魔法少女桃神司 (MOPX)
しおりを挟む

異常なアホ毛!! 転校生は魔法少女!?

 

「私、桃神(ももがみ)(つかさ)!! みんなと同じ小学六年生!! これからよろしくねー!!」

 

黒板にでかでかと書いてある『桃神司(はあと)』の文字。

それを背に少女が手とアホ毛を振る。

苦笑いを消せ切れない教師が質問があるかクラスに聞いた。

 

 

「好きな食べ物は……桃です!! でも料理は……作るのより食べるのが好き!!」

 

 

実にはきはきとしゃべっている。

普通ならば快活という印象を与えるだろうが、今回に限っては違う。

 

桃神司は一人でしゃべっているだけである。

質問など誰もしてない。

好きな食べ物なんてベタな質問、今日び誰もしないのである。

 

(なんなの……この子……?)

 

クラスの一番後ろの窓際の席。

蒼乃(あおの)実里(みのり)も困惑するクラスの一人だった。

自分の隣の席が意味あり気に空いているので、イヤな予感はしている。

蒼乃はもう一度、まじまじと転校生を見つめた。

 

桃色の髪と瞳が珍しいのだとか、転校生のテンションがやたら高いとかもあるけど、それだけじゃあない。

 

一番はアホ毛だ。

 

前頭部から不自然に飛び出したそれは、50cmを越えた当たりで急激にカーブ。

急転直下で地面に突き刺さるしなやかな弧を描き、地面に激突せんかのところで再び急上昇。

一回転するように転校生の頭の上まで毛先は伸びていた。

 

もはや毛と言っていいのか疑わしい。

 

 

「あ!! ごめんねみんな!! 私ってばおしゃべりすると止まらなくなっちゃって……てへ」

 

少女が頬をポリポリとかく、アホ毛で。

「そのアホ毛には神経(かよ)ってるのか?」とツッコミたくなる。

 

普段は混沌としているクラスが神妙な雰囲気に包まれる。

先生は軽い眩暈(めまい)を覚えているようだった。

これだけの奇異(アホ毛)を見せられているのだから、当然だった。

 

一方、原因の転校生だけはそんなことにも気づかずニコニコと質問を待っているのだった。

 

(どうしよう……何か聞く?)

 

蒼乃実里は普段自分からは発言しないタイプである。

授業だって最低限しかしゃべらないし、家にはまっすぐ帰る。(このご時世だし)

マイペースを信条とするクール系小学生を標榜(ひょうぼう)しているのだ。

 

質問しようかと思ったのは気まぐれだと自分に言い聞かせていた。

早まる胸の鼓動にも気づかぬまま。

 

「あ!!」と転校生がアホ毛をピーンと伸ばして天井に突き立てた。

先生が一瞬ふらっと倒れかけたのは気のせいということにしよう。

 

「大事なことを言うのを忘れてたー!!」と桃神が大げさに頭を抱えた。

まさかそのアホ毛について解説してくれるのか? クラスに一抹(いちまつ)の希望が満ちる。

 

アホ毛をシュルシュルと戻した後(掃除機か?)、桃神司が口を開いた。

 

「私!! 魔法少女をやってます!! この辺りでおかしなことが起きたりしたら私に知らせてください!! ヨロシク!!」

 

 

……。

 

…………。

 

 

……………………。

 

 

沈黙。

おばあちゃんの葬式がこんなだった。

 

 

蒼乃実里は心底質問しなくて良かったと思うのだった。

下手に仲良くなっていたら魔法少女の仲間と陰口を叩かれるのはウケあいだ。

 

 

桃神司はヤベーやつ。

 

 

そんな共通理解が教室を包んでいた。

 

「あれ? 先生が立ったまま気絶している!! 保健室に連れて行かなきゃ!!」

 

そんな感じで転校生の自己紹介は終わった。

席は案の定、蒼乃の隣だった。

 

 

 

 

下校の時刻になった。

クール系を心の中で標榜する蒼乃は帰る準備を速やかに済ませランドセルを背負う。

最近は物騒だし学校からも早く帰るように言われている。

 

が、桃色のアホ毛が正面を横断する。

「お前は妖怪か」

さすがに失礼なので蒼乃は喉元まで出たその言葉をぐっと飲み込むのだった。

 

「蒼乃さん!! いっしょに帰ろうよー!!」

 

「……私、帰るの一人だから」

 

「ええー!! だったらなおさらだよ~!! 何だか周りの人達、すごい勢いで帰っちゃったし……」

 

(それはそうでしょ……)

 

明らかに人とは思えぬアホ毛を操るピンク髪の自称魔法少女がいるのだ。

関わりたくないのが正直なところだろう。

当の本人はうーんとアゴをアホ毛でさすっているが、「それだよ」と言いたくなる。

 

授業でアホ毛を上げる(手を上げる代わりか?)たびにクラスに戦慄(せんりつ)が走ったし、家庭科でかぶっているバンダナをアホ毛がなぜか貫通するのは衛生上最悪だと思った。

 

 

「……だいたい家がいっしょの方向かわからないし」

 

「ええー? いっしょのところまででいいから!! 校門の前まででも!!」

 

蒼乃は一緒に帰ることにした。

しゅるしゅるとアホ毛が蒼乃を囲みだし、身の危険を感じたからだ。

本当にこの娘、魔法少女というより妖怪だろ。

 

帰りながらの会話は、お世辞にも弾んだとは言えなかった。

好きな桃の品種とかいうキャラづくりとしか思えない話題に、蒼乃は適当に相槌(あいづち)をうつ。

確かに魔法少女は桃色ってイメージはあるけど限度があるだろ。

「JISの色彩規格でね……!!」じゃあないんだよ。

 

 

「……」

 

「どうしたの蒼乃さん? あ、わかった!! お腹が減ったんだね!!」

 

「普通に違う。私の家、ここだから」

 

蒼乃の表札を指させば、桃神はポンとアホ毛でアホ毛を叩く。

本当にどうなってるんだ、そのアホ毛。

 

「桃神さん、あなたが人懐っこいのはわかったけど……ここでお別れ。後は一人で帰って」

 

「ええー!! そうなんだ!! うーん……」

 

「……どうしたの? まさか家がわからないとか言わないでよね?」

 

学校に来た以上、帰ることもできるはずだが……。

この転校生には常識を当てはめない方が良い。

 

桃神の言葉を待てば、アホ毛を何やらモジモジさせている。

一瞬、可愛らしく思ったがよく考えるとかなりシュールだった。

 

桃神が口を開く。

 

「いや、蒼乃さんと別れるの寂しいな~って思っただけ」

 

「え……? 私と……?」

 

「うん!! 今日一番仲良くしてくれたのは蒼乃さんだから!!」

 

「私は別に何も……」

 

蒼乃が今日一日を振り返る。

自分がやったことと言えば、体育のストレッチでアホ毛に巻き付かれたことくらいだ。

 

それでも目の前の少女にとっては嬉しかった……らしい。

 

(考えてもみれば転校初日なんだし当たり前……なのかな)

 

「あ!! 蒼乃さん電話か何か持ってる!? えーっと、番号? え? 何? いいや、番号とか持ってたら教えて!!」

 

(電話か何かって何よ……)

 

何やら不自然な話し方だが、伸縮自在のアホ毛に比べればささいなことだろう。

ぎこちなく取り出したそれの連絡先を伝える。

 

「あなたのは……?」

 

「あ、私はこれで通話できるから!! 糸電話ならぬ髪の毛電話で……!! え……? 普通にスマホを持ってることにしろ? なるほどぉ……」

 

「桃神さん、さっきから独り言が多いけど……大丈夫? いろいろと」

 

番号を教えない方がよかったやつか……? と不安がよぎる。

 

「もうこんな時間!! 私も急いで帰らなきゃ!! 蒼乃さん、何か変わったことがあったらすぐに教えてね!! それじゃ、バイバイ!!」

 

「あ……」

 

アホ毛をぶんぶん振りながら桃神が走り去っていく。

さよならを言う間もなく、蒼乃の視界から消えてしまった。

 

「変な子……」

 

やたら声がでかくて、非常識で、アホ毛がぐねぐね動いて、魔法少女を名乗っていた女の子。

……でも、そんな(にぎ)やかな存在がいて今日一日寂しさがまぎれたのも事実だった。

 

家の鍵を開けて中に入る。

ただいまは言わない。

 

誰もいないのに、言ってもむなしくなるだけだから。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真夜中の秘密!? 桃色発光に包まれて!!

 

「……」

 

することがない。

漠然とそう思った。

 

あたりが暗くなってきて、やっと時間の変化に気づく。

手にしていたスマートホンを雑にベッドに放り投げてみる。

基本無料のゲームをしていたが、ぷっつりと糸が切れたように飽きてしまった。

 

(晩御飯はもう食べたし、やることないなあ……)

 

両親は最近帰ってくるのが遅い。

それは家庭のために働いているということでもある。

 

……インターネットでは家庭の話がよく流れてくる。

悪く言われている親のことを考えれば、うちはずいぶんと恵まれている方なんだろうと蒼乃は漠然と思っていた。

 

それでも――。

 

「寂しいのかな……私……」

 

思い浮かぶのは今日出会ったばかりの転校生。

あの子も別れ際に「寂しい」と言っていた。

 

だからかもしれない。

今日はいつもより、自分の気持ちが目の前に感じる。

 

親を悪く言うつもりはない。

じゃあ、誰が悪いのかといえば、わからなかった。

やり場のない漠然とした不安が、胸にフタしているようだ。

 

大人になったらこんな不安全部なくなるんだろうか。

他の子はみんな、こんな悩みは抱えていないんだろうか。

 

あのアホ毛の少女は毛ほども考えてなさそうだった。

 

(連絡……してみる? そんな……友達じゃあるまいし……)

 

桃神とは席がたまたま隣だっただけだ。

クラスの他の連中が桃神を避けて、しょうがなく一緒にいただけだ。

 

自分が独り、クラスの中で残っていただけだ。

 

 

涙を袖でぬぐった。

情けない声が出ていた。

 

こんなことをしても意味なんてない。

意味なんて全くないのに。

 

頭の中にはひとつの考え。

我ながら小学生としか思えない、幼稚な欲求。

 

形を持たないドロドロとした感情は、やがて言葉によって(すく)い上げられる。

 

 

――いっそ、この世界が滅んでしまえば。こんな寂しさを感じなくても済むのかな。

 

 

音がした。

地面が揺れた。

 

反射的に机の下に隠れる。

揺れが収まりスマホをチェックしても警報らしきものは出ていなかった。

 

(爆発みたいだったけど……もしかしてテロ……!?)

 

心臓がどくんと鳴る。

この何もない街を?

それこそ小学生の妄想なんじゃないか?

教室にいきなり侵入者が現れるの、考えたことはあるけど――。

 

窓を開けてベランダに出る。

 

外には、何もなかった。

 

何もないはずだった。

 

いつもと同じ、何の変哲もない住宅街のはずだった。

 

でも、何かが違った。

 

言いようもない薄暗さが、夜の闇に混じっていた。

 

直感的にわかった。

やっぱりこの街に得体のしれないものが入り込んだのだ。

 

「え……? あれは……?」

 

遠くの歩道を誰かが疾走している。

アホ毛をぶんぶん揺らしながら。

 

「桃神さん……!? あの子いったい何を……!?」

 

何が起こってるにしろ家にいるのが安全だ。

だというのに何であの子は。

 

 

思い出す。

あの子は自己紹介で堂々と魔法少女を名乗るような子だった。

だとするなら「出てきたのは怪物だ!!」などと結論付けて自分がどうにかしよういうのか?

 

まるで、物語の主人公みたいに。

 

急いで電話をかけてみる。

普段全然使っていなかったが、こういう時に使わなければ何のための電話だ。

 

桃神は出なかった。

 

「何のための電話なのよ……!! もう……!!」

 

玄関で靴を履いて、鍵を爆速でかける。

そのまま桃神が走った方向へ。

 

桃神が視界に入る。

近くの商店街を走り抜けて、公園を突っ切る。

最後に辿り着いたのは人気のない路地裏。

 

行き止まりだったからか、桃神はきょろきょろと辺りを見渡している。

何かしゃべっているかと思えば相変わらず独り言だった。

 

「この辺りだったよね。え……、いま戦うと危ない? でもでも~私が戦わなきゃ街の人が危険かもだし~」

 

「桃神さん!! あなたこんなところで何をしてるの!!」

 

「あれ、蒼乃さん!?」とアホ毛がピーンと跳ねる。

 

 

「蒼乃さん、こんなところにいたら危ないよ!! 早く帰らなくちゃ!!」

 

「それはこっちの台詞なんだけど!?」

 

こっちは桃神の姿を見て追いかけてきたのに。

釈然としない蒼乃だったが、まあここまでだ。

 

夜中に出歩いた転校生と家に帰ってそれで終わり。

いつもの日常に戻る――。

 

 

常識的な判断による希望的観測はあっさりと現実(・・)に破られた。

 

 

桃神のアホ毛がぶるっと震えた。

 

「蒼乃さん!! 下がって!!」

 

「え……!? 何か出てきて……!!」

 

地面から湧き出るように黒いモノが。

突風が吹いたような感覚に思わず怯んだ。

 

テロリストよりも、もっと現実味がないモノ(・・)だった。

 

大型動物ほどはあろうかという巨大な目玉が、浮いていたのである。

 

「きゃああああぁぁぁぁ!? 怖い!! グロい!! 何こいつ!?」

 

「これが魔法少女の敵……モンスターだよ、蒼乃さん!!」

 

「そういうことを聞いてるんじゃなーい!! あなたまだそのキャラで行く気なの!? 早く逃げないと、こ、こ、こ……」

 

 

殺される。

 

 

思い至ったからだろうか。

足がガクガクと小刻みに震え出す。

 

そもそも路地裏の行き止まり。

唯一の逃げ道は巨大な目玉に塞がれてしまっている。

 

目玉が動いた。

 

「――え」「危ない蒼乃さん!!」

 

飛び込んだ桃の少女と揉みくちゃになりながら地面を転がる。

この世の終わりみたいに轟音(ごうおん)に、恐怖のステージが一段階上がる。

 

恐る恐る顔を上げれば、目玉は建物の壁に激突していた。

ちゃんと現代の建築基準に(のっと)っているだろうそれは、粉々に打ち砕かれていた。

 

体に生温かいものが流れてきた。

血だった。

 

「桃神さん……!! あなたケガを……!!」

 

「えへへ……変身してたらこんなやつへっちゃらなんだけど……」

 

「まだそんなこと言ってるの!? 魔法少女なんているわけないじゃない!!」

 

女の子が変身して、すごい力を発揮して、悪いやつをやっつけるなんて。

現実にそんな都合よい話あるわけない。

 

現実は――。

 

「もっと冷たくて……どうにもならないものだよ……」

 

蒼乃の目には涙が溢れていた。

世界が滅んでしまえなんて願ったからきっとバチが当たったんだ。

「それならお前だけ消えてしまえ」と。

 

いや、自分だけならよかった。

自分を魔法少女だと言い張る変な転校生もここにいる。

巻き込んだのは、自分だった。

 

 

桃神は立ち上がった。

 

「もも……がみ……さん」

 

「あのね、蒼乃さん。よく聞いて。魔法少女は『この街を守りたい!!』とか『これを大事にしたい!!』って想いで変身するの。でも私は……この街に来たばかりだから……」

 

怪物(モンスター)がぎょろっとこちらを向いた。

ちっぽけな小学生二人を見逃してはくれないらしい。

 

「だから蒼乃さんの気持ちを分けてほしいの。この街にもともといた蒼乃さんの。それで私も……戦えるはずだから」

 

「そ、そんなこと言われても……!!」

 

怪物が予備動作を始める。

狙いはいわずもがな、二人の少女。

 

「私、この街に思い入れなんてない!! 友達だっていない!! 親とだって全然話してない!! 私には……何にもないよ!!」

 

「何にもなくなんてないよ。だって――」

 

 

桃色の少女は照れくさそうにポリポリと頬をかく、アホ毛で。

 

「私、蒼乃さんがいて今日一日、寂しくなかったよ」

 

「……!!」

 

巨大な目玉が突っ込んできている。

けたたましい音とともに周囲が崩壊していくよう。

 

蒼乃は叫んでいた。

何か考えがあったわけではない。

でも、自分でも言葉にできない感情が渦巻いていた。

 

……そうだ、魔法少女なんて現実にいるわけがない。

でも、目の前の、変な転校生といっしょにいて、寂しさが紛れたのは、現実のことだった。

 

消えてほしくない、と思った。

続いてほしいと思った。

 

変な転校生との、なんてことはない日常が。

 

 

「桃神さーーーーん!!」

 

 

その時だった。

桃色の光が空間に満ちた。

 

「え……!?」

 

黒い目玉は、止まっていた。

否、一人の少女が止めていた。

 

桃色の光に抑えられていた。

その中心にいるのは一人の少女だ。

 

「ありがとう、蒼乃さん。蒼乃さんの気持ち……よくわかったよ。ちょっと照れるけど……えへへ」

 

場違いに柔和な表情。

そしてちょっと楽しそうな顔に変わったかと思うや、杖も持たず、化粧道具も持たず、少女は思いっきり叫ぶのだ。

 

 

「変身!!」

 

 

アホ毛が天高く伸び、急停止。

垂直落下して桃神の体を包む。

 

「え? え? え? 変身ってそういうものだっけ!?」

 

まるで(まゆ)のようにアホ毛に包まれた桃神。

隙間から桃色の光が溢れ出す。

 

それは桃色のビッグバン。

現実には存在しないはずのものが、現実に顕現(けんげん)する瞬間。

 

「まぁぁぁぁほぉぉぉぉしょぉぉぉぉじょぉぉぉぉ!!」

 

繭を突き破って、羽根が生える。

商店街を横断するくらいでかい。

 

「桃色の想いは……あなたのために!!」

 

自身の信念をもう一度胸に刻み込む。

繭が張り裂けて、その繊維が少女を包むドレスとなる。

 

「魔法少女!! 桃神司ぁぁぁぁ!!」

 

自分が何者なのか忘れないために。

胸のリボンはお約束。

 

 

「見参ーーーー!!」

 

光とともに魔法少女降臨。

その衝撃で桃色の爆発が巻き起こる。

 

「うわああああぁぁぁぁ!?」

 

突然のことに蒼乃が吹き飛ぶ。

しかし案ずることはない。

魔法少女の光は黒き闇だけを倒す力。

 

魔法少女桃神司が出現したことによるドーム状の桃色大爆発(ビッグバン)は、漆黒の目玉だけを飲み込み、あっさりとかき消していったのだ。

 

桃色ブーツがカツカツと音を立て、吹っ飛ばされた少女(蒼乃)へと駆け寄る。

魔法少女はいついかなる時も慈愛の心を忘れないのである。

 

「大丈夫!? 蒼乃さん!?」

 

「た、助けてくれてありがとう……でも……大丈夫じゃないかも」ガクッ

 

「蒼乃さん!? 蒼乃さーーーーん!? そんな……!! でも私、蒼乃さんのこと忘れないから……!!」

 

勝手に殺すな。

そのツッコミは口に出ることはなかった。

 

薄れていく意識の中で蒼乃はまたも桃神の独り言を聞くのだった。

 

「どうしよっか……!? え……? とりあえずカフェに連れていく……? なるほど!!」

 

そのまま蒼乃の意識は闇へと落ちた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目を覚まさば異空間!! 魔法少女の本拠地といえば……カフェ!!

 

少女が二人いた。

 

一人は部屋の隅でうずくまっていた。

しゃくりあげているが、その顔は膝に埋もれてわからない。

 

もう一人はクレヨンで絵を描いていた。

青色を紙にこすりつけるように、ダイナミックに直線が踊る。

 

 

 

「できた!!」絵を描いていた方の少女が立ちあがって叫んだ。

 

描き上げた作品を手に、てくてくと歩く。

 

そして、うずくまっていた少女をつんつんとつついた。

 

無視されてもおかまいなし。

 

しばらくそんな時間が続く。

 

 

 

観念したのか、うずくまっていた少女が顔を上げた。

 

 

もう一人の少女が満面の笑みで絵を見せた。

 

 

「これ!! 魔法少女の絵だよ!!」

 

青色が放射状に広がったそれは、ドレスだったらしい。

上の方には顔らしきものもあったが、雑すぎて誰の顔かもわからない。

 

 

少女が少女に、絵を差し出す。

 

 

うずくまっていた方の少女は、絵を手に取り、そして――。

 

 

 

 

 

絵を真っ二つに引き裂いた。

 

 

 

 

 

「あ……」片方の少女が呆けている間にも、絵はちぎられて、重ねられて、またちぎられた。

 

ジグソーパズルのピースみたいにぐちゃぐちゃになった破片が床に散らばる。

 

絵を描いた方の子は泣き出して、走りさってしまった。

 

びりびりに絵を破いた子はずっと座っていた。

 

何をしたいのかもわからないまま。

 

 

 

 

そのうち桃色の毛が落ちてきた。

 

部屋を埋め尽くすくらい大量に。

 

少女は何も言わず飲み込まれて、毛に溺れてしまった。

 

なおも桃色の毛は増え続ける。

 

 

 

そのうち、()の視界は桃色に染まるのだった。

 

 

 

 

「うわああああぁぁぁぁ!!」

 

「あ、蒼乃さん!! 気が付いたんだね!! よかった~!!」

 

ベッドから起き上がった蒼乃が急いで周囲を確認する。

見慣れない洋室に、出会ったばかりの転校生。

 

「どこか痛む? うなされてたみたいだけど……」

 

「……」

 

蒼乃の体を桃色アホ毛が触診する。

「この毛のせいだと思う」……とは流石に失礼なので口にしない。

 

 

「痛みはないけど……混乱はしてる」

 

「そうなの? 状態異常だね!! お薬お薬……」

 

「ゲームじゃないから!!」と慌てて止める。

自らが混乱している原因のひとつだと自覚はあるんだろうか。

 

突然街に現れた黒い不気味な目玉。

変身をする桃色の少女。

そして巻き起こった大爆発。

 

そもそもここはどこなのか?

 

 

聞きたいことが多すぎてまとまらないまま、蒼乃は一つの疑問を口にしていた。

 

「桃神さん……あなたはいったい何者なの……?」

 

「え? だから自己紹介の時から魔法少女だって……」

 

「えっと、じゃあ魔法少女って何?」

 

「うーん、魔法少女とは……魔法少女のことをいうんだよ!! かっこよく戦ってみんなを守るよ!!」

 

「……」

 

 

桃色の瞳を輝かせながらしゃべってるし、悪気はないんだろうな。

でも、この破滅的なやり取りから蒼乃が得られる情報はゼロであった。

 

 

――それについては私が説明するわ。

 

 

「え……誰!?」

 

蒼乃が周囲を確認するも、部屋に他の人影は見当たらない。

 

――ちゃんと目を凝らして。声が聞こえるなら姿だって見えるわ。

 

言われた通りに集中してみる。

するとどうだろう。

桃神の隣に白い輪郭(りんかく)が浮き上がってきた。

 

背丈からして大人。

長くてさらさらした銀髪はまるで宝石を梳かしたよう。

一方、体のラインが浮き上がるピチピチスーツにより神秘さがやや割引されていた。

ずいぶんと変った服装の人……人?

 

 

人じゃない、良く見れば背中から蝶みたいな羽根を生やしている。

桃神は「もう姿が見えるようになったんだ!! すごいや蒼乃さん!!」と無邪気に喜んでいるが、当の蒼乃は失神を抑えるのに必死だった。

羽根を生やしたその存在は、優しく微笑んだ。

 

「私は妖精。桃神についているお世話妖精よ。これからよろしくね蒼乃実里さん」

 

自称魔法少女の次は、自称妖精だった。

 

 

 

 

「……ということで説明は終わり!! 何か質問はあるかしら蒼乃実里さん」

 

「ええっと……その……」

 

何だろう、説明が全く頭に入らなかった気がする。

というか盛大にすっ飛ばされた気がする。

例えるならば小説の場面転換で描写をカットして済ませたような……。

 

円形のテーブルの右手側、助けを求めるつもりで桃神を見やればピーチジュースをストローでチューチュー飲んでいた。

 

「心配しなくていいよ!! 私もよくわかってないから!!」とアホ毛でOKを作っているが、何もOKじゃないだろ。

 

蒼乃が必死に言葉を紡ぐ。

まずは、だ。

 

 

「あなた達は本当に……魔法少女と妖精なんですか?」

 

「だいぶ根本的なところから攻めてきたわね」

 

だってしょうがないじゃん……と悪態はつきたくなる。

説明によれば、転校生桃神司がもともといたのはこことは別の世界。

時空を超えてこの学校にやってきたとのこと(転校ってレベルじゃないでしょ!! と叫びたくなる)

 

目的はこの街がモンスターの標的にされているから。

何でも時空的な特異点とかなんだかで、この街のある場所がモンスターに乗っ取られると宇宙ごと滅んでしまうらしい(スケールでかすぎない???)

 

モンスターに対抗できるのは魔法少女の力だけ。

そしてその魔法少女の力はモンスターにしか効力を発揮しない。(なのであの大爆発でも街の人からすれば「今なんかピカっと光ったか?」レベルのことらしい)

 

 

要するにこの世界を守るために魔法少女と妖精はやってきた、というのが妖精の弁だった……が。

 

「……」

 

「あら、何その胡散臭いものを見つめる目は? お姉さん、だいぶ頑張って説明したんだけどなー」

 

「めちゃくちゃ嘘くさい……です」

 

蒼乃のこの発言は自称妖精にバカ受け。

「そりゃそうよねえ!!」なんてゲラゲラ笑っている。

桃神のアホ毛も釣られて踊り出す。

そういう演出はいらないから!!

 

「だいたい何ですか別の宇宙って……。そんなの信じれないですよ」

 

「あら、この世界の科学でも人間原理にもとづけば宇宙が何個もある方が自然なんだけどね。まあでもしょうがないかしら。妖精X(旧妖精ツイッター)でも最近の子供はしっかりしてて警戒心が強いって言われてるからねえ」

 

(妖精もやるんだ……SNS)

 

神秘性がますます失われた感じがする。

ピチピチスーツの時点で怪しいのに。

 

 

ただ、全く信じていないというわけではない。

 

だいたい、蒼乃が今いる空間が森の中で温かな日差しの差す謎のカフェであり、自分がもといた街とは思えなかった。

桃神一人で運ぶのも普通に考えて不可能だろう。

だからあれこれと頑張って反論するよりも「この人たちは魔法少女と妖精であり、異空間に連れ去られた」の方が納得できるのだった。

 

これが夢でなければの話だが。

 

「まあ、あなた達が魔法少女と妖精ってのは……そういうことでいいです」

 

「うんうん!! 最初から言ってるけどね!! それで蒼乃さんにお願いがあるんだけど……!!」

 

本物があんなにストレートに自己紹介するのは迂闊(うかつ)だろ……なんて言う隙もなく、桃神が頭を下げた。

テーブルの上にアホ毛がどすんと落ちる。

 

「私達の仲間になってくれないかな!!」

 

「は……!? 仲間……!?」

 

蒼乃はうろたえた。

漫画やゲーム以外でそんな言葉使う人を初めて見たからだ。

いったいどんな環境で育ったのだろう、この子は。

 

 

「……魔法少女の仲間」

 

復唱する。

 

「気に入ってくれた?」

 

「むずがゆい、とても」

 

「ええ!? 良い響きだと思うけどなあ。 なかま~なっかま~」

 

「ああ!! アホ毛を絡ませないで!!」

 

このままだと取り込まれそうなのだが……。

とりあえずこういう関係を仲間とは普通言わないだろう。

蒼乃とアホ毛が(たわむ)れる中、妖精がこほんと咳払いをする。

 

 

「ワチャワチャしてるけど、これは大切な話よ蒼乃実里さん。この世界を……いや、時空を救えるかどうかはあなたの判断にかかっているのだから」

 

「わ、私の……!?」

 

「ええ。あなたはこの世界で桃神と一番早く仲良くなった人間。波長(●●)が合ったと言ってもいいわ。あなたが断れば、桃神司は100%の力を発揮できずにモンスターに負けちゃうかも」

 

「ま、負けちゃうかもって……!!」

 

「えへへ」と桃神がアホ毛を一周させて頭をポリポリとかく。

気楽な様子だが、重大な問題のはずだった。

 

確かに、前の戦いでも蒼乃(自分)の叫びに呼応する形で桃神は変身していた。

戦いこそ一瞬で終わったが、もしも蒼乃がいなければ――。

 

蒼乃が体を震わせる。

妖精がどんなに恐ろしいことを言ってるのか理解したからだ。

 

世界を救う責任を、この小さな体に負えと言っている。

 

「そんなの……私には……」

 

「蒼乃さん……?」

 

桃神が心配そうにのぞき込んでくる。

来たばかりで何も知らない街を守るため、体を張ったこの子にはわからないだろう。

自分一人の人生だって責任を持てないのに、自分の行動で全世界の有り様が変わってしまうなんて。

 

それは全世界の人間の命を握っているのと、同じことだ。

 

「そんなこと……私には……!!」

 

 

 

空間が揺れた。

「伏せて!!」桃神が思いっきり蒼乃を押し倒す、アホ毛で。

何だかこんなのばっかりだな、と反芻(はんすう)する暇もなく建物がガタガタと揺れる。

 

全員で急いで脱出すれば、カフェの上空に何かがいた。

「そんな……!! 結界が破られたというの……!!」と慌てる妖精の反応で、事態の深刻さを把握する。

 

黒いものが落ちてきて、カフェをぺしゃんこにした。

 

「妖精ローンが残ってるのにぃぃぃぃ!!」と叫ぶ妖精の横で桃神が蒼乃の肩を優しくくるんだ。

 

「蒼乃さんは下がっていて!! たぶん後一回変身するくらいは力が残ってるから!!」

 

「え……でも……!!」

 

何が「でも」なのか。

本当はほっとしているんじゃないか。

 

一般人がそんなことを考えている間に、行動を起こすのが英雄だ。

 

 

黒い塊から何かが生えてきた。

 

「あ、あれは……!!」自称妖精が青ざめる。

 

「な、何なんですか……!?」

 

「迂闊だったわ……!! 最初に現れた目玉型は私達の本拠地に既に目星をつけていた……!! そしてその情報をあのモンスターに伝えていたのよ!!」

 

「だから何なんですか、あいつは!!」

 

真っ黒な重機が、そこにいた。

 

「あれは……クレーン車よ。クレーン車型モンスター」

 

モンスターの姿、割と自由らしかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たなる武器!! 想いの丈のフルスイング!!

 

瓦礫(がれき)と化したカフェの中から巨大な黒い影。

その姿は蒼乃もよく知るものであった。

 

「クレーン車……!? おかしいわよ!? モンスターなんでしょ!?」

 

「魔法少女の敵、モンスターはあらゆる形状を取る……。それが有機物であるか、無機物であるかなんてささいな問題でしかないわ」

 

「そんな無茶苦茶な……!!」

 

「確かに魔法少女の敵ってそんなイメージだけど……!!」という蒼乃の内心などどこ吹く風、漆黒のクレーン車が向きを変える。

少女二人と自称妖精のお姉さんが一人。

サイズ差を考えれば敵うはずもなく――。

 

(逃げなきゃ……!! でもきっとあいつの方が速い……!! もしも追いつかれら……!!)

 

急に足が震え出す。

追いつかれた後のことを鮮明にイメージしてしまったから。

何がしたいのか、どうして生きてるのかわからない人生だったけど、それでもこんなところでいきなり終わるなんて――。

 

 

桃神司が一歩前に進んだ。

 

「も、桃神さん……!?」

 

「蒼乃さんは下がってて!! あいつは私が何とかするよ!!」

 

「何とか……て!?」

 

「何とかは……何とかだよ!!」

 

 

アホ毛が優しくゆらゆらと揺れた。

こんな時でも少女(桃神)は笑顔を見せた。

 

「変身!!」

 

叫びと共にドレスを身に纏う。

一回転してバッチリとウィンクを決める。

 

――そして。

 

 

魔法少女は派手に吹っ飛ばされていた。

 

「うおおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉ!?」

 

「桃神さーーーーん!?」

 

変身の最中、突っ込んできた鉄球。

モンスターの放ったそれが桃神へと直撃したのだ。

 

「何で悠長(ゆうちょう)にウィンクしてたの!?」

 

「だって……やらないと気分が乗らないし……わわ!!」

 

巻き戻った鉄球が再び魔法少女を襲う。

今度は間一髪のところでかわし、桃神はポーズを決めていた。

 

「そんな心のこもってない攻撃に魔法少女は屈しないよ!! そう!! 魔法少女とは想いを力に変える者!! 私の心が折れない限りいつだって戦えrげふっ」(鉄球直撃)

 

「だから悠長なんだってば~~~~!!」

 

びたーんと地に伏す桃色魔法少女。

それでも立ち上がり、朗らかな笑顔を見せるのだ。

 

「いてて……でも大丈夫!! 魔法少女はこれくらいじゃへこたれない!!」

 

「無茶だよ!! さっきから全然戦いになってないじゃない!!」

 

そう、桃神の勢いに反して戦いは非常に劣勢。

かたやロングレンジの鉄球飛ばしを連発するクレーン車。

かたや丸腰でドレスをヒラヒラさせてるだけの少女。

 

どちらが有利かなんて、子供でもわかる。

 

「というかあなた武器は!? 何かあるでしょ魔法少女なら!!」

 

「え? 何かって……?」

 

「ええ!? 私に聞かれても!!」

 

「まあいいや!! とにかく頑張るから、蒼乃さんは妖精さんと安全なところで待ってて!! じゃ!!」

 

「あ……」

 

桃色のドレスをはためかせて少女は行ってしまった。

 

「どうしてそこまで……!!」

 

その言葉は桃神には届かない。

既に怪物へと向かって行ってしまったからだ。

 

鉄球が、何度も魔法少女を捉えた。

その度に地面を転がり、立ち上がり、また向かっていった。

まるで敵の攻撃を自分にひきつけるみたいに。

 

「……」

 

蒼乃は呆然と立ち尽くしていた。

ただただ、情けなかった。

 

 

 

いつの間にか隣にいた妖精が誰にともなくささやいた。

 

「いきなりあんな強い怪物が現れるなんてね。桃神は本来の力じゃないし危ないかも」

 

「あなたは……!? あなたは戦わないんですか!? 桃神さん、このままじゃあ……!!」

 

「私は非戦闘要員だからねー。それよりも、あなたはどうなのかしら?」

 

「私……? だって私は……」

 

それこそ、非戦闘要員だ。

何の取り柄もないただの一般市民だ。

 

少しだけ、後ろ暗い過去を持つだけの。

 

 

「ま、桃神がここで負ければこの世界はお終いね。あっけないけど、まあそんなもんよ」

 

「何か……」

 

「ん?」

 

「何か武器はないんですか!? 魔法少女なんでしょう!? あの子、何も持たずに突っ込んで行って……」

 

世界なんて滅んでもいいなんて、子供らしい願望を抱いていたはずなのに。

どうしてこんなにも必死になるのか、蒼乃自身にもわからない。

 

「そう思うんなら、あなたが行動を起こすべきよ」

 

「私が……」

 

「魔法を起こすのはいつだって人間の意志……想いの力よ。そして、何かを願うことに体の大きさや強さなんて関係しない……」

 

「たとえ少女であってもね」妖精はそう付け加えた。

 

「……!!」

 

思い立ってからは、別人のよう。

がむしゃらに辺りを見渡す。

武器がないのなら武器を渡せばいい。

 

やがて見つけたそれをふんだくるように手に取り。

少女――蒼乃実里は駆け出していた。

 

 

 

 

「はあ……はあ……やっぱりちょっと……ちょっとだけ無茶だったかな~」

 

桃色の魔法少女は息を切らしながら独り()つ。

目の前の巨大なクレーン車は鉄球をブンブンと振り回している。

攻撃をまともに食らい続けた魔法少女は、力を消耗して近づくことすらできない。

 

鉄球が再び魔法少女目掛けて飛ぶ。

 

「くうううぅぅぅぅ……」

 

体全体で受け止め弾き飛ばす。

しかしその代償は大きい。

桃神はついに膝をついた。

 

「まだだよ……まだ……魔法少女は想いの力があれば……」

 

言葉が異空間に空虚に響く。

それは桃神自身が一番よくわかっていることだった。

 

鉄球が巻き戻り、攻撃の予備動作に入る。

 

 

その時だった。

 

 

「桃神さーーーーーーーーん!!」

 

少女が一人、突っ込んできた。

迫りくる鉄球に気づきもせず。

 

「危ない!!」

 

飛び込んで後には衝撃が走る。

二人のすぐ横を鉄球が通り過ぎて行った。

 

くるんだアホ毛をほどきながら、魔法少女(桃神)少女(蒼乃)に必死の形相でうったえる。

 

「どうして!? 危ないって言ったのに!!」

 

「ぶ、武器を……渡したいと思って……」

 

「え?」

 

蒼乃の手には木の枝が握られていた。

 

 

沈黙。

 

 

それが何を意味するか悟って、蒼乃の目には涙があふれた。

 

 

「バカ……だよね……。野良犬を追い払うわけじゃないのに……!! こんなことしたって何の意味も……!!」

 

ちぎれんばかりに握られた手が、優しく包まれる。

開かれた手から、武器はもう一人の少女の手へと移った。

 

「大丈夫……!! 想いがこもったものならどんなものだって魔法少女の力になる!! だから……!!」

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 

 

「え? 何この音?」

 

涙も止まる唐突さ。

桃神の手に渡った木の枝は桃色に発光していた。

 

木の枝がアホ毛にくるまれる。

そのアホ毛を突き破るように巨大な光が巻き起こった!!

 

「え? え? え? ええええ!? 何この展開!?」

 

「想いの力を……遠心力に変える!!」

 

頭上でぶんぶん振り回し、構え!!

木の枝は魔法少女にふさわしい桃色の杖へとその形状を変化させていた!!

 

桃神杖(ピーチフレッシュゴッデスハンマー)ーーーーーーーーーーーー!!」

 

少女の身長を優に超える巨大杖が、今ここに顕現(けんげん)したのだ!!

 

 

「杖じゃなくてハンマーじゃん。というか、でっかっ……」

 

「蒼乃さんの気持ちが詰まってるからね!!」

 

 

顔を赤くする蒼乃のことはいざ知らず、桃神が杖を構える。

先ほどからスルーされていた怪物は、既に鉄球を飛ばしていた。

 

「くらええええ!! これが私と蒼乃さんの……友情のホームランだああああぁぁぁぁ!!」

 

桃色の杖が鉄球を真芯でとらえた。

打ち返された球は桃色の弾丸と化しクレーン車へ直撃。

半壊し、車輪だけぴくぴくと動いている。

 

「ホームランというよりピッチャーライナーじゃ……」

 

「うおおおお!! チャンスだトドメーーーー!!」

 

蛮族がごとき動きで魔法少女は敵の射程内へ。

杖でかき回し、すり潰し、突き立てて終了。

 

脅威は過ぎ去った。

妖精カフェを潰した怪物は魔法少女により打ち払われたのである――。

 

戦いが終わり魔法少女は杖を肩に。

そのままにっこりと蒼乃へと微笑むのだ。

 

「ありがとう蒼乃さん!! あなたのおかげで私、勝つことができたよ!!」ずいっ!!

 

「う……!!」

 

「どうしたの? そんな後ずさりして?」ずいっずいっ!!

 

「いや、その、そんな物騒な武器を片手に近付かれても……」

 

「蒼乃さんが渡してくれた武器だよ!! なんなら勝利のハグしちゃおうよ~」ずいっずいっずいっ!!

 

「ご、ごめんなさい……私……」

 

 

蒼乃は走り去った。

 

 

「やっぱり魔法少女とは戦えなーーーーい!!」

 

「ええええ!? 待ってよ蒼乃さーーーーん!!」

 

瓦礫と化したカフェの前で二人の少女は追いかけっこを繰り広げるのだった。

後に残るのは朗らかな笑顔と、物件のローンだけだ。

 

 

 

「とほほ……桃神が勝ったのは良かったけど……。新しい本拠地を用意しなくちゃね……」

 

自称妖精は少女達には気づかれまいと、静かに涙を流すのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

慟哭(どうこく)のショッピング!! 私やっぱり戦えません!!

 

異空間から帰ってからの数日は、蒼乃にとっても意外なくらい平穏な日々だった。

桃神が最初の変身時に起こした桃色ビッグバンは自称妖精の言う通り誰も気にしていないようだったし、この街に怪物が出現した事実に気づいたものはいなかった。

 

結局蒼乃はその事実を親にも先生にも伝えることはなかった。

言っても信じてもらえるとは思えないし、信じてもらえたらそれはそれで面倒だと思ったのだ。

何となく大人の問題にしたくない。

 

それがどういうことなのか。

言葉にできなくて、胸の奥でつっかえて取れなくなっている。

 

そんな蒼乃の心情を知ってか知らずか、相変わらず学校では桃神が距離をつめてくる。

他の子たちよりも、一段も二段も明るい、あまりにも屈託のない笑顔で。

 

今日も今日とてアホ毛にくるまれながら蒼乃は考えるのだ。

 

「あんな怪物と戦うことが、この子にとっての日常なのだろう」と。

 

蒼乃と桃神が出会ってから初めての週末。

河川敷へと少女は向かっていた。

 

 

 

 

「蒼乃さん!! おはよー!! 私達の新しい本拠地へようこそ!!」

 

蒼乃の姿を見るなりアホ毛をぶんぶん揺らす少女。

休日でもセーラー服の少女の(かたわ)らには、ショッキングピンクのテントが張られていた。

 

「こ、これは……?」

 

「魔法のテントだよ!! 私と妖精さんは今、ここに住んでいるだよ!!」

 

今までどこに住んでいるのか不思議だったがテント生活とは。

お風呂はどうしているか聞くと「魔法少女は魔法の力で体をキレイにしてるから必要ないんだよ!! 本当だよ!!」と熱弁された。

強調されると逆に嘘くさいのだが、あんまり深くツッコむのは止めておこう。

「嗅がないでね!!」と桃神と念押ししていることだし……。

 

そんなやり取りをしているとテントからもぞもぞと銀髪ピチピチスーツのナイスバディ……もとい自称妖精が顔を出す。

 

……酷く顔色が悪そうなんだけど。

 

「おはよー蒼乃さん。うぷ……」

 

「酒くさっ!! どうしたんですか!?」

 

「どうしたもこうしたもないわよー!! 大枚はたいて買ったカフェは潰れたし……あそこの異空間自体がモンスターに発見されてしばらく使えないのよ!! おかげでこんなテント生活を余儀さなくされちゃったし……!!」

 

「これが飲まずにやってられるかー!!」と缶をカシュッと一息。

ビールは二十歳になってから。

……どうやら二十年は生きている妖精らしい。

 

こんな大人にはなりたくないなあ、と漠然と思う。

大人というか妖精だけど。

 

「そもそも転校する際の手続きはどうしたの?」とは聞かないことにした。

妖精なんだから人の記憶をいじったりできてしまうのかもしれない。

 

 

「そう考えると今こうしていっしょにいるのも結構怖いかも……」

 

「ええーー!? 大丈夫だよ蒼乃さん!! 妖精さんは魔法少女の頼れる味方!! いろいろサポートしてくれるんだよ!!」

 

「……」

 

蒼乃が一息を入れる。

そう、魔法少女を手助けする存在は既にいるのだ。

 

「今日はその……大事なことを伝えに来ました」

 

「大事なコト……!!」

 

「そ、そんなに目を輝かせないで……!! 」

 

桃色の瞳をキラキラに輝かせる様は、もはや単色の発光源。

いろんな意味で直視できずに蒼乃は思わず目を逸らした。

 

そして言った。

 

「私……やっぱりあなた達とは戦えません!! ごめんなさい!!」

 

「なるほど!! それは確かに大事な……え? ええ……? ええええ……!?」

 

曇っていく笑顔は最終的に劇画調の渋い顔となった。

 

 

 

「ええええええぇぇぇぇええええぇぇぇぇーーーー!! 蒼乃さんが……!! 私達といっしょにモンスターと戦わないーーーー!?」

 

 

 

河川敷に大声が響く。

相当、恥ずかしい。

魔法少女の声がでかいの、必殺技とかを叫ぶからだろうか。

 

 

 

 

魔法少女がやってきたこの街……某県某市は決して都会ではない。

街の魅力を聞かれても「うちの市? 何にもねえよ」とヘラヘラと答える程度には何もない街である。

娯楽に乏しく、そのせいか街のいたるところには落書きがあるし、少なくとも若者が都会へ流出していくのも止む無しだ。

 

 

では、田舎なのか?

 

 

それは言い過ぎだろう。

某県某市の市民たちは他の片田舎といっしょにされると急に機嫌が悪くなる。

自分達は隣県の田舎よりも隣の隣くらいの大都市と同じグループ。

そんな他県には理解できない謎のプライドを持っていた。

 

中都市。

 

それこそがこの街にふさわしい称号だ。

そして、駅前のショッピングモールはこの街において最高の娯楽のひとつだ。

他に遊ぶところがない……などと失礼なことを言ってはいけない。

 

 

少女が二人、歩いていたのはそんな微妙……もとい絶妙な大きさの街だった。

 

 

 

 

「蒼乃さん!! 見て見て!! 何か良い感じのお店があるよ!!」

 

「酷くあいまい。あれ、ただの100円ショップでしょ……。見たことないの?」

 

「うーん、あるようなないような……!! 魔法少女の変身アイテムとか置いてあるかなあ~」

 

「置いてあったら怖いよ……」

 

そんな他愛もない会話をしながら、二人で歩く。

吐いた息が白くなる程度には寒い日だ。

 

楽しそうにきょろきょろする桃神を横目で見ながら蒼乃は考える。

 

(これでいんだよね……)

 

 

河川敷でのやり取り。

魔法少女への協力を断ることを宣言したわけだが、意外なくらいあっさりと桃神は引き下がった。

「蒼乃さんの気持ちが第一だから」と。

(アホ毛がうなだれていたあたり本心ではないかもしれないが)

 

妖精としては「桃神がこの時空に来てから初めて出会った人間に協力を断られた」という事実が残ってしまうから反対らしい。

「私は一般人だから……」「誰だって最初は一般人!!」「でも特別になる人って何やかんや才能があるじゃないですか」「そんなことないわ!! 大切なのは……その精神性!! 心の強さよ!!」「それがないって言ってるんだけど……」

壮絶なやり取り(レスバ)を経て、最後にたどりついた妥協案。

 

それが「最後に桃神と蒼乃でショッピングを楽しむ」というものだった。

楽しい思い出を作れば、それは魔法少女の(かて)になるためお別れしてもいいらしい。

いいのかよ。

 

 

(桃神さんは喜んでるみたいだけど……)

 

桃色の髪を持つ少女は高い建物(ただのデパート)を見ていたく喜んでいた。

……桃神にとって、自分は特別な人間ではない。

替えが効く、一人の人間にすぎない。

 

だからこれっきりでお別れになっても、しょうがないことなのだ。

 

少しだけ目頭が熱くなる気がした。

吹いた風がやたらひんやりと感じたのは、気のせいではないかもしれない。

 

「くしゅん……!!」

 

「蒼乃さん、大丈夫!?」

 

「くしゃみくらいで大袈裟(おおげさ)だよ……。ちょっと寒かったから」

 

本当にただそれだけ。

と、言う間もなく桃神がまんまるな目を開いた。

何かを閃いた、らしい。

 

「ようし、それなら……!!」ズモモモモ

 

「え、アホ毛が首に巻き付いてくる!? 怖っ!!」

 

「即席のマフラーだよ!! 私にも巻き付けて……と!! ……えへへ。何だか仲良しさんだね、私達!!」

 

二人でぴったりとくっ付いて歩く。

首に巻き付いているのがアホ毛でなければロマンスあふれるシチュエーションだったであろう。

 

 

「もう……行こっか」

 

「うん!!」

 

すぐ隣で桃神の息遣いが聞こえてくる。

ここに来て気づいたが、桃神の体はだいぶ華奢(きゃしゃ)で、蒼乃よりも小さい。

 

「……」

 

もう少しだけ今の時間が続いてほしい。

何となくそう思った。

 

 

 

 

 

寒空のもと、二人の少女が歩く。

 

桃神が街への思い入れを深めるという目的もあったから蒼乃は先導役ということになるのだが、特に大変なことはなかった。

傍らの少女は何でもない中都市の街並みひとつで喜んだからだ。

 

植え込みひとつで「何の木かなあ~」などとニコニコする横で、蒼乃は考える。

やっぱり自分がいなくても大丈夫なのだろう、と。

 

その内、二人は公園のベンチに腰掛けた。

辺りには誰もいないようだった。

 

「今日はたくさん歩いたね~」

 

「うん……」

 

「蒼乃さんは? どこが一番楽しかった?」

 

「……。わからない」

 

「そっかあ。どこも楽しかったもんね!!」

 

その眩しい笑顔に、思わず目をそらしてしまう。

街の風景なんて見ていなかった。

お店に何が置いてあるかなんて覚えていない。

 

蒼乃の心を満たしていたのは、純粋無垢な隣の少女への罪悪感に似た感情だけだ。

 

「ねえ、蒼乃さん。もちろん、蒼乃さんが良ければなんだけど……」

 

「ごめん!!」

 

蒼乃が首に巻き付いているアホ毛をほどく。

桃神が何を言いたいのか、わかってしまったから。

 

「もうこれからは私と関わらないで……」

 

「え……? それってどういうこと……?」

 

「言葉通り。桃神さんが本当に魔法少女ってのはわかった。私と同い年でよくわからない怪物と戦っているの、すごいと思う。でも――」

 

だからこそ、だ。

 

「私なんかじゃ役に立てないよ!! たぶん、もっと桃神さんの助けになるような子がいるから、その子と頑張ってほしい……。私も……応援してるから」

 

「……。私は、蒼乃さんと――」

 

「私は魔法少女の絵をビリビリに引き裂いた女なんだよ!!」

 

風が吹く。

桃神のアホ毛は無造作にたなびいた。

誰もいない公園に静けさが増す。

 

蒼乃はいつしか見た夢を思い出していた。

いや、正確には夢ではない。

 

あれは過去の出来事だ。

幼稚園のころの二人の少女。

 

泣いている子と、絵を差し出した子。

そして、思い出した。

どちらか自分であったのかを。

 

「私は泣いてて……それを慰めるために(そば)にいた子が絵を描いてくれたんだと思う……。私が魔法少女になってる絵を……」

 

「……」

 

青色のクレヨンで書かれていたそれは、自分の名前と引っ掛けたのだろう。

それを引き裂いた。

自分を慰めるために描いてくれた絵を。

 

「自分でもどうしてそんなことをしたのかわからないよ……。でも、きっと私は魔法少女が嫌いだったんだよ……」

 

そうでもなければ説明がつかない。

「小さな子供は残酷だ」なんて言われてるのを、蒼乃も知っている。

 

だから、あの日の酷い行いは、自分の根幹であるとも思えたのだ。

純粋であるから故、心のままに行動した結果なのだ。

他者の気持ちを平気で踏みにじる。

それが蒼乃実里という人間なのだ。

 

そして、魔法少女が想いの力で戦うというのなら――。

 

「私が横にいたら桃神さんに迷惑がかかると思う……!! だって私、魔法少女のこと……信じてないから!!」

 

蒼乃は駆け出した。

話を遮った時と同じだ。

 

桃神が何を言うのかが怖くて、それで逃げ出した。

街を駆けながら湧き上がるのは得体もしれない情動だけ。

 

何もない。

 

ここには何もない。

 

だったらいっそ、全て壊れてしまえば――。

 

 

いつの間にか辺りは暗くなっていた。

そんなに時間は経っていないはずなのに。

 

気付く。

 

空が一面の黒い雲に覆われていることに。

街の人間たちがかすかにどよめく。

スマートホンを取り出して、撮影を始めた。

 

蒼乃だけは震えていた。

どんな光でも吸い込んでしまいそうな黒に見覚えがあったから。

 

「あれ全部が……」

 

どうして未知の怪物が、害獣か建物程度の大きさである必要があるのか。

街を覆いつくす黒い雲。

これら全てがモンスターなのだとわかってしまった。

 

「桃神さん……!!」

 

少女が公園に向かって駆ける。

桃神司を止めるために。

 

どう考えても戦うのが無駄だと、そう思ったから。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗黒穿(うが)つ光!! 今こそ放て浄化技!!

 

公園には桃神はいなかった。

その間も空はいっそう黒さを増していく。

 

もしかしてもう戦いに向かったのか?

でも桃神が持っていた武器と言えばハンマーくらいだ。

いくらバカでかいサイズとはいえ、空を覆いつくす巨大な敵に通用するとは思えなかった。

初めての変身した時の大爆発(ビッグバン)も、二回目に変身した時は使ってなかったし何か制限があるのかもしれない。

 

「いったいどこに行っちゃったのよ……!!」「まったくね」「ひょわ!?」

 

隣には銀髪ピチピチスーツのナイスバディ――自称妖精がいつの間にかいた。

 

「自称妖精!? どうやってここに!? ってか桃神さんの妖精なのにわかんないの!? あの怪物は何!?」

 

「少女よ、落ち着きなさい。まずはあの怪物のことから……あいつは雲型モンスター。対象の土地全体を狙って無差別攻撃を仕掛ける厄介なモンスターよ」

 

「厄介な……って!! 魔法少女の敵ってもっと隠れてこそこそ活動するものじゃないの!?」

 

「現実はそんなに甘くないわ。相手側が人間社会に配慮する必要は全くないもの」

 

「それは確かにそうだけど……」などと、こぼしている暇もない。

今は自称妖精の言っていることを聞くしかない。

 

「私はあの子の妖精で知覚をある程度は共有しているわ。今日は街への『想い入れ』を持ってもらうためにそれを解除していた……だから場所はわからないのよ」

 

「そんな……!! あの子、絶対に一人で無茶します!! 早く探さないと……」

 

「探してどうするの?」

 

「え……?」

 

そんなの決まっている。

どこか安全なところへ一緒に避難して――。

 

安全なところ?

 

いったいどこのことだ?

 

「蒼乃さん、モンスターによる侵略はただの災害とは違うのよ。放っておけばこの世界ごと滅びるし、それを何とかできるのは魔法少女である桃神だけ。ここまでオーケイ? つまりあの子が戦うのを止めるのは世界を滅ぼすってコトなのよ」

 

「それは……」

 

言葉を濁すしかない。

イエスともノーとも答えたくない。

 

臆病なだけの自分に、そんな判断ができるわけがない。

然るべき人や組織が考えることなのだ。

 

そして、この場合は目の前の自称妖精しか存在しない。

妖精が導くのは、物語の中心である魔法少女だけだ。

 

「あの子は力があってもそそっかしいからね。負けちゃうかも。どこに行ったのかわかればいいんだけど」

 

「……」

 

桃神と出会って、まだ一週間も経っていない。

だから、行先なんかわかるはずないのだ。

 

そう理解しているはずなのに――。

 

必死に考えていた。

あの桃色の髪の少女がどこへ行ったのか。

 

仮に自分を探したのだとすれば、どこかですれ違っているはずだ。

あの敵が町全体を攻撃してくるのなら、周囲を避難させるのも意味がない。

 

出来る限り早く、あの雲を叩くしかないのだ。

 

「叩く……?」

 

桃神の武器はハンマー。

言うまでもなく直接叩く武器だ。

 

蒼乃は駆け出していた。

 

「ちょっと蒼乃さん!? どこへ行くの!?」

 

自称妖精が後からついて来る。

蒼乃の頭はひとつの思考に埋め尽くされている。

敵を見つけた時の桃神も、あるいは同じだったのかもしれない。

 

――この中途半端な規模の街で、できるだけ高い場所へ。

 

 

 

 

黒い雨。

天からの厄災。

一度降り注げば、あらゆる遮蔽物を貫通してこの街を襲うだろう。

明らかに今までの怪物とは規模が違うそれは、魔法少女のドレスすらも突き破る攻撃を繰り出すだろう。

 

黒い雲が渦巻いているのも、その攻撃のための予備動作なのだ。

そのことを知っているのは普通ならば妖精と魔法少女だけだ。

今回だけは無関係な一人の少女も知っている。

 

蒼乃実里は桃神を探して必死に走った。

 

自分が何をしようとしているかはわからない。

でも、桃神を一人にすることだけは何となく嫌だったのだ。

 

かなうはずのない敵に、ひっそりと敗れ、その事実を誰も知らないなんて、寂しくて悲しいことだと思ったのだ。

 

 

デパートの屋上で蒼乃が桃神を見つけることができたのは幸運だったとしか言いようがない。

他の人間は雨に濡れることを恐れてか、いなかった。

 

「桃神さん!!」

 

「あれ!? 蒼乃さん!? どうしてここに!? 早く逃げなきゃ!!」

 

どの口が、と思うもぐっとこらえる。

桃神が正義感のもと行動を起こすのはもうわかりきったことだった。

 

だから、問う。

 

「あんなに大きな敵なんだよ!? 本気で敵うと思ってるの!? ハンマーしか持ってないんでしょ!?」

 

「そうだけど……思いっ切り振ったら届くかなって……」

 

「やっぱり私が来て良かったわね」と自称妖精が前に出る。

魔法少女に現状を打開する策を授けるため。

 

「いい? 魔法少女といえばあるでしょう。遠くの敵まで攻撃するためのアレが……」

 

何?

考えてみる。

 

少なくとも武器ではないだろう。

じゃあ……技とか?

魔法少女の技と言えば――。

 

「ビーム……とか?」

 

「その通り!! ハンマーを出せる分のエネルギーを変換してあいつにぶつければ、きっと勝つことができるわ!!」

 

そんなご都合主義な。

人ひとりが出せるビームの量なんてたかが知れてるだろう。

相場がどれくらいかなんて知ったこっちゃないけど。

 

桃神はといえば今の説明で要領を得たのか、ぽんとアホ毛を叩いてにこやかな笑みを見せた。

 

「蒼乃さんがここまで来てくれただけでも、私うれしいよ!! あいつをすぐやっつけるから待っててね!!」

 

「あ……」

 

桃神が天を仰ぐ。

蒼乃は自称妖精の手ほどきで下がった。

 

ここまで来てくれただけで――なんて言われたけど結局、自分は何もしていない。

 

そして、そのことにどこか安心感を覚えているのだ。

これで桃神あの黒い雲を(はら)ってくれたら、一件落着――。

 

だというのに、このイヤな胸騒ぎはなんだろう。

 

桃神杖(ピーチフレッシュゴッデスハンマー)ーーーー!!」

 

空中で生成された巨大なハンマーが、ぐねぐねと動き出す。

桃神の上空に描かれた魔法陣はハート型となり高速で回転を始める。

 

「くらえーーーー!! 私の浄化技……!! その名も……!!」

 

その時だった。

頭によぎったのだ。

 

避雷針の話が。

 

「危ない!! 桃神さん!!」

 

黒い雷が桃神に落ちた。

衝撃で吹っ飛び、床に激突――。

 

する前に、蒼乃が滑り込み体を受け止めた。

 

「桃神さん!!」

 

「蒼乃……さん……」

 

とりあえず息はあるようで安心する。

魔法少女のドレスが敵の攻撃から身を守ってくれたのだろう。

そのドレスはいたるところが黒く焦げ、損傷してしまっている。

 

桃神はすぐに立ち上がった。

また、いつものような笑みを見せて。

 

「ごめん……!! 私ってばドジだから!! もう一回やれば多分なんとか……」

 

「どうして……」

 

「え?」

 

「どうして笑ってるの!? 死にかけたんだよ!? 次もダメかもしれないんだよ!? ドレスだってボロボロじゃん!!」

 

「だって……私しかいないから」

 

今度は力なく少女は笑った。

だからこそ、これは本音なのかもしれなかった。

 

「ずっと誰かの力になりたいって思ってたけど……どうしたらいいのかなんてわからなかったから……」

 

桃神は、言った。

 

「自分が傷つくくらいで誰かを守れるなら簡単かなあ、なんて思ったりするの」

 

「それじゃあ……あなたが……!!」

 

蒼乃の目から涙がこぼれていた。

同時に、天からは黒い雨が降ってきた。

 

魔法少女が反撃しないとみるや大規模な攻勢が始まったのだ。

雨脚が強まれば、この街は数分と待たず壊滅するだろう。

 

桃神は蒼乃を抱きしめた。

 

「私なら……大丈夫!! 本当に大丈夫だから……だから蒼乃さんは……」

 

ああ、まただ。

助ける時はこうやって、抱きしめてくれる。

自分よりも一回り小さなこの体で。

 

蒼乃は桃神を抱きしめ返した。

 

「あ、蒼乃さん……?」

 

「放さない……」

 

頭にはまだ、幼きころの罪の記憶。

人の好意をびりびりに破り捨てた行いが、頭をもたげ、胸を引き裂くよう。

 

それでも、あの時の行いを償うとするならば。

できることはひとつだけだ。

 

「私も……いっしょにやる。魔法少女は想いの力で戦うんでしょう? 私のなけなしの想い……全部あなたにあげる」

 

顔も覚えていない誰かにしてしまったことを、目の前の相手ですすごうなんて都合の良い話だってわかっている。

でも、それしかないのだと思った。

 

蒼乃実里という人間の人生に刻み込まれてしまった罪を償う方法は。

 

自称妖精の声が遠くに聞こえる。

蒼乃はただ、桃神にその身を委ねた。

 

仮に、これで終わりだとしても。

一方的に見捨てたりなんてことにはならない。

 

二人でいっしょだ。

 

 

「ありがとう……蒼乃さん……何だか力が湧いてきたよ……!!」

 

蒼乃はそっと微笑む。

仮に空元気だとしてもその一言だけで――。

 

「はああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!」

 

「ああああ!? 耳元で叫ばないで!! 鼓膜が!!」

 

マンションの屋上。

その外周を桃色のアホ毛が走る。

 

あいまいな魔法陣なんかではなく、はっきりとした図形を作っていた。

これは……?

 

「ハート……? いやもしかして……」

 

桃型。

桃神だけに――。

 

「蒼乃さん!! いっしょに叫んで!!」

 

「叫ぶって!?」

 

気付く。

必殺技、もとい浄化技の名前のことか。

 

何て叫ぶか?

決まっている。

 

桃神が撃つビームなんだから、名前は――。

 

 

「「桃神ビィィィィィィィィィィィィム!!」」

 

 

巨大な桃型の陣からごん太ビームが発射される。

黒い雲を突き抜けて、桃色にくりぬいた。

 

やばかったのはここからだった。

 

「うおおおおぉぉぉぉ!! 蒼乃さん!! もっと抱いて!!」

 

「え!? ええええ!? 別にいいけど!?」

 

魔法少女の浄化技ってこういうものだっけ?

蒼乃の疑問はどこへやら、二人は戦闘中に互いをより強く抱きしめた。

 

より温もりが近くに感じられる……。

そんな中、蒼乃の鼻がぴくぴくと反応した。

 

「桃神さん、お風呂入ってないって言ってたけど結構良い匂いだね……」

 

「……!! は」

 

 

 

 

 

「恥ずかしいぃぃぃぃーーーーー!!」

 

 

 

 

 

桃型の魔法陣が決壊する。

壊れた水道管のように桃色の光線を巻き散らす。

 

雲型モンスターは完全に消え去った。

街に脅威を降り注ぐ前に、愛を振りまく魔法少女と勇気ある普通の少女により倒されたのである。

 

「も……桃神さん?」

 

魔法少女は既に変身を解除。

顔を真っ赤にして膝をついている。

 

自称妖精がしたり顔でやってきた。

 

「なるほどね。あなた達二人は思った以上に相性が良いのかも。……でも、保険も打っておきたいわね。そうなると人数を……」

 

「冷静に言ってる場合ですか!? 桃神さんが……動かなくなっちゃった……」

 

桃神がハタと気づく。

 

「わわ……!! ごめんね蒼乃さん!! 迷惑だったよね!! 強く抱きしめちゃったね!! やっぱ臭かった!? ごめんね!!」

 

「い、いいよそんなに慌てなくても……。私達無事だったんだし……。それに……」

 

「それに……?」

 

深呼吸をする。

この桃のようにフルーティーな体臭の少女。

不思議なこの子に、言いたいことがある。

 

やっと言い出すことができる、そんな一言を。

 

「迷惑だなんて……そんな言い方やめて。これからは二人でいっしょに戦うんだから」

 

「蒼乃さん……!!」

 

ぎゅっ!!(桃神のアホ毛が蒼乃を捕獲する音)

 

「うわああああん!! 蒼乃さんありがとぉぉぉぉ!!」

 

「うわああああぁ!! アホ毛で持ち上げないでぇぇぇぇ!!」

 

 

屋上で二人の少女が歓声を上げていることを、街の人は誰も知らない。

二人で放った浄化技、その残滓(ざんし)が天から降る。

桃色の光は、街をきらきらと照らしていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

正体秘匿の落とし穴!? 魔法少女認知度アップ作戦!!

 

戦いが終わった次の週末、蒼乃はまた河川敷へと向かった。

はからずも桃神司と一緒に戦うと宣言したので、今後について話し合うためだ。

 

私服に着替えて、親には友達と遊びに行くと伝えた。

普通の子は普通にやっていることだろうに、なぜか緊張した。

 

外に出れば晴れやかなもの。

少しの緊張とささやかな期待。

まったく先週は嫌がっていたくせに都合が良いとは本人も思っている。

 

桃神司のパートナーとして戦いに協力する。

その事実が蒼乃の中に自尊心を生みつつあった。

 

蒼乃は到着する前に、上りかけた太陽に小さく祈る。

来週も、そのまた来週もこんな日が続きますように、と。

 

 

 

 

「びええええん!! 有魔記念負けたああああぁぁぁぁ!!」

 

「あ、蒼乃さん!! おはよーーーー!!」

 

「え、うん、おはよう」

 

テントから飛び出す奇声とはみ出るアホ毛。

どうしよう……前者の人(妖精)は放っておいた方がいいのかな……。

 

 

「いやあー、わかってたんだけどね!! 一着のやつがくるってのはね!! でもやっぱり……ロマンを追ってこその使い魔レースじゃない!! 暮れの大一番じゃない!! 推しがG1使い魔になることを願うことの何がいけないというの? 何も後悔なんてない……!! 1万スッたわ」

 

「聞いてないのにペラペラしゃべり出した……!!」

 

この自称妖精は本当に大丈夫なんだろうか。

というかさらっと「1万スッた」って付け足さなかった?

 

「桃神さん、普段の生活はつらくない? 苦しくなったらいつでも……その……頼ってくれていいから」

 

「ありがとう蒼乃さん!! 妖精さんは私の生活費までは使わないから、安心だよ!!」

 

「基準がそこなのはどうなの……?」

 

魔法少女のおサイフは妖精が管理しているということか。

今の一件だけでも相当不安になるけど。

 

「それよりも……蒼乃さん……」

 

桃神がアホ毛をもじもじさせている。

その魅惑の動きに蒼乃まで顔が赤くなっていく。

何を言わんとしているのか、だいたい予想がつく。

 

「この前の戦いはありがとう!! 蒼乃さんがいなかったら私……勝つことができなかったと思う!! 本当にありがとう!!」

 

顔を赤らめながら「でも匂いをかいだのは忘れてね!!」と付け足したのは、桃神なりの照れ隠しなんだろうか。

桃みたいな良い匂いがしたのに。

 

思いっきり抱き合ったことの方が、よほど恥ずかしい。

蒼乃は気取られまいと、魔法少女のパートナーとして真っ当な質問をするよう心掛けた。

 

 

「でもあれだけのことがあったのに街の人はまだ気づいていないの?」

 

「それについては私が説明するわ」

 

自称妖精が名誉挽回といわんばかりに説明を始めた。

 

「街の人間たちからしたら急に曇って割とすぐ晴れた……その程度の認識ね。黒い雨が降り出したから多少の被害は出たけど、最後に桃色の光が街を照らしてたでしょ? あれで部分的に時間を巻き戻したから被害は出てないも同然よ」

 

さらっとすごいことを言った気がする。

それにしたって誰も気づかないのは不自然な気もするけど……。

 

現代社会において信仰されているのは科学であり合理性だから、なんて一言を自称妖精は付け加える。

確かに蒼乃とて、桃神と出会っていなければ何も気づかずにいつもと変わらない一日を過ごしていたかもしれない。

 

まあ、でも。

 

「釈然としないって顔ね」

 

「だって桃神さんがあんなに体を張って頑張ったのに……みんな、そのことを知らないなんて……」

 

「私は大丈夫だよ!!」と蒼乃の背中をアホ毛が優しくさすってくれた。

確かに桃神は気にする性格じゃないだろう。

だからこそ、自分が気にしなければいけないという想いに蒼乃は駆られるのだった。

 

 

自称妖精が我が意を得たりと説明を続けた。

 

「そう、誰も全く気にしないというのが今回の議題よ。魔法少女の力の根源は想いの力……。それは第三者からの憧憬(しょうけい)も含まれるわ。魔法少女は伝統的にその正体を隠すことで神秘性を高め、羨望(せんぼう)を集めることで力にしていた。でも、最近はそれが裏目に出つつあるのよね。正体を隠すどころか、存在を全く認知されない……それは存在しないのと同じことよ」

 

蒼乃にも話がわかってきた。

確かに存在するとすら思われていないのだから、憧れるも何もない。

 

現に桃神が自己紹介で魔法少女だとおおっぴらに明かしていた時も誰も信じていなかった。

 

「というか、あの自己紹介もそういう……?」

 

「うん!! 信じてくれる子がいるかなあ~って思って言ってみた!!」

 

……それはそれで迂闊(うかつ)だろう!!

なんて思っても蒼乃は口に出さない。

自分も信じなかったわけだし。

 

 

「前に来たモンスターがかなり大型だったけど、敵も消耗したから次に来る間隔は長くなると予想されるわ!! その分こっちも準備する時間ができるわ!!」

 

「準備って……何の?」

 

「魔法少女認知度アップ作戦よ」

 

「魔法少女……認知度アップ作戦!?」

 

恐ろしく間の抜けた響き。

何だろう、イヤな予感がする。

 

「あー、私、今日はもう帰ろうかな……」

 

「蒼乃さん、手伝ってくれるよね……?」(うるうるお目々)

 

「うぐ……!!」

 

魔法少女特有のキラキラお目目からの上目遣い。

蒼乃は静かに頷くほかないのだった。

 

 

 

 

 

 

「……で、その結果がこのノボリを持っての徘徊(はいかい)と」

 

「ふふ、何だか楽しいね、蒼乃さん!!」

 

小さなため息を吐いて、川沿いの道を二人で歩く。

蒼乃の手にしたビビッドな光を放つノボリ(正式名称マジカルシャイニングノボリ)にははっきりと『魔法少女』と書いてある。

 

桃から産まれた何某(なにがし)ではあるまいし……。

正直、蒼乃も恥ずかしいのだが「宇宙が滅びるのと自らの羞恥心(しゅうちしん)、どちらがやばいと思う!?」と言われると何も言い返せないのであった。

なお自称妖精は他に用があるとかで手伝ってくれないらしい。

 

ちなみに『魔法少女』の裏には『全宇宙一』と書いている。

大言壮語(たいげんそうご)ってレベルじゃねーぞ。

 

 

「でも、これ意味あるのかな……? 変な小学生が変なことをしてるとしか思われないんじゃあ……」

 

「ううん!! こうやっていればみんなの頭に魔法少女のことがアピールできるからね!! まずは魔法少女のことを意識してもらうことから始めなきゃ!!」

 

「それはそうなんだけど……」

 

蒼乃とて理屈はわかる。

次に何かが起こった時に『魔法少女』という単語を思い出せば、『もしかしたら魔法少女が何とかしてくれるかも……!!』と考えるかもしれないということだ。

あまりにも草の根すぎる活動。

まさか通りがかった人も本物の魔法少女がやっているとは思わないだろう……。

 

 

(まあ協力すると言った手前、やり遂げるしかないよね。知り合いとかに見られさえしなければ大丈夫……大丈夫……)

 

「あれ隣のクラスの蒼乃じゃないか? おーい!! 何してんだ蒼乃!!」

 

「ぶふっ!!」

 

遠くから見知った顔が二人ほど手を振りながらやってくる。

むせ返った蒼乃は、桃神に背中をさすられるのだった。

アホ毛で。

 

 

 

 

「へー魔法少女!! そういえば隣のクラスの転校生が魔法少女を名乗るヤバ……変わったヤツだって聞いたなあ!!」

 

「あは、あははは……」

 

なぜか得意げな顔をしている桃神の横で蒼乃は乾いた笑い声を出した。

よりによって同じ学年の女子二人に見られるとは。

一刻も早くこの時間が過ぎ去ってほしい。

 

桃神とノボリをマジマジと見つめているのが柿原(かきはら)(めぐみ)

蒼乃とは去年同じクラスだった。

人をあだ名で呼ぶタイプの人種であり、『ミノリン』なるネーミングに当時の蒼乃は拒絶反応を示した。

一度ことわってからは蒼乃呼びだが、だからといって根本的に違うノリの差が埋まることはないのだった。

 

 

「恵……あんまりジロジロ見るの、良くないよ」

 

少し離れたところで待っているのは苺谷(いちごや)(あや)

こちらも一度は同じクラスだったはずだが、蒼乃とはほとんど話したことがない。

だいたいは一人でいるタイプで、大人しい性格くらいの印象しか持っていない。

正直、性格が全く違う柿原と一緒にいるのがかなり意外だ。

 

 

蒼乃としては、二人が早急に立ち去ってくれるのを祈るのみである。

要するに、会話が弾んでほしくないんだけど……。

 

「カッキーさんに彩ちゃんだね!! 私、桃神司!! 魔法少女です!!」

 

「だはは!! ノリが良いじゃん!! よろしくなモモガー!!」

 

「恵、いきなりあだ名で呼ぶのはどうなの? あと何そのミミガーみたいな響き」

 

「桃神だからモモガーだろ。モモガー、やっぱり魔法少女ってさ~えっちなピンチになったりすんの?」

 

「恵!!」

 

苺谷のドツキが柿原の頭部に炸裂(さくれつ)する。

「魔法少女はえっちな攻撃に負けたりしないよ!!」という桃神の言はとりあえず放っておこう。

……実際のところどうなのかは置いといて。

 

 

「ふ、二人は何をしてたの……?」

 

蒼乃渾身の会話ぶっこみ。

二人に今後の予定を思い出してもらい、そのまま別れる作戦だ。

 

お返しといわんばかり苺谷の頭をくしゅくしゅししていた柿原が答える。

 

「イチゴンが河原でスケッチしたいって言うから付き合うことにした。な、イチゴン」

 

「普段そんな呼び方してないでしょ!? 付き合ってくれるのは嬉しいけど……」

 

名前のごとく顔を赤くする苺谷。

まんざらでもなさそうな柿原。

 

(むつ)まじい乙女の時間――。

 

(いや、いいから早く行ってほしいんだけど……)

 

結局、二人とはその後別れた。

 

笑顔で見送るつもりが、去り際に「えっちな攻撃に負けんなよー!! 魔法少女ー!!」と叫ばれて酷く引きつってしまった。

 

「いやあ、これでまた一歩、魔法少女の存在をアピールできたね!!」

 

「そう……? ひたすらえっちな攻撃に弱いかどうかを聞かれただけな気が……」

 

実際に桃神がえっちな攻撃に弱いのか……は考えること自体失礼な気がするから止めておこう。

あの二人もまさか、桃神が本物の魔法少女とは思わなかっただろうし。

この件がこれでお終い――のはずだった。

 

 

「いいかもね、あの二人」

 

「ひょわ!? 自称妖精!? こんなダサいノボリで歩かせて、あなたは今まで何を……」

 

「あら失礼ね。私は探していたのよ……蒼乃さんにつぐ魔法少女の協力者……適性を持つふさわしい人物をね」

 

「協力者……?」

 

蒼乃の心臓がどくんと脈打つ。

なぜだろう、そんなにおかしなことではないはずなのに。

 

「そうよ。今の桃神はその力を強く蒼乃さんに依存している……。要するに蒼乃さんに何かあったら終わりなのよ。他にも協力者が必要なのよ。魔法少女の存在を信じる、純粋な少女がね」

 

「で、でもあの二人そんな感じじゃ……!!」

 

自称妖精が首を横に振る。

 

「そうかしら? 私の見立てではあの二人以上の少女はいないわ。柿原さん、まるで魔法少女にとっての日常を象徴するような明るさ。それにあの子の俗っぽさは魔法少女に新たな風を吹き込んでくれると確信しているわ。苺谷さん、あの子はスケッチしに行くと言ってたけど……衣装のデザインとかにも凝ってるクチね。創造性は魔法少女の基本とも言えるわ。それに柿と苺……二人とも名字に果物の名前が入ってて魔法少女的に縁起がいい」

 

「で、でもでも……!!」

 

その後の言葉は続かなかった。

「私がもういるから、十分」だなんて言えるわけがない。

 

蒼乃は気づいてしまった。

自分はやっと仲良くなれた桃神との二人きりの関係を崩されたくないのだ。

だから二人を桃神から遠ざけたかった。

 

「桃神さんは……?」「え……?」

 

(すが)るように、言った。

 

「桃神さんは? あの二人がいる方が嬉しい? 私だけじゃ……不安?」

 

「私は……その……」

 

桃神がうつむく。

ああ、なんて面倒くさい質問をしてしまったんだ。

パートナーを困らせるだけだなんて、やっぱり自分なんかじゃ――。

 

 

「うおおおおぉぉぉぉ!? なんだこいつーーーー!!」

 

 

叫び声が聞こえた。

さっき聞いたばかりの声。

 

顔を見合わせる。

 

「柿原さんの声……!?」「行こう!! 蒼乃さん!!」

 

蒼乃は桃神、自称妖精とともに声がする方へ。

薄暗い気持ちは胸に残ったままだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドレス溶かす粘液!? まごころの一張羅!!

 

河川敷では二人の少女が黒い塊と向き合っていた。

なおも慌てふためいた様子で、片方の少女が声を張り上げる。

 

「こいつ動物かあ!? なあ彩、警察と保健所どっちが先だと思う!?」

 

「どっちも違うくない!? というかこっちに来てるような……!!」

 

「……。これってあれか? パニック物とかでとりあえず最初に死ぬポジション」

 

「冗談じゃない!! 逃げ――」

 

黒い塊が突如宙に伸びる。

そのまま少女二人へとダイブせんと反り返った。

 

警察でも保健所でもない。

今必要なのは――。

 

「わあああぁぁぁぁ!?」「助けて魔法少女ーーーー!!」

 

桃色の閃光が走った。

次の瞬間には謎の軟体は弾き飛んでいるではないか!!

 

閃光はよく見れば少女だった。

桃色のドレス、手にした巨大なハンマー、そして無暗やたらに長いアホ毛。

そう、あれは――。

 

「ま、魔法少女ーーーー!?」

 

「あれモモガーじゃね? じゃあ……映画とかの撮影……? カメラどこだ?」

 

「や、やっと追いついた……」

 

「あ、蒼乃!! あれ映画の撮影用のなんかか!? ちゃんと管理してないから襲ってきたぞ!!」

 

「そういうんじゃないから……!! ほら安全なところまで逃げるわよ……!!」

 

蒼乃が桃神に視線をやる。

自信たっぷりの頷きが返ってきた。

……ここは桃神と自称妖精に任せよう。

とにかく事情を知らない二人を安全なところへと連れていくのだ。

 

蒼乃ができるのはそれくらいのことだ。

 

「さ……早く……!!」

 

その場から離れる際に一瞬だけ振り返る。

あの軟体型の怪物が何をしてくるのか気にはなったが、桃神ならきっと大丈夫だ。

ドレスはかなり強い攻撃も弾くようだし、この前の雲形と比べれば――。

 

「……」

 

嫌な予感は気のせいだと決めこんで、蒼乃は二人を誘導した。

 

 

 

 

「……で、モモガーは本物の魔法少女、蒼乃はそのパートナー。この街はモンスターに襲われています。あのスライムみたいなやつは倒したことのあるモンスターの残り、と」

 

「にわかには信じがたい話です……」

 

安全と思えるところまで来て、蒼乃は改めて状況を説明したが、この通りの反応。

蒼乃自身、これでわかってもらえるとは思っていない。

 

自分を落ち着かせるため、ふうっとため息を吐く。

 

「後は家まで帰って。私は桃神さんの様子を見に行くから」

 

「ええ!? それは危ないだろ!! 危険な時はまず自分の身を守らないと!!」

 

「桃神さんが魔法少女だとして蒼乃さんは普通の人ですよね? 戻る意味あるんですか?」

 

うぐ。

なかなか痛いところを突いて来るな、この人たち。

 

「説明が面倒だから省くけど私の想いの力があったら、桃神さんはパワーアップすることができるの。それに……私は桃神さんを一人にしないって決めたから」

 

「なあ、蒼乃……」

 

「なに柿原さん。言っとくけど止めても無駄だから」

 

「魔法少女のパートナーってやつはさ……何か変わった体質なのか?」

 

「は?」と思わず声が出る。

何か言いたそうな柿原の横で苺谷も目を丸くしている。

 

一刻も早く桃神のところに行かないといけないのに何だというのか。

出鼻をくじかれたせいか、背中の方がむずむずとかゆくなってきた。

 

……。

 

違う。

これ、背中に、何かいる。

 

「うわああああぁぁぁぁ!? 背中にモンスターが!?」

 

「お、落ち着け蒼乃ーーーー!! 上着脱げ!! 脱げ!!」

 

「わ、私……失神しそう……」

 

阿鼻叫喚(あびきょうかん)

蒼乃の上着には先ほどの軟体怪物の一部が取りついていたのだ。

今は服を引っ張るようにもごもご動いている。

 

いよいよ服を脱ぐ直前、怪物は飛び出した。

黒い塊はぶくぶくと大きくなり三人の前に。

 

「死んだふり……は意味ないんだっけ? あは、あははは……」

 

「これはきっと夢……目を覚ましたら日曜日の朝、楽しい時間が待ってます……」

 

すっかり虚ろな目をしている二人は、もう逃げることすら忘れている。

 

(どうしよう……!! 桃神さんがいないのに……!!)

 

蒼乃とて足が震えていた。

歯だってガチガチなっている。

襲われたら、その時は一巻の終わりだろう。

 

もしも桃神と会う前だったら、泣き叫んで逃げていた。

いや、そうするべきなのだ。

 

でも、そうしなかった。

 

「ふ……ふた、二人とも……私が……お、おと……オトリになるから……逃げて……」

 

「は……!?」「え……!?」

 

自称妖精から二人を引き入れることを聞いた時、正直うれしいとは思わなかった。

それでも、できるはずなんてない。

何も知らない、巻き込まれただけの人間を放っておくなんて。

 

黒い塊がその体を引きずるように近づいて来る。

 

「蒼乃……!! お前……!!」「蒼乃さん……!!」

 

「大丈夫……!! 桃神さんはあんなやつになんて絶対に負けない!! もうすぐ助けに来てくれるはずだから……!!」

 

黒い塊が(ひるがえ)る。

心臓が浮かび上がるくらいの恐怖。

 

それでも蒼乃は引かなかった。

 

魔法少女はこういう時に助けに来てくれるものだと信じていたからだ。

 

 

「蒼乃ーーーーー!!」「蒼乃さん!!」

 

黒い塊が飛び上がり、そして――。

 

 

 

ぶん投げられた桃色ハンマーが命中し横に吹っ飛んでいった。

柿原と苺谷の歓声が上がる。

何が起こったのか蒼乃にはわかっていた。

 

「桃神さん……!!」

 

やっぱり来てくれた。

ピンチの時に来てくれるスーパーヒロイン。

 

桃神司はそこにいた。

いつものように桃色のボロボロなドレスで悠然と――。

 

「え……? ボロボロ……!?」

 

桃神のドレスはところどころが破れていた。

というか、溶けていた。

見えすぎない程度に肌が露わになってしまっている。

 

前の時は直撃を食らっても割と無事だったのに!!

 

「うう……さっきの敵、倒せたけどきつかったよお……叩いてもあんまり効かなかったし……」

 

「私の采配ミスね。思ったより桃神の力は戻ってなかったわ。メンゴ」

 

メンゴじゃないんだよこの自称妖精。

桃神はハンマーでぼこぼこと軟体を殴りつけるも、その弾力性に阻まれていた。

 

黒い塊が体の一部を飛ばす。

小さな悲鳴と共に桃神のドレスに着弾。

どろっと当たった部分がまた溶けていった。

 

少しの恥じらいと共に、桃神が態勢を戻す。

 

「あの怪物、何てその……姑息(こそく)な攻撃をしてくるの!!」

 

「や、やっぱり魔法少女だからえっちな攻撃に弱いんじゃないか……?」

 

「恵!! そういうこと言ってる場合じゃない!!」

 

「苺谷さんがいるとツッコミの手間が省ける」なんて悠長なことを言ってる場合ではない。

桃神が助けに来てくれたのに見てることしかできないなんて――。

 

……いや、誰がそう決めた。

 

「自称妖精!! 私達にできることはないの!?」

 

「ふふ、よく聞いてくたわね……はい」

 

「これは……『魔法少女』のノボリ? 今こんなものを出されても……!!」

 

「よく聞きなさい。桃神は思ったよりも危ない状態よ。ドレスがなければ普通の人間が生身で攻撃されるのと変わらないもの。次の一撃にかけるしかないわ」

 

ノドがゴクリと鳴った。

 

「その旗をもって桃神を全力で応援するのよ!! その声援が想いの力(遠心力)を生み、ハンマーの威力を上げることができるわ!!」

 

「そ、そんな方法で……?」

 

今は魔法少女はそういうものだからで納得しておこう。

少しでも桃神の力になれるなら、やるしかない。

たとえ一人でもやってやる。

 

そう思って上りを握った手は、さらに二人の分の手がかぶさる。

 

「柿原さん、苺谷さん……?」

 

「モモガーが本当に魔法少女かは知らないけど……私達のために戦ってるってことくらいはわかるからさ」

 

「蒼乃さんだってさっき私達を助けてくれようとしました。応援するくらいのこと、私達にだって!!」

 

そうだ。

魔法少女だから応援するんじゃない。

 

誰かのために戦ってくれる、その人を応援するんだ。

 

「桃神さーん!! 頑張れー!!」

 

「やれーーーー!! はっ倒せーーーー!!」

 

「頑張れプリ……魔法少女ーーーー!!」

 

 

 

「みんな……ありがとう……」

 

桃神がハンマーを天高く掲げた。

 

桃神杖(ピーチフレッシュゴッデスハンマー)!! 大 回 転(トルネードミキサーモード)!!」

 

そのままくるくると横回転。

声援の高まりに比例するようにドリルが(ごと)くその場で高速回転中。

 

「なんか思ってたのと違うんだけど!?」

 

「いや……えっちな攻撃はほとんどが直接触れるもの……ああやって高速回転すればえっちな攻撃は防ぐことができるんだ!! 考えたなモモガー……!!」

 

「がんがえーーーー!! ぷいきゅあーーーー!!」

 

 

黒い軟体が再び体の一部を飛ばすも、高速回転中の桃神は一瞬で弾き飛ばす。

攻防一体、無敵の型。

 

その破壊力たるや、察すべし。

 

「くらえええええぇぇぇぇ!!」

 

桃色の竜巻が飛び上がる。

そのまま黒い軟体へと飛び込んだ。

 

叩くのではなく、円状に斬り裂く動きは怪物を一瞬で消し飛ばす。

桃色の竜巻が消えた時、今度こそ跡形も残らない。

 

魔法少女が悠然と立つだけだ。

 

「やった……!! 桃神さ……!?!?」

 

絶句。

桃神は確かに悠然と立っていた。

アホ毛はたなびき、本人もドヤ顔で元気そうだ。

 

問題はドレスだった。

ただでさえボロボロだったそれが、高速回転に耐えられるわけがない。

となれば、今の状態は――。

 

「うわあああ!! 隠さないと!! 柿原さんと苺谷さんも!! お願い!!」

 

「アホ毛だ!! アホ毛を胸のあたりに良い感じにかぶせろ!!」

 

「わ、私は股間を!!」

 

全員で桃神の身体をガードする。

何でみながそんなに慌てているのか、やっと気づいた桃神は少し照れくさそうに言うのだ。

 

「えへへ、みんなのおかげで私の体が守られている……。まごころの一張羅だね!!」

 

「「「言ってる場合かーーーー!!」」」

 

三人分のツッコミが重なった。

 

 

 

 

 

「魔法少女とついに集まった仲間達。この先、どんな苦難が待ち受けているとしても、きっと乗り越えていくのだろう……だって、この戦いを通して彼女達には確かな絆が生まれたのだから……」

 

「独り言いってないで自称妖精も手伝って!!」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少女達の休息!! 牌に愛された魔法少女!!

 

魔法少女のピンチを救ったのは、どこにでもいる少女達の勇気だった。

明るく快活な柿原(かきはら)(めぐみ)、内気ながら芯の強さを持つ苺谷(いちごや)(あや)

二人の心強い協力者を得て、魔法少女は更なる飛躍をする。

 

蒼乃の胸にあった一抹の寂しさは……もうない。

この痛みこそが前に進むことなのだと、今ではそう思うのだ。

 

「今度こそしばらく敵は襲ってこないわ。たぶん」

 

妖精のその言を信じた少女達は日常へと帰っていく。

自分達の守るものを今一度、目に焼き付けさせるように。

 

今回の休日は柿原恵の家に集まった。

今日もまた何気ない日常が繰り広げられる。

 

 

この日常に意味はあるのか?

 

 

あるのだ。

 

 

魔法少女が究極の変身を遂げるために――。

 

 

 

 

「なあミノリン、私達も魔法少女になれないのか?」

 

「は???」

 

右手側から飛んできた声に思わず素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げる。

四角いテーブルの上にはカードが整然と並べられている。

 

蒼乃は今、それどころではない。

 

(やっぱり四筒切り……? あー、ドラを抱えてたのが失敗だったー。ってか一索はどこよ一索は……)

 

そう、四人が興じているのはカード麻雀。

今や少女雑誌の付録にもカード麻雀が付いてくる時代である。

もはや現代女子小学生のたしなみと言っても過言ではないであろう。

四人で集まった時の遊びと言えばこれしかないのである。

 

「ミノリン!! 話きいてたか?」

 

「後にしてよ。あとそのあだ名、復活させないで」(四筒切り)

 

「ロン!! チートイドラドラです!! まさか出てくるとは思いませんでした!!」(6400点!!)

 

がっくりとうなだれる蒼乃。

先ほどから苺谷は打牌(カードだけど)が強くなっていたので警戒しておくべきだった。

 

蒼乃は点棒の支払いを終えるとため息を吐いた。

振り込んだから……というだけではない。

……魔法少女とその仲間達が集まってやることが麻雀でいいのか?という自問がないわけではないのだ。

 

しかし、当の魔法少女といえば目を輝かせてチートイドラドラをじっと見つめている。

 

「彩ちゃんすごい!! 二枚ずつのやつだ!!」

 

「場がトイツ場になっていると見て切り換えました。本当は字牌で待ってリーチをかけたかったですね。そういう桃神さんは?」

 

「私はこんな感じ!! 鳥さんを集めたんだよ!!」

 

(私がほしかった一索全部そこか……!!)

 

「おー、四筒孤立してるけど止めてんじゃんモモガー。あと同じカードが4枚そろったらとりあえずカンすればいいぞ。テンパイ即リー派の私にはありがたい」

 

「桃神さんに変なことを吹き込まないでよ!!」

 

桃神は麻雀を覚えたばかりだ。

世界を救うために戦い続けていたのだから、しょうがないといえばしょうがなかった。

とりあえずチョンボを連発したりめちゃくちゃな打牌(カードだけど!!)をして場を乱したりしないので、蒼乃としても助かっている。

 

……桃神の打ち筋は不思議だ。

出そうな牌をピンポイントで止めてたりするし、逆にあっさりと振り込んだりもする。

本人はあまり上がらないのだが、あるいはこの場の雰囲気自体を楽しんでいるのかもしれなかった。

 

 

「そもそも上がりに向かうべきじゃなかったか、私……」

 

「いや、親だろ? 一索をモモガーが抱えてるとか知りようがないから行くしかないんじゃ? それより話の続き!!」

 

「……? 桃神さんがカンすべきかどうかだっけ?」

 

「私達が魔法少女になれないかだよ!!」

 

そっちか。

蒼乃は次の配牌を手にしながら、やっとそのことについて考えた。

……放言の多い柿原だとスルーしていたつもりだったが、無意識にその話題を避けていたのかもしれなかった。

 

「ポン!! 私達は普通の人だよ。魔法少女になんかなれないって」

 

「チー!! 早仕掛けには早仕掛けだ!! でもモモガーだって元は普通の女の子だったんだろ? じゃあ私達でもいけんじゃね?」

 

「……それは」

 

「おっと、そいつもチーだ」

 

萬子を二つ鳴いて染めての気配を見せる柿原に、何も言い返すことができなかった。

桃神は特別な人間で、だから魔法少女をやっている。

 

何となくだけどそう思い込んでいた。

 

「桃神さん、どうなの?」

 

「え? うーん……。なかなか思ったカードがきてくれないねえー!! 麻雀むずかし!!」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

桃神の口からだって協力者はともかく魔法少女になれるなんて話は全くなかった。

だから、その可能性に気づかなかったのも無理からぬことだろう。

 

「自称妖精だって何も言ってなかったし……そんな非現実的なこと言ってもしょうがないでしょう」

 

「ローーーーン!! 何で字牌切っちゃうかなあ!!」

 

「うぐ……」

 

「カッキー、おめでそう!! 蒼乃さん、ドンマイだよ!!」

 

点棒がだいぶ寂しくなってしまった。

これも余計な話をしていたせいだ。

 

(本当に……余計なのかな……?)

 

新しい配牌を見詰める。

配られたカードで出来る限りの最善を尽くす。

 

年甲斐(としがい)もなく、人生みたいなものだ、なんて考えたりする。

どこで産まれるかも、どんな姿かも、自分で決めたことじゃない。

されど、その中でできることを考える。

……言ったら笑われそうだから、絶対に口には出さないけど。

 

本当に自分は最善を尽くしているんだろうか?

 

「桃神さんはどうやって魔法少女になったの?」

 

「え? どうやってって……こう、キラキラって光ってぐわぁーみたいな」

 

「そうじゃなくて。あの自称妖精に会って魔法少女になったんでしょ? その時のこと」

 

「うーん、だいぶ前だからなー。忘れちゃった……かも」

 

「忘れたって……」

 

そんな前から戦っているのか、この子は。

やもすると物心つく前からということだろうか。

 

胸が引き締められる気がした。

 

「どうしたミノリン? 私の親リーにびびっちまったか?」

 

「ツモ!! タンヤオ……のみ!!」

 

「な……!! 張ってやがったのか!!」

 

親番を蹴るだけのタンヤオ。

これでも、次につながる。

 

同じだ。

 

魔法少女にたとえなれなくても、その可能性を考えることが次につながる。

魔法少女に対して理解が深まれば、桃神司を助けることになるかもしれない。

 

「……うん、考えてみよう」

 

一同の視線が蒼乃へと集まる。

 

「魔法少女になる方法。桃神さんの助けになるかもしれないし」

 

おおっと歓声が上がる。

右手側と左手側の少女は「やったな彩!! 魔法少女になれるってよ!!」「は、はあ!? 何でそこで私に振るのよ!!」なんて楽し気なやり取りをしている。

対面の桃神は顔を下げていた。

ちょっとストレートに言いすぎて、照れているのかもしれない。

 

やがて桃神は顔を上げた。

その表情はいつものにっこりした笑顔。

 

「ありがとう蒼乃さん!! 私も何かできないか考えてみる!! そうと決まれば……この戦いはもう終わりにしないとね!!」

 

「お~? 飛びかけてるラス親がそんなこと言っていいのか~? 何があるかわからないんだから最後まで全力でやらないとなー」

 

「うん、だから……!!」

 

配牌が配られる。

自分で決めることのできないものが。

 

(桃神さんは残り500点の絶望的状況……リーチだって打てやしない。この状況でいったいどうするっていうの……?)

 

「ねえ、みんな。ちょっと確認なんだけど……」

 

一同の視線が、今度は桃神に集まる。

 

「親が配牌で上がれる時って……ツモ? ロン?」

 

「ん? 麻雀豆知識か? そりゃツモだろ。人から出てはないんだから」

 

「そっかあ。これでチョンボの心配もないね!!」

 

「ん、んんん? おいおいモモガー、もしかして……!!」

 

 

――刮目(かつもく)せよ。

 

これが、魔法少女の麻雀。

 

 

「ツモ!! 天和四暗刻大三元!!おまけに鳥さんも三羽だよ!! 四万八千点オール!!(※) これが……魔法少女の諦めない心だああああぁぁぁぁ!!」

 

「は、はあああぁぁぁぁ!? さすがに積み込みだよな!? おい!?」

 

柿原がわななく。

あまりの事態に苺谷は失神寸前だ。

 

「これで麻雀はおしまい!! 始めるよ……魔法少女のレッスンを!!」

 

当の魔法少女は高らかに宣言をする。

慌ただしい部屋の中で蒼乃だけは妙に冷静な気持ちになるのだった。

 

やっぱり魔法少女は普通とは何か違うな、と。

 

 

 

 

※シャボ待ちからのツモなので四暗刻単騎とはなりません。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目指せ追加戦士!? ぶつかり合い強くなる絆!!

 

公園。

子供にとっても娯楽の少ない某県某市において最も無難な遊び場。

遊具で漫然とぶらぶらしたり、危なくない程度に走り回ったり、ベンチでぼーっとするのが主な遊び方である。

 

そこに四人の少女がいた。

サングラスをかけた桃色の少女が、残り三人に発声を促す。

そう、これはごっこ遊びなどではない。

 

本気で魔法少女になるための特訓なのだ――。

 

 

「うおおおお!! 桃栗三年!! 柿八年!! 魔法少女柿原恵ーーーー!!」

 

少女が叫ぶ。

無論、叫んでいるだけである。

 

「いいよカッキー!! りきみすぎないように気を付けて!! 魔法少女は……こう、ふわふわできゃぴきゃぴだから!!」

 

 

 

「あ、甘いイチゴのようなひと時を……。はずっ。(はいそこ恥ずかしがらない!!) うう……魔法……少女……苺谷彩……。なんの罰ゲームですか!! これ!!」

 

「……。魔法少女の名乗りは魔法少女の誇り。彩ちゃんがいつかその『良さ』に気づいてくれると、私は信じてるから……!!」

 

「そ、そんなつもりで言ったワケじゃ……。ただその……私が恥ずかしいってだけで」

 

「いいよ!! 彩ちゃんは優しい子だなあ~。さ、もう一回やろっか!! 名乗り!!」

 

「あううう……結局そうなるの~」

 

親睦を深める少女達。

無垢なる笑顔が、そこにあった。

 

一人はみんなのために。

みんなは一人のために。

魔法少女 is forever.

 

そして、三人がワチャワチャしている横で仏頂面の少女とて例外ではないのだ。

さあ、今こそ純粋で無垢たる宣言を――。

 

「いや、何この茶番」

 

「ああー!! 蒼乃さん!! こういうのはノリだよ!! ノリ!! 魔法少女に必要なのは……想いの力とその場のノリなんだよぉーーーー!!」

 

「そ、そんなに絶叫されても……」

 

おかしなテンションになっている桃神に若干引く蒼乃。

何でこんなことになってしまったのか……。

 

結局、本物魔法少女の提唱した手段はいたってシンプル。

「まずは変身した時の名乗りを考えてみよう!!」だった。

 

蒼乃自身、初めて変身した時にすらすら名乗り上げるアニメにツッコミを入れたことはあるが、あらかじめ考えていたなら納得がいく。

そして、魔法少女が漏れなく名乗り上げている以上、逆説的に名乗りを考えた者だけが魔法少女になるといえるのだ。

 

でなければ、蒼乃達は公園で無意味に謎の雄たけびを発する一団になる。

 

「こんなことで魔法少女になれるとは思えないけど……」

 

「蒼乃さん!! こういうのは形からだから!! 何ならフリフリのドレスを着て……」

 

「そ、それはいいから!! 私達、年いくつだと思ってるの!!」

 

思わず出てしまった一言。

とはいえ、桃神と蒼乃も気ごころ知れた仲になった。

「そんなこと言わずに~」と蒼乃の手を取り、くるくると回す。

 

それでこの件は終わり……とはならなかった。

気付いていなかった。

四人のうちの一人がとても悲しい瞳をしていることに。

 

「……。そうですよね。この年で、かわいいお洋服に憧れるなんて変ですよね」

 

苺谷彩が下を向いてプルプル震えていた。

 

「え? 別に変じゃないけど……」

 

「かっこいい掛け声を出して……本当に変身して悪いやつらをバンバン倒すのを妄想しているなんて……変ですよね」

 

「……」

 

それは少し変かもしれない。

 

不幸にもこの時、フォローを入れるべき柿原は桃神とワチャワチャしていた。

だから蒼乃が苺谷と話したのだが――。

 

「いや、まあ、そういう人もいるかもしれないけど私達は違うじゃん。苺谷さんもイヤだったらはっきり言った方が良いと思う。私から桃神に言っとくから。こんな子供じみたお遊戯やめて真面目に魔法少女になる方法を考えようって」

 

「うう、ぐすっ!! そうですよね!! 子供じみた……お遊戯で……ずず!!」

 

「え……!?」

 

苺谷は泣いていた。

鼻水を垂らして泣いていた。

 

さすがに気づいた二人が寄ってくる。

特に柿原がタックルする勢いで。

 

「蒼乃ーーーー!! お前、彩に何を言ったーーーー!!」

 

「わ、私は別に……!! 苺谷さんがイヤじゃないかってこんな練習止めないかって……!! こんなの今日び、小さな子供だってやらないでしょ!!」

 

「ずず……ずずず!! そうですよねええええぇぇぇぇ!! こんな子供じみたこと私がやるわけ……ぐすうううううぅぅぅぅ!!」

 

「余計に悪化した!?」

 

顔をくしゃくしゃにして鼻水をすする苺谷に、蒼乃はたじろぐばかり。

そもそもどうして彼女が泣いているのかわかってないのだ。

 

「そ、そんなに魔法少女をやるのがイヤだったの!? ごめんね苺谷さん!!」

 

「わたしは……わたしは……」

 

 

 

「うわああああぁぁぁぁん……!!」

 

 

走り去る苺谷の背中をただ見送ることしかできない。

 

「やっちまったなミノリン……。彩のことは私に任せてくれ」

 

「いや、その、待ってよ。私はただ気をきかせて名乗り上げだなんて子供じみたのは止めてもいいって……」

 

「彩は現役で日曜朝からやってる女児向けアニメを見てるんだよ!!」

 

「え……!? 苺谷さんが現役で日曜朝からやってる女児向けアニメを見ている!?」

 

初耳だった。

だから全ては勘違いだったのだ。

 

苺谷彩は魔法少女がイヤだから恥ずかしがっていたのではない。

あまりにも憧れを抱いていたが故に、恐れ多かったのだ。

だからこそ、魔法少女にとって名乗り上げが重要であるとわかっていた――。

 

というか前の戦いでの応援も言ってた気がする。

アレの名前を。

 

「とにかく!! 彩のことは私に任せてくれ!! 後でちゃんと仲直りしろよ!! じゃ!!」

 

「あ……」

 

どうするか迷っている間にも柿原恵は行ってしまった。

後に残されたのは呆然とする蒼乃と、桃神だけだ。

 

桃神のアホ毛が静かに垂れる。

その様子はどこか寂しげに見えた。

 

 

 

 

ブランコは不思議だ。

小さな頃はあんなに楽しかったはずなのに、ある日からぱったりと興味がなくなってしまう。

 

蒼乃実里と桃神司は、どちらかともなくブランコに乗り、その身を預けていた。

いつもは元気の桃神も、なぜだか静かだった。

あるいは蒼乃に気をつかってあえてしゃべらかったのかもしれない。

 

だから、突然に桃神がしゃべり出したのもまた、同じ理由なのかもしれなかった。

 

「カッキーと彩ちゃん、戻ってこないね」

 

「……うん」

 

「蒼乃さん、彩ちゃんのことを心配してるの? 大丈夫!! カッキーと彩ちゃんは長い間友達なんだし、きっと何とかして……」

 

「桃神さんは?」

 

「え?」

 

「桃神さんは思わないの? 私が酷いやつだって」

 

別に蒼乃も悪気があったわけではない。

今回の件は不幸な事故。

そう片づけることだってできなくはない。

 

だが、蒼乃自身はそれを許さない。

相手のことを知らなかったとはいえ、傷つけることを言ってしまった。

過程がどうであれ、間違いは間違いだというのが蒼乃の根本的な思想だった。

 

幼稚園のころに魔法少女の絵を引き裂いたのだってそうだ。

どうして自分がそんなことをしたのかは思い出せないが、間違いなく自分は悪いことをしたのだ。

罪の記憶は頭の中にこびりついて、きっとこれからも忘れることはない。

 

 

蒼乃が桃神に問いかけたのは自分を叱ってほしかったからだ。

誰かに断言してもらったら、いっそ気分が軽くなるだろうと考えたからだ。

 

でも、桃神司は微笑んで言うのだ。

 

 

「蒼乃さんは酷くなんかないよ。私を何度も助けてくれた」

 

「でも……!! 私、これからもみんなに迷惑をかけるかも……!! こういう時にどうしたらいいのか、わからなくて……!!」

 

「蒼乃さんは、どうしたいの?」

 

「え?」

 

思ってもみなかった一言。

いろいろ考えているつもりだったが、なぜだか思い至らなかった。

 

それがつまり、問題の核心のような気がした。

 

「確かに彩ちゃんの気持ちは大切だよ。でもね、蒼乃さんの気持ちも同じくらい大切だと私は思うんだ」

 

「私の気持ち……」

 

本当に目をそらしていたこと。

自分の本当にやりたいこと。

 

こうやって悩んで、愚痴を吐いて、すっきりしたかったのか?

誰かが解決してくれるまで、ずっと待ちたかったのか?

 

そんな自分が、嫌いなはずだった。

 

「私は……苺谷さんに謝りたい」

 

「じゃあ、決まりだね!! 彩ちゃんとカッキーを探しにレッツゴォー!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……!! まだ心の準備が……!!」

 

アホ毛に引きづられるも、足で思いっきりブレーキをかける。

立ち止まって深呼吸。

もう一度気持ちを落ち着ける。

 

「ケンカしたのを謝るのってモンスターと戦うのより勇気がいるかも……」

 

口に出してからはっとする。

今のはさすがに本物の魔法少女には失礼だったか。

 

自分はまた――なんて考えている蒼乃に、桃神はアホ毛まで湾曲させてにっこり微笑むのだった。

 

「ううん、きっとそれが正しいんだと思う」

 

二人は並んで歩き出した。

 

 

 

 

その時はすぐに訪れた。

苺谷は柿原に連れてこられる形でこちらに向かってきていたのだ。

 

「蒼乃さん……!!」

 

「うん……!!」

 

第一声は決めていた。

そうしないと、先を越されそうだったから。

 

「ごめんなさい!!」「ごめん!! 蒼乃さん!!」

 

……。

 

あれ?

 

おずおずと下げた頭を上げる蒼乃。

視線の先の少女もまた、気まずそうにしていた。

 

その顔はまだ若干(くも)っていたが、例えるならそう、雲の間から光が差し込むような……そんな思わずポエチックになるあどけさがあった。

 

「二人とも同じことを考えてたんだね!!」「ぷっ……彩のやつ、私から謝るって意気込んでたのに……」

 

苺谷が隣の少女をポカポカ叩く。

そんな姿を微笑ましく思うが、これでうやむやにしてはいけないと思った。

 

ことの発端は、自分なのだ。

 

「苺谷さん、本当にごめんね。私、苺谷さんのことを知らなくて……ううん、知らなくてももっと知ろうとするべきだったのに……」

 

「いいんです!! 私も見栄を張っちゃって……!! これからも、仲良くしてくれますか……?」

 

「もちろん!!」とできる限り元気に答える。

雨降って地固まる。

魔法少女にとっての修行は戦うことではない。

こうして日常を紡いでいくことが、力になっていくのだ。

 

何かを守りたいと思う気持ちへと――。

 

 

 

「ところでさ、苺谷さんが見ている日曜朝の女児向けアニメって……アレ?」

 

「はい、アレです」

 

「むしろ他になんだと思ったんだ?」

 

 

 

「そうだ!! 私達みんなでアレになりませんか!?」

 

「え!?」

 

思わず苺谷の顔をみるも、その瞳はあまりにも澄んでいた。

 

この女は本気らしかった。

本気でアレになろうとしているのだ。

魔法少女ではなく、アレに。

 

ならば、それに応えるしかない。

 

「わかったわ!! なんか変身するんだったら魔法少女と同じでしょ!! 桃神さん、頼んだわ!!」

 

「やった!! 桃神さん!! 頼みます!! 必要だったら家からグッズ持ってきます!!」

 

「モモガー、この通りだ。彩のためにちょっとアレになってくれないか?」

 

 

 

 

「桃神さん!!」「モモガー!!」「ぷいきゅあーーーー!!」

 

 

「……」

 

 

 

 

「私はプ〇キュアじゃないよ~~~~!!!!」

 

 

魔法少女の雄たけびが辺りに響くのだった。

 

 

 

 

 

 

「どうやら絆は深まったようね……これで次の段階にいけるかしら……。あ、いけ!! 差せ!! そこだ!! いけいけいけいけいけいけ!! あーーーーーーっ!! 負けたぁ……とほほ~」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

想いの力をかき集めろ!! 魔法少女ワクワクパワーアップ大作戦!!

 

衝突を通して互いの絆を深めた少女達。

蒼乃にとっても桃神以外に友達と呼べる存在ができたのは、むずがゆくも嬉しいことだった。

人と接するのが苦手だと意識していたが、何のことはない。

今までは気の合う相手がいなかっただけなのかもしれなかった。

 

……大人だったら誰とでも仲良くできるんだろうか?

人との接し方にも正解があって、それを正しく実行することができるんだろうか?

 

蒼乃実里、小学六年生。

頭に浮かんだ疑問は放り投げて、今を楽しむことにするのだった。

 

その日の休日も、河川敷に行く予定だった。

意気揚々と準備をする蒼乃だったが、引き止める声があった。

 

蒼乃の母親だ。

 

 

――最近、変な友達と付き合ってるんじゃないの?

 

 

内心、舌打ちをする。

ああ、そうだ。

桃神は変なやつだ。

 

そしてその変なやつと仲良くしているのが、あなたの子供だ。

 

遊び相手も親に決められないといけないの?

蒼乃は内心で毒づいた。

 

 

――魔法少女って何?

 

 

背筋が冷えた。

あの時のノボリだ。

 

桃神といっしょに魔法少女認知度アップのために街を歩いた時だ。

あの作戦にどれほどの効果があるのかはわからなかったが、ある意味で一番認知されてほしくない相手に伝わっていたのだ。

 

 

――実里がまだそういうのに興味があるって知らなかった。

 

――でも、もう六年生だからそういう子供じみたのは――。

 

「うるさい!!」

 

逃げるように家から飛び出す。

スマートホンで門限までには帰るとメッセージだけは残した。

 

家なんて面倒なだけだ。

今は少しでも長く、桃神たちと一緒にいたかった。

 

あの場所が、きっと自分の居場所だから。

 

 

 

 

「それじゃあこれから『想いの力をかき集めろ!! 魔法少女ワクワクパワーアップ大作戦!!』を始めまーす。蒼乃さん、逃げようとしても無駄よ」

 

「……あ、はい」

 

河川敷に着くなりこれである。

自称妖精の一言に柿原と苺谷はワチャワチャしている。

桃神はといえば相変わらずニコニコとお馴染みの笑みを浮かべている。

 

「桃神さん、魔法少女ワクワク……ええい、ナンチャラ大作戦って何?」

 

「うーんとね、こう……魔法少女の力をずびぃーっと伸ばしていくイメージで……!!」

 

「わかったわかった!! わかったからアホ毛を伸ばさないで!!」

 

マッターホルンと化していくアホ毛に身の危険を感じて慌てて止める。

要するに、桃神もよくわかってないのだろう。

 

どうも自称妖精が最近、姿を見せなかったのはこのためらしいが……。

 

 

「ふふふ、反応は上々ね。魔法少女の力の根源……それは想いの力!! その想いの力の根源は……みんなの想いが詰まった『想い出』の品なのよ!! つまり!! みんなの『想い出』の品を集めることで桃神の力をパワーアップさせることができるのよ!!」

 

「オモイデ……かあ」

 

卒業シーズンとかによく聞くやつだ。

やれ写真を撮ったり、記念の品をもらったり……。

 

自称妖精が準備していたのは集めたものを保管する倉庫のようなもの。

そこは魔法少女の力と結びつきが強く、魔法少女の力を恒久的に引き上げることができる……らしい。

 

正直なところ、それらの行為にどれほどの意味があるのか蒼乃にはわからない。

でも、今回に限っては協力したい気分だ。

 

「自称妖精、異空間って他の人は絶対に入ってこれないんだよね?」

 

「そうだけど?」と、こともなげに返事。

その事実が蒼乃にとっては何よりも嬉しかった。

 

他の人間に干渉されることはないということだ。

たとえば親にも。

 

 

「前みたいな本拠地さ、作ったりできないの? オモイデの品ってやつもそこに集めて」

 

「蒼乃さん……?」

 

きょとんとした顔をする桃神。

アホ毛でハテナマークでも作るかと思ったが、別に期待していたわけではない。決して。

 

 

自称妖精はといえば満面の笑みを見せている。

真昼間からお酒を飲んでいた時以上の輝くばかりの笑顔である。

 

「素晴らしい提案よ蒼乃さん!! そうしたらあなた達もずっとそこにいることができるしね!!」

 

「おおー」と柿原と苺谷からも歓声があがる。

蒼乃は少し誇らしげな気分である。

やっと桃神司のために役に立てた気がする。

 

 

「よし!! みんなで好きなものを持ち込んで秘密の本拠地、作っちゃおーーーー!!」

 

「うお、ミノリンがやる気だ。とりあえず雀卓はいるよなあ~」

 

「わ、私……漫画とか持ち込んでもいいですかっ!?」

 

蒼乃の一言に更にわちゃわちゃしだす一同。

桃神はといえば、最初と変わらない笑みでずっとニコニコしているのだった。

 

「じゃあ各自好きなものを持ってくる流れかー。桃神さんは?」

 

「え? うーん……蒼乃さん、付いていっていい?」

 

「え? いいけど……」

 

家に友達を連れ込むのは、初めてだった。

 

 

 

 

「ここが蒼乃さんの部屋かあ!! 何と言うか……広々してる!!」

 

「殺風景っていいなよ」

 

「あうーん」と大袈裟なリアクションを取る桃神は置いといて、机の引き出しをガサガサと漁る。

ここにいるのは桃神と二人だけ。

柿原と苺谷はそれぞれの家だ。

 

……桃神を家に連れてきた時、母親は少し驚いた顔をして、でも笑顔で迎え入れていた。

大人というやつは作り笑いが得意らしい。

ついさっきまで桃神のことを悪く言っていたのに。

 

卑怯だな、と思う。

 

「蒼乃さんのお母さん、優しそうな人だったね!!」

 

「そう? ネコかぶりなだけだよ」

 

「よし、お茶のお礼を言いに……!!」(アホ毛しゅるしゅる……)

 

「わわ!! アホ毛で扉を開けようとしないで!!」

 

伸びていく毛をブロック。

最初に挨拶した時はクビに巻き付けてマフラーということにしたが、こんなアホ毛を見れば卒倒確実である。

 

それに、蒼乃としてはこの殺風景な部屋などさっさと出たいのだ。

さっさと秘密基地(仮)に持ち込むものを――。

 

「……どうしよ。考えてみれば何もない」

 

「え」

 

趣味ナシ。

特技ナシ。

友達……最近できたばかり。

 

「蒼乃さん、ほら!! 鉛筆とか消しゴムとかノートとか……!!」

 

「流石に恥ずかしい!!」

 

それこそ学校かよ!! となってしまう。

自分で無趣味だと宣言しているようなものだ。

 

「本当にどうしよう……!! このままじゃ柿原さんにはいじられるし、苺谷さんには冷たい目で蔑まれちゃう……!!」

 

言い出しっぺがこれではカッコが付かない。

されど頭をいくら逆さに振ろうが名案など出るハズもなく。

 

そうだ、こういう時は――。

 

「桃神さんは? 何か持っていきたいものとかなかったの?」

 

「え……?」

 

困った時の神頼み……ならぬ桃神頼み。

それは、蒼乃にとっては何気ない問いかけ。

話題が広がってヒントになればいいな、程度の。

 

桃神は少し戸惑ったような表情をして、答えた。

 

「うーん、私、何にも持ってないから」

 

「あ……」

 

今度は蒼乃が戸惑う番だ。

なんでこんな質問をしてしまったのか。

 

桃神は河川敷のテント暮らし。

あの空間には女の子らしいものどころか、ほぼ何もない。

 

「ごめん!! 私また……!!」

 

「あはは、いいんだってば。私、魔法少女としてみんなの役に立てればそれでいいもん!!」

 

「いいもんって……」

 

あまりに屈託のない笑顔で言うものだから、心配にもなる。

自分と同い年なのに、ここまで人のために戦うなんて……。

 

やりたいこととかは、ないのだろうか。

好きなこととかは、ないのだろうか。

いや、そもそもだ。

 

「桃神さん、他の時空から来たんだよね? 家は? 両親とかは……?」

 

「うーん、そのことなんだけどー」

 

バツが悪そうな顔をしている。

「ちょっと困った顔がある」みたいな表情で信じられない一言が出てきた。

 

「私、どこで育ったのかも忘れちゃって、覚えてないんだー」

 

部屋にひんやりとした空気が流れた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

反逆のリベリオン!? 魔法少女の反抗期!!

 

「覚えてないって……? それじゃあどこで産まれたのかも、どこで育ったのかもわからないってこと?」

 

「うん、そんな感じ」

 

そんな感じて。

物心ついた時から魔法少女をやっているのだろうとは思ったけど、もっと根深かった。

 

「私、魔法少女になった後のことしか覚えてなくて。だから、私にある思い出っていろんな時空を移動して戦ってたことくらいなんだ」

 

「……」

 

蒼乃は桃神が言っていたことを思い出していた。

魔法少女は想いの力で戦う。

だからこそ、街に来たばかりの桃神は蒼乃から力を得ることで魔法少女として戦うことができた。

 

これが何を意味するのか真剣に考えるべきだった。

 

桃神司には思い出と呼べるような記憶が、一切ないのである。

 

そんなの、辛くて当然だ。

そんなの、戦えなくなって当然だ。

 

蒼乃は桃神の手を握っていた。

何でそんなことをしたのか、蒼乃にもわからない。

 

「蒼乃さん……?」

 

「ごめん、こうしたくなって……」

 

手にはアホ毛が巻き付いてた。

これはきっと、桃神なりの照れ隠し。

 

だって当の本人は、顔をわずかに赤らめている。

 

 

蒼乃は考えた。

桃神のためにできることは、本当にこのまま秘密基地(仮)を作るのに協力することなんだろうか。

 

もっと根本的な問題がある気がした。

 

「あの自称妖精、そんな状態で桃神さんを戦わせてたなんて……!!」

 

怒りの矛先は銀髪ピチピチスーツのナイスバディへ。

どこの世界でも保護者なんて同じということだろうか。

 

縛り付けるだけで、こっちの気持ちなんて全く考えてくれない!!

 

「桃神さん、イヤだったらあの自称妖精に一言いうべきだよ!! 桃神さんが無理やり戦わされてるだけじゃん、それ!!」

 

「で、でもお~」

 

アホ毛をちょんちょんと突き合わせる。

何を悩むことがあるというのか。

 

「私が戦わなくちゃいろんな時空に迷惑がかかっちゃうし……それに……」

 

「それに?」

 

語気が思わず強まってしまう。

珍しく舌戦(レスバ)で押されている魔法少女はちょっと遠慮がちに言うのだった。

 

「私が苦労するくらいでみんなが助かるなら、別に良くないかなあ……? ……ダメ?」

 

「……」

 

 

桃神は無理やり戦わされているのではない。

本人が納得してるのだから、それでいいのだ――。

 

 

なんてことはない。

 

 

「ダメ」

 

「ダメかあ~~~~」

 

蒼乃実里、12さい。

桃神司、推定12さい。

 

反抗(リベリオン)の時である。

 

 

 

 

「というわけで、秘密基地(仮)に持ち込むものを探すのは止め。あの自称妖精に何て言ってやるか考えよう」

 

珍しく能動的に動く気になった。

そもそも、オモイデの品うんぬんも言われたままに動いていたと反省をする。

柿原と苺谷はびっくりするかもしれないが、まあ納得してくれるだろう。

 

これは反抗。

魔法少女の反抗期である。

 

「はんこーき……って何をすればいいのかな、蒼乃さん」

 

「人に聞くもんじゃない気がする。でもあるでしょ。大人に何か言われてその……ウザイとか」

 

「う、うざい!? 今、うざいって言ったの!? 蒼乃さん!?」

 

そんなに驚かんでも。

でも魔法少女の語彙にうざいって単語があったら確かにやだな……。

 

蒼乃はこほんと咳を払う。

桃神相手に指導する立場になるのは、正直まんざらでもない。

 

「やっぱりこう、私のこと何もわかってないくせに、わかってる感出すな的な? 自分の思い通りにしろって言っといて、いざ何か言ったら文句付けるな!! とか……」

 

「やけに具体的だね、蒼乃さん!!」

 

ちょっと楽しくなってきてしまった。

桃神の相談だったはずだが、ぶっちゃけ自分の不満を吐いているだけである。

 

「桃神さんもほら。あの自称妖精にガツンと」

 

「う、うーーーーん……。何にでも醤油をかけていると塩分を取りすぎちゃうよ……とか」

 

「健康面を気遣ってどうするの。ほら、使い魔レースとかいうのにおカネ使ってるんでしょ、あの人」

 

「ええと……応援の時に叫びすぎたらノドを痛めるよ……とか?」

 

「気遣いから離れよう」

 

アホ毛を組んで本気で(うな)る少女の姿がそこにあった。

どうやら素で良い子すぎるために反抗的なことを思いつかないらしいのだった。

……桃神らしいといえばそうなのだが。

 

ちょっとだけ、自分の小ささを思い知らされる。

 

「蒼乃さん、必要なのって本当に『反抗(リベリオン)』なのかな?」

 

「……じゃなきゃ、何?」

 

「うーん。話し合って解決!! とか」

 

「それができないから……!!」

 

「やろうとしたの?」

 

「……」

 

やろうとは、してない。

現に今日、家から出るときだってなかば飛び出す形だった。

 

仕事だって両親ともに忙しいだろうし、しゃべらないことは蒼乃なりの気遣い(・・・)でもあった。

 

 

「蒼乃さんのお母さん、きっと優しい人じゃないかな」

 

「どうしてそんなことが言えるの?」

 

「何となくフンイキが。それに蒼乃さんのお母さんだしね!!」

 

「……理由になってない」

 

「そうかな?」と首をひねる桃神。

やがて何かに気づいたようにアホ毛が電球のごとく閃いた。

 

 

「そうだよ!! 蒼乃さんのお母さんに何を持っていたらいいか相談しようよ!!」

 

「え、えええ!? やだよ!! 私とお母さん、仲悪いんだよ!!」

 

「だからそれは蒼乃さんが思い込んでるだけだって!! 話してみれば親子のモンモンも吹っ飛んで、本拠地に持ち込むものもいい感じに見つかるって!!」

 

「なんて都合よい発想なの……!!」

 

このポジティブさが魔法少女たる証なのだろうか。

……いや、本当に親と面と向かって話すなんて。

 

蒼乃は苺谷に謝る時と同じことを考えていた。

 

「モンスターと戦うのよりも緊張するかもしれない」と。

 

 

 

 

話は案外すんなりといった。

 

友達と見せ合うから「思い出の品」がないか聞けば、蒼乃の母は驚いた顔をしたものの、腕いっぱいほどの箱を持ってきてくれた。

その中には、蒼乃が昔使っていた玩具とかが入っているらしい。

 

桃神が元気よくお礼を言えば、蒼乃の母は笑っていた。

心なしか安心しているように見えた。

 

蒼乃は何となく親に借りを作るようでバツが悪かったが、でも懐かしい心地よさもあった。

昔はこうやって親に無理なお願いをしては困らせていた。

それを忘れたいと思っていただけで。

 

部屋に戻って、ふうっと息を吐く。

 

「疲れた……。お母さん、あれもこれも出そうかってうるさいんだもん……。これだけで十分って言ったのに」

 

「あはは!! それだけ蒼乃さんが大事ってことだよ!!」

 

 

「もう」と軽くすねてみるも、今回は桃神に感謝しないといけないのかもしれない。

何となく気まずかった母親と話す機会ができた。

……これで全部が上手くいくとも思えないけど、ちょっとずつ思ったこと、考えたことを話していったら、案外どうにかなるかもしれない。

 

「ありがとう蒼乃さん!! 今回の件で私も勇気をもらえたよ!! 何かあったら妖精さんとちゃんとお話しする……!!」

 

「……どう考えてもお礼を言うのはこっちの方。ありがとう、桃神さん」

 

珍しく面と向かってお礼を言ったものだから、思わず顔が赤くなる。

「えへへ」とアホ毛で頬をかく少女から目線をそらして、蒼乃は箱を漁るのだった。

 

自分にとっての思い出が詰まっている箱を。

 

「あれ……?」

 

「どうしたの、蒼乃さん?」

 

箱の中には蒼乃が昔に使っていた玩具がある。

確か幼稚園のころからのものだろう。

 

だが、そんなことは問題ではない。

ふと気になったのだ。

 

箱の中に「魔法少女」に関するものがないことに。

 

「……」

 

「どうしたの、蒼乃さん」

 

「桃神さん、魔法少女って……いったい何なの?」

 

「え?」

 

蒼乃自身、意図がわからない質問。

静かな部屋の中で、アホ毛がささやくように揺れていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

明かされる真実!! 魔法少女ってそもそも何!?

 

蒼乃と桃神は河川敷へと戻った。

結局、蒼乃が持ち帰った(・・・・・)のは落書き帳だった。

これ自体に特に思い入れがあったわけではない。

何かを手にしていなければバツが悪いと思っただけだ。

 

それよりも聞きたいことがあった。

銀髪ムチムチスーツのナイスバディ――そして、蝶のような羽根を生やした自称妖精に。

 

どうして今まで疑問に思わなかったのか、不思議なくらい根本的なことを。

 

 

 

 

「お、きたきた!!」

 

発光するテント前で柿原と苺谷が手を振る。

笑顔で桃神の横で蒼乃は辺りを見渡す。

 

どうやら今はいないみたいだった。

 

「あの自称妖精は?」

 

「ん? 何か用事があるってそこら辺に行ったぞ」

 

「それより何を持ってきたんだ?」と柿原。

……これは今、重要じゃない。

 

「ちょっと私、自称妖精を探しに行ってくる」

 

麻雀牌や変身ヒロイン(・・・・・・)のグッズを見せあう柿原と苺谷に伝える。

桃神には――。

 

「桃神さんもここにいて。ちょっと二人で話したいから」

 

「……。うん!! いいよ!!」

 

「理由、聞いたりしないんだ?」

 

「うん!! だって蒼乃さんがそうしたいって思ったってことは何か考えがあるんだよね!! だったらそれが大切だと思う!!」

 

「桃神さん……」

 

こうして信頼してくれることを改めて感謝をする。

何となくだが、これからする話は桃神には聞かせたくなかったのだ。

 

 

魔法少女はそもそも何か、なんて。

 

 

「じゃあ、行ってくる」

 

去り際、苺谷が持っている変身ヒロインのグッズが目に入る。

それは魔法少女ではなかった。

 

 

 

 

さあ、第四コーナーからバーニングホウオウが上がっていく!!

 

グランドユニコーンが内から応える!!

 

エアリアルペガサス!! エアリアルペガサス!!

 

グランドユニコーンとバーニングホウオウの叩き合いだ!!

 

「おらおら!! 行けやあああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!! グランドユニコォォォォォォォン!!」

 

外からセイントバハムート!! 外からセイントバハムート!!

 

「あ!? あ!?」

 

セイントバハムート!! 強い!! 全員まとめて一掃だ!!

 

「ああああ!? くるなああああぁぁぁぁ!?」

 

セイントバハムートだあああああ!! セイントバハムート!! 自らの引退に花を飾りました!!

2着はエアリアルペガサス、惜しくも連覇はなりませんでした。

3着はグランドユニコーン……でしょうか? G1レース219回目の挑戦でしたが、今回も悲願はなりませんでした。

 

 

「ああああ……。ま、わかってたんだけどね。妥当ではあるし……。外したけど」

 

「またレースですか?」

 

蒼乃は河原にいたその人物に話しかける。

銀髪ピチピチスーツのナイスバディ、そして背中から蝶のような羽根をのばした女性。

風景から浮いてるその人物は蒼乃の方を向き、穏やかな笑みを作る。

 

「いいわよレースは。あらゆるドラマを背負って、全員が勝ちを目指し、そして勝てるのは一人だけ……。あなた達の世界にも競馬ってあるでしょ。いいわよね。あらゆることに大金が動く世界なのに馬は何も知らないってのがいいわ」

 

「……そんなこと話されても困ります」

 

「馬券は二十歳(ハタチ)になってから!!」なんて補足していたが、大きなお世話である。

それよりも今、大切なことがある。

 

「自称妖精……魔法少女っていったい何なの?」

 

「あら? 魔法少女は魔法少女でしょ? いまさら何を言ってるの?」

 

「……答えになってません」

 

蒼乃が自分の玩具箱を漁って気づいた事実。

魔法少女と名前の付いた作品に蒼乃はこれまで触れてこなかった。

何となくあやふやなイメージを持った「魔法少女」というものが実際に存在した。

そんな風に今までは思っていた。

 

 

おかしい。

 

 

「魔法少女」は誰かが作り出した作品の名前だ。

最初がアニメなのか漫画なのか知らないが、そこは重要ではないだろう。

とにかく少女が変身する作品に、そういう名前を付けた。

 

 

ここで疑問が生まれる。

 

 

現実(・・)で「魔法少女」を名乗っている少女は「魔法少女」ではなく「魔法少女を名乗っている少女」であるはずなのだ。

だって、現実に魔法少女は存在しないのだから。

たまたま発現した能力(ちから)が、たまたまこの世界に既にある創作物と同じものだった――そんな確率は限りなくゼロに近いはずだった。

 

だとしたら、魔法少女――いや、桃神司はいったい何なのか。

 

 

「答えてよ、自称妖精。桃神さんに魔法少女を名乗らせたのはあなた? だとして、なんで桃神さんは魔法少女みたいな力を出せるの?」

 

「説明は面倒だし嫌われるのよ~。ちなみに説明しなかったらどうする?」

 

「……もう協力しません。桃神さんにもやっぱり自称妖精は信用できないって言いふらします!!」

 

「あらあらそれは大変ね」とにっこりと笑みを浮かべる自称妖精。

……実際、蒼乃がやっているのは交渉の真似事、ごっこ遊びのようなものだ。

 

既に柿原と苺谷という協力者を得ているのだから、ここで蒼乃が離脱しても自称妖精には痛くも(かゆ)くもない。

そもそも桃神を自称妖精から引き離したとして、未成年である蒼乃に桃神の面倒を見ることなど不可能だ。

少し和解したとはいえ親だって許さない。

「唐突に現れたヒロインと一緒に暮らします」なんて、それこそ夢物語だろう。

 

蒼乃だってこれで自称妖精の本心を引き出せるとは思っていないが、これ以外は思いつかなかったのだ。

だからこれで上手くいかなくても仕方がないと思っていたのだけど――。

 

「いいわ、蒼乃さん。そこまで気づくことができたのなら教えてあげましょう。あなたに『魔法少女』が何なのかを、ね……」

 

自称妖精の瞳はどこまでも透き通っていた。

 

 

 

 

「魔法少女が何なのか……一言でいえば想いの力で戦う存在ね」

 

「だから!! そういうことを聞いてるんじゃなくて……!!」

 

「そういうことなのよ。蒼乃さん、あなたは想いの力って何だと思う?」

 

「だからそれは……!!」

 

ふと気づく。

そういえば何なんだろう。

 

答えあぐねる蒼乃に自称妖精は不敵な笑みを見せる。

さながら人間を困らせるためにイタズラをする妖精そのものだった。

 

「想いの力……それは『主観』の力であり、『認識』の力よ」

 

「主観……? 認識……? よくわからないですけど、そんなものが力になるんですか?」

 

「あなたの疑問ももっともね。あ、わからなかったら適当に聞き流してくれていいから」

 

そう言われると意地でも理解したくなる。

蒼乃実里は根っからの反抗者(レジスタンス)なのだった。

 

 

「発端は別の時空にモンスターが現れたことね。既存の物理法則を超越したその脅威まさに『モンスター』。対抗策はなし。そんな連中は星のある一点を目指していた。どういうわけか知らないけど、そこに達したモンスターは力を強めて、その宇宙ごと滅ぼした(・・・・)のよ」

 

 

断定形。

「どうして宇宙が滅びるとわかるのか?」という問いは、「実際にそうなったから」というわけだ。

 

蒼乃と桃神が初めて会った日、カフェで聞かされたことだが、改めて考えると身震いする。

 

 

「宇宙を滅ぼしたモンスター達はさらに別の宇宙に移動する。やつらの目的はわからないわ。もしかしたら全部の宇宙を滅ぼすつもりなのかも。でも、力が生まれればそれに対抗する力も生まれるのよ」

 

「それが……魔法少女?」

 

「いいえ、『認識』の力よ」

 

蒼乃自身、自分の問いが意味のないものだと気づく。

それを魔法少女だと定義したなら、最初の疑問に戻ってしまう。

『対抗する力』が『魔法少女』のようなものである必要はないからだ。

 

 

「認識の力は人によって取る形が違う……。桃神の場合は、それが『魔法少女』だったということよ」

 

「つまり……」

 

「桃神が戦う力として『魔法少女』をイメージしたから、桃神は『魔法少女っぽい力』で戦っている。そういう話よ。そして、その根源たる『認識の力』は『魔法力』……あなた達の考えるところの魔法とでも考えてもらったらいいわ」

 

なぜ桃神が魔法少女っぽい力で戦っているのか?

答えは桃神が『そういう姿』をイメージしたからだ。

 

だからきっと戦っている時のドレスもハンマーも力の本質ではない。

そういう姿を取っているだけなのだ。

 

 

「『魔法力』はモンスターに対抗する唯一の力だけど、使える者も限られていた。だから同じ『魔法力』から産まれた存在である私がナビ役として彼女をいろんな時空に連れて行ったのよ。納得?」

 

「……」

 

言いたいことはわかった。

桃神は別に騙されてるだとかではない。

 

この妖精は力の化身。

いわば星が産んだ抗体だ。

 

だからその行動原理に悪意はない。

純粋に世界(時空)を守るために最善の策を取っているだけだ。

 

でも、納得はできなかった。

 

 

「桃神さんは……もともと普通の女の子だったってことですか?」

 

「ええ、そうよ」

 

「だったら!! やっぱりそんな子を戦わせるなんて……!!」

 

自称妖精が首を振る。

 

 

「彼女自身が望んだことよ。というより、逆ね。『そういうことを望むような子でなければ、モンスターを倒すことはできない』 だって魔法力は認識の力だもの」

 

「でも……だからって……」

 

「安心して蒼乃さん、私はこの戦いが終わったら桃神を解放するつもりよ。それに決戦の時は近いわ」

 

「え……!? それってどういう……!?」

 

「究極変身よ」

 

 

――究極変身。

『魔法少女』も『モンスター』も表と裏、二つの意味合いがあった。

だから蒼乃は聞く。

究極変身とは何なのか? と。

 

 

「『究極変身』はモンスターの親玉と戦うための力……そのために私は準備を進めてきた」

 

銀色の髪が、風になびいた。

 

「完全に『浄化』するのよ。モンスターをこの『世界』から、ね」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決戦前日!! 二人が過ごした日々!!

 

河川敷に戻った蒼乃。

自称妖精は改めて全員に究極変身の説明をする。

 

曰く、桃神が真の力を解放して時空から怪物を完全に浄化する技――それが究極変身。

そのために各人の『想い出』の品が必要だったのだ。

 

『想い出』の品は自称妖精に回収された。

決戦のため、異空間できちんと保管するから、と。

秘密基地を作る話は決戦が近いからとうやむやにされてしまった。

自称妖精は蒼乃が乗り気になれば何でもよかったのかもしれない。

 

 

「実はやばいタイプの妖精なのか……?」と柿原や苺谷が不信感を表す一方で、蒼乃は何も言えなかった。

自称妖精はこの時空を平和にするためにやっているし、戦いが終われば桃神を解放すると言っている。

 

何より横にいる桃神司はニコニコといつもの笑みを浮かべているのだ。

 

まだまだ寒さが残る季節。

冷たい風はアホ毛を揺らしていた。

 

 

 

 

その日の某県某市は雪だった。

母親に早めに帰ってくるように小言を言われながら、蒼乃は出掛けた。

 

目的はある少女と会うためだ。

待ち合わせは駅前の像。

 

遠目でもすぐわかるアホ毛をぶんぶんと振りながら、こちらに気づいた少女が駆けよってくる。

 

「蒼乃さん!! こんにちは!! 今日も寒いね!!」

 

「うん。……待たせちゃったかな?」

 

「ううん!! 私も今来たところだから!!」

 

……なんてベタな会話に思わず笑みが漏れる。

桃神も同じ気持ちだったのか笑顔を返してくれた。

 

「じゃあ行こっか」

 

「うん!!」

 

「アホ毛」

 

「え?」

 

「いや、今日はマフラーやんないのかなって」

 

「ふふ、じゃあお言葉に甘えて……」

 

アホ毛が二人の首に巻き付く。

即席のマフラーの完成だ。

 

そっとアホ毛に手を伸ばす。

 

温かい。

 

考えてもみれば、桃神の転校初日からずっと自分を包んでくれたのかもしれなかった。

最初は変だと思っていた。

でも、今はこういうのも良いかなって思えるのだ。

だって、これは桃神司が桃神司であることの何よりの証明だから。

 

少女達は歩き出す。

行き先は決めてない。

 

どこだってきっと楽しい場所だ。

 

 

 

 

「今日はいろんなところに行ったね、蒼乃さん!!」

 

「うん……」

 

カフェの中。

言うまでもなく、異空間ではなく駅内部にある普通のものだ。

 

コーヒーにミルクを注ぎながら、何とはなしに聞いてみる。

 

「二人っきりで街を遊ぶの、何だか最初のころを思い出すね」

 

「蒼乃さんとこれが最後!! ってなるはずの時だったよね!! あの時はびっくりしたなあ」

 

そんなこともあった。

結局未遂で終わったわけだけど。

 

考えてもみれば、あの時に桃神と別れない選択をしたからこそ、こうして蒼乃は桃神の机を挟んで向かい合っている。

ピーチジュースをチューチュー飲んでいる少女。

自分の世界を広げてくれた魔法少女に。

 

……大袈裟(おおげさ)な言い方かもしれないが、友達ができるかできないかは死活問題なのだ。

小学生にとっては。

 

 

「柿原さんと苺谷さんは元気にしてるのかなあ」

 

「うん!! 二人で遊んでるって言ってたし!! ……ちょっとワガママ言っちゃったかもだけど」

 

土曜日の今日は決戦前日だ。

だから今日だけは桃神と二人でいさせてほしいとお願いをしたのだ。

「麻雀やりたかったのにな~」と冗談めかしつつも、心地よく受け入れてくれた友達に感謝しないといけない。

 

 

……自称妖精が言うには明日にモンスターの親玉がこの街にやってくるらしい。

それを知っているのはこの街、いや、この世界で蒼乃たちだけだ。

 

大人達に伝えても信じてもらえないだろうし、逆に混乱するだろうという判断だった。

この選択が間違いではないと今の蒼乃ならわかる。

 

魔法少女の戦いに、ゴタゴタした大人の事情はご法度なのだ。

大人達がワーワー言えば桃神のアホ毛が垂れて何の力も出せなくなる。

そういうものなのだ。

 

 

蒼乃は桃神に頭を下げた。

 

「ど、どうしたの急に!? 首が痛くなって上がらなくなっちゃったの!?」

 

「それはさすがに違う。……その、言いたいことがあって」

 

桃神がアホ毛をかしげる。

もうすっかり慣れたので、一息つかずそのまま言う。

 

「今までありがとうって。桃神さんのおかげで何だかいろんな問題が解決した気がするから……」

 

友達のこと、家のこと。

それにこの街のことも。

 

全部が苦手で、イヤで、逃げてきたけど。

今は、少しだけでも好きって言えるようになった。

 

あんまり歯の浮くようなことを言ったから顔が熱くなるのを感じる。

机の向かいから、桃神が優しく頬をなでてくれた。

 

もちろんアホ毛で。

 

「私は何もしてないよ。……全部、蒼乃さんが勇気を出したからだよ!!」

 

その一言で蒼乃はますます赤くなる。

もはや蒼乃という名字を返上したいくらいだ。

 

愛だ勇気だなんて物語の中でだけ聞く言葉だと思ってたのに。

面と向かって言われるのは照れくさい。

 

「……やっぱり、ありがとう。桃神さん」

 

言ってから照れ隠しでコーヒーを飲み干す。

ミルクをたっぷり入れたとはいえ、一気に飲むものじゃないなと思った。

 

 

 

 

「今日は楽しかったね」「……うん」

 

 

家の前。

別れの時間。

 

首に巻き付いていたアホ毛がほどかれる。

次に会うのはまた明日。

 

その時は最終決戦が待っている。

 

まだ話したいなと思った。

 

「明日、最終決戦だね」「……うん」

 

「怖くない? 大丈夫?」「……うん」

 

「桃神さん……? 聞いてる?」「え」

 

 

アホ毛がピンと張る。

どうやら聞いてなかったらしい。

 

わざとらしくため息を吐いてみるも、しょうがないことだと思う。

さすがの桃神も最後の戦いを前に緊張しているのだろう。

 

「私にできることなんてあんまりないかもしれないけど……気になることがあったら何でも言ってね」

 

「えっと……その……」

 

「?」

 

桃神がアホ毛をもごもごさせている。

いつも天真爛漫(てんしんらんまん)な笑顔を見せる桃神としては珍しい。

 

「何? あの自称妖精のところに帰りたくないとか?」

 

「そういうのじゃないんだけどぉ……。実はその……蒼乃さんにまだ言ってないことがあって……」

 

何だろう。

今日散々お礼を言ったから桃神もだろうか。

敵をばったばったとなぎ倒す魔法少女が、「こちらこそありがとう」の一言を言えずもじもじしている――。

 

そうだったら微笑ましかったんだけど。

 

 

「実はね、究極変身でこの世界を浄化すると……この世界から『魔法』が消えちゃうんだ……」

 

「え……?」

 

魔法が消える?

自称妖精の説明でいうところの魔法力がなくなる。

そういうことだろうか。

 

背筋にひんやりとした感覚を覚えるのも、一瞬のことだった。

冷静に考えればモンスターがこの世界から消え去る以上、それに対抗する『魔法力』がなくなっても何も困ることはない。

 

それでも桃神のアホ毛がうなだれているということは、もっと深刻な理由があるということだ。

それは――。

 

 

「それって桃神さんが元の時空に帰れなくなっちゃうってこと……?」

 

「……」

 

桃神は寂しげな顔で下を向いている。

どうやら当たっていたようだ。

 

魔法少女の力は『魔法力』により行使されている。

桃神が自称妖精とともに時空を行き来しているのにも使っているのだろう。

 

その力が使えなくなるということは、もう二度と時空を移動できなくなるということだ。

当然、自分がもともといた時空にも――。

 

 

「桃神さんはそれでいいの……? 自分が元いた場所に帰れなくなるんでしょ?」

 

「私は……そこがどこかももう覚えてないから。だからしょうがないと思うんだ」

 

「でも……」

 

「……。覚えてないってことは、もうないのと同じなのかも」

 

なかなか寂しいことを言う。

確かに思い出はいろあせるものだ。

今までやってきたことも、いつかは忘れてしまうんだろうか。

 

つらかったことも、楽しかったことも全部。

 

 

「私は忘れたくないよ。桃神さんと出会ったこと……」

 

「蒼乃さん……!! ふふ!! ありがとう!! そう言ってもらえるだけで、私ここに来て良かったって思えるんだ!!」

 

アホ毛にグルグル巻きにされて「わわ!! わかったらから!!」と慌てふためく。

決戦前の他愛もないやり取り。

これが最後だなんて思いたくない。

 

「あらためてありがとう。蒼乃さん。何だか心が軽くなったかも!! 私、ちゃんとお別れが言えそうな気がするよ!!」

 

桃神にいつもの笑顔が戻る。

戦いが始まれば蒼乃には見ていることしかできない。

ちょっとでも役に立てて良かった。

 

それにしても、だ。

 

「あの自称妖精、やっぱり隠してることがあったんだ……!! 文句の一言でも言っとくんだった……!!」

 

「わわ!! たぶん妖精さんも余計なことで蒼乃さん達に気を遣わせたくなったんだと思う……!! だから、悪く言わないであげて」

 

「ね?」と上目遣いされたら何も言えない。

桃神の顔に免じてため息一回で済ますこととした。

 

結局、あの自称妖精は最後まで食えない人……ならぬ、食えない妖精だった。

 

でも、それも明日までの辛抱だ。

 

「明日の戦い……絶対に勝とうね、桃神さん!!」

 

「……うん!! 私、絶対に負けないよ!!」

 

 

手を振って別れる。

ふと気になって、蒼乃は振り返った。

ことがことだけに、桃神のことを心配したのだと思う。

 

桃神司の後姿は、特に変哲もなかった。

アホ毛が満月に照らされて、どこか儚げに見えた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出るか究極変身!? 浄化される宇宙!!

 

目を覚ましていつも通り朝の支度をする。

親に何か聞かれていたけど気のない返事をしていた。

 

今日はモンスターの親玉がやってくる決戦の日。

 

蒼乃は体がひんやりとするような緊張感を覚えつつも、どこか胸が高鳴る気持ちを覚えていた。

 

『この世界がどうにかなるかの瀬戸際だということを自分を含めた数人だけが知っている』

 

その事実に優越感を感じていたのだ。

自分の気持ちを(つぶさ)に解き明かしていけば辿り着くその結論は、けれど蒼乃には輝かしい何かだと思えた。

桃神司との不思議な出会いの終着点。

 

桃神司が大事(だいじ)を成すその時に、隣に入れたらそれでいい。

 

 

この時は本気でそう思っていたのだ。

 

 

 

 

お昼の河川敷には既に柿原と苺谷がいた。

蒼乃に気づくなり手を振り寄ってくる。

その顔はいつも通り元気そのものだ。

 

「お、来たなミノリン。世界最後の日にその身を捧げに……」

 

「何そのノリ。私はまあ、見てるだけだし。……もしかして柿原さん、緊張している?」

 

「いんやあー!! 私は全然!! ぜんっぜん緊張してないぞ~!! 彩はガチガチに緊張しているけど!!」

 

「な、何でそこで私に振るの!? 恵の方が『あ~今日やらかしたらどうしよっかな~』ってさっきまで言ってたでしょ」

 

 

「ばらすなあ~」と柿原が苺谷のもちもちほっぺを引っ張る。

ワチャワチャしつつも二人の体は小刻みにプルプルと震えていた。

なるほど確かに緊張しているらしい……どっちも。

 

「なに冷静に眺めてんだよ!! お前は緊張してないのかよ、ミノリン!?」

 

「……? いや、緊張してると思うけど」

 

朝だって軽くぞわぞわしてたし。

けれど、そんなことは重要ではないのだ。

 

自分よりも遥かに重責を担っている子がいる。

 

「桃神さん、テントの中かな……?」

 

「さっきのぞいたらいなかったぜ。こんな日にどこへ行ってんだろな……」

 

柿原の一言に、苺谷が何かに気づいたように慌てふためく。

 

「まさか怖くて逃げちゃった……なんてことは……!!」

 

「ないよ、それは」

 

 

驚きの表情を見せる二人に蒼乃は自信満々に答える。

大して役に立てない自分でもこれだけは言い切れるのだ。

 

桃神司は、どんな強大な敵にも決して逃げ出したりしない。

 

 

「みんな~~~~!!」

 

 

ほら、アホ毛を揺らしてやってきた。

今日もいつものセーラー服。

お風呂にはちゃんと入ったのだろうか。

 

桃神司はいつもと変わらない様子で駆け寄ってきた。

 

 

 

 

「桃神さん!! どこに行ってたのよ、もう……」

 

「えへへ、ちょっとお散歩。もうすぐ最後の戦いだって思ったらもう一度見たくなっちゃって……」

 

桃色の瞳はまっすぐに蒼乃をとらえる。

ため息で答える他ない。

 

猶予もないだろうに街を見て回っていたというのだ。

これから守ることになる、私達の世界。

私達の住む街を。

 

 

「全くこんな大事な日に緊張感がないんだから……。それよりもあの自称妖精は?」

 

「妖精さんはちょっと忙しいから今日は任せるって」

 

「ええええ!?」と三人で声を上げる。

世界を救うことよりもいったいどんな大事なことがあるというのか。

 

「あんの自称妖精……!!」「現場丸投げかよ!!」「やっぱりヤバいタイプの妖精だったんじゃあ……」

口々に言う面々を桃神が笑顔で(いさ)める。

 

「大丈夫!! これまでも割と私ひとりで何とかしてきたから!!」

 

「そうは言っても……。私達、よく考えたらいつごろ何が来るのか全然聞いてなかった……。もしもいきなり襲われたら……!!」

 

「それなら心配ないよ」

 

桃神曰く、モンスターの親玉がやってくるタイミングはだいたいわかるのだそうだ。

今まではできなかったが、想いの力が高まってきたからだとも。

 

「これも……みんなのおかげだよ。本当に、ありがとう」

 

ぺこりと頭を下げる桃神。

 

 

「いまさら水臭いよ。私達……見てることしかできないし」

 

「だよなあ。頑張れよモモガー!!」

 

「私も……その、本当に変身して悪いやつと戦う桃神さんはすごいと思います!! だから……!!」

 

心配そうな顔をする三人に桃神司は笑顔だ。

いつもこの笑顔が自分を元気づけてるのだと蒼乃は嬉しくなるのだ。

 

 

「大丈夫!! 私がモンスターの親玉をやっつけてこの世界を平和にするから……!! ……ん!!」

 

 

そうだ。

桃神司は絶対にどんな敵にも負けはしない。

 

――だから。

 

 

どんなに強大で。

 

どんなにおぞましくて。

 

一片の慈悲もなく、ただ破壊の限りを尽くし。

 

この世界の全てを等しく蹂躙し。

 

何の意志も介在せず、それゆえ悪でもなく。

 

 

魔法少女をビリビリに引き裂く存在。

 

 

そんなやつが現れたとしても。

 

 

桃神司は、戦い続けるのだ。

 

 

「……!!」

 

アホ毛がぴんと張る。

それが何の予兆であるのかはすぐにわかった。

 

 

「来る……!!」

 

辺りが暗くなった。

周囲を警戒する。

 

特に何かが現れた様子はない。

 

「じゃあ……!!」

 

蒼乃は天を仰いだ。

前に現れたことのある雲形モンスター。

 

あんな感じで空を覆うモンスターが……!!

 

 

「……?」

 

 

おかしい。

何もいない。

 

 

周囲はただ真っ暗になっただけだった。

ただの漆黒。

 

それがどこからか(・・・・・)溢れ出ている。

 

 

「……あ、あああ」「こ、来ないで……!!」

 

「二人とも……?」

 

柿原が苺谷をかばうように体を覆っている。

もう既に敵は現れている?

 

いったいどこに――。

 

「蒼乃……お前はいったい何なんだよ……!!」

 

「え」

 

溢れて出てきていた。

蒼乃実里の体から。

 

黒い何かが。

 

 

 

風が起こった。

 

「うわああああぁぁぁぁ!!」「きゃああああぁぁぁぁ!!」

 

「二人とも!!」

 

柿原と苺谷が吹き飛ばされる。

それをすごい勢いで飛んでいった桃色の光――桃神司がキャッチした。

 

桃神が二人を虚空に寝かせて、こちら(・・・)を向く。

 

 

モンスターと戦うはずの魔法少女がこっちを。

 

 

「違う……!! 私は……!!」

 

思わず一歩後ずさる。

 

消される。

 

本能的に感じ取ってしまった。

今まで霧散していった薄汚い怪物どもみたいに。

 

だったら――。

 

 

魔法少女なんてビリビリに引き裂いてしまえば――。

 

 

噴き出してくる。

 

蒼乃の体から黒い獅子が。

伸びていく爪が魔法少女(桃神司)を漆黒へと叩き伏せた。

 

「違う!! 私は……!!」

 

魔法少女なんか、信じていない。

魔法少女なんか、好きじゃない。

 

魔法少女なんか――。

 

 

消えてしまえばいい。

 

 

黒い爪が魔法少女を引き裂いた。

 

 

「ああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!」

 

 

喉が張り裂けんほどの絶叫。

それは蒼乃のものだった。

 

やってしまった。

 

また、やってしまった。

 

何も考えずに、ただ自分のやりたいように。

 

相手のことを全く考えずに――。

 

 

「大丈夫だよ、蒼乃さん」

 

「え……?」

 

黒い塊の中に桃色の光。

しゅるしゅると、何かが伸びて、突き破る。

 

桃神司のアホ毛。

少女がいつもと変わらない様子で、そこに立っていた。

 

「私がなんとかするから、全部……。この(・・)究極変身で」

 

「そんな……だって……あなた……」

 

蒼乃が驚くのも無理はない。

桃神の恰好はいつもと同じセーラー服だ。

 

これのどこが究極変身だというのか。

 

黒い獅子がその体を破裂させる。

飛び散った各部位が巨大になり魔法少女(桃神司)を取り囲んだ。

 

少女に四方八方から攻撃(悪意)が飛んでくる(に晒される)

 

だめだ。

 

対処方法なんて、ない。

 

『みんなで協力しました!!』

『頑張って知恵を出し合いました!!』

 

そんなのなんの意味もない。

 

むき出しの暴力の前では――。

 

 

獅子(四肢)が弾けた。

 

 

「え……?」

 

「大丈夫だよ、怖くないから、ね」

 

こんなことができるのは魔法少女(桃神司)しかいない。

いったい何をしたのか?

 

 

桃神司は何もしていなかった。

 

 

ただ、そこに立っていた。

 

 

桃神司が、暗闇の中で、一歩蒼乃に進み寄る。

 

 

「ひ……!! いや!! 来ないで!!」

 

黒い風が激流と化して魔法少女を襲う。

服をはためかせながら、それでも一歩ずつ前に。

 

どうして?

 

今、桃神司を傷つけているのは、自分なのに。

こんな醜い自分、見てほしくないのに。

 

 

もうダメだこれで平和になっても桃神に合わせる顔がないもう仲良くなんてできない一生消えない罪を背負う世界を滅ぼそうとした罪だぞ一生かかったって償えない。

 

だったら――。

 

消えてしまえ。

この宇宙、全部。

 

 

「来るなああああぁぁぁぁ!!」

 

 

黒い風は空間を斬り裂く烈風に。

そのままドーム状に広がっていく。

 

この世界全てを、覆いつくすように――。

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

桃神司が進んで――いや、違う。

あれは桃色の光だ。

ただの桃色の光だ。

 

光は蒼乃の前で止まった。

 

そして、蒼乃の体を優しく包み込んだ。

 

「あ……」

 

温かい光だった。

まるで、心が浄化されるような。

 

子供をあやすみたいに背中を何かがさすってくれた。

最後の瞬間、蒼乃は桃色に広がる羽根をみた。

蝶のそれに似たものが、桃色の光を突き破ってどこまでも伸びていく。

 

 

「さようなら、蒼乃さん」

 

 

記憶の最後にあるのは、その一言だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大団円!! 魔法の消滅!!

 

「うわああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!」

 

少女が絶叫とともに目を覚ます。

辺りを見渡しているが、何も心配することはない。

 

自分は少し、怖い夢を見ただけなのだ。

今は現実だ。

 

何の嘘も存在しない.

目に見える物はすべて本物。

混じりっけなしの爽やかな朝だった。

 

「桃神さん……!? 桃神さんは!? 柿原さんに苺谷さんも!!」

 

少女は少し錯乱しているようだ。

友人達の名前とともに、存在しないモノ(・・)の名前を呼んでいる。

普段はクールなキャラで押し通す彼女にもこうした面があるようだ。

少女らしい、あどけない一面が。

 

「みんな!? どこ!? どこに行ったのよ!?」

 

パジャマのまま飛び出そうとした少女は親に捕まった。

抵抗するより着替えた方が早いとみるや、支度を済ませ朝ご飯を()き込み勢いよく家を飛び出していった。

 

慌ただしくも、希望に満ちた一日が今日も始まるのだった。

 

 

 

 

「柿原さん!! 苺谷さん!! いた!! いたんだ!!」

 

少女は一時間目が始まる前に隣のクラスに突貫。

不思議がる二人へと体当たりする勢いで突っ込んで行く。

 

名前を呼ばれた二人は、心底驚いた様子だ。

余程怖がったか、『苺谷さん』の方などは『柿原さん』の陰に隠れてしまった。

 

「ん。ミノリンじゃん。わざわざ隣のクラスからどしたの? すげー汗だけど」

 

「桃神!! 桃神さんは!? あなた達は怪我してない!? モンスターは!? もういなくなったの!?」

 

「ひ……」と柿原がのけ反るも蒼乃はおかまいなし。

一息でしゃべりすぎてついにむせ上がってしまった。

 

「恵……蒼乃さんどうしちゃったの……?」

 

「さ、さあ……。保健室案件かな、これ」

 

露骨に距離を取られている。

微笑ましい朝に、少女が汗を撒き散らせながらしゃべる。

 

「桃神さん、学校には来てなさそうだった!! 河川敷かな!? こうなったら今から行って……!!」

 

「そ、その~。ミノリン……まことに言いにくいことなんだけど~」

 

「なに!? 桃神さん、こうしてる間もどこかで倒れてるかも!! 早く行かなくちゃ!!」

 

「その桃神さんというのは……どこの誰で?」

 

「はあ!? こんな時にふざけてんじゃないわよ!!」

 

「……。ふざけてんのはお前だろ」

 

苺谷が慌てて柿原の手を引く。

蒼乃は引き下がらず、なおも必死の形相である。

 

「桃神さん……最後まで戦っていたの……あ、私から何か出てきてそれと戦って……」

 

「あ、あの……蒼乃さん」

 

苺谷がおそるおそる口をはさむ。

横で不機嫌な顔をしている柿原に代わってのことだ。

 

「その『桃神さん』っていうのはどこの誰? 他の学校の人?」

 

「だから……!! 私のクラスに転校してきた……!!」

 

「転校生なんて、最近来てませんよ」

 

「え……」

 

心底、間の抜けた顔。

 

 

 

「そもそもこんな中途半端な時期に転校してくる人、そんないないと思います」

 

「そんな!! アホ毛が長くて自己紹介で魔法少女って名乗っていたのよ!? あなた達だって聞いたことあるって言ってた!!」

 

「え、えええ!? そこで私達を巻き込むんですか……? というか魔法少女……?」

 

朝の他愛のないやり取り。

こうして少女達の日常は紡がれていく。

何の変哲もないけど大切な日常が――。

 

予鈴が鳴る。

 

「ほら、自分のクラス帰りな。私達の仲だから水に流すけど他のやつにはやんない方がいいぞ、そのノリ」

 

「大方、夢でも見てたんだろ」と柿原は付け足した。

呆然と少女は立ち尽くす。

 

 

そう、これまでのことは全て夢だったのかもしれない。

けれど夢に意味がないなんて言い切れるのだろうか。

 

「違う……!! 違う違う違う……!!」

 

現実に『魔法』なんて存在しない。

けれど物語は見たものの心の中に確かに何かを残すのだ。

 

「現実に立ち向かう勇気」という名の『魔法』を――。

 

 

 

少女は今日も日常を過ごす。

心の中に残った『魔法』とともに――。

 

 

「違う違う違う!! 桃神さんは……いる!! 確かにいた!! 変なやつだけど……好きだった……私は……好きだったんだ……あの子のことが……」

 

――先生!! 隣のクラスの人が情緒不安定です!! 誰か連れてってください!! (ワハハハハ!!)

 

 

日常をともす笑顔とともに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は……認めない。だから……」

 

 

私は駆け出した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女原理

 

校門を抜け出しそのまま外へ。

学校の出欠と友達の安否、どちらか大切かなんて聞くまでもない。

向かう先は河川敷。

 

あの時、何かが起こった場所。

 

途中、勢い余って思いっきりこける。

ポケットからスマートホンが飛び出した。

 

連絡?

 

ダメだ……!!

 

出会ったその日。

夜道を走る桃神さんを見かけて電話したけど繋がらなかったんだ……!!

 

「クソ……クソ……!! クソクソクソクソ!!」

 

私の口から口汚い言葉が漏れる。

何に対する文句なのか、自分でもわからなかった。

 

 

 

 

「桃神さーーーーん!! どこーーーー!?」

 

河川敷。

戦いのあった場所には何も異変がなかった。

テントがあった場所にも名もわからない雑草が生い茂るだけだ。

 

いくら呼んでも、何の反応もない。

いくら声を枯らしても、何も起こったりしない。

 

焦るな。

落ち着け。

 

桃神さんは魔法少女。

ちょっとやそっとのことが起こっても大丈夫なはずだ。

 

今ほしいのは手がかりだ。

そしてその手がかりを持っているのは――。

 

「どこに行ったのよ……!! あの自称妖精!!」

 

あいつだ。

あの胡散臭い自称妖精だ。

 

最初から最後まで腹に一物(いちもつ)ある感じだった。

決戦の時だっていなかったではないか!!

 

「クソーーーー!! 出てこい自称妖精ーーーー!!」

 

はちきれんばかり叫んでも何も起こらない。

まだだ。

まだ何かを見落としているはずだ。

 

ぐるっと辺りを見渡した私は、ある事実に気づいた。

 

「川……!?」

 

そうだ。

ここは河川敷。

 

目の前には川がある。

 

「まさか桃神さん……!! あの戦いの衝撃で川に落ちたんじゃあ……!!」

 

あり得る。

というかそれしか考えられない。

 

それぐらいしか、桃神さんが私の前に姿を現さないなんてあり得ないじゃないか!!

 

「待ってて桃神さん!! 今すぐ探すから……!!」

 

 

ぷっ……あは!! あははは!! あははははは!!

 

 

「え……? 何この声?」

 

振り向くとそこに女性がいた。

 

銀髪をたなびかせ、SFのような体をピッチリと覆う下スーツに身を包み、一般的には魅力的とされるボディラインを持ち、そして――。

 

背中から羽を生やした女性が。

 

 

「妖精ぃぃぃぃぃいいいいぃぃぃぃーーーーー!!」

 

「ハロー蒼乃さん。蒼乃さんがあんまり面白かったから出て来ちゃった。えへ」

 

私の拳が(くう)を切る。

よろけた勢いでタックルを試みるも手応えはなくそのまま地面に倒れてしまった。

見上げた先にはにやにやとした笑み。

 

 

「まったく、動物園から逃げ出した獣じゃないんだから。何がそんなに不満があるんだか」

 

「桃神さんを出してよ!! あなたが何かやったんでしょ!?」

 

今度は飛び蹴り。

相手は棒立ちなのに、体が透けてるみたいで全く当たらない!!

何か策を考えないと……!!

 

 

「それにしても桃神が川に……ぷくく!! どんぶらこ、どんぶらこ~ってか? いいわ。あんまり面白かったから全部教えてあげる」

 

「何がおかしいんだーーーー!!」

 

私は妖精の足元の草をむしりだした。

影が本体……あるいは周囲の草から力を得ている。

あり得なくはない。

ヘラヘラと笑みを浮かべるこいつに少しでもダメージが通る可能性があるなら、やるしかなかった。

 

 

「それよ、その攻撃性……。モンスターが目指している時空の特異点……それはあなた(・・・)よ。蒼乃実里」

 

「ウソぬかしてんじゃねーーーー!! そんな……私がそんな恐ろしい何かなんて……そんな……!!」

 

ウソだ。

本当はうすうす気づいていた。

決戦の時、私の体からは確かに黒いモノが溢れていた。

 

私の体は、最初(・・)からモンスターに(むしば)まれていたのだ。

 

 

「自らの認識を拡張し、滅びの願望を宇宙全体に拡大する……。そんなクソ迷惑な存在があなたなのよ。ネガティブループに陥れば宇宙が滅びる。音もなく死んだとしても何が起こるかわからない。さしずめ歩く地雷女……本当に迷惑な存在」

 

「ふざ……ふざけるなああああぁぁぁぁ!!」

 

妖精と重なり体をバタバタさせる。

自分の願望を世界に反映させる?

そんなもの、存在するはずない。

 

そんなもの――。

 

 

魔法少女じゃあるまいし。

 

 

 

「もうわかったでしょ? 桃神司が何なのか。私が好きなアレよ。使い魔レース」

 

「それ以上……しゃべらないで……」

 

私は草むらに突っ伏した。

決して心が折れたとかではない。

体力が尽きてそうせざるをえなかっただけだ。

 

 

「桃神司は魔法少女。『魔法』は実際には存在しない認識の力。つまり――」

 

「ああああぁぁぁぁ!! しゃべるなああああぁぁぁぁ!!」

 

 

「桃神司は実際には存在しない虚構(魔法)存在(少女)ってわけ」

 

 

「……ま、あなたの使い魔みたいなものだったわけね。おかしいとは思わなかったの? あんなアホ毛が長くてピンク髪の女、実際に存在するわけないじゃない。Mythic Mutant(半精神生命体)……それが桃神の正体よ」

 

「貴様ぁぁぁぁーーーー!!」

 

地面に叩きつけた拳から血が溢れていた。

そうだ、桃神さんだっていっしょだ。

私と同じ血の通った人間だ。

 

言うことにかいて、人間じゃないだなんてそんな――。

 

 

「要するに力を持っていたのはあなたなのよ蒼乃実里。そしてそれを伝えれば精神が不安定になり一瞬でこの宇宙が滅びる可能性があった。だからあなたの体に取りついていたモンスターを少しずつ浄化するしかなかったのよ。桃神司という虚構の存在を通してね」

 

「違う……違う違う!!」

 

私は普通の少女で、桃神さんは魔法少女だ。

じゃなければ――。

 

あの笑顔も、自分をいたわってくれる優しい仕草も。

最初から全部、存在しなかったことになってしまう。

 

 

「あなた言ったよね? 何でこの力が魔法少女と呼ばれるのかって。順番が逆よ。この力が魔法少女と呼ばれない時空は漏れなく滅びてしまうから。考えてもみなさい。宇宙を移動したり消滅させたり、時間を巻き戻したりできる存在が無数にいるのよ? 精神的に未成熟な存在に全ての生殺与奪(せいさつよだつ)を握られる不安定な状態……だからこそこの力の行使を『魔法少女』という言葉で縛る必要があった。人間原理ならぬ魔法少女原理ね。あなたの場合は本人ではなく行使している力の方をそう名付けるのが最も安定した。それだけの話よ」

 

「うるさーーーーい!!」

 

力いっぱいの反論は河川敷に虚しく響くだけだった。

何も起こることはない。

 

ここはただの現実で、何の魔法も存在しないから。

 

 

「あなたに巣くうモンスターは浄化されたし、『魔法少女桃神司』はあなたとは切り離され、この星を守る概念的存在となった。少女から切り離されたこの星を守る守護神……『魔法神』とね。それこそが究極変身よ。あの子は真の意味でこの世界を守る存在となったの。幸せな終わり(ハッピーエンド)でしょう?」

 

「なに言ってんだテメ――――!! う……」

 

気分が悪い。

頭がクラクラしてきた。

情けない嗚咽(おえつ)が聞こえる。

当然、私のものだ。

 

これのどこが幸せだ。

今、はっきりとわかった。

私にとっての幸せは――。

 

 

桃神司が、隣にいてくれる日常だ。

 

 

 

「あー楽しかった。ま、魔法神になった桃神がどれくらい持つかはわからないんだけどね。いやいや、信じて待ち続ければ何万年後か何億年後か平和になったある日、桃神が帰ってくるかもしれないわよ? あ、人間の寿命はそんなにないんだっけ? あはは!!」

 

「お前ーーーー!!」

 

最後の力を振り絞ったタックルは、ほとんど芝に倒れ込むだけになってしまった。

振り返っても、何もいない。

 

 

――じゃあね。せいぜい日常(現実)謳歌(おうか)しなさい。特に意味もなく、ね。

 

 

「お、お……おお……」

 

お。

 

おおお。

 

 

 

お。

 

 

 

「おおおおええええぇぇぇぇ!!」

 

不快感とともに私の口から汚いものが出てくる。

朝に食べたご飯が、悪臭を放つ嘔吐物と化して私の服に垂れていった。

 

 

やがて親がやってきて私は捕まった。

 

本気で心配していたのか何かを泣き叫んでいたが私の耳には入らない。

 

私が考えていたのは自称妖精が言っていたことだ。

このまま日常(現実)を過ごせと。

これが幸せな終わりだと。

 

 

「諦めない……私は絶対に……」

 

 

スマートホンがブルブルと振動していることに、この時は気づいていなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幻想通信

 

その日は両親とみっちり話し合うことになった。

 

学校で困ってることは何一つない。

友達を探していたと、正直に答えた。

以前の私なら「何となく散歩に出た」とか答えてお茶を濁していただろうけど。

 

……親子の仲は思っていたほど悪くなかったらしい。

さすがに納得はしていないようだったが、「今日は疲れてるだろうしまた話しましょう」とそういう結論になった。

 

 

……考えてもみれば柿原さんも「私達の仲だから」と言っていた。

どうもこれまで(・・・・)の戦いで繋がれた人間関係というのは、残っているようだった。

 

でも――。

 

「あの子がいないんじゃ……何も意味なんかないじゃない……」

 

部屋に戻ると、思わずそんな言葉がこぼれた。

桃神司は存在していなかった?

納得なんてできるはずがない。

 

事実がどうであっても、どんなに可能性がか細くても。

私は絶対に桃神さんが戻ってくる方法を探し出す。

 

スマートホンが震えていた。

 

「ん……」

 

何か連絡か。

……あの妖精が何か仕込んでいるかもしれないから警戒して手に取る。

 

ダイレクトメッセージは柿原さんからのものだった。

「ボイチャええか?」などと書いてある。

 

……どうやら私、柿原さん、苺谷さんでグループが作られていて、そこで話そうということらしい。

もしかしたら二人の記憶も戻っていて、桃神さんを探す手がかりになるかもしれない。

 

 

「もしもし……」

 

『あ!! 蒼乃てめえ!! もしもしじゃあねえんだよ!! 天然かよ!!』

『ごめんね蒼乃さん!! 恵がめちゃくちゃ心配してたから直接話そうって……!!』

 

『そういうことは言わなくていいんだよ!!』と柿原さんがワチャワチャしている。

とりあえず、二人には言っておくべきことがあるだろう。

 

 

「二人とも、心配かけてごめん」

 

含みのある沈黙。

ちょっとバツが悪そうな声が返ってきた。

 

『や、別にいいよ。さすがにちょっと責任感じたしな……私も』

 

『クラスの人から笑われて、それで蒼乃さんどっかに行ったんじゃって不安だったんです』

 

そういうことか。

確かに二人の視点だと、ちょっと口調が強めの会話の後に私が学校を抜け出したことになる。

私が思ったよりも元気そうで二人とも安心してる様子だった。

 

『いや、ほんと~に今、物騒なんだからな!! 私らくらいの子が一人でうろうろしてるなんてそれだけでアブねえよ……』

 

『クラスの人たちも情緒不安定って言ってましたけど……ああいう言葉でウケを取るの、良くないと思う。……困ったことがあったら何でも(・・・)相談してください。私達、友達じゃないですか』

 

――何でも。

――それなら。

 

 

「じゃあ、早速だけど……あなた達、何か思い出した? 桃神さんのこと」

 

再び沈黙。

今度は心なしか空気がひんやりとしている気がする。

 

『だぁかぁらぁ……。そのネタはもういいんだって。滑ったネタを繰り返しても寒いだけだぞ』

 

「ネタなんかじゃない!! 麻雀は四人で打つものでしょ!? 四人で打ったことだってある!! 私達が仲良くなれたのも桃神さんのおかげなのにどうして忘れちゃったのよ!!」

 

『麻雀は三人打ちのが面白れーし!! というかその桃神っての止めろって言ってるだろ!? お前は妄想の友達と現実の友達どっちが大切なんだよ!!』

 

「も、妄想の友達ぃ~!? 今のは完全にライン越えよ!! もういい!! 桃神さんもあなた達もどっちも大切だったけど、もういい!! 話はオシマイオシマイ!!」

 

『ああいいぜ!! また明日な蒼乃!!』

 

スマートホンを思いっきり振り上げる。

床に叩きつけてやろうと思った瞬間、苺谷さんの声が聞こえてきた。

 

『ま、待ってくださいーーーー!! 二人とも!! ちょっと落ち着いて!!』

 

腕を止める。

そうだ。

私はもともとクールな性格だった。

ここは苺谷さんの話を聞こう。

 

 

『蒼乃さんの話では私達はその桃神さんのことを忘れてるって話ですよね? これって物語とかによくあるやつじゃあ』

 

「桃神さんは物語の存在じゃない……!! 苺谷さん、あなたまでそんなことを言うの!?」

 

『は、話をよく聞いてください……。私いま、だいぶ歩み寄りましたよ……』

 

考えてもみれば苺谷さんは毎週日曜日にやっている朝の女児向けアニメを見ているんだった。

だからこうした話をちゃんと聞いてくれる人なんだ。

 

こうした事実を知っているのも桃神さんのおかげだ。

頭の片隅にこの記憶が残っていたからこそ、私は苺谷さんの声で手を止めることができた。

そうでなければ、今頃スマートホンは粉々に砕け散っていたかもしれない。

 

 

『……蒼乃さん、話を聞いてます?』

 

「え、あ。ごめん聞いてなかった……」

 

『あなたって人は……!! そんなんだから私達以外友達いないんですよ!!』

 

グサグサくる。

いや、今は桃神さんが大変だから気にしないんだけど。

 

 

『とにかく!! もしも本当に私達の記憶からその桃神さんって人のコトが消えてるんなら、それを確かめる方法はないんです!! だったら蒼乃さんの話を聞いても良い気がします!!』

 

「苺谷さん……!! あなた……!!」

 

『というかいきなり魔法少女が現れて友情を育むなんて蒼乃さんにはない発想ですよ。だからきっと実際に起こったことで……』

 

「おい!!」

 

それじゃあ私が野蛮な人間みたいじゃないか。

『じょ、冗談ですよ……』と弁解する声が裏返っているが、まあ流しておこう。

 

 

『……やっぱり寂しいじゃないですか。どこかに忘れ去られた女の子がいるなんて。もし本当にいるなら……手を差し伸べたいです』

 

「苺谷さん……!!」

 

『おいおいおいおい!! 何だこの流れ!! これじゃあ私が理解ない女みたいじゃん!!』

 

柿原さんの声が聞こえる。

そんなこと言われても現実にあったんだからしょうがない。

 

でも、柿原さんのような反応をするのが普通なのかもしれない。

だから――。

 

 

「柿原さん、あなたは降りてくれていいわ。私と苺谷さんは桃神さんを探し出すまで一生諦めないから」

 

『ええ……。何だその言い回し……。というか重すぎてマジで理解できなんだが……』

 

人からどう言われたっていい。

私が抱えているこの想いが、柿原さんに正しく伝わるなんて思えない。

 

それでも正直に、まっすぐに言うしかないんだ。

私にはこれくらいのことしかできないから。

 

『はあ~~~~。本当にしょうがないやつばっかだな……。わかったわかった』

 

「え……? じゃあ……!!」

 

『まあ彩と蒼乃でやってたら事故りそうだしな。信じるよ。……半分くらいだけど』

 

「半分なら十分!!」

 

信じてくれたらそれが何よりの力になる!!

……なんて考えて思わず笑みがこぼれてしまった。

 

まるで本当に魔法少女みたいだ。

少しだけ、希望が湧いてきたのを感じる。

 

これなら桃神さんを探し出すことだって――。

 

 

『で、どうすりゃいいんだ?』

 

「え?」

 

『え? じゃあないだろ……。その桃神さんを探すために私達はどうすればいいんだって聞いてるの!!』

 

「……」

 

脂汗が出るのを感じる。

そうか。

私はだいぶ根本的なことに気づいていなかった。

 

そもそも、何をすればいいのか。

 

それはもちろん――。

 

 

「これから考えるわ」

 

『あ、蒼乃さん……それは……』

 

『あーーーーはいはい!! そうだと思った!! 今日は解散!! 風呂だ風呂ーーーー!!』

 

会談は終わってしまった。

私はベッドに倒れ込む。

 

このまま何も思いつかなければ、ずっとそのまま?

何かしているというポーズだけ取って、その実、桃神さんには一歩も近づけない。

 

そんなのはイヤだ。

でも、どうしたら――。

 

「諦めない……私は絶対に……諦め……」

 

私の意識は闇へと落ちていく。

抗うように記憶を必死に掘り起こす。

 

やがて私は辿り着いた。

いつか見た夢――過去の記憶に。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夢現回想

 

夢を見ていた。

 

少女の表情はクレヨンで塗りつぶされたみたいにわからない。

 

――待って!! 行かないで!!

 

少女が振り返り、俯いて去っていく。

 

――そんなつもりじゃ、そんなつもりじゃなかった!!

 

言葉は頭の中でぐるぐると回るばかり。

どうして一言いうだけのことができなかったんだろう。

 

取り残された少女()は立ち尽くしていた。

 

どうすることもできなまま。

 

 

私は目を覚ましていた。

 

 

「……」

 

 

スマホで時計を確認すると深夜だった。

どうやら倒れ込んでそのまま眠っていたらしい。

 

見ていたのは果たして夢だったのか。

 

桃神司は私の前から去っていった。

いったいどんな表情だったんだろう。

どんな気持ちで最後の「さよなら」を言ったのだろう。

 

ここに来てやっと、そのことに思い至った。

 

「本当にバカだな……私……」

 

電気を付けて、玩具箱を取り出した。

あの時、妖精に言われるままに『想い出』の品を持っていった。

きっとあれも桃神司を私達と切り離すのに必要な儀式だったのだろう。

 

「……」

 

私は箱の中を漁った。

何でそんなことをしているのか自分でもわからなかった。

ここにあるのは特に変哲もない自分の過去だ。

 

こんなところに、桃神さんとの思い出はないはずなのに。

 

玩具箱を漁る。

その奥底へと手を伸ばす。

 

小さな箱があった。

箱を開けると紙切れが大量に入っていた。

 

ところどころ青いクレヨンで塗りたくってあるそれが。

 

 

箱を机の上に持っていき、テープを取り出す。

ひとつずつ、並べていって、ぴったりとはまる組み合わせを探す。

こんなことをやったって、意味なんてないってわかってるのに――。

 

縦横無尽な傷跡が私の前に立ちふさがる。

けれどひとつずつ、傷を塞いでいき――。

 

ついにその絵は完成した。

 

 

幼稚園の頃、私がビリビリに引き裂いた絵が。

 

「……」

 

蒼いドレスはとても雄大に。

胸のリボンはとてもかわいらしく。

 

良く描けてると思った。

自分にはもったいないくらいに――。

 

 

「まだそんなことをしていたのね。あなたは」

 

 

驚いて椅子から転げ落ちそうになる。

振り返れば自分の部屋に女性がいた。

 

流れる銀髪。

しなやかな流線形を描くボディライン。

そして、背中から生えた蝶のような羽根。

 

 

妖精がそこにいた。

 

 

「……」

 

「あら、今回は殴りかかってこないのね」

 

「どうせ通じないんでしょ。あなたこそ何をしにきたのよ」

 

さっと先ほどの絵を折りたたんでパジャマのポケットに入れる。

妖精がこのタイミングで来たのには理由があるはずだった。

もしかしたらこの絵が桃神さんを戻すために重要なのかもしれない。

 

 

「ふふふ、最後のお別れを言いに来たのよ。まあ、反省会っていうか? 私は星のインターフェース、誰かと話すことでしか思考として発露することができないのよね」

 

「ゴタクはいい……!! 何が言いたいのよ!! クソ妖精!!」

 

「いやあ~ちょっと賭けに負けたっていうか? ここぞというというところで勝負弱いのよね~私」

 

「……?」

 

賭けに負けた?

レースの話か?

 

確かにいつも外したと大騒ぎしていたけど――。

 

 

「ほら、あれあれ」

 

促す先は窓の外。

警戒しつつ外に顔を出し、天を見上げた。

 

 

「は……!? 何あれ……!?」

 

 

闇深き夜。

本来は見えるはずの夜空はそこにはない。

 

空にヒビが入っていた。

このちっぽけな街を覆う巨大なヒビが。

 

「何なのよ……!! 何なのよアレは……!!」

 

「ま、完全に予想外だったわね。モンスターの親玉の親玉が来たのよ。桃神司はあなたから切り離されてこの(時空)を守る機構となった。そして、それがいつまで持つかはわからなかった……」

 

唄うように、妖精がせせら笑う。

 

「一日持たなかったわね、あの子。弱いとは思ってたけどここまで使えないとは思わなかったわ」

 

気付く。

ヒビとこの(時空)の間に桃色の光が弾けていることに。

 

「桃神さん……!!」

 

今、こうしている間も戦っているのだ。

あのアホ毛を揺らしているいつも笑顔の少女が。

 

筆記用具を妖精に投げつける。

やはりダメージを与えることはできなかった。

 

「やっぱり暴力に訴えるのね。あーあ、話相手としてあなたを選んだけど失敗だったかしら? でも柿原さんや苺谷さんに気が利いたことが言えるとは思えないのよね。手詰まりって感じだしこの時空を守るのはもう無理かしらねー」

 

「あなたは……」

 

「ん?」

 

「あなたはどうしてそんな冷静なんです!? 私達の世界が滅びそうになってて……桃神さんが頑張って戦ってくれてるのに……!!」

 

 

妖精は、こともなげに言った。

 

 

「別に。次の時空を守るのを頑張るし」

 

 

最初から、基準が違っていたのだ。

この妖精にとって、時空のひとつは拠点のひとつ程度にしかすぎない。

それがなくなっでも悲しんだり怒ったりなどしないのだ。

 

いや、そもそも感情なんてものはないのかもしれなかった。

 

私に見せているそれらは、全て便宜(べんぎ)上のもの。

実態のない幻。

 

私がそこにあると、思い込んでいるだけの。

 

それでも、言わずにはいられないのだ。

 

「あなたは……間違っているわ、妖精」

 

「あら? あなただってこんな世界どうでもいいと思ってたんじゃないの? そもそも100年そこらの寿命で死ぬのと今すぐ宇宙ごと滅びるの、何が違うって言うの?」

 

答えない。

そんなわかりきったことの問答に費やす時間なんて1秒もない。

スマートホンで柿原さんと苺谷さんに電話を入れる。

出ないので、「今すぐ空を見て河川敷に行って」とだけメッセージを入れておいた。

 

私は部屋の外へと向かった。

 

 

「あら、何をするつもり? もうすぐ世界は滅びるんだけど?」

 

「そんなことやらせない。この街を……桃神さんを私は守る」

 

そうだ。

私のやりたいことはこんなにシンプルだったんだ。

 

自分を守ってくれた子を、守りたい。

妖精が言ってたことなんて知ったこっちゃない。

 

「私は……桃神さんに伝えなきゃいけないことがある」

 

それだけ言って扉を開けた。

後ろからせせら笑う声が聞こえた気がする。

 

妖精の誘いなんて、こっちから願い下げだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

破滅夜半(よわ)

 

深夜の街は死に絶えてしまったように静かだった。

本当は道路を乗用車がまばらに通っているはずだし、24時間営業の小売店から光が漏れているはずだ。

 

それでも、私の感覚――五感とは別の何かは、別の物を感じ取っていた。

 

言うなれば「死」の前兆。

 

全てが終わってしまう感覚。

 

もしもこの世界が数秒後になくなったとしても、誰もそれに気付きはしないだろう。

 

 

「させない……!! そんなこと……!!」

 

 

空の上のヒビはどんどん大きくなってく。

零れ落ちた破片が少しずつ小雨のように降り注ぐ。

 

誰も何も気づかない。

あるいは私にしか見えてないのかもしれなかった。

 

バクバクとなる心臓を抱えて必死に足を動かす。

行き先は私にとって一番特別だと感じる場所。

 

河川敷。

桃神さんと自称妖精が住んでいた場所。

 

 

 

 

「何か……何かあるはず……絶対に……!!」

 

河川敷で辺りを見渡す。

 

何もない。

何も――。

 

本当にそうか?

そう思ってるだけじゃないのか?

 

こうしている間も桃神さんは戦っているんだ。

私にだって何かできるはずだ。

 

「……絶対に、絶対に何かあるはず!! そうだ!! 川!! あの時は探せなかったけど川の中にやっぱり手がかりが……!!」

 

「いや、何やってんだよテメーーーー!!」

 

やたらガラの悪い声に振り返ればそこには見慣れた姿。

 

ちょっと不機嫌な柿原恵。

その横には困ったような苺谷彩。

 

 

「二人とも……!! 来てくれたの……!?」

 

「来てくれたの……!? じゃあないんだよ!! 非常識!! 意味不明!! 意思疎通ヘタクソかよ!! こんなの私達以外の人間は無視するぞ!!」

 

「め、恵……落ち着いて。それより蒼乃さん、あの空のヒビみたいなのはいったい……!! 恵と来る途中でヤバそうだねって言ってたんだけど……!!」

 

この二人にはヒビが見えているみたいだ。

それなら話が早い。

 

「あれがモンスターの親玉の親玉が来ている証拠。完全にひび割れてこの世界に来たらこの世界ごと滅ぶらしいの」

 

「はああ!? スケールがでかすぎだろ!? 順を追って説明してくれーーーー!!」

 

混乱する柿原さんと対照的に苺谷さんは澄んだ瞳で空を見ている。

桃色の光は世界と黒の境界面でバチバチと弾けている。

 

「あれが蒼乃さんの言うところの桃神さん……ですか?」

 

「……!! わかるの苺谷さん!!」

 

「何となく……本当に何となくだけどそんな気がしたんです」

 

苺谷さんは日曜朝の女児向けアニメを見ているから……なんて一言で済ませてはいけないだろう。

きっと桃神さんとの日常を大切に想ってくれたから。

 

だからこうして、記憶を越えて桃神さんの存在を覚えてくれているんだ。

 

 

「ちょっと君ら!! それじゃあ私の立場がないだろぉぉぉぉ!?」

 

……柿原さんも今すぐ思い出せないだけだろう、たぶん。

 

 

「それでどうするんですか? 蒼乃さん」

 

「私達はこの河川敷によく集まっていたわ。何か手がかりがあるとしたらここしかない……。どうにかして桃神さんのところに行く方法を探しましょう」

 

「探して、どうするんですか?」

 

「……」

 

苺谷さんの瞳は相変わらず澄んでいる。

……そういえば絵を描くのが好きなんだっけ。

何かをしているだけでエラいのに幼稚園のころ人の絵をビリビリに引き裂いた人間には(まぶ)しすぎるくらいの存在だ。

 

果たして、この子は何を想って絵を描いていたのか。

世界をどうとらえていたのか。

 

言葉にできなくたって、そうした感覚は少しずつ研ぎ澄まされていく。

 

 

だから先の質問は、直感的に「大切なこと」だとわかって聞いてるんだ。

 

 

私の答えは決まっている。

 

 

桃神さんに――。「おい!! 蒼乃!!」

 

 

……。

 

 

テイク2。

 

 

桃神さんに――。「蒼乃ってば聞いてんのかよーーーー!!」

 

 

「だああああ!! 私は今、考えをまとめてたの!!」

 

「たの!! じゃあないんだよ!! あれだよあれ!! 何か落ちてきてないか!?」

 

しょうがないので天を仰ぐ。

ひび割れた空から何かがドロドロと漏れ落ちている。

 

遠く離れているのだ。

実際にそれが見えるはずがない。

 

だから、私も柿原さんも目とは別の感覚でそれを察知したということで――。「バッカ!! ぼーっとしてんな!!」

 

柿原さんのタックルで私はその場を離れることになった。

びっくりはしたが、結果的には感謝しないといけない。

 

私がいた、まさにその位置に黒い塊が落ちてきたのだ。

 

「な、何ですか!? これ!?」

 

苺谷さんが叫んでいる間も、黒い塊は形を成していく。

 

「ひ……!!」

 

思わず、声が出た。

その姿はとてもじゃないが例えようがない。

 

中心から細長く枝分かれした形状は全身が刃か爪を思わせる。

どこが顔なのか、腕なのか全くわからない構造体。

 

全身が殺意の塊みたいな。

 

 

「うおおおおぉぉぉぉ!! 逃げるぞーーーー!!」

 

柿原さんの一言を号令に走る。

 

クソ……!!

桃神さんを助けるには時間がないのに……!!

こんなところで足踏みを踏むなんて……!!

 

「きゃっ!!」

 

「苺谷さん!!」「彩ーーーー!!」

 

 

苺谷さんが転ぶ音。

更に後ろからは無機質な移動音。

 

まだ間に合う。

 

私は弾かれたように反転し突っ込む。

恐怖で青ざめる少女(苺谷さん)に覆いかぶさるようにしてそのまま抱え――。

 

 

重っ。

 

 

「わ……!!」「きゃ……!!」

 

声になってない二人分の声。

追ってきた黒い塊が鋭いモノを振り上げた。

 

静止したその瞬間に、こてんと何かが怪物に当たる。

怪物が明後日の方向に向いた。

 

 

「お、おおおお、お前ら……!! わ、わわわわ……!! 私が……」

 

 

「柿原さん!!」「恵!!」

 

一人で逃げてもよかったのに。

柿原さんは怪物に向かって投石をしたのだ。

 

「柿原さん!! 何やってんの!!」

 

「うるせーーーー!! お前だってオトリになろうとしたことあっただろーーーー!! 何となくそんな気がするんだよーーーー!!」

 

覚えていた。

いつかの戦いで私がオトリになると言い出したことを。

 

望みとあらばといわんばかりに全身凶器の怪物が柿原さんへと向かう。

 

苺谷さんが傍らで懇願(こんがん)する。

 

「誰か……!! 誰か恵を助けて……!!」

 

まるで、時間が止まったようだ。

空からは相変わらずポロポロと黒いモノが落ちてきている。

 

街全体がコレに襲われているんだ。

 

これで終わりなのか?

 

桃神さんとまた会うこともないまま――。

 

 

私はポケットに手を突っ込んでいた。

 

 

紙が質感が手に伝わる。

 

 

そうだ、あの時ポケットに入れてたんだ。

 

魔法少女の絵を――。

 

 

あの子が描いてくれた絵を。

 

 

何であの時、引き裂いてしまったのか?

 

 

思い出した。

 

 

私はその時、どうしようもなく自分がちっぽけに思えて。

 

消えてしまいたいくらいイヤになって。

 

それでやってしまったんだ。

 

 

「自分はそんなすごい存在じゃないよ」って。

 

 

私は魔法少女が嫌いじゃなかったんだ。

 

私が嫌いなのは私自身だったんだ。

 

 

そして、傷つけた。

絵を描いてくれたその子の気持ちを全く考えず。

 

 

「伝えなくちゃ……」

 

私の体から光が放たれる。

それは、この世界に存在しないものだけを消す浄化の光。

 

黒い敵を飲み込み、粉々に分解していく。

 

「な、なにこの光……!?」「蒼乃!? むっちゃ光ってるぞお前!?」

 

蒼色の大爆発はどこまで広がり、この街を包み込んでいく。

これはきっと誕生の光。

本来、存在しないはずのものがこの世に顕現したその瞬間、私の姿も変わっていた。

 

蒼いドレス。

蒼い手袋。

蒼いブーツ。

蒼いリボン。

 

「体を吹き抜ける(アオ)衝動(ショウドウ)……!!」

 

そして、蒼い髪に蒼い瞳。

 

「魔法少女……蒼乃実里!!」

 

私は魔法少女になっていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒼風疾走

 

「体を吹き抜ける(アオ)衝動(ショウドウ)……蒼乃実里……?」

 

うわ言のように繰り返す柿原さんの無事を確認し、私は今一度自分の姿を確認する。

フリフリのドレスは見かけほど動きにくくはない。

軽く念じれば足は地面から離れていた。

 

「わわ!! 飛んでますよ!! すごい!! 飛べるタイプの魔法少女だ!! 体を吹き抜ける(アオ)衝動(ショウドウ)蒼乃実里……かっこいいです!!」

 

さっきまでの震えはどこへやら。

苺谷さんが目を輝かせて私を見ている。

 

……さすがに照れるからあんまり騒がないでほしいんだけど。

とりあえず柿原さんの前に着地。

ケガとかはしてないようだ。

 

「というかさっきの爆発はなんなんだよ敵を瞬殺していったけど!? どうやったんだ体を吹き抜ける(アオ)衝動(ショウドウ)蒼乃実里!?」

 

「あー、あれは魔法少女が初めて変身した時だけ使える技っていうか……」

 

「ドレス!! 本物の魔法少女のドレスです!! というか蒼乃さんが魔法少女だったなんて!! 触ってもいいですか!? 体を吹き抜ける(アオ)衝動(ショウドウ)蒼乃実里さん!!」

 

「ちょい待って。いま緊急事態なの思い出して。とりあえずさっき空から落ちてきた敵は爆発で一掃したけど……」

 

「いや、あんだけ落ちてきてたら被害とか出てるんじゃないか……? どうなんだよ体を吹き抜ける(アオ)衝動(ショウドウ)蒼乃実里?」

 

「部分的に時間を巻き戻せた感覚もあるし大丈夫よ。あと言いたいことがあるんだけど」

 

「手袋!! スベスベです!! ほおずりしてもいいですか体を吹き抜ける(アオ)衝動(ショウドウ)蒼乃実里さん!!」

 

「……その、あなた達」

 

 

「何だよ、体を吹き抜ける(アオ)衝動(ショウドウ)蒼乃実里」

「何でも言ってくださいね体を吹き抜ける(アオ)衝動(ショウドウ)蒼乃実里さん!!」

 

 

「その呼び方やめろ~~~~!!」

 

二人にはチョップをお見舞いした。

 

 

 

 

「いたた……だってあんなスラスラ名乗り上げたらツッコミたくもなるだろ……」

 

「だから!! それはみんなで考えたんだってば!! 追加戦士になれるようにって!!」

 

「私達が……」と何だか感慨深そうにしている苺谷さん。

……そんなことより、二人には伝えないといけないことがある。

 

「ありがとう、二人とも」

 

「ど、どうしたんだよ急に……助けられたのはこっちだぞ?」

 

「自分達も魔法少女になれないかって言い出したのは柿原さんよ。私に魔法少女の名乗りの大切さを教えてくれたのは苺谷さん。だから……ありがとう」

 

全然論理的じゃないかもしれない。

でも、そう思いたくなった。

 

あの時、四人で過ごした時間は決して無駄じゃなかったって。

そのおかげで私は魔法少女になれたんだって。

 

頬をかく柿原さん、はにかんでいる苺谷さん。

今ここにいる二人のおかげで。

 

でも、まだこれからだ。

 

私の、いや、私達の目的はこれからだ。

 

「空は……まだひび割れてるな。ってか酷くなってんぞ……!! いよいよどうにかしないと……!!」

 

「蒼乃さん、何か手はあるんですか……?」

 

「……やってみる」

 

ふうっと一息入れる。

『宇宙を移動したり、作ったりする存在』

魔法少女について自称妖精はそう言っていた。

そんなことができるんなら、当然異空間へ移動することだってできるはずだ。

……あの自称妖精が言っていたことを真に受けるようで(しゃく)だけど。

 

でも、切り開くのは私だ。

 

「はああああ!!」

 

空間に手を掛ける。

そのまま引き裂くように下へ――。

 

蒼色の光が虚空に弾ける。

 

「うおおお!? すげえ音!? 黒板キィーってやるみてえ!!」

 

「恵……!! 今いいところだから静かに……耳やば!!」

 

空間に入った線をこじ開けるようにのぞく。

先に広がるのは真っ白な空間だった。

「どんな感じだ?」と聞く柿原さんに返事をする。

 

「飛べないと無理かな……? 柿原さんと苺谷さんも抱えていけば何とか……」

 

「私達はここに残ります」

 

きっぱりと言い切ったのは苺谷さんだ。

その瞳には強い決意が溢れている。

 

「一般人が魔法少女の足を引っ張るわけにはいきません。……助けにいくんですよね? 桃神さんって子を」

 

「苺谷さん……」

 

「まー、そいつのことはまだ思い出せないけど……四人そろったら麻雀でも打つか。三人打ちでも一人休みでいいしな」

 

「柿原さん……」

 

……どうやら私は本当に友達に恵まれたみたいだ。

私の知らない世界から、私の世界を彩ってくれる友達たちに。

 

そんな二人に私は精いっぱいの所信表明をするのだった。

 

「絶対に桃神さんと一緒に帰ってくるから……。恵、彩、待っててね」

 

私は空間の裂け目へと入っていった。

 

 

 

 

 

「行っちまったな……なあ彩、私達がここに来た意味ってあったのか……?」

 

「ありましたよ。友達を一番近くで応援できます」

 

「はは、ちげえねえや。……桃神ってやつどんなやつなのかな。蒼乃の友達だろ? 何かやばそうだな……」

 

「きっと良い子ですよ。……魔法少女なんだったら、きっと」

 

「桃神ってやつどんな打ち筋なんだろな。天和連発したりして」

 

「ふふ、恵ってば麻雀のことばっかり」

 

「人間って怖くなると逆に落ち着くもんだなあ。……なあ彩、手、握っていいか?」

 

「もう握ってるじゃないですか」

 

「私達にできること、やるか」

 

「ええ。最後まで信じて応援しましょう。……魔法少女は想いの力で戦うものだもんね」

 

 

 

 

真っ白な空間の中に蒼い風が吹く。

感覚はつかんだ。

上へ上へ。

何かある。

そう感じる方へ。

 

やがて私は桃色の光に包まれた。

ここが世界と世界の境界面?

視界――正確にはそう感じているもの――が桃一色だ。

 

「……」

 

――やっとわかった?

 

――これが今の桃神司(・・・)

 

――概念であり単一波長の可視光線。それが――

 

 

「違う……よね」

 

だってこの光は暖かいから。

桃神さんが転校してきてから今日までの日々(ひび)

 

自分が信じなくて誰が信じるのだ。

 

決戦の時、別れ際に桃神さんは優しく背中をさすってくれた。

いったいどうやって?

 

決まっている、アホ毛だ。

 

いつだって桃神さんはそのアホ毛で感情を表してくれていたんだ。

もちろん、困ることもあったけど――だからこそそれは、私が望んでいるだけ(・・)のものじゃない。

 

私達が認識に依る存在で、感情に振り回される存在で、何かを強く想っている存在だというなら――。

 

アホ毛こそが、桃神さんの本体だったんだ。

 

だから、ここは――。

 

「桃神さんの……アホ毛の中……」

 

辿(たど)っていく。

一面の桃色から手繰(たぐ)り寄せるように。

 

やがて私は一人の少女の姿を見た。

 

少女はうずくまっていた。

 

麻雀のカード、アニメのグッズ、そして落書き帳を抱え込むように。

 

 

私は一歩ずつ近づいていく。

あの時、彼女がそうしてくれたように。

 

 

「ねえ、覚えている? 昔、幼稚園で一人の子供が泣いていたこと」

 

……。

 

「私は確か先生に怒られて、それですねて泣いちゃったの。……自分が悪いのにね」

 

……。

 

「そんな私に手を差し伸べてくれた優しい子がいた。女の子は私に、魔法少女の絵を描いてくたんだけど……」

 

……。

 

「私はその絵をビリビリに引き裂いちゃった。自分はそんなにかわいくて、強い存在じゃないよって」

 

……。

 

「私は……あなたに伝えたい」

 

 

私は涙を流していた。

 

 

「本当に……本当にごめんなさい!! あなたの優しさを踏みにじって!! ビリビリに引き裂いて!! 本当に……ごめん!!」

 

あの時、私に魔法少女の絵を渡してくれた少女は桃神司だった。

本人ですらもともといた時空を忘れていたと言っていたが、私達がいるこの世界だったんだ。

 

お互いに忘れてしまっていただけで。

 

だから桃神司はやっぱり生きた人間であるはずで――。

 

 

――お願いだから、帰って。

 

 

「桃神さん……」

 

やっぱり都合の良いことを言いすぎなんだろうか。

私が来たからといって今の状況がどうにかなるわけじゃない。

あの時のことだっていまさら許してもらおうだなんて虫が良すぎる。

 

桃色の境界面は、今も絶えず揺らぎ続けている。

 

 

――ここは、人間のいるところじゃないから。

 

「あなただってそうだよ……。それにほら、私だって魔法少女になれたんだよ。あなたのおかげで……。モンスターの親玉の親玉だっていっしょに……」

 

――もう、遅いの。全部。

 

「……!!」

 

 

桃色の境界面に穴が開く。

そこから黒いモノが入ってくる。

 

全身凶器みたいなそれらが桃色の世界で暴れ回る。

それは、言うなれば少女がむき出しの暴力に晒されているようで――。

 

――う、うう……。

 

「桃神さん!!」

 

少女は今も、大切に私達の『想い出』の品を抱え込んでいる。

……おそらく私達の想いの力で今まで敵を抑え込んでいたけど、もう持たなくなってきてるんだ。

そして、この空間が崩壊したら恐らく桃神さんは――。

 

「させない……絶対にそんなことさせない!!」

 

桃色の空間を飛翔する。

全身凶器みたいな敵は私へとその鋭いモノを向けた。

 

私はそれに、応戦する。

大切な()のために戦うのが魔法少女だから。

 

そうだよね、桃神さん。

 

「爪!!」

 

私の手から伸びた数本の蒼い線。

なぎ払えば黒い敵は上下ばらばらに散っていく。

 

やっぱりだ。

魔法少女の武器は便宜(べんぎ)上のものにすぎない。

強く想えば何だって武器になる。

指の先、皮膚の一部だって――。

 

黒い敵を私はぐちゃぐちゃに引き裂いていく。

 

うずくまる少女は体を震わしていた。

 

ごめんね。

怖いよね。

 

全てを斬り裂く蒼き爪は私そのものだ。

こうやって何かを傷つけるのが、私という人間の本質なのかもしれない。

 

それでも――。

 

「あなたを救いたいって気持ちにウソはない!!」

 

どうすれば伝わるかわからないから直接言う。

おこがましいかもしれない。

でも、ちょっとでも力になれるのなら私は何だってするだろう。

 

小さな頃からあなたにもらったもの、少しずつでも返していきたいと思ったから。

 

 

うずくまる少女の前に、敵が現れた。

私は周囲を取り囲む敵を一振りで切り伏せる蒼き嵐となって急降下。

 

少女に迫る敵を一振りでかき消していく。

 

「桃神さ――」

 

――違うの。

 

「え」

 

――怖いのは……私。

 

少女の体がぐねぐねと膨らみだす。

やがてそれは私を包み込んでいく。

 

触れていく。

それは過去の断片。

 

少女が何を考えていたのか。

その記憶だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

桃神司

 

仲良しだった子とケンカした。

正確には()が一方的に好き勝手なことをして困らせてしまった。

 

魔法少女の絵を渡して、破られてしまった。

 

自分が好きなものを相手も好きだなんて限らないのに。

私は一方的に自分の『好き』を押し付けて相手をイヤな気持ちにさせてしまったんだ。

 

あの後、私は外に出て一人で泣いていた。

そのうち誰だか知らない人に声をかけられた。

 

蝶みたいな羽根を生やした人だった。

「妖精みたい」直感的にそう思った。

 

「どうしたの?」そう聞いたから私は友達とケンカしたことを話した。

妖精みたいな人はふんふんと頷いている。

もしかしたら新しい先生なのかもしれない。

 

「魔法少女の絵……なかなか見どころのある子ね。あなたは魔法少女って何だと思う?」

 

魔法少女。

詳しくは知らないけどとても優しくて、みんなを守ってくれて存在。

そう答えたら妖精みたいな人はとても満足してくれた。

 

「魔法少女を知らないけど魔法少女を信じる存在……。素晴らしいわ。知らないからこそ、そこに無限の憧憬(しょうけい)を抱くことができる」

 

……?

何を言ってるのかよくわからない。

けれど妖精みたいな人は優しい笑顔を見せてくれた。

 

「ねえ、何でさっきあなたはケンカしたと思う? それはね――」

 

私は答えに息を呑んだ。

 

「自分の気持ちを相手に見せたからよ。この世界はね、自分のやりたいことをみんなで押し付け合う空間なの。しょせん人間ごとき……おっと、人間は自分の目を通した世界しか見えないからね。だから自分の本心を見せることは、相手に手の内を晒すようなものなの。嗚呼、心優しき少女の想いは否定され、傷つくしかない……」

 

思わずうつむいた。

妖精みたいな人が言っていること、全部は私にはわからない。

でも、とても悲しいことを言っているのはわかった。

 

「でもね、どうにかする方法があるの。……聞きたくない? 聞きたそうね!! 答えは……相手が願うことだけをすればいいのよ!! そうすれば誰もあなたに文句を言わないわ」

 

なるほど……?

確かにそんな気もする。

けれど相手の願いを叶えるなんて、そんなことができるのは――。

 

「できるわよ。魔法少女になればね。あなた、この世界を……いえ、時空全体を救ってみる気はない? 少し大変かもしれないけど、他の人を助けるヒーローになるの。あなたのような純真な子にはその資格があるわ」

 

私は首を縦に振っていた。

思い出していたのは今日、友達とケンカしてしまったことだ。

 

私みたいな人間が他の人の役に立てるなら――。

そう思えば自然と体が動いていたのだ。

 

「そう!! 良い返事ね!! あなた、名前は?」

 

「つかさ……。みょうじは……もも――」

 

「あ、それはいいわ。あなたは桃神……桃神司よ。これからはそう名乗りなさい」

 

「ももがみつかさ……」

 

かっこいい名前だ。

なんだか怖い気もするけど……。

 

でも、こんなことでくじけてはいられない。

 

私は今から、みんなのために戦う魔法少女なのだから。

 

「さあ、さっそく行きましょうか。悪いやつらはこの向こうにいるわ!!」

 

目の前に白い扉のようなものが浮かび上がる。

知らない人に着いて行っちゃダメだけど……。

きっとすぐに帰って来れるよね?

お父さんもお母さんも、人のためになることをしなさいって言ってた。

きっと喜んでくれる。

 

「……」

 

「どうしたの? 早く行かないと扉しまっちゃうわよ?」

 

扉をくぐる前に、一度だけ振り返る。

ケンカをしたあの子は、見当たらなかった。

 

たった一言だけ声をかける。

それが私には途方もなく大変なことに感じられて――。

 

逃げ出してしまったんだ。

この世界から。

 

扉をくぐる。

私の桃神司としての戦いが始まった。

 

 

 

 

「桃神、残念なお知らせだけどあなたの力が落ちてきてるわ。次の時空では友達を作りなさい」

 

「え……!?」

 

あれから何年が経っていただろう。

その間も私はずっとモンスターと戦い続けていた。

モンスターの親玉を倒してひとつの世界を救えば、また次の世界へ。

 

もともとどこにいたのか、もう思い出せない。

 

「で、でもでも!! 私……そういうのちょっと苦手で……」

 

「天下の魔法少女様が何を言ってるのよ。あなたは桃神でしょ? 神の話は……ちょっと胡散臭いから桃の話でもしておきなさい」

 

「JISの色彩規格とか」と付け加える妖精さん。

私は困り果てた後で納得するのだった。

 

それがみんなのためになるのなら。

私ひとりが我慢して全てが上手くいくのなら。

 

くせ毛を撫でて気持ちを振るいおこした。

 

 

 

 

「私、桃神(ももがみ)(つかさ)!! みんなと同じ小学六年生!! これからよろしくねー!!」

 

自己紹介ってこんな感じでいいんだっけ?

しばらく人とお話してないからわかんないなあ……。

 

クラスの人たちは……かなり驚いている。

でも、大丈夫!!

私のことはいくら笑ってくれても構わないから!!

 

そんな私の想いとは裏腹にクラスは静寂に包まれている。

うーん、これはやっちゃったかな……。

 

そんな中、私に興味を持ってくれている子も見つかった。

 

蒼乃実里さん。

 

なんだか彼女を見ていると、とても懐かしい気持ちになる。

……ただ蒼乃さんが寂しい瞳をしているのが気になった。

 

私は桃神司。

仲良くしたいと思ってくれる子じゃないと、仲良くしてはダメなのだ。

でも私が話しかけるだけで寂しさが紛れるなら、それは素敵なことでしょう。

 

その日の帰りは蒼乃さんといっしょに帰った。

話している間、ちょっとだけ笑顔を見せてくれて、こっちまで嬉しくなってしまう。

……私が寂しかったわけじゃないからね!!

 

 

別れてから妖精さんに残酷な真実を告げられた。

蒼乃さんの体は既にモンスターに憑りつかれていて、彼女がこの時空にモンスターを呼び寄せているって。

 

心が締め付けられる想いだった。

 

……蒼乃さんを助けるには協力者としてずっと(そば)にいてもらった方がいいかもしれない。

でも、それで蒼乃さんがどう思うかはわからないから、ちゃんと気持ちを確認しようと思う。

 

昔、あの子をイヤな想いにさせたのはそのせいなんだから。

 

 

 

 

「私は魔法少女の絵をビリビリに引き裂いた女なんだよ!!」

 

風がひんやりと私の体を打つ。

ああ、そうだったんだ。

だから懐かしいって思ったんだ。

 

蒼乃さんは、小さな頃に私が仲の良かったミノリちゃんだったんだ。

 

どうして、今までわからなかったんだろう。

きっと私が、つらい思い出を奥底に封じ込めていたから。

 

私はそのことを黙っていることにした。

 

……蒼乃さんが今までずっと苦しんできたのなら軽々しく触れるべきじゃない。

 

そう自分を納得させる。

本当は怖いだけだ。

 

このことを明かしたら、もう蒼乃さんと仲良くできないんじゃないかって。

 

 

 

あとモンスターを倒す時、図らずも匂いをかがれてしまった。

ちょっと恥ずかしい。

 

 

 

 

「それって桃神さんが元の時空に帰れなくなっちゃうってこと……?」

 

私が究極変身をするとこの世界から魔法()が消える。

そのことを蒼乃さんに伝えた時の返事だ。

 

……うん、わからないよね。

そういう風に伝えたし。

 

妖精さんから伝えられていたことだ。

私の体は魔法そのものに近くなっているんだって。

体という(かせ)がなくなれば、この宇宙全部を守れるよって。

 

この宇宙に存在する魔法力全部を集めて、私そのものにする――。

それこそが『究極変身』。

 

もちろん私は、人間じゃなくなっちゃう。

このことは結局伝えれなかった。

言っても変に気をつかわせちゃうかもしれない。

蒼乃さんだったら妖精さんにすごい文句を言ってくれると思う。

 

でも、もういいんだ。

 

私がガマンしたら、それで全部済む話だから。

 

「あらためてありがとう。蒼乃さん。何だか心が軽くなったかも!! 私、ちゃんとお別れが言えそうな気がするよ!!」

 

最後の一言だけは、ちゃんと言おう。

そう心に決めた。

 

 

 

 

最後の戦い。

蒼乃さんの体から黒いモノが吹き出していた。

 

きっとこれは蒼乃さんの心の叫びだった。

今までつらいのをずっと我慢してきたから。

 

ごめんね。

私が逃げ出したからなのに。

 

気付いててずっと言い出せなかったからなのに。

 

私の心が弱かったから蒼乃さんが苦しむことになったんだ。

 

だから、何とかしないといけない。

私なんかいなくなって、蒼乃さんが笑って過ごせるように。

 

黒いモノをかき消しながら、私は心に決めていた言葉を言った。

 

 

「さようなら、蒼乃さん」

 

 

さようなら、実里ちゃん。

私がいなくなっても、どうか元気で――。

 

私の前から全てが消えていく。

みんなで過ごして楽しかった日々も、目の前の景色も。

これから歩むかもしれなかった未来だって――。

 

 

 

 

 

……。

 

…………。

 

……………………。

 

 

 

 

 

おかしいなあ。

蒼乃さん達も無事で、この世界の平和も守られて。

これで全部上手くいったはずなのに。

 

みんなが幸せな結末なはずなのに。

 

 

 

どうして私は泣いてるんだろう。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

未来想像

 

「今のは……!!」

 

()が蒼乃実里であることを確認する。

一瞬だけど記憶が流れ込んできた。

 

あれは桃神さん――いや、うずくまる少女の記憶だ。

桃神という名前は妖精から与えられたものだった。

この子の本当の名前じゃない。

 

でも、本当に重要なのは――。

 

「やっぱり……つらかったんじゃないの」

 

うずくまる少女は何も答えない。

どんなに笑顔を振りまいていても、最後に見せたあの涙。

 

あれこそが本心だったのだろう。

 

自分へのふがいなさと、目の前の少女への感情で胸がいっぱいになる。

 

私は一歩を踏み出す。

彼女を傷つけた自分がこんなことをしていいのか?

 

逆だ。

 

きっとこれは私がやらないといけない。

 

 

「二人でここを出よう!! 大丈夫!! 恵と彩だって待ってる!!」

 

「無理……だよ……」

 

「え」

 

うずくまる少女が顔を上げる。

涙を流していた。

 

あるいは少女はずっと泣いていたのかもしれなかった。

 

 

「私はずっとウソをついてたんだよ!! 名前すら本物じゃない……!! 私はみんなを騙してたんだよ!!」

 

「騙しただなんてそんな!! あなたはみんなのために……!!」

 

「違う!! 私は自分が傷つきたくなかっただけ!! 本当の自分を見せて……否定されるのが怖かっただけなの……」

 

「そういう気持ち、きっと誰にでもあるよ……!! 私だって誰かと話すの、怖かった。自分の想いを見せるのが怖かった……。でも!! あなたのおかげでちょっとずつでも前に進めていけた……だからあなたも!!」

 

「……。もう遅いの」

 

 

桃色の結界に亀裂が入り出す。

外の世界ではきっと空のヒビが拡大し続けているのだろう。

 

 

「モンスターの親玉の親玉がくる……。私には敵わない。『魔法少女桃神司』はもう……どこにもいないの!!」

 

亀裂が破ける。

黒いモノが辺りを包み込んでいく。

 

どこまでも遠くに広がる黒。

これは――。

 

「宇宙……!?」

 

モンスターがどういった形状を取るかは決まっていなかった。

だったら、親玉になるような一番大きなモンスターはこの世界の果てまで広がっている。

 

モンスターが宇宙を滅ぼした後どうなるのか?

その疑問は今、解消された。

 

宇宙型モンスター。

 

巨大なひとつの怪物と化し、別の宇宙へと進出してくる――。

 

「あんなものが来たら私達の街は……!!」

 

「この宇宙ごとぺしゃんこだよ……全部、本当に全部、もうおしまいなの……」

 

宇宙船に穴が開いたみたいに黒い風が吹き荒れる。

私は少女の手を取ろうとしたけど、(つか)みそこねて吹っ飛ばされた。

 

少女は力なく笑っていた。

自分が楽しいからでも、人を安心させるためでもない。

 

全てを諦めた笑顔だった。

 

 

私は力いっぱい叫んだ。

少女に届くと信じて。

 

「まだ終わりじゃないよ!! 最後まで諦めないのが魔法少女なんじゃないの!?」

 

――私はもう魔法少女じゃ……何にもできないよ。

 

「あなたは……あなたはどうしたいの!!」

 

――私……?

 

いつか少女が自分に聞いてくれたこと。

その時は自分の気持ちと向き合うきっかけになってくれたけど。

でも、私も一言聞き返すべきだったんだ。

「桃神さんはどうしたいのか」って。

 

 

――私には……何もないよ。自分が何が好きで、どんな性格だったか……もうわからないの。

 

「今、みんなとの思い出を大切にしてる……それが答えなんじゃないの!? もっとたくさん、作ろうよ!! 怖いかもしれないけど……でも!! 私が隣にいる!! あなたの辛いこと、悲しいこと、それに楽しいこと……半分ずつでいいから背負いたい!!」

 

 

――……。私がどうしたいかなんてもう意味がないの。『魔法少女桃神司』にもう力はない。だから――。

 

 

「違う!! それはあなたの本当の名前じゃない!! 本当の自分を出すのを恐れないで!! きっと私が受け止めるから!!」

 

『桃神』は妖精が与えた名。

それ自体が認識として作用する鍵。

少女を魔法少女にするための。

 

言ってみれば、『桃神司』は魔法少女の変身した時の名前だったんだ。

 

だったらそんな名前捨てさってしまえば。

本当の自分の名前で、本当の変身をすれば――。

 

――無理だよ。もう思い出せないの……。自分の名前が何だったのか。

 

『思い出せないのはもうないのと同じ』少女はそう言いたそうだった。

自分の記憶を必死に漁る。

やがてそれはひとつの潮流となり私に考えてもなかった一言をもたらした。

 

「川だよ!!」

 

――え?

 

「私、あなたを探そうとした時に川が気になって……!! どうしてだろうと思ったら、そういうことだったんだよ!!」

 

 

黒い風が一層激しくなる。

全てを押しつぶすように空間を捻じ曲げていく。

 

 

「司ちゃん!! あなたの本当の名前は――!!」

 

 

黒い風が私の体――今はドレス――を刻んでいく。

裂けた喉から光が漏れて、声が出ない。

 

黒い巨大なものが、隕石のように少女を押しつぶさんとかかる。

全てが終わるその瞬間、少女は立ちあがり――。

 

それを片手で受け止めた。

 

 

「ありがとう……覚えていてくれたんだね」

 

遠くからでも何となくわかった。

今、司ちゃんは涙を流しているって。

 

それは悲しみの涙じゃない。

本当に嬉しい時の涙だ。

 

桃色の嵐が空間に吹き荒れる。

 

 

「私……もう逃げないよ。それがあなたの教えてくれたことだから。だから……」

 

少女が、叫んだ。

 

「変身!!」

 

輪郭に過ぎなかった少女の体が浮き上がっていく。

可愛らしいドレスに身を包み、大きなリボンを胸に付け。

くせ毛を優しくはためかせながら。

 

 

「桃色の想いは……私達の未来のために!!」

 

 

「魔法少女……桃川(ももかわ)(つかさ)!!」

 

桃川司。

それが司ちゃんの本当の名前。

私の小さなころ、仲良しだったの子の名前。

 

 

「たああああぁぁぁぁ!!」

 

司ちゃんが残った片手を振り上げる。

結果、宇宙型モンスターを両手で受け止める形になった。

 

そのままトスのような動作で上へと押し戻す。

だが、敵もそれで大人しく引き下がってくれない。

 

再び巻き起こった黒い風が、司ちゃんを襲った。

 

「司ちゃん!!」

 

私は足元に小型の竜巻を作り上昇気流を生成。

因果が逆な気がするがこの際気にしない。

吹き飛ばされる司ちゃんをしっかりと両手で受け止める。

 

「実里ちゃん……!! ノド、大丈夫なの!?」

 

私が直接みえなくても司ちゃんの表情がわかったように、司ちゃんも私の様子を感じ取ることができるのだろう。

……でも、こんな時に私の心配をするなんて。

 

これはちょっと一言いわないと。

 

「私は大丈夫。司ちゃんは? 痛いところない?」

 

「うん……私も大丈夫。えへへ、ありがとう」

 

「私は……お礼を言われるようなことなんて……むしろ謝らないと……」

 

「いやいや!! 謝るのは私の方で……!! だから私がごめんなさいで……!! あれ?」

 

本当にこんな時だというのに笑みがこぼれた。

司ちゃんもはにかんだような笑顔を見せていた。

 

けれどゆっくりはしていられない。

漆黒の宇宙は、再び下降を始めているのだから。

 

体を捻り上を向く。

そのまま蒼い爪を伸ばしていった。

 

驚く司ちゃんには申し訳ない。

この爪は私の『攻撃性』そのものだ。

見るのもイヤだろうけど、でも私は司ちゃんを守るって決めたから。

 

伸びきった蒼い爪に、桃色の毛が巻き付いていく。

 

「司ちゃん……?」

 

「私も。実里ちゃんと一緒に未来を見たいと思ったから……。だから半分背負わせて、なんて」

 

ちょっと前のやり取りの意趣返し。

笑顔で答えると、少しはにかんだような笑顔が返ってきた。

 

 

「いくよ……司ちゃん!!」「うん!! 実里ちゃん!!」

 

 

再び宇宙が落ちてくる。

 

でも、怖くない。

もう私達は一人じゃない。

 

爪に巻き付いたアホ毛が蒼と桃の光を放つ。

これが私達にとっての魔法の杖

 

何だって成せる想いの力そのものだ。

 

これまで感じてきたこと。

今、隣にあなたがいてくれる喜び。

そして、まだ見ぬ未来へと想いを馳せて。

 

空いていた手と手が触れ合う。

自分のものではないそれを握りしめれば、強い感触が返ってくる。

 

 

浄化技の名前?

決まっている。

 

少し恥ずかしがっているけど、司ちゃんにも伝わっているみたいだ。

 

(つかさ)ちゃんと(みのり)

二人が放つ技なんだから、名前は――。

 

 

「せえ……!!」「の!!」

 

 

「「つかみのビーーーーーーーーム!!」」

 

 

杖から蒼と桃の竜巻が発射される。

極限までの想いの力は途方もない遠心力を産み、宇宙型の怪物を突き抜けてそのまま中へ。

そして、かつてない揺らぎを生み出す。

 

目には目を。

宇宙には宇宙を。

 

桃色と蒼色の二重大爆発(ダブル・ビッグバン)

巨大な敵を内部からズタズタに浄化していく。

 

黒い空から光が漏れ出す。

やがて黒い敵を突き破って、私達すらも包み込んでいった。

 

 

――やった。

 

 

そう思う暇もなかった。

私達の体は想いの力による暴風に巻き込まれていた。

うん、正直こうなのは予想してなかった。

 

「司ちゃん!!」

 

司ちゃんは既に反転し、みんなとの想い出の品を拾い上げていた。

うん、そうすると思っていた。

司ちゃんはみんなとの想い出を、何よりも大切にできる子だから。

 

だから、私が司ちゃんを受け止めた。

 

暖かい匂いがする。

やっぱり司ちゃんは暖かい子だ。

 

二人の体が飛ばされていく。

司ちゃんのくせ毛がちょっとずつ散っていく。

これで終わりだなんて思いたくない。

 

きっと元の世界へ。

それだけを願った。

 

 

 

衝撃。

 

足場があるのがわかった。

この何もない空間で一体……?

 

 

「私よ私、わたしわたし」

 

「自称妖精……!?」「妖精さん!?」

 

私達は巨大な御猪口(おちょこ)(お酒とかを注ぐアレ)に乗っていた。

(デザインについてのツッコミはそんな場合じゃないので割愛)

目の間には銀髪ピチピチスーツのナイスバディが満足げな笑みを浮かべているのだった。

 

「いやあ~こういう世界を救ったヒーローを助けるポジション一度やってみたかったのよね~。なに怖い顔してるの蒼乃さん? 確かにちょっとあなたにあることないこと言って試練を与えたけど私の想像を超えてくれた的な? 少女の無垢なる想いサイコー!! 的な? まあとにかく結果オーライってことで!! いいわよねゴフッ」

 

私の拳が自称妖精の顔面を捉えた。

 

「ちょ、ちょっと実里ちゃん……!!」

 

「やっぱり。想いの力で戦う魔法少女なら妖精を殴ることができるのね」

 

そのままタックルを決めれば確かな手応えがある。

この期に及んで「魔法少女が暴力を振るうっていうの……!?」なんて言い出している。

想いの力は暴力には含まれないのだ。

魔法少女の常識である。

 

「ほら、司ちゃんも。この妖精にいろいろ文句あるんじゃないの?」

 

「わ、私はそのう……文句は……ない、うん、ないかなあ……?」

 

「本当に?」

 

「……」ぽこっぽこっ

 

かわいい音とともに自称妖精が小突かれる。

自称妖精は私達に殴られながらも、心なしか楽しそうに見えた。

 

「いや、楽しくないけど……」

 

「楽しんで。これまでのことを反省してるのなら」

 

「はい……」

 

 

光が見える。

 

司ちゃんの手にはしっかりと想い出の品が握られている。

余った手の先には私の手。

 

それはきっと未来へと続いていく道だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少女たち

 

私と司ちゃんが元の世界に戻ると、恵と彩が泣いて喜んでくれた。

どうやらずっと待っていてくれたらしい。

外は陽が上って来たのか薄明りに包まれている。

 

空のヒビは痕跡を探すのさえ難しい。

まるでそんなものは最初からなかったと言わんばかりに。

 

まずは司ちゃんがどうすればいいかという話になった。

私含む三人はそれぞれ家に帰ればいいけど司ちゃんは――なんてみんなでうんうん唸っていたら、司ちゃんが意外なことを言い出した。

 

「自分の家がどこにあるか、思い出せたかも」と。

 

四人で行ってみれば、家の前には『桃川』の表札。

呼び鈴で出てきた司ちゃんの母親は泣き崩れるように司ちゃんに抱き付いた。

今までずっと探していたのに気付くことができなかったのは、自称妖精がした悪さのひとつだったのだろう。

 

当事者である私達はことの顛末(てんまつ)とかをいろんなところで説明することになったのだけど……愉快な話ではないので省略。

 

世界を守った戦いは、私達四人だけの秘密となった。

 

あれ以来、私と司ちゃんは変身することがそもそもできなくなったし、モンスターも少なくとも私達の気付く範囲(・・・・・・・・)では現れることはなかった。

妖精も私達が元の世界に戻った時を最後に姿を現わさなくなった。

 

でも、あの日々が夢でも幻でもないことは確かだ。

隣にいる司ちゃんと手を繋ぐ度にそれを実感するのだ。

 

あわただしい日常の中で月日は流れていく。

 

某月某日。

 

某県某市にも春が訪れた。

 

 

 

 

「おはよー!! 実里ちゃん!!」「おはよう、司ちゃん」

 

朝一番から元気な声。

学校に復帰した司ちゃんとはこうして毎朝いっしょに登校している。

 

「……」

 

「どうしたの? 実里ちゃん?」

 

「いや、セーラー服やっぱり似合ってるなって」

 

「ふふ、ありがと!! 実里ちゃんもだよ!!」

 

そう言って私の手を取る。

毎朝こんな感じである。

 

司ちゃんが幸せそうならそれが何よりだ。

だから、普段クールな私がふにゃけた笑顔になってしまうのも無理もない話なわけで…。

 

「なーにベタベタしてんだお前ら」

 

……。

 

恵がすごいジト目で割り込んできた。

横で彩が「おはようございます」とペコリと頭を下げている。

 

私達四人は今、同じクラスだ。

こうしていっしょに登校している。

 

「あーはいはい。邪魔して悪うございましたねえ!! いいもん!! 私は彩とイチャイチャするし!!」

 

「ちょ、ちょっと恵!! 公道で抱き付かないで!! 恥ずかしい!! 実里と司も見てないで止めて!!」

 

べちーんと引き剥がされる恵を見て私と司ちゃんから笑みが漏れる。

何のことはないやり取り。

でも、私達はこれがどんなに尊いことか知っている。

 

ちなみに恵と彩も私達のことを「実里」「司」と呼ぶようになった。

「ミノリン」でも別によかったのだが「お前もうそんなキャラじゃないだろ!!」とのこと。

なぜだ。

 

 

そうしていつものように通学路を歩いていると、彩が真剣な顔つきになった。

彩はけっこう根が真面目であるらしく、司ちゃんのことを「妄想の友達」呼ばわりしたのをずっと謝っていた。

本人に直接言ったわけではないが、この気さくな麻雀好きの中ではずっと引っ掛かっているらしい。

 

だから、今回も重要な話であることは察せられた。

 

「結局、モンスターってやつはもう現れねえのかな。モンスターの親玉の親玉ってやつは倒したんだろ? でも親玉の親玉の親玉とか出てきたらどうすんだ……?」

 

司ちゃんの顔がわずかに曇る。

きっとそれは責任感の大きさからだ。

 

今までずっと世界を守ってきたから、自分が何とかするべきじゃないかと思っているのだ。

……そんなことする義務、もうないのに。

 

私が何かを言おうと思ったら先に声が上がった。

彩だった。

 

「大丈夫ですよ。次に何か現れたら私と恵が魔法少女に変身して戦いますから!!」

 

「わ、私もお!?」

 

ワチャワチャしだす恵と彩。

でも決して冗談ではないだろう。

 

司ちゃんの肩に手を乗せる。

 

「良い友達を持ったよね、私達」

 

「うん……!!」

 

「コラッ!! そこイチャイチャするなって!!」

 

「まあいいんじゃいんですか? 司はこれまでずっと大変だったんですし」

 

よし、と私は声を上げた。

 

「司ちゃん。やりたいことある? これから四人でさちょっとずつでもやっていこうよ」

 

「やりたいこと? うーんと……」

 

 

 

「麻雀もやりたいしとカフェも行きたいし、温泉、山登り……。DIYにも興味あるし、吹奏楽なんかもいいよね!! ロケットを飛ばすのも楽しそうだし~あとはキャンプとライブと……」

 

「多いね!! いいことだけど!!」

 

「あ、あと!! これは私が頑張りたいことだけど……!!」

 

「何?」と私達が耳を傾ける。

注目を集める少女は少し照れくさそうに答えるのだった。

 

 

「絵を描いてみたいの。私が見えてるものを、みんなとも見てみたいって思うから!!」

 

「うん……!! 応援する……!!」

 

「実里ちゃんは?」

 

「え? 私? 私かあ……。うん、司ちゃんがやるなら私も挑戦しよっかな」

 

短めの黒髪。

そこからちょびっと伸びるくせ毛を揺らして、私の友達は笑顔を見せた。

 

 

 

あの時の戦いで持ち帰った想い出の品。

私達を代表して司ちゃんが大切に持っているそれらに、私がのものであった落書き帳もある。

 

やっと思い出せたこと。

私は司ちゃんの絵を破いてしまった後に、絵を描いていたのだ。

白いページに、桃色の色鉛筆を走らせて。

 

そうしていたら司ちゃんが帰ってきてくれるんじゃないかと思って。

見てもらえたら仲直りできるんじゃないかと思って。

司ちゃんが喜んでくれるんじゃないかと思って。

 

そこには桃色の魔法少女が描かれていた。

きっと、私が初めて誰かのために描いた絵だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。