ、でもー、と美九は続ける。

「ただし、来禅高校の人以外にはなるべく見られないこと、目立たないこと、迷惑をかけないこと、とか言われましたねー。それから、『だーりん』という単語を使わないこと、とかも」

 最後、俺に会って最初に言った単語じゃねえか。

 まったく、守る気あるのかな?

 昴さんも、大変だねえ。

 さてと。用意終わったぞ。

「ふむ、ようやく終えたか。ならば、早々に戯れに興じようではないか」

「あー、先にやっててくれ。俺はこいつらに日焼け止め塗らないといけないから」

「了解。分かりました。早くしてくださいね」

 あいよー、と返事をしつつ、空気を入れたバレーボールを投げ渡す。

 耶倶矢がそれをキャッチするのを横目に、日焼け止めクリームを探す俺。

 さて、どこだ?

「ここにありますよー」

「お、ありがと」

 先に見つけていたらしい美九から、クリームを受け取る。

 俺が探し出した瞬間に来たんだが、用意周到だな。

「それじゃあ、うつぶせに寝てくれ。どっちからやればいい?」

「美九さんからで構いませんわ」

「いいんですかー? それじゃあお言葉に甘えてー」

 ん、美九からか。分かった。

 美九は後ろ手で紐を解いた後、水着を押さえるようにしながら、うつぶせに寝た。

 ……うわー。

 潰れた『アレ』が、なんというか、むぎゅう、といった感じではみ出てるんですけどっ。目の毒だな。でも目を離せないな。

 ……早く終わらせよう。

「えーと、行くぞ?」

「どうぞー」

 頑張って目を逸らしつつ、手に馴染ませたクリームを塗っていく。

 すべすべした感触が、俺の手に伝わってくる。

「んっ……冷た……ぅぁ……!」

「…………」

 な、悩ましい声を上げないでくれ頼むからッ!

 俺の思いが伝わったのか、はたまた単に冷たさに慣れたのか、程なくして美九はこちらに話しかけてきた。

「そういえば、さっきだーりんってぇ……」

「な、何だ?」

 少しだけ振り向いた美九は、こちらを見て微笑む。

「ちょぉっとだけ、私のここ、見てましたよねー?」

 !?

「そんなことある訳無いじゃにゃいか。なあ、狂三」

 やべ、噛んだ。

 腕を動かして、自身の胸を示す美九。

 でもきっと、狂三ならフォローしてくれる筈!

 自分で塗れる場所はやっておこうということなのか、腕や脚にクリームを塗っていた狂三に俺は話を振る。

「ひひ、否定出来ないのではありませんでして? 本当のことですわよねェ?」

 く、狂三さぁぁぁぁぁぁんッ!?

 何てことを言うんだよ! 駄目じゃん。もう、駄目じゃん!

 あー、俺はこれから変態というレッテルを貼られるんだー。終わったー……。

「そ、そんなに落ち込まなくてもいいですよー? しょうがないことと分かってますからぁ」

「やめて。変にフォローしないで。余計傷つくから……」

 いや俺だってね? いくら女顔とはいえ、れっきとした男なんですよ。そりゃ見ちゃうって。しょうがないの。

 大体、男性が女性の胸部を見るのは、成長度合いとか、母性とかを見極める判断基準としてとか、そんな感じの理由が昔からの引き継がれてしまっているからなんだよ。つまりは本能なんだよ。

 ……いやまあ、言えないけどね? こんなこと。

「ほら、終わったぞ。自分で塗れる箇所は自分でやっててくれ」

「ありがとうございますー。ささ、次は狂三さんですよー」

「分かりましたわ。少々お待ちくださいませ」

 言って、どうやら残りの箇所を塗っていっているらしい狂三。

 一分と経たず、それも終えた。

「さて、それではわたくしの背中、よろしくお願いいたしますわ」

「はいよ」

 一度クリームを足し、また馴染ませる。

 その間に、狂三も自分の水着の紐を解き、うつぶせに寝た。

 よし、やるか。

 流石に美九程の破壊力は無いので、少しは落ち着いていられるだろう。

「……なにか、失礼なことを考えていませんの?」

「考えていないぞ」

 鋭っ。

 何で分かるんだよ、まったく……。

 そうですの、と狂三は言った。

 あまり声を上げないので、こっちも変な気分にならなくて済む。

「そういえば、七海さん」

「? 何だ?」

「背中を終えたら、前も塗ってくれるんですのよねェ?」

「はいっ!?」

 ま、前?

 前っていうと、つまり……。

「むーっ、駄目ですよー、だーりん」

 ごく、と唾を飲み込んだところで、美九から声がかかった。

「はっ、そうだな。うん。大体、さっき自分で塗ってたじゃねえか」

 直接は見てないけど。

「あらあら、駄目ですの?」

「遠慮させてもらう。恥ずかしいし」

 精神衛生上にも悪いしな。

「別に恥ずかしがる必要なんて無いですのに。わたくしは別に、気にしませんわよ?」

「そういう問題じゃねえだろ」

 なんだよ、その塗って欲しいという姿勢は。

 いや、ただからかってるだけか。

「ほらよ。終わったぞ」

「ひひっ、ありがとうございました」

「どうも」

 さてと、俺もそろそろ耶倶矢と夕弦の所で遊んでこようかな。

 がりがり、と、胸の中心を掻きつつ、俺はそう思う。

 ほら、なんか白熱しすぎて、ただのラリーなのにボールが見えなくなってるし。何があった。

「? 変な癖ですのね」

「何がだ?」

「そうやって、胸を掻いてましたっけー?」

 ん、ああ、今のか。

 いや、別にな。

「今みたいに、上が薄かったり、もしくは脱いだ状態だと現れるんだよな、この癖」

「というか、どうしてシャツを着てるんですかー?」

「あー……」

 まあ、人目無いし、こいつらになら見せてもいいか。

「えーと、あんま驚かないでくれよ?」

 言って、シャツを脱ぐ。脱いだやつは、畳んでシートの上に置いておく。

「……成程」

「だーりん、それって……」

 狂三からは納得したような声が、美九からは訝しげな声が聞こえた。

 無理もないか。

 細身で、一応は腹筋も割れている程度のこの身体

 でも、胸の中心部分には、そこそこ大きな傷跡があるからな。

「まあ、昔の古傷だ。手術した直後の癖が抜けきらなくて、ある程度着ているものが薄いと、掻いてしまうんだよ」

 別に痒い訳ではないんだけど、と続ける。

 そして、また掻く。

 基本はそんなことは無いんだけど、手持ち無沙汰になったりすると、気が付けば掻いているんだよなあ。

「ほら、気にしなくていいし、とっと遊ぼうぜ」

「……そうですわね」

「よしっ、楽しみますよー!」

 立ち上がり、三人で耶倶矢と夕弦の許へと向かった。

 

「む、遅かったではないか。待ちくたびれたぞ」

「確認。ようやく来ましたか」

 殆ど水平にボールを打ち合っていた二人だが、バシイィッ、という音と共に夕弦がそれをキャッチしたところで、話しかけてきた。

「悪いな。さて、何して遊ぶんだ?」

 俺が訊くと、決まっているといったという風に、返答してきた。

「提案。ビーチバレーで良いのでは?」

「チームは、我と夕弦対、七海、狂三、美九だ。異論は無かろう」

「狂三と美九がいいなら、俺は構わないが……」

 しかし、二対三か。

 いや、二人の運動神経を考えたら、十分か?

 俺がなんとか一人分を超えるとして、狂三と美九二人でもう一人分足りるかといったところか。

「いいんじゃないですかー?」

「わたくしも、それでいいですわ」

「よし。では決まりだ。各々、位置に付けい」

「勝負。手加減はしませんよ」

「あー、待て待て」

 俺は一旦、彼女達を止めた。

 訝しげな視線を受けつつ、その説明をする。

「コートとかが無いだろうが」

「むむ、確かに……」

「だろ? 俺が今から創るから、三十秒位待ってろ」

「疑問。出来るのですか?」

「俺の能力を忘れたか?」

 さ、人はいないよな?

 視界でそれを確認してから、創りだす。

 ネットや、フラッグ等、構成される全ての情報を、一度に……!

 せーのっ!

『おおっ』

 小さな歓声が聞こえる。

 一瞬で創りだしたバレーコートだ。全部、規定に沿ってるはず。

 俺の、()()()の能力は、霊力使わないし、気づかれることは無いだろ。

「ひひひっ、さァすが、ですわねェ」

「まあな。さ、やるか」

 手を振って示しつつ、俺らはチーム毎に分かれる。

 ボールはそのまま使用するとして、審判はいらないか。

「くく……初めより我らが始めてしまっては、もとより零が如き勝率が、さらに下がってしまうだろうて。サーブ権はお主らからにしてやろう」

「いいのか?」

「首肯。どうぞ」

 じゃあ、やるけど。

「とりあえず俺からやるからな?」

 言って、軽くサーブをして、相手コートに入れに行く。

 瞬間。

 耶倶矢と夕弦の目が、キラン、と輝いた。

「夕弦!」

「了解。はい」

 すると、耶倶矢はボールが落下していく地点へ、夕弦はその正面の、ネット手前に移動した。

 ……どう来る?

 俺が身構える先、耶倶矢はレシーブをする。

 弾かれたボールは、真っ直ぐに夕弦に向かう。

「裂帛。とやー」

 気の抜ける掛け声だが、真上にボールはトスされた。

 ……真上?

 少し違和感を覚えるトスの位置に疑問を覚えていると、

「とおぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁッ!!」

 大ジャンプした耶倶矢が。

「……! 来るか!」

 思い、何処に来ても良いように、腰をさらに落とす。

「秘技!旋風墜天撃(ハイトヴィントアインシュトゥーズパルス)!!」

「何だって!?」

 何か、格好いいのか、格好悪いのかよく分からないネーミングが……!?

 ともかく。

 パアァン、という子気味いい音がし、空中から耶倶矢がシュートを打ってきった。……撃ってきた?

 だが、それは俺を狙ったかのような直線上。受けれない道理は無い!

 そう思って構えていると、

「!?」

 ガクン、とでも言うかのように、ボールが。

 落ちた(・・・)

 …………。

「は、はあっ!?」

「よっし、まずは一点!」

「賞賛。ナイスです、耶倶矢」

「いや、今のは我の思考を読めた夕弦がいたからこそ。我だけの力ではない」

「否定。ですが、耶倶矢でなければ出来なかったことでもありますよね」

「そんなことはないぞ」

 照れたような表情になる耶倶矢。

 あの後、綺麗に着地し、向こうコートでは今のような会話が繰り広げられた。

「もー、何してるんですかー。一点取られちゃいましたよー?」

「いやいや、あんなの止められるかって。見ただろ? ボールが落下したの」

 見れば、ボールは砂を削って半ば埋もれていた。

 ど、どんだけ回転がかかってたんだ?

「これはこれは、少々侮っていたようですわねェ」

「確かにな」

 俺と狂三の目に、火が灯る。

「え、えー? まさか、勝つつもりなんですかぁ?」

「勿論」

 当たり前だろう。

「くかか! どうした。その程度では無いだろう? もっと我らを楽しませい!!」

「嘲笑。意外とへっぽこぴーですね。これなら楽勝かもしれません」

「――――七海さん」

「――――狂三」

 思考を合わせて。

「行きますわよ」

「行くぞ」

 こっからは、決闘だ。

 

「えーと、私は、向こうで休憩の準備をしておきますねー?」




 狂三の口調が安定しない……。

 大人しい時ばかり書いていた為か、髪を結った(ちょっと過激的になった)時の口調が全く分からなくなってしまいました。
 どこか『……?』など思う箇所がありましても、気にしないでやってください。

 耶倶矢が使った秘技(笑)のネーミングですが、適当にドイツ語を引っ張ってきただけですので、ダサいのは勘弁してください。お願いします。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 ……気が向けば、狂三の口調を大人しい時Verに戻します。


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第43話 来禅スクールトリップⅣ

 えー、今回は駄文率100パー……

 テストがようやく終わりました。あとは公立入試だけです。
 
 今回の話は、本来なら前回と一緒にいれようと思っていた部分です。
 ただ、前回は気力が持たなかったので、このように二回に分かれてしまいました。
 なので、正直に言いましょう。
 面白くないですよ。
 早く狂三編入れという方は、もう読まなくても結構ですと言えるレベルで駄文です。

 それではどうぞ。


 美九が休憩の準備という名の下、逃げてしまったので、丁度二対二の構図になった。

 正直不安だが、ま、やるだけやるか。

「ほれっ」

 耶倶矢が、余裕綽々といった態度でサーブを打ってきた。

 結構速い。ボールは弧を描いて、コートすれすれの場所へと向かう。

 しかし俺は、耶倶矢がサーブをした瞬間にそれを読み取り、落下推測地点へと走る。

 着く直前に見れば、既にボールは目の前。地面に落ちるまで、一秒と無いだろう。

「よっ……と!」

 俺は伸ばす。

 腕ではない。

 足だ。

 何とか足の甲でボールを受けることに成功する。

 そのまま、

「狂三!」

 味方の名を呼び、蹴り上げる。

 本当なら、足の内側辺りで受ければよかったんだろうが、届かなかったので甲となってしまった。

 だから、高く上げる。

 微かにコート側に反れながら、ボールは打ち上がった。すぐに逆光に照らされて、よく見えなくなった。

 だが、今ボールはどうでもいい。

 今俺は、無理な体勢だったの所為で、背中から砂浜に倒れてしまっている。

 だから、瞬時に起き上がる。

 跳ね起きで立ち上がり、ネット側へと駆ける。

 狂三の方を見ると、丁度ボールが落ちてくるところらしく、手を掲げたオープントスの構えだ。

 それに向かって、声を上げる。

「思いっきり高く!」

「わァかりましたわ!」

 言うと同時、ボールが狂三の手によって、高く高くトスされた。

 本来なら、失敗になる。

 こんなトスだと、アタックのタイミングとかを見極めやすくなるからな。少なくとも、俺はそうだ。

 だけど、『本来なら』、なんだ。

 トスと同時、砂を蹴る。

 駆ける為ではない。

 ――――跳ぶ為。

 先程の耶倶矢ばりに、もしくはそれ以上に、俺は跳ぶ。

 その場所は丁度、ボールのやや上。腰あたりに、ボールがある。

「かか! 面白い! どう打とうとも、我らは防いでみせよう!」

「不敵。どんなに策略を張り巡らそうとも、夕弦達の勝利は揺るぎません」

 どうだかな。

 俺は、見えていないのだろうと思いつつ、笑みを浮かべる。

 そして、ジャンプの加速が消え、重力に引かれ始める一瞬の停滞の時に。

「おぉぉぉぉぉらぁっ!」

 打った。

 右足を上げ、一気に振り下ろす。踵落とし、と言えば一番分かりやすいな。

 中心を蹴れば、その力と重力によって、爆発的な落下を見せるボール。

 向かう先は、耶倶矢でもなく、夕弦でもなく、コートすれすれライン際でもなく。

 真下。

『!?』

 二人から、驚愕の念を感じる。

 確かに、真下というのは、死角ではあっただろうからな。

 一瞬で落ちたボールは砂を巻き上げて、相手コートに入った。

 ストン、と着地し、狂三の方に向き直る。

「……まずは、一点!」

 言って、Vサイン。

 ふっふっふ、どうだ?

「く、くく……姑息な手を使いよる。だがしかし、我らも慢心していたのは認めねばあるまい」

「余裕。ですが、同じ手が通じる夕弦達ではありません」

「分かってる」

 もう、先程と同じことは出来ない。

 確かに、耶倶矢と夕弦の運動神経は、驚異的で、脅威的だ。

 だが、手が無い訳じゃない。

 真正面からやって望み薄なら、ありとあらゆる手を使った上で、公正(・・)に勝負する。

 今のもそうだ。

 二人の死角を狙って打ったからこそ、一点が入ったんだから。

「さあ、勝負を、始めようじゃないか」

 ボールを受け取りつつ、言う。

 言外に、ここからが本番だと込めつつ、俺はサーブ体勢に入った。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………」

「ふう……ふう……」

「疲……、労。はっ……はっ……」

 何分経っただろうか。おそらく、それほど経ったとは思えない。精々、三十分がいいとこか。

 俺らは、砂浜に倒れこんで、荒い息を吐いていた。

 今コート内にいるのは、三人。

 俺、耶倶矢、夕弦だ。

 あれから、熱戦というか接戦が繰り広げられた。

 どちらかが点を入れれば、すぐさまもう一方が取り返し。

 取り返したと思ったら、またしても点を入れられたりな。

 だが、俺には、一つ誤算があった。

 顔だけ動かし、シートが敷いてある方を見やる。

 そこには、ゆったりと団扇を仰ぐ美九と、うつ伏せの体勢で仰がれている狂三の姿があった。

 誤算とはつまり、狂三の持久力の無さ。

 最初の内はそうでもなかったのだが、点の取り合いが五回程になった頃から、目に見えて動きが鈍くなったのだ。

 そして、間も無くダウンした。

 もとより体力があるほうではなかったのか、遂に限界を迎えたらしい。

 まあ、それでも、一般的なバレーとはかけ離れていたから、普通の人じゃあ、もっと早く動けなくなってたかもな。

 ということで、一旦休戦し、狂三をシートに連れて行き、美九に看てもらっている、ということだ。

 でも、

「どうする……? まだ、やるのか……?」

「当、然、であろう……。まだ、勝敗は、決まっておらぬ……」

「続……行。やり、ましょう……」

 ただいまの点数、十四対十四。

 途中でルールを明確にし、十五点先取で勝ちということになった。デュースは無し。

 だから、両者あと一点で決着が着くのだ。

 だが、俺が一点を入れた瞬間に、三人とも倒れこんでしまった。

 理由は簡単。

 繋がりすぎたから。

 かれこれ十分以上、先程の一点を入れる為にラリーを続けたのだ。そりゃ、限界になる。

 特に俺は、一人。

 一応、俺は三回連続でボールに触れていいとはなってたけど、それでも、やっぱり一人。

 でもね? この二人に対してよく頑張った方だと思うよ?

 例えば。

 コート右端に来たと思って返したら、今度は左端に返される。

 それも何とか返せば、今度はネットすれすれにアタックされる。

 なんとか手や足を伸ばしてレシーブしても、そこからアタックに繋げないといけない。

 正直、死ぬかと思った。

 そんなこんなで、とりあえずの休憩タイムになってしまったのだ。

「それじゃあ、やるか」

「お、応とも……」

「挑発。どんとこい、です」

 最初に比べて、明らかにトーンダウンした声色だった。

 だが、立ち上がれた。

 なら、続けることも出来るだろう。

 さてと、俺にサーブ権があるよな。

 ボールを投げてもらい、コート真ん中あたりに立つ。

「ほっ、と」

 軽く打つ。

 さあ。

 再度、燃やし尽くせ。

 疲労の溜まる体に鞭打ち、視線を鋭くし、身構える。

 それは二人も一緒らしく、互いの視線が交錯した。

 しかし、それも一瞬。

 すぐに二人は、迎撃体勢へと入った。

 夕弦がレシーブ。打ち所が良かったのか、存外高く上がった。

「――――フッ!」

 耶倶矢が短い裂帛と共に、トスなしで俺側のコートに、叩きつけるようにしてボールを打った。

 それを受けて俺は、一気に駆け抜ける。

 ボールを足の内側で受けれる場所に移動し、打ち上げる。

 ネット上空に飛んだボールに、跳びつつの回し蹴り。

 無言だった。

 視線だけをぎらぎらにして、今の一連の動作を行う。

 最早、バレーというよりセパタクローだな。

 ともかく。

 俺は、回る視界の中、ボールを蹴り――――

 

 パァンッ、という音が響いた。

 それは、ボールが破裂する音だった。

 

『……あ』

 俺も、耶倶矢も、夕弦も。

 一様に口を開けて、呟いた。

 ボールだったものが、はらはらと舞い落ちていく。それを見ながら、俺は着地した。

「……えーと、この場合は……」

「……引き分け、であろうな」

「同調。……そうですね」

 とまあ、そんな感じで。

 俺と(途中まで狂三)対、八舞姉妹の勝負は。

 このようにして、幕を閉じた。

 

 

 だけど。

「かか! 次いでは水泳対決といこうではないか!」

「まだやんのかよ!?」

「首肯。当たり前です」

 ま、マジか……。

 どうやら、あのバレーですら一興に過ぎないらしく、一度小休止を挟んだ後、二人は俺に布告した。

「……ルールは?」

 一応、訊いておく。

 そのルール内容によって、受けるか否かを決めるためにだ。

 ま、おそらく無理だろうがな。

「説明。向こうに見える対岸に泳いで渡り、何か目印になるものに触れる。その後、折り返してここに戻る、というものです」

「んー、まあ、それなら……」

 出来ないこともない、か?

 いくら三日月型とはいえ、流石に俺は対岸まで見えない。なので、視界を使って視る。

 まだ自由時間なので、視た限りでは、そこそこ来禅の生徒が見受けられる。

「なら決まりだ。早速始めようではないか」

「はいよ」

 返事をし、二人に付いて行く。どうやら、スタート地点も決めているらしい。

 ということで、

「それじゃあ美九。狂三を頼んだ」

「分かりましたー」

「い、行ってらっしゃいませ」

「お前も、安静にしとけよ」

 二人に手を振りつつ、スタートの位置に就く。

 さて、

「とりあえず、俺がカウントするからな?」

「分かった」

「首肯。分かりました」

 それじゃあ、

「三」

 俺らは、クラウチングスタートの構えをとる。

「二」

 腰を上げ、いつでもダッシュできる体勢に。

「一」

 せーの。

「――――ゴー!」

 走る。

 

 結論だけ言おう。

 俺が勝った。

「か、はっ……!」

 膝に手を付き、止めていた息を吐く。

 数キロの距離を往復すること、八回(・・)

 二桁は下らない距離を泳ぎ切った俺らは、再度、休憩タイムである。

「美九、何か、飲み物、くれ……」

「はい、どうぞー」

 ありがとう、と返しつつ、渡されたペットボトルを受け取り、その場に座り込む。

 いくら殆ど水中だったとはいえ、渇くときは渇くのだ。

「くぅ……っ。な、何故、何故勝てんのだ……!」

「落胆。また、負けました……」

 近くには、ずーん、といった感じの二人が。

 まあ、今回は、色んなアクシデントが起きたからなあ。

 鉄板物で言えば、途中、耶倶矢のビキニの紐が解けた。あの時はマジで焦った。夕弦以外。

 想定外のところだと、亜衣麻衣美衣に追いかけられたこと。ガチで逃げた。本気。

 とまあ、こんな感じのことに巻き込まれつつ、なんとか八往復した訳だ。

「狂三? 調子はどうだ?」

「ええ、美九さんのお陰で、大分回復いたしましたわ」

 元の調子を戻したかのように狂三は、くすくす、と笑った。

「でェもォ……」

「な、何だ?」

 いきなり迫ってきた狂三から、身を反らして逃れつつ、訊く。

「耶倶矢さんや夕弦さんばァッかり、ずるいではありませんの」

「お、おう……?」

 ん? つまり、どういう?

「ひひひ、分かっていらっしゃらないようですわねェ」

 そう言うと、狂三は、身を翻した。

 そして、俺の横にぴとっ、と身を寄せる。

「く、くくく、狂三っ!?」

「なんですの?」

「そ、その、あの……」

 体温が直に伝わってくる。腕からは、やわらかい感触がする。

 動くに動けないこの状況において、美九が動いた。

「それじゃあ、私はこっちですねー」

 ただし、俺を助けるためではなかったが。

「便乗するなよ!?」

「良いではありませんの」

「いいじゃないですかー」

「良くねえよ!」

 くそっ、顔が熱い……!

「な、何やってるし!」

「命令。七海から離れてください」

 か、耶倶矢! 夕弦! 

 今この状況を打破してやってくれ!

「ひ、ひひっ。お二人も、七海さんに寄り添えばいいではないのでして?」

「よ、よりっ!?」

「……納得。そういうことですか」

 あ、あれ? 何か思ってたのと違う状況になっていってる気が……。

 思うも、動けないので、声をかけることしかできない。

「えと、夕弦? 何しようとしてる?」

「……終了。これで分かるはずです」

「ま、まあ、そりゃあ」

 俺の質問に答えず、少しの間を空けての夕弦の台詞。

 何をやっていたかというと、

「……お前まで…………」

「憮然。駄目なんですか」

「いや、もう、別にいいけども……」

 夕弦は夕弦で、胡坐をかいた俺の足に、こちらに背を向けて座った。

 そのまま、後ろに体重をかけてくる。

 ……俺、椅子にされましたね。はい。

 唯一動く首を動かし、天を仰ぐ。

「あー……、どうしてこうなった……」

 すっごい嬉しいけどね?

 でもさ、周囲に漂う甘い匂いとか、密着した肌に感じる温度とか、色々ヤバイ。

 ぼかして言えば、それらに反応することが出来ない。したら、俺は死ぬ。

「ず、ずるい! 私も!」

 あ、増えた。

 皆に感化されたか嫉妬したのか知らないが、耶倶矢も、この人間団子に加わった。

 夕弦の隣に座り(脚に感じる二人の臀部の感触に気を逸らしつつ)、これまた同じように背中を預けてくる。

 抗う気の失せた俺は、そのまま後ろに倒れこむ。

「う、うにょわあぁッ!?」

「疑問。どうかしましたか?」

「あらあら、本当、お疲れのようですわね」

「ふふー、これはこれでいいものですねー」

 耶倶矢だけは驚愕、といった感じの叫び声だったが、それらの声を無視して、仰向けに寝る。

「……脚、伸ばさせてもらうから、ちょと退いてくれ」

「了解。分かりました」

「う、うん」

 俺の脚に座ったままだった耶倶矢の夕弦に一旦退いてもらい、脚を伸ばして楽な体勢になる。

 まあ、なったらなったで、すぐに二人が戻ってきたけどな。

 狂三と美九は、腕を絡めたままの体勢で。二人も、脚は楽にしてあるだろう。

 戻ってきた耶倶矢と夕弦は、俺の体の上に乗る感じで。大して重くはないけど。

「ふわあぁぁ……」

 欠伸を一つ。

 もう、このまま寝てしまおう。

 寝たら、変に意識しなくて済む筈だ。

「……すまんが、寝る。お休みー……」

 言って、目を閉じる。

「うーん、こんな所で寝たら、流石に風邪引きますかねー?」

「わたくし達がいますし、この気温ですわよ? 大丈夫だと思いますわ」

「同調。ということで、夕弦も寝ます。お休みなさい」

「え、本当に寝ちゃうの?」

 なんか聞こえる……。

 でもな、もう、疲れたんだよ…………――――――

 

 ざく、ざく、と砂を踏みしめる音がする。

 エレンは一人、海岸を歩いていた。

 ここは、来禅高校の生徒達がいる海岸の向かい側に位置する海岸だ。

 どうやらここに、〈ディザスター〉がいるらしい。

「もうすぐ見えると思いますが……」

 思いの外時間を食っていたので、急いでこちらに来たのだが、中々広くて見当たらない。

 実はエレン、先程まで砂に埋もれていたのだ。

 というのも、最初は大義名分である〈プリンセス〉の監視をしていたのだ。

 しかし、カメラを持っていたのが災いした。

「えー? なになにー? カメラマンさーん?」

「うっわすっごい美人なんですけど」

「ねえねえ、名前なんて言うんですか?」

 大中小と順に声を発してくる少女達に絡まれたのだ。どうやら、自分を学校が準備した秘密のカメラマンかなにかだと勘違いしたらしい。

 これが、不幸の始まりだった。

 エレン、と名乗るや否や、呼び方はカメラマンさんからエレンさんに。

 そのまま無理矢理連れて行かれ、強制的に彼女達の遊びに参加。

 確かに、対象をより間近に監視出来たが、何故砂の像にされなければならなかったのか。それだけは一生の疑問である。

 そんなこんなで無駄な時間が過ぎてしまったのだ。

 しかし、それは最早過去の話。

 今は、ようやく追いかけることが出来た〈ディザスター〉と接触することの方が大切である。

「!……あそこですか」

 幾許か歩いた折、ようやく人の影が見えた。

 正確には、人がいるであろう、パラソルの影、か。

 心なし早足で、その場に向かう。

 着くとそこには、

「これは……?」

 なんとも不思議な状態だった。

 まずそこには、〈ディザスター〉がいた。

 だがその他にも、〈ベルセルク〉、〈ナイトメア〉、〈ディーヴァ〉までもがいたのだ。

 しかも、

「……寝ていますね」

 寝ているのだ。

 〈ディザスター〉に寄り掛かるようにして、五人全員がだ。

 確かにまだ日は高いが、少し無防備過ぎると思う。

「どうしましょうか」

 一人、呟く。

 今なら、一秒と掛からず全員の首を掻っ切ることが出来る。

 だが、

「……それでは面白くありませんね」

 倒すなら、殺すなら。

 ――――勝った後。

 無防備な彼らを殺したところで、強いことの証明にはならない。

 ならば今回は、見逃してやることにしよう。

「大丈夫です。まだ夜や、二日ありますから」

 自分に言い聞かせて、来た道を戻る。

 そんな中、ふと。

「……まあ、折角ですし」

 あることを思いつき、またしても〈ディザスター〉達のもとへと戻る。

 そして、

 

 カシャ。

 

 と。

 首に下げていたカメラを構え、一度だけシャッターを押した。すぐさま現像する。

 使うとは思っていなかった機能だが、まあ、今回はあってよかったのかもしれない。

 その一枚の写真を、近くに置いてあったペットボトルを重石代わりにして、置いておく。

「……それでは、また夜にでも」

 言い残し、今度こそ立ち去る。

 撮った写真には、

 

 幸せそうな表情で中心の少年に身を任せる少女たちと。

 ほんの少しだけ寝苦しそうな表情の、当の少年が。

 一枚に収められていた。




 エレンさん良い仕事したなー。

 最後、エレンさんがいいことしてくれました。良かった良かった。
 なんかキャラじゃない気がしますが、気にしたら負けです。

 今日、活動報告にて、とある質問をさせていただきました。
 よければ、そちらの方の返答をお願いします。
 
 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 自分も早く狂三編書きたい……。


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第44話 来禅スクールトリップⅤ

 なかなか終わらないー♪

 ということで、修学旅行編5話目。中々終わりません。駄文率高すぎです。
 まさかここまで長くなってしまうとは……。

 先週の金曜日に、ネタ切れを起こして書けなかったので、少々遅れて、今日更新いたしました。
 というか、マジであとどの位かかるのでしょう?

 それでは、どうぞ。


 夜。

 あれから何時間後かに、俺は目が覚めた。

 が、他の奴らが起きなかったので、体感的には数十分間、そのままの体勢の維持を強制させられた。きつかった。

 まあ今は、来たる温泉の時間に思いを馳せるとしようかな。

 ちなみに、美九と狂三は、教職員用の部屋の一室を借りているらしい。

 まあ、一般生徒と同じ部屋割りだと、すぐにバレるかもしれないからな。

 さて。

 これで結構、温泉を楽しみにしている。

 いやあ、だってさ、温泉って気持ち良いじゃん?

 八舞姉妹と出会った頃に行った旅館にあった温泉も、中々気持ち良かったし。

 ……あの時の八舞姉妹の温度は、思い出さなくていい。

 ともかく。

「あとどん位なんだ? 入浴の時間まで」

「もうすぐだろ? 今、前の奴らが上がる頃だから、すぐだと思うけど」

「というか東雲、温泉楽しみにしすぎだろ」

「悪いか、殿町」

 いやいや、と殿町は手と首を振った。

「でもよ、ちょっと聞いてくれないか、五河、東雲」

「どうしたんだ?」

 士道が訊き返すと、殿町はちょいちょい、と手で招いた。

 何だ何だ。

 俺は士道と一度目を合わせ、殿町のもとに近寄る。

「ちょっと聞いたんだけどよ」

「何をだ?」

「それがな……」

 殿町はそこで、一旦言葉を区切った。

「早く言え」

「ぐぇ」

 が、俺が急かすように腹を小突いたら(強め)、珍妙な声を上げた。

 腹を擦りつつ、続きを言い始める。

「何すんだよ東雲……。ともかくだな、ここの風呂場には、ある秘密があるらしいんだよ」

「ある秘密?」

 士道が、首を傾げてそう言う。

 一方俺は、それで大体の見当が付いた。

 そういや、あんなことやってたな、原作で。

「そう、即ち……」

 またしても言葉を区切る殿町。ウザい。

 まあ、こいつだから、そこまで勿体振りたいってのは、分かる。

 だがな、いい加減言ってやれ。

 俺の思念が通じたのかどうかは知らないが、殿町は再度、口を開いた。

「――――どうやら、ここの風呂場の、男子側と女子側を区切る垣根の間に、少しの隙間があるみたいなんだよ」

「……で?」

「で、じゃないだろ五河! だって、それはつまり、その隙間からは、女子達がきゃっきゃうふふしてる桃源郷が見えるんだぞ!」

「……バレた時のことを考えたらどうだ?」

「ハッ! お前や五河みたいに、俺は、俺らは、美少女達にモテねえんだよ! 同居してねえんだよ!」

 殿町は、拳を握り締めて、熱弁を奮い始めた

「そりゃお前らは? それこそ一緒に風呂とか入ったこともあるだろうよ! 着替え途中にばったり遭遇して、きゃー五河さんのえっちー、とかなったんだろ!? 違うか!?」

 ごめん、それ、片方ずつあった。

 俺は八舞姉妹と一緒に温泉入ったことあるし、おそらく士道は、五月あたりに特訓という名目で、十香とラッキースケベイベントを体験しただろうし。

 俺らが気まずそうに顔を逸らしたのを見た殿町が、さらに大声を上げる。

「あったのかよおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 そう叫んで殿町は、置いてあった座布団に顔を埋めて、呆れる程に泣き始めてしまった。

 俺と士道はアイコンタクトをして、結論。

 放っておこう、となった。

 

「次のクラスー、風呂の時間だぞー」

 とある男性教師の声がした。

 数分後。

 未だに泣き続けている殿町を尻目に、戻ってきた同じ班の奴らと駄弁っていた時だ。

 ようやく、という感想を俺は抱きつつ、入浴の準備をし始める。

 殿町も、『覗き(男の使命)』を果たすべく、復活した。

「それじゃ、先に行ってるから」

 一番に準備を終えた俺は、真っ先に部屋を出た。

 道順を覚えているかどうか心配だったが、勘で行ったら着いた。しかも、一番乗りっぽい。

 微かに優越感を覚えつつ、適当な籠の前に行って手早く服を脱ぎ、タオルを腰に巻く。

 がらがらがら、と戸を開けて、いざ温泉へ!

 ……とまあ、冒険風に言ってみたが、まあ、一般的な温泉だ。うん。

 横を見れば、女子側との区切りになっている垣根があるが、別に覗く気は無いし。

 俺はなんとなくで決めたシャワー台の前に行き、身体と頭を洗い始める。

 八舞姉妹との勝負の時、海でとことん泳いだので、髪が気持ち悪かったんだよなあ。

 ……女々しいとか言わないでくれ。結構気になるんだから。

 遅れてきた奴らが戸を開けてくる頃に洗い終え、さて温泉に浸かるかという時に。

 事件が起きた。

「…………ん?」

 ごしごし、と目を擦って、今見えたものを否定しようと再度見る。

 温泉に浸かる為に、方向上向かざるをえなかった垣根。その最上部。

 見覚えのある橙色の髪が見えたんだ。

 そしてそれは、見間違いではなかったらしい。

「か、耶倶矢!? 夕弦!?」

「うむ? その声は……」

「発見。見つけました。あそこです」

「落ち着いてんじゃねーよ! 早く戻れ!」

 バレるといけないので、小さく、だが強く、近寄りながら命じる。

 なんというか、その、こいつらの裸(多分)を、他の奴らに見られたくなかったんだ。

 ともかく。

 腹辺りで洗濯物のように垣根に引っかかっている二人を見る。

 一度俺は振り返り、そこそこ湯気が仕事しているのを確認した上で、俺は垣根を駆け登り始めた。

 二人が寄り掛かっている近くまで行き、丁度垣根が終わってる所に手を掛け、足を踏ん張り、向こう側を見ないようにする体勢だ。

 よし、この体勢なら、こいつらも、この向こうにいる女子達も見えない。男子から見ればすぐさまバレるが、まあまあ高いし、湯気も信じよう。

「何してるんだ!?」

「説明。七海を探していました」

「何故!? ホワイ!?」

「ふ、それはな……こうする為だ!」

「は?って、ちょ、おわあ!?」

 耶倶矢が溜めた後、俺は腕を掴まれた。そのまま、向こう側に引きずり込まれる。

 気付かれる気付かれないを考えず、本能的に叫んでしまった。

「くっ……!」

 向こう側に俺の身体が移った瞬間、二人は手を離して着地の体勢に入っていたので、それに倣って、俺も着地に備える。

 足を下に。地面に垂直に。

 だがここで、俺は誤算があった。

 ここは、温泉。入浴場。

 即ち――――足場が濡れているということに。

「にょわぁっと!」

 耶倶矢と夕弦が綺麗に着地するのを尻目に、俺は滑った足を何とかしようとする。

 結果、一応尻餅を着くようなことは無かったが、無様な声を上げてしまった。

 って、それよりも。

「何でこっち側に連れてきた!? 何考えてやがる!」

 俺は体勢を戻して、二人に詰め寄った。

 幸いにして、二人はタオルを巻いてたし、俺のタオルも取れていなかったので、まあ、良かった。

「何って、単なる勝負であるぞ?」

「しょ、勝負?」

「肯定。はい。初めは、この垣根の天辺に先に登った方が勝ちというものでした」

 その地点で色々おかしいとは思うが、とりあえずスルーしてやろう。

「……で?」

「うむ。登ったら登ったらで同時であってな。ならば第二試合ということで、先に、七海、お主を見つけた方が勝ちというものに変更したのだ」

「何でその発想が出たのかを俺は小一時間程問い質したい」

「鎮静。まあまあ。良いではないですか」

「よくねえよ……」

 はあ。まあ、理由は分かったが……。

 それじゃあ、

「……どうして、俺をこっち側に?」

「返答。それはですね――――」

 夕弦が答えようとするのと同時。

「あれー? 耶倶矢ちゃーん? 夕弦ちゃーん? そこにいるのー?」

「他にも別の人の声がしたんだけどー?」

「まさか、男子……!?」

 !

「やっべ……!!」

 声からして、亜衣麻衣美衣か。

 遂に、恐れていた事態に陥ってしまった。

 ここで見つかったら、俺は残りの学校生活を、変態のレッテルと共に過ごさなければならなくなる。

 男子からは英雄と、女子からは、……、…………何て言われるだろ? やっぱ普通に変態か。

 でも、普段の学校において、俺ってあまり男として認識されていないんだよなあ……。

 っとと。今はそれどころじゃない。

 ぺたぺた、という足音は、段々近付いてくる。

 この距離で垣根を駆け登る訳にも行かないので、慌てて辺りを見渡すと、数秒間はなんとかバレなさそうな物陰を発見した。

「二人とも、なるべく時間稼いでくれ!」

「承知した!」

「請負。任せてください」

 だ、大丈夫だよな?

 一抹の不安を覚えつつ、その物陰に俺は飛び込んだ。

 同時、会話が聞こえ始めた。

『あれ? 二人だけ?』

『もう一人いなかった?』

『声がしたんだけど』

『気のせいではないか?』

『否定。ここには、夕弦達だけしかいませんでしたが』

 よし、なんとか持ちそう。俺はその間に、やることをしよう。

 とりあえずの打開策は考えてあるので、早くしよう。時間は限られている。

『本当かねー?』

『隠してないかねー?』

『嘘はいかんぞー?』

 誰だよお前らっ。

 出そうになる突っ込みを飲み込んで、意識を集中させる。

 声すら意識しなくていい。

 意識するのは――――視るのは、俺自身。

 俺自身の何か、を消すのはそれ程負担にはならないので、すぐに出来るだろう。

 まずは、染色体を創り出す。

 男性には本来存在しない、二つ目のX染色体。視たことは無いが、理解しているので、なんとか創り出せた。

 次に、Y染色体を消す。

 これで、性別上において俺は、〈女性〉になった。

 後は、筋肉量や脂肪量、骨格や脳構造なんかも消したり創ったりで調整して……。

「……よしっ」

 これで、俺は、本当の意味で、見た目も全て、〈女子〉となった。

 顔自体は殆ど変えていないが、胸の大きさとか、お腹や太腿辺りの筋肉量。髪の長さも、さっきまでとは違う。

 ……勿論、『アレ』は付いてません。

「す、すみませんっ。その、彼女たちには、内緒にしてって頼んでたんです」

 声帯の形も変えたので、どこか高く聞こえる声。

 俺は、『罪悪感に負けて、その姿をさらした少女』を装って物陰から出てきた。

「お?」

「ほ?」

「へ?」

 同じように口を開けながら、亜衣麻衣美衣は俺を見てきた。

 う、うぅ……結構、恥ずかしい……。

 視線を下にする訳にはいかないので、横に逸らす。

「お、おお? 君可愛いねー。うちのクラスじゃないみたいだけど、どなた?」

「ええと、その、あの……」

「もしかしてずっと入ってたの? それなら、バレない内に上がった方がいいよ?」

「え、あ、はい。そうですね」

「ん? でも、どっかで見たことあるような気が……」

 美衣のその言葉に、少しだけ、ビクッと肩が跳ねる。

 大丈夫。バレる筈が無い。

 髪の長さを調節して、右目部分は前髪で見えなくしてあるし。

「……お主、七海か?」

「耶倶矢か。ああ。まあな」

「驚愕。まさか、女の子になってくるとは……」

 静かに近付いてきた耶倶矢と夕弦に、小声で大まかな説明をする。

 その間、三人に横から凝視されたけど、なるべく気にしない振り。

「そ、それじゃあ、お……じゃない。私は上がりますので……」

 説明を終え、そろそろと逃げようとする俺。

 が、

『……あー!』

 不意の大声に、過敏になってる感覚が反応してしまった。先程と同じように、ビクッ、っと肩が跳ねる。

 な、何だ一体……?

「分かった。どこかで見たことあるなと思えば!」

「あなた、もしかして」

「ナナちゃん……東雲ちゃんの親戚じゃない?」

 …………えーと。

「え、ええ、まあ、はい」

 咄嗟に、肯定の返事をしてしまった。

「名前は?」

「し、東雲、な、な、な……」

 名前? そうだな、七だから……。

「……七霞(しちか)、です」

 まあ、これで良いか。

「内緒で付いてきたの?」

「いえ、それは、その」

 そうだな、ここは……。

「今日お忍びで来られる、アイドルのマネージャー、です」

 ということにしておこう。

「じゃあ、そのアイドルって、誰?」

「それは、ええと」

 多分、教えちゃ駄目だから……。

「内緒、です」

 俺がそう言うと、三人から、えー、という不満気な声が上がった。

 俺は一歩後退り、耶倶矢と夕弦に向き直る。

「……俺が理由を作るから、お前らは俺の擁護に回ってくれ」

「うむ。任せるがいい」

「了解。分かりました」

 その返事を聞いて、俺は再度、三人の方に体を向ける。

「それでは、そろそろ時間なので、お……じゃない。私は退出させていただきます」

「えー、もうちょっといいじゃーん」

「遊んでいこうよー」

「洗いっことかしようよー」

「弁護。七霞さんも、お仕事があるのでしょう。ここは帰らせてあげませんか」

「そうだな。なに、我らがお主らと戯れてやらんこともない。ほら、(はよ)う行くぞ」

 すまん。恩に着る……!

 俺は二人に片手を上げて謝りながら、女子風呂を退出した。

 

 ……身体を戻して、なんとか帰ってきた男子風呂では、殆どの男子どもが、なんか沈んでいた。気持ち的な意味で。

 聞くところによると。

 覗けたはいいけど、湯気で何も見えなかったらしい。




 女体化した意味を問いたい……!

 きっとこう思ってる人は少なくない筈。
 答えは、自分も分からない、です。
 あれです。士道くんも士織ちゃんモードがあったんだから、七海も似たようなモードがあってもいいじゃないかということで。

 なかなか終わらない修学旅行。まだ作中では、一日と経っていないんですよ。
 まあその分、二日目は一気に過ぎて、三日目は……どうなるんでしょう?

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 まだまだ書くことはたくさんあるぞー。


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第45話 来禅スクールトリップⅥ

 自分敗北宣・言!

 約二週間ぶりです皆様。公立入試に卒業式とあった所為で、長らく更新出来ませんでした。
 待っていて下さった方々、本当に申し訳ありません。

 ということで。
 公立入試、落ちた気しかしません……。
 落ちましたね(確信) (キリッ

 それではどうぞ。


 白い弾が飛来する。

 俺はそれを、しゃがんで避け、そのまま自弾を放つ。

 が、相手は、足元に向かうそれをジャンプで避け、再度、今度は叩きつけるように、撃ち放った。

「くっ……!」

 苦悶の声を上げる俺。なんとか手に持っていた盾でそれを防ぐ。

「まだ当たりませんか」

「まあ……()

 立ち上がり、相手を見据える。

 ノルディックブランドの長髪が目を惹く美女。

 エレン・M・メイザースだ。

「ふははははは! その程度で我らに勝とうなど、百年早――――むぐっ!?」

「驚愕。耶倶矢!」

「ふっふー……、そんな台詞を吐く余裕があるのなら、もっと私たちを楽しませるがいいわー!」

「ほらほらほら、まだまだいっくよ!」

「はっ! 十香ちゃんが後ろから!」

「後ろが空いているぞ!」

 周りからも、そんな切羽詰った声が聞こえてくる。皆、それぞれ頑張っているみたいだった。

 たまに流れ弾が飛来するのを避けながら、自弾を収集する。

 両者が幾つかずつ持ち、数秒。

 辺りの音が聞こえなくなる緊張の中。

 同時に動く。

 今やっているのは、遊びではない。

 言うならば――――戦争。

「はああああぁぁぁぁぁぁッ!」

「そおぉぉりゃああぁぁぁぁ――――――ッ!」

 この争いの名は、今も昔も、おそらく未来においても変わらない。

 この仁義無き争いを人は、

 

『枕投げ』、と呼ぶ。

 

 

 それは突然だった。

 びしゃんっ! という音を立てて、俺らの班が泊まる部屋の戸を開けてきた人物がいる。

 二人だ。

「よし、七海はおるな。七海よ、しばし付き合え」

「……へ?」

「連行。行きますよ。さあ」

「お、おう……!?」

 耶倶矢と夕弦だった。

 夕食の時間も過ぎ、俺らは部屋で大富豪をやってたんだが、彼女達も登場で、急遽俺が抜けた。

 両腕をそれぞれ引っ張る二人に、俺は問い掛ける。

「えと、何かあったのか?」

 こんなに急いでいるということは、それ程の用件があるということだ。

 だから、連行されながら、俺は訊いた。

「ふむ……ここならば、人目も無いだろう」

 しかし、俺の問いに対する答えは返ってこず、どこか不安を覚えさせる台詞が聞こえてきた。

「要求。七海、お願いがあります」

「何だ?」

「今一度、七霞になってはくれないだろうか」

「嫌だ」

 即答した。

「な……、何故だ。我らが頼んでおるというのに」

「嫌っつたら嫌なんだよ! どうしてまた女にならなくちゃならねえんだよ!」

「請願。……どうしても、だめ、ですか?」

 う……。

「か、可愛く言っても嫌だからな」

 目を逸らして言う。

 頑な態度だから、多少の反感を持たれるかと思ったが、予想とは違った。

「思案。……可愛い、ですか?」

「え? まあ、うん」

 それが?

「……喜悦。…………えへへ」

 !

 ん、ああ、そういうことか!成程な。

 まあ、実際にそう思ったので、訂正する気は無いし、気付いてない振りで通そう。

 嬉しそうに笑みを溢す夕弦も、すっごい可愛いし。

 ……惚気だ。あえて胸を張って言うぞ。

「ほ、ほら! 早くするし! そしてとっとと行くし!」

「だぁーもうっ! 分かった。七霞になってやる。なってやるから説明しろ!」

 

「枕投げ?」

「そうだ。亜衣麻衣美衣が言ってきてな」

「同調。元々は夕弦と耶倶矢、十香対、その三人だったんですが、向こうが戦力増強したので、七海を誘いに来ました」

 戦力増強……誰か別の人を誘ったのかな?

「それじゃあ、何でまた、七霞にならないといけない?」

「我らが戦地は、女子部屋ぞ?」

「そうだったな」

 確かに、そこに男のままで行くのは駄目だろう。

 ……あの三人なら、このままでも気にしなさそうだけど。

 まあ、増強したという一般女子生徒にとってはそうじゃないか。

 ……あれ? あの三人は一般じゃない?

 ともかく。

「分かった。ちょっと待ってろ。お前らは、誰も来ないか見張っててくれ」

 了解の返答を耳に、俺は集中し始める。

 と言っても、ほんの一時間も経たずに再試行なので、すぐに終わるかな。

 一応、無害の光を創ってそれっぽくしながら、俺は〈女性化〉した。

「……ん。これでいいか?」

「そうだな。それで、よか、ろう……?」

「? どうした?」

 徐々に首を傾げる耶倶矢だった。

「疑問。……どうして、先程より胸が大きくなってるんですか?」

「む……っ!?」

 さらっと言わないでくれるかなあ!

 しかし、そうか?

「まあ、さっきは焦ってたし、多少体つきに違いが出るのはしょうがないんだよ」

 全く意識してなかったので、言われなきゃ気付かなかったことだぞ、それ。

 というか、

「きっつ……」

 着ている浴衣の胸元を緩める。

 この旅館に備え付けられていた物だ。自由に着ていいらしかったので、ならばと言うことで着ていたんだ。

 だが、膨らんだ胸が、その浴衣と、下に着ている黒地のシャツを押し上げて、変な息苦しさを生んでしまっていた。

「ぬぐぐ……っ」

「ど、どうした、耶倶矢。そんな恨めしそうな眼をして」

 まあ、理由は分かるけども。

 しかし、耶具矢の為にも気付いてない振りで通すとしよう。

「別に! 何でも無いし!」

「そ、そうか……」

 そう言うのなら、放っておくけど。

「催促。さ、早く行きましょう。十香達が待ってます」

 俺の背中を押しながら、夕弦がそう言ってくる。

 案内されながら俺は、追加された女子生徒が誰かを考えてる。

 あの三人は交友が広そうだから、ぱっと思いつく人物はいない。

 というか、こんな時間に連れてこられる、もしくは部屋に訪れるような奴、いるか?

 ……まあ、行けば分かるか。

 

 ということで、部屋に着いた訳だが。

「…………」

 なんか、騒がしい。

 戸は閉まってるのにも関わらず、中の喧騒が漏れ聞こえている。

「え、と……、入っていいよな?」

「うむ。構わぬと思うぞ」

 いくら今は女性化しているとはいえ、心は男なので、やっぱり後ろめたさを覚える。

 だがまあ。

「何か、そこまで緊張することじゃないように思えてきた……」

「質問。何か言いましたか?」

 別に、と返す。

 中から聞こえる声の所為で、緊張するこっちが馬鹿らしくなってきたんだ。

 そうと決まれば、とっとと入るか。

「えー、お邪魔しまーす……」

 恐る恐る、という風に装って、俺は戸を開けた。口調も、女性版に直す。

 俺が入ってきたのに気付いたらしい中の人物達。一様に視線を寄越してくる。

「おー? 七霞さんじゃない」

「もしかして、耶倶矢ちゃんと夕弦ちゃんが連れてきた助っ人?」

「たとえほんの少しの付き合いでも、私達は手加減する気は無いから」

「……む?」

 変なポーズを取りながら、亜衣麻衣美衣が順に口を開いた。

 しかしそんな中、十香は、白の枕を一つ持ったままこちらに歩み寄ってきた。

「どうかしましたか?」

「うぬ? あ、いや、なんだ。一つ訊きたいことがあるのだが……」

 鼻をヒクヒクさせながらのその言葉。俺は、首を傾げて、待ちの体勢となる。

「お主、七海ではないのか?」

「……やっぱり、お前には気付かれるか」

 小さな声で、そうだ、と肯定する。

「やはりな! いや、覚えのある匂いだと思ったのだ!」

 流石。十香の超感覚は侮れねえな。

 しかし、まさかこの状態でも見抜かれるとは思わなかったけど。

「で、十香」

「? 何だ?」

「このこと、内緒にな? 今の俺は、『七霞』って呼んでくれ」

「うむ! 分かったぞ」

 よし、これで十香については大丈夫。亜衣麻衣美衣は誤魔化しが効くから、いいか。

 さてと。

 もう一人、増えた人物が居る筈なんだが……。

「えと、もう一人、いると聞いたんですけど……?」

 俺が訊くと、亜衣麻(以下、亜衣達でいいや)が返事をしてきた。

「あー、その人ならね」

「えーと、あれ? どこ行った?」

「あ。居た。ほら、あそこで俯せになってぐったりしてる人だよ」

「何があったんですか……?」

 そこまでハードだったのかな?

 美衣が示した方向には確かに、一人の女性が倒れていた。髪が長いから、女性で合ってると思う。

 ノルディックブランドの長髪を、ぼさぼさに、しな、がら……?

 ――――ノルディックブランド?

 それを認識した瞬間、俺の左肩が不自然に跳ね上がった。

 アイツは。アイツはアイツはアイツはアイツはアイツは―――――ッ!

「……エレンッ!」

「……ん? 誰か、私の名前を呼びましたか……?」

 むくり、とエレンは起き上がった。

 ぼさぼさになった髪を手漉きで梳かしながら、周囲を見渡す。

 そこで、元々部屋に居なかった俺を認識し、目が合った。

 しばしの沈黙。

 じーっと射抜くような視線を見返しながら、俺は震え出しそうになる左腕を必死で堪えていた。

「対象は男性ですし、他人の空似というものでしょうか……」

 ほ。

 どうやら、勘違いしてくれたらしい。

 まあ、実際のところ全く造形が違うから、元の俺と見抜けられる訳無いか。

 あ、十香は例外な。

「ささ、エレンさーん。第二ラウンドが始まるよー」

「はーい枕持ってー」

「というかまず立ってー」

 亜衣達に促されるままに立ち上がるエレン。

「よし、それじゃあ……」

「枕投げ、再開だー!」

「ちょ、十香ちゃんフライング!?」

 十香の一声で、いきなり再開されたらしい枕投げ。

「え?……え?」

 しかし、流石というかなんというか、俺とエレン以外の奴らは、すぐに適応してきた。

 すぐに、室内が白の塊舞う戦場と化す。

「くくく……さあ受けてみよ! 我らが絶技、白穿風裂弾(ヴァイスグラーベンクーゲル)!」

「挑発。耶倶矢と夕弦がいれば、決して負けることはありません」

 耶倶矢が変な中二ネーミングを披露し、夕弦がそれに付随して追撃を加える。

 チーム分けは既にされているので、各々の目標が決まっている。

 というか、置いてかれた俺とエレン以外で戦闘再開している。

 ……ならば。

 俺は足元にあった枕を拾って、

「……エレン、さん」

 持たされた枕を嫌そうに見ていたエレンに投げつける。

「何です――――むっ!?」

 こちらに視線を向けたその顔面に、ぼすっ、と直撃した。

「…………」

「…………」

 沈黙の後、今しがた撃った枕が地に落ちた。

 それが、合図だった。

「――――フッ!」

「わっ、と」

 投げつけられた白の弾丸を俺はしゃがんで避ける。

 そのまま、相手の足元を狙って自弾を放つ。

 が、相手は、向かってくるそれをジャンプで避け、今度は叩きつけるように、撃ち放った。

「くっ……!」

 苦悶の声を上げる俺。手に持っていた枕でそれを防ぐ。

「まだ当たりませんか」

「まあ……ね」

 さあ、始めよう。

 これは遊びではない。

 

 ――――戦争だ!

 

 ……結局のところ。

 普段と違う場所で、俺もテンションが上がっていたというだけの話かもしれない。

 翌日の朝、疲れ果ててそのまま眠ってしまった女子部屋で、俺はそう思った。




 最早ネタ切れ起こしてますよね。

 早く狂三編に入りたいです。

 前の話の後書きの訂正です。
 二日目は一気に過ぎて、三日目は……? とありましたが、実際にはこうです。
 二日目→主にこっちメイン。
 三日目→帰宅     
         ですね。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 公立落ちてたらどうしよーっ!!


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第46話 来禅スクールトリップⅦ

 『しゅわしゅわソーダキャンディ! コーラ味』 →どっちだよ!?

 という突っ込みを、今日食べた飴に入れてました。傍から見たら変人みたいですね。

 今回、だいぶ短く、かつ急展開になっております。
 理由としては、
「Ⅹまでには終わらせよう……!」
 という叶うかどうかも分からない決意の元書いたからです。
 自分でもここまで長くなるとは思いませんでした。
 はい、ということで、すみません。

 それではどうぞ。


 まさかの女子部屋で始まった、修学旅行二日目だ。

 と言っても、それ以外はこれといった事は無かった。

 大体、今日の日程自体が、夕方頃からあるメインイベントの為に構成されているので、あまり騒ぐようなことが出来なかったという訳だな。

 あったとすれば……。

 

〈起床時〉

「うん……? なんか、寒……?」

「あ、起きた」

「もう少しだったのに!」

「ちっ、もう少し急ぐべきだったか」

「へ? ……って、なんかはだけてる!?」

「もうこうなったら、堂々とするべきだよね」

「ということで、続きやりまーす」

「剥かせろオラー」

「え? 剥くって、何――――うわあぁぁぁぁっ!?」

 ――――とか、

 

〈朝・その後〉

「東雲確保ォォォォォ!!」

「今度は何だ!? 何なんだお前ら!?」

「よーしあの後何があったか、じぃぃぃぃぃっくり、白状させてもらうからな」

「主犯はお前か殿町! 一体何の真似だ!?」

「五月蝿いっ! いきなり連れて行かれたから、うらやま――――もとい、心配したってのに、朝帰りとはいい度胸だなアァッ!?」

「くっ、駄目だ。目が本気だコイツ……ッ!?」

「ということで、連行しろ!」

『ウィー!!』

「何だそのイントネーションは!? 何で途中で下がった!? って、何処に連れて行く気だぁぁぁぁ――――」

 ――――とか、

 

〈朝食前〉

「な、なんとか撒いたか……」

「あ、だーりん! お早うございますー!」

「今度は美九か!」

「あらあら、わたくしもいましてよ、七海さん」

「狂三まで増えたー」

「……どうして、そこで肩を落としますの」

「ふふー、どうですか? これから私たちが泊まっていた部屋に行きませんかぁ? たぁっぷり、おもてなししますよー?」

「俺は一応、学校行事としてここにいるんだから、そういうのには行けねえよ」

「それでは、わたくしから先生方に便宜を図ってもよろしいですのよ?」

「止めろ止めろ。やらんでいいから」

「えー、だってぇ、昨日あれからだーりんと遊べなかったですしー」

「そう言われてもな」

「さあ七海さん、わたくし達の部屋はこっちですわ」

「だから行かないと言っているだろう!?」

 ――――とか、

 

〈朝食時〉

「ん? おい七海、何故にそんなに疲れた顔をしておるのだ……?」

「耶倶矢に夕弦か……。そういや、お前ら寝てたしな……」

「疑問。確かに、夕弦達が起きた時にはもう七海はいませんでしたが、何かあったんですか?」

「いやまあ、色々なぁ……」

「質問。良ければ、聞いても?」

「いやいいよ。別に大したことでは無かった……から」

「おい、今の間は何ぞ?」

「良いって言ってるだろ。ほら、ポンちゃん達も食べよう」

「ポンちゃんって何!?」

「え? ポンコツちゃん、略してポンちゃん。耶倶矢そのままじゃん。ここに来る途中思いついた」

「首肯。否定は出来ませんね」

「否定してよ!」

「さて、いただきまーす」

「同調。いただきます」

「ちょ、そのまま話を終えるなあぁぁぁぁっ!」

 

 等々。結構色々あったな。

 ということで、今の時間は、昼と夕方の間。そろそろ日も傾き始めた頃。

 もうすぐ今日のメインイベントということで、ちょっとした自由時間。

 俺は一人、誰もいない道とも言えない道を歩いていた。

 耶倶矢と夕弦は、美九に捕まってるし。狂三も一緒だろう。士道達とは、もともと行動を一緒にしていなかったし。

 では何故、こんな所を歩いているか。

 それは、

「さてと、そろそろ出てきたらどうだ?」

 ありがちな展開の、ありがちな台詞。

 近くに誰もいないことを確認してから、俺は背中側へと向けて声をかけた。

「やはり、気付かれていましたか」

「ふん、人影が少なくなってきた時点で気付いてただろうに」

 そうだろ?

「――――エレン・M・メイザースッ!」

「どうも、お久しぶりです〈ディザスター〉」

 俺が振り向いた先で、エレンは不敵に笑いながらそう挨拶してきた。

 彼女を睨み、震えだそうとする左腕を気力だけで抑えながら、言葉を続ける。

「今度は、何の用だ?」

「貴方だって、分かっているのでしょう?」

「……まあな」

 言って、腰を落とす。脚を広げ、臨戦態勢に。

 右目を覆う眼帯を取って、黒と赤の目でも睨みながら、呟く。

「――――『神威霊装・統合(セフィロト)』」

 ロングコートのような霊装を顕現させる。

 微妙に低くなった視線の先、エレンはまだ、笑っていた。

 こんな状況においても、まだ。

 楽しそうに、否。

 愉しそうに。

「もう一度だけ訊く。……何の用だ?」

「それは勿論、」

 エレンは、そこで間を置き、

「――――貴方を、倒すため」

 直後には、彼女の様態は変わっていた。

 即ち、CR‐ユニットへと。

 名前は確か、〈ペンドラゴン〉だったか。

「いきますよ」

「今度は、負けねえっ!」

 レーザーブレイドを展開させて突っ込んでくるエレン。

 俺はそれに、自分からも向かっていった。

「来い……〈聖破毒蛇(サマエル)〉!」

 その途中で天使も喚び出す。

 刃と刃が接触する。

 どちらも金属ではないのに、火花のような粒子が飛び散った。

 俺対人類最強。

 前回は俺が反転化してしまったけど。

 今回は、負けられないんだ。

 

 七海は気付いていなかった。

 霊装を顕現させた瞬間から、彼の左腕より。

 蛍のような、ただし、闇色の粒子が溢れるように舞い始めた事に。

 それが意味することも。

 

「? そういえば、だーりんは何処にいるんですかー?」

「そういえば、見かけませんわね」

「は、早く離さぬか美九ッ。引っ付きすぎぞ!」

「別離。流石にここまでくっついていると、暑苦しいです」

 辺りを見渡す私服姿の美九に狂三。そして美九に捕まっている制服姿の耶倶矢と夕弦。

 ここは、海岸の砂浜に急遽設えられた、簡易ステージの裏側である。ちなみに、このステージは〈ラタトスク〉に頼んで建ててもらったので、事情を知らない一般生徒にとっては、いきなり現れたステージ、という風に見える。

 勿論この四人や士道なんかは、このことについて知っている。

 今は、七海に頼まれた耶倶矢と夕弦が、ここにいるから、という言葉のもと、美九の様子を見に来たのだ。

 まあ、いるにはいたが、出会った瞬間抱きつかれたが。

「ふう……、ようやく離しおったか」

「耶倶矢さんや夕弦さんは、七海さんがどこにいるかご存知ではないんですの?」

「肯定。はい、夕弦達も、七海に言われてここに来ましたので。そこからは別行動していました」

 そうですかー、と再度抱きつこうとして耶倶矢に頭を押さえられている美九が言った。

「まあ、私のお忍びライブが始まったら、会えますよね」

「不安。……そうだと、いいのですが」

「どういうことですかー?」

 夕弦はしばしの逡巡の色を見せた。

 それを読み取った美九は、ふざけている場合では無いのかと、姿勢を正す。ようやく開放された耶倶矢も、遅れて同じような行動を取る。

「焦燥。何故でしょうか。変な不安感を、感じるのです……」

 手は胸に当て。微妙に俯いた顔。引き結んだ唇。

 どうしようもない、不安。

 それは全員が感じていたことだった。

 いつも一緒にいる誰かが、意図的に自分達を集めさせ、その自分自身は別の所に行った。

 それだけで、不安を覚えるには十分な理由になる。

「大丈夫よ、夕弦」

「……不解。どうかしましたか、耶倶矢?」

 突然、夕弦は抱きしめられる感覚を得た。

 耶倶矢だった。

 夕弦の背中をさすりながら、耶倶矢は言葉を紡ぐ。

「大丈夫。七海はきっと、大丈夫だから。信じようよ」

 自分だって不安を覚えている筈なのに、それでもこちらに気を遣う台詞。

 もとは二人は一人だったからこそ。ある意味、本当に自分の半身だからこそ。耶倶矢は夕弦が感じている不安を、誰よりも理解出来た。

 だから、こうしたのだ。

 だがそれは、夕弦にとっても同じ事。

 耶倶矢が夕弦の不安を誰よりも理解出来るように、夕弦もまた、耶倶矢の不安を理解できた。

 実は寂しがりやな彼女の、ともすれば自分よりも大きな不安を。

「……首、肯。そうですね。耶倶矢の言う通りです」

 そう言って、夕弦からも抱き返す。二人の温度を分かち合う。

 何をすべきかは決まった。

 待とう。

 自分の無力を噛みしめながら、でも、大切な人を待とう。

 それを望まれたのだから。

 なに、自分達の勘違いかもしれないのだし。有事の際は飛んでいく覚悟もある。

「切替。しかし……」

 夕弦はそこで、さらに視線を下げた。

 その先には、抱かれたことによって、形を変える自分の胸がある。

 だが、それと同時に。

「憐憫。やはり、美九とは違いますね。歴然の差です」

「ちょっと!? 今この状況、シチュエーションで、そんなこと言う普通!?」

「話は纏まったみたいですねー。それではぁ……ダーイブ!」

「また来たぁぁぁぁぁっ!!」

「逃走。逃げますよ耶倶矢。美九、耶倶矢の身体を味わっていいのは七海と夕弦だけです。あげません」

「味わうって何!? ねえ、味わうって何!?」

「あらあら、あまり大きな声を出してはいけませんわよ? 一応、お忍びという形なんですから」

「分かってますよー」

 本当に分かっているのだろうか。

 逃げる耶倶矢と夕弦、それを追いかける美九を見ながら、狂三はそう思った。

 まあ、楽しそうだから良いのだけれど。

 




 でもそれを言い出したら、普通にレモン味とかリンゴ味とかありましたけどね。

 ということで、平均文字数より500文字以上少ないですよ今回。きゃー。
 話を進める為とは言え、削りすぎましたかね今回……。
 あと、何気に耶倶矢がいないと会話にノリが出ないということに気付きました。
 勘違いですかね。
 ちなみに、『ポンちゃん』については、昨日ハッ、となって思いついたもので、絶対ネタとして使おうと思ったり。

 それでは次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 枕投げは勝負にカウントされないんだぜっ。


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第47話 来禅スクールトリップⅧ

 お気に入り登録者数350人突破ー!登録してくださった皆様、ありがとうございます!

 ということで、ちょっと更新速度が遅くなりつつある息吹です。絶賛ネタ切れ中です。

 まさかの8話目。10話目までには終わらせたい修学旅行編。
 そんな感じで書いてたら、前回の二倍近い量になりました。びっくり。
 まあ、なんだかんだ言って、エレンさんとのバトルはノって書けるということですね。駄目ですね。あくまでもメインはヒロインとのデートとかなのに。

 それではどうぞ。


 胴薙ぎに振るわれる剣を、七海は〈聖破毒蛇〉を使って、棒高跳びのように上へ跳ぶことで避けた。

 そして、エレンの真上から、刺突と斬撃を加える。

 真上にいる一瞬の間に、刺突から、逆の刃を使った斬撃。逆手にした状態での再度の刺突だ。

 しかしエレンは、それらを全てかわした。

 一撃目は身を翻して避け、二撃目の斬撃はバックステップ。最後の刺突も、紙一重で避ける。

 攻撃が当たらなかった七海が着地する瞬間を狙って、エレンから仕掛ける。

「〈聖破毒蛇〉――――【大鎌】!」

 七海が叫ぶ。

 直後に〈聖破毒蛇〉は、一瞬でその姿形を変えた。

 その姿はよくある、死神の鎌を思い浮かべてもらえれば良い。まさしくそれだ。

 捻じれた柄に、大振りの刃。

 その刃を以って、エレンのレイザーブレイドを受け止める。

 キン……、と、高い音が響いた。

「…………」

 しかしエレンは、ほんの少し目を開いただけで、すぐに対処してきた。

 背中側から、一門の魔力砲を展開させる。

 撃つ。

 近距離からのこの砲撃だ。普通ならば、倒すことは出来なくても、吹き飛ばすぐらいの威力を持つ。

 だが、七海は。

「はああぁぁぁぁぁッ!」

 裂帛のもと、鎌の形の〈聖破毒蛇〉を、立ち上がりながら振り上げた。

 それだけで、最強の魔術師が放った砲撃が両断された。

「ほう……!」

 流石にこれには、エレンも感嘆の言葉を発した。

 だが、これだけで終わりでは、勿論ない。

 すぐに、反動で後ろ側にあった重心を随意領域で前に戻し、突撃する。

 振り上げた動きのまま、七海は後ろに宙返りで距離を開けるが、エレンの前ではそれすらも一瞬の距離だ。

 だが、七海にとっては、その一瞬ですら十分な時間だ。

「〈聖破毒蛇〉――――【撃槍】」

 再度形を変える七海の天使。

 今度は、槍。

 四枚の刃で構成されるそれは、刺突武器である槍の弱点である横薙ぎの攻撃すらも可能にする。

 両手で持ち、右腰で構え、繰り出す。

 まずは、突撃してくるエレンの丁度心臓部分。位置的には、首元に近い。

 体を、こちらから見て左に振って避けられた。

 次いで、一旦引き、エレンの左肩を狙う。構える腰の反対側に避けられたので、ここの方が早い。

 しかし、しゃがんで避けられた。

 時間的余裕として、最後の刺突。上から抉るようにして、捻りを入れた一撃。

 七海の視線の先、エレンは避ける選択を捨て、レイザーブライドでいなした。狙ったのは体の中心線なので、いなすのは左でも右でもなく、上。

 がら空きになった七海の胴体に、容赦無くエレンは攻撃を当てに行く。

「チッ……〈聖破毒蛇〉――――【双刃】!」

 その攻撃に七海は、〈聖破毒蛇〉を二振りの剣と変え、それらを交差させて盾とした。

 響く金属質な音。交錯するのは鋭い視線。

 上にある剣を握る手を振ってブレイドを弾き、もう一方で反撃と出る。

 下がっている身を無理矢理前へと出し、密度の濃い斬撃だ。

「くっ……」

 この攻撃にはエレンも、応戦を余儀なくされた。

 一度防げば別方向からほぼ同時にやってくる刃を、レイザーブレイド一本で捌いていく。

 しかし、防ぐばかりで、反撃に打って出れないのもまた事実。このままでは、防戦一方である。

 そう思うも、隙は訪れない。

 だがそこで、不思議な現象が起きた。

「うぐ……っ!?」

「……?」

 突如、七海がエレンとの距離を開けたのだ。元の両剣の状態に戻した天使を地面に刺し、左腕を右手で掴んでいる。

 まるで、何かを抑えるように。

 疑問に思うも、好機である。

 思い、追撃する。

 それを見た七海は左手を翳すように、腕を振り上げた。

「! ……舐めないで欲しいものです!」

 つまりあれは、自分の攻撃など片腕で止められるという意味なのだろう。

 それならば、随分と甘く見られたものだ。

 今までの攻撃の中で、そう判断されたということなのだから。

 だが、エレンが目にしたのは。

 自分の動作なのに、驚愕に目を見開く七海。

 気がつけば、量の増えた黒の粒子。

 直感で、エレンは大きく体を振った。

 直後のことだった。

 翳した手の先から、開いた手程の大きさの闇色の球が現れ、一瞬前まで自分がいた場所をも巻き込む爆発を起こしたのは。

 見たことの無い攻撃で、今までと違う攻撃だった。

 だがそれは。

 どこか、威力を抑えられているようにも、エレンは感じた。

「あ、あ、あ……」

 エレンが振り向く視線の先で、七海は小さく呟いていた。

 普通の左目と、不気味な右目で、自身の左腕を眺める。

 その左腕は、今の爆発によってだろうか。

 見たことのある、真っ黒の、鋭利な形をしていた。

 

「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 堪らず、叫ぶ。

 気付かなかった。

 想定外だった。

 そして、あまりにも怖かった。

 またしても、俺は。

 ――――誰かを殺す可能性を、手にしたのだから。

「何でだよ。何でだ何でだ何でだ何でなんだよ!?」

 答える筈も無いのに、俺は左腕に問いかける様に、言葉を発した。

 その時だ。

『ちょっと、君の身体を借りるからねっ』

 どこか焦った声が、脳裏に聞こえてきた。

 この声……、まさか。

『今はそれはどうでもいいよね七海くん。君の意識が削り消されない内に、ボクが代わるからね』

 お前、楓じゃないか。どうして。

『今は緊急事態だからね。このまま見守っていても良かったんだけど、今日ばかりは、君が救った娘の為にもボクが力添えをしてあげよう』

 言っている意味が、よく分からないんだが?

分かっていない時点で(・・・・・・・・・・)君はもう十分に危ない(・・・・・・・・・・)ということだよ、七海くん』

 は?

『説明する時間も惜しいしね。事後説明でどうかよろしく』

 そこで、俺の意識は暗転した。

 

「……正確には、交代した、というのが正しいんだけどね」

『うおっ!? 勝手に俺が喋って……って、何か変な違和感がする!?』

「変だから違和感と言うのだと思うけど、まあ、今はどうでもいいかな」

『自分の声をこうして聞く機会って、そうそう無いからかな。ものすごく、〈自分じゃない〉感が……』

「そのうち慣れると思うよ」

「……どうかしましたか、〈ディザスター〉」

 む、と七海が振り向く。

「あ、ああ、そう言えば、七海くんってそういう識別名が付けられてたっけ。意味は、災厄、だね」

「?」

 エレンは、首を傾げた。

 今の台詞にどこか、おかしな印象を受けたのである。

 そう、自分のことなのに、あまりにも第三者的な視点で物事を見ている気がしたのだ。

 まるで、外見は変わらないのに、中身だけが変わったというか……。

「うん。その仮説は正しいよエレンちゃん」

「エレンちゃん!?」

「まあまあまあ気にしないで。とにかく、このままじゃ面倒だから、七海くん。君に与えた能力を使わせてもらうよ」

「ナナミ……確か、〈ディザスター〉のことでしたか。ですが、〈ディザスター〉は貴方自身でしょうに」

 ちっちっち、と七海は指を振った。

「ちょっと違うんだよねエレンちゃん。ま、今からの姿を見てもらえればいいかな」

 そう言うや否や、七海の体が光に包まれた。

 攻撃かと思いエレンは迎撃体勢を取るも、どうやら違うらしく、数瞬後には光は消えた。

 その晴れた先にいるのは。

「うん、大方こんな感じかな。いやー、この姿でこの世界に来るのも、何年振りだろうね」

 薄い青みがかった髪に、全体的にほっそりとした印象を受ける体のライン。だが、出るところは出ているというか、女性的な細さというか。

 可愛いと言っても差し支えない顔は今、笑っていた。

 だが、霊装と左腕だけは変わっていなかった。

 そして、エレンは知らないが、今この瞬間に。

 一度死んだ少女が、再度現世に現れたのである。

『うわ、俺が楓に! ……違和感が大きくなった!』

「無理してリアクションしなくてもいいよ?」

『……そうだな。自分でも苦しかったところだ』

 にゃははー、と笑う七海、いや、楓。

 しかしその名を知らないエレンは、問いかける。

「貴方……誰です?〈ディザスター〉ではないようですが」

「ん、そうだねー、君たちに合わせるなら……うん。〈パンドラ〉とでも呼んでね。全ての贈り物だとか、全てを与えられた者とかいう意味があったと思うよ」

 他にも、絶対に開けてはならない物等の意味で、『パンドラの箱』という言葉がある。

 あるいは、最初の女性の名でもあるようだが、これは当てはまらないので、楓は割愛した。

「〈パンドラ〉……もう一度問います。貴方は、一体何者ですか?」

「神様」

 あまりにもあっさりと、楓は答えた。まあ、と続ける。

「今はこの世界に降りて来ているから、スペックとしては七海くんと同レベルなんだけど」

『それじゃあまるで、俺がお前より下みたいだな』

「当たり前じゃないか。たかだか『情報の有無を改変する能力』だけしか持たない君に、この世界の住人でしかない君に、このボクが負ける筈ないね」

『……だけしか(・・・・)?』

「うん。だけしか」

『……つまり、他にもお前は能力を持っているのか?』

 勿論、と楓は言った。

 エレンからすれば、独り言を喋っているようにしか見えないので、なんとも可笑しい。

「色々あるよ。『任意の物を奪う能力』や、逆に『任意の物を与える能力』。用途が限られたもので言えば、『万物を燃やす能力』や『万物を凍らせる能力』などね」

『……ホント、色々あるな』

「あ、他にもね、『喚び出す能力』なんてのもあるよ。まあ、流石に、一京越えの能――――」

『それ以上は止めろ』

「にゃはー」

「……一体、誰と喋っているのですか」

「頭の中」

 は? と思うが、見る彼女の表情は真面目だった。

 つまり、真面目に訳分からないことを言っていた。

 まあ、今はどうでもいい。

「ということで。今はシリアス回の中でも、色々説明することが出来る数少ない機会だからね。訊きたいことがあれば答えるよ」

『お前の言っている内容自体を訊きたいところだが、とりあえず』

 七海はそれも気になるようだったが、最優先として知っておきたいことを選んだ。

『さっき、削り消されない内に、って言ったよな。今の状況といい、どういうことだ』

「そうだねー」

 そこで楓は、指を鳴らした。

 それだけで、世界が変わる。

 いや、世界自体は変わってない。だが、楓以外が変わったのだ。

 全ての動きが、停滞しているのだ。

『んなっ、これは……?』

「見えてるみたいだね。とりあえず、説明の為に『停滞させる能力』を使わせてもらったよ」

『そんなことまで出来るのかよ……』

 驚きを通り越して呆れの色が強くなった声色で、七海は呟いた。

 この能力だけ見ても、自分は楓より弱いと実感する羽目になる七海であった。

「さて、時間は限られてる。説明をしよう。あ、消費されるべき時間は止まってるじゃんとかいうツッコミは無しね?」

『んなツッコミしねえよ……」

 そう? と言ってから、楓は説明をし始めた。

「とりあえず、この腕の話からしよう。その為に、わざわざ残しておいたんだから」

 架空上の竜のような鋭利なフォルムの腕を見ながら、楓は言葉を続ける。

「あのままじゃ君は、暴走した霊力によって精神が消され、無に等しき感情しか残らなかった」

『分かりやすく』

「白、もしくは黒の色紙の上に多彩な色紙を重ねる。それを感情と定義して、一番下の白か黒の色紙以外を全て消された状態」

『……例としては分かりやすいが、例えとして分かりにくいな、それ』

「理解出来ない方が悪い」

 話を進めるよ、と楓は言った。

「君は一度、逆転体になったことがあるよね?」

『逆転体?』

「反転体みたいな状態」

 ああ、と七海は思い出すような台詞を吐いた。

 少しトーンダウンした口調で、言葉を発してくる。

『最初にエレンと戦った時か』

「本来ならばその時の情景描写が欲しいところだけど、時間が無いから割愛ね」

『意味が分からん』

「分からなくてもいいんだよ」

 さて、

「あの時の君を説明するなら、霊力の暴走、ということになる。だから、君の知っている反転体ではなく、ボクが名付けた逆転体となった。明確に違うところで言えば、記憶が保持されたままのところとかね」

『……それで?』

「君の霊力の性質は、十香ちゃんと似て非なる、消失。それが暴走した所為で、君の感情が削り消され、あんなことになった」

 まあボクとしては、面白いから良かったんだけどね、と楓は続けた。

『おい』

「それで、」

 咎めるような七海の声を無視して、楓は口を開く。

「暴走の原因は、負の感情を抱いたこと。あの時は確か、絶望と怒り、そして悔しさってところかな。まあその所為で霊力が暴走。逆転体となったって訳。その暴走した霊力が目に見える形になったのが、この中二心くすぐられる左腕ってことだね」

『……成程』

「今回の場合、怒りと同時に、恐怖の感情を強く持っちゃったんだろうね。それが原因で逆転化する可能性が出てきたんだ」

『何で、助けた?』

「言っただろう? 今日ばかりは、君が救った娘の為にも力添えしてあげようって。それだけのことだよ」

 さてと、と、話題の転換を求める一言を楓は発した。

 停滞した世界の中で、楓は口を開く。

「そろそろ時間を戻すから、七海くんは黙っててね」

『分かった』

「それじゃ、君の意識を今度こそ暗転させるから」

『え』

 そう言って、楓は指を鳴らした。

 

「さてさて、あまり君は放置するのも、尺的にも時間的にも厳しいしね。そろそろ相手してやろうじゃないか」

 何が厳しいのかはよく分からなかったが、最後の台詞だけは理解できた。

 だが、

「貴女に、私の相手が務まるとでも?」

「大した自信だね。まあ、七海くんに合わせて、ボクは一つしか能力を使わないし、スペックもこの世界に準しているからね。今のボクはあまりにも弱い。だけど、君の相手ぐらいは出来るよ」

「そちらこそ、大した自信ですね」

「まあねー。なんたって神様だし」

 エレンとしては、いきなりこちらに意識を向け始めた相手に驚愕と疑問を覚えたが、それを顔に出さないのはさすがと言うべきか。

 対する楓も、今の停滞した分の時間を知覚できていないのに無駄に自信たっぷりなエレンに可笑しさを覚えていた。

「それじゃ、再開しようじゃないか。そっちからかかって来ていいよ」

「!……舐めるなッ!」

 言って、駆け出す。

 相手の挑発に乗った形になるエレンだが、当の本人は気付いていない。

 それに対する笑いを一生懸命堪える楓。その表情は余裕のある笑み。

 それすらも、エレンは癇に障った。

 だが、あまりにも余裕振っている為、間近に天使が刺さったままなのを除けば、体勢は無防備だ。これならば、霊装があるので分からないが、最初の一撃で昏倒させること位は出来るだろう。

 そう思っていた。

「〈聖破毒蛇〉、いや、〈死天悪竜〉かな?……まあ、〈聖破毒蛇〉でいいかな」

 小さく、楓は呟く。

「――――【太刀】」

 ガギンッ、という音が鳴った。

 それは、いつの間にか手にした楓の天使と、エレンのレイザーブレイドがぶつかった音だった。

「な……っ!?」

「簡単なことだよ」

 エレンが距離を開けたので、大振りの日本刀の形をした〈聖破毒蛇〉を左腰に差しながら(鞘付きなので、刺しながら、ではない)、楓は口を開く。

「七海くんは気付いていないみたいだけどね」

 柄に右手を添え、腰を落とす。

「この能力は、名称こそそのままだけど、こんな使い方もあるんだよね」

 一歩踏み出した。

 直後には、エレンの目の前にいた。

「! この速度は……!」

「距離を消す。ここまでは出来ていたっけ」

 言いつつ、抜刀。やや右上がりの剣筋。

「く……!」

 何とか、エレンは防ぐことに成功する。

 エレンは思う。

 これはまるで、

「あの時と、同様……」

「お喋りしている暇は無いと思うけどね」

 またしても、消える。

 次に現れたのは、エレンの真後ろ。

 この戦い方は、〈ディザスター〉が反転した時と同じだ。

 だが、前回と違う所もある。

 今回のエレンは、本気装備だとか。

「ハッ!」

 短い裂帛で、後ろを薙ぐ。

 手応えは、無かった。

「例えば、気配を消したり創ったり」

 振り向いた姿勢のさらに後ろ。先の正面。

 慌てて再度振り向けば、太刀型の天使の刃は目前にあった。

「――――――!」

 後ろに身を引き避けるも、付いてくる形となる自身の髪が数房、切られた。

「例えば、反動を消したり」

 楓が一言呟くと、振り切った右腕が、再度襲来した。

「そんな……っ!?」

 有り得ない。

 本来ならば、振り切った状態であった右腕は、今みたいな速度で角度を変えられない。反動があるので、流れを殺せばどうしても、一瞬の動きの鈍りが生じるはずなのだ。

 だが、それを相手は無視してきた。

 迫りくる刃に、エレンは防御を選択した。

「例えば、相手の防御を消したり」

 直後には、一瞬前の体勢になっていた(・・・・・)

 斬られる。

「ぐ……!」

 防性随意領域すらも消されていたので、相手の刃は、いとも簡単にエレンの体を切りつけた。

 胸元から、左脇腹にかけて、一条の真っ赤な線が残る。

 すぐに止血と痛覚遮断を行い、今度こそと反撃に出る。

「〈カレドヴルフ〉――――!」

「例えば、反撃、攻撃を消したり」

 自身の刃を振るおうとした瞬間、エレンは不思議な感覚を得た。

(え――――?)

 今しがた、自分はレイザーブレイドを前に出ながら振った筈なのだ。

 それならば、何故。

 ――――自分の腕も、視線も、その一瞬前と同じところにあるのだろう?

「存外呆気なかったね」

「……ッ!」

 もう一度、〈カレドヴルフ〉を構え、突撃しようとする。

 だが、その直前で、首元に刃を突き付けられた。

 堪らず、動きを止める。

 ほんの少しだけ食い込んだ刃先が、鋭い痛みを伝えてきた。

「この世界における人類最強なんて自負している割には、こんなものだったんだ」

 いつの間にか楓の表情は、最初の余裕の笑みから、大きな落胆を伝える色となっていた。

 はあ、とこれ見よがしに溜息を吐く。

「そうだねー……【概念消失(ロストイメージ)】と名付けようかな。というか、こんな人に七海くんは苦戦しているんだね。やっぱり、弱いじゃないか」

「…………」

 静かに、気取られないようにして、魔力の充填を始める。

 充填が最大になった瞬間、大きく一歩下がり、それに相手が反応する前に魔力砲を展開、撃てば、少なくともこちらが攻勢に出れる。

「無駄だよ」

「っ!?」

「無駄。視えているよ、その位」

 気付かれていた。

 この瞬間にエレンは、自分の敗北を確信してしまった。

 

「まあ、今回の相手は神様だったからね、やっぱり人類最強の名は君の物だ。あ、あとね、七海くん――――あー、〈ディザスター〉との勝負でも無いから、今回は無効試合ね」

 勝負が終わった後、近くの木に向かって体操座りでいじけるエレンに、楓は笑いながらそう言った。

 つい先程までの表情が嘘のようなその顔に、エレンは益々落ち込んでいく。

「負けた。この私が、負けた……」

「そんなに落ち込まなくても……」

 エレンのこの容態に、流石の楓も、困ったように頭を掻いた。

「ほ、ほら、もう帰った帰った。言っているだろう。やっぱり人類最強は君の物だって。創りだした物だけど、お菓子上げるから、撤退してよー」

 なので楓は、逃げの一手を打った。お菓子を持たせるという子供扱いも込みで、だ。

 その言葉にエレンは、ようやく顔をこちらに向けた。

 笑みを困ったものにする楓の顔をみて、お菓子なるものが入っているであろう箱を見て、もう一度顔を見て。

 そしてようやく、立ち上がる。

「……分かりました。貴女が言ったことを全て、本当の事とします。よって、やはり私は人類最強なのです。異論は認めません」

「いや、本当に本当の事なんだけど。っていうか、そんなに肩書きは大事なの」

「お菓子、ありがとうございます。またいつか、機会があれば、もう一度手合わせ願いたいものです」

 えー、と嫌そうな顔をする楓を無視して、エレンは飛び去っていった。

「……まあ、一件落着、かな?」

 とりあえず七海くんの意識を戻そう、と。

 楓は頭の中に、声をかけた。




 そういえば、デアラのマテリアル買いました。書き下ろしが面白かったです。

 安定の神様ちゃんのメタ発言です。果てには他作品のネタを言おうとまでしています。
 それに、なんであんなに逆転化現象について詳しいんでしょうね?謎です。
 というか、強すぎ。
 エレンさんに勝つとは思いませんでした。
 いや、元々は引き分けにするつもりが、書いてる内に負ける描写が思い浮かばなくなって、最終的に勝ってしまうという……。
 ま、まあ?神様ですし?やっぱりエレンさんは【人類】最強なんですよ!

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 戦闘中のエレンさんの台詞がワンパターン化していることについてはノーコメントでお願いします。


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第48話 来禅スクールトリップⅨ

 ちょ、ちょ、ちょと待てちょと待て鬼さぁぁぁぁん!

 という叫びを、鬼が出てくるゲームをしながら言ってました。鬼強い。具体的には反動無しで高火力とか止めて欲しい。(妖怪ウォッチではない)

 ということで、従兄弟の家に行ったり、高校の入学式だったりで更新が遅れてしまいました息吹です。

 今回で、日常編Ⅱ本編は終わりです。もしかするとエピローグ的な物を書くかもしれません。
 ただ、内容を書く際、途中で間を空けてしまったからか、なんか読みにくいんですよね……。あと急展開気味。
 
 それでは、どうぞ。


『ほらー、早く意識を戻したらどうだい? 七海くん。体は戻してあるんだし、あとはそれだけだよ?』

 半覚醒状態の意識の中、そんな声が聞こえてきた。

 視界は暗い。

 というのも、目を閉じているからなのだが。

 あー、と意味の無い言葉を吐きながら、仰向けに寝転がっているらしい身体を起こす。

「えと……楓?」

『お、やっと起きたね。どうだい? 体の調子は』

「なんか、ひどく頭が痛い……」

 目を開けても尚暗い、夜と言っても差し支えないであろう時間帯の中、俺は頭の中の楓と会話する。

『まあ、それもそうだろうね』

「何でだ?」

『いやー、エレンちゃんとの戦闘時、消失の方を主体に戦ったから、その反動じゃないかな』

「エレンちゃんて」

 いや、今はそれはどうでもよくて。

「お前が、あのエレンと戦ったのか?」

『まあねー。存外呆気なかったね。やっぱりボク強い! ブイ!』

 楓がそう言うと、頭の中に直接、楓がブイサインしている姿が流れ込んできた。

 というか、こんなことまで出来るのかよ。

『言っただろう? ボクは色んな能力を持っているからね。エレンちゃん程度なら負けないね』

「心を読むな。……で、お前はその、色んな能力を駆使して、あの人類最強に勝ったということか」

 そこで、楓が不自然な返答をしてきた。

『……ん?』

「おい、何だその疑問形は」

『あーいやいや、何でも無いよ。……そういうことにしておこうか』

 そういうこと?

『別に、君には関係無い……とは言えないけど、気にしなくてもいいことではあるね』

「関係あるんじゃねえか」

『気にしなくてはいいんだって』

 そこまで言われると気になるんだが。

『そんなことより今は、やるべきことがあるんじゃないのかい?』

 やるべきこと?

 エレン撃退は、お前がやってくれたようだし、他にやることなんてあるか?

『なんでそんなに血気盛んな思考しかしないんだい。やるべきことと言うより、行くべき場所、かな?』

 行くべき場所、ねえ……。

 となると、戦闘系のことじゃないのか。

 しかし、今日は修学旅行の二日目と言うだけで、何か特別なことなんて……。

「……あ」

『思い出したみたいだね』

 そうだ、今日のイベントは確か……!

 それを思い出すと同時に、俺は立ち上がった。

『うんうん。それじゃ、ボクはそろそろ消えようか』

「ああ、分かった。ありがとな、楓」

『いえいえー、言う程の事はしてないよ。それじゃ、じゃ~ね~』

 じゃあな。

 俺がそう心の中で返す頃には、体は駆け出していた。

 途中でポケットに何故か入っていた眼帯をして、人はいないから、俺が持つ身体能力を最大限活かして、走る。

 時には木を駆け上って方向確認したり、幹を蹴ってまるでアニメの忍者のように強制加速したり。

「あークソッ。楓に時間だけでも教えて貰っとけばよかったな」

『只今、七時半だね。もう行事も半ば過ぎようとしているよ』

 まだ居たのかよっ!

 

 時は遡って七時前。

 その場は今、隠しきれないざわめきに満ちていた。

「ひゃー、人がいっぱいですねー」

「ふふ、美九さんなら、これよりもっと多くの人間の前に立つことも常でしょうに」

「そこにだーりんがいるかいないかで、全く違うのですよぉ」

 そう零す美九の視線の先では、急遽設えさせてもらったステージの前。百は下らない人がいる。

 来禅高校二年生及び教職員の人達だ。

 これから執り行われるのは、美九のお忍びライブ。

 しかし、教職員以外の生徒達は、これから何があるのかさえ知らない。

 いや、このステージを見れば、普通ならライブのような何かがあるのは予想出来るかもしれないが、それが誰のライブかまでは分からないということだ。

『――――それでは! 長らくお待たせいたしました! 本日の隠れきれていない隠れメインイベントの開幕です!』

 司会役である女子生徒の声が、マイク越しに辺りに響いた。

「あら、そろそろ出番のようでしてよ?」

「そうみたいですねー。それじゃあ狂三さん」

「どうかしましたの?」

 訊く狂三は、美九の不審な行動を目にした。

 つまり、不自然なまでに綺麗な笑顔で、距離を詰めてきたのだ。

 思わず、一歩下がる。

 相手は構わず、二歩詰める。

 一歩。二歩。一歩。二歩。

「……あの、美九さん?」

「はいー?」

「どうして、にじり寄ってくるんですの?」

「うふふふふ、いえいえー、何でもありませんよぉ?」

 完璧に嘘だろう。

 ほら、だって、意識してないかもしれないが、手がこちらに向けられていて、心なしか表情も変わってきていてちょーっと世間には出せないような顔になっているしもうこれは危険が危ないというかあれちょっと混乱気味――――

『それでは、本日お越しのお忍びアイドルの登場です!』

「! ほ、ほら美九さん、時間ですわよ!」

「むむ、野暮ですねぇ。いっそのこと無視しましょうかー……」

「な、七海さんがいるのではありませんの?」

「はっ、そうでしたぁー! それでは狂三さん、続きはまた後で!」

 断固拒否させてもらう。

 そう言う前に、美九はステージへと向かっていってしまった。

 ほ、と安堵の息を吐きながら、いつの間にか壁側に追いやられていた体の力を抜く。

「まったく、美九さんも困ったものですわね」

 一人呟く。

 だがあれも、美九なりの愛情表現だと思えば――――

「それでも、限度はありますわ」

 ちょっと無理っぽかった。

 ステージ裏に設えられた簡易休憩スペースの中、椅子に腰掛ける。

 ここからではステージは見えないので、どうせなら、ということで、観客席へと目を向ける。

 七海でも見つかるかなと思ったのだ。

「……あら?」

 そこで狂三は、疑問を得た。

 それを確認する為に、再度観客席を見渡す。

 そして、確信した。

「七海さんが、いませんわね……」

 それはおかしい。

 七海ならば、この行事を逃す筈がないからだ。

 心当たりは、あるにはある。

 夕方頃だっただろうか。

 耶倶矢や夕弦達がここに来た時の話を、狂三は思い出す。

「あのお二方にこちらに行くよう言って、自分は別の場所に行っていたのでしたわね」

 確かそんな話だった気がする。

 そして、それを思い出すと同時、気にしないでいた不安がぶり返してきた。

 それを振り払うように、頭を振る。

 大丈夫の筈だ。お手洗いにでも行っているのかもしれない。疲れて部屋にいるのかもしれない。そうだ、きっとそうだ。

 だから。ならば。

「――――早く、来てくださいまし……」

 

 その場は今、何もしなくても汗をかきそうな程の熱気と息苦しさに包まれていた。

 無理もないだろう。

「うおー! やっぱ美九たんだったかー! うぁあああぁぁぁぁぁっ!」

 士道の隣では、意味の分からない奇声を上げる殿町がいる。ハイテンションなのはいいが、五月蝿い。

 そんな殿町に気圧されて士道は、視線の先のステージへと目を向けた。

 そこには、先月顔出し解禁したことで、人気急上昇した美九の姿があった。彼女の歌に合わせて、何人もの生徒がこぶしを振り上げ合いの手を打つ。

「……ん?」

 そんな中、始まって三十分程の時間が経ち、殿町から離れつつ、十香と楽しんでいた時だ。

 士道は、美九の表情に、微かな違和感を感じた。

 気になって彼女を見ていると、その正体に気付いた。

「どこか、悲しそう、いや……焦っている……?」

 それを明確に表すことが出来る言葉が思い浮かばない。

「ぬ? 何か言ったか、シドー?」

「あ、いやさ、その」

 まさかこの喧騒で今の呟きを聞かれるとは思わなかったので、しどろもどろになってしまった。

 しかし、いっそのこと相談してみようか。

「あー、十香?」

「どうしたのだ?」

「今の美九、ちょっと変じゃないか?」

 訊いて、視線を戻す。

 釣られて十香もステージへと目を向けるが、彼女の第一声は、予想外の方向から来た。

「それは、耶倶矢や夕弦と一緒に、七海がいないことに関係しているのか?」

「……え?」

 士道は、目を見開いた。

 今の言葉に、純粋な驚きを覚えたからだ。

 七海が、八舞姉妹を置いて別行動をしている……?

「本当なのか、十香?」

「うむ。丁度この前の方に二人はいるのだが、七海はいないようだぞ? というより、七海の匂いが近くからはしないのだ」

「……十香、ちょっと待っててくれ」

 そう言い残し、士道は人を掻き分けて前へと進んだ。

 後ろから名前を呼ぶ声が聞こえたが、大人しく待っていてくれるだろう。

 もうクラスも何も関係無い、無秩序な人混みの中を進みながら、士道は目立つ橙色の髪を捜した。

「!……そこか!」

 程なくして、見つかった。

 その頭を目印に、近寄る。

「耶倶矢! 夕弦!」

 名を叫ぶ。

 一応は届いたのか、きょろきょろと二人は辺りを見渡し始めた。

 そこで必死な士道を見つけたのか、何歩分か向こうから近付いてきてくれた。

「お主、士道ではないか。我らに何用ぞ?」

「質問。そんなに慌てて、夕弦達に何か?」

「あ……」

 そこで士道は自分の失敗に気付いた。

 七海と一緒にいないことが心配で来てみたが、どう切り出すか考えていなかったのである。

 もごもごと口ごもる士道を見て、二人はどうしたのだろうと首を傾げる。

「その、何だ。七海がいないみたいだけど、どうかしたのか?」

 結局そのまま士道が訊くと、二人の表情が一気に暗くなった。

 俯いた所為もあって、なんとか読み取れる顔は、表情的にも、物理的にも、暗かった。

 マズい訊き方をしてしまったのかと不安になるも、どうやら違うようだった。

「そんなの、気付いてんに決まってんでしょ……!」

「え……」

「首肯。そしておそらく、美九も、狂三も気付いているでしょう」

 何かを言うことなんて、出来なかった。

「それでも、私達は」

「引継。七海を、信じてますから」

 絶対戻る、って。

 そう、二人は続けた。

 そして、美九の方へと向き直る。

 丁度、美九も二人のことを見た瞬間だったのか、視線が交差した。

 歌の途中なのでそれは一瞬だったが、彼女達だけの意思疎通は出来たようだった。

「お前ら……」

「くく、ほら、お主も早う戻らんか。その様子だと、十香は置いてきたのであろう?」

「要求。夕弦達は大丈夫ですので、戻ってあげてください」

 無理矢理方向を逆転させられ、背中を押される士道。

 だが、とも考えていた。

 これ以上は自分が何を言っても無駄だろう、と。

 そう思い、士道は十香の所へと素直に戻ることにした。

「……あれ? どっちだっけ?」

 人混みの所為で、方向が全く分からなかったが。

 

 それからさらに十五分程経った時だった。

「――――や、狂三」

「ひゃっ!……って、七海さん!?」

 休憩スペースを出たり入ったりして落ち着かなかった狂三が、驚きの声を上げた。

 十数回目の、外に出て七海がいないか確認しようとした時、丁度出た瞬間に声をかけられたのだ。

 その声の主は、待ち望んだ一人の少年だった。

「悪い。遅くなった」

「え、ええ。ええ。全くですわ。一体どれだけ心配したと思ってるんですの」

「……すまん」

 狂三はそう言うが、別にそこまで怒っている訳ではなかった。

 それよりもずっと、安堵の感情が勝っていたからだ。

 だから、こうする。

「!? 狂三っ!?」

「しっ。お静かにしてくださいな」

 正面から抱き付く。

 心配だったのだ、これぐらいはいい筈だ。

「えと、あの、その、あー……」

 七海も最初は何か言いたげだったが、頭を掻いて、特に何も言わなかった。

 ほんの数秒で、離れる。

「今は、これだけで我慢いたしますわ。ですから早く、耶倶矢さんや夕弦さんの所に行ってあげてくださいまし」

「あ、ああ。分かった。そうする」

 驚きが大きかったのか、これといったことを言うでもなく、七海は観客席へと回っていった。

 

 い、一体今のは、何だったんだ……?

 今の俺の心の中は、その疑問で一杯だった。

 なんせ、いきなり抱きつかれるとは思わなかったし。

 それに……。

「……今は、って言ってたしなあ……」

 そこも気になるところだ。

「っとと今は早く二人を探さないと」

 最後列辺りにいるんだが、ここからじゃ、ステージ上の美九すら見えない。

 俺は隠れて、視界を使う。

 これだけならば、余程の事が無い限り、バレることはない。

 そして、見つけた。

「まさかの最前列ぅー……」

 トーンダウンする。

 しょうがないんだよ。こんな人の群れの中、一番前まで行くなんて至難の業だぞ。

「ま、やるしかないか」

 俺は気合を入れなおして、とりあえず目の前の男子生徒二人の間をすり抜けていった。

 しかし、多いな。前に行けば行くほど、密度が高くなってやがる。

 それだけ、美九を間近で見たいってことなのかな。

「うわ、っと、すみません。前に行かせてくださーい」

 手をちょいちょい縦に振るという日本人特有の行為をしつつ、俺は視界を頼りに前へと行く。

 男子女子関係無く、混沌としている人混みだが、俺自身が平均男子より小さいせいで、結構するすると前へと進める。

 初めて自分の背の小ささに感謝……はしねえよ。まざまざと突き付けられているようで、余計傷つくわ。

 ともかく。

 そんなこんなで、なんとか見覚えのある頭部を見つけることが出来た。

 しかしここで、思わぬアクシデント発生。

「わっ!?」

 おそらく自覚は無かったのだろうが、誰とも知れない一般生徒に押され、バランスを崩してしまったのだ。

 ただでさえ密度が高く、それを抜ける為に変な体勢になってしまっていたのに、そこに予想外な方向からの力で、遂に体勢をくずしてしまう。

「あ、わ、にゃ、や」

 珍妙なア段の声を上げつつ、けんけんみたいにしながら、どうにかこうにか人を避けていく。

 そして、結局。

「うわぁっ!」

「ぎゃっ!?」

「狼狽。一体誰ですか。夕弦達に後ろから抱き付くなんて……」

 二人の言葉が聞こえる。

 結局耐え切れず、目の前にいた二人に飛びつく形になってしまったんだ。

「あ、あー、いやー、これはですねー……」

 弁解しようと身を離そうとするも、人混みに押され中々離れられない。

「「――――七海っ!」」

 すると、器用に体を反転した耶倶矢と夕弦に、抱かれた。

 本日二度目の抱擁だ。

 人目を憚らないその様子に、周囲の生徒が冷やかしを入れる。

 ……まあ、俺とこの二人の仲の良さについては、最早公然の秘密だもんなあ。

 濡れた声で、二人は言葉を発する。

「ばか、ばか、ばかぁ……、心配、したんだから……!」

「安堵。良かった、です……七海が、戻ってきて、くれて……」

「ん、悪い。遅くなった。すまない」

 やや幼児退行を引き起こしている耶倶矢や、涙を堪えているらしい夕弦の背を擦りつつ、俺は謝る。

 そして、美九の方を向く。

 さすがのアイドル精神か、美九はちゃんと歌い続けている。

 だがまあ。

 ――――その満面の笑みの中、目尻の涙には、気付かない振りをしてやろう。

『それじゃあ、これが最後の曲です!』

 美九が、マイク越しにそう言う。

 どうやら、なんとか一曲だけでも、落ち着いて聴けるらしい。

 俺はポンポンと背を叩いて二人を離して、美九の方へと向き直させる。

 せめて遅れた分、最高に盛り上げていかないとな。




 そういえば、カラコンを怖がったり、野良猫を買収しようとする狂三可愛かったです。(ドラマガ付録)

 てなわけで、なんとかⅩで終わりそうです。いやー、良かった良かった。
 次はエピローグ(予定)で、その次が狂三編突入ですかね。
 ただ、高校も入学しましたので、勉強、部活(文化部ですが)、バイト、あと、ここ。
 全部をちゃんとこなせるようになるまでは、多々更新が遅れるかもしれませんので、ご容赦下さい。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 あ、そういや夕弦はむっつりさんなんですね。可愛いので良いですが。


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第49話 来禅スクールトリップⅩ

 ということで、修学旅行編最終話ーー!!!

 やっと終わりました。やっと。日常編入ってから三ヶ月経ってますよ。
 ……は!? 三ヶ月!?
 一瞬スルーしましたが、よくよく考えてみれば随分とかかってしまってました……。すみませんでした。

 ですが、次回からは狂三編です!イェイ!やっと書ける!
 更新が遅くなりつつあるので、結構危ぶまれますが!

 それではどうぞ。


 修学旅行から帰ってきた当日。

 俺の姿は、〈フラクシナス〉の司令室にあった。

「――――で、何か言い残したいことはあるかしら?」

「止めれ。俺が死ぬみたいな事言うな」

「あら、そんな反抗的な態度でいいと思ってるの?」

「すみませんでした」

 即謝罪だった。腰から体を折って、誠心誠意謝る。土下座ではない。

「……はあ。全く、報告を聞いたこっちが死ぬかと思ったわ」

「……悪い」

 今俺は、修学旅行最終日でのことで責められていた。

 というのも……、

「なんなの、この感情値のブレは。しかも、殆どが不安。結果何とも無かったから良かったものの、下手すればあの島ごと全員消えていたわよ?」

 俺がエレンと二人きりになろうとしていたあたり(変な意味ではない)からの、八舞姉妹、美九、そして狂三の精神が不安定になっていたとのことだ。

 俺はあの時、心配しなくてもいい、と八舞姉妹には言っておいたんだが、どうやらそういう問題ではないらしく。

 ということで、帰ってきていた琴里に怒られているのだ。

「そんなに俺は、あいつらに心配かけていたのか……」

「いい? もう少し、あの娘達の中でのあなたの存在について考えなさい。あなたは自分をそこまでの人間じゃないとでも思っているのでしょうけれど、決してそんな事はないのだから」

「……そうか」

「大体、何があっても彼女達の傍にいなさい、って言ってたわよね?」

「あー……」

 そう言えば、言われてたな……。

 あくまでも誇張的なものだと思っていたんだが。

「ん、分かった。肝に銘じておくよ」

「本当に分かってんでしょうね……? なんか、一ヶ月ぐらい経ってから、ふらりと一日ぐらい行方不明になりそうな予感がするわ」

「どんな予感だよ」

 そんなことがあったら、俺自身が驚くわ。一体俺はどこに行ってんだよ。

 俺が積極的にあいつらと離れようとするのは、基本がエレン絡み……もしかすると楓もか? ともかく、そんなだから、結構危ないような気はするが……。

 まあ、今考えても仕方ない、かな。

「あ、そう言えば」

 ふと、琴里がぽん、と手を打って話題を変えてきた。

「あなたを追っていた映像を見て、訊きたいことがあったのよ」

「訊きたいこと?」

 ええ、と琴里は肯定して、令音さんに声をかける。

「令音、あの時の映像を映してちょうだい」

「ん、これだね」

 令音さんが何か操作すると、大きな画面が現れた。すっげーでけえ。

「これを見て」

「お、おう」

 その大きさに素直な驚きを感じていた俺は、やや遅れて返事をした。

 少し待って流れ始めたのは、どうやらエレンと俺の戦闘時の映像らしかった。

「おー、こうして見てみると、俺もエレンも大分人間離れしてるよなあ」

「今はそれはどうでもいいの」

 そうなのか。

「あ、令音、止めて」

 琴里が映像から目を離さないまま出した指示で、一旦映像が止まった。

「これは……」

 俺の左腕が黒くなっている……。

 反転……いや、逆転化し始めた時か。

 自然と苦々しいものになっていく表情で、琴里に訊く。

「これが、どうかしたのか?」

「あなたの反転化し始めたのはまた後にするとして、気になるのはこの後からよ」

 そう言って琴里は、再度映像を再生するよう言った。

 そうして再生し始めて数秒後。

 不意に。

「――――お?」

「気付いたようね」

 ああ。

 不意に、俺の体が、声が、がらりと変わったのだ。

 今までは自分の腕を抑えるように掴んでいて、焦りと微量の恐怖の色のあった声色が、急に自然な立ち姿になって、声もフラットな感じになったんだ。

 確かこの時は……、

「あ、楓が俺の体に乗り移ったんだ」

 そうだそうだ。そういえばそうだった。別に韻を踏んでいる訳ではないぞ。そして踏めてないことにも気付いているぞ。

「乗り移った?」

 俺の言葉を耳聡くキャッチした琴里が、その単語に反応する。

「んー、何て言うか……」

 さて、どう説明したものか。

 楓の存在はどうせ信じてくれないだろうから隠しておきたいし、かといってこれといった説明も思いつかないし。

 ま、ざっくり行こうか。

「そうだな、要は、意識が切り替わった、って感じだな」

「つまり?」

「元々の意識が、別の何かに変わった。だから、様子が変わったんだ」

 全く詳しくなってない気がするが、気のせいだ。木の精だ。

 ……ん? 何か漢字を間違えた気が……。

 ともかく。

 肝心な所を適当に濁した俺だが、琴里は自分なりの解を見つけたらしい。

「反転化が中途半端になった所為で、意識が微妙に切り替わった……? いや、ちょっと待って……!」

 ぶつぶつと何か呟いていた琴里が、令音から操作端末を奪い取り、自分で止めていた映像を再生し始めた。

「それじゃあ、ここからの映像ついてはどう説明するの?」

 そう言われて流されている映像の音声に耳を傾けると、

『うん。その仮説は正しいよエレンちゃん』

『まあまあまあ気にしないで。とにかく、このままじゃ面倒だから、七海くん。君に与えた能力を使わせてもらうよ』

『ちっちっち、ちょっと違うんだよねエレンちゃん。ま、今からの姿を見てもらえればいいかな』

「あ」

「まだ続くわよ」

 俺が嫌な予感を覚え、思わず声を上げると、琴里は違う意味に取ったらしく、映像を止めようとはしなかった。

 そして、その映像の中の俺が突如、光に包まれた。

 光が消えて出てきたのは――――

 そこで、映像が途切れた。

「!? はっ?」

 俺が拍子抜けを感じていると、司令室全体にどよめきが走った。

 琴里も、驚きと疑問が合体した台詞を吐くまであった。

「ちょ、どういうこと!? ついさっきまでこの先の映像まであったでしょう!?」

「落ち着きたまえ琴里。今調べているところだ」

 琴里から操作端末を取り返した令音さんが、何やら忙しなくそれを操作している。何やってるかは知らん。

 言われて多少の落ち着きを取り戻した琴里が立ち上がって声を上げる。

「あなた達は、他の映像や別の角度で捉えていた映像について確認してちょうだい!」

 揃った返答を受けてから、琴里は座りなおした。

「えと、とりあえず、どんな映像だったか教えてもらっていいか?」

「そうね。口頭だから、正確には分からないところもあるでしょうけど、勘弁してちょうだい」

「構わない」

 まあ、何せ当事者ですし。

「端的に言えば」

 琴里は最初にそんな前置きをしてから、口を開いた。

「あなたの姿があの後、見たこと無い少女の姿に変わって、あっさりとエレンを倒したのよ」

 言うほど簡単に倒したのかよ。

 流石、多彩な能力を使っただけはあるな。

「……すまないが、そこら辺は覚えてないな」

 嘘ではない。実際、途中から俺の意識は切れていた。

 ただ、いつから覚えてない、というのを明言していないだけだ。

 この先の映像が無くなっているようなので、その時の分も無くなっているだろう。

「……そう、それならしょうがないわね」

 あっさりと引き下がる琴里。

 まあ確かに、逆転化、琴里達に合わせるなら反転化自体についてよく分かってない以上、期待薄でもあるだろう。

「悪いな」

 覚えてないこと、嘘を吐いたことの二重の意味で、俺は謝る。

「気にしなくていいわ」

「そう言ってもらえると、俺も助かる」

 しっかし、何で映像が無くなった(らしい)んだろうな?

「とりあえず、こっちでこの件は調べておくから、七海はもう帰っていいわよ。そろそろ夕飯の準備もしなくちゃいけないんじゃない?」

「え、もうそんな時間か!? すまん、転送装置を貸してくれ」

「はいはい」

 そして、俺は日も落ちた天宮市に降り立った。

 ……あ、結局お咎め無し?

 

 夜。

 あの後、美九や真那が混ざっていることに驚いたり、急いで夕飯の準備をしたり、修学旅行の思い出話に華を咲かせた後。美九も家に送り、風呂からも上がった後だった。

 リビングで対戦ゲームに熱中している八舞姉妹と真那を置いて、俺は部屋で何をするでもなくぼーっとしていた。

 疲れがあるのか、少しずつ瞼も下がっていく……。

 そんな中、こんこん、と控えめに扉を叩く音がした。その音に、夢と現実の間を彷徨っていた意識を戻す。

『少し、よろしいですの?』

「狂三か。ん、入ってもいいぞ」

 失礼しますわ、と言って、ネグリジェ姿の狂三が部屋に入ってきた。

 微妙に下着が透けて見えるので、全力で視線を逸らしつつ、問いかける。

「どうしたんだ?」

「ふふ、いえ、少々お話がしたかっただけですわ」

 言いながら、俺が胡坐を掻いて座っているベッドに腰掛ける狂三。

「お話、ねえ」

 狂三は何がおかしいのか、くすくすと笑った。

「何だよ」

「あら、気分を害してしまわれたのなら謝りますわ。ですが、やはり」

 そこで狂三は距離を詰めて、

「七海さんは、変わりませんわね」

「まあ、そりゃあ」

 お前と会って一ヶ月程度で、言われる程変わってたら、それはそれで何があった、って感じだと思うが。

 顔が赤くなってんだろうなー、とか場違いなことを思いつつ、俺は狂三の次の台詞を待つ。

「……ねえ、七海さん」

「ん?」

 やや俯いて発せられた台詞に、俺は単純な疑問を返す。

「もし、もしもですわ」

「うん」

「……わたくしが、助けて、と言ったら、七海さんは、手を差し伸べてくれますの……?」

「当たり前だ」

 即答した。

 どこか躊躇するかのような間を置いての狂三の台詞に、俺は間髪無く答えた。

「何だ、何か助けを求めるような事柄でも起きているのか? なら今すぐ行くぞ?」

「あ、いえ、そういうことではありませんわ」

 ただ、と彼女は続ける。

「何時か、わたくしが壊れかけたとき、この手を、差し伸べてくださいまし」

 俺の手を握って、自分の胸に抱えるようにしながら、そんな言葉を狂三は言った。

 俺はその温もりと感触に気を取られている場合じゃないと、無理矢理意識を切り替える。

「ああ、当然」

「でしたら」

 気が付けば、狂三の顔が間近にあった。甘い香りが、鼻腔をくすぐる。

「……、…………!?」

「――――次は、わたくしの番ですわね」

 そう言って顔を離す狂三の顔は。

 窓から射す月明かりの所為だろうか。赤くなった顔も含め。

 ――――ひどく、妖しかった。

 

 

「……ん? 今、七海の身に何か起きた気がしなかった?」

「同意。耶倶矢もですか」

「そういえば、く、く、……〈ナイトメア〉はどこにいやがるんでしょう?」




 なんとなく後書きー。
 説明しよう。このなんとなく後書きとは、ネタ切れを起こした作者が、暇つぶし等の時に行われる、この作品内での設定のキャラになりきって、もとい、キャラを招いてという後書きである。今決めた。
 ということで第一回のゲストは。

「という訳で、どこだここ?」
 ――――気にされなくて結構です。
「気になるわっ!? ってか、今の声誰!?」
 ――――細かいことを気にしていると、老けますよ?
「全然細かくないと思うが……、というか、大きなお世話だ」
 ――――それでは早速。
「話題の転換が無理矢理過ぎる……」
 ――――今回の話についてどう思われますか?
「どう、と訊かれてもな……(『話』……?)」
 ――――何か、思うことでも。
「そうだなー、〈フラクシナス〉で、俺の映像がいきなり切れていたことは、なんとなく楓が関連している気はするが、詳しくは今度聞いてみないとな」
 ――――やはり、そう思われますか。
「そう思うというか、そうしか考えられないというか……」
 ――――それでですね。
「ん?」
 ――――ラストの狂三とのキスについて、どうぞ。
「ブーーーーーーッ!?」
 ――――汚いです。
「あ、いや、すまん。……って、そうじゃなくて!」
 ――――では、どうなんです?
「いや、普通そういうことは訊かないだろ! スルーしてくれるだろ!」
 ――――ここではそれは通用しません。
「酷い場所だ……」
 ――――それで? どうだったんです? 感触とか、味とか。
「味って……」
 ――――…………。
「…………」
 ――――……………………。
「……あーもうっ柔らかかったよ甘かったよこれでいいかっ!?」
 ――――短いです。
「お前が訊いて来たんだ!」
 ――――最後に、これを言ってください。
「何でここはスルーすんだよ……えー何々――――『次回から狂三編! わたくしの番とはどういうことなのか。そして、狂三と七海の出会いの謎は解き明かされるのか! そして真那の出番は無いのだろうか!』……って、おい、なんだこの」
 ――――それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。
「あ、おい、まさかこのまま終わる気じゃねえだろうな!?」
 ――――ではではー。
「ちょ、おま――――」


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狂三編
第50話(やっとこさのプロローグ)


 狂三編突入。だけどプロローグなのですっごい短い。びっくり。

 ということで、長らくお待たせいたしましてすみません、ようやく狂三編が始まりました。
 この話はどの位続くのかは自分でも分かりませんが、どうか気長に付き合っていただけるのを願うばかりです。

 それでは、どうぞ。


 八月半ば。夏休みも大半が過ぎ去った。

 修学旅行から帰ってきた日の夜の、狂三の謎の言動の真意は分からないまま、一ヶ月が過ぎようとしている。

 俺は七月中に宿題を終わらせるタイプの人間なので、よく五河家にお邪魔して、皆してゲームで盛り上がったりお菓子を食べたりして過ごしていた。

 そんなある日のことだった。

「――――で、どうかしたのか、狂三?」

 狂三に言われて待機していた、名も知らない公園。その中で俺は、狂三に訊ねる。

「ええ、少し」

 今この場所には、俺と狂三しかいない。どうやら、他の奴らには狂三自身が二人きりにして欲しいと言ったらしい。

 たったそれだけの言葉であいつらが素直に引き下がるとは思わないが、結果こうして二人きりなんだから、他にも何かあったんだろう。

「ねえ七海さん」

「?」

 真面目な顔で俺の名を呼ぶ狂三に、俺は素朴な疑問を覚えた。

 どうかしたのだろうか。

「あの日……七月二十日の夜のこと、覚えていますの?」

「あ、ああ、覚えている」

 むしろあんな日のことを忘れれる方が凄いと思うが……。

「その時、わたくし、言いましたわよね? わたくしが助けを求めたとき、壊れかけた時、手を差し伸べてくれますの、と」

「ああ。だから俺は、当然、と答えただろ」

「……七海さん」

 あの時を思い出して顔が赤くなっているのを自覚しつつ、俺は首を傾げる。

 そんな俺を狂三は、何故か申し訳無さそうに見て、

「――――ごめんなさい」

「おいおい、いきなりどうした? 俺に謝らないといけないことでもしたのかよ」

 俺は笑い飛ばす。

 我ながら甘いとは思うが、余程のことじゃない限り、俺がこいつらに怒ることはまず無い。

 それなのに謝罪の言を述べてくる狂三が、おかしかったんだ。

 だが、すぐに思考も切り替わる。

「…………おい、どうした?」

 間を置いて、それでも動きが無いのを見て、俺は問いかける。

 ――――狂三は、その背に、自身の二倍はあろうかという時計を顕現させて、服装も、赤と黒のゴシック調のドレスへと変わっていったからだ。

 〈刻々帝(ザフキエル)〉に、〈神威霊装・三番(エロヒム)〉。狂三の、強大な力を持つ天使と、霊装。

 かちゃり、という音と共に、銃口が額に当てられる。

 狂三が、対象者にその能力を使う時のポーズだった。

「とりあえず、理由を聞こうか」

「…………」

 狂三は無言だった。

 ただただ、感情の見えない顔で、こちらを見つめるだけだった。

「…………」

 だから俺も、無言を返す。

 当てられた銃口が、微かに震えているのを感じたんだ。

 恐怖か、葛藤か。

 理由は分からないが、無意味ということではないだろう。

 だから、待つ。

「――――――――」

 ウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――

 ようやく口を開いた狂三の声と、遅まきながら鳴り始めた空間震警報が、重なる。

 しかし、銃口を当てられる程の間近にいる俺は、狂三の声が聞き取れた。

 だから、俺は。

「――――分かった」

 そして、俺の視界は捻じ曲がる。

 

 〈フラクシナス〉艦橋内は、騒然としていた。

 なんせ、急に狂三が、自身の精霊としての力を顕現させたのだ。そりゃ慌しくなる。

「! 司令!」

「どうしたの?」

「これを」

 短い問答の後に送られてきた映像には、狂三と七海の姿が映っていた。

 ただし、狂三の手には銃が、そしてその銃口は七海の額へと向けられていたが。

「おい、これ……」

「まだ何とも言えないわ。せめて、音声が聞き取れれば……!」

「おそらく、ナナの能力だろうね」

 そう、あの時七海は、周囲に会話が漏れないように能力を使っていた。無意味な雑音(ノイズ)をある一定以上の空間内に生み出し、二人の会話が聞かれないようにしていたのだ。

 だが、それは人間には聞こえない。

 機械には聞き取れて、だが人間の可聴域からは外れた音を発生させていたからだ。

「令音、何とか雑音は取り除けそうかしら?」

「……現状、なんとも言えないね。直接キャッチした音で、なおかつナナの能力だ。創り出す、という使用方法だろうが、どんな付加情報があるかも分からない以上、難しい」

 そう、と琴里は特に顔色を変えるでもなく聞いた。じっ、と映像が進むのを待つ。

 その場に居合わせている士道も、せめて自分に気付けることはないかと、注視する。

 すると、

『――――!?』

 突如、七海が消えた。

 ある一点を基準にして渦巻き状に捻じれながら、ものの数瞬でその場からいなくなったのだ。

「狂三が、引金を引いたのか……」

 呟く士道。

 察するに天使の能力を使ったのだろうが、どんな効力かまでは分からない。分かるのは、直前に何か一言二言、会話があったことぐらいだ。

 ほぼ同時に鳴り出した空間震警報も、程なくして止んだ。

「……とりあえず、八舞姉妹を現場に向かわせるわ。あの娘達なら、ASTが到着する前に退散することが出来るでしょう」

「ん、了解した。私から連絡を入れよう。少し席を外すよ」

 言って司令室の外へと出ていく令音を何となしに見やりながら、士道も琴里に声をかける。

「なあ、俺に何か出来ることはあるか?」

「そうね……、狂三からの事情聴取と、他の娘達への説明を手伝ってちょうだい」

「おう、分かった」

「それじゃあ、後は令音に任せておくわね。私はちょっと狂三に直接会いに行ってくるわ。ほら士道、行くわよ」

 さっさと令音の場所へと向かう琴里の背を追いながら、士道は考える。

 先程の映像、自分の見間違いでなければ。

「あ、う、えー……あ、う、い、え、か? ……なんて言ったんだ?」

 狂三の唇の動きで推測した母音を口にしてみる。

 考えるも、いまいち分からない。

 いつの間にか止まっていた足を動かして、琴里を追いかけた。




 しかし、流石に急展開&短すぎ、ですかね……。

 前半部分で急展開にしすぎたようです。反省です。猛省です。
 まあ、次回からはもう少し、ちゃんとした『ストーリー』になるよう精進いたしますので、生暖かい眼で見守ってやってください。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 今回も真那の出番は少なそうな予感……ッ!


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第51話

 狂三編本編が始まりました。

 なんか、中途半端な更新速度ですみません。
 時間と体力がある時にちょくちょく書いていくというスタイルになってきています。

 それでは、どうぞ。


 目を開ければそこは、見慣れた、だけど何かが明確に違う風景だった。周囲に人はいない。

 手を閉じたり開いたり、軽い屈伸運動等をしながら、俺は現状を把握することにする。

「さてと……一体、何年前なのやら」

 あの時、狂三が俺に撃った弾は、十中八九【十二の弾】だろう。

 つまり、俺は過去に飛ばされたという訳だな。

「あー、狂三?」

 楓との会話のように頭の中に意識を持っていく。

 もしかすると、【九の弾】でも使ってないかなあ、とか思ったんだが……、

「……反応無し」

『ボクならいるよ』

「楓?」

 やはり、といった事実を確認していたら、いきなり楓の声がした。

 そうか。楓の場合は、俺に住んでいる、と言ったらおかしいが、俺の中に意識のみがある以上、付いてくることになるのか。

『その通り。まあ、少し考えれば分かることだけどね』

 まあな。

 さてと、取り敢えずは、今が何年前かを知ることが先決か?

『んー、いや、待って七海くん』

「どうした?」

『この時代にいられる時間が不明である以上、最優先事項は別にあると、ボクは思うよ』

 む、確かにこの時代にどれくらい存在出来るのかは、狂三が【九の弾】で意識を繋いで、その時に教えてもらわないと不明だな。

 しかし、最優先事項……勿論、それは分かりきっている。

「……ん、それもそうか」

 それじゃあ、様式に則って、

「――――俺の、戦争(デート)を始めるか」

 

 とは言うが、実際のところ、何も俺は分かっちゃいない。

 精々推測出来るのは、今が夏で、休日、もしくは長期休暇であるといったところか。

 半袖の服や、子連れの親が多く見られるようになった為、俺はそう考える。

「まずは、狂三を探すか」

『確かに、それをしないことには何も始まらないし、始められないからねー』

 『視界』を使って地形や人を認識しながら、狂三の姿を探す。

 〈フラクシナス〉からの援助はまず無いから、これが結構苦労する。

 先程も言ったが、今日は休日なのか、とにかく人が多い。ただでさえ暑いのに、さらに暑くなるわ、人も多いから認識し辛いわで。

 ……あ、自販機発見。何か買おうっと。

『……呑気だね』

 そう言うな。水分補給は大事だぜ?

 俺はちびちびと某清涼飲料水を口にしながら、当ても無く歩く。

『当ても無くって……せめて方向性は決めようよ』

 いやまあ、ここが天宮市なのかさえ分からない以上、やはり歩くしかない訳だし。

 ほら、よく言うじゃん。情報は足で稼げ、って。

 ……あ、俺の場合眼だ。

 でもま、実際ここは何処なんだろうな?

『そこら辺の人に訊けば? ここは何処ですか、って』

 馬鹿か。んなこと訊いたら不審な目で見られるだろうか。

 まあ、何となく、使われてない廃ビルなり屋敷なり無いかなあ、みたいな感じではあるぞ?

 だから、都市部を離れるようにしているのだし。周りの人達とは逆方向だろ?

『そこまでは分かるけどね』

 分かってたんかい。

 そんな話を意識内でしながら、視界の情報を頼りに、どんどん街の中心部から離れていく。

 気がつけばそこは、中心の町並みとは違う、未だ自然が見受けられる場所になっていた。

 ん、あれ、普通に閑静な住宅街、みたいな場所に出たんだが。

『もう少し離れるか、いっそのこと山の方に行くかだね。ほら、あの山』

 何故か向いた意識の先には、見られる限り一番高い山があるが、流石に嫌だ。

 ……しょうがない、なるべくならやりたくなかったが、あれをやるしかないか。

『あれ?……え、ちょ、七海くん。いいのかい?』

 それしか手が無いからな。

 大体今思えば、この街に狂三がいるということ自体が希望的推測に過ぎない訳なんだし。

 もし狂三が、俺の思っているような奴なら、きっと見つけられるさ。

『まあ、ボクは止めないけどね』

 へいよ。

 じゃ、まずは人気が少ない、ではなく、人がいない場所に行かねえとな。

 周りに人がいないのを確認してから俺は、『飛んだ』。

 

「ということでー……着地!」

 行間を開けた割にはものの数秒で着いたこの場所。

 周りは開けているが、決して人は寄り付かないであろう、寧ろ、そんな妖気のようなものが溢れているかもしれない程の静寂を誇る、神社。

 楓が示した山の中腹程にあった、既に廃れた神社だ。

 山に意識を持っていった時についでに見つけておいた場所だな。

「それじゃ、いっちょやりますか」

 俺はやや焦りを覚える気持ちを抑えながら、その用意をする。

『やるなら目一杯目立たないといけないからね』

 だろうな。

 ということで……っ!

「――――【無限(アイン・ソフ)】!」

 眼帯を外し、手を振り上げつつ、叫ぶ。

 それは、俺の霊力で創られし光条。

 白に近い色をした光が、天高く昇っていく。

 そして、ある程度の高度に達したところで、

「……ッ」

 手を握り、一気に開く。

 それに合わせて、極太のレーザーは、幾つもの光に枝分かれし、地に着く前に霊力が霧散していった。

『あーあ、やっちゃたね七海くん。一般人から見れば、一体あれは何なんだ、的な感じに思われるのは当たり前。もしかするとASTだっているかもしれないのに』

「分かってるさ」

 分かって、やったんだ。

 普通の人達については、真実を明かされることはまず無いから、適当な噂が流れ始め、その内忘れ去られるだろう。

 だが、ASTの方は、ちょっと不安。時間は短かったから、霊力が解析されることはないと思うが、確信は持てない。

 ま、なるようになるさ。

『楽観的だね』

「否定はせん」

 さて、これに狂三が気付いてくれれば、やってくると思うけど。

『そうかな。だって、元の時間軸の狂三ちゃんなら、可能性は低くなってると思うけど』

「思考は筒抜けなんだから、わざわざ訊かなくても分かってるだろうに」

『それじゃ分からない人もいるんだよ」

 誰だよ。

『要は、原作の狂三ちゃんなら来るだろう、ってことなんだよね?』

「分かってんじゃねえか!」

『まあね。ただ、それも希望的観測だよね』

 う、確かに、その通りなんだが。

 でも、人の行動原理や行動パターンって、読みにくいんだよなあ。特に狂三は。

『分かってたら、あの日、あそこまで動揺しなかっただろうしね』

 おま、知ってたのか!?

『当たり前だよ』

 うわー! 恥ずかしー! ぎゃー!

 ってことは、他の奴らのことも……?

『勿論』

 あ、あんなことーや、人にはちょっと言えないことーとかも?

『勿論』

 あ、あああ、ああああれの時も?

『……ふふふ』

 うっぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 もう駄目だ! 俺の人生はここで終わりました! 残念! 無念! また、来年……あるのかな?

 ともかく、うわー、一番……では無いのかもしれないが、それ位知られたくない奴に知られたー、まだ耶倶矢や夕弦、美九も狂三も真那も知らないのにー!

『いやーそれは仕方ないよ七海くん。大体、いくら女っぽいとはいえ、君も高校生だ。()()()()()()に対する理解はあるつもりだよ、ボクは』

 いいよ。慰めなんていいよ。もうやめてよ、お願い……。

『それはそうと、誰か来てるみたいだよ』

 それは、て……、男子高校生のアレコレが、それはそうと、で流されたよ……。

 ……で、誰か来てるだと?

『うん。あと数分でここに現れると思うけどね。一人みたいだから、好奇心に駆られた野次馬か、狂三ちゃんかのどちらかなんじゃない?』

 後者だといいなあ……。

 でもま、待ってみることにしますか。

 もし一般人だったら、『自分もさっきの光を見て来てみたけど、何も無かった』っとでも言っておこう。

 狂三だったら……その時考える。

 ―――――さて。

 そうしてやってきた人物は、俺らの願い通り、

「あらあら、やはり、どなたかいらっしゃったようですわね」

 赤と黒のドレスを纏う、時崎狂三だった。

 さあ、ここからが本番だ。

 

 

           *           *           *  

 

 

「さて、どういうことか説明してもらえるんでしょうね」

 〈フラクシナス〉艦内の、とある一室。

 そこでは、狂三からの事情聴取が執り行われていた。

 勿論議題は、

「七海に、何をやったの?」

 である。

 空間震警報が鳴ってから半刻と過ぎていないが、早速狂三を八舞姉妹に連れてこさせ、今に至る。

「やっぱり、あんたは信頼すべきじゃなかったってことね」

「敵視。……何か、言ったらどうですか?」

「落ち着きなさい、二人とも。怒りで霊力を暴走させたりしないでよ」

 琴里からの忠言も聞こえない様子で、ただただ狂三を睨む耶倶矢と夕弦。

 そこには、沸点を通り越して、逆に氷点下に至ろうかという程の、冷たい怒りが含まれていた。

 はあ、と、二人と比べれば比較的落ち着いている琴里が溜息を漏らす。

「ねえ狂三」

「なんですの?」

「正直に答えて。私たちは、余程の理由じゃ無ければ、対応はそこまで変えないつもりよ」

 ただ、と言い添える。

「他の娘達……この二人に加え、特に美九や真那から何て言われるかまでは、保障しかねないけど」

 寧ろ、そちらの方が本題に近い。

 七海の不在の原因が狂三だとすれば、彼に好意を抱いてる彼女達からの風当たりが強くなるのは必然だ。

 さらに、真那の場合、七海のお陰で大分丸くなってはきているが、もとより狂三に対する敵愾心が強い。何時刃を向けられてもおかしくないと思う。

 しかし、

「まさか、ホントにいなくなるとはね……」

 一ヶ月程前に自分が言った言葉が現実になるとは。

 ともかく。

「……まずは一つ目。単刀直入に訊くわ」

 いい?

「――――七海に、何をやったの?」

 最初と同じ質問。

 即ち、こちらで観測できたあの時、狂三は七海に対して何を行ったのかを訊いているのだ。

 こちらで分かっているのは、なんらかの天使の能力を使ったことだけ。

 だから、その使用した能力でも、ということだ。

「……わたくしのお願いを、少しばかり聞いてもらいましたの」

「お願い?」

 この疑問には、狂三は答えなかった。

「……使用した弾は【十二の弾(ユッド・ベート)】。弾丸が当たった相手を、過去に飛ばす能力を持っていますわ」

「は?……過去に、飛ばす?」

「驚愕。そんなことが、あるのですか」

「わたくしの〈刻々帝〉は時を司る天使ですもの。一番メジャーな能力だと思いませんでして?」

 確かに、時間を司る能力と聞いて連想するものでは、殆どの人間が思い付くであろう能力だが。

 耶倶矢と夕弦は、一時的に怒りを忘れ、その言葉に驚きを得た。

 しかしまた、同じ動きで首を振って、その表情を険しいものにする。

 やはりまだ、狂三を信じたいと思う気持ちが、あるのかもしれない。

「どうして、過去に?」

「…………」

 この質問に対しても、狂三は沈黙を貫く。

 琴里は、狂三の中で、どのラインまでが答えられる範囲で、どのラインからが答えたくないことなのかを見極めようと、さらに質問を重ねる。

「他の娘達から敵視されるとは思わなかったの?」

「覚悟の上、承知の上ですわ」

「どうして?」

「七海さんを、信じていますもの」

「……それ、関係ある?」

「ありますわ」

「どうして、今日?」

「今日だからですわ」

「いや、意味分かんないんだけど」

「……今は、分からなくても結構ですわ」

「じゃあ、七海は戻ってくるのよね?」

「それは勿論。断言できますわよ」

「確認。本当ですよね?」

「ええ」

「ちょっと、いきなり質問に割り込まないでよ、二人とも」

 途中、気が付けば八舞姉妹の二人も質問していた。

 身を乗り出していた二人を戻しつつ、琴里は考える。

 今の質問には、全部答えていた。つまり、まだここは答えられる範囲内ということ。

 それでは、

「――――七海は何で、過去に行くことを許容したの?」

 真に訊きたかったこと、二つ目。

 七海なら、今隣にいる二人や、美九、真那を置いて、もしくは何の言葉も無く、彼女達を放置するような真似はしないと思っていたからだ。

「…………」

 この質問に対する答えは、沈黙。

 どうやら、これは答えられないラインを超えるらしい。

 いまいち分からないそのラインを思いつつ、仕方ないとそれについて考えるのを止め、別の質問をする。

「七海は、過去に行ってまで、何をしようとしているの?」

「…………」

 再三の、沈黙。

 しかし、なんとなく読めた。

 どうやら狂三は、七海が過去において何をしたいのか、もしくは、狂三が七海に過去で何をして欲しいのか。そういう風な質問には、答えたくないらしかった。

 自分が質問を一旦止めたことからか、矢継早に質問を繰り返す八舞姉妹を見やる。

 そこにはやはり、狂三に対する怒りよりも、七海への心配があって。

 どうやら、他の娘達には、それっぽい理由で誤魔化すより、正直に話した方が良いかもしれない、と。

 琴里はそう判断した。




 うーん、イマイチ盛り上がらない、面白くない……。

 ということで、今回は楓との会話が殆どですね。
 まあ、ちゃんと狂三は出てきましたし、次回からは狂三をメインに据えられるでしょう。

 この章では時折、今回のような書き方をする時があるかもしれません。
 即ち、前半・過去、後半・現在、という風な形です。
 大体が、過去で七海がこんなことやっている時、現在ではこんなことが起きてるよー、といったものです。
 ただ、あくまでも、指標なので、たまにズレます。多分。
 まあ、このような書き方をするのも不定期ですし、あまり関係は無いかもしれません。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 七海だって、男なんだッ!


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第52話

 今度のデアラの新刊のサブタイと、このssの主人公の識別名が被っちゃいました。

 大丈夫ですかね。大丈夫でしょう、きっと。
 サブタイになったということは、ほぼ識別名に使われることもないでしょうし。
 ……あれ、なんだろう、白い悪魔が見える……しかも微笑んでる……。

 いまいちクライマックスまでは盛り上がらないこの章ですが、どうか生暖かく見守ってやってください。

 それでは、どうぞ。


『それじゃあ、ボクはそろそろ消えるから、後は頑張りなよ」

 あいよ。

 じゃ~ね~、という聞きなれた言葉を残して、楓は俺の意識からいなくなったようだった。

 ようだった、と言わなくちゃいけないのは、それを俺は確認出来ないからだ。

 さて、狂三も近付いてきたことだし、そろそろ意識をそっちに向けるか。

 

「お初にお目にかかりますわ。わたくし、時崎狂三と申しますの」

 優雅に一礼しながら、狂三はそう挨拶してきた。

 確かに、この時間軸においては、初めまして、になるのか。

「あー、おう。初めまして、狂三。俺の名前は東雲七海だ」

 そんな思考をしながら、危うく『久しぶり』と言おうとした口を閉じる。

 しかし、狂三は不審な目で首を傾げた。

「……初対面の相手から、呼び捨てで呼ばれる筋合いは無いと思うのですけれど」

「あ、悪い。つい、慣れで……」

 そうだそうだ。俺が『狂三』と呼ぶのは今から未来の話で、今現在は初対面なんだから、それはおかしいか。

 あー、たった今初対面だって認識した筈なのに、何を俺はやってるんだろうな。

「慣れ……?」

 ……まだ凡ミスがあったようだ。

「気にしなくていい」

 一応そう言っておくが、どうやら俺への不信感は消えないようで。

 あー、と頭を掻きながら、これからどうすべきか考える。

 とりあえず、俺がさっきの光条の犯人だって思われるべきか……?

「えーと、お前は、先の光条を見て此処に来たのか?」

「ええ、その通りですわ。ですが、無駄足だったようですわね」

 む? どういうことだ?

「どうしてだ?」

「だって、霊力の残滓は感じ取れますのに、当の精霊さんがおりませんもの」

 あ、光が霊力によるもの、っつーのは分かってるんだな。

 そして、その跡はあるのに、本人がいない、と。

 ……いるんだけどなあ。

「えと、それ、俺だ」

「……はい?」

 俺が自白すると、狂三は目を丸くしたり、二回ほど瞬きをしたり。

 うん、可愛い。

 ともかく。

「恐らく、俺から霊力が感じ取れないから、そう判断したんだろうが」

 一度そこで区切って、

「――――なら、これでどうだ?」

 言って俺は、霊装、『神威霊装・統合』を顕現させた。

 ふむ、……空間震警報が鳴らない?

 それはそれとして、これを見た狂三は、先程から一転、俺に興味を持ったようだった。

「……少し、よろしくて?」

 問いかけた割には答えを聞かずに、狂三は俺の至近距離に移動した。

 何だ何だ。

 俺が軽く引きながら身構えていると、狂三はそれを気にした風でもなく、さらに近付く。

「……あら、確かに霊力を感じますわね……、それに、これは……わたくし?」

 緊張に身を固まらせている俺を余所に、狂三は俺の体をペタペタ触ったり、霊装の裾を持ったりしながら、何事かを確認しているようだった。

「一つ、お伺いしたいのですけれど」

「お、おう。何だ?」

 努めて平静を装って、狂三からの問いかけに反応する。

 何だろう。今ので疑問に思ったことでもあったのかな?

「あなたから、わたくしと同じ霊力を、微量ながら感じましたわ。……どういうことですの? わたくし達は、初対面ですわよね?」

 狂三と同じ霊力?

 ……もしかして、【十二の弾】の痕跡じゃねえのか?

「えー、お前は、自分が持つ天使の霊力について、把握しているか?」

「当然ですわ」

「なら話が早い」

 まあ、もとよりそれを前提として訊いてんだけど。

「俺から感じ取ったっていうお前と同じ霊力は、間違いなくお前自身の物だ」

「ですが、わたくし達は……」

「ああ、初対面だ。ただし、」

 少なくとも、

過去(いま)のお前とは、だが」

「……まさか」

 お? 察しがついたみたいだな。ただ、表情を見るに、俄かには信じられない、ってところか。

 ま、これだけヒントが出揃えば、余程鈍くない限り気づくだろ。

「その通り」

 俺は、狂三の懐疑を肯定する。

「俺は、現在(みらい)から来た人間だ。お前の能力で、な」

 

 詳しく話しを聞こうということで、場所を移動することにした。

 そろそろ野次馬がやって来そうだったし、霊力を顕現させっぱなしってのも怖かったからな。

 今俺らは、それぞれの私服に着替え(と言っても、俺は霊装を消し、狂三は霊力で普通の服になっただけ)、街を歩いていた。

 山からは、俺が狂三を抱えて飛ぶように下山し、ものの数分で下りきったぜ。

「本当に、精霊さんでしたのね、あなた」

「だからそうだって言ってるだろうが」

 それもそうでしたわね、という言葉を耳に入れながら、俺は都合の良い場所が無いか探す。

 精霊としての話をするから、むしろ多少騒々しい位で、かつ休憩としても最適な所……。

 ……適当なファミレスか、最終的にはそこらの公園のベンチって所かな。

 とまあ、そんな感じでぼちぼちやっていたので、数十分かけて、ようやく俺らの姿はファストフード店に落ち着いた。

 あれだな。ここまでこういう店が似合わない奴もなかなかいないよな。今の狂三みたいに。

「……何ですの?」

「別に」

 精霊とはいえやはり多少は暑かったのか、頼んだジュースを口にしていた狂三が、俺の視線に気付いてそれを止めた。

 んー、今の所、信頼はしていないけど、取り敢えずは話ぐらい聞いておこう、みたいな感じかな。狂三の中での俺のポジション。

 狂三が少し落ち着いた所で、俺は話しを切り出した。

「さて、俺に何か訊きたいことでもあるか?」

「……そうですわね……まず、一つ」

 狂三はいたって真面目な顔で、

「現在から来たという話、詳しく聞かせてくださいな」

 ま、一番の謎はそれだよな。

 どうせ本人だし、包み隠さず話すけどさ。

「そのまんまの意味だよ。今からの未来、俺の時間感覚では、現在にあたる時間軸から、俺は来た」

 ただし、

「その際、現在の……未来のお前が、お前自身が持つ天使の能力を使ったから、先程霊力を感じ取れたんだろう」

「【十二の弾】、ですわね?」

 ああ、と肯定する。

「ですが、それではおかしいんですのよ」

「? 何がだ?」

「わたくしは、人一人を過去に飛ばす程の時間も、霊力も、持ち合わせていませんわよ?」

 ……ん?

「いや、別におかしくはないだろ。俺がこの時間軸からいなくなった後、時間を補充した、ってことじゃねえのか?」

 俺が普通に考え付くことを言うと、何故か狂三は、目を伏せてしまった。

「……ああ、そういうことですの」

 ……何か、悲しんでる?

 いや、より正確に言うなら、苦しんでいる、っていう表現の方がしっくりくる表情だぞ?

「……どう、したんだ?」

「! い、いえ、何でもありませんわ」

 本当かなあ?

 まあ、誤魔化すってことは、触れられたくないことなんだろうし、これ以上は追求しないけどさ。

「ともかく、そんな感じで、俺は過去に、お前らに合わせるなら、現在に来たって訳」

 取りあえずの説明は、こんなものか。

 他にも質問はあるようだから、これで終わりという訳ではないのだろうけど。

「それでは、二つ目をお伺いいたしますわ」

 さて、次は何だ?

「どうして、この時間軸へ? もっと前も、後でも、よろしかったでしょうに」

 ふむ、理由か。

 ただ、今の質問にあわせて答えるなら、

「分からん」

「え」

「いや、俺だってここが現在からどん位前なのか把握してないんだぞ? それに、この時間軸に飛ばしたのは、あくまで狂三であって、俺じゃねえもん」

 確かに、飛ばされたのは俺だけど、飛ばしたのは狂三なんだ。受身と自発の違い。

 どの時間軸に飛ばすかを決めれるのは、狂三の方。俺はただ、頼まれたから来ただけ。

 そんな説明を補足すると、狂三も納得したようだった。

「んで、まだ何かあるか?」

「そうですわね……最後に、お一つ」

「何だ?」

 俺は首を傾げる。

 しかし狂三は、俺が催促したにも関わらず、なかなか話し出そうとしない。

 首を戻して待っていると、やや赤くなった顔で、狂三は口を開いた。

「その、今更ではありますが、えと」

 うん?

「――――あなたのこと、何とお呼び致せばいいんですの?」

 …………。

「何だ。そんなことか」

 わざわざ改まって訊くほどのことでも無かろうに。

「い、いえ、ただ、ずっと『あなた』呼ばわりというのも、失礼な気がいたしますし……」

「七海でいいよ」

 何故か知らんが必死な感じで言い訳をし始める狂三を無視して、俺は簡潔に言った。

「……え?」

「だから、七海でいい。代わりに、狂三、って呼ばせてもらうからな」

 何か違和感があったから、これで解決。

 俺が一人うんうん頷いていると、狂三も返事をした。

「わかり、ましたわ。――――七海さん」

 ま、取り敢えずは、目標達成。狂三と出会うこと。

 次は……、この時間軸における世界の把握か、狂三からの信頼を集めるべきか。

 こんな思考をしていたから、俺は気付かなかったのかもしれない。

 狂三が、ひどく、

 ――――不安そうな目を、していたことに。




 そういえば、主人公チートタグがある割りに、無双したのは二回ぐらいなんですよね。

 最近、八舞姉妹と真那が書けなくて悩んでいます。
 早く彼女達を重きにおいて書きたいところです。
 ま、狂三編の間は、まず無理でしょうね。残念。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 なんだろう、過去の狂三の口調に納得できない自分がいる……。


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第53話

 お気に入り登録者数、400人突破ー!
 登録してくださった皆さん、本当にありがとうございます!

 ということで、狂三編第3話。中々話が進まない今日この頃。
 どうにかして話を進めたいのに、書きたい内容はもっと後、しかも殆ど1、2話に詰め込めそうなので、それまで間をもたせないといけないという。

 ど、どうにか頑張りますっ。

 それでは、どうぞ。


 とは言ったものの、これからどうすべきか。

 気分だけで道を選びながら、俺達はまたしてもぶらぶらと歩き回っていた。

「今度はどちらに向かわれているんですの?」

「特に決めてない」

 え゛、という絶句の声を聞きながら、苦笑いを返す。

「ほらさ、今から俺が何をすべきかが定まってないし、何より、この時間軸における俺の寝泊りする場所すら無い訳じゃん? だから、どうしようかなー、て」

 何というか、この世界に来たばかりのことを思い出すな。シチュ的に。

 やっぱ、宿泊施設を探すべきか?

「……七海さんがお泊りになられる場所なら、何とかなるかもしれませんわ」

「そうなの?」

 どこだろう?

 いや、普通に狂三が寝泊りしている場所か。

「わたくしの影の中ですわ」

 ……は?

 いやいや待て。影の中だって?

「マジ?」

 確かにお前の影の中は、ある種における別空間みたいになってた気がするけども。

「心配なさらずとも、取って食べたりはしませんわよ」

「いや、そういう心配は……してないと言えば嘘にはなるが」

 言われて気付いたその可能性。

 まあ、俺が何か言う前に狂三本人がそう言ったんだから、信じることにしよう。

 あれだな。やっぱり俺は、大概甘いな。

「……その件については後で話すとして、ホント、これからのことだよなあ」

 手っ取り早く事を進めたいのだけど、あまり焦っても仕方ないし。

 というか、マジで現在の方の狂三から連絡が来ないと、あとどの位この時間軸にいられるのかが分からない。

「…………あ」

 そんな風に話していた時、ふと見つけた看板。

 急に立ち止まってそれを見上げた俺を、狂三は訝しげな目で見つめてきた。

「どうかなされましたの?」

「あー、いや……」

 どうしたものか。

 ……ま、どうせだし、入って楽しむとするか。

「えと、ここに入ってみないか?」

 そうして俺が指差す看板には、

「『キャッツ&カフェ』……? 何ですの、ここは?」

 所謂、猫カフェ、って所だ。

 

 カラン、という鈴のような音と共に、俺らは店内へと入った。

 同時に、静かさと、微かな鳴き声を感じ取れるようになった。

 案内に来た店の人に促されて、俺と狂三は二人がけのテーブルへと連れてこられた。

 この店は、猫と触れ合えるスペースと飲食スペースを分けてはいないようで、他のお客さんを見るに、ただ猫と触れ合うだけも可能なようだ。

 ソフトドリンクサービスもあったので、それを利用し、二人分のお茶を取り敢えず持ってくる。

「へー、初めてこういう店に入ったけど……良いもんだな」

 早速足元にやってきた子猫(推定)を膝の上に移し、首元をうりうりと撫でてやる。

 気持ち良さそうに目を細めるその姿は、何時しかの狂三を彷彿とさせる。

「……狂三?」

 随分と狂三が静かなので、不思議に思って視線を移すと、

「じーーーーーーーーーー」

「うぉっ」

 軽く引いた。

 瞬き一つせず、俺の膝元の猫を凝視していたのだ。

 いや、これはこれでおかしいか?

 狂三なら、こういう動物達を見ると、真っ先に飛び付きそうなんだけど。あくまでも、俺の主観として。

「……撫でるか?」

 背中から抱えるようにして、その子猫を狂三の方へ向けてみる。

「い、いいんですのっ?」

「お、おう……ここはそういう場所だし……」

 何故か俺の了承を求めた狂三は、恐る恐る手を伸ばしていった。

 しかし……、

 ――――――ぐるるる。

「「……え?」」

 どちらかの腹の虫の音、では勿論無く。

 それは、俺が抱いている子猫から発せられた声だった。

 その声は紛れも無く、威嚇。敵対心を表す鳴き声だ。

「お、おぉ? 別に怖くないぞ?」

 慌てて膝の上に戻しつつ、額の辺りを撫でてみる。

 すると、さっきの声が嘘のように、先程と同じような表情になった。

 それを確認して、ゆーっくり狂三の顔を見てみると……、

「…………(ずーん)」

 お、落ち込んどる……!

 どうしよう、余程ショックだったのか、物凄い落ち込んでるんだけど!

「あー、狂三?」

「……なんですの?」

 暗いわっ!

 なんて言える訳も無く。

「その、ちょっと待って」

 俺はそう言うと、膝上の子猫を落とさないように気をつけながら、座席を動かした。

 それは丁度、真正面にいた位置から、狂三のすぐ隣へ。

 近付いたことで、またしても威嚇もどきをし始めた子猫を何とか宥めながら、俺は狂三に話しかける。

「ほら、これなら俺もいるし、触れるんじゃないか?」

「あ、ありがとうございますですわ……」

 俺も一緒に撫でてるから、噛み付いたり引っ掻いたりするようなことは無いと思うが、大丈夫だよな?

 というか、何でこの猫はそこまで警戒するのか。疑問だ。

 そう思いつつ、狂三が伸ばしてきた手の行く末を見守ることにする。

 触る直前で一瞬止まったが、恐る恐る触れると……、

「ふ、ぁぁぁぁ……っ」

 恍惚、という表情をしながら、狂三は俺の膝の上の子猫を撫で始めた。

 最初は警戒していたこの猫も、撫でられる内に緊張を解いていく。

「な、なんて可愛らしいんですの……っ。七海さん、本当はこの子猫、人形か何かではありませんの……?」

「本物だっつーの」

 苦笑いしながら、その猫を狂三の膝に移す。

「ですわよね? 嗚呼、もふもふですわ。くりくりしていますわ。もう食べてしまいたい……」

「…………」

 なんですかこのかわいーせーぶつは。

 一心不乱と一生懸命の間みたいな感じで猫を撫でる狂三の姿は、大変可愛らしい。

 あれだな。写真撮ろうかな。

「ふふ、ここが気持ちいんですのにゃ? こっちはどうですかにゃ? にゃーにゃー?」

 ……●REC。

 夢中になりすぎて謎の猫言語を発し始めた狂三を、俺は取り出した携帯で録画し始める。

 じー。

「―――――はっ!?」

 あ、戻った。

「お帰り、狂三」

「ただいまですわ……ではなく! い、今、わたくし、どんな感じになってましたの!?」

『―――――どうですかにゃ? にゃーにゃー?』

 俺は録画していた分の映像を、画面を狂三に見せるようにしながら流す。

 それを見た狂三は、一気に顔を紅くして、

「消してくださいなっ! こんな痴態……一生の恥ですわ!」

「しーっ。店内ではお静かに」

 俺の言葉に、はっ、となった狂三だが、すぐに気を取り直して、

「か、貸してくださいなっ」

「あ」

 携帯を奪われてしまった。

 油断していたら、思ったよりも俊敏な動きで、狂三は俺の手から携帯を引っ手繰ってしまった。

 あーあ、という感想を思いつつ、俺は大声にすっかり萎縮してしまった猫を撫でる。

 まあ、奪われたと言っても、既に保存済みだし、咄嗟に電源を切ったしということなので。

 ちらりと、狂三を見やる。

「う、う~……」

 俺の携帯と睨めっこしながら、狂三は何か唸っていた。

 いや、電源位は付けられるだろ。

「な、七海さん……」

「何だ?」

「これ、どうやって扱うんですの……?」

 肩透かしというか、ずるっ、っていう感覚というか。

 微妙に涙目の狂三も珍しいなと思いつつ、ああそうかと、納得する自分もいることに俺は気付いた。

 そうか。携帯と言っても、スマホが普及し始めたのはそれ程前では無いから、過去の狂三が使い方を知らないのも無理は無い……のか?

 単に、スマホが普及し始めた後でも、狂三はそれを持っていなかったから、操作方法を知らないだけ?

 ――――ここからは、あくまでも推測だが。

 恐らく、過去(いま)は、現在から見て少なくとも七年以上前。黒歴史が発動していないから、五、六、七年前では無いのだろう。

 となると、ASTがあの時やってこなかったのは、まだ精霊についての見解、及び精霊に対抗する為の技術がまだ発達していない、ってことなんだろう。

 さらに、五年以上前ならば、琴里もまだ精霊になっていない時期だ。

 そして、狂三についての、原作との相違点。

 

 ――――『殺した数は数百人、多くても四桁はいかねーです』

 

 俺の時間感覚でいう数ヶ月前の、真那のそんな台詞が思い起こされる。

 俺は、未だこちらを上目遣い気味に見上げる狂三を見返す。

 

 ……関係無い。

 

 たとえ何年前だろうが、狂三がどんなことをやっていようが、俺のやることは変わらない。

 ただ、救う。それだけ。

 まずは、操作方法を教えてやるか。

「えーとだな、まず電源を付けるところからか……?」

 ま、言われたとおり動画を消しても、予めバックアップは取るがな!

 

 

           *           *           *           

 

「〈ナイトメア〉ッ!!」

 一度七海達の家のリビングにやってきた琴里達一行を迎えたのは、そんな真那の怒りの声だった。

義兄(にー)様に、何をしたんでいやがりますかッ!? どこにやったでいやがるんですかッ!?」

「あらあらあら」

「少しは落ち着きなさい、真那」

 狂三も胸倉を掴んで詰め寄る真那を止めたのは、琴里だった。

 身長差の所為で、胸倉を掴むという寄りは、胸元を持つと言うべき体勢だった真那が、琴里の声で正気に戻る。

「琴里さん……ですが、こいつはっ」

「それを含めて今から話すわ。美九はいるの?」

「え、はい……そこのソファで優雅に紅茶を飲んでいやがりますが……」

 確かに、見れば美九の姿があった。

 やけに落ち着いているなとは思ったが、真那がいるにしては変に落ち着いていたので、やっぱりそんなことは無いかもしれない。

「耶倶矢さんと夕弦さんは、〈ナイトメア〉をどうも思わないんでやがりますか?」

 琴里と狂三の後ろにいた二人に、真那は問いかける。

「ふ……そう短絡的になるでない、真那よ。今は狂三がどうよりも、七海についてその思いを馳せるべきではないか?」

「む……」

「静穏。七海は大丈夫そうなので、琴里の話を聞いて上げましょう」

 本来ならば一番感情を爆発させそうな二人にこう言われては、真那も素直に引き下がる。

 その一方では、琴里が美九に話しかけていた。

「今、大丈夫かしら? 美九」

「あ、琴里さん、こんにちはー。大丈夫って、何がですかー?」

「……随分と、落ち着いているのね」

 感心したように、琴里はそう漏らした。

 それを聞いた美九は、えへへー、と笑う。

「だって、だーりんのことですし、また誰かに、おそらく狂三さんに、その手を差し伸べにいったんですよね? でしたら、私が心配することなんて、何も無いじゃないですかー」

 強い、と琴里は思った。

 令音に頼んで、あの場にいなかった人達に軽い事情説明のメールをしておいてとは頼んでいたが、真那はやはり激昂したし、最初は、今は大人しい八舞姉妹も怒りを露にしたというのに、だ。

 美九は、信頼からか、何の曇りも無く、心配無い、と言ってのける。

「これが、愛の力、ってやつなのかしらね」

「? 何か言いましたかー?」

 何でもないわ、と返しつつ、柄にも無い思考を振り払う。

「さて、取り敢えずあなた達に、今回の事情説明を始めるわね――――」

 琴里はソファに座りながら、あの場にいなかった二人を見ながら口を開いた。




 狂三のこんな姿を書きたかっただけです。はい。

 なので、直後の微妙なシリアス化は気にしないでください。

 ほんの少しだけ(言葉通り)、真那と八舞姉妹を書けました。
 ……真那だけでも、過去に送り飛ばそうかな。
 ほら、八舞姉妹や美九、士道の霊力を使って、どうにか一人分だけでも飛ばせるようになった、的な?
 ……これ、書くとしたらネタバレっぽくなってますよね。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 狂三編がどれだけ続くは、神のみぞ知るというやつです。


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第54話

 もうすぐテストです。

 というか、既に三日切っているのにここで書いている自分って……。勉強しなさい。
 高校入って初の定期考査なんですが、こんなに余裕かましてていいんでしょうか?

 書く内容も尽きかけているので、今回でストーリーは一気に進みます。
 
 それでは、どうぞ。


 結局のところ。

 平穏なんてのは虚構で、平和というのはただの瞞しに過ぎない。

 狂三の中にあるのは、そんな思いだけだった。

 望まぬ生誕を、顕現を、罪とされ、悪とされる。

 不確かな時間を生きれば、秩序と正義の名の下に憎悪を向けられる。

 ―――――だから、今回も。

 

 猫カフェを出て、また当てもなくぶらぶらとしていた俺らを襲ったのは、街の至る所にあるスピーカーからの声だった。

『臨時避難訓練を始めます。市民の皆様は、お近くの避難場所、およびシェルターに退避して下さい。繰り返します。臨時避難訓練を始めます――――』

「おう? 何だ?」

 臨時避難訓練だって? しかも、市民全体……。

 というか、一応シェルターはあるのな。

 いや、避難場所なる所も提示されている以上、普及している訳ではないのだろうし、緊急措置、みたいな感じなのか?

 ともかく。

「あー、面倒だな……どうする? 俺らも行くべきか?」

 一応人の流れに乗った方が良いのかと、狂三に話しかける。

 しかし、返ってきたのは、悲しげな微笑だった。

「いえ、七海さんだけでも行ってくださいまし。わたくしは、やるべき事がありますので」

「ふーん……そうか」

 やるべきこと、ねえ。

「まあ、お前が行かないなら、俺も残るか」

「え?」

「どうせ〈市民〉じゃねえし、何となく、嫌な感じがするし」

 何だろうな、この胸騒ぎ。

 避難すべき否、正しくは、この場から去らないとっていう思いはあっても、ここから動くなという直感もしているわけで。

 さらに、狂三の『やるべき事』ってのも気になる。

「い、いえ、七海さんは逃げてくださいまし。この場はわたくしだけで十分ですわ」

「……そんな言葉を聞いた後じゃ、余計動けないよなあ」

 疑問の色を浮かべる瞳を正面から見返して、俺は答えを口にする。

「お前は、『逃げて』と言ったな?……じゃあ、何からだ?」

「……あ」

「さらに、『この場は十分』とも言った……随分と穏やかじゃねえ言い方だな?」

「それは……」

 狂三は押し黙る。

 彼女自身、焦っていたり、動転していたりでもしていたのだろう。

 だから、俺みたいな奴に揚げ足を取られる。

 逃げて、この場は十分……それではまるで、敵が来るみたいじゃねえか。

「言え。何がある?」

「……すぐに、分かりますわ」

 今度は俺が疑問を浮かべると同時に、

「――――ッ!?」

 俺は咄嗟に、【無・零(アイン)】を発動させた。

 それは――――狂三の真後ろだった。

 それを感知出来たのは、単に偶然に過ぎない。

 今俺は『眼』を使ってないし、霊装や天使も顕現させてない。

 場所が良かった――――ただ、それだけ。

 もし俺が、狂三の正面ではなく、横にいたら、おそらく狂三にそれは当たっただろう。

「……そういうことか」

 俺が消したのは、銃弾。

 微かに見えた飛来物を、俺は消したんだ。

「少しばかり期待していたんだがな……。やっぱり、いるのか」

 日本において、何も言わず銃を向けてくるなんて、理由は一つだろう。

「――――AST……ッ!」

 続々と集まる人影に向かって、俺は静かに、その名を叫んだ。

 

「そこの一般人、すぐにソイツから離れなさい。保護するわ」

 俺に声を掛けたのは、真っ白な髪が特徴な一人の若い女性だった。

 ってか、

「あれ?……鳶一、折紙?」

 いや、それにしては大人だし……というか、時間軸が違うんじゃ?

「? 確かに私は鳶一だけど。……折紙という名前じゃない」

 あれ、違うのか。

 ……おーっと今閃いた。

 おそらく、こいつ、あれだ。折紙の叔母さん。

 そういえば、折紙がASTに入ったのって、叔母さんが理由だったっけ。元関係者だったとかいう。

 へー、叔母という割には、すっごい似てるなあ。口調以外。

「あー、まあ、違うなら違うんで良いけど」

 というか、妙にゴテゴテしてるな。装備満載というより、重量過多?

 ふむ、技術が発達していない。つまりはCR‐ユニットとかも、現代に比べて大きくなってるのかな。

 そこまで考えてから、俺は狂三に顔を向けた。

「お前が言っていたのは、このことか」

「……ええ、その通りですわ」

 狂三は、肯定を返してきた。

「オーケー。なら俺が相手をしてやる」

 ばっ、と俯いていた顔を向けてくる狂三を背にするように、俺は一歩前にでる。

 ついでに、今現在の狂三について知れたら良いけど。

「悪いが、保護されるつもりはねえよ」

「……どうして?」

「何されるか分かったもんじゃねえしなあ。とりあえずで連れてこられた場所で睡眠剤盛られて、寝ている間に記憶処理、なんてのも有り得る訳だし」

 俺がそう言うと、対峙している鳶一よりも、周りの隊員から動揺が感じ取れた。

 ふむ、感情を動かさないのも似ている、と。

 今はどうでもいいか。

「貴方、一体何者?」

「何でもいいだろ? とりあえず、お前らの敵となるだけの存在さ」

 肩を竦めて軽く笑う。

 その笑みを挑戦的なものに変えて、睨む。

 俺の言葉で、一気に戦意を昂ぶらせる周りを前に、俺と鳶一の視線は交差した。

「……どうして、ソイツに加担するの?」

「じゃあ逆に、どうしてお前らはこいつと敵対するんだ?」

「ソイツはこの世界に害なす存在だから」

「こいつが何をやった?」

「空間震と我々が呼ぶ現象で、何千人もの負傷者だが出た。我々からも、戦闘中に大怪我を負った者も出た」

「前者は望まぬ被害、後者は正当防衛じゃねえのか?」

「前者については、そんな虚言の証拠が無い。後者については、絶対の悪に対して、正当も何も無い」

「……成程な」

 今ので、大体の狂三の扱いが分かった。

「――――ふざけるな……!」

 本当に、この世界に来たばっかりの頃を思い出す。

 あの時戦ったASTも、同じようなこと言ってたっけなあ。

「証拠が無いのはお前らも一緒。一方的に悪と決め付けておいて、どの口が正義だとほざくんだ?」

「言った筈。既に被害は出ている。悪と言わずして、ソレは一体何者?」

 ブチッ。

「……俺はこうも言った筈だ。望まぬ被害、正当防衛だと。こいつが悪でないのなら、ただの人間だろ」

「同じことを言わないで。妄言も吐かないで。ソイツが、人間ですって?」

 ブチブチッ。

「ああその通りだ」

「ふざけないでちょうだい。人間が、あんな力を持っている訳無いでしょう」

「なら、人のくせして空を飛んでみせるお前らは一体?」

「科学という武器を持った、人間よ」

「……そうか」

 やばい、そろそろ限界。

 あともう一押し何かあれば、俺は間違いなく怒るぞ。

「大体」

 あ?

「まずもって()()()()()()()ソイツに、人道を説くのが間違ってるんじゃないの?」

 直後。

 白の髪を持つ女性は、地に叩きつけられていた。

 ガンッ、という鈍い音が、辺りに響く。

 それは俺が、一瞬で距離を消して、攻撃を加えた結果。

 右腕だけを覆っていた霊装と、そして翼を全て顕現させて、位置の逆転した相手を見下ろす。

 そうか。狂三はこれまで、こんな風に敵意を、殺意を、向けられていたのか。

「……お前らは、踏んではいけない地雷を踏んだ」

「くっ……総員、戦闘態勢に!」

 地面から飛び上がった鳶一が、他のメンバーに指示を出す。

 俺はそれを意識の外で聞きながら、右目の眼帯を外した。

「俺は今、猛烈に怒っている。―――――死ぬなよ、人間」

 どこからか聞こえた、あーあ、という声を後に、俺は飛び出した。

 

 戦況は、あまりにも一方的だった。

 ASTの攻撃は全て当たらず、代わりに七海の攻撃は確実に相手を捉える。

 七海はその右手に、両剣型の天使を顕現させ、総勢二十名前後の相手を敵対していた。

 さらに、だ。

 何人かは狂三の方に攻撃を加えようとするが、その度に七海から妨害され、相手を余儀なくされる。

 狂三を守りながら、戦況を優位に進める。

 勿論、ASTの方が弱い訳じゃない。

 ちゃんと連携を取ってくるし、一人一人の質も高い。

 だが、七海には届かない。

 五人単位の隊で攻撃をするも、炎の壁に阻まれ、遠距離から狙撃するも、全て消され、逆に氷の矢が飛んでいく。

 防御体勢を取っても、構わず吹き飛ぶ。

 それだけ、七海は強い。

 目に見えて、AST側は焦燥し始める。

 が、そんな中、七海の表情は変わらなかった。

 強い怒りのあまり、表情が見受けられないのだ。

「【無限(アイン・ソフ)】!」

 またしても、幾条もの光が、AST隊員を貫く。

 これだけ一方的でも、不思議と、戦線離脱者はいなかった。

 それは、七海が先程から、急所以外を狙っているからだろう。

 怒りに染まっても、殺しはしない。

 しかし見方を変えれば、死なない程度の重症を負わせる、というものでもあったが。

「……う、――――な」

 そんな中、狂三は。

「――――もう、止めてくださいな!」

 その叫びで、七海の動きが止まった。

 その瞳に、感情の色が戻る。

「わたくしなんかの為に怒ってくださったのは嬉しいですわ。ですが、わたくしなんかの為に、その手を血で汚さないでくださいまし!」

 静かに地面に降り立った七海は、翼を消し、狂三の下に駆け寄る。

「……どうした?」

「ふふ、所詮、これはわたくしの日常。わたくしが消えるまで、この場を保たせればいいだけのお話。七海さんが出る必要なんてありませんわ」

「じゃあ、何故」

 何故、

「……泣きそうな顔で笑う?」

 言われて、咄嗟に顔を拭ってしまった。

「あ、はは……どうやらわたくしは、自分で思っていたより、七海さんのことが気に入っていたみたいですわね」

 だって、こんなに別れが辛いんですもの、と。

 狂三を一筋の涙と共に、言った。

「今日は楽しかったですわ。またお会いできたら――――」

「認めねえよ」

「……え?」

「これで終わりなんて認めねえ。俺はまだ、お前を助けてない」

「いえ、わたくしは、十分に、」

「言われたんだ」

 狂三の言葉に被せて、七海は口を開く。

「未来のお前に」

「未来の、わたくし……?」

「ああ。未来のお前は、俺に、こう言ったんだ」

 あの時、【十二の弾】を撃つ直前。

「『助けて』、って」

「――――――」

「俺はそれを請けた。なら、お前を救うまで、お別れなんてのは認めねえ」

 七海はそこで、しばし考える間を置き、

「要はお前は、自分が悪だからと、悪だからその敵意を受け入れようとしているんだな? 自分が傷つけてしまった人の償いに、と」

「それが、どうしたんですの?」

 簡単な話だ、と七海は言い残して、とある場所へと移動した。

 それは、全て突き落としたAST隊員の一人――――鳶一の下だった。

 天使、〈聖破毒蛇〉を地に突き刺し、その大きなCR‐ユニットを掴んで、倒れていたのを無理矢理起こす。

「おい、起きろ」

「……う、あ」

「武器を展開しろ」

 少しずつ覚醒状態にはなってきていたようだが、既にいつ致命傷を貰ってもおかしくない状況だというのにも気付いたのか、大人しく、やはりゴテゴテしたレーザーブレイドを展開した。

 七海はそれを持つ右腕を持って……

「――――がっ!」

 ぶすり、と。

 霊装を一部消し、その身に刃を突き刺した。

 それは、心臓。

 貫通し、背から生えたような刃が、血で濡れていく。

 人の肉を貫く感触に、鳶一も、一気に目が覚めた。

「っ! 貴方、一体何してるの!?」

 既に殆ど力の抜けた手を振り払い、急いで距離を取り、構える。

 七海はそれを見ても、天使を握ろうとはしなかった。

「これで、対等、の、はずだ……」

「は、ぁ……?」

「お前らが、狂三に、負わされたという、傷の……最高負傷率だ。……死者、とは言ってない、以上、死ぬ訳には、いかねえ、けどな……」

「貴方、まさか……」

 鳶一は、七海の真意を理解した。

 彼は即ち、狂三の分の悪を自分が請け負おうとしているのだ、と。

「代わりに、命じる……」

 弱弱しい口調でも、眼の鋭さはそのまま強く、

「――――撤退、しろ……!」

 そこでようやく、七海は傍の天使の柄を握った。

 それを見た鳶一は、狼狽を露にし、

「拒否する」

 しかし、否定した。

「ここで貴方を殺せるのなら上々。あとは後ろのソイツを敵とするだけ」

「ん、だと……?」

「策を誤ったわね、人間もどきの絶対悪。貴方はここで、死ぬわ」

 そして、展開させられていたレーザーブレイドを持ち直して、突撃する。

「くっ……!」

 何とか〈聖破毒蛇〉で防御するも、既に死に体、弾き飛ばされる。

 地面を転がり、更なる血を流していく。

 立ち上がる事すら出来ない七海に、鳶一は近付き、無言で、レーザーブレイドを掲げた。

「〈刻々帝〉――――【一の弾】!」

 それが七海の首を胴を分ける直前で、七海の姿が掻き消えた。

「……アイツ」

 続く血痕を見て鳶一はまず、周りの隊員を起こしに行った。

 一応、一時撤退すべきかと考えながら。




 七海の思考って、大分自虐的ですよね。

 最近マテリアルを読み直したので、それに感化され、ここで七海の設定確認をば。
 あれです、空間震規模だとか、霊力だとかいうやつです。
 それでは、

 名前   東雲(しののめ)七海(ななみ)
 識別名  〈ディザスター〉
 総合危険度 AAA
 空間震規模 (S)
 霊装    C→A(エレンとの初バトル後)
 天使    AA
 STR   195
 CON   110
 SPI   Error
 AGI   235
 INT   230
 霊装    神威霊装・統合(セフィロト)
 天使    聖破毒蛇(サマエル)

 能力解説・設定説明
『情報の有無を改変する能力』
 神様(楓)から借り受けた能力。七海の基本スキル。
 その物事の情報を理解さえしていれば、自由に消したり創ったり出来る。
 ただし、元々あるものを消すのには負担がかかる。

精霊としての能力。
 空間震規模、霊力が高いのは、上記の能力があるため。その能力により、ほぼ無尽蔵に創りだすことが出来る。
 敏捷性が高いのは、八舞姉妹と鬼ごっこ出来ていたことより。
 知力は、七海の基礎スペック。
 天使がAAなのは、形態変化がなにかと厄介そうだから。
 代わりに、一応人間であるため、耐久力は低め。

 霊力の性質
  十香と似ているが、効果は消失。今まで会ってきた精霊達の霊力も込められている。
  能力では、理解した物事を自由に創ったりできるが、霊力の場合、問答無用で全
 て消してしまう。

【無・零】
 霊力による防御的使い方。
 その範囲内において、ある程度の攻撃を無効化できるが、接近戦が常の七海の為、あまり使わない。

【無限】
 霊力による、攻撃的使い方。
 レーザーのように光を打ち出す。絶滅天使に似ている。

【???】
 まだ出てきていない。

〈神威霊装・統合〉
 ロングコートのような形の、七海の霊装。
 最初は防御力は低かったものの、エレンとのバトル後、琴里や令音達の協力のもと、創り直した。


 反転時
 識別名  〈???〉
 総合危険度 SSS
 空間震規模 (S)
 霊装    B
 天使    S
 STR   225
 CON   105
 SPI   Error
 AGI   Error
 INT   210
 霊装    ???(クリフォト)
 天使    死天悪竜(サマエル)

 殆ど精霊としてだけの能力しか使わない。
 作中においては、霊力の暴走による、擬似的反転現象、みたいな感じになっている。
 全体的に能力値は高くなっており、ただ、防御力がやや落ちた。
 空間震規模や霊力が高いのは先程の通りだが、天使や敏捷性まで高くなっている件についての説明を。
 天使は、単に威力が上がっただけ。
 敏捷性は、もとの能力により、擬似瞬間移動を主とした移動方法をとる為。

 通常時とほぼ見た目は変わらないものの、翼、肩辺りの装飾、左腕は目に見えて違う。

無形(ラ・トフ)
虚無(バーブラ)
 それぞれ、もとの使い方と同じ。霊力が反転しているだけ。

無極闇(カイゼーク)
 『幽幻を奏で、深淵へと誘う、闇であれ』
 十香の【最後の剣】(【終焉の剣】)とほぼ同じ。
 ただし、消失の性質を持つ霊力と、×型の斬り筋が特徴。

〈???(クリフォト)〉
 名前だけ決まっている。
 元の姿との差異は上記の通り。

 通常時と反転時で天使の名前が一緒なのは、サマエルは天使とも悪魔とも捉えられていたような覚えがあるため。
 反転時の技名は、それっぽく呼んでいるだけ。

 長くなってしまいました!

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 主人公チートタグあるんだから、これぐらいの設定にしても良い筈!


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第55話

 ゴッドイーターのエリナが可愛すぎて可愛すぎて……(ただし、2である)

 テストがようやく終わり、高校のテスト舐めてたぜ、って絶望したところで、本日投稿いたします。
 前回出てきた鳶一さんですが、要はネタ程度のキャラです。口調はてきとーなので、もし原作で出た場合、書き直します。
 あと、明確な敵として出演してくださるので、主人公の怒りの琴線にバンバン接触してきます。怒った主人公は怖い。

 それでは、どうぞ。


 七海を抱えた狂三がやってきたのは、自分がよく隠れ家として使う廃ビルの一つだった。

 街からは大分遠く、近々取り壊されることも決定しているここならば、人目に付くことはほぼ無いと踏んだのだ。

 そんな廃ビルの廊下に、蛇のような赤黒い痕が続いていた。

「とりあえず、は……ここで、どうにかしないといけませんわね……」

 心臓を自ら刺した七海は、既に意識が無いので、力の抜けた体はひどく重い。一応軽く床の埃を払ってから、その身を寝かせつける。

 しかし、心臓を刺した割りには、未だ呼吸をしているのは何故だろうか?

「今は、どうでもいいですわ……。生きているのなら、まだ手はありますもの……!」

 そう、理由はどうあれ、生きているのには変わりないのだ。

 ならば、自分に出来ることだってある。

「お出でなさい、〈刻々帝〉!」

 そして、狂三の天使が顕現した。

 勿論、またASTに見つかる危険はあったが、彼女らが来る前に終わらせることが出来るだろう。

 そう思い狂三は、長針となっている歩兵銃の銃口を七海の傷口へ向けた。

「――――【四の弾(ダレット)】」

 この時狂三は、自分が思っているより焦っていた。いつ、七海がその息を止めるのか、と。

 だから、気付けなかった。

 引き金を引いた狂三が感じたのは、違和だった。

「……?……【四の弾】」

 再度、引き金を引く。

 だが、結果は、かちりという引き金の音がしただけ。

 ――――銃弾が、発射されない。

「ッ!?【四の弾】、【四の弾】、【四の弾】!」

 かちり、かちり、かちり、と。

 ただ、空虚なまでの音が響くだけだ。

 そこで狂三は気付く。

「霊力も、時間も……足りない?」

 目の前が、真っ暗になったようだった。

 自分の時間を限界まで使って、霊力が無くなるまで使っても、足りない。

 ここにきて、今までの行いが、仇となった。

「そん、な…………」

 性懲りも無く撃とうとするも、勿論弾が出るはずもなく。

 ただ無為に、時間が過ぎていく。七海から、血が流れ出していく。

「まあ、方法はあるんだけどねー」

「っ!?」

 突如として聞こえた声に、狂三はびくっとなる。

「あはは、幼いねー、この頃のきょうぞうちゃんは」

「あなた、は……?」

 声の発生源に目を向ければ、いつからいたのか、一人の少女がそこにいた。青っぽい髪とバランスのとれた体つきの少女である。

 楓だ。

「どうせ忘れさせるから気にしなくてもいいけど。まあ、〈パンドラ〉とでも呼んでね」

「〈パンドラ〉……」

「今はボクより、七海くんの方を気にするべきだね」

 その言葉に、暗鬱な気持ちになる。

「今までやってきたことが、いや、やらなかったことが、全部仇となってしまったね」

 その台詞は、さらに狂三の心を揺さぶる。

「でも、方法はある」

「! それは、一体なんですの!?」

「喰い尽くしなよ」

 あっさりと言われたその言葉は、狂三の動きを止めるには、十分過ぎるほどの効果があった。

 その理由に気付いていながら、楓は口を閉じない。

「七海くんは今、その能力のお蔭でなんとか生き永らえている。心臓を刺された時の死因って、要は出血多量なんだよ? だから、血さえ無くならなければ、まだ生きることは可能なんだよね」

「何を、言って……」

「でもこのままじゃ、いつそれが止まるか分からない。止まる前に、その傷を塞いであげる必要がある。七海くんは今、そこまで手が回らないみたいだし。なら、どうすればいいか」

 それは、

「――――君が、誰かの時間を喰い尽くしてくるんだ」

 

「君は今まで、誰一人として殺したことが無いみたいだけどね、今はそうも言ってられないよね。だって、こんな緊急事態なんだから」

 楓は、その口角を上げながら、滔々と語っていく。

「事故や事件で今にも死にそうな人から少しずつ吸っていった時間は、その殆どを、保険の為の分身体に使っちゃっているみたいだし、なら新しく補充するしかない」

 狂三に話す機会を与えないまま、楓は言葉を続ける。

「霊力も、度重なるASTとの戦闘等で尽きかけているようだし、手は他に無いよね」

 ボクはそう思うけど、どうするんだい―――――と。

 楓はここで、ようやく狂三に話す機会を与えた。

「……どうして、そんなことを知っていますの?」

「ボクだもん」

「……他に、手は無いんですの?」

「ボクはそう思うけどね」

「…………制限時間は?」

「よくて……十五分かな」

 そして、狂三は考える。

 今まで怖くてやってこなかった『食事』を、行うべきか否か。

 簡単だ。

「―――――勿論、是ですわ……!」

 そう決意し、一歩踏み出そうとする狂三。

「ん? あれあれきょうぞうちゃん、どこに行こうとしているんだい?」

 を、楓が止めた。

 自分の足元にまで流れてきた血を見て、狂三は焦りを覚えながら、楓の方に向き直る。

「どこって、人のいる場所にですけれど」

「あー、そんな必要は無いよ?」

「……え?」

 いや、だからさ、と言う楓。

「自分の分身体を食べればいいんじゃないのかな?」

「自分の、分身体を……?」

 狂三は疑問を覚えつつ、その意味を理解しようとする。

 その途中で、向こうから答えがきた。

「出来ると思うけどなあ。一体一体の時間や霊力量は少なくても、君が保持している分身体全員を食べれば、七海くんの傷を治し、さらにその後ASTと戦うだけの余力は残ると思うよ」

 考えもしなかった方法だった。

 だが、最善手だと思う程度には、それは優しかった。

 だって、それは、

「わたくしが、自殺をし尽くせ、ということですわね?」

「残酷な解釈をするねえ。まあ、あながち間違ってないけどね」

 他人を殺したという事実よりも、自分を殺したという方が、まだ気が楽だ。

 殺すことには変わりないのに、気が楽、と思っている時点で、自分は大分狂っていると狂三は自分を再認識する。

「さあ、時間がかかればかかるほど、七海くんの傷を治すのに必要な時間は増えてしまう。急ぎたまえ、きょうぞうちゃん」

 そろそろ、その渾名に異議を申し立ててもいいと思う。

 

 二一六人。

 それが、狂三が『喰い尽くした』分身体の総数だ。

 一人一人は、生きられる時間は半刻とも満たない者ばかりだったが、これだけ食べれば、そこそこの時間を補充できる。

「〈刻々帝〉――――【四の弾】」

 改めて、時間を巻き戻す弾を撃つ。

 その弾が七海の胸の傷に当たると同時に、流れ出ていた血が逆再生のように体に戻っていき、最終的には、

「う、あ……ぐ……」

「っ!」

 その違和感に、苦悶の声を小さく上げた七海。その身を起こす。

 それを見た狂三は、思わず、抱きついてしまった。

「おう!? あ、え、狂三!?」

「七海さん、七海さん、七海さん……っ」

 何がなんだか分からない七海だったが、取りあえずその声が濡れていたのを理解したので、間近の頭を撫でる。

「あれ、俺は確か、ASTと戦っていた筈じゃ……。そこで、自分を刺させて、えっと、それから……」

 落ち着くまで放置することに決めたのか、狂三をそのままにして、七海は今までの経緯を思い出そうとする。

 しかし如何せん、丁度そのあたりから意識が途切れていた為、それ以上思い出すことが出来ない。

 狂三なら知っているだろうかと思ったが、

「ぅ……、ぅ…………、ぐす……」

 小さく嗚咽を漏らし始めたのが聞こえたので、七海は狂三に話を聞くのを諦めた。

 

 

           *           *           *           

 

 

「え、思い出せない?」

「はい……。何故か、ここ数分の出来事を、全く思い出せないんですの。七海さんの傷を治す直前はあるのですけれど」

 あれから数分後。

 やっと落ち着いた狂三を俺から離し、向かい合う形で情報を共有していく。

 しかし、どういうことだ?

 まずもって、ほんの数分前の出来事を、思い出せない筈がない。

 かと言って、狂三が嘘を吐いているようには見えねえしなあ。

 有り得るとしたら、楓の可能性だが、今楓は出てこねえし。

「じゃあ、それならそれで、俺をどうやって助けたんだ? 自分からやっといてアレだが、気になってな」

 確実に【四の弾】を使ったんだろうが、その割には、随分と時間が経っているみたいだしな。

「わたくしの能力ですわ」

「〈刻々帝〉、【四の弾】だろ?」

 俺がその能力の名前まで当てたのを聞いて、狂三は驚きの表情を作る。

 しかし、それもすぐに引っ込め、肯きを返してきた。

「ええ、その通りですわ。よくご存知でしたわね」

「まあな」

 敢えてその理由は言わない俺だが。

「じゃあ、その割には、どうしてこんなに時間が経ってるんだ? 俺の傷が治ってというか、戻しても、俺自身の時間が戻った訳じゃないだろうし」

 いや、言うほど経っている訳でもないけども。精々、十分単位だろ。

 だがまあ、それだけでも、疑問に思う程度には長い時間だけど。

「……いえ、単に気を失われていらしただけですわ」

 ……こいつ。

「お前、嘘吐くの下手だなあ……」

「な……っ!」

「目線を逸らす、若干の発汗、体を小さく揺する。全部、嘘を吐いたときの反応だぞ?」

 おー、ちょっと前に暇で調べた内容覚えてて良かった。今こうして役に立った。

 ま、三日後ぐらいには忘れてそうだけどな。

「言ってくれ。何があった?」

「えーと……」

 俺が真正面から見詰めると、さらに体を揺すったり、あからさまに目を逸らしたり、暑いのか、顔を赤くしたりしながらも、狂三は話し始めてくれた。

「【四の弾】を使う為に、時間を補充していましたわ」

「時間を補充……?……おい、それって」

 まさか、一般人を……!?

「あ、いえ、七海さんが思われているようなことではありませんわ。ただ、言うなれば……自殺を繰り返したというだけですわね」

「自殺……」

 自分を、殺し続けたってことか?

 ……えーと。

「つまり、分身体の時間を奪っていったってことか?」

「……どうして、こういうことには無駄に察しが良いんですの」

「え、どういうことだ?」

「何でもありませんわ」

 な、何故か拗ねてしまったんだが。何だどうした何があった。

 というか、拗ねられたら、話が進まなくなっちゃうんだけどな。

「えと、取り敢えず、俺の仮説は正しいんだよな?」

「ええ、合っていますわ」

「……何人だ?」

「二一六。わたくしが持っていた分身体の全てですわ。勿論、余力を含めた分も貰いましたけれど」

 二一六……少ないのか多いのか分からないな。

 いや、殺した数としてはあまりにも多い人数なんだけど、それが全部、自分自身となると……うーん。

「……失礼を承知で訊くぞ」

「何ですの?」

「お前は今まで、今日自分自身を殺すまで、何人殺したんだ?」

 これは、あまりにも酷い質問だろう。自分が殺した回数を教えて、なんて。

 ただ、どうしても気になるのも確かなわけで。

「0人ですわ」

「そうか、悪い。忘れて……え?ゼロ?」

「はい」

 答えてくれないと思って、狂三の台詞を聞いた瞬間謝罪の言葉を口にしたんだが、まさか答えてくれるとは。

 しかも、ゼロだとは。

「となると、お前は、自分を二一六回殺しただけ……?」

「ふふ、そろそろこの話題も止めにいたしませんこと?」

「お、おう。そうだな」

 笑顔が怖いよー、狂三さん。

 おほん、とわざとらしい咳払いをして、話題の転換を試みる。

「えー、それじゃあ、これからどうする?」

「あの機械を背負った方々をどうにかしないといけないと思いますわよ」

「それなら大丈夫だろ」

 え?、という疑問の声を聞きつつ、俺は自分の推測を展開する。

「ほら、あいつらが来る直前、放送があっただろ?」

「ああ、臨時避難訓練とか何とかおっしゃっていましたわね」

「だからだよ」

 そう言ってもまだ納得していないらしく、曖昧に狂三は頷いてくる。

 はは、と苦笑いをかえして、その補足説明を俺はすることにした。

「考えてみろよ。『臨時』避難訓練だって言ったのに、そう日も経たずにもう一回出来る筈がないだろ? 短くても、三日から五日の余裕はあると思うぞ。勿論、他の手段を取ってくる可能性もあるけど」

「ああ、成程」

 ぽむ、と軽く握った手を手のひらを上に向けたもう片方の手に打つ仕草をとる狂三。

 なんというか、どことなくあざといな。うん。気のせいかな。

 ともかく。

「とまあそういう訳で、絶賛暇になっちまったんだが」

 俺は立ち上がり、ガラスの砕かれた窓から、遠く地上を見下ろす。

 どうやらそこそこに高いところにあるらしく、そろそろ気温が最も高くなる時間帯だからからか、それとも避難訓練終了が終わったばかりだからか、外にいる人影は少ないのが見て取れる。

 しかし、ここ付近はさらに人が少ないのか、一人も見つけれないな。

「何か見えますの?」

「いや、特に」

 隣に並んできた狂三に適当な返答をしつつ、さて、と考える。

 今、何やっておくべきか……。

「……なあ、狂三」

「はい?」

「デートしようぜ」

「……はいっ!?」

 素っ頓狂な声を上げる狂三の手を取って、俺は窓から身を投げ出した。

「え、き、きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」

「差し当たってはまず、スリル満点のスカイダイビングと行こうじゃねえか!」




 楓は出しやすい。

 安定の神様ちゃんの何でもあり感。何でもありすぎて、出番を規制しないといけないレベル。

 楓の台詞にもありましたが、過去の狂三は、どことなく幼さをイメージしています。
 なので、現在の時間軸の狂三と比べると、反応にかわいらしさが残ります。(最後の悲鳴とか)
 次回はデート回。可愛く書けたらなと思います!

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 あ、前回の後書きについては、時折更新される場合があります。この話投稿後とか。


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第56話

 すみません。三週間以上も開けてしまいました。申し訳ありません。

 お久しぶりです。久々の更新です。ごめんなさい。
 学校行事で校外模試だったり、土曜授業だったりとした結果、更新がこんなに遅れてしまいました。

 今回はデート回です。
 ただ、最近書いてなかった所為か、所々おかしな点があるかもしれません。
 早く感覚が戻ると良いんですけど……。

 それでは、どうぞ。


「し、死ぬかと思いましたわ……」

「いやー、悪い。でも、あれだろ? 楽しかっただろ?」

「今のわたくしの台詞を聞いていましたの?」

 霊力で空中に浮くぐらいならいつもやってそうなのに、何を怖がっているんだか。

 まあ、かく言う俺も、昔のトラウマ思い出しちまったけどな。自業自得だ。

 痛む胸を掻きつつ、俺は狂三に手を差し出した。

「? 何ですの?」

「何って、お前、腰抜かしてんじゃん」

 翼を創ると霊力を使っちゃうから、風を生み出してなるべく静かに降り立ったんだが、地面に着地した瞬間、狂三はぺたんと座り込んでしまっていたんだ。

 可愛らしく女の子座りをやってる狂三は写真でも撮っておきたくなるが、キレられそうなので自重。

「う……、ありがとうございます……」

「あいよ」

 照れたように顔を赤らめながら差し出した手を掴んで、一気に立ち上がらせる。

「その、もう少し手を握っていてもよろしいですの?」

「ん? ああ、別にいいけど」

 今まで腰抜かしていた奴の手を離したら、また座り込みそうだし。

 何故かそっと身を寄せてくる狂三に微かな疑問を覚えつつ、大方同じ理由なんだろうと思いながら、俺は今後の予定を考えた。

「とりあえず、街の中心まで行こう。そこの方が、施設なり店なり充実してるだろうし」

「わかりましたわ」

 えーと、と中心の方角を視界で確認しながら、俺らは歩き出した。

 

 ということで、街の中心まで来た訳だが。

 時間があとどれくらい残されているか分からないので、本当はもう少し急ぎたかったんだが、狂三と歩調を合わせてたら結構時間がかかった。

 いやまあ、飽きなかったし、思ったより近かったのも幸いだったかな。

 普通の服になってくれた狂三の、もうそろそろ離してもよさそうな手を極力意識しないようにしつつ、俺らは歩いていた。

 何があるか把握しきれていないので、興味深いものがあったらとりあえず寄って行こうの方向性だ。

「どうする? お前が行きたい、もしくは見たいものとかあるなら、そこを目指すが」

「いえ、これと言ってはありませんわ。七海さんにお任せします。それに、こうして歩いているだけでも、わたくしは楽しいですもの」

 お、おお、面と向かって言われると恥ずかしいな。

 照れ隠しに顔を背けつつ、それじゃあ、と切り出す。

「……お前の服でも見に行ってみるか?」

 

 こういう店をブティックとか言うんだっけ。詳しくは知らん。

 街の商店街らしき通りに並ぶ店舗の一つの前に、俺らの姿はあった。

「よし、とりあえず入ってみようぜ」

 流石に下着類とかは売ってないだろうし。

 狂三もいるから、肩身の狭い思いはしなくて済むだろ。

 そして、入り口の扉を開けた俺が最初に思ったのは、意外と小さい、だった。

 へー、初めてこんな所来たけど、こんなものなのかね。

「わぁ……っ」

「―――――ッ!?」

 今隣から、有り得ない声がしたぞ!?

 なんだ、『わぁ』って、狂三か。狂三なのか今の声!

 驚いて連続瞬きをしている俺を余所に、狂三はやや興奮気味に、俺に顔を向けた。

「七海さんっ!」

「お、おうっ」

「ここから、自由に選んでみてもいいんですの……?」

「ま、まあ、気に入ったのがあれば、いくつか買ってやるつもりだが……」

「本当ですのっ!?」

 近い近い。顔が。主に顔が近い。

 空いている方の手で離れるよう示すと、はっ、となった狂三は静々と身を戻した。

 あれかな。やはり女の子はこんな所に憧れるものなのかな。

 …………。

 ――――常にASTに命を狙われていた身である狂三は、普通よりも、こういう所への憧れが強かったのかもしれないな。

 俺は目を輝かせている狂三の頭に、ぽん、と手を置いた。

「? どうかしましたの?」

「いや、何でも」

 なでなでなで……。

 そうして、猫のように目を細める狂三を見ていたんだが、俺は気付いてしまった。

 ――――周囲の視線の生暖かさに。

「……よし、狂三、好きなものを選べ」

「ん、分かりましたわ」

 そう言って、狂三は歩き出した。

 未だ手を離してくれないのは何故だか知らないが、まあいいや。

 楽しそうに、色んな服や装飾品を見て回る狂三。

 そんな笑顔が見られるなら、ここを選んだ甲斐もあったってもんだよ。

「七海さん七海さん」

「……あ、悪い。どうした?」

 そんな風に妙に悟ってたら、狂三の呼びかけに反応が遅れてしまった。危ない危ない。

「七海さんでしたら、どういうものがわたくしに似合うとお思いですの? 教えてくださいな」

「えーと……」

 そう言われると困るなあ……。

 つまりそれは、自分から見た相手、をそのまま表しちまうから、結構慎重にならねえと。

 狂三のことを考えていた所為で、朧気になってしまっている記憶を頼りに、似合いそうな物を探していく。

「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

 うーん、と悩んでいると、ここの店員さんが声をかけてきた。

 よくある、売り込みたい店員、ではなさそうなので、そこまで警戒はしなくてもいいかな。

「いえ、こいつに似合いそうなのはどれかなー、と」

「彼女さんに似合いそうな服ですね。よろしければ――――」

 店員さんのその台詞に、慌てて待ったをかける。

「あ、その、彼女ではないですよ?」

「え? そうなんですか?」

 素で驚いている店員さんの視線の先には、繋がれた俺と狂三の手。

 って、いつの間にか手の握り方が変わってるっ!?

 あれだ。指と指を絡ませるやつ。『恋人つなぎ』とかいうやつ。

 つか、気が付かない俺って……。

「あの、狂三、そろそろ手を離してくれてもいいんじゃねえか?」

「え? どうしてですの?」

 ……素で返されたんだけどどうしよう。

「ほら、その、な? 周囲の視線とか、そういうのだよ」

「……つまり、七海さんは手を離してほしいんですのね?」

「まあ、そのまま言えば、その通りだが」

「それでは――――」

 すると狂三は、ずっと繋ぎっぱなしだった手を離してくれた。

 ふう、これで何とか大丈夫。

 と、思ってました。

「……狂三」

「はい?」

「悪化してるよな?」

 くすくすと笑う狂三に、俺は溜め息を返すしか出来なかった。

 一度は手を離した狂三。だが、次の瞬間には、今度は腕を組まれていた。

 確かにね? 手は繋いでないけどね? 何か違うよね?

「仲が良いんですね」

「あー、そういうことにしといてください」

 否定する気も失せたので、適当に流す。

 そうして、やれやれと頭を振っていると、

「……?」

 ふと、ピンとくる服を見つけた。

 ただ、あまりよく見えなかったので、狂三と店員さんを連れて、俺はその場所へと向かう。

「なあ狂三、こういうのも着てみたらどうだ?」

 そうして俺が手にするのは、白基調の甘ロリドレス。

 原作で読んだ狂三の黒歴史の一つだな。

 今の時間軸がそれより前である以上、黒歴史化することはないと思うが、ま、見てみたいだけだな。

「ふむ、たまにはそういうのも面白そうですわね」

 少々お待ちくださいな、という言葉とを残して、狂三は店員さんも連れて試着室へと向かった。

 とりあえず、腕が離れてくれたのは嬉しい誤算。

 いや、別に腕を組みたくないとかではねえけどさ。

 ……暇だし、他にも探してみるか。

 そうだな、さっきの服に合いそうな小物とかでもいいかな。

 そうして色々見て回り、手に取ってみた衣装や小物をそろそろ両手で持った方が楽な気がしてきた頃に、狂三たちは戻ってきた。

「ふふ、どうですの? 七海さん」

「おー、狂三って黒とかのイメージがあったんだが、やっぱりこういうのも似合うな」

 原作に酷似した、フリルやレース満載の白基調ロリータドレス。

 狂三の私服って、基本黒基本のモノトーンだから、大分新鮮。

「そうだ、これとかも持ってみてくれ」

 ほい、と原作で読んだ狂三と同じような小物を手渡す。

 狂三も何だかんだで楽しんでいるのか、くるくる回っていたのを止め、素直に受け取ってくれた。

「こうですの?」

 特に何も言ってないんだが、狂三はポーズを決め始めた。

「とってもお似合いですよ、お客様」

「あら、嬉しいことを言ってくれるんですのね」

 確かに、お世辞でも何でもなく、今の狂三は可愛いと断言できる。

 が……、

「思うんだが、その格好で堂々と街中を歩く気にはなれねえな……」

 いや、俺が着るという意味ではないぞ?

「わたくしは構いませんわよ?」

「それはそれで俺に対する精神ダメージがでかいから止めてくれ」

 傍から見れば、コスプレか何かと思われてもおかしくない格好の美少女を侍らせてる少年の図を思い浮かべてみたが、中々に目立つ。悪い意味で。

 確かに俺の見た目は女っぽいが、絶対に間違われる、という訳でもないし。

「ほら、こんなのも着てみてくれ。見てみたい」

 狂三が試着している間に選んでみた服を、一着は狂三に渡し、残りは店員さんに頼む。

「七海さんがそう言うのなら、着替えないといけませんわね」

 そう言うと狂三は、今にもスキップしそうな足取りで、試着室へと向かっていった。

 つか、選んでて思ったんだが、この店、結構ファンシーなもの多いな?

 

「本当に良かったんですの? それなりに高かったですわよね?」

「良いって良いって。俺はお前が楽しめただけで十分」

 ひらひらと手を振って答える。

 あれから結局、3着の服と、その他小物類を色々買った結果、割と高額の所持金が飛んでいった。

 先のブティックを出て、腕を組まれるのは既に諦め、俺たちは次の目的地を目指した。

 といっても、明確な場所が決まっている訳ではないので、やっぱり、気になったら寄っていこうの方針だ。

 肩にかけた袋の紐を直しながら、俺はぼやく。

「んー、少し腹が減ってきたな……」

 そういや、今の時間軸(こっち)に来てから、ジュースを二本飲んだだけか。

 その後にASTとの戦闘もあったし、腹減るのは当たり前だな。

 でも、がっつり食事を摂りたいという程でもなく……、うーん………。

「なあ狂三」

「何ですの?」

「ちょっと、そこで何か食べようぜ?」

 俺が指差した先の公園には、屋台……いや、バンとか言ったっけ。スイーツ系統の物を売っているバンがあった。

 メインはクレープ、ソフトクリームも売ってますよ、みたいな感じだな。

「そうですわね……丁度小腹も空いてきたことですし、よろしいんではないですの?」

「よし、じゃー決まり。行こうか」

 腕を組んだまま、俺らはそのバンの前へ移動した。

 見れば、結構豊富な種類のクレープがあるようだった。ソフトクリームの方は数種類しか無いが、まあ、そんなものだろう。

 いらっしゃいませ、という挨拶に愛想笑いで返しつつ、俺は立掛けられてあるメニューの書かれた看板に視線を移した。

「……決まったか?」

「……バナナとチョコレートシロップと生クリームか、苺とクリーム」

「は?」

 何だって?

「バナナとチョコレートシロップと生クリームか、苺とクリーム。七海さんなら、どちらを選びますの?」

 おう、やけに真剣に睨んでるなと思えば、そんなことか。

 ……甘いもの、好きなのかな?

「あー、じゃあ、俺がバナナとチョコとのやつ買うから、」

「生クリームをお忘れですわ」

「…………」

 言い直そう。

「俺がバナナとチョコと生クリームの方買うから、お前は苺とクリームのやつ頼め。それで半々だ。流石に二個は厳しいだろ?」

「ん、そうですわね。それがいいですわ」

 よし、じゃあ決まり。

「えーと、すみませーん」

「大丈夫だよ、聞こえていたから」

「え、あ、はい。じゃあ、お願いします」

 はーい、という店員のお姉さんの言葉を聞きつつ、確かにこんな目の前だと聞かれるものかと考える。

 まあ、気さくな店員さんで良かったなー、って位か。

 狂三と特に意味の無い話をしていると、程なくして頼んでいた分のクレープが出来上がった。

「はい、お待ちどうさま」

「ありがとうございま……?」

「ふふ、私からのサービス。彼女さんと一緒に食べてね」

 ウインクと共に渡されたのは、()()のクレープ。

 うん、あれだね。気さく過ぎるね、あの店員さん。

 というか、やっぱり俺らは恋人のように見えるのか……。悪い気はしねえけど。

「良かったですわね」

「そうだな」

 どれから食べる? と訊いて、苺とクリームの方を渡しながら、近くのベンチに俺らは腰掛けた。

 俺は、溶けそうだからという理由でバニラアイスとかが入っている、サービスされた分のクレープを食べながら、もきゅもきゅとでも言うべき様子でクレープを食べる狂三を見ていた。

「まあっ、美味しいですわ……!」

「お、そりゃ良かった。なら、こっちも食うか?」

 今しがた食べていた、2/3程が残ったアイス入りクレープを示す。

「良いんですの?」

「おう。代わりに、そっちのも数口くれ」

 両者が納得してところで、それぞれが食べていたものを交換する。

 はむ、と俺に渡ってきた分のクレープを齧ってから、俺は気付いた。

「……これ、間接キスじゃね?」

「っ! ……ッ!? ん、ん!げほっ、ごほっ!」

「お、おうおう、大丈夫か?」

 慌てて二つのクレープを片手に移して、狂三の背中をさすってやる。

 胸元を苦しげに押さえていた狂三も、少しして平静を取り戻した。

「い、いきなり、何を言い出すんですの……」

「悪い。その、悪いことしちまったかなと思って」

「? どうして、七海さんが?」

「いや、お前がそういうのを気にするなら、俺なんかとで悪いなー、と」

 ん? でも、俺が言った後にむせたってことは、既にクレープを口にしていたということで、つまり言うまで意識していなかった?

 ……男としてラッキーなんだろうが、それと同時に、男として意識されていないってことなのかなぁ。

「あー、どうする? 一口ずつしか齧ってないし、戻すか? あんまり関係無いだろうけど」

 口をつけてしまったってのは変わらないし。

 俺がそう提案すると、狂三は少し考えた後、小さく首を横に振った。

「いえ、別にこのままでいいですわ。意識しなければいいんですもの。そう、これは自分の食べかけであり、決して間接キスとかではないのですわ」

「……まあ、お前がそう言うのなら良いけどよ」

 顔を真っ赤にして言う台詞じゃねえよなあ。

 という言葉は口にせず。

 気まずさの為か、それ以降会話が途切れてしまった空間に、咀嚼音だけが小さく聞こえていた。

 それでも、美味しいものは美味しいのか、狂三の方が早く食べ終えたので、余った最後のクレープを狂三の目の前に持っていく。

「食うか?」

「……半分こにしましょう」

 その提案に則って、今度は普通に半分に分けて食べた。

 

 ……食い終わった後、口の横にクリーム付けている狂三という貴重な光景が見られたぜ。




 狂三が何かとあざといです。

 今回の話の中で、ブティックなるものが出てきましたが、自分は一度も行ったことがありませんので、勘で書いてます。
 なので、本当はこんな感じと言われても、そうだったんですかとなってしまうだけです。
 俄かですらない適当描写。
 実際にああいう服が置いてある店があるのかは知りません。

 次の話でややシリアス気味にするつもりです。
 今度はもっと早く更新します!

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 主人公、所持金いくら持っていたんでしょう?


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第57話

 お久しぶりです皆様。
 
 またしても2週間近く開けてしまい、申し訳ありません。

 狂三編もそろそろ後半戦、といったところでしょうか。
 美九編は異常に長くなったのに、狂三編は10話で終わりそうな危うい予感。
 もう一回ぐらい戦闘回入れます。辻褄合わせとか色々ありますので。

 原作の新刊を買いました。内容については割愛させていただきますが。
 この作品においては、十二巻以降に判明した設定等は、七海は知らないということで進めていきます。
 なので、まだまだ先ですが、十二月以降は七海も知らないことになります。
 
 それではどうぞ。


 見下ろす街には光が灯り、見上げる空の星の光は届かない、そんなありふれた夜。

 街で一番高い場所、外れの高台に、俺と狂三の姿はあった。

 あれから、色んな所を見て回って、最終的に辿り着いた場所に。

「楽しかったですわね、七海さん」

「お前がそう思ってくれるなら、俺も楽しかったって言えるよ」

 落下牽制用の柵に寄り掛かりながら俺は、狂三にそう返す。

 ずっと組んだままの腕に釣られて、狂三も、俺の隣で柵に寄り掛かった。

 空を見る俺と、俯く狂三の間に、無音が流れる。

「……ねえ、七海さん」

 そんな静寂を打ち破ったのは、狂三の方からだった。

 見上げていた頭を狂三の方に向ける。

「何だ?」

「……本当に、良ろしかったんですの?」

「? 何がだ?」

 素直に疑問を覚えて、俺は首を傾げた。

「本当に、わたくしを救うなんて、思っていますの?」

 夜の静けさに感化されたのか、狂三は遂に、吐き出すように自分の思いを口にする。

 それはきっと、さっきまでずっと抱えていたであろう不安の言葉なんだろう。

「わたくしはどうしても、他人を殺さないと生きていけない存在なんですのよ? 辛うじて霊力で補っていた分も、直に限界が来ますわ。そうなると残るのは、誰かの時間を奪っていくしかない、最悪な存在だけ。ふふ、これでは、害なす存在だと言われても否定できませんわね。そんな風に殺して、奪って、喰らって、空虚な感情だけになっていって、それすらもぼろぼろになってしまって。それに目を瞑って、逸らして、見えない振りをした先には、同じような悪循環しかなくて。それでもやはり、死にたくはないから、繰り返すしかなくて。そう成り果ててしまうわたくしを、本当に救いたいと思いますの? そう壊れてしまうしかないわたくしを、本当に救えますの?

 

 ――――――あなたは本当に、望みますの?」

 

「当たり前だ」

 何かを考えることすらせずに、ただ即答する。

 そうしなくちゃいけないと思ったから。悩む必要も、迷う必要も無かったから。

 狂三の、不安そうに揺れる瞳を見返しながら、俺は返答する。

「まずもって、お前は間違ってるぞ」

「間違っている……?」

「ああ、間違ってる」

 先の台詞の、最後の三つの質問を思い返す。

 救いたいと思うか、本当に救えるか、俺がそれを望むのか。

 この全部に共通して言えることがあるんだ。

「お前は、自分が壊れてしまうからということで質問してきてたよな?」

「だって、わたくしにはもう、その道しか……っ!」

「逆だ」

 え? と聞き返す狂三の顔には、先の不安はどこへやら、意味がわからない、としか書かれてない。

 あれだな。俺もいつぞやの美九から自虐願望でもあるのか、と言われたことがあったが、今目の前にいる少女は、それと同じぐらい自分を傷つけようとするな。

 離れていた手を掴んで引き寄せて、至近距離で、俺は狂三を弁護する。

「逆なんだよ、狂三」

 いいか?

「その道しか残されていないのに救うのか、救えるのか、望むのか、じゃない。その道を選ばせないために、救うんだ。やってみせるんだ。望んでいるんだ」

 全部、逆。

 前提条件が間違っていたということだ。

「……なら、どうやってわたくしを救うんですの? そんな方法が、存在しますの?」

「……一応、考えはある」

 ただしこれは、成功するかも分からない、俺にとってあまりにも危険な賭けになっているだろう。

 いや、もとより、何があっても俺は救うと決めたんだから、俺への危険はこの際どうでもいい。

 となるとやはり、懸念すべきはそれを狂三がやってくれるかどうか、か。

「狂三」

「はい」

「……俺の時間を、喰ってくれ」

 

 自分の時間を喰わせる。それが俺の出した答えだった。

「な……っ。今、何を言っているか分かってますの!? 大体、わたくしは、誰かの時間を奪うなんてことはしたくないんですのよっ!?」

「分かってるッ!」

「なら……」

「だが、これしか方法が見つからねえんだよ!」

 時間というのは、消費されれば戻らず、そのくせ常に失い続けるものだ。

 勿論、狂三の〈刻々帝〉とかの例外はあるが、それでも、時間を使えばその分補充しないといけなかった。

 その点ではやはり、時間の流れは一方的だと言える。

 じゃあ狂三が言っていた、誰かの時間を奪わずに済む方法はあるか。

 ―――――答えはノーだ。

 じゃあどうするか。

「俺には、ある能力がある」

「? 確かに、七海さんは精霊ですもの。何かしらの能力はあって当然ですわ」

「違う。俺は精霊じゃない」

 眉を顰める狂三からやや距離を取って、俺は自分の説明を始める。

「俺は単に、精霊の力を擬似的に扱えるだけ。厳密には精霊じゃない」

「では、能力がある、とは?」

「俺は、生物以外の何でも創り出すことが出来る。それを使えば恐らく、時間すらも、創り出せる」

 いまいち理解していなかった様子の狂三の顔も、最後の言葉を聞いて、驚愕に染まっていく。

 先の質問の答え。方法は無いのにどうするか。

 要は、常識的に考えて皆無なら、その裏道を、例外を頼るしかないのだ。

 時間に関しては、〈刻々帝〉のような例外があった。

 なら、視点を変えよう。観点を変えよう。

 誰かの時間を奪う――――つまり、誰かの時間が()()()という風に見れば。

 そこには、『俺』という、『情報の有無を改変する能力』という例外が、存在する。

 試したことは無いが、多分、時間(もしくは寿命)という情報も、創れるのかもしれない。

「俺の能力があれば、お前を救えるんだ! 確かに、俺から時間を『奪う』ということをさせてしまう。だが、俺が許可している以上、それは『奪う』ではなく、俺からの『譲渡』だ。お前が気に病む必要はない!」

 言葉遊びだ。

 言い方を変えただけで、やっていることは何も変わらない。

 それでも、そんな建前を与えでもしないと、狂三は絶対に、引き下がってしまう。

「俺の時間を喰え、狂三」

 狂三の顔を真っ直ぐ見返しながら、俺は強く言う。

 狂三はやはり迷いや拒否感があるのか、何かを言おうとしては口を開き、そして何も言わずに黙り込んでしまうという工程を数度繰り返した後、

「……分かり、ましたわ」

 絞り出すように、そう口にした。

「……ごめん、狂三」

 俺はそう、返すことしか、出来なかった。

 

「最初に確認しておく」

「はい」

 先の場所から少し離れた、灯りがあまり届かない箇所に、俺らは移動した。

 もうこんな場所に来る奴はいないと思うが、今から精霊としての力を使う以上、一応、人目が付かなさそうな所を選んでおいた結果だ。

 そこで俺らは、今からの行為にあたっての確認をする。

「初めのうちは、俺の能力の確認の為に、微量ずつしか喰わなくていい。その後に俺が時間を創り戻せたら、一気に量を増やす」

「大体どの程度を目安にすればいいんですの?」

「八、九割方喰っていい」

 俺の言葉を聞いて、狂三は目を丸くする。

 今の台詞には、下手すれば一瞬で時間を喰い尽くされてしまう可能性があることを考慮したようなものには思えなかったのだろう。

 俺はそれを無視して、確認を続ける。

「慣れれば、そこからさらに霊力も加えるつもりさから、受け取ってくれ」

「霊力もですの?」

「ああ。俺は確かに精霊ではないが、霊力は無尽蔵に創り出せる。そっちの方が効率もいいだろう」

 狂三はまだ何か言いたそうな素振りを見せたが、特に何も言わないまま、そうですの、と引き下がった。

 何を言いたかったんだろうな?

「渡す時間は、普通の人間に換算して、約三万人分」

「三万人!?」

 素っ頓狂な声を上げる狂三。無理もない。

 まだ一度も他人を殺したことのない狂三からしたら、確かに万といのは文字通り桁の違う数値なんだろう。

 だが、俺はこれでも足りるか心配している。

「ああ。少なくとも、約一日過去に飛ばせることが出来る時間の、その三倍は欲しいところだからな。実際、これでも足りないかもしれないと思ってる」

 原作では、一万人以上喰い尽くしたと言われる狂三でさえ、折紙や士道を五年前に飛ばすには、本人たちの霊力で補う必要があるほど、【十二の弾】というのは消費が激しい。

 さらに言えば、今俺がいる時間軸が、現代からどれだけ前かも分かっていないから、さらに多く見積もる必要はあるだろう。

「大丈夫。俺の能力が時間という情報すら創りだせるなら、失った時間は実質ゼロだ」

「そういう問題ですの……?」

 さあな、という答えを肩をすくめるだけで返し、俺は、さて、と切り出す。

 確認作業は終わった。後は始めるだけ。

「さあ狂三――――俺の時間を喰ってくれ」

 狂三は数瞬の後に一つ頷くと、こちらに一歩踏み出した。

 そして、とん、とん、とん、と俺の周りを、踊るようなステップで一周する。

 またしても目前に戻ってきた狂三は、その名前を口にする。

「―――――〈時喰みの城〉」

 直後、俺の身に、一瞬の倦怠感のようなものが襲う。

 夜の黒すら呑み込むような影が、俺の下に蟠っていた。

「……ん」

 小さく呻き、俺は無理をせず、その場に座り込むことにした。

 声をかけようとする狂三を手で制し、俺は集中する。

 目は閉じても『眼』を開いて、俺自身を視る。

 俺という情報から、今なお失われ続けているもの。それを探し出せばいい。簡単なことだ。

 だから、すぐに見つけた。

 俺の、時間。

「――――――――」

 無言で、最初の俺の状態と、今を見比べる。

 時間を喰われる前の俺から、失った分の時間という情報を創りだせばいいのだから、手っ取り早い方法としては視比べること。

 そして、俺は。

「……オーケー。創りだせる。今から一気にいくぞ。二秒毎に九割喰え」

「え、ええ。分かりましたわ」

 端的に告げてしまった要求と事実だが、今はそれに構う暇もない。

 何も言わなければ狂三は、言われた通りに時間を喰って、四秒後には俺の時間が尽きる。

 そうならないように、二秒という短い間に、失われた九割の時間を補充する。

 二秒掛ける三万、六万秒。一千分。約一六時間と少し。

 それに霊力の分を引いて、なるべく早く終わらせる。目標一時間。

 俺は目を瞑ったまま、無言で手を伸ばす。

 狂三はその意図を察してくれたのか、少しして、握られる感触と情報が頭の中に入ってきた。

「……霊力を譲渡する。受け取れ」

 それだけ言って俺は、失われる時間に加え、俺の精霊としての霊力を創りだした。

 手を通して狂三の身に移っていき、その身に宿る霊力に合わせていく。

「な、これは……」

 狂三の、驚きという感情が込められた、声という情報が視界を通過する。

「―――――っ」

 とっとと。危ない。危うく時間の補充が止まるところだった。

 狂三の霊力に俺の霊力を合わせるというのが、これまた意外と難しい。下手すれば消してしまいそうで。

 感覚としては、狂三の精霊としての器のようなものに、俺の霊力を当てはめていくようなものだと思ってもらえればいい。

 例えるなら、完成したパズルの外側から、大きさも形も全く違うピースを無理矢理合わせているのに、何故か絵として完成している、といったところか?

 狂三の方でも、どうにかして俺の霊力を蓄えようとしているのが視てとれるので、なんとか危うい綱を渡りきれているってところか。

 もとより〈刻々帝〉には、他人の霊力を使用することも出来たのだから、本人も多少は可能なんだろう。

 しかし、こんなことなら、狂三の霊力を視せてもらっとけばよかったなあと思うが、後の祭り。流石に、今の状況から霊力の視認なんて出来ないし。

 現代に戻ったら視せてもらおうと心で決めつつ、俺は何とか二つの創造を作業化していく。

 そうして安定して創りだせるようになった頃、俺は狂三に声をかけた。

「……狂三」

「…………あ、はいっ、何でございますの?」

 余程集中していたのか、数秒後のやってきた返答。

 これは悪いことをしたかと思いつつ、どうせ声をかけたんだし、と割り切る。

「ごめんな」

「? 何を謝ってますの?」

「こんな方法しか、取れなくて」

 狂三は、絶句した。

「もしかすると、他の方法があったのかもしれない。狂三が、そこまで覚悟するほどではない最善の解決策があったのかもしれない」

 だけど、

「俺には、こんな方法しかとれなくて。お前に、負担を掛けてしまって。救うと謳っておきながら、お前の助力がなければ不可能で。だから、」

 だから、

「――――ごめん」

 時間を創り、霊力を創りながら、俺はそう口にした。

 それはただの、どうしようもない罪悪感からくる自己弁護でしかなかったけど、それでも、言わざるをえなかった。言う必要があった。

 このまま、はい万々歳。不幸なんかない大団円、では終われなかった。

 それは、逃げというものだ。

 だから、どうしても、これは言わなければならないと思ったんだ。

「ふふ、何かと思えば、そんなことでしたの」

「そんなこと、って」

「わたくしは、今の方法で十分過ぎる程ですわ」

 すると狂三は、俺の腕を引くようにして、こちらに身を寄せてきた。

 昼間の腕組みよりもさらに近い、抱いた状態。

 俺の耳元で狂三は、優しく言い聞かせるように言葉を発する。

「最初から道なんてなかったものを、七海さんが創り出してくれた活路ですもの。他の方法なんて最初から無かったのに、七海さんは何と比べていらっしゃいますの? 助力がなければ、だなんて、わたくしだって、ただ施されるだけの救済なんて嫌ですわ。だから、そう自分を追い込まないでくださいな」

「……もうすぐ終わる。もう少しで、人間三万人相当の時間と霊力をお前に渡したことになる」

 俺は照れ隠しにそんな訳ない嘘を言って、狂三の身を剥がしにかかる。

「……狂三?」

 そこで俺は、思わぬ狂三の抵抗に首を傾げた。

 どこを持てばいいか分からないから、取りあえず肩を掴んで引き剥がそうとしたんだが、力を入れた瞬間、狂三の腕にも力が篭った。

 やろうと思えば引き剥がせそうだが、強引に剥がそうとするとその分力んでしまうので、軽く押して抵抗されてを繰り返す。

「何で離れてくれないの?」

「わたくしがもう少しこのままでいたいからですわ」

「……そうかい」

 そう言われて俺は、腕を狂三の背中に回した。

 狂三は少し驚いたように小さくビクリ、としたが、すぐに、

「……ふふ」

 と、腕の力を強くした。




 七海による霊力の譲渡は、そういうことも出来るということでお願いします。

 すみません、無理矢理なご都合主義と適当設定で。
 こんなことも出来るんだぜー、程度で流してやってください。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 ……狂三編終わったら、何編だろう? 


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第58話

 お気に入り登録者数450人突破―! 登録してきださった皆様、ありがとうございます!

 もうすぐ夏休みです。入って三日後ぐらいには勉強合宿です。何でこんなことをするのか。
 テスト結果が返ってきたんですが、担任からも極端と言われました。
 現国ではクラス最高点取ったのに、英語お片方は赤点ギリギリ。何ということでしょう。

 それではどうぞ。


 夜も更け、あと半刻程で日付も変わるだろうという時間。

 結局一時間では終わらず、三時間程掛かってようやく終わった時間の譲渡。

 俺らはこれからのことを話していた。

「そうだな……、恐らくだが、今日中に俺は現在の時間軸に戻るだろう。何かやり残したことってあったっけ?」

「いえ、わたくしに訊かれても……」

「それもそうか」

 言って笑う。

 罪悪感は消えなくても、やはり満足感や達成感というのも生まれてしまうので、気は多少晴れた。

 我ながら現金なやつというか。

「ふわ……っ、……あ」

「ん、もうそんな時間になるのか」

 気が抜けたのだろうか。欠伸を漏らす狂三。

 微妙に顔を赤らめる狂三の頭をぽんぽんと撫でつつ、どうしようかと考える。

「お前、どこか旅館やホテルに泊まってるってことは……」

「いえ、基本的に寝泊まりは影の中ですわ。霊力があれば、極論お風呂に入る必要も無いですし。まあ、そんなことはいたしませんが」

 銭湯とかには基本毎日行ってるってことかな。

 どこからその金は入るのかという疑問は残るが、今はそれはスルーするとして。

 んー、と顎に手を当てて考える。

 というのも、本当、何かやり残していることがありそうで怖いんだよな。

「あ、七海さんも影の中に入れますわよ?」

「そういや、そんなこと言ってたな」

 丁度猫カフェに入る直前あたりだったかな。

 でもま、原作での過去に飛ばした時の霊力の燃費を考えれば、明日の朝まで俺がこの時間軸にいるかどうかは微妙なところだけど。

「ん、それじゃ、頼めるか?」

 ただただこの場に居るよりは、影の中の方が良いだろう。

 そう結論付けて、俺は狂三の提案に甘えることにした。

 どちらにしろ、もうすることは無いだろうしな。

「分かりましたわ。それでは、」

 そうして狂三は一歩下がり、両腕を広げて、こう言った。

「いっらしゃいませ、七海さん。――――わたくしの影の中へ」

 そして、景色は黒より深い、闇色に。

 

 とまあ、それっぽくしてみたけど、実際は普通に視線が下がっていって影の中に入っただけだ。

 狂三の仰々しい物言いも、聞いたところによると、言ってみたかっただけらしい。

 んでもって、

「……どうしてこうなった?」

 返答は、無い。

 何故ならば、この影に入って間も無く、狂三は俺を適当な場所に座らせると、自分は隣で横になり、胡坐を掻いた俺の太腿を枕代わりにして寝始めたからだ。

 俺がそれを認識する頃には早くも寝息を立てていたからな。さらにびっくりした。

『にゃはは、まあ役得とでも思っておけばいいんじゃない? それだけ懐かれた、信頼されたということで』

「……楓、またお前は」

『ん? 何だい?』

「……いや、何でもねえ」

 小さな声でそう零す。

 楓の何がそんなに楽しいのか分からないまである楽しそうな声を聞いていると、何か言う気も失せるってもんだ。

『おー、それはボクにとってお得だね』

「お前に向けて言った……考えていた訳じゃねえっての」

 にゃははー、という声を聞きつつ、重心を後ろに傾ける。

 真っ暗で遠近感どころか果てすら分からないが、取り敢えず俺のすぐ後ろは壁みたいになっているらしい。寄りかかれる。

 くーくー、と可愛らしい寝息を立てる狂三の頭に手を乗せ、俺も目を瞑る。

「……楓」

『何だい?』

「今、何時だ?」

『一一時四三分二九秒』

「…………外の状況は?」

『もうすぐASTの人達がここを見つけるんじゃないかな? 流石に、〈時喰みの城〉を長時間展開し過ぎたね。その間来なかったのはボクのお蔭な訳だし』

「そうなのか、そりゃすまなかったな」

 成程、道理で。

 さてと。もうすぐASTが来るんだって?

『うん。どうするんだい? 確かこの影って、外から攻撃を受けると壊れてしまうんだよね?』

 ああ、原作ではそうだった筈だ。

 ……さて。

 俺は、狂三の頭の上に乗せていた手を、下に回す。そして、軽く、ゆっくりと持ち上げる。

 その下の脚をどかして、もう一度下す。

 幸い痺れてはないので、静かに立ち上がる。

『いいのかい? もしかすると、これでお別れかもしれないよ?』

「ああ、分かってる。狂三も、気付いていたんだろ」

 だから、俺の脚を枕代わりにしたんだろ。寝ていても別れに気付くために。

 ほら、突然枕を抜かれたら、意外と起きてしまうもんだろ?

「じゃあな、狂三。――――また、未来で」

 っと、そういや、これだけは残しておこう。

 俺は一枚の紙片を残して、その場から消えた。

 

 距離を消すの応用で影から抜け出た俺は、周りを見渡した。

 楓の言葉が本当なら、近くにいるはずだ。

 視界を使って、俺は探す。

 敵の情報を。

「――――いた」

 俺は霊装と天使を創り出して、敵の元へ飛び出した。

 そして、先手を取りに行く。

 〈聖破毒蛇〉を二刀流の形にして、振る。

 同時に八舞姉妹の風も一緒に創り出した、暴風の斬撃だ。

「……ッ!?」

「な、どこから!?」

 その他、数多の驚愕の声を無視して、俺は敵の中心にて止まる。

 両剣の形に戻した天使を右手に提げ持ち、俺は辺りを見据えて、口を開く。

「よおAST。俺ならここにいるぜ?」

『後処理、事後処理はボクがやっておく。今は君のその、異常なまでの敵愾心を晴らすんだね』

 そして、過去にて最後の仕事が始まった。

 

 

          *           *           *

 

 

「あなた達は、もう休んでもいいのよ? 後は私達がやっておくし」

「いや、そういう、訳には、いかぬ。七海が、帰るまで、待つは、我が使命で、あるからな……」

「半分寝てるじゃないの」

「否、定。そんな、ことは……」

 こくこく、と船を漕ぎ始めている耶倶矢に、体がゆらゆらよ揺れている夕弦。

 自分は割と慣れているから良いけど、と思いつつ、そろそろこちらから休ませてあげようと決める。

 しかし、そうでなくとも数分黙っていれば寝そうな気もするが。

 実際、美九は既にソファで寝てしまっているし、その際抱き枕にされた真那も、いつの間にか意識は夢の中である。

 あとこの家の中で起きているのといえば、自分と狂三だけ。一応、耶倶矢と夕弦を入れておくべきか。士道は既に家に帰してある。

「それで、まだあなたは七海を過去に飛ばした理由を話してくれないの?」

「ええ、お引き下さいな」

 もうすぐ日付が変わる時間帯になっても、狂三は日中に訊いた質問の内の一部は答えたくないらしかった。

 だがまあ、それは予測済みなので、それ程落胆するようなことはない。

 素直に、そう、とだけ言い残して口を閉じる。

「……もうすぐ、ですわ」

「え?」

 腕を組んで狂三が質問に答えない物があることについて考えていたところ、当の狂三から声がかかった。

「もうすぐ、七海さんが戻ってきますわ」

「……それは、本当なの?」

 ええ、と頷く狂三。

 それは皆が起きている時に言ってほしかったのだが、今それを言っても皆寝ているので、意味は無い。

 起こすのも憚れるけど、放っておいていいのかという葛藤の最中、狂三が制止の言葉を発した。

「ああ、皆様方は起こさないでくださいまし。あと、ある了承が欲しいのですけれど」

「……言ってみなさい」

「外に出る許可をくださいな」

「無理ね」

 即答した。

 起こさないで欲しい理由は訊かないでおいたが、そればかりは許可出来なかった。

 なんせ、もともと自分は狂三の監視のためにここにいるのだ。その監視対象を外に出すのは、流石に無理である。

「それでは、言い方を変えてみますわ」

「?」

「――――七海さんと、デートする権利をくださいな?」

 …………。

「……はあ、その方法、誰から聞いたのよまったく」

「ふふ、宜しいですの? まあ、といっても、外に出るのはあと数十分経った頃ですけれど」

「……監視は続けるから、出るときに声を掛けなさい。分かったわね?」

「ええ、その通りに致しますわ。安心してくださいませ」




 短っ!

 よくこの作品で起きる、戦闘シーンの直前は短くなる、が、話数版に大きくなった感じですね。
 久々に現在をほんの少しだけ書いたのに3000文字。本当少ないなぁッ。

 しかし次回は戦闘回。何だかんだで一番長くなりやすいもの。
 ふむ……主人公無双でも、少し描写を細かくしてみますか。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 過去狂三が全体的に緩い……。


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第59話

 すいません、一ヶ月近く開いてしまいましたぁ!

 いえ、最初は夏休みだぜいぇー! 頑張って更新するぜー! とか息巻いていたんですが、
 夏休み入ってすぐに、半日以上教室に閉じ込められる勉強合宿。
 教科書の内容が終わらないから、というふざけた理由で行われる補習。
 そして宿題。
 ようやく前期の補習が終わりましたので、10日程の休みです。
先生「夏休みは大体40日ぐらいだけど」
先生「実質休みは10日位ね」
自分「(あれ矛盾ッ!?)」
 とかいうこともあったような。

 とにかく、ようやく休みに入ったので、せめて狂三編を終わらせれるよう頑張りたいと思います!

 それではどうぞ。


 最初に確認しておこう。

 今回の目的は勝つことではなく、時間稼ぎだ。

『あと約十分もないよ。いや、今回は十分は稼いでねと言うべきだね?』

 オーケー。

 狂三がいる影は、言わば狂三本人のようなものだという可能性も考えると、ここ付近で戦闘するのは避けるべきか。

 だから、場所移動もしないといけない訳だな。

「―――――さぁてAST、来るなら来い。じゃねえと、俺から行くぞ?」

 『神威霊装・統合』だけを展開させ、あからさまな挑発。

 ていうか、何か人数が増えたな。ま、俺にはあまり関係無いか。

 その中でも、俺はどう戦闘を展開するか考える。

 派手な攻撃は駄目。且つ、AST隊員全員をこちらに惹き付けないといけない。

 派手な攻撃、規模の大きい攻撃をすれば、惹き付けるのは簡単だが、それが出来ないんだよなあ。

「な……っ!? 貴方、生きていたの?」

「あ?」

 俺がそんなことを考えていると、見覚えのある白髪が声をかけてきた。

「ああ、鳶一か」

 あれ、そういや名前って何だっけ。

 ……ま、いいか。

「はん、生きていたの、とは、また失礼な物言いだな」

「だって貴方、心臓を刺されたじゃないの!」

 ん、そういやコイツが見た最後の俺って、大分死に際だったっけ。

「そうだな。俺も狂三がいなければ死んでいたかもな」

「何ですって……?」

「俺はな」

 呟いた疑問符に、俺は即答を返す。

 少しでも、あいつは悪じゃないと、お前らが言うような存在じゃないということが伝われば良いと思いながら。

「狂三のお蔭で生き永らえているんだ。アイツが、自分を二一六人分殺すことで。自分の、二一六人分の時間を喰い尽くすことで!」

 いいか?

「アイツは、狂三は! そんなに自分を犠牲にしてでも俺を救ってくれたんだ! その手を赤く染めてまで、俺の為に力を尽くしてくれたんだ! 確かにそれは自分の命だけど。それでも、殺したという事実は変わらないのに、だ!」

 俺は手振りを付けて、AST達に訴えかける。

 せめて、狂三がこれから、襲われなくなるように。

「狂三は、お前らが言うほどの悪じゃない! 寧ろ、そんな優しき少女を問答無用で殺そうとするお前らの方が、行いとしては悪だろうがッ!」

 はーッ、と息を吐く。

 どうだ。ここまで聞いて、コイツ等はどんな反応を返してくる……?

「―――――そう、分かったわ」

「っ!」

 よし、これは好反応を期待でき―――――

「つまり、アイツは、二一六人の『人間』を殺したということね」

 …………ぇ?

「ありがとう、貴方のお蔭で良い言質が取れたわ。これで、アイツを悪だと定義できる」

「……どうして」

「あら、貴方が言っていたわよね。アイツは、ただの人間だろ、って」

「…………か、は、はっ」

 あれ、何だか知らねえが、笑いが込み上げてきた。

 何だかなあ。ああ、何だかなあ。

「か、は………は、はは、ははははッ!」

 そうか、そう言うことか。

 ごめんな、狂三。俺は、手を間違えたみたいだ。

「成程な、成程なあっ。やっと繋がった。何でお前らが知っているのか疑問だったが、ようやく繋がった! 何だ、俺が原因だった訳だ! これは失敗だった、ああそうだ、悪手としか言いようがない大・失・態だった!」

「何……? 何を言っているの? というより、壊れた……」

 目の前の敵の言葉すら耳に届かない。

 俺が間違えたから、狂三は罪ある者となった。真那が、偽りの魔力処理を施されてしまった。

 全て、俺の所為。

 だけどよォ……

「……お前らも、お前らだよなあ!」

 かははッ、と笑い、辺りを睥睨する。

 そういや結局コイツら、狂三を一度も、『狂三』とは呼ばなかったよなあ。

「常に狂三を悪だと、人間ですらないとほざいておきながら、自分達の都合の良い時だけ人間なんだからとほざく! そこまでして自分達を正当化したいか。そんな風に拡大自己解釈しておきながら、自分たちは正義だと、どの口が言うのか! これじゃあどっちが悪なのか、分かったもんじゃねえよなァッ!」

 ぐっ、と拳を握る。

 確かに俺は失敗した。

 だが同時に、コイツらは、またしても俺の怒りの琴線に触れてきた。

「か、は、はッ。……ざけんなよッ!」

 加速。

 一気に鳶一との距離を詰め、その肩を掴む。

「……ッ!?」

「まずは、お前からな。鳶一」

 言って、膝蹴り。

 鳩尾。鳩尾。次いで肘打ちで心臓部。息を詰まらせたところで、顎を殴る。

 身が横向きに吹き飛びそうになったところでその細い腕を掴んだ上で、身を蹴り飛ばす。

 ごぎり、と嫌な感触がした。

「う、がああぁぁぁっ!?」

「大丈夫。どうせ脱臼ぐらいだろ」

 自分で言っててなんだが、何が大丈夫なんだろうな。

「ほら、もう一度言うぞ? 来るなら来い」

 今度は手も付けての挑発。

 今しがた戦闘が始まったばかりだから、これには乗りやすいだろう。

「チッ、ナメるな!」 

「か、は、はッ。ああ、そうだ。それでいい。テメェらから来い!」

 一人の隊員がレーザーブレイドを展開して接近してきた。

 俺はその敵に、炎を以って迎撃する。

 ふむ、霊力を使わずに戦うってのも、そういや殆どやったことなかったけな。

 手刀を横薙ぎに振るう。軌道に沿って、炎が、斬撃が生じる。

 空いた左手には、手の延長上に氷の刃を創りだし、接近戦に移行させた。

 そして、敵は一人じゃねえんだよなあ。

「お前らは、俺だけに来ればいい。全員、俺が相手をする」

 だから、

「―――――余所見してんじゃねえよっ!」

 氷と魔力の刃が、さも互角であるかのように切り結んでいたが、俺の視界にある情報が映った。

 俺から離れようとする数人の隊員だ。

 おそらく、この人数だ。殆どを俺に向かわせ、ごく少数で、狂三の霊力の捜索を敢行しようとしたのだろう。

 だけどよ。俺が逃がすと思ったか?

 翼で、空気を打ち鳴らすようにはためかせることで相手への威嚇も兼ねつつ、俺は真後ろに飛ぶ。

 もともと俺のこの翼は、生物のように空気を打って飛ぶことも、ブースターのように、加速による飛翔も出来る。

 そして、両方同時も出来る。

 流石に距離を消す時の疑似瞬間移動程の速度は出ないが、ただのAST隊員なら、これでも十分の速度だ。

「ら、ァッ!」

 体を右に捻るように方向転換。ついでに、風を纏わせた蹴りとする。

 咄嗟に防御は出来たようだ。強めの反動が返ってきた。

 だが、衝撃は消せなかったようで。

「うわああぁっ!?」

 そんな悲鳴を残して、一人の隊員が吹き飛んで行った。ダメージはあまりないと思うが、風の効果だな。

 続けて、他の奴らも同じ方向に蹴り飛ばしていく。

 それに追撃をしにいく。

 膝蹴りで身を折らせ、掌打でその顎を狙う。鳶一の時と似たようなコンボだな。

 極接近戦闘。

 正直、俺が一番得意な戦闘方法と言えるかもな。

「がっ、ごっ、ぁ」

 他の数人も一緒に狙う。

 横にいた奴を身を捻らせた肘鉄で怯ませた後、装備を掴んで投げ飛ばす。また別の奴は、俺に反撃しようとしていたが、顔を狙っていたそれを顔を振って避け、鳩尾に衝撃波。

 早く、早く吹き飛べ……っ!

 この際ダメージは度外視。どれだけ相手を吹き飛ばせるか。

「っ!……遠距離か!」

 左から向かってくる気配。これは……ロケットランチャーってところか。

 左手を翳し、水球で速度を殺し、爆破を防ぐ。

 まだあんな所にいたか。もっと、こっちに近付かせないと……!

 遠距離で攻撃してくるというのなら、敢えて離れて射程距離から出るって方法を取るか?

 いや、それで逆に離れて行ってしまっては本末転倒。やっぱり、俺が飛ばすしかないか。

 また加速して、今しがた撃ってきた隊員の前に躍り出る。

 向かってくる俺を見て、遠距離武器ではなく近距離武器での迎撃を選んだのは良い判断だった。

 ただ、どちらにしろ、意味は無かったけどな。

 俺は突き出してきたブレードを、()()()

「な……っ!?」

「残念。お前らの武器では、俺に届かなかったみたいだな」

 こいつらと戦っていて知ったことがある。

 その一つが、ブレードにも種類があることだ。

 エレンが使うブレードは、普通のASTのものと比べて切れ味が良い。

 何故か。

 視界があったからこそ気付いたことだが、魔力を直接刃状に展開させるものと、もともとの刃に魔力を付加したものとがあるからなんだな。

 因みに、前者がエレン、後者が一般。

 切れ味以外で何が違うのかまでは分からないが、今目の前にいる奴は、後者のパターンということが大事なのでどうでもいい。

 俺は魔力を気にせず、直接その元を掴んだんだ。そして、折った。

 折られたブレードは、その魔力を霧散させた。もう使い物にはならないだろう。

 俺はまた重量過多気味な装備を掴んで、また放り投げる。

 しっかし、遅いな……。

 今まで誰かに接近している間、他方から援護攻撃されなかったのは、単に追いつけなかったからだ。

 だから、援護する前に終わってしまっている。

「ん、もうそろそろ時間か?」

『そうだねー。ボクの見たところによると、あと二分も無いかな』

 そんなにっ!?

『ほら、終わらせるなら早くしたまえ。もうすぐ君は現代に戻ってしまうんだからね?』

 あー、ていうか、お前俺があとどのくらいこの時間軸にいられるか分かっていたのかよ。

『まあボクだし』

 ふん、それだけで納得できるからお前は困る。

『それはボクの能力を褒めてくれているととっておくよ」

 へいへい。

 もう大分移動した。あとは、こいつらを行動不能、もしくは撤退させれば終わりか。

 でも、ちまちま戦っていた所為で結構な人数がまだまだ動けるみたいなんだよな。

 またしてもブレードの元を折る。

 残り約一分半ってところか。

 炎の爪を創りだす。

 向かってきた二人のブレードを無理矢理折り、装備の一部を焼き切る。

 それだけで相手は飛行不能になった。

 氷の槍を創りだす。

 下がろうとした一人を刃先で引っ掛け、振り回して投げ上げる。体勢を崩したところを肩と太腿を突き刺す。

 これで、とりあえず今の戦闘中は動けなくなった筈。

 雷の小球を複数個、自分の周りに創りだす。

 それらを飛ばし、避ける暇すら与えずに、一度に三人の装備を壊す。

『にゃははー、そうだね、久しぶりにボクがやっておこう』

「あ? お前も戦うのか?」

『も、というより、が、だね。だって、もうすぐ君は帰っちゃうんだから』

「俺が帰ると、お前も一緒に帰って来てしまうだろ?」

 だって、現代から過去に来る時もそうだったんだし。

『ま、そこはボクだから。心配無いね。さて、残り十三秒』

「マジかよ!?」

 もうそんなに残り時間が……っ!

 そう焦るも、やることと言えば武器を無力化させていくことだけ。

 そして。

『――――一、タイムアップ。じゃ、ちょっとお別れね』

 俺の視界が捻じれていった。

 

 

 その現象は、周りにいたASTにも勿論視認できていた。

「消えた……?」

 今の今まで戦っていた精霊が、突如として消えたのだ。

 いや、この現象は、

「ああ、『消失』ね……」

 似たようなことなら、精霊との戦闘中に頻繁に起こっていたので、大した驚きではない。

 鳶一は、外れた肩を庇いながら、今回の被害を確認しようとした。

 だが、次の事態までは予測出来なかった。

「さて、あとはボクが引き継いだわけだよ」

「……ッ!?」

 突如、聞こえてきた声。

 しかし、後ろにも左右にもいない。

「上だよ、上」

 反射的に上を向く。

 ……そこにもいなかった。

「と見せかけて実は君たちのど真ん中だったりね」

 気が付けば、自分たちが集まったいや、集められた場所の、さらにそのど真ん中にいた。言葉通りである。

 いつからそこにいたのか。というよりまずもって、いつから存在していたのか。

 にゃははー、と笑う少女には、余裕が見受けられる。

「面倒だから、一気に終わらせるね」

 少女が手を挙げる。

 攻撃動作かと思い、数人が構える。

「さて、ちょっとの間眠っていてね」

 ぶつり、と。

 コンセントを引っこ抜かれたテレビの如く、全てのAST隊員の意識が途絶えた。

 

「おー、流石〈奪う能力〉。さて、七海くんも困ったものだね。ボクの仕事が沢山あるじゃないか。まあ、後処理はやっておくって言っちゃったしね、しょうがないけどね」

「えーと、ASTの記憶処理、記録処理……が目下の課題かな。あーでも、きょうぞうちゃんへの捻じ曲がった解釈は残しておかないといけないかー」

「それにしても、七海くんにもこれは分かっていなかったみたいだけど」

 

「―――――きょうぞうちゃん、起きているよ。そして、全部聞いていたみたいだね」

 

 そして。

 楓は狂三から自分の記憶だけを消して、姿を消した。

 狂三はその時、微かな違和感を覚えたものの、その意識は全て、ある少年へと向けられた。

 その手に、一枚の紙片を手にして。




 あー、なんかスッキリしたー。

 主人公がついに壊れましたね。書いてて楽しくはなるんですけどね。
 そのうち、『か、は、はッ』を定着させようかなとか思ってたり。ほら、狂三の『きひひひひっ』みたいな。状況によって出てくるアレ。
 しかし、話の辻褄合わせを、自分自身が神様ちゃんに丸投げしちゃってますね……。

 まあ、狂三編が何とか10話以上にはなりそうでよかったです。
 今回も、どうにか平均文字数程度にはなりましたし。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 そのうち、友人に提案された、ssでよくやるアレ、というアンケートをやろうかと思います。


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第60話

 連日投稿!

 よし、何とか連日投稿出来ました。休日中に、あと2、3話ぐらいは更新したいところです。

 今回で、狂三編本編は終わりです。あとはエピローグだけです。
 本来ならもう少し長く書きたかったんですが、他に書くことあるかなーと読み返してみても、大体回収されていました。残念。

 それではどうぞ。


 気がつけばそこは、見慣れた街並みだった。

 いや、街というより、場所、と特定した方が正しいか。

 そこは俺が、体感時間でいう今日過去に飛ばされた、名も知らない公園だった。時間帯は過去と同じ、深夜のようだ。あまりに明かりに乏しい。

「……現代に戻ってきたのか」

 確認のために呟く。

 再度、今度は注意深く、辺りを見渡す。

 俺は過去において行動した。

 となると可能性として、某アニメ風に言うならば、世界線(もしくは世界軸)が変わっているかもしれないと思ったからだ。

 一応、すぐに霊装は消しておいたが、気は張っておこう。

「ふふ、お帰りなさいませ、七海さん」

 その声は、唐突だった。

 俺の真後ろから掛けられた声は、大分嬉しそうで、ああもう、気張った俺が馬鹿みたいじゃねえか。

「……ああ、ただいま、だな。狂三」

 俺はそう、返した。

 

 聞くところに依ると、世界の改変は行われてないらしい。

 何で狂三にそんなことが分かるのかと思ったが、原作でもそうだったし、狂三だからで納得しよう。

 そこでまあ、俺なりに仮説を立ててみたんだが。

 原作における士道の行動は、『過去改変』を目的とした時間遡行だった。

 今ある現在を、起こりうる未来を変える為に、過去に遡ってその原因を取り除く、あるいは少なくともそうならないようにする、ってことだな。

 対して俺の場合は、過去を改変することを目的としていない。言うならば、『過去履行』とか『過去準拠』あたりか?

 要は、今ある現在を、起こりうる未来を、今回は『変えないようにする』ってのが行動目的だった訳だ。

 だから逆に、過去に飛ばなかったら現在が変わっていたのかもな。

 俺がその仮説を説明して、確認すると、

「……まあ、よろしいではありませんの」

 と流された。

 むう、人が折角真面目に考えてみたのに。

 別に良いけどさ。

「それで、こんな時間になってでも俺を出迎えてくれるってことは、何か用でもあるのか?」

「あら、あまり急かされるのは好く思われませんわよ?」

「……へいへい」

 くすくすと笑う狂三からは、愉しげな色しか見受けられない。

 くしゃ、と頭を掻きつつ、急かすのは良くないとのことで、俺は狂三の言葉を待つことにした。

「あらあら、女性と一緒にいながら会話をしないのも、どうかと思いますけれど」

「じゃあ用件を言ってくれないか!?」

 俺の反応が間違っていたのか。そうなのか。

 だーもう、何でこうメンドーなんだろうなあ。

「まあまあ、もう夜も大分更けてまいりましたし、そうですわねぇ……」

 狂三は人差し指を顎に当てて考える素振りを見せた後、ある一点を指差して口を開いた。

「あそこの高台で、少しの間、星を観ませんこと?」

 

 案の定というかやはりというか(意味は同じ)、星なんて見えなかった。

 昔に比べて、街は明かりに溢れている。

 確かに今のこの時間帯、生活の明かりは無いが、街灯に車にと、眼下に広がる街に意外と光源は多い。

「過去でもそうだったが、現代はもっと星が見えないな」

「ええ、過去の美化を差し引いても、今見える景色は昔に劣りますわ」

 じゃあ何で来たのか。

 いやまあ、わざわざ訊かないけどね。それなりの意味はあったんだろ。

「……少しでも、あの時と同じような場所にいたかった、とかな」

「あら、気付かれていましたの?」

「勘だよ、勘」

 別に気付いてなんかない。ただ、俺ならそんな理由で来そうだなーとか思っていただけだ。

 丁度俺らがあの時、最後に見たのも、こんな場所の似たような景色だったからな。

 しばらく、無言が流れる。

 なあ狂三、話したくても、その内容が見つからない時、言いにくい時、それでも無理矢理にでも会話を挟むべきか?

 俺は、そうは思わないんだ。

「……あの紙、見ましたわ」

「え?」

「あれ、七海さんが残しておいてくれたものですわよね?」

 紙……ああ、あれか。

 俺が影から出て行くときに残しておいた、あれ。

「ああ、だろうな。じゃないと、俺は過去に飛ばされない可能性もあったし、さらに言えば、お前と再会出来なかっただろうからな」

 あの紙片には、こう書かれていた。

『東京にある、天宮市という場所にいてくれ。そこで俺らは再会出来る。そしてその年の八月二十日、俺をこの時間軸に飛ばしてくれ』

 端的に、それだけ書いておいた。正確には、それも込みで創ったので、書いてはないのだが。

「ねえ七海さん、少し、お願いを聞いてくださいな」

「あ? 何だ」

 俺が訊き返すと、返ってきたのは、暖かな感触だった。

 抱きつかれたのだ。

 うぉ、これは、あれだ、色々ヤバい。結構大きな狂三のアレとかな? 頼むから代名詞で察して。

「修学旅行の時の分、ここで使わせていただきますわね」

「修学旅行の時……?」

「あら、言ったではありませんの。今はこれだけで我慢する、と」

 あーそう言えばそんなことを言われた記憶があるようなー無いようなー。

 というか、俺の覚えてる覚えてないに関わらず、お前は離れる気は無いように思うんだが、どうだろう?

 ……とりあえず、抱き返して返答としよう。

 そんな中、狂三が再度、俺に声をかけた。

 いや、かけたというより、その台詞を聞かせたというべきか。

「わたくしだって、寂しかったんですのよ?」

「……どうして?」

「確かに、あとどれだけ残れるのかは分かりませんでしたわ。でも、それでも、何も言わずにいなくなられてしまうことが、どんなに寂しかったか、七海さんはお分かりになりますの?」

 それは、俺が過去の狂三と分かれてから、また会うまでに溜め込んできた想いの言葉だった。

「取り残された気がして。置いてかれた気がして。でも、もう何処にもいなくて。唯一の手掛かりである天宮市に来てみても、すぐ会うことは叶わなくて」

「狂三……」

「十年」

 その独白の中、唐突に狂三はある年数を言った。

 その年数が何を指すのか、この会話の中で当てはまるものが一つしかないから、すぐに分かった。

「厳密には違いますが、約十年待ち侘びましたわ、この時を。だからせめて」

 せめて、

「今夜だけでも、今だけでも、わたくしの想いを受け止めてくださいまし。いつも他の精霊さん達に向けるものよりも深く、強く、わたくしのそれに応えてくださいな」

 潤んだ、上目遣いの目。より強く抱きしめてくる体。

 本来なら、分かりやすく言うなら男なら、今の狂三の台詞に応えてあげるべきなんだろう。

 だけど、俺は。

「―――――悪い、狂三。俺には、それに応じる資格が無い」

「っ!」

 それを、断るんだ。

 狂三の、不安と疑問とが綯い交ぜになった、なんとも形容しがたい眼差しが、俺の顔を見上げる。

 俺はその視線から目を逸らしながら、少しずつ、抱擁の腕を解く。

「どうして、ですの……?」

 今の狂三は言うならば、ずっと片思いだった相手に振られた感覚なんだろう。

 流石の俺でも、それぐらいなら分かる。

 そして俺は、断る説明をする。

「俺はな、狂三。手を間違えてしまったんだよ。その所為で、お前はさらに悪と呼ばれるようになった。真那も、その命を削られる羽目になった。その所為で、お前はさらに狙われるようになった。つまり、お前をさらに危険な目に遭わせてしまったんだ。だから、俺にその資格は無い。すまないが―――――」

「それはもしかして、ASTの方々との戦闘の時の会話を言っていますの?」

 ……あれ。

「お前、何で知って―――――!?」

「だって、わたくし、起きていましたもの」

 …………。

「マジで?」

「マジですわ」

 目を瞬かせる俺に、さっきとは打って変わってくすくすと笑う狂三。俺の台詞に合わせた単語選びがツボに嵌ったようで。

「でも、あれ、それじゃ、全部聞かれていた? というか、俺が出て行く時は寝ていた筈じゃ……」

「たとえ寝ていても、自分の身に大きな違和感があれば、起きてしまうものではありませんでして?」

「―――――っ」

 そうか、そうだ。俺もあの時この可能性も考えていたじゃねえか。

 あの影は、言わば狂三本人のようなものだ、という可能性をな。

 寝ている時にいきなり枕を取られれば意外と起きてしまうように、その身に大きな違和感が生じれば、やはり目は覚めてしまうものだ。

 つまり、俺が影から抜け出た時に、狂三は目を覚ましていたということか。

「いやでも、それこそ何でだ?」

「?」

 俺の疑問を分かっていない様子の狂三。小首を傾げてくる。

「お前が俺とASTの会話を聞いていたというのなら、全ての元凶は俺にあったことをお前は理解出来た筈だ。なのに何で、分かっていて何で、俺をそこまで想い続けることが出来るんだ? それこそ、約十年もの間」

 一つの真実が明かされることで、さらなる疑問が生じる。

 しかもその疑問は、超難解な心の疑問と来た。もう俺にはお手上げだ。

「ええと、正直に言ってしまいますと」

 混乱する俺の疑問に、狂三はこんな返答をしてきた。

 それこそ、こっちが拍子抜けしてしまうような、だ。

「―――――それが何か?、といったところでございますわね」

「……え」

「だってそうでございましょう? 七海さんが何かを言われたから危険度が増した? 狙われやすくなった? 危険だったのも、狙われていたのも、そんなことは常でございますもの。今更何を言おうと、あの時の現状とは何も変わりませんでしたわ」

 それは、俺にとってあまりにも優しすぎる。

 俺には原因は無い。というよりも、そもそも原因となりうる結果がもとより無いと言う。

 だから、俺が引け目に感じる必要は無いということなんだ。

 狂三はそのまま、ですから、と続けた。

「ほら、七海さんは一体何を悔いていらっしゃいますの?」

 俺は、答えられない。

 美九の時にもあった、行動の否定を俺はまたされているのだ。

「どうして七海さんがそんなに自分を追い込みたがるかは分かりかねますが」

 狂三はまた、俺に身を寄せながら、言葉を続けた。

「今はただ、女性にここまで言わせたんですもの。ちゃんと応えてあげるのが、男性としての礼儀ではありませんでして?」

「……そう、だな」

 ほら、もういいじゃねえか、俺。

 全てを呑み込め。そして諦めろ。

 俺が護ろうとしている奴らは全員。

 ―――――俺が思っているほど、弱い奴らじゃない、ってさ。

 その、護るってのは、見方を変えれば、対象を弱者として上から目線に語っているのと同じなんだって、もう気付いているんだろう?

 自分の思考は否定された。行動は拒否された。

 全部が全部、自分が悪い訳じゃないってことだ。そう追い込まなくてもいいだろ。もっと気楽にいこうぜ?

 まあ無理だけどさ。この思考回路はもう、手遅れなまでに行き着いているかもしれねえけどさ。

 せめて、今だけでも。

 目の前の少女の想いに、少しでも応えてあげろよ。

「ああ、そうだな。俺は俺として、お前の想いに応える」

「それでは、もう一度だけ言って差し上げますわ。今度は、ちゃんと応えてくださいましね?」

「ああ」

 狂三は、頷く俺を見て、しばしの間を空けた後に、

 

「七海さん――――――――――大好き」

 

 そして、急に顔が接近してきて。

 

 

 気付けば目の前に、目を閉じた狂三の顔と、鼻腔をくすぐる甘い匂い。

 そして、やわらかな感触。

 




 シチュ的に流れ的に、美九編と被っている気が……。

 狂三が現在時間軸でようやくデレてくれました。
 途中の「今夜だけでも~」のあたりの台詞は、ちょっと重いかなぁ、とは思っているんですが。どうなんでしょう。

 最後、七海が自分の思考回路を見つめ直すくだりがありましたが、実際は今後もあまり変わりません。
 三つ子の魂百までも、ですね。(別に三才までに備わった思考回路ではありませんが)

 あとは、狂三が何で琴里達に、七海を過去に送った理由を話さなかったか、を次話で回収して、矛盾や謎は全部明かされる筈です。
 他にもあったら言ってください。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 エピローグ投稿時、前回出てきた、ssでよくやるアレというアンケートを実施します。


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第61話 そしてエピローグ

 狂三編最終話です。

 ここで、前回言っていたアンケートを実施します。
 内容は、『皆様から見た主人公像』です。
 皆様から見て、主人公、七海はどう見えるでしょうか?、という質問です。
 活動報告の方にも出しておきますので、よろしければ、回答お願いいたします。

 それでは、どうぞ。


 翌日、早朝。

 俺はいつも早朝ランニングをしている為、これまたいつも通り五時前位に目を覚ました。

 身を起こし、軽く伸びをして、ベッドから出る。途中、狂三の姿もあったので、布団を掛け直しておき、着替えの為にクローゼットを開け、る……。

 …………?

 何だろう、何か看過出来ない光景を見た気がする。

 もう一度さっきの行動を振り返ってみよう。寝起きの頭だが、それ位は出来るだろう。

 身を起こした。異常無し。伸びをした。異常無し。ベッドから出た。異常有り。布団を掛け直した。……何故?

「うおわああぁぁぁぁぁっ!?」

 物凄い遅れて、俺は絶叫した。

「ん……ぅ? 騒がしいですわよ、七海さん……。どうかなされましたの……?」

「く、くる、狂三!? お前、あれ、何でっ?」

 身を起こしたネグリジェ姿の狂三から慌てて目を逸らしつつ、その理由を問う。

 本当、何で狂三がここにいるんだ?

 あれか、大人の階段昇っちゃった的なあれなのか――――ッ!

「いえ、昨晩、七海さんが寝た後に、こっそり忍び込んだだけですわよ?」

「違った! 間違えた。どうして?」

「あら、言ったではありませんの。()()()()()()、わたくしの想いを受け止めてくださいまし、と」

 昨晩、というか、時間帯的には今日だな、それ。

 あー確かに言われたな。んでもって最終的にストレートに告白されたんだったな。

 ……言葉にしてみると恥ずかしい。

 昨日と今日の間の時間帯、俺は狂三に告白された。

 それはもうどストレートに。直球で。

 それで、まあ、何だ。き、キス、も、した。した、というより、された?

 ともかく。

「だけどお前、あれは結局オチがあったじゃねえか」

 その後、満足したのか狂三は身を離して、

 

『本来ならば七海さんにはわたくしだけを選んで欲しいところですが、それでは他の精霊さんに対して不公平ですわね』

『ということで七海さん』

『たった一言だけで良いですわ』

『わたくしのことを、好き、と言ってくださいまし』

 

「―――――それで俺は応えて、あれは終わったんじゃねえのかよ。お前も、その後は随分あっさりしてただろ?」

 ああそうだ。やっと鮮明に思い出してきた。

 そうだったなあ。俺が結構勇気を出して応えてやった割には、その後の狂三の態度があっさりしすぎて、少しだけ傷ついたのも思い出した。

「あら? そんなことありましたかしら? わたくしの記憶にはございませんわ。もしかすると、同じような言葉を言ってもらえたら、思い出せるかもしれませんわ」

「……おい」

 ふふ、と笑う狂三。こいつぜってーわざとだろ。

 がしがしと頭を掻く。

 暑さ以外の理由で顔が赤くなるのを感じながら、俺は逸らしていた目線を戻し、狂三を真正面から見つめる。

 そして、

「あー、その、何だ。……――――好きだ、狂三」

「ふふ、わたくしも、大好きですわ、七海さん」

 だーもう恥ずかしいよなあ!

 狂三も、言われて顔を赤くするなら、言わせなけりゃいいのに。

 まあ、わざとだと分かっててそれに応じる俺も俺か。

「ほ、ほら、俺は着替えるから、お前も部屋に戻れ」

「ええ、そうですわね。わたくしも満足いたしましたし、これでお暇させていただきますわ」

 それではまた後ほど、という言葉を残して、狂三は俺の部屋を出ていった。

 はー、と息を吐きながら、すとん、とベッドに腰掛ける。

 何だろう、起きてから十五分も経ってないのに、朝走るよりも疲れた気がする。こう、精神的に。

 いつまでもそうしている訳にはいかなかったので、のろのろとだが、ランニング用のパーカーとかに着替え始める。

『にゃはは、アツかったねー二人とも。これは夏の暑さにも負けないね? 雪にも勝っちゃうまであるね?』

 っ!?

 この感じ、この声……。

「楓、戻ってきてたのか? っていうかそれ、雨にも負けずじゃねえかよ」

『はいはいただいまー、君の愛しの神様、楓ちゃんのお帰りだね。あとそれ正解』

「いや、別に愛しではねえが……。まあ、お帰り」

 これは、早かった、というべきなのか?

 楓が何時戻ってきたのかは分からんが、それでも俺が現代に戻ってきてから、今着替えているこの時間の間に戻ってきたのは確かだ。

 だけど、過去で楓が何をしてたのか殆ど知らねえから、基準が分からん。

 ま、別にいいか。とっとと着替えよ。楓がいるけど……言ってもしょうがないから放置で。

『しかしまあ、君もおかしな人だね』

「あ? 何がだ?」

『きょうぞうちゃんのあの告白を本気だとちゃんと理解していながら、君はそれに本気の好意を返していない、いや、返せない、かな』

 ……どういうことだ?

 俺が本気の好意を返せていない? それは、さっきの会話を見た上で言っているのか?

 もし俺の言葉が本気じゃないとすれば、俺はあそこまで恥ずかしがったりしないだろうが。

『いや、君自身は本気なんだろうね。だけど、実際は違う』

「何が違うんだ」

『君の好きは、決してラブの意味じゃない。どうやっても、ライクの域を出ることが無いんだよ』

 なんじゃそりゃ。小学生レベルの恋愛とでも言うのか。ラブとライクの違いが分からない、なんて。

 大体、先も言っただろ?

『言葉にはしてないけどね』

「変なところで揚げ足を取るな」

 話の腰が折れた。

 気を取り直して。

 先も言ったが、そもそもライクの意で俺が言ったなら、俺はあそこまで恥ずかしがったりはしない。

 というか、狂三のあの言葉にそんな意味の言葉で返す訳が無い。

『そう、だから言っているだろう? 君自身は本気なんだろうね、って』

 だけどね、と楓は言う。

『君は誰も好きじゃない。厳密に言うならば、愛していない。先のきょうぞうちゃんの時の台詞も、いつかの八舞姉妹に向かって言った時も、君は自分自身の感情を錯覚しているだけ。確かにそれはライク以上に好きなんだろうけどさ、絶対に、ラブではない。どんなに想いが強くても、それがラブを通り越すまであっても、君の感情はライクでしかない。もう一度言うよ。――――君は誰も、愛していない』

 いつもの愉しげな口調とは正反対に、今の楓の声は真面目だった。

 その声を聞いて俺は、何を返せばいいのか。

 何を返すのが正解なのか。

 ただ否定するだけじゃ、すぐに言い返される。

 大体、俺自身がそれに確信を持てていないのだから。

 そんな筈無い。俺の想いは本物だ。――――本当に?

 俺はあいつらを愛していると言える。――――本当に?

『ま、別にいいけどねー!』

「……は?」

 今までの空気を一変させる楓の声に、流石に俺は思考を止め、呆けた声を返してしまった。

『たとえ君が誰も愛していなくても、それは今現在の話であって、将来は分かんないしね。それに、愛していないと言っても、好き合っているのは確かだし、意外と何も変わらないからね』

 おいおい。

 それじゃあ、今までの会話は一体何だったんだ。お前の珍しい真面目パートの意味はあったのかよ。

 あーあ、と思いながら、何となく思い至って時計を見る。

 ……五時三八分。

 もう、いつものランニングを終えている時間だった。

「……朝食の用意するか」

 俺はまた、着替えることにした。

 

『ま、本当は七海くんが誰も愛せない理由は分かっているんだけどねー』

 

 

 午前九時。

 俺と狂三は琴里に連れられて、フラクシナスに来ていた。士道もいるよ。

 あれから大変だったんだぜー?

 八舞姉妹、美九、真那。この四人を相手するの。琴里や士道の助けが無かったら、俺は今でもあの四人に捕まっていたかもしれん。

 ともかく。

 今は目の前に集中するか。

 今日は、最近事ある毎に連れて来られた司令室ではなく、飲食スペースらしき、まあ簡単な休憩場所だった。

「―――――えーとつまり、七海は、あなたを救う為に過去に行っていて、あなたも、救ってもらう為に過去に飛ばした、ということでいいのよね?」

「ええ、その通りですわ」

「……どうして最初からそう言ってくれないの……ッ」

「お、落ち着け、琴里」

 語気を荒げる琴里に、それを諌める士道。

 俺は、琴里のその言葉を聞いて、小さく狂三に訊く。

「お前、言ってなかったの?」

「ええ、まあ、はい。そうですわ」

「どうして?」

「それは……」

 ここで狂三は答えを言い淀んだ。

 何だ? 何か答えにくい質問だったか、今の。

「なあ狂三」

「はい?」

「どうしてそれを言ってくれなかったか、教えてくれないか?」

 ちょっとばかし気が立っている琴里に代わって、士道が質問してきた。

 それは今しがた、俺が放った質問と全く同じ内容だった。

 俺、士道、琴里から見据えられた狂三は、観念したように首を振ると、

「……ではありませんの……」

「え?」

 小さすぎて聞こえなかったらしい。まあ、隣に座っている俺ですら聞こえなかったし。

 俺がもう一度言ってくれと促すと、今度はもう少し大きな声で、

「は、恥ずかしいではありませんの……」

『……は?』

 狂三以外の三人の言葉が重なった。思考も被っているかもしれん。

 顔を赤らめ、目を逸らし、口元を手で隠しながら、顔も少し逸らす。

 いち早く復活した琴里が、さらに疑問をぶつける。

 だがそれは、俺も士道も思っていた疑問だった。

「な、何が恥ずかしいのよ?」

「その、なんと言いましょうか、」

 狂三は少し間を空けて、

「人に自分の恋の話をするのは、恥ずかしいことだとは思いませんこと?」

「あー……成程、そういう事ね」

 狂三の声を聞いて、琴里は納得したようだった。

 そう、琴里()、な。

「……なあ士道?」

「……どうした?」

「……乙女心って、難しいな?」

「……そうだな」

 男は男で、理解出来ないなりに納得することにした。

 よく分からないけど、きっとそういうものなんだろう、と。

「ん、そうね。そういうことなら、もうこれ以上は詮索しないわ。ごめんなさいね、連れて来ちゃって。戻りましょうか」

「え、いいのか?」

「いいのよ。ほら、早く行くわよ」

 士道は何か言いたそうだったが、琴里が席を立ったので、それに倣った。

 俺らも俺らで、もう終わりということなので、琴里達に付いて行くまで。

 琴里が狂三に何か話しかけている後ろで、俺と士道は顔を見合わせ、肩を竦める。

 結局、俺にも士道にも何がなんだか分からなかったが、

「あなたって、意外と純真なのね」

「あらあら、意外と、とは失礼ですわね」

「あ、気に障ったかしら?」

「ふふ、いえお気になさらず」

 ……ま、結果オーライ。目の前で狂三が笑っているなら、それで良し、だ。

 

 

 

『そしてここでボクの登場!』

 

『にゃはー、これで終わりだと思った? 終わらないんだよねーこれが』

 

『と言っても、すぐに退散するけどね』

 

『とりあえず、七海くんが現時点で誰も愛せない理由だけ話しに来たんだよ』

 

『七海くんは、死に対して敏感だ』

 

『直接的な死でなくても、殺意や、敵意といったものもこれには含まれる』

 

『その理由は、まあ、ボクだね』

 

『ボクの死を間近で体感してしまった所為で、さらに言うなら、ボクの両親もかな。その死を感じた所為で、七海くんは死に対して敏感になった』

 

『死んでいい人間なんていない、とでも言うのかな。そんな感じ』

 

『これはまあ、八舞姉妹の時や、過去でのASTとのバトルでよく現れている』

 

『そして、愛せない理由も、ここにある』

 

『要は、怖いんだろうね』

 

『また、失うかもしれない、って』

 

『なんたって、ボクと七海くんの初恋の相手は、それぞれ七海くんとボクだから』

 

『だから、怖くて、愛せない』

 

『異常なまでのASTとかへの敵愾心も、なのに、それに反する精霊達への大きな好意を持つのは異様と言うべきだし、それが混在している七海くん自身が、その人格が、異質なのかもしれないね』

 

『まあ、ヒーローでなくても、主人公にはなれるかな』

 

『とまあ、これが七海くんが誰も愛せない理由だね』

 

『長くなったね。それじゃ、じゃ~ね~』




 狂三からまだ幼さが抜け切れてない気がします。

 なんか、間違った純真、とでも言うんでしょうか。
 実際にこんな奴いねえよ! と言うのが一番しっくり来ますね。
 またの名をキャラ崩壊とも言います。これが模範解答です。

 狂三編と、その次に、日常編Ⅲは挟みません。
 時系列的には天央祭なんですが、
 ・美九が既にいる。
 ・反転体は七海で回収済み。
 ・どんなことあったか詳しく知らない
 ・絶対冗長になる
 の理由で、飛ばします。
 なので、次回からは七罪編です。作中でかるく2ヶ月ほど経っちゃいます。
 そして、いつもの七海一人称ではなく、士道中心の三人称で書こうと思います。

 前書きの通り、アンケートです。
 活動報告、もしくはメッセージにて回答お願いいたします。
 期間は……いえ、決める必要無いですかね。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 七海、七罪……紛らわしいっ! 


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万由里編
第62話(極短プロローグ)


 久しぶりでございますすみません。

 約一か月振りの投稿となります。
 前回の後書きで、次回から七罪編、と言いましたが、急遽映画に行けましたので、時系列上、こちらを先に書かせていただきます。
 もしまだ映画を見ていないのならば、内容のネタバレしかありませんので、飛ばすことをお勧めします。
 と言っても、飛ぶ先がまだありませんね。

 それでは、どうぞ。


 誰にも気付かれない存在があった。

 自動車が幾台も通り過ぎる道路の真ん中でも、人がまるで別の生き物のように行き交う交差点の真ん中にいても、誰も気付かない。

 気付かないし、分からない。

 車も人も、まるで何事も無いように過ぎていく。人波から外れて、それを傍から見たとしても、皆分からない。

 ―――――そして。

 ある二人の少年が、その前を通り過ぎた。

 一人は、青い髪に中性的な顔が特徴な中肉中背な少年。

 もう一人は、先の少年よりもさらに少女のような顔に、小柄な体躯。右目を隠す眼帯を付けた少年。

 二人はそれぞれ、数人の少女達に言い寄られながら、困ったような表情をしていた。

「うお、ちょっと買い過ぎたかな……」

「シドー! 今日の夕餉は何だ?」

「そうだなー……今日買った食材で予測してみろ」

「うむっ? むむむ……肉、豆腐、白菜に、葱だったから……」

「すき焼き、ですか……?」

「お、正解だ、四糸乃。すごいな」

「むー、私だって分かっていたぞ!」

「はいはい、分かってるから、早く横断歩道を渡り切りなさい」

 片や、如何にも買物帰りです、とでも言うように、エコバックを二つ手に持ち、重そうに歩く青髪の方の少年と、それぞれ一袋ずつ(と言っても、中身は然程入っていない)買い物袋を手に提げる少女達との集まり。

「補助。七海、今日はまた、沢山買いましたね。一つ持ちます」

「お、おお、すまん。助かる」

「くくく、そうだな、我もその贄の器を持ってやろう。ほれ、貸すがよい」

「贄の器て。言い方が無駄に仰々しいなあ。まあ、ありがとよ」

「義兄様、義兄様、私も何か手伝うことはねーでしょうか?」

「……それじゃあ、手伝ってる筈なのに、何故か歩行の邪魔になっているこの双子を離してくれないか?」

「無理でやがりますね」

「諦めるのが早いっ!?」

「あらあら、嬉しいことではありませんの?」

 片や、同じようにエコバックを複数持ち、うち二つを、両腕に腕を絡ませてくる瓜二つの少女達に手伝ってもらている少年。そして、その二人の少女と、その後ろを付いて行っている少女達の集まり。

「……ん?」

「? どうした、士道?」

「いや、今そこに、誰か立ち止まっていたような気がしたんだけど……」

「この交差点のど真ん中でか? 気の所為だろ」

 そう言って笑い飛ばす少年に、士道と呼ばれた方の少年も、

「そう、だよな……?」

「そうだそうだ。ほれ、今日はお前の家に皆集まるんだろ? 早く帰って用意しようぜ」

 首を傾げながらも、点滅し始めた歩行者用信号を見て歩を速めた。

 ―――――そして。

 それを見ていたその『存在』は。

 いつの間にか、そこにはいなくなっていた。

 

 

 システム・ケルブ 始動。

 監視対象 東雲七海、五河士道。

 

 

 人の感情は揺れ動く。

 怒りは愛らしさにもなる。愛しさは憎さにもなる。

 そして力は、感情の影響を受ける。

 だから、見極める必要がある。

 力を持つ者が、持つに相応しい人物か。

 その力は、あまりにも強大だから。

 だからこそ、『私』がいる。

 

 

「士道、七海。……あんた達は、器に相応しい?」

 




 ということで始まりました万由里編!

 一応映画の最初の方を意識してみました。
 万由里がどちら側のヒロインとなるのかは……まだ決まっておりません。
 書いてて愛着が湧いたらオリ主、普通だったら士道です。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 万由里は可愛い。


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第63話

 お気に入り登録者数550人突破ー! 登録してくださった皆様、ありがとうございま、す……、550人?

 ということで、万由里編2話目です。更新遅くてすみません!
 気がついたらこんなにお気に入りに登録してくださった方も増えてくださり……、自分でも気付かない内に500人を突破していました。一体いつ?
 
 何はともあれ、それではどうぞ。


 何もしなくても汗が出てきそうな程の熱気。

 ざっと見た感じでも、男性率の方が高いみたいだし、しょうがないことなのかな。

 流石に、あそこの中には行きたくねえな。

「―――、―――、―――――♪」

 視線の先には、煌びやかな衣装に身を包んだ、今大人気のアイドルの姿。

 見惚れるほどの笑顔と踊りで観客を魅了する少女。

 誘宵美九の、単独ライブだ。

 三桁は軽く超えている観衆に、その熱気から離れた上階にいる俺ら。

 いやまあ、熱気って上に昇ってくるので、離れていても暑いんだけど。

 ちらりと視線を横にすれば、

「「いぇー!」」

 お、おお、無駄にテンション高い奴が二人いる……。

 いや、耶倶矢はいい、まだ常識範囲内。

 だが十香は、いったい何があった? すっごいくねくねしてくるくるしてる。分かり難い。くるくねと言おう。

 流石に八人も居るとやや狭いこの空間内で、残ったスペースを最大限活用してテンションが高いことを全身を使って表してる。

 ……美九の方観とくか。

 音楽に合わせてサイリウムを振る。

 思えば、こうした本物の会場で生で美九のライブを見るのは初めてなのか。いつもTVで見てたから。

 特別にこんな席を用意してくれた美九の為にも、しっかり観ておかないとな。

 ……途中、明らかに俺に向けられた投げキッスについては、まあ、無視しておこう。

 止めろ、お前ら。意味深に笑うんじゃない! 脇腹を小突くな!

 

「いいのか? 俺らも来てしまって」

「遠慮しないでくださいー。もともと、今日のライブの打ち上げ用に用意してもらったものですしー」

 そ、そうか……?

 まあ、俺が今更渋っても、既に他の奴らは楽しみ始めてるけどな。

 十香や四糸乃はウォータースライダーで。耶倶矢と夕弦は、なんか、Tシャツ着たまま何かしてる。

 狂三と美九、琴里は、俺と士道と一緒に休憩中。

 がりっ、と胸を掻いて、皆が楽しむ姿を視界に収める。

 やましい意味ではなく、何もすることが無いからだ。

 上にシャツは着てるし、昔の古傷もわざわざ見せる気も無いので、俺はここで傍観に徹しよう。

「くかか! どうしたお主ら。水精の啼き声が主らを呼んでおるぞ」

「勧誘。夕弦達と一緒に遊びませんか」

 あ、戻ってきた。

 ……っておいいいぃぃぃっ!?

 俺は思わず二人から視線を逸らす。

 そうだったなあ、そういやお前ら、シャツ着たまんまだったなあ!

「確認。やはり、これは効果的だったようです」

「む、確かに、七海が全力で顔逸らしてる」

 一言で言えば、濡れ透け。

 つーか、俺の反応見るの止めてくれませんかね。

「……二人とも、それは誰の入れ知恵だ?」

「誰って……そこの二人だけど」

 俺の質問の耶倶矢が答える。

 そこの二人……美九と狂三しかいねえじゃねえか。

 じとっ、と軽く睨んでみると、

「あらあら、可愛らしい反応ですわね」

「おー!  ちょっと二人とも、ここ、こう、手をこうして、こんなポーズをしてください! 記憶だけで永久保存しますからぁ!」

 悪びれもしない、だと……!

 いや、悪いことはしてないのだけれど。

 修学旅行の時に二人のビキニ姿は見たことある筈なのに、やはり慣れないなあというか、濡れ透けというまた別のパターンだからなあというか。

 美九の妄言をスルーした耶倶矢と夕弦は、琴里に目を向けた。

「どうだ琴里、お主も来たらどうだ」

「いや、私は別にいいわ。二人で楽しみなさい」

「理解。つまり、琴里は泳げないということですね」

「なっ!?」

 む? 会話の流れがややおかしい?

「かか。成程。かの司令官も、泳ぎは不得手であったか」

「落胆。しょうがありません。夕弦達は夕弦達で楽しみましょう。泳げない司令官は置いといて」

「わ、私だって泳ぎくらいできるわよ!」

「さて夕弦よ。何をしようか。溺れてしまう司令官は置いといて」

「思案。そうですね。例えば、カナヅチな司令官には出来ないような遊びなどどうでしょう?」

「あ、あなた達ねぇ……っ!」

 そして、琴里は来ていたジャケットを一気に脱ぎ去り、水着姿になると、

 どっばぁぁぁぁん! とプールに飛び込んだ。

「かかか! そうら来い琴里! 我らを捕まえてみよ!」

「逃走。鬼ごっこですね」

「待ちなさぁぁぁぁぁぁい!」

 ひゃー、という声と共に、二対一の追いかけっこが勃発した。

 琴里、まんまと挑発に乗せられたな。

「は、はは、楽しそうだな、あいつら」

「そうだな。っていうか、耶倶矢に夕弦、着衣のままであのスピードで泳げるって、どんな身体能力だよ」

「あら、七海さんはそんなお二方に、水泳対決で勝っていたではありませんの」

「そういえば、そんなこともありましたねー」

 あー、これまた修学旅行の時か。あれはしんどかったなあ。

 はは、と笑いで誤魔化して、椅子の背もたれに寄りかかる。

 ただただ声援を送ったりしていただけなのに、どうしてこうも疲れるかねえ。

「あらあら、お疲れのようですわねぇ」

「まあ、な。ちょっとばかり調子が悪いのは認めるよ」

 こういう風に遊びに来ておいて今更だが、実は朝から少し調子が悪かったり。

 季節の変わり目だからかな?

 熱がある訳でもないし、喉が痛む訳でもないので、今日ぐらいは大丈夫だろうと思ったんだが……。

「……まあ、大丈夫だ」

「無理しちゃダメですよぉ? だーりん」

「ん、分かってる」

 ぶっ倒れて、皆に心配かけさせる訳にもいかねえしな。

 だからまあ、泳ぐのは控えておこうかな。

 俺はそう思い、美九と狂三に声をかけた。

「ほら、二人も泳いでこいよ」

 ひらひらと手を振りながら言うと、美九と狂三も一応納得してくれたのか、同時に席を立った。

 そして、上に着ていたパーカーを脱ぐ。

 ……目、逸らしとくか。

「ふふ、照れなくてもよろしいですのに」

「そういう問題じゃねえんだよ」

 がりがりと胸を掻いて、狂三のからかう声に返事をする。

 しかし、狂三が恥ずかしがるラインと大丈夫なラインって曖昧だよなあ。

 ともかく。

「それじゃあだーりん」

「ん?」

 何だ?

「目一杯―――――見惚れてくださいね?」

 …………。

「……あいよ」

 

「今日はありがとね、美九」

「いえいえー。私も楽しませてもらいましたしー」

 ああそうだな。お前が途中で暴走し始めたからな。

 止める俺や琴里のことも考えようぜ?

 ……楽しそうだったのは確かなんだろうけどな。

「いいのか? なんなら俺が一緒に行くが……」

「心配しすぎですよぉ」

「だが、もう暗いぞ」

「だーりんは、今日はゆっくり休んでくださいー。もし体調が悪化したらどうするんですかぁ?」

「う……」

 そう言われると退くしかない訳だけども。

 やっぱ無理はしない方がいいのかな。

「疑問。七海、体調とは」

「あ、いや、別に何でもねえよ」

 あんまり心配させたくないし、夕弦には黙っておくか。

「それに、私よりも後ろの娘達に構ってあげたらどうですかー?」

「後ろ……?」

 後ろって言ったって、あるのはケーキ屋ぐらい……。

 何となく、今この場に見受けられない数人の精霊達のことが気になった。

 ので、後ろを振り向く俺。と、琴里。

「「……あー」」

 うむ、やっぱりか。

 俺らが見た先には、やはり、今この場にいない奴らがいた。

 耶倶矢、十香、四糸乃の三人だな。……あ、あとよしのんも合わせた三人と一匹。……匹?

 ともかく、この三人+αがそのケーキ屋のショウウィンドウに張り付いていたんだ。

「ふふ、買って差し上げたらどうですの、七海さん?」

「……実はお前も食べたかったり?」

「あらあら、一体何のことやら」

「む、七海よ、主もかの純白の甘味を所望するか?」

 俺らの話が聞こえていたのか、耶倶矢が振り向いた。他の二人(+α)は未だ物色中。 

 しかし狂三も、別に隠さなくてもいいのに。

 昔だったら狂三もあっち側にいたのかあ、とか思いつつ、俺は琴里と士道に目を向けた。

 俺に見られた琴里は、一つ溜息を零すと、

「……帰りの間、大人しくするっていうのなら、買ってもいいわよ。あなた達」

 琴里からのその言葉に、へばりついていた残りの二人も反応した。

「お、おお! する! 大人しくするぞ!」

「わ、私も……!」

『おーう、琴里ちゃんったらやっさしー!』

 すっげえ喜んでる。

 まあ、美味そうだしな、実際。

 ちょっと興味が引かれたので、俺も見に行くと……、

「ね、ねえ、七海?」

 くいくい、と、二度服の裾が引っ張られる感覚。

「耶倶矢?」

「その、わ、我らも、この、あの……」

 ん、ああ、そういうことか。

 俺は耶倶矢の頭に手を置き、ぽんぽんと撫でる。

「そうだな、俺らも買ってくか。夕弦ー、狂三ー、お前らも選べー」

「っ! あ、ありがと」

 返答代わりに、もっかい撫でとくか。髪が気持ちいいし。

「わたくし達もよろしいんですの?」

「おう、好きなもの選んでこいよ」

「深慮。どれにしましょうか」

 ん、まあ、もう少しだけ、美九と喋っておこうかな。次は何時ゆっくりと会えるか分からないし。

 

 

 翌日、朝。

 いつもの通り、早朝ランニングをしていると、突然、寒気がした。

「ッ!?」

 い、今のは……?

 殺意に似た、だが、決して殺意ではない、何か。

 ぼんやりと表すなら、見られている感じ、と言おうか。

 足を止め、周りを見渡す。

「義兄様? どうかしやがりましたんで?」

 いつの間にか一緒にランニングをするようになった真那も、俺の突然の行動に疑問を覚えたようで、少し先で足を止め、こちらを振り向いた。

「いや、別に、何でもない」

 ざっと見た感じでも、人影は無かったし、やっぱり気のせいか。

 むー、体調が悪くなってんのかな。寒気がするってことは。

 右手で首筋の後ろを擦って、左手で真那に何でもないことを手振りで伝えながら、俺はまた走り出した。

 真那も、一度首を傾げたものの、何も言わずついて来てくれた。

 

 

 

 

 数十分後。

 俺の感覚は気のせいではなかったことを知る。




 か、書き方を忘れてる……っ!!

 色々迷走しています。ごめんなさい。
 あと、内容も大分曖昧で、大まかな流れぐらいしか覚えていませんでした。ごめんなさい。
 あと、夕弦と真那の出番も少ないです。ごめんね。その内増えるから。(多分)

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 時間があれば、もう一回ぐらい観に行きたいなあ。


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第64話

 連続投稿ッ!

 いやー、書き上げられて良かったです。え。急展開? 気のせいですよきっとー。

 それでは、どうぞ。


「つまり士道には、この辺に、透明な球体が見えてるってことね?」

「あ、ああ」

 琴里が咥えていたチュッパチャップスで、モニターの中心あたりを指す。

 ランニングが終わった後、朝食の準備をしている途中で、突然琴里に呼び出された俺ら。丁度一緒にいた真那もいる。

 聞いたところによると、朝士道が目を覚ましてカーテンを開けると、昨日までなかった巨大な球体が空に浮かんでいたんだと。

 んで、どうやらそれは士道にしか見えないみたいで、俺や琴里、真那には見えないんだよなあ。

 しかし、嘘を吐いているようにも思えないし。

 という訳で、そろそろ俺が呼ばれた理由も察しがつくぞ。

「……七海」

「言われなくても分かってるよ。だが、モニター越し、観測機越しじゃ流石に直接は見えねえよ」

「でも、」

「そう結論を急かすな。『直接は』って言っただろうが」

 え、という疑問の声を置いて、俺は視界に映った情報を伝える。

「確かに、士道の言う球体は見えないが、ここからでも分かることはある」

「義兄様、何が見えているのでやがりますか?」

「観測機が観測したデータは視れた」

 ふむ、確かに、

「士道の言ってることは嘘じゃない。―――――誰か、モニターの映像を、霊力の観測結果に変えてください」

 俺が言った数秒後、モニターの映像が変わった。

 すると、そこには、

「……っ!? 霊力反応がある、ですって……!?」

 俺はそれに、無言を返す。もとより、返答を望んだ訳でもないだろう。

 士道の言う球体とやらは直接視えなかったが、代わりに、観測機が観測した情報を視ることは出来た。

 ふむ、俺の視界に、こんな弱点があったとは。

 物体越しに何かの情報を視る事は出来ても、媒体越しの何かの情報を視る事は出来ないのか。

 となると、カメラとかに写った写真や映像でも、視れる情報は限られるのかな。

 いや、今はそれより。

「令音さん、この霊力反応って」

「……ん、君の視た通りさ」

 令音さんは、琴里に視線を向け、

「琴里、これを見たまえ」

 何か手元の機器を操作する。

 すると、モニターに映った球体の霊力反応が、七つに分かれた。

「? 令音、これは?」

「どうやら、この球体は、皆の霊力によって出来ているらしい」

「皆の霊力……?」

 士道が疑問の声を上げる。

 そうだな、俺からも説明を入れておくか。

「ああ、皆、より詳しく言うなら、耶倶矢、夕弦、美九、狂三、十香、四糸乃、琴里の七人分の霊力が、それぞれ微弱ながらも観測されている。ふむ、耶倶矢と夕弦とで別の霊力反応を示すのか」

 てっきり、同一のものかと思ったが。

 一度明確にすると、確かにこれで丁度七人分だもんな。

 しかし、姉妹で別々だとするなら……。

「令音さん、この現象の理由って、精霊としての力がどうのこうのとかいうやつじゃなくて、もしかして」

「ああ。おそらく、彼女達自身、例えば、感情等が関係してるのかもしれない」

 やはりか。

 薄々そんなところじゃないかとは思っていたが、的中したな。

「……義兄様、つまり、どういうことで?」

「んー、分かりやすく言うなら、精霊達皆の何かしらの感情が集まった、ってことか。いや、これじゃ分かりやすくというより、まとめると、って感じだな。しかも、あくまで仮定だし」

 ぽけーとした表情の真那を見て、やはり説明不足だったかな、と思い直す。

 しかし、思えばこれ以外に分かっていることも無いしなあ。

 仮に、感情が集まるとして、精霊達が同一に持ち得る感情ってことになるよな、集まっているってことは。

 むむむむむ……、

「……もしかして、〈嫉妬〉?」

「へ?」

「え?」

「……ふむ」

 俺がぽろりと零した一言に、琴里、士道、令音さんが反応した。

 遅れて、他のクルー達も、ああ、と反応を示す。

「え、あ、いや、あくまでも、もしかして、だぞ?」

「いや、案外、的を射ているかもしれない」

 あれ、まさか令音さんからの賛同?

「おそらく、シンやナナへの嫉妬心や、もしくは独占欲といったものが起因して、霊力が溢れ、それが一箇所に集まった……といったところだろう」

「え、嫉妬……、独占欲……?」

「……しかも、俺も入ってるのかよ」

 嫉妬、嫉妬ねえ。独占欲……、心当たりは無いんだけどな。

 ここは一つ、当事者でもある琴里に話を聞いてみるか。

「なあ琴里、お前に心当たりはあるのか?」

 っと、俺が何か訊く前に士道が質問しちゃったか。

 いや、別に訊くのは誰だって関係無いだろうし、別にいいか。それよりも、俺は答えを聞きたい。

「……士道」

「? どうした?」

 素で返す士道に、琴里が、

「少し、黙ってなさい」

「え、いや、答え……って、痛い! え、何で蹴られてんの俺っ!? 痛いって!」

「ふん! ふん、ふん!」

 お、おお、司令官はご立腹のようで……。神無月さんが羨ましそうに士道を見てる……。

 しかし、何で琴里はいきなり怒り出したんだ?

 不思議に思い、令音さんに訊いてみると、

「……ナナも、このことは訊かない方がいい」

 令音さんにまで言われた。何故だ。

 程なくして、一通り蹴って満足したらしき琴里が、席に戻ってきた。士道は足とか脛とか摩って痛そうだった。

「しかし、独占欲か……。一見そうには見えないんだけどなあ」

「確かに、表面上はそうだろうし、彼女達自身も意識はしていないのだろう」

 俺はそれを聞いて、琴里に視線を移した。

「……何よ?」

「いえ、ナンデモアリマセン……」

 こ、怖っ。

 視線で人を殺せるレベルだな、多分。言いすぎかな。

 ともかく、

「つまり、無意識下のそれらの感情が、今回の原因ってことなのか」

「ああ、だろうね」

「そ。それじゃあ話は早いわ」

 お、司令官復活?

「嫉妬や独占欲が今回の原因っていうのなら、それを取り除くまで。方法は、いつものと私達と変わらないわ」

 即ち、

「デートして、デレさせなさい!」

 

 令音はごく自然を装って、一度部屋を出た。

 そして、一人呟く。

「―――――〈システム・ケルブ〉、か……」

 

 

 その日の夜。

 五河家のリビングに、俺と令音さん、真那を含む計十人が集まった。

「ということで、近い内に皆には一人ずつデートしてもらうわ」

 何が、ということで、なんだよ。

 あれか。ツッコんではいけない系のやつだな? オーケー俺は何もツッコまない。

「おお! デェトか? デェトが出来るのだな!?」

「ええ、そうよ」

 目を爛々と輝かせる十香。嬉しそうだなあ。

「皆にはくじを引いてもらって、くじには番号が振ってあるから、その番号順にデートしてもらうわ。ただ、この場にいる全員分を一緒にしてあるから、引いた後に、士道側と七海側に分かれてちょうだい」

「質問。夕弦と耶倶矢は、どうすればいいのでしょう?」

 夕弦が手を上げて質問する。

 俺にはイマイチ質問の意図は分からなかったが、琴里や令音さんには伝わったらしい。

「ん、今回は一人ずつにしてみてはどうだい? 丁度、くじも七人分ある」

「確認。どうしますか、耶倶矢」

「くく、これもまた一興だろうて。よいのではないか?」

 おお、八舞姉妹を一人ずつに出来たんだ。

 まあ確かに、二人同時にデートしたとして、どちらかに一切の嫉妬を抱かせないっていうのは、流石に非現実的だったからなあ。

 こっちとしては、不謹慎だが、素直に助かった、って思うべきなのかな。

「それでは、一人ずつ引きたまえ」

 令音さんが、くじ箱を差し出す。

「私はこれだ!」

「我はこれだ!」

 直後に、十香と耶倶矢が真っ先に引く。

「それじゃあ、私はこれでー」

「わたくしも引きますわね」

 次いで、美九と狂三。

「あ、あの、私……も」

「行動。残り物には福があると言いますし」

「それじゃ、最後のが私のね」

 そして、四糸乃、夕弦、琴里が引いた。

 結果、

「く、くく、くふふはは! 見よ! やはり我こそが始原の一を取るのに相応しい!」

「んー、二番ですねー」

「さ、三番、です……」

「確認。四番でした」

「ふふ、五番目ですわ」

「あら、私が六番なのね」

「むう……七番、最後か」

 順に、耶倶矢、美九、四糸乃、夕弦、狂三、琴里、十香の順に決定した。

 で、これをさらに俺と士道とで分けるんだっけ。

 ……んんー、何か、色々と間違ってる気がしてならん。

 その間にも、話はどんどん進むし、固められていく。

「じゃあ皆、それぞれでデートプランを立てて、今回の順番通りにデートするわよ。最初は、士道が四糸乃と。七海が耶倶矢とね」

「かか、お主らも不幸よのう、我の後になるとは」

「憮然。どういう意味ですか」

「無論、我が考える究極にして至高にして完璧のデートプランの後では、七海とて、面白く感じまいて」

「あらあら、そんなに自信があるようですけれど、強がっているだけではありませんでして?」

「そうですねぇ。耶倶矢さんて、強がりなところがありますし」

「首肯。確かに、その通りですね」

「くっ、言わせておけば……!」

 仲の良いことで。

「む? 今回は私達ででぇとぷらんとやらを考えるのか?」

「……一応聞いておくけど、意味分かってるの?」

「勿論!」

「ほ、ならいいわ……」

「全くだ!」

 あ、こけた。

「十香さん、デートプランというのは、つまりですね……」

『要はー、士道くんとしたいことを考えれば良いと思うよー?』

「ふむ、シドーとしたいこと、か……」

 ナイスアシスト、四糸乃。

 ……あれ? 話は進んでも、内容を話したのって、琴里の最初の言葉だけ?

 いやまあ、雑談も大事だけどね?

「なあ、琴里。今回インカムは……」

「んー、外しといて良いんじゃない? 別に士道の好きにしても良いけど」

「そうだな……いや、止めておくよ」

「あら、どうして?」

「インカムとか無しで、純粋にお前らが考えるデートをしてみたいからな」

「……そ」

 あら格好良いこと言ってる。琴里も微笑んでる。兄妹良い感じ?

 しかし、デートプランは向こうが考える、ねえ。

 実際これは、フラクシナス内で、どうすればより嫉妬等の感情を解消できるか、を話し合った結果だ。

 曰く、当の彼女達が好きなことをすれば、解消できるのではないか、とのこと。

 確かに、一理あるということで、こういう形になったんだな。

「さて、最初のデートは二日後からよ。一応、七海と士道とで一日ずつ日をずらすから」

 つまり、俺のデートと士道のデートの日は交互になるってことか。

 ま、これといった不都合がある訳じゃないし、良いんじゃねえのかな。

 夜になって少し冷えたのか、軽く寒さを覚える腕を摩って、俺はそんな風に考えた。




 さて、次回からデート回ッ!

 といっても、七海とヒロイン精霊とのデートだけで、士道サイドのデートは書きません。
 もし見たいという方がいらっしゃれば、映画を見るか、DVDやブルーレイを待ちましょう。
 最後の方、耶倶矢の「究極にして~」の部分は、順番を覚えていませんでしたので、判明しだい直します。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 多少の差異には目を瞑ってください。お願いします。


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第65話

 久々の更新となります。

 学校の定期考査やら学校であった模試やらの影響で遅れました。すみません。
 ようやく映画編デート回に突入です。
 それぞれのヒロイン精霊の数分ですので、あと3回ですかね。

 ただ、大分要約というか、省いてしまっているので、文章量として少ないです。今回も、実際のデート分は3000を満たしてないですし……。
 もはや忘れかけているのです。
 あ、あともう一つ、先に言っておくべきことが。
 今回、耶倶矢の口調がデート内容並みに迷走しています。先に断っておきます。
 
 それでは、どうぞ。


 二日後。

 どうしよう、普通に体調が戻らないんだけど。

 あれかな、季節の変わり目だからーとか、天央祭で無理しすぎたからーとか、そんな理由なんだろうけど。ちょっと長引きすぎじゃないですかね。天央祭なんて、もう大分前だぞ。

 まあ、無理さえしなければなんとかなる。はず。

 折角のデートなんだし、辛そうな表情を見せるわけにもいかないしな。

 さて、そろそろ約束の時間の十分前位か。

「七海ー!」

 時計が示す時間を確認し終えると同時に、俺の名前を呼ぶ声がした。

 今日のデート相手、耶倶矢の声だ。

「ごめん、待った?」

「いんや、それほど待ってない」

 俺が何分前からいたかはご想像にお任せするとして。

 しかし、

「耶倶矢、その格好は……?」

 一言。イタい。

 黒のゴシック調、とでも言えばいいのかな。胸元のリボンが目を惹く服装だ。

 しかもブーツだし、トートも黒だし、何て言うか、『らしい』なあ。

「えと、その、似合ってない……かな?」

「まさか。お前らしくて良いんじゃないか? 俺は可愛いと思うぞ」

「! そ、そう。それなら良かった」

 えへへとはにかむ耶倶矢。

 うん、可愛い。叫んでもいいかな。自重します。

「七海も、そのペンダント、着けてきてくれたんだ」

「ん? ああ、これな」

 俺はそう言って、胸元のペンダントを手に取る。

「お前らからの誕生日プレゼントだし、個人的にも気に入っているからな。惜しむらくは、学校には着けて行けないことぐらいか」

 流石に校則上、無理だろう。

 もし着けていったとして、やっぱり駄目でしたーはい没収ー、とかなったら嫌だし。

「そういや、今日は素の方なんだな」

 ふと、気になったことを訊いてみた。

 いつもの耶倶矢って言えば、厨二表現なんだけど、今のところ全て素の方で会話していたからな。

 んーまあ、話しやすくていいけどね。

「いや、今日は別に、取り繕う相手がいる訳じゃないし、七海だけならいいかなって」

「……そ」

 それだけ、信頼を置かれていると受け取っていいのかね。

「それじゃあ立ち話もなんだし、そろそろ移動するか。今回はお前らのほうでプランを立てたんだろ?」

「うん、任せて!」

 耶倶矢はとても得意気な顔で、そう言った。

 

 今回俺はデートプランについて何も聞いていないので、必然的に耶倶矢に付いていくことになる。

 さっきの得意気な顔を見るに、ちゃんと計画立ててはいるようだが……。

 正確には、いた、と言い換えたほうがいいかもしれん。

「あ、あれ!? ここであってる筈なのに……」

 目的の場所にはなかなか辿り着かず……。

「えー、こっちの筈、うん。たぶん」

 謎の行き当たりばったり感に加え……。

「おっかしいな……。ちゃんと地図にはここって書いてあるのに」

 地図って言っちゃった。

 最終的に昼時に辿り着いた、本来とは違う飲食店で、っていうか、ラーメン店で昼飯とした俺ら。普通に美味かった。

 やっぱり、耶倶矢は耶倶矢というか、なんだろうな。

 どうやら耶倶矢は、この天宮市の観光パンフレットを基にして今回のデートプランを考えたらしい。

 しかし、それに載っている情報と実際の情報が違っていたから、色々迷走しているらしい。

 チラチラとカバンの中を覗いているから、少し見えた中身も踏まえて考えると、おそらくこんなところだろう。

 慌てるぐらいなら、むしろ堂々と出せばいいのに。

 性格上、そうもいかないか。

「なあ耶倶矢」

「っ! な、何?」

 慌てるな慌てるな。別に怒ってもないし、つまらないと思ってもないから。

「ちょっと、ここに寄ってもいいか?」

 俺がそうして示すのは、ゲームセンター。

 まあ、これ以上耶倶矢を迷走させるのも可哀想だし、ちょっとした助け舟気分。

「うん、別にいいけど……楽しくなかった?」

 あー、やっぱりそういう解釈をしちゃうか。

 気持ち的にマイナス思考に陥っている時は、誰かの行動一つ一つもネガティブに捉えてしまうってのは分かるんだが……。

 ……うん。

「まさか。ただちょっと、焦っているように見えたからさ。少し気分転換にでも、と思って」

 ここであえて、カバンの中を覗いてパンフを確認していたのに気付いてた、と告げる必要はないだろう。

 ただ、客観的にそう見えるぞ、というのは伝えたかったんだ。

「ん……、分かった」

「よし、じゃあちょっと遊んでいくか」

 そして、俺らは中へと入る。

 入った瞬間、ゲーセン独特の喧騒と、騒音とも言うようなゲーム音が俺らを包む。

 さてと、耶倶矢以上に楽しまないように、っていうのに気をつけないと、やっぱり楽しくなかったと思われそうだからな。そこそこに楽しむとするか。

 

 け、結局ゲーセンで時間を潰してしまった……。

 だが、後悔どころか反省もしてないんだぜ!

 とにかく。

 今は帰宅して、俺の(って言ってもいいよな?)家の前だ。

「悪かったな。結局最後まで付き合せちまって」

「ほんと、まさかこんな時間まで遊ぶとは思わなかった」

「だ、だから悪かったって」

 数秒後、二人して吹き出す。

 そしてしばし笑いあった後、耶倶矢が口を開く。

「……今日は、ごめん」

「? どうした?」

「惚けなくてもいいから」

「……バレてたか」

「そりゃあね」

 あー、俺は頭を掻く。

 どうやら、俺が気を遣ってゲーセンに誘ったことはバレていたらしい。

 あまり悟られないように、大分遠まわしに言ったつもりだったんだがな。

 やっぱり、気を遣わせたっていう自覚があったのかね。

「じゃ、俺からは感謝することにするよ」

「え?」

「ありがとな、耶倶矢。今日のデート、楽しかったよ」

「……っ!」

 頭を撫でながら、俺は笑いかけた。

 事実、楽しかったのは確かなんだ。いやまあ、こいつらといるだけで楽しい、というのは置いといて。

「情報源が古かったのかもしれねえな。また次の機会に、今度はお前がお勧めする店に連れてってくれよ」

「……うん、分かった」

 そうして、ゲーセンで俺が取った猫のぬいぐるみを抱きながら、耶倶矢は笑った。

「それじゃあ入りますか。今日はお礼に、お前が食べたいもの作ってやるよ」

「ほんと!? それじゃあ―――――」

 

 

 七海側デート、初日、終了。

 

 

 その日の夜、琴里に呼び出されて、俺はフラクシナスにいた。

 というのも、今日のデート結果によって、士道の言う透明の球体とやらがどう変化したのかを伝えるためらしい。

 夜まで待ってくれたのも、俺が暇になる時間に呼び出すためだとか。

 こっちのことを考えてくれてありがとうと言うべきか、少しは休ませてくれと言うべきか。

「―――――とまあ、やっぱり、耶倶矢の分の霊力反応が弱まったわ。あなたの推測通りよ」

「そうか」

 ふむ、嫉妬、というほど深い感情ではないのかもしれないが、その球体の謎を解く鍵として、精霊個人個人の感情が関与していたのは間違いないようだな。

「ん……ふぁ、あ……」

 ん、欠伸が。いつもの就寝時間に比べれば、まだまだ早い時間なのに。

 なんだろうな、これといって疲れることはしてない筈なのに、やけに体が重い。

 疲労……とも、ちょと違うような……?

「……み? 七海?」

「……っ。あ、ああ、悪い。ちょっとぼーっとしてた」

 危ない。何も考えていなかった。

 そのまま寝る勢いだったな、今の。

「大丈夫なの? 体調が悪いなら、そう言ってほしいのだけれど」

「問題ない。ちょっと天央際の疲れが長引いてんのかもな。休めば直る」

 はず。

 実際、それで今日まで直っていないからなんとも言えないんだが。

「確かに、張り切っていた、というよりも、色々任されていたものね。そうね。悪かったわ、呼び出してしまって。今日はもう休みなさい」

「ああ、そうするよ」

 また、欠伸を一つ零して、俺は転送装置を使って地上へと降りた。

  

 

 七海と耶倶矢が家に入るほんの数十秒前。

 二人を見つめる少女がいた。

 より正確に言うなら、最初から。

 彼女は何も言わず、ただ、彼らを見つめていた。

 耳元のイヤリングが、橙色へと変わった。




 なんとか一人目ー。

 素だけの耶倶矢というのも、それはそれで書きにくいものですね。
 やっぱり、厨二病の中に挟まれた、うっかりの素の方がいいです。
 ただ、どっちも可愛いとは思います。

 次回は美九とのデートです。
 映画通り、この作品における同じポジのあの娘が復活します。ただ、イラストが無いので、へー、としかなりませんね。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 ちなみに、主人公の体調不良はこれといった伏線ではありません。


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第66話

 生存報告。

 約一ヶ月振りですね。もう12月に入ろうとしています。
 久しぶりに書いたので、読みにくくなってしまいましたが、早く直していきたいと思います。

 それでは、どうぞ。


 デート二日目(俺視点)。

 二人目の相手は、美九。

 忙しいだろうに、この日の為にオフを取ってきたんだとかなんだとか。

 俺なんかの為にそこまでしてくれるのは嬉しいが、普通に仕事のことが心配になる……。

 ま、まあ、本人が大丈夫って言ってるんだし、きっと大丈夫だろう。それしか信じれるものがないし。

「? だーりん、お口に合いませんでしたかー?」

「ん? ああ、いや、美味いよ。いつかは俺もこのレベルまで上手くなりたい」

 正直、緊張で味わう余裕なんて無いんだが。

 そうだな、街が見下ろせるぐらいに高く、かつ広い部屋で、純白のクロスが敷かれたテーブルが置いてある。まずはそれを想像してみてくれ。それだけで場違い感がすごいな?

 そんな場所に俺と美九と二人きり。たまに給仕さんが出たり入ったり。

 ……どうしよう、俺普通の私服だし、テーブルマナーとかも殆ど知らないしで、ここにいるべき人間じゃないと思うんだが。

 しかし、ぼーっとしてたのが気付かれたかと思った。実際、多少は気取られたみたいだし。

「本当は街にお出掛けしたかったんですけど、琴里さんたちから止められちゃいましてー」

「そりゃあ、お前みたいなトップアイドルと、俺みたいな一般人、しかも男とが一緒に歩いてるところを見られたら、どんなスキャンダルになるか分かったもんじゃねえしな」

 美九はその辺の意識が薄いところがあるから、割と心配なんだが。

 そういやいつぞや美九が来禅に来た時も、あの後物凄く問い質されたなあ。

「んー、それじゃあ、女の子となら問題無いですよねー?」

「……俺は女装なぞしねえぞ」

 先手を打っとこう。

 美九なら俺を女装ぐらいならさせてきそうだもん。言っといて間違いないはず。

「いえいえ、女装なんてしなくてもいいですよぉ、何言ってるんですかだーりん」

 ほ。うん、一応危機回避。

 いやー流石に女装は嫌だ。一度女体化したことある俺が言うのもなんだが、嫌だ。

 ……そういや、美九って、そのことは知らないよな?

 あれ、うん知らない筈。だって見せてないし。あの存在を知ってるのは耶倶矢と夕弦ぐらいな筈だし……!

「女()が嫌なら、直接女性になってしまえばいいんですよー。ほら、こんな所に来禅高校の女子制服が」

「……は、はっはっはー。何を言ってるんだ美九。なるつったって、どうすれば――――」

「知ってますよー、ねえ……『七霞』さん?」

 ……あっさりと希望は打ち砕かれた。

 

 聞くところによると、修学旅行から帰ってきた後、美九や耶倶矢達で思い出話をしていた時にこの存在を聞いたんだと。

 耶倶矢や夕弦からこの情報が漏れるのは予想外だったが、もういい。諦めよう。

 あーっていうか、人の視線が気になる……。

 美九は慣れているのかもしれないが、俺はただでさえ慣れない女性服のうえ、制服だから下はスカートだしと、もう気にならないほうがおかしい。

 女子って、こんな無防備な服を着るんだな。

 ……ああ? 下の下?……想像にお任せするよ。

 ヒントになるかどうかは分からないが、俺が着替える途中、着方が分からなくて美九に訊いたところ、彼女の毛細血管は耐えることが出来なかった、とだけ言っておこう。

「ふふー、楽しいですねぇ」

「お、俺は楽しくない……っ」

「七霞さーん?」

「……わ、わた、私、は、楽しくないよっ」

 くっ、美九の希望で一人称も変えないといけないしっ!

 これすらもデートプランに組み込まれていたのか……誘宵美九、恐るべし。

 今の俺の姿は、いつぞやの七霞と名乗った時の姿。身長自体は男の時と変わってないが、それでも女性となると、それなりに高い方、になるのかな。

 そういや、着替えて出てきた時、

『ぶっふぉっ!? こ、これは、私の想像を超える可愛らしさ……! 慣れないスカートを押さえる手とか内股になっちゃてたりとか赤面してるところとかもう全てが可愛いだからいただきまーす!』

『にゃあああぁぁぁぁぁぁッ!?』

 あの時の美九の目はヤバかった。ガチで逃げた。そして捕まるとは思わなかった。なんなのあの底力。

 ちなみに、その時美九が言った俺の状態は、今尚継続中。だって恥ずかしいし。

 せめてもの報いと恨めしそうな眼を意識して睨むと、なぜか手で顔を覆って逸らしちまった。ふ、流石俺の眼力。

 ……分かってるよ。どうせ出来てなかったんだろ。別にいいじゃないか現実逃避ぐらいさせろよー!

 こほん。

「あ、七霞さん、あそこに行ってみましょうよ。似合う服を探しましょー!」

「分かったよ、好きにしろよもう……」

「え、好きにしていいんですか!?」

「よし早く行こう!お……じゃない、私が見繕ってあげる!」

 俺には、どっちの似合う服、なのかを訊く勇気が無かった。

 だってよお、それで俺っていう答えが返ってきてみ? 体調不良がぶり返して三日間ぐらい寝込むよ、俺。

 

 す、すげえ、『ここから、あそこまで』を本気でやる人初めて見たわ、俺。

 服も着替え、男の姿に戻った俺は、一目のつかない路地裏で今日を振り返る。

 結局美九との買い物は、最終的にトラックに積み込むレベルのものとなったし……その九割方が服飾類なんだぜ?

 いやー、さすがトップアイドルってのを実感したね。

 買った物のなかには、いつ着ることになるか分からない『七霞』に合わせた衣服もあって……俺、また女体化しねえといけないの?

「ん……っ」

 とと、少しふらついた。

 やっぱり体調は万全じゃなかったか。今日の疲労(その殆どが精神的なものなんだが)もあって、そろそろ休むべきか?

「今日は楽しかったですか? だーりん」

「あ、ああ。楽しくはあったが……。もう七霞にはなりたくない」

「えぇー。折角可愛かったですのにぃ」

「少なくともその言葉で俺は喜ばねえぞ」

 一応褒め言葉、なんだろうが。身体的には女とはいえ、俺は男だ。可愛いと言われて喜ぶような感性も持っている訳じゃないし。

「それじゃぁ、そろそろ帰りましょうかー」

「ああ、そうだ、な……?」

 俺が一歩を踏み出した瞬間、視界がぐらついた。

 立つことすら儘ならない揺れるような感覚、平衡感覚は崩れ、視界はぼやけ、自分がどんな動きをしているのかさえ把握できない。

「だーりん!?」

 俺を呼ぶ声がする。

 だが返答する暇なく、俺は倒れていった。

 

 

「風邪と疲労、正確には、それによる体力の限界、ってところかな」

「すまん、俺の体調管理のミスだった」

 自室。ベッドの上。

 どうやら俺は、自分でも思っていた以上に体力が消耗していたらしいな。

 今の俺の現状を思う。

 あのあとすぐ、ラタトスクの関係者が俺を運んで、検査というか診察。これといって大事になるようなものではなかったので、安静するようにとだけ言われてそのまま帰宅という訳だ。

 で、今はその結果を皆に説明しているところ。部屋には俺と令音さんの他にも、耶倶矢、夕弦、狂三に美九に真那、あと士道と琴里がいる。

 時刻的にも夕食時だろうに、わざわざ来てくれたことには感謝しないと。

「はぁ~、よかったです。もしかして相当無理させちゃってたのかと」

「実際、もうしたくないからな」

「くく、主も虚弱よの。たかだかその程度、七海なら早く治してみせよ」

「通訳。大丈夫? 本当に大丈夫? キツかったら言って? 何でもしてあげるから、と、耶倶矢は言っています」

「そ、そこまでは言ってないし!」

「解釈。つまり、その程度ということですね。大丈夫ですか、七海。してほしいことがあったら言ってください」

「ちょ、アンタも言ってんじゃん!」

「あ、頭に響くから、少し静かに頼む……」

 大人しくなった。

 はあ、ひどい倦怠感に、喉の渇き、頭痛に発熱。典型的な風邪の症状だが、こうもキツいとはな。

「義兄様、水をどうぞ」

「悪い、真那。ありがと」

 持ってきてくれた水を飲む。普通に冷えていて、今の体には心地良い。

 ふー、と息を吐き、力を抜くと、想像以上に疲労していることに逆に驚く。

「お疲れのようですわね、七海さん」

「んーまあ、否定は出来ねえな。ちょっとこのまま休むから、もし俺が寝てしまっても、気にしないでくれ」

「了解いたしましたわ」

 ちょっと休むだけ休むだけ。目を瞑るだけだから……。

 

 くー、くー、と規則正しい寝息が聞こえ始めるのに、そう時間はかからなかった。

「皆さん、お静かにお願いしますわ」

 狂三の言葉に、皆も七海が寝ていることに気付く。

「あれ、寝ちゃった? どうしよう、明後日のこととか決めておきたかったんだけど」

「別に明日でもいいんじゃないか? 今は寝かしとこうぜ?」

 士道の提案に、琴里は頷く。実際、少しでも休んでもらうことの方が優先。

 大事をとるなら、七海のデートを一日延期して、先に士道のデートを終わらせるべきだ。

 そのことを七海に訊いておきたかったのだが、寝ているならば休ませよう、という判断である。

「本来なら、次の七海の相手は夕弦よね?」

「肯定。はい」

「おそらくだけど、一日延期になってしまうのだけれど、いいかしら?」

「承諾。別に構い……」

 夕弦はそこで、台詞を区切った。

 じっ、と七海を見詰め、間が空くこと数秒。

「訂正。いえ、当初の予定通りの日程でお願いします」

「え? でも、七海の体調を考えると、」

「自信。大丈夫です。七海には無理をさせませんから」

 そこはかとなく胸を張る夕弦。

「……まあ、そこまで言うのなら、任せてみるけど」

 もともと精霊たちのやりたいことをやらせる、という名目でのデートなのだ。強制までしてそれを止める理由は無い。

 一抹の不安は残るが、ここは夕弦を信じることにした琴里であった。




 むむ、場面転換が多い、且つまたしても文字数が。(即ち急展開)

 次回予定の夕弦デート回は、本来とは全く違うオリジナルデートとなります。
 まあ、この拙作に折紙さんがまだでてきていない以上、原作通りのデートになるはずがないということです。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 ちなみにテスト三日前。


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第67話

 生・存・報・告ッ!

 1カ月半振りですか。話毎に間隔が開いていく恐怖。
 もう流石に忙しくて、なんて言えませんね。
 テスト結果に歓喜してたあの頃が懐かしい……。

 それではどうぞ。


 あー、頭が痛い……。

 一日休んだのに余計体調が悪化するってどういうことだよ。

 それだけ自身の体調管理が出来てなかったってことか。

 昨日、琴里に日程はそのままで、って言われたんだが、流石にこれでデートには行けねえぞ……?

 確か次は夕弦だったっけ。悪いけど、断るしかねえかな。

「呼掛。……七海? 起きてますか?」

 お、噂をすればなんとやら。件の夕弦さんですね。

「ああ、起きてる。入っていいぞ」

 数日延期してもらう旨を伝えないと。

 が、そんな気はぶっ飛んだ。

「ッ!? 夕弦、なんて恰好してやがるッ!?」

「返答。ナース服、というものらしいです。看病するならこれを、と言われました」

「誰にだよ!」

 いや、令音さんか、可能性として美九あたりだろうけども。

 ……看病?

 よし、冷静になろう。

「えーと、今、看病って言ったか?」

「肯定。はい、言いましたよ」

「……まさか、琴里が日程はそのままって言ってたのって」

「首肯。今日は夕弦が看病してあげます。お家デートです」

 成程。そういうことか。

 それじゃあ、お言葉に甘えるとしますかね。確かに、それなら俺が無理をすることはねえな。

 ……大分気を遣わせちまってるかなあ。

「確認。最初は、服を脱がす……」

「待て、不穏な言葉が聞こえたぞ」

 何をする気だ夕弦。何をされるんだ俺。

「催促。ということで、七海。服を脱いでください」

「……理由は?」

「説明。風邪を引いたときは体を冷やさないようにしなければならないと聞きました。そして、そのためには汗を拭くべきらしいです。ということで、汗を拭いてあげるので脱いでください」

「…………」

 さて、なんと返すべきか。

 折角の厚意を無下にするのもどうか、って感じだし、かといって素直に従うのは恥ずかしいし、むむむ。

「あー、いや、自分で出来るから。タオル貸してくれ」

 うん、自分でやるのが最善策の筈。妥協点とも言う。

「否認。いえ、今日は夕弦が看病します。七海は何もしなくても大丈夫です」

「いや、看病たってそこまでやる必要は無いからな?」

「強行。ほら、早く脱いでください」

「だー分かった分かった! 分かったから自分でやるからお願いだから無理矢理脱がそうとするのやめて!?」

 なんとか夕弦の手を振りほどき、しぶしぶ寝間着を脱ぐ。

 まあ、恥ずかしいということの他に、あまり胸の傷跡を見せたくないってのもあったんだが、今更か。

 夕弦も、もうそのことは知っている訳だし。

「ほら、これでいいか? 次は何をすればいい?」

「要請。じっとしていてください。今、体を拭きますので。何かあれば言ってください」

 言って、夕弦が真っ白なタオルを持った手を伸ばしてくる。

 そのまま拭き拭き。

 俺の要求で背中側から拭いてもらってる。そのまま身を起こして腕、腹……。

 ち、近い。色々当たってる。言えない。言えないが気になるんだよ。形状的に丸いやつ。

 そして、一度夕弦は手を止めた。

 まさか、俺が気にしてるのに気付いたか!?

 と思ったら、違うらしい。

 手を止めたのは……俺の胸の傷跡の手前だった。

「……あー、別に気にしなくていいぞ。痛むことはねえし」

 心的要因で痛みを感じることはあるけども。

 それだって、実際に痛んでる訳じゃねえだろうしな。いや、詳しくは知らねえが。

「承諾。分かりました。痛んだら言ってください」

 そして、また手を動かす。

 先程よりも力加減がさらに優しくなったのは、まあ、気にしないでおくか。

「……完了。終わりました。服を着てもいいですよ」

「おう」

 いそいそと服を着る。

 ふむ、本当は部屋着に着替えたいんだが、流石に無理だったか。

「確認。次は……おかゆ。林檎のすりおろしでも可……」

 さっきから夕弦は何を見てるんだ?

 背を向けてる夕弦の手元をこっそりと覗き見る。

 えーと、可愛らしい字で『看病の五ヶ条』って書かれてる。筆跡から見るに……美九あたりかな。

 ふむ、嫌な予感しかしねえな。

「退出。ちょっと用意してきますので、しばしお待ちを」

「わ、分かった」

 そう言って夕弦は一度部屋を出て行った。

 ふう、とそこで息を吐く。

 やっぱりまだ本調子じゃねえみてえだな。たったあれだけのことに疲労してる。

 いや、別に夕弦と一緒にいるのが疲れる、という意味ではねえけど……。

 がちゃ、と再度扉が開く。

 あれ、もう戻ってきたのか? にしては早いな。

「質問。七海」

「何だ?」

「おかゆと、林檎、どちらがいいですか?」

「えーと、じゃあ……林檎?」

 

「催促。七海、あーん」

「あー、む」

 租借。もぐもぐ。

 ……あ、移った。

 兎型にカットされた林檎を差し出す夕弦。あ、この場合の兎型ってのは、一般的な耳が出てるやつじゃなくて、本当に兎。食べにくいことありゃしない。あの純粋そうな目が俺を見つめてくるんだ……ッ!

 ともかく。

「問掛。おいしいですか?」

「ん? ああ、おいいしいよ。ご馳走さま」

 生の林檎においしいも何もないと思うけど。

 いや、おいしいけどね?

 あの生きているかのように精巧な兎型の林檎をなんとか食べた俺は、少し休むことにした。

 デート中ってのは分ってるんだが、流石に、な。キツい。

「悪い、夕弦。少し休む」

「了解。無理は禁物です。どうぞ、お気になさらず」

 ん、とだけ返して、目を瞑る。

 おそらくこのまま寝てしまうだろう。

 大丈夫、大丈夫、少しだけだから(フラグなんて言わない)。

 ……。

 ………………。

「呼掛。七海、もう寝ましたか?」

「……んー、眠いけど、どうかしたか?」

「不安。今日、夕弦は七海に無理をさせていませんでしたか? ちゃんと、看病できていましたか?」

 殆ど眠りに落ちかけている頭で、考える。

 いや、最早考えているというより、思ったことをそのまま言ってるだけか。

「まあ、正直、びっくりしたりはしたが、出来てたんじゃねえの? お前が俺を心配してくれているってのは伝わったし。独りでいるより、誰かと一緒にいた方がいいのも確かだ」

 うん、そうだ。

「今日は楽しかったぜ。ありがとうな」

「苦笑。まだお昼過ぎですよ。デートは始まったばかりです」

「か、は、は、はッ。ああ、確かに、その通りだよ……」

「微笑。―――――お休みなさい、七海」

 

 そんなことがある部屋の外、扉の前で。

 少女はただ、声を聴いていた。

 イヤリングは再度、橙色へと染まる。

 




 短いなぁ!

 書き方忘れてる、オリジナル話なんて書けない、ということが判明した今回。
 脅威の3000以下。泣きそう。泣いてた。

 しょうがないdolphin(合ってるかな?)に癒しを求めよう。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 もう既にマンネ(作者が言っちゃダメか)


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第68話

 お気に入り登録者数600人突破ー!登録してくださった皆さん、ありがとうございます!

 最近、中古で凛緒リンカーネイション買いました。楽しいです。
 どうしてデアラってこうもヒロインが可愛いんでしょう。みんな可愛い。
 割と或守はお気に入り。

 それではどうぞ。


「ん、んん~~」

 軽く伸びをすると、背中からボキボキ音がする。最近動いてなかったからなあ。イテテ。

 夕弦との家デートから二日、今日は最後、狂三とのデートだ。

 体調は完全回復。琴里からの外出許可も下りた。

 何だかんだで、夕弦の看病は効いてたらしい。昨日の時点で大分良くなってた。

 ……まあ、結局寝てしまった俺が何か言える訳じゃねえが、昨日起きたらベッドの中に夕弦がいたのは気にしないでおこう。

 ともかく。

 今は狂三とのデートのことを考えればいい。

「お待たせしましたわ、七海さん」

「おう、別に待ってねえから気にすんな」

 今日の狂三の服は、見慣れた、と言えば聞こえは悪いが、よく見るモノトーンのゴスロリっぽい服。

 いや、いつもと同じ訳じゃねえぞ? ただ、よく似たような服の所為か、あまり真新しさを感じないのは確かだな。

「あら、少し残念そうですわね。もうちょっと趣向を変えた方が七海さんの好みでしたかしら?」

「え、そんなことは無いが……」

 多少は思ったかもしれねえけども。

「別に、狂三は何着たって似合うだろうし、別に気にしなくてもいいんじゃね?」

「ふふふ、褒められていると受け取っておきますわ。でも、」

 ずい、と狂三は身を乗り出してくる。

 おおう、と身を仰け反らせる俺の顔を間近で見つめながら、

「他に言うべきことがあるのではないでして?」

「他に……?」

「ええ、今日はわたくしとのデートですもの。男性が女性と待ち合わせして最初に言うべき事と言えば……もうお分かりですわよね?」

 あ、ああ、うん。多分理解した。

 えーと、恐らく、

「似合ってるぞ、狂三」

「ふふ、ありがとうございます」

 そう言うと、ようやく狂三は身を戻してくれた。

 うーん、さっき『似合う』と言った記憶があるんだが。どういうことだろう?

 今着ている服とその他、では区別しろってことかなぁ。

「え、えーと、今日はどこに行くんだ?」

「そう急かさなくとも大丈夫ですわ。時間はまだまだありますし」

 ということで、狂三とのデートが始まった。

 

「なあ、狂三」

「はい、なんですの?」

「今も俺らの頭上には、でっかい透明の球体が浮かんでるんだよな?」

 ふと、気になったことを訊いてみた。

 視界を使ってない今の俺には見えないが、今こうして歩いている最中でも、士道だけが見えているらしい透明の球体は頭上にある筈なんだ。

「ええ、ありますわよ。不気味なほど静かで、やや不安にはなりますが」

「……ん?」

 あれ、今の言い方じゃまるで―――――

「お前、アレが見えてるのか!?」

「? はい、見えていますわよ? 同じく、耶俱矢さんや夕弦さん、美九さんにも見えていると思いますけれど」

 マ、マジか……、知らなかった。

 琴里や令音さんから言われなかったってことは、伝え忘れていたか、二人も知らなかったからか。

 今の狂三の台詞からすると、霊力が完全な状態の精霊には見えているってことだろう。

 ああ、そうか。士道にしか見えていないってことは、士道との関りが強い方の精霊達、即ち、霊力が封印されている状態の奴らの方が重点的に見られたのかもな。

 いや、それでも、狂三たちには何もしなかったって訳あるまいし、やっぱ忘れてたのかなあ?

「ふふ、七海さんがそう考えずとも、琴里さんたちにお任せしていれば自ずと何かしらの結果は出るでしょう。だから七海さんは、今はわたくしとのデートのことを考えていればいいんですの」

 そして、狂三は腕を絡ませてきた。

「う……わ、分かった」

 狂三とのデートではよくある、というか、他の奴らとのデートでもか。ともかく、よくあることではるが、全く慣れれる気がしないなあ。

 いい加減、多少は慣れるようになった方が良いよな。

 ……努力はしよう。

「―――――着きましたわ」

「え、と……ここは?」

「勿論、猫カフェですわ」

 いや、看板からして予想は付いていたけども。

「さ、早く入りましょう」

「お、おう」

 入ってすぐ、微かにニャーニャーという鳴き声が。

 あれだな。猫だな、うん。

「いらっしゃいませ」

「予約していた時崎ですけれど」

「時崎様ですね。本日は貸し切りです。どうぞお寛ぎになってください」

 い、今おかしなワードが聞こえたぞ。

 幻聴かな。貸し切り、って言葉が聞こえたような気がするんだ。

 奥に入っていくと、一切の客がいないことが明らかになる。

「狂三、お前、まさか本当に貸し切りなのか……?」

「何を言っているんですの七海さん、当たり前でございましょう?」

 おっと予想を上回る答えが返ってきたぞ。こいつ、当然、とまで言ってくるとは。

 過去において俺が猫カフェに連れて行ったから、今もなおこういう場所が好きなのかなあ。しかし、ここまでになるとは思わなかったぞ。

「七海さん、これを」

 狂三に手渡されたのは、猫耳カチューシャ。

 ……猫耳カチューシャ!?

「待て。俺にこれをどうしろと!?」

「え、着けていただくに決まっているではありませんの?」

 言いつつ、当の狂三も猫耳着けてるし。

「いやいや、何を当然、みたいに言われても! 明らかに俺が着けるべきではないだろうが」

「まあまあ、美九さんの頼みもありますし、ここはひとつ、お願いします」

 え、えー。

 っていうか、美九の名前が出てきたぞ。夕弦の時もそうだが、アイツ他人のデートへの影響が強いな。

 色々とアイツの願望が入ってるもん。夕弦のコスプレしかり、俺の猫耳も、多分。

「ほらほら、早く。ちゃんと写真に収めますから」

「余計に着けたくないわ!」

 ということで、俺は足元にやってきた猫と戯れることにした。

 放っておけば、そのうち諦めてくれるだろ。

「あらあら、フられてしましましたわ」

「…………」

「しょうがありませんわね。それでは、諦めることにしましょうか」

 よし、諦めてくれたぞ。

 ごろごろ、と体を擦り付けてくる子猫の顎を撫でる。

 すると、左肩に重みが。

「ッ!?」

「こら、動いてはいけませんわ。この子が落ちてしまいます」

 言われて横目に左を見てみると、ニャーとこちらを見つめるミニマム生物。ひげがくすぐったい。

 俺が動けずにいると、右肩、膝の上、最終的には頭の上にまで猫を乗せられた。

「……おい、どういうことだ」

「猫耳が駄目だと言われましたので、せめてそれっぽくしようかと」

 ぱしゃ、とシャッター音。撮られましたね。

 あああ、くすぐったい。人懐っこいのか、頭を擦り付けてくるのはいいんだが、ものすっごいくすぐったい。

 膝の上の奴も寝始めたり、服をよじ登り始めたり、色々カオスな状況になり始めたぞ。

「さて、美九さんの用事も済みましたし、わたくしも遊ぶといたしましょう」

「いや、まずは俺を助けてくれ……」

 いつの間にか数匹増えてるし。

 

 

 翌日、フラクシナスにて。

 俺の分のデートは終わったから、暇になって士道とのデートを見させてもらうことした。

 士道のデートも最終日で、十香との食べ歩きデートだった。今は休憩か何か、高台に二人はいる。

 おお、おお、いい雰囲気だこと。

「ニヤニヤしてるところ悪いけど、あなたのデートも傍から見れば同じようなものよ?」

「マジか」

 あんなに熱いのか。火傷しそうなんだけど。

 悪化して爛れるレベル。危険。

「……ん?」

 ふと、士道が不可解な行動をとり始めた。

 いや、別に急に服を脱ぎ始めたとか、変な踊りを始めたとかではないぞ?

 十香を一旦置いて、虚空に向かって話しかけ始めたのだ。

 遂に過去の黒歴史再現か……。

「士道は何をしてるんだ?」

「さあ? インカムは外してあるから、訊くにも訊けないし……、どうしたのかしら」

 なになに……、

『君は一体?』

『俺に、何か用なのか?』

『は……? 器……?』

 うーん、独り言にしか聞こえないんだが。

『え、七海を?』

 ん、俺の名前が聞こえたぞ。

 すると士道は携帯を取り出して、誰かに電話をかけ始めた。

 すぐに近くで着信音が。

 琴里かよ。

「もしもし、士道? どうしたのよ、十香を放ってまで。え、七海を……? まあ、分かったわ。後でちゃんと説明しなさいよ」

「何て?」

「さあ? 私にもよく分からないわ。ただ、七海を呼んで欲しいってだけ。ということで、近くに下ろすから、よろしく」

「あ、ああ」

 言われるままに転送装置を使って、俺は高台に下ろされた。

 士道は……あ、いたいた。

「どうしたんだ、士道。お前のデート中じゃなかったのかよ」

「悪い。だけど、この話には七海も必要らしいからさ。えーと、この娘、見えるか?」

「…………すまんが、誰のことを言ってるのか分かんない」

 やっぱりか、と士道は納得したように呟く。

 そしてまた、虚空に向かって話しかける。

「どうすれば七海にも君が見えるようになるんだ?――――――成程、分かった」

 何が分かったんだよ。

「それじゃあ七海、霊力を創り出してくれないか? 霊装は大丈夫だから、霊力だけ」

「? 別に構わねえけど」

 ということで、右目の眼帯を取って、霊力を身に宿らせる。

 とりあえず言われるままに、霊力だけ。見た目の違いとしては、右の紅い目ぐらいか。

「創ったけど、これがどうし―――――ッ!?」

 少女が、いた。

 輝くサイドテールの金色の髪、どこのか分からない制服、澄ましたような顔をした可愛らしい少女だ。

 見た感じ俺らより、一つ二つ下ぐらいか……?

「初めまして、東雲七海。私の名前は万由里」

「万由里……か。ああ、初めまして」

「そう構えなくてもいいわ。別に私は敵対するために存在しているんじゃないから」

「そう、なのか」

 肩の力を抜く。

 一応すぐにでも反応できるように、と思ったが、杞憂で済んだようだ。

「士道、彼女は?」

「ん、説明するわ。私の役割は―――――」

 ということで、話を纏めると。

 彼女は敵対する気はなく、敢えて言うなら『監視者』である。

 霊力が一ヵ所に集まると、それが器として相応しいかを見極めるために存在している。

 相応しくないと思われた場合、それを破壊する役割もある。

 そして、今回は俺と、士道がその対象。

 結果―――――

「おめでとう、あんた達は器に相応しい」

「……相応しい、と言われてもな」

 イマイチ実感沸かねえんだけど。

「霊力が一ヵ所に集まれば、っていうのは、俺には当てはまらないんじゃ?」

「そんなこと言われても。私は私の役割を果たしただけだし」

「……まあ、仮説は立ってるから気にしないけど」

 俺の霊力は、皆の霊力から創られてるから、ってところだろ。

 確かにある意味では一ヵ所に集まってると言えなくもないか。

「それで? 晴れて俺らは命を取り留めた訳だが、これからどうなるんだ?」

「別に、何もない。今まで通り、あんたたちは日常に戻ればいい」

「俺らじゃない、お前のことだよ、万由里」

「私……?」

 そう、万由里のことだ。

 万由里は自分を、役割があるから、と言った。

 それじゃまるで、その役目を終えたら、こいつは。

「お前はどうなるんだ。ただ消えていくだけ、なんて言うなら、俺は全力で止めにかかるぞ」

「……まさしく、その通りだけど」

「は……? おい、万由里、そんなの聞いてないぞ!」

 士道が慌てて叫ぶ。

 俺が来る前に士道は説明を受けたはずなのだし、その時に聞いてなかったのか。

 むむ、自分が消えてしまうことを受け入れているようで、消えないことを諦めているようで、少し腹が立つな。

「仕方ないでしょ。私はそういう風に決められている存在なんだから。今更、何を思ったりしないわよ」

 あらら? 今の言葉を聞くに、消えることを惜しんではいるのか。

「だから、私は役割を終えたし、そろそろ―――――」

「―――――っ!? 【無限】!」

 突如。

 街の方から、いや、正確には街の上空から感じた『何か』に向かって、俺は霊力の光線を放つ。

 見れば上空で、透明な『何か』はぐにゃりと形を変えている。それ向かって、光は伸びる。

 貫く。

「おい、どうしたんだよ七海!? 急に攻撃をしたりして!」

「士道、万由里、逃げろ。今回は―――――ヤバい」

「ヤバいって、何が……っ!?」

 士道も気付く。上空の『何か』に。

 貫いたはずのその『何か』は、全く意に介していないように変形を続けている。

 そして。遂に。

 硝子が割れるように、その透明な『何か』は可視化する。

 大きく、黒い球体。それに二対の翼と、同じく二対の尾のような鎖。

 ああ、理解した。こいつは、この霊力は、

「嘘、〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉……、どうして……!?」

「万由里、教えてくれ。あれは何だ」

「シドー! どうしたのだ、突然空にでっかい何かが出てきたぞ! む? そやつは一体誰なのだ?」

 十香が士道の元に駆け寄ってくる。遅れて、耶倶矢や夕弦、四糸乃、狂三まで集まってきた。

 って、お前らいたのかよ。

「お前らは何でここに?」

「くく、四糸乃がどうしても彼奴が気になると申してな、これもまた一興と追うていたのだ」

「懐疑。それよりも、一体あれは……?」

 あれ、十香に万由里が見えている?

 俺がここに来た時は見えていなかったし、ずっとこの場にいた十香にも、万由里は初めて見えたようだから、何か条件があるってことか。

 いや、それよりも、まずはあの『何か』、否、万由里と同じ霊力を感じる〈天使〉の正体は知らないと。

「万由里」

 士道が名を呼ぶと、ピクッと少し肩を跳ね上げてから、彼女は口を開いた。

「……あれは、〈雷霆聖堂〉。さっき言った役割の時、対象が器に相応しくないと判断された時にその対象を破壊するためのもの」

「破壊って、でも、俺らは器に相応しいって……っ!」

「私にも分かんないわよ! どうして、〈雷霆聖堂〉、何で……ッ!?」

 所持者である万由里にすら原因が分からない異常事態。

 俺はただ、黙って〈雷霆聖堂〉とやらを見据えていた。

 先程の俺の攻撃は、咄嗟ではあったとはいえ、全く効いていなかった。

 そして、思わず迎撃、攻撃を選んでしまう程の圧倒的な霊力量。俺が最初に万由里に対して身構えてしまったのも、同じ理由だったっけ。

 今更のように、空間震警報が鳴り響く。士道は、携帯にかけてきた琴里と話し込んでいる。

 そして。

 〈雷霆聖堂〉の、眼が開く。

「―――――チィッ!!」

 舌打ちを一つして、一瞬で霊装を構築。飛び出す。

『七海!?』

 幾つかの名前を呼ぶ声がしたが、構ってられない。

 黒い球体部分に浮かんだ無数の眼球。それらは一斉に、同じ方向を向く。

 即ち、俺を。

 飛び出してきて正解だった。眼が開くと同時に、嫌な予感がしたんだ。

 下の街への対策は、きっと〈フラクシナス〉の方でやってくれるはず。

 なら俺は、本体を叩くまで。

「来い……〈聖破毒蛇〉!」

 




 時系列的には書けないこともないけども。

 ということで、万由里編もクライマックス間近。予定では、あと2、3話程度かなと。
 戦闘、後日談、程度に。

 実際、ケルビエルと主人公、どちらが強いのかよく分かりませんよね。
 霊力さえあればいくらでも再生するケルビエルに、消失の霊力を持つ主人公。
 そこはかとない、いたちごっこ感。
 相性的には主人公なんでしょうが、主人公が先にバテる可能性も無きにしも非ず……。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 或守、凛緒なら書けないこともないぞ。どうする、自分……?


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第69話

 特に書くことはないでしょうか。

 それではどうぞ。


 〈雷霆聖堂〉とか言われていた天使を一言で表すなら、圧倒的、だろう。

 近くに居るだけでも感じる霊力量もそうだが、目を見張るのは回復力。いくら破壊してもすぐに元通りになる。

 天使としてはイレギュラーな自己回復能力、ってところか。

「【無限】!」

 数条の霊力の光線を放つ。

 が、やっぱり効いてないか。

 向かう〈雷霆聖堂〉も俺の攻撃をただ喰らっているだけでなく、弾幕のように攻撃してくる。

 霊力の弾に遠隔操作してるらしき車輪の攻撃だ。

 だが、

「まだまだノーマルモードかなぁ……っ!」

 左右から時間差で挟みに来た車輪を〈聖破毒蛇〉で止め、弾く。

 再度、光線。

 ああでも、力は互角でもこっちが先にバテるかもしれねえ。

「七海、前に出過ぎ!」

「制止。待ってください、七海」

 っとと、耶倶矢と夕弦の声?

 霊力の光弾を切り捨て、声のした方に振り向く。

「どうした、二人とも。万由里達は?」

「下は美九とか狂三達に任せてる。十香はそこで戦ってるでしょ」

「説明。真那や琴里も後から合流するそうです」

 ふむ、と考える。

 確かに弾幕が薄くなったとは思っていたが、成程、見れば十香が孤軍奮闘してる。

 多少向かってくる分については、片手間でも凌げる程度。

「お前らは十香の援護を頼む。こっちはこっちで仕事がある」

「仕事……?」

「ああ。どうやら一度、万由里の所に戻らないといけないらしい」

「受諾。分かりました。街に被害が出ないように結界が貼られています。関係は無いでしょうが、一応」

 分かった、と返答して、高台に飛ぶ。

 途中で夕弦が言っていた結界があったが、まあ俺には意味を成さないし。

 降り立つ。

 近寄ってきた美九と狂三を手振りで制し、士道の下に歩み寄る。

「どうしたんだ、七海。急に戻ってきて」

「士道、お前は戦う意思はあるか?」

「は……?」

 時間が惜しいので、とっとと話を進めさせてもらう。

 ここに戻ってきたのは二つ理由があって、先に時間のかからない方を済ませてしまおう。

「戦う意思はあるか? 守る勇気は? 救う決意はあるか?」

「ま、待ってくれ。そんな一度に言われても」

 ん、そうだな。少し焦りすぎたか。

 一度深呼吸をして、真を作って。

「よし、それじゃあ単刀直入に、もっと分かりやすく訊こう」

 そうだ、たった一言でいいじゃないか。

「――――万由里を、救いたいよな?」

 ああ、この一言に集約されるじゃねえか。

 万由里を救う決意えお、勇気を、意思を。

 とりあえず俺は、士道にそれがあるかどうかを確認したかった。

 士道は俺の質問に目を丸くしたけど、すぐに真面目な顔になって、

「――――ああ」

「よし、よく言った!」

 それを聞くや否や、俺は士道の肩に手を置く。

 そして霊力を創り、渡す。

 数秒後、士道の背には黒のマントが掛けられていた。

「これは……?」

「俺の霊力を込めたマントさ。一応、霊力が途切れない限りはそれで飛べる。と言っても、俺と霊力の経路で繋がっている以上、途切れることはまず無いと思っていい」

 うーん、傍から見れば士道の黒歴史再来なだけだが、空気的に言える雰囲気じゃないな。自重しとこう。

「どうやら、俺とお前とじゃ今回の役割は違うらしい。ということで、選手交代だ。お前が戦いに行け」

「は、はあぁッ!? いや冗談を言ってる場合じゃないんだぞ! 戦う力が無い俺に、戦える訳ないだろ!?」

「そんなことないだろ?」

 士道の鼻先に指を突き付け、目を真っ直ぐ見据えて告げる。

「お前には戦う力はある。それに気付いていないだけだ」

「気付いてないだけって言ったって……」

「ごちゃごちゃ言ってる暇があったら、とっととその意思を示してこい!」

 なんか面倒になったので、襟首掴んで投げ飛ばしました。そりゃ。

 能力で加速やら色々付与した結果、予想以上のスピードで飛んで行った。

「うわあああぁぁぁぁぁ―――――ッ!?」

 まあ、落ちることは無い筈だが命運を祈っておこう。

 美九と狂三には、士道の援護を頼んでおくか。

 ではまたー、と緊張感無く去っていく二人を見送った後、俺は残った万由里に向き合った。

「……どういうつもりなの?」

「別に。ただ俺は、俺らは、お前を救いたいだけさ」

 さて。

「先に幾つか確認させてもらうぞ」

「なに?」

「あの天使と、お前は強力な霊力の経路で繋がっているな? だから、いくら破壊しても再生してしまう」

「……驚いた。よく分かったね、そんなこと」

「まあな」

 と言っても、視界を使っていたからこそ知り得た情報だけど。

 もともと霊力的な繋がりがあったのは視えていたが、俺が攻撃して〈雷霆聖堂〉を破壊する度にその箇所の霊力の流れが強くなったのが視えたんだ。

 それが二度三度と続けば、流石に察するってもんだ。

「ってことは、お前もしくはその経路自体をどうにかすれば、あいつは止まるんだな?」

「ええ、でしょうね」

 ん、それが分かったなら十分だろ。

「でもどうするの? 私を救うってことは、消したくないってことなんでしょ? でも私を生かしたままじゃ、〈雷霆聖堂〉は止まらないわよ」

「大丈夫、俺に任せとけって」

 そうだな、シチュエーション的には、耶倶矢と夕弦の時に似てるかな。

 誰かが消えないと何かが救えない。消えることが運命づけられた存在。

 うん、挙げてみればそれこそ酷似してるな。

 それなら、俺がやることもあの時と同じようなもので良い筈だ。そりゃ多少差異はあるだろうけど。

「とりあえず霊力を理解しないといけないから、ほら」

 言って手を伸ばす。

「……?」

「ったく、手を取るんだよ。握手だ握手」

 しょうがないのでこちらから掴みにいくことにした。

 手を握った一瞬、万由里が肩を上げたような気がしたが、まあ今はいいか。

 そして視界を使う。

 ふむ、最初から分かってはいたがそもそもの霊力量が桁違いだな。保有量で見れば、俺を除く精霊随一?

 が、残念。俺にとって重要なのは量ではないんだなあ。創るときには多少影響するが。

「む……」

 軽い頭痛が襲ってきた。

 ありゃ、あまり関係しないとは思っていたが、流石に量が多すぎてキツくなってきたか。

 そして、そんな風に時間が掛かっていたこと、集中していたから気付かなかったのかもしれない。

 俺の視界だって、全てが等しく視える訳じゃない。

 普通の視界と同じように、俺の意思によってある程度鮮明に視えたり不明瞭になったりすることはある。

 例えば、今の俺は万由里の霊力に集中していたから、彼女の霊力については鮮明に視えていた。

 逆に、あまい意識していなかった背後のことは、それ程視えている訳じゃなかった。

 だから。

「七海っ」

「―――――ッ!?」

 背中に強烈な衝撃を受けると共に、俺の意識は刈り取られた。

 

 

 

「う、あ……?」

「目が覚めた?」

 軋む頭を押さえながら倒れていた身を起こすと、そこは上空だった。

 そして、格子上の、これは……〈雷霆聖堂〉?

 バッ、と立ち上がり、〈聖破毒蛇〉を生み出す。どうやら霊装は消してなかったからそのままみたいだな。

 慌てて状況確認。

 どうやらここは、〈雷霆聖堂〉の真下に位置する場所らしい。

 んで、皆は俺らを助けようとしてくれるのか頑張って近付こうとしている様子。ただ、どうも思い通りに近付けないらしい。

 士道は……どうやら、マントを使った盾役として戦っているようだ。

 いや確かに俺の霊力上、その使い方は決して間違っては無いが……。

 これは、予定変更をせざるを得ないか。

 本当は万由里の霊力を理解しておきたかったんだが、ここから脱出することが先決だな。

「万由里、伏せとけ」

 手振りでしゃがむようジェスチャーすると、万由里は言われた通りその場に蹲った。

 頭も押さえてて可愛らしい。おっと違う。

 俺は〈聖破毒蛇〉の柄を掴んで、最後に万由里が伏せているのを確認してから、構えた。

 斬る。

 俺らを閉じ込めていた檻は、それだけで半分になり、重力に引かれた下半分と俺らが落下する。

 予めそれを予想していた俺は、翼を生み出し、万由里の腕を引いて皆の元に飛び出した。

「大丈夫か、二人とも!?」

「ああ、なんとかな! 悪い、しくじった!」

 折角選手交代だとか言ったのに、当の俺がこのザマじゃなあ。

 さて、しょうがない、ここは一つ俺から助言しておくか。

「士道、今から俺が言うことを反芻して戦ってみろよ」

「何だ?」

「戦うのならば剣を取れ。護るのならば盾を取れ。想いを形に創り出せ」

 ん、こんなところか。

 原作での本来士道が使える筈の力のことを考えれば、結構的を射た表現だと思うけど。

「それじゃ俺は高台の方に戻ってる。耶倶矢! 夕弦! 俺らの護衛を頼む!」

 さて、目処は立った。もう一頑張り。




 戦闘回前半。

 次回で士道のあの台詞が出てくるはずです。
 今回は殆どヒロインがでてこなかったなあ。

 それでは次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 ああもう万由里はオリ主側でいいかな。


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第70話

 お、お久し振りでございます。はい。

 ということで、約半年ぶりですかね、こうやって更新するのも。
 おそらく、これを読んでくださっている皆様も、前回の話なんて覚えてないでしょう。自分もです。
 ようやく万由里編もおわりですかね。
 途中詰まって放置していたらもうこんなに時間が経っていたという……。
 何かしらバッシングは覚悟の上です。耐えれるかは別ですが。

 それでは、どうぞ。


 途中で中断せざるをえなかった万由里の霊力の理解を再開する。

 次はさっきみたいなヘマはしねえ。

 もとより半分以上は理解出来ていたから、残りもそんなに無いし、時間もそこまで掛からないはず。

「ねえ」

「どうした?」

 ふと、万由里から声をかけられた。丁度理解も完了したので、意識を万由里に向ける。

「どうして、私を助けようとするの? そんな回りくどい方法を取るより、あんた達ならもっと手っ取り早いやり方があるでしょ」

「そりゃあ、そうしたいからだろ」

 は?、と呆けた声が聞こえた。

 そんな、ぽかん、とされたところでこれ以上の説明なんてないんだけどな。

「うん。消えてほしくない、一緒にいたい、ただそれだけだと思うぞ? ここにいる奴ら全員お人好しだからな。おそらくそのことに何の疑問も持ってないだろうし」

 かく言う俺もその一人なんだろうなあ。

 狂三もそうだったが、どうしてそこまで自分は救われない、救われるべき存在じゃないと思い込むんだろうな。

 ふむ、ここで、どうしてそこまで自分を追い込むのかなあ、とか言ったら美九あたりに笑われそうだから止めとこう。

「なあ、その、なんだ」

 士道ならこういう時、こんな事言いそうだということで。

「俺らはいつだって手を伸ばしてやる。海の底だろうが地の果てだろうが空の彼方だろうが、俺らがいつでも手を伸ばしてやる。だから、お前も手を伸ばせ。お前がその手を伸ばしてくれなきゃ、届くものにも届きやしない」

 なんてな、と言って笑う。

 柄にもない、慣れないことはしない方がいいな。

「……そう」

 だけどまあ、万由里のこの笑顔が見れたから良しということで。

 さて、そろそろ仕上げとしますか。

 霊力の理解は済んであるわけだから、あとはその霊力をどうにかこうにかして、あの巨大天使との繋がりを絶つなりすればいい訳だ。

「さて、今からお前を救う方法を説明するぞ?」

 

 

 

「ホントにそんなことできるの?」

「まあ、俺なら可能」

 万由里が心配そうな声をかけてくれるが、俺は大丈夫大丈夫と、ひらひら手を振る。

 俺が今からやろうとしていることは簡単だ。

 要は、俺の霊力を万由里の霊力に挿げ替えるってことだ。

 その後、もともとあった万由里の霊力は消させてもらう。

 より正確に言うならば、俺の霊力を霊結晶の形で万由里に渡した後、暫くはそのままで過ごし、徐々に俺の霊力を万由里の霊力に変換していく、ってところだな。

「細心の注意は払うが、それでも何が起こるかはやってみなくちゃ判らない。少しでもおかしい、と思ったらすぐ言ってくれ」

「ん、了解」

 いくら俺には視界があるといえど、それでも霊結晶などの、精霊に関する部分は謎なことが多い。

 だから、注意しすぎて損、なんてことは無いはず。

「よし、それじゃ」

 俺を介して、俺が創り出した霊結晶と、万由里の霊力とを交換する。

 霊力のままじゃ不安定だから、こっちで霊結晶の形にしておこうかな。

 時間にしたら、数秒にも満たないごく短い時間だったと思う。

 あっさりと、あまりにもあっさりと、俺と万由里の霊力の交換は終わった。

「……もう終わり?」

「おう、こっちはな」

 万由里から抜けた霊力は今、俺の横で霊結晶としてふわふわ浮いている。

 しかし、まあ、綺麗なもんだな。

 澄んだ金色の結晶に、俺は目を奪われていた。非現実的で、宝石みたいで。

 だけど、そこから感じる膨大な力も、現実な訳で。

 そして、今なお万由里と、そして上空の〈雷霆聖堂〉との間に、霊力の経路も繋がったままか。

「てい」

 こんな危険な物は、とっとと消すに限る。

 あまりの情報量に、頭が酷く軋んだが、もとより覚悟の上。ちょっと予想以上だったけど。

 ふらついた俺に、万由里が手を貸してくれた。

「大丈夫?」

「まあ、なんとか」

 まだ仕事は終わってないから、倒れる訳にはいかない。

 上空を睨む。

 霊結晶を消した瞬間から感じた、明らかな場の霊力の流れの変動。

 〈雷霆聖堂〉の表面の眼球が全て、こちらを向いていた。

 かははッ、成程。自信の霊力の供給源に異常を感じたからこっちを見てるんだろうな。天使に意志があるかは知らないが。

「うし、万由里。最後の仕上げだ」

 霊力の供給は絶った。

 ならば後は、あれを徹底的にぶっ壊す!

 先よりも圧倒的密度を持った霊力の段幕を前に、俺は飛び出した。

 

 

 

 霊力の弾丸や車輪を避けたり切り捨てたりして、とりあえず俺は士道の近くに向かった。

 必然的に士道の近くにも攻撃がいくことになったが、俺が手を引っ張って一緒に避けるからそれでいいよね。流石に俺の方が飛行能力は高いし。

「もう万由里は大丈夫なのか?」

「ああ、お陰様でな。注意を引きつけてくれてありがとう」

「俺は別に、お前に言われたことをやってただけだから」

 弾丸を士道がマントで防ぎ、車輪を俺が〈聖破毒蛇〉で弾く。

 しかしまあ、決定打に欠けるな。

 霊力が完全じゃない十香達はともかく、おそらく俺らの中で一番火力があるだろう俺は攻撃出来る暇がないし、次点の耶倶矢と夕弦では決定打に欠ける。

「困ってる?」

「うお、って万由里か。どうした?」

 迫った車輪を弾く。

「さっきから逃げてばっかり。このまま時間稼ぎでもいいけど、他の精霊達が保つの?」

 いや、分かってるんだけどね。どうしようもないのが現状というか。

 あの天使を一撃で沈めることができる程度の火力を持ってるやつ、より具体的には霊力完全開放状態の十香、いやそれ以上あればいいんだけど。高望みか。

「結構ギリギリだろうな。俺が直接叩ければいいんだ、が……ッ。こんな風に、それすらも儘ならねえ」

「私に良い案がある」

 何だろうか。

 正直、持久戦に持ち込むにしても難しいからな。何か案があるってなら、教えてほしいところだ。

「先に訊いておくけど、あんた以外で〈雷霆聖堂〉を壊せる精霊っている?」

「恐らくだが、ない。霊力完全開放の十香でも分からんだろうさ」

 それを聞くと万由里は、そう、と素っ気なく返した。

「なら、賭けになってしまうけど、いや、やらなきゃ……」

「おい、それがどうしったてんだ?」

「今から私の言う通りにして。大丈夫。――――信じて」

 〈雷霆聖堂〉の弾幕攻撃があるからその顔を窺うことは出来ねえけど、その真っ直ぐな声だけは届いた。

 よし、お前に良い案があるってんなら、乗っかってやろうじゃないか。

「了解」

「分かった。俺達はどうすればいい?」

「まず、東雲七海。あんたは――――――」

 

 

 万由里の指示で、俺は二人から離れた。

 出された指示はこうだ。

『今から私は夜刀神十香の方へ行く。あんたは、攻撃を引き付けて、なるべく離れて』

 と、言われましても、このデカブツ、三百六十度の射撃してくんですけど。意味あるんですかね。

 まあ、打開策を万由里に完全に任せっきりな以上、俺は従うまでですけどね。

「お前は、こっちだけ見てりゃいいんだよ!」

 〈雷霆聖堂〉の脇を通り過ぎるついでに、攻撃を加えていく。

 道中、散開していた四糸乃や狂三、いつの間に戦闘に加わっていた真那達に、俺と十香から離れるようにアイコンタクト。

 十香達に近付くと、それだけ攻撃が激しくなる。俺と一緒にいるのは、消耗している彼女達にはちとキツいものがあるだろう。

 無尽蔵な霊力に物言わせて、注意を引き付ける。

 さあて、上手くやってくれよ……?

 しかしまあ、よく霊力が途切れないもので。万由里との経路を消し去ってから、それなりの時間が経つというのにな。

 ぎょろり、と無数の目玉がこちらを向く。

 正直、めっちゃ怖い。近いし。

「んあ?」

 俺が幾度目かの攻撃を加えようとした時だ。

 突然、〈雷霆聖堂〉に変化が訪れた。

 目を閉じ、シルエットそのものが変質していく。

 圧縮。

 最初の頃のまだ大人しかった時のように、ただ色だけは黒く、球体と化す。

 しかし、変形はそれで終わらなかった。

 霊力が放出されると同時、また天使が顕現する。

 その形は、螺旋の円錐……というより、ドリルって言った方が分かりやすいか。

 そして、不審に思って視界を使った俺は、驚愕の事実を目にした。

 士道達の方に向いた先端。そこに、有り得ないまでの霊力が集束しているのだ。量だけで見れば、俺の普段の霊力量より多いか。

 飛ぶ。

 〈雷霆聖堂〉が変形した時点で弾幕は止んでる。最短距離で飛行し、士道達の前に躍り出る。

「士道! そのマントを使え! 俺の方でも止めるが、正直、消しきれなかった分が確実に出る! お前がそれから万由里と十香を守るんだ!」

 手を翳し、確実に維持出来るだけの範囲で創造する。

「な……!? 駄目、逃げて、七海! これは受け止めるような攻撃じゃない!」

「【無・零】!」

 俺が防御するのと、目の前の〈雷霆聖堂〉の光。

 同時だった。

 万由里は逃げろと言っていたが、そんなことしたらどんな被害が出るか分かったもんじゃない。ただでさえ規格外の霊力量が込められているってのに。

 後ろをちらっと見遣れば、士道が必死に消しきれなかった分のこの光から万由里と十香を守っているのが分かる。

 他の皆は、見えねえな。

「万由里とか言ったな! 此れは何だ!?」

「【ラハットヘレヴ】……、もし、不合格になった者がいた時、その人物を街ごと壊すための破壊の光。精霊の全霊力が混ざっている以上、普通は止めることなんて出来ないわ」

「か、は、は、はッ! おいおい、流石にふざけすぎじゃねえのかよ!」

 翼を広げ、霊力を放出してブーストをかける。じゃないと、あまりの威力に押し飛ばされる。実際、今なおジリジリと後退せざるをえないんだ。

 まだ霊力が戻っていない十香じゃ、手助けなんて期待しない方が良いか。

「――――って、……――んだ」

 小さく、声が聞こえた。

 それはどうやら士道が言ったらしいんだが、何て言ったんだ?

 って、うお!? 今皹が入ったぞ!?

 慌てて霊力を込め直すと同時、再度、後方から声が。

 しかし、今度ははっきり聞こえたぞ。

「俺だって……、俺だって、守るんだ!」

 ふと、小さく、しかし確かに、万由里のものと違う霊力が流れたのを感じた。

 それは、十香や四糸乃といった面々のもの。

「守る、俺だって守ってみせる。みんなを、万由里を!」

 その言葉と共に、一気に視界が晴れた。

 その様子はあまりに不自然で――――まるで、【ラハットヘレヴ】とやらを上下に両断したかのようで。

 視界切ってなかったから、まあ、ある程度どんな風かは予想付くんだけどさ。

 後ろを振り返ると、右手に握った()()を振り切った姿の士道。

 その右腕の先には、一振りの剣。

 〈鏖殺公〉

「か、は、は、はッ。上出来だ、士道」

「正直なところ、自分でもびっくりだ――――ってうわあッ!?」

「おおっと」

 ありゃ、俺が渡したマントが消えてる。流石にあれには供給が追い付いていなかったか。俺もそれどころじゃなかったし。

 もう一度マントを創って、士道に羽織らせてから、手を離す。

 そして、〈鏖殺公〉という戦う力を手にした士道のさらに後方。そこには、

「お、おお! シドー、力が完全に戻ってるぞ!」

「十香……って、ええっ!? おま、それ、霊装――――ッ!?」

 うむ! と元気に頷く十香。自慢気に胸を張る。

 ただ、何だろ。俺が知ってる十香の【神威霊装・十番】じゃないような気がする。事実、今の十香からは十香本人以外にも、他の皆の霊力が視える。

 士道も何となく感じているのか、不思議そうな顔をしていた。

「ちょっと士道! 大丈夫――――って、ええっ!? 士道、それ、〈鏖殺公〉……しかも、十香は十香で不思議な格好してるし。私達が力を戻したことといい、一体何があったってのよ?」

「それが、俺にもよく」

「七海さぁぁぁぁん! 大丈夫ですか怪我はありませんか個人的にお疲れ様ということで抱き付きたいんですがいいですか!?」

「待て美九。今お前の所為で空気が一気に弛緩したし、割りと冗談に付き合ってる暇無いんだうわやめろホントに飛び付いてくんじゃn」

 ぞろぞろと、〈雷霆聖堂〉の動きに一旦の停滞が見られたからか、散開していた奴等が集まってくる。

 まさかの八舞姉妹すら追い抜いてきた美九に抱きつかれながら、〈雷霆聖堂〉の情報を視る。

 ふうん、確かに、少しは間があるみたいだが、すぐに復活しそうだな。その間に万由里から説明してもらうか。

「で、万由里。十香に何したんだ?」

「私の霊力を渡して、他の精霊の霊力も混ぜていたの。と言っても、時崎狂三や八舞姉妹とかだけだけど」

「お前の……?」

 俺が鸚鵡返ししてしまうと、万由里は短く、そう、と返した。

「さっきまでの夜刀神十香は、霊力が殆ど無かったから、代わりとして私の霊力を使ってもらうつもりだった。まあ、結果は途中で霊力を取り戻してくれたお陰で、期待以上ね」

「……ということは?」

「今の夜刀神十香なら、〈雷霆聖堂〉を完全に破壊できる」

 それを聞いて、ニィッと口角を上げる俺。

 今なら、火力も十分。俺もいるし、士道も〈鏖殺公〉で援護可能。なんなら、弾幕止んでるし、追撃も出来る。

 これなら、反撃に出れる!

「そうか」

「なに思ってるか知らないけど。誘宵美九の所為で色々台無しになってるわよ」

 うん、そういうのは言わなくて良いんだぜ……。

 

 

 

 俺と士道で一気に前に出る。

 〈雷霆聖堂〉は【ラハットヘレヴ】で倒せないと判断したのか、今度は物量で攻めることにしたらしい。絶え間なく雷が迫ってくる。

 だが、その程度で止まるわけにはいかないんでね。

「露払いは私達でやっておくから、士道達は本体を!」

「くく、さあて、今宵の宴もいざ終幕といこうか。ただ無稽に大きいだけの観客など、疾く去るがよい!」

「援護。色々ツッコみたい所はありますが、今は置いてあげます。七海、士道、十香、――――任せましたよ」

「ああ、任された!」

 十香が一際速く疾駆する。

 おいおい、俺らで攻撃の隙を作るってんのに、お前が前に出ちゃ駄目だろ。

 いや、それだけ使命感かなんかに燃えてるってことなんだろうな。

 前に出るならそれより速く飛べばいいだけ。士道連れて加速するか。

 士道に一声掛けてその手を掴み、飛翔する。

 いくらある程度は慣れたとはいえ、こと飛ぶ技術に関しては流石に俺の方がまだ上だからな。

「いくぞ、七海! 〈鏖殺公〉!」

「おう! 〈聖破毒蛇〉!」

『はあああぁぁぁぁぁッ!!』

 二人同時に霊力の斬撃を放つ。

 それらは真っ直ぐ飛んでいき、元の姿の翼に相当する部分の付け根を切り払った。

 ガクン、と〈雷霆聖堂〉の高度が下がる。

「が、あああぁぁぁぁっ!?」

 こっちもこっちで限界か。

 今の悲鳴は士道。

 なんせ、初めて使った天使で霊力の斬撃――――【最後の剣】擬きを打ったんだ。そりゃ身体に響くわな。

 琴里の霊力の炎が身体を覆っているので肩を貸したりは出来ないが、護衛ぐらいはやっといてやるか。

 片方の翼を大きくさせて士道を覆い隠し、逆の手で〈聖破毒蛇〉を構える。先の悲鳴を聴いてしまった十香には、〈雷霆聖堂〉を壊すことを優先させよう。

「やれ、十香!」

 十香は一つ頷いて、両手に持ったそれぞれの剣を構えた。

 ……って、二本?

 あ、あー、あれ、万由里の霊力で作られるな。さっき渡してた万由里の霊力、それが顕現したもの。つか、天使っていうことかな。

「〈鏖殺公〉! 〈滅殺皇〉!」

 その二振りの剣を投擲する。

 そして、やっと。

 十字に切り裂かれた〈雷霆聖堂〉。

 完全に破壊した結果、もう再生することもない。

 最後に爆発を残して、〈雷霆聖堂〉は消滅した。




 気がついたら真那を出す機会が無くなっていました。

 書くにあたって、実際の映画に比べてカットしたシーンや改変したシーンが多々あります。
 士道君の「消えるための命なんて~」とかの台詞も出来れば入れたかったんですけど。
 そして途中からの圧倒的ご都合主義。ヘッ。

 次回は、友人からの頼みで鞠奈を書けと言われましたので、時系列的にも凛緒リンカーネイション編でしょうか。
 別の友人からは七罪を、とも言われてるんですが……、時系列が、はい。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 さて、次は一体いつの更新になることやら……。


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第71話

 万由里編最終話ー。

 お気に入り登録者数700人突破ー! 登録してくださった皆さん、本当にありがとうございますありがとうございます!
 まさか半年以上放置だったのに増えていたとは。嬉しさよりも驚きです。

 ということで万由里編エピローグ。
 ようやく終わりました。
 次回は七罪か、鞠亜鞠奈か。

 それでは、どうぞ。


「へい五河に東雲! 今日から俺の時代が始まるぜ!」

「あーはいはい、良かったな良かったな」

「おま、信じてないだろ」

「内容を言ってないのに何を信じればいいんだよ」

 あ、そか、と殿町は一旦の落ち着きを見せる。

 時刻は昼。士道は十香と、俺は八舞姉妹と狂三と席をドッキングさせて弁当を広げたところだった。

 いつもはどこかしらに消えていく殿町が、今日は俺らに嘆くでも嫉妬するでもなく話しかけてきた。

 ちなみに、狂三は夏休みが終わった二学期最初の日にこのクラスに転入してきた。

 当初はその妖しげな美貌に惹かれた者、興味を持った者が多数いたが、俺と関係があると知ると皆どこか納得した様子で退いていった。

 確実にあらぬ誤解を招いていると思ったのでそれを解こうと奮闘したが、当の狂三が何も否定しないので途中で諦める羽目となった。皆真実はちゃんと分かっていると思いたい。

 そういや、その時はなぜか八舞姉妹がやけに必死だったな。

 ともかく。

「それで、何がお前の身にあったんだ?」

「ふっふー、後輩から聞いたんだがな」

 ふむふむ。

「実は今日、一年に転入生が来たらしい!」

「そうかお前との接点は無かった。残念だったな、諦めろ」

「即答ッ!?」

 ひらひらと手を振ると殿町は悲鳴じみた声を上げた。うるさい。

「いや分かんないぜ? 今日来たばかりということは俺のことは何も知らない筈。今からなら俺の良いところだけを彼女に見せることができる!」

「お前に良いとこなんてあるのか……」

 士道が小さく呟くが、殿町は聞いてないことにしたらしい。

 らしい、と言うのは、殿町の目尻に光るものが見えたからな訳だが、まあ、俺も見てないことにしよう。

 さて、その転入生のことだが。

 勿論、先日の彼女だぜ。

「聞いたところによると、その転入生はここらじゃちょっと珍しいが金髪で、ちょっとツンとしたような無愛想さがまたいじらしい、そんな美少女らしい」

「やけに事細かな表現だな」

 あながち間違ってないところがまたなんとも。

 そのお前さんの後輩とやら、そんなに彼女を見てたってのかな。

 他の女子達にバレて何や言われなければいいんだけどな。ま、俺には知ったこっちゃねえが。

「そんな転入生の名前は――――()()万由里!」

「呼んだ?」

「うひょおぉっ!?」

「ぬ、漸く来おったか。ほれ、適当に己が座る席を見繕ってくるがいい」

 うっせえぞ殿町。

 置いといて。

「よう、遅かったな。質問攻めにでもあってたか? ほら、この席にでも座っとけ」

「ん、ありがと。大体間違ってないわ。言うほどのボロも出してない筈。美九や琴里が言ってた秘密兵器も使ったし、追いかけてくることもないと思う」

「納得。成程、アレを使ったのですか」

 ん、それについては初耳なんだが、秘密兵器?

 士道に説明をアイコンタクトで求めると、知らない、と返ってきた。

 んー、夕弦が含み笑いをしてるのが気になるが、嫌な予感がするのでこれ以上は掘り下げないようにしよう。

 万由里が自分の分の弁当(今日は俺が作った)を広げて、少し遅れての昼食を始める。

 と、いったところで硬直していた変態が復活した。

「って、いやいやいや! え、何でお前らそんなに普通に飯食ってんの? その娘転入生の娘だよね、またお前らの知り合いなのかまたしてもお前らなのか少しぐらい俺にも春を分けてくれぇぇぇぇぇッ!!」

「んー、うるさいぞ、ヒロポンよ」

「がふぅっ」

 十香の純粋な罵倒に撃沈した殿町。ご臨終なさった。

 だから俺らは気にせず弁当の続きを頂くとしよう。今日は卵焼きにアボガド入れてみたぜ。初挑戦なんだが、万由里からの評価が気になる。

 ちなみに、他の奴らからは好評だった。

 十香も満足してたし、士道のお墨付きだ。

「あ、おいしい」

「そりゃ良かった」

 口に合わなかったらどうしようかと思ってたが、杞憂に終わって良かったよ。

「うん? 『東雲』?……おい、まさか、嘘だろ……!?」

 相変わらず復活早いな、殿町は。

 そんで、遅まきながら気付いたわけですか。

「え、万由里ちゃんってコイツの妹なわけ?」

「従姉妹」

「余計アウトになった気がする!」

 と言うことで。

 今日から無事、俺の従姉妹として万由里は来禅高校一年に転入してきた。

 最初は琴里と同じ所に入れるべきかとも思ったんだが、

『なるべく、七海や士道の近くがいい』

 とのことだったので、多少心配は残るが、ここの一年生として入ってきたって訳だ。流石に二年と言うには見た目に無理があったらしいが。

 タマちゃん先生は、まあ、うん。

 まあ、常識は出来ているので、ある程度は放っておいても大丈夫だろうが、やっぱり一人にはあんまりさせたくないしな。

「どうだ、学校は?」

「騒がしい」

「バッサリ言ったな……」

 騒がしいのは万由里が転入生だからってのが主な理由だと思うけど。

 あ、でも美少女だし、しばらくはその喧騒も続くかもな。

「でも」

 ん?

「嫌いじゃないわ。もうちょっと大人しくしてほしいとは思うけどね」

「そうかそうか。楽しそうで良かったぜ」

 にっ、と笑いかけると、

「……ふん」

 ツンとそっぽ向いて弁当に手を伸ばしはじめてしまった。

 可愛い奴め。

「チクショーッ! お前ら揃いも揃って妹だとか従姉妹だとか言いやがって! いいもんね。俺だってすぐにモテてやる! 今に見てろよー!」

「分かったから早く飯食ったらどうだ。もうすぐ昼休み終わるぞ?」

「お、ホントだ。学食空いてるかなー?」

 士道が諌めると、すんなりと殿町は去っていった。最初から絡まなければ良いのに。

 学食って言ってたが、たとえ席が空いてなくても俺は知らん。自己責任だな。

「しかし、お主も難儀よの」

「何が?」

「解説。士道には十香や琴里が、七海には夕弦達がいますから。そう簡単にはあげませんよ」

「え……、いや、私は、そう言うのは――――っ」

「隠さなくても宜しいんですのよ? おそらく美九さんや真那さんも気づいてらっしゃいますし」

 ……ま、まあ、聞いてない振りしとくか。

 俺が入れるような話じゃないみたいだしな。

 さて、今度は卵焼きになに混ぜてみようかな。士道になんかネタ聞いてみるかな。

 

 

 万由里が七海達のもとにやってくるちょっと前のこと。

 万由里はクラスメイトから質問攻めにあっていた。

「ねえ、万由里ちゃんってどこから来たの?」

「県外から」

「綺麗な金髪ー。触っていい?」

「乱暴にしないなら」

「東雲って苗字だし、東雲先輩となんか関係あるの?」

「七海のこと? それなら、従兄弟だけど」

「ってことは結婚可能じゃん」

「話が急すぎない?」

 何故、昼休みである今この時間にこのような質問に遭うのか。

 というのも実は万由里、休み時間の度にクラスから居なくなっていたのだ。何をしていたかは知らない。時間が短いというのもある。

 だがこの時間、流石に学習したクラスメイトは、なんとか万由里が教室を出る前に話しかけることが出来た、と言う訳である。

「あ、弁当。なら私達と一緒に食べない?」

「え……」

 万由里が大事そうに抱えていた弁当箱。それを見つけたとある女生徒は万由里を誘う。

 だが、万由里はここで答えを言い淀んだ。

 しかし、ようやく転入生と話せていたからか、その呟きの意味を周り生徒が察することはなかった。

「私達いつもあっちで食べてるんだけどさ、ちょっと遅れたけど、今からお昼にしようよ」

「いや、私は」

「楽しみだなー、万由里ちゃんのお弁当。自分で作ってるの?」

「だから、そうじゃなくて、」

「良かったらおかず交換しない? 万由里ちゃんのおかず食べてみたい」

 その女生徒に釣られて、また、やはり空腹もあり、集まっていた他生徒も解散の流れが生まれる。

 つまり、目の前の女生徒を止めようとする人が居なくなったのだと万由里は察した。

 しかし、彼女自身は、昼食は七海や士道と一緒がいいのである。

 どうにかして断りたい。

 ので、万由里は誘宵美九直伝、クラスで昼食に誘われたときの断り方を実践することにした。

「ね、ねえ」

「ん? どした?」

 すー、と息を吸って、

 

「――――七海や士道が待ってるから。少しでも大切な人と一緒にいたいから、また今度誘って?」

 

 少し照れ気味、はにかみ顔で、と言われたのだが、出来ているだろうか。

 それを聞いた女生徒及びその他はしばらく呆然としていたが、

「う、うん、そうだよね! 好きな人と一緒にいたいよね! ごめん考えが足りなくて! 行ってらっしゃい!」

「ん。……ん? 待って、好きなんて言ってないんだけど」

「大丈夫。私達に任せて。絶対実らせてあげるから」

「あ、ありがとう? じゃなくて」

「しっかし東雲先輩が相手でしかも従兄弟かー」

「……き、聞いてくれない」

 

 

 

「そういや、お前休み時間の度に来てたけど、なんか用あったのか? 隠れてるみたいだったから話しかけなかったけど」

「……気付いてたの?」

「まあ、そりゃ」




 現実にはこんないいクラスメイトいない。

 実際の人間関係でこんなことする人いたら即孤立な気がします。
 女生徒間の闇。
 この世界観のクラスメイトは好い人ばかりですね。

 次回についてですが。一応まだ書く気です。
 おそらく七罪編でしょう。
 鞠亜は原作でも出ましたし、正直、書く予定が無かったので話がまったく決まってないんですよ。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていてだきます。

 会話文が多くなった今回でした。


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七罪編
第72話


 4ヵ月振りになりますかー(遠い目)。

 ということで久し振りです。七罪編突入となります息吹でございます。
 他の方々のssを読んでて、殆ど読み専になっていました。待ってくださっていてくれた方々、申し訳ありません。
 面白い作品見つけるとつい読んじゃいますよね。

 それでは、どうぞ。


 <フラクシナス>のモニターから見える風景は、なんとも異様であった。

 通称「おばけランド」とかいう、天宮市の再開発対象外の廃園である。

 

「まあ確かに、そのあだ名も納得だよなぁ」

 

 それほどお化け屋敷自体は苦手ではないが、ここまで雰囲気出てると場合によっちゃ怖いかもしれん。

 

「出現した精霊は既に空間震発生ポイントから西に移動してるわ。すぐにASTも現場に到着するはず」

「そん時は俺が相手しとくから、士道は早く今回の精霊と接触してくれ」

『了解……っ』

 

 ということで、精霊さんのご登場である。

 時期は十月の中旬。世では月末に迫ったハロウィンに向けた準備がされており、商店街なんかは既に染まりきっていた。最近カボチャをよく見るぜ。

 無事万由里も学校に馴染み、今日は寄り道でもするかと耶倶矢や夕弦、狂三も誘ってブラブラしていた時であった。

 空間震。

 それからの反応は早かった。すぐに<フラクシナス>のクルーに連絡を取り、人目の付かないところで回収してもらう。なので、今は一緒にいた四人もこの場にいる。

 さて、時期といい場所といい、間違いなく今回の精霊はアイツか。

 

『な、なんだ……これ』

 

 ん、現場で何か進展があった様子。

 士道の視界とほぼ同じ映像を映し出すモニターには、先程とは違う、言っちゃなんだがそれはそれは悪趣味な場所へと様変わりしていた。

 

「……微弱ながら、周囲に霊波反応があるわ。詳しいことは分からないけれど、おそらく精霊の能力と関係あるんでしょう」

 

 さて、そろそろ俺も現場待機しとくかな。

 原作の流れでは確か、そろそろ精霊との接触アンドAST登場ってなってた筈。

 

「琴里、俺も向こうに行ってくるから、転送装置の起動頼む。場所は士道とある程度離してくれ」

「……ASTかしら?」

「ご明察」

「悪いわね、貴方にだけ荒事を任せちゃって」

「気にすんな。自分から進んでやってんだ。苦とは思わねえよ」

 

 誰かが傷付くぐらいなら、俺が進んで矢面に立つ。そこに何も疑問を感じない程度には、狂ってる自覚はあるんだがな。

 

「私たちは、行かない方がいい?」

「そうだな。お前達はここに居てくれ。……俺なら大丈夫だから」

 

 何か言いたげな耶倶矢、夕弦、狂三の三人。まあ、言いたいことは分かる。

 十中八九、いつかの俺の反転現象だろう。楓に合わせるなら、逆転、か。

 琴里も敢えてそこに触れないようにしてくれたんだし、俺の方からぶり返すのもあれだしなあ。万由里は知らないのかも。

 今回はあの人類最強もいないし、そこまでの死闘にはならない筈だ。

 

「――――大丈夫だから」

「……ん、信じる」

「……信頼。もう、いなくならないでください」

「……ふふ、では、お気をつけて」

 

 万由里はよく状況を呑み込めてないみたいだったが、話す機会はまた今度ということで俺は転送装置のある場所へと向かった。

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 眼帯を外し、霊力を解放する。

 <フラクシナス>が捕捉したAST達の前に迎え撃つように立つ。間も無くして、その姿も視認できる距離に奴等はやって来た。

 

「この霊波反応……〈ディザスター〉で間違いないようね」

「だから、俺にそんな大層な名前は無いんだがな……ま、いいさ」

 

 既に諦めた。

 

「さあてAST、少し俺の相手してくれよ」

「ちっ。総員、攻撃準備! 相手はあの〈ディザスター〉。倒すのではなく、勝つことを目的としなさい!」

 

 散開した隊員達。ぐるりと見渡して位置を把握し、警戒する。

 しかし、倒すではなく、勝つことが目的、ねえ。

 それだけ俺が危険視されてるのか、はたまた、何か別の作戦でもあるのか。まあ、少なくともこの場では負ける訳にはいかないかな。後ろに士道と、恐らく精霊さんもいるだろうし。

 

「こい、〈聖破毒蛇〉!」

 

 左右から飛び出してきた二人に対し、一気に前へと進むことで彼女達の攻撃を避け、そして進行方向にいる奴に斬りかかる。

 しかし、相手もまた軍人。場数を踏んでいるのか、動揺は一瞬で、すぐに応戦してきた。

 ふむ。ここで回避を選択しないのか。

 となると、ここから展開される状況は、

 

「はッ!」

「だよなあ」

 

 視界を使って後ろを確認したところ、挟み撃ちするように向かってくる隊員が一人と、俺らを取り囲むように銃口やレーザーカノンの照準を向ける他の奴等。

 はん、完全に倒しにかかってるじゃねえかよ。

 身を左に傾け、同時に振り下ろされた刃を〈聖破毒蛇〉のそれぞれの刃で受け止め、押し返す。

 そこで、左後ろからのレーザーカノンによる援護。

 

「ちっ」

 

 已む無く上昇し、今しがた撃ったのであろう隊員に向けてレーザーを放つ。

 その前に。

 一気に下降して、振り下ろしされる一撃と胴薙ぎの一撃とを回避する。

 先程の二人だ。

 成程。今の流れで俺に対する作戦はある程度読めた。

 恐らくだが、精霊個人毎に予め決めていたのであろう戦闘方法が彼女等の中にあり、今は対俺用の戦闘なんだろう。なんせ、近付くことさえ危険な精霊に対し、接近戦を敢えてやる必要はない。だというのに、先程俺が斬りかかった隊員は応戦を選んだのだから。

 なんというか、考えられてるなあ。

 確かに、俺は遠距離攻撃はあまり使わない傾向にあることを自覚してる。が、向こうもそれを把握してくるとは。いやいや、凄い凄い。よく見てるもんだ。

 まあいいさ。今回の俺の目的はあくまで時間稼ぎ。時間がくれば、無理矢理圧し通ればいいんだよ。

 

『な……ッ、こっちにもASTが!?』

「……なんだと?」

 

 慌てたような琴里の声。どうやら士道達のいる場所にもASTが現れたらしい。

 ふむ。そうか、どうやら今回、向こうは最初から本来の標的となる精霊を挟撃する予定だったのか。それが俺の邪魔によって分断されたのか。

 身体の軸を捉えた一撃を〈聖破毒蛇〉でいなし、上、左下、右後方の三方向から放たれた援護射撃を『無限』を使って迎撃する。

 挟撃が本来の作戦なら、俺はここでコイツ等の相手をしといた方がいいかもしれんが、向こうに居るAST共も気になる。

 しゃあない。無理矢理向かわせてもらうとしますか。

 

「沈め、AST」

 

 『無限』を一条、真上へと放つ。

 分裂。

 降り注ぐ光の雨。AST隊員達は必死に逃げ惑う。

 か、は、はッ。頑張って維持していた陣形がいとも容易く崩れてしまったぞ?

 

「〈聖破毒蛇〉――――【小剣】」

 

 二振りのダガーで、満足に俺に反応出来ない隊員達を切りつけていく。

 急所ではないとは思うけど、素人判断なので違ったらゴメンね。

 傷口に霊力を流し込んで随意領域で塞ぎ難くし、全員の分を終えたらその場から離れる。そこそこ『無限』も広範囲に落としたし、場所にも気を付けたから、あまり離れられなくなってて楽だったぜ。

 さて、急がないとな。

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 視界を使って場所を特定し、急いで飛んできたまではいい。

 が、こりゃまたなんともファンシーなこって。

 つい先程〈フラクシナス〉のモニターに映ってたのは悪趣味なまでの元遊園地だった筈だが、今目の前に広がるのは似ても似つかない御伽噺のような様相。具体例を挙げるなら不思議の国のアリス(悪趣味ver)とでも言おうか。

 コミカルな音を立てて爆発(威力低そう……)を起こす人参ミサイルや、骨や笹を持った元AST隊員だと思われる可愛らしい犬やパンダのぬいぐるみ。

 そんなファンシー世界の元凶は間違いなく、あの空中を飛び回ってる魔女衣装の精霊か。

 七罪。

 天使〈贋造魔女〉に乗り、光を撒き散らしながら縦横無尽に空を駆けるその姿は、周りの景色や彼女のその美貌も相まって、魔女の戯れ、とでも呼ぶべきかという思いさえ湧く。

 まあ、その姿は偽りなんだけどな。

 原作知識通りの展開に少なからず安心を覚えるが、そうゆっくりしてもいられない。

 俺が飛び出そうとした、その時、

 

「―――――ッ!? 【防盾】!」

 

 振り向き、〈聖破毒蛇〉を盾の形に展開し、それでも足りない気がして更に『無・零』も発動する。

 直後に衝撃が襲ってきた。

 ガガガガガッと連続して襲ってくる衝撃は、相手が誰なのかを目視で確認する間すら与えてくれない。

 俺が感じたのは殺気。それも、今までと比べて余りにも異質な殺気であった。

 視界で相手を確認する。

 これは……まさか、精霊?

 俺が視認したのは見たことのない、だが、確かに霊力と断言できる情報だった。伊達に何人もの精霊の霊力を視てきた訳じゃない。

 

『嘘、〈デビル〉!? ああもうっ、何でこんな時に限って揃っちゃうのよ!?』

「〈デビル〉……」

 

 まさか、そんな。

 〈デビル〉ってそりゃあ……鳶一折紙のことじゃねえか!

 

『逃げなさい七海! 貴方は彼女との相性があまりにも悪すぎる!』

「ここで逃げたら標的が士道達に代わるだけだ! 俺が引き離すから、お前らは士道の援護しとけ!」

『貴方、彼女のことも知って……?』

「話は後でな!」

 

 〈聖破毒蛇〉を両剣の状態に戻し、直後に迫ってきた幾つもの光線を斬り払う。

 一撃一撃が重くて持ってかれそうになるが、なんとか往なすことは出来るな。

 俺は彼女の気を引くように、『無限』を彼女に当たらないようにわざと外しながらこの場から離れるように飛ぶ。

 すると彼女は思惑通り、俺を狙って飛翔してきた。

 よかった。どうやら目の前の敵、彼女の場合は目の前の精霊を追い掛けるだろうという予想は当たっていたみたいだな。賭けの要素が強かったが、違ったら違ったで無理矢理引き離せばいいしな。

 最高速度では八舞姉妹とほぼ同速で飛べる俺の方が速いので、追い付かれないが引き離しすぎもしない絶妙な速度で、彼女の前方やや下を飛ぶ。

 攻撃は視界を使っているので分かる。が、流石に後ろを確認しながら前を視るのは不可能なので、今何処飛んでるのか分からなくなりそう。

 

「うおぃっ!?」

 

 危ねー! 今右にずれてなかったら頭吹き飛んでたぞ!?

 完璧に殺しにかかっている攻撃に俺は内心冷や汗ダラダラである。

 AST程に脅威として低い訳でなく、エレン程に憎むべき相手でもない。何だかんだで精神的にはまだ余裕があるのは相手が精霊だと分かっているからか。

 めっちゃ殺されかけてるけどな!

 少しずつ降下していって、建物の間を縫うようにして飛び回る。

 相手がここら一帯を一気に更地に変えるような攻撃をしてこない限りは、こうやって相手の視界から外れるように飛ぶ。

 相手の様子は此方からなら解るので、隠れて飛ぶこと自体はそれ程難しくない。

 

「っ。――――今か」

 

 たった今、相手が完璧に俺を見失った。緩慢な動きだが、周囲を探って俺を見つけ出そうとしてる。

 俺は霊力を霧散させ、精霊としてではなく、人間として隠れる。

 確か原作では、折紙は精霊の霊力を直接感知することが精霊化のトリガーになっていた。ならば、見つかった時の危険性は計り知れない程に上がるが、霊力は消しておくに越したことはない。

 息を潜め、視界で相手を観察する。

 暫くすると、相手は諦めたのか、霊力が消えていった。

 残ったのは一人の少女。

 ASTの武装をした、鳶一折紙。まさしく彼女だった。

 

『あ、あれ? 私、どうしてこんな所に? 〈ウィッチ〉や〈ディザスター〉は何処へ……?』

 

 あれー? という言葉を視界で捉えながら、ほ、と息を吐く。

 どうやら、取りあえずの危機は去ったみたいだ。

 あとは、彼女自身をどうにかしないといけないが……ダメだな。まずは七罪が先決か。折紙はその後にしないと士道への負担が大き過ぎる。恐らく折紙も士道に任せることになるだろうし。

 先ずは彼女がこの場から去るのを待って、琴里に連絡後、〈フラクシナス〉へ帰還。原作通りなら七罪が絡んでくるだろうから……。

 ――――ふむ。ま、頑張るとしますか。




 士道視点の三人称と言ったな? あれは嘘だ!

 いえ、次回からはそうなると思いますが。
 ということで書き方変えました。台詞と地の文で一行空けています。大分読みやすくなりましたね。
 今までの分の修正は正直メンド――えふんえふん。時間があればやりたいと思います。多分やらないです。

 そろそろ士道にも新しいヒロイン出さないととなった結果、七罪がそうなりました。美九に振り回される七罪もいいですが、四糸乃に浄化される七罪もいいと思います。どっちも好きです。むしろこっちが浄化されるレベル。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 次の更新いつになるかなー。(来年受験生)


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第73話

 今度は約二ヶ月振りですかね。

 前よりは少し早めに投稿できて良かったです。

 そういえば先日、いつかの「しゅわしゅわソーダキャンディ」なるものを見つけました。
 味の種類を見ていると、ソーダ味やメロンソーダ味など、~ソーダが並ぶなかに唯一コーラ味があってどこか安心しました。レジスタンスですね。
 無駄話をスミマセン。

 それでは、どうぞ。


「ふぁふ……」

 

 思わず欠伸が出る。

 士道と俺が帰還した後、今後の対応についての会議が開かれた。

 いつもなら夜中には終わるんだが、今回は明確に敵対されてしまったらしく、今尚士道や琴里、クルーの皆さんは会議中の筈だ。

 まあ、流れ自体は知っていたんだが。

 俺の方は、直接的に関与していた訳でも無いので、ちょっとばかり原作知識を教えたところで帰らせてくれた。

 原作知識と言っても、精々名前や能力が良いところだ。

 あまり教えすぎるとどんな影響が出るか分かんないし、下手にこれから起こるであろう事を教えてもそれが確実な訳じゃない。

 なので、ちょっとばかり。

 

「ぬう……やはり、シドーがいないと寂しいものだな……」

「士道にも士道の用事があるんだ。こればかりはしょうがないさ」

「それは分かっている。分かっているんだが……」

 

 あ、はは……、目に見えて十香のテンションが低い。こればっかりは俺にもどうしようもない。

 まあ、昼頃には帰ってくるだろうし、その時に目一杯甘えさせて貰えばいいんじゃないかな。

 そんな時だった。

 ガラッと扉の開く音がした。

 あー、来ましたねえ。

 

「! おお、シドー!」

 

 今までの陰鬱な空気はどこへやら。飼い主が帰ってきた仔犬のような様子で十香が立ち上がる。

 んー、俺はあまり目立たないように、止めるべきではないのかなあ。

 

「早かったではないか! もう用事は終わったのか?」

「ああ、お陰様でな。それより十香、ちょっといいか?」

「ぬ? なんだ?」

 

 士道は鞄を自分の机に置くと、その両手で十香の乳房を鷲掴みにした。

 おおっ、すっげ。むぎゅう、とか、むにゅう、とか、そんな類いの音が聞こえてくるような、それはもう見事なセクハラだった。

 

「七海さん、これ以上はダメですわ」

 

 唐突に視界が塞がれた。声と感触からして、どうやら狂三が手で俺の目を押さえているらしい。

 うん、俺はちょっぴりイケナイものに興味を持ち出した子どもかな。そんな扱いされてる気がする。そしてそれを止める近所の綺麗なお姉さんが狂三。それはそれで違う方向に発展しそうな気がする。

 ともかく。

 まだ自由を得ている耳からは、士道だと思われる人を中心とするちょっとした騒ぎが聞こえてくる。断片的だが……、

 

「やっぱり天然物は違う」

「何を言っている!? ふざけているのか!?」

「フツーに犯罪なんですけど!」

「なんばしよっとかー!?」

『おおおおおおおっ』

 

 あ、最後のは周りの男子共だな。

 とまあ、予測していたからか、あんまり驚きはしない。あえて懸念事項があるとしたら、俺にどんな被害が及ぶか、といったところか。あの殿町を怯えさせるぐらいのことをやられるのか。はたまたスルーされる……は、無いんだろうなあ。

 

「ちょっと士道、何やってんの!?」

「憤慨。今のは流石に目に余ります。十香や亜衣達が可哀想です」

 

 げ!? そうじゃん今この場には耶倶矢達もいるじゃん!

 えーと確か原作では、耶倶矢は下着を取られて、夕弦はびしょ濡れになるんだったか。

 ……正直、見たいと思った自分がいるが、そこはちゃんと律して、

 

「すまん狂三、手を離して」

「え、あ、はい」

 

 とんとん、と狂三の手を軽く叩いて離してもらい、急いで立ち上がる。

 いつの間に、そしてどこから取り出したのか、士道の手には水風船が握られていて、二人と対峙していた。

 どうやら二人は、逃げ出そうとしていた士道を止めようとしていたらしく、場所は教室の扉の前だ。亜衣麻衣美衣は……只今戦意消失中っと。

 そろりと士道の後ろを取る。

 

「やあ、耶倶矢に夕弦。今日もいい天気だね」

「ふん、我にとって太陽とは忌まわしき存在。寧ろ最悪の天気だ」

「抑止。今はそんな挨拶をする気はありません。ここは通しません。制裁をくらってください」

「あはは、手厳しい。だけど、まあ、俺にも用事があるんでね」

「そうか。じゃあ悪い。行かせる気も、やらせる気もこっちにはねえんだわ」

「ッ!?」

 

 士道の右手首を手刀で打って、水風船を落とす。後ろからなので、片方だけだ。

 んで、偽物さんには悪いが、ちょいと痛い目にあってもらう。

 打った右手首を持って身を回させ、こちらに向かせる。そのまま背を向け、足を軽く払って背負い投げ。教室の後ろ側にスペースがあって良かったぜ。

 だんっ! と受け身の音が鳴る。

 だが、相手もまた、こういう荒事には馴れてるらしい。

 残っていた水風船をこちらの顔面目掛けて投げつける。怯んで俺がつい手を離すと、体勢を低くしたまま俺の脛を狙った直蹴り。

 俺がそれを横に避けると、相手もそれを読んでいたのか回し蹴りに移行。バックステップで避ける。

 そこで相手も下がりながらも立ち上がり、俺と偽士道。両者が向かい合う。

 誰かが歓声をあげ、誰かが口笛で囃し立てた。

 先に動いたのは偽士道の方だった。

 きゅっ、と上靴の底が鳴ったかと思うと、走り出したのだ――――窓に向かって。

 

「なあっ!?」

「悪い悪い。俺にも用事があるって言ったろ? 続きはまた今度な」

 

 アデュー、とでも言うかのように二本の指を振って、偽士道はベランダから飛び降りた。まさかの行動に反応が遅れた俺は、あと一歩のところで手が届かなかった。

 急いで下を見るが……ダメだな、もうどっか行っちまった。

 ふむ、どうやらすぐ下の階のベランダに降りたらしいな。

 ふう、と息を吐いて髪を掻き上げる。投げられた水風船のお陰で顔とか首もとがびしょびしょだ。

 そして、視界も解く。

 偽士道がどこに行ったのか分かったのは、狂三が手を離した時点で俺が視界を使っていたからだ。だからまあ、今の偽士道が誰なのかも確証できた。もとより知っていたんだけどさ。

 

「大丈夫ですの? はい、ハンカチですわ。使ってくださいな」

「ありがと」

 

 狂三から手渡されたハンカチで顔と首を拭う。ジェスチャーで髪もいいか訊くと、了承が返ってきたので、有り難く使わせてもらう。

 

「十香、大丈夫?」

「心配。麻衣、美衣、心の傷はどうですか」

「う、む。大丈夫だ。問題ない」

「ふ、ふふ……やってくれたわね五河くん……」

「この恨み、必ず返す……」

 

 ふふふふと不気味に笑う麻衣&美衣。

 んー。今回は擁護出来そうにないので、偽士道のとばっちりを本物士道には受けてもらおう。残念でした。

 がしがしと頭を掻いて、来る昼休みを俺は待つことにした。その間の偽士道については……まあ、できる範囲で。流石に干渉しすぎるのはよくないだろうし。

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

「もう昼休みか……随分遅れちまったな」

 

 一応の仮眠は取ったが、やはり完全に眠気はとれていないらしい。

 結局朝方まで新しい精霊、七罪への対処に関する会議は続いてしまったのだ。理由としては、能力、意図が分からなかったこと。そして、去り際に士道に危害を加えるような旨の発言を残していったからだ。

 そう、士道は今、七罪からの好感度がとてつもなく低い。ただ、好感度が下がった理由もイマイチ士道含む<フラクシナス>のクルー達には不明であるのだが。

 七海は何か知っているようだったが、

 

『あまり干渉するのもいかんだろ』

 

 と言って情報を教えてくれなかった。

 そして、精霊〈デビル〉。

 直接会った訳ではないが、相当危なかったらしい。七海が居てくれたから自分、というよりも七罪に危害が及ぶようなことはなかったらしい。

 いずれ、そちらもどうにかせねばるまい。

 欠伸を漏らしながら、階段を上がり、教室の扉を開ける。

 

『…………ッ!』

 

 と、同時に完全に眠気が覚めた。

 そりゃあ、扉を開けた瞬間クラスの皆が一斉に視線を向けたのだ。驚きもする。

 

「え……? な、何だ? どうしたんだよ、皆……」

 

 皆のその奇怪な態度に士道が頬に汗を滲ませていると、教室の隅で集まっていた亜衣麻衣美衣がその視線を鋭く光らせ、素早い身のこなしで士道の方に迫ってきた。

 

「よくもおめおめと戻ってこれたな五河士道ォォォ!」

「自分が何したか分かってんでしょうね!」

「痛覚を持って生まれてきたことを後悔させてくれるッ!」

 

 口々にそう言うと、士道を取り囲んで獣のように喉を鳴らす。

 別にこの三人に怒鳴られるのは初めてじゃない。だが、今回は一切身の覚えがない。何しろ今しがた士道は学校に来たのだ。それなのに、三人の言葉からはまるで、少し前まで士道がここに居たように聞こえるのだ。

 

「ちょ、ちょっと待てくれ! 一体何をそんなに怒ってるんだよ!?」

 

 いきり立つ三人を宥めるように手を広げながら言うと、何が気に入らなかったのか、彼女らは更に語気を強めながら士道に迫ってきた。

 

「シラを切ろうたってそうはいかないんだからね!」

「そうよ! 証人はたくさん居るんだから!」

「この桜吹雪、忘れたとは言わせねぇぜ!」

 

 亜衣が女の子らしからぬハンドサインをし、麻衣が両手を広げて教室の皆を示し、美衣が肩を露出させるような仕草をし――――結局止める。

 と言われても、心当たりがないものはないのである。眉を八の字にしながら、助けを求めるように辺りを見渡す。

 すると、それに応えるように、亜衣麻衣美衣の後方から聞きなれた声が届く。

 

「三人とも、少しいいだろうか」

「! 十香!」

 

 士道は表情を明るくし、声の主の名を呼んだ。

 十香は口をへの字にしながら、三人の間を通り抜け、士道の元にやってくる。士道はようやく自分の無実を証明してくれそうな相手を見つけ、安堵の息を吐いた。

 彼女なら士道が今日は遅刻することを知っている。誤解を解いてくれる筈だ。

 

「助かったよ、十香。一体こいつらどうしたんだ? 俺は今登校してきたのに――」

 

 だが、十香は顔を赤らめると、ぽす、と士道のお腹にグーを当ててきた。

 

「……なぜいきなりあんなことをしたのだ。その、なんだ……驚くではないか」

「へ……?」

 

 聞こえたのは士道が思っていたような言葉ではなかった。

 それは士道を弁護するものではなく、士道を非難するものであったのだ。

 

「な、何を言ってるんだ、十香……? 俺は何も――」

「……何?」

 

 すると、十香は眉根を寄せて表情を険しくしていき―――目に涙を溜めながらぽすぽすと連続して士道の胸を叩いてきた。

 

「わっ、な、なんだよ十香、痛いだろ……」

「うるさいっ! 見損なったぞシドー! 百歩譲ってあれは許すにしても、自分のやったことを認めないとは何事だ!」

「いや、だからあれって何だよ!?」

「止めとけ士道。それ以上は墓穴を掘るだけだ」

 

 第二の救世主が現れてくれた。

 声の主は七海。同じく士道の無実を証明できる人物である。寧ろ半日と経つ前には一緒に<フラクシナス>で会議の場にいたのだ。

 

「七海! お、お前なら俺が何もしてないって分かってくれるよな!?」

 

 謂れの無い罪を着せられかけてると感じていた士道は、必死に七海へと助けを求める。

 すると七海は、小さな声で士道に話しかけてくる。

 亜衣麻衣美衣十香に抱きついて彼女を宥めているらしく、四人には聞こえていないようだ。

 

「ここは俺がどうにかしておくから、士道は逃げろ。出たら右だ。ずっと行けばこの騒動の犯人が分かる」

「は? 逃げろって言ったって、それに、犯人……?」

「早く行け」

 

 七海が士道の胸を押す。何が何だか分からないが、この場は七海に任せることにした方が良いのも確かだろう。

 七海の言う『犯人』とやらも気になるので、ここはお言葉に甘えさてもらう。

 

「――――悪いっ」

 

 開けっ放しだった扉から一気に駆け出す。後ろから、

 

『士道、逃げるな!』

『あんの狼藉者、易々と逃げられると思うなよー!』

『あら、あらあらあら、皆さんどうされましたの?』

『狂三ちゃん、ちょっとどいて!』

『そして起こるお見合い! 今はそれがもどかしい!』

 

 最初の七海の台詞は、怪しまれないためだろう。どうやら、彼と狂三が亜衣麻衣美衣を足止めしてくれているらしい。

 チラリと後ろを見れば、所謂『お見合い』状態の狂三と三人。さらにその後方には、三人に代わって十香に寄り添う八舞姉妹。あの四人は士道の無実を理解してくれているらしい。

 七海達の厚意を無駄にしないためにも、『犯人』とやらを探しださなければ。




 廊下は走っちゃいけません。

 え? 原作からのリークが多いって?……キノセイデスヨ?
 今回七海は士道のサポート役に徹します。あくまでメインは士道なのです。
 突如現れた水風船は、原作の方で夕弦への悪戯が「透けブラ」のためにびしょ濡れにするといったものなので、どうにか要素を混ぜられないかなとなった結果です。バックに入れてたんじゃないでしょうか。

 どうしても耶倶矢や夕弦成分が少なくなってしまうのは、我慢するしかないですかね。あと、狂三がホント使いやすい。単体で動いてくれるからですね。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 そういや、東方で話を書き溜めてます。こっちの更新も疎かになっているのに(オイ)


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第74話

 うわあ、半年以上も空いてるー(泣)

 生存報告となります。なんだかんだで生きてはいます。しかしそれと同時に屍。つまるところのリビングデッド。
 お気に入り登録者数が800を越えていました。こんないつ更新されるか分からないような拙作を登録してくださり、本当に有り難う御座います。
 しかし自分でなぜ増えているのか分からない。忘れられているだけか。

 それでは、どうぞ。


 途中で殿町やタマちゃん先生とばったり会ってしまい、少し時間を取られてしまったものの、学校中を駆け巡り、ようやく七海の言っていた『犯人』とやらを屋上にまで追い込むことに成功した。

 まあ若干、そう誘導されていた節はあるが。

 そして何より驚いたのは、チラリと見えたその姿が、まさしく《士道そのもの》であったことだ。

 勿論自分は士道であるし、自分のそっくりさんが近所にいるという話も聞いたことがない。

 そして騒動の犯人が今追い掛けている士道(偽)だとすれば、皆の証言も分かる。とてつもなく迷惑だが。

 息を荒げながら屋上への扉を開け放つ。

 

「よう、意外と早かったな」

 

 声に振り向くと、塔屋の上で不敵に笑っているのは、やはり『士道』であった。

 姿は勿論、細かな仕草や口調までがまさしく『士道』のそれである。

 その『士道(偽)』は塔屋から飛び降り、士道の目の前に着地した。

 

「お前のいない間に、色々と楽しませてもらったよ」

 

 でも、と目の前の『士道』はどこか不満げな様子で続けた。

 

「予定の半分くらいしか楽しめてないんだけどな。七海やその周囲の奴等にはどうも警戒されちまっててな。お前は何か知らないか?」

「……お前は、一体何者だ? 何で俺と同じ顔してるんだよ。それに、どんな目的があってこんなことを……!」

 

 口角を上げて問う『士道』に、自分と同じ声を聞くということに若干の気持ち悪さを感じながら、その真意を計ろうとする。

 

「まったく、質問に質問で返すなよ。それに、本当に――――気付かないの? 士道くんったら」

「な……」

 

 突然に、『士道』の声が女のそれに変わる。

 士道はその声に聞き覚えがある。それはもう、ごく最近。その声の持ち主は、

 

「まさか、七罪……?」

「ぴんぽーん! 正解。よくできました。偉い偉い」

「な、なんだよ、その姿……」

 

 片手で丸を作って『士道』は妖しい笑みを浮かべる。

 その声は確かに、先日士道が遭遇した精霊・七罪の声である。

 しかし同時に、その時のことを思い出せば納得いくことでもあった。

 彼女はAST隊員やミサイル等の攻撃を全て別の姿に変身させていた。それが彼女の持つ天使〈贋造魔女〉の能力だとするならば、確かに説明がつく。

 ――――物体を、別の何かに変化させる能力。今回はその力を、自分自身に使ったということなのだろう。

 しかし、それでも分からないことがある。

 

「一体、何が目的だ? 俺に化けて、皆に悪さして……」

 

 すると、それまで楽しそうに喉を鳴らしていた『士道』が、ふ、と表情を失くし、鋭く士道を睨み付けた。

 

「……分からないの? 本当に?」

 

 思わずたじろぐ士道の脳裏に、ある台詞が思い浮かぶ。

 そう、それは、別れ際。彼女が何処かへと飛び去る直前に、

 

「まさか、俺の人生を滅茶苦茶にするって……!」

 

 士道はあの日、七罪にそう言われたのだ。

 詳しい理由は分かっていない。ただ突然に彼女の態度が豹変し、順調だった筈の好感度もがた落ちして、そう告げられたのだ。こちら側としては、何が何だか分からない。

 なんとなく七海は何かを知っているようだったが、教えてはくれなかった。曰く、俺が教えていいことじゃない、とのこと。

 

「…………二十点」

 

 戦慄した調子で士道が言うと、七罪は半眼を作りながら返してきた。

 

「へ……?」

「言ったでしょう? 私の秘密を知ったからには、ただでは済まさないって。こんな嫌がらせ程度で許してもらえると思ってるのかしら? ふざけるんじゃないわ。もっとめっちゃくっちゃのぎったんぎったんのへっちょへちょにしてやるんだから……!」

 

 鬼気迫る士道の姿をした七罪の表情。その迫力に、士道は思わず後ずさる。

 

「ま、待てって。秘密だなんて、俺は何も――――」

「うっさいわね!」

 

 ダンッ! と床を踏み鳴らす七罪。どうやら話を聞いてくれるような状況ではないらしい。

 しかし、秘密とは何だろうか。

 誓って、士道は七罪の言う『秘密』なんて知らない。むしろ彼女について、知らないことの方が多い。昨日出会ったばかりなのだ。当たり前であろう。

 そんな時、屋上への扉が開かれた。

 二人が同時に目を向けると、そこにいたのは、

 

「な……シ、シドーが、二人……?」

 

 士道が二人いるという状況に目を丸くする十香と、

 

「……成程」

 

 何か考えている様子の七海であった。

 驚くのは無理もない。何しろ全く同じ姿の人間が二人も存在しているのだから。

 しかし同時に、これはチャンスでもあった。ここで自分が本物だと信じてもらえれば、今までの悪事が目の前の『士道』の所為だと分かってもらえるのだから。

 

「十香、七海! 聞いてくれ、こいつは――」

「こいつは偽物なんだ! 俺に化けて、皆に悪戯したのはこいつだったんだよ!」

 

 が、士道の言葉を遮るように、七罪が大きな声を発した。

 無論、完璧に士道に化けた声で。

 

「な……! だ、騙されないでくれ、二人とも! 本物は俺だ!」

「何言ってやがる! 俺が本物だ!」

 

 七罪が士道と全く同じ声、口振りで二人に訴えかける。

 十香は未だ状況がよく呑み込めず、士道が二人いるという事実に困惑しているようだ。

 対する七海は、一度本物の士道に目を向けると、すぐに視線を外し、七罪が化けた方の士道に視線を注いでいる。

 その不自然な様子に七罪も気付いたらしい。今度は七海個人に訴えかけ始める。

 

「七海! お前なら俺が本物だって信じてくれるよな? アイツが俺に化けて悪さしていたんだって!」

「ち、違う! 本物は俺なんだ。頼む、信じてくれ……!」

 

 七海は小さく笑うだけだった。

 

「……とまあ、士道が二人いて、それぞれこう言ってる訳だが」

「ぬう……これは、どちらかが本物でもう片方が偽物ということなのか?」

「ああ。なあ十香。偽物はどっちだと思う?」

「なんだ、お主も分かっておるのではないか? 片方が偽物というのならば簡単だ。偽物は――――」

「まあな。偽物は――――」

 

 そして二人は指を差す。

 

「「こっちだ」」

 

 ――――まっすぐ、七罪の方に向けて。

 

「な……!?」

 

 まさか当てられるとは思っていなかったのだろう。驚愕に染まった顔で、それでも往生際悪く言葉を続ける。

 

「な、何言ってるんだ、二人とも。俺は――――」

「無駄だよ。意見を変える気はねえ」

 

 七海がそれを遮り、十香は本物の士道の方に歩み寄る。

 そこで七罪も観念したらしく、憎々しげな視線で三人を睨み付ける。

 

「……どうして、分かったんだ? 変身は完璧だった筈。当てずっぽうでも確率は半分。どうしてそんなに自信をもって俺を指せる?」

 

 七罪が問うと、十香は頬を指で掻きながら、困ったように口を開いた。

 

「何でといわれてもな……なんとなくだ。確かにシドーにそっくりだが、本物と並び立つと、何か匂いが違うような気がした。それだけだ」

 

 七罪が次は七海へと視線を向ける。

 七海は少し躊躇するような間を開けてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「まあ、俺の目を舐めんなってことで」

 

 二人の言葉を聞いた七罪は、信じられないというように頭を振って、呻くようにぼやいた。

 

「な、なんなのよこの子たち……どうかしてるわ……」

「……いや、それは、まあ……」

 

 士道は曖昧に返すしかなかった。

 十香の超感覚や、七海の言う『視界』とやらは、七罪が想定していなかったとしても仕方あるまい。

 見事に本物を当ててくれたのだから、二人には感謝するべきなのだが……七罪に少し同情してしまう士道であった。

 七罪は忌々しげに歯噛みすると、バッと右手を高く掲げた。

 すると虚空から箒型の天使が現れ、その手に握られる。

 それに対する七海の反応は早かった。

 七罪が右手を掲げた時点で素早く士道と十香を下がらせ、七罪との間に出来たスペース自身を滑り込ませたのだ。察するに、視界を使っていたようだから、天使を呼び出されたことにいち早く気付いたのかもしれない。

 箒の先端が放射状に開き、あたかもプリズムのように輝き出す。

 次の瞬間、七罪が淡く発光し――――その姿が、士道が昨日見た長身の美女へと変貌する。

 

「な……っ!」

「……ふむ」

 

 十香が驚愕に目を見開き、七海は納得したように警戒を若干緩めたようだった。

 それに違和感を感じた士道だが、それがはっきりとした疑問へと変わる前に七罪が動く。ギリギリと悔しそうに歯をすり合わせ、ガリガリと頭を掻く。

 

「あり得ない……あり得ない……あり得ないィィィッ!」

「なん……」

「秘密を知られた挙げ句、私の完璧な変装まで見破られたって言うの……?……嘘よ……こんなの嘘! 絶対……絶対認めないんだから……ッ!」

 

 七罪は憎々しげに叫ぶと、ビッ! と士道達に指を向けてきた。

 

「このままじゃ済まさない……! 絶対一泡吹かせてやるんだから……!」

 

 そして士道達に敵意剥き出しの視線を向けながらそう言い、軽やかな動作で箒の柄に腰掛けると、物凄いスピードで空を飛んでいってしまう。

 

「あ――――お、おい!」

 

 慌てて声をあげ、追い縋るも――――遅い。士道を一瞥もすることなく、シルエットはみるみる小さくなってしまった。

 これから好感度を上げて霊力を封印しなければならないと言うのに、結局進展のないまま、いやむしろ、さらに好感度が下がってしまったまま終わってしまった。

 とはいえ、唐突なことでもあった。これからのことも踏まえ、琴里には報告しなければなるまい。

 

「シドー」

 

 油断なく七罪が飛び立っていった方向を見ていた士道に、十香から声がかかる。

 

「ど、どうした、十香?」

 

 士道は何となく次の言葉を察しながら、若干声を上擦らせながらも返す。

 

「あやつは一体何者なのだ!?」

 

 ほぼ予想通りだった。

 士道はどうにか七罪のことをぼかして説明するため思考を巡らせると同時、助けを求めて七海の方へと視線を向ける。

 七海は先の士道と同様、七罪が飛んでいった方を見ていたが、士道の視線に気づいたか、苦笑しながらもこちらへとやってきた。どうやら助けてくれるらしい。

 しかし、

 

 (七海は今、どこを視ていたんだ……?)

 

 視線は空を見ていても、実際には違う何かを視ている――――いや、これも違う。どちらかと言えば耳を澄ませている時の猫が虚空を見つめているような、深い思考をする時に無意識に視線が上に行くような、そんな印象を受けたのだ。

 後で訊いてみるか、と取り敢えずそれ以上の考察を止め、目下最大の難題である十香への七罪の説明へと思考を切り換えた。




 原作リーク多くてごめんなさい。

 どうしてもイベントが起きないと原作リークが多くなってしまう。ダメじゃん。恐らく事件が起きてもそのままでしょう。原作との解離が大きくなるのは化けた相手が分かってからかな。

 アニメ第三期の噂を聞きますし、バレットも面白い。デアラ熱ですね。
 狂三の設定が明らかになってきたことで、本作における狂三の設定をどうしようか悩んでます。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 原作ではこの後DEMの話がありますが、七海が出ないのでカット。原作と大した差はありません。


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第75話

 明けましておめでとうございます(大遅刻)。

 書き終えたので次話投稿。
 もうすぐ私立大入試も始まるなか、果たしてここで書いていていいのか。ヤバい。
 どうも文章が崩れ気味です。

 それではどうぞー。


「―――『この中に、私がいる。誰が私か、当てられる?』……」

 

 琴里が難しげな表情をして呟いた。

 五河家宛にとある手紙が送られたのに気付いたのは、つい先程のことだ。

 差出人は七罪。中身は、何枚もの写真と、一枚のカード。カードにはこうあった。

 

『この中に、私がいる。

 誰が私か、当てられる?

 誰も、いなくなる前に。

             七罪』

 

 そして写真には士道と関係が深い精霊やクラスメイト達。

 殿町や七海は分かるが、亜衣麻衣美衣の三人衆やタマちゃん先生まで写ってるのは少し予想外だった。

 

「ど、どういう……ことだ?」

「……額面通り受け取るなら」

 

 士道の声に答えたのは、琴里ではなく令音だった。今し方、琴里によって〈フラクシナス〉から呼び出されていたのである。

 ちなみに、七海も一緒に呼んでいて、今彼は写真を手に取って何か考え中だ。このような手紙を送った七罪の真意を測っているのかもしれない。

 

「……七罪が、この十五人のうちの誰かに化けている……ということになるだろうね」

「俺も同意見だ」

 

 七海が持っていた写真を机の上に並べ、令音に同意を示す。

 

「今、写真を視てみたが、どれも普通の写真だ。『この中に』って部分の言葉遊びみたく写真そのものに化けている訳ではないらしい」

 

 士道はその言葉で思い至る。

 

「なら、他の皆も七海の視界ってやつで視れば、誰が七罪か判るんじゃないか?」

 

 それは正論に思えた。そう、先日学校であったように、七海の視界は化けた七罪を見破ることが出来るのだから、それを使わない手はない。

 しかし、七海は首を横に振った。

 

「俺が七罪が化けた候補にあることを考えてみろ」

「……あっ」

「そう。俺がもし、七罪だったらどうする? 『誰もいなくなる前に』とあるからには時間制限付きなのだろう。そんな中、本物か分からない奴の言葉を信じるか?」

 

 言われてみれば、その通りだ。

 七海の時間制限が予想通りなら、もし七海に七罪が化けていた場合、それまで自分以外を指し続ければいいのだから。外れたとしても、七海ですら見破られない秘策があったとでも言えば、圧倒的に情報で負ける此方は信じてしまうかもしれない。

 そこで七海が候補に入るようになるとしても、アドバンテージは向こうにある。意図的に情報を操作することぐらいやるだろう。

 

「……と言ってもだ」

 

 七海は片手を軽く挙げ、

 

「こういう事を霊力無しで出来るのは俺ぐらいのものだろうが」

 

 七海の指先には蝋燭程度の小さな炎。普通ならば有り得ない、タネも仕掛けもない不思議現象。

 世の理を逸した事象を成すのは、精霊か、もしくは七海ぐらいのものだろう。

 

「そうね。貴方には七罪の知り得ない特殊能力がある。ここでそれを示したのは、たとえ私が七罪だとしても問題ないから、か。とにかく、取り敢えずは貴方を候補から除外してもいいかしらね」

「いや、それは止めとこう。理由は……後で士道にだけ教えておくさ」

「……あー、成程ね。了解したわ」

 

 二人……と恐らくは令音さんも。の中では通じることがあったらしい。彼女達程頭の回転が早くない士道にとっては、もう少し時間をとってほしいところである。

 

「俺は、何をすればいいんですか?」

 

 何だか置いてけぼりにされた感があった。

 何であれ、今回の事の発端は、士道がファーストコンタクトで七罪の機嫌を損ねてしまったことである。原因は未だに分からないし、七海も教えてはくれないが、それに皆が巻き込まれてしまっているのだ。黙って見ていることなど出来なかった。

 だが。

 

「……そうだね。さしあたって、デートしたい順番でも決めておいてくれたまえ」

「…………は?」

 

 令音の言葉に、士道は間の抜けた声を発した。

 

「デー……ト? ど、どういう事ですか?」

 

 士道が眉根を寄せながら問うと、今度は琴里があっけらかんと返してきた。

 

「そのままの意味よ。明日から士道には、この写真に写ってる十五人全員と、一人ずつデートしてもらうことになるわ。そして―――そのデート相手に、何か違和感を覚えないかどうかチェックしてもらう」

「……! そ、そうか!」

 

 七罪がいくら変身能力を持ち、姿形や声などの外的要素を再現できるとはいえ、会話をしていれば、いつもと違う点に気付くことができるかもしれない。

 しかし、問題が無いわけではなかった。

 

「……でも、写真に写ってる全員と……だよな」

 

 士道が頬に汗を滲ませながら言うと、令音が「……ああ」と返してきた。

 

「……勿論一日で全員済ませろという訳じゃあない。急ぐにしても―――一日三、四人くらいが限界だろう」

「いや、そうじゃなくてですね……」

 

 肩に、ぽん、と手を置かれる感覚。振り向くと、七海が色々悟ったような顔でうんうんと頷いた後、ぐっと親指を立てた。

 その表情はまるで、「お前ならできる。頑張れ」と言っているようだった。

 士道がややげんなりとしていると、令音は理解したのかしていないのか、いまいちよく分からない寝ぼけ眼のまま言葉を続けた。

 

「……勿論、こちらでできるサポートは最大限させてもらう。あくまで七罪の目に触れない範囲で……だがね」

「それじゃ後の説明は俺がやっとこう。二人はやるべき事が他にもあるだろ?」

「ええ、それじゃ、お願いするわ」

「んじゃ、取り敢えず士道の部屋に行くか」

 

 七海に連れられ、士道は自室へと移動する。

 

「さて、何から説明したものか……」

「……七海は、誰に化けていたか、知ってるのか?」

「『化けていた』……か。もしゲームがもう始まっているとしたら、とてつもなく危うい質問だが……そうだな、まずはこれだけは言っておこう」

 

 七海は若干姿勢を正して、

 

「俺は基本容疑者から外していい」

「でも、さっきは外すべきじゃないって……」

「ブラフに決まってんだろ。誰が犯人か分からない状況でそうそう情報は明かすもんじゃない。だが、俺の場合は俺だと断定できる要素が二つある」

 

 指を一本立てて、

 

「一つはさっきも言ったが、霊力が感知されない超常現象。タネも仕掛けもなく人は指から炎なんて出せない。もう一つが、眼だ」

「眼……?」

「あー、眼帯付けてる方だ。俺は七罪の前で一度も眼帯を外していない。ならば、七罪はこの眼においては完全な推測でしか変化できない」

 

 お風呂の時も目を開けないようにしていたらしい。

 でも、確かにその二点なら、目の前の七海を七海として断定することも出来るだろう。選択肢が一つ減り、強力な助力もあるのは、願ってもいないことだ。

 

「だが、それで変に俺を選択肢から外すと七罪がどう動くか分からない。だから俺は大っぴらにお前を手助け出来ないし、俺らしく過ごす。お前も、俺を容疑者として扱うんだ」

 

 ルールがあれだけとは限らない、と七海は言う。

 今はまだ、七罪の行動は七海が予想できる範囲にあるらしい。だが、聞くと、七海の知識との相違があるらしく、やはり予測の範疇を越えないのだとか。

 

「んで、さっきの質問の答えは、是だ。だが、俺はそれを明かさない。それが正しいとは限らないし、明かすとどうしても色眼鏡を掛けちまうのが心理ってもんだ」

「そう、だな。情報は等しいに越したことはないのか」

「こちらはどうしても受け身にならざるを得ない。正確には、受け身であると見せかけなければならない。開示できる情報が少なくなるのは許してくれ。こちらでも七罪特定のアプローチはしてみる」

「分かった。よろしく頼む」

 

 士道には士道の、七海には七海のやるべき事とやれる事がある。

 その後、令音を呼び、〈フラクシナス〉及び七海のこれからの行動指針を決め、とりあえずの解散となった。

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 ――――十香、四糸乃、殿町。

 今日とりあえず調査したこの三人に異常は見受けられなかったように思える。確かに十香の唐突な少食化や四糸乃のハロウィンドッキリなどはあったものの、テレビの影響だったり、よしのんが唆したからだった。

 だから、七海がやけに驚いているのが妙に気になった。

 しかし、気にすることはないとばかりに本日最後の相手に送り出したので、士道は一度七海に情報の精査を任せ、こうして急いでいるのである。

 時刻は夜。

 肌寒くなった十月の夜は、風呂上がりで火照った体には心地よい気温だった。

 本日最後の相手は夕弦。七海的に夕弦と士道が形だけとはいえデートをするのはいいのかと思い訊いたところ、結構な時間を思考に費やした上で、まさしく苦渋の決断といった表情で、構わない、と言ってくれた。

 ただ、絶対にふざけた真似はするなよ、と強く、それは強く念を押されもしたが。

 

「若干遅れているな……」

 

 時間を確認すると、数分だが予定より遅れている。急がなくては。

 さらに歩を早め、待ち合わせ場所の公園へと急ぐと、そこには既に夕弦の姿があった。

 

「憤慨。人を呼び出しておいて遅れるとはいい度胸です」

「すまん、夕弦。前の用事が少し長引いてさ」

 

 慌てて走り寄り、手を合わせて頭を下げる。数分とはいえ、遅れたのは事実である。非はこちら側にある。

 まあ、正確には呼び出したのは士道ではなく令音達〈ラタトスク〉なんだが、そんなこと夕弦が知るはずもないだろう。

 

「赦免。まあ、いいです。夕弦は心が広いので、五分くらいは誤差としてあげます」

 

 言って、ふうと息を吐き、腕を組む。

 そこで士道は軽い違和感に頭を掻いた。

 何か不審な点が夕弦の言動にあったわけではない。どちらかというと、いつもは双子のもう一人の片割れ、耶倶矢と一緒にいる光景に見慣れているからか、今のように夕弦一人という状況への物珍しさが影響しているのかもしれなかった。

 一応事前にラストは夕弦だとは聞いていたが、それこそトイレ以外は常に一緒と言っても過言ではない二人が別々なのは、なんとも不思議な気がする。

 それに、七海とも。

 今回は彼も七罪探しの事情を知る側なので当たり前とは言え、こうして夕弦だけと言うのは新鮮である。

 そんな士道の思考を視線から察したか、夕弦がやれやれと肩をすくめた。

 

「溜息。そんなに夕弦が一人でいるのが珍しいですか」

「ま、まあ。確かに、あまり見ないなとは思っていたけど」

「苦笑。夕弦と耶倶矢は一心同体ですから。そう言ってもらえると、夕弦としては嬉しいです。七海も、どうも忙しいみたいですし」

 

 成程。本日も二人の八舞は仲良し姉妹であるらしかった。

 

「質問。それで、一体どうしたのですか。こんな時間に呼び出して」

「えっと、あー、それはだな……」

「疑問。……?」

 

 しまった。何も考えていなかった。士道は己の失態にようやく気付いた。

 皆との会話の中で違和感を見つけ、七罪を探し出すことに躍起になっていたせいで、肝心の会話の内容に思い至ってなかった。

 いや、確かに士道は会話すべき事は事前に伝えられているのだ。夕弦本人しか知らない内容で、士道に知られても大丈夫なものを令音達や七海から既に聞いてはいる。

 ただ、それを切り出す切っ掛けがないだけで。

 

「あー、その、最近どうかなって思ってさ」

「質問。どう、とは」

「えっと、夕弦や耶倶矢、七海っていつも一緒にいるだろ? ただ最近七海も忙しいみたいだから、なんていうか……」

 

 どうも上手く話し出せない。

 夕弦達と士道との仲は決して悪くないし、むしろ一緒に食事だったりプチ旅行だったりする程には仲がいい。確かに七海を経由した関係ではあるが、互いの距離はそれほど離れてはいない筈だ。

 しかし改めて二人で、となるとどうも勝手が違う。

 

『シン。夕弦の君への不審感が少し上昇している。あまりざっくりとし過ぎる会話は控えた方がいいだろう』

「それは分かってるんですけど……」

 

 どうしようもないのが現実である。

 

「……そ、そういや七海で思い出したけど、七海が最初に出会った精霊って二人なんだよな。ちょっと、話を聞いてみたいなー、なんて……」

「承諾。いいですよ。士道が聞きたいと言うのなら、話すことは吝かではありません」

 

 少し移動しながら話しましょう、とのことで付近を当てもなくぶらぶらすることにした二人。

 思わぬ収穫に少し驚いた部分はあったが、会話が続き、情報を得られるのなら願ってもいない状況だ。夕弦が話した内容と七海や耶倶矢の記憶とが合っていれば七罪探しを一歩前進できる。

 

「懐古。そうですね、どの話をしましょうか? 初めて出会った時? 遊園地デートをした時? 夕弦達と七海の思い出話はいっぱいありますが」

「そうだなあ……じゃあ、三人が出会った時の話をしてくれないか?」

「了解。はい。では、少し付き合ってあげます」

 

 夕弦はどこか懐かしそうに目を細めて、

 

「回想。――――最初、夕弦達にとって七海は、ちょっとおかしな人間、程度のものでした」

 

 そして語り出す。

 耶倶矢との『勝負』の最中に現れた闖入者のこと。

 その闖入者に勝負を挑まれ、二人して詐欺紛いの手で負けたこと。

 途中、現れたASTと七海とが戦闘をしたこと。

 その他、買い物したり、遊園地に行ってみたり、旅館の混浴で一緒に温まったり etc etc……

 夕弦はそれらを語る度に幸せそうに微笑んだ。時に若干怒ったり、楽しそうにしたり、嬉しそうに笑うものの、やはりそれは幸せそうで。

 士道はそんな彼女を見て、

 

 (これは、聞く側にとって相当恥ずかしいぞ……!)

 

 単純に惚気話にしか思えなかった。

 

「――――最後に、夕弦と耶倶矢は七海に救ってもらって……と、どうかしましたか?」

「い、いや、何でもない……」

 

 なんとか耐えきったようである。しかも、夕弦にとっては自覚無しというのがまた恐ろしい。

 だが、ただ聞いていただけの士道ではない。きちんと予め知っていた情報と相違点は無かったかを確認しながら聞いていた。

 と言うのも、七海と八舞姉妹の出会いの話は七海と士道及び〈ラタトスク〉が接触して間もない時期に聞いているのだ。勿論、七海から。

 その時の七海は恥ずかしかったのか、今しがた聞いた内容に七海から聞いた以上の内容も含まれていたが、七海ならそうするという想像は簡単につくし、後で七海本人に聞いてみてもいい。

 ……いや、七海本人に聞いちゃ駄目なのか?

 七海のややこしい立ち位置について考えていると、

 

「呼掛。士道」

「ん? どうした?」

「吐露。少し、悩みを聞いていただいていいですか?」

「悩み……?」

『ふむ。精神状態からは検出されなかったが……』

 

 これは七罪特定に繋がる会話だろうか、と一瞬考え、すぐに振り払う。

 どんな状況であれ、誰かが悩みを抱えているというのなら相談に乗るのが普通だ。

 

「心配。七海のことですが」

「七海がどうかしたのか?」

「首肯。七海は、また、無理をしていませんか?」

 

 それは、何だかんだで七海と最も一緒にいる時間が長いからこそ分かってしまうことなのだろう。

 

「想起。今の七海は、修学旅行の時と同じ感じがします。一人で抱え込んで、無理をして、限界が来ても離そうとしない。そんな無茶を、七海はまたしてませんか?」

 

 今回の騒動。実際に中心にいるのは士道なのだが、夕弦がそれを知るはずもない。

 不安や心配の相手が七海で、士道を含んでいないのは当然のことであり、寧ろ彼女達だからこそ七海がまた無理をしようとしているのは分かるのだろう。

 士道はそれを惜しいとは思わないし、夕弦がそれ程に七海に思いを寄せているのが判って嬉しいとも思う。

 

「大丈夫」

 

 だから、士道は力強く頷いた。

 

「アイツは無理なんかしてないさ。だけど、もし俺達の知らない所で無茶しようとしてたら、その時は目一杯叱ってやれ。お前はいつもそうやって、ってな」

 

 悪戯っぽく士道が笑うと、最初きょとんとした顔だった夕弦も、次第に笑みを浮かべて、

 

「同意。そうですね。ついでにお詫びも要求しちゃいましょう」

「お、いいな。ケーキとかお菓子類はあいつ滅茶苦茶美味いし、ぱーっと騒ぐのもありだな」

「同調。十香や琴里も誘いましょうか。人数が多いに越したことはないですし」

「ははっ。そりゃ七海も大変だなあ。一体何人分になるのやら」

「戦慄。十香が満足するだけのお菓子……聞くだけでも準備の大変さが想像できます」

 

 二人に眠気が襲ってくるまで、そうして七海をダシに盛り上がる。

 士道や琴里では収まらない、〈フラクシナス〉ですら知らない情報を七海は持っている。故に、七海は一人で解決しようとしてしまう。

 どうしてもその情報差故に七海の行動を諌めることも協力することも難しくなっているが、だからって七海に全て任せる理由にはならない。

 自分達だって七海を支えることぐらいは出来るんだ、って。

 七海に分からせなければなるまい。

 夕弦は、そう決意した。




 センターはそれなりでした。

 士道側のヒロインのデートは割愛。敢えて言うとしたら、なぜ七海が驚いていたか、でしょうか。
 地の文が少ない気がしますが、気にしてはいけません。……いけません。

 迫り来る大学入試を舞で迎え撃ちながら日々を過ごそうと思います。勉強しろ。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 そろそろ歩法を習得するべきか……?


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第76話

 大学無事に合格いたしましたー。

 なんとか国公立受かってました。よかったよかった。
 もう大学生ですかー……早いようなー、遅くはないようなー。

 若干短いですが、それでは、どうぞ。


 次の日。学校。

 七罪から手紙が送られて一日が経ったが、予想に反してこれといった動きが無かったため、取り敢えず日常通りに学校へとやってきた士道である。

 逆に、何も無かった七罪に対し、七海がやけに慌てていたのが気になる。

 今は朝のホームルームも終わり、一限目がもうすぐ始まろうかという僅かな時間だが、七海は腕を組み、耶倶矢や夕弦、狂三とも会話もせずに考え事をしているようだ。

 その三人も何か察しているのか、自分達から七海に話しかけようとはしていない。

 

「どうしたってんだ……?」

 

 一応、今朝何があったのか訊いてみてはしたものの、大丈夫の一点張りで、七海は事情を話そうとしなかった。

 曰く、『過ぎたことはしょうがない。今回はそうだったってだけのことだ』とのこと。

 令音の推測によると、七海の知識との相違が起きたんだろう、とのことだが、具体的に何が違うのかまでは流石に分からない。

 

「シドー!」

 

 ううむ、と士道もまた一人唸っていると、横から十香が亜衣麻衣美衣の三人衆と話し込んでいたのを終え、声をかけてきた。

 

「どうしたんだ、十香?」

「もしや、今日の弁当は、ころっけではないか?」

「え? いや、違うけど……?」

「む、そうなのか? てっきり、そんな匂いがしたのでな。ころっけだと思ったのだが……ちなみに、本当は何が入っているのだ?」

「……昼休みまで楽しみにして待ちましょう」

 

 正解は唐揚げである。

 いやそうではなく、

 

「急にどうしたんだ?」

「ぬ。いやな、麻衣が今日弁当を忘れたーという話題になったのでな、なんとなく気になっただけだ。べっ、別に、もうお腹が空いたとか、そういう事では無いからな!?」

「はは……今日のは自信作だからさ、楽しみにしてていいぞ」

「本当か!? うむ。では楽しみにして待つとしよう!」

 

 確かに、そんな話をしていたような気もする。何せすぐ隣だ。騒がしくしなければ会話の内容もそれなりに聞こえてくる。

 少し上の空だったので自信は無いが、まあこういうこともあるだろう。

 するとそのタイミングで一限目の開始のチャイムが鳴る。担当の先生はまだ来てないが、よくあることだ。数分もすればやって来る筈である。

 ちらりと七海を見遣ると、変わらず腕組みをしている姿が。依然、何を考えているかは分からない。

 昨日の夜、夕弦と共に七海に無理をさせない、一人で背負わせないという協定を結んだのはいいが、それが逆に七海へのさらなる負担になってしまうのでは本末転倒だ。二人が七海にあまり強く出れないのはそういう理由なのだ。本当なら夕弦は、勿論士道も、七海が悩んでいるなら無理矢理にでも手助けしたい。今の七海は明らかに何かを抱えているのだから。

 無論、行動が無かった訳ではない。ただ態度がいつまでも変わらないため、とりあえず折れるしかなかっただけで。

 

 (何かあるなら、きちんと言ってくれないと分かんないぞ……)

 

 七罪について、立ち位置上そう易々と喋れないのは分かる。

 ただ、士道には、七海が抱えているのはそれだけじゃない――――そんな気がしていた。

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 昼。

 睡眠導入にしか思えない授業も一旦終わり、いつものごとく十香や七海と机を合体、やや遅れて登場した万由里を加えての昼食である。

 本当はこんなに呑気にするのではなく、七罪探しに尽力すべきなのだろうが、手掛かりも無ければ彼方からのアプローチがある訳でもない。どうにも動きにくい状況である。

 弁当のおかずの唐揚げに目を輝かせる十香を横目に、昨日の時点でデート(一部抵抗有)を済ませた四人に思いを馳せる。

 

 (十香、四糸乃、殿町、そして夕弦。この四人に怪しいと思える要素は無かった)

 

 皆、普段通りで、反応も至極真っ当だった。誰かが偽物とは考えづらい。

 勿論七罪候補はまだまだ居る上に、まだデートをしていない人物の方が多いのだから、この四人の誰かが七罪である可能性は低い。

 今日もまた放課後は犯人探しとなるが、やはり七罪側から何もないのが空恐ろしい。

 手紙にもあった、『誰もいなくなる前に』という文句が何とも言えない不安を掻き立てる。七海は時間制限と予測していたが、それにしては少し言葉が物騒だ。

 

「どうかした、士道?」

「ん、ああいや、ちょっと考え事をな」

「そう。難しい顔してたから、少し気になっただけ。……あまり、自分を追い込みすぎないようにね」

 

 万由里がこちらの顔を覗き込みながら心配そうに声をかける。

 そういえば、万由里は精霊の中でも大分特殊な立ち位置にあるが、今回の件について何か知っていることはないのだろうか。流石にここで堂々と話す訳にはいかないので、デートの時に聞いておくべきだろう。

 

 (いや、万由里も候補なんだから、直接訊くわけにはいかないのか……?)

 

 難しいものだ。

 信用出来る情報源が自分と〈フラクシナス〉だけで、どうも時間制限があるらしい。

 士道の身体は一つなので一日に行動するにも限界があるため、そうゆっくりはしていられない。

 それを言うなら今こうして皆で弁当を食べている状況は一体何なんだということになってしまうが……。

 

「そう言えば士道、放課後少し付き合ってくれないか?」

「え? お、おう、別に良いけど……どうしたんだ?」

「ちょっと買い物に行きたいだけさ。今夜のメニューとかの相談にも乗ってほしい」

「分かった。じゃあ帰りにそのまま商店街の方に行こう」

 

 本当は〈フラクシナス〉がデートの順番等予定を立てているのだが、七海はそれは知らないらしい。態々断る理由も無いので、クルーの人達には悪いが、七海の誘いに乗ることにしよう。

 士道の中では七海は七罪でないとなっているが、形だけでも他の候補者と合わせなければならない。

 それに、七罪探しが始まって一日経ったので、経過報告というか情報交換もしておきたい。主な理由は此方だ。

 となると十香や万由里と一緒にいるのはマズいので、今回は耶倶矢や夕弦達と時間を潰してもらうことにした方がいいか。

 そう思い、心底幸せそうに唐揚げを食べてくれている十香に目を向ける。

 

「十香、今日は耶倶矢達と時間を潰しててくれないか? なんなら先に帰っててくれてもいいけど……」

「む? 一緒に行ってはダメなのか?」

「士道は今日の夕食は内緒にしときたいのさ。夕弦や狂三も、付いて行ってやってくれ」

「了解。分かりました。十香、今日は帰りにゲームセンターでも寄りましょう」

 

 七海のフォローに軽い黙礼で感謝し、残っていた弁当へと手を付ける。考え事をしていた所為か、他の皆よりやや遅れ気味だ。

 気持ち早めに掻き込む。自分では味の良し悪しは分からない。流石に食べられない程にマズいということはないと思うけれど。十香はあんなに幸せそうに食べてくれているし。作った身としては何よりも嬉しいものだ。

 と、弁当で思い出す。

 そう言えば何故十香は、今日の弁当のおかずがコロッケだと思ったのだろう、と。

 答えはすぐに明らかになった。

 

「あら? これ、中身が……」

「かか、お主も気付いたか、刻の支配者よ。封じられ眠る白き贄に」

「グラタンをアレンジしてみたんだ。偶々ネットにあってさ」

 

 成程、十香は七海達の弁当のおかずを自分の分と勘違いしたらしい。嗅覚が異様に鋭い彼女なら、まあ有り得ないことではないのかもしれない。

 物欲しそうな表情をしていたのか、夕弦からコロッケを一つ貰ってこれまた幸せそうに頬張る十香。

 お返しに残していた唐揚げを渡し、さらにそのお返しなのか七海からコロッケを渡されながら、皆の動きを注視する。

 昼食によって頭が一度スッキリしたのか、こういう日常の小さな動きに何かヒントがないかと思い至ったのである。

 このぐらいなら七海も思い付いているだろうが、七罪探しを七海に頼り切りにする訳にもいくまい。こういうことを含めて、今日の放課後に共有した方がいいかもしれない。

 そういう点で見れば、両者に動きがない今の状況において七海の申し出はタイミングが良かったのだろう。

 

「お、美味い」

「ほう、士道からのお墨付きか。そりゃ良かった」

「そんな大袈裟に言うことでもないだろ。でも、今度……なんなら放課後にでもレシピを教えてくれないか?」

「オーケー。と言っても元は調べれば出るんだけどな? ちと俺流の変更はしたが」

 

 我流のアレンジを加えた上でここまでの味を出せるのは普通に凄いことなのでは。

 料理が出来ない人の中には、あまり料理をしないにも関わらず自分流のアレンジを加えてしまうからだ、とどこかで聞いたことのある内容を思い出しつつ、自分も台所を預かる身として負けてられないと一人意気込む。

 そんな思考を読まれたか、くすりと笑みを溢す七海。

 若干気恥ずかしい思いをしながら、照れ隠しするように弁当へと箸を伸ばす。

 

「あれ?」

 

 おかしい。最後に唐揚げを取っておいた筈なのだが、消えている。

 先程自分で夕弦にあげたと思い出すのは、モヤモヤしながらも弁当箱を片付けた直後であった。




 次回は七海含む三人程度とのデート回ですかな。

 読みにくいというか、流れが悪くなるのは分かっているんですが、一区切りということでここで切らせていただきました。
 っていうか容疑者多すぎないですか。なんですか十五人て。調整メンドくさいんですが。
 万由里とか普通に気付きそうなものですけどねえ。

 前書きの通り、無事春から大学生です。
 春以降の執筆スピードは、新生活に依ります。果たして書く余裕はあるのか。
 他の人の見ていると、皆さん課題やレポートで忙しい中無理くり書く時間を作って書きあげているようでして、高校ですら全然書いていなかった私に果たして大学ではできるのかと。そんな気持ちでいっぱいです。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 新生活に不安しかねえ!


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第77話

 はっはー! 一人暮らしだぜい!

 新生活が始まりました息吹でございます。
 高校時代に比べ次話投稿が早い!うれしい!
 単に今は大学が始まったばかりですることも少ないからですけど。これから先も続けられるかは微妙です。
 そして乱れに乱れる食生活。高校時代の名残か、起床時間だけは変わらないんですけどねえ。

 それでは、どうぞ。



 今日は牛肉が安いらしい。

 

「なら鋤焼きにでもするか……?」

 

 一緒にその他具材も買い物かごに入れつつもう少し店内を物色する。

 七海はと言うと、取り敢えず見える範囲にはいない。

 少し散策してみるとお菓子類が並んでいるコーナーで商品と睨めっこしている七海の姿があった。

 

「何してんだ?」

「ああ、耶俱矢や夕弦用にな」

 

 成程。

 買い物かごをまるまる一つ埋めそうなまでの物量は二人……と、誰か遊びに来た用か。

 

「ちょっと油断しててな。普段なら切らすことはないんだが、気が付いたら大分減ってたんだよ」

 

 たはは、と疲れた笑いを零した七海。

 七海も確かに嗜好品は割と口にしているのを見掛けるが、餌付けなのかなんなのか、あの双子はさらに頻度が高かったような気もする。

 その大半がクラスの誰かからの貰い物だったりするが、そりゃ自分達で持ってくる分もあるだろう。

 七海は悪い顔をして見るからに酸っぱそうなお菓子と辛そうなお菓子を籠に入れて立ち上がる。

 

「悪いな、付き合わせちまって」

「いや、お陰で料理のレパートリーが増えたし、お相子ってことで」

 

 互いにニッと笑うと、それぞれ空いているレジへと別れ、店の外で合流する。

 流石に肌寒くなったこの頃、制服だけでは少々心許ないと感じる。そろそろ秋仕様から冬仕様の服へと衣替えするべきかもしれない。

 今度の週末にでも引っ張り出してくるかな等と考えつつ、なんとなく二人でぶらぶらと歩く。

 

「――――さて」

 

 七海が漏らした言葉に、自然と身に力が籠もる。

 

「何か訊きたいことがあるんだろ? 俺も現状を知りたいし、そこの公園で情報共有といこうか」

 

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

 現状動きは無し。

 十香、四糸乃、殿町、夕弦の四人と会ってみて、違和感は感じなかった。

 向こうの動きもないが、こちらもどう動けばいいか分からない。

 ……驚くほどに情報がない。

 七海の方は、どこで七罪がこちらの動向を見張っているか分からないので、無闇に能力を明かすような発言や士道が七海を容疑者から外していると思われないような言動をするためにあまり情報を出すことは控えていた。

 しかし必要な情報はそれとなく渡してくれた。

 曰く、亜衣麻衣美衣と狂三は、恐らく、ではあるが七罪ではないだろうとのこと。

 後日会って話してみる必要はあるだろうが、それだけで気が楽になる。……あまり、女性と会うのにこういうことは言わない方がいいのだろうが。

 二人は設置されているベンチへと座り、途中で買った缶コーヒーで冷え気味の手と体を温めながら話していた。

 

「進展は無し、か……どんな形であれ、何かアクションを起こさないといけないか?」

「もしくは向こうが何か仕掛けてくるのを待つか、だな。()()()()()()()()()、あまり受け身にはなりたくないな」

「でもこっちからはどう動けばいいのか分かんないし、そっちの方が確率は高そうなのがなあ……」

 

 最初に写真を七海と一緒に見ている以上、少しは事情を知っているという体でなくてはならない。

 逆に言えば、直接的に問題解決に関わるような発言等さえしないならば、ある程度は今回のことについて話しても不思議ではない。

 それが七海の見解だった。

 令音もそれには賛成なようで、情報こそ命な今回の件については、七海となるべく情報の共有や協力はするべきだと言っていた。

 

「ああ、そう言えば、俺が俺である確認もしなくちゃな」

「あ、忘れてた。言われてみればそうだな」

「まあ気持ちは分かるさ。無意識にしろ意識的にしろ、俺を容疑者から外している以上そう考えちまう……考えないでいちまう?まあ、そうなるのに理解は示すよ。だが、油断とは言いたくないが、気を付けろよ?」

 

 七海はそれだけ言うと、自分の眼帯に手を掛けた。

 

「前言った通り、俺の眼の色で判断してくれ。ここでアレをする訳にはいかないし。ここで眼の色がもしバレたとして、既に七罪が誰かに化けているのなら問題はないだろうし」

 

 了解の意を込めて頷くと、七海は近くに人がいないことを――――おそらく視界まで使って――――確認してから眼帯を外した。

 その下にあるのは闇と真紅。

 普段は前髪を伸ばし、下ろすことで眼帯すら目立たせないようにしているが、一度その奥を見れば誰もがその眼を疑う。

 自分の眼も。相手の眼も。

 七海の右目は異常である。

 周りが黒で中が赤の、よく創作では聞く配色ではあるものの、実際に見ると格好良さよりも不気味さが先立ってしまう眼。

 本人は代償だとか証だとか言って詳しくは話そうとしないしあまり気にしていないようだが……、

 

「もういいだろ? あんまりジロジロ見るのは止してくれ」

「あ、ああ、悪い」

 

 いいよいいよと手を振り、照れくさそうに笑いながら七海は直ぐに眼帯を戻した。

 本人としても、やはり堂々と隠さないでいるつもりもないらしい。

 

「やっぱお前は七海なんだな」

「信じて貰えてなによりだよ」

 

 そこで七海は冷え切ったベンチから立ち上がり、軽く伸びをした。そして空になった缶をゴミ箱へと投擲。

 綺麗な放物線を描き、缶はすっぽりとゴミ箱へと吸い込まれて甲高い音を響かせた。

 

「ナイスショット」

 

 士道の言葉に七海はブイサインを返すと、次は士道だと言外に伝えてきた。

 そう挑戦的な目で見られては士道も黙ってはいられない。

 一息にほんの少し残っていたコーヒーを飲み干し、勢いをつけて七海と同じように立ち上がった。

 軽い準備運動を兼ねて少し伸びをし、投擲の狙いをゴミ箱へと定める。

 一呼吸挟んで、

 

「それ」

 

 士道の手を離れた空き缶は、七海とほぼ同じ軌道を描いき始めた。

 しかしそれは最初の方だけで、次第に右へとずれ――――

 ゴミ箱の縁に当たり、空き缶はゴミ箱の外へと落ちてしまった。

 

「……」

「……」

「……ふ」

「ようしもう一度挑戦だな!」

 

 その後通算2投目にして士道は無事目的を達成した。

 誰だって、効率より感情を優先しなければならないと思える時があるのだ。

 

 

 

 

   ◇◆◇◆

 

 

 

 夕飯も終え、多めに買っておいた牛肉の大半が十香の胃へと消え去り、まったりとした時間を過ごす。

 本当ならこうやって過ごすのではなく、まだデートをしていない誰かと会わなくてはいけないのだが、今日は七海と同じように士道を誘った人物がもう一人いるのだ。

 その人物というのが、

 

「ふっふっふ! 大口叩いていた割には大したことねーですね!」

「はあ!? まだ残機ある上に通算で見れば私の方が勝率高いじゃない!」

「勝負とは最初の一手で勝敗が決しやがります。この一度の敗北の前ではそれまでの勝負など無意味!」

「なら最初の勝負で私に負けた以上それ以降の勝利なんて貴方には無意味わよねえ!?」

 

 向かって右には赤の龍。

 向かって左には青の虎。

 有名な多人数向け格ゲーを前に二人は互いを互いに蹴落としあっていた。

 そして、

 

「ん、私の勝ち」

「「あーーー!?」」

 

 一緒に同じゲームで遊び、二人が互いに貶めあっている隙に一人勝ちする万由里の姿。

 

 有り体に言えば。

 真那、万由里、琴里の3人と同時にデートしているのである。

 内容は内容ではあるが。

 

 心無しドヤ顔の万由里に歯噛みする二人。

 

「もう一度よ!」

「リベンジでやがります!」

「望むところ」

「次は私もやるぞ!」

「あの、その、私も……」

『ダメだよ四糸乃! もっとぐいぐい行かないと特に琴里ちゃんと真那ちゃんの熱意に流されちゃうよ!』

 

 際限なくヒートアップする琴里と真那とは対照的に涼しげな表情の万由里。

 士道は後ろでその三人の様子を見ながらくすりと笑みを溢した。

 今繰り広げてられているゲーム対戦というのも、当初の予定では士道と真那と琴里の三人だけだったのである。

 七海との買い物から帰宅し、さて夕飯の準備を始めようかという時に五河家へと来訪した真那。

 これといった要件は無かったようだが、時間も時間だった上に、真那もあの写真の中にいたので、急遽令音と相談しそのまま夕飯へと誘ったのである。

 琴里と一悶着あったものの、それもまた心地よい喧噪だと感じながらの食事を経て、真那が目を付けたのは出しっぱなしになっていたTVゲームであった。夕飯前まで十香や四糸乃が対戦していてそのままであったのだ。

 その後の流れは早かった。

 十香を筆頭に夕飯前の再戦の流れとなり、真那が琴里を挑発し、琴里が真那を煽り、士道に片付けが済んだ後の合流を取り付けての第何次になるか分からない妹決定戦勃発。

 そこにさらに混沌を振り撒いたのが万由里である。

 途中で五河家へとやってきた万由里はあれよこれよという間に琴里と真那の妹決定戦に何故か参戦。

 そして参戦したその初戦で優勝してしまったのである。

 なんでも、

 

『七海と夕弦に比べたらまだ簡単』

 

 とのこと。

 その言葉に士道は、少し前に五河家で開いたゲーム大会にてその二人は決勝を争ったのを思い出した。

 成程。その二人と並べるとまだ琴里達は易しい筈だ。勿論、琴里達が弱いということではないのだが。

 そこからは互いに負けられない琴里と真那と、意外と負けず嫌いな万由里との激闘が繰り広げられ続けている、ということだ。

 一応十香や四糸乃も参戦してはいるが、如何せん力量差があった。

 士道はというと飲み物の用意だけしてすっかり観戦モードである。

 

 (見た感じ、三人におかしな所は無いな……令音さんは万由里は可能性が薄いとは言っていたけど) 

 

 曰く、万由里は出生が特殊だから、七罪が何かを仕掛けるには多かれ少なかれリスクを伴うだろうとのこと。

 その事を七罪が知っているかは定かではないが、仕掛けられたなら仕掛けられたで万由里自身が何かしらの動きを見せる筈だろうとも言っていた。

 注意する必要はあるが、七海を除いて最も可能性が低いと思われるのもまた確かだった。

 となると真那か琴里であるが……

 

「ちょっと万由里! 邪魔しないでくれるかしら!?」

「万由里さん! 絶妙なタイミングで真那達を落としにかかるのやめてもらえねーですかね!?」

「ふふ」

 

 この熱意が七罪の演技だとはどうしても思えなかった。

 一応十香と四糸乃にも注意を払ってはいるが、この二人は昨日デートしたばかりであるし、その時に違和感は感じなかったから取り敢えず選択肢から外しておこう。

 しかし、七罪のしたいことが見えない。

 今のところ実害がない以上、士道に嫌がらせをしたいという訳でもないだろう。もしそうならより効果的なやり方がある筈だ。

 士道以外の誰かに化けて何かメリットがるか?

 正直なところ、動きがないということは、つまり表面上は今まで通りということは何か利益を欲していたという訳でもあるまい。もしその日常の中に欲しているものがあるのなら、わざわざ宣戦布告のような真似事をしなくてもいい筈なのだ。

 ……やはり、答えが見つからない。

 ここは一つ、風呂にでも入って心身ともにスッキリするべきか。

 ちらりと時計を確認すると、丁度いい時間であるし。

 

「大分遅くなってるけど、風呂どうするんだ?」

「今手が離せないから、先に入ってきてもいいわよ」

「そんなに大事な戦いなのか……」

 

 琴里以外の皆は自分の部屋で済ませるだろうし、ならばここはお言葉に甘えるとしよう。

 いつの間にか空になってる皆のグラスにジュースを注ぎ、士道はソファから立ち上がった。

 

 

 

 

 

 そんな悠長にしてる時間がないと知ったのは、明日の朝のことだった。




 選択必修科目を受講者調整で二つも落とす。

 これが後期も同じような目にあって一年次の選択必須を受講できないとかになったら流石にキレます。私の運の無さに。

 ということで七海、真那、万由里のデート回です。デート回と言ったらデート回なんです。
 色々とこじつけてデートそのものの内容が殆ど書かれてないのは決して錯覚ではない。
 残っているのは狂三かあ……どんな内容にしましょ……。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 七海の立ち位置がめんどくさすぎてむしろ動かしにくい。


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第78話

 すごい、もう次話投稿できるなんて。

 生活リズムの乱れに頭を悩ませている振りをしている息吹です。
 本当に生活リズムを気にしてるならこんな時間に投稿しませんよね。

 それはそうと、私の大学ではミールカードというものがあるのですが(無い方は調べてみれば分かるかと)、あれってよくできた制度ですよね。
 だってどう転んでも販売者の方にお金が余分に入るようになっているんですから。

 それではどうぞ。


 その日の朝はいつも通りであった。

 いつもの様に朝起きて、いつもの様に顔を洗い、着替え、朝食の用意をし、変わらぬ日常の筈であった。

 それが非日常へと変わった切っ掛けは、一本の電話からだった。

 

「士道、電話よ。七海から」

「っとと。七海から? こんな朝早くからどうしたんだろ……」

 

 七罪探しの最中だからか、朝から司令官モードの琴里から携帯電話を受け取り、その相手が本当に七海であることを確認してから電話に出た。

 こんな時間に電話を掛けるということはそれだけの急な用事があるということだろう。急ぎの用でないのならそのうちどうせ会うのだし、なんならもっと前にこの家に来てからでもいいのだ。

 なのに七海は電話を使った。それはつまり、ここに来る時間すら惜しんだということに他ならない。

 

「もしもし?」

『士道だな!?』

「ああ、そうだけど……どうしたんだ?」

 

 ひどく焦った声の七海に少々戸惑う士道。

 士道の言葉に多少落ち着きを取り戻したのか、七海は一つ深呼吸を挟んだようだった。

 

『すう……はあ……、えと、可能性は限りなく低いだろうが一縷の望みを賭けて訊いておく』

「お、おう」

『そっちに夕弦は来てないか?』

「夕弦? いや、来てないけど」

 

 士道のその答えに七海は電話越しに大きく溜息を吐いた。

 

『ああ、そうだろうとは思ったよ。夕弦が耶俱矢を置いて一人で士道の所に行く理由が無いしな』

 

 七海は半ば士道の答えを予想していたようで、その溜息も、落胆というよりは自らの推測通りであったことへのやるせなさのように聞こえた。

 しかし、夕弦がどうかしたのだろうか?

 

「なあ、夕弦がどうか――――」

「シドー!」

 

 その疑問を七海に問い掛けようとしたところで玄関先から聞き慣れた声が届いた。

 隣のマンションの住人、夜刀神十香その人である。

 しかし普段なら空腹によるものなのかもう少し大人しいのだが、今日はやけに焦っているような……?

 それこそ、先の七海の声にも似た。

 

『十香か』

「ああ、悪い、ちょっと様子を見てきてもいいか?」

『いや、一度この電話を切ろう。すぐに俺もそっちに行く。多分、十香も俺と同じ要件だと思うぞ』

「は? それはどういう……」

 

 士道が訊き終える前に電話は切られてしまった。

 釈然としない思いをしていると、激しく狼狽した様子の十香と、先に玄関に十香を迎えに行っていた琴里がリビングへと入ってきた。

 琴里もまた神妙な顔付きをしており、十香の様子も相まって、得体の知れない不安感が士道を襲う。

 直観的に告げている。ああ、これは、

 

「士道、話があるわ」

「……どうしたんだ?」

 

 ごくりと生唾を飲み込んで、ようやく声を絞り出す。

 

「――四糸乃がいなくなったわ」

 

 今この瞬間から、七罪の本物探しは大きく動き出したのだ。

 

 

  

   ◇◆◇◆

 

 

 

 あの後家にやってきた七海と一緒に、近くの公園へと足を運んでいた。

 家にいては誰かに話を聞かれる可能性があったし、自分達も、情報を整理するという建前で、少し落ち着ける時間が欲しかった。

 突然の事態に考えが纏まっていない士道に対し、七海はやけに落ち着いていた。一度二人になろうと言い出したのも七海からであった。

 聞くところによると、夕弦もまた今朝から姿が見えないらしく、家中を隈なく探した上で見つからなかった為に士道へと電話を掛けてきたらしい。

 

「……七海は、この事態を予想していたのか?」

「……予想はしていた。だが、俺が予想していた内容と大分差異が出てる」

「……どうして」

 

 士道はベンチに座って俯いていた顔を上げ、近くでコーヒーを飲んでいた七海の顔を覗き込んだ。

 

「どうして、教えてくれなかったんだ?」

 

 七海にも七海なりの考えがあったことは重々承知している。

 しかし、この事態に陥る可能性があることをあらかじめ言ってもらえれば、何かしら対策が出来たかもしれないのだ。

 七海しか知らないからこそ、そういう情報について七海自身が色々と抱え込みがちなのも分かってはいる。

 それでも、士道達には七海が見ているものが分からなくても、それを一人で抱え込むようなことはしてほしくないのである。

 非難するつもりはない。だが、これを機に自分達にも少しぐらい頼ってほしい。

 

「悪い……要らぬ心配は掛けたくなかったし、下手に教えて変な方向に動くのも避けたかったんだ」

「変な方向?」

「ああ。言ったろ、予想はしてたって。言ってしまえば、まだ予想の範囲内で済んでるってことなんだ。これが予想外の方向に転がってしまったら、それこそ俺もどう動けばいいか分からなくなる」

「あ……」

 

 七海は決して自分達を蔑ろにしている訳ではなかった。

 寧ろ、自分達の負担にならないようにしてくれていたのだ。

 分かっていたことの筈なのに、改めて認識させられる。

 

「だけど、それでも完璧に俺の予想通りだった訳じゃない。俺も俺で動いてみるから、お前はこの後の琴里とのデートのことを考えておくといい」

「これから起こり得ることも予想しているのか?」

「一応、な。だけど今この状況じゃ、あんまり当てにはならなさそうだけど」

 

 はあ、と七海は溜息を吐いた。

 がしがしと頭を掻くその姿は、どこか超然としているように感じた七海も、今この状況にやはり憔悴しているようで。

 当然だ。七海だって夕弦がいなくなって不安や焦りを感じない筈がないのだ。

 

「それと、」

 

 しばらくして七海が口を開いた。

 

「耶俱矢を頼む」

「耶俱矢を?」

「俺からも最大限フォローはするが、あの双子は特別仲が良かったからな。俺じゃどうしても出来ないことがあるかもしれない。だから、士道からもあいつを慰めてやってくれ」

 

 こっちからも、十香達のフォローはしてみるから、と。

 七海はそれだけ言って、すっかり冷えてしまった缶コーヒーを飲み干した。

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 琴里に綺麗に右ストレートを決められた士道は、頬を赤く腫らし、噴き出した鼻血を止めるためにティッシュを鼻に詰めた状態で次のデート場所へと来ていた。

 次の相手は耶俱矢。場所はボウリング場である。

 数時間前の七海との件もあり、若干身構えてしまうが、それを見透かされたのか令音には普段通りやればいいと言われてしまった。

 曰く、変に色々考えるより、自分の信じたことをやるのが最善とのこと。

 

「……士道、なんだ御主、その顔は……」

「いや……ちょっと来がけに辻ボクサーに襲われてな」

「そ、そうか……」

 

 明らかに納得していない顔の耶俱矢だったが、なんとなく事情を察してくれたのか、それ以上追及はしてこなかった。

 

「しかし今朝の一件は驚いたぞ。検査ならば検査と前もって申しておくが筋であろうに」

「悪いな。ちょっと行き違いがあったみたいでさ」

 

 無駄に格好いいポーズを取りながら耶俱矢はフッ、と前髪をかき上げる。

 耶俱矢は七海と令音から、夕弦は検査のために一時的に〈ラタトスク〉本部に行ってもらっている、という説明を受けたらしい。

 なかなか苦しい言い訳であったが……どうやら信じてくれているらしかった。

 

「なんか……思ったより元気そうですね、耶俱矢のやつ」

『……ならばいいのだが』

 

 士道が息を吐きながら言うと、インカムから令音の難しげな声が聞こえてきた。

 

「え?」

 

 士道が訊き返そうとするも、その言葉は耶俱矢の不満そうな声に掻き消された。

 

「おい、聞いておるのか士道。我が言葉を聞き漏らすは瀆神ぞ。そのような不心得者は全身を業火に灼かれ、深淵に堕ちると識れ」

「ああ……悪い悪い。今後気を付けてもらうよう言っておくよ」

「応。そうするがよいぞ。――――確か、帰ってくるのは約一週間程度との話であったな」

「え? あ、あー……本部って話だからな。そんぐらいは……」

 

 一週間。

 七海から聞いていたのであろうその期間は、現状考えられる七罪探しのタイムリミットである。

 七海がどういう意図でその期間を提示したのかは不明だが、少なくとも、それまでに何としてでも七罪を見付け、夕弦を助け出すという思いは間違っていない筈だ。

 無意識に、士道は拳を握った。

 

「……ふーん」

 

 士道の返答に耶俱矢はつまらなさそうに顔を歪めると、小さな声でそう言った。

 だがすぐに咳払いをすると、またもキメ角度で士道に視線を送ってくる。

 

「くく、それはまた随分と悠長なことだ。我が飽かぬよう、精々祈るがよいわ」

「おう……そうだな。出来るだけ早く済ませるようお願いしておくよ」

「うむ、大儀である。――して、士道よ」

 

 耶俱矢は頷くと、その場で華麗にターンをして、ビシッ!と自分の背後のボウリング場を指差した。

 

「突然何かと思えば、我と勝負がしたいというではないか」

「いや、別に勝負がしたい訳じゃ……」

「くく、その度胸は買うが、些か蛮勇が過ぎるのではないか? 我は颶風の御子、八舞耶俱矢! 御主の勝ちの目なぞありはせぬぞ!」

 

 士道が頬を掻きながら言うも、耶俱矢は聞いていないらしかった。またも妙に格好いいポーズを取りながら言ってくる。夕弦相手でなくとも、彼女の勝負好きは健在らしかった。

 まあ、それで夕弦のいない寂しさが少しでも紛れるのなら構うまい。七海にも任せられているし、否、任せられていなくとも、それが彼女のためならば構わない。

 士道は息を吐き、耶俱矢と共にボウリング場へ入っていった。

 そしてカウンターでシューズとボールを借り、指定されたレーンに入っていく。

 さていざゲームを始めようという所で、耶俱矢が利き手に見慣れない道具を装着していることに気付いた。

 視線に気付いたのか、耶俱矢が不敵な笑みを浮かべて、装着している物を見せつけるようなポーズを取る。

 どうやらそれは、よくプロボウラーが利き手に着けている、やたらと格好いいプロテクターであるらしかった。

 

「ほう、これに気付くとは中々の慧眼よの」

 

 ババッ! とまたしても無駄に格好いいポーズを取り、耶俱矢は興奮気味に口を開く。

 

「これこそは伝説の煉獄手甲(フェーゲフォイア・ガントレット)! 神代より言い伝えられしこの神具は、この世の遍く全てを灼き祓う業火を以て、我に勝利をもたらすものである!」

「お、おう……」

 

 正直言っていることの大半はあまり理解できなかったが、並々ならぬ思い入れがあるのだけは伝わった。

 さらに話を聞くところによると、どうやら以前に七海や夕弦の三人で来たことがあるらしく、その時に一目惚れして購入を即断したのだとか。

 厳密には七海が買ってあげたらしいのだが、まあ今は細かいことはいいだろう。

 ちなみに、その時の結果は一度だけミスをした耶俱矢が三位で、パーフェクトゲームをし続けて結局勝敗の付かなかった夕弦と七海が同率一位であったらしい。

 はて、あのプロテクターは勝利をもたらすのではなかったのか。

 

「かかっ。残念よの士道。初めから見えた勝負が、さらなる圧倒的な差を生んでしまって」

 

 耶俱矢はそう言うと、プロテクターを着けた腕を構えてみせた。余程そのプロテクターを自慢したかったのだろうか。

 

「さあ、始めようではないか。特別に先手は譲ってくれる。くく、精々足掻くのだな!」

「言ったな……見てろよ?」

 

 そして士道は、ピンのセットされたレーンへと歩みを進めた。

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

『七海、ちょっといい?』

 

 夜、七海の部屋の扉がコンコン、と控え目にノックされた。

 七海はフラクシナスから送られてきた情報等を整理する為に開いていたパソコンをスリープ状態にし、声を掛けながら扉を開く。

 そこには寝間着姿の耶俱矢が待っていた。

 

「耶俱矢? 別にいいけど――どうしたんだ、こんな時間に」

「ん、ちょっとね」

 

 時刻は日付が変わる三十分程前。

 何か話があるならと、リビングに行くことを提案するが、耶俱矢は首を振ってここでいい、と言った。

 彼の自室にはソファや座布団の類は無いので、ベッドかデスクチェアを選んで腰掛けてもらうしかない。今回、耶俱矢はベッドに腰掛けた。

 七海の方がデスクチェアに座り、耶俱矢を見据える。

 

「あっと……七海もさ、ベッドに座りなよ」

「え? いや、俺はこっちでいいよ」

「いいから!」

「お、おう……?」

 

 妙な気迫に気圧されて七海は耶俱矢と半人分間を開けてベッドに座る。

 七海にとってはベッドにわざわざ移動する理由が分からないのだが、まあデスクチェアに座り続ける意味も無いのも確かではあった。

 

「ちょっと、膝借りるから」

「はい?」

 

 言うや否や、耶俱矢はそのまま横に倒れて、七海の太腿の上に頭を乗せた。

 そしてもぞもぞと動いて収まりの良い体勢になる。七海はくすぐったいのを我慢して不動の状態である。

 所謂膝枕というものだ。

 七海は手持無沙汰であったため、なんとなく手を耶俱矢の頭に乗せて髪を梳いてみる。

 

「…………」

「…………」

 

 しばらく無言が続く。聞こえるのは、髪を梳く時に鳴る微かな音のみ。

 

「……がーっ!」

 

 突然、耶俱矢が叫んだかと思うと、俯せになって七海の体に腕を回してきた。

 そのまま七海が動かない耶俱矢の頭を撫でていると、しばらくして、

 

「……っぅ、ぅぁ……っ」

 

 耶俱矢が、小さな啜り泣きを漏らし始めた。

 

「……っっく、ぅ、ぅ、……っ…………夕弦……、ゆづる……っ」

 

 耶俱矢は気付いているのだ。夕弦が見つかっていないことを。

 心配にならない筈がない。不安にならない筈がない。――――寂しくない、筈がない。

 だが耶俱矢は今日を普段通りに過ごした。皆に心配を掛けまいとしたのかどうなのか、真意は不明だが、彼女は今日一日その寂しさに耐えてみせたのだ。

 七海は、申し訳無さそうに声を掛ける。

 

「悪い。お前に負担を掛けちまって……」

「大丈夫、じゃないけど、大丈夫。このぐらい何ともないし。馬鹿にすんなし」

「……ああ、そうだな」

 

 七海は出掛かった言葉を呑み込む。流石に指摘する空気ではない。

 でも、と耶俱矢は続ける。

 

「……私は、何も知らないままの方がいいんでしょ……なら、信じる。あの時、私達が笑える未来をくれたのは、七海だから……」

「耶俱矢……」

「だから……お願い。夕弦を……夕弦、を――」

「…………」

 

 七海は一度長く息を吐き、任せろ、とでも言うように耶俱矢の頭を優しく撫でた。




 ようやく七罪編も動き始めました。

 どうしても七海側の精霊とのデートの時に原作リークが多くなってしまいがちです。もっとオリジナリティが欲しい。
 目下最大の悩みは美九と狂三とのデート。
 狂三は前回も言いましたが、問題は美九です。
 原作では士道ラブだからこそあんな内容になりますが、この作品においては七海ラブ勢なので、どうしても原作通りにはならないんですよね。
 解決策としては、原作の内容をフラットに改変するか、そもそものデート内容を変えるか。
 選択肢としてだしておきながら実質答えは前者一択という。
 狂三も狂三でどのタイミングで入れるかですね。折紙の分を狂三に回せばいいのかな?

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 そういえば、いつか言っていた東方ssを書き始めました。詳しくは作者ページみたいなものから飛んでください。


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第79話

 約一か月ぶりです皆さま。

 遂にお気に入り登録者数900人突破しました! 登録してくださった皆様、ありがとうございます! これからもこのような拙作をお読みいただけると幸いです。

 今回は原作リークが多いです。話の展開上仕方がないんですが、主人公周りの台詞や描写以外(モブとか)はほぼ原作通りという……
 むう。ダメなんですけどねえ。

 それでは、どうぞ。



「…………」

「…………」

 

 七海と士道、二人の間に重苦しい沈黙が流れていた。

 日付を跨いで、朝。

 ここ最近毎日来ているような気もするいつもの公園のベンチで、二人は何を話すでもなく、ただ座り込んでいた。

 今回消えたのは、真那と山吹。

 実は昨日……正確には今日か。丁度零時になった時に、士道と、士道と話していた琴里の前に七罪は現れたのである。と言っても、本人が直接姿を現したのではなく、彼女の天使によって映像のように顔を見せただけだ。

 そこで士道は、七罪に急かされて、容疑者だと思われる人物を指名したのだ。

 その時指名したのは、真那。明確な確証などなく、ただの直感であったのだが……。

 結果は、こうだ。

 間違えていたのだろう。真那はいなくなり、そして山吹も消えた。

 令音は士道の所為ではないと言っていたが、多少なりとも責任があるのは確かなのだ。

 

「……くそっ」

 

 自らの腿に、強く拳を振り下ろす。こんな風に八つ当たりをしても、状況は好転などしないし、ただ不快な痛みに襲われるだけだと言うのに。

 

『――の代わり、私がその顔で、声で、姿で、そちらの世界を楽しんであげる』

「それは、昨日の……」

 

 突然聞こえた七罪の声に横を向くと、七海が〈フラクシナス〉から送られた録音データを流していた。

 直接話さないのなら安全だろうと、今朝方七海から直接頼まれたもので、その夜の会話以外に、他の人とのデート時の会話の分も七海に渡して共有してある。

 

「ああ、まあな」

『――だもの。全然指定してくれないし。だから少し私がナビゲートしてあげなくちゃって――』

 

 七罪の声はまだ続く。

 どうやら七海は、この七罪との会話から何か掴めるものがないかと思っているようだ。

 しかし、あまり成果は芳しくないようで、七海は無表情にその録音データを最後まで聞くとそのまま再生を止めた。

 はあ、と二人して溜息を吐く。

 

「指定した一人と、それ以外の別の誰かを一日毎に消す……」

「最初に指名していないのに二人消えたのは……単純に人数を合わせるためなのか?」

「どうだろうな。こっちは何も掴めてねえし……」

 

 何かと万能人な七海をもってしても、情報はなかなか掴めていないようであった。

 確かに、まだ全員と直接話したりはしていないので、他の誰かである可能性は拭いきれない。だからと言って、七罪が化けた誰かに、果たして自分は気付くことができるだろうか。

 どうしようもない不安が士道の心に押し寄せる。

 少しでも和らげるように、士道は長く息を吐いた。

 

「……よし!」

 

 突然、七海は何か覚悟を決めるように自らの両頬を叩いた。

 

「どうした?」

「形振り構ってられない。こっからは俺も堂々と協力する」

「えっ、それは嬉しいけど……いいのか?」

 

 今まで七海は、不自然さを七罪に悟られぬようあくまで一容疑者として、多少他の皆と立ち位置とは違うとはいえその立ち位置を崩さなかった。それは先日話していた通りだ。

 七海はそれを崩すという。

 内容も内容だが、それが七海自身の口から出るというのも意外だった。

 

「いいさ。最悪……というかほぼ間違いなく、今日の零時に俺は消されるだろうが……ま、それまでに最大限の情報を掴んでみせるさ」

「……分かった。俺からも、よろしく頼む」

 

 二人はお互いの拳を軽くぶつけ合った。

 

 

 

   ◇◆◇◆

 

 

 七海は一人、そこはかとなく場違い感を覚えながらデート場所で待ち合わせしていた。

 場所は遊園地――オーシャンパーク・アミューズエリアの中央広場である。

 しかし、周りにいる客の殆どが妙に個性的な、具体的には、どこかで見たことあるようなアニメやゲームのキャラクターの恰好をしている――所謂、コスプレをしていたのなら、普段通りの恰好で一人椅子に腰掛けている七海は確かに場違いであろう。

 実は今この施設ではハロウィン期間ということで、アミューズエリアの園内では仮装やコスプレが自由らしい。

 ということをここに着いた後に思い出した七海なのであった。

 

「……お、あの人再現度高いな」

 

 なるべく目立たず空気になることを決めた七海は、待ち人が来るまでの間、他のコスプレしている人を勝手に批評していた。

 と言っても、七海が知っているのは、耶俱矢や夕弦が偶に観ていたり、美九に勧められて観るアニメや、士道や他の精霊達と一緒にやったりするゲームのキャラ程度で、そこまで詳しい訳ではないのだが。

 

「――だぁぁぁぁりぃぃぃぃぃんっ!」

 

 遊園地特有の騒音を掻き消すように七海に聞き覚えのある声が聞こえた。方向は入口の方か。

 少し固まってしまった体を伸ばしながら立ち上がり、そちらへと振り向く。

 が、どうにも周りの人の背丈が高い所為か殆ど見通せなかった。

 

「…………」

 

 違うのだ。

 確かに七海は一般的な男子高校生の平均身長と比較してやや低い。だが、女性に抜かれる程ではない。あまり抜かれていない。筈だ。

 コスプレしている男性客より低いのは納得しよう。

 しかし女性客にまで抜かれるのは何故か。

 そう、ここはコスプレしている人ばかりなのだ。

 そして女性客の中にはその一環として上底やハイヒールを履いている人だって多数いる訳で。

 つまり何が言いたいかと言うと、決して七海の身長がそれまでに低いということではなく――

 

「あ、いましたぁ……って、どうしたんですか? 項垂れちゃってー」

「いや、自分の限界を思い知らされたのさ……」

 

 そんな言葉と共に現れ、七海の台詞に首を傾げるのは、只今人気爆走中で最近多忙なアイドル、誘宵美九であった。

 七海が堂々と七罪探しをすると決めた後、最も早く時間が空いていたのは美九であった。いや、正確には時間を空けたと言うのが正しいだろうか。

 七海が予定を組もうと美九のスケジュールを本人に確認したところ、じゃあ今日と美九が言い出し、そしてマネージャー他仕事関係の人々に多大な迷惑と我儘を掛けて時間を作ってくれたらしい。

 流石にそこまでしてくれると嬉しくもあると同時に絶大な罪悪感を感じずにはいられないのだが、美九に本当に大丈夫なのか訊いても、

 

『今日の午後はあまり仕事も無かったのでー、大丈夫です!』

 

 と答えられるばかりで実際のところが分からない。

 マネージャーに連絡しようとしたが、しないでくれと、同じく美九に言われては引き下がるしかない。こっそりメールは送っておいたので、後で確認しなければならないが。

 

「お前もコスプレしてんのか」

「ふっふっふー。どうですかー? 似合ってるでしょう。『ワルキューレ・ミスティ』の四人目の戦乙女、月島カノンちゃんですよー。六話でミスティ達を助けに現れた時の、レアな仮面装備バージョンです!」

 

 彼女の恰好は、白と紫を基調にしたフリフリのコスチュームである。

 しかしその顔には、目元を覆い隠すマスクを着けており、まるでこれから仮面舞踏会にでも赴くようなその姿に一瞬美九かどうか断定できなかった。

 だがまあ、その特徴的な声を聞けばすぐに判ったが。

 

「……そ、そうか」

 

 あまり詳しくはないので、曖昧に相槌を打つと。美九が、もー! と頬を膨らます。

 

「知らないんですかー、『ワルキューレ・ミスティ』。日曜の朝にやってる女の子向けアニメですよー」

「あ、あー。なんか四糸乃が見ていたような気がする」

 

 いつだったか士道の家に皆で泊まった(といってもお向かいだが)時に、四糸乃が視聴していたのを朧気ながらも七海は思い出した。

 

「えっ、四糸乃ちゃんも『ミスティ』好きなんですかー? うふふー、良いこと聞いちゃいましたー。今度うちに招待したげましょー!」

 

 スマン四糸乃。迂闊な発言だった、と。

 嬉しそうにニコニコ笑う美九を見て、七海は心の中で四糸乃に手を合わせた。

 もし美九のその発言が現実になった時は、抑止力もしくはもしもの時のために実力で美九の暴走を止められる人物も一緒にしないといけないかもしれない。

 しかし、美九の稀にみる異様な執念はあの元気印な八舞姉妹を超えるという可能性が……

 最悪の事態を追い払うように、七海は思考を切り替えた。

 

「それにしても、何でそのチョイスなんだ?」

「うーん、好きだっていうのもありますけどぉ、ほら、私有名人なのでー」

「あ……そうか」

 

 確かに周りにはマスクどころかロボットの着ぐるみを着ている人だっているのだから、今の美九のように顔を隠していても何の不思議もないのである。

 

「まあ、別に私はバレてもいいんですけどぉ、だーりんが気にしているみたいでしたしー……それに、折角のデートを邪魔されるのも嫌じゃないですかー」

「はは……有り難いけど、せめて、事務所の人もいれてやれよ」

 

 苦笑気味にそう言うと、美九は何かを思い出したようにポンと手を打った。

 

「そうだ! 更衣室のロッカーに、だーりんの為にと思って男性用コスチュームも用意したんですよぉ。ミスティ達のピンチを助けてくれる謎のヒーロー、ジーク様の外套とマスクです! さっ、取ってきますから着替えましょうよー!」

「……ちなみに、拒否すると?」

「予備で持ってきていた二人目の戦乙女、鳴崎メイちゃんのコスチュームになります」

「……」

 

 逃げ道がないことを悟った七海が両手を上げると、美九はとても嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「きゃー!!」

 

 着替えを終えた七海が更衣室から出てくると、美九が身体をくねらせながら黄色い声を上げた。

 

「すっごーい! 似合ってますぅー! 格好いいですよだーりーん!」

「ううむ……」

 

 七海は何とも微妙な返事をした。

 と言うのも、今の七海は全身を覆う漆黒の外套に、顔を覆い隠す仮面、そして頭には長髪のウィッグという恰好だったのである。最早外気に触れている箇所は耳くらいしかない。

 

「絶妙に顔や体型にマッチしているのは怖いから触れないが……これ、普通の体格の人なら大体同じ外見になるんじゃねえか?」

「いーえっ! そんなことはないですよー! だーりんはこう、滲み出るオーラが違います!」

「何とも抽象的な……」

 

 そう言いながら七海は額に汗を滲ませた。

 

「実はコイツ女性キャラだったりしねえよな……?」

「おや? もしかして知ってたんですかー? まさしくその通り! 実はジーク様の正体は、六人目の戦乙女、叶野エミリーちゃんなんですぅ。いやー、流石だーりん! 鋭いですねー!」

「マジかよ……」

 

 それを聞いてげっそりと項垂れる七海。ナチュラルに女装することになるとは。体ごと女性になったことがある癖に今更という気もするが。

 恨みがましく美九を睨むと、美九は可愛らしく首を傾げながらペロッと舌を出す。その様を見ていると、どうにも怒る気も失せてしまった。まあ、見るからに女性キャラな恰好でないだけマシだったと考えることにしよう。

 それより、大分予定は遅れたが、これでようやくデートを始めることができる。

 

「じゃあ、行くか、美九。折角なんだ。色々話そうぜ」

「はいー! 喜んでぇ」

 

 美九は嬉しそうに言うと、はしっ、と七海の腕に自分の腕を絡ませた。そのまま身体を密着させた状態で歩き出す。

 すぐ横にある美九の顔を見て七海が複雑そうな顔をしたが、仮面のお陰で見られずに済んだ。

 

「そういや美九は、俺と交わした約束を覚えてるか?」

「勿論ですよぉ。忘れるわけないじゃないですかー」

 

 美九は少しうっとりとした顔でこう続けた。

 

「これからずっと私を見ていてください、護ってください――って。うふふー、あの時のだーりんは格好良かったですねぇ」

「あの時の俺の顔は涙で見れたものじゃなかったと思うんだけどな……今思い出してもお恥ずかしい」

「そんなことないですよぉ。だーりんはいつだって格好いいんですから!」

 

 熱弁する美九に、若干照れたように頬を掻く七海。

 すっ、と仮面の奥で七海の視線が鋭くなる。

 今七海と美九しか知り得ないことを訊いてみたが、取り敢えず美九が本物にしろ偽物にしろこの約束については違和感無く答えてみせた。

 さてそれが、本物だからこそ覚えているのか、偽物でも何かしらの手段でこの情報を手に入れていたか、どっちなのか。

 

「あのー……すいません」

 

 次はどんな質問を投げかけようかと考えていると、七海と美九の前に、美九と似たような恰好をした少女が二人現れ、おずおずと声を掛けてきた。

 

「それって、カノンちゃんとジーク様ですよね? もしよかったらなんですけど、写真撮らせていただけませんか?」

「む」

 

 七海は美九の方に視線を移す。七海はまだしも、美九はアイドルである。一応マスクで顔を隠しているとはいえ、こういうのは避けた方がいいのではなかろうかと考えたのだ。

 しかし当の本人はと言えば、

 

「はいー、構いませんよー。その代わり、格好良く撮ってくださいねー」

 

 なんともあっけらかんした調子であった。少女達のお願いをすんなりと許可してしまう。

 ノリノリでポーズを始める美九を見て、確かに顔は仮面で隠れているとはいえ、果たしてそれでいいのか人気アイドルと。まあ思わないわけでもないが。

 

「ほらほらだーりん、ポーズポーズ」

 

 機嫌良さそうに美九が言い、七海に細かく指示を出す。その指示にに従っていると、最終的にフィギュアスケート、ペア演技のフィニッシュを飾るような、あまりに不安定なポーズになってしまった。

 頑張って踏ん張ってはいるが、如何せん身長差が殆ど無いため、少々無理がある。

 

「ぬ、おぉぉ……」

「まるで私が重いみたいな声上げないでくださいよぉ。ささ、撮っちゃってくださいー」

「重い訳じゃないが、不安定なんだよ……っ」

 

 美九が笑顔でカメラを持った子を催促すると、その少女は数度連続してシャッターを切った。

 

「あっ、こっちのアングルからもいいですか!? 目線お願いします!」

「はいー、どうぞー」

 

 と、美九が少女の要求に応え、ぐっと身体を反らせる。

 そこで、七海の腕に限界が来た。残念ながら七海は、多少鍛えているとはいえ、決して力に自信がある方ではないのだ。

 遂にバランスを崩してしまい、美九を押し倒すような形で倒れ込んでしまった。

 

「っとと……悪い、大丈夫か?」

「うぅん……もうっ、だーりんたら、ダ・イ・タ・ン♡」

 

 ……割と余裕そうであった。

 赤面しつつもからかってくる美九を見て、怪我はないようだと判断する。

 軽く溜息を吐いてさっさと立ち上がり、次いで手を引いて美九を起こしてあげた。

 と、そこで異常に気付く。

 先程まで写真を撮っていた少女達が、ポカンと目と口を開け、呆然と立ち尽くしていたのである。

 

「み、美九たん……?」

「嘘、ホンモノ?」

「ッ!?」

 

 少女達の言葉を聞いて七海は息を呑んだ。バッと美九の方を見ると、そこにはきょとんとした顔の美九がいて――()()()()()()()()()

 成程と、一周回って冷静になった思考が、美九の顔を隠していたマスクが外れているからだということを認識した。

 

「あらー?」

 

 緊張感の無い声で美九が首を傾げると、少女達の驚きが、周囲の人々にも伝播していった。

 

「え? 美九? 美九ってあの?」

「誘宵美九のコスプレをした人がいるって? え、そうじゃない? ホンモノ?」

「うわ……っ、マジで? 俺大ファンなんだけど……」

「ていうか一緒にいるあれ、誰だよ。男? 女……?」

 

 俄かに辺りがざわめき出す。

 このままではマズイと判断した七海は、すぐさまこの場を離れることを選択した。

 

「やべっ。取り敢えず離れよう。ほら、行くぞ、美九っ!」

 

 未だに呑気に目を丸くしている美九の手を取り、その場から走り出そうとする。

 しかし、予想外にも美九が抵抗するように手に力を入れてくる。

 

「っとと。どうした美九。人が集まってしまうんだが」

「んん……ちょっと足を挫いちゃったみたいでぇ……」

「えぇ……?」

 

 疑いの目になる七海。つい先程何事もなく立ち上がっていたというのに、まさか今更実は怪我していましたと言われても少々信じ難い。

 しかし美九は七海のそんな目線を気にせず小悪魔的に微笑むと、七海の首に腕を回してきた。

 

「だ・か・らぁ……抱っこしてください」

「は、はぁっ?」

 

 突拍子もない美九の要求に、七海は目を丸くした。

 目は口ほどに物を言う。この言葉に従うなら、美九は今この状況を楽しんでいる、ないし七海に期待している。間違いなく怪我はこの為の嘘だろう。

 思考は一瞬。

 美九とはそう簡単に会えないのだから、今この時ぐらいは我儘に付き合ってあげるのも悪くない。

 呆れ気味に七海が笑みを溢すと、美九もまたその笑顔を濃くした。

 

「しっかり掴まっとけよ……っ!」

 

 一息。

 美九の肩と脚を抱え全身に力を入れて、所謂お姫様抱っこというものでその場から離脱した。

 力に自信はないが、まあ女の子一人ぐらいなら余裕だ。先程は体勢が悪かっただけなのだ。

 そもそもこの横抱きも合理的ではないといえばそうなのだが、美九が七海の首に腕を回したことや、重心のずらし方で何となくこうして欲しいんだろうなあと察したまで。

 結果としては、大変ご満足したようである。

 

「きゃー! だーりん格好いいー!」

「あんま人の居るところでだーりん呼びは控えてくれよ……!」

 

 嬉しそうに叫ぶ美九にそれだけ返して、七海はコスプレイヤーで溢れる遊園地を走り抜けた。

 

 

 

 結構疲れた。

 




 次回は狂三とのデート回ですかね。

 狂三との絡みは原作では無かったので、今回とは違い、普通にオリジナルになります。
 ただ、未だにどんなデートにするか全く思いついていません。ふぁー。
 
 まだ大学生活は忙しくはないですが……これからどうなるのやら。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 あんまり狂三とのデート内容考えると、他キャラでのストックも無くなっていくんだよなあ……。


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第80話

 約半月ぶりです。

 東方の方で更新いたしましたので、まあこっちも書き進めなきゃなということで。
 大体交互に更新してます。気分によって割と変わります。

 それでは、どうぞ。


 美九との逃走劇になんとか終止符を打ち、ようやく家に戻ってくる頃には日は沈みかけていた。

 時刻は五時頃。夕飯の準備に取り掛かってもいい時間帯だが、この家の料理担当である七海は今、台所にも、ましてや自室にも居なかった。

 場所は狂三の部屋。当の狂三に膝枕をしてもらいながら横向きに寝転がっていた。

 その顔は緊張に包まれているのに反して、狂三本人はと言うと大変楽しそうにくすくすと笑っていた。

 彼女の手には細長い道具が握られていた。

 片側の先端は緩くカーブを描いており、やや先太り気味。反対には白い綿毛のようなものがくっ付いている。

 詰まる所の耳掻き棒。彼女は、カリカリと七海の右耳を清掃しているのである。

 

「どうですか七海さん? 気持ち良いですか?」

「あ、ああ……」

 

 口を動かすと耳も動くので、極力最小限の言葉で返事をする七海。

 そうですかと言って小さく笑みを溢し、また狂三は七海の耳掻きへと戻る。

 さて、何故こうなったのだろうか。

 

 

 ことの始まりは、七海が帰宅した直後だった。

 美九と別れを告げ、玄関の扉を開けた七海は、飲み物でも取りに来たのであろう二階から下りてきた狂三と鉢合わせしたのだ。

 それ自体は珍しいことではない。何せ一緒に住んでいるのだから、ふとした瞬間に思いがけず遭遇することなんて多々ある。

 ただ今日は、少し事情が違った。

 

「あら?……七海さん、少し疲れてまして?」

「え?」

 

 頬に手を当て、顔色を窺うように狂三は歩み寄ってきた。

 

「まあ今日は、ちょっと走り過ぎたんだよ……」

「いえ、そうではありませんわ」

 

 靴を脱いで靴箱へ入れながら主に疲れた要因となった出来事だけを伝えると、狂三は違うと頭を振った。

 どういうことだろうという疑問を首を軽く傾げる仕草だけで伝えると、彼女はふふと微笑むと、

 

「気付かないと思いまして?」

「……はあ。いつからだ?」

「三日程前から。明確にいつもと違うと思ったのは今朝からですわね」

 

 三日前というと、七罪から手紙が送られてきたその日のうちから何かしらの異常は察していたのか。

 それを今まで特に指摘しなかったというのは、一種の信頼の証だと思っていいのだろうか。

 しかし、狂三の観察眼が優れていることは前々から分かってはいたが、まさかここまでとは。素直に脱帽するしかない。

 それならば彼女なら七罪を探し当てることが出来るのではないかと思ったが、ここで別の誰かの名前が出ない辺り普段とは違う印象を受けるのは七海だけなのだろう。

 信頼というよりは、単なる注意力の違いのような気がしてきた。

 

「それに、体調が優れないという様子ではございませんのに学校をお休みになったり、かと思えば夜中まで起きていたりなど、少々違和感は感じてましたわ。加えて、いつかの士道さんの突然の変わりようも、曖昧に答えられたままでしたし」

「おおう……そりゃ悪かったな」

 

 いえいえと彼女は笑う。

 学校を欠席したのも、夜中まで起きているのも、七罪探しの為に時間を空けたり、資料に目を通したりしていたからなのだが、それを明かすわけにもいくまい。

 士道の件、間違いなく七罪が士道に化けて色々と悪事を働いていた件のことも、上手く誤魔化せていたと思っていたが、どうやら向こうが追及しなかっただけのようだし。

 少し油断していたなと内心戒めながら、自室へと荷物を置きに階段へと足を掛ける。

 

「七海さん、七海さん」

「んー? どうした」

 

 階段を上りながら後ろをついてくる狂三の呼び掛けに応えると、くいと軽く服の裾を引っ張られた。

 どうしたのだろうと振り向くと、満面の笑みを浮かべる狂三の顔があって。

 そこはかとなく嫌な予感がした七海だが、何かを言う前に彼女が先に口を開いた。

 

「わたくしの部屋で癒されませんか?」

 

 

 

 そして、手洗いやうがいを済ませた後で部屋に訪れたところ、ベッドに座って耳掻き棒を持った狂三が待ち構えており、自分の膝をペシペシと叩いて誘う彼女に抗えず為すがままになった結果が今の状況である。

 気にならない程度の甘い匂いに、ベッドよりも柔らかいのではないかと思う程の感触のする太腿。さらには耳掻きの心地よさも相まって、なんだかこう、蕩けてしまいそうだった。

 さながら、今の気分は軽くスライムである。

 ちなみに、耳掻きに入る前に色々と触られたり、ウェットティッシュで拭われたりと、どことなく本格的なような気がした。勿論七海はその道の専門家ではなければ、その専門家にしてもらった経験は無いので、感覚的なものなのだが。

 

「んっ……どこで、こういうの、覚えたん、ぁ……たんだ……?」

「友人に教えてもらいましたの。男性は耳を弄られると、この上ない快感に襲われると。耳掻きそのものは見様見真似ですわ」

 

 成程、その友人さんの言葉は正しいようだ。現に、膝枕の緊張は既に解け、全身から脱力しきってしまっているのだから。

 んぅ、と声が漏れる。一応止めようとは思っているのだが、ほぼ無意識に出てしまう。

 その度に狂三の手が震えるのか、耳掻き棒が僅かに揺れて耳の穴や入口をくすぐるのだが、それがまた気持ち良くもくすぐったくて、さらに声が漏れそうになる。その繰り返し。

 

「結構、綺麗ですのね……もう少し汚れているものかと思っていましたが……」

「まあ、偶に自分で……ん……やるし、な、あ、あ、ぁぁぁぁ……」

 

 突然、モフモフとした感触に襲われ情けない声を上げてしまう七海。

 狂三はいつの間にか耳掻き棒の上下を逆転させており、その尻に付いている毛玉、つまりは梵天を使って軽く七海の耳を撫でていたのだ。

 突然の感触にうなじの辺りの毛がぞわぞわと逆立つような感覚を覚える七海。

 七海のそんな声を聞いて、狂三はひどく楽しそうであった。

 

「仕上げは確か、こうでしたかしら……?」

「うにゃあぁぁぁぁぁぁっ」

 

 我慢できなかった。

 梵天の感触が無くなったと思うと、もぞもぞと狂三が動いたのは分かった。邪魔になるかと、少し頭を浮かせたが、優しく押さえつけられてしまったので再び横になったのだ。

 しかし、その後の感覚までは予想できなかった。

 察するに、耳に息を吹きかけられたのだと思う。

 その快楽に抗えなかった七海は、声を上げてしまったのだ。

 

「うふふ、気持ちいいんですのね、七海さん? 可愛らしい声をあげて」

「いや、これは反則だって、ぇぇぇぇぇっ」

 

 言ってるそばから、再び息を吹きかけられる。

 ぐったりとしていると狂三は吐息がかかるほどに七海の耳に顔を寄せ、こう囁いた。

 

「――次は、反対の耳ですわ?」

「っ」

 

 残念ながら、七海はもう、抗う気力は根こそぎ刈り取られていた。

 狂三に新しい扉を開けられたような気分を覚えながら、のろのろと七海は体の方向を変えた。

 必然、文字通り目と鼻の先に狂三のお腹や魅惑の園が広がっているのだが、七海に気にする余裕はなかった。

 

 

 その日の夕食は一時間ほど遅れてしまった。

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 

 その日の夜、日付の変わる頃、七海の姿は五河家のリビングにあった。士道と琴里も勿論いる。

 なにやら士道は玄関先で十香と少し話したらしく、心無しか肩の荷が下りたように、僅かとは言え表情は明るくなっていた。

 七海がここにいるのは、今日から明確に手助けするように動き始めた以上、一緒にいても問題ない、寧ろ直に七罪と対話した方がいいだろうと提案されたからだ。

 七罪が現れるかどうかは不明だが、昨日は現れたのだし、可能性は低くあるまい。

 そして、時計の短針と長針が重なった瞬間。

 

「……来たな」

 

 丁度士道達の中心辺りの空間がぐにゃりと歪む。

 三人が睨む中、箒の形をした天使――〈贋造魔女〉が出現した。

 士道が心を落ち着けるように大きく息を吐き、琴里が拳を握る。七海もまた、手を二度三度開閉を繰り返した。

 〈贋造魔女〉はその先端を広げ、鏡のような内面を曝け出す。動きが止まると同時、七罪の姿がそこに映し出された。

 

『は・あ・い。一日振りね士道くん。寂しかった? それに、七海くんもいるのね』

「七罪……お前は……!」

「落ち着け、士道」

『ふふふ、そうそう。もっとゲームを楽しまないと』

 

 楽しげに微笑む七罪。士道は爪が手のひらに食い込まんばかりに拳を握りながら、再度息を吐いた。

 下手なことを言って他の皆に危害が及ぶ訳にはいかない。

 しかし、ちらりと見れば、七海もまた今すぐ感情に従って行動を起こそうとするのを耐えているようであった。口調は極力普段通りにしているが、抑えきれない怒りをひしひしと感じた。

 七罪は次いで、七海へと視線を注いだ。

 

『ふうん。結局、堂々とすることにしたんだ。ま、君なら自身の安全は確保されてるしね』

「へえ? っつーことは俺の能力はバレてるって見るべきか」

『もう、そんな怖い顔しないの。折角名前も似てるんだし、仲良くしましょう?』

「ハッ。ふざけるのも大概にしろよ……!」

 

 七海の口の端が吊り上がる。

 笑顔の元は威嚇の表情だというのを体現するかのように、彼の笑みには激しい怒気が含まれていた。

 士道は七罪の言葉を反芻する。

 七海の安全は保障されているというのは、七海が予想した通り能力のことだろう。成程、彼の能力があれば、下手に七罪が手を出そうものなら内側から崩すことも出来るだろう。

 今そうしないのは七罪の現在位置が掴めていないのと、既に消されてしまった皆にどんな影響があるか分からないからでしかない。

 睨む七海に七罪は怖気づく様子もなく、むしろニヤニヤと一層愉しそうにしながら、言葉を続けた。

 

『ふふっ。さて、ゲーム三日目が終わったわね。もう全員を調べることはできたかしら? さ、答えてちょうだい。――私は、だぁれだ』

「…………っ」

 

 ごくりと息を呑む士道。すぐには答えることのできていない様子に、七海は無理もないと思う。

 証拠を掴めていないというのもそうだが、指名し、間違えればその人物が消えてしまうという状況でおいそれと決めつけることなんてできる筈がない。

 

「士道、時間がないわよ」

「……分かってる」

 

 琴里の声に答えるが、士道の顔は苦悩に満ちていた。

 

「七罪は――」

 

 そこで言葉が止まってしまう。

 仕方がないと、七海は士道の迷いを察し、代わりに指名することにした。一応資料に目を通して当たりは付けてある。だが、確たる証拠を掴めていないのは七海も同じ。

 だが、機会を逃す訳にはいかない。どのみち二人ないし少なくとも一人が消えてしまうのなら誰か指名しておいた方が良い。

 

「――タマちゃん先生だ」

 

 バッと士道と琴里が振り向く。その顔は驚きに染まっていた。

 

「なっ……どういうつもり、七海!?」

「このまま士道に全て背負わせるつもりか!? どのみち今のままじゃ指名に迷ってそのままタイムオーバーも有り得た! なら可能性は少しでも減らすべきだ!」

 

 確かにそうだけど、と。琴里は歯噛みする。

 琴里の気持ちは理解できる。無責任な発言であったとの自覚もある。だが、ここで機を逃せばどのみち皆が消えていくだけだ。

 多少強引であろうとも、容疑者は確実に減らさなければならない。

 

『タマちゃん先生……岡峰教諭のことね?』

「ああ」

『士道くんじゃなくて七海くんが指名したのに思う所が無い訳じゃないけど……ま、いいわ』

 

 そして再び空間が歪み、〈贋造魔女〉の姿が消えていく。

 しばらくして。琴里が頭を掻きながら、はあと息を吐く。

 

「分かってるわ、七海の言い分に一理あるってことぐらい。士道一人で背負い込むには大きすぎる負担を強いてしまっていることも、理解してる。責めることなんてできないわ」

 

 でも、と琴里は続ける。

 

「もう既に何人もの人が消されてる。士道が七罪を見つけない限り、このゲームは終わらないってことは覚えておいて。七海も、今回は受諾されたみたいだけど、次回は駄目ということも有り得る。事前にしっかり打ち合わせしておいて」

「……了解」

「……ああ。……二人とも、ごめん」

 

 琴里の言うことももっともである。士道は自分の決断力の無さに、そして、それ故に七海にも負担が掛かってしまったことに歯噛みし、髪を乱暴に掻いた。

 と、そこで右耳に令音の声が聞こえてくる。

 

『……シン。聞こえるかい、シン』

「令音さん……? どうしたんですか?」

『……先程、容疑者達を監視している自律カメラに、〈贋造魔女〉が現れた』

 

 令音の言葉に、士道は心臓が引き絞られるのを感じた。七海もまた、士道の表情が一気に強張るのを見て、誰かが消えてしまった報告だろうと確信する。

 分かっていた筈だった。昨日も同じであった。回答の後、〈贋造魔女〉は容疑者のうち二人を消してしまう。それは、既に理解しているはずだった。

 だが、改めてその状況を知らされると、痛いほどに動悸が激しくなるのだった。

 心配して、七海が肩に手を置く。

 

「……一体、今日は、誰が」

 

 その続きは出なかった。

 身体が拒絶するかのように、続きの言葉を発することが困難だった。

 

『……今日消えたのも、二人だ。一人は岡峰教諭。もう一人は――』

 

 令音は、一瞬躊躇うように――それこそ、士道にその情報を伝えてよいものかどうか悩むように――言葉を切ってから、続けてきた。

 

『……十香、だ』

 

「え……?」

 

 令音の発した言葉に。

 士道は、自身の全身に罅が入る音を、聞いた。

 ああ、どこか、遠くから。

 自分の名前を、呼ぶ声が。

 




 本当は耳舐めとかまで入れてやろうかと思ったんですが、相手が狂三だと発禁も辞さなさそうだったので自重。

 ということでとりあえず七罪探し編もクライマックスに差し掛かりますかね。
 原作ではこの後一気に日数が飛びますので、こちらでも飛んで、一度に四人くらいいなくなります。
 なるべく原作のメンバーと変えないようにはするつもりです。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 誰が七罪か割と分かりやすいのでは……?


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第81話

 最近急に暑くなりましたね。

 ということで七罪編……なんですが、予想以上に長くなりましたので分割しました。
 何気にこの作品内最長話です。文字数一万越えて……何があった。
 といっても今回は会話文も多いので、割とするする読めると思います。

 それでは、どうぞ。


「……もう……朝、か」

「ん……ホントだ……。……コーヒー、淹れてくるよ」

 

 窓から差し込む朝日に眩しそうに目を細めた七海が、伸びをしながら立ち上がり、扉へと向かった。

 ――十香が消えてから、早二日。

 その間、士道は二度犯人の指名をしくじり、計四人の容疑者を失ってしまっていた。

 十香が消えた次の日、士道が指名した万由里と、殿町が消えた。

 そしてそのまた次の日。一から情報を洗い直した士道は、タマちゃん先生と同じく、過去の情報を口にしていなかった葉桜麻衣を指名し――麻衣と、美衣を消してしまった。

 今残っているのは、七海を除けば、琴里、狂三、耶俱矢、美九の四人。

 だが――その四人をいくら調べても、七罪の痕跡は見つからなかった。七海も、手紙が送られてきたあの日、指先に火を灯すという超常を見せていたし、それを調べても一切の霊力反応はなかった。

 現状、手詰まり。

 ここ二日の指名も七海と一緒に話し合って決めたというのに、どうやら外れであったし。

 今日だって、容疑者全員分のデータの精査を二人で夜通ししていたのだ。

 

「…………」

 

 しかし。士道は朦朧とする意識の中で思考を巡らせた。

 ――何かが。頭の中で引っかかている。

 全く疑わしい点の出てこない容疑者たち。だが、何かが……今までの士道の行動をひっくり返しかねない何かを見落としているような気がしてならない。

 

「……でも、それじゃあ……」

 

 士道は机に肘を突いて口元に手を置いた。寝不足のためか、過度のストレスのためか、それだけの動作で軽い吐き気を催してしまう。

 と、士道がしばし無言で考えていると、不意に部屋の扉が開いた。視線を移すと、コーヒーを淹れてきた七海が戻ってきたらしい。

 

「……あんまり無理はすんなよ、士道」

「……さんきゅ、七海」

「気持ちは分かるが、お前が体調を崩したら元も子もないんだ」

「大丈夫、これぐらい。今日は……再検査があったよな。ええと――まずは、耶俱矢からだっけか?」

「それなんだが……」

 

 士道が立ち上がろうとすると、七海は肩を押さえてそれを制した。

 半眼で士道が七海を見ると、七海はその手に持っていた白いカードを示してくる。

 一瞬、写真と同封されていた七罪のメッセージカードかと思ったが、どうやら書いてある文面が違うようだった。

 

「琴里からの伝言だ。今日の予定はキャンセル。無理せず、しっかり睡眠を取ること――琴里、心配してたぞ?」

「それは……?」

「七罪からの新しい手紙さ」

 

 ほら、と七海は手に持ったカードを士道に手渡した。

 内容を読むと、

 

『そろそろゲームも終わりにしましょう。

 今夜、私を捕まえて。

 でないと皆、消えてしまう。

                七罪』

 

「これは……一体」

「朝、ポストに入っていたらしい。七罪からの挑戦状……ってところじゃねえか」

 

 七海の言葉に、士道はごくりと息を呑んだ。

 

「今夜……七罪を見つけないと、残った容疑者が全員消されちまうって……ことか?」

「額面通りに受け取るなら、な。そこに俺が含まれているかは怪しいがな」

 

 七海が肩をすくめながら言う。士道は奥歯を噛み締めながら額に手を当てた。

 できることはやった。思いつくことは全て調べた。しかしそれでも、士道は未だ、残る容疑者の中から、七罪らしき人物を選定できていないのだった。

 だというのに……タイムリミットが突然やってきたのである。焦るなという方が無茶な話だ。

 ――今日、士道が判断を誤れば、残る容疑者も全員消されてしまう。

 その途方もない重圧が、士道の心臓をキリキリと締め付ける。

 だが――士道は、グッと奥歯を噛んだ。

 

「……悪いけど、琴里に伝言を頼めるか?」

「了解。内容は?」

 

 士道の神妙な顔つきに七海も何かを感じ取ったのか、真剣な眼差しで聞き返してくる。士道は考えを纏めながらゆっくりとその提案を口にした。

 数分後。頷いた七海は部屋から出ていった。言われた通り、琴里に伝えに行ってくれたのだろう。

 士道も言われた通り、軽くよろめきながらもベッドに身体を横たえた。

 そしてゆっくりと右手を上げ、指を一本ずつ折っていって。拳を作る。

 未だ、士道には七罪が誰に化けているかの確証はない。パズルで言うなら、最後の数ピースが欠けている状態だ。

 だから――七罪の挑戦状が届く届かないに拘らず、士道は今と同じ頼みを、琴里にしていたかもしれなかった。

 

「――七罪」

 

 虚空を見詰めながら、呟くように言う。

 

「今夜……絶対に、お前を――見つけてやる」

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

 その日の夜。

 あの後たっぷりと睡眠を取った(というか、半ば強制的に取らされた)士道は、琴里と七海とともに薄暗い部屋にいた。

 なんでも、〈ラタトスク〉が所有している施設の地下に当たる場所らしいが、詳しいことは分からない。入口から随分と歩かされたものだから、ここが住所の上でどの場所にあるのかすらも不明瞭だった。

 広さは二十畳ほど。ところどころに背が高いテーブルが置いてあるだけの、ダンスホールのようなスペースである。

 本当は〈ラタトスク〉の会議室が使えれば良かったのだろうが、容疑者の中に七罪が残っている以上、そういう訳にもいかなかったそうだ。

 と――程なくして、部屋の扉がゆっくりと音を立てて開かれる。

 そしてそこから、三名の少女達が、ゆっくりとした足取りで部屋に入ってきた。

 

「くく、なんともお誂え向きではないか。我が、彼の邪王に審判を下すに相応しき舞台よ」

 

 一人目は耶俱矢。

 

「すごーい、なんだか秘密基地みたいですねー」

 

 二人目は美九。

 

「ふふ、まあ、まあ。心躍りますわ、どきどきしてしまいますわ」

 

 最後に狂三。

 もともと部屋にいた三人を含めて、六名。

 現在残っている容疑者全員が今、この部屋に集結していた。

 そう。これが、士道が琴里に頼んだことだった。

 残った容疑者全員を一所に集め、全員と話せる環境を作って欲しい。

 最後の確信を得るために、それはどうしても必要な要素に思えたのだ。

 そして――もう一つ。皆の新し意見が欲しいというのも正直な感想だった。

 皆は既に、〈ラタトスク〉の機関員からことのあらましを説明されている筈である。幸か不幸か――『精霊』の存在を知る、どころか現状封印もしていない精霊本人だけが残っているからこそ使える手段だった。

 

「――よく来てくれたわね、皆」

 

 琴里が言うと、三人は少し戸惑う様子を見せながらも、士道達の元に歩いて来た。

 士道はすうっと息を吸うと、少女達に順繰りに視線を這わせた。

 

「…皆、もう話は聞いていると思う。まずは……謝らせてくれ。ごめん。俺の所為で皆を巻き込んじまった。……本当に、ごめん」

「俺からも。隠していて悪かった。本当に、すまない」

 

 七海も続けて謝罪し、二人で深々と頭を下げる。すると、皆がざわめくのが聞こえた。

 

「ふん、気にするでない。なんとなく察してはおった」

「うーん、あのデートは調査の一環だったって訳ですかー。それは少し残念ですねー」

「最近お疲れ気味でしたのも、これが原因でしたのね」

 

 皆が口々に言ってくる。二人はもう一度深く頭を下げてから、ゆっくりと顔を上げた。

 そして、士道が口を開く。

 

「身勝手だってのはわかってる。でも……頼む。皆の力を……貸してくれ……っ」

 

 訴えかけるように言う。と、皆が一様に力強く頷いた。

 すると耶俱矢がバッと両手を広げ、ポーズを取りながら高らかに声を上げた。

 

「ならば始めようではないか。我らが中に潜みし悪逆の者を炙り出す、選別の儀を!」

「あら、随分気合が入ってるわね」

「当然ではないか!」

 

 琴里が言うと、耶俱矢は大仰に両手を広げてみせた。

 

「この中に、夕弦を拐かした不届き者がおるのであろう!? ならばそやつを見つけだし、相応の代償を支払わせてやらねば――気が済まないし……!」

 

 言葉の後半は、素が出ていた。耶俱矢もそれに気付いたのだろう。コホンと咳払いをしてポーズを取り直す。

 

「とにかくだ! 夕弦達を消した精霊とやらは、我が必ず見つけてみせる!」

 

 言って、グッと拳を握ってみせる。端から見ても、異様な力の入り方だった。きっと、急に夕弦がいなくなってしまったことにより溜め込んでしまった行き場のない感情が、全てその犯人に向かっているのだろう。

 七海は、そんな耶俱矢の様子を見て、悔しそうに歯噛みしていた。阻止することは可能だっただろうに、動くことのできなかった状況だった故に何もできなかったのを悔やんでいるのだろう。

 

「はいはい、気合十分なのは分かったから、取り敢えず落ち着きなさい」

 

 琴里が咥えていたチュッパチャップスの棒をピンと立て、唇を動かす。

 

「状況は、この部屋に入る前に説明した通りよ。この中に一人、変身能力を持った精霊、七罪が紛れ込んでいて、私達はそれを見つけなければならない。今まで行った調査の結果は、この資料に纏めてあるわ。何か気になることや質問があったら、どんな小さなことでも構わない。遠慮なく言ってちょうだい」

 

 言って、近場のテーブルを示す。そこはダブルクリップで留められた書類が数セット置かれていた。

 皆がその資料を手に取り、しばらく目を通す。

 そして暫く後、美九がふうと息を吐いてきた。

 

「成程ー……あの時のだーりんの質問はこういう意味だったんですねぇ」

「七海さんは容疑者から外れていますのね……確かに、この資料を見た限りでは、七海さんにしかできないことが実践されていますわね」

「して、その七罪とやらは、一体どんな容貌をしておるのだ」

 

 耶俱矢がピンと指を立てて訊いたので、士道が答えようと口を開いた。

 

「ああ、それは――」

「――見るもおぞましい、酷い不細工面よ」

 

 しかし、士道の言葉を遮るように、琴里が言った。

 

「たとえるなら、車に引かれたヒキガエルみたいな顔だったわ。ギョロっとした目は異様に離れ、鼻は豚のように上を向いていて、肌は月のクレーターみたいな痘痕だらけだったわね。身体もまるまる太っていて、もうバストウエストヒップが全部同じ数字じゃ――」

「それくらいにしておいたらどうだ、琴里」

 

 真顔でペラペラと七罪の容姿を説明する琴里に、七海が苦笑気味に待ったをかけた。

 その説明の内容は、士道の記憶にある七罪の姿と似ても似つかない、明らかにでたらめな情報であったし、流石に七海にも思う所はあったのだろう。

 しかし、琴里は七海に「しっ」と指を一本立てた。

 七海はすぐに察したのか、身を引いた。士道もまた、琴里の今の嘘の真意を見抜く。

 きっとこれは、この中にいるであろう七罪のリアクションを誘っているのだ。自分のことをああも悪し様に言われて、全く気に留めない者などそうはいない。たとえ表情や行動に表れずとも、この部屋に仕掛けられた観測装置あ、何かしらの反応があるはずだった。

 だが――

 

『……それらしい反応はないね』

 

 士道と琴里、七海の耳に令音の声が聞こえてくる。

 琴里はチッと舌打ちをし、テーブルの上に置かれていた小型端末を操作する。

 

「……なんてね。冗談よ。これを見てちょうだい」

 

 琴里が言うと同時、端末の画面に七罪の姿が映し出された。魔女のような霊装を纏った、美しい女性である。

 

「えぇー……話と全然違うじゃないですかー。琴里ちゃんたら怖い子」

 

 美九が頬に汗を垂らしながら眉根を寄せる。しかし琴里は別段気にする様子もなく、「他に何かある?」と質問を促した。

 しばらくして、資料を読み終えたらしい狂三が顔を上げた。

 

「七海さん、七罪さんが送ってきたという写真とカードを見せてもらうことは可能ですの?」

「ああ、これだ」

 

 士道に目配せすると、士道の持参した鞄の中から白い封筒を取り出してもらい、それを狂三に渡した。

 封筒を受け取った狂三は、中の写真とカードをテーブルの上に並べた。横から、耶俱矢と美九がそれを覗き込む。

 

「ふん……成程な。隠し撮りをしておったということか」

「ちょっとー! 私目が半開きなんですけどぉー!」

「怒るところはそこでいいのか、美九……」

 

 七海が呆れ気味に突っ込みを入れるが、美九はぷりぷり怒るだけであった。しかし狂三はそんなことは気にも留めず。並べた写真とカードに、順繰りに視線を這わせていった。

 そして、しばらくそうして眺めていると、

 

「これ、本当に容疑者は十五人ですの?」

「……続けて」

 

 琴里が目を鋭くしてそう催促する。

 狂三も一つ頷くと、その疑問の理由を説明し始めた。

 

「資料の通り、一日に指名した人含む二人が消えてしまうというルールですと、七海さんや士道さんに焦燥を植え付けるには効果的な手段かもしれませんが、それと同時に自らが発見されるリスクもどんどん大きくなっていきますわ。そこで最初に思い浮かんだのが写真もしくはカードそのものに化けているということでしたが……それは既に検証済みとのことでしたわ」

 

 写真やカードそのものに化けているというのは七罪探しの途中で再検証してあった。

 一応、ということで七海からの提案だったのだが、芳しい結果は得られなかったのだ。

 

「そこで、前提を疑ってみるという線は変えずに別の視点を模索してみると、目に留まった写真が一つありましたの」

 

 狂三がその細い指を伸ばし、手に取った写真に写っているのは

 

「四糸乃……?」

「正確には、こちら――よしのん、ですわ」

 

 そこで琴里が何かに気付いたように目を見開いた。そして悔しそうに顔を顰めた。

 士道もまた、ここまで言われたら流石に気付く。

 

「そっか……まんまと思考誘導されてたわけね」

「写真があれば自然と人の方に意識は向いちまう。人数は明記されていなかったし、ルールの隙を突かれた訳か」

 

 士道の言葉に琴里が頷く。

 七海にも視線を配ると、予想に反して、彼は難しい顔をしていた。

 そこで士道は、最初の頃四糸乃と士道の会話を七海が聞いた際、どことなく反応がおかしかったのを思い出す。そう言えば、何かに驚いていた様子であったはずだ。

 

「七海、どうかしたか?」

「……いや、何でもない。……大丈夫、理由として足りてはいるんだ。当たっていたっておかしくはない……ない、はずだ……っ」

 

 最後の方は小さくて聞こえなかったが、どうやら七海としてはあまり支持しにくい意見であるようだ。

 だが、他に手掛かりがない以上、それに縋るしかあるまい。

 皆がうんうんと唸る中、それは突然現れた。

 部屋の中心にあたる空間が一瞬歪み、その場に淡い輝きが溢れる。

 天使〈贋造魔女〉が出現したのだ。

 

『な……っ!?』

 

 皆の狼狽が、部屋中に響き渡る。

 士道は慌てて、部屋の時計に目をやった。時刻は日付が変わる三十分前――今までより、三十分早い。

 

「どういうことだ? まだ今日は過ぎてないじゃないか!」

 

 士道が叫ぶと、それに答えるように〈贋造魔女〉の先端部分が展開し、鏡に七罪の姿が浮かび上がった。

 

『――うふふ、そう慌てないの。最後の夜なんだから、もっと楽しみましょう?』

 

 楽し気に笑いながら、七罪は続ける。

 

『最後の夜の特別ルールよ。今日の指名時間は、いつもの十倍、十分間あげるわ。消えるのも一人ずつ。十分で私を当てられなかった場合、もしくは指名がなかった場合、また十分間の指名時間をあげる。最終的に、容疑者が一人になるまでに私をあてられなかったらあなたの負けよ。今ここにいる皆の「存在」は全て私がいただくわ。ああでも、七海くんは危ないから、残しておいてあげる』

「テメェ……ッ!」

 

 七海はそう漏らすが、こちらからは何も出来ないのが分かっているのか、八つ当たり気味に近くのテーブルに拳を叩きつけるだけであった。

 どれほど悔しいだろう。目の前に元凶がいるというのに、何もできないというのは。

 

「く……!」

 

 士道が顔をしかめると、琴里が小さく舌打ちをするのが聞こえてきた。

 

「三十分……ね。また、いやらしいことを考えるわ」

「どういう……ことだ?」

「――残った容疑者は、七海さんを除けば四名。七海さんに手出しすることはあちらも避けたいようですし、七海さんは容疑者から除外していいでしょう」

 

 士道の問いに答えたのは、琴里ではなく狂三だった。薄い笑みの裏に激しい怒りを滲ませながら、静かな口調で続けてくる。

 

「今から、一度も犯人を指名できずにタイムオーバーを迎えた場合、丁度午前零時で容疑者が一人だけ残ることになりますわ。つまり、そこの七罪さんは、日付が変わると同時にこのゲームを終わらせるつもりですわ」

「……ぐ」

 

 士道は拳を握ると、改めて部屋にいる少女達に視線をやった。

 琴里、狂三、耶俱矢、美九。

 その表情は皆緊張や恐怖、怒りに焦燥といったものに彩られている。一見しただけではとても、この中に皆の『存在』を奪おうという精霊がいるとは思えなかった。

 だが、そんな士道の思考を中断させるように、七罪が言葉を続けてくる。

 

『ああ、そうそう。折角皆集まってくれているんだし、今日は士道くん以外が私を指名しても構わないわよ。でも勿論、指名タイミングは十分に一回だから。よく考えて指名してね。もし投票が同数の場合は無効にさせてもらうから』

「……随分、勝手にしてくれるな」

 

 目まぐるしく付け足されていく追加ルールに、士道は思わず眉を顰めた。

 だが、いつまでも混乱してはいられない。残り時間はあと三十分。そして、七罪を指名できる機会はあと三回きりなのである。

 それを逃せば――七海以外の皆が〈贋造魔女〉によって消されてしまう。失敗は絶対に許されなかった。

 

「……一応、他の可能性は考えてある」

 

 突如、七海が別の意見を提示した。

 回数が三回しかないということが判明したため、自分の中だけで留めておくのではなく、可能性として一応伝えておくべきだと判断したのだろう。

 最初明かそうとしなかったのは、変に混乱させたくなかったからか。

 

「よしのんがのし七罪じゃなかった場合、同じように選択肢が増えることになる」

 

 皆が、七海に視線を向けて次の言葉を待った。

 士道も含めて、彼女達は七海のスペックを高く評価している。戦闘技能や頭の回転速度は目を見張るものがあるのは確かなのだ。

 そんな七海の意見だ。当たっているかと言われれば今回は微妙なところであろうが、何かしら答えに繋がるものに行き着いている可能性がある。

 と、そこまで明確に考えた訳ではないが、皆無意識的に聞くべきだと判断していた。

 

「よしのんも選択肢に入るのなら、今まで消された人の中で、ちゃんと指名していない人物も選択肢に入るんだ」

「……成程。確かに明記はされてない」

「ちょ、ちょっと待ってくださいー。それって今より難しくなってませんかー? 容疑者の数が増えちゃったじゃないですかぁ!」

「だが、二人、ほぼ確実に安全圏を確保できた人物がいるんだよ」

 

 そこで七海が口を閉じた。

 不審に思って七海を見ると、彼は視線を外し、どこか言い辛そうであった。

 何故なのか。

 その理由にいち早く気付いたのは、琴里だった。琴里は七海の言わんとしようとしていることを読んで、七海の言葉を続けた。

 

「もし、一緒に消されてしまった人物も容疑者に入っていたとしても、私達の中からは、その人が七罪である、という思考はなくなる。そうなれば安全圏に脱することが出来たも同然よ」

 

 眉を歪めながら、琴里は士道を見やった。

 

「でも、たとえそうだとしても、最初の条件は皆と同じ筈。確率は低いにせよ、自ら消える前に士道に指名されたなら、七罪は負けてしまうでしょう――士道、よく思い出して。たった二人、いた筈よ。偶然に頼らず、貴方の指名を逃れた人物が、二人だけ」

 

 言われて、士道は思考を巡らせた。

 そして、すぐに七海と琴里が言っている人物が思い当たる。そして、同時に七海が言い淀んだ理由にも思い至った。

 そう、その二人は――

 

「四糸乃に、夕弦……?」

 

 士道は最初に消されてしまった少女達の名を呼び、ごくりと息を呑んだ。すると七海と琴里が、同意を示すように目を伏せながら頷いた。

 確かに、この状況で夕弦の名を上げるのは、七海だからこそ、抵抗があったのだろう。

 が、その名を聞いてか、夕弦の姉妹たる耶俱矢が不機嫌そうに顔を歪める。

 

「何だと? 士道、御主夕弦が犯人だと申すのか?」

 

 言って、ずいと顔を寄せてくる。

 

「ちょっと待てって。俺はそんなこと――」

 

 そんな士道に手助けするかのように耶俱矢の肩を掴んで顔を離させたのは、夕弦という名を言い淀んでいた七海だった。

 耶俱矢は表情を変えず、視線の方向を七海に変えた。

 

「資料にもある通り、士道達の所に〈贋造魔女〉が現れ、犯人指名を促してきたのは二日目からなんだ」

 

 七海の言う通り、一日目には〈贋造魔女〉は現れなかった。

 つまり――士道は犯人を指名する手段を与えられていなかったということになる、

 そんな晩、夕弦は〈贋造魔女〉によって消されてしまった。その時は容疑者が消されてしまうという事実に戦いてしまっていたが――改めて考えてみると、なぜ一日目に〈贋造魔女〉が出現しなかったかは分かっていなかったのだ。

 

「でも、それじゃあ夕弦と四糸乃、あるいはよしのん、誰が七罪だって言うんだ?」

「……あくまで、俺の予測だが……夕弦」

 

 七海が絞り出すように声を出した。

 耶俱矢が何か言おうとしたが、取り敢えず話を聞くことにしたのか、結局黙ったままだった。

 

「一番確率が低いのは、四糸乃。もし七罪が四糸乃だったとして、癖や仕草をいくら真似ても、彼女の腹話術までは完璧に真似できない筈だ。違和感は無かったのなら、それは本人だと思っていいと思う。よしのんは、狂三の言う通り大分怪しいことには怪しいんだが……状況証拠だけで、直接七罪だと断定できる要素は無い上に、もしそうなら、四糸乃が何か違和感を覚えたっておかしくはないんだ」

「でも、それだったら夕弦だって、」

「だが夕弦だけは、士道との会話とその映像でしか判断できない。四糸乃とよしのんに比べて、否定材料が足りないんだ」

 

 勿論、よしのんが七罪であって、それでも四糸乃が違和感を覚えなかったという線はある、と七海は続ける。

 しかし、とりあえず七海に反論できる材料は見当たらないように思える。それは耶俱矢も同じなのか、それきり口を噤んだ。

 

『もういいかしら? もうすぐ十分経つわよ』

 

 ずっと士道達の様子を見ていた七罪から声がかかる。

 慌てて士道が時間を確認すると、十分経つまで一分を切っていた。

 まだ迷っているらしい士道の代わりに、琴里がふうと息を吐き、七罪に顔を向ける。

 

「……夕弦」

『ふうん……それでいいのね?』

 

 七罪が余裕たっぷりといった様子で答える。

 

『丁度十分よ。琴里ちゃんの意見に賛同する人は挙手してちょうだい』

 

 七罪が言うと、琴里、七海、そして狂三、躊躇いがちに耶俱矢が手を挙げた。

 

「……士道?」

 

 琴里が怪訝そうな顔を向けてくる。が、士道は手を挙げることができなかった。

 確かに、筋は通っている。しかし、何故だろうか。まだ、何かが違う気がしてならないのである。

 七罪がニィ、と唇の端を歪める。

 

『はい、では締め切り。賛成多数により、八舞夕弦ちゃんが指名されました』

 

 言って、〈贋造魔女〉の鏡に映った七罪が、指をパチンと鳴らす。すると狂三の身体が淡く輝いて――

 

「――素直に掴まると思っていまして?」

 

 だが、その輝きを塗り潰すかのような漆黒が彼女を包む。

 その影のような闇が晴れると、そこには血のような赤と影のような黒に彩られたドレスを身に纏った狂三の姿があった。

 〈神威霊装・三番〉

 精霊を守る絶対の盾、狂三の霊装が、七罪の天使の力を防いだのだ。

 

「きひひっ。わたくしがこの中で最初に狙われるのは読んでいましたわ。遅くても二番手。言い方は悪いですが、客観的に見ても、この中で七海さんや琴里さんと同じくらいわたくしの頭は回ると自負しております。となると、早い段階で消そうとするのは容易に読めますわ。夕弦さんの時のように寝込みを襲うのでなければ、対応は簡単でしてよ」

『……で?』

「はい?」

 

 七罪の唇が、さらに吊り上がる。

 

『ただでさえ警戒していたというのに、貴女がそれを読んで防ごうとするのを私が読んでいないと思った?』

「強がっても無駄でしてよ。どのみち貴女ではわたくしを捕らえることは物理的に――」

『予想していたのに、対策してないと思ったの?』

 

 再度、狂三の姿が淡く輝く。

 だがこれでは先程の繰り返しになる筈だ。七罪にとって、ただの無駄な行為でしかない。

 の筈だった。

 

「な……っ、まさか、これは――っ」

『ざーんねん。遅いわ』

「皆さんお気を付けて! わたくし達はとんだ過ちを――」

 

 狂三は今まで消されてしまった者達と同じように、〈贋造魔女〉の鏡の中に吸い込まれていってしまった。

 予想外の展開に、残された者達は呆然とする。

 狂三の行動は正しかった。そう、耶俱矢と美九も含めて、この場にいる人物の中では、琴里以外は霊力を封印していない、言ってしまえば、大人しくしているだけの十全の精霊なのだ。

 しっかり予測して、きちんと対応できたのであれば、そう易々と下せる存在ではないのだ。

 だと言うのに。

 

「どう、やって……」

『ん?』

「どうやって霊装も身に着けた精霊を吸い込んだの!? 出来る出来ないに関わらず、あんなにあっさりと吸い込める訳がない!」

『ふふ、流石にそれは教えられないわ』

 

 琴里が七罪に向って怒鳴るが、七罪はどこ吹く風と涼し気だ。

 士道にとっても、これはあまりにも予想外だった。

 狂三が霊装を身に纏った時、これなら、と士道も思ったのだ。これなら、七罪の能力を防ぐことが出来るかもしれない、と。現状維持にしかならないが、少なくとも三人は消えずに済む、と。

 しかし結果はこうだ。狂三は消えてしまい、可能性は潰えた。

 それに、彼女が最後に遺した言葉も気になる。

 果たして自分達は何を間違えていたというのだろう……?

 

『ま、発想は面白かったわ。けど残念、ハ・ズ・レ。――さ、指名時間リセットよ、次に指名する人を選んでちょうだい。ふふ、チャンスはあと二回。私を当てられるかしらぁ?』




 平均文字数一万越えの作品を書かれている方って、凄まじいですよねー……

 流石にここまできたら誰が七罪か分かってしまう方は多いと思うんですが、これ以上書くと自分の体力が死ぬので已む無く断念。次に持ち越しです。
 それなりにヒントは出ていると思います。伏線なんて面倒なのは……どうだろう。あったっけ……(作者が把握していない)
 ただその人物を確定させることはできなくても、もしその人物なら色々と納得できる、という形にはなっていると思います。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 バレットの方の話や設定をどうしようか検討中。


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第82話

 ぴゃー。東方で書き詰まったので、気分転換にこっち書いてました。

 気が付いたら一月以上空いてしまい、申し訳ありません。
 とりあえず七罪編の前半はこれで終わりですかね? 次回から9巻の内容に入るかと。
 ただ、時間を空けすぎたせいで、自分で自分の謎ときに自信が持てていない。あれえ、自分で考えてた筈なんだけどなあ……

 それではどうぞ。



「そ、そんな、まさか……」

 

 琴里の顔に戦慄が走った。

 

「夕弦じゃなかったっていうの……!? じ、じゃあ一体、誰が……!」

 

 言って、愕然とした表情を浮かべながらテーブルに肘を突く。

 だがそれも無理からぬことである。――この状況で、全てが振り出しに。もう次の指名までも時間が無い。皆の心臓の鼓動が速くなっていくのが、手に取るようにわかった。

 

「く……」

 

 士道は頭を抱え、再び資料に向かう。

 夕弦は七罪ではなかった。となるとよしのんが候補に挙がってはくるが、先程七海が可能性は低いと言っていた。ならば十香や殿町といった、指名された人物と一緒に消された誰かだということだろうか。だとしても、明確に士道の指名を逃れたと思われる人物はいない。まさか、本当にただ楽しむためだけに、七罪は自分を危険に晒していた……?

 しかし、もしそう考えるならば、その前提自体が無意味ということになってしまう。七罪が楽しんでいるだけというのなら、単純に今残っている三人の中に彼女がいるということも――

 頭の中で思考が堂々巡りになる。士道は混乱する頭を落ち着けるようにこめかみのあたりを指先で叩いた。

 七海もまた、顔に焦りを浮かべて資料を読み漁っていた。

 

『ふふ、あっはっはっはっは!』

 

 どれくらい経ったころだろうか、そんな皆の狼狽を楽しむように、七罪が腹を抱えて笑った。

 

『さぁ、さぁ、大変ねえ。名探偵の推理はもう終わり? 早く私を見つけないと、皆仲良く鏡の世界よ? ふふっ、でも安心してちょうだい。貴方達の姿は、お姉さんがきちんと有効活用してあげる』

「この……野郎ッ!」

 

 ついに怒りを爆発させた耶俱矢が床を蹴り、〈贋造魔女〉に向かって足を蹴り上げる。

 霊装を展開させ、風を起こして加速もした全力、手加減なしの本気の蹴りだった。

 だというのに、

 

『危ないわねえ』

 

 〈贋造魔女〉が発光したかと思うと、向かっていった耶俱矢が弾かれてしまった。

 耶俱矢は空中で体勢を整え綺麗に着地するものの、その顔は悔しそうに歪んでいた。

 それでも尚駆け出そうとする彼女の身を、七海が間に入って無理矢理止める。

 

「落ち着け耶俱矢!」

「落ち着いてられる訳ないでしょ!? アイツは夕弦を、十香を、四糸乃を万由里を真那を狂三を! タマちゃんに、亜衣に、麻衣に、美衣に、あと七海と士道の友達を……ッ! 返せ! 返せ……ッ!」

 

 耶俱矢は七海を無理矢理押し退けようとするも、下手に暴れようものなら消えた人達がどうなるか分からない。七海も一切引かずに彼女を止めていた。

 だが、七海も士道も、耶俱矢がそれをきちんと理解していることを、そして、それを分かっていても尚動かずにはいられなかったことは痛いほどに分かる。

 事実、二人は耶俱矢を責めることなどできやしなかった。

 

「落ち着いてくれ、耶俱矢。大丈夫、俺達が絶対に七罪を見つけ出すから……」

「でも、でも……っ」

 

 七海の服をキュッと握り締め、唇を噛み、肩を震わせる耶俱矢。少しして落ち着いたのか、霊装を消した。

 そんな彼らに、無情にも七罪が声を掛ける。

 

『――さ、そうこうしている間に時間よ。まだ指名されていないようだけど、どうするの?』

 

 知らぬ間に、もう十分が経ってしまったらしい。七罪が、皆を見渡すように視線を巡らせてくる。

 

『指名はないみたいね。じゃあ……』

「――よしのんよ!」

 

 七罪が言いかけたところで、琴里が叫び声を発した。

 

「こ、琴里? よしのんが七罪なのか?」

「……正直、当てずっぽうよ。でも、さっきの会話で次に可能性が高いのはよしのんだった。なら、賭けてみる価値はある筈」

『よしのん、でいいのよね? あの四糸乃ちゃんのパペット』

 

 七罪が問うてくる。士道も、思い当たる者はいなかった。七海にもアイコンタクトを送ると、苦々しげながらも首肯を返した。

 すると今度は、美九の身体が淡く輝き――〈贋造魔女〉に吸い込まれていった。

 

「きゃあ……っ!」

「美九ッ!」

『残念。よしのんもハズレよ。――さ、あと十分で午前0時ね。次の指名が最後のチャンスよ。ふふ、さあ、私を当てられるかしら?』

 

 そして再び、部屋に静寂が訪れる。

 だが、それも長くは続かなかった。七海が急に離れたかと思うと、彼の手近にある机を怒号と共に蹴り飛ばしたのだ。

 

「ふ――っざけんなァッ!!」

「な、七海!?」

 

 はー、はー、と荒く息を吐きながら、士道達の元へと戻って来たかと思うと、椅子に座りこんで頭を抱えてしまう七海。

 心配そうな視線を向ける耶俱矢達に気付いたのか、絞り出すように声を発した。

 

「分かってんだよ……八つ当たりしたところで何も変わらないし進展しない。士道だって皆が消えて辛い筈なのに、でもな、俺だけ安全圏にいることがただただ悔しいんだよ……っ」

 

 七海はガリガリと自らの髪を荒く掻いた。

 士道はそんな七海の様子を見ながら、葉を噛み締める。

 ――何かが。決定的な何かが足りない。何か見落としてはいないのか、本当に情報や考察は出し切ってしまっているのか。

 

「そうよ……何かが――絶対に何かある筈よ。この蛇みたいな女が、無手で勝負を挑んでくる筈がない。自分を完全に安全にできる何かが、絶対にある筈……!」

 

 琴里が額に汗を浮かばせながら、荒々しく資料を捲り続ける。続くように、弱々しくも七海が資料に手を伸ばす。

 士道はテーブルの上に並べられた写真に目をやった。

 この場にいた者を犯人から除外するということを前提とするならば、七罪に消され、尚且つ未だに指名されていない人物は、四人。

 だが、本当にこの中に七罪はいるのだろうか。もはやそれすらもも分からなくなってくる。士道は次第に速くなっていく心臓の鼓動を落ち着けるように胸元に手を置きながら、資料と写真を交互に睨め付けた。

 しかし、いくら考えても答えが出てこない。

 

『――さ、お悩みのところ悪いけれど、あと五分よ』

 

 と、七罪がくすくすと笑いながら声を上げてくる。

 士道は息を詰まらせた。時計を確認してみると、確かにもう五分が経過していた。明らかに、先程よりも体感時間が短くなっている。焦りが混乱を呼び、混乱が判断を崩していく。士道は震える息を吐きながら頭を掻いた。

 

「ねえ」

 

 停滞した状況に一石を投じたのは、耶俱矢の声だった。

 

「どうした? 何かあったか?」

「んと、夕弦と四糸乃がいなくなったのって、二日目からなんだよね?」

「ああ。初日と二日目は答える手段が無かったし、だからこそよしのん含めたこの三人が怪しいと踏んでいたんだけどな……」

「何で初日は何もなかったの?」

 

 士道の思考に、一瞬の空白が生じた。

 しかし、いや、という言葉が生まれてくる。

 

「初日に何の動きも俺が見せなかったから、二日目で動いたってことじゃないのか?」

「待って士道、それなら、わざわざ四糸乃達を消した後に姿を現した理由は?」

 

 耶俱矢の疑問から、連鎖的に琴里が不明だった点を突いてくる。

 だが、そんなことを士道に訊ねられたところで、答えは七罪しか知らないのだし、困るだけだ。

 琴里もそこは理解しているのか、士道に質問だけして、すぐに七罪を映した鏡に向き直った。

 

「そこんとこ、どうなの、七罪?」

『んー、貴方達がそう思うならそう思うんじゃないかしら?』

「つまりは答える気はないのね」

 

 予想はしていたのか、特に落胆した様子もなく、琴里は士道に視線を戻した。

 だが、それだけの会話の間に、士道の中にも新たな疑問が生じていた。だから、時間が惜しい今は、琴里の次の言葉を待つことなく士道は七罪に質問することにした。

 

「七罪」

『なあに、士道くん』

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 士道の質問に反応を示したのは琴里だった。

 だが、それを気にする間もなく、七罪が口を開いた。

 

『……と言うと?』

「考えてみればおかしかったんだ。手紙が送られてきたのが発覚したあの日、お前は何も動きがなかった。かと思えば次の日に四糸乃達を消して、やっとこっちが犯人を指名できるようになったのは、さらに次の日だった」

『その辺りは今しがた推測していたじゃない?』

「でもお前は答えは明言しなかった。その推測が間違っている可能性だってある。なあ七罪。思ったんだけど――」

 

 士道はそこで一呼吸挟み、

 

「――この犯人捜し、始まったのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

『……さあて、どうかしらね?』

 

 七罪はそうはぐらかしたが、士道はこの推測は間違えていないという確信があった。

 犯人捜しが二日目から始まったと思う根拠を七罪に話すうち、もしこれが真実であった場合、七罪が誰に化けているのかがなんとなく見えてきたのだ。

 そう、彼女は自身を安全圏に置いている筈なのだ。

 

「そう、か……」

「士道……?」

「どうした……?」

 

 自分の頭の中を整理していて無意識に漏れた声に、琴里と耶俱矢が、怪訝そうな顔を向けてきた。

 七海は、反応が無い。

 士道は視界の片隅でそれを確認しつつ、頭の中で、情報を繋ぎ合わせていく。

 ――思えば。

 その人物の動きはとても特殊だった。

 立場が特殊だったからだとか、状況に変化が生じていたからだとか、そういうことかと思っていたが。もしそれがそもそもの間違いで、自分を選択肢から外す為に動いていたのだとすれば。

 でも、それでは、まさか。

 だがきっと、()が――。

 士道は唾液で喉を濡らすと、ゆっくりと顔を上げた。

 

「――分かったよ、皆」

『……!?』

 

 士道が静かに言うと、息を詰まらせる者、眉の端を動かす者と、反応は様々であった。

 

「わ、分かったって……七罪が誰に化けているかが?」

「ほ、本当か、士道」

「ああ。皆のお陰だ。俺一人では絶対に……分からなかった」

「……一体、誰なのよ」

 

 琴里が訝しげな顔を作りながら訊ねてくる。士道は大きく深呼吸してから、続けた。

 

「前提が間違っていたんだよ。七罪は自分をいち早く安全圏に移動させたんじゃない。そもそも最初から……安全圏にいたんだ」

「……どういうこと?」

「いたんだよ。容疑者の中で唯一、最初から安全が確保されてて、選択肢から除外された人物が」

「なんだと……?」

 

 耶俱矢が机に並べられた写真を見やる。だが、最初から容疑者から外れているなら、そもそもここの写真に並べられていいないのでは、と思われる。

 耶俱矢の視線を察し、士道はゆっくりと首を横に振る。

 

「俺たちはまんまと騙されていた。だってソイツは、あくまでも味方の立ち位置にいた。それに、ソイツ自身の特殊性も相まって、そんなことはないと思い込んでいた。だが逆にそれは、俺達の意識の中では既にソイツは違うという安全圏を生み出していたんだ……!」

「……!」

 

 士道の言葉に、琴里がハッとした顔を作った。

 そして、一枚の写真に目を向けた。

 

「まさか、そんなことって……でも、二人とも今ここに――」

「士道、時間が無いよ! あと三十秒!」

 

 耶俱矢が金切り声を上げる。士道は大きく深呼吸すると、ゆっくり右手を上げて――ピンとした指先をある一点に向けた。

 そして、

 

「七罪は――お前だ」

 

 指を向けた()の表情は変わらなかったが、その名前を呼ぶ。

 

「そうだろう、【七海】……!」

 

 言うと、指を指された七海……の姿をした七罪が、ようやく表情を変えた。

 薄く笑みを浮かべ、士道の眼を真っ直ぐに見返してくる。

 

「……理由を聞こうか」

「切っ掛けは耶俱矢と琴里のさっきの疑問。お陰で初日の謎が解けた。裏付けは、今までの七海の行動とそこの七罪の行動に照らし合わせた時辻褄があったこと」

「……続けて」

 

 士道は一つ頷くと、再度口を開いた。

 

「手紙が送られた次の日から七罪探しが始まったとすると、七海の最初の自己証明の意味は一切無くなる。でも俺達はもう始まっているものと錯覚していて、この時点で七海を選択肢から除外してしまっていた。七罪が化けたのは二日目……その次の日からだ」

 

 そうすれば、あらかじめ安全圏を作り上げることができ、あとは七罪がその人物に化けるだけで七罪の安全はひとまず確保されることになる。

 そこで、耶俱矢が士道に訊ねた。

 

「でも、もし七海が〈贋造魔女〉の被害に遭っているのなら、どうして七海は内側から何もしないの?」

「俺も同じところに疑問を持った。だから、もう一つ前提を覆さなくちゃいけなかったんだ」

 

 士道はそこで耶俱矢を見やったが、耶俱矢はその視線の意図が分からず、きょとんとした顔をする。

 そのことに、あまり気は進まないと思いつつ、しかし言わなければ説明が足りないのも確かだと、決心する。

 

「七海と七罪……お前らは、裏で協力していたんじゃないのか?」

 

 今度は、今まで黙ってこちらを見ていた〈贋造魔女〉に映っている方の七罪……の姿をした恐らくは七海に目を向けた。

 以前、七海から七海自身が扱う霊力について説明されたことがある。

 要約すれば、今七海や士道の元に居る精霊達の力を掛け合わせたもので、やろうと思えば個別の力を扱うことが出来る、と。

 そしてもう一つ。七海は自分の性別までもを改変して姿を変えることが出来ると聞いたことがある。

 この二点と、もし七罪と七海が協力関係にあった場合を考えると、今この場に七罪が二人いることにも説明がつくのだ。

 つまり、

 

「成程。七海が七罪だとして、七罪が二人いることをどう説明するのかと思ったけど、もしそうなら、そっちの七罪は七海が天使を模倣、姿を変身させているものって訳ね」

 

 琴里の言葉に士道は頷く。

 それに、協力関係ならば内側から七罪をどうにかしようとしない理由にもなる。

 

「協力関係にあったから、お前は七海らしく居れたんだ。返答も行動も何もかも、七海のそれだった。だって裏で七海が指示を出すなりなんなりしていたんだから、当然だ。何かと情報を持っているアイツなら、全部予想していたっておかしくはないかもな」

 

 それに、と続ける。

 

「だから美九や狂三とのデートの時も、監視されていることが分かってんなら、不自然にならないように出来ていたんだろ」

「……それじゃ、俺からもいくつか質問させてもらっていいか」

 

 七海の姿で、声で、口調で、七罪は声を発した。

 士道は琴里と耶俱矢にアイコンタクトを取り、無言の促しが返ってきたのを読み取って、頷くことで七罪の台詞の続きを待った。

 そうだなあ、と七海は顎に手を当てて考えるそぶりを見せると、まずは一つ目と指を立てた。

 

「じゃあ初日に、ゲームが始まる前に調査した中で指名されてない、十香や四糸乃、殿町はどうなる?」

「その誰だって当てずっぽうでも指名される可能性はあった。一番最初に安全圏が作り上げられているのに、わざわざその三人の誰かに化ける必要は殆ど無いんじゃないか」

「そもそも初日は化けていないのに、どうやって安全圏を確認した?」

「お前の性格なら、どっかで隠れて様子を観察しててもおかしくはない。七海という安全圏が確立したのを見て直前で予定を変えたんじゃないのか」

「十香は? 彼女なら、俺が偽物だって得意の嗅覚で気付きそうなものだが?」

「十香は前、俺と俺に化けたお前を見分ける時、俺らが同時に目の前にいたからこそ気付けた。七海の姿をしているのはお前一人だけなんだから、気付けなかったんだ」

 

 段々と七海の表情が強張っていく。

 頬が不自然に引き攣り、視線が微妙に泳ぎ始める。

 そして、

 

『か……かか、か、か、は、は、はッ! いい加減諦めたらどうだ七罪! もう何を言っても士道は意見を変える気はないだろうさ!』

 

 突如、横合いから聞こえてくるのは聞き慣れた声と笑い声。

 その笑い方にはやはり聞き覚えがあって、ああやはり、という気持ちと共に、自分の推測が正しかったことを際認識した。

 ぐにゃりと空中のある一点が歪むと同時、人影が一人分、飛び降りてくる。

 コートのような霊装を羽織った、変身したものではない真の七海本人であった。

 

「足りないところは俺が説明しよう」

 

 皆の注目を集めた七海は、順に顔を見合わせた後、ニッと口角を上げた。

 

「俺も最初は、手紙を送られてきたあの日から七罪探しが始まるもんだと思っていたんだが、俺が初手で七罪にとっての安全圏を確保してやれば、七罪が接触するって予想は容易に立てられた。たとえ、その時点で誰かに化けていたとしてもな」

「確かに、七罪自身が理解できない超常現象がもしあったら、先にそれを潰したくはなるわね」

 

 琴里の相槌に七海は頷く。

 

「するとまあ案の定その日の夜中に七罪がやって来たんで、交渉を持ち掛けて、俺にすり替わってもらったんだ。ちなみに、最初はよしのんに化けるつもりだったらしいが、手紙の内容を確認している俺らを観察していたら、まあ俺と言う危険分子がいたんで急遽予定変更ってことらしい」

 

 ここら辺から士道の予想通りだ、と七海は続けた。

 

「あとは士道の予想通り、俺と七罪は協力関係を築いて、俺の指示や他の人の行動予測を元に七罪に動いてもらい、俺は俺で他の人の確実な安全を得た訳だ」

「でも、交渉って言ったって、貴方にも自立監視カメラは飛ばしていた筈よ。それはどうやって掻い潜ったの?」

「俺の能力で間違った映像を流させてもらってた。音声も含めてな。あんまりこういう使い方はしたくなかったんだが、バレる訳にもいかなかったしな」

 

 他にも俺に繋がるヒントはあったと思う、と七海は続ける。

 二日目に十香が弁当の匂いを間違えたのは、七罪が十香の超感覚で正体がバレるのを恐れた結果、七海達の弁当の匂いを強めに自分につけていたから。結局は徒労であったのだが。

 美九とのデートの時、撮影されている時に美九を支えきれなかったのは、七罪自身はそこまで力のある方ではなく、あの体勢では無理があったから。俺なら大丈夫だった。

 狂三が〈贋造魔女〉に霊装を纏っても吸い込まれたのは、その使用者が俺だったから。俺の前じゃ霊力による抵抗は意味をなさない。

 

「分かり易く俺に繋がるヒントを残せなかったのは申し訳ない。七罪からの信頼を得るために控えるしかなかった」

「……まあ、言いたいことはたくさんあるけど。取り敢えずは七罪を探し当てたのよね。なら――」

「ああ。もう七罪は突き止めた。皆を返してもらおうか、七罪!」

「くっ……」

 

 士道が強気に七罪を呼ぶと、彼女は言い淀んだ。

 ――瞬間。

 七海が出てきた辺りの空中に、罅が生じ始める。ピシピシと次第に大きくなる罅に、七海だけが平然として、他士道達は狼狽するが、その拡がりは止まる様子を見せない。

 そして、七海が顕現させていた〈贋造魔女〉の鏡から発せられていた淡い光とは異なる、強烈な輝きを発した。

 あまりに強烈な光が、部屋中に満ちる。士道は思わず手で顔を覆った。

 

「く――」

「な、何よ、これ……!」

「うわっ!?」

 

 しばらくして輝きが収まり、軽く灼かれた目がようやく元の明るさに慣れていく。

 そこで、士道は気付いた。部屋の中に、一瞬前まではいなかった幾人もの人間がその場にいることに。

 そう。それらは皆――〈贋造魔女〉によっていなくなってしまっていた仲間達だった。

 

「! みんな!」

 

 士道の声に、何人かが反応を示す。

 

「あら、戻ってこられたようですわね」

「〈贋造魔女〉の鏡界からの離脱を確認……七海と士道、後できっちり説明してもらうから。場合によっては――」

「お、おお……久しぶりの大地の感触っ、ではねーでいやがりますね」

 

 順に、狂三、万由里、真那である。次の瞬間、耶俱矢は状況をすぐに察したのか、辺りを見渡して、眼を瞬かせる夕弦の元に駆けていった。

 

「夕弦! 夕弦!」

 

 耶俱矢が夕弦の身体を揺すり、しきりに目の前で手を振る。少しして夕弦も、耶俱矢を認識したのか、ようやく焦点が合った。

 吸い込まれていた期間が長かったからなのか、どうにも意識がはっきりとしていないようだった。

 

「朦朧。耶俱……矢。相変わらず……騒々しいです」

「! 夕弦……っ!」

 

 耶俱矢が顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、夕弦に抱き付く。夕弦はしばしきょとんとしていたが、すぐに耶俱矢を優しく抱き返した。

 タマちゃん先生や殿町、亜衣麻衣美衣などは、まだ気絶したままらしい。十香や四糸乃も目は覚めているところを見ると、〈贋造魔女〉に囚われた順番というよりは、単純に霊力への抵抗力の差なのかもしれなかった。

 

「よかった……無事で……」

「か、は、はッ。流石に一般人の抵抗力まではどうしようもなかった、命に関わるとか、そういうことは無い筈だが、あとで検査するべきだな」

 

 士道は大きな大きな息を吐くと、へなへなとその場に崩れた。そんな士道の様子を七海が快活に笑う。

 大見得を切って犯人を指名したものの、正直、心臓が破裂しそうなくらいドキドキしていた。七罪の質問に返答する時は一周回って心臓が止まるんじゃないかとも思ったし、七海が出てきたときは安堵でその瞬間に崩れ落ちるかと思った。

 勝手に七罪と裏でつながっていた七海には後できつい詰問と説教とお仕置きが待っているだろうが……自業自得である。

 

「シドー!」

 

 と、十香が士道の元に駆け寄ってくる。

 

「なんとな!? あっちではけーきやぱふぇなるものを七海がたっくさん用意してくれたのだ! む? そう言えばここはどこだ?」

「……はは」

 

 そんなことをしていたのかと七海に視線を向けるが、七海はニッと笑うだけだった。

 加えて、緊張の糸が切れた今の士道に、十香の呼び掛けにきちんとした返事をするだけの余力は残っていなかった。力なく微笑み、その頭を撫でてやる。

 

「ぬ……っ、どうしたのだシドー。……むー……」

 

 十香は最初怪訝そうな顔をしていたが、やがて気持ち良さそうにに喉を鳴らし始めた。

 なんだか楽しくなってしまい、士道は口元を弛緩させた。

 が――その時。

 士道は視界の端に、とあるシルエットを発見した。

 

「! あれは……!」

 

 少女が一人、床に蹲っている。――大きな魔女の帽子を被った少女が。

 

「七罪……!」

 

 士道は身体を再度緊張させると、十香の手を借りながらその場に立ち上がった。そして、件の少女の元にゆっくり歩いていく。

 どうやら周りも、士道の行く先に気付いたらしい。だが耶俱矢に制裁を食らっている七海は、耶俱矢含め、夕弦や美九達をその場に留めておいて、一人だけが移動する。

 結果、士道、七海、琴里が七罪の周囲に立っていた。

 

「――俺の勝ちだ。観念してもらうぞ」

「ん。俺を選択肢にいれちまったのが、そもそものお前さんのミスだったな」

「…………っ」

 

 士道と七海が言うと、七罪はビクッと肩を揺らし、ゆっくりと顔を上げてきた。

 そして、大きな帽子の鍔に覆い隠されていた七罪の姿を見た瞬間、

 

「……え?」

「ふむ……」

 

 士道は、つい今までの緊張を忘れて、素っ頓狂な声を発していた。

 理由は単純。今目の前にへたり込んでいる少女の姿が、士道の記憶にある七罪とまるで違っていたからだ。

 小柄で細身な体躯に、それをさらに小さく見せる猫背。不健康そうな生白い肌が見え隠れし、卑屈そうに、憂鬱そうに歪んだ表情からは、自身に溢れていたあの姿など想像もつかない。辛うじて髪色だけは士道の記憶と同じ色だったが、それも手入れの行き届いてないわさっとしたものに変わり果ててしまっている。

 あの大人っぽい七罪とは似ても似つかない、小さな少女がそこにいた。

 

「お前……七罪……なのか?」

 

 眉を顰めながら士道が言うと、七罪はハッとした様子でペタペタと自分の顔を触り、愕然とした表情を作った。

 

「あ、あ、あああ……ッ!?」

 

 そして絶望に満ちた声を上げ、帽子の鍔を握って自分の姿を隠すようにさらに背を丸める。

 

「これは……一体……」

「まあ、士道が会っていたのは、霊力で変身した姿だった――ってことさ」

「あ……」

 

 士道は目を見開き、ポンと手を打った。

 

「――――――ッ!」

 

 すると七罪が、声にならない悲鳴を上げたかと思うと、帽子で自分の姿を隠したまま、右手を高く上げた。

 

「〈贋造魔女〉……っ!」

 

 七罪が自身の天使の名を呼ぶと、光と共に現れた真の〈贋造魔女〉が七罪の手に収まる。

 次の瞬間、七罪の身体が発光したかと思うと、その姿が、以前士道が目にした大人な感じのそれに変貌していた。

 七罪を憎々しげな眼で士道を、そして周囲の皆を睨み付けると、重苦しい声を喉から発した。

 

「知った……な。知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知知ったな知ったなァァァァァァァァァ――――ッ!」

 

 そして、怒り狂うように身体を捩りながら、続ける。

 

「一度ならず二度までも……私の秘密を見たな……ッ!」

 

 すると、今度はキッとある一人を睨み付ける。

 その視線の先に居るのは――七海だった。

 

「お前も、私を騙したな。助力を宣っておきながら、結局は私を敗北へと導いていたんだな……ッ! ゆ、ゆゆ許さない。絶対に許さない。全員、全員タダじゃ済まさないィィィィィッ!」

 

 七罪は絶叫を上げると、手に握っていた〈贋造魔女〉を掲げた。

 

「〈贋造魔女〉――!!」

「な……っ!?」

「ッ!?」

 

 七罪が叫んだ瞬間、〈贋造魔女〉の先端部が再び輝き――部屋の中を眩い光で埋め尽くしていった。

 

「く――」

 

 思わず目を閉じ、顔を顰める。七海や琴里はどうなっただろうか。今の状況では確認できない。

 とはいえ、その光は数秒程度で収まった。すぐに目も慣れ、薄暗い室内が戻ってくる。

 だが。

 

「シドー! シドー!」

 

 いつもより甲高い十香の声が響いてくる。

 士道はそちらに目をやり――身体を硬直させた。

 

「シドー、なんだこれは。身体が思うように動かんぞ……っ!?」

 

 言いながら、だぼだぼのパジャマを引きずって、小学三年生くらいの外見になった十香が、手足をバタつかせる。

 

「七海よ、何があったというのだ!?」

「混乱。夕弦たちが、小さく……?」

 

 どうやら、十香だけではない。耶俱矢と夕弦も同じような外見になっていたし、周りを見渡せば、意識の無い者と、士道と七海を除く全員が、十香と同じように幼くなっていたのである。

 

「なん……っ、これは、一体……?」

「か、は、はッ。あー、まあそうなるよなあ……」

「ふふ、ふふふふ……っ」

 

 士道が眉を顰め、七海が状況を確認していると、部屋の中央で〈贋造魔女〉を掲げた七罪が、暗い笑い声を発した。

 

「いいザマだわ……っ! あんた達はみぃーんな、ずっとちびすけのままでいればいいのよ……っ!」

 

 七罪は高らかに嗤うと、〈贋造魔女〉に跨り、部屋の天井に穴をあけて、空に飛んで行ってしまった。

 

「っ。チィッ!」

 

 七海は追いかけようと脚に力を込めたものの、瓦礫が意識の無い者達に降り注ごうとしているのを見ると、その力を上ではなく真横に変え、霊力で防いだ。

 だがそれにより、完全に七罪を追うことは出来なくなってしまった。

 

「まッ、待て! 七罪! 七罪ぃぃぃぃっ!」

 

 士道の叫び声も、部屋の中に空しく反響するだけだった。




 一応筋は通っている筈。筋が通ってしかいないともいう。そもそも筋が通ってすらいない……?

 他にも
 ・しきりに七海(中身七罪)が自身の安全圏を主張している。
 ・眼については裏で繋がっているのだから、そもそも証明として意味を成していない。
 ・よしのんに化ける予定だったのに、何故士道達の様子を見ていたのか
 など、文中で説明していない所はあるんですが、まあ書かなくてもいい部分かなと思いカット。
 七海は普段通りにしていますが、実はこの後待ち受けているであろう琴里からのお仕置きから現実逃避しているだけです。当たり前ですよね。まさか主人公には一切非が無いと思っている方はいないと思います。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 自分で伏線を把握し入れていないとかいう状況なので、矛盾点等あれば指摘おねがいします。悲痛な声で唸りながら無理矢理理由付けorつじつま合わせをします。


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第83話

 へっへへー。

 久し振りに一人称書いてたら多分に三人称の影響が出てしまった。
 なまじ東方の方のssも三人称視点のせいか影響が大きいことこの上ありません。書きながら違和感しかありませんでした。
 あえて間が開いたことには触れません。ええ。いつものです。

 それではどうぞー。


 十月二十九日、日曜日。

 五河家の中は今、騒然としていた。

 

「シドー! おなかがすいたぞ、シドー!」

「あ、あの……しどうさん……」

「ちょっと、まな! それわたしのチュッパチャップスじゃないの!」

「む、これはしつれい。でもひとつぐらいいいじゃねーですか」

「シドー! ごはんがたべたいぞ。シドー!」

「かえしなさいよー!」

「すでにくちにしていやがりますので、かえせませんねー」

「う……っ、うぇぇぇぇぇ……」

『ああっ、ほら、だいじょーぶ、だいじょーぶ』

 

 実質的な家の主、五河士道の周りで騒ぐ少女、もとい幼女達。

 

「ななみ、まだせつめいぶそくよ。そうきゅうなせつめい、さらにこのじたいのかいけつを」

「だーりーん! だーりーん!」

「くく、つかれているようだな。まあしかたあるまい。かようなちいさきもののあいてをしているのではな」

「ぼうぜん。かぐや、それはじぶんにもあてはまるのでは」

「あらあら、うふふ」

「あーっ! くるみ、なにしれっとななみのひざのうえにすわっているのよ!」

「けいかい。ゆだんならないあいてです」

「だーりーん! だーりーん!」

「ななみ。せつめいとかいけつ。はやく」

 

 こっちもこっちでわいのわいのと大騒ぎ。

 計九人に及ぶリトルモンスター達。

 いやまあ、それ自体は別にいいんだ。確かに甲高い声は頭に響くし、各々が好き勝手に暴れまわる所為で収拾はつかないけれど、このくらいの子供なんてそんなもんだろう。

 問題は別の所にある。

 その件の幼女達が皆、見覚えのあるを通り越して生まれ変わりかと思うほどにある少女達と瓜二つという点。

 しかし、そんなことは当たり前だ。だって何しろ、この子鬼達は正真正銘、彼女達本人なのだから。

 

「はっ。これはわたしがだーりんのひざのうえにすわってそのうえにくるみさんがすわれば、ぜんいんがとくするさいぜんさくでは……!?」

「頼むから落ち着いてくれ」

 

 美九や琴里等を除けば、精霊達に過去の姿があったのかは定かではない。能力を使えば何か掴めるかもしれないが、今の所その必要性は感じていない。

 だから、彼女達がこうして幼い姿になってしまったのは、時間遡行のような類ではなく、ある精霊による『変身』能力だ。

 その精霊というのが、

 

「七罪……」

 

 士道がポツリと零す。

 その呟きに意味はないだろうし、小さくてこの騒がしい空間では俺以外の耳にも届いていない。

 数日前に七罪と勝負し、見事勝利を収めた士道だが、その後七罪は行方を眩ました。

 幼い姿になった精霊達を残して。

 結果、その日からずっと、五河家及び俺の家は簡易託児所と化したのだ。

 今こうして集まっているのは、俺の監視と皆の把握がしやすいから。まあその分、騒がしさは数倍になっているが。

 

「……お邪魔するよ」

 

 学級崩壊したクラスの担任のような調子で俺と士道が困り果てていると、不意にリビングの扉が開いた。

 そうして入ってくるのは、目の下の隈と、胸ポケットに収まった縫い跡だらけのクマのぬいぐるみが特徴的な女性、村雨令音。

 

「令音さん!」

「……大変そうだね、シン、ナナ」

 

 そして室内の状況を把握するようにリビングを見渡すと、手始めに琴里から逃げ回る真那の首根っこを掴んで捕まえた。

 

「のぶっ」

 

 珍妙な呻き声を上げると、令音さんは膝をつき、小さくなった真那と目線を合わせた。

 頭に手を置き、諭すように、優しく言い聞かせる。

 

「……真那、人の物を勝手に取ってはいけないよ。君も自分のお菓子を勝手に取られては嫌だろう?」

「む、すみません。すこしちょうしにのりました」

「……よし、では琴里に謝ろう」

 

 あんなに騒がしかったというのに、いとも簡単に大人しくなる二人。真那の方も悪乗りが過ぎたと思っているのか素直に謝罪するし、琴里も負い目を感じているのか自分からも悪かったと言い出す。

 俺や士道は半ば諦めの境地に達していたというのに、見事な手際である。

 そのまま令音さんは次々と騒いでいた皆を宥め、説得し、静かにさせていく。

 その姿はまるで、そう、

 

「……すごいですね、令音さん。まるでお母さんみたいだ」

 

 似たような思考だったのか、殆ど同じ感想を士道が溢す。

 ああ、あの姿を表すのならその言葉が一番適切だとは俺も思うよ。思わず呟いちまったのも頷ける。

 けどなあ、未婚の女性に対して使う言葉では流石に無いと思うぜ。勿論士道に他意なんてないだろうし、純粋に尊敬の意味を込めて言ったんだろうけれど……。つか、令音さんて未婚だよな?なんか結構前にそんな話をした気がする。

 士道も自分の発言があまり褒められたものではないと気付いたのか、慌てたように手を振った。

 

「す、すいません。違うんです。そういう意味じゃなくて……」

「……いや、構わないよ」

 

 いつも通りの寝ぼけ眼の所為で表情は読み取りづらいが、実際令音さんはあまり気にしていないようだった。そもそも気にしているかどうかがどうにも分からないので明確なことは言えないけれども。

 

「そう言えば、令音さん。まだ七罪は見つけれそうにないんですか?」

「ああ。やはり彼女は霊力を隠蔽できるのだろうね。観測機に反応はない。……無論、既に隣界に消失したという可能性もあるがね」

「それならそれでこの状態を俺が解除して終わるんですが……」

 

 俺は既に七罪の霊力に関しては理解している。つまり、創造も消失も反動を考えなければ自由自在だ。

 だからやろうと思えば今すぐにでも耶俱矢や夕弦達の変身を解くことはできることにはできるのだ。

 では何故、今なおこうして彼女達は幼い姿のまま元気にはしゃいでいるのか。

 

「解除しても片っ端から変身させられているし、下手に七罪の霊力を枯渇させてしまって消失でもされてはそれこそ手が出せなくなる。今も現界しているとは限らないが、可能性は潰しておいた方がいい……だっけ」

「そそ。だから解除してわざと霊力を使わせて探知するって方法も取れねえ。長期戦になっちまうなあ」

「……仕方ないだろう。こちらとしても、君に能力は使ってほしくない。これ以上勝手な行動を取られても困る」

 

 俺は今、ちょっとした監視状態にある。

 原因はまあ分かり切っている。誰に相談するでもなく、一切の説明なく七罪と繋がっていたことだ。

 下手に七罪以外の誰か……つまりは士道及び容疑者と協力者に打ち明けることは出来なかったということは理解してもらえたが、だからといって何か変わるわけでもない。

 本来ならば〈フラクシナス〉の特別収監室にて、七罪との騒動が収まるまでは監禁されていてもおかしくはなかった。だが、その騒動の内容が精霊達の幼体化では、俺も手伝わざるを得ない。何より、耶俱矢や夕弦、狂三、美九は俺が居なくては精神的に不安定になると判断された。精神的にも若干影響が出ているみたいだしな。

 だから、すっごく譲歩されて、俺は士道かクルーの誰かと必ず行動すること、という条件の元こうして外出できているという訳だ。

 と言っても、俺が能力を使ったかどうかなんて肉眼だろうかカメラ越しだろうが分からない時は分からないものなので、あまり効果は期待されていないらしい。本当に、変な動きをしないかどうか、程度の監視目的でしかないのだろう。

 基本的には士道か令音さんと一緒に行動。お陰で最近は食事が賑やかなことこの上ない。最近の主な生活圏は五河家である。

 

「それにしても、なんで七罪はこんなことをしたんでしょうね?」

「ん……まあ、色々と理由は想像できるが……」

 

 令音さんは指を一本立てると、

 

「……単なる嫌がらせ、ではないかな」

 

 それを聞いた士道は、言葉に表せないとても微妙そうな表情をしていた。

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 翌日。

 どれほど異常な事態であろうと、それは俺達だけで、世間一般的に見れば日曜日の次の日は月曜日で、つまりは平日な訳で、要は普通に学校がある。

 士道と一緒にさえいれば、学校には行っていいとの許可も貰ってあるが、しばらくはこの騒動に追われ士道共々欠席していた。

 だが、あまり休んでいても不審に思われるかもしれないし、殿町や山吹達三人組の様子も気になる。

 一応メディカルチェックの結果は異状なしとあったけれど、一度くらい実際に見ておきたいという気持ちはある。

 

「―――っつー訳で、今日から学校に顔出しくらいはしてくるよ。昼前には士道と一緒に早退するつもりだが、耶俱矢と夕弦が起きたら説明しといてくれ。まだ寝てるみたいだし」

「りょうかいしましたわ。おまかせくださいまし」

「いってらっしゃい、だーりん!」

 

 くしゃくしゃと二人の頭を撫で、甲高い声を背に学校へと向かう。

 外で待たせてしまった士道に軽く謝罪し、並んで通学路を歩く。

 

「……ふう。悪いな。俺の都合で部屋まで借りて」

「いや、良くも悪くも十香達は小さくなってるし、部屋も一応余ってるから。手伝ってもらって助かっている所もあるし」

「そう言ってもらえるのは有難いが、ここは文句の一つでも言うべきところだぜい?」

 

 お人好しも、過ぎれば悪徳だぜ? まあ俺が人の内面の良し悪しをどうこう言えるような奴ではないことは理解しているさ。

 けれど、俺の監視という名目がある以上俺を自宅に戻すことは難しい。令音さんやクルーだって、四六時中一緒にいる訳にもいかない。それならば、精霊達を一箇所に集めておいた方が何かと対処しやすくもあるのだろうから、俺は暫く五河家でお世話になっている。いくら幼女ばかりとはいえ、あれだけの人数になれば流石に少々狭く感じなくもないが、そもそも皆にくっつかれてろくに動けない俺らにはあまり関係無いようにも思える。それに日中は自分の家に戻っていることもあるし。

 気持ち悪い視線を感じながら、なるべく気にしないよう努める。

 

「そうは言うけどな……一応、七海の言い分も理解はできるんだ。俺だって、同じ状況だったとしたらその手段を取らないとは断言できないし」

「そんなことはないさ。あれは俺みたいな奴じゃないとやらねえだろうよ」

「でも、一番『起こらない方が良い』可能性を考慮しての行動だろ? なら、俺からは強くは言わないって」

 

 まあでも、ちょっとくらい文句は言わせてもらうけどな? と士道はニヤリと笑う。その声色から、本当に怒っている訳ではないと理解できてしまう。

 俺が七罪と接触した主な理由は、俺と言う存在がためだ。

 原作にはいなかった俺と言う存在が今起きている事態にどう作用するか分からなかった。だから、俺が無理矢理原作になるべく近付けた。差異を少なくした。

 幸い原作の記憶はそれなりに残っていたし、皆の行動もそれなりの精度で予測はできた。

 だから、俺がなるべく本来の流れに戻そうとしたのだ。

 七罪との協力関係を築くためにも誰かに相談や連絡はできなかったし、結果として皆を苦しめたこともきちんと理解している。勿論、あの後落ち着いた時に全員に謝罪しに行ったさ。流石に殿町達のような事情を知らない者達には何もできなかったが。

 だから、まあ。皆のためと言えば聞こえはいいが、結局はただの自己満足なだけで。

 ……あまり、庇われるとこちらの立つ瀬もないんだよう。

 

「もうこの話題はいいだろ? 早く学校に行こうぜ」

「……あいよ。そうだな。遅刻する訳にもいかねえ」

 

 その後も、学校早退後の予定や、夕食の献立の相談等、他愛ない雑談をしながら俺達は歩を進めた。

 脅威は刻一刻と、迫っていた。




 東方の方が文字数多めの所為か、こちらを平均文字数に合わせるとすっごく短く感じます。

 とりあえずはここまで。あまり原作の内容書いても冗長になるだけのような気もしたので、恐らくはカットですかね。服解けたりとか、僕だけの動物園とか。
 狂三は狐のような気もするんですが、他真那と万由里は何になるでしょうかね。万由里は獅子とか?
 それと補足説明を。
 十香のような封印された精霊ではなく、八舞姉妹のような封印されていない精霊には七罪の変身能力は効かないのでは? という点について。
 正直変な理由考えるより幼女たまには書きたいから、って言いたいところなんですが、無理矢理理由付けすることにします。
 と言っても大仰なものではなく、普通の精霊にも七罪の能力は効く、というだけです。耐性はあるとは思いますが、別に無効化するほどのものではない、と。
 他にも急なことで反応できなかったとかでもいいんですが、流石に薄いかなと。上のも大概ですが。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。
  
 色々と物足りないけど、なんか疲れた……


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第84話

 原作読み返していて、いや七罪のこのネガティブ思考トレースって無理じゃね……? となる作者の図。

 七罪編後編二話です。話が進まないZE。
 たまに自分でも忘れる設定をちょろっと書くのいい加減止めなきゃなと思う今日この頃。

 それでは、どうぞ。


 〈フラクシナス〉の探査機に反応があったらしい。

 皆が幼くなってから数日が経った。

 その数日間、ずっと嫌がらせをされてきた俺と士道は、既に心身ともに疲れ切っている。精神面では執拗な七罪からの嫌がらせ。身体面では、幼女化された精霊達の最早子守り。大変。

 流石に社会的に死にそうなものは俺が打ち消して防ぐ、もしくは解決してきたが、そう何度も取れる手段ではない。

 僕だけの動物園は色々とアウトだと思う。

 ともかく。

 今はその七罪の居場所が分かったのだ。

 

「ッ。場所は?」

『すこしはなれたやまのちゅうふく! すぐにこっちでかいしゅうしててんそうするわ!』

 

 さらに説明を聞く限り、交戦中である可能性が高いらしい。

 士道の携帯から聞こえてくる琴里の声を聞きながら、状況を推測していく。

 確かに、今の今まで〈フラクシナス〉からの追跡を逃げ切っていた七罪が、急にこんなヘマをするとは思えない。何かしら緊急の案件があったと考えるべきだろう。交戦中とあったぐらいだし、一瞬ASTの存在が思い浮かんだが……こう言っては何だが、凡百のASTに、こちらでも追いかけることの出来なかった七罪を捉えることは出来ないだろう。だったら、考えられるのは……

 

「DEMの方か……?」

 

 DEMの魔術師達は一般のそれより練度が高いと聞くし、それならば納得できる。

 最悪なのは。

 

「アイツが出てきてなければいいけどなあ」

 

 エレン。

 人類最強。

 いくら強力な能力があろうとも未だに手が届かない高みにいる魔術師。

 彼女が出てくる道理は無いように思える。だが、彼女のさらに上から指示できる人物がいるのも確か。アイザック……だったか。どんな目的があるのかは知らない、というより覚えていないが、エレンが出てくる可能性は否定できない。

 さらに言えば。

 ――確かにそろそろ、そういう時期かもしれない。

 まだ原作の方の知識は残っている。もう何か月も前のことだから曖昧にはなっているが、確かに七罪とエレンが接触するイベントはあった。

 となると、やはり。

 

「チッ……琴里、交戦中の相手、多分あのエレンだ。俺も行く」

『うそでしょ!? かのじょがわざわざでばってくるなんて……こっちでもせいかくなしきべつはするけど、もしほんとうならどれだけいそいでもまにあわないかのうせいが、』

「行ってみなくちゃ分かんねえよ。……こっちは用意できた。できたよな? よし。回収頼んだ」

 

 途中で士道に目配せして確認。頷きが返ってきたところで携帯を返す。既に人目のない所に移動済みだ。

 それと同時に〈フラクシナス〉が俺達の頭上に到着したのか、一瞬の浮遊感。

 再度目を開けると、そこは見慣れた艦橋内だった。モニターには、既に自立カメラを飛ばしているのか、七罪やエレン達が交戦している映像が流れている。

 

「……すぐに目的の場所に着く。いつでも出れるように準備しておきたまえ」

「はい」

「エレンってことは……また、七海が戦うのか?」

 

 令音さんの言葉に俺が頷くと、士道が何かを懸念しているような目で俺を見る。琴里も、言葉にはしないものの、何か言いたげなのは雰囲気で伝わってくる。

 いやまあ、言いたいことは分かる。

 今まで俺がエレンと相対する度、何かしら俺はやらかしてきたからなあ。暴走したり、色々。

 だが実際、俺が出ないと被害が広がる、もしくは他の精霊に向いてしまう以上、現状俺が出るしかない。たとえそれが悪手だとしても。最悪ではない、可能性が高い。

 でもまあ、一度構えたら両者殺意たっぷりだからなあ。止まらない止まらない。

 

「大丈夫、大丈夫さ。今回は七罪の救出が主目的だ。少し時間を稼いだらすぐに撤退するさ。その時の回収はよろしくな、司令官?」

「え、ええ。まかせてちょうだい」

 

 だが今回は別に殺し合うつもりじゃない。あくまで七罪の救出が目的。

 向こうがそれを許してくれるかどうかはともかく、取り返しのつかないところまで行くことはないだろう。

 だから、さ。

 

「……そんな強く握りしめなくても、ちゃんと帰って来るさ」

「あ、いやっ、これはそんなつもりじゃ……!」

「ろうばい。いつのまに」

 

 服の裾を引っ張られる感覚がした。視線を移せば、未だ幼い姿のままの耶俱矢と夕弦が今にも泣きそうな顔で握り締めていた。

 言葉から察するに、無意識の行動だったようだが……無理もないのか。

 彼女達との付き合いもそれなりに経つ。その分、不安や心配を感じさせてしまったことも多々ある。信用が無いだとかいう話ではなく、単純にこうして俺が誰かと争うということ自体が二人にとって辛いものなのだと思う。

 それが分かっていても、俺は止まらないのだろう。

 現に、七罪を守るため、皆に危険が及ばないように、二人の心配を無視してでも戦うという覚悟ができてしまっている。

 独善的で。我儘で。

 そんな俺の在り方では、いずれ身を滅ぼすのだろう。

 

「ん……ここだ。やはりエレン……それに、周囲にもそれなりの数の魔術師がいるが……行けるかい?」

「了解――エレンや魔術師の相手は俺が、」

「いえ。まわりのウィザードさんがたはわたくしたちが。ななみさんはエレンさんとやらを」

 

 七罪の救出を士道に任せようかと口を開いたところ、狂三にそれを遮られた。

 その台詞に俺が眉を顰めるが、狂三はさらに続ける。

 

「なつみさんがせんとうちゅうならば、わたくしやみくさん、まゆりさんなどはもとのすがたにもどれるしゅんかんがあるかもしれません。もどれなくとも、わたくしたちならばあるていどたたかえますわ」

「危険だ。エレンもいる。皆を庇いながらじゃ流石に戦えない」

「……もうすこし、わたくしたちをしんらいしてくれてもよろしいのでは?」

 

 幼体化によって感情も表面化しやすくなっているのか、潤んだ瞳で狂三が見上げてくる。

 現場に出したくはない。だが、迷う時間もない。

 狂三の言葉通り、狂三や美九、万由里、それに八舞姉妹……つまりは、霊力が封印されていない精霊ならばもしかすると戻れる可能性もあるだろう。随意領域やワイヤリングスーツについては明るくないが、真那も戦える可能性はある。

 彼女達と一緒に戦地へ向かうか、俺一人で行くか。

 

「……ナナ」

「七海」

 

 令音さんの急かす声と、名前を呼ぶ士道の声。

 ……答えは分かり切っている。

 

「――士道達は七罪の救出。俺()でエレンと他の魔術師の相手をしよう」

 

 確認するように周りを見ると、力強い頷きが一様に返ってくる。

 大丈夫、大丈夫。

 自分自身に言い聞かせるように、心の内でだけそう呟く。

 そして、俺は令音さんに告げる。

 

「――お願いします」

 

 モニターには、幼くなったエレンだと思われる少女が自らの武装を構え直す瞬間が映っていた。

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

「――に済みます。途中で死なないでくださいね」

 

 あらかじめ現場に展開していたマイクが拾ったエレンの声が、インカムを通じて届く。

 そして、既に目視できている。

 一気に間に転送してもらう訳にはいかなかった。そんな状態からエレンの相手をするには厳しすぎる距離だし、他の精霊達や士道を悟られても困る。

 だから、多少距離が出来ようとも若干離れた場所に転送してもらったのだが……

 

「来い、〈聖破毒蛇〉――その距離をこうも悔やむことになるとはな」

 

 甲高い、エレンの武装〈カレドヴルフ〉と俺が顕現させた天使〈聖破毒蛇〉とが激突した音が響く。

 ふむ、最後に見た映像では幼い姿に――恐らくは七罪の能力で――変えられていた筈だが……七罪には大きな裂傷が付けられ、エレン自身も元の姿に戻っている。七罪がダメージを負ったことで変身能力が一部解けた、ということだろうか。

 今俺は七罪を庇うように彼女の前に立ってエレンの攻撃を防いでいる。キッと睨めば、冷ややかな視線と共に、エレンは一度距離を取った。

 ちらりと後ろを見れば、怯え切った表情でエレンと俺を交互に見やる七罪の姿。

 

「……酷い傷だな」

「な、なんで、あなたが……こんな所に……」

 

 愕然としている七罪の姿を確認して、俺の冷静な部分が今なら耶俱矢や夕弦達の変身ならば解けるだろうという考えに至る。それと同時、エレンに対する怒りが沸々と込み上がてきた。

 殺意に身を任せてはいけない。あくまで救出が最優先。

 戦闘そのものは本気であろうと、最終的には撤退する。

 それはそれとして。

 ――一発くらいブッ飛ばさないと気が済まない。

 

「令音さん、皆に変身が解けるか試すようにい伝達を。俺は、エレンを」

 

 無線で令音さんにそう伝えると、俺はエレンを見据え、再度構えた。

 

「よう、人類最強。久しぶりだな」

「〈ディザスター〉……貴方が、こんな所にまで来るとは」

 

 互いに一歩踏み出す。

 彼我の距離は十メートルもない。俺とエレンの加速力なら、一息もあれば詰めれる距離。

 だから。

 再度の激突も、一瞬だった。

 

「――ハッ!」

「――フッ!」

 

 裂帛の声は短い。

 俺の天使、というより霊力は随意領域を無視とまでは言わずともそれごと切り裂くことが出来るので、攻撃に対して回避するか、濃縮した魔力で相殺するしかない。

 そして、攻撃面には優れていても、素体は人間。エレンのような存在から切り付けられでもしたら一溜りもない。俺の方も回避か打ち合いか。

 だが、純然たる事実として、俺は未だエレン程の戦闘能力を持っている訳ではない。そこらの魔術師に敗ける気はしないが、彼女は別格。今までの二度の戦いにおいて俺は両方とも勝ててはいないしな。

 真正面からやり合えば、時間稼ぎにもなるか怪しい。だから、小手先勝負。予測できない動きで撹乱しつつ、七罪から引き離そう。

 

「〈聖破毒蛇〉――【双刃】」

 

 迫るレイザーブレイド――〈カレドヴルフ〉だったか――を左に持つの剣で受け止め、反撃のために一歩踏み込む。

 

「っ?」

 

 エレンが息を呑んだ様子が間近に映る。

 まあそうだろう。互いに剣を打ち合ったということは、間合いとしては極めて近付いてしまっている。その上でさらに一歩踏み込んだのだ。攻撃するにしても動くにしても近すぎる距離。

 だが、そもそもそうやって手を読ませないのが目的。こういう状況において能動的か受動的かの違いは大きい。

 

「〈聖破毒蛇〉――【鋼拳】」

 

 二振りの剣を消し、両腕に腕甲のようにして天使を変形させて纏わせる。

 さらに一歩踏み込んだのはこのため。拳の方が、剣よりもさらに間合いは近い。

 右の拳を振るう。

 だが。

 

「甘いッ」

 

 逆手に持ち替えた〈カレドヴルフ〉に受け止められる。霊力と魔力の接触により火花のような閃光が散る。

 受け止められることは想定済み。むしろ回避される可能性も考えていた。

 次の一手。

 

「――【鋭爪】」

 

 拳を引き、爪を模した形態へ。空いた左手で回り込ませるように首を狙う。

 ここでエレンは一歩引いた。

 両腕の武装が変わったのは視線の動きから察するに確認された。下手に〈カレドヴルフ〉で受け止めては今度は右から来ると判断しての行動だろう。

 左半身を前に出すように、さらに一歩。

 次は、

 

「――【小剣】」

 

 ダガー。

 右手に握ったそれで刺突。狙いは心臓。

 本来ならば傷を増やして体力消耗を狙ったりしたいところなんだが、多少の傷では随意領域の力で治されてしまう。あまり意味も効果もなさそうだ。

 だから、回避前提、防御前提で一撃を。

 視線の先。エレンは身体を傾け、刺突した俺の右腕のさらに外側へと場所を移した。

 〈聖破毒蛇〉を持ち変えるにも、振り直すにもこの至近距離では難しい。

 だが、もとより当たらないことが前提。

 次。

 

「――【撃槍】」

 

 空いている左手。その掌を見せるように開き、天使を変形。

 槍。

 今までの小振りで密着した状態で扱うような武器から、一気に大型のものへと。狼狽えてくれたら僥倖。そうでなくとも多少の隙が出来れば良し。一撃は……当たらないだろうなあ。

 

「――――」

 

 エレンは無言だった。

 無言で、突き出されるように現出した槍型の〈聖破毒蛇〉を〈カレドヴルフ〉で往なす。

 いやー、ははっ。

 

「化物かよ……ッ!」

「小手先だけでどうにかなると思っていたのですか?」

 

 往なされ、空いた胴に〈カレドヴルフ〉が迫る。

 再度【小剣】に作り替えた〈聖破毒蛇〉を上から()()()()()止め、もう一方の手でエレンを直接掴もうと手を伸ばす。やはり、いくら魔力で直接作った刃といえど、側面は若干脆いか。こちらが突き刺すために霊力を気持ち強めに込めてようやく、と言ったところとはいえ、だ。

 本当は別の武器の形に新しく変形すればいいのだが、そうなると今の俺では集中力や注意が散漫になってしまう。その一瞬の間は、練習中やそこらの魔術師ならともかく、相手がエレンとなると命取りになるだろう。

 直接殴ってもダメージは無いだろうから、体勢を崩すにしろ動きを制限するにしろ、一度掴んでしまった方がいいかもしれない。

 

「ッ」

 

 ……エレンの〈カレドヴルフ〉を握っていない方の手で掴まれ、阻まれたが。

 束の間の膠着。

 辺りには、風が吹き荒び、奮い立つような行進曲が流れ、銃声が鳴り響く。

 ふむ。今しがた〈聖破毒蛇〉が刺さったのは、美九の〈破軍歌姫〉もあったからかもな。

 ともかく。

 もうそろそろ小手先だけで通用しなくなるぞ……?

 

「〈ベルセルク〉、〈ディーヴァ〉、銃声ということは〈ナイトメア〉ですか。それに、観測したことのない霊波まで。精霊が三人、ないし四人が相手とあっては、他の魔術師では厳しいですか」

 

 目を細めるエレン。その視線は、真っ直ぐ俺を射抜いていた。

 

「……〈パンドラ〉ではないのですね」

「? あー。か、は、はッ。残念だが、違うね」

 

 楓のことか。

 そういえばアイツはエレンに勝ったのだったっけな……。マジでどうやって勝ったんだ。

 

「さて、どうする? 直にお仲間さん達は戦闘不能になると思うぜ? 多勢に無勢だ。お互い、引いた方がいいと思うが?」

「多勢と思っている側が引いた方がいいと思っている時点で、貴方も私以外の魔術師を戦力に勘定していないのでしょう? それに、私一人でも貴方と、後ろの精霊を殺すことくらいは……おや?」

 

 す、と一瞬だけ逸れたエレンの視線。その表情には、不審が読み取れた。

 ちっ。バレたか。だが、どうせバレることは避けられなかった。結果として成功しているのだから、俺の役目はここまでだ。

 そう思うと同時、インカムから通信が入る。

 

『七罪の回収が完了したわ! そこから離脱して!』

「了解!」

「何を――」

「――【竜麟】そして――【脚甲】」

 

 違う武器の形への同時変形。

 【小剣】を一度消し、すぐさま腕を覆うように尖った鱗なような装甲に変形する。【小剣】状態で止めていた〈カレドヴルフ〉を受け止めるため、そして掴まれていた腕を離させるため。

 同時に、爪先から膝辺りまでを覆うような装甲に。装甲と言うには、目的が防御ではなく攻撃に向いているのだが。

 別の形への同時変形は難しい。どうしてもイメージに拠るところがある以上、天使は一つ、という思考が働いてしまう所為かどうにも慣れない。

 だが、時間を掛ければなんとか。そして、そのための時間は十分にあった。

 先の膠着時間。

 あれだけの間があれば、一手分くらいなら同時変形も可能だ。

 刺さるまいと手を離し、身も引いたエレンに、身体を回しながら跳躍してからの回し蹴り。身体能力が上がっているということが意外と分かる動きだな。

 

「ちっ……」

 

 下がる距離をさらに広げることでそれを躱すエレン。防御を選択しなかったのは、腕の【竜麟】のように棘に変形するのを警戒してか。

 だが、それだけの間合いが開いてしまえば。

 

「――【防盾】!」

 

 割と最近にも変形させた盾の形にし、それをエレンへと押し飛ばす。

 目的は勿論、攻撃を防ぐためなどではない。今は攻撃されていないし、エレンの動きを予測した訳でもない。

 目隠し。

 それなりの速度で飛ばしたが、弾くなり斬り付けるなりして〈聖破毒蛇〉は無力化されるだろう。攻撃及び防御目的に変形させていないので、耐久力は紙同然。

 だが、一瞬でも俺を視界から外せたのなら。

 

「――今!」

 

 直後、慣れた浮遊感と共に、俺はその場から離脱した。




 この話投稿時点で、以前の【逆刀】を【小剣】に変えています。

 ダガーとかナイフって逆手に持つと絵面はかっこいいですが普通そう持たないよねと思い、逆、の字やめとくかとなった結果です。
 拙いながらに戦闘シーン書いてはみますが、どうにもざっくりとこういうことが起きている、という書き方が出来ません。いちいち一動作を書いてしまう。の割に文章力が無いので読みづらい。文章量の割に時間進まない。などなど。

 しかし、ううむ……原作で新しく判明した設定とかどうしまっしょかねー……。


 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 動きに合理性が無いって?……その場のノリで書いているので許して(´・ω・`)


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第85話

 どうやったらご一緒にポテトは如何ですか→コークスクリューとなるのか。

 七罪編後編三話です。
 再度申しますと、主人公の持ってる知識は原作十一巻まで。アンコールは時系列に準じて、です。作者自身の確認も込めてもう一度。
 正直、自分でどこまで書いてよかったか分からなくなるという。

 それでは、どうぞ。



 七罪が目を覚ましたらしい。

 エレンから七罪を救出したのが昨日の話。命に別状は無いと言っていたものの、傷自体は深く、転送した時点で気を失っていたとのこと。

 どうにも表現が曖昧になるのは、俺が別に直接見ていた訳ではないからだ。全部、クルーの人達から聞いた。

 もともと俺は監視状態の身。七罪救出時はエレンがいたからこそ俺も戦線に出たけど、むしろそれが例外的。本来なら俺は自宅か五河家で誰かと一緒に大人しくしてなくちゃいけない。七罪救出後はそっちに人員を回さざるを得なかったから、俺も家で待機する他無かった。七罪が気になって、暇潰しをする気も起きなかったし。

 だが俺は今、〈ラタトスク〉が所有している地下施設の一角にいた。

 なんでも、七罪が目を覚ました後、琴里と士道がそれぞれ会話を試みるも、顔面を引っ掻かれて拒絶されてしまったらしく、俺にもお鉢が回ってきたということだ。藁にも縋る思いというか、何かしら打開策がないか模索中なんだろうな。

 まあ俺は一応関係者の中では一番近い所で七罪と関わっていたし、こうなるのはある意味当然か。

 

「一応言っておくけど、変に刺激しないでよ? ただでさえ彼女、豆腐メンタルなんだから」

「さらりとひでえな、お前」

 

 俺も否定も弁護もしないが。

 案内役兼監視役、そして顔に引っ掻き傷を作った琴里と士道に連れられたのは、現在七罪が療養中のガラスで覆われた隔離スペース。視線の先では、近くに集めたぬいぐるみを手持無沙汰に弄ぶ七罪の姿があった。

 

「俺からも言うけど、士道や琴里で無理だったんだ。期待はしないでくれ。寧ろ俺、嫌われてるっぽいからなあ……」

「うん……そうなんだけどね……。見ず知らずの他のクルーよりは、まだ面識のある貴方の方が何かしらの動きがあると判断したのよ。正直、入った瞬間にぬいぐるみを投げつけられる未来しか見えないわ」

「あー……あれって、遊んでるんじゃなくて、弾を手元に置いているってことなのか……」

 

 はてさて、鬼が出るか蛇が出るか。

 意を決し、俺は部屋の入口に手を掛けた。

 ゆっくりと扉を開け、中に入ると、それに気付いた七罪がこちらに視線を移す。

 瞬間、その視線は怨嗟の篭った鋭い睨みへと変わった。

 

「……よ、」

「出てけっ!」

 

 何か言う前に、予想通りぬいぐるみが投げつけられた。綺麗に俺の顔面を狙ったそれをキャッチし、視線を開けるようにずらすと、すぐに第二投がやってきた。それをもう片方の手で掴むが、さらに第三投、第四投と続け様に投げつけられる。

 取り敢えず、最初にキャッチしたぬいぐるみを俺からも投げて第三投に当てることで勢いを相殺、防御。次いで第四投も同じようにもう片方で防御。第五投目をキャッチして第六投目に当てて、第七投目は殴り返して次に当てて……を繰り返すうち、ちょっとしたスリル感が楽しくなり始めたあたりで七罪の近くに残弾が無くなったらしく、攻撃が止んだ。

 あたふたとして、最終的に布団に潜り込んだ彼女が目元だけ出してこちらを睨みながら言った次の台詞は、

 

「ば、化物……ッ!?」

「酷くない? 俺でも傷付くよ?」

 

 勿論、冗談だが。

 取り敢えず、離れてても仕方ないので、壁際あった椅子を持って来つつ、七罪が丸まってるベッドに近付いていくことにする。

 限界まで俺から離れ、ベッドの端で布団に潜り込む七罪に苦笑しつつ、話を切り出す。

 

「久し振り、と言えばいいのかな。まあ、こうして直に話すのは暫くぶりだな」

「何の用よ……裏切り者のくせに」

「それは悪かった。俺にも俺の目的があったこととはいえ、お前を騙していたことには変わりない。改めて、謝るよ」

 

 すまなかった、と頭を下げる。

 七罪に原作がどうのという話をする訳にはいかないから、説明はできない。ただただ、誠意を込めて謝罪するしかない。

 

「や、やめて……調子狂うから……一応、納得はしてる……つもり、だから。そっちにも、理由があった、って……」

「そう言ってもらえると助かる」

 

 さて、あんまり引き摺っても暗くなるだけだし、話題を変えた方がいいか。

 

「傷の方はどうなんだ? 痛みとか、ないか?」

「……アイツもそうだけど、なんで、私なんか助けたりしたの?」

「士道のことか? なら、答えは一緒さ。エレンにやられてたからな。寧ろ、助けない理由がなかっただろ」

「あぁ……もうッ! 違うでしょ! アンタは目的の為に裏切ることを平然とやり遂げるような奴でしょうが! そんなアンタが善意百パーセントで私を! 散々嫌がらせしてきた私を! 助けたりする訳ないじゃない! 知ってるんだから! 知ってるんだからッ!」

 

 ボッフボッフと布団の中でベッドを叩きながら荒れる七罪。

 その様子に、俺は苦笑するしかない。

 士道からも聞いたのだろうけど、恐らくは似たような反応になったのかなあ。それに、現に俺は七罪を裏切っているのだから、その言葉に言い返せない。

 ただまあ、こうして会話が出来ただけマシなのか……な? わかんね。

 

「落ち着け、落ち着け。裏切ったことに関しては何回でも頭を下げるから。そう暴れられると会話にならねえ」

「う、る、さぁぁぁぁぁぁぁいッ! 黙れ黙れ黙れェッ! 皆して私を見下してんでしょ!? 散々自分達を嫌がらせしておいて、いざとなったら助けられた私を嘲笑ってんでしょ!? 言いなさいよ。何が目的――っ」

 

 騒いでいた七罪の声が、急に苦し気に途切れた。

 どうしたのかと思えば、傷に障ったのか、小さく呻くような声が聞こえてきた。

 

「言わんこっちゃねえ。大丈夫か? 人を呼んできた方がいいか?」

「い、いいわよ……別に。暫くすれば治るから……」

「……酷くなったら言えよ?」

 

 立ち上がりかけた身体を、再度椅子に座らせる。

 大きく深呼吸をするようなくぐもった声が数度繰り返された後、相変わらず殺意の篭った、だが、幾分かは薄れた視線のまま、七罪が口を開いた。

 

「……少し、気になってたんだけど」

「ん? おう。答えられる範囲なら答えるぜ?」

「アンタ、どうして私のことを知っていたり、他の人達の言動をああも正確に予測できてたの? その所為で調子に乗っちゃった私が訊くのもアレだけどさ」

 

 んー。ここで原作がどうのこうのっていう話はしない方がいいだろうし、はぐらかすか。

 それに折角七罪から話題を持ち掛けてきてくれたんだし、きちんと乗ってやらないとな。まあ出来れば布団からいい加減出てきて欲しいものだが……無理矢理剥ぐ訳にもいかんし、取り敢えずは放置で。

 

「それだけじゃないぞ。お前さんの能力、天使、抱えてた秘密まで。接触した時点でそれは分かってた」

「……実は、昔会ったことが?」

「ねえよ。あの時が初めて……じゃねえや。学校で士道にアンタが化けてた時か」

「そう言えば、目がどうのこうのって……」

「んー……まあ、その辺はいずれ話すさ」

 

 笑って誤魔化した。だが、話題を逸らすことには成功しているらしく、七罪はそれ以上の言及はせず、恨めしそうに布団の隙間から俺を睨むばかりであった。

 俺の視界や能力に関しては今言わない方がいいだろう。下手に警戒されたくないし。あーいや、むしろ隠す方が警戒されるかな。でももう誤魔化しちゃったしなあ。誤魔化した傍から、『やっぱ教えてあげる』なんて言ったら余計警戒されそう。

 あと、流石に気になるので、投げつけられ、無残にも床に散らかったぬいぐるみたちを集めとこう。

 俺は椅子から立ち上がり、周囲に散らばったぬいぐるみを拾い集めることにした。

 立ち上がる時に布団がびくりと動いたが……気にしないでおこう。

 

「……結局」

「ん?」

 

 半分ほど集めたあたりで、背中から声がかけられた。作業は続けたまま、続きを促す。

 

「どうした?」

「……アンタって何者なの?」

「……と言うと?」

「目の話もそうだけど、精霊かと思えば今のアンタからは霊力を感じないし、でも天使を持ってるし。天使も、私みたいに模倣するものかと思ったら、あのゴスロリの女の抵抗を無効化するし、かと思えば変形するし。実力だってそう。あのエレンとかいう奴と同じくらい強かったし」

 

 ねえ。

 

「――アンタって、結局何なの?」

 

 ……俺が何者か、ねえ。

 まあ霊力を感じない理由、天使が扱える理由、ゴスロリの女ってのは狂三のことかな。狂三の抵抗を無力化できた理由。全部七罪に話していない俺の能力故なだけなんだけどな。それに、俺はエレン程強くない。あの時は短期決戦どころか、そもそも時間稼ぎ目的、決着を付ける気がなかったからこその小手先勝負だった。あのまま行けば負けてたのは俺だっただろう。

 だけど、彼女が聞きたいのはきっとそういうことじゃなくて。

 はてさて、どう答えたものかね。

 

「……俺にも分からん」

「……」

「俺はただ、皆を守りたいだけだ。心配かけたり、頼ってしまうことも多々あるけれど、俺はアイツらに幸せであってほしい。勿論、お前もだ、七罪。そのためなら俺は、」

「俺は何だってする――とでも?」

「ああ」

 

 ぬいぐるみを集め終え、七罪の傍に並べながら笑顔を浮かべる。

 それを見た七罪は、何故か怯えるような顔で、

 

「……帰って」

「え?」

「帰って。もう話すことなんてない。話したくもない。早く私の前から消えて」

 

 ……これ以上ここにいても彼女は頑なに態度を変えないだろう。

 仕方ないかと諦め、俺は立ち上がる。ぬいぐるみは既に並べ終え、その周囲だけやたらとファンシーだった。

 そして、部屋から退出するその間際。

 

「…………狂人め」

 

 狂人。

 その言葉が何故か、やけに耳に残った。

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

「悪い。やっぱ無理だったわ。布団の中から出てすらこなかった」

 

 退出し、外で待機、且つ中の様子を監視していた琴里と士道に対して首を横に振る。

 引っ掻き傷を二人が付けているってことは、少なくとも七罪は二人に対しては一応姿を見せたのだろう。あ、いや二人とも無理矢理布団引っぺがしてたわ。琴里は知らないが、なんかそんな感じがする。

 

「こっちでも精神状態を確認してたけど、駄目ね。嫌われている、というより怖がられてるわよ、七海」

「……まあ、それはひしひしと伝わってきたよ」

「でも、一度癇癪を起こしたとはいえ、初めて普通に会話できたのは確かなのよねえ」

 

 その理由が傷が痛んで大人しくなったから、じゃ駄目だとは思うがな。

 一人、去り際に掛けられた言葉を反芻する。

 

「……狂人、か」

「? 何か言ったか、七海?」

「いや。何でもねえ」

 

 俺が少なからず狂っている自覚はある。壊れている自覚はある。

 だけどそれを治す気は無いし、治せるとも思っていない。

 あの日、あの時、あの場所で。楓を殺してしまったその時から、俺は段々と崩れていったのだろう。

 クスクスと小さな笑い声が頭の中で聞こえる。もしかすると、こんな思考をしている俺を見て楓が笑っているのかもしれない。もしくは、あいつならそうするだろうという思いから生じる幻聴か。

 俺は。

 どうすればいいのだろう。

 俺の行動は正しくはないかもしれない。もっといい方法があったかもしれないし、あれが最善策とは決して言えまい。

 だが、間違ってはいない筈だ。彼女達を危険から遠ざけるという点において、俺は間違っていなかった筈なんだ。事実、少なくとも直接的に危険に晒されることはなかっただろう。そりゃ俺じゃ手の届かないことはあった。どこかで負担を強いることはあった。だけどその時は、それしか方法が思いつかなかった。

 俺は。

 

「……あ」

 

 そうして悩んでいると、唐突に士道が手を打った。

 ああ、そうだ。今は俺よりも、七罪のことだな。なんか知らん間に話が進んでいた。

 

「なあ二人共。上手くいくかは分からないけど、七罪のコンプレックスをどうにかするってことならこんなのはどうだ?」

 

 そして、その士道の案を聞いて俺達は、

 

「いいわ。他に有効な手段もないし、試してみましょう。必要な物は全部〈ラタトスク(こっち)〉で用意してあげる」

「ああ、頼む。俺は皆に協力してもらえるかどうか聞いてくるよ」

「俺からも話しを通しておこう」

「ええ、お願いするわ。――決行は明日。七罪の朝食が終わり次第急襲をかけるわ」

「ふむ……それじゃ士道、皆に話を終えたらちょっといいか。琴里も、クルーの人達を一部借りたいんだが……」

「いいけど、どうするの?」

「ま、その時に話すさ」

 

 こっちもこっちで、そういうのに詳しそうな奴を別途呼んでおくか。

 そして琴里は、チュッパチャップスを指で挟み、口の端をニッと上げると、

 

「さあ――私達の戦争(デート)を始めましょう」




 そういえば最近サマポケ始めました。

 とりあえず先のことは置いておいて、二亜と六喰をそれぞれどっち側に入れようか悩乱中。
 主人公側にもロリ枠入れて良いだろうとは思うものの、六喰を入れると某中二病以外全員巨乳枠にもなってしまうという。かと言って士道に入れると士道側にロリ枠全員入るという。ううむ……。

 そのうち主人公の性格や考え方について言及できるようなシーンが書ければいいなと思いつつ、どこで書くか全く予定が立たない。お陰でよく分からない独白を文字数稼ぎのためだけに使ってしまう。あはは。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 卓球むつかしい。


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第86話

 遅筆で本当に申し訳ない……

 取り敢えずようやく書き終えたので投稿。七罪、変身するの巻。仮面ライダーの一話みたい。
 七罪編はあくまで士道くんが中心の章なので、オリ主が空気になりがち。是非も無し。
 これで九巻の内容は約半分弱ってとこですかね……?

 それでは、どうぞ(注意:TS要素有り)



 決行はすぐだった。

 翌日、七罪が朝食を摂り終えたことを確認してから、士道や十香達と共に部屋へと突撃する。

 皆の手には麻袋やらロープやら、所謂、拘束する道具が携えられていた。……ロープはともかく、麻袋って何だよ。

 因みに俺は手ぶらだ。運搬担当である。

 

「な、何……一体!?」

 

 七罪が狼狽に満ちた声を上げるが、こちらに一切の返答はなかった。ただ一言、琴里が口を開く。

 

「確保ーっ!」

『おおーっ!!』

 

 その号令に合わせ、士道と十香、四糸乃が一斉に動く。

 混乱している七罪は抵抗する間もなく、麻袋を被せられ、再度の琴里の号令で今度はロープでぐるぐる巻きにされてしまった。

 有り体に言って、ただの拉致現場だった。

 

『んー! んんんーッ!?』

 

 俺が担ぎ上げると、ようやく現実を認識したのかびったんびったん暴れ出す七罪。

 はっはっは。腕も足も出ない芋虫みたいな状態で暴れられた所で、下手すれば手が滑って落としてしまうかもしれなくなるだけだぜ。

 ……ふむ。

 一つ思いついたので、実践。

 軽く七罪の身体を持ち上げて、手を離す。俺とぶつかる前に、キャッチして受け止める。

 

『ぴぃっ!?』

 

 真っ暗で何もかもが不明な状態での浮遊感。からの落下の感覚。普段から空をびゅんびゅん飛んでる奴とは言え、こんな状況なら怖くもなる。

 小さな悲鳴と共に大人しくなったのを確認して、止まっていた歩をまた進める。

 泣き言と怨嗟の声が小さく、しかし延々と漏れ聞こえるのが怖い。

 歩くこと数分。

 目的地に着いた俺達は、七罪をゆっくりと下ろし、拘束していたロープや麻袋を取り外す。

 

「う……」

 

 眩しいのか、手で影を作る七罪。暫くして目が慣れた辺りで、この場の光景を目にした七罪は、今度は口をポカンと開けた。

 

「な、何よ、ここ……」

「はぁーい、一日限定エステサロン、『サロン・ド・ミク』へようこそー」

 

 暖色系の光に照らされた部屋。アロマでも焚いているのか、微かに花の香りが漂っている。部屋の中にはシングルサイズのベッドが一つ置いてあり、傍らに看護婦のような恰好をした美九がいた。

 呆然としていた七罪に声を掛けたのも美九である。

 

「ちょ、ちょっと、何よこれ……」

「何って、今美九が言っただろ。エステサロンだよ。お肌のケアをするんだ」

「……ちょっと待ってよ。え? 意味わかんない。なんで――」

 

 答えたのは士道。内容も明確だったと言うのに、何故か余計に混乱しているようだった。

 だが、急にハッと肩を揺らすと、やはりそうかとでも言わんばかりの表情で、

 

「は……ははっ、成程ね……私にこんなことさせて、勘違いのブスの滑稽な姿を嗤おうってわけ? あっはは……いい趣味してるわアンタら。私と同じくらい性根が腐って……」

「とうっ」

「あたっ!」

 

 七罪のネガティブ発言を遮ってその脳天にチョップしてる琴里を尻目に、俺は俺で美九に近付く。

 七罪の対応は士道や琴里達に任せるとして、俺は俺で必要な準備や確認しとくか。

 この部屋の隣には耶俱矢と夕弦の二人が待ち構えており、彼女達は七罪の髪を整える担当。さらにその先には多数の衣装を取りそろえた部屋と続く。

 そして最後が……。

 まあ、いいや。

 

「準備の方はどうだ?」

「おおむねバッチリですかねー。使う予定のアロマオイルも最高級の物を用意してもらいましたし、部屋の雰囲気もいい感じですー。後は七罪さんが暴れたりしなければいいんですけどぉ……」

「琴里も付いてるし、そういうことは無いだろうさ。暴れてどうにかなる程力も回復してない」

 

 それに、実は前に一度美九からエステをしてもらったことがあるのだが、その時あまりの心地良さに寝てしまった覚えがある。美九から迫られてやってもらったが、あれは割と癖になる。いつかそのうちまた頼もうかと思う程度には。……少々身の危険を感じるので未だにそれ以降やってもらってないが。

 ともかく。

 あんな心地良さならば、七罪も暴れて抵抗しようとはするまい。ずっと緊張状態なのだろうし、俺と同じように眠ってしまうかもな。

 

「それよりもぉ……だーりんも、約束、覚えててくださいねー?」

「……まあ、そういう話になったしな。仕方ない」

「やたー!」

 

 喜びを顔いっぱいに浮かべる美九。聞こえてくる鼻歌に、コイツ鼻歌すら綺麗なんだなーと現実逃避気味に考えを巡らす。

 今回の件に関して、俺は美九に一つ貸しを作っている。というより、作らされた。最初は何も言ってこなかっただが、急に悪い顔した美九にそう持ち掛けられたのだ。

 何かお礼はしたいとは思っていたし、それ自体は別にいい。

 だけど、内容がなあ……ま、その時はその時だ。

 

「――じゃあ、頼むぞ美九」

「はいはーい。任せちゃってくださぁーい」

 

 小さく手を振り、部屋の奥の扉から外に出て行く。美九の視線がちょっと危ない気がするが……ここで犠牲という言葉を使っていいものか。

 出る直前で再度中を振り返り、俺自身のこれからと美九の変態性に溜息を一つ溢す。

 さて。

 

「さあ士道」

「……何だ」

「覚悟を決めねえとなあ……」

「やっぱりそうだよなあ……」

 

 陰鬱な息を漏らす。

 

「今更ぐちぐち言わない。提案した七海も、それを承諾した士道も、言ったからには責任を持ちなさい。ほら、さっさと準備してくる!」

 

 琴里に急かされて、俺らは予定の部屋へと向かうのだった。

 俺らにも担当する部屋がある。俺ら以外の奴等で七罪のコーディネートをした後の、要は仕上げの部分。正直俺が居る必要は無いと思うが、まあ提案者としてきちんと付き合えということだな。

 

 

 

 およそ四、五時間程経っただろうか。

 三時間程の仮眠を挟み、残った時間で最終調整や段取り確認をしていると、琴里から連絡が入った。どうやら七罪の衣装選びが終わったらしい。

 結局この時の為に俺も士道も殆ど徹夜だったし、丁度良く休憩を取れた。

 連絡から数分。この部屋へと続く扉が開く。

 入ってきたのは、押されるようにしている七罪を先頭に、琴里や八舞姉妹など、今回協力してくれた精霊の皆。

 そして七罪は、見違える程綺麗になっていた。

 ボサボサだった髪は一部結わえられて耳の高さで纏められたツインテールにされており、服装も病衣からシックなお嬢様然とした服装へと着替えさせられていた。諸所に散りばめられた花や蝶の意匠がなんとも可愛らしい。

 やはり、素体は良い筈なのだ。本人の自己否認の所為で色々台無しになっていただけで。

 まあこれを本人に言ったところで巡り巡ったネガティブ思考の果てに逃げ出すかはっ倒されるかの未来しか見えないが。

 

「……ほら、士道」

「……ええい、こうなりゃもうヤケだ」

 

 横に立つ士道の脇腹を小突くと、士道は自暴自棄にでもなったかのようにそう呟いて七罪の前に立った。

 

「よく来ましたね! ここが七罪変身計画、最後の部屋。メイクアップルームです!」

 

 指と指の間にリップグロスやアイライナー、コンシーラー等のメイク用品を挟み込んだ士道が高らかに宣言する。

 ――()()()()()で。

 同じく高くなった声で俺も前に出る。

 

「ということで、俺……はあ。私達のメイクで貴方を変身させてみせます」

 

 何か迫力でも感じたのか、七罪が一歩後退った。実際自棄になって鬼気迫る部分はあると思う。主に士道から。あ、目の端に涙が。……すまん。

 

「な、何言ってるのよ。そんなんで私が変われる訳……」

「変われます!」

「て、適当なこと言わないでちょうだい! 私なんかが……!」

「本当に、そう思いますか? メイク程度じゃ、人は変われないのだと。変われる訳がないのだと」

「あ、当たり前じゃない!」

 

 七罪が叫ぶと、士道は指に挟みこんでいたメイク用品を、腰に付けていたポーチにしまい込んだ。今回メインで仕事するのは士道なので、俺の方の荷物はあまりない。俺の仕事は精々意見を出す程度で、もしくはもしもの時のための用心棒。

 士道はゆっくりと自分の首元に手を持っていく。

 そして、首に貼られていた小さな絆創膏のようなものを勢いよく剥がした。

 

「それは私が、いや……俺が、男だとしてもかぁっ!?」

「は……!?」

「ちなみに、俺の方も男だ」

「えぇ……っ!?」

 

 俺も喉の造りを変え、声を元に戻す。

 七罪の方はと言えば、突然目の前の()()から男の声が聞こえてきたからか、ビクッと肩を震わせていた。

 あっはっは。どっきり大成功。七罪の反応も小動物みたいでかわいいものだ。あっはっはー。

 ……はあ。何でまたこの姿に……。

 俺達の声に、ようやく七罪は正体に気付いたようだった。

 

「ま、まさか……アンタ達、士道に、七海……!」

「ご名答」

 

 頷く。

 繁々と俺らの顔を交互に見詰める七海。へっ、そんなに見詰められると照れちゃうぜ。

 ともかく。

 俺の発案により、士道は原作において誰よりもヒロイン力が高いと言われる士織ちゃんモードになってもらいましたー。わーい。どんぱふー。

 ついでに俺も巻き添えを喰らって万由里との騒動以来の七霞モードである。解せぬ。

 

「へ、変態……ッ!?」

「「…………」」

「あ、傷付いてる傷付いてる」

「まあでも否定できませんもんねー。大変可愛らしいんですけどぉ……」

 

 うるせえ。

 

「と、とにかくだ! 美九や女性スタッフ等色んな人達の訓練により、俺のメイク技術は男を女と誤認させられるレベルにまで達してしまった!」

「半分以上は士道自身の素質だがな。知らない奴に見せてみた所、外見だけなら百パー士道だとバレない」

「……とにかく、今の俺にならお前に自信を持たせることが出来る! 勝負だ、七罪。俺の、俺達の全身全霊全技術以て! お前を! 『変身』させてみせる!」

「……っ!」

 

 顔を強張らせる七罪。もしかすると、心のどこかで自分も変われるかもしれないと、そう思ってくれたのかもしれない。

 だが、彼女はキッと眼つきを鋭くし、何かを押し込めるかのように奥歯を噛んだ。

 

「……いいわ。やってもらおうじゃない。でも、忘れないでよ。私が納得しなかったら、勝負はあんたの負けだからね!」

「ああ、分かってる。七海も、それでいいよな?」

「ん。よし。じゃあ七罪、椅子へ」

 

 座るよう促すと、七罪は素直にそれに従った。顔が近付いたからか、まじまじと俺と士道の顔を見てくる。

 その視線から感じるのは、不信、疑惑、驚愕、そして……ほんの少しの期待か。

 ブンブンと、道具の準備や点検をしていると七罪が頭を振る。

 そこから何かを察したのか、士道がにこりと七罪に笑いかけた。

 

「大丈夫だ」

「……っ」

 

 かぁっと頬を紅潮させる七罪。俯いてしまう。はてさて、これは何に対する照れ隠しなのか。

 ちょっと下世話だな。止そう。

 

「……あの、一ついい?」

「ん? どうした。寒いだとかあるなら調節できるが」

「そうじゃなくて、その……その顔で男の声出されると気持ち悪いんだけど」

「「…………」」

 

 俺達はどこか悲しそうに、それぞれの方法で声を戻した。

 

「じ、じゃあ始めるぞ! まずは全ての基本、洗顔からだ」

「これを怠ると化粧乗りが悪くなる。結果に大きく差が出ちまうのさ」

 

 女声と呼べるくらいには声が高くなった俺達で七罪に指示を出しながら、入念に顔を洗ってもらう。洗い終わったら終わったで、化粧水を顔全体に馴染ませる。

 

「――よし、後は俺に任せろ」

 

 手早く七罪の顔に化粧下地を施し、パフを使ってうっすらとファンデーションを乗せ始める士道。

 おお、徹夜で猛特訓した成果が出てる。

 ……いや、普通一日でこうはならんだろ。何、士道の隠れた才能怖いんだけど。家事スキルに化粧スキルまで手に入れたらもうお嫁にいけるやん。笑える。士道に言ったら怒られそうだから心の内に留めておこう。

 

「言っておくが、七罪」

 

 作業中、士道が口を開く。

 

「俺達は別に、メイクでお前の顔を別人に作り替えようとなんてしちゃいない。俺達は背中を押すだけだ。お前が、凝り固まった『自分は駄目だ』って考えから抜け出せるように、手伝いをするだけだ」

「……ふ、ふん、口だけは達者ね」

 

 七罪は不機嫌そうにそう言うが、俺も士道もそれが強がりだと気付いているので、静かに笑みを浮かべるのみ。

 そして、頬にチークを乗せ、アイメイクを施し、時折色や程度を俺と相談しながらメイクを続け――最後に、唇にグロスを塗っていく。

 

「――さ、完成だ」

「こ、これで完成? 随分とあっさりしたもんね」

「士道が言ったろ。元の顔を殺す気はねえんだよ――っと、おぉ……」

「な、何よ……」

 

 七罪が振り向き、その顔を目にした瞬間、思わず声が漏れた。

 終盤、この大きな姿見を取りに行っていて席を外したが、一度リセットして再度見ると随分と変貌したものだ。

 艶を失ってた髪は照明の光を照り返してキラキラと輝いてるかのようで、肌も血色が大分良くなった。服も相まって、一見すれば淑やかな令嬢を思わせる。

 そして、貌。

 頬や目の輪郭など、元との違いはと言えば言う程大きなものはない。だが、それら一つ一つの僅かな違いが、七罪の相貌を一気に変えている。

 端的に言って、大変可愛らしい。

 へえ。美九や狂三とかは出かける時など、ほんの少しだけ化粧をしている時があるがやっぱり変わるもんだな。初めて見た時も少し驚いたし。

 ……美九、興奮するのは分かるが、くれぐれも飛びつくなよ? 今は俺の袖を引っ張るくらいで収まってるけど、それ以上は駄目だぞ?

 

「な、何よ、何なのよ……」

 

 俺以外の奴らも一様に驚いた表情をしているのに気付いたのだろう。七罪が動揺してる。

 俺は士道にサムズアップすると、先に男の姿に戻ったからか不満気な顔を向けてたが、やりきった顔で同じように返してきた。

 ふ、まあぶっちゃっけ俺要らなかったし先に戻ってても問題ないよネ。

 さて、そろそろ焦らすのも止めよう。

 

「さあ七罪、これが、お前だよ」

 

 一気に姿見に掛けられていた布を取り払う。

 

「え――」

 

 七罪の顔が驚愕に染まる。

 信じられないものを見るような調子で、ぺたぺたと自分の顔を触る。呆然としているその様子に、俺も士道もやや苦笑気味である。

 

「こ、これ……私……?」

「ああ、間違いなく、七罪、お前だよ」

 

 ぽん、と小さく士道が七罪の肩に手を置いた。

 うむ。ここまで素直に驚いてくれると、提案した身としても嬉しい限りだ。今回あまり仕事してないが、喜ぶくらいは許してほしい。

 

「うむ! 綺麗だぞ!」

「あら、いいじゃない。どう? 感想は」

「あらあら、これはこれは大変見違えましたわねェ……ふふ、とても可愛らしいですわよ」

「止めないでくださいだーりん。私はあの子をお家に招待するという使命が……っ」

 

 招待するだけならいい。だがだったらその手をわきわきさせるのやめなさい。あと顔どうにかしなさい。

 

「――どうだ? 七罪。勝負の結果は」

「……っ!」

 

 士道の言葉に、息を詰まらせる七罪。

 自惚れでなければ、この勝負は士道の勝利だろう。あの七罪の反応を見るに、少なくとも悪い印象は持っていない筈だし。

 

「あ……あ……」

 

 七罪の目がぐるんぐるん泳ぎ回り。がくがくと足が震え始める。

 脳が処理エラーでも起こしているのか、頭から湯気が出てくるのを幻視した。気がした。

 そんな様子の七罪を心配してか、士道が声を掛ける。

 

「お、おい、七罪……?」

「う、あ、あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!」

 

 ガリガリと頭を掻き毟って、大声を上げながら七罪は元来た道を駆けて行ってしまった。

 それはまるで、鏡に映る変身した自分から逃げているようにも見えた。




 殿町への紹介だとか、神無月マネージャーのくだりはカットかなあ……

 ということでお化粧。主人公が正直不要。ちなみに今回一番何もしていないの狂三である。
 士道くんは何で一晩で化粧技術をマスターできているのか。化物では?
 一応七海もちょくちょく手伝ったりはしていたという裏設定を今作りました。
 
 七罪編の終盤から折紙編に入るわけですが、また士道中心。
 なんか考えてたような気もしますけど、随分前なのでもう忘れ気味。

 それでは次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 正直、美九はともかく狂三が薄くでも化粧してるってのは完全にイメージです。


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第87話

 お久しぶりです。三か月半。ケッ。

 気が付けばお気に入り登録者数が遂に1000を越えました。登録してくださった皆さん、本当にありがとうございます。
 何だかんだ話数がそれなりにあるので、アニメの流れに乗じて見つけてくれた方がいたんでしょうか……?
 しかし遅筆。申し訳ない……。

 それでは、どうぞ。


 勝負の結果、七罪の士道に対する好感度は最悪の状態からは脱したらしい。戸惑いや動揺が大きく、あの場は逃げ出してしまっていたが、悪くは思っていないようだった。

 令音さんの推察と問診、解析によると、七罪は他の精霊と比べて現界している回数が極めて多く、その時、ありのままの自分を誰も相手してくれなかった、蔑まれたといった経験の積み重ねが彼女自身の価値観の歪みに繋がったのだろうとのこと。だから、変身していない状態での過剰なまでのネガティブさが形成されていったのだろう、とも。

 結局は、認めて欲しい、ということらしいけどな。

 

 ということで。

 

 琴里の主導で、自分は可愛い、と七罪に自信を持たせる作戦が始まった訳だが……。

 

 無関係だが都合のいい第三者による客観的な意見を直接伝える作戦。

 殿町に頼んでみた結果、最終的に七罪が暴れ出して撤収する羽目に。

 

 少しは事情を知っている人物を使ってみよう。

 神無月さんがモデルのスカウトを装って接近した結果。人殺しと勘違いされて平手打ちを喰らってた。良い笑顔だった。

 

 まずはそもそも会話に慣れさせるためにレベルを落とすことにし、某ファストフード店で椎崎さんを店員として紛れ込ませて注文をしてみる。

 コークスクリュー。

 

 ……どれもこれも、失敗に終わったのだった。

 俺の、そして七罪の監視の意味も込めて同行してたのだが、原作の記憶が多少はまだ残ってるから分かるとはいえ、それを差し引いても七罪の思考回路は読めん。どうなってんだあれ。

 今は気分を落ち着かせようということで俺達は管理室で監視、七罪自身は元の部屋に戻っていて、布団を頭から被ってもぞもぞしてた。

 ……あ、大人しくなった。傷が開いてないといいが。

 ちなみにここには今俺と令音さん、あと少しのクルー。琴里と士道は地上もしくは〈フラクシナス〉である。

 

「――ということで、何か別の良い案ないですかね」

「ここまでだと、まず普通の会話に慣れさせることからした方がいいのかもしれないね」

「んー。目的は違ったとは言え、最初の殿町との会話があんな結果だったんですし、少し捻らないといけないかもですね」

「……あの時はあの時で彼女を持ち上げすぎた所もある。普通とは少々言い難いと思うよ」

「あー……それもそっか」

 

 暇なので雑談兼作戦会議中。

 少しでも七罪が極度のネガティブを解消ないし脱却する方法を色々と模索しているのだが、いやまあ見つからないものだね。全部士道に投げつけたくなるわ。

 基本的に女性を憎悪と見違える程に嫌悪しているし、俺はなんか怖がられてて一緒に居ると精神が微妙に安定しない。極度のコミュ障でもある七罪じゃ、知人がいない場で見知らぬ人との会話なんてできるとも思えない。

 やっぱ士道しか適任がいないと思う。うん。

 

「そういや、七罪の容態ってどんな感じなんですか?」

「……まだ傷は塞がっていない。あれだけ大暴れしていたんだ。もう危険視する程のものではないだろうけど、もう暫くは様子を見ていた方がいいだろうね」

「ふーん……」

 

 じ、と監視カメラに映る盛り上がった布団を見る。

 先程から、一切の動きを見せない、その塊を。

 疲れて寝た、傷が痛む、単純に大人しいだけ――なんて筈もなく。

 いやまあ、うん。知ってはいたんだけどね? それを言うのはまた違うじゃん? ここで七罪はこうしてなければならないのだから。

 詰まる所。

 

「あの」

「……なんだい?」

「七罪、逃げ出してますけど」

「…………」

 

 令音さんは何事か手元のコンソールを操作すると、少しして動きを止め、連絡端末――琴里へと報告を行った。

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 およそ二時間後。俺は変わらず令音さんと一緒で、場所だけは変わって〈フラクシナス〉の艦橋内であった。

 あの後七罪の捜索を機関員総出で行ったが、地下施設のどこにもその姿は無く、何人かの証言により琴里に化けていたことまでは分かったが、それが判明したところで今更どうなる訳でもなかった。

 士道は休憩の意も込めて、地下施設に持ってきていた宿泊道具を自宅に持って帰ってもらっている。

 現状手掛かりもない。闇雲に探すのは時間の無駄だろうしな。きちんと観測器はフル稼働させてるので、捜すのを止めた訳じゃないぜ。

 ……うん? ああ、勿論俺は七罪の居場所の目処は立ってる。確証はないけどな。だが、それを教える訳にもいくまい。

 さて、士道はこの後自宅にてエレンと邂逅、ほぼ同じタイミングで、爆破術式を搭載させた人工衛星を観測……だったかな。大まかな流れはまだ覚えてるが、流石にもう曖昧だな。

 出来れば士道の方に付いていってやりたいが……緊急事態のこの状況で俺を士道と二人にするはずもなく、琴里と令音さんがいるこの場所で待機を言い渡されてしまっている。

 まあいい。

 さて、そろそろか?

 

「……ん?」

 

 うん、箕輪さんが見つけた。

 琴里に詰め寄られ、箕輪さんが自身のパーソナルディスプレイに映っている画面をメインモニタに表示させる。

 拡大を何段階か重ね、ようやく映像が映し出されると、クルーの人達全員が怪訝そうに眉を顰めた。人工衛星というのは分かるんだな。

 

「微かにですが、魔力反応があります! しかもこれは……爆破術式……?」

「何ですって?」

 

 御木本さんの声に琴里が眉根を寄せる。

 うむ。やっぱりな。

 確かDEMの中でアイザックに謀反を起こそうとした連中が、天宮市ごとぶっ壊してやるぜー、みたいな話だったような。

 

「もし……天宮市にこの人工衛星が落ちてきたりすたら、どうなると思う?」

『…………ッ!」

 

 言葉を失うクルーの人達を前に、俺は一人拳を握った。

 流石に、このの後の状況を考えても、俺が出ないというのは俺が我慢できない。多分戦力的に出ざるを得ないだろうとは言え、だ。

 それに、一つ気懸りな点もある。

 ……これについては一応予測、推測は立てているとはいえ……あまり確信は持てない。何せ、原作でも語られていなかった部分だ。知る由もない。

 いや、今は目の前のことに集中しよう。もしかすると、八舞姉妹や狂三たちの力を借りることになるかもしれん。

 視線の先、琴里は携帯を取り出し、誰かへと繋げる。会話から察するに、士道か。

 琴里が人工衛星の件を説明している途中で、空間震警報の音をマイクが拾う。士道は焦るが、琴里の推測通り、これはDEMが意図的に流した誤報。わざわざDEMが人工衛星をこの街に落としに来る理由についてはイマイチピンと来ていないようだが。エレンの件もあって混乱しているようだ。

 まあ、ここについては少し口出ししてもいいだろ。

 

「DEMの一部の人間が、エレン辺りに一矢報いようとしたんじゃないのか? ま、士道の言葉から考えると、寧ろエレンにというより、もっと上の人間に、かもしれんが」

「DEM内部での反抗運動……? 少し突拍子すぎない?」

「あくまで予想さ。結局考えても仕方ないんだ。早いとこ迎撃やら避難やらを済ませよう」

「……そうね。墜落までの猶予もあまりないし、これについては一先ず置いときましょう」

 

 最後に士道に人工衛星迎撃の作戦を大まかに説明したところで、通話は終えたようだった。

 だが、しかし、待っても士道が玄関から出てこない。今はもうその数分すら惜しいというのに、だ。

 苛立たしげに、再度士道へと電話を掛け直す琴里。

 半分キレながら通話する琴里だが、急にその勢いが衰える。

 彼女は口にした。

 ――未だに見つかっていない、『七罪』の名前を。

 そうだ。士道がこの状況で安全圏である〈フラクシナス〉に素直に回収されるとは思えない。アイツなら間違いなく、時間ギリギリまで七罪を探して街を走り回るだろう。

 士道が自分の安全を顧みずに捜索に出ていると言うのに、俺はこうしてモニタを見ることしか出来ないのか? 琴里と士道の会話に耳を傾けることしかできないのか?

 ――んな訳ねえよなあ?

 

「琴里、令音さん」

「……どうしたんだい?」

 

 まだ通話中の琴里に代わり、令音さんが応える。琴里も、一応顔だけは向けてくる。

 告げる。

 

「俺も出る」

「……そう言うとは思っていたよ」

 

 大した驚きもなく、令音さんはそう返す。

 流石に、こういう時に俺が何をしようとするのかぐらいはもうお見通しか。

 

「正直な話、君の手を借りれるのはこちらとしては有り難い。こういう状況だからこそ、監視がどうのという話は一旦置いとくべきなのだろうからね」

「じゃあ……っ」

「あとは、司令官がどう判断するか、さ」

 

 二人分の視線が、今度は琴里へと刺さる。

 数秒、琴里は俺の眼を覗き込むように見つめると、一つ息を漏らした。

 

「……行くなら早くしなさい、二人とも。時間は限られてるわ。こっちも自律カメラで行方を捜すけど、まあ、あまり期待しないでちょうだい」

「っ。ああ! ……ありがとうな」

 

 俺には準備なんてこの身一つで十分。あと必要なのは覚悟と決意。

 転送装置で地上に送られる間際、琴里に振り向いて感謝を短く伝える。そして、足が地面の感触を捉えると同時に、俺は空へと飛び立った。

 




 前哨戦というか嵐の前というか。

 これ以上書くと区切りが悪くなるのでここで一度カット。いつもより1000文字弱少なめとなっております。
 次回は恐らく七罪編後半で一番の盛り上がる部分。尚、当作品において盛り上がるかどうかは別問題とする。
 原作では封印状態の精霊総動員&士道くんの鏖殺公で頑張ってたけど、ここでは未封印の精霊が少なくとも五人&チーター主人公がいます。さてどう絶望させようか。無理じゃね。
 
 前書きでも申し上げましたが、お気に入りが1000人を越えました。改めて、心より感謝を申し上げます。このような拙く、筆も遅い作品をお気に入り登録してくださり、本当にありがとうございます。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 折紙さんも書っかなっきゃなーっ。


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第88話

 すっ(次話投稿)

 さっ(逃げる)

 ……ちら(「それではどうぞ」と書かれた看板を掲げている)


 一気に高度を上げて見渡せば、目標の位置はすぐに分かった。あれだけの巨体だ。わざとそうしない限り目につかないことはない。

 ってか空気薄いなあおい。辛いことありゃしない。あと寒い。

 霊力と能力でなんとかなるとはいえ、そう長居もしたくない。

 落下中の人工衛星に近付く。途中阻まれる感覚があったが、俺の霊力の性質上それらは無視できる。確か、上部に取り付けられたスラスターと、どこかにある敵空中艦の随意領域があるんだったか。空中艦の方は〈フラクシナス〉に任せるとして、俺は人工衛星の方を処理しよう。

 取り敢えず段取りとしては、一応スラスター内部にドッキングされているバンダースナッチ(厳密には形が似ているだけだったか)の破壊、そしてこの人工衛星、正確には爆破術式の無効化って感じか。破壊事態は然程問題にはならないだろう。となると重要なのは、爆破術式をどうやって止めるか、だ。

 一番手っ取り早いのは、霊力を流し込んで内部からの無力化及び破壊だが、その段階で爆発しようものならひとたまりもない。いくら俺とは言え、戦術核級の爆発を間近で食らって無事でいられるかと訊かれれば怪しい所だ。

 だから保険に保険は掛けておこう。大丈夫。七罪の件で俺にソレが可能なのは立証済みだ。

 まあどのみち最初はあの機械人形の排除か。

 人工衛星の上の方を目指せば、記憶通り、不格好な丸いスラスターがそこにはあった。確かこの中にバンダースナッチが存在していて、そいつが随意領域を展開させているのだったか。まあどのみち壊せばいい。こっちの方はそれで問題ない。

 

「来い、〈聖破毒蛇〉」

 

 天使を喚び出す。形はスタンダードに両剣。

 霊力を乗せて射程を伸ばし、一閃。返す動きでもう一度。

 随意領域ごと切り裂いたスラスターは中身を露出させる。中のバンダースナッチ擬きにも当たっていたのか、見覚えのある機械の残骸もあった。一応、霊力をただ弾にして撃ち出し、出来得る限り内部も破壊しておく。

 ん……まだ間に合うな。

 次はこの人工衛星そのものだが、ただ破壊するだけでは危険が過ぎる。

 ので、先に動きを止めてしまおうと思う。

 落下運動だけではない。まさしくこの人工衛星の全てを。

 

「〈聖破毒蛇〉――」

 

 イメージとしては七罪の天使。効果としては、その上位互換にあたるのかもしれない。

 元より俺が扱う霊力は偽物だ。精霊ではなく、精霊の力を扱えるだけの人間に過ぎない。

 だが、だからこそできることがある。

 

「――【模倣・刻々帝(ロール・ザフキエル)】」

 

 狂三の霊力を創り出す。

 俺の霊力は基本的に今まで会ってきた精霊の霊力が混ぜ込まれている。大は小を兼ねるっていう訳じゃないが、その中の特定の霊力を抽出して使うことぐらい、造作もないって話だ。実際七罪の時だって、七罪の天使や霊力を予め理解した上で使った。だからこそ代わりとして機能したのだから。

 いや、今はそれはいい。

 現界するは巨大な時計型の天使〈刻々帝〉。現界というよりは、〈聖破毒蛇〉の変形といった方が正しいのだろうが、どっちでもいいか。

 古式の短銃と長銃をそれぞれ手に持ち、霊力の使用方法を把握、選択。

 目的は停滞。俺にとって霊力は無尽蔵なものである以上、燃費は度外視。最初からこの弾丸を使おう。

 

「【七の弾】」

 

 時計から漏れ出した霊力が銃に込められ、弾丸となって対象を撃ち抜く。

 【七の弾】の効果は対象の完全停止。【二の弾】と違って遅延ではなく停止。その分消費も激しいが、霊力で代用可能の時点で俺には関係ない。

 さて、止まっている内に必要分の攻撃と離脱を済ませなければ。

 〈聖破毒蛇〉を元の両剣の形に戻し、人工衛星に突き刺す。そうした方がイメージしやすいしな。

 突き刺さった刃部分から、霊力を染み込ませる感じ。

 俺の霊力の性質上、それだけで中はどんどん破壊されていく。いや、破壊ですら生温い、完全なる消滅である。消滅した分のエネルギーや物質はどこに行くのだろうと言う疑問過るが……無視だ無視。色んなナントカ理論に抵触しそうな気がするが、気がするだけに留めておこう。

 視界を使い、十分量の消失が済んだであろう段階で一旦離れる。地上側から一応の保険として剣撃を飛ばしておき、さらに離脱。

 さてっどれくらい離れればいいのだおるかと思い始めた辺りで後方から破壊音。どうやら爆発を防ぐことには成功したらしく、伽藍洞になった人工衛星が真っ二つに切り裂かれ崩れ去る光景がそこにはあった。

 視界を再度使えば、DEMの方の空中艦が少し離れた場所に滞空しているのが見て取れる。動き的に、俺を撃墜しようとでもしてんのか? その巨体じゃ無理だろうに。インカムで〈フラクシナス〉の方に連絡し、対応をお願いしておく。

 さて。

 

「今のは囮。本命はこっちなんだったよなあ……!」

 

 二つ目の人工衛星の出現。いや最初から視えていたけどね?

 一つ目と同様に割断してやろうと翼に霊力を込めて急接近。まずは天使をまた変形させて、

 

 

 次の瞬間には、視界が圧倒的なまでの黒に塗り潰されていた。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 

 ソレにとって、その行動は半ば自動化された、反射のようなものに過ぎない。

 Aという事象に対して思考を挟む前にBを返す。ただそれだけである。そこに意思は無い。

 あるのはただ一つの感情。否、感情ですらない。

 

 虚無。

 

 敵がいる。だから排除する。

 まだ生きている。だから追撃する。

 ソレにとっての敵とは? ――精霊。

 故にこそ、彼女はただひたすらに彼の命を狙う。

 いつか誰かが言っていた。彼はこの存在と致命的に相性が悪い、と。

 何故か。

 一切の慈悲も躊躇もなく命を刈り取らんとする者と、たとえ命を投げ捨てることになろうとも決して武器を取ろうとしない者。彼女と彼の相対は、この構図が絶対であるがために。

 相性が悪いなんてものではない。まさしく彼にとって彼女は。

 

 天敵である。

 

 

 

 

「う、おおおおおおあああああああああッ!?」

 

 吃驚した。ああ吃驚したとも! 翼を出しておいて良かった。霊力を込め直しておいて本当に良かった! 咄嗟にそれで身体を覆うように防いでなければ、間違いなく死んでたが!? あ、命の危機を前にして意外と俺慌ててないな。

 ……そんな訳ねえ!

 今までも何度か生死の境を彷徨ったことはあったが、今回は今までとは毛色が違う。

 言ってしまえば、覚悟が出来ていたか否か、ってところか。もしくは事前に来ると分かっていたかどうか。

 今までは命を懸けるという所謂準備みたいなものがあった。だが今回は完全な不意打ち。反応できたのも、ほぼほぼ偶然だ。そりゃ慌てもするさ!

 その場から急いで離脱すれば、俺が破壊しようとしていた人工衛星第二号は跡形もなく消し飛んでいた。なんという破壊力。どちらかというと俺の巻き添えになった形なのだろうが、それでもこの威力。

 そして先の攻撃……霊力による極太レーザーの発生源。

 ああ、そうだとは思っていた。食らった時点で、その霊力を視界にいれた時点で気付いていたとも!

 

「鳶一……!」

「…………」

 

 反応はない。

 こうして彼女と会うのは二回目か? できればこんな形での再会はしたくなかったなあ……! 

 だがこうなってしまったものは仕方ない。想定外の事態だが、完全な『詰み』の状況ではない。筈。そう信じたい。少なくとも一緒に人工衛星二号が壊されたのは不幸中の幸いか。安心して折紙に対処できる。

 問題は、彼女にとって俺への対応の選択肢が敵対しかないこと……危ねえ!

 先程よりは細い、それでも致死レベルの殺傷力と殺意を込めたレーザーの波状攻撃を大きく移動することで避け続ける。下手に位置取りを間違えれば、〈フラクシナス〉や下の街に被害が出る。最悪、先の空間震警報で住民は避難済みの筈なので、街の施設や家屋は犠牲にするかもしれないが、許してほしい。

 

『七海! 大丈夫なの!?』

「取り敢えずはな! お前さんの方は空中艦に集中しとけ! それと、他の精霊は絶対に近付けんな! 理由は言わなくても分かるな!?」

『精霊への積極的な敵対行動……! こっちも急いで片を付けるから、なんとか撒いてちょうだい!』

「了解――!」

 

 くそう無茶を言いやがる。

 この前の戦闘、というよりは俺との鬼ごっこに加え、今この瞬間の戦闘からその場その場で学習でもしてるのか、さっきより何となくヒヤリとする時が増えたような気がする。具体的には、俺の回避先を読んだのか、目の前にレーザーが通過したときは俺の鼻が無くなったかと思った。

 既に天使は消してある。たとえ俺を殺そうとしていようと、俺はアイツに剣を向けられない。故の逃げの一手。ほら、三十六計逃げるに如かずって言うし。違うか。俺を球体の籠のように閉じ込めようとしていた光線を、霊力によるごり押しで突破する。

 ……いやまあ確かに、俺ならどれだけ攻撃されようと防ぎきる、相殺しきることが可能なのだろうが、精神衛生上それはよくない。あと威力にしろ戦略にしろ、不意を突かれてもしも、といった場合もある。避け続けて正解だろう。

 取り敢えずはこの前と同じように視界から外れ、霊力も完全に霧散させることで俺を見失わさせる作戦でいこう。そしてその間に考察だ。

 

「器用なごり押しって何だよそれ……っ!」

 

 俺の周りを平行に放たれたレーザー群が、花弁が閉じるような形で少しずつ先端から窄まっていく。つまりは、俺の進行方向に逃げ場がない。

 レーザーの威力による力押しを、そもそもの放ち方を器用に変えることで俺に当てようとしてやがる。つか思い返せば、先の籠は何だアレ。ファンネルみたいなあの羽を上手く設置できれば可能なのだろうが……いや何で土壇場でそんな使い方が出来るんだ。俺とお前さん、まだ二回しか会ってないだろ。

 レーザーとレーザーの間、まだ身体を捻じ込めるだけの隙間が空いたそこから脱出しつつ、頭はきちんと別のことに使っている。

 即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。ここ、というのはこの場所なんて狭い範囲ではなく、もっと広義で、それこそこの世界線と言い換えてもいい。

 俺の記憶がぎりぎり覚えている範囲に、彼女に関する内容があった筈だ。というか、俺はそこまでしか知らない。さらに言えばデート・ア・ライブ(こっち)の世界に来てもう半年近く。流石に記憶も曖昧だ。変に干渉しないよう、誰かに見られる可能性をゼロにできない以上何か記憶媒体に残しておくこともできなかったし。

 話を戻そう。

 俺の記憶が確かならば、折紙は一度狂三の力で過去に戻り、そこで自らの過去の真相を知り絶望、反転。原作での現在時間軸に戻ってきたところで反転体のままだった為、破壊の限りを尽くす。それをどうにかするために士道と狂三が協力。過去を変えることで未来を、現在を救った訳だ。歴史の強制力がどうのという話はあったが、取り敢えずは置いておいていいだろう。次だ。未来を変えた世界線で折紙は救われたかと思ったが、厳密にはそうではなかった。他の精霊の力を借り、折紙も自身の感情に整理を付け、霊力を封印して大団円……みたいな流れだった筈。四糸乃の覚醒もあったっけか。

 さて。

 

「そもそも、俺が過去に狂三と出会っていたことで、狂三には誰かを過去に戻す程の、【十二の弾】を撃つほどの時間は持っていない筈だ」

 

 そしてあの弾は精霊一人分の霊力程度で撃てるほど安いものでもない筈だ。

 いや、原作では折紙自身の霊力を使っていたのだったか……だとすればいけるのか? いやしかし、俺が反転体の折紙がいる、という事実を知っている時点で俺が狂三に『折紙自身が何と言おうと彼女を過去に飛ばさないでほしい』と言ってしまえばそれで済むだろう。流石にそれを反故にされる程信用されていない訳じゃないとは思いたい。

 だが現に折紙は反転している以上、少なくとも過去に飛ばされているのは確定している。

 ……待て。

 違う。そうじゃない。この場合誰が飛ばしたのかはそこまで重要じゃない。最悪俺が飛ばす可能性がある。というか一番それが有り得そうだ。原作と内容が乖離しないようにーとか言って。

 そうではなく、さらに重要な案件として、『()()()()()()()()()()()()()()()』ことの方が重要なのでは?

 原作では折紙が過去に飛んだ、そして反転したのは少なくとも七罪に関する騒動の後だ。

 だが今その騒動の最中であるというのに、彼女は反転している。

 そうだ。反転しているんだ。既に反転してしまっているんだ。

 そして脳裏に浮かぶ、ある事実。

 もう数ヵ月その状態だったから俺の中では違和感が消えてしまっていた。だが思い返せば初見の時、俺はそこに不自然さを感じていた筈なんだ。

 即ち、『来禅高校に鳶一折紙は在籍していない』という事実。

 原作と比べて速すぎる反転。原作との差異。そして、俺の記憶にある原作の内容と照らし合わせてみれば。

 

「既にこの世界線は改変された後……?」

 

 確証はない。が、否定材料もないだろう。

 ああ、なんでもっと早くに気付けなかった? 確かに折紙との初邂逅のすぐ後から七罪探しの騒動が始まってそれどころではなかったとは言え、もっと早い段階で気付けただろうに。

 ……それに気付けたところで何が出来る訳でもない、か。

 ふむ。となると、本気で誰が鳶一を過去に送ったのか真相は闇の中になってしまうな。流石に俺でも、世界線を超えることは不可能だ。IFの世界で何が起きていようと、今の俺では把握できない。もしかすると推測通り俺が〈模倣・刻々帝〉を使ったのかもしれないし、元の持ち主である狂三が撃ったのかもしれない。そもそもがIFの話だ。狂三は変わらず始原の精霊の抹殺という野望を掲げている可能性だってある。

 まさしく、闇の中だ。

 遠く、目も眩むほどの光が三本、何かを貫きながら天へと昇る様子が見えた。

 DEMが用意した隠し玉が、十香や七罪、そして士道達の手によって撃破されたのだろう。確か七罪は、飴玉に化けて士道のポケットの中に潜んでいたのだったか。

 さて、俺の方もいい加減切り上げたいところだ。

 そして俺はまた、進行方向を塞ごうとする光に飛び込むのだった。




 うーん半年ぶり。エタるつもりはありません。ええありませんとも。

 ポケモンとかペルソナとかモンハンの所為です。大体はこいつらが悪いんです。
 あと単純に世界線辺りの辻褄合わせというか整理がめんどくさかったです……

 折紙からの逃避行はカットですかね。変な終わり方になりそうでしたし。士道視点のお話も気が付けば無くなっていた。何故だ。
 文字数的に丁度良かったのでここで切りましたが、進行度的には本当に全く進んでいないという奇跡。いや地獄。
 取り敢えず士道くん側では、
・爆弾三号
・士道だけの力じゃどうしようもない
・折紙が近くにいることで精霊sが無闇に動けない中、十香が士道の所に敢行。
・でもやっぱ力不足?
・七罪登場。皆で一緒に【最後の剣】。
 です。

 次からは折紙編ですかね。まだまだ続く士道sideストーリー。
 しかし主人公の考察通り、ここは既に世界線が変わっている世界。何はともあれ全ては白髪の転校生から始まるのでした。原作一巻分丸々スキップってマ?
 変わる前の世界線では……的なお話を考えてもいいけど、元が上下巻だった上にさらに投稿遅れそうなので要相談。

 それでは次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 いやここまで間開けておいて次回もお願いしますとか何様だよお前……


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折紙編
第89話


 ヒエッ。半年近く経ってる……

 大体これの所為にすればいいってばっちゃが言ってた。おのれころなめ。
 というのはまあ冗談にしても、単純に妙に筆が乗らないんですよね。原作リーク多めだからかなあ……?

 それではどうぞ。


 必然だっただろう。

 この世界線は既に士道が過去を変えた後の世界。今この場に鳶一折紙の姿は無く、俺達は彼女を精霊〈デビル〉という一面でしか知らない。そもそも〈デビル〉=鳶一であるというのを知っているのもごくごく一部だし、他の面子が鳶一のことを知っているのかも怪しい。

 故に、彼女との三度目の邂逅は、こうなるのも必然だった。

 

「――鳶一折紙です。皆さん、よろしくお願いします」

 

 人形のような顔立ちの清楚な雰囲気を持つ彼女は、あまりにも普通にそこに居た。

 

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

 

 十一月八日。

 その日士道は、いつになく慌ただしかった。

 いや、慌ただしいというよりは、どうにも不自然だったと言うのが正しいかもしれない。もっとも俺は理由を知っているのだが。

 具体的な日付までは覚えていなかったが、こうも分かり易く妙な態度だと察せるというものだ。

 

「――てことは、七海も世界線が変わる前のことは覚えてはいないのか?」

「ああ。知識としてそういうことがあったってのはあるんだが、実際に体験した訳じゃない。少なくとも俺らにとっては『いつも通りの日常』が昨日も過ぎていったよ」

 

 登校中。皆には聞こえないように少し小声で。

 と言っても四糸乃や七罪は留守番、十香は元気に狂三に話しかけ、八舞姉妹はなんだか気になることを残して走り去ってしまった。ベッドの下がどうとか、我が闇がどうとか。

 ……夕弦の方がむっつりだから、深度で言えば夕弦の方が凄そうなイメージだが。

 ともかく。

 流石に様子があからさまだったし、俺ならばという思考でもあったのか普通に士道からその話題を持ち掛けられたから鳶一や時間遡行に関して俺の持っている情報との交換会である。

 ……反転体に関しては、まだ黙っていた方が良いだろうか。

 

「結局、士道を飛ばしたのは俺なのか」

「ああ。あの状況で俺を過去に飛ばせるだけの余裕を持っていたのはお前だけだったからな。その後も一人で頑張ったんだぞ?」

「あー……それに関しては申し訳ない。いや俺に実感は無いんだが。しかし、俺が居たにも関わらず時間遡行後のフォローが出来なかったとなると、元の世界は相当に危険な状況だったんだな」

 

 自惚れるつもりはないが、俺なら【九の弾】を【模倣】して士道のフォローに回ることも出来ただろう。

 だが、実際にはそんなことはなく。

 ならばそれは、しなかった、ではなく、できなかった、が正しい訳で。

 ……俺一人が相対しているだけなら、できたのかもしれない。

 そう考えれる自分に嫌気が差す。

 

「そう、だな……凄く、危険な状況だった。すっごく……」

 

 そう溢す士道の表情は安堵と悲痛が入り混じっていて、言葉にするには難しかった。

 

「これを態々忠告するのも酷だが、歴史の変動で現在時間軸にどういう変化が起きたのかは実際に直面しないと分からない。もし何か想定と違うことがあっても、お前はそれを受け入れないといけないことを忘れないようにな」

「バタフライ効果ってやつか。ん、そうだな」

「アレは本来時間遡行に関しての理論ではないんだがな……いやまあ時間遡行を前提にした理論なんて存在するのか知らんけど」

 

 話してみた感じ、昨日までの士道と今日の士道はほぼ同一人物に近い別人だ。前の世界線の記憶をそのまま引き継いだからか、昨日までと言っていることに抜けが有ったりしている。それが何か不都合に繋がることはないだろうが、暫くはその差異に不審な点を覚えることは増えそうだ。主に琴里とかが。

 そうしてお互いの記憶の祖語を擦り合わせている学校に到着した。

 そして俺は、士道にこれだけは伝えてなくちゃいけない。

 記憶はなくとも、知識はある者として。

 

「士道」

「ん?」

「……先に言っておく」

 

 教室の前、一向に扉に手を掛けようとすらしない俺らに十香達が怪訝そうに首を傾げる。入らないのか、と訊いてくる。

 曖昧な笑みで誤魔化しながら。士道にだけ聞こえる小さな声で。

 

「――この教室に、鳶一折紙という少女は在籍していない」

「…………え?」

 

 別にまだ朝礼まで時間は残ってる。クラスメイト全員が全員登校済みな訳ではない。

 それでも。

 俺らは自分の席に座る。そこに迷いなどないし、毎日目にする光景だ。

 早速雑談に興じる者、一限の準備をする者、そして動かぬ士道を不思議そうに見遣る者。

 俺らにとってコレは普通であり、日常である。

 だが、五河士道にとっては。

 

「嘘、だろ……?」

 

 近くに空いてる席は一つ分。士道の席だけである。

 そこに余剰分なんてない。

 

「シドー?」

「あ、ああ悪い、ちょっとフラッとなってな」

「ぬ、それは大事ないのか?」

「大丈夫大丈夫。多分寝ぼけてただけだから」

 

 十香の呼び掛けにハッとしたのか、暫し呆然としていた士道もそそくさと席に着いた。

 ……この世界線が、正史なのかどうかの判断は俺にはつかない。少なくとも俺という異分子のせいでどこかしら狂っているのは確かな筈なんだ。

 そして、折紙が今この場に居ないというのが正しいのかどうかも、俺には。

 俺の知識にある鳶一折紙という人間の人物像は色々とトチ狂った暴走列車のようなものである。より端的に表すのなら変t……これ以上は彼女の沽券のためにも黙っておこう。

 無表情でストイックな、あまりにも一途な依存にも似た恋情を士道に向ける少女。

 しかしこれはあくまで知識だ、原作という名の上っ面のものだ。俺の、いや俺達の思い出に彼女の存在はない。

 

「……シドー?」

 

 ぽつ、ぽつ、と。

 自覚すらないのだろう。涙を流す士道を十香に任せ、俺達は見てないフリをする。

 ――たとえそれがどれ程辛い喪失であっても、彼はそれを受け入れなければならないだろう。

 原因の一端が俺にあるにしても、酷く身勝手だが、残念ながら俺にその記憶は無い。

 そして、彼女に関してもう一つ。

 彼女はこっちの世界ではこう呼ばれているのだ――と。

 

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

 

 翌日。

 昨日の夜中、士道から電話があった。

 即ち――精霊狩り〈デビル〉について。

 彼女に関して俺は〈ラタトスク〉よりもいくつか多めに情報を握っている。〈デビル〉ぼ正体が鳶一折紙であることとか〈デビル〉という存在の発生理由等々。

 七罪の騒動の所為でなあなあになっていたが、琴里に〈デビル〉について話し合うみたいなことを言ったような言われたような気がしないでもない。曖昧。

 しかしまあ、士道が〈デビル〉改め折紙について俺に話を聞いて来たのも俺の立ち位置を考えれば頷ける。実際その選択は正しい。

 だから俺達は夜通し語り合った。士道は〈ラタトスク〉のデータベースを参照して過去を振り返りながら。俺は既に掠れかけた知識を掘り返しながら。

 そしてやはり、俺の持つ折紙に関する知識、士道の持つ前の世界の折紙の記憶はおおよそ一致していた。

 士道は言った。

 彼女が幸せだったのなら良かった。穏やかに暮らしているのなら自分が手を出していい筈がない、と。

 だけど。

 ――もし折紙がまだ救われていないのなら、自分の使命が果たされていないのなら、このままで良い筈がない、と。

 良い時間だったので暫くして俺達は一応の睡眠は取ったが、放課後辺り、士道は琴里達に時間遡行や世界線の変更について説明するつもりらしい。

 まあたかだか俺らだけで出来ることなんてそう多くない。どのみち〈ラタトスク〉の協力は必要不可欠だっただろう。

 

「ふぁふ……」

 

 欠伸を溢す。

 タマちゃん先生が何かを言っているが……空が眩しいぜ。

 

「あ、そうだ。今日は皆さんに新しいお友達を紹介しますよぉ。――さ、入ってきてくださぁい」

 

 目が覚めた。

 そうだった、知識と記憶の共有にばかり目が行って、肝心な折紙本人登場のタイミングを完全に失念していた。士道も大きく眼を見開いて驚愕を露にしている。

 珍しい時期の転校生である。人形のように端正で精巧な、線の細い少女である。全体的に色素が薄く、まとう雰囲気も相まって深窓の令嬢だとか異国のお姫様なんて言葉が似合う。

 

「鳶一折紙です。皆さん、よろしくお願いします」

 

 深々と礼をする彼女に、教室中が色めき立つ。

 これは完全にこちらのミス……という程でもないか。だが伝えておくべきことではあった内容の筈だ。俺もついさっき思い出したばかりだから大目に見てくれねえかな……駄目だ。めっちゃ士道が見てくる。

 つか今見れば士道の隣、十香とは逆側になにやら見慣れぬ空席が。眠気と放課後の事ばかり考えていて注意力散漫になっていたようだ。

 タマちゃん先生の指示でその空席へ向かう途中、凝視していた士道と折紙の目線が合う。

 

「あ――」

「……え?」

 

 何か、含みのある反応。立ち止まってしまったものの、そのままでは不審であると気付いたのが、軽く一礼だけして彼女は席に着いた。

 ふむ。朧気ながら残っている原作知識と大体一緒だ。この後士道は折紙と密談して、最終的に連絡先の交換と休日に会う約束を取り付けるだろう。もしかするとその途中で俺にも話が回ってくるかもな。まあその時はその時だ。

 

「むむ」

「嫉妬。ん……」

 

 HRの内容を聞き流しながら、これからのことを考える。

 士道はなんだかそわそわと落ち着きなくなっているし、一限が始まるまでのちょっとした空いた時間に琴里に連絡を取るだろう。士道は〈デビル〉=折紙だときちんと分かっているのだから。

 俺は取り敢えず士道の行動待ちでいいだろう。何か告げるべき士道があの様子じゃな。

 脇腹にそこそこ強い衝撃が。

 

「ふぎゃ」

「? どうかしましたかぁ? 東雲くん」

「い、いえ。何でもないです。お気になさらず」

 

 思考が現実に戻ってきた。

 今の下手人は分かり切っている。だから小声で抗議する。

 

「何すんだよ耶俱矢、夕弦」

「ふん。我が御主を拐かす魔性から目を覚まさせてやったのだ。寧ろ感謝してほしいものだな」

「悋気。別に、なんでもありません。つーん」

 

 いやぜってえ嘘だろ……何かありますって全身で物語ってんじゃねえか。夕弦に限ってはつーんてお前。つーんて。

 後ろからは狂三の面白がるような抑えた笑い声が聞こえてくるし、どうやら分かっていないのは俺だけらしい。えぇ……。

 こういうのは後で何かしらフォローしないと暫く引き摺るってのは経験上分かってんだが、その理由が分らないと余計に長引くことも分かっている。そして今回状況的には後者寄りだ。

 こういう時は素直に訊くに限る。すると何かしらヒントが零れてくる。そこから上手く察せれるかどうかだが。

 じきにHRも終わるようだし、少し聞いてみるとするか。

 だから二人共、第二撃の準備をするのはやめて?




 静粛現界の八舞姉妹や狂三には反応しないということで。

 ということで折紙編第一話ですかね。思ったより七罪編が長かったですね。元が上下巻だし、自分の筆が遅いしで。ダイアグラム2:8くらい。
 今回は折紙登場まで。最後我慢できなくて少しだけ八舞姉妹登場。もっと餅焼いてけ。
 文字数的にはまあ普段より多少短いくらいですかね。プロローグみたいなものだし、こんなものでしょう。他二作が妙に長いだけですね。

 大分病気事態は落ち着いてきた印象ですが、それでも影響は深く痕が残ったままですね。自分も色々とありました。具体的にはお金。まねー。
 十万とは言わず五千兆円くれ。ください。

 それでは次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 主人公の記憶周りの扱いめんどくさ。軽率に戻ってくれねえかな……(一応案はあるけど、そも戻せば楽か? という問題も)


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第90話

 エタる気はないんです……本当に……

 なんでしょうね。士道サイドの話だからなのかなあ。じゃあカットすればよかったのにっていうのは置いといて。
 お久しぶりです。生きてます。これでも。
 3/4年が経過しといてアレですが一応終わらせるつもりはあります……原作十周年てマ?

 それではどうぞ


 さて、世界が改変され、所謂前の世界の知識を有した士道という存在が現れたことによって少しばかり気になることが出来た。なんとなくそんな感じはしていたものの、なあなあにして先延ばしにしていただけともいう。

 つまりは、俺の記憶は保持されているのかどうか、だ。

 原作では確か士道と士道を過去に飛ばした狂三、そして反転体状態の折紙が改変前の記憶を持っていた。

 記憶が保持される条件は曖昧だが、確か『過去に飛んだ経験』と『霊力』だった……気がする。

 敢えて例外を挙げるのならば狂三だが、彼女は自身の能力だから、で無理矢理でも説明はつく。たった三人なのに例外も何もあったものじゃないが。

 霊力、霊力かあ……これ霊装と天使呼び出して疑似的に精霊になれば記憶が同期されるのだろうか?

 ふむん。物は試しか。後で琴里にでも連絡して〈フラクシナス〉艦内で試させてもらおう。

 時間は既に放課後。なんだか妙に張り切った八舞姉妹が今日の夕飯は自分達で作ると言って買い物に行ってしまったので、中途半端に時間が空いてしまった。今は屋上で狂三膝枕してもらいながら暇を持て余している。

 ……いやなんだか気が付けばこんな体勢になっていたんだよね。こう、妙に圧が強い時があるよね、狂三。

 

「流石にもう寒いな」

「じきに十二月になりますもの。防寒具も無しにこのような吹き曝しの所にいては、当然ですわ」

「正論すぎて何も言えねえ」

 

 ぐだぐだぐだぐだ。

 俺は一応の目的があってここにいるのだが、果たして狂三は一体何故付き従っているのだろうか。

 ホントはこの役割は士道だった筈だが、何やら琴里に呼び出されて今は遥か空の上だ。授業中に折紙と隠れてやり取りしていたようだし、大方その関連だろう。

 視界を使い、目的の人物が来ていないか随時確認。

 屋上に来てからずっと発動しそろそろ三十分程経つが、まだ現れる気配はない。

 

「なあ、狂三」

「何でしょう?」

「【十二の弾】ってあるだろ?」

「……まあ七海さんなら知っていても驚きはしませんが、これはまた唐突ですわね」

 

 髪を梳く手が一瞬止まったが、呆れたような溜息と共に再開された。

 

「【十二の弾】で過去を変えて今が変わったとして、変わる前を覚えている条件ってなんなんだ?」

「残念ながら、七海さんの望む答えは持ち合わせておりませんわ。わたくしとて【十二の弾】を使ったのは一度きり。その時も今を変えるためではなく、今を変えないためでしたもの。参考にはならないかと」

「……そっか」

 

 元より期待はあまりしていなかった。していなかったが、少なからず落胆が滲み出てしまっただろうか。

 狂三は今の会話だけで凡そ俺の抱えている問題……事情……状況……まあ何でもいいや。正確には俺じゃなく士道が主であることも含めて何でもいい。それを察したのだろう。続く言葉は逆接の言葉だった。

 

「ただ……推測はできますわ」

「む」

「一番可能性が高いのは『霊力の有無』。過去改変が精霊の力に依るものだとすれば、霊力への耐性に直結している霊力の有無は十分あり得るでしょう」

 

 ですが。

 

「これではわたくしや耶俱矢さんに夕弦さん達にその覚えが無いのはおかしいですわ。となると二つ目、『改変前の世界を知っている、経験している』もしくは『過去が変わったことを認識している』辺りが妥当でしょうか」

「……となると、誰かが前の世界を覚えていないとおかしい。飛ばした張本人、そいつが」

「ふふ、昨日、士道さんが何やら似たようなことを仰っていましたわね?」

「……」

 

 士道は狂三の霊力を有していない。所謂俺側に居る精霊達……耶俱矢に夕弦、美九、狂三の四人はただの静粛現界に過ぎず、言い方は物騒だが要はただ大人しくしているだけなのだ。

 十香や琴里達と違い、感情の揺れで霊力が逆流するようなこともなければ、観測上はただの人間なんてこともない。正真正銘、精霊だ。

 つまりはそれは、士道が封印していないということ。封印していないということは琴里の再生の炎のように士道自身の力として振るわれることもないということだ。

 そうなると疑問になるのが士道はどうやって過去に飛んだか、だ。まあ俺もそうだろうと思っていたし、なんなら直接士道から聞いたからその答えは俺だって分かっているんだが。士道が過去に飛んだ、という情報だけでは……消去法で俺だって分かるか。

 

「他に挙げられるとすれば、『【十二の弾】を直接撃たれている』というのもなくはないですわね。ですがそれでは、もし過去に飛んだ人と飛ばした人が別人だった場合、飛ばした側に記憶が残るか怪しいですが」

「そこはほら、ご都合主義的な?」

「そう世の中は甘くありませんでしてよ、七海さん。それがシステムとして決められているのなら、例外はないでしょう」

「手厳しい」

 

 間違いなく狂三は勘付いているだろう。俺が過去改変を行ったこと、俺が士道を過去に飛ばしたことを。だからこんな突飛な話題に乗ってくれているのだろう。

 そして恐らく、この正解は。

 

「――全部、かなあ」

 

 身を起こし、校舎内に繋がる扉に顔を向ける。

 視界の先、扉の向こう、目的の人物は何かを探すように顔を下に向けている。

 そしてふと顔を上げた彼女とガラス越しに目が合った。

 錆び付いた音を発しながら扉が開けられる。

 

「あ、あの……」

「や、折が……鳶一。どうしたんだ?」

「その、この辺で髪飾りを見ませんでしたか? 小さなピンなんですけど……」

「……コレかな」

「あ、それです!」

 

 我ながら白々しい。だがこのタイミングで彼女を一度反転体にさせるのは原作の流れであった以上必要な事だ。心は痛むがね。

 狂三は既に立ち上がって離れている。ホント、察しが良くて困っちまうな。

 先の話、前の世界を覚えているかどうか。

 霊力を有しているか、という条件があるのならば、それに当て嵌まるのは士道と、八舞姉妹、狂三、美九、そして万由里の六人。

 改変前を知っているか認識しているか、に当て嵌まるのは士道のみ。俺はあくまで知識のみ。

 そして【十二の弾】を撃たれたことがあるのも、士道のみ。

 だが、この全てに当て嵌まる人物がもう一人だけいる。

 俺は知っている。彼女が過去で何をしたのかを。俺は知っている。彼女がどういう経緯を辿って反転したのかも。知っていて尚、俺はそれを止めなかったのだ。これもまた必要なのだと無理矢理呑み込んだ筈だ。

 俺が前の世界で反転した彼女を見てどういう行動を取ったのかまでは分からない。後悔に苛まれたのか、責任感に急かされたのか、それでもと立ち上がったのかやはりかと膝を付いたのか、俺には分からない。

 だが、たとえ記憶が同期したとしても、俺は今この瞬間、同じ行動を取るであろうことだけは確かだ。

 三つ全ての条件に当て嵌まるもう一人の人物。

 彼女を呼び起こすのはひどく簡単だ。

 

「有り難うございます。ええと……?」

「東雲、東雲七海。一応クラスメイトだから、今後ともよろしく」

「やっぱり。見覚えあるなあと、思って、たん、です……」

 

 ピンに少し細工を施した。と言っても何か取り付けただとか、改造したという訳ではない。

 ただ少し、霊力を編み込んだだけ。

 時間経過で消滅する程度の量。だが、観測すればしっかりと確認できる量。ましてや今の折紙が直接触れたとなれば……どうなるかは想像に難くない。

 

「精、霊……」

 

 夜が顕現した。

 蜘蛛の巣のように広がる漆黒。闇を編んだような喪服のようなドレス――霊装。

 圧倒的重圧と緊張感。

 鳶一折紙の反転体。

 彼女の現界条件は、彼女が霊力を認識すること。

 

「……〈救世魔王〉……」

 

 闇が変質したかのような無数の『羽』がその先端を向けてくる。視界を使えば、恐ろしいほど濃密な霊力が集められているのが分かる。

 だがここで〈聖破毒蛇〉や霊装を現出させて迎撃する訳にはいかない。反転の条件が霊力にある以上、霊力を使って戦う限り彼女の暴走は止まらない。

 だから、一瞬。

 ほんの一瞬だけ、光線を防ぐためだけに霊力を使う。少し危険だが、そうすれば髪飾りに付与した霊力も消え、折紙も元に戻るだろう。

 狂三は……影の中に潜って既に避難済みか。

 撃たれた。

 だが予定通り、翼で身体を覆うようにして身を守り、その光線の雨をやり過ごす。

 俺から外れた一部攻撃が屋上を抉っているが、流石にそこまで手は回らない。あとで創って直しておくか。

 数秒後、粉塵で俺が折紙の視界から外れ、攻撃が止んだその隙に翼を消し、その場から大きく離れる。翼を消した状態で追撃が来ようものならひとたまりもないからな。一応再生は出来るが、傷は負わないに越した事はない。

 

「あ、あれ……?」

 

 風で粉塵が晴れた先、力なく膝を付き、恰好も元の制服姿に戻っていく折紙の姿があった。

 その表情からは困惑の色が見て取れ、状況の整理が追い付いていないようだ。

 不審に思われない内に破壊痕も直しておくか。

 

「大丈夫か、鳶一?」

「えっ、あ、はい。多分貧血かなにかだと思うので……あれ、時崎さんは?」

「あー、保健室に先生を呼びに行ったよ」

 

 ホントはすぐ後ろにいるけど、適当に誤魔化した。

 

「大丈夫です。最近少し疲れ気味なのかもしれません。ええと、その、ピン、拾ってくれてありがとうございました。もう寒いので、東雲くんもあまり長居しない方がいいですよ」

「……ああ。そうだな。狂三が戻ってきたら俺も帰るよ」

 

 ではまた、と小さく手を振って、折紙は屋上を後にした。

 大きく息を吐く。

 流石に少なからず肝が冷えたが、なんだかんだエレンとの死闘とかの経験のせいか、妙に慣れてしまっている自分が怖いぜ。

 

「成程、あの転入生の素性を調べるためでしたのね」

「ああ。まあ予想通りだったけどな」

 

 取り敢えずこれを見ているであろう〈フラクシナス〉に行って事情説明、そして今後の動向について考えないと……噂をすれば琴里から着信が。

 

「もしもし」

『……言いたいこと、分かってるわよね?』

「……まずはそっちに転送してくれ」

 

 ということで狂三と一緒に転送されました。

 

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

 結局士道も呼んでの騒ぎになったけど一応話は纏まったから、ヨシ!

 士道が早くも折紙とのデートの約束を取り付けていたことが発覚した辺りから話の矛先がそっちに向いたのはデカかったな。ちなみに他人事だと思って笑っていたら一緒に居た狂三に妙な圧を掛けられました。あるぇー?

 ということで現在時刻、十一月十一日の午前十時過ぎくらい。場所は駅前広場。のすぐ近くにあるカフェ。

 

「くく、しかし御主との逢瀬も、思えば久しいものだな」

「そりゃほぼ一日中一緒に居るようなもんだしなあ。こうして改めて、ってなるのは確かに久し振りかも」

「催促。もっと気軽に誘ってくれてもいいのですよ」

「……この三人だけで集まれるのって割と難しいような」

 

 狂三か万由里か、美九はなんだかんだ忙しいからまだしも前の二人は八舞姉妹に負けず劣らず俺と過ごす時間が長いからな。いやデートしますって言えばその日だけは各々勝手に過ごすだろうがわざわざ宣言するのも恥ずかしいし、じゃあ次は自分、となるのが目に見えている。自惚れるつもりはないが、割と確信を持って言える。

 ちらりと視線を噴水の前に移せば、今回の目的である鳶一折紙嬢が本来の待ち合わせ時刻の約一時間前だと言うのに俯きがちに立っていた。微動だにしていなかった。

 勿論二人には折紙のことは話していない。流石にデートだというのに他の女性の話をする程無神経なつもりはない。

 まあ監視ともしもの時の保険ってのが役割な以上士道達についていかざるを得ないってのが気懸りと言えば気懸りだ。

 だって、ほら、行き先がね……ほら……。

 

「……まあ、なるようになれ、か」

「ぬ? 何か申したか?」

 

 何でもないと返しつつ、視界の隅で士道がここに到着したのを捉える。士道には一応俺達のことは伝えてあるが、極力気にしないようにとも言ってある。琴里達からすれば相手はあの『デビル』なのだ。理解はされている筈だ。

 うんうん、インカムからの二人の会話を聞く限り出だしは順調のようだ。なんだか久し振りに聞いた気がする選択肢の音も拾いながら、会計を済ませる。もうすぐ二人も移動するだろうから、それに合わせるためだな。

 

「して七海よ、我らが向かう先は何処ぞ? 静寂の中に響き渡る轟雷が如き光と音の奔流か、はたまた喧騒と雑踏の中から我らへと捧げる贄を欲すか? なに、今日は無慈悲にして平等なる節理の神も我に味方しておる」

「……夕弦」

「解読。映画や買い物でも行くの? 時間はたくさんあるから今日は目一杯遊べるね――と、耶俱矢は言っています」

「後半そういう意味だったのか」

「ちょっと! 変な注釈入れんなし!」

 

 静寂をシジマと読む辺りが耶俱矢らしいと思いましたまる。

 きちんと士道達を視界の端に収めつつ、後をつける。勿論、耶俱矢達にはそうと覚らせないように。本当はもっと近付きたいところではあるんだけど、二人に士道がいるってバレても困る……ことはあんまりないか。最悪折角だからとむしろ堂々と尾行してやってもいい。野次馬根性丸出しである。

 だからどちらかというと問題は折紙の方。一応教室では反応しなかったが、これでも二人はれっきとした精霊。何かの拍子に折紙が覚醒されると一大事なんてレベルじゃないからな。

 っと、喧しいアラーム音。なんだなんだ。

 疑問に思うのも束の間、一瞬で理解した。というか答えが目前にあった。

 

「ふぇっ?」

「愕然。まさか……」

「目的地はここではありません!」

 

 これ焦る方が逆効果になってしまうのでは?

 進む先にはお城風ホテルがででんと存在している訳だが、勿論意図していた訳ではない。いやある意味意図的なのかもしれないが、士道達をついて行っていた関係上ここの近くに来ただけで、別に何も疚しい気持ちがあった訳では決してないのだ。

 ホントダヨ。

 

「察知。成程、所謂これは照れ隠し。つまり真の意味は逆」

「ちょっと、夕弦?」

「受容。問題ありません。さあ七海、隠さなくてもいいのです。大人の階段を上りたいと言うのならそう言っていただければ――」

「ええい違うと言ってるだろうが!」

 

 耶俱矢は顔を真っ赤にしてポンコツ化。夕弦も少なからず紅潮しながらもどこか覚悟を決めた表情で迫ってきていたので無理矢理一時停止させる。

 しかし夕弦は止まらない。

 

「嘲笑。おや、耶俱矢、もしかして怖いのですか?」

「は、はあっ!?」

 

 攻め方を変えやがった。

 

「憐憫。いえ、良いのです、それならそれで。耶俱矢が動けないというのなら、耶俱矢抜きで夕弦達は階段を駆け上がるとしましょう」

「べっ、別に怖いなんて言ってないし! こんぐらい余裕だし!」

「質問。こんぐらい、とは」

「うぇ!? っとぉ……それは、コウノトリというか、キャベツ畑というか……」

「詰問。もっと具体的に」

「止まらんかい暴走列車。耶俱矢も、わざわざ付き合わんでよろしい」

 

 ほら行くぞ、と見失いかけた士道達を追ってお城風建造物の前を通り過ぎた。

 暫く夕弦が名残惜しそうにホテルの方を振り向くのは努めて無視することにした。

 んー……次の目的地は確か雑居ビルの中にある怪しげな薬屋だった筈。流石にそう広くもないであろう店内に一緒に入ってはほぼ間違いなく鉢合わせすることになるだろうから、俺達は近くの別の場所で待機という形になるだろう。

 流石に俺もそういう店がある、というのは知識として持っていたが、具体的にどこ、というのは分からないのでどこで時間を潰すのかは行ってみなくては分からない。残念ながら原作知識と言えど駅前から目的地までの具体的な道順など描写されてはいない。

 琴里から士道達が裏通りに入ったことが報告されたので、近所で何かいい場所はないか見渡してみる。

 

「んー……ちょっとそこの本屋に寄っていいか?」

 

 元々そう長居することはなかった筈。適当に雑誌でも見繕っていたらいいだろう。

 

「疑問。何か買いたいものでも?」

「まあ普段行く所に置いてない料理雑誌とかあったら面白いかなーって。別に無いなら無いでいいんだけどな」

 

 こじんまりとした店内に入り、当てもなくぶらぶらと歩きまわる。読んでいた漫画の新刊情報やよく見る生活術の特集、旅行雑誌等々。元より俺らくらいの年代を狙っていないのだろう。あまりコレだと言うものはなかった。 

 だからといってすぐ出ても仕方ないので適当に取った料理本をパラパラと捲って立ち読みしてみる。何か面白い調理法や技術があれば儲けもんだ。

 双子達も早々に目を惹くものはないと見切りをつけていていたのか、頬がくっ付くぐらいに顔を近づけて俺が読んでいる雑誌を覗き込んできた。

 ……最近こういう何でもない時の距離感の近さに対して何とも思わなくなってしまった自分が怖い。いや無反応って訳じゃないんだ。良い匂いするし、髪がくすぐったいし、こう色々と思う所はあるのだが、前ほど慌てたりしなくなったような気がする。

 そりゃ突発的な事故だったりすれば話は別だが、今はそういう訳でもなし。

 

「なんだ、今宵の晩餐でも決めかねているのか?」

「特に目的があった訳じゃねえけど……まあ何か気になるモノでもあるなら言ってくれれば」

「提案。最近めっきり寒くなりましたし、鍋などどうでしょう」

 

 視線を落とした先には丁度同じような理由で取り上げられていたトマト鍋のレシピが。

 

「ぬ、ならば我はこの、飛翔せし獣を使った供物を所望する!」

「合体すればよくないか……?」

 

 レシピでは別々になってはいるが、少し手を加えれば普通に両立できそう……というより検索すれば出てきそうな気もする。

 双方のページを行ったり来たりして見比べつつ大まかに頭の中で整理していたが、どうやら耶俱矢と夕弦は納得していない様子。

 

「いいや! 我ら颶風の御子、八舞の名を持つ者なれば!」

「勝負。白黒はっきりしなければなりません」

 

 ああ、何かとつけて勝負したかっただけなのね。

 

「……じゃあ今から駅の方に戻って何か適当なもん見繕うか」

 

 丁度路地裏から二人が出てくるのが見えた。雑誌を戻し、店を出る。

 進行方向から考えて駅の方に戻っているようだし、あとは適度な距離を保ちつつ監視といこうか。

 ちなみに横で耶俱矢と夕弦はどちらが勝負内容を決めるかのじゃんけん勝負をしてました。気が付いたら俺も参加してました。なんで?




 原作ではもうちょっと続くんですが文字数的にも場面的にも区切りが良かったのでここまでで。

 大好きな作品が完結してしまうと、おめでとうという気持ちと寂しいという感情がごちゃまぜになってざわつきます。
 まだまだ読んでいたいとも思うけど、きちんとお祝いもしたい……

 堅苦しいのは止めときましょう。重くなりそうです。

 それでは次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 レストラン辺りのくだりはもういいかなって。早く反転折紙のシーンまで書きたいけど四糸乃どうしたものかな……


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第91話

 このご時世だから漫画を回収できなくてヒロアカの続きが書けないよう。

 今回は比較的早めに更新できました。折紙編の本編最終回です。残すはエピローグのみ……折紙編全4話!? うせやろ!?

 正直万由里めっちゃ使いにくい。そしてそれ以上に主人公が使いにくい。何かしらの理由をつけて行動を縛らないと全部こいつだけで解決しやがる。

 それでは、どうぞ。


 道中色々あったものの。

 俺達の姿は今、最終目的地である高台の公園……の端の方にあった。それ程遅い時間という訳でもないのだが、もうクリスマスまで一か月とちょっとというような時分、陽が落ちるのはとても早い。もう星明りが街を照らしている。

 吹き抜ける風が服の隙間から体を冷やしてきやがるので無意識に身を縮こまらせていたら左右から八舞姉妹に腕を取られながらくっつかれました。ぬくぬくする。それはそれとしてうなじの辺りからやっぱり風は侵入してくる。ちくせうめ。

 

「星が綺麗なもんだなあ」

「訂正。ここは、月が綺麗、と言うべき場面では?」

「俺はお前たちに死んでほしくないし、死んでもいいと思ってもほしくないかなあ」

 

 表情を見る限り、耶俱矢の方は一般的に使われる返しの言葉までは知らなかったようで。

 三人肩を寄せ合い空を見上げる。

 

「……して、此度の真意を聞こうではないか」

「あー……バレてたか」

「真実を暴く我が邪眼を掻い潜れると思ったか。それに、かの者の美貌は我らが颶風の御子に劣ると言えど目立つ。一度は偶然と片付けられるとしても、そう何度も見かければ誰でも気付くであろう」

 

 まあ流石にな。あわよくばとは思っていたが、俺も絶対バレないと確信していた訳ではない。最悪折紙にさえ気付かれなければ良かったので、何が何でも二人にバレるのを阻止しようともしていなかったしな。

 ちなみに、視線を下ろし、士道と折紙の二人の方に向けてみた感じ、折紙には気付かれていないっぽい。手を結んでいい雰囲気を出しているが、そこに周囲を気にするような素振りは見受けられない。

 こっちは手どころか腕組んでたわ。

 

「我らとの逢瀬の裏で何か企てていたことに関する詫びは後々別途要求するとして、そろそろ話してくれてもよいのではないか?」

「首肯。士道が会ってすぐの女性とデートをしているという時点でほぼ間違いなく精霊関連のことでしょうが、ここにきてこうも接近したのにも何か理由があるのでしょう?」

「理解が速くて助かるが申し訳ないな……二人は、あの転入生、鳶一折紙についてどう感じる?」

 

 双子の視線が同時に士道達に向く。

 今あの二人は向かい合って何か話しているようだが……あれこれ佳境では?

 

「どう、と申すがな御主……いや、どう思う、ではなく、どう感じる、か。むむむ……むっ?」

「観察。んん……んー……おや、いえしかし……」

 

 二人を以てしても、これほど注意深く観察してようやく微妙な違和感を覚える程度か。まあ今まで折紙=デビルなんて夢にも思っていなかったんだ。<フラクシナス>、ひいてはラタトスクの技術でも察知できていなかったと考えると、純粋な精霊である二人でもその程度なのは納得できる。その事実を知っているのも現状俺を士道、そして琴里を含む<フラクシナス>のクルー達くらいだからな。

 

「精霊狩り、識別名『デビル』……二人は直接会ったことはないんだったか」

「戦慄。……まさか」

「そういうこった……そろそろ臨戦態勢を整えておいてくれ。なんなら離れていて欲しいくらいなんだがな。俺は近くで援護に回る」

 

 二人にとっては久し振りのデートだったと言うのに、最後にこの事態に巻き込んでしまうのに思う所がないなんてことはないが、それは折紙のことが二人にバレるのを想定していた時点で割り切っている。

 折紙を反転させないよう士道の怪我を未然に防ぐというのも考えた。

 だがここで一度反転させなければ、折紙自身が自分との折り合いを付けられない。自分の感情を呑み込むこともできない。かつて確かに在った『なかったこと』を受け入れられない。

 故に反転はさせなければならない。反転させた上で士道に封印してもらわなくてはならない。

 他の皆には言っていない。『このタイミングで『デビル』として折紙が覚醒します』……と言ったところで、無駄に警戒レベルが上がるだけだ。下手すればその危険度からこのデートも一旦の保留になる可能性もあっただろう。

 まあ、俺が近くで監視すると言ったり、それとなく準備を進言していたりしたので直接言葉にはしていないもののある程度は向こうも察していたのだろうけどな。

 流星が一つ瞬いた。

 ああ、願わくば。

 ――どうか平和に終わって欲しいものだ。

 

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

 蜘蛛の巣のような漆黒が広がっていく。その闇を纏う折紙。

 力の奔流を顕現させた『神威霊装・統合』で防ぎ、咄嗟にしゃがんでいた士道を庇う。

 

「折紙!」

「やっぱりこうなったか……立てるか、士道」

 

 士道は一つ頷くと、防ぎ切れない霊力の圧に吹き飛ばされそうになりながらもしっかりと立ち上がり、前を見据えた。

 

「七海、力を貸してくれ。ここで折紙を止めないと、街が、皆が、大変なことになる!」

「元よりそのつもりだ……俺の霊力で折紙の障壁を打ち破る。そっからはお前に任せるぞ」

「ああッ!」

 

 片目だけで視界を使うイメージで近付こうとするもの全てを拒絶するかのような霊力障壁を視認する。流石に情報量が多すぎて完全に使い切ると眩暈がしそうだ。

 手を翳す。霊力を集中させる感覚。

 天使は、武器は絶対に直接向けない。攻撃を弾くのにやむを得ず使うにしても、折紙自身には向けたくない。

 だからイメージは侵蝕。その霊力だけを打ち消すように……っ!

 士道の頭を掴んで一緒に身を屈める。

 直後に元々顔のあった場所を黒い光線が貫いていく。

 すぐさまその場所から移動し、取り囲むように展開していた『羽』から脱出し……立ち止まった瞬間に目の前に充填の完了しているらしき『羽』が現れた。

 

「危ない!」

「チィッ!」

 

 <聖破毒蛇>を脚甲の形にして纏わせ蹴り上げることで狙いをずらし、なんとか難を逃れる。成程、羽の包囲網は囮で、本命の一撃をずっと溜め続け包囲から出てきたところをすぐさま撃ち抜くつもりだったのか。

 折紙本人が直接そう思考しているとは考えにくいが、それでもある程度の制御下にはあるのだろうし、あまり悠長にもできないか。

 ふと、ずっと視界を使わずとも感じていた霊圧が軽くなった。だが、無くなったわけではないようだ。これは、中和……?

 

「かか! 流石に少しばかり肝が冷えたが、最早ここは我ら颶風の御子の領域内!」

「参戦。おイタはそこまでですよ、鳶一折紙」

 

 ふと周囲を見渡すと、確かに風の領域でこの高台公園を囲っており、視たところ少なくとも『羽』の光線程度では貫かれない程度の結界のような役割を果たしているようだった。流石に大技を撃たれると完全に防ぐことは難しいだろうが、それでも時間稼ぎとある程度の威力減衰を見込めるだろう。

 ご丁寧に上空を開けているあたり<フラクシナス>の援護も考慮してくれているらしかった。器用な事をするものだ。

 

「直接傷付けるような真似は止せよ! 士道を折紙の所まで送り届ければ俺達の勝ちだ!」

「我らを露払い扱いとはな! だが七海の顔に免じて今回は赦してやろう!」

「請負。八舞の二人が合わされば、最強です」

 

 新たな精霊の出現を感知したか、少なくない『羽』が二人の方を向くが、突風に煽られ照準を合わせることができないでいる。

 しかし。

 

「……精、霊…………」

 

 より多くの敵を認識した折紙がそのままで居続ける訳もなく。

 いくつかの『羽』が一箇所に集まり、円環状に組み合わさり、応じるように霊力が集まっていく。

 ああ、これは知らない。いや考えれば分かることだ。原作では限定霊装を纏った精霊達と<フラクシナス>が相手であったのに対し、今回は力の封印されていない八舞姉妹に、イレギュラーな存在である俺。数はともかく、個の脅威として俺達はより危険と判断されたのだろう。故に、攻撃手段が変わる。

 だが理解できることと、最適な判断ができることは別だ。そこで俺はすぐに離れるのではなく、様子見を選択してしまった。

 闇が、溢れ出す。

 

「ッ!?」

 

 鳥肌が、冷や汗が、何かを考えるよりも先に身体が逃げろと大声で叫んでいる。

 だが、それよりも先に。

 

「に、げろ、ぉぉぉぉぉおおおおお!!」

 

 幸運にも双子の方は何か言うよりも先に従ってくれた。士道は俺が抱えて離脱。余計距離が開くが、霊力障壁も密度やそこに割く霊力量の関係上今よりさらに大幅に拡大するということはないだろう。

 それよりも先にあの降り注ぐ闇の粒子から逃げる方が先決。

 込められた霊力を視れば分かる。二人もそれを感じ取れたからこそすぐの離脱を決めれたのだろう。

 一粒一粒が俺や士道程度なら致命傷、悪ければ即死になりかねない程の破壊力。それが、幾千幾万。精霊ならばもしかするとまだ耐えられるのかもしれないが、何より量がマズイ。たとえ1ダメージでも1000ヒットすればこっちは瀕死になるようなものだ。俺の扱う霊力なら打ち消せるが、動けなくなるのもマズイだろう。

 それに八舞姉妹は元々あまり耐久力に優れているわけではないので回避しか実質的な選択肢はない。俺や士道は言わずもがな、だ。

 俺の能力による再生は別とする。

 取り敢えず行動範囲が狭まれない空中に逃げ、飛翔しながら追撃を避け続ける。

 

「ええい、鬱陶しいわ!」

 

 竜巻のような烈風が横薙ぎに振るわれた。闇の粒子も吹き飛ばし、打ち消して、束の間の空白ができる。

 

「裂帛。はあッ!」

 

 風の弾丸……というにはあまりに巨大な塊が何個か打ち出され、霊力障壁にぶつかる。確かに反転した折紙の力は莫大だが、こちらも完全な精霊である。消失こそしなかったものの、確かにそこに穴は開いて、隙ができていた。

 そこを狙って飛び込み、士道を投げ飛ばす。

 

「折紙!」

「……」

 

 士道の呼び掛けにも返答はない。まるで機械のように『羽』がその先端に霊力を溜めるだけだ。

 <聖破毒蛇>で打ち払いはするが……

 

「俺の声が聞こえるか!? 頼む、返事をしてくれ、手を伸ばしてくれ、折紙!」

 

 ……これ以上は厳しい。更に『羽』の数が増えてきている。

 

「一度離れるぞ」

「でもっ、まだ!」

「これ以上は対応しきれなくなる。迎撃の『羽』も増えてきている。蜂の巣にでもなりたいのか?」

「っ……」

 

 一度大きく霊力を撃ち出して隙を作り、士道の腕を掴んでその場から離脱する。

 意味がない訳ではないだろう。確かに声は届いた筈だ。それは折紙が自分と過去に向き合う一助になった筈だ。

 

「七海! 琴里から<フラクシナス>の方から<ミストルティン>で援護するって――」

「今は駄目だ。敵と認識されたら<フラクシナス>も撃ち落としかねないぞ」

 

 確かそんなシーンがあった筈だ。

 増加した『羽』によるレーザーを脚甲で受け止め、離脱。

 そのまま方向転換して障壁を打ち破ろうとするが……俺だけなら無理矢理押し通せるだろうし、士道にも炎の回復があるとはいえ、たとえ治るにしてももし士道が足をやられて止まろうものならその体は穴だらけになるだろう。

 手応えはあったものの、今以上の『羽』に狙われたので退避。

 くっ、今ので脅威度が更新でもされたのか、折紙の身体がゆっくりと浮上してくる。その間も光線と粒子が俺の行動を縛ってくる。

 

「<破軍歌姫>――【輪舞曲】!」

「<贋造魔女>――【千変万化鏡】……【行進曲】!」

 

 音の壁に阻まれ折紙の浮上が止まる。勇猛な調べが、身体に力を漲らせてくれる。

 美九の<破軍歌姫>に……これは、七罪の? しかし姿は見えない。音だけが届いている。

 

「シドー!」

「十香!?」

 

 風の結界の開いた上空から四つの人影。

 十香、四糸乃、狂三に万由里。

 五河家、もしくは東雲邸でゆっくりしていた筈のこの場に居なかった精霊達が勢揃いしていた。

 

「どうして、ここに?」

「あれ程の霊力であれば私や狂三は当然、封印状態の精霊だって気付く。だから、急いで駆け付けた」

 

 さらに言えば、ここに到着した時点で八舞姉妹が先に気付き、風で上から皆を投げ入れたらしい。直接戦闘能力に劣る美九と七罪は風域の外に残したままなんだとか。

 限定霊装を纏った十香と四糸乃が各々の天使で『羽』を打ち払い、完全に霊力を解放した狂三と万由里が粒子を堰き止める。

 確かに戦力は揃った。

 だがそれ即ち、相手も相応の対応をしてくるという意味だ。

 

「…………」

 

 言葉はなく。そこには無機質な殺意のみがあった。

 粒子を降らす円環以上の量の霊力が一箇所に集中している。その規模は、これまでのどの攻撃も比べ物にならないほど。

 まずい。この威力は風域も打ち破る。純粋な精霊でも直撃はアウト。ならば選択肢は、撃たせないか、防ぎきるか。

 

「十香、四糸乃、士道を頼んだ!」

「任された!」

「わかり、ました……!」

 

 飛び出し、障壁を貫いて、霊力が集中しているその一点を狙って飛翔する。その勢いのまま蹴り抜く。

 無事霊力は霧散したが、完全には打ち消せなかった。漂う霊力が『羽』を通して俺に狙いを定める。

 だがもう、俺には後ろを任せれる。

 放たれるは、雷の矢と漆黒の弾丸。

 万由里の<滅殺皇>と狂三の<刻々帝>だろう。

 元よりあの時十香が使った<滅殺皇>は精霊達の霊力を万由里が集め譲渡したもの。万由里自身が使うこともでき、その場合は弓矢の形として顕現するらしい。厳密には自分自身の天使ではないためそう長くは扱えないようだが、<雷霆聖堂>よりは取り回しがしやすいのだとか。

 俺はその場に残り、再度霊力が集まらないよう俺の霊力で空間ごと折紙の霊力を抑え続ける。だがそれでも、元々存在していた『羽』や粒子にまでは手が回らない。消し過ぎない程度の調整のためにも集中する必要はあるだろうから、どうせと無視し続けるのも難しい。

 だから、士道が折紙のもとに再度辿り着くまでの間、俺のことは二人に任せよう。

 

「……頼む」

「きひ、きひひ! ええ、七海さんの頼み事とあらば、わたくし、応えてみせますわ」

「ん、おっけー」

 

 俺が動けない中、傍に降り立ち、それぞれの得物を構える。こちらを狙う『羽』を悉く撃ち落とし、射抜き、迫る粒子を影が、雷が相殺する。

 意思は希薄でも、霊力を込められないという事態には流石に反応するのか俺を排除しようと攻撃が激烈になっていく。相応に、二人の負担が大きくなる。だがそれを感じさせない涼し気な顔で迎撃し続ける。

 ふと、冷気が頬を撫でた。

 これは……四糸乃の。そうか、どうなるか不安だったが、無事彼女は士道を邪魔する――そして今までの自分という――壁を打ち破るための力を手にしたらしい。

 そして俺を迎撃するための攻撃の余波を掻い潜って再び士道は折紙の元に辿り着いた。

 

「折紙ッ!」

 

 だが、しかし。

 彼女の瞳は目の前で自分の名前を呼ぶ人物すら映さない。

 

「一人で抱え込まないでくれ! 五年前、言ったよな!? お前は一人じゃないって!」

 

 それでも。

 諦めるわけにはいかない。

 何度も呼びかけ続ける。

 彼女自身の、内側からの衝動を願って。

 

「迷ったなら、俺を頼れ! 俺を使え! 全部、俺にぶつけてくれて構わない! だから!」

 

 だから。

 

「絶望だけは――しないでくれ……ッ!」

 

 打ち消し続けていた霊力が一瞬、しかし大きくブレた。

 

「お前が何度世界を壊そうが、俺が必ず何とかしてやる! 何度絶望しそうになっても、俺が必ず助けてやる! だから、手を伸ばしてくれ!」

 

「俺には――お前が、必要だ!」

 

「――――」

 

 その声は、果たして。




 大分端折ってますが、メインは士道ですし原作の方読みましょう。

 十香と四糸乃の活躍は凡そ原作通り。七海の視点からは語られません。美九と七罪も同様。
 八舞姉妹は途中から遊撃と撹乱に専念。あれで障壁の密度緩めたり集めて風域を破ろうとする『羽』の対応してたりと色々やってる。
 <フラクシナス>も士道が二度目の接近の時攻撃の余波から守っていたり。流石に万由里と狂三だけでは攻撃の密度も上がっていたので二人を完全に守り切るのは難しかった。
 狂三は原作程分身体を使い潰しはしません。七海がいて少し過去が変わっているからということで……加速はしていました。が、消費が激しすぎた。
 万由里の<滅殺皇>は流石に<雷霆聖堂>出す訳に行かなかったのでそれっぽい理由を付けて登場。
 反転折紙の攻撃パターンに関してはまんま<絶滅天使>の流用。光か闇かの違いです。

 端折ったせいで駆け足気味ですが、やってることは大体原作と同じなのでいいでしょう。いいと言ってください。

 それでは次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 何話だったけなと思って目次見て折紙編の話数の少なさにびっくり


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