ZOIDS―記憶をなくした男― (仁 尚)
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記憶喪失の男

 地球から遠く離れた銀河に存在する惑星Zi。

 

 かつてこの惑星には、帝国と共和国。二つの国が惑星の覇権を争い、長きに渡る戦争が行われていた。

 その戦争において、両国はゾイドと呼ばれる金属生命体を主力兵器として改造・運用していた。

 

 激化を辿る戦争。だが、長く続いた戦争はいつしか終結を向え、永く平和な年月の中、惑星Ziからは”国”という概念が消え、各都市が確固たる自治を持ち、都市間での貿易が行われるようになっていった。

 

 

 だが、戦争が終わり国が消えても、人とゾイドの関係が変わることはなかった。

 

 

***************

 

 

 二人の少女に銃を突きつけられ、男の頬から汗が流れる。

 

「っ!・・・・・」

 特に目の前に立つ、猫の様な釣り目をした女の子などは、今にも男に発砲しかねないほど殺気立っていた。

 

―なんで、こんなことになってるんだ・・・・オレ?

 

 その男・・・・・”エス”と名乗る彼は、命の危機に晒されながら、自分の陥っている状況を振り返り始めた。

 

 

 

 彼の一番古い記憶は、一週間ほど前から始まる。

 

 気が付くと、乾いた砂と岩に覆われた荒野に一人、エスは佇んでいた。

 

「ここは・・・・・・・・・オレは?」

 

 彼は、自分が何者で、何処から来て何処へ行こうとしていたのか、忘れてしまっていた。

 自分のことを調べようにも、凡そ荒野を旅するには軽装過ぎる格好をして、目ぼしい手荷物は辺りに無く、あるのは首に掛かる表面が削れ、辛うじて”S”と読めるプレートと稲妻を横にしたようなマークの刻まれたプレートが二枚ついたペンダントだけ。

 途方に暮れるエスだったが、佇んでいても状況は好転しない、と当ても無く荒野を彷徨い始め、そして数時間後に生き倒れた。

 

 だが、幸運なことに彼が倒れた場所は、交易路としてキャラバンが利用している”道”の上で、さらに運良く通りかかったキャラバンに助けられたのだった。

 

 エスは、助けてくれたキャラバンのメンバーたちにお礼を言い、自分の身に起こっている事態を説明した。

 

 話を聞き、荒野を彷徨うには軽装過ぎるエスの格好。荷物も無く、唯一の所持品は首から下げる表面の削れ、辛うじて”S”と読めるプレートと見慣れないマークの刻まれたプレートの二枚がついたペンダントだけ。キャラバンのメンバーは、盗賊に襲われた際に、荷物だけでなく記憶も無くしたのでは、と心配した。

 

 ”エス”と言う名前も、名無しのままでは不便だろうと、唯一の持ち物であるペンダントに刻まれた”S”と言う文字から、キャラバンのメンバーが名づけたものだ。

 

 記憶も無く、行く当てもないエスにメンバーたちは「丁度人手が足りない。仕事を手伝うなら、ここに居ても良い」とエスに提案し、彼は「頼む」と即答したのだった。

 

 そんなエスが、キャラバンに参加し初めて訪れた都市が”要塞”と言って差し支えない、台地の上に築かれた巨大な都市であった。

 

 要塞都市・・・通称【白百合の園】

 かつて、花街として栄えていたそこでは、女性は道具であり、虐げられる存在だった。

 そんな状況を憂い、一人の女性が立ち上がる。後にマザーと呼ばれるその女性は、不満を持つ多くの女性たちを束ね、都市を支配する男たちに反乱を起こし、ついには都市の首長と男たちを排除することに成功した。

 その後、マザーはそこに新たな都市を作り、いつしか”女の楽園”と呼ばれるようになっていった、とエスは説明を受けた。

 

 白百合の園は、強固な壁に護られ、台地という地理的優位も合わさり、まるで中に住む女性たちの貞操のような鉄壁さだと言わしめるほどだった。

 

 そんな台地の麓には、他のキャラバンが数多くキャンプを張り、滞在していた。

 

 

「全員ここで、何をしているんだ?」

「もちろん商売さ。街には女しか入れないから、キャラバンに所属する女たちに街へ交渉に行かせ、帰りを待っているキャラバンや、キャラバン同士の商売や情報交換なんかも行われているんだ」

「ふーん・・・・・」

 キャラバンで仲良くなったメンバーのマークに説明を受けながら、エスは興味深げに辺りを見渡す。

 

 所属する女性たちが、白百合の園へと商売に行っている間、帰りを待つ男たちは同じように外で待っているキャラバンと情報交換などをしていた。

 

「・・・まぁ、俺たちは待つしかないから、好きに見て回っても良いけど、あそこへは近づかないほうがいいぜ」

 マークの指差す方を見ると、銃で武装した警備と思われる屈強な女性が二人、辺りを警戒しながら立っていた。

 ドアの様な物が後ろに存在し、そこを警備しているようだった。

 

「何かあるのか?」

「白百合の園へ上がるエレベーターがあるんだよ。男が下手に近づけば、警告なしで撃ち殺されるからな」

 首を掻っ切るようなジェスチャーをするマーク。

 実際、不用意に近づこうとする男に、警備の女性は躊躇なく銃口を向けている。

「・・・・・・解った」

 危険を冒すつもりの無いエスは、そのままメンバーたちと別れ、散歩へと出た。

 

「・・・グスタフ・・・・あまり、メンテされていないな」

 目の前の鉄の塊を見つめ、エスはそう呟く。

 輸送用ゾイド、グスタフ。他のゾイドと比べ、強固な装甲に覆われたその機体は、主に輸送用として古くから活躍している人々に身近なゾイドだった。

 

 他にも、キャラバンを護衛する傭兵が乗っていると思われる、モルガやガイサックなどがそこかしこに停めてあり、傍には傭兵と思われるゾイド乗りたちが、退屈そうにしていた。

 

 エスは、自分のことを何も覚えていなかったが、なぜかゾイドに関する知識は覚えており、その知識量はキャラバンのメンバーを唸らせるほどだった。さらに、ゾイドの駆動音を聞くだけで、調子を知ることなど朝飯前。ゾイドの操縦も、拾ってくれたキャラバンの誰よりも上手かったので、全員から「良い拾い物をした!」と喜ばれたほどだ。

 

 とは言え、それだけの腕前と知識があるのなら、有名なゾイド乗りではないだろうか、とキャラバンのメンバーたちは考え、居残りメンバーは、他のキャラバンから情報を仕入れに行ってくれている。

 

 やることも無く、その場に座りただ呆然とゾイドを眺めていたエスの身体を、突然言い知れぬ衝撃が駆け抜けた。

 

「!・・・・・・・・・」

 立ち上がり、エスが遠くを見つめるも、そこは見渡す限り広がる荒野。

 

 身体から発せられる”警報”に目を細めるエスは、遠くでいくつもの土煙が上がるのを見た。

 

 すると、辺りにけたたましいサイレン音が鳴り響き、人々が慌ててその場から逃げ出し始める。

 

「おい、あんちゃん!そんな所にいたら踏み潰されるぞ!」

 傭兵と思われる男に逃げるよう促されるエスは、男の腕を掴む。

「何の騒ぎだ?」

「盗賊だよ!盗賊!!もうすぐしたら、白百合の園から警備隊が出動する。ここは、その通り道なんだよ!!」

 傭兵は、エスの手を振り払うと、仲間の下へと走っていった。

 傭兵の警告を聞き、エスもその場を離れるために駆け出すと、誰かが落とした双眼鏡が足に当たった。

 

 拾い上げ、土煙の方へと双眼鏡を向けるエス。

 

 双眼鏡によって拡大される遠く離れた光景。そこに映し出されたのは、こちらに向ってくるゾイドの群れだった。

 

「モルガに・・・・ガイサックか?」

 見える範囲で近づいてくるゾイドを確認するエス。すると、後方の台地から地響きと共に唸り声の様な轟音が響き渡り、台地の一部に造られた”発進口”が大きく口を開いた。

 

『セレナーデ隊、発進しますわ!外にいる者たち。踏み潰されたくなければ、道を空けなさい!!』

 

 大音量で響く女性の声と共に、三つの白い巨体が姿を現した。

 

『さぁ、行きますわよ!』

『は、はい!』

『了解です!』

 装甲を純白に染め、名の由来となった二振りのレーザーブレードを携えた三体の獅子が、掛け声と共に大地を踏みしめ、迫り来る盗賊たちへと駆け出した。

 

 純白の獅子たちを見送るエスの表情が、一気に険しくなる。

 

「あのブレードライガーたち・・・・かなり高度な整備を受けているようだが、パイロットは”ひよっ子”か」

 

 通り過ぎた瞬間、エスにはゾイドとそのパイロットの”力量”が手に取るように解った。

 

 確かに、ブレードライガーは強力な機体だが、乗っているパイロットは明らかに”実戦慣れ”していない新米だった。

 

 にも拘らず、ブレードライガー三体以外、他のゾイドが出てくる気配は感じられず、そのまま発進口の巨大な扉は閉まってしまう。

 

 あまりに無謀な対応に、エスが舌打ちしていると、背後からニ体のゾイドがエスに向って駆けて来た。

 

『エスっ!』

『エス!無事か?!』

 

 それは、エスが身を寄せているキャラバンが所有している二機のコマンドウルフで、専属パイロットの意向により、一方は伝説の傭兵が乗っていたコマンドウルフと同じ黒と赤のカラーリングに、背面武装も機動力を奪うが砲撃力を上げるロングレンジライフルが装備され、もう一方はデザートカラーに、ニ連装ロングレンジキャノンとアシスタントブースターを装備したAC仕様。しかも対人ガトリングと対ゾイドニ連衝撃砲まで取り付けたフル装備版である。

 

 それぞれのキャノピーが開き、中からパイロットたちが顔を見せる。黒いコマンドウルフには妹のナデアが、そしてデザートカラーの方には、兄のジェドーが乗っており、兄妹の息のあったコンビネーションには定評があった。ナデアは、他の女性メンバーと一緒に白百合の園へは行かず、兄と共に相棒であるコマンドウルフの調整をしていたが、騒ぎを聞きつけ散歩から戻らないエスを探しに飛び出し、そんな妹を心配して兄までついて来ていたのだった。

 

 ジェドーの問いに、エスは視線を”戦場”に向けたまま、頷く。

「あぁ・・・・・それより、ここの奴らは正気か?いくら強力なゾイドに乗っているとは言え、新米だけで戦わせるなんて・・・」

 苦虫を噛み潰したように顔を顰めるエスに、ジェドーは首を傾げるが、すぐに何かを思い出し、手を打った。

 

「新米?・・・・それは多分、”初陣式”だ」

「初陣式?」

 

 説明するよう視線で促すエスに、ジェドーはため息混じりに説明し始めた。

「ここの警備隊は、少々古風なんだ。警備隊の訓練生の中で、試練に合格した上位三人だけが初陣式に臨めるらしい。聞いた話では一応、相手の戦力などを分析し、絶対に勝てる相手と判断した場合のみ送り出すよう、考慮しているとは言っていたが・・・・・」

 暢気に説明しているジェドーに、妹のナデアが声を上げた。

「それより、お兄ちゃん!エスを連れて皆のところへ戻らなきゃ!いつ流れ弾が飛んでくるか判らないのよ?!」

「っと、そうだった。エス!」

 妹に指摘され、ジェドーがエスに声を掛けるが、何故かエスはその場から動こうとはしなかった。

 

―何となくだが、彼女らは負ける・・・・・

 

 彼の中に漠然と、だが確信を持ってそう思える”何か”があった。

 

***********

 

 エスの予想通り、ブレードライガーの三体は、戦闘状態に突入して数分で窮地に立たされていた。

 

 襲ってきた者たちは、ガイサックやモルガなどで武装し、白百合の園周辺を縄張りにして、いつもちょっかいを出してくる盗賊たちだった。

 三体のブレードライガーは、訓練どおりにフォーメーションを組んで戦闘を行い、盗賊たちを一蹴した。

 予定調和といえる戦闘。

 

 しかし、今回はいつもと違った。

 

 敵を倒して一息ついていた彼女たちに、砲弾が降り注いだ。

 

『な、何?!』

 目くらましと取れる砲撃に騒然としていると、彼女たちの眼前に大型のゾイドが現れた。

「レッドホーン?それも、三体も・・・・?」

 そう、重装甲と多数の武装が施された「動く要塞」と呼ばれるゾイド、レッドホーン。辺境の盗賊が持つには強力なゾイドが三体も現れ、しかも先ほど倒した数を超えるゾイドを引き連れていたのだ。その光景に、ブレードライガーのパイロットである少女たちは動揺した。

 

『いけ、野郎ども!』

 

 動揺による虚を突かれ、彼女らは一瞬にしてレブラプターを中心とした小型ゾイドに取り囲まれ、四方からの砲撃に晒されることとなった。

 即座にお互いの死角をカバーするようにフォーメーションを組み直し、Eシールドを展開して盗賊達の攻撃を耐える白き獅子と少女たち。

 

「こんな・・・・・これは、何かの間違いですわ」

 攻撃の衝撃で揺れるコックピット内で、今回の初陣式で隊長に任命されたセレナーデは、目の前の現状を否定するように言葉を吐き出した。

 

 ”エリート”である自分には、この初陣式で華麗に先陣を切り、その後は華々しい人生が約束されているもの、と信じて疑わなかった。

 

 だが、蓋を開けてみれば、聞いていた以上の盗賊の戦力に圧倒され、情けなく殻に閉じこもり攻撃に耐えている。その状況に、彼女のプライドは酷く傷つけられていた。 

 

『・・・・いや、もういや!!』

 突然、僚機から叫び声が上がり、シールドを展開したまま、たまたま手薄だった場所の敵を弾き飛ばし、白百合の園へと駆け出してしまった。

 

「?!エリナっ!何処へ行くのです!!」

 

 セレナーデの怒鳴り声にも振り返ることなく、エリナの駆るブレードライガーは敵に背を向けて逃げ出してしまった。

 

 均衡が破られ、逃げ出したブレードライガーを追って、何体ものゾイドが離れたが、レッドホーンを含む大部分が、セレナーデともう一体へと攻撃を集中させるのだった。

 

 

*************

 

「!こっちに来るぞ!!」

 

 双眼鏡を覗いていたエスが声を張り上げる。

「っあぁ、もう!エス、あなたは下がってて!お兄ちゃん!!」

「分かってる!!」

 逃げてくるブレードライガーと、それを追ってくる盗賊達のゾイドに毒付きながら、ナデアとジェドーはキャノピーを閉め、それぞれ照準を、ライガーに近いゾイドたちへと向ける。

 

「当たれ!!」

「っ!!」

 ロックオン表示と共に二人がトリガーを引くと、ロングレンジライフルとニ連装ロングレンジキャノンが火を吹く。

 

 ブレードライガーに襲い掛かろうとしていたガイサックとレブラプターが、コックピットごと撃ち抜かれ、衝撃によって機体がバラバラに砕け散り、爆散した。

 

 しかし、やられた仲間を気にも留めず盗賊たちは怯むことなく、ライガーに襲い掛かろうとする。二人の兄妹は、ライガーに当てないよう細心の注意を払いながらトリガーを引き続けるが、そのせいで照準が甘くなり命中率が下がり始める。

 

 とうとう、盗賊の攻撃がライガーの足元に着弾し、ブレードライガーが錐もみ状態で地面を転がる。

 

「くそっ!!」

 すると、何を考えたのかエスが、転がったブレードライガーへと駆け出していた。

 

「エス?!」

 悲鳴を上げるナデアだが、コックピット内に警報が鳴り響き、盗賊達の狙いが自分たちに向いたことを察し、エスを追いかけるのを諦め、意識を戦闘状態へと引き戻す。

 

 盗賊達の目がナデアとジェドーのコマンドウルフに向いている隙に、エスは横転したブレードライガーへと取り付き、キャノピーを強制解放した。

 

 中には、十七~八歳ほどの少女が頭から血を流し、気を失っていた。

 

 シートベルトを外し、少女を外へと運び出すエス。その姿を、キャンプを張っていたキャラバンの人々は遠巻きに見ていた。

 

「おい!誰でもいい、この子を助けるのを手伝ってくれ!!」

 

 そんな人々に、エスが大声で声を掛けるが、お互いに顔を見合わせたり、俯くなどして顔を逸らし誰一人として動こうとはしなかった。

 エスは舌打ちし、手持ちの物で止血しなければと、ポケットなどを調べ始めた時だった。

 

「エス!!」

「エス、お前無事だったのか?!」

 人ごみを掻き分け、マークとその兄貴分であるホメオが駆け寄ってきた。

 

「丁度良かった、この子を頼む!」

 エスは、少女を二人に託すと、ブレードライガーの方へと駆け出した。

 

「頼むって、おい!お前どうする気だ!」

「・・・・・」

 慌てて呼び止めるホメオだが、エスは一瞬振り返っただけで、そのままコックピットまで駆け上り、キャノピーを閉めてしまった。

「お、おい!エス!?・・・くそっ、マーク!メディカルキットを寄越せ!!」

 

 ホメオは顔を顰めながら、目の前の少女を応急処置しようと、ボケッとしていたマークに怒鳴りつけた。

「は、はい!」

 マークは、我に返ってショルダーバッグに入れているメディカルキットを慌てて取り出し、ホメオへ手渡した。

 

 ブレードライガーのコックピットへ入り込んだエスは、シートベルトを手早く装着すると、コンソールを操作し始めた。

 

「こいつ・・・やっぱり量産型(・・・)か。しかも、OSのリミッターが通常より強めに掛かっている・・・・・」

 キャノピー内に表示されるデータを見つめ、エスが再びコンソールを操作すると、画面に【オーガノイドシステム、リミッターOFF】の文字が表示され、フリーズしていたコンバットシステムなどが再起動した。

 

 

 何故、自分がこんな操作を苦も無く出来るのか、やはりエスには判らなかったが、その疑問を頭の隅へと追いやり、操縦桿を握った。

 

「悪いな、お前の相棒じゃないが、ほんの少しだけ手伝ってもらうぞ」

 エスの言葉に呼応するかのように、倒れたブレードライガーが力強い駆動音と共に、咆哮を上げ立ち上がった。

 

「行くぞ、ブレードライガー!!」

 スロットルレバーを全開にし、戒めの解かれた白き獅子が大地を踏みしめ、駆け出した。

 

 





 よっ、エスだ。
 訪れた白百合の園を襲う盗賊たちのゾイドを見て、無我夢中でブレードライガーに乗り込んでしまったオレ。
 記憶喪失の上、戦闘用ゾイドなんて、ナデアたちのコマンドウルフしか乗ったことなかったのに、盗賊たちと戦うなんて、オレに出来るのか?

 だが、俺の中の何かが行けると言ってるし、ここまできたらやるしかないよな!いくぜ、ブレードライガー!ブースター、オン!!

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男-第二話「剣を携える白き獅子」! 

 新たな伝説が、ここに幕を開ける!


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剣を携える白き獅子

「っの!ちょこまか鬱陶しい!」

 ロングレンジライフルを装備したナデアのコマンドウルフが、三体のレブラプターを相手に苦戦していた。

 懐に入られれば不利となるのは明白な為、ナデアは片っ端から撃つが、妙に錬度の高い動きを見せるレブラプター三機には 砲撃が当たることは無かった。

 焦りの見え始めるナデア。

 だが、突然一機のレブラプターに二筋の光が突き刺さり、爆発した。

 

「・・・え?」

 何が起きたのか分からず、呆けるナデア。すると、通信機から叱り声が響いた。

『ボケッとするな!』

「!?・・っ!!」

 二機のレブラプターが動きを止めていることに気がついたナデアが、一機に狙いをつけトリガーを引く。

 致命的な隙を見せたレブラプターに、ナデアの攻撃が命中し爆散する。

 

 残った一機が逃げる素振りを見せるも時すでに遅く、最初の一体と同じ攻撃によって撃ち抜かれ爆発した。

 

『だから、いつも言ってるだろ?ロングレンジライフルを使うなら、射撃・・・特に狙撃の腕を上げるか、兄ちゃんのように牽制用の装備をつけろって』

 

 周りを警戒しながら、ジェドーのコマンドウルフが近づいてくる。その後方には、ジェドーが相手をしていた五体のゾイドが残骸となって転がっていた。

 ジェドーは、敵に接近されても、コマンドウルフの前脚に装備している対人ガトリングや衝撃砲などで相手を牽制しつつ、相手の足が止まった所を確実に狙う方法を取っている。

 その有効性をいつも妹に説いているのだが・・・・

 

「だって、わたしのコマンドウルフにそんなの載せたら、もっと動けなくなるでしょ!それに、ゴテゴテと牽制用武装なんてつけたら、伝説の傭兵アーバインが乗ってたコマンドウルフと同じじゃなくなるじゃない!!」

 と、持論を持ち出し、兄の指摘に対して、いつも頬を膨らませて反論していた。

 

『なら、兄ちゃんと同じ装備にすればいい!何なら青く塗って”青の軍”仕様にしても・・・』

 通信機の向こうで嬉々としているであろう兄の顔を想像したのか、ナデアは顔を真っ赤にして憤慨した。

 

「絶対、いやっ!!」

 自分乗っている機体にこだわりを持ち、あまつ思春期真っ盛りのナデアにとって、兄との”ペアルック”は堪えられないものだった。

「そ、そんな強く否定しなくても・・・・昔は、何でも兄ちゃんと同じがいいって言っていたのに」

 本気で妹に拒絶され、疎外感からジェドーがコックピット内でいじけていると、通信機からノイズと共に大声が鳴り響いた。

 

『おい!ジェドー、ナデア!聞こえるか?お前ら、何処で油を売ってる!!』

 声の主は、仲間のホメオだった。仲間の声を聞き、いじけていたジェドーは気を取り直し、通信機をオンにする。

 

「ホメオか?失礼な奴だな。こっちは今まで、白いブレードライガーが引っ張って来た盗賊どもと戦ってたんだぞ?まぁ、俺とナデアの敵じゃなかったけどな」

 サラッと自慢を挟むジェドーだったが、ホメオはあっさり無視した。

『なら、今すぐ白いライガーを追いかけろ!エスの奴、パイロットの嬢ちゃんをこっちに任せたかと思ったら、ライガーに乗って行っちまった!』

「は?」

 ホメオの説明に、ジェドーが首を傾げると、通信機の向こうでナデアが叫んだ。

『お兄ちゃん、あれ!!』

 

 ジェドーが、ライガーの転がっていった方を見ると、白いブレードライガーが未だ戦闘の続く方向へと駆け出しているのが見えた。

 

 

「ブースター、オン!」

 全開のスロットルレバーをエスがさらに押し込むと、ブレードライガーの背中の装甲が展開し、中から増速用のロケットブースターが姿を現し、その力を解放する。

 

「っ!」

 その瞬間、ブレードライガーは一気に加速を始め、コックピットのエスに強烈な加速のGが襲う。

 

 一発の弾丸と化したブレードライガーは、瞬く間に盗賊とその攻撃に晒されるニ機のブレードライガーを視界に収め、エスはウェポンセレクターからレーザーブレードを選択。二振りのレーザーブレードが上へ持ち上がり、横へ展開し光を纏って輝きを放つ。

 

『エレナ?!』

 通信機のスピーカーから、先ほどの”出陣”の時に聞いた少女の声が聞こえるが、エスは答えることなく目の前に迫るレブラプターに狙いを定めた。

 

『なんだ?』

『さっき逃げた奴か?!』

 

 猛スピードで近づいてくるライガーに、レブラプターに乗る盗賊たちが気が付き振り返ろうとするが、そんな余裕は無く、白い風が通り過ぎた瞬間には、機体は真っ二つに切り裂かれ、爆発していた。

 

『こ、こいつ速い?!うわっ!!』

『じょ、冗談じゃネェ!!』

 

 エスはブースターを緩めることなく、次々と盗賊のゾイドたちの攻撃を掻い潜り、すれ違いざまにブレードで切り裂き、ブレードライガーが通り過ぎた後には、爆散したゾイドの残骸が転がり、敵はあっという間にその数を半分ほど減らしていた。

 

 大きく弧を描きながら、エスは残った盗賊たちへ狙いを定める。

 

『あのライガーに攻撃を集中しろ!』

『こっちの二機はどうするんで?!』

『放って置け!まずは、あいつだ!!』

 さすがに盗賊たちも強敵の出現に、Eシールドでエネルギーを殆ど使い果たし、動けなくなっていたセレナーデたちを無視して、エスへと攻撃を集中させる。

 

 だがブースターで加速したライガーをエスは巧みに操り、右へ左へと砲弾を躱していく。

『どうなってんた?!弾が当たらねぇぞ!!』

『ば、化け物ぉ!!』

 

 再び、レーザーブレードによって盗賊たちの機体は悲鳴を上げながら切り裂かれていき、三体いるレッドホーンの内、一体が横一直線に切り裂かれた。 

 

 百八十度ターンし、攻撃体勢のままエスの駆るライガーがその場に停止する。

 

 二十体近くいた盗賊たちのゾイドは、気が付けばレッドホーン二機だけとなっていた。

 

『くそ!ひよっ子相手の楽な仕事だと聞いていたのに、話が違うぞ!!』

『っこの、覚えていろ!!』

 在り来たりな棄て台詞を吐き、レッドホーンが慌てて逃げていくのを確認し、エスは盗賊を追いかけることなく、大きく息を吐き出す。

 

 次の瞬間、ブレードライガの各関節部がスパークし、脚部が機体を支えることが出来ずに傾いて倒れてしまった。 

 だが、エスはそのことに驚きを見せる事は無く、むしろ当然の結果だな、と目を伏せる。

 

 彼が乗り込んだ量産型ブレードライガーには、オーガノイドシステムというゾイドの戦闘力を劇的に高める特殊なシステムを実装されているのだが、代償としてフルスペックのままでは常人に操ることが出来ない”暴れ馬”となってしまう。その為、操作性を高めるためにOSにはリミッターが設けられていた。

 

 エスは、そのリミッターを全て解除しライガーの限界性能を引き出して戦っていたのだが、機体の調整がリミッターを掛けた前提で行われていたために、機体がエスの反応速度に耐え切れず、限界を超えてしまったのだ。

 

「・・・すまなかったな、無茶をさせてしまって。お前を整備してくれている人は、凄腕のようだから、ちゃんと”治して”もらえるはずだ。ありがとうな」

 

 コックピット内で、コンソールを撫でながら、エスは自分の無茶に付き合ってくれたライガーの感謝の言葉を述べ、キャノピーを開けてライガーを降りた。

 

 横たわるブレードライガーを見つめながら、エスはライガーが全力で動けたことに満足している、と感じ笑みを浮かべた。

 

「機体から離れなさい!!」

「?」

 突然、先ほと通信機から聞こえた少女の声が後ろから、しかも怒鳴り声で聞こえ、エスが振り向くと、猫のように目尻の釣りあがった少女と、その仲間と思われる同年代の少女がエスに銃を向けていた。

 

「?!」

 エスは慌てて、両手を挙げた。

 

 

 そして、冒頭へと戻り、エスは走馬灯のように思い出していた記憶を頭の隅に追いやり、意識を実時間へと戻した。

 

 引き金に指を掛けているセレナーデを刺激しないように、エスはゆっくりと口を開いた。

 

「君たちの仲間のゾイドを勝手に使ったのは謝る。それから、このライガーのパイロットの子は無事だ。怪我をしていたが、俺の仲間が応急手当をしている。安心してくれ」

 

 エスの話を聞き、セレナーデの後ろにいた少女が、安堵の表情を浮かべるが、セレナーデは全く真逆の反応を見せた。

 

「そんなことはどうでもいいですわ・・・・汚らわしい男風情が、よくも私《わたくし》の初陣式を台無しにしてくれましたわね!その代償、命で償っていただきますわ!!」

 

 怒りで我を忘れたセレナーデが、引き金に掛けた指に力を込める。

 

「セレナーデ!牽制だけならまだしも、さすがにそれはマズイよ!!」

 後ろにいた少女が、慌ててセレナーデに駆け寄り、羽交い絞めにする。

 

「!?離しなさい、クー!!貴女だって、初陣式を台無しにされたのよ!悔しくはないの?!」

「それとこれとは話が別だよ!それに、この人が助けてくれなかったら、アタシもセレナーデも死んでいたかもしれないんだよ?それにエレナだって助けてくれたんだ。恩を仇で返すような真似、アタシには出来ないよ!」

「!何を馬鹿なことを・・・・男に恩など感じる必要は有りませんわ!!離しなさい!!」

 

 少女二人の言い争う中、エスが近づいてくる気配に右へ振り向くと、見慣れたコマンドウルフ二体が駆け寄りエスの傍で止まると、パイロットのジェドーとナデアがキャノピーを開けて降りてきた。

 

「エス、無事?!」

 ナデアがエスに駆け寄り、怪我など負っていないか彼の身体を見回す。

「あぁ、無事だ。怪我も無いよ」

「そう、良かった・・・・・」

 エスの声を聞き、ナデアが頬を赤くして微笑む。

 

「ブレードライガーに乗っていったと聞いた時は、さすがに驚いたぞ」

 ナデアの後ろからジェドーが呆れたような表情でエスに声を掛け、エスもジェドーに「迷惑を掛けた」と頭を下げた。

 

「まだ話は終わっていませんわ!」

 クーの拘束から逃れたセレナーデが再び、銃口をエスへと向ける。

 

「ちょっ、あんた本気?!」

 ナデアとジェドーも、咄嗟に腰から下げた銃を取り出し、セレナーデたちに向けた。

「・・・お嬢さん。馬鹿な真似はやめるんだ」

 ジェドーが、銃の安全装置のロックを解除しながら、セレナーデの構える銃に狙いを定める。

 

「男の指図は受けませんわ!その男を庇うと言うのなら、貴方たちも同罪・・・死をもって償いなさい!」

 いつ撃ち合いが始まってもおかしくない状況に、エスは両手を挙げたまま、腰を落として目の前のセレナーデに体当たりをしようとした時だった。

 

”そこまでだ!!!”

 

 人間の声量とは思えない”生”の大きな声が大気を震わせ、エスたちの耳に届く。

 

 突然、両者の間に一台の軍用ジープが土煙を上げて滑り込んだ。

 

 運転していた女性が立ち上がり、一瞬エスたちを見て、すぐにセレナーデたちに視線を移した。

 

「た、隊長!」

 現れた女性を”隊長”と呼び、クーが「助かった」と銃を下ろす。

 しかし、セレナーデはその女性を見ても、銃を下ろすことはなかった。

 

「セレナーデ、銃を納めろ。これは、命令だ!」

 手で制しながら、女性が命令するが、セレナーデは銃を下す気配を見せるどころか、上司である女性に意見した。

「しかし、隊長!そこの男は、我が白百合の園の神聖なゾイドを無断使用しただけでなく、初陣式を汚した痴れ者!相応のバツを与えるべきです!」

 セレナーデの言葉に、女性の鋭い目つきが一層鋭さを増した。

 

「この、大馬鹿者!!」

 先ほどの人間離れした声量で、女性がセレナーデを怒鳴りつける。

「!?」

 そのあまりの迫力に、セレナーデの顔色が真っ青になり、銃を持った手を震わせながら数歩後ずさる。エスたちも、その声に耳を押さえた。

 

「命を助けてくれた恩人を痴れ者扱いすなど、この恥知らずが!私は、そんな恥知らずの部下を持った覚えは無い!!それに、今回の初陣式で敵の戦力を見誤り、お前たちを出撃させ初陣式を台無しにしたのは、隊長である私の判断ミスのせいだ。恨むならこの私を恨め!」

 隊長の言葉に、セレナーデは怒りを滲ませながらも、銃を下ろした。

 

 隊長は短く息を吐き、ジープから降りるとエスたちの前へ立ち、深々と頭を下げた。

「・・・・・助けて頂いたにも関わらず、部下が大変な無礼を働いてしまった。部下に代わり、謝罪する。申し訳ない・・・・私は、白百合の園の警備隊隊長をしているヴェアトリスという者だ。この度は、都市と部下の命を救っていただき感謝する。貴殿の名を窺っても?」

 ヴェアトリスと名乗る女性に、何故か懐かしい雰囲気を感じるエスは、自然と背筋が伸びる。

 

「エスだ」

 ごく短い自己紹介に、ヴェアトリスは嫌な顔を一つせず笑みを浮かべた。

「エス殿か・・・実は、我が園の代表が、貴殿に直接礼を言いたいを申している。ご同行願いないか?」

 ヴェアトリスの言葉に、セレナーデとクーが驚愕の表情を作る。

「なっ?!」

 何か言葉を発そうとしたセレナーデに、ヴェアトリスは一睨みし、彼女を押し黙らせた。

 

「ちょっと、待ちなさいよ!そんな事言って、エスを捕まえる気じゃ・・・モガモガ!!」

 今度はナデアの方が抗議の声を上げたのだが、それをジェドーが両手を使って妹の口を塞ぎ、強制的に言葉を遮った。

「すまない、妹が失礼なことを。だが、貴女について行って、エスが安全だという保障は?」

 何処か芝居じみたジェドーの言葉に、ヴェアトリスは一瞬キョトンとした顔をするが、すぐに真面目な表情へと戻る。

「マザーの名と、この隊長の証に誓って、エス殿の安全を約束する」

 襟元につける百合の形を象ったブローチをジェドーに見せ、誓いを立てるヴェアトリス。

 

 十数秒ほど真剣な眼差しで見つめ合ったままの二人が、突然笑みをこぼす。

 

「・・・エス、後はお前が決めろよ」

 妹の口を塞いだまま、ジェドーは面倒だ、とエスに決めさせることにし、話を投げた。

「は?・・・・・・まぁ、断る理由はないが・・・」

 丸投げしてきたジェドーに顔を引き攣らせるエスだが、ヴェアトリスから”悪意”を感じないし、と同行を了承する。

「そうか!では、車に乗ってくれ!・・・お前たちは機体収容後、報告書を出せ。いいな?」

 ヴェアトリスは嬉々として車の運転席に座り、直立不動の部下たちに命令を下す。

「はっ!」「・・・・・」

 クーとセレナーデは、ヴェアトリスに敬礼すると、それぞれの搭乗機へと駆けていった。

 

「では、行こう」

 エスが助手席ついたのを確認し、ヴェアトリスはジープを白百合の園へと向けて発車させた。

 

「ッッッ・・・ぷはっ!お兄ちゃん、どうしてエスを行かせたの!」

 いつまでも口を塞ぎ兄の手を振り払い、ナデアが顔を真っ赤にしてジェドーに噛み付いた。

 

「記憶を無くしているとは言え、あいつは子供じゃないんだ。自分で判断させるのは当然だろう」

 髪を掻き上げながら、ジェドーはジープが走り去った方を見つめる。

 

「・・・・それより、お兄ちゃん。あの美人な隊長さんと知り合いなの?」

 先ほどのヴェアトリスとの只ならぬ雰囲気に、ナデアがジト目で兄を睨む。

 

「ん?さぁな・・・・それより、俺たちも戻るぞ。”女将さん”たちが戻ってきてるかもしれないし、エスのことをみんなに報告しないと」

 そう言って、ジェドーははぐらかす様に相棒であるコマンドウルフの下へと歩いていく。

 

「ちょっと、お兄ちゃん!・・・もう!!」

 何となくかくしごとをしている兄に怒りを覚えつつ、ナデアもエスの乗ったジープが走り去った方を少し見つめ、愛機の下へ走っていった。

 

 

*************

 

「改めて、部下の事はすまなかった。あの子等にとって、今回は特別だったものでね。許してやってくれ、とはいえないが、その辺りを察してくれると助かる」

 ジープを走らせながら、ヴェアトリスが謝罪しながらもセレナーデたちのフォローをする。

 

「別に気にしていないさ・・・それに、謝るのはこっちだ。勝手にライガーに乗り込み、無茶をして壊してしまった。パイロットの子には申し訳ないことをしたよ」

 ライガーたちを回収に向っているであろうグスタフと、両腕をクレーンに改造した複数のゴドスとすれ違い、その機体を目で追いながら、エスは深いため息をつく。

 

 そんなエスを見て、ヴェアトリスは笑みを浮かべた。

「そのことか・・・それこそ、気にしなくていい。あのブレードライガーはエレナ・・・君が助けてくれた子だが、その機体ではない。警備隊で専用機を持つことが許されているのは、隊長である私を含めてごく一部の隊員だけで、後は状況に応じて乗る機体が変わるんだ・・・・それより、貴殿の戦いを見せてもらったが、正直、自分がゾイド乗りだと名乗るのが恥ずかしくなったよ。ブレードライガーがあんな風に動くとは思ってもいなかった。一体、何処であれほどの操縦技術を?」

 

 ヴェアトリスの問いに、エスはどう答えるか迷ってしまった・・・というより、自分でも、驚いているというのが本音だった。

 

 自分に関する記憶を忘れながらも、ゾイドに関する知識は覚えているエス。キャラバンでも、何度もゾイドを動かしていたが、戦闘用ゾイドによる戦闘機動は初めてだった。

 にも拘らず、全力で動くライガーのコックピットで、エスはいつも以上に思考がクリアになり、ブレードライガーと一体になったかのように機体を手足のごとく操っていた。

 

 ――本当に、オレは何者なんだ?

 

 そんな疑問が頭の中を過ぎった瞬間、強烈な頭痛がエスを襲った。

 

「!?っぅぅぅ・・・・・・・・」

「?どうした、エス殿?」

 額を押さえ俯くエスに、ヴェアトリスが声を掛けるが、エスはあまりの痛みで返事を返せなかった。

 

「エス殿?!どうしたのだ!!エス殿、私の声が・・・・・・」

 遠くなるヴェアトリスの声。そしてエスの視界が急激に狭まっていき、彼の意識はそこでブラックアウトした。

 

 

**************

(???)

 

 村の小高い丘から遠くに見える地平線が大好きな少年は、あの向こうには何があるのだろう、と毎日空想した。

 

 そしていつか村を出て、最高の相棒となるゾイドを見つけ、相棒と共に地平線の向こうへ行くことが、少年の夢になっていた。

 

 そのことを同じ村に住む幼馴染に語ると、彼女は「外は危ないから、村から出ちゃ駄目だよ」と言われ窘められてしまったが、少年は夢を諦めず、大人になったら・・と固く決意する。

 

 地平線の向こうを見ることを夢見ながら、少年は早く大人になるのを待つのだった。

 

 

******************

 

「・・・・・・ここは?」

 エスが目を覚ますと、見知らぬ天井が飛び込んできた。 

 

 清潔感のある白い天井。鼻腔を擽る甘い香り。事態が飲み込めず、エスが呆然と天井を見ていると、視界の端に人影が有るのに気が付いた。

 

「?」

 身体を起こすのが億劫なほどの脱力感に、エスは首だけ動かし、人影の方へ目線を動かす。

 

「・・・・・?!お目覚めになられたのですね!」

 水に浸し、固く絞った白いタオルを手に振り返ったその人物は、エスが目を覚ましたことに気が付くと、慌ててベッドサイドまで駆けてきた。

 

「よかった・・・・・エス様がここへ来る途中に気を失われたと聞いた時は、本当に心配しました」

 本当に心配していたのだろう。彼女は、タオルを手にしたまま祈るように胸の前で手を握り、安堵の表情を浮かべる。

 

「・・・それより、あんたは?それに・・・ここは何処だ?」

 自分のことを心配してくれた女性に対し、エスは状況を聞こうと、不躾と思いながらも質問した。

 

 エスの問いに、女性はハッと口を押さえ、頬を桜色に染めた。

「!申し訳ありません、わたくしったら独りで舞い上がってしまい・・・・わたくしはマザーミレイ。この白百合の園の代表をしております。ここは、わたくしの邸宅にある客室の一室です」

 

 マザーミレイと名乗るうら若き女性は白い修道服を身に纏い、その立ち姿はまるで宗教画に描かれる聖女を思わせる神々しさを纏っていた。

 

「ようこそ、白百合の園へ。エス様」

 

 そんな彼女は、天使の微笑を浮かべ、エスに深々とお辞儀するのだった。

 





 やっほ、ナデアよ。
 白百合の園に招待されたエスが、マザーミレイといい雰囲気になっていた頃、白百合の園を襲った盗賊の本隊が、また園を襲うために準備を進めてるみたい・・・って!いい雰囲気って何?!アタシ聞いてなんだけど!!

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男-第三話「白百合の聖女」!

 ちょっと、お兄ちゃん!これどういうこと!説明してよ、もぅ!!


*******

9/8 誤字等、修正


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白百合の聖女

「オレは確か・・・・」

 身体のダルさを強引にねじ伏せ、エスはベッドから起き上がろうとする。

 

「!?いけません!まだ寝ていないと・・きゃっ!!」

 そんなエスを見て、ミレイが慌てて駆け寄ろうとして足をもつれさせ、上半身を起こしたエスの胸に飛び込む形で倒れこんだ。

 

「・・・・・?!」

 自分が男に抱きついている、ということに気がつき、ミレイは顔を真っ赤にする。

「・・・大丈夫か?」

 エスに声を掛けられ、ミレイが顔を上げるとエスの顔が間近にあり、その状況に彼女の身体が緊張で硬直した。

 

「「・・・・・・・・・・」」

 お互いに見つめ合い、時計の音だけが大きく聞こえている。

 

『エス!あんた、大丈夫なんね?!・・・・・・・」

 そんな最中に、豪快にドアを開け恰幅の良い女性が部屋に入ってきて、抱き合っている二人と目が合った。

 

「・・・・空気読まんで悪かねぇ~。おばちゃん、すぐ出て行くけん。ごゆっくり~」

 独特な喋り口の女性は、そのままドアを閉めて出て行こうとする。

 

「!?お、小母様!!こ、これは違うのです!!」

「女将さん!待ってくれ、誤解だ!!」 

 エスたちは慌てて離れ、出て行こうとしている女性を引き止める。

 

「・・・ウソッちゃ。そんなん、必死にならんでもよかよ!あははは!」

 振り返りながらドアを閉め、豪快に笑う女性に、エスとミレイはバツが悪そうに閉口した。

 

 入ってきた女性は、エスを助けてくれたキャラバンの副リーダーで、名前はリョーコ。しょっちゅう仕入れの旅に出てしまう夫に代わり、キャラバンを纏めるお母さん的存在で、メンバーからは「女将さん」と呼ばれていた。

 

「やけど、入ってきたんが私でよかったねぇ。”白百合の聖女”が男に抱きついとった!なんて他の誰かに知られとったら、どんな騒ぎになっとったかね・・・・ワザとやないにしても、気をつけんなダメよ~」

 軽い口調だが、リョーコの表情は真剣そのものだった。 

「も、申し訳ありません・・・・わたくしの不注意でエス様にも、ご迷惑を・・・・」

 不慮の事故とは言え、自分の軽はずみな行動にミレイは目を伏せてしまう。

 

「別に気にしなくていい。寧ろ、無理をしようとしたオレが悪かったんだ。だから、顔を上げてくれ」

「エス様・・・・・」

 エスに優しい言葉を掛けられ、ミレイが顔を上げると泣きそうなほど瞳が潤んでいた。

 

 ミレイの様子を見たリョーコが、意地の悪そうな笑みを浮かべる。

「あらっ?なんねぇ~、エス。あんた、”うちの子”やナデアだけじゃなくて、ミレイにも手を出す気ね?」

 下世話なことを言うリョーコに、ミレイは恥ずかしさで頬を赤くし、エスは「またか・・・」とため息をついた。

 

「どういう意味ですか?・・・・そんなつもりは有りませんよ」

 キャラバンに拾われて一週間。エスは女性と何かあると、リョーコにからかわれていた。もちろん、彼女に悪気が無いのは分かっているし、キャラバンに早く馴染んでもらいたいという、リョーコの心遣いというのも理解できたが、正直エスとしてはやめて欲しかった。

 

 否定するエスに、リョーコがワザとらしく驚愕の表情を浮かべる。

「まっ!こんな可愛い子たちに魅力を感じんとね?!もしかして、あんた・・・・・」

「女将さん・・・それ以上からかう気なら、オレも怒りますよ?」

 さすがに冗談にならない、とエスの目がスッと細くなる。

 

「冗談ったい。さて、エスの無事な姿も確認出来たし、私は帰ろうかね。悪いけど、一晩だけエスのこと頼むね」

 そういうと、リョーコは今度こそ部屋を出て行く。

「は、はい!小母様!」

 帰っていくリョーコを見送ろうと、ミレイが追いかけようとすると、ドアの隙間からヌッとリョ-コが顔を出した。

 

「・・・・エス。可愛いからって、ミレイちゃんに手、出したらいかんけんね?」

「女将さん・・・・・」

 これは、本気で話し合わないといけないか、とエスが立ち上がる素振りを見せると、リョーコは「あっはっはっは!」と豪快に笑いながら帰っていった。

 

 嵐が過ぎ去り、残されたエスとミレイの目線がぶつかる。

 

「・・・!?あ、あの!すぐに、着替えを持ってこさせますね!では、わたくしはこれで!!」

 再び二人っきりになったことに気が付き、ミレイはその空気に耐え切れず、部屋の外へ走り出てしまった。

 

「あ、ちょっと!・・・・・ふぅ」

 呼び止める間もなくミレイが出て行ってしまい、一人残されたエスはドッと疲れが押し寄せ、ベッドに倒れこむ。

 

「・・・・それにしても、どうしてオレは、ライガーをあんな風に扱えたんだ?」

 昼間のことを思い出し、そう疑問を頭に思い浮かべても、今度は頭痛に襲われることは無く、むしろ胸が高鳴るのを感じた。

 まるで、自分の身体が覚えているかのように、コックピットに収まり操縦桿を握り、ライガーと共に戦場を駆けたあの瞬間、自分の居場所はここなのだと、強く思った。  

 だが、それでもエスの記憶が戻る事は無く、今の彼にはあの時の感覚や気持ちが、別の誰かの物のように思えてしまう。

 

「そういえば、何か夢をみていた気がしたが・・・・・」 

 とても懐かしい夢を見ていた気がする、と思ったエスだったが、先ほどの一件もあって夢の内容を思い出すことが出来ず、「ま、いいか」と今深く考えても仕方が無い、と考えるのをやめるのだった。

 

 

 

「はぁ・・・・」

 慌てて部屋の外へ出たミレイは、熱くなった頬を両手で押さえ、その手をそのまま胸の上に置いた。心臓の鼓動が、今まで経験したことが無いほど早く脈打っている。

 男子禁制の白百合の園に”生まれ”育ったミレイだが、男性と触れ合うことが無かったわけではない――と言っても、幼い頃の話だが。

 

 そんな彼女は、先ほど体験した出来事の衝撃で、大切なことを忘れていた。

 

「・・・いけない。わたくし、エス様にお礼を言うのを、忘れてしまいました」

 気持ちが一杯になっていたせいで、肝心の用件を忘れていたミレイ。

 だが、背中の扉を開けて、もう一度エスと顔を合わせる勇気は、今の彼女には無かった。

 

「一晩寝て、気持ちを落ち着かせれば・・・大丈夫、よね?」

 ミレイは、胸に手を当てたまま自分に問い、「きっと大丈夫」と自分に言い聞かせ部屋へと戻っていった。

 

 

*********************

 

 同じ頃、白百合の園のとある区画。

 

「・・・・・・」

 警備隊長のヴェアトリスが、修復の為にバラされた一体のブレードライガーを瞬きもせずに見上げていた。

 

「やぁ、警備隊長”様”。こんな所に何か用かな?」

 すると、横から声を掛けられ彼女が振り向くと、作業着に白衣を羽織り、栗色の長い髪を一つにまとめ丸縁メガネを掛けた女性が歩いてきた。腕を組んでいるせいか、魅力的な胸が組んだ腕に乗っかっている。

 

「・・・ドクター。その呼び方、やめてくれないか?」

 女性をドクターと呼んだヴェアトリスは、目に見えて不機嫌な顔をする。警備隊隊長を拝命して、それなりに誇りを持つあるヴェアトリスだが、”様”付けされると、どこか馬鹿にされているように聞こえた。

 

 顔を顰めるヴェアトリスに、ドクターは肩をすくめる。

「一応、親愛の念は込めているつもりだけどね。君がそう言うなら、やめておこう、それで、僕のラボに何の用だい?ヴェアトリス」

 全く立場の違う二人だが、同世代と言うこともあり、何かと会話を交わしている仲だった。

 

「聞かなくても、解るだろ?ドクター」

 そういうとヴェアトリスは、数多くの作業員の手によって修復作業の始まっているブレードライガーに視線を戻す。彼女たちの目の前にあるブレードライガーは、昼間エスが勝手に搭乗し、驚異的な戦闘を行った機体だ。ある意味で、セレナーデたちが搭乗していた機体以上に損傷が激しかったため、ドクターのラボに運び込まれていた。

 

 もちろん、運び込まれた理由はそれだけではなかった。

 

「このブレードライガーのことか。それなら、見ての通り機体をバラしたばかりで、修理には時間が掛かるぞ・・・・と、そんなことを聞きに来たわけではないか。まだシステム周りのチェックと戦闘データの簡単な確認しかやっていない・・・・先に君に聞いておきたいんだが、このライガーに乗っていたというパイロットは、本当に人間だったのか?」

 メガネを指で上げながら、ドクターの目が怪しく光るのをヴェアトリスは見逃さなかった。

 

「・・・・・」

 彼女の質問に、ヴェアトリスは半日前に起きた戦闘を思い出す。彼女が知る限り、目の前のブレードライガーで戦った先輩たちの中で、エスと同じ戦闘機動が出来た者は一人も存在しない。

 

 あの時ヴェアトリスは、すぐに乗っていたのが部下のエレナでは無く、別の人物だと分かった。そして、相手を一方的に蹂躙したパイロットがどのような人物なのか興味を持ち、彼の出迎えを買って出たのだった。だが、直接会ったエスからは、凄腕のゾイド乗り特有の凄み・・・”オーラ”を感じることは無く、いたって”普通”という印象しか伝わってこなかったことに、彼女は大いに混乱し、ドクターにどう言えばいいか考えが纏まらなかった。

 

 押し黙るヴェアトリスに、ドクターは頭を掻き、話しを続けだした。

「僕もゾイドの研究者として、様々なゾイドやそのパイロットのスペックやデータを見てきたけど、彼はどの数値においても常人をはるかに超えてしまっている。特に反応速度は、もはや”未来予知”と表現しないと説明できないくらいだ・・・・まぁ、ここからはあくまで私見だが、彼に最も近いスペックを叩き出せたのは、古の”英雄”たちぐらいだと、僕は考えている」

 近くの作業台に置いてあった戦闘データを写したタブレット端末をヴェアトリスに渡し、ドクターが作業台に寄りかかる。

「ドクターがそこまで言うほどなのか?」

 画面に目を通しながら、彼女がきっぱりと言い切ったことに、ヴェアトリスは目を見張る。ドクターと出会って数年。

そんなことは一度たりとも無かったからだ。

 ヴェアトリスの疑問に、ドクターは彼女から端末を取り上げると、画面を操作しある情報を呼び出して、再び手渡す。

 

 受け取った端末には、オーガノイドシステムに関する情報が表示されていた。

 

「そう思ったもう一つの根拠は、それだ。ブレードライガーには、オーガノイドシステムと呼ばれる特殊なシステムが組み込まれているのは、前に説明しただろ?あのシステムは、ゾイドコアに働きかけ、強制的にコアから膨大なエネルギーを引き出すためものだが、それと同時に、封じ込められているゾイド本来の凶暴性まで引き出してしまう諸刃の剣といえる代物だ。そのため、リミッターなしで扱えるのはエースパイロットと呼ばれる者の中でも一握りの者だけ。それ以外のパイロットが扱うにはオーガノイドシステムにリミッターを施さなければいけない。白百合の園が所有している三体のブレードライガーにも、そのリミッターが施してあったんだが、どういうわけか彼が乗ったこの機体のリミッターは全て解除されていたんだよ」

 そのことが腑に落ちないと言った表情を浮かべるドクターに、ヴェアトリスが首を傾げる。

 

「攻撃の影響で偶然外れたとか?」

 ヴェアトリスの言葉に、ドクターは首を横に振った。

 

「ありえないね。出撃前にも僕自身が確認した・・・・リミッターは間違いなく掛かっていたよ。それに安全策が何重にも取られている代物だ。攻撃が当たった程度で偶然外れたりはしない・・・考えられる可能性は一つ。彼自身が、リミッターを解除したということさ」

 自分の考えを述べながらも、ドクターは眉を顰める。

 

「古の英雄に匹敵する操縦技能とOSに対する適正、そして研究者ばりの知識・・・・・・彼は一体、何処でそれほどの”実力”を得たんだろうか」

 

 今となっては、失われた技術の一つであるオーガノイドシステム。ドクターがこのシステムを熟知しているのは、”学徒の都”と呼ばれるユニバースシティの出身で、しかも代々ゾイドの研究をしている学者の家系だからだ。だからこそ、ドクターはエスが何処で専門的な知識を身に付けたのか疑問に思い、同時に興味が湧いていた。

 

「ドクターもそう思ったか・・・」

 自分と同じ疑問に行き着いたドクターに、ヴェアトリスは自然と笑みを浮かべる。

 

 

「・・・・・よし!ここで悩んでも仕方が無い!直接本人に聞きに行こうじゃないか!」

 善は急げとばかりに、突然ドクターが自身のラボの出口へと歩いていく。

 

「ま、待て、ドクター!彼は、ここへ来る途中に突然気を失い、今マザーが看病している!時間も時間だ。聞きに行くなら明日にしろ!」

 思い立ったら即行動に移すドクターに、慌ててヴェアトリスが進路を塞ぎ、引き止める。

 

「何だそうなのか?・・・・・仕方ない、では朝一で聞きに行こう」

 一瞬思案し、ドクターは踵を返すと、ライガーの修復作業を行っている作業員の女性たちに、指示を飛ばし出した。

 

「・・・好きにしてくれ」

 相変わらずマイペースなドクターの言動に、ヴェアトリスはため息をつき、手にしていたタブレットの画面をエスの戦闘データに切り替えると、そのデータに視線を落とす。

 

 自分なら彼とどう戦うか。彼女は頭の中で、戦場を構築し目に焼きついている彼の戦闘を思い出しながら、愛機と共に戦いを挑むのだった。

 

 

**************

 

 

 白百合の園から遠く離れた古代遺跡となった軍事施設跡。

 

 学者や盗掘者たちも見向きもしない、価値の無くなったそこには現在、白百合の園を襲った盗賊たちが根城として利用していた。

 

 その中の司令部が入っていた建物から、怒声が響き渡った。

 

「何がひよっ子相手の楽な仕事だ!嘘をつきやがって・・・貴様のせいで、俺たちの仲間がやられたじゃないか!!」

 

 昼間、白百合の園を襲ったレッドホーンのパイロット二人が、不遜な顔をして草臥れたソファーに座る男に怒りをぶつけていた。

 

 だが、男は自分よりも一回り以上若いパイロットの怒声に顔色一つ変えずに、鼻を鳴らした。

 

「ふん・・・俺が貸してやった駒まで駄目にしておいてよく言う・・・・貴様らの実力が、所詮その程度だったと言うことだろう?何が名うての傭兵部隊だ。喚くんじゃねぇよ」

 ドスの利いた腹に響く声で、男が傭兵たちを威嚇する。

 

 しかし、逆に相手の怒りを助長し、傭兵たちの顔が怒りで真っ赤になった。

「ふざけるな!!あんな化け物が、ひよっ子な訳ないだろうが!リザード!!・・・落とし前は付けさせてもらうぞ!!」

 そう言うと、パイロット二人が銃を抜き、盗賊の頭目であるリザードへ銃口を向けた。

 

「馬鹿が」

 リザードがそう呟くと、傭兵たちが真横から銃撃を受け、あっという間に蜂の巣となって床に倒れこむ。

 

 機関銃を持った男の部下たちが、物陰から出てきて、血だまりの中に転がる傭兵たちの死体に唾を吐きかけた。

 

「殺すつもりなら、話しなんてせずにすぐに撃てよ、このボケが」

 物言わぬ死体に暴言を吐き、リザードが部下に片付けるよう指示しようとしたときだった。

 

「おやおや、これは・・・タイミングの悪い時に来てしまいましたかね?」

 

 入り口から、高級なスーツに身を包んだ優男が、わざとらしい言い回しをしながら入ってきた。

 

 部下たちが一斉に機関銃を向けるが、リザードが部下たちを手で制し、銃を下ろさせる。

 

「あんたか・・・・おい、それをさっさと片付けろ」

 

 リザードの指示を受け、部下たちが傭兵の亡骸を運び出す。それを横目で見ながら、スーツの男は笑みを絶やさず見送った。

 

「大事の前に貴重な戦力を・・・・よかったんですか?」

 

 男の言葉に、リザードは気だるそうにソファーへ身体を預ける。

「構わん。所詮、白百合の園の戦力を疲弊させる為に雇った使い捨ての駒・・・・替わりはいくらでも利く。それに、俺の直属の部下とあんたが用意してくれたゾイドは温存してある。心配するな」

 

 リザードが長年かけて築いてきた裏社会のパイプを使って、白百合の園を襲撃する仲間を集めていたある日、目の前にいるスーツの男が、「このゾイドたちを好きに使って良いので、その話に噛ませて下さいませんか?」と複数の強力なゾイドを持って現れた。

 

 その気前のよさとは裏腹に、名を名乗らず終始笑みを顔に貼り付けた男に、当初リザードは警戒したが、彼から”ある話”を聞き、考えを変えた。

 

―白百合の園には、古の”遺産”が眠っているー

 

 男は、その遺産が自分が探しているものかどうかが調べたいと言い、協力の謝礼にゾイドを。もし、探している”遺産”だった場合は、さらに金を上乗せすると申し出たのだった。

 

 リザードは、男の協力を快諾し、それ以来スーツの男はリザードのスポンサーの様な立場になっている。

 

「そうですか・・・・まぁ、こちらとしましては、こちらの要望を叶えてくださるのなら、どのような手段でも一向に構いませんがね」

 だが、男はリザードに注文を付けるようなことは無く、敷いて言うなら、リザードに協力する”全てのゾイドの戦闘データ”を逐一提出して欲しいというくらいだった。

 

「それで?あんたが来たって事は・・・」

 大事な計画を明日に控え、ここに来て男が”約束”を違える事はないと思っていたリザードだが、この時間まで現れなかったことに、やきもきしていた。

「えぇ。遅くなりましたが、お約束していた最後のゾイド。お持ちしましたよ」

 スーツの男は、懐から少し分厚い封筒を取り出し、ソファーに座るリザードに直接手渡した。

 

 リザードが封筒を開け、中から紙を取り出すと、そこには男が持ってきたゾイドのスペックデータと、起動用暗証コマンドが書かれていた。

 待ち望んでいたゾイドに、リザードが前のめりになって書類を食い入るように見つめる。

「!ふふふ・・・・これで、手駒が揃った」 

 

 すると、リザードに部下が近づき、そっと耳打ちする。

 

 書類に視線を落としたまま、話を聞いていたリザードの表情が変わる。

 

「・・・分かった。あの傭兵ども、きっちりと仕事はこなしてきたようだ・・・最大の障害になりえたブレードライガー三機の修理は最低でも一週間は掛かるそうだ。つまり、明日の”襲撃時”には出てこない」

 自分たちに有利となる情報が舞い込みリザードは凶悪な笑みを浮かべ、スーツの男は目を見張った。

 

 リザードの立てる計画において、自分たちが襲撃を掛ける時点で、相手の戦力がいかに消耗しているかが重要な要素となっている。

 

 今回、厄介と思われたブレードライガーが三機全て出撃不能と言うのは、リザードにとっては成功したも同然といえるのだ。

 例え”手練”が多くとも、それに見合ったゾイドが無ければ、戦力は減少する。それが、リザードの経験則だった。

 

「ほう、それは重畳・・・しかし、その情報は何処から?」

 スーツの男は、リザードがどうやって園の情報を手に入れているのか、疑問に思っていた。”女性の楽園”と呼ばれる白百合の園だが、中での決まりが厳しいことで有名で、例え女性でも園の重要な情報を持ち出すのは至難の業だった。 

 

「・・・・・・」

 そんな男の疑問に、リザードは沈黙を持って応える。

 

 不穏な空気を感じ取り、スーツの男は肩をすくめた。

「好奇心、猫をも殺す・・・・これ以上の詮索はお互いのためにならなさそうなので、やめておきましょう。では、吉報をお待ちしています。ご武運を」

 恭しくお辞儀をして、スーツの男が部屋から出て行く。

 

 男が出て行ったことを確認し、部下の一人がリザードへ向き直る。

「本当にいいんですか?お頭・・・あんなヤロウを信じて」

 

 部下の懸念に、リザードは鼻を鳴らし立ち上がった。

「ふん。一応、ゾイドを提供してくれるスポンサー様だ。良い顔をしておかないとな・・・奴にも思惑があるんだろうが、精々利用出来るだけ利用して、上前をはねるだけだ・・・園にいるオンナたちも、”遺産”とやらも全部、俺たちが頂く!」

 

 と言うリザードたちの会話を、仕掛けておいた盗聴器で聞きながら、スーツの男は「さすがは、悪名高い盗賊・・・期待を裏切りませんねぇ」と、彼らの思惑を知っても笑顔を崩さなかった。

 

 彼も、リザードと同じことを考え、用が済めば”消す”つもりでいたのだった。

 

 フッと男が、遺跡が基地として機能していた時のゾイドの駐機場に目を向けると、そこには百機近い大小様々なゾイドが並んでいた。

 

 それは、リザードの呼びかけに応じた盗賊や傭兵たちの駆るゾイドである。

 

 スーツの男は、そんな光景を見ながら、呆れるようにため息をついた。

「しかしまぁ・・・よくもここまで集まったものですよ。おや?あそこにいるのは、今売り出し中の盗賊団に・・・あちらは”中央”でも名の知れた傭兵部隊。他にも有名なゾイド乗りもいますね・・・・これは随分、豪勢な顔ぶれだことで。彼の”人徳”のなせる業か、はたまた園に咲く花々の魅力か・・・・・どちらにしても、ワタシにはどうでもいいことですが。重要なのは、白百合の園に眠ると言われる”遺産”が我々の・・いえ、”御前”のお探しとなっているものかどうか・・・明日が楽しみですね」

 

 男は、作り笑いを顔に貼り付けたまま、暗闇の中へと消えていった。

 




 オッス、ジェドーだ。

 性懲りも無く襲ってきた盗賊たちだったが、その数は俺たちの予想をはるかに超える大部隊だった。しかも、園の中には裏切り者がいて、状況は相当ヤバいときてる。彼女も戦うんだ・・・ここは俺が一肌脱がないとな。

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男-第四話「白百合の園の長い一日(前編)」!

 いくぞ、コマンドウルフ!


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白百合の園の長い一日(前編)

「漸くこの時がきた……」

 リザードは、昨晩スーツの男が持ってきたゾイドのコックピットのシートに座り、これまで費やしてきた年月を思い浮かべ、徐に外部スピーカーのスイッチを入れた。

 

『お前ら!今日、鉄壁と言われた白百合の園は終わりを告げる!あの都市を攻め落とすという、誰も成し得なかったことを、俺たちの手で実現させる!』

 リザードの言葉に、集まった盗賊や傭兵たちが声を上げる。

 

『あの都市に眠っている財宝、ゾイド…そして、オンナ!全て、奪い尽くせ!!』

 

 集まった者たちの中には、男だけでなく女の姿も有り、歓声を上げている。

 

『行くぞヤロウども!…出陣だ!!』

 

 リザードの号令と共に、百体近いゾイドの大部隊が一斉に白百合の園を目指して、動き出した。

 

 

*****************

 

 

 一晩が経ち、身体のダルさがすっかり取れていたエスが、身支度を整えていると突然”襲撃”を受けた。

 

「やぁ、おはよう!君がエスか?君に聞きたいことがあるのだが、僕の質問に答えてくれないか?!」

 部屋のドアが豪快に開き、つなぎに白衣姿のドクターがドカドカと部屋に入ってきたかと思うと、エスに詰め寄ってきたのだ。

 すぐに、慌てて追いかけてきたヴェアトリスとドクターの間で、ひと悶着あったものの、エスが二人に落ち着くよう促し、現在三人は部屋のテーブルを囲んでいる。エスを泊めていた家主であるミレイは、マザーとしての”お勤め”があるため、すでに外出した後だった。

 

「すまない……彼女がどうしても貴殿に聞きたいことがあるそうで、連絡もなしに本当に申し訳ない」

 深々と頭を下げるヴェアトリスに、ドクターが腕を組んで不満そうに、口を尖がらせた。

「君だって、気になっているといっていたじゃないかヴェアトリス。僕一人を悪者にするのは卑怯だと思うが?」

 もう一勝負始まりそうな雰囲気に、エスは「話が進まない」と呆れたようにため息をつく。

 

「それで、二人が聞きたいことって何だよ?」

 エスの言葉に、目的を思い出したドクターが「そうだった」と居住まいを正した。

 

「その前に自己紹介をしておこう。僕の名はアンジェリカ、見ての通り科学者だ。専門はゾイド工学だが、ゾイドに関することなら手広くやっている。皆からはドクターと呼ばれているが、好きに呼んでくれて構わない。でだ、君に聞きたい事というのが……」

 

 ドクターは、自分がエスの搭乗したブレードライガーの修復を行っている事を告げ、その過程でシステム周りのチェックやエスの戦闘データの解析を行った所、パイロットの手によってOSのリミッターが解除されており、エスがこの時代の一般的なゾイド乗りでは知りえるはずのない、OSの存在を知っていたことに、疑問に思い訊ねにきたと説明した。

 

「と言うわけだ。君が一体何処で、オーガノイドシステムに関する知識を得たのか、教えてくれないか?」

 ドクターに問われたエスは、困惑して頭を掻く。

 

「何処で、と言われてもな…」

 記憶喪失であるエスにとって、彼自身が聞きたい事だった。

 全くと言っていいほど記憶の戻る気配の無い状況に、エスはどう説明したものかと思案する。

 

 だがドクターには、そんなエスが言い渋っているように見え、身を乗り出す。

「OSの情報を、秘密にしたいのは重々承知だ!君から聞いた事は、ここだけで留めておくことを約束する!」

 必死になるドクターを見て、エスは観念して口を開いた。

 

「記憶喪失なんだよ、オレ。オレが覚えているのは、一週間前からの記憶と、ゾイドに関する知識だけ。それ以外の事は、自分が何処の誰かさえ、何も覚えていない。だから、OSの事は知っていても何処でシステムの知識を得たのかは、わからないんだ」

 エスの言葉に、ヴェアトリスが唖然としていたが、気を持ち直しどうにか口を開いた。

「待ってくれ…では、昨日の戦闘は?」

 彼女の問いに、エスが頭を掻く。

 

「ゾイドを動かす方法は解るんだが、どうしてあそこまでブレードライガーを動かせるのかも、何処で習ったかも分からない。はっきり言って、オレが教えて欲しいくらいだよ」

 

 エスの説明を聞き、ヴェアトリスは絶句してしまう。記憶喪失と言う話が本当なら、エスは身体に染み付いた”感覚”で操縦していたことになる。そんな与太話を、信じろと言う方が無理な話だ、とヴェアトリスは、話せない理由があるにしても、何故エスがそんな嘘をついてまで話そうとしないのか、不信感を持つ。

 

 だが、そんなヴェアトリスとは対照的に、品定めするかのように一時の間エスを見つめていたドクターが、目を伏せ立ち上がった。

「そうか…そういう事なら、仕方が無い」

 きっぱりと諦め、部屋から出て行こうとするドクター。

 

「?!ドクター、彼の話を信じるのか!?」

 そんな彼女をヴェアトリスが驚いて引き止めるが、振り返ったドクターは呆れたように彼女を見た。

「君は、彼が嘘をついているように見えたのか?僕には、見えなかったよ」

 そういうと、ドクターはヴェアトリスから目を離し、エスの方を見る。

 

「すまなかった、時間をとってもらって。僕は、ラボへ戻るよ。エス…もし記憶が戻ったら、もう一度、僕の質問に答えてくれると助かる」

 それだけ言い残し、ドクターは自分のラボへと帰っていった。

 エスと二人になり、ヴェアトリスは先ほどのドクターの言葉を受け、自分の言動が彼に対して失礼だったと気づかされ、頭を下げる。 

「エス殿、先ほどは申し訳なかった。貴殿を疑うようなことを言ってしまい…」

 

 そんな、頭を下げる彼女を見て、エスは首を横に振った。

「気にしなくて良いさ。普通に考えたら、記憶喪失なんです、なんて説明されても簡単に信じられるものでもないだろう」

 気を悪くするどころか、自分にフォローを入れるエスを見て、ヴェアトリスは「自分はまだまだ未熟だな」と一人ごちる。

 すると、部屋の扉がノックされ、立ち上がろうとしたヴェアトリスを手で制し、エスが扉を開けに行く。

 

「あの……申し訳…ありません。マザーミレイが…エス様をお呼びに…」

 開けた扉の向こうに、褐色の肌と銀色の長い髪。そしてメイドの格好が印象的なナデアと同い年ほどの少女が立っていた。

「エリーじゃないか。マザーミレイがオレを?」

 エスの問いに、メイド姿の少女が、コクンと頷き中へと入ってくる。彼女の名前はエリー。ミレイからエスの世話を言いつけられ、彼専属のメイドとなっている子である。

 

 そんな彼女とヴェアトリスの視線が、エスの肩越しにぶつかった。

「あ…隊長……」

「エリーか…」

 何となく二人の間に気まずい空気が流れ、ヴェアトリスがすっくと立ち上がる。

 

「エス殿、私はここで失礼させてもらう……エリー、昨日はすまなかった。本来ならお前が…」

 すれ違いざま、エスに断りを入れ、部屋を出て行こうとしたヴェアトリスは、エリーの横で立ち止まり、エスに聞こえない小声で話しかけた。

「…いいえ。彼女たちも…優秀な…パイロットだから……ワタシは気にしてません」

 ヴェアトリスの謝罪に、エリーは首を振り、”隊長”である彼女に笑顔を向ける。

 

「すまない…では、エス殿。私はこれで」

 もう一度、エリーに謝罪しヴェアトリスが部屋を出て行った。

 

「あの…エス様」

 先ほどのヴェアトリスとのやり取りに、気まずさを感じてモジモジするエリーを見て、エスは徐に扉を開ける。

「マザーミレイが呼んでるんだよな?案内してくれるか?」

「え…?は、はい」

 てっきり、エスから問い質されるものと思っていたエリーは、一瞬キョトンとして慌てて首を縦に振った。

 

 エスは、彼女たちが何を話していたか、断片的にしか聞こえなかったが、その内容を聞き出そうとは思わなかった。

 

――小声で話してたって事は、オレに聞かれたくない内容なんだろう――

 

 そう考え、エスはエリーを問い質すことなく、彼女の案内で、ミレイの執務室へと向うのだった。

 

***********

 

 リョーコたちのキャラバンが野営している場所の近く。キャラバンが所有するゾイドの一体、ゴルドスの整備をしているマークの横で、ナデアが不貞腐れた顔をしていた。

 

「ねぇ…いつになったら、エスは帰ってくるの?」

 

 先ほどから同じことを繰り返し聞いてくるナデアに、マークは面倒くさそうに顔を顰める。

「俺が知るわけないだろ?それより、そこの工具取ってくれよ」

 横にある工具を取ってくれ、とマークに頼まれたナデアだが、兄のジェドーの姿を見つけると、兄の元へと走っていってしまった。

 そんなナデアにため息を漏らし、マークは自分で工具を取って、作業を続ける。

 

「お兄ちゃん!エスは!?」

 妹からの問いに、ジェドーは顔を引き攣らせつつも、笑顔でいるよう努める。

「まだ戻ってきてないぞ?」

 

 そんな兄からの返答に、ナデアの怒りが爆発した。

「もう!いつになったら、帰ってくるのよ!」

 

 ゴルドスのコックピットから、その光景を見ていたホメオは、呆れた顔をして眺めていた。

「荒れてるなぁ、ナデアの奴。昨日から何度目の同じ質問だ?」

 

「兄貴、調整が終わりました!」

 油まみれになったマークが、コックピットに駆け寄り、ホメオに声を掛ける。

 

 少し前から不調だった、ゴルドスのレーダーとセンサー類の新しい交換パーツが手に入り、壊れたパーツの取り換えと調整を行っていた二人。

 マークの声に、ホメオが嬉しそうに指を鳴らす。

「よし!これで、ゴルドスのレーダーとセンサー範囲も拡大されたはず……?こいつは」

 レーダーを索敵モードに切り替えた瞬間、ホメオが眉を顰める。

 

「どうしたんです?」

 ホメオの様子に、マークが首をかしげていると、突然ホメオが立ち上がり、ジェドーたちの方へ振り向いた。

「ジェドー、ナデア!今すぐ、コマンドウルフに乗れ!!」

 ホメオの言葉に、兄妹二人は怪訝な顔をする。

「はぁ?」

「どうかしたのか?ホメオ」

 

 何事かと首を傾げる二人に、ホメオが声を張り上げた。

「とんでもない数のゾイドが、こっちに向ってきてやがる!白百合の園の奴ら、この距離まで近づかれて、何で警報を鳴らさないんだ?!」

 毒づくホメオに遅れて、白百合の園から警報のサイレンが鳴り響く。

 

「白百合の園からの警報?!」

 マークが慌てて辺りを見回す中、ジェドーとナデアは、すぐさま愛機であるそれぞれのコマンドウルフのコックピットに収まり、システムを立ち上げる。

 

「何よ…この数」

 ホメオのゴルドスから送られてきたデータを見て、その数の多さにナデアは息を呑む。

 

「何の騒ぎね?!」

 騒ぎを聞きつけて、リョーコとその娘たちであるルナとルイがやってくる。

 

「女将さん!敵だ!おそらく盗賊だと思うが、とんでもない数の大部隊が向ってきてる!」

 ホメオの報告に、リョーコの表情が険しくなり、二人の娘は驚いた表情を浮かべた。

 

「とんでもないって、どんくらいね?」

「ゴルドスのセンサーに引っ掛かるだけでも、凡そ八十機!」

 明らかに一盗賊の範疇を越えるゾイドの多さに、ルナとルイが絶句する中、リョーコは口に手を当て、思案していた。

 

「園の警備隊だけじゃ、太刀打ち出来ん数やね…ルナ!あんたは、白百合の園に連絡して、麓に居る戦闘に参加できん人間の受け入れを打診し!ルイ、あんたは私と一緒に、他のキャラバンに戦闘に協力するよう頼みにいくよ!」

 母からの命令に、絶句していた娘二人の顔が一気に引き締まる。

 

「はい、母様」

「分かったよ、お母さん!」

 娘たちの返事を聞き、リョーコはジェドーたちへと視線を移す。

「ジェドーたちは、戦闘準備が終わったら、警備隊を加勢しに行きいね!」

「了解です、女将さん!」

 ジェドーたちの返事を受け取り、リョーコが拍手を数回打つ。

 

「さぁ、皆!気合ば入れて取り掛かるよ!」

 

***********

 

 敵襲の警報が鳴り響く中、ミレイは頭に銃口を突きつけられていた。

 

「これは、どういうつもりですか?」

 顔色一つ変えずに、毅然とした態度のミレイは、自分に銃を突きつける補佐官のサナムを真っ直ぐ見つめる。

 

「どうもこうも、見たとおりさね、マザーミレイ」

 普段の彼女からは想像もつかない、野蛮な口調に人質となっているメイドの少女たちが絶句する。

 

「どうして裏切りなど。この十余年、貴女はこの都市に尽くしてくださっていたのに」

 ミレイの母、先代のマザーの頃から、白百合の園のために奔走していたサナムを知るミレイにとって、彼女の裏切り行為は、まさに青天の霹靂だった。

 

 そんなミレイに、サナムは「ふん」、と鼻で笑ってみせる。

「リザード様のために、白百合の園を自由に動ける地位…マザーの次に偉い、”補佐官”と言う今の地位を手に入れる必要があったからさ。そうでなければ、こんな女の墓場みたいな場所。来たくも無かったよ!それにね、勘違いしているようだから言っておくが、あたしは一度もここの人間を、仲間だと思った事はないよ!!」

 

 彼女が来て十数年。サナムの本性を見抜けなかった母と自分に、ミレイは恥ずかしさを覚え、眼を伏せる。

 

 だが、感傷に浸る暇はミレイには無く、彼女はすぐさま頭を切り替え、サナムの目的を聞き出す為、再び顔を上げた。

 

「そうまでして、一体何が目的です?」

 十年以上かけてまで果たそうとする目的を問われ、サナムが笑みを浮かべる。

「白百合の園のレーダーの破壊及び、正面ゲートの操作もしくは破壊。そして補佐官であるあたしにさえ、場所と中身が秘密になっている、”遺産”の確保だよ」

 

 彼女の目的を聞き、ミレイは眉を顰める。

 最初の二つは理解できるが、最後出てきた”遺産”と言う言葉に、ミレイが思いつくのは一つしかなかった。

「”帝国の遺産”を?あれは、あなた方が考えているような、金銀財宝ではありません…」

 

 ミレイの言い方が、自分を財宝目当てのコソ泥と言っているように感じたサナムが憤慨する。

「黙りな!リザード様は金目当ての低俗な輩とは違うんだよ!何であれ、あたしはリザード様のためにその”帝国の遺産”とやらを手に入れるだけさ!さぁ、隠し場所に案内してもらおうか?嫌だって言うなら、この子達が死ぬことになるよ?」

 

 サナムは、ミレイに突きつけていた銃口を、メイドたちの方へと向ける。

 

「マザー……」

「う……うぅ…」

 恐怖に震える少女たちの眼を見て、ミレイは悲痛な顔をする。自分一人なら、彼女と刺し違える覚悟はあるが、罪の無いメイドたちを巻き込む事は、ミレイには出来なかった。

「っ…分かりました。ただし、他の方たちには手を出さない、と約束してください!」

 

 ミレイの言葉に、サナムがニタァと笑みを浮かべる。

「……交渉成立。さぁ、案内しな」

 再び銃を向けられ、案内するよう促されるミレイは、立ち上がりドアへと歩いていく。

 その途中で、メイドたちに「大丈夫だから」と声を掛け、部屋の外へ出た。

 

 サナムに銃を背中に押し当てられ、ミレイが廊下を歩いていく姿を、エスとエリーは物陰からじっと見つめていた。

 ミレイに呼ばれ、彼女の執務室の前まで来たのは良いが、エスが中の様子がおかしいことに気が付き、様子を見るため物陰に潜んでいたのだ。

 

「マザー…」

 連れて行かれるミレイの背中を見つめながら、エリーが悔しげに唇を噛む。

 そんなエリーを見つめ、エスがサナムの背中を睨み付ける。

「あの女…とりあえず、オレは二人を追いかける。エリーは、その間に中の子達を」

 エスの指示を受け、エリーは一瞬迷いを見せるが、コクンと頷いた。 

「分かりました…」

 

 エリーが部屋の中へと入っていくのを確認し、エスは気づかれないようにミレイたちの後を追いかけていった。

 

 

 




 警備隊隊長のヴェアトリスだ。
 圧倒的に不利だった我々警備隊だが、ジェドー殿たちキャラバンの方々の助けで、盗賊たちと五分にまで持ち込むことが出来た。しかし盗賊の頭目リザードは、卑劣にも仲間を巻き込む攻撃を行ってきた。
 あれは…ゴジュラス?!っ!だが、ここで引くわけにいかない。我々の背中には白百合の園があるのだから!

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男-第五話「白百合の園の長い一日(中編)」!

 駆け抜けるぞ、シールドライガー!


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白百合の園の長い一日(中編)

 一方その頃、サナムの手によって白百合の園のレーダーが破壊され、ギリギリまで盗賊たちの接近に気が付かなかったヴェアトリスたち警備隊は、準備も儘ならぬまま出撃を余儀なくされた。

 

 しかも、出撃のため正面ゲートが開放された瞬間に、駆動部分が仕掛けられた爆薬によって爆破され、ゲートを閉じることも出来なくなってしまっていた。

 

「完全に後手に回ってしまったか、くそっ!」

 愛機であるシールドライガーのコックピットの中で、ヴェアトリスは唇を噛みしめ、迫り来る盗賊の大部隊を迎え撃とうとしていた。

 彼女の機体はかつて、ブレードライガーと部品を共用した所謂”最後期生産型”と呼ばれる機体仕様と同じ物をベースに、”ダブルキャノンスペシャルユニット”と言う、強力なビームキャノンニ門を装備し、ヴェアトリスに合わせた調整が施された特別仕様である。機体を調整したドクター曰く、その性能は”DCS-J”という、かつてトップエースが乗った機体に迫るとも言われているが、白い装甲を纏ったその姿はむしろ”Mk-Ⅱ”を彷彿とさせる。

 

 彼女のシールドライガーを中心に、同じく装甲を白く染めたノーマルのシールドライガーやコマンドウルフ。”ワイルドウィーゼルユニット”を装備したガンスナイパーやスピノサパーが防衛線を形成し、最終防衛ラインには、狙撃能力をさらに強化させたガンスナイパーにその後継機であるスナイプマスターと、砲撃能力を向上させたバスタートータスが並び、総勢三十機の白百合の園警備隊の戦力がタッチの差で集結を完了した。

 

 そして、白百合の園の歴史に残る、戦闘の火蓋が切って落とされた。

 

 

「始まったか。お前ら、止まれ」

 部隊の最後尾に陣取っていたリザードが直掩部隊に止まるよう指示を出す。

 

『いいんですか、お頭?他の奴らの好きにさせて』

 リザードの指示に、部下の一人が不満を漏らす。

 

「戦いが始まったばかりで、状況がどう流れるか分からん。まずはあいつらに戦場を引っ掻き回させて、状況を見極める。敵と邪魔者全てが大人しくなったところで、後ろから止めを刺せば、こちらの損害は少なくて済む」

 リザードの思惑を聞いた部下たちから、笑い声が漏れる。

 

『なるほど!そいつは、いい手だぜ!さすが、お頭!』

「ふっ…精々、俺のために潰し合ってくれ」

 撃ち合いが始まった戦場を見つめながら、リザードは自分の勝つ姿しか思い浮かばず、笑みを浮かべた。

 

 

 そんな戦いを、遠く離れた岩場の上からスーツの男が、高性能の光学式双眼鏡を片手に観戦していた。

 数十キロ以上離れた場所とは言え、砲撃の音が彼の耳に響いてくる。

 

「リザードさんは後方に待機…高みの見物を決め込むようですね。しかし、さすがは鉄壁で名高い白百合の園の警備隊。あの数を相手に、持ちこたえますか。さて何処まで耐えられ…おや?」

 激しさを増す戦場に向って近づく”一団”を見つけたスーツの男が、楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「これはこれは…どうやら退屈しないで済みそうですねぇ」

 

**************

 

 砲撃によって始まった戦闘。

 開始直後は、距離をとって砲弾やミサイルが飛び交っていたが、盗賊側の小型ゾイドたちが砲撃を掻い潜り、警備隊の最前列と接触したのを切っ掛けに、乱戦の様相を呈していた。

 

「邪魔だ!!」

 シールドライガーに仕掛けてくるレブラプターやガイサックを、ヴェアトリスはライガーの足を止めることなく三連衝撃砲で破壊。その後ろから迫っていた二体のセイバータイガーに狙いを定め、二連ビームキャノンを発射し、撃ち抜かれ爆発するセイバータイガーたちの横を走り抜ける。

 

 だが、すぐ目の前にはまた別の敵が迫っていた。

 

「クソ…どれだけ敵がいるんだ」

 ビームキャノンを撃ちながら、彼女は周りの状況を確かめる。隊員には損傷した場合は、無理をせず後方に下がるよう言い含めていたが、現状ではそれも儘ならず、完全に足を止め、取り囲まれている者が出ていた。

 

「待っていろ、今助ける!」

 部下を助ける為、愛機を転進させるヴェアトリス。そんな彼女の死角から、ヘルディガンナーが襲い掛かる。

 

『隊長!後ろです!!』

 助けようとした部下の声に、反応が一瞬遅れ、振り返ったヴェアトリスに隙が生まれた。

「っ!!」

 万事休す、と顔を顰めるヴェアトリスだったが、襲いかかろうとしたヘルディガンナーが空中で撃ち抜かれ、爆発する。

 

「え?」

 爆発するヘルディガンナーを、立ち止まって呆然と見つめていたヴェアトリスの周囲にいた盗賊のゾイドが、相次いで攻撃を受け、破壊されていく。

『大丈夫か!!』

 通信機のスピーカーから、聞き覚えのある声が響き、彼女のシールドライガーの横に、デザートカラーのコマンドウルフACが並び、その横を、何体ものゾイドが走り抜け、盗賊たちに攻撃を加えていく。

 

『間に合ってよかった』

 ジェドーの声に、ヴェアトリスは胸の高鳴りを感じると共に、幾つも疑問が沸き起こった。

「どうして、貴方が…?それに、あのゾイドたちは?」

 ヴェアトリスの疑問に、ジェドーが笑顔を向ける。

 

『うちの女将さんの指示でね。あのゾイドたちは他のキャラバンの奴らだよ。説得するのに手間取ってしまって来るのが遅れた』

 説明していたジェドーが、照れくさそうに頬を掻く。

 

『まぁ、誰も行かなかったとしても、俺は君を助けに行くつもりだったよ』

 ジェドーの言葉に、ヴェアトリスの顔が真っ赤になり、瞳が揺れる。

「っ!…ありがとう、ジェドー殿」

『お礼は、これが片付いたら改めて!行くぞ!!』

「あ…あぁ!!」

 シールドライガーとコマンドウルフACが咆哮上げ、未だ数の減らない盗賊たちに向って駆け出していく。

 

 ジェドーとヴェアトリスが合流した頃、ジェドーと別れ別働隊を率いていたナデアが、孤立しながらも奮戦する三体のコマンドウルフを発見する。

 

『この!ブレードライガーがあれば、この程度の敵…』

『そんな事言ってる場合!?目の前の敵に集中してよ!』

『今度は逃げない…ここでまた逃げたら、エリーちゃんにあわせる顔が無いもの!』

 

 通信機から聞こえる声に聞き覚えのあった彼女は、行動を共にしていたゾイド乗りたちに先に行くよう伝え、ナデアはコマンドウルフに装備したロングレンジライフルの照準を、”彼女たち”を攻撃する盗賊たちに定め、トリガーを引いた。

 背中を見せていた敵に、ナデアの攻撃が全て命中し、爆発する。

 

「昨日はブレードライガーに乗ってたけど、今日はコマンドウルフなの?」

 皮肉交じりのナデアの声に、最初に反応したのはセレナーデだった。

 

『貴女は?!…私はまだ、あの男も貴女も許したつもりは無いわ。馴れ馴れしく話しかけないで!』

 まるで親の敵のように、ナデアに怒鳴るセレナーデ。しかし、そんな彼女に、仲間であるクーの堪忍袋の緒が切れた。

 

『いい加減にして、セレナーデ!助けてもらっておいて、お礼ぐらい言ってよ!!……助けていただいたのに、仲間がすみません。それと昨日に引き続き、ご協力感謝します!あたしはクーといいます』

 礼を言わないセレナーデの代わりに、クーが礼を言い、自己紹介をする。 

 

『エレナです!貴女の仲間に助けて頂いたご恩を、お返ししますね!』

 頭に包帯を巻き、怪我を押して出撃したエレナが、何度もお辞儀をする。

 

「ナデアよ、よろしく!まずは、他のメンバーと合流するわ。私が先頭に立つから、ついて来て!」

 ナデアが、先行しているメンバーの姿を確認し、そちらへコマンドウルフを向け走り出そうとしたときだった。 

 

『貴女に指図されるいわれは無いわ!二人とも、私たちは…』

 ナデアを無視して、指示を出そうとするセレナーデに、ナデアの目がスッと細くなる。

 

「自分の我侭のせいで、仲間を危険に晒していることに気が付いていないなら、余程の馬鹿ね、あんた。かつての戦争でも、あんたの様な自分勝手な行動を取った兵士のせいで、部隊が全滅したなんて話はいくらでもあるのよ。知らないの?あんた一人、死ぬのは勝手だけど、あんたの我侭に彼女たちを巻き込むな!」

 今まで、クー以外の同い年の人間に、怒鳴られたことの無いセレナーデは、ナデアの辛辣な言葉に絶句する。

 

 実際、今の状況もセレナーデが先輩の指示を無視し、自分勝手な判断をし招いた結果だった。自分は、純粋な白百合の園生まれだと言うエリート意識が強いセレナーデは、いつも自分の判断が正しいと憚らず、今回も自分なら状況打破できると思い込み、飛び出していた。クーたちはそんな彼女を心配して、追いかけて巻き込まれていたのだった。

 

「まぁ、勝手にしたら良いわ。私にも、やらなきゃいけないことが沢山あるし」

 そう言って、ナデアはコマンドウルフを走らせる。

 

『…彼女について行こう、セレナーデ。あたしたちだけで戦うなんて、無理だよ』

『セレナーデちゃん…』

 

 仲間の声を聞きながら、セレナーデは外部の人間に助けられる事に屈辱を感じつつも、ナデアの言葉に思うところがあり、無言で操縦桿を傾けナデアの後を追いかけ始めた。

 

「・・ふん」

 そんな後ろから追ってくる三体のコマンドウルフを確認して、ナデアは速度上げる。

 

『重武装で、どうしてあれだけの速度を出せるの?!』

 コマンドウルフを全速力で走らせているはずなのに、ナデアとの距離が縮まらないことに、セレナーデが声を上げる。

 セレナーデたちが乗るコマンドウルフはAZ50mmニ連ビーム砲座を装備した標準タイプの機体である。にも拘らず、彼女らが乗る機体よりも重いはずのナデアのコマンドウルフに、三人は喰らいついていくのがやっとだった。

 

 そのことにセレナーデは最初、ナデアの乗るコマンドウルフが自分たちの乗る機体よりも、高性能な機体なのだと信じて疑わなかった。しかし、ナデアは走りながら、扱いの難しいロングレンジライフルで敵を攻撃し、命中させているのだ。高速移動中の射撃は高等技術であり、機体性能だけでは成立しないものだ。そこから分かるナデアの腕前は、警備隊でもトップクラスのパイロットに匹敵するのでは、と三人は驚愕の眼差しをナデアに向ける。

 

 そんなセレナーデの疑問に、ナデアは「馬鹿にしてるの?」とイラ立ちを見せる。

「当然でしょ?この子とは付き合いが長いのよ。コマンドウルフの戦い方を知らないあんたとは、年季が違うのよ。それより…驚いてる暇があったら、あんたも攻撃しなさいよ!」

 クーとエレナは少ないながらも、攻撃を行いながら付いて来ていたが、セレナーデは必死にナデアに追い付こうとして、全く攻撃していなかった。

『わ、分かってるわ!』

 追い付こうと必死になり、攻撃を忘れていたセレナーデが顔を赤くしながら、誤魔化すように攻撃を始める。

 

「全く……右の手薄な所を抜けるわ!」

 後方からの支援砲撃で、手薄になっている場所を見つけたナデアが、コマンドウルフを巧みに操りそこへ向って走っていく。セレナーデたちも、間近で観察したナデアの操縦から、コマンドウルフの操縦を感じ取り、息を合わせるように、ピッタリと追走していく。

 一糸乱れぬコマンドウルフの集団が、猛烈な勢いで敵を倒しながら、戦場を駆けていった。

 

 

『お頭!どうも、押されてやすぜ!』

 後方で見ていたリザードたちに、戦場の音が近づいていた。

 

「……キャラバンの奴らや、用心棒していた傭兵たちが助けに来たのか?どうやら、顔の利くお節介焼きがいたようだな。想定より、数が多い…」

 リザードの想定では、白百合の園の近くにキャンプしていたキャラバンたちは、厄介ごとに巻き込まれたくないと、警備隊に手助けする者は少数だと踏んでいた。

 

 だが、そんなキャラバンたちに協力させることが出来る人物がいたのは、リザードにとって想定外だった。

 

『どうします?拮抗しているようにも見えますが、こちら側は、逃げ出している者も…』

 

 このままでは計画に支障が出ると、リザードは自ら前に出ることを決断する。

 

「仕方ない。相手が調子に乗る前に、希望の芽を摘んでおく必要があるな。少し早いがお前ら、出るぞ」

 リザードの号令に、直属の部下たちから歓声が起こる。

『よっしゃ!!』

『やっとか…待ちくたびれましたぜ』

 士気の高い部下たちに、リザードが凶悪な笑みを浮かべた。

 

「改めて、号砲を鳴らしてやる…蹂躙してやれ!」

 そういうと、リザードは操縦桿のトリガーを引いた。

 

 

 情況が警備隊の方へ好転し始めた頃、無事合流を果たしたジェドーたちと、ナデアたち。

 お互いに無事だったことに喜びを分かち合っていた矢先、聞きなれない砲撃音が当たりに響き渡った。

『何、砲撃?!』

 

 すると、彼らから少し離れた二つの地点に、激烈な着弾音と共に巨大な火柱が起こり、少し遅れて爆発音と衝撃波がジェドーたちの機体を叩く。

『な……』

 目の当たりにした破壊力に、面々が圧倒され言葉を失う。

『隊長、あれを!!』

 そんな中、いち早く何かに気が付いたクーが声を上げ、コマンドウルフの鼻先をそちらへと向けた。

 その先には、今までの盗賊たちのゾイドとは、明らかに様子の違う一団が、ジェドーたちに向ってゆっくり近づいてきている。

『セイバータイガーATにディバイソン、ダークホーン…ちょっと嘘でしょ?』

 滅多に見ることの出来ない強化型ゾイドの数々に、驚きを隠せないナデアだったが、その後ろに控えていた巨大な影を見て、肌が粟立つのを感じた。

「アイアンコングMk-Ⅱに、ゴジュラスMk-Ⅱ?!」

 盗賊どころか、大規模な都市でも所有している所が少ない、希少で強力なゾイドの出現に、その場にいた全員に衝撃が走った。

 ジェドーたちの動揺が手に取るように感じるリザードが、ゴジュラスのコックピットでほくそえむ。

 

「ふふふ…少しは、俺を楽しませろよ?」

 リザードがトリガーを引き、ゴジュラスのロングレンジバスターキャノンが火を吹いた。

 

*************

 

「あそこか…」

 ミレイたちの後を追っていたエスは、彼女たちが入っていった部屋の入り口を物陰から見ながら、様子を窺っていた。

「エス様……」

 突然後ろから声を掛けられ、エスが振り返ると、そこにはエリーが立っていた。

 

「?!エリー!何で来た…」

 大声を出しそうになり、慌てて声のボリュームを落とすエスだが、その顔は明らかに怒っている。

「マザーが心配…だったから」

 エリーにとって、”姉”の様な存在であるミレイの危機にじっとしていられなかった彼女は、仲間であるメイドたちを避難させた後、すぐにエスたちを追いかけて来ていたのだ。

「だからって…ここは、オレに任せろ。相手は銃を持っているんだぞ?」 

 銃を持っている相手に、無傷で制圧できる自信のないエスは、正直ミレイだけでなくエリーにも注意を払う余裕は、彼には無かった。

「大丈夫です・・・ワタシ、こう見えても…強いからっ」

 そんなエスに、エリーは可愛らしくガッツポーズして見せるが、エスにはふざけているようにしか見えなかった。

「エリー!」

 怒鳴りつけられ、身を竦め俯くエリーだが、意を決して顔を上げたそこに、ふざけた色は全く無かった。

「お願いです…足手まといには…ならないから……」

 真剣とも悲痛とも取れるエリーの表情に、エスは頭を掻く。

 

「…言っておくが、君を護る余裕は、オレには無いぞ?」

 エスの言葉に、コクンと頷くエリー。二人は、ミレイたちの入っていった部屋に恐る恐る入っていった。

 

 

 エスたちより先に、部屋の”隠し階段”を降りきっていたミレイとサナムは、その手にライトを持ち、辺りを照らしていた。

「これが…”帝国の遺産”」

 声の反響から上の格納庫を越える広大な空間が広がっていると分かり、ライトを照らして見える範囲だけでもセイバータイガーやレッドホーン。アイアンコングを始め、ライトニングサイクスやエレファンダー、ジェノザウラーなど、かつて帝国が運用していたゾイドが、整然と並んでいる。

 

 その圧倒的迫力に、サナムは狂喜していた。

「はは…あはははは!凄いじゃない!!白百合の園の地下に、これだけの数のゾイドが眠っていたなんて!これを見れば、きっとリザード様はお喜びになるわ!」

 

 狂ったように笑うサナムを見て、ミレイは冷たい眼で、元部下を見据えた。

「ゾイドを手に入れて、貴女の主は何をしようとしているのです?」

 ミレイの問いに、狂喜していたサナムがミレイの方へ振り向く。

 

「国を作るのさ。強者であるリザード様を王とし、欲望と暴力が支配する理想国家をね」

 彼女の口から語られる話を聞き、聞くに堪えないとミレイが顔を顰める。

「愚かな…力と恐怖で支配するなど、愚の骨頂。そのようなやり方を行う国が長く続かない事は、歴史が証明しているというのに」

 都市を統治する立場にいるからこそ、ミレイには人々を纏める難しさが知っている。それをすぐ傍で見ていたはずのサナムが語る妄言を、ミレイは斬って捨てた。

「黙れ、小娘!知ったような口を利くんじゃないよ!!」

 だが、すでに冷静さを欠いているサナムには、彼女の言葉は届くことは無く、再び銃口をミレイへ向ける。

 

 何を言っても無駄か、とミレイは目を閉じ、徐に壁へと歩いていき、壁にあるスイッチを入れた。

「ですが…その夢想は実現しないでしょうね」

「なんだって?」

 ミレイの言葉に、サナムが眉を顰める。

 天井のライトが点灯されていき、広大な空間が明るく照らされていく。

 

 辺りが明るくなり、保管されていたゾイドたちの姿が露となる。

「……?」

 だが、そこでサナムはある違和感を覚え、保管されていたゾイドを見つめ首を傾げる。

 

 彼女が、ゾイドたちの秘密に気が付いていないと感じ、ミレイはゆっくりと口を開いた。

「ここに置いてあるゾイドは皆、その生涯を終えたモノばかり…つまり、ここにあるのは全てゾイドの”亡骸”です」

 ミレイの言葉を聞き、勢いよく彼女へと振り向いた。

「な……ば、馬鹿な!?」

 そして、サナムは手近なゾイドへ駆け寄り、その装甲を触った。

 すると、金属で出来ているはずのゾイドの装甲が石のように変化し、長い年月の為に脆くなっていたのか、ポロポロと砂となって崩れていく。

 

「ここは、宝物庫でも保管庫でもない…ただの墓場なのですよ」

 ”帝国の遺産”と呼ばれるモノの正体に、サナムは顔を真っ赤にして銃口をミレイに向けた。

 

「よくも…よくも騙したな!!」

 怒りを露にするサナム。だが、ミレイは臆することなく、彼女の目を見つめた。

「騙すも何も、これらが”帝国の遺産”と呼ばれていたのは事実です」

「屁理屈を…あたしを騙したこと、死んで詫びろ!マザーミレイ!!」

 

 引き金に力を込めるサナムに、突然影が落ちる。

 

「?」

 何事かとサナムが上を見上げると、石化したゾイドの上からエリーが飛び降り、サナムに向って落下していた。

 何と彼女は、サナムに気づかれないように石化したゾイドの上を移動し、上から機会を窺っていたのだ。

「!!」

 器用に空中で回転し、エリーは銃を持った方のサナムの肩口に踵落としを決める。

 エリーの体重に、落下の威力と空中での回転の勢い、そして靴に仕込んだ”鉄板”の重みが合さった彼女の踵落としは少女のそれとは比較にならず、サナムの肩の骨を容赦なく砕いた。

 

「か、肩が?!ぎゃあ!!」

 肩の骨を砕かれ、銃を落とすサナム。エリーは彼女の肩に乗ったまま空中で制止した瞬間、そこを軸にしてサマーソルトの要領で、サナムのアゴを蹴りぬく。

 

 後ろに倒れるサナムと同時に、スカートを押さえてエリーが床に着地する。

「エリー!?」

 来るはずのない少女の姿に、ミレイが声を上げる。

「マザー…無事…ですか?」

 

 足元に転がる拳銃を遠くへ蹴っ飛ばしながら、エリーがミレイへと駆け寄っていると、その後ろで倒れていたサナムがヨロヨロと立ち上がった。

「こ、こひょ……クヒョガキがぁ!!」

 あごを砕かれ、まともにしゃべることが出来ないサナムが、無事な左手を懐に入れ、単発式のデリンジャー銃を引き抜き、エリーへ向けた

 

「!?」

 その光景に、エリーの活躍のおかげで出遅れていたエスが、駆け出した。

「エリー、ミレイ!!」

 相手の注意を引くように、ワザと大声を出すエスに、ミレイとエリーが驚愕して目を見開く。

「?!エス様!!」

 無謀とも言えるエスの行動に、ミレイが悲鳴を上げる。

 

「まひゃ…いひゃのかぁー?!」

 伏兵の登場に、サナムはエスに銃口を向け躊躇無く発砲した。

 

 誰もが命中したと思った弾丸を、エスはまるで来る場所が分かっていたように、予め身体を捻って紙一重で避ける。

 

「なっ、弾を…ぐぎゃ?!!」

 銃弾を避けられ、呆然とするサナムの顔面を、エスが走る勢いを乗せて殴り飛ばし、ふっ飛ばされたサナムが鈍い音をさせて床に叩き付けられ、動かなくなる。

 

「…ふぅ、うわぁ?!」

 相手が動かないことを確認して、息を吐き出すエスに、ミレイが駆け寄り身体を調べ始めた。

 

「エス様、お怪我は!?何処か撃たれて怪我を…?」

 だが、それらしい箇所が見当たらず、首を傾げるミレイ。

 そんな彼女に、エスはため息を漏らした。

 

「心配しなくても、弾は当たってない」

「!?そ、そうでしたか…」

 自分の早とちりに、ミレイは慌ててエスから離れる。

 そんな二人に、サナムの様子を見に行っていたエリーが戻ってくる。

 

「気絶していただけ…みたいでしたから……一応、拘束してます」

 エリーの報告に、二人が床でのびているサナムを見ると、手首と親指に足首を縛り上げられていた。

 

 エスは、先ほどの身のこなしといい、人を拘束する手際といい、目の前のメイドの少女が何者なのか、疑問を持ったが上から響く攻撃の振動に、疑問を頭の隅に追いやる。

 

「これは、急いで戻った方がよさそうだな。二人とも、上に戻ろう!」

 来た道を戻ろうと、踵を返したエスの腕を、ミレイが突然掴んだ。

「待ってください!」

「マザー…どうしたの?」

 この状況下で、エスを引き止めるミレイの意図が分からず、エリーが首を傾げる。

 

「二人に見せたいものが…時間が有りませんので、説明は移動しながら。とりあえず、わたくしについてきてください!」

 何の説明もせず、ミレイはゾイドの墓場の奥を目指して、走っていく。

「お、おい!」

「マザー!」

 

 エスたちの呼び止めにも応じず、走ってくミレイに二人は顔を一瞬だけ見合わせると、彼女の後を慌てて追いかけていくのだった。

 




 よっ、エスだ。
 外で戦っている皆が苦戦していた頃。サナムに連れて行かれたマザーミレイを助ける為、白百合の園の最下層に向ったオレとエリーは、何とか彼女を助け出すことに成功した。敵の攻撃が激しくなる中、ミレイは本当の”帝国の遺産”がこの奥にあると言って、オレたちを最奥へと誘う。
 地下で長い間眠りについていた、とんでもないゾイドが今、覚醒の咆哮を上げる!

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男-第六話「白百合の園の長い一日(後編)」!


 帝国の遺産、その名はバーサークフューラー!!


*********

 次話、ようやく主人公機登場!


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白百合の園の長い一日(後編)

「この奥に、稼動するゾイドが?」

「はい」

 石化したゾイドの中を歩きながら、ミレイは何処へ向っているかを、エスとエリーに説明していた。

 

 それは石化したゾイドが眠る墓場の中で、辛うじて生き残っていたゾイドを修復し保管している場所で、ミレイはそのゾイドを二人に使ってもらおうと考えて、連れてきたのだった。

 

「すでに、警備隊で使われているゾイドは全て出払ってるはずです。上に戻ったとしても、エス様とエリーの戦闘に耐えられるゾイドは残っていません。ですが、そのゾイドたちなら…」

 ドクターからエスやエリーの力量を、そしてゾイドの性能を聞いていたミレイは、修復されたソイドたちは、二人と出会う為に生き残っていたのだと、一人思っていた。

 

 そんなミレイを尻目にエスは、メイドのエリーがゾイドを操縦し、あまつさえ戦闘が行えることに驚いていた。

「エリーも、ゾイドに乗れるのか?」

「一応…乗れます」

 恥ずかしいのか、はにかみながら目を伏せるエリー。

「この子は、ゾイドの操縦に天才的な才能を持っているのですよ。ヴェアトリス隊長も、一目置くほどの」

 自分の事のように嬉しそうに話すミレイ。

 エスはこの時、部屋で断片的に聞こえたヴェアトリスとエリーの話を思い出していた。

 

―初陣式がどうこう言ってたのは、そういうことか…

 

 つまり、エリーは警備隊でパイロットが出来るほどの実力を持っており、あのヴェアトリスが認めるということは、下手をすれば初陣式に出た三人よりも強いことになるのだ。

 だがそこで、エスには新たな疑問が生じていた。

 

「じゃぁ、何でメイドなんてやってるんだ?」

 それほどの実力者なら、メイドをやらずに警備隊でゾイドに乗っているはずでは? とエスは思ったのだ。

 エスの問いに、エリーは恥ずかしそうにモジモジと指先で遊ぶ。

 

「ワタシ…ここに来た頃は…世間知らず…で、みんなに…一杯、迷惑を…掛けて。そんな、自分が嫌で…色々な…事を覚える為に…」

「最初は、見習いだけのつもりだったのですがこの子、メイドの仕事が楽しくなったみたいで…」

 ミレイ曰く、エリーが白百合の園へ来た頃は、手の付けられない”獣”のような存在だったらしく、見かねたミレイの母。先代のマザーカミーユが、人間らしさを思い出させる為に、住み込みで勉強させていたのだという。

 

 その頃のことを思い出したのか、ミレイの笑みは慈愛に満ちている。

 

「人に…喜んでもらえるの…嬉しいです」

 昨晩、テキパキと仕事をこなすエリーの姿と、サナムの肩を踵落としで蹴り砕くエリーの姿、二つのエリーを見ているエスは、「人って分からないものだ」と唖然としていた。

 

 そんな話をしていると、入り口とは反対の壁までたどり着き、ミレイが歩みを止めると目の前に巨大な扉がそびえていた。

「ここです」

 壁にあるパネルにミレイがパスワード打ち込むと、電子ロックの解除音の後に、巨大な扉が轟音と共に開いていく。

 

「こ、これは…」

 開ききった扉の向こうに立っていた二体のゾイドを見て、エスとエリーは目を見開いた。

 

 片方は、かつて共和国において、画期的なマン・マシン・インターフェイスを搭載し、”マルチウェポンラック”を活用するため専用に開発されたいくつもの換装武装まで用意されるも、完成直後に帝国の間者によって機体と武装全てを強奪され、以降帝国軍で運用されるという数奇な運命を辿った機体。

 

 そしてもう片方は、”チェンジング・アーマー・システム”と言う、帝国において考案された、数世代先までの戦況に対応できるよう、最新装備への変更を可能とする機構を持ち、帝国特殊部隊の旗艦ゾイドとして誕生した機体だった。

 

「ファイヤーフォックスに、バーサークフューラーと言うゾイドだそうです。機体の詳しい説明は、ドクターに…」

 上と通信できる機器にミレイが手を伸ばそうとした瞬間、逆に連絡が入った。

 

『何処にも見当たらないと思って、もしかしたらと通信してみたが正解だったか!』

 機器の上空にホロ・ディスプレイが浮かび、ドクターの姿が映し出される。

 普段は冷静な彼女が、目に見えて焦っていた。

 

「ドクター・アンジェリカ!」

 丁度通信しようとしていたことをミレイが告げようとしたが、間をおかずにドクターが言葉を続けた。

『そこにいたのなら、好都合だ!敵の戦力がこちらの予想をはるかに超え、現在、こちらが圧倒的に不利な状況に陥っている。このままでは、ヴェアトリスや協力してくれているキャラバンのゾイド乗りたちだけでは、持ちこたえられそうにない!』

 ドクターの報告に、全員の表情が驚愕へと変化した。

 

「敵の侵攻は、そんなにも早いのですか?!」

 状況が知りたいと、ミレイが立ったまま前のめりになる。

『いや…キャラバンの協力で、むしろこちらが優勢だった。しかし、相手はとんでもない隠し玉を用意していたんだ……敵のリーダー機は、ゴジュラス…しかも戦闘力から推測するに”ゴジュラス・ジ・オーガ”だ』

「なっ!」

 ドクターの口から飛び出したゾイドの名前に驚いたのは、エスだった。

 彼の知識の中で”ゴジュラス・ジ・オーガ”は、共和国が手に入れたオーガノイドシステムを、最強のゾイドゴジュラスへ実験的に搭載し生み出されたものだった。その強さは通常機の凡そ十倍。だが、引き換えにあまりの凶暴さからパイロットを選ぶ機体になってしまい、もし乗りこなすパイロットがいれば、ジ・オーガは最強の存在となることは間違いなかった。

 彼女の話が本当なら、事態は一刻を争う状況にあるといえる。

 

『さらに、アイアンコングやダークホーン、ディバイソンと複数の重武装ゾイドが脇を固めている。エリー、それにエス。すまないが、そこにあるゾイドに乗って、救援に来てくれ!』

「!?」

 ジ・オーガだけでも手を焼く相手なのに、それだけの重武装ゾイドまでいることに、絶望感が漂う。

 だが、ドクターはエスとエリーが、この状況を打破できると信じており、自らが修復したゾイドの説明を始めた。

『その二機は、僕が持てる全ての技術を注ぎ込んで修復したゾイドたちだ。特にエリー。ファイヤーフォックスは、君に合せて調整を行っている。出来ることなら君の意見を聞きながら最終調整を行いたかったが、今その時間は無い。ぶっつけ本番になってしまうが、頼む』

「え…ワタシに…」

 ドクターの説明を聞き、エリーは言葉を失う。白百合の園において、機体の調整はどのパイロットが乗っても動けるよう、平均的な数値で調整されている。個人のデータが反映されるのは専用機のみ。

 つまり、目の前に立つ緋色の狐は、エリー専用の機体と暗に言っているのだ。

 

『マザーに頼まれてね。彼女は君に、その機体を託すつもりだったんだよ。”餞別”としてね』

「!マザー…」

 エリーが、ミレイのほうを見ると、彼女は笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。

『基本操作はコマンドウルフに近いので混乱せずに動かせるはずだ。すぐに準備してくれ!』

「!?は…はい!」

 感傷に浸る間もなく、ドクターに指示され、エリーはファイヤーフォックスのコックピットまで登り、キャノピーを開けて中へ入った。

 

 そんなエリーの姿を見ながら、エスは顔を顰めながら残ったバーサークフューラーを見つめる。

「てことは…オレは、フューラーに乗れってことか?」

 自分の中の”何か”は、「大丈夫だ」と言っているのだが、エスの中の知識がその声を邪魔していた。

 

『ブレードライガーを乗りこなした君なら、大丈夫だ』

 ドクターの言葉が楽観的に聞こえ、エスは画面内のドクターへ振り返り、声を荒げた。

「腕前は問題じゃないだろ!バーサークフューラーは”完全野生体”をベースにした機体だ!あいつ(・・・)がオレを乗り手と認めなければ、動かす事は出来ないぞ!」

 エスの言葉に、ミレイはよく分からなかったのか首をかしげ、ドクターは驚いたように目を見開いた。

『そこまで知っているのか?…本当に、君の頭の中にあるゾイドの知識には興味を引かれるよ。だが、その点は問題ないと僕は確信している!』

「何を根拠に…っ!」

 ドクターにもう一言言ってやろうとしたエスだったが、突然背中に視線を感じ、勢いよく振り返った。

 

 なんと、真正面を向いていたはずのバーサークフューラーが、エスの方に顔を向け、じっと見つめていたのだ。そして、エスが振り返ったのを確認すると、誰も乗っていないフューラーが、ゆっくりとエスに向って歩き出した。

 

「そ、そんな、動くはずのないゾイドが!?」

 ゾイドが勝手に動くものだと知らないミレイが悲鳴を上げる。

『マザー!エス様!!…』

 フォックスのシステム立ち上げに時間が掛かっているエリーが、コックピットの中で焦りながら、作業を続ける。

 

「……」

 エスは、近づいてくるフューラーに臆することなく歩いていき、”二人”は一定の距離になった所で、歩みを止めた。 

「エス様?!危険です!」

 うかつな行動を取るエスに、ミレイが叫ぶが、エスはバーサークフューラーをじっと見つめる。

 

 グゥウウウウ・・・ギュワァアア!!

 

 エスと睨み合っていたフューラーが突然咆哮を上げ、大口を開けてエスを食い殺さんばかりに突っ込んできた。

 

「エス様ァ!!」

 地下の墓場に、ミレイの悲鳴が響き渡る。

 

*****************

 

『クソ、後ろ脚が…』

 ゴジュラスの攻撃で、後脚を破損したジェドーのコマンドウルフが、地面に横たわりコンバットシステムはフリーズしていた。

『コンバットシステムは辛うじてフリーズしていないが、これ以上は』

 フリーズは免れたもののヴェアトリスのシールドライガーは、二門あるビームキャノンの左側が脱落し、機体のあちこちから内部構造が露出している。

 

 死屍累々の警備隊と協力しているキャラバンたちのゾイドを見下しながら、リザードは笑みを浮かべている。

『ふふふ…随分頑張ったが、もう終わりか?やはり、あっけなかったな』

『お頭の立てた作戦が、よかったんですよ!』

 セイバータイガーATが近づき、パイロットの部下がリザードを褒めちぎる。

『そうだな…これで邪魔者はいなくなった!全機、白百合の園へ突入!お前が、突入の指揮を取れ』

『了解です!』

 そのおかげで、指揮を任された部下はセイバータイガーを走らせ、都市へ突入していくゾイドたちに混じって突入する。

 

『お頭…あいつらは、好きにしてもいいんですよね?』

 そんな中、アイアンコングMk-Ⅱに乗る部下が、地面に横たわっているセレナーデたちのゾイドを指差す。

『構わないが、警備隊のゾイドに乗るパイロットは、”売り物”になるんだ。あまり傷つけるなよ?』

『分かってますって!』

 リザードから許可が下り、アイアンコングが本隊とは逆方向へと歩いていく。

『相変わらず、弱い者いじめが好きな奴だぜ』

『好きにさせとけよ』

 他の部下たちは呆れながら、白百合の園を目指していった。

 

『いけない!敵が!!』

 ヴェアトリスたちとは離れた場所で、動かなくなったコマンドウルフのコックピットの中、セレナーデが声を上げていると、不意に影が落ちた。

『他人の心配より、自分たちの心配をしたらどうだ?お嬢ちゃん!』

 先ほどのアイアンコングが、セレナーデのすぐ傍に立っており、いきなりコマンドウルフの頭を掴んで持ち上げた。

『?!は、放しなさい!!』

『セレナーデ!』

『セレナーデちゃんを放して!!』

 コンバットシステムがフリーズして動けないクーとエレナが、コックピットで悲痛な叫びを上げる。

 

『な、何を?!』

 これから何が始まるのか、薄々気が付いたセレナーデが声を震わせる。

『分からないか?こうやって、お前の悲鳴を聞くんだよ!』

 リザードの部下は、下卑た笑みを浮かべて、コマンドウルフの頭が完全に潰れないギリギリの力で、握りつぶし始めた。

『きゃあああ!!』

 強化ガラス製のキャノピーに亀裂が入り、押し潰される恐怖から、セレナーデが悲鳴を上げる。

『あの下衆!立って、ウルフ!!』

 ナデアのコマンドウルフは、システムフリーズしてなかったが、機体へのダメージ蓄積で脚に踏ん張りが利かず、立ち上がれずにいた。

 

『イヤ…イヤァアアアアアアアアア!!』

『お願い、立って!!……え?』

 セレナーデの悲鳴が辺りに木霊する中、ナデアの横を”紅い影”が走り抜けた。

 

 今にも握りつぶされそうなコマンドウルフを見て、エリーがコックピットの中で、怒りを露にしていた。

『よくも…ワタシの…友達をっ!ストライクッ…』

 全速力でアイアンコングに近づくファイヤーフォックスの前脚に、ゾイドコアからの膨大なエネルギーが集中し光り輝く。 

『レーザー…クロー!!』

 ファイヤーフォックスが天高く跳躍し、エリーの怒りを乗せた一撃が、アイアンコングの頭部へと迫る。

 

『な、何?!』

 目の前の”楽しみ”に気を取られ、男が気が付いた時には、目の前には光が迫っていた。その光がアイアンコングのパイロットが見た最後の光景だった。

 硬い装甲に護られたアイアンコングの頭部が、フォックスの爪によって引き裂かれ、パイロット諸とも頭部を失ったアイアンコングは、手にしたコマンドウルフを放し、膝をついて地面に倒れた。

 

『皆…無事!?』

 見慣れぬ紅いゾイドから聞こえる声に、セレナーデの口から声が漏れる。

『その声…貴女、エリー?!』

『エリー!!』

『エリーちゃん!』

 駆けつけたのが知り合いだと分かり、クーやエレナから歓声が上がる。

「あんた、動けるのね?!すぐに盗賊たちを追って!このままじゃ…」

 声を上げるナデアに、エリーは首を振った。

 

『大丈夫…あそこには、あの方が…いるから』

 そういってエリーは、ファイヤーフォックスの顔を白百合の園へと向けた。

 

 

『攻撃が、効かない?!なんだ、こいつ!!』

『やめろ!来るな!』

『ば、化け物だ!!』

 突入した者たちの悲鳴が通信機から響き、それと呼応するように、大きく開いたゲートの奥から破壊音が聞こえてくる。

 中の状況が分からず、言い知れぬ不気味さから、中へ入ろうとしていた者たちの足が止まった。

『なんだ?何が起きている?!』

 後方にいたリザードが声を上げると、ゲートからゾイドの残骸が飛び出した。

 

 それは、リザードに指揮を任された部下が乗っていたセイバータイガーのパーツだった。

 そしてすぐに、一体のゾイドが姿を現し、その場にいた全員に戦慄が走った。

 

 四肢をもがれ、”アサルトユニット”の大半が脱落し、頭部の潰れたセイバータイガーを口に咥え、現れたバーサークフューラーが捕らえた獲物を、全員に見せびらかすように前方へ放り出す。

 

 グルルルゥゥゥゥ……グワァァァァァァアアア!!!!!

 

 そして、悠久の時を経て外へ出たフューラーが、喜びの咆哮を天に向かってあげた。

 

 

 現れたバーサークフューラーを、光学式の双眼鏡越しに見ていたスーツの男が、双眼鏡を顔から離すと、頭を抱えて狂喜した。

「?!まさか、あれはまさか……はは、あはっはははは!!見つけた、ついに見つけましたよ!!間違いない、バーサークフューラーです!くっくっくっ、まさかこんな”辺境”に存在していたとは、私は運が良い!!さぁ、どうしましょうかねぇ…当然ここは、焦らず性能の確認をさせてもらいましょうか?当て馬としては十分なゾイドもいることですし……ふふふ、見せてください。あなたの実力を!」

 

 再び、双眼鏡を覗き様子を窺うスーツの男。その視線の先では、彼の希望通り、バーサークフューラーの一方的な戦闘が繰り広げられていた。

 

 放り出されたセイバータイガーに気を取られていた盗賊たちが、気が付くとフューラーの姿が消えていた。

 

 次の瞬間、まるでホバー走行のように、脚部のスラスターを巧みに操作しながら、バーサークフューラーが地面を滑り、まるで流麗な舞を舞うかのように盗賊たちのゾイドを蹴散らしていく。

 ある者は切り裂かれ、ある者は噛み砕かれ、あたり一面に盗賊たちのゾイドの残骸が散らばる。

 

『お頭!あ、ありゃ一体なんです?!』

『うろたえるな!たかが一機のゾイドだろうが!…全機!やつに攻撃を集中させろ!!押しつぶせ!!』

 リザードの指示で、残っていたゾイドの攻撃がフューラーに殺到するが、その全てに掠ることもなく、フューラーは苦も無く避けきった。

『なっ…』

 有り得ない光景に、リザードが絶句する。

 

「ふぅ…どうだ?少しは、オレの実力が分かったか?」

 バーサークフューラーのコックピット内で、エスがフューラーに語りかける。

 

 グゥゥゥ…

 

 だが、当のフューラーは満足していないようで、不満の声を漏らす。

「はぁ?まだまだ?・・・仕方ない。じゃ、本気でいくぞ。後で泣き言言うなよ、フューラー!」

 

 ギュワァアアア!!

 

 エスが、スロットルレバーを全開にし、目の前のダークホーンに狙いを定める。 

『こっちに来たぁ?!』

 ダークホーンが、背中のガトリングガンを始めとする、搭載する全ての火器をフューラーに集中させる。

 それを、エスはフューラの背面に装備されたイオンブースターとハイマニューバスラスターの出力を最大にして、上空へ跳んで避ける。

『と、跳んだだと!?』

 飛行ゾイドでない、フューラーの巨体が空へと舞い上がる姿を見てダークホーンのパイロットが驚愕の声を上げた。

 ダークホーンの真上に来たエスは、背中のバスタークローのアームを操作し、切っ先を真下のダークホーンへと向けると、バスタークローを高速回転させ、一直線に落下する。

 

『!?おい、逃げろ!!』

 ディバイソンのパイロットが、大声を上げて仲間に警告するも時すでに遅く、バスタークローがダークホーンの胴体に穿たれ、フューラーの脚がダークホーンの頭を踏みつけたかと思うと、重力に逆らうことなく、着地と同時に頭部を踏み潰した。

 

『てめぇ!よくも、ダチを!!フルキャノンバースト、ファイア!!』

 ディバイソンのパイロットが怒りと共に、十七連突撃砲を最大出力で発射する。一つだったビームの塊が、空中で分裂すると、光の雨のようにフューラーへ殺到する。

 だが、先ほどまで避けていたエスは、何故か避ける素振りを見せず、フューラーに攻撃が当たった瞬間爆発が起こり、機影が爆発の中へ消える。

 

『やったか?!』

 攻撃が命中し、仕留めたと思ったディバイソンのパイロット。

 

 爆発で起きた土煙の間から光が煌き、バスタークローの刃を開き、Eシールドを展開したフューラーが、何事も無かったように姿を現した。

「こいつのEシールドを破るには、火力不足だったみたいだな」

『そんな馬鹿な?!大型ゾイドを一撃でしとめる攻撃なんだぞ!!』

 自身の最大の攻撃を防がれ、絶叫するディバイソンのパイロット。エスは、オーバーヒートによって敵が十七連突撃砲を使えないと察知し、全スラスターを全開にして突っ込む。

 同時に、エスは両方のバスタークローのアームを操作し、切っ先をディバイソンへ向けると、金切り声の様な音を響かせ、バスタークローが高速回転を始める。

 

『く、くるなぁ!!』

 恐慌状態になり、攻撃を忘れて叫ぶパイロット。そして、肉薄したフューラーの高速回転するバスタークローが、ディバイソンの装甲を削りながら胴体の左右に突き刺さる。

『?!お、お頭!助け…』 

 コックピット内で、リザードに助けを求める部下だったが、リザードは助けるどころか、その場から動く素振りを見せ無かった。そのことに部下の頭は真っ白に染まる。

 

「ストライク、レーザークロー」

 エスの声と共に、フューラーの両腕が光り輝き、輝きを纏った爪がディバイソンの頭部をクラッシャーホーンごと切り裂いた。

 動かなくなったディバイソンを放り出し、バーサークフューラーがゴジュラスの方を向く。

 

「…なんで部下を助けなかった?」

 助けを求めてきた部下を見殺しにしたリザードに対し、エスが殺気を放ちながら問い質す。

『弱い者、無能な者など俺の部下に必要ない。それより貴様、俺の部下になれ』

「は?」

 突然のリザードの申し出に、エスが眉を顰める。

『俺が、貴様の力をうまく使ってやると言っているんだ。部下になれば、望む物を何でもくれてやる。金、女…なんでもな』

 この状況において敵を勧誘など出来る神経に、エスはリザードの正気を疑い、言葉を吐き棄てた。

「…寝言は寝て言え。この外道」

 エスの返答を聞き、リザードは目を細める。

『そうか…ならば、死ね!』

 

 リザードは、ロングレンジバスターキャノンの照準をフューラーに合わせ、発射する。

 

 だが、エスは焦ることなくEシールドを展開し、ゴジュラスの攻撃を防ぐ。

「これでジ・オーガ?全く話にならない。ドクターも相当焦っていたんだな…この程度のゴジュラスを、ジ・オーガと勘違いするんだからな!」

 もし、本物のゴジュラス・ジ・オーガの攻撃なら、さすがのバーサークフューラーのEシールドでも完全に防ぐことはできない。

 それが防げたと言う事は、目の前のゴジュラスは只の”Mk-Ⅱ”だということだった。

 

 エスが攻撃に移ろうとした瞬間、別の方向から、ゴジュラスに攻撃が加えられる。

『なんだ!?』

 思ってもいない方向からの攻撃に、リザードが振り向くと、そこにはエリーのファイヤーフォックスに、辛うじて動くことの出来たヴェアトリスのシールドライガーと、ナデアのコマンドウルフがゴジュラスを狙っていた。

 

『エス様…援護します!』

『さすがはエス殿だ…これほどのゾイドを一人で』

『ちょっとエス!何よ、そのゾイドは!!』

 三者三様の言葉をエスに掛ける中、今度は反対方向からゴジュラスに攻撃が殺到する。

 

『俺たちが、いることを忘れんなよ!』

 そこには、ホメオのゴルドスを中心に、作業用ゾイドに無理やり武装をつけ、馳せ参じた者たちが立っていた。

 

 自分が囲まれていることに、リザードが顔を顰める。

『雑魚どもが…おい、誰でもいい!邪魔者を排除しろ!!』

 だが、 リザードに応える者は誰も居らず、生き残っていた者たちはすでに逃げ出しており、気が付けば彼はたった一人になっていた。

 

「部下を使い棄てるような奴に手を貸す奴なんていないんだよ」

『っ…』

 エスの言葉に、リザードが悔しげな表情を浮かべる。

 再び状況が逆転し、ヴェアトリスのシールドライガーが一歩前に出る。

『武器を棄て、投降しろ!お前は、もう終わりだ!!』

『…ふん、果たしてそうかな!!』

 リザードがそういうと、ゴジュラスの腹部に増設された八連装ミサイルポッドが開き、ミサイルが四方八方に発射される。

「往生際が悪い!」

 バスタークローに装備されたAZ185mmビームキャノンを使って、エスがミサイルを迎撃する。

 ミサイルが爆発した瞬間、眩い閃光が辺りを包んだ。

「閃光弾?!」

 

 反射的に全員が目を瞑り、閃光をやり過ごす。閃光弾の光が止み、目が慣れてきたエスたちが見たものは、強化パーツを強制排除し、一目散に逃げるゴジュラスの姿だった。

『今日の所は引き下がってやる。だが、これで終わったと思うなよ!俺は必ず舞い戻り、お前らに復讐してやる!!』

『あいつ、逃げた!!』

『逃がさない…!』

 棄て台詞を吐くリザードに、ナデアとエリーが追いかけようとするが、二機の前にヴェアトリスのシールドライガーが立ち塞がった。

『深追いは危険だ!あの男の事だ、罠や伏兵を忍ばせている可能性もある。悔しいが、退けられただけでも良しとしよう』

 実際、追撃に出られるゾイドはエスのバーサークフューラーと、エリーのファイヤーフォックスのみ。例え強力なゾイドとパイロットの組み合わせとは言え、何が起きるか分からない。

 全員が、一先ず危機が去ったことに安堵し始める中、只一組だけ諦めていない者たちがいた。

 

「あんな奴を、ここで逃がすわけにはいかない!フューラー!!」

 エスの声に答えるかのように、フューラーが踏ん張るように足を広げると、脚部に装備されたアンカーを展開する。

 尻尾が一直線に伸び装甲が開くと、フューラーが顔を前に突き出し頭から尻尾まで一直線になり、口腔内からバレルが展開され、エネルギーがチャージされ始める。

『エス?!あんた、何するつもり!』

 ナデアの声に答えることなく、エスが逃げるゴジュラスの背中に狙いを定めると、ロックオンの表示が点灯する。

 

「荷電粒子砲…発射!!」

 次の瞬間、フューラーの口腔内から高出力の荷電粒子砲がゴジュラスに向って発射された。

 

『まだだ…俺はまだ終わらない。このまま終わって…?』

 それが、リザードの最後の言葉となった。

 荷電粒子砲の直撃を受け、ゴジュラスの上半身が光の中に消える。

 そして、はるか彼方に着弾した荷電粒子砲によって、大爆発が起こった。

 

 直撃を受けたゴジュラスは、上半身が消失しており、そのまま崩れるように下半身が地面に倒れる。

 

 古の伝説に残る兵器の攻撃力に、全員が言葉を失い、ただフューラーを見つめる。

 

「素晴らしい…その力、しっかと見させていただきました。リザードさん、貴方には感謝を。そして、ご冥福をお祈りします…さて、急いで帰るとしましょう。”御前”に良い報告が出来そうです」

 

 離れた場所で一人、バーサークフューラーの戦闘を見届けたスーツの男は満足そうに頷き、近くに駐機していたストームソーダ・ステルスタイプに乗り込むと、空へと上がり何処かへ飛び去ってしまったのだった。

 




こんにちは…エリーです。
 盗賊たちを退けたエス様たちは…白百合の園での用事を終え…商売のため、次の都市へと向います。ワタシと、それに何故かドクターも、女将さんの計らいで…キャラバンの一員になり、エス様たちと…旅をすることに…なりました。
 一方その頃…とある都市では、エス様を狙って…ある者たちが、動き出そうと…していました。

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男-第七話「少女の旅立ち」!

 ワタシ、ナデアと…お友達に、なれるかな…?




 


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少女の旅立ち

 リザードの組織した盗賊連合の壊滅から一週間。

 

 白百合の園とその周辺は落ち着きを取り戻し、再び多くのキャラバンや行商人たちが集まり商売を始めている。

 

 そんな中、白百合の園の大型格納庫内では、リョーコのキャラバン隊が出発の準備を終えようとしていた。

 

「幾度の危機を救っていただき、本当にありがとうございました」

 園の代表者であるミレイが、目の前にいるリョーコとエスに深々と一礼する。

 

「気にすることなかよ、ミレイちゃん。私らは商売してくれる相手が居らんかったら生きていけんと…手助けするのは当然ったい。それに、カミュには色々と借りもあったし、忘れ形見のあんたを、見捨てるとかできんとよ」

 親友と呼べる間柄だったリョーコとカミーユの二人は、お互いに何かあれば必ず助けの手を差し伸べると約束していた。

 ミレイの母であるカミーユは若くして亡くなってしまったが、リョーコはその約束は永遠だと思って、今回仲間であり家族であるキャラバンのメンバーを危険に晒すのを承知で、ミレイを助けたのだった。

 

「小母様……」

 リョーコの言葉を聞き、胸の奥が熱くなったミレイは声を詰まらせる。

 

「それにしても、いいのか?本当にフューラーを貰っても」

 そんなミレイに、エスが申し訳なさそうに尋ねる。

 ミレイは花が綻ぶような笑みを浮かべて、首を縦に振った。

「もちろんです。今回、最大の功労者であるエス様へのご恩をお返しするためですから、受け取ってくださらないと困ります。それに、あれだけの力を秘めたゾイドを御せるのは、エス様を措いていませんわ」

 

 実の所、バーサークフューラーの力を目の当たりにした白百合の園の一部――主に警備隊のOGたち――から、フューラーは警備隊で運用すべきだとミレイに上申があった。だがミレイは、その上申を却下しエスに渡すことを決定した。これには、現警備隊長のヴェアトリスにフューラーを修復したドクター・アンジェリカも賛同する意思を示し、エスに託されることとなった。

 更にこの決定を後押しする切っ掛けになったのが、ミレイの決定を不服とした者たちが、フューラーに無断で乗り込もうとし、フューラーの怒りを買って大怪我を負わされ、心に恐怖を刻まれながら殺されそうになった所を、エスが止めに入ったことで、最悪の事態を回避したのが大きかったりする。

 大暴れするゾイドを一声で止めるエスの姿は、まさに”英雄”と呼ぶに相応しいものだと、人々の間で話しが持ちきりになっている。

 

 頬を紅く染めて自分を褒め称えてくるミレイに、エスは恥ずかしそうに頭を掻いた。

「買い被りな気もするがな…まぁ、あいつもオレの事を認めてくれたようだしな。有り難く、連れて行くよ」

 エスが向いた方には、キャラバンが所有するグスタフの荷台に、”グデーン”と寝そべって、エスの方を見つめるバーサークフューラーの姿があった。相変わらず凶悪な顔をしているが、エスにはフューラーが気だるそうに「いつ出発するの?」と言っているように見えた。

 

「おい、そこに載っていたら、荷物が載せられないだろう!」

 白百合の園で仕入れた荷物を積み込んでいたホメオが、勝手に荷台に載っていたフューラーを怒鳴りつけるが、フューラーは聞こえない振りをするように顔を背けて、尻尾をゆらゆらと揺らす。

 

「エス!お前のゾイドだろう!如何にかしろ!!」

 思わぬとばっちりを受け、エスは「仕方ないな」とフューラーの元へと歩いていく。

 

 そんな彼の背中を見送っていたミレイが、リョーコの方へ向き直る。

「それから、小母様。エリーのことをお任せして、本当に宜しいのですか?」

 ミレイの言葉に、リョーコはスッと目を細め、遠くで”別れ”を惜しんでいるエリーたちを見つめる。

 

「よかよ。あんな若いのに、”世界が観て周りたい”なんて、よか根性しとるばい!ゾイド乗りとは言え、女の子の一人旅は、危ないけんね。おばちゃんに、どんと任せとき!」

 肝っ玉母ちゃんよろしく、豊満な胸をバーンと叩くリョーコ。

 

 事の始まりは少し前。ミレイはエリーからある相談を受けていた。

 

――世界が観てみたい――

 

 メイドの仕事を覚え、ゾイド乗りとしての実力を持つエリーが、前の二つ以外に興味を持った事がある。

 

 それは、”歴史”だった。

 

 文字を覚える為にと、白百合の園に残っていた”共和国”や”帝国”の様々な資料を読むにつれ、エリーは歴史に興味を持つようになり、いつしか各地に残る史跡などを巡ってみたいと思うようになっていった。

 白百合の園で成人と認められる十七歳になる少し前に、エリーはミレイにその想いを告げ、ミレイも迷った末に、その熱意に負け、行かせる事を許可した。

 エリーに託された”ファイヤーフォックス”は、そんな彼女へミレイからの餞別だったのだ。

 

 リョーコは、そんなエリーの話を聞き、「おばちゃんに任せとき!!」と彼女をキャラバンの一員として迎え入れることを申し出たのだ。

 ”大陸”全土に販路を持つリョーコのキャラバンに付いて行けば、一人で行くよりもはるかに安全且つ確実に世界を見て周れる可能性がある。

 ミレイはその申し出をすぐにエリーに伝え、話を聞いたエリーも「お願いします」とリョーコの申し出を受けたのだった。

 

「小母様…」

「まぁ、本音は男所帯のキャラバンに、あげん可愛か子が入ってくれたら、相手への受けも良いやろうし、商売ばやり易くなるけんねぇ~、いつでも歓迎ったい!」

 隠せばいい本音を、茶目っ気たっぷりに包み隠さず言い切るリョーコに、ミレイは苦笑いを浮かべる。

「小母様ぁ…」

 リョーコに幼い頃から面倒を見てもらっていたミレイは、いくつになっても変わらない母の友人を見て、母の苦労が偲ばれるな、と思うのだった。

 

 そんなミレイたちから離れた場所で、エリーたちが別れを惜しむように集まっていた。

「エリー…ほんとに行っちゃうのか?」

「エリーちゃん…」

 突然、エリーが白百合の園を出ると聞いたクーとエレナが今にも泣きそうな顔をして、エリーの手を握る。

「うん…前から、決めてた…ことだから。ごめん…ね、今まで…黙ってて」

 そんな二人に、ミレイが用意してくれた新しい服に身を包んだエリーも、寂しげに目を伏せ二人の手を握り返す。

 

「ふん、清々しますわ!あれだけの腕を持っていながら、メイドとゾイド乗り。どっちつかずだった半端者が居なくなるのですから!……」

 だが、セレナーデだけは辛辣な言葉をエリーにかけ、顔を逸らすように背中を向ける。そんな彼女にクーが顔つきを強張らせる。

「セレナーデっ!…あっ」

 だがすぐに、クーは怒鳴るのをやめた。

 背中を向けたセレナーデの肩が小刻みに震え、小さく嗚咽を堪える声が聞こえたからだ。

 

「…どうして行ってしまうの?私、まだ貴女に一度も勝っていないのに……」

 聞こえてくるセレナーデの声に、「素直じゃないな」とクーとエレナが思っていたが、そのことをどストレートに指摘する者がいた。

 

「あんたさ、いい加減素直にならないと、友達なくすわよ?というか、そのお嬢様言葉。使いこなせてないならやめたら?」

 エリーたちのことを見守っていたナデアが、ため息混じりにセレナーデに直球を投げつけた。本当は、見守るだけのつもりだったが、セレナーデの言動に、ナデアは突っ込まずには居られなかったのだ。

 

「っい、色んな意味で大きなお世話ですわ!というか、何故貴女かここに居るのですの?!」

 気にしていた性格と気に入っている口調を指摘され、セレナーデが反撃とばかりにナデアに噛み付く。

 

「はぁ?ここでうちのキャラバンが出発の準備してるんだから居るのは当たり前でしょ?それに、これからエリーは、私たちの仲間になるんだから、付き添いのために一緒に居るのは当然でしょうが。それよりも、こいつの言葉遣い。クーとエレナはどう思っているの?」

 ナデアの問いに、クーもエレナも苦笑いを浮かべる中、セレナーデの額に青筋が浮かぶ。

 

「なぜ、クーたちは名前で私は”こいつ”呼ばわりですの?!」

 納得がいかない、とセレナーデが吠えた。

 

「だって、あんたからは自己紹介されて無いもん。名前で呼ぶ義理はないでしょ?呼んで欲しかったら、ちゃんと自己紹介しなさいよ」

「今更過ぎて、そんなの恥ずかしい出来ないわよ!!」

 この一週間、何度か顔をあわせているため、お互いに全く知らない間柄ではないので、セレナーデも改めて自己紹介するは恥ずかしく、お嬢様口調が崩れる。

「いやだから…言葉遣いがブレブレだって言ってるでしょ!」

 そんな二人のやり取りを見ていたエリーたち三人は、先ほどまでの悲しさや寂しさが何処かに吹き飛んでしまい、声を上げて笑っていた。

 

「湿っぽい別れになっていると思って心配していたが、杞憂だったな」

「本当だ、随分楽しそうだね」

 エリーたちの笑い声を聞きつけて、ヴェアトリスとドクターが四人に近づいてくる。

「隊長!」

 ナデア以外の四人が、ヴェアトリスに敬礼する。

 

 そんな中、エリーがドクターの様子が違うことに気が付いた。

「あれ?…ドクター、その格好…」

 ヴェアトリスの横に居るドクターの格好は、いつものつなぎに白衣姿ではなく、動きやすい旅用の服装だった。

 

「ん?これかい?僕も、エリーと一緒にキャラバンに付いて行くことにしたのさ!」

「は?」

 これには、エリーたちだけでなく、ナデアも目を点にする。

「女将にはもう話を通してあるよ。こう見えて、プレゼンは得意でね…僕が同行すればどれだけキャラバンにとって有益か説明したら、喜んでOKしてくれた!」

 嬉々として説明するドクターに、ヴェアトリスが頭を抱え顔を顰めた。

「全く…貴女は本当に思い立ったら行動する人だな」

「当然だ!僕が丹精込めて修復した古のゾイドを、何処の馬の骨とも知れない者に、整備されると考えたら寒気が走るよ!それに、まだ二機とも調整が済んでいないんだ。それだけでも、付いていく理由になる!」

 

 ミレイの命により、盗賊連合の攻撃によって損傷した警備隊の保有するゾイドだけでなく、協力したキャラバンや傭兵たちのゾイド全てを修理することになったドクターを始めとする白百合の園の整備員たち。もちろん手が足りない為、キャラバンの者たちも手伝って修羅場の如きゾイドの大修理が行われた。

 その影響で、ドクターはフューラーとフォックスの最終調整が出来ずに居たのだ。

 

「ゾイドが二体増えて、人が二人も増える…只でさえ、居住スペースが狭いのに」

 リョーコのキャラバンは、他のキャラバンと比べて人数が少なく、少数精鋭を武器に身軽さを売りにしている。とは言え、それでも二十人近い者たちが行動を共にしている為、個人のスペースは限られているのだ。

 

 少ないプライベート空間が、更に減ることにナデアが肩を落とす中、ドクターが自分の後方を指差した。

「それに関しては心配しなくていい!僕には、自前の”住処”があるんだ…あれだよ」

 

「あれって…?」

 ナデアがドクターの指差す方へ目を向ける。そこには、大型格納庫の天井に届きそうな巨大な物体が鎮座していた。

「ちょっ…冗談でしょ?!」

 ナデアはずっと、それは格納庫の設備か何かと思っていたが、目を凝らして見たそれは、設備ではなく”ゾイド”だったのだ。

「僕の住処兼ラボである大型輸送ゾイド”ホバーカーゴ”、名前はタルタルだ!」

 使われる個体が特殊であるために、今では殆ど生産されず、希少とされているホバーカーゴではあるが、ドクターの所有する”タルタル”は何と、共和国軍閃光師団が実際に使用した機体で、戦争終結後にドクターの先祖が回収し、代々修復を繰り返して保存し続けた極めて稀な個体だった。

 この古のホバーカーゴの修復技術を持つ一族の出だからこそ、ドクターが帝国の遺産である二機のゾイドを修復出来たとも言えるのだ。

 

「これなら、君のコマンドウルフも含めて、四機はゾイドが格納できるし、整備や補給だって出来る!僕やエリーはタルタルに住むことになるから、君の心配は杞憂だ!」

 ドクターの説明を聞きながらナデアは、たった一度だけ、石化したホバーカーゴを砂漠で見たことを思い出し、実際に動く目の前のレアゾイドを見つめて唖然としている。

 

「でも…いいの?ドクターまで、白百合の園を…出て行っても」

 自分だけでなく、ドクターまで出て行くと聞いたエリーが、恐る恐る尋ねる。

 

 エリーの言葉を受け、ドクターはクイっとメガネを掛けなおした。

「僕は元から根無し草で、しかもはぐれ(・・・)の科学者だ。ここに居たのだって、フューラーとフォックスの修復と、整備員たちの技能向上を手助けする為に、マザーと契約していただけに過ぎない。先の大修理で、ここの整備員たちは、僕の指示を受けることなく、警備隊のゾイドを全て修理して見せ、警備隊隊長であるヴェアトリスが「文句のつけようがない」とお墨付きを出した…つまり、白百合の園での僕の役目は終わり、契約完了と言うことさ」

 

 淡々と言葉を紡ぐドクターに、エリーたちは何処か冷たさを感じる。

 

 そんな彼女たちの心情を察してか、ドクターの顔が破顔する。

「とはいっても、実家以外でこれほど長く居続けた場所はなかったからね。それなりに愛着があることは確かさ。それに、二度とここへ来ない訳ではない、だろ?」

 

 ドクターの問いが、自分に向けられていることに気が付かず、ナデアの反応が数瞬遅れる。

 

「……私?!ま、まぁこことは定期的に取引してるから、最低でも一年に一度は来ることになるんじゃない?」

 ナデアの言葉を聞き、エリーたちがキョトンとした表情を浮かべる。

 その反応に、ヴェアトリスが「やっぱりか」と嘆息した。

 

「特定のキャラバンがどのくらいの頻度でここを訪れているかなんて、お前たちは気にしていないだろうな、と思っていたが、やはり知らなかったか。つまり、何事もなければ少なくとも一年後に、エリーたちはまたここへ来るということだ」

 ヴェアトリスの説明を聞き、エリーたちは先ほどまでしんみりしていた自分たちが恥ずかしくなり、俯いてしまう。

 

 そんな光景をただ見守っていたリョーコたちの元に、ジェドーが駆け寄ってくる。

 

「女将さん、荷物の積み込み完了。出発の準備が整ったぜ」

 ジェドーからの報告に、リョーコがゆっくりと頷く。

「そうね…ミレイちゃん。また来るけんね」

「はい、小母様。また旅先でのお話を、聞かせてください」

 リョーコの話を聞くのが好きなミレイ。そんな中、ミレイの元に、エリーが駆け寄ってくる。

「マザー…」

 何処か緊張の面持ちのエリーに、ミレイが手袋を外し、エリーの頬をゆっくりと撫でた。

「エリー…わたくしの代わりに、世界を見てきなさい」

 マザーを引き継いだ時点で、ミレイは都市の外へ出ることが許されない身となった。ミレイは、”妹”のように可愛がったエリーに、自分に代わって世界の広さを観てもらいたいという気持ちもあり、今回の許可を出したのだ。

 

「うん…ミレイ…お姉ちゃん」

 そんなミレイに、エリーは自然と昔の呼び方が口を突き、ミレイは涙を浮かべてエリーを抱きしめるのだった。

 

 

 リョーコの指示の元、メンバー全員が持ち場に着く。

『マザーミレイ!元気でな!』

 キャラバン護衛のために、フューラーのコックピット内に居るエスが、ミレイに声を掛ける。

 

 ギュワァ!

 

 フューラーもエスの真似か、ミレイに声を掛けた。

 

「皆様の、旅の安全をお祈りしています!!」

 ミレイは大声で叫ぶと、右腕を挙げ大きく手を振る。

 ホバーカーゴの窓から、ミレイの姿を見ていたエリーが手を振っている。

 

『さぁ、出発!!』

 リョーコの号令と共に、キャラバンが動き出し、ミレイたちは都市を救ってくれた英雄たちの姿が見えなくなるまで、手を振り続けたのだった。

 

 

*************

 

 

 カイザーシュタット……長い年月による変遷で、名を変えたかつての帝国の首都、ガイガロス。

 

 東西によってその街並みは全く違い、当時の建築物が数多く残る東側は、歴史的価値を生み、訪れる観光客の数は大陸随一。

 

 反対の西側は、近代的なビル群が立ち並び数多くの企業が存在するビジネスエリアとなっている。

 

 そんなビル群の中で、一際巨大なビルがそびえる。

 表向きは、戦闘用ゾイドの生産販売を行い、各支社を通じて多くの都市に防衛用ゾイドを供給するビジネスモデルで成功を収めた大企業【Zi-alles(ズィアレス)社】の本社ビル。そんな大企業には、裏の顔が存在する。

 

 高層ビルのとある階から、資格を持つ者しか立ち入ることが出来なくなり、例え会社役員といえども、無関係な者はたどり着くことが出来ないようになっている。その中でも神聖とされ、資格を持つ者でも極々一部の人間しか立ち入ることが許させない最上階に、リザードにゾイドを提供していたスーツの男が、重厚かつ荘厳な扉の傍に備えられた椅子にいつもの営業スマイルを顔に張り付かせて座っていた。

 

「エージェント(フィーア)。御前がお会いになられます、中へ」

 扉の中から現れた執事服の男に促され、スーツの男…エージェント4は立ち上がり、扉の中へ入る。

 

 中へと入った先には、かつて皇宮に存在したとされる円卓の間が再現されており、円卓に座るのは、この時代には不釣合いの、時代錯誤と言って差し支えない帝国軍の軍服を身に纏う、”組織”上層部の者たちだった。

 さらに、その円卓の先の一段高くなった玉座には、円卓と区切るように御簾が掛けられ、辛うじて人の姿が窺い知れる。

 

 円卓の下座に立ったエージェント4に、全員の視線が向けられる。

 

「エージェント4、報告を聞こう」

「畏まりました、御前」

 御簾の向こうから、年老いた男性…御前の声が聞こえ、エージェント4は深々と頭を下げた。

 

 エージェント4は、白百合の園で発見したバーサークフューラーについて、ストームソーダに搭載していたカメラ映像を交えて、その場にいた全員に報告を上げた。

 

「追加情報では、現在バーサクフューラーの所有者は、あるキャラバンに所属するゾイド乗りのようで、この戦闘も、そのゾイド乗りがやって見せたことだと、都市に潜入させた諜報員から報告が上がっております。以上が、(わたくし)からの報告でございます」

 エージェント4の報告を聞き終わり、全員が押し黙ってしまう。

 

 映像に収められていたバーサークフューラーの相手…エージェント4がリザードに提供したソイドは、”組織”の資金源であり隠れ蓑になっている、ズィアレス社で販売している戦闘用ゾイドである。その性能は、この時代において、大戦時に使用されたオリジナルに匹敵すると言われていたが、そんなゾイドが束になって全く歯が立たないという、フューラーの戦闘能力を目の当たりにして、文献に残された記述が眉唾でないことを改めて認識させられていた。

 

 そんな中、上層部の一人が声を上げる。

「噂に違わぬ強大な力…御前、今すぐ捕獲すべきです!」

「所有者はたかがキャラバンのゾイド乗り。金を積めば差し出しましょう。引渡しを拒否すれば、”組織”の精鋭部隊を使って力づくで奪い取れば良いだけのこと」

 状況の見えていない一部の者の言葉を聞き、他の者たちも追従を始める中で、エージェント4は「愚かですね」と内心毒づいていた。

 

 映像の中の戦闘が、フューラーだけの性能ではなく、搭乗しているパイロットの技能が飛び抜けて優れていたから、成り立っていたことをエージェント4は見抜いていた。

 そんな相手に、”組織”の精鋭部隊を差し向けたとしても、三分も持たずに全滅させられる、と彼は断言できた。

 

 そしてもう一人、彼と同じ考えに至っていた者が居た。

「エージェント4.実際にバーサークフューラと”パイロット”の力を目の当たりにしたお前は。どう考える?意見を聞かせよ」

 御簾の奥に鎮座する御前だった。

 憎悪に近い嫉妬の視線を上層部の者たちから向けられるも、エージェント4は全く気にすることなく、いつもの営業スマイルで御前の問いに答えた。

「パイロットを含め、情報が圧倒的に不足している今、無闇に攻めればこちらの被害は甚大なものとなりましょう。ここは相手の動向を監視し、データを取るべきかと。フューラーの捕獲はその後でも」

 エージェント4の意見を聞き、「腰抜けめ」だの「我らの意見を差し置き、何と不遜な」などと上層部の者たちが罵詈雑言を小声で並べる。

 しかし、御前から放たれた殺気に、全員が顔色を真っ青にして黙り込んでしまった。

「…この件は、エージェント4に一任する。良き報告を待つ」

「はっ!エージェントナンバーの名に懸けて、必ずや御前に帝国の遺産を」

 御前からの命令に、頭を垂れるエージェント4は笑みを浮かべる。

 

 その笑みは、作られたいつもの営業スマイルではなく、獣じみた凶悪なものだった。

 

 円卓の間を出たエージェント4はエレベーターを使って、下の階に下りていた。

 

「御前より、大仕事を承りましたが…どうしたものでしょうか」

 

 今後の行動を思案していると、エレベータが目的の階で止まり、ドアが開いた。

 

「あ、先輩!!」

 エレベーターから降りたところで声を掛けられたエージェント4が顔を上げると、廊下の先から自分と同じスーツを着たまだ幼さの残る少年が歩いて来ていた。

 

「おや、君は…聞きましたよ、エージェントナンバーに昇格されたようですね。おめでとう」

 数年前に、”研修”の監督役をやった時に、エージェント4が担当した研修生で一番見込みがあると思っていた少年。

 そんな彼が、ものの数年でエージェントになったと聞き、エージェント4は驚きながらも、必然だとも思った。

「はい!エージェント(フュンフ)の席を頂きました!」

 余程嬉しかったのか、純真な笑顔をエージェント4に向けるエージェント5。

「エージェント5ですか…長らく空席だった席が埋まったのですね」

 

 エージェントナンバーと呼ばれる者たちは全部で十三人おり、その入れ替わりは、そう激しいものではないが、一度空席になってしまうと、後任が決まりにくいというのが通例だった。少年が引き継いだ”5”の席も、十年近く空いたままになっていた。

 

「しかも、”帝国の遺産”を発見・回収しての昇格でしたね…私も、見習わないと」

 エージェント4が見つけた”帝国の遺産”バーサークフューラーはごく一部であり、その他にも帝国の遺産と呼ばれるものは数多く散逸しており、エージェント5が見つけ回収したのはその一つだった。

 

「そんな偶々ですよ。先輩に比べれば、ボクなんてまだまだです!これからも、ご指導のほど、よろしくお願いします!」

 

 そういうと、エージェント5はエージェント4が乗ってきたエレベーターに乗り込み、仕事へと出て行った。

 

「若いですねぇ」

 今の自分には無い、エージェント5の溌剌さに感心していると、鼻を突く香水の”臭い”がした。

「あらぁ?何処の野良犬が紛れ込んだのかと思ったら、エージェント4じゃない」

 

 姿を見なくとも、キツイ香水と歳を考えない猫なで声で、エージェント4は自分に声を掛けてきた人物が誰か分かり、全力でスルーしたかったが、鋼の精神をもって平静を装い、声のする方向へと顔を向けた。

 

「これはこれはエージェント(ゼクス)。お久しぶりですね」

 

 そこには、彼が出来る限り接触を避けたかった同僚の女性が、不遜な笑みを浮かべて立っていた。

 




 よっ、エスだ!
 新たな仲間を迎えて、次の都市へと向うオレたちの前に盗賊とは違う統率された一団が襲い掛かってきた。は?バーサークフューラーを渡せ?なんだ、言ってる事は、盗賊と変わらないか。
 何処の誰かは知らないが、手加減は出来ないぞ!いくぜ、みんな!!

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男-第八話「強襲、ブリッツ・ティーガー隊!」

 しかし、セイバータイガーブリッツって、またえらく半端なゾイドに乗った集団だな。

*************

 これにて、白百合の園の話は終了。

 園に住む魅力あるキャラ達は、またどこかで登場するかも?


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強襲、ブリッツ・ティーガー隊

「それで、私に何か用ですか?エージェント(ゼクス)

 何かとちょっかいを掛けてくるエージェント6に呼び止められ、エージェント(フィーア)は「またか」と内心ため息をつくが、表情はいつもの営業スマイルを張り付かせている。

 

「帝国の遺産を、見つけたそうじゃない?」

 彼女の口から出た情報に、エージェント4はスッと薄く目を開けた。エージェント4が見つけた帝国の遺産、バーサークフューラーの情報は、組織の上層部以外、同じエージェントナンバーにもまだ伏せられている。

 それを、彼女が知っていることに、エージェント4はある事に思い至っていた。

 

「耳が早いですね。今度はどなたを誑し込んだのです?」

 エージェント6は、女としての”テクニック”を使って、組織上層部のお歴々に取り入っては機密に該当する情報を引き出していた。

 本人はうまく隠しているつもりだが、エージェントナンバー内では周知の事実だったりする。

 

 図星を突かれ、エージェント6は顔を真っ赤にして憤慨した。

「お黙り!……単刀直入に言うわ。帝国の遺産、わたしに譲りなさい。貴方の様な卑しい者には過ぎた手柄だわ」

 さすがにエージェント6のこの言葉には、エージェント4も営業スマイルが剥がれ落ち、呆けた表情を浮かべる。

 

「は?…何を言いだすかと思えば、手柄の横取りですか?まったく、どちらが卑しいのか」

 あまりに馬鹿げたことを言うエージェント6に、肩をすくめるエージェント4。だが、その行動が癪に障ったらしく、エージェント6の怒りの火に油を注いだ。

「お黙りと言っているでしょう!!卑しい野良犬風情が!横取りではなく、貴方の意思で私に譲れと命令しているのよ!!」

 

 感情のまま怒鳴り散らすエージェント6。対照的に、エージェント4は冷静そのものだった。

「貴族のお嬢様が随分汚らしい言葉を使いますね。育ちを疑われますよ?あぁ、だから、未だに嫁ぎ先がないのですね?…それからお忘れですか?出自・経歴はどうあれ、エージェントナンバーは平等の地位を与えられています。そして、我々エージェントナンバーに命令できるのは御前のみ。貴女は、”赤竜旗(ロート・ドラグファーネ)”創設から不可侵とされている部分に、土足で上がり込んでいる。それが、組織の…果ては御前に対する侮辱だと、ご理解していますか?」

 冷静に切り返しながら、毒を吐くことも忘れないエージェント4。

 

「っ!?」

 さすがに御前という至高の存在を出されると、本能的に身を引いてしまうエージェント6。彼女の攻勢が弱まったのを見計らい、エージェント4が畳み掛けた。

 

「人の手柄を横取りしている暇があるのなら、ご自身の足で別の遺産を探されてはどうです?部下をこき使うのではなく、ね。では、私はこれにて失礼を。仕事が立て込んでいますので」

 そういうとエージェント4は、彼女を置いて廊下を歩いていく。

「?!待ちなさい、エージェント4!まだ話は終わっていないわ!!」

 

 反応の遅れたエージェント6が必死に呼び止めるが、その声を完全に無視してエージェント4は廊下の角を曲がって去ってしまった。

 彼が去った方を苦々しく睨みつけるエージェント6。

 

「いいわ。譲らないというなら、奪い取るまでよ…」

 そういうと、ポケットから携帯端末を取り出し、ある場所へ電話を入れた。

「私よ。”ブリッツ・ティーガー隊”に出撃準備をさせなさい、今すぐよ!」

 怒鳴りつけるように、電話の向こうにいる部下に命令を出すと、エージェント6はエージェント4と反対へと歩いていった。

 

「…本当に、単純な方ですね」

 そんな彼女を、エージェント4は行ったと見せかけて、影から様子を探っていた。彼はエージェント6の性格を逆手にとって、ワザと煽っていたのだ。

 

 バーサークフューラーとそのパイロットのデータを取る噛ませ犬に仕立てるために。

 

 エージェント6が引っかかったことを確認し、彼もまた部下に指示を出すために、携帯端末を取り出し電話をかけた。

「……私です。エージェント6の部隊を追跡してください。えぇ、そうです。出来る限り、克明にデータを取ってください。はい、はい。では、よろしくお願いします…」

 電話を切ったエージェント4は、薄気味悪い営業スマイルを更に深める。

 

「はてさて…結果は見えていますが、どんな展開になるか…楽しみですね」

 

 部下からの報告を楽しみにしながらエージェント4は、今度こそ廊下を歩いて自身のオフィスへと向っていった。

 

 

************* 

 

 

 

 白百合の園を出発して数日。キャラバン【デザルト・チェルカトーレ】は、小規模な盗賊の襲撃を一度受けるも、概ね順調に旅を続けていた。

 

「う~~~~~~ん……」

 ホバーカーゴ”タルタル”のブリーフィングルームで、アンジェリアがモニターを睨みながら唸っている。

 

「どうかしたのか?ドクター」

 そこへ、キャラバンの警備をジェドーに引き継いだエスが入ってきて、ソファーにドカッと腰を下ろした。

「おや、お疲れエス。丁度良かった、君の意見が聞きたかったんだ」

 そういうと、アンジェリカはキーボードを操作し、ブリーフィングルームの大型モニターに自身が見ていたデータを映し出した。

「ん?」

 画面には、バーサークフューラーのデータが映し出されており、スペックデータが表示されている。

「今、バーサークフューラー内に残っていたデータを調べていたんだが、その中でフューラーのCAS関係の制御データを見つけたんだ」

「フューラーの?」

 エスの言葉にアンジェリカが頷くと、画面が変わり、二つ3D画像のフューラーが表示される。しかし、その殆どが”不明”と記されており、名称部分に”シュトゥルム””ヤクト”とだけ書かれている。

 

「あぁ…僕は、このタルタルを所有している関係で、ライガーゼロのCASはよく知っている…というより三種全て持っているんだが、帝国製であるフューラーのCASに関しては、殆ど知らないんだ。見つけた制御データには、”シュトゥルム”と”ヤクト”二つのCASが設定されてあったんだが、ユニット自体のデータは断片的にしか保存されていなかった。エス、君はどんな物か知っているかい?」

 アンジェリカの問いに、エスは腕を組んで考え込む。すると、パソコンの検索機能のように、頭の中に知識が浮かび上がってきた。

 記憶がないとは言え、知らないことを”識っている”という事に違和感を感じるエスだが、そんな違和感を振り払い”識っていた”情報を口にする。

 

「シュトゥルムユニットは、高機動高速戦闘用のパーツだ。ジェノブレイカーのフリーラウンドシールドを小型・発展させたアクティブシールドに、背面にはバーサークユニットと同じイオンブースターと巨大なシュトゥルムブースターを装備。その気になれば、ライガーゼロのイエーガーユニットを軽く振り切れる速度を叩きだせる。ヤクトユニットは、ゼロのパンツァーユニット同様、重砲撃戦仕様の装備だ。荷電粒子砲を中心に実弾兵装を充実させ、重装甲・重武装ながら高速戦闘もこなせる…こんなところか?」

 ツラツラとエスの口から出てくる知識に、アンジェリカは目を見張り呆気に取られた。

 

「…本当に、君の知識には感服するよ。なるほど…聞く限りでは、現状の資材と設備では作り起こすのは不可能だな。本体同様、何処かに眠っていれば話は早いが、地道にデータを漁るしかないかな」

 一先ず諦めよう、とアンジェリカの肩から力が抜ける。

 

「フューラのCASか…今のバーサークユニットだけでも、十分だと思うけどな。オレは」

 根本的な話として、帝国製CASはあらゆる状況を想定して開発されている。基本装備に位置するバーサークユニットでさえ、先の戦闘のように、近接格闘戦に高機動戦、果ては砲撃戦までこなしていた。

 そのことから考えても、今急いで他のCASを用意する必要性をエスは感じていなかった。

 

 しかし、アンジェリカはその言葉を聞いて、憤慨した。

「何を言っているんだ、君は!持てる性能をフルに発揮してこそ、ゾイドは輝くんだぞ?フューラーのCASを活用しないなんて、それこそ宝の持ち腐れだ!」

 身を乗り出して力説するアンジェリカに圧倒されるエス。そんな所へ、少女二人の声が聞こえブリーフィングルームの扉が開いた。

 

 入ってきたのはナデアと、何故か白百合の園で普段着のように着ていたメイド服に身を包むエリーだった。

「ホントに借りてもいいの?こんな貴重そうな本を」

 古めかしい書籍の数々を腕の中に抱え込んだナデアが、申し訳なさそうにエリーに聞く。

「うん…ナデアが持ってる本、ワタシは全部…読んじゃったから。それに…ナデアも、歴史好きって言ってたから…読んで欲しいの…」

 ナデアが持っているのは、エリーが白百合の園から持ってきた共和国や帝国の当時の内部資料などである。白百合の園に保管されていた物だが、打ち捨てられるように図書館の片隅にあったものをエリーが見つけ、ミレイが「必要とする人の手にあったほうが本たちも喜ぶでしょう」と全て、エリーに渡した物だ。

 

「そっか…ありがとう、エリー!」

 同い年で、しかも歴史好きという共通の趣味を持つ二人はすぐに意気投合し、一緒に居る時間が増えていた。

 二人の少女がお互いに笑顔をほころばせる。

 

 そんな中エスが、ナデアの姿を認めると、呆れた表情を作った。

「ナデア、お前こんなところにいたのか?ホメオが交代時間過ぎたのに、ナデアが来ないって怒っていたぞ」

 ホメオから、ナデアを見つけたらすぐに来るよう伝言を受けていたエス。そんな彼の伝言を聞き、ナデアの顔が引き攣る。

「えっ、もうそんな時間なの?!ヤバぁ…それじゃエリー!この本ありがたく借りてくねっ!」

 大事そうに本を抱え、ナデアは慌ててブリーフィングルームから出て行ってしまった。

「うん!…お仕事頑張ってね」

 そんなナデアを見送るエリー。そして二人を温かく見守るエスとアンジェリカ。

 エスたちの視線に気が付き、エリーが頬を紅く染め、恥ずかしさで俯いてしまう。

 

「そういえば、エリー。最終調整後のファイヤーフォックスの調子はどうかな?違和感があるかい?」

 そんな彼女に気を使い、アンジェリカがエリーの気を紛らわせる為に話を振る。

「えっ…と、大丈夫…です。あの子、素直で…良い子、だから」

 今まで、自身の操縦を受け止めてくれるソイドに出会うことのなかったエリーは、ファイヤーフォックスという相棒を得て、今までにない充足感を感じていた。

 嬉しそうにはにかむエリーに、アンジェリカが頷く。

「そうか!何かあったら、すぐに言ってくれ。そのために、僕はここにいるんだから」

「はい…ドクター」

 二人のやり取りを見ていたエスの内に突然”何か”が奔り、彼は弾かれるように勢いよく立ち上がった。

 

「エス?」

「エス様…どうかしたの…?」

 エスの様子に、首を傾げるアンジェリアとエリー。

 

 彼女たちの声が聞こえていないのか、エスはある方向を見つめて、目を細めた。

 

「何か、来る」

「え?」

 呟くようなエスの言葉に、アンジェリカが眉を顰める。

 

 すると、エスが格納庫へ通じるドアへ駆け出しブリーフィングルームの外へ出て行った。

「どうしたんだ、エス!?」

 エスの行動に驚きを露にするアンジェリカ。そんな中エリーは、エスの様子に只事ではないと察し、後を追うように駆け出していた。

 

 

***********

 

 

『目標のキャラバンを発見。確認できるだけで、コマンドウルフが2にゴルドスが1。それ以外の戦闘用ゾイドは見当たりません』

 先行させていた部下からの報告に、部隊の長であるサン・ライトはアゴに手をあて状況を整理し始める。

「情報では、それに紅いシャドーフォックスにターゲットのバーサークフューラーを加えた五体が、キャラバンの戦力だったな。プラン通り、まずは戦力を引きずり出す。四番機と五番機はターゲット捕獲用の電磁ネットを準備。私、二番機と三番機がターゲットを押さえている隙に捕獲を試みろ。残りの六番機から十番機は陽動と目標以外の足止めをしろ。いいか、お前たち。初の実戦だが、訓練どおりにやって見せればいい」

 全機から”了解”のシグナルが届き、サン・ライトは搭乗機を立ち上がらせる。

 

『いくぞ』

 隊長機を先頭に、装甲を漆黒に染めた猛虎たちが”瞳”を怪しく輝かせながら獲物に向って駆け出した。

 

 

『ったくナデアよ。お前も子供じゃないって言い張るなら、時間くらいちゃんと守れよな』

 交代時間を押して現れたナデアに、ホメオがチクチクと小言を漏らす。

『うるさいなぁ、ちゃんと謝ったでしょ!それに、女の子は支度に時間が掛かるの!』

 そんなホメオに、ナデアはあまり悪びれる様子もなく、移動するキャラバンに合わせて歩くコマンドウルフのコックピット内で声を上げる。

 

 妹の言葉を聞き、ナデアとは反対側でキャラバンを護衛するジェドーがため息を漏らした。

『自分を女の子だと言ってくれるのは嬉しいけどな、ナデア。それを含めて時間を守ってこそ一人前のレディだと、兄ちゃんは思うぞ?』

 兄の言葉に、ナデアの額に怒りマークが入る。

『ふーんだ!どうせ私は、美人の警備隊長さんとは違いますよーだ!』

 まるで拗ねた子供のような言い方をするナデアに、ジェドーは別の意味で渋い顔をする。

『…どうしてそこで、彼女が出てくる?』

『さーねっ!自分の胸に聞いてみれば?!』

 完全にへそを曲げたナデアに、ジェドーから再びため息が漏れる。

 白百合の園を出て以来、何かにつけてヴェアトリスのことを引き合いに出すナデア。ジェドーも、こんなことならもっと早くに紹介しておくべきだったと、後悔の念を滲ませる。

 

『ケンカは良いが、ちゃんと仕事しろよ二人…?なんだ?』

 いつもの兄妹ゲンカに、ホメオが呆れているとゴルドスのレーダーに反応が掠め、すぐに消えた。見たことのない反応に、ホメオが眉を顰めていると、通信機からノイズ交じりでアンジェリカの声が流れた。

『全員気をつけろ。今しがたタルタルのレーダーが後方から高速で迫ってくる機影を捕らえた。特殊なステルス塗料を使っているようで数は判然としないが、多くても十機はいるぞ』

 どこか緊張感に欠けるアンジェリカの通信に、ジェドーたちが間の抜けた表情を浮かべる。

『はぁ?!どういう・・・・』

 ナデアが言い終わる前に、後方からビームが飛んできて、地面に着弾し爆発する。

 

『攻撃?!敵なの?!』

 慌てるナデアと反対に、ジェドーは冷静にリョーコへ通信を入れた。

『っ!女将さん、敵襲だ!賊はここで俺たちが食い止めるから、本隊は安全な所へ!』

 先ほどの爆発で、襲撃されていると分かっていたリョーコは冷静そのもので、笑みを浮かべている。

『分かった!先にいっとるけん、あんたたちも気をつけリぃね!』

 キャラバン本隊がスピードを上げていく中、ジェドーたちのゾイドが反転し、敵を迎え撃つ態勢に入る。

 同時に、アンジェリカのホバーカーゴも反転し、ジェドーたちの後ろについた。

 

『ドクター!エスとエリーをすぐに出してくれ!俺たちだけで支えられるかどうか、分からない!』

 敵の乗るゾイドの種類が分からない上に、ジェドーたちには数のハンデがある。だが、二人のゾイドが出てくれば、そのハンデを埋めることが出来るとジェドーは考えていた。

 だが、次に聞こえてきたアンジェリカの言葉に、ジェドーたちは耳を疑った。

『それなら心配ない。二人なら、迎撃の為にもう出てるよ』

『えっ?!』 

 エスたちが出て行ったことに全く気が付かなかったジェドーたちは、少しに間その場に立ち尽くすのだった。

 

『まさか、ターゲットから出向いてくれるとはな』

 ブリッツ・ティーガー隊の隊長サン・ライトは、目の前に現れたターゲットのバーサークフューラーを見て、笑みを浮かべる。

「セイバータイガー・ブリッツ…にしては、装甲に随分手を加えているな」

 相対するエスは、襲撃してきた者達が乗るゾイドを見て、知識内に該当する機体が思い浮かんでいた。

 

 かつて、帝国で開発された高速戦闘用ゾイド”ライトニングサイクス”は、開発過程において多くの問題を抱えており、本体の開発が予定より大幅に遅れていた。そんな中、サイクスの主兵装である、パルスレーザーライフル・増速ブースター・ウイングスタビライザーが一体となったマルチパックが本体に先駆け完成し、当時の帝国の事情から、本装備を遊ばせておくわけには行かず、急遽調整したセイバータイガーに装備させ、セイバータイガー・ブリッツとしてごく短期間運用したことがあったのだ。

 

 だが、エスの前に立ちはだかるセイバータイガー・ブリッツは、当時の機体と違い、各部に安定翼を追加し、高速機動時の空気抵抗を考慮してか、装甲の形状も通常機と変わっていた。

 

『バーサークフューラーのパイロット!聞こえるか?今すぐ、その機体を引き渡せ!それは、貴様の様なものが持つには過ぎたゾイドだ!』

 サン・ライトの一方的な言い分に、エスは呆れた表情を浮かべる。

「いきなり攻撃してきて、相応しくないからゾイドを渡せとは…随分、礼儀知らずな奴らだな!」

 グゥゥゥ……

 

 フューラーも、「無礼者!」と言わんばかりに、唸り声を上げる。 

『警告は一度だ。命が惜しければ、ゾイドを引き渡せ!』

 十機のセイバータイガーのパルスレーザーライフルの銃口がフューラーに向けられる。

 

「否応なしか……だが、断る!」

 エスの拒絶の言葉と共に、ティーガー隊の横から撤甲レーザーバルカンが発射され、隊の外側に居た八番機が直撃を受け、大破する。

『側面から攻撃だと?!』

 攻撃を受けた八番機のパイロットが驚きの声を上げた。それと同時に、まるで蜃気楼の中から現れるように、エリーのファイヤーフォックスが光学迷彩を解除し姿を現した。

 

『光学迷彩…あなた達のより、この子の…方が、数段上』

 控えめながらも、自慢げに笑みを浮かべるエリーは、すぐにその場からフォックスを走らせ、別の相手へと狙いを定める。

『紅いシャドーフォックスか!うわ!』

 八番機の傍にいた六番機のパイロットが、エリーを追いかけようとすると、何処からともなく飛来した砲弾が命中し、行動不能になる。

 

『新手か?!』

 サン・ライトが砲弾が飛んできた方へ視線を動かすと、キャラバン隊のいる方角から、ナデアのコマンドウルフが向ってきており、ティーガー隊に向けてロングレンジライフルを連射する。

『ちょっと二人とも!抜け駆けとかずるくない?!』

『ナデア!』

 黙って敵の迎撃に出たエスたちに文句を言いつつも、駆けつけてくれたナデアに、エリーが笑顔で迎える。

 

「今の時間は、ナデアとジェドーが本隊の護衛だろ?敵の迎撃には、手の空いていたオレとエリーが出るべきと思ったんだよ。それに、オレたちが出た段階で向ってきているのが、敵か分からなかったしな」

 手近にいたセイバータイガーをストライクスマッシュテイルで蹴散らしながら、エスがエリーと二人で出た理由を説明する。

『だからって、一言言って行ってよ!心配するでしょ!』

「ジェドーたちと話しが弾んでたみたいだったからな、邪魔しちゃ悪いと思って」

『ナデア…楽しそうだった』

 先ほどの”兄妹ゲンカ”を聞かれていた事と、なおかつ友達(エリー)にそのやり取りを楽しんでいたかのように思われていたことに、ナデアは恥ずかしくなり、顔だけでなく耳まで真っ赤にする。

『ちょっ、エリー?!聞いてたなら、止めてよ!!』

 そんな和気藹々と会話を交わしながら、エスたちはティーガー隊を打ち倒していく。

 

『た、隊長!こいつら強いです!!』

 三番機の部下から悲鳴が上がり、サン・ライトは顔を顰める。気が付けば、味方の数は六機になっていたのだ。

『くっ…想定が甘かったというのか?!…だが、晴れの舞台…エージェント6の期待に応えるためにも、我々はターゲットを持ち帰らなければ!仕方がない…全機、リミッターを解除しろ!』

 サン・ライトは、たかがキャラバンに所属するゾイド乗り相手に侮っていたと思い知らされ、使うつもりのなかった奥の手を晒す。

 残っていた六機のセイバータイガー・ブリッツに施されたリミッターが解除され、マルチパックの増速ブースターのゲージが限界まで引きあがる。

 

 先ほどとは比べ物にならない速度で移動するセイバータイガーに、ナデアが目を見開く。

『なっ、何この速さ?!きゃっ!!』

 機体側面に攻撃を受け、コマンドウルフが膝をつく。

『ナデア!くっ…!』

 ナデアを助けに行こうとしたエリーだが、彼女の乗るフォックスにも攻撃が殺到し、エリーは驚異的な反射神経で避けるもその場に足止めされた。

 

「調整しているとは言え、セイバータイガーであんな機動をするなんて、無茶をする!」

 エスも、フューラを巧みに操作し、地面を滑るようにして敵の攻撃を避ける。

 

 すると、五機のセイバータイガーたちが一斉に、キャラバン隊の方角へと進路を変えた。

『あいつら、みんなの所へ!』

「行かせるか!」

 追いかけようとするバーサークフューラーに、残っていた隊長機のセイバータイガーが足止めするためにパルスレーザーライフルを連射する。

『貴様はここで大人しくしていろ!』

「こいつっ!」

 エスが、バスタークローを展開しようとすると、エリーのファイヤーフォックスがセイバータイガーに体当たりをかました。

『くそっ!?』

 中型機と思えない当たりの強さに、セイバータイガーが大きくよろける。

 

『エス様っ!…ここは、ワタシに…任せてっ!』

「エリー…頼んだ!」

 エリーに声を掛け、エスはフューラーのイオンブースターとスラスターを全開にし、セイバータイガーたちの追撃に入る。

『おのれ!』

 立ち上がり、追いかけようとするサン・ライトだが、足元の地面にロングレンジライフルの弾が着弾し、立ち止まった。

『私のこと忘れてたでしょ?!あんたの相手は、私たちよ!』

 機体を立て直したナデアが駆けつけ、エリーの横に並ぶ。

『邪魔…させないっ!』

 

 

『サン・ライト隊長が敵を足止めしてくれている間に、キャラバン隊を攻撃し、人質にする!例え卑怯だと言われようとも、我々は結果を残さなければならない!』

 サン・ライトに代わり、二番機に乗る副隊長が指揮を取り、黒いセイバータイガーたちが全速力でデザルト・チェルカトーレを追いかける。だが、そんな彼らの横を、白い影が一気に追い抜いていく。

 

『ば、馬鹿な?!』

 その影が、ターゲットのバーサークフューラーだと分かり、副隊長以下全員の表情が驚愕の色に染まる。

 

「サイクスのマルチパックを装備しているとは言え、所詮セイバータイガー…出せる速度なんて高が知れている!」

 

 追い抜いてから、ある程度距離が離れたことを確認したエスは機体を百八十度ターンさせ、フューラーを着地させる。

 そして、両脚のアンカーを下ろし、地面に固定した。

 

「左右に大きく展開しているのか…なら!」

 レーダーに映る機影を確認し、エスがコンソールを操作する。

 

「やるぞ、フューラー!」

 ギュワァアア!!

 

 エスの声に呼応し、フューラーが荷電粒子砲の発射態勢に入り、尻尾の装甲が展開する。

『?!荷電粒子砲か!全機、敵射線上から退避!』

 セイバータイガーたちが左右に大きく広がるのを見ながら、エスは笑みを浮かべる。、

「それでは、避けたことにならないぜ!!」

 フューラーが口を開け、口腔内のバレルが展開されると同時に、バスタークローの先端が前を向き、刃が開いていく。

 口腔内の荷電粒子砲と、バスタークローの銃口にエネルギーがチャージされる、

 

「…”拡散”荷電粒子砲、発射!!」

 エスがトリガーを引いた瞬間、三箇所から荷電粒子砲が発射される。

 フューラーを中心に三百度近い範囲に、荷電粒子砲が扇状に拡散し、荷電粒子のシャワーがセイバータイガーたちを襲う。

 

『こ、これは?!』『駄目だ、避けれない!!』『くそぉ!!』

 叫び声を残し、セイバータイガーたちが光の中へ消える。

 

 

 荷電粒子砲が終了し、その場に残っていたのは、装甲に焼け爛れたような孔が無数に開き、内部構造がむき出しになって動かなくなった五機のセイバータイガーの残骸のみ。

 

 ギュワアアアアアアアア!!

 

 敵を殲滅したのを確認し、展開していた装甲を閉じたバーサークフューラーが勝利の雄叫びを上げる。

 

 すると、隊長機と戦っていたナデアとエリーの機体がフューラに近づいてきて、二人がコックピットから降りてきた。

「くっそ~、最後の一機を逃がしちゃった!!」

「すみません…」

 隊長機と戦っていたナデアとエリーだったが、あと一歩のところで敵を取り逃がしてしまい、悔やんでいた。

 コックピットから降りてきたエスは、そんな二人の頭を優しくなでる。

 

「気にするな。これで敵が諦めれば良いし、また襲ってくるならその時決着をつければ良いさ」

「はい…」

 頭を撫でられ、エリーが嬉しそうに頬を紅く染める。

「ちょっと、子ども扱いしないでよ!……」

 ナデアも文句を言いつつも、何処か嬉しそうにしている。

 

『おい、エス!ナデア、エリー!無事か?!返事しろ!!』

 通信機からジェドーの声が聞こえ、ナデアが走ってコマンドウルフのコックピットに駆け寄った。

「お兄ちゃん?私よ。エスもエリーも無事だから、安心して」

 ナデアが嬉々として三人の無事を伝えるが、返ってきたのはジェドーの怒鳴り声だった。

 

『なら、すぐに帰って来い!今回は少し時間が押してるんだ!このまま置いていくぞ!』

 まさかの言葉に、ナデアが見る見る内に挙動不審になっていく。

「ちょっ、待ってよ!お兄ちゃん!?エス、エリー!すぐに合流しないと、みんなに置いていかれちゃう!」

 慌ててコックピットに乗り込むナデアを見ながら、エスとエリーは「それはないだろう」と苦笑いを浮かべ、それぞれのゾイドへと走っていくのだった。

 

 

 




やぁ、アンジェリカだ。

 一度は逃げたブリッツ・ティーガー隊の隊長サン・ライトだったが、生き残っていた部下たちと共に、エスたちに再び戦いを挑んできた。しかも奴は、バーサークフューラーを確実に捕獲する手段を用意していた!
 あの動き…まさか、デルタフォーメーション?!気をつけるんだ、エス!その檻に閉じ込められたら、いくらフューラーでも突破は無理だ!

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男-第九話「雷虎、再び」!


 あれが…エスとバーサークフューラーの本当の力なのか?


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雷虎 再び

「生き残ったのは、これだけか……」

 

 もしもの場合に、と集合場所に設定していた隠れ家に現れた三人の部下たちを見て、サン・ライトは沈痛な面持ちになる。

 中規模なキャラバン隊から、ターゲットのゾイドを強奪するというブリッツ・ティーガー隊初の任務。しかも、相手の戦力はターゲットを含めても五機。ターゲットのバーサークフューラーは強力なゾイドだが、パイロットは所詮キャラバンに所属するゾイド乗り。他の者たちも取るに足らない相手だろうと、サン・ライトは相手の足元を見て、戦力を過小評価していた。

 だが、その評価は大きく裏切られ、蓋を開けてみれば部下六人と機体九機を失うという大失態を演じてしまったのだった。

 

「隊長…我々は、これからどうするのですか?」

 生き残っていた部下の一人が、不安げにサン・ライトへ今後の方針を聞いてきた。

 他の部下たちも同様に、暗い表情をして彼の言葉を待つ。

  

「…決まっている。ターゲットの確保だ…でなければ、我らに待っている未来は”死”のみ」

 赤竜旗(ロート・ドラグファーネ)において、任務失敗は死を意味しており、エージェントナンバークラスにでもならない限り、その運命から逃れることは出来ないのだった。

 

「しかし我々に人手はあっても、機体は隊長のと予備機を合わせても四機。相手は、あの化け物だけでなく、仲間のゾイドもいるのですよ?」

 ブリッツ・ティーガー隊には、正規メンバー十人以外に、予備搭乗員として四人の控えがいた。正規メンバーに比べれば若く経験に乏しい者たち。だが、六人もの欠員が出たティーガー隊に出し惜しみしている余裕は無かったが、いかんせん戦力となるゾイドが四機しかなかった。

 

「隊長…ここは、エージェント(ゼクス)に、補充機体を…」

 部下の提案に、サン・ライトが顔を強張らせ机を殴った。

「駄目だ!あの方は、部下の失敗を一度だって許さない…我々が許されている報告は、任務完了の報告のみ。間違っても、あの方に連絡するな!!」

 エージェント6は部下を酷使することで有名だが、さらに失敗した部下に対しての冷酷さは他のエージェントナンバーと比べて相当なものだった。

 

 まさに背水の陣と覚悟せざるを得ない状況に、重苦しい空気が部屋を満たす中、勢いよくドアが開け放たれた。

「隊長!本部から使者が!!」

 隊の予備搭乗員であり、唯一の女性―というより少女―でもあるアリアが慌てて部屋に入ってきた。

 

 慌てたアリアの様子に、部屋に居たサン・ライトたちが隠れ家から外へ出ると、目の前に巨大な物体が着陸しようとしていた。

「ホエールキング?!」

 大戦時から現在に至るまで、大量輸送を可能にしていた輸送用超大型飛行ゾイドホエールキング。赤竜旗(ロート・ドラグファーネ)では多数のホエールキングを所有し、大陸中に部隊を派遣している。

 そんなホエールキングから、一人の男が降りてきてサン・ライトたちの前まで来て立ち止まり、書類の束を差し出した。

「あなた方への補充機体をお持ちしました」

 男の言葉を聞き、サン・ライトは書類を受け取りながらも眉を顰めていた。

「補充機体?一体誰が…?」

 エージェント6の部下である自分たちに、誰が救いの手を差し伸べてくれたのか見当の付かないサン・ライト。

 

 そんな彼の問いに、男は表情筋一つ動かすことなく、首を横へ振った。

「それに関して、自分は答える立場にありません」

 それだけ言うと、男はホエールキングへ指示を出し、格納庫のハッチにあたる口が開き、中から補充機体のゾイドたちが降りてきた。

 

「こ、これは?!」

 

 その機体の姿と、書類の束―機体の仕様書―を見てサン・ライトは声を上げるのだった。

 

 

**************

 

「さぁ、皆さん!気をつけて急いで運んでくださいねぇ~。でももし商品を壊したら…一生キャラバンの奴隷ですよぉ~」

 予定通り、次の街へと到着していたデザルト・チェルカトーレは、早速商売を始めていた。

 

 白百合の園で仕入れた品物を下ろすメンバーたちに、リョーコの娘であるルナが笑顔で物騒な物言いをしている。

 メンバーも冗談とは分かっているが、運んでいる品物がアンティークの調度品ばかりなので、本当に壊したら一大事だった。

 

「ルナ姐さん…相変わらず、容赦ねぇ…」

 緊張で顔を強張らせているメンバーを、キャノピーの開いたコマンドウルフのコックピットから見ながら、ジェドーが渋い顔をする。

「良かった、護衛の時間で…」

 ジェドーと一緒に護衛をしているナデアも、メンバーに悪いと思いつつもホッと胸を撫で下ろす。

 

「それにしても、この間襲ってきた奴ら…何だったのかな?」

 フッと、ナデアが先日の襲撃のことを思い出し、呟くように口にする。

「俺は直接見たわけじゃないからなんとも言えないが、盗賊とは違ったんだろ?」

 あの時、キャラバン隊の直掩に周っていたジェドーは、敵の姿を見ることはなく、妹のナデアやエスたちの話を聞いただけだった。

 

 そんな兄の問いに、ナデアは首を縦に振る。

「うん。いつも相手にしているゴロツキとは、違った」

 砂漠や荒野を行くキャラバンにとって、盗賊や夜盗の襲撃など日常茶飯事である。二人も愛機を駆り、そう言った不逞の輩を相手にした事は数知れず、ナデアも年齢とは裏腹に実戦経験豊富だったりする。

 

 そんな妹が毛色の違う敵だったいうなら、そうなのだろうとジェドーは思ったが、情報が少ない今、あれこれ考えても仕方が無いと、肩の力を抜いた。

「まぁ、俺たちが考えても答えは出ないさ。エスが言ったとおり、また襲ってくるなら、また返り討ちにすればいい」

「そうだね…それにしても、何でドクターの買い物にエスたちが付いて行っているの?」

 ジェドーの言葉に頷きながら、エスの名前が出たことでナデアが別のことを思い出し、不満そうに声を漏らす。

 

「ドクター曰く、エスのゾイドに関する知識は、モノによってはドクターを凌駕しているそうだ。ゾイドの補修用パーツの品定めを手伝ってもらうんだとさ」

 キャラバンに所属しているゾイドの整備一切を任されたアンジェリアは、ナデアやジェドーたちのゾイドの各部品をアップデートし性能を底上げしたのだが、そのせいでパーツ不足に陥り、買出しに出る羽目になってしまい、エスとエリーを伴って街へと出ていた。

 

「じゃぁ、エリーは?」

 エスに関しては納得せざるを得ないが、友人のエリーが連れて行かれている事は納得できなかった。

「彼女は書籍関係で、だそうだ。何でもバーサークフューラーに関する情報が欲しいらしくって、当時の資料を読み込んでいるエリーに目ぼしい物を見つけてもらうそうだ」

 今居る街は、各都市への中継地となる場所ではあるが、まさかそんな重要な過去の資料が転がっているとは思えず、ナデアの顔が不機嫌なものへと変わっていく。

「むぅ~……」

 むくれる妹に、ジェドーは嘆息する。

「そんなにむくれるなよ。自由時間になったら、エリーと一緒に買い物へ行けばいいだろ?」

「そうだけど…」

 一応、エリーと約束はしているナデアだが、何処か納得がいかないと言った風に腕を組む。

 そんな兄妹の会話に、「ふふふ」と声が割り込んだ。

 

「二人とも、楽しそうねぇ?」

 指示を出していたルナが、満面の笑みを浮かべて二人の愛機の前に立っていた。

「「……」」

 ただジェドーとナデアには、彼女の後ろにはっきりと阿修羅が視えており、顔から滝のように冷や汗が流れ落ちる。

 

「そんなに暇なら一週間、寝ずの護衛…イってみる~?」

 

 満面の笑みで死刑宣告を受けた二人は「ゲフッ」と血反吐を吐いた。その後二人はルナに許してもらうために、その日半日掛けて謝り倒したのだった。

 

 

***********

 

 

 三日間の滞在で、街での用事を済ませ、次の目的地へと出発したデザルト・チェルカトーレの一団。

 

 現在護衛についているのは、エスのバーサークフューラーとジェドーのコマンドウルフの二体だった。

 

『しかし、何度見てもおっかない顔してるよな、フューラーって。頼もしいのは分かってるんだが』

 ジェドーの言葉に、エスは首を傾げる。

「そうか?こいつ以外にのんびり屋だからな。スロースターターで困ってるくらいだぞ?」

 ギュワァ!!

 相棒に苦言を呈すエスに、フューラーが「大きなお世話だ!」と抗議の声を上げた。

 

 そんな二人のやり取りを苦笑しながら見ていたジェドーが、真面目な顔をする。

『それでも、お前のフューラーやエリーのフォックスが入ったおかげで、旅がし易くなったのは確かだ、頼りにしてるんだぞ?』

 彼の言うとおり、デザルト・チェルカトーレの戦力が補強されたおかげで、今まで危険から牽遠していた道が通れるようになり、キャラバン隊の移動速度が上がっていた。

 

「期待に応えられるようには頑張るさ…!敵だ!!」

 突然、エスが叫ぶと、キャラバン隊の周辺に砲弾が降り注いだ。

 

「くっ!」

『くそっ!』

 砲弾が当たることはなかったが、爆発の余波に耐えながら、エスが気配を感じた方を見ると、黒いセイバータイガーがこちらを見ていた。

 それが、先日襲ってきたゾイドと同じものだと理解するのに、エスは注して時間を必要としなかった。

 

「この間のセイバータイガー!性懲りも無く…ジェドー!ナデアたちを出撃させろ!オレは、あいつを追いかける!!」

 そういうと、エスはフューラーのイオンブースターとスラスターを全開にし、逃げていくセイバータイガーへと突撃していく。

 

『おい、エス!っくそ、ドクター!ナデアたちをすぐに発進させてくれ!マーク!仮眠を取ってるホメオを叩き起こせ!!』

 手早く指示を出すジェドーだが、そこへ再び砲撃は降り注ぐ。

 

『この…!!』

 ジェドーが攻撃に耐えていると、ホバーカーゴの上部ハッチが開放される。中には、ナデアのコマンドウルフが今か遅しと発進を待っていた。

 

『ナデア、コマンドウルフ…行くわよ!!』

 電磁カタパルトのシグナルが赤から青へと変わり、ナデアのコマンドウルフが飛び出した。

 すぐに、空になったセッティングデッキが上へと消え、下からファイヤーフォックスを載せたセッティングデッキが上昇し、発進位置に固定される。

『エリー…ファイヤーフォックス。行きますっ!』

 間を置かずして今度はエリーのファイヤーフォックスが射出され、地上へと降り立った。

 

『随分早かったな!』

 指示を出してから、二人が出てくるまでの早さにジェドーが素直に驚きを露にする。

『丁度、エリーと二人でシミュレーションバトルしてたからね!』

 ナデアの言うシミュレーションバトルとは、アンジェリカが開発した訓練用システムで、実機にシステムをインストールすれば、コックピットをそのまま利用して行うことが出来るものだ。

 友達である二人だが、ゾイド乗りとしてはライバル同士であり、時間があればお喋りだけでなく、シミュレーションでしのぎを削っているのだった。

 

『ジェドーさん…エス様はっ!』

 エスの姿が見えず、エリーが辺りを窺っていると、各コックピットに接近警報が鳴り響いた。

『全員気をつけろ!かなりの数のゾイドがこっちに向ってきている!』

 遅れてやってきたホメオのゴルドスからデータが送られ、レーダーに数十機の機体反応が映し出される。

 

 そして、彼らの目に飛び込んできたのは、ジェドーたちキャラバン隊に向ってくるレブラプターの群れだった。

 

『レブラプター?!』

 ジェドーが声を上げていると、レブラプターの群れがエスとキャラバン隊の間に入り込んできた。

『あいつら、私たちとエスを分断するつもり?!』

 エスとの間に割り込まれ、ナデアが顔を顰める。

 

『仕方ない!まずは目の前の脅威を倒す!』 

 そういうと、ジェドーたちは迫り来るレブラプターへ向け、駆け出したのだった。

 

 

「現れたかと思ったら…この先に罠が仕掛けてあるんだろうが、これ以上付きまとわれるのはごめんだからな。今日で終わりにさせてもらうぞ!」

 全力で逃げるセイバータイガーに、エスは罠の可能性を感じていたが、自分とフューラーのせいでこれ以上メンバーに迷惑は掛けられないと、あえて敵の誘いに乗っていた。

 エスは、フューラーのバスタークローを操作し、高速移動しながらビームキャノンを発射する。

『っ!”スリーパー”レブラプターは問題なく稼動しているな…これで、前回のように助けは当分来ない。始めるぞ!』

 肝を冷やすようなエスの攻撃を掻い潜る中、サン・ライトは用意していたスリーパーたちが敵の足止めをしていることを確認し、予定地点を過ぎた瞬間、作戦を発動した。

『『『了解!』』』

 

 サン・ライトの号令を受け、隊長機が通り過ぎた瞬間に潜んでいた部下三人が、セイバータイガーの光学迷彩を解いてフューラーの進路を塞ぐように現れ、パルスレーザーライフルを連射する。

 

「待ち伏せか!だが、この程度!!」 

 エスはフューラーに急制動を掛け、左側のバスタークローでEシールドを展開し地面に降りると、右側のバスタークローのビームキャノンで応戦する。

 

 その光景を見て、サン・ライトがニヤッと笑みを浮かべた。

 

『そこで止まると思っていたぞ!』

 サン・ライトは用意していたスイッチを押すと、フューラーの足元に仕掛けられていた地雷が連続して爆発する。

 

「対ゾイド地雷?!だが、この程度の火力で、フューラをどうこうするには!」

『足が止まればそれでいいんだ!今だ!』

『『『はい!』』』

 

 すると、砂の中からフューラーを三角形に囲むように、新たな三機のセイバータイガーが姿を現す。だが、機体はセイバータイガーブリッツでは無かった。

 

 機体自体はセイバータイガーだが、実験機を思わせる灰色のカラーリングに、小型ゾイド並みの大きさの装置を背負っている。

 

『デルタフォーメーション!』

『『『ブロッケイド!』』』

 掛け声と共に、各機体の装置が作動し、アームが伸びると、先端に大型のパラボラアンテナが展開される。そこからビームが発射されて各装置を結ぶように三角形を形づくり、更にフューラーの真上へビームが走り、上空を頂点とする三角錐の檻が完成した。

 

「これは!っ!!」

 敵が用意した策に驚きながらも、エスは即座にバスタークロ-で光の檻を破壊しようと試みるが、強固な檻にクローが弾かれてしまう。

 

 ブロッケイド維持用のパーツが装置から切り離され、三角錐の各頂点で檻を維持し始める。

『無駄だ!それはかつて、あのデススティンガーを閉じ込めた鉄壁の檻!ちょっとやそっとでは壊れない!そして、これでお前の最後だ!プラズマランサー展開!』

 再び号令が飛び、展開されていたパラボラアンテナのアームを収納すると、今度はアームの両サイドに設置されていた突起が伸び、バチバチと音を立て始める。

 

『放電開始!』

 次の瞬間、フューラーに向って高圧電流が、照射される。

 

「がぁあああああああああ!!!」

 ギュワアアアアアアアアア!!

 

***********

 

 

『エス様?!』

 通信機から聞こえるエスの叫びに、エリーが悲鳴を上げる。

『マズイ!』

『このっ、邪魔するな!!』

 切迫した状況だと判断したジェドーとナデア二人が突破口を開こうと、迫るレブラプターを蹴散らすが、倒したそばから新たな機体が行く手を塞ぐ。

 

 そんな中、ホバーカーゴ”タルタル”のモニターを見つめながら、アンジェリカは一人思案していた。

「…規則性のある動き。敵は間違いなくスリーパーゾイドだが、連携が取れすぎている……何処かから随時命令を書き換えている?ならば!!」

 

 あることに思い至ったアンジェリカは、即座にキーボードを叩き、周囲の探索を始める。

 

「やっぱりな、ビンゴだ!!」 

 周囲に飛び交う信号を解析し、物の数分でアンジェリカはスリーパーゾイドを操る特定の信号を見つけ出した。

「これで、どうだ!」

 信号を送っている電波に、アンジェリカは相殺する電波を発信する。

 

 すると、連携の取れていたレブラプター部隊に、突然乱れが生じる。

『敵の手は封じた!これで、先ほどの様な動きは出来ないはずだ!』

『さっすがドクター!天才!!』

 アンジェリカの言葉を聞き、ナデアが声を上げる。

『ナデア、気を抜くな!相手はまだ停まった訳じゃないんだぞ!』

 ホメオの言うとおり、レブラプターは連携を失ってはいるが、無差別に攻撃を始めていた。

 

『みんな…少し離れてっ!』

 そういうとエリーはコンソールを操作し、ファイヤーフォックスの”奥の手”を起動した。

 シャドーフォックスなど通常仕様の機体は、尻尾に内蔵型電磁ネット砲と言う、捕獲用装備を搭載しているが、エリーの機体には全くの別物が装備されている。

 かつてその姿から、”九尾の狐”と呼ばれるようになった装備。

 フォックスの尻尾が展開し、中からプラズマ発生装置がせり出してくる。

 

『ナイン・テイルっ!!』

 エリーのかけ声と共に、元の尻尾に纏わりつくように九本の光る尾が現れゆらゆらと蠢く。

 そして、九本の尾が一つに集約され、”一振りの剣”と化した。

『切り裂いて、ライトニング・ブレードっ!!』

 フォックスが群がるレブラプターたちに向って雷の剣を横に薙ぐと、十数体の敵が真っ二つに切り裂かれ、爆発した。

 

『……本当に、頼りになるな』

『うそ…』

『すげぇ』

 フォックスの敵をほぼ一掃する攻撃に、ジェドーたちが呆気に取られる。

 

『エス様っ!!』

 そんな三人を尻目に、エリーは残る敵をレーザーバルカンで攻撃しながら、エスの元へと走り出していた。

『?!ま、待ってエリー!!』

 ナデアも、すぐに慌てて後を追いかけて行った。

 

 

***********  

 

 高圧電流の攻撃に晒され続け、とうとうフューラーが膝をつき、ピクリとも動かなくなってしまった。

 

 その姿を注意深く観察しながら、サン・ライトは短く息を吐き出した。

『さすがに、あれだけの攻撃を受ければ、ゾイドは”無事”でも中のパイロットは生きてはいまい』

 ゾイド自体も、高圧電流の影響から回路の断線が考えられるが、先に限界を迎えるのは中に乗り込むパイロットの方である。

 事実、先ほどまであがっていたエスの声が、聞こえなくなっていた。

 

『?!隊長、ブロッケイド発生装置に異常!再展開は不可能です!!』

 デルタフォーメーション用セイバータイガーたちが装備している装置から煙が立ち昇り、オーバーロードした為か、所々で火花が散っている。

『元々一回きりの試作装置だ。気にするな…それに、もう必要ないだろう』

  

 動かないフューラに、サン・ライトは大丈夫と確信し、部下たちに指示を出し始める。

『よし、このままブロッケイドを展開したまま、ターゲットを輸送する。アリアの時間稼ぎも限界に近いはず…仲間の救援が来るかもしれん。全員、周囲を警戒しながら作業を始めろ!』

  

 

「くそ…身体が……」

 そんな中、辛うじてコックピットの中で生きていたエスだったが、高圧電流の影響から身体が動かせなくなっていた。

 

「このまま…オレは死ぬのか?…自分のこと…を、何も…思い出せずに…」

 何処かで、記憶を取り戻すことに消極的だったエスだが、命の危機に瀕して初めて、何も思い出せなかったことに後悔の念が滲んだ。

 

 その時だ。

 エスの脳裏に、ある光景が浮かび上がった。

「?!」

 

 夕日にくれる集落を見下ろす小高い丘の上。女性が一人佇んでおり、エスはその女性の前に立っていた。

 顔がはっきりとしないが、エスはその女性を知っていると思い、女性に対して、様々な感情が沸き起こった。

 

 すると、女性の口が動いた。

―×××、私ずっと待ってるから。貴方が、ここに帰ってきてくれるのを。だから、約束して……英雄になんてならなくていいから、絶対に生きて帰ってくるって―

 

 その言葉を聞いた瞬間、エスの頭の中が真っ白になった。

 

 ギュワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 機能停止していたはずのフューラーが突然再起動し、立ち上がって咆哮を上げた。

 

『まだ動けるのか?!だが、その光の檻を破壊するのは不可能!プラズマ・ランサー準備!』

 サン・ライトが、攻撃の号令を下そうと声を上げたと同時に、フューラー目が怪しく光る。

 そして、光の檻の中で荷電粒子砲発射態勢に入った。

『なっ、荷電粒子砲を撃つつもりか?!馬鹿な、貴様も只ではすまないぞ!』

 内側からの攻撃を外へと通さないブロッケイドに対し、たとえ荷電粒子砲といえども、突破は不可能であり、下手をすれば攻撃が跳ね返り、機体に重大なダメージを及ぼしかねなかった。

 だが、サン・ライトの忠告を無視し、フューラーが荷電粒子砲を発射する。発射されたのは通常とは比べ物にならないほど細く収束され、最大まで威力を増した収束荷電粒子砲だった。

 一点集中の攻撃を受け、光の檻を維持していたパーツが想定以上の負荷を受け次々爆発し、ブロッケイドを維持出来なくなり消失する。

 さらに、デルタフォーメーションの一角を担っていたセイバータイガーが、荷電粒子砲の直撃を受け融解する。

 しかし、フューラーの攻撃は終わらず、なんと脚部のスラスターを吹かしその場で一回転して、残り二体を切り裂いた。

 瞬く間に優勢から劣勢へと転じたブリッツ・ティーガー隊。

『よ、よくも後輩たちを!!』

 再び仲間を奪われ、冷静さを欠いたサン・ライトの部下たちが激昂しフューラーへと殺到する。

『やめろ、お前たち!逃げるんだ!!』

 だが、サン・ライトの叫びも空しく、フューラーがビームキャノンを連射し各機の足を破壊すると、そのまま荷電粒子砲を発射して、止めを刺した。

 

『……アリア。聞こえていたら、お前はすぐに逃げろ。間違っても、(かたき)を討とうなどとは思うな』

 サン・ライトは、スリーパーゾイドを操っていた最後の部下に言葉を残し、フューラーに戦いを挑むために、相対する。

 

 グゥウウウウウ

『行くぞ!!』

 唸りを上げるフューラーに、サン・ライトはタイガーのリミッターを全て外し、機体の限界を超えた速度でフューラーを肉薄しようとするが、フューラーは動きを読んでいたかのように、相手の攻撃を半円を描くように機体を捌き、その回転の勢いでセイバータイガーの背後にストライクスマッシュテイルを叩き付けた。

 

『ぐわぁ!?』

 加速と背後からの攻撃の衝撃で機体がバラバラになりながら吹き飛び、地面に叩きつけられると、サン・ライトは血反吐を吐き、目の前が真っ赤に染まる。

 仰向けに転がる壊れかけのセイバータイガーを、歩いて追いかけてきたフューラーが右足で踏みつけるとアンカーロックを展開し、コックピットのある頭部に荷電粒子砲を向けた。

 

 朦朧とする意識の中、モニターに映るフューラを見ながらサン・ライトは一言「化け物…」と声を震わせ呟いた。

 

 そして荷電粒子砲が発射されたと同時に大爆発が起こり、フューラーの姿が爆発の中へ消える。

 

『エス様っ?!』

『エスー!!』  

 爆発を見て、エリーとナデアがエスの名を叫ぶ。

 

 まさかの事態が頭を過ぎり、二人とも操縦桿を握る手が震える。

 

 すると、爆炎の中からフューラーの姿が現れ、ゆっくりと二人に向って歩いてくる。

 

『エス様っ!!』

『エス!良かった…もう!心配したじゃない!!』 

 安堵する二人だったが、歩いていたフューラーの機体が不自然にぐらついたかと思うと真横に倒れる。

 さらに倒れた衝撃でコックピットハッチが開き、エスの身体が中に放り出されると、そのまま砂漠に叩き付けられた。

 

『え…?』

 ピクリとも動かないエスの姿に、エリーの顔から表情が消える。

 

『い、いやあああああああああ!!』

 そして、砂漠にナデアの悲鳴が響き渡るのだった。

 




オッス、ジェドーだ。
 女将さんの計らいで休養することになった俺たちは、ある街に立ち寄ることになった。そこはかつて、英雄と呼ばれた人物が生まれ育った場所だった。
 歴史好きのナデアとエリーがはしゃいでいる中、エスの様子が何処かおかしかったりと、一波乱ありそうな予感。
 そんな中、エスとフューラーを狙う奴らが新たな動きを見せようとしていた。
  
 次回、ZOIDS-記憶をなくした男-第十話「英雄の故郷」!

 少しはゆっくりしたいものだよ、ったく!


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英雄の故郷

(???)

 

 

 月日が流れ、少年は青年へと成長していた。

 幼い頃に抱いた夢…「いつか、最高の相棒となるゾイドを見つけ、一緒に地平線の向こうを見に行く」という物は、残念ながら大きくなるにつれ、地平線の向こうに何があるかを知ってしまったがために、枯れてしまっていた。

 だが、それでも抱き続けた「最高の相棒(ゾイド)を得る」という願いは色あせることなく、青年の胸の内で煌々と輝いていた。

 

 最高の相棒を得る為、彼は一流のゾイド乗りとなるべく、村を出ることを決意する。

 周りの大人から反対され、幼馴染にも止められたが、誰も彼を止めることが出来なかった。

 

 青年は期待に胸を膨らませ、旅立っていった。

 

 

***************

 

 

「……っ」

 エスが目の覚ますと、そこはホバーカーゴの中にある自分の部屋だった。

 

「あれ?オレ、どうやって部屋に戻って来たんだっけ?」

 自分の中に、記憶の欠落が感じられ「また記憶喪失になったんじゃないよな?」と思いつつ、何が起きたのか思い出しながら身体を起こしていると、エスは自身の身体に違和感を感じ、視線を落とした。

 

「…なんだ、これ??」

 見ると、腕には太目の針が刺さり抜けないようにテープで止められ、点滴のパックに繋がるチューブから栄養が入れられていた。

 

 「どういうことだ?」と考えているとドアが開き、いつものメイド服姿のエリーがトレーに飲み物を載せて持って入ってきた。

 

「あっエリー、丁度良かった!」

 いいタイミングで来てくれたとエスは、エリーに襲撃者たちとの戦闘の後、何があったのか聞こうと声を掛けたが、当のエリーはエスを見つめたまま完全に固まってしまっていた。

 

 このときエリーは、眠っているはずのエスが目を覚まし、しかも自分に声を掛けてきたことに、彼女は数瞬理解できず呆然としていたが、目の前の状況を理解すると、手に持っていたトレーを床に落とし、エスの胸に飛び込んだ。

「?!エ、エリー!?」

「……っよかった…エス様が、目を…覚ましたっ……」

 

 そしてそのまま嬉しさのあまり泣き出してしまい、エスは困った表情を浮かべて、落ち着くまで待とうと、エリーを宥めた。

 

 その後騒ぎを聞きつけて、ナデアとアンジェリカがエスの部屋に駆けつけて一悶着あり、エスが状況を確認できたのは、目覚めてから一時間以上後のことだった。

 

 

「は…?意識不明で、三日も眠ってた?……オレが?」

 デザルト・チェルカトーレ専属の医者である”老師”の診察を受けながら、エスは先の襲撃者撃退後にあった出来事を、エスが目覚めたと聞いて駆けつけた面々から聞いていた。

 

 自分があの戦闘で攻撃を受けた際、目立った外傷は無かったにも関わらず、この三日間意識不明だった事を聞き、エスは目を白黒させる。

 

「ここにある設備では、原因を調べることも出来なくてなぁ。できる事といったら、精々栄養用の点滴ぐらいだった…正直、大怪我を負ってくれたほうが、まだ楽だったぞ?」

 脈拍などを取りながら、老師はさらりと怖いことを言う。

 

 老師と言うのは愛称で、本名はステファン。かつてはニューへリックシティーの総合病院で医師をしていたステファンは、リョーコの夫である”旦那”と同郷の幼馴染である。”旦那”が親元から独立して、自分のキャラバンを立ち上げると聞いたとき、「腕の良い医者がいたほうが、何かと助かるだろ?」と言って、高給取りだった総合病院の医師をすっぱり辞めて合流した人物で、キャラバン創立メンバーの一人だ。

 

 しかし、腕の立つ医者ではあるのだが、真面目な顔で冗談を言うのが珠に瑕だった。

「それでステファン…エスはどうなんね?」

 いつのも悪い癖が出たと思いながら、リョーコは呆れた顔をしてエスの状況を問う。

 

「見た限り異常はなさそうだが、出来ることなら設備の整った病院で、精密検査はした方がいいだろう。特に、エスは記憶喪失でもあるしな」

 目覚めたからと言って実は脳に重大な損傷を負っているという可能性が捨てきれない、とステファンはエスに、この際に精密検査を受けておくべきと、薦めた。

 

「そんなら、丁度良かったぁ!」

 ポンと手を叩き、リョーコが声を上げる。

「?」

 何が丁度良かったのかわからず、全員が首を傾げる。

「今おる場所の近くには、この大陸で三番目(・・・)に大きな都市があるやろうもん!」

 リョーコの言葉に、何故かナデアとエリーが驚きの表情を見せていた。

「せっかくやけん、少し寄って行こうかね。英雄の都に!」

 

 女将であるリョーコの発案で、デザルト・チェルカトーレがその都市に到着したのは、次の日のことだった。

 

 

 風都”ウインド・シティー”

 かつて世界を救った英雄、”バン・フライハイト”の故郷であり、当時は小さな集落でしかなかったその場所は、大戦後に彼を慕って多くの人間が移り住み、今では西方大陸でもニューヘリックシティ、カイザーシュタットに次ぐ観光を主にする大都市である。

 

 そんな”英雄の都”にある公営の大型パーキングに入ったデザルト・チェルカトーレの輸送車両や機体から、メンバーたちが降りてきた。

 だがその服装は仕事着ではなく、まるでバカンスにでも行くような晴れやかなものだった。

「うわぁ~…ウインド・シティー!歴史好きなら一度は訪れるべき聖地!!その聖地に、あたしは初めて降り立った!」

「ワタシ…も、初めて……すごい人、だねっ!」

 英雄の故郷を目の当たりにして、ナデアとエリーの二人が興奮気味に辺りを見渡す。

 

 すると、パン!パン!と拍手の音が響いた。

「はいはい!この所、色々とバタつくことが多かったけんねぇ、今日一日は完全休業!皆しっかり骨休めするとよ!」

 面々の視線の先に立っていたのは、普段の動きやすい仕事着では無く、親交のあるところへのあいさつ回りのために、訪問着に身を包んだリョーコと二人の娘のルナとルイだった。

 

 メンバーたちに、休暇中の注意事項をルナが説明していると、ステファンが何処か心配そうな表情でエスに近づいてきた。 

「エス…お前さん、本当に一人で大丈夫か?」

 まるで初めてのお使いに行く子供に言うような台詞に、エスは顔を顰めた。

「老師…オレは子供じゃないんだ。病院くらい一人で行けるって」

 当初ステファンは、エスが検査に行く病院への付き添いを申し出ていたのだが、一人で行けるとエスは同行を断った。丁度良いタイミングで、リョーコたちがステファンも知る人物に会いに行くと聞き、彼はリョーコたちについていくことになったのだった。

 

「まぁそうだな。こいつを見せれば、すぐに検査してもらえるはずだ。検査結果は、わしの所に送ってもらうように書いてあるから、検査が終わったら、好きにするといい」

 ステファンは、上着のポケットから封書を取り出すと、エスに手渡す。中にはステファンの紹介状と共に手紙が入っており、病院に勤めている知り合いの医師に当てたものだった。 

 

「分かった」

 受け取った封書をポケットに入れると、エスはウインド・シティにある大病院に向けて歩き出した。

 

 

「エリー、まずは何処行こうか?」

「んっと…やっぱり、バン・フライハイトの生家…から、かな?」

 途中まで行く道が一緒だと言う事で、ナデアとエリー、そして二人の保護者として付いて来ているジェドーの三人と一緒に、エスは病院を目指していた。

 

 ちなみに、アンジェリカは「バーサークフューラーに関して、少し気になる事があるので残る」と言いホバーカーゴに残り、ホメオとマークはガールズハントに行ってしまい、他のメンバーも思い思いの場所へと出掛けていった。

 

 英雄の都と呼ばれるウインド・シティーに到着してからというもの、ナデアとエリーのテンションはかなり高く、その表情は歳相応の少女そのものだった。

「やっぱ、そうだね!それから、英雄記念館に行って…締めはやっぱり!名物の…」

「よ~く冷えた…」

「「パパオの実!!」」

 

 英雄バン・フライハイトが愛したとされる果物がこの都市の特産品で、マニアの間では彼とその仲間たちの足跡や当時の品物を展示する英雄記念館を見終わった後、偉大な英雄を想って冷えたパパオの実を食べるのが常識となっている。

 二人も、その憧れを持っていたらしく、示し合わせたように言葉がハモる。

「よし!行こう!!」

「うんっ!」

 待ちきれないと、ナデアがエリーの手を取り駆け出した。

 

「あ!おい、二人とも!!ったく……エス。検査が終わったら、絶対合流しろよ?俺一人で、子供二人のお守りは無理だからな!」

 走っていく妹とその友達に悪態をつきながら、ジェドーはエスに合流する事を強く念押しし、ナデアたちを追いかけるため駆け出していった。

 

「分かったよ…それまで、頑張れ」

 そんなジェドーの背中に声を掛けつつ、エスは短く息を吐き出すと、目的地の病院へ向け、再び歩き出した。

 

 

 病院に到着して、受付でステファンに渡された封書を出して十分ほど待っていると、一人の医師がやってきた。

「エスさんですね?お待たせしました。今回貴方の検査を担当する、エマと言います。こちらへどうぞ」

 

 三十代後半くらいのエマと名乗った女医は、昔ステファンにお世話になった後輩の一人だと言い、恩義のある先輩の紹介状を見て、「自分が担当する!」と強引にエスの担当を勝ち取ってきた事を、恥ずかしそうに話した。

 

 エスへの検査は、ステファンの要請どおり脳を中心にした検査が占められ、脳波やMRIなど凡そ一時間ほどで終了した。

 

 検査が終わったエスは診察室に通され、すぐにエマがやってきた。

 

「すみません。詳しい検査結果はもう少し掛かりますので、結果はご要望どおりにステファン先輩の所へ送っておきます、と先輩に伝えてください」

「分かりました」

 エスは検査結果が気にはなったが、はっきり言ってここで結果を言われても自分は理解できないだろうと思っていたので、エマの言葉に素直に頷く。

 

 帰ろうと思い、立ち上がろうとしたエスにエマが声を掛けた。

「あ!それから、一つだけ…エスさんにお伝えしたい事があって、これを見ていただけますか?」

「?…オレの脳?」

 机に備え付けられたパソコンを操作し、ある画像を呼び出すエマ。

 エスは、それが自分の脳の画像だと分かるのに数秒の時間を要した。

 

「そうです。これは、エスさんの脳を撮影した画像なのですが、ここ分かりますか?」

 エマが指し示した部分を、エスが注意深く見つめると、脳の画像内に不自然な影が映っていた。

 

「なんです、これ?」 

「おそらく金属片だと思います。場所は、記憶を司る部分……これはあくまで私の見解ですが、おそらくエスさんの記憶喪失の原因ではないかと思われます」

 頭の中に金属が埋まっていると言われ、エスは自身の脳の画像に映る金属片を凝視する。

「これが……」

 

 

――画像を見る限り、癒着が進んでいるため、取り出すのは非常に困難と思われます。仮に取り出せたとしても、下手をすれば、そのまま目覚めない可能性もあるかもしれません。差し迫って命の危険は無いと思われるので、当面は様子を見てもらって、定期的に脳の検査を行ってください――

 

 病院を出たエスは、エマに言われた言葉を思い出しながら、ウインド・シティー名物の風車を見つめていた。

 

「頭の中に、金属ねぇ…」

 そう言われたものの、実感があるわけも無く、爪の先ほどの金属のせいで記憶をなくしたかもしれない、と言う話しにエスは驚きしか起こらなかった。

 

 頭をかきながら、エスはとりあえず皆には黙っておこうと決めた。今の段階で可能性を話しても、特にエリーやナデアが心配するのが目に見えていたので、ステファンと相談した上で、時を見て話そうと考えたのだった。

 

 そして、エスは気持ちを切り替えるように、短く息を吐き出した。

「……さてと、ジェドーたちと合流するか…とは言え、何処に行けばいいんだ?」

 エスはジェドーに後で合流しろと言われたものの、具体的な集合場所を言われていなかったことに気が付き、どうしたものかと考え込む。

 

「英雄記念館だったか…そこで待っていれば、その内来るか」

 探し回るより、確実に来るであろう場所で待ったほうが良いと考えたエスは、看板を頼りに記念館を目指した。 

  

 

 英雄記念館……正式名称【バン・フライハイト英雄記念博物館】。

 英雄バン・フライハイトとその仲間たちの活躍を後世に伝える為に、彼の死後作られた博物館である。ニューへリックシティーやカイザーシュタットにある歴史博物館と違い、バンが活躍した時代の人物たちにスポットを当てた展示がされているため、人気の高いスポットになっている。

 

 博物館に入ってすぐ来場者を出迎えるのは、バンの相棒であるブレードライガーの実寸大モックアップ模型だった。模型の前では多くの人間が記念撮影を行っていたが、エスは特に興味を惹かれることなくその横を素通りし、館内へと入っていった。

 

「バン・フライハイト……」

 バンの半生をパネルで紹介する最初の展示を見ながら、エスは後年のバンの活躍の部分で足を止めた。

 

「生涯ゾイド乗りとして現役を貫きながらも、ネオ・ゼネバス帝国との大戦で多くのゾイド乗りが戦死したことを憂い、後年は新人育成に尽力したバン氏は、へリック共和国・ガイロス帝国両国で多くのゾイド乗りたちを指導し、彼の下を巣立っていった者たちは戦後の混乱期に活躍した、か…」

 

 六十代頃の風格のある佇まいのバンの写真を見ながら、エスは何故か自然と笑みをこぼしていた。

 

「新人育成…クルーガー大佐(・・・・・・・)と同じ事やってたんだな、バンのやつ(・・・・・)……?ってあれ、何でオレ…バン・フライハイトの事を知り合いみたいに思ってるんだ?」

 

 ゾイドの知識以外、自分のことを含めて殆ど覚えていないエスだったが、どうしてかバン・フライハイトと言う人物のことを”知って”いた…というより、思い出した。

 それだけではない。彼の後に紹介されている、バンのパートナーであり、生涯にわたって彼を支えた古代ゾイド人のフィーネや相棒のジークに、仲間である傭兵アーバインに運び屋ムンベイ……エスは、彼らの事を展示で紹介されている以上に知っていることを思い出していた。

 

 ただ各人物に共通して言えるのが、どうして知り合いだと思ったのか判らない事と、ネオ・ゼネバス帝国との戦争終結以降の事だけがすっぽり抜け落ちていると言う事だった。

 

「……どういうことだ?」

 今まで、ナデアやエリーの話でその当時の歴史や、人物たちの話しを聞いても、特に何も浮かんでこなかったにも拘らず、今日は色々と頭の中に浮かんでくる事態に、エスは戸惑った。

 

「…前進したかと思ったが、自分の事は一切思い出せないとは…」

 しかし、肝心な自身の事は一切思い出せず、どうしてバンたちのこと知り合いだと思ったのか判らない状況に、深いため息をつく。

 

 その時だ。

 

「お前…何ため息なんてついてるんだ?」

 後ろから声を掛けられエスが振り向くと、そこには呆れた表情をしたジェドーが立っていた。

 

「どうした?病院で、不吉な結果でも言われたか?」

 ジェドーの言葉に、エスが顔を顰める。

「検査結果はまだ出てないって…別に大した事じゃない。それより、エリーとナデアは?」

 先ほどの疑問を意識の外に締め出し、エスは姿の見えない少女二人を探して辺りを見渡す。

「あっちのカフェテリアで、パパオの実を使ったスイーツを食べてるよ…」

 疲れた顔をするジェドーに、エスは余程の強行軍だったのか、と苦笑いを浮かべる。

「意外に、回るのが早かったんだな」

 そんなエスの言葉に、ジェドーが首を横に振った。

「違うって…バン・フライハイトの生家で、はしゃぎすぎて疲れたから糖分補給だってよ……まだこの中の展示を見て回ってない」

 空恐ろしいことを言うジェドーに、苦笑いを浮かべていたエスの表情が、一転して渋いものへと変わった。

「…そうか」

 一箇所回っただけで、疲労困憊といったジェドーの姿に、エスは「これは、覚悟を決めないといけないな…」と諦めの境地に達するのだった。

 

 四人が博物館から出てくる頃には、エスは沸き起こっていた疑問の事などすっかり忘れており、その後リョーコの知り合いの計らいで、豪勢な夕飯を食べたデザルト・チェルカトーレのメンバーたちは、賑やかなまま英雄の都での夜が更けていった。

 

***************

 

「報告は以上です」

 同じ頃、エージェントナンバーのオフィス用に振り分けられた部屋が並ぶフロア。

 エージェント(フィーア)はいつもの営業スマイルを浮かべながら、自分のオフィスで部下からの報告を受けていた。

「ふむ…思っていた以上に、実用化には程遠いシステムだったようですね…やはり、文献に載っていた程度の情報では、再現は難しいようだ……戦闘で得られたブロッケイドシステムのデータは、ラボに送っておいてください」

 報告書に目を通しながら、エージェント4は報告書にサインを入れ、部下に指示を出す。

「畏まりました、エージェント4」

 

 指示を受けた部下の女性が頭を下げる中、エージェント4は作業の手を止めた。

「しかし、ブリッツ・ティーガー隊の皆さんも災難でしたね。結成して間もないというのに、エージェント(ゼクス)の我侭であんな化け物の相手をさせられてしまうとは…思うところがあって救いの手を差し伸べてはみましたが、全滅ですか…まぁ、貴重なデータを収集して頂きましたし、ここは亡くなった皆さんのご冥福を祈るとしましょう」

 

 実は、彼らに送られてきた補充機体を用意したのは、他ならぬエージェント4だった。裏から手を回し、彼らブリッツ・ティーガー隊に補給を行ったのは、捕獲目標であるバーサークフューラーの戦闘データを、自身の戦力を削ることなく得るためだった。

 ”救いの手”と白々しく言っていたが、エージェント4に彼らを救う気など最初から微塵も無かったのだ。

 

 そんな中、部下の女性が持っていた別の報告書をエージェント4に差し出した。

「エージェント4…実は、一人だけブリッツ・ティーガー隊の生き残りがいるのです」

 渡された報告書に目を通すエージェント4から、笑みがこぼれる。

 

 そこには、先の戦闘で唯一生き残ったアリアの写真が貼られており、詳しいプロフィールが記載されていた。

「ほう?…予備搭乗員の方ですか……随分可愛らしいお嬢さんだ。彼女は今?」

「故郷の実家に身を寄せています。エージェント6の方の報告書には手を回して、既にこの情報を含めてこちらに不利となる情報は削除済みです。現在、こちらで監視をつけていますが、どうされますか?」

 

 エージェントナンバーの直属の部下は、基本的にナンバー本人の一存で採用されている。エージェント4は、部下の基準に「仕事の出来る者」という以外に設けておらず、人種民族問わず、優秀な人材を確保している事で有名だった。

 そのため、他のエージェント―特にエージェント6―やその部下を出し抜くなど、簡単にやってのけてしまうのだった。

 

「いい手際です…そのまま監視を続けてください。経歴を見る限り、組織の情報を詳しく知っているとは思えませんが、監視を怠らないように」

 エージェント4は優秀な部下の働きに、満足げに頷き、部下に対して”本当の笑み”を向ける。

 貴重な”笑み”を向けられた部下の女性はと言うと、頬にほんのり赤みが注していた。

「畏まりました。不審な動きをした場合は、即座に拘束で?」

「それで構いません」

 もう一度頭を下げた部下が、心なしか嬉しそうにして部屋を出て行くと、エージェント4は徐に立ち上がり、防弾仕様の窓から外を眺め始めた。

 

「ブリッツ・ティーガー隊。実力的には申し分の無いチームでしたが、あの程度の戦力では、やはり相手にもなりませんか…ここは思い切って、目には目を。化け物には化け物をぶつけてみましょうか?」

 

 そういうと、エージェント4は携帯端末を取り出し、何処かへ連絡を入れ始めた。

 

「…ワタシです。おや?その様子では、また呑んだくれていたのですか?」

 

***********

 

 コックピット内で、二日酔いに苦しんでいた所に通信を入れてきた人物が、取引相手であるエージェント4と判り、男の頭に「面倒」という文字が浮かぶ。

「……お前かよ。一体何の用だ?」

 シートに預けていた身体を起こし、男が首を鳴らす。

 三十代後半に差し掛かった男だが、だらしの無い格好と無精ひげ、そして二日酔いのせいで男前の顔が台無しになっている。

 

『ワタシと貴方の仲ではありませんか…お分かりでしょう?仕事の話ですよ』

 いつもの薄気味悪いエージェント4の営業スマイルを思い出し、男の身体が悪寒で震える。

 

「気色悪いことを言うな!っつつ…で?仕事って何だよ?お前の持ってくる仕事は金は良いが、チョロ過ぎて張り合いが無いんだよな…」

 二日酔いで頭痛を覚える頭を抱えながら、男は今まで受けたエージェント4の仕事を思い出だしていた。

 彼の仕事は確かに内容の割りに実入りが良いので、よく金欠に陥る男にはありがたい話なのだが、それを差し引いてもあまりに簡単すぎる内容ばかりに、ここ最近は仕事を断る事が増えていた。

 男にしてみれば、金よりも歯ごたえのある存在と戦う事のほうが、優先順位が上なのだ。

 

『そうですか?ワタシとしては、高難易度の仕事を紹介しているつもりなんですけどね?まぁ、今回の仕事は、きっとご満足いただけると思いますよ』

 またその台詞か、とエージェント4の言葉を聞きながら、男は顔を顰める。

「その台詞は聞き飽きた…」

『相手がバーサークフューラーであっても?』

 男の言葉を遮るように、エージェント4はフューラーの名を口にした。

 

「…今、何て言った?」

 瞬間、男の表情から一切の感情が消える。

『今回、貴方にお任せしたい仕事は、先ごろ発見されたバーサークフューラーの捕獲です。もちろん、相手が相手ですから、無傷でとは申しません。ゾイドコアとメモリーキューブを損傷させなければ、それ以外は許可いたします…どうでしょうか?』

 仕事内容を聞き終わると、男の顔に凶悪なまでの笑みが浮かんだ。

「いいだろう!やってやるよ!!」

『結構!では、詳しい資料を後ほどお送りしますので』

 そういうと、エージェント4からの通信が切れ、コックピット内に一瞬だけ静寂が訪れる。

 

「バーサークフューラーか…俺様とお前が本気になれる相手だといいよな?なぁ!ジェノブレイカー!!」

 

 男がコックピット内で力強く呼びかけると、漆黒の装甲を持つジェノブレイカーが歓喜の咆哮を上げるのだった。

 




 こんにちは…エリーです。
 ウインド・シティーを…後にしたワタシたち、は…次の町へ…向う途中、ゾイドの墓場に…遭遇します。みんなが、気味悪がってる中…ドクターは調査がしたいと言って、エス様とナデアを伴って…調査の為、残って…しまいました。
 そして、運悪く…そこに、墓場を作った犯人が…現れたのですっ!

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男- 第十一話「魔装竜、現る」!

 時を越え…暴虐の統治者と…漆黒の魔装竜の、戦いが…始まりますっ!


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魔装竜、現る

今年最初の投稿です!


「な、何て奴だっ!化け物か?!」

 

 仲間のゾイドが次々やられる中、ダークホーンに乗った盗賊の頭がコックピット内で毒づいていた。

 モニターには、見た事のない漆黒の装甲を纏ったティラノザウルス型ゾイドが映っており、背面に装備された二つの巨大な”鋏”には、仲間のコマンドウルフが捕まっており、ジタバタと足掻いている。

 

 二十体にも及ぶゾイドを擁する盗賊たちは、いつもの様に近隣の町へ襲撃をかけ、その帰り道に見た事のないゾイドと遭遇した。

 盗賊の頭は漆黒の装甲を持つそのゾイドを一目見てレアゾイドと見抜き、周りに仲間が居ない事を確認し奪い取る為に攻撃を仕掛けた。

 しかし、結果は惨憺たるモノだった。

 盗賊たちの攻撃を寄せ付けない装甲に、ゾイドを一撃で粉砕するパワー。数分も経たずして、盗賊たちは壊滅状態に追い込まれていたのだった。

 

「あ、あんたの強さはよく分かった!俺たちが愚かだったよ、許してくれ!!」

 恥を忍んで詫びを入れる盗賊の頭だったが、彼のコックピット内に男の声で舌打ちが響いた。

 

『ちっ!…何ふざけた事言ってやがるんだ?先に因縁つけてきたのは、手前らの方だろうが。それを相手が強いと判った瞬間、掌返したように情けなく詫び入れやがって…俺様はな、弱いのに粋がってデカイ態度を取る奴が一番嫌いなんだよ!』

 そういうと、黒いゾイドは捕まえていた二機のコマンドウルフを握りつぶし、ダークホーンに向けて投げつけた。

 仲間のコマンドウルフを避ける事が出来ず、ダークホーンはぶつかった衝撃で、主兵装のビームガトリングが脱落してしまい、その場に倒れ込んでしまう。

 

『とりあえずよ、お前ら…さっさと逝っとけ?』

 

 男はゾイドの両脚のアンカーを展開し、黒いゾイドの頭から尻尾までが一直線に伸びると、尻尾の冷却システムが開き、背中の荷電粒子コンバーターが唸りを上げて大気中の荷電粒子を吸収し始める。

 

 そして、吸収された荷電粒子のエネルギーが口腔内の砲身へと注がれ、膨大なエネルギーが解き放たれる瞬間を待つかのように、限界まで溜め込まれる。

 

「なんだ…あれは?何をするつもりだ?!」

 何が起きようとしているのか判らないが、この場に留まるのは危険だと、経験によって培われた勘が盗賊の頭の頭で警報を鳴らす。だが、先ほどの衝撃でダークホーンがシステムフリーズを起こしてしまい、思うように機体が動かせないでいた。

 

『冥土の土産に味わいな!くらいやがれ、最大出力の荷電粒子砲だ!!』

 

 男がトリガーを引くと、限界まで溜まった荷電粒子が解き放たれ、大地に横たわる盗賊たちへと襲い掛かった。

 

「うっ…うわぁああああああああああああああ!!」

 真っ白い閃光に包まれ、盗賊たちが絶叫する中、二十体のゾイドが消滅する。

 

 

 荷電粒子砲を撃ち終わり、尻尾の冷却システムから勢いよく廃熱が行われると、黒いゾイドは発射態勢を解除し、身震いするように、身体を震わせた。

 

「ったく…折角、久しぶりに良い酒にありつけて良い気分だったってのに、馬鹿どものせいで酔いが醒めちまった…町に戻って飲みなおすか…行くぞ、【ノアール】!」

 コックピット内の相棒の言葉に咆哮を上げて答えた漆黒の装甲を持つジェノブレイカーは、スラスターを使って百八十度ターンすると推力を全開にして、その場から飛び去ってしまう。

 

 彼らが去った後に残ったのは、荷電粒子砲が放たれた先に広がるゾイドの残骸だけだった。

 

**************

 

 風都【ウインド・シティー】での休暇を終え、キャラバン隊デザルト・チェルカトーレは通常営業に戻っていた。

 

 出発から三日後。

 

 エスは、アンジェリカから呼び出され、ホバーカーゴ”タルタル”の格納庫に来ていた。

 

「久しぶりだな、ドクター。三日も部屋に篭りっぱなしで、エリーたちが心配していたんだぞ?」

 

 ウインド・シティーでの休暇の際、「バーサークフューラーのことで、少し気になる事があるから残る」と言って、一人出歩きもせず、アンジェリカは部屋に引きこもっていた。

 

 最初は誰も特に気にする事も無かったのだが、三日経っても部屋から出てこず、エリーやナデアなどが呼びに言っても返事は無く、中からロックが掛かっていた為、様子が分からないでいた。メンバーたちはアンジェリカが中で倒れているんじゃないか心配し、ドアをこじ開けて部屋に踏み込む準備を始めていた。

 しかし、突然そのアンジェリカからエスに連絡が入り、「格納庫で待っているので、すぐに来てくれ!」と捲くし立てるように呼び出しを受けたのだ。エスは、何事かと思いつつも、全員にアンジェリカは無事な事だけ連絡を入れ、格納庫へ来ていたのだった。

 

「そうか?…そのくらい、僕にとってはいつもの事なんだがな」

 ことゾイドに関する事となると周りが見えなくなるアンジェリカは、三日篭る事などしょっちゅうで、下手をすれば一週間も寝食を忘れて研究に没頭する事だってある。

 なので、彼女にしてみれば、三日篭ったぐらいで皆が大騒ぎしているのか理解できなかったのだ。

 

「で?オレを呼び出した理由は?」

 そんなアンジェリカに呆れながら、エスは呼び出した理由を問い正す。

「あぁ、実はな…」

 アンジェリカは説明のためにタブレット端末を取り出し、この三日間何をしていたのか説明した。

 彼女は、先の戦闘で損傷したバーサークフューラーの修復を行っているの際に、電撃を受けた痕跡を発見し、システムに不具合が起きていないか調べた。

 すると、前回の調査では”断片的”にしか存在しなかったフューラのCASに関するデータが完全な形で存在していることに気が付いたと言うのだ。

 データが現れた理由の調査と、データ自体の調査に時間が掛かってしまい、今まで部屋に篭っていた、と言ってアンジェリカは一旦説明を切った。

「フューラーのCASデータが?」

 

 断片的にしか残っていないと思われたデータが、突如として現れたと言う話に、エスは訝しげな顔をする。エスの反応を予期していたのか、アンジェリカは楽しげに笑みを浮かべた。

「どうも、先の戦闘でのダメージが幸いして、データが復元された…というより”思い出した”ようだ…まぁ、ゾイドも金属生命体(・・・)だからね。人間のように忘れる事もあれば、何かのショックで思い出すこともあるってことなのかな

?非常に興味深い事例だよ。しかし…パイロット、機体共に記憶喪失とは、つくづく面白いな、君たちは」

 

 ふふふ、と口に手を当て、淑やかに笑うアンジェリカ。一見ズボラに見えるアンジェリカだが、”笑う”などのちょっとした所作に、育ちのよさが垣間見える事がある。

 その見た目のギャップのせいか、いつもキャラバンの男性陣をドギマギさせているのだが、エスは違った。

 

「ずるいぞ、フューラー…お前だけ、記憶が戻るなんて」

 男を虜にする笑みを浮かべるアンジェリカを尻目に、エスは相棒のフューラを恨めしそうに見つめていたのだ。

 

 ギュワァ!!

 

 そんなエスの言葉に、フューラーが「そんなこと知るか!」と言わんばかりに声を上げる。

 

 いつものように”二人”で言い争いを始めてしまい、一人蚊帳の外へ出されたアンジェリカは「本当に面白いよ、君たちは」と呟き、”二人”の言い争いを邪魔しないよう静かに観戦するのだった。

 

「まぁこれで、いつでもフューラーに別のCASを換装させることが出来るわけだが、肝心のアーマーパーツが無ければ意味は無いかな」

 一段落したのを見計らって、アンジェリカはエスに声を掛け、調査で判った結論を伝える。

 

 制御データが完全なものになったおかげで、フューラーはCASの換装が出来るようになったのだが、アンジェリカが懸念していた事が現実になっていた。

 それは、個人では一からフューラーのCAS製造が不可能だと”事実”が判明したことだ。求められるパーツの精度や製造設備など、全てを揃えようとしたら、研究・開発・製造が一手に行えるような大規模プラントが必要であり、それほどの設備となると、カイザーシュタットに本社を置く”Zi-alles”社の本社工場か、アンジェリカの故郷であるユニバースシティーの”ゾイド・アカデミア”の研究プラントなど数箇所しかなく、個人では到底使用許可が下りない施設ばかり。アンジェリカは、自らの手で造ることを諦め、過去製造されたCASを探し出し修復するしかないと、結論付けたのだ。

 

「前にも言ったが、バーサークユニットだけでも十分さ」

 説明を聞き、「どちらにしても、現状で手に入る見込みが無いなら必要ない」、とエスはCAS探しに消極的だった。

「勿体無いな…」

 アンジェリカとしては、エスが望むなら”伝手”を頼って探すつもりでいたのだが再び断られてしまい、肩を竦めるしかなかった。

 

 そんな中、突然ホバーカーゴが金切り音を響かせ、急停止する。

 

「っ!?…なんだ?」

 大きく揺れ倒れそうになったアンジェリカを抱きとめたエスが、訝しげに辺りを見渡す。

 

 エスに抱きとめられていたアンジェリカは瞬間、怒りを露にしてエスから離れると、壁際に設置されている通信機まで走り、コックピットに通信を繋いだ。

「おい、マーク!僕のタルタルを、そんな乱暴に操縦していいと許した覚えはないぞ!」

 ホバーカーゴの操縦を行っていたマークを叱りつけるアンジェリカ。画面に映る怒られたマークの顔には、焦りの色が浮かぶ。

 

『勘弁してくれよ、ドクター!これでも精一杯やってんだぜ?それに、本隊の方が急に停まったんだ。文句があるなら、そっちに言ってくれ!』

 白百合の園で、アンジェリカの技術と知識に感銘を受けたマークは、彼女がキャラバンに参加したの機に、正式に弟子入りしていた。

 その一環で、ホバーカーゴの操縦を任されたのだが、慣れない大型輸送ゾイドの操縦に四苦八苦するマークには、アンジェリカの提示した操縦基準に気を回す余裕など無かったのだった。

 

「本隊が?」

「とりあえず、行ってみるか」

 状況が判然としない中、二人は様子を見に外へと出て行った。

 

**********

 

「あっ…ドクターっ!」

 状況を確認するため、ホバーカーゴの外へと出たエスとアンジェリア。既に外にはキャラバンのメンバーが出てきており、騒然としていた。

 そんな中、エリーがアンジェリカの姿を見つけると、嬉しそうに笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。

「やぁエリー、久しぶり。どうやら心配かけたみたいだね」

 

 二人のやり取りを横目で見ながら、エスはエリーについて来ていたナデアに状況を確認する。

「何があったのか?」

「エス、あれを見て」

 ナデアが指差した方向を見て、エスは目を細める。

「ゾイドの墓場か…」

 目にした光景に、素直な感想を漏らすエスに、ナデアが首を傾げる。

 

「墓場?」

「ゾイドの装甲が石化しているだろ?これは、ゾイドコアが破壊された事によって、ゾイドそのものが死んでしまったことを意味している。そして、この数……まさに墓場だ」

 話しを終えたアンジェリカとエリーがエスたちに追いつき、アンジェリカがナデアの疑問に答える。

 

「長い間キャラバンに居るが、こんな光景は初めて見たぞ」

 石化したゾイドを覗き込みながら、ホメオが頭を掻く。

「殆ど風化していないな。ということは、破壊されてまだ時間が断っていないと言う事か……一体、誰がこんなマネを」

 ホメオと一緒に、石化したゾイドを見て回っていたジェドーは、腕を組んで首を傾げる。

 

「さぁな。だが、どんなゾイドがやったかは、凡そ見当が付く」

 破壊されたゾイドを一目見たエスがそう言うと、アンジェリカ以外が驚いて目を見開く。

 そして、アンジェリカは満足げに笑みを浮かべていた。

「さすがは、エスだ。君も気が付いたか」

「え?どういうこと?」

 アンジェリカの言葉に、ナデアが頭に疑問符を浮かべて、アンジェリカとエスの顔を交互に見渡す。

 

「君たちもここ最近、規模は小さくとも似たような光景を何度か見ているはずだぞ?」

 彼女の問いかけに、全員が思案する中、最初に気が付いたのはエリーだった。

「……あっ…エス様の、バーサークフューラー…」

「正解だ」

 エリーの答えを聞き、アンジェリカが笑みを浮かべ頷く。

 

 やられたゾイドたちは、共通して荷電粒子砲によって装甲を焼かれ、ゾイドコアを破壊されていた。その事をアンジェリカの言葉で認識させられた面々の顔が、青ざめる。

「えぇ?!じゃ、じゃあエス以外にも、フューラーに乗っている奴がいるって言うの?!」

 ナデアが悲鳴のように声を上げる。

 彼らにとって、エスとフューラーの強さはよく理解していた。そんな彼らと同等の存在が実在し、敵に回ればどうなるか……考えたくも無い最悪の展開が全員の頭を過ぎる。

 

「正確に言えば、荷電粒子砲搭載機の仕業だ。機種は詳しく調べないと何とも言えないが、これほどの破壊力を持つ機種となると、数は限られるだろうな」

 どちらにしても、強力な武器を持ったゾイドが居る、と慰めにもならないアンジェリカのフォローを聞きながら、ジェドーは今ある情報を整理する。

 

「どちらにしても、これだけの数のゾイドを壊滅させる化け物が少なくとも一機、この周辺に潜んでいる可能性があるわけだな?…女将さんに話して、すぐにこの場から立ち去ろう」

 彼らキャラバンは、都市から都市へと商売をしながら世界を渡り歩く。自衛のために戦いはするが、危険は出来うる限り回避するのが鉄則である。

 デザルト・チェルカトーレ最強のエスとフューラーのコンビと同等、下手をすれば上回る存在が潜んでいる場所など、一秒たりとも留まる理由は彼らに無かった。

 

 だが、ジェドーの考えに異議を申し立てるものが居た。

「僕はここに留まり調査することを提案する。このような場所に、早々立ち会えるものじゃない。残骸を調査すれば、貴重な情報が得られるはずだ」

 アンジェリカの言葉に、キャラバンの面々が騒然となる。

 当然である。彼女の言っている事は、キャラバンに全滅しろと、言っているのと同義である。全員が一瞬、アンジェリカが性質の悪い冗談を言っているのではと考えたが、彼女の顔つきを見て本気で言っていると、呆気に取られた。

 

「それは、出来ん相談やね」

「女将さん」

 いつまで経っても誰も報告に来ない、とリョーコが娘たち共に様子を見に来た。

 

「キャラバンを預かる者としては、隊全体を危険に晒すことは出来んっちゃね。ジェドーの言うとおり、ここは先を急いだ方がよか」

 アンジェリカの意見を聞いていたのか、真っ向から却下するリョーコ。

 そんな彼女の言葉を聞き、アンジェリカは不満げな表情を浮かべると、静かに口を開いた。 

「……では、僕一人で残る。ホバーカーゴは僕のものだから、置いていってもらうよ」

 それだけ伝えると、アンジェリカは踵を返し、無言でホバーカーゴへと歩いて言ってしまった。

 

「どうしたんだ?ドクターの奴」

「さぁな。彼女には彼女の考えがあるんだろう」

 「天才の考えてることはさっぱり分からん」、とホメオとジェドーがアンジェリカの背中を冷ややかな目で見つめる中、リョーコがエスとナデアの方へと振り向く。

 

「エス、ナデア。あんたたち、今は非番やったね?」

「え?えぇ、そうですけど」

 今のキャラバンの護衛当番はジェドーとエリーの二人で、リョーコの言うとおりエスとナデアの二人は手が空いていた。

 その事を確認したリョーコが次の瞬間、耳を疑う事を言ってのけた。

 

「なら護衛として、彼女に付いとき」

「女将さん!いいのか?!」

 即座に、ジェドーが抗議の声を上げる。

 キャラバンにおいて、隊の行動を乱す行為はご法度である。入ったばかりのアンジェリカに、その事を伝えて居なかったは事実だが、分別のある大人なら、言われなくても理解できているだろうとジェドーたちは思っていた。そんなご法度を隊のリーダーであるリョーコが認めては示しが付かないと、特に古株のメンバーが抗議のまなざしを向けた。

 

 だが、そんな眼差しをものともせず、リョーコが真剣な表情をして、ホバーカーゴの方を見つめる。

「たしかに、集団行動を乱す行為は褒められたことじゃなかよ?でも、あの子は”こういったこと”に対してちゃんと見極めが出来る子だと、うちは思うとったい。だから周りから非難されても、あそこまで押し通す何かが、ここにはあるんやろうって思うとよ」

 リョーコ自身にも考えがあるのか、それだけ言うと本隊の大型車両へと歩き出してしまう。

 こうなると、誰がどう言っても覆る事はありえず、ジェドーたちも納得できないながらも閉口せざるを得なかった。

 

「次の目的地には、予定通りしか滞在せんけんね。間に合わんでも、放って行くけん。ちゃんと追いかけてくるんよ?」

 車両の入り口で、エスとナデアに「ちゃんと追いついてきなさい」と声を掛け、リョーコの姿が消える。

 

「了解」

「はい!」

 二人は、リョーコの声に返事すると、ホバーカーゴへと駆けていった。

 

*************

 

「思ったとおりだ。荷電粒子反応が、フューラーのと違う……これは機種の違いによるのか、それとも機体個々の特徴なのか…」

 調査用の機器を手に、アンジェリカが石化したゾイドの装甲を丹念に調べていく。エスは、フューラーに乗ったまま周辺を警戒し、ナデアはアンジェリカの横で手伝いながら様子を見ていたが、我慢できずに声を掛けた。

 

「ねぇ、ドクター。どうして、あんな無理言ってまで、ここを調査したかったの?」

 ゾイドの事に関して、周りが見えなくなるアンジェリカだが、メンバーの反感を買うほどまでに頑なだった事にナデアは納得が行っていなかったのだ。

 ナデアの問いに、アンジェリカは一瞬彼女の方を見て、すぐに機器へと視線を戻すと、調査しながら答え始めた。

 

「…バーサークフューラーが珍しい、希少なゾイドだと言う事はナデアも知っているな?」

「うん」

 アンジェリカの質問にナデアは頷いて答える。

「フューラーに限らず、強力な荷電粒子砲搭載機はその開発当時から機体数が、他のゾイドに比べて極端に少ない。この時代に出てくるのは壊れたパーツやデータの断片、寿命を終え石化した個体だけで、現存する稼動個体となると、殆ど無いと言っていい…僕も、あのフューラー以外に動く個体を見たこともなくてね。正直、フューラーの整備と調整は、未だに手探り状態なんだ。だから、フューラーとは別個体、もしくは別機種の荷電粒子砲搭載機それ自体やその痕跡を調べる事が出来れば、何かヒントや役に立つんじゃないか、と思ったんだ」

 

 ゾイドに携わる科学者として、ゾイドを最高状態にする事こそが最上である、とアンジェリカは考えていた。しかし、彼女はフューラーに対してそれが出来ていないと思っていた。

 その理由の一つは、パイロットであるエスがアンジェリカに口では「完璧だ」と言ってくれているが、何処か仕上がりに不満を抱えていることを彼女は感じ取っていたからだ。

 彼の意見を聞いても、それを形に出来ない事に自分の力不足をアンジェリカは恥じており、それを如何にかしたいと思い、今回のような行動に出ていたのだったのだ。

 

「なんで、その事を皆に言わなかったの?!」

 アンジェリカの答えを聞き、ナデアは声を荒げる。もし、今の説明を皆に言っていれば、少なくともあんな気まずい雰囲気になることはなかったはず!とナデアは思った。

 ナデアの言葉を聞き、キョトンとした顔をしていたアンジェリカだったが、途端にバツの悪そうな表情を浮かべた。

 

「……三日寝てなくてね。情けない話、あの時が一番頭の動きが鈍っていたんだ。そんな所にまで、気が回らなかったんだよ」

 大人とは思えない言い訳を聞いて、ナデアは呆れた顔になり、盛大にため息をついた。

 

「……もう。エリーなんてドクターが出て行くんじゃないかって、心配して本気で泣いてたんだよ?」

 ナデアとエスがアンジェリカに付いて行く際、エリーがナデアに「ドクター……このまま…出て、行かない…よね?」と嗚咽交じりに、心配していた。エリーは白百合の園からの知り合いであるアンジェリカに、置いて行かれる様な気になり、不安からそのようなことを口にしていたのだ。

 

「そうなのか?それは…エリーには悪いことをしてしまった」

 ナデアからエリーの話を聞き、アンジェリカは調査の手を止め、「またエリーに謝らなければ」と申し分けなさそうに頬をかく。

 

 そんなやり取りをしていた時だ。突然フューラーが勢いよく、”墓場”の右手にある森へと振り向き戦闘態勢に入った。

 

 そして……

『ナデア!コマンドウルフに戻れ!ドクターはタルタルに!マーク、いつでもタルタルを動かせるように準備しておけ!!』

 外部スピーカーからエスの怒号が響き、ナデアが驚いて目を見開く。

「どうしたの?!」

「どうもこうも、このパターンはいつものだろ!」

 

 ナデアと違い、即座に行動へと移っていたアンジェリカは、ホバーカーゴに走りながらフューラーが向いている森の方を睨んでいた。

「っ、敵?!」

 アンジェリカの言わんとしている事が分かり、ナデアは慌ててコマンドウルフのコックピットに乗り込み、機体を立ち上げる。

 

 それと同時に、森の中から”敵”が現れた。

 

『”情報”でここを通ると聞いて待っていた時に邪魔が入って、何も考えずに気分転換と思ってちょっと離れたが…後でこの隙に逃げられたんじゃないかとヒヤッとしたんだが、俺様は運がよかったみたいだな』

 漆黒の装甲を持つジェノブレイカーが木々をなぎ倒しながら現れ、エスとフューラーの警戒が一気に最高まで高まる。

『黒い…フューラー?』

 ナデアは、フューラーに似たティラノザウルス型ゾイドを見て、眉を顰めるがアンジェリカが即座に否定した。

「違う!あれは…ジェノブレイカーか?!まさか、この墓場を作ったのは!?」

 ジェノブレイカーの姿を確認した彼女の頭の中で、出来上がらなかったパズルが完成(せいかい)に向けて組みあがっていく。荷電粒子の吸収速度を高める荷電粒子コンバーターを持つジェノブレイカーの荷電粒子砲なら、目の前に広がる惨状をつくり出せると合点したからだ。

 

 すると、エスたちの機体に、ジェノブレイカーから通信が入った。

『バーサークフューラー…ふふふ、待っていたぜ』

「待っていた?」

 男の言葉に、エスは眉を顰める。

 

『あぁ。お前の乗っているゾイドを捕獲するよう依頼されたんだ。だが俺様としては、同じ荷電粒子搭載機がどれ程のものか力試しをしてみたくてな…東方大陸じゃこう言う時「一手御指南」って言うんだろ?』

「……」

 

 敵の目的が、またバーサークフューラーだと言う事に、前回のセイバータイガーたちといい、エスは彼らの背後に何かしらの意思が見え隠れすると、表情を険しくする。

 そんな無言のエスに代わって、ナデアが声を上げた。

『またフューラー狙い?!あんた、一体何者なの!』

 ナデアの問いかけに、ジェノブレイカーの男は面倒そうな表情を浮かべる。

 

『…元気な嬢ちゃんだな。まぁ、オレ様のことはしがない賞金稼ぎとでも思ってくれ。それから、俺様が用のあるのは、そこのバーサークフューラーとそのパイロットだけだ。怪我したくなかったら、引っ込んでろ』

 まるで犬でも追い払うように、「しっしっ」と画面の向こうで手を振る男に、ナデアは顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。

『っ?!馬鹿にするな!!』

「!ナデア、やめろ!!」

 エスの制止を無視して、ナデアはコマンドウルフのロングレンジライフルのトリガーを引き、ジェノブレイカーへと攻撃を加える。

 だが、その攻撃を男は避けることなく、背中に装備したブレイカーユニットのフリーラウンドシールドだけを動かして、ナデアの攻撃を弾く。

 

『一応警告はしてやったぞ?痛い目を見るのは、嬢ちゃんのせいだからな!!』

 そういうと、ジェノブレイカーが黒い残像だけを残し姿が消えると、突然コマンドウルフの前に現れる。

『なっ?!』

 まるでエスとフューラーのような動きに、ナデアの思考が凍りつき、コマンドウルフがその場から動けなくなる。

 男は、フリーラウンドシールドに装備されたエクスブレイカーを展開すると、躊躇無くコックピット目掛けて突き刺す。

 

 辺りに金属本が響き渡る。

『…マジかよ』

 男は、目の前の光景に声を漏らした。

 なんと、寸でのところでエスがフューラーをナデアの前に割り込ませ、ジェノブレイカーの攻撃をバスタークローで受け止めていたのだ。

 

「……ナデア、今すぐドクターたちと一緒に、女将さんたちのところまで逃げろ。お前たちが逃げる時間は、オレが稼ぐ」

 今まで聞いた事の無い余裕を感じないエスの声に、ナデアが目を見開く。それほどまでにマズイ相手なのだと察したナデアの頭には、エスを助けなければという考えが、一気に膨らむ。

 

『な、何を言っているの!ここは…』

「聞こえなかったのか?!足手まといだ、さっさと行け!!」

 だがそんなナデアに、エスは罵声を浴びせた。ジェノブレイカーと言うだけでも面倒だと言うのに、相手が”只の”ジェノブレイカーではないと見抜いていたエスに、ナデアやアンジェリカたちを庇いながら戦闘する余裕など無かったのだ。

 初めてエスに怒鳴りつけられ、ナデアの表情が凍りつく。

『っ?!……ご、ごめん…なさいっ』

 そして、目から涙が溢れ出すと、嗚咽を堪えてナデアはホバーカーゴへとコマンドウルフを向け、走り出す。

 

 先に、ホバーカーゴへとたどり着いていたアンジェリカが後部ハッチを操作し、コマンドウルフを収容すると、ホバーカーゴが急発進し、エスを置いて本隊を追いかけていった。

 

 その間、男は攻撃する事は無く、ホバーカーゴが見えなくなると、「邪魔が消えたな」と笑みを浮かべる。

『いやはや、野郎(エージェント4)の話は本当だったのか。こりゃ、退屈せずに済みそうだ』

 押し殺した笑いを上げる男に、エスが目を細めた。

「……一つ聞く。お前に、仕事を依頼したのは誰だ?」

 感情を押し殺したエスの問いに、男は笑うのをやめ、鼻で笑う。

『こう見えても、仕事に関して口は堅い方なんだ。どうしても聞きたきゃ、力ずくで聞きな!』

「そうか……」

 男の回答に、エスは意識を切り替える。話を聞く必要はあるが、手加減できる相手ではない、と自分の中の”何か”が叫んでいるからだ。

 

『やる前に、言っておく。さっきの動きで、手前は俺様が”名乗る”に値する敵だと分かった。俺様は賞金稼ぎのヴィンセント、相棒はジェノブレイカーの【ノアール】だ…名乗れよ』

 妙に古風な考えだ、とエスは思いながらも、無視するのも居心地が悪くなるような気になったので、「仕方ない」と名乗りを上げた。

「キャラバン隊デザルト・チェルカトーレ所属、ゾイド乗りのエス。そして相棒のバーサークフューラーだ」

 

 ギュワァァアアアア!!

 エスの名乗りに呼応して、フューラーが咆哮を上げる。

 

『エスとフューラーか…いいぜ。それじゃ、始めようか?楽しい殺し合いって奴を!!』

 

 ヴィンセントの言葉を合図に二機はスラスターと全開にして、一気に距離を詰める。

 

 そして、誰も立ち入ることの出来ない”竜”たちの戦闘が始まるのだった。

 




 どうも皆さん エージェント4です。
 いよいよ、暴虐の統治者と漆黒の魔装竜との戦いが始まりました。完全野生体ベースの機体とオーガノイドシステム搭載の機体。相反する二匹の竜の戦いが苛烈を極める中、限界を越えたジェノブレイカーがその本性を表し、バーサークフューラーへと襲い掛かる!
 その時、エスが取った行動とは?!

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男- 第十二話「魔装竜暴走」!

 さぁ、どちらに軍配が上がるのでしょうかね?ワタシとしても、楽しみですよ。 


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魔装竜、暴走

お待たせしました!


『ドクター!エスの奴を置いてきて、本当に良かったのか?!』

 コックピットでホバーカーゴを操縦しているマークが、興奮気味に格納庫内へ通信を入れる。余程慌てているのか、音声のみの通信だ。

 そんなマークの通信に、アンジェリカは壁際の通信機をオンにする。

 

「残念だが、あの場に僕たちがいても出来ることはなかった……彼の言うとおり、僕たちは足手まといにしかならなかったよ」

『いや、でもよ……』

 淡々と答えるアンジェリカに、マークは彼女が酷く冷たい人間に思えてしまった。確かに、襲ってきたゾイドを見て、マークもキャラバンの一員として積んできた経験から、一瞬でヤバイ相手だと察知できた。アンジェリカの言うとおり、あの場に居たとしても、ホバーカーゴの様な大型輸送ゾイドは的にしかならず、エスの邪魔にしかならないのも理解していた。それでも、あの場にエスを一人残し囮にしたことに、マークは罪悪感を感じていたため、アンジェリカの態度が一層冷たく感じてしまっていた。

 

 だが、そのマークの捉え方は間違っていた。

 

 突然、アンジェリカが通信機の埋まった壁に拳を叩きつけた。

「言っておくけど、僕はエスを見捨てたつもりは無い!ナデアだけではなく、エリーとジェドーも居ればやりようはあるんだ!!……とにかく今は、本隊との通信可能距離まで急いでくれ!」

『りょ、了解!』

 コックピットのマークとの通信をきると、アンジェリカは唇をかみ締め、先ほど壁を殴った拳を、震えるほど握り締めていた。

 フッと、コマンドウルフからナデアが降りてきていないことに気が付いたアンジェリカは、足早にコマンドウルフへ近づき、キャノピーをノックする、

 だが、中に居るナデアから反応が無く、もしかしたら怪我をしているのでは?とアンジェリカは緊急用の開閉ボタンの蓋を開け、キャノピーを強制解放した。

 

「……足手まといって…言われた。お兄ちゃんにも、キャラバンのみんなにも…言われた事、なかったのに…」

 シートの上で膝を抱え、ナデアは泣いていた。好意を寄せている相手に、足手まといだと言われたことが、彼女の心に深く突き刺さる。

「ナデア……」 

 嗚咽を漏らし、悔しさのあまり膝に顔を埋めるナデアに、アンジェリカは気まずく二の句が継げなかった。

 

「…あたしじゃなくてエリーだったら、エスの力になれてたのかな……?」 

 

 弱々しいが、ナデアの呟きはアンジェリカにはっきりと聞こえた。

 シミュレーションにおいて、ナデアとエリーの戦績はエリーが勝ち越している。とは言っても、実力に大きな差があるわけではなく、同一機体でのシミュレーションでは勝敗は拮抗している。戦績の結果は単に、お互いが愛機で行っているからだ。それでもナデアは、自分よりもエリーのほうが優れている、と思っていたため、そんな言葉が口をついていた。

 

 だがナデアの問いに、アンジェリカは首を横に振った。

 

「それは違う。正直、あの場に誰が居ても…例えエリーであろうとも、ジェドーであろうともエスは同じことを言っただろう」

「え?」

「それほどに危険な相手なんだよ…エスはその事を、あの一瞬で感じ取ったんだ、きっと」

 ゾイドの専門家であるアンジェリカでさえ、ジェノブレイカーは殆ど未知のゾイドである。先ほどの運動性能を目の当たりにして、とてつもない性能を秘めている事は、アンジェリカにも容易に想像できた。そんな彼女には、勘の鋭いエスは自分以上に相手に対して危機感を感じたのではないか、と考えたのだった。

 

「……」

 アンジェリカの説明を聞き、ナデアは涙を拭い、俯き加減に思案し始める。泣く事をやめたナデアを見て、アンジェリカは一先ず安堵のため息を吐く。

 そして、エスの居る方向へと視線を向けた。

 

――エス。僕たちが戻るまで、決して無理はしないでくれ……――

 

 

***************

 

 

 ナデアたちが去った後、二体の竜による激しい戦闘が開始されていた。

 

 エスはある予測から、相手がジェノブレイカーの中でも特殊な機体だと当たりをつけ、アウトレンジからのビームキャノンによる砲撃を仕掛けた。

 しかし、元々Eシールド並みに強固と言われるフリーラウンドシールドを装備し、更にEシールドを持つジェノブレイカーの防御力の前に、悉くビームを弾かれてしまう。一機のゾイドが持つには異常すぎるジェノブレイカーの防御を抜くには、やはり荷電粒子砲しかない、とエスも理解している。

 しかし、相手も荷電粒子砲搭載機……荷電粒子のチャージに時間が掛かることはパイロットのヴィンセントも承知している事は容易に想像でき、易々とこちらにチャージさせるのを許すとは思えなかった。

 

 如何にかして隙を作る必要がある。

 エスは、危険を承知の上で近接戦へと攻撃を切り替え、過去の大戦でも見ることの出来なかった帝国機同士の近接格闘戦が始まった。

 

『はーっははぁ!!手前すげぇな!俺様とノアールを相手にこんなに長く持った奴は、初めてだぜ!!』

 ヴィンセントは、ジェノブレイカーのスラスターを全開にし、フリーラウンドシールドを稼動させエクスブレイカーを展開、フューラーへと斬り掛かる。その姿はまさに、双剣を持つ剣士のようだ。

 

 その鋭い攻撃に、エスは冷静に身構え、フューラーのバスタークローを巧みに操作し、往なし捌いていく。双方共に、練達した乗り手と最高のゾイドと言う組み合わせである為、格闘戦というより、流麗な剣士の剣舞の様相を呈している。

 

「っ!・・・ぺらぺらと、よく回る口だなっ!!」

 拮抗していた攻防は、甘く入ったジェノブレイカーの左の攻撃をフューラーが大きく弾き飛ばす事でジェノブレイカーの体勢が崩れ、エスは相手の隙を見逃すことなく、即座にバスタークローをジェノブレイカーのコックピットへ突き出す。

 

『くぉ!?』

 攻撃を弾かれたことでバランスを崩し、繰り出された相手の攻撃にヴィンセントは、咄嗟に残っていた右のフリーラウンドシールドを前面に展開し、バスタークローが激突した瞬間、タイミングを合わせてバックステップし、攻撃の威力と機体を真後ろへと逃がした。

 

「逃がすか!!」

 流れを引き込む為、エスは気迫と共に、バスタークローのマグネーザーを起動させ、切っ先をジェノブレイカーに向けて追撃する。

 

『このやろっ!?』

 迫ってくるフューラーにヴィンセントは毒づきながらも、左右のフリーラウンドシールドを操作し、エクスブレイカーを鋏のように開くと、着地の瞬間前へ飛び出し、高速回転するバスタークローを強引に挟み込んだ。回転するバスタークローとエクスブレイカーが拮抗し合い辺りに火花が飛び散る。

 更に二人は、示し合わせたように機体の全推力を開放し、敵を押し潰さんばかりにスラスターを吹かせる。

 

 拮抗する力で押し合う二匹の竜。すると、まるでダンスでも始めたかのように、二機は回転を始める。スラスターの推力を全開にしている為、その回転が加速度的に速くなっていき、遠心力が最大になった瞬間、弾きあうように機体が吹き飛び、二機は油断無く着地する。

 

 一定の距離を置いて睨みあう、バーサークフューラーとジェノブレイカー。

 

 すると、ヴィンセントが堪えていた笑い声を上げ始めた。

 

『ふふふ……正直、ここまでやるとは思ってもいなかったぜ。初めは、機体の性能に助けられているニ流かと思っていたが、機体どころか中身も超一級品と来てる……俺様は運が良いぜ!』

 今までで一番の獲物だ、と嬉しさのあまりヴィンセントの顔から笑みが消えない。

 逆に、自分の予想が的中したエスは、苦虫を噛み潰したように顔を顰めていた。

 

「こっちは最悪だよ。只でさえジェノブレイカーは生産数の少ない機体だって言うのに、その中でも近接戦闘用に特化させたジェノブレイカージェット(・・・・)だなんて、悪い冗談だ」

 

 【ジェノブレイカー・ジェット】……帝国が対ブレードライガー用にジェノザウラーを強化発展させた機体【ジェノブレイカー】を、荷電粒子砲を含む射撃能力を犠牲にして、元から高い格闘能力と運動性能を更に強化した特殊戦仕様機で、漆黒の装甲を持つことから”ジェット”と名づけられた。

 ジェットには二種類の仕様が設定させており、通常仕様と外見が同じタイプAと、フリーラウンドシールドの替わりに、フリーラウンドブレードという巨大なブレードを二基装備し、頭部もレーザーチャージングブレードをオミットして、簡易型フェイスマスクという増加装甲をつけたタイプBが存在する。ヴィンセントの相棒「ノアール」は前者のタイプAに該当した。

 珍しい機体だと自負する相棒の正体を言い当てられ、ヴィンセントは軽く目を見張った。

 

『ほぉ~、ノアールが普通のジェノブレイカーじゃないと、よく気が付いたな。今まで、ジェノブレイカーにバリエーション機があること自体、知ってる奴は居なかったんだぜ?』

 元々機体数の少ない機種に加え、大戦から今日に至るまで、現存数など言わずもがな、というジェノブレイカーの事を知る者など一握りである。しかも、公式記録にも殆ど出てくる事のないバリエーション機ともなれば、専門家でも把握している者は殆ど居ないだろう。そんな機体のことを知っているエスに、ヴィンセントは素直に感心する。

 

『なら、奥の手を隠しまま、戦うのは失礼ってもんだよな?なぁノアール』

 相棒の問いに、ジェノブレイカーが雄叫びを上げる。

『そう来なくっちゃな!さて、エスにフューラー……お前らの実力に敬意を表して、こっからは手加減出来ねぇぜ?オーガノイドシステム、リミッターリリース……さぁ行くぜ、相棒!!』

 

 ギャァアアアアアアアアア!!

 

 喜びとも怒りとも取れるジェノブレイカーの絶叫に、エスとフューラーは神経を一気に研ぎ澄ませる。

 

 次の瞬間、ジェノブレイカーの姿が消え、エスは勘を頼りにフューラーを左へ避けさせた。

 

 ”ギャキーン”という金属音と共に、フューラーの右肩の装甲が削れ、その衝撃でCASのアーマーが脱落する。

 

「っ!」

 

 相手の反応速度と攻撃力が跳ね上がったことに、エスは舌打ちしながら猛攻を避けるが、完全には避けきれず装甲が削られていく。

 

「っくそ、そこか!・・っ?!」

 ギュワァアアア!!

 

 攻撃に耐えながら、エスは狙いを定めて右側のバスタークローを繰り出すも大きく空振ってしまい、逆に無防備になっていたところを狙われ、嵐の様なジェノブレイカーの攻撃がヒットする。

 攻撃に耐え切れず、崩れ落ちるようにバーサークフューラーが膝をつき、離れた位置にジェノブレイカーが現れた。

『どうしたどうした!!さっきまでの勢いは何処にやったんだぁ?!』

 興奮しているのか、ヴィンセントの声のトーンが高くなっている。

 そんなヴィンセントの様子に、エスは険しい顔つきをしていた。

「くそ……オーガノイドシステムを使いこなしているみたいだが、かなり危ういな」

 

 オーガノイドシステムは、ゾイドコアの強制的に活性させると同時に、ゾイド本来の凶暴性も引き出してしまう。しかも、OSを介してゾイドの意思が逆流し操縦者の精神に影響を及ぼしてしまうため、制限を掛けていないフルスペックのOS搭載型ゾイドを使いこなせる人間は、数が限られている。もし使いこなせなければ、暴走の後に最悪、パイロットは命を落としかねない。

 

 だが、ジェノブレイカーに暴走の兆候は一切見られず、それは一見、ヴィンセントが完全に制御下に置いている様にも見えるが、エスからすれば薄氷の上を歩くような危うさを感じた。

 

 ここにきて漸く、エスの思考が切り替わる。OSを進んで使う相手を、殺さずに制するのは至難の業だからだ。

 

『そっちが来ないなら、こっちからいくぜぇ!!』

 動かないフューラに、エスが攻めあぐねていると受け取ったヴィンセントは、勝負をつけるために全推力を使って仕掛けた。

 威嚇するようにフリーラウンドシールドを展開し、エクスブレイカーの切っ先をフューラーへと向け、地面を這う様に左右に機体を滑らせながら迫り来る。

 

 だがエスは、何もすること無く、ただ迫り来るジェノブレイカーを見つめていた。

 

 グゥウウウウウウウ……

 

 フューラーが立ち上がりながら低い唸り声を出すと、エスはフッと口元に笑みを浮かべる。

「確かにお前の言うとおりだよ、フューラー……こいつは、手を抜いていいような相手じゃないよな!」

 

 ギュワァアアアアアアアア!!

 

 エスの言葉に、フューラーが咆哮で答える。

 

『今更やる気を出しても、もぉ遅ぇーよ!!』

 既にジェノブレイカーは攻撃態勢に入っており、ヴィンセントの言葉と共に左右のエクスブレイカーを抜き手のように突き出した。

 

 だが、その攻撃がフューラーを捉えることはなかった。

 

 間近に迫る攻撃に取り乱すことなく、エスは冷静にフューラーを操作し、最小限の動きで攻撃を掻い潜ると、半円を描くようにジェノブレイカーの後ろへ避けたのだ。それは、先の戦いでブリッツ・ティーガー隊の隊長サン・ライトとの戦いで見せた様な、荒々しさは微塵もなく、闘牛を往なすマタドールの如き華麗さがあった。

 そして、その勢いを利用し、ストライクスマッシュテイルをジェノブレイカーのブレイカーユニットに叩きつけた。

 

『なぁ?!がはっ!?』

 間違いなく仕留めたと思った攻撃が避けられた事に、ヴィンセントの思考に致命的な隙が生じ、フューラーの攻撃をまともに喰らってしまう。

 

 ただ、攻撃を受けたことでヴィンセントは思考力を取り戻し、淀みの無い操作でジェノブレイカーの体勢を立て直した。

 だが、そこへ間髪いれずにビーム砲撃が降り注ぐ。

『んだとぉ?!』

 即座にフリーラウンドシールドを前面に展開し、防御に入ったヴィンセントだったが、モニターに映る光景に盛大に舌打ちした。

 

 バーサークフューラーが、ビームキャノンを撃ちながら、荷電粒子砲発射態勢に入っていたのだ。

 

『この、くそがぁ!!』

 

 ヴィンセントも、防御を展開したままジェノブレイカーを荷電粒子砲発射形態へ変形させ、粒子チャージを開始させる。

 射撃能力を犠牲にし、格闘能力に振っているとは言え、ジェノブレイカーには荷電粒子コンバーターが装備されている。

 先ほどの攻撃でブレイカーユニットの破損は免れていたため、問題なく荷電粒子がチャージされていく。

 

 そしてほぼ同時にチャージが完了し、二体の竜の口腔内に高密度に圧縮されたエネルギーが解き放たれる瞬間を待つかのように、不気味に明滅する。

 

『喰らいやがれ!最大級の荷電粒子砲だぁ!!』

「収束荷電粒子砲、いけぇ!!」

 

 二人が同時にトリガーを引き、極大の光が相手に向って伸びていき、二つの光が衝突する。

 

 衝突の瞬間、真っ白な光が辺りを覆いつくし、そして世界から音が消えた。

 

 遅れて大爆発が起こり、爆発音と共に、凄まじいまでの衝撃波が周囲に拡散する。

 

 かつての大戦において、【破滅の魔獣】が齎した災害を髣髴とさせる破壊の嵐。

 

 数分に亘って巻き起こった破壊は、近くにあった森をなぎ払い、大地を抉り、そして元凶である二体の竜を巻き込んだ。

 

 爆発の収まった後、辺りに異様なまでの静寂が訪れる。

 

 その中で、モゾモゾと動く物体があった。

 

『クソ…たれが……』

 覆い被さる岩などを押しのけ、ヴィンセントのジェノブレイカーが姿を現す。だが、その装甲は所々が拉げ、駆動部分からは金切り声の様な異音を上げている。ヴィンセントがモニターを確認すると、ジェノブレイカーの各部に重大なダメージを負っていることが表示されており、相棒が今までに経験した事の無い損傷を受けている、と理解したヴィンセントは顔を顰める。

 

『荷電粒子砲同士が衝突すれば、こんな事態になるってのか……っ!?』

 相棒(ノアール)と出会ってから、感じたことの無い頭痛に襲われたヴィンセントは、ジェノブレイカーからの精神侵食が起きていることを察知し、すぐにOSのリミッターを再起動させる。

 

 すると徐々に頭痛が引いていき、リミッターが正常に作動し始めたことを確認したヴィンセントは、一息つく。そして思い出したように、相手(エス)たちがどうなったか気になり、辺りを見渡した。

 自分の状況を考えると、バーサークフューラーも相応のダメージを負っていることは容易に想像できた。だが、こちらがそうであるように、相手も動けるのでは?と予想できる以上、楽観視は出来ないとヴィンセントが辺りを警戒していた時だ。

 

 ノイズが奔るモニターに、地面に転がるバーサークフューラーの白い装甲が映ったのだ。

 しかも一部ではなく、バーサークユニットを始めとする主要パーツまで辺りに散乱している光景に、ヴィンセントは「運が無かったな」とエスとフューラーが爆発の中に散ったものと考えた。

 

『……?』

 しかし、すぐにその考えを捨て去った。ヴィンセントの中の”何か”が警鐘を鳴らすのだ……”何かがおかしい”と。

 

 ヴィンセントは、もう一度散乱する残骸を見つめる。大地に散らばる装甲は、間違いなくバーサークフューラーを覆っていた物だ。だが、散らばるのは白い装甲(・・・・)だけで、本体の残骸が一切見当たらなかった。そのことにヴィンセントの背筋を冷たいものが流れる。

 

 すぐに行動を起こそうとしたヴィンセントだったが、すでに手遅れだった。

 

 突如として、右側から強い衝撃が走り、コックピットを揺らした。

 

『なっ、なんだ!?…っ?!』

 衝撃に驚きながらも、咄嗟に右側へ視線を動かしたヴィンセントは、目玉をひん剥いた。

 

 彼の目に、装甲を脱ぎ捨てた素体状態のフューラーがとび蹴りをかました姿が飛び込んできたからだ。

 

 そして、その姿を見てヴィンセントは、バーサークフューラーの【チェンジングアーマーシステム】の事を思い出した。

『まさか、使い物にならなくなった装甲を捨てたのか?!』

 

 敵の問いに、エスは笑みを浮かべる。

 

「壊れたパーツを後生大事に背負って戦うような、素人じゃないんでね!」

 荷電粒子砲同士の衝突の際、エスはダメージを減らすために、咄嗟にEシールドを展開したが、そのせいでバーサークユニットが過負荷で破損。相殺し切れなかった爆発の衝撃で各部スラスターも沈黙してしまい、フューラーはかなりのダメージを負った。だが、ジェノブレイカーと違いバーサークフューラーは、CAS部分の装甲と本体である素体自体の装甲を持つ、いわば二重装甲で構成されている。一部関節に負荷が掛かっているものの、破損箇所はCAS側の装甲に集中していたため、エスは爆発が落ち着いたのを見計らい、使い物にならなくなったCASを強制排除し、気配を消してジェノブレイカーに近づいていたのだった。

 

 想定外の攻撃に、ヴィンセントが必死に立て直そうとするが、損傷の激しいジェノブレイカーは堪えきれずに体勢を崩す。そのことを見逃さなかったエスは、一気に畳み掛けた。 

 

 獰猛な肉食獣がごとく、フューラーが地面を蹴って駆け抜け空中へ飛ぶと、ジェノブレイカーを右足で蹴り抜き、その勢いで左の後ろ回し蹴りを頭部に叩き込む。

 ジェノブレイカーが倒れると同時に着地し、さらに蹴りを見舞っていくフューラー。その一蹴り一蹴りは非常に重く、ジェノブレイカーの装甲を削っていき、最後にはとうとうブレイカーユニットが脱落した。

 

『待て待て待て!!ちょっ…待てって!!降参だ、降参!こっちはもう、戦えねぇよ!!』

 あまりに一方的な展開に、ヴィンセントが悲鳴を上げる。既に、彼の相棒はコンバットシステムがフリーズしており、戦闘が出来る状態ではなかった。

 

 相手が白旗を揚げたことを確認したエスは、攻撃の手を止める。

 

 再び静寂が、辺りを支配する。

 

 互いに満身創痍になりながらも、最後まで立っていたのはエスとフューラーの方だった。

 

 ギュワァアアアーーー!!

 

 その事実を誇示するように、フューラーが空に向って咆哮する。

 

 

 

「まさか、ここまでやられちまうとはなぁ……」

 無残に横たわる相棒を見上げながら、ヴィンセントが呟いていると、フューラーから降りてきたエスが近づいて来る。

 ヴィンセントが振り返り、二人は無言でにらみ合う中、先に口を開いたのはヴィンセント方だった。

 

「ったく……今まで色んなゾイドと戦ってきたが、何だよさっきの攻撃は!お前のゾイドは格闘家か?!」

「無駄な装備が一切無い状態だから出来る攻撃だ。格好よかっただろう?」

「うるせぇよ!非常識すぎるわ!!」

 他のゾイド乗りと比べて、自分が非常識な存在であることを自負していたヴィンセントだったが、上には上が居ることを見せ付けられ、彼は何となく自分の負けを納得しまった。

 

「ちくしょう……今回は、俺の負けにしておいてやるよ」

「そうか…なら約束どおり、話してもらうぞ。俺を襲うように頼んだ者のことをな」

 約束と言う言葉に、ヴィンセントは盛大にため息をついた。戦闘で負けることを想定していなかったヴィンセントは、詳細を知らないとは言え、依頼主のエージェント(フィーア)の事を話して、消されるのではと一瞬話すのを躊躇うが、一度交わした約束を反故にして嘘つき呼ばわりされるのも癪に触ると、諸々諦めて話すことに決めた。

 

「仕方ねぇよなぁ……まぁ、話せることと言っても、大した物はねえぞ?」

 今まで、エージェント4から色々と依頼を受けてきたヴィンセントだったが、彼の言うとおり知っていることは少なかった。

 ヴィンセントが知っていたのは、依頼主が【エージェント4】と言うコードネームを名乗っている事。単独ではなく、所属する組織があり、その組織が相当な資金力と戦力を有している事くらいだった。

 

「俺様が知っているのは、このくらいだ」

「……」

 ヴィンセントの話を聞き終わり、エスは目を細めて考え込み始める。彼の話を信じるなら、敵が簡単にバーサークフューラーを諦めるとは思えなかった。下手をすれば、大戦力を投入し攻めて来る恐れもある。そうなれば、キャラバンのメンバーに多大な迷惑をかける事になる、とエスはキャラバンを離れる事も視野に入れるべきではないかと考える。

 話すことを話したヴィンセントは、物思いに耽るエスを見て短く息を吐くと、声を掛けることなく下ろしてあったジェノブレイカーのシートへ歩き出した。

 

「行くのか?」

 気が付いたエスが声を掛けると、ヴィンセントは振り返りしかめっ面を向けた。

「このまま此処居たら、戻ってきたお前の仲間に袋叩きに遭いそうだからな。特に、あのコマンドウルフに乗ってたお嬢ちゃんが怖そうだ」

 先ほどの仕返しにどんな目に合うか分かったもんじゃない、とヴィンセントはシートに座り、コックピットへと収まった。

 

『次は俺様とノアールが勝つからな!俺様たちと戦うまで、負けは許さねぇぞ!』

 満身創痍のジェノブレイカーを立たせて、ヴィンセントが大声で宣誓すると、エスが顔を顰めた。

「こっちは願い下げだ。あんたとは二度と戦いたくないよ」

 だが、表情と言葉とは裏腹に、エスの声にはまんざらでもないと言った色が見え隠れする。

 

『ふん!じゃーな!!』

 そういうと、ヴィンセントはジェノブレイカーの脚部スラスターを噴かして、明後日の方へと飛んでいった。

 

「……さてと、色々考えなきゃならない事が多いが、これ…どうすっかなぁ?」

 一応危機が去ったと胸を撫で下ろすエスだったが、素体状態のフューラーを見て、アンジェリカに何を言われるか戦々恐々とするのだった。

 

**************

 

 格好つけて飛び出したのはいいが、ジェノブレイカーに無理をさせたのが災いして、ヴィンセントは荒野のど真ん中で立ち往生してしまった。

 

 すると、タイミングを見計らったように通信が入り、ヴィンセントは嫌な予感を感じつつも、通信をオンにした。

『見事の負けてしまいましたね』

 エージェント4の第一声を聞き、予想が的中してしまったヴィンセントが盛大に顔を顰める。

「やっぱり、部下を通して見てやがったか……依頼に失敗した俺様を、近くに控えている部下を使って始末するって腹か?」

『とんでもない!貴方の様な一流のゾイド乗りは、早々替えが利きません。ワタシ供としては、ヴィンセントさんとはこれからも変わらぬお付き合いを願いたいくらいですよ?』

 思っていた返答と違い、エージェント4が下手に出てきたことに、ヴィンセントは片眉を上げた。

 

『ですが、今回の依頼失敗に関しては、相応のペナルティを払って頂きますがね』

「やっぱりそう来るか……何が望みだ」

『以前拒否された、ジェノブレイカーのゾイド因子と戦闘データの提供を』

「ちっ!」

 エージェント4の要求に、さすがのヴィンセントも舌打ちした。

 ジェノブレイカーが今の時代、希少なゾイドである事はヴィンセントも承知している。だからこそ、そのことにアドバンテージと優越感も持っていたが、その二つを提供すれば、相棒が量産される可能性が高まり、自身の優位性を失う恐れがあるのだ。

 前回は、ことも無く蹴ることが出来たが、今回は依頼を失敗した負い目がある。返答を窮するヴィンセントに、エージェント4が甘言を紡ぐ。

『もちろん、ご提供していただければ、今回の失敗は全てチャラ。さらに機体も、完璧な形(・・・・)で修復させて頂きます。ヴィンセントさんにとって悪いお話では無いと思いますが?……それとも、このまま呆気なく盗賊たちに殺されるのをお望みですか?』

 エージェント4の言葉に、ヴィンセントが目を閉じる。センサーが殆ど死んでいるとは言え、複数の機影がこちらに向っているのは分かっていた。移動速度や部隊の展開のさせ方から、ほぼ間違いなく盗賊だと読み取れ、数分後には接敵するとヴィンセントも予測している。ジェノブレイカーが万全の状態なら、苦も無く倒せるだろうが、今は戦闘に耐えられる状態では無い。

 

 背に腹は代えられない。それがヴィンセントの行き着いた答えだった。

 

「はぁ~……分かったよ。それで手を打ってやる」

『さすがはヴィンセントさん!お話が早くて助かりますよ。すぐに部下を向わせますので、お待ちください。盗賊の方も、こちらで処理しますので』

 エージェント4が通信を切ると、ヴィンセントの頭上を爆撃装備のレドラーの編隊が飛んでいく。方向は、こちらに向う盗賊たちが居る方。

 そして、その編隊に遅れて、今度はホエールキングが姿を現し、土煙を上げながらジェノブレイカーの傍に着陸すると、前面のハッチを解放した。

 

『ヴィンセント様、お迎えに上がりました。どうぞお乗りください』

 外部スピーカーから女性の声が聞こえるが、ヴィンセントは呆気に取られていたため、聞き逃していた。

 

「マジか……」

 

 さすがに、この状況はヴィンセントも予想しておらず、間抜けな顔をして呟いていた。

 

 三度目の声掛けに漸く反応し、ヴィンセントはジェノブレイカーをホエールキングの中へと進ませる。

 

 飛び立つホエールキングの窓から眼下を見ながら、代償は高くついたが、もう一度エスと再戦できることを信じて笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

  

 




やっほ、ナデアよ。

ジェノブレイカーとの戦いで、傷ついたバーサークフューラーを修理する傍ら、エスは女将さんと今後の身の振り方を相談していた。
 一方その頃、赤竜旗ではやばそうな奴が動きだしちゃったみたい?!

次回、ZOIDS-記憶をなくした男- 第十三話「王となる者」!

ちょっと、エス!キャラバンを出て行くって、本気じゃないよね?!


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王となる者

お待たせしました!!


「お、やっと到着か?」

 

 エージェント(フィーア)が寄越した使いのホエールキングに乗せられ数時間が経った頃、ヴィンセントは目的地に着いたことを感覚(・・)で察した。

 ホエールキングに乗せられてすぐ、窓の無い部屋へと押し込められたため、ヴィンセントは自分が何処へ連れて行かれるのか皆目見当がつかなかったが、目的地に到着し漸く降りられると、首を鳴らし背伸びをした。 

 

 だが、やってきたエージェント4の部下の女性から信じられない言葉が飛び出した。

 

「申し訳ありませんが、エージェント4のご命令で、ゾイドの修復が完了するまでこの部屋から出る事を禁止させて頂きます。もし無断で部屋を出た場合、警告なしに射殺します」

「……は?」

「必要な物はお持ちしますので、そちらの回線からご連絡ください。では、これで」

 

 突然すぎて状況が飲み込めず、呆けるヴィンセントを尻目に、女性は手早く説明を済ませると、踵を返して部屋を出て行った。

 

 一人取り残されたヴィンセントが復活したのは、女性が去って少ししての事だった。

 

 

******************

 

 ジェノブレイカー・ジェットに乗った賞金稼ぎ【ヴィンセント】との戦闘から三日。

 

 リョーコ率いるキャラバン【デザルト・チェルカトーレ】は、あの日以来、目立った襲撃を受けることなく次の街を目指して順調に移動している。

 

 そんな中、エスは先の戦闘で損傷してしまったバーサークフューラーを修理しているはずのアンジェリカから呼び出しを受け、ホバーカーゴの作業デッキへと赴いた。

 

「やぁ、エス…来たね」

 エスを出迎えたアンジェリカは、目の下に大きな隈をを作り、足取りもどこか覚束ない様子である。その姿に、エスはため息を漏らした。

 

「……ドクター、また寝てないのか?突貫作業をしてくれるのは嬉しいが、休まないとさすがに倒れるぞ」

「前にも言っただろう?こういう事は慣れっこさ……それよりも、君に伝えないといけない事があるんだ」

「それは、目の前に置かれたバーサークユニットのことか?」

 エスは視線を目の前のセッティングデッキへと動かす。そこには、分解されたバーサークユニットが並べられていた。

 彼の問いに、アンジェリカは複雑な表情を浮かべ、頷いた。

 

「あぁ……包み隠さずに言うけど、このバーサークユニット……正確にはメインとなるコアユニットの部分はもう使えないと思ってくれ」

 アンジェリカの言葉に、エスは「やっぱりか」と目を細める。

 

「修復の見込みが無いほど、酷いのか?」

「…修復するのは、不可能じゃないよ。ただこの僕を以てしても、相当な時間を掛ける必要がある。だが、問題なのはそれだけじゃない。必要とする修復部品が手持ちだけじゃ全く足りないんだ。他の機体に使う分を回したとしても不十分だし、そんな事をしたらエリーやナデアの機体に何かあった時、修理できなくなってしまう。不足分を新たに全て揃えようとしたら相当な持ち出しが必要……おそらく、別のコアユニットを探して修復した方が安くつくかもしれないだろうね」

「……ドクターがそこまで言うという事は、相当なんだろうな」

 

 付き合いが短いとは言え、現代においても稀有な存在であるバーサークフューラーという難物を、ほぼ完璧に近い形でメンテをし続けるアンジェリカの腕を、エスは高く評価していた。

 そんな、メカニックとして右に出る者がいないと言える彼女が、修復を諦めた方が良いと言い出しても、エスは反論せず、アンジェリカが差し出したタブレットに目を通した。

 

「幸いなのは、各部外装パーツとバスタークローやイオンターボブースターは手持ちの部品で修復可能で、まだ使えることさ。とは言え、コアユニットが無ければ、使い物にはならないけど」

 

 タブレットに目を通すエスに、アンジェリカが使えるパーツの細かい状況を説明していく。だが、彼女の説明を聞く限り各パーツの状態は、アンジェリカだからこそ使える(・・・)と言っているだけで、普通のメカニックなら全て処分する事を考える域のものばかりだった。

 

 エスはタブレットから目を離すと、短く息を吐き出した。

 

「こんなことなら、ドクターの言った通りに、他のCASパーツを探しておけばよかったな」

 

 何度か、アンジェリカにフューラが装備できるCASを探さないかと声を掛けられていたエスだが、バーサークユニットで事足りると考えていたため、いつも断っていた。

 だが、今にして思えばそれは自分自身の驕りだったとエスは恥じた。自分とフューラーのコンビなら、どんな相手でも大きな損傷を受ける事など無い……そんな驕った考えを持っていたために、今回の様な事態に陥ったしまったのだ、と彼は心の内で自分を責めていた。

 

 そんな悔しげに顔を歪めるエスに、アンジェリカは申し訳なさそうな表情を浮かべると、頭を下げた。

 

「その事なんだが……すまない!実は君に内緒で”伝”を頼って、他のCASパーツを探してもらっていたんだ。だが、現時点ではどれも空振り…一応継続して探してもらってはいるが、どちらにしても今回のタイミングには用意できなかったよ」 

「そうだったのか……ありがとうドクター、気を使ってもらって……しかし、ということは当分の間、素体状態で動かすしかないってことか」

 自分に内緒で他のCASを探し、今も引き続き探していると告白したアンジェリカに、エスは感謝の言葉をかけ、別のCASが見つかるまでの間、フューラーを素体状態で運用しないといけない事を口にする。

 

 そんなエスの意見に、アンジェリカは一瞬驚いた表情を浮かべ、すぐに首を横に振った。

 

「君の腕ならそれも可能だろうが、僕としては看過できない。メカニックとしても、仲間としても、ね……エス。君に一つ、提案があるんだが、聞いてもらえないか?」

「提案?」

「あぁ……バーサークユニットなんだが、元の状態に戻すのではなく、別の形に改修しないかい?」

「改修って、どうするつもりだ?」

「これを使おうと思うんだ」

 

 エスに渡していたタブレットを回収すると、アンジェリカが手早く別のデータを呼び出し、タブレットを再びエスに手渡した。

 そこに表示されていたのは、ジェノブレイカーの背面に装備される複合ユニット【ブレイカーユニット】だった。その画像を見て、エスは首を傾げるが、何かに気が付き驚きの表情を浮かべた。

 

「これは、ジェノブレイカーのブレイカーユニット?…っ!もしかして、ヴィンセントが置いていったやつか!」

「その通り。バーサークユニットと平行して、回収したブレイカーユニットの状態を調べたら、比較的損傷が少ないと分かったんだ。最初は、修復してコネクター部分をフューラー用に換装してそのまま使おうとも考えたんだが、それだと遠距離攻撃が荷電粒子砲しかなくなってしまうことに気が付いたんだ。ならいっその事、これを基にバーサークユニットの使える部分を組み合わせて、全く新しいユニットにしてしまおうと閃いたのさ!……ふふふ、これを形にできれば、荷電粒子コンバーターを得たフューラーの荷電粒子砲の威力は格段に上がる!!」

 

 具体的な完成イメージが出来上がっているのか、先ほどバーサークユニットの状況を説明していた時とは別人のようにトリップしたアンジェリカの口からは、様々なアイディアが漏れ出ている。

 そんな彼女を見ながら、エスは唖然として声を漏らした。

 

「随分思い切ったことを考えたな……しかし、勝手に使ってもいいのか?あれは一応、キャラバン預かりになってはずだろ?」

 

 そう問われたアンジェリカは、待ってました!と言わんばかりに得意げに胸を張った。

 

「それに関しては、女将さんには話を通してある!事情を話したら、「アレを使ってフューラーが直るなら、好きに使ってよかよ」、と気前よく許可をくれた!」

 デザルト・チェルカトーレでは、回収したゾイドやパーツは誰が拾おうとも一端キャラバンが全て預かり、その後リョーコの判断で売りに出すか出さないか判断される。

 今回の場合、回収したパーツがあまりに特殊なため、リョーコもどうするか判断に困っていたが、アンジェリカからフューラーの話しを聞き、修復に使って良いと許可したのだった。

 

「それで、エス。どうするんだい?」 

 すでにお膳立てが済み「NO」と言えない状況と、ニコニコと子供のような笑顔のアンジェリカを見て、エスは「オレに確認する必要あったのかよ?」と頭をかいた。

 

「……まぁ、あのブレイカーユニットを使って、フューラーが修復できるなら、オレが反対する理由は無い。で、すぐに作業を始めるのか?」

「いいや、タルタルの中で出来る事は限られているからね。女将さんの話では、今回の仕事が終わったら、キャラバンが拠点のひとつにしている都市へ寄るらしいんだ。本格的な改修作業はそこの作業場を借りて行おうと思っているけど、どうしてだい?」

 エスの質問の意図が分からず、アンジェリカが不思議そうな顔をしていると、エスが深いため息を漏らした。

 

「……なら、少し寝ろよ。これ以上オーバーワークを続けたら、本当に倒れるぞ」

 いくら本人が「徹夜は慣れている」と言っても、エスの目にはアンジェリカが限界に来ているのがはっきりと見て取れた。

 しかし、とうのアンジェリカはエスの言葉にムッとした表情をすると首を横に振った。

「気に掛けてくれるのは嬉しいけど、休んでる暇は無いさ。拠点に着いてすぐに改修作業に取り掛かる為にも、終わらせておかないといけない準備が山積みなんだ。だから寝ている暇は……って、僕のタブレットを返してくれないか?」

 少しでも準備を進めたいアンジェリカは、データを纏めるためにタブレットを返してもらおうとエスに手を差し出すが、彼は手にしていたタブレットをアンジェリカの手の届かない所に置いた瞬間、エスが目にも留まらぬ速さでアンジェリカの背後へと移動する。

 

「ドクター…少しでも良いから寝ろ!嫌だというなら、こうする!!」

 そういうとエスは有無を言わさず、アンジェリカを抱え上げ、所謂お姫様抱っこを敢行した。

 

「?!な、何をするんだ君は!?」

 突然のことに呼吸を忘れるほど驚いたアンジェリカだったが、自分の状況が理解できると顔を真っ赤にして暴れだした。

 

「このままドクターを部屋まで運んで行く……いいかドクター。アンタが倒れられたら、エリーだけじゃなくて、他のみんなも困るし心配するんだぞ?それにさっき、オレがフューラーを素体状態で動かすと言ったら、「仲間としてそんな危険こと、看過できない」と言ったよな?なら、オレも同じ事を言う……ドクターが無理をする事を、これ以上は見過ごせない、仲間としてな!」

 

 エスが怒っていると漸く分かり、暴れる事をやめたアンジェリカだったが、お姫様抱っこで運ばれることに強い抵抗を見せた。

 

「き、君が本当に心配してくれている事は理解した!……だからと言って、このようにして運ばれるのは…不本意だ!ちゃんと、自分の足で部屋に戻る!」

「ダメだ。ちゃんと部屋まで連れて行って確認しないと、寝ないかもしれないからな」

「僕は子供か!?だったら、別の運び方を要求する!っ~~…こう見えても、僕だって女なんだ。男の人にこういうことをされるのに慣れてないし、その…恥ずかしいんだぞ……」

 

 これまでの人生で味わった事の無い恥ずかしさで赤くなった両頬を手で押さえながら、アンジェリカが消え入るような声で抗議する。

 

 そんな彼女の姿に、キョトンとした表情をしていたエスだが、アンジェリカの女性らしい反応を見て笑みを浮かべた。

 

「…なんだ、ドクターもそんな可愛らしい表情するんだな」

「?!君は僕を馬鹿にしているのか!?」

 

 自分が女性らしくないと自覚しているアンジェリカだが、それを改めて他人に指摘されると無性に腹が立ち、声を荒げる。

 

「していない。兎に角!これが嫌なら今度からはちゃんと睡眠を取るんだな、アンジェリカ」

「くっ…僕にこんな辱めを受けさせたこと…絶対に忘れないから……」

 恨み節を口にするアンジェリカだが、その表情は何処か嬉しそうにも見える。

 

 結局、アンジェリカはエスに部屋まで運ばれ、そのままベッドに放り込まれた。エスの見立てどおり、余程眠かったのか、愚痴をこぼしていた彼女はモノの数分も経たずに、寝息を立て始めたのだった。

 

*************

 

 アンジェリカが寝たのを確認し、部屋を後にしたエスは、ホバーカーゴの外へと出た。

 

 外は既に夜の帳が下り、キャラバンは野営を行っている。

 

 エスは、手近な岩に腰掛けると夜空を見上げる。

 

 キャラバンに拾われてからというもの、エスは夜になるとこうして満天の星が煌く夜空を見上げている。何となくだが、記憶を無くす前も、誰か(・・)とそうしていたような気がしたからだ。

 

「おや?エスやないね。こんな時間になんばしよっとね?」

 

 突然、声を掛けられたエスが振り向くと、そこにはキャラバンの顔であるリョーコが立っていた。

 

「女将さん……いや、別に。女将さんこそどうしたんだ?」

「あたしは、夜番のメンバーの夜食を作りよったとよ」

 

 リョーコが指差した先に、夜番をするメンバーたちが食事をしていた。

「それで、アンタはなんしよったとね?……ははぁ~…何ね?悩みがあるなら、小母ちゃんが聞いちゃるよ?」

 

 星を眺めて黄昏ていたエスに、何か悩みがあるのでは、とリョーコは考え、「ほら、話さんね?」と促す。

 

 適当なことを言ってはぐらかす事も出来たエスだが、リョーコを見ていると、不思議と話さなければいけない気になっていく。

 

「…女将さん、実は……」

 

 そしてエスは意を決してリョーコに、ヴィンセントや先の謎の部隊襲撃の真意と、その背後に居るとされる謎の組織が糸を引いている事を話し、どうすればいいか悩んでいると打ち明けた。

 

 話し終わり、エスがリョーコの顔を見ると、彼女は何とも言えない渋い表情を浮かべていた。

 

「……何ね、色恋沙汰で悩んどうかと思ったら、そげんこつね。つまらーん」

「女将さんっ!」

 さすがに茶化されるとは思っていなかったエスが声を荒げる。

 鼻息を荒くするエスに、リョーコは二カッと笑みを浮かべた。

 

「冗談っちゃ!……それにしても、ここ最近の襲撃にはそげん理由があったとね」

 ここ最近起きたキャラバンに対する襲撃に、何かしらの意図を感じていたリョーコは、エスの話しを聞いて疑問に思っていたことが腑に落ち、何度も頷く。

 

「……その組織にフューラーを渡せば、一先ずキャラバンが襲われる事は無くなると思う。だがフューラー(あいつ)は、オレを信頼してマザー・ミレイが託してくれたゾイドだ。オレの気持ちとしては、彼女の信頼を裏切るようなマネはしたくない……それに、強硬な手を使ってゾイドを奪おうとする連中だ。そんな奴らにフューラーを渡せば、これから先、多くの人々を不幸にするような事を仕出かす気がしてならない。だが、女将さんがキャラバンの安全のために、そいつらにフューラーを引き渡せと言うなら、オレはフューラーと共に、ここを出て行く……まぁ、出来ることならここを出て行きたくは無いけどな」

 

 先ほどとは打って変わって、エスの話しを真剣な面持ちでリョーコは耳を傾けていた。エスの話しを聞き終わると、リョーコは短く息を吐き出す。 

 

「……それが、アンタの抱えとった悩みね?」

「あぁ」

「この事を、他の誰かに話したね?」

「いや、していない。まずは、女将さんに話しを通すのが筋だと思っていたからな」

「そうね……この話は一旦小母ちゃんが預かるけん、他言せんどき。分かったね?」

 そう言うと、リョーコは険しい表情のまま、自室のある車両へと帰っていく。

 

 彼女の背中を見送ったエスは、ほんの少しだけ胸の痞えが軽くなった気がし、残りを取り去るように一度息を吐き出すと、再び夜空を見上げるのだった。

 

 

************

 

 

「どうですか?その後、ヴィンセントさんの様子は」

『最初は、部屋から出せと騒いでいましたが、エージェント4のご指示通り、酒を提供したら大人しくなりました』

「そうですか、それは良かった」

 

 部下からの報告に、エージェント4は満足そうに頷いてみせる。彼にしてみれば、束縛を嫌うヴィンセントが部屋に押し込められれば、暴れだすのは簡単に予測できた。そんなヴィンセントを静かにさせるには、酒が一番良いと、部下に彼好みの酒をしこたま持たせていたのだ。

 

 何事もないと報告を受け、満足げに笑みを浮かべるエージェント4に、部下の女性が意を決したように口を開いた。

 

『しかし、ここまでする価値が本当にあの男にあるのでしょうか?酒で精神の安定を図るような……依頼も満足にこなせない様な男、ジェノブレイカーがを回収した時点で用済みだったのではないかと……今からでも始末した方が良いのでは、と愚考します』

 

 部下の言葉にエージェント4は目を丸くするが、すぐにいつもの作り笑みを浮かべる。

 

「おやおや…若いお嬢さんがそのように物騒なことを言ってはいけませんよ。彼の様なフルスペックのジェノブレイカーを乗りこなすゾイド乗りは早々いません。一度負けたからと言って、ヴィンセントさんの価値は何一つ失われてはいない……戦闘データを見ている貴女も、それは理解していますね?」

『……』

 エージェント4の指摘に、部下の女性は何も言い返せず押し黙る。仕事上、それなりの数のゾイド乗りの実力を見ている彼女も、ジェノブレイカーに収められた戦闘データから、ヴィンセントの実力が本物である事は嫌でも理解できている。

 だが、それでも彼女には”割り切れない気持ち”があった。

 

 反論してこない部下を見て、エージェント4は彼女がヴィンセントの”価値”をきちんと理解していると判断し、締めに入る。 

 

「理解しているのなら、結構。では、何かあればまた連絡を」

『畏まりました…失礼します』

 何処か不満そうな顔をして、女性が頭を下げると通信が終了し、エージェント4の前にある画面が漆黒へと変わる。

 

「…ふぅ、彼女の男嫌いも相当ですね。ワタシにはそこまでの拒絶反応は無いのですが……この際、苦手克服のために、今後ヴィンセントさんとの連絡役にしてみましょうか?」

 先ほどまで報告していた部下の女性が聞けば発狂しそうな事を口にしながら、エージェント4はデスクチェアに背中を預け、オフィスの窓の外に広がる空を見上げる。

 

 そんなエージェント4の背後で、オフィスのドアが勝手に開いた。

 

「誰ですか?アポ無しでの面会はお断りしているのですが…」

 またエージェント(ゼクス)辺りが乗り込んできたか、と憂鬱になりながら振り返ると、そこにはエージェント4が絶対に自分のところへやってくるはずが無いと思っていた人物が立っていた。

 

「ほう、余であっても貴様と会うために、一々連絡を入れろと言うのか?エージェント風情が、随分偉くなったものだな」

 

 立っていたのは、古めかしい貴族服を纏った二十前後の青年だった。女性を虜にする甘い端正なマスクをしているが、纏う雰囲気と服装が相まって、青年を言葉で表現すると、”尊大””不遜”と言うのが相応しい、そんな人物だった。

 

 青年は、エージェント4の言葉が気に入らなかったのか、苛立ちを露にしていた。

 

 その姿を見てすぐに立ち上がったエージェント4は、青年に対して恭しく頭を垂れた。

 

「……これは申し訳ありません、殿下(・・)。まさか、御自らお越しになられるとは露にも思っておりませんでしたので……お申し付けいただければ、こちらからお伺いいたしましたのに」

 

 エージェント4のオフィスを訪れたのは、赤竜旗(ロード・ドラグファーネ)の首魁である”御前”の孫と言われる人物だった。

 ある意味で、エージェント6以上に面倒な人物の登場に、エージェント4は内心でげんなりと言った心境だったが、難癖を付けられても面倒だ、とその顔には申し訳ないといった表情を”形”だけ浮かべている。

 

 当たり障りの無いエージェント4の言葉に、何故か青年の表情が一層険しくなった。

 

「それでは、余が待つことになるではないか戯けが……まぁ、そんな事はどうでも良い。エージェント4よ、貴様…新な帝国の遺産を見つけたそうだな?」

 断り無く、当然のようにオフィス内に入り、接客用のソファーへ腰掛けた殿下と呼ばれる青年から飛び出た言葉に、エージェント4の目が一瞬だけ鋭さを増す。

 だが、すぐにいつもの営業スマイルへと戻り、殿下の疑問に対して肯定するように頭を縦に振った。

 

「…はい、仰るとおりにございます。ただ、帝国の遺産【バーサーク・フューラー】を所有するゾイド乗りが思いのほか手強く、現在捕獲の為に情報を収集している段階でして……」

「情けない…聞けば、帝国の遺産を所有しているのは、キャラバンとか言う行商を行う者だと言うではないか。そのような下賎な者に後れを取るなど、この恥さらしが……もう良い!貴様に任せていては、いつ余の手元に届くか分かった物ではないようだ。その遺産…余、自ら回収してやろう」

 

 エージェント4の報告を聞いていた青年が突然、苛立ちを爆発させえるように盛大に舌打ちし立ち上がると、大声で出撃を宣言した。

 

「御自ら、でございますか?」

「この間エージェント(ヒョンフ)の手に入れた遺産を使う。余とアレならば、確実に敵を蹴散らし、遺産を回収できるだろう」

「アレを、もう実戦に出すと?」

 さすがのエージェント4も自身の耳を疑い、殿下に問い返した。帝国の遺産と呼ばれるゾイドは、赤竜旗においても特別なゾイドで、例え”御前の孫”という立場にあっても、おいそれと動かせる代物ではないのだ。

 

 エージェント4が驚いていると感じた殿下は、得意げに笑みを浮かべる。

 

「実戦データが欲しいそうだからな、丁度良いではないか…エージェント4よ。貴様には、余のサポートを命ずる。すぐに出撃の準備をせよ。良いな?」

 踵を返して部屋を出て行く殿下の背中を見ながら、エージェント4は自分の与り知らぬところで事態が動いている気配を察知し、「これは、少し付き合ってみるのがいいかもしれませんねぇ」と、笑みを深め再び恭しく頭を垂れた。

 

「御意……」

 

 

 エージェント4の号令で、出撃の準備が進むホエールキング内の格納庫に殿下の姿があり、乗機となるゾイドを見上げている。

 そのゾイドの雄姿に、殿下の口元が自然と緩む。

 

「さぁ、余のために働いてもらうぞ……ライガーゼロよ!」

 

 そう叫んだ彼の眼前には、装甲を真紅に染め上げられたライガーゼロが鎮座し、静かに青年を姿を見つめているのだった。

 




 オッス、ジェドーだ。
 フューラーの改修作業のため、キャラバンの拠点にしている都市に立ち寄ると、何とキャラバンの代表にして女将さんの夫である「旦那さん」が俺たちを出迎えてくれた。
 久しぶりの再会に話を弾ませていた俺たちに急遽飛び込みの仕事が入り、改修作業をしていたエスとドクターを残して指定された場所に向うと、そこにはトンでもない奴が待ち構えていやがった!
 なっ、紅いライガーだと!?こいつも、エスたちが狙いかよ?!

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男- 第十四話「帝国のライガー」!

 こいつはちょっと、分が悪そうだ。


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帝国のライガー

今回は、盛ってます!


 この時代、大陸に点在する都市や町の中には、少し変わった成り立ちをしているものがある。

 

 白百合の園が、嘗ては帝国の基地の設備を流用し花街として発展した都市だったように、元々は共和国や帝国の前線基地や補給・整備基地だったものを、人が住みやすい環境へと整備しなおし、発展させた町が存在するのだ。

 

 基地を流用した理由としては、防衛という観点から見ると、元が戦争をするための基地なので防御に非常に優れている点が上げられる。敷地内のインフラも辺境のコロニーに比べれば整備されているため、少し手を加えるだけで、住環境が整う。

 更に、補給のために街道が整備されているので、他の町との交易もしやすい利点が挙げられるだろう。

 

 キャラバン【デザルト・チェルカトーレ】が拠点のひとつにしている【スチールギア・シティー】も、元は共和国軍が使用していたゾイドの補給・整備基地を下地にして発展しており、今ではキャラバンや傭兵相手のゾイドや車両の整備を町の主な産業としている。

 

 そんなスチールギア・シティーでも老舗のゾイド整備工場【タダンファクトリー】の事務所に、エス、アンジェリカ、エリー三人の姿があった。

 バーサーク・フューラーの改修作業のため、大掛かりな設備を必要としたアンジェリカだったが、残念な事にキャラバンが所有しているスチールギア・シティーの倉庫にあった機材では、作業出来ない事が判明した。

 そこで急遽、キャラバンが所有するゾイドなどの定期整備を頼んでいる馴染みの整備工場に、設備を貸してもらうとリョーコが提案し、彼女が書いた紹介状を手に、三人はタダン・ファクトリーを訪れていたのだった。

 

 そんな三人とテーブルを挟んで反対には、機械油で汚れたつなぎを着た三十代後半の男が、エスたちが持ってきたリョーコの紹介状を読んでいる。

 

 男の名は、クリュー・タダン…タダンファクトリーの三代目である。

 

「なるほど……お話しは分かりました。ウチの設備でよろしかったら、どうぞ使ってください」

 

 紹介状を読み終え、笑顔で快諾するクリューに、エスとエリーはホッと胸を撫で下ろすが、アンジェリカだけが少し困ったような表情を浮かべる。

 アンジェリカの表情を見て、エリーが”コクッ”と首をかしげた。

 

「どうした…の、ドクター…?」

「ん?あぁ…女将さんの紹介状があったとは言え、見ず知らずの人間がいきなりやってきて「ゾイドを直すから設備を貸してくれ」と頼んでも、そう簡単に話が進むとは思っていなかったんでね……正直、ひと悶着ぐらいあるかと思い、身構えていたぐらいだったんだ」

 

 メカニックにとって、自分たちの作業場は神聖な場所。そこに同業者の、しかも見ず知らずの他人が、土足で入り込むことがどれほど恐れ多いか、過去流しのメカニックだったアンジェリカはそのことを痛いほどに承知している。だからこそ、どれだけ罵倒されても、許可してもらえるまで頭を下げ続ける覚悟を持って臨んでいたのだが、あっさり許可が出てしまい、肩透かしを食らった気分だった。

 

 そんな彼女の言葉を聞き、クリューがゆっくりと頷いた。

 

「そうですね…他の方の紹介だったなら、断らないまでもすぐに返答するのは避けたでしょう…ですが、女将さんなら話しが別です。何せ、デザルト・チェルカトーレは上得意様である以上に、このタダン・ファクトリーの大恩人でもありますから」

 そういうと、クリューは壁に掛けられた額入りの写真を見つめる。

 

「このタダン・ファクトリーは私の祖父が立ち上げたのですが、祖父は整備士としても経営者としてもやり手で、一代でこの工場を大きく成長させました。ですが、二代目である父は、祖父と違って職人気質の整備士で経営はからっきし。祖父の代から縁のある方に経営を任せていたんです。ですが、信頼していたその方に工場の運転資金を持ち逃げされ、父が引き継いで数年もしない内に工場の経営は立ち行かなくなってしまい、人の手に渡るかもしれない瀬戸際まで追い込まれてしまいました。途方に暮れていた父と母を救ってくださったのが、デザルト・チェルカトーレの皆さんだったのです」

 三十年ほど前。キャラバンの所有するゾイドを整備してもらおうとリョーコたちが、町一番の腕前と言われていたタダン・ファクトリーを訪れたのだが、外部の話とは裏腹に、工場の経営は破綻寸前だということをリョーコたちは一発で見抜た。

 クリューの父から話を聞くと、「あんたが悪い!!」と激しく叱責した後、見て見ぬ振りも出来ないと、リョーコたちは経営再建を手伝ったのだった。

 

 その頃に撮られた写真を見ながら、クリューがリョーコたちとの出会いなどを話すと、エスたちへと視線を戻した。

 

「今、この工場があるのは旦那さん(・・・・)や女将さんたちのお陰と言っても過言ではありません。その恩を、少しでもお返しできるなら、喜んでご協力させて頂きます」

「そんな事があったのか…改めて、設備の使用許可を出して頂き、感謝する!!」

 クリューが手放しで協力してくれる理由を聞いて納得したアンジェリカは、クリューに対して感謝の気持ちの表れとして手を差し出し、握手を求めた。

 それを見たクリューは、笑みを浮かべ彼女の手を握り、ガッチリと握手を交わした。

 

「それで、いつから作業に入られますか?こちらは丁度、繁忙期を過ぎたところなので、いつでも構いませんよ?」

「本当かい?!ではきょう「明日からお願いします」えぇ?!」

 約束を取り付けたことで自重する気持ちが薄れたのか、先方が忙しくないと知るやいなや、アンジェリカが今日から作業に入りたいと言おうとするのを、エスが寸前でブロックした。

 

 抗議するように拗ねた声を上げるアンジェリカに、エスがジト目で睨む。

 

「忘れたのか?今日のところは顔見せと許可取りだけにして、一度戻って来いって女将さんに言われていただろう?」

「ドクター……約束は…守らないと、いけない…よ?」

 クリューが間違いなく設備を貸してくれることを確信していたリョーコは、許可を貰ったアンジェリカが暴走しないように、一度帰って来る事を厳命していた。

 エリーがくっついてきたのは、アンジェリカに対する強力なストッパーとしての役割を期待してのことで、彼女は立派にその役目を果たしており、エリーの悲しげな表情を見て、アンジェリカは完全に押されていた。

 

「くっ……分かった。だが、設備の確認だけはさせてほしい!そうじゃないと、作業手順が組めない!!」

 

 最後の足掻きとも取れるアンジェリカの言葉だが、タダン・ファクトリーにどのような設備が備えられているか分からないと、明日からの作業に手間取ってしまい、結果として工場の人たちに迷惑を掛けてしまうか、とエスは短い時間で考えをまとめ、短く息を吐いた。 

 

「……分かったよ。ただし!見るだけだからな?」

 エスの念押しに、アンジェリカは嬉々として首を縦に振る。その様子に、エスとエリーは顔を見合わせるとお互いに苦笑を浮かべる。

 

「申し訳ないが、彼女に工場の中を見学させてもらえないだろうか?」

「構いませんよ。ではどうぞ、こちらに」 

 三人のやり取りを笑顔で見守っていたクリューは、エスの申し出に快く了承し、三人を工場内へと案内するのだった。

 

 そして、工場内の設備を見たアンジェリカが「まさか、こんな最新設備を揃えているなんて……嬉しい誤算だ!!」と狂喜乱舞したことを追記しておく。

 

 

 タダン・ファクトリーでの設備使用の約束を取り付け、その設備の確認を終えたエスたちは、駐機場兼品物の一時保管庫として使っているデザルト・チェルカトーレ名義の倉庫へと向っていた。

 

 ある程度の規模の都市となると、ゾイドを停められる公営のパーキングなどが整備されているが、デザルト・チェルカトーレ規模のキャラバン隊が駐機するとなると、その料金は短期間でも結構な額となる。

 

 そのため、拠点としている町や都市では、駐機場を兼ねた大型の倉庫を所有し、滞在中メンバーはそこで寝泊りをしているのだ。

 来た道をそのまま戻り、エスが運転するバギーが倉庫へとたどり着き中へと入ると、メンバーが慌しく作業を行っていた。

 

「なんだ?この騒ぎ……」

「荷物を積みなおしているようだけど…」

「何か…あった…?」

 三人が出掛ける前、町に一週間近く滞在することになると言う事で、リョーコの命令で「荷物の整理ばしようかね」と荷物を下ろす作業を始めていたはずのメンバーが、まったく真逆の作業を行っていた事に、エスたちが小首をかしげる。

 

 すると、三人が帰ってきたのに気がついたリョーコが手を上げて、三人を出迎えた。

 

「やっと帰ってきたとね!…その様子なら、ちゃんとOKば貰ってきたみたいやね?」

 

 早く帰って来るものと思っていたエスたちが予想よりも遅かったことに、何処で道草を食っていたのかと、小言を言おうとしたリョーコだったが、彼らの表情を見て意地の悪い笑みを浮かべる。

 彼女の笑みに、意気込んで出て行ったのを見られていた事を思い出したアンジェリカは、恥ずかしそうに視線を逸らし、やはり簡単に貸してもらえると踏んでたのか、とエスは肩を竦めた。

 

「まぁ、女将さんのお陰ですんなりと、ね……それよりも、この騒ぎは一体?」

「ん?…あぁ、急に昔馴染みに物資輸送を頼まれてね。その準備をしよったんよ」

「へぇ、普段なら断るはずの飛び込みの仕事を引き受けるなんて、珍しいんじゃないかい?」

 

 リョーコの答えに、アンジェリカが疑問に思い首を傾げる。

 規模の大きなキャラバン隊では、隊を維持するために交易品の売買だけでなく、物資輸送など複数の仕事を同時に行ったりもするが、デザルト・チェルカトーレは商隊規模に反比例して交易品売買で得る収入が多いキャラバン。よほどの理由がない限り、飛び込みの依頼を受けたりしなかった。

 

 アンジェリカの疑問に、リョーコは疲れたようにため息を漏らした。

「昔、色々とお世話になった人の頼みで、なおかつ緊急性の高い依頼やったけん、無碍に断るわけにもいかんとよ…っとそれよりも、三人に紹介せんといかん人が居るとよ。ノンさん!!」

 

 声を掛けたリョーコの視線の先に、一人の男性が立っていた。

 

 遠目からでも分かるほど若く見える顔立ちだが、纏う空気は洗練され円熟味を増した大人の男のそれである。「年齢不肖」という言葉を体現するような男は、リョーコに呼ばれると手を上げて、彼女の下へとやってきた。

 

「リョーコ、呼んだかい…おや?もしかして、彼らが?」

「そう、さっき話した新しくメンバーに加えた子達。エスにエリー、そしてアンジェリカね……三人とも、この人がアタシの旦那で、名前はヨースケ。どうせまたフラッと居なくなるやろうけど、一応覚えといてやって」

「「「…え?!」」」 

 リョーコの紹介に、一瞬エスたちの脳裏に疑問符が浮かぶが、内容を把握できると一斉に驚きの表情をもって男を見つめた。

 

 エスたちの前に現れたこの男こそが、キャラバン隊デザルト・チェルカトーレの代表にして、リョーコの夫であるヨースケである。

 普段は妻にキャラバンを任せ、”買い付け”と称して世界を放浪し連絡さえ取れない風来坊だが、何故かタイミングを狙ったかのように、キャラバンが拠点に滞在している時にキャラバンに有益な品物を携え”フラッ”と帰ってくる人物で、今回もエスたちがタダン・ファクトリーへ出掛けるのと入れ違いに戻ってきたのだ。

 

 久しぶりに会った妻の素っ気無い態度に、ヨースケは苦笑しながらエスたちの前へと進み出た。

「手厳しいな、リョーコは……初めまして、リョーコの夫のヨースケです。三人の事は、先ほどリョーコやジェドー君たちから聞いたよ。これからも色々と迷惑を掛けるだろうけど、他のメンバーと一緒に力をあわせて、デザルト・チェルカトーレを盛り上げてくれると助かるよ…そうそう!もし、買い付けて欲しい物や探してる物があるなら、遠慮なく言ってくれ!こう見えても、探し物は得意でね!情報からゾイドまで、何でも承るよ!!」

「は、はぁ……」

 エスたちに握手を求めながら自己紹介するヨースケの勢いに、エスたちは少し怯む。

 

 そんなはしゃいでいる夫の姿に、リョーコは呆れながらため息を漏らしていた。

 

 その後、荷物の積み込み作業が終わると、久しぶりに戻ってきたヨースケを交えてメンバー全員で宴会の様な夕食を行い、日付を跨ぐ一歩手前の時間まで大いに騒いだ。

 

 次の日。エスたちが起きると、既にヨースケの姿は倉庫内にはなく、また買い付けに出て行ってしまっていた。

 

 唯一、妻であるリョーコだけが彼を見送っており、「あん人なら夜明け前に出てったよ」と、父を見送れず不満を爆発させている娘たちを宥めながら答えた。

 

 ヨースケの突飛な行動力に、エスたち新参者以外はさほど驚く事もなく、「まぁ、いつものことだしな」と朝食を食べ、出発準備を始めるのだった。

 

 

「今回の仕事やけど、行きに二日、荷降ろしに一日、帰りに二日と見とるけん、遅くとも五日後には帰ってこれるやろうね」

「五日か…それだけあれば、フューラーの改修作業と調整作業は終えているだろうね」

 

 フューラー改修の為、スチールギア・シティーに残るエスとアンジェリカの二人(・・)に、リョーコが仕事に掛かる日数の説明すると、アンジェリカは自分の作業工程と照らし合わせた。

 当初、アンジェリカは作業に掛かる日程を一週間程度と設定していたが、タダン・ファクトリーが保有する設備が最新鋭の物ばかりだったおかげで作業効率を見直すことが出来、作業日程を短縮する事が可能となったのだ。

 

「すまないな、女将さん…こんな時に、足引っ張って」

 アンジェリカの横で、ゾイド乗りとしてキャラバンの護衛をしなければならないにも関わらず、同行できないことにエスが険しい表情を浮かべて頭を下げるが、リョーコは首を横に振る。

「気にせんでよかよ。元々急に舞い込んだ仕事やけんね…それに、エリーも連れて行くんやけ、心配せんでもよか」

 

 リョーコの言葉を聞いて顔を上げたエスは、出発作業をするエリーへと視線を向けた。

 元々エリーは、アンジェリカがまた限界を超えて作業するような無茶をしようとした場合のストッパー役として、エスと共に作業を手伝う事になっていた。

 しかし、リョーコが急遽受けた依頼が大量の(・・・)物資輸送だったため、盗賊などから積荷を守る必要があり、万全を期すために護衛としてエリーもキャラバン側へと加えることになったのだった。

 

「まぁ、足を引っ張るっち気にするなら、この子(アンジェリカ)が無理せんごつ、見張っとき」 

「……出来うる限り、眼を光らせとくよ」

 そんな二人のやりとりを聞いて、自分が無理をする前提で話を進められていることに、ソワソワしていたアンジェリカがムスッとした表情でエスたちを見た。

 

「…むぅ。いくらなんでも、私に対する信用が無さ過ぎではないかい?」

「日ごろの行いのせいだろう?」

 アンジェリカの非難の眼差しを受け流していたエスに、準備を整えたエリーが近づいてくると、頭を下げた。

 

「エス様…ドクターのこと、お願い…します」

「あぁ、任せておけ」

 顔を上げたエリーに、エスが安心させるように頭を優しく撫でると、エリーはくすぐったい顔をして、もう一度頭を下げた。

 

「お母様、準備が整いました」

「よ~し!それじゃ、出発するよ!!」

 出発準備が整い、リョーコの号令と共にキャラバンが目的地の町へと向けて出発する。

 

『じゃあ行って来るね、エス、ドクター!お土産、楽しみにしててね!』

 愛機(コマンドウルフ)のコックピットから声を掛けてくるナデアに、エスとアンジェリカは手を振って応え、出発を見送る。

 キャラバンの姿が見えなくなるまで見送ると、アンジェリカが自分の頬を叩いて気合を入れ、エスの方へと振り向いた。

「さて!僕たちも行こう!」

 

 やはり時間が惜しいのか、アンジェリカはエスに声を掛けるとホバーカーゴへと走り出していた。

「あぁ、分かった……」

 その姿にエスは苦笑すると、キャラバンが向った方を一瞥し、アンジェリカの後を追った。

 

 

*****************

 

 

 赤竜旗(ロート・ドラグファーネ)から与えられているエージェント専用のホエールキングの中にある執務室で、エージェント4は一枚の書類を見つめていた。

 

「フフフ……改めて、自分が所属している組織の事を何も知らなかった(・・・・・・・・)のだと、思い知りましたねぇ」

 

 書類を読み終えたエージェント4は、いつもの営業スマイルを浮かべながら、手にしていた書類をデスク脇に置かれた水槽へと入れた。

 書類が水槽の水に触れた所から、ボロボロと崩れるように解けていき、モノの数秒でその形を失ってしまう。

 

 完全に溶けて無くなったことを確認し、エージェント4が通信機へと手を伸ばそうとした時、アラームが鳴り通信機が着信を知らせた。

 

 何ごとかと通信機をオンにすると、画面にホエールキングのブリッジに居る部下の男性が映し出された。

 

『申し訳ありません。こちらが目を離した隙に、殿下がライガーゼロに乗って、例のキャラバンへと向われてしまいました』

 部下の言葉に、エージェント4から営業スマイルが消え、先ほど書類を溶かした水槽へと顔を向けると、薄く瞼を開き見つめた。

 

『……エージェント4?』

 只ならぬ上司の様子に、部下の男性が恐る恐る声を掛けると、エージェント4は通信画面へと向き直り、いつもの営業スマイルを浮かべた。

 

「…そうですか、殿下にも困ったものですねぇ。こちらにも、段取り(・・・)と言う物があるというのに。それで、殿下の位置は?」 

『現在、殿下の操縦するライガーゼロはここ。このままですと、目標のキャラバンとはこの辺りで会敵すると思われます。いかが致しましょうか?』

 

 広域マップが表示され、それぞれの位置が光点で示されると、エージェント4は顎に手を当てた。

 

「いかが致しましょうかといわれましても、我々にあの方を止める権限はありませんしねぇ。かといって、このままにも出来ませんし……少数で構いませんので、足の速いゾイドを中心に部隊を編成して殿下のバックアップを。それと、私のSSS(ストームソーダー・ステルスタイプ)の発進準備をお願いします」 

『畏まりました』

 指示を受け、部下が一礼すると通信画面が暗転する。

 

 通信が切れたことを確認すると、エージェント4は再び水槽へと眼を向けると、普段は見せない凶悪な笑みを浮かべた。

 

「さて……それでは、じっくり拝見させて頂きましょうか?殿下の性能(・・)とやらを、ね」

 

 

***************

 

 

 急遽引き受けた依頼を問題なく完了したデザルト・チェルカトーレは、スチールギア・シティーへの帰路につき、到着まであと二時間ほどの所まで戻ってきていた。

 

『もうすぐ、スチールギア・シティーかぁ~…エスとドクター、元気かな?』

 愛機のコックピット内で、ナデアが欠伸交じりの暢気な声を漏らしていると、兄のジェドーがため息を漏らした。

『何言っているんだ、ナデア。出発してたった五日しか経ってないだろう?そんな何ヶ月も経ったような言い方してどうするんだ』

『いやだってさ、ドクターがまた無茶してる可能性があるでしょ?大丈夫かなぁって、心配で』

 ゾイドが絡むとアンジェリカが見境がなくなることを、前回の”ゾイドの墓場”調査で思い知ったナデアは、エスがアンジェリカに振り回されていないかと、心配していた。

 

 心配を口にするナデアに、親友であるエリーが通信画面の向こうで首を横に振った。

 

『大丈夫…だよ、ナデア。無茶しないって、ドクターが約束…してくれたから』 

『俺たちよりも、ドクターをよく知っているエリーの言葉だと重みが違うなぁ。まぁ、さすがのドクターも、エリーにアレだけ心配掛けたからな。ナデアが気を揉まなくても、自重してるだろうよ』

 心からアンジェリカを信用しているエリーの言葉に、顎をさすりながらホメオが何度も頷く。

 

 そんな朗らかな会話を交わしていた四人のコックピットに、突然リョーコの顔が大きく表示された。

 

『ほら、あんたたち!仕事が終わったっち、気ぃ抜きすぎやないね?町に着くまで、シャンとしとかんな!』

『『『『す、すみません!』』』』

 仕事を終えているとは言え、整備された街道であっても危険なことに変わりは無く、いつ危険が降りかかるか解らないと、リョーコに窘められた事で居住まいを正す四人。

 それを見て、リョーコは小さくため息を漏らす。

 

 その時だった。

 

『ん?…十時の方向に反応!崖の上から、何かが近づいてくるぞ!!』

 

 ホメオの乗るゴルドスのセンサーが接近する機影を捉え、けたたましくアラームを鳴らした。何故なら、接近する機影の速度が巡航速度ではなく、明らかに戦闘速度で近づいて来ていたからだ。

 

 全員が、ホメオの言う方角へと視線を向けると同時に、崖上から赤い影が飛び出し、その影から何かの発射音が発せられたかと思うと、間を置かずにキャラバンの進行方向に着弾し、爆発音と土煙が上がった。

 

『っ!?攻撃してきた!』

 突然の攻撃に全員が足を止め、ジェドー、ナデア、エリーの機体が前へと飛び出すと、煙の向こうに着地した赤い陰を警戒し、戦闘態勢を取った。

 

 爆発による土煙が晴れ、攻撃してきた存在の姿が露となる。

 

 そこに居たのは、血の様に紅く染められた装甲を持つライガータイプのゾイドが立ち塞がっていた。

 

『赤いライガー?見た事の無いタイプだな』

『なんか、フューラーの装甲と形が似てる気がするけど』

 立ち塞がるライガータイプに、ジェドーとナデアが怪訝な顔をしていると、エリーが静かに口を開いた。

 

『あれは、ライガーゼロ…ドクターの持ってたデータで、見たことが…あります』

 

 【ライガーゼロ】……かつて、帝国において開発されるも、開発拠点だったニクシー基地陥落に伴い、試作機が共和国軍によって強奪され、以降同軍特殊部隊の主力として活躍。更に、時を置いて開発元である帝国でも配されたライオン型ゾイドである。完全野生体をベースに、CASを用いた武装換装のお陰で高い汎用性を獲得している。同じ計画内にて開発されていたバーサーク・フューラーとはまさに兄弟機といえ、タイプゼロの装甲とバーサークユニットの装甲が似ていると言う、ナデアの言葉はあながち間違いではないのだった。

 

 エリーが記憶を探りながら話したライガーゼロの情報に、メンバー全員が表情を引き攣らせる。何故なら彼らにとって、フューラーの強さはよく解っており、目の前のゾイドがフューラーと同等の強さを兼ね備えていることが脅威だからだ。

 すると、ライガーゼロからオープンチャンネルで音声のみの通信が入った。

 

『お前たちか。卑しくも”帝国の遺産”を占有しているという輩は……今すぐ、余にバーサーク・フューラーを献上せよ。お前たち下賎な者には不相応なゾイドだ』

 何処かで聞いたことのある言葉に、メンバー全員の表情が険しくなる中、リョーコは目を細めると、グスタフに備えられた通信用マイクを手に取った。

 

『いきなり攻撃しておいて、ずいぶんな言い草やね……アンタ、フューラーを狙ってるっち言う組織の人間やろ?少しは交渉しようって考えは無かとね?』

 ほんの少し怒気を込めながら、リョーコは目の前の相手に問いかける。エスから話を聞いてから、彼女自身の答えは「例え、相手がどんな対価を用意しようとも一切断る」と決めていた。

 

 この問いかけは、相手に交渉の場を持つ気が本当に無いのかを確かめるものである。

 

 だが、通信機のスピーカーから聞こえてきたのは、最悪な答えだった。

 

『……誰に向って意見している?皇帝(・・)となる余に意見するなど、万死に値する!身の程を弁えよ、下郎が!!』

 まるで癇癪を起こした子供の様に”殿下”と呼ばれる青年は怒りを露にして、タイプゼロに装備された唯一の射撃武器であるAZ208mm二連装ショックカノンを、リョーコの乗るグスタフへと発射する。

 しかし照準が甘かったのか、衝撃波はコックピットを大きく外れ、グスタフの強靭な装甲を叩いただけだった。

 

『何なのよ、アイツ?!』

『どう考えても敵だろう!女将さん!!』

 警告なしの攻撃にナデアが声を上げる中、ジェドーはリョーコに指示を仰ぐように短く叫んだ。

 

『相手に交渉する気が無いなら、仕方なか!とっとと帰ってもらわなね!!』

 「やっぱり、こうなったか…」と眼を閉じてリョーコは短く息を吐くと、カッと眼を見開きジェドーたちに指示を出した。

 

 リョーコの指示を聞いて、ジェドーは笑みを浮かべる。

『了解だ!…ナデア!!』

『解ってるよ、お兄ちゃん!』

 攻撃許可が出た事で、ジェドーとナデアはライガーゼロに狙いを定めるとトリガーを引いた。

 二人の放った無数の火線がライガーゼロに向って伸びるも、”殿下”は機体を左右に動かし攻撃を回避する。

 

『愚か者め!その程度の攻撃、当たるものか!!』 

『別に当てるのが目的じゃないわよ!エリー!!』

 ナデアの言葉に、”殿下”が眉を顰める。すると、ライガーゼロの死角からエリーのファイヤーフォックスがステルス迷彩を解除して、姿を現した。

 

 エリーはジェドーたちが攻撃を始めたと同時に、ステルス迷彩を起動して姿を隠し、追い込まれてくる敵を待ち構えていたのだ。

 

『ウン…!ストライクレーザー…クローっ!!』

 ナデアの声に応えながら、エリーが操縦桿を押し込むと、ゾイドコアからの莫大なエネルギーが注ぎ込まれ、ファイヤーフォックスの両前足が熱を帯びて光り輝く。

 そして、一足で飛び上がるとエリーは躊躇無く、ストライクレーザークローをライガーゼロのコックピットへ向けて振り下ろした。

 

『っ!?』

 完全に虚を突かれた”殿下”がコックピット内で身体を硬直させ、ライガーゼロの動きが完全に止まる。

 だが攻撃が決まる刹那、誰もが信じられない光景を目の当たりにする。

 

 突如、ライガーゼロが前足を曲げてコックピットのある頭部を地面につけるように伏せ、エリーの攻撃が空を切ったのと同時に、今度は曲げた前足を伸ばして後方へと飛び退いたのだ。

 

『なっ…』

『あのタイミングで避けるの!?』

 完璧に決まったと思った攻撃を避けられ着地したファイヤーフォックスのコックピット内でエリーは絶句し、ナデアが信じられないと声を上げる。

 

 ライガーゼロの反応と動きを見て、言い知れぬ感覚に襲われたジェドーは舌打ちし、ホメオはゴルドスのコックピット内で汗を拭った。

『っ……これは、かなりヤバイ相手が来たみたいだな』

『どうするよ、ジェドー!?』

『……相手は一機。しかし、あの動きは…ドクター、作業を終えていてくれよっ!ホメオ!この距離なら、ゴルドスの通信がスチールギア・シティに届くはずだな!?』

『…なるほど、そういうことか!あったりまえだ!……マーク!聞こえるか!?こちらホメオだ!!今、キャラバンが敵の襲撃を…っつぉ?!』

 スチールギア・シティーまでの距離から、ゴルドスの通信が届くと判断したジェドーの指示にホメオが頷き、エスたちと一緒に町に残っていたマークへと連絡を取ろうすると、突然衝撃に襲われ、ゴルドスの巨体が大きく傾き横倒しになってしまう。

 

『ホメオ!?』

『攻撃?!一体何処か…きゃっ!?』

 何処からの攻撃か解らず、辺りを見渡していたナデアのコマンドウルフの後ろ足に、見えない敵(・・・・・)からの攻撃が命中し、その場に擱座してしまう。

 

『ナデア!っ!!』

 倒れこむ妹のコマンドウルフを見て、ジェドーは叫び声を上げるが、背中に寒気を感じその場から飛び退くと、ジェドーのコマンドウルフACが居た場所に砲撃が殺到した。

 

『もしかして……っ!』

 倒れたゴルドスの代わりにリョーコたちが乗るグスタフを守りに入り、見えない攻撃を避けるエリーはある可能性に気がつき、ファイヤーフォックスのセンサー感度を引き上げる。

 

 すると、戦場を動く自分たち以外の反応が複数存在し、取得された情報からデータが照合され、一体のゾイドのデータが表示される。

 

『やっぱりっ!…皆さんっ…!敵は、ヘルキャット、です!!少なくとも、三体。ステルス迷彩を、使って…この場にいますっ!!』

 そういうと、エリーはセンサーを頼りに、走り回る姿の見えないヘルキャットの一体に狙いを定めトリガーを引くと、撤甲レーザーバルカンの光弾を浴びせた。

 

 無防備な所を攻撃され、避ける事すら儘ならぬまま破壊された一体のヘルキャットが、姿を現したと同時に爆散する。

 

『っ!伏兵を忍ばせていたのか!!』

 エリーから送られてきたデータを元に、ジェドーは他のヘルキャットへ狙いを定め、攻撃を始める。

 

 そんな中、自分の意思(・・・・・)とは関係なく動いたライガーゼロに助けられ、半ば放心していた”殿下”は、エリーにやられたヘルキャットの残骸を見て盛大に顔を顰めた。

 

『……エージェント4の差し金か。余計な事をっ……この程度の(いくさ)で、余が倒れると思っていたのか!?あの男は!!』

 コックピット内で、自分の思い通りにならない状況と、自分に断り無く護衛をつけたエージェント4への怒りをぶち撒けるように絶叫すると、”殿下”の眼が何とか立ち上がろうとするナデアのコマンドウルフを捉えた。

 

『路傍の石風情が……余の手を煩わせるなぁ!!』

 

 ”殿下”の怒りに呼応するかのようにライガーゼロが咆哮すると、ナデアの乗るコマンドウルフに向って駆け出した。

 

『ちょっ!?…お願い!立って、ウルフ!!』

 

 迫ってくるライガーゼロの姿に、ナデアは焦りの声をあげ、操縦桿を忙しなく動かしてコマンドウルフを立ち上がらせようとする。だが、彼女の意に反して、後ろ足に踏ん張りの利かない相棒はジタバタともがくだけだった。

 

『ナデアっ!邪魔…しないでっ!!』

 親友の窮地に、エリーは相対するヘルキャットに照準を合わせ、バルカンを掃射するが、相手も自分の位置が敵に知られていることを理解しており、回避に全力を傾け、エリーの攻撃を避ける。

 

『邪魔だ!!』

 もう一体のヘルキャットと相対していたジェドーは、相手の動きを予測しタイミングを見計らうと、左前足に装備した二連衝撃砲で敵の行く手を砲撃して足を止めさせ、生まれた隙を狙ってAZ二連装250mmロングレンジキャノンのビームを叩き込み、撃破した。

 

 だが、敵に足止めされたせいで、ナデアの目前にライガーゼロが迫っていた。

 

『死に…晒せぇ!!!』

 ライガーゼロの必殺武器であるストライクレーザークローが起動し、ゾイドコアから供給される膨大なエネルギによって頭部の強制冷却システムが解放され、両前足と共に光り輝き、コマンドウルフを引き裂かんと空高く飛び上がった。

 

 その光景に、ナデアは身体を強張らせ目を瞑った。

『っ!?お兄ちゃん……エス、助けてっ…』

『ナデアぁ!!』

 消え入るような声でナデアが助けを求める。そんな妹を助けんとコマンドウルフを走らせるジェドーだが、自分の位置と相棒の速度では妹を助けられないと悟り、絶望に駆られそうになったときだ。

 

――グゥルルルルルル……

 

 ジェドーの乗るコマンドウルフが低い唸り声を上げた瞬間、アタックユニットを含む全ての武装が強制パージされ、身軽になったコマンドウルフが通常機では考えられない速度に一瞬で到達し、到底間に合わないと思われた距離を瞬く間に走破する。

 

 それはまるで、乗り手(ジェドー)の願いをゾイドが汲み取とり、限界以上の力を振り絞るかのような出来事だった。

 

『なっ、馬鹿な?!』

『お兄ちゃん!?』

 

 突如として現れたコマンドウルフに、二人が声を上げる中、ライガーゼロとナデアのコマンドウルフの間に、飛び込むように割って入ったジェドーのコマンドウルフの胴体側面に、ストライクレーザークローが炸裂し、悲鳴の様な音を立ててコマンドウルフの胴体が真っ二つに引き裂かれる。

 

『…妹は、やらせんよ!!…ぐっ!!』

 

 攻撃の衝撃で、コックピットのある頭部側の胴体が大きく弾き飛ばされる中、ジェドーは大きく飛び退いたライガーゼロに向って自慢げに叫ぶが、直後に成す統べなく地面に叩きつけられ、その勢いのまま地面の上を転がっていく。

 

「くそ…相棒、堪えてくれっ!!」

 叩きつけられた衝撃でキャノピーが割れ、小石などが散弾のように襲い掛かってくる中、ジェドーが操縦桿を握り締めると、最後の力を振り絞るように、コマンドウルフが地面に爪を立てて、勢いを殺そうとする。

 

 しかし、それが最悪な結果を招いてしまう。

 

 爪が地面にかかり、転がっていたコマンドウルフの胴体が縫いつけられたようにその場で停まるが、相殺されなかった慣性の力が、コックピットのジェドーに襲い掛かる。

 

「っ?!」

 

 その時、運悪く身体を固定していたシートベルトが外れ、ジェドーの身体がコックピットから外へと放り出されてしまう。

 

 投げ出された彼の行く先には、獲物を待つ化け物のように口を開いて待ち構える巨大な渓谷。

 

 そう、彼らが戦っていた場所は、進行方向左手を崖に阻まれ、右手を底の見えない渓谷が並走する、戦うには危険な場所だったのだ。

 

 コックピットから投げ出され、視線の先に渓谷が広がっているのが見えた瞬間、助かりたい一心でジェドーは仲間たちのいる方へと手を伸ばすが、無常にも彼の身体は、渓谷の淵を飛び越えて、奈落の底へと落ちていく。

 

「ッ??!うわぁあああああああああああああああああ!!」

 

 助けを求めるようにもがき落ちていくジェドーの絶叫が、渓谷の中に響き渡り、そして叫びごと彼を呑み込んでいった。

 

『っ……い、いや…いやぁあああああああああああああああああああ!!』

 

 渓谷へと落ちていくジェドーを、キャノピー越しに呆然と見つめていたナデアが、目の前で起きた事を拒否するように首を横に振り、絶叫するのだった。

 




 どうも皆さん、エージェント4です。
 ジェドーさんの姿が渓谷の底へと消えても、”殿下”とデザルトチェルカトーレの皆さんとの戦いは止まることなく、”殿下”の操る紅いライガーゼロとエリーさんの操るファイヤーフォックスが激突。その中で怒りに駆られたエリーさんは、愛機に秘められた禁断の力を解放してしまい、逆に窮地に立ってしまいます。
 絶体絶命のピンチの中、新しい装備を纏った愛機と共に彼が駆けつける!

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男- 第十五話「宣戦布告」!

 どうやらワタシ以外にも覗き見ている方がいらっしゃるようですが…そんなことなど気にせずに、さぁ、見せてください!新しくなったフューラーの力を!!


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宣戦布告

まさか、こんなに早く更新できるなんて!!


「……完成だ」

 

 コンピュータのキーボードから手を離し、アンジェリカが万感の思いを込めるように小さくもはっきりとした声で調整作業終了を宣言する。

 

 

―……う、うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 

 その言葉に、彼女を取り囲んで作業を見つめていたタダンファクトリーの整備スタッフたちが野太い歓喜の声を上げた。

 

 声に驚き、ビクッと身体を竦めて驚きの表情でアンジェリカが振り返ると、スタッフたちが口々に声を掛けてきた。

 

「すげぇ…これが三年前に噂になった再生師(・・・)の腕か……」

「”神の手を持つ”なんて噂、信じちゃ居なかったが、あんたの腕を見せられちゃ信じるしかないわな!」

「この数日、こんなに胸が熱くなったのは、二代目のおやっさんの作業を見た以来だ!良いもの見せて貰ったぜ、嬢ちゃん!!」

 

 アンジェリカの肩などを叩きながら、スタッフたちが賞賛の言葉を口にする。

 

 驚きの表情を浮かべていたアンジェリカだったが、彼らの言葉を聞いて、ゆっくりと首を横に振った。

 

「とんでもない。僕の力など、微々たる物だ……今回の作業がこれほどスムーズに進んだのは、この工場が最新の設備を備えていた事もあるが、熟練の技術を持つあなた方職人が手を貸してくれたからだ。感謝してもし足りない…やはり僕の私財から手間賃をお支払いしま…あぅ?!」

 元々、設備のみを借りる予定にしていたアンジェリカにとって、タダンファクトリーのスタッフが総出で手伝ってくれたのは予想外だった。最初、彼らが手伝いを申し出た時に、アンジェリカは「手伝っていただけるなら、手間賃を払う」と申し出たのだが、「要らない!」と一蹴され、彼らの勢いに押し切られるまま、改修作業を手伝ってもらってしまったのだ。

 

 そのことが最後まで心苦しかったアンジェリカは、改めて手間賃の支払いを申し出ようとするが、髭面の整備スタッフが手を前に出すと、言葉を遮るように彼女の額を小突いた。

 

「何言ってんだ、そんなもんいらねぇよ!なぁ、三代目?」

 髭面の整備スタッフが、クリューへと言葉を投げると、彼はゆっくり首を縦に振る。

 

「えぇ、その通りです。神の手を持つと言われる”再生師アンジェリカ”と呼ばれた貴女の技術は、我々の予想を遥かに越えた領域にあった。我々はそれを間近で拝見し、卓越した技術と知識を少なからず得る(・・)事が出来た。技術者として、これ程価値ある”モノ”はありません…むしろ、我々が授業料をお支払いしなければならないくらいですよ。なので、我々は無償で貴女から教え(・・)を請うことが出来、貴女はお仲間のゾイドを完璧な形で修復し完成させることが出来た……お互いに損することなく満足している。そう、思うことにしませんか?」

 

 そう言って笑みを浮かべたクリューを見て、アンジェリカは自分の身に付ける技術が熟練工たちの糧になったことを知って、人の役に立てた(・・・・・・・)ことに嬉しさがこみ上げ、居住まいを正すと深々と頭を下げた。

 

「…ありがとうございます!」

 感謝の言葉を述べ、頭を上げて”ニコッ”と微笑んだアンジェリカを見て、スタッフたちの顔が茹蛸のように真っ赤に染まった。

 

「ッ!……しっしかし、予想を超えていたと言えば、噂の再生師がこんな美女だったことだな!」

「いや、当時の年齢から言ったら美少女だろ?俺はその時の再生師に会ってみたかったぜ!」

 恥ずかしさを隠すように、技術屋気質の男たちがアンジェリカの容姿を褒めだす。

 

 先ほどからスタッフたちの口にしている”再生師”というのは、アンジェリカの通り名である。

 

 実家を飛び出した後、彼女は技術向上と日銭を稼ぐ為に様々なゾイドを修復して回っていた。それも、一流のメカニックが匙を投げるようなスクラップ同然のゾイドの修復ばかりを手掛け、物の見事に修復していたために、”再生師”の名と共に幾つもの逸話が、メカニックたちの間で”噂”として広まっていったのだ。

 

 ここ数年、白百合の園から出ることがなかったアンジェリカは、「そんな噂など、当の昔に消えているだろう」と思って忘れていたのだが、忘却の彼方に追いやっていた通り名が飛び出た事で、若気の至り(・・・・・)を思い出し恥ずかしさで顔を紅くした。

 

 フューラーのコックピットの中で作業の手伝いをしていたエスは、眼下の光景をディスプレイ越しに見つめ、短く息を吐き出し肩から力を抜くと、笑みを浮かべた。

 

 すると、ディスプレイの端に通信を知らせる表示が点滅した。

 エスが眉を顰め、通信をオンにすると画面に”音声のみ”の表示が現れた。

 

『…ポイントX233で、貴方の仲間が襲われている』

「は…?おい、それはどういう…」

 若い女性と思われる声が伝えて来た内容に、エスが表情を険しくして聞き返そうとするが、通信が一方的に切断され、通信画面が消える。

 

 何かの悪戯かとも考えたエスだが、コンソールを操作してスチールギア・シティー周辺の地図を呼び出し、通信の声が伝えてきたポイントを検索した。

 そこは、輸送依頼を受けたリョーコたちが行き帰りと通る予定の交易路の中で、崖と渓谷に挟まれた危険な地点だった。

 

 そのことを知ったエスの中で、警鐘が大音量で鳴り響く。

 

『エス、調整作業は終わった。一度降りて…』

「ドクター、フューラーを出す!どいてくれ!!」

 コックピットからなかなか降りてこないエスに、アンジェリカが通信を入れてきたが、エスはその言葉を遮るように叫ぶとフューラーのシステムを戦闘ステータスで起動させた。

 

『えっ?!』

 突然のエスの言葉に、アンジェリカが驚きの声をあげ、周りに居たクリューを始めとする整備スタッフたちも騒然とする。

 

 焦燥に駆られながらも、エスが先ほど入った不審な通信の事をアンジェリカたちに伝えると、彼らの表情が一変し慌しく行動を始めた。

 

 この時、仲間たちが最悪な状況に追い込まれている事を、エスたちはまだ知らなかった。

 

 

****************

 

 

『いやぁああああああああああああああ!!おにいちゃぁああああん!!』

『ジェドー……さんっ』

『ジェドー…冗談だよな?冗談だって、言ってくれよ……』

 

 ナデアの絶叫が外部スピーカーを通して辺りに響き渡る中、エリーたちは目の前で起きた状況が受け入れられず、呆然とジェドーが落ちた渓谷を見つめる。

 

 そんな彼らに追い討ちを掛ける様に、”殿下”が「ふん!」と鼻を鳴らした。

 

『黙って見ていれば、もう少し長生きできたというのに……他人を助けて自分が死ぬとは、愚かの極みだな!!』

『っ?!お兄ちゃんを…あたしのお兄ちゃんを、馬鹿にするなぁ!!』

 ジェドーの行為を蔑む”殿下”の言葉を聞いて、涙を流していたナデアの顔に怒りの形相が浮かび、その怒りをぶつけんと、ロングレンジライフルの照準をライガーゼロへと向けた。

 

『”殿下”!!』

 ナデアがトリガーを引こうと瞬間、エリーと戦っていた最後のヘルキャットが、ライガーゼロを守るためにコマンドウルフのロングレンジライフルに、二連高速キャノン砲の照準を定めて火線を集中させると、攻撃を受けたライフルが大爆発を起こした。

 

『きゃぁああああっ!!……』

 

 破壊されたロングレンジライフルの爆発の衝撃で、コマンドウルフのコンバットシステムがフリーズし、コックピット内で成す統べなく大きく揺さぶられたナデアは、そのまま気を失ってしまう。

 

『ナデアっ…!』

 黒煙を上げながら地面に力なく倒れる親友のコマンドウルフを見て、エリーがナデアの名を叫ぶ。

 

 大切な人たちが次々と倒れる状況を目の当たりにした瞬間、エリーの頭の中は真っ白に漂白され、同時に己の中で”カチッ”と何かが噛み合う音が鳴ったのを聞いた気がした瞬間、彼女の手が普段触れることのない(・・・・・・・・)コンソールへと伸びた。

 

 ロングレンジライフルを破壊され倒れたコマンドウルフ見つめ、また(・・)助けられたことを自覚した”殿下”は苛立ちを覚え、ヘルキャットを忌々しく睨みつけた。

 

『本当に余計な事を…この程度の敵勢力など、余一人で十分だ!貴様は下がっていろ!!』

 余計な手出しをするなと怒鳴られたヘルキャットのパイロットは、言葉を返すことなく、只静かにステルス迷彩を起動して命令どおりに下がろうとした時だ。

 

 ”紅い風”がヘルキャットに襲い掛かった。

 

『?!な、なんっ……』

 突然の出来事に、ヘルキャットのパイロットが声を上げようとするが、その間もなく金切り音に飲み込まれてしまう。

 

 ”紅い風”が駆け抜けた後には、散り散りに引き裂かれたヘルキャットの残骸が広がり、数度のスパーク光が煌いたかと思うと、大爆発を起こした。

 

『な、何が起きた!?』

 事態が飲み込めない”殿下”が慌てて辺りを見渡すと、グスタフの傍に居たはずのファイアーフォックスの姿が消えていることに気がつき、その姿を探す。

 

 すると、爆発したヘルキャットの残骸から少し離れた場所に、ファイアーフォックスが静かに佇んでいるのを発見する。

 

『っ…まだ余に反抗する意思が残っているのか……いい加減諦めよ!!』

『………』

 苛立ちを露にする”殿下”が怒りを込める言葉を吐き棄てるが、エリーは反応を返すことなく、パイロットシートのヘッドレストの後ろからせり出した何本ものケーブルが繋がるヘルメットを被ったまま、アンジェリカの言葉を思い出していた。

 

―…エリー、君に一つ伝えておかないといけないことがある。君が乗っているファイアーフォックスに搭載されている特別なインターフェイスについて……。

 

 それは、ファイアーフォックスの最終調整が終わった後に、アンジェリカから聞いたフォックスに秘められた”力に”関することだった。

 

 【ダイレクト・ブレイン・コントロール・システム】…通称「DBCS」。嘗て、共和国軍の次期主力ゾイド開発の際に、創立間もない民間企業が独自開発し持ち込んだ脳波コントロール機器で、パイロットの思考を操作系コンピュータを介してゾイドコアと搭載火器管制システムへダイレクトに伝達。反応速度の向上と高精度の操作を可能とする画期的なシステムだった。

 更に、このシステムにはフルスペックOSで問題とされた「ゾイドコアの思考がパイロットへ逆流する」という問題を解消し、通常の操作を可能とすることが判明したため、共和国軍は次期主力ゾイドとして白羽の矢が立ったシャドーフォックスの量産モデルに、OS+DBCSの搭載を決定。先行量産機として九機生産されたが、それが後に帝国によって強奪され、ファイアーフォックスして共和国軍に牙をむくこととなる。

 

 そんな画期的なシステムではあるが、何故か同システムが普及したという記録は何処にもなく、ファイアーフォックス以降、DBCSを搭載した機体は同時期に試作された支援機体【キャノニアーゴルドス】以外には存在しない。そのため、DBCSに関する情報は殆ど後世に残っていなかった。

 

 ファイアーフォックス修復の際、情報不足だったアンジェリカはこのDBCSを完全(・・)な形で修復することが出来ず、自分の知る限りの代用できそうな技術を用いて修復していた。

 

 今まで、エリーがDBCSを使わなかった最大の理由は、システムの不具合を心配し、アンジェリカがエリーと約束していたからだ。

 

 システムが完全な形に修復できるまで、使わない、と。

 

《DBCS、正常起動を確認……続いてオーガノイドシステムの全リミッターを解除します》

 

 だが、エリーは大切な人たちの窮地を目の当たりにして、その約束を破り、DBCSを起動させた。普段のアンジェリカなら、不完全なシステムをそのままにせず封印などを講じるはずだが、彼女はエリーの人柄から軽々しくシステムを使わないだろうと信頼し、敢えて封印処置をしていなかったのだ。

 

 ディスプレイに表示されるシステムの起動状況を見ながら、エリーは今にも泣きそうな顔で、口を開いた。

 

「約束を…破って、ごめんなさい…ドクター……」

 

 脳波コントロール用のヘルメットを被ったエリーが、消え入りそうな声でアンジェリカへの謝罪を口にする。少し前に、約束を破ることはいけないと、アンジェリカに苦言を呈した自分が約束を破った事に、エリーは罪悪感で胸を締め付けられる。

 だが、目の前に立ちはだかる敵の暴挙を許す事など出来なかった。エリーがライガーゼロを見据えると、彼女の顔から悲しみの色が消えていた。

 

『許さない……わたしの、大切な人たちを…傷つけた、ことっ!!』

 エリーの言葉と共にファイアーフォックスが駆け出すと、瞬く間にライガーゼロとの距離を縮める。

 

『ちぃ!!』

 ファイアーフォックスのあまりの速さに、”殿下”は舌打ちしながら、敵の足を止めるために二連ショックカノンを発射する。目に見えない衝撃波がファイアーフォックスに襲い掛かり、衝撃波がフォックスに直撃した瞬間、”殿下”は自分の目を疑った。

 

 衝撃波が直撃した瞬間、ファイアーフォックスの姿が霞みのように消えたのだ。

 

『ば、馬鹿な?!』

 訳がわからず”殿下”が声を上げる。

 彼が攻撃したのは、高速移動と装甲に散布されていた特殊塗料によって生じたファイアーフォックスの作った残像だった。

 

『ストライクレーザー……クローっ!!』

 消えた残像の影から、本物のファイアーフォックスが躍り出て、必殺の攻撃を繰り出す。

 

『っ!?』

 迫り来る敵の攻撃に”殿下”の身体がまた硬直するが、先ほどの光景を焼き回したかのように、危機を察知したライガーゼロがバランスを崩したように重心を左に大きく傾けて、ファイアーフォックスのストライクレーザークローを避ける。

 

 しかし、DBCSの恩恵による跳ね上がった反応速度によって繰り出されるストライクレーザークローは、先ほどよりも数テンポ速く繰り出されライガーゼロを捉えたかに見えたが、惜しくも右前足の肩装甲を削るだけに留まる。

 

『っ……まだっ!!』

 アンジェリカとの約束を破ってまで手を出した力を使いながら、敵を一撃で仕留められなかったことにエリーは悔しさを滲ませると、着地と同時に方向転換しながら地面を蹴って飛び上がり、側面にそそり立つ崖を足場にして三角とびの要領でもう一度方向転換すると、ライガーゼロへと襲い掛かった。

 

 しかし、既に体勢を整えていたライガーゼロが、崖を蹴って飛び掛ってくるファイアーフォックスに対して、地面を蹴って飛び上がると真正面から衝突した。

 

『っ!…っおぇ?!…』

 常人の反応速度をこえる攻防に、只一人翻弄される”殿下”は衝撃に耐え切れず、コックピット内で胃の中身をぶちまけた。

 

 空中で衝突し錐揉み状態だった二体が、弾きあうように離れると一定の距離を置いて、地面に着地する。

 

 予想以上のライガーゼロの能力の高さに、攻めきれないと感じたエリーは、敵の動きを封じた上で止めを刺すことを考え、尾部に装備されたプラズマ発生器を起動させようと思考した時だ。

 

 突如、コックピット内にけたたましい警告音が鳴り響いた。

 

《警告。DBCSに想定以上の負荷が発生。搭乗者保護を最優先し、オーガノイドシステムの全リミッターを再起動。DBCSを緊急停止します》

『えっ…?!』

 コンピュータの音声と共にDBCSがシステムダウンし、しかもその影響からコンバットシステム始めとするその他のシステムまでダウンしてしまう。

 非常灯の明かりだけとなったコックピット内で、エリーは驚きで思考を止めてしまった。

 

 突然、動かなくなった敵に、自身の吐しゃ物にまみれる”殿下”は、常軌を逸した目でファイアーフォックスを睨みつける。

 

『…何だそれは?ふざけているのか……余を、どれほど馬鹿にすれば気が済むのだ!!』

 血走った目で操縦桿を握り、”殿下”はライガーゼロを敵へと目掛けて走らせ、そのまま体当たりを食らわせた。

 

『キャッ…!?』

 システムがダウンし、モニターが死んだ事で何が起きたのか解らず、エリーは操縦桿を握り締め、衝撃を必死に耐える。

 

『余は!再興した!帝国の!皇帝と!なる!存在!だぞ!貴様らの!様な!下賎の輩が…余の覇道を邪魔するな!!』

 自分の怒りをぶちまけるように、”殿下”は倒れたファイアーフォックスに対し、踏み付けや蹴りなど必要以上に攻撃を加える。

 

『エリー!!』

 一方的に嬲り殺しにあうファイアーフォックスを見て、リョーコたちが悲鳴にも似た声を上げると、グスタフの隠し兵装であるビームキャノンを起動させ、ライガーゼロへと発射する。

 

『五月蝿い!!』

 近くに着弾したビームを見て、”殿下”はライガーゼロを操り、倒れているファイアーフォックスの首元を咥えるとそのままグスタフに向って放り投げた。

 

『クッ…』

『きゃぁああ!!』

『っ!!』

 ファイアーフォックスがぶつかった衝撃に、グスタフに乗っているルナたちから悲鳴が上がる。

 

『…余に恥をかかせた罪……同じだけの辱めを以て贖わせてやるぞ……』

 

 幽鬼のようなゆっくりとした歩で、グスタフへと迫るライガーゼロ。

 

 娘二人を抱き寄せながら、リョーコは近づいてくるライガーゼロに対し、毅然とした表情で睨みつける。

 

 その時だった。

 

 近づいてきていたライガーゼロが、突然上空へと顔を上げたかと思うと、後ろへと大きく飛び退き、ライガーゼロの居た地点にビームが降り注いだ。

 

『?!何だ!!』

 

 何事かと”殿下”が声を上げ、上空へと目をやる。すると、空から一機のゾイドが現れ、ライガーゼロとキャラバン隊との間に舞い降りる。

 

「あれは…まさか……っ!」

 コックピットハッチを強制開放して外へと出たエリーが、現れたゾイドを見て歓喜の涙を流す。

 自分たちを守るように雄々しく立つ後ろ姿がどんなに変わろうとも、誰が来たのか判ったからだ。

 

「エス……様っ!」

 

 ギュワアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 そう、エリーたちの窮地に駆けつけたのは、改修が済んだばかりのフューラーとエスである。

 

 改修されたCASを纏ったフューラーは、全身に亘ってその姿を変えていた。

 

 最大の変更点である背面には、ブレイカーユニットを基にして製作された複合武装ユニットが新たに搭載された。このユニットには、フューラーと相性の悪かったウイングスラスターではなく、修復されたイオンブースターを装着されている。荷電粒子コンバータはユニット中央よりやや後方に配し、その前にバーサークユニットのフレキシブルアームを取り付け、アームを介してユニット右側には機能が追加された改修型バスタークロー、左側にはフリーラウンドシールドが備えられ、その姿は槍と盾で武装した重装歩兵にも見える。

 各装甲も形状が変更され、敵の攻撃が集中する頭部や肩部、大腿部装甲には、バスタークローを装備するために撤去されたフリーラウンドシールドを加工して作られた増加装甲を取り付け重装甲化。そのために増加した重量をカバーするため、脚部を中心に撤去したウイングスラスターを加工して製作した可動式スラスターを増設してある。

 

 そして、バーサークユニットから引き続き、装甲は白を基調としたカラーリングになっている。

 

『すまない、皆…遅くなった』

 

 辺りを見渡して傷ついた仲間に詫びながら、エスはコックピット内で頭を下げると、ファイアーフォックスから通信が入った。

 

『エス様っ!ジェドー、さんがっ!!』

 

 エリーの悲痛な声に、エスが慌ててジェドーの姿を探す。

 

「ジェドー!……っ!?」

 

 ジェドーのコマンドウルフの残骸を発見したエスは、空になったコックピットと残骸のそばに渓谷が広がっているのを見て、すぐに彼の身に起きたことを悟り、声を詰まらせる。

 自分が駆けつけるのが遅れたことで、取り返しのつかないことが起きてしまったのではないか、とエスが唇を噛み締めた。

 そして、この状況を生み出したと思われるライガーゼロを、静かに見据える。

 

 睨みつけてくる乱入者に、”殿下”は「また邪魔者か」と表情を険しくしたが、すぐにその正体に気がつき、声を上げた。

 

『貴様……その機体、バーサークフューラーか?くくく…戦闘で損傷した聞いてはいたが、元通りに直せていないとはな!何だ、その不恰好な姿は!?やはり、貴様らの様な者には不相応な「黙れ」…なんだと?』

 エージェント4から得ていた情報でバーサークフューラーの姿を知っていた”殿下”は、改修されたフューラーを見て声を上げて笑い扱下ろすが、その声を不快に感じたエスが一喝する。

 

「聞こえなかったのか?黙れといったんだ」

 エスの発した声は、恐ろしいほどの冷たさ(・・・)を伴い、声を聞いたエリーたちは普段のエスとはかけ離れた声に、言い知れぬ恐怖を感じた。

 

 しかし、一喝された”殿下”本人は、何も感じなかったのか、エスに対し怒りを露にした。

 

『貴様もか!!礼儀も知らぬ、愚か者め!コックピットから引きずり出して、ズタズタに引き裂いてくれるわ!!』

 

 ”殿下”が操縦桿を倒すと、ライガーゼロがフューラへと駆け出す。

 

 だがエスは、その場からフューラーを動かすことなく、ライガーゼロを迎え撃つ素振りも見せなかった。

 

『我が爪の、錆になるがいい!!』

 ライガーゼロのストライクレーザークローが光り輝き、真紅の機体が高々と跳躍して、フューラを切り裂かんと右前足を振りかぶった。

 

 飛び掛ってくる相手の一連の動きをただ見ていたエスが、突然ため息を漏らした。

 

「……おせぇよ」

 

 そう一言呟くと、左側に装備されたフリーラウンドシールドが稼動し、振り下ろされる直前のライガーゼロの右前足とが衝突して、激しい火花が飛んだ。

 

『馬鹿め!その程度の装甲で、余の攻撃が防げると…』

「馬鹿はお前だ。ジェノブレイカーのフリーラウンドシールドは、Eシールドクラスの強度を誇ってんだぞ?例えストライクレーザークローであっても、防ぐ角度を調整すれば大したダメージにならないんだよ。それからな……ゾイドに乗せて貰っているだけのド素人の軽い(・・)攻撃が、当たるわけないだろうが!!」

 怒りを露にしてエスが叫ぶと同時に、フリーラウンドシールドがライガーゼロを弾き飛ばす。

 

『なっ?!』

 必殺の攻撃を弾かれてしまい、”殿下”が驚愕の声をあげ、目の前のシールドを呆然と見つめる。

 

 エスという超一流(・・・)相手を前に、それがあまりに致命的な隙だと理解できずに。

 

 ライガーゼロからフューラーの姿を隠すように展開されていたフリーラウンドシールドが、ゆっくりと左側へと移動を始める。その裏からフューラーの姿が露になると、感高い音を立て高速回転するバスタークローがライガーゼロを狙っていった。

 

「相手に攻撃を防がれた程度で動揺しすぎだ……こんなのに、ジェドーがやられたのか!!」

 

 一流の剣士が繰り出す神速の突きの如き一撃が、弾かれた姿のまま空中に居るライガーゼロへ迫る。

 

 全く反応できない”殿下”に代わり、ライガーゼロが三度自らの意思で攻撃を避けようと、イオンブースターを起動させるが、今度は相手が悪かった。

 

「甘い!!」

 まるで相手の動きを読んでいたかのように、切っ先の方向が変わり、バスタークローがライガーゼロの右前脚を捉え、根元から削り取った。

 

 ゴァワァアアアアアアア?!

 

 右前足を持っていかれ、ライガーゼロが絶叫を上げ、地面へと墜落する。

 

『ぎゃあっ?!』

 

 地面に叩きつけられた衝撃で、”殿下”が潰れた蛙の様な声をあげる中、右前脚を失いながらもライガーゼロが残った脚で必死に立ち上がろうとする。

 

 しかし、それすら許さないとばかりに、エスがバスタークローのマグネーザーを停止させると、即座にAZ185mmビームキャノンを起動させ、左前脚に狙いをつけ肘関節をビームで撃ち抜いた。

 

 ゴァワァアアアアアアアアアアアアア!!

 

 左前脚という支えを失い、ライガーゼロが絶叫し顎から地面に倒れる。

 

『グギャぁ!?』

 再び強烈な衝撃に襲われ、聞こえてはいけない鈍い音が身体のあちこちから上がり、”殿下”が悲鳴を上げた。

 

 痛みで明滅する視界の中、モニターに映る自分を見下すフューラーを見て、”殿下”は漸く相手の意図を理解し、唇を震わせた。

 

『き、貴様……解っておるのか?余を手に掛ければ、お爺様が黙っては居ない…赤竜旗(ロート・ドラグ・ファーネ)の全戦力を以て、貴様らを完膚なきまでに叩き潰すぞ……それが嫌ならどうするべきか、解るだろう!!』

 傲慢な言葉遣いは変わらないが、彼の言っている事は”命乞い”でしかなく、”殿下”本人は「脅せば、自分は助かる」と、本気で信じて発した言葉だが、エスにしてみれば火に油を注ぐ行為でしかなかった。

 

「そうか…つまりお前を殺せば、その赤竜旗(ロート・ドラグ・ファーネ)って組織に対して、宣戦布告できるって訳だな?丁度いい…今回の件で、我慢の限界を越えたからな……だから乗ってやるよ、お前らが吹っかけてきた戦争に!!」

『なっ?!馬鹿な……よせ、来るなぁ!!』

 萎縮どころか殺意を滾らせ近づいてくるフューラーに、”殿下”の心は完全に折れてしまい、必死に操縦桿のを動かすが、両前脚を失ったライガーゼロが動けるはずもなく、一歩また一歩とフューラーが近づいてくるたびに、半狂乱になっていった。

 

『嫌だ!死にたくない!!動け!うごけぇ!!』

「オレの仲間を手を出した事、あの世で後悔するんだな……っ?」

 ライガーゼロのコックピットに高速回転するバスタークローの切っ先を向け、跡形もなくすり潰そうとしたとき、エスたちの耳に感高いエンジン音が聞こえ、高空から一機の飛行ゾイドが急降下してきた。

 

 

「全く……準備が少し(・・)遅くなったとは言え、こんな短時間で負けてしまうとは、正直期待外れでしたね」

 

 3Sのコックピット内で、モニターに映る惨状を見たエージェント4は”殿下”への評価を独り言のように下すと、ライガーゼロへの通信をオンにした。

 

『”殿下”、お助けに参りました。今しばらくの辛抱を』

 そういうと、エージェント4は3Sに搭載されたミサイルを、フューラーとライガーゼロの間に向けて発射した。

 

「ストームソーダのステルス仕様機!?こいつの仲間か!!」

 飛来したストームソーダ・ステルスタイプが敵の援軍だと察知し、エスは迎撃しようとするが、発射されたミサイルを見て即座にその場から飛び退く。

 

 発射されたミサイルは、地面に激突する手前で爆発すると、目の眩むような光と大音量の音が戦場を覆いつくした。

 

「っ閃光弾か!」

 コックピットのモニターを焼く眩い光にエスが顔を顰める。

 

 光を避けようと、居合わせた全員が目を瞑る中、センサー系の対閃光防御を作動させていたエージェント4は、正確にライガーゼロへと降下すると、二本のアンカーをライガーゼロの両脇へ発射した。

 

『っ!?』

 アンカーがライガーゼロの両脇に装着されロックされた事を確認すると、エージェント4は3Sの推力を全開にし、ライガーゼロの身体を吊り上げると、大空へと舞い上がった。

 

「ライガーゼロを回収するつもりか!?逃がすかよ!!」

 

 閃光弾に因る目くらましから、3Sの目的がライガーゼロの回収だと察したエスは、フューラーの全推力を全開にして空へと飛び上がる。

 

 眩い光から逃れたことで、閃光弾によって焼けついていたモニターが復活し、エスは3Sの姿を探す。すると、二本のワイヤーでライガーゼロを吊った3Sが一目散に戦域を離脱しようとする姿を見つけた。

 

「いくら音速以上で飛行できるストームソーダと言っても、大型ゾイドを吊った状態じゃ、大した速度は出ないだろう!!」

 そういうと、エスは敵を追撃する為にフューラーのスラスターを限界まで吹かし、相手との距離を詰める。

 

『さすがに、見逃してはくれませんか……これは、マズイですねぇ』

 

 陸戦ゾイドであるフューラが猛烈な勢いで空を飛んで追いついてくるにも拘らず、エージェント4は何故か暢気に構えていた。

 

『貴様、何を暢気な事を言っているのだ!!さっさと逃げぬか!!』

 

 ライガーゼロのコックピット内で、ヒステリックに叫ぶ”殿下”の言葉に「このまま牽引ワイヤー、外しましょうか…」と割と本気で考えながら、エージェント4はいつもの営業スマイルを浮かべた。

 

『ご心配には及びませんよ、”殿下”……という訳ですから、足止めお願い出来ますか?騎士マリエル(・・・・・・)

 

 

「もう少し!」

 3Sにもう一息で届くと言う距離まで詰めたエスとフューラーだったが、それ以上距離を詰める事が出来なかった。

 

 突如として、フューラーのコックピット内に接近警報が鳴り響き、二機の間を”一陣の風”が駆け抜け、フューラーの進路を遮ったのだ。

 

「何だ?!」

 ギュワァ?!

 

 咄嗟に動きを止めたフューラーだが、”風”に遅れてやってきた衝撃波をまともに喰らい、翻弄されるまま制御を失って落下し始める。

 

「ちっ、この程度で!!」

 だが、エスは冷静にスラスターを駆使して体勢を立て直してその場に滞空すると、追撃を邪魔した乱入者の姿を探した。

 

 すると、大きく弧を描きながら旋回する機影を見つけ、モニターの望遠倍率を上げていく。

 

「ストームソーダか?いや、だけど…アレは」

 

 飛行速度とシルエットから、現れた乱入者もストームソーダだと中りをつけていたエスだったが、望遠の倍率が上がるにつれ露になる姿を見て、目を見張った。

 

 通常機よりも鋭角的になった機体デザインに、長大に強化されたトップソードとウイングソードに合わせて頭部と主翼も大型化されている。そして、一番目を引くのが機体左右側面に装備された「ウェポン・バインダー」…エスの目の前に現れたその機体は、幻の機体と呼ばれるの代物だった。

 

「ストームソーダFX?!」

 

 驚きを露にするエスに対し、ストームソーダFXのコックピットに納まる人物は、静かに笑みを湛えるのだった。

 




よっ、エスだ。
 突如として現れたストームソーダFXの妨害によって、オレは紅いライガーゼロを逃がしてしまう。このまま泣き寝入りするわけにはいかないと、女将さんは赤竜旗(ロート・ドラグ・ファーネ)との徹底抗戦を宣言。その中でナデアは、一人”ある決意”を固める。
 一方同じ頃、オレたちを襲った”殿下”は、とある人物から衝撃の事実を聞かされていた!

 次回 ZOIDS-記憶をなくした男- 第十六話「決意と真実と」!

 ジェドー、オレはお前が死んだなんて思っていないからな!


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決意と真実と

今回も盛り盛りです!


『さっきのゾイドは、一体何なのだ?!』

「殿下、ご心配には及びません。あのゾイドは我々の仲間です。この隙に、安全域へ離脱しますので、今しばらく辛抱を」

 ライガーゼロとの通信を「音声のみ」に切り替えていたエージェント4は、スピーカーから響く”殿下”の声に適当に返事をすると、そのまま通信を切った。

 

「さて、これで安心して戦域を離脱できますが、彼女(・・)の戦闘をじっくり観られないのは残念ですねぇ……」

 モニターに映る味方機(ストームソーダー)を見つめながら呟くと、エージェント4は待機させているホエールキングとの合流を急ぐべく、3Sを飛ばすのだった。

 

*************

 

「よりにもよって、FX(・・)か。厄介な相手が現れたな……このままだと、ライガーゼロを取り逃がしちまう」

 ストームソーダーステルスタイプ(3S)とライガーゼロの反応が遠ざかっていくのをレーダーで確認しながら、エスは行く手を阻んだ相手を見据え、苦虫を噛み潰したように顔を顰める。

 

【ストームソーダーFX(フューチャー・エクスプローラー)】…大戦中、共和国軍が次世代主力航空ゾイド開発のために、ストームソーダーをベースに開発を進めた試作ゾイドで、次世代機に相応しく数多くの先端技術が投入され、通常のストームソーダーと比較して速度・装甲・センサー・エネルギ供給など全ての性能が向上している。外見も大幅に変更され、通常機より鋭角的に形状が変わり、トップソード及びウイングソードが長大ものへと強化された。そして、最大の特徴は機体左右側面に装着された「ウェポンバインダー」で、右バインダーにはブラスターキャノンを、左バインダーにはレーザーキャノン二門と高速連射キャノン二門が搭載され、それぞれのバインダーはフレキシブルアームによって後肢付け根に接続されている。

 

 そんなFXだが、試作機が良好な結果を残したにも拘らず、開発当時の共和国軍の事情から生産は見送りとなり、代わりに量産の目処が立っていたレイノスやサラマンダーなどが再就役することとなったために、”幻のゾイド”となってしまった。

 

 まるで、歴史の中に埋もれてしまっていた自身の存在を証明するかのように、ロービジカラーに染め上げられたストームソーダーFXが悠然と旋回していたが、突然機首をフューラーへと向けたかと思うと、ウイングソードを展開して襲い掛かってきた。

 

「ちっ!」

 真っ直ぐ突っ込んでくる相手に、何故かエスは舌打ちしながらフリーラウンドシールドを前面に展開すると、タイミングを見計らってバーニアやスラスターを駆使して敵の攻撃を寸前でかわす。

 

 次の瞬間、レーザーを纏ったウイングソードとフリーラウンドシールドが接触し、感高い金切り音が響き渡った。

 

 衝撃でぐらつくフューラーをエスが立て直している中、必殺の攻撃をかわされたFXは、仕切りなおすかのようにフューラーとの距離を一気に離す。

 

「仲間を逃がす為の時間稼ぎだけしてくるかと思っていたが、こっちを堕とす気できたか……さすがに、分が悪いな」

 フューラーの体勢を立て直したエスは、敵が時間稼ぎのために遠距離からの攻撃を行わずに接近戦を挑んできたことに、当てが外れ顔を顰める。

 

 相手が遠距離からの攻撃だけに絞って仕掛けてくれば、空中であってもエスとフューラーなら付け入る隙もあったが、空中での格闘戦となれば話は別だった。

 空を自由に飛びまわれる飛行ゾイドのストームソーダーと違い、スラスターやバーニアの推力だけで空中に浮いている(・・・・・)状態のフューラーには、空の上で満足に格闘戦など出来はしない。

 そのことを相手がきちんと理解し、自分の得意とする戦闘に持ち込んでいることをエスは見抜き、即座に思考をフル回転させ、FX攻略を組み立てていく。

 

 すると、距離を取っていたFXが機体を反転させ、再び機首をフューラーへと向けると、推力を上げて攻撃に転じた。

 しかも今度は、左側ウェポンバインダーに搭載されたレーザーキャノン二門と高速連射キャノン二門を同時正射しながら距離を詰めてくる。

 

「そう来るかよっ」

 エスはコックピット内で毒づきながら、敵の攻撃をスラスターを使って避けるのではなく、もう一度フリーラウンドシールドを前面に展開して防御を固める。

 

 シールドにFXの攻撃が着弾した瞬間、爆発が起きフューラーの姿が爆煙の中へと消えた。

 

 しかし、FXは機体を反転させる事なくウイングソードを展開し、煙の中に消えたフューラーへと突っ込んでいく。

 

 これは、相手が爆発によってダメージを受けてないまでも、機体のバランスを崩していると判断して止めを刺すための行動だが、その判断はあまりにエスとフューラを過小評価し過ぎであった。

 

「いくぞ、フューラー!!」

 ギュワァ!!

 

 突如、立ち込める煙の中から推力を全開にしたフューラーが飛び出し、フリーラウンドシールドのエクスブレイカーを展開させながら、FXへと襲い掛かったのだ。 

 

「確かに、並みのゾイドならさっきの攻撃を防げたとしても、体勢を崩してただろうな……だが、ドクターとタダンファクトリーの技術者たちによって新生した、この【ドゥエルフューラー】を、甘く見すぎだ!!」

 エスの咆哮と共に、バーサークフューラー改め、ドゥエルフューラーのエクスブレイカーがFXを鋏もうと迫る。

 

 まさか相手から突っ込んでくるとは予想していなかったFXは、獲物に喰らいつこうとする竜の顎のようなエクスブレイカーから逃れようと、慌てて翼を打つ様にして強引に機体を方向転換させ、急上昇した。

 

「逃がすか!!」

 寸前のところで、エクスブレイカーを避けられたエスだが、間髪いれずバスタークローを上空へと向け、AZ185mmビームキャノンのトリガーを引いた。

 放たれた一条の光が急上昇するFXに向って伸びていくが、FXが機体をロールさせてビームを回避すると、そのまま捻るようにして水平飛行へと移る。

 

「っ!なら、これならどうだ!!」

 エスが手早くコンソールを操作すると、モニターに表示されたAZ185mmビームキャノンの表示がシングルモードからバースト(・・・・)モードへと切り替わり、トリガーを引いた瞬間、マシンガンのようにマズルからビームの弾が発射される。

 これは、アンジェリカがバスタークローに追加した機能で、バスタークローを一振り撤去しビームキャノンが一門に減ったことで低下した砲撃能力を少しでも補う為のものだ。

 

 今までと同じ強力なビームを発射する【シングルモード】と、一発の攻撃力を抑える代わりに連射によって面に対する攻撃を可能とする【バーストモード】の二つの機能があり、任意に切り替えることが可能である。

 

 迫り来るビームの嵐を、FXは大空を舞い踊るかように巧みに避け続けるが、エスの的確な狙いによってマニューバによる回避に限界を向かえる。

 避けきれず、とうとうフューラーの攻撃が直撃するかと思われた瞬間、FXが急に機体を翻し胴体をフューラー側へと晒しながら、左右のウェポンバインダーを操作して前面に展開すると、装甲面がスライド展開する。

 左右のバインダー装甲がスライドし終わると同時に強力な力場が発生し、命中するはずだったビームを悉く打ち消していった。

 

「っ、Eシールドジェネレーターか…本当に厄介だな!」

 ストームソーダーFXが「Eシールドジェネレーターを搭載している」ということを識っていたエスだったが、その防御力を目の当たりにして生半可な攻撃では倒せないと考え、ビームキャノンによって敵を釘付けにした今の状態のまま、荷電粒子砲を撃つためにコンソールを操作しようとしたその時だった。

 

「接近警報?っ、また新手か!?」

 再び、コックピット内に接近警報が鳴り響き、エスは即座にレーダーを確認した。

 

 すると、3Sが飛び去った方向から、複数の反応が迫っているのが映し出される。それも、一機や二機ではなく数十機にもおよぶ大編隊を示す反応に、エスはモニターに映り始めた小さな機影を拡大した。

 

「ブラックレドラー?……ざっと見ておよそ三十機。っ…しかも、ご丁寧に地上攻撃用の装備まで…」

 

 映し出された機体を見て、エスは表情を険しくする。

 

【ブラックレドラー】…大戦中に帝国で使用された機体で、旧式化していたレドラーの機動性、火力、装甲などの性能を大幅に強化し、夜間戦闘時のレーダー対策として黒色の特殊コーティングが施されている。カラーリングだけでなく、頭部の形状変更に機銃増設。翼下のミサイルポッドや尾部のブレードを三基に増設されるなど、通常機と比べて変更点が多く、その性能の高さからベテランパイロットによって運用され、大戦末期まで活躍した。

 

 現れたタイミングと搭載された地上爆撃用の大型爆弾に、編隊の進行方向から、向ってくるブラックレドラー部隊の目標が下に居るキャラバンだという事をすぐに気がついたエスは、一瞬FXとブラックレドラー部隊、どちらを先に対処するか判断を迷う。

 

 そのせいでFXに向けていた注意を疎かにするという致命的なミスを犯すことになった。

 

 エスの見せた一瞬の隙をFXは見逃すことなく、狙いの甘くなった攻撃を掻い潜ると、ブースターを起動させ3Sが飛んでいった方向とは別の方向へと弾道飛行を始める。

 

「しまっ!?……っ!!」

 猛スピードで逃げていくFXにエスが声を上げるが、その姿があっという間に雲の向こうへと消えてしまう。さらに、レーダーで追尾していた3Sの反応も消えてしまい、エスは自らの致命的な判断ミスと敵の用意周到さに、悔しさで顔を顰めた。

 

「……まだだ。これ以上、敵の思うようにさせるものかよ!」

 悔しさを滲ませていたエスだったが、敵がブラックレドラー部隊だけとなったことで取るべき行動が定まる。

 

 眼下に伸びている街道には、未だに身動きの取れない仲間たちが居る。幸い、ブラックレドラーの大部隊が攻撃態勢に入るにはまだ幾ばくかの余裕がある。

 

 仲間たちを逃がす時間はないが、荷電粒子をフルチャージするには十分な時間だった。

 

「最初の時と同じく、試射なしのぶっつけ本番か……やれるよな?フューラー!!」

 ギュワッ!!

 

 エスの問いかけに、フューラーは「まかせとけ!!」と言わんばかりに咆哮を上げ、地上から遥か上空でホバリング状態のまま、荷電粒子砲発射態勢に移行する。

 

「荷電粒子コンバータ、回路接続。荷電粒子強制吸入開始……バイパス解放!」

 新ユニット【ドゥエルユニット】に搭載された荷電粒子コンバータが起動し、バーサークユニットでは考えられない速度で機体内に荷電粒子がチャージされる。

 

「……フルチャージ完了!集束率調整……集束荷電粒子砲、いけぇーーーー!!」

 

 エスがトリガーを引いた瞬間、口腔内のバレルから、超高密度に圧縮されたエネルギーが解放され奔流となって一直線にブラックレドラー部隊へと伸びる。

 

 発射された荷電粒子砲は、チャージされたエネルギー量からエスが判断して集束率を高めに調整したにも拘らず、バーサークフューラーの通常発射時とは比べものにならないほど巨大なものになっており、ブラックレドラー部隊左翼を飲み込み、一瞬にして三分の一が消滅した。

 

 左翼に展開していた僚機が光の渦に飲み込まれ、蒸発するのを見た他の機体が蜘蛛の子を取らしたように逃げようとするが、時既に遅かった。

 

「逃がすかよ!!」

 

 逃げようとする敵を絶対逃がすまいと、エスはスラスターを駆使してフューラーを操作し、左から右へ荷電粒子砲で敵を薙ぎ払う。

 

 荷電粒子砲の直撃した機体は一瞬で蒸発し、直撃を免れた機体も強烈な余波を受け爆散するものや、コントロールを失い僚機と衝突した衝撃で抱えていた爆弾が暴発し自爆した。

 

 荷電粒子砲の通り過ぎた後に、生き残ったブラックレドラーは一機も居らず、攻撃部隊はその役目を果たすことなく一瞬で全滅した。

 

 だが、エスはブラックレドラー部隊を全滅させたにも拘らず、荷電粒子砲をそのままストームソーダーFXが逃げていった方向へと向けた。

 

 最高速度マッハ4.0を叩き出すストームソーダーFXに、エスも今更荷電粒子砲が当たるとは思っていなかったが、一種の宣戦布告の意味を込めて、エネルギーが尽きるまで荷電粒子砲を撃ち続ける。

 

 荷電粒子砲の放出限界時間を迎え、猛威を振るったエネルギーが消失すると同時に強制冷却が開始され、フューラーの全身から蒸気が噴出する。

 

 ギュワァアアアアアアアアアアアアア!!

 

 展開されていた装甲が閉じ、フューラーが天空に轟くほどの咆哮を上げる。

 

 だがその声には、どこか悔しさとやり切れなさが混じっているように聞こえた。

 

 

 

 エスがブラックレドラーの大部隊を全滅させてから少しして、エスの後を追いかけてきたアンジェリカやマーク、そしてクリューたちタダンファクトリーのスタッフたちがキャラバンの下へ到着していた。

 

 現場の惨状にアンジェリカたちは驚きを露にしていたが、「敵を追い払ったとは言え、まだ油断はできんね」というリョーコの判断に、負傷したキャラバンメンバーの代わりに、タダンファクトリーのスタッフたちが自分たちの乗ってきたグスタフの荷台に破損したゾイドを急いで回収を始める。

 

 ゾイドの積み込み作業を横目に見ながら、リョーコはクリューに頭を下げていた。

 

「ごめんね、三代目。こんな立て続けに、迷惑掛けてしまって」

「頭を上げてください、女将さん!私が勝手に判断してついて来ただけですから!それに、デザルト・チェルカトーレの皆さんが困っていると聞いて、見て見ぬ振りなどしては、親父とお袋に叱られてしまいます!こんな時こそ、頼ってください!」

 大恩人であるリョーコに頭を下げられ、クリューが慌てて頭を上げるように申し入れる。

 

「ありがとうね……」

 ヤンチャな少年だったクリューを知るリョーコは、彼が気遣いの出来る大人になったことを嬉しく思い、微笑を浮かべるが、彼女の視界にエスたちの姿が入ると、表情を険しくした。

 

 紅いライガーゼロとの戦闘で破壊されたジェドーのコマンドウルフの前に、エスにアンジェリカ、ホメオとマークが険しい表情を浮かべて立っていた。

 

「ジェドーさんのコマンドウルフが……」

 目の前のコマンドウルフの状態を見て、マークの目に涙が浮かぶ。

 

 戦闘からまだ時間が経っていないにも拘らず、ジェドーのコマンドウルフは完全に石化してしまっていた。通常、ゾイドコアなどに重大なダメージを受けたとしても、”即死”でない限り、ゾイドの装甲が急激に石化する事は稀なのだが、思い当たる節のあるアンジェリカは、ゆっくりとコマンドウルフへと近づいた。

 

「この子は、「妹を助けたい」という相棒(ジェドー)の願いを叶える為に、その命を燃やし尽くして叶えようとしたんだろうな……」

 戦闘状況をホメオから聞いたアンジェリカは、コマンドウルフが己の限界以上の力を発揮し、その命を燃やし尽くしたことと、ダメージが重なった事で一気に寿命を縮めてしまい石化したものと考え、石と化したコマンドウルフの装甲を撫でた。

 すると、ホメオが短く息を吐いて口を開いた。

 

「こいつは元々、ジェドーの親父さんが乗っていたゾイドなんだ。もしかしたら、こいつにとってもジェドーとナデアは”子供”だったのかもしれないな……」

 先に逝ってしまった相棒の代わりに、その子供たちの成長をゾイドが見届け、最後に子供たちのために身体を張って戦い、そして逝った。冗談とも取れる考えだが、その場にいる誰もがそう思い、コマンドウルフを見つめる。

 

「でも……もしそうだとしたら、やり切れないっすよ。ナデアは助かったのに、ジェドーさんが行方不明になるなんて」

 今にも泣きそうな顔をして、マークはジェドーが落ちていったと聞かされた渓谷を見つめる。

 

「…エス、本当にジェドーの姿は無かったのかい?」

「あぁ……ドクターたちが来る前に、フューラーで渓谷の底に降りてみたが、下はかなり流れの速い川が流れていた。おそらく、ジェドーは川に流されたんだと思う」

 

 アンジェリカの質問に、エスは目を細めて重々しく頷く。

 戦闘が終わってすぐ、エスはフューラーを使って渓谷へと降りていき、ホバリングしたままの状態でセンサーなどを駆使してジェドーの姿を探したが、谷底には流れの激しい川が流れ、結局彼の姿を見つけることが出来なかったのだ。

 

 見つからなかった=死んだとは、誰も思いたくはなかった。その考えがあったため、エスたちは「行方不明」という言葉を使っていた。

 

 再び険しい表情浮かべていた四人に、リョーコとクリューが近づいてきた。

 

「ジェドーの行方に関してはスチールギア・シティーに帰り次第、この渓谷に流れている川の下流にある街やコロニーに情報を出して、行方を探すつもりでおるけん、心配せんどき……それよりも!また敵が戻ってくるかもしれんけんね、早めにこの場を離れるよ!アンジェリカ。ジェドーのコマンドウルフは、この場から動かせるね?」

「……石化してしまっているから少しコツが必要だが、運び出せるよ」

 石化したとはいえ、ジェドーのコマンドウルフをこの場に放置していく事は憚られる。そんなリョーコの気持ちを汲み取ってか、アンジェリカは質問に対して肯定する。

 アンジェリカの答えを聞いて、リョーコがクリューに目配せした。

 

「では、アンジェリカさん。作業手順の指示をお願いできますか?」

「分かった…」

 

 クリューに促され、既に準備を整えて待機していたタダンファクトリーのスタッフに、アンジェリカが指示を出し始める。

 

 それを確認したリョーコは、次にエスたちへと顔を向けた。

 

「アンタ達も、出発の準備をせんね!……エス、今この場で戦えるのはアンタとフューラーしか居らんのやけ、頼りにしとうよ!」

 ホメオとマークが慌てて駆けていくのを横目で見ながら、リョーコがエスの肩を”ポン”と叩くと、娘たちの下へと歩き出そうとエスに背を向けたときだった。

 

「女将さんっ……」

 引き止めるようなエスの声に、リョーコは振り返って彼の顔を見ると、エスが何を言おうとしているか察し、「ふ~…」と息を吐いた。

 

「そげん顔せんでも、アンタの言いたいこつは分かっとうよ……けど、”たら・れば”なんて言い出したら、キリがないけんね」

「……」

 リョーコの言葉に、エスは目を伏せる。もちろん、行方不明のジェドーや怪我をしたメンバーに対する責任も感じている。

 

 自分がもっと速く駆けつけられれば、少なくともジェドーが渓谷の底へと落ちることを防げたかもしれない、と。

 

 しかし、そんな”もしも”の話をしても、過去が変わるわけでないことを、エスも重々理解している。

 

 エスがリョーコに言おうとしている事は、全く別のことだったのだが、そのことも折込づみだったのか、リョーコが言葉を続けた。

 

「…心配せんでも、このままにする気はなかよ。荒野に生きるキャラバンが”暴力”に屈したなんて知られれば、この先ずっとハイエナどもにたかられ続ける事になるけんね……やけん、こっちの足元見て喧嘩を吹っかけた馬鹿には、きっちり落とし前つけさせて、キャラバン【デザルト・チェルカトーレ】に手を出す事がどれほど危険か、教えてやらんといけんよ!!」

「…あぁ!!」

 清清しいまでのリョーコの宣言にエスは面食らうも、心強い彼女の言葉にエスは大きく頷き、愛機であるドゥエルフューラーへと足を向けるのだった。

 

 

 準備が終わり、キャラバンやタダンファクトリー所有するグスタフたちがスチールギア・シティーへと移動を開始する。

 そんなキャラバンのグスタフに連結してある居住コンテナの中に、ナデアとエリーの姿があった。

 

 未だ気を失ったまま、ベッドに横たわるナデアを、エリーが沈痛な面持ちで見つめていた。

 

「ナデア……」

 

――心配せんでいい、こいつは母親に似て頑丈だ。怪我は大した事ないし、すぐに気がつく……

 

 先ほどナデアを診察したステファンが出て行く際に言った言葉を思い出しながら、エリーは本当にナデアがすぐ目を覚ますのか心配で、彼女の手を握る。

 

「ナデアっ……」

 エリーがもう一度、親友の名を呼んだその時だった。

 

「ん…んっ……」

「?!ナデアっ!?」

 

 身体を微かに動かし薄目を開けるナデアに、エリーは慌てて立ち上がると彼女の顔をのぞきこんだ。

 

「エ…リー…?」

「ナデアっ!よかった……目、覚まして…ホントに、よかった…」

 

 目覚めたばかりで焦点が合わない目をしながらも、自分の名を呼んでくれたナデアに、エリーは感極まって泣き出してしまう。

 

 俯いて泣くエリーを見ながら、ナデアはゆっくりと上体を起こすと、ぼんやりとする思考で何故エリーが泣いているのかを考える。

 しかし、目が覚めたばかりのせいで頭の中が霞が掛かったように重く、動きの鈍い頭の回転を必死に回そうとすると、徐々に思考がクリアになっていく。

 そして、紅いライガーゼロとの戦闘やジェドーの事を思い出した瞬間、ナデアは勢いよく身体の向きを泣いているエリーの方へと向け、彼女の肩を掴んだ。

 

「エリー!アレからどうなったの?!紅いライガーは!?お兄ちゃんはどうなったの!!?」

「?!……お、落ち着いて…ナデアっ!あ、あの後…すぐに、エス様が駆けつけてくれて、紅いライガーゼロを…撃退してくれたよ。ジェドーさんは……エス様が、渓谷の底に降りて探したけど…見つからなくって……」

 突然、ナデアに肩をつかまれ、揺さぶられながらの矢継ぎ早の質問攻めに、嬉し泣きしていたエリーは驚きを露にしたが、ナデアの必死の形相に気圧され、必死に説明する。

 

「そ、そんな…お兄ちゃん……」

 エリーの説明を聞いて、ナデアは絶望したような表情を浮かべ、掴んでいたエリーの肩から手を落とすように離して身体を元に向きに戻すと、そのまま俯いてしまった。

 

「ナ、ナデア……」

 俯いたまま微動だにしなくなったナデアに、どう声を掛ければいいか分からず、エリーは悲痛な表情で親友を見つめる。

 そこから数分の間、二人の間に沈黙が流れる。

 

「……ねぇ、エリー。さっき、紅いライガーはエスが撃退したって言ったよね?」

「え?…う、うん、そうだよ。もう少しで倒せる、って所までいったんだけど……ライガーゼロの仲間が沢山現れて、邪魔されてそのまま……」

 

 沈黙を破ったナデアの問いに、エリーは違和感を覚えながらも答えたが、感じた違和感が何だったのか、彼女はすぐに思い知る事となる。

 

「そっか…逃げたんだ、アイツ……ふーん……」

「ナデア…?」

 俯いたままうわ言のように呟くナデアを見て、エリーが心配して名前を呼ぶ。

 

 すると、ナデアがスッと顔を上げた。

 

 その顔を見たエリーは、かつて幾度と(・・・)見てきた表情と重なってしまい、思わず息をつまらせる。

 

「なら、今度また襲ってきたら、アタシが殺してやる……お兄ちゃんの仇はアタシが取る、絶対に!!」

 

 エリーが見たのは、”殿下”への殺意を剥き出しにしたナデアの表情だった。

 

 ”復讐”という仄暗い炎を瞳に宿し狂気に染まるナデアに、エリーはそのまま声を掛ける事が出来ず、ただ見つめることしかできなかったのだった。

 

 

******************

 

 

 デザルト・チェルカトーレがスチールギア・シティーに到着すると時を同じくして、エージェント4専用のホエールキングの一室から廊下の外にまで、ガラスが割れる音と叫び声(・・・)が何度となく響いていた。

 

「くそっ!くそっ!くそぉおおお!!!」

 

 赤竜旗(ローオ・ドラグ・ファーネ)のVIPを迎えるために急遽作られた貴賓室には、それなりに値の張る調度品が置かれていたのだが、今やその煌びやかな内装は殆ど破壊し尽くされ、見る影もない。

 

 その破壊されガラクタと化した調度品や内装が散乱する部屋の真ん中で、”殿下”が肩で息をしながら悪鬼の様な形相で怒りを露にしていた。

 

「再興する帝国の皇帝となる余が、なぜあのような目に遭わねばならなかったのだ…?キャラバン風情が、絶対に許さぬぞ……この屈辱、万倍にして返してくれる…っ!!」

 

 エスたちへの恨みを呪詛のように吐き出し、”殿下”は残っていた花瓶を叩き割った。

 

 すると、”殿下”の背後にある扉が開き、一人の人物が入ってくる。

 

「誰だ、勝手に入ってきたのは!?部屋に入っていいと許可した覚えはないぞ!!」

 人払いをしていたにも拘らず、部屋に勝手に入ってこられた事に、”殿下”が怒りをぶちまけながら振り返り、入ってきた人物を睨みつけた。

 

 そこに立っていたのは、”殿下”の身の回りの世話をしていた侍女とは全く別の女性だった。

 

 年の頃は二十代前半。抜けるような青空を思わせる腰まで伸びる青く長い髪を毛先辺りで結び、前髪を右側に流して羽根をモチーフにした髪飾りで留めている。男では見分けがつかないほどの薄化粧をし、赤竜旗内でも重要な地位(・・・・・)に居る”殿下”に睨みつけられながらも、臆することなく見つめ返す瞳は、髪の色とは正反対に海の底を映したような深い蒼を湛えており、眼差しには芯の通った強さが宿っている。

 服装は、”漆黒”と言って差し支えない黒色のパンツスーツにヒールの高い黒のパンプス……そして、もっとも目を引くのが、竜と剣、盾をモチーフにした紋章の止め具があしらわれた左側を覆うように羽織られた肩マントだった。

 

「何だ、貴様は?余の部屋に勝手に入ってくるなど、無礼な…名を名乗れ!!」

 

 部屋の入り口付近で佇む女性に、”殿下”が睨みつけながら問いかけるが、女性は答えることなく、ただ静かに見つめ返すだけだった。

 

 勝手に部屋の中へ入ってきた理由を言わないどころか、名乗りもしない女性の態度が癪に障り、”殿下”の怒りに拍車を掛ける結果となってしまい、女性へと詰め寄った。

 

「貴様、聞こえなかったのか!?一体、何者かと聞いて居るのだ!!」

 

 怒りを露にし、”殿下”が女性へと掴みかかろうとするが、女性は掴み掛かってきた”殿下”の腕を苦もなく絡み取ると、そのまま”殿下”を突き飛ばした。

 

「なっ?!っ~~…無礼者め!余が誰か知っての狼藉か!?」

 掴みかかろうとした自分の行動を棚に上げ、”殿下”が突き飛ばした女性を殺さんばかりに睨みつける。

 

 ”殿下”の言葉を聞き、女性の眼差しに鋭さを増した。

「……私が何者か、ですか。”御前”に連なる方ならば、私の名など知らずとも、この服装を見ればどの様な存在か、分かるはずですがね…逆に問いますが、貴方こそ何処の誰です?」

「……貴様、余を馬鹿にしているのか?余は、”御前”に連なり、再興する帝国の皇帝となる男だぞ!赤竜旗(ロート・ドラグ・ファーネ)に属するものなら知っておろう!!」

 女性に対する”殿下”の怒りが、秒単位で蓄積していくのを感じながらも、女性は眉一つ動かすことなく質問を重ねた。

 

「…こちらの言葉を理解していないのですか?貴方の()を聞いているのです」

「はっ!余の名さえ知らんとは、愚か者めが!いいか、余の名は……」

 自分の名を口にしようとした”殿下”の表情が突如として固まり、目を大きく見開いた。

 

「よ…余の、名、名前…は…」

 震える唇で名前を紡ごうとする”殿下”だが、その口から名前が紡がれる事は無く、一向に名乗らない”殿下”に女性が首を傾げる。

「どうしました?自分の名前もいえないのですか?」

「な、何故だ…?何故、余は自分の名を……思い出せない、のだ?」

 冷や汗を大量に流し、顔面蒼白で信じられないといった表情を浮かべる”殿下”に、女性が哀れむような眼差しを向けた。

 

「どうしてか、教えて差し上げましょうか?……最初から、貴方に名前など無いからですよ」

「な、何を……言っている?どういう、意味だ?」

 女性の言葉が理解できず、”殿下”の顔から表情が消える。

 そんな”殿下”を見て、女性が盛大にため息を漏らした。

 

「分かりませんか?貴方は、”御前”の後継者などではない、ということですよ。貴方の正体は、赤竜旗(ロート・ドラグ・ファーネ)内で進められている【強兵創生計画】において研究されている【クローン・ソルダート】と呼ばれる特殊パイロット兵の性能検証用に製造(・・)された実験体の一体……」

 

 そう言って女性は殿下の足元に、数枚の写真を放り投げた。

 

 写真には、受精卵と思われる胚の入ったガラス管が並ぶ光景や、人一人が入れるほどの大きさの水槽に成長途中と思われる子供のたちの姿。そして、その水槽に浮かぶ、”殿下”の姿が収められていた。

 

「そんな、馬鹿な……そんなはずは無い……余は、”御前”に…お爺様に育てられ……」

 

 足元に散らばる写真を拾い上げ、そこに写る内容や女性の言葉が信じられず、拒絶するかのように”殿下”は何度も首を横に振る。

 

「実験体に課せられた役目は、【クローン・ソルダート】が人間社会の中で、「与えられた記憶」を元に違和感なく生活できるかを検証すること。貴方は、その一例として「”御前”の後継者」という偽りの記憶を刷り込まれ、無様に踊っていた道化に過ぎないのですよ」

「嘘だ、嘘だ、嘘だ!……取り消せ…今すぐ、取り消せ!!」

 

 突きつけられた現実が受け入れられず、精神に限界を迎えた”殿下”はとうとう錯乱し、常軌を逸した目をして女性へと襲い掛かった。

 

 迫り来る”殿下”を、鋭い眼差しで見つめていた女性の羽織る肩マントの下で、何かが動いた時だった。

 

 部屋に、乾いた銃声が三度鳴り響いた。

 

「な……」

 驚きの声を上げながら、”殿下”の身体が不意に力を失いその場に倒れこむと、豪華な絨毯に鮮血が染み込んでいく。

 床に倒れこんだ”殿下”を見て、顔色一つ変えずに女性が後ろを振り返ると、そこにはいつもの胡散臭い営業スマイルを浮かべ、銃を構えるエージェント4の姿があり、彼の持つ銃口からは煙が上がっていた。

 

「すみません。その方には、ワタシも色々思うところがありまして、いつか殺してやろうと考えていたのでつい……余計な手間を増やしてしまいましたか?」

 銃のセーフティーを掛け、脇のホルスターへと戻しながらエージェント4が女性へと近づいていくと、女性が肩マントで隠れていた左手を外へと出すと、その手には軍用のナイフが握られていた。

 

 エージェント4の問いに、女性はナイフをしまいながら首を横に振った。

「いいえ。彼以外にも、異なる条件で検証していた実験体が数多く居たのですが、全ての個体で情緒不安定、記憶混濁、凶暴性の発露などが報告され、検証は中止。検証に使用された実験体は、全て”廃棄処分”が決定されていましたので、問題ありません」

「そうでしたか、それは良かった」

 そう言ってエージェント4が肩を竦めると、血と硝煙の臭いが充満する室内で、二人が不意に笑みを浮かべた。

 

「お久しぶりです、エージェント4。半年ぶりですね」

「貴女が異動して、もうそんなにもなりますか…お久しぶりです、エージェント(アハト)……っといけない。今は騎士マリエルとお呼びしないといけませんでしたね」

「…今の、ワザとですね?あの時(・・・)はちゃんと「騎士マリエル」と呼んでいましたよ」

「おや?そうでしたか?」

 

 つい先ほどまでの緊迫した空気が嘘のように、久しぶりの再会を喜び、二人の間に穏やかな空気が流れる。

 

 エージェント4の前に立つ騎士マリエルと呼ばれた女性は、元エージェント8を拝命していた人物で、今は赤竜旗(ロート・ドラグ・ファーネ)の近衛騎士団【ドラグ・ナイツ】に所属する騎士である。

 【ドラグ・ナイツ】は、”御前”とそれに連なる者たちを守護する特別編成部隊で、赤竜旗(ロート・ドラグ・ファーネ)内でも特に優秀な人員だけが所属を許可されており、マリエルは数少ない女性団員にして名誉ある”騎士”を拝命している。

 

 そして、先の戦闘でエスの行く手を阻んだストームソーダーFXのパイロットでもある。

 

 二人は赤竜旗《ロート・ドラグ・ファーネ》内でも珍しい飛行ゾイド専門のゾイド乗りであるため、マリエルがエージェントナンバーに籍を置いていた頃から、何かと交流があったのだ。

 

 久しぶりに会うマリエルとの会話を楽しんでいたエージェント4だったが、不意にその視線が床に転がる”殿下”と呼ばれていた物体へと向けられた。

 

「しかし、噂になっていた【クローン・ソルダート】の情報を貴女から頂いて、その性能をこの目で見られると楽しみにしていたのですが、蓋を開けてみれば、正直がっかりでしたね」

 そう言って、エージェント4はため息を漏らす。彼がホエールキングの執務室で読んでいた書類は、マリエルから齎された”殿下”の正体に関する情報が書かれていた。そのため、エージェント4は”殿下”のパイロットとしての性能がどれほどのものか楽しみにしていたが、その期待は先の戦闘で分かるように、大きく裏切られたのだった。

 

 そんな残念がっているエージェント4に、マリエルが愛想笑いを浮かべる。

 

「それは仕方ありません。彼はあくまでも、【クローン・ソルダート】が人間社会に適合できるかを検証する為の実験体。記憶や精神以外はほぼ無調整ですから、戦闘用ゾイドの操縦など殆ど出来ません」

「?その割には、ある程度はライガーゼロを動かしていたようですが?」

 マリエルの説明にエージェント4が首を傾げると、彼女は説明を続ける為、スーツの上着から小型タブレットを取り出し情報を呼び出すと、エージェント4に手渡した。

 

「それは、【クローン・ソルダート】が持つ能力である【マルチアジャストスキル】の恩恵のお陰です。【クローン・ソルダート】には、あらゆるゾイドとのマッチングを高めるために、過去に存在したゾイドに対する高い適応力を持ったパイロットたちの遺伝子情報が組み込まれています。つまり、先の戦闘では彼がライガーゼロを動かしたのではなく、ライガーゼロ自身がパイロットの”意思”を汲み取って動いたに過ぎないのです」

 マリエルの説明を聞きながら、タブレットの情報を素早く、そして隅々まで熟読したエージェント4が顔を上げると、その顔は嬉々としていた。

 

「それは、凄いですね!操縦訓練なしであれほどですから、訓練を施された【クローン・ソルダート】は、正しく一流のパイロットになるわけですね!」 

 赤竜旗《ロート・ドラグ・ファーネ》では、優秀なパイロットの確保がいつも悩みの種となっている。それが安定して生産・供給される事になれば、組織の悲願成就が一気に近くなる事になるのだった。

 

「本来であれば、ありとあらゆる状況に対応できる”兵士”の大量生産する事が計画の最終目標ですが、今回の検証中止を受けて、当面の間は、【クローン・ソルダート】はゾイド操縦用の生体ユニット(パイロット)として生産、供給されるようです」

 と、説明を終えたマリエルが顔を上げてエージェント4を見ると、先ほどまで嬉々としていた彼が、珍しく何ともいえない渋い表情を浮かべていた。

 

「…ここまで聞いておいてなんですが、いいのですか?いくら今の貴女が、ワタシよりも組織内の深度の深い情報を得られる立場にあるとは言え、そんな簡単に話してしまっても」

「構いません。今お話した情報は、後日エージェントナンバーにも開示される予定ですから。エージェント4なら、その時に初めて知ったというリアクションを取れますよね?」

 イタヅラっぽく笑みを浮かべるマリエルに、「これは、思った以上の対価になりましたね」とエージェント4は肩を竦めた。

 

「では、私はこれで失礼します。実験体はこちらで回収しますので、保管をお願いしますね」

「分かりました…そうそう、先の戦闘の感想を聞き忘れていました。どうでしたか?帝国の遺産と、それを駆るパイロットは」

 腕時計を確認してマリエルが部屋から出て行こうとすると、エージェント4が呼び止め、問いかけた。

 

 その問いかけに、マリエルが振り返ると、彼女の顔から笑みが消えていた。

 

「……貴方が、今まで手こずっていた理由が分かりました。アレは、本物の化け物(・・・)ですよ。愛機(FX)に乗ってどれだけ有利な状況に運べる確証があったとしても、二度と一対一で戦いたくない相手です」

「そうですか……ありがとうございます」

 

 エージェント4が礼を言うと、マリエルはそのまま部屋を出て行った。

 

「FXに乗る彼女にあそこまで言わせるとは、末恐ろしいですね……」

 

 マリエルの感想を聞き、ストームソーダーFXに空中戦を挑んで対等に渡り合ったエスとフューラーに、エージェント4は素直に脱帽する。

 

 今後の攻め手を考えていたエージェント4だったが、何かを思い出したように「あ」と声を上げた。

 

「しまった…もう一つ、マリエルさんに聞くのを忘れていました。彼女が仕える事になる主(・・・・・・・・)が誰なのかを」

 

 マリエルが”騎士”を拝命していたことを聞いた時から、聞こうと思っていたことを今頃思い出したことに、エージェント4はため息を漏らす。

 

 だが、マリエルが誰に仕えることになるのか、エージェント4はすぐに知ることとなるのだった。

 




 おう、ヴィンセントだ。
 仲間が行方不明となり、エスたちが意気消沈していた頃、俺様はエージェント4から相棒を受け取り、慣らし運転ついでに依頼を受けた…んだが、何故か奴の部下が一人、同行することになった。この嬢ちゃん、何故か俺様を目の仇にしてるんだよ。別に手を出したわけじゃないんだがなぁ~……まぁ、そんな事はどうでもいい!新しくなった相棒のお披露目をしてやるよ!!

 次回 ZOIDS-記憶をなくした男- 第十七話「魔装竜、復活」!

 次は俺様オンリーの話だ!手前ら、楽しみにしてろよ!!


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魔装竜、復活

今回はあっさり目


 明かりの付いていないホバーカーゴのブリーフィングルームでアンジェリカは一人、タブレットを手に画面を見つめていた。

 

「こっちのパーツはエリーのファイアーフォックスに使って…こっちのは、ナデアのコマンドウルフに回せるかな」

 タブレットに表示されるパーツリストを確認しながら、アンジェリカは破壊されたゾイドの修復プランを練っていた。

 

 スチールギア・シティーに到着してすぐ、彼女はタダンファクトリーのメカニックたちと共に各ゾイドの破損箇所の確認に取り掛かった。

 メカニックたちの協力のおかげで思いのほか確認作業は早く終わり、アンジェリカはその日の内に修復プラン作成に取り掛かることができていた。

 

 とは言え、一通りの確認が終わる頃には日が暮れさらに今では日付が変わっており、ふとそのことに気がついたアンジェリカは手にしていたタブレットを横において大きく背伸びをした。

 

「これなら手持ちのパーツだけで稼動状態まで持っていけるな……しかし皮肉、というべきなのかな。ジェドーのコマンドウルフが死んでしまった(・・・・・・・)おかげで、エリーたちの機体を直すためにストックしてあった補修パーツを全部使えるというのは」

 背伸びした勢いで魅惑的な胸を上下に揺らしながら、アンジェリカは寂しげな表情を浮かべて大きく息を吐き出す。

 

 共用パーツの多いコマンドウルフとファイアーフォックスの補修用パーツは、キャラバンが保有する他のゾイドに比べてストック数が多い。しかし今回の戦闘でフォックスもウルフも大きく傷つき、ストックされたパーツ量では直す事が出来るのは二機だけだった。

 

 これで、ジェドーのコマンドウルフも直すことになっていればパーツが足りずに新たにパーツを確保する必要が出てしまい、しかもアンジェリカの要求するパーツ精度はどれも一級品なため、全てを揃え三機を仕上げるにはかなりの時間が掛かってしまう所だったのだ。

 

 ジェドーのコマンドウルフを助けられなかったことを悔やむ自分がいる一方で、彼のコマンドウルフを修復しないでいいお陰で諸問題をクリアできた事に安堵する自分が居る事に、アンジェリカは「皮肉」という言葉が口をついていたのだった。

 

 そんな鬱屈した気持ちをため息と共に吐き出しながらアンジェリカがタブレットを手に取ろうとした時、背後のドアが開いた。

 

「ん?…ナデアじゃないか?!もう、歩き回っても大丈夫なのかい?」

 

 開いたドアの方へとアンジェリカが視線を向けると、外に立っていたのはナデアだった。

 スチールギア・シティーに戻ってからずっと確認作業に追われていたアンジェリカは、ナデアが目を覚ました事は知っていたが、頭を打っていると聞き部屋で安静にしているだろうと思っていたので、彼女が現れた事に驚きを露にした。

 

「うん。大した怪我じゃないし、目が覚めてすぐに病院に行って検査もして貰った。結果を見た老師が心配ないって」

「そうか……」

 ナデアの言葉にアンジェリカはホッと胸を撫で下ろすが、そこから言葉が続かず二人の間に沈黙が落ちる。

 

「…ねぇ、ドクター。あたしのコマンドウルフは?」

 先に沈黙を破ったのはナデアだった。

 

 彼女の問いかけに、ジェドーの事を聞かれるのでは身構えていたアンジェリカは一瞬呆けた表情を浮かべるが、すぐに表情を引き締めタブレットを手に取る。

 

「え?…あ、あぁ…心配しなくても本体は(・・・)問題なく修復できるよ。ただ、ロングレンジライフルが原形を留めないほど壊れてしまっているから、新しいのが手に入るまでは予備に置いてあった50mm対ゾイド2連ビーム座砲に換装するつもりで……」

「ここに来る前に下で見たんだけど、あれ(・・)ってお兄ちゃんのコマンドウルフが載せてた(・・・・)のだよね?」

 

 説明を遮るように投げられたナデアの質問にタブレットを操作していた手が止まり、アンジェリカはゆっくりと顔を上げると重々しく頷いた。

 

「…あぁ、そうだよ」

「……ドクター。お願いがあるんだけど」

 肯定するアンジェリカを見て、ナデアが目を伏せるもすぐに視線をアンジェリカへと戻す。

 

 そしてこの後ナデアの口から発せられる言葉に、アンジェリカはある意味で衝撃を受けるのだった。

 

*************

 

 

 キャラバン【デザルト・チェルカトーレ】と赤竜旗(ロート・ドラグ・ファーネ)の戦闘から数日後。

 

 赤竜旗(ロート・ドラグ・ファーネ)の所有する研究施設のドックに接舷されているホエールキングの通路に、エージェント(ヒョンフ)の姿があった。

 

 いつものように胡散臭い営業スマイルを貼り付け歩いていた彼はある扉の前で立ち止まると、ドアに備えられたブザーを鳴らした。

 

「ヴィンセントさん、エージェント4です。入りますよ」

 

 そういうとエージェント4は中に居る人物の返答を待たずに、ロック解除用のカードキーを差し込むスロットにマスターキーを差し込んでドアのロックを解除すると部屋の中へと入った。

 

「お久しぶりです、ヴィンセントさん。お元気でした……か?」

 

 部屋に居るであろう人物に声を掛けたエージェント4だったが、部屋の中に広がっていた光景を見て冗談を抜きに目を見張った。

 

「ふっ…ふっ……」

 彼の目に飛び込んできたのは、部屋の壁の上部にある出っ張りを掴み上半身裸で懸垂に勤しむヴィンセントの姿だった。

 

「…誰かと思えば、手前か……通信ではなく直接出向いてくるとは、思わなかったぞ…って、どうした?」

 エージェント4が入ってきたことを肩越しに確認すると、ヴィンセントは懸垂をやめて出っ張りから手を離した。

 床に着地し流れる汗を拭いながらエージェント4へと向き直ったヴィンセントだったが、彼が目を見張って驚いた顔をしている事に怪訝な表情を浮かべる。

 

「…いや~驚きました。ワタシはてっきり、ヴィンセントさんは部屋から出られない腹いせに飲んだくれているものと思っていましたので」

 

 部屋から一歩も外に出られないストレスから、ヴィンセントが酒を浴びるように飲んでいるものと考えていたエージェント4は、まさか彼が鍛錬をしているとは露にも思っていなかったので驚きを露にしていたのだ。 

 

 そんなエージェント4の言葉に、彼の表情に合点がいったヴィンセントは顔を顰める。

 

「腹いせに酒を飲んだのは最初の日だけだ!言っておくがな、俺様にも酒を飲む上での”ポリシー”ってのがあるんだよ!……それにな。こんな所に閉じ込められたからと言って呆けてたら、身体が鈍っちまう。ゾイドに乗るにも体力が必要なんだよ…ってだから何だよ、その顔は!?」

 

 自分がただの飲んだくれでないことを説明していたヴィンセントだったが、説明を聞いたエージェント4の表情がさらに驚きに包まれているのを見て、怒りのあまりとうとう吼えた。

 そんなヴィンセントを見てエージェント4の顔に営業スマイルが戻り、彼を宥めるように両手を前へと出した。

 

「すみません、色々な意味で驚いてしまったので……そんな暇を持て余していたヴィンセントさんに朗報です。ジェノブレイカーの修復が完了しました」

「本当か!?」

「えぇ、本当です。ワタシがここへ来たのも、貴方に直接引き渡す為ですからね。早速、お渡ししますよ…と、言いたい所ですが、その前に汗を洗い流してサッパリ(・・・・)されてはいかがです?」

 相棒が直ったことを聞いてヴィンセントは汗をかいたまま服を着ようとしたが、それをエージェント4が制止し汗を流す事を提案する。

 

「ん?…そうだな」

 自分の状況を確認するように身体を見渡し、ヴィンセントは数秒考えるとエージェント4の提案を受け入れそのまま部屋に備え付けられたシャワー室へと入っていった。

 

 ヴィンセントがシャワーを浴び始めた事を確認すると、エージェント4は壁に備えられた通信機に手を伸ばし何処かへ連絡を入れ始めた。

 

――二時間後。

 

「で?何でこうなった?」

 ホエールキング内の通路を歩きながら、先ほど自分の身に起こったことに思考が追いつかず、ヴィンセントが困惑した表情を浮かべて自問自答するように呟いた。

 

 伸ばしっぱなしにして放置しボサボサになっていたヴィンセントの髪は短く切り揃えられ右側には額から後頭部まで伸びる三本のラインが剃り込まれている。

 同じく伸ばしっぱなしだった髭も綺麗に剃り落とされ、顎の一部分にだけ短く整えられた髭が残っている。

 着ている服も、ヴィンセントが長年愛用し使い古され草臥れたものから、最新の素材工学によって作られた対刃性能を持つ生地で仕立てられたタクティカルパンツにジャケット、そして真新しいコンバットブーツへと替わっている。

 

 ヴィンセントの呟きと共に感じる視線に、エージェント4は歩く速度を緩めることなく笑みを浮かべながら肩を竦めた。

 

「いつも思っていたのですよねぇ、ヴィンセントさんはご自身の身なりにあまり気を使わない方だと。アレ(・・)ではどこぞの盗賊か山賊だと勘違いされかねませんでしたからね。早々に手を打たなければこれから先、色々と不都合が出ると思いまして僭越ながら今回スタイリストを用意しておいたのです」

「……ちっ」

 エージェント4の指摘に思い当たる節があったのか、ヴィンセントは前を歩くエージェント4の背中を忌々しく睨むも舌打ちだけして、それ以上の追及はしなかった。

 

「まぁ、相棒のジェノブレイカーも新しくなったのですからヴィンセントさんも心機一転ということで……」

 姿を見ずとも背後のヴィンセントが完全に納得していない事を感じ取り、エージェント4がそれらしい事を言って場を収めようとすると格納庫の入り口が見え、そこにはヴィンセントの世話係兼監視をさせていた部下の女性が立っていた。

 

「準備は整っていますね?」

「はい……っ?!」

 上司であるエージェント4の問いかけに女性は恭しく頭を下げて肯定し格納庫へと入っていくのを見送るが、後ろから付いて来ていたヴィンセントを見た瞬間、全く知らされていなかったのか大きな瞳が零れ落ちるのではないかと思うほど大きく目を見開き、息を呑んだ。

 

 驚きを露にする女性の横をヴィンセントは何ともいえない渋い顔をして通り過ぎ、エージェント4の後を追って格納庫内へと入っていった。

 

「長らくお待たせしました!これが、新しくなった貴方のゾイドです!!」

 先に入っていたエージェント4が柏手を打ち演技臭いオーバーアクションで両手を広げてヴィンセントを出迎える。

 

「っ!?こ、こいつは…!!」

 

 久しぶりの再会となる相棒の姿を見て、ヴィンセントの身体に衝撃が走った。

 

 カラーリングは黒を基調としたものから変更されてはいないが、エスとフューラーとの戦いで脱落し置いてきてしまったブレイカーユニットが新しい物へと換装されているのだが、両側のフリーラウンドシールドが別の物に変わっている。

 頭部も増加装甲の様な物が取り付けられ、増加装甲から覗く小さな”眼”の様なセンサーが一種異様な雰囲気を醸し出していた。

 

「ジェノブレイカー・ジェット・タイプB……貴方の相棒のもう一つの姿ですよ」

 

【ジェノブレイカーJ・タイプB】…格闘戦に特化したジェノブレイカー・ジェットの二つある仕様の一つで、通常機と同じ装備のタイプAとは違い、タイプBは幾つもの変更点が存在する。

 最大の違いはブレイカーユニットに装備されたフリーラウンドシールドの替わりに、フリーラウンドブレードという折り畳み式の大型実体剣が二振り装備され、タイプA以上に近接格闘戦に主眼が置かれている。

 更に格闘戦の際に精密センサーの集積体である頭部を守るために、レーザーチャージングブレードが取り外され簡易フェイスマスクという増加装甲が取り付けられている。

 

 姿の変わった相棒を驚きの眼差しで仰ぎ見るヴィンセントに、エージェント4はいつもの営業スマイルを浮かべた。

 

「我々の組織はこれまで数多くの遺跡を調査・発掘を行っているのですが、時に大戦中に使用されたゾイドや強化パーツなどを発見をする事があります。ヴィンセントさんの機体に使ったタイプB用のパーツも、数年前にとある遺跡からモスボールされた状態で発見され、回収後に調査を行い保管していた物です。機体に蓄積された戦闘データから、ヴィンセントさんの戦闘スタイルにはタイプAよりもタイプBの方が相性が良い事が判明し、タイプBへの換装と調整を行いました」

 

 説明を聞き、ジェノブレイカーを見ていたヴィンセントがエージェント4へと視線を向け険しい表情を浮かべた。

 

「いいのかよ、そんな貴重な物を使っても」

「構いません。データはすでに取ってありますし、このパーツはワタシのチームが発見したものですのでワタシの権限で使用できますから…それに倉庫内で眠らせているより使いこなせる方に託した方が何倍も有効じゃありませんか?」

「……そうかよ」

 

 修復に大戦の遺物を使ったというエージェント4に、また厄介な期待(・・)をかけられているんじゃないだろうかとヴィンセントは勘ぐるももう一度新しくなった相棒を見上げ、「まぁノアールが直ったのなら、いいか」と深く考えるのをやめると、気持ちを入れ替えるように一息吐いてジェノブレイカーへと近づいていった。

 

「……さて、早速新しくなった相棒の調子の確認と俺様のリハビリ(・・・・)を始めるか!おい、ここには訓練用のスリーパーぐらい有るんだろう?」

 

 意気揚々とジェノブレイカーへと乗り込もうとするヴィンセントに、エージェント4は神妙な表情を浮かべながら首を縦に振った。

 

「えぇ、もちろん。実験や訓練用に各種スリーパーゾイドを取り揃えていますが、貴方相手ではどれも役不足だと思いますよ?……そこでどうでしょうヴィンセントさん、リハビリがてらワタシの依頼を受けませんか?」

「……何だと?」

「貴方のように実践の中で生きてきたゾイド乗りが戦闘勘を取り戻すなら、やはり実践の中の方がいいでしょう?なに、依頼といっても大した案件ではありません…あれを」

 そういうと、エージェント4は入口に控えていた部下の女性を呼び書類を受け取ると、そのままヴィンセントへと渡した。

 

 書類を受け取り、中身を確認したヴィンセントの表情が怪訝なものへと変わる。

「……いくつもの町やコロニーを襲っている盗賊団の排除?手前はいつから正義の味方になったんだ?」

 過去にエージェント4から受けた依頼で、町を襲う盗賊団の排除など一度もなかった。

 ヴィンセントが知る限り、目の前にいる男が誰かを救うような依頼を絶対に持ってくることのないことを確信していたため、気でも触れたのかと疑ったのだ。

 

 ヴィンセントの考えを察したエージェント4は肩をすくめ、薄ら笑いを浮かべた。

「別に正義に駆られて、というわけではないですよ?ワタシの仕事で最も重要なのは情報の”正確さと鮮度”でしてね。情報を効率よく集めるのに有効なのは商人と傭兵です。そこでワタシはサイドビジネスで傭兵派遣会社を経営しているのですが、この依頼はそこに舞い込んだ依頼の一つなんですよ。どうです?盗賊団の規模を考えても貴方とジェノブレイカーの慣らしにはうってつけだと思いますよ」

 依頼の出所を聞き、ヴィンセントはエージェント4の傍に控えていた女性の様子をそっと伺う。

 すると、部外者に話したことのない内容だったのか上司(エージェント4)の言葉を聞いて女性は絶句するようにその背中を見つめていた。

 そんな女性の様子を盗み見ながら、彼の話が本当なのだろうとヴィンセントは目を細めてエージェント4を見つめる。

 

「もちろん、いつも通りに報酬はお支払いいたしますし、色々と融通させていただきますよ?」

 ヴィンセントが渋っているものと思い、エージェント4は彼が食いつくように破格の条件を並べていく。

 だが、ヴィンセントはエージェント4の言葉を無視するかのように書類を読み進め、最後まで目を通すと短く息を吐いた。

 

「…いいぜ、引き受けてやる。その代り、いつも通りに俺様のやり方でやらせてもらうぞ」

 

 持っていた書類を閉じてヴィンセントはぶっきらぼうに依頼を引き受ける。

 彼の言葉を受けて、エージェント4は笑みを深め柏手を打った。

 

「さすがはヴィンセントさん!受けていただけると信じていましたよ。では、早速準備をお願いします。依頼者がいる場所はここから少々遠い場所なので、近くまでホエールキングで送ります…っと言い忘れていました。実は今回の依頼に一人同行させて頂きます…」

 そういうと、エージェント4は後ろに控えていた部下の女性へと振り向くと、普段部下には見せない意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「彼女、リアーナさんを連絡役としてね」

 この後の二人の反応を予想しているのか、何処か楽しむように声を弾ませるエージェント4。

 

「は?」

「…え?」

 

 エージェント4の爆弾発言にヴィンセントだけでなく部下の女性…リアーナも聞いていなかったのか驚きを露わにする。

 予想していた反応を見せる二人の姿を見てエージェント4は「くくく…」と声を抑えて笑っていると、二人が同時に詰め寄ってきた。

 

「ちょっと待て!さっき俺様のやり方でやらせてもらうと言ったはずだぞ!何で人を連れていかなきゃならないんだ?!しかも、よりにもよってこのお嬢ちゃんだと!?」

「待ってください、エージェント4!そのような話、わたしは聞いていませんが?!」

 

 話が違うと怒りを露わにするヴィンセントと、聞いていないと動揺を見せるリアーナにエージェント4は宥めるように両手を動かす。

 

「まぁ、落ち着いてください……ヴィンセントさんの出された条件通り依頼遂行の方法はお任せするとお約束しますが、我々にとってもジェノブレイカーは特殊な部類に入るゾイドです。今回の改修でゾイドにどのような影響が出るか見当もつきませんからね。万が一にも依頼の最中に不具合を起こしては大変ですし、それで貴方に何かあってはこちらも目覚めが悪い。彼女が同行するのはそうなった時のための保険とお考えください。あぁ、心配しなくとも彼女のゾイドの操縦技能はワタシが保証いたしますよ」

 

 ヴィンセントに同行者の必要性を説明すると、エージェント4はリアーナへと視線を移す。

 

「貴女に前もって言っていなかったのは、そうしなくともリアーナさんなら問題ないと判断したからです。それとも…何か問題でもありますか?」

「い、いいえ……ありません」

 目をスッと薄く開けて笑みを浮かべるエージェント4を見て、リアーナは慌てて首を横に振る。

 エージェント4が浮かべる笑みが、これ以上反論を続ければ彼の怒りを買うことなることを部下である彼女は重々承知していたため、口を閉じたのだ。

 

 閉口したリアーナを見て、エージェント4はいつもの営業スマイルへと戻り首を縦に振った。

 

「結構。では、ワタシは予定が詰まっていますのでこれで失礼します…ヴィンセントさん、よろしくお願いしますね。リアーナさんも期待していますよ」

 

 腕時計を確認し、エージェント4は踵を返してドックを後にする。

 

 あまりに一方的な展開に残された二人が気を取り直して出発準備に取り掛かれたのは、エージェント4が立ち去ってから十分以上後のことだった。

 

 

 

 

 




どうも、リアーナです。
 エージェント4の命令で、私は賞金稼ぎのヴィンセントと一緒に盗賊団を壊滅させることになりました。あの男と一緒に行動するなんて虫唾が走る思いですが、エージェント4の命令なら仕方ありません。
 そんな盗賊団壊滅に向かう途中、私たちは地図に載っていない村を見つけ、あろうことかあの男は盗賊に攫われた少女たちまで助けると言い出したのです!

 えっ?!しかも、私が遺跡に潜入して助けるの!?

 次回 ZOIDS-記憶をなくした男- 第十八話「救出」!

 ちょっと、何勝手に決めてるの?!…あぁもう!いいわよ、助けにいってやろうじゃない!!


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救出

お待たせしました!

今回、暴力描写がありますので苦手な方はお気を付け下さい!


 国という概念が無くなったこの時代において、外的脅威に対する急先鋒であった”軍隊”の代わりを用意する方法は大まかに二種類に分けられる。

 

 一つは、白百合の園のように守備隊のような自警団を組織し、自力で戦力を整えて脅威に対抗する方法。

 もう一つは、自力で戦力を整えることのできない小規模な町やコロニーが共同で資金を出し合い、傭兵などの用心棒を雇い定期的に巡回してもらう方法だ。

 

 双方にメリットがあるがデメリットもある。

 

 前者は防衛対象を自分たちの住む都市や町のみに限定でき、さらに護りたいという正義感の強い者で守備隊に組織するため裏切りなどを出す可能性が少ないが、ゾイドや装備の購入や隊の維持などに莫大な資金を要する。

 後者は、用心棒としての傭兵を雇う費用を複数の自治体が分割して負担するため一つの町の負担は少なくなるが、襲撃を受けた場合に傭兵たちが駆けつけるまでに時間がかかってしまい、そして傭兵の中には盗賊と大差ないーもしくは傭兵を騙る盗賊ー無法者も存在し、見極めを誤れば護ってもらうどころか逆に襲われてしまうという事案も決して珍しくない。

 

 今回、エージェント|4(フョンフ)がサイドビジネスとして行っている傭兵派遣会社に舞い込んだ依頼も、そんな複数のコロニーに雇われながら盗賊行為を働いた元傭兵たちの排除である。

 

 その依頼をエージェント4から託された賞金稼ぎのヴィンセントとエージェント4の部下であるリアーナは、盗賊たちが荒らしまわっているという地区にホエールキングで移動し、盗賊たちの根城となっている遺跡から離れた平原に降り立っていた。

 

「では我々は上空にて待機し、任務完了の連絡が入り次第お迎えに上がります」

「えぇ、お願いします」

 

 敬礼するスーツ姿の部下の女性の言葉にリアーナが頷く。

 つい先ほどまで部下と同じスーツ姿だったリアーナだが、今回の任務の内容から恰好を大きく変えていた。

 最新の防刃素材で縫製されたデザートカラーのジャケットに、同じ素材で作られたパンツには様々な道具が入ったポーチが備え付けられている。そして分厚い靴底のコンバットブーツを履き、見た目は完全にゾイド乗りの女性がする恰好である。

 さらに肩まで伸びた髪を二つ結びにし、ばっちりと決まっていた化粧は一旦全部落として極控えめなものへと変えたため一見すればほとんどスッピンに近く、童顔だったことも相まってかなり幼く見える。

 

 部下は回れ右をしてホエールキングへと戻っていき、ほどなくしてリアーナを残して大空へと飛翔していった。

 

「…では早速移動しましょう。例の盗賊が根城にしている遺跡はここから一山越えた先の、さらに先にある高原の麓ですから」

 ホエールキングを見送ったリアーナが振り返りながらヴィンセントに声をかけると、ジェノブレイカーJの横に立っていたヴィンセントがジッと自分の方を見ていたことに気が付き、リアーナは不信感を隠すことなく顔を顰めた。

 

「……何です?」 

「いや、あの野郎(エージェント4)が腕は確かと言っていたから、どんなゾイドに乗ってるかと楽しみにしていたんだが……とんでもねぇのが出てきたと思ってな」

 リアーナが不信感を露わにしてもヴィンセントは気にすることなく(・・・・・・・・)、彼女の後ろに控えるゾイドの姿を仰ぎ見ながら感心の言葉を漏らした。

 

 黒を基調とした装甲に血のように真っ赤なスプリット迷彩が施され、背面には本来であればその機体が装備するはずのないセイバータイガー用の強化ユニットを背負い、その強化ユニットには機体の全長に匹敵する大型のビームガトリング砲が備え付けられている。

 

 それは、見る人間が見ればある意味で驚愕する機体だった。

 

 【ライトニングサイクス・PK師団仕様】、通称「ブラッディサイクス」。かつて、ガイロス帝国摂政「ギュンター・プロイツェン」が表向き皇帝の近衛兵団として組織した私兵部隊「プロイツェン・ナイツ師団」。その部隊にはプロイツェンの権限によって最優先で最高のゾイドが配備されていた。ブラッディ・サイクスもその内の一体で、その特徴は他の配備された機体同様に装甲が赤く染め上げられ、搭乗するエースパイロットたちに合わせて大幅な改修が行われていることだ。

 配備当初は、通常機と同様にサイクスの主兵装であるマルチパックを装備していたが、いくつかの機体は搭乗者の要望に合わせてマルチパックを装備せずに、セイバータイガー用の強化パーツであるATユニットを装備した特別仕様機も存在したとされる。

 リアーナの機体は、大戦当時の機体ではなく赤竜旗(ロート・ドラグ・ファーネ)が再生させていた量産型ライトニングサイクスをベースに同組織内で式典用として改修されていた物で、その内の一機をライトニングサイクスとのマッチングポテンシャルの高かったリアーナのためにエージェント4が手に入れ、彼女に合わせて実戦仕様に調整を行っている。

 さらに、特別仕様機のデータを遺跡からサルベージしていたエージェント4が独自に開発させたサイクス用の特殊パーツを装着することで、セイバータイガー用の強化ユニットを搭載することが可能となり、原型機のように大がかりな設備を必要とせずに換装することができるのが特徴だ。

 

 今回リアーナは、自分の役割を考えて牽制や面制圧が可能なビームガトリング砲を搭載したGCユニットを装備している。これは大戦時、機体バランスを著しく損なうと言われた装備で「帝国の至宝」と呼ばれた上級将校「カール・リヒテン・シュバルツ」が好んで使用し、使いこなすには相当の技量を必要とするという話は彼の名と共に結構有名である。

 そのことを知っていたヴィンセントは、扱いの難しいライトニングサイクスというゾイドにこれまた癖のある装備を施しているリアーナに対して、二重の意味で驚いていたのだ。

 

 そんなヴィンセントの言葉にリアーナは今の自分の恰好を茶化されなかったことに安堵したが、次の瞬間には何故か苛立ちを覚え表情を険しくした。

 

「このくらいのゾイドを乗りこなせなければ、エージェント4の部下は務まりませんので…さぁ、無駄話をしていないで移動しますよ!」

「?…何で怒ってんだ?」

 ヴィンセントとしては褒めたつもりだったが、リアーナが何故怒っているのか判らず首をかしげた。

 

 

 ひと悶着あるも、それぞれゾイドに乗り込み移動を開始する。

 

 平坦とは言えない山道をホバー走行で抜けていくヴィンセントのジェノブレイカーの後ろを、リアーナの駆るブラッディサイクスが追走する。

 

 不整地を物ともせずに走り抜けるサイクスを見て、ヴィンセントはコックピット内で口笛を吹いた。

 

「へぇ、やるじゃねぇか…あれだけの啖呵切るだけのことはあるってわけか…」

 

 リアーナの腕を目の当たりにしてエージェント4が推薦しただけのことはあることを実感したヴィンセントは、配慮の気持ちから少しスピードを緩めるつもりだったのを思い留まり、そのままの速度を維持したまま山道を走破していった。

 

 その甲斐もあり二人は予定よりも早く山越えを果たし、高原へと続く荒野に出ていた。

 

『高原はここから百キロ先ですね。行きましょう』

 コックピットのスクリーンに映し出されたマップを見ながら、リアーナが目的地を確認する。

 同じものがジェノブレイカーのスクリーンにも映し出されるが、ヴィンセントは怪訝な表情を浮かべた。

 

「おい、依頼者や被害の遭った町に行って情報を収集しなくていいのか?」

 リアーナが真っ直ぐ遺跡へ向かおうとしていることにヴィンセントが疑問を口にするが、疑問を投げかけられたリアーナは首を横に振った。

 

『必要ありません。依頼者の方には形として(・・・・)私の部下を向かわせていますし、もともと必要な情報は傭兵派遣会社の担当者からエージェント4の下に届けられそれを受け取っています。我々に課せられた任務は可及的速やかに盗賊を排除すること…それ以外に意識を割く必要はありません』

「……そうかよ」

 エージェント4の用意した情報に絶対の信頼のあるリアーナにとって、そんな信頼する上司から課せられた任務を遂行することが第一であり、余計な手間をかけるつもりは一切なかった。

 そんなリアーナの態度にヴィンセントは何処か危うさを感じるも、ここで自分が諭すようなことをすれば話が拗れることが目に見えたため、必要以上に口を出さなかった。

 

 あくまでも今回の目的は自分と相棒のリハビリを兼ねた盗賊団の殲滅であり、ヴィンセントが必要とするのは歯ごたえのある敵だけだった。

 

 話が纏まり、二人は遺跡に向けて移動を再開した。

 

 それは、越えてきた山の麓と遺跡のある高原の麓のちょうど中間地点に差し掛かった時だった。

 

「…ん?おい、ちょっと待て!」

 

 突然、ヴィンセントがジェノブレイカーを急停止させた。

 

『っ?!~~~…一体、なんですか!?』

 

 サイクスを急停止させた反動に悶絶しながら、リアーナが怒りを滲ませてヴィンセントに問いかけた。

 

「あそこを見ろ…地図に無い集落があるぞ」

『え……?』

 

 ヴィンセントに言われ、リアーナは慌ててモニターのマップを確認する。

 するとマップでは何も存在しないはずの場所に、実際は小さな集落が存在していた。

 

 だがそれは「取るに足らない情報だっただからだ」、とリアーナは組織の情報に不備があったとは思わず先を急ごうとしたがヴィンセントは違った。

「…あの煙の上がり方、何かおかしいな。おい、少し寄り道するぞ!もしかしたら、何か情報があるかもしれねぇ」

『なっ!ちょ……ちょっと待ちなさい!あんな小さな集落を盗賊が襲うはずがないわ!ちょっと考えれば判るでしょ!?』

 

 勝手に集落に向かうヴィンセントに、リアーナはとうとう敬語を忘れて止まるように声を上げる。

 すると、モニター越しのヴィンセントの目がスッと鋭くなった。

 

「…盗賊って人種はな、奪うモノがあるなら襲う場所のデカい小さいは関係ねぇんだよ」

 

『え?』

 ヴィンセントの雰囲気がいつもと変わったことにリアーナが呆気にとられる中、ジェノブレイカーは集落へと向かっていった。

 

『…あぁ~っもう!!』

 予定外の行動にリアーナは頭を抱えるも、主戦力であるヴィンセントが居なければ任務に支障が出ることも理解し、彼の後を追ってサイクスを走らせた。

 

 

「…焼けた臭いの中に火薬の臭い。まだ時間が経ってないな」

 集落から少し離れた場所でゾイドを降り、二人は集落に足を踏み入れた。

 

 先ほどの場所からは判らなかったが、集落内にあるいくつかの建物は破壊され、火事が起きていたのか未だにあちこちで煙が立っている。

 

 集落の状況を確認するヴィンセントの横で、リアーナは信じられないといった表情を浮かべていた。

 

「嘘でしょ…こんな小さな集落を襲うなんて」

 自分の中の勝手なイメージで盗賊は金品の多く蓄えていそうな大きな町を襲うものと思っていたリアーナは、何とかその日を生きているような小さな集落を盗賊が襲うとは思ってもおらず言葉を失う。

 

 二人が辺りを見回していると、建物の陰で何かが動いた。

 

「…誰だ?この村に、何の用だ?」

  

 ヴィンセントたちを警戒するように、建物の陰から一人の老人が現れる。さらに、辛うじて原形を留めている建物の中からはクワなどを手に武装した住民たちが現れ、ヴィンセントとリアーナを取り囲む。

 上着の下にあるホルスターに入れた拳銃に手を伸ばそうとするリアーナに、ヴィンセントは手で制して止めるとそのまま両手を上げた。

 

「待ってくれ!…俺様達は通りすがりの旅の者だ。この村の傍を通った時に煙が見えたんで立ち寄ったんだが…盗賊に襲われのか?」

「あぁ、そうだ!……なんで判ったんだ!?」

 ヴィンセントの問いかけに、クワを手にした若い村人の男が肯定し逆に問い返す。

 予想通りの答えと問いにヴィンセントは小さく息を吐き出すと、ゆっくりと両手を下げた。

 

「前に、同じ光景を見たことがあってな…よかったら話を聞かせてくれないか?何か、力になれるかもしれない」

 ヴィンセントの言葉に村人たちは困惑した表情を浮かべて顔を見合う。

 

「……分かった」

 その中で口を開いたのは最初に姿を現した老人だった。

 彼はこの村の村長で、しわがれた声で村に起こった悲劇を語り始める。

 

 それは今朝方、朝日が昇り始めた頃に遡る。

 突然、村に爆発音が響き渡り村人たちは慌てて家の外へと飛び出すと、村の外はすでに数体のゾイドが取り囲んでいた。

 

 一体何が起きているのか訳が分からず混乱する村人たちに、一体のゾイドから「命が惜しかったら食料を寄越せ!」とスピーカーで脅迫が行われた。

 その脅迫から村人たちは、これが盗賊の襲撃であることを理解する。

 

 この数十年、盗賊などの襲撃を受けたことがなかった村人たちはゾイドや突きつけられた銃に恐れ戦き、反抗することなく盗賊たちの言いなりとなり食料を差し出した。

 

 しかし、村人たちが差し出した食料の量に盗賊たちは満足しなかった。

 

『これっぽっちしか無いのかよ…なら、それ(・・)も貰っていこうか!』

 

 何と盗賊たちは村の貴重な食料だけでなく、村に住む少女三人を強引に攫って行ってしまったのだ。

 

 食料だけなら我慢できた村人たちも、盗賊たちの横暴な振る舞いに一部の男衆が限界を超え少女たちを奪い返そうと盗賊たちに挑んだが返り討ちに遭い、数名が命を落としてしまった。

 

 さらにその報復として盗賊たちは村に火を放ち、村人たちは必死に火を消し今に至る。

 

 村長の話が終わると、村人たちの中からむせび泣く声が聞こえてきた。

 

「娘が一体何をしたというの……」

「うちの子は来月結婚を控えて準備を進めてたのよ……それなのにっ!」

 

 連れ去られた娘たちの母親と思われる女性たちが泣き崩れ、周りにいた村人たちが慰めるように肩を抱く。

 

 悲しみに暮れる村人たちを見て、リアーナはどう声を掛ければいいか分からずただ村人たちを見つめる。

 

 その中で、ヴィンセントは静かに口を開いた。

「…その盗賊たち、自分たちのことを何と名乗ってた?」

「確か……”六爪”とか何とか言っていたような…」

「っ!?」

 盗賊たちの名を聞いて、リアーナは驚きを露わにする。

 

 その名前は、ヴィンセントたちの目標である元傭兵の盗賊たちが傭兵団の時に名乗っていた名前だったからだ。

 

 目の前の惨状を引き起こしたのが目的の盗賊と一致し、ヴィンセントは不敵な笑みを浮かべて踵を返した。

 

「手前ら、運が良かったな……その盗賊どもには俺様達も用があってな。物のついでだ、攫われたっていうお嬢ちゃんたちも助けてきてやるよ」

 そういうと、ヴィンセントは村の出口へと歩きだした。

 

「は、はぁ?!ちょ、ちょっと!待ちなさい!!」

 ヴィンセントの宣言にリアーナは先ほどとは違った意味で驚き、声を上げ後を追いかける。

 

 取り残された村人たちはヴィンセントの意図を全くつかむことができず、ただ茫然と二人の背中を見送った。

 

 

「ちょっと、さっきのアレどういうことよ!?」

 

 ゾイドの下まで戻り、コックピットへ乗り込もうとしたヴィンセントの上着をリアーナが掴んで説明を求めた。

 問い詰めてくるリアーナに、ヴィンセントは上着を掴む手を振り払うことなく振り向くと短く息を吐いた。

 

「どうもこうも、どうせ盗賊をぶっ潰すんだ。ついでに捕まってるっていうお嬢さんたちを助けたって構わねぇだろ?」

 あっけらかんと答えるヴィンセントに、リアーナは眩暈を覚え足元が覚束なくなるが気力を振り絞って上着を掴む手に力を込めた。

 

「遺跡の何処に捕まっているのか分からないのに、どうするつもりよ!」 

「簡単な話だ。俺様が盗賊たちの注意を引き付けておく。その間に、お嬢ちゃんが探して助け出せばいい」

「はぁ?!貴方、盗賊たちが根城にしている遺跡の広さがどのくらいか分かってるの?!闇雲に探せばいいわけじゃないのよ!」

「何言ってんだ?手前の上司が用意した遺跡の見取り図に、盗賊どもが何処を何に使っているかの情報が載ってただろうが」

「……え?」

 

 ヴィンセントの指摘にリアーナは彼の上着を掴んだまま呆けた表情浮かべるが、すぐさま上着を話してポーチに入れてある携帯端末を取り出すと慌てて見取り図を呼び出し目を皿のようにして確認した。

 

「……」

 見取り図には、盗賊たちが遺跡各所を何に使っているの情報が記載され、その中には捕まえてきた人間を監禁しておくためと思われる場所も記されていた。

 

 彼女が見取り図の情報を知らなかったのは、当初の作戦では遺跡の外に盗賊をおびき出し殲滅する予定だったため、遺跡内に潜入するなど想像すらしていなかった。

 つまり、リアーナは遺跡内部の情報をさほど重要視していなかったのだ。

 

 だから確認などしなかった…という言い訳を”エージェント4の部下”としてするわけにはいかないことと、ヴィンセントがきちんと全ての情報に目を通していたことが信じられず、彼女は画面を見つめたまま押し黙ってしまう。

 

 黙り込むリアーナを見ながらヴィンセントは頭をかくと、スッと右手を上げて彼女の背中をバン!と叩いた。

 

「いっ…た!?」

 いきなり背中を叩かれ、リアーナが目を白黒させて痛みの走る背中を押さえる。

 

「おら!これがあれば、ほとんど探す手間はねぇだろ?さっさといくぞ!!」

 

 痛がるリアーナを置いてヴィンセントはコックピットシートへ乗り機体内へと消える。

「な…ちょっと!……もう!!」

 動き出したジェノブレイカーを見て、リアーナは抗議したい気持ちを抑えてブラッディサイクスに乗り込み後を追いかけた。

 

 

「それじゃ、俺様が仕掛けるのを合図にお嬢ちゃんは反対側から遺跡内に潜入してくれ」

『…分かりました』

 名もなき村を出て十数分後、遠目だが肉眼で遺跡を確認できる距離にまで移動した二人は、最後の確認を行っていた。

 

 何処か納得のいかない体のリアーナだが、それでも村での出来事に思うところがあったようで先ほどより前向きな姿勢へと変わっている。

 

 確認が終わるとヴィンセントは遺跡の入口へと移動を始め、リアーナもすぐに動けるよう待機地点へと向かった。

 

 

**************

 

 

「畜生…まさかお頭たちがこんなに早く帰ってくるとはなぁ。本当なら今頃新品(・・)の女で楽しんでたはずなのによぉ~……」

 

 遺跡の入口で見張りをしていた盗賊の一員である男が、真新しい痣だらけの顔で空を仰ぎ見ながらボヤキを漏らす。

 そのボヤキにもう一人の見張りの男が、同じような傷だらけの顔で溜息を洩らした。

 

「もう諦めろって…あのタイミングじゃ女を隠す暇もなかったんだしよ」

「そうだけどよ!アニキたちの女の扱いを知ってるだろ?俺たちに順番が回って来た頃にはあいつら完全に壊れちまってるんだぜ?また壊れた人形相手なんて、さすがに萎えるぞ……」

 窘めてくる相方に男は未練がましく愚痴をこぼす。

 

 彼らこそヴィンセントたちが立ち寄った村を襲った張本人たちで、今回の襲撃は盗賊のリーダーを中心とする主力たちが別の襲撃に出掛けている隙に、根城に残っていた下っ端たちが自分たちの欲求を満たすために行われた。

 襲撃に成功し獲物を手にしたが彼らにとって不幸だったのは、遺跡に帰ってきた際にリーダーたちとかち合ってしまったことで勝手に根城を空け村を襲っていたことが露見してしまい、さらに攫ってきた少女たちまで見つかり取り上げられてしまったのだ。

 

 根城を勝手に空けたことで兄貴分たちから修正(・・)を受け、そのうえ獲物を全て巻き上げられてしまった自分たちの運の無さに、二人は同じタイミングで海より深い溜息を洩らした。

 

 その時だった。

 

 見張りたちの頭上に閃光が奔ったかと思うと、彼らの後ろに控えていたイグアンが爆発する。

 

「な、なんだ?!」

「敵襲!?」

 

 突然の出来事に見張りの二人は慌てて周囲を見渡す。

 

 すると、荒野に起こる陽炎の向こうからヴィンセントの駆るジェノブレイカーJがゆっくりとした歩で遺跡に近づいていた。

 

「何だよ、あのゾイド!?」

「どう見たって敵だろ!中に知らせないと……」

 

 悠然と近づくジェノブレイカーに言い知れぬ感覚を覚えた二人は、敵襲を知らせるために遺跡内へ戻ろうと敵に背を向ける。

 

 それが彼らにとって人生最大の失敗となった。

 

 彼らが走り出そうとした瞬間、その身体が一瞬のうちに蒸発する。

 

 見張りたちの命を奪ったジェノブレイカーの足に装備されたウェポンバインダーのAZ80ミリビームガンの銃口から熱気が立ち上がる中、コックピット内のヴィンセントが不敵な笑みを浮かべていた。

 

「さぁ、盗賊ども……俺様を楽しませてくれよ?」

 

************

 

 ヴィンセントの襲撃はすぐさま盗賊たちの拠点内に知れ渡り、盗賊たちは上へ下への大騒ぎとなっていた。

 

「おい!襲撃だってよ!見たこともねぇゾイドが一機、入口で暴れまわっているらしいぞ!」

「はぁ?どこの馬鹿だよ、おれ達に喧嘩を売る命しらずって!」

「知らねぇけど、ものの数分で結構な数が喰われたらしい!お頭から全員出ろってお達しだ!」

「マジかよ!?」

「急げ!出遅れたりしたら、お頭に殺されるぞ!」

 

 迎撃の命令を受けて盗賊たちが遺跡の入口へと向かっていく光景を物陰に隠れてみていたリアーナは、辺りに人が居なくなったことを確認すると手にした携帯端末へ視線を落とした。

 

「あの男、派手に暴れてるみたいね……急がないと」

 

 潜入前、改めて確認した遺跡内の情報から攫われた村娘たちが監禁されているであろう場所にリアーナは辺りを付けていた。

 ヴィンセントが盗賊たちの注意を引いているとはいえ、救出に手間取れば相手に感づかれてしまう可能性が高まり、捕まった少女だけでなく自分の身も危うい。そのことを十分理解しているリアーナは最短距離で盗賊たちが監禁場所に使っているらしい小屋へと走っていく。

 

 ほとんど無人になった敷地内を駆け抜け監禁場所の小屋の陰までリアーナがたどり着いた時、小屋の中から何かが暴れる音と叫ぶ声が辺りに響いた。

 

 

「いやっ!離して!!」

 小屋の中では捕まっていた一番年上の少女が男に襲われていた。

 一緒に連れてこられた他の二人は目の前で起こる光景に、「次は自分たちだ」と恐怖のあまり二人でお互いに抱きしめ泣きながら目をそらしている。

 抵抗をものともしない圧倒的な力を前に、少女は服を破られあられもない姿になっても泣くことなく必死に抵抗を見せる。

 

 しかし、そんな少女の抵抗も男を興奮させる一助にしかならなかった。

 

「いいねぇ、やっぱ反応する女が相手なのはよ~!ゾイドに乗れねぇ俺が行っても仕方ねぇしなぁ。ここで楽しませてもらうぜ……おら!もっと泣き喚いて俺を興奮させろや!!」

 

 必死の形相で睨む少女をあざ笑うように男は少女の頬を何度も殴り、殴られるたびに少女の気丈な心が砕けそうになる。

 

 だが、地獄は突如として終わりを告げた。

 

「死ね、この下種が」

「はへ?……」

 扉から発せられた冷気を纏う言葉と共に小さな発射音が起きると、男のこめかみから鮮血が噴き出す。

 

 頭を撃ち抜かれ、男は間抜けな声を上げながら横へと倒れそのまま絶命した。

 

 何が起きたのか解らず、少女は破れた服を掴み露わになっていた上半身を隠しながらゆっくり身体を起こすと恐る恐る扉へ顔を向ける。

 そこには消音装置付の拳銃を構え、死んだ男を睨みつけるリアーナの姿があった。

 

「…貴女たちが近くの村から連れ去られた子たちね?」

「え…?は、はい」

 

 自分たちが助けられたことがうまく呑み込めず、襲われていた少女は生返事を返す。

 少女たちの様子を見て、リアーナは銃を下すとゆっくり中へと入り上着を脱ぐと少女の肩にかけた。

 

「心配しないで、貴女たちを助けに来たわ」 

「助け…に?まさ、か…帰れるんですか…?村に…」

「えぇ」

 

 リアーナの言葉に、捕まった恐怖でも男に殴られても泣くことのなかった少女から一筋の涙が流れる。

 

「ふっ……う…うぅ……うわぁぁ…ああああああ!!」

 そして、堰を切ったように泣き崩れた。

 

 その姿を見てリアーナは少女たちを絶対に送り届ける心に誓い、使いたくはなかった手を使うために携帯端末へと手を伸ばしていた。

 

 

 

 




 どうも、エージェント4です。
 ヴィンセントさんの独断で、攫われた少女たちを助けるために遺跡へと潜入したリアーナさんが目的を達成している頃、ヴィンセントさんは盗賊団たちを蹂躙し、盗賊団の女頭目を引きずり出すことに成功していました。
 そんな女頭目との戦いの最中、彼は思いがけない情報を手に入れることとなるのです。

 次回 ZOIDS-記憶をなくした男- 第十九話「戦う理由」!

 さぁ、ヴィンセントさんへのサプライズ…喜んでいただけるでしょうかね?


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戦う理由

本日二本目!

第十八話からお読みください。


 リアーナが少女たち救出に成功していた頃、遺跡正面は盗賊にとってまさに地獄の光景が広がっていた。

 

「おら、どうした!!手前らの力はこんなものか!?」

 

 鉄くずと化した盗賊たちのゾイドが転がる直中に君臨するジェノブレイカーが、主の言葉に呼応して盗賊たちを挑発するように咆哮する。

 

『なんだよ、あの化け物は!?全然近づけねぇ?!』

『馬鹿野郎どもが、わざわざ近づいてどぉするんだ!だからてめぇらは補欠なんだよ!遠距離から押しつぶせ!!』

 

 近接戦で全く歯が立たないと分かると、盗賊たちは距離をとって射撃戦へと切り替える。

 

 十機にも及ぶゾイドからの一斉射がジェノブレイカーへと殺到する。

 

 だがヴィンセントはEシールドを張るどころか回避行動さえ見せることなく、ジェノブレイカーは砲撃の雨の中へと消えたかと思うと大爆発が起こった。

 

『大型ゾイドも撃破する攻撃だ!見たこともねぇレアなゾイドだったんでお頭に献上したかったが、これ以上の被害はヤバい……』

 

 現場指揮を執っていた盗賊が一心地つき胸を撫で下ろした刹那、コックピットに衝撃が走った。

 

『な、なんだぁ?!』

 何が起きたのか解らず、モニター越しに辺りを見渡す。

 

 すると、砲撃の爆発によって上がる土煙の中から自分の乗る機体に向かって、一本のワイヤーが伸びていた。

 

 男の乗るハンマーロックの首に、死神の鎌のごときジェノブレイカーのハイパーキラークローが食らい付いていたのだ。

『こい、こいつはっ!?』

「盗賊にしちゃ悪くねぇ攻撃だったが、全然ヌリィな……ノアールの装甲を抜きてぇなら、あと五十機くらい連れてこい!!」

 

 男が驚きの声を上げると同時に土煙の中から無傷のジェノブレイカーが現れると、アンカーとして射出された右手を引き戻しながヴィンセントの気迫と共にワイヤーが巻き上げられる。

 

『う、うおぉおおお!?』

 小型アイアンコングと呼ばれるハンマーロックだが所詮は小型ゾイド。ジェノブレイカーの持つ圧倒的な出力には抗うことができず、ワイヤーを巻き取る勢いで軽々と宙を舞う。

 

 右手に掴まれたまま飛んでくる中、突如としてハンマーロックを掴んでいたジェノブレイカーの右手が離れる。だが、勢いが衰えてることなくそのまま飛んでくる敵に合わせるように、ヴィンセントは機体を一回転させるとまるでトスバッティングでもするかのように尻尾を振りぬきハンマーロックを叩く。

 

 強烈な攻撃にハンマーロックは原形を留めることなく粉々に砕け、その残骸が辺り一面に飛び散った。

 

 一撃でゾイドが粉々となる光景に、下っ端の盗賊たちの精神が限界を迎えた。

 

『あ、あんなのと戦ってられるか!逃げろ!!』

 そう言って、一人の盗賊が逃げ出したのを皮切りに何体ものゾイドが護っていた入口を放棄し逃亡を始める。

 

 しかし、戦意を喪失し逃げ出した者たちをヴィンセントは逃がすつもりはなく、脚部に装備されたウェポンバインダーを掃射しようと逃げる盗賊たちの背中に照準を合わせた。

 

 だが、逃げ出した盗賊たちの頭上に閃光のシャワーが浴びせられた。

 

『ぎゃぁあああああああああああ!!』

 

 容赦なく浴びせられるビームの雨に撃たれ、一瞬で逃げ出した盗賊たちが絶命する。

 

 新手が来たことを察しヴィンセントが周囲を警戒すると、遺跡の傍にある高台に盗賊たちを屠ったゾイドが現れた。

 

 それは投入する時期を逸してしまったがために、本来の役目を与えられず”悲運”のゾイドと呼ばれてしまった機体だった。

 

 【エレファンダー】…ガイロス帝国軍が対ゲリラ戦・対城塞攻略戦用として開発したゾイドで、敵の奇襲にも耐えうる重装甲と敵陣を引き裂くパワーを誇り、その最大の特徴はライガーゼロおよびバーサークフューラーのCASの雛型となった装備換装システムにある。

 この換装システムによってエレファンダーはノーマルタイプをベースに、総合性能と指揮通信能力を向上させた”コマンダータイプ”、格闘専用装備を施した”ファイタータイプ”、索敵能力を強化した”スカウタータイプ”、そして背面砲塔をアサルトガトリングユニットに換装した”アタッカータイプ”と、一機種で多岐にわたる運用ができる万能ゾイドとなる。

 ヴィンセントの前に現れたエレファンダーは、ツインクラッシャータスクとEシールドジェネレーターを強化し頭部形状も変更したコマンダータイプ…通称ガネーシャと呼ばれる形態だった。さらに鼻部先端は格闘専用のESCSユニット、背面にはアサルトガトリングユニットという超攻撃型と言っていい装備が施されている。

 

 悠然と眼下のジェノブレイカーを見下すエレファンダーの外部スピーカーからノイズ音が走った。

 

『全く…たった一体の敵を前に情けなく逃げ出すなんてねぇ…そんな弱者は、あたいの部下に必要ない!そうだろ?お前たち!』

『その通りです、(あね)さん!!』

 

 エレファンダーの外部スピーカーから酒焼けした女の声が響き、その声に呼応して遺跡内からさらに六機のエレファンダーたちが姿を現す。

 リーダー機と違い、現れた六機は鼻部先端をESCSユニットに換装したファイタータイプ。その六機がジェノブレイカーを取り囲むように展開する。

 敵に取り囲まれながらもヴィンセントは微動だにすることなく、周りのエレファンダーへ目を配り高台に陣取るエレファンダーに目を向けた。

 

「…盗賊風情が、随分と装備が豪勢じゃねぇか」

 エージェント4から得ていた情報で盗賊のリーダー機がエレファンダーだと知っていたが、機体に施された装備が情報より強化されており、さらに主戦力までエレファンダーに変わっていることにヴィンセントは目を細める。

 

エージェント4(あの野郎)の情報に不備が?…ていうのは野郎に限って考えられねぇし、あいつの性格を考えれば「その方がヴィンセントさんは燃えるでしょう?」とか、底意地悪そうな理由であえて伏せてやがったな……)

 

 エージェント4の気味の悪い営業スマイルが脳裏に過りヴィンセントが舌打ちしていると、再びエレファンダーの外部スピーカーからノイズが走る。

 

『あたいら”六爪”に手を出すなんて、馬鹿な奴がいるもんさね!一体何者だい?』

「…これから死ぬ手前ら屑どもに名乗る名は持ち合わせてねぇよ。さっさとぶっ殺してやるから、かかってこい!」

 ヴィンセントの言葉に、女頭目は自分の頭の血管が”ブチッ”と切れるような錯覚を覚え、声を震わせて笑い出した。

 

『……ふ、ふふ…レアなゾイドに乗ってるから、命乞いすればあたいのペットにしてやっても良かったけどねぇ。もう許さねぇ、あたいらにケンカを売った落とし前はテメェの命できっちり払ってもらうわ…死に晒せや雑魚が!!』

 

 女頭目が怒りを爆発させながらエレファンダーの背面に装備したアサルトガトリングユニットのミサイルランチャーを操作し、数発のミサイルを発射する。

 

 だが、ミサイルはジェノブレイカーに向かって飛んではいかず、なぜか戦場の上空へと昇っていく。

 

 そして一定の高さまで上ったミサイルが炸裂した瞬間、ジェノブレイカーの頭上に無数の槍が降り注いだ。

 

「ちっ」

 ミサイルの軌道から通常弾頭ではないと踏んでいたヴィンセントは、降ってくる槍の雨を冷静に見極め最小限度の動きで槍の雨を避ける。

 

 物の数秒でジェノブレイカーを中心に黒き柱の森が出現し、ヴィンセントは辺りを見渡す。

 

「…へっ、俺様を串刺しにするには数が足りなかったようだな」

 軽口を叩くヴィンセントだったが、攻撃をよけられたことに敵が動揺を見せなかったことに違和感を感じる。

 相手が油断していると判断した女頭目は即座に次の手を打った。

 

『動かずそのまま串刺しになってれば楽に死ねたのにねぇ……お前たち始めな!!』

『『応!!』』

 頭目の命令に、二機のエレファンダーが背面のAZ105mmビームガンを同時に発射する。

 

 だが何の捻りもない攻撃にヴィンセントが当たるはずもなく、同時に飛来するビームを難なく避けた。

 

「そんなへな猪口弾、当たるか……」

 と笑みを浮かべた瞬間、ヴィンセントは自分の身体が騒めくのを感じ避けたビームの行方を追い、直後に驚愕して目を見開いた。

 

 避けたはずのビームが黒き鉄槍の柱の中を大きく湾曲し、再びジェノブレイカーへと襲い掛かったのだ。

「ビームが曲がるだと?!」

 咄嗟にフリーラウンドブレードを折りたたんだまま盾代わりに使い、ビームを防御する。

 

『へぇ、あたいの結界(・・)に捕らわれて一発でやられなかったことは褒めてあげるよ!だけどそれは、地獄が続くってことだけどねぇ!!』

 

 得意げに語る女頭目を他所に、ヴィンセントは先ほどの光景を思い返していた。

 

(不自然に曲がったビーム、そしてあの女の言葉……そういうことかよ)

 

 辺りに突き刺さる槍を見渡し、敵の手の正体に気づいたヴィンセントは薄く笑みを浮かべる。

 

『さぁ、時間を掛けて嬲り殺しにしてやるよ!あたいを馬鹿にした罪、じっくり思い知らせてやる!!』

 

 女頭目の宣言に呼応して六機のエレファンダーの背面砲塔がジェノブレイカーへと向けられるが、それよりも早くヴィンセントは動いた。

 

 ブレイカーユニットに新たに装備された左右のフリーラウンドブレードを展開し、演舞を舞うようにスラスターを駆使してその場で一回転すると周囲に乱立する柱を切り裂いたのだ。

 

 ヴィンセントの行動に盗賊たちが呆気にとられ、動きが止まる。

 

「……自慢のおもちゃ(武器)を見せびらかしてぇからってはしゃいでんじゃねぇよ。ビームが曲がった理由は手前が撃ち込んだこの棒っ切れのせいだろ?奥の手か何か知らねぇがもう少しうまく隠せよ、このド素人どもが!」

 たった一度で必殺の攻撃を見切られ、周囲のエレファンダーから動揺が生まれる。 

 

 しかし、女頭目は手の内がバレても一切動揺を見せなかった。

 

『一発見切ったのは褒めてやるよ…だがね、”弾”はまだまだあるんだよ!!』

 ヴィンセントによって開けられた結界の”穴”をふさぐために再びミサイルを発射しようとする。

 

 だが、それは叶わなかった。

 

 突然、ガトリングの起動音が響き渡り、女頭目のエレファンダーが載せているアサルトガトリングユニットにビームが殺到し大爆発したのだ。

 

『っ!…な、なんだい?!何処からの攻撃だい!?』

 爆発の衝撃に目を白黒させながら女頭目は状況を把握しようと辺りを見渡す。

 

 すると、遺跡の一番大きな建物の屋根にリアーナのブラッディサイクスが佇んでいた。

 伏兵の存在に女頭目が驚く中、ヴィンセントは笑みを深めて通信機をオンにした。

 

「へっ……随分と時間が掛かったじゃねぇか。それで、捕まってたお嬢ちゃんたちは助け出せたんだろうな?」

『当然でしょ?心配しなくても、あの子たちは部下に頼んで村へ送り届けさせたわ……じゃあ、私はこの先こいつらみたいな盗賊に利用されないようにこの遺跡を破壊しに行くけど、まだサポートが必要?』

「いいや、いらねぇ……さて、それじゃそろそろ本気(・・)で行くか」

 

 懸念事項が解消され、遺跡内へと消えるサイクスを見送るとヴィンセントは短く息を吐くと、未だ高台に居座るエレファンダーを見据えた。

 

『どこまでもあたいを馬鹿にしやがって……てめぇ、マジで生きて帰れると思うなよ!あんたたちはさっきのゾイドを追いな!』

『任せてくれ、姐さん!行くぞ!!』

 

 騙し討ちされたことが頭にきたらしく女頭目が一気に殺気立ち、ジェノブレイカーの周りにいるエレファンダーたちに根城を破壊し始めたリアーナを追うよう命令すると、二体のエレファンダーが遺跡内へと向かおうと動き出す。

 

 だが、遺跡内へと戻らせないようにとジェノブレイカーが行く手に向かってウェポンバインダーの武装を斉射し、エレファンダーの足を止める。

 コックピット内では、ヴィンセントが鋭い刃物のような目つきでエレファンダーを睨んでいた。

 

「何処に行きやがる、手前らの相手は俺様だぞ?教えてやるよ…一方的に襲われ殺される恐ろしさ(・・・・)ってやつをな!」

 

 そういうとヴィンセントはコンソールを手早く操作する。

 

「いくぜ、ノアール…オーガノイドシステム、リミッターリリース!」

 

 モニター内にオーガノイドシステムのリミッター解除の表示が浮かぶと、ゾイドコアが強制的に活性化し始め、簡易フェイスマスクの目玉のようなセンサーが煌々と光り輝いた。

 

 グァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 

 鎖から解き放たれたジェノブレイカーが歓喜の咆哮を上げる。

 

 そして、盗賊たちはヴィンセントの言葉の意味を、文字通り()をもって知ることになった。

 

「暴れるぞ、相棒!!」

 ジェノブレイカーの咆哮に敵が隙を見せた事をヴィンセントは見逃さず、一番近いエレファンダーに狙いを定めると、一気に距離を詰めた。

 

『なっぎゃぁああああ!!』

 その速度に盗賊はまるでジェノブレイカーが一瞬で目の前に現れたと錯覚するほどで、何の抵抗もできずにコックピットのあるエレファンダーの頭部が一刀両断される。

 

「まず一つ!」

 両断されゆっくりと倒れるエレファンダーに視線が集まる中で、ヴィンセントは息次ぐ暇もなく次の獲物へと狙いを定める。

 

『?!くそっ!!』

 狙われているのを察し、エレファンダーが背面のビームガンとパルスレーザーライフルを連射する。

 しかし、狙いの定まらない攻撃に当たるようなヴィンセントではなく、ジェノブレイカーのホバー走行を駆使して回避し滑るように距離を詰めると、すれ違いざまに機体を一直線に切り裂いた。

 

「二つ目!」

 撃破した二機目のエレファンダーに目もくれず、次の獲物へと目を向ける。

 

『てめぇ、いい気なるよ!』

『よくも仲間を!!』

 

 仲間を殺された怒りで殺気を漲らせる二機のエレファンダーが、ツインクラッシャータスクを突き出しジェノブレイカーへと突撃した。

 その巨体と相まってまるで”城壁”が迫ってくるような圧力があるが、ヴィンセントは焦るどころか獰猛な笑みを浮かべジェノブレイカーを”城壁”へと跳躍させた。

 

『馬鹿め!』

『ぶっ潰れろ!!』

 自ら突っ込んでくるジェノブレイカーに盗賊たちが声を上げるが、どちらが獲物かはすぐに明らかになる。

 

 跳躍したジェノブレイカーがフリーラウンドブレードを翼のように広げると、スラスターを全開にしてエレファンダーたちへ飛翔する。

 そしてスラスターの出力方向を変えて機体をバレルロール状態にすると、楔を打ち込むように二機の間へと突入した。

 金切り音が辺りに響き渡り、ジェノブレイカーがエレファンダーたちの間を通り抜けるとエレファンダーたちの半身は原形を留めないほど切り刻まれていた。

 

「なるほど、確かにこいつは俺様向きだな」

 地面に着地しながら、ヴィンセントは自分とタイプBの相性の良さを実感していた。元々タイプAに装備されたフリーラウンドシールドのエクスブレイカーを”剣”に見立てて戦っていたヴィンセントにとって、タイプBのフリーラウンドブレードは自分に相応しい剣だと胸を張って言えた。

 

 まさに水を得た魚のごとく、ヴィンセントの攻撃の鋭さは一撃ごとに鋭さを増していき、恐怖で固まっていた五機目のエレファンダーをあっさり切り伏せ、あっという間に六機いた部下のエレファンダーが最後の一機になっていた。

 

『畜生…ふざけんな、この化け物!ぶっ殺してやる!!』

 

 仲間の仇を討たんと、盗賊はエレファンダーの鼻部先端に装備したESCSユニットを変形させてビームソードを発生させるとジェノブレイカーへと襲い掛かる。

 まるで自在に動く腕のようにビームソードを振るうエレファンダーだが、ジェノブレイカーの敵ではなかった。振り下ろされるビームソードに合わせて一刀の下に鼻を左のブレードで切断し、ヴィンセントの熟練した操作によって淀みなく動く右のブレードでエレファンダーを頭部から一直線に串刺しした。

 

 その場に崩れる最後の機体を目の当たりにし、部下たちを皆殺しにされたことに女頭目の怒りは頂点に達する。

 

『てめぇ!よくもあたいの可愛い部下を!!…・・・っ!?』

 怒りのあまり喉をつぶすほどの怒鳴り声をあげる女頭目だったが次の瞬間、眼下の光景に絶句した。

 

 なんと、ジェノブレイカーがブレードを突き刺したままだった180tを超えるエレファンダーを持ち上げたのだ。

 

「吠えてる暇があったら、そこから降りてかかってこいよ!!」

 いつまでも降りてくる気配を見せない女頭目に向かって、ヴィンセントは持ち上げたエレファンダーを投げつける。

 

 あまりに現実離れした光景に女頭目はその場から動くことができず、飛んできたエレファンダーと衝突した。

 

『きゃあああああああ……ぎっ!!』

 

 想像を絶する大質量攻撃を受け女頭目のエレファンダーが高台から転げ落ち、地面に叩き付けられる。

 彼女はコックピット内で抗いようのない衝撃に翻弄され、頭を正面のモニターに打ち付け額から血が流れた。

 

 赤く染まりだした彼女の視界には、モニター越しに近づいてくるジェノブレイカーが映った。

 

「おら、どうした?さっさと向かって来いよ」

 よろよろと立ち上がるエレファンダーに、ジェノブレイカーが右のブレードの切っ先を向けた。

 

『わ…判ってんのかい…?あたいを殺せば、あんたは身の破滅だよ……』

「やっと降りてきたかと思ったら、命乞いかよ……盗賊なら、最後まで足掻きやがれ!」

 女頭目の言葉に肩透かしを食らったヴィンセントが怒りを発露する。

 

 しかし、女頭目は笑みを深めた。

 

『ふふふ…いいことを教えてあげるよ。あたいの部隊は六爪の一部隊(・・・)に過ぎない!見えるかい?あたいの機体に刻まれたマークがさぁ』

 その言葉に、ヴィンセントはエレファンダーの頭部にマーキングされたエンブレムへと目を向ける。

 盾のような枠の中に鋭い鉤爪が左右三本ずつ描かれ、六本の内一つは紫で染められているが残りは灰色だった。

 

『理解できたかい?あたいの部隊以外に、六爪にはあと五つの部隊が存在し、さらにあたいらを纏める方がいるんだ!つまり、あたいを殺せばあんたはその全てを敵に回すことになるんだよ!』

 

 ここ最近勢力を伸ばしだした新鋭の盗賊団【六爪】は、大陸中で名が知られ始めているが一つの盗賊団にしてはあまりに活動域が広範囲である。その理由は、六爪には手足として(・・・・・)動く六つの部隊があり、その全てを纏める中心人物が各部隊に命令を出しているのだ。

 各部隊は普段は個別に活動しているが、その全戦力が揃えば大都市一つを余裕で焼け野原に出来るほどで、とても一人で太刀打ちできるものではない。

 

 だからこそ、女頭目は自分の脅しが有効だと疑わなかった。

 

 しかし、女頭目はヴィンセントという男を完全に読み間違えていた。

 

「…それがどうした?」

『……は?』 

「…はぁ~……何を言い出すかと思えば、元から手前ら盗賊って害虫を生かしておく理由なんて俺様の中には欠片もねぇんだよ。ここ以外にも仲間がいる?上等じゃねぇか!俺様に向かってくるなら全てぶっ殺すだけだ!!」

 

 女頭目は言葉が出なかった。

 例え盗賊団の規模を知らなくとも、自分の言葉から相当数の盗賊から狙われることは察することが出来たはずなのに、ヴィンセントは臆するどころか殺気を撒き散らせているのだ。

 

 ”一体自分は何を敵に回してしまったのか?”

 

 己の理解を超える存在を前に、女頭目は人生で二度目(・・・)の死の恐怖を感じた。

 

「そんなことより、自分のことを心配したらどうだ?もうすぐ部下たちの後を追うことになるんだぞ?」

『ふ、ふざけんじゃないよ!あ、あたいに近づくな!!』

 フリーラウンドブレードを展開したまま、ジェノブレイカーがゆっくりとした歩でエレファンダーへと近づく。

 

 だが、ヴィンセントが何かを思い出したように「おっと」と声を上げ、歩みを止めた。

 

「……そういや熱くなって忘れてた。殺す前に手前に一つ聞かねぇと……手前、背中に昇り龍の入れ墨を入れた盗賊を知らねぇか?」

 ヴィンセントの問いに、女頭目はここ一番の驚きを見せる。

 

 彼女にとってその盗賊は、仲間以外の口から出てくるはずのない人物だったからだ。

 

『なっ?!な、なんであの人(・・・)のことを知ってんだい!ロン様は、部下以外に自分の姿を見られた場合は必ず皆殺し(・・・・・)にしてるはずだよ!?』

 ほとんど表に出ることに無い自分たちのリーダーをヴィンセントが知っていたことに、女頭目は明らかに動揺を見せ、あろうことか秘密であるリーダーの名前を口走ってしまう。

 ハッと自分の失態に気が付き咄嗟に口を押えるが、時すでに遅かった。

 

「……ははは…あはははははっ!!」

 

 突然、ヴィンセントが狂ったように高笑いを上げ、狂気に満ちた目でエレファンダーを睨みつけた。

「今まで全くと言っていいほど手に入らなかったのに、まさかこんなところで手がかりが見つかるとはな!!おい、女!手前の知ってることを洗いざらい吐け!!」

 長年追い続けた”男”の手がかりを見つけ、ヴィンセントは殺気を漲らせる。

 

『ふ、ふざけんじゃないよ!そんなことしたら、あたいの命がないんだ!絶対に吐くもんかい!!』

 リーダーの名前をバラすという失態を犯した女頭目は、これ以上の失態を重ねられないと拒絶する。

 ヴィンセントは女をコックピットから引きずり出して拷問でも加えて聞き出そうと考えたが、自分がオーガノイドシステムの影響下にあることを思い出しクールダウンするために息を吐き出した。 

 

「……そうか、なら手前にもう用はねぇな。俺様の追ってる男は手前ら六爪の頭みたいだし、一つずつ潰して行方を追っていくか」

 女頭目からの情報引き出しを諦め、ヴィンセントは止めを刺すために荷電粒子砲を起動する。

 両足がアンカーによって固定され、頭から尾の先までが一直線に伸びると尻尾の上下に配置されたパネルが展開し、ブレイカーユニットの荷電粒子コンバーターと共に空気中のプラズマを収集、口腔内のバレルにエネルギーが溜まり始める。

 

「せめてもの礼だ。苦しまずに殺してやる」

 荷電粒子砲発射体勢を整えるジェノブレイカーを見て、女頭目は全身に言い知れぬ寒気が走り、助かりたいがために最後の足掻きを見せた。

 

『ち、ちくしょう!!』

 耳の強化型Eシールドジェネレーターを起動し、さらに鼻のESCSユニットを防御形態に変形させてEシールドを二重に展開した。これは強大な防御力を得ることが出来るが下手をすればゾイドコアが停止する奥の手であるのだが、彼女にして見れば自らが助かるならゾイドの命を犠牲にすることに欠片も躊躇いはなかった。

 

「消えろ」

 

 短い言葉とともにヴィンセントがトリガーを引くとジェノブレイカーの口腔から|最凶の力が解き放たれ、一直線に光が伸びるとエレファンダーのEシールドに直撃した。

 

『う、うぉおおおおおおおおおおお!!』

 経験したことのない攻撃を目の当たりにして女頭目は恐怖で声が漏れ、その恐怖から逃れるためにEシールドへのエネルギー供給をさらに増やす。

 その影響でエレファンダーの各部から悲鳴が上がり、エネルギーケーブルが異常加熱して煙が上がり始めた。

 

 そして、荷電粒子砲の照射が終了すると同時に、エレファンダーの胴体が負荷に耐えきれずに爆発した。

 

『ぐぎっ?!……た、助かったのかい?』

 爆発した衝撃で頭部が胴体から切り離され地面を転がる衝撃で再び全身を強打した女頭目だったが、その痛みで何とか命をつなぎとめたことを知り安堵する。

 

 しかし、彼女は助かってなどいなかった。

 

 次の瞬間、地面に転がった頭部にジェノブレイカーのブレードが無慈悲に突き立てられる。

 

「馬鹿な奴…無駄な抵抗をしなけりゃ、楽に死ねたのによ」

 

 エレファンダーの頭部からブレードを引き抜きながら、ヴィンセントはそんな言葉を吐き捨てた。

 

 

**************

 

「さすがはヴィンセントさん、期待通りの成果ですよ!リアーナさんも、よく頑張りましたね」

「は、はい!ありがとうございます!!」

「…別にどうってことねぇよ」

 

 盗賊団をその根城諸共殲滅したヴィンセントとリアーナは、合流したホエールキングに乗りエージェント4が待つ赤竜旗(ロート・ドラグ・ファーネ)の基地へと戻ってきていた。

 出迎えたエージェント4に声を掛けられリアーナは顔を上気させながら敬礼し、ヴィンセントは顔を顰めて適当に返事を返した。

 正反対の反応を見せる二人に、エージェント4は笑みを崩すことなく手にした端末を操作する。

 

「ジェノブレイカーの方も特に問題はなかったようですね。今回の戦闘データを基にほんの少し手直ししてから正式に引き渡しとしますので、作業が終わるまで用意した部屋で休んでください」

「……そうさせて貰う」

 自分の言葉を素直に受け入れて出ていくヴィンセントに、エージェント4は「おや?」と首を傾げる。

 

「あ、あの…エージェント4」

 するとリアーナが申し訳なさそうに声をかけて来たため、エージェント4は彼女へと意識を向けた。

 

「どうされましたか?リアーナさん」

「その…申し訳ありませんでした。お預かりした戦力を私の勝手な判断で目的外のことに使ってしまって……」

 盗賊団に攫われた少女たちを助け出した際、彼女たちを村に送り届けるためにリアーナは上空で待機していた部下を動かした。

 本来であれば予定にない行動は慎むべきだったが、リアーナはどうしても少女たちを確実に村へと返したかったため、部下を動かすことを判断したのだった。

 

 そのことに関してエージェント4が不快感を持っているのでは、と思ったリアーナが深々と頭を下げるも、エージェント4は営業スマイルとは違う穏やかな笑みを浮かべた。

 

「そのことですか……今回の件はヴィンセントさんに全て一任していましたし、その彼が連れ去れた少女たちを助けると決断した。貴女はそのオーダーを完遂するための最善を尽くし見事に達成したのですから、ワタシは褒めることがあっても怒るようなことはありませんよ」

「は、はい!……」

 いい意味で予想を裏切るエージェント4の寛大な言葉にリアーナの表情がパッと明るくなるが、なぜかすぐに目を伏せてしまう。

 

 いつものリアーナらしからぬ様子に、エージェント4は再び首を傾げた。

 

「ん?他にも何か?」

「いえ、あの……どうして、あそこまで見知らぬ誰かのために行動できたのか、と思って」

 とりとめのないリアーナの言葉に、エージェント4はキョトンとした表情を浮かべるが彼女が扉の方を見ているのに気が付き、「あぁ、そういうことか」とヴィンセントが出ていった扉を見つめた。

 

「…何もあの人は、誰彼かまわず困っている方を助けるようなお人よしではありませんよ。ただ、彼自身が同じ体験をしているからこそ連れ去られた少女たちがどんな目に遭うか解り、助けずにはいられなかったのでしょう」

「え?それはどういう……」

 エージェント4の言葉の意味が読み取れず、リアーナが眉をひそめる。

 

「彼は昔住んでいた村を盗賊に襲われた際に、親代わりだった姉と幼馴染の少女を目の前で連れ去られ…殺されたのですよ」

「なっ!?」  

「それ以来、彼は姉と幼馴染の仇である盗賊を探して賞金稼ぎを続けている…そう言っていましたね」

「……」

 思いもよらずヴィンセントの過去の一端に触れ、リアーナは押し黙る。

 しかし、その表情からは更に詳しく話が聞きたいことが如実に感じ取れ、エージェント4は「ふぅ」と息を吐いた。

 

「他人のワタシが話せるのはここまでです。詳しく知りたいのなら、あとは貴女自身が本人に聞いてください」

「…分かりました。失礼します」

 ヴィンセント本人から話を聞く勇気が持てないのか、リアーナは戸惑った表情を浮かべたまま部屋を出ていく。

 

 扉が閉まったことを確認すると、エージェント4は楽しげに笑みをこぼした。

 

「あのリアーナさんが男性に興味を持つなんて…やはりヴィンセントさんは面白い方だ」

 エージェント4の部下の中でも生真面目で自分の考えを曲げることのないリアーナは、悪く言えば融通の利かない女性である。

 そんな彼女は普段から「自分は男性が嫌いである」と公言し、上司であるエージェント4を除いてほとんどの男性との接触を必要最低限に留め関わろうともしなかった。にも拘らず、ヴィンセントに関しては過剰なまでの反応示し、今では興味まで持ち始めている。

 確かにエージェント4が仕向けた部分も多々あるが、それでもリアーナの態度は劇的に変わったと言っていいものだった。

 

 今後の二人の関係がどう変わってくるか楽しみに思うエージェント4だったが、すぐに思考を切替えリアーナが提出した報告書をパラパラと捲り始めると、とあるページで手を止めた。

 

「ヴィンセントさんたちのことも気になりますが、今気にすべきは……この”電磁場誘導装置”、ですかね」

 そのページには、リアーナをはじめとする部下たちが回収した盗賊たちの使っていた装備に関する報告が記載されている。

 その中でエージェント4の目に留まったのが、女頭目が使った電磁場誘導装置だった。

 

 エージェント4が所属する赤竜旗の研究所でも過去のデータから電磁場誘導装置の復元・開発が行われ、実戦配備できる形になってはいるが一般流通など行われていない。

 最初は他のエージェントナンバーの息のかかった盗賊だったのではと一瞬考えたが、エージェント4の持つ情報には”六爪”と繋がりを持つエージェントナンバーは居なかったので、装置を含めた装備の出所は赤竜旗ではないと考えた。

 そのことを裏付けるように、回収した装置を確認したメカニックたちから「使われているパーツが違う」という報告が上がっているため、エージェント4は別の可能性に行きついていた。

 

「赤竜旗以外に、盗賊たちに兵器を流している者がいる…ということですかねぇ」

 

 過去にも似たようなケースは少なからずあったが、それも事前に情報を把握しエージェントナンバーが対処していた。

 だが、今回に限って言えば情報通であるエージェント4の情報網にさえ引っ掛かっていない。

 

 これは、相手が赤竜旗に匹敵する規模の組織が暗躍しているか、もしくは彼が全くマークしていない者の仕業であることが考えられるのだ。

 

「面白い……実に面白いですね」

 久しぶりに自分を出し抜いた存在が現れたことにエージェント4は先ほどとは違った意味で楽しさを噛みしめ凶悪な笑みを浮かべると、情報収集専門の部下へ出頭するように連絡を入れるのだった。

 

 




よっ、エスだ!
 赤竜旗の本部にエージェントナンバーが召集され、御前自らから真の後継者を告げられ彼らに波紋を呼んでいた。
 一方その頃、ジェドーの無事を信じて仕事を続けていたオレたちは立ち寄った都市で思いがけない人々との再会を果たしていた!

 次回 ZOIDS-記憶をなくした男- 第二十話「聖女再び」!

 なんで君たちがここにいるんだ?!


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聖女再び

大変お待たせしました!


 カイザーシュタット旧街区。

 都市の東側に広がるガイロス帝国時代から残る建物が数多く存在する地区で、西側の近代的な経済区とは対照的な都市の一大観光地となっている。

 

 だが、この旧街区の中で一部分だけ観光客どころか一般市民でさえ立ち入りが制限されている場所がある。

 

 それが”特区”と呼ばれる重要文化財に指定される貴族邸宅が立ち並ぶ地区だ。

 

 嘗てはガイロス帝国皇帝に仕える大貴族たちが住み、今もその子孫と言われる者たちが住み続けているその場所は特殊な自治権が確立しており、カイザーシュタット行政府さえ”不可侵”を貫いている。

 

 そのおかげで、赤竜旗(ロート・ドラグ・ファーネ)の重要な施設が存在していた。

 

 特区の地下には縦横無尽に通路が張り巡らされおり、そこは大戦時に首都決戦の際の臨時指令施設としての機能が持たされていた。

 

 その通路を、エージェント(フィーア)とエージェント(フュンフ)が歩いていた。

 二人の恰好はいつもの黒いスーツではなく、何故かガイロス帝国軍士官が着ていた軍服である。

 

「カイザーシュタットの旧街区の地下には帝国軍の秘密基地があるって都市伝説を聞いたことがありましたけど、本当だったんですね」

 着慣れない軍服を気にしながら、まだ幼さの残るエージェント5がソワソワとした様子で辺りを見渡していると、前を歩いていたエージェント4が「フフフ」と笑みを浮かべた。

 

「噂というのも案外馬鹿にならないものですよねぇ…ここは嘗て貴族たちの緊急避難場所だったそうですよ。それをガイロス帝国の摂政プロイツェンが元帥時代から極秘の研究やらなんやらを皇帝に隠れて行うために秘密裏に接収・拡張し、彼が反乱を起こす直前には地上にあった帝都ガイガロスより広かったとか」

「そうなのですか?!」

 

 エージェント4の情報にエージェント5が声を上げて驚く。

 

 旧帝都ガイガロスの広さはカイザーシュタットよりも広かったという説があり、エージェント4の情報が本当なら当時一体どれほどの規模の研究が行われていたのかエージェントとしての経験が浅いエージェント5には想像すら出来ず呆気にとられる。

 

「とはいえここも大戦終結後に封鎖され、長い年月放置されたために崩落などの影響で立ち入ることのできる場所はごく一部です。そのさらに一部を組織が修復して今では特別な場所となっているのですよ」

 

 そんな世間話をしていると、二人の視線の先に扉が目に入ってきた。

 

 昨今ではあまり見かけない手彫りの装飾が高さ三メートルの木製の扉に隙間なく刻まれ、その扉の先が特別な場所であることを主張し、扉の前には二人のメイドが微動だにせず立っている。

 

「エージェント4様、エージェント5様。どうぞ、お入り下さい」

 

 扉の前に立っていたメイド二人が恭しく首を垂れると、重厚な扉を押し開け二人を招き入れる。

 

 二人が扉をくぐると中は石造りの広間が広がり、一段高い場所に玉座が据えられていた。

 扉が閉じるのと同時に二人は玉座の方へと歩んでいくと、エージェント4は玉座を見つめている人影を見つける。

  

「……おや?エージェント(ドライ)、まだ貴女だけですか?」

 

 見知った後ろ姿にエージェント4が声を掛けると、玉座を見つめ佇んでいた人物が振り向く。

 

 腰まで伸び下ろしたままの銀髪に褐色の肌。眼鏡の奥に光る瞳は血のように赤く、女性士官用のスリットの入ったロング丈のタイトスカートを合わせた軍服という出で立ちと相まって、エージェント6とは違った威圧感を纏ったその女性は、エージェント4の問いに首を縦に振った。

 

「えぇ、そのようです」

 表情筋が固まっているかのようにエージェント3の顔は一ミリも表情が変わらないが、その声には困惑の色が見え隠れする。

 

 そんなエージェント3の答えを聞いて、エージェント4はいつもの作り笑みを崩すことなく思案し始めた。

「ふむ、珍しいですねぇ……今回は緊急召集(・・・・)だというのに、この集りの悪さは異常と言わざるを得ませんよ?」

 

 エージェントナンバーへの緊急招集とは、言い換えれば御前(・・)からの呼び出しでありエージェントナンバーは最重要任務についていない限り、馳せ参じなければならないことになっている。

 

 そのため、集合時間の一時間前にはほぼ全員が集合しているはずの広間にエージェントが三人しかいないのは、エージェント4の言う通り異常事態なのだ。

 

「何か、あったのでしょうか?」

 初参加であるエージェント5は只ならぬ二人の様子に、異常事態である事を察し不安げな表情を浮かべる。

 

 そんな三人に対し、意外なところから答えが齎された。

 

”簡単な事だ。今回の招集は全エージェントに出された訳ではない”

 

 扉の開閉音と共に聞こえた声に三人が振り向くと、二人の男が立っていた。

 

「エージェント(アインス)、エージェント12(ツヴェルフ)

 

 エージェント3にエージェント1と呼ばれた男は、まさに”巌”を体現した初老の男。短く刈り込んだ白髪に六十過ぎという年齢を感じさせない二メートル近い身長に筋肉の鎧をまとい、軍服姿と顔の傷も相まって歴戦の将と言った風貌をしている。

 対するエージェント12と呼ばれた男は、一見すれば飄々とした”仙人”だった。百六十にも満たない身長に無駄をそぎ落としたような細い身体。髪を剃り落した頭と長く伸ばした白いひげを撫でるしぐさとは裏腹に、まるで全てを見通している軍師のように目の奥には鋭い光が宿っている。

 

 互いに数十年以上赤竜旗に人生を捧げ、エージェントの在位年数は一、二を争う。

 

「エージェント1…緊急招集なのに、全エージェントに召集が出されていないとはどういうことです?」

 先ほどの声の主であるエージェント1にエージェント3が意味を問うが、答えたのはエージェント12だった。

 

「現在、他の大陸にも活動範囲を拡大してエージェントを派遣しているは、お前さんたちも知っておろう?彼らの任務は赤竜旗にとって目的達成のために必要不可欠なものだと御前もご理解されており、今回の招集に関して他大陸にいるエージェントは除外とし、西方大陸にいるエージェントにのみ出された、というわけじゃよ」

「なるほど、そういうことでしたか」

 

 エージェント12の説明に、エージェント4は納得するように頷く。

 

 この時代、他の大陸との繋がりは無いと言っていいほど、交流が途絶えていた。

 そのため、大戦時に生み出された数多の技術の中には長い年月で西方大陸では失われてしまったが、他の大陸では独自の発展を遂げているモノが数多くあり、赤竜旗はその技術を手に入れるため、エージェントを各大陸に送り込んでいた。

 

「……ですが、変ですね。エージェント(ゼクス)は兎も角、エージェント(ツヴァイ)がこの場に居ないのはおかしいですよ?」

 

 別の大陸に派遣されているのがエージェント(ズィーベン)(ノイン)10(ツェーン)11(エルフ)だけであることは、他のエージェントも把握しており、エージェント(アハト)13(ドライツェーン)は現在空席。

 

 エージェント4の指摘通り、いつも時間ぎりぎりに滑り込むエージェント6とは違い、エージェント2は神経質な男で誰よりも早く参上していた。

 

 そんな話をしていると、再び重厚な扉が開いた。

 

「あら?今回はわたくしが最後ではないのね」

 

 扉の向こうから現れたのは、エージェントナンバーきっての問題児と陰口を叩かれるエージェント6だった。

 

「皆さん、御機嫌よう。わたくしを出迎えるなんて、いい心がけですわ」

 

 と勘違いして上機嫌に笑みをこぼすエージェント6だが、驚きのあまり誰一人として言葉を返さなかった。

 

 何故なら、彼女の恰好が無駄にひらひらと装飾の多いピンク色のドレス姿で、そのデザインが十代前半の少女が着るような幼稚なものだったからだ。

 

 エージェントナンバーが召集によって呼び出され、御前と直接対面する際、彼らは正装である軍服を着ることを義務づけられている。

 もちろんエージェントナンバーに名を連ねる6も軍服での出席しなければならないはずなのに、何を思ってかドレス姿で現れたのだ。

 

 そんなエージェント6の姿に5は驚き、1と4は呆れ果てた表情を浮かべ、12は「相も変わらず、期待を裏切らんの……」と関心とも呆れとも取れる言葉を漏らした。

 只一人、無表情だったエージェント3だけがスッと6の前へと出た。

 

「召集の際、エージェントナンバーは軍服で参加する決まってるはずですよ。にも拘らず、その恰好は何なのですか?エージェント6」

「貴族であるわたくしの正装はドレスと決まっているでしょ?何を当たり前なことを言っているのかしら」

 正論を述べるエージェント3に、持論を展開するエージェント6。

 

 いつもなら、ここから平行線をたどる言い合いが始まるのだが、今日はそこまで発展することはなかった。

 

「エージェントナンバーの皆様、お時間となりました。間もなく御前がお目見えいたしますので、ご整列くださいませ」

 

 玉座の一段下の下座から現れた御前直属の従者の男が、エージェント3とエージェント6の言い合いに割り込む形で、御前を迎える準備をするよう促したのだ。

 

 不毛な争い―主にエージェント6が一方的に噛み付くだけ―が回避されたことに、エージェント5を撫で下ろす中、他の男性陣は別の事に思考が向いていた。

 

「エージェント2、来ませんでしたねぇ」

「あ奴にしては、珍しい事じゃな」

 時間になっても現れなかったエージェント2に、エージェント4とエージェント12は扉を見つめながら所定の位置へと移動する。

 その中で、エージェント1が従者へと近づいた。

 

「エージェント2がまだ来ていないが、何か聞いていないか?」

「エージェント2様は、特殊技術研究所からの依頼で特別任務についているとのことで、今回は欠席とお伺いしております」

 

 従者の返答に、エージェント1は一瞬目を細めるが「そうか」と言って、自分の立ち位置へと向かった。

 

 

 玉座を前に、エージェントナンバー側から見て左から、エージェント1、3、4,5、6、12が整列する。

 

 今回、事情により参加を免除されたり欠席やら欠番などで抜けているエージェントの位置が開けられているため、エージェント6から12までの間が大きく空いている。

 

 全員が整列してから程なくして、玉座の上手側にある仕切りの奥から扉が開く音が聞こえ、赤竜旗のトップに君臨する男が姿を現した。

 

 真っ白に染まった髪や顔に刻まれた深い皺など、エージェント1や12に比べて十歳ほど年上の御前だが、その動きに淀みは一切見られず、その場に姿を現しただけで場の空気を支配するほどの王者の気配を纏っている。

 

「エージェントナンバー!敬礼!!」

 

 エージェント1の号令で、エージェントナンバーが軍隊式の敬礼を行う―ただ一人、エージェント6だけがドレスの裾をもち深々とお辞儀をしている―。

 

 敬礼で出迎えられた御前は玉座の前まで進むと、深々と腰かけた。

 

「楽にせよ」

 

 御前の言葉で、エージェントナンバーたちは直立不動の状態になり、次の言葉を待つ。

 

「…今赤竜旗内に蔓延っている噂のことを、お前たちも把握していることだろう。そのことで組織全体が浮足立ち、さらには幹部たちがよからぬ動きを見せていると我の耳にも届いている……我としては、この問題を早期に対処したいと考えている」

 

 御前の言葉に、エージェントナンバーたち―エージェント6以外―は「やはり」と内心で今回の招集理由を察した。

 

 先の一件で、御前の後継者と言われていた存在は研究中の実験体であり、実験のために後継者と名乗らせていたこと。そして、後継者は他にいることが赤竜旗内に通達された。

 だが、この通達後に組織内には、「実は御前には後継者など居らず、そのことを取り繕うために実験体を後継者に仕立てていたのでは?」という噂が広がり、幹部たちの中には噂を鵜呑みにし、御前亡き後に起きるであろう権力争いに備えて暗躍を始めている者さえいる。

 今の状態を放置すれば、そう遠くない未来に赤竜旗は分裂してしまう恐れがあるのは明白。

 

 自分たちエージェントナンバーが呼び出されたのは、その”芽”を摘み取ることだと理解した。

 

「つまり、真の後継者は間違いなく実在しており無用な噂に惑わされるな、と組織内の綱紀粛正に努めればよいのですな?」

 

 そのことを確認するように、古株であるエージェント12が髭を扱いながら御前にお伺いを立てる。

 ふつうなら、何の断りも無しに御前に発言するなど死をも恐れぬ蛮行でしかないが、長年仕える家臣といえるエージェント12の問いに御前は怒ることなくゆっくり頷いた。

 

「もちろん、お前たちエージェントナンバーには動いてもらう……だが、人間というのモノは己の目で確かめなければ事実を受け入れない生き物だ。そこで、後日我の後継者を赤竜旗全構成員に披露する場を設けることにした」

 

 御前の言葉に、エージェントナンバーたちは驚きを露わにする。

 

 ”殿下”と呼ばれていた青年の時は全構成員に対してお披露目など行われることなく、当初はエージェントナンバーや幹部たちとごく限られた者にしか顔が知られていなかった。

 それが、今回は赤竜旗に属する者全てに対してお披露目が行われることに、エージェントナンバーたちの中で、”真の後継者”という言葉が現実味を帯び始める。

 

 しかし、彼らの驚きはこれで終わることはなかった。

 

「そして、それに先立ち今日この場でお前たちに紹介しておこうと思う。入りなさい」

 

 扉の開閉音の後に、御前が現れた仕切りの影から一人の少女が現れる。

 

 ウェーブのかかった赤みの強い金色の絹糸のような長い髪に、透き通るような白い肌。まるでルビーを思わせるような紅い瞳に、赤いルージュを引いた潤いのある唇。

 そして、落ち着いたデザインの紅いドレスを纏った姿は、とても十代の少女とは思えない神々しさがあった。

 

 少女はゆっくりと御前の元まで進むと、御前の右手側に立ちエージェントナンバーの方へと向きを変え、まるで聖母のような慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 

「我の後継者にして、赤竜旗が世界を統一した後に女王となる…孫のエリシアだ」

「皆様、初めまして…エリシアと申します。御爺様が信頼する方々にお会いすることが出来、うれしく思います」

 

 御前の紹介を受け、エリシアが軽く頭を下げると満開に綻ぶ花を思わせる笑顔を向けた。

 

 その笑顔に、その場に居合わせた者たちが軒並み驚く中、エージェント6だけがエリシアを忌々しげに睨みつける。

 

「エリシアは、我の下で女王となるべく様々な教育を施したが、如何せん経験に乏しい。そこで経験を積ませるため、いくつかの任務を与えるつもりでいるのだが、その際お前たちエージェントナンバーにはその補佐を任せる……我が孫に対しても我と変わらぬ忠誠を期待するぞ」

『はっ!』

 

 御前の言葉に、エージェントナンバー全員が恭しく首を垂れる中、ただ一人エージェント6だけが頭を下げながらもエリシアの事を認めないと言わんばかりに表情を歪めていた。

 

 

 

**************

 

 

 ジェドーが行方不明になってから一か月という時間が過ぎていた。

 

 残念ながら、その間に彼に関する情報がキャラバンに齎されることはなかったが、それでも彼らはジェドーの生存を信じて旅を続けていた。

 

 ただ一人を除いて……

 

 

「このぉ!あたれぇ!!」

 

 キャノピーに映し出された紅いライガーゼロに照準を合わせ、ナデアがトリガーを引く。

 

 背面に装備された武装からビームが発射され敵へと伸びるが、ライガーゼロは事も無げに避ける。

 

 しかし、ナデアの攻撃はそれで終わることなく、立て続けにビームを放ちライガーゼロに襲い掛かった。

 

 だが、その攻撃でさえもライガーゼロは驚異的な反応で避け続け、攻撃の切れ目を見定めてイオンターボブースターを作動させ、ナデアへと一気に距離を詰めると頭部の強制冷却システムが展開させ、高々と飛び上がった。

 

「っ!」

 

 振り上げられた右前脚が煌々と輝きを放つのを見て、ナデアは表情を強張らせると操縦桿を強く握る。

 

 ライガーゼロ最強の必殺技「ストライクレーザークロー」がコマンドウルフを切り裂かんと振り下ろされるその瞬間、ナデアは操縦桿を思いっきり引き、コマンドウルフが地に這いつくばるように身を屈ませると、背面に装備した武装が

パージされライガーゼロへと襲い掛かる。

 

 飛んできた武装をライガーゼロがストライクレーザークローで切り裂くと、その瞬間大爆発を起こし一瞬で辺りに爆炎が拡がる。

 完全に視界が塞がれたナデアだが、気にすることなく操縦桿を動かし、爆発の中心へとコマンドウルフを突っ込ませる。

 すると、爆炎を抜けた向こうに爆発でのけぞるライガーゼロの姿を確認し、その喉元へとコマンドウルフを食らい付かせた。

 

「エレクトロン・バイトファング!!」

 

 ナデアはウルフ最大の攻撃を繰り出し、攻撃の隙で出来た喉元に高電圧の電流が放たれたライガーゼロの全身からスパークが迸る。

 

 そして、放電が終わるとライガーゼロが力なくその場に崩れ落ち、同時にコマンドウルフもエネルギーを使い果たしてシステムフリーズを起こすと、コマンドウルフのコックピット内のモニターが暗転した。

 

【シミュレーション終了。制限時間となりましたので、システムを停止します】

 

 コックピット内にシステムアナウンスが流れると、キャノピーが強制解放され、ナデアの視界に見慣れたホバーカーゴの格納庫の風景が入ってきた。

 

「……っ!!」

 

 コックピットから降りながら、ナデアはぐっと拳を握った。

 

 この一か月、兄の敵を討つためにナデアは数えきれないほどシミュレーション内でライガーゼロと戦っていた。

 最初は手も足も出ないほど負け続けたが、徐々にライガーゼロの動きに対応できるようになり、今日初めて相手を倒すところまで来ていた。

 

 手ごたえを感じたナデアは、徐に愛機へと視線を向ける。

 

 そこにはナデアの愛機であるアーバインカラーのコマンドウルフが駐機されているが、その武装が大きく変わっていた。

 

 背面にはロングレンジライフルではなく、AZ2連装250mmロングレンジキャノンが搭載され、後脚部には増速用ブースターであるアシスタントブースターが装備され、AC仕様に変更されている。

 

 前回の戦闘でロングレンジライフルが大破してしまい、新しい装備を手に入れるまで繋ぎとして予備で保管してあったAZ50mm2連ビーム砲を装備するのをアンジェリカから提案されたナデアだったが、無傷で残されていたジェドーのコマンドウルフが装備していたパーツを見つけ、それを自機に乗せることを望んだ。

 

 傭兵アーバインがコマンドウルフをAC仕様にしていたという情報はなく、本来であれば歴女にしてアーバインファンを自認するナデアが、愛機をAC仕様にするなど在り得ないことだ。

 

 だが、兄の仇を討つことを最優先するために自身のこだわりを捨て、装備を変更したのだった―とは言え、元はサンドカラーに塗装されていた装備を、わざわざ黒と赤のアーバインカラーに塗り替えるようアンジェリカに頼んでいる辺り、完全には拘りを捨てきれていないのだが―。

 

 ライガーゼロと戦う準備は整ったと、ナデアは確信し格納庫を後にした。

 

 

 その光景を、監視カメラで見ていたアンジェリカは大きく息を吐き出し、座っていた椅子の背にもたれかかると、通信が入った。

 姿勢を正して、通信をオンにすると画面にリョーコの姿が映し出された。

 

「女将さんか…何か用かい?」

『ナデアがちゃんと休んでるか心配でね……どうね?』

 リョーコの問いに、アンジェリカは呆れたような表情を浮かべて肩をすくませた。

 

「女将さんの心配通りだよ。ついさっきまで、ぶっ通しでシミュレーション戦闘をしていた。今は……あぁ、ちゃんと部屋に戻っているみたいだ」 

 キーボードを操作してアンジェリカがホバーカーゴ内の情報を検索すると、ナデアが寝泊りしている部屋に生体反応が表示される。

 

 元々、本隊の居住車両に部屋を持つナデアだが、少しでも長い時間シミュレーションを行うために、今はホバーカーゴ内で空いていた部屋を使っており、自分の部屋には戻っていない。

 そのため、本隊の居住車両に住むリョーコにはナデアの現状は把握できていなかったのだ。

 

『そうね……』

 アンジェリカからの報告を聞いて、リョーコは安堵とも不安とも取れない複雑な表情を浮かべて小さく息を吐きだした。

 

「……しかし、キャラバンのメンバー全員がジェドーの生存を信じているというのに、何故ナデアは仇を討つことに固執しているんだ?あれじゃまるで、ジェドーは死んでいると決めつけているようにしか思えないんだが」

『あの子も、心の底じゃジェドーが生きとおって信じとうよ。でも、それと同じぐらいに”もしかしたら”という考えが過ってしまって、怖いとよ。だから”もしかしたら”と考えないようにするために、敵討ちなんて口にしとうとよ』

 

 リョーコの話を聞いて、アンジェリカは浅慮から発した自らの言葉に怒りを覚え、画面から目をそらした。

 

 あの兄妹の仲の良さを見ていれば、ナデアがジェドーの生存を信じていることに疑念を挟む余地などないはずなのに、アンジェリカはナデアの表面的な部分だけ見て疑ってしまっていたのだ。

 

――やはり、僕はまだまだ経験不足だな……

 

 

 そんなことを思いつつ、アンジェリカは画面の向こうにいるリョーコへと視線を戻した。

 

「……女将さん、ジェドーに関する新しい情報は何か入っていないのかい?」

『残念ながら、今日も有力な情報は無しやね。一応、もう少し下流域の町や村に範囲を広げるつもりでおるよ……すまんね、通信が入ったから切るばい』

「分かったよ……」

 

 リョーコからの通信が切れ、画面が暗転するとアンジェリカは再び椅子の背もたれにもたれ掛かる。

 

「はぁ……このままジェドーが無事に帰ってきてくれたら、丸く収まるんだけどな」

 

 そんなことを呟きながら、アンジェリカは一欠伸すると涙の浮かぶ目元をぬぐい、残っていた仕事を片付け始めた。

 

 

 

 そんなリョーコとアンジェリカの会話から数日後。

 

 

「……お、次の街が見えてきた」

 

 フューラーのコックピットモニターに映し出された映像を見ながら、エスは声を上げる。

 

 この時代の西方大陸には人と物資が集まり、大陸に点在する都市間を繋ぐ中継都市がいくつか存在し、キャラバン隊デザルト・チェルカトーレはその一つに到着していた。

 

 公営のパーキングの一画にキャラバン隊の機体や車両が収まり、メンバーたちが外へと出てくる。

 

 商品の仕入れや旅の必要な食料品、ゾイドや車両の補修用パーツを補給するために担当を手早く決め、それぞれが街中へと散っていく。

 

 そんな中、挨拶回りのため残っていたリョーコが準備をしていた時だった。

 

「あれ……?小母様?」

「ん?」

 

 声を掛けられたリョーコが振り向くと、そこには真っ白な修道服に身を包んだ白百合の園の代表であるマザーミレイと、同都市の警備隊長であるヴェアトリスと共に立っていた。

 

 

 

 

 




 こんにちは、皆さん…エリーです。
 マザーミレイたち白百合の園の人たちとの…思いがけない再会を果たしたワタシたちでしたが、穏やかな時間は長くは…続きませんでした。

 ワタシたちの前に、再び…紅いライガーゼロが現れたのですっ!

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男- 第二十一話「紅き戦姫」!

 っナデア!?ダメ、一人で行っちゃっ……?!


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紅き戦姫

大変長らくお待たせしました!


「何ね、ミレイちゃんね!こげん所で、会うとか奇遇やねぇ。どうしたとね?」

「先の騒動の後、こちらの中継都市が色々と援助してくださいまして、都市長様へご挨拶に……小母様は、お仕事ですか?」

「仕事…というより、買い出しやね」

 

 思いがけない場所での再会にリョーコとミレイの顔が綻ぶも、すぐにミレイが辺りを伺うように視線を左右に振った。

 

「ごめんね、エス(・・)は今品物の手配に出とうとよ」

「えっ?!ち、違います!わ、わたくしはエリーの姿を……」

 リョーコの言葉にミレイは顔を赤くし声を上げて驚くが、すぐさま否定する。

 

 そんなミレイに対し、リョーコは実に残念そうな表情を浮かべた。

 

「何ね、エリーには会いたくてもエスには会いたくなかとね……」

「そ、そんなことありません!むしろ、エス様とは色々とお話ししたいことが……」

 

 挙動不審者のようにアタフタと慌てふためくミレイは言わなくてもいいことを口にしようとするが、リョーコの悪い笑みを浮かべているのを見て、ハッと気が付いた。

 

「あっ…小母様!わたくしのこと、からかってますね!?」

 ミレイは自分がからかわれたと分かると、別の意味で顔を真っ赤にして詰め寄る。

 

「あはは!ミレイちゃんも、まだまだやねぇ。カミーユなら、涼しい顔をして切り返しとったよ?」

「もう!」

 そんな二人のやり取りを、ミレイの後ろに控えていたヴェアトリスは頬を緩めて眺めていた。

 

 普段、一都市の代表として凛とした姿で人々の前に立つミレイが、一時でも白百合の園の人々が知らない年相応の少女の反応する姿を見せたことに、ヴェアトリスは微笑ましく思いながら見守っていた。

 

「何やら騒がしいと思ったら、これは珍しい来客だね」

 

 突然、後ろから聞き慣れた(・・・・・)声が聞こえヴェアトリスが振り向くと、そこに立っていたのは驚いた顔をしたアンジェリカだった。

 

「ドクター!久しぶりじゃないか!…変わっていないようで安心した」

「……別れてからまだ数か月、早々変わりようもないと思うがね?まぁ、貴女の言う通りに久しぶりだ」

 

 二人があいさつを交わしていると、それに気が付いたミレイが振り返り、満面の笑みをこぼした。

 

「ドクターアンジェリカ!ご無沙汰しております。お元気でしたか?」

「見ての通りさ。マザーミレイも元気そうで何より」

 

 旧友との再会に三人が笑顔を浮かべる中、リョーコがアンジェリカを見ながら首を傾げた。

 

「それより、どうしたとね?さっき買い出しに行ったばかりやろう?」

「忘れ物をしてしまってね。取りに帰ってきたところに聞き覚えのある声が聞こえたので、見に来たってところだよ」

 

 そんな説明をしていると、ヴェアトリスの見つけていた腕時計からアラーム音が鳴り響いた。

 

「…ミレイ様。そろそろ、次のご予定が」

 腕時計の時間を確認したヴェアトリスは、スッとミレイに近づくと申し訳なさそうに次の予定時間が近づいていることを伝える。

「そうなのですね……申し訳ありません、小母さま。勝手に押しかけて何なのですが、次の予定がありますので、私とヴェアトリスはここで失礼させていただきます」

 申し訳なさそうにミレイが頭を下げると、リョーコはニカっと豪快が笑みを浮かべた。

 

「気にせんでよかよ!こっちも日が上がる前には出発せんといけんけ、色々立て込んどるんよ。またゆっくりね」

「っ…そうなのですね……」

 時間があれば今はいないメンバーとも会いたかったミレイだが、リョーコたちが早々に発つことを知り悲しげな表情を浮かべると、リョーコは溜息を洩らした。

 

「なんち顔しとうとね?どうせ近いうちに白百合の園にはまた顔を出すんやけ、その時ゆっくり話したらよかろう?」

「……そうですね。小母さまの言う通りです、またお越しになるのを、楽しみにお待ちしております。では……」

 

 リョーコの言葉を聞いて、ミレイは子供の様に泣き喚くことなく納得して頷くと、ヴェアトリスを伴って待させてあった車へと乗り込み去って行った。

 

「……はぁぁ……まさか、こんなところに彼女たちが居るなんて思いもしなかった……」

 

 ミレイたちの乗った車が見えなくなったのを確認して、アンジェリカは膝が抜けたようにその場にへたりこむと髪をかき上げ魂が抜けるほど息を吐き出した。

 

 そんなアンジェリカの姿を見て、リョーコは怪訝な顔をした。

 

「どげんしたとね?」

「どうしたって…女将さん、忘れたのか?ヴェアトリスはジェドーの恋人なんだぞ?」

 呆れたようにリョーコを見上げながらアンジェリカが指摘するも、リョーコは判然としない表情を浮かべる。

 

「ヴェアトリス……あぁ!ミレイちゃんの護衛してた子!そういえばそうやってねぇ、忘れとったよ!」

 

 性格から恋愛話には食いつきそうに見られるリョーコだが、メンバーの色恋沙汰について彼女はナデアやエリー、自身の娘たちを除いてあまり干渉はしていない。

 

 もちろん、キャラバンの不利益につながるのなら話は別だが、メンバーには基本的に恋愛は自由だと言ってある。

 

 そのため、前にジェドーから恋人が出来たと報告されても「そうね!フラれんよう頑張り!」と言っただけで、相手の名前以外は殆ど聞いておらず、ミレイと一緒にいた女性がジェドーの恋人だとは繋がらなかったのだ。

 

 そんなリョーコの反応を見て、アンジェリカは再び深い溜息を漏らした。

 

「信じられない…僕はヴェアトリスにジェドーの事を知られまいと必死に取り繕っていたというのに。まぁ、幸いにジェドーの話が振られなかったから助かったけど……」

「そうやねぇ……やけど、今度白百合の園に行った時にはそうはいかんやろうねぇ」

 

 次に白百合の園を訪れるまで数か月あるが、それまでにジェドーの無事が確認されれば何の問題はない。

 しかし、それまでに安否が判明するかは全く分からず、仮に安否がわからなくとも「使いに出している」という言い訳で誤魔化すことも出来るだろうが、これは何度も使える手ではない。

 

 そして、ヴェアトリスにとって最も残酷な事実であるジェドーの死がわかった場合、それをどう伝えるかが一番の問題であった。

 

「…もしもの場合は、僕から伝えるよ。彼女の友人としてね」

 

 もっとも過酷となるでだろう役目を自ら引き受けたアンジェリカは、そんな日が来ないことを祈りながらミレイたちが去った方を見つめた。

 

 

********

 

 

「ドクター、忘れ物を取りに戻るにしても遅くないか?」

 

 街角に設置された時計を見つめながら、エスがぼやく。

 

 リョーコたちがミレイたちと再会していた同じころ、エスとエリーの二人は忘れ物を取りに帰ったアンジェリカのために街中で待ちぼうけをくらっていた。

 

 すぐに戻ると言っていたアンジェリカが戻ってこないことにエスが一度戻ろうかと考えていたが、ふとエリーから反応が返ってこないことに気が付き彼女の方を見ると、何処か不安げな表情を浮かべて俯いた。

 

 エリーが何に対して思い悩んでいるのか察して、エスは俯いているエリーの頭に手を置くと優しく撫でる。

 

「……ナデアの事なら心配ない。ルナたちはオレたちより付き合いが長いんだ。ホメオも一緒だし彼らに任せて大丈夫だろう」

「…そう、ですね……」

 

 頭を撫でられ、エリーの表情が少しだけ和らいだ。

 

 買い出しのメンバー分けの際、ナデアは外へ出ようとせずシミュレーションシステムに篭ろうとしていた。

 いくらジェドーが生死不明の状況で情緒不安定だとしても、キャラバンの一員として仕事をボイコットすることは許されるはずもなく、ナデアはホメオに引きずられながらルナとルイたちと共に買い出しへと連れ出されたのだった。

 

 兄の安否が判らず日に日に精神が不安定になるナデアを見続け、親友であるエリーも心配から精神的に落ち込むことが増えていたのだった。

 

 

「……エス様は、今も…ジェドーさんが生きている…と信じてるんですよ…ね?」

 不意にエリーから投げられた問いに、エスは「あぁ」と首を縦に振る。

 

「どうして……信じられる…のですか?皆さん、あまり口にして…ないですけど、もうジェドーさんの事を……」

 続けられる問いにエスはほんの少し思案すると、真っ直ぐエリーを見つめた。

 

「…うまく説明できないが、”直感”みたいなものかな。ジェドーは死んでいない……オレの中の何か(・・)がそう訴えてるんだ」

 

 傍から聞けばあまりに漠然とした意見だが、エスの表情は直感を信して疑わない自信に満ちたものだった。

 

 キャラバンの中でも日ごとにジェドーの生存を絶望視する空気が流れ始め、エリーもその空気に当てられ心の片隅で「ジェドーさんはもう亡くなっているんじゃないか」と過るようになっていた。

 

 その中でエスだけが未だただ一人生存を信じていることに、エリーは心の中に溜まる暗い思いを振り払うように頭を振った。

 

 その姿を見て、エスは笑みを浮かべるともう一度エリーを撫で息を吐き出した。

 

「さぁ、暗い話はこれで終わりだ!さすがにドクターが遅いから迎えに行くか」

「…はい!」

 

 気持ちを切り替えるように、二人はもと来た道を戻り始めるのだった。

 

 少し離れた場所から二人の様子を伺う複数の(・・・)人影に気が付くことなく……

 

 

***************

 

 

 

「エージェント|4〈フィーア〉、参上しました」 

 

 |赤竜旗〈ロート・ドラグファーネ〉の秘密基地内にある貴賓室に呼び出されたエージェント4を待っていたのは、組織の長である御前と彼に仕える侍従たちだった。

 

「…お前たちは席をはずせ」

「畏まりました」

 入室してきたエージェント4を確認すると、御前はその場にいた者たちを外へと追いやった。

 

「急な呼び出しにも拘わらずよく来てくれた、エージェント4」

「御前がお呼びとあらば即座に参上するのがエージェントナンバーの務め……当然でございます」

「うむ…さて、今日お前呼んだのは他でもない。先日紹介した我が孫娘エリシアの件でだ」

 

 御前の口からエリシアの名前が出たことで、エージェント4の表情が一瞬だけ強張る。

 

 御前の正当な後継者としてエージェントナンバーに紹介された際、エリシアに経験を積ませるために任務を与え、エージェントナンバーに補佐をさせるという話を聞かされていた。

 

 状況を考えれば、エリシアが行う最初の任務の補佐に選ばれたということは容易に想像できるのだが、エージェント4もまさか自分に話が来るとは思ってもおらず、何の心の準備も出来ていなかった。

 

―こんなにも早く姫様が実戦に出るとは……しかもいきなりワタシに話が来る…まさか、マリエルさんの差し金じゃありませんよね?―

 

 何かと迷惑をかけてくれる元同僚の仕業ではないかと勘ぐるエージェント4だったが、それが全く見当違いだったことをすぐに理解する。

 

「あの子に任せる最初の任務は情報を精査した結果、お前に任せていた帝国の遺産確保とした。お前は今まで得た経験を最大限用いてエリシアを補佐せよ」

 

 その言葉を聞いたエージェント4の表情が一瞬強張り、彼の顔を見つめていた御前の眼がスッと鋭さを増した。

 

「…不服か?」

 エージェント4の反応を不快に感じてか凍えるような冷気を纏った御前の殺気が放たれ、真っ向から受けたエージェント4だが表情を変えることなく首を横に振った。

 

「……とんでもございません。むしろ、御前のご期待に応えることが出来ず、しかも姫様の御手を煩わせてしまう己の不甲斐なさを恥じております」

「そうか……だが、お前に関して我の評価は何一つ下がってはおらん。それどころか、お前の集めた帝国の遺産の膨大な情報がエリシアのために大いに役立っていると聞き、お前の能力の高さを改めて知ることが出来た。その力、これまで以上に組織に…そして我やエリシアのために振るってほしい」

 思いがけず御前から称賛されたことに、エージェント4は得も言われぬ歓喜に身が震えるのを感じながら、膝をついて最大の礼を取った。

 

「っ…勿体なきお言葉。このエージェント4、全身全霊をもって姫様を補佐する所存……」

「うむ……詳しい話はエリシアを守護する騎士から聞くといい。下がってよい」

「はっ……」

 

 エージェント4は立ち上がって敬礼すると、貴賓室から退出する。

 

 すると、部屋の外で騎士であるマリエルが立っていた。

 

「お久しぶりです、エージェント4。最初に言っておきますけど、今回の一件に私は一切関与してませんからね?」

 

 出会って一発目にそんなことを口にしたマリエルに対して、エージェント4は呆れた表情を浮かべた。

 

「開口一番そんなことを口にするから疑われるんですよ?まぁ、今回も最初に貴女の関与を疑いましたけど」

「あっ、酷い!いくら私が騎士と言う立場でも、意見することなんて出来ないんですからね!」

 

 普段の立ち振る舞いからは想像できない十代の少女のような反応に、エージェント4は苦笑しながら歩き出した。

 

「もちろん、そのくらいは解っていますよ。ただ、ほんの少しそう思っただけです」 

「……あっ!もう!」

 

 またからかわれたことを知って、マリエルは頬を膨らませると歩いていくエージェント4を追いかけるように駆け出し、横に並んだ。

 

「それより、詳しい話を貴女に聞くよう御前に言われたのですが、ワタシは一体何をすればいいのです?普通に指揮を執る姫様のアドバイザーですかね?」

 

 先ほどまでの空気が一変して、いつもの営業スマイルを浮かべるエージェント4の問いに、マリエルも表情を引き締めると首を横に振った。

 

「いいえ、部隊の指揮はエージェント4に執っていただきます。姫様は前線に出ますから」

 

 マリエルの言葉を聞いて、エージェント4は信じられないことを聞いたと怪訝な表情に変わった。

 

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味ですよ。まぁ、実際見てもらった方がいいかもしれませんね」

 

 そういうとマリエルはある扉の前で立ち止まり、壁のタッチパネルに暗証番号を打ち込みロックを解除するとドアが自動で開いた。

 

 ドアを潜るとその先に待っていたのはエージェント4にとっては予想外の存在だった。

 

「これは……ライガーゼロ?!」

 

 広大な空間に大小様々な機材が並び、それらから延びるケーブルが鎮座する真紅の装甲を纏ったライガーゼロに繋がっていた。

 

「ふふっ、久しぶりにエージェント4の驚く顔が見れました。さっきの事はこれでチャラですね」

 

 先ほどのからかいに対する意趣返しが成功したと笑みを浮かべるマリエルに、エージェント4は真剣な表情で見つめた。

 

「確か、先の戦闘で大破したライガーゼロは量産計画のために研究所へ回されたときいていましたが?」

「えぇ。確かにあの(・・)ライガーゼロは貴方の言う通り、研究所行きとなりました。それにしても珍しいですね。エージェント4が発見されたライガーゼロの数を把握してないなんて」

 

 不思議がるマリエルを尻目に、エージェント4は自分の情報収集能力を以てしても組織内では調べられないことがあることを改めて思い知らされ、悔しさを感じながらそれを隠すように笑みを浮かべた。

 

「情報統制されていたようですね。ワタシが知っている限りでは発見されたライガーゼロは一体……ですが、真実は違ったわけですね?」

「はい。クリム君……エージェント(ヒョンフ)が発見したライガーゼロは完全な形で二体、パーツ状態で一体分。そのうち一体を修復後にデータ収集用として調整し実戦に投入。残る一体は先の機体で得られたデータを基に完璧な形で修復され、その後姫様専用の機体として調整がなされました。パーツの方は複製のために発見後すぐに研究所へ送られました」

 

 帝国の遺産と呼ばれるゾイドが完全な形で発見されるのは非常にまれで、エスの乗るバーサークフューラーでさえ一体しか発見されていない。

 それがパーツ状態を含めて三体も発見されるなどもはや奇跡に近かった。

 

 元から優秀だったとは言え若く経験の少ない候補生の少年がライガーゼロ一体を発見しただけ(・・)でエージェントナンバーに任命されたのか、エージェント4は少し疑問に思っていたが事実を知ってその疑問がようやく氷解した。

 

 ただ、彼には既に新たな疑問が浮上していた。

 

「しかし、姫様がゾイドに乗れるとは……腕前はどれほどなのですか?貴女もご存じのとおり、相手は伝説級と言って差し支えない化け物なのですよ?」

 

 そう、エリシアのゾイド乗りとしての力量だった。

 

 その質問を予想していたのか、マリエルは手にしていたタブレットを差し出し、受け取ったエージェント4はタブレットに視線を落とした。

 

「私はあまり好きな表現ではないのですが、敢えて言えば姫様は天才です。それは、姫様の指南役をされた前騎士団長も認めていらっしゃいます」

「っ!前騎士団長とは、あの”黒き聖騎士”と恐れられたエスター卿のことですか?!」

 

 エリシアにゾイドの操縦を教えたのが前騎士団長だった人物で、そんな人物が彼女の腕を認めたという話にエージェント4はただ驚くことしか出来なかった。

 

 前騎士団長であるエスターは、御前が赤竜旗を立ち上げる遥か以前から仕えている家臣の一人で、帝国製ゾイドが重んじられる赤竜旗において、彼は珍しく共和国製ゾイドであるブレードライガーを愛機としていた。

 そんなエスターの駆るブレードライガーは漆黒の装甲を纏い、特注のレーザーブレードを携え御前の敵を悉く切り裂いたことから”黒き聖騎士”を呼ばれ、彼が現役を退くまで赤竜旗最強のゾイド乗りと言われていたのだ。

 

 そんな組織の英雄に鍛えられ認められたという言葉を裏付けるようにタブレットに映し出されるデータの凄まじさを目の当たりにして、エリシアの実力が本物であることは疑いようがないとエージェント4も理解したが、同時に疑問も生じた。

 

「確かに、これほどの実力を持つゾイド乗りはそうはいませんねぇ……しかし、姫様は御前の正当後継者。前線に出て問題は無いのですか?」

 

 エージェント4の問いに、マリエルも少し困惑した表情を浮かべた。

 

「それは私も思っていたんですけど、姫様を前線に出すと決めたのは御前だったそうです。何でも「エリシアには戦女神の加護があるから心配ない」と仰られたとか」

「戦女神の加護、ですか……」

 

 オカルトに頼るような発言を本当に御前が仰ったのか?、とエージェント4は疑ったが、御前がお決めになったことに口出しは出来ないと頭を切り替えた。

 

「まぁ、事情がどうあれワタシは命令に従うだけですけどねぇ」

「そうですね。お互いベストを尽くしましょう」

 

 そういうと、二人は自分がやるべき準備を行うため、格納庫を後にした。

 

 そんな二人を尻目にライガーゼロのコックピット内のモニターには格納庫の映像ではなく、CGで再現された荒野が映し出されおり、正面のモニターには破壊し尽くされたバーサークフューラーが横たわっていた。

 

 その映像をヘッドギアのバイザー越しに眺めているエリシアは上がっていた息を整えるように大きく深呼吸すると、最後に短く息を吐き出した。

 

「また勝てましたが、本当に強い……」

 

 そういうと、エリシアは手を伸ばしモニター越しにフューラーに触れた。

 

 物心ついた時から御前の命でゾイド乗りとして訓練してきたエリシアにとって、シミュレーション相手の攻略など造作もない事だった。

 しかし、ここ数週間相手をしているゾイドは今までのシミュレーション相手とは別格と言っていいほどの強敵で、未だに明確な勝利のビジョンが見ることが出来ず、勝率は五分と言ったところだった。

 

 正直なところ、ゾイド乗りの師である前騎士団長エスターよりも強いとエリシアは考えており、本当に勝てるのか不安を拭えずにいた。

 

 だが、それ以上に彼女には気になることがあった。

 

「……一体、どのような方が乗っておられるのでしょうか?」

 

 データの集積でしかないシミュレーションだが、相手のバーサークフューラーに乗るパイロットの幻影がエリシアには見えており、一戦ごとにフューラーのパイロットに興味を惹かれていた。

 

「お会いする時が、楽しみです」

 

 モニターに映るフューラーに触れながら、エリシアは笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

**************

 

 

 

 日の出と共にようやく辺りが明るくなり岩場に朝日が当たる中、デザルト・チェルカトーレの一行は急かされるように足早に荒野の中を進んでいた。

 

 元々補給に寄っただけだったので長居をするつもりはなかったが、白百合の園の代表マザーミレイと護衛である部下たちが同じ都市に滞在していることを知り、ジェドーの事を悟られぬように彼女らに声をかけることなく出発していた。

 

 日が昇る前に都市を出たため、戦闘用ゾイド全機がキャラバンの隊列を護るように周囲を警戒しながら展開していたが、日が昇り明るくなったことで順番で休憩に入ろうとした時だった。

 

『ん?…おい!後方から接近する熱源があるぞ!』

 

 ゴルドスに乗るホメオから通信が入り、全員に緊張が走る。

 

『こちらでも確認した。数は四……っ?!』

 

 ホバーカーゴのアンジェリカもレーダー反応を確認したが、そこに表示された情報を見て身体中の血の気が引くのを感じた。

 

『デザルト・チェルカトーレ!ちょっと待っていただきたい!!』

 

 通信範囲に入ったのか、スピーカーから声が響く。

 

 その声を聴いて、先ほどは別種の緊張がキャラバンメンバーに走った。

 

『何で…ヴェアトリス隊長が……?!』

 

 通信相手が誰なのかすぐに分かったエリーは、アンジェリカ同様に血の気が引いていくのを感じた。

 

 キャラバン全体が立ち止まると、間を置かずにやってきた方向から四機のゾイドの姿が見えた。

 

 白い装甲を纏うシールドライガーに同じく白を纏う三機のコマンドウルフ。

 

 現れたのは、ヴェアトリス専用のシールドライガーと白百合の園所属のコマンドウルフだった。

 

 白百合の園のゾイドが見えた同時にリョーコの乗るグスタフに通信が入り、モニターにマザーミレイの姿が映し出された。

 

「なんね、ミレイちゃんも一緒やったんね?」

『はい、表向きは中継都市の近くに点在する村々の視察をするということで出てきていますから。まず先に不躾に呼び止めたことをお詫びいたします。ですが、どうしてもヴェアトリスが皆様にお聞きしたいことがあると言うので……』

 

 マザーミレイがそう言うと、画面が切り替わりヴェアトリスの姿が映った。

 

『あの……ジェドー殿の姿が見えませんが、彼は今何処におられるのですか?』

 

 ヴェアトリスに問いに、リョーコをはじめ全員が息を詰まらせる。

 

 何故なら彼女の問いが、ジェドーの身に何かあったことを知っているとしか思えないものだったからだ。

 

 リョーコはグスタフから見えるホバーカーゴに目を向ける。

 

 ヴェアトリスの問いを受け、アンジェリカはその答えに苦慮していた。

 

(ヴェアトリスはジェドーの身に起きた事を知っている?だが、一体どこで知ったんだ?……くそ、考えが纏まらない!!)

 

 もしもの場合は自分が伝えると言ったアンジェリカだったが、予想よりも早くヴェアトリスに知られた焦りから、まともに思考できずにいた。

 

『やはり、本当なのですか?彼が……亡くなったの…は……』

 

 キャラバンメンバーの沈黙を肯定と受け取ったヴェアトリスの声に、悲しみの色が混ざる。

 

「いや、まだ死んだと決まっていない」

 

 誰一人声を上げられずにいた中、エスはジェドーの死を否定した。

 

「ジェドーは確かに現在行方不明だ。だが、彼の遺体は見つかっていない……なら、あいつは生きている。オレはそう信じている」

 

 エスはそういうと、通信画面のヴェアトリスを真っ直ぐ見つめた。

 

「だから、貴女もジェドーが生きていると信じてやってくれ。愛する人そう信じてもらえないと、あいつも悲しいだろう?」

『エス殿……そう、ですね……悲観するより、あの人が生きていると信じます』

 

 エスの言葉にヴェアトリスは涙をぬぐって頷いた。

 

『……しかし、ジェドー殿はどうして行方不明に?』

「それは……」

 

 ヴェアトリスの問いかけに、エスが答えようとした時だった。

 

『!?上空に巨大な熱源反応!!』

『何だよ、これ!?むちゃくちゃデケェぞ!!』

 

 レーダーに現れた反応を見て、アンジェリカとホメオが声を上げる。

 

 その場に居合わせた全員が空を見上げた。

 

 

 すると、辺り一帯を覆っていた雲を引き裂いて、巨大なホエールキングが姿を現した。

 

 あまりの大きさにキャラバンのメンバーや白百合の園のメンバーは圧倒されていたが、ゆっくりと自分たちの方へと降りてくるホエールキングを見て異常事態であることをすぐに察すると、すぐさま身構えた。

 

 エスたちが見守る中、一定の高度まで降下したホエールキングの口にあたる部分が開き、そこから黒い影が飛び出すと、近くの小高い岩山に着地した。

 

『あ……あぁ……』

 

 初めて見るヴェアトリスたちは特に反応することはなかったが、現れたゾイドを見てエスたち…特にナデアはひどく動揺した。

 

 岩山の頂からエスたちを見下ろす姿はあの時と全く同じ光景に見え、動揺していたナデアだったがその眼に仄暗い復讐の炎が赤々と燃え盛った。

 

『紅い…ライガーゼロ!!』

 

 

 仇と呼べる存在を前に、ナデアは怒りに我を忘れてコマンドウルフを走らせるのだった。

 




 よっ、エスだ!
 オレたちの前に現れたライガーゼロには前とは別人が乗っており、エリシアと名乗った少女はオレとの対話を望んできた。
 エリシアの語る赤竜旗の目標……そして彼女は、オレにその目的のために協力してほしいと言い出した。
 あまりに馬鹿らしい話にオレが話を蹴ると、彼女の補佐であるエージェント4が仲間たちに攻撃を仕掛けた!

 次回、ZOIDS-記憶をなくした男- 第二十二話「王狼」!

 どれだけ崇高な目的であろうと、オレはお前たちを認めない!!


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