フラガとか聞いてない (もう何も辛くない)
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プロローグ





SEEDの映画見て来たんですよ。めちゃくちゃ面白かったんですよ。
元々SEEDでこういうの書きたいなってネタがあったんでね、映画で燃え上がった熱と一緒に投稿始めたいと思います。

転生物って初めて手を出すんですけど、まあいつも通りに書いてくつもりです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転生──────肉体が生物学的な死を迎えた後に、違った形態や肉体を得て新しい生活を送る事。

 皆も知ってるウィキペディア先生はそう語っている。何か、世界に多くある宗教には転生とか認めませんよ!なんてものもあるらしいね。

 

 ん?何でいきなりそんな話するのかだって?

 

 …俺がその転生ってのをしたからだよ。

 

 異世界転生とか、普通に物語の中だけだと思ってたよ。トラックに轢かれたりナイフに刺されたりして死んだと思ったら赤ん坊になっていた!なんて、現実で起こるなんてあり得ると思う?

 俺はあり得ないって思ってたよ。つい数分前まではね。

 

 まあ俺の場合はトラックに轢かれてもナイフに刺されてもいない筈なんだけどね。

 普通に仕事から家に帰って、飯食って歯磨いて風呂入って、明日の仕事の準備も終わらせて、ベッドで寝た筈なんだよなー。

 何なら別に仕事もブラックな訳でもないし、生活も決して不摂生な訳じゃなかった。

 

 …と思うんだけどなー。何で死んじゃったかなー?分からん。

 

「…だぁ~」

 

 声を出してみる。うん、我ながらキュートなベイビーボイスだ。

 

 腕を持ち上げ、目の前に掌を持ってくる。うん、我ながらプリチーなベイビーハンドだ。

 

 あれこれと身動ぎして立ち上がろうとしてみるが、出来ない。生後から正確に経過した日にちは分からないが、恐らくそう時は経っていない筈だ。

 

 となると、どうしようか。

 余りにも自由がない。周囲はベビーベッドの柵に囲まれている。

 それ以前に、体を思うように動かせない以上どうしようもないのだが…。

 

 …いや、待てよ?確かにこれからどうするかも大事だが、まず俺がどんな世界に転生したのか把握するのが先じゃないか?

 在り来たりな異世界なのか、それとも現代日本か、もしかしたらSF世界に飛ばされた可能性だってある。

 

 …そう考えると少しわくわくして来ないでもない。

 生前、俺の生活に不満があった訳ではないが、毎日仕事をして、休みは家でダラダラして、そんな同じことの繰り返しを退屈に思う事はあった。

 

 もしかしたら、ラノベの主人公の様な冒険を経験できるかもしれない。そう考えると、ほんの少しではあるが心が湧く。

 

 よっしゃ、俺ちゃん頑張っちゃうぞー。赤ん坊とはいえ意識はハッキリしてるんだ。出来る事はある筈だ。

 赤ん坊の内に魔力を増やしたりとか、移動が出来るようになったら家族の目を盗んで魔法の習得とかやっちゃうもんね。

 

 その為にも、まずはここがどんな世界なのかの把握だ。

 俺はどうしても制限が掛かる体を必死に動かしながら、周囲を見回す。

 

 改めて見ると気付くがこの部屋、結構豪華だな。

 高価な絵画や壺とか飾られてるし。生前、別にお金持ちでもなかった家に産まれた俺に、そんな物の価値とか見ても分からんが、ぽくは見える。

 

 ただ、んー…。この部屋だけじゃやっぱり分からんな。部屋の装飾的に和風ではないが、日本にだって洋風な屋敷はある。

 これだけでどんな世界なのかを判断は出来ない─────おっ、あれはもしやカレンダーでは!?カレンダーに書かれてる文字によっては大きな情報になり得る。どれどれ…。

 

 C.E.56…?

 

 ん?C.E.だって?何か凄い嫌な予感が…。

 

 ガチャリ─────

 

 だ、誰か入って来たぞ。それに足音がこっちに近付いてくる。

 

 一人じゃない、多分二人…か?

 

 視界に入って来たのは二人。

 一人はダークブラウンのスーツを着た、中々にダンディなおじ様。

 もう一人はそのおじ様から一歩後ろに立つ、メイド服を着た女性だ。

 

「…ふん、奴に似た間抜けな面だ」

 

 おじ様は何やら冷たい目で俺を見下ろしたかと思うと、開口一番辛辣な言葉を吐き捨てた。

 

 えぇ~…。もしかして、このおじさんが俺のお父様なの?明らかに俺が産まれた事歓迎してないじゃん。

 

 というか、さっきのC.E.…。それにこのおじさんの顔、何か見た事あるような…?

 

 うん、すっごく嫌な予感がしてきたぞ?

 

「しっかり管理して教育しろ。その結果如何では、ムウではなくこいつを後継者にする。そのつもりでな」

 

 ムウって、ちょっと待て!その名前も聞き覚えがあるぞ!?待て待て待て待て!C.E.って、やっぱりそういう事なのか!?だとすると、このおっさん─────いや、待って!待ってくれ!

 

 話が違う!俺はのんびりほのぼの自由な異世界無双ライフを楽しみたかっただけなのに!

 闇が深いどうあがいても憎しみしか生まないお先真っ暗な()()()()()()()に転生するとか!

 しかもコズミックイラの中でも圧倒的に業が深いあの家に─────

 

「ユウ・ラ・フラガ。私の期待のほんの数滴でも叶えて欲しいものだな」

 

 転生先が()()()とか聞いてない!

 しかもC.E.56って…もう色々と手遅れな気がするんですけど!?どうすんの!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE01 スピリット





殆ど内容に触れていませんが、劇場版のネタバレがほんの少しだけあります。
ご注意ください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転生者ことこの俺、ユウ・ラ・フラガが生を受けてから早いもので、15年が経った。

 その間、俺の周りで起こった事と、俺が何をしてきたかを話しておこうと思う。

 

 まず初めに言うと、両親は俺が3歳の頃に死んだ。屋敷が燃え、逃げ遅れた両親は遭えなく亡くなった。

 犯人はまあ、言うまでもなくSEEDのラスボスであるラウ・ル・クルーゼだろう。

 …助けようと思ってはいた。親父はともかく、お袋は優しかったし、人を人と思っていないような教育を親父から受ける俺をいつも気に掛けてくれていたし、出来る事なら助けたかった。だが、小さく、何の力もない俺では何も出来なかった。

 原作ではいつ両親が死んだのかという明確な情報はなく、いつクルーゼの襲撃があるのか分からないまま警戒をして、結果、気付いた時には手遅れだった。

 

 両親が亡くなってからは、親父が残した資産で俺とムウ─────兄さんの二人で食い繋いだ。

 といっても、親父が残した資産は莫大なものだったし、何なら俺と兄さんの二人で遊んで暮らせるくらいには余裕があった。

 しかし、そんな莫大な資産を子供が持っていると知られれば、当然周囲の悪い大人から狙われる。

 その為、親父が生前傍に置いていた執事、メイドの中から数人選抜し、今度は俺達の傍に置く事にした。

 

 フラガの家系は代々直感的に先を読む能力を受け継いでいる。原作で見られた兄さんやクルーゼの、あのニュータイプ的な能力がそれだ。

 当然、フラガに産まれた俺にもその能力は受け継がれている。その能力を駆使して、信用のおける数人を傍に置いて俺達は生き続けるしかなかった。

 

 そして当たり前だが、俺達がこうして苦労しながら生きていく間にも、コズミックイラという世界の時は進み続けていた。

 ナチュラルとコーディネーター。二つの種族の間に流れる緊張、刻まれた溝は大きくなっていくばかりだ。

 

「ユウ。俺さ、軍に入ろうと思うんだ」

 

 兄さんが俺にそう口にしたのは、俺が6歳の時─────兄さんが19歳の時だった。

 

 気になってはいたのだ。兄さんが地球軍へ入隊するのはいつなのだろうか、と。これもまた、原作で明確な情報がなかった。

 

 …この時、俺は兄さんを止めるべきだったのか分からない。

 俺はこの世界の住人じゃない。だから、こんな感情を持って良いのか甚だ疑問だ。

 

 ─────嫌だ。兄さんに危ない所に行ってほしくない。

 

 衝動的にそんな台詞が口を突いて出そうになったのを、俺は今でも鮮明に覚えている。

 

 兄さんは、お袋と一緒でずっと俺を気に掛けてくれていた。

 親父に何度も叩きのめされていた俺を。両親が亡くなってからは一層、俺を気に掛けてくれるようになった。

 

 世界情勢の緊張は高まっていき、いつしか開戦もやむ無しではという言葉すらどこからか聞こえてくるようになった。

 

 ─────兄さんが軍に入ろうとしてるのは、俺の所為だ。

 

 原作では、ムウ・ラ・フラガが入隊した理由は語られていない。

 だけど今─────この世界での彼が入隊を決意した理由は、分かる。弟であり、唯一の家族である俺を守る為だ。

 

 この時、俺はようやく思い知る。

 この世界で生きている彼らはキャラクターではない。人間なのだ。

 命を持ち、生を謳歌し、やがて死んでいく、生物なのだ。

 

「あぁ─────分かった」

 

 俺は、兄さんに言った。

 だけどこの台詞は、兄さんに向けて言ったのと同時に、自分自身に向けて言い聞かせたものでもあった。

 

 兄さんに軍に入ると言われて初めて、()()()()()()()()()()()気がしたんだ。

 

 前世で俺は、機動戦士ガンダムSEEDという作品を見続けて来た。SEED、続編のDestiny、そして劇場で公開されたSEED FREEDOMも。

 他に公開されている外伝までは手を付けていないが、とにかく何が言いたいのかというと、俺はSEEDという作品が大好きだ。

 SEEDに出てくるキャラクター、機体、それら全ては俺の心を掴んで離さなかった。

 

 …やろう。

 この世界は前世で見た、結末が決まっている物語ではない。生きている人が織りなす、予測不可能な世界なのだ。

 

 劇場版の最後まで生き残った兄さんだって、どうなるか分からない。

 主人公であるキラ・ヤマトだって、もしかしたら死ぬなんて事になるかもしれない。

 

 ふざけるな。俺が産まれた事で、あのハッピーエンドが汚れるなんて事はあってはならない。

 ならば、覚悟を決めろ。幸い、俺にはフラガ家が残した才能を受け継いでいる。力にはなれる筈だ。

 

 そう思ってたんですけど、ね…。

 

「軍に入る!?止めてくれ!」

 

 と、兄さんへ言われてしまいましたよ。

 

 色々考えた結果、手っ取り早く原作主要人物に関わるには地球軍に入るのが一番いいと思ったんだけどなー…。

 軍へ入ってパイロットとして功績を残し、後に開発されるGATシリーズのパイロットに選ばれる。計画としてガバガバなのは分かるけど、功績を残していけばパイロットに立候補くらいは出来るかも、と考えてはいた。

 

 …贅沢を言うならば、血のバレンタインを防ぐ事だって出来るかもしれない、なんて考えもあった。

 

 結局、その計画は破綻したんですけどね。

 いやー、初めてだったね、兄弟喧嘩をしたのは。結果、負けたのは俺でした、と。

 兄さんに涙声で止めてくれ、なんて言われたらそりゃ負けますよ。

 まさか、未来に核ミサイル撃たれてユニウスセブンが崩壊するよ。その報復としてプラントが地球にNジャマーを散布して、結果億単位で人が死ぬよ、なんて言えないし。

 

 だから地球軍への入隊は諦めた。だが、GATシリーズのパイロットになるのを諦めたつもりはない。

 

 C.E.71 1月、俺はオーブ連合首長国所属のスペースコロニー。()()()()()()へ訪れていた。

 

「…今日で1週間か」

 

 ザフトがカオシュン宇宙港への攻撃を開始したというニュースを受けてすぐ、俺はヘリオポリスへと向かった。当然、執事達には兄さんへの口止めをして。

 原作ではカオシュンが陥落したというニュースをキラ達が聞いてすぐ、ヘリオポリスの襲撃が行われた。

 まだそのニュースは流れていないが、恐らく原作が始まるまでそう時間はない筈だ。

 

 ─────改めて、計画を確認する。

 まず、襲撃が始まったら、避難民のどさくさに紛れて工廠区へと向かう。ヘリオポリスへ来てからすでに1週間、コロニーの構造はとっくに頭に入っている。

 

 そして狙う機体だが、ブリッツが良いと考えている。

 武装が豊富で、何よりミラージュコロイドを展開するシステムを搭載している。

 

 ミラージュコロイドとは、可視光線や赤外線をはじめとする電磁波を偏向させる架空の特殊粒子の事だ。ブリッツはそれを散布して、自機の姿を隠匿する事が可能なのだ。

 

 …色々言われてるけど、普通に凶悪な機体なんだよな。ブリッツに乗る事が出来れば、俺が介入したこの先の展開がどれだけ楽になるか。

 それに、もし俺がブリッツに乗った場合、ニコルがこの機体で戦場に出る事もない。ニコルがキラに殺される、という展開も恐らく回避できる。

 

「…さて、と。今日はどこで昼にしようか─────っ」

 

 時刻ももうお昼時。腹も空いてきた事だし、そろそろ昼ご飯を食べに行こうと考えたその時だった。

 

 音、とは違う。頭に響く、形容し難い感覚。

 だけど決して不快ではない。むしろ、胸に暖かささえ覚える。

 

「…兄さんか」

 

 兄さんが、GATシリーズの本来のパイロットを乗せた船の護衛を終えて、このヘリオポリスへとやって来たのだ。

 だとしたら…今日だ。今日、ザフト─────ラウ・ル・クルーゼによるヘリオポリス襲撃が行われる。

 

「遂に、か」

 

 俺がこの世界に生を受けてから15年。俺がこの世界ですべき事を定めてから9年。

 

 遂に始まるのだ。…ガンダムSEEDが。

 

「っ!!?」

 

 そう思った直後、突然響き渡る爆音と振動。

 大きな揺れに耐えられず崩れた体勢を、体を屈めて立て直す。

 

「嘘だろ…!?早い…!」

 

 ザフトの襲撃が思ったよりも早すぎる。兄さんが乗った艦がヘリオポリスへ入ってすぐに襲撃が始まったのか、或いは俺が兄さんの存在を感じるのが遅れたのか。

 

「くそっ!」

 

 分からないが、考えるよりもまず行動に移さなければならない。

 未だにコロニーが揺れる中、足を工廠区の方へと向けて駆け出す。

 

 だが、ここから足で走ったとして間に合うのか?ヘリオポリスへ来てから1週間、一向に襲撃が来ないから完全に油断していた。

 来て当初は、工廠区から比較的近い所を行動範囲にしていたのに。

 

 …いや、後悔してももう遅い。そんな事をしても時間の無駄でしかない。

 

「あれは…」

 

 とにかく全力で走る足を動かしていると、ふとある物が目に入る。

 

 それは、避難の為に乗り捨てられた車だった。扉は開いたまま、中の運転席が覗いて見える。

 

「っ─────!」

 

 迷いはなかった。

 即座に足の向ける方向を変えて車へと乗り込む。エンジンは点けっぱなし、先程の衝撃の中でもまだ車は壊れていなかった。

 ハンドルを握り、アクセルを踏んで車を工廠区へ向けて走らせる。

 

 時折響く揺れにハンドルを取られそうになりながら、車の運転を続ける。

 

 工廠区へある程度近付いてから俺は車を止めて、車から降りる。

 ここからはザフトの目もある筈だ。車で不用意に近付けば、あっという間にハチの巣だ。

 

 それならば人の足で、軍人達の目を搔い潜りながら近付いていくしかない。

 

「…遅かったか」

 

 すでに事は始まっていた。工廠区から出て来たと思われる輸送車を、ザフトが襲っていた。

 輸送車の数は3台。あの中に、ブリッツがある筈だ。

 

「一体どれが…っ」

 

 ブリッツが収容されている車か、と続けようとした時だった。

 

 ゆっくりと立ち上がる、巨大な影。1機、2機、3機と続けて立ち上がったのは、巨大な人型兵器─────モビルスーツだ。

 

「…駄目かっ!」

 

 決断は迅速に。

 デュエル、バスター、そしてブリッツの3機はザフトの手に渡ってしまった。ならばもうここに用はない。

 俺の計画は失敗し、残された手は逃げる事だけ。

 

 工廠区には避難用のシェルターがある。そこに逃げ込んで、今は待つしかない。

 

「はぁっ…はぁっ…!」

 

 激しく息が乱れる。それでも走るペースを遅める事なく、地球軍とザフトの戦闘の隙を突いて工廠区の中へと飛び込んだ。

 

「はぁっ…!便利な事で、この能力は!」

 

 先読みの能力を駆使しながらスニークを続ける、俺の気分はメタルなギアだ。

 

 当然の事ながら、工廠区内でも銃撃戦は行われていた。

 視界の端で飛び散る鮮血、響き渡る悲鳴。今まで俺が生きてきた平和な世界が、まるで嘘のようで。

 

「…待て、何だこれは」

 

 シェルターへと逃げ込むべく、駆ける俺の目に信じられない光景が飛び込む。

 

 外にあったのは、デュエルとバスターとブリッツの3機。なら、ここにあるのはストライク、イージス、残った2機の筈だった。

 それなのに─────ここにあるのは3機の機体だった。

 

「3機…何で…っ!」

 

 呆然と呟いたその時だった。足をその場で止め過ぎた、いつの間にか姿を見られていたらしい。

 奔る背筋の冷たい感覚に従い、前方へと飛び込む。直後、響く銃声と、背後から聞こえてくる着弾音。

 

 音が聞こえてきた方を見ると、こちらに銃口を向ける赤服のザフト兵。

 アスランか、ラスティか…。ここからでは顔が見えないから判別できない。しかし直後、そのザフト兵はどこからか撃たれた銃弾によって倒れる。

 

 それを見て、俺は弾かれるように走り出す。

 ここがどこなのか、ここで何が行われているのかを思い出す。

 

 シェルターへ逃げる─────いや、意味が分からないが、ここにはもう1機ある。

 キラが乗る筈のストライクと、アスランが乗る筈のイージス。そして、もう1機が。

 

 ブリッツの奪取には失敗した。だが、ここにはもう1機。

 …迷う余地なし。

 

 謎のもう1機の機体へと走り寄る。真下に機体がある位置で立ち止まり、柵を乗り越えて飛び降りる。

 

 コーディネーターではないが、フラガというのは超能力を有するだけでなく、身体能力も化け物染みているらしい。

 かなりの高さだったが、難なく着地をして機体に乗り込むべく駆け出す。

 

 開けっ放しのコックピットハッチから機体の中へと乗り込み、周囲を見回す。

 

「電源は…これか!」

 

 ここでもフラガの能力は発揮された。感じるままに一つのボタンを押すとハッチが閉まり、そしてコックピット内で画面が輝きだす。

 自動で始まる起動シークエンス。画面に映る、英字の羅列。

 

 General Unilaterai Neuro-Link Dispersive Autonomic Maneuver

 

 略して、GUNDAM。

 

 続けて画面に映し出されたのは、この機体の名前。

 

 GAT-X106Spirit

 

「スピリット…?」

 

 当然だが、聞いた事のない機体名だ。原作では登場しない機体。何故かここに存在したGATシリーズの6()()()

 

 しかし、俺にはこの機体が必要だ。俺の目的の為に、力が必要だ。ならば─────

 

「俺に力を貸してくれ、スピリット…!」

 

 機体を立ち上がらせる。目の前のモニターに映される炎の世界が、まるで戦場にやって来た俺を歓迎しているかのようにすら見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という事で、ハッピーエンドで終わるという映画のネタバレがありました。
まだ映画を見ていない方には申し訳ない。でも、良いハッピーエンドでしたよ…。


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PHASE02 信じられない現実





性転換タグを見て何となく予想が出来ている人はいると思います。
そしてその予想は恐らく当たっています。

という事で、あの子が登場します。どうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モビルスーツのパイロットになる。その為に必要になるのは操縦技術は勿論の事、機体の中身の知識も必要になるのは必然だった。

 学校はプログラミングを専攻とした所を選択し、正直苦手ではあるが猛勉強をした。毎日毎日、明確な目的があったからともかく、前世のやりたい事も見つからない、ただ惰性で生きていた当時の俺が同じ事をすれば気が狂っていただろうと言い切れるくらいには、勉強した。

 

 正直、そこいらのコーディネーターには負けないくらいの知識は持っていると思う。現に、同じ学校に通っていた、成績上位を独占していたコーディネーター達を押し退けて、成績は俺がトップだった。

 …かといって、油断をする気もない。完全に油断のせいで当初の目的だったブリッツを逃した俺が言う事ではないかもしれないけど。

 

「疑似皮質の分子イオンポンプに制御モジュール直結。ニューラルリンケージ・ネットワーク、再構築。メタ運動野パラメータ更新。フィードフォワード制御再起動。コリオリ偏差修正。運動ルーチン接続。システム、オンライン。ブートストラップ起動」

 

 キラのタイピングと比べたらどちらが速いのだろう、なんて頭の片隅で思いながらスピリットのOSの設定を進めていく。

 原作で、キラに散々言われていたガンダムの当初のOSだが、本当に酷かった。ナチュラルの自分ならすぐにでも使えるかもしれないとも思ったが、無理だった。というかマリューさんはよくこのOSで、ミゲルのジン相手にそこそこ粘れたよな。PS装甲があったとはいえ。

 

「…よし、いける」

 

 OSの設定を終え、再起動をかける。設定したプログラムは正常に稼働し、機体に光が灯る。

 PS装甲をONにして、スラスターを吹かせた機体が宙へと飛び上がる。

 

 全身に覚える奇妙な浮遊感。パイロットスーツを着ていないからだろうか。経験がないから違いというのは分からないが、全身を包むこの感覚が異様に強く、なのに不快を感じない。

 

「ストライクは…?」

 

 スピリットのOS設定に集中していたせいで気付かなかったが、すでにその場にストライクの姿はなかった。だとすれば、すでにジンとの交戦に入っていると思われる。

 

「…居た!」

 

 レーダーに反応、同時にメインカメラにもその姿が映し出される。

 

 すでにPS装甲を展開し、見覚えのあるトリコロール色に染まった機体、ストライク。そして、濃いグレー色に染まったジン。

 2機はすでに戦闘を開始していた。

 

 突撃銃を放ち、ストライクを牽制するジンと、実体弾をPS装甲の特性によって防ぎながら距離を取るストライク。

 あの動き、恐らく操縦しているのはキラ・ヤマトだ。失礼かもしれないが、マリューさんじゃあの動きは出来ない。

 

 ジンの銃撃を防ぎ、回避しながらもストライクは反撃に出ない。…もしや、今現在、キラはストライクのOSを書き換えている途中なのか?

 俺の方がOSの書き換えが速かった?…いや、思えば初めにストライクを操縦したのはマリューさんだ。その時間差がここで影響したか。

 

「っ…!」

 

 ジンが突撃銃を撃ちながらストライクへ接近、そのまま懐へ入り込んだかと思えば、重斬刀を抜き放った。

 PS装甲がある以上、その斬撃をストライクは受け付けない。しかし、衝撃までは撃ち消せず、もろに斬撃を喰らったストライクは大きく体勢を崩した。

 

 考えるよりも先に体が動いていた。ペダルを踏み、スラスターを吹かせる。向かう先は当然、ストライクに更なる斬撃を喰らわせようとしているジン。

 急加速によるGに歯を食い縛りながらも、速度を緩めないまま機体を走らせる。

 

 ジンがこちらを向く─────こちらに気付いたか、いや、関係ない。このまま!

 

 スピリットによる体当たり。思わぬ攻撃を受けたジンは大きく吹き飛び、後方の建物を壊しながら地面へ尻もちを突く。

 

「っ、そうだ、武器は!」

 

 そこで、自分が今、武器を手にしていない事に気付いた俺は画面を呼び出し、この機体に搭載されている武装を確認。

 

「ビームライフルと、ビームサーベル2本…。くそっ、これだけかよ!」

 

 外観を見る限り豊富な武装を持ち合わせている様には見えなかったが、バリエーションがあまりにシンプル過ぎる。

 思わず毒を吐きながらも、背中にマウントされたビームライフルを構え、銃口をジンへと向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急にヘリオポリスが襲われて、逃げようとしたら教授のお客さんだという女の子がどこかへ走り出して、追い掛けて行ったら見た事のない3機のモビルスーツを見つけて。

 シェルターに避難しようとしたけど、入れるのは一人が限界だと言われたから、その女の子を押し込んで別のシェルターに逃げようとした。だけど、ザフトと戦闘していた地球軍の人にもう逃げられる場所は近くにないと言われてしまって─────。

 

 助かる為には、その人と一緒に行動するしかなかった。

 だけど途中、月で別れた親友を見た気がして─────その事について考える間もなく、地球軍の人と一緒にモビルスーツへ乗り込む事となってしまった。

 状況を呑み込む前に繰り広げられる、ジンとの戦闘。だけど、機体の動きはどう見ても覚束なく、もしやと思い地球軍の人を座席からどかしてOSを覗いてみれば、それはまあ滅茶苦茶だった。

 

 そこからは無我夢中。助かるには目の前のジンを撃退しないといけない。その為には、この機体を()()させなくてはいけない。

 滅茶苦茶だったOSを書き換える。その最中をただ見ている訳もなく、ジンからの攻撃を途中で避けながらもOSの書き換えを進めていた。

 

「えっ、消え…」

 

「下よ!」

 

 背後からの警告に反応する前に、直前消えた風に見えたジンが目前に現れる。かと思えば、横合いから強い衝撃を受けた。

 

 

「きゃあああああああああっ!!?」

 

「ぐぅっ…!」

 

 機体が大きく揺れる。操縦桿を強く握り締め、何とか機体が倒れる事だけは阻止したけど、思わず瞑ってしまった目を開いたその時には、ジンはまたも目の前に居て、更なる追撃を加えようとしていた。

 

 反撃─────何かをしなければと焦る心情とは裏腹に、体が動いてくれない。

 

 死ぬ…?

 

 そんな予感が心を過った時だった。突然、ジンが吹き飛んだかと思えば、目の前に現れる黒い影。

 

「─────え、なに…?」

 

「こ、これは…」

 

 何が起こったか分からない()と、私よりも正気を宿した目で状況を見ていた地球軍の人が呟く。

 

「スピリット…!」

 

「…スピリット?」

 

 目の前の黒い機体はこちらに背を向けて、銃型の兵器を取り出して吹き飛んだジンの方へと向ける。

 

 …この機体は、味方なの?私達を助けようとしているの?

 分からない。分からないのに、どうしてだろう。

 

(もう、大丈夫)

 

 頭の中から全身へ伝わる温かい感覚が、私に安心を与えてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まだ、来るか?」

 

 巻き上がった礫の中で、ジンが立ち上がるのが見える。こちらに向けられるジンのモノアイ。構えられる重斬刀。

 まだ相手の戦意は衰えていないらしい。当然だ。不意打ちを喰らったとはいえ、相手からすればこちらは性能が上の機体とはいえ、乗っているのは格下のひよっこでしかないのだから。

 

「アーマーシュナイダーみたいな小型の刃物があれば…」

 

 カメラに映る、周囲で逃げ惑う一般人。スピリットに搭載されているビームサーベルがどれほどの規模かは分からないが、この場で振り回すのは正直戸惑われる。

 今この場で使えるのはビームライフル─────いや、コロニーの壁に当たればダメージになる。使うにしても、弾数は絞らなければ。

 

「…この場から離れるようにジンを誘導。一般人がいない所まで行けば、ビームサーベルを振るえる」

 

 だとすればこれしかない。この状況、ただ逃げれば即座に相手─────ミゲル・アイマンは誘導だと勘付くだろう。

 ミゲルは原作でキラにあっさりやられてしまったが、実際には二つ名が付けられるほどの腕を誇るパイロットなのだから。

 

「上手くやれよ、ユウ・ラ・フラガ…!」

 

 誘導だと悟られれば、すぐにミゲルはストライクへと狙いを移す筈だ。いや、最悪それでもいい。

 

 せめて、キラがストライクのOSの書き換えを終わらせるまで、時間を稼いでみせる─────!

 

 ジンが重斬刀から突撃銃へと持ち替える。それを見た俺はスピリットを動かし、その場から離れる。

 

 ジンは突撃銃を数発撃ってから、離れる俺を追い掛けてくる。それを見た俺は、カメラを見つつ、ジンが追い掛けてくる軌道上に人がいない事を確認してからビームライフルを構える。

 引き金を引き、放たれる一条の光線はあっさりと躱されてしまう。

 

 スピリットのビームライフルと、ジンの突撃銃による銃撃戦。スピリットが放つビームをジンは軽やかに躱していき、一方スピリットはジンの銃撃を時に躱し、時にPS装甲で防ぎつつ、互いの位置を入れ替えながら牽制を続けていく。

 

「─────ここなら!」

 

 銃撃戦を繰り広げながら、俺は当初の目的通りジンの誘導を成し遂げた。市街地から離れた場所、ここならば人はいない。障害物もなく、ビームサーベルを振るえる!

 

 スピリットを転進させる。突如、スピリットが進路を変えた事に驚いたか、ジンの動きが一瞬緩む。それでもすぐに武装を取り替えた所は、名パイロットと言えるだろう。

 しかし、ジンの重斬刀では、この斬撃は防げない。

 

 腰の鞘からビームサーベルを抜き放つ。スピリットの斬撃が、ジンの武装を斬り払い、続け様に振り下ろしの斬撃が今度はジンの左腕を斬り落とす。

 

「これで、終われっ!」

 

 斬撃を放った勢いのまま機体を回転させ、今度は右足でジンのコックピット付近に蹴りを与える。

 大きくよろけたジンは先程の様に転びはしない。が、後ろにたじろぎ、そのままスラスターを吹かせて後退していく。

 片腕を失ったからか、こちらに背を向けてそのまま撤退していった。

 

「…一先ず終わった、か」

 

 とりあえず、この戦闘が一段落した事に安堵し、大きく息を吐く。

 

 それと同時に、今、自身が成し遂げた事に対して信じられないという思いが湧き上がって来た。

 

「…勝ったのか。俺が。相手が─────ミゲルが油断していたからとはいえ、俺が」

 

 初めてのモビルスーツの操縦。だというのに、ガンダムSEEDの世界で名うてのパイロットであるミゲルを相手に、勝利を遂げた。機体性能のごり押しではあったが、とにもかくにも勝てたのだ。

 

 とはいえ、よくもまあこんなものを操縦できたものだ。我ながら驚きだ。

 フラガ家の伝手を使い、とあるフラガ家に大恩がある将校に働きかけ、大西洋が鹵獲したジンのマニュアルを手に入れ、徹底的に頭に入れ込んだ。

 同じモビルスーツである以上、操縦方法自体はそこまで変わらないだろうと思っていたし、現に殆ど一緒だった訳だが─────それでも初の実戦があそこまで上手くいくとは思わなかった。

 

 次はこうはいかないだろうが…。

 

『………ット。X106スピリット!応答しろ!』

 

「っ…」

 

 自身に備わった能力に愕然としていると、通信機器から聞こえてくる緊張に満ちた女性の声。

 …マリュー・ラミアスだ。

 

「…こちらX106スピリット。ジンの撃退に成功。…すぐにそちらへ向かいます」

 

『っ、お前は…!…いえ、分かりました。話はこちらへ合流し次第、聞かせて貰います』

 

 マリューさんの鋭い声を最後に、通信が切られる。

 

 …さて、と。状況が状況とはいえ、勝手に軍の機密を見て、触って、挙句に操縦した。言うつもりはないが、俺が意図してこの機体に乗り込んだ以上、あちらからすれば俺は完全にテロリストだ。

 

「どうやって交渉しようか。…交渉か。出来るかな…?」

 

 機体をストライクがある方へと戻しながら不安を溢す。

 

 え?ジンのマニュアルを手に入れた時はどうやったのかだって?

 親父の執務室を調べに調べて出て来たその将校さんの黒いあれやこれやをこれでもかと強請っただけですけど?あんなのはね、交渉じゃないよ。脅迫って言っていいね。

 

 でも今回はそんな事出来やしない。強いて言うなら、このスピリットを操縦できる俺は戦力になると推すくらいだけど…というか、それしかないよな、もう。

 んで、地球軍に志願する。これで何とか罪を逃れるしかない。逃れさせてくれ、お願い…。

 

「…ん?」

 

 ジンを誘導するために離れたとはいえ、モビルスーツを以てすればそう時間を掛ける事なく戻る事が出来た。

 機体をストライクの隣へと降ろしてから、ふとカメラを下の方へと向ける。

 

 そこにはこちらを警戒する様に睨みつけるマリューさん。そして、その周りにいるヘリオポリスのカレッジに通う学生達─────トール・ケーニッヒに、ミリアリア・ハウ。サイ・アーガイルに、カズイ・バスカーク。

 そしてキラ・ヤマト…なんだが。

 

「見間違いかな…。あれ?」

 

 俺はそのキラの姿を見間違えたと思い、目を擦って再度目を開ける。

 なお、当初に見たキラの姿と今見たキラの姿は勿論、変わらない。

 

「…」

 

 と、とにかくここから降りなければ。ただでさえ警戒に染まっているマリューさんの目が、更に鋭くなっていく。

 ハッチを開け、その場からロープを握り、足場に足を掛けてゆっくりと降りていく。

 

 下に居る全員の視線が俺に向けられる。

 その中で一人─────キラの目と俺の視線が交わる。

 

 …う、嘘だろこいつ。

 

 ダークブラウンの髪は長く、肩の下辺りまで伸びている。アスランから貰ったロボット鳥、トリィが乗った肩は男性と比べたらやや丸く、そして胸の辺りには男性にはない丸みが帯びていて─────いや、もう現実逃避は止めよう。

 

 こいつキラ君じゃねぇ。キラちゃんだ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ユウがモビルスーツのOSの書き換えと操縦が出来る理由→フラガのコネ

多分出来ると思うんですよね。…まあ、出来るって事で(笑)

とりあえず今日の投稿はここまで。これからこのペースで投稿できるかと聞かれるとまあ無理だし、毎日投稿だって出来るか怪しいです。けど、頑張ります。


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PHASE03 初めての対峙





SEEDフリーダムの熱に浮かされてアニメを見直しちゃったりしてます。
ちなみに今、フレイがキラに「ホンキデタタカッテナインデショ!」って言ってる所見ながらこの前書きを書いてます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コックピットから出た俺は地面へと降り立つ。

 その間、俺の視線はキラ─────原作とは違う、美少女と化していた彼女から離す事が出来なかった。

 

 どうして、一体何がどうしてこうなってしまったのだろう?

 だって普通、思わんやん?キラ君がキラちゃんになってるだなんて、これっぽっちも考えない。分かる訳ないじゃん。こんなの絶対おかしいよ…。

 

 しかも待ってくれ。これ、マジでヤバいだろ。キラが女の子って…それだと、ラクスとのカップリングはどうなるんだ!?

 キラとラクスが結ばれて、ハッピーエンドを迎える─────俺の中での一つの目的がこれなんだぞ!?それなのにキラが女の子って…いや、待てよ?

 

 ─────キラが女の子になってるのなら、ラクスが男の子になっている可能性だってあるんじゃないか?

 

 いや、この際ラクスが女の子のままでもいい!百合?一向に構わん!

 

「あの…っ」

 

 様々な混乱を経て、ようやく思考が落ち着きを見せ始めたその時、じっとこちらを見つめていたキラちゃんが一歩踏み出しながら俺に話し掛けようとした。

 しかし、そんなキラちゃんを腕を伸ばして制止し、彼女よりも更に一歩前へと出て来たその女性は、俺を鋭い目で睨みつけながら口を開いた。

 

「私は、地球連合軍大尉マリュー・ラミアスです。単刀直入にお聞きします。何故、貴方はあの機体に搭乗していたのです?」

 

 彼女と目と同じように鋭さと緊張に満ちた声で尋ねてくるラミアス大尉。

 

「…避難をする為に最も近い工廠区のシェルターへ逃げ込むつもりだったのですが、貴女方とザフトとの戦闘に巻き込まれてしまいました。逃げようとしたシェルターも扉しかなくて…、他のシェルターに行こうにも銃弾が飛び交う中で生きていられる自信がなかったんです。…俺がしでかした事の自覚はあります。ですが、生きる為にも、モビルスーツに乗り込むという選択しか、俺にはありませんでした」

 

「…なるほど」

 

 一から十まで全部嘘、とはいかないが、まあ八割方嘘である。

 偶然工廠区に逃げるしかなく、モビルスーツに乗り込んだのはこちらも偶然の産物だったという説明だが─────まあ、あのスピリットとかいう機体に乗り込む事になったのは偶然ではあるが、あそこに居たのも、モビルスーツに乗り込んだという行動そのものも、偶然ではなく俺の意志だ。

 

 だがそんな事を口にすれば待っているのは死刑囚としての裁きだけだ。

 マリュー・ラミアスという女性、今でこそ得体のしれない俺への警戒で満ちてはいるが、元来は人の好い…お人好しとすら言える程の優しさを持った人物だ。

 そんな彼女を騙す行為に罪悪感がない訳ではないが、俺もここで道を閉ざす訳にはいかない。

 

「貴方がした事の自覚はある、と言いましたね」

 

「はい。…貴女の言う事に大人しく従います」

 

「安心しました。…あなた達も、申し訳ないけれど、このまま解散させる事はできません」

 

 俺と会話を続けていたラミアス大尉が不意に振り返り、キラ達へと視線を向けながら言った。

 何故自分達を見ているのか、この人は一体何を言っているのか─────そう聞きたげの目を浮かべるキラ達に向けてラミアス大尉は続ける。

 

「事情はどうあれ、軍の機密であるこの機体に触れてしまった以上、あなた達を拘束せざるを得ません。然るべき所と連絡が取れ、処遇が決定するまで、私と行動を共にしてもらいます」

 

 続いた言葉にようやく意味が理解したのか、キラ達の顔色が変わる。

 

 ラミアス大尉が言う事は当然だ。たとえ偶発的な事故だったとはいえ、彼らは軍事機密に触れてしまった以上、一人の軍人としてただで帰す訳にはいかない。

 ただその一方で、堪らないのは彼らの方だ。

 

「そんな!横暴です!そんな事、許される筈がない!」

 

「僕達はヘリオポリスの民間人です!ここは中立の筈でしょう!?」

 

「そうだよ!大体、何でこんな所に地球軍がいて、こんなモビルスーツまであるんだよ!まずそこから可笑しいだろ!」

 

 見ようとして見た訳じゃない。触れようとして触れた訳じゃない。全て意図した事ではなく、ただの事故で、それもその事故に巻き込んだ元凶に偉そうに拘束すると言われる。

 戦争に巻き込まれるのが、こういった事態に巻き込まれるのが嫌で彼らは中立に居るというのに─────それでも。

 

「それでも、外の世界では戦争をしている」

 

「え─────」

 

 小さく声を漏らしたのは誰だろう。

 

 腰のホルスターに置かれたラミアス大尉の手が拳銃を抜く前に、俺が言葉を漏らす。

 

「…不満だろうけど、悪い事は言わない。今は大人しくこの人の言う事に従った方が良いよ。大丈夫さ、君達がこれについて知ったのはただの偶然なんだから。そう不都合な事にはならない」

 

 呆然とこちらを見るキラ達。その中で、一番近くで俺の顔を眺めていたラミアス大尉に視線を向け、微笑みかけながら俺は。

 

「ね。そうでしょう?」

 

「え…えぇ。私は何も、あなた達を罪人として裁こうとしている訳ではありません。ただ、一人の軍人としてあなた達を知らぬ存ぜぬで見逃す訳にもいかない。…可能な限り早く、あなた達が元の生活に戻れるよう努力はします。ですが今は、私と一緒に行動してほしい」

 

 さっきまでの尊大な態度とは打って変わり、誠心誠意が籠もったその態度に、これまたさっきまで不満を漏らしていたトール達も勢いが削がれる。

 

「…経緯はどうあれ、機密に触れたのは事実だもんな。すぐに解放してくれるんなら、あんたと一緒に居るよ」

 

「それしかないか。それに、この状況じゃむしろ、軍の人と一緒に居た方が安全かもしれない」

 

 トールとサイが思い直し、言う。その言葉に賛同して、カズイとミリアリアが同時に頷いた。

 そんな彼らを見ていたラミアス大尉が、ほんの少し笑みを溢す。

 

「ありがとう」

 

 原作とはやや違った流れにはなったが、キラ達がマリューと一緒に行動する軌道には乗った。

 

 後はここからの展開─────数は二。恐らく兄さんと…奴だ。

 

 近付いてくる二つの気配を感じながら空を見上げる。

 

「…」

 

 そんな俺をじっと見つめるアメジストの目線に、俺は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラミアス大尉と行動を共にする事となった俺達は、彼女の指示に従って動いていた。

 

 一応その前に、俺とキラ達の自己紹介も行った。俺の名をラミアス大尉が聞いた時、何か引っ掛かった表情になったが、多分フラガという姓が理由だろう。特に気にする事もない。

 

「こちらX106スピリット。地球軍、応答願います」

 

 ラミアス大尉が俺へ与えた指示は、地球軍僚機への通信を何とか繋げて欲しいというものだった。しかし、何度かこうして通信を試みているのだが、電波妨害によってスピーカーから聞こえてくるのは砂嵐の音のみだった。

 

 …近くに地球軍の新型戦艦、()()()()()()()()がある筈なのだが、やはり繋がらないか。

 

 それよりも、気になるのはさっきから近付いてくる二つの気配だ。この感じ、そう遠くはない。

 

 ふと見れば、サイがトレーラーから降りて来た。確かあの中には、ストライクの換装装備ランチャーストライカーがある筈。

 

 キラが操縦したストライクがゆっくりとそのトレーラーの傍に腰を下ろし、恐らく今、ランチャーストライカーの装備作業が始まったと思われる。

 

「っ─────!」

 

 その時だった。

 背筋に奔る悪寒。言いたくはないが最早馴染み深いとすらいえるこの感覚。

 

 感じるのは強い敵意。俺自身に向けられたものでないにもかかわらず、それでもなお悪寒を感じさせるほどの強い敵意。

 

 直後、頭上で爆発が起こる。

 

 仰いだ視界の先で巻き起こる爆炎の中から、飛び出て来たのは白亜のモビルスーツとオレンジのモビルアーマー。

 間違いない。ラウ・ル・クルーゼが搭乗するシグーと、兄さんが乗っているメビウスゼロだ。

 

 ラミアス大尉に何かを言われる前に、俺はすぐに行動を開始する。

 コックピットハッチを締め、スピリットのPS装甲を展開。メインカメラを上空へ向け、シグーの位置を確認してから、スラスターを吹かせた。

 

「兄さん!」

 

 その直後、シグーの重斬刀によってメビウスのリニアガンが斬り裂かれる。

 ここまでの戦闘の中で、メビウスゼロの特徴でもあるガンバレルは失われていた。その上リニアガンまで失えば、もうあの機体に武装は残されていない。

 

 クルーゼは、容赦はしない。

 武装を失ったメビウスゼロへ─────兄さんへ止めを刺すべく機体を旋回、剣を構えて逃げるオレンジの機体を追う。

 

 機体をシグーとメビウスゼロの間に割り込ませようとして、しかしその前に突然、シグーがその場で動きを止める。

 かと思うと、モノアイのカメラがこちらを向き、そしてシグーの体もまたこちらに向けられる。

 

「─────」

 

 冷たい。寒い。

 そんな筈はなかった。コロニー内では一応四季が分かれるよう温度調整が行われてはいるが、それにしても冷たさに震えるなんて事はあり得ない。

 

「これが、ラウ・ル・クルーゼ…!」

 

 原作ガンダムSEEDのラスボスであり、フラガに産まれた俺達兄弟の宿敵でもある男との、最初の対峙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この、感覚は…」

 

 スピリットと対峙するシグーのコックピットの中で、この男もまた自身の中で渦巻く感覚に吞み込まれていた。

 

「ムウ、ではない。奴はまだ、そこに居る。なら一体─────いや、まさか…っ」

 

 今、感じるこの感覚は奴─────ムウ・ラ・フラガが近くに居る時の感覚と酷似している。だが、似てはいるが、目の前に居る存在があの男とは違うと、鮮明に伝わってくる。

 

 ならば、一体誰が自分にこの感覚を覚えさせる?

 

「…なるほど、ミゲルを退がらせたのは貴様だったのか」

 

 ミゲルからの情報では、白い装甲の機体ストライクとの交戦中に割り込んで来た黒い装甲の機体に損傷を負わされたという。

 

 目の前にあるのは、その情報通りの黒い機体。そして、この感覚はその黒い機体の中から感じられる─────!

 

「私が顔を合わせた時、君はほんの赤ん坊だったな…。奴を殺した時もまだ君は三つの頃。そこからもう、十二年が過ぎたのか。…そうか。こんな所で君と出会えるとは、また奇妙な宿縁だなぁっ!ユウ・ラ・フラガァっ!!」

 

 込み上げる歓喜。それと同時に燃え上がる憎悪。

 

 待ち望んだ瞬間が訪れた事への歓喜と、自分が欲しかったものをかすめ取っていた存在への憎悪。

 

 それらの感情をぶつけるべく、機体を進ませようとした、その時だった。

 

 コックピット内に鳴り響く警告音。センサーに映る、こちらへと近づいてくる何か。

 視線を転じれば、そこには白亜の装甲を持つ、奇妙な形をした巨大な戦艦が向かってきていた。

 

「戦艦だと!?コロニーの中に!」

 

 地球連合の新型モビルスーツ六機の情報こそ掴めてはいたが、知り得なかった新型の戦艦にクルーゼも驚愕を隠せなかった。

 

「…やむを得ん、か」

 

 惜しくはある。が、二度と会う事はないだろうとすら考えていた仇敵とこうして相まみえる事が出来たのだ。この奇妙な宿縁は、そう簡単に切れはしない。

 

「また会おう。…憎しい(いとしい)我が息子よ」

 

 決して相手には聞こえないその言葉を残してから、クルーゼは機体を反転。

 これ以上の戦闘行動は避け、撤退を選ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE04 悔恨の再会






もうちょっと話のテンポを速めないとと思いつつ、じっくり書きたいという欲望が邪魔をする。
まだ序盤だしいきなり速いテンポで話を進めても読者はついてこれないっしょ、と勝手に結論付けてじっくり書いていきます。

なお、今話で戦闘は入れてません。牛歩ですいません。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球軍の新型モビルスーツ、スピリットとストライクを破壊するべくヘリオポリスへ侵入してきた、シグーを駆るクルーゼは、同じく新型の戦艦アークエンジェルの乱入を受けてすぐに撤退していった。

 

 …構わず襲い掛かってくるものだと思っていたが、予想外だった。とはいえ、今の所ではあるがコロニーに傷をつけないまま、戦闘が一段落ついた事へ安堵の息を漏らす。

 

 アークエンジェルが工廠区内の開けた場所へと着陸し、俺もまたスピリットを地へ降ろす。

 

 開いた艦のハッチから十数人程だろうか、地球軍兵達が走って出てくるのを映像を通して目にする。

 その中には見覚えのある、ナタル・バジルール少尉を筆頭としたアークエンジェルのクルー達の顔が揃っていた。

 

 スピリットの足元でラミアス大尉とバジルール少尉が顔を合わせ、何やら話している。そしてふと、二人の顔がこちらを見上げた。

 マリューが手を振るう。降りてこい、という事だろう。大人しく従い、ハッチを開けて外へと出る。

 

「民間人、それも子供じゃないですか!」

 

 地面へと降りてくる俺の顔を見て、バジルール少尉が驚愕に目を見開きながら声を上げる。

 

「スピリットだけではないわ。…ストライクに乗って私を助けてくれたのも、民間人よ」

 

「なっ…!」

 

 続けざまのラミアス大尉からのカミングアウトに、バジルール少尉は言葉を失う。

 バジルール少尉だけではない。彼女の背後に立つ兵達皆が、一様に驚き固まっていた。

 

「…こいつは驚いたな」

 

 バジルール少尉がラミアス大尉へ何かを言おうと口を開いた、その時。

 どこからか男の声が聞こえてくる。その声が聞こえて来た方へと全員が振り返る中、俺はそうはしなかった。

 

 声の主が誰なのか、確認するまでもない。この世界に来てから最も長い時間を共に過ごしてきた、家族の声を聞き間違えたりするものか。

 

「地球連合軍第七機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉だ。乗艦許可を貰いたいんだが、この艦の責任者は?」

 

 その台詞を聞いてから、ようやく俺は顔を声の主へと─────この世界での我が兄の方へと向ける。

 

 兄さんはヘルメットを左脇に挟め、右腕を上げてラミアス大尉とバジルール少尉に向けて敬礼していた。

 

「第二宙域第五特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」

 

「同じく、ナタル・バジルール少尉であります。艦長以下、艦の主だった士官は皆戦死されました。よって、今はラミアス大尉がその任にあると思います」

 

「え─────艦長が…?そんな…」

 

 兄さんと同じように敬礼をしながら、二人が自己紹介を始める。

 この場でこの三人は初対面なのだから当たり前だが、この光景に妙な違和感を覚えてしまうのは仕方がないと思う。

 特に兄さん─────ムウ・ラ・フラガとマリュー・ラミアスは最終的に恋仲となって結ばれる事を、俺は知っているのだから。

 まあ、この世界で同じような結末になるかはまだ分からないが…。

 

「ともかく許可をくれよ。俺の乗って来た艦も落とされちまってね」

 

「あ…はい、許可いたします」

 

「で、だ…。アンタ達とも色々話したい事があるんだが、少しでいい。時間をくれ」

 

「「?」」

 

 兄さんがラミアス大尉から乗艦許可を貰い、敬礼を解いたかと思うと、顔をこちらへと向ける。

 そのまま兄さんの足がこちらへと向けられ、一歩ずつ俺の方へと近付いてくる。

 

 うん、まあそうだろうね。俺が機体から出たその時からもう兄さんの視線は感じていた。

 

「…なんで、お前があんなものに乗っている。ユウ」

 

「…成り行き、かな」

 

「真面目に答えるつもりはないみたいだな。…大体、お前がヘリオポリスに居ること自体、俺は聞いていないぞ」

 

「使用人には俺から口止めをしておいたから。責めるのは止めてあげて」

 

「そういう事じゃ─────あぁっ、くそっ」

 

 話が嚙み合わず、苛立たし気に頭を掻く兄さん。兄さんには悪いけど、こちらにその気がないのだから、話が噛み合わないのは当然なのだけれど。

 

「…フラガ大尉。そちらの民間人は、貴方のお知り合いで?」

 

 俺と兄さんの会話を聞き、怪訝な表情を浮かべたバジルール少尉が問い掛けてくる。

 

 顔を歪ませていた兄さんがその声にハッ、と我に返り、一度大きく息を吐いてから表情を引き締めてから口を開く。

 

「こいつは俺の弟だ。ユウ・ラ・フラガ。一度は聞いた事があるんじゃないか?」

 

「ユウ・ラ・フラガ─────?まさか、この少年が?」

 

 …何で俺の名前にそこまで驚くのか、さっぱり分からない。

 そういえばさっきも、ラミアス大尉へ自己紹介をした時に彼女は同じような反応をしていたけど─────何故に?

 

 思い当たる事と言えば、とある大西洋連邦の高官とか、大西洋連邦に強い繋がりのある資産家とフラガの名前を通して個人的に関係を結び色々と融通してもらった事があるくらいだけど…、それをこの二人は勿論、兄さんだって知る筈がないし。

 後に思い当たる事─────うん、ないな。やっぱりさっぱり分からん。

 

「俺が話を止めておいてあれだが、無駄話はここまでにしておく。…だがユウ、後でゆっくり話はさせてもらうぞ」

 

「分かってるよ。俺も、兄さんに話したい事がある」

 

「…二人共、これからどうしていくか考えてはいるか?」

 

 俺と少しの間視線をぶつけ合ってから、兄さんはラミアス大尉の方へと視線を移す。

 

「恐らく敵はまたここへ戻って来るぞ。何しろ、相手はあのクルーゼだ」

 

「クルーゼ…。っ、ラウ・ル・クルーゼですか!?」

 

 兄さんが口にしたその名に、ラミアス大尉は目を見開き、バジルール少尉は隠せない動揺が表出した。

 

 やはり、地球軍内でもラウ・ル・クルーゼという名は知れ渡っているらしい。勿論悪い意味で、だろうが。

 

「あいつはしつこいぞ。すぐにでも艦に戻って、戦闘態勢をとるべきだ」

 

 その言葉通り、すぐさまアークエンジェルのクルー達は艦内へと戻っていき、そして俺達もまた、ラミアス大尉と共に艦内のとある一室へと案内されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウ達を一先ず艦内の一部屋に案内した後、マリューはブリッジへと上がった。

 そこにはすでに操舵士、CIC達が戦闘準備を進めており、そしてまだこちらに来て間もないムウへナタルが現状の説明を行っていた。

 

「…なるほど。となると、やっぱり俺達でどうにかするしかないな」

 

 ナタルからの説明を聞き終えたムウは、口元に手を当てながら考え込む所作を見せる。

 いや─────それは考えるというよりも、迷ってる、と表現した方がしっくりくるようにマリューは今のムウの姿を見て感じた。

 

「…あの二人に力を借りましょう」

 

 ムウとナタルの顔がこちらへ向けられる。

 

 自分が今、何を言ったのかマリューは自覚をしていた。しかし、現状をどう考え、整理しても、今の自分達でこの状況を乗り越えるのは不可能だという結論にしか至らない。

 

 脳裏に過る、少年と少女─────ユウ・ラ・フラガとキラ・ヤマトが実現してみせたスピリットとストライクの動き。

 …あの少年が、()()ユウ・ラ・フラガだというのなら、スピリットの動きも納得出来てしまう。

 そしてストライク。マリューは、あのキラ・ヤマトという少女がただの民間人には思えなかった。初めてにしてあの操縦技術、そして戦闘中にもかかわらず成し遂げてしまったOSの書き換え。

 恐らく、あの少女は─────いや、今はそんな事はいい。とにかくザフトの追撃から逃れる為には、二人の力がどうしても必要だった。

 

「これ以上、軍の機密に触れさせる訳にはいきません!」

 

「でも今、あの二機を動かせるのは彼らしかいないわ」

 

「…フラガ大尉がいます。貴方なら…」

 

「おいおい、あの二人が書き換えたOS見てないのか?あんなの、普通の奴が動かせる訳ないだろ。…ユウ、弟は正真正銘のナチュラルだが、あのキラっていうあの子、多分コーディネーターだ」

 

 ナタルが、そして戦闘準備を進めていたクルー達も一瞬手を止め、驚きの目をムウへと向けた。

 ムウは、マリューと同じ予感を感じていたのだ。ストライクを操縦してみせたあの少女、キラ・ヤマトはコーディネーターだと。

 

「それでは尚更任せる訳にはいかないでしょう!我々が戦っている相手に軍の機体を─────」

 

「俺達が戦ってるのはザフトだ。コーディネーターじゃない」

 

 勢いづくナタルの言葉を遮って、ムウが瞳を鋭く光らせながら割り込む。

 

「俺達が戦っている相手と、あの嬢ちゃんは何の関係もない。そこを履き違えるなよ、バジルール少尉」

 

「…はい」

 

 そこはかとなく納得し難い雰囲気を漂わせながらも、今の発言が失言だという事だけは理解したのだろう。ムウの言葉に大人しく頷くナタルだった。

 

「…だからって、俺達地球軍とも何の関係もないんだけどな。ただ、艦長の言う通りだ。二人の力を借りるしかないだろ」

 

「…ですが、その内の一人は、貴方の弟です」

 

 自分から巻き込んでしまおうと提案しておきながら何を言っているのだろう、とマリュー自身も思ってしまう。それでも、確認しなければならなかった。

 

 本当に、それでいいのか、と。

 

「仕方ない…なんて、割り切れねぇよ。俺がパイロットになったのは、あいつを守る為だったんだぜ?それが今やあいつの力を借りねぇと生き延びれないなんてさ。…情けなくて、泣きたくなっちまうよ」

 

 諦め、開き直ったかのように聞こえたムウの声が、言葉が進むごとに震え始めた様に聞こえるのは気のせいだと、マリューは思う事にする。

 

 ムウは微かに目を潤ませながら、更に続けた。

 

「それに…あいつが言った俺に話したい事ってのは、多分これだろうしな」

 

 何はともあれ、結論は出た。この場を乗り切る為に、民間人ではあるがユウ・ラ・フラガとキラ・ヤマトにそれぞれスピリット、ストライクに搭乗してもらう。

 その説得役にはマリューが買って出る事となり、すぐさまマリューはユウ達がいる、つい先程案内した船室へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの中のとある一室にキラ達と一緒に案内された俺は、軍人達が乗り込むこの場で無断で機体に乗り込むなんて出来る筈もなく、ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。

 

 言うまでもないが、その間俺はキラ達と一緒に居た。普通に気まずかった。

 何しろ彼らとは初対面だし、それなのに一緒の空間に居るという状況は本当に気まずかった。

 

 …たまにキラがちらちらとこちらを見てくるのは何だったんだろう?という、少々引っ掛かる事はありながらも、キラ達の会話に黙って耳を傾けながら俺は部屋の隅の方で壁に寄り掛かりながら立っていた。

 

 おいそこ、盗み聞きとか言うな。仕方ないだろ、同じ室内に居るんだから、話が聞こえてくるのは不可抗力だ。

 

 そうしてじっとしていると、俺達の前にラミアス大尉が現れ、そして彼女は俺とキラの名前を呼んだ。

 そして彼女の口から語られたのは、もうじきザフトの追撃が来るという現状と、ザフトの追撃から逃れる為に俺達の力を借りたいという要請だった。

 ラミアス大尉は直接的に言いはしなかったが、要するに俺とキラにまた、モビルスーツに乗ってほしいという事だった。

 

「お断りします!」

 

 その要請を即座に断ったのはキラだった。

 

「私は…私達は戦争が嫌で、中立の国に住む事を選んだんです!…この人の言う通り、外の世界では戦争をしている。だからいつか、戦いに巻き込まれるかもしれない。それは今、この瞬間に実感しました。でもだからって、自分から戦いに飛び込んでいくのは違う!そんなのは、私は御免です!」

 

 それは当然の反応だ。戦火に巻き込まれた、それはまだいい。納得し難いが、それが今の現実な以上キラは受け止めるしかない。

 だがそれと、自ら戦火に飛び込んでいく事は全くの別物だ。

 

 兵器を取り、人を撃つ。本来、心優しい性根の持ち主であるキラ・ヤマトには、向いていないのだ。

 

 …お前がそれを選ぶなら、俺が肯定しよう。キラ・ヤマトという戦力の穴は、俺が埋めよう。

 

 どこまで出来るかは分からない。だが─────ラウ・ル・クルーゼは、ナチュラルの身でありながらその才能と途方もない努力の末、コーディネーターの軍隊、ザフトのトップガンと登り詰めた。

 

 ─────奴に出来て、俺に出来ない道理はない。

 

「俺は構いませんよ」

 

「えっ─────」

 

 ラミアス大尉が目を見開き、キラもまた信じられないと言わんばかりの目で俺を見上げる。

 

「…良いのですか?」

 

「誰かが行かなきゃ、この艦は沈む。俺の力でそれが避けられるなら、喜んで乗りますよ」

 

 元々そのつもりだった、とは口に出さない。

 

「ありがとうございます…。それじゃあ申し訳ないのだけれど、すぐにスピリットで待機していてほしいの。ついてきてもらえる?」

 

 恐らく、俺を格納庫へと案内するつもりなのだろう。俺がここへ来ている間に、スピリットはアークエンジェルへと収容されている。

 

 先導するラミアス大尉に続いて、俺も歩き出す。

 

「待ってっ!」

 

 その時、背後から声が上がり、俺とラミアス大尉は同時に足を止めて振り返る。

 

 振り返った先には、俺達の方へ手を伸ばし、こちらへ来ようとしたのか片足が半歩前に出た体勢のキラが居た。

 

「…どうした?」

 

 何故俺達を呼び止めたのか分からない。キラはラミアス大尉ではなく俺の方を見ていた為、俺から尋ねる事にした。

 

「あ─────う…」

 

 しかし返ってくるのは要領の得ない、小さなかすれ声だけ。

 

「…悪いけど、時間がないみたいだから。君はすぐに戻って、友達と待っててくれ」

 

 そう言って再度俺は歩き出そうとして─────

 

「ま、待って!私も!」

 

 今度こそ聞こえて来たキラのその言葉に、思わず驚き目を見開いてしまう。

 

「…君が行くなら、私も行く」

 

 その言葉はハッキリと、決意が籠もった瞳と共に、俺へと投げ掛けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE05 崩壊の時





久々の戦闘描写、書くのは凄く楽しかった。
だけど書き終わってから思う。主人公強くしすぎたかな?

…まあ、フラガだし!のノリなPHASE05をどうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、ユウ達がアークエンジェルに搭乗する少し前──────

 

 一時撤退を余儀なくされたクルーゼは、その旨を母艦であるザフト戦艦()()()()()()へと通信にて伝え機体を走らせていた。

 

 ムウが駆るメビウスゼロとの戦闘の余波により、破片が宙に浮かぶ港を通り抜け宇宙空間へと飛び出るシグー。

 

 クルーゼを迎えに来たのだろう、すでにヴェサリウスはヘリオポリスの近くにまでやって来ていた。艦の収容口が開き、クルーゼはそこへ機体を飛び込ませる。

 

 緊急の着艦ネットがシグーを保護し、飛び込んだ勢いを殺す。

 機体の動きが完全に止まったのを確かめたクルーゼは、すぐにハッチを開けてコックピットを飛び出した。

 

「クルーゼ隊長!」

 

 そんなクルーゼを出迎えたのは、緑の軍服を着たミゲル・アイマンと、赤の軍服を着た少年アスラン・ザラ。

 

「隊長。一体、何が…?」

 

「あの二機は!?」

 

 機体には目立った損傷はない、にもかかわらず撤退してきたクルーゼに戸惑いながら、その理由を尋ねたのはアスラン。

 そして、続けてまだヘリオポリスに残っている新型モビルスーツ二機の状態についてミゲルが問い掛けた。

 

 クルーゼは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()口を開く。

 

「あの二機はまだ生きている。それに、情報にない新型の戦艦の乱入に遭った」

 

「戦艦ですって!?」

 

「あれらをこのまま放置する訳にはいかない。急ぎD装備を準備し、沈めに行け!」

 

 再出撃の準備をしていたミゲル、そして共に出撃予定の二人のパイロットがクルーゼに向けて敬礼を返した後、それぞれ搭乗する機体へと向かっていく。

 

「隊長!私も行かせてください!」

 

 直後、アスランが声を張り上げた。

 

 いつもは冷静沈着なアスランが珍しく感情を荒げるその様子に、クルーゼは僅かな驚愕を覚えつつ、隊長として冷静な判断を下す。

 

「君には機体がないだろう、アスラン」

 

 今回の任務は、地球連合軍の新型機動兵器の奪取。その為、アスランの愛機は本国へ置いてきていた。

 

「しかし─────」

 

「今回は譲れ。ミゲル達の悔しさも、君と変わらんよ」

 

 アスランの肩に優しく手を置きながらそう声を掛け、クルーゼはその場を去る。

 

 アスランが自身の背中をじっと見つめている事に気付きながら、構わず格納庫を出たクルーゼはそのままブリッジへ─────は行かず、一度艦長室へと寄った。

 開いた扉から室内へと飛び込み、背後で扉が閉まる音を聞いてからクルーゼは、今までずっと()()()()()()()()()()を解放する。

 

「─────っハハハ。ハハッ、ハハハッ!ア───ハッハッハッハッハッ!!!」

 

 笑いが止まらない。余りに嬉しく、余りに憎らしく、そんな矛盾した感情から湧き上がってくる悦の感情を、どうしても止める事が出来なかった。

 

「…いかんな。これでは、今まで被ってきた仮面が台無しだ」

 

 嗤い続けた果てに乱れた息を整えながら、クルーゼは自身の感情を調節する。

 

 生きる目的を定めたその日、その瞬間から被り続けた仮面を、クルーゼは再度被り直す。

 そしてクルーゼは今の自分がいるべき場所へと、ザフトのトップエース、ラウ・ル・クルーゼとしての自分を定めてから、艦長室を出る。

 

「さて…。まずは小手調べだ、ユウ・ラ・フラガ。君の力を見せて貰おう」

 

 呟きは微かに、ブリッジへと上がったクルーゼの耳に飛び込んで来たのは、奪った機体─────X303イージスに乗って、アスランがミゲル達と共に出撃したという報だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺は構いませんよ』

 

 その言葉を聞いた時、何故だろう。この人を一人で行かせちゃいけない、と思った。

 自分でもおかしいと思う。だって、この人と会ったのは今日が初めてで、会ってからも碌に喋ってもいない。

 

 なのに─────どうして私はこんなにも、この人が気になるの?

 どうしてこの人を見ていると…、この人の近くに居ると温かく感じるんだろう?

 

 初めてこの人と目を合わせたあの時、形容し難い感覚が私の全身を過った。

 生まれて初めての感覚で戸惑ったけど、不快には感じなくて、むしろその感覚に温かさを覚えて─────。

 

『君が行くなら、私も行く』

 

 ユウ・ラ・フラガ。そう名乗った彼と一緒なら、さっきまであんなにも怖いと感じていた戦場も大丈夫。

 気付いた時には、私は自分も戦場に出ると口にしてしまっていた。

 

「…えっと、ヤマトはどうして戦場に出るって言ったんだ?」

 

 今、私はストライクのコックピットに居る。コックピット内のスピーカーから聞こえてくるのは、通信が繋がっているもう一機のモビルスーツ、スピリットのコックピットに居るユウ・ラ・フラガの声。

 モニター画面が浮かび、そこに映される彼の顔。彼は不思議そうに私の顔を見ながらそう尋ねて来た。

 

「…私が戦わないと、君が一人になるでしょう?」

 

「…俺の為?」

 

「うぅん。それもあるけど…、もう一つ、確かめたい事があるの」

 

 この人を一人で行かせたくない。その気持ちは本当だけどもう一つ、戦場に出ようと私を決意させた理由があった。

 

 ─────アスラン。

 

 それは、マリュー・ラミアスと名乗ったあの人とストライクに乗り込む前。彼女に襲い掛かるザフト兵、ヘルメットが邪魔でハッキリと見えた訳じゃないけれど…、名前を呼んだ時、私の名前を呼ぶ声が微かに聞こえて来た。

 

 月の幼年学校で一緒になり、同じコーディネーターという事もあって仲良くなり、親友ともいうべき存在。

 

 ─────本当に君なの?アスラン…。

 

 知りたい。本当にあのザフト兵が彼なのか。もしそうだとしたら、どうしてあんなにも戦争を嫌っていた彼が、ザフト兵になんてなったのか。

 

「…よく分からないけど、無理はするなよ。ヤマトは無理せず、艦の周りに居てくれたらいい」

 

「そんなの、私が一緒に居る意味がなくなっちゃうよ。…怖いけど、大丈夫。私も戦うから」

 

 胸の内の感情が顔に出てしまっていたのか、画面に映る顔が心配げな表情を浮かべていた。

 私を気遣うその言葉を嬉しく感じながら、それでもその提案は断らせて貰う。だって、その言葉通りにしたら、私がこの機体に乗る意味がない。

 

 今言った通り、戦場に出るのは怖い。こうして兵器に乗り込んでいるという、この現状ですら今の私には怖い。

 

 だけど、戦うと決めたんだ。この人と一緒に、この艦を─────この艦に乗っている友達の為に。

 

「それと、キラで良いよ。皆そう呼んでるから」

 

「そうか。…なら、俺もユウで良い」

 

「うん。ユウ、頑張ろうね」

 

 私がそう呼び掛けると、彼─────ユウは無言で頷いてから通信を切った。

 浮かんでいたモニターは消え、目の前に見えるのはストライクが映すメインカメラの映像のみとなる。

 

「すぅ─────はぁ」

 

 大きく深呼吸をする。それでも大きく高鳴る心臓の鼓動は落ち着かず、操縦桿を握る手には汗が滲む。

 それでもそこから手は離さず、むしろその手に更に力を込めたその時だった。

 

「ユウ君!キラさん!」

 

 聞こえて来たのはさっきまで話していたユウとは違う女性の声。

 

 それが、戦闘開始の合図なのだと、言われる前に私は悟るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …何かキラちゃん、決意固まってない?

 この頃のキラは友達を守る為に嫌々ストライクに乗ってる筈なんだけど─────いや、キラちゃんも乗りたくて乗ってる訳じゃないとは思うんだけど、なーんか原作キラ君ほどストライクに乗る事への抵抗が感じられない。

 

 俺に話してくれたストライクに乗る理由だって、確かめたい事ってのは十中八九アスランの事だろうけど、それに加えて()()()()()()()()()って…、早速ちょっと原作崩壊始まってません?大丈夫なのこれ?

 

 …ま、まあ大丈夫かどうかは今は置いといて、キラちゃん…本人から許可を貰った事だしこれからはキラと呼び捨てさせて貰おう。キラが一緒に出撃してくれるのは大いに助かる。

 特に、恐らく来るであろうアスランが乗るイージスの足止めを間違いなく行ってくれるのは大きい。この段階ではアスランはキラを撃てないだろうし、キラがここで死ぬ可能性はゼロ近い。

 

 となれば、俺は残るジンの相手に集中できる。

 

「ユウ君!キラさん!敵が来たわ!」

 

「っ…、出ます!ハッチを開けてください!」

 

 突如通信から聞こえてくるラミアス大尉の声。それが何を意味するのか、言われるまでもなく悟った俺は意識を切り替える。

 

 これが二度目の戦闘─────初めての戦闘でジンと対峙した時よりは、それこそクルーゼのシグーと対峙した時よりも今の俺は聊か落ち着いていた。

 

 …原作でもバルトフェルドさんが言っていたな。「人は慣れる」って。

 

 構うものか。そのお陰で落ち着いて戦えるのなら、いくらでも慣れてやる。

 

 目の前のハッチが開いたのを見てから、フットペダルを力一杯に踏み込む。

 

 スラスターが吹き、機体が高速で空へと飛びあがる。

 

「!こいつ…っ!」

 

 最初のジンとの戦闘はスラスターを全開で吹かせる事はなく終了した。

 つまり初めて、俺はこのスピリットという機体の全開をその身に経験している。

 

 凄まじい加速と速度。パイロットスーツを着ていない体に掛かるGに、思わず歯を食い縛る。

 

「この速度…、なるほど!武装が少ないシンプルな機体な訳だ!」

 

 要するに、速さに物を言わせて近付いて斬れ、という事なのだろう。

 近接武器が二本ある癖に、遠距離武器がビームライフル一丁だけというのが良い証拠だ。

 

 だが、それもいいかもしれない。

 ブリッツの様な豊富な武装と優れた隠密性とは真逆の脳筋機体。色々と考えず、近付いて斬るがコンセプトの機体。

 

「やってやるさ!」

 

 センサーには四つの光点。ジンが三機とイージス一機、原作通りの布陣だった。

 

 スラスターを吹かせたまま俺は先行し、ザフト機の集団へと突っ込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ!こいつ、速い!」

 

 スピリットの先行はユウも思いもしなかった効果を生んでいた。

 

 ザフト側からすれば、センサーに映るスピリットの速度は異常でしかなかった。

 あっという間に、先程まで点ほどにしか見えなかったその機影が見る見るうちに近付き、大きくなっていく。

 

「落ち着け!全機散開!絶対に固まるなよ、一気に刈り取られるぞ!」

 

 ミゲルの指示が飛び、三機のジンとイージスが進路を変えてバラバラになる。

 

「っ─────」

 

 その様子を見たユウは視界を回し、内一機のジンに狙いを定める。

 

 ビームライフルは、一度目のジンとの戦闘時と同じく使えない。ユウに取れる作戦は、相手の懐に飛び込みビームサーベルで敵を斬り飛ばすのみ。

 

 出来る事が一つだけというのが、今のユウには功を奏する。ただその事のみに集中、それが余計な雑念を拒んで居た。

 

「お、俺を狙って…」

 

「オロール!くそっ、この野郎っ!」

 

 スピリットに狙われたジンは機体を反転してその場から離れる。

 

 僚機を追い掛けていくスピリットに気付いたミゲルが慌てて追い掛けていく、が、双方の速度の差は歴然だった。

 

「これでも喰らえっ!…駄目だ、速すぎる!?」

 

 ジンは再度機体をスピリットへと向け、ポッドよりミサイルを発射する。

 

 だが、ミサイルはスピリットを捉える事なく空を抜け、コロニーの地面へ降り注ぐのみだった。

 

 現在、ミゲル達が乗るジンが装備しているD装備は、敵拠点を破壊する事を目的とした重装備だった。

 

「当たれ!当たれ!当たれぇぇぇええええええ!!」

 

 半狂乱の状態でミサイルを連射するオロール機。だがその全てがスピリットに当たる事なく、ただヘリオポリスを破壊していくのみ。

 

「オロール!オロール!!これ以上撃っても無駄だ!まずは装備を外して─────」

 

 ミゲルが何かを言い切る前に、スピリットがオロール機の懐へと飛び込む。

 

 ビームサーベルを振り上げて一閃、オロール機のD装備の片側を斬り落とす。

 続け様に振り下ろして二閃、D装備の残ったもう一方を斬り落とす。

 流れるようにして左薙ぎの三閃、ジンのメインカメラを斬り落としてからスピリットはコックピット付近に蹴りを入れてオロール機を地面へと叩きつけた。

 

「くっ…!マシュー、装備を外せ!あの機動力を相手にするのにこいつは邪魔にしかならん!アスラン、お前もこっちに─────」

 

 僚機がやられた動揺を抑え付け、ミゲルはリーダーとして気を飛ばす。

 自身と同じくジンに搭乗したマシューに今度こそD装備を外すよう指示を出してから、続けてミゲルはアスランが乗るイージスへ指示を飛ばそうとするが、すでにミゲルの視線の先で、イージスはアークエンジェルから出撃していたもう一機の機体、ストライクとの交戦に入っていた。

 

「くそっ!マシュー、回り込め!正面は俺が抑える!」

 

「来るか!」

 

 ミゲルのジンが重斬刀を構えてスピリットへ突貫する。

 

 それに対したユウのスピリットもまた、サーベルを片手に、もう一方の手には対ビームシールドを構えてジンを迎え撃つ。

 

 振り下ろされるジンの重斬刀を、シールドで弾く。対ビームを想定したシールドだが、耐衝撃性にも優れていた。

 剣を弾かれたジンのメインカメラ目掛けて、ユウはサーベルを突き立てる。

 

「っ!?」

 

 しかし、その斬撃は空を切る。

 視界からジンが消え、その直後にコックピット内に強い衝撃が加わる。

 

「ぐぁぁぁああああ!」

 

「機体は確かに上等だろうよ!だが、パイロットの腕は俺が上だ、ナチュラルが!」

 

 口から飛び出る悲鳴。それでも目だけは開け、手も操縦桿から離さない。

 

 フットペダルを踏み、落ちていく機体を立て直す。直後、スピリットを蹴り飛ばしたジンを狙った光条が視界を横切る。

 スピリットのピンチに反応したアークエンジェルが、ミゲルのジンへと反撃を始めたのだ。しかし、ジンはひらりとビームを躱すと、その背後、コロニーのメインシャフトに反撃のビームが命中してしまう。

 

「っ、ダメだ兄さん!これ以上はヘリオポリスが落ちる─────っ!」

 

 アークエンジェルへと、自らの兄へとユウが呼び掛けた直後、機体のセンサーが敵機の接近をユウへと報せる。

 

「落ちろぉぉおおおおおお!!」

 

 それは、ミゲルの指示通りにスピリットの背後へと回り込んだマシュー機。

 

「いくらフェイズシフトだろうと!」

 

「それは見えている!」

 

 重斬刀をスピリットのコックピットへと突き立てようとするマシュー機の動きを、ユウは機体を翻す事で回避。

 その勢いのまま機体を回し、サーベルを振り抜きマシュー機のメインカメラを斬り落とす。更に今度は左手のシールドを振り抜いてマシュー機を弾き飛ばした。

 

「マシュー!?くそっ、貴様ぁぁぁああああああ!!!」

 

 コックピットは二機とも生きている。しかし、遭えなくあしらわれる仲間達の姿に激昂したミゲルが突撃銃をスピリットへと向けた─────直後だった。

 

 鳴り響く爆音に二機の動きが止まる。

 

 それは、必然の出来事だった。

 戦闘の余波により、コロニーの地表は罅割れ、内壁もボロボロ。その上、先程のアークエンジェルの砲撃によりメインシャフトの一部が吹き飛んでいる。

 

 ここまで持ったのが、奇跡だったのだ。

 

 瓦礫が舞い上がり、コロニーの崩壊が始まる。

 

 崩壊の隙間から覗く漆黒の宇宙空間。

 

 同時に、スピリットとジンの二機は急激な減圧により、別の方向へと吸い出されていく。

 

「キラ─────!」

 

 離れていくミゲルのジンなど、最早意識の外だった。

 

 回るコックピットの中で、それでもユウはストライクを、キラの姿を探す。

 

 しかし、最悪と言えるこの状況では視界を確保する事すら難しい。

 

 スラスターを全開にするも、機体は飛ばされていく。

 

 ユウを乗せたスピリットは、外界へと投げ出されてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE06 普通の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界の崩壊─────そうとしか言い表せない光景を、キラはストライクのカメラを通して目の当たりにした。

 

 ユウについていくと決め、ストライクに乗り込み出撃をしたキラ。

 あっという間に先行していき、ザフト機の集団へと飛び込んでいくスピリットを追い掛けるストライクの前に飛び込んで来たのは、装甲を赤に染めた機体イージスだった。

 

 未だ続く電波妨害の中でも、距離が近付いた事によりイージスから投げ掛けられた通信がストライクと繋がり、キラはイージスのパイロット─────かつての親友、アスラン・ザラと言葉を交わした。

 

『どうして君が地球軍に…モビルスーツなんかに乗っているんだ!?』

 

『君こそ、どうしてザフトなんかに!』

 

 とはいえ、碌に会話など出来なかった。何しろ、二人が邂逅を果たしている間に、スピリットは短時間で二機のジンを行動不能にしてしまったのだから。

 

 仲間のピンチを察したアスランがキラを置いて、最後に残ったジンの援護へと向かおうとし、キラがその後を追い掛けようとした、その時。

 ヘリオポリスが崩壊し始めたのだ。

 

 そして何が起きたか分からないまま、現在へと至る。

 

 揺り回されるコックピットの中、何とか意識を失うのを耐えたキラが目にした光景がこれだ。

 

 キラ達にとっての平和の象徴、つい先程までこんな事になるなど露知らず、笑って過ごしていたヘリオポリスはただのデブリの密集地となり果てた。

 

「お父さん、お母さん…。大丈夫、二人共避難できてる筈…大丈夫…」

 

 自分はこうして、モビルスーツの中で生きている。

 そんな中、キラがまず思い浮かんだのは両親の笑顔だった。

 

 二人は一体どうなったのか─────いや、ヘリオポリスの脱出ポッドで逃れている筈だと自分に言い聞かせ、何とか気を落ち着かせる。

 大丈夫の筈なのだ。キラ達の家は、先程戦闘が行われた場所からやや離れた所にある。ならば、そこから近い所へ避難している筈だし、あの戦闘の余波は届いていない筈。

 

「…ユウ。ユウは!?」

 

 二人は無事だと、根拠はない断定をしたその次にキラの脳裏に浮かんだのは、一緒に出撃をした少年の顔。

 

 一緒に出撃したにも関わらず、気付けば離れた所に行き、一人で戦いを始めてしまったユウは、ヘリオポリス崩壊にて起こった急減圧により、ストライクから大きく離されてしまった。

 ユウだけではない。アークエンジェルの姿もまた、肉眼は勿論、センサーからも確認はできない。

 

 どれだけ目を凝らしても、見えるのは無重力を浮く瓦礫と底が知れない宇宙の暗闇だけ。

 

「…ラ…き…!キラ!聞こえるか、返事をしろ!」

 

 脈絡なくキラの全身に纏わりつく孤独感に押し潰されそうになる、その瞬間に聞こえて来たのは、自分の名前を呼ぶユウの声だった。

 

 気付けば、センサーにはX106、スピリットの型式番号と光点が映されている。

 

「ユウ!」

 

「…無事だったか。こっちの位置はセンサーで分かる筈だ。アークエンジェルも近くに居る。ストライクは動かせるか?」

 

「うん。…ありがとう」

 

 モニターに映されるユウの顔。キラは自覚しつつも、安堵の笑みを抑える事が出来なかった。

 

 しかし、互いの無事を確認できた事で安心したのはユウも同じだった。

 キラと同じく、通信を通して相手の顔を見たユウもまた、一つ息を吐いてから微かに微笑んでいた。

 

 キラは自分を心配し、探してくれていたユウへお礼を言ってから、ストライクをゆっくりとスピリットが居る方へと動かす。

 お礼を言われたユウが不思議そうな顔をしているのが可笑しくて、つい笑みを吹き出してしまった─────。

 

「あれは…?」

 

「どうした?」

 

 キラはふと、モニター越しに見えた物にストライクを止めた。

 

 キラが見たのはコロニーから射出された脱出ポッド。だが、何やら様子がおかしい。

 射出された際に不具合があったのか、はたまた射出された後にトラブルがあったのか。定かではないが、カメラをズームして見ると、ポッドの一部が欠けているのが分かった。

 

「キラ?」

 

 突然動きを止めたストライクが、更に突然明後日の方へと動き出した。ユウからすればそうとしか見えないのだから、怪訝に思うのは当然だろう。

 しかし、キラは迷わなかった。目の前で危機に晒されている命を、見て見ぬフリなど出来る筈がなかった。

 

 キラは脱出ポッドを慎重に回収し、再び機体をスピリットへ、アークエンジェルへ向けて動かすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 距離を離されてしまったアークエンジェルとストライクを発見した俺は、キラと一緒に機体をアークエンジェルへ着艦させる。

 その途中、ストライクが突然明後日の方向に動き出したかと思えば、すぐにこちらへ戻ってきて、初め何をしているのかと不思議に感じたが、戻ってきたストライクの手の中にあった物を見て俺は納得した。

 

 ヘリオポリスの脱出ポッド。原作と同じ行動を、この世界のキラもとったのだ。

 

 この後、キラはバジルール少尉に小言を言われるのだろうが、人命救助である以上そう強い事は言われないだろう。

 

「キラ!」

 

「フレイ!」

 

 しかし、これは一体どうした事か。

 確か原作では、この時点でのこの二人は顔と名前こそ知り合ってはいたが、話した事はない程度の間柄だった筈なのだが。

 ポッドから出て来たフレイがキラの顔を見た瞬間、輝くように笑顔を浮かべてキラへと寄っていく。キラもまた、そんなフレイの様子を見て表情を明るくさせ、そして二人は互いの名前を呼び合いながら抱き締め合う。

 

 …もう一度言おう。これは一体どうした事か。

 

「キラ、知り合いか?」

 

「ユウ!うん、同じカレッジの友達。フレイ・アルスター」

 

 うん、名前は知ってるんだ。口が裂けても言えないけど。

 だけど、今君、友達って言った?フレイと?

 

 …キラの性別が女だから、それが影響して原作時から交友関係に変化が起きている?

 

「フレイ、この人はユウ。ユウ・ラ・フラガ。避難する途中で知り合ったの」

 

「…ふーん?キラが異性を名前で呼ぶなんて珍しいじゃない。しかも知り合ったばっかりで。…もしかして」

 

「っ、ち、違うよ!?別にフレイが考えてるような事じゃないから!?」

 

「えー?キラは一体、私が何を考えてるって思ったのー?」

 

「~~~~~~っ!フレイっ!!」

 

 年頃の女の子二人による、如何にも()()()会話を聞きながら思う。

 

 原作でのあれこれもあって、フレイは物語の中で歪んでしまった。だけど本来のフレイは、今の彼女の様な、女の子らしい女の子なのだ。

 友達と一緒に喋って、笑って、そんな普通の女の子なのに─────。

 

「…」

 

 …うん、今はフレイの事は置いておこう。彼女の対応はキラに任せておけばいいだろう。フレイにとっての分岐点が起こるのは、まだもう少し先の事だ。

 

 それよりも今は、この艦が次にどこへ行くか、だ。

 原作通りならば、これからアークエンジェルは補給の為にアルテミスへ向かう。だがそこで受けた対応はこちらが期待したものとは程遠く、挙句にミラージュコロイドを駆使したブリッツにアルテミスが襲われてしまい、そのどさくさに紛れて脱出するも結局補給は受けられず、という散々な結末だった。

 

 といっても手元にブリッツがない以上、アルテミスに行っても何ら問題はないんだけどな。多分、追い掛けて来たクルーゼ隊が原作通りにアルテミスに侵入してくるだろうし。

 因みに、思惑通りにブリッツが手に入った場合のアルテミスルートについても考えてはいた。俺の伝手を活かした脅しをガルシアに仕掛けるという、超絶脳筋ルートだが。

 

「もう知らないっ!ユウ、行こう!」

 

「え?…あの子はいいのか?」

 

「知らないもん!」

 

 俺が思考している間にキラとフレイは何やら決裂してしまったらしく、プリプリと怒った様子のキラが、俺の手を掴みそのままどこかへ去ろうとする。

 手を掴まれた俺は抵抗しないまま、キラの後についていくが─────この子、気付いてんのかな?怒りのあまり気付いてないんだろうな、俺の手を握ってる事に。

 

「あぁっ、待ってキラ!せめてサイの所に案内してよ!」

 

「知らないっ!自分で探せば!?」

 

「そんな、置いてかないで!愛しの彼氏と手を繋いでデートしたい気持ちは分かるけど!」

 

「誰が愛しの彼氏なの!?手を繋いでって、そんな事─────っっっっ!!?」

 

 あ、気付いた。

 

 フレイの指摘により自身の行動にようやく気付いたキラが、俺の顔と繋がっている手を交互に見てから、顔を真っ赤にして勢いよく俺の手を振り払う。

 

「フーレーイーっ!!!」

 

「な、何よ!今のはキラの自業自得でしょ!?私の所為にしないで!?」

 

 今度は二人による取っ組み合いが始まる。

 キラの服装はパンツスタイルだから良いとして、フレイはワンピースだから色々と危ない気がする。

 

 …うん、止めに入った方が良いな。

 そう思い、俺は取っ組み合うキラとフレイの方へと近寄っていく。

 

 何というか、平和だな。まだ状況は何も解決していない。敵は近くに居て、すぐにでもこちらへ襲い掛かって来てもおかしくないこの状況下で、それでも二人のやり取りを見ていると、どうしても微笑ましい気持ちになってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウがキラとフレイの喧嘩の仲裁に入ろうとした、それと同じ頃。アークエンジェルの艦橋では今後の艦の動き方について話し合いが行われていた。

 

 この話し合いの前に、キラがヘリオポリスの脱出ポッドを無断で回収し、アークエンジェルへ収容した事への対応についてナタルが色々と話し出したが、今はそれどころではない事と、キラが正規の軍人ではなく民間人であるため、軍法では裁けない事を理由にそれについては見送られている。

 

「ザフト艦の動きは?」

 

「…駄目ですね。ヘリオポリスの残骸が多すぎて、探知できません」

 

 ムウが振り向きながら尋ねると、索敵担当のクルー、ジャッキー・トノムラ伍長が頭を振りながら答える。

 

 アークエンジェルの周囲では崩壊したヘリオポリスの破片が散らばり、無数に漂っている。

 これのお陰で、敵艦の位置が全く掴めないのだ。

 

「そうか。ま、それは向こうも同じだろうし、少しは安心だ。…で、これからどうする艦長?」

 

 ムウは今度はマリューの方へと振り向き問い掛ける。

 

 現状、敵はこちらの位置は掴めていない。だが、このまま動かず隠れている訳にもいかない。

 こうしている間にも、ザフトはこちらの索敵を続けるだろうし、見つかるのは時間の問題だ。

 それに、物資の問題もある。予定通りの発進ではなかった為、現在この艦にはろくな物資が積まれていないのだ。

 

 艦に備わっている戦力など、問題は山積みではあるが、まずは物資だ。そこの問題をクリアしなければ、何も始まらない。

 

「私は、()()()()()へ向かう事を推奨します」

 

「…アルテミス。やっぱり、そうなるわよね」

 

 ナタルが提案し、それにマリューが表情を曇らせながら反応する。

 ムウもまた、ナタルの提案を聞きながら僅かに表情を苦くさせた。

 

 アルテミス。マリュー達が所属している軍事組織、大西洋連邦と軍事同盟を結んでいるユーラシア連邦が所持している軍事衛星だ。

 

「受け入れてくれるかね?こっちはまだ公式発表もされていない、認識コードも持っていない、所謂存在しない筈の艦だぜ?」

 

「しかし、フラガ大尉もすんなり月へ行けるとは思っていますまい。至急、物資を補給しなければならないこの状況では、これが最善策かと」

 

「…そう、か。そうだよなぁ…。仕方ないか」

 

 未だ表情は苦いまま、されどナタルの言う事に一理─────どころではなく、むしろそれしかないと分かっているからこそ、ムウは素直に頷いた。

 

 そしてそれはマリューも同じだった。

 

 マリューが黙って三人の話に耳を傾けていたクルー達へ視線を配ると、艦橋内が慌ただしくなる。

 

「デコイ用意!発射と同時に、アルテミスへの航路修正の為メインブースターを噴射!」

 

 マリューの指示が艦橋内へ響き渡る。

 

「フラガ大尉」

 

「分かってるよ。二人に、いつでも出られるように待機しておくよう言っておく」

 

「…お願いします」

 

 ムウが何でもない様に、微笑みながらそう言う姿にマリューの胸の中で、ちくりと刺すような痛みが奔る。

 その痛みを感じる資格は自分にはないと分かっていながらも、ムウが自身のすぐ横を通り過ぎていくのを見送ってから、誰も見ていない艦長席で、マリューは無力さを感じながら強く拳を握るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦橋を出たムウは廊下を移動しながら、拳を力一杯握り締めていた。

 

 マリューと同じ、いや、それ以上の自身の無力さを感じながら握り締められた拳は、食い込んだ爪によって破れた皮膚から血が滴り落ちる。

 

「…やべ」

 

 まずい。こんなのをユウに見られれば、あの優しい弟はこの怪我を心配してしまう。

 ただでさえ、戦場に出て神経をすり減らしているであろうユウに、要らぬ負担を掛けてしまう。

 

 ムウは無造作に掌をズボンで拭き取ってから、再び移動を始める。

 

「アルテミスへのサイレントランニング。…およそ二時間ってとこか」

 

 ここからアルテミスまで、アークエンジェルの速度を考えれば二時間ほどで辿り着けるだろう。

 問題はその間、何事も起こらず無事に目的地へ辿り着けるかどうか。

 

「…頼むから、見つからないでくれよ」

 

 分かっている。

 恐らくこの航行の間にザフトに見つかってしまえば、自分の力だけでは艦を守れない。クルーゼに傷つけられたメビウスは、もう今は出撃可能まで修理されてはいるが、先の戦いで出撃したイージス─────それに加えてクルーゼのシグーが出撃してきた場合は、何も出来ないままに自分は落とされるだろう。

 

 最早、ユウともう一人の子供、キラの力を借りなければどうにもならない。分かってはいるが、それでも、ザフトに見つからずアルテミスに辿り着ければ、これ以上二人が戦わずに済むのだ。

 

 情けない。情けなくて、悔しくて、涙が出てきそうだった。

 

 それでも、今のムウが出来るのは、見つからない様に神頼みと、関係のない子供達に覚悟を決めておくように背中を叩きに行く事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作キラにはフレイへの淡い想いがありましたが、今作キラにはそれがありません。どころか同性による繋がりが生まれ、むしろ友達となってしまうという。
これによって、今後原作とは違う展開がそこそこ出てくると思います。何がどうなるとは言いませんが。


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PHASE07 友の為に





前回の話でお分かりと思いますが、今作のフレイは綺麗なフレイです。
という事で、綺麗なフレイのとくと喰らうがいい。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラとフレイの間に割って入り、未だ怒りが収まらないキラを何とか宥めてから二人と一緒に格納庫を出た俺は、食堂へ寄ってトール達と合流。

 そこでフレイとサイによる感動の再会を目撃してから、俺達は最初にラミアス大尉に案内された一室へと戻って来ていた。

 

「え!?この艦、追われてるの!?」

 

 意味が分からぬまま避難した脱出ポッドをストライクに回収され、そのままアークエンジェルへとやって来たフレイに、サイから現状の説明がされる。

 

「…ごめん」

 

「あ、うぅん、違うの!キラがポッドを拾ってくれなかったら、もっと危ない目に遭ってたかもしれないし…。だから、気にしないで?」

 

 フレイからすれば堪ったものではない筈だ。搭乗したポッドが故障し、極限の緊張からようやく解放されたかと思えば、実は危険度で考えれば今もそこまで変わらないという。

 

 サイの説明を受けた直後こそ驚愕の表情を浮かべたものの、落ち込むキラを笑顔で励まそうとする彼女の姿からは、原作で見せたキラを陥れようとするあの彼女の姿は全く想像できない。

 むしろ、今の二人はどう見ても、仲の良い姉妹にしか見えない。勿論、姉はフレイでキラは妹。

 

 …あれ、そういえば姉妹といえば、このキラはカガリとは会ってるんだろうか?

 そこまでは俺も介入してないし、原作の流れが変わるなんて事はないだろうけど、あそこでキラとカガリが会っていないと、キラの今後の精神衛生上あまり良くない気がする。

 

「けど本当、俺達どうなっちゃうんだろ」

 

 しょんぼりするキラの髪を優しく撫でるフレイという構図を、格納庫でのあのやり取りの時と同じく微笑ましく思いながら眺めていると、不意に力のない声でカズイが呟いた。

 

 不安に思うのは当然だろう。繰り返すが、この艦はザフトに追われている。ザフトを撃退し、追い返す事が出来れば良いが、今この艦内に居るどの民間人よりも詳しく現状を理解しているサイ達にはそれが難しい事もまた、理解していた。

 

 だからこそ、不安に思う。これから自分達はどうなってしまうのか。また、あの日常へと戻る事が出来るのか否か。

 …生きていられるのか否か。

 

「ユウ・ラ・フラガ!キラ・ヤマト!」

 

 その時だった。部屋の外から、フルネームで俺とキラを呼ぶ声がした。

 

 キラは驚きながら勢いよく、一方の俺はゆっくりと振り返り、声の主が誰なのか確かめる。

 俺の場合は見るまでもなく、誰が来たのか分かっていたけどな。

 

「キラはともかく、俺までフルネームで呼ぶ必要ある?」

 

「まあ、一応形式というか、礼儀というか…。お前らにこれから頼みたい事を考えるとな、こう呼ぶべきだって思ったんだよ」

 

「私達に頼みたい事って─────まさか」

 

 その言葉で色々と察する。

 今、兄さんは兄としてではなく、一人の軍人として俺の前に立っている事。そして、兄さんが俺達に頼みたい事が一体何なのか。

 

 キラも同じく、後者に関しては察しがついたようだった。

 

 キラと一緒に部屋の外へと連れ出された後、兄さんの口から現在の状況が俺達に語られた。

 今、アークエンジェルは迅速に補給をするべくアルテミスへと向かう。その際、ザフト艦に捕捉されないよう走行中はスラスターを一切吹かさないサイレントランニングという方法をとるという。

 しかし、万が一ザフトに見つからないとも限らない。その時に備えて、俺とキラにはスピリットとストライクに搭乗し、いつでも出撃が出来るよう待機していて欲しい。

 

 それが、兄さんが俺達に頼みたい事。

 

 …やっぱり、原作通りの航路をとったか。むしろその方が先の展開が読めるし、やりやすい。

 

「分かりました」

 

 その言葉を返したのは、俺ではなかった。

 俺も了承の返事をしようとは思っていたが、それよりも先にキラが口を開いた。

 

「…いいのか、嬢ちゃん」

 

「頼んだのはそちらなのに、どうして驚くんですか?」

 

 驚き目を見開いて、呆然と返す兄さんを見たキラが、小さく笑みを溢した。

 

「…嫌ですよ、また戦うなんて。本当だったら、貴方達の事なんて見捨てて逃げ出したい。だけど…、私は、私の友達を見捨てられない。それに─────」

 

「…?」

 

 キラの、自身の友人に対する思いの独白。その後、キラは俺に視線を向け見つめてくる。

 

 …何ぞ?

 

「一人で戦わせたくないから」

 

「…」

 

 ─────本当に不思議でならないのだが、どうしてこのキラはこんなに覚悟が固まってるの?しかも、どうして俺への好感度がこんなに高いの?

 

 まだ会ったばかりだよ?確かに戦場を共にしたし、そういった意味で絆とか感じたりしてるのかもしれないけど、それにしたっていくら何でも好感度高すぎない?

 

「あー…。兄からの忠告だが、こいつは苦労するぞ?」

 

「べ、別にそういうんじゃありませんから!」

 

 俺にはよく分からないが、兄さんの台詞はキラには意味が伝わったらしい、

 何で顔を真っ赤にして、こんなにも慌ててるのかは知らないが…。

 

「もし、ザフトからの襲撃があればその時は俺も出る。大船に乗ったつもりでいろよ」

 

「キラ。大船に見えるかもしれないけど、実は泥船だから気を付けろよ」

 

「おいっ!?」

 

「─────ぷっ、あははははは!」

 

 俺達兄弟のやり取りを見ていたキラが、耐え切れず笑い出す。

 それに釣られ、俺もつい笑ってしまい、そして大笑いする俺とキラを兄さんが苦笑いをしながら眺める。

 

 現状は全く予断を許さない。緊張感に満ちたこの状況で、こんな風に笑うなんて、バジルール少尉に見られれば何と言われるか。

 それでも、まあ、緊張で体がガチガチに固まるよりはずっと良いだろう。

 

 その証拠に、兄さんからの頼みを聞き入れた時には固かったキラの表情が、今は柔らかくなっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…サイ。あのモビルスーツに乗ってたのはキラだって言ったわよね」

 

「あぁ、そうだけど…」

 

「なら…、あのヘリオポリスで起きた戦闘は?まさか、あの時戦っていたのはキラだったって事?」

 

「…そうだ」

 

 先程のサイの説明からではいまいち読み取れなかった。その部分を、たった今行われていたキラ、ユウ、ムウの会話を聞いて察したフレイは改めてサイに確かめ、そして胸中に悲嘆が広がっていく。

 

「どうして…。どうして、あんなに優しいキラが、そんな事に巻き込まれなきゃいけないの…!?」

 

 その思いはフレイだけじゃなく、サイ達にも同じだった。

 

 優しくて、温かくて、よく笑い、すぐ照れて、すぐ泣いてしまう。

 そんな普通の女の子が、何故こんな事に─────戦争に巻き込まれてしまうのだろう。

 

「私─────」

 

 しかしそれと同時に、フレイの胸の中でとある思いが過った。

 

 フレイにとって、キラは妹みたいな存在だった。

 どうしても放って置けない、一人にしたら何をしでかすか分からない。自分を慕い、笑い掛け、喧嘩をした時には泣いて、自分が悪くない時でもいつも自分から謝って。

 

 例えキラが()()()()()()()()だとしても、そんなものはフレイには関係なかった。

 

 そんな彼女が、自分が見ていない所で一人、命の危機に晒されているのだ。

 だというのに─────自分はこんな所で何もせず、キラに守って貰っているだけで良いのか?

 

「決めた」

 

「フレイ?」

 

 そしてフレイは決断する。その決断をサイ達に打ち明け、するとサイ達はフレイを支持し、更に自分達もと次々と決断していく。

 

 違う世界線ではこの時、怯えて一人で震えるしか出来なかった箱入り娘は、ここには居ない。

 居るのは、一人の親友の為に勇気を奮い、立ち上がる強い少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦橋にけたたましい警報が鳴り響く。

 沈黙は破られ喧噪へ、クルー達はそれぞれの持ち場へと走る。

 

「大量の熱量感知、戦艦クラスと思われます!距離200、イエロー3317、マーク02チャーリー!進路ゼロシフトゼロ!」

 

「何だと!?同方向に向かっているのか!」

 

 報告から、感知した艦はこの艦と全くの同方向へと航行している。

 まさか気付かれたのか、とクルー全員に不安が過るが、それにしては二隻の距離は離れている。

 

 だが、気付かれていないのだとすれば偶然にしては出来過ぎている。

 

「目標はかなりの高速で移動中、横軸で本艦を追い抜きます!艦特定、ナスカ級です!」

 

「そうか…っ!先回りしてこちらの頭を抑えるつもりだ!」

 

 続けて入るオペレーターからの報告から、相手の狙いを悟ったムウが声を上げる。

 

「もう一隻、ローラシア級がいた筈よ!位置は!」

 

「本艦の後方、300に進行する熱源あり!」

 

「…やられたな。このままじゃローラシア級に追いつかれ、だが逃げようとエンジンを吹かせばナスカ級が転進してくるって訳だ。おい、二隻のデータと宙域図を貸してくれ!」

 

 状況は最悪に近い。アークエンジェルは二隻のザフト艦に挟み撃ちに遭い、逃げる事も出来ない状況へと追い込まれた。

 

 最早、とれる手は一つ─────交戦のみだった。

 

 しかしその状況の中で、たった一人ムウは思考を止めず、画面に送られてきた二隻のデータと宙域図を相手に睨み合う。

 

「な、何か策があるのですか?」

 

「しっかりしろ、艦長!それを俺達で考えるんだよ!」

 

 戦うのは自分達だけではない。本来前線へ出る必要のない─────出てはいけない民間人の力も借りているのだ。

 それなのに、大人が子供におんぶに抱っこでいて良い筈がない。

 

 ムウはマリューへ強く喝を入れた後、必死に思考を回し、打開策を組み立てるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一戦闘配備の命令が響き渡ったのは、パイロットスーツに着替える為に、キラと別れてそれぞれの更衣室に入った直後の事だった。

 急いで着ていた私服から青のパイロットスーツに着替え、ヘルメットを腋に抱える。

 

 それどころではないと分かってはいるけど、このパイロットスーツを自分が身に纏っている事へ少しの感動を覚える。

 俺、キラと同じ格好をしてるんだ…。あ、キラって原作の方ね?この世界のキラちゃんじゃないよ?俺は女装とかそういう趣味はないから。

 

 パイロットスーツの着用が終わり、更衣室を出たその時、同じく着替えを終えたキラが更衣室から出てきてバッタリ出くわす。

 

「うわっ、びっくりしたっ」

 

 俺からすればキラが飛び出してきたと見えた様に、キラからすれば俺が飛び出してきたと見えただろう。

 驚き、目を丸くしながら急停止するキラ。

 

 当たり前だが、パイロットスーツは体に密着した作りになっている。着た人のボディラインがよく現れてしまう。

 

 キラは今、女性用のパイロットスーツを着ている。簡単に言えば俺が着ているのが青で塗色されているのに対し、キラが着ているスーツはピンクに塗色されている。

 Destinyでステラ・ルーシェが身に着けていたあのパイロットスーツだ。あれを、今キラは着ている。

 

 回りくどくなってしまったが、何を言いたいのか。

 

 …こいつ、結構()()

 

 何がとは言わない。ただ、先程までのゆったりとした服装からでは見てとれなかったものが、今の服装ではハッキリと見えるようになったとだけ言っておこう。

 

「?どうしたの?」

 

「いや、何も」

 

 危ない、視線が向いてしまっていた事に気付かれていない。

 

 うん、この話はもうお終い。俺の煩悩もシャットアウト。気持ちを切り替えなければ、もうすぐ出撃なのだから。

 

 純粋なキラちゃんは俺の返事を信じ、一度笑顔で頷いてから俺と並んで格納庫へと向かう。

 

 …本当にごめん、大丈夫。もう二度とあんな不埒な目では君を見ないから。神に誓うよ。

 

 俺、神とか信じてないけど。

 

「キラ!」

 

「ふ、()()()?それに皆も…その格好は?」

 

 格納庫へと向かう俺達の前で、曲がり角から現れた数人の人影。

 その人達は俺達の姿を見つけた後、進路を変えてこちらへ、キラの名を呼びながら近付いてきた。

 

 キラは驚き、先頭に居るフレイの名を呼びながら、驚き目を丸くする。

 

 驚いたのは俺も同じだ。何しろ、トール、サイ、ミリアリア、カズイの四人はともかく、()()()まで士官服の格好をしているのだから。

 

「これ?艦橋に入るなら軍服を着ろって、あの小うるさい人に言われちゃった」

 

「艦橋って…えぇ!?フレイ、一体何を…」

 

 キラの動揺を他所に、フレイはくるりと回転しながらスカートの端を摘まんでキラへ微笑みかけながら、「似合う?」なんて問い掛けている。

 

 …あの、本当にこの人は一体誰?フレイさん、原作と様子が違い過ぎて眩暈がしそうなんですが。

 

「フレイがキラに守られるだけなんて嫌だって言い出してな。…俺達も、キラが心配だし。だから艦の仕事を手伝おうって事になったんだ」

 

「サイ…皆…」

 

 キラが呆然とフレイ達を見回し、そしてキラの視線を受けたフレイ達が笑顔で頷く。

 

 何とも心温まる、友人同士のやり取り。

 

 …それはそれとして、艦の仕事を手伝うっていう発案者がフレイだって?

 いや、ええっと、本当に失礼だけど、マジで君、どちら様?本当に貴女はフレイ・アルスターですか?あのワガママ箱入り娘でコーディネーター嫌いのフレイ・アルスターさんなんですか?

 

 原作の面影が!マジでこれっぽっちもない!どうして、こうなった!?

 

「それじゃあ、キラ。またね」

 

「頑張れよ!俺達も、艦から力を貸してるからな!」

 

 ミリアリアとトールが最後に声を掛け、彼らは去っていく。

 

 そんな彼らの背中を、キラは無言で見つめ、彼らの姿が見えなくなってからもその場に立ち尽くしていた。

 

 …嬉しいし、感激するに決まってるよな。大切な友達からそんな事を言われれば。

 だが悪いが、ここでこうして感激し続けている訳にもいかないのが現状だ。

 

「わっ」

 

「守らなきゃな。大切な友達を」

 

「…うん」

 

 キラの背中を強めに叩き、無理やり我に返してから声を掛ける。

 

 その言葉に、キラは微笑み頷いてから、俺と一緒に再び格納庫へと向かう。

 

 守らなきゃ─────俺がキラに掛けたこの言葉、キラが思っているであろう気持ち。

 俺もまた、同じだった。この世界じゃまだ会ったばかりの、友達とも呼べない間柄だが、あんなにも良い人達を死なせたくない。

 今のやり取りを見て、俺はそう思わされた。

 

「来たな」

 

 格納庫へ着くと、すでにパイロットスーツに着替えて待機していた兄さんが俺達を出迎えた。

 

 俺とキラは表情を引き締め、兄さんの前で立ち止まる。

 兄さんは俺とキラの表情を少しの間見つめてから、再度口を開いた。

 

「それじゃあ、作戦を説明するぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アスランは発進後、ガモフから出撃する機体と合流し、足つきを攻めろ。ミゲルは私と同行、足つきのモビルスーツ二機を足止め、或いは撃破する」

 

『『了解』』

 

 ヴェサリウスとガモフの接近を察知し、アークエンジェルが戦闘配備を進めていたその同時刻、同じくヴェサリウスでも戦闘配備が行われていた。

 

 クルーゼはシグーのコックピットに乗り込み、イージスに乗り込んだアスランと、ジンに乗り込んだミゲルの二人へ指示を出す。

 

『ですが、隊長自ら出撃されなくとも良いのでは?俺達だけでも充分かと思いますが』

 

「私とて、君達ならばやってくれると信じているさ。だが、念には念をというやつさ」

 

 クルーゼの指示に了承の意を二人が返した後、ミゲルが表情を僅かに険しくしながら口を開いた。

 

 ミゲルの言う通りではあった。クルーゼがいなくともヴェサリウスから二機、ガモフから三機のモビルスーツが出撃する。

 一方、アークエンジェルの戦力はモビルスーツ二機とモビルアーマー一機。その内、モビルアーマーはクルーゼのシグーとの戦闘で受けた損傷が修復したのか定かではない。

 

 数で言えば圧倒的にこちらが有利。その状況下で、隊長であるクルーゼ自ら出撃する必要性は薄いと、ミゲルは感じていた。

 ミゲルだけではなく、アスランも同じく、ミゲルと同様の表情を浮かべて通信を通してクルーゼの顔を見ている。

 

 その疑問に対し、クルーゼは簡潔に答えを返す。

 

 念には念を、そう言われてはアスランもミゲルも何も言い返せなかった。

 何しろ、自分達は数的には有利な状況で、スピリットとストライクを落とす事が出来なかったのだから。

 

 アスランとしては事情があったものの、ミゲルとしては何の言い訳もできない、完敗といえる戦闘。

 

『っ…』

 

 忌々し気に歯を鳴らすミゲルの姿にクルーゼは笑みを浮かべる。

 

「何としてもあの二機と足つきを沈める。期待しているぞ、ミゲル、アスラン」

 

 そう言い残し、クルーゼは一旦通信を切って神経を統一させる。

 

 ─────ミゲルから貰ったスピリットの戦闘記録は、クルーゼを驚愕させる価値がある物だった。

 

 何しろスピリットに乗り込んだパイロット、ユウ・ラ・フラガは素人であるにも関わらず、油断していたとはいえオロール機とマシュー機をあしらい、更には前回の敗戦を経て油断を捨てた筈のミゲルとも渡り合ったのだから。

 

「(忌々しい。が、流石はあの男が後継者として満足がいくほどの存在、というべきか)」

 

 能力はあっても、欠けたものが多すぎた自分とは違い、正当な後継者としてあの男─────アル・ダ・フラガが期待を掛ける事が出来た存在。

 

 故に、急ぐ必要があった。

 その才能が開花する前に仕留めておかなければ、必ずや自らの野望の最大の障壁となる。

 そう悟ったクルーゼは、悪手と自覚しながらも、自ら出撃する事を選んだ。

 

 アスランのイージスとミゲルのジンが出撃する。続けてクルーゼのシグーが出撃する番となり、カタパルトへと機体が運ばれていく。

 

「ラウ・ル・クルーゼ、出るぞ!」

 

 機体がカタパルトから射出され、無重力空間へと飛び出す。

 

 クルーゼの駆るシグーは先に出撃したイージス、ジンに続き、アークエンジェルへと襲い掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE08 因縁の交錯





戦闘回です。一話で何とか纏めようとしたら、他の回と比べて文字数がだいぶ多くなってしまいました。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユウ・ラ・フラガ!スピリット、出るぞ!」

 

「キラ・ヤマト!ストライク、いきます!」

 

 アークエンジェルの開いたハッチから、二機のモビルスーツが飛び出す。

 

 ムウのメビウスゼロが先に出撃してから少し遅れて、スピリットとストライクが出撃した。

 

 それぞれのコックピット内で、ユウとキラは先程ムウから説明を受けた作戦について頭の中で反芻する。

 

『いいか。お前らよりも先に、俺が単独でメビウスで出撃をする。が、俺は向こうから出てくるだろうモビルスーツとは交戦はしない。さっきまでのアークエンジェルと同じく、慣性飛行で向こうの母艦に接近して叩く。お前らにしてほしいのは、俺があっちへ辿り着くまでの時間稼ぎだ』

 

 要するに、スピリットとストライクがアークエンジェルを守っている間にメビウスがザフト側の母艦へスニーキング、そして一撃を加えるという算段だ。

 

 クルーゼに看破されはしたが、本来慣性飛行は自身の位置を相手に察知させない航行方法だ。デメリットとして、スラスターが使えない以上速度が遅いという点はあるが、そこをスピリットとストライク、ユウとキラで補う。

 

『お前らは艦と自分を守る事だけを考えろ。いいか、俺が戻ってくるまで沈むんじゃないぞ!』

 

 そう言い残し、ムウは一足先に出撃していった。今頃は、ザフト側に悟られないよう留意しながら飛行している筈だ。

 

「っ…!これは…」

 

「ユウ?どうしたの?」

 

 ユウとキラが出撃をしてまだ数分と経っていない、しかしその時。ユウの口から震えた声が上がる。

 

 通信を通してその声を耳にしたキラが、何事かとユウへ向けて尋ねた、その時だった。

 

 スピリット、ストライク共にセンサーが反応を示す。それと同時に、アークエンジェルからの通信が二人の耳朶を打った。

 

「二人共、前方後方共に三機、モビルスーツが接近しているわ!」

 

 スピーカーから聞こえて来たのはマリューの忠告の声。

 それよりも早く、ユウもキラも、その事には気が付いていた。

 

 センサーに映る、接近してくる機体の名称。

 イージス、デュエル、バスター、ブリッツ、ジン、そしてシグー。

 相手はヘリオポリスにて奪取した四機全てを投入、更に先の戦闘で生き残ったジンと、隊長機であるシグー。

 

「まずい…っ!」

 

「ユウ!?」

 

 こちらが二機に対し、向こうは六機。だから、なのだろうか。

 

 突如焦燥に満ちた声を発したユウは、スピリットのスラスターを吹かせ前方へ向けて飛び出していった。

 

 驚くキラを他所に、ユウは更にスピリットを加速させ、前方から近付いてくるモビルスーツの集団へと突っ込んでいく。

 

「スピリット、何をやっている!前へ出過ぎるな!」

 

 キラの耳に聞こえてくるナタルの注意の声は、ユウにも聞こえている筈だ。

 しかしその声にユウは何も返さず、モビルスーツの集団へ─────正確にはその内の一機、シグーと呼ばれる機体へとスピリットは突進していく。

 

 自身が狙われている事を察したか、シグーもまた二機を置いて先行。直後互いはシールドを構え、止まる事なく、やがて火花を散らしながら勢いよくぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出撃して少し、背筋に奔る鳥肌染みた冷たい感覚。

 

 ()()。考えるよりも先にそう悟った俺は、反射的にスピリットを加速させる。

 

 何故だ。何故ここに、この戦場にお前がいる─────ラウ・ル・クルーゼ!?

 

 ここに奴がいるのはまずい。この宙域に居てしまえば、先程出撃した兄さんの存在に奴は気付けてしまう。

 クルーゼが兄さんの存在に気付き、兄さんの進路を妨害に向かえば、作戦が破綻する…!

 

 それは何としても防がねばならない。それならどうするか?

 クルーゼの意識をこちらに向けさせるしかない。

 

 向こうもこちらの接近、狙われている事を察したか、両脇を飛行するイージス、ジンを置き去りに加速。

 それを見た俺は左手にシールドを構え、機体を更に加速させた。

 

 向こうもシールドを構え、こちらへ突っ込んでくる。

 

 二機がぶつかり合うまで、数秒と掛からなかった。

 二機の激突はほんの一瞬、推力で勝るこちらが押し切り、シグーの体勢が崩れる。

 

「そこっ!」

 

 その隙を逃してはいけない。

 左腰のビームサーベルを右手で抜き放ち、シグーへと斬りかかる。

 

 だが、素早く体勢を整えたシグーは再度シールドを構え、スピリットの斬撃を受け流しその勢いのままこちらから距離を取る。

 

 この一連の短い攻防の中、それでも操縦桿を握る手に汗が滲んでくる。

 

 たかが数秒の攻防でも伝わってくる、相手のプレッシャーと強さ。

 …分かってしまう。もし、クルーゼがこのスピリットと同等の機体に乗っていた場合、その数秒で俺は落とされてしまう、と。

 

「─────っ!」

 

 勢いよく頭を振り、胸の奥で過った弱音を振り払う。

 

 操縦技術がない?戦闘経験が足りない?そんなもの、とうに知っている。構うものか。それでも機体性能はこちらが上なのだ。

 

 性能だけで戦いの勝敗が決まる訳じゃない、と有名な誰かが言ったが、しかし性能というものは戦いの勝敗に大きく影響する要素の一つだ。

 それならその要素を、とことんまで利用してやる。

 

 スピリットのスラスターを再び吹かせようとした、その時だった。

 

「面白い…。やはりどうやら、君も私の存在を感じているようだ」

 

「─────」

 

 思考が一瞬、硬直する。

 

 実際に声が耳に届いている訳じゃない。頭の中から、直接響いてくるような…そんな感覚。

 

 フラガの家系が持つ能力。それを強く受け継いだもの同士が近付き合えば、どうなるか。

 

 感覚は共鳴し、肉声が届かなくとも、直接言葉を届け合い、通信すら必要としない対話がここに実現する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アスラン、ミゲルは先に行ってストライク、足つきを討て。私はここで、スピリットの足止めをしよう」

 

「なっ…!」

 

「隊長!?私もここでこいつを!」

 

「聞き分けろ。数の優位はこちらにある、ならばそれを利用しない手はない」

 

 クルーゼの言う事にも一理あった。クルーゼがスピリットの足止めをしている間に数の優位を生かし、アスラン達五人でストライクとアークエンジェルを落とし、それらを落としたら転進、一気にスピリットを討つ。

 機体性能の差があるとはいえ、アスランもミゲルもクルーゼが落ちる所など想像できず、クルーゼの言う作戦が合理的だと感じてしまった。

 

「了解」

 

「…了解」

 

 数瞬の空白の後、先にアスランが、少し遅れてミゲルが返答し、それぞれ機体をスピリットの後方─────ストライクとアークエンジェルへ向けて進ませる。

 

 そして、この場に残ったのはスピリットとシグー─────ユウとクルーゼのみとなった。

 

「初めまして、ユウ・ラ・フラガ」

 

「…ラウ・ル・クルーゼ」

 

 手始めに挨拶をすれば、返って来たのは自身の名前だった。

 

 向こう、ユウが自身を知っている事に僅かに驚きつつもクルーゼは笑みを以て返す。

 

「ほぉ。私の事を知っているとは、嬉しい限りだ。…お礼として、君には死を差し上げるとしよう」

 

「っ─────!」

 

 その言葉が合図となり、二機の交戦が再び始まる。

 

 シグーは対スピリット、ストライク用として装備したビームライフルを取り出し、銃口をスピリットへと向ける。

 対してスピリットはスラスターを噴射、その場から即座に離れてシグーからロックされないよう動き回る。

 

「ちぃっ、厄介だな!その推力は!」

 

 流石のクルーゼも、スピリットの推力を相手に狙撃は難しかった。

 しかし、当たらなくとも牽制にはなる。命中させるのではなく、そちらを狙いとして、クルーゼはライフルをスピリットへ向けて連射する。

 

 スピリットがシグーへと向くと、向かってくるビームを翻って回避。続けてスピリットもまたライフルをマウントし、シグーへ向けて三射放つ。

 

 スピリット、シグー共に放たれるビームを躱し、撃ち合う。

 ビームを撃ち合いながらスピリットはシグーへと接近、一方のシグーはスピリットから距離を取るべく後退していく。

 しかしここで、スピリットの推力が物を言う。次第に二機の距離は近付いていき、やがてスピリットが加速する。

 

 スピリットのコンセプトは短期戦にある。推力に物を言わせ、敵機へ接近、沈黙させるという超短期戦を想定した機体だ。

 しかし、スピリットの特性、装備は決して近距離戦に向いている訳ではない。イージスの様に格闘戦を想定したカスタマイズはされていないし、ソードストライクの様な近距離に於いての絶対的火力を持ち合わせている訳でもない。

 

 故に、相手がスピリットの速度に反応、対応が出来る腕を持っていた場合─────

 

「くっ!」

 

 戦いは長期化する。

 

 スピリットの接近に対し、クルーゼは見事に反応、対応してみせる。

 

 スピリットから距離を取りつつ、機体の姿勢を沈ませ、接近してくるスピリットの懐へ飛び込む。

 そこで銃口をスピリットのコックピットへ向け、た所でスピリットが転進。引き金を引いた時にはそこにスピリットは居らず、ビームは虚空を通り過ぎていくだけだった。

 

「見事なものだ…。流石はあの男に後継者として見込まれただけはある!その才能、やはり私にとって君は邪魔だ!」

 

「このっ…!」

 

 先程の攻防、クルーゼの銃撃は躱されてしまったが、前回までの─────ミゲルとの攻防時のユウであればあの銃撃で戦いは終わっていた筈だった。

 

 しかしユウは戦いの中で急激に技術を成長させ、機体性能の優位性を持っているとはいえ、クルーゼと渡り合えている。

 

「そこまで俺が憎いかっ!世界が憎いかっ!?」

 

「っ、なにを─────」

 

 突然、ユウが叫び出す。いきなりを言い出すのか、クルーゼは怪訝に思いながら、しかし次にユウから発せられたその言葉に、遂に思考が凍り付く。

 

「ラウ・ラ・フラガ!」

 

「─────」

 

 それは、かつて捨てた筈の、忌々しく憎んでも憎み切れない、自身に刻まれた本当の名前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウがクルーゼと交戦している中、キラもまた必死にストライクを動かしていた。

 

 ストライクへと襲い掛かってくる機体の数は二機、デュエルとジン。一方のアークエンジェルにはバスターとブリッツが艦に取りつかんと飛び回っている。

 アークエンジェルの必死の抗戦の前に、まだ取りつけてはいないが、それもいつまでもつか分からない。

 

 しかし、問題はキラ自身の方だった。

 

「このっ、このっ、このぉっ!!」

 

 ストライクに乗るのは三度目だ。出撃する前には、ユウ達兄弟とのやり取りで多少なりとも緊張を解す事が出来た。

 だがそれでも、キラは民間人の女の子で、本来は戦いには向かない根が優しい子。

 

 ユウの様に、踏んだ場数があまりに少ないにもかかわらず落ち着き払える方がおかしいのだ。

 

「はんっ!そんな戦い方で!」

 

 我武者羅にビームライフルを連射するストライクを、バカにするように鼻で笑うのはデュエルのパイロット、イザーク・ジュール。

 牽制も何もない、ただひたすらに敵に当てるだけの射撃は、現在遠く離れているこの距離では躱すのは容易かった。

 

「油断したとはいえ、ミゲルが手こずったと聞いてどんな相手かと思ったが…、所詮はナチュラルか。アスラン、ミゲル、俺が陽動で前へ出る!」

 

「分かった!アスラン、後ろから挟み込むぞ!」

 

「…あぁ」

 

 会話の後、デュエルが前方に出てストライクへ接近。その陰に隠れるようにして、イージスとジンがストライクの視界からずれていく。

 

「く、来る!」

 

 キラは接近してくるデュエルに意識がいってしまい、回り込もうとするイージスとジンには気付かなかった。

 

「でぇぇぇぇえええい!!」

 

「こんのぉっ!」

 

 雄叫びを上げながら、イザークはデュエル背後の鞘からビームサーベルを抜き放つ。

 一方のキラも、ストライクのビームサーベルを抜いてデュエルを迎え撃つ。

 

 互いの斬撃をシールドで受け止め、それぞれの機体が力を込め、互いを押し込まんと力を込める。

 

 その時、ストライクのコックピット内にアラームが鳴り響く。

 

「っ!?」

 

 敵機にロックされた事を悟ったキラが、すぐに機体をその場から離す。

 

「逃がすかぁっ!」

 

 逃げるストライクにデュエルが追い縋る。

 

 キラは機体を反転、ビームライフルを抜き、銃口をデュエルへ向けて引き金を引く。

 

 デュエルがキラが放ったビームを躱し、その場から離れた─────次の瞬間。

 

「もらったぁっ!」

 

「あぁっ!?」

 

 機体に奔る衝撃。キラの口から漏れる悲鳴。

 

 衝撃の正体は、ミゲルが駆るジンの突進攻撃だった。

 ミゲルは続けざまに重斬刀を振るい、ストライクのコックピット付近へと斬撃を容赦なく打ち込む。

 

「きゃぁぁぁああああっ!!」

 

 PS装甲が斬撃を防ぐも、中のキラへと衝撃が襲い掛かる。

 

 ここでミゲルの攻撃は終わらない。斬撃の衝撃で離れていくストライクへ向け、突撃銃を撃ち放つ。

 

 これまた実弾銃の為、ストライクの装甲自体にダメージはないが、当然パイロットへのダメージは蓄積されていく。

 

 それだけではなかった。ここまでの戦闘、キラはビーム兵器をどんどん使っていた。更に、実弾兵器による攻撃で、PS装甲には何度も衝撃が加わった。

 

「バッテリーがっ!?」

 

 ここで、ストライクがバッテリー切れを起こす。

 PSが切れた事によりストライクの装甲から色が抜け、そしてその様子は敵側でも確認されていた。

 

「バッテリー切れ!」

 

「ずいぶん粘ってくれたじゃないか。だが、これで終わりだぁっ!」

 

 ミゲルとイザークが意気込み、ストライクへ止めを刺すべく突っ込んでいく。

 

「こんな、所で…っ!?なにっ!?」

 

 もう抵抗の手段はない。ここで、自分は死ぬ─────そう直感したその時、コックピット内が大きく揺れる。

 

 ジンから攻撃を受けたあの時の様な感覚ではない。戸惑うキラがカメラを通して状況を確かめる。

 

「イージス…、アスラン!?」

 

 MA形態となったイージスがストライクを捕らえ、どこかへ連れて行こうとしていた。

 

「アスラン!?何をやっている!」

 

「こいつをこのままガモフへ連れて行く」

 

「馬鹿なっ!?命令はこいつの撃破だぞ!?それを…」

 

「鹵獲できるなら、その方が良いだろう!」

 

「─────」

 

 その会話を通信を通して聞いたキラが、顔を青くさせる。

 

 このままザフトへ連れて行かれる。アークエンジェルから…友達から…ユウから、引き離される。

 

「離して、アスラン!私はザフトなんかに行かない!」

 

 イージスの拘束から逃れようともがくが、パワーダウンしたストライクではどうする事も出来ない。

 

 それでも何とか抜け出そうと画策するキラの耳に、親友の声が飛び込んでくる。

 

「いい加減にしてくれ、キラ!お前はコーディネーターなんだ。俺達の仲間なんだ!このまま来てくれ…。でなきゃ、俺はお前を撃たなきゃならなくなる!」

 

「…アスラン」

 

 ザフトの艦に行きたくなどない。今まで出会ってきた人達を、置いて行きたくない。

 それでも、アスランの言葉から感じるその気持ちだけは、どうしても理解できてしまった。

 

「血のバレンタインで母が死んだ。…俺は、っ!?」

 

 アスランが何かを続けようとした、その時だった。

 

 イージスとストライクのセンサーが、機体の接近を知らせる。

 

「キラっ!」

 

「ユウ!」

 

「くっ…、こいつは、スピリット!それなら、クルーゼ隊長は!?」

 

 先に前方へ出てシグーと交戦していた筈のユウが、キラを助けるべく舞い戻って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、キラ!?」

 

「─────キラ、だと…!?」

 

 クルーゼと戦闘している内に、後方への意識が疎かになってしまった。気付けばストライクがイージスに囚われ、そのまま連れ去られようとしている。

 

 ストライクの鹵獲はイージスに任せたのか、デュエルとジンが、アークエンジェルを襲うバスターとブリッツに加勢しようとしている所も、カメラを通して目撃する。

 

 迷う暇なんてない。機体を反転させ、ストライクへと急がせる。

 

「待て─────この感覚、まさか…ムウっ!?」

 

 しかも、俺が本当の名前を言い当て、動揺した事で意識が逸れたのか。遂にクルーゼが兄さんの存在に気が付く。

 

 だが、それは少し遅い。そろそろ、兄さんはヴェサリウスを射程に捉える頃の筈だ。

 

 ならば、俺がすべき事は一つだ。キラを守りに行く。

 

 シグーを置き去りに、ストライクへ急ぐ。

 背後からシグーの追撃はなく、恐らくクルーゼはヴェサリウスを守るべく反転したようだ。

 

「ユウ、作戦は成功した!このままこの艦を落としちまえば…」

 

「ダメだ兄さん!シグーがそっちへ行ってる!それにストライクがイージスに捕まった!すぐに戻ってきて!」

 

「なにっ!?くっそ、分かった!」

 

 クルーゼの反転も虚しく、兄さんが立てた作戦は成功した。兄さんはそのまま全ての敵機が出撃している事を考慮し、母艦を落とそうと考えていたらしいが、俺がそれを止める。

 

 俺から現状を知らされた兄さんは、すぐに追撃の手を止めてこちらへと戻ってくる筈だ。

 

 …だけど、兄さんが戻ってくるまでに、俺でストライクを助け出す!

 

「キラっ!」

 

「ユウ!」

 

 ストライクへ呼び掛けると、キラの声が返って来た。

 

 その声に少しの安堵を覚えながら、俺はスピリットを加速。サーベルを構え、イージスに向かって突っ込んでいく。

 

 こちらの接近に気付いたイージスは、ストライクを解放。MA形態からMS形態へと変形し、スピリットの斬撃をシールドで防ぐ。

 

 スピリットの接近に気付いたのはイージスだけではなかった。ジンが、デュエルが、アークエンジェルを攻撃していたバスターとブリッツが、こちらを向く。

 

 イージスが反撃をしてくる前に、機体の左足を回し、イージスとの距離を蹴り離す。

 

 続けて、こちらへ向かってくるジンとデュエルに向けて銃口を向け、ビームを撃ち放つ。

 

 各機それぞれ別の方向へと避けたのを確認してから、今度は銃口をバスター、ブリッツと向け、ビームを放つ。

 

「キラ、お前は下がれ!もうすぐ兄さんも来る、ここは俺達に任せて退くんだ!」

 

「で、でも!」

 

「作戦は成功した。兄さんが後退すれば、アークエンジェルの主砲で敵艦を攻撃できる。そうなればこっちの勝ちだ!」

 

 兄さんが敵母艦へ一撃を与えた以上、こちらの勝利はもう時間の問題だった。

 

 バスターのガンランチャーとエネルギーライフルを連結させた、超高インパルス狙撃ライフルによる砲撃を回避しながら、ちらりとスピリットの残りバッテリーを確認する。

 

 殆ど被弾していないお陰か、まだバッテリーには余裕がある。これならば、兄さんが戻ってくるまでの時間稼ぎくらいは何とかなる。

 

 バスターの砲撃を牽制代わりとして、接近してきたデュエルのサーベルを姿勢を低くする事で躱し、背後へと回り込み相手を蹴り付ける。その慣性を利用してバッテリーが切れたストライクへ接近、回収して後退する。

 

 俺達が後退する事で、アークエンジェルの射線が開けた。

 主砲、ローエングリンが展開され、超高威力の陽電子砲が発射される。

 

 ヴェサリウスの回避運動が間に合い、撃沈こそ逃れたものの砲撃を掠めた艦は戦闘不能に陥り、堪らず逃れていく。

 

 続けてヴェサリウスへの奇襲を成したメビウスゼロも戻り、いよいよ状況が変わっている事を感じ取ったのだろう。

 

 ザフト機はそこで戦闘を止め、撤退していった。

 

 ジンとデュエルが最後までこちらを睨んでいたが、結局それ以上は何もする事なく、僚機の後に続いて離脱していく。

 

 その後ろ姿をしばらく見つめてから、俺達もまた、艦へと戻る。

 

 メビウス、ストライク、スピリットの順番で艦へ収容され、最後に戻った俺はヘルメットを脱いでからハッチを開き、コックピットを出た。

 

「おい、こら嬢ちゃん!」

 

「キラ・ヤマト!どうしたー!」

 

 そんな俺の目に飛び込んで来たのは、ストライクの周りに集まる整備士達と兄さんが、未だにストライクから降りてこないキラへと呼び掛けている光景だった。

 

 …そういえば、こんな事もあったっけか。

 

「出てこないの?」

 

「ユウ。…あぁ、全くよ」

 

「あぁ、俺に任せて」

 

 兄さんが苦笑をしながら、側面の装置でハッチを開けようとするのを止めて、俺が前へ出る。

 

 自意識過剰かもしれないが、原作通りに兄さんが声を掛けるよりも、俺の方がキラは落ち着く。そんな気がしたから。

 

 兄さんが操作しようとした装置を俺が操作し、ハッチを開けてコックピットの中へ身を乗り出す。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…っ」

 

 ヘルメットを被ったまま俯いているせいで、表情は確認できない。

 息を切らしながら、両手を操縦桿に乗せたまま動かないキラ。

 

「キラ。…キラ」

 

 名前を呼ぶ。反応がなかったから、今度は肩を叩きながらもう一度名前を呼ぶ。

 するとキラの体が跳ねるようにして震え、ゆっくりと俯いていた顔が上を向いた。

 

「ゆ…う?」

 

「あぁ。ユウだよ」

 

 顔が青白い。

 …アニメで見るだけでは分からなかった、戦いに恐怖する本当のキラの姿が、そこにはあった。

 

「もう戦いは終わったんだ」

 

「…おわり?」

 

「そうだよ。お前は生きてる。俺も生きてる。艦も無事だ」

 

 キラに語り掛けながら、操縦桿を握る彼女の指をゆっくりと解いていく。

 

「わたし、は…」

 

「…早く出て来いって。お前は、いつまでもこんな所に居ちゃいけない」

 

 キラの震えた声を聞きながら、無意識に俺の口からはそんな言葉が出て来た。

 

 こんな所に─────それは一体、何を示しているのか。ストライクのコックピットの事を言っているのか、それとも─────自分で発した言葉の癖に、自分でもよく分からない。

 

「っ、ユウ!」

 

「おっ…と」

 

 キラの手を操縦桿から離し、ベルトを解いてやると、キラが俺へと飛び込んでくる。

 

 キラの両手が俺の背に回され、彼女の顔が俺の胸に埋まる。

 密着した彼女の体は、未だに震えていた。

 

「…」

 

 そんな彼女に対し、俺は何もしなかった。言葉も掛けず、触りもせず、何もしない。

 

 だって、そうだろう?

 俺はこんな優しくて怖がりな女の子に、戦場に出て欲しいと願っているのだから。

 これからも、この子の力が必要だって思ってしまっているのだから。

 

 そんな俺が、自らこの子に触れる資格なんて果たしてあるのだろうか?

 

 ─────ないだろう、そんなもの。

 

 せめてとして、キラが落ち着くまで、気が済むまで、このままで居させる事しか俺には出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE09 アルテミスの歓迎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アスラン・ザラです。通告を受け、出頭致しました」

 

 先の戦闘でローエングリンが船体を掠め、傷つき撤退したヴェサリウスの艦長室に、アスラン・ザラはクルーゼに招かれ入室する。

 

 他の機体と共にアスランは一度、ガモフへと撤退したのだが、その後クルーゼの命を受けてミゲルと共にヴェサリウスへ戻り、そして今はクルーゼに出頭を命じられこの場に馳せ参じた。

 

 アスランをここへ呼び出した張本人、クルーゼはデスクにて座り、入室したアスランに視線を向ける。

 

「来たか。君を休ませたいとは思っているのだが、話を聞かせてほしくてね」

 

 クルーゼは立ち上がり、アスランへ歩み寄りながら声を掛ける。

 

「先の戦闘、君本来の動きではなかった。あのストライクに対しては特に、戦うのを躊躇っている様にすら見えた」

 

「…」

 

「理由を、聞かせて貰えるかね」

 

 ここへ呼び出された理由は、アスランの思った通りだった。

 

 当然だ。撃破を命令されたにも関わらず、それを無視して無理に鹵獲を試みて、挙句逃してしまう。

 更にはクルーゼの言う通り、ストライクと…キラと戦う事を躊躇っていたという自覚も、アスランは持っていた。

 

「あのストライクに乗っているパイロットの名は、キラ・ヤマト。月の幼年学校で友人でした」

 

「…ほう」

 

 仮面に隠れたクルーゼの顔からは、感情が読み取れない。

 しかし、微かにその口から漏れた声からは、確かな驚愕が込められている様に聞こえた。

 

「あいつはコーディネーターです。俺達の仲間なんです!だから…ストライクを鹵獲し、あいつをここへ連れて来たかった」

 

「なるほど…。戦争とは皮肉なものだな。仲の良い友人と、戦場で再会を果たすとは」

 

 口元に手を当て、何かを考える素振りを見せてから、クルーゼが続けて口を開く。

 

「次の出撃、君は外そう。そんな相手には銃を向けられまい。私とて、君にそんな事をさせたくない」

 

 その言葉を聞き、俯いていたアスランは勢いよく顔を上げる。

 

「いいえ!隊長、私は大丈夫です!行かせてください!」

 

「アスラン」

 

「あいつは、ナチュラルに良いように利用されてるだけなんです!あいつ、優秀だけどぼうっとして、お人好しだから…。だから、私は説得したいんです!俺達が戦う理由なんてないって、分かってくれる筈です!」

 

 そう。キラは利用されているだけ。戦いたくて、自分からあの機体に乗っている訳じゃない筈なのだ。

 だから、自分達と戦う理由なんてないと、こちらへ─────コーディネーター(仲間)の元へ来るべきだと、分かってくれる筈なのだ。

 

「君の気持ちは分かる。だが…聞き入れない時は?」

 

「っ…!」

 

 しかし、分かって貰えなかった時は?

 話をして、説得をして、それでも、こちらへ来てくれなかった時は?

 

「その、時は…。私が、撃ちます」

 

 絞り出すようにして、アスランはクルーゼへとそう返答するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重い足取りで艦長室を出て行くアスランを、クルーゼは見届けてから再び椅子へ腰を下ろす。

 

「(キラ・ヤマト。…奴がその名を口にしたから、よもやとは思ったが、まさか生きていたとはな)」

 

 先の戦闘、ユウが口にした()()という名前を聞いてから、疑念はあった。

 しかし、まさか…あのキラ・ヤマトが生きていたとは、アスランと話をした今でもクルーゼは信じられない気持ちでいた。

 

 いや、生きているだけならばまだ信じられた。まさか─────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()等、一体何の笑い話か。

 

「…本当に良いタイミングで、面倒な話が舞い込んで来たものだ」

 

 何とも皮肉な話に、愉悦に表情を歪ませていたクルーゼだったが、その表情はデスクに乗った一枚の紙を見て退屈気なものへと変わっていく。

 

 その紙は、プラント最高評議会への出頭命令が記された書面だった。

 クルーゼが出頭を命じられたのは、ヘリオポリス崩壊の件について説明を求められたからだ。

 

 自らが不在の間はガモフがアークエンジェルの追跡をする手筈となっているが、ユウ・ラ・フラガにキラ・ヤマトが相手となると、些か心許ない。とはいえ、最高評議会からの命令を無視する訳にもいかない。

 

「(早く戻れれば良いのだがな)」

 

 この事で騒いでいる穏健派も、あのGの性能について知ればある程度鉾を収める筈だ。

 

 こんな面倒な話は早く終わらせて、アークエンジェルの─────ユウ・ラ・フラガとキラ・ヤマトの追跡に戻りたい。

 ただ、クルーゼはそうなれるよう、祈る事しか今は出来ないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルテミス─────小惑星を利用して造られた軍事基地であり、規模としては大したものではないが、このアルテミスはとある防衛装置を持っている事で敵味方問わず有名だった。

 

 全方位光波防御帯、通称アルテミスの傘。実体攻撃は勿論、ビーム攻撃も決して通さない絶対的防御力を誇る光波で基地全体を包み、それによってアルテミスはザフトから身を守って来た。

 

 その特性を知っている者は、基地への入港許可が下りた事で少しは落ち着く事が出来ると考えただろう。

 ここで補給を受け、月本部へ辿り着く希望を繋ぐ事が出来ると、誰もが思った筈だ。

 

 しかし、そんな者達を待っていたのは、冷たい銃口だった。

 入港した艦に雪崩れ込んで来たのは、武装した軍人達。ラミアス大尉、バジルール少尉、そして兄さんの三人は基地内部の指令室へと通されていき、俺を含めた他のクルー達は食堂へと押し込められる。

 

「あの、ユーラシアって味方なんじゃ…」

 

 食堂内で、俺はキラとフレイ、サイ達と一緒に固まっており、その近くには操舵士のアーノルド・ノイマン、そして整備士のコジロー・マードックといったクルーが立っていた。

 

 サイがノイマンに向けて小声で耳打ちしたのが、俺にまで聞こえて来た。

 

 まあ、普通はそう考えるよな。ただ、地球連合軍というのは俺も元の世界でちゃんと調べるまではよく分からなかったが、設定としてはかなり複雑なものだった。

 地球連合として一括りにされてはいるが、大西洋連邦とユーラシア連邦は全くの別の組織と考えていい。更にこの二つの組織は、ハッキリ言えば仲が悪い。

 

「認識コードがないからな…」

 

 アルテミスからすれば、自らとは別の組織が開発した新型戦艦と新型モビルスーツが、認識コードを持たないままのこのこと目の前に現れたという状況だ。

 敵ではない。サイの言う通り、表向きでは味方の筈なのだ。

 

 が、その裏ではお偉いさん同士の腹の探り合いが日常茶飯事で行われている。

 

「ま、本当の目的は別みたいだがな」

 

「…ですね」

 

「「?」」

 

 マードックが溜め息混じりに言い、それにノイマンが同調する。

 

 そんな二人の会話に、サイと隣に居るフレイが顔を見合わせ、同時に首を傾げた。

 

 何その仕草、可愛くて微笑ましいんだが。

 

 ─────さて、と…。気を抜くのもここまでにしておこうか。

 

 ここ、アルテミスで起こる最も大きな事は、ブリッツの襲撃だ。

 アルテミスはその絶対的防御機能により、強大な防御力を誇ってはいるが、弱点はある。

 

 それは、光波を展開するにあたり膨大なエネルギーを消耗する事だ。

 よって、アルテミスは常に光波を展開している訳ではない。敵機の接近を察知してから光波を展開し、この基地を守り続けて来た。

 

 そこで致命的なのが、探知に引っ掛からない機体─────ブリッツだ。

 ブリッツはミラージュコロイドを展開する事で、センサーから身を隠す事が出来る。つまり、アルテミスの管制に悟られる事なく、光波を展開される前に基地内部へと侵入する事が出来るのだ。

 

 今頃、アルテミス周辺でこちらを偵察しているであろうガモフにて、ニコル、イザーク、ディアッカ達でブリーフィングをしている筈だ。

 

 そして、ブリッツの襲撃以外にもう一つ、注意すべき事がある。

 

「ねぇ、ユウ。これ、大丈夫なのかな…?」

 

「…さぁな。まあ、あの銃で撃たれて死ぬ、なんて事はないだろうけど」

 

 それが俺の隣に居るキラについてだ。

 原作ではここで色々とあり、とある士官の心ない言葉を受けて深い心の傷を負った。

 

『君は裏切り者のコーディネーターだ』

 

 ガンダムSEEDを見た殆どの人が、この名言(?)を知っているだろう。

 

 キラの気持ちも知らず、どういった経緯で戦いに身を投じたのかも知ろうとせず、適当を抜かしたあの糞爺に、当時作品を見ていた俺は腹を立てたものだ。

 …あぁ、今思い出しても腹が立つ。ちょっと、あいつに悪戯してみようかな?

 

 なんて事を考えていると、どこからかこちらへ近付いてくる足音が聞こえて来た。

 その足音は確かに食堂へと向かってきており、やがてユーラシアの士官達が兵士を伴ってこちらへやって来たのだった。

 

「私は宇宙要塞アルテミス司令官、ジェラード・ガルシアだ。単刀直入に聞こう。この艦に積んであるモビルスーツのパイロット、及び技術者はどこかな?」

 

 アルテミスの司令官を名乗った禿げ頭─────もといガルシアは、舐めるような視線で食堂内を見回した。

 

「あ…っ?」

 

 その問い掛けに素直に手を挙げようとしたキラの腕を掴み、その動きを止める。

 

 キラがこちらへ振り向き、目線で何故?と問い掛けてくるがそれに答える事はしない。

 

 こうした動きも、奴らに悟られてはならない。そうなれば、色々と面倒な事になるのが目に見えているからだ。

 

「何故我々に聞くのです?艦長達は言わなかったのですか?」

 

 ノイマンが口を開き、ガルシアへと返答する。

 質問に対して質問を返す、という上官に対して向けられる無礼極まりない態度に、ガルシアは一瞬不愉快そうに眉を歪めるが、すぐに澄ました笑顔を浮かべる。

 

 アルテミスへ入港する前に、俺とキラは兄さんからスピリットとストライクのOSをロックするように言われた。

 言う通りに俺とキラは二機のOSをロックした。ガルシアがここであんな事を聞いたのは、二機のロックを外せず、調査が全く進んでいないからだろう。

 

「あの二機をどうするおつもりで?」

 

「別に、どうもしないさ。ただ、公式発表よりも前に見る事ができる機会が貰えたんだ。色々と聞きたくてね」

 

 嘘を吐け。

 

 咄嗟に出てきそうになった言葉を呑み込む。

 

「それで、パイロットは?」

 

「フラガ大尉ですよ。そちらへお聞きした方が良いと思いますが」

 

「先の戦いは私も見ていた。ガンバレル付きのゼロを操れるのは彼しかおるまい。それに、例え彼がパイロットの一人だとしても、機体はもう一機ある」

 

 今度はノイマンが表情を歪める番だった。

 ガルシアの問い掛けに嘘の答えを返したが、あっさりと看破されてしまった。

 

 澄ました笑みを更に濃くするガルシアを見ながら、ノイマンは小さく歯ぎしりする。

 

「…まさか女性がパイロットとは思えんが、この艦の艦長も女性という事だしな」

 

「え?きゃっ…!」

 

 ガルシアの笑みがにたりと厭らしいものへと変わり、不意に視線を向けたミリアリアへと歩み寄ると、その細い腕を強く握り締めた。

 

「ミリィ!?」

 

 ガルシアは無理やりミリアリアを立たせると、そのままどこかへ連れ去ろうとする。

 

「なっ…!まっ─────」

 

 その様子を見ていたキラが再び手を挙げようとするのを、俺はまたも止める。

 

「ユウ…!」

 

「大丈夫」

 

 表情を険しくさせるキラに笑い掛けてから、俺は一歩前に出て、手を挙げた。

 

「俺ですよ」

 

「…なに?」

 

「パイロットは俺です」

 

 突如名乗りを上げた俺を、呆けた目で眺めていたガルシアだったが、すぐに再びあの厭な笑みを浮かべると、ミリアリアの腕を離し、俺の方へと歩み寄ってくる。

 

「彼女を助けようとする心意気は買うがね…。あれは貴様の様なひよっこが乗れるものじゃあない。ふざけた事を言うな!」

 

「おっと…。それは止めた方が良い。でないと、俺の口が滑ってしまう」

 

「何だと…?」

 

 あろうことか拳を握り、俺へ殴り掛かろうとしてきた、その時。

 俺はその拳を避けながらガルシアへと近づき、ガルシアにのみ聞こえるようボリュームを抑えて語り掛ける。

 

 不意なその台詞にガルシアの動きが止まり、丸くなった目がぎょろりとこちらを向く。

 

「貴方が行っている軍人にあるまじき恐喝行為…、俺は知ってますよ?」

 

「っっっっ!!!?」

 

 今度こそガルシアの目が驚愕に大きく見開かれ、弾かれるように俺から距離を取る。

 

 ガルシアはこの周辺を通り掛かる民間船から通行料を巻き上げるという、恐喝行為を行っているという情報を俺は人脈を通して掴んでいる。

 その事について知っていると伝えてやれば、面白いくらいにガルシアは動揺した。

 

「司令官!貴様、何をした!?」

 

「いえ、別に。ただちょっと、司令官殿とお話をしただけですが」

 

「真面目に答えろ!このっ…!」

 

「ま、待て!いい!その銃を下ろせ!」

 

 ガルシアの様子に只事じゃないと考えた兵士達が俺へ銃口を向ける。それをガルシアは必死な様子で押さえていた。

 

 そりゃそうだよな。ガルシアからすれば、知られれば失脚間違いなしの情報を俺に握られているのだ。

 しかもさっきは見事な脅しを俺から受けているのだから、この反応も仕方がない。

 

「…なるほど、貴様がパイロットなのは信じよう。それなら、我々と共に来て貰おうか」

 

「構いませんよ」

 

 ガルシアが忌々し気に目元を歪ませこちらを睨みながら、ついてくるよう命じてくる。

 それに対し、俺は素直に従う旨の返答をして、ガルシアの方へと近づく。

 

「ユウ!」

 

 その時、背後から俺を呼ぶ声がした。

 

 振り返れば、キラが心配そうな目で俺を見ていた。

 今すぐにでも飛び出してきそうな必死な目を、俺に向けていた。

 

「すぐ戻ってくるから!待っててくれ」

 

 だが、ここでキラがついてくれば俺が名乗り出た意味がなくなってしまう。

 

 キラには来ないでくれと願いを込め、声を掛ける。

 

「…貴様、名は」

 

「ユウ・ラ・フラガ」

 

「ユウ・ラ・フラガ…だと…!?」

 

 食堂を出る直前、ガルシアに名前を聞かれたから名乗ったのだが、その名を聞いたガルシアが目を剥く。

 

 …地球軍の人に名乗ると、必ずこんな反応をされるな。

 ラミアス大尉やバジルール少尉もこんな反応していたし、しかも何故か兄さんはその反応も仕方ないといった素振りをしていたし。

 

 俺ってそんな有名人なのかな?確かに一般人とは言い難い人脈はあるけど、それについてはアークエンジェルのクルー達は勿論、ガルシアにだって知る由もない事の筈なんだが。

 

 不思議に思いながら、基地の格納庫へと向かうガルシア達の後に続いて食堂を出る。

 

 その背中にキラの視線が注がれている事に気付いていたが、反応を返す事はしなかった。

 

 今俺が振り返れば、キラが飛び出してきそうな気がしたから─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、何故ユウの名前が地球軍内に知られているのか理由を語る─────予定。


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PHASE10 ユウ・ラ・フラガ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂から連れ出され、そのまま格納庫へと連行された俺は現在、スピリットの前に立たされていた。

 

 見上げれば、すでにコックピットの中には技術者が入り込んでいた。分かってはいたが、入港してからすぐにOSのロックを外そうと作業を始めていたらしい。

 

「OSを外すのはスピリットでよろしいですね?」

 

「あぁ。…だが、それ以外にも君ならば、色々と出来るんじゃないのかな?」

 

「…色々、とは?」

 

 俺の問い掛けにガルシアが頷いたのを見てから、スピリットのコックピットへと向かおうとした直後、ガルシアの口から更なる言葉が続いた。

 

 その言葉の意味を俺は理解しながら、惚けたふりをして問い返す。

 

「そうだな。例えば、こいつの構造の解析。他にも同じものの開発、改造─────或いは、こいつの性能を凌駕したモビルスーツの開発、とか」

 

 ─────こいつ。

 

「…そうですね。ここにちゃんとした設備と人員が揃っていれば、それも可能だったかもしれません」

 

 俺自身、挑発の意も込めた返答だった。

 ガルシアの眉が僅かに吊り上がり、周囲の技術者からの目線も鋭くなる。

 

 そんなものは気にせず、俺はコックピットに乗り込み、先に居た技術者を追い出してからOSのロックの解除を始める。

 

 ─────さて、と…。そんじゃま、のんびりと、時間を掛けつつ作業を進めますかね。

 

 もしかしたらその前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()しれないけど、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スピリットの性能を凌駕したモビルスーツの開発、か。

 確かガルシアって、階級は中将だったよな。それなら話くらいは知っててもおかしくない、のか?

 

 いやそれにしたって、俺は絶対に口外しない、外部に漏らさないようにという契約で()()の開発者を名乗り出た筈なんだけどな…。

 

 もしかして、ラミアス大尉やバジルール少尉のあの時の反応も、それが原因?

 そうだとしたら一言くらい文句言っても罰は当たらないよな。…落ち着いたら緊急として通信を入れてやろう。

 

 大体、あれを使えば一先ずNジャマー下にあっても通信状況は一気に改善されるってのに、それをそっちのけにして過激派は()()()()()()の方の開発に躍起になってるらしいし…。

 あれは飽くまでNジャマーの副作用を解決するものであって、効果そのものに対して干渉する物ではないって()()から説明を受けてる筈なんだけどなー。バカなのかな?

 

 こんな事になるんなら、やっぱ開発するんじゃなかったなー…。

 今更だけど、後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウが士官達に連れて行かれてから、まだ食堂内ではざわつきが収まっていなかった。

 

「ミリィ、腕は大丈夫か?」

 

「うん。ありがとう、トール」

 

「いや。…お礼は、あいつに言った方が良いよな。俺も、ミリィも」

 

 話題は当然、ユウの事についてだ。

 キラは勿論、同じくユウに助けられたミリアリア。フレイにトールも、この食堂に居る、ユウを知っている者達は誰もがユウを心配していた。

 

「…あの」

 

 そんな中、遠慮がちに小さく声を上げる者が居た。

 

 その声を聞いた全員が振り向くと、そこにはやや不安げにカズイが、ノイマンの方へと目を向けながら手を上げていた。

 

「あの人…。ユウ・ラ・フラガって、何者なんですか?ここでもそうですけど、艦長達に自己紹介をした時も、あの人の名前を聞いて皆、驚いてたみたいだし…」

 

 カズイとて、友人を助けた挙句連行されていったユウの事を心配する気持ちは持っていた。

 されど、その気持ちを押し退けてしまう程に、ユウ・ラ・フラガという男の正体について気にもなっていた。

 

 名乗るだけで軍人達を驚かせる。更には、基地の司令官であるガルシアですら驚愕させる程の有名人。

 だというのに、自分達はその名を聞いた事もないのだ。

 ユウが何者なのか、カズイが気になってしまうのは至極当然の事かもしれない。

 

 そして、ユウが一体何者なのか気になるのはキラも同じだった。

 もしカズイがここで尋ねなければ、キラ自身がノイマン、或いはマードック辺りにでも尋ねていただろう。

 

「…ユウ・ラ・フラガ。地球連合の一部の高官達からは、神童って祭り上げられてるよ」

 

 カズイの質問から少し間を置いてから、溜め息混じりでノイマンがそう答える。

 

「イギリスのケンブリッジにある大学、知っているだろ?去年、あの子はそこに飛び級で合格したんだよ。それも首席で」

 

「と、飛び級!?」

 

「飛び級の上に首席って…。あそこの大学って確か、コーディネーターも多く通ってるんですよね?」

 

「あぁ。大西洋連邦の所属国だけど、首都から遠く離れてるからか、あの辺はコーディネーターも多く住んでるからな」

 

 地球連合の中でも、大西洋連邦はコーディネーター排斥派が高官の中で多くを占めている。

 だが、その大西洋連邦の中でもイギリスという国は、首都のワシントンから遠く離れ、更には中立国のスカンジナビア王国が近接しているからか、その風潮は他の国と比べても薄い。

 

 だからだろう。イギリスには大西洋連邦の他の国と比べて圧倒的に多くのコーディネーターが暮らしている。

 そして、先程ノイマンが言った大学にも多くのコーディネーターが通っていた。

 

「まあ、一年と経たずに退学したみたいだけど」

 

「「「はぁ!?」」」

 

「ただ、その一年に満たない在学期間中に、あの子はとんでもない事をした。…いや、これは噂でしかないんだが」

 

 ノイマンが頬を掻きながら、どこかハッキリとはしない口調で続ける。

 

「先月、話題になったろ。Nジャマーの影響を受けず、長距離でも繋がる通信機が完成したって」

 

「あー、ありましたね。あれから全然続報が上がらなかったから忘れてたけど」

 

「そういえば、通信機の発表をしたのって、確かその大学でしたよね?…あの、すいません。まさか」

 

 ノイマンの話にトールが初めに反応し、続けてサイが捕捉をした。

 しかしその後、サイの目がゆっくりと見開かれ、サイはノイマンを見ながら震えた声で問い掛けた。

 

「あぁ。その通信機を発明したのが、ユウ・ラ・フラガじゃないかって噂が流れてるんだよ」

 

「い、いやいやいや。そんな馬鹿な。だって彼、僕達よりも年下ですよ?…いや、飛び級で、それもコーディネーターを差し置いて首席で合格するような人に、年齢も何も関係ないかもしれませんけど…」

 

 引き攣った笑みを浮かべるサイ。

 表情は違えど、サイの隣に居たフレイは勿論、トール、ミリアリア、カズイも皆、ノイマンの話が信じられないといった表情を浮かべていた。

 

 そしてそれは、黙って話を聞いていたキラも同じだった。

 キラも工学を専門としたカレッジに通っていたから分かる。ノイマンの話がどれだけ眉唾物か─────そして、仮にその話が本当だった場合、それが何を意味するものなのかも。

 

 もし本当だった場合、地球に暮らす人々にとって、ユウは英雄に等しい。

 

 Nジャマー─────その影響範囲にある全ての核分裂を抑制し、核兵器は勿論、原子力発電なども使用不可となる。また、副作用として電波の伝達も阻害され、それを利用した長距離通信が使用不可能となった。

 

 オペレーションウロボロス。C.E.70 4月1日に血のバレンタインの報復として地上にNジャマーが散布された。

 その結果、地上に深刻なエネルギー危機が起こり、窮乏、多くの餓死者も出た。これによって出た死者は億単位、なおもその影響による死者は増え続けている。

 

 その中で、Nジャマーの影響を受けない機械が完成した。それは、Nジャマーによるエネルギー問題を解決する為の大きな一歩となる。

 

「まあ、飽くまでも噂だよ噂。開発者も大学の教授だって正式な発表があったし」

 

「…そうですよねぇ」

 

 今までの話を噂と笑い飛ばすノイマンを見て、サイ達は顔を見合わせながら抜けた笑顔を浮かべる。

 

 そんな中、唯一キラだけが、引き締めた表情のまま変わらなかった。

 

「(正式な発表…。だけど、もし…)」

 

 キラの胸中を過る一つの可能性。

 もしその正式な発表とやらが、嘘だったなら。

 疑い出したらキリがない事は分かっている。だがもし、その発明をした人物が別に居て、それがユウだったとしたら。

 

「(…だからって、何かが変わる訳じゃないけど)」

 

 ユウが何者であろうと、キラにとっては関係ない。キラからユウへの付き合い方が変わる訳でもないし、印象が変わる訳でもない。

 

 ただ、どうしても知りたいという欲求が滲み出るのを抑える事が出来なかった。

 

 ユウ・ラ・フラガを知りたい─────他人をそんな風に思う事は初めてで、自分の中の感情に戸惑いを覚えながら、今頃格納庫で兵士達に囲まれながら作業をしているであろうユウに、キラは思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ─────!」

 

 冷たく、嫌な感覚を覚え、ここへ何かが近付いてくるのを察する。

 

 …やっと来たか、もう少しでOSのロック解除が終わる所だったぞ。

 もしかしたら、何らかの影響でアルテミスへの襲撃を諦めてしまったんじゃないかと心配にすらなったわ。

 その心配が杞憂に終わり、とりあえず一息吐く。

 

 流石にね、俺もあんまり無暗に他人を脅すとか、そういう事はしたくはないんですよ。

 ガルシア君にストレスを掛ける事で、育毛の邪魔になるのは俺の本意じゃないんでね。

 

 …ガルシアが育毛をしてるかは知らないけど。

 

「な、なんだっ!?」

 

 そんな下らない事を考えていると、どこからともなく響き渡る爆発音と同時に施設が大きく震動する。

 

 スピリットの足下で慌てふためくガルシア達を尻目に、コックピット内に居た技術者を外へと蹴りだし、コックピットハッチを閉める。

 

「き、貴様っ!?」

 

 追い出された技術者が何やら喚いているが知った事ではない。

 スピリットのPS装甲を展開し、ゆっくりと機体の足を踏み出させる。

 

 アークエンジェルに侵入したユーラシアの兵士達は外へ追い出せただろうか?

 兄さん達は上手く脱出出来ているだろうか?

 

 懸念は残っているが、ここで俺が出なければブリッツに好き放題やられてしまう。

 

「踏みつぶされたくなければそこをどけ!」

 

 未だにその場に留まっているガルシア達へ脅しをかけると、すぐにその場から逃げ出していく。

 

 それを見てから、スラスターを吹かせて外へと飛び出していく。

 

 ブリッツはすでに基地内部へと侵攻し、そこかしこへ攻撃を仕掛けていた。

 

 周囲は火の海となり、にも関わらず未だアルテミスからの迎撃部隊は出撃していない。

 

「っ、居た!」

 

 アークエンジェルを探しているのだろう、攻撃を続けながら飛行するブリッツを発見。

 

 ブリッツ側も俺の接近に気付き、機体がこちらを向く。

 

 目的はアークエンジェルの発進までの時間を稼ぐ事。

 

 自分がすべき事を頭の中で整理してから、相手に先制される前にこちら側から武器を抜く。

 ビームライフルの銃口をブリッツへと向け、三射放つ。

 

 ブリッツが回避行動をとっているその内に、右手のライフルからビームサーベルへと持ち替え、スラスターを吹かせてブリッツへと接近する。

 

 ブリッツは後退して距離を保ちながら、こちらへ向けて有線式のロケットアンカー、グレイプニールを射出。

 アンカーを躱し、軌道が再度こちらを向く前にアンカーとブリッツとの接続をサーベルで斬り払う。

 

 スピードはそのままに、ブリッツへと眼前へ迫った俺は一気にサーベルを振り下ろす。

 が、辛うじてブリッツの防御が間に合う。

 

 サーベルの軌道上にトリケロスが割り込み、斬撃と衝突。

 

 しかし、優勢なのはこちらで変わらない。

 

 トリケロス─────ブリッツに搭載された攻防一体型の装備。

 そこにはビームサーベル、ビームライフル、三連装の貫徹砲を備えながら、盾にもなるという複合武装だ。

 ミラージュコロイドという大きな特徴があるブリッツの、もう一つの特徴でもある。

 

 こうして考えると便利であるように見えるが、同時に大きな弱点でもある。

 何しろ、こうして相手の攻撃を防いでいる間、ブリッツはトリケロスに搭載された武装を一切使えない。

 

 もう一つの武装であるロケットアンカーが左腕に備わっているが、それはさっき俺が斬り払った。

 つまり今、ブリッツは武装の一切を使えない。

 

 だがこっちは─────左手、もう一本のビームサーベルがある。

 

 後退の暇は与えない。左腰のサーベルを抜き、ブリッツへと振り下ろす─────前に、冷たい衝動に駆られた俺はその場から後退。

 ブリッツを蹴り飛ばしてから咄嗟に機体を後方へ向ける。

 

「デュエルにバスター!?」

 

 それは、援軍のあまりに早すぎる到着だった。

 

 デュエルはビームライフルを、バスターはライフルとランチャーを連結させ、インパルス砲をこちらに向けて撃ってくる。

 

 二機との距離はかなり離れている為、それらの砲撃は余裕を持って回避出来た。

 

 だが、状況は悪い。

 障害物だらけとなったこの環境で、スピリットで三機を相手にするのはかなり難しい。

 

 バスターはその場で停止、後方からの砲撃を再度スピリットへ浴びせてくる。

 その間にデュエルが、体勢を整えたブリッツがこちらを挟み撃ちにしようと前後から接近。

 

 とにかく、その場から逃れるべく、スラスターを吹かせようとしたその時だった。

 

「ユウ!」

 

 通信を通して響く少女の声。

 直後、三機それぞれを狙った光条が視界を横切る。

 

 それらは全て回避されてしまったが、こちらへの注意が逸れた。

 

「キラ!?」

 

 先程の声の主であり、こちらを助けてくれた恩人はキラだった。

 

 この襲撃を受け、キラもストライクで出撃していたようだ。

 

「ユウ、アークエンジェルが発進する!こっちに来て!」

 

「っ!」

 

 かなり危ない所だったが、目的は達成できたらしい。

 ストライクが先導し、その後に俺も続く。

 

 背後から追い掛けてくる三機だったが、基地内の爆発に遮られ動きが止まってしまう。

 

 最後の最後でアルテミスに助けられた事に内心感謝をしながら、ストライクと一緒に機体を着艦させる。

 

 スピリットとストライクが戻って来たのを確認してから、アークエンジェルがブースターを吹かせて発進する。

 あっという間にアルテミスから艦は脱出し、崩壊を続ける衛星を置き去りにしていく。

 

「…結局、補給も何も受けられなかったな」

 

 結局結末は原作通りに。アークエンジェルは補給を受ける事が出来ず、その場から逃げるしかなかった。

 

「(こうなったら、行く場所は一つ、か)」

 

 アークエンジェルに残された補給の手段は一つとなった。

 それは原作通りの流れであり、俺にも当然予想がつく。

 

 つまり─────キラとあの少女が遂に、運命の邂逅を果たすのだ。

 

 いや、もしかしたら少女じゃないかもしれない。というよりむしろそうであれ!

 キラが性転換してるんだから、()()()だって性転換してても不思議じゃないだろ!

 

 心の中でそう願いながら、アルテミスから離れていくアークエンジェルへの機体の収容作業を始める。

 

 ─────ん、待てよ?もしラクスが性転換してたとしたら、劇場版ってどうn…………

 

 俺は考えてはいけない気がしたから、それ以上考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




正直SEEDにわかなんで設定におかしい所があるかもしれません。
その時は教えてください。もし、致命的なずれがあればこの作品消して書き直します。

それと、ネタバレというか、予め言っておきます。
ラクスはTSしませんごめんなさい。
最後までどうするか悩みましたが、書ける自信がないので止めました。
いや、面白そうですけどね。ラクスが男になったら、面白くなる気しかしない。というか先の展開を思い浮かべながら一人で笑いました。
劇場版が┌(^o^┐)┐展開になるのか、それともオルフェがTSするのか。
ただ、繰り返しになりますが技量的に書ける自信がないので断念しました。
期待をしてしまった方へ謝罪します。

申し訳ありませんでした┌(^o^┐)┐

あ、間違えた。
申し訳ありませんでしたm(_ _)m


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PHASE11 ラクス・クライン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙空間に浮かぶ、百基にも及ぶ白銀の砂時計─────宇宙植民衛星プラント。

 コーディネイター達の本国であるその場に、ヴェサリウスから降り立ったクルーゼとアスラン、ミゲルは軍事ステーションを離れるシャトルに乗り込んだ。

 

 機内には、鋭い顔立ちをした先客が一人、すでにその場に居た。

 男の顔を見て、アスランとミゲルが微かに息を呑む。一方のクルーゼは驚きもせず、微笑んだまま。

 

「御同道させて頂きます。ザラ国防委員長閣下」

 

「挨拶は無用だ。私はこのシャトルには乗っていない」

 

 男は厳しい表情を変えないまま、端的にそう返してから、次にアスランへと視線を向けた。

 

「はい…。お久しぶりです、父上」

 

 アスランはぎこちなく頭を下げながら、久しぶりに再会した親子とは思えないよそよそしいやり取りに、微かなもの寂しさを覚えた。

 

 パトリック・ザラ─────男の名前だ。

 プラント最高評議会のメンバーにして国防委員長、そしてザラという姓から分かる通り、アスランの父親である。

 

「レポートに添付された君の意見には無論、私も賛成だ。問題は、奴らがそれほど高性能のモビルスーツを開発した、という所にある。パイロットの事など、どうでもいいのだ。その個所は私の方で削除しておいたぞ」

 

 シャトルが動き出すと、パトリックはプリントアウトしたレポートを見せつけるようにしながら左右へ振る。

 

 一瞬、パトリックの視線がアスランを捉える。

 

「ナチュラルが操縦してもあれほどの性能を発揮するモビルスーツを、奴らは開発した。そういう事だぞ」

 

 パトリックがアスランの方を見たのはほんの一瞬で、気のせいにすら思える程に短くて、それなのにアスランには、その言葉は自分へ向けられている様に思えた。

 

 機体のパイロットの事─────パトリックがレポートから削除したという個所とは、恐らくストライクのパイロットであるキラの事だ。

 クルーゼはストライクのパイロットがコーディネイターである事を記し、パトリックがそれを取り除いた。

 

 敵軍の機体のパイロットが同胞であるなどと知られれば、自軍に動揺が広がるからだろうという考えはアスランには理解できる。

 父の立場上、そうせざるを得ないのも理解できる。

 

 だが、こういう政治的な話をしていると、自分が汚れていくような気がしてしまう。

 

「(キラ─────)」

 

 キラは言った。友達を守りたいから戦う、と。

 では、自分には?

 

 自分には、心の底から守りたいと思える─────友達と呼べる存在がいるのか?

 

 アスランは自問自答する。その内、今のキラが眩しく思えてならなかった。

 

「…」

 

 そんな彼をじっと見つめる視線に、アスランは気付く事が出来なかった。

 

 シャトルはゆっくりと、最高評議会の首座が置かれる都市、アプリリウス・ワンへと近付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、お先に失礼します」

 

「おう!お疲れさん、坊主!」

 

 スピリットの整備を終え、まだ格納庫に残っている整備士達に挨拶をすると、代表してマードックさんが笑顔で俺に挨拶を返してくれた。

 それに対して俺も微笑みを返してから、格納庫を出て食堂へと向かう。

 

 その道中、俺はここ最近─────というより、スピリットに搭乗してからずっと脳裏に浮かんでいた悩みについて考えていた。

 

「…やっぱスピリットって、どうしても火力不足だよな」

 

 それはスピリットの武装についてである。

 スピリットの大きな特徴は、他機を置き去りに出来る程の機動力にある。

 超短時間で敵へ接近し、撃墜する。それを可能とする推力がスピリットには備わっていた。

 

 しかし、歴戦のパイロット─────クルーゼやミゲルのようなエースが相手となると話が変わってくる。

 アルテミスでの戦闘でもそうだった。スピリットの機動力に対し、ブリッツ─────ニコルは距離を取る事で対応し、こちらと渡り合った。

 それでもあのまま援軍が来る事なく戦闘が続けば落とせていたという自信はあるが、それでもスピリットにもう少し火力があれば、デュエルとバスターが来た後でももう少し何とかなったのではないかと思う。

 

「かと言って、単純に装備を付け足してもスピリットの長所が失われるしな…」

 

 それじゃあ装備を追加しよう!原作でのデュエルと同じように、アサルトシュラウドでも取り付けようか!

 

 とはならない。それでは火力不足を補えても、スピリットの特徴である機動力が削られてしまう。

 

 スピリットの火力不足を少しでも補いながら、スピリットの長所を殺さない。

 そんな都合のいい解決策を、アルテミスから脱出してまだ短い時間ではあるが、ずっと模索していた。

 

 なお、良い考えは全く浮かばない。マジでどうすりゃいいんだ?

 

「ユウ!お疲れ様」

 

 結局悩みは解決しないまま食堂へと辿り着いた俺を、先にストライクの整備を終え、友人達と食事をとっていたキラが笑顔で出迎えた。

 

 キラの反応につられて、トール達が俺の方を向く。

 

「あぁ。ありがとう」

 

 キラに笑顔を返してから、俺はキラ達から少し離れた席に腰を下ろす。

 

 キラとはああして話せる関係にはなったが、未だにトール達とは殆ど会話を交わした事がない。

 

 このユウ・ラ・フラガの外見は文句のつけようがない超絶イケメンではあるが、その中身はどうしようもない程の陰キャだ。

 自分から話し掛けて相手と親しくなるなんて芸当、俺には出来っこないからな。

 

 舐めんなよ。

 

 …何で偉そうに陰キャである事を語ってんだよ、俺は?

 

「あ、あのっ!」

 

「?」

 

 俺が席に着いた途端、誰かが声を上げながら席から立ち上がった。

 その声と音を聞き、何事かと振り返れば、そこではミリアリアがこちらを見ている。

 

 …俺、ミリアリアに何かしたっけ?

 

 そんな事を思っていると、ミリアリアがこちらに向かって歩いて来るではないか。

 それだけじゃない。ミリアリアに続いてトールまで立ち上がり、彼もまたこちらに向かって歩いてくる。

 

 ま、待って。本当に何をしたのか心当たりがない。

 何でミリアリアもトールも、気まずそうというか、緊張してるというかそんな顔をしてるんだ?

 

「「この間はありがとうございました」」

 

「…はい?」

 

 一体何を言われるのだろうか、と戦々恐々していると、突然二人は同時に勢いよく頭を下げながら、お礼をし始めた。

 

 それを見た俺は、やっぱりさっぱり意味が分からなかった。

 はて、俺はこの二人にお礼を言われるような事をしたっけか?

 

「二人共。ユウ、何でお礼をされてるのか分かってないみたいだよ」

 

 すると背後からキラが呆れたように言った。

 

 何でそんな呆れ気味に言うの。

 本当に分からないんだから、しょうがないじゃないか。

 

「ほら…。アルテミスで私が連れてかれそうになった時、貴方が助けてくれたから…」

 

「…あー」

 

 そう言われ、合点がいく。

 

 あの時はキラが連れてかれないようにしなければ、という考えで一杯で、そこまで考慮は至っていなかった。

 とはいえ、彼女からすれば俺に助けられた形になったのだ。助けてくれた相手にお礼を言うのは、人としての礼儀だ。

 

「俺からもお礼を言わせてくれ。ミリィを助けてくれて、ありがとう」

 

「いや…。悪いけど、あの時は君を助けようって思って名乗り出た訳じゃないんだ。俺があそこで名乗り出ないと、キラが大暴れしそうだったからさ」

 

「な、なにそれっ!」

 

 トールまで俺にお礼を言ってきて、少し申し訳なく思った俺は、この際二人にはぶっちゃける事にした。

 

 すると、俺の台詞を聞いたキラが顔を赤くしてテーブルを叩きながら立ち上がった。

 

「私、そんな事しないよ!?」

 

「いや、普通にお前キレてたから。司令官に向かって殴り掛かろうとしてたから」

 

「してないよ!」

 

 何故か必死になって否定するキラを見て、俺は察する。

 

 はーん…、さてはキラ、恥ずかしがってるな?

 女の子が誰かに殴り掛かるなんてはしたない、とか思ってるな?

 

 やれやれ、仕方ないな、キラちゃんは。

 

「あー、分かったよ。キラはキレてなかった。司令官に殴り掛かろうともしなかった。これでいいだろ?」

 

「…なんか、ユウの態度が腹立つ」

 

「いや、なんでだよ。折角人が譲歩してやったって─────あ」

 

「…人が、何だって?」

 

「…だって、キレてたじゃん。あの後司令官と殴り合いして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?とか言って勝ち誇りそうだったし」

 

「そんな事、する筈、ないでしょう!!!?」

 

 我慢の限界が訪れたらしい。キラが勢いよくこっちに向かってきた。

 

 俺は慌てて席から立ち上がり、キラから逃げようとするも少し遅く、キラの両手が俺の服の胸倉を掴み、前後左右へと体が大きく揺すられる。

 

「ま、まっ、て!悪い!悪かった、から!手を離せ!」

 

「嫌だ!ユウが私をどんな人間だと思ってるのか聞くまでは、絶っっ対に離さないから!」

 

 謝ったが遅かった。キラの怒りは収まらず、やがて俺は壁際まで追い詰められる。

 

「大体なに、あの台詞!私、そんな事言わないもん!」

 

「い、いや、実は別の世界線でのキラが言ってたりして…」

 

「別の世界線って何!?適当な事言って、本当に悪いって思ってる!?」

 

「思ってる!そこは本当に思ってるから!」

 

 キラは怒りのあまり気付いてない。

 現在、俺とキラの距離はかなり近い。

 というか、密着してると言っていい。

 キラの体が俺の胸板に押し付けられ、かなりハッキリとその柔らかさが伝わって来ていた。

 

 まずいまずいまずいまずいまずい。

 

 以前、クルーゼと対峙した時以上に、俺の全身が危険だと警報を鳴らしていた。

 早くこの場から逃れなければ、取り返しのつかない事になると、フラガが継承する第六感が叫んでいた。

 

 取り返しのつかない事って何だよ?

 さっぱり分からないが、とにかく早くキラを離さないと…!

 

「─────ははは」

 

「「ははっ、あははははっ!」」

 

「「「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」」」

 

「「…?」」

 

 不意に聞こえてくる笑い声。

 それが次第に広がっていき、やがて俺とキラ以外の全員が笑い出すという始末。

 

 俺達が笑われているというのは分かるが、理由が分からず、俺とキラは今まで取っ組み合いをしていた事も忘れ、目を見合わせながら首を傾げた。

 

「ご、ごめんなさい…。けど、貴方はもっとクールな人のイメージだったから」

 

「クール?…誰の事ですか?」

 

「ぷっ…。そ、それにキラも、あんな風に遠慮なく他人に怒るのは珍しいし」

 

 クールって、俺そんな風に思われてたの?

 素で誰の事かと聞いちゃったよ。

 

 ただ、キラに関してはちょっと同意しかねる。

 いや原作のキラ君はともかく、キラちゃんはそんな奥ゆかしい感じじゃないぞ。

 

 フレイとも取っ組み合いしてたし、俺にもさっきみたいに遠慮なんてしないし。

 

「ユウ?」

 

「キラ、痛い」

 

 キラに耳を引っ張られる。普通に痛い。

 ほら、原作のキラ君はこんな事はしない。

 

 ていうか何で俺が考えてる事が分かったの…?

 

「随分と楽しそうじゃないの」

 

 ついさっきまでトール達との間で感じていた気まずさが嘘の様に、まるで友人とやり取りをしている様な空気が食堂を包み込む中、不意に俺達以外の声が聞こえて来た。

 

 俺達が振り向いた先、食堂の出入り口付近に立っていたのは兄さんだった。

 

「兄さん?」

 

「艦長が呼んでる。一緒に艦橋へ来てくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラミアス大尉が俺達を呼び出したのは、補給について話をする為だった。

 それを聞いて皆、声を弾ませて喜びを見せていた。

 

 ただまあ、アルテミスで補給を受けられなかったこの絶望的な状況の中、そこまで上手い話はない。

 

 現在、俺はスピリットに乗って、ユニウスセブンにて補給作業を行っていた。

 

 ユニウスセブン─────血のバレンタインにて、核ミサイルが撃ち込まれ崩壊したプラントの一基。

 

 243721人、これがこの事件にて犠牲になった人の数である。

 

 …正直、その報復にて失われた地球の人の命の数に比べれば大した事じゃない。

 失われた命の数は比べるものではないと分かってはいるし、ここで死んでいった人達を弔う気持ちだって当然持っている。

 

 ただ…、こんな事を思うのは俺一人だけなんだろうか。

 

 崩壊したユニウスセブン、当時のまま保存される事となった遺体を見ても、俺の中でどこか複雑な気持ちは渦巻いたままだった。

 

「…おっと」

 

 ふと前触れもなく我に返り、作業の手が止まっている事に気付く。

 

 作業を再開しながら、俺はスピリットのカメラを常に回しながら周囲の状況を確認し続ける。

 

 原作ではここで、ストライクが偵察型のジンを撃墜した。

 現在まだその場面は訪れていない。

 

「…どうするべきかな」

 

 もし俺がキラよりも先にジンを見つけた時、どうするべきなのか俺は悩んでいた。

 

 原作の様に撃墜するべきか、それとも撃墜はせず、ラクスが乗っているポッドをジンが見つけるように誘導するか。

 

 前者の行動を起こせば、ポッドを回収する事で原作通りにキラとラクスは出会う。

 しかし後者の行動を起こせば?ジンがラクスのポッドを回収し、そのままラクスは何事もなくプラントへと帰還する。

 そうなれば、キラとラクスは出会う事なく時が進む事となる。

 

 どちらがいい…?

 俺個人の望みを言うのなら、やはり原作の流れからかけ離れた行動を起こしたくはない。

 しかしその為に、一人の少女を敵陣の只中に連れ込むなど、果たしてやって良いものか。

 

 それも、危険に巻き込まないまま解決が出来る俺自身が─────。

 

「…」

 

 だが、結果的に俺の悩みは全くの杞憂と終わる事になる。

 

 その理由は─────

 

「脱出ポッド…。これ、ラクスが乗ってるやつだよな…」

 

 偵察型のジンと会敵する前に、俺がラクスが乗っていると思われる脱出ポッドを見つけてしまったからだ。

 というよりも、どれだけ周囲を索敵しても、偵察型のジンを見つける事が出来なかった。

 

「まさか、来ていないのか?」

 

 センサーには敵対存在の反応は、眼前の脱出ポッド以外には存在しない。

 

 俺自身の感覚にも、敵意の感情は微塵も掛からない。

 

 導き出される結論─────偵察型のジンがまだ、ここへ来ていない?

 

「…回収するしかないのか」

 

 ジンがいつここへ来るかは分からない。

 数分、数時間ならまだしも、まさかとは思うが数日という時間が掛かる可能性だってゼロではない。

 

 最早、決断を下すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君達は本当に、落とし物を拾うのが好きだな」

 

 苦々しさとほんの少しの諦念が混じったバジルール少尉の声に、俺は答える事が出来なかった。

 

 ユニウスセブンでの作業を終えた俺達は、艦橋で待機をしていたラミアス大尉とバジルール少尉も加わって格納庫へ集まっていた。

 

 俺達の目の前には、俺が回収した救命ボートが横たわっている。

 マードックさんがボートのロックを操作し、やがて「開けますぜ」と言った。

 

 ハッチが微かな音を立てて開く。周囲に待機した兵士達が銃を構える。

 

「ハロ!ハロ!テヤンデー!」

 

 開いたハッチから、ピンク色をした球型の物体が飛び出してきた。

 ぱたぱたと耳が羽ばたくように動き、球の真ん中にはつぶらな目が二つ光っている。

 

 何者が出てくるのかと身構えていた一同が、その姿に毒気が抜けていくのが見てとれた。

 

「ありがとう。ご苦労様です」

 

 物体─────ハロに一同の視線が集中する中、俺は未だハッチの方へと視線を向けていた。

 

 その視線の先から愛らしい声が聞こえて来た。

 一同が慌てて視線を向け直し、その先でふわりと淡いピンクが漂った。

 

 柔らかく揺れるピンクの髪と長いスカートの裾。

 出て来たのは、俺とそう歳が変わらなく見える一人の少女。

 

 ─────ラクス・クライン。やっぱり性転換はしてなかったかー。

 

 現実で見る彼女は愛らしく、それでいて全ての者を魅了しかねない美しさも備えていた。

 

 でも、やっぱり女の子だったよ。これでキラとのカップリングは絶望的か…。

 いや、前も言った気がするが、もし百合展開になったら俺は全力で後押しをする所存である。

 

 誰に向けた物でもない宣言を内心でしつつ、俺はラクスへと視線を戻す。

 

「あら…あらあら?」

 

 慣性で体が漂うラクスの体。

 

 そんな彼女を俺達は眺めて─────あ、待って?

 これもしかして、端っこに居る俺が止めなきゃいかないやつか?

 

 自分が立っている位置に気付き、咄嗟に手を伸ばす。

 

 掴んだ彼女の手首はあまりに白く、細かった。

 それなのに、どことなく温かく感じて─────ふと、彼女と視線が交わった。

 

 直後、不思議な感覚が全身を包む。

 

 周囲の景色がまるで加速をしている様な─────まるで、この世界に居るのが俺とラクスの二人だけとすら思える、そんな不思議な感覚。

 

 彼女の目から、彼女の感情が伝わってくる。

 そして、俺の感情が、記憶が、思い出が彼女へ伝わっていく。

 

「あなた、は…?」

 

 そんな感覚を味わったのは、ほんの短い間だけだった。

 

 だが、分かってしまった。

 

 あの瞬間、ユウ・ラ・フラガという俺の何もかもが、彼女に知られてしまったのだと。

 

「っ─────!」

 

 知られた。知られた…!知られた!

 

 俺という存在を、兄さんにも言っていなかった、俺の秘密も、全部!

 

「ユウ!?」

 

 背後から聞こえてくる兄さんが呼ぶ声を置き去りに、俺は全速力で格納庫を出て行く。

 

 俺は、ラクス・クラインから逃げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE12 歌姫との対面




この話には劇場版ガンダムSEEDのネタバレがあります。
ご注意ください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓がうるさいくらいに鼓動を刻む。

 落ち着けと自身に言い聞かせながら、その意思に反して滲み出てくる冷や汗。

 乱れる呼吸、震える身体。

 

 ようやく思考が復活し始めたのは、臨時で割り当てられた自室に辿り着いてからだった。

 

 壁に寄り掛かり、必死に呼吸を整えながらあの時─────ラクス・クラインに触れ、視線を交わしたあの時に何が起こったのかを頭の中で整理する。

 

 感覚としては、クルーゼと対峙したあの時の感覚…意識が共鳴し、通信機を介さず感情で会話が可能となったあの時の感覚に似ていた。

 だが、似てはいたものの、その時の感覚とは全くの別物だった。

 

「…アコードの力、か?」

 

 可能性として唯一思い当たるのは、劇場版にて登場した()()()()

 アコードとは、人の遺伝子そのものを直接改造する事で、通常のコーディネイターを超える力を持って産まれた者達だ。

 

 頭脳、身体能力は勿論、アコードには改造の結果ある特殊能力が備わっている。

 それは、他人の精神へ干渉する能力。

 それによって、アコードは自身が選択した対象の思考を読んだり、更には一種の洗脳状態に陥れて操る事も可能としている。

 

 そしてもう一つ、アコードはテレパシーの様な感応能力を持ち、互いの精神を読んで実際に言葉を交わさずともコミュニケーションをとる事が可能だ。

 これはフラガに伝わる能力を持つ、俺とクルーゼも可能としており、今回の現象の理由として俺の中で上がっているのがこれだ。

 

 だが、もし理由がこれだとして、どうしてもあの現象の中で説明が出来ない部分がある。

 

 俺は、テレパシーでラクスと会話をした訳ではない。

 俺とラクスの間で交わされたのは、感情、記憶、それらが互いに伝わり合っていた。

 

 劇場版では、ラクスと彼女の運命の相手として登場したオルフェ・ラム・タオというアコードの男との間でテレパシーによる会話が行われていた。

 しかしあの時、確かに二人は会話こそ行っていたが、先程の様な現象は起きていたか…?

 

 アコードは対象の読心は出来ても、対象の記憶を読み取る事までは出来なかった筈だ。

 少なくとも、劇場版ではそういった描写はなかった。

 

「…俺がラクスやオルフェの後に造られたアコード─────という訳でもないだろうしな」

 

 もし俺がアコードで、ラクスやオルフェよりも強い感応能力を持って産まれたのだとしたらあの現象も頷ける。

 だが俺はナチュラルだ。証拠…とは言い難いが、根拠もある。

 何しろ俺の父、アル・ダ・フラガはコーディネイターに対して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と評していたのだから。

 

 コーディネイターを忌み嫌っていた訳じゃない。

 アルの中でコーディネイターに向けて特別な感情があった訳じゃない。

 ただ、例えどれだけ遺伝子を操作して才能を向上させたとしても、自身には遠く及ばないという自負…或いは驕り。

 故に、アルが自身の子供に遺伝子操作を施す理由がないのだ。子に自身の才能が受け継がれてさえいれば、そんなものは必要ないという考えがアルの中にあった筈だから。

 

「フラガの特殊能力…なら、クルーゼと対峙した時にも同じ現象が起きていた筈だ。…くそ、ダメだ。分からん」

 

 どれだけ思考を回しても、結局俺の中で合点がいく結論は出てこなかった。

 

 それならいっそ、あの現象が何なのかという疑問は置いておく事にする。

 そう、あの現象が何なのかなんて別に今すぐ解明する必要なんてない。

 

 今すぐすべきなのは、俺の中の記憶を読み取ってしまったラクスへの対応だ。

 ラクスへ伝わった記憶の中には、前世での記憶─────そう、機動戦士ガンダムSEEDという作品の記憶も込められている。

 

 恐らくラクスに伝わってしまった筈だ。

 俺が持っている、この世界の流れ、未来の記憶。

 その果てに彼女に待つ、あの結末(ハッピーエンド)も。

 

「…」

 

 室内に来客を知らせるチャイムが鳴る。

 扉の脇にある機械を操作すると、その画面に映し出されたのは心配そうに扉の前に立つ兄さんの姿だった。

 

 格納庫を飛び出した俺を追い掛けて来たのだろう。

 俺はボタンを押す。

 

「ユウ。…大丈夫か?」

 

 先に口を開いたのは兄さんだった。

 通話が繋がった事に気付いた兄さんは、俺に尋ねてくる。

 

「うん、大丈夫だよ。…今、開けるから」

 

 俺は扉を開け、兄さんと顔を合わせる。

 

 …今俺は、上手く笑えているだろうか。

 

 笑えてないんだろうな。

 兄さんが俺の顔を見て、痛ましいものを見た様な表情になってるし。

 

「兄さん。ら…あの子は?」

 

 ただ、心配してくれる兄さんには悪いが、俺が逃げてからどうなったのかを聞かなければならない。

 何事もなければ原作通り、兄さんとラミアス大尉とバジルール少尉の三人で、ラクスの取り調べが行われる。

 

 しかし、兄さんはこの場に居り、その前にラクスと触れた直後に俺が逃げ出すという事態が起きた。

 原作の流れから何かが外れてもおかしくはない。

 

「あぁ…。あの後、独房へ連行されたよ」

 

「は…?ど、独房!?なんで!?」

 

「なんでって…。どうもあの子、ザフトの関係者っぽいし。それに、お前もあの子に何かされたろ?」

 

 おかしくはないと思ってはいたが、まさかそんな事になっているとは予想していなかった。

 

 だが、兄さんは何か勘違いをしている。

 俺は何もされていないし、あの時に俺が逃げ出したのはラクスが原因ではあっても、ラクスが悪い訳ではない。

 

「俺は何もされてない!流石に独房行きはやりすぎだ!」

 

「いや…。でもあの時のお前の様子は尋常じゃなかったぞ?あの嬢ちゃんに何かされたんじゃないなら、一体どうしたってんだよ?」

 

「それ、は─────」

 

 兄さんの問い掛けを前に言い淀む。

 

 言える筈がない。

 俺かラクスか、どちらかの何らかの能力が影響して互いの感情、記憶が読み取れてしまいましたなんて。

 いや、フラガ家特有の能力の持ち主である兄さんなら、もしかしたら信じてくれるかもしれないけど…。

 

「…ごめん、言えない」

 

「ユウ」

 

「でも、あの子は何も悪くないんだ!艦内を自由にさせる訳にはいかないだろうけど、そんな犯罪者のような扱いを受ける謂れは、あの子にはない!」

 

 信じて貰えるか不確定な以上、あの現象については話さないという選択を取らざるを得ない。

 

 あの時に何があったのかは言えない。

 でも、ラクスは悪くない。

 そんな事を言っても、兄さんには何も分からないだろうし、受け入れ難い事だというのは理解している。

 

 それでも俺にはこうする事しか出来ない。

 ラクスを解放する為に、俺が出来る事は、こうして兄さんに必死に頼み込むしかなかった。

 

「ったく、なんでそんなに必死になるんだか…。分かったよ。嬢ちゃんを独房から出すって約束は出来ねぇが、艦長達と話はしてみるよ」

 

「っ!」

 

 兄さんの表情が厳しいまま中々変わらなかったから、一瞬駄目かと諦めかけたけど、兄さんは不意に大きく溜息を吐いて、苦笑しながらそう言った。

 

「兄さん…!」

 

「勘違いするなよ。さっきも言ったが、話をするだけだ。嬢ちゃんを独房から解放するかどうかの判断は、艦長に委ねる。…分かるな?」

 

「分かってる。だけど…、ありがとう」

 

 お礼を言うと、兄さんは小さく微笑み、俺の頭を掌で二度優しく叩いてからその場から去っていく。

 

 その背中を眺めながら─────俺はふとある事を思い出し、慌てて兄さんを呼び止める。

 

「兄さん!」

 

「ん?どうした?」

 

「ごめん。…もう一つ頼みたい事があるんだ」

 

 俺は、不思議そうに首を傾げた兄さんに向けて続けた。

 

「いつでもいいんだ。あの子の取り調べが終わってからでも、いつでもいい。…あの子と二人で、話がしたいんだ」

 

 話をしたい。しなければならない。

 

 俺の頼みが、さっきの頼み以上に無理難題である事は重々承知だ。

 

 だけど…、俺は彼女と、ラクス・クラインと話をしなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嬢ちゃんには、しばらくこの部屋で待機をしてもらう。食事も、食堂じゃなくここでとってもらう。何か要望があれば、そこの機械で艦橋と通信を繋いでくれ」

 

「…分かりました」

 

 当初、独房へ入れられていたラクスは、マリューとナタル、ムウの三人による取り調べが終わってから、一人用の居室へと案内された。

 案内人であるムウの説明に頷きながら、ラクスは不思議に思う。

 

 どうして、自分は独房に戻るのではなく、ここへ連れて来られたのだろう─────。

 

「あの…!わたくしは、どうしてここへ連れて来られたのですか?」

 

「?そりゃあ、アンタに艦内を自由に歩き回られたら困るからな。言っとくが、外に出られないよう、ロックは掛けさせてもらうぞ」

 

「そうではなくて…。わたくしはてっきり、また独房へ入れられるのではないかと…」

 

 不思議そうにするムウにラクスが続けると、ムウは納得したように小さく声を上げた。

 

「…弟からの頼みでな。艦長達の許可も貰ったから、気にするこたないよ」

 

「貴方の…弟?」

 

「さっき、アンタから慌てて逃げてった奴が居たろ。そいつだよ」

 

「っ─────」

 

 自分が独房ではなくこの部屋へ連れて来られたのは、ムウの弟…それも、さっき自分に触れてすぐ、どこかへ逃げてしまったあの少年の頼みが受け入れられたからだという。

 

 その事を知ったラクスは、あの少年と触れ合った時に感じた感覚を思い出す。

 

 まるで世界に、自分とあの少年の二人だけが取り残されたかのようなあの感覚。

 あの少年から伝わって来た感情、記憶。そして同時に、自分の中の感情と記憶が、あの少年へと流れていくのが分かった。

 

 自分の全てが開き出されたかのような、だというのに不快感はまるで感じず、むしろ温かささえ覚えた感覚。

 

 あの少年が自分から逃げ出したのは、その感覚からラクスが解き放たれた直後だった。

 自分を見る少年の目に映っていたのは、戸惑い、そして恐怖。

 どうしてそんな目をするのだろう、と尋ねようとしたその瞬間、あの少年は自分から遠ざかっていった。

 

 話をしたかった。

 あの感覚が一体何なのかは勿論、少年と共有したあの景色の中で流れて来た様々な光景について。

 憎しみに満ちた世界の中で、見知らぬ青年と笑い合っていた、自分の姿についても─────。

 

「そうそう。その俺の弟だけど、これからここへ来るから」

 

「…え?」

 

「アンタと話がしたいんだと。その様子だと、アンタも同じみたいだな。感謝しろよ?この俺が、艦長と副艦長の説得をしたんだからな」

 

 胸を張り、誇るようにして自分を親指で指しながら言うムウを、ラクスは呆然と見つめた。

 

 来る?

 あの少年が?

 さっきはあんなに必死に、自分から逃げて行った彼が?

 

 いや、そんな事は良い。これからここへ彼が来るのなら、もし自分が彼に何かをしたのなら、謝ればいい。

 それよりも─────彼と、話が出来る…!

 

「お、来たみたいだな」

 

 来客を知らせるチャイムが鳴る。

 ムウが扉の前へと向かい、機械を操作して扉を開ける。

 

 開いた扉の向こうには、ムウと同じく金髪の少年が立っていた。

 彼は、サファイア色の瞳をムウへと向けながら、何やら一言二言交わしてから、ムウとすれ違い部屋の中へと入ってくる。

 

 中と外を隔てる扉が閉まる。

 ムウは部屋を出て行き、この部屋の中に居るのはラクスと少年の二人のみとなった。

 

 ラクスの視線と少年の視線が交わる。

 今度は、先程の様な感覚は訪れなかった。

 だけど、その視線から感じられるのは、先程の恐怖ではなく、あの感覚の中で感じた温かさ。

 

 きっとそれは、この少年が元来持っているものなのだろうとラクスは思う。

 

 きっとこの人は、優しい人なのだ、と。

 

「さっきは突然逃げ出して、失礼な事をしました」

 

「っ…!頭を上げてください。その…気にしていません」

 

 先に口を開いたのは、少年の方だった。

 少年はまず、ラクスへ謝罪をしてから頭を下げる。

 

 その姿を見たラクスは慌てて、少年へ頭を上げるように言う。

 しかし、少年はラクスの言葉は聞かずにしばらく頭を下げたままだった。

 

 少年はやがて頭を上げると、ラクスへ向けて小さく微笑む。

 

「もうご存じでしょうが、一応自己紹介を…。俺は、ユウ・ラ・フラガといいます」

 

 ラクスはその名を知っていた。

 知っていた、というよりも、つい先程知った。

 あの感覚の中で、流れ込んで来た彼の記憶の中で、彼の─────ユウ・ラ・フラガという名を知った。

 

「…わたくしも、自己紹介を致します。ラクス・クラインです。わたくしが独房ではなく、この部屋に居られるのは、貴方様の嘆願によるものとお聞きしました。…ありがとうございます」

 

 彼、ユウもまた、自身の名を知っていると分かっていながら、ラクスはユウに倣って自己紹介をする。

 

 それに加え、自分がこの部屋で過ごせるよう取り計らってくれた事への感謝をユウへと伝えた。

 ユウは一度頷いてから口を開いた。

 

「先に失礼な事をしたのはこちらです。気にしないでください。…それよりも、俺がここへ来た理由は、お分かりですね」

 

「─────」

 

 ユウはラクスへ当たり障りのない返事をしてから、浮かべていた微笑みを収めて言う。

 

 その言葉に、ラクスは息を呑む。

 

 ユウがここへ、自分の前へ現れた理由。

 

 聞くまでもない。ラクスもまた、ユウと同じ気持ちなのだから。

 

「話をしよう、ラクス・クライン」

 

 それは、ラクスが待ち望んでいた誘いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本文にあったアルのコーディネイターに対しての評価ですが、完全なオリジナル設定です。公式ではありません。
ただ、アルは普通にコーディネイターを見下してそうと思うのは私だけですかね?


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PAHSE13 思わぬ返答

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、嬢ちゃん!どうした!?」

 

「あっ…、すみません!」

 

 ユニウスセブンにて回収した物資の積み込み作業を、ストライクに搭乗して行っていたキラは、外に居るマードックからの呼び掛けで手が止まっている事に気付く。

 

 すぐに謝罪をしてから作業を再開させるも、キラの心はここに非ずだった。

 

「(ユウ…)」

 

 キラの中で過るのは、この艦に乗る事となったラクス・クラインの事。

 そして、ラクスと触れ合ってから突然豹変し、逃げ出していったユウの事。

 

 あれからラクスは兵士達に囲まれ、独房へと連れて行かれてしまった。

 あれでは、ラクスがユウに何かしたのではないかと疑いを持つのが自然だし、現にキラも同じだった。

 

 しかし、その後行われた取り調べを、短い時間ではあるが目撃したキラには、ラクスがユウへ何か悪い事をする様な人物には思えなかった。

 

 柔らかな物腰に、言葉遣いも丁寧で、まるで穢れを知らない箱入り娘の様な─────だけどそれならどうして、ユウはそんなラクスから逃げ出すような事をしたのだろう?

 キラだけでなく、フレイやミリアリア、トール達も不思議そうにしていた。「別に怖そうな子でもないのに」と。

 

 ─────誰にも言っていないが、あの時…ユウとラクスが触れ合ったあの瞬間、キラは微かに不思議な感覚を覚えた。

 

 それがどんな感覚だったのか、形容が難しく、キラ自身説明が出来ない。

 ただあの時、キラの中で何かがざわついたのは確かだった。

 

 その直後、ユウはラクスの手を振り払い、逃げ出していった。

 

「(…もしかしてユウも、同じものを感じた?)」

 

 そうだとして、果たしてユウは逃げていくだろうか?

 あんな微かな感覚に驚き、怖がって?あのユウが?

 

 今、ラクスはマリューが割り当てた個室で待機している。

 独房ではなく個室を用意されたのは、ユウの嘆願があったからだという事を、キラはムウの口から話していたのを耳にした。

 

 分からない。

 もしかしたら、自分には分からない何かが、あの二人の間で起こったのか。

 そしてそれは、あの時感じた感覚と関係があるのか。

 

「…?」

 

 自分には分からない、二人の間だけで起こった何か、そう考えた時、キラの胸に小さな痛みが奔った。

 

 何だろう、とそっと掌で胸を押さえた時には、すでにその痛みは消えていて─────

 

「おい嬢ちゃんっ!」

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 マードックからの再度の呼び掛けにより、またも作業の手が止まっていた事に気付いた時には、先程奔った痛みの事などすっかり頭の中から抜けていた。

 

 この時、キラが感じた感情の正体が何なのか─────それを彼女が知るのは、もう少し後の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に聞く。見たか?」

 

 話をしようとラクスに持ち掛け、すぐに問い掛ける。

 

 その切り出し方はどうなんだと自分で思わないでもないが、回りくどい聞き方をしても仕方ない。

 色々と省略した質問になってしまったが、今の彼女ならこの聞き方で充分通じるだろう。

 

「…えぇ、見ました。貴方の記憶…なのでしょうか、あれは。貴方も…その、わたくしの…」

 

「あぁ、見た。貴女がこの世界で過ごしてきた十六年間の記憶…全て、ではないだろうが、その中で感じてきた気持ちも、思い出も」

 

「…」

 

 俺が問い掛ければラクスは肯定すると、今度は俺に同じ質問を投げ掛けてきた。

 その質問へ肯定の答えを返すと、ラクスは小さく息を呑んだ。

 

 ─────そう、ラクスが俺の中の記憶、思い出を見た様に、俺もラクスの中の記憶、思い出をあの感覚の中で目の当たりにした。

 優しい両親に囲まれ、幸せに過ごしていた日々。大好きな歌を歌い続ける日々。

 やがて彼女の歌声は世に広まり、歌姫として祭り上げられ─────そんな中で、彼女の中で過る()()も、俺は見た。

 

「あれは…貴方が?」

 

「いや。少なくとも、意図的じゃない。アンタもそうなんだろ?」

 

 ラクスの問い掛けに答えた後、俺の問い掛けにラクスが頷いて答える。

 

 やはりラクスが意図してあの現象を引き起こした訳じゃないらしい。

 そんな事は聞くまでもなく分かっていた事だが、念のために聞いておきたかった。

 

「…さっきから俺から聞いてばかりだが、アンタも俺に聞きたい事はあるんじゃないのか」

 

「─────」

 

 俺がそう言うと、ラクスは一瞬体を震わせた。

 

「…あの時、わたくしが見たものは…未来の出来事、なのでしょうか?」

 

「あぁ、そうだ」

 

 ラクスは俺の記憶を通して見た筈だ。

 

 この戦争がこれから、どういった末路を辿るのか。

 その結果、何が起き、どれだけの人達が犠牲になったのか。

 その果てに起きた、二度目の戦争─────そして、繰り返される争いの果てに、自分がどのような未来を迎えるのかを。

 

「…ですが、その記憶の中に、貴方は居ませんでした」

 

 少しの空白の後、絞り出すようにしてラクスがそう言う。

 

 彼女の言う通り、彼女が見た未来の出来事は、()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 だが、この世界は違う。ユウ・ラ・フラガという異分子が存在した、正規のルートから分岐した世界。

 

「そうだな。俺が持っている未来の記憶に、ユウ・ラ・フラガという男は存在しない。本来、そんな男は存在しなかった筈なんだ」

 

「それは…一体どういう事なのですか?」

 

 今のラクスの問い掛けを聞き、俺はラクスが俺の記憶全てを覗いたのではないのだと確信する。

 俺の前世の記憶までは読み取れなかったのか、しかし、俺が持っているガンダムSEEDという作品の記憶は全てラクスの中へ流れていったと見て良いだろう。

 

「悪いが、その事に関して詳しく話すつもりはない。だが…、それ以外のアンタが聞きたい事には答えていくつもりだ。例えば─────この戦争の結末、とか」

 

 話をしようと持ち掛けておきながら隠し事をするのは心苦しいが、それ以外のラクスの質問には答えるつもりでいる。

 それこそ、俺が持つ未来の記憶を全て話してほしいと頼まれれば、俺は全て話していただろう。

 

「…いいえ、結構ですわ」

 

「は…?」

 

 それなのに、ラクスは頭を振ってからそう言った。

 

 俺は思わず間抜けな声を漏らす。

 きっと、俺の顔も今漏れた声と同じ、間抜けな顔になっているんだろう。

 

「え…?え?知りたくないの?いや、俺の記憶を見たんだから分かってはいるんだろうけど…知りたくない?その結末に至る詳しい経緯とか、その経緯の中でアンタがどういう行動をとるのか、とか…」

 

「いいえ。だって貴方が知っているのは、貴方がいない未来の事なのでしょう?」

 

 そう言いながら、ラクスは初めて俺に向かって微笑んだ。

 その微笑みを前に、俺は言葉を返す事が出来なかった。

 

「今、ここに貴方がいる。それならきっと、わたくしが見たものとは違う未来が待っている筈です。…貴方が知らない未来が」

 

「─────」

 

「貴方が存在しない未来になんて、興味はありませんわ」

 

 ラクスは微笑みながら、そう言い切った。

 

 確かに、俺が知っているこの世界の流れの中には俺は存在しない。

 ラクスの言う通り、俺という異分子が居る以上、本来の原作の流れからは外れた進み方をするかもしれない。

 現に、今この段階でも原作崩壊は所々で起きてるし…。

 

 でもだからといって、人の行動というものはそうは変わらない。

 俺が居ようが居まいが、関係なく行動を進める人物は間違いなく居る。

 

「そんな事よりも、わたくしは貴方の事が知りたいですわ。そうだっ!改めて自己紹介を致しましょう?」

 

「え?いや、自己紹介はさっき─────」

 

「わたくしはラクス・クラインです。以後、よろしくお願い致します」

 

「あ、えっと…どうも。ユウ・ラ・フラガです、よろしく…」

 

 ラクスにそう伝えるも、彼女はそんな話に聞く耳も持たず、ポヤポヤとマイペースに会話を進めていく。

 

 自己紹介って、さっきもしたのに…。

 完全に毒気を抜かれた俺は、ラクスにつられてもう一度名を名乗る。

 

「ユウ、とお呼びしてもよろしいでしょうか?わたくしの事は、ラクスとお呼びくださいな」

 

「え?…えぇ?」

 

「…」

 

「…ラクス?」

 

「はいっ」

 

 な、なんだこの子。

 いや、確かにラクスは登場したての頃はかなり天然に描かれてはいたが、実際にこうして対面していると本来のラクス・クラインの性格がよく分かる。

 

 SEED後半、或いはDestiny、Freedomで見られたカリスマ溢れる姿ではない。

 ラクス・クラインという一人の少女の等身大の姿が、俺の目の前にはあったのだ。

 

「ユウ様は、何故この艦に?」

 

「…それ、あの時に見て分かる筈じゃない?」

 

「貴方の口から聞きたいのです」

 

「…」

 

 それにしたって、何か押しが強くない?

 俺を見るラクスの目がいやに輝いてるように思えるし…、一体どうしてこうなった?

 

「?」

 

「あら?」

 

 俺がこの艦に乗る事になった経緯や、この艦に乗る前は何をしていたか等、ラクスの質問攻めが続く中で不意に来客を知らせるチャイムが鳴る。

 

 俺とラクスが同時に振り返る。

 

 俺が立ち上がり、来客の対応をすべく扉を開けた。

 

「うわっ…ゆ、ユウ?」

 

「キラ?なんで…あぁ」

 

 扉の前に立っていたのはキラだった。

 何故キラがここに居るのか、尋ねようとした俺の目に、キラが持っていたお盆が映る。

 

 なるほど、原作では食事を持っていく係について揉めていたが、ここでは揉める場面は起こらずキラがその係になったという事か。

 

「ど、どうしてユウがここに…?」

 

「…ちょっと、彼女と話したい事g「ユウ。誰が来たのですか?何やらいい匂いが…」ちょっ、ラクス、いきなりこっちに来るな」

 

「─────」

 

 俺がここに居る事に戸惑い、その理由を尋ねて来たキラに答えようとした時、俺の背後からラクスがひょっこり顔を覗かせる。

 

 来客であるキラの顔を確かめに来たのか、それともキラが持ってきた食事の匂いに釣られて来たのか─────どちらでもいいが、ラクスが現れた直後、キラが驚き目を見開かせる。

 

「貴女は?」

 

「…え?えっと、貴方の食事を持ってきました…。その、どうぞ…」

 

「まあっ、ありがとうございます。丁度、お腹が空いていた所でしたの」

 

 ラクスが俺の前に出て、キラから食事が載ったお盆を受け取る。

 

 すると、お盆を両手に乗せたまま俺の方へと振り向いて、ラクスは口を開いた。

 

「ユウも、一緒にどうですか?」

 

「え?」

 

 そう問い掛けてきたラクスへ、一番に反応したのは俺ではなくキラだった。

 

 …何でお前がそこまで驚くんだ?

 いや、ザフトの関係者であるラクスから仲間が食事に誘われたら驚く、のか?

 

「悪いけど、それは出来ない。こうやって話に来ただけでも相当な無理をしてるんだ」

 

「そう、ですか…。残念ですわ…」

 

 俺が誘いを断ると、ラクスは俯き暗い顔になる。

 …くそ。

 

「…あー、もし許可が貰えたら、また話をしに来るよ」

 

「っ…!本当ですか!?」

 

「え?いや、許可が貰えたらだからな?本当に来れるかどうかは分からないんだからな?」

 

 何がそこまで嬉しいのか、花が咲き誇らんばかりの笑顔がラクスから弾ける。

 

 でも、そんなにも喜ばれると俺としても悪い気はしない。

 …これからまた無茶を頼まれる兄さんの事を思うと、やっぱり少し申し訳ないけど。

 

 それにどうせ、俺がここへ来れなかったとしてもハロが鍵を開けて部屋を勝手に出るんだろうし、またどこかで話す機会があるだろう。

 

 キラが来た事で良い区切りがつき、話はここまでとして俺はキラと一緒に部屋を出る。

 

 …そういや俺、飯まだだったな。

 これから食いに行くとしよう。

 

「…あの子と、随分仲良くなったんだね」

 

「ん?」

 

 道中、俺と並んで歩いていたキラが不意にそんな事を言い出した。

 

 いきなり何をと思い、視線をキラに向けるが─────あれ、なんかこの子、怒ってない?

 

「仲良くって、別にそんな事はないぞ」

 

「…でも、名前で呼び合ってたじゃん。あの子を独房じゃなく個室に居られる様に頼んでたって言うし…、それに、どうしてあの子の部屋に居たの?」

 

「それは…、謝りたかったんだよ。初対面であんな失礼な事しちゃったしな。名前で呼び合う様になったのは…話の流れというか?」

 

 何でだろう。

 どうして俺は、キラにこんな事を詰問されているんだろう?

 そんな事は断じてないのに、俺がキラへ悪い事をした気分になってくるのは何でだろう?

 

「あの、キラさん?なんか怒ってません?」

 

「怒ってないよ!」

 

「いや、怒ってるじゃん…」

 

「怒ってないってば!」

 

 もう知らないっ、なんて言いながら俺からそっぽを向いてずんずん先を行くキラ。

 

 ぷりぷり怒るその姿は第三者視点から見れば可愛いものだろうが、その感情を向けられている立場としては全くそうは感じられない。

 普通に怖い。

 

「ちょっ、待ってキラ。悪かった、悪かったから許してくれ」

 

「…本当に悪い事をしたって思ってる?」

 

「…」

 

「…ユウのバカぁっ!」

 

 そう言い残し、キラは去っていった。

 

 本当に、どうしてキラを怒らせたのか、原因がさっぱりだった。

 とりあえず、原因が分からないままキラを追い掛けても逆効果だと、一先ず時間を置くべきだと判断した俺は、食堂で食事をとる事にした。

 

 因みにこのやり取りから一時間くらい経った後、キラから謝りに来た。

 

 …本当に何だったんだろう?

 ラクスとの事と良い、キラとの事と良い、今日は俺にとって疑問ばかりが残る日となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉が閉まり、先程まで自分と話をしていたユウの姿が見えなくなる。

 

 それからラクスはキラから受け取った食事をデスクの上に置いてから、先程の会話について思い返す。

 

 ユウと再び会うまでは、たくさん聞きたい事があった。

 あの世界の中で垣間見た様々な光景─────ユウの中にあった未来の記憶について、たくさん話を聞くつもりだった。

 

 だが、ユウと対面し、ユウの顔を見て、ラクスはとある事に気が付いた。

 あの世界で見たどの光景の中にも、ユウが存在しなかった事に。

 

 それについて尋ねれば、ユウが持っている未来の記憶に、ユウ・ラ・フラガという男は存在しないのだという。

 続けて、ユウ・ラ・フラガという男は本来存在しない筈なのだという言葉には引っ掛かりを覚えたが、その事については話すつもりはないと拒まれてしまった。

 

 とにかく、ラクスはその言葉を聞いた途端、あの世界で見た未来の記憶から興味を失ってしまった。

 

 今、目の前にはユウ・ラ・フラガという少年が居る。

 確かに、ユウ・ラ・フラガという一人の人間が生きている。

 それならば、ユウ・ラ・フラガが存在しない世界の記憶など、何の価値もない。

 

 それよりも─────あの世界で感じた温かさの持ち主である、ユウという一人の人間と話がしたいと、ラクスは思ったのだ。

 

「マイド!マイド!オオキニ!」

 

 ユウとの会話の間、スリープモードとなって待機していたハロが再び喋り出す。

 

 ラクスは飛び跳ねるハロを膝に乗せ、キラが持ってきた食事に手を付ける。

 

 本当は、この時間もユウと共に過ごしたかったのだが、それは断られてしまった。

 しかしその代わり、可能であればまた、ユウは自分と話にここへ来てくれると約束してくれた。

 

「…そういえば」

 

 次はいつ、ユウと話せるだろう。

 

 心を浮つかせつつあったラクスは、ふと先程自分に食事を届けてくれた少女の事を思い出す。

 確か─────ユウから、キラ、と呼ばれていた筈だ。

 

「あの方、わたくしが見た記憶の中にも居た様な…」

 

 そう。

 ユウの記憶の中に居た自分が心を許していた青年。

 その青年と、あの少女はよく似ていた─────が。

 

「…気のせいですわね。ユウの記憶に居たあの方は男の方でした」

 

 そう、性別が違う以上、ユウの記憶の中で見た人物とキラと呼ばれたあの少女は別人だ。

 

 そう断じたラクスはこれ以上、その青年について考えるのを止めるのだった。

 ユウが存在しない未来の記憶になんて興味はない。

 その青年については、実際に出会ってから考えればいい。

 

 ─────まさか、その青年(少女)とつい先程、邂逅を果たしていた等と、当のラクスは思いもしないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という事でラクスとの対話、そしてキラちゃんの嫉妬回でした。

感想欄でもありましたが、ラクス→ユウへの印象はかなり好いです。
キラちゃんとの初対面ではなかったあの現象で、むしろラクスの方が初めのユウへの印象は好く思っています。
互いの記憶を曝け出し合って、それでも不快感がなかったとかそりゃあね…?


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PHASE14 合流前の衝突





本日二話目の投稿です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今頃、アスランがラクスの行方不明について知った頃だろうか?

 それともとっくにその事を知って、プラントを旅立った頃か…。

 

「ミトメタクナイ!ミトメタクナーイ!」

 

「あらあらピンクちゃん、ユウが困っていますわ。こちらへいらっしゃい?」

 

「テヤンデー!」

 

「…」

 

 もし後者だとしたら、アークエンジェルはそろそろ先遣隊に接近する頃の筈だ。

 ここまで色々と原作から掛け離れた出来事が起きてきたが、艦の航路自体は原作と殆ど変わっていない。

 それなら、この展開は恐らく原作通りに起こると思われる。

 

「あ、あの…。どうして部屋の外に出ているんですか…?」

 

「ごめんなさい。このピンクちゃんが勝手に部屋の鍵を開けて、出て行ってしまうのです…」

 

「アカンデー!」

 

「…」

 

 原作では、先遣隊は全滅、旗艦に搭乗していたフレイの父親、ジョージ・アルスターも戦闘に巻き込まれ死亡するという事態が起こる。

 結果、父を守ってくれなかったキラと父を殺したコーディネイターへの憎しみを募らせたフレイが、物語の中盤にかけてキラを追い詰めるという展開となる。

 

 ただ─────果たして今のフレイが、仮に父が死亡したとして、キラへ憎しみを募らせるかどうかは甚だ疑問ではあるが。

 勿論、全力でジョージ・アルスターを守れるよう努めるつもりではいる。

 

「ハロ!ハロ!」

 

「鍵を開けるって…。どういうプログラムなんだろ、ちょっと調べてみたいな…」

 

「よろしければお貸し致しましょうか?」

 

「え、いいの?」

 

「はい」

 

「アカンデェー!?」

 

 …なんか今、ハロの声に感情が…危機感の様なものが感じ取れたのは気のせいだろうか?

 

 というか、現実逃避はもうやめよう。

 

 状況はこの通りだ。

 今、俺達は食堂に居る。

 食堂へ向かう途中、まずキラと合流し、その後通路の角から飛び出してきたハロを目撃。

 そして、ハロを追い掛けていたラクスと出くわした俺達は、三人で食堂へとやって来たのだった。

 

「ミトメタクナイ!ミトメタクナァァァァアイ!!!」

 

「…」

 

 ハロってこんな叫ぶ設定だったっけ?

 それにキラの手から逃れようと必死になってるようにすら見えるんだが…。

 

 うん、気のせいだな。

 大人しくキラに解剖されてくれ。

 大丈夫、キラならお前を壊しはしないさ。南無。

 

「キラ!ユウ!ここに居た─────って、はぁ!?」

 

 ラクスが現在どういう立場であるかを忘れ、この後キラの部屋でラクスと一緒にハロを調べようという約束が二人の間で交わされた直後、食堂へ飛び込んでくる人物があった。

 

 その人物─────トールはキラ、俺の順で視線を見回し、そして最後にラクスの姿を見て大きく目を剥いた。

 

 そりゃそうだろ。

 殆ど捕虜に等しく、個室で待機をしている筈のラクスがこんな所に居れば、事情を知らない人からすれば驚くのは当然だ。

 

「こんにちは。貴方は…ユウとキラ様のご友人でしょうか?」

 

「え?あ、えっと…?はい」

 

「…」

 

 ラクスの問い掛けに頷くトール。

 キラはともかく、俺も友人のカテゴリーに含んでくれた事が、少し嬉しかったり。

 

「おい…。なんでこの子がこんな所に居るんだよ…」

 

「え?…さぁ?」

 

「さぁ、って…」

 

 首を傾げるキラに苦笑を向けるトール。

 

「で、どうしたんだ?俺とキラを探してたみたいだけど」

 

「っ、そうだった!朗報だぞ二人共!」

 

 脱線しかけていた話を戻す。

 問い掛けると、表情を輝かせながらトールが答えた。

 

「さっき第八艦隊の先遣隊と通信が繋がったんだ!もうすぐ、先遣隊と合流できるって!」

 

「っ!それって!」

 

「あぁ!やっとこの艦から降りられるぞ!」

 

 笑みを浮かべ喜び合うキラとトール。

 

 そんな二人を横目に、ラクスが俺の方へと近づいてきた。

 

「ユウ。お二人は地球軍の方ではないのですか?」

 

「あぁ。経緯は俺と同じだよ。成り行きでキラはモビルスーツに乗る事になって、トールもこの艦に乗ってるのはただの偶然」

 

「…そうなのですね」

 

 あの部屋で話した際、俺がこの艦に居る経緯は話したが、キラやトール達については話していなかった。

 ラクスからの問い掛けに答えると、彼女は少し表情を曇らせながら視線を二人へと戻す。

 

 彼女は、二人を見ながら何を思っているのだろう。

 不本意ながら戦争に巻き込まれ、戦う事になってしまった二人を憂いているのか。

 

「ユウも、艦を降りるのですか?」

 

「…いや」

 

「え…?」

 

 再度向けられた問い掛けに、俺はキラがトールとの話に集中しているのを確かめてから、小さく否定した。

 

 否定の答えを聞き、ラクスが驚き目を見開いた。

 

「それはなz…」

 

『総員第一戦闘配備!総員第一戦闘配備!』

 

 ラクスが三度俺に何かを尋ねようとした、その時だった。

 艦内に放送が響き渡る。

 

 第一戦闘配備─────その声を聞いた途端、キラもトールも弾かれるように駆け出し、食堂を出て行く。

 

「ユウ!」

 

「すぐに行く!」

 

 その途中、キラが振り返り俺へ呼び掛ける。

 

 俺はキラへ返事を返してから立ち上がり、未だ座ったままのラクスへと視線を下ろした。

 

「ラクスは部屋へ戻るんだ。いいか、戦闘が終わるまで絶対に出るんじゃないぞ」

 

「ユウ…」

 

 不安げに見上げてくるラクスが安心できるよう、笑みを向けてから俺もキラに続いて食堂を出る。

 

 更衣室でパイロットスーツへ着替えてから格納庫へ、待ってましたと言わんばかりのマードックの出迎えを受けながら、スピリットへと乗り込んだ。

 

『敵はナスカ級にジンが三機と()()()()()()()()()()!それとイージスとシグーがいるわ!気を付けて!』

 

 スピリットのシーツへ着き、システムを立ち上げている間にミリアリアが状況を教えてくれる。

 

 ─────シグー…またクルーゼが来るのか。だが、ハイマニューバだって?

 

 シグーが居る以上、乗っているのはクルーゼではあるまい。

 イージスには当然アスランが乗っているので除外。

 だとすれば、ハイマニューバに乗っている可能性があるのは…ミゲルか…!

 

『…キラ、ユウ』

 

 状況が困窮している現状に、小さくない焦燥感を覚えていると、割り込むようにしてフレイから通信が入った。

 

 フレイは何かに迷う様に視線を彷徨わせながら、やがて何かを決意したようにその視線に力を込めた。

 

『先遣隊に、パパが居るの』

 

 フレイの口から出て来たのは、力が籠もった視線とは相反して、震えた小さな声だった。

 

『二人にこんな事、お願いしたくない…。でも頼めるのは二人しかいない…!お願い、パパを助けて…!』

 

 フレイは恐らく、分かってる。

 このお願いが、俺とキラにどれだけ重荷を背負わせるのは、分かっている。

 

 それでも、愛する父と、唯一残された家族と別れたくない一心で、俺とキラにそうお願いをしてきたのだ。

 原作のものとは違う、苦渋に満ちたその懇願に、俺も一言、任せろと答えたかった。

 

「…確約は出来ない」

 

『っ…』

 

『ユウ…!』

 

 キラは原作の様に、分かったと請け負うつもりだったのだろうか。

 フレイを突き放すような答えを返した俺を、責める様な声質で呼んでくる。

 

「だけど、全力は尽くす。それだけは約束する」

 

『ユウ…。私も、全力で戦う。だから、泣かないでフレイ』

 

『…キラ、ユウ。お願い…!』

 

 その一言を最後に、フレイとの通信が切れる。

 

 フレイにも言った通り、フレイの父親を絶対に助けるなんて確約は出来ない。

 だが、元から彼を助けられる様全力を尽くすつもりではいた。

 

 というより、この戦いに限らず、今までのどの戦いでも手を抜いた覚えはない。

 

 やる事は今までと一緒だ。

 死なないように、誰かを守れるように、全力を尽くす。

 

「ユウ・ラ・フラガ!スピリット、発進する!」

 

 カタパルトへと誘導された機体が、ハッチから宇宙空間へと飛び出していく。

 

 無重力へと飛び出したスピリットのスラスターを吹かせ、すでに戦闘が始まった宙域へと、キラのストライクと一緒に急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る─────。

 

 アークエンジェルが先遣隊との通信が繋がり、合流するべく針路をとった頃、その動きを察知した者達が居た。

 

 それが、この後アークエンジェルと先遣隊が合流するかという時に襲撃をした、クルーゼ隊である。

 

 クルーゼが先遣隊がアークエンジェルの補給、或いは出迎えの艦艇である事を見抜くと、すぐにパイロット達に出撃の準備をさせる。

 

 現在、クルーゼ隊はユニウスセブンにて消息を絶ったラクス・クラインの捜索を命じられていたが、だからといってザフトの脅威となるアークエンジェルを見逃す訳にもいかない。

 クルーゼはヴェサリウスの格納庫にて、出撃する他のパイロット達と一緒に準備を進めていた。

 

「ミゲル。新しい機体は動かせそうか?」

 

「えぇ。性能こそ上がってはいますが、ベースはジンですからね。問題はありませんよ」

 

 その途中、近くを通りかかったミゲルにクルーゼが問い掛ける。

 

 機体へと乗り込もうとしていたミゲルはその場で止まり、笑みを浮かべて自身が乗り込もうとした機体を見上げながらそう答えた。

 

 クルーゼもまた見上げた視線の先には、オレンジ色のジンが鎮座していた。

 

 正確には、ジンとは違う。

 機体名、ジン・ハイマニューバ─────ジンのメインスラスターに改修を施し、宇宙における加速性、航続距離が飛躍的に向上した機体だ。

 ミゲルは、自身のパーソナルカラーに染まったこの機体を、査問会の為にプラントへと戻った際に受領したのだ。

 

 新しい機体を受領して間もないが、飽くまで機体のベースはジンであり、更に卓越した操縦技術もあり、ミゲル自身何の違和感もなくシミュレーションではスコアを稼いでいた。

 実戦とはまた勝手が違う事はミゲルにも分かってはいたが、新しい機体での初陣という点においての不安感は全く抱いていなかった。

 

「そうか。なら、良い働きを期待する」

 

「了解!」

 

 ミゲルは一言そう言いながら、クルーゼへ敬礼をとってから改めて機体へと乗り込む。

 その姿を見届けてから、クルーゼもまた自身の愛機であるシグーへと乗り込んだ。

 

「(さて…。足つきはどういう選択をとるのかな?)」

 

 合流の直前に先遣隊が襲われている所を目の当たりにしたアークエンジェルが、次にどの行動を起こすか。

 

 厄介事に巻き込まれるのは御免だと尻尾を巻いて逃げるか、或いは仲間を助けるべく戦闘に介入してくるか。

 

 クルーゼとしては、後者を期待していた。

 

「(中々に早い再会となるかもしれんな。…ユウ・ラ・フラガ)」

 

 もしアークエンジェルが戦闘に介入してきた場合、当然スピリット─────ユウ・ラ・フラガも出撃するだろう。

 

「(今度こそその息の根を止めてみせる)」

 

 クルーゼ隊に合流したジン三機が、ミゲルのハイマニューバが、アスランのイージスが発進していく。

 

 そしてクルーゼのシグーもまたカタパルトへと運ばれていき、出撃の時が訪れる。

 

「ラウ・ル・クルーゼ!シグー、出るぞ!」

 

 ハッチから飛び出した機体を先遣隊へと向け、クルーゼはスラスターを吹かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーナード沈黙!イージス、ローに向かっていきます!」

 

 ユウ達が出撃し、アークエンジェルが戦闘宙域へ介入した時には、すでに先遣隊の護衛艦の一隻が行動不能に陥っていた。

 

 更にイージスが新たな艦へと牙を剥くべく接近していく。

 

「ゴットフリート一番照準合わせ!ってぇ!」

 

 ナタルの号令に従い、放たれた砲撃が真っ直ぐイージスへと向かっていく。

 

 が、砲撃は躱され虚空を横切っていく。

 

「ゼロ、帰還します!機体に損傷!」

 

 一番早く出撃したムウのゼロが、ジンを一機落としたものの、もう一機との交戦の末損傷を受けて撤退を余儀なくされる。

 

 目まぐるしく変わる戦況が映し出されるモニターを、フレイは青ざめた顔で見ていた。

 

 自分の役割など、果たせる筈もない。

 父が、あの地獄に巻き込まれているのだと思うと、モニターからどうしても目を離す事が出来なかった。

 

「パパ…!」

 

「ストライク、イージスと交戦開始!スピリットもシグーと会敵します!」

 

「ジン・ハイマニューバ、ローへと接近しています!」

 

「イージスとシグーは二人に任せるしかないわ!ゴットフリートの照準をハイマニューバに!ローを沈ませないで!」

 

 残りの二機は、先遣隊のメビウス隊に任せる他がなかった。

 

 キラとユウにはイージスとシグーの相手を任せ、アークエンジェルはまずジン・ハイマニューバの足を止めさせ、注意をこちらに向ける。

 

「ってぇ!」

 

 再度響くナタルの号令。

 

 アークエンジェルの艦橋では、戦況を伝える声とクルー達への指示の声が引っ切り無しに響き渡っていた─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ムウから少し遅れて出撃したスピリットとストライクは、すぐに出撃に気付かれる事となる。

 

 その事に真っ先に気付いたシグーが二機へと接近、そしてシグーの動きに気付いたイージスもまた、二機の方へと向いた。

 

 イージスがビームライフルをこちらに向け、引き金を引く。

 

 スピリットとストライクはそれぞれ別の方向へと避け、するとイージスは迷いなくストライクの方へと向かっていった。

 

「キラ!…っ!」

 

 ユウがキラの支援へと向かうべく機体をそちらへ向けようとしたその時、敵意の接近にその手を止める。

 

 直後、フットペダルを踏んでスラスターを吹かせて機体を上昇させる。

 つい先程までスピリットのコックピットがあった位置を正確に、一条のビームが貫いていった。

 

「やはり来たか!ユウ!」

 

「クルーゼ!」

 

 スピリットへとビームを向けたのは、クルーゼが駆るシグー。

 

 シグーはライフルから重斬刀へと持ち替え、更にもう一方の手にシールドを握る。

 

 それに対し、ユウはスピリットのスラスターを吹かせてシグーへと接近。

 瞬く間にシグーの眼前へと迫ったスピリットは右腰のビームサーベルを抜き、シグーへと振り下ろす。

 

 振り下ろされたサーベルは割り込んで来たシグーのシールドに防がれる。

 

「(くそ…!前もそうだったがこのシールド、対ビームコーティングがされてる!それにあのビームライフル─────シグーにビームライフルは搭載されてなかった筈だろ!)」

 

 ユウには知る由もない事だが、現在シグーが装備しているビームライフルは、現在ザフトが開発している次世代の量産機に搭載する予定である武装の試作機だ。

 

 Xナンバーの機体が装備している、機体自体のバッテリーを消費してビームを放つライフルとは違い、ライフル自体のエネルギーを消費してビームを放つこの武装は、Xナンバーが所持している物と比べても撃てる弾数が少ない。

 

 故に、クルーゼはこの唯一PS装甲を貫けるこの武器を、使い所を考慮しながら使用しなければならない。

 

 基本的にはスピリットと格闘戦を余儀なくされる、が、スピリットの火力がない事を鑑みても、常識離れしたその推力はクルーゼにとっても脅威であった。

 

「ちぃっ!」

 

 反応は出来る。対処も出来る。

 が、次の反撃に繋げるにはどうしてもギリギリの対応を要求される。

 

 それだけではない。

 スピリットの動きが前回戦った時よりも良くなっている事が、クルーゼの神経を擦り減らす。

 

「えぇい!厄介な存在だな、君は!」

 

「アンタこそ、性能で劣る機体で何でついてこれるんだよ!」

 

 一方、神経を擦り減らしているのはユウも同じだった。

 

 シグーと戦闘を繰り広げながら、前回よりも良く動くクルーゼの実力に戦慄する。

 

 性能ではスピリットが勝る。

 その性能に物を言わせ、基本的に攻めているのはユウの方だ。

 だというのに、気付けば追い詰められ、辛うじて攻撃を回避するという展開が続く。

 

 その戦闘の様相は前回のものと似たものだった。

 だが、その展開は前回よりも速く、激しく、二機は激突を繰り返す。

 

 スピリットとシグー。

 ユウとクルーゼ。

 

 二人の戦いは時間が進むごとに、更に苛烈さを増していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回へ続きます。


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PHASE15 歌姫の決意

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キラっ!」

 

「アスラン…!」

 

 アークエンジェルから出撃し、イージスから放たれたビームによってスピリットとの距離を離されたキラは、直後に襲い掛かって来たイージスとの交戦を開始していた。

 

 イージスの腕より展開されたビームサーベルを、ストライクのシールドで押さえると、キラは背中のビームサーベルを抜き放ちイージス目掛けて振り下ろす。

 

 イージスもまた、キラと同じようにシールドを掲げ、ストライクの斬撃を防ぐ。

 

 少しの間、互いに押し合い、やがて弾かれるように二機は同時に後退。

 一度、二度と切り結びながらすれ違い、再度衝突、ストライクとイージスの鍔迫り合いが始まる。

 

「もう止めてくれ!俺達が戦う理由なんてない筈だ!」

 

「君にはなくても、私にはあるの!」

 

 通信を通して響くアスランの叫びに対し、キラもまた思いの丈を叫び返す。

 

「戦いたくないなら、退いて!…私だって、君とは戦いたくない!」

 

「キラ…、なんでっ!?」

 

「前も言った!あの艦には、守りたい人が…友達が乗ってる!アスランがあの艦を落とすつもりなら、私は─────!」

 

 キラは、イージスから伝わる力に逆らわないままに機体を傾け、イージスの懐へと飛び込む。

 

「くっ!?」

 

 ストライクの予測出来なかった動きに歯噛みしながら、アスランは即座にその場から距離を取ろうとする。

 

 しかし、その判断はやや遅かった。

 それよりも先に、イージスの胸部装甲をストライクの脚部が襲う。

 

 コックピット付近に強い衝撃を受けたイージス。

 当然、その衝撃は中のパイロットをも襲う。

 

「ぐぅぅうっ!」

 

 呻き声を上げながら、それでも操縦桿から手は離さず機体の姿勢制御に努めるアスラン。

 

「アスラン…っ」

 

 よろけるイージスを睨みながら、キラはビームライフルを抜く。

 

 ここで、すぐに引き金を引いていればイージスを撃ち抜く事が出来ていただろう。

 

「─────」

 

 キラの脳裏を過る、かつて親友(アスラン)と過ごした日々が、引き金を引こうとしたキラの指の動きを止めた。

 

 その僅かなタイムラグが、絶体絶命だったアスランの命を救う事となる。

 

「何をやっている、アスラン!」

 

「!?」

 

 ストライクのコックピットに警報が鳴り響く。

 ロックされている事を悟ったキラは、すぐに機体を翻しながらその場から離れる。

 

「逃がすかよ!」

 

 直後、コックピット内に奔る衝撃。

 

 ジンよりも優れた機動力で接近してきたミゲルのジン・ハイマニューバが、ストライクとすれ違いざまに突撃銃をお見舞いしたのだ。

 

 PS装甲により機体そのものにダメージはないが、防ぎきれない衝撃がキラを襲う。

 

「きゃぁぁああああっ!」

 

「─────き…っ!」

 

「挟み込めアスラン!ここでこいつを沈める!」

 

「…くそぉっ!」

 

 キラの悲鳴を聞きながら、アスランは選択を迫られていた。

 

 軍人としての責務か、友の命か─────。

 

 ─────先に自分の手を振り払ったのは、向こうだ。

 

 アスランはストライクの背後へと回り、ビームライフルを構える。

 

「っ!」

 

「な…にぃっ!?」

 

 その時、ハイマニューバとイージスに向かって二条のビームが放たれる。

 

 単純な狙撃、二人は難なくそれらを回避するが、そのビームを放った対象を目にして驚愕を抑えられなかった。

 

「ユウ…!」

 

 キラも目にする、シグーと戦闘を繰り広げるスピリットの姿を。

 

 スピリットは、シグーと交戦しながらピンチのキラを救ったのだ。

 

「あいつ、クルーゼ隊長を相手にしながら!?」

 

「スピリット…!」

 

 ミゲルは忌々し気に、アスランは友の命を奪わずに済んだ事に対して複雑な念を抱きながら、スピリットを睨みつける。

 

「今っ…!」

 

 スピリットの攻撃により、二人の意識が逸れたのを察したキラは、ストライクのスラスターを吹かせる。

 

 狙いは距離が近いハイマニューバ。

 ビームライフルを構え、引き金を引きながらハイマニューバへと接近していく。

 

「こいつっ!?」

 

 意識を逸らした事への悔恨を抱く暇はない。

 ミゲルはすぐに機体を後退させようとするが、ストライクがハイマニューバの懐へと飛び込む方が早かった。

 

 ストライクが振るうビームサーベルと、何としても斬撃を回避せんとするハイマニューバ。

 

 斬撃の方が速く、ハイマニューバを捉える。

 コックピットこそ避けられるが、ハイマニューバの左腕を斬り払い、返す刃で二撃目を仕掛けるキラ。

 

「ミゲルッ!」

 

 そうはさせじと、アスランが機体を動かす。

 

 ハイマニューバへとサーベルを振り上げようとするストライクへ、イージスが突っ込んでいく。

 

 イージスの突進を、キラはシールドで受け止める。

 その隙にミゲルはハイマニューバを後退させ、ストライクから距離を取る。

 

「ミゲル、退くんだ!」

 

「立つ瀬ねぇな、くっそ!」

 

 機体に損傷を受けたミゲルは、悪態を吐きながらアスランの言う通りに退いていく。

 

 再び一対一で対峙するストライクとイージス。

 睨み合うキラとアスラン。

 

「キラ…。どうしても俺と一緒に来ないつもりか」

 

「…君が、私の大切な人を殺すっていうなら」

 

「…ならば、ここでお前を撃つ!」

 

「私も、君を撃ってでも止める!」

 

 互いに決別の言葉を掛け合いながら、されど心の奥底で燻る迷いを抱えながら、二人は銃を向け合い、引き金を引くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と余裕だな!私を相手に、味方の支援をするとは!」

 

「その機体の足がもう少し速ければ、そんな余裕もなかったかもな!」

 

 挑発、悪態を向け合いながら互いの近接武器で切り結ぶスピリットとシグー。

 

 ユウはシグーを相手にしながらも、周囲の状況を絶えず確認し続けていた。

 

 先程の支援により、ストライクは息を吹き返し、ハイマニューバを撤退まで追い込んだ。

 再びイージスとの交戦が始まったが、見る限り状況は互角。

 目を向けるべき箇所はそこではないと判断したユウは、先遣隊の旗艦であるモントゴメリの方へと注意を向けた。

 

 戦闘宙域へ来た時点で沈黙していたバーナードはジン部隊にやられ撃沈。

 ローもハイマニューバにあっという間に沈められ、すでに残すはモントゴメリのみとなった先遣隊。

 そのモントゴメリもジンの部隊に囲まれていた。

 

 出撃したメビウスも残るは一機となり、まさに風前の灯火と言える状況まで追い込まれていた。

 

「行かせんよ!」

 

「っ、邪魔だ!」

 

 モントゴメリの援護をするべくライフルを向けようとした時、背筋に奔る寒気に従い、考えるよりも先にユウは機体をその場から離す。

 

 肩部の装甲を掠めるビームには見向きもせず、シールドを掲げてシグーの斬撃を押さえる。

 

「気に入らんなっ!この私を前にしながら、他者を気にするなど!」

 

「嫉妬かよ!気持ちの悪い!」

 

「戯言をっ!」

 

 パワーで劣るシグーが力勝負を嫌い、僅かにスピリットから離れる。

 

 直後、ライフルからサーベルへと持ち替えたスピリットがシグーへと刃を振るう。

 スピリットの斬撃を、シグーは機体の体勢を沈ませる事で回避し、重斬刀を振り上げスピリットの右腕を狙う。

 

「くっ─────」

 

 質量武装ではスピリットの装甲は破れない、が、斬撃を受けたスピリットの右腕が跳ね上がる。

 

「君がその気なら、私も真似をしてみるとしようか」

 

「─────何を」

 

 クルーゼの声に、悦の感情が混じっていた事にユウは気付く。

 

 直後、体勢が僅かに崩れたスピリットを蹴り飛ばし、シグーがライフルの銃口を向ける。

 

「お、まえっ…!」

 

 銃口が向けられたのは、()()()()()()()()()()()

 

 メインカメラをこちらへ向けたまま、シグーはライフルを()()()()()()()()()()()

 

「守りたい味方が居るのなら、その味方とやらを奪うとしよう」

 

「やめろっ!」

 

 ユウの制止の声などクルーゼには届かない。

 

 スピリットのスラスターを吹かせるも、到底間に合わない。

 

 シグーのビームライフルが、火を噴いた。

 

 かなりの長距離射撃にも関わらず、クルーゼが放った光は正確にモントゴメリの艦橋を撃ち抜いた。

 

 最初に艦橋で爆発が起こり、更に艦体のエンジン部が誘爆、そうして何度か爆発を起こしながら、モントゴメリはあまりにも呆気なく撃沈した。

 

「─────クルーゼェェェェエエエ!!!」

 

 モントゴメリの最期の姿を目にしたユウが、激情に駆られるままに雄叫びを上げる。

 

 その瞬間、ユウの中で何かが()()()

 

「ふははっ!憎いかね、この私がっ!そうだ!私を見ろ、ユウ・ラ・フラガっ!」

 

「それを聞くのはこの俺だっ!親父とお袋だけに飽き足らず、お前とは何ら関係のない所にまで憎しみを撒き散らすっ!そこまでお前を産み出したこの世界が憎いのかっ!?」

 

「あぁ、憎いさ!私()を産んだこの世界がっ!戦いを選ぶばかりの人間がっ!滅ぶべきとは思わないかね!?こんな世界はっ!」

 

 シグーからのビームライフルから放たれる光条をビームサーベルで斬り払い、ユウはスピリットを真っ直ぐシグーへと突っ込ませる。

 

「それを決める権利は、お前にはない!」

 

「あるのだよ!この世界でただ一人、全ての人類を裁く権利が、この私にはあるのさっ!私の()を知っていた君なら、分かるだろう!?」

 

「あぁ、分かってるさ!そんな権利、誰一人として持っていないって事くらいはなっ!」

 

 スピリットの斬撃をシールドを防いだシグーが、重斬刀を振り上げる。

 

 ユウもまたシグーの斬撃に対してシールドを掲げ、火花を散らしながら二機が力を込めて押し合う。

 

「ラウ・ル・クルーゼ!これ以上憎しみを撒き散らし、世界を弄ぶのなら、お前を殺してでも止めるっ!」

 

「やってみせろ、ユウ・ラ・フラガっ!」

 

 弾かれるようにして離れた二機が、すれ違いながら何度もぶつかり合う。

 

 機体の性能で勝りながら押し切れないユウと、操縦技術で勝りながら相手を翻弄しきれないクルーゼ。

 

 二人の動きは戦いが進むごとに鋭く冴え渡っていきながら、更に戦闘の激しさが増していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユウ─────?」

 

 声が聞こえた気がして、ラクスは振り返る。

 

 どこからか、ユウの声が聞こえた気がした。

 

 憎くて、悲しくて、苦しくて、それでも絞り出すようなユウの叫びは、少女へと届いていた。

 

「ユウ…。貴方はまだ、戦っているのですね」

 

 時折艦内を襲う揺れが、未だに戦闘が続いている事を知らせてくれる。

 

 そして、先程のユウの声もまた、未だに彼が戦い続けている事を教えてくれた。

 

 しかしラクスには何の力もない。

 この戦いを止める為に、ユウの為に出来る事など、何も─────

 

「…いいえ」

 

「ラクス?ラクス?ハロ?」

 

 ユウに言われ、ラクスは個室の中でハロを抱きながら戦いが終わるのを待っていた。

 

 何も出来ず、ここでユウの帰りを待つ事しか出来なかった。

 それしか、自分に出来る事はないと思っていたからだ。

 

「わたくしにも、出来る事はある」

 

 ラクスには戦う力はない。

 だが、戦いを止める力なら、ある。

 

 ラクスは立ち上がり、扉の前へと向かう。

 そして腕に抱いていたハロを持ち上げ、扉の近くまで持っていくと、ハロは両耳をパタパタと上下させながらつぶらな瞳を点滅させる。

 

 扉が開く。

 

 腕に抱いていたハロを離し、ラクスは勢いよく部屋を飛び出した。

 

 ─────ずっと、心の中でずれがあった。

 ラクス・クラインは、歌う事が好きだ。

 自分の歌声を聞いた父と母が、笑顔になってくれるのが大好きだ。

 いつしか父と母以外の人達にも歌声を聞いて貰える機会が増え、色んな人が自分の歌を聞いて笑うようになり、初めはそれが嬉しくて、ラクスはもっと歌う事が好きになった。

 

 いつしかラクス・クラインは()()と呼ばれ、絶大な人気を博するようになった。

 

 歌いたいが為に歌っていた歌が、いつしか誰かに乞われ、望まれて歌う歌になっていた。

 

 その事が、ラクスの中でどうしてもずれを起こしていた。

 

 誰かに笑っていてほしくて歌っていただけなのに。

 いつしか、歌えば誰かが笑うだけでなく、崇める者すら現れるようになった。

 

 ラクス()と呼ばれるようになった。

 様、なんていらない。

 そんな大層な事じゃない、自分はただの一人の人であり、他の誰とも変わらないのに。

 

 いつしかラクス・クラインの命は、重い価値を持つ物へと変わっていった。

 

 それは、ラクス自身が望んだ物ではない。

 自身の命にのしかかった価値は、彼女が望んで手に入れた物ではない。

 煩わしく、いらないとすら思った事もあった。

 

 だが、今は─────その価値とやらを、存分に利用するとしよう。

 

 目指すは艦橋。

 ラクスは艦内の構図など分かりはしない。

 ただ、それでも進む。

 声が聞こえる方へと─────声が近付いてくる方へと、彼女は迷わず足を進める。

 

「っ─────!貴女…!」

 

 やがて辿り着いた扉が開いた先で、初めに反応を示したのは艦長席に座するマリューだった。

 

 振り返り、視線の先に目にしたラクスの姿を目にしたマリューが、驚愕に目を見開く。

 

 続けてナタルが、フレイが、トールが、艦橋で忙しく手を動かしていた全ての人達が、一人の少女に視線を注ぐ。

 

「な─────何をしているのですか!?ここがどこか分かっていますか!?というか、どうして部屋からでて…」

 

「わたくしを人質にお使いください」

 

 続けざまに質問を投げ掛けるマリューへと、真っ直ぐ視線を向け、掌を胸に当てながらラクスは告げる。

 

 その言葉に誰もが言葉を失った。

 ラクスへ更なる質問を投げ掛けようとしたマリューも、誰にも告げず、頭の隅でラクスが告げた事を実行するべきかと考慮し始めていたナタルでさえも。

 

 未だ戦闘は続いている。

 艦橋のモニターには、イージスと交戦するストライクと、シグーと激しくぶつかり合うスピリットの姿が映し出されていた。

 

 その映像を見て、一瞬悲し気に表情を歪ませたラクスはすぐに表情を引き締め直し、再び告げる。

 

「わたくしがこの艦に乗っていると知れば、モビルスーツを退かせる筈です」

 

「…貴女は、それでいいの?」

 

「それで戦闘が終わるのなら構いませんわ」

 

 マリューからの問い掛けに、ラクスは引き締めていた表情を緩め、微笑みながら頷いた。

 

 アークエンジェルが生き延びる為に、残された選択肢は一つしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ザフト軍に告ぐ!』

 

 突如、アークエンジェルより発せられた全周波放送に、ユウとクルーゼは戦いの手を止めた。

 

『こちらは地球連合所属艦アークエンジェル!当艦は現在、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している!』

 

「なに?」

 

 予想もしていなかったその言葉に、クルーゼも小さく驚愕の声を漏らした。

 モニターに映し出された地球軍女性士官の背後には、確かに小さくラクスの姿が映り込んでいたからだ。

 

『偶発的に救命ボートを発見し、人道的立場から保護したものであるが、以降、当艦へ攻撃が加えられた場合、それは貴艦のラクス・クライン嬢に対する責任放棄と判断する!』

 

「…ちっ」

 

 クルーゼにとって、状況は最悪だった。

 何しろ、クルーゼ隊に課せられた任務は()()()()()()()()()()()なのだから。

 

 ここで知った事かとアークエンジェルを─────スピリットへの攻撃を続行したい所ではあるが、まだこの段階でそこまで踏み切る訳にはいかない。

 

『隊長!』

 

「分かっている。全軍攻撃中止、帰投させろ」

 

 クルーゼからアデスへ、そしてアデスから出撃していた全モビルスーツへ帰投命令が下される。

 

「…」

 

 無言でスピリットを─────ユウを横目で見遣ってから、クルーゼもヴェサリウスへと機体を向ける。

 

 今度こそ息の根を止めると意気込み、臨んだ戦いだった。

 

 しかし、クルーゼの想像以上の早さで相手は、ユウの腕は上がっていた。

 これでは、次に戦う時にはどうなるか─────せめて同程度の性能を持った機体があれば。

 

「…ないものねだりをしてもどうしようもないな」

 

 自嘲の笑みを浮かべ、小さく呟く。

 

 現在ザフトには、宇宙空間においてシグー以上の性能を持つ機体は、地球軍から奪った四機の他にない。

 スピリットとの性能差を埋める手として、ジン・ハイマニューバの様に何らかの改修を施す手はあるが、それをするには一度プラントへと戻らねばならない。

 

 そんな時間はない。

 時間を掛ければ、アークエンジェルはそう簡単に手が出せない所へ逃げ込んでしまう。

 

 クルーゼの本懐を遂げるには、時間との勝負となる。

 

「…次こそは」

 

 ユウの成長スピードを考えれば、次がラストチャンスだ。

 次を逃せば、ユウとの交戦機会は少なくなるどころか、失われる可能性もある。

 

 ─────あの怪物を墜とすには、こちらも覚悟が必要という事か。

 

「その前に、あのお嬢様か。…厄介なものだ」

 

 だがユウと交戦するにはまず、囚われのお姫様をどうにかして解放しなければならない。

 

 ある意味こちらの方が難解とすら言えるだろう。

 

 ため息混じりに呟きながら、クルーゼはヴェサリウスのハッチから機体を収容するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジン・ハイマニューバでの初陣ミゲル君の戦果(本文にはない勝手に決めた設定含めて)
地球軍戦艦一隻とメビウス三機。
び、微妙…。まあ、相手(パーフェクトフラガとスーパーコーディネイター)が悪い。(白目)


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PHASE16 吐き出されぬ憎しみ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘行為を中止し、ザフト側の機体が退いていく。

 さっきまで激しく交戦していたクルーゼも、何も言わずに機体を反転させ、母艦へと戻っていった。

 

 あれだけ俺に憎悪を向けていた奴が何も言わずに、だ。

 その背中が、弱い俺を嘲笑っている様にすら見えた。

 

「…くそ」

 

 結局、原作通りの展開になってしまった。

 守ろうとしたものは守れず、挙句一人の少女の命を盾にして守られてしまう始末。

 

 俺は、俺の力は、何かを変えられると思っていた。

 ほんの少しでも、救われなかった筈の命を救えるかもしれないと思って、戦いに身を投じたつもりだった。

 

 それは自惚れだったのだろうか。

 フレイの父親は死に、今頃彼女は泣いているだろう。

 もしかしたら、あれだけ良好だったキラとの友情にも罅が刻まれるかもしれない。

 

 ─────俺が弱いせいで。

 

『スピリット、何をしている。早く帰投しろ』

 

「…了解」

 

 中々戻ってこない事を怪訝に思ったのか、バジルール少尉から通信が入る。

 早く戻れとの命令に一言返してから、俺もようやく機体を反転し、アークエンジェルへと帰投する。

 

「あの子を人質にとって、脅して…!そうやって逃げるのが、地球軍って軍隊なんですか!?」

 

 スピリットを着艦させ、コックピットから降りた俺が目にしたのは、兄さんに詰め寄るキラの姿だった。

 

「そういう情けねぇ事しか出来ないのは、俺達が弱いからだ」

 

 その言葉と一緒に鋭い視線を向けられたキラの勢いが怯む。

 

 それはラクスを人質にするという情けない事をするしかなかった理由であり、何者にも否定が出来ない真実であった。

 

「俺達に、艦長や副長を非難する資格はねえよ…」

 

 力のないその声には確かな悔しさが籠っており、キラはそれ以上言い返さないまま、去っていく兄さんを見送っていた。

 

 二人のやり取りを黙って見ていたが、兄さんの姿が見えなくなってからキラの方へ近寄る。

 

「大丈夫か?」

 

「ユウ…」

 

 近付く俺に気付いてこちらを見るキラの方を叩きながら、一言尋ねる。

 

 キラは俺を見てから、目を伏せて口を開いた。

 

「あの人の言ってる事は…正しいって私も思う。私があの時、アスラン─────イージスを撃っていたら、あの子を人質にしなくても良かったかもしれない。だけど…、私は…強くなんてなりたくないのに」

 

 本来、キラは戦いからは程遠い生活を送り、彼女の性格も決して戦いには向かない、穏やかで優しいものだ。

 それでも戦いに身を投じているのは、キラ自身の命を守る為、そして大切な友達を守る為にそうせざるを得なかったからだ。

 

 今はそうしなければ生きていられない状況にある為に戦っていても、この先ずっと戦いを続ける気はない。

 だからキラは迷っている。

 

 強くあらなければ何も守れない。

 それでも、戦いを制する為の強さなんていらない─────。

 

「…それでいいだろ。お前は強くなんてならなくていい。第八艦隊に合流出来たら、トール達と一緒に艦を降りるんだから」

 

「…ユウ?」

 

「でも、そこまでは力を貸してくれ。もう少しの辛抱だから」

 

 キラを励ますつもりで言葉を掛けながら、さっきよりも少し力を加えてキラの肩を叩いてからその場を離れる。

 

 すぐ後ろをついてくるキラと一緒に、別の更衣室で制服に着替えてから居住区へと向かう。

 

「パパ…パパぁっ!」

 

 その時、引き裂く様な悲鳴が聞こえ、俺とキラは足を止めた。

 

「サイ…!パパが…パパが…っ!」

 

「フレイ…」

 

 聞こえてくる声に吸い寄せられるように、俺もキラも、何も言わずに同じ方へ…同じ所へと近付いていく。

 

 辿り着いたのは医務室だった。

 医務室の中ではサイとフレイ、ミリアリアが二人とは少し離れた所でその様子を見守っていた。

 フレイはサイに縋りつくようにして彼の胸に顔を埋めて号泣し、そんな彼女の肩をサイは優しく抱き締めている。

 

「キラ…ユウも」

 

 俺達が来た事に気付いたミリアリアが顔を上げる。

 

 続いてサイも横目で俺達を見ると、サイの動きを感じ取り、フレイもまた涙で濡れた目をこちらに向けた。

 

「っ─────」

 

 隣に立つキラが直後、体を震わせた。

 

 決して契約、約束をした訳じゃない。

 それでも、フレイの思いを俺達が裏切った現実は変わらない。

 父が戦死し、フレイがどれだけ深い傷を負ったか─────そして、父を守れなかった俺達にどれだけ強い怒りを抱いているか、想像する事すら難かった。

 

 それなのに─────

 

「ご、ごめんなさい…。みっともない所を見せて…」

 

「─────」

 

「え…」

 

 せめて言い返さず、黙ってフレイの恨み言を聞くくらいしか彼女への償いはないとすら俺は思っていたのに。

 彼女の口から最初に出て来たのは、俺達への謝罪だった。

 

 俺もキラも、思わぬ言葉に言葉を失った。

 

「二人が必死に戦ってたのは私も見てたの。パパを守ろうと頑張ってた所は見てたから…。二人が生きて戻って来ただけでも、喜ばなきゃいけないのに…」

 

「ふ、フレイ…」

 

 フレイは俺達へ向けて微笑み掛けた─────微笑み掛けようとした。

 

 しかしそれは失敗し、またもフレイの顔は涙でくしゃくしゃな、いつもの眩しい笑顔とは程遠い顔へと戻っていってしまう。

 

「ごめんなさい…。今、私、キラとユウの顔、見れない…」

 

「っ─────!」

 

「あ、キラっ!」

 

 その台詞が止めとなり、キラは俺達に背を向けてこの場から離れてしまった。

 

 ミリアリアがキラを追おうとして─────しかし、追った所で何て声を掛ければいいのか分からなくなったのだろう。

 キラに向かって伸ばした手と、踏み出そうとした足が止まり、空気を掴んだ拳がゆっくりと降ろされた。

 

 俺は…どうすればいいのだろう。どうすればよかったのだろう。

 本当は、フレイに謝りたかった。お父さんを守れなくて悪かった、と。それでもせめて、恨むのは俺だけにして、キラを恨むのだけは止めて欲しい、と。

 

 そんな言葉は、フレイの顔を見て引っ込んでしまった。

 心の内から溢れ出る憎しみと必死に戦い、俺達を何としても憎まないようにと激情を抑え込むフレイの姿を前に、何も言う事が出来なかった。

 

「…ミリアリア、ユウ。ごめん、二人にしてくれないか」

 

「サイ…。うん、わかった」

 

 再びフレイと抱き合いながら、サイがこちらに目配せして言う。

 

 ミリアリアは頷いてから、俺はその言葉に何も返せないままその場から離れる。

 

 背後で医務室の扉が開き、フレイのすすり泣く声は聞こえなくなる。

 それでも、耳にフレイの声は届かなくとも、彼女の泣く声は確かに俺の中に刻まれてしまった。

 

「…ごめんなさい」

 

「なんで、ミリアリアが謝るんだよ」

 

「だって…。私、二人の何の力にもなれなかったから…」

 

 こうして、キラの友達の誰かと二人になるのは初めてだった。

 きっと、こんな状況でなければあまりの気まずさに内心おろおろしていたんだろうが、いきなり謝罪してきたミリアリアへ俺は普通に返事を返していた。

 

「…私達がもう少し二人の力になれてたら、フレイのお父さんを守る事も…あの子が()()()()人質になるなんて事もなかったのかな」

 

「…待って。あの子って、ラクスだよな。自分から─────って、なに?」

 

 落ち込んでいるミリアリアを何と励ませばいいのか分からずにいると、ふと彼女が続けた思わぬ言葉に思考が停止する。

 

 自分から人質になった、だって?

 …ラクスが?何故?

 

「戦闘中に、一人で艦橋に来たの。そしたら、()()()()()()()()()()()って。艦長は最初は反対してたけど─────って、ユウ!?」

 

 申し訳なく思いつつ、ミリアリアの言葉を最後まで聞く前に俺は走り始めていた。

 

 今、ラクスは部屋に居るだろうか─────いや、原作ではフレイに詰られ逃げ出したキラをどこかで慰めていた。

 いやしかし、この期にそんな原作通りに事が進むだろうか?

 フレイは俺達に憎しみを抱えながらもそれを発しようとはせず、挙句にラクスは自ら人質になりにいく。

 結果は原作と同じにはなったが、その過程があまりに変わり過ぎている。

 ラクスの中で何が変わったのかは分からないが、原作と同じ行動に出るとは限らない。

 

 …関係ないか。部屋に居なければ艦内中を探せばいい。

 どこに彼女が居ようと見つけて、俺は彼女に問い質さなければならない。

 

「─す───な─」

 

「っ」

 

 どこからか声がして足を止める。

 少女の声、それに会話しているのだろうか、もう一人別の少女の声が微かに耳に届く。

 

 壁を蹴って十字路を曲がり、声がする方へと近付いていく。

 

 果たして、そこに居たのは二人─────キラとラクスだった。

 どうやらこの会話は原作通りに行われたらしく、先程とは打って変わり、キラの表情は穏やかなものへと変わっていた。

 

 容姿端麗な二人の少女が微笑み合い、会話に花を咲かせている。

 何とも目に保養のある、心温まる光景ではあるが、二人には申し訳ないが間に割って入らせて貰う。

 

「ラクス!」

 

「あら、ユウ?」

 

 そう呼び掛けると、ラクスとキラが同時にこちらへ振り向く。

 二人共、驚いて目を大きくしながら近付いてくる俺を凝視していた。

 

「どうかしましたか?そんなに慌てた様子で…、わたくしに何か御用ですか?」

 

「お前…。自分から人質になったって、本当か」

 

「っ!?」

 

 二人のすぐ傍で立ち止まり、口から出る声が低くなっている事を自覚しながらラクスに問い掛ける。

 直後、俺の背後でキラが息を呑んだのが聞こえた。

 やはりというか、当然ではあるがキラも初耳だったらしい。

 

「ラクスさん…。それ、本当なの…?」

 

「ええ。本当ですわ」

 

 キラから再度問い掛けられると、ラクスは微笑んだまま即座に頷いて答えた。

 

 そんな彼女を前に、キラが絶句する。

 

「どうして、そんな事を…」

 

「戦いを止める為に、わたくしが出来る事をしたかったのです。少しでも貴方達の役に立ちたくて──「ふざけるなっ!」──ユウ?」

 

 微笑みながら言うラクスに堪らなくなった俺は、彼女の言葉を最後まで聞く前に、気付けば怒声を上げていた。

 

 微笑んでいたラクスが驚き、目を丸くしながらこちらを見るその姿がまた、俺の中で怒りを誘う。

 

「確かに、あれ以上戦いが長引けばどうなっていたか分からなかった。俺もキラも死んでいたかもしれない。…だけど、二度とあんな事はするな」

 

「…わたくしはただ、貴方の役に─────」

 

「そんな事をして、俺もキラも喜ぶと思うのか!全部一人で背負い込んで、命を運に任せる様な真似して!俺も、キラも、喜ぶと思ってんのかよっ!?」

 

「─────」

 

 あぁ、いけない。これではただの八つ当たりだ。

 ラクスが悪い訳じゃない。ラクスがそんな行動を起こしたのは全部、弱い()()()()だっていうのに。

 

 だが、言ってやりたかった。

 ラクスが命の危険に晒されてる一方で助けられても、そんな形で役に立たれても、何も嬉しくない。

 

「…止めてくれ。そんな事なら、何もしないで部屋で待っていてくれた方がよっぽど嬉しかったよ」

 

「…わたくしは、余計な事をしてしまったのでしょうか?」

 

「そうじゃない…そうじゃないんだ。ラクスのお陰で助かったのは本当なんだ。だけど…その…」

 

 自分の所為で俺が怒っていると思ったのか、ラクスの瞳に涙が浮かぶ。

 

 いや、確かにラクスの行動で俺が怒ったのはそうなんだが─────そうじゃない。

 ラクスが余計な事をしたとか、そういう事じゃなくて…駄目だ、どうやって言葉にすればいいのか分からない。

 

 見上げるラクスの視線を前にして、頭を悩ませるしか出来ない俺。

 

「…はぁ。要するにね、私もユウも、ラクスさんが心配だったって事」

 

 そんな様子に耐え兼ねたのか、黙って俺とラクスのやり取りを聞いていたキラが前へ出てラクスに声を掛ける。

 

 …色々略しすぎな気はするが、事実その通りだったから口は挟まないでおく。

 

「…そうなのですか?」

 

「…まあ、一言で表すとすればそうなる」

 

 ラクスが尋ね、俺が答える。

 すると、さっきまでの泣き顔はどこへやら、輝く様な笑顔がラクスから零れていく。

 

 ─────なんで?何がそこまで嬉しいの?さっきまで、会ってからろくに時間が立ってない相手、しかも男に説教されたってのに、その感情の起伏は何なの?

 

「ユウ…。口下手すぎ」

 

「うるさい。…自覚してるわ」

 

 ラクスの手を握り、彼女の目から零れた涙を指で拭きながら、ジト目で睨んでくるキラをあしらう。

 

 キラに言われなくとも分かっとるわ、そんな事。

 …流石にさっきのあれは酷過ぎた。前世で原作でのアスランのあれこれを微笑ましく見てたけど、俺も笑えないわ。

 

「すまん、ラクス。言い過ぎた」

 

「いいえ。むしろ、嬉しいですわ。ユウがわたくしをそこまで想っていてくれていた事が」

 

「…?」

 

 何だろう、何となく言葉のイントネーションというか、何かが違う気がする。

 

 気のせいだろうか?

 

「ラクスさん…。ユウはラクスさんが危険な行動に出た事を心配した()()なんだからね?」

 

「…そうですわね。わたくしの命を、あんなにも情熱的に心配をしてくれた()()でしたわね」

 

「…?…???」

 

 あれ?なんか不穏…。

 さっきまであんなに仲睦まじく見えた二人が不穏に感じるよ?

 笑い合ってるのに、交わす視線の奥が全く笑っていないように見えるよ?

 

 握り合う二人の手に力が籠もってるように見えるのは気のせいかな?

 握り合う二人の手からギリギリギリって音が聞こえるのは気のせいかな?

 

 な、なんで!?さっきはあんなに微笑ましい感じだったじゃん!

 女の友情は美しいなぁとか思ったのに、どうしてこうなったの!?

 

「あ、あの、二人共…。もっと仲良くした方がいいんじゃないかな?」

 

「「仲良くしてるじゃん(ますわ)」」

 

「してないよね?その手、明らかに相手の手を握りつぶそうとしてるよね?」

 

「「してない(ません)」」

 

「嘘を吐けぇっ!!?」

 

 さっきまで二人の間で流れていた穏やかな空気はどこへやら、剣呑さに満ちた空気の中に割って入り、二人を引き離す。

 

 離された二人の手は、真っ赤になっていた。

 

 そして、距離が離れてもなお、二人は黒い笑みを向け合っていた。

 

 …ねぇ、誰か教えてくれ。

 おいカズイ、原作通りならお前、今頃このやり取り覗いてるよな?

 お前でも良いんだ、教えてくれ。

 

 俺は一体、どうすれば良かったんだ???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ユウ。やっぱり、このままじゃダメだよね」

 

 ラクスを部屋へ送り届けてから、隣に並ぶキラが不意にそう言った。

 

「私、ラクスさんをこのまま月本部に届けたくない」

 

「…それなら、どうする?」

 

「…まだザフトは近くにいる筈。返そう、彼女を」

 

 決意が籠もった目がこちらに向けられる。

 

 俺はその提案を前に、小さく微笑みながら頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE17 迷いの末に





なんか感想欄で腹黒キラちゃんが出来上がってた…。
ちゃうねん。うちのキラちゃんは腹黒ちゃうんやで…?


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 個室のロックを開けて入ると、中の電気は消えており、設置されたベッドの方から安らかな寝息が聞こえてくる。

 

 …寝ている女の子がいる部屋に忍び込むという、男として決してやっちゃいけない行為を自分がしている現状に何というか、むず痒いというか─────まあでも、キラも一緒だし仮に第三者にバレたとしてもそこら辺の誤解は受けない筈だ。

 バレたら俺達の作戦は跡形もなく失敗する訳だが…。

 

「ラクス、ラクス」

 

「…ん、ゆう…?」

 

 

 名前を呼びながらラクスの体を優しく揺すると、ラクスは小さく身動ぎしてから寝ぼけた声を上げながら薄っすらと目を開ける。

 

 …何それ可愛い、じゃなくてっ。

 

「休んでる所悪いが、ちょっとついてきてくれ」

 

「お願い、ラクスさん」

 

「キラさんも…?どこへ行くのですか?」

 

 まだハッキリと目が覚めていないラクスにハロを抱かせてから、まず俺が部屋の扉を開けて外の様子を見る。

 周囲に誰もいない事を確認してから中へ合図を送り、続いてラクスの手を引いてキラが出てくる。

 

 俺が先導し、何度も周囲の人の気配を確かめながら歩を進める。

 

 どこへ連れて行かれるのか、ラクスは理解しきれていない様子だが、俺とキラを信じてついてきてくれている。

 

「お前ら…、何やってんだ?」

 

 途中までは順調だった。

 

 しかし、通路の曲がり角で運悪く、トールと遭遇してしまう。

 

 ここが無重力空間でなければ、足音で誰かいるか判断できたものを─────今更悔いても仕方がない。

 

 原作では確か遭遇するのはサイだった筈だが…、ここはトールを信用するしかない。

 

「お願い、行かせてトール。こんな事、私は嫌なの…!」

 

 表情が硬いトールから苦し気に顔を背けながらキラが言う。

 そんなキラを黙ってしばらく見つめたトールは、やがて彼らしい朗らかな笑顔を浮かべた。

 

「まっ、女の子を人質にとって逃げるなんてのは、本来悪役のやる事だかんな。俺も手伝ってやるよ」

 

 驚くキラを他所に、トールはあっさりそう言って俺達の先に立つ。

 

「おいキラ。置いてくぞ」

 

「あっ…、まっ、まって」

 

 呆然とトールの背中を見つめていたキラに声を掛けて我に返す。

 俺達もトールの後に続いて先を急ぐ。

 

 他のクルー達の目を盗んで立ち回り、何とかパイロットロッカーへ辿り着き、キラとラクスが中へと入っていく。

 

「…さて、と。俺も着替えるから、見張り任せた」

 

「え?お前も行くのか?」

 

「いや、ラクスを連れてくのはキラに任せるよ。…念のため、いつでも出られるようにしておくべきだって思うからさ」

 

 不思議そうに首を傾げるトールを置いて、俺も男性用のロッカーへ入り、急いでパイロットスーツへと着替える。

 

 キラとラクスが戻って来たのは、俺が着替え終わってロッカーを出て少ししてからだった。

 二人は俺まで着替えていた事に驚きながらも、ここで話している時間もない為、何も聞かずにすぐ格納庫へと向かう。

 

 整備も終わり、格納庫には殆ど人が残っていない。

 

 キラとラクス、トールはストライクへと。

 そして俺はスピリットへと足を向ける。

 

 これで、ラクスとはお別れだ。

 もしかしたらまた会う事があるかもしれないが─────正直、分からない。

 彼女と出会う前は、こんなに話すくらいに仲良くなれるとは思っていなかったけど…色々あったけど、今はハッキリ言える。

 

 ラクスと出会えてよかった、と。出来る事なら、また会いたい。

 

「すみません。少しだけお時間をください」

 

 でも、言葉のないお別れは少し寂しいかもしれない、なんて思っていたその時、背後から聞こえてきた声に思わず振り返った。

 

 振り返った先で、船外作業服を身に着けたラクスがこちらへ近付いてきていた。

 

「何してるんだ…。早く行かないと見つかるぞ」

 

「はい。でも、最後に貴方へ言っておきたい事がありましたから」

 

「…なんだよ、手短にな」

 

 数は少なくとも、格納庫にはまだ人が残っている。いつ見つかるか、時間の問題だ。

 突き放すような言い方だとは自覚しているし、申し訳なくも思っているが、長く話すつもりはないとラクスに伝えつつ続きを促した。

 

「…ユウ。貴方は、この世界に存在している一人の人間です。…貴方が貴方自身を認められなくとも、わたくしはそう思っています。わたくしは貴方を─────貴方と過ごした時を決して忘れません」

 

「─────」

 

「またお会いしましょう、ユウ。…絶対に」

 

 ラクスは最後に俺へ微笑みかけてから、キラの元へと戻っていった。

 

 キラとラクスがストライクのコクピットへ収まった所を見届けてから、俺もスピリットのコックピットへと乗り込む。

 

 スピリットのコックピットの中で、俺は大きく息を吐いた。

 

 ─────気付かれたのはあの時、か。ガンダムSEEDの世界の記憶はともかく、異世界の記憶までは見られていないと思ってたんだけどな。

 

 まさか、あんな事を言われるとは思わなかった。

 しかもそれが合っているのだから質が悪い。

 

 俺が俺自身を認められなくとも、か…。

 

 そんな事を思う資格なんて、異分子である俺にはないのに。

 それでも、ラクスから向けられた真っ直ぐな言葉と思いが、どうしようもなく嬉しく感じてしまう。

 

「っ─────」

 

 ダメだダメだ。

 もしかしたら、出撃しなくてはならない事態になるかもしれない。

 そんな状況でこんなに気を緩めて─────いけない、気を引き締めなければ。

 

 深く息を吸い、大きく吐く。

 

「ハッチ開放します!退避してください!」

 

 対外スピーカーでキラが呼び掛ける。

 ストライクは歩いてカタパルトへと向かい、エールストライカーを装備する。

 

 ラクスを乗せたストライクは、開放されたハッチから勢いよく飛び出していった。

 

『おい、ユウ!そこに居るんだろ!?』

 

「居るよ。どうしたのさ兄さん、そんなに慌てて」

 

『惚けやがって!お前も一枚噛んでやがるな!』

 

「うん。言っておくけど、ストライクを追う気はないよ。俺がここに居るのは万が一の為ってのが理由だし」

 

 モニターの顔に映し出される兄さんの顔。

 兄さんは慌てた様子で、今出て行ったストライクについて俺に尋ねてくる。

 

 その問い掛けに答えながら、先回りでストライクを追えというなら断るという意志を伝える。

 

『ユウ…』

 

「兄さんだって嫌なんだろ、本当は。…いいんだよ、全部俺達が悪いんだからさ」

 

 大きく溜息を吐く兄さんを見ながら、俺はスピリットのOSの立ち上げを始める。

 

 いつでも出撃できるように─────いつでもストライクを助けに行けるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェサリウスに割り当てられた個室にて、アスランは一息を吐いていた。

 ストライクとの激闘を痛み分けという形で終え、機体を着艦させてから自室へと戻って来たアスランはシャワールームで汗を流す。

 

 シャワーから上がったアスランはバスローブを着て、ベッドの上に腰掛ける。

 天井を仰ぎ、大きく息を吐きながら、脳裏に戦闘中のキラとのやり取りを思い出していた。

 

『もう止めてくれ!俺達が戦う理由なんてない筈だ!』

 

『君にはなくても、私にはあるの!』

 

『戦いたくないなら、退いて!…私だって、君とは戦いたくない!』

 

『キラ…、なんでっ!?』

 

『前も言った!あの艦には、守りたい人が…友達が乗ってる!アスランがあの艦を落とすつもりなら、私は─────!』

 

 キラは本気だった。

 本気でアスランを撃とうとしていた。

 それが分かっていても、アスランはキラを撃つのを躊躇った。

 

 そして、本気だと思っていたキラもまた、最後の最後はアスランを撃つのを躊躇った。

 だからこそアスランはここに居て、今も生き続けられている。

 

「俺は…どうすればいい…?」

 

 キラを撃ちたくない。

 だが、あの艦をこれ以上放って置く訳にもいかない。

 あの艦にはラクスだっている。彼女を助ける為にも、また自分達はあの艦を襲いに行くだろう。

 

 そうなれば、キラはどうする?

 当然、自分の前に立ちはだかるだろう。

 彼女の大切な人達を─────自分以外の友達を守る為に。

 

「ラクス…キラ…」

 

 ラクスを助けたい。その為にはキラと戦わなければならない。

 それならキラと戦わずに逃げるのか?それではラクスを助けられない。

 

「くそっ…?」

 

 苦悩するアスランは、不意に呼び出し音を聞く。

 

 何事かと顔を上げると、扉の前を映すモニターが起動していた。

 そこに映し出されていたのは、アスランの反応を待つミゲルの顔だった。

 

「ミゲル?」

 

『おう、アスラン。ちょっとお前と話したい事があってな。扉を開けてくれるか?』

 

 扉を開け、微笑むミゲルを中へと招く。

 とそこで、先程まで微笑んでいたミゲルの顔がアスランの姿を見た途端、驚きの色へと変わる。

 

「おうおう、ずいぶん息抜いちゃってるじゃないの。珍しいねぇ、アスランがそんな抜けた格好を他人に見せるなんて」

 

「は…?っ、す、すぐに着替えてくる」

 

「別に気にしなくていいっての」

 

「俺が気にするんだっ」

 

 男同士とはいえ、バスローブ姿で来客の対応をしてしまうとは。

 自分が今、どれだけ気が抜けていたのかを自覚したアスランは僅かな恥ずかしさを覚える。

 しかもそこに揶揄う様にミゲルが声を掛けてくるのだから、その感情は更に強くなる。

 

 結果、強い口調で言い返すアスランと、そんなアスランを見てケラケラ笑うミゲルという図が出来上がるのだった。

 

 バスローブから制服に着替えたアスランをミゲルが出迎える。

 

 他人の個室だというのに、遠慮なくベッドに腰掛けているミゲルに苦笑をしながら、アスランはここへ来た理由を尋ねるべく口を開いた。

 

「それで、話したい事って何なんだ?」

 

「あぁ。戻って来たばかりの所で悪いんだが、ちょっとさっきの戦闘、お前らしくないって思ってな」

 

「─────」

 

 返って来たミゲルの答えに、アスランは思わず息を呑んだ。

 

 クルーゼにも見抜かれ、ミゲルにも見抜かれ、そんなにも分かりやすいのだろうか…?

 なんて心の隅で思うアスランだったが、そうではなくクルーゼとミゲルがおかしいだけなのは言うまでもない。

 

「…友達なんだ」

 

「は?」

 

 ここで誤魔化そうとしても無駄だと悟ったアスランは、クルーゼの時と同じように、胸の内に抱くその秘密を打ち明ける事にした。

 

「ストライクに乗っているパイロットはコーディネイターだ。月の幼年学校に一緒に通っていた、俺の友達だ」

 

「…マジかよ」

 

 ミゲルが目を見開き、言葉を失っている。

 しかしすぐに気を取り直したミゲルは、小さく息を吐いてから天井を仰ぎつつ口を開いた。

 

「道理でお前とあのストライクの動きにも、どこか躊躇いが見えた訳だ。…友達同士、戦いたくなかったって事か」

 

「…すまん」

 

「謝る必要はねぇだろ。同じ立場だったら、俺だって戦いたくねぇよ」

 

 謝るアスランに笑い掛けながらミゲルが言う。

 

 そのミゲルの明るさが、僅かながら沈んでいたアスランの気持ちを引き上げてくれた。

 

「けどよ、アスラン。そしたらお前、一体誰となら戦いたいんだよ」

 

「…は?」

 

 その一言は、一瞬引き上げられた気持ちに冷や水を浴びせ掛けた。

 

「誰となら─────って、そんなの、思った事は…」

 

「ないよな?…俺もだよ」

 

 誰と戦いたい、なんて考えた事はなかった。

 ただ、プラントの為に戦うのに必死で、アスランは目の前に立ちはだかった敵を撃ち続けて来た。

 

「皆同じなんだよ。戦いたくて、敵を殺したくて戦う奴なんて、そういねぇよ」

 

「ミゲル…」

 

「どんな境遇があろうと、ストライクは地球軍の兵器で、あれに乗ってるのは地球軍に与してる奴だ。…割り切らねぇとお前、あいつに撃たれるかもしれねぇぜ?」

 

「っ─────」

 

 キラに撃たれるかもしれない─────それは、ミゲルが部屋に来る直前まで考えていた事だった。

 

 この先も、自分はキラとは敵同士でまた戦場で出会うだろう。

 その時、前の様にキラが躊躇ってくれるとは限らない。

 

 それなら、自分は?

 キラが目の前に立ちはだかった時、その時自分は躊躇わずキラを撃てるだろうか?

 

 正直、自信がない。

 

「もう一度だけ…」

 

「アスラン」

 

「もう一度だけ、説得したいんだ。だって、おかしいだろ!あいつはコーディネイターで、俺達の仲間なのに…どうして仲間同士で戦わなくちゃならないんだ!?あいつは…キラは、俺達と一緒に来るべきなのにっ!」

 

 慟哭している途中、ミゲルの表情が一瞬曇った事にアスランは気付かなかった。

 

「…そうか。でも、説得する機会が来る前に俺が落としちまっても、文句は言うなよ?そこまで考慮する気はねぇぞ」

 

「あぁ。…分かってる」

 

 アスランとて、そこまでワガママを言うつもりはない。

 むしろ、ミゲルがそこまで譲歩してくれた事自体前代未聞なのだ。

 キラと出会う前に誰かに撃たれたのなら、その時は諦めよう。

 だがもし、そうではなく、自分の前に現れたのならその時は─────

 

 そこまで考えた時、部屋に警報が鳴り響いた。

 

『現在、足つきからモビルスーツの出撃を確認!パイロットは至急、各機に搭乗せよ!繰り返す!』

 

「「っ」」

 

 アナウンスを聞き、アスランはミゲルと一緒に息を呑む。

 

 何も言わずに同時に立ち上がった二人は、部屋を飛び出しパイロットロッカーへと急いだ。

 

 パイロットスーツへと着替え、格納庫に着いた所でアスランはミゲルと別れ、愛機であるイージスのコックピットへと乗り込む。

 スイッチを押し、イージスのOSを立ち上げた所で、イージスのセンサーはとある全周波放送をキャッチする。

 

『こちら地球連合軍アークエンジェル所属のモビルスーツストライク!ラクス・クライン嬢を同行、引き渡す!」

 

「キラ…!?」

 

 スピーカーから聞こえて来たのは、キラの声だった。

 しかも現在、ストライクにラクスまで乗っており、更にこちらへ引き渡すという。

 

『ただしナスカ級は停止!イージスのパイロットが単機で来る事が条件だ!もしこの条件が破られた場合…彼女の命は保障しない!』

 

「…」

 

 キラがどういうつもりでこんな事をしているのか、正直分かり兼ねる。

 

 だが…分かるのは、彼女は自分が一人で来ると信じている事。

 そして、これは罠ではない。こちらが条件を破った時にどうなるかは分からないが、条件さえ守れば必ずラクスは引き渡される。

 

「隊長、行かせてください!」

 

 アスランはイージスと艦橋との通信を繋げ、そこに居たクルーゼへ呼び掛ける。

 

 思案顔だったクルーゼが顔を上げ、モニターに映っているであろうアスランを見る。

 

『敵の真意がまだ分からん!本当にラクス様が乗っているかどうかもだ!』

 

「…隊長!」

 

 アデスの言う事は分かる。

 ストライクのパイロット、キラの事など知らない彼がその反応をするのは当然である。

 

 当然だが、それがアスランにとってもどかしくて堪らない。

 間違いなく、彼女はそこに居るのに。キラと一緒に、こちらへ来ているのに。

 

 だが、クルーゼなら─────事情を知っているクルーゼなら、もしかしたら。

 そう願いながら、アスランはクルーゼへ再度呼び掛ける。

 

『…分かった。許可しよう』

 

『隊長!?』

 

 僅かに思案をしてから、クルーゼは微笑んでそう言った。

 アデスが信じられない様子でクルーゼに喰い下がるが、それを見ずにアスランは笑顔になる。

 

「ありがとうございます!」

 

 モニターを切り、アスランは機体を歩ませる。

 出撃の許可を貰い、イージスがカタパルトへと運ばれる。

 

 すでにハッチは開かれており、出撃はスムーズに行われた。

 

「アスラン・ザラ!イージス、出る!」

 

 ハッチを飛び出した機体のスラスターを吹かせ、無重力空間を進む。

 

 センサーでストライクの現在の位置を確認し、アスランは機体をそちらの方へと向かせ、先を急ぐのだった。

 

 婚約者と─────叶うなら親友を、自分の元へ連れ戻す為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE18 別れの歌





今回の話は少し短いです。
その癖、視点の切り替えがかなり激しいので注意してください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしいのですか?」

 

 アスランとの通信が切れた後、アデスがクルーゼに問い掛けた。

 

 つい先程、アデスがアスランへ言った通り、ストライクにラクスが本当に乗っているとは限らない。

 せめてストライクのコックピット内の映像が送り込まれていれば、そこにラクスが映されていれば、話は変わっていたのだが。

 

 地球軍の罠かもしれない─────アデスの懸念は尤もなものだった。

 

「チャンスである事も確かさ。アデス、艦を止めろ。まず私がシグーで先陣を切る。パイロット全員に心の準備をさせておけ」

 

「了解」

 

 だが、どちらにしても現在、足つきから発進したモビルスーツはストライク一機。

 クルーゼはこれをチャンスと捉えた。

 

 しばらくは様子を見よう。

 もし本当にストライクにラクスが乗っていたならば、イージスへ乗り移った所を確かめてから出撃。

 そうでなければアスランからすぐに連絡が入る筈だ。これは罠だった、と。

 

 ─────アスランの言う通りであるのなら、ストライクのパイロットはキラ・ヤマト、か。

 

 クルーゼにとって切ろうとしても切れない、ユウやムウと比べても同等に深い因縁がある相手である。

 

 ─────皮肉なものだな。まさか彼女が、奴と共に私の前に立ちはだかるとは。

 

 艦橋を出て通路を進むクルーゼが小さく自嘲の笑みを浮かべる。

 

 ─────私の邪魔をするなら、容赦はしない。ユウと一緒に、天へ返るがいい。

 

 冷たい決意と殺意と共に、格納庫へと着いたクルーゼはシグーへと乗り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『艦長!あれが勝手に言ってる事です!攻撃を!』

 

『んな事したら、今度は()()()()()()()()()()()()こっちを撃ってくるぜ。多分な』

 

『なっ─────!』

 

 兄さんの言葉に、顔こそ見えないもののバジルール少尉が絶句したのが分かった。

 

 いやまあそこまでするつもりはないけど…でもまあ、本当にアークエンジェルがイージスを攻撃するというのなら、せめてラクスがヴェサリウスへ戻るまではあの機体を守るつもりではいる。

 そうでなければ何のためにラクスを連れ出したのか、分からなくなるからな。

 

『ナスカ級、エンジン停止!イージス接近します!』

 

 スピリットの中では外がどんな状況なのか分からない。

 でも、どうやら無事にストライクとイージスは接触できたようだ。

 きっと今頃、キラとアスラン、ラクスの三人は原作通りの会話をしているのだろうか─────。

 

 ─────ここで原作ブレイクは起こらんだろ。いや、流石に。

 

 まさかラクスがアークエンジェルへ逆戻り、なんて事はならない筈。

 もしそうなったら俺はキレる自信がある。そんで今度は俺がラクスをスピリットに乗せて、ヴェサリウスへ届けるね。

 間違いなくそんな事はないだろうけど。

 

「っ─────」

 

 その時、俺の中の何かが、正体不明の感覚に触れる。

 

 強い冷気、膨れ上がる敵意。

 

 それが何なのか、考えるまでもなかった。

 

『敵艦よりモビルスーツ発進っ!』

 

 艦橋からの報告がコックピットへ届いた頃には、すでに俺はスピリットの発進シークエンスを済ませていた。

 

「スピリット、行きます!」

 

『こうなると思ってたぜ!ムウ・ラ・フラガ、出るぞ!』

 

 まず俺が、そして少し遅れて兄さんのメビウスが発進する。

 

『ユウっ!フラガ大尉!?』

 

『何もしてこないと思ったか?悪いが、敵はそこまで甘くねぇぞ!』

 

 戸惑うキラを置き去りに、スピリットとメビウスが前へと躍り出る。

 

 俺達の視線の向こう側では、イージスの傍らで少しの間留まっていたシグーが再度こちらへ進路をとり迫って来ていた。

 

『ユウ、切り込め!』

 

「了解!」

 

 メビウスから二基のガンバレルが分離される。

 不規則な軌道を描きながら、ガンバレルはシグーを取り囲み、火砲を放つ─────前に突如シグーの動きが止まる。

 

 突然の事に驚いた兄さんがガンバレルの動きを止める。

 

『な、なんだ…?』

 

「…っ」

 

 戸惑う兄さんと俺の前で、シグーは未だ動きを止めたままだった。

 こちらを視界に捉えつつ、されど何か別の事をしているのだろうか。

 

 …恐らくクルーゼは、ラクスと話をしているんだ。

 原作ではラクスの命令に従い軍を退かせたが、今回は果たして─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やめてください。追悼慰霊団代表のわたくしのいる場所を、戦場にするおつもりですか?そんな事は許しません!』

 

 いつも穏やかな、優しい歌を歌うラクス・クラインしか知らなかったクルーゼは、そんな彼女の凛とした声に少なからず驚いていた。

 

 だが、彼女の()()()()()()を考えれば納得のいく事だと、すぐに気を取り直す。

 

 しかし困った。

 追悼慰霊団代表がいる場所が戦場となれば、色々と五月蠅くなる者達はいる。

 だからといって、こんなチャンスをみすみす逃す訳にもいかない。

 

 目の前にスピリットが、メビウスが、ストライクがいる。

 ラクスを保護した以上、任務を達成する為にすぐにクルーゼ隊はプラントへ戻らなければならない。

 その間に、足つきが第八艦隊と合流すれば…?正直、面倒な事になる。

 

『すぐに戦闘行動を中止してください!聞こえませんか!?』

 

 ラクスの声からは、猛々しささえ感じられた。

 さぞ、あのお嬢様は戦いというものが嫌いらしい。

 

 …しかし、戦わなければ得られないものがあるという事を、彼女は知らない。

 

「アデス!モビルスーツ全機発進だ!」

 

『隊長!?』

 

「アスランはヴェサリウスにクライン嬢を下ろした後、再出撃しろ。今日こそ足つきを墜とす!」

 

 クルーゼはヴェサリウスのアデスに命令、その後アスランへも指示を出した後、スピリットとメビウスへ機体を向ける。

 

『ラウ・ル・クルーゼ隊長!わたくしの言葉が聞こえなかったのですか!?今すぐ戦闘を─────』

 

「申し訳ないが、ラクス・クライン。私が貴女の命令を聞く筋合いはないのでね!」

 

 追悼慰霊団代表、響きこそ大層なものではあるが、実態はただのボランティア。軍に対しての発言力など、微塵も持っていない。

 故に、クルーゼがラクスの命令を聞く必要など微塵もない。

 

 繰り返すが、ラクスがいる場所を戦場にする─────その行為に様々な反発がある事はクルーゼとて予期している。

 しかしそれを考慮してなお、クルーゼの中の天秤が傾く事はなかった。

 

 クルーゼはビームコーテイングが施されたシールドを掲げながら、機体をスピリットの方へと向かわせる─────その直後だった。

 

「っ、な、なんだ!?」

 

 全身を包み込むような、心地よい温かさを感じたのはほんの一瞬。

 その一瞬の間にクルーゼの中へ流れ込んだのは、とある二人の優しい感情。言葉のやり取り。

 

 それは、ユウとの戦闘中に彼と交わされた、声を介さない会話、あれの感覚によく似ていた。

 

 気付けば全身を包む温かさは消え、今度はクルーゼの中で戸惑いが湧き上がる。

 

 ─────今のは何だ…!?

 

 あんな感覚は初めてだった。

 それも、他者同士のやり取りを感じ取っただけで、あんな気持ちになるなんて─────。

 

 ─────やり取り…。人間同士のやり取りを、私は感じ取ったというのか?

 

 さしものクルーゼでも、どうしても戸惑いを隠す事は出来なかった。

 手は震え、仮面に隠された額には汗が滲む。

 

 だが─────当のやり取りを交わしていた()()()は動きを止めている。

 クルーゼは未だに揺れ動く気持ちを必死に引き締め直そうとしながら、機体をスピリットへと向かわせる。

 

 直後、シグーの接近に気付いたスピリットもまた、シグーへと向かっていく。

 

 秒と経たず、互いが掲げたシールドがぶつかり合う。

 

 こうして、ラウ・ル・クルーゼとユウ・ラ・フラガの三度目の死闘は始まりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルーゼのシグーがこちらに向かって来ようとしている。

 どうやら、ラクスの説得は失敗に終わったらしい。

 

 その可能性も織り込み済みだったから、動揺はしない。

 すぐにこちらも交戦体勢に入り、クルーゼを迎え撃とうとする。

 

 だけど─────流石にこれは、少し驚くしかなかった。

 

 クルーゼを迎え撃とうとした直後、優しい声がした。

 耳に届いた訳ではなく、頭の中に直接声が注ぎ込まれる感覚。

 こうして言葉に表せばさぞ気味の悪い感覚に思えるだろうが、その感覚を味わう本人としては、全く不快には感じられない。

 

『ごめんなさい…、ごめんなさい!』

 

 声は、誰かに謝っていた。

 その誰かというのが何者なのか、俺には考えるまでもなくすぐに分かった。

 

『ラクス』

 

 声の主の名前を言い当てた瞬間─────世界が変わる。

 

 周囲を渦巻く敵意も、スピーカーから聞こえてくるアークエンジェルからの報告も、何もかもが消え失せ、世界にはたった二人が残される。

 

 先程別れた筈のラクスが目の前に居て、両手で顔を覆いながら体を震わせている。

 

 泣いている、のだろうか?

 彼女に近付き、声を掛ける。

 

『ラクス』

 

 もう一度彼女の名を呼ぶと、ラクスはゆっくりと顔を上げ、赤く腫らした目でこちらを見上げる。

 

『なんで泣いてるんだよ』

 

『だって…。貴方はまた、彼と戦うのでしょう?クルーゼ隊長と、苦しんで、傷ついて…!キラもきっと、またアスランと戦う筈です!それを、止めたかった…なのに…!』

 

 あぁ、やっぱり彼女はクルーゼを止めようとしていたのだ。

 それでもあいつは止まらず、また戦場に巻き込まれる俺とキラを憂いて、涙を流している。

 

『俺にもキラにも、その気持ちだけで充分だよ。ありがとう』

 

『…ユウ』

 

 優しい人だ。

 どうして会ったばかりの相手に対して、こんなにも優しくあれるのだろう。

 

 ラクスの手がこちらに伸びて、ヘルメットに触れる。

 

 彼女から流れ込んでくる感情は優しくて、温かくて、心地よかった。

 …それでも、この感覚に身を落としてはならない。流されてはいけない。

 

 何故なら、ラクスがこの感情を向けるべき本当の相手は俺ではないから。

 

 ─────俺であってはいけないのだから。

 

『ユウ、わたくしは─────!」

 

『ここまでだ、ラクス。あの時…ストライクに乗る前に俺に言ってくれた言葉、嬉しかったよ。プラントに戻ってからも、元気で』

 

『ユウっ!』

 

 ラクスとの共鳴から抜け出し、自ら終わらせる。

 

 瞬間、あの包み込むような温かさは消え、代わりに敵意に満ちた冷気が身を襲う。

 

「…覗き見なんて、趣味が悪いと思わないか?クルーゼっ!」

 

 目の前では、仇敵がこちらへシールドを掲げながら向かってきていた。

 俺も、スピリットのシールドを跳ね上げて掲げ、こちらへ来るシグーへ向けてスラスターを吹かせる。

 

 何度目かもう分からない、今回の戦闘での最初の衝突は、これから始まるであろう死闘の始まりを告げるゴングとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラクス…。大丈夫ですか?」

 

「…はい。すみません、大丈夫ですわ」

 

 クルーゼの命令通りにヴェサリウスへと向かうイージスのコックピットの中で、ラクスは涙を流していた。

 

 ─────止められなかった。

 

 ユウとクルーゼの衝突─────ラクスからすれば、温かく優しい光が、底知れぬ深い闇に呑み込まれた様に感じられた。

 闇に呑まれた光が、そのまま二度と生きて戻って来れない─────そんな予感を、ラクスはどうしても拭う事が出来ずにいた。

 

「…アスランは、わたくしを送り届けてからどうするおつもりですか?」

 

「…勿論、再度出撃して戦います」

 

「キラさんと…貴方のご友人と、戦う事になったとしても?」

 

「はい。…今でも俺は、あいつを友達だと思っています。でも、敵として俺の前に立ちはだかるなら、撃つしかありません」

 

「…」

 

 あぁ─────どうしてこうなるのだろう。

 ずっとプラントに居て、外から入ってくる情報だけを見て、戦争について知ったつもりになっていた。

 

 こんなにも、こんなにも、戦争というものは残酷なのか。

 憎しみ、怒り、苦しみ、悲しみ、実際の戦場を目の当たりにしたラクスは、それらの感情が渦巻く様を前に慄く。

 

 こんな世界でユウ達は立ち、戦っているのか。

 

 あんなにも優しくて、戦いとは程遠く思える人達が、こんな場所で─────。

 

「っ…!」

 

 またも零れ落ちようとする涙を堪える。

 

 そんな資格はない。

 ずっと揺り籠の中でぬくぬくと過ごしてきた自分に、そんな資格はない。

 

 ラクスは自身を奮い立たせながら、近付く戦艦に目を向ける。

 

 お別れ─────それでもせめて、彼らが無事であるようにと願うラクスを乗せた機体が着艦する。

 

 機体の背後で閉まるハッチは、まるで自分と彼らの世界を閉ざす壁の様にも見えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE19 死闘

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェサリウスから先立って出撃したシグーはスピリットと交戦に入り、続いて出撃してきたジン・ハイマニューバとジン三機がストライク、メビウスへと襲い掛かる。

 

「今回は前みたいにはいかねぇぞ、ストライクっ!」

 

 ミゲルがハイマニューバの突撃銃を取り出し、ストライクへ向けて連射をしながら最大出力でスラスターを吹かせる。

 

 一方のキラは機体の体勢をしっかり整えつつ、シールドで銃弾を防いでからビームライフルの狙いをハイマニューバへと定め、引き金を引く。

 

 二機は互いに位置を入れ替えながら、それぞれの遠距離武器を撃ち合った。

 

「この機体、速い…!」

 

 ジンを凌ぐハイマニューバ自体の推力もそうだが、ミゲルの操縦技術が齎す小回りを利かせながらの速度はキラにとっても脅威であった。

 

 相手からの銃撃を躱しながらライフルを撃つも、全く当たる気配がない。

 ハイマニューバの速度、そして予測の出来ない複雑な軌道がキラの銃撃を全て外させている。

 

「っ、フラガ大尉!」

 

「はっ!よそ見とはずいぶん余裕じゃねぇの!?」

 

 キラの視界の端で、一機のジンがすでに他のジンとの交戦に入っているメビウスへと向かっていくのが見えた。

 

 そちらに意識が向かった瞬間、ミゲルは突撃銃を片手に持ったままもう一方の手に重斬刀を握って突撃を掛ける。

 

 ハイマニューバからの銃撃をシールドで防ぎつつ、キラはライフルを撃ち相手を接近させまいと試みる。

 しかし、ハイマニューバは最小限の動きでビームを躱しながら、なおもストライクへと接近。

 

「くっ…!」

 

 キラは接近戦に切り替えるべきだと判断し、ライフルをマウントして背中のビームサーベルを抜き放つ。

 

「おっと!」

 

「!?」

 

 ストライクのサーベルを、ハイマニューバはスラスターを逆噴射、急停止させる事で空振らせる。

 更にそこから再びスラスターを噴射、急停止と急加速を組み合わせ、ストライクへ重斬刀による斬撃を喰らわせる。

 

「ぐぅぅうっ!」

 

 全身に掛かる強いGが奪わんとする意識を、歯を食い縛って繋ぎ止める。

 

 機体の体勢を整え、前を向いた時にはハイマニューバは再びストライクへ斬撃を喰らわせようと、眼前で重斬刀を振り被っていた。

 

「っ!」

 

 重斬刀が振り下ろされる前に、キラは機体の足を突き出しハイマニューバへ蹴りを喰らわせる。

 

 相手がよろけた隙に、機体を後退してハイマニューバとの距離を離す。

 

「ちっ…!PS装甲、やっぱ厄介だぜ。アスランが来る前に終わらせようと思ってたんだが…」

 

 シグーとは違い、ハイマニューバにはビーム兵器の装備はない。

 急遽シグーには試作型のビームライフルが搭載される事となったが、ミゲルのハイマニューバはその恩恵を得る事が出来なかった。

 

 PS装甲は実体の武器を無効化させる。

 しかし、決してそれは無限ではない。

 機体にはバッテリーが存在し、機体を動かせば動かす程それは減少する。

 更に、機体に搭載されたビーム兵器を使用したり、相手からの攻撃が装甲へ命中する程、減少は加速する。

 

 ビーム兵器が搭載されていないハイマニューバがストライクに勝利する為には、何度も攻撃を仕掛け、命中させ、バッテリー切れに追い込む他はない。

 

「おい嬢ちゃん!大丈夫か!?」

 

「は、はいっ!フラガ大尉は!?」

 

「こっちにはアークエンジェルもいる、心配するな!嬢ちゃんは目の前の敵に集中しとけ!」

 

 一方のキラも、ストライクのバッテリーが切れた瞬間全てが終わる事は分かっていた。

 そして、それを相手が─────ミゲルが狙っているという事も。

 

 アークエンジェルの援護を受けながら、ジン三機を相手に立ち回るムウのメビウスを見遣ってから、キラは改めて目の前のハイマニューバを見据える。

 

 …もう少しでラクスを送り届けたイージスが、アスランもここへ来る筈。

 増援が来る前に、せめてこの敵だけでも─────そう考えた時だった。

 

「キラ!フラガ大尉!ユウ!アークエンジェルの背後からローラシア級が接近してる!」

 

「「!!?」」

 

 ストライクとアークエンジェルの通信が繋がり、モニターにミリアリアの顔が映し出される。

 彼女は表情を濃い焦りの色で染めながら、キラとムウを戦慄させる言葉を口走った。

 だが、キラ達を追い詰める報告はここで終わりではなかった。

 

「ローアシア級からモビルスーツ三機発進!デュエル、バスター、ブリッツです!」

 

「…マジかよ!」

 

 続く報告に、通信の向こうでムウが悪態を吐いた。

 

 キラはハイマニューバの相手で手一杯。

 ムウもジンの相手で後方に気を向けられない。

 ユウもシグーと交戦中で戻れない。

 そんな状況で、最悪ともいえる増援が来てしまった。

 

「アークエンジェルが、沈む…?」

 

 キラの脳裏に過る一つの可能性。

 自分もムウもユウも目の前の敵に押さえられ、アークエンジェルは現状無防備だ。

 そんな状態であの三機に襲われれば─────待っている未来は一つである。

 

「…嫌だ」

 

「何をボーっとしている!」

 

「嫌だ!絶対にアークエンジェルはやらせないっ!」

 

 動きが止まったストライクに襲い掛かるハイマニューバ。

 

 対してキラは胸中で燻った恐れを振り払い、顔を上げる。

 

 直後、キラの中で何かが弾けた。

 

「もらったぁっ!」

 

「ハァァアアアアアアアアアッ!」

 

 雄叫びを上げながらストライクへ重斬刀を叩きつけようとするミゲル。

 ハイマニューバの斬撃を、凄まじい反応速度で、かつ最小限の動きで回避したキラはストライクの右手に握ったサーベルを大きく振るう。

 

 それと同時に、左手に握ったシールドを投げ捨てると、腰部にマウントされたアーマーシュナイダーを取り出す。

 

 ミゲルはサーベルの斬撃を回避するも、そちらに意識を取られ、ストライクが取り出したアーマーシュナイダーの存在に気付いた時には手遅れだった。

 

「なにぃっ!?」

 

 無我夢中でアーマーシュナイダーを、ハイマニューバの首付近へ突き立てる。

 

 続けてキラは突き立てたアーマーシュナイダーを更に奥へと押し込み、ハイマニューバを殴りつける。

 

 そして損傷したハイマニューバには見向きもせず、機体をアークエンジェルの方へと向けた。

 

「嬢ちゃん!」

 

「あの三機は私が相手をします!フラガ大尉はジンを!」

 

「…分かった!頼むぞ!」

 

 ムウと言葉を交わしてから、キラはアークエンジェルの援護へと急ぐ。

 

 先程から感じる、この研ぎ澄まされた感覚への疑問は今は置いておく。

 

 それよりも、自分が守りたいものを守る為に、キラはアークエンジェルを通り過ぎ、その向こうからやって来る三機と向かい合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「増援…!?こんな時にっ!」

 

「どうやら、天は私に味方しているようだ。ここで諦めてくれると楽なんだがねっ!?」

 

「誰がっ!」

 

 斬撃をシールドでパリィし、堪らず後退したシグーへ向けてライフルを向け、ビームを放つ。

 

 ミリアリアからの通信は、ユウの耳にも当然届いていた。

 そして、予定よりも早めにガモフが合流したという報告を、クルーゼもまたヴェサリウスから受け取っていた。

 

 状況は圧倒的にクルーゼ側が有利。

 しかし直後、クルーゼの耳に驚くべき報告が入る。

 

「なに?ミゲルが撤退?」

 

 ここでストライクとの戦闘で機体に損傷を受けたミゲルが離脱。

 ストライクはアークエンジェルの背後から来るデュエル、バスター、ブリッツとの交戦に入ったという。

 

「ちぃっ…!流石というべきか…!」

 

 素人と思って甘く見ていたとクルーゼは悔やむ。

 キラ・ヤマト、目の前のユウ・ラ・フラガと同等の才能を持って産まれた選ばれし存在─────素人であるのは確かだが、彼女もまた、ユウと同じように成長している事を考慮するべきだった。

 

 ミゲルであろうと、性能が劣る機体での一対一は無理があった。

 

 だが、ミゲルが撤退しようとクルーゼ側の優位は変わらない。

 ラクスをヴェサリウスに乗艦させたアスランが、イージスで出撃したからだ。

 数的優位は変わらず、そしてここでクルーゼがスピリットを墜とす事が出来れば、一気に勝負は決まる。

 

 一方のユウにも、それは分かっていた。

 ここでどれだけ早く決着をつけられるか、それによって全てが決まる。

 

 クルーゼを墜とす事が出来れば、そのままスピリットはキラ達の援護に迎える。

 しかしそう時間は掛けられない。例えキラでも、Xナンバーの機体を同時に三機─────更にそこにイージスが加わるとなれば、相当辛いだろう。

 ムウも同じく、現状アークエンジェルの援護を受けてジン三機を相手に互角以上に渡り合ってはいるが、もしキラがどれか一機の突破を許せば、その均衡は崩れる。

 

 故に─────ユウは覚悟を決め、クルーゼに短期決戦を挑む他なかった。

 

「うぉぉぉおおおおっ!」

 

「来るかっ!」

 

 ライフルとシールドを投げ捨てたユウは、スピリットの両手にビームサーベルを握らせる。

 二刀流で構え、スラスターを吹かせて一気にシグーへと接近。

 

 それに対し身構えたクルーゼは、シールドを巧みに操りながらスピリットの斬撃を防ぎつつ、時にスピリットとの距離を保ちながら反撃の一撃を加えようとする。

 

 スピリットのスピードに対し、上手く立ち回るクルーゼ。

 確かにこのスピードは脅威であり、パイロットであるユウの急成長にも、忌々しいが舌を巻く。

 

 しかしそれでも─────まだ、届かない。

 

「ぐぅっ!?」

 

 実戦経験の少なさ、それによって露呈する連撃の甘さ。

 そこを突き、クルーゼはスピリットの斬撃を掻い潜り、重斬刀による一撃をお見舞いする。

 

 ユウの苦痛の悲鳴を聞き、小さく笑みを溢しながら、体勢が崩れたスピリットへ止めを刺すべくビームライフルを構え─────た所で、クルーゼはスピリットが後退していく先にあった物に目を見開いた。

 

「なっ…!まさか貴様、わざと!?」

 

 珍しく露になるクルーゼの動揺に、同じく笑みを溢すユウ。

 

 ユウは後退する勢いに逆らわないまま、二本のサーベルを鞘へ納め、代わりにスピリットの両手に先程投げ捨てた()()()()()()()()()()()()を握らせる。

 

 シグーから放たれるビームをシールドで弾くと、間髪おかずユウはシグーのコックピットへ狙いを定め、ライフルの引き金を引く。

 

「ちぃっ!?」

 

 即座にクルーゼは機体を翻す。

 クルーゼの人並外れた反応速度が、その持ち主の命を救う。

 辛うじてコックピットの直撃を避けたクルーゼ、しかし放たれたビームはシグーの左腕を奪った。

 

 クルーゼは、左腕を失った事により宇宙空間を漂う()()()()を目にして、すぐに判断を下す。

 

 凄まじい加速で迫るスピリットに対し、距離を保つべく機体を後退させる。

 

 自機とスピリットとの距離。

 目標、スピリット、自身から繋がる直線の屈折角度。

 

 それらが全て当て嵌まったタイミングを見計らい、クルーゼは()()()()に向けてライフルの引き金を引いた。

 

「っ─────!」

 

 光条はまずシールドに命中し、直後角度を変えて屈折。

 寸分違わずにスピリットのコックピットへと吸い込まれていく。

 

 ─────ユウがもし、クルーゼがライフルの引き金を引いた直後に機体の進路を変えていなければ、コックピットを撃ち抜かれ死を迎えていただろう。

 

 こちらも辛うじてコックピットへの直撃は避けた。

 しかし、スピリットの左肩部をビームが掠り、その箇所を融解させる。

 

 ユウはすぐにスピリットの左肩の状態を確認する。

 動きはするが、操縦に対してやや反応が遅れる。これでは咄嗟の行動には使えない。

 

「なに…!」

 

 機体状況を把握している間にシグーがスピリットへ接近、かと思えば、シグーは突撃銃をパージすると浮遊する突撃銃を蹴り飛ばしスピリットへと弾く。

 

 何のつもりか分からず、しかし嫌な予感に駆られたユウは左腕を持ち上げシールドを掲げる。

 

 直後、シグーのビームライフルが火を噴く。

 放たれたビームはシグーがパージした突撃銃を撃ち抜き、撃ち抜かれた事により突撃銃は小さな爆発を起こす。

 

「っ!?」

 

 掲げたシールドにより、爆発による衝撃は最小限に抑えられた。

 だが、眼前に掲げたシールドと小さくはあるが巻き起こる爆炎に、ユウの視界が僅かではあるが塞がる。

 

「ユウっ!」

 

「こ、いつ…っ!」

 

 直後、爆炎を払いながらシグーが迫る。

 掲げたシールドをシグーに向けて押し付けようとするユウだが、クルーゼは機体を傾けながらそれを掻い潜ると、右手に握った重斬刀を、スピリットの()()目掛けて振り下ろした。

 

 実体武器による攻撃を全て無効化させるPS装甲。

 しかしそれは正にその名の通り、装甲なのだ。

 その中身にまで、PSが施されている訳ではない─────。

 

 振り下ろされた重斬刀が、先程の銃撃によって融解し、PSが剥がれた箇所からスピリットの左腕を斬り落とす。

 

 爆散するスピリットの左腕。

 それに目も向けず、ユウは右手でビームサーベルを抜き放つ。

 

 確かに片腕は失ったが、それは相手も同じである。

 先程シールドを投げ捨てたシグーに、スピリットの斬撃を防ぐ手段はない。

 

 咄嗟に機体を動かし、コックピットを斬り裂かれる事だけは避けたクルーゼ。

 しかし、シグーのメインカメラが斬り落とされる。

 

 メインカメラから送られる映像が途切れ、画面に一瞬ノイズが奔った後、サブカメラによる映像へ切り替わる。

 当然、メインカメラから送られるものよりも視界が狭まるが、クルーゼにはこれで充分だった。

 何しろ彼には、斬り裂かれたスピリットの左腕しか見えていない。

 

「後退しない…!?」

 

 更なる損傷を受け、なおも向かってくるシグーにたじろぐユウ。

 そんなユウの鈍い反応が功を奏し、シグーはスピリットの左側へ回り込む事に成功する。

 

「逃がさんっ!」

 

 逆にユウがスピリットを後退させようとするも、その前にクルーゼが重斬刀を欠損し、中身が剝き出しとなったスピリットの左腕へと突き立てる。

 

 シグーの重斬刀がスピリットの左腕を斬り落とした時と原理は同じだ。

 装甲に施されたPSは、内部にまで効果は及ぼさない。

 

 突き出された重斬刀の切っ先がスピリットを貫く。

 幸いは、その斬撃がユウのいるコックピットにまでは届かなかった事。

 それでも、スピリットを貫いている重斬刀をクルーゼが振り下ろせば、斬撃は容易くコックピットを斬り裂くだろう。

 

「終わりだっ、ユウ!」

 

「させる、かぁっ!」

 

 クルーゼが重斬刀を振り下ろそうとしたその時、ユウの中で何かが弾けた。

 

 ユウは辛うじて繋がった状態のスピリットの顔面部に搭載された、イーゲルシュテルンをシグーへ向ける。

 

 バルカン砲がシグーの装甲を捉え、堪らずクルーゼは重斬刀から手を離し機体を後退させる。

 

 その直後、シグーの猛攻を受け続けたスピリットのPSが落ちる。

 色が落ち、グレー一色となった機体は以降、PSの恩恵は受けられなくなる。

 

 しかし、追い詰められているのはクルーゼも同じだった。

 重斬刀はスピリットを貫いたまま手から離れ、その他の武装も失われている。

 

 一方のスピリット。

 バッテリーが切れ、ビーム兵器はすべて使用不能。

 残された武装はイーゲルシュテルンのみ。

 

「「─────っ」」

 

 互いの機体が満身創痍であろうと、この二人の頭に撤退の二文字は存在しなかった。

 機体の拳を握り、最後まで、相手を殺し尽くすまで戦い抜かんと、互いのスラスターを吹かせ接近し合う─────。

 

『隊長っ!デュエルがストライクとの戦闘で損傷!それによりイザークが負傷、デュエル、ブリッツがガモフへ撤退しました!』

 

 そこに待ったを掛ける形で、クルーゼの耳にアデスからの報告が入る。

 

『バスターもバッテリーが残り僅かです!出撃したジンも二機落とされ、数的優位が失われています!』

 

「…」

 

 隊長として、冷静な決断を求められる時が訪れてしまった。

 

 言外に撤退の指示を求めるアデスからの言葉に、クルーゼは苛立ち混じりの溜め息を漏らした。

 

「…全部隊撤退。バスターもガモフへ帰投しろ」

 

 このまま戦いが続けば、こちらが全滅する可能性すらあった。

 まさかあの数的優位を覆され、撤退に追い込まれるとは─────それに、自身をここまで追い込んだ眼前の仇敵。

 

「…本当は、決着がつくまで戦いたかったのだがね」

 

「俺は…それでも構わないけどな」

 

「強がるのは止めたまえ。君の体は限界の筈だ」

 

 PS装甲に防がれたとはいえ、被弾数は間違いなくスピリットの方が多い。

 そして被弾の度に、中のパイロット─────ユウへのダメージは蓄積されている筈だ。

 本当ならば、このチャンスを何としても物にしておきたい所だが…ユウへ止めを刺すよりもストライクとメビウスの方が早くこちらへ辿り着くだろうと判断し、クルーゼは口惜しい気持ちを必死に抑え、機体を翻す。

 

「…しばらく君と会う事はないだろう。だが、忘れるな。必ず貴様は、私が殺す」

 

 我ながら情けないとは思いつつ、捨て台詞を残すしかなかったクルーゼはヴェサリウスへと帰投する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ、はぁ。やばい、かも…。頭…てか、全部痛ぇ…」

 

 遠ざかっていくシグーの背中を眺めながら、気が抜ける。

 かと思えば、極限にまで研ぎ澄まされた集中によって忘れかけていた体の痛みが一斉に襲い掛かる。

 

「あいつ、ヤバすぎだろ…。マジで死にかけた…」

 

 座席に背中を凭れかけながら、力ない声で呟く。

 

 本当にヤバかった。あのまま戦い続けていたら、死んでいたのは俺の方だった。

 機体状況は互角でも、先に体力が尽きていた俺の方が間違いなく撃たれていただろう。

 

『ユウ!ユウっ!!』

 

『おいユウ!無事か!?』

 

「…キラ、兄さん」

 

 戦闘が終わっても戻ってこない俺を心配したのか、ストライクとメビウスが来てくれた。

 

 スピリットの悲惨な状態を見た二人が、悲痛な声で俺に呼び掛けてくる。

 

「生きてるよ…。何とかね」

 

『ユウ…、よかった…』

 

『ったく、心配かけやがって…。機体は動かせるか?アークエンジェルに戻るぞ』

 

 二機との通信を繋げて返事を返すと、二人から安堵の返事が戻される。

 

 ─────あぁ、そうだ。アークエンジェルに戻らなきゃ。いやでもこれ、動かせんのかな?だいぶ機体ボロボロだけど…あれ?

 

『ユウ?』

 

「─────」

 

 体が、動かない。ていうか、声も出ない。

 

 ゆっくりと、視界が狭まっていく。

 黒く、深く、意識が闇に呑み込まれていくようで─────。

『ユウ?ユウ!返事をして!』

 

『ユウ!しっかりしろっ!…くそっ、艦長!医療班の準備をさせてくれ!負傷者一名、すぐに戻る!』

 

 負傷者って、別にそんなんじゃないって大袈裟な。

 

 あー、でも本格的に駄目だ。もう意識が保てない。

 

 二人の声も聞き取れなくなってきた。

 多分、死にはしないだろうけど…、申し訳ないな、二人には。

 

 きっと、おれのこ、と…しんぱい、するだろ、う…な…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、ユウの意識は途切れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




SEED解放後のキラの戦闘は原作通りです。ユウの知らないところで、痛い!痛い!がありました。

そしてユウVSクルーゼ…いや、我ながら飛ばしてるなーと書きながら思いました。
なお、開き直ってスピリットもシグーもぼっこぼこにした模様…。
はい、二人ともしばらく出撃できませんね。ユウが出られない間はキラちゃんとお兄ちゃんに頑張ってもらいましょう。


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PHASE20 一抹の不安

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」

 

「はい。身体のどこにも怪我はありませんし、激しい戦闘による疲労が出たのだと思います。すぐに目を覚ましますよ」

 

「…それならいいんだが」

 

 ベッドの上で穏やかに寝息を立てるユウを見ながら、軍医からの返答に安堵の息を吐くキラとムウ。

 

 アークエンジェルが航海を始めてから現在に至るまでで、最も激しく過酷といえる戦闘を乗り越えたムウ達は、無事に艦へと戻って来た。

 ただ一人、意識を失ったユウだけは、本当に無事なのかとクルー達から大いに心配を受けたが。

 

 ユウが気を失った後、ストライクがスピリットを抱え、何とかアークエンジェルへと着艦。

 続けて着艦したムウと一緒にすぐさま機体を飛び降りたキラは、二人でスピリットのコックピットハッチを開ける。

 その中で、青白い顔で瞼を閉じたままのユウを発見した。

 

 予めムウが指示を出していたお陰で、医務室への搬送はこれ以上なくスムーズに行われた。

 

 そして現在、軍医の診察を終え、ユウはベッドの上で寝息を立てている。

 

 先程軍医が言った通り、特に身体に怪我も異常もなし。

 ユウが意識を失った原因は、先の戦闘での疲労が限界を超えたからだろうというのが軍医の見立てだった。

 すぐに目を覚ます筈だというお墨付きも貰い、ようやくムウも安心を得たという所だった。

 

「…ホント、スピリットの損傷具合を見た時は心臓が止まるかと思ったぜ」

 

 ムウの言葉に、キラも心底同意だった。

 

 あの戦闘でムウのメビウスはリニアガンとガンバレル一基を失う損傷を負い、キラのストライクも目立った損傷こそないものの、バッテリーが危険域にまで至っていた。

 そんな中、相手の隊長機と交戦していたスピリットは中破─────危うく大破にまで至る程の損傷を負った。

 

 一体どんな戦いが行われたのか、今頃マリュー達が戦闘データの確認を行っている頃だろう。

 左腕を失い、更にその箇所から何かに貫かれたと思われる痕跡、スピリットのメインカメラは胴体と辛うじて繋がっている状態だった。

 そこまでの損傷を負ったのだ、当然バッテリーは吹っ飛んでいた。機体の状態を見た時、マードック達整備班が悲鳴を上げるのも当然といえるだろう。

 

「ユウ…」

 

 ベッドの上のユウの寝顔は穏やかだ。

 コックピットで見つけた時は、本当に大丈夫なのかと心配になる程青白かった顔色も、今は生気を取り戻している。

 

「どうして…、こんなになるまで…」

 

 軍医の見立てを疑っている訳じゃない。

 それでも、キラは不思議で仕方がなかった。

 ユウがこんな風になるまで追い込まれ、スピリットがあそこまでボロボロになるまでの激しい戦闘。

 

 一体、自分が戦っている時、ユウの身に一体何が起きていたというのか─────。

 

「フラガ大尉。…キラさんもいたのね」

 

 その時、医務室の扉が開く。

 

 その音に反応し、真っ先に軍医が立ち上がり敬礼の姿勢をとる。

 

 医務室へと入って来た人物、マリューは軍医へ軽く手を上げて敬礼を解く様に無言で命を送る。

 そして、彼女はキラとムウの二人へ一度視線を向けてから、ベッドで眠るユウへと視線を移す。

 

「ユウ君の容態はどう?」

 

「医者の見立てじゃ、ただの疲労だと。目を覚ますのもそう時間は掛からない筈だってさ」

 

「そう…。良かったわ」

 

 ムウからの返答を受けたマリューが安堵の笑みを溢す。

 

「で?そっちはどうだったんだ。スピリットの状態とか、ユウの戦闘データとか見てたんだろ?」

 

「…そうね。その話もしたいと思っていた所でした」

 

 医務室に僅かに流れた沈黙をムウが破る。

 ムウからの問い掛けに、マリューは浮かべていた笑みを収めると、軍服のポケットの中をまさぐり始める。

 

「これはスピリットから抽出した映像データよ。…正直、私はこれに関して、何と言えばいいのか分からないのだけれど」

 

 まるで頭痛を堪えるように眉間を押さえるマリューの姿に、キラもムウも首を傾げる。

 そんなマリューが二人に差し出したのは、映像端末だった。

 

 これを見ろ、と言っているのだろうか。

 ムウがその端末を受け取り、キラの方へと近寄ると、端末の電源を入れて映像を呼び出す。

 

 そこからは、キラもムウも言葉を失うしかなかった。

 

 映し出される、前回のシグーとの戦闘。

 時折ぶれる映像は、スピリットのメインカメラに収められたもの。

 つまり、ユウの視界そのものだ。

 

 何度も移り変わり、反転する映像は目が回りそうになるほど。

 

 スピリットもシグーも、機体の損傷など気にも留めず、ただただ目の前の敵を殺す為に全てを振り絞る殺し合い。

 

 その苛烈さは、キラが見て来た普段のユウからはあまりに掛け離れていた。

 心の内が温かな普段とは真逆の、冷たく鋭い殺意と共に、映像の中のユウは敵へ刃をぶつける。

 

 やがて、どちらかの死で終息に向かうかに思われた殺し合いは、脈絡もなく終わりを告げた。

 

「…出鱈目だな」

 

 映像が終わり、沈黙が流れる中で最初に口を開いたのはムウだった。

 

 ユウがスピリットに搭乗した当初からムウにとっては驚きの連続であったが、この映像を見せられた今、ユウに対して驚きを通り越して呆れさえ湧いてくる。

 スピリットが完成した時点で技術班が下した()()()()を考えれば、正にムウの言葉通り出鱈目という表現しか出てこない。

 

「これが、スピリットから抽出できたデータです。それで、スピリットの状態に関してだけど─────」

 

 キラとムウに見せていた映像端末をしまってから、マリューは続けて現在のスピリットの状況について説明を始める。

 

「単刀直入に言えば、スピリットはもう出撃出来ない…かもしれないわ」

 

「…え?」

 

 重苦しい口調で語られたマリューの言葉に、キラは呆然と声を漏らした。

 

 ─────出撃、出来ない…?でも…。

 

「えっと…、中破、なんですよね?修理出来ないんですか?」

 

「そうね。()()()()()()()()()()()()()、修理は可能だわ」

 

「…?」

 

 スピリットの状態はかなり酷いものだが、それでも大破に限りなく近い中破、というのが技術班の判断だった。

 その理由としては、材料さえあれば修復が可能な状態であると、技術班が判断したからだ。

 

 そう、マリューの言う通り、パーツさえあれば。

 

「嬢ちゃん。スピリットはな、本来戦闘に使う予定はなかったんだよ。ヘリオポリスがザフトに襲われず、予定通りに搬出が行われていた場合、その後は月基地で機体のデータを抽出だけして保管するつもりだったんだ」

 

「え…え?どうしてなんですか?」

 

「スピリットはナチュラルでは操縦できない。そう判断されたからよ」

 

 明かされるスピリットの秘密。

 

 G計画によって、ストライク達五機と共に生み出されたスピリット。

 超短期決戦をコンセプトに生まれたこの機体だが、完成した後に技術班が下した結論は、マリューの言った通り、()()()()()()()()()()()()()()()というものだった。

 

 故に、軍上層部はスピリットのデータを抽出後に保管する事を決める。

 そのままスピリットはしばらくの間、日の目を見る事はない筈だった。

 これはマリュー達が知る由もない事だが、少なくともその性能を遺憾なく発揮できるパイロットが()()()()()()()

 

「戦闘に出ないなら壊れる事もない。壊れる事もないなら、予備パーツも急いで作る必要はない」

 

「それじゃあ…スピリットが直せないのは…」

 

「失った左腕は、ストライクの予備パーツを流用すれば修理は可能だわ。メインカメラの方も、カメラ本体に損傷はないからそのまま使える。でも…スラスターは駄目ね」

 

 シグーに重斬刀を突き立てられたあの時、損傷はスラスターにまで至っていた。

 技術班曰く、交換が必要だとの事だが、交換できるパーツがない。

 

 つまり─────スピリットはもう二度と、戦場へ飛び立てない事を意味していた。

 

「…そんな事になってたんだ」

 

「「「っ!」」」

 

 その時、話していた三人のもの以外の声がした。

 声は、キラのすぐ傍から聞こえてきたもので─────キラが振り向いた先では、先程まで眠っていた筈のユウが目を開けていた。

 

「ユウ!」

 

「…どのくらい寝てた?」

 

 のそりと起き上がりながら、キラを見上げて問い掛けるユウ。

 

「まだ戦闘が終わってから二時間くらいだ。もう少し休んでていいんだぞ」

 

「そんなゆっくりしてる暇はないでしょ。いつザフトの追撃があってもおかしくないんだし」

 

「いや、流石にそれは…」

 

 休んでていい─────ムウとしては、言外に休んだ方が良いと言ったつもりだった。

 しかしユウはそれを断り、布団をどけてベッドから立ち上がる。

 

「ユウ…?」

 

「どうした?」

 

「…大丈夫、なの?」

 

「あぁ。痛い所がある訳じゃないし、何ともないよ」

 

 立ち上がったユウに呼び掛けるキラ。

 そんなキラにユウは小さく笑みを浮かべながら振り向いて─────その笑顔を前にして、キラは本来聞きたかった事を口に出す事が出来なかった。

 

 キラの問い掛けにユウは笑って答える。

 だが、体を起こしたばかりの時のユウの顔は、何かに後悔をしている様に見えた。

 

 後悔…何に?

 

 ()()()()()()()()()()

 

「─────」

 

 そう考えた時、キラの背筋にぞくりと怖気が奔る。

 自分でも何故そんな風に思ったのかは分からない。

 

 しかし、ユウの顔を見た時、マリューに見せて貰った映像を何故か思い出した。

 死をも恐れず、ただ相手の命を奪わんとしている様に見えたユウの戦いぶり。

 それでも結局、ユウは相手を討つ事が出来なかった。

 

 もしかしたら、ユウはそれを後悔しているのかもしれない。

 

「…なぁ、キラ。さっきからどうした?」

 

「え…?なにが?」

 

「なにがって…手」

 

「え?…あ」

 

 言いながら下の方へと移されたユウの視線をキラも追う。

 

 そこには握り合っているキラとユウの手。

 どうしてこんな事になっているのか─────戸惑っているユウの顔を見れば、考えるまでもない。

 ユウのあの表情について考え込んでいる間に、無意識にユウの手を握ってしまっていたのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()─────。

 

「あぁー艦長。俺達ちょっとお邪魔みたいだし、お暇しようか」

 

「そうね。二人とは色々と話したい事があったのだけれど、後にしましょう。バジルール少尉にも、二人を少し休ませてからにすると伝えておくわ」

 

「ま、待ってください!この状況で置いてかないで!?」

 

 先程までの神妙な顔はどこへやら、握り合う二人の手をニヤニヤと見つめながらムウとマリューが二人を揶揄い始める。

 それに過剰な反応を示すキラ。

 慌ててユウから手を離し、顔を真っ赤にしながらムウとマリューへ喰い下がる。

 

「「えー」」

 

「なんでそんなに息ピッタリなんですか!?」

 

「…ぶふぉっ」

 

「ちょっ…!ユウも笑うなぁ!」

 

 構図が完全に一対三─────いや、このやり取りを微笑ましそうに眺めている軍医も加えれば一対四である。

 

 先の戦闘ではデュエル、バスター、ブリッツを相手に大立ち回りを見せたキラだったが、今回の戦いでは惨敗だった事は言うまでもないだろう。

 

 医務室を出た時、キラとそれ以外の三人(特にムウとマリュー)はまるで対照的な表情をしていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、また…。お会いできる日を楽しみにしておりますわ」

 

 微笑み、一礼してからラクスは彼女を迎えに来たラコーニ隊へと引き渡される。

 彼女が乗ったシャトルはヴェサリウスから、ラコーニ隊の旗艦へと送られていく。

 

「…」

 

 ラクスが無事にラコーニ隊の元へ着いた事を確認してから、彼女を見送りに来た兵士達は解散し、それぞれの仕事へと戻っていく。

 クルーゼもまた、その一人だった。

 

「アスラン、ミゲル。短い間だろうが、しっかりと体を休めておくように。これから我々は、また足つきを追う」

 

「「はっ」」

 

 先程まで婚約者であるラクスと別れの言葉を交わしていたアスランと、そんな彼らを微笑ましそうに眺めていたミゲルに言葉を掛けてから、クルーゼは一人艦長室へ。

 

『何と戦わねばならないのか─────戦争は難しいですわね』

 

 シャトルに乗る直前、ラクスが最後に口にした言葉である。

 

 戦争─────今、この世界では地球連合軍とザフトとの間で戦争が行われている。

 一見、ナチュラルとコーディネイターによる戦争と多くの人達の間で思われがちだが、実のところは違う。

 

 地球連合軍にはあまり知られてはいないが、コーディネイターが少なくはあるが所属している。

 ザフトにも、たった一人ではあるがナチュラルが所属している。

 

 そして何より、地球には未だに多くのコーディネイターが住んでいる。

 

 プラント側は地球のコーディネイター達へ、プラントへの移住を何度も呼び掛けている。

 だが、その効果は薄いと言えるだろう。それは何故か。

 

 エイプリルフールクライシス─────血のバレンタインの報復として地球へNジャマーを撃ち込んだあの事件が未だに尾を引いている事に気付いている者は一体どれだけいるだろう。

 あの事件によって失われた、多くの命。その中に、多くのコーディネイターの命もあった事に気付いている者はどれだけいるだろう。

 

 一体誰が、自分達へ刃を向けた者達が居る場所に住もうと思うものか。

 それでもナチュラルによる迫害に耐え兼ね、プラントへ移住を決めたコーディネイターもいるにはいるが、それは圧倒的に少数派だ。

 

 哀れな話だ。

 プラント最高評議会のメンバーの中にも、地球にいるコーディネイター達の感情が理解しきれていない者は多くいる。

 例えば─────筆頭として挙げられるのが、国防委員長であるパトリック・ザラ。

 他にも過激派の中心メンバーとして知られるエザリア・ジュールなど、彼らは自身が犯した罪によって、彼らが言う同胞の命を奪った事に気付こうともしない。

 

 哀れなのはプラント側に限った話ではない。

 たかだか能力の違い程度で同じ人間である隣人を恐れ、妬み、挙句銃を向ける。

 

 撃たれれば撃ち返し、撃ち返されたらまた撃ち返す。

 その繰り返しだ。

 

 ─────その果てに待つ未来など、一つしかない。私が手を加えなくとも、どの道世界は滅ぶ。遅いか早いか、それだけの話だ。

 

 クルーゼはそう考えていた。

 世界に満ちる憎しみは消えない。消す事など出来はしない。

 

 なのに─────クルーゼは見てしまった。感じてしまった。

 

 ユウ・ラ・フラガと、ラクス・クラインの間で行われた、あの温かなやり取りを─────。

 

「っ…!」

 

 心の奥底から湧きかけた、あの温かな感情を、クルーゼは激しく頭を振って無理やり振り払う。

 

 何を流されそうになっているのだろう。

 確かにあの感覚には驚かされた。

 この世界で、こんなにも温かな気持ちを持つ人間がいるのか、と驚かされもした。

 

 だが、たった二人だ。

 たかが二人で何が出来る。

 この憎しみの連鎖を、たった二人で止める事など出来る筈がない。

 

 クルーゼはデスクに着く。

 引き出しを開き、中から透明なケースを取り出し、中から一粒のカプセルを口へと入れて飲み込む。

 

 この一連の動作をしながら、クルーゼは自身のコンピュータを立ち上げる。

 ざわつく自身の心を落ち着かせながら、慣れた手つきでコンソールを叩き、やがて画面には英文の羅列がずらりと並んでいく。

 

 初めて、地球連合のメインコンピュータにハッキングを掛けたのはいつだっただろうか。

 あの時は賭けにも等しく、危うくこちらの存在がバレそうにもなったが、今ではもう慣れたものだ。

 こうしてハッキングをするのが、ある意味クルーゼにとっての暇つぶしにすらなっている。

 

「…ほぉ?」

 

 ふと、目に映った写真とその名前を目にしたクルーゼの動きが止まる。

 

 画面に映し出されているのは、ユーラシア連邦所属の兵士の情報だ。

 このページを開いたのはクルーゼのただの気紛れだったのだが─────気まぐれで開いたページで、まさか()()()を見る事になるとは。

 

「…面白い。折角だ、君にも協力してもらうとしよう。私が準備する報奨も、君のお眼鏡に叶うだろう」

 

 クルーゼは少しの間、その兵士の情報を目に通した後、すぐにハッキングを解いてページを閉じる。

 

 そして、再び素早くコンソールを叩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE21 束の間の安息

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球連合軍第八機動艦隊─────デュエイン・ハルバートン准将が率いる艦隊であり、現在、幾度の激戦を潜り抜け、ようやく合流まで辿り着いた味方艦隊の名である。

 

 大小の艦を通り過ぎ、やがてアークエンジェルはゆっくりと、艦隊の中でも特に巨大な戦艦の横へと着く。

 

 アガメムノン級戦艦、第八艦隊の旗艦であるメネラオス。

 アークエンジェルはメネラオスの隣にて、足を止めたのだった。

 

「しかし、いいんですかね?メネラオスの横っ面になんかつけて」

 

 ここまでアークエンジェルを懸命に操舵し続けたノイマンが、冗談混じりに懸念を口にした。

 

「ハルバートン提督が艦をよくご覧になりたいんでしょう。自らこちらへおいでになるという事だし」

 

 その懸念に笑顔を以て答えたのはマリューだった。

 

 普通ならば、こちら側が呼びつけられる立場である。

 が、つい先程、ハルバートン自らアークエンジェルへとやって来るという報せが入ったばかりだ。

 

 ハルバートンはスピリット、ストライクなどのガンダム、そしてアークエンジェルの建造に大きく関わった将官の一人だ。

 故に、この艦へ乗り込みたいと考えているに違いないというのが、ハルバートンと深い関りがあり、性格を熟知しているマリューの見立てだった。

 

「ちょっとお願い」

 

「艦長」

 

 一言置いて、艦橋を出るマリュー。その後にナタルが続く。

 二人は並んでエレベーターに乗り込むと、ナタルが切り出した。

 

「あの二機の事、艦長はどうなさるおつもりですか?」

 

「…どう、とは?」

 

 ナタルが口にした二機というのが、スピリットとストライクの事だというのは考えるまでもなく分かった。

 

 マリューはナタルが何を言いたいのか、そこはかとなく分かっておきながら、確認の為にもあえて聞き返した。

 

「あの性能だからこそ、彼らが乗ったからこそ、我々はここまで来られたのだという事は、すでにこの艦の誰もが分かっている事です!…彼らも艦を降ろすのですか?」

 

 初めは民間人が、ましてやコーディネイターが軍の機密に触れるのをあれだけ嫌がっていたというのに。

 

 だが、決してナタルの気持ちが分からないでもなかった。

 

 マリューとて、いけないと分かっていても、思ってしまう。

 ユウ・ラ・フラガとキラ・ヤマト、二人の力がこの戦争にどれだけ貢献できるか。

 彼らの力が欲しい、とこの艦にいるクルーの誰もがそう思っている事だろう。

 

「彼らは軍の人間ではないわ」

 

「ですが!」

 

「ナタル。貴女の気持ちは分かる。けど、彼らを強制的に徴兵する事はできない。そうでしょう?」

 

 喰い下がろうとするナタルへ問い返すと、彼女は言い返す事なく黙り込んだ。

 その瞳にはまだ、不満げな色が残っていた事に気付きながら、それでもこれ以上言える事はない。

 

 マリューは先にエレベーターを降り、とある場所へと向かう。

 彼女が艦の事をノイマン達に任せ、艦橋を出たのは、とある二人と話をする為だった。

 

 ずっと時間をとりたくて、しかしその余裕がなく、結局今の今まで話が出来ずじまいだった。

 

 怖かっただろうに、戦いたくなんてなかっただろうに、それでも艦をここまで守り通してくれたユウとキラの二人に、マリューはどうしてもお礼が言いたかったのだ。

 

「ユウ君!キラさん!」

 

 マリューの思った通り、二人は格納庫で機体の整備を手伝っていた。

 ムウ、マードックと一緒にいた二人に呼び掛けると、二人は同時に振り向き、同時に驚いた様に目を丸くした。

 

 パイロットとして戦いは凄まじく、頼もしさすら感じるというのに、こういったふとした時に垣間見える年齢相応の子供らしさにマリューは微笑ましさを覚える。

 そしてそれと同時に、やはりこれ以上、自分達の戦争に子供達を巻き込む訳にはいかないという思いが、マリューの中で強まる。

 

「艦長?」

 

「どうしたんですか?」

 

 ユウとキラが近寄ってくると、二人は首を傾げる。

 

 これまた行動のタイミングが揃う二人に、ついついマリューは笑みを溢す。

 

 確か二人は、ヘリオポリスでのあの出来事が切っ掛けで出会ったという。

 だというのに、これまでの短期間でここまで親しくなるとは─────特にキラの方はユウに対して想う所があるようだ。

 ユウの方は…少し分からないが。ラクスとも仲良くしていたのもマリューは見ていた為、その辺をユウがどう思っているのかは分からない。

 

「…二人と話が出来るのも、最後かもしれないから。どうしてもお礼を言いたくて」

 

 マリューは、目の前に立つ二人に向けて深く頭を下げながら続ける。

 

「貴方達には本当に大変な思いをさせたわ。…ここまでありがとう」

 

 少しの間、頭を下げたまま体勢を固めるマリュー。

 

 そんな彼女の前で、ユウは頭を下げるマリューを見下ろしながら目を見開き、キラは目一杯動揺しながらおろおろしていた。

 

「いやっ、そんな、艦長っ…」

 

 マリューは顔を上げ、二人へにっこり笑い掛ける。

 

「口には出さなくても、皆貴方達には感謝しているのよ。…こんな状況だから、地球に降りても大変だと思うけど…頑張って」

 

 マリューは手を差し出す。

 少しの間、二人は差し出された手を見つめてからまずはユウが、そしてユウが離れてから続けてキラが、マリューと握手を交わしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …艦長がお礼を言いに来たのにはびっくりしたな。でもそういえば、原作でも同じようにキラへお礼に言いに来てたっけか?

 

 艦長と話して少ししてから、アークエンジェルへハルバートン准将が来艦した。

 准将はここまでアークエンジェルを守ったクルー達を労ってから、民間人という立場である俺達の事も労ってくれた。

 

 その後、キラ達ヘリオポリス組─────フレイを除いてだが、全員の両親が無事だという情報もくれ、皆が喜び笑っていたのを見届けた。

 ここまで色々原作とは違った展開になる事もあり、その辺についても気掛かりだったが、ハルバートン准将の報告を聞いて俺も胸を撫で下ろした。

 

 一頻り話をしてから准将は兄さん、艦長、バジルール少尉達と一緒に去って行った。

 

 そして今、俺はスピリットの前に立っている。

 短い間ではあったが、戦場を共にして、相棒とも思える程に濃密な時間を共に過ごした機体。

 

「…ごめんな。俺が弱いばっかりに、傷だらけにしちまった」

 

 スピリットの装甲に触れながら呟く。

 

 GAT-X106スピリット─────ハルバートン准将を中心とした将官達によって提唱されたG計画によって建造されたモビルスーツの一機。

 次々に新型兵器を生み出すコーディネイター達に対抗して生まれた機体にも関わらず、皮肉にもコーディネイターでなければ操縦が不可能と判断され、失敗作の烙印を押された機体。

 

「お前…、これからどうなるんだろうな」

 

「元々の性能は、もう取り戻せんだろうな。代替策は考えているが」

 

「─────」

 

 スピリットの顔を見上げながら再度呟くと、突然背後から声が掛けられる。

 

 その声は、つい先程耳にして覚えの近いもので─────心臓が飛び跳ねる様な感覚を覚えながら、俺は弾かれるように振り返った。

 

「は、ハルバートン准将?」

 

「君は、ユウ・ラ・フラガ君だね。報告書を見て、君の事は知っているよ」

 

 そこに佇んでいたのは、思った通りの人物だった。

 

 デュエイン・ハルバートン。

 彼は、優しい微笑みを携えながら、俺の隣へと歩み寄って来た。

 

「君の兄、ムウ・ラ・フラガ君にも驚かされてきたが、君はそれ以上だ。まさか、あのスピリットの性能を引き出せるナチュラルがいようとは…」

 

「…あの、スピリットの代替策って?」

 

 失礼かとも思ったが、どうしてもハルバートン准将が口にした代替策というものが気になり尋ねてしまった。

 

 准将はそんな俺の態度なんか気にもしていない様子で、微笑を浮かべたまま口を開いた。

 

「自分から口にしておいて何だがね…。君にはもう、関係のない事だよ」

 

「…これは」

 

 言いながら、准将は俺へ一枚の紙を差し出した。

 

 それは、除隊許可証。

 

「ここまでアークエンジェルを…ストライクとスピリットを、守ってくれて感謝する」

 

「…スピリットは守れませんでした」

 

「いいや。君でなければ、スピリットはここになかっただろう」

 

 准将はそう言うが、結局俺はクルーゼに負け、スピリットを危うく再出撃不可という所にまで傷つけてしまった。

 その事実は変わらない。

 

 それに、准将は少し勘違いをしている。

 

「准将。お礼を言うのは、まだ早いです」

 

「なに─────」

 

 准将へ向けて、さっき受け取った除隊許可証を差し出す。

 

 差し出された紙面を見つめながら、准将の目が見開かれた。

 

「…何のつもりかね?」

 

「俺は艦に残ります。その意志があります」

 

 アークエンジェルに残る。

 残って、戦い続ける。

 

「いざ降りるとなって名残惜しくなったかね?悪いが、それを認める訳には────」

 

「准将。俺には責任があります。あの機体に乗って、戦場に飛び込んで、人を傷つけた責任が」

 

 俺の選択を止めようとする准将を遮って口を開く。

 黙って俺の話に耳を傾けてくれる准将へ、俺は更に続ける。

 

「俺が弱かったせいで守れなかった人達がいます。俺が弱かったせいでこれから殺されていく人達もいます」

 

「…君は────」

 

「責任があるんです。俺は戦い続けなきゃいけない」

 

 そう、俺には責任があるのだ。

 傷つけた人達に、守れなかった人達に報いる為にも、俺は─────。

 

「…私がどれだけ言っても、君の決意は変わらないという事だけは分かった。だがね、ユウ君。君のその決意は、とても危うい。その事だけは、肝に命じておいてほしい」

 

「…?」

 

「閣下、メネラオスから至急お戻り頂きたいと…」

 

 准将が口にした言葉の意味がよく分からず、問い掛けようとした時だった。

 キャットウォークの向こうから一人の士官がやって来て、准将へ声を掛けた。

 

「やれやれ…。ゆっくり話す間もないわ。この後、キラ君とも話したかったのだが…」

 

「准将」

 

「ユウ君。君が傷つけた人達、君が守れなかった人達に報いる為に戦うというのなら、絶対に死ぬなよ。…君を思う人達の為にも」

 

 准将は最後、視線を俺に真っ直ぐ突き付けながら、力強くそう言い残して連絡艇へと乗り込んでいった。

 

「死ぬな、か…」

 

 俺を思う人達─────例えば、兄さん。兄さんと同じカテゴリに入れるべきかは分からないけど、艦長もさっきの会話で俺を心配してくれていた事だけは伝わった。

 後は…トールやフレイ達も、准将を出迎える時に顔を合わせたけど、皆、前回の戦闘で気を失った俺を心配してくれていた。

 それにキラ…そしてラクスも。

 

「…そんなつもりじゃ、なかったんだけどな」

 

 気付けばまるで、俺が()()()()()()()みたいになっていた。

 家族がいて、友達がいて、絶対にそうじゃないのに、俺はこの世界にとってただの異分子でしかないのに。

 

「うん。死ぬつもりはないさ。全部見届けるまでは─────」

 

 呟きは誰にも届く事はなく、虚空の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツィーグラー、合流しました」

 

「発見されてはいないな」

 

「あの位置なら大丈夫でしょう。艦隊はだいぶ降りていますから」

 

 クルーゼは顎に手をやり、小さく息を吐いた。

 

「月本部へ向かうものと思っていたが…。奴ら、足つきをそのまま地球へ降ろすつもりだな」

 

「目標はアラスカでしょうな」

 

 アラスカは地球連合軍の最重要拠点だ。

 恐らくアークエンジェルは大気圏突入後、最短距離で最高司令部を目指すと思われた。

 そこへ入り込まれれば、最早容易には手出しできない。

 

「何とか宇宙にいる内に沈めたいものだが…」

 

 頭の中で、現在ある戦力を計算するクルーゼ。

 

 先程合流したツィーグラーにはジンが六機、ガモフにはバスターとブリッツ。デュエルはパイロットであるイザークが負傷中の為、除く。

 そしてヴェサリウスにはイージスとジン・ハイマニューバとジン三機。

 

 クルーゼ自身は、先の戦闘で損傷を受けた機体の修復が未だに終わっていない為、出撃不可。

 しかし、それでも─────

 

「十三機、か。…充分だな」

 

「隊長、それでは…」

 

「あぁ」

 

 底冷えのする笑みを漏らしながら、クルーゼはモニターに映る第八艦隊を見上げながら呟いた。

 

「智将ハルバートン。そろそろご退場願おうか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今まで休日は二話投稿してきました。
明日も休日なのですが、珍しく外出する予定ができたので二話投稿無理です。
というか、一話投稿できるかも怪しいです。

すいませんm(_ _)m


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PHASE22 決意の口づけ






タイトルがとんでもないネタバレになっていますが、私は元気です(?)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『総員第一戦闘配備!総員第一戦闘配備!』

 

 ─────来た!

 

 艦内に戦闘配備の警報が鳴り響いたのは、とある人物を探して歩き回っている時だった。

 このタイミングで襲撃を掛けてくる敵など、一つしかない。

 考えるまでもなく、相手を結論付けて反射的に体を動かす。

 

 向かう先は、最早通い慣れてすら来始めたパイロットロッカー。

 

 本当なら、敵襲が掛けられる前に()()()()()()()()()()()がいたのだが、一刻を争うこの状況ではそれは諦めるしかない。

 ()()()が来る前に着替えてしまい、()がストライクで出撃する。

 

 これなら、一先ずこの場で()()が戦わずに済む。

 後の事は後になって考えるとして、とにかく今はキラが戦わずに済む事を第一優先に─────

 

「っ、ユウ!?」

 

 パイロットロッカーの中へと飛び込もうとしたその時、横側から声を掛けられる。

 

 振り向いた先で視界に映るは、艶やかに揺れる髪と、こちらを見つめる吸い込まれそうなアメジストの瞳。

 

「…キラ」

 

 遅かった、か。

 

 俺の行動はどうやら少し遅かったようで、ついさっきまで()()()()()()()であるキラが驚いた様子で、パイロットロッカーへ入ろうとする俺を見ていた。

 

「どうして、ユウが…」

 

「決まってるだろ。軍に残るんだよ」

 

「そんな…。そんなの─────」

 

「ダメだって言う気か?今からでも引き返せとでも言う気か?…言っとくが、それは俺の台詞でもあるぞ、キラ」

 

 キラが言おうとした言葉に割り込んで、今度は俺がキラへ言葉を投げ掛ける。

 

「なんで残った。…いや、残るのはもういい。どうせ今から戻っても間に合わない。だけど…、ストライクには俺が乗る。お前は大人しく部屋で待ってろ」

 

 今更格納庫に戻っても、避難民を乗せたランチはすでにメネラオスへと出発しているだろう。

 

 キラをアークエンジェルから降ろす事は諦める。

 だが、キラを戦いから遠ざける選択を諦めるつもりはない。

 

「駄目だよ。ユウこそ、あんな事があったばかりなんだよ?ここは私に任せて、ユウはゆっくり休んで─────」

 

「駄目だ!」

 

 俺の横を通り過ぎ、パイロットロッカーへと入ろうとするキラの肩を掴む。

 

 無意識に俺の口から飛び出た大声に驚いたキラが、目を丸くしながら振り返る。

 

「ユウ…?」

 

「お前がここに残る事を選んだ理由は大体分かる。フレイ達が軍に残る選択をしたんだろ?お前は、フレイ達を守る為に、ここに残る事に決めたんだろ?」

 

「どうして、それを…」

 

「やめてくれ。これ以上傷つく必要はない。…俺が守るから。お前も、お前の大切な人達も、皆俺が守るから。…だからお前は、これ以上戦わなくていいから」

 

 こんな風に思うようになったのは、いつからだろう。

 気付けば俺は、戦いに出るキラの姿を見るのが嫌だった。

 戦いから戻ってきて、疲れながらもそれを悟らせないように無理して笑うキラを見て、辛いと思うようになった。

 

 ─────守れず、無力さに苛まれるキラを、二度と見たくないと思った。

 

 この先、戦う事を選んだキラは様々な苦境に立たされる。

 守る為に殺す事を強いられ、だが殺したくなどないキラは、そのギャップによって心に多くの傷を負う事になる。

 

 …俺が出来るのは、その肩代わりくらいだ。

 なのに─────キラは、ゆっくりと頭を横に振った。

 

「…ユウ。確かに、私が残って戦う事を選んだ理由は、フレイ達を守りたいって思ったのもあるよ。でもね?…もう一人、私には守りたいって思える人がいる事を、ユウは知ってる?」

 

 キラは柔らかく微笑みながら、俺の顔を覗き込みながら言う。

 

 …もう一人?

 それは一体、誰なんだ─────そうキラへ問い返そうとした時だった。

 

「きっと、私が何て言ってもユウは止まらないんだね。─────でも、大丈夫。私の思いが、君を守るから」

 

 キラの声が温かく、俺の心へと染み渡る。

 かと思えば、キラの顔が近付いてきて─────やがて、唇が柔らかな感触に包まれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、やっと気付いた。

 

 ユウを見る度に湧いてきた温かな気持ちの正体が、恋だって事に。

 ユウがラクスと二人で親し気に話しているのを見て湧いてきた嫌な感情の正体が、嫉妬だって事に。

 

 私は…ユウが好きなんだ。

 だからこんなにも、君を守りたいって思えるんだね。

 

 君がどうしてそんなに苦しそうなのか、私には分からない。

 でも…駄目だなぁ、私。

 君がそんなに苦しそうなのに、それでも私の事を考えていてくれたのが、どうしようもなく嬉しいや。

 

 嬉しくて堪らなくて、私は思わず強まった衝動を、ユウの唇と自分の唇を重ねる事で彼にぶつけてしまう。

 

「…キラ?」

 

 唇を離すと、さっきまでの苦し気な表情は消えて、ただただ驚いた様子のユウが私を見ていた。

 そこでようやく、私は今、自分がしでかした事を自覚する。

 

 …私、今、何をやったの?

 キス…キス、したよね?ユウと…─────っっっ!!!?

 

 真正面に、それも至近距離にあるユウの顔が見れなくて後ろを向く。

 きっと今、私の顔は真っ赤になってるんだろうな…。

 

 恥ずかしくて仕方がない。逃げ出したくて仕方がない。

 

 だけど、まだ私にはユウに言いたい言葉があるから、逃げ出そうとする足を踏み止まらせる。

 

「私は、君を一人にしたくない。そう思ってたのに、私はいつも君の後ろで、君に守られながら戦ってた。…だからこれからは、君の隣で戦えるように頑張るから」

 

「…」

 

「あ、でも今回は本当に駄目だからね?スピリットだって出撃できないんだし…、今は私に任せて、体を休めて」

 

 そう言うと、キスの後にユウの顔から消えた様に見えたあの苦しそうな表情が戻ってくる。

 

 ─────あぁ、そうか。今、ユウが一番欲しい言葉はきっと、これだ。

 

「大丈夫。…戻ってくるから」

 

「っ─────」

 

 振り返って、ユウの頬に手を添える。

 ユウが何に苦しんで、何を怖がっているのかは分からないけど、ユウの心に届くように強く、染み渡るように優しく、彼に語り掛ける。

 

 ユウの顔からほんの少しだけ、苦しさが消えたのを見届けてから私はユウを置いてパイロットロッカーへと飛び込む。

 

 閉まったロッカーの扉に背中をつけ、寄り掛かりながら熱くなって仕方がない頬を両手で押さえる。

 

 しちゃった…。しちゃった、しちゃった…!

 ユウ、驚いてた…。もしかして、引かれたかな…?

 誰にでもこんな事をする軽い女の子とか、思われたりしてないかな?

 

 もし、そういう風に思われてたら、戻ってきたら今度は言葉にしよう。

 私は貴方が好きだって─────こういう事をするのは、ユウにだけだって。

 

 だから、守らなきゃ。

 今はユウが戦えないから、私が戦って、ユウを守らなきゃ。

 

「…よしっ」

 

 頬を押さえていた両掌を見つめてから、ぐっ、と力を込めて拳を握る。

 

 拳と一緒に固まったのは、私の決意。

 軍に残る選択をしたフレイ達と話をする事で傾いた思いは、ユウと話をする事で決意として固まった。

 

 私は─────戦う。

 例え誰が相手でも…それが同じコーディネイターでも。

 

 例え、目の前に立ちはだかるのがかつての友達でも、()()()()()()()()()に銃を向けるなら…私は─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足取りが定まらない。

 

 つい先程のキラとのやり取りに、全く現実感が抱けない。

 

 ふわふわと、まるで無重力空間にいる様な─────いや実際に無重力空間にはいるんだが…。

 

 まだ、あの感触が唇に残っている。

 温かくて、優しくて、柔らかい、キラの唇の感触が。

 

「っ~~~~!」

 

 何を考えているんだ、俺は。

 たかだかキスくらいでここまで動揺するなんて、思春期のガキじゃないんだぞ?

 

 …いや、今の俺は思春期のガキなんだが。

 だけど、前世と合わせていよいよ年齢が四十を超えたおっさんが、十六の女の子にキスされて動揺するとか、最早事案だぞ。

 

 落ち着け、落ち着くんだ俺。

 まあつまり、キラは、その…そういう事なんだろう。

 

 それはいい。

 そこについては、また後にキラと話し合えば良い事だ。

 問題はそこじゃなくて、今。

 

 俺はキラを止める事が出来なかった。

 キラを、戦いから離れさせる事が出来なかった。

 これからキラは出撃し、そこで本当の意味で戦争の残酷さを知る事となる。

 

「…っ」

 

 原作では、キラは苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いた先に答えを得た。

 その答えがまた、キラを苦しませる事にはなるのだが─────その果てに、キラは幸せを掴む事となる。

 

 俺が戦うと決めた理由は、あの結末を見届ける為だった。

 その為には、なるべく原作から乖離した展開にさせないのが一番だ。

 

 クルーゼは今回の戦闘には出撃出来ない。

 前回の戦闘で機体があれだけの損傷を受け、この短時間で修復できたとは思えない。

 懸念があるとすればミゲルだが、こちらが大気圏突入を試みれば、搭乗している機体の性能上易々とこちらへは来られまい。

 

 つまり、俺が変に介入しなければ、今回の戦闘は原作通りに進むのはほぼ間違いない。

 

 ─────今更、だよな。

 

 …そんな風に割り切れる段階はもう、とっくに越えていたのだと、ここに来て俺はようやく自覚した。

 

 原作通りに進む?キラは死なずに済む?

 

 結果、()()()()()()()()()()()()()()

 

 大体、今更なんだよ。

 俺がここに居ること自体、とっくに本来の世界線から逸脱しているというのに、俺は何を考えているのやら。

 原作なんてもう、当てになんてならない。

 予備知識として重宝するのは当然だが、原作通りの事が起きたとしても、原作通りの結果が訪れるとはもう限らないんだ。

 

 なら、俺は何をすべきだ?

 この戦いを乗り越える為に、俺が出来る事は?

 

 キラと一緒に戦う事は出来ない。今、その力が俺にはないから。

 他には?─────分からない。

 

 分からないままに、足を進める。

 少しでもいいから、あいつの力になりたい。

 

 ぞくりと奔る背筋の寒気が、いよいよ戦闘が始まったのだと俺に報せてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジンが散開した。

 漆黒の海に、灯が迸る中、アスランはイージスを駆って戦線を掻い潜る。

 

 味方のジンによって撃墜されるモビルアーマーを尻目に、イージスを変形させ、鉤爪の合間からスキュラを放つ。

 幅太のビーム砲が一気に三機のメビウスを屠る。

 

 スキュラによって出来た空白を目掛けて、四機が駆け抜ける。

 

 その内の一機を、アスランは目線に入れる。

 

「イザーク、あいつ…」

 

 出撃直前まで、アスランはイザークが出撃をするのを知らなかった。というより、今回の戦闘に出撃する予定はなかった筈だ。

 何しろ、前回の戦闘でイザークはストライクとの交戦によって顔面を負傷したのだから。

 それが今、イザークは誰よりも強い意気込みを胸に、今回の戦闘に臨んでいる。

 

 自分に傷を負わせたストライクへ、強い恥辱を晴らす為に。

 

 デュエルへ追加で武装された()()()()()()()()()が、地球軍艦隊へ向けて火を噴く。

 右肩には百十五ミリレールガン()()()、左肩には二百二十ミリ五連装ミサイルポッド。

 シヴァとミサイルによって、アスランの目の前で早速一隻の軍艦を沈めてみせる。

 

 バスターはランチャーとライフルをドッキングさせたインパルスライフルで、軍艦の横っ腹に風穴を開ける。

 

 そしてブリッツはミラージュコロイドを展開し、誰にも索敵されないままに軍艦の前方へ回り込むと、左腕にマウントされたグレイプニールを射出して艦橋を潰した。

 

 Xナンバーの三機が軍艦を墜とす中で、ジン・ハイマニューバを駆るミゲルは、三機を止めようと動き出すメビウス隊を、他のジンと共に食い止める。

 数では劣っているが、ミゲルの奮闘もあり、こちらの交戦は明らかに優勢だ。

 

「…キラは?」

 

 機体をモビルスーツ形態へと戻し、出力したビームサーベルで襲い掛かってくるメビウスを斬り裂きながら、未だ動きを見せないアークエンジェルへとアスランは目を向ける。

 

 艦隊に隠れ、アークエンジェルは動かない。

 第八艦隊は、何があってもあの艦を地球へ降ろす気らしい。

 

 ─────それでいい。キラが出撃して来ないのであれば、戦わずに済む。

 

 ラクスを引き渡された時、吐いた決別の言葉とは裏腹に、未だにアスランの内では迷いがあった。

 

 脳裏に過るキラのかつての笑顔が、あの時に固めた筈の決意を揺らがせる。

 

「っ─────!」

 

 すぐそこまで迫った弾丸をサーベルで斬り払い、アスランは腰部にマウントされたライフルを取り出し、弾丸を放ったメビウスを狙撃し撃ち落とす。

 

 何を関係ない事を考えているのか、と自身を叱咤する。

 戦闘中に動きを止めるなど、またミゲルに叱られてしまうかもしれない。

 

 アスランは一度激しく頭を振ってから、改めて前を見据える。

 

 その先に映るアークエンジェルは見ないようにしながら、アスランは進軍を進める僚機の後に続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キラちゃんが更に覚悟を決めている中、未だにゆらゆらしてるアスラン君。

…このままじゃ君、普通に死ぬよマジで?


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PHASE23 託された戦場





本日二話目です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「降りる!?この状況でか!」

 

 ムウは振り返ってマードックの顔を見た。

 激しい戦闘が繰り広げられる中、アークエンジェルは今すぐに地球への降下を開始するという。

 

「俺に怒鳴ったってしゃあねえでしょ?まっ、このままズルズルいくよりかはいいんじゃねぇんですか?」

 

「…だがなぁ」

 

 マリューにしては随分と思い切った判断だと、ムウは考える。

 優しい性格のあの艦長なら、第八艦隊の援護という方針を指示する可能性もあったと考えていたムウの脳裏に、彼女が下した判断を意外に思いつつそれを実行するにあたっての懸念点が過る。

 

「ザフト艦とジンは振り切れても、あの四機が問題ですよね」

 

「そうなんだよな…。カタログスペック上、Xナンバーの機体は大気圏を単独で─────なっ」

 

 割り込んで来た聞き慣れた声に相槌を打ちながら、ムウの心臓が跳ね上がる。

 顔を上げたムウの視線の先では、すでにマードックが声の主を見つめて呆然としていた。

 

「嬢ちゃん!?」

 

 パイロットスーツを着込んだキラが、いつもと変わらない様子でやって来る。

 

「ストライクで待機します。まだ第一戦闘配備ですよね」

 

「─────い、いやいや。待て待て待て!お前、なんで…」

 

 ストライクへと乗り込もうとするキラへ、大声で呼び止めるムウ。

 コックピットの手前で立ち止まり、ムウの方へと振り返るキラ。

 

「…フラガ大尉。前に私に言いましたよね。ユウは苦労する、って」

 

「は─────?あ、あぁ…そんな事も言ったっけか…」

 

 言われてみれば確かに、そんな会話をした記憶がある。

 

 だが、それが一体─────いや、まさか。

 

 一つの可能性がムウの脳裏を過る。

 どうせ何を言っても無駄だろうとは分かってはいたが、時間の合間に話をしようと探してみた。

 結局見つける事は出来ず、もしかしたらとっくにメネラオスへと移ったのかもしれないという願望すら湧いた。

 

 キラの口から不意に語られたユウの名前。

 このタイミングでその名が口に出たのだ。

 キラがこの艦に残った理由は、一つしかない。

 

 そしてそれは、無駄と分かっていながらも抱いていたムウの願いが、叶わなかったのだという証明でもあった。

 

「あの時は否定しましたけど…。やっぱり、私、()()だったみたいです」

 

「嬢ちゃん」

 

「だから私…。ユウを一人にさせたくない。こんな事、大尉の前で言うのはどうかとも思いますけど…」

 

 キラは、頬を微かに染めて照れ笑いを浮かべながら、最後は真っ直ぐにムウの目を見据えて言った。

 

「私にも、大尉のお手伝いをさせてください」

 

 その言葉を最後に、今度こそキラはストライクのコックピットへと飛び込んでいく。

 ハッチが閉まり、遂に少女の姿はムウ達からは見えなくなった。

 

「ほぉ~…。青春じゃねぇですか。ま、兄としては気が気じゃない、って所ですかい?」

 

「そんなんじゃねぇよ。…その気持ちは嬉しくない訳でもねぇけどさ」

 

 揶揄う様に言ってくるマードックを強めの口調で諫めてから、ぽつりと本音を漏らす。

 

 そう。弟を想うキラの気持ちは、一人の兄としてこの上なく嬉しいものだった。

 

 だがその結果、若くから、しかも女の子が戦場に浮かされてしまう事が、ムウの中でどうしても腑に落とせなかった。

 

 ムウもまた、キラ程ではないが若くしてパイロットとして戦場に出続けた。

 ()()()()()()()()()等という異名までつけられ、エースパイロットして何度も戦場を駆け回った。

 

 戦場を前にして、恐怖した事があった。死を覚悟した事があった。これ以上戦いたくないと、軍人になった事を後悔しそうになった事もあった。

 それでもここまで戦い続けられたのは、守るべき家族がいたからだ。

 

 ─────ユウ。お前も、この艦に残ったのか。…キラと同じように、戦う事に決めたのか?

 

 本当なら、大人として若い二人を守っていかなければならないというのに。

 自分が弱いばかりに、情けないばかりに、二人に戦場へ居座り続ける事を選ばせてしまった。

 

 何故か、ムウは軍人になるとユウに決意を告げた時の事を─────生まれて初めて、兄弟喧嘩をした時の事を思い出した。

 もしかしたら、ユウも今の自分と似た様な気持ちだったのではないだろうか、と思った。

 

 自分の所為で、家族に銃をとらせてしまったと─────そんな気持ちを抱いたのだろうか。

 

「しっかし、今こんな事考えちゃいけないんでしょうけど、大丈夫なんすかね?あの()()は」

 

「…そこは俺達大人がしっかりして、おんぶに抱っこ状態にならない様─────は?()()?」

 

「そうっすよ。あの嬢ちゃんもそうっすけど、プラントの歌姫さんも坊主に惚れてる感じでしたぜ?」

 

「─────」

 

 ムウの中で、先程までとはまた違った意味で鬱屈した感情が湧き起こる。

 

 確かに、マードックの言う通りだ。

 これは所謂、三角関係という奴ではなかろうか?

 

「…弟さん、モテモテですぜ?」

 

「笑えねぇよ…」

 

 普通に、彼らの年齢らしい恋愛模様であればムウも微笑ましい気持ちで見守る事が出来ただろう。

 

 しかし現実は、片や戦場を共にする事で絆が結ばれた少女。片や敵対し合う組織、場所に位置しながら絆が結ばれた少女だ。

 

 ムウは何だそりゃ、と叫びたかった。

 我が弟ながら、何とも面倒臭く、そして複雑な三角関係を結んだものかと、天を仰ぎたくなった。

 

「…俺もメビウスで待機するよ」

 

「了解」

 

 口を突いて出そうになる複雑な気持ちを抑えながら、ムウは自身の愛機へと乗り込んでいく。

 

 そんないつもより小さく見えるムウの背中を眺めながら、マードックは予感した。

 

 ─────今のムウの気苦労とは比べ物にならない何かが、いつかムウを襲うかもしれない、なんて。

 

 過った予感を内心笑い飛ばしながら、マードックもまた自身の持ち場へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「修正起動、降角六.一、シータプラス三…」

 

「降下開始、機関四十パーセント、微速前進、四秒後に姿勢制御…」

 

「降下シークエンス、フェイズワン…大気圏突入限界点まで十分…」

 

 結局、何が出来るのか分からないまま、誘われる様にして辿り着いたのは艦橋だった。

 

 慌ただしく報告が入り混じる艦橋では、クルー達が必死にアークエンジェルの降下シークエンスが進められている。

 

「ユウ!?」

 

 艦橋へ入った俺に最初に気付いたのはサイだった。

 

 サイの驚いた声に反応して、一瞬クルー達の作業の手が止まる。

 それを感じてまずい、と直感した俺はすぐに艦橋を出ようと踵を返そうとする。

 

 何をしているんだ、俺は。ここに俺が来たって、邪魔にしかならないというのに。

 

「ユウ君!」

 

 艦橋を出ようとした俺を、ラミアス艦長の声が呼び止めた。

 

 すでにクルー達の動揺は収まり、作業が再開される中でゆっくりと振り返る。

 

 振り返った先で、ラミアス艦長は本当に驚いた顔をしていた。

 そういえば俺は、この人の中では艦を降りた事になっているんだった。

 そりゃ、降りて居なくなった筈の人間がここに来ればそりゃ驚く。

 

 特に、ラミアス艦長の驚きは他の人達よりも一入だろう。

 

「貴方、どうして─────」

 

「デュエル、バスター、イージス、先陣隊列を突破!」

 

 ラミアス艦長が俺に何かを問いかけようとした時、オペレーターの驚愕の叫びが響いた。

 

「メネラオスが交戦中!」

 

 続けて状況を告げられる。

 

 ラミアス艦長は何か言いたげにこちらを見遣ったが、すぐに艦長席へと戻っていく。

 

 それを見届けてから、皆の邪魔にならない様に端っこへ引っ込む。

 

 本当はとっとと出ていくべきなんだろうが、何も出来ず、何も知らないまま、ただ待つなんて我慢出来そうになった。

 それならせめて、状況を知れるここに居た方がよっぽど落ち着く事が出来そうだ。

 

『艦長、ギリギリまで俺達を出せ!あと何分ある!?』

 

 その時だった。モニターが開き、そこへパイロットスーツを着込み、ヘルメットを着用した兄さんの顔が映し出される。

 兄さんは言ってから、俺の顔を見て一瞬驚き目を見開いた。

 

 驚きの表情はすぐに収められ、目線はラミアス艦長の方へ向けられる。

 

「何をバカな─────俺、達…?」

 

 ラミアス艦長の声に途中から怪訝な調子が混じる。

 

 そこへ、更なる人物の通信が二人の会話に割り込んだ。

 

『カタログスペック上では、ストライクは単体でも降下可能です』

 

「キラさん!?」

 

 今度こそラミアス艦長の声に驚愕が混じる。

 

 ラミアス艦長だけではない。

 ここに居るクルー達全員が、俺が入って来た時同様に驚愕した。

 

 特にその驚きが深かったのは、フレイ達ヘリオポリス組だった。

 こんな筈ではなかったという当惑と、友達と離れなくて済んだという喜びが入り混じり、複雑な表情を一様に浮かべている。

 

「キラさん、貴女どうして…!」

 

『このままじゃメネラオスも危ないですよ!艦長!』

 

 キラの声にラミアス艦長はいよいよ決断を迫られた。

 

 しかし、彼女はすぐにその決断を下す事が出来ない。

 代わりに決断を下す人物が現れたのは、ほんの数秒、ラミアス艦長が逡巡した後だった。

 

「分かった!ただし、フェイズスリーまでには戻れ!」

 

 バジルール少尉はいつも通り、冷徹な口調でそう告げた。

 

「スペック上は大丈夫でも、やった人間はいないんだ。中がどうなるかは知らないぞ。高度とタイムには常に注意しろ!」

 

 続くバジルール少尉からの忠告に、キラは力強く『はい!』と返事を返した後、ふと俺へと視線を向けた。

 

「…頼む」

 

『うん。任せて』

 

 言葉は短く、されど思いは交わされた後、通信が切れる。

 

 再開される降下作業。

 そんな中、俺は艦橋の外で咲く炎の花を見つめる。

 

 本当ならば、今すぐにでもあの中へ飛び込んでいきたい。

 だが、それは出来ず、今はキラと兄さんに託すしかない。

 

「…大丈夫」

 

 小さく呟く。

 

 さっき、キラが俺に掛けてくれた一言を自分に言い聞かせながら、発進し飛び立っていくストライクを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し戻る。

 

 ユウがアークエンジェルの艦橋へ入った頃、戦場の優位性は大きくザフト側へと傾いていた。

 

 六機のジンを率いながら、ミゲルのジン・ハイマニューバがメビウスを次々に落としていく。

 四機のXナンバーもまた、それに負けじとメビウスを、戦艦を次々と沈めていく。

 

「足つきが降りる!?」

 

「この状況でだと!」

 

 激戦の中でヴェサリウスから届いたレーザー通信に、それぞれ驚愕の声を漏らす。

 

「させるかっ!」

 

 歯を食い縛りながら、シヴァで二機のメビウスを屠ってから、イザークがデュエルを駆って先頭へ躍り出る。

 

 密集するメビウス部隊目掛けて、ビームサーベルを片手に斬り込んでいく。

 

 それに続くのはイージスとバスター。

 

 デュエルが一瞬にして二機のメビウスを切り伏せてから、続けてイージスがビームライフルで残った一機を撃ち貫く。

 更に、彼らを行かせまいと続けざまにやって来るメビウスを、バスターが超高インパルス砲で一掃した。

 

 彼らの猛攻に退きながら駆逐艦が全砲門を開いて迎撃する。

 その後方からは、メネラオスの主砲が火を噴いた。

 

 だが、無数のミサイルもメネラオスの主砲も、彼らを止められない。

 

 駆逐艦は再度放たれたバスターの超高インパルス砲で沈められる。

 

 第一隊列、第二隊列共にイージス、デュエルは掻い潜り、バスターもまた二機に続く。

 

 三機の侵攻は何者にも止められない。

 デュエルが斬り込み、イージスが援護し、撃ち漏らした敵をバスターが仕留める。

 

「イザーク!左側から三機!」

 

「分かっている!俺に指図をするなぁっ!」

 

 アスランと言い合いながらも、イザークはビームサーベルでメビウスを一機斬り落とし、続けてシヴァで二機を沈める。

 その後方からやって来るメビウス部隊を、アスランがイージスをMA形態へ変形させ、スキュラで殲滅する。

 

「…お前ら、普段仲良くねぇ癖に、連携上手くね?」

 

 先を行く二機の背中を追い掛けるディアッカの呟きは、幸いにも二人の耳には届かなかった。

 特にイザークに聞こえていたら、戦闘中とか関係なく、さぞ喧しく説教されていた事だろう。

 

「っ、二人共!おいでなすったぜ!」

 

「あぁ」

 

「分かっている!」

 

 その時、三機のセンサーがアークエンジェルから発進した二機の存在を捉える。

 

 一機はメビウス・ゼロ。そして、もう一機は─────

 

「ストライク…!」

 

 イザークが怨念すら籠っていると錯覚させる程の低い声で、その名を呼ぶ。

 

「…キラ」

 

 アスランは、その機体に搭乗しているであろうパイロットの名を口にする。

 

 来てしまった。来てほしくはなかった。

 だがしかし、それでも敵として自分の前に立ちはだかるのなら。

 

「お前を撃つ」

 

「行くぞストライクっ!この傷の礼を、受け取れぇっ!!」

 

「そぉら!落ちな!」

 

 降下を続けるアークエンジェルを守るべく出撃した二機へ向かって、スラスターを吹かせる三機。

 

 眼前の二機がそれぞれ行動を起こす。

 メビウス・ゼロはガンバレルを分離させ、三機へ向けて接近させる。

 ストライクもまたビームライフルを取り出し、銃口をこちらへ向ける。

 

 放たれる弾丸とビーム砲。

 それらを掻い潜り、デュエルとイージスがビームサーベルを構え、バスターもライフルとランチャーを構える。

 

 直後、五機は入り混じりながら交錯し、直下の地球を見下ろしながら死闘は始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この回で低軌道戦を終わらせる予定だったのに…決着は次回に持ち越しです。


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PHASE24 燃え散る命






感想欄でも度々見られたシャトルの命運や如何に…?


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「重力に引かれてる…?くっ…!」

 

 キラは機体を方向転換しようとフットペダルを押したが、いつもと比べて足の裏に伝わってくる感覚が重い。

 

 その理由を即座に重力によるものだと判断、操縦系統を微調整してから改めてフットペダルを踏みこむ。

 

 眼前には三つの機影が確認できた。

 デュエル、バスター、そしてイージス。

 

 イージスに引かれそうになるキラの視線は、しかしデュエルの外観を見た途端そちらに引き寄せられる事となる。

 

「デュエル?装備が違う…!」

 

 記憶とは大きく異なった外観に戸惑うキラだが、すぐに気を引き締め直しライフルで狙撃を試みる。

 

「っ、速い!」

 

 見た目は重そうな装備だが、デュエルの運動性能に大きな恩恵を与えていた。

 ビームをあっさりとかわされると、あっという間にデュエルはストライクへと迫る。

 

 振り下ろされるビームサーベルを咄嗟にシールドで受け止めてから、キラはビームライフルをマウントしてビームサーベルへと持ち替える。

 

 デュエルもまた、ストライクの斬撃をシールドで受け止める。

 

 二機の斬撃のぶつかり合いがスパークを起こし、火花が散る。

 

「っ─────!」

 

 激しい一度目のぶつかり合いは、先にストライクが後退する事で終わりを迎える。

 

「アスランっ!余計な真似を!」

 

「言っている場合か!こいつらを地球に下ろす訳にはいかない!時間がないんだぞっ!?」

 

「…ちぃっ!」

 

 デュエルの眼前を、つまり先程までストライクがいた位置を、一条のビームが横切っていった。

 すぐに下手人を断じたイザークがアスランへ通信を通して一喝するも、返って来た正論に口を噤まざるを得なかった。

 

 アスランの言う通り、時間がない事は確かだ。

 屈辱を晴らすべく怒りに身を任せていたかに思えたイザークだったが、まだ状況を判断できる冷静さは残っていた。

 

「この前の様な足を引っ張る真似をしたら、承知せんぞ!」

 

「…あぁ、分かっている」

 

 言い合いながら、ストライクから放たれるビームをそれぞれの方向へと躱す。

 

 躱しながら、アスランは機体の動きが普段より鈍い事を自覚していた。

 キラと同じように機体が重力に引かれていると悟り、デュエルとストライクがビームを撃ち合っている間に操縦系統を微調整してから、アスランもまた仕切り直す。

 

『あの艦には、守りたい人が…友達が乗ってる!アスランがあの艦を落とすつもりなら、私は─────!』

 

 いつか、キラがアスランへ言った言葉だ。

 

 キラがアスランと別れたあの日から、彼女は良い交友関係に恵まれたのだろう。

 優しい筈の彼女が銃を手に取ると決めるに至る程の、友達が。

 一方のアスランは─────いや、そこを比べる必要はないのだ。

 キラにはキラの、そしてアスランにはアスランの戦う理由がある。

 

 それに─────キラ程ではないにしても、アスランにも大切に思える関係はある。

 普段はいがみ合うばかりの関係であるイザークとて、目の前で死んでほしくないとは思っている。

 

 デュエルによるビームライフルとシヴァの連射を掻い潜りながら、ライフルによる反撃。

 そして放たれたビームをシールドで防ぎ、動きが止まったデュエルへと接近していくストライク。

 

「やらせないぞ、キラ!」

 

 それに対し、アスランはストライクの動きを止めるべくビームライフルの引き金を引く。

 

 ストライクは動きを変えてイージスのビームを躱す。

 その間にビームライフルをマウントし、ビームサーベルを出力したイージスがストライクへと迫る。

 

「アスランッ!」

 

「そこをどけ─────と言っても、聞かないんだろう?なら、ここでお前を撃つっ!」

 

「…前も言ったよ。私の大切な人達を殺すつもりなら、私も君をっ!」

 

 ストライクもまたライフルをマウント、背中の鞘からサーベルを抜き、イージスへと斬りかかる。

 

 二機は互いの斬撃をぶつけ合いながら交錯。

 

 間合いを見計らい、再度交錯。

 直後、イージスが左足のサーベルを出力し、すれ違いざまにストライク目掛けて振り上げる。

 

「っ─────!」

 

 その前にキラが機体を動かす。

 辛うじてイージスの斬撃を回避したストライクは、足を振り上げた状態のイージスに向かってスラスターを吹かせる。

 

 それに対し、すぐさま機体の体勢を整えたアスランは、シールドを構えてストライクを迎え撃つ。

 

 再度衝突。

 したかに思えば、弾かれるように互いが距離を取る。

 

「アスランッ!えぇいっ、鬱陶しいんだよ!」

 

「お前の相手は俺だ!行かせるかよっ!」

 

 激しい攻防を繰り広げる二機を見て、ディアッカが援護へ向かおうとするも、ムウが巧みにガンバレルを操りバスターの進路を妨害。

 

「っガモフ!?ゼルマン艦長、何を─────!?」

 

 その一方、ストライクとイージスの攻防を少し離れた箇所で見つめ、介入の隙を窺っていたイザークが、艦隊の戦列の内側へ入り込み、なおもメネラオスに向けて突っ込んでいくガモフの存在に一番に気付く。

 

 そして、デュエルとの通信を通し、アスランとディアッカもまた、合間を置かずにガモフに気付いた。

 

「メネラオスがっ!?」

 

「くそぉっ!」

 

 

 メネラオスに迫るガモフに気付いたのは、キラ達もまた同じだった。

 

 二人共、それぞれの交戦の相手を振り切り援護へ向かおうとする。

 

 しかし─────

 

「デュエル!?」

 

「くそっ!あいつ!」

 

 その前に、現時点で戦闘行動を起こしていなかったデュエルが真っ先にガモフの援護へと向かう。

 慌てて二人もメネラオスを救うべく機体を進ませようとする。

 

 が、

 

「行かせないぞ、キラっ!」

 

「つれないじゃないの。途中で逃げ出そうなんてさぁっ!」

 

 その前にイージスとバスターが立ちはだかる。

 

「アスラン…っ!」

 

「邪魔なんだよっ!道を開けろぉっ!」

 

 ストライクとイージスが再度衝突。

 そして、メビウス・ゼロのガンバレルがバスターに向けて展開される。

 

 ガモフの思わぬ突貫によって一瞬空いた空白は、再び激しい戦闘の火花に埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何をしている、イザーク!とっとと戻らんかっ!』

 

「ゼルマン艦長、何を!?」

 

『我らは何としてもここで、足つきを落とさねばならんのだ!分かっているのか!?』

 

「分かっています!しかし!」

 

『ならば!貴様のすべき事は何か、ハッキリしている筈だ!』

 

 四機による戦闘宙域から離れ、ガモフの援護へと機体を向かわせていたイザークの耳に、ガモフの艦長であるゼルマンの喝が入る。

 

 彼の言う通り、足つきをここで落とさねば、ここまでの絶好の機会が次に訪れるとも限らない。

 

 イザークとてそれは分かっていた。

 だが…それでも、イザークの若い心は未だ非情になり切れずにいた。

 

『ゆけっ、イザーク!足つきとストライクを落とせっ!これは命令だ!』

 

「っ…!くっそぉぉぉおおおおおおおっ!」

 

 涙を堪え、機体を反転させる。

 

 割り切っていた筈だった。

 これは戦争で、いつか、身近な誰かが死ぬかもしれない。

 それでも戦い続けると、ザフトの軍人として決意を固めていた筈だった。

 

 初めての出撃から、近くで見守っていてくれた存在が今、背後で炎を噴き上げながら沈んでいく。

 

 敵の旗艦と刺し違え、自分達の道を開いてから、大気の中へと引き摺り込まれていく。

 

 イザークの胸にもう迷いはなかった。

 

 イージスと交錯を繰り返すストライクへ狙いを定め、ライフルとシヴァを同時に連射。

 

 デュエルの接近に気付いたストライクがメインカメラを向けたと同時にその場から離れ、砲撃を避ける。

 

「落ちろぉっ!お前は、ここで、俺がっ!」

 

 砲撃を避け、後退していくストライクへ向けて、イージスと入れ替わる形で突っ込んでいくデュエル。

 

 ライフルをマウントし、サーベルを抜いてストライクへと斬りかかっていく。

 

 機体の動きが重い。

 だが、関係はない。

 スペック上、単独でも大気圏を突破できるのだから、このまま戦闘を続けても問題はない。

 

 眼下に迫る青い星を気にも留めず、イザークはただ、目の前の仇敵を討つべく刃を振るうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦長!フェイズスリー、突入限界点まで二分を切ります!融除剤ジェル、展開用意!」

 

「ゼロとストライクを呼び戻せ!」

 

 降下シークエンスはいよいよ佳境を迎えていた。

 オペレーターからの報告に反応し、バジルール少尉が声を上げる。

 

 そんな中で、俺はモニターから目線を離せずにいた。

 

 モニターには満身創痍の二隻の艦が、装甲を大気との摩擦で焼かれながらもなお、互いを撃ち合うのを止めずにいる様子が映し出されていた。

 

 不意にガモフの内部が爆発し、連鎖的に誘爆が起こり始める。

 その一方で、メネラオスはまだ辛うじて持ちこたえていた。

 だがそれもそうは持たないだろう。

 

 激しい戦闘による被弾の連続で装甲は殆ど意味をなさないまでに傷がつき、大気の熱によってなおも傷つき続ける。

 離脱をしようにもエンジンは機能せず、重力から抜け出す事は叶わない。

 

「─────」

 

 ふと、メネラオスの近くで小さな光を見た。

 

 それがヘリオポリスの避難民を乗せたシャトルだと、すぐに分かった。

 

「キラ!キラ、戻って!」

 

「ストライクとの通信は!?」

 

「駄目、繋がらない!」

 

 背後で必死にキラへ呼び掛けるミリアリアへ状況を確認するも、返答は予想通りのものだった。

 ストライクとの通信は途絶状態で、行き交う報告の声で搔き消されながらも、微かにノイズの音が耳に届く。

 

「メビウス・ゼロ着艦!」

 

「フェイズスリー!融除剤ジェル展開!」

 

「艦、大気圏突入!」

 

 緊張で上擦った声による報告が続けざまに飛ぶ。

 

「キラ…!」

 

 せめて…せめて、通信で呼び掛ける事が出来れば。

 何か少しでも、キラに力を貸す事が出来たかもしれないのに。

 

 胸に込み上げる無力感を抱えながら、イージスとデュエルを相手に必死に立ち回るストライクを、モニターを通して見守る事しか、今の俺には出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ち込まれるデュエルの斬撃をシールドで受け、力一杯押し返す。

 跳ね飛ばされながらもデュエルはライフルを撃ち、キラは機体を退かせながらもライフルを撃ち返す。

 

 本当ならば、相手に狙いを捕捉されないように動き回りたい所なのだが、重力の影響は先程よりも重く、機体はもう思う様に動いてくれない。

 

 今すぐにでも離脱すべきだ。

 キラも、敵も。

 それでもなお、デュエルは執拗にストライクに追い縋り続ける。

 

「しつ、こいっ!」

 

 ライフルを撃ちながら突っ込んでくるデュエルに、キラもまた機体を相手に向けて進ませる。

 

 ビームを機体を傾ける事で回避しながら、シールドでデュエルのライフルを払いのけ、相手が体勢を崩した隙に回し蹴りを喰らわせ地表へ向けて蹴り飛ばす。

 

 大きく後退を余儀なくされたデュエルを見て、この隙にとキラは離脱しようとする。

 

 しかし離脱しようとしたストライクの目の前に、今度はイージスが現れる。

 

「キラっ!」

 

「アスラン…!」

 

 イージスの右腕部から出力されたビームサーベルが振り下ろされ、それに対してキラはシールドを掲げる。

 一方のキラも、ストライク背部の鞘からビームサーベルを抜き放ち、振り下ろす。

 

 振り下ろされる斬撃を舞う様にひらりと躱したイージスは、スラスターを吹かせ再びストライクへと迫る。

 

 対するストライクもまた、迫るイージスへとサーベルとシールドを構え接近。

 

 斬撃とシールドをぶつけ合いながら、一度、二度、三度と交錯。

 

「はぁっ…、はぁっ…!」

 

 大気圏という灼熱の世界は、機体の中にまで影響を及ぼし始めていた。

 

 パイロットであるキラの額からは汗が滲み、激しい戦闘による疲労も相まって、いよいよキラの呼吸が乱れ始める。

 

 それでも、キラはイージスを─────敵を見据える。

 

「まだ…私はっ!」

 

 戦える─────。

 

 体はきついが、それは相手も、アスランも同じ筈だ。

 昔から身体能力お化けで、体力も人外染みていたアスランも、本当は人間─────の、筈。

 この温度はアスランだって、相当に辛い筈なのだ。

 

 途切れそうになる集中の糸を必死に繋ぎ止めながら、キラは再度機体のスラスターを吹かせようとして────視界の端を横切ったものに動きを止めた。

 

「あれは…!」

 

 それはメネラオスのシャトルだった。

 本来ならキラ自身もその中にいた筈の、ヘリオポリスからの避難民が乗っているシャトル。

 それが偶然、ストライクとイージスの戦闘宙域へと彷徨い込んだのだ。

 

「っ─────!」

 

 シャトルの向こう側、ライフルを構えるデュエルを見つけたのはほんの偶然であり、奇跡に等しい事だった。

 そして銃口が向けられている先が自分ではなく、シャトルである事に気づいた事も、また─────。

 

「ダメ─────っ!それには…っ!」

 

 ビームが撃たれる。

 

 キラは必死に手を伸ばす。

 

 その先で、無情にも、シャトルはビームに貫かれた。

 

「あ─────」

 

 キラの目の前で爆散するシャトル。

 

 爆発によって煽られる機体。

 

 その中で、キラは叫び続けた。

 

 守りたかった、大切な人達。

 たった数度話しただけの、それでも、戦い続けたキラへ真っすぐにお礼を言ってくれた唯一の人。

 

 守る事が出来たのだという確信は、ただの幻影で。

 

 気付けば、すでにそこには何もなく。

 

 やがて叫び声が途切れたコックピット内部で、擦れた声が微かに響いた。

 

「ユウ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キラ…!」

 

 イージス、デュエルとの激しい死闘の果てで、キラの目の前で爆散したシャトル。

 

 その光景を目の当たりにした今のキラの心境は、想像に難くない。

 

 が、今はそれ処ではない。キラの心境も心配だが、それ以上に彼女の身体そのものが現在進行形で危険に晒されている。

 

「本艦とストライク、突入角に差異!このままでは降下地点が大きくずれます!」

 

「キラ!キラ、戻れないの!?艦に戻って!お願い!」

 

 フレイが必死で呼び掛けを始める。

 

「無理だ…。ストライクの推力では、もう…」

 

 バジルール少尉が沈痛な面持ちで呟く。

 その呟きは艦橋中に響き、やがて沈黙が漂った。

 

 モニターには重力に引かれて落ちていくストライクが映し出されている。

 今更、ストライクを収容する事は出来ない。

 今ハッチを開けば高温の大気で内部を焼かれるか、降下姿勢を保つ事が出来なくなるかのどちらかだ。

 

 それ以前に、アークエンジェルとストライクの位置が離れ、ストライクもこちらに戻れないとなれば収容も何もない。

 

 それでも─────

 

「アークエンジェルのスラスターなら、まだ使える筈だ!」

 

 キラを見捨てるつもりなど、更々ない。

 

「艦をストライクに寄せれば、キラは戻って来れる!」

 

「そんな事をすれば艦の降下地点もずれるんだぞ!それを分かって…」

 

「分かった上で言っている!アラスカへこの艦と壊れたスピリットだけで戻る気か!?」

 

 バジルール少尉がこちらへ顔を覗かせながら怒鳴るのに対し、こちらも視線に力を込め、真っ直ぐ見返しながら返答する。

 

 再度流れ始めた沈黙。

 それを破ったのは、ラミアス艦長だった。

 

「ユウ君の言う通りよ。ストライクを失えばそれは大きな損失となるわ。すぐに艦を寄せて!」

 

 ラミアス艦長の命令に従い、ノイマンが艦を動かす。

 

 スラスターが吹かれ、ゆっくりとだが艦がストライクへと近付いていくのを確かめてから、俺は大きく息を吐いた。

 

 とりあえず、これで一段落はついた。

 キラは無事…とは言い難いかもしれないが、とにかく生きて戻って来る事は確かだ。

 

 しかし、安心するのは少し早いかもしれない。

 

「ただちに降下予定地点を算出して!」

 

「少し待ってください、本艦の降下予定地点は─────アフリカ北部ですっ!北緯二十九度、東経十八度!完全に、ザフトの勢力圏内です!」

 

 原作から外れた事が多く起こりながらも、結局辿り着く先は原作通りとなってしまった。

 

 次の敵は─────砂漠の虎、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いや、迷ったんですけどね?でもやっぱ、ガンダムSEEDを原作としてる以上、キャラを曇らせてなんぼというか…ね?
という事でさようなら、シャトル…。キラちゃん曇らせの糧となってくれ…。
大丈夫。曇らせた分だけ後々キラちゃんは強くなる(多分)から、君の犠牲は無駄じゃないよ…。

そしてようやく地球降下まで来れました。
いや…話数掛かり過ぎな?どんだけ掛けてんだワレェ…。

という事で、次回から砂漠編です。


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PHASE25 目覚めの夜明け

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マニュアルは見たけど、なかなか楽しそうな機体だねぇ…。しかし、ストライカーパックもつけられますって、俺は宅配便かぁ?」

 

 アークエンジェルのカタパルトデッキにて、ムウがやれやれと肩を竦めながら言う。

 

 その視線の先には、ワイヤーで固定された流線型の機体があった。

 

 ()()()()()()()()─────アークエンジェルとストライクの支援用に制作された、地上型の戦闘機だ。

 ストライクのパワーパックを搭載できるこの機体は、そのままストライカーパックの火力を使用する事も可能だが、電力消費の激しいストライクに素早く新しいバッテリーパックを届けるという役割も負っている。

 

「で?これがハルバートン提督が用意した、スピリットの補修案って訳か」

 

 スカイグラスパーをじっくりと眺めたムウが、今度はその隣で固定された、かなり複雑な構造をした兵装へと視線を遣る。

 

「元々ストライクのパワーパックとして用意されてたらしいんすけどねぇ。ま、でもこれでまた大尉…じゃねぇや。少佐の弟君も出撃できる様になりゃ、心強いってもんですよ」

 

 そんなムウへと近寄り、同じく兵装を見上げながらマードックが言う。

 近寄って来るマードックを横目で見遣ってから、再び視線を戻したムウが口を開いた。

 

「…I.W.S.P.か。だが、時間が掛かるんだろう?」

 

「そりゃぁ、ね」

 

 I.W.S.P.─────マードックの言う通り、元々はストライクのパワーパックとして製造されたものだが、急遽スピリットの装備としてアークエンジェルへ運搬された兵装だ。

 正式名称は統合兵装ストライカーパック─────Integrated Weapons Striker Pack─────略してI.W.S.P.としている。

 

 三種類のストライカーパック─────エールの機動性、ソードの格闘能力、ランチャーの火力を一つのパワーパックに統合する目的で制作された。

 しかし、パック本体のデッドウェイトによる姿勢制御の悪化に加え、兵装と制御用電装系の重装備化による消費電力の増加の為、バッテリー消費量の問題をクリアできず、制作こそされたものの、当初のスピリットと同じようにロールアウトされる予定ではなかった。

 

 ユウ・ラ・フラガという、スピリットの性能を過不足なく発揮できるパイロットが現れるまでは。

 

 本来はストライク専用の装備であるが故に、スピリットへの搭載にはムウが言ったように多少時間が掛かるが、もしこの兵装をユウが大いに発揮する事が出来れば、それは大きな戦力となるだろう。

 

 それが軍人として頼もしく思うのと同時に、一人の兄としては弟を頼りにせざるを得ない自身の弱さを情けなくも感じてしまうのだった。

 

「弟さんといやぁ、あれから嬢ちゃんの所に付きっ切りらしいじゃないすか」

 

 ムウが胸中複雑な感情を抱いていると、不意にマードックがそんな事を口にした。

 

 嬢ちゃん─────キラの事だ。

 

 低軌道での戦闘を終え、大きく予定降下地点からずれる形で地上へと降り立ったアークエンジェルは、すぐさまストライクを収容した。

 

 直後、格納庫へと現れたユウはすぐさまストライクへと駆け寄り、大気圏から脱出したばかりで未だ装甲に熱を持つにも関わらず、素手でハッチ外側の装置を操作してコックピットを開けると、中からキラを連れ出した。

 駆け寄る医療班を無視して、キラを抱えたままユウは医務室へと直行。

 その後はキラの介抱を、付きっ切りで行っているという状態だ。

 

「…あいつがあそこまで入れ込むとはなぁ」

 

「…兄としては複雑ですかい?」

 

「バッカ。むしろ安心したくらいだよ。…あのクラインの嬢ちゃんとの事もあるから、別の意味でヤバい気はしてるが」

 

 まだ十五歳と言えば聞こえはいいが、初恋の一つしてても可笑しくはない年齢だ。

 が、ユウはそんな素振りを全くもって見せず、ましてや異性どころか同性の友人すら居たかどうかムウには分からない。

 少なくとも、ユウと同年代の友人をムウは見た事がなかった。

 

 だからこそ、ヘリオポリスで再会してからのユウの姿は、一人の兄として喜ばしいものではあった。

 トールやサイ、カズイといった同性の友人ができ、更にフレイやミリアリアとも親しくなった。

 

 そしてキラとラクス。彼女達との関係をただの友人と片付けていいものか、ムウには分からないが─────とにかく、友人と共に笑い合うユウの姿は、とても微笑ましく思えるものだった。

 

 しかし同時に、若くして三角関係を勃発させるのはどうかとも思うのだ。

 あんなにも外見麗しく、優しい心を持つ少女達から好意を寄せられるなんて、うらやま─────もといけしからん。

 自分の前にも、あんな風に自分の事を想ってくれる女性が現れてくれやしないかと、そんな風に考えてしまうムウである。

 

「…さてと、世間話をしてる場合じゃなかったな。あんたもとっととスピリットの整備を終わらせてくれ。何だったら今日中に終わらせてくれてもいいんだぞ?」

 

「冗談やめてくだせぇ。数日は掛かりますって」

 

 現在、アークエンジェルの位置はサハラ以北にて広がる国家連合()()()()()()()の中にある。

 アフリカ共同体は親プラントを表明した国家連合で、ザフト軍が手中としている地域の一つだ。

 

 つまり、アークエンジェルはまさに敵陣の真っ只中に、単独で放り出された状態なのだ。

 

 友軍に助けを求めようにも、Nジャマーの影響で常に電波がかく乱されており、更新して情報を得る事さえ叶わない。

 ケンブリッジの大学より発表された、Nジャマーの影響を受けない通信機も、未だ軍内で配備が広まっていない上に、発表よりも先に完成したアークエンジェルには勿論、そんな便利な通信機は搭載されていない。

 

 誰も口には出さず、不安な態度も出さないが、いつ敵に襲われても可笑しくない状況なのだ。

 

「(何とか無理やり休ませたが…、起きてきたらまた少し話した方が良いかもな)」

 

 スピリットの補修作業へと戻るマードックの背中を見送りながら、ムウは疲労困憊の色を宿したマリューの顔を思い出す。

 ムウが格納庫へ来る前、艦長室にて今後のアークエンジェルの針路について、彼はマリューと話をしていた。

 その時の彼女の表情はまあ暗く、とても他クルー達の前に出していいものとはお世辞にも思えなかった程だ。

 

 気持ちはムウにも分かる。

 アークエンジェルのクルーは、ムウを除けばほとんどが実戦経験もない下士官か兵卒だ。

 それらを纏める艦長であるマリューもまた、果たして経験豊富かといえばそうではなく、更にまだ二十六歳と若い。

 それに加えて、ユウやキラといった民間人を前線へ送り込むしかないという状況が、優しい彼女を追い詰める一つの要因となってしまっていた。

 

 二人で行ったブリーフィングの際、時折マリューが気遣わし気に視線を自身に向けていた事にムウは気付いていた。

 その視線の理由が、今後もムウの弟を前線へと送り出す事への罪悪感によるものだという事にも。

 

 故に、ムウは近い内に改めて、マリューと腰を据えて話し合う事を決意する。

 ユウの事に関しては、ユウ自身が決断した事なのだから気にしなくていいのだと。

 現状を一人で背負い込まず、もっと周りに頼ってもいいのだと。

 

「…さて、と。俺も作業を続けるとしますかね」

 

 とはいえムウ自身、まだまだやるべき事が残っている。

 目下最優先事項は、受領したスカイグラスパーをすぐにでも出撃可能な状態に仕上げておく。

 

 繰り返すが、現在この艦はいつ敵から襲撃されても可笑しくない。

 その時、出撃できるのがストライク一機のみというのはあまりに心許ない。

 

 ムウは一旦思考から他人の気遣いを打ち消し、スカイグラスパーの整備に集中する。

 他人を気にするのは良いが、それは自分以上に優先するべき事ではない。

 

 本来、そうあるべき事なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからさ、感染症の熱じゃないし、内臓にも特に問題ない。今はとにかく水分を摂らせて、体を冷やすくらいしか出来ないんだよ」

 

 医務室の診察スペースにて、軍医がトールやサイ達に説明している。

 それが誰の事を言っているのかは、言うまでもなく分かるだろう。

 

 大気圏をモビルスーツで単独突破という、誰が聞いても笑い飛ばす嘘のような事を実行し、現在医務室のベッドで高熱に苦しんでいるキラ。

 

「熱、下がらないわね…」

 

「キラ…」

 

 不安げに呟くフレイとミリアリア。

 彼女らの呟きを背後に聞きながら、キラの顔一杯に浮かんだ汗を拭く。

 

「心配いらんよ。コーディネイターってのは、見た目俺達と同じに見えても、中身の性能は全然違うんだぜ?…俺としてはむしろ、君の()()の方が心配なくらいさ」

 

 トール達に説明をしていた筈の軍医が不意に、俺の方へと視線を向ける。

 それに続く形でトール達が、そして背後のフレイとミリアリアもまた、俺の背中へと視線を向けたのを感じた。

 

「大気圏を通り抜けたモビルスーツに素手で触るなんて、無茶な事するもんだよ…。本当なら、そのタオルだって触ってほしくないものだがね」

 

 現在、医務室のベッドで横になっているキラだが、そのキラをここまで運んだのは俺だ。

 アークエンジェルに収容されたばかりのストライクを操作して、開いたコックピットからキラを引っ張り出し、そのままここへ連れて来た。

 

 …我ながら、この人の言う通り無茶な事をしたもんだ。

 あの時、ストライクの周りには医療班だっていたんだし、彼らに任せておけば良いものを。

 

 それでも─────あの中でキラが苦しんでいるのだと思うと、ジッとしていられなかった。

 

「ユウ。代わるから、少し休んだ方が良いわ」

 

「そうよ。ずっと付きっ切りだし、火傷の事もあるし…」

 

「…いや。皆は艦の仕事があるだろ?俺はこの手じゃ整備を手伝う事も出来ないし…、他に出来る事がないからさ」

 

 声を掛けてくれるフレイとミリアリアを制する。

 

 事実、彼女達はやるべき艦の仕事が残っているが、俺の方はというと出来る事がない。

 無茶して何かやろうとすれば、軍医に睨まれるし…、苦笑いしながらそう言うと、二人の背後で座っている軍医が当然と言わんばかりに頷いていた。

 

「だから、キラの事は俺に任せてくれ。目が覚めたら報せるからさ」

 

「…分かった。でも、無理はするなよ」

 

 そう言う俺に、サイが柔らかく笑みを浮かべながら返す。

 

 原作では地球に降下後、色々とキラやフレイとの関係を拗らせてしまったサイだが、本来は他人を思い遣れる優しい心の持ち主ではある。

 自身とキラとの能力の差や、それに加えてキラへ近寄ろうとするフレイとの事もあり、暗い妬みの気持ちが爆発してしまっていたが─────この世界ではそんな事はないだろう。

 前者はともかく、後者に関してはキラもフレイも女子だしな。

 

 …百合なんて事になれば、それは大変だろうが。

 そうはならないと、俺には願う事しか出来ない。

 

 サイがそう言い残し、彼らは医務室を去って艦の仕事へ戻っていく。

 

「さて…。俺はそろそろ休ませて貰うが、君はどうする?」

 

 軍医が不意にそう口にしたのは、サイ達が医務室を出ていってから数時間くらい経った頃だろうか。

 

 キラの顔を一杯に濡らしていた汗が落ち着きを見せ、熱も当初と比べてかなり下がっている。

 

「俺はもう少し残ります」

 

 これならばもう心配はいらないだろうが、キラが目を覚ました時に他に誰もいなければ、不安に思うかもしれない。

 そう考え、残るという選択をとる。

 

 軍医は一言、そうかい、と言い残してから、最後に軽く俺達へ向けて手を上げてから医務室を出ていく。

 

 これで残されたのは、俺とキラの二人だけとなった。

 

 時刻は五時を回り、外では日が顔を出している頃だろうか、なんて考えながらふと穏やかな寝顔を浮かべるキラを眺める。

 

「…なあ、キラ。お前、あれはどういうつもりだったんだ?」

 

 近くに軍医やトール達が居た時には思い出す事もなかったのに、キラと二人きりになった今、突然思い出すようになったのは何故だろう。

 

 低軌道戦にキラが出撃する前に交わしたやり取り。

 キラと交わした口づけを、何故か今になって思い出す。

 

 あれは一体、何だったのか。

 あの時はそれ処じゃなく、なるべく考えないようにしていたが、今こうして落ち着いた時間となるとどうしても考えてしまう。

 

 一体キラは、どういうつもりであの行動をしたのだろう?

 

 ─────いや、どういうつもりも何もない。見て見ぬフリなど出来ない。

 

 もしかしたら、キラは俺の事を─────

 

「─────んん…」

 

「っ、キラ?」

 

「…ゆ、う?」

 

 思考に沈みかけた意識が、不意に聞こえてきた声によって引き上げられる。

 

 顔を上げ、視線を向けた先ではキラの目がゆっくりと開かれ、やがて視線がこちらに向けられた。

 

 ぼんやりと開いただけだった目に少しずつ力が宿り、アメジストの瞳に確かに俺が映される。

 

 地球へ降下してから十数時間、ようやく目を覚ましたキラの姿に、俺は安堵の息を漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE26 受け入れられる想い






本日二話目です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、キラ、気が付いたの?」

 

 ミリアリアが声を弾ませ、その隣に座るトールもまた、表情を綻ばせる。

 

 二人の正面に座るサイとカズイもまた、彼らと同じように明るい表情を浮かべて安堵した様子だった。

 

 キラの意識が戻った─────その報告は、直前まで医務室でキラを看ていたユウから始まり、すでに艦中に知れ渡りつつあった。

 つい先程まで艦の仕事をして、ようやく休憩にありつけた彼らはそこで初めて、キラの容態の情報を耳に入れる事が出来たのだった。

 

「うん。もう大丈夫らしいって、自分の部屋に戻ってる。食事はフレイが持ってったけど…あ、戻って来た」

 

 食堂の入り口に目をやったサイが、食堂へと入って来るフレイの姿に気付く。

 空のお盆を二枚持って来たフレイも、食事をとるサイ達に気が付き彼らへと近付いていく。

 

「フレイ、キラの様子はどう?」

 

「もうホントに大丈夫みたい。食事もとったし…、先生には今日一日安静にしてろって言われたらしいけど」

 

 フレイに声を掛けたミリアリアへ返事をしてから、フレイは空のお盆を厨房へと返す。

 

「…フレイ、どうした?」

 

 そんなフレイの背中が微かに震えている事に最初に気付いたのは、サイだった。

 

 フレイはサイの問い掛けに答えない。

 彼女の様子を怪訝に感じたサイが、一度食事を中断して席から立ち上がり、フレイへ歩み寄る。

 

「フレイ、何かあった─────」

 

 何かあったのか、そう問い掛けようとしてフレイの顔を覗き込んで、サイは言葉に詰まった。

 

「…よかった」

 

 フレイの目からは、一筋に涙が零れていた。

 

「キラがコーディネイターで、本当によかった…」

 

 彼女は安堵の言葉を漏らしながら、涙を流していた。

 

 その言葉の意味を、大気圏にてストライクのコックピット内がどうなっていたのか、軍医の口から聞いていた彼らはすぐに分かった。

 

 もし、キラがナチュラルであったなら、今頃キラは死んでいただろう。

 そうではなかったからキラは生き延び、今は元気にしているのだ。

 

 現在、ナチュラルとコーディネイター間で行われている戦争。

 両者の関係は冷たいものとなっており、特にフレイに関しては父親がその中でも特に反コーディネイターの感情が強いブルーコスモスの一員だった。

 だが、にも関わらずフレイはコーディネイターであっても区別せず、他の人達と分け隔てなくどころかそれ以上に親しい友人として接していたキラの生存を、心の底から安堵している。

 

「…そうだな」

 

 その優しさに、胸に温かいものが溢れるのを感じながら、サイはフレイの身体に手を回して引き寄せた。

 

 本当に、フレイは優しい女の子だ。

 互いの親同士が決めた事ではあるが、初めて会った時からフレイに対して好印象を抱いていたサイ。

 だが今になって、心の底からこう思う。

 

 この優しい女の子と一緒に生きていけたら、どれだけ幸せだろう─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────忘れ去りたかった。こんな記憶、深い眠りの果てに跡形もなく消えて欲しかった。

 

 無残な爆発の記憶は、キラの脳裏にハッキリと刻まれていた。

 

 デュエルのライフルが貫いたシャトル。

 バラバラに砕け散り、大気に焼かれて燃え尽きていく機体。

 あの中に、あの子は居た。

 

『今まで守ってくれて、ありがとう』

 

 一体誰が、置いていったのか。

 医務室で意識を取り戻したキラが自室へと戻った時、デスクの上に置かれた折り紙の花を見て、眠りから覚めたばかりで呆けていたキラの頭の中は、否応なしに覚醒させられた。

 

「っ─────!」

 

 眼前の白い壁を、両手の拳を握りしめて叩く。

 

 熱が引いたばかりで重い体。無理やり悪夢を思い出させられ、最悪な気分。

 どちらも、もう一度眠った程度ではどうにもならなかった。

 

 病み上がりでシャワーなど本当は体に悪いのだろうが、少しでも気分を晴らしたいと、キラはシャワー室へ入った。

 

 しかし、キラの肢体に当たるシャワーは汗こそ流しても、やはり脳裏に刻まれた悪夢までは流してはくれなかった。

 

 ふと、鏡に映る自分の姿を見る。

 傷一つない白い肌が、お湯の温度に当てられて微かに紅潮している。

 よく、フレイやミリアリアは自分の肌を綺麗な肌だと褒めてくれた。

 自分の身体を見て、スタイルが良いと褒めてくれた。

 

 今のキラには、彼女達が褒めてくれたこの体が、どうしようもなく汚れて見えていた。

 

 ─────こんな汚らわしい自分は、消えてなくなってしまえば良かったのに。

 

 結局気分は晴れないままシャワーから上がり、バスタオルで体を拭く。

 

 体の水気を拭き取ってから、キラはハンガーに掛けられた軍服を身に纏う。

 控えめなノックの音がしたのは、その直後だった。

 

 扉が開く音がして振り向き、部屋の中へと入って来るユウの姿を見て、キラは体を硬直させた。

 

「…シャワー浴びたのか。大丈夫か?」

 

 まだ乾かず濡れたままの髪を見て分かったのだろう。

 優しく声を掛けて来たユウから思わず、視線を逸らす。

 

 それは、シャワーを浴びたばかりで無防備な自分の姿を見られたから─────ではない。

 

 守りたかったものを守れず、悪夢に溺れ、どうしようもなく汚れている─────そんな自分の姿をユウに見て欲しくない。

 そんな自身に対する嫌悪感から出た行動だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラが目を覚ましてからすぐ、軍医を叩き起こして医務室へと連れて行き、彼女の容態を確かめさせた。

 部屋へ戻る許可を軍医から貰ってから、キラを一度自室へと戻らせ休ませてから、俺も自室へ戻って体を休ませる。

 

 次に目が覚めた時には昼時を過ぎており、流石に寝すぎたと慌てて飛び起きた。

 すぐにシャワーを浴びて汗を流し、身支度を整えてから、俺はキラはどうしているだろうと思い立ち自室を出た。

 

 まさかとは思うが、休まないままストライクの整備なんてしていないだろうな、という疑念もありキラの部屋へ直行。

 ノックをした後、部屋に入りシャワー上がりのキラと対面したのだった。

 

 …服を着ていて良かったと、心の底から安堵した。

 髪がまだ濡れている事から、上がったばかりだったのだろう。もう少し俺が来るのが早ければ、危うく─────そう思うと背筋に冷たい汗が流れた。

 

 こ、今度から気をつけよう。

 ノックをしてすぐに部屋に入るのではなく、ちゃんと中から返事がするのを待ってから入る。

 次からはそう心がけるとしよう。

 

「シャワー浴びたのか。大丈夫か?」

 

 シャワーを浴びたのは俺も同じだが、俺とキラの今の状態は違う。

 何しろ、キラは病み上がりだ。あれだけの高熱、下がったとはいえ、まだその影響は残っている筈だ。

 

「う、うん」

 

「…?」

 

 何故か気まずそうに俺から視線を逸らすキラ。

 

 その理由として真っ先に思い当たったのは、あの時のキスについてだったが、どうもキラの様子からそうではないらしい。

 

 ─────嫌悪、か?何に?

 

 逸らされたキラの顔に浮かぶ感情が嫌悪のものであると悟った俺は、次にキラは一体何に嫌悪を現しているのかと考えを巡らせる。

 

 …まさか、返事を待たずに部屋に入られたのが相当嫌だったのではなかろうか?

 なんて考えに至った時だった。俺は部屋のデスクの上に置かれた、折り紙の花を見つける。

 

「…これ」

 

「─────」

 

 折り紙の花を指でつまみ、持ち上げる。

 途端、キラの表情が凍り付いた。

 

 …そうだ。この花は、ヘリオポリスの避難民の一人だった少女から、戦ったキラへのお礼として渡されたもの。

 

「…うぅ、あぁっ」

 

「っ、キラ!」

 

 嗚咽と共に、キラの膝が崩れ落ちる。

 すぐに駆け寄ると、キラはゆっくりと顔を上げて俺を見て…そして次に、俺の手に握られた折り紙の花に視線を向けた。

 

「私…私…っ、あの子を、守れなかった…!」

 

 キラは折り紙の花へ手を伸ばしながら、叫びを上げる。

 

 堰を切ったように溢れ出た涙が、傍らで座り込む俺の膝を濡らす。

 

 震えるキラの身体を包もうと両腕を上げようとして─────ピタリと止まる。

 

 過るのは躊躇い。

 俺が、本来この世界に居るべきではない俺が、そんな事してはいけない。

 全身へ纏わりつく囁きは、転生をしてから人との関わりを繋ごうとする度に俺を縛り付けて来たもの。

 

 キラと、そして最近ではもう一人、ラクスとやり取りを交わし、絆が深まろうとする度に囁きは鎖となって俺を縛り付けた。

 

『貴方は、この世界に存在している一人の人間です。…貴方が貴方自身を認められなくとも、わたくしはそう思っています』

 

「っ…!」

 

 暗い囁きを打ち消しながら、脳裏を過ったのはラクスの声だった。

 瞬間、俺を縛り付けていた鎖が音を立てて断ち切れ、解放され自由になった身体が衝動の赴くままに動き出す。

 

「ゆう…?」

 

「…」

 

 気付けば俺は、キラを抱き締めていた。

 中途半端に上がったままだった両腕は、今はきつくキラの背中をこちらに引き寄せている。

 

 耳元で、キラが微かに声を上げた。

 その声に戸惑いが込められているのを分かっていながら、両腕にもう少しだけ力を込める。

 

「キラ。お前、俺に言ったよな。俺を守るって、俺を一人にしないって。…俺も、同じ気持ちだ」

 

「ゆ、う…」

 

「ごめん。もう少し掛かりそうだけど…今度は俺が、お前の隣に追いつくから」

 

 ハルバートン提督が用意したという代替案がどんなものなのか、それが成されるまでどれだけ時間を要するものなのか、まだ俺には分からない。

 

 だけど、スピリットが補修されて、また出撃できるようになったら─────今度は俺の番だ。

 キラの隣で、キラと一緒に戦う。

 

 背中まで伸びた髪をゆっくりと撫でながら言葉を掛ける。

 

 やがて、キラの方から体を離した。

 離したといってもほんの少し距離が開いただけで、未だ俺とキラは殆ど密着した状態だ。

 

「…私は、あの子を守れなかった」

 

「それを言うなら俺もだ。出撃すら出来なかったしな」

 

「でも、私じゃなくてユウがストライクに乗ってたら、結果は違ってたかもしれない」

 

「あのな、俺はずっとスピリットに乗って来たんだぞ?ストライクに乗ってもキラ程動かせないに決まってるだろ」

 

「…でも、私は君に守って貰えるような価値は─────「うるさい、ホントうるさい」う…」

 

 黙って聞いてればネガティブな台詞しか吐かないキラ。

 いや、仕方ないのは分かってるけど、このまま聞いてるだけでは一生止まらない気がしたから、無理やり遮らせて貰う。

 

「守って貰える価値って、お前…。そんなの、誰にだってあるに決まってるだろ。生きてちゃいけない人間なんて、居て堪るか」

 

「ユウ…」

 

「…俺もさ、さっきまではキラと同じだったよ。お前に守って貰えるような大層な人間じゃないって、そんな風に思ってたさ。でも…、俺もお前も、()()()()()()()()()()()()()なんだからさ」

 

 俺も、キラも、この世界に存在している一人の人間である以上、この世界で生きていく権利を持っているのだから─────

 

「だからさ、もう二度とそんな事を言うなよ。また同じような事を言ったら、引っ叩くからな」

 

「…酷いなぁ。女の子を引っ叩くなんて」

 

「勿論顔を叩くつもりはないぞ?ただ、しばらく背中に跡が着くくらいには強く叩くつもりでいる」

 

「それ相当痛いやつだよ…。でも、うん。もう言わないよ。ユウに叩かれたくないから」

 

 指で涙を拭うキラの顔は、優しく微笑んでいた。

 

 さっきまでの悲壮に満ちた表情は影を潜め、いつも俺に見せてくれたあの笑顔が戻っていた。

 

 うん、この顔だ。俺が守りたいって思ったのは、この笑顔なんだ。

 この笑顔を失わせたくなかったから、キラを戦いから遠ざけようとした。

 だがそれが、キラの意志に反するものならば、俺はこれ以上余計な事をしないと誓おう。

 

 その代わり、キラの笑顔を守りたいという気持ちは絶対に捨てはしない。

 キラが戦うというのなら、せめてその隣で、キラと一緒に俺も戦う。

 

「「─────」」

 

 微笑むキラと至近距離で見つめ合う。

 やがて、次第にキラの顔がこちらへ近付いてきた。

 

 今度はあの時の様な不意打ちではなく、俺もキラを受け入れる事が出来た。

 

 触れた唇の感触はあの時よりもハッキリと、柔らかさと温かさを、俺へ刻み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかな?噂の大天使の様子は」

 

 満天の星の下、静まり返った砂の海の中で、ハッキリとその男の声は響き渡る。

 

 その声に、赤外線スコープを覗き込んでいたマーチン・ダコスタは顔を上げた。

 

「はっ、依然何の動きもありません!」

 

 振り仰いだ先には、長身の精悍な男の姿があった。

 面長な顔は日に焼け、引き締まった体躯は砂地用の迷彩服に包まれている。

 

「Nジャマーの影響で電波状況はめちゃくちゃだからな。()()()未だお休みか…んっ!?」

 

 男は言いながら片手に持ったカップを口に運び、そこで表情を変えながら声を上げる。

 

「な、なにか!?」

 

 何事かと身構えるダコスタ。

 そんな彼の視線の先で、男は頷きながら満足そうに顔を綻ばせていた。

 

「いや、今回はモカマタリを五パーセント減らしてみたんだがね、こいつはいいな!」

 

「た、隊長…」

 

 どうやらコーヒーの味に満足がいっただけだったらしい。

 

 この上官の密かな趣味はコーヒーの自己ブレンドであるのだが、先程の台詞で分かる通り、相当凝っている。

 コーヒーの産地が近いとはいえ、そこまで凝る事はあるまいに、と部下であるダコスタがついつい呆れを覚えてしまう程に。

 

 しかし一方の男はそれは美味しそうにカップのコーヒーを堪能して上機嫌だ。

 

「次はシバモカ辺りで試してみるかな?」

 

 なんて呟きながら、作戦行動中とは思えない悠然とした態度で砂丘をするすると下っていく。

 

 その男の背中を追い掛けるダコスタ。

 その途中、空になったカップが放り投げられ慌てて拾う。

 

 彼らの行く先には、ブルーグレーの巨大な機体とヘリコプター、バギー、そしてその周囲で動き回る男達の姿があった。

 

 二人の姿に気付いた男達は手を止めて、素早く整列する。

 

「では、これより地球連合軍新造艦アークエンジェルに対する作戦を開始する!今作戦の目的は、敵艦及び搭載モビルスーツの戦力評価である!」

 

 無造作でさり気ない口調でありながら、力強い言葉を受け、パイロットの一人が声を上げた。

 

「倒してはいけないのでありますか?」

 

「まあ、その時はその時だが…。ただあれは、クルーゼ隊が遂に仕留められず、ハルバートンの第八艦隊がその身を犠牲にしてまで地上に下ろした艦である。その事を忘れるな。…一応な」

 

 最後に付け加えられた一言が、兵士達の自信を呼び起こす。

 彼らの顔には揺るぎのない自信に満ちた笑みが浮かんでいた。

 

 その様子を見た男は小さく笑みを溢してから、彼らへ向けて出撃前の最後の言葉をかける。

 

「では、諸君の無事と健闘を祈る!」

 

 兵士達が敬礼し、男も片手を上げて返す。

 

「総員、搭乗!」

 

 続けてダコスタが号令を掛けると、途端に兵士達はそれぞれの愛機へと乗り込んでいく。

 男とダコスタもまた、指揮車へ乗り込んだ。

 

「うーん、コーヒーが美味いと気分が良い」

 

 呑気そうにそう言った直後、先程までとは打って変わって獰猛な笑みを浮かべた男の名は、()()()()()()()()()()()()()()

 ザフト軍地上部隊における屈指の名将にして、名パイロット。

 

 通称─────()()()()

 

「さて…戦争をしに行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ロマンティクスを楽しみにしていた読者様一同へ。
…これ、ロマンティクスないですね。なんか当初の予定よりも爽やかな感じで二人のやり取りが終わった結果、ロマンティクスに持ち込む事が出来ませんでした。
ただその分、大分ユウキラ間の親密度が深まった…。
これならロマンティクスも時間の問題…。

で、どのタイミングがいいんだろ?
てな感じで現在頭を悩ませ中です。
もういっそ、初ロマンティクスはキララクスとの3R(Romantics)でもいいのでは?なんてやべぇ考えすら頭が過りつつあるもう何も辛くないでした。


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PHASE27 虎の急襲






前回の後書き…。3R(Romantics)って、「3Pの間違いやろがい!」的なツッコミ待ちのボケだったのに、自分の思惑を通り越して賛同の感想が来るという…(笑)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「推力は前のものよりも落ちる上に、ウエイトの差も激しい…。これ、もう前のスピリットとは全く別の機体って考えた方が良さそうですね」

 

「だなぁ。少なくとも、スピリット本来のコンセプトは完全に失われたって考えるのが正解だなぁ」

 

 ハルバートン提督が用意した代替案─────スピリットへ搭載される事となった新装備、I.W.S.P.の換装作業の様子を見上げながら、マードック曹長と話し合う。

 曹長が渡してくれたI.W.S.P.のスペックデータを片手に読み進め、頭に叩き込みつつ今後のスピリットでの戦闘方針について固めていく。

 

 I.W.S.P.─────機動力、火力、格闘能力と、三種のストライカーパックの良い所全てを一つのパックに盛り込んだパワーパックだ。

 なお、これだけ聞けばまさに最強の装備と聞こえてくるだろうが、実際はパック本体のデッドウエイトと消費電力の増加により、活かすも殺すも全てはパイロットの腕次第という超絶地雷装備と相成っている。

 ある意味、スピリットと似ているかもしれない。タイプはまるで違うが…。

 

 まさか、ハルバートン提督が言っていた代替案がI.W.S.P.とは…。

 確かこれって本編では出てこなかったよな?カガリのストライクルージュに搭載する予定が、扱いきれなかったって没になったとかで。

 統合兵装というコンセプトだけは、Destinyに出て来たオオトリストライカーに活かされているけど。

 

 んー…。こうして見ると本当に、身軽だった前のスピリットとは別物になるな。

 ビーム兵器の少なさが対G兵器においてネックになるが、そこはスピリットそのものに搭載されたビームサーベルとビームライフルを活かしていけば問題はない。

 

 しかしこれは…、うん、前のスピリットに乗るような心積もりでいたら死ぬな。

 バッテリー消費も、前のスピリットも激しかったがこれはそれ以上だ。

 

「マードック曹長。I.W.S.P.仕様のスピリットのデータをシミュレーターに組み込めますか?流石にこれをぶっつけ本番で出撃は怖いので」

 

「あぁ、それについては安心しとけ。もう作業を始めさせてるよ」

 

 いずれ─────マードック曹長曰く数日の内に完成するという話だが、その間にI.W.S.P.の操縦に慣れておきたかった。

 そう思い、マードック曹長へシミュレーターの準備をお願いしようとしたのだが、すでに準備を始めているという。

 …流石すぎる。

 

「おいユウ。もう休んでなくて大丈夫なのか?」

 

 作業を進めるべく、俺との話を切り上げて去っていくマードック曹長とすれ違う形で、今度は兄さんが俺へ軽く手を上げながら話し掛けてきた。

 

「どうしたのさ、急に」

 

 俺も兄さんへ手を上げながら聞き返す。

 

「いや。夜通し嬢ちゃんの看病をしてたって聞いたからさ。ちゃんと寝たか?」

 

「寝たよ。心配しすぎ」

 

 心配そうに再度尋ねてくる兄さんに、苦笑いを添えながら返事をする。

 兄さんは「そうか」と一言、その後一息吐いてから口を開いた。

 

「嬢ちゃんの様子はどうだった?熱は下がったって聞いたが…」

 

「うん。本当に大丈夫そうだよ。でも、疲れてるんだろうな。さっきまた寝ちゃったよ」

 

「…そうか─────ん?」

 

 あのやり取りの後、これまでの戦いによる疲労が残っていたのか、それに加えて俺へ色んな思い、葛藤を吐き出して安心したのもあったのか、キラは再び眠りに落ちた。

 キラの懺悔に関しては省き、彼女が今寝ている事だけを伝えた…のだが、何故か兄さんは驚き目を丸くする。

 

「さっき?さっきまで、嬢ちゃんと一緒に居たのか?」

 

「?そうだけど、何?」

 

「…いや。別にそれはいいんだが…」

 

 さっきまでキラと一緒に居たのかという質問に頷きながら答えると、何やら逡巡し始める兄さん。

 

 …?

 

「なあ…ユウ。お前、一体どっちを─────」

 

『第二戦闘配備発令!繰り返す、第二戦闘配備発令!』

 

 また何やら俺へ尋ねようとした兄さんの言葉は、艦内に鳴り響いた警報によって遮られる。

 

 反射的に駆け出す兄さんは、一瞬俺へ視線を残してから、格納庫から去っていく。

 

 …兄さんが俺に何を聞こうとしたのかは分からないけど、今はそれについては置いておく。

 

 さて、俺はどうしようか。

 スピリットはまだ出られないし…、最悪、スカイグラスパーの片方を借りて出るか?

 

「すみません!それ、借ります!」

 

「え?ちょっ、ちょっと!?」

 

 思い立ったが吉日、並ぶスカイグラスパーの周りに集まる整備士達へ駆け寄り、その内の一人が握っていた紙をひったくる。

 

 思った通り、スカイグラスパーのデータが紙面に載っており、今の整備士の人には悪いが、今の内に機体のデータを頭に入れさせてもらう。

 スカイグラスパーのコックピットへ飛び乗りながら、実際の機器と紙面を見比べながら、操縦法を頭に叩き込んでいく。

 

「おい坊主!どういうつもりだ一体!」

 

「念のために待機しておきます!スピリットはまだ出られないから、こいつで!」

 

「はぁっ!?」

 

 無論、俺が出撃する必要なく事が終わるのならそれに越した事はない。

 

 しかし、何かあってからでは遅いから。

 

「おい、何の騒ぎだ!」

 

「少佐!いや、その…、坊主が出撃待機するってんですよ!あれで!」

 

「なっ…」

 

 そうこうしている内に、パイロットスーツに着替えて戻って来た兄さんが格納庫へ現れる。

 ふと視線を向ければ、同じくパイロットスーツに着替えたキラが、兄さんの傍らに立っていた。

 

 二人はマードック曹長の指が向けられた先に居る俺を見て、大きく目を見開く。

 

「ユウ!お前、パイロットスーツも着ないで無茶を言うんじゃない!」

 

「戦力は多いに越した事はない!念のために俺も─────」

 

「戦闘機の操縦経験がないお前じゃ、戦力には数えられないって言ってるんだ!」

 

「操縦法はこれで頭に叩き込む!あと数分もあれば戦える!」

 

「馬鹿な事を言うな!弾薬の補充も終わってないんだぞ!?それを─────」

 

 弟と兄による怒鳴り声の応酬が行われる中、艦内に鈍い爆発音が響く。

 それが、敵からの攻撃を迎撃したものによる音だと、この場に居る誰もが即座に悟った。

 

「ユウ!私が何とかするから、ここで待ってて!」

 

「キラ!?だから、俺も─────」

 

「ダメ!戦える機体がないのに出撃しても、意味はないでしょ!?」

 

 また一人で戦おうとするキラへ続こうとするが、正論を叩きつけられて封殺される。

 

 情けなかった。

 キラの隣で戦うって、誓ったばかりなのに─────俺はまた、一人で戦いへ向かうキラを見送る事しか出来ない。

 

 エンジンが始動する震動が微かに艦内を震わせた直後、キラは駆け出してストライクへ乗り込んでいく。

 

 ストライクのハッチが閉まり、彼女の姿が見えなくなってなお、呆然と見上げる俺の肩を背後から兄さんが叩いた。

 

「時には引き下がるって選択も、男には必要だぞ」

 

「…」

 

 兄さんはそう言い残してから、俺と同じように、もう一機のスカイグラスパーへと乗り込んだ。

 

 あれにだって、弾薬は殆ど積み込まれていない筈なのに─────それでも何か役に立とうとマードック曹長と何やら話し合う兄さんの姿を眺めながら、ただただ情けなさに身を震わせる。

 

 俺が何も出来ず、無力に苛まれている間にも状況は刻々と進んでいく。

 

 ストライクが起動後、そう時間を待たずにランチャーストライカーを装備して出撃する。

 

 外の映像は見られないが、スカイグラスパーと艦橋の通信を繋げる事で、辛うじて戦闘の状況を知れる。

 ストライクは苦戦しているようだが、何とか相手のモビルスーツ─────陸戦用モビルスーツ、バクゥを一機撃破。

 

 戦闘開始当初、不安定な砂地の足場に苦しんでいたストライクだったが、原作と同じように、戦闘中にOSを調整してからは戦況が変わる。

 巧みに機体を動かし、更にもう一機バクゥを撃破。続けざまにアグニで戦闘ヘリを撃ち落とす。

 

 極めつけは、敵母艦から発射されたミサイル群をアグニの一射と次々に伝わる誘爆によって落とし、アークエンジェルを守る。

 

 しかし─────キラの奮闘はそこまでだった。

 アグニの酷使により、バッテリーが残り少なくなったのだろう。突如、ストライクはビーム兵器を一向に使おうとしなくなった。

 

 反撃をしなくなったストライクへバクゥが、戦闘ヘリが猛攻を開始する。

 ストライクも懸命に攻撃を避けるが、何発かが着弾。更にストライクのバッテリーを消耗させる。

 

「っ─────!おい、この機体にはどれくらい弾薬が積まれている!?」

 

「は!?え、えっと─────大型キャノン三発分と、中口径キャノンも三発分…。だ、だがそれだけだぞ!?」

 

「充分…!艦長、スカイグラスパーで出る!ハッチを開けて!」

 

 全く弾薬が積まれていない状況すら想定していたのだから、たったそれだけでも積まれているのなら僥倖。

 すぐに艦橋へと呼び掛け、出撃を要請する。

 

『ユウ君!?貴方、パイロットスーツも着ないで何を─────』

 

「そんな事言っている場合ですか!?このままじゃストライクが危ないんだ!」

 

 モニターに映るラミアス艦長が、現在の俺の格好を見て驚愕し目を見開く。

 

 だが、その問答の時間すら惜しい。

 こうしている間にも、ストライクは…キラは、危機に身を晒しているというのに。

 

『艦長!俺も行って敵艦を索敵する!見つけたらレーザーデジネーターを照射するから、それを照準にミサイルを撃ち込め!』

 

『フラガ少佐!?貴方まで何を…、今から索敵しても間に合う筈が!」

 

『やるしかねぇだろうが!ユウ、お前は俺が敵艦を見つけるまで時間を稼げ!そこまで啖呵切ったんだ、落ちるなよ!』

 

 出撃を躊躇うラミアス艦長だったが、兄さんからの援護射撃もあり押さえ込む事に成功する。

 

 俺と兄さんが乗り込んだ機体が順番にカタパルトへと運び込まれ、やがて目の前のハッチが開く。

 

「スカイグラスパー一号機、出る!」

 

『同じく二号機も出るぞ!』

 

 まずは俺が、続けて合間を置かずに兄さんも出撃。

 

 言葉を交わさないまま兄さんは索敵へ、そして俺はストライクの援護へと別々の方向へと機体を向ける。

 

 視界一杯に広がる砂の海。時折視界を妨げる砂の粒の向こう側に、ストライクへと群がるブルーグレーの獣達が見えて来た。

 

「やらせるかよ…!」

 

 一気に機体を加速させる。

 

 まず最初に近付いてくる俺に気付いたのは、空中を飛び回る戦闘ヘリの集団だった。

 

 ストライクへ狙いを定めていた奴らは急旋回し、今度はこちらへと狙いを定める。

 

 向かってくるヘリは三機。その全てが、こちらへミサイルを発射した。

 

 操縦桿を倒して急旋回、発射されたミサイルは空を横切り、やがて何もいない地面で着弾する。

 

 背後で灯る炎に目もくれないまま、戦闘ヘリの集団とすれ違う─────直前に、機体の背面より砲塔式の大型キャノン砲を展開する。

 このキャノン砲は回転砲塔となっており、機体の左右より数えて百八十度に及ぶ範囲において狙いを定める事が可能だ。

 

 戦闘ヘリが俺を追い掛けようとフォーメーションを立て直し、横一列に並んだ瞬間を狙う。

 集団とすれ違いざまに、キャノン砲の引き金を引き、熱線を放つ。

 

 放たれたビームは戦闘ヘリ三機を纏めて撃ち落とし、夜空に三つ、炎の花が咲き誇る。

 

「次っ…」

 

 周囲を見回し、戦闘ヘリはこれ以上いない事を確認してから、今度は地上に集中する。

 

 さっきの一連の戦闘もあり、とっくに俺の存在に気付いたバクゥ隊の内、三機がこちらへ向かってくる。

 

 残りの二機は未だにストライクを執拗に狙い続けていた。

 

「お前らに用はないんだよ…!」

 

 機体の胴体部両側面に装備された、中口径キャノン砲を展開。

 ストライクに当たらない様狙いを定め、二門の砲口を同時に火を吹かせる。

 

 ストライクの周囲を動き回っていたバクゥ二機は一瞬動きを止めた後、放たれた砲撃を回避すべくその場から跳び退く。

 

 命中こそしなかったが、ストライクからバクゥを離す事には成功した。

 これで、ストライクを撤退させる事が出来る…!

 

「キラ、そこから退くんだ!」

 

『ユウ!?どうして!』

 

「言ってる場合か!バッテリーが危ないんだろ!?一度アークエンジェルに撤退して、装備の換装を…っ!」

 

 キラの方へと注意が逸れかけたその瞬間、背筋を奔る悪寒に従い、機体を旋回。

 直後、俺の視界の端を黄色の弾頭が一発、二発と通り過ぎていく。

 

 危ない…、この機体にはPS装甲はない。

 つまり、実体弾でも一発貰えばアウトなんだ。

 

 続けざまに地上から放たれるレール砲を回避し、再度二門の砲口を地上へ向けてビームを撃ち放つ。

 

 これで中口径キャノンは弾切れ─────しかも、撃ったビームも当たりはしなかった。

 

 知ってはいたが、こうして実際に対峙して初めて分かる。

 バクゥというモビルスーツの、地上での有用性が─────。

 

「早く退け!換装に成功すれば、俺達の勝ちだ!」

 

『っ…、すぐ戻るから。それまで、絶対に落ちないで!』

 

 ストライクがバーニアを吹かせ、アークエンジェルへと向かう。

 

 それを追おうと、バクゥが三機、ストライクの方を向くが─────。

 

「お前らの相手は、俺だ!」

 

 そいつらへ向けて、注意を引き付けるべく機体を突っ込ませる。

 

 その目論見は成功し、ストライクへ向こうとした機体達は、突っ込んでくるスカイグラスパーの方へとカメラを向ける。

 機体を旋回させつつ上昇、バクゥの頭上を通り過ぎながら、スカイグラスパーは夜空へと飛び上がる。

 

 弾薬が限られ、残り少ない現状でそう易々と牽制目的でビーム砲は使えない。

 何しろ、残り二発なのだ。ここぞという場面…確実に相手を仕留められるシチュエーションに持ち込んでからでないと、もう使えない。

 

 だが、俺の役割は時間稼ぎだ。

 兄さんが敵艦を見つけるまでの、そしてキラが装備を換装して戻って来るまでの時間稼ぎ。

 

 何も俺自身が、敵を全滅させる必要はない。

 

 頼れる味方が戻って来るまでの間、お前らをここから先へは行かせない。

 なに、そう時間は掛からないだろうさ。

 

 だから─────

 

「それまでは、俺に付き合ってもらうぞ」

 

 不安はない。恐怖もない。

 何故なら、俺は一人ではないのだから。

 

 機体を旋回させ、放たれる砲撃とミサイルを躱しながら、地上でこちらを睨むバクゥ達を見下ろした。

 

 爆発するミサイルを背後に、地上のバクゥへと機体を向ける。

 

 ちょこまかと飛び回る戦闘機にしびれを切らしたか、二機のバクゥが跳躍し、こちらを踏み潰そうと襲い掛かって来る。

 

 それに対し、笑みを以て俺は迎え撃つのだった─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




弾薬限られた状態のスカイグラスパーで暴れ回るユウ君、すげぇ主人公してる…(呆然)
アグニ一発でミサイル群撃ち落とす原作主人公もそうだけど、ビーム砲一発で複数機体撃ち落とす君はNTなんですか?

あ、パーフェクトフラガでしたね…(すっとぼけ)


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PHASE28 蘇る魂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄まじいな…」

 

 目の前の光景に、ただただバルトフェルドは戦慄の声を漏らすしかなかった。

 

 戦闘開始当初─────アークエンジェルより出撃したストライク。

 砂地の足場に対応できず、無様な動きしか出来なかったストライクを攻め立てた所までは良かった。戦闘中、突如ストライクの動きが良くなった所までもまだ許容できた。

 

 恐らく、ストライクの運動プログラムを書き換え、砂地に対応したのだろう。

 それを成し遂げたのが本当にナチュラルなのかという疑問は浮かんだが、良い。

 結局ストライクはビーム兵器を使いすぎた結果、バッテリー切れ寸前にまで追い込まれ、撃破は時間の問題という所まで来た─────その筈だったのだ。

 

 アークエンジェルより新たな機体、見た事のない戦闘機が現れるまでは。

 

 突如現れた戦闘機は瞬く間に一射のビームで、戦闘ヘリ三機を一掃。

 続けて、ストライクと入れ違う形で前へと出て来た戦闘機は、バクゥ五機による一斉攻撃を容易く躱して見せる。

 

 痺れを切らし、戦闘機を叩き落とさんと飛び掛かったバクゥ二機を、先程戦闘ヘリを落とした時と同じ要領でビームを斉射。

 またしても、一射のビームで複数の機体を撃ち落とすという、実際に目にしていなければ信じるに値しないと断じていたであろう光景を、バルトフェルドは目の当たりにする。

 

「どうするべきかな」

 

 バルトフェルドの脳裏に、撤退の二文字が過る。

 しかしそれと同時に、今すぐにあの戦闘機を落とすべきだという考えもまた、バルトフェルドの頭の中にはあった。

 

 先程から、あの戦闘機はビーム兵器を積極的に使用しない。

 

 確かにあの、複数機を同時に撃ち落とす芸当には驚かされた。

 だが、それだけの腕がありながら、ビーム兵器を撃ち惜しむ理由が一体どこにある?

 

 答えは簡単だ。理由は分からないが、あの機体には満足に弾薬が積まれていないのだろう。

 もしここで撤退し、あの戦闘機を母艦へ帰し、弾薬が満足に積まれてしまったら─────そして、現在あの戦闘機に搭乗しているパイロットが、次の戦闘でまた我々の前に現れたら。

 

「…バクゥ全機に告ぐ。恐らくあの機体は弾薬がろくに積まれていない。各機散開し、決してあの機体の近くで固まらない様にフォーメーションを組め。何としてもあの機体をここで落とすぞ!」

 

 バルトフェルドは決断する。

 今回の戦闘目標─────相手の戦力の偵察という目標を曲げてでも、あの戦闘機を、あの中にいるパイロットをここで亡き者にさせるという選択。

 

 今更ながら、バルトフェルドの中で後悔の念が過る。

 戦力偵察など行わず、初めから落とすつもりで掛かっていたら。

 

 あのクルーゼ隊を相手取り、逃げ延びた艦を相手にする以上、慎重を期するに越した事はない。

 誰もバルトフェルドの采配を間違いと断じる者はいないだろう。

 

 だが、バルトフェルドの采配の中には僅かに、されど確かに、()()()というものが含まれていた。

 ラウ・ル・クルーゼから逃げ延びてきたその力を知りたいという好奇心が。

 

 そしてそれと同時に、そんな強大な相手であろうと、この砂漠というフィールド内であれば我々は負けはしないという()()もまた、自身の中にあった事を、ようやくここに至ってバルトフェルドは自覚したのだった。

 

 結論から言おう。

 この戦い、バルトフェルド隊の敗走という結果で終わった。

 

 飛び回る戦闘機をバクゥ隊は撃ち落とす事が出来ず、更に一度撤退したストライクが装備を換装し再度出撃。

 それに加え、戦闘に介入してきたレジスタンスが地球軍側へ手を貸した事によりあっという間にバクゥ隊が全滅。

 もう一機の戦闘機により母艦の位置も特定され、本格的な攻撃を受ける前にバルトフェルド隊は撤退する事となる。

 

 当初の目的である、相手の戦力評価─────それは十二分に果たした。

 しかし、この戦闘に於いて伴った多大なる犠牲は、バルトフェルドの中に大きく刻まれた。

 

「あのパイロット…」

 

 走るバギーの風を受けながら、バルトフェルドは先程の戦いでの、ストライクと戦闘機の動きを思い返す。

 

 戦闘中に砂地に対応し、動きが良くなったストライクとバクゥ隊を一切寄せ付けず被弾ゼロの立ち回りを見せた戦闘機。

 あれらのパイロットが、ナチュラル─────?

 

「…どちらにしても、厄介な相手がここに迷い込んだ様だな。さて…どう倒すか」

 

 疑念を抱きつつ、バルトフェルドは振り返り、白亜の艦と艦へと戻っていくストライクと戦闘機を見つめる。

 

 その顔には、獲物を見つけた肉食獣の如き、獰猛な笑みが張り付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レジスタンスだぁ?」

 

「うん。そう言ってたよ」

 

 戦いを終え、アークエンジェルは地上へと降り、出撃していた俺も機体を収容。

 

 戦闘は途中から原作通り、レジスタンスが介入した事でバクゥ隊を地雷が仕掛けられている地点へ誘導。

 それによってバクゥ隊は全滅し、戦闘は一段落を着いた。

 

 兄さんが母艦を特定し、相手が砂漠の虎─────アンドリュー・バルトフェルドだと判明した事でラミアス艦長は追撃を断念。

 兄さんも俺より少し遅れてから戻って来た。

 

 アークエンジェルの周りに集まるレジスタンスのバギーを見て、さぞ驚いた事だろう。

 スカイグラスパーから降りて来た兄さんは真っ先に、「あいつらは何者だ?」と問い掛けてきた。

 その問いに答えを返せば、兄さんは目を丸くしながら素っ頓狂の声を漏らした。

 

「また面倒な相手が…。ユウ、お前は外に出るなよ」

 

「…ダメ?」

 

「ダメに決まってんだろうが!拳銃を持った事もないお前を、あの場に出せるか馬鹿!」

 

 静かに制してくる兄さんへ上目遣いで聞き返せば、烈火の如く怒りが返って来た。

 

 うん、多分上目遣いが兄さんの怒りを更に助長させたな。反省。

 

 そうこうしている内に、ラミアス艦長が格納庫へと降りて来た。

 初め、兄さんの表情を見て不思議そうに首を傾げていたが、二人は並び、ライフルを手にした数人を伴って外へと出ていく。

 

「何も起きないだろうけど、一応…」

 

 まさかここでレジスタンスとの全面戦争、なんて事にはなるまいとは思いつつ、何が起きてもいいよう心の準備だけはしておく。

 

 兄さんからは生身の戦闘能力が皆無みたいな謂れをしたが、一応これでも学生時代は生身の戦闘負けなしだったりする。

 レジスタンスのメンバーがどれだけの戦闘訓練を受けているかは分からないが、それでもそこらの訓練を受けていないコーディネイター程度であれば負ける気はしない。

 流石に、今レジスタンスに潜り込んでいるであろう、カガリの側近であるキサカには微塵も勝てる気は起きないが…。

 

 本当、この身体かなり能力高いんだよな。何度かコーディネイターを疑われた事だってある。

 

 勿論ナチュラルである。フラガではあるが─────。

 

 こんな事を考えていると、話が終わった兄さんとラミアス艦長が戻って来た。

 それから遅れてストライクも収容され、頬に痣を作ったキラも降りてくる。

 

 あー…そこも原作通りで殴られちゃったのね、なんて思ってたら、キラが鬼の形相でこちらへ詰め寄って来た。

 

 何事かと思った俺へ投げ掛けられる、「待っててって言ったよね?どうして出撃したのかな?」という冷たい問い掛け。

 最早声が冷たすぎて、格納庫内の気温が下がったのではないかと錯覚する程だった。キラの背後に並んで立っていた兄さんとラミアス艦長が、同時に体を震わせたのを俺は見逃さなかった。

 

 機体には少しではあるが弾薬が積まれていて、戦えない訳じゃなかったという言い訳も、数発ビーム砲を撃てるだけで戦える筈がないという正論で封殺。

 更にパイロットスーツを着ないで出撃した事がキラの勘に触れ、そこも言い詰められる。

 

 結局最後は「心配した」という一言がキラの涙目と共に俺へ命中し、KO。

 「ごめんなさい」の一言と共に、初めてのキラとの喧嘩は終息を見るのだった。

 

 なお、途中から微笑ましい何かを見る様な表情を浮かべていた兄さんとラミアス艦長は、後で覚えていろ。

 もし二人が原作通りにくっついたら、必ず復讐してやる。

 いや、くっつかなくても復讐してやるからな…。

 

 レジスタンスの話し合いはやはり原作通りに進んだらしく、一時的な共闘関係を結ぶ事で合意したらしい。

 現在、アークエンジェルはレジスタンスの誘導に従い彼ら─────()()()()()の拠点へと向かっている。

 

 そうして数時間、降下地点から東へ二百キロほど離れた場所に置かれた彼らの本拠地へ到着すると、パイロットスーツから軍服へ着替えた兄さんとラミアス艦長、そして艦橋から降りて来たバジルール中尉の三人は、明けの砂漠のリーダーであるサイーブと共に、本拠地である洞窟の奥へと案内されていった。

 

 彼らが話し合いをしている間、俺とキラは他のクルー達と共に、アークエンジェルを隠蔽する迷彩ネットをかける作業を命じられた。

 

 俺は他のクルー達と協力して、そしてキラはストライクへ乗ってモビルスーツの力で作業を進めていく。

 

 作業が終わる頃になると、日が沈み、辺りが暗くなる時刻になっていた。

 

「おいっ!」

 

 ストライクから降りてくるキラを出迎えていると、俺達の背後から声を掛けられる。

 

 二人で振り返ると、そこには金色の髪の少女が立っていた。

 金に近い色の瞳を真っ直ぐ、俺ではなく隣のキラへと向けた少女はこちらへ歩み寄って来る。

 

「その…、さっきは悪かったな。殴るつもりはなかった…訳でもないが、あれは弾みだ。許せ」

 

 まるで謝っているようには思えない態度で謝罪してくる少女─────カガリは、キラから視線を外してソッポを向きながら頬を掻く。

 そんな彼女をキョトンと眺めていたキラが、不意に笑みを溢した。

 

「な、何がおかしい!」

 

「いや…なにがって…」

 

 心外そうにキラを睨むカガリと、その視線を受けながらも笑いを止める事が出来ないキラ。

 

 口が裂けても言えないが、微笑ましい姉妹喧嘩だな、なんて思いながら二人のやり取りを眺める。

 

 原作でもそうだったが、ここでもキラにとってカガリという存在はこの時点で掛け替えのない存在になりつつある。

 

「…あれから、お前はどうしたんだろうとずっと気になっていた。それがまさか、こんなものに乗って現れるとはな。おまけに今は地球軍か!」

 

 すぐに怒りを引っ込めたかと思えば、再び怒りに声を荒げるカガリ。

 

「…色々あったんだ。色々ね」

 

「…」

 

 キラをきつく睨むカガリだったが、キラの声から何かを感じ取ったのか、吊り上がった目尻が下がり、彼女から醸し出ていた怒りの気配が収まっていく。

 

「で?お前は?」

 

「は?」

 

 かと思えば、くるんとカガリの視線がこちらに向けられる。

 不意に声を掛けられ、思わず呆けた声を漏らしてしまった。

 

「あー、えっと…。こいつの友達、かな?」

 

「─────」

 

「ふーん?」

 

 質問が抽象的すぎて、何て答えたらいいか迷いつつ、キラの友達と答えるとカガリは興味なさげな返事を返す。

 

 その反応にも何なんだよ、と思うのだが、それ以上にカガリの問い掛けに返答した直後にキラがジト目でこちらを見上げてくる。

 

 何だよ…。今の答え方に何か不満でも─────まさかとは思うが、()()って答えたのが不満なのか?

 いや、いやいや、だってそれ以外にどうやって俺とキラの関係を形容すればいい?

 告白し合った訳でもないから恋人ではないし、とはいえ友達というのももう違う気はするし…。

 

 友達以上恋人未満、なんて言葉をよく聞くが、まさにそれが当て嵌まっている気がする。

 しかしまだ会ったばかりのカガリにそうやって答えても、カガリが困るだけだろう。

 

 うん、やっぱり友達って答えて正解だ。キラの不満は置いといて…。

 

「本当に友達なのかよ?」

 

「だからそうだって」

 

「にしてはこいつ、不満そうにしてるがな?」

 

「…つーん」

 

「あの、そこで息合わせるの止めない?」

 

 ニヤニヤと問いを重ねてくるカガリと、ソッポを向くキラ。

 

 阿吽の呼吸で俺を攻め立てる姉妹…あの、実は君達双子である事を知ってたりしないよね?

 もしそうだったら、フラガの業を色々と今すぐ話さなきゃいけない事態になりかねない─────本当に大丈夫だよな?

 このまま話さずに済むなんて思ってないけど、俺にも心の準備ってものが必要なんですわ。

 

「お、いたいた!」

 

 束の間の休息、というやつか。

 キラとカガリの言葉攻めにおろおろしながらも、先程の戦闘で張り詰めていた精神が少しずつ和らいでいくのを感じていたその時。

 

 アークエンジェルがある方から声がして、振り返る。

 そこに立っていたのは、スピリットの整備時に何度か顔を合わせた事のある技術士の男。

 

 男は俺の方を見て手招きをしながら、再び口を開いた。

 

「ちょっと来てくれないか!スピリットの事で、マードック曹長がお呼びだ!」

 

 何事だろう。

 とにかくスピリットの事で呼び出された以上、従うしかあるまい。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

 

 キラとカガリへ声を掛けてから、男の後に続く。

 

 男について辿り着いたのは、勿論格納庫にあるスピリットの下。

 

 しかし、そこに佇むスピリットの様相は、以前までとは大きく変わっていた。

 

「…数日は掛かるって言ってた気がしましたけど」

 

「普通ならな。俺の手にかかりゃ、こんなもんよ!」

 

 誇らしげに胸を張るマードック。

 

 彼の背後には、まだ時間が掛かるだろうと思い込んでいた作業を終えて、I.W.S.P.の装備を身に着けたスピリットがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつまで経っても話が進まないので、バルトフェルドとの一戦目を巻きで終わらせました。

そしてスピリットの補修が終了。
PHASE20から数えて九話モビルスーツに搭乗していない主人公は、いつになったらモビルスーツに乗る事が出来るのか?


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PHASE29 砂獣との交錯





最近、自分の仕事じゃなく他人の仕事に頭を悩ませるようになりました…。
所謂先輩、上司っていう立場になって、相手に仕事を教えるようになって、分かってはいたつもりなんですが、人って本当に一人一人皆違うんだなと気付かされています。
分かるまで何度も質問してくる人もいれば、一度教えたらあっという間に仕事が出来るようになる人もいて。
学生時代、人付き合いが少ない上に下手だった私にとっては毎日が勉強です。

ペースがめっきり落ちてますが、少しずつ執筆続けています。モチベが落ちてる訳じゃないし、楽しく執筆できています。
…楽しくできている内に投稿ペース上げたいんですけどね。月末は忙しいんじゃ!
ていうか忙しすぎて来月になっても初めの方はペース下がったままになりそうです。

愚痴はここまでにしておきます。本編をどうぞ。ノシ


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スピリットのコックピットに乗り込み、I.W.S.P.の恩恵を受けた現在の機体状況を技術士から説明を受けつつデータを確認する。

 設定として知ってはいたが、こうして改めて見ると、この装備の強さと使い勝手の悪さがよく伝わってくる。

 

 まず利点としては武装の多さだ。

 パック上部に二門搭載されたレール砲と、それに並行するようにマウントされた単装砲。パック下部には対艦刀が取り付けられ、これはエネルギー事情を鑑みて実体剣となっている。

 そしてシールドは攻防一体の武装となっており、内部にはガトリング砲とビームブーメランがマウントされている。

 こうして見れば、以前までのスピリットの弱点であった火力の低さが一気に解決された様に思える。

 

 が、当然この武装には欠点もある。

 以前も言った、武装自体の重量と燃費の悪さもそうだが、スピリットの元のスラスターを代用してI.W.S.P.が採用された以上、以前までのスピリットの機動力は永久に失われた。

 

 スピリットは他のXナンバーの機体と比べて重量が軽く、機動力が出しやすい設計となっているが、それでも以前までのスピリットの異常なまでの機動力はまず出せない。

 となれば、戦闘スタイルの変更を求められる。

 

 その為にマードック曹長にお願いしてシミュレーターを準備して貰ったが、ここまでにそれを熟す時間はなかった。

 

「ガトリング砲はあっても使わない気がするな。ビームブーメランはあっても損はないか…?」

 

「コンバインドシールドは外して、スピリット本来のシールドを使うって手もあるが」

 

「…んー」

 

 ガトリング砲は正直戦闘中で使うビジョンがまるで見えてこない。

 ビームブーメランはあれば便利な気はしてくるが、なくて困るかと聞かれれば正直微妙な気がする。

 

 …いっそ、この人の言う通りスピリットのシールドを採用してしまおうか。

 

「そうします。お願いできますか」

 

「了解。マードック曹長!シールドの事なんですが─────」

 

 技術士の男がキャットウォークから身を乗り出しながら、スピリットの足元にいるマードック曹長へ声を掛けようとした、その時だった。

 

「はい、どいたどいた!スカイグラスパーで出撃するぞ!」

 

 ハッチが開いたコックピットの中にも兄さんの声は聞こえて来た。

 何事かと顔を覗かせれば、パイロットスーツへ着替えた兄さんがスカイグラスパーへ乗り込もうとしているのが見えた。

 

「兄さん!何があったの!」

 

 身を乗り出しながらそう呼び掛ければ、兄さんはこちらを見上げて口を開く。

 

「虎さんが動き出したみたいでな!レジスタンスの町が燃えてるってんで、偵察に行ってくる!」

 

 兄さんからの返答を聞いてから、そういえばそんな事もあったかと思い出す。

 確か、町は燃えたが住人は皆無事で、だけどその所業に激昂した明けの砂漠の一部のメンバー達が無謀にもバルトフェルドを追って─────

 

「…すみません、少し作業をお任せしても良いですか。武装に関してはシールド以外はそのままで」

 

「は?あ、あぁ。分かったけど…お、おいっ!」

 

 男にそう言い残してからコックピットを飛び出し、リフトで下階へ降り駆け出す。

 

 ─────もうデータは入力してあるって言ってたよな。

 

 向かう先はシミュレーター。座席に腰を下ろし、電源を呼び起こす。

 

 何事もなければそれでいい。

 だが、原作ではこの後、明けの砂漠とバクゥ隊による戦闘が起き、ストライクがその戦闘に介入する事となる。

 もし原作通り、その戦闘が起きたなら─────今の内に少しでも、慣熟訓練を行っておくべきだろう。それがどれほどの効果を生むかは分からないが。

 

 戦闘なんて起こらなければいい。何事も起こらないのが一番だ。それが俺の中で最も重要な大前提である。

 しかし、この世界はそんな淡い希望を叶えてくれるような優しいものではなかった。

 

 訓練を始めてから一時間ほど経った時だった。

 ラミアス艦長よりキラへ、ストライクの出撃が命じられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タッシルの町は燃やされた。家も、食料も、燃料も、弾薬も、全て炎の海の中へ消えていった。

 

 しかし、命だけは確かにそこに残されていた。

 町に住んでいた人達は生きていて、それに彼らが安堵を覚えた事は確かだった。

 

 次に心に湧いてきたのは怒りだった。

 死んだ人はいないが、全て焼き払われた。明日を生きる力と術を奪われ、憤る彼らへ淡々と声を掛ける者が居た。

 

「だが、手立てはあるだろ?生きてさえいりゃさ」

 

「こんな事で済ませてくれて、砂漠の虎ってのは随分優しいお人じゃないの」

 

 ふざけるな─────。

 

 未だに火勢の衰えない町を前に、よくもそんな事が言える。

 カガリは燃え上がる激情に逆らいもせず、軽い声の主であるムウへと詰め寄った。

 

「こんな事?町を焼かれたのがこんな事か!?これのどこが優しいというんだ!」

 

「気に障ったんなら謝るけどね。けどあっちは正規軍だぜ?本気だったらこんなもんじゃすまないって事くらい、わかるだろ?」

 

「あいつは卑怯な臆病者だ!我々が留守の町を焼いて、それで勝ったつもりか!?我々はいつだって勇敢に戦ってきた!昨日だって、バクゥを倒したんだ!」

 

 カガリの声に賛同し、レジスタンス達がムウへと冷たい視線を送る。

 

「卑怯で臆病なあいつは、こんなやり方で仕返しするしかなかったんだ!何が砂漠の虎だ!」

 

 この時、カガリだけではなく多くのレジスタンス達の間で、先日バクゥを倒せたという事実が彼らの心を舞い上がらせていた。

 だが、彼らの力だけでそれを成したのではない。彼らが介入するまでの間、虎の戦力を減らした地球軍と、何よりそれらの相手をするのに集中しきった虎の隙を運よく突く事が出来たからこその、昨日の結果だったというのに。

 

 その事を忘れ、或いは分からず、()()()()()()()という戦果が一人歩きして、彼らを暴走させていた。

 

「お前ら、どこへ行く!?」

 

「奴らが街を出て、まだそう経ってない!今なら追いつける!」

 

 タッシルの町を燃やされた怒りと、ムウから淡々と告げられた現実への憤り。

 それらの感情へカガリが更に油を注いだ事により、いよいよ彼らの暴走はリーダーであるサイーブですら止められない程にまで至るのだった。

 

「ちょっとちょっと、これマジで?」

 

 途中から事の成り行きを見つめるだけになっていたムウは、この事態にようやく慌てだす。

 

 レジスタンス達は次々にバギーへと乗り込み、サイーブの制止も効かず、彼らは走り出す。

 暴走する彼らを放っては置けないサイーブも、やがてバギーに乗り込んで彼らを追い掛けて行った。

 更にはカガリまでも、若いレジスタンスメンバーと褐色で大柄な体格の男と共にバギーへと乗り込み出発する。

 

「…風も人も熱いお人柄なのね」

 

 そんなムウの呟きを置き去りに、走り出した彼らを止める者は居なかった。

 そして、自身の勝利を疑う者もまた、存在しなかった。

 

 ─────どうして、こんな事に。

 

 その果てに待つ分かりきった結末は、ほんの少しでも冷静になって考えれば予知できたというのに。

 

 ─────私達は…ただ。

 

 ただ一度の勝利に有頂天になった彼らは、自らの命を喜んで投げ出す選択をとってしまった。

 

 ─────あの臆病者に、鉄槌を…。

 

 戦闘とすら言えない、カガリの目の前に広がる光景は、虐殺─────優しい言い方をすれば、弱い者苛めであった。

 

 強い者(砂漠の虎)弱い者(明けの砂漠)を虐げる─────だが、もし明けの砂漠があそこで砂漠の虎を追い掛ける選択をとらなければ、この虐殺は起きなかっただろう。

 

「あ─────」

 

 待つものは死ただ一つ─────その筈だったのだが、神は彼女を見捨てはしなかった。

 

 一条のビームがバクゥの脇の砂を焼く。

 

 カガリが我に返り、空を見上げる。

 

 太陽の光に照らされながら、飛び来る黒の機体が、彼らの目に飛び込んで来た。

 

「スピリット…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明けの砂漠が独断で砂漠の虎を追ったという報せは、すぐにアークエンジェルへと飛び込んで来た。

 

 そのまま追いつき、戦闘ともなれば間違いなく彼らは全滅する─────そう判断したラミアス艦長は、即座にキラへ出撃を命じた。

 

 が─────俺はその命令に割って入って、スピリットで出撃する事を進言した。

 

 大きな理由としては、戦場が砂漠という特性上、熱対流の関係でビームが曲射してしまう。

 主要兵器がビーム兵器であるストライクでは、それはかなりのディスアドバンテージになる。原作のキラは戦闘中にプログラムを書き換えて対応したが、この世界で同じように上手くいくとも限らない。

 

 一方のスピリットだが─────ビーム兵器も勿論搭載されているが、実弾兵器も豊富にある為、ストライク程の悪影響は受けない。

 ならば、どちらが出撃すべきかは明らかだった。

 

 勿論、キラにもラミアス艦長にも初めは否定された。

 装備を変更したばかりのスピリットで、まだ慣熟訓練を満足に行えていない俺に出撃は命じられない。

 前回の出撃ではツッコまれなかったし、影響も受けなかったが両手の火傷についての事も言われたが、先程上げた熱対流による戦闘への影響を盾に、正論(?)を捻じ込み出撃許可を得る事が出来た。

 

 最後までキラに心配されたが、プログラムの書き換えを終わらせたら助けに来てくれと声を掛け、何とか納得させた。

 

 そして現在─────俺は新しいスピリットで、バクゥ隊との交戦に入った。

 

 まず、逃げ惑うバギーを潰そうとするバクゥの脇を狙い、周囲のレジスタンスを巻き込まないよう出力を絞ってビームライフルを撃つ。

 ここへ来るまでの間に()()()()()()()()()()()()()()()()。それにより、俺の狙いに寸分違わぬ箇所へ着弾。

 

 それにより、バクゥ隊が振り向きこちらの存在を捉える。

 

 バクゥ隊はバギーの事など無視し、一斉にこちらへと向かってくる。

 それに対して、俺はパック下部にマウントされた対艦刀を取り出し、更にスラスターを吹かせる。

 

 やはり以前までのスピリット程ではないが、それでも機動力に優れたスラスターの恩恵を受けながらバクゥ隊の内の一機へと斬りかかる。

 

 四肢を巧みに使って駆け抜けるバクゥはすれ違いざまに跳躍し、こちらの斬撃を回避する。

 

 避けられた─────が、慌てはしない。対艦刀による大振りを避けられる事くらい織り込み済みである。

 振り返りながらパック上部のレール砲を二門展開、左右時間差で砲撃を放ち、肩越しに空中で身動きが取れない状態であるバクゥを射撃する。

 

 一発目は上肢に命中、バランスを崩したバクゥへ間髪おかず今度は胴体に二発目が命中。

 空中で爆散するバクゥへ見向きもせず、再び対艦刀を構えてバクゥ隊へと向き直る。

 

 目の前に居るのは三機、俺が来るまでのレジスタンスとの戦闘で行動不能となったバクゥが一機、少し離れた所で横たわっている。

 

 ─────あれの警戒も怠るなよ。

 

 自身に言い聞かせながら、機体を跳躍させる。

 直後、先程まで立っていた場所に数発のミサイルが着弾。

 

 地面に燃え上がった炎を切り裂きながら、一機、バクゥが跳躍しこちらを追い掛けてくる。

 

 二足歩行のスピリットよりも、四足歩行であるバクゥの方が空中での姿勢制御は難しい。

 その上、空中で移動できるほどの推力を持ったスラスターを持ち合わせていないバクゥでは、ほんの少しでも体勢を崩されれば終わりだ。

 

 機体制御をしつつ、右足を振るってバクゥを蹴り飛ばす。

 続けて再びレール砲を展開しながら、蹴り飛ばされたバクゥを救おうとこちらへ迫るバクゥ隊へ向けてライフルの銃口を向ける。

 

 レール砲とビームライフルを同時に放つ。

 蹴り飛ばされたバクゥはレール砲によって撃ち落とされ、ライフルから放たれたビームはバクゥ隊の動きを止める。

 

 スピリットの両足が地面へと着くが、砂で滑る事はなくピタリと着地に成功する。

 ストライクのプログラムを参考にしながら、スピリットの設置圧のプログラムを書き換えたが、設定は完璧だったらしい。

 

「残り三機─────っ!」

 

 動けずにいたバクゥも合わせて残りは三機。

 

 こちらと相手、一旦流れた硬直の間に息を整えようとしたその時だった。

 

 背筋に奔る冷たい感覚、脳裏に過る正体不明の警鐘に従って機体を後退させる。

 

 眼前にミサイルが着弾した事による爆発には目もくれず、機体を左に向けつつシールドを掲げる。

 

 直後、バクゥより発射された弾頭の一発がスピリットの足下に、もう一発がシールドに直撃する。

 

「来たか…っ!」

 

 歯を食い縛りながら、掲げたシールドの隙間から見える()()()()()()を睨む。

 

 そのバクゥはこちらと一定の距離を保ちながらスピリットの周囲を旋回しながら、再度二連装レール砲を放つ。

 向けられた銃口から弾道を予測し、機体を動かし砲撃を躱す。一連の回避行動の途中でこちらもまたレール砲を展開し、動き回るバクゥへ向けて発砲。

 

 バクゥはその場から低く跳躍しながらレール砲を回避、続けてポッドを展開してミサイルをこちらへ向けて発射する。

 

 ミサイルを発射したのはあのバクゥだけではない。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、かつ()()()()()()()()も二機のバクゥがミサイルを撃ってきた。

 

 これまで相手にしてきたバクゥ隊とは全く違う動きを見せる一機に、ほんの少しではあるが注意が逸れた内に挟み撃ちに遭ってしまった。

 

 前後より放たれたミサイルが、こちらへ迫る─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スピリットの戦闘に突如、もう一機のバクゥが乱入してくるよりも時間は少し遡る─────。

 

 

「あれは…確か、スピリットといったか?修理が終わっていたのか…。だが、データで見たものと随分恰好が違うな」

 

 スコープを降ろしながらバルトフェルドが呟いた。

 

 先程まで、レジスタンスを相手に虐殺にも等しい戦闘を繰り広げていたバルトフェルド隊だったが、とある一機に乱入者によって旗色が変わり始めた。

 

 X-106スピリット─────ストライクと同じく地球軍が開発した新型機動兵器であり、前回の戦闘では出撃して来ず目にする事が叶わなかった機体だ。

 ザフトのトップエースであるラウ・ル・クルーゼと幾度となく交戦し、命を長らえるのみならず、彼の機体を大破させたという実績は、バルトフェルドをも驚かせた。

 

 しかし、地球に居を構えるバルトフェルドの元にも届いていたスピリットのデータとは違った姿が、彼の目の前に現れた。

 

「データを見た時はかなり身軽なモビルスーツだと思っていたが…思い切ったシフトチェンジをしたものだな」

 

 初め、データを見た時には今呟いた様に、身軽であり、機動力に優れたモビルスーツであるという印象をバルトフェルドは持っていた。

 事実、バルトフェルドの耳にも、スピリットに対する()()()()という異名は届いていた。

 

 だが今のスピリットは、その異名に相応しい様相をしていない。

 

 スラスターはかなりの推力を持ってはいそうだが、それ以上に目を引くのは機体に搭載された多彩な武装。

 かなりの火力を搭載してはいるが、あれでは機体の重量で()()の名に相応しい速度は出せまい。

 しかしそのデメリットを埋めて余りある火力は、確かにバルトフェルドを唸らせる。

 

 そして、その火力を十全に使いこなすパイロットの腕にもまた─────。

 

 バルトフェルドは、視線の中でのそりと立ち上がる、スピリットが現れる前にレジスタンスのミサイルで一時行動不能になっていたバクゥを見つけると、無線を手に取った。

 

「…カークウッド、代われ」

 

「『はっ!?」』

 

 虚を突かれて聞き返すパイロットと、運転席に座する副官の声が合わせて聞こえて来た。

 

「バクゥの操縦を代われと言っている。聞こえてるか?」

 

『はっ、聞こえます!ですが…』

 

「な、何を言っているんですか隊長!?」

 

 何やら躊躇っている様子のカークウッドと、非難の調子を漂わせながら呼び掛けてくるダコスタの声。

 

 バルトフェルドも、二人の気持ちが分からないでもなかった。

 特にダコスタ。彼が指揮官たる者、どっしりと腰を落ち着けて、他人の働きを見ていろと言いたいのはよく分かった。

 

 だが─────

 

「今度一杯奢ってやるから!」

 

 バルトフェルドはパイロットとして現在の評価を得るまでになり、そして隊長となった今でもパイロットなのだ。

 

 興味が湧いた相手と一戦交えてみたいと思ってしまうのは、一人の戦士としての本能でもあった。

 

『…コーヒーではなく、アルコールの入ってるものでお願いしますよ』

 

「ふむ…。よかろう。君には新作ブレンドを味わってほしかったのだが、それで代わってくれるのなら手を打とうではないか!」

 

「隊長…」

 

 自分の言葉など聞きもせず話を進める上官へ、困った顔を向ける副官。

 

 そんな副官へ向けて、バルトフェルドはわくわくが抑えられずに浮かんだ笑みを向けながら口を開いた。

 

「撃ち合ってみないと分からない事もあるんでね」

 

 スピリットがバクゥ三機による挟み撃ちに遭う、ほんの数十秒前のやり取りであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE30 怒りの聲






PHASE30って、原作だったらもう閃光の刻だよ?まだ砂漠ってマジ?


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前後より放たれたミサイルに対し、スピリットはギリギリまでミサイルを引き寄せてから左方向へとステップを取った。

 

 バクゥに搭載されたミサイルには追尾機能が備わっているが、性能はそこまで高くない。

 敵へロックさせて撃ったにも関わらず、他のミサイルを敵機と誤断して追尾するという事態も珍しくはない。

 なので、今のスピリットの様にミサイルを引き寄せ、方向転換が間に合わないタイミングで回避行動をとれば躱すのは容易い。

 

「っ…!随分肝が据わっているパイロット君の様だな!」

 

 ただ、ほんの少しタイミングが遅れれば被弾が必須の回避行動である。

 スピリットにはPS装甲が搭載されているとはいえ、三機のバクゥより放たれた多数のミサイルを受ければ、バッテリーへのダメージは勿論、中のパイロットもただでは済まない。

 

 バルトフェルドはそんな恐れ知らずのパイロットへ向けて賛辞を送りながら、機体を駆る。

 

「各機、フォーメーションを崩すなよ!こいつの足は確かに速いが、砂漠のバクゥ程じゃない!」

 

 確かにスピリットの機動力は大したものだ。あれだけのウエイトを抱えながらあの速度を出せる馬力はバルトフェルドも舌を巻く。

 それでも、砂漠という立地に於いて、機動力でバクゥの右に出る機体はない。

 

 地の利は間違いなく、バルトフェルド側にあった。

 

「やっぱり速いな…。前のスピリットならそれでもスピードで勝てたんだろうが─────」

 

 そしてそれは、スピリットを駆るユウにも同じく分かっていた。

 

 壊れる以前のスピリットならともかく、現在のスピリットでバクゥに対し、スピードで攪乱しようなど微塵も考えちゃいない。

 

 過去は過去、今は今─────今のスピリットに搭載されている火力を総動員して、砂漠の猛獣を捻り潰す─────!

 

「チィッ…!動きを止めるなよ二人共!止まればあっという間に潰されるぞ!」

 

 バルトフェルド機、そして僚機二機へと降り注ぐ無数の砲撃を何とか潜り抜け、避け続ける。

 

『ですが隊長、このままでは…っ!』

 

「これだけバカスカ撃ち続ければバッテリーはあっという間に底をつく!どこかで必ず、こちらが攻め込む隙は来る!」

 

 無線を通して聞こえてくる、部下の弱気な声に対し、声を張り上げ喝を入れる。

 

 そう、バルトフェルドの言う通り、スピリットは惜しみなく砲門を開き、バクゥ隊へ向けて砲撃を浴びせ続けていた。

 むしろバルトフェルド達はよくこの砲撃の雨を躱し続けている。そして、これだけのペースで撃ち続ければどこかでスピリットはバッテリーが底をつく、或いはそれを考慮して砲撃を止め、バルトフェルド達が攻め込む隙が出来る筈だった。

 

 しかしそれは、スピリットに乗り込んでいるパイロットが、ユウ・ラ・フラガでなければの話だが─────。

 

 ユウはバクゥへ向けてライフル、レール砲を連射しながらチラリとメーターを確認する。

 

 戦闘が始まってまだ数分、しかしペース配分を考えず撃ち続けたせいでバッテリーは急激に減少、残り半分という所まで落ち込んでいた。

 

 このまま撃ち続けても、こちらがバッテリーを消費し尽くす前に相手の方が息切れするだろう。

 ただ、()()()()()()─────。

 

「…っ」

 

 操縦桿を握る両手に巻かれた包帯に、微かに滲み始めた血を見て、ユウは素早く判断する。

 砲撃を止め、ライフルとレール砲、更に右手に握っていた対艦刀をマウント。

 三機のバクゥの内の一機に狙いを定め、スラスターを吹かせながら両腰のビームサーベルを抜き放った。

 

「っ、ジャッセル!」

 

 突如行動を変更したスピリットを見て、咄嗟に狙いをつけられたバクゥに乗り込む部下の名前を叫ぶバルトフェルド。

 

 そんな彼の目の前で、ジャッセル機とスピリットの攻防が始まる。

 

 スピリットの二刀流による斬撃を、ジャッセル機は後方へステップをとって回避すると、二門のレール砲をスピリットへ向けて撃ち浴びせる。

 

 だが、放たれた電磁砲弾はスピリットへ命中せず、空を横切っていく。

 

「奴は…化け物かっ!?」

 

 二機の距離はそう離れていなかった。近距離とすらいえるあの距離間で、電磁砲弾を躱して見せたスピリットの動きに、流石のバルトフェルドも慄く。

 

 そして、それ以上に動揺を隠せなかったのは必中と思われた攻撃を躱された、ジャッセルだった。

 

「逃げろ、ジャッセル!」

 

『う、うわぁぁぁぁあああああああ!!!?』

 

 バルトフェルドが呼び掛けるよりも早く、スピリットは動き出す。

 

 スピリットのスラスターが噴射され、秒にも満たない間にジャッセル機との距離をゼロにする。

 

 振り下ろされる二本のビームサーベルは容易くバクゥの装甲を切り裂き、スピリットがその場から跳び退いた直後に機体が爆散する。

 

「撤退だ!これ以上はこちらが全滅する!」

 

 全滅─────その二文字が脳裏を過った瞬間、何かを考える前にバルトフェルドは撤退を断じた。

 彼の命令に異を唱える者はおらず、即座に味方は反転し撤退を開始する。

 

 バルトフェルドも、最後にこちらを見つめるスピリットを一瞥してから、部下達に続いて撤退する。

 

 まだ戦っていたい─────そんな本音も胸の中にあったが、()()()()()()()()()現状では勝ち目はない。

 

 だが次は、次に戦場で相見えるその時は、互いに死力を尽くした戦いになるのだろうと、この時のバルトフェルドは理由も根拠もなく、そう直感していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…い、っつ」

 

 撤退していくバクゥの後ろ姿を眺めながら、大きく息を吐く。

 戦闘に張り詰めていた集中が途切れ、気が抜けたからか、両手から伝わってくる痛みをようやく自覚する。

 

 包帯に滲む血の色が広がっている。

 塞がり始めていた皮膚が、激しい動作の末に再び剥がれたのだろう。

 

 前回は操縦桿が一つしかないスカイグラスパーで出撃したから、誤魔化しが効いた。

 だが今回、二つの操縦桿を両手でそれぞれ握り、絶え間なく両手を動かし続けた。

 

 機体に乗り込む前…それこそ、バクゥ隊と交戦を始めるまでは痛みはなかったし、問題ないと思っていたんだけどな。

 もしあのまま戦闘が続いていたら、強くなっていく痛みが操縦に影響を及ぼして、落とされていたかもしれない。

 …俺が一人だったなら、だが。

 

『ユウっ!大丈夫!?』

 

 スピーカーから聞こえてくる、俺を呼び掛ける声。

 

 振り返り、背後を見れば、そこにはこちらへ急いでやって来るストライクがいた。

 

「あぁ。バクゥは撤退した。俺も怪我はしてないよ」

 

 …嘘は吐いてないぞ?この火傷は戦闘の前からあった怪我であって、この戦闘で怪我をした訳じゃない。

 

 なお、そんな言い訳はキラには通用しなかった。

 機体から降りた俺に駆け寄って来たキラは、目敏く両手に巻かれた包帯に血が滲んでいるのを見つけた。

 

「…バカ。また無茶した」

 

「…ゴメン」

 

 キラは俺の両手に恐る恐る触れ、赤く染まった包帯を少しの間見つめてから、俺を見上げながら小さな声で非難した。

 

「もう手が治るまで出撃しちゃダメだからね?」

 

「…約束はでき────分かった。分かったから睨まないで」

 

 真っ直ぐに心配してくれるキラへ罪悪感を抱きながらも、約束はできない、と返事をしようとして─────こちらを睨むキラの目を見て口を噤んだ。

 そして代わりにキラの心配に応える方向の返答をして、何とかキラのご機嫌をとる。

 

「…」

 

 俺の返答を聞いて満足そうに頷いてから、キラは厳しい表情を浮かべて俺の背後を見る。

 その視線を追って、俺も振り返った。

 

 ひしゃげた車の残骸、立ち昇る煙、砂まみれの死体。

 俺が倒したバクゥの残骸もあるが、この戦闘で受けた被害は殆ど明けの砂漠に集中している。

 

 ─────必要がなかったこの戦闘で、多くの命が失われた。

 

「死にたいんですか」

 

 泣きそうな顔なカガリと、厳しい顔のサイーブが俺達の前に立った時、キラは低い声で二人に向かって言った。

 

 相当頭に来ているらしい。それも仕方なくはあるが。

 

 たかだかバギーとランチャーでモビルスーツへ戦いを挑む─────幾度となく、モビルスーツと対峙してきたキラだからこそ、それがどれだけ愚かな行為か思い知っているのだ。

 

「何の意味もないじゃないですか。こんな所で」

 

「なんだと!?見ろ!彼らに同じ事を言えるのか!?」

 

 冷ややかな声でキラは更に続ける。

 そして、その言葉に激昂したのはカガリだった。

 

 目に涙を浮かべ、彼女はキラの胸元を掴み、片手を振って背後を指した。

 

 指の先には何人かの死体が横たえられていた。

 俺やキラとそう歳も変わらない少年の、変わり果てた姿もある。

 

「みんな必死で戦った!戦ってるんだ!大事な人や、大事なものを守る為に、必死で!」

 

「っ─────!」

 

 背後へ振ったもう一方の手もキラの胸元を掴もうとしたその時、キラを纏う空気が変わった気がした。

 

「やめろ、キラ」

 

 咄嗟にキラへ声を掛ける。

 すると、キラは動かそうとした右腕を止めて、俺の方を見る。

 

「ユウ、でもっ!」

 

「分かってる。だけど、暴力で解決するようなものじゃないだろ、これは」

 

「…」

 

 やっぱり、カガリを叩こうとしたなこいつ。

 

 俺の言葉を受けて、キラは下げた腕でカガリの両手を振り払って一歩下がる。

 

「…必死で戦った結果が、これか」

 

「なに?」

 

 キラと入れ替わる形で前に出ながら、俺はカガリへ語り掛ける。

 

 カガリは吊り上がった目尻をそのままに、今度は俺を睨みつけた。

 

「大事な人を、大事なものを守る為に戦った結果が、これかと言っているんだ」

 

「っ、お前っ!」

 

「たかだかバギーとバズーカを持ち込んだ程度で…本気でバクゥを倒せると思ったのか?」

 

 カガリがこちらへ詰め寄って来る。一度振り上げられた右手が拳を握り、俺の顔面目掛けて放たれるが、顔に拳が命中する前に左手を割り込ませ、カガリの拳を握り押さえる。

 

「くっ、離せっ!」

 

「お前らは今までずっと、何をしてきたんだ?何を学んできたんだ?…そんなもので倒せる相手なら、アンタらはとっくに本懐を達成できていた。違うか?」

 

 喚くカガリを無視して、バツが悪そうにこちらを見るレジスタンス達へ向けて言葉を続ける。

 

「砂漠の虎の厄介さを、アンタらは俺達よりもずっと、ずっと知ってる筈だ。それが何故、こんな事になる?何でこんな…自分の命を投げ捨てる様な行為に走る?」

 

 あぁ、まずい。言葉を進める内に、声に力が籠もっていくのが分かる。

 キラに偉そうな事を言っておきながら、少しずつ怒りが外へ漏れているのが自分でも分かる。

 

「大事な人を守る為に戦ったってお前は言ったな。…戦ってるのが、前線に出ていく男達だけだと思ってるのか?」

 

「なに、を…」

 

「前線で戦いに行く家族の帰りを待つ人達。彼らも、帰る場所を守る為に戦っている。下らない意趣返しの為に…勝ち目のない戦いに出て、無駄に命を散らして!アンタらは、アンタらの帰る場所を守る彼らから、大事な人を奪ったんだ!」

 

 一歩、二歩と後ずさるカガリ。

 彼女の拳から力が抜けたのを感じた俺はその手を解放してから、呆然とこちらを見上げる双眸を見下ろす。

 

「言ってみろ」

 

「え…?」

 

「もう一度言ってみろと言っているんだ。大事な人を失った人達の前で。守る為に必死に戦ったって」

 

 見上げる双眸が下がっていき、やがてカガリの顔が伏せられる。

 

 …途中から俺も、感情から言葉を発してしまった部分もあるが、今のカガリにはこれくらい言ってやらなければ分かるまい。

 自分がどれだけ愚かな事をしたか─────自分の言葉が、この惨劇を引き起こしたのだという自覚。

 

「思い知れ。お前の声は、言葉は多くの命を救う事も出来れば、奪う事も出来る」

 

「…」

 

「…獅子の娘なら、まずはそれくらい知っておくんだな」

 

「─────」

 

 最後にそう言い残して、カガリに背を向けてスピリットの方へと戻る。

 途中、ついてくるキラの足音に混じって、更に背後からキラとは違う誰かの足音が聞こえて来たが、その足音はすぐに途切れた。

 

「…ユウ、帰ったらまず医務室だよ?ちゃんと手を診て貰わなきゃ」

 

「…そうだな。うん、そうするよ」

 

 我ながら言い過ぎたという自覚はある。

 だから、今のやり取りについて何も触れようとしないまま、俺を気遣ってくれるキラの優しさがとてもありがたかった。

 

 キラは俺をスピリットの足下まで送ってから、ストライクの方へと駆けて行く。

 そんな彼女を少しの間見送ってから、俺はスピリットのコックピットへと乗り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE31  白い微笑み

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マイウス市─────プラントを形成するコロニーの一つである。

 元は地球に対する大規模生産基地として製造されたプラントは、それを形成する多くのコロニーそれぞれに管轄の分野を定めていた。

 その中でマイウス市は、機械工学、冶金学、材料工学、ロボット工学を管轄としている。

 ザフトのモビルスーツは主に、このマイウス市に所在を置く、国策軍事企業()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にて開発される。

 

 モビルスーツの開発が活発に行われ工場が数多くあるマイウス市に、ザフトのトップエース、ラウ・ル・クルーゼの自宅はあった。

 以前まではザフトの本部が置かれていたディセンベル市に居住をしていたクルーゼだったが、とある事情により、転居をせざるを得なくなった。

 

「…さて」

 

 最低限の物しか置かれず、殺風景な部屋の中でクルーゼは息を吐く。

 

 アークエンジェルを取り逃がし─────ユウ・ラ・フラガを取り逃がし、今すぐにでも地球へと降下し奴を追い掛けてやりたいクルーゼだったが、プラントへの帰投命令、そして任務が続いた事を考慮され休暇命令を下された結果、少しの間身動きがとれなくなってしまった。

 

 帰投命令は仕方ないとしても、休暇に関しては余計なお世話だと口を突いて出そうにすらなったのだが、それを何とか抑え、渋々休暇に勤しむ─────つもりなど、クルーゼには毛頭なかった。

 無論、次の任務に向けて体を休めるつもりではいるが、一人の上官として、一人のパイロットとして、そして何より世界に憎悪を抱く復讐者として、クルーゼにはすべき事が山のようにある。

 

 モニターと向き合い、キーボードを操作して休んでいる間に送られてきたメッセージデータに目を通していく。

 それらの内容を頭に叩き込むと同時に、思考の端で仇敵への思いを馳せる。

 

 ─────確か、足つきが降下したのはアフリカ北部の砂漠だったか。…砂漠の虎、か。

 

 アンドリュー・バルトフェルド。

 ザフト北アフリカ駐留軍司令官であり、砂漠の虎という異名を持つザフトが誇るエースパイロットの一人である。

 一度言葉を交わした事があったが、なかなか愉快な人物ではあった。向こうは何故か、クルーゼを嫌う節が見えていたが。

 

 ─────駄目だな。あれでは奴を落とせまい。アスラン達が足つきを追ってアフリカへ向かったが、それも果たしてどこまで力になれるか…。

 

 そんなエースパイロットを名乗るに相応しい実力の持ち主であるバルトフェルドでも、ユウを落とすには至らないとクルーゼは断じる。

 

 大気圏からの脱出が遅れ、結果地球へと降下する事となったアスラン、イザーク、ディアッカの三人は無事にジブラルタルへ辿り着き、今頃はアークエンジェルがいるアフリカへと旅立っている筈だ。

 しかし、彼らがバルトフェルド隊と合流した所で、果たしてどこまで力になれるか。

 宇宙と地上では─────ましてや砂漠という特殊な地形で、彼らがどこまで戦う事が出来るのか。

 一人の上官として少し興味こそ湧くが、かといって気になるかと問われればそうでもない、程度にしかクルーゼは感じていない。

 

 彼らがどうなろうと、どうでもいい。どうせいずれ散る命、遅いか早いかの違いだ。

 それよりも、流し見るメッセージの中で一件、クルーゼの目に留まる物があった。

 

「…ほぉ?流石というべきか…。早くもザラの目に留まったか」

 

 それは何の変哲もない、とある()()()()からの報告メッセージだった。

 そこに書かれた内容を見たクルーゼは、仮面の下の口を笑みの形へ歪ませた。

 

 ─────しかし、何が起こるか分からないものだな。あの時の子供が、今や私の部下になるとはな。

 

 脳裏に浮かぶ荒んだ黒髪と汚れた顔、そして絶望に塗れた双眸。

 生きる希望を失っていた子供へ言葉を掛けたのは、クルーゼにとって何の打算もないただの気紛れだった。

 それが今、自分の部下として働いてくれる─────当の本人にはそんなつもりなど毛頭ないだろうが、使い勝手の良い駒が増えた事に、クルーゼは機嫌を良くしていた。

 

 ─────()()()()()()()()()()をチラつかせさえすれば奴の手綱は握れる。

 

「くくっ、まるで猿だな。…猿にしては随分と凶悪ではあるが」

 

 これで後はクルーゼが合流し、アークエンジェルを追う事が出来ればなお良かったのだが、現在進行中である大型の作戦への参加が決まったこの状況ではそれは難しかった。

 

 今まで苦心して積み上げて来た軍人としての功績、立場を全て投げ出してユウを追うのも考えたが、それはやはり危険すぎた。

 脱走などすれば機密を持ちすぎているクルーゼを、ザフトは放っては置かない。

 背後を気にしながらユウと戦い、勝利を収めるなど到底無謀。憎しみを持ちこそすれど、感情に流されはしなかったクルーゼはそこで踏み止まった。

 

「さて…私から君達へのプレゼントだ。少々物足りないかもしれんがね」

 

 ユウとキラが知らない間に、憎悪はゆっくりと、彼らへ近付きつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…遅い」

 

「まあまあ…。一応出発時間はまだですし」

 

 苛立たし気に腕を組み、指をトントンと動かすバジルール少尉を隣のトノムラ軍曹が宥める。

 

 俺もバジルール少尉みたいに苛立ちはしないが、まあこの強い日差しを受けながら待たされる身として気持ちが分からないでもない。

 現に、言葉にこそ出さないが、同じく外で立たされ続けているカガリもまた表情に苛立ちが浮かんでいた。

 彼女の傍らに立つ褐色の男、キサカとそのまた隣に立つサイーブの方は表情から感情が読み取れないが…。

 

 現在、俺達は大きめの車の傍でとある人物が来るのを待っていた。

 そのとある人物というのはキラなのだが─────何故、こんな炎天下の中に放り出されているのか、その理由を語るには少々時を遡らなければならない。

 

 というのも、一時間ほど前か。ラミアス艦長に呼び出され、俺とキラは物資の調達を命じられた。

 物資と言っても弾薬等の物ではなく、砂漠の市場でも買える日用品だが─────弾薬等の一般の店舗では手に入らない物は、サイーブとキサカの同行のもとでバジルール少尉、トノムラ軍曹が担当する事となった。

 

 そして日用品の調達を命じられた俺とキラにも、二人だけでは地理が分からないという事、そして気軽に話せるであろう同年代という事も考慮して、カガリの同行が決まった。

 

 …気まずいけどね。だって、あんな偉そうな事を言ってすぐ後日に顔を合わせるだけじゃなく、一緒に買い物に行かないといけないとか。

 炎天下の中外に出るくらいなら中で休みたいって断ろうかとも思ったけどさ。ただ、この買い物中でブルーコスモスのテロが起こる─────原作ではバルトフェルド隊が鎮圧したが、同じような展開になるとも限らないし、やはり同行者は多い方が良い。

 どうせならもっと護衛が欲しい所だったが、敵地を歩く以上、少人数での行動が望ましい。

 それにまさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんて信じてくれないだろうし。

 

 とまあこういった経緯で外出する事が決定したのだが、俺達が炎天下の中待たされている理由はこの後に起きた。

 俺とキラが買い出しをする─────カガリも同行だが、その事を知ったヘリオポリス組(フレイとミリアリアの女性組)が大騒ぎを始めた。

 やれこれはデートだやら、お洒落をしなきゃやら、そう言って二人は戸惑うキラを連れてどこかへ行ってしまった。

 置いてかれた俺とカガリは、とりあえずそれぞれ身支度をして、外に出て、そして今に至る。

 

「準備にいつまで掛かって─────」

 

 いよいよカガリの我慢も限界が来たか、出発予定の時刻にもうすぐなろうかという所でカガリが遂に口を開き─────そして何故か、目を丸くしながら固まった。

 

 カガリだけじゃない。キサカもサイーブもトノムラ軍曹も、カガリと同じ方向を見ながら少し驚いた様子を見せていた。

 

「ヤマト少尉、遅いぞ。時間には間に合っているが、もう少し余裕を持った行動をするべきだ」

 

「は、はい。すみません…」

 

 ただ一人、バジルール少尉だけは通常運転だった。

 時間ギリギリに来たキラへ注意をしている…というかキラ来たのか。いつのま…に…。

 

「ユウ、ごめん…。フレイとミリアリアが解放してくれなくて…」

 

 バジルール少尉へ一度頭を下げてから、キラはこちらへ駆け寄って来る。

 

 何となく想像はついていたが、やはりというか…キラが遅くなったのは、フレイとミリアリアの服選びに付き合わされていたかららしい。

 選ぶのはキラの服なのに、付き合わされたというのは色々可笑しい気はするが…。

 

「え、っと…。どう、かな…?」

 

 呆然としたまま返事をしない俺を不安げに見上げながら、キラが問い掛けてくる。

 

 キラの格好は至ってシンプルだった。

 白いワンピース、襟はきちんと整えられ、スカート丈は膝丈と少し短め。

 キラが持つ清楚な印象を引き出しながら、スカートから覗く白い足がそこはかとなく艶やかさを醸す。

 

「…砂漠でその格好はどうかと思う。サソリとかに刺されたらどうするんだ」

 

「あ…。ごめんなさい」

 

 俺に注意され、寂しそうに謝罪するキラ。

 

 …違う、そうじゃない。俺が言いたいのはこんな事じゃない。

 

 怖くて、恥ずかしくて、今すぐにでもキラに背中を向けて逃げ出したくなる気持ちを必死に抑えながら、俺は勇気を振り絞る。

 

「似合ってる」

 

「…え?」

 

 そんな勇気を振り絞った一言はキラへ届いたのか否か。

 とにかく、驚いた様子で顔を上げたキラは、何が起こったのか分からないといった顔をしている。

 

 …待ってこれ、もう一回言わなきゃ駄目なやつなのか?

 

 ………。

 

「だから、似合ってる。…ほら、もう時間だし行くぞ」

 

「─────あ、待ってユウ!」

 

 二度目で限界だった。

 改めて言葉を受け取ったキラが、これ以上なく嬉しそうに笑うからもう直視出来なかった。

 

 キラに背中を向け、車に向かって歩き出す。

 俺を追い掛けて駆け出したキラは、俺の隣で走るのを止める。

 そして俺と並んだまま、嬉しそうな微笑みをそのままに俺の顔を覗き込んでくる。

 

 …やめろ、こっちを見るな。

 なんて言えず、キラの視線に気付かないふりをしながら、俺はキラと一緒に車へと乗り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、何してるんですか?早く乗りましょうよ」

 

「いや…。お前らの後に車に乗せられる私達の気持ちを考えろよ、バカ」

 

「「?」」

 

 何故バカと言われなければならないのか。

 そして何故、カガリの言葉に同意するようにバジルール少尉達は頷くのか。

 

 さっぱり意味が分からず、俺とキラは首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




プラントに戻って何やら画策するクルーゼさんと、そんな事は露知らずほのぼのするユウ君とキラちゃんでした。
前半と後半の温度差凄いね。次回はデート(お邪魔虫(カガリ)付笑)です。


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PHASE32 赤と白の調和

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦橋から、ユウ達を乗せた車がアークエンジェルを離れていく所を見送る。

 やがて映像を通して車の姿が見えなくなってから、ムウとマリューはほぼ同時に立ち上がり、それぞれの目的地へと向かうべく艦橋を離れる。

 

「しかし、思い切った事するねぇ艦長」

 

 ムウがマリューへ話し掛けたのは、二人でエレベーターへ乗り込んだ後だった。

 

 思い切った事というのは、ユウとキラの二人を数時間とはいえ、艦から離れさせるという行為。

 最新鋭の戦艦とはいえたった一隻。にも関わらず、ここまで幾度となく激闘を生き延びる事が出来たのは絶対的な戦力であるスピリットとストライク─────ユウとキラが居たからだ。

 

 その二人が艦から離れるという事は、それすなわち現在、アークエンジェルを守り続けた戦力がごっそりと抜け落ちる事を意味する。

 

「ヘリオポリスからここまで戦い続きでしたから。…本当は他の子達も出してあげたかったんですけど」

 

「まあ…。あいつらまで抜けたら、完全に艦の仕事が回らなくなるからなぁ」

 

 マリューの気持ちは、ムウにも痛い程分かった。

 今自分達が生き延びているのは、ユウとキラのお陰だ。

 パイロットとして優秀であっても、正規の訓練も何も受けていない子供達が戦ってくれたお陰で、自分達は生き延びている─────。

 

 そして、これから先を生き延びる為にも、自分達は彼らに戦いを強いなければならない。

 

 ならばせめてこれくらいは…、ほんの少しでも息抜きが出来ればと考えたマリューは、ユウとキラの二人に日用品の買い出しを命じた。

 先程彼女が言ったように、本当ならば二人以外の志願組であるフレイ達にも外出させてあげたいという気持ちはあったのだが、しかしそれも先程ムウが言ったように、彼らが一斉に抜けてしまえば艦の仕事が回らなくなってしまう。

 

 とはいえ、ユウとキラが外へ出る事を知った彼ら…特に女性組の盛り上がりを見るに、二人の外出は思わぬ効果を生んだようだが。

 

「今日の外出で少しは気分が変わるといいのだけれど…。フラガ大尉は心当たりはありませんか?」

 

「はい?心当たりって?」

 

「そういう、戦闘のストレスに関して。パイロットとして先輩でしょ?」

 

「あー…」

 

 艦長としてクルーのメンタル管理にやる気を出すのは構わない。

 そういった自覚が、マリューの中で強くなっている事にムウは喜びを覚えながら、その質問をしてほしくなかったという本音を必死に隠す。

 

 解消法─────あるにはある。

 異性であるマリューへは直接教えるのは躊躇われる、されど自分にとってはマッチしたストレス解消法が。

 

 ─────そういや、この人、改めて見ると…。

 

 言い淀むムウを不思議そうに見上げるマリューを見つめる。

 

 黒みがかった茶髪はいつそんな時間をとっているのだろうと思える程に、毛先まで整えられている。

 足首とウエストはきゅっと引き締まり、それなのに胸は大きな存在感を醸し出す。そして唇は何とも可愛い形をしている。

 

 いつも艦長として気を張っている彼女だが、自分といる時だけはその表情に脆さが覗いていると思うのは、自惚れだろうか─────なんて、そこまで考えた時にムウはようやく気付く。

 

 自身の下心を見透かすように、彼女の冷ややかな目が向けられている事に。

 

「あー、えーっと…。ちょっと、あいつらにはまだお勧めしたくないかなー…?」

 

「そのようですわね」

 

 マリューがつんとして言い返し、素っ気なく背中を向ける。

 

 その彼女の背中を追い掛けながら、ムウは口を開いた。

 

「だけどさ、多分艦長が心配する程追い詰められちゃいないと思うぜ」

 

 そう言うと、マリューは足を止めて振り返る。

 

 先程までの冷ややかな表情がやや残りつつも、見上げる彼女の視線には続くムウの言葉への興味が浮かんでいた。

 

「ユウには嬢ちゃんがいて、嬢ちゃんにはユウがいる。俺には無理だが…、同じ苦しみを分かち合える仲間が互いにいるんだからな」

 

「…」

 

 ユウには苦しみを分かち合える相手がいる─────その相手が自分ではないのが何とも情けないが、それでもムウはユウのメンタルに関してはそれ程心配はしていなかった。

 

「そうね…。でも、兄としては複雑じゃありませんか?弟が取られちゃいますよ?」

 

「いやぁ、その辺はほら、遅かれ早かれ取られるのは確定してるし。ユウは俺に似てかなりモテるからな」

 

「大尉に似てるかは一旦置いておくとして…、確かにユウ君はかなりモテそう…というかモテてるわね。キラさんもそうだけど、ラクスさんにも好意を向けられてるように見えました」

 

「…うん、ちょっとその辺で話は止めとこっか?弟の三角関係とか、兄としちゃ胃が痛い以外の何物でもないから」

 

 苦笑いをしながら言うムウを見上げながら、マリューは悪戯気な笑顔を浮かべた。

 まるで面白い玩具を見つけた悪ガキの様な表情に、ムウは嫌な予感がした。

 

「そう考えると、大尉が考えるストレス解消法というのも、強ち無関係じゃなくなるかもしれませんね。最近、ユウ君とキラさんの雰囲気が変わってきましたし?」

 

「止めて」

 

「でも、ユウ君は一体どうするのでしょうね?ラクスさんとの事もどう考えてるのか…、もしかしたら、二人一遍になんて事も─────」

 

「止めて止めて止めて!?生々しすぎて聞きたくない!あのさ、俺真面目に悩んでるのよ!?あの三人の修羅場とか俺見たくないってぇ!」

 

 頭を両手で抱えながら叫ぶムウを見ながら、マリューは大きく口を開けながら笑う。

 

 ユウとキラへの気分転換になればと命じた外出は、ヘリオポリス組へは勿論、こんな所にまで好影響を及ぼしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、四時間後だな」

 

 車から威勢よく降りながらカガリが言い、続いて俺とキラも車から降りる。

 

「気をつけろよ」

 

「分かってる。そっちこそ、交渉相手は気の抜けない相手なんだろ」

 

 車に乗ったままのキサカと向き合い、言葉を掛け合うカガリ。

 

 その後、キサカやバジルール少尉達を乗せたジープが走り去り、雑踏の中に俺達三人だけが残される。

 

 バナディーヤ─────今、俺達が居る街の名前だ。

 タッシルから更に東に位置する、砂漠の虎の駐屯地だ。

 

「おい、ボケっとするな!」

 

 人々が行き交い、物売りの声が響く。

 活気のある街の様子に、俺もキラも目を奪われている中で、カガリに声を掛けられ我に返る。

 

 すでに少し先まで歩いていたカガリの後に慌てて続く。

 

「お前らは一応、護衛なんだろ。ちゃんとついてこいよ」

 

「…ねぇ、ホントにここが虎の本拠地なの?随分賑やかで平和そうだけど…」

 

 雑踏を慣れた様子で進むカガリについて歩きながら、キラが彼女へそっと囁きかけた。

 

 街を行く人達はのどかで幸せそうに見えた。

 砂漠の虎との戦いの連続、そしてレジスタンス達と過ごした時間は、キラから砂漠の虎への悪印象を植え付けていた。

 恐らく、ここバナディーヤはもっと、暗い雰囲気に満ちた街ではないのかと思い浮かべていたんだろう。

 

 しかし実際には違く、正にキラが言った賑やかで平和という言葉が似合う街に見えていた。

 

「ちょっと来い」

 

 緊張感のないキラの問い掛けに、カガリは鼻に皴を寄せながら顎をしゃくった。

 

 何事かと聞きた気に、首を傾げてこちらを見上げるキラに肩を竦めて返す。

 とにかく、どんどん先へ行くカガリの後を俺とキラは追い掛けた。

 

 そうして歩くこと数分、角を曲がった所でカガリは足を止め、そして俺達もまた同じく足を止めた。

 

「平和そうに見えたって、そんなものは見せかけだ」

 

 カガリの視線の先にあるものを見て、キラは大きく目を見開いた。

 

 窓に張り渡されたロープに掛けられた洗濯物は風で翻り、子供達が駆け抜けていく。

 白い土壁の続く路地、その真ん中にごっそりと地面を抉り取ったような爆撃の跡があった。

 

 先程、苦い口調で吐き捨てたカガリは、平和な日常の地に似つかわしくない破壊の跡地の向こうにある、巨大な艦を見据えていた。

 

 ()()()()()─────アンドリュー・バルトフェルドの旗艦だ。

 

「あれが、この街の本当の支配者だ。逆らう者は容赦なく殺される。ここはザフトの…砂漠の虎のものなんだ」

 

「…」

 

 俺の隣に立つキラが、カガリの言葉を聞いてから、ふと背後を振り返る。

 

 キラの視線の先には、楽しそうに路地を駆ける子供達の姿があった。

 

 何となく、キラが何を考えているのか想像がつく。

 逆らって殺されるなら、逆らわなければいい─────そうすれば少なくとも、あの子供達の様に日常を穏やかに過ごす事が出来る筈だ。

 それなのにどうして、戦いを求めなければならないのか─────といった所だろうか。

 

 現在はこうして穏やかで活気のある街の姿をしていても、過去もそうであったかは分からない。

 いや、ザフトが支配する前─────抗争が頻繁に行われていた時は、この地に多くの血が流れていた筈だ。

 戦いは人から多くの命を奪う。大切なものを奪う。その果てに生まれた憎しみは、そう簡単に消えはしない。

 

 強い憎しみが湧いてしまえば、例え安寧を失ってしまうと分かっていても感情を抑える事が出来ない。

 そんな人間が殆どなのだ。普通であれば。

 

「…湿っぽくなっちまったな。時間も限られてるし、行くか」

 

 これ以上見ていられない、と言わんばかりに勢いよくレセップスから視線を切ったカガリが歩き出す。

 

 俺とキラもカガリに続いて路地を抜ける。

 再び活気のある街並みへと戻って来た俺達は、買い物リストを見比べながら、市場中を歩き回るのだった。

 

 そして─────

 

「はぁ~…」

 

「だ、大丈夫?」

 

 脇に大きな買い物袋をいくつも並ぶ中、カフェの椅子にへたり込んだ俺を心配そうに見つめるキラの図が出来上がるのだった。

 

 いや、本当に疲れたぞ…。

 前世でも今世でも、こうして女の子の買い物というものについて来た事はなかったが、よーく分かった。

 これは、覚悟もなしについて来て良いものじゃない。

 

 今でこそ心配そうであると同時に申し訳なさげにしているキラだが、買い物中はカガリと一緒にそれはもうノリノリだった。

 我に返った今は、それは本当に申し訳なさそうにしているが…。

 

 なお、もう一人の同行者であるカガリはというと─────

 

「これで大体揃ったが…。おい、このフレイって奴の注文は無茶だぞ。()()()()()の乳液だの化粧水だの、こんな所にあるもんか」

 

 荷物持ちを全て俺に任せ、疲労困憊にさせた挙句平気な顔して買い物リストを検討していやがる。

 

 こいつ…いや、止めよう。ここで苛立ちを募らせたって、疲れるだけだ。

 それよりも、そろそろさっきカガリが注文したあれが…お、来た来た。

 

 俺達の前に、給仕がお茶と料理を並べた。

 薄いパンの上にトマトやレタスなどの野菜と、こんがり焼いた羊肉のスライスが載っている。

 これだよこれ。この買い物に同行した理由の一つに、これが食べたかったっていうのもあったんだよな。

 

「なに、これ?」

 

「ドネル・ケバブさ!あーっ、腹減った。お前らも食えよ!ほら、このチリソースをかけて…」

 

 物珍しそうに尋ねるキラに答えながら、カガリはテーブルからソースの容器を手にして、それを俺達に向けて差し出した。

 

「あいや待った!」

 

 その時だった。どこからともなく声が掛かり、キラとカガリは驚きそちらを見遣る。

 

 ─────やっぱり来たか。

 

 俺も少し遅れて声がした方へ視線を向けると、派手なアロハシャツにカンカン帽という、なんとも目立つ格好をした男がそこには立っていた。

 

「ケバブにチリソースなんて何を言ってるんだ、君は!ここはヨーグルトソースをかけるのが常識だろうがっ!」

 

 原作と同じタイミング、同じ姿で現れたこの男─────アンドリュー・バルトフェルド。

 前回の戦闘では、原作よりも与えた損害が大きかった故に、もしかしたら現れないかもしれないと危惧していたが、心配が杞憂で終わり少し安堵する。

 もしバルトフェルドが来なかったら、ブルーコスモスのテロが原作通りに起きた場合、対処が面倒臭くなるからな。

 

「はぁ?」

 

「いや、常識というよりも、もっとこう…そうっ!ヨーグルトソースをかけないなんて、この料理に対する冒とくに等しい!」

 

「…なんなんだお前は」

 

 胡散臭そうに熱弁する男、バルトフェルドを見ていたカガリだったが、やがて無視する選択をとった彼女は構わず…というより、バルトフェルドに見せつけるようにケバブへチリソースをぶっかけた。

 

「あぁっ!?」

 

 悲痛な叫びを上げるバルトフェルド。

 

「見ず知らずの男に、私の食べ方をとやかく言われる筋合いはない!…あーっ、うっまーい!」

 

「あぁ…なんという…」

 

「「…」」

 

 大人げないカガリと打ちひしがれるバルトフェルド。

 そんな二人を無言で眺める俺とキラ。

 

 ─────原作見てても思ったけど、実際に目にするとなおきついなぁ…。何でこの二人、そんなに必死なの?

 

「ほら、お前らも」

 

「あぁっ、待ちたまえ!彼らまで邪道に堕とす気か!?」

 

「何を言う!ケバブにはチリソースが当たり前だ!」

 

「いいや、ヨーグルトソース以外考えられない!」

 

「…はぁ」

 

 うん、もう無視しよう。

 大体二人共可笑しいんだよ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ」

 

「「え」」

 

 俺は二つの容器を手に取り、腕を動かし波打たせながらケバブへ()()()ソースをかけていく。

 

 その様を呆然と見ていたキラが呆けた声を上げ、そして続いて俺の行為に気付いたカガリとバルトフェルドもまた、さっきまでの激しい口論はどこへやら。

 静かになって呆然と赤と白のソースがかかった俺のケバブを見つめる。

 

「争いは止めろ。チリもヨーグルトも甲乙つけがたい程に美味い。なら正解は、二つの調和だろうが」

 

「「いや、それはない」」

 

「…」

 

 本当にさっきまで仲違いしていたとは思えない程に合った息で、俺の選択を全否定してくる二人。

 

 …この人の多様性に目を向けようとしない独善主義者どもめが。

 お前らの様な人間が居るから、争いは終わらないんだ。

 

「ねぇ、ユウ。それ美味しい?」

 

「美味いぞ。キラも試してみるか?」

 

「えっと…。今回はいい、かな?」

 

「…そうか」

 

 美味いんだけどな…。

 まあ、キラはケバブ初めてみたいだし、最初は片方のソースを試すのが良いだろう。

 

 そう結論付けながら、未だ信じられないといった視線を向けてくる二人へ見せつけるように、ケバブを頬張るのだった。

 

 うん、やっぱり時代はミックスだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という事で、赤(チリソース)と白(ヨーグルトソース)の調和の話でした。
ちなみに私はケバブ食べた事ないので、味に関してはさっぱり分かりません。


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PHASE33 be fascinated

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とカガリはあっという間にケバブを食べ終え、キラも半分ほど食べ終えていた。

 因みに、何故キラが食べるのに時間が掛かっているかというと、チリソースとヨーグルトソースを交互にかけながら食べているからである。

 

 チリソース派(カガリ)ヨーグルトソース派(バルトフェルド)が睨みを利かせる中、キラが出した結論がこれだった。

 なお、ミックス派()の意見は無視された。一度断られた後、もう一度勧めてみたのだがやっぱり却下された。

 まあ次に食べる時は試してみると言っていたし、その時にはキラもミックスの美味しさに気付けるだろう、うん。

 

「しかし、凄い買い物だねぇ。パーティでもやるの?」

 

 てっきりまた、キラへどちらのソースの味が上なのかと二人して問い詰めるつもりなのではと思っていたのだが、思いの外バルトフェルドは落ち着いていた。

 というか、いつの間にか同じテーブルに座ってるし…、いつの間にかコーヒー頼んでるし…。

 

「余計なお世話だ!大体お前、さっきから何なんだ?誰もお前なんか招待してないぞ!」

 

 買い物袋を覗き込みながら尋ねてくるバルトフェルドへカガリが噛みつく。

 

「っ─────」

 

 その時だった。

 

 慣れ親しんだ冷たい感覚が、今すぐにその場から離れろと俺へ叫ぶ。

 

 店に入ってすぐの時は警戒していたつもりだったが、チリソース派(カガリ)ヨーグルトソース派(バルトフェルド)の論争を前にして、気が抜けてしまっていたらしい。

 敵意はもう、この場から逃れられない所にまで接近していた。

 

「キラっ!カガリっ!」

 

「え、ちょっ、わぷっ」

 

「うわっ、な、なにを─────」

 

 カガリの腕をテーブル越しに掴み、強引にこちらへ引き寄せる。

 その途中でもう片方の腕でキラを抱きすくめ、その場にしゃがみこんで姿勢を低くする。

 

 次の瞬間だった。空気を劈く鋭い音を立てて、店の中に何かが飛び込んで来た。

 

 すかさず、バルトフェルドがテーブルを跳ね上げ自身を含めた四人全員の身を隠す。

 

 直後、店内に撃ち込まれたロケット弾が炸裂した。

 襲って来た爆風や破片を、テーブルの陰に身を縮めてやり過ごす。

 

「無事か!?」

 

「はい!そっちは!」

 

「こっちも大丈夫だ!だが─────」

 

 バルトフェルドがこちらに視線を配らせながら、大声で尋ねる。

 それに対し、腕の中とキラと、先程の爆風によって吹き飛んだお茶とソースに濡れたカガリに怪我がない事を確認してから問題ない事を伝える。

 

「死ね、コーディネイター!」

 

「青き清浄なる世界の為に!」

 

「ブルーコスモスめ、折角の楽しいひと時に…!」

 

 響き渡る怒号の中で、テーブル越しにマシンガンを連射しながら突入してくる男達を、バルトフェルドが忌々し気に睨む。

 

 ブルーコスモス─────元々は環境保護団体であったが、コーディネイターの存在が明らかになると反意を表明。キリスト教やイスラム教といった旧宗教団体を取り込み、やがて反プラント、反コーディネイターの思想を持つ者達が集まる武装団体と発展していった。

 先程、男達の内の一人が口にした()()()()()()()()()()()というのは、ブルーコスモスのスローガンだ。

 

 青き清浄なる世界─────それを実現する為に、世界を赤い血に染めるというのは何とも皮肉な話と思うのだが、団体の中でも特に過激派…というよりただの暴走者達にはそこまで思考が至る脳みそを持っていないんだろう。

 

「お、おいっ!」

 

 不意にバルトフェルドが立ち上がる。

 テーブルの陰から姿を現したバルトフェルドの姿を視認した男達が、一斉に彼へ銃口を向ける。

 慌てた様子でカガリがバルトフェルドへ向かって手を伸ばす─────今すぐ姿を隠すべきだと、何かしらの手段で伝えるつもりだったのだろう。

 

 だがそれよりも前に、どこからともなく襲撃者の頭部を銃弾が撃ち抜いた。

 

「構わん、全て排除しろ!」

 

 さっきまでの軽薄さが嘘の様な鋭い声でバルトフェルドが命令する。

 

 命令とは言ったが、それよりも前に、バルトフェルドの部下と思われる者達は動き出していた。

 

 途端に激しさを増す銃撃戦。

 とにかく、キラとカガリが巻き込まれない様に二人の身体を縮ませながらじっとしていると、俺の足下に拳銃が転がって来た。

 

 近くで誰かが落としたのか─────テーブル越しに向こう側を見ると、襲撃者達の数は着実に減っていた。

 

「っ!」

 

 ひやりと奔る冷気と脳裏に響く警鐘。

 テーブルに身を隠して銃弾を防いでいたバルトフェルドが立ち上がり、逃げようとする襲撃者へ銃を向ける。

 

 バルトフェルドは、彼を狙う銃口に気付いていなかった。

 

 考えるよりも前に、足元へ転がって来た拳銃を拾って立ち上がる。

 驚いた様子でキラとカガリが見上げ、そしてバルトフェルドもまた何事かと横目でこちらを見てくるが構わない。

 

 狙撃者は俺が立っている位置から丁度、バルトフェルドを越して向こう側に立っていた。

 そちらへ向けて、銃口を向ける。

 

「──────」

 

 俺の仕草を見て意図と理由を即座に悟ったバルトフェルドがすぐに身を屈む。お陰で狙いは定めやすかった。

 

「ぐぁっ!?」

 

 俺が撃った銃弾は狙撃者の左肩を貫通。

 

 狙撃を阻害された男は、すぐに狙いを改めようとするも、それよりも先に更なる銃弾を受けて後ろから倒れ込む。

 

 気付くと銃声は止んでいた。

 周囲を見回せばうっすらと漂う硝煙と、至る所に横たわる死体と怪我人が店内を埋め尽くしていた。

 

「ユウ!」

 

「おい!」

 

 戦闘は終わったらしい、と一息吐こうとした時だった。

 

 震えた大声と怒鳴り声に呼び掛けられた、かと思えば勢いよくキラに飛びつかれた。

 

「あ、えーっと…」

 

「何してるの!?本当に…ば、バカッ!ユウのバカッ!もう知らない!」

 

 俺へ至近距離まで詰め寄りながら、語彙崩壊を起こしながら罵倒してくるキラ。

 そんなキラの背後では、何やら言いたげのカガリが、行く末を失った手をおろおろと揺らしていた。

 キラは勿論、カガリも俺を心配してくれたのだろう。左手でキラの背中を擦りながら、残った右手をカガリへ向けて上げる。

 

「…ったく。バカップルめ」

 

「それは違う」

 

 キラを宥めるついでの様な扱いを受けた事に何を思ったか、カガリは両手を腰に当てながらこれ見よがしに大きく溜息を吐くと、小さく吐き捨てた。

 即座にその一言を否定したが、カガリはやれやれと言った様子で首を振るだけ。誤解は全く解けていないな、これは。

 

「いやぁ、助かったよ。少年」

 

「っ─────!」

 

 激しい銃撃戦を終えたにも関わらず、疲労感一つ見せないまま微笑んで見せたバルトフェルドは、俺に向けて礼を口にする。

 

 そして、バルトフェルドの顔を正面から見たカガリがハッ、と息を呑んだ。

 

「アンドリュー・バルトフェルド…」

 

 その名前を耳にして、キラもまた身を震わせる。

 俺の腕から離れたキラも、精悍な男の顔を見上げた。

 

 バルトフェルドの背後には、彼の部下と思われる男達が集まり始めていた。

 

「是非お礼がしたい。ついて来てくれないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラやカガリはともかく、バルトフェルドに害意がないのを知っている俺は拒否する事も出来た。

 しかし、俺達はバルトフェルド達が用意したジープに乗って、ザフト軍が仮設司令部にしている高級ホテルへと招待される事となった。

 

 ホテルの前に並んでいるのはザフトの警備兵で、中庭に立つのは宇宙でも見慣れたモビルスーツ。

 

 俺達にとっての敵地の中へ入り込んだ事への緊張が、キラとカガリの表情を固くさせていた。

 

「お帰りなさい、アンディ」

 

 バルトフェルドに後についてホテルの中へ入り、不意に柔らかな女性の声が聞こえた。

 

 俺達の行く手に現れたのは、艶やかな黒髪を流した美しい女性だった。

 

「ただいま、アイシャ」

 

 バルトフェルドがアイシャと呼ばれた彼女の細い腰に手を回すと、そのまま慣れた様子で二人は唇を重ねた。

 

「んなっ…!」

 

 それをどぎまぎしながら見るのはカガリ。その隣ではキラもカガリほどではないが、恥ずかし気に頬を染めながら男女の口づけを眺めていた。

 

 …チラチラたまにこっちに視線を向けてくるのは何なんだろうか?

 これを俺に求めるのは是非とも止めて頂きたいのだが…。

 

「この子ですの?アンディ」

 

 バルトフェルドから体を離したアイシャがこちらへ向き直ると、カガリの肩に手を掛けながらバルトフェルドへ尋ねた。

 

「あぁ、どうにかしてやってくれ。チリソースとヨーグルトソース、おまけにお茶までかぶっちゃったんだ」

 

「あらあら、ケバブね?」

 

「それと、そちらの子も是非連れて行ってくれ。君好みの子だろう?」

 

 あれ…?もしかしてカガリだけじゃなくキラも連れてかれるパターンか?

 バルトフェルドに言われたアイシャは少しの間キラを眺めると、優しく微笑みを浮かべた。

 

「そうね。腕が鳴るわ」

 

「なら、頼む」

 

 了解、とやや演技染みた声質で返すと、アイシャはキラの肩にも手を掛け、そのまま二人を奥へ連れて行こうとする。

 

「あ、いや、こんなの別に…」

 

「ダメよ?可愛い女の子が、いつまでもソース塗れの顔をするなんて、貴女が良くても私が許しません」

 

「かわっ…!?」

 

「ゆ、ユウ…」

 

「あー。取って食われたりしないだろうし、大丈夫だろ」

 

「そんな…!」

 

 どうせついていこうとしても出来ないし、大体女の子の着替えについていくほどデリカシーがないつもりはない。

 

 しかし、キラのドレス姿か…。

 ─────今のワンピースも似合ってるから勿体ない気はするが、アイシャが選ぶドレスにも興味はある。どんな風になるんだろう?

 

「ほら、君はこっちだ」

 

 俺の方はバルトフェルドの後について、とある一室の中へと入った。

 

 そこは明るく広い部屋で、中庭に面した側は全面がフランス窓になっていた。

 窓に背を向けて、アンティークらしい書き物机が置かれている─────ここは、バルトフェルドの執務室か何かなのだろう。

 

 しかし、少しこの部屋というか、置物が醸す雰囲気が苦手だ。

 床に敷かれたシルクの絨毯といい、壁にある暖炉やら─────今はもうない、フラガの屋敷の雰囲気にそっくりだから。

 

「そう緊張しなくていいよ。自分の家だと思って寛いでくれたまえ」

 

 その自分の家に雰囲気が似てるから寛げない…とは口に出せず、いつの間に淹れていたのだろう、コーヒーをテーブルに置きながら言うバルトフェルドへ向けて曖昧に頷く。

 

 テーブルを挟んでバルトフェルドの対面のソファに腰を下ろして、俺に淹れてくれたコーヒーに口を付ける。

 

 …苦っ、何だこれ。

 俺はブラックコーヒーも飲めるというか、むしろそっちの方が好みまであるが、ここまで苦味のあるコーヒーを飲んだ事はない。

 でも、何故だろう。癖になる味だ。

 

「ほぉ。君、なかなかいける口だな」

 

 感心したように言いながら、バルトフェルドも自身が淹れたコーヒーに舌鼓を打つ。

 

 俺もコーヒーの二口目を含み、ゆっくりと咀嚼して味わってから喉へ通す。

 その途中でふと目に入った物に、思わず視線を向けた。

 

 何かの生き物の化石を模したレプリカだ。

 この世界に生きている人間なら誰もが一度は目にした事がある、有名な化石─────エヴィデンス01。

 

「実物を見た事は?」

 

 俺がエヴィデンス01に目を奪われている事に気付いたバルトフェルドが、主語もなくそう尋ねて来た。

 

 その問い掛けに頭を振って答えると、バルトフェルドはしみじみとそれを眺めながら再び口を開いた。

 

「何でこれを()()()()というのかねぇ?これ、鯨に見えるかい?」

 

「見えなくはない、という所ですかね」

 

「ふむ…。だが、背中から生えているあれ、どう見ても羽じゃない。普通、鯨に羽はないだろ?」

 

「…まあこれが何であるかなのは俺にとってはどうでもいいです。バルトフェルドさんはどうもこれが愉快で楽しい物の様に見えているようですが、俺にとっては逆です」

 

「…ほぉ?」

 

 軽い笑みを浮かべていたバルトフェルドが目を丸くしながら、俺へ問い掛けてくる。

 

「なら、君にとってこれはどう映っているのかな?」

 

「ゴミです。今すぐに外宇宙へ捨てるべき…いや、もう遅いか。人はもう、()()()()()()()()()と知ってしまったから」

 

 後半の台詞は、バルトフェルド自身も言っていたものだ。

 

 俺もこの台詞に全面同意で、外宇宙から偶然もたらされた地球とは全く異なる生命の証拠(エヴィデンス)は、人へ更なる可能性を示してしまった。

 

「可能性の先にあるものが希望であれば良かった。でも結果、人は妬みと憎しみに流されて、可能性の行く末からずれた破滅の扉へ向かおうとしている」

 

「可能性なんてなくて良かった。先に何て行けなくても良かった。だけど人は他者より先へ行きたがる。他者より上へ登りたがる。他者より強くなりたがる」

 

「人の醜い感情を助長させた汚物。俺にとってこれは、その程度のモノです」

 

 コズミック・イラの混沌さに更に拍車をかけた要因の一つ─────エヴィデンス01は、俺にとってはそれ以外の何物でもない。

 原作ではまだ何かしらの秘密がありそうな表現がされていたが…、それが何か分からない以上、俺からこいつへの評価はそれ以上にも以下にもならない。

 

「君は─────」

 

 言いたい事を言い終えて、コーヒーの三口目を含む。

 すると、バルトフェルドは俺に感情が読み取りづらい視線を向けながら何かを言おうとして─────その前に、控えめなノックの音がして二人で振り向いた。

 

 ドアが開き、アイシャが入って来る。

 その後ろにはキラとカガリが彼女にくっつくようにしてついてきていた。

 

「なあに?恥ずかしがる事ないじゃない」

 

 アイシャが笑いながら、キラ達を前に押し出す。

 

「─────」

 

「ほっほーう」

 

 その姿を見て俺は息を呑み、バルトフェルドは目を輝かせた。

 

 カガリはまだ良かった…なんていえば失礼かもしれないが、原作通りのドレス姿は魅力的だったし、しかしそれでもまだ耐えられた。

 問題は青いドレス姿のキラだった。あのワンピース姿といい、この子もしかして俺を殺しにでも来てるんだろうか?

 

 カガリの裾の長いドレスとは逆に、キラが身につけたドレスは裾が短く、裾の先ではレースがひらりと揺れた。

 裾が届く膝上からは黒いタイツに覆われた引き締まった足が露になっている。

 上半身では胸元が少し開かれ、存在感のあるキラの胸の谷間が微かに覗く。

 何というか、さっきまでのワンピースもキラの清楚さをこれ以上なく引き出しつつ、短めの裾から覗く生足がキラの妖艶さも同時に引き出していたのが、このドレスは引き出す清楚さと妖艶さの割合が真逆になった感じだ。

 何というか、その…エロい。

 

「おい」

 

「え、あ、な、なに?」

 

「何とか言ってやれよ。こいつ、着替えてる間お前に何て言われるかーっておどおどしっ放しだったんだぞ?」

 

「か、カガリッ!」

 

 呆然とキラの姿を眺めている俺の脇腹をカガリが肘で突いてきた。

 何事かと聞き返せば、カガリから返って来た答えは思わぬものだった。

 

 …今日は何というか、勇気を振り絞る場面が多く来る日だな。

 

「うん、似合ってるよ。さっきのワンピースも可愛かったけど…、そっちも魅力的だ」

 

「っ~~~~~~~~!!!」

 

 そう言えば、キラは顔を真っ赤にさせ、瞳を潤ませながらそっぽを向いてしまった。

 

 その様子を眺めていたバルトフェルドは口笛を吹き、アイシャが微笑ましそうに笑う。

 そしてカガリは、「ケッ」と吐き捨てながら俺達から視線を外す。

 

 改めて、役者は揃ったという事でお茶会が再開となる。

 用事が済んだアイシャは去り、俺の隣にキラが、その隣にカガリが腰を下ろし、バルトフェルドは再び俺達の対面のソファに座り直す。

 

「で?一体どういうつもりだ?」

 

 バルトフェルドが淹れ直したコーヒーをキラとカガリへ出し、カガリが一口コーヒーを喉に通してから切り出した。

 

 …平気な顔してるけど、苦くないのかこいつ?それとも、苦さ控えめのやつを出したのかな?

 

「どういうつもり、とは?」

 

「人にこんな服を着せて、どういう心算なんだと聞いてるんだ。そもそも、お前は本当に砂漠の虎なのか?それとも、これも毎度のお遊びの一つか?」

 

「お遊びねぇ…。それについても心当たりはないが、何を指しているのかね?」

 

「変装して街をフラフラしてみたり、住民だけ逃がして街を焼いてみたりって事だよ」

 

 カガリの言葉にヒヤリとしたのか、出されたお菓子を堪能していたキラが顔を上げてカガリを見る。

 

 カガリはキラの視線に気付いて無視しているのか、それとも気付いてもいないのか、しばしバルトフェルドと睨み合う。

 

「真っ直ぐだね。…実にいい目だ」

 

「ふざけるなっ!」

 

 センターテーブルを叩きながら激昂するカガリ。

 キラがカガリを押さえようと腕を掴んだ。

 

「君も、()()()()()()()()なクチかな?」

 

「─────」

 

 相手は冗談みたいなアロハシャツを着て、ソファにだらりと座ったままだ。

 しかし、俺の背筋に慣れ親しんだ冷気を感じさせる程の強い威圧感を漂わせ、視線で俺達を射る。

 

 咄嗟に立ち上がり、キラとカガリの前へ躍り出る。

 その際、足でテーブルを蹴ってしまい、上に載った皿やカップを落としてしまうが気にも留めない。

 

 分かっている。威圧こそしているが、この男に俺達を害する気は現段階ではない。

 だがそれを差し引いてもこの威圧感。砂漠の虎という男は、これ程までに─────。

 

「少年。さっきの君の回答は実に興味深かった。だからこそ、君に尋ねたい」

 

 バルトフェルドは鋭い視線を真っ直ぐに俺へ向けながら続けた。

 

「どうすれば、戦争は終わると思う?」

 

 正直、この質問をされるとは思っていた。まさか、指名された上でとまでは考えなかったが。

 

 さて、何と答えるべきか…正直、今の俺に出せる答えは、一つしかない。

 それならいっそ、正直にそれを打ち明けてしまおうか。

 

「敵である者全てを滅ぼせば、戦争は終わりますよ」

 

「…」

 

「お、お前っ…」

 

 そう口にすれば、背後からキラが息を呑む音と、カガリの信じられないと言わんばかりの震えた声が耳朶を打った。

 

 一方、俺へ問い掛けてきたバルトフェルドはというと、獰猛な視線の中に微かに悲観を漂わせながら俺を見つめ続けていた。

 

 この男は一体、俺に何を期待したのだろう。

 この戦争を終わらせる都合のいい方法があると、それを俺が知っているとでも期待したんだろうか。

 

 悪いが、そんなもの俺には分からない。どれだけ考えても、考えても、考えても、答えに辿り着く事は出来なかった。

 

 それでも─────

 

「そうならない様に、考える事を止めないつもりではいますが」

 

「─────」

 

 バルトフェルドの目がゆっくりと見開かれていく。

 

 室内に満ちた彼の殺気が解かれていき、やがて彼の表情も穏やかなものへと変わっていった。

 

「君なら知っている筈だ。人は止まらない。それでも?」

 

「それでも、って俺は言い続けるつもりです。人は憎み合い、競い合うしか出来ない生き物じゃないって、知っていますから」

 

 この答えが、バルトフェルドにどう響いたかは分からない。

 

 バルトフェルドは少しの間、目を瞑り、俯きながら何かを考えている様子だった。

 

「…話せて楽しかったよ。良かったかどうかは知らないがね」

 

「俺は良かったと思いますよ。出来る事なら、俺達を見逃してくれると有難いのですが」

 

「今日の君達は命の恩人だし、ここは戦場じゃあない。だが…明日、明後日も同じように見逃すつもりはないよ」

 

 やはり駄目か…。正直、この男を殺さずに討ち取れる自信はない。

 原作では運よく生き残っていたが、同じように彼が生き残れるとは限らない。

 

「帰りたまえ。また、戦場でな」

 

 そう言うバルトフェルドの声に、寂寥と諦念が込められていたのは、きっと気のせいではないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうでした?」

 

 ユウ達が去った部屋の中、窓辺に佇むバルトフェルドの背中にアイシャが声を掛けた。

 

「…酷い気分だ」

 

「あらあら…。可愛い子達だったじゃないの?何が気に入らなかったの?」

 

「気に入った。だから気分が悪い」

 

 どこか拗ねた様な口調で話すバルトフェルドの背に、アイシャは笑いながら体を摺り寄せた。

 

「おバカさんね。気紛れを起こすから」

 

「全くだ」

 

 バルトフェルドは苦笑いを浮かべながら振り返り、アイシャの身体を両腕の中に収める。

 

「…彼が言ったんだよ。『人は他者より先へ行きたがる。他者より上へ登りたがる。他者より強くなりたがる』。まるで全てを見限ったような、そんな顔で、そう言ったんだ」

 

 バルトフェルドが不意に、噛み締める様な口調で、ユウが口にした台詞を反芻した。

 

「でもね、彼はこうも言ったんだ。『人は憎み合い、競い合うしか出来ない生き物じゃない』って。…笑いながら、ついさっきは今の台詞と矛盾した事を吐き捨てるように言った癖に」

 

 アイシャはバルトフェルドを見上げる。

 

 彼は、笑っていた。

 

「アイシャ、僕は思っちゃったよ。彼こそ、真の調停者(コーディネイター)に相応しい人間なんじゃないかって」

 

 きっとユウは、そんな大それたものじゃないと笑いながら言うんだろう。

 それでも、バルトフェルドはユウの言葉に、あの時のユウの目に魅入ってしまった。

 

「…辛いわね、アンディ」

 

「いや。…彼に殺されるなら、それも本望だよ」

 

 頬を撫でながら言うアイシャに、バルトフェルドは頭を振りながら返事をする。

 

 そう、辛くはない。

 戦い続けた果てに出会えた、あの少年に挑める─────。

 

 知りたい。本気になった自分が、彼を相手にどれほど戦えるのか。

 

 砂漠の虎は、愛する女を抱き締めながら、近く訪れる戦いの時を待ち侘びるのだった─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




砂漠の虎さん、脳を焼かれるの巻。


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PHASE34 迫る刻





パドレスとドジャースの試合凄かった…。
あんな花火大会は初めて見ましたよ、生で見たかったなー無理だけど。

関係ない前書きから始まるPHASE34をどうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バルトフェルドに見逃され、ホテルから出た俺達は、そう時間が経たない内にバジルール中尉達と合流する事が出来た。

 集合時間になっても現れない俺達を探し回っていたらしい彼らに、アークエンジェルへの帰還中に、集合時間に遅れた経緯を説明した。

 

 当然、俺とキラはバジルール中尉からの怒号を受けた。なお、カガリもキサカとサイーブからの怒号を受けていた。

 因みに言えば、俺とキラに関してはアークエンジェルへ戻ってから今度はラミアス艦長と兄さんからも怒号を受けましたとさ。

 めでたしめでたし─────いやめでたくないけどね?とりあえず無事に生きて艦へ戻って来れたという事だけは、ここに記しておく。

 

 俺達が一時行方不明になった以外は特にトラブルは起きなかったという。

 どこかの誰かさんが婚約者を寝取られた腹いせに、勝手にモビルスーツに乗り込んで勝手に動かそうとして格納庫をメチャクチャにする─────なんて事も、勿論起きなかった。

 そのどこかの誰かさんと婚約者は、今のところ良好な関係を築けているし、そんな心配は一切していなかったが。

 とにかく、艦内では何事も起こらなかった事にとりあえず一息つく。

 

「おおっとぉ!」

 

「うわぁ、すげぇ!これで十五機だぜ!?」

 

 そんなこんなで、日用品の買い出しという任務を終えた俺は、一日明けてアークエンジェルの格納庫へと来ていた。

 スピリットの状態を確認する為に来たのだがその途中、格納庫の一角で上がった興奮した声に振り向いた。

 

 声がしたのはシミュレーターがある箇所だった。

 というより、シミュレーターの周りにヘリオポリス組が集まっている。

 フレイ、サイ、トールにミリアリア、カズイ。シミュレーターに座ってるのは…カガリか?

 

「何やってんの?」

 

 答えはまあ分かりきってはいるが、彼らに近付いて声を掛ける。

 

「ユウ!おい見てみろよ、この子!すげぇんだぜ!」

 

「わぁっ!?また一機!」

 

 トールが振り向いて、シミュレーターの画面を指差しながら言う。

 そうしている内に、画面ではまた一機、敵機が落ちていく映像が流れた。

 

 スカイグラスパーのモードに設定したシミュレーターに座り、操縦桿を握るカガリはトリガーを引き、最後の敵機を撃墜すると画面がシミュレーション終了を示す画像へと切り替わる。

 

 次に画面には被験者の成績が並び、カガリの名前がダントツのトップに表示された。

 

 ─────こうして見ると、カガリの才能もだいぶヤバいんだよな。流石はスーパーコーディネイターの姉と言うべきなのか…ん?二位はフレイなのか。

 

 カガリの下にあるフレイの名前に意外を覚えてしまう。

 フレイの下にはトールやサイ、カズイにミリアリアの名前もあり、カガリの成績と比べれば差はあれど、それでもカガリ以外の人達に追随を及ばせない程度には優れた成績が残っていた。

 

 パイロットの才能があるんだな、なんて思ってしまうのは失礼だろうか。

 いやしかし、原作でのフレイのあれこれを見る限り、パイロットの才能があるなんて誰も思わないだろ。

 少なくとも、俺や同じくガンダムSEEDを見た事がある友人の誰も、フレイというキャラクターに対してそういう風に思う人は皆無だった。

 

「おいユウ。お前もやってみろよ」

 

「…え?俺?」

 

 ついつい考え込んでいると、シミュレーターから降りたカガリが得意げな笑みを浮かべながら俺に言ってきた。

 

 …ははーん、此奴調子に乗っているな?

 

「おいおい、流石にユウに挑むのはどうなんだ?」

 

「確かにモビルスーツのパイロットとしちゃこいつには勝てないだろうさ。でも、これなら分からないだろ」

 

 あー、そういえばカガリは砂漠での最初の戦闘で、俺がスカイグラスパーに乗ってた事知らないんだっけか。

 

 うーん…まあ、言う必要はないか。でも急いでやらなきゃいけない事も特にないし、折角だし分からせたろ。

 

「おっけー。えっと…」

 

 I.W.S.P.装備のスピリットのシミュレーションを熟した際に、一応こいつの操作方法は覚えていた。

 一旦画面を元に戻し、スカイグラスパーモードのままでシミュレーションを起動してっと…あれ、難易度?知らんけど、とりあえず一番難しそうなベリーハードでいいだろ。

 

「げっ…。おい、それは…」

 

 いつの間に来ていたのか、シミュレーターを覗いていたノイマン少尉が苦い表情を浮かべる。

 

 あれ、これそんなまずかった?

 …まあ何とかなるっしょ。

 

 なんて軽いノリでシミュレーションを始めたが、割と手応えがあったとだけは言っておく。

 ただまあ、積まれた弾薬数発分だけというバカみたいな縛りがあった上でのあの出撃に比べれば軽いものだった。

 

「え、なに?今何したの?」

 

「すっげぇ!ビーム一発で三機落ちたぞ!?」

 

「ていうか敵の攻撃使って敵を落としてる…」

 

「は?今、背後からの攻撃避けたのか?背中に目でもついてんのかこいつ…?」

 

 興奮気味なのはトール達ヘリオポリス組。

 やや引いてるのはノイマン少尉達、地球軍組。

 後背中に目はついてない。俺はそんなアムロみたいなニュータイプじゃないし、ただフラガ特有の空間認識能力の高さと、それと勘で攻撃のタイミングを予測してるだけだ。

 

 現れた敵機二十機を十分ほどで落とし終え、当然スコアはカガリを抜いてダントツ─────というか、雲の上ともいえるくらいのトップを叩き出す。

 

「そうだった…。こいつ、殆ど弾薬積まれてない状態のスカイグラスパーでバクゥ五機を相手にして生きて戻って来た奴だった…」

 

「はぁっ!?」

 

 背後からノイマン少尉が呆れた様子で呟いているのが聞こえた。

 そしてその呟きは俺以外にも耳にしたらしく、その中でも特にカガリの反応が大きかった。

 

 レジスタンスに参加し、バクゥと戦った経験もあるカガリだからこそ、俺の()()()()がどれだけヤバいものなのかを知っているのだ。

 

「お前馬鹿なのか!?…あっ、あのバクゥと戦ってた戦闘機のパイロットはお前か!スピリットはどうしたんだよ!」

 

「あの時は壊れて出られなかった」

 

「壊れ…あー、頭痛くなってきた」

 

 表情を歪ませながら頭を抱えるカガリ。

 

 そんな彼女を他所に、フレイがシミュレーターに座る俺へと歩み寄って来た。

 

「ねぇ。次私良い?」

 

「え?いいけど…」

 

 フレイはすでに一回、或いは何回かシミューレーションを熟している筈だ。

 というより、これは飽くまでパイロットの訓練の為に使うものであり、こんなゲームで遊ぶようなノリで扱う物ではない。

 

 つい、周りに居る中で俺以外で最も階級が高いノイマン少尉に視線を向ける。

 

「ゲームじゃないんだぞ」

 

「分かってます。訓練と思い、真剣にやらせて頂きます」

 

「…?」

 

 フレイの背後にいるトール達は、もしかしたらまだシミュレーターを使えるかもしれないという期待が大きすぎるのか気付いていない。

 

 そんな中で、フレイだけは他の彼らとは何かが違う気がした。

 

「それならよし!ただし撃墜されたら飯抜き!」

 

 トールを筆頭に、「ええ~っ!?」と抗議の声を上げながらも、結局は彼らもまたシミュレーターに乗るんだろう。

 

 俺が椅子から降りると、間髪置かずにフレイが座り込んだ。

 

「ねぇ、ユウ。もしアドバイスとかあったら、遠慮なく教えて欲しい」

 

「…分かった」

 

 ─────この時、俺はフレイを止めるべきだったのかもしれない。ただ好意としてフレイの頼みを受け入れたこの選択を、後に俺は悔いる事となる。

 

「数が多い…!ちょっ…、後ろからも!?」

 

「敵は前にだけ居る訳じゃないからな。えーっと…うん、背中にも目を付けるんだ」

 

「無理に決まってるでしょ!?」

 

 視界に映る敵だけじゃなく、死角となる位置に居るであろう敵にも警戒をするべきという言葉を、こう…上手い言い回しで表現したかったんだよ。

 そしたら、アムロのあの無茶苦茶な発言が出て来てしまった。

 

 操縦桿を握りながら必死に映像の中の機体を動かしながら、フレイの悲痛な叫びが響き渡る。

 

 なお、意気込んで俺と同じ難易度でチャレンジしたフレイは、数分と経たず落とされてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舷窓から見える、たった今レセップスに到着した輸送機から甲板へ運ばれる赤いボディの()()()()を見て、バルトフェルドはこれ見よがしに大きな溜め息を吐いた。

 

「なんでザウートなんてよこすかね?ジブラルタルの連中は!バクゥは品切れか!?」

 

「はぁ…。これ以上は回せないという事で」

 

 書類をデスクに投げ捨てながら吐き捨てるバルトフェルドに、ダコスタも苦い表情を浮かべながら返した。

 

 ダコスタとしてもバルトフェルドと同じ感想を持ったが、その一方で無理もないと納得する自分も少なからず居た。

 

 あの()()()()が僅か三日間でバクゥ五機を失う等、一体どこの誰が想像できるだろう。

 少なくとも副官であるダコスタには想像できなかったし、この三日間で目の当たりにしたスピリットとストライクの戦いぶりは、ある種悪夢の様にすら見えた。

 

 ザウート─────砲撃支援向けの地上用重火器型モビルスーツだが、砂漠などの悪い足場でも移動が出来るよう、キャタピラを駆動するタンクモードへの変形機構を持ち合わせている。

 しかし、その動きは鈍重で、敏捷さを身上とするバクゥとは雲泥の差だ。

 

 スピリットとストライク─────人型のモビルスーツでありながら、砂漠という地理的不利を背負ったままバクゥにも迫る機動力で動き回るあれらを相手にする以上、ザウートでは固定砲台にしかならない。

 或いは、それにすらならないか─────。

 

「その埋め合わせのつもりですかね。クルーゼ隊のあの()()は…」

 

 ダコスタが舷窓に目をやり、続いてバルトフェルドもまた、再び舷窓から見える甲板へと目を遣った。

 

 輸送機からザウートと共に見慣れない形のモビルスーツが現れる。

 タラップから降りてくる少年三人は、エースパイロットの証である赤いパイロットスーツを身に着けていた。

 

「かえって邪魔になりそうな気がするがな。地上戦の経験はないんでしょ、彼ら?」

 

「一度スピリットを落とす一歩手前まで追い込んでいる、という評価をジブラルタルはしているようですよ」

 

「いやぁ、それも結局クルーゼの手柄でしょ?あいつと同じ期待を彼らにするのは酷だと思うけどねぇ」

 

 言いながら、バルトフェルドは宇宙からの到来者を出迎えるべく立ち上がる。

 ダコスタも続き、二人は甲板へと出ると、輸送機の離陸と共に巻き起こった風に髪が揺れると共に、吹き付ける細かな砂が全身を打つ。

 

「うわ、なんだよこりゃ!酷ぇとこだな」

 

 新来者の内、金髪の少年が声を上げ、手をかざして砂混じりの風を避ける。

 残るの二人も、驚いて顔を顰めていた。

 

「砂漠はその身で知ってこそ─────ってね」

 

 少年達は振り返り、人の悪い笑みを浮かべながら近付いてくる人物をすかし見た。

 

「ようこそレセップスへ。指揮官のアンドリュー・バルトフェルドだ」

 

 途端に背筋を伸ばして、敬礼する少年達にバルトフェルドは順番に視線を向けていく。

 

「クルーゼ隊、イザーク・ジュールです!」

 

 顔を横切る大きな傷痕は、その気になれば消す事が出来る筈だ。それを残すのは、一体彼にとってどんな理由があるのか─────。

 

「同じく、ディアッカ・エルスマンです」

 

 他二人と比べて長身の金髪の少年も名乗る。そして─────

 

「同じく、アスラン・ザラです」

 

 ダコスタには口にこそしなかったが、もしかしたら戦力になるかもしれないと、薄くはあれどバルトフェルドが唯一期待を掛ける人物が名乗った。

 

 アスラン・ザラ─────国防委員長、パトリック・ザラの息子。

 短い歴史であれど、他を圧倒する史上最高の成績で士官学校を卒業した鬼才。

 

「宇宙から大変だったな、歓迎するよ」

 

 バルトフェルドは心にもない事を口にしながら、イザークの顔を─────正確には彼の顔に刻まれた傷痕をじっと見つめる。

 

「戦士が消せる傷を治さないのは、それに誓ったものがあるからだ。…違うかね?」

 

 イザークは一瞬戸惑った後、気分を害した様子でそっぽを向く。

 

「そう言われて顔を背けるのは、()()()()…といった所かな?」

 

「っ─────!」

 

 追い打ちをかけるように続いたバルトフェルドの問い掛けに、イザークの目がカッと見開いた。

 

「イザーク!」

 

 バルトフェルドへ詰め寄ろうと、体勢が前のめりになったイザークの腕を掴みながら、アスランが呼び掛ける。

 

 アスランの声に我に返った様子で、イザークは表情を緩めると、しかしすぐにまたしかめっ面に戻ったかと思えば、乱暴にアスランの手を振り払う。

 

 ─────何とも仲が()()()()な事だな。…だがなるほど、仲間の声に耳を傾ける程度には冷静さを持ち合わせていたか。

 

「隊長…」

 

 一連のやり取りを眺めながら、イザークの批評をするバルトフェルドの背後から、冷ややかな声がした。

 

 つい苦笑いを浮かべながら、バルトフェルドは口を開く。

 

「いや、すまないね。気になる事があると追及したくなる性質でね、気分を害したようだ。すまなかった」

 

「いえ…。それより、足つきの位置は?」

 

「あの艦なら、ここから西方へ百八十キロの地点─────レジスタンスの基地にいるよ。無人探査機を飛ばしてある。映像、見るかね?」

 

「…映像は後で見ます。バルトフェルド隊長には、一つお願いしたい事があるのですが、よろしいですか?」

 

「内容にもよるが…、何かね?」

 

 てっきり喰いつく様な反応をすると思っていたバルトフェルドは、三人の鈍い反応を意外に思いながら、一歩前に出ながらアスランの問い掛けを受ける。

 

「我々の機体はまだ、OSが宇宙仕様のままです。なので、バルトフェルド隊長からOSに関して助言を貰いたいのです」

 

「─────」

 

 今度こそ、バルトフェルドは驚愕を隠せなかった。

 

 クルーゼ隊という宇宙のエリート部隊に所属している彼らは、てっきりプライドの塊だと思い込んでいた。

 いや、現にプライドは高いのだろう─────特にイザークとディアッカの二人は。

 

「…なるほど、良いだろう。僕が直接という訳にはいかないが、部下に言っておくとしよう」

 

「っ、ありがとうございます!」

 

 ─────なるほど、アスラン・ザラか…。

 

 今まで見て来た軍人達とは違う柔らかい物腰に、自身の能力の高さを鼻に掛けない姿勢。

 

「…これは、予想外に良い貰い物をしたかもしれんな」

 

 ぶらぶら歩きながら、艦内へと戻っていくバルトフェルドは不意に小さく呟いた。

 

「?何か?」

 

「いいや、何でもないさ」

 

 背後をついて歩く副官がそれに気づき、何と言ったのかを尋ねてくるが、バルトフェルドはそれに頭を振りながら拒否を返す。

 

 もし、あの三機が砂上でスピリットとストライク程とはいかなくとも、ある程度動けるようになったなら─────。

 

 バルトフェルドは空を見上げながら、やがて来る戦いへ思いを馳せる。

 

 決戦の時は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE35 砂塵と紅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルがエンジンを吹かせ、艦内を微かに震わせる。

 外では今頃、明けの砂漠のメンバー達が戦闘準備に忙しく動き回っているだろう。

 

 なおそれは、アークエンジェル艦内でも同じ事ではあるが─────俺も、来る出撃に備えてスピリットの最終チェックを行っていた。

 

 これから行われるのは、レセップス突破作戦。対砂漠の虎との全面戦争だ。今、こちら側が出せる戦力全てを以て、砂漠の虎を叩く。

 

 アークエンジェルは今より現地点から東側にある工場区跡地へと向かう。

 周辺には明けの砂漠が仕掛けた地雷があり、そこを戦場と定めて目指している。

 

「…こんなとこかな」

 

 キーボードを叩く手を止め、画面に映るデータを一通り目に通してからようやく息を一つ吐く。

 

 目の前のキーボードを上へと押しやり、開いたままのハッチからコックピットを抜ける。

 

「おーい、ユウ!」

 

 コックピットからキャットウォークへと降り立った直後、下から俺を呼ぶ声がした。

 身を乗り出しながら声がした方を見下ろすと、そこにはこちらに向かって手を振る兄さんと、その隣にはキラが立っていた。

 

「機体の調整は終わったのか?なら、腹ごしらえに行こうぜ!」

 

「分かった、すぐに行く!」

 

 やや急ぎ目に、されど作業で歩き回る人達の邪魔にならない様に配慮をしながら下へと移動する。

 

 俺が来るのを待っていた二人と合流してから、俺達は食堂へと向かった。

 

「おいおいお前ら、本当にそれだけでいいのか?」

 

 そうして正規のメニューを注文し、俺とキラは並んで、その対面に兄さんが座る形で食事を始める。

 

 現地調達のものだし美味いだろうと言う兄さんを真似て、俺もキラもケバブを頼んだ。

 俺は二つ、キラは一つ、そして兄さんは四つ─────食い過ぎじゃない?むしろこっちの方が、『そんなに食って大丈夫なの?』て聞きたいくらいだぞ。

 

「ほら嬢ちゃん、一つじゃ流石に足んないでしょ。これやるよ」

 

「え?あ…」

 

「兄さん…。キラは小食なんだから、戦闘中に吐いたら兄さんの所為だからな」

 

「いやいや、流石に二つでそこまでにはならないって。ほら、こうやってヨーグルトソースをかけてだな…」

 

 キラの戸惑いも俺の冷たい視線も届かず、兄さんはケロッとした顔をしながらソースの容器をキラに差し出して勧めた。

 

 キラは容器を受け取りながら視線を落とし、口を開いて少し沈んだ声で話し始める。

 

「虎も同じ事を言ってました。ヨーグルトの方が美味いって」

 

 ケバブを口元に持っていきかけた兄さんの手が止まる。

 

「ふうん。味の分かる男なんだな、砂漠の虎ってのは」

 

 俺達がバルトフェルドと会ったという報告を、兄さんも聞いている筈だ。

 それでも兄さんは気に留めた様子もなく、止まっていた手をまた動かしてケバブを頬張った。

 

 バルトフェルドとのやり取りを思い出しているのか、切なげな表情を浮かべたままキラは兄さんから受け取ったヨーグルトソースをケバブにかける。

 俺もチリソースと、キラからヨーグルトソースを受け取ってミックスにしてケバブにかけて頬張る。

 

 その際、キラと兄さんから微妙な視線が向けられた気がしたが、気のせいだと思っておく。

 

「けど、敵の事なんて知らない方が良いんだ。早く忘れちまえ」

 

「え…?」

 

 ケバブを一口頬張り、咀嚼している時だった。

 口の中の物を飲み込んだ兄さんが、口を開いて言う。

 

 意味が分からず聞き返したキラに、兄さんは次の一口にかぶりつきながらもごもご言う。

 

「これから命のやり取りをしようって相手の事なんか、知ってたってやりにくいだけだろ」

 

「兄さん、汚い。飲み込んでから言って」

 

「…すまん」

 

 口の中に物を入れたまま言う兄さんに注意すると、今度はしっかり飲み込んでから一言謝罪をしてくる。

 言ってる事は確かにその通りだけど、色々と台無しだ。

 

 台無しなのだが─────キラにはその言葉が刺さったらしい。

 目を伏せて、何か考え込んでいる。

 

「本当に…戦うしかないんでしょうか」

 

「は?」

 

「…」

 

 不意に、目を伏せたままキラが口を開く。

 兄さんは素っ頓狂な声を漏らし、俺は黙ってキラの次の言葉を待つ。

 

「敵と戦って、殺して…。本当にそれで、戦争が終わるんでしょうか…?」

 

「嬢ちゃん、お前─────」

 

 弱々しい口調で言うキラに、兄さんが何か言葉を掛けようとした─────しかしその言葉は、鈍い地響きのような爆音に遮られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『爆発を確認。地雷は全て除去できました』

 

「分かった。それなら艦を頼むぞ、ダコスタ君。()()()()()()()()()()()()()()にも手筈通りにと伝えておきたまえ」

 

『了解!』

 

 鮮やかなオレンジに黒の縞、ヘルメットには牙まで描き込まれた、虎をイメージしたパイロットスーツに身を包んだバルトフェルドは、乗り込んだ機体の中でダコスタと通信を通して言葉を交わす。

 

「さて、と…。僕からの盛大な花火は喜んでもらえたかな?だが、メインディッシュはここからだよ。…少年」

 

 機体を立ち上げながら、バルトフェルドは脳裏で獲物と定めた敵─────ユウ・ラ・フラガの顔を思い浮かべる。

 

 人を救いようのない存在として切り捨てたあの冷たい瞳も、それでもと言いながら浮かべた温かな瞳も、バルトフェルドの脳に焼き付いている。

 今、自分は彼と刃を交わす─────何と心躍る一時となる事だろう。

 

『バルトフェルド隊長!』

 

 通信画面が起動し、バルトフェルド()の目の前に翠の瞳の少年の顔が映し出される。

 

「配置はさっき君達に言った通りだ。イージスとデュエルは前線へ、バスターはレセップスの艦上で対空防御を担当。構わないね?」

 

『了解しました。しかし、スピリットをバルトフェルド隊長一人で相手をするのは…奴は、クルーゼ隊長を追い込んだ─────』

 

「僕の事が心配なら、早くストライクを落として援護に来たまえ。だが…あいつも厄介な相手だぞ。まあ、僕よりも君の方がそれは分かっているかな?」

 

『…分かりました』

 

 出撃のタイミングと配置の確認をしたかったのだろう。

 バルトフェルドと同じようにすでに機体に乗り込んでいたアスランは、短い会話の後に通信を切る。

 

「…一人じゃないさ」

 

 彼を映し出していた画面が消えた後、自身の前席にいる()()()()の後ろ姿を見ながらバルトフェルドは呟いた。

 

 その呟きを聞き取ったアイシャは目だけを後ろへ向けながら、バルトフェルドへ微笑みかけた。

 

 TMF/A-803ラゴゥ─────派手なオレンジにペイントされた獣型の機体は、バクゥをベースに大幅なパワーアップを施されたバルトフェルドの専用機だ。

 背中には二連装のビーム砲が装着され、口にくわえるような形でビームサーベルが装備されている。

 

 コックピットは複座式になっており、前席が射撃手が、後席には操縦士が座る。

 

 ラゴゥとバクゥで隊列を組み、スピリットとストライクを迎え撃つ。

 そして自分達が時間を稼いでいる間に、彼らの母艦を落とす─────という作戦を当初は立てていた。

 だが、宇宙からの援軍三人によって、少々事情が変わってしまった。

 

 といっても、悪い意味ではない。むしろ、彼らの姿勢は良い意味で作戦への影響を与えてくれた。

 イージス、デュエル、バスター─────特にイージスに関しては、砂漠でも良い動きを見せてくれるだろう。

 デュエルとバスターも、初めての砂地に戸惑いながらもバルトフェルドが驚く程の順応能力を見せてくれた。

 

 バスターは装備の関係上、対空防御担当を任せる事に決めたが、イージスとデュエルは前線へと向かわせて対ストライクへの戦力として使っても良いとバルトフェルドは判断した。

 

「数的有利はこちらにある。地の利も向こうにレジスタンスが居たとして、こちらが優位なのは変わらない。…ははっ」

 

「…アンディ?」

 

「すまんね、アイシャ。…こちらが圧倒的有利なのは分かっている。なのに…どうしてだろうね、この気持ちは」

 

 不安?恐怖?あぁ─────久しいな、こんな気持ちは。

 

 どこか懐かしみすら抱きながら、バルトフェルドは今自身の内から湧き上がってくる感情を味わっていた。

 

 そうだとも…戦いはこうでなくてはならない。そうでなくては、面白くない─────!

 

「…フフフ」

 

 バルトフェルドの表情を振り仰いでいたアイシャは、不意に笑みを溢すと彼から視線を切り前へと向き直る。

 

「それじゃあ、行くとしようか─────」

 

 機体がカタパルトへと運ばれて行き、やがて目の前のハッチが開き、外の光が中へと差し込んでくる。

 

 バルトフェルドは迷わず操縦桿を前へと押し込み、ラゴゥのスラスターを吹かせる。

 

「アンドリュー・バルトフェルド!ラゴゥ、出るぞ!」

 

 鮮やかなオレンジの猛獣が、今ここに砂漠の地へと解き放たれる。

 

 ラゴゥは後方にバクゥ五機とイージス、デュエルを伴って、大天使へと襲い掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『すでに敵艦よりモビルスーツが発進してるわ!攪乱が酷くて数は確認できないけど、キラとユウの二人は敵モビルスーツの対応をお願い!』

 

「分かった」

 

『了解!』

 

 機体を立ち上げながら、通信から聞こえてくるフレイの声に頷く。

 俺の声に続いて、同じくフレイから情報を聞いていたキラも返答をして、それを聞いてからフレイが通信を切る。

 

『でも、本当にランチャーで良いの?バクゥと戦うなら機動力があるエールの方が良いと思うけど…』

 

「いや、キラには後方支援をお願いしたい」

 

 原作ではストライク単体でバクゥとラゴゥを相手取っていたが、今は俺とスピリットがいる。

 ストライクにエールを装備させて前衛、スピリットが後衛に回っても良いが、それだと折角の近接火力が無駄になる。

 となれば、やはり俺とスピリットが前衛、ストライクはランチャーを装備して後方に回るのが合理的だと考えた。

 

「もし俺が敵に抜かれてアークエンジェルに接近を許しても、キラがフォローできるしな」

 

『…分かった。なら、それでいこう─────』

 

 方針を決め、いよいよストライクが発進するべく装備を着けようとした、その時だった。

 

『キラ!ユウ!』

 

 再び艦橋との通信が繋がり、フレイが俺とキラの会話に割り込む。

 

 再度画面に映されたフレイの顔には焦燥が浮かんでおり、思わぬ何かが起きたのだと伺わせる。

 

 そしてその予感は、的中していた─────。

 

『敵モビルスーツ群にイージスとデュエルが居るの!』

 

「『!?」』

 

 イージス、デュエル、その二機の名前に俺もキラも目を剥いた。

 

 ─────イージスだって…!?いや、低軌道戦でギリギリまでキラと戦っていたし、ここに来ても可笑しくないのか…。でもだからって、前線に出てくるなんて…!

 

 原作ではデュエルとバスターがバルトフェルド隊に加わり、この戦闘に参加していた。

 しかしバルトフェルドからレセップスの甲板上での対空防御を命じられ、最終的には命令を違反し地面に降り立ったものの、設置圧のプログラムを適応させられず、碌に機体を動かせないまま戦闘は終了した。

 

 それが今、イージスと共に前線へ現れている。

 バルトフェルドの判断ミス…の筈がない。だとしたら、イージスは勿論、デュエルも恐らく後方に居るであろうバスターも、砂漠用にプログラムを書き換えてるに違いない。

 

「…キラ」

 

『分かってる!ごめんなさいマードックさん、やっぱりランチャーではなくエールをお願いします!』

 

 状況が変わった。

 俺がバクゥとラゴゥを押さえつつ、後方からのキラの射撃で攻めるという作戦は、イージスとデュエルが加わって来るとなると破綻する。

 

 それなら二機で前線を押し上げ、アークエンジェルと兄さんに踏ん張って貰うしかない。

 

「兄さん」

 

『あぁ、こっちにも聞こえてたよ。おい、こっちも装備変更だ!二号機はそのままで、一号機にはランチャーを頼む!』

 

「…艦長、俺が先に出撃します!許可を!」

 

 思わぬ機体の出現に装備の変更を余儀なくされる。

 こうしている間にも、相手はこちらへ接近している─────ならば、まず俺が突出して敵の気をこちらへ向ける。

 ストライクが出撃するまで時間を稼ぐしかない。

 

『分かりました!こちらからも援護はするけど、無茶はしないで!』

 

「了解!」

 

 ラミアス艦長から出撃許可を貰った所で、機体をカタパルトへと進ませる。

 

「ユウ・ラ・フラガ!スピリット、発進する!」

 

 ハッチが開き、すぐに機体を出撃させる。

 

 I.W.S.P.の翼を展開し、スラスターを吹かせてこちらへ接近してくるモビルスーツ群へと向かっていく。

 

「おいおい…。あんたの出撃はもう少し後の筈だろ?」

 

 近付いていくごとにやがて、向かってくるモビルスーツ群の姿が肉眼でも確認できるようになる。

 そして、先頭を走るオレンジの機体の姿を見て、思わず苦笑が浮かんでしまった。

 

 隊長機であるラゴゥが、そしてその後方でスラスターを吹かせるイージスとデュエルが、更に後方のバクゥ部隊がこちらの姿を視認する。

 

 上空を飛んでいる戦闘ヘリは一旦無視して、パック上部の二門のレール砲に火を噴かせる。

 砲門が向けられた事を察知したモビルスーツ群が、こちらが引き金を引く前に散り散りに散開する。

 

 放たれた砲弾は地面を直撃し、砂を焼く。

 その様を見る事なく、後方へと跳んで頭上から放たれたデュエルのレール砲を回避。

 続けざまにデュエルはビームサーベルを抜いて斬りかかって来る。

 

「っ─────!」

 

 シールドで受けるか─────とシールドを掲げる前に、スラスターを吹かせて前方へ機体を走らせる。

 

 直後、先程俺が放ったレール砲によって巻き上がった砂煙を切り裂いて、紅い機体が現れた。

 

 イージス─────振り下ろされる右腕のビームサーベルへシールドを掲げながら、こちらも左腰のビームサーベルを抜き放ち、イージス目掛けて振り下ろす。

 

 ─────思えば、こうしてアスランと刃を交えるのは初めてなのか。

 

 なんて、ほんの少しだけ湧き上がった感慨深さは、直後に視界一杯に発生した火花によって塗り潰される。

 

 こうして、アスラン・ザラとの一度目の交戦は砂漠の地にて幕が上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から本格的に戦闘が激化します。
いきなり敵に囲まれたユウの命運や如何に…?


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PHASE36 背中合わせの二人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、こうしてスピリットと相対するのは初めてなのか─────。

 

 互いの斬撃がシールドと衝突し、散らばる火花が視界を埋める中でふとアスランは回想する。

 

 ヘリオポリスからアークエンジェルを追い続けてここまで、アスランはスピリットと相対する事は一度もなかった。

 

「っ─────!」

 

 弾かれるようにして距離を取り合う二機。

 

 アスランは右腕のサーベルをマウントし、代わりにビームライフルを取り出す。

 

 後退していくスピリットへと狙いを定め、撃鉄を引いてビームを放つ。

 

 が、スピリットは右へ、左へと最小限の動きで躱しながらレール砲を展開し、二門の砲口を同時に火噴かせる。

 

 咄嗟にシールドを掲げるアスラン。

 だが、放たれた二つの砲弾はイージスに直撃はせず、足下の砂地へ命中。

 

 被弾した箇所から巻き起こる爆発の衝撃に機体は揺れ、そして視界も巻き上がる砂煙で塞がる。

 

「くそっ!」

 

 すぐさま左腕のビームサーベルを出力、前方の砂煙を切り払い視界をクリアにさせる。

 

 先程の砲撃は自分に対する目晦まし、本命はその後の追撃─────と予測していたアスランの目に飛び込んで来たのは、ビームライフルでスピリットへと迫るバクゥを一機狙撃してから、バルトフェルドが駆るラゴゥと交錯するスピリットの姿だった。

 

 思わず言葉を失う。

 確かに状況は多対一で、スピリットはたった一機に意識を向ける訳にはいかない。

 常に周囲を見回す広い視野と、素早い状況が求められる状況ではあるが─────まるで、自分の相手はいつでも出来ると言わんばかりの対応に、アスランの中で微かに怒りの火が燻る。

 

 ─────眼中にないとでも…っ?

 

 腕が立つ事は知っている。

 機体性能に差はあれど、あのラウ・ル・クルーゼを追い込み、少しの間とはいえ出撃不能にまで追い込んだ相手だ。

 

 だからといって、流石にこれは、アスランの中のプライドに触れた。

 

「スピリットぉっ!」

 

 そんなアスラン以上に怒りに燃える者がこの場にはいた。

 

 デュエルを駆り、アスランと同じく前線にまで出撃したイザークである。

 

 アサルトシュラウドを展開し、ラゴゥから距離を取るスピリットに向かってシヴァとビームライフルを連射。

 

 自分以上に怒れる仲間がいた事で逆に冷静さを取り戻したアスランは、イザークと一緒になってスピリットへ向けてライフルでビームを浴びせかける。

 

 が、イージスとデュエルの一斉放火に対してスピリットは巧みな機動で全て回避してみせると、お返しとばかりにビームライフル、レール砲、更にはレール砲と並行してマウントされた二門の単装砲が向けられる。

 計五門の砲門が、一斉に展開された。

 

「くっ…そぉっ!」

 

「イザーク!─────ちぃっ!」

 

 堪らずその場から後退するデュエルだが、一斉に放たれた無数の放火が装甲を掠る。

 PS装甲に於いても致命傷になり得るビームこそ回避ししてみせ致命傷にはならずとも、実体弾による衝撃がデュエルの体勢を崩す。

 

 アスランがデュエルのフォローに入ろうにも、再びスピリットは砲門を一斉展開。

 シールドを駆使しつつ何とかやり過ごすも、その間にスピリットはバクゥ隊へ対艦刀を片手に斬り込んでいく。

 

「装備が変わったのは知っていたが…、ここまでっ…!」

 

 バルトフェルド隊は一度、スピリットとの交戦経験があった。

 その戦闘データをアスランは、イザークとディアッカと共に見たのだが、現在のスピリットの姿を見て驚く事となる。

 

 どういう経緯かは分からないが、スピリットの装備は変わっており、更に宇宙での戦闘スタイルとはまるで違う戦い方に面を喰らった。

 強大な火力を誇りながら、格闘戦にも長けている、近・中・遠と全ての距離に於いて真価を発揮できる装備と、それを使いこなせるパイロットの腕。

 

 それらが合わさった今のスピリットは、宇宙の時よりも脅威に感じられたのは記憶に新しい。

 しかし、それでも映像で見るのと実際に対峙するのとでは、あまりにも訳が違った。

 

 

 

 

 

 

 

 I.W.S.P.を使いこなし、一対多の状態でなお敵を圧倒する戦力を見せ続けるスピリットだが、当のパイロット本人には全くといっていいほど余裕はなかった。

 

 ─────このペースは少し…いや、だいぶまずい!

 

 イージスとデュエル、ラゴゥに五機のバクゥ。

 バクゥはすでに一機撃ち落として少なくなっているが、これだけの数を同時に相手する以上、バッテリーの節約、武装の温存など考えてはいられない。

 どこかで先手を打たれればそれが引き金となり、戦況は一気にユウにとって不利な方向へと傾くだろう。

 

 故に、ユウは勿体ぶらずに今のスピリットが持つ火力の全解放を続けていた。

 そのお陰か、早々にバクゥを一機片付ける事は出来たが、その代償はかなり大きいものとなる。

 

 今のペースで撃ち続ければ、ものの十分程でスピリットはバッテリー切れを起こすだろう。

 

 しかし攻撃の手を止める訳にはいかない。

 ユウは二門のレール砲と二門の単装砲でラゴゥを牽制しつつ、スピリットに砲口を向ける背後のバクゥへと急接近。

 対艦刀を抜き放ち、青紫の獣機を真っ二つに斬り裂いた直後にスラスターを吹かせてその場から退避。

 

 眼前の砂地を一筋の光条が焼くのを見ながら対艦刀をマウント、代わりにビームサーベルを抜いて、先程ビームを放ち今はサーベルを片手に、もう一方の手でシールドを掲げながら突っ込んでくるデュエルを迎え撃つ。

 

「っ!」

 

 咄嗟にスラスターを逆噴射させて動きを急停止させる。

 直後、眼前を横切る二条のビーム。

 

 横目でビームが飛来した方を見遣れば、そこには二連装ビームキャノンをこちらへ向けるラゴゥがいた。

 

 格闘戦は断念し、デュエルの斬撃を後方へ跳躍する事で回避。

 空中でレール砲を展開し、方向をデュエルへ向けて発砲─────する前に、今度はイージスから妨害を受ける。

 

 身動きがとりづらい状況下でイージスの斬撃を躱すも、直後にシールドをメインカメラ付近に叩きつけられ機体の体勢が崩れる。

 

「くそ…っ!」

 

 何とか地面へ墜落する前に体勢を整えて着地に成功したが、状況は何も変わっていない。

 というより、最悪だ。

 

 前方からはイージスが、右方からはラゴゥが、左方からはデュエルが、そして背後からはバクゥの部隊がそれぞれの火器を撃ちながら迫って来る。

 

 シールドを掲げながら撃たれる砲撃を凌ぎつつ、こちらも相手を牽制すべく搭載された火器を全て展開する。

 

 しかしその前に、どこからか一条のビームが飛来する。

 

 イージスの軌道が変わり回避行動へと移る。デュエル、ラゴゥもまた同じだった。

 

 スピリットの背後のバクゥ部隊は二機がビームに貫かれ、一機はその場から離脱するも直後、現れた白い影が迫る。

 翻るビームサーベルの閃光が、逃げ出そうとするバクゥを切り裂いた。

 

「ユウッ!間に合った!」

 

「キラか!」

 

 バクゥを切り裂いた白い影─────ストライクは跳躍し、スピリットの背後に着地する。

 

 エールストライカーを装備したストライクから通信が掛けられ、聞こえて来たキラの声に、戦闘中張り詰めっ放しだったユウの表情が微かに和らぐ。

 

「ストライク…ようやくお出ましかっ!」

 

 ストライクの登場に、イザークは歓喜の笑みに震える。

 

「来たか…。これで役者は揃ったといった所かな」

 

 バルトフェルドもまた、イザークと同種の獰猛な笑みを浮かべ、そして─────

 

「キラ…!」

 

 背中合わせに構えるストライクとスピリットの姿に、アスランの表情が歪む。

 

「デュエル…」

 

 そして、三機と対峙するキラもまた、その中のトリコロールカラーの機体に目を向け、怒りに表情を歪ませていた。

 機体の姿勢を低くして、すぐにでもそちらへ飛び出していきそうな雰囲気を醸し出す彼女に、ユウが声を掛ける。

 

「キラ。俺が居るんだからな」

 

「─────うん。大丈夫だから、心配しないで」

 

「…怒りを持つのは当然だけど、吞まれるなよ。危なくなったらフォローに入るからな」

 

「さっきまで危なかった人に言われてもなぁ…」

 

「うぐっ…」

 

 戦闘中とは思えない、穏やかな空気で声を掛け合う二人へ、デュエルが動き出す。

 

 それぞれ別の方向へ跳躍し、デュエルが放ったビームとシヴァを回避。

 そして、デュエルに続いてスピリットへ向けて動き出したラゴゥと、ストライクへ向けて動き出したイージスを迎え撃つ二機。

 

「っ、キラ!デュエルがそっちに行ったぞ!」

 

「分かってる!こっちは大丈夫だから、ユウは目の前の敵に集中して!」

 

 ラゴゥが放つ二連装ビームをシールドでやり過ごしながら、キラへ警告する。

 

 キラはイージスと互いの位置を入れ替えながらライフルを撃ち合いつつ、デュエルの位置も認識していた。

 

 イージスへビームを放ち牽制してから機体を反転、背後からサーベルを片手に迫るデュエルを蹴り飛ばす。

 

 たたらを踏むデュエルに追撃を仕掛けようとするストライクだが、そうはさせじとイージスがライフルを向ける。

 

「他人の心配をしている余裕があるのかね!」

 

「!?」

 

 大丈夫とキラは言うが、やはりフォローするべきだと判断したユウだったが、突如通信を通してコックピットに響く男の声に意識を引き戻される。

 

 視界を戻したその時には、すでにラゴゥはビームサーベルを展開してこちらへ斬りかかって来ていた。

 

「アンドリュー・バルトフェルド…!」

 

「こうして戦場で相見えるのを楽しみにしていたよ」

 

 ラゴゥの斬撃をスピリットが掻い潜り、交錯する二機と二人の言葉。

 

「楽しみだって…?こんなものが!」

 

「あぁ。自分でも狂っている自覚はあるさ。でも、やはりどうしても止められないものでね」

 

 ラゴゥが反転、サーベルを展開したまま再度スピリットへと突っ込んでいく。

 スピリットも手の中のライフルをマウントし、腰の鞘からサーベルを抜いてラゴゥを迎え撃つ。

 

「ここ最近、ずっと退屈だったのだよ!是非、楽しませてくれ!」

 

「…ふざけるな。アンタの狂った嗜好に付き合うつもりはない!死にたくなければ、そこをどけ!」

 

「それは…無理な相談だな!」

 

 二度、三度と黒の機体と橙の機体が交錯しながら、二機の戦闘は更に苛烈さを増していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴッドフリート、バリアント、てぇーっ!」

 

 ナタルの号令が艦橋に響く。

 

 モビルスーツ戦が新たな展開を見せる中、艦隊戦もまた激しく火花を散らしていた。

 

 敵艦へアークエンジェルの激しい砲撃が向けられるが、自身も被弾し船体を引っ切り無しに大小の衝撃が襲う。

 

 艦の外ではレジスタンス達のバギーと、先程出撃したムウのスカイグラスパーが飛び交う戦闘ヘリをアークエンジェルへ近付けまいと必死の援護をする。

 が、敵の攻撃の殆どは戦力的に大きく、また的としても狙いやすいアークエンジェルへと集中していた。

 

「ECM及びECCM強度、十七パーセント上がります!」

 

「バリアント砲身温度、危険域に近付きつつあります!」

 

「艦長!ローエングリンの使用許可を!」

 

 計器を見ながらサイが叫び、射撃指揮のパルが報告する。

 

 それらの声を受けて、ナタルがマリューに呼び掛けた。

 

「ダメよ!あれは地表への汚染被害が大きすぎるわ!」

 

 その呼び掛けをマリューは拒否する。

 

「バリアントの出力とチャージサイクルで対応して!」

 

「しかし…!」

 

「命令です!」

 

「…了解しました」

 

 マリューの拒否に不満げな表情を浮かべるナタルだが、抑え込むように続けられたマリューの言葉に渋々引き下がる。

 

「フラガ大尉!艦の援護はいいので、敵艦を直接叩いてください!」

 

『あいよ!っても、そのつもりだったけどさ!』

 

 艦橋とスカイグラスパーとの通信を繋げ、マリューがムウへ指示を出す。

 

 その指示はまさにムウが考えていた方針そのものであり、マリューが呼び掛ける前にすでに彼は動き始めていた。

 

 戦闘ヘリのミサイルを掻い潜りながら、スカイグラスパーが急速に敵駆逐艦へと接近していく。

 駆逐艦の防衛をするザウートから集中砲火が浴びせられるが、それらを全て機体の機動で振り払い、逆に敵艦体へ集中砲火を浴びせる。

 

 スカイグラスパーが装備したアグニから熱線が放たれ、甲板のザウートを貫き、更に艦体に突き刺さる。

 

 次の瞬間、激しい誘爆が起こり、駆逐艦は速度を落として転進した。

 

「やった…!」

 

 敵艦の戦線離脱に艦橋が沸く。

 

 しかし、喜びは直後、背後から突き上げる激しい衝撃に一瞬にして打ち消された。

 

「六時の方向に艦影!」

 

「なんですって!?」

 

「もう一隻伏せていたのか!?」

 

 レーダーを見遣り、息を呑んだトノムラが声を上げる。

 

 驚き思わずCICに顔を向けるマリューと、歯噛みするナタル。

 

 正面から来ると見せかけて進攻させ、戦闘開始より前に身を隠していた一隻とでアークエンジェルを挟撃する─────自分達は初めから、砂漠の虎の掌の上に居たのだと彼らは今ここで悟る。

 

 後方からの一斉射撃が、アークエンジェルを襲う。

 

「艦砲、直撃コース!」

 

「かわせ!」

 

「撃ち落とせ!」

 

 マリューとナタルによる別々の命令はクルーに迷いを生んだ。

 結果、どちらも叶わず数発のミサイルが直撃し、被弾した艦は大きく傾いた。

 

 艦体が大きく揺らいだアークエンジェルはノイマンの必死の操舵も敵わず、砂漠の中に放棄された工場跡地へと突っ込んでいき、砂に埋もれかけていた建物をなぎ倒しながら、やがてめり込むようにして止まった。

 

 直後、動かなくなったアークエンジェルへ容赦なく敵の砲撃が集中する。

 

「ヘルダート、コリントス、てぇーっ!」

 

 揺れる艦内でナタルが必死に抗戦を命じる。

 

 そんな中、敵艦の情報を分析していたトノムラが弾かれたように声を上げた。

 

「これは…!レセップスの甲板上にバスターを確認っ!」

 

「なにっ!?」

 

 先行して侵攻していたモビルスーツ隊の中にイージスとデュエルの姿は確認していた彼らだったが、アークエンジェルの後方へ回り込むべく姿を隠していたレセップスで待機中のバスターの存在までは確認できなかった。

 

 モニターに映るバスターが、ガンランチャーと高エネルギーライフルの銃口をアークエンジェルへと向ける。

 

「スラスター全開、上昇!これではゴッドフリートの射線がとれない!」

 

 焦りを感じたマリューがパイロットシートのノイマンへ向けて叫ぶ。

 

「やってます!しかし、船体が何かに引っ掛かって─────」

 

 マリューに言われるまでもなく、ノイマンはすでに行動を始めていたのだ。

 

 だが、墜落の時、建物の骨組にアークエンジェルの翼が割込み、身動きが取れなくなってしまったのだ。

 これでは砲撃を避けるどころか、主砲の射線を確保する事すら出来ない。

 

 再び艦砲が着弾し、凄まじい轟音と衝撃が艦を襲う。

 

 スピリットの窮地をストライクが救い、戦況を立て直したモビルスーツ戦とは反対に、艦隊戦の戦況には暗雲が立ち込めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE37 濁る友情

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アークエンジェルっ!?くそぉっ!」

 

 レセップスの頭上を飛び回りながら、廃工場に突っ込んだまま身動きが取れなくなったアークエンジェルに気付いたムウが歯噛みする。

 

 獲物を見つけたりとアークエンジェルへ一斉に飛び掛かる戦闘ヘリを、スカイグラスパーの火器を駆使して落としていく。

 しかし、次から次へと戦闘ヘリは姿を現しキリがない。

 

 更にアークエンジェルを狙うのは何も戦闘ヘリだけではない。

 レセップス─────敵の旗艦、更にその甲板上に座するモビルスーツザウートに、ここまで自分達を追って来たバスターも一緒になってアークエンジェルへ砲火を浴びせる。

 

 このままではまずい─────が、アークエンジェルの装甲を考えればまだ持つ筈だ。

 ならば、アークエンジェルの防衛に回るよりもむしろ、ここは攻勢に出た方が良いかもしれないとムウは考える。

 

 ─────攻勢に出る?アークエンジェルの援護が期待できないこの状況で、自分一機で?

 

 飛び上がれないアークエンジェルは主砲の射線がとれない。

 イーゲルシュテルンで必死で対空防御を続けているが、それだけだ。

 

 だがやるしかない。でなければ、死ぬのはこちらだ。

 

「…やるしかないってか。いいさ、俺は不可能を可能にする男だ!」

 

 躊躇いは一瞬。

 ムウは操縦桿を傾け、機体を加速させる。

 

 スカイグラスパーの接近はすぐに気付かれた。

 アークエンジェルへと群がろうとする戦闘ヘリが、スカイグラスパーの接近を悟りすぐさま方向を変える。

 

 それだけではない。レセップス甲板上でアークエンジェルを狙う、バスター含めたモビルスーツが、一斉にスカイグラスパーへと狙いを定める。

 

「来るなら来いっ!」

 

 覚悟を固めたムウは揺るがない。

 アグニの砲口をレセップスへと向けたまま、更に機体を加速させる─────。

 

 甲板上のモビルスーツによる一斉放火、それをムウは機体を傾け、砲火同士の合間を潜り抜けながらなおも敵艦へと接近。

 

 アグニが火を噴く。

 

 放たれた熱線はレセップスの甲板へ─────命中する前にバスターは離脱、しかしそれ以外のモビルスーツは誘爆に巻き込まれて爆散していく。

 

「よっしゃぁっ!…なに!?」

 

 死の砲撃を掻い潜り、敵旗艦へ一撃を入れた喜びも束の間、直後現れたスカイグラスパー二号機がムウの視界を横切る。

 

「おい!二号機に乗ってるのは誰だ!?」

 

『私だ!カガリ・ユラだ!』

 

 ─────あの嬢ちゃんが…!?

 

 驚愕する暇はなく、レセップスはまだ生きている。

 先程のアグニによる砲撃で主砲こそやられたが、対空ミサイルによる攻撃が二機のスカイグラスパーを襲う。

 

「ったく!墜ちるなよ嬢ちゃん!曹長にどやされるぞ!?」

 

『嬢ちゃんと呼ぶなっ!』

 

 二機の戦闘機は翼を光らせて旋回し、もう一隻の駆逐艦へと向かっていく。

 

 一号機のランチャーアグニが再度火を噴き、二号機が艦体にアンカー()()()()()()()()()を打ち込み、それを支点として急旋回─────駆逐艦の主砲塔をソードで切り裂いた。

 

『どうだ!?』

 

「油断をするな!まだ艦は生きてるんだぞ!」

 

 歓声を上げるカガリへムウは一喝する。

 

 その声にハッ、と我に返るカガリだったが、ほんの少し遅かった。

 

 敵艦へダメージを与え、自分でも戦える─────そう気分が沸いたのが反応の遅れを招いた。

 

 駆逐艦から対空ミサイルが発射され、離脱する二号機を掠める。

 

「嬢ちゃん!」

 

 ミサイルの爆発を受け、黒煙を上げる二号機の姿に肝を冷やすムウだったが、直撃ではなかったのが幸いだった。

 二号機は黒煙を上げたまま砂漠へ軟着陸する。これ以上の戦闘継続は無理だが、あれなら中のパイロットは無事だろう。

 

 着陸した二号機へは、一台のバギーが走り寄っている。

 カガリがバギーに乗っていたキサカに回収されたのを見届けてから、ムウは改めて敵艦を睨む。

 

 敵へ大きなダメージを与えたのは確かだ。

 しかし、未だにアークエンジェルが動けないでいる以上、戦況はまだどちらに有利とも言えない。

 

 ─────その時だった。

 

 バスターが放った砲撃がアークエンジェルの船体を掠めて飛び、建物の残骸を吹き飛ばす。

 途端、アークエンジェルは建物の破片を振り落としながら、その巨体をゆっくりと持ち上げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずいわよ、アンディ…!」

 

「足つきめ…!あれだけの攻撃でまだ!」

 

 ラゴゥのコックピットの中で、バルトフェルドとアイシャは黒煙を上げるレセップスに気付く。

 

 廃工場に突っ込み、身動きが取れないアークエンジェルへ集中砲火を浴びせていたのはつい先程まで。

 それまでは落ちるのは時間の問題と思われたアークエンジェルは再び空へと浮かび上がり、大して自分達の艦は勢いよく噴き出している。

 

 手持ちのバクゥはもうない。

 イージスとデュエルはストライクに抑えられ、バスターは甲板から逃れて地上へと降り、空を飛び回るスカイグラスパーと交戦中。

 

 そして、こちらはというと─────

 

「ちぃっ!」

 

 ラゴゥを駆り、スピリットを捉えようとするもその前にビームライフルが火を噴き、前足が被弾する。

 

 咄嗟に被弾箇所を切り離して体勢を立て直し、再度スピリットと対峙する。

 

「少年…、これ程かっ!」

 

「熱くならないで!負けるわ!」

 

「分かっている!」

 

 スピリットがパック上部のレール砲を展開し、ラゴゥへ向けて発砲。

 

 それらの砲撃を潜り抜け、二連装ビームでスピリットを狙う。

 放たれたビームをスピリットはシールドを掲げて防ぎ、その隙を狙ってラゴゥが走り込む。

 

 対してスピリットはビームサーベルを抜き放ち、両者の影が交錯する─────直後、ラゴゥのビーム砲が切り裂かれ、爆発する。

 バルトフェルドは間一髪でそれをパージし、着地した。

 

「まだ、向かってくるのか…!」

 

 ビーム砲を切り裂かれ、片足も奪われ、なおも向かってくるラゴゥへユウは二門のレール砲と単装砲を展開し、四つの砲門を同時に斉射する。

 

 分かっていた─────彼らが、ここで投降するよりもここで死ぬ方を選ぶ人種である事を、ユウはよく知っていた。

 

 それでも─────何も変わらないかもしれない、だがそれでも。

 ユウはラゴゥへと通信を繋げて、声を張り上げる。

 

「アンドリュー・バルトフェルド!軍を引け!」

 

 ─────下らない…!助かる方法はあるのに、それを選ばず死へと突き進む等、心底下らない!意地か何かか知らないが、そんなものは知った事じゃない!

 

「貴方なら分かる筈だ!勝敗はもう決した!これ以上の戦闘は無意味だ!それとも…、()()()()()()()か!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スピリットとラゴゥ、二機の戦闘の優位性が大きく傾きつつある中、ストライクとイージス、デュエルによる戦闘は一進一退のまま続いていた。

 

 ─────キラ、お前…。

 

 イージスとの胸部装甲を殴りつけ、二機の距離を引き離してその隙に離脱─────デュエルのビームとシヴァの砲撃を回避したストライクを見ながら、アスランは驚嘆の気持ちを抱いていた。

 

 ─────お前、そこまで強くなって…!

 

 砲撃を回避したストライクへデュエルが襲い掛かる。

 ライフルからサーベルへ持ち替え、デュエルは刃を一文字に振るう。

 

 コックピットを狙う斬撃を姿勢を低くする事で回避したストライクは、背中の鞘からビームサーベルを抜き放つ。

 

 デュエルはシールドを掲げて刃を防ぐと、肩部のシヴァの砲口をストライクの顔面へと向ける。

 

 至近距離でのレール砲撃、普通ならば必中に等しい攻撃は、ストライクが顔面を傾ける事により回避される。

 

「こいつっ!?」

 

「キラ…!」

 

 砲口の向きで攻撃を読んだのだろうが、それにしてもその反応速度は人外染みている。

 

 イザークは驚愕に目を剥き、アスランは忌み気に歯を食い縛る。

 

「くそぉっ!」

 

 ならばとイザークは背中の柄を掴み、ビームサーベルを抜こうとする。

 しかしその前に、ストライクの回し蹴りがデュエルに命中、衝撃によって機体が大きく左側へと傾く。

 

「ぐぁあっ!?」

 

「くっ!」

 

 衝撃によって漏れたイザークの悲鳴と、デュエルを援護しようとライフルをストライクへ向けていたアスランの声が重なる。

 

 アスランの側からではストライクとデュエルの位置が重なってしまい、ライフルの引き金を引く事が出来ない。

 よって、アスランはスラスターを吹かせて飛び上がらせる。

 

「っ!?」

 

 射線にデュエルが割り込んでしまった事で、アスランからの援護がワンテンポ遅れる─────そこまではキラの狙いだったのだと察する事は出来た。

 だがしかし、その次の行動まで読まれているとは、思いも寄らず─────

 

「アスランッ!」

 

 飛び上がったイージスのメインカメラから届く映像に映るは、すでに至近距離にまで迫っていたストライク。

 

「キラ…ッ!?」

 

 咄嗟にライフルを構えるも、ストライクの拳によってイージスの手から振り払われてしまう。

 更にストライクはシールドを構え、表面をイージスへと叩きつける。

 

「ぐぅぁっ…!」

 

 呻き声を漏らしながらも、大きく崩れた機体の体勢を整えようとフットペダルを踏むも間に合わず、機体の背中が砂地に激突する。

 

 すぐさま立ち上がろうとするアスランだったが、そこへサーベルを構えたストライクが迫る。

 

「ここまでだよ、アスラン!」

 

「キラ…!」

 

 低い姿勢からスラスターを吹かせ、何とか離脱を試みるアスランだが、ストライクが離れずイージスを追い回す。

 

「君の負けだ!ここから退いて!」

 

「っ、何を…!」

 

 負け─────自分が負けた?キラに?

 

 いや、負けるのは良い。軍人として戦う以上、死ぬ覚悟は出来ていたし、キラに殺されるかもしれないという覚悟も固めた上で、アスランはキラの前に立ちはだかる事を選んだのだ。

 そして、キラを自分の手で殺す事になったとしても─────その覚悟も一緒に、胸の内に刻んで戦う事を選んだというのに。

 

「今更何を…!撃てばいいだろう!立ちはだかるのならば俺を撃つと、お前はそう言った筈だ!」

 

「っ…!」

 

「俺はお前に何度も手を差し伸べた!その手を振り払ったのはお前だ!それを今更…、友達面をするな!お前は俺の敵で、俺はお前の敵なんだ!」

 

「アスラン…!」

 

 どうして─────どうしてこんな事になってしまったのだろう。

 

 ただ、友としてキラをナチュラルの手から救いたかっただけなのに─────。

 

「チャンスはあった!お前が俺と一緒に来てさえいれば、俺はお前と戦わずに済んだのに…!俺は、お前と戦いたくなんてないのにっ!」

 

「…その問答はもう終わったよ、アスラン」

 

「キラ!」

 

「そうだね。君は私の敵で、私は君の敵。小さい頃は友達だったとしても…、もう、この事実は変えられないんだ」

 

 ─────違う…違う、違う!俺が言いたいのは、そんな事じゃなくて!

 

「ぼさっとするな、アスラン!」

 

「っ、イザーク!?」

 

 胸中がぐちゃぐちゃに入り混じり、視界すら定まらなくなりつつあったアスランの耳朶を鋭い声が揺らす。

 その声に我と力を取り戻し、思わず声の主の名を上げる。

 

 デュエルを駆り、イザークがストライクへ砲火を浴びせかける。

 が、ストライクはイージスを追う足を止めその場から後退─────デュエルと互いの位置を入れ替えながらライフルを撃ち合う。

 

「…」

 

 アスランの中で、固めた筈の決意と覚悟が揺らぎ始めていた。

 

 どうしてこんな事に─────先程と同じ感情がアスランの中で湧き出したその直後、視界の端でとある光景を捉えた。

 

「あれは…」

 

 それは、バルトフェルドが駆るラゴゥと交戦を繰り広げるスピリットだった。

 

 状況はバルトフェルドにとって良くなく、スピリットの動きと砲撃によってかなりの苦戦を強いられていた。

 

 ラゴゥの前足を捥がれ、それでもなおスピリットへ向かっていくラゴゥだったが、スピリットの斬撃によって二装あるビーム砲の内の片割れが切り裂かれてしまった。

 

「スピリット…!」

 

 アスランの脳裏に過る、ストライク(キラ)と背中合わせに構えるスピリット(ナチュラル)の姿。

 

 本来なら、そこに居るべきは自分だった。

 それを奴が─────スピリットが割り込んだ!

 

「っ─────イザーク、俺はバルトフェルド隊長のフォローに入る!ストライクは一旦任せた!」

 

「なに!?アスラン、何を勝手に…!」

 

 イザークにとって、単身ストライクと戦う事は望む所ではあった。

 だが、余りに突然のアスランの行動に対して、戸惑いはどうしても止められなかった。

 

「隙っ!」

 

「くっ…!くそっ、後でただじゃ置かんぞ!アスランっ!」

 

 その隙を突こうと動くストライクを何とかやり過ごし、一旦距離を取る事に成功したデュエル。

 

 イザークは一瞬、横目でラゴゥを追い詰めるスピリットへ一直線に向かっていくイージスを見遣りながら怒声を張り上げる。

 

 感情が流れたのはその一瞬のみで、イザークは再びストライクへと意識を集中する。

 

「っ、待ってアスラン─────この、デュエル!」

 

「行かせんぞ、ストライク!」

 

 イージスを追い掛けようと機体を向けるキラだったが、その前に立ちはだかるデュエル。

 

「邪魔しないで!」

 

「この傷の礼、ここで晴らしてやる!」

 

 想いと屈辱、相反する気持ちをぶつけ合いながら、二機は激しく交錯を繰り返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アスラン「お前は俺の敵」
キラ「そうだね君は私の敵」
アスラン「違うそうじゃない」

??????
アスランハスデニスコシサクランシテイル!


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