目覚めたらTOVの世界でした (雛鶴 梅綾)
しおりを挟む

設定

名前…レナ

 

性別…女

 

年齢…10 (精神年齢は18)

 

身長…120

 

体重…25

 

姿形…鎖骨までの長さの黒髪、サイドの髪を三つ編みにして後ろで白いリボンのバレッタを使って留めている。

瞳はボルドー色をしており、よく見ると金色が混じっている。

顔は整っている方。

白いキャミワンピに黒いニットカーディガンを羽織って、下に黒いタイツ、茶色に外側にリボンが付いたブーツを履いている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

性格…外見の年齢の割にはとても落ち着いている。一度仲間と認識に入れた人は守ると決めていて、ほっとけない病持ち。自己犠牲気味のため、無茶をしがち。怖いものを素直に怖いと言えない。とても焦ったり、怒ったりすると逆に冷静にならないとと自分に言い聞かせて平然を装うとする。しかし、キレると冷静になることすら忘れる。辛い、悲しい、苦しい、といった感情に対して蓋をして我慢する癖があり、隠す時は平気をへーきという癖がある。

 

戦闘面

基本的に魔術を使用する。

後に物理的な攻撃もできるようにと、ダガーを持つが活躍する場はほぼない。

 

特記…エアルを使わずに自身の生命力、精霊が生まれるとマナを使用して術技を使うことが出来る。その力を使うと一時的に負荷に耐えられず体が痛む、また無茶をすれば体力を激しく消耗する。新月の子、異空の子と呼ばれる存在である。

新月の子―満月の子の対となる存在であり、エアルクレーネの活動を抑えたり、満月の子の力を抑えることが出来る、抑止力的存在。抑止力であることから、エアルを使っての術技の発動は不可能であり、もし発動させるなら使えるのは生命力orエアルの上澄みの部分とされるマナと呼ばれるエネルギーのみである。

異空の子―異世界から来たものたちの総称。極端なエアル不足やエアル過多の時にエアルを調整する為にテルカ・リュミレースが連れてくる。その時に別世界にエアルを流し込んだり、逆にエアルの元になるエネルギーを引き出したりすることで調整しているとされる。また、ミョルゾの街では未来を知っているような示唆が壁画に記されているが、その未来を誰かに話すことは出来なかったり、改変することは出来ないとされている。

 

元々、テルカ・リュミレースの人間ではなくTOVがゲームになっている世界の人間。

気がついたら、ハルルの街でユーリとエステルに保護されていた。

ゲームの知識一度プレイしてから時間が経っている為、何となくで覚えている。そのため忘れていることの方が多い。後になって思い出すことが多々ある。元は18歳だったが、テルカ・リュミレースに来た時になぜか10歳に若返っていた。そのため、周りからは大人びた子供という印象を受けやすい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

花の街ハルル

―プロローグ

 

 この世界、テルカ・リュミレース。大地と海がどこまで続くのか、知る人はいない。なぜなら……世界にうごめく魔物たちに比べ、人はあまりにも弱い。我々の住む街を守る結界、我々は己を守るためにその中で生きながらえている。それを成す核となる、魔導器(ブラスティア)。世界に満ちた根源たる力、エアルを使い、魔導器(ブラスティア)は、火、水、光、繁栄に必要な、ありとあらゆるものを、今日まで我々に与え続けてきた。やがて、いつの日か、結界の向こうに、凶暴な魔物が生息する事も我々は忘れてしまうのだろう。繁栄と成長を続ける世界……。すべての人のための平和、魔導器(ブラスティア)の恩恵により更なる発展を遂げていくだろう。平和の礎である帝都ザーフィアスより願う。『世界が穏やかであるように』―TOVエステルのナレーションより引用

 

―クオイ森

 

 デイドン砦抜けてユーリとエステルはそれぞれの目的のためにクオイの森を歩いていた。クオイの森に入ると呪われてしまうという迷信に怯えながらも先に進む。途中、古びた魔導器(ブラスティア)を見つけて安易に触れたエステルが倒れてしまったり、カロルという少年にも出会い、休憩を挟みつつも森を抜けられるというところまで来た時だった。道の先見ていたエステルがなにかに気づいて立ち止まり、振り向いたユーリに声をかける。

エステル「ユーリ、あれ!」

指さすエステルの視線は木に背を預け倒れている女の子に注がれている。

ユーリ「ん?どうした……って」

ユーリはエステルの視線に合わせるように見れば、倒れている子供に駆け寄った。どうやら気を失っているだけみたいで、顔色は悪くないとユーリは冷静に観察する。

カロル「こんなところに、女の子が倒れてる!?」

ユーリに追いついたカロルがなんで!?と驚いた顔で女の子を見た。

エステル「どうしたんでしょう?あっどこか怪我でも……!」

倒れている女の子の傍に膝をついて心配そうな顔で、治癒術をかけるために胸の前で手を握る。

ユーリ「落ち着けってエステル……気を失ってるだけみたいだ。特に外傷もなさそうだぜ」

ユーリは焦って治癒術をかけようとするエステルを宥めながら少女の状態を話す。このまま放っておこうにもエステルが連れていこうとするだろうと見越して、ユーリはそのまま少女を抱き上げた。

カロル「その子、どうするの?」

少女を抱き上げたユーリの隣に立ってカロルは聞く。

ユーリ「どうするって、連れていく」

さも当然のように彼は答えた。

エステル「ハルルに行くんですし、そこで医者に見ていただきましょう」

未だ心配そうな顔をして彼女は言った。

ユーリ「追わねぇと行けねぇが、見なかった振りをする訳にもいかないしな」

ユーリはチラリとエステルの顔を見る。

カロル「じゃあ、急ごう!」

カロルの案内で二人と気を失った女の子一人、犬一匹はハルルへと急いだ。

 

―花の街 ハルル

 

 カロルがあそこだよと指をさし先に行くのをユーリ達がついて行く。街の入口につくと、エステルが辺りを見渡した。

エステル「ここが花の街ハルルなんですよね?」

その質問にカロルはうん、そうだよと頷く。

ユーリ「この街、結界がないのか?」

空を見上げて気づいたユーリが囁く、それにエステルはそんなはずはと空を見上げると、結界が発動している気配がなかった。

カロル「2人とも、ハルルは初めて?」

そんな二人みて、もしかして……と聞くカロルに、ユーリとエステルは首を縦に振った。

カロル「そっか。だったらハルルの樹の結界魔導器(シルトブラスティア)も知らないんだ」

ユーリ「樹の結界?」

疑問を持つユーリにエステルは読んだ書物に記されていたことを思い出した。

エステル「魔導器(ブラスティア)の中には植物と融合し有機的特性を身につけることで進化をするものがある、です。その代表が、花の街ハルルの結界魔導器(シルトブラスティア)だと本で読みました」

ユーリ「……博識だな。で、その自慢の結界はどうしちまったんだ?」

エステルに感心しながら樹の一部に近づいて触れると役に立ってないみたいだけどとユーリは続ける。

カロル「毎年、満開の季節が近付くと一時的に結界が弱くなるんだよ。ちょうど今の季節なんだけど、そこを魔物に襲われて……」

カロルの話の続きを察したユーリが結界魔導器(シルトブラスティア)がやられたのかと言葉を続けた。カロルはうんと頷くと、魔物はやっつけたけど樹が枯れ始めているんだと言った。用事があったんだと急にハッとしたカロルは去っていった。残されたユーリ達は、少女を見る。

ユーリ「さて、こいつを医者に見せないとな」

少女の顔色に変わりがないのを確認しながら、カロルに事前に教えて貰っていた医者の家へ向かう。そうですねとエステルが頷きかけた時、ユーリの腕の中にいた女の子が身動ぎをした。そして、瞼を開きボルドー色に金が混じった瞳がユーリとエステルをうつしだす。

エステル「あっ」

ユーリ「おっ、お目覚めだな」

女の子は目を何度かぱちぱちとさせてユーリ達を見る。そしてまだ朧気な眼でキョロキョロと辺りを見た。

?「……ここは、どこ?」

  (見慣れない景色……?)

エステル「花の街ハルルですよ」

少女の掠れた声にエステルは答える。

?「花の街……ハルル?」

ユーリに支えてもらないながら立った少女は周りを見渡して不思議そうな顔をした。

?(……花の街ハルル?どこかで聞いたことある名前。なんだったかな。確かゲームで……。あっ、もしかしてここtovの世界??……じゃあ黒髪長髪の彼はユーリで薄桃色の彼女はエステル……かな。目覚めたらここってどういうこと??私、どうしてここに……)

二言発すると黙りこくって考えはじめた少女は次第に戸惑いの表情を浮かべユーリとエステルを見上げた。そんな彼女に、エステルが視線を合わせるようにしゃがんで大丈夫です?と聞く。

?「……だ、大丈夫。えっと」

  (名前知ってるけど言ったら怪しまれるよね……)

エステル「初めまして、私はエステリーゼです。エステルって呼んでください」

エステルはしゃがんだままニコリと笑った。ピンクの髪が風に揺れる。

?「初めまして、レナです」

 (……実際見るとかわいらしい人だな)

戸惑いながらも少女は自身の名を伝える。

エステル「彼はユーリです」

エステルは立ち上がると、ユーリを手で示して教えた。

ユーリ「よろしくな」

レナ「よろしく……」

ニカッと笑ったユーリに、レナもニコリと笑って見せた。

ユーリ「んで、なんでお前あんな所で倒れてたんだ?」

レナ「?……あんな所って?」

   (あんな所?ハルルって言ってたから、その前だとクオイの森……かな?)

少女はあんな所という言葉に首を傾げてユーリを見る。

ユーリ「森だよ。おまえ、森の中で倒れてたんだぜ」

レナ「……そう、なんだ」

エステル「何があったのか覚えてます?」

エステルの問いに、少女は思い出そうとしたが。何も出てこなかった。不安そうな顔で思い出せないとレナは横に頭を振る。

レナ(どうして私クオイの森で倒れてたんだろう?そもそもどうやってこの世界に??だめ、前にいた世界のことは覚えてるのにどうやってここに来たのかだけは思い出せない……)

ずっと考え込んでいるレナにユーリは思い出せない?と首を傾げた。

レナ「あっ、その、森で気を失う前の記憶が全く思い出せなくて、分かるのは自分の名前と年齢だけ……」

ユーリの声で考えるのを一旦止めて今わかることを伝える。

レナ(なんで子供の体に若返ってるんだろう?それに名前と年齢はハッキリと頭に浮かぶのに、ここでのことを思い出そうとするとモヤがかかるように思い出せない。元いた世界でこのゲームをしてた時の記憶はある程度覚えてるみたいだけど……)

ユーリ「それって、記憶喪失ってやつか?」

眉の間に皺を寄せて考え込むレナにユーリは優しく声をかける。

レナ「……記憶、喪失……」

少女的にはどこか腑に落ちないけれど、ユーリたちからみれば的確だ。そういえばとエステルが話し出す。

エステル「レナはその、幼いように感じますけど、大人しくてしっかりしていますよね。いくつなんです?」

レナ「……10歳だよ」

十歳と聞いてエステルは思わず、えっ、と声を出して驚く。

ユーリ「十歳か。親は……っと、わからねぇんだったな……。そういえば、エステル、フレンは探さなくていいのか?」

ユーリが隣にいたエステルに声をかけるが、既にそこにはおらず、村人の方にいて怪我を治しに行っていた。

ユーリ「急に、自由だな……」

ユーリは呆気にとられた表情で呟く。あっ今のうちに言っとかないと、と思い少女は口を開く。

レナ「……ねぇ、ユーリ。私、ユーリに着いて行ってもいい……かな?その、色々見て回ったら何か思い出すかもしれないから」

レナ(この世界で単独行動はさすが魔物とか色々不安。森からハルルってことはストーリー的にまだ序盤あたりっぽいし……、ユーリといた方がストーリーの動向も追えて状況を把握しやすいし、なぜ私がここにいるのかを知らないといけない気がする)

ユーリ「ん?あぁ、構わねぇよ。ただしちゃんと言うこと聞けよ」

服の袖を引っ張られ何だとレナを見れば、着いていきたいと言われたユーリは、拾っちまったもんは仕方ないかと承諾した。

レナ「それはもちろん」

少女はユーリの顔を見てこくりと大きく頷いた。

 

 村人と話しているエステルの所へユーリと歩いていく。途中から話を聞いたユーリが村人に聞いた。

ユーリ「その騎士様って、フレンって名前じゃなかった?」

それに村人の女性がえぇ、フレン・シーフォと答えた。

エステル「フレンはまだこの街にいますか?」

別の村人がいえ、結界を治す魔導士を探すと言って旅立たれましたと続けた。

ユーリ「行先までは分からないか」

村人「東の方へ向かったようですが、それ以上のことは……」と申し訳なさそうに話した。

レナ「ねぇユーリ、そのフレンって人を探してるの?」

ユーリにだけ聞こえるようにボソッと聞く。

ユーリ「あぁ、エステルが……な。俺はちょっとものを取り返しにな」

レナ「そうなんだね」

  (その物って多分、水道魔導器(アクエブラスティア)魔核(コア)……だよね?)

エステル「ではここで待っていたらフレンに会えるんですね」

ユーリ「良かったな、追いついて」

エステル「はい……会うまでは安心できませんけど良かったです」

エステルは嬉しそうに頷く。

ユーリ「ハルルの樹でも見に行こうぜ。エステルも見たいだろう?もちろんレナも一緒にな」

レナはこくりと頷き、エステルはあ、はい!と返事する。

エステル「ユーリはいいんです?魔核(コア)ドロボウを追わなくても」

ユーリ「樹見てる時間くらいはあるって」

 

 3人はハルルの樹を見に行く、橋のところでカロルが座り込んでいた。エステルがカロルに声をかける。しかしカロルは気づいていないようだ。もう一度エステルはカロルに声をかけていたが気づかずユーリが1人にしといてやろうぜといって別ルートから3人はハルルの樹を見に行った。

ユーリ「近くで見るとほんと、でっけ〜」

レナ「本当……大きい」

エステル「もうすぐ花が咲く季節なんですよね」

ユーリ「どうせなら花が咲いてる所を見たかったなぁ」

レナ「確かに、どんな形の花を咲かせるのかな」

エステル「そうですね。満開の花が咲いて街を守ってるなんて素敵です。私、フレンが戻るまでケガ人の治療を続けます」

ユーリ「なぁ、どうせ治すんなら結界の方にしないか?」

エステル「え?」

ユーリ「魔物が来ればまたケガ人が出るんだ」

エステル「それはそうですけど、どうやって結界を?」

レナ「これ、私達で治せるの?」

   (エステルの力で後に治るけども……)

ユーリ「こんなでかい樹だ。魔物に襲われた程度で枯れたりはしないだろ」

エステル「何か他に理由があるってことですか?」

ユーリ「俺はそう思うけどな」

レナ「……何が原因なんだろう?」

村人がこちらに歩いてきて、何をなされているのですか?と聞かれた。

エステル「樹が枯れた原因を調べているんです」

村人「難しいと思いますよ。フレン様にも原因までは分からなかったようですから」

とっ言った所で、カロルが目の前を通り過ぎる。

気づいたエステルはカロルに声をかけた。カロルは今度はこちらに気づいたようでなにやってるの?と問いかけてきた。レナが樹が枯れ始めている原因を調べてるのと答える。それにカロルがなんだそのことと零す。エステルは、なんだじゃないですと悲しそうに言った。

カロル「……理由なら知ってるよ。そのためにボクは森でエッグベアを……」

ユーリ「ん?どういうことだ?」

土を指さしてカロルは続けた。

カロル「土をよく見て変色してるでしょ。それ、街を襲った魔物の血を土が吸っちゃってるんだ。その血が毒になってハルルの樹を枯らしてるの」

村人がなんと!と驚きの声を出し、そしてなるほどと得心した。

エステル「カロルは物知りなんですね」

エステルは感心するようにカロルを褒める。少し落ち込んだままカロルは、ボクにかかればどうって事ないよと言った。

レナ「ねぇ、その毒をどうにか出来る代物ってないの?」

カロル「あるよ、あるけど……誰も信じてくれないよ」

俯いてしまうカロルにユーリは目線を合わせてしゃがむ。

ユーリ「なんだよ、言ってみなって」

優しさが含まれた声でカロルに促す。

カロル「パナシーアボトルがあれば治せると思うんだ」

ユーリは立ち上がると、万屋にあればいいけどと言った。

エステル「行きましょう、ユーリ!レナ!」

2人は頷くと、ユーリ達は万屋に向かった。

 

―万屋

 

 店に入ると店主が元気よく迎えてくれた。

ユーリ「パナシーアボトルはあるか?」

店主は首を振り、生憎と今は切らしていると続けた。それにエステルはそんなと俯く。それを見た店主が素材さえあれば合成できると言う。

レナ「何があれば作れるの?」

店主「可愛いお嬢ちゃんだね。そうだな、『エッグベアの爪』と『ニアの実』、『ルルリエの花びら』の3つだよ」

レナ「ありがとう」

  (可愛い?そういえば、私どんな姿してるんだろう……鏡で確認なんてしてないし、まぁそのうちわかるか)

レナはニコリと笑ってお礼を言った。店主はあいよと言って、続けてパナシーアボトルなんて何に使うんだ?と聞いてきた。この間も同じようなことを聞いた子供がいたらしい。エステルがハルルの樹を治すんですと顔を上げて言った。それに店主が驚いて、パナシーアボトルを樹に使うなんて聞いたことがないよと言った。それに、ユーリは合点したと言わん顔でなるほどと囁く。

エステル「あの、『ニアの実』ってどういうものです?」

ユーリ「エステルが森で美味しい美味しいって食ってたあの苦い果実だ」

レナ「なら、エッグベアは?」

店主は魔物は専門外だからと謝られた。魔狩りの剣なら知っているらしい。

ユーリ「あいつ、そのために森にいたのか……」

エステル「ルルリエの花びらというのは?」

店主は言うにはハルルの樹の花びらのことらしい。本来なら別のものを使うらしいがここには無いので代わりに使うらしい。

エステル「でも、花は枯れちゃってるし……」

と肩を落としてしまった。店主は花びらは長が持っているから聞いてみてよと続けた。

ユーリ「わかった。素材が集まったらまた来るよ」

3人は万屋を後にすると、カロルを誘った。カロルはクオイの森に行くと聞いてびっくりする。

ユーリ「森で言ってたろ?エッグベアかくご〜って」

カロル「パナシーアボトルで治るって信じてくれるの……?」

不安そうに少年は言う。ユーリはカロルに向き直り、嘘ついてんのか?と聞いた。それにカロルは首振って否定する。

ユーリ「だったら、オレはお前の言葉に賭けるよ」

その言葉にはにかむ少年。

カロル「ユーリ……も、もう、しょうがないな〜。ボクも忙しいんだけどね〜」

聞いていたエステルが手をグッと握り、決まりですね!と意気込んだ。

レナ「みんなで結界を治そうね」

(私、魔導器(ブラスティア)持ってないし、いざ戦闘になったらどうしよう……戦えないなりに何か出来ないかな。足手まといだけにはなりたくない)

カロル「エステルもその子も来るの?」

エステル「当たり前じゃないですか」

レナ「そっかまだ名乗ってなかったよね、私はレナ。その記憶がなくて思い出すためにユーリと行動してるから……行くよ」

ついて行くと口にしたレナにユーリは僅かに硬い顔をした。なにせレナは子供だ。魔物と戦う(すべ)もないということをユーリは知っている。

ユーリ「レナ、外は危険だ。ここで待っていた方がいい。それにエステルはフレン待たなくていいのかよ」

レナ「っ私だけ……ここで待ってるなんて嫌。足でまといにはならないように頑張るから!」

ここで待っていた方がいい……その言葉に目を見開き、ついて行きたいと必死になるレナ。

ユーリ「言うこと聞くっていうのそうそうに破るんだな……。分かった」

呆れ口調で、仕方ないという顔で表情を和らげる。

エステル「治すなら樹を治せって言ったのはユーリですよ」

ユーリ「なら、フレンが戻る前に樹治して、びびらせてやろうぜ」

はいっと頷くエステルと共に一行はクオイの森へと向かった。

 

―クオイの森

 

 エッグベアを討伐する道中、カロルは不審に思っていたことを口にした。

カロル「ねぇ、疑問に思ってたんだけどふたり……ラピードもなんだけどなんで魔導器(ブラスティア)持ってるの?普通、武醒魔導器(ボーディブラスティア)なんて貴重品持ってないはずなんだけどな」

ユーリがカロルも持ってんじゃんと言う。

レナ(なんで持っているのか……ね。ゲームの知識である程度分かるけど、ユーリが騎士だったっていうのは最初プレイした時意外に思ったなぁ)

カロル「ボクはギルドに所属してるし、手に入れる機会はあるんだよ。魔導器 (ブラスティア)発掘が専門のギルド、遺構の門(ルーインズゲード)のおかげで出物も増えたしね」

ユーリ「へぇ、遺跡から魔導器 (ブラスティア)を掘り出してるギルドまであんのか」

感心したようにユーリはカロル見た。

カロル「うん、そうでもしなきゃ帝国が牛耳る魔導器(ブラスティア)を個人で手に入れるなんて無理だよ」

それを聞いたエステルが説明する。

エステル「古代文明の遺産、魔導器(ブラスティア)は、有用性と共に危険性を持つため、帝国で使用を管理している、です。魔導器(ブラスティア)があれば危険な魔術を、誰でも使えるようになりますから無理もない事だと思います」

ユーリ「やりすぎて独占になってるけどな」

エステル「そ、それは……」と困ったように言葉を詰まらせた。

カロル「で、実際のとこどうなの?なんで、もってんの?」

興味津々な顔でユーリに聞いている。

ユーリ「オレ、昔騎士団に居たから、やめた餞別に貰ったの。ラピードのは、前のご主人様の形見だ」

カロル「餞別って、それって盗品なんじゃ。……えぇと、じゃあエステルは?」

エステル「あっ、わたしは……」

エステルの困ったような反応にユーリが代わりに答える。

ユーリ「貴族のお嬢様なんだから魔導器(ブラスティア)くらい持ってるって」

カロル「あ、やっぱり貴族なんだ。ユーリと違って、エステルには品があるもんね」

レナ「ユーリと違ってって……」

本当の事だとは思うけど、失礼では?なんて思いながらレナは呟いた。

ユーリ「バカ言ってねぇで、さっきんとこにニアの実、取りに行くぞ」

レナ(カロルって素直すぎてたまに余計なこと言うよね。まぁそういう所がカロルらしいというか)

その言葉に各々足を動かした。

 

 

 4人と1匹はニアの実を確保した。

カロル「あとは、エッグベアの爪、だね。ニアの実1つ頂戴、エッグベアを誘い出すのに使うから。エッグベアはね、かなり変わった嗅覚の持ち主なんだ」

ユーリからニアの実をひとつ貰うとカロルは実に細工をした。瞬間、とてつもない異臭がたちのぼる。

ユーリ「くさっ!!おまえ、くさっ!」

あまりの匂いに、ユーリ、エステル、レナは鼻をおさえる。

カロル「ちょ、ボクが臭いみたいに!」

エステル「先に言っておいてください」

と少し責めるような目でカロルを見ていた。その後ろでラピードが倒れる。

エステル「あ、ラピード、しっかりして」

レナ「ちょっとラピードが可哀想。それにしても臭すぎ……」

カロル「みんな警戒してね!いつ飛び出してきてもいいように。それにエッグベアは凶暴なことでも有名だから」

ユーリ「その凶暴な魔物の相手はカロル先生がやってくれるわけ?」

カロル「やだな、当然でしょ。でも、ユーリも手伝ってよね」

これには焦りなのか震えが少し混じっていた。エッグベアを誘い出し見つけるために歩き出す。

カロル「き、気をつけて。ほ、本当に凶暴だから……!」

怯えているようだ。

ユーリ「そう言ってる張本人が、真っ先に隠れるなんていいご身分だな」

カロル「エ、エースの見せ場は最後なの!」

唸るようにユーリに言った。

レナ「……私は、離れたところで待機してた方がいい……よね?」

ユーリ「そうだな、そうしてくれ。レナは魔導器(ブラスティア)も持ってないからな、今まで通り戦闘の時は下がってな」

レナ「わかった」

と答えたところで、巨体を持つ魔物が茂みから飛び出た。カロルがビックリして悲鳴をあげる。

エステル「こ、これがエッグベア……!」

ユーリ「なるほど、カロル先生の鼻曲がり大作戦は成功って訳か」

カロル「へ、変な名前、勝手に付けないでよ!」

ユーリ「そういうセリフは、しゃきっと立って言うもんだ。んじゃレナ、後ろに下がってな!」

各々、武器を手に取り構える。

指示されたレナはこくりと頷いて、後ろに走って木の影に潜む。

 エッグベアはその大きな爪を使ってユーリ達に攻撃を仕掛けるが、ユーリ達はかわして攻撃を入れていく。

レナ(戦いって生で見るの初めてだけど、凄い。ユーリの動き素早くて目で追いかけるのが精一杯。みんなそれぞれ役割がきちんとわかってるって感じ。怖いとも思うけど、いつか私もあんな風に戦うことが出来たら……みんなの役に立てるかな)

少女は木の影に隠れつつも彼らの戦いに目を奪われていた。エッグベアは大きな爪をユーリに向かってまた振り上げた。不利な体勢になっていたユーリは受け止めきれず、刹那バランスを崩してしまった。その隙を、相手は逃さない。

エステル「!ユーリ!!」

気づいたエステルがユーリを呼びかける。ラピードが剣を咥え直し、エッグベアに向かってユーリから気をそらそうとしているが、しかし距離があって間に合わない。見ていた少女は木の影か体が乗り出しそうなり、彼の名を呼びそうになる。

レナ(ユーリっ!私は……やっぱり、目の前で人が傷つくのを見ているだけなんて耐えられない!確かに戦いは怖いと思う。でもっ!それ以上に助けたいと思うから!)

レナはグッと手を握り、震える足を拳でぶっ叩き、木の影から勢い良く飛び出した。考えている暇なんて無い、ぶっつけ本番。ゲームの知識で覚えている魔術を一か八かで唱える。

レナ「っ、揺らめく焔、猛追!」

レナ(確か、リタはこう言ってたはず!)

詠唱するレナの声に大気中に存在するエアルとは別の何か……内側から溢れるエネルギーが反応した。レナの足元に赤色の魔法陣が敷かれ光の粒が舞う。

レナ(っえ?これ魔術を発動できてる?だったらこのまま!)

少女は数秒ほど戸惑いの表情を浮かべたがすぐに真剣な顔付きになる。エネルギーが体の中心から手へと集まるのを感じる。力は熱へと変換され構築されていく。術式が完成された時。

レナ「ファイアーボール!!」

レナは力強く魔術名を叫んだ。魔術によって出来た火の玉が二つ彼女のそばを舞うとエッグベアへと飛んでいき、その内の一つが直撃した。どうにか間に合ったようでエッグベアはユーリに攻撃する前に体勢を崩す。

ユーリ「なっ、魔導器(ブラスティア)なしで……。いや助かった」

助けられた彼はその情景に一瞬目を瞠る。

レナ(何かわからないけど、魔術使えた?ユーリは!?良かった怪我してない……。っ!?な……に……??体が痛いっ、まるで全身にトゲが刺さるような……!)

少女は無我夢中で魔術を放ち、ハッとしてユーリの無事を確認した瞬間。突如体の痛みに襲われ、レナは急なことに耐えきれずへたへたとその場に座り込んでしまった。火の粉を振り払い体勢を直したエッグベアの標的は攻撃の邪魔をしたレナだ。それに少女も気づく。

レナ(うそっ!どしよう……!動けないっ)

今まで感じたことの無い痛みに耐えることと襲いかかる巨体に対する恐怖で精一杯の彼女は動けず、既に攻撃をかわそうにもかわせない間合いに入っていた。

レナ(……もうダメかも。迷惑……掛けたくなかったのに結局いつも私は肝心なところで)

襲いかかる痛みに耐えるようにレナはギュッと目を瞑った。エステルが息を飲む。カロルが彼女の名を呼ぶ。

ユーリ「レナ!!チッ、蒼破ァ!!」

レナが動かない……否動けないということに気づいたユーリが今までよりも1番素早い速度で蒼い斬撃を放つ。それはエッグベアに向かい、レナに襲いかかる爪が彼女の頭上数センチ上まで来ていた所でその身を切り裂いた。

それがトドメになり、エッグベアはその巨体を地面に叩きつけた。

ユーリ「っレナ!大丈夫か、おいしっかりしろ!」

体の痛みに動けず、恐怖で目を瞑っているレナにユーリは急いで駆け寄る。

レナ(助かった……の?……あれ、痛みも落ち着いてきたっぽい……?)

少女はゆるゆると目を開き、未だ震えている体を両腕で包み込むように抱える。心配そうな青年の顔が瞳いっぱいにうつった。

レナ「っユーリ……助けてくれてありがとう」

その声は、未だ恐怖に震え弱々しい。

ユーリ「まったく無茶しやがって、けど助かった。ありがとな」

ユーリの顔は心配そうな表情から、優しい微笑みに変わる。

レナ「うん……ごめんなさい、ユーリが危ないと思ったらじっとしてられなくて気づいたら体が動いちゃってて、でも結局助けられちゃった……」

エステル「怪我はしてないですか?どこか痛むところは?」

レナ「ないよ。大丈夫、ありがとうエステル」

少女の震えていた体は次第におさまる。

エステル「私、レナが飛び出した時肝が冷えました。もうあんな無茶はしないでくださいっ」

少し泣きそうな声と心配そうな顔で叱るそれは、どことなく母親のような姉のような温かさがある。

レナ「ごめんなさい、もうしない」

カロル「ほんと、どうなるかと思ったけど、何とか倒せたね」安堵するようにそう言った。

ユーリ(魔導器(ブラスティア)なしで術ってだせるもんなのか?レナが動けなくなったのって、魔導器(ブラスティア)なしで魔術を使ったから……か?)

レナを支えて立たせると少し考え込むようなユーリの様子に、カロルが声をかけた。

カロル「ユーリ?どうしたの?」

    (もしかして……レナのことかな)

ユーリ「いや、なんでもない。レナももう大丈夫そうだしな。んじゃ、カロル、爪とってくれ。オレわかんないし」

レナの顔色が大丈夫そうなのを確認すると、カロルをみてエッグベアを指差す。

カロル「え!?だ、誰でもできるよ。すぐはがれるから」

どうやらカロルはまだ怖いらしい。

ユーリ「たくしかたねぇな」

ユーリ達はエッグベアの爪を手に入れた。

カロル「も、もう動かないよね」

各々が与えたダメージ、レナのファイヤーボール、次いでトドメのユーリの蒼波刃までも受けたエッグベアがもう動くことはないと頭では分かっていても、もしかしたら動くかとしれないとカロルは不安らしい。

レナ「えーとっ、あれだけのダメージをおっているんだしもう動かないと思うよ?」

レナ(ん?あれ?ユーリ、なんか悪そうな笑いしてる)

少女がユーリの方をちらりと見ると、悪巧みをしていた。

ユーリ「うわぁぁあ!!」

ユーリが突然大声を出し、それに驚いたカロルがぎゃぁと悲鳴を出した。すごく震えている。なんだか可哀想だ。

エステルも肩を揺らし声は出さなかったがやビックリしているようだった。ユーリの悪そうな笑顔に気付いていたレナはわかっていても大声にビックリして心臓がばくばくいっている。

ユーリ「驚いたフリが上手いなぁ、カロル先生は」

からかい口調で楽しそうに言っている。

カロル「あ、うっ……はっはは……そ、そう?あ、ははは……」

カタカタと心配になるほど震えた体と弱々しい声で答えている。何度か深呼吸し、落ち着きを取り戻したカロルは残りの材料を確認する。

カロル「これで、ルルリエの花びらがあればいいんだよね?」

エステルは頷く。

エステル「ハルルの長のところへ行きましょう」

一同はハルルへ帰るために森を歩き始めた。

 

?「ユーリ・ローウェル!森に入ったのは分かっている!素直にお縄につけぇ!」

遠くから聞こえてきたそれにユーリはウンザリそうな顔をした。

ユーリ「この声、冗談だろ。ルブランのやつ結界の外まで追ってきやがったのか」

レナ「……ユーリ、追われてる身だったの?」

カロル「え?なに?誰かの追われてんの?」

ユーリ「ん、まぁ、騎士団にちょっと」

カロル「またまた、元騎士が騎士団になんて……」

レナ「なにか悪いことでもしたの?」

(おそらく脱獄とエステルの事なんだろうけど……)

ユーリは沈黙している。恐る恐ると言った感じでカロルは聞く。

カロル「……ねぇ、何したの?器物破損?詐欺?密輸?ドロボウ?人殺し?火付け?」

ユーリ「脱獄だけだと思うんだけど……ま、とにかく逃げるぞ」

そう言って先に進むユーリにエステルとレナは着いていく。

カロル「わ〜、まってよ〜」

置いていかれそうになったカロルが駆ける。

 

―花の街ハルル

 

 ハルルに戻った一行は、早速長と思わしき人にルルリエの花びらを持っていないか聞いていた。長はもっているがなぜ?と聞いてきたので、パナシーアボトルを使って樹を治すということを説明した。事情を納得した長からルルリエの花びらを手に入れた。長にお礼を言い万屋へと向かう。

 万屋に着くと店主に材料を渡し、しばらく待つとパナシーアボトルが出来た。カロルは嬉しそうにしている。

カロル「これで毒を浄化できるはず!早速行こうよ!」

待ちきれないと表情と雰囲気が物語っている。

ユーリ「そんな慌てんなってひとつしかねぇんだから、落としたら大変だぞ」

ユーリは今にも走り出しそうなカロルを諌める。

カロル「う、うん。なら、慎重に急ごう!」

 ハルルの樹に着くと、村人が集まっていた。ユーリが預かっていたパナシーアボトルをカロルに渡す。カロルは、ハルルの樹の近くの土にパナシーアボトルをまいた。

エステル「カロル、誰かにハルルの花を見せたかったんですよね?」

ユーリ「たぶんな。ま、手遅れでなきゃいいけど」

レナ(……でも、パナシーアボトル1本だけじゃ、足りないんだよね)グッと服の裾を掴む。

 樹が淡く光り始める。近くの村人が祈っているのが聞こえた。レナは結末を知っているだけにその声に少し胸が痛む。淡く光っていた樹は直ぐにその輝きを失ってしまう。村人、長はガックリと肩を落としてしまった。

カロル「うそ、量が足りなかったの?それともこの方法じゃ……」

少年はその光景に悲しいような悔しいような声をだした。

エステル「もう1度、パナシーアボトルを!」

彼女は諦めきれないと声を上げる。村人がそれは無理ですと答える。もう花びらが残っていないからと。エステルはそれを聞いて、樹に近づいた。

エステル「そんな、そんなのって……」

レナ(エステルの力がどうにかするってわかってる。でも、ただ見ているだけなんて……。結末を知っているからこそ、せめて私もこの樹に、村人達の思いに、力を貸したい……!)

エステルは胸の前で祈るように手を握り、そして目を閉じる。レナも同じ様に祈るが、背の低さと殆どがエステルに注目していることもあって誰もそれに気づくことは無い。

レナ/エステル(……お願い)

レナの想いとエステルの想いが重なる。エステルの体の周りに光の粒が漂い始める。レナの力もエステルの力に混じり、エステルの近くを漂う光がより更に強くなる。ユーリはエステルと樹を交互に見みている。

エステル「咲いて」

祈るように紡がれだ言葉を皮切りに、光の柱が立ち上る。

樹に蕾がつき、待ちきれんばかりに花開いた。

根に近い枝にも葉がつき、魔核(コア)に刻まれた術式が展開され結界魔導器(シルトブラスティア)が発動した。

 ユーリは無言のまま目を見開いている。カロルはぽかんと口を開けて樹に見入っていた。レナとエステルはゆっくりと目を開く。眼前にあるのは淡いピンクの花をつけた大樹だった。ふわりと花の甘い香りが風に漂う。

レナ「……きれい」

(ゲームでも綺麗だなと思ったけど、本物はこんなにも綺麗なんて!花の香りが風に乗って街を包んでる。良かったちょっとでも力になれたかな……)

力が抜けるような感覚に一瞬身体がグラつくが、足に精一杯の力を込めて踏みとどまる。カロルはエステルに近づいて、すごい!と褒めていた。エステルは力を使った反動でその場に座り込み少し息が上がっている。村人から感謝を告げられるが、当の本人は何をしたのか分かっていないらしい。しばらくその状況についていけなかったユーリだったが周りの村人たちの声に思考がはっきりとして、エステルの方に向かう。

ユーリ「……すげぇな、エステル。立てるか?」

驚きつつもエステルに微笑みながらユーリはエステルのそばに膝をつき、手を差し出す。その手を受け取り、エステルは立った。

ユーリ「フレンやつ、戻ってきたら、花が咲いてて、ビックリするだろうな。……ざまぁみろ」

エステル「ユーリとフレンって、不思議な関係ですよね。友達じゃないんです?」

ユーリ「ただの昔馴染みってだけだよ」

ユーリを見るエステルの目は、羨望に染まっていた。

人一人分ほど離れた所で見ていたレナはその様子に気づく。

レナ(エステルはお城の中にずっと居たから……ユーリとフレンの関係が羨ましいんだね)

ラピードがユーリのそばを離れる。ユーリがそれに気づく。エステルはラピードが動いた方向に視線を合わせた。

エステル「あの人たち、お城で会った……」

ユーリ「住民を巻き込むと面倒だ。見つかる前に一旦離れよう」

踵を返すユーリにカロルはきょとんとしレナは察する。

レナ(……フレンを狙う殺し屋が来たのか)

カロル「なになに?どうしたの急に!」

皆、足早にその場を後にした。

 

ユーリ「面倒な連中が出てきたな」

エステル「ここで待っていればフレンも戻ってくるのに」

カロル「そのフレンって誰?」

ユーリ「エステルが片思いしてる帝国の騎士様だ」

からかい口調でカロルに伝えたユーリに、エステルが誤解だと言わんばかりに彼の袖を引っ張った。

エステル「ち、違います!!」

ユーリ「あれ?違うのか?ああ、もうデキてるってことか」

レナ(……これはからかってるな多分)

エステル「もう、そんなんじゃありません」

少し怒ったようにそっぽを向いてしまった。

ユーリ「ま、なんにせよ。街から離れた方がいいな」

エステル「そうですね。街の皆さんに迷惑をかけたくありません」

二人の話を聞いていたカロルは提案する。

カロル「フレンって人の行き先がわかってるなら追いかけたら?」

レナ「確か、東に向かったって言ってたよね」

ユーリ「あぁ……アスピオってのがどこにあるか知らねぇけど、とりあえず、今は急いでここを出た方がいいみたいだな」

遠くからまってくだされと、長の声が聞こえた。

どうやら、花のお礼がしたいので家に招きたいとの事らしい。エステルはお礼なんてと謙遜したが長は少し強引気味にでは家で待ってますと去ってしまった。

ユーリ「このまま、無視していくわけにゃいかんだろ」

エステル「でも、私夢中で何したかもよく分からないのに」

ユーリ「まぁ、とりえず行っとこうぜ、断るなら断るでさ」

エステルは渋々頷き、ひとまず長の家に行くことにした。

 

 長の家に着くと、長が出迎えてくれた。

エステル「ありがとうございます。でも、私たちあまりゆっくりもできないので……」

それに長はまだ騎士様が戻られていないのにですか?と聞いた。ユーリは事情が変わった、まぁ急ぎの用事みたいなもんだと説明する。長は協力すると言ってくれたが、エステルはお気持ちだけでいいと断った。長はではこれをとユーリになにか渡そうとしたかそれも受け取れないとエステルが断る。カロルがじゃあと言っていたがやっぱり要らないと断った。しかしそれではおさまりがつかないと長が言えば、ユーリはじゃあ今度花見の特等席を用意してくれと言った。それにエステルはいいですね、とても楽しみですと乗った。長はそれで納得してくれたようだ。話が一段落したところで、少女は長に聞く。

レナ「あの、アスピオって街に聞き覚えないですか?」

長「……アスピオ?ああ、日陰の街が確かそんな名だったような」

ユーリ「その街はどこにあるんだ?」

長「東の方角だったかと。詳しい位置まではなんとも……」

エステルがこれまでの会話を振り返って気づく。

エステル「フレンが向かったのも東でしたよね?」

ユーリはエステルの発言に頷く。

ユーリ「学術都市ってくらいだから、魔導器(ブラスティア)と関係あんのかもな」

レナ「長さん、ありがとうございます」

レナのお礼に合わせてエステルが頭を下げ、長も会釈をした。ユーリは、まってろよモルディオのやろうと呟いた。

 

 再び街の入口に戻るとエステルが立ち止まる。

エステル「不謹慎かもしれませんけど、私旅を続けられてすこしだけうれしいです。こんなに自由なこと今までになかったから」

レナ(そうだよね……ずっとお城に軟禁状態だったわけだし、確かにお偉いさんや騎士団、ユーリの事情とか考えると不謹慎かもしれないけどエステルが楽しそうで何だか私も嬉しい)

まだそれほど長い時間居た訳でもないが、レナにとってこの3人と1匹で行動することに居心地が良くなっていた。

そんなエステルに少し微笑みをかけるユーリ。

ユーリ「大袈裟だな。で、カロルはどうすんだ?」

カロル「港の街を出て、トルビキア大陸に渡りたいんだけど……」

と、どこか歯切れの悪い感じだった。それを聞いたユーリはじゃあ、サヨナラかと返す。

カロルはえ!?と驚く。ユーリはあっさりとお礼を言って楽しかったぜと言った。エステルも、お気をつけてとカロルに会釈をした。レナもエステルと同様に気をつけてねと。

カロル「あ、いや、もうちょっと一緒について行こうかなぁ」

と慌てたように言った。それにユーリは笑い混じりになんで?と返す。

カロル「やっぱ心細いでしょ?ボクがいないとさ。ほらレナのためにも同年代の子がいた方がいいでしょ?」

レナ「私のため?……まぁどちらでもいいけど」

(同年代と言われると違和感があるなぁ。身体年齢的には間違いないんだけど……)

少女は首を傾げ、それから少しの間を置いてそう返した。素っ気ない態度のレナにユーリは苦笑いする。

ユーリ「ま、カロル先生、意外と頼りになるもんな」

エステル「では、みんなで行きましょう」

という訳で、4人と1匹で旅は続くらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学術都市アスピオ

 一行は、ハルルから出て東へと向かった。山に覆われたような形、学術都市アスピオが見え入口へと進んだ。

 

―学術都市アスピオ

 

エステル「ここがアスピオなんですね……」

そう言って辺りを見渡している。

カロル「薄暗くてジメジメして……おまけに肌寒いところだね」

カロルの言葉を聞いたレナは黒いニットカーディガンを前を閉じるように寄せる。気づいたユーリがレナを気にかける。

ユーリ「レナ、大丈夫か?」

レナ「へーき」

ユーリを見上げるとこくんと少女は頷く。

エステルは入口に近づくと2人居た騎士の1人が通行許可証の提示をと求めてきた。エステルは、許可証……?と首を傾げる。もう1人の騎士が、帝国直属の施設のため一般人を入れる訳には行かないと言う。ユーリが中に知り合いがいると話すと、ならば知り合いから許可証を貰っているはずだと言われる。ユーリは何も聞いてない、なら呼んできてくれないかと言えば、その知り合いの名はと聞くのでモルディオと答えた。すると、騎士の2人はモルディオだと!?と驚きやはりダメだと言った。

レナ(……まぁ、あんなに研究熱心だったら普通の人はひいちゃうよね)

融通が聞かないとカロルがぼやく。

エステル「あの、フレンという名の騎士が、訪ねてきませんでしたか?」

騎士は施設に関することは些細なことでも機密事項なので話せないと返す。

エステル「フレンが来た目的も?」

もちろんですと返された。

エステル「……ということはフレンはここに来たんですね」

墓穴掘った騎士はしまったと言わんばかりに慌ててしらないと答える。

エステル「じゃあせめて伝言だけでもお願いできませんか?」

ユーリ「やめとけ、こいつらに何言っても時間の無駄だって」

エステルはその言葉聞いて渋々その場を退いた。

 

 ユーリが冷静にいこうぜと声をかける。エステルは焦ったようにでも中にフレンが……とうったえる。カロルが諦めちゃっていいの?と、2人に問いかける。その言葉に火がついたのかエステルは諦めませんと意気込んだ。

ユーリ「オレはモルディオのやつから魔導器(ブラスティア)魔核(コア)を取り戻して、ついでにぶん殴ってやる」

レナ(……ユーリにも火がついちゃったかな)

カロルがだったら他の出入口が無いか探してみようよと提案する。ユーリは乗った、いざとなりゃ壁を越えてやりゃあいいと言って、一行は回りを散策することになった。

 

―数十分後

 

 ドアをみつけたのだが、鍵かかかっているらしく開かない。そんな都合よくはないらしい。

レナ(これ無理やり開けるしかなくない?壁超えるとか子供の体力考えると私には絶対無理……)

ユーリとエステルは2人で話し込んでしまっている。その後ろでカロルがドアの方に向かい何かカチャカチャとしだした。

レナ「カロル?もしかして開けられるの?」

カロル「まぁね、ちょっとまってて」

小声でやり取りしていると、エステルがふとこちらに気づきカロル?何をしているんです?と言った。カロルは構わず作業を続け、よし、開いたよ〜とサラッと言葉にした。エステルはビックリしてそんなドロボウみたいなこと!っと慌てる。

ユーリ「……お前がいるギルドって魔物狩るのが仕事だよな?盗賊ギルドみたいなのも兼ねてんのかよ」

その問いにえ?あ、と言葉をつまらせながらも、まぁこんなことが出来るのはボクぐらいだよとどこか得意げな感じで言った。ユーリはご苦労さん、んじゃ行くかと迷わずドアを開けようとする。エステルは待ってくださいとユーリを止めた。レナは振り返ってエステルに言う。

レナ「……エステル、フレンが偶然出てくるかもっていう期待を寄せるよりかはちょっと悪い方法だけどこっちの方が現実的だよ」

ユーリ「そうそう、それにオレ、我慢強くねぇしな。だいたいこういう法とか規則に縛られんのが嫌で、騎士団辞めたんだし」

エステルはえ、でも……と尻込みしている。そんな様子にユーリはじゃ、エステルはここで見張りよろしくなと伝える。

エステル「え、えっと、でも、あの…………っ!!わ、私も行きますっ」

迷いに迷いまくって最終的に行くことにしたらしい。そして一同は、ドアを開けて中に入った。

 

 ドアを開けると様々な書物が目に飛び込んでくる。多くの研究員が書類や本を持ち、まさに研究のための施設といった感じだ。ユーリがなんかモルディオみないなのがいっぱいいるな……と呟きうっかりレナは笑いそうになって咳払いをして誤魔化した。近くの研究員にエステルは声をかけた。研究員は、研究の邪魔をされたのが気に食わないようで、不機嫌そうになんだよと答えた。

エステル「フレン・シーフォという騎士がここを訪ねて来ませんでしたか?」

研究員「フレン?あぁ、あれか、遺跡荒らしを捕まえるとか言ってた……」

エステル「今、どこに!?」

研究員「さぁ、研究に忙しくてそれどころじゃないからね」と興味なさげな声だ。

エステル「そ、そうですか……ごめんなさい」

しゅんとしている。じゃあ、失礼するよとその場を去ろうとした研究員をレナが服を引っ張って止める。ユーリは小声でナイスと言って研究員に聞きたいことがあると話す。

ユーリ「ここにモルディオっていう天才魔導士が居るよな?」

その言葉に研究員は驚き体を仰け反る。

研究員「な! あの変人に客!?」

レナ(変人……リタ、思ったよりも厄介に思われてる?)

ユーリ「さすが有名人、知ってんだ?」

研究員「……あ、いや、何も知らない。俺はあんなのとは関係ない……」

そういって足早にその場去ろうとする彼をユーリは肩を掴んで止める。

ユーリ「まだ話は終わってないって」

研究員はイラつきながらもう、なんだよと声を少し荒らげた。ユーリはどこにいんのと聞く。研究員は奥の小屋に住んでるから勝手に行けばいいだろうと吐き捨てた。ユーリはサンキュと言うと、研究員は今度こそその場を離れたのだった。

 

―リタの家の前

 

 ドアには張り紙がされており、エステルはそれを読む。

エステル「絶対、入るな。モルディオ」

ユーリはここか……と確認すると、まずドアを開ける動作をして次にノックをした。エステルが、ノックが先ですと怒る。カロルがいないみたいだねと言うとユーリはドアから少し距離をとる。察したエステルがこれ以上罪を重ねないでくださいとユーリを止める。じゃあといわんばかりにカロルはボクの出番だねと張り切る。エステルは出番ってと困惑していた。

レナ(あ、また、ピッキングするんだ)

エステルはそれもダメですと制止したがそれも虚しく、カロルはちろょろいもんだねと鍵を開けてしまった。今度は気の所為ではなく、しっかりと得意げに胸を張っている。ユーリ達はモルディオの家へと入るのだった。

 中に入ると様々な本と書類が床や机至る所に散らばっておりとても人が住めるような状態では無い。ユーリは魔核(コア)を抜け目なく探し始める。

カロル「すっごっ……。こんなんじゃ誰も住めないよ〜」

カロルが足を物にとられそうになってあわてている。エステルは周りをキョロキョロしていた。

ユーリ「その気になりゃあ、存外どんなとこだって食ったり寝たりできるもんだ」

エステル「ユーリ!先に言うことがありますよ!」とたしなめる。

ユーリ「こんにちは。お邪魔してますよ」と棒読みで言った。

エステルは鍵の謝罪もですと続ける。

ユーリ「カロルが勝手に開けました。ごめんなさい」

悪いと思ってなさそうな声で言ってのける。そんなユーリはエステルは呆れる。

エステル「もう、ユーリは……。ごめんくださ〜い。どなたかいらっしゃいませんか?」

エステルの声に反応を返す声はなく、それを確認したユーリは、いないなら好都合と証拠を探し始める。

 すこし経ったあと、ハシゴの下からフードを被った人が上がってきた。カロルがびっくりして大きな声を上げて尻もちをつく。カロルの声にびっくりしたレナは、ついそばに居たユーリの服を掴んでしまった。服を掴まれたことに気づいたユーリが、大丈夫だと言わんばかりにレナの頭を撫でた。

レナ(頭……撫でられたの、いつぶりだろう)

少女は撫でられた頭に手を重ねた。

 フードの人はうるさいと唸るよういうと、赤い光の粒が舞い始める。その色が意味するは、火属性の魔術。カロルはえ?あ、ちょっと!と後退りをする。ドロボウは……と呟きカロルの制止も空しくぶっ飛べという言葉と共に放たれた火の玉が、カロルに向かってぶつかった。直撃したカロルは煙にゴホゴホと咳をして、泣きそうな声で酷いと呟いた。

 一方は、魔術を発動した反動でフードがとれて顔があらわになる。それを見たエステルは、女の子!?と驚いた。いつの間にか少女の背後にユーリが立っており、剣を抜いていた。

ユーリ「こんだけやれりゃあ、帝都で会った時も逃げる必要なかったのにな」

女の子「はあ? 逃げるって何よ。なんで、あたしが、逃げなきゃなんないの?」

女の子はユーリの方に振り返りざまに睨み、意味がわからないといった感じだった。

ユーリ「そりゃ、帝都の下町から魔導器(ブラスティア)魔核(コア)を盗んだからだ」

女の子「いきなり、何?私がドロボウってこと?あんた、常識って言葉知ってる?」

ユーリ「まあ、人並みには」

女の子「勝手に家に上がり込んで、人をドロボウ呼ばわりした挙句、剣突きつけるのが人並みの常識!?」

信じられないと言わんばかりに声を上げる。次いで、ラピードに視線を移した。

女の子「ちょっと、犬!犬入れないでよ!」

    「そこのガキンチョも!その子返しなさい!!」

カロルはその子という言葉にえ?と言葉を返す。

女の子「魔導器(ブラスティア)よ、魔導器(ブラスティア)!!返しなさい!」

カロルは慌てて魔導器(ブラスティア)から手を離す。あまりのことにイラついている彼女の前にエステルが近づき頭を下げる。

エステル「わたし、エステリーゼって言います。突然、こんな形でお邪魔してごめんなさい!……ほら、ユーリとカロル、レナも」

カロル/レナ「ご、ごめんなさい」

エステルの声に圧を感じた2人は素直に謝る。

レナ(やっぱりエステルってお母さんみたいだな……)

女の子「で?あんたら何?」

エステル「えっと、ですね……。このユーリという人は、帝都から魔核(コア)ドロボウを追って、ここまで来たんです。」

少女はそれで?と続きを促す。

ユーリ「魔核(コア)ドロボウの特徴ってのが……。マント!小柄!名前はモルディオ!だったんだよ」

女の子と特徴が一致する箇所をユーリは指さしながら説明する。

女の子「ふ〜ん、確かにあたしはモルディオよ。リタ・モルディオ」

カロルは背格好も情報と一致していると納得する。

ユーリ「で?実際のところどうなんだ?」

リタはだからそんなの知らないと言いかけて、少し考え込むとその手があるかと何かを思いつたようだ。彼女はユーリ達についてきてと言った。

ユーリ「はあ?おまえ、意味わかんねぇって、まだ、話が……」

いいから来てとリタはユーリの言葉をさえぎった。

リタ「シャイコス遺跡に、盗賊団が現れたって話、せっかく思い出したんだから」

ユーリ「盗賊団?それ、ほんとかよ?」と疑い深く聞く。

リタ「協力要請に来た騎士から聞いた話よ。間違いないでしょ」と外出する支度を始めている。

 

エステル「その騎士ってフレンのことでしょうか?」とユーリに囁く。

ユーリ「……だな。あいつ、フラれたんだ」

カロル「そういえば、外にいた人も、遺跡荒らしがどうとか言ってたよね?」

レナ「つまり、その盗賊団が魔核(コア)を盗んだ犯人ってこと?」

ユーリ「さぁなぁ……」

とエステルが囁き声で話し始めたため、ひそひそと4人が話していると、装備を整え終わったリタが相談おわった?じゃ、行こうと声をかける。ユーリがとか言って、出し抜こうと逃げるなよと返した。

リタ「来るのが嫌なら、ここに警備を呼ぶ?困るのはあたしじゃないし」と脅し返した。

エステルが行ってみませんか?フレンもいるみたいですしとユーリに発案する。

リタ「捕まる、逃げる、ついてくる、ど〜すんのかさっさと決めてくれない?」

なかなか決まらない4人に呆れつつ急かすように言った。ユーリは行くしかないと思い、行くことを伝えた。

 

―シャイコス遺跡

 

 5人は、アスピオを出て道中の魔物を蹴散らしながら遺跡へと辿り着いた。豊富な湧き水に囲まれている。リタはここがシャイコス遺跡だと4人に伝えて、こっち早く来てと言った。

ユーリ「モルディオさんは暗がりに連れ込んで、オレらを始末する気だな」

リタ「……始末、ね。その方があたし好みだったかも」

とユーリの試すようなからかいにのった。カロルが不気味な笑顔で同調しないでよとつっこんだ。リタに案内され身を隠しつつ移動しているが、騎士団も盗賊団も居ないなとユーリが呟く。エステルがそれに更に奥の方でしょうか?と返した。5人は、遺跡の地下へと入った。

 

―遺跡 地下

 

 エステルが遺跡に入るなんて初めてだとすこしはしゃいだような声で言った。私も……とレナも呟く。エステルは周りをキョロキョロしながら歩きその後ろをレナが歩く。不意にリタから足元滑るから注意してと声がかかった。ピタっとエステルは立ち止まり、リタに感謝を込めてほほ笑みかける。リタは気恥しいようにぷいと顔を振った。エステルは後ろにいたレナが転ばないよう手を差し出し繋いで、足元に注意しながらまた歩き出した。その様子とリタをユーリはじっと見ていた。気づいたリタが何見てんのよとユーリの方に振り返る。

ユーリ「モルディオさんはやっぱりお優しいと思ってね」

リタ「はあ……やっぱり面倒を引き連れてきた気がする。別にひとりでも、問題なかったのよね……」と呟けば、エステルとレナがリタ達の元に追いつく。

エステル「リタはいつも、ひとりで、この遺跡の調査に来るんです?」

話を聞いていたエステルがリタに疑問を投げた。リタは当たり前と言わんばかりにそうよと返した。

エステル「罠とか魔物とか、危険なんじゃありません?」

リタ「何かを得るためにリスクがあるなんて当たり前じゃない」

何言ってるの?という口調でエステルに言う。先に進みながら話すリタをエステルは追いかける。

リタ「その結果、誰かを傷付けてもあたしはそれを受け入れる」

立ち止まったリタに追いついたエステルが、傷付くのがリタ自身でも?と問いかけた。そうよと無愛想にリタは答える。

エステル「悩むことはないんです?ためらうとか……」

リタはエステルに振り返って答える。

リタ「何も傷付けずに望みを叶えようなんて悩み、心が贅沢だからできるのよ」

リタは一気に言い切るとスタスタと先を歩く。エステルは心が贅沢……と呟く。リタは続けて言った。

リタ「それに、魔導器(ブラスティア)はあたしを裏切らないから……面倒がなくて楽なの」

その声色を少し遠くで聞いていたレナは、隠してしまった寂しさを無意識に訴えているように聞こえた。

 ユーリとレナはエステルの横に来た。

エステル「なんか、リタって、すごいです。あんなにキッパリと言い切れて」

ユーリ「何が大切なのか、それがはっきりしてんだな」と先に進むリタの背中を見ながら言った。

エステル「わたしは、まだその大切がよくわかりません……」

レナ「いつか、みつかるよ」

ユーリ「そうそう適当に旅して回ってりゃあ、嫌でも見つかるって」と軽い口調だ。

エステル「そうでしょうか……ユーリはともかくレナは、本当にしっかりしてますね」

エステルは今までのレナの行動を振り返って感心したよう言った。

レナ「……そうかな?」

(まぁ、中身女子高生だし)

レナは首を傾げた。ユーリは、そうだなとエステルに言葉に頷いて笑った。

 

 進んた先にはリタが魔導器(ブラスティア)の所でしゃがんでいた。この子……駄目かと悲しそうにリタは呟いた。

カロル「発掘前の魔導器(ブラスティア)ってこんな風になってんだ」

カロルは始めてみるそれに感心している。

エステル「大昔の人は、何を思って、魔導器(ブラスティア)を遺跡に埋めたんでしょう?」

リタ「さぁね。その辺の事は今も研究中よ」

ユーリ「こんだけあるなら、水道魔導器(アクエブラスティア)も落ちてねぇかな」

とリタの隣に屈んで探しはじめる。エステルはどれも魔核(コア)がないですね……と魔導器(ブラスティア)を見ながら口に零した。それにカロルはそれじゃあ動かないじゃんと残念そうだ。

リタ「魔核(コア)筐体(コンテナ)も完璧なんて魔導器(ブラスティア)、そうそう発掘されないのよ」とカロルに言った。

エステルは目を瞑って読んだ本の文章を思い出しくちずさむ。

エステル「術式により魔術を発現する魔核(コア)、その魔術を調整するのが筐体(コンテナ)。両者揃って魔導器(ブラスティア)と呼ぶ。魔導器(ブラスティア)はそれぞれ異なった性能を持ち、その性能を表す紋が魔核(コア)上に浮かぶ。現代技術で筐体(コンテナ)の生産は可能だが、魔核(コア)は再生不可能である、……です。」

ユーリ「要するに発掘品を使うしかない魔核(コア)は貴重って訳だ。ドロボウが盗むのも当然だな」

リタ「そうでもないよ。エステリーゼが言った本の内容はちょっと古いの。発掘品より劣化はするけど、簡単な魔核(コア)の復元は成功してる」

エステルはそれに本当ですか!と嬉しそうに言った。リタはだからと続ける。

リタ「あたしなら、盗みなんてバカな真似はしない。そんな暇があるなら、研究に時間を費やすわ。完全に修復するためのね。それが魔導士よ」と、少し悔しげに言った。

ユーリ「立派な信念だよ。けど、それで疑いは晴れないぜ」

リタ「…………。口では何とでも言えるもんね」

そういった彼女の顔はすこし悲しそうだった。

 5人はその場を後にして誰も見かけずに一層奥に進む。その突き当たりに大きな機械のような物がそこにあった。すぐにリタはその機械に駆け寄る。そんな彼女にユーリは声をかける。カロルは、機械のようなそれに驚いてこれも魔導器(ブラスティア)?と疑問をうかべた。エステルとレナは彼らの様子を後で見ている。ユーリはこんな人形じゃなくて、水道魔導器(アクエブラスティア)がほしいなとそれに触りながら言った。リタが、不用意に触らないで!と注意をして、調べれば念願の自立術式を……と言いかけてなにかに気づいた。どうやら、魔核(コア)がなかったらしい。

 ユーリが上にいる不審者を見つけ、リタに御仲間がいるぜと教える。リタはあんた誰?と不審者に問いかけた。見つかって慌てたのであろうその人は、アスピオの研究員だと名乗る。続けて、お前たちこそ何者だ!ここは立ち入り禁止だぞ!と声を荒らげた。リタはそれに呆れた。

リタ「はあ?あんた救いようがないバカね。あたしはあんたを知らないけど、あんたがアスピオの人間なら、あたしを知らないわけないでしょ」

リタがそう言うと、カロルがそれに無茶苦茶言うなと小声でツッコミを入れた。

レナ(まぁ、確かに無茶苦茶かもしれないけどあながち間違ってないよね)

アスピオの研究員だと嘘をつく男性は、邪魔の多い仕事だ、騎士といいこいつらといいと愚痴る。そのまま何かしたかと思えば、魔核(コア)がなくて動かないはずの人形が動き出す。カロルはそれにビビっている。人形は腕を振り上げると前に立っていたリタを吹っ飛ばした。突然のことに、リタは壁に打ち付けられエステルが駆け寄り治癒術をかける。リタはバッと起き上がるとエステルの手を掴んで、魔導器(ブラスティア)を見てなにか呟いた。エステルは急なことでなに!?とびっくりしている。そんなやり取りをしている中で、人形は体勢を整えてユーリ達に襲いかかっていた。レナは詠唱しようとした、それに気づいたユーリはレナに下がってろ!っと怒鳴る。レナはそれを無視して詠唱を続けようとする。ユーリは隙を見てレナを後ろに押し飛ばした。押し飛ばされたレナは詠唱を中断させられる。

ユーリ「頼むから、言うことを聞けって。ここで無茶したってしょうがないだろ」

レナ「……私もみんなの役に立ちたい。そのための力があるんだもの」

ユーリ「……ダメだ。後ろに下がってろ」

レナ「っ……わかった」

ユーリから向けられる威圧感にレナは渋々後ろに下がった。

 カロルはエステル達にサボってないで手伝って!と文句を言った。リタはしょうがないと言って戦闘態勢に入り魔術を詠唱していく、今のドタバタの間に男は逃げたらしくその場に既に居なかった。

リタ「速攻ぶっ倒して、あのバカを追うわよ!」

と苛立ちを隠さずにユーリ達に声をかけた。

 皆、人形に攻撃を仕掛けていく。この子、加減知らないから攻撃に気をつけてとリタが忠告する。エステルは本当に倒せるのかと不安になりながらも治癒術を仲間にかけながら剣術で攻撃する。リタは、お願い大人しくしてと人形に訴えている。ユーリは聞いちゃくれないってと術技を当てる。

 一方、レナは崩れた遺跡の石に身を隠しながら、悔しい表情を浮かべて手をグッと握っていた。

レナ(私……戦えるのに。確かに魔術を使えば、痛みに襲われる。けどそんなの我慢すればいいことだし、どうして……?何もせず、見ているだけなんて嫌)

レナ「……バフ系の魔術ならいいかな」

ふと思考する中で、出てきた答え。

レナ(直接攻撃するわけじゃないから敵によるヘイトはかわないで済む。それにこれならユーリ達の役に少しは立てるかもしれない)

そうと決めたら行動は早い。レナはバレないように心の中で詠唱する。

レナ(防御力をあげる方がバレにくいよね……?っよし、彼の者たちに、堅牢なる守護を…… バリアー!)

通常は1人しか防御力を上げられないが、詠唱を変えることで一気に全員に付与する。その分負担が大きいのか、クオイの森の時よりも痛みが酷い。額に汗が滲む。

レナ(ぐっ……うっ。やっぱり一気にかけた分きついな……。でもみんなが少しでも傷つかずに済むならこのくらい!)

ユーリ(っなんだ?いつもより攻撃を受けてもそんなにダメージが来ねえ)

ふとした違和感にユーリは気づく。だがその意識は直ぐに目の前の人形に引き戻された。戦いの最中、リタは魔導器(ブラスティア)にだって心あるの!とユーリに訴えるが、ユーリは剣で言うこと聞かすしかないだろと返した。リタは魔術を当てながら、しょうがないわねと苛立ちと悔しさが混じった声で叫んだ。ユーリが大技を当てると人形は動きを止める。

リタが魔導器(ブラスティア)の悪用は許さないと憤り、ユーリは追っかけてぶん殴ろうぜとやる気満々、カロルは休憩なし?と息絶えたえだ。レナは戦闘が終わったことを確認し、痛みに慣れてきたところでユーリ達の元に駆け寄る。

リタ「あとは動力を完全に絶てば……ゴメンね……」

申し訳なさそうに人形の術式を解除した。そんなリタにカロルは早くと急かす。リタはわかってるとイラッとしながら答えた。リタは立ち止まったままのエステルを見てあんたも早くと叫ぶ、エステルはでもフレンが……とキョロキョロしていた。レナはそんなエステルの手を引くが動こうとしない。

ユーリ「あんな怪しい奴が、ウロウロしてる所に騎士団なんていねぇって」

見かねたユーリがエステルに言えば、エステルは名残惜しそうにじゃあもうフレンは……と俯いた。ユーリは多分ここにはもう居ないと続けて、行くぞ!と声をかけた。レナはエステルと手を繋ぎなおして駆ける。

 リタはユーリの後を追いながら、あの子を調べたら自立術式が解析できたのにと零した。それにカロルがそのために僕らを戦わせたの?と聞けば、リタは当たり前でしょ返し、極悪人だよ!!と少年は喚く。

リタ「ドロボウ探しのついでに手伝って貰っただけよ」

ユーリ「口じゃなく、足を使えよ!!」と話を聞いていた彼は2人を急かした。

 

―数十分後

 

 カロルが先程の男を発見。気付いた男がその場を逃げようとしたがラピードが矢のように動き壁際にあっさりと追い詰められるのだった。

リタ「魔核(コア)を盗んで歩くなんてどうしてやろうかしら……」

声にとんでもない圧が含まれている。そんな声を聞いた男は情けないほどに怯え、やめてもうやめてと震えている。ラピードはそんな男の状態に離れた。男は、俺は頼まれただけ、魔核(コア)をもってくれば報酬をくれるってと続けた。

ユーリ「お前、帝都でも魔核(コア)盗んだよな?」

男はユーリの問いに帝都?お、おれじゃないと首をブンブン振って否認した。

ユーリ「お前じゃねぇってことは、他に帝都に行った仲間がいるんだな?」

男は肯定した。デデッキという人らしい。

ユーリ「そいつはどこに行った?」

今頃、依頼人に金をもらいに行っているはずだと男は答える。

ユーリ「依頼人だと……どこのどいつだ?」

トリム港に居るってだけで、詳しいことは分からないと男は一段と低くなったユーリの声に怯えながら言った。続けてその人物の特徴を述べる。

ユーリ「そいつが魔核(コア)集めてるってことかよ……」

男は、騎士も魔物もやり過ごして奥に行ったのに、ついてないと地団駄を踏む。

レナ(……ああ、やっぱりこの世界に来たからって苦手なものはそのままだよね。怒鳴り声……嫌だな)

レナはグッと手を握って、あくまでも平気な振りをした。

男の騎士という言葉にエステルは反応し、やっぱりフレンは来ていたんですねと囁く。それを着た男は、ああ、そんな名前のやつだ!!とますます怒りを表して顔は大変なことになっている。リタはチラリとレナの様子を見て、男の態度にイラつきうるさい!と帯を解き男をはたいた。1発打ち込まれた男はそのまま気絶してしまい、カロルがちょ、気絶しちゃったよ……どうすんの?とリタに言った。

リタ「後で街の警備に頼んで、拾わせるわよ」

そう言って一足先に歩き出す。それに続いてユーリはアスピオに戻るかとその場を後にし、遺跡をぬけて、初めに門前払いされたアスピオの入口に向かった。

 

―アスピオ

 

エステル「……肝心のフレンはいませんでしたね」

いまだに残念そうに引きずっている。リタは何度も聞くその名前に、その騎士何者なの?とエステルに尋ねた。エステルはユーリの友達ですと答えた。リタはユーリを見て、あんたの友達ね、それは苦労するわと言った。ユーリはなんだよ?とどう意味だよと思いながら返した。リタは別に?と言って、なぜその騎士がこの街にいるの?と質問した。

エステル「ハルルの結界魔導器(シルトブラスティア)を直せる魔導士を探して……」

リタ「ああ……あの青臭いのね……あたしのとこにも来たわ」

エステル「フレン、元気そうでした?」

リタ「元気だったんじゃない?」

興味なさげに返答た。カロルがうっわ、適当……と呆れていた。

リタ「騎士の要請なら他の魔導士が動くだろうし、もうハルルに戻ったんじゃない?」

そう言われてエステルはそんなと肩を落とした。そんなエステルを無視してリタは疑いは晴れた?とユーリに問う。

エステル「リタは、ドロボウをするような人じゃないと思います」とリタを庇う。

レナ「私もそう思うかな……」

(さっき私の方を一瞬見てあの男の人に攻撃してたから、きっと私が苦手に思っていたのを気づいてくれたんだよねリタ)

ユーリ「思うだけじゃやってない証明にはならねぇな」

身の潔白が見える証拠がないと認めないらしい。ユーリの言葉はそれを意味していた。エステルはでも……!と声を上げる。レナはこれ以上は何を言っても駄目だと思い口を噤んだ。

リタ「いいよ、庇ってくれなくて。けど、ほんとにやってないから」

ユーリ「まあ、お前はドロボウよりも研究の方がお似合いだもんな」

エステル「ユーリは素直じゃないんです」

リタ「……変な奴。警備に連絡してくるから、先にあたしの研究所戻ってて。いい?あたしの許可なく街出たらひどい目にあわすわよ」

有無言わさないそれにリタと別れて、4人と1匹はリタの研究所に戻った。

 

―リタの研究所

 

 まってろとリタに言われたため、仕方なくユーリ達はリタの研究所でリタが帰ってくるのを待っていた。

ユーリ「フレンが気になるなら、黙って出ていくか?」

ソワソワとするエステルに投げかけた。

エステル「あ、いえ、リタにもちゃんと挨拶をしないと……」

ユーリ「なら、落ち着けって」

カロル「ユーリとレナはこのあと、どうするの?」

ユーリ「魔核(コア)ドロボウの黒幕のとこに行ってみっかな。いいか?レナ」

レナ「うん、構わないよ。記憶探しの為にユーリについて行くだけだから」

カロル「だったら、ノール港まで一直線だね!」

ユーリ「トリム港って言ってなかったか?」

記憶を思い出すように言えば、カロルはユーリ、知らないんだと子供らしくふふんと笑った。

カロル「ノールとトリムはふたつの大陸にまたがったひとつの街なんだよ。このイリキア大陸にあるのが港の街カプワ・ノール。通称ノール港。お隣のトルビキア大陸には港の街カプワ・トリム。通称トリム港ってね。だから、まずはノール港なの。途中、エフミドの丘があるけど、西に向かえばすぐだから」と丁寧に説明してくれた。

エステル「わたしはハルルに戻ります。フレンを追わないと」

ユーリ「……んじゃ、オレ達も一旦ハルルの街へ戻るかな」

レナ(……エステルを1人で行かせるのが気がかりなのかな?それともお姫様だからかな)

カロル「え?なんで?そんな悠長なこと言ってたら、ドロボウが逃げちゃうよ!」

ユーリ「慌てる必要ねぇって。あの男の口ぶりからして、港は黒幕の拠点っぽいし。それに、西行くなら、ハルルの街は通り道だ。」

カロルはえぇ、でもぉ……と少し不満げだ。

ユーリ「急ぐ用事でもあんのか?好きな子が不治の病で、早く戻らないと危ないとか?」

と、少しからかい混じりに聞く。カロルは、そんな儚い子なら、どんなに……と呟いた。

 そこでドアを開ける音がしてリタが戻ってきた。ユーリは寝転がりその右隣にレナがお姉さん座り、左にカロルが体育座りをして、唯一エステルだけたっている様子にリタは呆れる。

リタ「待ってろとは言ったけど……どんだけくつろいんでんのよ」

その視線は主にユーリに注がれていた。

エステル「あ、おかえりなさい。ドロボウの方はどうなりました?」

リタ「さあ?今頃、牢屋の中でひ〜ひ〜泣いてんじゃない?」

ユーリは立ち上がるとリタの方を向いて、疑って悪かったと謝った。

リタ「軽い謝罪ね。ま、いいけどね。こっちも収穫あったから」

黒板のそばの柱にリタは何かやっている。リタ?とエステルは不思議そうにした。ユーリは、んじゃ世話かけたなと一言出ていく支度をすれば、リタは何?もう行くの?と声をかける。

ユーリ「長居してもなんだし、急ぎの用もあるんだよ」

レナはリタの傍によるとリタにだけ聞こえる声量で話す。

レナ「あの時、ありがとう」

リタは、なんのことかしら?とそっぽを向いてしまった。

エステル「リタ、会えてよかったです。急ぎますのでこれで失礼します。お礼はまた後日」

リタ「……わかったわ」

なにか言いたそうにしていた。

 リタとユーリ達は街の入口まで行く。

ユーリ「見送りはここまででいいぜ」

リタ「そうじゃないわ、あたしも一緒に行く」

ユーリ「まさか、勝手に帰るなってこういうことか?」

リタはうんと即答する。カロルがうんってそんな簡単に!と言った。ユーリはふっと笑う。

ユーリ「いいのかよ?おまえ、ここの魔道士なんだろ?」

リタはうーんと考えると理由を語る。

リタ「ハルルの結界魔導器(シルトブラスティア)を見ておきたいのよ。壊れたままじゃまずいでしょ」

さも、仕事ですといった感じだ。カロルがすかさず、それならボクたちで直したよと胸を張る。

リタ「はあ?直したってあんたらが?素人がどうやって?」

その顔はありえないとかいてある。

カロル「蘇らせたんだよ。パ〜ンっとエステ……「素人も、侮れないもんだぜ」

ユーリがカロルの発言にかぶせた。

リタ「ふ〜ん、ますます心配。本当に直ってるか、確かめに行かないと」

信じてない様子だ。そのままエステルの方を見ている。

ユーリ「じゃ、勝手にしてくれ」

 エステルはリタの視線に気づくとリタに近づき、しっかりとリタの両手を掴む。

エステル「私、同年代の友達、初めてなんです!」

その声は凄く嬉しいという心情が溢れ出ている。

リタ「あ、あんた、友達って……」

突然のことにギョッとしながら手を振りほどこうとしたが、エステルに強く掴まれ阻止された上にブンブンと上下に振られている。エステルはお構い無しによろしくお願いします!と押し、それに負けたリタはええとつられながら返事するしかなった。

 一行は、アスピオを出てハルルへと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ノール港

―花の街ハルル

 

 着いてそうそうリタが、げと声を漏らし目を丸くする。

リタ「なにこれ、もう満開の季節だっけ?」

先程のカロルの失言からリタは興味津々にエステルに視線を向けて、またハルルの樹を見ていた。

カロル「へへ〜ん、だから言ったじゃん、僕らでよみがらせたって」

すごく得意げになっている。

そんなカロルにイラついたのかリタはチョップをくらわせていた。

突然のチョップに、カロルは頭を押えてしりもちをつく。

リタはそんなカロルを置いて、ハルルの樹へ走っていった。

 ユーリとレナ、エステルは坂道を降りていくと長に声をかけられる。

皆さんお戻りですか、騎士様の仰ったとおりじゃと。

エステル「あの……フレンは?」

長は残念でしたな、入れ違いでして……と話した。

カロルはえ〜、また〜とガクッと肩を落とす。

長は結界が直っていることには大変驚かれていましたよと続けた。

エステル「あの……どこに向かったか、分かりませんか」

長は申し訳なさそうに、私にはなにも……と、ただもしもの時はと手紙を預かっていますと言った。

長から渡されたものを受けとって見ると、手紙と一緒に手配書が入っていた。

カロルは驚きすぎて声が裏返っており、エステルは口に手を当てている。

レナは、手配書なんて初めて見た…と呟き、ユーリは、ちょっと悪さが過ぎたかなと零す。

カロル「い、一体どんな悪行を重ねてきたんだよ!」

エステルがこれって……私のせい……とボソリ。

ユーリ「こりゃ、ないだろ。たった5000ガルドって」

レナ「たったなの?」

(まぁ確かにお姫様連れ去ってこの金額は低いのかもだけど……)

カロル「脱獄にしては高すぎだよ!他にもなんかしたんじゃない?」

レナ「ねぇ、手紙にはなんて書かれていたの?」

エステル『僕はノール港に行く。早く追いついて来い。』

ユーリ「『早く追いついてこい』ね。ったく、余裕だな」

レナ(そういうユーリも賞金首になっちゃってるのに余裕そうだね)と心の内で独りごちる。

エステル「それから、暗殺者には気を付けるようにと書かれてます」

ユーリ「なんだ、やっぱり狙われてんの知ってんだ。身の危険って奴には気付いてるみたいだけどこの先、どうする?」

エステルはそうですねぇと考える。

ユーリ「オレたちはノール港に行くから伝言あるなら伝えてもいい」

エステル「それは……でも……」と口篭る。

ユーリ「ま、どうするか考えときな。リタが面倒起こしてないかちょいと見てくる」

 ユーリとレナはカロルたちと別れ、ハルルの樹の元にいるリタの所へ行った。

リタ「……なによ、これ。こんなのありえない……。満開の季節でもないのに花がこんなに咲いて……。結界もずっと安定してる。ほんとに、エステリーゼがやったの?」

とても信じられないとばかりに早口で独り言を言っている。

レナ「…どうして?エステルなの?」

リタ「アスピオ出る前に、カロルが口滑らしたでしょ?ユーリがはぐらかしたけど」

ユーリ「ばれてりゃ世話ないな」

その場にユーリは座った。その隣にレナも座る。

リタ「こんな真似されたら、あたしら魔導士は形無しよ」

ユーリ「商売敵はさっさと消すんだな。その為についてきてるんだろ?」

リタ「そんなわけないでしょ!?あたしには解かなきゃならない公式が……!」

ユーリの言葉に大きな声で打ち消し、つい余計なことまで言ってしまう。

ユーリ「公式がどうしたって?」

リタ「……なんでもない、忘れて」

さっきの勢いはどこへやら、そのままごまかす。

リタ「で、あんたの用件は何?そのために来たんでしょ」

ユーリ「ま、半分くらいは今ので済んだ」

リタ「ならもう半分は?」

ユーリ「前にお前言ったよな。魔導器(ブラスティア)は自分を裏切らないか楽だって」

レナは静かに会話に耳を傾けている。

リタ「言ったわね。それが?」

ユーリ「エステルとお前はどっちも人間だ。魔導器(ブラスティア)じゃない」

レナ(なるほど、リタのエステルへの視線に心配になったのかな)

リタもユーリが何を言いたいのか察したらしい。

リタ「あの子が心配なんだ。あたしが傷付けるんじゃないかって」

ユーリは立ち上がる。それにレナと続く。

ユーリ「エステルは、オレやおまえとは違って正直者みたいだからな。無茶だけはしないでくれって話だ」

ユーリはカロルたちがいる方へと歩き出す。

レナはその横に並ぶ。

ユーリ「ほら、戻ろうぜ。カロルとエステルが待ってる」

レナがふと後ろを振り返れば、リタが何か言っていた。

聞き取れはしなかったけれど。

 ユーリとレナが戻ると、エステルは鎧に身を包んだ騎士であろう人達に囲まれていた。

騎士の人が、ユーリに突っかかる。

ユーリ「今回はばかしつこいな」

男性の大きい声に、レナは少しびっくりしてワンピースの裾をつかんだ。

騎士「昔からのよしみとはいえ、今日こそは容赦せんぞ!」

エステル「ユーリは悪くありません。私が連れ出すように頼んだのです!」

エステルが慌ててルブランの前に立ち口を挟むが、騎士は聞く耳を持たずユーリを悪人だと決めつける。

騎士「ええい、おのれ、ユーリ!エステリーゼ様を脅迫しているのだな!」

エステルは負けじと声を上げる。

エステル「違います!これは私の意志です!必ず戻りますから、あと少し自由にさせてください」

騎士「それはなりませんぞ!我々とお戻りください!」

エステル「戻れません。わかってください!」

騎士「ここは、致し方ない。どうせ罪人も捕えるのだから……」

そういってユーリに襲いかかるが、返り討ちにあった。

ええい情けなーい!と騎士は仲間の二名に声を荒らげる。

リタは火の魔術の詠唱をする。カロルが必死に止めるが虚しく放たれた火球は騎士3人に直撃した。

リタはエステルの意志を尊重しない彼らにキレていた。

見ていたレナは騎士の1人にビックリさせられたのも、エステルの話を聞かないことにもイライラしていたのでスカッとした。

リタ「戻らないって言ってんだから、さっさと消えなさいよ!」

 エステルが後ろを見ると、怪しい人影がありこちらに走ってきている。あわててエステルはユーリに教えるとユーリはやっぱり、俺達も狙われてるんだなと確信した。

リタがそれに今度は何!?とイラつく。

カロルは狙われているという言葉にどういうこと?と質問する。

レナはアスピオに行く前に見かけた人達……とぽつり。

ユーリ「話は後だ!カロル、ノール港ってのはどっちだっけ?」

少し切羽詰った声だ。

カロル「え、あ、西だよ、西!エフミドの丘を越えた先に、カプワ・ノールはあるんだ」

戸惑いながらもユーリの問いに答えた。

それを聞いたユーリ達はその方向に走って移動する。

立ち止まったままのエステルにリタは声をかける。

でも……私とまごつくエステルに、じれったそうに決めなさいと声を上げる。

リタ「本当にしたいのはどっち?旅を続けるのか、帰るのか」

エステル「……今は、旅を続けます」

意を決した声で答える。

リタ「懸命な選択ね。あの手の大人は懇願したってわかってくれないのよ」

彼女たちはユーリたちの後を追うように走った。

 

―エフミドの丘

 

 ユーリ達は走って道を抜けるとエフミドの丘の入口に着いた。

リタ「ここがエフミドの丘?」

カロル「そう……だけど……。おかしいな……。結界が無くなってる」

ユーリ「ここに、結界があったのか?」

カロル「うん、来る時にはあったよ」

ユーリ「人の住んでないところに結界とは贅沢な話だな」

リタ「あんたの思い違いでしょ。結界の設置場所は、あたしも把握してるけど、知らないわよ」

カロル「リタが知らないだけだよ。最近設置されたって、ナンが言ってたし」

エステル「ナンって誰ですか?」

カロル「え……?え、えっと……。ほ、ほら、ギルドの仲間だよ。ボ、ボク、その辺で、情報集めてくる!」

戸惑いがちにそう答えたかと思えば慌ててぎくしゃくしながら駆けていった。

リタ「あたしもちょっとみてくる」と小走りで行ってしまった。

ユーリ「ったく、自分勝手な連中だな。迷子になっても知らねぇぞ」

2人に聞こえるように大声で注意した。

エステルが私たちも行きましょうとユーリ達はリタの後をおった。

 リタの所に着くと、知らない人がおりリタに向かってこらこら、部外者は立ち入り禁止だよ!と警告する。

リタ「帝国魔導器(ブラスティア)研究所のリタ・モルディオよ。通してもらうから」慣れたように名乗って通る。

言われた人はアスピオの研究者の方でしたか!途端に態度を変えてこれは失礼しましたと頭を下げた。

 カロルがユーリ達の所に走ってきた。

随分と慌てた様子だ。

カロル「三人とも聞いて!それが一瞬だったらしいよ!槍でガツン!魔導器(ブラスティア)ドカンで!空にビューって飛んで行ってね!」

レナ(なにか大事が起こったんだろうけど……。大興奮のカロルの今の説明、擬音語多くてよく分からん)

ユーリはいまいち分からないと言った顔でッスーと息を吸ってカロルからもう一度話を聞く。

ユーリ「……誰が何をどうしたって?」

カロル「龍に乗ったやつが!結界魔導器(シルトブラスティア)を槍で!壊して飛び去ったんだってさ!」

今度は擬音語もなくとても分かりやすい説明だった。

ユーリ「人が竜に乗ってか?んなバカな」

エステル「そんな話、初めて聞きました」

レナ(それって……もしかしてあの人だよね)

ユーリとエステルは口を揃える。

カロル「ボクだってそうだけど、見た人がたくさんいるんだよ。『竜使い』が出たって」

 

 カロルの話に気を取られていたらリタの怒号が響く。

カロル「なんか騒ぎおこしてるよ」

リタ「この魔導器(ブラスティア)の術式は、絶対、おかしい!」

と大声で訴える。

近くにいた人が、おかしくなんてありません。あなたがおかしいんじゃ……!と心外だと言わんばかりに言い返す。

リタ「あたしを誰だと思ってるのよ!?」

とさらに甲走る。

リタ「こんな変な術式の使い方して、魔導器(ブラスティア)が可哀想でしょ!」

魔導器(ブラスティア)に近づこうとして騎士に抑えられている。

押し問答を続けている2人に別の人がちょっと見てないでつかまえるの手伝ってくださいと声を上げた。

カロル「火事だぁっ!山火事だっ!」

とリタが捕まりそうなのを咄嗟に気を引こうと大声を出す。しかし相手にされず、騎士からはなんだあのガキと言われる始末。なんなら嘘だと即バレしてしまっている。なぜバレないと思ったのかカロルはやばもうバレたと慌てて逃げた。騎士のひとりがカロルを追いかける。もう1人の騎士がユーリにさっきのガキと一緒にいたようだがと言いかけてなにかに気づき手配書の…と言ったところで、ユーリが首に手刀を入れて気絶させた。ユーリが今だ!と皆に合図する。その合図で一斉に走った。騎士があ、おいこらまて!と声を上げるが、ラピートが飛び蹴りした。ナイスである。エステルはごめんはさいと律儀に謝って走ったりカロルを追いかけていた騎士が、サボってないで手伝えとほかの騎士に怒鳴る。ラピートに蹴られた騎士はチッと苛立ちを表した。

 大きく道を逸れて獣道を走ったユーリ、レナ、リタ、エステル、ラピートは振り切ったところで息を整える。

エステル「はあ……はあ……リタって、もっと考えて行動する人だと思っていました」

と息切れを整えながら愚痴ってしまっている。

リタ「はあ……あの結界魔導器(シルトブラスティア)、完璧おかしかったから、つい……」

大きく息を整えながらブツブツと言っていた。

ユーリもはあ……と息をつきながらおかしいって、また厄介事か?と問いかける。

 レナははあ……はあ……と息切れをどうにか落ち着かせようと必死だ。

レナ(…まって思ってたよりも息するのきついんだけど、子供の肺活量?舐めてた……)

リタは厄介事なんて可愛い言葉で、片付けばいいけどと返した。

ユーリ「オレの両手はいっぱいだからその厄介事はよそにやってくれ」

とため息混じりに吐き捨てる。

リタ「……どの道、あんたらには関係ないことよ」

 遠くからハルルに居た騎士の叫ぶ声が聞こえた。

リタは呼ばれてるわよ?有名人とユーリに向かってからかうように言う。ユーリはウンザリそうにまたかよと零した。もう1人の騎士がエステルを呼ぶ。リタはあんたら問題多いわね、一体何者よと2人に向かって問うのだった。エステルは言いずらそうにえっと…と視線を逸らす。ユーリはそんな話は後だと先に進む。リタはレナを見て、あんたあの二人によく着いていられるわねと私なら無理だわと呆れたような声で言った。これには苦笑いするしかないレナだった。ユーリが草木のざわめきに剣を構える。悲鳴をあげて出てきたのはカロルだ。

エステル「……なんだ、カロル……。びっくりさせないでくだい……」

とホッとした声をしていた。

ユーリ「さ、面倒になる前に、さっさとノール港まで行くぞ」

リタ「これって獣道よね?進めるの?」

ユーリ「行けるところまで行くぞ。捕まるのはたくさんだ」

エステル「魔物にも注意が必要ですね」

ユーリ「なあに、魔物の1匹や2匹、カロル先生に任せておけば万事解決だよな」

カロル「そ、そりゃあね。結界があれば、魔物の心配もなかったのに」

リタ「まったくよ。どっかのバカが魔導器(ブラスティア)壊すからほんとにいい迷惑!」

ユーリ一行は魔物に警戒しながら獣道を進んで行った。

 

 途中の道でオレンジ色の花を見かけた。リタが山ん中じゃ、こんな花さくんだと珍しげに見ている。そしてそのまま花に触れようとして、エステルが触っちゃダメ!と慌てた声で叫ぶ。

エステル「ビリバリハの花粉を吸い込むと目眩と激しい脱力感に襲われる、です」

リタはふーん……となにか閃いたかのような素振りをすると、カロルを花の前に押した。衝撃で花のつぼみが開きカロルは花粉がかかる。リタはわざとらしいごめーんをカロルに言った。エステルがカロルに近寄り、治癒術をかける。リタはその様子をじっと見ていた。それに気づいたユーリが治癒術に興味があるのか?と聞く。別に……とそっぽを向いてリタは誤魔化した。

エステル「……だめですね。治癒術では治りません。自然に回復するのを待つしかなさそうです」

レナ(カロル可哀想に……)

ユーリがカロルの横に膝をつき、これいつ治るんだ?と言った。エステルはカロルに頑張ってくださいと声をかけた。しばらくして回復したカロルがリタに酷いよお〜とまだ花粉が抜けきっていないのかふにゃけた声で言う。リタは、だからごめんって言ったでしょ!とまくし立てる。ユーリがへーきなら行くぞーといって、エステルがビリバリハには今後気をつけましょうねと呼びかけた。

 

―数時間後

 

 ユーリ達はエフミドの丘のてっぺんに近いひかけた地点にいた。エステルが風を感じ、眺めを見下ろして感嘆の声を上げる。リタがこれって……と息を飲む。そこ広がっていたのはどこまでも続いているように見える海だった。マリンブルーが陽の光に照らされてキラキラと輝いている。エステルは、海ですよ海!とユーリにはしゃいで言った。

ユーリは、分かってるってと頷きながら、風が気持ちいいなと呟いた。

レナ「海なんて見たの、いつぶりだろう……」

その綺麗さに目を奪わて、記憶喪失であることを忘れてそう呟いてしまう。

(海なんて近くになかったからいつも写真や雑誌でしか見られなくて……心が澄み渡るのを感じる)

ユーリ「……!レナ、お前記憶が」

レナのつぶやきが聞こえていたユーリは少し驚いたように声をかける。

レナ「えっ、あ……うん。す、少しだけ思い出したみたい」と微笑む。

レナ(っあぶな、言われて記憶喪失なの思い出した……)

何故か少し戸惑った声でそう返すレナにユーリは少し疑問に思いながらも穏やかな眼差しを向ける。

ユーリ「……そうか、よかったな」とレナの頭を撫でた。

レナ(ユーリ、撫でるの好きなのかな)

エステル「本で読んだことはありますけど、わたし、本物を間近で見るのは初めてなんです!」

とても嬉しそうに楽しそうに語る。

カロル「普通、結界を越えて旅することなんてないもんね。旅が続けば、もっと面白いものが見られるよ。ジャングルとか滝の街とか……」

エステル「旅が続けば……もっと色んなことを知ることが出来る……」と噛み締めるように反芻する。

ユーリ「そうだな……。オレの世界も狭かったんだな」

リタ「あんたにしては珍しく素直な感想ね」

カロル「リタも海初めてなんでしょ」

リタ「まあ、そうだけど」

カロル「そっかぁ……。研究ばかりの寂しい人生送ってきたんだね」と哀れむような感じで言った。

リタ「あんたに同情されると死にたくなるんだけど」

カロルに手厳しい言葉が返ってくるのだった。

エステル「この水は世界の海を回って、全てを見てきてるんですね。この海を通じて、世界中に繋がっている……」自然の美しさに心を打たせぽつり。

リタ「また大袈裟な、たかだか水溜りのひとつで」

カロル「リタも結構、感激してたくせに」

そんなカロルの様子に、ふふっと微笑む。

レナ「カロルだって初めてはそうだったんじゃないの?」

カロルはまぁね……と頬ポリポリかいて照れ隠ししていた。ユーリがこれがあいつの見てる世界かと独りごちる。エステルがユーリ?と呼びかける。

ユーリ「もっと前に、フレンはこの景色を見たんだろうな」

エステル「そうですね。任務で各地を旅してますから」

ユーリ「追いついてこいなんて、簡単に言ってくれるぜ」

そんなユーリにカロルは元気づけるように言う。

カロル「エフミドの丘を抜ければ、ノール港はもうすぐだよ、追いつけるって」

ユーリ「そういう意味じゃねぇよ」

カロルはえ?どういうこと?と声を裏がして分からないという顔をした。

ユーリ「さあて、ルブランが出てこないうちに行くぞ。海はまたいくらでも見られる。旅なんていくらでもできるさ」

エステルは自分の地位を思い返して黙ってしまう。

ユーリ「その気になりゃな。今だってその結果だろ?」

エステル「……そうですね」

レナ(……わたしはいつまでユーリ達といられるだろう。突然この世界に来たんだからその逆もあるかもしれないよね)

カロル「ほら、先に行っちゃうよ!」

ユーリ「慌ててると、崖から落ちるぞ」

と、注意した傍からカロルは落ちそうになっている。レナは素早く駆け寄りカロルの手を引いた。見ていたリタがバカっぽいと零した。エフミドの丘を抜けてノール港に向かっていると、先程の空の青さはどこへやら。暗い灰色の雲が頭上をみるみる覆っていき、雨が降り始めた。

 

―ノール港

 

ユーリ「……なんか急に天気が変わったな」

カロル「びしょびしょになる前に宿を探そうよ」

と提案する。へくしゅっとレナはくしゃみしながら頷く。エステルはボーッとしており、ユーリがどうした?と声かける。

エステル「あ、その、港街というのはもっと活気のある場所だと思っていました……」

ユーリ「確かに、想像してたのと全然違うな……」

と共感する。

リタ「でも、あんたの探してる魔核(コア)ドロボウが居そうな感じよ」

ユーリ「デデッキってやつが向かったのはトリム港の方だぞ」

リタ「どっちも似たようなもんでしょ」面倒そうな顔をした。

カロル「そんなことないよ。ノール港が厄介なだけだよ」と否定し、続ける。「ノール港はさ帝国の圧力が…「金の用意が出来ないときは、おまえらのガキがどうなるかよくわかっているよな?」とカロルの声を遮るように不快な内容が耳を障る。夫婦がお役人様!!どうかそれだけは!息子だけは……返してください!と懇願していた。

役人「ならば、早くリブガロって魔物を捕まえてこい」

と言い放った。

レナ(……何今の。子供を人質にしてるの?)

ユーリ「カロル、今のがノール港の厄介の種か?」

カロルは肯定する。

カロル「このカプワ・ノールは帝国の威光がものすごく強いんだ。特に最近来た執政官は帝国でも結構な地位らしくてやりたい放題だって聞いたよ」

リタ「その部下の役人が横暴な真似をしても、誰も文句が言えないってことね」

ユーリは胸糞悪いと言った顔をする。エステルはそんなと声を上げた。

レナ(いつの時代も、上に立つ人間が腐ってれば下も腐っているわね)

女性「もうやめて、ティグル!その怪我では……。今度こそ貴方が死んじゃう!」悲痛な声で夫を止めている。

ティグル「だからって、俺が行かないとうちの子はどうなるんだ。ケラス!」

そう言って男性は走って街の外に出ようとしたがユーリの足に引っかかってコケてしまった。

ティグル「痛ッ……あんた、何すんだ!」

と体の痛みに顔をゆがめながら声を荒らげている。ユーリはわざとらしい顔であぁわりぃ、引っかかっちまったと言ってのける。ケラスがティグルの元へ駆け寄る。

エステル「もう!ユーリ!……ごめんなさい今、治しますから」とユーリを叱りながら治癒術をティグルにかける。

レナ(……ユーリ、狙ってやったよね)

ケラスはあの私たち払える治療費がと言いかけてユーリがその前に言うことあるだろ?と言えばえ?と疑問をあげる。

ユーリ「まったく、金と一緒に常識までしぼり取られてんのか」

ケラスは言われてハッとしてすぐに立ち上がる。

ケラス「……ご、ごめんなさい。ありがとうございます」とエステルにお礼を言った。

カロルがあれ?ユーリとレナは?とキョロキョロした。

 

―ユーリの方では

 

 雨が降る中、路地裏にユーリは立っていた。相手を誘い出すために。もちろんレナは危ないのでバレないように置いてきたつもりだった。レナはユーリの動きにすぐ感づいてバレないように後をつけた。しばらくして、暗殺者であろう3人組が姿を現しユーリに襲いかかる。剣で攻撃を受け止めた。うち2人が何故か後ろに飛ばされていた。

?「大丈夫か?ユーリ」

と騎士団の服と鎧を身にまとい金髪の青年が立っていた。

ユーリはその姿を見て驚き名を呼ぶ。

ユーリ「フレン!おまっ……それオレのセリフだろ」

フレン「まったく、探したぞ」

ユーリ「それもオレのセリフだ」と、蒼破を敵に撃ちながら返す。

再び敵が襲い来るのを息ぴったりに2人は受け止め弾き、術技をいれる。またもや飛ばされる敵たち。今のままでは無理と判断したのか暗殺者達はその場を退いた。

ユーリは戦闘をおえてふぅと息をつく。

ユーリ「マジで焦ったぜ」

フレンはさてと言うとユーリに向かって剣を振り上げた。ユーリは持ち前の反射神経で剣で受け流す。ユーリは焦った声でなにしやがる!とフレンに言った。

レナ(あとをついて来たはいいけど、出るタイミング完全に見失った……2人とも剣交え始めるし、どうしよう)

フレン「ユーリが結界の外へ旅立ってくれたことは嬉しく思っている」

ユーリ「なら、もっと喜べよ。剣なんか振り回さないで」と攻撃をいなす。

フレンは攻撃をやめ、剣で壁を指し示す。

フレン「これを見て、素直に喜ぶ気が失せた」

ユーリ「あ、10000ガルドに上がった、やり」と呑気だ。

フレン「騎士団を辞めたのは犯罪者になるためではないだろう」

ユーリ「色々事情があったんだよ」

片手をブラブラさせながら言う。

フレン「事情があったとしても罪は罪だ」

ユーリ「ったく、相変わらず、頭の硬いやつだな……あっ」

エステルがこちらに走ってきていた。

エステル「ユーリ、さっきそこで何か事件があったようですけど……」

ユーリはちょうどいいとこにとほっとする。エステルは嬉しそうにフレン!と声をかけて、ユーリを擦り抜けてフレンに抱きついた。フレンは驚いて固まっている。

エステル「良かった、フレン。無事だったんですね?怪我とかしてませんか?」

そう言ってあちこち触って確かめるエステル。硬直から立ち直ったフレンは、戸惑いながらしてませんからと返した。次いでエステリーゼ様…と気まずそうにする。エステルはハッとして謝る。ユーリはフレンとエステルに背を向けていた。フレンはこちらにと言うと、離したばかりのエステルの手を半ば強引に掴んでどこかに向かう。わけが分からないとエステルは戸惑いながらフレンに雨の中を引きずられるように歩いていった。

ユーリ「……レナとカロルとリタを先に拾うか」

レナ(あ、今しかない)

レナ「ユーリ」

ユーリ「っレナ?!お前いつからそんなところにいたんだ?風邪ひくだろ」

路地裏からひょっこりと出てきたレナにユーリは驚く。

レナ「えっと、ユーリがみんなに黙ってどっかに行った時に気になって後をつけたの」気まずそうに答えた。

ユーリ「そんな前からかよ。怪我はないか?危ねぇから二度とそんなことするなよ」

呆れながらもしっかりとレナを叱る。

レナ「うっごめんなさい。ユーリなら1人でも大丈夫だと思ったけど心配になっちゃって……その、もしもの事を考えちゃって」湿ったカーディガンの袖を握り込む。

ユーリ「……心配かけて悪かった」

それは少し申し訳なさが伝わる声だった。レナはその謝罪にこくりと頷いた。

 

 ユーリとレナはカロルたちの元へ戻った。カロル達は軒下で雨宿りをしている。

カロル「なんかエステルが引きずられていったけど……」

ユーリ「二人は宿屋の中か?」

ユーリはドアを開けようと手を伸ばす。

リタ「今、行っても。色々立て込んでると思うわよ」

カロル「長くなりそうだったし、先に街を見て回ったら?」と提案する。

ユーリ「……そうだなぁ」

と振り返って歩き出すユーリにレナはついて行った。

 ユーリとレナは執政官がいるという屋敷の前に来ていた。薄い金髪の2つ二三つ編みした海賊帽子の女の子が、門番らしき人と揉めてほおり出されるのをユーリがキャッチする。抱きとめられた女の子は抱きとめられたことにむむっと声を上げた。

ユーリ「子供一人に随分と乱暴敵な扱いだな」

女の子は再チャレンジなのじゃと構える。しかしむなしくも門番に剣先を向けられてしまった。

ユーリ「おいおい。丸腰の子供相手に武器向けんのか」

門番のひとりは、ガキにこれが大人のルールだってことを教えてやるだけだと言った。

レナ(子供になんてことを……。いくらなんでもやりすぎっ)苛立ちを手を握ってやり過ごす。

ユーリはやめとけってっと言って止める。女の子はポッケからなにか取り出したかと思えば、それを地面になげつけた。瞬間大量の煙が門番、ユーリたちを襲う。俗に言う煙幕だった。レナは煙を吸ってしまいゴホゴホと咳をする。門番は煙を払おうと必死だ。女の子は屋敷に入口とは逆方向に走る。ユーリは咄嗟に女の子手を掴む。

ユーリ「おいおい。ここまでやっといて逃げる気か?」

女の子「美少女の手を掴むのには、それなりの覚悟が必要なのじゃ」

ユーリ「どんな覚悟が教えてもらおうじゃねぇか」

女の子「残念なのじゃ。今はまだそのときでない」

2人のやり取りを聞き取りながらも、ゴホゴホと咳をするレナ。

ユーリ「なんだって……?」

女の子はさらばじゃと告げると煙の勢いは増していき、その勢いでどこかに走っていってしまった。煙は段々と落ち着き視界が開ける。ユーリはまてと声をかけるが、あっという間に姿が見えなくなり見失った。レナはコンコンと未だに咳をしていた。

レナ(……そういえば煙系は吸い込むと体質なのかしばらく噎せちゃうんだった)

ユーリはレナに大丈夫か?と屈む。深呼吸をして落ち着たレナはこくんと頷いた。

門番「ちっ、なんだったんだ、あのガキ。おい、お前もさっさと消えるんだな」

レナ「?あれ、ユーリ何持ってるの?」

ユーリ「ったく……やってくれるぜ」

どうやら先程の彼女に似た人形のようだ。

レナ「あっねぇ、そろそろエステル達の話も終わった頃なじゃない?」

ユーリ「ああ、そうだな。宿屋に行くか」

ユーリとレナはその場を後にして宿屋へと向った。

 宿屋の中へ入ると、リタとカロルもおりそれぞれ椅子にかけていた。

ユーリ「それで、話は終わったのか?」

フレン「ここまでの事情は聞いた。賞金首になった理由もね。まずは礼を言っておく。彼女を守ってくれてありがとう」

エステル「あ、わたしからも、ありがとうございました」ソファにかけたまま頭を下げる。

ユーリ「なに、魔核(コア)ドロボウ探すついでだよ」

フレン「問題はそっちの方だな」

ユーリはそれにん?とひっかかりを覚える。

フレン「どんな事情があれ、公務の妨害、脱獄、不法侵入を帝国の法は認めていない」

エステル「ご、ごめんなさい。全部話してしまいました」

申し訳なさそうに肩をすくめている。

ユーリ「仕方ねぇなやったことは本当だし」

フレン「では、それ相応の処罰を受けてもらうが、いいね?」

それは聞いてないとフレン!?とエステルは身を前に乗りだす。

レナ(……もしユーリが捕まったらわたしどうすればいいんだろう)

ユーリ「別に構わねぇけど、ちょっと待ってくんない?」

フレン「下町の魔核(コア)を取り戻すのが先決と言いたいのだろう?」

フレンの部下らしき人が入ってきて、背の小さな男の子がご報告がと述べ、リタがいることに驚いた。

男の子「あなた、帝国の協力要請を断ったそうじゃないですか?帝国直属の魔導士が、義務付けられている仕事を放棄していいんですか?」とリタに詰め寄る。

ユーリはリタに誰?と聞くが、リタはだれだっけ?と返した。

フレン「紹介する。僕……私の部下のソディアだ。こっちはアスピオの研究所で同行を頼んだウィチル。彼は私の……「こいつ……!賞金首のっ!!」」

ソディアが口を挟みユーリに剣を向けた。そばに居たレナは反射的にユーリを庇うように前に出てしまう。フレンが待て!と声掛け私の友人だと話す。ソディアは信じられないといった声で、賞金首ですよ!!と声を荒らげる。

フレン「事情は今、確認した。確かに軽い罪は犯したが、手配書を出されたのは濡れ衣だ。後日、帝都に連れ帰り私が申し開きをする。その上で、受けるべき罰は受けてもらう」と説明し、ソディアに抜いた剣を収めるように制する。

ソディアは納得し、非礼を詫びるとウィチルに報告を促す。ウィチルは頷くと、フレンへと1歩前にでる。

ウィチル「この連続した雨や暴風の原因は、やはり魔導器(ブラスティア)のせいだと思います」

ソディア「ラゴウ執政官の屋敷内に、それらしき魔導器(ブラスティア)が運び込まれたとの証言もあります」

とウィチルに続いた。

リタが、天候を制御できる魔導器(ブラスティア)なんて聞いたことがないと顔をしかめる。

リタ「そんなもの発掘もされてないし……いえ、下町の水道魔導器(アクエブラスティア)に遺跡の盗掘……まさか」

ぶつぶつ言いながら考えている。

ユーリ「執政官様が魔導器(ブラスティア)使って、天候を自由にしてるってわけか」

ええ、あくまで可能性ですが…とソディアが肯定する。

ソディア「その悪天候を理由に港を封鎖し出航する船があれば、法令違反で攻撃を受けたとか」と続けた。

ユーリ「それじゃ、トリム港に渡れねぇな……」

フレン「執政官の悪い噂はそれだけではない。リブガロという魔物を野に放って税金が払えない住民たちと戦わせて遊んでいるんだ。リブガロを捕まえてくれば、税金を免除すると言ってね」

レナ(……っなんて非道な)

リタ「入り口で会った夫婦の怪我って、そういうからくりなんだ。やりたい放題ね」と納得する。

カロルは酷い話に顔を歪ませて、そういえば子供が…と口にした。フレンはこどもがどうかしたのかい?と聞くがユーリになんでもないと返された。そのまま、色々あって疲れたからここままオレらは休ませてもらうとフレンに伝えるとユーリ、レナ、リタ、カロルはその場を後にした。

エステルもユーリ達とその場を後にする。

 ユーリ達は宿の外に出る。まだ雨は降り続いていた。

エステル「わたし、ラゴウ執政官に会いに行ってきます」

カロル「え?ボクらなんか行っても、門前払いだよ。いくらエステルが貴族の人でも無駄だって」

とエステルを止める。

リタ「うだうだ考えてないで、行けばいいじゃない」

ユーリ「話のわかる相手じゃねぇなら、別の方法考えればいいんだしな」とリタの意見に賛成した。

ユーリ達はラゴウ執政官が居る屋敷に向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

執政官の屋敷

―ラゴウ邸

 

 屋敷に行くと、門番がなんだ、貴様らと警戒する。

エステル「ラゴウ執政官に会わせて頂きたいんですが」

カロル「ユーリ、この人たち、傭兵だよ。どこのギルドだろう……」

レナ(この人たち、傭兵だったんだ。道理で……)

ユーリ「道理でガラが悪いわけだ」

傭兵は帰れ帰れ!執政官殿は忙しいんだよとユーリ達に向かって言った。ユーリは街の連中痛めつけるのにか?と言えば口には気をつけろよとさらに威嚇された。

カロル「だから、相手にされないって言ったじゃないか。大事になる前に退散しようよ」とユーリに訴える。

それにユーリは賛成だと返した。エステルは他に方法が……と無いと続けようとしてリタにいいから行くよと引っ張られて行った。

ユーリ「正面からの正攻法は騎士様に任せるしかないな」

リタ「それが上手くいかないから、あのフレンってのがら困ってるんじゃないの?」

ユーリ「まぁな。となると、献上品でも持って、参上するしかないか」

リタ「献上品?何よ、それ」

ユーリ「リブガロだよ。価値あんだろ?」

エステル「そういえば、役人のひとりが言ってました。そのツノで、一生分の税金を収められるって」

レナ(そんなに高価なものなんだ)

ユーリ「じゃあ、まずリブガロを探すとしますか」

 5人はノール港の入口へと向かう。その道中宿屋付近でフレンと出会った。

フレン「相変わらず、じっとしてるのは苦手みだいだな」

ユーリ「人をガキみたいに言うな」

フレンが無茶はもう……とユーリを心配してなのか行くのを止めようとする。

ユーリ「オレは生まれてこのかた、無茶なんてしたことないぜ。今も魔核(コア)ドロボウを追ってるだけだ」

そう言われてしまえばフレンは何も言えない、いや言わない。

ユーリ「おまえこそ、無理は程々にな」

そう言って街の外へと行ってしまった。

レナは出ていく振りをしてエステルが来るのを待っていた。

 フレンはウィチルに指示を出すと、まったく……と独り言言った。フレン?とエステルが気になるようにその名を呼ぶ。呼ばれたフレンはエステルに向き直った。

フレン「ユーリは守るべき物のためならとても真っ直ぐなんですよ。その為に自分が傷つくことを厭わない。それが羨ましくもありそのための無茶が不安でもあるんですけどね」と心の内を吐き出すように続けた。

レナ(……守りたい……皆を。ユーリが無茶しないように私も守る。ユーリ達は私が無茶するのをとめそうだけど、守るための力が私にはあるんだから。いざと言う時のために魔術以外の攻撃も出来るように考えないと、だね)

少女は密やかに決意した。

 入口近くでカロルも待っていたようで、ユーリに置いていかれてしまうとエステルを呼ぶ。エステルはフレンに私たちもこれで……と行こうすると、フレンがエステリーゼ様と呼び止める。エステルが返事をして足を止めると、フレンはどうですか?外を、自由に歩くというのは?と続けた。

エステル「全部を良かったというのは、難しいことですけど……わたしにも成すべきことがあるのだとわかり、それが嬉しくて、楽しいです」とニコリと笑って返した。

フレン「そうですか、それは良かった……」と穏やかに頷く。

ではと今度こそエステルはその場を去った。

 ユーリ達は街の外へ出てリブガロを探し始める。雨天のせいで視界が悪い。振り続ける雨は、じわりじわりと体力も削っていく。湿っていく服に不快感を覚えながらも進んでいく。街から遠く離れた場所まで歩いたところで、黄色い毛並みを持つ4足の魔物が現れた。カロルはすぐに気づき、これがリブガロだよ!とみんなに知らせた。みな一斉に武器を取る。レナは、詠唱準備に入った。それを見たユーリがレナは下がっとけと指示を出す。負けじとでもと視線で訴えたがダメだと言われた。渋々彼女はみなと距離をとった。

レナ(痛みなんて慣れるもんなのに。ユーリは心配症だな……)

リブガロの討伐は思ったよりも早くに終わり、それはユーリ達が初めの時よりも着実に強くなっていることを示した。

カロル「さっさと連れて帰ろうよ」

よく見ればリブガロは傷だらけで治りかけの傷も幾つかある。

エステル「傷だらけ……。少しかわいそうですね」と眉を下げる。

ユーリ「死に物狂いの街の連中に何度も襲われたんだろうな。高価なのはツノだろう?金の亡者どもにゃこれで十分だ」とツノだけを採取すると街へ足を進めた。

 

 ユーリが街へ帰ると、聞いたことのある女性の声が聞こえた。

ケラス「待って!せっかく、ケガを治してもらったのに!」

声のする方向を見るとティグルが剣を持って街の入口に向かっていた。ユーリがティグルに近づきそんな物騒なもん持って、どこに行こうってんだ?と声をかける。

ティグル「あなた方には関係ない。好奇心で首を突っ込まれても迷惑だ」と冷たく返した。

そんなティグルの態度に、ユーリはティグルの足元にリブガロのツノを放る。ティグルはこれはっ?!と求めていた物に驚きの声をあげた。

ユーリ「あんたの活躍の場を奪って悪かったな。それは、お詫びだ」

夫婦はありがとうございますとお礼を述べユーリはその場を後にする。

レナ「ねぇ、あげても良かったの?」

カロル「そうだよ!よかったの?!」

ユーリ「あれでガキが助かるなら安いもんだろ」

レナ「そっか。子供が助かるなら確かにそうだね」

エステル「最初からこうするつもりだったんですね」

ユーリは誤魔化すように思いつき思いつきと言う。

リタ「その思いつきで、献上品が無くなっちゃったわよ。どうすんの」

ユーリ「ま、執政官邸には、別の方法で乗り込めばいいだろ」

エステル「なら、フレンがどうなったか確認に戻りませんか?」と提案する。

カロル「とっくにラゴウの屋敷に入って、解決してるかもしれないしね」

だといいけどとユーリは呟いた。

 5人は宿に戻り、フレンたちをたずねる。入ってそうそうユーリは、フレン達に相変わらず辛気臭い顔してるなと声をかけた。

フレン「色々考えることが多いんだ。君と違って」とユーリの嫌味に同じように嫌味で返した。

フレン「また無茶をして、賞金額を上げて来たんじゃないだろうね」

ユーリ「執政官とこに行かなかったのか」とフレンの言葉を無視して質問する。

フレン「行った。魔導器(ブラスティア)研究所から調査執行書をら取り寄せてね」

ユーリ「それで中に入って調べたんだな」

フレン「いや……執政官にはあっさり拒否された」

それにカロルがなんで!?と驚く。

ウィチル「魔導器(ブラスティア)が本当にあると思うなら正面から乗り込んでみたまえ、と安い挑発までくれましたよ」

ソディア「私たちにその権限がないから、馬鹿にしているんだ!」と怒りを示す。

ユーリ「でも、そりゃそいつの言う通りじゃねぇの?」

ソディアが何だと!?とユーリに突っかかって行くのをウィチルが慌てて止める。

カロル「ユーリ、どっちの味方なのさ!」とユーリに問う。

ユーリ「敵味方の問題じゃねぇ。自信あんなら乗り込めよ」

フレンはいや、これは罠だと返す。

フレン「ラゴウは騎士団の失敗を演出して、評議会の権力強化を狙っている。今、下手に飛び込んでも証拠は隠蔽され、しらを切られるだろう」

エステル「ラゴウ執政官も評議会の人間なんです?」

フレンは肯定する。

フレン「騎士団も評議会も帝国を支える重要な組織です。なのに、ラゴウはそれを忘れている」

ユーリ「とにかく、ただの執政官様ってわけじゃないってことか。で、次の手考えてあんのか?」

その問いにフレンは黙ってしまった。

ユーリ「なんだよ、打つ手なしか?」

ウィチル「……中に騒ぎでも起これば、騎士団の有事特権が優先され、突入できるんですけどね」

ユーリ「なるほど、屋敷に泥棒でも入ってボヤ騒ぎでも起こればいいんだな」とどこか含みのある声で言う。

レナ(……ん〜これはなにかやるね)

フレン「ユーリ、しつこいようだけど……」

無茶するな、だろ?とユーリが言ってわかってるという顔をした。フレンはそれを見てそれ以上は何も言わなかった。

フレン「市中の見回りに出る。手配書で見た窃盗犯が、執政官邸を狙うとの情報を得た」

と部下に言うとそのまま外へと出た。

 ユーリ達も宿屋を後にして外に出ると、執政官邸近くに行く。近くまで着くと、入口そばにいる傭兵にバレないように潜む。

カロル「何度見ても、おっきな屋敷だね。評議会のお役人ってそんなに偉いの?」

エステル「評議会は皇帝を政治面で補佐する機関であり、貴族の有力者により構成されている、です」

リタ「言わば、皇帝の代理人ってわけね」

レナ「どうやって入るの?」

エステル「裏口はどうです?」

?「残念、外壁に囲まれてて、あそこを通らにゃ入れんのよね」とユーリたちの後ろから男性の声がした。

エステルがその男性に気づき声を上げそうになって、男性がしーっと人差し指を口に当てる。

?「こんな所で叫んじゃったら見つかっちゃうよ、お嬢さん」

エステル「えっと、失礼ですが、どちら様です?」と戸惑いつつ聞く。

?「な〜に、そっちのかっこいい兄ちゃんとちょっとした仲なのよ。な?」とニッと笑ってユーリに視線を向ける。

ユーリ「いや、違うから、ほっとけ」とうんざりしながら顔を逸らした。

?「おいおい、ひどいじゃないの。お城の牢屋で仲良くしてくれたじゃない、ユーリ・ローウェル君よぉ」

ユーリ「ん?名乗った覚えはねぇぞ」と睨む。

男性は手配書を出してヒラヒラとさせた。納得したカロルがユーリは有名人だからねと言って、おじさんの名前は?と聞いた。リタは怪しいと言わんばかりに睨んでいる。

?「ん?そうだな……。とりあえずレイヴンで」

ちゃらちゃらとカロルの質問に答えた。

リタ「とりあえずって……、どんだけふざけたやつなのよ」と組んでいた腕を解いて呆れ返る。

ユーリ「んじゃ、レイヴンさん、達者で暮らせよ」

レイヴン「つれないこと言わないの。屋敷に入りたいんでしょ?ま、おっさんに任せときなって」

レイヴンは屋敷の入口に行く。

リタ「止めないとまずいんじゃない?」

ユーリ「あんなんでも城抜け出す時は、本当に助けてくれたんだよな」

エステル「そうだったんです?だったら、信用できるかも」

だといいけどなとユーリは言った。

レナ「……それはどうだろうね(ボソッ)」

誰にも聞き取れないようなほぼ音になっていない声でポツリ。状況を見ていたカロルがな、なんかこっちくるよ?と入口をさす。レイヴンはそのまま屋敷へと入って行った。エステルはそ、そんなぁ……と困り果てた声を出す。リタは下を俯き明らかに怒っている。

リタ「あいつ、バカにして!あたしは誰かに利用されるのが大っ嫌いなのよ!」と向かってくる傭兵の前に飛び出すと、詠唱し始める。

次いでそのまま、お得意の火の魔術を放ち傭兵を1発KOさせたのだった。

カロル「あ〜あ〜、やっちゃったよ。どうすんの?」

ユーリ「どうするって、そりゃ行くに決まってんだろ?見張りもいなくなったし」

 そのままリタを先頭に入口に走りそのまま入ろうとしたがユーリがちょいまったと立ち止まる。

ユーリ「正面はさすがにやめとけ、裏に回って通用口でも探すぞ」

裏に回るとそこにはレイヴンが居た。

レイヴン「よう、また会ったね。無事で何よりだ。んじゃ」と通用口へ去っていった。

待てコラ!とリタは大声を上げて隣の通用口に乗り込むが下に降りていく。カロルがあれ、下?と呟いた。機械が止まり一同は降りる、リタは通用口を操作しようといじっているが、ここからでは操作できないようにされていた。

 異臭にエステルがうっ!?と鼻を抑える。レナも顔を顰めていた。カロルがなんか臭いねと絞り出す。

ユーリ「……血と、あとはなんだ?何かの腐った臭いだな」

するとユーリ達の前に魔物が姿を現す。

ユーリ「魔物を飼う趣味でもあんのかね」

レナ「だとしたら、悪趣味だよね。まぁ、実際はそれよりも悪趣味な感じがするけど……」

遠くから、パパ……ママ……助けて……と子供のすすり泣く声が聞こえた。

レナ「……やっぱりね」苛立ちを少し滲ませながら呟く。

   (子供をこんなところに連れてきて……本当に趣味が悪い)

エステル「行きましょう!誰かいるみたいです!」

声をした方向に走っていくと、子供が怯えて蹲っていた。

エステルはだいじょうぶだよとあやすように子供に声をかける。そのまま、なにがあったか、はなせる?と子供に聞く。

子供「こわいおじさんにつれてこられて……パパとママがぜいきんをはらえないからって……」とまた今にも泣きそうな声で目に涙をためながら話してくれた。

カロル「ねぇ、もしかして、この子。さっきの人たちの……」

エステル「……なんて、ひどいこと」と悲しみと怒りを感じ抑える。

カロル「もしかして、この人たちは、ここの魔物に……?」

子供の周りに倒れている大人たちをみてカロルが呟いた。

子供「パパ……ママ……帰りたいよ……」

そうこぼすとこらえきれなくなった涙が頬を伝い流れた。

エステル「だいじょうぶ。もう、だいじょうぶだからね。お名前は?」

また泣き出した子供を安心させるように優しい声で話す。

ポリーと子供は答えた。ユーリがポリーの近くに膝つく。

ユーリ「ポリー、男だろ、めそめそすんな。すぐに父ちゃんと母ちゃんにはあわせてやるから」

下町の子供たちで慣れているのだろう、普段よりも穏やかな声で言った。うんとポリーは頷いた。ユーリはよしと言うと、んじゃ行こうとここを抜けるために進む。

 

 奥へ進むと、檻のようものがある部屋に着いた。

檻の外側から誰かが歩いてくる。

「はて、これはどうしたことか、おいしい餌が、増えていますね」

レナ「っ……あなたがラゴウさんですか?随分と胸糞悪い趣味をお持ちなんですね」

少女は右手で左腕をグッと握って怒りを抑え平然を装う。

ラゴウ「趣味?ああ、地下室のことですか」

   「これは私のような高雅な者しか理解できない楽しみなのですよ。評議会の小心な老人どもときたら、退屈な駆け引きばかりで私を楽しませてくれませんからね」

   「その退屈を平民で紛らわすのは私のような選ばれた人間の特権というものでしょう?」

どこまでも下の人間をバカにするその態度に、その場の全員が怒りを滲ませる。レナにいたっては、先程よりも左腕を握る力がググッと強くなっており指先が白くなっている。冷静になろうと深呼吸をするが、足元には微かに魔術陣が浮かび始めている。

エステル「ラゴウ!それでもあなたは帝国に仕える人間ですか!」と我慢できなくなったエステルは糾弾する。

ラゴウはエステルをみて顔を変えた。ユーリはそれを見て、蒼波刃を放ち檻を吹っ飛ばした。その衝撃でラゴウは尻もちをついた。レナの足元に浮かび上がっていた魔術陣はスウッと消える。ラゴウはなにをするのですか!と怯えた声でユーリを指さしながら叫ぶ。そして、ユーリ達を捕らえるように誰かに指示してその場から逃げ出した。

ユーリ「早いとこ用事済まさねぇと敵がぞろぞろ出てくんぞ?」

リタが詠唱し始めるが、ユーリがちょっとまてと止める。

リタ「……何よ、騎士団が踏み込むための有事ってやつが必要じゃないの?」

ユーリ「まだ早い。まずは証拠の確認だ」

エステル「天候を操る魔導器(ブラスティア)を探すんですね」

 屋敷内を一行は探索開始した。次々と部屋を移動し、ドアを開けると大きく開けた場所に出た。目の前にはロープで縛られ吊るされている女の子がいた。い〜い眺めなのじゃ……と呑気だ。カロルは誰……と呟く。ユーリはそこで何してんだ?と少女に聞いた。少女は見ての通り、高みの見物なのじゃと返す。

ユーリ「ふ〜ん、俺はてっきり捕まってるのかと思ったよ」

エステル「あの……捕まってるんだと思うんですけど……」とつっこむ。

そんなことないぞと少女は不服そうに言うと体を揺らした。なにかに気づくと少女はお前たち知ってるのだとユーリとレナを見た。えーと名前は、ジャック!と元気に言った。

エステル「誰なんです?」とユーリを見る

ユーリ「オレはユーリだ。おまえ、名前は?」としょうがないといった顔で軽くため息つく。

少女はパティなのじゃと答えた。

ユーリ「パティか。さっき、屋敷の前で会ったよな」

どこから出したのか不明のパティに似た縫いぐるみを手に持ってぶらぶらさせる。

パティ「おおそうなのじゃ。うちの手の温もりを忘れなくて、追いかけてきたんじゃな」と体を揺らす。

レナ「ねぇ、ユーリ、そろそろ解いてあげたら?」

ユーリ「しかたねぇな」

剣でロープを切りパティを解放させた。パティは服装を整える。

カロル「ね、こんなところで何してたの?」

パティ「お宝を探してたのじゃ」

カロル「宝?こんなところに?」

エステル「と、ともかく、女の子ひとりでこんなところをウロウロするのは危ないです」

レナ「そうだよ。一緒に行かない?」

パティ「うちはまだ宝も何も見つけていないのじゃ」そう言ってドアの方に向かう。

ユーリ「ふーん……なんでもいいけど。ま、まだ宝探しするってんなら、止めないけどな」

パティはドアの前で考え込む。

パティ「たぶん、この屋敷にはもうお宝はないのじゃ」

ユーリたちの方へ振り返る。

リタが一緒に来るってさと通訳する。ユーリはそれを聞いてそれじゃ行くかと、一同はその場を後にした。再び、部屋を巡り証拠を探していると、潜入者ぁぁあ!!と傭兵?らしき人が斬りかかって来た。ユーリはすぐに対応し斬り伏せる。

ユーリ「こんな危険な連中のいる屋敷をよくひとりでウロウロしてたな」とパティを見る。

パティ「危険を冒してでも、手に入れる価値のあるお宝なのじゃ」

カロル「それってどんな宝?」

パティ「アイフリードが隠したお宝なのじゃ」

カロルはアイフリード……っ?!と驚愕する。

エステル「アイフリードってあの、大海賊の?」と驚きに満ちた声。

ユーリは知らないようで有名人なのか?と言った。

カロル「し、知らないの?海を荒らしまわった大悪党だよ」とユーリに説明する。

エステル「アイフリード……海精の牙という名の海賊ギルドを率いた首領(ボス)。移民船を襲い、数百人という民間人を殺害した海賊として騎士団に追われている。その消息は不明だが、既に死んでいるのではと言われている、です」カロルの説明に詳細を付け加える。

カロル「ブラックホープ事件って呼ばれてるんだけど、もう酷かったんだって」

リタ「でも、あんたそんなもん手に入れて、どうすんのよ」

パティ「どうする……?決まってるのじゃ、大海賊の宝を手にして、冒険家として名を上げるのじゃ」

レナ「危ない目に遭っても?」

パティ「それが冒険家という生き方なのじゃ」

ユーリ「ふっ……面白いじゃねぇか」

パティ「面白いか?どうじゃ、うちと一緒にやらんか?」とにこやかに言った。

ユーリ「性には合いそうだけど、遠慮しとくわ。そんなに暇じゃないんでな」

パティ「ユーリは冷たいのじゃ。サメの肌より冷たいのじゃ」

サメの肌……?とカロルが小さくつっこむ。

パティ「でも、そこが素敵なのじゃ」

今度はリタが素敵か……?と小さくつっこんだ。

カロル「もしかしてパティってユーリのこと……」

パティはユーリ達に振り返ると、一目惚れなのじゃとウィンクした。リタがやめといた方がいいと思うけどと呟く。エステルはひとめぼれ……と零す。変な空気にリタは顔を手で覆う。

リタ「……なんでもいいけど、さっさと行きましょ」

一行はその言葉で変な空気を霧散させ、証拠探しに戻った。

 

―数十分後

 

 ユーリ達は大きく開けた円柱状の部屋に着く。そこには青く発光する機械が鎮座していた。一同はその大きな機械を見上げる。

カロル「この魔導器(ブラスティア)が例のブツ?」

 リタが魔導器(ブラスティア)のそばに駆け寄る。操作盤を出すと魔導器(ブラスティア)を解析していく。

リタ「ストリムにレイトス、ロクラーにフレック……複数の魔導器(ブラスティア)をツギハギにして組み合わせている……この術式なら大気に干渉して天候操れるけど……こんな無茶な使い方して……!」

  「エフミドの丘のといい、あたしよりも進んでるくせに魔導器(ブラスティア)に愛情のカケラもない!」と憤っていた。

リタの説明を聞きながらエステルは証拠を確認できましたねと言った。エステルはリタに調べるのは後にと声をかけるが、リタはもうちょっとだけ調べさせてと返す。

ユーリ「後でフレンにその魔導器(ブラスティア)まわしてもらえればいいだろ?さっさと有事を始めようぜ」

各々、その声を合図に行動を開始する。エステルはなにか壊していいものはと探していた。レナはここぞとばかりに張り切った。というか、あまりにも戦闘に参加させて貰えないのでストレスが溜まっていた。レナに物理的な力は無いに近いので、あんまり被害が出なさそうな魔術を考える。パティは、銃を取りだすとよく分からないけどうちも手伝うのじゃとくるくると回して構える。ユーリはパティに大人しくしとけと服を引っ張って止めた。パティは残念そうにあう…と地べたに座り込んだ。カロルは大きなハンマーで柱をたたき出す。レナは風ならそんなに被害も出ないしでも大事にできるのでは?と思い、風の魔術詠唱を始める。

レナ「風よ、切り刻め!……ウィンドカッター!」

風の刃は柱を傷つけた。直後、あの時と同じ全身にトゲが刺さるような痛みが襲う。

レナ(んー初級魔術使ったこの痛みにも慣れてきたなぁ)

痛みが彼女を襲っているなんて誰も気づかないだろう。それくらい平然としていた。ふと上を見ると、詠唱の時に舞う赤い光の粒がリタの周りを舞っている。

リタ「あ〜っ!!もう!!」

と苛立ちながらファイヤーボールを周囲に放つ。

3つ壁にぶち当たり、1つカロルの近くに落ちる。

カロルはそれを慌ててさけて、リタに文句を言った。

リタ「こんくらいしてやんないと、騎士団が来にくいでしょっ!」とファイヤーボールを放ち続ける。

エステルがそんなリタをみてこれはちょっと……とひいている。

パティ「なに、悪人にお灸を据えるにはちょうどいいくらいなのじゃ」と満足げだ。

衝撃に屋敷が揺れている。レナはこれ屋敷崩れたりしないよね?と少し不安になった。

 遠くからラゴウの声が聞こえてくる。人の屋敷でなんたる暴挙です!と声を荒らげていた。声がした方向にユーリ達が振り返ると、ラゴウと屈強な傭兵達がいた。

ラゴウは傭兵達にユーリ達を捕らえるように指示を出す。

エステルは殺さないように追加で指示をした。

カロル「まさか、こいつらって、紅の絆傭兵団?」と傭兵たちの身なりを見て気づく。ユーリは剣を構えると傭兵立ちに突っ込んで行った。リタは離れた場所で、ファイヤーボールを唱えまくっている。

レナはユーリの援護についた。

レナ「刃に宿れ、更なる力よ……シャープネス」

   (っよし、まだまだ耐えられる!)

ユーリに攻撃力アップの魔術を付与する。それぞれ、傭兵達を退けていく。武器と武器がぶつかる金属音と、リタの魔術による轟音、それによって屋敷が揺れる音がラゴウを苦しめている。ある程度傭兵との決着が着くとユーリはリタに駆け寄り、退くぞと声をかける。リタはまだ暴れたりないと詠唱をやめない。

ユーリ「早く逃げねぇとフレンとご対面だ。そういう間抜けは勘弁だぜ」

詠唱を続けながらファイヤーボールをまた放ち、リタはそんな早く来るわけと言いかけてやめた、なぜなら放った先にフレン達がいたから。

フレン「執政官、何事かは存じませんが、事態の対処に協力致します」

エステルはフレン!?と驚きの声を出す。ユーリはほらなとリタに言った。

ラゴウ「ちっ、仕事熱心な騎士ですね……」と小言をもらす。

 突然屋敷の窓ガラスが割れて、外からドラゴンが入ってきた。その背には誰かが乗っている。その場にいた皆が、それに釘付けになっていた。カロルは竜使い!?と驚きが隠せない。フレンはソディアとウィチルに指示を出す。フレンとソディアは竜に向かって駆け、ウィチルは詠唱しファイヤーボールを竜に向かって放つ。竜が逃げた先にフレンとソディアは駆けつけ攻撃を仕掛ける。竜使いはいとも容易くそれらを避け、魔導器(ブラスティア)をの前を通る。そして魔核(コア)の近くになると槍を構え器用に、そして激しく砕いた。フレンは驚きの表情で竜使いの方に振り向く。

リタ「ちょっと!!何してくれてんのよ!魔導器(ブラスティア)を壊すなんて!」思わぬことに激しく憤る。

エステル「本当に、人が竜に乗ってる……」心の内がポツリと出た。

リタはこのまま逃すかとファイヤーボールを竜に向かって打つ。竜はヒラヒラとまるで風の様に避けた。魔核(コア)を破壊された魔導器(ブラスティア)は行き場のないエネルギーをバチバチと纏っている。竜は徹底的にやるつもりらしく部屋に炎のブレスを吐いて燃やし始める。魔導器(ブラスティア)の状態を目視するしていたリタは竜使いが逃げて行くことに気づく。炎が広がり始めフレンたちの行く手を阻む。ラゴウが船の用意を!と傭兵達に叫ぶ。ラゴウも逃げる気だと察したユーリが逃がすかっ!!と追いかける。それにリタ、パティ、カロル、レナ、ラピードの順に続く。遅れながらエステルも続いた。ユーリ達は外に出た。

リタ「ったく、なんなのよ!あの魔物に乗ってんの!」とまだ怒っていた。カロルがあれが竜使いだよと教える。

リタ「竜使いなんて勿体ないわ。バカドラで十分よ!あたしの魔導器(ブラスティア)を壊して!」と喚いた。

それにカロルがバカドラって……とつぶやく。リタの魔導器(ブラスティア)ではないよね……とレナがぽつり。

エステル「それにしても、どうして魔導器(ブラスティア)を壊したりするんでしょう?」と首を傾げた。

ユーリ「確かにな。話が出来る相手なら、1度聞いてみたいけどな」

リタ「あんな奴とまともな話、出来るわけないでしょ!」

その言い様にユーリはやれやれといった顔だ。そして、お前らとはここでお別れだと話す。ポリーがラゴウっていうわるい人をやっつけに行くんだねとユーリを見た。ユーリはああと頷くと急いでんだと返す。ポリーはだいじょうぶ、ひとりで帰れるよとこれ以上は心配させまいとユーリに微笑む。ユーリはいい子だとポリーの頭を撫でた。

ユーリ「お前ももう危ないところには行くなよ」

パティを見て言った。パティは素直に分かったのじゃと頷いた。そしてポリーとパティは去っていった。

リタ「……あの娘、多分わかってないわね……」

リタはそっぽ向いて独りごちる。エステルは顔を俯かせていた。気づいたカロルが声をかける。

エステル「わたし、まだ信じられないです。執政官があんな酷いことをしていたなんて……」

それはまるで信じたくないという口調だった。カロルはよくあることだよと言った。

ユーリ「帝国がってんなら、この旅の間にも何度か見てきただろ?」

レナ「……受け入れ難いかもしれないけど、これが現実なんだよ」

エステルはまた俯いてしまった。

カロル「ほら、のんびりしてるとラゴウが船で逃げちゃうよ!」話の空気を入れかえてユーリ達を急かす。

ユーリは急いでラゴウの元へと向かった。

 船の元にたどり着いた時には出航し始めておりユーリ達は走って追いかける。

リタ「あたしはこんな所でなにやってんのよ……」と走りながらボソッといった。

ユーリが行くぞ……!と合図する。カロルがちょっとまって、心の準備が〜〜!!と慌てていた。ユーリはカロルを担ぐと船へと高く飛んだ。続いてエステル、リタ、レナも飛ぶ。

 飛び移った仲間は各々、息を整えたり船を見たりしていた。

レナ(……意外と飛べるなぁ人間って。この世界に来てから身体能力上がってる気がする)

ふとリタが荷物を覗いて、これ魔導器(ブラスティア)魔核(コア)じゃない!と大きな声で言った。

カロル「なんでこんなにたくさん魔核(コア)だけ?」

リタ「知らないわよ。研究所にだってこんなに数揃わないってのに!」

エステル「まさかこれって、魔核(コア)ドロボウと関係が?」

エステルがユーリに視線を向けると、かもなと彼は言った。

カロル「けど、黒幕は隻眼の大男でしょ?ラゴウとは一致しないよ」

ユーリ「だとすると、他にも黒幕がいるってことだな」

なんて話していたら船の乗組員らしき人達が武器をと構えながら迫ってきた。

カロル「こいつら、やっぱり五大ギルドのひとつ、紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)だ」と確信する。

5人と1匹は武器を構えた。

ユーリ「レナ……。おまえ」

本当に戦う気なのかとレナを見る。

レナ「大丈夫。さっきも使ったけどもう何ともなかったし」

   (まぁ嘘だけど)

ユーリ「……わかった。危なくなったら」

レナ「分かってる」

カロル「ユーリ達喋ってないで戦ってよ!」

カロルの声に2人は頷いてそれぞれの立ち位置間合いに行く。ユーリは1人、また1人と斬り倒していく。

レナ「……穢れなき汝の清浄を彼の者に与えん」

詠唱を始めた彼女の周りに薄水色の陣と光の粒が舞う。生命力をエネルギーに変換、そして激流へと構築させていきそれをターゲットに放つ。

レナ「スプラッシュっ!!」

放たれた激流が敵のひとりを捉え動きを封じながらダメージを与えた。

レナ(っ!なるほど。使う術の難易度が上がると痛みも比例する感じね……。あんな嘘言っちゃったし、できる限りなんともないフリしないとね!)

初級魔術を使った時よりも鋭い痛みが体を襲うが彼女は意志の強さで立ち続ける。

リタ(エステリーゼもそうだけど、レナもあいつが言ってた通り魔導器(ブラスティア)をないはずなのに魔術を使ってる。これも公式を解く鍵になるかも)

そうして傭兵達を蹴散らすと、黒幕が居るであろう一室の前まで来た。ユーリがドアの横で待機し、カロルがドアの前に立つ。リタ、エステル、レナ、ラピードは少し離れた場所で構えた。どきやがれぇっ!という怒号がドアを超えて響き、勢い良くドアが開いた。カロルはうわっ!と急に開いたドアに対処できずその勢いでエステル達の所まで吹っ飛ばされる。

大男「はんっ、ラゴウの腰抜けはこんなガキから逃げてんのか」バカにするように言った。

その背後でユーリは剣を構えている。

ユーリ「隻眼の大男……あんたか。人使って魔核(コア)盗ませてるのは」

大男「そうかもしれねぇな……」

大男は不敵に笑う。そして大剣をユーリに向かって振り上げた。ユーリは大剣を上に飛んで避けくるりと空中で受け流すとスタッと着地する。

大男「いい動きだ。その肝っ玉もいい。ワシのうで腕も疼くねぇ……。うちのギルドにも欲しいところだ」

少しの高揚感を抑えながらその目は獲物を捉えている。ユーリはそりゃ光栄だねと嫌味を返した。

大男「だが、野心の強い目はいけねぇ。ギルドの調和を崩しやがる。惜しいな……」

ラゴウ「バルボス、さっさとこいつらを始末しなさい!」

大男の後ろにいたラゴウが命じる。

バルボス「金の分は働いた。それに、すぐ騎士が来る。追いつかれては面倒だ」

     「小僧ども、次に会えば容赦はせん」

そう吐き捨てると別の船に乗り撤退していく。ラゴウは待てまだ中にと言いかけて舌打ちをするともう1人の名前を呼びバルボスと共に逃げた。そして、その奥から金と赤に近いピンクの髪の男が出てきた。

ザキ「誰を殺らせて、くれるんだ……?」

その声は狂気と楽しみに満ちていた。見た事のある顔にエステルは声を上げる。ユーリは険しい顔でどうも縁があるようだなと呟いた。途端に船底部分が爆発する。

ザキ「刃がうずくぅ……。殺らせろ……殺らせろぉっ!」

狂気に溢れた目を開きこちらに向ける。そのままユーリに襲いかかった。ユーリは剣でいなす。さらに船は爆発する。

ユーリ「うぉっと……お手柔らかに頼むぜ」

揺れる船にバランスを崩しかけながらも軽口を叩く。ザキはくるりとこちらに向き直ると攻撃を仕掛けた。素早いザキの攻撃に皆翻弄される。ユーリやラピードは剣で受け止めながら反撃をし、リタとレナは攻撃魔術を詠唱し放つ。エステルは治癒術で仲間の傷を癒し支援する。それを十数分間、ザキは息を切らしながらもユーリ達に向ける視線はギラギラと狂気と闘志に燃えている。ユーリのバトルリミッツがMAXになり秘奥義を放った。

ユーリ「お終いにしようぜ!閃け、鮮烈なる刃!無辺を切り裂き、仇なす者を微塵に砕く!」

スピードアップしたユーリの斬撃がザキを襲う。目で追うことが出来ないその攻撃にザキは身動きが取れない。

ユーリ「漸毅狼影陣(ざんこうろうえいじん)!!」

ザキは痛みに声を上げその場に膝を着く。

レナ(ユーリの秘奥義初めて見たけど、凄い……)

船は何度も爆発し周りもかなり燃え始めていた。ユーリは膝を着いたザキを見下ろし、勝負あったなと声をかける。

ザキ「……オ、オレが退いた……」

ヨロヨロと立ち上がると狂気的に笑い出す。

ザキ「貴様、強いな!強い、強い!覚えた覚えたぞユーリ、ユーリっ!!おまえを殺すぞユーリ!!切り刻んでやる、幾重にも!動くな、じっとしてろよ……!」

ザギは勢い良く捲し立てると愉しそうに面白そうに笑う。爆発がザキに命中する。その爆風にザキは吹っ飛ばされ海に落ちた。

 燃えている船体は段々と下に下にと落ちていっている。その揺れに気づいたカロルが沈むの?と呟いた。ユーリが海に逃げろ……!とカロル達に言う。何処からか、煙に咳き込む声と誰かいるんですか?という声が聞こえる。

レナ(そうだった!この船には皇子もいるんだった!!)

ユーリの近くにいたレナは急いでバルボスが出てきた部屋で飛び込む。おい、レナ!と言いながらユーリがその後に続いた。エステルがユーリ!レナ!と呼び、ユーリ達の方へ行こうとするが、リタがエステルの腕を掴みダメっ!と止める。エステルがでも……でも……!と切羽詰まった表情でユーリ達の方を見る。

リタ「ごちゃごちゃ言ってないで飛び込むの!!」

リタはエステルの手を引き海に飛び込んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カルボクラム

―海

 

 炎に包まれ沈みゆく船から海に飛び込んだ3人。カロルは大丈夫?と2人を心配する。

エステル「わたしは……でも、ユーリとレナが……」

リタもことばを発することは無いがユーリ達が気掛かりだという表情をする。

 波の音と風の音がその場を支配していた。不意に水面がゆれてチャプリと音がした。ユーリが金髪の男の子を抱えて浮上したのだ。その後に続くようにレナも顔をだす。

エステルが良かった……!と2人をみて安堵する。

ユーリ「ひー、しょっぺーな。だいぶ飲んじまった」

レナ「はぁ……何とかなったぁ」

リタ「その子、いったい誰なの?」

その視線は金髪の男の子に向けられている。エステルがヨーデル!と小さく驚く。それを見たリタはあんたの知り合い?と聞いた。カロルが遠く見て船に気づき、船に向かって大声を出す。船の方向からよく知った騎士の声が聞こえた。フレンは海に浮かぶユーリ達とユーリに抱えられた人を見て、今引き上げます!と言って部下に指示を出した。

ユーリ達は騎士団の船に乗り、そのままカプワ・トリムへと向かった。

 

―港の街カプワ・トリム

 

 港に着くとユーリ、レナ、リタ、エステル、カロル、ラピード、フレンとヨーデルと呼ばれた少年は船から降りた。フレンと共にヨーデルは降りると、ユーリ達の方に向き直る。ヨーデルはユーリに助けてくれたお礼を述べた。

リタはヨーデルを指さしながらエステルにこいつ誰?と聞いた。エステルは困ったような表情で言い淀む。ヨーデルの後ろに控えていたフレンが前に出た。

フレン「今、宿を用意している。詳しい話はそちらで。それでいいね?」とユーリに視線を投げ、ユーリはうなずく。

フレンとヨーデルは先に宿に進む。それにユーリ達は続いた。

 

―宿屋

 

 宿の中に入るとヨーデルとフレン、そしてラゴウがその場にいた。ラゴウを見てリタがこいつ……!と呟く。

ラゴウ「おや、どこかでお会いしましたかね?」

とリタを見ながらとぼける。そんなリタの前にユーリが立ち、その傍にレナが居る。エステルとカロルも前に出た。

ユーリ「船での事件がショックで、都合のいい記憶喪失か?いい治癒術師、紹介するぜ」

ラゴウ「はて?記憶喪失も何も、あなたと会うのは、これが初めてですよ?」

カロルがとぼけ続けるラゴウに何言ってるんだよ!!と返す。フレンがユーリ達を見てラゴウの前に出る。

フレン「執政官、あなたの罪は明白です。彼らがその一部始終を見ているのですから」

ラゴウ「何度も申し上げた通り、名前を騙った何者かが私を陥れようとしたのです。いやはや、迷惑な話ですよ」

リタ「ウソ言うな!魔物のエサにされた人たちを、あたしはこの目で見たのよ!」

その言葉にレナはその時の記憶が蘇り、ラゴウに対する苛立ちが募って行く。

ラゴウ「さぁ、フレン殿、貴公はこのならず者と評議会の私とどちらを信じるのです?」

レナ(こいつっ!権力を露骨にチラつかせてっ!)

ユーリは問い詰められるフレンを見る。やけに重い空気がこの場に漂っていた。フレンは何も答えられず俯くしか無かった。

ラゴウ「決まりましたな。では、失礼しますよ」と勝ち誇った様な嫌味な顔で一礼するとその場から去っていった。

リタ「なんなのよ、あいつはっ!」

リタが怒りを爆発させる。ヨーデルの元へずんずん進むと、で、こいつは何者よ!?と指さしながら言う。ユーリがそんなリタの様子に、ちったァ落ち着けと声をかけた。フレンがこの方は……と発して考え込んでしまった。エステルがそんなフレンを見て、ヨーデルとリタの前に進んだ。

エステル「この方は次期皇帝候補のヨーデル殿下です」

ユーリ達の方に振り返り紹介する。カロルはへ?と間抜けな声を出し、冗談でしょ?という顔をしている。フレンが否定しないことにカロルは冗談では無いのだと気づく。ヨーデルはあくまで候補のひとりですよと謙遜した。

フレン「本当なんだ。先代皇帝の甥御にあたられるヨーデル殿下だ」と続けた。

カロルは信じられないとオーバーなリアクションを取り、ヨーデルは頷く。

ユーリ「殿下ともあろうお方が、執政官ごときに捕まる事情をオレは聞いてみたいね」

エステルがこの1件はやはりとフレンと視線を交わす。

ユーリ「市民には聞かせられない話って訳か」

そう言ってエステル達に背を向ける。エステルは、あ……それは……とバツが悪そうにする。

ユーリ「エステルがここまで来たのも関係してんだな」

エステルは何も言えず、俯く。

ユーリ「ま、好きにすればいいさ。目の前で困ってる連中をほっとく帝国のごたごたに興味はねぇ」

吐き捨てるように、どこか失望するように言ってユーリは宿から出ていこうとする。それをフレンが呼び止めた。

フレン「そうやって帝国に背を向けて何か変わったか?」

立ち止まったユーリに近づく。

フレン「人々が安定した生活を送るには帝国の定めた正しい法が必要だ」

ユーリ「けど、その法が、今はラゴウを許してんだろ」

イラつくようにフレンの言葉に反論する。

フレン「だから、それを変えるために、僕たちは騎士になった。下から吠えているだけでは何も変えられないから。手柄を立て、信頼を勝ち取り、帝国を内部から是正する。そうだったろ、ユーリ」

冷静に諭すようにフレンはなげかけた。

ユーリ「……だから、出世のために、ガキが魔物のエサにされんのを黙って見てろってか?下町の連中が厳しい取立てにあってんのを見過ごすよかよ!それができねぇから、オレは騎士団を辞めたんだ」

ユーリはどうにもならない苛立ちをフレンにぶつける。

フレン「知ってるよ。けど、やめて何か変わったか?」

その問いにユーリは答えられない。

フレン「騎士団に入る前と何か変わったのか?」

ユーリはその言葉から逃げるようにその場を去る。レナはその後をスタスタと続いた。カロルがあ、まってボクも……と行こうとしたがユーリの雰囲気にあてられたのか足を止めた。

 

―宿屋の外

 

 ガンッとユーリは石壁に苛立ちと一緒に拳をぶつける。

ユーリ「ったく、痛いところつきやがって。何も変わってねぇのはオレにだって分かってる」

ぶつけた拳を見つめて冷静さを取り戻したところを見計らってレナは声をかけた。

レナ「……落ち着いた?」

ユーリ「っ!?レナ……居たのか」

レナ「うん、ユーリと一緒に外出たから。気づかなかった?」

ユーリ「そう……だったのか」

レナ「まぁ、勝手に着いてきたのはわたしだし。見てないことにするから」

ユーリ「そうしてくれ。……魔核(コア)の手掛かり、探すか」

レナはこくりと頷いた。

 

 2人はトリム港で情報を集めていると、ラゴウの屋敷出会った胡散臭いおっさん……レイヴンを見かけた。ユーリとレナは顔を見合わせると急いでレイヴンを追いかけた。レイヴンはユーリ達に気づき振り返る。

レイヴン「ん……よ、よぉ、久しぶりだな」

一瞬気まずそうな顔をしたかと思えば、誤魔化すように挨拶する。

ユーリ「挨拶の前に言うことあるだろ?」

レイヴン「挨拶するより先にすること?うーん……」

ユーリ「ま、騙した方よりも騙された方が忘れずにいるって言うもんな」

レイヴン「俺って誤解されやすいんだよね」と肩を落とす。

ユーリ「無意識で人に迷惑かける病気は医者行って治してもらってこい」

レイヴン「そっちもさ、その口の悪さ、なんとかした方がいいよ?」

ユーリ「口の減らない……。あんまふらふらしてっとまた、騎士団にとっ捕まるぞ」

レイヴン「騎士団も俺相手にしてるほどひまじゃないって。さっき物騒なギルドの一団が北西に移動するのも見かけたしね。騎士団はああいうのほっとけないでしょ?」

レナ「物騒ね、それって、紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)かな?」

レイヴン「お嬢ちゃん居たのね。さぁどうかな?」

レナ「影薄くて悪かったわね」

少女はおっさんを睨み、むっとする。

ユーリ「おっさん、あの屋敷へ何しにいったんだ?」

レイヴン「ま、ちょっとしたお仕事。聖核(アパティア)って奴を探してたの」

ユーリ「聖核(アパティア)?なんだそれ?」

レナ(それって……始祖の隷長(エンテレケイア)の)

レイヴン「魔核(コア)のすごい版、だってさ。あそこにあるっぽいて聞いたんだけど、見込み違いだったみたい」

ユーリ「ふーん……聖核(アパティア)、ね」

3人で話し込んでると遠くからカロルがユーリを呼ぶ声が聞こえた。エステル、リタ、カロル、ラピードがユーリ達にかけよる。レイヴンが逃げた方がいいかね、これと呟く。

ユーリ「ひとり好戦的なのがいるからな」

レナ「じゃあね、烏さん」

レイヴン「……変なあだ名つけちゃって」と囁くとその場を逃げた。

 ユーリの側まで来たリタが待てコラ!とおっさんに向かって叫ぶ。そしてそのままリタはおっさんを追いかける。

カロル「なんで逃がしちゃうんだよ!」

息を切らしながらユーリを責める。

ユーリ「誤解されやすいタイプなんだとさ」

カロル「え?それ、どういう意味……?」

おっさんを追っていたリタが戻ってきた。

リタ「……逃したわ。いつか捕まえてやる……」

リタは怖い顔をしていた。

ユーリ「ほっとけ。あんなおっさん、まともに相手してたら疲れるだけだぞ」

ようやく追いついたエステルが息を切らしてきた。そんなエステルに大丈夫?とレナが声をかける。

エステ「……少し、休憩させて、ください」

息を整えるのに精一杯の状態だ。

ユーリ「ああ、じゃ少しだけな。そしたら行くぞ」

カロル「行くって、どこに行くの?」

ユーリ「紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)の後を追う。下町の魔核(コア)、返してもらわねぇと」

エステル「足取り、つかめたんです?」

レナ「北西の方に怪しいギルドの一団が向かったんだって」

ユーリ「それがやつらかもしれねぇ」

カロル「北西っていうと……。地震で滅んだ街くらいしかなかった気がするけどなぁ」腰に手を組み思い出すように言う。

エステル「そんなところに、何しに行ったんでしょう」

さぁなとユーリは返した。そんな曖昧なものでいい訳?とリタがつっこむ。

ユーリ「だから、言って確かめんだろ」とリタを見た。一同はトリム港を出て北西に向かった。

 

―亡き都市 カルボクラム

 

 天候は雨。建物の瓦礫が散乱している割には、崩れていない建物が比較的に多い。異常に成長した植物。どこか全体的に薄暗く不気味な雰囲気だ。

エステル、リタ、カロル、レナは何だか気分が悪い。

レナ(……エアルが濃いのかな)

ユーリ「こりゃ完璧に廃墟だな」

ポツリとこぼした。

リタ「こんなところに誰が来るっていうのよ」

ユーリ「またいい加減な情報、つかまされたかな……」

うんざりした表情だ。カロルがまた……?と零す。

 遠くから女の子の声がした。

「そこで止まれ!当地区は我ら『魔狩りの剣』により現在、完全封鎖中にある」

忠告を知らせる声だった。カロルはこの声……!?と聞いたことのある声に気づく。その方向に目を向ければ、大きな武器を担いだ茶髪の女の子が見上げる位置に立っていた。

女の子「これは無力な部外者に被害を及ぼさないための措置だ」

カロルがナン!と呼び、女の子に駆け寄る。カロルはよかった、やっと追いついたよと安堵するように言う。それにイラついたのかナンと呼ばれた女の子はしかめっ面だ。それに気づかないカロルは話を続ける。

カロル「首領(ボス)やディソンも一緒?ボクがいなくて大丈夫だった?」

ナン「なれなれしく話し掛けてこないで」

カロル「冷たいなぁ、少しはぐれただけなのに」

ナン「少しはぐれた?よくそんなウソが言える!逃げ出したくせに!」

カロル「逃げ出してなんていないよ!」

ナン「まだ言い訳するの?」

カロル「言い訳じゃない!ちゃんとエッグベアを倒したんだよ!」

ナンはそれもウソねと一瞥した。それにほんとだよ!と意地になるカロル。

ナン「せっかく魔狩りの剣に誘ってあげたのに……。今度は絶対に逃げないって言ったのはどこの誰よ!昔からいっっもそう!すぐ逃げ出して、どこのギルドも追い出されて……」

責めるように捲し立てるナンの声を、わああああ!わああああ!とこれ以上は勘弁してとカロルは顔の前で両手を振る。エステルとユーリ達はなんとも言えない顔でカロルを見る。

ナン「……ふん!もう、あんたはクビよ!」

そこから去ろうとするナンを待ってよとカロルは慌てて声をかける。

ナン「魔狩りの剣より忠告する!速やかに当地区より立ちされ!従わぬ場合、我々はあなた方の命を保証しない」

再度ユーリ達に忠告して去っていった。ナン!と呼びカロルは俯いてしまった。エステルは心配そうにカロルを見ている。

ユーリ「それにしてもどうして魔狩りの剣とやらがここにいるんだろうな」

さぁねとリタは言うと、そのまま街の中を散策し始める。

エステル「リタ、待ってください。忠告を忘れたんですか?」

リタ「入っちゃダメとは言ってなかったでしょ?」

エステル「で、でも命の保証はしないって……」

リタ「あたしが、あんなガキに、どうにかされるとでも?冗談じゃないわ」

ユーリ「ま、とにかく紅の絆傭兵団の姿も見えないし奥を調べてみようぜ」

リタに続いてエステル、ユーリ、レナ、ラピード、カロルは奥へすすむ。

 奥に進めば行き止まりに着いてしまった。ユーリが引き返すか、あるいは……と言った。カロルが待って調べるからと調べ始める。しかし、鍵あなもないようだ。ユーリが確認するためにカロルの傍による。

カロル「ユーリ、素人には無理だよ。この手の扉は……」

カロルの言葉を無視してユーリは扉を蹴った。軋む音が響き扉が開いた。呆気なく開いたそれにカロルはあれ?と間抜けな声を上げる。

ユーリ「カロル先生の手をわずらわせる代物じゃなかったな」

そんなユーリの言葉に、カロルはそうだね、あはははと乾いた笑いしか出来なかった。リタがその様子にほんと、バカっぽいと囁いた。さぁ行こうよ!というカロルにユーリが足突っ込んだら、かばっと食いつかれたりしてなと脅かす。カロルはそれを聞いて扉から離れた。ユーリは平気みたいだなと言うと、扉の中へ入っていく。カロルはボク実験体?と呟いた。

 中に入ると何かの装置がそこに鎮座していた。カロルが何の装置?とベタベタと触るのを、リタが注意する。

レナ「なにかのスイッチかな?」

リタが装置を操作する。しかし何も起こらないようだ。

何も起こらないというエステルにリタはエアルが足りないのよと返した。

ユーリ「エアルが……ね。……シャイコス遺跡でもらったあのリング使えば、動きそうだな」

リタ「ソーサラーリングね。わかんないけど……。でも、試してみる価値くらいあるかもね」

という訳で、ソーサラーリングを試してみるとガコンと音がして動いた。

リタ「動いた……けど……」

カロルがこれは何なの?と疑問を持つ。

ユーリ「……不用意に動かしてよかったもんだったのか」

その言葉にエステルがえっと声を上げる。

エステル「それって何かの罠とか……?」

リタ「ちょっと気づいてたんなら、先に言ってよね!」

ユーリ「いや、今、ふと思っただけなんだけどさ」

リタの責める声に弁解する。

レナ「ちょっと上の様子を見たら、何か分かるんじゃない?」

レナの提案に皆は外に出て散策する。するとカロルが魔導器(ブラスティア)を見つけたらしい。

またベタベタ触って調べ出すカロルにリタが注意する。リタは魔導器(ブラスティア)に近づいて調べる。

リタ「なるほどね……。ちょっと変わってるけど転送魔導器(キネスブラスティア)の一種みたい」

エステル「転送魔導器(キネスブラスティア)って移動するための……?」

その問いにリタは答える、

リタ「たぶん、ちょっと離れた場所に自動的に飛ばしてくれるのね。起動してる……こんな廃墟で……?」

レナ「ねぇ、さっきの装置が、この魔導器(ブラスティア)の起動装置だったんじゃない?」

リタ「あたしも今同じことを思ったわ」

ユーリがなるほどなと納得する。

リタ「起動が一括で管理されてるってことは、他にも同じ魔導器(ブラスティア)が置かれてるってことかもね」

じゃあさっそく!とカロルが触ろうとするのを、リタがチョップして慌てないでと止める。

リタ「シャイコス遺跡の魔導器(ブラスティア)と同じ。魔核(コア)にエアルを充填しないと、動作はしないわ」

ユーリがソーサラーリングだなとリングを出す。そうとリタが頷き、魔核(コア)にエアルを充填した。起動した魔導器(ブラスティア)をユーリ達は使い更に奥へと進んだ。

 その道中でユーリ達は足を止めた。人影が見えたのだ。

エステルが紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)?と囁く。聞いていたユーリがじゃなさそうだなと否定する。

カロルがあれが魔狩りの剣だよとみんなに教えた。

エステル「あ……あの人、デイドン砦で見かけた人ですよ」

ユーリ「あ、そういや、見たな。なるほど、あいつがおまえんとこのリーダーか」

その視線の先にその男よりもデカい魔物が雄叫びをあげる。それに臆せず男は武器を振り下ろし倒した。ユーリはその光景を見て、トドメの1発か?と不思議に思うとカロルがフェイタルストライクだよと言った。フェイタルストライク?とユーリがカロルに聞くと、熟練した剣の使い手なら、使えるスゴ技だよと教える。

ユーリ「ふーん……どうやるんだ?」

カロル「どうやるって……ボクはわかんないよぉ」

それを聞いたエステルが本の知識を話す。

エステル「相手にうまく攻撃を加えることで敵の体勢を崩していき、そのスキに術技を打ち込んだ後、相手にとどめの一発を打ち込む戦闘技術のこと、です」

リタ「それも前に読んだ本の知識?」

そう聞かれたエステルはえ、ええまあ……と答えた。

ユーリ「なるほどね……言うは易いが成すは難しって感じだな」

 少しの静寂のあと、リタはカロルにあんたほんとは戻りたいんでしょと言った。そ、そんなのとカロルは答える。

エステル「え……?カロル、戻ってしまうんです?」

カロル「戻んないよ……!魔物狩りには飽きたからね」と虚勢をはった。

リタ「戻らないじゃなくて、戻れないんでしょ?クビって言われてたし」

カロル「ち、違うよ。元々、出て行くつもりだったんだから」と強気をよそおった。

ユーリ「ふーん、そう。ま、いいんじゃない?」

カロルはだからと続けてみんなと行くよと言った。エステルが、じゃあ改めてよろしくお願いしますとカロルに向き合った。

ユーリ「それにしてもあいつら、あんな大所帯で何する気なんだ?」

エステル「さっきの魔物が目的ならひとりで十分ですもんね」

カロル「こんな人数が集まるの、今までに一度もなかったよ」

レナ(なにか、何か忘れてる気がする……大人数……あっ!始祖の隷長(エンテレケイア)だ!でも……どうすることもできない)

エステルがカロルの言葉にそうなんです?と返す。カロルは頷く。

カロル「みんな、群れたがらないから。首領(ボス)たちが居るなんて相当のことなんじゃ……」

リタがますますうさんくさいと囁いた。カロルが後……つけてみる?と提案するが、ユーリはいや、先を行くと答えた。

エステル「ユーリが探してるのは紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)のほうですもんね」

ユーリ「ああ、あいつらとことを構える必要はないんでな」

 その場をあとしたユーリ達は、現れた魔物を倒していく。ふとユーリがさっきの試してみるかと言った。エステルがさっきのって?と聞く。ユーリはフェイタルストライクってやつと返した。レナがそんな簡単に出来るものなの?と言えば、ユーリはやってみないとわかんねぇだろ?答えてどうやってたっけ?とエステルに聞いた。

エステル「ええと、最初は相手の体勢を崩すような攻撃をしていくんですけど……」

それを聞いたユーリはよしっ!と武器を構えて敵に突っ込んでいった。そんなユーリにエステルは戸惑う。ユーリはそんな事露知らず魔物に攻撃を放つ、瞬間見えたぜと声を出す。レナが見えたって何が??と遠くで聞けば、敵の一瞬のスキってやつと答えとどめを刺した。

ユーリ「まあ、ちょっとしたコツは必要だけど、そう難しいもんでもないぜ。オレのやつ見てるうちにみんなもできるようになるんじゃないか。さ、行くぞ」とサラリと言ってのける。

レナ(……やってみるしか……ないね。よしっ)

レナ「細やかなる大地の騒めき……ストーンブラスト!」

魔物の足元から鋭い石粒てが上に向かって放たれ、魔物が上に浮く。

レナ(あっスキ……見えた!!)

そのスキを逃さず、レナは風の刃を即興で構築し放つ。とどめを刺された魔物は倒れた。

カロル「えっ……!?レナも出来たの!?」

レナ「ユーリの見てたらなんとなく……できちゃった」

ユーリ「確かにオレの見てたらできるようになるかもとは言ったけどな……」

エステル「レナ凄いです!」

リタ「……前々から思ってたけどあんた、魔導器(ブラスティア)ないのにどうやって魔術使ってんのよ」

レナ「……あー、考えたこと無かった」

リタ「はあ??要するに、知らずに魔術使ってるってこと??」

レナ「そう……なるね。けどエアルは使ってないと思う」

   (初めて使った時は無我夢中で何をエネルギーに使っているかなんて分からなかった。魔術を使う度にトゲが刺さるような痛みが襲うのと同時に何かが削れられるような感覚もあった。つまりはエアルを使わない、発動前に感じる内側からのエネルギー、そして痛みと何かが削れる感覚から察するに生命力を使っている可能性が高いと考えられる)

ユーリ「エアルを使ってない??」

ユーリの声に少女は思考から浮上する。

レナ「うん、だって魔導器(ブラスティア)ないから。エアルは使えない」

レナ(もしかしたらリタには分かっちゃうかも)

リタ「つまり……」

そう呟いてリタは黙ってしまった。リタの考察が最悪な答えだったから。エアルを使わないとなればレナの魔術はレナの生命力そのものを使っていることになるかもしれない。仮にそれが休めば多少回復するものとはいえ、確実に少しずつ命を削っているのだと、彼女は気がついてしまった。

ユーリ「リタ?」

そのまま黙り込んでしまったリタをユーリは気にかける。

レナ「この話はここでおしまい!さぁ、先進も?」

エステル「えっあっ……レナ待ってください」

無理やり話を終わらせて先に進み始めるレナをエステルは慌てて追いかける。

リタ「……あんた、あんまりあの子に魔術使わせちゃダメよ。特にエアルを多く消費する魔術を使うなんて以ての外」

突然のリタからの忠告にユーリは首を傾げる。

ユーリ「どうしてだ?」

リタ「……あの子から聞いて」

ユーリ「わかったよ」

リタのどこか言いたくなさそうな雰囲気にユーリは未だ疑問符を浮かべながらも頷く。

リタ(あたしの口からは言えないわよ。あの子、おそらく理解して魔術を使ってると思う。ユーリ達にはきっと心配させたくなくてそれを黙っているのよ)

ユーリはそれ以上は何も言わずに先を歩く。リタは浮かない顔をしながらその後に続いた。

ユーリ「聞き忘れてたんだが……」

と急に足を止めてエステルを見る。視線を向けられたエステルは私、ですか?とユーリを見る。

ユーリ「どうして、トリム港で帝都に引き返さなかったんだ?」

エステル「どうしてって……」

カロル「そっか、エステルはフレンに狙われてるって伝えたかったんだもんね」

ユーリ「ああ、あの時点でおまえの旅は終わったはずだろ?」

エステル「それは、その……」

カロル「ねぇ、そういえば結局、フレンって誰に狙われてたの?」

エステル「ええと、そこまでは……」

リタ「ラゴウじゃないの?」

カロル「え?あの悪党?」

ユーリ「ヨーデルはラゴウの船にいた。ヨーデルは皇族ってやつだ」

だから?とカロルは続きを促す。

ユーリ「本当はフレンの任務はヨーデルを探すことだったんじゃねぇかなってことさ。なんで同じ帝国のお偉いさん同士がそんなことになってんのかは知らねぇけどな」

エステル「……ごめんなさい。わたしにもよく分かりません」

ユーリ「ま、いいさ。それよりエステルの話だ。戻らなくていいんだな?」

エステル「そうですね……わたし、トリム港からそのままの勢いでついてきてしまいました……。たぶん……わたし……もう少し、みんなと旅を続けたかったんだと思います……だから……それに、魔導器(ブラスティア)魔核(コア)、まだ取り戻してませんし……」

ユーリ「それはそうだけど、それはオレの目的だよな?」

エステル「……駄目、でしょうか?」

ユーリ「じゃ、ま、ついてくるといいさ」

ふっと軽く笑いエステルに微笑んだ。ありがとうございますとエステルは微笑み返した。

 更に奥に進んだユーリ達、しかしリタ、エステル、カロル、レナは気分がどんどん悪くなっていく。カロルが不調を口に出す。リタが鈍感なあんたでも感じるの?とカロルに言った。鈍感はよけい……!とカロルは言い返し、リタも?と返した。ユーリがこりゃなんかあるなと呟く。ユーリもエステルもレナも?とカロルが問うと、エステルはへ、平気ですと答える。

レナ(耐性がないのかな……息するのもきつくなってきた)

ユーリ「無理することもねぇだろ。休憩して様子見すっぞ」と呼びかけた。

リタ「一体なんなのかしら、ここに来てから急に……」

カロル「こんなときに魔物に襲われたら大変だね」

ユーリ「そんなこと言ってると、本当にやってくるぜ」

エステルがふらつきその場に座り込む。ユーリはエステルに駆け寄った。

レナ(わたしまでエステルみたいになったら迷惑かけちゃう。耐えなきゃ)

無意識にレナは手をグッと握りこんでいた。

ユーリ「行き倒れになんなら、人の多い街ん中にしといてくれ。オレ、面倒見切れないからな」

エステルはゆっくりと立ち上がる。

エステル「は、はい、ありがとう。まだ、だいじょうぶです」

地面から微かに光の粒が浮あがる。リタがエアルだと呟く。カロルがエアルって目に見えるの?っと驚く。リタは濃度が上がるとねと返す。

ユーリ「そういや、前にエステルが言ってたな。濃いエアルは体に悪いって」

エステル「はい……濃度の高いエアルは時として人体に悪影響を及ぼす、です」

ユーリ「クオイの森でもぶっ倒れたからな」

リタ「……へぇ、そんなことが」

ユーリ「こりゃ、引き返すかな」

エステル「でも、傭兵団がいるかまだ確かめていませんよ」

ユーリ「いや、まあそうなんだけど……」

エステルは楽な姿勢からぴしっと立って行きましょうとユーリに呼びかける。

リタ「この魔導器(ブラスティア)がドアと連動してるみたいね」

レナ「どうやってあけるの?」

レナ(しっかりしなきゃっ)

リタ「ご丁寧にパスワードを入力しなきゃダメみたい」

ユーリ「壊しちまった方が早くねぇか?」

リタ「無理に解体するのは危険よ。開かなくなるかもしれないし」

ユーリ「お……なんか出てるぞ」となにかに気づく。

リタ「……ここに何か文字を入れればいいのかしら?」

カロル「文字って言われても……」

ユーリ「こりゃ何か手掛かりがないと開かなそうだな」

 その場をあとにして地上に出て、廃墟の中を散策し文字を探す。地上に出ると幾分か気分がマシに感じた。文字を集め終わったユーリ達は、先程の場所にもどり気分が悪くなるのを感じながらパスワードを入力しドアを開いた。中に入ると、上に広い空間に出た。水が、上に浮いており神秘的な雰囲気を醸し出している。

カロルが水が浮いている……と呟くと、ユーリがあの魔導器(ブラスティア)の仕業みたいだなと囁く。

エステルが多分、この異常も……と続けた。

リタ「……あれ、エフミドやカプワ・ノールの子に似てる」

カロル「壊れてるのかな……?」

リタ「魔導器(ブラスティア)が壊れたらエアル供給の機能は止まるの。こんな風には絶対ならない」

エステル「……じゃあ……一体……」

リタ「わからない……あの子……何をしてるの」

不意に魔物のような声が空間に響いた。

エステル「な……なに……?これ、魔物の声、ですか?」

すると大きな魔物が空間に入ってきた。

カロルがま、魔物ぉ……!と声を上げる。

レナ(!あれはっ……始祖の隷長(エンテレケイア)!ダメ……ここに来ちゃっ)

ユーリ「病人は休んどけ。ここに医者はいねーぞ」

カロルがそれに、え?で、でもと不安そうな顔をした。途端に地面がゆれる。どうやら結界が限界のようだ。

リタ「大丈夫、あれは逆結界だから」

カロル「逆……結界……?」

リタ「魔物を閉じ込めるための強力な結界よ。簡単には出てこられないわ。でも、なに、このエアルの量。異常だわ」

結界が揺らぐ。

ユーリ「こりゃ、やばいかな……」

結界がさらに揺らぎ、バチバチと音を立て始めた。

カロル「な、なんか消えそう……!」

走り出すリタに、エステルが驚くように名を呼ぶ。

リタ「……待っててね……今すぐ直してあげるから……」

ラピードが吠えて、リタが足を止める。魔狩りの剣の奴らが来たようだ。

ディソン「俺様たちの優しい忠告を無視したのはどこのどいつだ?」

ユーリ「悪ぃな、こっちにゃ、大人しく忠告を聞くような優しい人間はいねぇんだ」

ディソン「ふん、なるほど……。って、なんだ、クビになったカロル君もいるじゃないか。エアルに酔ってるのか。そっちはかなり濃いようだね」

カロルを笑うように言う。

クリント「ちょうどいい。そのまま大人しくしていろ。こちらの用事は、このケダモノだけだ」

ユーリ「大口叩いからにはペットは最後まで面倒見ろよ。途中でも捨てられると迷惑だ」

今度は甲高い声が聞こえた。エステルが何!?と上を見る。竜使いが水面から空間に向かって飛び、魔導器(ブラスティア)魔核(コア)を壊す。リタがまたあいつ!と怒る。結界にヒビが入り、浮いていた水がユーリ達の空間へなだれ込んでくる。と同時に濃いエアルによって不調だった体が、楽になっていく。けっ、結界が壊れたよ!とカロルが慌てる。

リタ「逆結界の魔導器(ブラスティア)が壊れたから当然でしょ!?んっとにあのバカドラ!」

大きな魔物は与えられる攻撃に暴れる。それにクリントはもっと暴れろ、ケダモノらしくと攻撃の手をとめない。

しかし大きな魔物の前を竜使いが塞ぎ、クリント立ちに向かって炎を吐いた。魔狩りの剣と竜使いが戦い始める。竜使いは魔狩りの剣の攻撃を全て避ける。不意に大きな魔物が空間の壁にぶつかる。地面が揺れ、割れた。ユーリ達は大きな衝撃にバランスを崩す。

ユーリ「やべ……足震えてら」

そう呟く声もめずらしく震えている。

エステル「……こんな魔物は、初めてです……」

カロルが怯える。ユーリは武器を構える。

ユーリ「結局ペットの面倒見んのは、保護者に回ってくるのな」

レナ(……落ち着いてもらうにはやっぱり戦うしかないのね)

 どれくらいの時間が経っただろうか。段々と大きな魔物が落ち着いてくる。落ち着いた魔物はエステルをじっと見ている。気づいたエステルが身を後ろに引く。そして、魔物は身を翻しその場を去っていった。エステルは安堵からか足の力が抜け、その場に座り込んだ。リタがカロルが居ないことに気づく。機能しなくなった魔導器(ブラスティア)が落ちる。そろそろ天井が持ちこたえられなさそうだ。魔狩りの剣もユーリ達もその場を急いで退く。エステルがカロルを心配していたが、ユーリがこの場にいないなら外だろと返し探しながらいくぞと走った。外に急いで出て、カロルを探すために歩いていると魔狩りの剣の女の子の声が聞こえた。

ナン「なにかあれば、すぐにそう!いつも、いつもひとりで逃げ出して!」

それにカロルがちがうよ!と否定する。

ナン「何が違うの!?」

カロル「だからハルルの時は……」

ナン「今はハルルのことはいってない!やましいことがないのなら、さっさと仲間のところに戻ればいいじゃない」とそっぽを向いた。

カロル「だから、それは……」

ナン「あたしに説明しなくていい。する相手は別にいるでしょ」

ナンはカロルの後ろを見た。カロルはえ?と声を上げて後ろを向くとそこにはユーリ達が。

エステル「カロル、無事でよかったです」

嬉しそうに笑った。

リタ「まったくよ。どこに行ってたんだか。こっちは大変だったのに」

カロル「ご、ごめんなさい……」と素直に頭を下げる。

ユーリ「ま、ケガもないみたいで何よりだ」

ユーリはカロルの頭を撫でる。ナンはもういくからと言えば、カロルはまってと声をかける。

ナン「自分が何をしたのか、ちゃんと考えるのね。じゃないともう知らないから」

カロルを睨み、走り去って言った。そんなカロルにユーリは、行こうぜカロルもう疲れたと声をかけた。

リタ「しかしとんだ大ハズレね。紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)なんていないし」

ユーリ「ほんとに、やっぱあのおっさんの情報は次から注意しないとな」

リタ「おっさん……って、まさか、あの……?」

そうとユーリは返す。

リタ「あ、あ、あのおっさん、次は顔見た瞬間に焼いてやるっ!」肩をわなわなと震わせ怒りを爆発させた。

エステル「穏便に、ね、穏便に行きましょう」

あまりのリタの気迫に押されながらもエステルはリタを宥める。そうしてユーリ達はカルボクラムを後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヘリオード

―カルボクラム 入口

 

 ユーリ達はトリム港に向かおうと、入口付近に行った時だった。帝国の騎士である格好の者が2人、上官らしき紫の鎧をまとった男性が入口を塞ぐように立っていた。ラピードがグルルルと唸り声をだす。紫の鎧の男が、ようやく見つけたよ愚民どもそこで止まりなと見下すようにユーリ達に言った。

ユーリ「わざわざ海まで渡って、暇な下っ端どもだな」

ウンザリした顔をしている。

騎士の男「くっ……キミに下っ端呼ばわりされる筋合いはないね」

男はユーリの態度を気に食わないと睨む。そして、さあ、姫様こ・ち・ら・へとエステルの方を見て猫なで声を出す。カロルがえ?姫様って?とキョロキョロした。

ユーリ「姫様は姫様だろ。そこの目の前のな」

ユーリはエステルを目で示す。見られたエステルは驚く顔をしていた。

エステル「え……ユ、ユーリ、どうして、それを……?」

リタ「やっぱりね。そうじゃないかと思ってた」

レナがリタの言葉に私もと続く。

エステル「え、リタとレナも……?」

カロルが驚きすぎてついていけていない。バレてしまったエステルはならばと、紫の鎧の騎士……キュモールの前に進み出る。

エステル「……彼らをどうするのですか?」と訊ねる。

キュモール「決まってます。姫様誘拐の罰で八つ裂きです」

エステル「待ってください。私は誘拐されたのではなくて……」と否定する声をキュモールは遮る。

キュモール「あ〜、うるさいお姫様だね!こっち来てくださいよっ!」

先程の丁寧な口調はどこへやら、エステル達に剣を向ける。カロルがエステルを心配する。

キュモール「そっちのハエはそこで死んじゃえ!」

剣を向けられたユーリ達は武器を構えた。

 一触即発……戦闘になると思ったその時、ユーリ・ローウェル!!という聞きなれた追っかけの騎士の声が響き渡った。やはり、ここまで来たらしい。その声に、キュモールが後ろに振り返る。

キュモール「げっ……貴様ら、シュヴァーン隊……!」

ルブラン達はキュモール達を気にもせず、武器を構えてユーリ達に近づく。それをキュモールは、僕が見つけた獲物だ!と制した。

ルブラン「獲物、ですか。任務を狩り気分でやられては困りますな」

今までよりもずっと常識的な態度で髭を触る。その言葉に何にぐっとキュモールは詰まる。

ルブラン「それに先程、死ね、と聞こえたのですが……」

キュモール「そうだよ、犯罪者に死の咎を与えて何が悪い?」

何も悪びれないその態度に、ルブランは依然とした態度で返す。

ルブラン「犯罪者は捕まえて法の下で裁くべきでは?」

キュモール「……ふん……そんな小物、お前らにくれてやるよ」言い返す言葉も浮かばなかったのであろう彼は捨て台詞を吐き、部下を引き連れてどこかに去っていってしまった。

ルブラン「ささ、どうぞ、姫様はこちらへ。あ、足元にお気をつけて……」

エステル達に向き直り、部下のひとりが手を差し出す。

ルブラン「こやつらをシュヴァーン隊長の名の下に逮捕せよ!」

その一声で、部下の2人はエステルをすり抜けてユーリ達を囲み拘束する。リタとカロルはなにするんだと抵抗するが呆気なく捕まる。

エステル「彼らに乱暴しないでください!お願いです……!」

ルブランにエステルは懇願する。その表情は不安げだ。

ユーリ「エステル、心配しなくてもいい」

エステルを安心させるようにユーリは声をかける。縄で拘束したユーリ達をさっさと歩けと部下が引っ張る。ユーリが引っ張るなよと文句を言った。

ルブラン「シュヴァーン隊長、不届き者を、ヘリオードへ進行します」

ルブランはそう言って上に敬礼をした。レナは隙を見てルブランが敬礼した方向を見ると、シュヴァーン隊長が立っているのが見えた。ルブランは全員しゅっぱ〜つ!と号令した。

 

―???

 

 連行されたユーリ、レナ、リタ、カロル、ラピードはルブランが読み上げる罪状を聞いていた。

ルブラン「続けて18番目の罪状を確認する」

ユーリがはいどうぞと返事した。

ルブラン「滞納された税の徴収にきた騎士を川に落としたのは間違いないな?」

ユーリがそんなこともあったなぁ、あれデコだっけ?と向かい側に座っているアデコールを見る。アデコールはそうだ!とユーリを恨めしそうに見て、おかげで風邪をひき3日も寝込んだのだ!と言った。

ユーリ「……で、あといくつあんの?飽きてきたんだけど」

退屈、うんざり、といった表情でユーリはルブランを見る。カロルは不安そうにボクはどうなっちゃうんだろう……と呟く。

レナ(……下町のみんなのためとはいえ、罪状が長い……眠くなってきた)

アデコールの横に座るボッコスが反省の色はなしと調書に残してやるのだとペンを走らせる。

ユーリ「そういや、おまえらんとこの何もしない隊長はどうした?シュヴァーンつったけ?」

リタが偉いからってサボりでしょとルブランの方を向き囁く。

ルブラン「我等が隊長を愚弄するか!シュヴァーン隊長は、10年前のあの大戦を戦い抜いた英傑だぞ!」

その言葉から尊敬していることが分かるほど怒っている。

リタはま、あたしらなんて小物どうでもいいってことねとそっぽを向いてポツリ。痺れを切らしたアデコールが次の罪状確認をするのであ〜ると急かした。

 ノックなしに急にドアが開き、白髪の男性と青色の髪のクリティア族の女性が入ってきた。ルブランはその二人の姿、主に白髪の男性をみて驚く。

ルブラン「ア、アレクセイ騎士団長閣下!どうしてこんなところに!?」

その言葉にアデコールとボッコスは慌てて立ち上がり敬礼する。ユーリもアレクセイが居ることに驚いていた。レナも重くなっていた瞼が一気に軽くなり目が冴える。アレクセイは驚いている3人の騎士をそのままに、ユーリ達に近づいた。

アレクセイ「エステリーゼ様、ヨーデル様、両殿下のお計らいで君の罪はすべて赦免された」

ルブランはなんですと!?と更に驚き、こいつは凶悪な犯罪者で……!と続けた。そんなルブランを無視し、アレクセイは話す。

アレクセイ「ヨーデル様の救出並びに、エステリーゼ様の護衛、騎士団として礼を言おう」

思わずユーリは立ち上がる。そんなユーリにクリティア族の女性が謝礼を持ち、こちらを……と渡そうとした。

ユーリ「そんなもん、いらねぇよ。騎士団のためにやったんじゃない」と断わる。

アレクセイはそうかと呟き、クリティア族の女性は謝礼を引き下げた。そのまま、アレクセイ達が立ち去ろうとしたのをユーリがエステルのことについて聞く。先程、帝国に戻る旨、ご承諾いただいたとアレクセイは返した。それにカロルがえっ!?と驚き、でもお姫様だからと納得する。

アレクセイ「姫様には宿でお待ち頂いている。顔を見せてあげて欲しい」

アレクセイはそれだけ言うとその場から出ていった。ユーリ達もルブラン達から解放され、外に出た。

 

―外

 

カロル「エステル、帰っちゃうんだね」

少し寂しそうに残念そうな表情だ。

リタ「あんた、これでいいの?」

リタはユーリのを見てそう聞く。

ユーリ「選ぶのはオレじゃないだろ」

とリタに返した。

リタ「そりゃ……そうだけど」

顔を俯かせる。その表情は確かにそうだが腑に落ちないと語っていた。

ユーリ「それより、ここはどこなんだ?」

どこか暗い雰囲気にユーリは話題を変える。

レナ「……私たちをここに連れてきた騎士は、ここに来る前にヘリオードって言っていたけど」

レナは思い出すように口にする。

カロル「うん、ここ、新興都市ヘリオードだよ。位置的にはトリム港と、ダングレストって街の間だね。まだ作られて間もない新しい街なんだ。この道を東に行けばさっきいたカルボクラム、西に抜けて西北方向に行くとダングレストだよ」

レナ(ほんとに詳しいな。カロルいたら道に迷わなくて済みそう)

ユーリ「ふ〜ん、少し街の中も見て回るか」

リタ「……あたしは好きにさせてもらうわ」

リタはユーリ達に背を向けて何処かに行く。

カロル「ボクは……どうしようかな」

と言いつつ、辺りをキョロキョロする。

ユーリとレナはカロルと別れ、街の中を散策し始めた。

 

―新興都市 ヘリオード

 

 ユーリとレナは散策していると、ヨーデル殿下とフレンに出会った。

ユーリ「なんだ、ご両人やっぱ居たのかよ」

フレン「ユーリ、殿下に対して少し口の利き方が失礼だ。せっかくご厚意で君の罪を全部白紙にしてくださったのに」とフレンはユーリをたしなめる。

ヨーデル「いいんですよ、フレン。私とエステリーゼで勝手にやったことですから」

フレン「エステリーゼ様のことは、もう聞いているみたいだな」

ユーリはああと返事する。

フレン「ユーリと一緒に居るほうがエステリーゼ様のためになると思ったんだが……」

ヨーデル「皇族がむやみに出歩くものではありませんからね」

フレンの言葉に続けた。ヨーデルのその言葉に、あんたが言っても説得力ねぇよとユーリは言う。

ヨーデル「はは、面目ない。けど、特に今は皇族の問題を表沙汰にする時期ではありません」

レナ「その問題っていうのは、ヨーデル殿下とエステリーゼ様、どちらが時期皇帝にっていうことですよね?」

ヨーデルは頷く。

ヨーデル「ええ、今は意見が二つに分かれ、騎士団と評議会で揉めています」

色々と内情を話すヨーデル殿下にフレンが殿下!と制する。そんなフレンにここまで分かっていて今更隠し通せるものでもないよと言った。そして続ける。

ヨーデル「騎士団は私を次の皇帝に、と推してくれています。エステリーゼは、評議会の後ろ盾を受けています」

ユーリ「ほんとにお姫様なんだな」

ヨーデル殿下の話を聞いてユーリは改めてそう思った。

ヨーデル「ええ、遠縁ではありますが、エステリーゼは間違いなく皇族です」

ユーリ「そりゃ、騎士団も大変だな。競争相手とはいえ、お姫様の身辺警護に手を抜くわけにもいかねぇし」

話の終わりを感じとったフレンはこれは、その……と情報の漏洩を危惧する。

ユーリ「オレの知り合いに、こんな情報ほしがる変人はいねぇよ」

レナ「……ユーリと同じく、例えいたとしても絶対に話さないことを誓います」

ユーリ「んじゃ、オレたち、このまま宿屋で休んでくっから」

ユーリとレナは二人と別れた。

 宿屋に向かい入ろうとした時、アデコールとボッコスに待てと声をかけられたのだった。

ユーリ「何だ、デコボコじゃねーか」

レナ(りゃ、略してる)

ボッコスがデコボコ言うなと怒る。ユーリはそんなボッコスを無視して何か用か?と返した。

アデコール「いくらヨーデル殿下直々の恩赦でも貴様が罪を犯した事実は、変わらないであ〜る!」

ボッコス「それは騎士団の正義として見逃しがたいことなのだ!」

アデコール「ユーリ・ローウェル!ここで我々と正々堂々と戦うであ〜る!」

ボッコス「我々に勝てば、貴様の無罪認めよう!」

レナ「無茶苦茶言ってるね」

レナは呆れ口調でユーリを見た。

ユーリ「だな、いつからおまえら、人の罪の有無決められるほど偉くなったんだ?」

ユーリの言葉を無視し、勝負だと二人はユーリに剣を向けた。

ユーリ「……それでおまえらの気が済むんなら、相手してやんよ」

その返事に二人の騎士は着いてこいと街の外へと歩き出した。ユーリは内心面倒だなって思っていそうな顔でその後を着いていく。レナもその後ろを歩く。

ユーリ「これはオレの戦いだからな、レナは後ろに下がってろ。手は出さなくていい」

レナ「わかった」

騎士二人、ユーリは互いに剣を構えた。

ボッコス「これでおまえの自由も今日限り!」

アデコール「我々騎士団の戦闘術、バーストアーツであ〜る」

ユーリ「また勝手に盗んで……騎士団のものじゃねぇっての」

アデコール「黙れであ〜る!」

ユーリ「バーストアーツか……話には聞いたことあるが……」

ボッコス「知らないのか?バカめ」

アデコール「我々がみせてやるであ〜る!だか、それを見る前に、おまえは地面に這いつくばるダメ虫になっているのてあ〜る!……ふぬ!」

レナ(……この人達、傍から見れば教えてやってるように見えるんだよね)

アデコールが闘気を纏い始める。

ユーリ「オーバーリミッツとなんか関係あんのか……」

ボッコス「さー行けっ、見せてやれ、アデコール!」

ボッコスがアデコールを鼓舞する。アデコールはユーリに向かって近づくと見るであ〜る!騎士団奥義!と言って剣を振るう。ユーリはバックステップを踏み、軽々と躱した。

ボッコス「当たってないではないか!何をやってるのだ

!」

ユーリ「なるほど、奥義から連携して出すのがバーストアーツか。マネすっかね……」

レナ(わぁ、普通に出来そう。てかユーリの戦闘センスなら習得するだろうな。私も見ておこうっと)

アデコール「ふん、素人がそんな簡単にできるわけがないのであ〜る!」

レナ(……できるんだよねこれが、なぜならユーリだから)

ユーリ「……ここでオーバーリミッツ!」

ユーリは闘気を纏った。

ボッコス「わわわっ、気をつけろ、ユーリ・ローウェルのやつ、来てるぞ!」

ボッコスはアデコールに声をかける。ユーリは奥義……と囁くと、烈砕衝破!と技を出した。技の衝撃がアデコールを襲う。ユーリの闘気がさらに上がりバーストアーツ……天狼滅牙を出す。無数の斬撃が体制を崩したアデコールを更に追い込む。

レナ(なーるほど?頑張れば出来そう)

ボッコス「ふんぎゃーーっ!バーストアーツ!」

アデコール「余計なことを、であ〜る!!」

そのまま戦闘は続いていき、終わる頃にはユーリはバーストアーツを完璧に使いこなしていたのだった。結果はユーリの勝利。ボッコスとアデコールは負け、その場を去った。

 ユーリとレナはヘリオードに戻る。辺りは暗くなり始めていた。

ユーリ「やれやれ……寝る前に、とんだ準備運動だぜ」

レナ「お疲れ様、ユーリ」

ユーリ「ありがとな、レナ」

二人は宿屋へと歩く。宿屋につきチェックインを済ませていると、そこにリタとカロルが来た。

リタ「あれ?あんたたちエステリーゼに会えたの?」

リタはユーリとレナを見ながら聞く。

レナ「んーん、会ってない」

ユーリ「今日は疲れてるだろうから、そっとしといてやろうぜ。話をするのは、明日でもいいだろ」

カロル「そっか、じゃあボクたちも部屋に行こっか」

4人と1匹はそれぞれの部屋で今までの旅の疲れを癒し体を休めた。

 

―翌日

 

 ユーリ、リタ、カロル、レナはチェックアウトを済ませ、宿屋の入口前に集まっていた。ふとラピードが何かを気にするような仕草をする。ユーリが気づきどうした?と声をかける。

カロル「変な音聞こえない?」

リタ「言われてみればそうね」

レナ(……魔導器(ブラスティア)が暴走する予兆……か)

 宿屋の主人が、結果魔導器(ブラスティア)の調子がわるいらしいと音に気づいたユーリ達に話す。リタは魔導器(ブラスティア)の調子が悪いと聞いて宿屋から飛び出すのをレナがちょっと待って!と静止をかけた。リタは待ってらんないわよ!と苛立ちをあらわにする。

ユーリ「騎士団様だっているんだ。すぐ手打ってくれるだろ」

カロル「リタが出て行って勝手するとエフミドの丘ん時みたいになっちゃうもんね」

カロルはどこか遠い目をしている。

ユーリ「ま、気が向いたら、フレンに知らせてやりゃいい」

リタはその言葉に不満そうにしていた。そのままユーリ達は宿屋の外に出ると、結局リタの希望で結界魔導器(ブラスティア)の前に行った。リタが魔導器(ブラスティア)をまじまじと見て調べ始める。そこにエステルが遠くから走ってきて、リタに待ってくださいと声をかけた。カロルが駆け寄ってきたエステルにビックリする。

エステル「騎士団の方で修復の手配は整えたそうですから、ここは」とリタに身を引くようにお願いする。

ユーリ「たまには騎士団の顔、立ててやれよ」

エステルが続いてお願いしますとリタに頭を下げる。リタはそこまでいうならと渋々頷いた。

ユーリ「ふらふら出歩いて平気なのか?」

ユーリはエステルにそう声をかけた。

エステル「はい。帝都に戻るまで、一緒にいてもいいです?」

ユーリ「そりゃ、オレは構わないけど」

という訳で、帝都に戻るまでの短い間だけエステルと行動することになった。ユーリ達は魔導器(ブラスティア)の事をフレンに伝えるために、フレンの所へ向かった。

 

 フレンを訪ねて見れると、彼は駐屯室で忙しなく動いていた。

ユーリ「なんか、結界魔導器(ブラスティア)が、変な音出してるけど、平気か?」

フレン「それが気になって、わざわざ顔を出したのか。相変わらず、目の前の事件をユーリは放っておけないんだな」と呆れている。

ユーリ「オレがっていうか、こっちの……」

部屋の奥にいたリタがフレンに近づく。

リタ「様子がおかしいのは明白よ。あたしに調べさせて!」

フレン「今、こちらでも修繕の手配はしてあるんだ。悪いが魔導器(ブラスティア)を調べさせる訳にはいかない」

リタはなんでよ!!と憤った時、地面が大きく揺れ始めた。

レナ(まずい……魔導器(ブラスティア)が!)

しばらくすると揺れは落ち着いた。レナは落ち着いた瞬間に、魔導器(ブラスティア)の方へと駆け出していた。

ユーリ「なんだ、今の振動?」

フレンはまさか、魔導器(ブラスティア)か?と呟いた。

リタはレナのあと追いかけるように駆け出していった。

エステル「魔導器(ブラスティア)に何かあったのかもしれません」

ユーリはみんなに行くぞ!と声掛けて、魔導器(ブラスティア)の方へと走り出した。フレンはエステルにここにと待っているよう声掛けて出ていく。

 レナが魔導器(ブラスティア)に着いた頃、魔導器(ブラスティア)は黄色の強いひかりを放ち、周りにはエアルが溢れ出ていた。

レナ(っエアルが濃い……でも止めなきゃ!)

魔導器(ブラスティア)に近づき、何とか落ち着かせられないかと探る。リタが魔導器(ブラスティア)の近くまで来ていたようで、近づこうとしてユーリに止められているのがレナの視界の端にうつった。レナに気づいたユーリが彼女の名を呼ぶ。

レナ「ユーリっ!リタっ!近づいちゃダメ!エアルが溢れ出てる!この濃度じゃ人の命に関わるから!」

周りにいた人達がぐったりと倒れている。

リタ「あんたも、危ないわよ!早くそこから逃げなさい!」

ユーリ「そうだ!無茶するな!!」

ユーリが怒鳴る。

レナ「ごめん無理、この暴走を抑えなきゃ」

額に汗を滲ませレナは微笑んだ。瞬間、魔導器(ブラスティア)からエアルが暴走する。その衝撃にリタとユーリは少し吹き飛ばされた。近くにいたレナもその衝撃を全身に受け、魔導器(ブラスティア)から引き剥がされるがすぐに傍により意地で抑えている。

 リタは少しおさまったのを見計らって、レナのそばに来た。その後ろでユーリが来ようとして、高濃度のエアルにあてられる。レナは引き続きエアルを限界まで抑えていた。リタは魔導器(ブラスティア)に触ると操作盤を開き作業にとりかかる。

リタ「大丈夫、エアルの量を調整すればすぐに落ち着くから。元通りになるからね!……レナ、あんたも無茶するわね」

レナ「……ふふっリタこそ」

レナはエアルを抑えることにさらに集中する。

レナ(溢れ出てくるこのエネルギーを抑える。蓋をするイメージで……大丈夫、ゲームでエステルがやったことを私がするだけっ)

少女の体がよく見ないと分からない程度に淡く赤色の光を纏う。

リタ「……レナ、あんた、体が……」

レナ「?……リタ?」

フレン「危ない!今すぐ離れるんだ!!」

追いついたのであろうフレンの怒鳴り声が聞こえた。

リタ「……そんな!この子の容量を超えたエアルが流れ込んでる。レナが抑えてくれているとはいえこのままじゃ、エアルが街を飲み込むか、下手すりゃ爆発……」

レナ「……ぐっうぅ」

レナ(やっぱり少しづつじゃないと抑えられない……このままじゃ私の体力が先に尽きる)

耐えきれなくなってきたレナが膝をついた。

リタ「!レナっ!」

レナ「っ……へーきっ」

レナ(弱音吐いてる場合じゃないっ!やるんだ、私がっ)

瞬間魔導器(ブラスティア)を中心に巨大な魔法陣が構築される。それによってエアルの暴発が半分に抑えられた。しかしまだ力が足りないらしい。レナの体の周りをより一層淡く赤い光が強くなった。

レナ(ぐっ……今までと比べ物にならない、全身が引き裂かれるように痛い!!それでも半分なんて…やっぱりエステルが媒体になって抑えないとダメなの??巻き込みたくなかったのに……!)

エステルがリタっ、レナっ!!と叫びこちらに駆け寄る。その体はエアルを抑えるのと同調するように発光していた。

レナ「っエステル!?」

エステル「リタ、レナ、だいじょうぶ!?」

リタ「……エステリーゼ……」

輝くエステルに呆然とするリタ。エステルが来たことで、エアルの暴走がほぼおさまっていく。ハッとしたリタはすぐに魔導器(ブラスティア)の操作にうつる。リタがよしっ、できた……そう呟いた瞬間だった。魔導器(ブラスティア)が強い光を放ち3人を飲み込む。こうなると薄々わかっていたレナは無詠唱でリタとエステルに手を伸ばしバリアーを掛けた。3人は石畳に叩きつけられる。

 光がおさまって最初にエステルが起き上がった。彼女の目には倒れているレナとリタが見えた。二人ともぐったりとしている。エステルはリタの方を確認するとよく見ないと分からないほど浅いが呼吸をしている。そしてレナの方を確認するが、呼吸をしていなかった。レナが2人に手を伸ばし防御の魔術を咄嗟にかけて守ってくれたことをエステルは思い返す。ハッとした彼女は二人に必死に声をかけた。

エステル「っレナ!!リタ!!しっかりしてえぇ!!」

     (死なないで、二人とも!私の持てる全ての力を……!!)

レナ(……っエステルが……呼んでいる?身体中が痛い……大丈夫だよって言わなきゃいけないのに……)

エステルによって発動された強い治癒術は二人を包み癒していく。リタの傷はほとんど塞がり、レナは浅くけれどしっかりと呼吸を始めたの見てエステルはほっと息をついた。降り始めた雨が、3人を濡らす。ユーリが三人に駆け寄る。

エステル「……はあ……はあ……。リタと、レナを……休ませる部屋を……準備してください……」

ほぼ限界に近いエステルはやっとのことでユーリに頼む。

ユーリ「なに言ってやがる。おまえもぼろぼろじゃねぇか」

駆け寄ったフレンがすぐに準備を……!と部下に合図した。

フレン「彼女たちは私と部下で連れていきましょう」

フレンはリタを部下の1人がレナを抱え、用意した部屋に連れていった。ユーリはカロルに近づき声をかけ、オレたちも行くぞとフレン達の後を着いていった。

 リタとレナはベットの上に運ばれ眠っている。リタとレナは部屋の都合上別室に分けられていた。エステルはレナにある程度治癒術をかけると、リタの部屋に行く。今度はリタに治癒術をかけ続けていた。ふとコンコンとノックの音が聞こえ、エステルはどうぞと招く。入ってきたのはユーリだった。そのままエステル達に近づく。

ユーリ「治癒術だって無限に使えるわけじゃない。もうリタもレナも落ち着いている。その辺にしておけ」

エステルははい……と返すと、術を解いた。

ユーリ「ったく、無茶ばっかりしやがって」

エステル「本当ですね。リタって決めたことにはどこまでも真っ直ぐで……レナは私たちを守ろうと必死になって……」まるで他人事のように話すエステルに、ユーリはエステルも同罪だと言った。

エステルはごめんなさい……と首をすくめた。

ユーリ「ここ、オレが残るからエステルはもう休め。治癒術使って疲れたろ?」

エステルが座っている場所を代わるように近づいて、気にかける。エステルは疲れていないと首を振って拒否する、

エステル「わたし、リタがうらやましいです。大切なものを持っているから……」

ユーリ「ないなら、探せばいい。そのために今日は休んどけ」

エステル「だいじょうぶです。ユーリこそ、休んでください」

ユーリ「お前が倒れたら、オレがフレンに怒られんの」

エステル「なら怒られてください」

1歩も引かないエステルにユーリは仕方ないとため息を着く振りをした。

ユーリ「倒れてから代わってくれって言われてもオレは知らないからな」

エステル「倒れてからじゃ、代わってくれって言えませんから」

ユーリは頑固なこってと呆れると部屋から出ていった。

 ユーリはリタの部屋から出ると今度はレナが眠っている部屋に行く。ノックをするが返事は無い。ドアを開けて中に入れば、ベットに横たわるレナだけがいた。

ユーリ「ハルルで約束したこと、ずっと破り続けてるよな……いくら大人びてるとはいえ子供なんだぜおまえ。これ以上、無茶するんじゃねぇぞ」

ユーリはレナが魔導器(ブラスティア)を抑えている時、背中に冷や汗が止まらなかった。レナの頭を撫でた時、ゆっくりと瞼が開いた。ハルルの時と同じようにボルドー色の瞳が見えた。

レナ「……ユーリ?」

ユーリ「レナ、お目覚めか?」

レナ「ここは……?っエステルとリタは!?」

ハッとしたレナは思いっきり体を起こす。が、いきなり起きたせいで視界が歪み気持ち悪くなって頭を抑える。ベットに倒れ込みそうになる少女をユーリは支え、ゆっくりと寝かせる。

ユーリ「落ち着けって、無事だよ二人とも。リタには今エステルがついてる」

レナ「そっ……か。よかった」ほっと安堵する。

ユーリ「よかねぇよ。クオイの森の時といい、今回の事といい本当におまえはいざって時、無茶するよな」

レナ「……うっ、ごめんなさい。みんなを守らないとって思ったら体が動いちゃうんだもん」

ユーリ「ったく、仕方ねぇ奴だな」

レナはあはは……と苦笑いした。

ユーリ「今日はもう遅いし、ゆっくり休んどけよ」

レナはうんと返事をしたのを確認してユーリは部屋からでた。

 ユーリが廊下に出るとカロルが壁に背を預けて座り込んでいた。そんなカロルに近づく。

カロル「どうしようもないやつだって、ユーリは思ってるよね。最初に会った時も、カルボクラムでのことも……今日のことだって……」

ユーリ「今日のはさすがにびびったよな。さすがの騎士団長様もあれはお手上げだったぜ。大の大人にだって、できないことがたくさんあんだ」

俯いているカロルに語りかけるようにユーリは話す。カロルはユーリにも?と聞いた。ユーリはああと頷く。

カロル「そうだね。世の中、簡単じゃないよ」

そういう事だとユーリは同意した。

カロル「……あのさ、ユーリ」

呼ばれたユーリは、ん?と優しく返す。

カロル「ボクと……ギルド作んない?」

おそるおそるカロルは提案した。

ユーリ「ギルドか……。そういや、その選択もあったな。考えとくよ」

まさかの返事にカロルはえ!?と驚く。ユーリはそんなカロルを不思議そうになに、驚いてんだよと返す。

カロル「厄介事はごめんだ、とか言うと思ってたから」

ユーリ「大人にも色々あるんだよ。ほら、今日はもう休んで、明日、また様子を見にくんぞ」

 

 翌日、ユーリとレナはリタが居る部屋をたずねた。部屋に入るとリタは起き上がっていた。

レナ「リタ、目を覚ましたんだね。よかったぁ」

レナはほっとするように微笑んだ。

リタ「あんたもね」

エステルはリタが眠っていたベットに突っ伏して眠っている。

ユーリ「あれほど倒れる前に言えって言ったのに」

少し呆れたような口調だ。

リタ「わかってたんでしょ?言っても聞かないことくらい」

エステルはむにゃむにゃとなにか寝言を言っている。そんなエステルをリタは幸せそうな顔しちゃってと微笑んだ。

リタ「あのさ、エステリーゼってあたしのことどう思ってると思う?」

どこか遠くを見つめてリタは呟いた。それに対し何も返答がないの変に思ったリタはユーリの顔を見ると、ユーリは驚いた顔をしていた。

ユーリ「自分がどう見られてるかなんて気にしてないと思ってた」

リタ「も、もういい。あっち行って」

何だか急に恥ずかしくなったリタはそっぽを向く。

ユーリ「術式なんかより、こいつはむずかしくないぜ」

 エステルが目を覚ました。起きているリタを見て飛び起きる。

エステル「あれ?リタ!目が覚めたんですね!あ、でも油断したらダメですよ!治ったと思った頃が危ないんです」

そう言ってエステルは治癒術をリタにかける。

リタ「もう、大丈夫よ」とエステルに微笑み、「あと、魔導器(ブラスティア)使うフリ、もうやめていいよ」と付け加えた。

エステルはな、なんのことです?と動揺している。

ユーリ「魔導器(ブラスティア)なくても、治癒術使えるなんてすげぇよな」

 すこしの静寂、降り続ける雨の音だけが聞こえていた。

エステル「ど、どうしてそれを……」と口ごもってしまう

 ふと窓に影が差した。気づいリタが窓見て、あ、バカドラ!と叫んだ。

レナ(!ジュディスっ)

ユーリはなんだ?と警戒する。エステルは咄嗟にリタの上に覆いかぶさり守る。ユーリは剣を構えて前に出た。レナはユーリの前とエステル、リタの前に魔術で作った見えない障壁を構築させた。竜が火球を吐く、ユーリは咄嗟に剣で受け止める仕草をする、その前にレナが作った障壁がユーリを守った。竜使いは何故か戸惑うような素振りを見せたあと、振り上げていた槍をおろす。

ユーリ(今の、レナの魔術か……)

レナ「大丈夫?ユーリ」

ユーリ「あぁ、おまえのおかげでな」

エステル「リタ、だいじょうぶですか?」

リタ「……あんたって子は……」

慌てたカロルがドアを開けて入ってくる。

カロル「すごい音がしたけどどうしたの……って、うわぁ!?」

部屋に入ってきたカロルは飛び回る竜使いに驚く。

カロル「なに?なんなの?な、なんだったの、あれ?」と混乱している。

リタ「大事な話の途中だったのに」不貞腐れるように言った。

ユーリ「エステルの治癒術に関しては、とりあえず、ここまでな」

リタ「別にいいわよ。あたしはだいたい理解したし」

どこか疑わしげにユーリを見つめるリタ。

ユーリ「なに、悪いようにはしないって。オレ、そんなに悪いやつに見える?」

リタは見えるわと返した。エステルはそんな二人をうふふと笑った。

カロル「……ちょっと。ボクだけ仲間はずれなの?何のことだよ、教えてよ!!」

何も知らないカロルは何が何だか、ちょっぴり寂しいと感じるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダングレスト

 ヘリオードの魔導器(ブラスティア)の1件から、あっという間にエステルが帝都に戻る時間が来た。

ユーリ「ま、帝都までの道中は気をつけてな」

エステルは、はいと返事をする。外は雨が降り続いていた。

ユーリ「忘れ物とかないだろうな?後から思い出して、また迷惑かけんなよ」

エステル「忘れていったら、ユーリが届けてください」

ユーリ「バカ言ってんな。さっさとフレンとこ行くぞ。そこまでは送ってやっから」

エステル「あ、あの、ユーリたちはこのあとどうするんです?」

ユーリ「そうだな。紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)の足取りも途絶えちまったし……」とどうするか考えるユーリにカロルがだったら、この先にあるダングレ……ストはだめだと提案しかけて俯いた。

カロル「今、戻ったら、みんなのバカに……」とポツリ。

レナ「ダングレストって確か、ギルドの街だったよね?」

カロル「う、うん。だから、紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)の情報もみつかるかもな〜って……」なんだか嫌そうに弱々しく答える。

ユーリ「ここからだと、どっちだ?」

カロル「西に行けばつくけど……」

ユーリ「なら、行くか。ギルド作るにしても、色々と参考になるだろうし」

レナ(……ギルド作る話ってここからだっけ。忘れてたな)

カロル「え?ギルドのために?なら、行こう!」

さっきの弱腰はどこへやら、嬉々とした表情をしていた。そんな中リタは考え事をしていた。

 ユーリ達は、フレンと待ち合わせしている魔導器(ブラスティア)の前まで来ていた。フレンは見当たらない。

リタ「フレンって騎士いないじゃない」

カロル「このままボクらについてくる?」

カロルはエステルを見て提案する。

エステル「そうですね。そうしてもいいです?」

エステルはカロルの提案に乗った。それをユーリがお姫様をたぶらかすなと制する。エステルの後ろから、アレクセイが歩いてきた。

アレクセイ「勝手をされては困ります。エステリーゼ様には帝都にお戻りいただかないと。フレンは別の用件がありすでに旅立った」

アレクセイはエステルにそう伝えると今度はリタの方に歩み寄る。

アレクセイ「さて、リタ・モルディオ。君には昨日の魔導器(ブラスティア)の暴走の調査を依頼したい」

リタ「……あれ調べるのはもう無理。あの子、今朝少し見たけど何もわからなかったわ」

アレクセイ「いや、ケーブ・モック大森林に行ってもらいたい」

ケーブ・モック大森林という言葉にカロルが反応する。

カロル「暴走に巻き込まれた植物の感じ、あの森にそっくりだったかも」

アレクセイ「最近、森の木々に異常や魔物の大量発生、それに凶暴化が報告されている。帝都に使者を送ったが、優秀な魔道士の派遣にはまだまだ時間を要する」

リタ「あたしの専門は魔導器(ブラスティア)。植物は管轄外なんだけど?」

リタは少し考える素振りをしながら答える。

アレクセイ「エアル関連と考えれば、管轄外でもないはずだ」

リタ「それに……あたしは……エステルが戻るなら、一緒に帝都に行きたい」

少し寂しそうな悩ましそうに眉を下げている。エステルはえ?と俯いていた顔をあげた。

アレクセイ「君は帝都直属の魔導器(ブラスティア)研究所の研究員だ。我々からの仕事を請け負うのは君たちの義務だ」

渋るリタにアレクセイは顔をしかめている。エステルがリタに駆け寄った。

エステル「あ、え、えっと……それじゃあ、わたしがその森に一緒に行けば問題ないですよね」

と持ちかければ、アレクセイが姫様、あまり無理おっしゃらないでいただきたいと狼狽えていた。

エステル「エアルが関係しているのなら、わたしの治癒術も役に立つはずです」

彼女は意味のある言い訳を述べる。アレクセイはそれは、確かに……と納得する。

エステル「お願いです、アレクセイ!わたしにも手伝わせてください」

アレクセイ「しかし、危険な大森林に、姫様を行かせるわけには」

アレクセイはその御身を危険にさらさせる訳には行かないと騎士として難色を示した。それを見たエステルはそれならとユーリに振り返り、一緒に行きませんか?と誘った。急に名を呼ばれたユーリは驚きながらオレが?と答える。エステル再びアレクセイに向き直った。

エステル「ユーリが一緒なら、かまいませんよね?」

アレクセイは顔を俯かせしばらく悩んだ後、顔を上げユーリを見た。

アレクセイ「青年、姫様の護衛をお願いする。一度は騎士団の門を叩いた君を見込んでの頼みだ」

ユーリ「……なんでもかんでも勝手に見込んで押し付けやがって」と零す。

アレクセイ「その返答は承諾と受け取ってもかまわないようだな」

ユーリ「ただし、オレにも用事がある。森に行くのはダングレストの後だ」

アレクセイはそれに致し方あるまいと返し、話が終わったところでその場を去って行く。

 エステルはやりましたね!と嬉しそうにリタに微笑む。リタは気恥しそうにそっぽを向いた。アレクセイはクリティア族の女性となにやら話している、ユーリがフレンという言葉を聞き取った。フレンがどうしたって?とユーリが問う。エステルがユーリの声に反応してアレクセイの方へ振り向いた。

アレクセイ「『エステリーゼ様を頼む』フレンからの伝言だ」とユーリに問いに答えた。

エステルはアレクセイにありがとうございますと一礼する。

カロル「よし、じゃあ、ダングレスト経由でケーブ・モック大森林だね!」少年が取り仕切ってユーリ達はダングレストへと足を進めた。

 途中大きな魔物と戦ったり、長い白髪の男性に出会った、魔物とは何か?と考えたり、色々あったが無事ダングレストに着くことが出来た。

 

―ギルドの巣窟 ダングレスト

 

 ラピードと共に先頭を歩いていたカロルが街の入口で立ち止まる。

カロル「ここがダングレスト、ボクのふるさとだよ」

ユーリ達は辺りを見渡した。

レナ「にぎやかなとろこだね」

カロル「そりゃ、帝都に次ぐ第二の都市で、ギルドが統治する街だからね」

ユーリ「もっとじめじめとした悪党の巣窟だと思ってたよ」

カロル「それって、ギルドに対する偏見だよね」拗ねるように言った。

エステル「紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)の印象が悪いせいですよ。きっと」

ユーリの発言に拗ねたカロルをエステルがフォローする。

カロル「ボクまで悪党なのかと思ったよ」

カロルは俯いてしまった。

リタ「あんたが、悪党なら、こいつはどうなるのよ」

前に進み出てユーリのそばまで来る。ユーリはそれもそうだと軽く笑って返した。

ユーリ「さて、バルボスのことはどっから手つけようか」

カロル「ユニオンに顔を出すのが早くて確実だと思うよ」

カロルはユーリに助言する。

エステル「ユニオンとはギルドを束ねる集合組織で、五大ギルドによって運営されている、ですよね?」

本で学んだ知識を話し、カロルに視線を向けた。カロルはうんと返す。

カロル「それと、この街の自治も、ユニオンが取り仕切ってるんだ」エステルの説明に付け加える。

リタ「でも、いいわけ?バルボスの紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)って五大ギルドのひとつでしょ?」

レナ「ということは、バルボスに手を出したら、ユニオンも敵に回っちゃうよね」

カロル「……それは、ドンに聞いてみないとなんとも」

ユーリ「そのドンってのが、ユニオンの親玉なんだな?」

カロル「うん、五大ギルドの元首天を射る矢(アルトスク)を束ねるドン・ホワイトホースだよ」

とより詳しくカロルは説明した。

ユーリ「んじゃ、そのドンに会うか。カロル、案内頼む」

カロル「ちょっとそんなに簡単に会うって……。ボクはあんまり……」

カロルは急に浮かない顔をして俯いってしまう。エステルはカロルにお願いしますと微笑む。カロルはお願いされたり、頼られたりすることに弱い節ある。少し考えたあと、カロルは口を開いた。

カロル「…………ユニオンの本部は街の北側にあるよ」仕方ないという顔をした。

 ユーリ達はダングレストを北側に歩いていく。道中、カロルはずっとキョロキョロしていた。落ち着かないその様子にリタが、あんた、何してんの?と声をかける。

カロル「え?な、なにって、べつに」動揺を隠しきれていない。

 街の住民がカロルに声をかけた。その空気は悪く、どの面下げて戻ってきたんだ?と言われる始末。カロルは、なんだよいきなりと俯いたまま返した。

住民「おや、ナンの姿が見えないな?ついに見放されちゃったか?あははははっ!」不快な声で嘲笑った。それに耐えられなくなったカロルは反抗する。

カロル「ち、違う!いつもしつこいから、ボクがあいつから逃げてるの!」住民たちの方を向いて怒鳴った。その後ろでユーリはエステル達に小声で話した。

ユーリ「これがあるから、ダングレスト行きを最初嫌がったんだな」

レナ「……子供相手に何やってんだか」

カロルを笑い者にしていた住民はユーリ達に話しかける。

住民「あんたらがこいつ拾った新しいギルドの人?相手は選んだ方がいいぜ」

レナ(……余計なお世話ね)

住民「自慢できるのは、所属したギルドの数だけだし、あ、それ自慢にならねぇか」とカロルを小馬鹿にする。それにカロルは何も言えず俯いてしまった。

ユーリ「カロルの友達か?相手は選んだ方がいいぜ?」と住民達を睨んだ。その言葉に彼らは逆上する。

レナ「子供をそうやって揶揄うなんてどうかと思うけど」

エステル「あなた方の品位を疑います」

リタ「あんた、言うわね。ま、でも同感」

彼らはふざけやがって!言わせておけば!と憤る。

 その時、薄暗い街に警鐘が響き渡った。

リタ「何この音……?」と呟く。

さっきまで怒っていた住民達は焦っている。

カロル「警鐘……魔物が来たんだ」

エステル「魔物って……まさかこの震動、その魔物の足音……」

彼女は何となく状況を察して顔を青くする。

ユーリ「だとすると、こりゃ大群だな」

カロル「ま、でも心配いらないよ。最近やけに多いけど、ここの結界は丈夫で、破られたことないしね。外の魔物だって、ギルドが撃退……って、ええっ!!」

得意げに語っていたカロルが結界を指さしかけた時だった、さっきまであったはずのそれが消えていたのだ。

エステル「結界が、消えた……?」

リタ「一体どうなってんの!魔物が来てるのに!」

ユーリ「ったく、行く場所、行く場所、厄介ごと起こりやがって……」

レナ/リタ「何か憑いてんのよ/じゃない?、あんた/ユーリ」

レナとリタに言われたユーリはかもなと返した。

エステル「ユーリ、魔物を止めに行きましょう!」

 ユーリ達が街の入口に近い場所に向かっていると、魔物が路地という路地から溢れ出していた。

ユーリ「すげーな、こんだけの魔物、どっから湧いてくんだ?」

カロル「ちょっと異常だよ……!」

エステル「魔物の様子も普段と違いませんか?」

想像を遥かに超える魔物の数にユーリ達は驚く。

リタ「来るよ!」

その声を皮切りに魔物達が襲いかかってきた。

 ユーリ達は、懸命に魔物に攻撃し続けたが、倒せる数にも限度があった。

リタ「あ〜、ウザイ!次から次へと……もぉっ!」

倒しても倒してもキリがないとリタはイライラしながらも、着実に魔術を魔物に当てていく。住民達は魔物がまだ居ない場所、安全な場所に避難している、が魔物に女性が襲われてしまった。それにユーリが気づき魔物をいなしながら舌打ちをして、女性を襲った魔物に術技を当てて助けた。女性はお礼を言って走っていった。

 逃げ惑う住民達を容赦なく魔物は襲っていく。

レナ「白銀の光輪、ここへ!……エンジェルリング!!」

魔物の周りに光の輪が出現し、やがて収束して魔物を一箇所に引き寄せた。

レナ(っよし、まとめて蹴散らす!)

レナ「怒りを穂先に変え、目の前の敵を貫け!……ロックブレイク!!」

地面から隆起させた岩が敵を貫いていく。しかしまだまだ魔物は多い。魔術を使った反動で体が痛みだす。段々レナの体に痛みが蓄積していく。気づいた頃には、あまりの痛みに立っているのがギリギリで体が震えていた。

レナ(多すぎるっ、さすがにそろそろやばいかも……)

魔物達はそんな人間の都合などお構い無しにこちらに向かってくる。

ユーリ「くそっ!間に合わねぇっ!」

ユーリが歯噛みした時だった。

 一人の老人が辻に立つと、大剣を振り上げて魔物を誘った。白髪ではあるが顔に赤い刺青を入れ、その体躯には筋肉が盛り上がっている。

「さあ、クソ野郎ども、いくらでも来い。この老いぼれが胸を貸してやる!」

そう叫ぶなり、老人は圧倒的な力で魔物を倒し始めた。

ユーリ「とんでもねえじじいだな、何者だ?」

レナ(!あれは、ドン・ホワイトホースっ)

さっきの声を聞いたカロルがユーリに駆け寄る。

カロル「ドンだ!ドン・ホワイトホースだよ!」

興奮したカロルはそう言ってユーリの袖を引っ張った。

ユーリ「あのじじいがねぇ」

 怪我をした人達を治しているエステルにも、ドンだ!ドンがきたぞ!と興奮や安堵した声が耳に届く。ギルドの人たちがドンに続く中、甲冑の音が響いてきた。どうやら騎士団もいたらしい。その先頭にフレンが居た。

フレン「魔物の討伐に協力させていただく!」と前に出ようとするが、ドンの制止する声がフレンを止めた。

ドン「騎士に助けられたとあっては、俺らの面子ががたたねぇんだ。すっこんでろ!」

フレン「今は、それどろでは!」

ドン「どいつもこいつも、てめぇの意思で帝国抜け出してギルドやってんだ!いまさら、やべぇからって帝国の力借りようなんて恥知らず、この街にいやしねぇよ!」

フレン「しかし!」

両者、なかなかひかない状況に見ている人達はドンの意見に納得する者や、ひやひやしている者がいた。

ドン「そいつがてめぇで決めたルールだ。てめぇで守らねぇで誰が守る」

ユーリ「何があっても筋は曲げねぇってか……なるほど、こいつが本物のギルドか」

 少し離れた所でリタの声が響く。どうやらカロルに案内を頼みたくて呼んでいたようだ。

カロル「そこのって、ボクっ!?え、ど、どこへ?」

エステル「結界魔導器(シルトブラスティア)を直しに行くんです。このままでは魔物の群れに飲み込まれます!」

それを聞いたカロルは急いで案内する。エステルはその後に続いた。ドンを見ていたユーリにリタがちょっとあんたも!と誘う。魔術を使った代償が残った状態でレナも続こうとするが、蓄積した痛みで体が言う事を聞かない。

レナ(いっっった!!魔術使いすぎたかな……。仕方ない、ゆっくり……いくか)

 

 ユーリ達はカロルの案内で結界魔導器(ブラスティア)の近くまで来ていた。倒れている人達に治癒術をかけようとエステルが寄る。しかし、すでに息をひきとっていた。

エステル「……もう手遅れです。なんてひどい……」

 リタは結界魔導器(シルトブラスティア)に駆け寄って、調べ出す。同時に黒装束の赤眼たちが襲ってきた。気づいたエステルがリタに危ないと叫ぶ。ユーリが赤眼の振り下ろした武器を弾いた、

結界は直させないぞと黒装束の人たちが言う。

リタ「ったく、ほんと次から次に!もうっ!!」

 程なくしてユーリ達の手によって赤眼達は片付いた。と同時にレナはその場に着いた。リタは魔導器(ブラスティア)を引き続き調査している。

ユーリ「結界魔導器(シルトブラスティア)の不調はこいつらの仕業かよ」

エステル「でも、どうして?」

2人が話している中、ラピードはレナの方向に振り返る。釣られるようにユーリ達も振り返れば、レナがいた。

ユーリ「レナ、悪ぃ置いてきちまってたのか」

レナ「ううん、違う。私が勝手にはぐれたの……ごめん」

ユーリ「……そうか、怪我はないか?」

レナ「大丈夫っ」

少女はVサインをして、ニッコリと笑った。ユーリ達の方へと歩き出した時、レナがふらついた。ユーリが駆け寄る。

ユーリ「どこが、大丈夫なんだ?」

ふらつく少女を片腕で支える。

レナ「あ、あれ?」

(やっぱり、まだ……本調子じゃないか)

エステル「あの、やっぱり、どこか怪我でも……「してない!大丈夫だからっ」エステルの声を慌ててレナが遮る。

思ったよりも大きな声で遮ってしまいエステルを驚かせてしまった。

レナ「あ……ごめん。でも本当に大丈夫なの。ふらついたのは、その」

前に魔術を使っても何ともないと言ってしまった手前、魔術を使った代償でふらついているなんて言えない為か彼女は口ごもる。

ユーリ「ふらついたのは?」

呆れながらユーリがレナにそう問いかけた時、甲冑の音が聞こえはじめフレンがこちらに急いできた。

フレン「こっちも大変な騒ぎだね」

レナ(ナイスタイミング!フレン)少女は心の中でグッチョブした。

ユーリ「なんだ、ドンの説得はもう諦めたのか?」

フレン「今は、やれることをやるだけだ。それで、結界魔導器(シルトブラスティア)の修復は?」

ユーリ「天才魔道士様次第ってやつだ」

リタの方を見上げればブツブツと言いながら手を動かしている。

リタ「……魔核(コア)は残ってる。術式いじって、止めただけね。ん?これ、増幅器っ!?それにまた、この術式……。エフミドの丘のと同じ……」

リタの様子を見ていたユーリはフレンに視線を戻す。

ユーリ「魔物の襲撃と結界の消失。同時だったのはただの偶然じゃないよな?」

フレン「……おそらくは」

ユーリ「お前が来たってことは、これも帝国のごたごたと関係ありってわけか」

フレン「わからない、だから確かめに来た」

2人が話している間、相変わらず独り言を言いながらリタは作業していた。

リタ「……それが、あれで、これが、こう!」

彼女が全ての作業を終えて手を止めた時、結界が再び出現した。エステルはさすが、リタと呟く。

フレン「よし、外の魔物を一掃する!外ならギルドも文句を言うまい」

街の外へと駆け出したフレンに続くように他の騎士たちも駆け出して行った。

ユーリ「魔物の方はフレンに任せて、オレらはユニオンにバルボスの話を聞きにいくぞ」

レナ(このままならさっきの話は有耶無耶に出来そうだね)

 

 カロルの案内でユーリ達はユニオンの入口まで来ていた。入口で門番をしている人がユーリに話しかけ用件を聞く、ドンに会いに来たと聞いて門番はドンは外の魔物を追いかけて今は不在と話した。ユーリは門番に礼を言ってその場を後にした。

ユーリ「しょうがねえな。街で情報を探るか」

カロル「……え?ドンの手伝いに行かないの?」

ユーリ「魔物の巣の場所、知ってるのか?」

そう言われてしまえば、カロルはあっ、そっかとそういえば知らないなと思った。

ユーリ「そういやレナ、さっきの話なんだけど、ふらついたのが怪我のせいじゃないなら何なんだ?」

まさか掘り返されるとは思ったいなかった少女は分かりやすく体をビクつかせた。

レナ「えっ……と……」

そんなレナの様子を見かねてか、リタが口を挟んだ。

リタ「あれでしょ?魔術、使いすぎたんでしょ?ただでさえあんた、特殊な使い方してるんだし体が悲鳴をあげたってところなんじゃない?」

さすが天才魔道士、その推察は的確だ……とレナは思う。

何も言わないレナに、ユーリはリタが言ったことで間違いないのだと察する。

ユーリ「なるほどな」

カロルが閃いたと顔を上げて、提案する。

カロル「ねぇならさ、魔導器(ブラスティア)使うようにしたらいいんじゃない?」

それを聞いて、エステルはクオイの森での話を思い出す。

エステル「あっ、確かギルドで魔導器(ブラスティア)を発掘している所がありましたよね?」

ユーリ「んじゃ、行ってみるか」

リタ「あたしもどんな子がいるか気になるし行くわ」

カロル「案内するよ!」

当の本人は何も言えないまま、話はトントン拍子に進んでいく。いつの間にかギルドが売り出している所に行くことになっていた。

 

 カロルがここだよとユーリ達に伝える。そこには遺跡から発掘されたのであろう魔導器(ブラスティア)、武器、防具、本などなど様々な物が置いてあった。ギルド所属の一人の男がカロルに気がついて声をかけてきた。

男「あれ?カロルじゃないか、別のギルドに逃げ込んだって聞いたが、その人たちがそうなのかい?」

カロル「逃げたんじゃないってば!」

男「まぁいい、何か用か?」

カロル「魔導器(ブラスティア)を探してて」

男「それならちょうど入ったのがあるぜ」

カロル「ほんと!?」

男「ああ、でどいつがつけるんだ?」

カロル「あの子なんだけど」

男「なら、こいつかな。試しに着けてみるかい?」

レナ「えっ、いいの?」

こんなに気安く触らせて貰えるものなのかと少女は内心驚く。ああ、ほらと言って男はレナに渡す。渡されたものを見るとそれは指輪の形をしていて、台座には赤色の宝石のようなものが着いていた。

レナ(?なんだろう……この感じ)

レナは何故か胸がざわついたのを不思議に思いながらも左手の中指に通した。

レナ(綺麗だな……。っ?あ……れ……?)

すると突然少女の視界は真っ暗になり、次第に平衡感覚が消える。レナの体が地面に吸い寄せられるように倒れていく、近くにいたカロルが頭を打たないように慌てて抱き寄せた。

カロル「えっ!?ちょっ……レナ!?」

男「大丈夫かい!?嬢ちゃん!」

見ていたリタがレナの傍に急いで行く。レナの顔色は真っ青で、先程の様子とは大違いだった。

リタ「……これはっ、カロル、今すぐレナの指からその子外して!」

何が原因かすぐにつきとめた彼女に急かされるように言われたカロルは、慌てながらもレナの指から魔導器(ブラスティア)を外した。徐々に少女の顔に血色が戻る。

エステル「リタ、レナは大丈夫なんです?」

エステルはリタ達のそばに駆け寄った。

リタ「ええ、もう大丈夫」

エステルに続くようにユーリも近づく。

ユーリ「急に倒れたのは魔導器(ブラスティア)のせいか?」

ユーリの言葉にリタは肯定を示しつつも、そうだけどと付け加える。

リタ「正確には、魔導器(ブラスティア)から流れたエアルのせいね。レナは体に入ってくるエアルに対して耐性がほぼ無いに等しいわ。普通の人なら平気な量でも、あの子にとっては毒になるのよ。だから魔導器(ブラスティア)をつけた瞬間倒れた。レナに魔導器(ブラスティア)を持たせるのは諦めた方がいいわ」

ユーリ「魔術による負担は結局減らせねぇって訳か」

リタはこくりと頷いた。

 カロルの膝の上でふるりと瞼をふるわせレナが目覚める。

レナ「あれ、私……?」

意識を取り戻したレナは上体を起こす。

カロル「魔導器(ブラスティア)つけた瞬間倒れたんだよ」

レナ「そう……なんだ」

レナ(この世界の人間じゃないからエアルに馴染めなかったのかな)

レナはカロルにお礼を言って立ち上がる。その姿にひとまず大丈夫そうですねとエステル達は安堵する。

リタ「あんた、体の中にエアルが入る耐性がなくて倒れるから魔導器(ブラスティア)はつけない方がいいわ」

レナ(やっぱり、そうなんだ。だから、代わりに生命力を使って魔術が使えるようになってるのかな)

レナ「……わかった」

リタの忠告に少女は少し間を開けて頷いた。

ユーリ「んじゃここにはもう用はねぇな。つってもどうすっかな」

リタ「……手詰まりみたいだし、あたし、ケーブ・モックの調査に行ってくる」

カロル「えっ」

リタ「面倒な仕事はさっさと終わらせたいの」

カロル「なら、エステルも一緒ってこと?」

エステル「そうですね。アレクセイにはそう言いましたし……」

 ユーリは少し考えるような素振りをする。そんなユーリの様子にエステルは大丈夫ですよ、ふたりだけでもちゃんとできますと付け加える。

ユーリ「そうもいかねえだろ。ケガでもされたら、オレがフレンに殺される」

つまりは、ユーリも一緒に行くということなのだろう。それにカロルがいいの?と確認する。

ユーリ「ま、有力な手掛かりもねぇしな。レナ、おまえはどうする?」

レナ「……どうするって?」

ユーリ「魔術使う度に体に負担になるんだろ?魔物も多いしな、ここで待っていた方が……」

レナ「嫌、私も一緒に行く」

心配するユーリの声をレナは語気を強めて遮った。

レナ(ここで置いていかれるなんて……嫌だよ。魔術ダメなら、武器……持って戦えるようにしよう)

ユーリを見るその瞳は微かな不安を見せる。それを感じとったのかユーリは何も言わなかった。

エステル「なら、決まりですね。ケーブ・モック大森林に行きましょう」

レナ「ごめん、その前に武具屋寄っていい?」

カロル「構わないよ、準備しなきゃだしね」

レナはありがとうと返し、カロル達は道具屋に、レナは隣にある武具屋に向かう。武具屋に入ると、店主が元気よく挨拶してくれた。

レナ「あの、私にも扱える武器ってありますか?」

この世界に来るまで戦うこともなかった少女は、武器に詳しくない。店主に聞いた方が早いと思ったのだ。店主は、そうだなぁ……と顎触りながら考えると、ダガーナイフを手に取った。

店主「これなら、お嬢ちゃんでも振るうことが出来ると思うよ」

店主から渡されたのは、黒い刀身の二十五cm程のダガーナイフだった。鍔の部分にはトランプのダイヤの形をした深い紅色の宝石がついている。リーチはとても短く、至近距離での戦闘が主となるが、もしものためにと護身用に持つなら十分と言えるかもしれない。少女は、店主の手からそれを受けった。ずしりと、重みを感じるそれは、人を傷つけるものだと実感する。少し斜めに持てば、刀身が光を反射する。

レナ「……これに、しようかな」

店主「あいよ。使い方は分かるかい?」

少女は、目を逸らしながら分からない……と口にすれば、店主は親切に一通りの使い方を仕込んでくれた。

レナ「色々とありがとうございます」

代金を渡し頭を下げる少女に、店主はどういたしましてと朗らかに笑う。

店主「飲み込みも早くて、仕込み甲斐があったよ」

そう言って店主はグッと親指をたてる。レナは少し照れながらも、ありがとうございますと再度お礼を言って店を出た。

レナ(……やっぱり、この世界に来てから身体能力が上がってる気がする。でも、これでいざって時はなんとかなるよね)

先程買ったダガーナイフをベルトを利用して腰に帯刀する。少し経って、隣の道具屋からカロル達が補充を終えて出てきた。カロルがすぐに武具屋に入るまでしてなかったベルトに気づく。

カロル「!レナ……それ」

レナ「……護身用に、ね」

少女はおちゃめにウィンクした。

エステル「武具屋に寄りたかったのは、それの為だったんですね」

レナはうんと頷いた。カロルは、それじゃケーブ・モックに行こうかと先導して行く。ユーリやレイブン、ラピードは街の出口でレナ達を待っていた。ユーリがレナの腰の武器に気づくが特に何も言わなかった。

 合流したユーリ達はダングレストを出て西の方向へと進み、ケーブ・モック大森林へと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ケーブ・モック大森林

―ケーブ・モック大森林

 

 辿り着くと、しとしとと雨が降っていた。大森林とつくだけあって木々が連なり上を見上げれば陽の光を覆うほどの葉っぱが視界に入る。

エステル「世の中にはこんな大きな木があるんですね……」

初めて見るであろうその景色に、エステルは感嘆する。

ユーリ「けど、ここまで成長すると、逆に不健康な感じがすんな」

その傍でリタはカロルがヘリオードで言っていたことに確かにと納得する。

リタ「ヘリオードで魔導器(ブラスティア)が暴走したときの感じに何となく似てる」

 ザワりと誰かがいる気配をカロルは感じとって、皆に警戒するように声をかける。沈黙がその場を制する。草木をかき分けるように出てきたのは、ラゴウ邸やノーム港でみかけた紫色の羽織の男性……レイヴンだった。

レイヴン「よっ、偶然!」

ユーリ「こんなとこで、何してんだよ?」

レイヴン「自然観察と森林浴って感じだな」

嘘くさい……リタとレナは心のどこかでそう思った。同じことを思ったのかカロルに至っては口に出ている。

レイヴン「……あれ?歓迎されてない……?」

しかしめげずにひょうきんな態度でユーリ達に近づく。

リタ「本気で歓迎されるなんて思ってたんじゃないでしょうね」

レイヴンに対して今までされたことを思い返し、彼女は冷たくあしらう。

レイヴン「そんなこと言うなよ。俺、役立つぜ」とへらへらと笑っている。

カロル「役に立つって、まさか、一緒に来たい、とか?」

恐る恐るといった感じで聞くカロルにそうよ、一人じゃ寂しいさ、何?ダメ?とおちゃらけたように返すレイヴン。

レナ「……意外と寂しがり屋さんなのね、烏さん」

レイヴン「あら意外だった?って言うか、前も思ったけどその、烏さんってなんなのよ」

どうやら彼はレナが勝手につけたあだ名が気になるらしい。

レナ(レイヴンは私が元いた世界では烏をさす。彼は今、彼自身のことを隠して私たちの前にいる。だから、まだその名前では呼んであげないの)

レナ「……ふふ、烏さんは烏さんよ?」

少し考える素振りをした後にクスクスと少女は笑って言った。レナとレイヴンの会話を聞きながら、あぁと声をもらすリタ。

リタ「背後には気をつけてね。変なことしたら殺すから」

怪しさ満載のレイヴンに対して、彼女は脅し文句を放ち先を歩き出した。

レイヴン「なあ、俺ってば、そんなに胡散臭い?」

ユーリ「ああ、うさん臭さが、全身からにじみ出てるな」

ユーリの言葉を聞いて、レイヴンはどれどれ……と自分の服や体をくんくんと嗅ぐ。この空気でまだおどけることが出来るのかとレナは密かに思った。

ユーリ「余計な真似したら、オレなにするかわかんないんで、そこんところはよろしくな」

レイヴンをちらりと睨みながら、リタと同様に脅し文句をはくと、リタの後を追う。彼に続くようにレナ、エステル、カロル、ラピードは歩き出した。その後ろを、少し離れてレイヴンがついて行く。気づいた一行は後ろに振り返った。一斉に注目を浴びた彼は片目を閉じてユーリ達をみる。

レイヴン「まあ、俺のことは気にせずに、よろしくやってくださいよ」

レナ(後ろを着いてきておいて、気にせずにはいられないでしょう。人の心理をよく分かっててやってるんだからタチが悪い)

エステル「どうします?」

彼女は困ったように微笑みながらユーリ達に言う。

ユーリ「おっさん、なんかオレらを納得させる芸とかないの?」

レイヴン「俺を大道芸人かなにかと、間違えてない?」

頬をポリポリとかき、その手を顎に当て考える素振りをすると、別れ道の方にかけ出す。

レイヴン「ちょいちょい、こっち来て」

カロルに手を振って呼ぶ。呼ばれたカロルは戸惑いながらもレイヴンに着いていく。

その様子に、ユーリ、レナ、エステル、リタは頭にはてなマークを浮かべるしか無かった。ちょっとして、レイヴンだけがこっちに戻ってくる。ユーリがカロルはどうしたんだ?とレイヴンに問いかけた時、カロルの悲鳴が聞こえた。こっちにカロルが来ると、どうやら魔物に追われているようで武器を構えているがその足は震えていた。

レイヴン「ほら、ガンバレ、少年!」

呑気なレイヴンにカロルはくそぉ!と愚痴る。

流石に無理だったのかカロルが逃げ出す。

レナ(今、烏さんの放った矢が魔物に当たっていたような……)

レイヴン「もうそろそろかね……」

おっさんはどこか余裕そうだ。ユーリはレイヴンの呟きに何が?と不思議そうな顔をした。瞬間、魔物が爆発した。カロルは驚いて身を後ろに引く。リタとエステルは目を見開く。

リタ「中で爆発した!?」

エステル「な、何したんです!?」

エステルは両手を口に当て驚いた表情を隠しながらレイヴンに聞く。

レイヴン「防御が崩れた瞬間、打ち込んで中から……ボンてね!」

そんな二人に彼は自分がやったことを説明した。

レナ(へぇ、そんなこと出来るんだ。面白い)

爆発したことに驚きながらも、そういう戦法もあるのかと少女は感心する。

リタ「まったく、悪趣味な芸ね」どうやら彼女には不評みたいだ。

エステル「いいんじゃないでしょうか?」

ユーリの方を向いて苦笑いしながら彼女は言った。ユーリはまだ警戒している態度でいいのか?とエステルに問う。エステルはええとユーリの方に振り返って答えた。彼女のそれにユーリはま、いっかと肩の力を少し抜いた。レイヴンはお、合格?と少し嬉しそうな感じだ。カロルはマ、マジで……?と信じられないという顔をしている。

ユーリ「そばにおいといた方が、下手な真似しやがったときに色々やりやすいしな」

棘のある言い方に、レイヴンはおいおいとつっこむ。レナとリタはユーリの言葉に同意を示した。

レイヴン「なんか背筋が寒くなってきたんだけど……」

身体を震わせる素振りをした。

エステル「えと、それなら、よろしくお願いします」

レイヴン「はい、よろしく」

機嫌よくそう返して手を差し出したが、その手は虚しく宙に取り残された。

 

 しばらく森の中を一行は歩いていく、少し奥に来た頃カロルが何か…声が聞こえなかった?とユーリ達に問いかけた。

「うちをどこへ連れてってくれるかのー」

聞き覚えのある少女の声だ。

エステル「この声、どこかで……」

レナ(……この声は、パティ??)

虫の魔物の羽音が近づく、その下に捕まった海賊帽が特徴の少女が居た。カロルはパ、パティ……!?とその状況に驚いている。レイヴンは金髪の少女のことを当然知らないので、なに?お馴染みさん?とカロルに聞いている。カロルはレイヴンの声にハッとして助けなきゃ……!と武器を構えようとする。

レイヴン「あーほいほい、俺様にお任せよっと……」

余裕のある雰囲気を纏って、彼は弓を構える。虫の魔物とパティがユーリたちの間を通る、その一瞬を逃さず魔物に矢を打ち込む。エステルは当たりました!と声をかけた。

ユーリがパティの落下地点に駆け出し、受け止めた。

パティ「ナイスキャッチなのじゃ」

ユーリはそれを聞いて、パティを落とした。そのまま、エステル達のところに戻る。

レナ(……痛そ)

パティは、服に着いた土をはらって、ユーリ達に近づいた。

ユーリ「で?やっぱりアイフリードのお宝って奴を探しているのか?」

ユーリのアイフリードという言葉にレイヴンが反応した。

パティはユーリの質問にのじゃと返事をした。

リタ「嘘くさ。本当にこんなところに宝が?誰に聞いてきたのよ」怪しい……と眉間に皺を寄せている。

パティ「測量ギルド、天地の窖が色々と教えてくれるのじゃ。連中は世界を回っとるからの」

リタ「それでラゴウの屋敷にも入ったって訳?結局、何もなかったんでしょ?」

パティ「100パーセント信用できる話の方が逆にうさんくさいのじゃ」

レイヴン「ま、確かにそうかもな」

話を聞いていた彼はパティの意見に同意する。

レナ(……まぁ、一理あるね)

リタ「あんたは100パーセントうさんくさいわよね」

隣にいるレイヴンの方を向いて冷たい態度をとった。

レイヴンはひどいお言葉……と落ち込んだ演技をしている。

パティ「とりあえず、うちは宝探しを続行するのじゃ」

エステル「一人でウロウロしたら、さっきみたいに魔物に襲われて危険なことに……」

パティ「あれは襲われてたんではないのじゃ。戯れてたのじゃ」

レナ(あれは……戯れてたの??)

カロル「たぶん、魔物の方はそんなこと思ってないと思うけどな」と呆れたように遠い目をしている。

 パティの後ろでカマキリを大きくしたような魔物が迫っていた。気づいたエステルが声をかける。パティはくるりと後ろに振り返り、愛銃をクルクルと回して構えると銃弾を数発、魔物が倒れるまで放った。魔物が地に伏したのを確認してから、可憐に銃をしまう。どんなもんだいとしたり顔で海賊帽を軽くはらった。

ユーリ「つまり、ひとりでも大丈夫ってことか」

パティ「一緒に行くかの?」再度振り返り、ユーリを誘う。

ユーリ「せっかくだけど、お宝探しはまたの機会にしとくわ」

ひらりとユーリはお誘いを断った。

パティ「それは残念至極なのじゃ。でもうちはそれでも行くのじゃ。サラバなのじゃ」

身を翻した彼女は、別れの言葉告げてどこかへ走っていってしまった。

レナ「行っちゃったね……」

エステル「本当に大丈夫なんでしょうか」

心配そうにパティが走っていった方向を見ている。

リタ「本人が大丈夫だって言ってるんだから、大丈夫なんでしょ」

気にかけるエステルにリタはそう言った。一見冷たそうだが、不器用なりのフォローだった。

ユーリ「だといいんだかな。ま、気にしてもしたかねぇ。オレたちも行こうぜ」

みんなにそう呼びかける。

レナ(あの子なら持ち前の運の良さとかで何とかしそうだよね)

 

 ユーリ達は更に奥へと足を進めた。進めば進むほど、樹や草は異常なまでの成長みせており、樹の根を越えるにはよじ登らないといけない。各々、不思議そうにキョロキョロしている。進んだ先に、エアルが濃く出ている場所についた。

リタ「これ、ヘリオードの街で見たのと同じ現象ね。あの時よりエアルが弱いけど間違いないわ……」と彼女が呟いた。

 その時ユーリ達の後ろに大きな魔物が現れた。ラピードが威嚇している。

エステル「あの魔物もダングレストを襲ったのと様子が似てます!」

魔物はユーリ達にめがけて攻撃を仕掛ける。皆一斉に武器を構え、迎撃体制に入った。そこら辺の魔物とは違う強さがユーリ達を翻弄する。ユーリとラピードは斬撃を、カロルは打撃を、リタとレナは魔術を、エステルは補助を、レイヴンは後衛で隙を見て矢を放って、皆連携しつつ何とか倒すことが出来た。

レナ「っはぁ……」

  (……手強い、必然的に強い魔術を使わざるおえないかったから体がきつい)

リタ「木も魔物も、絶対、あのエアルのせいだ!」

カロル「ま、また来た!」

先程と同じほど大きい魔物がまた現れる。今度は完全に囲まれてしまった。

レナ(……やっぱこうなるよね。)

少女は肩で息をしていた。

レイヴン「ああ、ここで死んじまうのか。さよなら、世界中の俺のファン」

レイヴンが芝居かかった口調で嘆いた。

ユーリ「世界一の軽薄男、ここに眠るって墓に彫っといてやるからな」

嘆いたレイヴンにユーリが冷たく軽口叩く。

レイヴン「そんなこと言わずに一緒に生き残ろうぜ、とか言えないの……!?」ショックという演技をしている。

そうこうしている間にも、魔物たちはジリジリと迫ってきていた。その時、空の上から白髪の男が降ってきて着地したと同時に男の足元に陣が浮かぶ。エステルは誰……?と呟いた。その傍でレイヴンがデュークと答えるように囁く。

レナ(そっか、ここでも会うんだった。じゃあ、エアルクレーネについても話すよね)

白髪の彼は、手にしていた剣を真っ直ぐに高く掲げる。辺りを眩い光が包みこんだ。瞬間、魔物達の体は細かい光の粒となって散った。立ち去ろうとして行く男を、リタがちょっと待って!と追いかける。立ち止まった彼に、その剣は何っ!?見せて!とリタは迫った。迫られた彼はリタの方へと振り返る。

リタ「今、いったい何をしたの?エアルを斬るっていうか……。ううん、そんなこと無理だけど」

ありえない事たが例えるならそうだとリタは話す。

デューク「知ってどうする?」

彼は無表情にリタに訊ねる。

リタ「そりゃもちろん……いや……それがあれば、魔導器(ブラスティア)の暴走を止められるかと思って……。前にも魔導器(ブラスティア)の暴走を見たの。エアルが暴れて、どうすることもできなくて……」

デューク「それはひずみ、当然の現象だ」

リタ「ひず……み……?」

彼女は首をひねり意味を考えている。その傍にエステルが進みでた。

エステル「あ、あの、危ないところをありがとうございました」

デューク「エアルクレーネには近づくな」

突然でてきた単語にエステルは頭にはてなマークを浮かべる。

リタ「エアルクレーネって何?ここのこと?」

デューク「世界に点在するエアルの源泉、それがエアルクレーネ」

リタはエアルの……源泉……と呟いた。デュークの視線は、レナに向いていた。気づいたレナは不思議そうにデュークを見つめ返す。

デューク「……その娘は」

エステル「?……レナがどうかしました?」

デューク「その娘はここの者ではないな。……ふむ、この世界に連れてこられたか」

ガンっと頭を殴られたような衝撃がレナに走る。

レナ(どう……して……?この世界の人じゃないことがわかるの??連れて……来られたって??)

本人にしか知りえないことを言われて、えっ?と小さく声を出し目を見開いて困惑している少女をおいて、カロルがどういうこと?と呟く。

デューク「そのままの意味だ」

レナ「……どう、して……ここの人じゃないってわかるの?連れてこられたって……どいうこと?」

未だ混乱する思考をまわしながら震える声でデュークに問う。傍から聞いていればレナはこの世界の人間じゃないと認めているような会話だ。しかし少女はそれどころではなく気づかない。彼は無言のままで、答える気は無いらしい。それを察した彼女は俯いてしまった。ラピードがレナに寄り添う。ユーリがデュークにあんた、いったい……と問おうとして、ふっと息を吐くと質問の意図を変えた。

ユーリ「こんな場所だ。散歩道ってことでもないよな?」

彼は何も答えない。

ユーリ「ま、おかげで助かったけど。ありがとな」

お礼を聞き入れるとデュークはその場から歩み去っていった。

リタ「まさか、あの力が、リゾマータの公式……?」

リタが考え込んでいる間に、ユーリはそういえばときりだす。

ユーリ「レナ……お前記憶が戻ったのか」

レナ(……まってデュークの発言に戸惑いすぎて記憶喪失設定だったの忘れてた……ここは戻ったことにした方が自然だね)

レナ「……うん」

少女は俯いたまま肯定する。カロルがレナに、未だ理解できないと視線を向けて話す。

カロル「さっきの人、レナがこの世界の人間じゃないって」

レナ「私……は、元々、別の世界に居たの。目覚めたらハルルでユーリ達が助けてくれた。私がいた世界のことは覚えてる。でも、連れてこられたって言われたけど、どうやってここに来たのかは覚えてない。私の世界から、この世界に来る時の記憶が全く……ないの。だから、私はどうしてこの世界に来たのか知りたい」

レナは不安そうな顔をして、言葉につまりながらも今わかることを全て打ち明ける。

エステル「レナ……わたし協力します。それにまたあの人に聞いたら何か分かるかもしれません。別の世界から来たなんて、なんだか素敵です」

ニッコリと元気づけるように微笑むエステルに、レナはエステルと呟いて、ありがとう、そうだね……と笑った。

リタ「……ここだけ調べてもよく分からないわ。他のも見てみないと」

考え込んでいたリタは、顔を上げてユーリ達の方へ振り向いた。

カロル「他のか……。さっきの人、世界中にこういうのがあるって言ってたね」

それにレイヴンが言ってたねぇと便乗する。

リタ「それを探し出して、もっと検証してみないと確かなことは何も分かんない」

エステル「……じゃあ、もうここで調べる事はないんです?」

エステルの質問にリタはこくりと頷いた。

ユーリ「んじゃ、ダングレストに戻ってドンに会おうぜ」

 

 入口へ戻る道中もリタはブツブツと考えていた、その時字面が揺れ魔物の足音や羽音が森に響く。カロルがまた魔物の襲撃?と驚いている。ユーリ達は身をかがめて、魔物たちから姿を隠す。直後、離れた場所ですごい量の魔物たちが横断していた。頭をあげそうになるカロルにユーリが注意する。しばらくして落ち着いたのを確認しユーリ達は立ち上がった。ユーリが魔物が通った所を見ているのに気づいたエステルがその方向に視線を向けると、街で見た顔ぶれがいた。カロルも気づいて、ドン!と嬉しそうに駆け出していく。ユーリ達はその後を追う。ドンは剣を杖の代わりにして膝を着いている。

ドン「……てめぇらが何かしたのか?」

 なんの事か分からないユーリは、何かって何だ?と返す。休んで落ち着いたのか、ドンはゆっくりと立ちがる。

ドン「暴れまくってた魔物が突然、おとなしくなって逃げやがった。何ぃやった?」

察したエステルがユーリに話す。

エステル「ユーリ、あれです。エアルの暴走が止まったから……」

カロル「ボクたちが、エアルの暴走を止めたから、魔物もおとなしくなったんです!」ここぞとばかりに少し得意げに話す。

ドン「エアルの暴走?ほぉ……」

どこか含みのある言い方に、リタが何か知ってんの!?と聞く。

ドン「いやな、ベリウスって俺の古い友達がそんな話をしていたことがあってな」

レナ(ここまでゲームのとおりに進んできたけど……。ベリウスの件はエステルの事もある、先のことだけどなんとか2人とも助けたいな)

聞いていたカロルが、ドンが南のベリウスと友達って本当だったんだ……と呟いた。つぶやきを聞いていたリタはベリウスについて聞く。ノードポリカで闘技場の首領(ボス)をしてる人だよとカロルは答えた。リタはノードポリカ……と呟いた。

ドン「で?エアルの暴走がどうしたって?」

カロルはドンの近くにさらに寄る。

カロル「本当大変だったんです!すごくたくさん、強い魔物が次から次へと、でも……!」

嬉しそうに話すその姿にドンは渋い顔をしながら、そういうことは、ひっそり胸に秘めておくもんだ、と言った。カロルはへ?とポカンとした。

ドン「誰かに認めてもらうためにやってんじゃねぇ、街や部下を守るためにやってるんだからな」

ドンに窘められたカロルはごめんなさいと俯いた。エステルはドンの近くにいる部下に傷を癒すために近づく。一言断りを入れて、治癒術を施した。治してもらった部下たちは感謝をエステルに述べる。ふと、ドンの視線が茂みにいった。

ドン「……ん?そこにいるのはレイヴンじゃねぇか。何隠れてんだ!」

バレたレイヴンはチッと舌打ちをして、渋々と姿を現した。

ドン「うちのもんが、他人様のとこで迷惑かけてんじゃあるめぇな?」

レイヴン「迷惑ってなによ?ここの魔物大人しくさせるのにがんばったのよ、主に俺が」

カロル「え!?レイヴンって、天を射る矢(アルトスク)の一員なの!?」

びっくりしたカロルが大声を出す。どうもそうらしいなとユーリは言った。ドンはレイヴンにいきなり剣の柄で小突き出した。

レイヴン「いてっ、じいさん、それ反則……!反則だから……!」

後ろにひいて逃げるレイヴンに、うるせいっ!とドンが一喝した。ユーリがドン・ホワイトホースと呼びながら、前に進みでる。ドンは何だ?と返した。

ユーリ「会ったばっかで失礼だけど、あんたに折り入って話がある」

ドン「若ぇの、名前は?」

ユーリ「ユーリだ。ユーリ・ローウェル」

ドン「ユーリか、おまえがこいつらの頭って訳だな?」

何かを察したレイヴンが、ジトっとした目でドンを見る。

レイヴン「あのー、ちょっとじいさん、もしもし?」

ドン「最近、どうにも活きのいい若造が少なくてたいくつしてたところだ。話なら聞いてやる。が、代わりにちょいとばかり面貸せや」

レイヴン「あちゃー、こんな時にじいさんの悪い癖が……」とため息をつく。

リタはなにそれ?とレイヴンに聞いた。

レイヴン「骨のありそうなの見つけるとつい試してみたくなんのよ」

ドンに少し呆れつつもリタにそう説明する。

カロル「た、試すってなにを!?」

レイヴン「腕っ節を、よ!」

ドン「そういうことだ。ちょいと年寄りの道楽に付き合え」

レイヴン「いやいやいやいやいや、俺様はやらないわよ」

勘弁と言うかのように両手を前に出して、ストップのジェスチャーをしながら顔を横に振ったこと思えばどこかへ逃げていった。リタがあ、こら、逃げた!と怒る。

ユーリ「いいぜ、ギルドの頂点に立つ男とやりあうなんざ、そうある機会じゃないだろうしな」

とノリ気で剣を構える。

ドン「はっは、それでこそだ。こい!」

ドンも剣を構えた。

 

 圧倒的な力にユーリは後ろにひく。まだまだと声をあげれば、ドンはここまでだとストップをかける。

ドン「これ以上は本気の戦いなっちまうからな。久々に楽しかったぜ。それじゃ話を聞こうか?」

満足気に話し、ユーリの話を聞いてもらえるとなった時部下が割り込んできた。どうやら急用が入りダングレストに戻らないといけないらしい。あとで、ユニオンに訪ねてくれと残してドンはダングレストに戻って行った。ドンが去った後、ユーリは結構本気だったんだがな。ギルド、か……と呟いた。ユーリの傍に来たカロルは作るん、でしょ?と言った。そんときが来たらなと青年は少年に返した。先程逃げていったレイヴンが戻って来た。

レイヴン「で、どうよ?やっと俺様の偉大さが伝わったかね?」

レナ「あら、偉大なのは烏さんじゃないんじゃない?」

いつの間にかユーリの傍に来ていたレナが、おっさんに向かって鋭いツッコミをいれる。

レイヴン「なによ、すぐケチつけるんだから」

ユーリ「さ、ダングレストに戻ってドンに会ったらバルボス探しの続きだ」

エステル「リタ、ユーリの用事が終わったら、私たちはアレクセイに報告へ」

エステルはリタにそう伝えたが、返事がなかった。不思議に思った彼女はリタの方を見ると考え込んでいる様子で、もう一度リタ?と声をかける。

リタ「……あ、何?」

少し遅れて彼女は返事をした。エステルは先程の内容をもう一度話始めるが、リタはまた思考の海に潜ってしまっているようでエステルはリタに近づくと、どうしたんですか?と言った。

リタ「な、なんでもない。ほら、戻るわよ」

明らかに様子がおかしいリタを不思議に思いながらもエステルはユーリ達と共にダングレストへと戻る。

 

ーギルドの巣窟 ダングレスト ユニオン本部

 

 ダングレストに戻ったユーリ達はそのままユニオンへ向かった。門番に話を通し、ドンの元へ行く。ドンの部屋につくと、先客がいた。レイヴンはそそくさとドンの横に立つ。

ドン「よぉ、てめぇら、帰ってきたか」

その声を聞いて、先客のフレンは振り返る。ユーリと少し驚くように呟いた。

ドン「なんだ、てめぇら、知り合いか?」

フレン「はい、古い友人で……」と説明する。

奥の椅子に座っているドンは、ほうと相槌をうった。

フレン「ドンもユーリと面識があったのですね」

ドン「魔物の襲撃騒ぎの件でな。で?用件はなんだ?」

ユーリ「オレらは紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)のバルボスってやつの話を聞きにきたんだよ。魔核(コア)ドロボウの一件、裏にいるのはやつみたいなんでな」

フレン「なるほど、やはりそっちもバルボス絡みか」

ユーリ「……ってことは、おまえも?」

まさか、そこで繋がるとは思わなかったようでユーリは目を見開いた。フレンは頷くと、ドンの前に進みでる。

フレン「ユニオンと紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)の 盟約破棄のお願いに参りました。バルボス以下、かのギルドは、各地で魔導器(ブラスティア)を悪用し、社会を混乱させています。ご助力いただけるなら、共に紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)の打倒を果たしたいと思っております」

ドン「……なるほど、バルボスか。確かに最近のやつの行動は少しばかり目に余るな。ギルドとして、けじめはつけにゃあならねぇ」

フレン「あなたの抑止力のおかげで、昨今、帝国とギルドの武力闘争はおさまっています。ですが、バルボスを野放しにすれば、両者の関係に再び亀裂が生じるかもしれません」

ドン「そいつは面白くねぇな」

フレン「バルボスは、今止めるべきです」

ドン「協力ってからには俺らと帝国の立場は対等だよな?」

フレンは、はいと返事する。

ドン「ふんっ、そういうことなら帝国との共同戦線もわるいもんじゃあねぇ」

フレンは、では……と続けると、ドンは二つ返事で承諾した。そして、部下にベリウスへ連絡を頼んだ。部下は分かりましたと頷いて直ぐに飛び出していった。カロルはなんか大事になってきたね……とリタに囁くと、リタはそうねというジェスチャーをした。レナはフレンが今から渡す書状に記されている文を知ってるが故に、ドンとフレンから目線をずらす。レナの視線がずれたのにレイヴンは気づくが見てないふりをした。

フレン「こちらにヨーデル陛下より書状を預かって参りました」

フレンは、ドンの前にひざまずくと一通の封書を差し出した。ドンは受け取ると、レイヴンに渡した。レイヴンは渡されたそれを読み上げる。

レイヴン「ドン・ホワイトホースの首を差し出せば、バルボスの件に関しユニオンの責任は不問とす」

フレンは、何ですって……!?と青い顔をする。ドンは、盛大に笑う。レイヴンはフレンに手紙を返す。受け取ったフレンの手は信じられないと震えていた。

ドン「どうやら、騎士殿と殿下のお考えは天と地ほど違うようだな」

真顔に戻ったドンはフレンを見据えていた。

フレン「これは何かの間違いです!ヨーデル殿下がそのようなことを」

必死に弁解するが、ドンは聞く耳を持たなかった。

ドン「おい、お客人を特別室にご案内しろ!」

腕を振り上げると、屈強な部下がフレンの左右にたった。

フレン「ドン・ホワイトホース、聞いてください!これは何者かの罠です!」

ドンは連れていくように顎で指示すると、部下達はフレンを連れて行った。エステルはフレン……!と叫び駆け寄ろうとするが、ユーリに止められる。思わずエステルはどうして?とユーリを見る、ユーリは早まるなってと咎めた。

ユーリ「下手に動けば、余計にフレンを危険にさらすことになるぜ」

そう言われてしまえばエステルは黙って俯くしか無かった。

ドン「帝国との全面戦争だ!総力を挙げて、帝国に攻めのぼる!客人は見せしめに、奴らの目の前で八つ裂きだ!二度となめた口きかせるな!!」

気勢を上げる。ユーリの用事のことなど忘れてしまっているようで、ユニオンの本部からレイヴン、その他の部下を連れて出ていった。

カロル「た、大変なことになっちゃった!」

リタ「おかげであたしらの用件、忘れられちゃったわよ」

ユーリ「ドンも話どころじゃねぇな」

エステル「わたし、帝国に戻って、本当のことを確かめます!」とじっとしていられないと意気込む。

レナ「さっきもユーリに早まるなって言われたでしょう?ちょっと、様子を見た方がいいと思う」

それまでずっと黙っていたレナが、ユーリとエステルに視線を合わせて言った。エステルは、そうですね分かりましたと引き下がった。ここにいても仕方ないと、ユーリ達はユニオンから出てダングレストの中央付近まで歩く。ふと、ユーリがあれ?おかしいなと呟いた。ユーリの前を歩き、呟きを聞いたカロルがどうしたの?ユーリと振り向く。どうやらユーリは財布を落としてきてしまったらしい、カロルはこんな時になにやってんの!とプリプリと怒る。

レナ(フレンの所に行くんだね。私が着いて行っても何も出来ないだろうし、今回はエステルたちといよう)

ユーリ「ドンのとこで落としたかな?ちょっと探してくる。そのあたりで待っててくれ」

カロル「う、うん。早く探してきてよ!」

カロル、リタ、エステル、ラピード、レナはユーリと別れて歩き出した。

 4人と1匹は、ユーリと別れたあとダングレストを歩き回っていた。ふとリタがなにかに気づく。続いてエステルが紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)だと気づいた。リタはエステルとレナ、カロルにユーリが戻ってきたら伝えてと残して、ラピードと追いかけて行った。

 3人は、ユーリと別れた所に戻りユーリの姿を探す。ちょうど帰ってきたようで合流することが出来た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼らの企み

ーダングレスト 街中

 

 ユーリと合流した、エステル、カロル、レナ。三人の慌てた様子にユーリは何かあったのだと察した。カロルが何があったのかを説明していく。ユーリはドンの狙い通りか……と呟く。ユーリ達はリタ達の元へと駆け出して行った。

 物陰に隠れているリタとラピードを見つけて、カロルが駆け寄る。リタ……!とカロルが呼べば、リタはカロルの声の大きさに顔を顰めて、しっと人差し指を口に当て静かにしろとジェスチャーする。リタの見ていた視線の方へと目を向ければ、確かにそこに紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)の男たちが居た。

ユーリ「……ありゃ、ちょっと無理矢理押入るってやけにゃいかなそうだな」

エステル「でも、あの中にバルボスがいるとしたら……」

ユーリ「指くわえてみてるってわけにもいかねぇよな」

レナ「どうする?」

不意にうしろから声が聞こえた。

レイヴン「いーこと教えてあげよう」

リタは腰に手を当て、うわ……という顔をした。

リタ「……また、あんたか」

ユーリ「おいおい、いいのか、あっち行かなくて」

レイヴン「よかないけど、青年たちが下手打たないようにちゃんとみとけってドンがさ。ゆっくり酒場にでも行って俺様のお話聞かない?」

ユーリに近づきながら、レイヴンは悠々とした態度で誘った。

エステル「わたしたちにはそんなゆっくりしてる暇は……」

レイヴン「いいから、いいから、騙されたと思って」

リタ「そんなこと言われて、騙される奴がいると思って……!」

イラつきながら早口で言った。

ユーリ「二度騙されるのも三度騙されるのも一緒だ。でも、仏の顔も三度までって言葉、おっさんも知ってるよな」

ユーリはリタを宥めつつ、次はないと忠告する。

レイヴン「そんな怖い顔しなくても、わかってますって。ほら青年、笑って笑って。こっちよ」

いつものおちゃらけた調子だが声が上ずっていた。

 

 レイヴンについて行き、ユーリ達は酒場へ行った。中に入ると、ギルドの人達で賑わっている。白い鎧を纏った人にレイヴンがちょい通してもらうよと一声かけ小部屋に入っていく、ユーリ達もその後に続いた。訝しげに、なんだここは?とユーリがレイヴンに問う。

レイヴン「ドンが偉い客迎えて、お酒飲みながら秘密のお話するところよ」

ユーリ「ここで大人しく飲んでろっていうのか」

レイヴン「おたくのお友達が本物の書状持って戻ってくれば、とりあえず事は丸く収まるのよね」

上を見上げてなにか考える仕草をしている。

ユーリ「悪ぃけど、フレンひとりにいい格好させとくわけにゃいかないんでね」

エステル「わたしたち、この騒ぎの犯人を突き止めなければならないんです!もしバルボスが……」

レイヴン「まあまあ、急いでは事を仕損じる♪」

茶化しながら、落ち着くようにエステルに言う。

掛け軸がかかった壁の傍にレイヴンが立つ。レイヴンの横をよく見ると壁にドアの取っ手が付いていた。ユーリがレイヴンに近づき、これは?と聞く。

レイヴン「この街の地下には複雑に地下水道が張り巡らされてる。その昔、街が帝国に占領された時、ギルドはこの地下水道に潜伏して、反撃の機会をうかがったんだと」

カロルがレイヴンにちょっと近づく。

カロル「まさか……ここが……その地下水道につながってる……とか言わないよね」

ちょっと怯えたような感じで、否定してほしそうにレイヴンを見た。

レイヴン「そのまさかよ。で、ここからこっそりと連中の足元に忍び込めるって寸法なわけよ」

カロルの言葉を肯定し、作戦を伝えた。

ユーリ「ちゃちゃっと忍び込んで奴らをふん捕まえる。回り道だか、それが確実ってことか」

レイヴン「そういうこと。信じてよかったでしょ?」

ユーリ「まだよかったかどうかは行ってみないとわかんねぇな」

レイヴン「やっぱりおっさんは信用ならない?」

ユーリ「当然、おっさんもつき合ってくれんだろ?」

レイヴン「あっらー?おっさん、このまま、バックれる気満々だったのに」

嘘でしょと嫌そうな顔をした。

ユーリ「おっさんにもいいかっこうさせてやるってんだよ、ほら行くぜ」

レイヴンはガックリと肩を落とし、ドアを開けて地下水道に入っていく。みんなもその後に続いた。

 

―ダングレスト 地下水道

 

 ドアを開けて入ると、中はあかりひとつもなく真っ暗だった。

エステル「うわぁ……真っ暗です……」

発せられた声が少し反響する。

ユーリ「迷子になって永遠に出られねぇってのは勘弁だぜ」

レイヴン「ほら、天才魔導士のお嬢ちゃんよ、ここは一つ、火の魔術でバーンと先を照らしてくれんかね」

リタ「あたしをランプ代わりにしようっての?いい根性してるわね」

すこしイラついた声だ。

エステル「リタ、なんとかなりませんか?」

その声にリタはうーんと考えるが、無理と答えた。火の魔術は攻撃用だからと理由も添えて。

リタ「照明みたいに持続させるには常時エアルが供給されないと、光照魔導器(ルクスブラスティア)みたいにね」

レイヴンがありゃ……そうなの?と困ったように呟いた。

ユーリ「当てが外れたみたいだな、おっさん」

 不意にラピードが何かを知らせるようにひと鳴きする。

リタの手元にラピードがくわえたなにかを押し付けた。受け取ったリタは暗闇の中でそれが何なのかを調べる。どうやら、魔導器(ブラスティア)らしい。だいぶいたみが出ているが、何とか使えそうとリタが呟いた。リタは魔導器(ブラスティア)にエアルを注ぎ込んだ。魔導器(ブラスティア)が起動し、リタの顔をが照らし出される。辺りがある程度確認できるほど明るくなった。

レナ「明るくなった……」

カロル「わ、ちょっと爆発したりしない?大丈夫!?」

突然明るくなったそれにカロルはちょっと怯えている。

リタ「する訳ないでしょ。これ光照魔導器(ルクスブラスティア)の一種よ。あの充填器でエアルを補充して光る仕組みね」

エステルがさすがです、リタ!と嬉しそうに褒めた。

リタ「でもかなりガタがきてるみたいだから、多分、長持ちしないと思うわ」

ユーリ「じゃあ、こいつが光ってるうちにとっとと行こうぜ」

 レイヴンの道案内で一同は地下水道を歩いていく、カロルが立ち止まって柵から下を見下ろす、すると魔物が彷徨いており、カロルは思わずま、魔物……!と驚いた。

エステル「……襲って……来ませんね」

レナ(灯りがあるから……かな)

ユーリ「無理にことを構える必要はねぇ」

チカチカと光照魔導器(ルクスブラスティア)が点滅し、徐々に暗くなっていく。

エステル「あ……灯りが……」

リタ「消える前にまたエアルを補填しないと」

 その時、魔物がユーリ達に襲いかかってきた。みな一斉に武器を構える。ほぼ暗闇同然の戦闘はかなり苦戦した。視界を奪われるとこうもやりにくいとは。周りを巻き込みやすい魔術なんて使えたものじゃない。広範囲の魔術の方が得意なレナは補助にまわることにした。レナは、皆にバリアーをかけ、続けてシャープネスをかけて攻撃力を高めた。戦闘が終わると、皆武器をおさめてホッとした。

カロル「……びっくりした……油断させておいて、攻撃してくるなんて……」

リタ「魔物にそんな知恵、あるわけないでしょ」

レナ「灯りがあったから近づけなかった……って感じかな」

エステル「そうですね、光が苦手なんじゃないでしょうか」

ユーリ「そんなのがいるのか?」

エステル「洞窟や海底といった暗い場所に棲息する生物の中には光に対する耐性がなくなり、強い刺激として避けるものがいる、です」

本に書いてあった知識を、彼女は説明する。

カロル「そっか……だから、明るい時は襲ってこないんだね」

説明に納得したカロルが、あっと声を上げて充填器を見つけた。ユーリ達は充填器に近づいて、光照魔導器(ルクスブラスティア)を近づける。魔導器(ブラスティア)はエアルを吸い上げて灯りを強めた。

ユーリ「ようは消えないように注意して、充填しながら進めってことだな」

ユーリの言葉に返事をするようにラピードはワン!と吠えた。

 

 さらに奥に進んだ時、灯りに照らされた壁に何かが刻まれていることにユーリが気づいた。どうやら文字が刻まれているらしく、エステルが読み上げていく。

エステル「……かつて我らの父祖は民を護る務めを忘れし国を捨て、自ら真の自由の護り手となった。それ即ちギルドの起こりである。しかし今や圧政者の鉄の鎖は再び我らの首に届くに至った。我らが父祖の誓いを忘れ、利を巡りお互いの争いに明け暮れたからである。ゆえに我らは今一度ギルドの本義に立ち戻り持てる力をひとつにせん。我らの剣は自由のため。我らの盾は友のため。我らの命は皆のため。ここに古き誓いを新たにす」

読み終わったエステルにカロルが近づく。

カロル「ねぇ……これって『ユニオン誓約』じゃない?」

リタがカロルに近づいて、何よそれ?と質問する。その横をレイヴンが壁に近づくためにすり抜けた。

カロル「ドンがユニオンを結成した時に作られた、ユニオンの標語みたいなもんだよ」

レイヴン「自分たちのことは帝国に頼らないで自分たちで守る。そのためにはしっかりと結束し、お互いにためなら命もかけよう、みたいなことね」

エステルが読んだそれを、レイヴンが要約し分かりやすく説明する。

カロル「でも、なんでこんなところに、誓約が書かれてるの?」

レイヴン「ユニオンってのは帝国がこの街に占領した時に抵抗したギルド勢力が元になってんのよ。それまでギルドってのはてんでバラバラ好き勝手やってて、問題が生じた時だけ団結してた。でことが済めばまたバラバラ。帝国に占領されて、ようやくそれじゃまずいって悟った訳ね」

カロルの疑問にレイヴンは答える。

カロル「そのギルド勢力を率いたのがドン・ホワイトホースなんだ!?」目を輝かせている。

レイヴン「そそ。そん時、この地下水道も大いに役に立ったはずよ」

カロル「じゃあ、その時ここで結成の違いを立てたってことなんだね」

レイヴンは肯定する。

レイヴン「確かに誓約書の実物がどこかにあるって話だっけど、こんな壁の落書きだったとはね」

レイヴンはどこか残念そうだという言い方だが、さらに壁寄ったエステルはなんだか素敵ですねと言った。なにかに気づいたエステルは少し屈む。

エステル「ここ……アイフリードって書いてあります」

ユーリ「ああ、あの大悪党って噂の海賊王か」

レイヴン「ドンが言うには一応、盟友だったそうよ。でも、頭の回る食えない人物で、あのドンですら相手にするのに苦労したってさ」

ユーリ「それでも盟友とか言うあたり大した器のじいさんだな、ドンってのは」

カロル「……我らの命は皆のため……か……」

ボソリと胸に刻むようにカロルは口にした。

レナ(今まで気づかなかったけど、私、なんでここの世界の言葉理解できるんだろう。文字の形とか別物なのに……)

少女は少し考え込む仕草をした。

ユーリ「面白いもんが見れたが、今はバルボスだ。そろそろ行こうぜ」

先に進むようにユーリはエステル達を促した。

 

 レイヴンの道案内で、奥に進み目的地のドアを開ける。ドアを開けた先はどこかの酒場のようだった。ユーリがここは……と呟くと、レイヴンが答える。

レイヴン「バルボスがアジトに使ってる街の東の酒場、つまりおたくらが忍び込もうとしてた場所よ」

カロル「じゃあ、このどこかにバルボスが……?」

ユーリは周囲を見渡し、階段を見つける。上がってみるか……と呟きユーリ達は階段を上がっていった。

 階段を上がって直ぐのドアの前から、男の老人の怒鳴り声が聞こえた。皆、耳をすませる。

ラゴウ「バルボス!これはどういうことです!」

怒鳴り声の主は、どうやらラゴウみたいだ。

バルボス「何を言っているのか、ワシにはさっぱりだな」白を切る態度に、ラゴウはさらに声を張る。

ラゴウ「例の塔と魔導器(ブラスティア)のことです!私は報告を受けていませんよ!」

バルボス「なぜ、そんなことを報告しなきゃならない?」

ラゴウ「な、なんですと!?雇い主に黙ってあんな要塞まがいの塔を……それに海凶(リヴァイアサン)の爪まで勝手に使って!」

依然としたバルボスの態度に、ラゴウは両の手を震わせ憤慨する。

バルボス「ワシは飼い犬になったつもりはない。ただおまえの要望通り、魔核(コア)を集めたのだ。そのおかげであの天候を操る魔導器(ブラスティア)を作れたんだろう」

バカにしたようにニヤリと笑いながらラゴウに告げる。

ラゴウ「誰が余った魔核(コア)を持っていっていいと言いました!?」

バルボス「お互い不可侵が協力の条件だったはずだかな」

ラゴウ「な、なにを……!」

バルボス「ワシが貴様のやることに口出しをしたか?」

ラゴウ「……バルボス、貴様!」

バルボス「執政官様がお帰りだ」

バルボスは部下に合図する。

ラゴウ「覚えておきなさい!貴様のような腹黒い男はいつか痛い目を見ますよ!」

バルボス「貴様がな」

 ラピードが唸り声をあげ、ユーリ達はバルボス達の前に飛び出した。

ユーリ「悪党が揃って特等席を独占か?いいご身分だな」

バルボス「そのとっておきの舞台を邪魔するバカはどこのどいつだ?」

そう言ってバルボスはこちらに視線を向けた。

バルボス「ほう、船であった小僧どもか」

エステル「この一連の騒動は、あなた方の仕業だったんですね」彼女は前に進み出ながら、バルボスを指さした。

バルボス「それがどうした。所詮貴様らにワシを捕らえることはできまい」

リタ「はあ、どういう理屈よ」

ユーリ「悪人ってのは負けることは考えてねぇってことだな」

カロル「なら、ユーリもやっぱり悪人だ」

ユーリ「おう、極悪人だ」

レナはふふっと三日月のように口角を上げた。

レイヴン「やれやれ、造反確定か。面倒なことしてくれちゃって」顔を背けて呟く。

バルボス「ガキが吠えおって」

そう言いながら、視線はユーリ達から外れ外の方へと向ける。

 それが合図と言わんばかりに、バルボスの部下達が剣を構えてユーリ達を囲んだ。ユーリ達は武器を手に取る。

バルボス「手向かうか?前にも言ったはずだ。次は容赦しないと」

ユーリ「その方が暴れがいあるってもんだ」

バルボスの威嚇に、軽口を叩くユーリ。バルボスは部下にとっとと始末しろ!と怒鳴った。リタが詠唱に入ろうとしたその時、外から大きな音が鳴った。バルボスは、バカどもめ、動いたか!と言って椅子から立ち上がる。

バルボス「これで邪魔なドンも騎士団もぼろぼろに成り果てるぞ!」含み笑いをした。

カロル「まさか、ユニオンを壊して、ドンを消すために……!」

エステル「騎士団がぼろぼろになったら、誰が帝国を守るんです?ラゴウ、どうして……あっ」

悲痛な声で呟く彼女は彼らの意図に気づく。

リタ「なるほど、騎士団の弱体化に乗じて、評議会が帝国を支配するってカラクリね」

レイヴン「で、紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)天を射る矢(アルトスク)を抑えてユニオンに君臨する、と」

2人が推察し、それを聞いたエステルは、なんてこと……と囁く。

ユーリ「騎士団とユニオンの共倒れか。フレンの言ってた通りだ」

バルボス「ふっ、今更知ってどうなる?どうあがいたところで、この戦いは止まらない!」

男は勝ち誇ったように笑う。

ユーリ/レナ「それはどうかな/それはどうかしら」

フレンと会話したユーリ、先を知っているレナ、この2人だけが落ち着き払っていた。

バルボス「そして、おまえたちの命もここで終わりだ」

バルボスはユーリ立ちに振り向きそう告げる。ふとエステルはなにかに気づいたように窓に駆け寄った。ったく、遅刻だぜとユーリがニヤリとしながら呟く。遠方の方から馬にまたがったフレンが草原を駈ける。目を見張り、驚いたようにフレン!?とエステルが声を出す。フレンは、刃を下げ戦をやめるように声を張り上げる。バルボス悔しげな表情を露わにして、ラゴウをキッと睨む。

バルボス「ラゴウ、帝国側の根回しをしくじりやがったな!!」

コソコソと逃げようとしていたラゴウはヒッ!と声を上げる。バルボスはイラついたように舌打ちをした。バルボスの部下が兵装魔導器(ホブローブラスティア)でフレンに狙いを定める。

エステル「ユーリ!あの人、フレンを狙ってます!」

部下が持っていた兵装魔導器(ボブローブラスティア)に何が当たり金属音がなる。当たった兵装魔導器(ホブローブラスティア)は、部下の手から離れ床にころがった。カロルが当たった!と片腕を挙げる。どうやら、兵装魔導器(ホブローブラスティア)に当たったのはカロルの武器のようだ。

ユーリ「ナイスだ、カロル!!」

バルボス「ガキども!邪魔は許さんぞ!」

そう叫ぶと、バルボスは兵装魔導器(ホブローブラスティア)をユーリ立ちに向かって構える。そして、そのまま引き金を引いた。壁に当たり爆発が起きる。その場にいたユーリ達は悲鳴をあげつつ四方八方に分かれて避ける。

ユーリ「逃げろ、出口に向かって走れ」

エステルとカロル、リタ、ラピードは出口の方へ走った。

振り向いたエステルがユーリに危ないと声をかける。

リタ「エアルを再充填するまで、少し間があるはず。その隙を狙って……」

レナ(いやそれじゃあ間に合わない……。いつでも魔術障壁をだせるようにしとかなきゃ)

リタの言った通り、再充填するまで時間がかかるらしい。

カロルが今だ……!と合図する。しかし、遅いわ……!とバルボスがこちらに銃口を向ける方が早かった。

リタ「うそ!?エアルの充填が早い!」

予想よりも早いそれに手を打つ隙がない。

 ふと、リタ達の前を竜が通る。そしてそのまま、バルボスに突撃したのだ。竜の攻撃にあったバルボスは床に伏せ、なんだぁっと言いながら竜の飛んだ先を睨む。竜使いの姿がそこにあった。レイヴンがなんだ、ありゃと呟く。

リタ「また出たわね!バカドラ!」

いつかの魔導器(ブラスティア)を壊された時の怒りを思い出すリタ。火の魔術を放とうとする彼女に、ユーリは敵はあっちだと注意する。リタはあたしの敵はバカドラよ!と憤った。ユーリは今はほっとけ!と声を荒らげる。

バルボス「ワシの邪魔をしたこと、必ず後悔させてやるからな!」

舌打ちしそう告げると、バルボスは兵装魔導器(ボブローブラスティア)を掲げ地面から浮く。カロルがうそっ!飛んだ!と驚いていた。

レイヴン「おーお、大将だけトンズラか」

バルボスはそのままどこかへ飛び去って行った。竜使いもどこかへ去ろうとする。

リタ「あ!まて!バカドラ!あんたは逃がさないんだから!」

リタは竜使いの方へ駆け出す、その前をユーリが出た。

ユーリ「やつを追うなら一緒に頼む!羽のはえたのがいないんでね」

リタ「あんた、なに言ってんの!こいつは敵よ!」

ユーリ「オレはなんとしても、やつを捕まえなきゃなんねぇ。……頼む!」

ユーリは竜使いを見つめる。竜使いは承諾の代わりにユーリの傍に近づいた。ユーリは助かる!とお礼を言う。待って!ボクたちも!とカロルとエステルが駆け寄るが、こりゃどう見ても、定員オーバーだ!とユーリが窘める。カロルは諦めきれないようで、ボクたちも!と言うが、ユーリにお留守番してろ!と言われてしまう。

レナ(……着いていきたかったけど、これは仕方ない。なら私は私ができることを)

ユーリ「ちゃんと歯磨いて、街の連中にも迷惑かけるなよ!」

そう言って去っていく彼に、カロルはユーリのバカぁっ!と声を荒らげる。

ユーリ「フレンにもちょっと行ってくるってつたえといてくれ!」

そう告げ、彼は竜使いと共にバルボスの後を追って行った。

 

レナ「……私、ユーリを追いかける」

エステル「待ってください、私たちも行きます」

少女が一人で先に行こうとするのを、エステルは止める。

カロル「そうだよっ、ボクたちも行くに決まってるでしょ」

レナ「カロルはともかく、エステルはいいの?本来はケーブ・モック大森林の調査だったでしょ」

エステル「そうですが、ラゴウやバルボスを放っておけません」

強い意志の瞳をする彼女に、少女は仕方ないと頷いた。

レナ「……分かった。」

リタ「あたしも行くわ。バカドラを今度こそ逃さないんだから」

そう意気込む彼女に、レナは内心苦笑しながら首を縦に振った。

レイヴン「ちょっとちょっと、おっさんも忘れないでちょうだいよ」

頭の後ろで手を組みながら、レナ達の後を着いていく。おっさん含む五人はユーリ達が去った方角へ向かった。

 

―歯車の楼閣 ガスファロスト

 

 辿り着いたそこは、ラゴウが言っていた通り要塞まがいの天高くのびる塔だった。なんとか、バルコニーから侵入したレナ、エステル、リタ、カロル、レイヴン、ラピードは暗い通路を進み、敵を蹴散らす。レイヴンが先陣にきりこみ、リタが魔術で応戦する。エステルは補助を、レナは残党を初級魔術でとどめを刺す。

リタ「はい、これで最後!」

目の前の敵を全滅させた時、ユーリが姿を現した。エステルはユーリ!!と彼の名を呼ぶと、傍に駆け寄って抱きつく。そのまま怪我がないかを確認していた。ユーリはビックリしつつもエステルを受け止め、離れるように言った。

エステル「だいじょうぶですか!?ケガはしてません?」

ユーリ「なんともないって、心配しすぎ」

レナ、リタ、レイヴン、カロルもユーリの方へ駆け寄った。

ユーリ「おまえらも……、おとなしくしてろって言ったのに」と呆れながら言った。

カロル「だって、みんな、ユーリのことが心配で!」

カロルはユーリにそう訴えた。

レナ「そうそう、心配だったのよ」

カロルの言葉に同意するレナとは別に、リタはカロルに向かって拳を振り上げる素振りをする。

リタ「ちょっと。別にあたしは心配なんてしてないわよ」

振り上げていた手をおろし、両手を横に広げて彼女はそっぽを向いた。

レイヴン「おっさんも心配で心配で」

レイヴンは下に俯いた。

ユーリ「嘘つけ。っていうか、なんでおっさんまでわざわざ来てんだ?」

レイヴン「それが、聞いてくれよ。ドンが、バルボスなんぞに舐められちゃいけねぇとか言い出して、いい迷惑よ」

相変わらずの口調で大袈裟に彼は説明する。エステルはダングレストから一緒に来てくれたんですよとニッコリと微笑んでいた。

ユーリ「そもそも、おまえたち。どこから入ってきてんだよ」

カロル「しょうがないじゃん。表の扉が閉まってんだなら」

少年は口をとんがらせる。ユーリはだからってなぁ……と、言葉を失っていた。ユーリの傍でエステルがなにかに気づいたように、ユーリの後ろを覗き込んでいる。すると、青い髪を後ろにまとめ、露出の多い服装に身を包み、長い耳を持ったクリティア族の女性が現れた。レイヴンが素早く女性の方に振り向く。

レイヴン「……だ、誰だ。そのクリティアッ娘は?どこの姫様だ?」鼻の下が伸びている。

リタ「おっさん、食いつきすぎ」

興奮しているレイヴンにリタは引いている。

ユーリ「オレと一緒に捕まってたジュディス」

ジュディス「こんにちは」

彼女は手を後ろで組み、にこやかに挨拶した。

カロル「ボク、カロル!」

エステル「エステリーゼって言います」

カロル「ボクらは、エステルって呼んでるんだ」

リタ「リタ・モルディオ」

レナ「私は、レナ」

レイヴン「そして俺様は……」

おっさんとリタが続けた。それにレイヴンは、レイヴン!レ・イ・ブ・ン!と自分の名前を主張した。

カロル「そういう言い方する人って信用できない人多いよね」

少年の辛辣なコメントがおっさんに突き刺さる。

レナ(カロルって、ほんとたまに、急に人に刺さる言葉を言うわよね)

レイヴン「なーんか、納得いかないわ」

不満そうにしている。

ユーリ「ま、いいんじゃねぇの。とりあえず」

ジュディス「ウフフ……愉快な人たち」

レイヴン達のやりとりを聞いていたジュディスはおかしそうに笑った。レイヴンは、おお?なんだか好印象?と嬉しそうにした。それにリタがバカっぽい……と呟いた。

エステル「ジュディス、あなたはここへ何しに来てたんですか?」

ジュディス「私は魔導器(ブラスティア)を見に来たのよ」

レナ(誤魔化すのがうまいこと、でも疑い深い子がいるのよね)

リタ「わざわざこんなところへ?どうして?」

変に感じた彼女は質問する。ジュディスが私は……と続けようとしたのを、ユーリが遮って続けた。

ユーリ「ふらふら研究の旅してたら、捕まったんだとさ」

リタ「ふ〜ん、研究熱心なクリティア人らしいわ」

どうやらユーリの説明で一応納得したらしい。ジュディスは何も言わず微笑んだ。

エステル「水道魔導器(アクエブラスティア)魔核(コア)は取り返せたんですか?」

ユーリ「残念ながらな」

カロル「じゃあ、この塔のどこかにあるのかなぁ……」

っと呟いた所で、上から敵が剣を振り上げながら降ってきた。カロルはちょうど上を見上げていた為避けることが出来た。ユーリが舌打ちした。いつ来たのか分からないが、騎士の鎧を身につけた彼が敵を斬り伏せた。大丈夫か!とリタ達に声をかける。ユーリはフレン!?と目を見開く。

ユーリ「おまえ、仮にも小隊長がなにやってんだ、ひとりで」

フレン「人手が足りなくてね。それにどんな危険があるかも分からなかったし」

エステル「衝突はもう大丈夫なんです?」

フレンは大丈夫ですという意味で首を縦に振る。

フレン「ドンが真相を伝えたので、みな落ち着きを取り戻しました。もう衝突の心配はありません」

次にユーリの方を向いて伝える。

フレン「ラゴウの身柄は部下が確保した。街の傭兵たちもユニオンが制圧した。あとはバルボスだけだ」

再びエステルの方に向き直る。

フレン「危険ですからエステリーゼ様はユーリたちとここにいてください」

エステル「ひとりで行くなんて危険です!わたしたちも一緒に行きます!」

フレンはそんな、いけません!と首を横に振る。

ユーリ「待てよ、こっちもバルボスには色々と因縁があるんだ。ここまできて止まる気はねぇ。それにどのみちエステルはお前を追いかけて行っちまうと思うぜ?」

ユーリ……とエステルは彼の名前を呟いた。

フレンは少しの間考えると頷く。

フレン「……分かった、なら一緒に行こう。時間もないし、その方がまだ安全だろう」

リタ「話はまとまった?じゃ、行くわよ」

リタは先を歩き出す、みな続くように最上階へを目指し始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

青年の罪

―歯車の楼閣 ガスファロスト

 

 ふと、リタの視線がジュディスの槍に向く。あんたも槍使うのねとリタは呟いた。

ジュディス「ってことは、誰かあなたのお友達も使っているのかしら?」

聞いていたジュディスはリタにそう問う。

リタ「そういうわけじゃないわ、ちょっとイヤな奴思い出しただけ」

リタはそう返して槍から目を離した。

カロル「それって、もしかして、あの竜使い?」

まぁね……とリタは頷き、そう言えば、ちょっとあんたとユーリを呼ぶ。ユーリはえ、オレ?と呼ばれると思わなかったらしく驚いていた。

リタ「そう。肝心なバカドラはどこ行ったの?」

ユーリ「屋上ではぐれてな。無事だとは思うけど……」

リタ「無事でいてくれないと殴れないじゃない!」

彼女は拳を作りながら言った。

レイヴン「おいおい、それが目的でここまで来ちゃったの?」

すごい執念だねぇとおっさんは引いていた。

リタ「あと、あのバルボスってやつが許せないの!魔導器(ブラスティア)に無茶させて、可哀想じゃない!」

ユーリ「だからってそっちのお姫様まで連れてくるかね、こんな危険なところにさ」

レナ「私も一応止めたんだけど、あんな強い意志が灯った瞳をされちゃあ無理だったわ」

少女は仕方なかったのよと、片手をブラブラさせた。そんな少女を片目にユーリはフレンの方を見る。

ユーリ「フレン、お前も止めなかったのかよ」

フレン「すまない、ダングレストで入れ違いになったんだ」

ユーリ「それで慌てて追いかけてきたってか」

エステル「リタもレナもフレンも悪くありません。自分から行くって言ったんです。ユーリひとりで行かせたままになんてできません。それに人々に害をなす悪人を放っておくわけにはいきません」

ジュディス「そうよね。あなたいいこと言うわ」

話を聞いていた彼女はエステルの言葉に同調した。

ユーリ「カロル先生、頼りにしてるぜ。貴重な戦力だからな」

カロル「うん、もちろん!さあ、この調子で行こう!」

片手を上に振り上げて気合を入れる。ユーリ達は先を急ぐ。

 

 塔は、最上階に近づくほど新しくなっており、最近建て増しされたような感じだ。各所で動く巨大な歯車が不気味な雰囲気で光っているほかは、灯りもなかった。ようやく最上階まで辿り着くと、そこにはバルボスが立ちはだかっていた。

バルボス「性懲りも無く、また来たか」

待たせて悪ぃなとユーリが軽口を叩く。

リタ「もしかして、あの剣にはまってる魔核(コア)水道魔導器(あくえブラスティア)の……!」

バルボスの持っている剣をよく見ていたリタが気づいてユーリに話す。

ユーリ「ああ、間違いない……」

魔核(コア)をじっと見つめて呟く。あの酒場では薄暗く見えずらかったか、確かに青く輝く魔核(コア)がはめこんであった。

バルボス「分をわきまえぬバカどもが、カプワ・ノール、ダングレスト、ついにガスファロストまで!忌々しい小僧どもめ!」

エステル「バルボス、ここまでです。潔く縛に就きなさい!」

フレン「間もなく騎士団も来る。これ以上の抵抗は無駄だ!」

リタ「そう、もうあんた終わりよ」

エステル、フレン、リタが叫ぶ。

バルボス「ふんっ、まだ終わりではない。十年の歳月を費やしたこの大楼閣ガスファロストがあれば、ワシの野望は潰えぬ!あの男と帝国を利用して作り上げたこの魔導器(ブラスティア)があればな!」

 フレンがあの男……?と気にするように呟く。バルボスはユーリ達に剣を向け、魔導器(ブラスティア)を起動させたかと思うと光の弾を放った。爆発による轟音が鳴る。ユーリ達は後ろに下がった。

ユーリ「下町の魔核(コア)を、くだらねぇことに使いやがって」

バルボス「くだらなくなどないわ。これでホワイトホースを消し、ワシがギルドの頂点に立つ!ギルドの後は帝国だ!この力さえあれば、世界はワシのものになるのだ!手始めに失せろ!ハエども!」

バルボスは再びユーリ達に剣を向け、光弾を数発発射させる。

レナ(魔術障壁!!)

 光弾はユーリ達の近くで爆発する、しかしその衝撃はレナが発動した魔術障壁によって防がれる。轟音に地面が揺れるのを感じる。フレンがみんなに無事か声をかけた。見覚えのあるそれにユーリがレナの方を向く。

ユーリ「サンキュー、レナ。にしても、あの剣はちっとやばいぜ」

レイヴン「やばいっていうか……こりゃ反則でしょ」

ジュディス「圧倒的ね」

レナの魔術障壁が無ければやばかったであろうあまりの威力に、レイヴンとジュディスは顔を見合わせる。

バルボス「グハハっ!!魔導器(ブラスティア)と馬鹿にしておったが使えるではないか!」

魔導器(ブラスティア)を掲げ、さらに爆発を誘引させる。力の強さにエステルはそんな……と声を失った。

バルボス「どうした小僧ども、口先だけか?」

煽るようなその口調に、ユーリがまだまだと返す。

バルボス「お遊びはここまでだ!ダングレストごと、消し飛ぶがいいわ!」

魔導器(ブラスティア)を再び掲げ、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。その時、伏せろとどこかで聞いた覚えのある声が聞こえた。声の方に視線を向ければそこにはデュークが居た。ユーリ達は彼の姿を見つけると慌てて体を低くする。描かれた術式の中心に立つデュークの剣から、まばゆい光が溢れる。バルボスがなにっ!?と叫ぶ声が聞こえたかと思えば、バルボスの剣から爆発音がなる。光が落ち着き体を起こした時、デュークの姿は既に先程の場所にはなかった。バルボスが剣を振るうが黒煙を出し不発に終わった。

ユーリ「形勢逆転だな」

バルボス「賢しい知恵と魔導器(ブラスティア)で得る力などまがい物にすぎん……か」

そういって、もうひとつの剣を抜く。ユーリ達も武器を構え直す。

バルボス「所詮、最後に頼れるのは、己の力のみだったな。さあ、おまえら剣を取れ!」

レイヴン「あちゃ〜、力に酔ってた分、さっきまでの方が扱いやすかったのに」

おっさんは額に手を当てて言った。

リタ「開き直ったバカほど扱いにくいものはないわね」

腰に手を当ててため息をつく。

バルボス「ホワイトホースに並ぶ兵、剛嵐のバルボスと呼ばれたワシの力と……ワシが作り上げた紅の絆傭兵団(ブラットアライアンす)の力。とくと味わうが良い!」

 ユーリ達はバルボスに挑みにかかる。部下達はユーリ以外ですぐに片付いた。あとバルボスだけ、ユーリがじりじりと端まで追い詰めていく。剣と剣が交わり金属音が響く、弾かれたバルボスは後にひいた。

ユーリ「……もう部下もいない。器がしれたな。分をわきまえないバカはあんたってことだ」

バルボス「ぐっ……ハハハっ、な、なるほど、どうやらその様だ」

体力などもう残っていないに等しいのだろう、荒い息を吐きながら剣を杖にして片膝をついている。なら大人しく……!とエステルが声を上げる。

バルボス「こ、これ以上、無様をさらすつもりはない……ユーリ、とか言ったな?おまえは若い頃のドン・ホワイトホースに似ている……そっくりだ」

ユーリ「オレがあんなじいさんになるってか、ぞっとしない話だな」

バルボス「ああ、貴様はいずれ世界に大きな敵を作る。あのドンのように……そして世界に食い潰される。悔やみ、嘆き、絶望した貴様がやってくるのを先に地獄で待つとしよう」

ユーリはじっとバルボスを見ていた。バルボスはそのまま後ろ向きに倒れ、遥か彼方の地上へ吸い込まれて行き、姿は見えなくなった。上空を吹く風の音だけが耳に残った。

 

 ユーリ達は下町の魔核(コア)を手に取ると、塔を降りた。

ユーリ「まったく、魔核(コア)が無事でよかったぜ」

エステル「水道魔導器(アクエブラスティア)魔核(コア)ってそんなに小さいものだったんですね」

カロル「さて、魔核(コア)も取り戻したし、これで一件落着だね」

エステル「でも、バルボスを捕まえることができませんでした……」

彼女は顔を俯かせる。

フレン「ええ……それだけが悔やまれます」

リタ「何言ってんの、あんな悪人死んで……」

当然と続けようとした彼女をユーリが顔をつついた。

レナ(死んで当然の人間なんて、いないものね)

フレン「それにまだ一件落着には早いな」

ユーリ「ああ、こいつがちゃんと動くかどうか確認しないと」

リタ「魔導器(ブラスティア)魔核(コア)はそんなに簡単に壊れないわよ」

カロル「ふ〜ん、そうなんだ。知ってた、レイヴン……?」

少年の問いかけに、返事はなかった。いつの間にかどこかに行ってしまったらしい。

リタ「また、あのおっさんは……本当に自分勝手ね」

リタは小言を言う。それをリタが言うんだ……とカロルはつっこんだ。

ジュディス「人それぞれでいいんじゃない?」

ユーリ「ダングレストに帰ったんだろ。会いたきゃ会えるさ」

フレン「僕も一足先に戻る。部下に仕事を押しつけたままだから。……エステリーゼ様もどうか私とご一緒に」

エステル「ええと……わたし……もう少しみんなと一緒にいてはいけませんか……?」

フレンは首を横に振る。

ユーリ「聞き分けのない姫さんの面倒はもう少しこっちで見てやるよ。その方がそっちも楽だろ?責任をもってダングレストには送り届けるから」

仕方ないと溜息をつきながら、フレンに提案する。

フレン「……わかった。その代わり、絶対に間違いのないように頼む。寄り道も駄目だ、いいね?」

まるで子供に言い聞かせる親のように念を押すフレン。そんな彼に笑いかけながらわかったわかったとユーリは返した。

 では、エステリーゼ様ダングレストでと伝え、一礼するとフレンはその場を後にした。エステルはユーリの方をむくと、浮かない顔をしていることに気づき、どうかしましたか?と聞く。

ユーリ「いや、まだデデッキの野郎を、ぶん殴ってねぇと思ってさ」

どこか不完全燃焼と言わんばかりの表情だ。

カロル「魔導器(ブラスティア)魔核(コア)は戻ったんだからいいんじゃないの?そんなコロ泥なんて」

レナ「もし、またどこかであったら殴っちゃえばいいのよ」

うわ物騒……とカロルがレナの方を見て呟いた。

ユーリ「ま、それもそうだな。会ったら絶対にぶん殴る」

   「……地獄で待ってる、か。やなこと言うぜ」

どこか遠くを見つめるユーリをエステルは眉をひそめて心配そうに見ていた。

カロル「ほらほら、いいかげん、ダングレストに戻ろうよ」

少年はユーリ達を促す。

ジュディス「じゃあ、私はここでお別れね」

後ろで控えていた彼女が口を開いた。

ユーリ「相棒のとこ戻るのか?」

エステル「相棒?誰です、それ?」

エステルの問いを聞かなかったことにして、ジュディスはユーリ達に背を向ける。

ジュディス「ここからは別行動。お互いの行動に干渉はなしね」

ユーリはじゃあなと言えば、彼女はええ……と返事をしそれを確認したユーリ達はダングレストへ戻った。

 

―ギルドの巣窟 ダングレスト

 

 ダングレストに戻ってきた時、ちょうど騎士団も戻ってきたようでカロルがそれに気づいてユーリ達に言う。騎士団の人達に取り押さえられていたのはラゴウ。ラゴウは無実です!騎士団の陰謀です!と身動ぎしている。往生際悪いじいさんとリタが独りごつ。エステルがフレンは?と辺りをキョロキョロと見渡した。ここからじゃ見えないなとユーリは言った。ラゴウは相変わらずありもしない嘘を話して民衆に訴えている。そんなラゴウにフレンが近づく。

フレン「我らは騎士団の名の下に、そのような不実なことをしないと誓います」

フレンの声にラゴウはぴたりと声を上げるのを止め、フレンの方を向きその名を呼んだ。

フレン「帝国とユニオンの間に友好協定が結ばれることになりました」

フレンから告げられる話に、ラゴウは驚いているようだ。

フレン「今ドン・ホワイトホースとヨーデル様の間で、話し合いがもたれています。正式な調印も時間の問題でしょう」

ラゴウ「どうして……アレクセイめは今、別事で身動きが取れぬはず」

フレン「確かに、騎士団長はこちらの方に顔を出された後、すぐに帝都に戻られました」

ラゴウ「では……誰の指示で……」

フレンはその問いに答えない。少しの間沈黙がながれた。

ラゴウ「くっ……まさかこんな若造に我が計画を潰されるとは……」

ラゴウは悔しそうにそう呟き、騎士達によって連行された。一部始終を見ていたエステルが口を開く。

エステル「これでカプワ・ノールの人々も圧政から解放されますね」ほっと胸を撫で下ろす。

ユーリ「次はまともな執政官が来りゃいいんだがな」

ユーリのつぶやきを聞いたエステルは振り向く。

エステル「いい人が選ばれるように、お城に戻ったら掛け合ってみます」

カロル「お城にって……エステル、帝都に帰っちゃうの?」

少年は寂しそうな表情でエステルを見上げる。

エステル「……はい。ラゴウが捕まって、もうお城の中も安全でしょうから」

ふと、フレンを見つめるエステルの表情を見ていたユーリがホントは帰りたくないと囁いた。エステルはえっ?と驚いたようにユーリを見る。って、顔してるとユーリは言った。

エステル「そんなこと、ないです……」

己の立場を分かっているがために、それが本音とは言えない彼女は否定するものの、言葉に少し詰まる。

ユーリ「ま、好きにすりゃいいさ、自分で決めたんだろ」

エステル「……帰ります。これ以上フレンや他の方々を心配させないように……」

彼女はフレンのが居る方に向き直り、静かにそう告げる。

ユーリはフレンと互いに合図を送ってフレンが去ったのを見た後、寂しくなるな、ラピードと話しかける。ラピードはくぅんと喉を鳴らすとそっぽを向いた。

 

 それから各々は、宿屋にチェックインし今までの疲れを癒した。ユーリは宿屋のベッドに横になり、天井を見て何かを考えている。レナは隣のベッドに腰をかけて足をブラブラさせていた。ドアの外でバタバタと忙しない足音が響き、バタンっと音を立てて開いた。中に入ってきたのはカロルで、随分と慌てた様子だ。

カロル「大変だよ!ユーリ!レナ!」

ゆっくり寝かせろってとユーリがぼやく。レナはどうしたの?とカロルに聞いた。カロルは慌てすぎて、ラゴウが、ラゴウが!とだけ。ユーリは落ち着かせるように、ラゴウがどうしたって?と聞く。

カロル「評議会の立場を利用して、罪を軽くしたんだって!少し地位が低くなるだけで済まされるみたい!ひどいことしてたのに!」

ユーリの顔が険しくなり、レナは目を見開いていた。

レナ(人を魔物の餌にしてた人間なのに……?!)

ユーリ「面白くねぇ冗談だな」その声は少し低くくなっていた。

カロル「冗談じゃなくて、ほんとなんだよ!」

ユーリは訴えるカロルから顔を背ける。

ユーリ「これが今の帝国のルールか。ったく、ホントに面白くねぇ」

レナ「……全くね。今までどれほどの人が傷ついたと思って」少女は腕を組み、苛立ちから唇を噛む。

カロルはどうしよう、ユーリと呟いた。ユーリはさて……なと顎に手を当て考える。

カロル「ちゃんとした罰も受けないなんて、こんなの絶対おかしいよ」

徐々に落ち着きを取り戻したカロルは悔しげに言う。

カロル「そうだ!エステルに言えば、なんとかなるかもしれない!」

少年はそう言うと部屋から走って出ていった。

レナ(……落ち着きのない子ね)

レナはふぅとため息をついてカロルの出ていった先を見ていた。

ユーリ「おい、あんまお姫様に迷惑かけんじゃねぇぞ」

走っていくカロルにユーリはそう忠告した。

ユーリ「ったく、なにやってんだよ、フレン」

レナ「……彼のところに行ってみない?」

ユーリ「オレも行こうと思ってた所だ、駐屯地のテントにいるかもな」

2人は宿屋をあとにして、駐屯地へと出向いた。

 

―騎士団 駐屯地

 

 外は真っ暗で、星あかりだけが輝いている。いくつものテントが張られいた。ユーリは迷いなくひとつのテントに歩き、その後ろをレナが着いていく。ユーリが中に入ろうとして、ノックくらいしたらどうだい?とフレンの声がした。ユーリは律儀にノックして、来るのわかってたろと外からフレンに話しかける。少ししてフレンがテントから出てきた。レナがいた事にほんの少し驚いていた。

ユーリ「おまえ、その格好」

フレン「本日付で隊長に就任した」

レナは騎士服の違いが暗闇もあってよく分からなかったが、ユーリはすぐに分かったらしい。

ユーリ「フレン隊の誕生か。また差をつけられたな」

フレン「そう思うなら、騎士団に戻ってくればいい。ユーリなら……」

そう続けようとする彼をユーリは、オレの話はいいと遮った。少し間を開けて、隊長就任おめでとさんと続けた。フレンはありがとうと礼を言う。

フレン「僕を祝うために来たわけじゃないだろう?ラゴウの件か」

ユーリは先程の柔らかい表情とはうって変わって真剣な目付きで頷く。

フレン「ノール港の私物化、バルボスと結託しての反逆行為、加えて街の人々からの掠奪、気に入らないという理由だけで部下にさえ、手をかけた。殺した人々は魔物のエサか、商品にして、死体を欲しがる人々に売り飛ばして金にした。」

フレンの口から告げられるラゴウの罪は、想像していたよりも酷いものだった。ユーリは眉間に皺を寄せ、外道め……とこぼす。

フレン「これだけのことをしておいて、罪に問われないなんて……!思っていた以上だった……評議会の権力は……!」

絞り出すような声にかたく閉じられた瞼、力が入り拳を作っている手、その全てが悔しいと表していた。

フレン「隊長に昇進して、少しは目的に近づいたつもりだった。だが、ラゴウひとり裁けないのが僕の現実だ」

ユーリ「……終わったわけじゃないだろ?それを変えるために、もっと上に行くんだろ」

フレン「そうだ、だか、その間にも多くの人が苦しめられる。理不尽に……それを思うと……」

フレンは再び怒りに震える。

ユーリ「短気起こして、ラゴウを殴ったりすんなよ?出世が水の泡だ」

くっ……とフレンは、奥歯を噛み締める。

ユーリ「おまえはラゴウより上に行け。そして……」

フレン「ああ、万人が等しく扱われる法秩序を築いてみせる。必ず」

ユーリに続くようにフレンは再び志を確かなものにする。

ユーリ「それでいい、オレも……オレのやり方でやるさ」

どこか不穏な雰囲気を纏い出す彼に、フレンはユーリ?と名を呼ぶ。

ユーリ「法で裁けない悪党……おまえならどう裁く?」

己が出した答えにまだ少し迷いのある表情でフレンに問う。

フレン「まだ僕にはわからない……」

その言葉を聞いたユーリの横顔は冷たく引き締まり、覚悟を決めたような瞳でフレンから去る。

張り詰めたようなその空気に、話を聞いていたレナはただユーリについて行くしかなかった。

 

レナ(……ユーリは、ラゴウを殺す気なんだよね)

ユーリとレナが歩く音だけが響く。ふと、ユーリが立ち止まってレナの方を向いた。

レナ「……ユーリ?」

ユーリ「悪ぃレナ、ちょいと野暮用があってな。先に宿屋に戻っててくれるか」

柔らかい表情を浮かべているがその瞳は鋭く冷たいままだ。

レナ「私がいたら、邪魔になるの?」

少女はユーリが何をするのか理解した上で、あえてそう聞く。

ユーリ「そーだな。それに、子供はもう寝る時間だろ」

少女は口を閉じたまま俯いてしまっている。

レナ(子供……か。私、ユーリが思っているほど、子供じゃないんだよ)

ユーリ「……レナ?」

レナ「ほ……ぉは、……ぁん……ょって……っ……ら、ぉ……る?」

小さくボソリと少女は言う。あまりにも小さくて、何を言っているのかユーリには聞き取れなかった。

ユーリ「わりぃ、もう一度言ってくれるか?」

レナ「っやっぱりなんでもない、先に宿屋に戻ってる」

少女は宿屋の方へ足を向ける。ユーリはレナの様子が少し気になりつつも、己の正義のためにラゴウの元へ向かった。

レナ(本当の年齢を言ったからってユーリと対等であるはずないのに、それに10歳の体じゃ信じて貰えないでしょ。……何も出来ないし自己満足かもしれないけど、せめて見届けさせてね)

レナは宿屋へ向けていた足を、ユーリの方へを進める。もちろん、気づかれないように注意を払って。

 

 目的の場所に着き、建物の影から橋の方を見る。ちょうどユーリが駆け出し、兵のひとりを斬ってその勢いで橋から川へ落としていた。ラゴウが兵がいた方を見て足音がした方を向く。その視線の先にはユーリが居た。ラゴウが何か喚いているのが聞こえる。ユーリは構わずにラゴウに近づいていく。その手には剣をが握られており、鋭く冷たい瞳で殺気を纏っている。逃げ出すラゴウの背を迷いなくユーリは斬った。体をぐらつかせたラゴウはそのまま橋から川へと身を投げた。ユーリは落ちた先をただ静かに見下ろしていた。

レナ(……これがユーリなりの正義。彼が選んだ道)

 親しい青年が殺人を犯したところを見たというのに、なぜか恐怖は不思議となく、月明かりに照らされた黒髪が風になびくのを少女は静かに見つめる。

レナ(ユーリ、今日寝れるのかな。っと、宿屋に居ないと不審がられる。さっさっと宿屋に帰ろう)

一部始終を見届けた少女は、急いで宿屋に帰った。

 

 少女が宿屋に着くとラピードが寝転がっていた。素通りして中に入ろうとしたところで、ユーリが遠くから帰ってくるのが見えた。

ユーリ「……ラピード、レナ」

ラピードは視線だけをユーリに合わせ、それ以外は特に態勢を変えない。

レナ「やっと帰ってきた、ユーリ。遅いから探しに行こうかなって思ってたところなんだよ?」

少女は息を吐くように嘘をつく。少女からすれば演技なんて御茶の子さいさいだ。

ユーリ「……子供は寝る時間だって言ったはずだけどな」

軽口を叩く彼に、少女はそうだったと言って、いつもと変わらない雰囲気でふふっと柔らかい笑みを浮かべた。そのまま二人は宿屋の中に入る。青年の持っている剣から微かな鉄の匂いを感じながら。

 

―翌日

 

 一足先にユーリは目を覚ましていた。否、きっと眠れなかったのだろう。レナは昨日遅かったこともあってかまだすやすやと眠っている。ユーリはベッドから起き上がることもなく、昨日の事を思い返しながらただ天井を見ていた。そろそろエステルが街を出る頃だろうとユーリが考えているとコンコンっとノックが聞こえ、続いてカロルの声が聞こえる。

カロル「ユーリ?レナ?起きてる?」

ユーリは仰向けからカロルに顔を見せないように横になる。レナはノックの音で目を覚ますが、ぽやぽやしている。カロルは返事がないのを気にして、中に入ってきた。

カロル「エステルもリタも、行っちゃった」

ユーリはそっかと返す。レナは体を起こし伸びをする。

カロル「今、追えば、まだ間に合うかもしれないよ」

ユーリ「その気になりゃ、いつだって会えるさ」

レナ「……おはよう、ユーリ、カロル。」

まだ眠そうな声でマイペースな少女は二人に挨拶した。

カロル「おはよう、レナ。レナも今なら間に合うかもよ」

レナ「……大丈夫」

起きたばかりで、返事がワンテンポ遅れている。カロルは大丈夫って……と呟いた。

カロル「ユーリ達のバカ。もう知らない」

二人に呆れたカロルはそう言うと部屋から出て行った。

ユーリ「言っても帰りづらくするだけだっての……」

青年は独りごちる。少女はやっときちんと目が覚め、状況をのみこんだ。

レナ(……エステル達、行っちゃったのか。眠りすぎたな)

 この街に来た時と同じ、魔物の襲撃を知らせる警鐘が町中に鳴り響いた。くつろいでいたラピードは起き上がって外へ駆け出す。ユーリ、レナも続いた。宿屋の外に出ると、上空を炎のような翼を持った魔物のような何かが飛んでいく。ユーリ!レナ!とカロルの声が聞こえた。

ユーリ「カロル!ありゃなんだ?知ってっか?」

カロル「ううん、ボクもあんなの見たことないよ……」

レナ(……あれは、フェロー?この時の狙いは確か……エステル!早く行かないとっ)

降りてきたよ!とカロルが言うのが後ろで小さく聞こえる。既にレナはエステルの元へ走っていた。降りていった方向を見て、ユーリとカロルも橋の方へ向かった。

 

 先に走り出したレナがエステルのいる場所へ着く。既に騎士団が魔物と戦っていたが、魔物の方が強いのだろうフレンは剣を杖がわりにし膝をつき他の騎士たちも酷い怪我をおっていた。エステルは倒れた騎士達の傷を治していた。その傍に迷わずレナは駆け寄る。ユーリ達も着いたようで、膝をついたフレンに駆け寄っていた。

レナ「エステル!大丈夫っ!?」

エステル「レナっ、わたしは、だいじょうぶです。でも騎士の方々が……」

 魔物はエステルをじっと見ていた。エステルが治癒術をかけ終わった騎士から魔物に視線を移した瞬間、魔物はこちらに急降下してきた。それはまるでエステル、一人にターゲットを定めたようだった。

エステル「わたしが……狙われてるの?」

ボソッと彼女は言って立ち尽くしたまま。レナはそんなエステルを庇うように前に立ち片腕をあげて、エステルを背に隠した。エステルたちに近づいた魔物が嘴をひらいた。

「忌ワシキ、世界ノ毒ハ消ス……ナゼ庇ウ、異界ノ者ヨ……憐レナ」

エステル「人の言葉を……!あ、あなたは……!」

レナ「……憐れ?どうして……?」

エステルはレナの前に出ようとする。レナは憐れだと言われたことに疑問を持ちながらもエステルを制した。突如、空で爆発が起き魔物に当たる。ユーリがエステルとレナの元へ駆けつけた。エステルはユーリ!と呼んだ。ユーリは、エステルとレナが怪我をしていないのを確認して、無事だなと言った。エステルはその言葉に大きく頷いた。

エステル「はい、レナが来てくれましたから」

彼女はレナを見る。レナは返事をすることはなく、どこか考え込こんでいるようだ。

レナ(フェローは、私のことを憐れだと言った。それは、この世界に連れてこられたことをに対して憐れだと言ったと思う。けど……なんだろう、別の意味もある気がする)

鳥の魔物は、夥しい数の爆撃をヒラヒラと舞うように躱していく。絶え間なく続く爆撃の音に、レナの思考も途切れた。ユーリは大きな兵器のようなものを見て驚いている。

ユーリ「あれは……?」

エステル「ヘラクレス……」

ユーリの問いに、エステルがそう呟く。後ろでカロルがここにいちゃ危ないよ!と逃げるように三人に言った。

ユーリ「オレはこのまま街を出て、旅を続ける」

唐突に言われたエステルはえ?と困惑の声を出す。

ユーリ「帝都に戻るってんなら、フレンのとこまで走れ。選ぶのはエステルだ」

そう告げられたエステルはふとフレンの方を見て考える間もなく、わたしは……と口を開く。

エステル「わたしは旅を続けたいです!」

爆音に負けないくらいの大きな声でユーリに伝えた。エステルの答えにユーリは微笑むと、彼女に手を差し出す。エステルは一瞬、戸惑いながらもそっとユーリの手に己の手を重ねた。

ユーリ「そうこなくっちゃな」

片目を閉じ、おちゃめにウィンクした彼。

レナ(……爆撃がっ!魔術障壁っ!!)

一際大きな爆発が橋の方まで威力をだす。間一髪でレナの魔術障壁がユーリ達をその衝撃から防いだ。強い光がユーリ達を襲い、咄嗟にユーリはエステルを庇う。光が落ち着いた頃、カロルは1番に駆け出し、ユーリはエステルの手を引いて走る。レナも慌ててその後を追う。その直後、ユーリ達がいた部分が崩れ落ちた。街の外へと走るユーリ達の視界に青い髪がうつる。エステルは、すぐにジュディスだと気づくと振り返ってそばに行った。レナも万が一の為にジュディスのところに行く。

エステル「危ないことしないで!」

レナ「エステルが言えたことじゃないでしょっ」

二人が居ないことに気づいたユーリがこちらに来る。

ユーリ「おまえも人のこと言えないだろ」

レナ(……なんも言えない)

ジュディス「心配ないわ。あなたたちは先に」

そういうジュディスの声を無視して、エステルは、さぁ、早くと言うとジュディスの手をとって走り出す。ジュディスは、あら、強引な子と満更でもない声で連れて行かれた。ユーリとレナはその後に続いた。

 

 橋の出口付近に着いた時、魔物はどこかへ飛び去って行くのをカロルが気づく。

フレン「待つんだ、ユーリ!それにエステリーゼ様も」

街の方からフレンの声が聞こえる。声の方に向けば、崩れた橋の向こう側で傷だらけの体で立つフレンが見える。ユーリは面倒なのが来ちまったなぁ……と囁く。

エステル「ごめんなさい、フレン。わたし、やっぱり帝都には戻れません。学ばなければならないことがまだたくさんあります」

フレンに聞こえるように彼女は声を張り上げて自分の考えを話す。

フレン「それは帝都にお戻りになった上でも……」

エステルはその言葉に横に首を振った。

エステル「帝都には、ノール港で苦しむ人々の声は届きませんでした。自分から歩み寄らなければ何も得られない……それをこの旅で知りました。だから!だから旅を続けます!」

意思の強い瞳をして、彼女は旅を続ける理由を話した。

フレン「エステリーゼ様……」

 ユーリは何かを握るとその腕を思いっきり振り上げて、握っていたものをフレンに投げる。綺麗な放物線を描いた青いそれは魔導器(ブラスティア)魔核(コア)だった。フレンは投げられたそれを少し複雑な表情をして受け取る。

ユーリ「フレン、その魔核(コア)、下町に届けといてくれ!帝都にはしばらく戻れねぇ。オレ、ギルド始めるわ。ハンクスじいさんや、下町のみんなによろしくな」

フレン「……ギルド。それが、君の言っていた君のやり方か」

ユーリ「ああ、腹は決めた」

レナ(……別の意味も含めて、ね)

フレン「……それはかまわないが、エステリーゼ様は……」

フレンの話を聞かず、ユーリは頼んだぜと言葉を残すと街の外の方へと振り向く。ユーリ!と叫ぶ声が聴こえるが、それも無視した。

ユーリ「言うのが逆になっちまったけどよろしくな、カロル」

カロルは嬉しそうに、うん!と言うと、ユーリとハイタッチをかわした。

ユーリ「さぁ、とっとと街を出ようぜ。ウダウダしてると騎士どもが追っかけにきちまうぞ」

エステルに伝えると、ユーリ達は街の外へと歩き出した。エステルはフレンに頭を下げると、ユーリ達を走って追いかけた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ギルド結成

―ギルドの巣窟 ダングレスト 出口付近

 

 ユーリ達が外へと歩いていると、デュークが居た。カロルがケーブ・モックで会った……と呟く。エステルは元気よくこんちには!と挨拶した。デュークは無言のままだ。

ユーリ「エステルが挨拶してんのに……愛想ねーな」

ユーリが言うんだ……とカロルがボソリとつっこんだ。

カロル「それより、また戻ってきたりしてさっきの魔物に襲われるよ」

エステル「そ、そうですよね」

先程のことを思い出したのか表情にすこし恐怖が滲む。

デューク「奴に襲われたのは、おまえたちか?」

彼はカロルの魔物に襲われるという言葉に振り返り、ユーリ達に問う。

エステル「……え?はい。えっと、その、忌まわしき……」

エステルはデュークの問いに肯定し、魔物から言われたことを話そうとして、ユーリが遮った。

ユーリ「なんだ、あんた、あいつの飼い主か、何かか?」

デューク「私と行動を同じくするものだ」

ユーリ「同じ……?あの化け物とか?」

エステル「じゃあ、あなたももしかして、わたしを狙って、ここに……?」

デューク「私の刃は人を裁くためにあるわけではない……」

エステルの質問を、デュークは否定しユーリ達から視線を外すと魔物が去った方向を見ている。

デューク「……面妖な……奴は去ったというのか……何故……?」

彼は不可解だと独りごちる。ジュディスはそれを少し複雑そうな顔をして見ていた。

デューク「私の勘違いなのか……いや……」

彼はものを考える時、口に出してしまうタイプなのだろうかブツブツと言いながらその場を去っていく。

レナ(……あっ、連れてこられた理由……聞くの忘れた)

少女は、遠くなっていく白髪の彼の背を見送りながら思った。

ユーリ「相変わらず、わけのわかんねー野郎だな」

カロル「何してる人なのかな?」

ユーリ「さぁな……さて、こんなところでぐずぐずしてる暇、オレたちにゃないよな」

カロル「そうだった……!先を急がなきゃね」

騎士団に追いつかれないようにユーリ達は走る。

 

 ある程度人や荷馬車が通る道として設けられている所まで来た。カロルやエステル、レナの足が止まる。

カロル「はぁ、はぁ、街を出なきゃはわかるんだけど正直へとへと〜」

両膝に手を付き、肩で呼吸しながら少年は言った。エステルとレナもカロルと同じように、息をはずませていた。

カロル「てゆうか、なんでジュディス付いてきてんの?」

完全にその場にしゃがんだカロルはジュディスの方に顔だけを振り向かせている。

ジュディス「ゆきがかり上、そういうことになったみたい」

手を後ろで繋ぎ、カロルの質問に答える。

ユーリ「道連れが増えんのは構わねぇけど今はもうちょっとがんばって踏ん張ろうぜ」

ユーリは泣き言を言うカロルを励ます。

ジュディス「どこまで踏ん張ればいいのかしら?」

ユーリ「ここから近いのはヘリオードか。とりあえずそこまでかな」

ユーリの答えに、レナは呼吸を整えながら分かったと呟き、カロルはえ〜っ!と無理だよぉと声を上げる。

エステル「街を出て少ししたら休憩します?」

そんなカロルを心配してか、彼女はユーリにそう提案した。カロルはそ、それ賛成〜!と片腕を上げる。

ユーリ「へいへい。んじゃ行きますか」

 

 数十分程歩き、やがて空に厚めの雲が覆いポツポツと小雨が降り出したかと思えば、本格的な雨になり身にまとっている服を湿らせた。カロルはまた立ち止まると、そろそろ休憩しようよ〜とユーリに勧める。ジュディスが後ろに振り向き、そうね追ってこないようだしと確認する。ユーリとエステル、レナ、カロルはその言葉に後ろに振り向くが追ってこないかどうかまでは分からない。

エステル「……どうしてわかるんです?」

レナ(……きっと、バウルが教えてくれるんだよね)

ジュディスはこめかみに指先をあてると勘、かしらと答えた。カロルが不思議そうに勘?と呟く。

ユーリ「ま、ここなら大丈夫だ。とりあえず休もう」

 

 休めそうな場所を探し出した時には外はもう暗く夜になっていた。

カロル「一休みしたらギルドの事も色々ちゃんと決めようね」

ユーリ「一休みしたいのはカロル先生だけどな」からかうように言った。

ジュディス「ギルドを作って、何をするの?あなたたち」

そう問われてユーリは何を、か……と考える。

カロル「ボクはギルドを大きくしたいな。それでドンの跡を継いで、ダングレストを守るんだ。それが街を守り続けるドンヘの恩返しになると思うんだ」

エステルは立派な夢ですねと胸の前で手を握り感心する。

ユーリ「オレはまぁ、首領(ボス)について行くぜ」

レナ「私も、首領(ボス)について行くわ」

ユーリとレナは真っ直ぐカロルを見る。

カロル「え?ボ、首領(ボス)?ボクが……?」

きょとんとした顔で自分の顔をを指している。

ユーリ「ああ、おまえが言い出しっぺなんだから」

カロル「そ、そうだよね。じゃあ、何からしよっか!」

嬉しそうに声を弾ませて、グッと両手を握る。

レナ「嬉しいのは分かるけどちょっと落ち着いて」

テンションが上がっている少年にレナは自制を促した。

うん!とカロルは元気よく返事をしているが、分かっていなさそうだ。

ジュディス「ふふっ……なんだかギルドって楽しそうね」

微笑ましいと言わんばかりにニコリと笑う。

エステル「ジュディスもギルドに入ってはどうです?」

つられてエステルも微笑みながら、ジュディスに勧めた。

ジュディス「あら、いいのかしら。ご一緒させてもらっても」

エステルはどうです?とカロルを見る。

カロル「ギルドは掟を守ることが一番大事なんだ。その掟を破ると厳しい処罰を受ける。例えそれが友達でも、兄弟でも。それがギルドの誇りなんだ。だから掟に誓いを立てずには加入は出来ないんだよ」

少年は先輩の顔で皆に話した。

エステル「カロルのギルドの掟は何なんです?」

エステルは首を傾げる。まだ考えていなかったのかカロルはえっと……と言葉を詰まらせた。そんなカロル様子にユーリが助け舟を出す。

ユーリ「お互いに助け合う、ギルドのことを考えて行動する。人として正しい行動をする、それに背けばお仕置だな」

エステル「ひとりはギルドのために、ギルドはひとりのために。義をもって事を成せ、不義には罰を、ってことですね」

ユーリの言葉をそれらしい言葉にエステルは置き換える。

レナ「掟に反しない限りは、個々の意志は尊重する」

ユーリの言葉を借りて少女は続けた。

カロル「ひとりはギルドのために、ギルドはひとりのため……う、うん!そう!それがボクたちの掟!」

少年はそっと呟くと、顔をパッと輝かせた。

ジュディス「今からは私の掟でもある、ということね」

話を聞いていたジュディスが確認をとる。

ユーリ「そんな簡単に決めていいのか?」

ジュディス「ええ。気に入ったわ。ひとりはギルドのため……いいわね」

ジュディスの様子にカロルが期待を込めるようにじゃあ……と促す。

ジュディス「掟を守る誓いを立てるわ。私と……あなたたちのために」

ラピードも誓うと言わんばかりにユーリに近寄る。

ユーリ「あんたの相棒はどうすんだ?」

ラピードが来て思い出したのかユーリはジュディスを見る。

ジュディス「心配してくれてありがとう。でも、平気よ、彼なら」

ユーリとジュディスの会話に、カロルが相棒って?と口を挟む。

ジュディス「前に一緒に旅をしてた友達よ」

彼女はニコリと笑ってカロルの質問に答えた。

カロル「へぇ、そんな人がいたんだね。じゃあ今日からボクらがジュディスの相棒だね」

嬉しそうな少年の声に、ジュディスはよろしくお願いねと言った。カロルはよろしく!と返し、ラピードが続けてワン!とひと鳴きした。そんな中、エステルは俯き悩んでいるようだった。そんな彼女を見かねてかユーリは今日はもう休むかと皆にすすめた。皆それに頷いて、各々で身を休める。

 

 レナはなんとなく眠れなくて、どこか落ち着ける場所に行こうと歩く。ふと、レナが来た場所より、離れたところの岩にエステルが座っているのが見えた。

レナ(珍しい。いつもはもう寝ている時間だよね。今日は遅くまで起きてるなんて、あの魔物に言われたことを気にしているのかも)

 どこか考え事をしているエステルに、ユーリが近寄った。エステルはユーリに気づいて立ち上がる。二人はレナには気づいていないみたいだった。さすがにじっと見ていては邪魔してしまうだろうと考えたレナは空を見上げる。静かな夜、エステルとユーリの会話は聞くつもりはなくてもレナには聞こえていた。

ユーリ「よう、寝ないのか?」

エステル「ええ……。それよりどうかしました?」

彼女は首を傾げた。

ユーリ「いや、これからどうするつもりかと思ってな」

エステル「そうですね……。旅を続けられると思ってなかったし……考え中です。ユーリはギルドがんばるんですよね」

ユーリ「ボチボチって言いたいところだけど、フレンにも格好つけちまったしな」

エステル「カロルもうれしそうです。少しうらやましい」

ユーリ「おっと、お姫様もギルドに入りたくなったか」

うらやましいと寂しそうに零した彼女にユーリは少しからかう。

エステル「入れてくださいって言ったら……入れてくれます?」

ユーリ「ちゃんと考えて決めたんなら、止めやしないぜ」

エステル「そうですね、ちゃんと考えなきゃ……わたしも」

肩に力が入っている彼女の様子に、ユーリは考えすぎてもダメだけどとニヤッと笑って釘を刺す。そんなユーリに、エステルは自然とふふふと笑っていた。ユーリは笑顔になったエステルに安心したのか見回りに戻った。

エステル「わたしの決める……」

彼女はそう呟いて空を見上げた。

 

 レナはまだ眠れそうにないなと、また別の場所に静かに歩いた。焚き火の近くを通りかかろうとした時、ちょうどユーリとカロルが話していた。

レナ(……しまった。またかぶった)

レナはなんだか気まずくて思わず木に身を隠した。

ユーリ「なんだ、寝てないのか」

と言って少年の隣に、腰を下ろす。

カロル「うん、ギルドの名前考えてたんだ。格好いいの考えるよ」

楽しそうに自信満々の顔をしている。ユーリはその顔を見て、ああ、任せたと笑った。ユーリと、ふと少年がしずかに呼ぶ。呼ばれた彼はん?と返事をした。

カロル「よく考えたらボクらも誓いを立てずにギルド作っちゃってたね」

ユーリ「まぁ、さっきちゃんとしたから良いだろ」

そう返されて、少年は頷いた。

すこし間が空いて、またカロルはユーリの名を呼ぶ。ユーリはなんだよと返した。

カロル「あの掟、誰かに聞いたりしないで自分で考えたの?」

ユーリ「ああ、なんなまずかったか?」

カロル「ううん、ボクも同じ掟を考えてたから。……ボク、ユーリとギルド作れてホントうれしいよ」

少年は改めてそう言うとニコリと笑う。

ユーリ「はっは、なんだ、気持ち悪いな」

えーと少年は照れくさそうにしたあと、あっ!と声を上げて立ち上がる。ユーリは驚きながらつられて立ち上がった。

カロル「名前思いついた!」

これまた嬉しそうにユーリに伝える。

カロル「勇気凛々胸いっぱい団!」

レナ(……それはちょっと、恥ずかしくない?)

聞き耳を立てていた少女は心の内でつっこむ。

ユーリ「はっはっは。カロル先生らしいな、んじゃそれでいくか」

カロルは元気よくうん!と返事した。んじゃもう寝ろよとユーリは声をかけて、その場を後にする。なんだか面白くなってきたレナはバレないようにユーリの後を着いていくことにした。

 

 次にジュディスの方へユーリは歩いた。足音で気づいたジュディスはユーリの方へ振り返るとご苦労さまと声をかける。ユーリはなにがたよと返した。

ジュディス「寝ずの見張り番、でしょ?」

ユーリ「そんなんじゃねぇよ」

そっぽ向いて答える彼にジュディスは素直じゃないのねと不服そうに言った。言われたユーリはあんたもなと言い返す。

ジュディス「おかしいわね。自分では素直だと思うけれど」

ユーリ「よく言うぜ、ギルドに入ったホントの理由を言わないくせに」

ジュディス「ホントに気に入ったからよ」

頑なな彼女に、それだけか?とユーリが聞けば、違うわと答えて続けた。

ジュディス「掟に反しない限りは、個々の意志は尊重、でしょう?安心して、掟は守るわ。必ず、私なりに」

ユーリ「そっか……わかった。ま、近いうちに本当のところ、聞かせてもらうぜ。……ダングレストに居たのは偶然か?」

ジュディス「そうね、それは本当。素敵なことに」

素敵ね……とユーリが呟く。そんな彼にご苦労さまとジュディスは言った。ユーリはジュディスに振り向くと、見張りか?と聞いた。彼女は私の相手と強かな笑顔をした。

ユーリは、程々にななんて言いながらその場から離れた。

焚き火の方に戻ろうとユーリが歩きだすのをレナは見送る。少女はついて行くのをやめて適当な場所で星を見ることにした。

 

レナ(……私は、この世界に連れてこられた者。連れてこられた理由は分からない。そして、あの魔物……ううんフェローは、憐れだと言った。なんだか、別の意味を含んでいそうで、気になる。胸の中が、ザワザワして変な感じ)

ボーッと空を見上げて思考し、それから下を向いてフーっと少女はため息をつく。土がズレる音がして、レナが視線を向ければユーリが居た。

レナ「……ユーリ」

名を呼べば、ユーリはまだ寝てなかったのか?と言いながらレナの元に行く。

レナ「まぁね、なんだか寝れなくて」

ユーリ「寝ないと明日、つらいんじゃねぇか」

少女はうんと頷くが、素直に寝る様子は無い。

ユーリ「……そういや、あの夜、なんて言ったんだ?」

唐突な質問に、少女は内心戸惑う。

レナ(掘り返してきた……あの夜ってラゴウのだよね)

レナ「大したことじゃないよ」

気になるじゃねぇかという顔をしてユーリはレナを見る。

しょうがないと少女は小さく息を吐いて、口を開いた。

レナ「……もし、わたしが、エステルと同い年だって言ったらどうする?って、言ったの。ね、くだらないでしょ?」

少女は、少し眉を下げて微笑む。対してユーリは、腑に落ちた顔をしていた。

ユーリ「なるほどな、おまえが随分しっかりしてて大人びているのもそれで説明はつくな」

まさか本気にされるなんて思ってなかった少女は、ビックリしていた。

レナ「くだらない冗談……だと、思わないの?」

ユーリ「そういう顔するやつは大体、ホントのこと言ってる場合が多いからな」

そう言われて少女は思い返す。

レナ(そういえばハルルの時、カロルの言葉を誰も信じてくれない人ばかりだったのに、彼は違った。真っ直ぐに信じた、そういう人だった)

レナ「……そっか」

ユーリ「ああ……さて、月もだいぶ傾いてきたし、寝た方がいいぞ」

レナ「うん、おやすみ、ユーリ」

ああ、おやすみと彼からの返事を聞いてから少女は、寝れる場所に進み横になった。

レナ(……受け入れてくれるなんて、思いもしなかったな。だって体は十なのに、中身は十八なんて、虚言だと言われても仕方ないのに)

 

―翌朝

 

 それぞれ体の疲れを癒し、次の目的について話していた。

カロル「せっかくギルド、立ち上げたんだし、何か仕事したいね」

嬉々とした表情でユーリを見上げるカロル。二人をニコニコしながら見守るレナ。

ユーリ「そう慌てるなって……エステルはこれからどうするつもりなんだ?」

カロルを抑えつつ、ユーリはエステルに方を見る。

エステルは俯き、ふっと口を噤む。考えるように少しの間があいて、口を開いた。

エステル「わたしは、あのしゃべる魔物を探そうと思います。狙われたのがわたしなら、その理由を知りたいんです」

覚悟の灯った瞳で、エステルはグッと両手を胸に握る。

ユーリ「理由がわからないとおちおち昼寝もできないか」

カロル「でも……見つかる?どこにいるかわからない化け物なんて……」

ユーリ「化け物情報はカロル担当だろう」

カロル「いくらボクでもあんなの初めてだもん。わかんないよ~」

カロルは困ったような顔でユーリを見る。

ジュディス「化け物ではなくて、あの子はフェロー」

急に口を開いたジュディスにみんな振り返る。エステルは口に手を当て知っているんですか?と驚いていた。急に注目を浴びたジュディスは、横をむく。

ジュディス「前に友達と旅をした時に見たの。友達が彼の名前を知っていたわ」

カロル「一緒に旅をしてたって人?その人、なんでそんなの知ってたの?」

ジュディスは何も言わない。

エステル「見たってどこでですか?」

ジュディス「デズエール大陸にあるコゴール砂漠で、よ」

ジュディスはエステルの方を向いてそう答えた。

エステル「このトルビキア大陸の南西の大陸ですね」

デズエール大陸……砂漠……と彼女は本で読んだ知識を頭の中で探る。

ユーリ「ただ見たってだけでほいほい行くようなとこじゃないぞ。砂漠は」

ユーリの言葉にカロルはそうだよねぇと呟く。

 なにか思い出したのか、もしかしてあのおとぎ話の……とエステルが囁いた。聞いていたカロルがおとぎ話?とエステルに聞く。

エステル「お城で読んだことがあります。コゴール砂漠に住む、言葉をしゃべる魔物の物語を」

カロル「でも、いくらでもあるじゃん、そんな話。ほら、海の中から語り掛けてくる魔物の話とか」

話を聞いていたジュディスがそれはきっと逆ねと差し込む。カロルは逆?と首を傾げた。

ジュディス「そのままそういうお話になったのよ、彼らのことが」

エステル「火のないところに煙は立たない、ですね」

ジュディスは首を縦に振った。

レナ「それで、フェローがいる場所にエステル一人で行くつもりなの?」

一人は危ないんじゃ?と心配そうな顔をして少女はエステルを見た。エステルは、え?あの……と戸惑ったようにレナとカロルとユーリを見る。

ユーリ「やれやれ。こりゃ護衛役続けとかねぇとマジで一人でもいっちまいそうだ。なぁ、これ、ギルドの初仕事にしようぜ」

いいことを思いついたという口調でユーリはカロルに提案した。

カロル「そっか!ここでエステル一人で行かせたらギルドの掟に反するよね」

そういうことねとジュディスは賛同する。レナも首を縦に振った。

カロル「……でも、仕事にするなら、エステルから報酬をもらわないと」

レナ「別にいいんじゃない、お金なんて」

カロル「ダメダメ、ギルドの運営にお金は大切なんだから」

エステル「あ、あの……わたし、今、持ち合わせがないです……」

彼女は申し訳なさそうに肩をくすめる。

ジュディス「だったら、報酬は、あとで考えても良いんじゃない?」

腕を組み、こめかみに手を当てて考えたジュディスはそう提案する。

エステル「報酬、必ず払います。だから一緒に行きましょう!」

彼女はずいっと体を前に出し、ユーリ達にお願いする。ユーリは頷き、んじゃ決まりだなとにっと笑った。

 エステルは空を見上げていた。その表情はすごく嬉しそうだった。

カロル「よーし!じゃあ勇気凛々胸いっぱい団出発!」

片腕を上にあげて気合を入れるカロル。唐突な名前にエステルとレナはえっ、と驚く。

エステル「ちょっ、それなんです?」

カロル「え?ギルド名だよ」

レナ「……悪いけどカロル、そのネーミングセンスはちょっと」

少女は若干引いている。子供らしいセンスだが、名乗るのは恥ずかしい。

エステル「それじゃだめです!名乗りをあげるときに、すばっと言いやすくないと!」

長い名前は言いにくいと、エステルは指摘する。指摘されたカロルはそ、そうなの?と言うとじゃあ……と考え出す。エステルも少し考えて、思いついた顔をした。

エステル「凜々の明星(ブレイブヴェスペリア)なんてどうです?夜空にあって、最も強い光を放つ星……」

レナ(さすがエステルっ。何度聞いても綺麗な名前ね)

カロル「1番の星か、格好いいね!」

ユーリ「凜々の明星(ブレイブヴェスペリア)……ね。気に入った、それにしようぜ」

ユーリも頷き、レナもいいと思うと首を縦に振る。

カロル「大決定!じゃあ早速トリム港に行って船を調達しよう!デズエール大陸まで船旅だ!」

少年は気合いの入った声を出す。

ユーリ「ヘリオードで休むのはもう良いのか?」

カロルを気遣うユーリに、カロルはもうへっちゃらだよ!と元気に返した。

ユーリ「どっちにしろ、ヘリオード通んないとトリム港にゃ行けないけどな」

ヘリオードと聞いて、エステルが思い出したように口を開いた。

エステル「ヘリオードと言えば、魔導器(ブラスティア)の暴走の後、街がどうなったのか気になります」

ユーリはたしかにありゃ凄かったからなと呟く。

レナ「確かにあの後、住民たちは大丈夫だったのかな」

カロル「んじゃ、ちょっと街の様子だけでも見ていく?」

エステルはええ、と頷いた。

ユーリ「んじゃまずはヘリオード、そのあとトリム港から船でデズエール大陸だな」

ユーリはみんなに確認を取るようにまとめた。

カロル「じゃあ改めて……凜々の明星(ブレイブヴェスペリア)、出発!」

カロルは元気よく片腕を天に伸ばした。そんなカロルに答えるように、ワン!とラピードが鳴いた。

ユーリ達一行は、ヘリオードへと歩を進めた。

 

―新興都市 ヘリオード

 

 ヘリオードに着く頃には日は落ち、夜になっていた。

以前よりも人通りが少なく、歩いているのはほんの僅かな商人や旅行客たちだけみたいだった。

エステル「なんだか……以前より閑散としてません?」

辺りを見渡しながら彼女は不思議そうに言った。

ユーリ「ああ、なんか人が少なくなった気がするな」

レナ「やっぱり?私もそう思ってたんだよね」

カロル「そう言えば、あれかなぁ……」

カロルはなにか心当たりがあるようだ。

ジュディス「あら?どうしたの?」

カロル「ダングレストで聞いたんだけど、街の建設の仕事がキツくて、逃げ出す人が増えてるんだって。本当か嘘か知らないけどさ」

ユーリ「ふーん……そんなことが……」

ほっとけない……とユーリがエステルの方を見て言う。エステルは驚いたようにえ?とユーリに方を向いた。ジュディスがユーリの言葉に、って顔をしてるわねと続けた。

レナ「じゃあ、まずは宿屋に行って作戦会議ね。魔導器(ブラスティア)の様子も見に行かないとだし」

ユーリ「だな、エステルのほっとけない病も出ちまったし」

エステル「だって、ほっとけないじゃないですか」

訴えるように言った彼女に、分かってるってとユーリは返す。

カロル「じゃあ、いこう!宿屋に出発~」

カロルは元気よくそう言うと、宿屋に走っていく。

ジュディスがその様子に張り切ってるわと笑う。

エステル「ユーリとギルドを作れたのがホントにうれしいんですね」

エステルは優しい眼差しを走っていったカロルの方へ向けた。

ユーリ「別に、カロルのために作ったんじゃないけどな」

ジュディス「でも無関係ってわけでもないのでしょう?あなたにとって」

さぁてなとユーリは誤魔化す。

ユーリ「ほら、オレたちもさっさと宿屋に行こうぜ」

そう言われてエステルとジュディス、レナ達はユーリと共にカロルを追いかけるように宿屋に向かった。

 

―宿屋

 

 大きな部屋を一室借りて、二つのベッドをカロルとエステルで使いすぐに寝てしまい、ソファーにユーリ、適当な場所にレナが居た。ユーリとレナは眠れないのかそれとも別の目的があってか、水が流れる音を聞きながら起きていた。ふと、どこかのドアが開く音がして、誰かが走っていくような足音が廊下に響いた。ユーリとレナはドアの方に視線だけを向ける。ユーリがオレもほっとけない病だなと呟き、ソファーから起き上がると外へ出る。少し遅れてみなを起こさないようにレナもその後に続いた。宿屋の玄関のところでレナはユーリと合流する。

ユーリ「!……レナ、お前起きてたのか」

レナ「昨日に続いて眠くなくて」

ユーリ「……倒れるなよ」

レナ「それはユーリにも言えることでしょ。昨日、ほとんど寝てないんでしょ」

ユーリはバツが悪そうにそっぽを向いた。

レナ「とりあえず、外行こうよ」

ああとユーリは返事をして、レナと共に外に出る。橋の方に行けばジュディスが居た。

ユーリ「夜の散歩か?」

ユーリはジュディスの傍により近くの橋の塀に体を預けた。レナはユーリの隣に立つ。

ジュディス「故郷に似てるわ。この景色」

彼女はどこか懐かしむような目をしていた。

ユーリ「へぇ……じゃあ、ジュディの故郷はキレイなとこなんだな」

ジュディス「ただ高いところにあって見晴らしがいいってだけ。高いところは嫌いじゃないけれど」

ユーリ「ふーん……あんな魔物に乗ってたのもだからか」

魔物と言ったユーリにレナが服の袖を思いっきりグイッと引っ張った。

ユーリ「ちょっ、なんだよ、レナ」

レナ「……ユーリ、魔物じゃないよ。ジュディスの相棒なんだから」

ジュディス「そうね、魔物じゃなくて彼はバウル」

少し怒ったような声で彼女は、訂正した。

ジュディス「それに空が泳げるからというわけでもないわ。一緒だったのは彼が戦争から救ってくれたから」

ユーリ「戦争?帝国とギルドのか?」

レナ(……違う、多分人魔戦争の事だよね)

ジュディス「いつだって、この世界は戦争だらけ」

彼女は遠くを見つめながらそう呟いた。少しの間を開けてユーリがそうだなと頷く。

ユーリ「前にこの街で、エステルを襲ったの、ジュディだよな?」

ジュディス「目ざといのね。狙いが誰だったかわかるなんて」

ユーリ「そういう性分でね」

ジュディスはそれっきり黙ってしまった。

ユーリ「フェローってのも、エステルを狙ってた。なんか関係あんのか?バウルって相棒と」

レナ(……それは、エステルが、満月の子だから)

レナは知っているがここで言えばストーリーが変わるかもしれないと思い言えないまま、ジュディスとユーリから視線を外した。ジュディスは頭に手を当てて考える仕草をするがすぐに、上手く説明出来そうにないわと返した。

ユーリ「否定はしないんだな。狙ったこと」

嘘は得意じゃないのとジュディスは眉をひそめて言った。

ユーリ「……わかった。もう聞かねぇよ。でも、またエステルを狙うようなら……」

ユーリが纏う雰囲気がピリつく。

ジュディス「心配しないで、もうそんなことはしない。保証するわ」

彼女はユーリの目を真っ直ぐ見つめる。ユーリはまだ信用出来ないようで本当か?と問う。

ジュディス「どう言えば、信用してもらえるかしら?」

ユーリ「嘘は得意じゃないんだっけ。……まぁ、言ってねぇことがあんのは、オレもおんなじだしな……」

彼はそう言うと宿屋に戻って行った。

 

ジュディス「あなたは、戻らないの?」

ジュディスは突っ立っているレナに話しかける。

レナ「え?あぁ、うん。もうちょっとだけ外の空気吸おうかなって」

そう……とジュディスは返した。少しの間、沈黙が流れる。ジュディスがねぇとレナに話しかける。

ジュディス「あなたは……彼の事も、彼女の事も分かっていて、そこにいるのよね。それは、どうして?」

そう問われて少女は考える。

レナ「どうして……か。考えたことなかったかも。だってユーリは私の命の恩人みたいなもので、エステルは守りたいと思った人だから。もちろん、ジュディスもカロルやラピードもそう」

少女はニコリと微笑みを浮かべてジュディスの瞳を真っ直ぐに見て答えた。

ジュディス「そう。あなたも救われた側なのね……私は、まだ話してないことがあるわよ。それでも守りたいと思うのかしら?」

目を細めて薄く笑いながら彼女は少女を試す。

レナ「思うよ。私だって、秘密ぐらいあるよ。誰かに話してしまったら嫌われてしまうかもしれないほどの……ね。」

考える間もなく少女は答えた。ちょうど月光が少女の背を照らし表情がジュディスからは読み取れなくなる。しかし答えたその声は確かにしっかりとした意志を持ち、覚悟があった。ジュディスはすぐに答えた少女に、目を見開いてすぐに微笑んだ。

ジュディス「ありがとう。強い子ね、あなた」

レナ「強い子じゃないよ私。それとちょっと気になってたんだけど、あなたじゃなくて、レナって言って欲しいかな」

少女は眉を下げて困ったような微笑みをして首を傾げた。

ジュディス「ふふっ……ええ分かったわ、レナ」

案外子供らしい所もあるものねと心のうちで思いながらジュディスは笑った。

レナ「ふぁ~あ……ごめん、眠くなってきたから、宿屋に戻るね」

少女は欠伸をすると、ジュディスに一言断りをいれて宿屋に帰って行った。

 ジュディスはええと眠そうな少女に返して、空を見上げる。

ジュディス「おかしな人達ね」

そう呟いた彼女の声はどこか楽しそうだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

労働者キャンプ

―翌日

 

 宿屋のチェックアウトの手続きをエステルがしていた。ユーリ達は少し離れた玄関ホールでエステルを待っている。手続きが終わったのだろう、エステルがユーリ達の方に振り向いた。

エステル「とりあえず、街の様子を見て回りましょう」

カロル「暴走した魔導器(ブラスティア)も見に行かなきゃだね」

二人の提案に、皆は頷き街の様子を見ながら、魔導器(ブラスティア)の方へ向かった。

 

 魔導器(ブラスティア)の方に着くと、異常はもう見られず安定はしているようだ。

エステル「周囲の異変もおさまってますね」

カロル「うん、あの後は暴走とかしてないみたいだ」

二人は魔導器(ブラスティア)に近づいて見ている。ユーリが見たことある顔に気づき呟く。

ユーリ「あれ、あいつら、ノール港で会った……」

エステルとカロル、レナはそれを聞いてユーリの視線に合わせた。そこに居たのは、ノール港で救った家族が居た。

ポリー「あの時のお姉ちゃん!」

男の子も気づいたようで嬉しそうに声を上げて、エステルに駆け寄る。エステルも嬉しそうにポリーを抱きとめる。お元気でしたか?とエステルは嬉しげに問うと、ポリーは元気よく頷いて見せた。事情を知らないジュディスがエステルに近づき、どちら様?と聞いた。

カロル「前に助けたんだよ、ノール港で」

エステルの代わりにカロルがジュディスに答えた。

ケラス「あのときは、本当にありがとうございました」

彼女は手を合わせて頭を下げた。父親の姿が見えないことに気づいたエステルはポリーに聞く。

エステル「お父さんは、一緒じゃないの?」

その言葉にポリーはすごく悲しそうに俯く。何かあったことはすぐに分かった。

ケラス「それが、ティグルの……夫の行方は、三日前からわからなくて……」

心配でたまらないという表情と声で母親は答えた。

カロルがユーリに、あの噂、ホントっぽいよ……と囁く。

ユーリはそれに頷くと、ケラスに心当たりは無いのか?と聞いた。

ケラス「はい……。いなくなる前の晩も、貴族になるためがんばろうと……」

エステル「貴族にってどういうことです?」

ケラス「この街が完成すれば、私たち、貴族としてここに住めるんです」

エステルはその言葉に首を傾げた。

エステル「え?それ、ちょっとおかしいです」

おかしいと言われ今度はケラスがえ?と首を傾げた。

エステル「貴族の位は帝国に対する功績を挙げ、皇帝陛下の信認を得ることの出来た者に与えられるものである、です」

エステルの説明を聞いたケラスは動揺する。

ケラス「で、ですが、キュモール様は約束してくださいました!貴族として迎えると!」

レナ(キュモール……?確か、カルボグラムでルブランに怒られたやつだったっけ)

エステル「キュモールって……騎士団の?」

ケラス「はい。この街の現執政官代行です」

レナ(……うわぁお、あの後そうなるんだっけ?存在感薄くて忘れたよ)

ユーリはキュモールがねぇ……と呟く。

カロル「けどさ、今皇帝の椅子は空っぽなんだし、やっぱり、おかしいよ」

エステル達の話を聞いていたカロルは指摘した。

ケラス「そんな……じゃあ、私たちの努力はいったい。それに、ティグルは……」

ケラスはエステル達の話を聞いて顔を俯かせてしまった。

ポリーが、お父さん、帰ってこないの……?と眉を下げてエステルを見上げた。エステルはそんなポリーをみて胸を痛める。どうにかしてあげたいと、ユーリを見た。ユーリはギルドで引き受けられないかってんだろとエステルの言いたいことを代わりに言うと、首領(ボス)であるカロルに決定権を委ねた。

エステル「報酬はわたしが後で一緒に払いますから」

エステルとユーリに見つめられるカロルは戸惑ったように二人の顔を交互に見る。選択を迫られたカロルは言葉に詰まりながらも、ギルドで引き受ける許可を出した。

 ケラスがえ?ですが……と、本当にいいのかと不安そうな顔をする。そんなケラスを遮ってジュディスは、次の仕事は人探しねとカロルに確認をとる。

ユーリ「ま、キュモールがバカやってんなら、一発殴って止めねぇとな」

レナ「だね。一度、お灸を据えないと」

急に物騒なことを言うユーリとそれに同意するレナにカロルは驚いて体を後ろに引いた。

エステル「はい。騎士団は民衆を守るためにいるんですから」

やる気満々のユーリとエステルとレナに、行動は慎重にねとカロルは念押しした。

カロル「騎士団に睨まれたら、ボクらみたいな小さなギルド、簡単に潰されちゃうよ」

あとから理由も説明して、カロルは再度忠告した。ユーリは了解と頷く。

エステル「わたしたちがきっとお父さんを見つけます。待っててね」

エステルはポリーにニコリと微笑んだ。そういう訳だ。引き受けたよとユーリはケラスに伝える。ケラスはありがとう、ありがとうございます!とユーリ達に感謝した。

 

ユーリ「んじゃ、さくっと探ってみるか」

レナは辺りを見渡すと、明らかに怪しいところがある。ジュディスも目をつけていたようだ。

ジュディス「あそこの先なんてとても怪しいわよ」

ジュディスが指を差したのは、立ち入り禁止と札があり一人の騎士が見張りをしていた。

ユーリ「ああ、立ち入り禁止で部外者が入れないってのがいかにもだな」

エステル「なんとか入れないでしょうか……」

カロル「し、慎重に、を忘れないでよ」

何をしでかすか分からないとカロルは主にユーリを見て言った。多分、大丈夫よ首領(ボス)と、レナはカロルの肩に手を置いた。とりあえず、普通に行けないか聞くことにして、ユーリが聞きに行くことになった。ユーリ以外のみんなは、少し離れたところで待機だ。

 ユーリは見張りの騎士に声をかけた。レナやエステル達はそれを見守っている。

ユーリ「ちょっと、この先に行きたいんだけど」

騎士「ダメだダメだ。この先にある労働者キャンプは危険だからな」

ふーん……とユーリは昇降機を見る。ユーリは一旦皆の元に戻った。帰ってきたユーリを見てカロルはホッとする。

カロル「よかった……ユーリのことだから、強行突破しちゃうかと思った……」

ユーリ「慎重に、が首領(ボス)の命令だったからな」

レナ「聞いても行けないんじゃ、どうやって通るの?」

考えが出ないユーリはチラリとジュディスに視線を送る。

ジュディス「やはり強行突破が単純で効果が高いと思うけれど」

それは禁止だよ!とカロルが拒否する。

カロル「とにかく見張りを連れ出せればいいんだよ」

エステルがそれにどうやってです?とカロルに聞く。ちょっと考えてから、色仕掛けとか?とカロルは言った。じゃあ……とユーリが口を開き、レナを指名した。指名されたレナは、え?わたし……?と驚いた顔していた。

ユーリ「意外といけるかもしれねぇぜ?」

レナ「え……えっと、やれってんならやるけど……」

少女は戸惑いながら、ユーリが言うならと了承する。

ジュディス「じゃ、何か素敵なお召し物を探しにお店に行きましょう」

ジュディスの提案で、エステル達はレナを連れてお店に向かった。

ジュディス「意外な趣味ね」

ユーリ「オレの趣味じゃねぇよ。あいつ顔整ってるし、子どもだし、か弱いイメージを持たれやすいからと思ったんだよ」

ふーん、まぁ確かにねとジュディスは同意し、ユーリと共にエステル達の後を追った。

 

ジュディス「どんな男の子もイチコロになっちゃうような服ってないかしら?」

お店に着いて早々にジュディスが店主に聞いた。

店主「イチコロって……その女の子が着るの?」

それにジュディスがええと答える。店主は商品の中からゴソゴソと手を動かし、じゃあこれはどうかな?とエステル達に見せた。エステルは綺麗な衣装に素敵です!と目をキラキラさせて言った。それに、ユーリとジュディスがダメだと却下した。カロルはダメなの?と首を傾げた。

レナ(色仕掛けするから……ね、うん)

エステルは、これもカワイイのに……と残念そうにしている。

ジュディス「それだったら、今着てる服の方がいいわ」

レナは、もうどうにでもなれといった感じだ。

 あっ、とエステルが何か思いついたようで店主に相談する。店主はその相談にそうだねぇと考え、作るのに必要な素材をエステルに伝えた。柔らかい尻尾、バジリスクのうろこ、小型鳥の羽毛がいるらしい。因みに、この周辺にいる魔物からドロップするそうだ。エステルは、行きましょう!と気合いの入った声でお店から出ていく。ユーリはなんか面倒なことになってきたな……と、やれやれと言った感じだ。

レナ(……なんでだろう、エステルがすごいウキウキしてる)

 エステルは来ないユーリ達に、ほら早く!と急かした。

ジュディスは張り切ってるわねと呟いた。ユーリはだなと同意した。エステルを追いかけ、ユーリ達は街の外に行くと魔物を倒し素材を集め、先程の店に戻った。

 

 戻ってきたユーリ達をみて、おっ持ってきたなと店主が声をかけた。集めた素材を店主に渡し、すぐ作るからまってなとユーリ達に声をかけると作業に取り掛かった。

しばらくして店主から出来たぞと声がかかり、レナは早速、衣装を受け取って着替えた。

 着替えたレナは、ユーリ達の前でくるりと一周してみせる。エステルが考えたデザインは淡いピンクを基調にした服で、普段のレナのいつもの服よりもフリルが使われふわふわ感が増している。スカートは膝よりも少し上で、フリルの付いたハイニーソックス、白色のレースブーツシンプルを履いてな感じから甘めの所謂、ロリータ系の感じになっていた。メイクは大人っぽく、赤い口紅がひかれており少女はミステリアスな雰囲気をまとっていた。

レナ「どうかな?似合ってる?」

ユーリ「……意外といけるかもしんねぇな……」

エステル「バッチリです!レナ!絶対似合うっても思ってたんですっ」

カロル「うん、可愛いと思うよレナ」

ジュディス「こういう服を着ると、本当にお人形さんみたいね」

ユーリ「んじゃ、見張りの所へ行くか」

こくりとレナは頷いた。

レナ(……多分、大丈夫だよね)

少しの不安を抱えながら少女とユーリ達は見張りの元へ行くのだった。

 予定通りレナが騎士に声をかけ、他の者達は離れた場所で見守っている。騎士は、お人形のような少女に目を奪われつつあった。

レナ「あの、私と、あちらで、お話しませんか?」

少女は騎士にこりと微笑みを作り、緊張を感じさせない演技をする。

騎士「い……いえ、持ち場を離れる訳にはいきません」

ギリギリ誘惑に負けずに断る騎士。

レナ「少しくらい息抜きしたって、誰も文句は言わないわ」

騎士「しかし……」

意外に頑なな騎士に、レナは考える。

レナ(……しょうがない。本当はすごい嫌だけど、やるか)

少女は、スカートの裾を少しずつたくし上げ、下着が見えないギリギリまで太ももを覗かせた。月明かりに照らされた素肌に、な、なにをっと戸惑いながらも騎士は釘付けになる。

レナ「素敵な夜だもの、無粋な輩は出ないわ。……ね、私と、イイコト、しましょう?」

齢十歳とは思えないほどの妖艶な声、人形のような顔立ち、紅をひいた唇を三日月の形してさらに色気を引き立たせる。

騎士「そ、そうですね。分かりました」

ゴクリと騎士は喉を鳴らす。

レナ「ふふっ、ありがとう、騎士様。では、こちらに……」

ふんわりと魔導器(ブラスティア)の方へ振り返り、騎士を見上げる。騎士は素直に少女に着いて行った。ぐるりと魔導器(ブラスティア)を周りを歩き、ユーリ達の所へ誘導する。そして、騎士はユーリとジュディスの手によってボコボコにされた。

カロル「……結局、最終的には殴り倒すんだね」

ユーリ「これ以上はレナには無理だろ」

レナ「そう……ね。この先のやり方は知らないから」

この先も求められていたら……と少女は考えて、身体を震わせる。

ジュディス「でも、あんな大胆なことするなんてびっくりしたわ」

エステル「そうです見ててヒヤヒヤしました」

レナ「そうしないと誘導できなさそうだったから」

ユーリ「……さて、着替えて、こいつを預けに行くぞ」

皆頷いて、騎士を引渡し、少女はいつもの服に着替えた。

 騎士の身につけていた鎧などを取ると、ジュディスは次はコレとユーリを見た。カロルは何をする気?と訝しげな顔をする。

ジュディス「騎士の格好をしてた方が動きやすいでしょ」

オレがか?とユーリは不思議そうにする。それを見て、カロルでもいいわよと兜をジュディスはカロルの方へ向ける。え、ボ、ボク?と体をのけぞらせてカロルはビックリしていた。

ユーリ「しょうがねぇな、オレがやるわ。にしても、よりによって騎士かよ」

ユーリは服の上から騎士の鎧を身に纏った。

ユーリ「ま、この方がごまかしきくからいっか」

っと言ったところで、後ろから騎士が一人走ってくる。おい!声をかけ、こんな所で何をしているとユーリを怒った。ユーリはどうした?と騎士にきけば、詰所が大変なことになっているんだぞ!と言う。どうやら捕まえていた魔導士が暴れているらしく、騎士と共にユーリは駆けて行った。レナ達は慌ててユーリを追いかけた。

 

―労働者キャンプ

 

 ユーリを追いかけて来て見れば、床一面に倒れている十人程の騎士達と、リタが居た。リタが新しく魔術を発動しようとしているのを、ユーリが羽交い締めにする。

リタ「は、はなしてよっ!」

暴れるリタに、ユーリは落ち着けオレだ、オレと声をかける。

リタ「……ユーリ……?」

聞き覚えのある声にリタは大人しくなった。

エステル「だ、大丈夫ですか!?」

倒れている騎士にエステルが声をかけながら駆け寄る。よく知る親友もいて驚いていた。ひとまず、興奮しているリタを広場まで連れ出す。エステルは後ろを見ながら追っ手が居ない確認する。

エステル「落ち着きました?」

リタ「ええ……」

先程から降り出した雨が、血が上ったリタの頭を冷やしてくれているようだ。

レナ「リタはどうしてここにいたの?」

リタはユーリ達に背を向けて、答える。

リタ「ここの魔導器(ブラスティア)が気になったから調査の前に見てこおうと思って寄ったの」

ユーリ「で、余計なことに首を突っ込んだと。面倒な性格してんな」

エステル「一体、何に首を突っ込んだんですか?」

リタ「夜中こっそりと労働者キャンプに魔導器(ブラスティア)が運び込まれていたのよ。その時点でもう怪しいでしょ?」

レナ(……確かに怪しいけれど、無茶するわね)

ユーリ「それでまさか、こそこそ調べまわってて捕まったってわけか」

リタは首を横に振り、違うわ、忍び込んだのよとユーリの言葉を否定した。カロルが、で捕まったんだと続けた。

リタ「だって、怪しい使い方されようとしてる魔導器(ブラスティア)ほっとけなかったから。そしたら、街の人が騎士に脅されて無理矢理働かされててさ」

リタの話に、皆が顔を見合せた。それは、噂と一致している部分があったからだ。

カロル「じゃあティグルさんもそこで働かされてるんだろうね」

エステル「こんなの絶対に許せません」彼女は憤る。

レナ「それで、リタが見た魔導器(ブラスティア)って?」

リタ「兵装魔導器(ボブローブラスティア)だった。かき集めて戦う準備してるみたいよ」

カロル「まさか……またダングレストを攻めるつもりなんじゃ!」

カロルは少し考えて、慌てたように言った。

エステル「でもどうして?友好協定が結ばれるって言うのに……」

彼女は、疑問をうかべる。

レナ「……それは、戦争を起こして、武器が売れるようにするため」

少女は、どこか虚ろな瞳でボソリと言う。エステルが驚いた顔をして少女を見た。

エステル「どういうことです?」

レナ「……えっ?わたし、今なにか言ってた?」

少女の瞳に光が戻り、エステルを見る。ハッとした表情をしており、自分が何を言ったのか分かっていないようだ。

エステル「?ええ、さっき……」

ユーリ「とりあえず、キュモールの奴だろ。きっとギルドの約束なんて、屁とも思ってないぜ。しかも戦争を起こそうとしてんならな」

エステルの言葉を遮り、吐き捨てるように彼は言った。ユーリも知ってる人なの?とカロルが聞く。どうやら少年はカルボクラムで一度会っていることを忘れているらしい。ユーリがその事をカロルに伝えれば、気持ち悪い喋り方する人だねと思い出した。話を聞いていたジュディスがみんなの前に進み出る。

ジュディス「ここで話し込むのもいいけれど、何か忘れてないかしら?」

彼女のその言葉に、カロルはハッとする。

カロル「そうだ!ティグルさんたちを助け出さなきゃ」

エステル「それから強制労働を止めさせて、集めてる魔導器(ブラスティア)も捨てさせて……ええと……」

カロルに続いて、エステルがするべきことをまとめながら羅列する。

リタ「魔導器(ブラスティア)は捨てちゃだめ。ちゃんと回収して管理しないと」

そう言われてエステルは確かに……と呟く。

エステル「じゃあ回収のためにアスピオの魔導士に連絡を……」

レナ「アスピオの魔導士なら、エステルの目の前に居るじゃない」

エステル「あっそうですね……」

トントン拍子に話が進み始めるのに、カロルが焦ったように待って、慎重に行こうってば……と声をかける。エステルはでも……と、気持ちが焦っている。

ユーリ「とりあえず、一つずつ片付けていこうぜ」

そんなエステルをみかねて、ユーリは落ち着くように助言する。エステルは素直にはいと返事した。

カロル「それじゃあ、当初の予定通り、下へ行こう」

話に一区切りついたところで、カロルは昇降機の方を指す。

 

 皆、昇降機の方へ向った。人気に気づいたリタがみんなに隠れるように言う。慌てて魔導器(ブラスティア)の陰に隠れた。隠れて様子を伺うと、広場を横切って現れたのはキュモールと、青色の気障なスーツに身を包んだ男だった。眉が薄く、へろへろとした前髪を額に垂らしている。二人は昇降機に乗るつもりらしい。が、スーツの男がふと足を止めた。

スーツの男「おお、マイロード。コゴール砂漠にゴーしなくて本当にダイジョウブですか?」

キュモール「ふん、アレクセイの命令なんて耳を貸す必要はないね。僕はこの金と武器を使って、すべてを手に入れるのだから」

スーツの男「そのときがきたら、ミーが率いる海凶(リヴァイアサン)の爪の仕事、誉めてほしいですよ」

キュモール「ああ、わかっているよ、イエガー」

そっぽを向いていた顔を、イエガーと呼んだ男に向けた。

イエガー「ミーが売ったウェポン使って、ユニオンにアタックね!」

その言葉に、カロルの顔をが険しくなる。

キュモール「ふん、ユニオンなんて僕の眼中にはないな」

イエガー「ドンを侮ってはノンノン、彼はワンダホーなナイスガイ。それをリメンバーですヨ~」

キュモール「おや、ドンを尊敬しているような口ぶりだね」

イエガー「尊敬はしていマース。バット、海凶(リヴァイアサン)の爪の仕事は別デスヨ」

キュモール「ふふっ……僕はそんな君のそういうところ好きさ。でも心配ない、僕は騎士団長になる男だよ?ユニオン監視しろってアレクセイもバカだよねそのくせ、友好協定だって?」

レナ(少なくとも、キュモール、貴方がバカにできる男ではないわ、アレクセイは)

聞いていて不快すぎるその内容に、レナの右の手は力がはいり拳になっている。

イエガー「イエー!オフコース!」

イエガーは後ろを伺うように視線だけを振り向せる。

レナ(……バレてるな)

キュモール「僕ならユニオンなんてさっさと潰しちゃうよ。君たちから買った武器で!」

そう告げると、イエガーは昇降機のボタンを押した。二人は下へと降りていき姿が消える。

下の方で、キュモールが僕がユニオンなんかに、つまずくはずはないんだ!と豪語していた。イエガーはそれを不敵に笑いながら肯定していた。

 ユーリ達は、魔導器(ブラスティア)の影から昇降機に方へ出る。

リタ「あのトロロヘアー、こっちを見て笑ったわよ」

レナ「明らかに私たちのこと、気付いてたね」

リタ「あたしたちのことバカにして……!」

彼女は許せないと憤る。

ユーリ「本当にくだらないことしか考えてないな、あのバカども」彼は呆れた声で言った。

ユーリ「とりあえず、この下に閉じ込められてる人たちがいるんだな」

リタはユーリの言葉にええと頷く。

ユーリ「みんな、解放してやろうぜ、あのバカどもから」

その言葉に、その場にいた全員がもちろんと首を縦に振る。

ジュディス「とりあえず、強制労働してる人見つけたら逃げるように伝えましょ」

ユーリ達は昇降機を使って労働者キャンプへ向かった。

 

―労働者キャンプ

 

 労働者キャンプはリタが捕らえられていた詰所よりも奥にあり、点在するテントからは煮炊きの匂いが漂っていた。食事も自分たちで作らされているのだろう。重たそうな木箱を運び、積み上げているのは街の人達で、男ばかりではなく女も混じっているようだった。皆揃って顔色が悪く、今にも倒れそうな程、察するに休みも十分取れていないに違いない。ユーリ達は周りを見て、酷い状況だと思った。

 ジュディスが、あら?さっきの人たちよと足を止めた。

エステル「それに赤眼の一団も……!」

ダングレストで見た、魔導器(ブラスティア)に細工をした人達にエステルは気づきユーリに告げる。

ユーリ「キュモールが赤眼の連中の新しい依頼人って事みたいだな」

物陰に潜み様子を伺っていると、イエガーは赤眼達になにか指示していた。

カロル「ねぇ、もしかして、あの変な言葉のやつが赤眼の首領(ボス)じゃないのかな?」

見ていたカロルがユーリにそう言うと、ユーリはそうっぽいなと同意した。っと、ドサッと人が倒れる音がする。目を向ければ、男の人が胸を押えて倒れていた。

キュモール「サボっていないで働け!この下民が!」

甲高いの声が、労働者キャンプ内に響き渡る。

男の人はうぅ……と辛そうにしている。よく見ればその人は、ティグルさんだった。気づいたカロルが、ティグルさん……と呟く。

キュモール「お金ならいくらでもあげる、ほら働け、働けよ!」

聞いていてイライラするほどの不快な声にユーリ達の顔が険しくなる。ふとユーリが、キュモールたちの方へ歩き始めた。カロルが待って……と静止をかけるがそれを無視する。そのままユーリはその辺にあった石を掴み、キュモールの額目めがせて投げた。見事にそれは命中し、キュモールはだ、だれ!と声を上げ、周りを見て投げられた方向を見た。

キュモール「ユーリ・ローウェル!どうしてここに!?」

エステルもユーリの隣に進みでる。キュモールは、ひ、姫様も……と驚愕の表情をうかべ、すぐにエステルを睨む。

エステル「あなたのような人に、騎士を名乗る資格はありません!力で帝国の威信を示すようなやり方は間違っています。その武器を今すぐ捨てなさい。騙して連れてきた人々もすぐに解放するのです!」

彼女はキュモールを指さし、凛々しい声で一気にまくしたてた。

キュモール「世間知らずの姫様には消えてもらった方が楽かもね。理想ばっか語って胸糞悪いんだよ!」

 それまでカロルの騎士と大事にはしたくないと言っていたことを思い、冷静でいなくちゃと憤りを押えて黙っていた。が、エステルに向けられた侮辱の言葉にとうに我慢の限界を超えていた少女は殺気立つ。少女はそんな顔を見られたくない、気づかれたくないと顔を俯かせているが、普段の彼女からは想像できないほどの殺気にユーリ達にはバレバレだ。

ユーリ「騎士団長になろうなんて、妄想してるヤツが何いってやがる」

ユーリは少女の殺気に、すこし焦るがギリギリことを起こさないように保っていることに気付く。

 倒れていたティグルが腕をつき上体を起こし、エステルたちを見てあ、あなたは……と驚いていた。エステルはもうだいじょうぶですよと微笑みかける。

キュモール「ふんっ、そこの少女は顔を俯かせちゃって、もしかしてお姫様の理想論に呆れたんじゃない?」

少女はプツンと、頭の中で糸が切れるような音が聞こえた。俯かせていた顔を上げ、深紅の瞳がキュモールを睨む。

キュモール「っイエガー!やっちゃいなよ!」

一瞬キュモールは少女の迫力に目を見開くが、すぐに合図する。イエガーはイエス、マイロードと返し赤眼の一団がばらばらとユーリ達の前に立ちはだかる。

イエガー「ユーに恨みはありませんが、これもビジネスでーす」

イエガーのその言葉を皮切りに、赤眼の一団が襲いかかる。エステルが街の人々に逃げるように伝える。ユーリとジュディスは既に武器を抜いている。

 レナは一人、前に出る。気づいたユーリがレナを止めるがキレている彼女には聞こえていない。格好の獲物となっている少女に一団は容赦なく襲いかかる。

レナ「尊貴なる光の斬撃……不滅の悪をも圧倒するっ……ブレードロールっ」

少女の前に一本の魔術でできた巨剣。それは少女のまわりをぐるりと一周し襲いかかった一団を一気に片付けた。上級魔術を使った反動で、激痛が少女を襲う。その痛みで少女は頭が冷えた。圧倒的な少女の力に、なかなかのストロングガールですねと呟く。ユーリはレナに駆け寄る。

ユーリ「落ち着いたか?」

レナ「……ごめん、我慢できなかった」

ユーリ「いや、よく我慢した方じゃねぇか?」

ユーリはレナにニヤッと笑った。レナはふっと笑い返す。

 一人の騎士がキュモールに駆け寄りフレン隊が来ている事を報告する。フレンが……!とエステルは驚く。キュモールはさっさと追い返しなさい!と声を荒らげた。騎士は首を横に振り、ダメです調べさせろと押し切られそうです!と続ける。

キュモール「下町育ちの恥知らずめ……!」

チッとキュモールは舌打ちを鳴らす。

イエガー「ゴーシュ、ドロワット」

イエガーは部下を呼んだ。はい、イエガー様、やっと出番ですよ〜と呼ばれた二人の少女がイエガーの前に現れユーリ達に立ちはだかる。

イエガー「ここはエスケープするがベター、オーケー?」

逃がさないとレナとユーリがイエガー達に近づこうとした時、ゴーシュと呼ばれた緑の髪の女の子が何かを地面に叩きつけ、煙が辺りに充満する。カロルは急なことに、うわこれ何!?と顔を覆う。二人の少女は逃げろ逃げろと言いながら、キュモールとイエガーと共に逃走する。キュモールは今度あったらタダじゃ置かないからね!と吐き捨てる。ジュディスがお決まりの捨て台詞ねと囁いた。早く追わないと、とエステルが煙が晴れた場所を見つめる。そんな彼女をカロルが止める。

カロル「待って!今のボクらの仕事はティグルを助け出すことなんだよ!」

言っていることは分かっている、でも……とエステルが悔しそうな顔をする。

リタ「あんたたちの仕事とかよくわかんないけど追うの?追わないの?」

頭を掻きながらリタはカロル達に問う。とその時、フレンが率いる騎士たちが到着した。

フレン「そこまでだ!おとなしくしろ」

その姿を見たユーリが、おっいいとこに来たと笑う。フレンはユーリか!?と目を見開く。ユーリは傍で倒れているティグルに立てるか?と聞く。ティグルはまだ辛そうだが、立てると返事をして立ち上がる。

ユーリ「悪いが最後まで面倒みれなくなった。自分で帰ってくれ。嫁さんとガキによろしくな」

ティグルはお礼を言うと、フレンの方へ歩き出す。ジュディスがユーリを見て、追うのね?と確認する。

ユーリ「ああ。ここはもうフレンが片づけるだろうしな。カロル、それでいいだろ?」

カロル「そうだね。エステルが今にも行っちゃいそうだもん」

そう言って、少年はうずうずしているエステルを見る。エステルはすみませんと一言謝る。

リタ「もう!追うことになったんならさっさといこ!」

いつまでも動かないこの状況に、リタはしびれを切らしてユーリ達を急かす。

 まて、ユーリ!とフレンが止める声が聞こえるが、ユーリ達は無視してキュモール達を追いかけた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

船出

 エステル達はキュモールを追ってヘリオードからかなり離れた場所まで来ていた。

エステル「……見あたりません……」

走っていたエステルは立ち止まって辺りを見渡し、悔しそうに言った。

リタ「結局逃しちゃったみたいね」

エステルと同様に、残念そうな顔をした。

カロル「ここはどのあたりなんだろう?」

エステル達の方……後ろに振り返ったカロルが問いかける。

ジュディス「……トルビキアの中央部の森ね。トリム港はここから東になると思うわ」

カロルの質問に、ジュディスが辺りを見渡しながら答えた。

ユーリ「ヘリオードに戻るよりこのまま港に行った方が良さそうだな」

エステル「え?キュモールはどうするんです!?放っておくんですか?」

そんなエステルを横目にジュディスは言う。

ジュディス「フェローに会うというのがあなたの旅の目的だと思っていたけど」

そ、それは……とエステルが口篭る。

ジュディス「あなたのだだっ子に付き合うギルドだったかしら?凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)は」

ジュディスは厳しい表情をして、エステルを咎めた。ジュディスの言っていることは正しい。エステルはハッとして俯いた。

エステル「……ご、ごめんなさい。わたしそんなつもりじゃ……」

レナ「まぁ、落ち着きましょうってことよ」

しゅんとしているエステルをレナはフォローする。

ユーリ「だな、それにフレンが来たろ。あいつに任せときゃ、間違いないさ」と、ユーリがレナのフォローに続けた。

 一人、状況を読み込めていない人がいた。ダングレストで別れたっきりだったリタだ。

リタ「ちょっと、フェローってなに?凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)?説明して」

話に割って入るように、リタはエステル達に説明を求めた。

「そうそう、説明して欲しいわ」

突然、背後から聞き覚えのある声がした。振り向くと、レイヴンが立っていた。リタは驚いて、ちょっと何よあんた!?と不機嫌そうにする。

レイヴン「なんだよ、天才魔導士少女。もう忘れちゃったの?レイヴン様だよ」

顎を触りながら彼は言う。その態度にリタは何よあんたとさらに不機嫌そうにした。一向に思い出す気配がないリタに、レイヴンは、だからレイヴン様……と狼狽えた。

ユーリ「んで?何してんだよ」

レイヴン「おまえさん達が元気すぎるからおっさんこんなとこまでくるハメになっちまったのよ」と恨みがましい目でユーリ達を見る。カロルはどういうこと?と眉をひそめた。

レイヴン「ま、トリム港の宿にでもいってとりあえず落ち着こうや。そこでちゃんと話すからさ」

レナ(……急に現れて、取り仕切り始めたわね、このおっさん)

レイヴン「おっさん腹減って……」

ぎゅるるる……と、おっさんの方から音が聞こえた。

ユーリ「いつまでもここに居てもしゃあねぇしな。とりあえずトリム港へってのはオレも賛成だ」

レイヴンの腹の音を聞いて、仕方ないと呆れながら頷く。

レナ「んじゃ、トリム港だね。みんなもそれでいい?」

主にエステルを見ながら少女は言う。エステルは構いませんと首を縦に振った。そして、ごめんなさいわがまま言って……とみんなに謝罪した。

 じゃ、行くかとユーリが言って、皆はトリム港へと向かった。

 

―港の街カプワ・トリム

 

 トリム港に着けば、以前よりも活気に満ちた様子が伺えた。

カロル「少し前にも来たのに、なんかちょっと懐かしいね」

レイヴン「感慨に耽ってないで、宿に行こうぜ〜。腹減った〜」

腹減った〜とさっきからうるさいレイヴンに、ユーリは呆れ混じりの溜息をつきながらわかったわかったと返事する。宿も混雑しているようで、なかなかチェックインするのが大変だった。やっと、宿に入れたところで、早速レイヴンは食堂に向かう。がつがつとすごい勢いで食べながらエステル達の話を聞き、食べ終わったレイヴンは自分の事情を話す。どうやら彼は、ドンにエステルの監視を言いつけられたらしい。部屋に戻り、レイヴンはベッドに腰をかけ、リタは一つ挟んだ向かい側のベッドに座っている。ユーリは壁に背を預け、エステルは立っている。

レナ(本当にドンから言われたのかしら?アレクセイの間違いではなくて?)

少女は、ユーリの隣で壁に背を預け腕を組み目を瞑っている。

ユーリ「なるほどな。ユニオンとしては帝国の姫様がぶらぶらしてるのを知りながらほっとけないって訳か」

エステル「ドンはもうご存知なんですね、わたしが次の皇帝候補であるってこと」

レイヴン「そそ、なもんで、ドンにエステルを見ておけって言われたんさ」

レナ(……嘘とホントを混ぜるのが上手いこと)

ユーリとエステルの間に、あぐらをかいて座っていたカロルが、監視ってこと?あんま気分よくなくない?とエステルを見上げる。エステルはそんなものです?とカロルに返した。特に気にしていなさそうなエステルに、カロルはあれ?ボクだけ?と呟いた。

レナ(まぁ、エステルは皇族ってこともあって常にそういう環境だったから、違和感がないのでしょうね)

レイヴン「ま、ともかく、追っかけて来たらいきなり厄介ごとに首突っ込んでるし、おっさんついてくの大変だったわよ」

彼はだからご飯を食べる暇もなくてと肩を落とす。

カロル「……でも、どうしてエステルを?」

リタ「帝国とユニオンの関係を考えたら当然のことかもね」

ユーリ「腹を探りあってるところだからなぁ。動きをおっておきたいのさ」

リタ「んで、あんたらはフェローてのを追ってコゴール砂漠に行こうとしてると」

エステルは、はいと頷く。

リタ「砂漠がどういうとこか、わかってる?」

その表情は心配で、真剣な目をエステル達に向けその身を案じていた。

カロル「暑くて、乾いてて、砂ばっかのところでしょ」

何を当たり前のことをと言わんばかりの口調でカロルが答える。

リタ「簡単に言うわね。そう簡単じゃないわよ」

エステル「とりあえず、近くまで皆さんと一緒に行こうと思って」

それから?とリタは聞く。エステルは顎に手をあてて、考えながら話す。

エステル「色々回ってみて、フェローの行方を聞こうかと」

あまりにもざっくりとした計画に、リタは声が出ないほど呆れる。

リタ「……ツッコみたいことはたくさんあるけど……お城に帰りたくなくなったってことじゃないんだよね?」

その問いに、エステルはえと……それはと言葉につまる。

レイヴン「おっさんとしては城に戻ってくれた方が楽だけどなぁ」

エステル「ごめんなさい。わたし、知りたいんです。フェローの言葉の真意を……」

レイヴン「ま、デズエール大陸ってんなら好都合っちゃ好都合なんだけども」

レイヴンにとって好都合ということに、ジュディスは疑問を持つ。

レイヴン「ドンのお使いでノードポリカへ行かなきゃなんないのよ。ベリウスに手紙を持ってけって」

ドンから預かったのであろう書状をペラペラと振って答えた。ベリウスという名前に、カロルは立ち上がり、多ものだねと呟く。

エステル「ノードポリカを治める、闘技場の首領(ボス)の方、でしたよね?」

思い出すように彼女は、レイヴンに確認する。

カロル「正確には統領(ドーチェ)っていうんだけどね」

エステルの首領(ボス)という言葉を、カロルは訂正した。

レイヴンは、持っていた書状をユーリに投げて渡す。ユーリは書状を受け取って、内容を確認する。

ジュディス「その手紙の内容知っているのかしら?」

レイヴン「ん、ダングレストを襲った魔物に関する事だな。おまえさん達が追ってるフェローってヤツ。ベリウスならあの魔物のこと知ってるって事だ」

ユーリ「こりゃ、オレたちもベリウスってのに会う価値が出てきたな」

エステルはですねと同意する。

レナ(……ベリウス。会ってしまったら、あの結末が待っている)少女は無意識に手をぐっと握る。

レイヴン「っつーわけで、おっさんも一緒につれてってね」

カロル「わかったよ。でも一緒にいる間はちゃんと凜々の明星の掟は守ってもらうよ」

レイヴンは、了解。了解〜と軽々しく返事する。

レイヴン「んでも、そっちのギルドに入る訳じゃないからそこんとこもよろしくな」

エステル「どうして凜々の明星(ブレイブヴェスペリア)に入らないのです?」

カロル「同時に二つ以上のギルドに所属する事は禁止されてるんだ。レイヴンだって一応、天を射る矢(アルトスク)の人間だしね」

エステルの疑問に、カロルは丁寧に答える。一応とつけられたレイヴンは、一応ってなんだよと不服そうな顔をした。

リタ「話は終わり?じゃああたしそろそろ休むわ」

リタは眠そうな声でそう告げると、ベッドから立ち上がり部屋から出ていった。

エステル「リタは……どうするんでしょう?」

その問いにさぁ、なとユーリは返す。

ジュディス「明日の出発まで自由行動かしら?」

カロルが頷く。

カロル「うん、そうだね。明日になったら港に行ってみよう」

話がまとまり各々、自由行動にうつった。

 レナは、風が運ぶ磯の匂いを感じながら、砂浜に設置されたベンチに座っていた。月が夜の海に反射してキラキラと光っている。自然が色濃く感じるこの世界が、愛しく思える時間だった。エステル達のことばっかりで自分の事はほぼ後回し、ついでに聞けたらラッキーの状態で、毒と言われたエステルについて思うこともあるし、何よりフェローに何故か憐れむ様な目を向けられたのが、ふとした瞬間に気になって仕方ない。深呼吸をしながら、溢れ出す思考を息と一緒吐き出して霧散させた。人の気配を感じて、その方向に目を向ければ、ユーリが居た。

レナ「……ユーリ、夜の散歩?」

ユーリ「まぁ、そんなとこだ。おまえもか?」

レナ「わたしは、海を眺めに来たの」

ユーリ「こんな暗くて黒い海を?」

不思議そうな顔をして彼はレナを見る。

レナ「うん。何もかも飲み込んで、沈めてしまう色をしたこの海を……ね」

レナは首を縦に振って、どこか意味深に呟いた。

ユーリ「ふーん、何か悩み事でもあるのか?」

レナ「……」

あまりにも分かりやすいほどに悩みのフラグを立てた彼女は、ユーリの問いに無言という形で肯定する。

ユーリ「話なら聞いてやれるぜ?」

おちゃめにウィンクしながら彼は言った。

レナ「……エステルは、フェローに毒って言われたでしょう?そして私には、憐れむ目を向けた。最初はエステルを庇ったことに対して憐れだと言ったのだと思ったの。でも、何だかそれだけじゃない気がして、ずっと気になっててさ。ただ、それだけ」

少し間を置いて、深く息を吸うと少女は悩みを打ち明ける。なぜか、ユーリには話してしまってもいいかもしれないとレナは不思議に思いながら話した。だって誰にも打ち明けず、一人で抱え込むつもりだったから。

ユーリ「そっ、か。おまえも、あいつに何か言われてたんだな」

レナ「ま、でも、エステルの方が一番気になること言われてたし、私のはなんとなくそう思っただけだからさ。きっと、深い意味なんてないと思うし、だから気にしないで」

少女は打ち明けたことに後から罪悪感をきて、自分の事はいいとまくしたてた。その時ユーリは思う、レナはいつも自分を後回しにして他人のことばっかりになると。それは、いい事でもあり、悪い癖でもあると。

ユーリ「ああ、けど、あんまり無理するなよ」

少女のそれは治らないことだと分かっているからか、ユーリは当たり障りのない言葉をかける。無理をするなと言ったところで無駄だと分かっていても。

レナ「うん、ありがと。風に当たりすぎて寒くなってきたし、宿に戻ってもう休むね」

ユーリはああと返事をする。返事を聞いた少女は、ベンチから立つと白いワンピースをふわりと翻してその場を去っていく。

 

―翌日

 

 宿屋のチェックアウトをすませ、ユーリは皆にじゃあ、行くかと声をかけた。エステルはまた来ていない親友のことを思い、リタはどうするんです?とユーリに聞く。かわりにジュディスが、あの子にはあの子のやることがあると返した。ユーリもそれにそういうことだなと頷く。噂をすればエステルの後ろドアが開き、リタが出てきた。出てきた彼女は開口一番に、で、港から船、だっけ?と言って、エステルに満面の笑みを見せた。その様子を見るに着いてくるき満々だ。カロルがえ、それって……と察する。

ユーリ「おまえもついてくんのか?」

レイヴン「なんか用事があったんでないの?」

エステル「エアルクレーネの調査ですよね」

三人はいいのか?と確認をとる。リタはエステルの前を通り階段を降りて、出口に向かいながらみんなに話す。

リタ「騎士団長から依頼された、ケーブ・モックの方は、既に調査、報告済み。他のエアルクレーネは、どのみち旅してしらべるつもりだったから」

ジュディス「つまり、調査のために私たちを利用するってことかしら」

リタ「まぁね、ヘリオードの時みたいに調査中、酷い目に遭わないとも限らないわけだし。一人よりもあんたたちと一緒の方がとりあえず安心よね」

機嫌よく答える彼女に、レナはちゃっかりしてるなぁなんて思う。

ユーリ「相変わらず良い性格してるぜ」とレナが思ったことと同じことを言った。

エステル「また一緒に旅できるんですね。わたし、うれしいです」

エステルはそう言ってにっこりと微笑んだ。声や態度からも素直に嬉しいと口にする彼女に、リタはそ、そう……あたしは別にといつも通り気恥しそうにそっぽを向いた。

リタ「そ、それより、港に行くんじゃなかったの?」

気まずさからか、リタは先に行こうと誘導する。

レイヴン「まったく、若人は元気よのう〜」

おっさんは、リタとエステルの様子を揶揄う。

リタ「ふざけてんの!?」

そんなおっさんにリタは逆ギレする。レイヴンはわざとらしそうに怯えた振りをする。

レナ「じゃあ、港に行こっか」

怯えた振りをするおっさんを無視して、レナは皆を外へ行くように促した。ちょ、ひどい……とレイヴンはぼやきながらみんなの後に続いた。

 外に出ると、太陽が海岸通りを照らし、波がより返す音と海鳥の鳴く声がよく聞こえた。日の眩しさに目を細めながらも港に向かっていると、対面側からヨーデルが歩いてきた。気づいたエステルが声をかける。声をかけられた彼は、嬉しそうにみなさんとにっこり笑い、また会いましたねと返した。

ユーリ「次期皇帝候補殿が、こんなとこで何やってんだ?」

ヨーデル「ドンと友好協定締結に関するやり取りを行っています」

エステルはうまくいってます?と聞けば、ヨーデルは順調とはいえませんとすこし残念そうな顔をした。

レイヴン「だろうなぁ。ヘラクレスってデカ物のせいで、ユニオンは反帝国ブーム再熱中でしょ」

ヨーデル「その影響で帝国側も友好協定に疑問の声があがっています」

レイヴン「ドンが帝国に指示した条件は対等な立場での協定だったしな」

ジュディス「あんなのがあったら、対等とはいえないわね」

ヨーデル「ええ……事前にヘラクレスのことを知っていれば止められたのですが……」

レナ(あれ?ヨーデル殿下ってヘラクレスのこと知らなかったんだ)

ユーリ「次の皇帝候補が、何も知らなかったのかよ」

眉をひそめて彼は疑問に思っている。

ヨーデル「ええ、今私には騎士団の指揮権限がありません」

エステル「騎士団は、皇帝にのみその行動をゆだね、報告の義務を持つ、です」

エステルがヨーデルの代わりに、理由を説明する。

ユーリ「なら、話は簡単だ。皇帝になればいい」

エステルが、それはといい淀み、顔を俯かせた。

レナ「……話は簡単でも、実際問題簡単じゃないんでしょ?」

ヨーデル「ええ、私がそのつもりでも、今は帝位を継承できないんです」

リタがなんでよと不思議そうにする。

ヨーデル「帝位継承には宙の戎典(デインノモス)という帝国の至宝が必要なのです。ところが宙の戎典(デインノモス)は十年前の人魔戦争の頃から行方不明で……」

レナ(今は、デュークが持っているものね)

レイヴン「ふーん、次の皇帝が、決まらないのはそういう裏事情があったのね」

彼は感心したように頷く。

ユーリ「……だからラゴウは宙の戎典(デインノモス)を欲しがっていたのか……」

納得するようにユーリはボソリと言った。何か言った気がしたのかカロルはユーリに何?と聞くが、ユーリはいや、なんでもないと返した。

リタ「それにしても皇帝候補が道ばたへもへも歩いてて良いの?」

レナ(……へもへも?)

少女は心の中で、リタの言った擬音にはてなマークを浮かべた。

ヨーデル「今、ヘリオードに向かうところなんです」

レイヴン「ここよりダングレストに近いからなぁ。その方がやり取りしやすいわな」

ヨーデルはええとにこりとして頷いた。お付きの人が、そろそろまいりましょうと促す。ヨーデルは首を縦に振り、ユーリ達に一言断りを入れると、その場から去っていった。

 

 あの後ユーリ達も再び港に向かい、桟橋の所まで来た時何か騒ぎがあったようで、もう無理だ〜などと声が聞こえる。ユーリが何があったんだ?と不思議そうにした。その中でエステルは身に覚えのある人を見つける。

エステル「あの人、確かデイドン砦で」

エステルの言葉に、ユーリも思い出したようであの時のと呟く。カロルは、し、知り合いなの?と顔をひきつらせながらユーリ達に聞いた。ユーリはいや、前に一度だけと返し、知ってそうなカロルにおまえこそ知り合いか?と聞き返す。

カロル「知り合いって……五大ギルドのひとつ、幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)の社長だよ」

それだけではユーリにはピンと来ないらしい。それにレイヴンが分かりやすいように付け加える。

レイヴン「つまり、ユニオンの重鎮よ」

ふーんとユーリは頷いた。急にカロルがいいこと思いついた!と声を上げた。そんなカロルにどうした?とユーリは言う。

カロル「あの人なら、海渡る船出してくれるかもしれないよ」

その提案をのみ、ユーリ達は幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)の社長の元へ行く。

 赤い髪に眼鏡をかけた女性が、ユーリ達の足音を聞いて振り返る。

カウフマン「あら、あなたはユーリ・ローウェル君。いいところで会ったわ」

フルネームで知られていることに、ユーリは手配書の効果ってすごいんだなとちゃかす。

カウフマン「ねぇ、あなたにピッタリの仕事があるんだけど」

ユーリにピッタリといえば、思い当たるのは荒仕事。荒仕事かとユーリが言えば、カウフマンは機嫌よく察しのいい子は好きよと言った。

カウフマン「聞いているかもしれないけど、この季節、魚人の群れが船の積荷を襲うんで大変なの」

カロル「あれ?それっていつも、他のギルドに護衛を頼んでるんじゃ……」

いつもとは違うことにカロルが口を挟む。

カウフマン「それがいつもお願いしてる傭兵団の首領(ボス)が亡くなったらしくて今使えないのよ。他の傭兵団は骨なしばかり。私としては頭の痛い話ね」

レナ(……身に覚えがあるなぁ……)

カロル「その傭兵団のなんてところ……ですか?」

カロルにも心当たりがある訳で、恐る恐るカウフマンに聞く。カウフマンは紅の絆傭兵団(ブラットアライアンス)よと答えた。カロルとレナはやっぱりという顔をする。リタは誰かさんが潰しちゃったからとユーリを見て囁いた。みんな、同罪だろ……とユーリは呟いた。

ユーリ「生憎と今、取り込み中でね。他を当たってくれ。じゃあな」

ユーリはカウフマンに背を向けた。その態度にカロルがえ!と声を出し、ユーリを呼び止めた。船のことお願いするんでしょ?と続ける。カウフマンはあら、船って?と付け入る隙を見つける。仕方ないとユーリはカウフマンの方に振り返り、オレたちもギルド作ったんだよと話す。

カロル「凜々の明星(ブレイブヴェスペリア)っていうんです!」

カロルは嬉しそうに堂々と名前を言った。

カウフマン「素敵。それじゃ商売のお話しましょうか。相互利益は商売の基本。お互いのためになるわ」

カウフマンはじゃあと、提案した。

ユーリ「悪いが仕事の最中でな。他の仕事は請けられねぇ」

頑なに断るユーリにカウフマンは別の提案をする。

カウフマン「それなら商売じゃなくて、ギルド同士の協力って事でどう?それならギルドの信義には反しなくってよ。うちと仲良くしておくと、色々お得よ〜?」

レナ(さすが商売をやっているだけある。言葉が巧みね。このままいけば、ユーリが折れて引き受ける形になる)

ユーリ「分かったよ。けどオレたちはノードポリカに行きたいんだ。遠回りはごめんだぜ」

なかなかひかないカウフマンにユーリはおれた。

カウフマン「構わないわ。魚人が出るのは、ここの近海だもの。こちらとしてはよその港に行けさえすれば、それでいいの。そしたら、そこからいくらでも船を手配できるから」

それ程大きなギルドである事に、カロルはさすが幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)……と改めて凄いと感じているようだった。

カウフマンは、契約成立かしら?とメガネの位置をなおす。

リタ「なんか、いいように言いくるめられた気がする」

レイヴン「さすが天下の幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)、商売上手ってとこだねぇ」

ジュディス「いいじゃない?これでデズエール大陸に渡れる訳だし」

カウフマン「もうひとついい話をつけてあげる」

いい話?何それとカロルが興味を持つ。

カウフマン「もし無事にノードポリカに辿り着いたら、使った船を進呈するわ」

船をあげるというカウフマンにカロルはほんとに!?と驚く。

レナ「ボロい所はあるけど、破格の条件ってのは違いないね」

レナの言葉にでしょ?でしょ?とカウフマンが頷く。

ユーリ「どうだかな。魚人ってのがそれだけ厄介だって話だろ」

カウフマン「そこはご想像にお任せするわ」

彼女はいい笑みで答えた。ユーリとカロルは顔を見合わせる。ユーリは仕方ねぇなと、カウフマンの話を承諾した。カウフマンは素敵!契約成立ねと嬉しそうにした。

カウフマン「さ、話はまとまったんだから、仕事してもらうわよ!準備できたら声かけてちょうだい」

切り替えが早いのも流石である。ユーリ達は足りないものがないか確認し、無いものは補充をして準備を済ませ、カウフマンに声をかけてカプワ・トリムから出港した。

 

 船は穏やかな海をすべるように進む。安定してきた所でカウフマンは船の名前をユーリ達に教えた。船の名前はフィエルティア号。そして、カウフマンの隣に立つ人物についても紹介する。彼は、ウミネコの詩というギルドに所属しているトクナガというらしい。

カウフマン「急ぎじゃないけど、重要な商談だったから本当、助かったわ」

彼女はすこしほっとしたようにユーリ達に感謝を述べた。

エステル「積荷はなんなんです?」

エステルの問いに、カウフマンはそれは、秘密よと返した。少々不安になったユーリは、やばいもんじゃねぇだろうなと確認をとる。カウフマンは安心して、その辺の線引きはしてるからと言った。さあ、ノードポリカを目指すわよ!とカウフマンが気合を入れ、数人の船員たちが見張りなどに動く。ユーリ達はしばらく船旅を楽しむことにした。

エステル「魚人の群れに会わなければいいですね」

リタ「でも世の中、そんなに甘くないわよ」

少し高い位置に居るレイヴンが、若いのにずいぶん悲観的なのねと言った。現実的って言って〜とリタは言い返した。

カウフマン「それにしても助かったわ。なんとか間に合いそう」

トクナガ「ええ、海凶(リヴァイアサン)の爪に遅れをとるところでした」

ユーリ「海凶(リヴァイアサン)の爪か、ちょくちょく名前を聞くな」

カウフマン「そう?兵装魔導器(ボブローブラスティア)を専門に商売してるギルドよ」

レナ「なるほど、それでヘリオードで……」

カウフマン「最近、うちと客の取り合いになってるのよね。もし海が渡れなかったらまた大口の取引先を奪われるところだったわ」

カウフマンの傍にいるボディーガードが、連中はどこから商品を調達してるんでしょう?と疑問を口にする。カウフマンはそれなのよと頷く。

カウフマン「兵装魔導器(ボブローブラスティア)なんでそう簡単に手に入れられるもんでもなし」

リタ「……まさか、帝国が……?ううん、でも管理は魔導士の方で……」

リタがぶつぶつと魔導器(ブラスティア)の出処について考えている時、船体が大きく揺れた。カウフマンは来たわねとつぶやく。トクナガが皆さん気をつけて!と声をかける。魚人が船に飛び乗ってきた。そのうちの一体から、船酔いしたのじゃと聞き覚えのある少女の声がした。カロルが魔物が喋った!?と驚いている。エステルがもしかしてフェローと同じ……と呟く。余波で揺れる船体、エステル達にユーリが喋ってると舌噛むぜと注意する。みな武器を構えて、襲い来る魚人の殲滅に取り掛かった。

レナ(確か、水属性だから……土が有効か)

レナ「細やかなる大地の騒めき……ストーンブラスト!」

一体の魚人に、無数の礫が襲う。フェイタルストライクを狙って手早く片付ける。それを何度も繰り返すが、如何せん数が多い。初級魔術とはいえ、何度も発動していれば痛みは蓄積される。突然、魚人がレナに突撃する勢いでむさってくる。すぐに、ダガーナイフを構えようとしたレナだが、急なことで手元がおぼつかない。はっと気がついた時にはどうにも出来ない間合いに入られ、魚人の鎌が少女に牙を向いた。

レナ「!……しまっ」

咄嗟に避けることは出来ないと判断し腕で体を庇い攻撃を最小限に抑えるが、それでも鮮血が散る。

レナ「ぐっ……ぅ……」

痛みから声が漏れる。少女は切られた箇所が痺れ、血が流れていくのを感じた。とりあえず止血……と思い、手で傷口を抑えるが意味を成していない。周りを見渡すと、エステルのいる位置まで下がるには先に魔物を片付けなければならなかった。

レナ(先に、魔物を片付けるか。詠唱、省略っ、ロックブレイク!!)

魔術で出来た岩が何度も隆起し、魔物を貫く。レナは魔物が消えたのを確認してエステルのそばに行った。腕から血を滴らせている少女に気づいたエステルがレナっと名を呼び、治癒術を急いでかけた。レナは痛みからくる熱がひいていくのを感じる、と同時に目眩がした。ふらつくレナに、エステルが大丈夫ですか?と声をかける。

レナ「だ、大丈夫。ちょっとふらついただけ、ありがとう」

レナ(治癒術も、体質が関係してくるのかな……?)

レナはダングレストでの出来事を思い出す。やり取りをしている間に片付け終わったらしく、ユーリ達は武器をおさめていた。

カウフマン「さすがね。私の目に間違いはなかったわ」とユーリ達を労った。

レイヴン「とほほ……凜々の明星(ブレイブヴェスペリア)はおっさんもこき使うのね。聖核(アパティア)探したりと、色々やることあるのに……」

おっさんは息がなかなか整わないのか肩を上下させていた。

ユーリ「聖核(アパティア)って前にノール港で探してたアレか」

そうそうとおっさんは頷く。

リタ「それっておとぎ話でしょ」と疑わしそうに言う。

リタ「あたしも、前に研究したけど、理論では実証されないってわかったわ」

レイヴン「ま、おとぎ話だって言われてるのはおっさんも知ってるよ」

エステル「どうしてそんなものを、探すんです?」

レイヴン「そりゃ……ドンに言われたからね」

うげぇと嫌そうな顔をして言った。

レナ(……ドンじゃなくて、騎士団長に、でしょうね)

と、ユーリの後ろで倒れていた魚人が立ち上がる。エステルがまだ生きてます!と驚く。魚人は苦しそうに体を揺らし、大量の海水と共に女の子を吐き出した。エステルはパティ……!と目を見開く。パティに怪我がないか確認して、しばらくすると目を覚ました。今もうピンピンしている。

パティ「快適な航海だったのじゃ……」

ユーリ「魔物に飲まれてて、航海も何もないだろ」

エステル「こんなところで、何してたんです?」

パティ「お宝探して歩いてたら、海に落っこちて、魔物と遊んでたのじゃ」

ユーリ「よかったな、そのまた、栄養分にされなくて」

カウフマン「……なんでもいいけど、このまま、船出していいかしら」

カウフマンはパティについて特に興味もなく、ユーリ達に確認をとる、ユーリは頼むと返した。 その時、トクナガの悲鳴が上がった。ユーリ達は急いでトクナガの元へ走る。魚人が一匹残っていたようで、トクナガに襲いかかっていた。考えている暇などない、しかし……。

レナ(トクナガと魚人の距離が近い。魔術で攻撃したら巻き込んでしまうっ。最小限の攻撃……。!そうよ、パティのように銃なら……!)

レナは手を銃の形にする。人差し指に力を集中させて、魚人へ放った。魚人に見事命中し、倒れる。

レナ「……でき、た」

少女は倒せたことと、即興で出来たことにほっとしてする。レイヴンがお見事っと手を打つ。エステルはトクナガに駆け寄り治癒術をかけた。

エステル「一応、治癒術はかけましたが……当分安静にしてた方がいいです」

カウフマン「困ったわね……あなたたちの中で誰か操船できる人……いるわけないわよね」

顎に手を当て、彼女は困り眉を作り、ユーリ達をみる。

うちがやれるのじゃとパティがドヤ顔をする。カロルはびっくりしてパティが?と聞き返してしまう。

パティ「世界を旅する者、船の操縦くらいできないと笑われるのじゃ」

カウフマン「それじゃあ、船の操縦はあなたにお願いするわ」

ユーリは本当かよ……と信じられない顔をする。

カウフマン「それと、思ったよりも早く着きそうだから、寄り道してもかまわないわよ。針路はある程度、あなた方に任せるわ」

 

ジュディス「船があるなら、どこへも行きたい放題ね」

カロル「エステルはフェローを探すんでしょ?そんなのんびりしてる暇ないんじゃない?」

カロルは後ろにいるエステルの方を向く。

エステル「どうでしょう……」

エステルは少し悩ましい顔をした

リタ「あたしは、別に、勝手にやるからいいわよ」

レナ「わたしもユーリ達に着いて行くだけだし」

二人はあえて素っ気ない態度をとる。

ユーリ「まだ始めたばっかだし、もっと余裕持ってこうぜ、カロル」

気が焦るカロルは、うんと頷いた。舵の前に立ち、パティはユーリ達の方を向いて、進路の指示は任せたのじゃ!と元気よく言った。船はノードポリカを目指し進んでいく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幽霊船アーセルム号

 船を進めていると霧が出始め、視界はあっという間に白くなる。

ジュディス「霧が濃くなってきたわよ、なんだか」

海で霧とは、いかにも何か出てきそうな雰囲気で、カロルが不気味……と呟いた。

レイヴン「こういう霧ってのは大体、何か良くないことの前触れだって言うわな」

不吉なことを言うレイヴンに、カロルはビビりながら、やめてよ〜とレイヴンに言った。

ユーリ「余計なことを言うと、それがほんとになっちまうぜ」

レナ「っというか、これはもう完全にフラグ立ってるわよね」

リタがなにかに気づいたように、あっ!と声を出して、前、前!と焦っている。その方向を皆で見れば、大きな黒い影が迫っていた。

ジュディス「これは……ぶつかるわね」

冷静に彼女がそう呟いた瞬間、激しい衝撃がユーリ達を襲った。傍にあるものをつかみ船から落とされないようにする。揺れが落ち着くと、巨大なボロボロの船が出現した。ぶつかったのはこれだったらしい。いかにも幽霊が出そうなほど不気味な雰囲気を纏っている。カウフマンが何……!?と驚き、すぐに冷静さを取り戻した。

カウフマン「古い船ね。見たことない型だわ……」

ジュディス「アーセルム号……って読むのかしら」

ジュディスが少し身を乗り出して、船の記された文字を読んだ。とその時、アーセルム号のタラップがひとりでに降りてきて、フィエルティア号の甲板に渡された。大きな音に、リタはひゃっ!と驚く。

カロル「人影は見あたらないのに……」

カロルもすっかり怯えきってしまっている。

エステル「ま、まるで……呼んでるみたい」

エステルは声を震わせながら言った。

リタ「バ、バカなこと言わないで!フィエルティア号出して!」

強がってはいるが、こういうのが苦手なのだろう。普段はエステルに対し優しい彼女が、強い言葉で否定する。出してと言われてパティが、操作盤を触るがダメじゃのと返す。

パティ「なぜか駆動魔導器(セロスブラスティア)がうんともすんとも言わないのじゃ」

リタはえ?と驚き、慌てて魔導器(ブラスティア)の操作盤を調べる。

リタ「いったい、どうなってるのよ」

調べたところ正常に機能するはずが、原因不明で動かないらしい。

ユーリ「原因は……こいつかもな」

彼はアーセルム号に指をさした。その言葉にカロルはええっと体を後ろに仰け反らせる。

レイヴン「うひひひ。お化けの呪いってか?」

引き笑いをして、おどけるようにおっさんは言った。エステルはそんなこと……と否定する。

レナ「まぁでも、このままって訳にはいかないし……」

レナは気まずそうにする。

ジュディス「なら、入ってみない?面白そうよ。こういうの好きだわ。私」

彼女は船に興味津々らしく、タラップに近づく。リタは信じられないという顔をして、何言ってんの!と反抗する。

ユーリ「原因わかんないしな。行くしかないだろ」

いたって冷静な彼は、ジュディスの意見に同意する。

カウフマン「ちょっと、フィエルティア号をほっていくつもり!?」

レナ「なら、五人が探索に出て、残りが見張りで担当するればいいんじゃない?」

少女の提案に、ジュディスがいいと思うわと返す。まとまった所でユーリが、自分とラピードは行くと言った。ラピードはユーリに近づき、ワフッと返事をする。後は誰が行くんだ?とユーリはみんなの顔を見る。リタは、あたしは行かないわよ!とそっぽを向いた。なかなか決まらないので、レイヴンがユーリが決めていいんでない?と言った。

ユーリ「わかった。んじゃ、レナとジュディスとカロルだな」

指名されたカロルはええーっ!?と明らかに嫌そうな声を出した。レナは、まぁ言い出しっぺみたいなものだしとすまし顔。ジュディスは楽しそうな顔をしている。

トクナガ「もう一度駆動魔導器(セロスブラスティア)を調べてみる。直ったら発煙筒で知らせるからすぐに戻ってこい」

タラップからアーセルム号に渡るユーリ達にそう告げた。ユーリがサンキュと返し、中へ進んだ。

 

―幽霊船 アーセルム号

 

 ユーリ達が船の中に入った時、船体が大きく揺れカロルの悲鳴が上がる。天井から檻のようなものが降ってきて、来た道を塞いだ。ユーリが檻を触るが、動く気配がなく開かない。仕方ないと、ジュディスが先に進むことを提案した。だな、進んでみようぜとジュディスの意見にユーリは同意し、ここにいても時間の無駄だしとレナも賛同する。カロルはすごく脅えながらもユーリ達の後をついて行く。船の中は暗くギリギリ足元のものが視認出来るかどうか……。

ユーリ「さすがに暗すぎるな……」

ジュディス「そうね、もっと色々見たいのに……」

レナ「……なら、私が灯を作ろうか?」

そんな二人を見かねて少女は提案する。

ユーリ「できるのか?」

レナ「多分?まぁ、私の魔術、結構応用きくみたいだし、なんとかなるでしょ」

ユーリ「やってみるだけ価値はある……か」

レナはユーリの言葉にこくりと頷いて、手のひらにエネルギーを集中させる。魔術は実際論理的な数式もいるが、レナの場合はイメージだ。パッと頭に浮かんだ蛍の光のように淡く優しい光をイメージする。すると、少女の手のひらに球体の形を象った、淡い光が出来上がった。辺りを優しく照らしている。

レナ「うん、できた」

魔術を使ったことによる代償で、ピリピリとした痛みがくるが気にするほどでは無いなと少女は思う。

ユーリ「すげぇな。体は平気か?」

レナ「大丈夫っ」

ジュディス「レナの魔術って、体力をかなり消耗するのでしょう。大丈夫なのかしら?」

レナ「平気だよ、これ結構簡単な魔術だから」

ジュディス「そう?ならいいけれど」

ユーリ「無理はするなよ」

ユーリはレナの頭を撫でた。先程まで怯えていたカロルは、灯りがあることで恐怖が半減したのか元気になっていた。

カロル「よしっ、どんどん先に進もう!」

レナは調子のいいやつ、なんて思いながらユーリ達と上を目指して歩き出す。

 

 上に上がる階段の前で、リタ、エステル、レイヴン、パティに会った。なんだ、無事じゃないの……リタがほっとした顔をする。

レナ「あれ、リタ達も来ちゃったの?」

ユーリ「しかも、何連れてきてんだよ」

レイヴン「連れてきたわけじゃないんだけどもね……」

ユーリの責める声に、レイヴンが言い訳がましいことを言う。原因であるパティは、ユーリに会いに来たのじゃと嬉しそうにしている。

ユーリ「度胸あるお嬢さんだな。ってまぁ、今更か……」

パティ「海辺のシーラカンスより度胸あること、折り紙つきなのじゃ」

ユーリ「度胸あるのは知ってるよ。でなきゃ、あの業突くじじぃの屋敷に一人で乗り込まねぇだろ」

業突くじじぃという言葉に、ラゴウの屋敷ですねとエステルが言い直す。船の方は、大丈夫なのかよとユーリは独りごちる。

カロル「こんなところ、早く出ようよ」

カロルがそうみんなに訴えた時、ひとりでにドアが軋む音を鳴らしながら閉まる。パティが幽霊の仕業じゃなと言った。パティの言葉にリタが嘘でしょ……!?と顔色を変える。

エステル「きっとこの船の悪霊たちが、わたしたちを仲間入りさせようと船底で相談してるんです……」

体を腕で抱き、恐怖から来る震えを抑える彼女。

リタ「へ、へんな想像しないでよ……!」

エステルの言葉を聞いて、さらに顔色が青くなっている。レイヴンも珍しく、ありえねぇってと焦っている。この状況でも冷静なユーリは、別の出口を探すかと話す。ジュディスは面白そうに、そうね行きましょと歩き出す。

レナ(さすがに勝手にドアが閉まるのは、ひやっとしたわ)

少女は、歩きながら寒気を感じて羽織っているカーディガンを掴んだ。

 

 ユーリ達は傍にあった階段を上がる。ドアに船長室と書かれたプレートがかかっており、ユーリがその扉を開けて、みんなで中に入る。中に入ると、大きな鏡があり、机と小さなテーブルが置いてあった。少し先に進んだカロルが声にならない悲鳴を上げた。カロルが見た方向にレナが灯りを持ってきて視線を向けると、机に突っ伏した状態で白骨化した死体があった。それがかなりの年月が立っていることを示している。ユーリが、小さなテーブルに置かれている本の前に立ち、読み始める。レナは灯りを本に近付けた。

ユーリ「アスール暦232年、プリエールの月13?」

エステル「アスール暦もプリエールの月も帝国ができる前の暦ですね」

リタ「千年以上も、昔か……」

考える仕草をして彼女は呟いた。カロルが千年と聞いてそんなに……と囁く。

エステル「船が漂流して40と5日、水も食糧もとうに尽きた。船員も次々と飢えに倒れる。しかし私は逝けない。ヨームゲンの街に、澄明の刻晶(クリアシエル)を届けなくては……魔物を退ける力を持つ澄明の刻晶(クリアシエル)があれば、街は助かる。澄明の刻晶(クリアシエル)を例の紅の小箱に収めた。ユイファンにもらった大切な箱だ。彼女にももう少しで会える。みんなも救える」

エステルは本……日記に書かれていた内容を読んだ。

エステル「……でも結局、この人は街に帰れず、ここで亡くなってしまわれたんですね……」

悲しそうに呟き、日記の内容に同情している彼女に、リタは千年も前の話よと元気付ける。そばに居たレナも、エステルの手を包んで励ます。

パティ「そんな長い間、この船は広い海を彷徨っておったのじゃな。寂しいのぉ……」

カロル「ボク、ヨームゲンなんて街、聞いたことないなぁ……」

リタ「これがほんとに千年前の記録なら街だって残ってるかどうか」

ユーリ「ま、そうだよな。……澄明の刻晶(クリアシエル)ってのは?」

ユーリはリタに知らないか見るが、リタは知らないと答えた。魔物を退ける力ねぇとレイヴンが呟く。レイヴンの呟きを聞いたジュディスが結界みたいなものじゃないかしら?と言った。ユーリがその辺にないか?とみんなに聞く、パティが探してみるのじゃと腕まくりをした。

レナ「……ねぇ、この白骨死体が大切そうに抱えてるの、紅の小箱じゃない?」

机の方に灯りを持ってきて、少女は指を差した。ユーリ達がそばに近寄る。ジュディスがそうみたいねとレナの言葉を肯定する。カロルがこれが澄明の刻晶(クリアシエル)かな?と遠くから見ている。

ユーリ「日誌に書かれた通りなら、これがそうだろうな」

リタがレイヴンに箱とってよと促す。

レイヴン「イ、イヤだっての。何を言い出すのよ、まったくこの若人は」

両手を前に出し、イヤイヤと首を横に振っておっさんは拒否する。パティが、いい歳して、怖がりなのじゃと辛辣なコメントを吐いた。レイヴンが負けじとパティちゃんはどうなのよと文句を言う。ユーリが呆れて、いい歳して子供張り合うなよとつっこんだ。と四人でやり取りしている間に、ジュディスが容赦なく紅の小箱を持って、レイヴンの前に出す。結構しっかりめに白骨死体は持っていたようで、箱の方に腕が一本ぶら下がっている。レイヴンが情けない悲鳴をあげた。箱の方をレイヴンが持ち、腕の方はジュディスが引き剥がす。

レナ「……ジュディス、大胆だね?」

ジュディス「呪われちゃうかしら?」

ジュディスはちょっと嬉しそう?楽しそう?な感じでニコニコとしながら、腕の骨をきゅっと握る。そんな彼女を見てなんだか恐怖なんて消えちゃったレナは、かもねと笑って返した。レイヴンが箱を開けようとしているが、何やら苦戦している。どうやら、開かないみたいだ。と、カロルが何かに気づいて、物凄く吃りながら指をさす。レイヴンはカロルの指さす方向をみて、驚く。大きな鏡に、骸骨がうつっていたのだ。ジュディスが逆のようねと囁く。カロルがビビりながら何が!?と聞いた。ジュディスは魔物を引き寄せてるってこと、と答えた。鏡の中から、骸骨の魔物が出てきてユーリ達に襲いかかった。とりあえず光属性の攻撃に弱いらしく、エステルはみんなの傷を癒しながら魔術を放つ。他のみんなも、できる限りの攻撃を与えていった。やがて骸骨の魔物が動くなくなる。赤いモヤが骸骨の魔物の中心に出できて、恐ろしい姿が見えるようになる。リタがきゃっと怯えて悲鳴をあげた。そして、骸骨の魔物は鏡の中に帰って行った。パティがあとを追いかけようとするのを、ユーリが止めた。レイヴンが勘弁してよもうと脱力する。ジュディスがじゃあ、返してあげるあの人にと紅の小箱を見て言う。カロルが返した方がいいって!と訴える。そんな中、エステルが口を開く。

エステル「あの……わたし、その澄明の刻晶(クリアシエル)をヨームゲンに届けてあげたいです」

リタが、何を言い出すのよ!と驚いてエステルを見る。

エステル「澄明の刻晶(クリアシエル)届けをギルドの仕事に加えてもらえないでしょうか?」

エステルの申し立てを、カロルはハッキリとだめだよと却下した。

カロル「基本的にボク達みたいなちっちゃなギルドは、ひとつの仕事を完了するまで次の仕事は受けないんだ」

レイヴン「ひとつひとつしっかり仕事していくのがギルドの信用に繋がるからなぁ」

二人は引き受けない理由をエステルに説明した。

ジュディス「あら?またその娘の宛もない話でギルドが右往左往するの?」

前の時の約束をジュディスはきちんと果たす。しかし、それを知らないリタが怒った。

リタ「ちょっと!あんた、他に言い方があるんじゃないの!?」

ジュディスはエステルの言ったことを守っているだけだと分かっているので、怒るリタを待ってと止める。

エステル「ごめんなさい……ジュディス。でも、この人の思いを届けてあげたい……。待っている人に」

エステルは、止めてくれたジュディスに一言謝って、それでも届けたいとみんなに伝える。

ユーリ「待ってる人っつっても千年も前の話なんだよなぁ」

パティ「さすがに千年は待ちくたびれるのじゃ」

カロル「そういうことじゃあないと、思うんだけど」

パティの発言にカロルが呟くようにつっこむ。エステルは悲しそうに考え込んでしまっていた。そんなエステルをみて、リタがあたしが探すと言った。リタ……とエステルはリタを見る。

リタ「フェロー探しとエステルの護衛、あんたたちの仕事やりゃいいでしょ。あたしは勝手にやる」

じゃあボクも付き合うよ!とカロルが言う。ユーリは暇ならオレも付き合ってもいいぜとカロルに続くように言った。二人の言葉に、私も付き合うよとレナが便乗する。

リタ「ちょ、ちょっとあんたたちは仕事やってりゃあいいのよ!」

ユーリ「どうせ、オレたちについてくんだろ。だったら、仕事外として少し手伝う分にゃ、問題ない」

エステルはありがとうございますと、ユーリとリタとレナとカロルに頭を下げた。レイヴンが、若人は元気あがあって良いねぇと後頭部で手を組む。パティがみんな仲がいいのじゃ、リタ姐いいのうと微笑ましそうにリタを見る。リタはパティの方を向いて、あたしは喜んでなんてないわよと照れ隠しをする。そうなのかのとパティは不思議そうにした。

レナ(……リタってやっぱり、ツンデレさんだよね)

窓に目をやったレイヴンが、ん?となにかに気づく。ユーリがどうした?と聞けば、外になんか煙みたいなのが……と答えた。みんなは窓の方にあつまる。その時、発煙筒が上がった。

レナ「これ、発煙筒じゃない?」

ユーリ「駆動魔導器(セロスブラスティア)、直ったか?」

戻ってみようよと、カロルがユーリ達に提案した。

リタ「そんなこと言っても、来た道、戻れなくなっちゃってるわよ」

ジュディス「何かいい方法がないか探してみましょ」

 船長室から出て、書斎らしき部屋に来た。ランプが左右に着いたドアがある。ドアに近づいたカロルがあれ?っとおかしいなぁと言う顔をした。

カロル「さっき、ボクが調べた時、鍵かかってたのに……?」

どうやら、開かなかったはずのドアが、何故か開くようになっていたらしい。ユーリが、こっから戻れるなと呟いた。レイヴンが呪いが解けたなと茶化す。リタが慌ててそれを否定してバカ言ってないで行くわよ!と叫んだ。レイヴンはへいへいと気の抜けた返事をする。

 外に出てみると、船の3階にあたる部分らしく、甲板に降りることが出来れば、フィエルティア号に戻ることが出来る。カロルがそれに気づくが下に降りる方法がないらしかった。どこから見つけたのか、ジュディスが縄ばしごをもって現れた。リタがそれどうしたの?と聞く。

ジュディス「たぶん、こんなこともあるかと思って、この船の中から持ってきたの」

と彼女は答えた。実に用意周到であるとレナは思う。リタは変なのと呟くのだった。カロルがよし、船に戻ろうと勢いよく立ち上がる。その反動で、下に落ちそうになって慌てていた。レナは急いでカロルの手を引く。リタがそれを見てバカっぽい……と囁いた。縄ばしごを使って無事に下に降り、ユーリ達はフィエルティア号に戻った。

 

 戻ったユーリ達にカウフマンが、船の駆動魔導器(セロスブラスティア)が直ったわよと伝える。ユーリがみたいだなと返した。パティは、よかったのじゃとほっとしている。みんなフィエルティア号に戻れたのと、駆動魔導器(セロスブラスティア)が直ったことにほっとしていた。

カウフマン「まったく次々トラブルに巻き込まれて……ここに残ったのが私じゃなかったら、あんたたち置いていくわよ」

彼女は溜息をつきながら、ユーリ達に小言を言った。ユーリはそりゃ悪かった。今後の教訓にするよと返した。それにカウフマンはまったくもう……と呟く。

ジュディス「駆動魔導器(セロスブラスティア)が壊れてた原因は何だったのかしら?」

カウフマン「それが、急に動きだしたのよね。訳が分からないわ」

レイヴン「やっぱり、呪いってやつ?」

エステル「きっと、アーセルム号の人が澄明の刻晶(クリアシエル)を誰かに渡したくて、わたしたちを呼んだんですよ」

少し現実味のない話をするエステルに、リタがあるはずがない!と否定する。続けて死んだ人間の意思が働くなんて……と怯えるように言った。

ユーリ「扉は開かなくなる、駆動魔導器(セロスブラスティア)は動かなくなる、呪いっぽいよな」

レイヴンの言う通りかもなと、これまで起きた不可解なことを思い出したながら彼は頷く。

レナ「案外、エステルの言う通りなのかもね」

少女は、エステルの話に同意した。

パティ「世界は広い、まだまだ人の知識ではわからんことは多いのじゃあ」

リタは違うったら違うの!と叫ぶと、カロルに思いっきりチョップした。カロルが痛みに頭をおさえる。理不尽な八つ当たりにあったカロルは、なんでボク……と涙声で呟いた。

カウフマン「それしても、みんな無事でよかったわよ」

ユーリ「うちの首領(ボス)が、無事じゃないけどな」

ユーリはたった今、リタの八つ当たりで撃沈したカロルを見た。パティが、なんだか悩ましい顔でうーむと唸る。カウフマンがどうしたの?とパティにたずねた。

パティ「故障の原因は分からんが、どっちにしても相当ガタがきとるのじゃ。こんな古いポンコツ魔導器(ブラスティア)を使っとったら、いつか広い海の真ん中で難破すること必至じゃ」

今の駆動魔導器(セロスブラスティア)の状態を見て、パティは変わらず悩ましい顔で話す。リタは、へぇ船絡みだと目端利くのねと感心したように言った。リタの同意に、チョップから回復したカロルがええそうなの!?と驚き、ユーリ達はカウフマンの顔を見る。その圧に負けたカウフマンは、港に着いたら新調することを約束した。もう大サービスだわ……とカウフマンは呟く。とにかくアーセルム号から離れたいのかリタが、ノードポリカに行くことを促した。ユーリは頷き、パティにお願いする。

 その後船は順調に航行し、甲板にいた人たちの目にノードポリカの港が見え始めた。

ジュディス「あれがノードポリカね」

カロル「うん、別名、闘技場都市!」

エステル「かつては罪人同士を戦わせ、貴族たちの熱狂と狂乱を呼んだ。現在はギルド、戦士の殿堂(パレストラーレ)が闘技場の運営権を持ち、市民の娯楽の場になっている、です」

エステルが本で読んで身につけた知識を披露する。

カロル「戦士の殿堂(パレストラーレ)はね、ドンのギルド、天を射る矢(アルトスク)にも匹敵する大きなギルドで……」

カロルが戦士の殿堂(パレストラーレ)について説明していると花火の音がその声を遮った。夜空に花咲くそれは、ユーリ達の目を奪うほど綺麗だ。

レナ(花火……久しぶりに見たなぁ)

ジュディスが、あら綺麗とうっとりとしている。

レイヴン「毎日がお祭り騒ぎってとこか、こりゃいいわ」

パティ「花火にお祭りにおでん、とってもマッチなのじゃ」

パティはもぐもぐとおでんをお頬張っていた。レイヴンがどれ俺様にも一本と、パティのおでんを取ろうと手を伸ばす、それの手をパティははたいた。レイヴンはケチねぇという顔をした。傍から見ていたユーリが、あんたは遊びで来てんじゃねぇだろとつっこむ。レイヴンは、そうだった下っ端はつらいの〜と呟いた。

カロル「ドンの使者なんだからベリウスに失礼の無いようにね!」

レイヴンの方を振り向いて、カロルは念を押す。

レイヴン「なんだよ少年。俺様いつも礼を弁えてるぜ。うひゃひゃひゃ」

レナ(うーん、不安だな)

パティ「大勢で旅をするのはにぎやかそうでいいの」

少し羨ましそうな顔をするパティに、リタがうるさいだけだってのと返した。

カウフマン「おかけで依頼は無事完了よ。約束どおり、積荷を降ろしたらフィエルティア号はあなたたちにあげるわ」

カロル「やったね!ありがとう。大事にするよ」

カロルは嬉しそうに笑った。

ユーリ「それでコゴール砂漠ってのはここから、まだ遠いのか?」

場所を知っているジュディスが、ノードポリカのずっと西ねと答える。

カロル「え、でも途中に大きな山があるんじゃなかったっけ?」

レナ「それって歩きじゃ大変じゃない?近くまで船で行けたりしない?」

少女の問いに、ジュディスはきっと無理ねと返す。

ジュディス「砂漠に行くこと自体珍しいのに船がつけるところあるとは思えない」

少女は、そっかと返した。

リタ「ね、本当に行くつもり?前も言ったけど、本当に危険なところなのよ。そんなところにあんた行かせるわけには……じゃなくて……!」

エステルが心配でたまらない彼女は、顔を手で覆いながら言葉を紡ぐが、素直になれなくて言葉が上手く出てこない。パティが入港するのじゃと皆に知らせて、船はノードポリカの港に着船した。

 

―闘技場都市 ノードポリカ

 

 カウフマンは積荷を降ろし終わると、桟橋を歩くユーリ達にご苦労様どうもねと声をかけた。カロルがこちらこそ大助かりだよと返す。ユーリがお互い様ってやつだと付け加える。カウフマンの後ろに痩せた男性が駆け寄ってきた。いつもお世話になっておりますとカウフマンに言って平身低頭した。

カウフマン「またどこかの遺跡発掘?首領(ボス)自ら赴くなんて、いつもながら感心するわ」

男「い、遺跡発掘は、わ、私の生き甲斐、ですから」

カウフマンと男が話しているのをみて、リタがあれ誰?とレイヴンに聞く。レイヴンは遺構の門(ルーインズゲート)首領(ボス)ラーギィよとリタに教える。リタは遺構の門(ルーインズゲート)?何か覚えがある……と呟くと考え込んでしまった。レイヴンはそりゃあ、帝国魔道士の遺跡発掘をお手伝いしてるギルドだしと補足すると、リタは納得した。ラーギィはカウフマンにまた頭を下げると、その場から歩み去った。エステルがラーギィを見て、いい人そうですねと呟いた。

リタ「ねぇ、前に兵装魔導器(ボブローブラスティア)を売ってるギルドの話をしてたわよね」

ユーリが海凶(リヴァイアサン)の爪か?と名前を出す。リタは頷く。

リタ「そこに魔導器(ブラスティア)を横流ししてんのあいつらじゃない?」

と、話を聞いていたのだろうカウフマンが、強い口調で遺構の門は完全に白よと言い切った。ユーリがなんでそう言い切れるんだ?と問う。レイヴンが温厚で、まじめに、こつこつと。それが売りのギルドだならなぁと遺構の門(ルーインズゲート)について説明する。リタはじゃあだれが?と考え込んでしまっている。

カウフマン「じゃ、もう行くわね。フィエルティア号、大事に使ってあげて。駆動魔導器(セロスブラスティア)の交換とトクナガの移送は手配しておくわ」

ユーリがああと返事する。最後に凜々の明星(ブレイブヴェスペリア)、頑張ってねとカウフマンは言うとカロルの元気な返事を聞いて去っていった。リタはぶつぶつと言いながら思考の海に潜っていた。パティはんじゃうちは行くのじゃと去ろうとするのを、カロルがえ?どこへ?と聞いた。

パティ「うちにはうちのやることがあるのじゃ」

レナが宝探し?と言えば、パティはじゃのと頷く。

パティ「色々と世話になったな」

カロル「うん。こちらこそ、船の操縦ありがとう」

パティ「それじゃあ達者でな。道中気をつけろ」

ユーリがお前がなと返し、パティはどこかへ駆け出して行った。

レイヴン「んじゃこっちはこっちの仕事してきますかね」

ジュディス「手紙、届けるのよね?ベリウスに」

レイヴンはそそと返す。カロルがボク達も行ってみようよと提案する。

ユーリ「そうだな。フェローの事、なんか知ってそうだしな。挨拶がてら、おっさんをダシにして会ってみようぜ」

カロル提案に、ユーリは頷く。

レイヴン「だだ漏れで聞こえてるんだが……それにしても……挨拶ねぇ」

おっさんは呆れつつ、渋い顔をした。

カロル「何?なんかあるの?」

レイヴンの様子が気になったカロルが聞くが、レイヴンはいや?なーんも?とはぐらかした。

エステル「べリウスさんはどこにいるのです?」

カロル「戦士の殿堂(パレストラーレ)首領(ボス)だから、闘技場に行けば、会えるんじゃないかな?」

ユーリ達、まず闘技場に向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ノードポリカ

―闘技場 ベリウス私室前

 

 ユーリ達はベリウスの部屋の前まで来ていた。ドアの傍にいる戦士の殿堂(パレストラーレ)の一員であろう人が、立ち入りは控えろと注意する。

カロル「そのベリウスさんに会いに来たんです」

カロルの言葉になんだって?お前たちは誰だ?と、男はたずねる。

カロル「ギルド、凜々の明星(ブレイブヴェスペリア)だよ」

カロルは男にそう伝えた。

男「……聞かない名前だな。主との約束はあるか?」

レナ(聞かない名前……ね。そりゃ最近できたばっかのギルドだし、仕方ないわよね)

カロルはえ?や、約束?と露骨に焦り出す。

男「残念ながら、我が主は約束のない者とは会わない」

レイヴン「ドン・ホワイトホースの使いの者でも?」

男はドン……と呟き、顔を引締めこれは失礼と一言謝った。

男「我が名はナッツ。この街の統領(ドーチェ)代理を務めている。我が主への用向きならば私か承ろう」

レイヴン「すまないねぇ、一応ベリウスさんに直接、渡せってドンから言われてんだ」

レイヴンはドンから預かった封書をヒラヒラさせる。

ナッツ「そうか……しかしながら、ベリウス様は新月の晩しか人に会われない。できれば、次の新月の晩に来てもらいたいのだが……」

リタが次の新月か……と呟く。カロルはなんで新月の晩だけ?と不思議そうにした。

リタ「そういう主義なんでしょ。わかんないわよ、他人の考え方なんて」

彼女はそっぽ向いて、カロルに言った。

ジュディス「満月はつい最近だったし、新月はまだまだ先ね」

ジュディスの言葉に、レイヴンは出直しますかとみんなに言った。カロルも居ないんなら仕方ないよねとレイヴンに同意する。ナッツは、わざわざ悪かったなと首領(ボス)の代わりに謝る。ドンの使者が来たことは、ベリウスに伝えてくれるらしい。レイヴンは頼むわとお願いした。

レナ「じゃあ、今の内に砂漠の情報を集めるってのはどうかな?」

少女の提案にカロルは頷き、フェローの情報もねと付け加えた。

リタ「あたしはエアルクレーネの情報探したいんだけど」

エステル「これだけ、人の集まる場所なら期待できそうですね」

エステルはニッコリと微笑んだ。

レイヴン「おっさんは先に宿に行ってて良い?とりあえずドンに経過報告の手紙出しとくわ」

ユーリはああと頷く。レイヴンはその場を後にした。リタがじゃああたしらも行こと皆に言って、闘技場から出た。

 

 ある程度情報収集し、レイヴンが待っているだろうとユーリ達は宿屋の前に来ていた。宿屋のおばちゃんが、お泊まりかい?とユーリにたずねてきた。ユーリが、連れが来ていると思うんだけど……と言えば、おばちゃんは首を傾げて今日はまだ誰も来てないけどねと返ってきた。

ユーリ「……ふらふらとしょうのないおっさんだな」

呆れながら彼は呟いた。

エステル「だったら、もう少しいろいろお話聞いて回りませんか?」

彼女が持ち掛ければ、ユーリはだなと頷いた。

 街で聞き込みをしていると、パティを見かけた。何してるんだろ?とカロルが様子を見る。一緒に様子を見ていたエステルが買い物みたいですねと囁いた。パティに対する街の人たちの態度がどこがぎこちない。どうやらパティがアイフリードの孫なのではないかと思っているらしい。カロルがえ?孫?と首を斜めにする。街の人はパティにもううちに買いにこないで下さいと言った。

パティ「それは……うちがアイフリードの孫だからかの?」

パティは街の人に背を向けた。街の人はうちは言いけれど、他のお客さんが気にするから……と気まずそうにする。そばにいたお客は、続けるように話した。その内容は、ギルドの義に反し、民間人を殺戮した人物の孫だからということだ。パティは何も言えない。

レナ(あれは、アイフリード達が悪いわけじゃない。巻き込まれたんだ。帝国の実験に……。帝国が隠蔽して、今街の人達が知っている話にしたんだ。けど、その家族だからとパティを除け者にするのは違うっ)

話を聞いていた少女はグッと手を握り、パティ達の前へ進む。

レナ「随分と、くっだらない話をしてるね」

街の人は何だい?と少女の方に振り向く。

レナ「私と変わらない歳の子に、なんの責任があるの?この子が直接なにか悪いことでもした?」

パティ「……レナ、そうカリカリするな。いつものことなのじゃ」

いつものこと、その言葉に少女は唇を噛む。

リタ「あんたね、この子はあんたのことを思って……」

リタはパティの方へ歩きながら言った。

パティ「心配せんでも、うちはすぐにこの街を出ていくのじゃ」

レナ(……どうして、パティはなにも、何も悪くないのにっ)

んじゃのとパティはユーリに手を振ると、どこかに走っていってしまった。

リタのあ、ちょっとあんた……と、伸ばした手が空気を掴んだ。少し間を開けて、リタが……まったくと呟く、

エステル「……パティがアイフリードの孫って……どういうことでしょう?」

レナ「そのまんまの意味なんでしょう?誰も知りえない家族がいたんじゃない、アイフリードには」

少女はパティ自身がその人であることを知っていてわざと的はずれな予測をする。

カロル「そんな話聞いたことないけど……本当なのかな?」

ユーリ「さぁ……どうだろうな。にしても、アイフリードってそこまで評判悪いのか?」

カロル「ブラックホープ号事件でギルドの信用を地に貶めたから、ギルドの関係者は悪くいう人が多いよね」

カロルの答えに、なるほどなとユーリは眉をひそめた。それから、ユーリは宿屋に戻ろうと踵を返して進みだす。

エステル「あ……ユーリ。パティ、ほっといていいんです?」

彼女は心配そうな顔をしていた。

ジュディス「あの子のことよ。強く生きるわ、きっと」

ユーリ「ああ、それより早く帰らないとおっさん待ちくたびれてまた悪さを始めかねないぜ」

エステルはそうですねと、歯切れ悪く言った。皆、宿屋に帰る中、レナは俯いていた。気づいたジュディスが、置いていくわよ?とレナに声をかける。レナはハッとした表情で、ユーリ立ちに追いつくように走った。

 

 宿屋の前に行けば、さっきおばちゃんがいる。おばちゃんはユーリを見るなり、もしかして、アンタのお連れさんって派手な服装のへらへらした人かい?とたずねる。ユーリはああ、そのヘラヘラだと同意する。おばちゃんはそうかいと確認をとると、お代はもらってるから、好きに休んでおくれなとにこやかに中へ通してくれた。休むように皆にユーリが声をかけ、それぞれ自由時間となった。

 少女は、なんとなく寝れなかった。いや、理由はわかっていた。近づいている、ベリウスとエステルの事が。やはり人が死ぬと言うのは悲しいとレナは思う。だからこそ、ベリウスを出来れば助けたいと願う。けれど、その方法が……、思いつかない。このままでは、助けることなど出来ないと、子供でも分かることだ。先回りして魔狩りの剣を止める……とか?なら、途中でユーリ達と別れないといけない。私、一人で、あの人数のそれも強者揃い達を止めることが出来る?ベリウスでさえ、苦戦したのに?……現実的じゃ、ないのかな。少女は、一旦思考を止めて寝ている人を起こさないように身動ぎする。寝る前の考え事は完全に目を冴えてさせてしまった。仕方なく外の空気を吸おうと、寝ている仲間を起こさないように細心の注意を払いながら、寝具から出た。

 少女が外に出ると、船の下に誰かいるのが見えた。記憶を振り返る限り、おそらくユーリとエステルだろう。何気に人と被ることが多いなぁなんて思いながら、レナは石像を通り過ぎてユーリ達とは違う方の桟橋へ歩く。時折吹く潮風は海の匂いを運び、少女に爽やかな気持ちを与える。ふと上を見れば、他の星よりも特に輝く星が見えた。

レナ(あれは……凜々の明星。確か、昔話があるんだっけ?その話に満月の子って名前が出るんだよね。詳しくは覚えてないけど)

レナはある程度歩いたところで立ち止まり、深呼吸をした。少し冷えた空気が不安でいっぱいだった心を軽くしてくれた気がした。ふと後ろから足音がして振り返ると、ジュディスが居た。

レナ「……ジュディス、どうしたの?」

少し驚きながらも少女は、何かあったのかなと思いジュディスの方を見上げる。

ジュディス「何も。ただ、レナが外に出ていくのを見たから、気になったの」

いつもの調子で彼女はニコリと微笑う。

レナ「そっか。ありがとう。考え事してたんだけど、上手くまとまらなくて、ね。だから気分転換に外の空気を吸おうと思って」

海の方に視線を戻した少女の顔は、少女の後ろに立っているジュディスからは見えない。

ジュディス「そうなのね。よければ、話してみたら?」

予想外の提案に少女は軽く目を見開く。

レナ「えっ……でも、その、話せない事だから」

気まずそうにするレナに、ジュディスはそうとだけ返して、空を見上げた。

レナ「……ごめんね。ジュディスの事を信用していないとか信頼していないなんてことは無いの。ただ、私が悩んでいることは、誰であっても話せないことだから」

少しの沈黙を切り裂くように、レナは話す。さっきの言い方は、ジュディスを傷つけたかもしれないと少女は思った。せっかくの善意を断ってしまったから。

ジュディス「いいのよ、別に。気にしてないわ。女の子は秘密があって普通だもの」

そんな少女の気持ちを知ってか知らずか、ジュディスは確かに優しさを感じる温かな声で言った。おちゃめに、ウィンク付きだ。レナはふふっと笑って、ありがとうと言うのだった。

ジュディス「さぁ……そろそろ戻りましょ?あの人達が心配するんじゃないかしら?」

レナ「そうだね、戻ろうか」

レナとジュディスはその場を後にした。

 

―翌日

 

 宿屋から外に出てきたユーリ達に最初に聞こえたのは怒鳴り声だった。ユーリ達は足を止める。見ている限り、どうやら喧嘩らしい。喧嘩している男性二人は剣を構えて対峙していた。その傍で、喧嘩を仲裁しているラーギィがいた。しかし、外野は黙ってろと男性はいってラーギィに剣を向ける、その瞬間ユーリは駆け出しラーギィに向けられた剣を弾いた。

ユーリ「物騒なもん振り回すなよ」

と言った彼に向かって、もう一人の男性がユーリに剣を向けた。同じようにジュディスが割って入り槍で剣を弾く。ジュディスに剣を弾かれた男は驚いて後ろに退く。

ジュディス「私が悪いのなら後で謝るわ。あなた達が悪いのだとは思うけれど」

彼女はにこやかに言い切った。男性二人は場が悪いと思ったのか舌打ちをしてバツの悪そうな顔で去っていった。エステルが、だいじょうぶです?とラーギィに声をかける。ラーギィはご親切にどうもと頭を下げる。

ラーギィ「あ、あなた方は、た、確か、カウフマンさんと一緒におられた……」

カロル「ギルド、凜々の明星(ブレイブヴェスペリア)だよ!」

少年は元気よく堂々と名前を宣伝した。リタからちゃっかり宣伝してるしとツッコミが入る。ジュディスは、あらいいじゃない?とニコニコしている。

ユーリ「あんたは……遺構の門(ルーインズゲート)のラーギィだっけ?ケンカを止めたいんならまずは腕っ節つけな」

ラーギィ「あ、はい、すみません……。あ、あの、皆さんを見込んで、お願いしたいことが、ありまして……」

カロル「遺構の門(ルーインズゲート)のお願いなら放っておけないね」

ユーリ「ま、内容にもよるな。なんだ?お願いって」

ラーギィ「こ、ここで話すのはちょっと……。と、闘技場まで、来てください。そ、そこでお話します」

といって、ラーギィは闘技場に走っていった。

レイヴン「人に聞かれたくない話か……。なんなヤバそうだねぇ」

彼はどこか怪しいと腰にある武器を触る。

カロル「でも、遺構の門(ルーインズゲート)に顔が通れば、ギルドでの名も上がるし……」

ジュディス「欲張るとひとつひとつがおろそかになるわよ。今の私たちの仕事は……」

レナ「フェローの探索とエステルの護衛……だもんね」

中途半端になるとジュディスはカロルに注意し、今やるべき事をレナがしめす。

カロル「そうだね……うん、気をつける」

カロルは納得し、反省した。

エステル「でも、話聞いてから、受けるかどうか決めても遅くないのでは?」

エステルの提案に、ユーリはそうだなぁと悩む。

リタ「しょうもない話だったら、断るわよ。あたしたち、それどころじゃないんだから」

彼女はすっぱりと言い切った。ユーリは闘技場の方を向いて、とりあえず話聞くだけでもするかと皆と闘技場の中へ向かった。

 

 ユーリ達は闘技場に入り、ラーギィが待っているであろう場所に向かう。先程見た姿がそこにあった。

ユーリ「受けるかどうかはまだ決めてないぜ。話を聞いてからだ」

ラーギィ「じ、実は、戦士の殿堂(パレストラーレ)をの、乗っ取ろうとしている男を倒していただきたいんです」

少女の目がすぅと細くなる。カロルは、乗っ取り!?この街を!?と、ビックリしている。

ジュディス「いきなり、物騒な話ね、それ」

リタ「でも、なんであんたがそれを止めようとしてんの?別のギルドのことだし、ほっとけばいいじゃない」

リタは怪訝そうな顔をしている。

ラーギィ「パ、戦士の殿堂(パレストラーレ)には、と、闘技場遺跡の調査を、させてもらっていまして」

カロルそれに、そっかと呟く。

カロル「そういや、この街、すっごく古いんだよね」

少年は納得した表情をする。

ラーギィ「も、もし別の人間が上に立って、こ、この街との縁が切れたら、始祖の隷長(エンテレケイア)に申し訳ないです」

レナ(始祖の隷長(エンテレケイア)……ここでその話が出てくるんだったか)

カロルは始祖の隷長(エンテレケイア)ってなに?と初めて聞く単語に不思議そうにしている。

ラーギィ「あ、すみません……ご、ご存知ないですか。こ、この街を作った古い一族で、我がギルドとこの街の渡りをつけてくれたと聞いています」

ユーリは、ふーん、古い一族……ねと囁く。

カロル「それって……クリティア族のこと?」

カロルはジュディスを見上げて聞く。ジュディスは一瞬考える素振りをして何も言わない。

レイブン「んで、どこの誰なのよ、その物騒なヤツって」

彼は少し脱線した話を、元の話に戻す。

ラーギィ「と、闘技場のチャンピオンです」

リタは、はあ?なに、それ?と不可解だと声を出す。

ラーギィ「や、奴は大会に参加し、正面から戦士の殿堂(パレストラーレ)に挑んできたそうです。そ、そして、大会で勝ち続け、ベリウスに急接近しているのです。と、とても危険な奴です、

ベリウスの近くからは排除しなければ……」

レイブン「そりゃ、戦士の殿堂(パレストラーレ)も、追い出すに追い出せないわ」

ユーリ「で、早い話が、オレたちが大会に出て、そいつに勝てって話なんだな」

ラーギィ「え、ええ、きょ、恐縮です」

話を聞いていたリタは、まわりぐどい……と呟く。せっかちなところがある彼女のことだ、直接相手をぶっ飛ばしたいと考えているかもしれない、なんてレナは思う。

リタ「そいつの目的って本当に闘技場の乗っ取りなわけ?」

ラーギィ「もも、もちろん、おお、男の背後には、海凶(リヴァイアサン)の爪がいるんです!海凶(リヴァイアサン)の爪は、この闘技場を資金源にして、ギ、ギルド制圧を……!」

大きい声を出したからか、ラーギィはごほごほと咳き込んだ。

ユーリ「キュモールの野郎あたりが考えてそうな話だな……」

ユーリの言葉にカロルはまさか……と呟く。

レナ「ありえない話ではないでしょ?現にキュモールと海凶(リヴァイアサン)の爪は繋がってる」

腕を組んで少女は言う。

ユーリ「さぁ、薮をつついたら、何が出てくるのかね……」

ユーリは唇を噛む。エステルが胸の前で拳を握りしめて叫んだ。

エステル「どちらにせよ、海凶(リヴァイアサン)の爪が関わっているのなら止めないと!帝国とギルドの関係が悪化するばかりです」

そう話す彼女をジュディスは冷ややかな目で見る。

ジュディス「フェローはどうするの?こんなのじゃいつ会えることか」

エステルはで、でも……と口ごもる。

ジュディス「あなた、本当にやりたい事ってなんなの?」

エステルは、本当にやりたいこと……と考え込む。

ラーギィ「あ、あの、すみません。難しいでしょうか?」

申し訳なさそうに眉を下げる彼に、ジュディスは難しくは無いわと声をかける。エステルはえ?と驚いてジュディスをみる。

ジュディス「やるんでしょう?話を聞いてしまったし」

ジュディスは少し微笑みながらエステルを見た。

カロル「う、うん。ギルドとしても放っておけない話、かもしれないし……」

レイブン「んじゃ、誰が出るわけ?」

カロル「エステルやリタ、レイブンにはお願いできないよ。これは遺構の門(ルーインズゲートに)に対して凜々の明星(ブレイブヴェスペリア)が受ける話だもん」

こういう時、カロルはしっかりとしている。安易に頼らない所が。リタがそれじゃあ……と考える。

ユーリ「悪ぃけど、ジュディと、どこかでぶつかるのは勘弁だな」

戦闘で何度も見ているジュディスの強さを知っているからこそだった。

ジュディス「あら?私はやってもよかったのに、残念。今回はおとなしくしてるわ」

彼女は心底残念そうな声を出す。

ユーリ「ちなみに、レナもダメだからな」

レナ「えっ」

ちょっと出てみたいと思っていた少女は少しびっくりする。

ユーリ「あたりまえだろ?あぶねぇしな」

レナ「……わかった」

ちょっと不服そうな声で、少女は頷いた。

ユーリ「首領(ボス)が出るまでもない。オレで良いだろ?」

カロルは、少し張りきってそうな彼に、あ、うんと二つ返事を出すしかなかった。

ラーギィ「あの……お、お引き受けくださるので……」

ラーギィが確認をとる。

ユーリ「ああ。チャンピオン倒しゃギルドの名もあがるしな。オレ達にとっても悪い話じゃない」

ユーリの話に、カロルはうん、そうだねと頷く。

ラーギィ「では、じゅ、準備が出来たら、う、受付で、手続きしてください」

とういう訳で、ユーリは闘技場で受付を済ませ、参加することになった。

 

 ユーリ以外のレナ達は観客席で、ユーリを見守っていた。一人一人、挑戦者が出てくる度に観客の熱狂的な声が渦巻く。なんとフレンまで出できてエステル達はびっくりしながらもしばらく観戦を続けていたが、突如飛び入り参戦が入る。ユーリの前に立っていたのは、ザギだった。ザギが手を掲げると、何かが飛び出す。カロルが、うわあれ何!?と驚いた顔をしていた。

リタ「魔導器(ブラスティア)よ!あんな使い方するなんて……!」

彼女の表情は怒りに染まっている。

レイブン「なんか気持ち悪くて、動悸がするわ」

彼は胸を撫でながら嫌そうな目をした。ジュディスがあの魔導器(ブラスティア)……と呟くと、ユーリの方へ駆け出した。

レナ(死んでないと思ったけど、実際見るとしぶといと思っちゃうわね)

下に降りたジュディスを追いかけながら少女は思った。後ろからエステル達もついてくる。

ザギ「さぁ、この腕をぶちこんでやるぜ!ユーリ!」

物騒な腕を見せびらかして彼に、しつこいと嫌われるぜ!とユーリは言った。ユーリの言葉を遮るようにザギはユーリ達に襲いかかる。素早くレナは、皆にシャープネスとバリアーをかける。数々の魔物との戦闘で痛みには耐性がついてきた。この程度なら、少女にとっては問題ない。前衛をユーリとラピードとジュディス。中衛をレイブンとカロル。後衛をレナとエステルとリタで陣営をとる。しかしザギが狙っているのはユーリの為、基本ヘイトがユーリに向いている。それを引き剥がすようにラピードどジュディスが追撃していく。レイブンが弓矢で翻弄し、リタは魔術を放って追撃の援助をしていた。エステルは傷ついた仲間の傷を癒していく。少し苦戦を強いられたが、ザギを退ける。崩れ落ちるように膝をつき、魔導器(ブラスティア)の付いた腕を握ってザギは苦しみ出した。

リタ「制御しきれてない!あんな無茶な使い方するから!」

ザギは腕をおさえながら、魔導器(ブラスティア)風情が俺に逆らう気か!と文句を言って、腕をそのまま中に掲げる。それはエネルギーを放ち、魔物を封じ込めていたのであろう結界を壊した。ユーリ達のいる場所に一気に魔物が押し寄せる。ユーリはどうしてこんなところに!?と驚いている。

フレン「見世物のために捕まえてあった魔物だ!たぶん、今ので魔物を閉じ込めていた結界魔導器(ブラスティア)が壊れたんだ!」

彼はそう説明しながら走っていく。ザギは腕をおさえたまま苦しながら逃げていく。ジュディスが逃がさないわと追いかけようとした時、エステルが魔物に襲われ倒れる。仕方ないと、ユーリ達は魔物を掃除することにした。退治しても退治しても、次から次へも魔物が押し寄せてくる。みんな疲弊していた。

レイブン「こりゃ、ちょっとしんどいねぇ」

彼は構えていた弓をだらりとさげ、音を上げる。

リタ「口じゃなくて、手動かして」

そんなレイブンに厳しい口調で言いながら、リタは詠唱を始める。その瞬間、リタの詠唱を中心にいつもより強い光を広範囲に溢れ出す。カロルが異変に気づき、何!?とリタの方を見た。リタはそのまま魔術を放つと、いつもより威力が高く、ファイアーボールは大きな爆発になった。

リタ「ちょっと……どういうこと!?」

魔術を放った彼女は、想定外の威力に驚く。そしてエステルが持っていた紅い小箱を見た。エステルは持っていた箱をみてこの箱のせい……?と呟く。レナはその箱が奪われることを知っている。エステルの近くに待機していた少女は、だめ……!と声を上げて、箱を守ろうとした。しかしラーギィに邪魔ですと押し飛ばされ箱を取られた。押し飛ばされたレナは魔物が群がっている場所に転がる。リタがレナっ、あいつ!と驚いている。エステルは一瞬の出来事にポカンとしていたが、すぐに押し飛ばされたレナに駆け寄ろうとした。しかし、魔物が邪魔をしてレナのそばに行けない。

レナ「ッ!!……あ」

レナ(しまった!魔物に囲まれたっ)

少女は一瞬だけ恐怖を感じるがすぐに擦り傷だらけの体を起こし、素早く魔術の詠唱を始める。やらきゃやられる、それが魔物と戦うということ。

レナ「狂気と強欲の水流、旋嵐の如く逆巻く!……タイダルウェイブ!!……っ」

水の上級魔術。代償は侮れないが広範囲の魔術は、レナの周辺にいた魔物を一掃した。魔物が消えたのを見計らってエステルはレナに駆け寄る。

エステル「レナっ!だいじょうぶですか!?」

傷がないかあちこち見るエステルに少女は心配をかけまいとニコッと笑った。

レナ「うん!平気っ!」

大丈夫そうな少女をみて、エステルは一旦ほっとする。ユーリ達の頭上からフレンの部下を指揮する声が響く。

ユーリ「オレたちも行くぞ!」

ユーリはみんなに声をかける。

リタ「ジュディスと犬っころが先に行ったわよ」

指で方向をさしながら彼女はいった。

レナ(あの状況でよく見てたな……)

意外と周りを見ているリタに少女は感心する。

レイブン以外はその方向にかけ出す。置いていかれるレイブンはちょっとまっててばと言いながら後ろから走ってきていた。

 

 ノードポリカの出口に向かうとジュディスが居た。

ジュディス「街の外に逃げられたわ」

ユーリ「……逃げ足の早い野郎だ」

ユーリは舌打ちをする。ジュディスはまだラピードが追ってると指さし、つけくわえる。

ユーリ「ラピードが追いついてくれてるといいんだが」

カロル「それにしても、どうなってるの?なんで、ラーギィさんが?」

カロルは首を傾げる。

レイブン「どうやら、はめられたっぽい?」

ユーリ「らしいな。フレンの任務を妨害するためにオレ達をけしかけたんだろ」

エステルが任務……?と反応する。

ユーリ「お姫様を連れ返しにって事じゃなさそうだぜ。それなら闘技場の大会に出たりしないからな」

エステルはじゃあ一体何なんでしょうとユーリに聞く。

ユーリ「さぁな。ラーギィの思惑を邪魔するものだったてのは間違いなさそうだ」

カロル「でも、あの温厚そうなラーギィさんが……」

騙されたんだと落ち込むカロル。

リタ「箱を奪ってった時のあいつは温厚のなんてもんじゃなかったわよ」

先程のことを思い出してか苛立ちながら彼女は吐き捨てた。

レイブン「遺構の門(ルーインズゲート)は表向きの顔ってヤツかもねぇ……」

顎を撫でながらレイブンは言う。

レナ「……完全に騙されてたね」

(でも、あれはラーギィさん本人ではない。いつから入れ替わってたのかは知らないけど)

ジュディス「それにしてもあの箱を持っていくなんて」

彼女は不思議といった顔をしていた。

エステル「澄明の刻晶(クリアシエル)って一体、何だったんでしょう?」

エステルは疑問を口にする。

リタ「わかっているのはあたしの魔術があの箱のせいで暴走したってことくらいかしら。あんなふうに武醒魔導器(ボーディブラスティア)が制御できなかったのなんて初めて……」

リタは考えながら呟く。

レイブン「ねぇ、喋ってる暇あったら、ワンコ追いかけた方がいいんじゃないの?」

レイブンの提案に、ジュディスがそうね行きましょとのる。ユーリ達は今はラピードを追いかけることにした。

 

 街の外に出る時、ラピードが戻ってきた。エステルが、ラピードと嬉しそうにする。戻ってきたラピードは何かを咥えていた。ラピードを撫でるエステルを横目に、ジュディスがラピードから受け取り、皆に見せる。おそらくラーギィがみにつけていた布の切れ端だ。ユーリはそれがあれば匂いで追えるなとラピードを見る。ラピードは返事をするようにワンっとひと鳴きした。

リタ「あの箱を取り返さなきゃ!」

彼女は息巻く。そんな彼女に、それもあるんだけど……少女は続ける。

レイブン「ギルドは裏切りを許さない」

レイブンの言葉に、うん……とカロルが頷く。

ジュディス「西の山脈は旅支度がないまま通り抜けるのは無理だと思うから追い詰められそうよ」

ジュディスの情報を聞いて、ユーリはああとっ捕まえるぜと気合を入れる。エステルはラピードから離れると闘技場の方を向いて、大丈夫でしょうか?と気にかける。ジュディスは気になる?と聞く。

カロル「じゃ、エステル達はここで待ってる?」

闘技場を気にするエステルにカロルはそう提案する。エステルはえ?とカロルを見る。

レイブン「これはギルドの問題だしな。お嬢ちゃん達が着いてくる理由は、ま、ないわな」

リタ「ゴメン、エステル。あたしは行くわ。あの箱が気になるし。それにあの箱盗んだバカに落とし前つけたいから」

リタの話を聞いて、エステルはわたしは……と悩む。ユーリは自分で決めなと言う。エステルは決心が着いたようで、行きますと答えた。

エステル「騎士団を妨害しようとしたのなら何か帝国にも関係あるかもしれないから」

ユーリはエステルの答えにそっかと返す。

ユーリ「ま、闘技場の方は大丈夫だろ。フレンが上手くやるさ」

リタ「じゃあ、準備が整ったら早速追いかけよ」

ユーリ達は西の方へ向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カドスの喉笛

 先導し走るラピードをユーリ達は追いかける。途中、疲れているエステル達を待ちながらも走り続け、やがて山肌にぽっかりと口を開けている薄暗い洞窟の中へ入っていった。そこは、カドスの喉笛と呼ばれている場所だった。

 

―カドスの喉笛

 

辺りを見渡したリタが、見当たらないわねと呟く。ここを進んだんでしょうかとエステルは言った。

レイブン「これを抜けて山の向こうに逃げたってこと?」

彼は首をひねる。

カロル「でも、ここはカドスの喉笛って言われている洞窟で、プロテプスって強い魔物が棲んでて危険なとこなんだって。前にナンが言ってた」

カロルの話を聞いてジュディスが口を開く。

ジュディス「それを知らなくて進んで行ったのかしら」

レナ「私にはそんな命知らずな人には見えないけど。案外近くに潜んで、その場をやり過ごそうとしてると思う」

ラピードがワン!と吠え、走り出し岩陰に隠れていた男に噛み付いて引きずり出した。

ラーギィ「あわわわ……は、はなして、く、ください」

最初はじたばたとしていたが、観念したらしい。

ユーリ「レナの予想通りだったな。隠れてオレたちをやり過ごすつもりだったらしいな」

レイブンはパチパチっと気合を入れるように手を鳴らす。

レイブン「さぁて。じっくり話を聞かせてもらわないとな」

ユーリ「オレたちを闘技場に立たせてどうするつもりだったんだ」

レイブンとユーリはラーギィに詰め寄る。

リタ「とにかく、箱を返しなさい!」

そう言われたラーギィは、仕方ないですねと囁くとちょっと手を掲げた。そのとたん、赤目が数人ユーリ達の前に現れた。エステルは、海凶(リヴァイアサン)の爪!?と驚く。彼らは声もなくユーリ達に襲いかかった。

彼らに弱いと判断されたのか、真っ先にレナに赤目が一人飛びかかる。素早い動きに避けきれないと判断した少女は、腰に帯刀していたダガーナイフを抜いて刃を受け止めた。しかし力に差があるのは当たり前。受け止めていた刃をいなすと同時に詠唱していた魔術を発動させた。

レナ「っ……フォトン!」

瞬間、光がレナと敵の間に集まり弾ける。ほんの少しの目くらましと攻撃だった。赤目は薄暗い洞窟での急な眩しさに目が眩んだようで、後ろに少しよろける。レナはその間にバックステップを踏んで、敵と距離を取った。

レナ「……蒼き命……以下省略!アクアレイザー!」

魔術により赤目の足元から上へ水流が発生する。宙に投げ出され、狭い洞窟のため天井にぶつかり赤目は為す術なく地面に向かって落ちた。起き上がる様子は無い。少女はほっとした。周りを見れば、ユーリやジュディスが他の赤目たちを制圧している。さすが戦闘マニア?だなと少女は思った。赤目たちが撤退したところでユーリは顎に手を当て、遺構の門(ルーインズゲート)海凶(リヴァイアサン)の爪はつながってたってところかと呟く。

リタ「手伝うふりして、研究所のものかすめ取って横流ししてたのね……」

リタは肩を震わせて、ゆるせない……あいつら……と激怒する。

カロル「正しいギルドで有名な遺構の門(ルーインズゲート)がそんな悪さをするなんて……」

そう呟くカロルの横を通り抜けてジュディスが先を歩き出す。あわててカロルは危ないってばと声をかける。ジュディスは振り返って、あらでも追わないと逃がしちゃうわと返した。

カロル「さっきも言ったでしょ、危険な魔物が棲んでるって」

レイブンもカロルの意見に賛成なのか、もうやめとこうぜと止める。

レイブン「俺様、ベリウスに手紙渡す仕事まだなのにノードポリカから離れちゃったら。またドンにしんどい仕事、回されちゃう」

おっさんはゲンナリとする。

リタ「あたしは追いかけるわよ。あんなヤツに遺跡から出た大切な魔導器(ブラスティア)を好き勝手にさせないわ!あの箱も返してもらう!」

そう意気込む彼女に、エステルも私も行きます!と頷く。

リタ「何言ってんの!あんたは待ってなさい」

リタはエステルに振り返る。エステルは待ちませんと首を横に振る。頑固な姫様にユーリは笑う。

ユーリ「こりゃ凜々の明星(ブレイブヴェスペリア)としてはついて行かざるを得ないぜ」

ユーリはカロルに目配せする。

カロル「……そうだね、エステルの護衛がボクたちの仕事だもんね」

カロルは渋々、ギルドの仕事だからと頷く。

レナ「……なんとかなるよ」

ジュディス「みんなと一緒なら、ね」

レイブン以外の皆は洞窟の先へ歩き出す。

レイブン「ん〜俺様行かなくていい?」

そう聞くおっさんに、ユーリは適当にああと返事をして、ドンのお使いがんばれよとあしらう。

レイブンはユーリの返しに、不満そうな声を出してなんだよ〜引き止めてくれよ〜と悲しそうに言ってユーリ達を追いかけた。

 洞窟の先を進んでいくと、よっこいせと声が聞こえた。レイブンがなんか聞こえなかった?とみんなに声をかける。皆が立ち止まると、ここなのじゃとまた声が聞こえた。突然現れた人影にカロルはびっくりして、その姿を確認するとパティ?と首を傾げた。

パティ「おっ……また会ったの」

ユーリ「そんなところから出て来て、やっぱりアイフリードのお宝を探してるのか」

パティはうむうむと頷く。

カロル「ねぇ、そのお宝ってどんなものなの?」

パティ「聞いて驚け、それは麗しの星 (マリス・ステラ)なのじゃ!」

パティは腰に手を当てドヤ顔で言った。

レナ(……少し記憶が戻ってきてるのね)

リタは聞いたことない言葉に何それ?と博識であるエステルに聞く。エステルも聞いた事のない物だったらしく、さぁ?と言葉に詰まっていた。カロルは、エステルも知らない物なんて……と呟く。仕方ないと、パティがカロル達に説明する。

パティ「麗しの星 (マリス・ステラ)はアイフリードのお宝の中でも、なによりも貴重なものなのじゃ!」

ユーリ「で、その麗しの星 (マリス・ステラ)とやらってお宝は見つかったのか?」

パティは首を横に振る。

パティ「宝とは簡単に見つからないから宝というのじゃ」

パティの言葉に、リタはへんなの〜と言った。

カロル「……ねぇ、ノードポリカで聞いたパティがアイフリードの孫って……本当?」

眉を寄せて、恐る恐るパティに確認をとる。レイブンは知らなかったみたいで、なによそうなのお嬢ちゃん?とパティを見た。

レイブン「盟友に孫がいたと知ったらドン、どんな顔するかね」

興味津々なレイブンに、そう言えばとエステルが話し出す。

エステル「ドンとアイフリードはユニオン結成以来のお友達なんでしたよね」

カロル「でもさ……嘘でしょ?アイフリードの孫なんて」

どうやら少年は信じきれないみたいだ。

カロル「だって、そんな話、一度も聞いたことないし」

カロルの言葉に、パティは本当、なのじゃ!と自信満々に言ったかと思えば、たぶんと不安そうにつけ加えた。エステルはたぶん……?どういうことですと不思議そうにする。

レナ(記憶……喪失だものね……)

パティ「たぶんというのは推測のことなのじゃ」

たぶんという言葉の意味を答えるパティに、リタが詰め寄る。

リタ「エステルは、なんで、自分のおじいさんのことを推測で話してるのかやって聞いてるのよ」

パティは誤魔化しがきかないと分かったのか、あうと困った声を出し正直に話す。

パティ「それはうちが記憶喪失だから、なのじゃ」

カロル「記憶……」

リタ「喪失……」

カロルとリタはオウム返しして言葉を失う。

カロル「……じゃあ、ある意味レナと同じだね」

急に話を振られたレナは、え……あ、うん今は戻ってるけどねと返す。

レナ(……私の場合、一応嘘の記憶喪失だったから、心が痛い……)

パティ「なんじゃそうだったのか?とりあえず、そういうことなのじゃ」

レイブン「じゃあ、アイフリードの孫ってのは、本当かどうかわからないってこと?」

レイブンの疑問に、それだけは絶対に本当なのじゃ!……たぶん……とパティは顔を俯かせた。

リタ「ああっ、もおっ!絶対なのかたぶんなのかどっちよ!」

パティのどっちつかずの反応に、リタは少し苛立つ。

パティ「わかんないから、麗しの星 (マリス・ステラ)を探してるのじゃ」

話を聞いていたユーリはつまりと話をまとめる。

ユーリ「記憶を取り戻すために、じいさんかもしれないアイフリードに会いたい。そのアイフリードを探し出すために麗しの星 (マリス・ステラ)っていうお宝を探して回っている、ってことか?」

パティはのじゃと頷く。

パティ「いつの日か祖父ちゃんに会えるのじゃ」

カロルはでも……と会えないかもしれない可能性に眉を下げた。

ジュディス「そんなことより、紅の小箱、追いかけなくていいのかしら?」

ジュディスに指摘されて、カロルはあっそうだった!と思い出す。ユーリ達は急いで走り出す。その後ろをパティが着いてきていた。気づいたリタが、あんた何ついてきてんのよと振り返る。

パティ「うちもこっちへ行くつもりだったのじゃ」と答えた。

エステルが膝に手を付き、パティの視線に合わせて、だったら一緒に行きましょうと誘った。首を縦に振り、それがいいのじゃとパティは誘いに乗る。

ユーリ「……買い物に行くのとはわけが違うんだぞ?」

ユーリはパティのことを案じてそう言った。パティは承知の上なのじゃと言って、むしろ何かあったら力になるぞと頼りげのある顔をした。ジュディスが、まぁ頼もしいとにこりと微笑む。

 

 ラピードを先頭に、ラーギィを追いかける。ついにラーギィにラピードが追いつき、バウッとうなるように吠えた。ラピードに怯えたラーギィは、無様に転ける。瞬間、輝きが噴出し始めた。その光は、エアルに似ている。パティはなんなのじゃあれはと目の前の景色に不思議そうにした。エステルは、似たような現象にエアル……?とパティと同じように不思議そうに首を傾げる。

リタ「ケーブ・モックほど同じだわ!ここもエアルクレーネなの?」

尋常じゃないエアルの量に、レイブンはこりゃどうすんだ?と言った。ユーリが強行突破!と言うが、ジュディスは無理そうねと却下した。

エステル「です!この量のエアルに触れるのは危険です!」

ジュディスの言葉に頷きながら、行こうとしたユーリを止める。ユーリ達がいる場所とは反対側の方いるラーギィは、助かったと先に行こうとする。しかし、その先もエアルが吹き出し、洞窟内の地面全体が揺れる。揺れにカロルがうわっとバランスを崩しかける。

レナ「っ……さすがにこれは離れた方がいいと思うんだけど」

そう少女が言った時、どこから来たのか鳥型の魔物がエアルクレーネに降り立つ。

レナ(……魔物って、始祖の隷長(エンテレケイア)のことだったのね)

ユーリ「あれがカロルの言ってた魔物か!?」

カロル「ち、違う……あんな魔物、見たことない……」

首を横にブンブン振って、カロルは怯えていた。パティが走り出し、近寄れるギリギリまで魔物に近づく。威嚇のように魔物は翼をはためかせ、パティはおうっと後ろに身を引く。魔物は大きな声を上げ、噴き出しているエアルを食べているように見える。リタはエアルを食べた……?と目を見張っていた。圧倒されるほどの威嚇……エステル達は体がうごかない。ユーリがヤバいな……と額に汗を垂らした時、魔物は再び飛び立ちどこかへ行ってしまった。魔物が去ったからか、ユーリ達は体が動くようになった。ラーギィも逃げていき、ジュディスが苛立ったようにいい加減にしてと走ろうとするが、目の前にエアルクレーネを警戒して立ち止まる。それを見たリタは、調べる為に自らエアルクレーネに入っていく。

エステル「危ないです、リタ!」

リタ「大丈夫よ。この程度の濃度なら、害はないわ」

エステルの心配に、平気よと返して彼女はエアルクレーネを調べ始める。

レイブン「今のはいったい、なんだったんだぁ?」

リタ「暴走したエアルクレーネをさっきの魔物が正常化した……でも、つまりエアルを制御してるってことで……ケーブ・モックの時に、あいつが剣でやったのと……おんなじ!?」

ぶつぶつといいながら考えているリタに、ユーリが通っても大丈夫か?と聞く。

リタ「え、あ、そ、そうね。たぶん……」

急に話しかけられたリタは戸惑いながら答えた。パティがよしっ突撃なのじゃ!と意気込み、かけ出す。元気なパティに、エステルが足元気をつけてくださいと注意した。

ジュディス「気になるかしら?」

ジュディスの問いかけにリタがそりゃそうよと即答する。

リタ「あれを調べるために、旅してるんだし……」

ユーリは腰に手を当て、どうすんだリタ?といった。

リタ「わかってるわよ、わかってる、今はあいつを追う時……でも……」

レナ「……リタ、それって逃げるものなの?」

なかなか踏ん切りがつかない彼女に、レナはエアルクレーネを指して聞く。苛立ちながら、逃げるわけないでしょ!とリタは叫んで、あ……そっか……と後で調べればいいんだとリタは気づく。そのまま、いいわ行きましょうとリタは先を促した。ユーリはよし決まったなとニヤッとする。まだ肩で息をしているカロルに、大丈夫か?とユーリが聞くと、大丈夫だよと姿勢を直した。ユーリ達は先を急いだ。

 

 洞窟のさらに奥を進んでいくと、ラーギィが膝に手を付き肩で息をしていた。カロルがいた!と叫ぶ。よく見れば近くに、コウモリに似た魔物の群れが飛んでいる。ラピードがラーギィに飛びかかる勢いで近づき、ラーギィは思わず箱を落とした。すかさずラピードは箱をユーリ達の方へしっぽを器用に使って弾く。ユーリは箱を拾い上げた。

ユーリ「よくやった、ラピード。鬼ごっこは終わりだな」

ラーギィは悔しげにくっと奥歯に力を入れた。

ラーギィ「こここ、ここは……ミーのリアルなパワーを……!」

ラーギィから光が溢れる。ボンッと音がして目を開ければ、そこにはイエガーがいた。カロルはうそっと仰け反り、エステルは口に手を当て驚いている。

レナ(やっと姿を現したか……)

ユーリ「ふん。そういう仕掛けか」

エステル「どういうことです?ラーギィさんに変装して……?」

エステルは若干混乱しながらも今起きたことを理解しようと首を捻っている。

ジュディス「今はあれこれと考えてる暇はなさそうよ」

イエガー「おーコワイで〜す。ミーはラゴウみたいになりたくないですヨ」

彼は恐ろしそうに身をすくめて見せた。

レナ(……彼はあの日の事を、知っている?)

エステル「ラゴウ……?ラゴウがどうしたんですか?」

イエガー「ちょっとビフォアにラゴウの死体がダングレストの川下でファインドされたんですよ。ミーもああはなりたくネー、ってことですヨ」

それぞれえっ、と驚いた表情をしている。その中で、ユーリとレナだけが微動だにしない。

レナ(……誰がやったのか薄々気づいてるってところかな)

エステル「ラゴウが……死んだ……?どうして?」

彼女は重ねてイエガーに訪ねる。

イエガー「それはミーの口からはキャンノットスピークよ」

ユーリも何も言わない。イエガーはニヤリと笑うと、魔物の群れに近づく。エステルが、そっちは!と叫ぶ。ユーリ達の前に、赤と緑の少女が表れる。

イエガー「ゴーシュ、ドロワット、後は任せましたヨー」

少女達は、了解!と返事をすると、魔物の群れを片付け始めた。その隙に、イエガーが逃げていく。カロルが逃げられちゃう!と指をさす。ユーリが逃がすかよ!とイエガーを追いかける。

イエガー「イエー、また会いましょう、シーユーネクストタイムね!」

追いかけるも虚しく、イエガーは颯爽とその場を去っていく。ゴーシュとドロワットが攻撃を受けて地面に尻もちをつく。魔物の群れだったものは一体化していた。カロルが、こいつだ!プテロプスだよ!と声を上げる。魔物は構わず襲いかかってきた。

 群れになっているのなら散らせばいい、そう考えたユーリ達は攻撃して散らそうとしたがそう簡単にはいかない。攻撃を避けながら、地道に魔物の体力を削っていき何とか倒すことが出来た。エステルが、ゴーシュとドロワットに治癒術をかけようとする。二人は敵の施しは受けないと拒否した。でもその傷では……!とエステルは心配する。二人は構わずに、煙幕をまき、姿を消した。その煙は独特で臭いがキツい。臭いのせいで、ラピードも追えなかった。煙が消えた頃に、ユーリ達はイエガー達の後を追った。

 

 洞窟の出口に近づいた時、眩い光と熱気がユーリ達を迎えた。リタが何この熱気……とだるそうにしている。

パティ「……洞窟で山の向こうに抜けてしまったのじゃ」

カロルがそれってつまり……とつぶやく。ジュディスがコゴール砂漠だわと言った。

レイブン「あらら……来ちゃったわねぇ」

コゴール砂漠……フェローがいる……とユーリは囁く。吹き付ける熱風に他のみんなは呆然としていた。

エステル「……わたし……やっぱりフェローに会いに行きます」

カロル「待って……!エステル一人を行かせられないよ。今のボクたちの仕事、エステルの護衛なんだから」

レイブン「……まあ、盗られた箱も戻ってきたし、もういいんでない?」

レナ「そうだね。今のところはとりあえず後回しでもいいと思う」

ユーリ「いつまでも、あいつらを追っかけてるわけにもいかねーし。しゃあねぇ……次会ったらケリつけるぜ」

リタ「ちょっと待って、本当に行くつもり?わかってんの?砂漠よ?暑いのよ?死ぬわよ?なめてない?」

彼女は、行くと言ったエステルに詰め寄りながらまくし立てる。エステルは、その勢いに負けながらもわかってるつもりですと返す。

ジュディス「……砂漠は三つの地域に分かれてるの」

急なジュディスの発言に、リタは、は?と彼女を見た。ジュディスは構わず続ける。

ジュディス「砂漠西側の狭い地域が山麓部、もっとも暑さが過酷な中央部、東部の巨山部の三つね」

リタ「ちょ、ちょっと……?」

リタは戸惑っている。

ジュディス「……山麓部と中央部の中間地点にオアシスの街があるわ」

リタは何の話よ?とジュディスに聞く。

ジュディス「前に友達と行ったことがあるの。水場のそばに栄えたいい街よ」

彼女は後ろに手を組んで、ニコリと笑った。

ユーリ「込み入った話はとりあえず、そこでしようってことだよな?」

ジュディスの意図をユーリが代わりに言ってまとめた。ジュディスはこくりと頷いた。

レイブン「それがいい、おっさん底冷えしていかんのよ」

レイブンは手をすり合わせてながら震えている。

カロル「パティはどうするの?探してる宝物……麗しの星 (マリス・ステラ)だっけ?その街に手がかりがあるとは限らないと思うんだけど」

パティ「なに、人が入れば、それはことごとく手がかりになるのじゃ」

パティはカロルの方を向き、人差し指をたててそう言った。ジュディスは、そうね、人は普通に住んでいるわと答える。ジュディスの言葉を聞いて、うちも共にいくのじゃとパティは言う。エステルは難しい顔をしているリタに声をかける。長く思案してからリタは首を縦に振る。

リタ「……わかったわよ。とりあえず、そこまで行きましょ」

イエガーを追いかけるのにエアルクレーネを調べるのを後回ししてた為、砂漠に行く前にユーリ達は一度、数人に分かれて洞窟の中へ引き返すことにした。

 

 エアルクレーネの場所まで戻ってきたユーリ、レナ、エステル、リタ、カロル、ラピードの前に、先客がいたようで度々会うデュークがいた。ちなみにそれ以外の仲間たちはお留守番だ。エステルがあの人はとデュークを見てつぶやく。

レナ(あ、デューク……)

リタ「ここのエアルクレーネなら、化け物が抑えたわよ」

リタの言葉に、デュークはそれは聞いていると返す。聞いたって誰から……?とカロルは首を傾げた。

エステル「あの時、ここにいたのってラーギィ、いえイエガーだけ……」

まさか、イエガーと……!とカロルは推察する。

デューク「エアルクレーネに……近づくな、と言ったはずだ」

ユーリ「悪いね、こちとら偶然にもそいつを見つけたもんでね」

デューク「ならば、すぐに立ち去るがいい。二度と来るな」

どこか警告するような、怒っているような、僅かにそう感じられる態度で、彼はユーリ達にそう告げるて去っていく。慌ててリタが、ちょっと待ってよ!と呼ぶが、デュークはそのままどこかへ姿を消してしまった。

レナ(エステルが関係してるんだろうけど……。今は聞ける雰囲気じゃなかったし……聞くよりも、クリティア族の里で調べた方が色々と分かりそうだな)

リタはあまりにも無愛想なデュークに、なんなのあの態度と憤る。

ユーリ「せっかく戻ってきたんだ、調べてからでもいいぜ」

ユーリの提案に、リタは冗談と答えた。

リタ「あたしたち、優先しなきゃいけないこと、たくさんあんじゃないの」

ユーリは、オレたちはなと返す。リタはユーリの言葉にどこか不服そうにする。

レナ(……まったく、あえてなんだろうけどイジワルね)

エステルが、わたしたち、ですと言い換えた。エステルはリタの気持ちに気づいていたのだろう。リタはエステルと微笑んだ。ユーリは、そうだな、ほら行くぜと頷き先を行く。

 

―水と黄砂の街 マンタイク

 

 ジュディス達と合流したユーリ達は、洞窟から出て熱砂の上を歩き、街へ辿り着いた。人の通りはほぼ無いに等しく、時折吹く風に揺れる椰子の葉の音よく聞こえた。その状況に、静かな街だなとユーリが呟く。でも、暑い街よ……と気だるげにリタは言った。少し歩いて周りを見ていくと、ところどころ騎士が立っている見受けられた。

カロル「こんなところにも騎士がいる……」

ジュディス「少なくとも、前来た時はあんな物騒な人たちはいなかったわね」

パティ「それじゃあ、うちは宝の手がかりを探すから、バイバイなのじゃ」

パティはユーリ達に振り向くとそう告げる。

カロル「もう行っちゃうの?」

どこか寂しそう?に少年は首を傾げる。

パティ「なんじゃ、もう少しいて欲しいか?」

カロルをからかうように言った。

レイヴン「ま、楽しかったけど、パティちゃんにはパティちゃんの事情があるのよね〜」

レイヴンの言葉にパティはのじゃと頷くと、行くのじゃニコリと笑った。レナは気おつけてねと声をかければ、パティは駆け出して行った。

ユーリ「とりあえず、自由行動にしないか?」

リタ「賛成〜……何するにしてもちょっと休憩したい……」

暑さにやられてへとへとなリタはユーリの提案にのる。

ユーリ「じゃ、日が落ちたら宿屋の前で落ち合おうぜ」

ジュディスがわかったわと頷いた。カロルを先頭に宿屋に向かっていく。ユーリとレイヴンが何か話しているのを聞きながら、レナはどうしようか考えるのだった。

 宿屋でお水を貰い喉を潤したレナは、初めてのこの街を散歩することにした。砂漠の街らしい建築で、さらに歩いていくと椰子の木の間から水辺を見える。そこにエステルとユーリが何か話しているようだった。チラリと横目で見ながら通り過ぎ、街の中を歩いていく。やはり、どこに行っても必ずと言っていい程、騎士がいる。この数はおかしい気がした。家の中を監視しているような騎士が多い。

レナ(……やっぱり、キュモールの手がかかってるわね。街の人を監視してるなんて騎士のすること?)

少女があちこち散歩しているとジュディスとすれ違いかけた。

レナ「ジュディス、散歩?」

ジュディス「まぁね、ちょっと砂漠の方に行ってみたの」

レナ「そうなんだ。まぁ、下見って大事だもんね」

ジュディスはレナの言葉を聞いて軽く目を見開くと、ふふっと笑った。レナははてなマークを頭にうかべている。

ジュディス「ごめんなさいね。レナ、彼と同じことを言うものだから、ふふっ」

口元に手を当てて笑う彼女に、思い当たる人物を少女は見つける。

レナ「彼……って、ユーリ?」

ジュディス「ええ、彼も、下見は大事と言ったのよ。考え方はほんの少し、似ているのかもしれないわね」

ニコニコと語るジュディスに、そうかな?とレナは首を傾げた。

レナ「ほんの少しだけ似てるのかもね」

少女はニコリとジュディスに笑いかける。レナは、ジュディスに他も見て回るからと手を振ってまた後でと別れた。

 レナが歩いていると、手に何かを持って話しているエステルと、カロル。カロルの後ろにユーリとリタとレイヴンがいた。何があったんだろうとユーリ達に近づく。エステルが手に持っていたのは、少女の記憶に間違いがなければ彼女の母親の形見のブローチだった。

エステル「仕事の報酬です。きっと高値で売れると思います。ここまでありがとうございます」

彼女はそう言ってカロルに頭を下げた。カロルは突然のことに驚いている。

カロル「え、何言ってるの。まだエステルの依頼は終わってないのに……」

エステル「……みんなとはここでお別れです」

少し俯きながらそう言ったエステルに、カロルはどうしよう?とユーリ達を見る。

リタ「お別れって……あんたはどうすんのよ」

不安そうにカロルはエステルを見上げる。

ユーリ「一人で行く気か……?」

ユーリに問いにエステルは頷く。

エステル「フェローに会うのはわたしの個人的な願いですから」

カロルはすかさず、何言っての危険だって!と叫ぶ。エステルはだから、ですと答える。

エステル「これ以上みんなをわたしのわがままに巻き込めません」

レナ「……義をもってことを成せ、不義には罰を」

少女の急な発言に、エステルは顔を上げカロルはえ……?……あ、ボクたちの掟だねとレナを見る。

その後ろでいつの間にかいたジュディスがこくりと頷き背中を向けた。

ジュディス「どう考えても、エステル一人で砂漠の真ん真ん中に行かせるのは不義ね」

レナの思ったことを、ジュディスは言葉にした。リタは空を見上げている。

ユーリ「オレ、掟を破るほど度胸ねぇぞ、な、カロル」

名を呼ばれたカロルは、うん!と元気よく返事した。ジュディスはそういうことのようだけどとエステルに言う。

エステル「……わたし、とても嬉しいです。でも、やっぱりダメ……」

胸の前で手を祈るように握り、顔を横に背けてエステルは苦しそうな表情で拒否する。

リタ「待ちなさい、エステル!あんたらも何考えてんの?自然なめてない?」

ありえないっとリタはまくしたてる。

ユーリ「やばいからこそみんなで行かないとな」

レナ「そうそう、みんなで行けば怖くないってやつ?」

カロル「ボク、怖いけどエステルを放っとけないよ」

三人の砂漠へ行くことに関して肯定的な事に、リタはイライラしながらレイヴンに指をさす。

リタ「あんた!何とか言いなさいよ」

レイヴン「ここでごねたら俺一人であの街戻んないとダメでしょ?それもめんどくさいのよね」

やれやれと言わんばかりにおっさんはだるそうしている。

リタ「まったく、あんたたちと来たら……」

腰に手を当てリタはユーリ達に呆れる。リタはエステルにどうしてもいくの?と聞く。エステルは、はいと答える。

エステル「わたし、考えたんです。みんな自分たちのやるべき事を探して、やりたいことのために頑張ってる。でもわたしはそんな事考えてなかったかもって……わたしも自分の本当にやりたい事、やるべき事を見つけなきゃって思ったんです。そのためにも、自分で決めて、自分から始めたこの旅の目的を達したい。これは、けじめでもあるんです」

空を見上げながら目を閉じ、そしてユーリ達を見て、彼女は一気に話した。リタは観念したようだ。

リタ「……わかったわよ、入ってやろうじゃないの、砂漠の中央部に」

エステルはえ……?とリタを見る。

リタ「こんなガンコな連中、もうあたしには止めきれないわよ」

エステルは、リタと嬉しそうに頬をあからめる。

ユーリ「リタこそ、ついてくる必要ないだろ。エアルクレーネ調べるんじゃないのか?」

リタ「あんたたちみたいなバカほっとけるワケないでしょ。エアルクレーネは逃げないんだからあとでまた行くわよ」

彼女は仕方ないと微笑む。そして、ただし!と大きな声で念を押すように言った。

リタ「この街でちゃんと準備して、万全でいくわよ」

エステル「迷惑かけて、ゴメンなさい……」

レナ「この旅の最初からこうなる予定だったんだし……ね?」

と少女はカロルに目配りする。カロルはうんと頷いた。エステルはありがとうございますとユーリ達に頭を下げるのだった。ふと、カロルがジュディスがいないことに気づく、がすぐにジュディスは見つかった。話はまとまった?と彼女は歩きながら聞く。リタがとっくにと答える。

ジュディス「どうするの?」

エステル「行きます。砂漠の中央部に」

ジュディス「だと思って準備をお願いしておいたわ。宿屋で貸してくれるそうよ」

レナ(……なるほど、宿屋に行っていたのね。さすが気が利く)

レイヴン「この街から出る前に十分に休みを取った方がいいわね」

彼は後頭部で手を組みながら言う。リタが、おっさん休んでばっかりと呆れていた。レイヴンはそうねと返し、一緒に添い寝してくれる?と揶揄う。リタはレイヴンの足を思いっきり、ギリギリと踏みつけた。見ていてとても痛そうだ。他のみんなは宿屋に入っていく、レイヴンはいたたと顔をゆがめながらその後を着いて行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コゴール砂漠

 宿屋に入り、ユーリがとまれるか?と店主に聞くリタ店主は、いらっしゃいませ、水と黄砂の街マンタイクへようこそと愛想良く出迎えてくれた。隣には、騎士が立っている。気になったのかリタは隣に立つ騎士をみて、この騎士何?と店主に質問する。店主は困ったように、ええーと、と言葉を詰まらせた。騎士は無言のままで変な空気になる。店主はご宿泊ですか?と話を進めた。

ユーリ「ああ。砂漠へ行くんで、その準備と、少し休憩にな」

店主はああと納得が言ったように声を出す。

店主「砂漠に向かう準備をして欲しいと言うのはあなた方ですか。しかし……」

店主は顔をくもらせる。ユーリは、危険なのはわかってると返す。店主はそうですかと引き下がった。

店主「では、発たれる前までに準備できるものをご用意しておきます。ご宿泊に400ガルド頂きますがよろしいですか?」

ユーリがああと返事をすると、店主はゆっくりお休みくださいと朗らかに笑った。

 食事を済ませ、ユーリ達は部屋でくつろいでいた。ユーリはベットに寝転び、リタとカロルは別々のベッドに腰掛けている。エステルは本棚の前に立って、本を見ていた。レイヴンは壁に背を預けてあぐらをかいている。レナは、ユーリの隣のベッドにカロルと向かい合うように座っていた。ジュディスは既に端のベッドで寝ていた。

リタ「なんか変な雰囲気よね、この街」

カロル「やたらと騎士が目につくし」

レイヴン「とにかく今夜は寝よ、寝よ」

レイヴンはそそくさとベッドに入る。

カロル「でもさあ、騎士に入り口に立たれると、落ち着かないよね……」

レナ「わかる。変に緊張しちゃう」

子供組の会話に、エステルが気になります?と口を挟む。カロルとレナは、なるなると声を合わせて即答した。

レイヴン「ま、守ってくれるってんなら、いいんじゃない?」

レナ「……そうだね」

レナ(守る……なら、ね。でもあれは、監視目的だよ)

ユーリ「さ、みんな寝よ寝よ」

話を早く切り上げてねなさいとユーリに諭される。カロルは納得いかない顔でうーんと唸りながらも、ベッドに横になった。

 翌朝、早い時間にユーリは世話になったなと店主に声をかけてチェックアウトを済ませる。まだ、騎士は来ていなかった。

店主「あのぉ……どんな理由があるか、存じませんが……やはり砂漠へ行くのはおやめになった方が……」

心配からだろうか、眉を下げて店主は言った。

ユーリ「サンキュ、でも、みんなで考えて出した結論だからな」

店主「そうですか。ではお約束のものを……」

店主は、カウンターの下から緑色の水筒を取り出し、カウンターの上に置いて見せる。カロルは、水筒こんなに小さいの!?と驚いている。しかし、リタは十分じゃない?と水筒を見て言った。ジュディスがそうねと、同意する。

ジュディス「砂漠に生えているある種のサボテンは、水を多分に含んでるから」

ジュディスの説明に、そうとリタは頷く。

リタ「そこからこまめに水を補給すればこれで事足りるの。よく知ってるわね」

リタはジュディスに感心する。ジュディスはニコリと頷いた。

エステル「ありがとうございます。助かります」

エステルは店主に頭を下げる。

店主「いえいえ。そちらは差し上げるので、遠慮なく使ってください。ここを出て、すぐそこの分かれ道を右に曲がった突き当たりに湖があります。そこで水を汲んでいくと良いでしょう」

店主は親切に色々と教えてくれた。ユーリはわかったと首を縦に振る。

リタ「ところでさ、ここにいたあの騎士、何?」

リタは腕を組み直して店主にたずねる。

レイヴン「ずっと見張られてて、おっさん、緊張しちゃったよ」

後頭部で手を組み、芝居かかった口調でおっさんは言う。カロルがウソばっかり……と、レイヴンを睨む。

店主「……あれは、監視です。住民が外から来た方と勝手に話をしないように」

店主は声をひそめて話し出す。エステルが不思議そうに首を傾げ、どうしてそんなことを?と聞く。

店主「理由はわかりませんが執政官命令で、私のような商売人以外は外出禁止なのです」

レナ「なるほどね、だから、街中に住民の姿が見えなかったわけね」

少女とユーリは、納得するように顔を見合わせる。

カロル「ここでも執政官が悪だくみしてるのかな」

ユーリ達に小声で話し、ユーリは軽く頷く。

店主「つい最近まで執政官なんていなかったのに、とうとうここに来て……」

俯きがちになって店主は話を続ける。エステルはそうなんです?と言った。店主はええと頷く。

店主「最近、ノードポリカで騎士団が動いているとか。ついに騎士団がベリウスの捕縛に乗り出したみたいですね。この街に帝国の執政官が赴任してきたのもその波紋みたいですね」

少女はベリウスの捕縛という言葉に反応して、僅かに体を揺らす。

カロル「騎士団がベリウスを捕まえるの!?」

カロルはぎょっとする。

店主「なんでも闘技場の統領(ドーチェ)が人魔戦争の裏で、糸を引いていたらしいですから」

店主の言葉に、一同は驚く。ジュディスがベリウスが……?と聞き返す。店主はこの街ではそう言われていますと答えた。

店主「まぁ戦士の殿堂(パレストラーレ)がある限り、帝国はうかつに手出しできないはずですがね」と続けた。

そこで、騎士が宿屋に入ってくる。店主は先程までの態度とは一変して、ご利用ありがとうございましたと淡白に言った。カロルはえ……ちょ……と、唖然としている。察したユーリが、世話になったなと返して、みんなに湖に水汲みにいくぞと声をかけた。

 ユーリ達は教えてもらった湖に向かい、水筒に水を入れた。

カロル「水も汲んだし、準備OKだね」

エステルはですねと頷いた時、子供の叫ぶ声が聞こえた。ユーリとレナはその方向へかけ出す。あとからエステルも追いかけてきていた。どうやら、外出禁止令を破った子供を騎士が叱っているところだったらしい。レナは子供達を庇うように騎士の前に立つ。

ユーリ「執政官様とやらの代わりにオレが叱っといてやるよ」

ユーリは騎士を睨みなが言った。よそ者は口出しするなと騎士が言う。

エステル「許してあげてください。わたしが直接、この子たちに代わって執政官に頭を下げます」

ハッキリと言った彼女に、騎士はどこか見た事があると首をかしげる。姫であることに気づいたのだろう、慌てて失礼しました!と騎士は言うとその場から逃げるように去っていった。

エステル「もしかして……まずかったでしょうか?」

やってしまったかも?と不安そうな声を出す彼女に、ユーリは結果オーライだなと返した。

男の子「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

元気よくお礼を言った男の子に、エステルはしゃがんで子供たちの視線に合わせて名前を聞いた。

男の子「ぼくはアルフ、妹はライラって言うんだ」

子供たちは素直に名前を教えてくれた。

ジュディス「お父さんとお母さん、どうしたのかしら?」

アルフはうーんとねと頑張って言葉にする。

アルフ「シッセイカン様の馬車に乗せられて砂漠に連れてかれちゃった……フェローのチョーサするんだって」

その名を聞くとは思わなかったエステルはビックリしてフェローって……!と言いながらユーリを見る。ユーリはああ……と顔を険しくした。

レイヴン「でも、フェローの調査って何する気よ?」

カロル「それに街の人を利用してってことだよね?ひどくない?」

ライラ「ねぇ……お兄ちゃん、お父さんたち探しに行かないの?」

レナ「ダメよ。君たちが砂漠に行っても死ぬだけ」

少女は少し睨みながらキツく止めた。アルフがえっ!と悲しそうにして、それを見たエステルはレナっと咎めた。レナは素知らぬ顔でそっぽを向く。ちらりとレナを見てジュディスが口を開く。

ジュディス「私たちが探すわ。だから、砂漠に行ってはダメ」

彼女は優しい眼差しを子供たちに向けた。アルフが、ほんとうに?と不安そうに聞く。

ジュディス「私、ウソはつかないわ。……いいでしょう?カロル」

カロルは二つ返事でいいよと言った。リタがいやにあっさりしてるわねとつっこむ。

エステル「義をもってことを成せ、ですよね」

後ろにいたリタがそういうことなの?と言いたそうな顔で頭をかいた。

ライラ「ありがとう!お姉ちゃんたち」

アルフ「お礼にこれあげる!」

子供たちは嬉しそうにお礼を言って、ジュディスに何かを手渡すとどこかへ走っていった。ジュディスは手渡されたものを見つめている。レナが、ガラス玉?とジュディスの手に乗っているものを見て言った。

ジュディス「素敵な宝石だわ」

ジュディスは嬉しそうに微笑んだ。エステルが、仕事の報酬ですねと胸の前で手をぎゅっとした。

ユーリ「先払いしてもらった分、きっちり働かないとな、カロル」

カロルはそうだねと頷いた。

ユーリ「……にしても……帝国がフェローの調査、か……」と独り言ちる。

 砂漠へ行くために街を出ようという時、ユーリが不意に立ち止まった。

レナ「?……ユーリ、どうしたの?」

ユーリ「いや、ここの執政官は何を企んでるんだろうなってな。フェローを探したりしてさ」

聞いていたエステルは考え込む。

ユーリ「ま、帝国としては、姫様を狙う化け物は、排除したいだろうけどな」

リタ「でも、あいつら、エステルが狙われてることも気づいてないんじゃない?」

じゃあ、何のためよとレイヴンが口を挟む。リタはあたし知るわけないでしょと返した。

ジュディス「外出禁止というのもわからないわね」

話せば話すほど、執政官のやっている事が分からなくなってくる。

カロル「とにかく、まずはコゴール砂漠でしょ」

ユーリ「ああ。この街のことを調べるにしても帰ってきてからだ」

レイヴン「早くあの二人の親を助けてやんないと、この暑さでぶっ倒れちまうわよ」

ユーリの意見に頷きながらおっさんは先をせかす。考え込んでいたエステルはそうですねと頷いた。

レナ「で、砂漠の中央部は、この先を抜ければいいんだよね?」

少女の確認にジュディスはそうねと答える。

ジュディス「おそらくあの子たちの両親が連れていかれたのはそっちの方だと思うわ」

ユーリはわかった、行こうぜと皆に声をかけ、砂漠の中へ入った。

 

―コゴール砂漠

 

 ユーリ達は照りつける太陽の眩しさと暑さに耐えながら影ひとつできない砂の上を進んでいく。

エステル「……影一つない、ですね」

カロル「この暑さ、想像以上だね……」

レナ「……うぅ〜あつ〜」

ユーリ「準備なしで放り込まれたらたまんねぇな」

ユーリあまりの暑さに膝をついている。

リタ「あのおっさんは準備なしでも平気そうよ」

前を向けば先に行くレイヴンが身軽そうに動いていた。

ユーリ「おっさん……暑くないのか?」

不思議そうにきくユーリにレイヴンはケロリと答える。

レイヴン「いや暑いぞ、めちゃ暑い、まったく暑いぞ!」

アクロバティックに動きながら答えるその様は、リタからうっとうしい……と不評だった。

エステル「暑いって言われるたびに……温度が上がっていく気がします」

レナ「……わかる」

レナ(ユーリ、多分黒色だから余計に熱を溜め込みやすくて暑いんだろうなぁ……私も同じような感じだからキツイけど)

エステルに同意しつつ、膝を着いたままキツそうにしつつも、はあはあと荒い息をしているラピードを撫でているユーリをみて少女は思う。

レイヴン「水の補給を忘れないようにしときゃ大丈夫よ」

既にバテ気味の二人に、おっさんは元気よくガッツポーズをする。

エステル「サボテン、ですね……」

ジュディス「でもあの子たちの両親は、何も準備してないのよね」

エステル「フェローも探さなきゃ、だけど……」

ゆっくりとエステルはジュディスの方へ振り返る。

ジュディス「ええ……アルフとライラからの依頼を先、にしていいかしら?」

カロルがで、でも……とエステルを見る。

エステル「わたしとの依頼は終わったはずですから」

エステル……とカロルは呟く。少し休んで復活したユーリが立ち上がり、二人の両親を探そうぜと言った。その後すぐに、聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。それはダングレストで聞いた鳴き声。エステルが今のフェローの?とぽつりと言った。

カロル「やっぱりフェローはこの砂漠にいたんだ!」

元気のなかったカロルが、復活する。

ユーリ「急かすなって。あの子どもたちからの依頼が終わったら、存分に相手してやるからさ」

ユーリはフェローの声がした方向を見た。

 少し進みサボテンを見つける。リタがここらで水分補給しましょと提案した。でもこれって……とカロルがサボテンを触ってトゲが刺さり、いたたと仰け反る。リタはカロルの行動を見て、バカっぽい……と呆れたように頭を抱える。ユーリが、ソーサラーリングをカロルに見せて、こいつの出番ってこったと教えた。ユーリはソーサラーリングをサボテンに向けると緑の光が指輪から放たれ、サボテンから水が溢れる。少ししぼんだサボテンから中に残っている水を汲むために、ユーリは水筒を出して汲んだ。カロルは嬉しそうに次ボクね♪と笑った。

エステル「マメな水分補給が必要ですね」

ユーリ「ああ……日干しになりたくないしな。全員済んだら、先進むぞ」

はーいとレナは返事して水分補給を済ませる。

 更に砂漠の中を進んでいく、相変わらずおっさんは元気そうだ。

レイヴン「ほら、たらたら歩くとよけい疲れるぞ」

カロル「なんで、そんな元気なの……?」

レナ「……不思議よね……」

ユーリ「いるよな、人がばててる時だけ、元気なヤツ……」

リタ「ぶっとばしたい……」

彼女が不穏なことをつぶやく。

ユーリ「無駄に動くなよ」

ユーリは彼女のやりかねない行動を止めた。

リタ「そんな元気もないわ……ね、あれから声聞こえた?」

覇気のない声でリタはエステルに聞く。エステルは、いえ全然と首を横に振った。

リタ「ところで、あんた、こんな砂漠に何しに来てたの?」

話題を変えてリタはジュディスを見た。

ジュディス「ここの北の方にある山の中の町に住んでたの、私。友達のバウルと一緒に。だから、時々、砂漠の近くまで来てたのよ」

リタは砂漠に……?と考える仕草をした。

ジュディス「それにしても何かを探す余裕はなさそうね。これは」

ユーリ「まったくな。自分の命繋ぐのに精一杯だ……」

カロル「早く何か手がかりを見つけなきゃ……」

レナはそうだねと頷き、エステルははいと返事する。

 ユーリ達は子供たちの両親を探しながら砂漠をあちこち歩いていく。

カロル「う、もう水がない……」

どうやらカロルの持っていた水筒の中身が空になってしまったらしい。ユーリが仕方ないと、自分の水筒を全部飲むなよと言いながらカロルに渡した。カロルはありがとうとお礼を言って受け取る。

リタ「ちょっと……このへんで……休憩にしない……?」

疲労を感じる声を出した彼女は腰に手を組み下を向いて、肩で息していた。レイヴンは、まったくしょうがないねぇと余裕そうな表情をして、頭の後ろで手を組む。ラピードがなにかに気づいたようにその方向に歩く。カロルがそれを視線で追って、あ〜!!と大声を出すと、そのまま走っていく。お?ついにひとり壊れた?とレイヴンは茶化す。ユーリはカロルの急な行動で呆気に取られていた。オアシスでもあったのかな?と少女は思いながら、カロルの走った方向を見ると、水が確かにあった。続いてリタが水っ!と言ってカロルの方に走る。

エステル「あ、ちょっと、気をつけて、砂に足を取られたら、危ないですよ!」

彼女はそんな二人を注意しながら追いかけていく。

ユーリ「なんだよ……まだ元気じゃねぇか」

ユーリはガックリと肩を落として安心した。おっさんも行くか!とレイヴンははしゃぎながらかけていく。

ユーリ「みんなして、力の出し惜しみしやがって」

そう言ってユーリはジュディスと顔を見合わせる。レナはゆっくり歩きながらエステル達の方へ行った。

 湧き出る水の中に、エステルとリタ、カロルは服を着たまま浸かっており、レナはしゃがんで手だけを水につけていた。ユーリとレイヴン、ラピードはその後ろに立っている。

リタ「生き返った……」

カロル「ほんと、もうダメかと思った」

レナ「……冷たくてきもちいい」

レイヴン「おお、おお、これからの未来しょって立つ若者が情けないね」

揶揄うレイヴンをリタがうっさいと切り捨てる。

カロル「この先、進むのも危険だよね……」

ジュディス「でも、ここで引き返したら、あの子たち悲しむわね、きっと」

リタ「とりあえず力の続く限り、行くわよ」

ユーリがその傍らで水筒に水を汲む。ジュディスもリタとカロルの分の水筒も持って、よく冷えた奥の方の水を汲む。レナも汲まなきゃなと思い、同じようにした。冷えた水が少女の胸あたりまで包み、照りつける太陽によって熱くなった体温を下げていく。水を汲んで、元の場所まで戻った。

エステル「あわよくば、フェローだって見つかるかもしれないですから」

カロルはそっか、そうだよねとエステルを見てニコッとした。

ユーリ「そんなことよりカロル、ちゃんと水筒に水入れたか?」

そう言われてあっという顔をしてカロルは立ち上がる。水を汲んでいたジュディスが振り返り、汲んどいたわリタの分もと水筒を持ち上げて見せる。カロルはさっすがジュディス!と嬉しそうに水筒を受け取った。リタは戸惑いながらありがとうと言って受け取る。他は平気だな?とユーリが確認をとると、エステルとラピード、レナがそれぞれ大丈夫と返事した。

 オアシスで休憩した後、また砂漠なのかを歩いていると、砂の中に何かが埋まっていた。それにレイヴンが気づいておっ?と声を出し立ち止まる。ユーリが立ち止まったレイヴンに、何やってんだおっさんと近づく。

レイヴン「いやほら、そこなんか変な生き物がいるなーって」

おっさんは指を指す。ユーリがん?とその方向を見ると、確かになにかいる。

レナ(……確か、あれは、パティだよね……?)

少女がなんなのか思い出していた時、それは砂を泳ぐぎながらユーリ達に近づいていく。カロルがうわわわ!と後ろに退く。おなじみの金髪のふたつのお下げと海賊帽がユーリの足をつかみ、ユーリなのじゃ!と顔をのぞかせた。

レナ(……やっぱり)

エステルはびっくりした……とドキドキしている胸を抑える。カロルは尻もち着いていた。

ユーリ「そりゃ、オレの台詞だ。まさか砂ん中で宝探しか?」

ユーリは若干驚きつつ言い返す。ご名答なのじゃとパティは砂の中から這いでる。服についた砂をぱたぱたと払いながら立ち上がる。そして、手に持っていた木箱を置いた。ユーリがなんだそれ?と聞くと、アイフリードが遺した宝なのじゃと元気よくパティは答えた。

カロル「でも、よく砂の中の宝物なんか見つけることできたね」

感心したようにカロルはパティを見る。

パティ「冒険家の勘はイルカの右脳よりも鋭いのじゃ」

リタが勘?非科学的〜と囁く。そんなリタにあら侮れないわよ勘ってとジュディスは腕を組み言った。

ユーリ「まさか、それか?探してたお宝ってのは」

パティ「違うのじゃ。これはガラクタなのじゃ。それにうちはお宝を見つけるのが、目的ではないのじゃ」

おさげを揺らして否定し、人差し指を振りながら説明する。

エステル「記憶を取り戻す、ですよね?」

パティ「そうなのじゃ、そのためには祖父ちゃんのお宝の麗しの星 (マリス・ステラ)を見つけるのじゃ」

ユーリ「んで?まだその記憶とやらは戻ってこないのか?」

パティはうむ、そのようなのじゃと腕を組みうんうんと頷く。

パティ「でも、うちの旅はまだまだこれからなのじゃ」

明るく話すパティに、レイヴンが立ち直りの早い子だねぇと言う。

ジュディス「あら?わたしはそういう子の方が好きよ?」

お、俺もそうだけど?とレイヴンが同意を示す。それを聞いてジュディスはニコッと微笑んでレイヴンと顔を見合わせる。

リタ「ねぇ、こんなところでおしゃべりしてたら、行き倒れになるわよ」

レナ「水も限られてるしここから進もうよ」

二人に言われて、ユーリがそうだなと頷く。エステルが一緒に行きましょうとパティを誘った。パティはむ?と首をかしげ、宝探しの続きがあるんじゃがのと困ったような声を出す。リタはごちゃごちゃ言わないでついてくると、めんどくさそうな態度をした。

 パティと共にユーリ達はまた砂の上を歩いていく。ときたま動物の骨が転がっているのを見ながらキョロキョロしているとカロルが倒れている人を見つけてあそこにいるのは!と声を出した。ユーリ達は急いで、そばに駆け寄る。カロルとレナはそれぞれに大丈夫!?と声をかける。エステルは二人に治癒術を施す。旦那の方が起き上がり、妻は、妻は……とうわ言のように呟く。楽になりました?と言ったエステルの声は届いて無さそうだ。

レナ「奥さんはここにいるわ」

レナは旦那さんの方の手を掴み、奥さんの手と重ねる。エステルはすぐさま治癒術をかけた。奥さんは起き上がり、まだ焦点があって無さそうな目で旦那さんを見る。エステルが、まだじっとしていてくださいと声をかけた。み、みずを……と掠れた声で奥さんは言った。レナは持っていた水筒の蓋を開けて、奥さんの口元に運ぶ。この暑い中倒れていたのだとても喉が渇いていたのだろう。夫婦は水筒を受け取るとすごい勢いで飲み干した。レナとユーリ、一本ずつ飲んだのだが、どうやらまだ体は水分を求めているらしく飲み足りない……と夫婦は呟く。旦那さんはでも、ありがとうございますと深々と妻と共に頭を下げた。あなた方のおかげで助かりましたと奥さんが続ける。エステルはいえ、そんな……と謙遜した。

ユーリ「安心するのは、生きて帰れてからだ」

パティ「なに、なんとかなるのじゃ」とニカッと笑った。

リタ「この状況でその台詞言えるなんてあんた上等だわ」

と言ってリタはそっぽを向いた。

旦那「お礼を……といっても、今は何も持ち合わせがなくて……」

申し訳なさそうなにする旦那を、ユーリは手を振ってそんなのはいいってと返した。

旦那「いえ、そういうわけにはいきません。ぜひ、お礼にマンタイクまで取りに来てください」

リタがマンタイク?と地名に反応する。ピンと来たジュディスがもしかしてと口を開いた。

ジュディス「あたなたたち、もしかしてアルフとライラの両親かしら?」

夫婦はええ、そうです!と驚いたように頷いた。

奥さん「もしかして、マンタイクであの子たちに……?」

奥さんの問いに、エステルがええ会いましたと答える。

カロル「お父さんとお母さんのこと、心配してたよ」

ジュディス「探しに行こうとまでしてたわ」

旦那「ああ……こうしちゃいられない。早く戻らないと……」

焦り出す男に、レナが制した。

レナ「落ち着いて。二人だけで帰れると思うの?」

はっとした表情で、旦那は無理ですねと顔を俯かせた。レイヴンがそうそうちょっと落ちいて、ねと声をかける。

パティ「そうなのじゃ、少しこの辺りで横になるのじゃ」

エステル「ちょっとパティ、それは落ち着きすぎ……」

珍しくエステルがつっこむ。

空から鳥のような鳴き声が響いた。それはやけに近く感じて、カロルが近くない?と呟く。この先みたいねぇとレイヴンは言う。

ユーリ「ようやくご対面か。干からびるとこだったぜ」

ジュディスとリタが先に歩き出す。エステルは夫婦に、おふたりも一緒にと声をかけ、ユーリがつかずはなれずなと注意した。

 鳴き声が聞こえた方向に着く、途端に別の鳴き声に変わっていった。

エステル「フェローじゃない……」

ユーリ「ああ……声の調子が変わりやがったな」

カロルがあ、あれ……!と空中を指さす。虚空から、禍々しい渦ができその中から今まで見た事もない魔物が出てくる。鳥のようにも魚のようにも見えるが、顔がなく体全体から黒いオーラなのようなものが立ちのぼっている。

レナ「……あれはっ」

少女は小さく言うと、暑さか恐怖かどちらの汗か分からないが頬を伝う。

ユーリはなにか聞こえた気がしてチラリとレナを見た。

リタ「何!?気持ちワルッ!」

リタは顔をしかめた。

パティ「おとりを使っての不意打ち卑怯な魔物なのじゃ」

カロル「あんな魔物……ボク知らない……」

カロルは目尻に涙をのせ、後ろに下がりそうになっている。

ジュディス「魔物じゃないわねあれは」

レイヴン「魔物じゃなかったら、何よ!?」

ラピード「ワン!ワン!ワン!」

ラピードが珍しく後ずさりながら唸っている。

ユーリ「ラピードがびびるなんて……やばそうだな……」

ユーリは剣を抜き、ジュディスは槍を構え、レイヴンは矢を番えた。レナはダガーを腰のホルダーから抜いた。

カロル「に、逃げよう……!」

エステル「こっちに来ます!」

エステルは盾と剣を構える。

ユーリ「やるしかねぇな!」

リタが詠唱を始めていた。

ユーリ「あんたたちは離れてろよ!」

夫婦は後ろに走って離れる。ユーリ達は取り囲むように散る。化け物はくぐもった声で詠唱を始めたかと思うと、口から球体を吐き出した。熱い空気に包まれた球体が再び口に収まるまでの間に、あたりは真っ暗な夜の闇に包まれてしまう。しばらくして化け物が再び球体を吐く。昼の明るさが戻った瞬間、レイヴンの矢が球体を貫き、向こう側へ突き抜ける。苦しげに身を捩る化け物の体を、仲間たちはいっせいに攻撃した。

やがて、化け物の姿が熱い空気に溶け込むように消えたとき、ユーリたちの息はあがり、疲労も極限に達していた。

エステル「……消えた?」

ユーリはだらりと剣を降ろした。カロルが砂に倒れる音が聞こえ、続いてリタが崩れる。エステルもフラリと倒れた。

レナ「っはぁはぁ……カロル、リタ、エステル……っ」

少女も疲労に襲われた体を支えることも出来ず、もう熱いのかすら分からない砂に倒れ込んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヨームゲン

 次に目を覚ました時、見慣れない建物の中でベッドの上だった。少女が周りを見れば他の仲間たちはもう起きているみたいで、ラピードが少し間を開けてそばに居た。

レナ「ラピード……。おはよう」

ラピードの毛並みにそってひと撫でする。ラピードは大人しくしており、ワフゥと鳴いた。少女はベッドから降りる。ラピードも体を起こし、床に着地した。ユーリ達のところに案内するようにラピードが先導する。レナは素直にその後を着いて外に出た。

 外に出ると、穏やかな風が吹き少女の黒髪とラピードの毛を揺らした。水の流れる音や辺りに緑が多いからかとてものどかに感じた。ラピードがワンっとユーリに向かって吠える。

ユーリ「ん?ラピード、どうした?」

エステル「あっ、レナ。目が覚めたんですね」

ジュディス「おはよう」

レナ「おはよう、ジュディス」

ユーリ「体はどうもないか?」

レナ「うん、多分大丈夫そう」

リタ「ほんとに?体とか痛くないの?」

レナ「?うん、特には」

 その後一番最後に目覚めた少女は、ユーリ達から誰が助けてくれたのか分からないがもしかしたら魔物であるかもしれないということ、ここは幽霊船にあった日記のヨームゲンという街であることを教えてもらった。

―古慕の郷 ヨームゲン

 

 ユーリ達は赤い小箱をもって街中を歩く。ふと、その箱は……と女性に声をかけれた。

エステル「この箱についてなにかご存じなんですか!?」

女性「その箱は……ロンチーの持っていた……それをどこで?」

レイヴン「アーセルム号って船ですよ。美しい方。知っているのかい?」

女性の問いにレイヴンが気取って答える。

女性「えぇ……あなた方、アーセルム号をご存じなんですか!?」

身を乗り出すように女性はレイヴンに聞く。

レイヴン「え、えぇ。偶然、海で見つけて……」

女性「ロンチーに会いませんでしたか?」

レイヴン「む。ロンチーってどちらさん?」

女性「あ、私の恋人の名前です。……すみません、突然で」

女性はそう言うと頭を下げた。レイヴンは、恋人がいたことにショックだったらしく、カロルにバトンを渡した。

レナ(まったく……このおっさんは)

少女はジトっとした目でレイヴンを見た。

カロル「えっと、ボクたちが見たのはその、船の方だけなんだ」

女性はそ、そうですか……と視線を下にした。

ジュディス「あなたの名前を聞いてもいいかしら?」

女性「あ、私はユイファンと言います」

エステル「アーセルム号の日記にあった名前ですね」

パティ「同じ名前の子孫かの?」

二人はコソッとユーリに話す。

ユーリ「あんた、澄明の刻晶(クリアシエル)って知ってるか?」

リタ「魔物を退けるものらしいんだけど」

ユイファン「結界を作るために必要なものだと賢人様がおっしゃっていました」

彼女はこくりと頷いて、説明する。

ユイファン「ま、まさか、その箱の中に?」

エステルはユイファンの前に進み出て、届けに来たんですと、箱を差し出す。ユイファンはそうだったんですかと言うとポケットから鍵を取りだす。リタがその鍵まさか……と呟く。ユイファンは、箱を貸してもらえますか?と一言断ると、鍵を差し込んだ。ガチャリと開く音が聞こえて、蓋が開く。中から出てきたのは薄い青緑色の宝石だった。

カロル「うわあ……これがもしかして澄明の刻晶(クリアシエル)?」

綺麗なそれにカロルは感嘆の声を出す。リタがみたいね……と呟きながらそれに目を奪われていた。

パティ「ピカピカキラキラ、海面で瞬く夜光虫よりもキレイなお宝なのじゃ」

レナ(……本当に少し透けて綺麗なのね)

四人が澄明の刻晶(クリアシエル)に夢中になっている中、レイヴンは女性に賢人様って誰のことよ?と聞いた。

ユイファン「賢人様は、砂漠の向こうからいらしたクリティア族のお偉い方です」

カロルがクリティア族の……?とジュディスを見上げる。ジュディスはそんな人いたかしらと考える素振りをした。

リタ「結界を作るってことは、魔導器(ブラスティア)を作るってことよね」

ユイファンはたどたどしく、ブラス……ティ……ア?と言ってさ、さぁ?と首を傾げた。

レナ「でも、今の技術だと魔導器(ブラスティア)作れないんじゃなかった?」

リタ「それを作るヤツがいるの。見たでしょ、エフミドやカルボクラムで。その賢人様とやらがあのメチャクチャな術式の魔導器(ブラスティア)作った奴じゃないでしょうね」

質問ぜめにあうユイファンは申し訳なさそうに首を横に振り、よく分からないんですと答えた。

ユイファン「とにかく結界を作るために澄明の刻晶(クリアシエル)が必要だって、賢人様がおっしゃって。それを探しにロンチーは旅に出て……。もう三年にもなります」

そう続けて言うと、彼女はユーリ達に背を向けた。

ユーリ「……三年、ね。そりゃ心配するわな」

カロル「なんか色々話がおかしくない?」

エステル「なんだか、話がかみあってませんね」

レイヴン「千年の間違いじゃないん?」

リタ「それじゃ、彼女、何歳?」

パティ「三年前にも千年前と同じことがあったのじゃ、たぶん」

レイヴン「歴史は繰り返すとは言うけど、それはどうよ」

レナ「じゃあ、ここと外で流れている時間にズレがある……とか?」

ジュディス以外の皆が、あれこれ考えている中ジュディスはユイファンに話しかける。

ジュディス「その賢人様、この街にいるのでしょう?どこにいるのかしら?」

ユイファンはえ?と急に話しかけれたことに驚きながらも、街の一番奥の家にと教えてくれた。

ジュディス「賢人様という人に話を聞いた方が早いと思うけれど」

エステルがそうですねと同意する。

ユイファン「あのぉ……それじゃあ、澄明の刻晶(クリアシエル)を賢人様のところに持っていっていただけますか」

エステルはええ、もちろんと頷くと、ユイファンはお願いしますと頭を下げた。

 ユーリ達は教えてもらった一番奥の家に向かった。湖のほとりにあり、小さく、質素な印象だった。ユーリを先頭に家の中に入っていく。

ユーリ「邪魔するぜ」

居間には男……デュークが居た。ユーリが目を見張る。カロルもえ……この人が?と戸惑っている。リタはあんたは……と眉を上げた。事情を知らないパティは誰なのじゃ?と首を傾げた。

ユーリ「ここに来るまで何度かあったってだけだよ」

ユーリはパティにそう説明する。

デューク「おまえたち……どうやってここへ来た?」

向こうも少し驚いているみたいだ。

ユーリ「どうやってって、足で歩いて、砂漠を越えて、だよ」

デューク「……なるほど……だが、一体……?」

様子のおかしい彼に、エステルは不思議そうに首を傾げる。

デューク「いや……ここに何をしに来た?」

彼の問いに、ユーリはデュークの前に進み、こいつについてちょっとなと澄明の刻晶(クリアシエル)を差し出す。わざわざ悪い事をしたとデュークは納得したようだった。

ユーリ「いや……まぁなりゆきだしな」

デューク「そうか……だとするなら奇跡だな」

リタがデュークの方へつかつかと歩く。

リタ「あんた、結界魔導器(ブラスティア)作るって言ってるそうじゃない。賢人気取るのもいいけど、魔導器(ブラスティア)を作るのはやめなさい。そんな魔核(コア)じゃない怪しいものを使って結界魔導器(ブラスティア)を作るなんて……」

怒りが滲み出る低い声でリタは淡々と言った。

デューク「魔核(コア)ではないが、魔核(コア)と同じエアルの塊だ。術式が刻まれていないだけのこと」

リタ「術式が刻まれていない魔核(コア)……?どういうこと!?」

リタは驚いてデュークに詰め寄る。

デューク「一般的には聖核(アパティア)と呼ばれている。澄明の刻晶(クリアシエル)はその一つだ」

レイヴン「これが聖核(アパティア)……!?」

探していたものがそれだったことに、レイヴンは驚く。

パティ「おっさんが探してるお宝かの?」

パティは後ろにいるレイヴンを見上げた。

デューク「それに、賢人は私ではない」

リタはえ……?と睨んでいた目を丸くさせた。

デューク「かの者はもう死んだ」

デュークは受け取った聖核(アパティア)を床に置くと立ち上がりながらそういった。

ユーリ「そりゃ、困ったな。そしたら、そいつ、あんたには渡せねぇんだけど」

デューク「そうだな、私には、そして人の世にも必要ないものだ」

デュークはそう告げると、剣を構えると床に置いた澄明の刻晶(クリアシエル)に剣先を向けた。

レイヴン「あ〜、何すんの!待て待て待て!」

おっさんが慌て始める。皆も思わず体が前に出る。ただ一人、少女だけはそうなると分かっていたかのように落ち着いていた。まばゆい術式と光が溢れ、聖核(アパティア)は光の粒へと姿を変えて無くなった。

リタ「これ、ケーブ・モックで見た現象と同じ!?」と叫ぶ。

レイヴンは額に手を当て、あちゃ〜せっかくの聖核(アパティア)をと落ち込んでいた。

デューク「聖核(アパティア)は人の世に混乱をもたらす。エアルに還した方がいい」

リタ「……エアルに還す?今の、本当にそれだけ……」

彼女は考え込んでしまった。

ユーリ「おいおい、だからって壊すことはねぇだろ」

パティ「せっかくのお宝に乱暴なことをする御仁なのじゃ」

エステル「澄明の刻晶(クリアシエル)は……いえ、聖核(アパティア)は、この街を魔物から救うために必要なものだったんじゃないんです?」

デューク「この街に、結界も救いも不要だ。ここは悠久の平穏が約束されているのだから」

エステルの問いに、デュークはそう答えた。

ユーリ「確かにのどかなとこだけどな」

エステル「でも、フェローのような魔物も近くにいるんですよ」

デュークはフェローという言葉に反応して振り返る。

デューク「なぜ、フェローのことを知っている」

ユーリ「そりゃ、こっちの台詞だ。あんたも知ってんだな」

デュークは黙ってしまった。無言は肯定の意。エステルはデュークの前に歩み寄った。

エステル「知っていることを教えてくれませんか?わたし、フェローに忌まわしき毒だと言われました」

デュークはエステルを見て、なるほどと呟いた。

エステル「何か知ってるんですね?」

デューク「この世界には始祖の隷長(エンテレケイア)が忌み嫌う力の使い手がいる」

彼は静かに言う。

エステル「それが、わたし……?」

デューク「その力の使い手を満月の子という」

エステル「……満月の子って伝承の……もしかして、始祖の隷長(エンテレケイア)っていうのはフェローのこと、ですか……?」

その通りだとデュークは肯定した。

エステル「どうしてその始祖の隷長(エンテレケイア)はわたしを……満月の子を嫌うんです?始祖の隷長(エンテレケイア)が忌み嫌う満月の子の力って何のことですか?」

デューク「真意は始祖の隷長(エンテレケイア)本人の心の内。始祖の隷長(エンテレケイア)に直接聞くしか、それを知る方法、はない」

エステル「やっぱりフェローに会って直接聞くしかないってことですか?」

デューク「フェローに会ったところで、満月の子は消されるだけ。おろかなことはやめるがいい」

デュークは冷ややかな口調で告げる。エステルはでもでも!と声を上げた。

レナ「……私のことについても教えて欲しい」

エステルの隣にいつの間にかレナが立っていた。エステルはレナ……と小さく名を呼んでレナを見ていた。

レナ「あなたは私がこの世界に連れてこられたって言った。どうして私は連れてこられたの?」

デューク「……この世界のエアルを安定させるためだ」

レナ「……安定させるため?」

デューク「この世界は魔導器(ブラスティア)がエアルを消費する限り、不安定であり続ける。時には減少し、時には増幅する。そしてそれが災害といった形で現れる。それを安定させ抑えるために世界の意思で連れてこられた」

ユーリ「なんでレナがこっちに来ることで安定するんだ?」

デューク「こちらの世界に来る際に、安定させる分だけのエアルを運んだり、逆にいらない分はその世界が吸収するからと言われている。そして、エアルの量を調節することができ、エアルクレーネを抑えたり、満月の子の力を抑える役目も持つ」

レナ「エステルの……力を?」

デューク「別世界から来ることから異空の子、または満月の対になる存在として新月の子と呼ばれる」

レナ「……新月の子……」

リタ「だからヘリオードの時、魔導器(ブラスティア)に流れてこんでいたエアルを抑えることが出来たってこと……」

リタはヘリオードの魔導器(ブラスティア)が暴走した時、真っ先に抑えに行き淡い赤色の光をまとっていた少女のことを思い返す。

レナ「でも、私、エアルを使って魔術を使ったりは出来ないよ?調節が出来るなら、魔術も使えるはずじゃないの?」

話を聞いた上で疑問がでてきた少女はデュークに問う。

デューク「根源たる力を操ることは出来ても変換することまた別の力になるからだろう」

少女はそう言われて、何となく納得してしまった。そもそも変換するためには魔導器(ブラスティア)、刻まれた術式が必要で、それを扱うにはエアルを流すことが必要。そしてエアルを流すには一度自身の体を中継しないといけないが、その部分でレナの場合はつまずく。生まれた世界は別だから。だからこそ、補うには生命力を使うしかない……ということなのだろう。

デューク「話は以上か?再度言っておくが、フェローに会うなどとおろかなことはやめておけ」

エステルは、眉を下げて俯いてしまった。レナは、教えてもらった事に理解するために頭を働かした。

レナ(……私がこの世界にいることはイレギュラーだから、知らない設定が私を混じえて加わってる。でも、エステルの力を抑えることが出来るなら、ベリウスを救えるかもしれない?)

少女はデュークに教えてもらった事からヒントを導きしだしていた。

カロル「ね、始祖の隷長(エンテレケイア)って前に遺構の門のラーギィ……イエガーも言ってたよね」

レイヴン「ノードポリカを作った古い一族、だっけ」

リタ「フェローがノードポリカを?そんなわけないじゃない」

デューク「立ち去れ、もはやここには用はなかろう」

ユーリ達からデュークは背を向ける。

リタ「待って!あたしもあんたに聞きたいことがある。エアルクレーネであんた何してたの?あんた、何者よ、その剣はなに!?」

デュークの持っている剣を指さした。

デューク「おまえたちに理解出来る事ではない。また理解も求めぬ。去れ。もはや語る事はない」

リタ「ちょっ何よそれ!」

振り向きもしないデュークにリタは拳を振り上げそうになっている。そんな彼女をユーリはリタと名を呼び止めた。不満そうだが仕方ないと踏ん切りを付けてリタはユーリ達と外に出た。

 ジュディスは家のすぐ出たところで立ち止まって何かを考えている。エステルはジュディスに振り返り、助けてくれたのはデュークかもしれないですねと話しかけた。聞いていたユーリがどうだろうなと返した。

エステル「……わたし、お礼を言ってきます」

ユーリ「やめとけ。そういうのガラじゃねぇだろ、あいつも」

ユーリはエステルを止める。エステルはそうでしょうか……とぽつりと言う。ユーリは、ああ多分なと言った。

ユーリ「あいつの言ってた満月の子って、前に言ってた凜々の明星の妹だよな」

エステルはええと頷き続ける。

エステル「地上満つる黄金の光放つ女神、君の名は満月の子。兄、凜々の明星は空より我らを見る。君は地上に残り、賢母なる大地を未来永劫見守る」

レイヴン「それなんか意味あんの?」

聖核(アパティア)が壊されたショックをまだ引き摺っているらしくそう聞いたレイヴンの声には覇気がない。

エステル「わかりません。でも、ただの伝承ではないのかもしれません」

ユーリ「地上に残り、大地を見守る、ね」

リタ「大地を見守るっていうのはこの世界を支配するってこと?」

カロル「じゃあ、皇帝になる人ってこと?エステルが満月の子なら、それでつじつまが合わない?」

レイヴン「だとすると、代々の皇帝はみんな、フェローに狙われるわな」

エステル「そんな話は聞いたことないです」

カロルはうーん……とうなり始めた。

ユーリ「ってか、新月の子って伝承になかったよな」

エステル「え?確かに、新月の子という言葉が出る伝承は見たことないです」

エステルは首を傾げて考えるが、首を横に振った。

レナ「新月の子については知らないけど、エステルだけが狙われてる理由は知ってる」

エステルが驚いたように少女を見る。仲間たちはレナに注目した。

レナ「エステルが狙われてしまうのは、満月の子としての力が、他の皇帝よりも遥かに強いから」

ユーリ「なんでそんなことお前知ってんだ?」

レナ「……どうしてだろうね?」

悲しそうな曖昧な笑みを少女はユーリに向けて浮かべた。この時の少女の心象をユーリは読み取ることが出来なかった。

パティ「……なんか難しい話になっとるみたいじゃのう」

レイヴン「そうねぇ、パティちゃんにはちょっと難しい話かもね」

パティ「おっさんにも難しい話じゃの」

ジュディス「後であなたにリタがゆっくり話してくれるわ」

話についていけないパティにジュディスは励ます。巻き込まれたリタは、あたし……!?と自分で自分を指して驚いていた。

ジュディス「今はこれからどうするのかを決めた方がいいんじゃない?」

リタ「あたしはこの街に残る。調べたいことがあるから」

エステル「調べたいことです?」

彼女は首を傾げてリタに聞く。

リタ「澄明の刻晶(クリアシエル)……聖核(アパティア)のこととか色々。正確にはここにいるあいつに聞きたいことがあるの。あんたらが帰るのならあたしはここでお別れね」

お別れねと言ったリタに、エステルはえ!と口に手を当てて驚く。

レナ「そっか……寂しくなるね。砂漠を一人は大変だと思うけど、頑張ってね」

レナにそう言われて思い出したリタはうっと頭に手を当てた。

リタ「そうか……砂漠越えないとダメなんだった」

レイヴン「調べもんの間くらい俺らもいていいんでない?聖核(アパティア)のことは俺も興味あるし」

パティ「また砂漠へ行くなら、のんびりと準備でもするのじゃ。もう行き倒れは勘弁なのじゃ」

ユーリ「そうだな。出発は明日にするか。リタ、一日あればいいだろ?」

リタ「ええ。十分よ。あ、ありがと……一応礼いっとく」

気恥しさからかリタはそう言うとユーリから背を向けてしまった。カロルはリタが礼を言ったことに口をポカーンとさせて驚き、エステルはニッコリと微笑む。少女は珍しい……と心の中で思った。

ユーリ「はは。どういたしまして。じゃあ明日の朝、街の出口集合な」

みんなそれぞれ返事をし、それを合図に調べ物をしたり観光したり食事にいったりと別行動を始めた。

 

レナ(さてと、どうしようかな。特に用があるって訳でもないけどデュークの所にはリタが行ってるだろうし……適当にぶらぶらしてようかな)

少女は仲間たちと別れてから宛もなくただフラフラと湖を見たり草木を眺めたりしていた。途中、ユーリとエステルが話してるのを見かけたり、ジュディスとすれ違ったり、レイヴンが女性にナンパして振られているのを尻目にスタスタと歩いて回る。また賢人の家の近くを通った時、デュークが外からでてきた。

レナ「……デューク」

つい呼んでしまったその声に、デュークは反応して少女を見る。何も言わずただ少女を見つめるデュークに気まずい空気が流れた。

デューク「……用がないなら行くが」

沈黙を破ったのは彼の方からだった。

レナ「え、あ……その、ケーブ・モックの時、なんで私がこの世界の人じゃないってわかったの?」

ユーリ達にバレることもつっこまれることもなかったのに彼はあっさりと少女がこの世界の人間じゃないことを告げた。それが不思議だったのだ。

デューク「異空の子には特徴がある。深い紅色の瞳の中に金色が混じっている事だ」

レナ「……瞳」

少女は目元に手を当てて呟いた。

デューク「その瞳を持つものは、異空の子だけ」

だから分かったのだと彼は言った。

レナ「そう、なんだ。聞きたかったのはそれだけ……呼び止めてごめんなさい」

少女は頭を下げた。

デューク「構わない……」

彼はそのままどこかへ去っていった。

レナ(自分の瞳の色なんて、ただ深紅色なんだなくらいしか思ってなかったけど金色も混じってたんだ。宿屋の洗面台とかで何度か見たはずなのに気づかなかった)

少女は柵のない湖に向かって、しゃがんで水面を覗き込む。少女の顔が水面に反射した。改めてじっと瞳を覗くとデュークに言われた通り確かに、金色が混じっているように見えた。

ひな(光に当たると、もっと分かりやすいかな)

後ろから足音がしてそのままの態勢で振り返り少女は見上げた。振り向いた先にはユーリが立っていた。

ユーリ「レナ?何してんだ?」

不思議そうな顔をして首を傾げる。

レナ「水面にうつる自分の瞳を見てたの」

ユーリ「自分の瞳をか?」

レナ「私の瞳の色って深紅でしょ?その中に金色が混じってるんだって。それが別世界から来た人の特徴って、デュークに聞いたから確かめてたの」

未だ疑問を持つように首を傾げたままのユーリに、レナは事情を説明する。

ユーリ「なるほどな……確かに、光に当たると金色が混じってるのがわかりやすいかもな」

納得したように頷いたユーリは、少女の瞳をじっと見つめた。

レナ「ユーリ……見すぎじゃない?」

なんだか恥ずかしくなった少女はユーリから顔をそらす。

ユーリ「わりぃ、改めて見ると綺麗だったから……つい、な?」

頬をポリポリとかきながら彼は言った。

レナ「綺麗……?えっと、ありがとう」

なんとも言えない空気に少女はなんとなく礼を言った。そのままスクっと立ち上がると、早口でわたし先に宿屋に帰ってるねっとユーリに告げて少女はその場から去る。急なことにその場に残されたユーリはポカーンとしていた。ユーリからは照れていないように見えた少女の顔は、後からじわじわと赤くなっていた。照れからか、暑くなったレナは手をパタパタと動かして自分を扇ぎながら宿屋に入っていく。部屋につくとパティが居た。

パティ「あれ?レナ、顔が赤いのじゃ」

レナ「パ、パティ……居たんだ」

急に声をかけられて少女は裏返ってしまった声で戸惑いつつ返した。

パティ「うむ、うちはここでリタ姐とお話したあとずっとおったのじゃ。顔が赤いのは暑さにやれたのかの?」

少女はいやあのこれは暑さのせいじゃないと言うか……と、心の中で言い訳をしつつも適当に誤魔化す。

レナ「あー、うんそんなところ……」

パティ「んじゃ、ゆっくり休むのじゃ」

レナ「そうだね、そうする……」

レナはそのままベッドに横になり、暑いままの頬から意識を逸らして落ち着こうと目を瞑った。次に目を開けた時にはいつの間にか眠っていたようで朝になっていた。

 

―翌日

 

 街の出口に仲間たちは集まっていた。ユーリが遅れてやってくる。助けた夫婦たちもユーリ達に着いていくそうだ。

カロル「で、ボクたちはこれからどうする?」

リタ「あたしはカドスの喉笛のエアルクレーネにいくわ。始祖の隷長(エンテレケイア)も気になるけどね」

レイヴン「俺様はベリウスに手紙渡さないとなぁ」

カロル「ボクもベリウスに会ってみたい。ドンの双璧と言われるギルドの統領(ドーチェ)がどんな人なのか知りたいよ」

カロルは興味津々という感じで元気よくそう言った。パティがその後ろでベリウス……?と呟く。

カロル「そう、ノードポリカを治める戦士の殿堂(パレストラーレ)の一番偉い人。統領(ドーチェ)って呼ばれてるんだ」

カロルはパティに説明してあげる。

パティ「カロルはそんなスゴイ奴と友達なのじゃな」

感心たようにカロルをみるパティ。

カロル「え?と、友達っていうか、えっと……」

違うといいたいのか……でも、その顔は満更でもなさそうだ。

ユーリ「オレもノードポリカか。マンタイクの騎士団の行動、フレンに問いたださなきゃな。ま、ノードポリカにまだ居れば、の話だけど」

エステル「わたしは……始祖の隷長(エンテレケイア)が満月の子を疎む理由を知りたいです。だから、フェローに会わないと……」

レナ「理由を知りたいのはわかる。だけど、デュークに言われた通りフェローに会うのはやめた方がいいよ。別の方法を探した方がいいと思う」

少女は心配そうな顔をし、リタはうんうんと頷く。

ユーリ「そうだな……砂漠を歩いてフェローを探すのはちっと難しそうだぜ」

ジュディス「だったらみんでノードポリカに向かうのはどう?始祖の隷長(エンテレケイア)に襲われた理由……それがわかればいいんでしょ」

彼女はみんなにそう提案し、エステルを見た。エステルはえ、ええと戸惑いがちに頷く。

ジュディス「ベリウスに会えば、わかると思うわ」

レナ(……ベリウスが、始祖の隷長(エンテレケイア)だから……ね)

リタ「闘技場は始祖の隷長(エンテレケイア)と何かしら関係があるってこと?」

レイヴン「確かにイエガーがノードポリカの始祖の隷長(エンテレケイア)がどうとか言ってたねぇ」

ユーリ「ヤツの言葉を信じるならな」

レイヴン「ま、ベリウスに会いに行くのなら途中でカドスの喉笛通るわけだし、魔導少女にとっても都合いいわな」

一通り話をまとめると、ユーリはだなと同意した。

カロル「うん。まずはマンタイクに戻ろう」

ユーリがパティは……と、どうするのか聞く。

エステル「確か、ノードポリカには、パティをよく思ってない人が……」

エステルは気にかけるようにパティを見た。

パティ「平気なのじゃ。あんなのは相手にしなければいいだけなのじゃ。さっさと海に出れば問題ないのじゃ」

特に気にしてない顔で強気に言った。

ユーリ「じゃあ……一緒に来るか?」

ユーリの問いに、のじゃとパティは頷いた。

 

 ユーリ達は砂漠をぬけ何とかヨームゲンからマンタイクへ戻ることが出来た。

リタ「はぁ〜……やっと帰ってきた。砂漠はもうこりごりだわ……」

リタは暑さと疲れでダルそうにしている。カロルがほんとだよ……と同意する。ふと、エステルが街の人が外に出ているのを見つける。ジュディスが、外出禁止令ってのが解かれたのかもねと言った。よく見ると、キュモールがたっている。リタは思わずキュモール!とその名を呟いた。手が出そうになるリタをレイヴンが止める。ここは様子見なのじゃとパティは望遠鏡を覗き込んだ。

キュモール「ほらほら、早く乗りな。楽しい旅に連れてってあげるんだ、ね?」

そう言われた夫婦は乗るを渋るように、子供たちの心配をする。

キュモール「翼のある巨大な魔物を殺して死骸を持ってくれば、お金はやるよ。そうしたら、子どもともども楽な生活が送れるんだよ」

それでも子供を置いていけないと夫婦は、お許しくださいと馬車に乗るのを拒否する。

キュモール「知るか!乗れって言ってんだろう、下民どもめ!さっさと行っちゃえ!」

なかなか乗らない夫婦にキュモールは怒鳴りつける。ユーリ達の後ろにいた夫婦は思い出すように、私達もあんなふうに砂漠に放り出されたんですと語る。どうして自分で乗っていかないのじゃとパティは首を傾げる。

ユーリ「わかってるからだろ、この砂漠が危ないって。オレたちがヤバかったみたいに」

パティの疑問にユーリが答える。

レナ「翼のある巨大な魔物って、フェローのことよね……」

レイヴン「にしても、フェロー捕まえて何しようってんだかね」

ジュディス「それでどうするのかしら?放っておけないんでしょう?」

ジュディスはエステルを見つめて言った。当のエステルは考え込んで、わたしが……とキュモールの方をむく。察したパティが今は行かない方がいいと思うのじゃと注意した。

ユーリ「あのバカ、お姫様の言うことも聞きゃしねぇしな」

エステルはじゃあどうするんです……?と落ち込むように俯いてしまった。なにか思いついたのか、ユーリはカロルに耳を貸すように言う。カロルは素直にユーリに耳を傾けた。どうやらなにかするらしい、道具が……とつぶやくカロルにジュディスが準備できてるわよとスパナを渡した。スパナを持ったカロルはユーリ達の方に振り向いて、危なかったら助けてよ?と不安そうな顔で言った。レイヴン以外のユーリ達はグッと拳を握ってわかったと合図した。レイヴンはというと、面倒くさそうに耳をほじっていた。カロルは馬車の方に行く。

ユーリ「やっぱり拾ったのか?」

ユーリはジュディスがスパナを持っていたことに関して聞いた。ジュディスは首を縦に振る。

ジュディス「前に落ちてたのを、ね。使うこともあるかと思って」

さすが気が利く彼女のことだ。リタは変なのと呟いてジュディスの隣に立つ。パティはカロルが何をするのか分からないようで何なのじゃ?と首を横にした。

レイヴン「ともあれ、少年の活躍に期待しようじゃない」

レナ(カロル……ファイトっ)

ユーリ達はカロルを見守る。

キュモール「ノロノロ、ノロノロと下民どもはまるでカメだね。早く乗っちゃえ!」

キュモールの部下が街の人々を馬車に押しこめる。その場にいた全員を押し込むと部下は、キュモールに報告した。キュモールはじゃあ君も馬車に乗りなと部下を一人指さす。指された部下は戸惑いながら私も?と聞き返す。

キュモール「仕事が遅いものには罰を与えないと、ね?」

部下は焦ったように、お許しください妻と娘が……と述べる。

キュモール「キミが行かなきゃ、代わりに行くのは……奥さんや娘さん、かな?」

どこまでも人を道具としてこき使うキュモールの姿に、エステルはグッと目を瞑り険しい顔をした。さぁ、出発だというキュモールの掛け声で馬車が動き出そうとする。祈るようにエステルはカロル……と名を呼んだ。

ジュディス「大丈夫よ。できる子よ、あの子は」

エステルはジュディスを見る。ジュディスはニコリと微笑んだ。と、その時馬車が大きな音をたてて馬車の車輪が崩れる。

キュモール「何してるんだ!?馬車を準備したのは誰!?きーっ!!馬車を直せ!この責任は問うからね!」

突然の出来事にキュモールは叫び散らかし、どこかへ行った。

リタ「これがガキんちょに授けた知恵ってわけね」

納得したようにリタは呟いた。カロルが馬車から走ってこっちに来る。ユーリがおつかれさんと声をかけた。

カロル「ふーっ……ドキドキもんだったよ」

まだバクバクいっているであろう心臓を抑えながら言った。

リタ「でも、これって、ただの時間稼ぎじゃない」

ジュディス「これが限度ね。私たちには」

パティ「うちらも旅の途中だからの」

ユーリ「騎士団に表だって楯突いたらカロル先生、泣いちまうからな」

レイヴン「俺たち、気付かれる前に、隠れた方がいいんじゃなあい?」

レイヴンの提案で、ユーリ達は夫婦と別れて宿屋に隠れに行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二度目の罪

―マンタイク 宿屋

 

 ユーリ達が宿屋に行くと、店主がよくぞ無事で……!と言って安堵した表情をしていた。しかし、そばに騎士がいることを思い出して直ぐにお帰りなさいませと言い直した。その様子を見たカロルがユーリにまだ監視されてるんだねとボソッと言った。そのまま、部屋に通してもらい騒ぎが落ち着くまでユーリ達は身を隠した。各々、部屋でやれる事をやっていくうちに外から虫の鳴き声が聞こえ始め夜の訪れを知らせていた。

リタ「あのキュモールっての、ホントにどうしようもないヤツね」

作業していた手を止めて休憩していたリタが口を開いた。

パティ「どうして、世の中、こんなにどうしようもないヤツが多いのじゃ」

首を傾げて言ったパティに、ジュディスがあれはたぶん病気なのよと返した。

パティ「それはきっと絶対、バカっていう病気なんじゃな」

リタ「わかってるわね、あんた。きっとそうだわ」

パティの言葉にリタはうんうんと頷きながら共感する。

レイヴン「あいつら、フェローを捕まえてどうすんのかね」

エステル「わかりません……ですけど、このままだと、大人はみんな残らず砂漠行きです」

深刻そうな顔をしてエステルは言った。

レナ「大人がいなくなったら、今度は子供が砂漠に放り出されるんじゃ……?」

エステル「っそんなの絶対にだめです!わたしが皇族の者として話をしたら……!」

少女の呟きに、エステルは弾かれるように声を上げた。

ジュディス「ヘリオードでのこと忘れたのかしら?」

カロル「そうだよ。あいつ、お姫様でもお構いなしだったんだよ」

二人の言葉にエステルは俯いて考え込んでしまう。

レイヴン「あれはお嬢ちゃんの言葉に耳を貸すような聞き分けのいいお利口ちゃんじゃないもんね」

口角を下げておっさんは言う。

パティ「ノードポリカへ行く話はどうなったのじゃ……?」

リタ「とりあえず、自分のことか人のことか、どっちかにしたら?」

リタはエステルに優しく諭す。エステルはリタ……と呟いた。

ジュディス「知りたいんでしょ?始祖の隷長(エンテレケイア)の思惑を、だったら、キュモールのことは今は考えないようにしてはどう?」

リタと同じようにジュディスは言う。リタがジュディスを見てあんたと意見が合うとわね、と意外そうにした。

リタ「あたしもベリウスに会うのを優先した方が良いと思う。キュモールを捕まえてもあたしらには裁く権利もない。どうしようもないなら出来ることからするべきだわ」

二人の話を聴きながら考えていたエステルは、フレンならと呟く。

レナ「そのフレンは、今、どこにいるかわかるの?」

少女の問いにエステルは答えられなかった。

パティ「二つのことをいっぺんにしようたってできないのじゃ」

パティの言うことも聞いて、また落ち込むように考え込むエステル。

リタ「ごめん、エステル……みんな、責めてるわけじゃない。あたしだってムカつくわ。今頃、詰め所のベッドであいつが大いびきかいてるのを想像したら。でも……」

続けようとするリタに、わかってますとやりきれない気持ちを飲み込んでエステルは頷く。

ジュディス「例え捕まっても、釈放されたらまた同じことを繰り返すわね。ああいう人は」

ジュディスの言葉にうんうんと大袈裟にレイヴンが首を縦に振る。

レイヴン「だろうなぁ。バカは死ななきゃ、治らないって言うしねぇ」

ユーリがレイヴンの言葉を聞いて、死ななきゃ治らない……かと呟くのをレナは聞き取った。その後、もう寝るのじゃというパティに続きそれぞれ就寝した。青年と少女以外は。

 みんなが寝静まった頃、壁によりかかって座っていたユーリが立ち上がる。その音を聞いてレナは薄目を開けた。俺は俺のやり方で……か、とユーリが右手を見つめながら呟くと、そのまま宿屋を出ていく。それを見計らって少女は、音を立てないように慎重にベッドからおりてユーリの後を追うように外に出た。

 ちょうどユーリはキュモールを起こして脅しているところだろうか、なんて考えながら先回りしてヤシの木の影に少女は隠れる。キュモールが恐怖に染った顔をして流砂に巻き込まれないように立てられている柵ギリギリまで逃げてきた。その後から、まるで恐怖を駆り立てるようにユーリが歩いてきた。殺されたくない一心でキュモールは言い訳を並べて身の潔白を証明しようとする。しかしユーリは一蹴した。キュモールはいよいよやばいと悟ったのか体をガタガタ震わせ後退りながら、ユーリにとってはいい条件を並べて交渉する。ユーリはゆっくりとキュモールに歩いて近づく。キュモールはやめろ近づくな!と声を上げるが、人気のないこの場所では影で見ている少女にしか声は届かない。キュモールはさらに後ずさり足場がなくなってそのまま流砂に落ちた。流砂は容赦なくキュモールの体を徐々に飲み込んでいく。キュモールは必死にユーリに助けを求めた。迫り来る死への恐怖、情けない声でキュモールはユーリに手を伸ばす。

ユーリ「おまえはその言葉を、今まで何度聞いてきた?」

ユーリに言葉に、キュモールはハッとして絶望の表情を浮かべた。そのままキュモールは完全に流砂に飲み込まれた。

レナ(なんとも、思わなかったな……。案外私って冷たい人間なのかも)

少女はキュモールの死に何も感じることは無い、しかしキュモールの悲鳴だけは何故か頭の中で響いてうるさく感じた。ザッザッと歩く音を聞いてレナは悲鳴の余韻からハッとする。

レナ(……フレン!?)

フレン「街の中は僕の部下が抑えた。もう誰も苦しめない」

彼は静かにそうユーリに告げた。

ユーリ「そうか、これでまた出世の足がかりになるな」

フレンは何も言わない。

ユーリ「オレ、あいつらのところに戻るから」

今のユーリの心情を少女には推し量ることなど出来ない。

フレン「ユーリ、後で話がしたい」

ユーリはわかってると静かに返して宿屋へ歩いていった。

レナ(……やべ、フレンが来ることなんて忘れてたから完全に帰るタイミング失った。私バカ過ぎるだろ……)

さてどうしようかと頭を悩ませた時、そこに誰かいるんだろうとフレンの声が響く。少女は露骨にギクリと体をよじった。

レナ(……バレてるんですけど。さすが未来の騎士団長様)

レナは小さくため息をつき、ヤシの木の影から体を出す。

フレン「!君は……」

まさか、こんな時間に子供が出歩いてるとは思わなかったのだろう、彼はレナを見て驚く。こんな時に思うことでは無いが、二人きりでちゃんと話すのはこれが初めてだなと少女は思った。ただ、よりによってこのタイミングになった事が気まずい。

レナ「……こんばんは」

戸惑いがちに少女は挨拶をする。

フレン「ユーリと行動してた子だね?」

確認をとるように聞く彼にレナは首を縦に振る。

フレン「こんな時間に、こんな所で、何をしていたんだい? 「さんぽ」」

もうどうにでもなれと食い気味に少女は即答した。

フレン「さ……さんぽ?」

彼はポカーンとしている。目を丸くしている彼の気持ちはわかる、普通に考えたら子供がこんな時間に散歩なんておかしいもんねとレナは思う。

レナ「そうよ。寝つきが悪くて一向に寝れなさそうだから、外の空気が吸いたくなったの」

聞き返された少女は開き直って堂々とした態度をとる。するとフレンは、っふ……くくくと抑え目に笑い始めた。少女は何かおかしかっただろうか?と首を傾げる。

レナ(……呆れられたか?)

フレン「ははっすまない……。見た目の割にかなりしっかりしたお嬢さんだと思ってね」

それのどこが笑う要素だったのだろうか……というかシリアスな雰囲気は完全にぶっ壊れてしまった。いや、まぁ、少女のさんぽという発言からもう壊れていたかもしれないが……。笑っていたフレンは息を吸って吐いてを繰り返して落ち着く。

フレン「君は、ユーリの事をどう思う?」

落ち着いたと思ったら真剣な顔で突然の質問に少女は声が出ないし、頭の中はえ?どう?どうって?と真っ白になった。質問した彼は、レナが喋るのをニコニコとじっと待っている。

レナ「えっと……、ユーリの事は、その優しい人だなって思うよ。相手の意志を否定はしないし、一度通した筋は曲げない、芯の強さのある人だと思う」

少し詰まりながらも少女は答える。

フレン「……そうか」

ふわりと彼は微笑む。

レナ「もう、いいかな?そろそろ帰らないと、仲間に何も言わないでここにいるからユーリに心配かけちゃう」

フレン「ああ……構わないよ。おやすみ」

レナ「……おやすみなさい」

少女は足早に宿屋に帰る。

レナ(どうにかなった……つかれた)

宿屋に着くと、入口前にユーリが立っていた。レナはあ、ユーリと呟く。

ユーリ「あ、ユーリじゃねぇよ。ったく、こんな夜中にどこいってんだ」

レナ「……さんぽ?」

ユーリ「さんぽ……って」

疑問形で言った少女に、ユーリは少し呆れる。

レナ「そういうユーリは、そんな所でなにしてんの?中、入らないの?」

ユーリ「あー、もうちょっと外の空気吸ってるから、先入ってろ」

レナ「ふぁ〜……はーい、おやすみ」

少女は欠伸をして雑に返すと、ユーリがおやすみと言うのを聞いてレナは覚束無い足でベッドに向かった。

 

―翌日

 

 明け方、まだまだ日が覗いてない中、外が騒がしくなる。どうやって布団に入ったかなんて忘れるほど眠かった少女はまだ眠い目を擦りながらもぞもぞと起き上がる。エステルがはしゃぎながらみんなを起していた。その後は夜までもうどんちゃん騒ぎで、仲間たちは外ではしゃぎまくっていた。そのうち帰ってきたレイヴンは受付の隅に寄りかかって休憩しており、その後でカロルたちが帰ってきた。

カロル「本当はこんなに賑やかな街だったんだね」

ジュディス「ええ。解放されてよかったわ、本当に」

エステル「まさかフレンが来てくれるなんて」

嬉しそうにする彼女に、ほんとうそみたい!とカロルは興奮して言った。

エステル「でも逃げたキュモールはまたどこかで悪事を働くかもしれません」

カロル「すぐにフレンが捕まえてくれるよ。ね、ユーリ」

ユーリ「……ん、まあ、そうだな」

彼はカロルの言葉に曖昧に返した。そんなユーリを変に思ったカロルがユーリに歩み寄よろうとした所で、レイヴンが床に崩れる。どうやら眠ってしまったみたいだ。

レナ(……タイミング、良すぎるのよ。ユーリを思っての狸寝入りかもしくは本当に寝たか……)

カロルがレイヴン風邪ひくよと起こそうとする。

ジュディス「子どもと一緒になって騒いで疲れたのね。いい歳して」

ジュディスはクスッと笑って微笑ましそうにした。ガチャりとドアの開く音が聞こえてリタが帰って来る。エステルがおかえりと迎え入れた。

リタ「もうバカ騒ぎ。まったくあきれるわ」

一緒に出ていったはずのパティが居ないことにジュディスが気づいてリタに聞くと、まだ踊っているらしい。まったく子どもってのは……とリタは呟く。

カロル「リタも楽しんでたでしょ?ダンス上手だね、リタ」

からかうように言ったカロルに、リタは顔を赤くしてうっさいと叫びながらチョップをかました。カロルはうっと頭を押えて蹲る。

リタ「って……あれ?おっさん寝たの……」

エステル「もうあっという間でした」

エステルはニコリと笑って言った。ふと立ち上がるユーリに、エステルは声をかける。

ユーリ「ちょっとフレンに挨拶に行ってくる」

そういって彼は宿屋から出ていった。そんなユーリをエステルは不思議そうな顔をして見ていた。

レナ(……ユーリは、フレンとエステルにあのことを話すんだろうな)

だんだんと頭が働かなくなってきた少女は欠伸をしながら、部屋のベッドへ歩き出す。

ジュディス「あら?レナ、もう寝るのかしら?」

レナ「……ジュディス、うん。昨日夜更かししたし今日は早起きだったしでもう眠くて……。ユーリには先に寝てるって言っといて……」

ワンテンポ遅れて、眠いまぶたを擦りながら少女は答える。ジュディスはええ、わかったわと返事した。

 夜中、少女は喉の乾きに目が覚めた。相変わらず、砂漠の夜は昼間とは真逆で肌寒い。部屋を見渡すとユーリ以外は眠っていた。ベッドから音を立てないよう気をつけながらに降りて、軽く髪を整え食堂、受付を通り過ぎて外へ出た。さぁーと吹く風に闇に溶けやすい髪が揺れる。そのまま少女は湖に向かった。

 湖に着くと、ユーリが砂浜に座っていた。三日月の薄い光が、闇色の髪を照らしてそれがなんだか寂しそうな感じで今だけは頼れる背中が小さく少女の目にうつった。砂のズレる音でユーリは後ろに振り向いた。

ユーリ「……レナ、だったのか。寝てたんじゃなかったのか?」

少女は青年の傍に腰を下ろした。

レナ「喉が渇いて、起きたの」

そう答えて少し前のめりになると湖の水を手で掬い口に運んで飲み込んだ。

ユーリ「食堂になかったのか……?」

レナ「もうこの時間だよ?片付けであるに決まってるでしょ」

ユーリ「それも、そうか」

視線は湖の水面で俯いたまま。

レナ「何か……あった?」

ユーリは何も言わない。

レナ「私はどんな貴方でも受け入れるよ」

少女は真っ直ぐにユーリを見つめる。

レナ「ごめんね……私、知ってるの。ユーリかラゴウを殺した事も、キュモールの事も」

明らかにユーリは動揺する。レナの方を向いて目を見開いていた。

ユーリ「……いつから」

レナ「最初から。ダングレストでラゴウの罪が軽くなった時、フレンのもとへ行ったでしょ。その後ユーリと別れて宿屋に帰るフリしてユーリをつけたの」

たんたんと少女はつげる。

ユーリ「オレのこと、怖くないのか」

レナ「怖くない。怖いわけないでしょ、だってあなたは森に倒れていた私を助けてくれた。記憶を思い出すために一緒に旅することを許してくれた」

優しくユーリの手に、自身の手を重ねる。

ユーリ「もしかしたら、いつかお前を殺すかもしれない」

レナ「それはきっと私が、いけないことをしちゃった時だと思うから」

レナは眉を下げてニコリと微笑む。

レナ(それに私はその先をわかっていて誰にも伝えず、知っているとおりに進む物語を何もせず傍観していた。ユーリ以上に私は許されざる者だよ)

ユーリ「……エステルと同じようなこと言うんだな」

レナ「!ふふっ、そうなんだ。確かにエステルもいいそうだ」

一瞬だけ肩がびくりと震えるがすぐに笑った。

 

 

―翌日

 

 朝、仲間たちは宿屋から出てノードポリカに向かうための準備を済ませていた。

レイヴン「久しぶりによく寝た〜ふわぁあっ……」

大きな欠伸をするおっさんに、あんた寝すぎとリタが呆れた。ユーリの傍でレナも欠伸をかみころす。

ユーリ「もう街出んだから。しゃんと目を覚ませよ」

パティ「おっさん、目がとろけてるのじゃ」

レイヴン「なにっ!?それは大変っ!?」

大袈裟なリアクションをとるおっさんに、リタはうざっ……と引いた。

カロル「……あれ?騎士団が少なくなってる……?」

ユーリ「ああ。フレンたちならノードポリカに戻っていったぞ」

ジュディス「夜のうちに、移動してたみたいね」

カロル「なにか急ぎの用事でもあったのかな?」

パティ「海の魚が食いたくなってノードポリカに帰ったのじゃ」

レナ「それはパティが今食べたいものでしょ……」

頭が働き出したレナはツッコミを入れると、パティはバレたか?と愛らしく笑った。

リタ「前に魔物が逃げたりして大変だったでしょ。あれの後処理じゃないの」

カロル「たぶん、戦士の殿堂(パレストラーレ)が騎士団に協力を仰いだんだよ、きっと」

ユーリ「さあ、どうだろうな」

ユーリの言葉に、エステルは首を傾げた。

ユーリ「いや、なんか、封鎖がどうとか言ってたし」

ジュディス「封鎖?何のことかしら?」

エステル「まさか例の人魔戦争の件で、ベリウスを捕まえるため……?」

カロル「そう簡単に戦士の殿堂(パレストラーレ)が、騎士団に後れを取るとは思えないけどな」

ユーリ「何であれ、ゴタゴタしそうな予感はする」

レナ「同感」

うんうんと頷きながら少女は言った。

レイヴン「今はノードポリカに近寄らない方がいいかもね」

レナ「かといって、新月の夜を逃したらベリウスに次はいつ会えるかなんて分からないよ?」

パティ「うちはノードポリカへ行かないと船に乗れないのじゃ。船に乗らないと麗しの星 (マリス・ステラ)とら記憶を探す旅が続けられないのじゃ」

レイヴン「でもな〜。俺様、あんま騎士団と関わりあいたくないのよねぇ」

顎を触りながら嫌そうにレイヴンは言う。

ユーリ「そりゃオレもできればな」

カロル「じゃ慎重に進もうよ。慌てず急いで、ね」

こういう時のカロルは頼りがいのある少年だ。

リタ「カドスのエアルクレーネの事も忘れないでよね」

ユーリ「ああ、わかってるさ。行こぜ」

レイヴンは嫌そうにやれやれと手を振りユーリ達の後を歩いて行く。

 カドスの喉笛へ向かうために砂漠を歩いていると、行商人らしき人とすれ違う。エステルがこんにちはと挨拶した。あんた方、カドスの喉笛へ?と行商人から聞かれる。ユーリがそうだけどと答えると、カドスは騎士団が封鎖していると行商人は言った。どうやらノードポリカへ行くルート自体が全て封鎖されているらしい。理由としてはノードポリカは今危険だからとしか聞いていないらしく、仕方ないからマンタイクへ戻るのだと行商人は話してくれた。

パティ「うちらもマンタイクに戻って、のんびり待つか?」

うーんどうっすかねぇとレイヴンは呟く。

エステル「フレンが封鎖を指示しているのでしょうか?」

エステルはユーリに聞く。ユーリはどうだろうなと返した。

ユーリ「どちらにしろ、ここで足止めを食らうわけにゃいかねぇだろ」

ジュディス「新月すぎちゃったら、どうしようもないもね」

カロル「でも頼み込んで通してもらえる状況じゃなさそうだよ」

カロルはユーリを見上げた。

レナ「それは実際、状況をみてから入り方を考えるとしてさ……問題は中に入ってからだよね」

少女は顎に手を当てて考えながら話す。

エステル「中に入ってからってどういうことです?」

レイヴン「封鎖されてるってことは、容易に外には出られないって状況よね。それを想定しておいた方がいいってきと」

だよね?と代わりに答えたレイヴンはレナに目配りする。レナはこくりと首を縦に振った。

リタ「だったら、マンタイクでちゃんと準備しておいた方がいいんじゃない?」

ユーリ「大丈夫だろ。このまま行こうぜ」

ユーリの言葉に、皆は先に進む。

 

―カドスの喉笛 入口前

 

 岩陰から中を伺ってみると、騎士団が集結しているのが見えた。エステルがフレン隊です……と呟く。

ジュディス「封鎖っていうのはあれ?」

カロル「やっぱりフレン隊がやってたんだね……でも、あの魔物は何……?」

レイヴン「騎士団で飼い慣らしたってとこかね」

フレン隊らしくない、飼い慣らされた魔物をみてレイヴンは呟く。

ユーリ「なんか、フレンに似合わねぇ部隊になってんな。……まったくフレンのやつ、何やってんだ……」

ため息まじにりにユーリが言ったフレンに似合わないという言葉に、リタとジュディスとレナは頷いた。

レイヴン「これだけ大掛かりな作戦ならやっぱ人魔戦争の黒幕って話と関係あるのかもねぇ」

カロル「この検問、どうしよっか……」

カロルは困った表情をユーリたちに向ける。その後ろでしゃがんだレイヴンとパティがこそこそと話をしていた。パティと話いや交渉が終わったレイヴンは立ち上がって、こういうのはどうよ?と弓を構えた。放たれた矢は魔物の足を少し掠めたようだ。それで十分なほど急なことに驚いた魔物は暴れ始める。騎士団が慌てて魔物を抑え始めた。ジュディスの今よという合図でユーリ達は洞窟内に走って入り込んだ。

 

―洞窟内

 

 ある程度中に入った所で、ユーリ達は立ち止まった。

ユーリ「珍しく派手に動いたな、おっさん」

レイヴン「なになに、パティちゃんの助言あってよ。人間ご褒美があるど頑張れるじゃない?」

リタ「何よ、ご褒美って」

少し機嫌のいいおっさんに引きながらリタは聞く。

レイヴン「ヒ・ミ・ツ♥約束お願いね、パティちゃん♪」

テンション高いおっさんに、リタはうざっとこぼすのだった。気になるようにエステルがパティを見るが、ウィンクしながらヒ・ミ・ツ♥なのじゃ‪☆とレイヴンと同じように返した。リタは何よ、あれ……と呟いた。

レナ「どうせしょうもない約束でしょ?」

ユーリ「だな、今はそれより先を急ぐぞ」

ユーリ達は洞窟内を進み、エアルクレーネまであともうちょっとという所まで来た。

カロル「ふ〜。追っかけてこないみたい」

カロルは息を整えながら後ろを振り向いて確認する。

パティ「なかなか楽しかったのじゃ」

ユーリ「遊びじゃないぜ。ったく……」

楽しいというパティにユーリは指摘する。

レイヴン「いやいや、これぞパティちゃんのブレインと俺様のテクニックの融合ってね」

レイヴンはウィンクしながらパティを見る。パティはニコリと笑って一人より二人の力なのじゃと言った。

レイヴン「しっかし、こんな危険なとこまで封鎖してノードポリカを孤立状態にしよってんだから。連中、かなりマジ気みたいねぇ」

リタ「まったく。魔物まで出して来ちゃって」

ジュディス「きっと、ロクでもない事しようとしてるのね」

エステル「フレンがこんな事を指示するとは思えません……」

彼女は溜息をつく。

パティ「のう、フレンっていうのはどういう奴なのじゃ?」

カロル「ユーリの友達だよ。子供の頃からの長いつきあいなんだって」

そういえばパティは知らないんだったか……と少女は思いながら、パティに説明するカロルの話を聞いていた。

レイヴン「下までは指示が行き届かない、上からは理不尽な指令が来る。隊がでかくなって、偉くなると色々手が回んなくなるんじゃないかね」

レナ(……騎士団に所属しているからこそわかることね)

ユーリ「ずいぶん、物識りだな。さすが天を射る矢の一員ってか」

レイヴン「組織なんてもなぁどこもそんなもんでしょ」

ユーリ「問題は……フレンのやつがどこまで本気かってことだ」

レナ「ノードポリカに行けば、色々わかってくるんじゃない?」

少女の言葉にそうですねとエステルが頷く。

ジュディス「でも警戒はしておいた方が良さそう。まさかノードポリカが武力制圧されてるってことは無いと思うけど」

カロル「戦士の殿堂(パレストラーレ)が黙っちゃいないもんね」

ユーリ「悪い。リタ。エアルクレーネ調べる時間もあんまり取れねぇぜ」

先に謝ったユーリにリタはおしそうにうーと唸る。

リタ「でもしょうがないか。追っ手とか来ると面倒だし……」

ユーリはそういうことだと頷くと、先に歩き出す。

カロル「何だかユーリ、積極的だね」

珍しいそうにユーリの先に行く背中を見ながら呟く。

レイヴン「なんだかんだ言ってお友達が心配なんでしょうよ」

パティ「……そんなにフレンってのとユーリは深い絆でつながっとるのかの」

レナ「そうだね、なんせ幼馴染みだし深いとは思うけれど……どうしたの?パティ、もしかしてやきもち?」

パティがうむと頷くと、ユーリを取られないよう作戦会議をしなくてはと意気込む。

レナ「……ユーリも大変ね」

ボソリと少女はパティに聞こえないように言った。

 ユーリ達はエアルクレーネのところまで来ていた。リタが調査し始める。ユーリが手短になと声をかけた。リタはわかってると返事をすると調査を続ける。

リタ「今は完全におさまってる……。一時はあんなに溢れてたのに。あれでエアルを制御したって事?何で魔物にそんなことが……」

思考し出すリタにエステルがそのエアルクレーネはもう安全なんです?と聞いた。

カロル「前みたいにいきなりエアルが噴出したら危ないよね?」

その心配はなさそうとリタはカロルの言葉に答えた。

ユーリ「じゃあ、なんだってあんときはいきなりエアルが噴出したんだ?」

ユーリの疑問に、リタも問題はそこねと頷く。自然現象では無いんです?とエステルは意見をだすが、リタはその可能性は低いわね、もしそうなら定期的に同じ現象が起こるはずよと返した。

ジュディス「エアルが定期的に噴出するなら周囲に影響が出るはず」

話を聞いていたジュディスが補足する。

リタ「ケーブ・モックみたいに、植物が異常に繁殖するとかね」

リタは例を出してエステルに分かりやすいように言った。レイヴンが見たとこそういう異常はないわなと辺りを見渡たした。

リタ「だとすると、何かがエアルクレーネに干渉してエアルを大量放出する……?でも、いったい何が……。エアルに干渉するなんて術式か、魔導器(ブラスティア)ぐらいしか……」

リタはブツブツ言いながら思考をめぐらせていく。少女はなんとなく答えが分かっているのでそこまで興味はない。ラピードが唸り始めたと同時に甲冑の音が聞こえ始めた。

ユーリ「ちっ、追っ手か。隊長に似てくそまじめな騎士共だぜ。リタ、いくぞ。調査は終わったんだろ?」

リタがもうちょっと考えさせて……と返す。それにレナが、考えをまとめるくらいなら後でも出来るよとリタを見る。リタはむーと唸ると、ああもう!と大きい声を出して分かったわよとユーリ達と共に走り出した。

 追っ手から逃げて先を進むと出口付近で、ジュディスに隠れて、と言われて仲間たちは近くの岩に身を隠す。騎士が三人待ち構えていた。

レイヴン「まぁ、当然ここも押えてるわな」 

カロル「パティ、なんか突破するいいアイデアないの?」

パティはうーんと考え込む。

カロル「レイヴンは?さっきみたいにうまくできない?」

レイヴン「まじめな騎士にあまり無体なことはしたくないなぁ……」

顎を触りながら言うレイヴンに、リタがあれまじめに見えないわよと騎士たちを見た。騎士たちの様子を伺っていると後ろからも追ってきた騎士たちがくる。その騒がしさに前にいたルブランとアデコールとボッコスが振り返り、エステルとユーリ、ほかの仲間たちを見た。レイヴンとリタは後ろの騎士を警戒している。前からも後ろからも騎士たちがきて挟み撃ちのこの状態にカロルが焦る。レイヴンが、しゃ〜ない!と呟くとルブラン達の前に立ちはだかる。ユーリがレイヴンを心配する。

レイヴン「全員気を付け!」

鋭く低い、大きい声が洞窟内に響き渡った。思わずこちらも背筋が伸びてしまうくらいの威圧感だ。ルブラン達は急に立ちどまり、きをつけをする。その間をレイヴンが駆ける。呆気に取られていたユーリ達はハッとするとレイヴンの後に続いた。カロルが何したのレイヴン?と不思議そうに聞くが、レイヴンはいいからいいからとはぐらかした。

 

―闘技場都市 ノードポリカ

 

 カドスの喉笛を抜けてノードポリカへ駆け込む。街中に入ってから見渡すが、以前と変わらないように見えた。闘技場で魔物が逃げ出して大騒ぎになったのが嘘のように、のどかに海鳥の鳴く声が聞こえる。

レイヴン「騎士の姿はちらほら見えるけど……」

リタ「この前の大会の騒動を考えれば、普通の警備って感じ」

エステル「魔物が逃げ出して、大変でしたからね」

ユーリ「逆に気味が悪いぜ。あんな検問敷いてたってのに。やっぱりおっさんの言うとおり、騎士団め、何か企んでやがるな」

カロル「でも今は目立たなければ街中にいても平気そう」

なロルはユーリの方に振り返った。

ジュディス「ベリウスに会えるのは新月の夜……丁度今夜ね」

空を見ながらジュディスが教えてくれる。

レイヴン「じゃ、宿で一休みしてから、ベリウス似合いに行きますか。ようやくドンの手紙をわたせるわ」

やれやれと言わんばかりにレイヴンは疲れた顔をしていた。レナはキョロキョロとしてこっちに来ないパティを見つけると、声をかける。

レナ「パティ、隠れてなくても大丈夫だよ」

レナはパティに近づいて手をひく。

パティ「うちも、もうすこーしだけ一緒にいてもいいかの?」

パティは不安そうにユーリたちの顔を見回しながら、こちらの反応を伺っている。

レナ「うん、いいよ」

ふわりと微笑んで、引いていたパティの手を両手で包み込んだ。エステルはこくりと頷く。

エステル「この街を出るまでは一緒にいた方がいいですね」

パティ「どうせ、ここで別れても、行った先でまた会うような気がするのじゃ。だったら、一緒に行っても行かなくても同じことなのじゃ」

少しほっとしたように肩の力を抜いたパティはいつもの調子に戻る。

リタ「それ、よくわからない理屈なんだけど」

パティ「きっと、ユーリたちは麗しの星 (マリス・ステラ)がある方向に向かって進んでおるのじゃ」

リタは頭をかきながら、それもよくわかんないと呟いた。パティは下を俯きながら、つまりうちは……と続ける。

ユーリ「……つまり、オレたちと一緒に来たい、ってことなんだな?」

パティ「……一人で行くより、ユーリたちと行った方が色々と……得なのじゃ」

パティはユーリに考えを悟られてちょっと恥ずかしそうにする。

ユーリ「来たいなら、ついてこい。今更、道連れがひとり増えたって困りゃしねぇよ」

パティは元気よく、じゃの!と頷いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

運命

―闘技場 宿屋

 

 ユーリ達は夜まで宿で一休みした。夜、宿屋の前にみんなは集合していた。

ユーリ「みんな覚悟はいいか」

カロル「……い、いいよぉ……」

緊張からかカロルの声は震えていた。それにリタが震えてるわよと指摘する。

レイヴン「ま、ギルドの大物に人魔戦争の黒幕って話だしな」

ユーリ「なに、相手は同じ人間だ。怖がることはねぇって」

ユーリはカロルを励ます。カロルはだってぇと俯いた。リタの隣にいたパティが往生際が悪いのじゃと愚痴る。

レナ(……ベリウスは人間じゃないんだけど)

ジュディス「パティは肝がすわってるのね」

レイヴン「見ろよ、お嬢ちゃんも大したもんだぜ」

チラリとエステルに視線を向けるレイヴン。

エステル「……わたしはもうけっこう、いっぱいいっぱいです……」

どうやらエステルも色々と考えて緊張してるみたいだった。リタが無理しなくてもいいと思うよとエステルを気にかける。エステルは首を横に振った。

エステル「もう、後には引けません。引きたくありません。わたし、ちゃんと知りたいんです。自分のことを」

覚悟の決まったその表情にジュディスはいい覚悟ねとニコリと笑った。一言も喋らず俯いてる少女に、ユーリは声をかける。

ユーリ「レナも、心の準備はいいか」

レナ「……え、あ、うん。大丈夫……」

レナは反応をおくらせながらもこくりと頷いた。

レナ(……もうすぐ、もうすぐ、あの時が……くる)

自然と少女の体には力が入った。その様子にレイヴンがあれ?意外にも緊張してる?とレナをからかう。レナは、少し肩の力を抜こうと息を吐いてそうかもねとだけ返した。元々レナは口数が多い方では無いと思うが、ユーリはいつもとなんだか様子が違うことに気づいていた。しかし、まぁレナでも緊張することくらいあるよなとユーリは気にしないことにした。

ユーリ「それじゃあ、ベリウスに会いにいくぞ」

闘技場の受付の後ろの階段を上がり、ベリウスの部屋に向かう。向かった先にはナッツが見張りのために立っていた。

ユーリ「ベリウスに会いに来た」

ナッツ「あんたたちは……たしか、ドン・ホワイトホースの使いだったかな」

レイヴン「そそ、そゆことだから通してもらいたんだけど」

ナッツは鋭い視線をみんなに向けてから、レイヴンだけを見る。

ナッツ「そちらは通っても良いが……他の者は控えてもらいたい」

カロルがそれにえー!どうしてですか?と聞く。続いてリタが私はが信用できないっての?と噛み付く。

ナッツ「申し訳ないがそう言うことになる」と冷静に言った。

そんな……とエステルがどうしようと悲しい顔をする。

パティ「口を開かないシャコガイよりうちらの方が信用できること、間違いないのじゃ」

パティがそういった時、ドアの奥から、良い皆通せ、と低い女性の声が聞こえた。ナッツが統領(ドーチェ)!しかし……と抗議する。良いと言うておると統領(ドーチェ)は続けた。

ユーリ「話がわかる統領(ドーチェ)じゃねぇか」

ナッツは少し考えたあと、わかりましたとドア越しに返事をすると、ドアの前から退いた。そして一言、中で見た事は他言無用で願いたいとナッツは言った。カロルが他言無用……?どうして?と首を傾げる。それが我がギルドの掟だからだとナッツは返した。

ユーリ「わかった、約束しよう」

真っ直ぐにナッツをみて言う。この先に我が主ベリウスがいるとナッツはドアを視線で指す。ユーリ達は、ドアを開けて中へ入った。

 部屋の中に入るとあたりは真っ暗であかりひとつも無い。カロルがえっええっ!何これ?とビビっていた。ユーリは皆がちゃんといるかどうか確認をとる。仲間たちは各々返事をした。やがてぽつぽつと紫色の人魂のような形のあかりが灯り始めた。あかりによって浮かび上がったベリウスの姿に、カロルが魔物!と武器を構える。

ユーリ「ったく、豪華なお食事付きかと期待してたのに、罠とはね」

ジュディス「罠ではないわ。彼女が……」

ベリウス?とエステルがジュディスの言葉に繋げるように言った。

ベリウス「いかにも。わらわがノードポリカの統領(ドーチェ)戦士(パレス)()殿堂(ラーレ)を束ねるベリウスじゃ」

その姿は狐に似た面差しと羽のように長い耳と触覚を持っている。レイヴンがこりゃたまげたと驚いた顔をして言う。エステルはベリウスの前に進み出た。

エステル「あなたも、人の言葉を話せるのですね」

ベリウス「先刻そなたらは、フェローに会うておろう。なれば、言の葉を操るわらわとてさほど珍しくもあるまいて」

ユーリ「あんた、始祖(エンテ)()隷長(ケイア)だな?」

その問いに左様じゃとベリウスは頷く。

カロル「じ、じゃあ、この街を作った古い一族ってのは……」

わらわのことじゃとベリウスは答えた。

パティ「この街ができたのは、何百年も何百年も昔……ってことは……」

ベリウス「左様、わらわはその頃からこの街を統治してきた」

パティは、すごいのじゃ!と興奮した。レナは何も喋らず事の運びを見守っている。

レイヴン「……ドンのじいさん、知ってて隠してやがったな」と呟く。

ベリウスがそなたは?とレイヴンに視線を向けた。

レイヴン「ドン・ホワイトホースの部下のレイヴン。書状を持ってきたぜ」

レイヴンはベリウスに書状を渡し、ベリウスは渡されたそれに目を通す。

レイヴン「いまさらあのじいさんが誰と知り合いでも驚かねぇけど、いったいどういう関係なのよ?」

ベリウス「人魔戦争の折に、色々と世話になったのじゃ」

ベリウスは書状に目を通し終わると顔を上げて答えた。

カロル「人魔戦争……!なら、黒幕って噂は本当なんですか?」

あまりにストレートに質問するカロルに、ベリウスはほほっと軽く笑って、確かにわらわは人魔戦争に参加したと答えた。しかしとベリウスは続ける。

ベリウス「それは始祖の隷長(エンテレケイア)の務めに従ったまでのこと。黒幕などと言われては心外よ」

人魔戦争が始祖の隷長(エンテレケイア)との戦い……とカロルは呟いて俯いた。

ベリウス「いずれにせよ、ドンとはその頃からの付き合い。あれは人間にしておくのは惜しい男よな」

レイヴン「じいさんが人魔戦争にかかわってたなんて話、初めて聞いたぜ」

ベリウス「やつとてはなしたくないことぐらいあろう。さて、ドンはフェローとの仲立ちをわらわに求めている。あの剛毅な男も、フェローに街を襲われてはかなわぬようじゃな。無碍には出来ぬ願いよ。一応承知しておこうかの」

レイヴン「ふぃ〜、いい人で助かったわ」

レイヴンはそこで初めてほっと安堵の息をついた。

ユーリ「街を襲うのもいれば、ギルドの長やってんのもいる。始祖の隷長(エンテレケイア)ってのは妙な連中だな」

ベリウス「そなたら人も同じであろう」

パティがうむうむその通りなのじゃとベリウスの言葉に頷く。

ベリウス「さて、用向きは書状だけではあるまい。のう。満月の子、新月の子よ」

ベリウスはエステルとレナに視線を向けた。リタが目を見開いて、わかるの?レナが新月の子でエステルが満月の子だって……と言った。

ベリウス「我ら始祖の隷長(エンテレケイア)は満月の子と新月の子を感じる事が出来るのじゃ」

レナは特に聞きたいことなどない。この世界になぜ連れてこられたのかも今はもう知っている。エステルは覚悟を決めた顔でベリウスに近づく。

エステル「エステリーゼといいます。満月の子とは、いったい何なのですか?わたし、フェローに忌まわしき毒と言われました。あれはどういう意味なんですか?」

レナ(……そろそろ魔狩りの剣が押しかけてくる頃合か。魔術障壁をはっておくか)

誰にもバレないように気をつけながら魔術障壁をベリウスの前にはる。ベリウスには気づかれてそうだな……なんて少女は思った。

ベリウス「……ふむ。それを知ったところでそなたの運命が変わるかはわからぬが……」

ジュディスが、ベリウスその事なのだけど……と口を挟む。エステルはどうしたのだろうとジュディスの方を振り向いて名を呼んだ。

ベリウス「ふむ。何かあるというのか?」

フェローは……とジュディスが何かを言いかけた時、外で大きな音がなった。レイヴンが、何の騒ぎだよ一体とドアの方を振り向く。勢いよく扉が開き、武器をたずさえた男たちが乱入する。

ディソン「遂に見つけたぞ、始祖の隷長(エンテレケイア)!魔物を率いる悪の根源め!」

カロルが、ディソン!首領(ボス)!と二人に駆け寄る。

ディソン「これはカロル君ご一行。化け物と仲良くお話するとは変わった趣味だな」

クリント「闘技場で凶暴な魔物どもを飼い慣らす、人間の大敵!覚悟せよ、我が刃の錆となれ!」

レナ「……失礼なヤツらね」

少女は二人を睨んだ。

パティ「カロルの知りあいにしては、ガラが悪いのじゃな」

パティが悪態をつくと、ディソンはなんだこのちっこいのはのイラッとする。

パティ「残念なのじゃ、乱暴者に名乗る名前は持ち合わせておらんのじゃ」

パティはキッパリと言いきった。

ディソン「ふん……名乗れねぇ事情でもあんのか?」

カロルが、ナンは?とディソンに聞く。ディソンは、闘技場で魔狩りを指揮してるだろうよと返した。

ディソン「俺ら魔狩りの剣の制裁を邪魔する奴ぁ、人間だって容赦しやしねぇぜ」

手を鳴らしながら彼は言う。

クリント「かかってこないなら、俺から行く!さあ相手になれ、化け物!」

大剣を構えると、動きの早いディソンと共にベリウスに一直線に向かった。ディソンをユーリがいなし、クリントの大剣をレナがはった魔術障壁によって受け止められる。ベリウスは少し驚いたようにレナを見た。

ベリウス「……先程なにかしたような力を感じたが、これだったか……」

クリントは大剣が見えない壁に弾かれたことにすこし驚いているようだったが、すぐに体勢を直し次の攻撃へ動きをうつしていた。

レナ「っ……来るような予感がして……ね」

2度目のクリントの攻撃で、障壁にヒビが数センチはいる。

ベリウス「こやつらはわらわはが相手をせねば抑えられぬようじゃ。新月の子よ、これを解くのじゃ」

ベリウスは障壁を指さし少女をみる。少女は嫌と伝えるようにと首を横に振る。ベリウスは、わらわは平気じゃと安心させるようにレナを見つめる。

レナ「……わかったわ」

渋々目を閉じて嫌だと思う感情を抑えて少女は魔術障壁を解いた。瞬間、クリントの大剣がベリウスを襲うが、ベリウスは軽々と大剣を受け止めた。ベリウス……!とレナが悲痛な声を出す。ベリウスは大丈夫じゃと言った。

ベリウス「そなたら、すまぬがナッツの加勢に行ってもらえぬか」

ユーリがおまえは大丈夫なのかよ!とベリウスを心配する。

ベリウス「たかが人などに後れは取りはせぬ」

ユーリはわかったと頷くと、仲間たちに行くぞ!と声をかける。不安そうな顔でレナはベリウスを見る。

レナ(私の魔術なら、エアルを使わないから負担になって暴走することは無いはず……)

仲間たちがユーリに続く中、レナはベリウスに向かってシャープネスとバリアーをかける。全身に鋭い痛みがはしり一瞬顔を歪めるがすぐに持ち直す。エアルを使わない少女の魔術はバフだけをちゃんとかけることに成功していた。

ベリウス「!……新月の子よ、感謝する」

少女はこくりと頷いてみせると、ユーリ達を急いで追った。

 ユーリ達を追って外に出ると、戦士の殿堂(パレストラーレ)のメンバーであろう人達が倒れていた。カロルがひどい……これをナンが?と眉を顰める。ユーリが倒れている一人に駆け寄って声をかける。苦しそうな声で、ナッツが魔狩りの剣と戦って、お願いしますと言った。エステルが治癒術をかけようとするが、助けてという言葉を最期に息を引き取った。エステはもう少し早ければ……と悔やむ。ジュディスはエステルに悔やんでる場合ではないでしょと言う。続いてリタが、ナッツって人を助けなきゃ……!と叫んだ。ユーリは頷き、みんなは闘技場へ急いで向かう。

 闘技場につくと、魔狩りの剣の一員であるナンが忠告していた。カロルが、ナン!もうやめてよ!と声をかける。ナンは、カロル?なんでここに、と驚いていた。

カロル「ギルド同士の抗争はユニオンじゃ厳禁でしょ!」

ナン「何言ってんの!これはユニオンから直々に依頼された仕事なんだから!」

レイヴンが何だと……?と呟く。ナンの後ろから金髪の青年が出てきた。レイヴンがおまえ……ハリー!?と驚いている。

リタ「あいつ……ダングレストであったユニオンのやつ……?」

レイヴンがドンの孫のハリーだとみんなに教えた。ドンの孫……?とカロルが囁く。

レイヴン「ちょっと、何がどうなってるのよ?」

レイヴンはハリーに詰め寄る。

ハリー「おまえもドンに命令されたろ?聖核(アパティア)を探せって」

レイヴン「ああ、でもこの聖核(アパティア)とこの騒ぎ、何の関係があるってんだ?」

二人が話している時、ジュディスがなにかに気づいて走り出す。レナもジュディスの後をついて行く。後ろでカロルがジュディス?レナ?どうしたの!という声が聞こえた。魔狩りの剣に囲まれているナッツに駆け寄る。ユーリも追いついたようだ。

ユーリ「あとは一人じゃ物足んねぇだろ?オレらが相手してやるよ」

貴様らもベリウスの配下か!と屈強な男が武器を構えながら言った。

カロル「ボ、ボクらは凜々の明星だ!」

負けじとカロルがギルド名を叫ぶ。なんかしらねぇが魔物に味方するやつは死ねぇ!という一言でナッツを囲んでいた魔狩りの剣たちは襲いかかってきた。

一人、一人ずつの戦闘になる。当然弱そうに見えるのだろう俗に言う細マッチョな男がレナに襲いかかった。振り上げてきた剣を、ギリギリでダガーナイフで受け止め流す。そのままバックステップを踏んだ。

レナ(……まずい、攻撃を流しながらの詠唱が難しい。受け流すので精一杯。仕方ない……シャープネスとバリアーだけかけて、あとは自力で!!)

金属と金属がぶつかる音が闘技場に響く。体の小さい少女はそれを利用して相手の懐に潜り込み、腹を切った。人間を切った感覚にゾワリとする。しかし致命傷にはなり得ないその攻撃に相手はまだまだと腹から血が出るのを気にせず剣を振り上げる。慣れない感覚に気分が悪くなりそうになりながらも少女はもう一度攻撃を避けつつ隙を狙って今度は首を切った。切った傍から血が吹きでる。相手はそのまま倒れた。吹き出た生暖かい血が少女に服にべったりとついた。無我夢中だったレナはハッとする。振り返れば、首から血を流し倒れている魔狩りの剣の人がいた。

レナ(殺ってしまった……。人を、人を、人を切ってしまった。殺してしまった……。ううん、今は考えることじゃない。考えたくない。ベリウスのことを考えなきゃ)

ダガーナイフを握る手が震え、バクバクと心臓がなり、音が遠く感じる感覚を覚えなが、罪悪感に苛まれる思考を片足を地面にダンっ!と蹴りつけて喝を入れた。周りを見渡せばみんな片付け終わった所で、エステルはナッツに治癒術をかけていた。

レイヴン「何とか間に合ったようね」

レイヴンはほっとする。

ナッツ「あんた治癒術師だったんだな。おかけで命拾いしたよ」

ナッツはエステルに感謝を述べた。

パティ「ベリウスの方は大丈夫なのかの……?」

心配そうにパティは呟いた時、上空からガラスの割れる音ともにベリウスとクリント達が降ってきた。ベリウスは地面にそのまま叩きつけられるように落ち受け身も取れていなかった。カロルは驚き、ナッツはベリウス様!と声をかける。少女は心配そうにベリウスを見た。

ベリウス「ナッツ、無事のようだの。まだやるか人間ども」

ナッツの無事を確認すると、ベリウスはクリントに視線を向けた。

クリント「……この……悪の根源……め……」

フラフラとしながらもまだ武器を構える。

ユーリ「あいつが悪の根源?んなわけねぇだろ。よく見てみやがれ!」

クリント「魔物は悪と決まっている……!ゆえに、狩る……!魔狩りの剣が、我々が……!」

クリントはそこまで言って限界だったのか再び倒れ伏した。レイヴンがこの石頭ども!と愚痴る。立ち上がったディソンがベリウスに駆け寄るのをジュディスが止めた。パティはジュディ姐!と走る。ベリウスはがくりとひざをついた。ベリウス様!ナッツが叫んだ。エステルがベリウスにかけて行くのを瞬時にレナはエステルの手を引いて止めた。

エステル「……レナ?」

レナ「ダメ、エステルの力は使っちゃダメ」

いつになく真剣な目をした少女がエステルを見つめる。

ベリウス「!……そなた、知って……。そうか、そなたはやはり、新月の子。否、異空の子。先を知っているのじゃな……」

少女は、はっきりとベリウスのつぶやきが聞こえて少し驚く。その隙にエステルはでも!と声を上げ、レナの手を振り払った。そしてすぐ治しますと治癒術を発動させる。レナは急いでエステルの手を握り力を抑えた。レナの体が淡く赤い光に包まれる。

レナ「ぐっ……ぅ」

エステルの力は強い。でも、ベリウスに繋げるにはいかない。

エステル「レナ……、どうして!」

ここまでましてレナが止めることにエステルは訳が分からないと困惑する。当のレナは抑えることに必死でエステルの声も周りの音も聞こえなくなっていた。

レナ「っ……はぁ……ぐっ」

とめどないその力、一度発動すればエステルには制御出来ないのか抵抗はしていないが抑えることもしていない。

ベリウス「レナ……、やめるのじゃ、そなたが」

流石のベリウスも焦ってたような声を出していた。

レナ「やめっ……ないっ……。だっ、て……、や、め……たら……。貴方がっ……」

ベリウスの声は届いたようで苦しそうな声で少女は言う。段々と抑えることが出来なくなった力が少女の体の中で暴れ出す。それは魔術を使った時と同じような鋭い痛みが体を支配した。

レナ「っ……ぅぐ……ぁあああっ!!」

少女の苦痛の声が闘技場に響いた。エステルはレナっと名前を呼び、どうすれば……と焦っている。ユーリ達も気が気でない。

ジュディス「力を抑えきれていない……!満月の子の力が強すぎてレナの体の中でエステルの力が暴走しているんだわ」

ジュディスの言葉に皆、驚く。

ベリウス「もうよい……レナよ。わらわなら大丈夫じゃ。もう限界であろう」

少女の肩にベリウスは触れる。瞬間、少女は激痛から解放されベリウスが光を纏って苦しみ出した。

レナ「っ……はぁ……はぁ……?え……あ……う、そ」

肩で息をしながらレナは急に痛みがなくなって不思議に思う。が、すぐにベリウスの苦しむ声でハッとして、声を震わせて信じられないと瞳を揺らす。少女は膝から崩れ落ち、ただ呆然とした。目から頬に涙が伝っている。エステルは、わたしの、せいで?と呆然としていた。ベリウスの暴走によって闘技場が揺れ始める。このままでは闘技場が崩れてしまうだろう。

ユーリ「戦って止めるしかないのか!?」

リタ「でも、こんなの相手に手加減なんて出来ないわよ!こっちがやられちゃうわ!」

カロル「そんなのって……」

パティ「でも……やるしかなさそうなのじゃ」

ジュディス「ベリウス……」

ユーリたちはおそるおそる武器を構える。リタはエステルにしっかり!と声をかける。慌てるみんなの声が遠く感じて頭に入ってこない、なんだか他人事のように感じてレナは戦う気力が湧いてこなかった。否、正確にはエステルの力を抑えるのに体力を使ったがために体に力が入らず座り込むことしか出来ないのだ。レナは、ただユーリ達が暴走を抑えるためにベリウスと戦うのを見ることしか出来なかった。両者が傷付いていくの少女は何も出来ないままようやくベリウスが正気に戻った時には、ユーリもエステルも他の仲間も皆、フラフラになっていた。

カロル「お、おさまった……」

カロルは荒い息をしながら肩を上下させている。ナッツがベリウス様!ともう一度叫んだ。ベリウスの体が再び光り始める。ジュディスがこんな結果になるなんて……と悲痛な声で言った。少女は重たい身体を引きずってベリウスの近くに歩み寄る。

レナ「い、や……。ごめんなさい、ごめんなさい。こうなることを、ふせぎたかったのに……!私は、私は、なにも、できなかった……」

少女は涙をボロボロ流し、嗚咽混じりに言うと顔を下に向けた。エステルもベリウスの前にひざまつき、ベリウスに深く詫びる。

エステル「ごめんなさい……。わたし……わたし……」

ベリウス「気に……病むでない……」

弱々しい、けれど優しさのこもった声がエステルとレナに届く。

ベリウス「そたならは……わらわを救おうとしてくれたのであろう……」

エステル「……でも、ごめんなさい。わたし……」

レナ「ほんとに、ごめんなさい……。救えなかった……、おさえ、こめられなかった……」

ベリウス「力は己を傲慢にする……。だが、そなたらは違うようじゃな。他者を慈しむ優しき心を……大切にするのじゃ……。フェローに会うがよい……。己の運命を確かめたいのではあれば……」

エステルは涙ぐみながらフェローに?と呟くと、ベリウスは更に強い光に包まれる。

ベリウス「ナッツ、世話になったのう。この者たちを恨むでないぞ……」

ベリウス様!!と抑えきれない涙を流しながらナッツは大声を出した。

エステル「ま、待ってください!だめ、お願いです!行かないで!」

エステルは慌てて立ち上がり叫ぶ。

ジュディス「ベリウス……。さようなら……」

ジュディスは悲しそうに目を逸らし別れを告げた。

レナ「!っ……いやぁぁぁ!」

少女は悔しそうに闘技場の地面を握った。ベリウスは体全体を光に包まれて、美しい聖核(アパティア)がエステルとレナの前に現れた。

リタ「これは……幽霊船の箱に入ってたのと同じ……?」

カロルが聖核(アパティア)だ……と呟く。

パティ「どういう……ことなのじゃ……?」

パティは困惑した表情をしている。

―わらわの魂、蒼穹(キュア)水玉(シエル)を我が友、ドン・ホワイトホースに。

殺伐とした闘技場に、ベリウスの声が響いた。また強く光が放たれ、エステルは聖核(アパティア)を受け取りそのまま膝をついた。

レイヴン「ハリーが言ってたのはこういうわけか」

レイヴンがそう囁いた時、クリントがその石を渡せとよろよろと立ち上がる。

ユーリ「こいつがてめぇらの狙いか。素直に渡すと思うか?」

怒りの表情をしたユーリが魔狩りの剣の前に立ちはだかる。

クリント「では素直に……させるまでのこと」

レナ「ふざけるなっ、聖核(アパティア)は渡さない……!」

珍しくドスの効いた声を出したレナにユーリは内心驚く。少女は無理やり体を立ち上がらせダガーナイフを構え、クリントが大剣を構えた時、そこまでだ!全員、武器を置け!と若い女性の鋭い声が闘技場に響き渡った。フレンの部下、ソディアだった。

ユーリ「ちっ。来ちまいやがった」

ユーリは舌打ちをした

ソディア「貴様……闘技場にいる者を、すべて捕らえろ!」

ソディアの指示で、沢山の騎士が一斉に闘技場に入っていく。

レイヴン「さっさと逃げないと、俺らも捕まっちゃうよ?」

リタ「あたしら、捕まるようなこと何にもしてないわよ!」

カロル「きっと何が捕まえる理由こじつけられちゃうに決まってるよ!」

ジュディス「そうね。逃げた方がよさそう」

ラピードが近づいてくる騎士を倒してワン!と吠えた。パティが煙幕を投げて逃げ道を確保する。ユーリがエステルに今は逃げるぞと声をかける。しかしエステルは拒否し、その場に蹲ったままだ。

エステル「わたし、どこにも行きたくない。わたしの力……やっぱり毒だった……助けられると思ったのに、死なせてしまった、救えなかった……!」

悲痛な声がレナにも伝わる。

レナ「違っ……違う……!」

レナはすぐにエステルの言葉を否定するが、エステルには届かない。

レナ(違う、違うの。わたしは、こんな事になって欲しくなくて、エステルもベリウスも傷ついて欲しくなくてっ!だから、止めようとっ。なのに、私は止めることも抑えることも出来なくて!事前に、ふせぐこともできたかもしれないのに…………っはは、でも、後悔なんてしたって、結局は無力。っこんなの、私が、ベリウスを殺したも、同然じゃないか……!)

少女はギリっと奥歯を食いしばり、左腕を右手で強く握った。

 ユーリが突然、自分の右腕を切りつけた。エステルは、何するんですか!と驚いて立ち上がる。エステルは急いでユーリに治癒術をかけた。

ユーリ「ちゃんと救えたじゃねぇか」

エステル「え……?あ、わたし……」

この役目はユーリでないとダメだと分かっていた少女はこんな時でさえも何も出来ず、ただ見ることしか出来なかった。

ユーリ「行くぞ」

レナはこくんと頷き、エステルは、はいと返事してユーリの後をついていく。ソディアが待て!と叫ぶ。

 闘技場を抜け出し、受付の場所まで走ったはいいが、既に騎士団に制圧さていた。ジュディスが港から海に出ることを提案する。それにカロルが港も封鎖されてるんじゃ?と呟く。

リタ「カドスの喉笛だって封鎖されてんのよ。だったら、いちかばちか港の包囲網に突っ込むのよ!」

カロルはなるほどという顔をした。

カロル「そっか、海に逃げた方がまだマシだもんね」

ユーリ「そういうこった。パティ、悪いがまた操船頼めるか?」

パティ「うむ、任せるのじゃ。うちの腕の見せ所じゃな」

パティは大きく頷いた。

パティ「駆動(セロス)魔導器(ブラスティア)がちゃんと新しくなってるといいがの」

リタ「上等よ!魔導器(ブラスティア)の面倒はあたしが見るわ!ってあれ、おっさんは……?」

リタは振り向いて、後ろを走っていたはずのレイヴンを探す。

レナ「烏さんなら、ハリーって人を……追いかけて、行ってたよ……」

レナはいまだ息が整わない状態でリタに教える。リタはふーんと返した。

ユーリ「ま、おっさんのことだ、心配ねぇだろ。そのうちひょこっと戻ってくるさ」

ジュディス「そうね。呼ばれてなくても出てくる人だもの」

レナ(……あ、やばい。視界が霞んで……)

フラリと少女の体が傾く。地面につく寸前にジュディスが受け止めた。カロルが、レナっ!と呼ぶ。ジュディスはレナの状態を冷静に診る。

ジュディス「……大丈夫。気を失っているだけみたい」

カロルとリタはホッとする。ジュディスはそのままレナを抱き上げようするが、ユーリが変わるぜと言ってレナを抱き上げる。そうこうしている間に追いついたソディアが、ユーリ・ローウェルそこまでた!と鋭い声をだす。ウィチルも追いかけていたようで、エステリーゼ様もお戻りくださいと言った。エステルは困ったようにわ、わたしは……と呟く。リタが前に出てエステルは帰らないわよ!と言うと魔術を発動させた。ウィチルのファイヤーボールとぶつかり爆ぜる。爆発でうまれた煙を煙幕替わりにユーリたちは港に急いだ。

 ユーリ達はフィエルティア号が停泊している港を目指して走った。しかし、桟橋の入り口には先回りしたフレンが待っていた。リタがこっちの考えはお見通しってわけと独りごちる。

フレン「エステリーゼ様と手に入れた石を渡してくれ」

フレンは静かにユーリ達に言った。

エステル「……フレン、どうして、聖核(アパティア)のことを……」

ユーリ「騎士団の狙いも、この聖核(アパティア)ってわけか」

ウンザリしたようにユーリはフレンを見る。後ろでカロルが魔狩りの剣も欲しがってた……と呟いた。

パティ「ヨームゲンの兄ちゃんが言うとった……聖核(アパティア)は人の世に混乱をもたらす、と……」

パティはやっぱり……と俯くと、甲冑の音にすぐさま振り返り武器構え、共にジュディスは槍を構えた。ユーリはレナを頼むと言ってエステルにレナを預ける。フレンは渡してくれともう一度言うと、剣を握る。カロルがうそっ、本気?と驚く。

ユーリ「おまえ、なにやってんだよ」

怒りの表情をしてフレンにズカズカと近づく。

ユーリ「街を武力制圧って、冗談がすぎるぜ。任務だかなんだかしらねぇけど、力を全部抑え付けやがって」

後ろでソディアが、隊長指示を!と剣を握り、剣をを抜く指示を仰ぐ。

ユーリ「それを変えるために、おまえは騎士団にいんだろうが。こんなこと、オレに言わせるな。おまえならわかってんだろ」

フレンは硬い表情をしたまま、何も言わない。

ユーリ「なんとか言えよ。これじゃ、オレらが嫌いな帝国そのものじゃねぇか。ラゴウやキュモールにでもなるつもりか!」

フレンはふっと唇に複雑な笑みが浮かぶ。

フレン「なら、僕も消すか?ラゴウやキュモールのように君は僕を消すというのか?」

カロルがえ……それって……?とユーリに聞く。

ユーリ「おまえが悪党になるならな」

彼の低い声に、パティがユーリ?と振り向く。

リタ「そいつとの喧嘩なら別のとこでやってくんない?急いでるんでしょ!?」

ユーリとフレンの横を通り抜けてリタユーリに向けて言う。ユーリは舌打ちしてフレンの横をすり抜けて走る。行くわよ!というリタの声に他の仲間もフレンの横をすり抜けた。

 タラップからフィエルティア号にユーリ達は乗り込む。みんなが乗り込み終わった時、カロルがユーリになにか聞こうと話すがリタに遮られ今やるべきことを指示される。エステルはレナをひとまず木箱に寄りかかるように寝かせる。気がつくとレイヴンも乗っていた。駆動(セロス)魔導器(ブラスティア)が動き出し、沖合いにずらりと並んだ帝国船の包囲網を一気に突破する。速度がどんどん増し、すごい揺れがユーリ達を襲う。皆しがみつけるところをつかんで揺れに耐えていた。揺れにレナは目を覚まして、船の上だと理解する。

リタ「何、この出力!この駆動(セロス)魔導器(ブラスティア)のせい?何よ、この術式……初めて見るものだわ」

リタが魔導器(ブラスティア)を調べながら呟く。レナの隣にいるエステルの持っていた蒼穹(キュア)水玉(シエル)が赤く光っているのが見える。その傍にジュディスが近づく。レナは立ち上がってジュディスの前に立った。エステルがレナ?と起きていたことに驚く。

レナ「……ジュディス?」

名を呼ばれた彼女は何も言わない。

レナ「……私はとめないよ。それがあなたの使命なんでしょ?」

どうなるか分かっていてレナはあえてジュディスをとめることをしなかった。ジュディスは一瞬悲しそうな顔をして小さくありがとうと呟いた後、槍で駆動(セロス)魔導器(ブラスティア)を壊した。リタのやめてぇっ!!という声と駆動(セロス)魔導器(ブラスティア)は爆発する音が甲板に響く。ユーリ達が何事かとこちらに走ってきた。リタはどうして?と唇をわななせながらジュディスに訊ねる。ジュディスは、私の道だからと静かに答えた。竜の鳴き声が聞こえて、リタがあいつバカドラ!と叫ぶ。ユーリが、ジュディ!待て!と叫ぶが、ジュディスは竜に乗ると、さようならと悲しげに言って夜空へ舞い上がった。彼女の名を呼ぶエステルの声と、なんで!どうしてよ!?と悲痛なリタの声が夜空に響いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪夢

―フィエルティア号

 

 あの後、リタは駆動(セロス)魔導器(ブラスティア)をみていて、カロルは考え込んでいて、ユーリも何考えているようで、レイヴンは周りの様子を見つつもギルドのことを考えていて、エステルは今まであった事を振り返りつつも整理がつかず甲板でボーっとしていて、少女はまだ力を使ったことによる痛みを引きずりながら甲板にある船長室の壁に背を預けて空を見上ていた。

レナ(……空はいつだって綺麗だな。運命……か。そういえばベリウスは先を知っていることについてどこか納得というか予想がついていたように、異空の子だからと言ってたな。私の他にも同じように異空の子と呼ばれる人達がいたと思うけど、その人たちも先を知っていたってことだよね。でも、それを変えることは、デキナイ?これまでシナリオ通りにいっているということは、そういう事だよね。被害の軽減は許されるけど、改ざんすることは許されないって事、なのかな〜)

少女はベリウスの死を通して、今回のことを振り返る。ある程度のところで思考を止めて、空から目を離し、ふぅ〜と息をついた。ギシッと木の板がしなる音が聞こえて顔を上げると、ユーリが居た。

ユーリ「……体は、大丈夫か?」

彼も色々あったのに、人の心配とは、ほんとにお人好しだな、なんて少女は思った。

レナ「うん。へーき。痛みもそんなにもうないし、急いでる時に倒れちゃってごめん」

本当は平気なんかじゃない。まだズキズキと痛む。命を削った痛みがある。それでも、心配かけたくないからあえて元気にニコリと少女は笑ってみせた。でも、彼は、少女の引き攣った笑みを見逃さなかった。

ユーリ「あー、痛いんだろ、本当は。子供がそんな嘘つくんじゃねぇよ」

少女は意地で笑顔を崩さない。

レナ「なんで?嘘ついてないよ?後、私子供じゃな……」

いと言おうとたらユーリに遮られる。

ユーリ「顔が引き攣ってんぞ。んな辛そうに笑うな。確かに中身は18かもしんねぇけど、オレからすればちょっと大人っぽい子供だぜ」

辛そうに笑うなと言われて少女は目を見開く。

レナ「……ごめん」

ユーリ「あやまるなよ。おまえ、ベリウスに会う前、様子変だったろ?それは、何が起こるか分かってたからなんだろ」

ふっと彼は笑って、次に真剣な顔をした。

レナ「……気づいて、たんだ。うん……そうだよ、知ってた。でも、知ってて、私は、何も出来なかったっ!助けたかった命も、助けられなかった!…………っあ、ごめん」

肯定してしまえばあの時のことが脳裏に蘇って、少女はユーリに八つ当たりしてしまった。ハッとすると謝ってバツが悪そうにユーリから顔を逸らす。

ユーリ「なんも出来てないなんてことないだろ。ベリウスを助けようとがんばってたじゃねぇか」

え?とレナはユーリの方を向いた。

ユーリ「一人で抱え込むなって、オレ……オレ達は、そんなに頼りないか?」

レナ「っそんなこと!……そんなことないよ」

少女は思わず前のめりになって否定する。

ユーリ「なら、今度からは一人で抱え込もうとするなよ」

ユーリはレナの頭に手を乗せて、左右に動かした。少女は何も言わない。少しの静寂、波が船にぶつかる音だけ。

レナ「……ユーリも、ユーリもラゴウやキュモールのことみたいに一人で背負い込まないでね」

ゆっくりと顔を上げて、静かに少女は言った。ユーリは、ああとだけ返事して、撫でるのに満足したのか別の人の所へ行った。

レナ(……ごめん、ユーリ。私は、これから起こる事を知っているから、一人で抱えこないって約束できないや。それに、話す事出来ないから)

少女はユーリが来る前と同じように顔を空に向けて、一番輝く星、凜々の明星を見た。星はいつだって綺麗だと、レナは思った。

 

―翌朝

 

 夜通しリタが駆動(セロス)魔導器(ブラスティア)を見てくれたおかげでなんとか船が動くようになった。パティは、他の部分のチェックも済んでおる、準備万端なのじゃと頷いた。

カロル「……よかった。とりあえず船を動かせるんだね」

カロルはホッと安心した表情をする。

レイヴン「なら、とりあえず、ダングレストにこいつを連れていきたいんだけど」

ユーリ「オレたちもダングレストだ」

カロル「ベリウスの聖核(アパティア)を渡すため、だね」

レイヴン「だったら、おっさんが持っていったげるよ、ほれ」

レイヴンはカロルに向かって手を出した。カロルは、レイヴンには頼めないよと断った。

レイヴン「おや、悲しいねぇ。一緒に旅してきたってのに、俺って全然信頼されてない?」

レイヴンは口をへの字に曲げる。

カロル「正式な依頼じゃないけど、ベリウスの最後の願いだから……これを果たさないのは、義にもとるでしょ」

真剣な顔をしてカロルは言う。

ユーリ「ああ。それにベリウスがああなったのはオレたちの責任でもあるんだ。オレたちがケツもたなきゃな。それに、ドンならなぜ聖核(アパティア)が色んなヤツらから狙われるのか、しってるかもしれねぇ」

レイヴンがドンも欲しがってたからねぇと頷く。

ユーリ「聖核(アパティア)の事がもっとわかればフレンの気にいらねぇ動きの理由も少しはわかるかもしれねぇ」

レイヴン「じゃ、ドンヘの橋渡しはおっさんがしてあげるよ」

カロルがほんとに?と嬉しそうにする。

レイヴン「袖振り合うも他生の縁って言うからね。それくらいなら凜々の明星のために働くわ」

ずっと考え事をしながら話を聞いていたリタがレイヴンの方に振り向いて、あたしもドンのところに行くと言った。カロルはリタが……?と不思議そうにする。リタは色々あったでしょと話を続ける。

リタ「それって全部、この聖核(アパティア)につながってる気がするのよ。だから……」

レイヴン「ドンは俺たちに聖核(アパティア)を探せって言ってたしね。確かに何か知ってるかも」

レイヴンは顎を触りながら答えた。

ユーリ「じゃ、リタもドンのところまで一緒ってことで」

ユーリが話をまとめる。

パティ「……うちも、ダングレストに行くのじゃ」

ユーリ「オレたちと来た方が得なんだっけか?まぁ操船してもらう以上、オレたちにも都合はいいけどな」

パティ「別にそれだけじゃないのじゃ。ダングレストに記憶の手がかりありそうだから一緒に行くのじゃ」

パティはレイヴンの方を向いて、聞く。

パティ「前にダングレストのドンは、アイフリードの友達だって言っとったよな?」

急に話を振られたレイヴンは、ん?あぁと言って答える。

レイヴン「帝国と戦った時にアイフリードがドンに協力したって話だけど」

パティ「もしかしたら、ドンにうちの記憶の手がかり教えてもらえるかもしれん」

希望が見えてきたとパティは改まった声で言った。

ユーリ「そういうことなら……じゃあ、一緒に行くか」

ユーリは口角を上げる。

レイヴン「なんか、じいさん、大人気だな。忙しくて目回さなきゃいいんだが」

カロルが後はエステルなんだけど……と船室のドアを見つめた。リタがしばらくはそっとしときましょとカロルと同じように船室のドアを見た。だなとユーリは頷く。

レイヴン「そういえば、レナちゃんは?姿が見えないけど」

ユーリ「昨日の夜、話したっきりあってねぇな」

レイヴン「あら珍し……いつも、嬢ちゃんと一緒にいるイメージだからてっきり知ってるもんだと……」

リタ「確かに……。あんた、あの子かエステルとセットの時が多いわ」

ユーリ「って言われてもな、知らねぇもんは知らねぇよ」

カロル「あっ、レナ」

少女はおはよぉとまだ眠そうな目を擦り、ユーリ達に挨拶する。レイヴンがまだ起きてなかっただけなのねと言った。レナはそれに不思議そうに首を傾げると、レイヴンは気にしなくていいわよと伝えた。

ユーリ「……レナって、やっぱり、朝弱いよな……」

カロル「だね。ダングレストの時も、あんな感じだったし」

リタ「……ねぇ、いつもの髪飾りはどうしたのよ」

リタはレナの髪を指さし三つ編みはしてあるが、白いリボンが着いたバレッタでとめていないことを指摘する。少女は欠伸を噛みころして目尻にうっすら涙をのせながら答えた。

レナ「んっとね……昨日の夜、気がついたらなかった。どこかで落としたみたい」

レナはなんでもないように言った。特に気にしているようでは無い。ユーリは、昨日話したけど確かに頭を撫でた時に白いリボンは見てないなと思い返していた。リタはふーんと返す。

カロル「……ジュディスは、どうしたのかな……。ねぇ、ドンに聖核(アパティア)届けたら、ジュディスに会いに行かない?」

カロルの提案に、ああそうだなとユーリはカロルを見る。

ユーリ「掟を破った人間を、見過ごすわけにもいかねぇし」

カロル「う、うん。ちゃんと理由を知らないと」

レナ(……ジュディス。今頃どうしてるかな……)

ユーリ「でも、まずはダングレストだ」

レイヴン「トルビキア大陸の南岸に船がつけられる砂浜があるよ。そこから上陸した方が、ダングレストに近いかな」

よく知ってるものだなと少女は思う。ユーリが、んじゃそこ目指すかと言うとパティがあいあいさー!と敬礼して操船する。一、二時間後、フィエルティア号はトルビキア大陸の南岸に停泊し、ユーリ達はダングレストへ向かった。

 

―ギルドの巣窟 ダングレスト

 

レイヴン「こいつ連れて、ドンのところに顔出してくる。長くなりそうだから宿屋で待っててよ。終わったら行くからさ」

ダングレストに着くなり、レイヴンはハリーの首根っこを押さえてそう言った。歩き出すレイヴン達をカロルがまって!と呼び止めた。

カロル「ボクも……行っていい?」

レイヴン「うん?こりゃユニオンの問題だ。来ても話にゃ混ざれないと思うぜ?」

カロル「あの……その話とは別に聞きたいことがあって……」

レイヴン「あとで聖核(アパティア)を渡す時、みんなで聞きゃいいじゃないの」

カロル「みんなとは……聞けない……」

カロルは下を向いた。

ユーリ「長い話じゃないんなら、行くだけ行ってこいよ」

ユーリがカロルを送り出す。

レイヴン「ま、ダメもとで良いんなら」

カロルはユーリにありがとう、行ってくるよ!とニコリと笑うとレイヴン達に着いていった。カロル達の背を見送りながら、エステルは口を開く。

エステル「聖核(アパティア)のことも聞けないでしょうか」

レナが、それは長い話でしょと言えば、リタがそうよね……と頷く。パティがユーリ達の横を通り抜けようとして、リタにどこへ行くのよ?と聞かれる。

パティ「うち、この街に来たことがあるのじゃ……たぶん……」

リタは、また、たぶん、ね……と呟く。

ユーリ「そりゃ、アイフリードにもゆかりがある街だしな。じいさんについて来てたとしてもおかしくないんじゃないのか?」

パティは、ほじゃなと首を縦に振る。

パティ「ちょっと、辺りに話を聞きに行ってみるのじゃ」

ユーリ「ノードポリカやマンタイクん時みたいにならないよう気をつけろよ」

わかってるのじゃとパティは駆け出す。その背にユーリは、宿屋で待ってるからなと声をかけた。

ユーリ「さて、と……。大人しく宿で待ってようぜ」

レナとリタとエステルにいうと、四人と1匹は宿屋へ向かった。

 宿屋に着き、ユーリ達は受付を済ませた。

リタ「あたしとエステルは中で休んでるから」

何かしようとするエステルに対して先手をうつリタに、エステルは、え……で、でも……わたし……戸惑うようにリタを見る。リタはいいからと優しく言うと、あんた達はどうすんの?とリタはユーリとレナに話を振る。

ユーリ「そうだな。オレもそうするわ」

レナ「……私も、休もうかな」

部屋に着くと各々、休息をとる。ユーリは早々にベッドに横になっていた。今横になると寝てしまいそうだな、なんてレナは思うが昨日の疲れがまだ残っている体は横になりたいと訴えている。武器の手入れとか考え事とか色々とやらなきゃいけないことがあると思いつつ体の要望に抗えないまま、少女はユーリの隣のベッドに横たわった。瞼が重くなり意識は暗闇へと沈んでいった。

 ハッと顔をあげればそこはノードポリカの闘技場で、首から血を流した魔狩りの男が転がっている。これは夢だと何となく理解していた。しかしわかっていても、あの日の情景がはっきりと再現されていて少女を動揺させる。あの時の罪悪感は確実に少女を蝕んでいたのだ。動けるはずのない死体がずるずると動き出し、少女の足首を掴む。レナは冷たい感覚がした気がして思わず、ヒッと後ずさろうとするが、足首を掴んでいる手に阻まれた。どうして……どうして、殺した……と恨みが詰まった恐ろしい声で体を引きずりながら少女の体に這おうとする。冷たさが足首から膝へ、膝から太腿へと上がってくる。恐ろしくて、助けて欲しくて、焦りつつも周りを見るとベリウスがいた。必死にレナはそっちに手を伸ばす。ベリウスの表情は見えない。ただ一言発する、生きたかった、と。それは心の底では思っていたかもしれない事で、少女はヒュっと喉がなる。気がつけば、魔狩りの男とベリウス、見殺しにしたラゴウやキュモール、見捨てる形になったものたちが少女を囲んでおり、闇よりも暗い泥のようなものに足が浸かっていた。どんどんと下へ下へと引っ張られていく。あの中に入ってしまったら自分が自分じゃなくなる気がして怖くて逃げたいのに、囲まれているからそれが出来ない。ふと、遠くから、誰かが少女の名を呼ぶ声が聞こえた。

 しばらくして、レイヴンが宿屋に来た。リタとエステルはそれを出迎えて、エステルはユーリを起こす。ユーリはレイヴンの言葉に起きたばかりの回らない頭で相槌をうっていると、隣に寝ていた少女から、いや……たすけて……とか細い寝言が聞こえてきた。気になったユーリがレナの方を見ると、酷く魘されていて、顔色が悪い。青年は寝ぼけていた頭がスーッと冴える。レイヴンも聞こえていたのだろう、寝ている少女に近づいた。リタが、おっさんなにしてんの?と訝しげな表情して言う。レイヴンは、いや別に〜?なんて言いながら、少女の肩を揺すって起こす。

レイヴン「……お嬢ちゃん、朝よ〜」

朝なのはもちろん嘘だ。レイヴンなりのからかいでこれで起きてくれればと考えていた。けれど、少女は起きる気配はなく、むしろ更に眉にシワがよっていて手は固く握られていた。やばいかもしれないと思ったユーリがベッドから降りる。

ユーリ「……レナっ!起きろ!」

少し大きめの声で肩を揺らして今度はユーリがレナを起こした。レナはハッと目を見開いて体を勢いよく起こした。その勢いでユーリとぶつかる。

ユーリ「っ痛ってぇ!」

ぶつかった反動で後ろに下がり、痛む額をユーリはさすっている。一方、少女は肩で息をしながら震えていた。

レイヴン「ちょっ、大丈夫〜?青年」

レイヴンが痛そ〜と気にかける。あきらかに様子のおかしいレナに、エステルが心配なって近づく。

エステル「レナ?大丈夫です?」

少女は何も答えない、否、エステルの声すら届かないほど余裕がなかった。エステルの問いに答えないレナにリタが、あんたねぇエステルが心配してんだからと言い出すのをエステルが止めた。

レイヴン「……お嬢ちゃん、うなされてたみたいだけど」

いの間にか水が入ったコップを持ったレイヴンがそれを少女に差し出そうした時、レナにはそれが夢で見た黒い手と重なり、夢での恐怖がフラッシュバックして、ヒッと怯えた声を出してコップごとレイヴンの手を弾いた。パシャッと水がベッドとレイヴンの服を濡らす。ユーリ達は少し驚き、数秒ほど静寂がおとずれて、すぐに少女はハッとして謝る。

レナ「ぁ……ちがっ、ごめ、ごめんなさい……!」

少女の顔色はさらに悪くなり、カタカタと震えて怯え、呼吸がヒュっ……ハッ……と不自然になっていく。ちゃんと息が出来なくなってきてレナは焦りだす。

レナ「……ヒュッ……くるっ……しっ……ハッ……」

レイヴンが、過呼吸か……!とつぶやく。エステルはワタワタと慌てるばかりでどうしていいか分からないようだ。リタも同じようで動けないでいる。そんな中、素早くユーリが過呼吸の対処を始めた。

ユーリ「大丈夫だ……オレに合わせて息をしろ」

普段の声とは違う、酷く優しい声でユーリはレナを宥めるように言った。はじめは上手く出来ず涙目になる少女だったが、だんだんと元の呼吸に戻っていく。すかさずエステルはそっと、レナの手を両手で包んで、その調子です大丈夫ですよと微笑んだ。

レイヴン「……落ち着いたみたいね」

そういって濡れてしまった紫の羽織を脱ぐ。リタが、ホッと胸を撫で下ろす。

レナ「ごめん。……みんな、ありがとう」

エステル「落ち着いたみたいで良かったです」

ユーリ「んで、だいぶ魘されてたけど、どんな夢見たんだよ」

レイヴン「そうよ、あんなに取り乱すの珍しいよねぇ」

レナ「どんな夢……。魔物に襲われる、夢かな」

レナ(ホントは違うけど、エステルが今辛い思いをしてるのは私が防げなかったせいだから。私が辛いと思うのは、違う)

少女は嘘を言った。

リタ「魔物に襲われる、夢?」

リタは不思議そうに首を傾げる。なんで今更?と思ってるみたいだ。

レナ「よりによって苦手な虫系の魔物だったから……」

少女は今にも思い出すだけで鳥肌が……と腕をさする演技をする。しかし、レイヴンとユーリは内心なんだかそういう夢じゃないような気がした。少女なら、その夢であんなに怯えて震えるか?と二人は疑問に思った。

リタ「ふーん。で、もう大丈夫なわけ?」

チラチラとレナを見ながら、心配そうな顔で聞くリタ。こういう所は不器用で、だけどとても仲間思いな彼女にレナは首を縦に振る。

レナ「うん。もう、へーき」

平気といった少女に、僅かに眉間に皺を寄せるユーリ。レナが平気じゃないのに大丈夫な振りをする時は、へーきと言う癖を青年は気づいていた。

レナ「ねぇ、そういえばカロルがいないけど……?」

部屋をキョロキョロ見渡した少女がレイヴンに聞く。

レイヴン「あぁ、ユニオン本部で別れたきりなんだけどな、戻ってないみたいだね」

エステル「どうしたんでしょう……」

エステルは胸に手を当てて心配そうだ。

リタ「おっさんが戻ってきたんだからユニオンの話はまとまったんでしょ?ドンにあってるんじゃない?」

レイヴンが、それがなぁと気まずそうに話し出す。

レイヴン「ハリーとノードポリカの一件を聞いたら、ドン、一人で出てっちまった」

ユーリ「一人で?らしくねぇな。どこに行ったんだ?」

レイヴン「これは俺様の勘だが……おそらく背徳の館っつー海凶(リヴァイアサン)の爪の根城に向かったんじゃないかな」

ユーリがなんだと?と低い声で呟く。

エステル「海凶(リヴァイアサン)の爪の首領(ボス)って、あのイエガーですよ!危険です!」

レイヴン「ま、イエガーは手出さないだろうけどねぇ。それが元でユニオンと正面切ってぶつかるハメになったら商売上がったりだろうからな」

リタが、じゃあドンはなんで……とレイヴンに問うが、レイヴンは答えられなかった。

レイヴン「っつーわけで、悪いけど今ドンはこの街にいない」

ユーリ「んじゃ、行くか。海凶(リヴァイアサン)の爪の根城とやらに」

リタ「おっさんの勘を信じるの……?」

その言葉にレイヴンは酷いわねぇと悲しそうな顔をした。

ユーリ「じいさんの相手が海凶(リヴァイアサン)の爪かもってんなら放ってもおけねぇ。手を出さねぇとは限らねぇ連中だしな」

リタ「……まぁ、いっか。待ってるのは性に合わないし」

ユーリ「パティの奴も戻ってないのか。しょうがねぇ……置いてくか。……エステルは待ってるか?」

エステルは首を横に振り、わたしも……ついていきますと返した。そばに居たリタがエステルに振り向いて、エステルに無理しちゃダメという。闘技場の一件からまだ立ち直っていない彼女が治癒術を使うこともストレスになりかねないとリタは心配だった。

エステル「いえ……だいじょうぶですから」

そう言って気丈に微笑む彼女に、リタはもう止めることはしなかった。

ユーリ「レナはどうする?」

レナ「一緒に行く」

即答した少女は、大丈夫なの?と思っているリタの視線を感じとった。

レナ「もう、へーきだから。それに、夢は夢だしね」

少女はリタを見ながらそう言って、微笑んだ。

レイヴン「……背徳の館がどこにあんのかわかってんの?」

レイヴンは話の区切りがついたところでユーリに聞く。その目はなんだかジトっとしていた。

ユーリ「おっさんが知ってるだろ。一緒に来るよな?」

さも当たり前のように言ってのけたユーリに、そりゃま行くけどもと二つ返事でレイヴンは言う。

ユーリ「決まりだな。じゃあ、カロルを拾って……」

と言いかけた時、外でなにやら大きな音が聞こえた。ユーリが何だ?!と驚く、リタが橋のある方から聞こえたみたい……と呟く。レイヴンがあちゃぁ……と額に手を当てた。

レナ(……ギルドの連中が動き出したんだ)

エステルが行ってみましょう!と提案して、ユーリ達は外へ出た。

 宿屋を出て橋の方に行くと人だかりが出来ており、リタが何この人だかり……呟いた。エステルが人だかりの中からカロルを見つけてユーリに教える。レイヴンが人だかりの中の男たちに声をかける。

レイヴン「待て待て、落ち着けおめーら。こりゃ何の騒ぎよ?」

男は、戦士の殿堂(パレストラーレ)の連中がヘリオードの辺りまで乗り込んできてるらしいんだとレイヴンに教える。

レイヴン「こっちの非で向こうの頭が殺られたんだ。話をつけに来るのは当然よ」

男は、ドンがいないとわかったら、奴ら暴走するかもしれないと危惧しており、オレたちがドンが戻るまで街を守るんだと意気込んでいた。レイヴンは、ったくおまえらがそんなだからドンは……とため息をついた。

レイヴン「ギルド同士がぶつかったりしたら、また騎士団の連中が首つっこんでくるかもよ?」

別の男が、ダングレストは帝国から独立したんだ!と、だからなんだと言うんだと主張する。レイヴンは協定はまだ結ばれてねーっつのとウンザリしたように言った。カロルがユーリ達に気づいてこちらに駆け寄ってくる。

カロル「ユーリ!みんな!どうしよう?!ギルド同士の戦争になっちゃう!ドンがいたらこんなことには……」

カロルは不安そうな顔で、涙目になっている。

ユーリ「ドンは背徳の館って海凶(リヴァイアサン)の爪の根城に行ったかもしれないってさ」

それを聞いたカロルは、え!それほんと!と少し嬉しそうにする。エステルがおそらく……ですけど……と付け加えた。

ユーリ「オレたちは今からそこにいってみる。一緒に来るか?」

カロルはすぐには答えず、でもドンそこにいないかもしれないんでしょ?とユーリに聞く。リタがおっさんのカンだしねと呟く。

カロル「もしいなかったら……ドンを探してる間に戦争になっちゃったら……ユーリ……どうしよう……?どうしたらいいんだろう……?」

眉尻を下げて、カロルは今にも泣きそうな顔をした。

ユーリ「背徳の館はオレたちだけで大丈夫だろ。カロルは自分の思うようにやればいい」

カロルを安心させるようにユーリはニカッと笑った。

カロル「う、うん……じゃあボク、みんなと話してくる!」

カロルはさっきまでの表情とは真逆に、パッと笑顔になって人だかりの中に飛び込んで行った。

エステル「これで良かったのでしょうか?」

リタ「仕方ないわ。ドンを追う事とここに残って街を守ること、同時には出来ないんだから」

レナ「ドンが背徳の館で見つかると、いいけどね……」

ユーリ「オレたちも行くぞ。ドンの遊び相手が本当にイエガーだったらタダですむとは思えねぇ」

レナ(ベリウスが亡くなるのをふせぐことが出来なかった。つまり、ドンが死ぬということ。私の……せいで……)

レイヴンとカロルをおいて、ユーリ達は街の外へ向かう。レイヴンが後ろで、ちょ場所わかってんの?!ずっとにしに行ったとこよ!と叫ぶ。そのまま、ってゆっかおいてくな〜と駆け出した。

 ユーリ達が街の外へ向けて急いでいると、待つのじゃああと女の子の叫び声が街中に響く。ユーリの真後ろに上からパティが降ってきた。レナがパティ……と呟き、ユーリは急なことにビックリしていた。パティはそのまま、どこへ行くのじゃとユーリに問う。ユーリは、ドンに会いに行くんだよと答えた。パティはうちもいくと言う。そっちはもういいのかと今度はユーリが聞く。

パティ「あんま芳しい成果がないから当初の目的通り、ドンに会いに行くのじゃ」

ユーリ「言っとくけど、目的地は海凶(リヴァイアサン)の爪のアジトだぜ」

パティは頭にハテナを浮かべた。

パティ「……どういう理由でそうなったかはよくわからんが、望むところなのじゃ」

腰に手を当てどんと構えるパティに、それじゃあついてこいとユーリはニヤリと笑った。レイヴンがちょいまちと口を挟む。ユーリがなんだよおっさんと不思議そうにした。

レイヴン「わかってんの、敵の本拠地に行くってことがどういうことか」

ユーリ「どういうことかっていわれてもな……」

そう返した青年に、レイヴンはまったく……と額に手をついて首を横に振った。

レイヴン「こっちはアウェイだ、アウェーイ。準備万端の向こうにこてんぱんにやられたら、おしまいだかんねー」

レナ「つまり、ちゃんと準備できてるのかって、言いたいんでしょう?」

少女の言葉に、そゆこととレイヴンが頷く。ユーリは準備万端だっての気合いバッチリに返す。本当に大丈夫かぁ?と心配するレイヴン。

ユーリ「いつになく心配性だな。大丈夫だよ」

レイヴン「そうか?んじゃあ、行きましょ」

 ユーリ達はダングレストから出て背徳の館を目指し西の方へと歩き出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決意とケジメ

 ユーリ達がダングレストから出発して海凶(リヴァイアサン)の爪の根城へ着いたところには、辺りは暗く空には星と月が出ていた。

 

―背徳の館

 

 夜だというのに何重にも警備が敷かれており、侵入するのは至難の業だ。館の門で入口の様子を伺っていると、誰かが騒いでいる。気づかれないように見てみると、イエガーの部下、ドロワットとゴーシュだった。彼女たちは、海凶(リヴァイアサン)の爪の男が館の中に入れてくれないので揉めているらしい。ゴーシュが男にドンが来ていると伝えるのが聞こえた。レイヴンがやっぱりじいさん、ここに来てるんだな……と呟く。

パティ「ビンゴなのじゃ。話を聞くチャンスなのじゃ……」

パティは少し嬉しそうにした。

男「あんたたちは魔狩りの剣が竜使いを狙ってるってネタを探りにいったはずだろ?」

ゴーシュ「だから、テムザ山へ向かう前にドンがここへ向かったという情報を得たと言っている」

ドロワット「そんなの知ったらほっとけないでしょ」

男と二人はまだ言い争っている。

レナ(……ジュディス)

少女は憂いの漂った顔をする。

ユーリ「魔狩りの剣がジュディを狙ってるだと?」

痺れを切らしたドロワットが早く通してよ〜!と声を荒らげる。

ドロワット「戦いになっちゃったらば君たちじゃイエガー様の役に立たないでしょ!」

男はくっ……と仕方ないという顔をすると、何人かつけることを条件に二人を中へ入れた。

レイヴン「ラッキー♪警備が減ったぜ」

ユーリ「オレらも便乗と行きますか」

と言った時、なんだおまえら!とユーリ達を見た黄色いフードの男が、他の人に報告しようと駆け出す。すかさずラピードが防いだ。男は驚いて進めない。ナイスだラピードとユーリは褒めた。ユーリは男をあっという間に片付けると、周りを見渡して気づかれていないか確認する。この騒ぎに気づいたものはいないみたいだった。レイヴンがなら、とっとと入っちゃいましょと誘導する。エステルは悩ましい顔で、どうしてジュディスが魔狩りの剣に狙われるんでしょうと口に出す。

リタ「連中が聖核(アパティア)を探してるんだとしたら狙いはあの女の乗ってた竜かも。あれが始祖の隷長(エンテレケイア)ならベリウスの時みたいに聖核(アパティア)が生まれるのかもしれない……死んだときに」

レナ(リタの考えはあながち間違いではない。けれど、まだ始祖の隷長(エンテレケイア)としては若いバウルを殺しても、聖核(アパティア)は手に入らないのに……それを知っているのも今は私だけ……か)

レイヴン「連中がベリウスを狙ったのは、ハリーの依頼だからってだけじゃ無いって事か。連中が聖核(アパティア)を欲しがってる可能性は否定できねーな」

パティがジュディ姐……と下を向く。

ユーリ「ジュディも心配だが、ドンのじいさんの方が先決だろ?あの賑やかな女共も入っていったしな」

パティは顔を上げてじゃなと頷く。

パティ「ここをさっさと片付けるのじゃ」

レイヴンも急ぎますかねと入口を見た。ユーリが動かないエステルを見る。エステルはただ、ジュディスが心配でと訴えた。ならテムザ山ってとこに行ってみればいいいよとレナが提案する。エステルはでもドンは……と俯つむいて、悩む。

ユーリ「自分で決める。そうだったよな?」

そのまま行くぞとレイヴン達に言ってエステルに背を向けた。

エステル「わたしも!行きます!今ドンを放ってジュディスに会いにいってもきっと怒られちゃいます。『あなたの目的は何だったの?』って……」

決心した彼女は勢いのままにユーリ達に伝える。

リタ「……大丈夫よ。あの女なら、強いんだから」

まだ不安そうな顔が残るエステルに、リタは安心させるように言った。

ユーリ「じゃ、とっととドンのじいさん連れ戻そうぜ。やらなきゃいけないことがまた増えたしな」

エステルははい!と返事した。

 中に入ると、黄色いフードの男たちがそれぞれの配置に付いているらしく気づかれる度にユーリたちは倒していく。2階へと上がる階段に着いて見上げると、刃を交えるドンとイエガーの姿があった。レイヴンがじいさんとよぶ。ドンの元へ行こうとした時、三人の赤眼とゴーシュとドロワットが立ちはだかった。ゴーシュが通さないと一言、ユーリ達を睨んだ。

ユーリ「おっさん、海凶(リヴァイアサン)の爪は手を出さないって言ってなかったっけ?」

ドロワット「仕掛けたのはドンの方よん♪」

レイヴン「なんだと?それじゃじいさん、やっぱり……」

レイヴンはドンを見る。

レナ(……もう、しかたない、手遅れ……なんだ)

ドン「何しにきやがった!バカやろうが!若いのまで連れてきやがって」

ドンの怒号が響く。

イエガー「エクセレントな演出、感謝感激、サンキューよ!」

ドンはイエガーに剣を振るう。イエガーはそれを避けて別の場所へ移動した。ドンもそれを追いかける。

リタ「一体どういうことなのよ!」

ユーリ「ちっ、邪魔なんだよ!」

ユーリは剣を構え、仲間たちも構える。二人、三人と赤目を倒した後、レイヴンはドンは?と見渡す。

レナ「イエガーを追って、奥に行ったよ!」

ユーリが追うぞ!と声をかけて、階段を上がり奥へ急いだ。

 部屋のドアをユーリが乱暴に開ける。ゴーシュとドロワットがドンとイエガーの邪魔をさせないように立っていた。

イエガー「まさかユーがこんな強引なプランでくるとは……」

ドン「てめぇに生きてられると世の中ややこしてしょうがねんからな」

イエガー「ユー自らがユニオンの掟に反して私闘なんてすると他の五大ギルドも黙ってナッスィン」

ドン「覚悟のうえよ。だが、夜が明けちまった」

ふと窓の方を見れば、空が白んできていた。

ドン「てめぇの力量を測り損ねてたみたいだな。時間切れだ。もうダングレストに戻らねぇとバカ共がケンカ始めちまう」

イエガー「ふ、ふん。今更ユーが戻っても衝突はさけられないでしょう」

ドン「タダじゃあな。払う代償は用意してある」

レイヴンが代償……か……と呟く。

レナ(……代償は、ドンの命)

少女は、左腕を右手で握って、少し下を向く。

ユーリ「こっちの落とし前がまだだぜイエガー」

ユーリは剣の柄に手をかけた。

イエガー「さすがに旗色悪いでーす。グッバイでーす!」

じりじりと後ずさりしていたかと思うと、窓を蹴破って姿を消した。ゴーシュとドロワットも後に続く。

ユーリ「ちっホント逃げ足の早い」

ドン「おまえらは何だ。雁首そろえてこんなところにまで来ちまいやがって」

レイヴンに向かってそう言うと、ドンはパティを見てん?そこのチビっこいのと眉を上げた。

パティ「チビっこいのではないのじゃ。パティなのじゃ」

ドン「すまねぇな、パティか。ちょっと面ぁコッチに見せてみろ」

パティはドンに近づき、ドンはパティの目線にしゃがむ。

ドン「……こりゃあ、驚いたな……」

ドンは少し目を大きくする。パティは不思議そうな顔をした。

ドン「てめぇ……アイフリードにそっくりだ……まさに生き写しだぜ……」

エステル「え……じゃあ、やっぱり……パティがアイフリードの孫ってのは本当……?」

ドン「孫?孫か……奴に孫がいるなんて話、全然、知らなかったぜ」

ユーリ「なるほどな……パティのたぶんに間違いなかったってことか……」

ドン「例の事件のことは、身内として色々とやるせないことも多かっただろうな」

レナ(……あの事件、か)

パティ「ある理由があって、うちはアイフリードの足跡を追ってるのじゃ。友達だったドンなら、何か知ってるかと思って訪ねてきたのじゃ」

ドン「ふん、友達なんてそんな大層なもんじゃねぇ。自由気ままな奴だ、俺はあいつがどこで何をしてたのか。そして今はどうしてるのか、そこまでは知らねぇさ」

パティ「そうか……前に……どこかで会ってなかったかの……?」

ドン「ん……?俺と、か?さあな」

ドンは立ち上がりながら答えた。ユーリがドンに蒼穹の水玉を差し出す。

ユーリ「じいさんの盟友の形見だ。あんたに届けてくれって頼まれた」

ドン「そうか、世話をかけたな……ちっ……こんな姿になりやがって……」

ドンは蒼穹(キュア)水玉(シエル)を受け取りしばらく見ていたが、怒ったように吐き捨てた。

リタ「ねぇ、その聖核(アパティア)って一体、何なの?」

ドンはこいつはなと説明しようとした時、ドアの外が騒がしくなる。

ドン「話してる暇はねぇ、か。すまねぇがザコの相手は任せる」

そういうとドンは窓から飛び降りた。と同時に、赤目達が部屋に突入してきた。

ユーリ「こりゃオレたちも逃げようぜ」

レイヴンがユーリの隣に来て、弓を構える。

レイヴン「悪い。時間稼いでやってくれ」

エステルがレイヴン?と首を傾げると、レイヴンは真剣な目をして頼むわと言った。ユーリはしゃーねぇなと呟くと剣を構える。それを合図に仲間たちも武器を構えて赤目達を倒していった。区切りがついたところで、そろそろ潮時だぜとユーリが告げる。だなとレイヴンが頷く。エステルとユーリ、レナ以外は窓からさっさと飛び降りた。エステルは、ここから……?と怖気つくが、ユーリがエステルをお姫様抱っこして一緒に飛び降りた。きゃっとエステルの小さな悲鳴が聞こえた。

レナ(……この世界に来てから身体能力上がってるみたいだし、多分、大丈夫だよね)

少女も、窓から思いっきり飛んだ。が、この高さからの着地なんてしたことがない。あ、やばいかも……と一瞬頭によぎった。目を瞑ってとりあえず衝撃に備えたが、地面に当たったような衝撃はなく誰かに受け止められていた。

レイヴン「……っと、大丈夫〜?」

上から降ってきた声はレイヴンだった。

レナ「っ……レ、烏さん……。ありがとう」

予想してなかった人物に少女は思わず名前を呼びそうになって言い直した。お礼を言って、下ろしてもらう。

ユーリ「どうもいやな感じだ。オレたちもダングレストに戻るぞ」

 

―ギルドの巣窟 ダングレスト

 

 ユーリたちがダングレストに戻り街中へ歩いていると、ユーリを見つけたカロルがこちらに走ってくる。

カロル「ユーリ!大変だよ!ユニオンと戦士の殿堂(パレストラーレ) 兵装(ホブロー)魔導器(ブラスティア)持ってにらみ合って!ドンも戻ってきたけどなんか様子がおかしいんだ!」

喧騒の中、カロルは声を張ってユーリたちに訴えた。

レイヴン「ドンは間に合ったようね。けど、やっぱりか……」

少女はレイヴンから目を逸らしていた。

エステル「やっぱりって、どういうことです?」

レイヴン「じいさん、最初から死ぬつもりだったのよ」

リタ「なんでよ!ワケわかんないんだけど」

リタが声を荒らげる。パティがケジメ……かの……?と呟いた。

レイヴン「ハリーが先走って、結果、ベリウスが死んだ」

少女は体をビクッとさせた。誰も気づくことなく、レイヴンは続ける。

レイヴン「ノードポリカの統領(ドーチェ)の命だ。偽情報掴まされて間違えましたで済まされるわきゃない。ベリウスの命に釣り合う代償が必要ってことだ」

レイヴンは静かに説明した。

エステル「じゃあ背徳の館でドンが言っていた代償って……」

ユーリ「じいさん自身の命か……。腹切る覚悟を決めてたから掟を破ることになってもイエガーを討ちに行ったってのか」

カロルは、そんな!そんなのって!と叫ぶと、ドンの方へ走っていった。

エステル「きっと他に方法があるはずです!」

レナ「あったとしても、この状況じゃ時間が無い。カロルの話を聞くからに一触即発みたいだし」

悲しみと自身に対する怒りでごちゃまぜな表情とは裏腹に淡々と少女は言った。レイヴンが頷く。

レイヴン「このままだとユニオンと戦士の殿堂(パレストラーレ)の全面戦争になっちまう」

パティ「他の方法を探してる時間はもうないってことなのかの……」

悲しげにパティはぽつりと言った。エステルは俯いていた。

ユーリ「……オレもじいさんのところ行ってくる」

 ユーリと一緒に仲間たちがドンの所へ着いた時、人だかりの先にドンと話しているカロルの姿が見えた。人だかりの中から金髪の青年がドンの方へ飛び出す。ハリーだ。ドン、オレも一緒に……!と言う彼を、レイヴンがバカ野郎が!と感情のままに殴り飛ばす。そのままレイヴンはドンの方に振り向くと、じいさんあばよとドンに言った。

ドン「レイヴン、イエガーの後始末頼んだぜ」

レイヴン「ははっ、俺にゃ、荷が重過ぎるって」

ドン「おめぇにしか頼めねぇんだ」

レイヴン「……ドン」

ドンは、パティを見る。

ドン「お嬢、街の酒場の倉庫から地下に降りてみろ」

急なことにパティは驚く。そんなパティをお構い無しにドンは続けた。

ドン「そこにアイフリードの名前が彫り込まれた壁がある。おめぇも奴の孫なら、奴がどんなことにかかわってどう生きたか、片鱗を見ておくのも悪くねぇだろ」

パティは無言のままドンを見つめた。

ドン「それとそこの黒髪のお嬢」

私……?!とドンと目が合ったレナは目を見開く。

ドン「変えたいものがあるなら、迷うな」

レナ(……どこまで察して)

レナは、呆気にとられながらこくりと頷いた。

やがて、戦士の殿堂(パレストラーレ)の人達がドンに近寄り、おたくの可愛い孫にゃずいぶん世話になったと皮肉った。

ドン「すまねぇことをした。あのバカ孫もれっきとしたユニオンの一員だ。部下が犯した失態の責任は頭が取る。それがギルドの掟だ。ベリウスの仇。俺の首で許してくれや」

エステルはじっとその様子を見ていて、リタはドンに背を向けて悲しげに文句を言った。気がつけば周りは街の人やギルドの人、ドンを慕っていた人たちの悲しみの声で溢れていた。ドンが刃物を鞘から抜き準備する。

ドン「すまんが誰か介錯頼む」

その場にいたほとんどの人が重さを背負いたくないのかドンから目をそらす。目を逸らしていないのはユーリ、エステル、レナだった。数秒の沈黙の後、ユーリがオレがやろうとドンの方へ歩き出す。リタがユーリの方へ振り返った。ユーリとドンが会話を交わす。それからその場にいるもの達に言葉を遺した。

ドン「てめぇら、これからはてめぇの足で歩け!てめぇらの時代を拓くんだ!いいな!」

ドンは自らの腹に刃をあて横にひく、腹から血を吹き出しユーリがつかさずドンの首を斬り落とした。より一層、悲しみの声が大きくなった。

 

 ドンの死を悼む声が落ち着いてきた頃、介錯人をやったユーリと、見守っていたエステル、リタ、ラピードはユニオン本部で休んでいた。一方、レナは街の中をぽつぽつと歩いていた。何かしながらじゃないとこの痛みを紛らわすことなど出来ないと思ったから。

レナ(……変えたいものがあるなら、迷うな……か。ベリウスの件、私は知っていながら黙っていた。ドンの事も。変えたいなら迷うな、これからは迷わないよ。たとえ、仲間を傷つけるかもしれなくなっても)

少女は宛もなく街を歩いていると、ユーリとカロルが話しているのが見えた。

カロル「ギルドの首領(ボス)なんてボクには無理だったんだ……」

その言葉が聞こえた瞬間、レナは弾かれるようにカロルの方へ走った。ユーリが驚いたようにこちらを見ているが、レナは気にしない。カロルも、レナっ?と少女を見た。レナはカロルの手を引く。カロルはえっちょっと言いつつもレナに手を引かれて立ち上がった。少女はカロルがちゃんとたったのを確認して小さくごめんと呟くと、パシンっと乾いた音が響いた。カロルは叩かれた頬をおさえて呆然としている。

レナ「……あなたにとって、ギルドって、凜々(ブレイブ)()明星(ェスペリア)ってそんなものだったの?あなたの夢だったんでしょ」

淡々と、けれど確かに怒りを感じる声で少女はカロルに言った。

カロル「っ一流のギルドを作りたかった!そしてドンの役に立ちたかった!認められたかったよ!ドンはボクの憧れだったんだ……」

力なくその場に座り込むカロル。

カロル「でも、もうドンはいないんだ……」

レナ「だから、やめるの?」

カロルは答えない。レナ達の後ろに立っていたユーリがいつの間にか隣にいた。

ユーリ「ドンは何を守って死んで行った?それがわからないおまえじゃないだろ」

カロル「なんでも出来るユーリとレナにはボクの気持ちなんてわかりっこない!ボクはユーリやレナ達みたいに強くないんだ!ユーリやドンみたいにはなれないんだ!もう……」

ユーリ「カロル!ドンがおまえに伝えた事は何だった?ドンが見せた覚悟も忘れちまったのか?」

カロルは何も言えず、ただうずくまっていた。

ユーリ「オレはギルドとしてけじめをつけるためにジュディを探してテムザ山に行く」

そういったユーリに、カロルがえ……と顔を少しあげる。

ユーリ「おまえがやめても凜々(ブレイブ)()明星(ェスペリア)はおわらねぇ。もうおまえだけのギルドじゃねぇんだ」

ユーリは言い切ると踵を返す。

レナ「……カロル、よく考えて。本当にここでやめてしまったら、後悔、するよ。ここを出るギリギリまで待っているから」

レナはカロルにそう残すと、ユーリの後をついて行った。

 街の出入口の近くまで行くと、エステルがいた。

エステル「……カロル……大丈夫でしょうか……」

エステルはカロルを案じて顔を曇らせる。そんな彼女に、ユーリの後ろからひょこっと前に出て、大丈夫だよとレナは言った。エステルはでも……と胸に手を当てる。

イエガー「ボーイアンドガール、ナイストゥミートゥユー?」

エステルがイエガー……!と名を呼んだ。ユーリとレナはイエガーの方に振り返る。ゴーシュとドロワットを連れていた。

ユーリ「よく顔を出せたな。ケンカの種をまいといて」

イエガーを睨み、いつもよりも低い声でユーリは話す。

イエガー「ケンカの種を?ナンノコトデスカ?」

ゴーシュ「戦士の殿堂(パレストラーレ)襲撃はユニオンの判断だろう」

ドロワット「そうそう、ウチらは情報を教えただけよん☆」

イエガー「そうでーす。ドゥユーアンダースタン?」

レナ「……いい度胸だこと」

詠唱陣の光を纏いながら静かに少女は言う。

イエガー「……今日はやめましょう。ドンがお亡くなりになったのです。オトムライが大ナッスィンです。本当に惜しいミスター、亡くしましたデス」

少女は心の中で舌打ちをして光を納めた。

ユーリ「おまえらの狙いはなんだ?ドンを消してユニオンを掌握しようってのか?」

イエガー「ノンノン、確かにドンがいなくなってビジネスはイージーになりましたが……」

どこから出したのか、イエガーは青いラッピングが施された花束を持っていた。

イエガー「……やめまショウ……トゥディは個人として来てるのでーす」

ユーリはイエガーに背を向けた。

ユーリ「……ドンの前で無粋な真似はしたくねぇ。オレの気が変わらないうちに消えろ」

イエガー「ミーもドンの死を悼む気持ちは同じデース。今日のところはシーユー」

イエガーはそう告げると、ゴーシュとドロワットを連れてドンの墓へ去っていった。

エステル「イエガーもドンを悼んでいる……わたし、わかりません……自分でドンを陥れておいて……」

レナ「ギルド海凶(リヴァイアサン)の爪にとっては邪魔な存在だけど、イエガー個人にとっては少し違ったんでしょ」

エステル「ギルドと個人は別物ってことです?」

ユーリがそうかもなと言いながら、視線をイエガーが去っていった所からエステルに移動させる。

ユーリ「ドンにとってのイエガーもギルドと個人じゃ思うとこが違ったようだしな」

エステル「ドン自らが掟を破って私闘を挑む程ですしね」

ユーリ「さぁ、もう行こうぜ」

エステル「あ、はい。リタとは街の出口で待ち合わせてます。パティにも宿屋に言付けをお願いしておきました。でも、カロルは……」

レナ「心配しなくても、彼なら大丈夫」

ユーリ「そうそう、ほら行くぞ」

 ユーリ、エステル、レナ、ラピードはリタがいる街の出口に向かう。リタはやっと来たという顔をして振り返る。見当たらない顔がいることに気づいたリタは聞く。

リタ「カロルとパティは?」

やはり、エステルと同様に心配なのだろう。

レナ「二人なら大丈夫」

エステルとリタを安心させるようにレナは言う。

ユーリ「それより二人ともこれからどうするつもりなんだ?」

リタ「あたしはもちろん一緒に行くわよ。言ったでしょ?エアルクレーネの調査はあんたたちとするって決めたの」

ユーリがそうだったなと頷いた。

エステル「わたしもユーリと一緒に行きたいです。ジュディスが魔狩りの剣に狙われているかもしれないのに放っておけない……」

リタ「あの女を助ける義理なんてないでしょうに」

レナ(……リタはきっと、魔導器(ブラスティア)を壊したジュディスを許せないんだろうな)

エステル「……ジュディスは一緒に旅してきた仲間です……」

リタ「でも、船の駆動(セロス)魔導器(ブラスティア)を壊した」

そっぽを向いて腕を組んで言った。エステルはでも……と下を俯いた。

レナ「私たちが行くのは、助けに行く為じゃなくて、ケジメをつけるため」

リタとエステルは少女を見つめた。

ユーリ「ジュディが一体、何を知っていて何を知らないのか……全部話してもらう。ギルドとしてケジメをつけるために」

リタ「ま、結果助ける事になるかもだけど」

レナ(……リタからすれば複雑だよね。許せないし、けど心配なのも本当だし)

エステル「三人ともジュディスが心配なんですね」

エステルはニコリと笑って言った。

リタ「な、何言っての!あくまでついでよ!」

エステルの方を向いてリタは反論した。

リタ「それよりギルドのケジメっても肝心の首領(ボス)、ホントに来るの?」

レナ「強い子だから、大丈夫。必ず、来るよ」

話をしているとパティが宿屋の方からこちらへ歩いてくるのが見えた。エステルが足音に振り返って、パティが来ましたと仲間に報告した。

ユーリ「じいさんの足跡、ちゃんと見てきたか」

パティ「うむ……しかと、心に刻み込んだのじゃ」

ユーリ「で、何か少しでも記憶を取り戻す材料になったか?」

パティ「そううまくはいかないみたいなのじゃ……でも、これしきのことでめげてもいられないのじゃ」

困り眉を作り浮かない顔を見せるが、すぐに立ち直るパティに、ユーリはニヤッと笑ってだなと返した。

レナ(……パティも、強い子、だね)

パティ「もう少し……うちも一緒に行ってもいいかの?」

ユーリ「構わねぇぜ。じゃ、行くか」

歩き出す彼に、エステルがレイヴンはどうするんです?と投げかける。

リタ「さすがに来ないでしょ。ドンを失ったこの街をほっとけないだろうし」

ユーリ「だろうな、おっさんにはおっさんのやることがある」

エステルは寂しくなりますねと静かに呟いた。

レナ「でも、烏さんのことだから、またすぐに会えるよ」

エステルは、少女のすぐという言葉に首を傾げる。

リタ「で、テムザ山っていうのはどこにあるの?」

ユーリ「コゴール砂漠の北の方じゃないかと思う。バウルってのと砂漠の北の山に住んでたって言ってたしな」

エステル「確かにデズエール大陸の北西部には山脈が広がっています」

ユーリ「とりあえずそこから当たってみよう」

パティ「デズエール大陸までは船、うちの出番じゃな」

パティはニコリと笑った。ユーリはああと頷くと、船に行こうぜと声をかけて皆は船へ向かった。

 ユーリ達は準備をすませ、船に乗り込む。遠くの海鳥がないているのがよく聞こえるほどの静寂の中、皆カロルを待っていた。どれくらい待っただろうか短いようで長い時間が経った頃、遠くからカロルのまって〜!!と叫ぶ声が聞こえた。リタはハッとして嬉しさを隠すようにそっぽを向く。船頭に立っていたパティが甲板に飛び降り、タラップの方へ走り出す。ラピードもその後を続くように駆ける。エステルとパティのカロルと呼ぶ嬉しげな声が重なった。すごく急いできたのだろう、肩を弾ませて待ってともう一度繰り返し、僕も一緒に行くとカロルは言う。リタがまったくというようにカロルの元へ歩き腰に手を当てながら微笑む。レナはちょっとほっとしたように肩の力を抜いた。先がわかっていて皆には大丈夫などと言っても、結局レナも心配だったのだ。息を整えたカロルはしっかりと立つと、ユーリと隣にいたレナの方を向いた。

カロル「ドンの伝えたかったこと、ちゃんとわかってないかもしれないけど……凜々(ブレイブ)()明星(ェスペリア)はボクの、ボクたちのギルドだから……ボクも一緒に行きたいんだ!」

カロルはエステル、リタ、パティ、ラピードの方に振り向いて続ける。

カロル「ここで逃げたら……仲間を放っておいたらもう戻れない気がする……後悔すると思ったんだ。だから!ボクも行く!一緒に連れてって!」

ユーリ「カロル先生が首領(ボス)なんだ。一緒に行くのは当たり前だろ」

カロルはユーリの方を向いてありがとうと言うが、でも……と下を俯く。

カロル「もう首領(ボス)って言わないで」

ユーリはん?と疑問に思って首を傾げる。

カロル「ボクは……まだ首領(ボス)って言われるような事何もしてない……ユーリにちゃんと首領(ボス)って認めてもらえるまで、首領(ボス)って呼ばれて恥ずかしくなくなるまで、ボクは首領(ボス)じゃなくて同じ凜々(ブレイブ)()明星(ェスペリア)の一員としてがんばる!」

決意を新たにしたカロルに、ユーリは優しく微笑む。

ユーリ「……わかった、カロル。がんばれよ」

カロルは元気よくうん!と頷いた。

リタ「ほんとギルドって面倒。アツ過ぎ。バカっぽい」

パティ「きっとそこがギルドのいいところ、なのじゃ、たぶん」

うんうんと首を縦に振り、腕を組んでパティは言う。エステルは微笑ましそうにユーリ達を見ていた。んむんむ青春よのうと、上から声が降ってくる。見上げるとレイヴンが居た。リタがうわっ!お、おっさん……?!と身体を仰け反らせる。レイヴンは甲板に飛び降りると、若いって素晴らしいねぇと言ってカロルを見た。

ユーリ「おっさん、何してんだよ」

レイヴン「えー、おっさんがここにちゃだめなの?」

体を項垂れさせて露骨に落ち込むレイヴンをユーリはウザったそうに目をそらす。

エステル「だって、ドンが亡くなった後で大変って……」

レイヴン「んー、色々と面倒だから逃げてきちゃった」

すくっと体を起こすと船尾の方へ歩きながら言って、後頭部で手を組む。カロルがレイヴンに近づいて、ドンに世話になったんでしょ悲しくないの?と聞く。

レイヴン「ああ、悲しくて悲しくて、喉が渇くくらいに泣いてもう一滴も涙は出ない」

大袈裟な演技を披露しながら、それっぽい声でいうレイヴンにリタが全然そうなふうに見えないけど、と冷たく言った。

ユーリ「さすがのおっさんもドンの最後の言葉を無視できないって事だろ」

レイヴン「ん、んなわけないってーの。言っただろ、俺には重荷だって。あっちはあっちで残ったやつがやってくれるって」

レイヴンは動揺を隠すように並べたてた。

レナ「まぁ、そういうことにしてといてあげましょ」

少女はユーリの顔を見上げてウィンクした。レイヴンが全く最近の若人は怖いわねと呟く。

パティ「大勢の方が賑やかでいいのじゃ」

パティの言葉に、楽しいものねとレナは首を縦に振る。

リタ「これは賑やかじゃなくて、うるさいって言うのよ。前にも言ったでしょ」

口では文句を言いつつも、リタの顔はにこりと楽しそうに笑っているのをレナはユーリから視線をずらして見ていた。

レナ(ふふっ、リタったら素直じゃないなぁ)

エステル「じゃ、デズエール大陸に出発ですね」

カロルが不思議そうに、なんでデズエールなの?と首を傾げる。

レナ(あ、そっか。カロルは知らないんだっけ)

少女はそう思いつつレイヴン達から視線を外す。

レイヴン「良いカンしてんじゃないの。察しの通りテムザ山はコゴール砂漠の北にある。あそこにゃ、確かクリティア族の街があったしな」

随分詳しい彼に、リタがなんでそんなこと知ってんのよとつっこむ。

レイヴン「少年少女の倍以上生きてると人生、色々とあるのよ」

リタはなにそれとレイヴンから目を逸らした。

レナ(色々、ね)

二人のやり取りを聞きつつ、海を眺めていたレナは憂い帯びた目をしていた。レイヴンは、ほれ行くならいこうやと手を叩く。

カロル「コゴールの北って船で回りこめるかな?」

カロルの問いに、ユーリは行ってみりゃわかるさと笑って返した。パティがフィエルティア号出発なのじゃ、と船を動かすために駆け出し、やがて船が動き出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

壊す理由

―テムザ山

 

 ユーリ達は海を渡りコゴール砂漠の北西部にある山脈のひとつ、テムザ山に辿り着いた。

レイヴン「到着〜。ここがテムザ山よ」

先頭を歩いていたカロルがラピードの吠え声に反応して振り返り足元を見る。

カロル「これ、人の足跡だよね?ずいぶんたくさんあるな」

エステル「魔狩りの剣、でしょうか?」

ユーリ「騎士団かもな」

カロルは先の道へと駆け出す。エステルは、え?どうして騎士団が?とユーリに問う。

ユーリ「フレンも聖核(アパティア)を探してた。魔狩りの剣が聖核(アパティア)を狙ってここに来てるんなら、騎士団も聖核(アパティア)を狙ってきているのかもしれない」

エステル「何故みんな聖核(アパティア)を手に入れようとするんでしょう?」

パティ「ピカピカキラキラ光っててとてもキレイだったのじゃ。すごく貴重なものに違いないのじゃ」

リタ「結局ドンには聞けなかったし……」

レナ「ジュディスが知っていることを話してくれたら、何かわかるかもしれないね」

パティ「ジュディ姐……話してくれるかの……?」

ユーリ「さぁな。話す話さないは、ジュディが決めることだ。話さないってんなら……」と険しい顔をする。

パティは不安そうな顔でユーリを呼びかけた。

レナ「大丈夫、そんなことにはさせない」

凛とした態度で少女はユーリを見上げて言った。少し目開いてレナを見るユーリ。と、先を進んだカロルがユーリ達を呼ぶ。仲間たちはなんだ?と思いながらカロルの元へ歩いた。カロルのところまで行くと、山が大きく削られておりその中でも大きなクレーターがいくつかあって凸凹としていた。

リタ「なによこれ。山が削れてる……」

エステル「ここで一体なにが……」

二人はいくつものクレーターを見下ろして驚いている。

レナ(……人魔戦争、跡を見るとこんなにも酷いものだったのかと思い知らされる)

少女は軽く目を見張り、そして哀愁漂う眼差しを向けた。

カロル「こんなんでホントに街なんてあるのかな……」

レイヴン「十年前には確かにあったんだがなぁ。今はどうかわかんないわ」

ユーリは十年前?と驚きつつレイヴンに振り向いた。

ユーリ「そんな前の話なのか。その時はなんでこんなとこに来たんだ?」

そりゃ……とレイヴンが答えようとした時、山のどこかから竜の鳴き声が響く。リタが、バカドラ!?とすぐに反応した。鳴き声は今までと比べてどこか痛々しげで、明らかに何か起こっているのをユーリ達は察する。レイヴンがなにかマズイことになってんじゃないのと呟けば、エステルが急ぎましょう!と先を急かした。

 山道を歩き、先程のクレーターの所までユーリ達は来ていた。近くで見るとより酷いなとユーリは見渡しながら呟く。

パティ「こんなでっかい穴ボコ見たことないのじゃ」

リタ「どう見ても、自然現象じゃないわね」

エステル「何かが爆発したあとみたい……」

カロル「爆発って……。こんなことできる魔物なんているの?」

レイヴン「ああ。その魔物なら、とっくに退治されたから」

カロルの疑問に答えたレイヴンに、更にエステルが質問する。

エステル「退治されたって、どういうことです?」

レイヴン「ここが人魔戦争の、戦場だったってこと」

え!そうなのとカロルはレイヴンの方を向いて驚く。

エステル「ということは……ここで人と始祖の隷長(エンテレケイア)が戦ったんですね……。戦いは人の勝利で終わったが、戦地に赴いた者に生存者はほとんどおらず……その戦争の真実は闇に包まれている……。公文書にも詳しいことは書かれていません」

リタ「じゃあ、この有様は始祖の隷長(エンテレケイア)の仕業ってことか……すさまじいわね」

リタは殺伐とした風景をまじまじと見た。

パティ「……人魔戦争……十年前……」

そのつぶやきを聞いて、エステルがパティはまだ小さい頃ですねと言う。じゃのとパティは頷いた。

ユーリ「でも、ここが戦場だったって話、聞いたこと無いぜ」

ユーリは少し高い位置にいるおっさんを見上げながら言った。

レイヴン「色々、情報操作されてんのよ。帝国にね。知られたくないことが一杯あったんじゃない?」

レナ「……」

レナ(知られたくないこと……)

リタ「魔物が人間相手に戦争っておかしいと思ってたけど……」

エステル「その魔物というのが始祖の隷長(エンテレケイア)だということも知られたくない事実だった……」

リタの言葉に続くようにエステルが呟く。カロルはクレーターだらけの土地からレイヴンに視線をうつして、レイヴン随分詳しいねと言った。レイヴンは何か考え事してたようでほんの少しの間を開けて、少年少女の人生の倍生きてれば色々あんのよ、ほんとに、と戦争の跡地に視線を向けた。

ユーリ「歴史の勉強はもういいだろ。オレたちはジュディを探しに来たんだ」

エステル「……先程の魔物の声、ジュディスたちもう追い詰められてるのかも」

パティ「ジュディ姐は強いのじゃ、簡単にやられるとは思えないのじゃ」

リタ「当然でしょ。それに……あのバカドラは、あたしがぶん殴るんだから。先を越させないわ」

先を急ぎましょうとエステルの言葉で、一同はまた歩き始める。

 さらに登ったところでユーリがなにかに気づいて足を止めた。近くにいたレナがどうしたの?とユーリに声をかける。

ユーリ「いや、ジュディが前に言ってた。『バウルが戦争から救ってくれた』ってな……それって人魔戦争の事だったのかなって」

リタ「じゃあもしかしてあの女って人魔戦争の時にバカドラと一緒に帝国と戦ったのかな?」

パティ「ジュディ姐が人間の敵だったら、うちはちょっと切ないのじゃ」

レナ「……人魔戦争があったのは十年前、その時のジュディスは歳がまだ一桁の子供よ。多分戦いには参加していなんじゃないかな。むしろ戦争に巻き込まれた側だと思う。逃げていた所をバウルに助けられたんじゃないかな」

ユーリ「なるほどな……で、どうなんだ?レイヴン?人魔戦争に参加してたんだろ」

レイヴンはへ?なんで?と間抜けな声を出して首を傾げる。

ユーリ「色々詳しいのは当事者だからだろ」

カロル「そうなの?でも、生き残った人、ほとんどいないんでしょ?」

レイヴン「ああ、さすがの俺様も、あんときは死ぬかと思ったね。あ〜、あんとき、死んでりゃもうちっと楽だったのになぁ」

リタが死んでりゃってあんた……と悲しそうな目をした。

レナ(まぁ、本来なら死んでるはずなのに、心臓魔導器(ブラスティア)のせいでいきているものね)

悲しげに少女は目を伏せる。

エステル「それで、戦争中にジュディスに会ったりしました?」

レイヴン「いやいや。いくら俺様でも十歳にもならない女の子は守備範囲外よ」

アホか……とリタがつっこむ。

パティ「てことは、レナの推測通りジュディ姐は人魔戦争には参加しとらんかったみたいじゃな」

パティは腕を組みうむうむと頷く。

カロル「そうだねー、だって十年前ったらレナが言った通りジュディスが九歳だよ?僕より年下だもん」

レイヴン「まー、あのバウルってのも見かけなかった気がするし、どっかに逃げてたんじゃない?」

レナ(……まぁミョルゾにいたみたいだしね)

ユーリ「戦争の相手はやっぱり始祖の隷長(エンテレケイア)だったのか?」

レイヴン「そうなるんだろうなぁ。当時はとんでもない魔物としか思ってなかったけども」

カロル「でもホントにレイヴン、戦争に行ってたんだね。すごい、そんなの騎士団だけかと思ってたよ」

レイヴン「大人の事情ってヤツさ」

尊敬するようなカロルの眼差しに、レイヴンはユーリたちからさりげなく顔を逸らした。

レナ(その時は、騎士団だったものね。……あ、だったじゃなくて今もか)

 しばらくまた岩山の道を登り続けていると、開けた場所に出た。石造りの建物が崩壊し、朽ちている。滅び去った街の残骸だった。各々、街の跡を散策する。

エステル「ここがクリティア族の街……?」

リタ「街というより、街の跡ね」

崩れた建物を見ながらリタは言う。

パティ「こういう場所にお宝があったりするもんなんじゃが……」

パティは比較的形が残っている建物を見上げた。

カロル「ジュディスはここに何しに来たんだろう……?」

ユーリ「故郷を懐かしんで……ってワケじゃなさそうだな」

レイヴンの近くにいたラピードがグルルルとしっぽを高くあげて低く唸り始める。と、そこに男が二人、枯れ木の影から転がり出てきて倒れる。それをみたカロルが魔狩りの剣!と声を上げる。男達が出てきた所をみると、槍を持ったジュディスが顔を出しエステルが驚いて名前を呼ぶ。名前を呼ばれたジュディスも目を見開き、あなたたち……とユーリたちを見た。男達はくそ!と悪態をつくと、ティソンさんとナンにしらせろ!と片方がもう片方に指示を出す。

ユーリ「おまえら!うちのモンに手ぇ出すんじゃねぇよ」

ジュディスが叫んだユーリをみて少し嬉しそうに微笑んだのがレナの目にうつる。

ユーリ「掟に反してるのならケジメはオレらでつける、引っ込んでな!」

魔狩りの剣達は、この奥に行って魔物を狩りたいだけ、邪魔をするなとユーリに向かって怒鳴る。

リタ「もう、面倒くさいなぁ。ぶっ飛ばしちゃおうか」

話しても埒が明かない相手に、リタがイラつきだし詠唱陣を浮かび上がらせる。リタに同意するようにレイヴンも武器に手をやった。

レイヴン「そうねぇ。こいつらじゃ話にならないしねぇ」

続いてパティは器用に銃を取りだしクルクルと回しながら魔狩りの剣に向ける。

パティ「話の邪魔をする奴は永久にそこに倒れとけなのじゃ」

レナ「立ち去りなさい。本当に一戦やる気?」

いつもより低い声で、魔狩りの剣に告げる。少女は静かに怒っていた。ここで退かなければ多勢に無勢の戦いになると思ったのだろう、魔狩りの剣は逃げていった。ジュディスはユーリ達に歩み寄る。

ジュディス「追ってきたのね、私を」

ユーリ「ああ。ギルドのケジメをつけるためにな」

カロル「ジュディス。全部話して欲しいんだよ」

リタ「何故魔導器(ブラスティア)を壊したのか。聖核(アパティア)のこと。始祖の隷長(エンテレケイア)のこと。フェローとの関係。知っていること全部ね」

ユーリ「事と次第によっちゃジュディでも許すわけにはいかない」

レナとラピード、ジュディス以外の皆は驚いたようにユーリを見た。

ジュディス「不義には罰を……だったかしらね」

ジュディスは視線をユーリからエステルに向けた。

ジュディス「……そうね。それがいいことなのか正直分からないけど。あなたたちはもうここまで来てしまったのだから」

来てと続けると、ジュディスは歩き出す。それにレイヴン、エステル、リタ、パティが続いた。

カロル「ユーリ……ジュディスでも許さないって……」

ユーリ「ドンの覚悟を見てまだまだ甘かったことを思い知らされた。討たなきゃいけないヤツは討つ。例えそれが仲間でも、始祖の隷長(エンテレケイア)でも、友でも」

カロル「フレンやフェローでもってこと?」

ユーリ「……ああ、それがオレの選んだ道だ」

静かに話す彼に、カロルは俯いて考え始めた。

レナ(ユーリ、また一人で抱え込んで……)

話を聞いていた少女は、少し悔しげな表情をしてジュディスの後を追いかけた。ユーリ達も続く。

ジュディス「ここが……人魔戦争の戦場だったことはもう知ってる?」

ユーリは、ああと頷き、おっさんに聞いたと答えた。

ジュディス「人魔戦争……あの戦争の発端はある魔導器(ブラスティア)だったの」

リタがなんですって!と目を見開いてジュディスを見る。ジュディスは続ける。

ジュディス「その魔導器(ブラスティア)は発掘されたものじゃなくテムザの街で開発された新しい技術で作られたもの、ヘルメス式魔導器(ブラスティア)

エステル「ヘルメス式……」

リタ「初めて聞いたわ……それに新しく作られたって……」

パティ「魔導器(ブラスティア)って新しく作れないんじゃないかの?」

ジュディス「ヘルメス式魔導器(ブラスティア)は従来のものよりもエアルを効率よく活動に変換して魔導器(ブラスティア)技術の革新になる……はずだった」

ユーリ「何か問題があったんだな」

ジュディスは無言で肯定する。

ジュディス「ヘルメス式の術式を施された魔導器(ブラスティア)はエアルを大量に消費するの。消費されたエアルを補うために各地のエアルクレーネは活動を強め、異常にエアルを放出し始めた」

リタ「そんなの人間どころか全ての生き物が生きていけなくなるわ!」

レイヴン「ケーブ・モックやカドスの喉笛で見たアレか。そりゃやばいわな」

ジュディス「人よりも先にヘルメス式魔導器(ブラスティア)の危険性に気づいた始祖の隷長(エンテレケイア)は、ヘルメス式魔導器(ブラスティア)を破壊し始めた」

レナ「それがやがて大きな戦いとなり人魔戦争へと発展した……」

静かに話を聞いていた少女が続きを話した。

カロル「じゃあ、始祖の隷長(エンテレケイア)は世界のためにひととたたかったの?!」

エステル「どうして始祖の隷長(エンテレケイア)は人に伝えなかったんです?!その魔導器(ブラスティア)は危険だって!」

レイヴン「互いに有無を言わずに滅ぼしゃいいってなんもよ。元々相容れないもの同士そこまでする義理は無かった。そんなとこかねぇ」

パティ「あるいは何か他にも理由があったのかもしれんの。でも……この話がジュディ姐に何の関係があるのじゃ?」

ジュディス「テムザの街が戦争で滅んで、ヘルメス式魔導器(ブラスティア)の技術は失われたはずだった……」

カロル「まさか!そのヘルメス式がまだ稼働してる?!」

カロルは驚いてジュディスに訊ねる。

ジュディス「そう。ラゴウの館、エフミドの丘、ガスファロスト。そして……」

ユーリ「フィエルティア号の駆動(セロス)魔導器(ブラスティア)か……」

パティ「交換した駆動(セロス)魔導器(ブラスティア)がヘルメス式だったんじゃな」

エステル「それじゃあ、ジュディスは始祖の隷長(エンテレケイア)に替わって魔導器(ブラスティア)を壊して……」

リタ「なら、言えばよかったじゃない!どうして話さなかったのよ!一人で世界を救ってるつもり?バカじゃないの?!」

怒りに震えていたリタはエステルの言葉に我慢の限界がきて叫ぶ。リタの叫びに周りは静かになり、岩肌を撫でる風の音だけが聞こえていた。静寂の中、ちょうどユーリの背後の方から眩い光が溢れる。カロルは、な、何?と仰け反った。ジュディスがバウル!と友の名を呼ぶ。突然ジュディスを狙ってティソンが切り込みにかかりジュディスは間一髪で避ける。あとから赤茶色の少女も隣に立ち、カロルがナン!と呼んだ。

ティソン「どうやら獲物はそこにいるようだな」

光を放っている奥へ行こうとするティソンをジュディスはやりを構えて立ち塞がる。

ジュディス「行かせないわ」

ナン「人でありながら魔物を守るなんて理解できない!」

ナンは自身の武器、飛来刃に手をかける。

ユーリ「手下どもに聞かなかったか?うちのモンに手ぇ出すなっつったろ?」

カロル「い、いくらナンたちでもギルドの仲間を傷つけるのは許さない!」

リタ「まだ話の途中なのよ!邪魔すんな!」

パティ「まったく、無粋な連中なのじゃ」

レイヴン「アツいのは専門外なんだがなぁ」

ジュディス「あなたたち……」

驚いたようにジュディスはユーリ達を見た。

レナ「ジュディス、今はひとりじゃない私たちがいる」

ジュディス「……レナ」

エステル「魔狩りの剣がなぜ人に危害を加えるんですか!」

ティソン「魔物に与するものを、人とは呼ばんだろ」

エステルの叫びに、ティソンは皮肉っぽく返す。

ナン「カロル。魔狩りの剣の理念も忘れたの?邪魔しないで」

カロル「魔物は悪……。魔狩りの剣はその魔を狩る者……」

思い出したかのようにカロルは呟く。

カロル「でも!始祖の隷長(エンテレケイア)は悪じゃない!世界のために……」

カロルはナンに向かって叫んでいた。

ユーリ「雇われて見境無くなってるんだろ。狙いは聖核(アパティア)のクセにカッコつけてんじゃねぇよ」

ユーリがティソン立ちに向かって言い放つ。ティソンはふんと鼻で笑い、話にならんなと言った。

ティソン「どうしても邪魔立てするのなら……」

ナン「仕方ありませんね」

ティソンとナンは武器を構えた。ユーリの抜刀を合図に仲間たちも武器を構える。ティソンが必殺技の舞蛟龍「覇道」でユーリ、エステル、リタの中へ突進してゆく。強烈なかかと落としを槍で防ごうとしたジュディスにレナが魔術障壁を急いで展開させるが、ジュディスは衝撃で跳ね飛ばされる。

レナ「ジュディスっ」

思わず少女は彼女の名を呼んだ。ジュディスは平気よと言わんばかりに少女をちらりと見た。

一方、小太刀を咥え、弓を構えたレイヴンが、〈流れ星〉の加速する矢でティソンに反撃する。少女がカロルの方を見れば、ナンの方に武器を構えながら突撃していた。カロルにナンの技〈踏歩斬〉の、横に回転する飛来刃の刃が迫る。カロルはかばんをうまくつかってそれを避けた。刃とハンマーが何度かぶつかった後、ナンの攻撃のスピードのほうが上回りカロルに襲いかかる。

リタ/レナ「がきんちょ/カロル!危ない」

リタは魔術を発動させて軌道を、レナはカロルの前に魔術障壁を展開させた。カロルはハンマーを構え直すと、渾身の力をこめて地面に向かって振り下ろし、その衝撃にナンは吹っ飛ばされそのまま意識を落とした。ユーリ達の方も決着がつき、ティソンは地面に伏せている。

カロル「ナン……ごめん」

倒れたナンを見下ろして、カロルは呟いた。

 ユーリ達は岩穴の方に入る。そこには光を纏ったバウルの姿があった。

ジュディス「バウルは成長しようとしているの……始祖の隷長(エンテレケイア)としてね」

カロル「苦しそう……」

カロルまで辛そうに眉をひそめていた。

ジュディス「がんばって……バウル」

祈るようにジュディスはバウルに声をかける。パティも頑張るのじゃぞと応援していた。怪我を見つけたエステルがバウルに近づいて治そうとするのを、レナとジュディスが慌ててダメ!と止める。二人の鋭い声に、エステルはハッと手を引っ込めた。

エステル「怪我を治してあげたくても、何もしてあげられない……。あなたにとってわたしの力は毒なんですよね……」

悲しそうにエステルは言った。そんなエステルにユーリが歩みよる。

ユーリ「傷を癒せるってのがエステルの力じゃないぜ」

え?とエステルはユーリを見る。続いてリタが歩み寄った。

リタ「べリウスの言葉……覚えない?」

エステルは思い出す、最期にべリウスが彼女に遺した言葉を。慈しむ心……とエステルが呟く。レナは、エステルの手をとった。

レナ「その優しさはあなたにしかないもの」

ジュディス「バウルにも伝わっているわ。きっと……あなたの気持ち」

レイヴン「ま、今は見守ろーじゃないの」

エステルは胸の前で手を握り祈る。バウルを包む光が強くなり、やがて輝きがおさまる。咆哮をきいて上を見上げれば、成長したバウルが飛んでいた。レイヴンがおほーと感嘆の声を上げる。すごい……とカロルが囁く。ジュディスは一歩前に出た。

ジュディス「がんばったわね、バウル」

労うように、安心したように、彼女は言った。

ユーリ「どうやら相棒はもう大丈夫のようだな」

ええとジュディスは頷くとユーリ達の方に振り向く。

ジュディス「ありがとう。バウルを守ってくれて……私だけだときっと守りきれなかったわ」

カロル「仲間だもん。当たり前だよ!」

じゃの!とパティが大きく頷く。

バウルは空を泳ぐように飛び回るとジュディス達の方に近寄る。ジュディスはエステルの手を取りバウルにそっと触れさせた。バウルは目を細めて、エステルを受け入れてくれていた。

ジュディス「言ったでしょう?ちゃんと伝わってるって」

エステルは嬉しそうに笑う。つられてレナも頬が緩んでいる。

ジュディス「フェローにも伝わるかもしれない」

エステルはバウルを撫でる手を止めて、ジュディスを見る。

ジュディス「会う?フェローに」

レナ「決めるのは、エステルだよ」

ジュディスの問いに少し間をあけてエステルは答えた。

エステル「……会います。それがわたしの旅の目的だから」

リタ「いいの?殺されちゃうかもしれないのよ」

心配そうにリタはエステルに言う。

エステル「はい。わたしも覚悟を決めなきゃ……」

後ろを伺っていたレイヴンがユーリ達に伝える。

レイヴン「そろそろ魔狩りの剣の増援が来そうよ」

カロル「でも下りる道ひとつしかないよ。鉢合わせちゃう」

パティ「上が開いてるのじゃ」

レイヴン「んな無茶な……」

ジュディス「乗って、とりあえずフィエルティア号まで飛ぶわ。話の続きはそこで、ね」

ユーリ達はジュディスに誘われて、バウルの上に乗る。バウルはみんなを乗せると、空へ羽ばたいた。そのままフィエルティア号に進む。船に着くと、バウルから船へ移動し、バウルに船を吊るす。そしてまた、空へと旅立った。飛んで少したったあと、ジュディスの体が地面に向かって倒れていく。近くにいたレナが頭をぶつけないように受け止めてゆっくりと倒れさせ、膝の上にジュディスの頭をのせる。ユーリがジュディ?!と焦ったように振り返った。エステルも同じように振り返って、ジュディス達の傍に寄る。

レナ「ジュディス、お疲れ様。バウルを守るために頑張ったんだもの。今は休ませた方がいいよ」

さらりとジュディスの髪ごと額をひと撫でしてレナは労うようにジュディスを見る。そして、ユーリとエステルにそう伝えた。

レナ「このままは体に悪いし、ユーリ、船室のベッドまで運んでくれる?」

頼まれたユーリは、ああと返事をしてジュディスを抱える。そしてそのままレナに言われた通り船室に向かった。その後をレナとエステルが着いていく。船室に入ると、ユーリはベッドの上にジュディスをおろした。ジュディスの顔がすこし安らいだように見えた。三人が船室から出ると、ほかの仲間達が心配そうにこちらを伺っていた。

レナ「疲れが溜まってたみたい。今は眠ってるだけだから、安心して大丈夫だよ」

カロル「いきなり倒れちゃうんだもん。びっくりしちゃった」

ユーリ「成長のために動けなかったバウルを寝ずに守ってたんだろう。魔狩りの剣がいつ襲ってくるか分からなかったろうしな」

レイヴン「割と平然としてたけど今までも無理したのかもねぇ」

リタ「バカなのよ。あいつも。不器用なんだから」

パティ「でもよかったのじゃ……ちゃんとジュディ姐を助けることができて」

レナ「ジュディスの話の続きは明日だね」

ユーリ「だな、今は寝かせておいてやろうぜ。オレたちもちょっと休もう」

その一声で、各々やるべきことをやる者や休む者、考える者と別れた。

 レナはジュディスの寝ている横に椅子を持ってきて、目覚めるのを待っていた。周りを見渡せばいつの間にか少し離れた椅子のところにリタが座って考え事をており、少女の隣にラピートがジュディスの様子を伺うようにお座りしていた。レナはジュディスにまた視線をうつして、こうしてみると綺麗な顔をしているとか、髪の色が綺麗だなとか考えながらじっと様子を見ていた。ユーリもジュディスも平気なフリをするのが上手で、分かりずらい。もっと気をつけてみないといけないと改めて少女は思った。

 翌日、少女はいつの間にかそのまま寝ていてしまったらしい。欠伸をして体を伸ばしていると、ピクリとジュディスの瞼が痙攣して目を開けた。ぼーっと天井を見ている彼女に、ハッとしたレナは、ジュディス?と声をかける。起きたばかりの彼女はゆっくりとレナの方に顔を向けた。

レナ「おはよう、ジュディス。気分が悪いとか、痛いところとかない?」

ジュディスはゆっくりと上体を起こしてニコリと微笑みかけて言った。

ジュディス「おはよう、レナ。大丈夫よ。よく寝たからかしら、清々しい気分だわ」

レナ「そっか、よかった」

少女は不安げな顔から、パッと花が咲いたように笑った。

レナ「みんなのところに、行こっか」

ジュディスはええ、と頷き、二人は船室からみんながいる甲板へと出た。

エステル「〜〜エアルは乱れ、世界は蝕まれているかもしれないんですね」

船室からでると、ちょっどエステル達が話していた。話を察したジュディスはそうよと肯定する。パティが嬉しそうにジュディ姐!と振り返る。寝転がっていたレイヴンは体を起こした。

レイヴン「もう大丈夫なのね。ジュディスちゃん」

ジュディスはそのまま話を続ける。

ジュディス「本来、エアルが多少乱れたところで世界には影響はないわ。エアルのバランスを取るために常にエアルの流れを感じているものがいるから。それがフェローやバウルたち始祖の隷長(エンテレケイア)

エステル「始祖の隷長(エンテレケイア)がエアルの調整役……」

ジュディス「長い間、始祖の隷長(エンテレケイア)はエアルを調整し続けてきた。だけど近頃エアルの増加が彼らのエアルの調整の力を上回ってきている」

レイヴン「その原因がヘルメス式魔導器(ブラスティア)か」

ユーリ「だからジュディはヘルメス式魔導器(ブラスティア)を壊してまわってたんだな」

ジュディスは険しい顔で頷いた。

ジュディス「ええ、それが私の役目。私を救ってくれたバウルと歩む道」

ジュディスの道……とカロルが呟く。

レイヴン「そういや、レナちゃんは異空の子でこの世界のエアルをどうとかっていってたよね?それに新月の子はエアルを抑えることができるんでしょ?」

レナ「……それは、一時的なものだよ。増えすぎたエアルを私の世界に流すことが出来るのは、私がこの世界に来る時の一度だけ。だから、今も増えているエアルの分まではどうにも出来ない。それに、新月の子の力で抑えられるエアルの量には限界があるの」

レイヴンはなるほどねと納得したようだった。ジュディスは話を続ける。

ジュディス「最近は聖核(アパティア)を求めて始祖の隷長(エンテレケイア)に挑む人さえいる。始祖の隷長(エンテレケイア)はその役目を果たすことがより難しくなっているわ」

ユーリ「どいつもこいつも聖核(アパティア)を狙う理由は何なんだ?」

ジュディス「私にはわからないわ。聖核(アパティア)とは、始祖の隷長(エンテレケイア)が体内に取り込んだエアルを長い年月をかけて凝縮し、始祖の隷長(エンテレケイア)が命を落としたときに結晶となって生まれるもの。私が知っているのはこれぐらい。フェローならもっと詳しいと思うけれど」

話を聞いていたリタが聖核(アパティア)は高密度エアルの結晶と呟やいてハッとして立ち上がった。

リタ「それが本当なら、もし聖核(アパティア)のエネルギーをうまく引き出すことができれば凄まじいパワーを得ることができるわよ、きっと」

エステル「そんな方法があるんです?」

エステルの問いにリタは言葉に詰まる。

リタ「少なくともあたしは知らない」

パティ「でもそれができるなら、欲しがる奴は沢山いそうじゃの」

レイヴン「誰かが悪巧みしてるのは間違いなさそうねぇ」

カロル「でも……どうして最初に話してくれなかったの?」

ユーリ「まったくだ。話してくれればこんなややこしいことにはならなかった、違うか?」

ジュディス「……知っても……あなたたちには無理なこともあるから」

カロルがどいうこと?と首を傾げる。

ジュディス「……あの時私たちがヘリオードに向かったのは、バウルがエアルの乱れを感じたから。エアルの乱れがあるところにヘルメス式魔導器(ブラスティア)はある……。でもそこにいたのは魔導器(ブラスティア)ではなく人間だった。そんなこと今までなかったのに」

ユーリ「ヘリオードにはハナからエステルを狙ってきたワケじゃなかったんだな」

ユーリは意外そうな声を上げる。ジュディスは頷いて続ける。

ジュディス「何故、バウルがエステルをエアルの乱れと感じたか、私は知る必要があったの。私の道を歩むために。そんな時、フェローが現れた。彼はエステルが何者なのか知っているようだった。私の役目はヘルメス式魔導器(ブラスティア)を破壊すること。だけど、エステルは魔導器(ブラスティア)じゃない。だから見極めさせて欲しい……。私は彼にある約束を持ちかけた。彼は私に時間をくれた」

その約束って……とカロルは不穏な雰囲気を察する。

ジュディス「もし消さなければならない存在なら私が……殺す」

あんた!とリタが思わず声を上げてジュディスに詰め寄る。ジュディスの傍に立っていたレナが、リタを宥めた。

レナ「落ち着いてリタ。ジュディスは結果的に手を下していないでしょ」

少女の言葉に、リタは渋々引き下がった。

ユーリ「話はわかった」

これ以上の話は無用だといわんばかりにユーリは言った。

ジュディス「べリウスは言ってたわね。あなたには心があると。フェローにもあなたの心が伝われば、これからどうするべきか、わかるかもしれない」

ジュディスはエステルにそう告げた。

リタ「ね、ねぇ、もうフェローに会う必要なんて無いんじゃない?だって、ほら、問題なのはヘルメス式魔導器(ブラスティア)だってわかったんだし、聖核(アパティア)も悪いことを企んでるヤツに渡さないようにすれば」

心配するリタにエステルは決意した目で伝える。

エステル「……わたし、フェローに会いたいです。そして話を聞きたい」

でも……とリタはまだ不安げだ。

エステル「行かせてください。私も自分の事を知ってそれに責任を持てるようになりたいから」

ハッキリと言った彼女に、リタはまだ何か言いたげだったが、わかったわ……と折れた。カロルがユーリを見上げる。

カロル「ごめん……ユーリ……ジュディスをどうするべきか、すぐには決められないよ……」

ジュディス「あなたたちの言うケジメをつけないまま去ることはもうしないわ。私も責任もたないとね」

ユーリは一同を見回して、語りかけるように言った。

ユーリ「フェローに会いに行こう。オレたちの旅の最初の目的、それをこなしちまおう。後のことはそれからだ」

ジュディス「コゴール砂漠中央部にそびえる岩山、そこにフェローはいる。バウルなら行けるわ」

ユーリ達はフェローの元へバウルに運んでもらい向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

毒の意味

―コゴール砂漠中央部

 

 ユーリ達はバウルから降りるとジュディスの案内でフェローの元へ歩いていく。風に侵食されてできたらしい細い石の橋を渡り、フェローがいるであろう岩場に進んだ。

レナ「ここにフェローがいるんだよね」

ジュディス「おそらくね。砂漠では会えなかったけれどここでは会えると思う」

カロル「大丈夫かなぁ……いきなり襲ってきたりしない?」

不安げなカロルに容赦なくジュディスは言う。

ジュディス「保証はできないわ。私たち次第じゃないかしら」

パティ「そうならないようにがんばろうってことなのじゃ」

ユーリ「カロル、大丈夫か?」

気にかけるユーリに、顔を俯かせていたカロルは顔を上げる。

カロル「大丈夫くないけど……いかなきゃ……」

レイヴン「それにしてもずいぶんと殺風景なとこに住んでるのねぇ。フェローは」

パンッパンッと手を鳴らしレイヴンは見渡してながら言った。

ジュディス「かつてここにも一面、緑が生い茂っていたというわ」

エステル「どうしてそれがこんな岩ばかりの砂漠になったんです?」

ジュディス「さぁそこまでは知らないわ」

リタ「エステル、ホントに行くの?殺されちゃうかもしれないのに」

エステル「はい。もう……覚悟は決めていますから」

そう言って先を行くエステルにレナは着いていく。続いてユーリとリタ以外のみんなが続いた。

 さらに先に進み、先のとがった石の柱が周りにいくつもある岩場に出た。見渡すが、フェローらしき姿は見当たらない。

カロル「フェローいないね。お、お休みなんじゃない……なんて」

ジュディスが上空を見上げて声を出した。

ジュディス「フェロー。いるんでしょう?」

ジュディスの呼び掛けに応じるように、一同の上に影がかかった。カロルは上を見てわああああ!!と叫び声を上げた。尖った岩の上に、巨大なフェローがいた。

フェロー「忌まわしき毒よ。遂に我が下に来たか!」

ユーリ「……お出ましか。現れるなり毒呼ばわりとはご挨拶だな、フェロー!」

ユーリはフェローを睨む。

フェロー「何故我に会いに来た?我にとっておまえたちを消すことなど造作もないこと、わかっておろう」

レナ(……始祖の隷長(エンテレケイア)ってどうして、誤解されるようなことしちゃうのかしら)

少女はひっそりとため息をついた。

ユーリ「ちっ、あんたもこっちで語るタイプか?やるってんならしょうがねぇな」

剣を鞘から抜ぬいたユーリに、レナは慌てて止める。

レナ「ちょ、ストップ。ユーリ、落ち着いてってば!」

エステル「そうです!みんなもまってください!」

みんなの方に振り返ったエステルは再びフェローの方を向く。

エステル「お願いです、フェロー。話をさせてください」

エステルは必死にフェローに懇願する。

レナ「私からもお願いします」

エステルの隣に立ち、少女は頭を下げる。エステルは思わずレナと呟いた。

フェロー「死を恐れるのか、小さい者よ。そなたの死なる我を?」

エステル「怖いです。でも自分が何者かも知らないまま死ぬのはもっと怖いです。べリウスはあなたに会って運命を確かめろと言いました。私は自分の運命が知りたいんです。私が始祖の隷長(エンテレケイア)にとって危険だといえのは分かりました。でもあなたは世界の毒と……わたしの力は何?満月の子とはなんなんです?本当にわたしが生きていることが許されないのなら……死んだっていい。でも!せめてどうして死ななければならないのか……教えてください!お願いです!」

しばしの間、フェローはじっとエステルを見つめていた。そして語り出す。

フェロー「かつてはここもエアルクレーネの恵みを受けた豊かな土地であった」

リタが前に進みでる。

リタ「ここにエアルクレーネがあったのね」

エステル「でも、それが何故こんなことに?」

フェロー「エアルの暴走とその後の枯渇がもたらした結果だ。何故エアルが暴走したか……それこそが満月の子が世界の毒とたる所以よ」

え……とエステルは小首を傾げる。

フェロー「満月の子の力はどの魔導器(ブラスティア)にも増してエアルクレーネを刺激する」

ユーリはどういう事だ?と問う。

リタ「……魔導器(ブラスティア)は術式によってエアルを活動力に変えるもの。なら、その魔導器(ブラスティア)を使わずに治癒術が使えるエステルはエアルを力に変える術式をその身に持ってるって事……ジュディスが狙っているのは特殊な術式の魔導器(ブラスティア)……つまり……エステルはその身に持つ特殊な術式で大量のエアルを消費する……そしてエアルクレーネは活動を強め、エアルが大量に放出される……あたしの仮説……間違ってて欲しかった……」

悲しそうにリタはその事実を裏付けていった。

わたしは……とエステルは俯く。

フェロー「その者の言うとおりだ。満月の子は力を使うたびに魔導器(ブラスティア)などとは比べものにならぬ程エアルを消費し、世界のエアルを乱す。世界にとって毒以外の何物でもない」

ユーリ「だから消すってか?そりゃ随分と気が短いな。え?フェローよ」

少し苛立ち紛れに彼は言う。

フェロー「これは世界全体の問題なのだ。そしてその者はその原因。座視するわけには行かぬ」

ユーリ「オレたちの不始末ならオレたちがやる」

パティ「そうなのじゃ。勝手に押し付けはゴメンなのじゃ」

フェローに臆することなくパティは言った。

フェロー「おまえたちは事の重大さが理解できていないのだ」

ユーリ「じゃあ聞くが、エステルが死んだからって何もかも解決するのかよ?」

フェロー「少なくともひとつは問題を取り除くことができる」

話は平行線で、どちらも譲る気は無い。ジュディスは一歩前に出た。

ジュディス「フェロー、ヘリオードで私は手を止め、ダングレストではあなたを止めたわ。最初は魔導器(ブラスティア)のはずが人間だったから。次は私自身が分からなくなったから。この子はあなたが言うような危険な存在とは思えなかったからよ」

フェロー「そうだ、ゆえに我はそなたに免じて見極めのための時間を与えた。その結果、新月の子が止めようとはしたが我は同胞べリウスを失うこととなった。もう十分だ。その力は滅びを招く」

ふーんとレイヴンが声を出す。

レイヴン「よくわかないんだけど力を使うのがまずいなら、使わなきゃいいだけじゃないの?」

フェロー「その娘が力を使わないという保証は無い」

ジュディス「……そうね。この子は目の前のことを見過ごせない子、きっとまた誰かのために使うでしょうね。だけど、その心があるかぎり害あるものとは言い切れないはず、彼女は魔導器(ブラスティア)とは違う。あなたにもそれがわかると思うけれど?」

フェロー「……心で世界は救えぬ」

ジュディスの言葉に僅かにたじろいだように感じたフェローは、少しの間を開けて言った。ずっと話を聞いて口を挟まなかった少女が、口を開いた。

レナ「フェロー、あなたが世界のために考えていることはよく分かったよ。だけど、どうしてその世界の中にエステルは含まれていないの?」

世界の為にと言っているがそこにエステルがいないのは筋が通らないんじゃないかと少女はフェローに言う。

フェロー「より大きなものを守るためには、切り捨てることも必要なのだ。新月の子、否、異空の子よ、そなたならすべてわかっているはずだ」

少女は体を揺らして、目を見張る。すべて?とユーリがレナを見る。レナは注目を浴びるをの感じた。

レナ「べリウスも同じようなことを言っていた。あなたたち始祖の隷長(エンテレケイア)は私が、何を知っているかを、知っているの?」

フェローは何も答えない。その事ではなく別の答えを示せと言っているように。一呼吸おいて、少女は考えを口にした。

レナ「切り捨てることも大事なのはわかる。だけど、エステルは違う。切り捨てるべきじゃない。ジュディスが言ったように、彼女には心がある。もし何かあれば、私が抑える。べリウスの時は出来なかったけれど、その時は命に変えたっていい」

命に変えたっていい、その部分にユーリの顔が少し険しくなるのがレナの視界の横にうつる。

フェロー「異空の子であるおまえなら、理解できると思ったが……」

少女に対してどこか呆れたような声だった。

ユーリ「何を切り捨てるかを決められるほど、おまえは偉いのかよ?」

ユーリは一歩前に出た。怒りを感じる声だった。少女の意見に対してそういう態度をとったことに、エステルを依然として否定する態度であることにも、ユーリは怒っていた。

フェロー「我らはおまえたちの想像も及ばぬほどの長きに渡り、忍耐と心労を重ねてきたのだ。わずかな時間でしか世界を捉えることのできぬ身で何を言うか!!」

一段と怒気を孕んだ声がユーリ達を襲う。負けじとジュディスはフェローを見上げる。

ジュディス「フェロー、聞いて。要するにエアルの暴走を抑える方法があればいいのでしょう?まだそれを探すための時間くらいあるはずよ」

ジュディス……と俯いていたエステルは彼女を見る。

ジュディス「それに、もし……エステルの力の影響が本当に限界にきたら……」

ジュディスは一呼吸おく。

ジュディス「約束通り私が殺すわ。それなら文句ないでしょう?」

カロル「ちょちょっと、ジュディス、本気で言ってるの!?」

ジュディス「あら、そうならないように凜々(ブレイブ)()明星(ェスペリア)がなんとかするでしょ?」

さらりと言ってのけたジュディスの言葉を理解するのにカロルはしばらく目を白黒させていたが、やがて理解が追いつくとその顔が輝いた。

カロル「え!?あ、そうか……うん、そうだ、そうだね!」

ユーリ「一本取られたな」

ユーリは苦笑気味に言った。

ユーリ「そういう訳だ。エステルのことも、世界のヤバさもそれがオレたち人間のせいだってならオレたち自身でケジメつける。それで駄目なら、丸焼きにでもなんでも好きにしたらいい」

フェローはジュディスに向かって、先程とは随分違う落ち着いた声で言う。

フェロー「……そなた変わったな。かつてのそなたなら……」

ジュディス「さぁどうなのかしら?でもそう言われて悪い気はしないわね」

ジュディスは肩をすくめた。

フェロー「……よかろう。だが忘れるな、時は尽きつつあるということを!」

会見の終わりを宣言するがごとく、フェローは翼を広げた。力強く空を叩くと一気に舞い上がる。リタがまって!と声を上げる。

リタ「術式がエアル暴走の原因っていうのなら、昔にも同じように暴走したことがあるはずでしょ。魔導器(ブラスティア)は古代文明で生み出された技術なんだから」

フェロー「罪を受け継ぐ者たちがる。そやつらを探すがよい。彼の者どもなら過去に何が起こったのか伝えているであろう」

リタにそう伝えると、フェローは砂煙を巻き上げながら飛び去っていき、やがて姿は見えなくなった。取り残されたユーリたちは、深い息を吐いて体の力を抜く。いつ命のやり取りになってもおかしくないほどの対話だった。

カロル「行っちゃった……」

エステルはフェローが居た空からユーリの方へ振り向く。

エステル「えっと、あの……ありがとうございます、ユーリ。それに……ジュディスとレナも」

エステルは次にレナとジュディスの方を向いた。

ユーリ「それはいいんだけどな」

その声は怒っているようだった。ユーリはエステルの前に立つ。エステルは不思議そうに、え?と少し首をかしげた。

ユーリ「死んだっていい?ふざけてんのか?」

真剣な眼差しを向ける彼に、エステルはごめんなさいと俯いた。

ユーリ「二度と言うなよ」

エステルはもう一度、反省するようにごめんなさいと言った。ユーリはレナを見る。

ユーリ「おまえもだ。命に変えたっていいなんて、言うな」

少女もごめんと謝罪をする。だがあの時の言葉は嘘偽りのない少女の覚悟と本心だった。

レナ(口に出すことはもうしないけど、私はエステルが誰かを傷つけずに済むのなら、命に変えてもいい)

先を歩き出すユーリの背を見つめながら少女は思う。ユーリの後を皆がつづき、少女も歩き出した。

 ユーリ達はバウルの元へと戻り、フィエルティア号の船室に集まった。

カロル「はぁ……どうなるかと思ったよ」

レイヴン「あーんなデカブツ相手によくまぁ話だけで済んだねぇ。おっさん心臓がどうにかなりそうだったわ」

相変わらず芝居かかった口調だった。

パティ「おっさんのくせに、度胸がないのじゃ」

レイヴン「ほんとう、パティちゃんはいつも肝が据わってるわね」

ユーリ「本当にエステルを殺すつもりなら問答無用でくればよかったはずだが……そこがどうにも解せないな」

壁に背を預けて立っているユーリが言う。

ジュディス「多分、フェローも迷ってたのよ。だから私たちがどう振舞うか見定めるために砂漠では姿を消した」

カロル「ふぅん、思ったより悪いやつじゃなかったのかな?」

ユーリ「どうだかな。いざなりゃ、なんだってやるタイプと思うがな、オレは」

リタ「それはあんたも一緒でしょ」

リタはズバッとユーリに言い切る。ユーリは思わぬ反撃に少し間をあけて、かもなと認めた。

カロル「でもどうするの、ユーリ?あんなこと言っちゃって」

ユーリ「エアルが悪さすんのをどうにかする。それだけだろ?」

レナ「簡単に言うけど、手がかりがないんじゃどうしようもないんじゃないの?」

パティがうむうむ手がかりは大事なのじゃと首を縦に振った。

リタ「エアルの消費に関しては間違いなく術式が関わってるはずなのよ。昔の魔導器(ブラスティア)についてやその時に暴走が起きたかどうか、そう辺の情報があれば手がかりになるんだけど……」

エステル「過去の出来事については罪を償うものたちに聞け……フェローはそう言ってました」

ジュディス「魔導器(ブラスティア)を発明したのはクリティア族、つまり今も伝承を受け継ぐクリティア族に聞けという意味ね」

リタ「確かに、クリティア族が、魔導器(ブラスティア)を生み出したとは言われてるけど……」

ユーリ「けどクリティアの街テムザはもう滅んじまってるぜ」

リタの言葉に続けるようにユーリは言った。

パティ「他にもあれば話が早いんじゃがの」

パティはユーリを見上げる。

ジュディス「隠された街ミョルゾ。テムザよりずっと古い、クリティアの故郷。そして魔導器(ブラスティア)発祥の地」

レイヴン「ほへ〜、そんな街があるのね。もしかしてジュディスちゃんそのミョルゾってのどこにあるか知ってる?」

レイヴンがジュディスに訊く。さぁ?とジュディスは謎のように微笑んだ。リタがあれ、と声を上げる。

リタ「その名前に覚えがある……アスピオに来てたクリティア族の人が、なんかその名前をいってたような」

こめかみに手を当て、思い出すように言うリタに、エステルがまだアスピオにいるでしょうか?と呟く。

ユーリ「ま、当たってみるしかないな」

レナ「……そうだね」

カロル「ジュディス……一緒に来てくれる?」

ジュディス「……そうね。まだギルドのケジメが残ってるものね」

ユーリ「じゃ、アスピオに行くとするか」

ジュディスがバウルに次の目的地を伝えて空を泳ぎ出す。数十分ほどで、アスピオについた。

 

―魔術閉鎖都市アスピオ

 

 アスピオの街に着くと、リタが振り返って言った。

リタ「さすがに疲れたわね。とりあえず人探しは明日にしましょ」

レイヴン「賛成〜。久しぶりにまともなベッドで寝れられるわ〜」

レイヴンは後頭部に手を回す。

リタ「じゃあ、あたしの家に……」

と、リタが言いかけた時、カロルが待ってと口を挟んだ。カロルにみんなの視線が集まる。

カロル「先に話しておきたいことがあるんだ」

みんなの前に出るカロルは振り返ってジュディスを見た。察したジュディスが私の事ねと言う。エステルがカロル……と呼びかける。

レナ「これはギルドの話し合い、横槍はなしだよ」

レナはエステルを咎めた。エステルはそれ以上は何も言うことも無く成り行きを見守る姿勢をする。カロルは覚悟を決めたような顔で話し出した。

カロル「ボク、ずっと考えてた。ギルドとしてどうすべきなんだろうって。で、思ったんだ。やっぱりギルドとしてやっていくためにも決めなきゃいけないって」

ユーリ「どうするか決めたんだな?」

ユーリの言葉に、カロルは頷いた。

カロル「言ったよね。ギルドは掟を守ることが1番大事、掟を破ると厳しい処罰を受ける。例えそれが友達でも、兄弟でも、それがギルドの誇りなんだって」

ジュディスは真剣な顔で、ええと頷いてみせる。

カロル「だから……、みんなで罰を受けよう」

え?とジュディスがキョトンとし、それはレナ以外のみんなもそうだった。レナはまるで分かっていたかのように、少し微笑んでいる。

カロル「ボク、ジュディスが一人で世界のためにがんばってるの知らなかった。知らなかったからって仲間を手伝ってあげなかったのは事実でしょ。だからボクも罰を受けなきゃ。ユーリ?」

話を振られたユーリは俺?と首を傾げる。

カロル「ユーリも自分の道だからって秘密にしてることがあった。それって仲間のためにならないでしょ」

ハッキリと言うカロルに、珍しくユーリがま、まぁな……と言葉に詰まる。

カロル「だから、罰受けないとね」

リタ「ものすごいこじつけ」

リタのツッコミが入る。

カロル「……掟は大事だよ。でも正しい事をしてるのに掟に反してるからって罰を与えるべきなのか……ホント言うとまだわからない……なら、みんなで罰を受けて全部やり直そうって思ったんだ。これじゃ、ダメ?」

さっきまで凛々しかったその顔は、自分の言葉に恥ずかしくなったのか照れくさそうな顔になる。

ユーリ「オレ、また秘密で何かするかもしれないぜ?」

カロル「信頼してもらえなくてそうなっちゃうんならしょうがないよ。それはボクが悪いんだ」

ユーリの問いにカロルははっきりと答える。

ジュディス「またギルドの必要としてる魔導器(ブラスティア)を破壊するかもしれないわよ?ギルドのために、という掟に反するわ」

カロル「でもそれは世界のためだもん。それに掟を守るためにギルドがあるワケじゃないもん。許容範囲じゃないかな」

ジュディスの問いにもカロルは即答した。

リタ「それって掟の意味あるの?」

呆れたように言いつつも、その顔は優しく笑っている。

レイヴン「はっはっは。そんなギルド聞いたことないわ。おもしろいじゃないの」

誰よりもギルド事情を知っている彼は、痛快そうに声を上げて笑った。

パティ「うむ、型にとらわれることはないのじゃ。自由がいいのじゃ」

パティは大きく頷いてニヤリと笑った。エステルもふふふと声を上げて嬉しそうに笑っている。

レナ「……そういうの、カロルらしくていいと思う」

少女は先程よりも口角を上げた。

ユーリ「カロル。おまえすごいな。オレは自分がどうするかってのは考えてたが、仲間としてどうしていくかって考えれてなかったかもしれない。オレには思いつかないけじめのつけ方だ」

カロル「ボ、ボクはただみんなと旅を続けたいだけなんだ。みんなの道と凜々(ブレイブ)()明星(ェスペリア)の道を同じにしたいだけなんだよ」

カロルは素直にユーリに褒められたのが嬉しく、照れくさそうに頭をかきながら言った。

ユーリ「そっか。そうだな。ジュディ、そういうことらしいぜ」

まるで困ったかのように眉を下げてジュディスに微笑むユーリ。

ジュディス「おかしな人たちね。あなたたちホントに……。でも……そういうの、嫌いじゃないわ」

レナの目にジュディスが心の底から笑ったように見えた。

カロル「じゃあ改めて凜々(ブレイブ)()明星(ェスペリア)、出発だね!」

リタ「なーんかご都合。ギルドってそんなもん?」

レイヴン「ま、ドンのギルドとはひと味違うねぇ」

エステル「でもなんか素敵です」

パティ「凜々(ブレイブ)()明星(ェスペリア)いいの」

そう言ったパティに、カロルはパティも入る?と誘う。しかし、パティは今はまだダメなのじゃと断った。カロルは潔く引き下がった。

カロル「そっか、パティは記憶を取り戻さなきゃなんないんだよね」

レイヴン「で、罰はどうなるのよ?」

レイヴンがカロルに聞く。カロルはあ!そっかと思い出したかのように声を上げて、考え始めた。

リタ「休まずに人探しってとこかな。あたしたちはウチで待ってる」

リタが口を挟んでサラッと決めていく。カロルがちょっと!勝手に決めないで……と抗議するが、何よというリタの怒った声にカロルは叩かれる!と頭を抱えた。文句ある?と、とてもいい笑顔で言うリタに、ユーリが笑って、ねぇよとカロルのかわりに返した。ジュディスも同意を示し、カロルは諦めたように了承した。

 その後、リタとエステルはリタの家で休み、レイヴンは別行動、ユーリとレナ、カロル、ジュディス、そしてラピードは例のクリティア族を探すことになった。街の人に聞き込みをし居場所が分かると、同じクリティア族であるジュディスの方が話しやすいのではとなり、ジュディスが一歩前に出て話しかけた。

ジュディス「こんにちは」

男性のクリティア族は、にこやかに笑ってジュディスを受け入れた。ジュディスは、自分の名前を名乗る。彼も、トートと名乗った。

ジュディス「あなた、ミョルゾについて、知っていることはない?私たち、ミョルゾへ行きたいの。ミョルゾがどこにあるのか……そしてどうすれば、そこへ辿り着けるのか、ね」

トート「辿り着いても、何もありゃしない。それなのに何をしに行くつもりなのさ」

不思議そうな感じで問う。

ジュディス「あら、クリティア族が自分の同胞の街に興味を持ったってのは行く理由にならない?」

トート「理由は分からなくもない。でも私は知らないんだな、これが」

どこかはぐらかすような言い方だった。

ジュディス「あなたの名前を聞いたことがあるわ、トート。人間の世界に残るクリティア族をミョルゾへいざなう導き手」

ユーリとカロルが驚いたように目を見開く。レナの表情は特に何も変わらない。

ジュディス「人間……彼らと一緒だから、教えてくれないの?」

トート「我が同胞以外にミョルゾへの道は教えるな、それが代々の掟だからな」

ジュディス「人間とかクリティア族とかよりも信用できるかでにないか、じゃないかしら。少なくとも彼らは信用に足る人たちだわ」

トート「……もう一度聞くが、なんのためにミョルゾを求める?」

険しい顔をして彼は訊ねた。

ユーリ「世界が色々とマズイ方向に向かってる。魔導器(ブラスティア)のせいでな。過去に何があったか、どうすれば止められるか、それを知るために行く。クリティアを含む、すべての人のため……ってところでどうだ?」

ユーリの答えを聞いて、トートは少し考えてから頷く。

トート「……いいだろう。そこであんたたちが答えを見つけられるかどうか保証はできないが、教えよう」

トートはミョルゾに行くための手順をユーリ立ちに伝える。

トート「まず、ミョルゾに行くためには、その道標となる鐘が必要だ」

ジュディスは、鐘?と首をかしげる。トートは頷くと続ける。

トート「そう。ヒピオニア大陸の南の洞窟に隠されている」

カロル「ヒピオニア大陸って言っても……広いよね?」

トート「洞窟は赤い花の咲く岸辺にある。それを目印にすればたどり着けるよ。それから、その洞窟の奥にある扉は我らクリティアにしか開くことができないから」

どういうこと?と、カロルが不思議そうにする。

ジュディス「大丈夫よ、そこはわたしがなんとかするわ」

そんなカロルにジュディスが答えた。

レナ「それで、その鐘をどうしたらいいの?」

ただ聞いてるだけでは役に立てないなと思い少女は聞く。

トート「まぁ、焦らないでくれ。人間はせっかちでいけないな。鐘を手に入れたら、エゴソーの森へ行くんだ」

カロル「エゴソーの森?それも……ヒピオニア大陸、だっけ?聞いたことある……」

ジュディス「そう、そこはクリティア族にとって神聖なる場所よ。やっぱりあそこがミョルゾに続く扉となる場所……」

ジュディスは思い当たるところがあるらしく呟いた。

トート「そこで鐘を使えばその扉が開く。ただ一つ、問題がある」

ユーリが問題?と聞き返す。トートはそうと頷く。

トート「今、エゴソーの森は謎の集団によって踏み荒らされている。連中は大勢で乗り込んだ上に妙な魔導器(ブラスティア)まで持ち込んでいる。目的がなんなのか分からないけどとても気がかりだよ」

トートは腕を組んだ。

ユーリ「ミョルゾへ行きたいなら、その連中をどうにかしろってことか」

トート「そういうこと。私たちの聖地をそっとしておいてもらいたいんだ」

ユーリ「なるほど。つまり、鐘を手に入れて、その整地ってところで謎の集団をぶっ飛ばして、鐘を鳴らせば扉は開くってことなんだな」

ユーリは話をまとめて、ニヤリと笑った。トートはそういうことだねと大きく頷く。

ジュディス「わかったわ……ありがとう」

トート「あなたの前途に幸多からんことを」

あなたにも……とジュディスは返すと、ユーリたちの方を向いて、みんなのところに戻りましょうと声をかけた。ユーリたちはその場を後にしてリタの家に向かった。

 リタの家に行くと、リタとエステルが迎えてくれる。座っていたエステルは立ち上がった。

エステル「何かわかりました?」

レナ「うん。エゴソーの森って所に、手がかりがあるみたい」

カロル「ここから南の大陸ヒピオニア大陸の西の方だったと思うよ」

レイヴン「その森にミョルゾってのがあるの?」

ジュディスが扉あるのよと答えた。はあ?扉?何それ?とリタはジュディスの顔を見つめる。

ユーリ「ミョルゾに通じる扉だとさ」

レナ「その扉を開けるための鐘が、ヒピオニア大陸の赤い花が咲く岸辺の洞窟に隠されているんだって」

ユーリ「とりあえず、行って見た方が早い」

出発を急かすようにユーリは言うが、カロルがその場に座り込み、その前に……休ませて……と疲れたと言わんばかりの顔をした。

ジュディス「一休みしてから出発かしら?」

カロルを気づかうようにジュディスは言う。ユーリがだってさとリタとエステルを見た。しょうがないなぁとリタは承諾した。座っていたパティがすくっと立った。

パティ「それじゃあ、その間にうちはお宝の手がかりがないか街を散策するのじゃあ」

レイヴン「おいおい、休んどいた方が……って行っちまったよ……」

駆け出していくパティをレイヴンが止めるが、パティが出ていく方が早かった。

ユーリ「とにかく、一休みしたら、そのヒピオニア大陸の洞窟ってやつ、探してみようぜ」

 リタの家の中で壁に背を預けて座っていたレナに影が降りかかってきて、レナが見上げるとジュディスが前に立っていた。

レナ「……ジュディス?どうしたの?」

少女の問いに答えるように、ジュディスは何かを手に持ってそれをレナに差し出した。それは、ベリウスの暴走の時、闘技場に落としてしまった白いリボンの髪留めだった。

ジュディス「これ、あなたのでしょう?落ちていたから拾っておいたの」

レナは少し驚きながらも頷くとジュディスからそれを受け取って、嬉しそうに微笑んだ。

レナ「うん。ありがとう」

ジュディス「どういたしまして」

ジュディスは手を後ろで組んで笑った。その後、ユーリのそろそろ行くぞ〜という声でジュディスとレナはリタの家から出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミョルゾを目指して

 ユーリに呼ばれ街の出口付近に行くと、他のみんなも集まっていた。最後に来たパティにカロルが聞く。

カロル「それでパティ、結局、麗しの星(マリス・ステラ)の手がかりは何か見つかった?」

パティ「うーむ、本は多いが、アイフリードの話はどこにもないのじゃ」

リタ「当たり前でしょ。この街は魔導器(ブラスティア)関連の類しか置いてないのよ」

パティ「しょうがないのじゃ。もう少しユーリたちと旅して手がかりを探すのじゃ」

今、アイフリードって言ったか?とどこからから声をかけられる。エステルがえっ?と驚いたように近づいてきた男性を見る。男性はパティをジロジロとみながら、あんた最近噂のアイフリードの孫なのか?と言った。パティは何も言わずに俯いてしまっている。

レナ(ここでも、か)

少女は若干イラつきながら男性を見た。男性はパティの態度に、肯定も否定もしないってことはそうなんだなと話を続ける。

男性「なるほどね。あんたがギルドの面汚しの孫か……なんだ、普通のガキだな」

パティは何も言わずに耐えている。

男性「なんとか言ったらどうだ?じいさんを弁護する言葉はないのか?そうか、庇えるような事実でもないわな、あれだけのことやってればな」

レナ(聞いていればなんだこの男は……)

少女の中でぷつんと何かが切れる音がした。レナはパティを庇うように前に出る。男性はなんだ?とレナを睨んだ。

レナ「さっきから黙って聞いてれば、いきなり話しかけてきたうえに何なの?失礼じゃない?よくも家族を亡くしている彼女に対してそんな酷いことが言えるもんだわ」

捲し立てるように淡々と冷たい声で詰める少女に、男性は何をそんなに怒ってるんだ?となんでもないような顔をした。いつの間にかユーリたちも男性のことを睨んでいる。

男性「だって、事実だしな。で?あんたらが新しい海精(セイレーン)の牙のギルド員なんだな?」

レナとパティの後ろにいるユーリ達を見渡したながら彼は言う。

カロル「ボ、ボクらは凜々(ブレイブ)明星(ヴェスペリア)だっ!」

カロルは咄嗟にそう言い返す。

男性「凜々(ブレイブ)明星(ヴェスペリア)?うさんくさいな。何をするギルドなんだ?」

男性はこれまたバカにするような声で問う。そう言われて、カロルはえ、えっと……それは……と言葉に詰まってしまう。

ユーリ「言えば、何かいい仕事を紹介してくれるのか?」

カロルのフォローをするようにユーリが口を開く。

男性「お、おまえらみたいにアイフリードの関係者とつるむ怪しい連中にやる仕事はないよ。……凜々の明星(ブレイブヴェスペリア)ね。またギルドの品位を下げるろくでもないギルドが増えたわけだ」

どこまでもバカにしてくる男性に、リタが言い返す。

リタ「品位をさげてるのはどっちだか」

リタをみた男性は驚いて身を仰け反らせる。

男性「お、おまえ……リタ・モルディオ!?」

リタ「また、あたしがいない間に、この街もずいぶんと下卑た連中が増えてんのね。あ〜あ、同類と思われたら、こっちはいい迷惑。さ、行きましょ」

リタは男を一瞥して街の出口へ向かう。ユーリ達もその後に続いて歩き出した。男性はちょっ、まっ……と呼び止めようとする、そんな彼にレナとジュディスは立ち止まった。

ジュディス「まだ、何か言い足りないのかしら?」

ジュディスは男性を睨み、それに男性は怯んでい、いえ……と返す。そのまま立ち去ろうとする彼を、パティが悲しそうにうむくのを見ていた少女は服の裾を思いっきり引っ張り逃げられないようにした。力で負けないようにちゃっかり身体強化魔術を使っている。

レナ「ちょっと待って。まさか、謝りもせずに去る気?せめて、彼女に一言、謝ってから去りなさいよ」

男性は抵抗する。振り切られそうになるが、意地でも少女離さなかった。

男性「なんだよっ。しつこいな!」

レナ「……謝れって、言ってんのよ。聞こえなかった?」

男性の服を手繰り寄せ胸ぐらを掴むと、少女は真顔でそう告げた。ひっ、と男性から情けない声が聞こえ、次にわ、悪かったっと言うと、少女を突き飛ばし逃げていった。

カロル「でも、どうしよう……あの人、たぶん、言いふらすよ、きっと」

不安そうなカロルに、ユーリはへでもないと余裕な笑みを浮かべた。

ユーリ「構わねぇよ、そんなことで潰れるようだったら、とっくに潰れてるぜ、オレたち」

ジュディス「そうね。言いたいヤツには言わせておけばいいわ」

レナ「あんなゲスの話なんて、聞くヤツあんまりいないでしょ」

ユーリに続くように、ジュディスとレナが気にする必要は無いとカロルに言う。背を向けていたパティがユーリたちの方に振り返った。

パティ「うち……」

大方、一人で行動すると言うのだろうと察したユーリがその続きをわざと遮った。

ユーリ「ヒピオニア大陸の赤い花の咲き誇る岸辺、だっけか」

カロルを見て確認を取ったユーリに、カロルはあ、うんと返事をする。じゃあ、行ってみるかとユーリが歩き出し、みんなもそれに続いた。パティは変わらず浮かない顔をしていた。

 

―レナンスラ岩虚

 

 バウルに運んでもらい、上空からそれらしき場所を見つけたのをバウルから聞いたジュディスはみんなにそれを伝えて、降り立った。聞いていた通り、赤い花が咲き乱れている。カロルが不安そうに、ここ……だよね……?と辺りを見渡していた。ユーリもトートに聞いた話には合致してるが……と呟きながら、見渡している。

エステル「ヒピオニア大陸の赤い花の咲く岸辺、でしたよね?」

リタ「……そのトートって奴に嘘教えられたんじゃないの?」

レイヴン「それか、場所を間違えたかね」

レナ「話も本当だし、場所もあってるよ」

エステル「どうしてそう言い切れるんです?」

レナの言葉に不思議そうにするエステル、レナは内緒と唇に人差し指をあてた。ジュディスが何か見つけたようで、待ってとみんなに声をかける。仲間たちはジュディスの方を向いた。

ジュディス「ここから空気が流れこんでるわ……」

そう呟くジュディスの髪が、風に揺れた。

ユーリ「中が空洞になってるんだな」

リタがジュディスにどいて!と言うと、魔術を岩壁に打ち込んだ。岩が崩れ、砂塵が舞い、風によってそれがはれると空洞があらわになる。皆は、その空洞に近づいた。

レイヴン「まったく誰かね、こんな意地悪したのは」

ジュディス「あなたみたいな不審者が入らないようにフタしてあったのかもね」

ジュディスはレイヴンの方に振り返って言った。

レイヴン「ぐわっ、俺様狙い撃ち!?ヒドイな、ジュディスちゃん」

ショックという顔で身体をのけぞらせ、レイヴンは肩を落とす。と、パティがハッとして顔を俯かせる。その様子に、カロルがどうしたの?パティと声をかけた。

パティ「……なんでもないのじゃ……ちょっと……暗いのが怖かったのじゃ……」

動揺を隠して平然を装った声でカロルに返すパティ。

レナ(……記憶が、戻りかけてる?)

カロル「暗いのが怖いなんて、子どもだね」

カロルは気づかなかったようで、純粋にその言葉を信じたようだ。リタがあんたが言うか?とカロルにつっこむ。

ユーリ「怖かったら、ここで待っててもいいぞ」

パティを気遣ってユーリは言う。パティは平気じゃ、行くのじゃとユーリに伝えた。皆は、空洞の中へと入っていった。

 空洞の中は大きな洞窟になっており、少し肌寒い。薄暗い中、日差しが入っているところがあった。カロルが立ち止まって、不思議そうにしている。パティが導かれるように近づいた。沢山の墓の中に一際大きい墓があり、海賊帽子を被っており、文字が掘られている。周りは剣が何本も地面に突き刺してあった。

リタ「なに!!この石……!?こんな場所に、こんなたくさん気持ち悪い……」

リタには石にしかただそこにあるようにしか見えないのだろう、大声を上げていた。

レナ「……お墓だと思うけど」

レナはそう言って、パティがいる大きな石に方に近づく。その後ろでカロルがお墓!?とビクビクしていた。

レイヴン「やっぱり、場所間違えたんじゃないんかね」

レイヴンは後頭部に手を組んで、疑わしそうにしている。

エステル「だとしても……こんなにいっぱい……どうして……こんなところに……なぜ……!?」

エステルは驚き言葉につまる。

ジュディス「しかも……すごい、数……」

ジュディスも驚きつつも、不思議そうにしている。

ユーリ「まさか、クリティア族の街への道探しに来て、こんなところに来ちまうとは、な……」

パティはじっとお墓を見ている。ジュディスもお墓に何か彫られているを見つけた。レナは彫られた文字を読んで胸の前で手を握り、祈る。エステルが近寄って、文字を読み上げた。

エステル「……ブラックホープ号事件の被害者、ここに眠る……その死を悼み、その死者をここに葬るものなり」

カロル「これ全部、あのブラックホープ号の事件の犠牲者……!?」

リタ「つまり、アイフリードが殺した人の……お墓……ってことよ……ね?」

エステル「確かに……でも……こんなにとは……」

皆が絶句している中、パティは足の力が抜けたように地べたにペタンと座り込んだ。祈り終わったレナが、パティを落ち着かせるように肩に手を、もう片手をパティの手を握る。

パティ「でも……うち……まさか、こんな……」

身内がまさか、こんなにも人を殺めていたことにショックを隠せないでいる。

レナ(……殺したのは事実、だけど、海精(セイレーン)の牙はむしろ救った側なのに……)

言いたいけれど言えない、口にしようとすれば、音にならずに空気が抜けていくだけ。未来を変えることは許されない。その悔しさにレナは唇を噛む。

レイヴン「いくらなんでも、無理ないわ。この歳で、この現実を受け止めろって方が無茶だ」

ユーリはパティを心配そうに見ている。

カロル「この墓……誰が建てたんだろ?」

ユーリ「さぁ……事件の生き残りがいた、とかな……」

エステル「でも……なんて……こと」

パティは未だショックで動けない、ジュディス以外の皆も驚きと戸惑いで動けずにいる。ジュディスは墓に背を向けて空洞の先へと足を向けた。

ジュディス「……私はミョルゾの鍵を探すわ。あなたたちはここにいて」

カロルが驚いたようにえ、ひとりで?と言った。

ジュディス「こんなパティを連れ回す訳にはいかないでしょう?」

レナ「……私も行くよ。ジュディス一人なんて心配だもん」

ユーリは周囲の気配を探ってから話し出す。

ユーリ「……魔物の気配もねぇ。オレたちも行こう。ラピード、パティを見ててやってくれ」

ラピードは任せろと言わんばかりに、ワンっ!とひと鳴きした。

 ラピード、パティ以外の仲間たちはさらに奥へと進んでいき、ついに行き止まりにたどり着いた。カロルが行き止まりだねと呟く。

ユーリ「やっぱ、おっさんの言うとおり、間違えちまったのかもな」

レイヴン「でも、ここ以外に、赤い花が咲く岸辺なんてなかったよねぇ」

レイヴンは首を傾げる。

レナ「……ここにあるよ、場所も間違ってない。ただ、見えないだけ」

そうレナが小さく言った時、ジュディスがちょっといいかしら?とみんなの前に出る。そして、岩壁の前で目を瞑り唱え始めた。

ジュディス「……解けよ、まやかし。我選ばれし民、汝が待ちわびし者なり」

唱え終わると岩壁の一部分が一瞬だけ淡く光り、扉が出現した。エステルが目を見開いて、扉?と囁く。カロルは何したの……!?と呆気に取られている。

ジュディス「クリティア族には、物にこめられた情報を読みとるナギーグという古い力があるの。その力で、この扉を隠していた岩壁の幻惑を取り除く秘文を読み取ったの」

ジュディスは今自分がしたことをみんなに説明した。

ユーリ「なるほどな、トートのやつが言ってたクリティアにしか開けられない扉ってこれのことか」

ユーリは納得した顔をする。ジュディスが、さぁ中に入りましょうとみんなを誘った。

 中に入ると、広い空間になっており、その奥の台座に青い綺麗な鐘が鎮座していた。エステルとリタとカロルが台座に近づいて、鐘を見つめている。

カロル「もしかして、これがミョルゾへの扉の鍵かな」

ジュディス「そうね、鐘って言ってたから、きっとこれよね」

ジュディスはそう言って台座に近づいて、鐘を手に取った。

レイヴン「にしてもなんで鐘の隠し場所にお墓が作られてんのかねぇ」

レイヴンの言葉に台座に目をやっていたレナは振り返った。

レナ「偶然だと思うよ」

ユーリ「かもな。墓を作ったヤツはここが鐘の隠し場所だなんて知らなかったんだろ」

カロル「あんなふうに扉が見えなかったんだから仕方ないよ」

エステル「……もしかして洞窟の入口を塞いだのはあの墓を作った人かも……」

リタは何のために?と首をかげる。

ユーリ「さぁな、単なる墓荒らし対策かそれともなにか隠さなきゃならない別の理由があったのか……」

ジュディス「確かにトートは洞窟の入り口のことは何も言ってなかったし、そうかもね」

レイヴン「わざわざこんな辺鄙なとこに葬る……本当にそれだけでやるかねぇ」

顎触りながらレイヴンは言った。

ユーリ「何であれ、目的の鐘も手に入ったし、とりあえず、パティのところへ戻ろう」

パティの方へ歩き出すユーリにエステルが呼び止めた。

エステル「あのお墓の人たち……やっぱりアイフリードがやったんでしょうか……」

レナは俯いていた。ユーリはかもしれないなとだけ返す。エステルはその背中を見ながらパティのことを案じていた。

ユーリ「それがあいつの知りたがった現実だ」

ジュディス「そうね……でも、彼女にとってもあまりにも心の準備も何もなさすぎた……」

ユーリ「そうだな、早いとこ戻ってやろうぜ」

 ユーリたちはパティのところへ戻った。ラピードがユーリを見て、ワンっ!と鳴く。

ユーリ「ラピード、ご苦労さん。目的のものは手に入れてきたぜ」

ワン!とラピードは返事をする。レナはパティに近づいて声をかけた。

レナ「パティ、立てる?」

その後ろで、行くぞとユーリが声をかける。

パティ「……もう……行くんか……」

その声に覇気はない。まだ、ショックから立ち直っていないことは明確だった。レナの反対側のパティの隣にエステルが膝を付き、大丈夫です?と心配する。パティは、平気とは言っているが、とても平気そうには見えなかった。ユーリが無理すんなよと励ます。パティは立ち上がって、サイファーと呟いた。

レナ(……完全に記憶が戻った?)

ユーリの行けるか?という声を無視して、先に出口へとパティは歩いていく。

ユーリ「……あいつ、もしかして……」

ユーリも薄々気づいているようだった。

 バウルの元へ戻り、フィエルティア号へ乗ったユーリ達は、エゴソーの森を目指し始めていた。

ユーリ「……後は手に入れた鐘をエゴソーの森ってとこで鳴らせばいいだけだな」

ジュディスがそうねと肯定する。パティがユーリの元へ来て、話があると呼んだ。ユーリはなんだ……?と聞く。

パティ「うちは……この辺りでみんなとバイバイしたいのじゃ。そろそろ、ユーリたちと別れる潮時なのじゃ」

悲しそうな顔をしながらもそう告げるパティに、本気か?とユーリはパティを見る。レナはその様子を見ていた。

エステル「なぜ突然?わたしたちと一緒に行くのがイヤになったんです?」

パティは首を横に振り、そういうわけではないのじゃと否定する。

カロル「……もし、アイフリードのことでボクたちに気兼ねしてるんだったら」

パティ「これ以上、迷惑をかけるのはイヤなのじゃ。例え、みんなが気にしてなくても……うちがイヤなのじゃ」

カロルを遮ってパティは続けた。リタが、何を今更とそっぽを向く。リタ?とエステルが首を傾げれば、リタは続けた。

リタ「どいつもこいつも、迷惑なヤツばっかじゃない。あんた一人いたくらいで、この集団の何が変わるのよ」

パティはリタ姐と呟く。

ユーリ「本当にやるべきことを優先させるためだってなら、引き止めやしないんだけどな」

うちは……とパティはユーリを見る。

レイヴン「パティちゃんいなくなったら、ちょっち寂しいわね」

ウィンクしながらレイヴンは言う。

カロル「もうここまで一緒に来たら、遠慮なんかなしだよ」

エステル「一緒に砂漠も越えたし、たくさん一緒に戦いました」

カロルとエステルは微笑む。

ジュディス「それにその答えはなにもこんな場所で出さなくてもいいんじゃないかしら?」

レナ「そうそう、寂しい答えは置いといてね。あと、パティがいないと船が動かせなくて困っちゃうよ」

おどけるように少女はニコリと笑う。

ユーリ「少し頭冷やしてから考えてみな。それで出た答えなら、好きにしたらいい。それまでは、とりあえず一緒に来ればいいんじゃないか?」

パティはユーリ達に背を向けて、わかったのじゃと小さく頷いた。カロルが、じゃエゴソーの森だねとまとめる。

リタ「不審者を排除して、あの鐘を鳴らせばいいのよね?」

ジュディスはリタの言葉にええと頷く。一行はしばらくしてエゴソーの森に着いた。

 

―エゴソーの森

 

 エゴソーの森は、豊かな自然に恵まれていた。緑が濃く、色とりどりの花が咲き乱れている。渓流には吊り橋がかけられており、ときおりのどかな鳥の声が聞こえてきた。周りをキョロキョロと興味津々に見ている仲間たちに、ジュディスがここがエゴソーの森クリティア族の聖地よと紹介した。

リタ「へぇ、思ってたよりのどかで気持ちのいいとこじゃない」

リタは手を上に上げて伸びをしている。

カロル「わ、意外。暗くてじめじめした研究室が好きなんだとばっかり……」

そんなリタにカロルは少し驚いたように呟いた。

エステル「……何もない時に来てみたかったです」

少し俯く彼女。ユーリが森の中央に高くそびえる岩山に目をやる。そこには黒々と光る巨大な兵装魔導器(ホブローブラスティア)が設置されていた。

ユーリ「……あれだな、謎の集団が持ち込んだ魔導器(ブラスティア)ってのは」

リタは一目見てすぐに兵装魔導器(ホブローブラスティア)だと見抜いていた。

エステル「その謎の集団って何なんです?」

レナ「それは、詳しくは聞けなかったんだよね」

カロル「そう。とにかく、ミョルゾへの行き方教える代わりにそいつらを何とかしろって」

首を傾げたエステルにレナが答えると続きをカロルに促すように視線を投げてカロルが続きを話した。

レイヴン「何とかするってのはあれぶっ壊しゃいいってこと?」

ジュディス「どうなのかしら、それでいいならそうするけど」

リタ「あんたが壊す必要のないよう、あたしがちゃんと処理するわよ」

ジュディス「そう?期待してるわ」

ジュディスはリタにニコリと笑いかけた。まずは魔導器(ブラスティア)を目指して、ユーリ達は歩き出す。一人、何も喋らずにぽつんと立っているパティに気づいたユーリとレナは、船で休んでる?と気にかける。未だ整理がつかないという顔をしているが、パティは行くのじゃと歩き出した。その小さな背中をユーリとレナは心配そうな目で見ていた。

 森の中を進んでいると、止まれ!と鋭い声がユーリ達にかかる。ユーリ達は思わずピタッと止まった。鋭い声の正体は騎士団だった。

騎士団の人「ここは現在、帝国騎士団が作戦行動中である」

騎士団の姿をみて、親衛隊……とレイヴンが低い声で呟く。

レイヴン「ありゃ騎士団長直属のエリート部隊だよ」

ユーリは構わずに前に進み出た。

ユーリ「その騎士団長様の部隊がこんな森に兵装魔導器(ボブローブラスティア)持ち込んで、一体なにしようってんだ?」

騎士団の人「答える必要はない。それに法令により民間人の行動は制限されている」

ユーリ「ふーん、それはいいとしてもその刃、どうしてオレたちに向いてるんだ?」

騎士団の一人が、かかれ!と号令をかける。ユーリは素早く剣を構え、最初に斬りかかってきた騎士を躊躇なく斬り伏せた。仲間たちも一斉に武器を構えて、参戦した。

ユーリ「やれやれ、ついに騎士団とまともにやり合っちまった。腹くくったそばから幸先いいこった」

襲いかかってきた騎士たちを倒し終わると、ユーリはすこし困った表情をした。

エステル「謎の集団って騎士団のことだったんですね……」

カロル「でも、なんでボクたちを襲ってきたのかな?」

ジュディス「知られたら困るようことをここでやっているからでしょ」

レナ「あの魔導器(ブラスティア)のことね」

未だに元気なさげなパティにイライラしだしたリタが声をかける。

リタ「あんた自分でついてくるって言ったんだから、しゃんとしなさいよ」

パティはわかっているのじゃとまだ覇気のない声で言った。その時、キュインーっという甲高い音が響いた。次にエステルの危ない!!という声が仲間たちに聞こえたと同時に、魔導器(ブラスティア)から発せられた砲撃をエステルが受けていた。エアルは瞬時に光となって弾けて消えた。エステルはそのままその場にペタリと座り込む。エステル!!とリタが彼女に駆けつける。ユーリはエステルの前に立った。

レナ(……しまった、油断していた……!)

レナは焦った表情をしてエステルに近寄り、状態を見る。その後ろでカロルが、今何やったの?と驚いていた。

リタ「ヘリオードでやったのと同じ……」

レナ「エステルの力が、エアルを制御して分解した」

リタ「あんたまたそんな無理して……」

エステル「ご、ごめんなさい。みんなが危ないと思ったら、力が勝手に……!」

エステルは立ち上がって肩を上下させながら、言い訳をする。

ジュディス「力が無意識に感情と反応するようになり始めてるんだわ……」

ジュディスはエステルを見ながら、気遣わしげに呟いた。リタは岩山の方を見上げる。

リタ「さっきの攻撃、あれの仕業よね。あたしたちを狙い撃ちしてきた」

ジュディス「ということは撃たれるたびにエステルが力を使ってしまうってことね」

険しい顔をしてジュディスが言えば、エステルはそんな、わたしどうしたら……と俯いてしまった。

ユーリ「おいおい、おまえはオレたちを助けてくれたんだぜ?」

カロル「そうだよ、まともに食らったらイチコロ間違いなかったもん。悪いのは撃ってきた奴らだよ」

ユーリ「エステルのことも、世界のヤバさもオレたちでケジメをつけるって決めただろ。今やってることは全部、そのためだ、細かいことは気にすんな」

二人は落ち込むエステルを励ました。

レイヴン「でも、こんなの何度もやってたらフェロー怒るんじゃないの?魔導器(ブラスティア)だろうとフェローだろうと丸焼きにされんのは勘弁よ」

ユーリ「なに、簡単な話だろ。要するにあの魔導器(ブラスティア)をなんとかすりゃいいってこった」

ジュディスが、そういうことねと頷く。

レナ「もしまた撃ってきたとしても、私が何とかするよ」

カロル「え?何とかって……どうするの?」

目を見開きながらレナをみるカロル。レナはこうするのと、指パッチンをした。カロルが何も変わってないけど?と首を傾げる。一見何も変わってないように見えるが、何度かそれに助けられたことがあるユーリは察したような顔をする。

レナ「見えない壁を張ったの。バルボスの時とか、ダングレストで爆発の衝撃から守った時のアレ」

ユーリはやっぱりなと納得した顔、エステルとカロルは驚いたようにレナを見た。

ジュディス「体に負担がかかるんじゃないの?」

レナ「エステル程じゃないし、これならフェローには怒られないでしょ?」

レイヴンは、なるほどねぇと頷く。ユーリはレナに無理はするなよと気にかけるように言った。わかってるよと少女は微笑む。

リタ「あの魔導器(ブラスティア)使ってる奴ら、ボコってやる」

リタは冷たく光る兵装魔導器(ボブローブラスティア)を睨みつけた。ユーリは、なるべく目立たないように進もうと皆に伝え、歩き出した。その後をみんなも歩いていく。歩き出さないパティを見兼ねてユーリが声をかけ、一歩遅れてパティはユーリの後を歩き出した。

 岩山を目指して登り始めると、騎士団が邪魔をしてくる。魔導器(ブラスティア)から放たれる光弾を、レナの魔術障壁が皆にあたるのを防ぐ。

レナ(……意外とキツイなぁ、あと何発だっけ)

少女は、魔術障壁を維持しながらの戦闘に、額に汗を滲ませる。やっと、魔導器(ブラスティア)の近くまで来たところでまた、騎士団の邪魔が入りユーリがウザったそうに邪魔なんだよ!!と叫んだ。すべて、容赦なく倒していくと、リタが魔導器(ブラスティア)の元へ走り、調べ始めた。

ユーリ「さてと、これで撃たれる心配はなったな」

騎士団が来ないか見張りに立つユーリが言う。レナは荒くなる呼吸を抑えるように深呼吸して、一度魔術障壁を解く。

レナ(……確か、この後二発、くるっ)

レナ「!……ケホッケホッ……っ」

急にせり上がってきた何かに少女は思わず口に手を当て咳をする。咳が落ち着いて、口に当てた手を見て少女は目を見開いてすぐに隠すように握り、服の袖で口についているであろう液体を拭う。口の中は鉄の味だ。

レナ(……どうして、血が……)

その間にジュディスが帝国の技師を木から振り落とし、リタが脅して魔導器(ブラスティア)の暗号の解読をさせていた。ラピードがなにかに気づき、ユーリが舌打ちをする。別の箇所からの攻撃が来たのだ。ユーリが走り出したのと同時に少女も駆けだす。エステルが何です?と振り返り、きゃっ!!と悲鳴をあげたと同時に少女は素早く、両手を光弾の方向に出し魔術障壁を構築する。パリンっ!と軽いガラスが割れたような音と共に光弾に当たった魔術障壁が崩れた。レナはゴホッと小さく咳をして膝をつく。自分が庇う気でいたユーリが血相を変えて地面に倒れそうになる彼女を支えた。上でカロルがレナっ!と叫んでいる。

ユーリ「!?おいっ、レナ、大丈夫か……!?」

レナ「……っ、なんて顔してるの?へーき、だよ」

今度は吐血こそしなかったものの少女の顔色は悪い。心配をかけまいと笑う彼女に、ユーリは悔しそうな顔をした。

ユーリ「平気なわけがあるかっ!んな、顔色悪くさせといて……」

ユーリは有無言わさずレナを抱えるとみんなの元に戻る。エステルが急いでレナに駆け寄った。

エステル「レナ……やっぱり負担が……!?」

レイヴン「……無茶する子だねぇ」

ジュディス「力の使いすぎで、体が弱ってきてるんだわ……」

ユーリ「……少し休め」

三人は気にかけるように言って、ユーリに至ってはまるで自分に痛みがあるかのように眉をひそめた。ユーリに降ろしてと伝えて支えられながら立ったレナは仲間の顔を見て苦笑いする。

レナ「心配しすぎだよ……へーきだってば」

エステル「ごめんなさい……わたしのせいで……」

エステルは申し訳なさそうに俯く。そんな彼女にレナは謝らないでとエステルの手を取り撫でる。エステルはでも……と浮かない顔をしたままだ。

ジュディス「エステル、ここはありがとう、じゃないかしら?」

エステルは、ハッとしたように、ありがとうございますとレナに頭を下げる。

ユーリ「あっちの魔導器(ブラスティア)の方もなんとかしねぇとな」

みんなが頷き、リタが技師に声をかけた瞬間、パティが押し飛ばされ技師が逃げる。ふきゃん!と声を上げてパティは尻もちを着いた。技師はそのまま三メートル下の岩道に飛び降り、下へと走り出した。

レイヴン「逃げ足のはえぇ……早く捕まえましょ」

追いかける気満々のレイヴン達をエステルが待ってください、パティがと声をかける。

パティ「リタ姐……すまないのじゃ……逃がしてしまったのじゃ……」

声を震わせ今にも泣きそうな彼女に、リタは安心させるように言った。

リタ「……いいわ、ここはあたしがなんとかするから」

カロル「え……でも簡単じゃないって……」

リタ「騎士団さえいなくなりゃ、そんなに慌てる必要もないでしょ。それに、あたしを誰だと思ってんの?天才魔導士リタ・モルディオ様よ?魔導器(ブラスティア)相手なら死ぬ気でやるわよ」

宣言するとリタは魔導器の方に近づき、操作し始める。エステルが何してるんです?と質問すると、使えないように細工をしてるのとリタは答えた。ごめんねと魔導器(ブラスティア)に声をかけるとリタは操作を終えた。

レイヴン「命を賭けるものがある若人(わこうど)は輝いてるね〜」

相変わらず軽口を叩く彼に、ユーリは言う。

ユーリ「一度死にかけた身としては、死ぬ気でってのはシャレにならねぇか」

レイヴン「ん?死にかけたって?」

ユーリ「人魔戦争の時、死にかけたって言ってたろ?」

レイヴンは思い出したかのように、ああその話したっけかと顎を触った。

レイヴン「……まぁ……死ぬ気でがんばるのは、生きてるやつの特権だわな。死人にゃ信念も覚悟も……」

最後の一文には苛立ちが含まれたような声で呟いたレイヴンにユーリはおっさん?と不思議そうにした。レイヴンはあーいやいやと誤魔化すように声を出す。

レイヴン「おっさん、ちょっと昔を思い出しておセンチになっちゃった。ささ、いこいこ」

茶化すようにレイヴンは続けると歩き出す。ユーリはパティを見て、行けそうか?と声をかける。高い位置に居たパティは立ち上がってユーリを見下ろすと、こくりと頷いた。

 先を進むユーリ達の前にまたもや魔導器(ブラスティア)から放たれる光弾が立ちはだかる。気づいたエステルが伏せてください!と皆に声をかけた。少女は変わらず顔色が悪いが、気にせず皆の前に立ち両手を前に突き出し、グッと力を込め魔術障壁を作る。幸いにも、ちょうど岩陰がありそこに身を隠せた為、魔術障壁にもユーリ達にも当たることは無かった。少女は、はぁはぁと肩で息をする。ユーリがみなの無事を確認した。辛そうにしているレイヴンとレナ以外はピンピンしている。

ユーリ「レナ、ここで休んでるか?おっさんも、ここでリタイアするか?後はオレたちで行くから」

レナ「っはぁ、はぁ。……大丈夫、行ける」

呼吸を落ち着かせた少女は、力強くそう言った。

レイヴン「ここで置いていかれたら、俺様行くとこ、なくなっちまう」

レイヴンは立ち上がって答えた。

カロル「ユーリだって本気で置いていくわけないじゃん。それに行くとこないって、天を射る矢(アルトスク)があるじゃない」

レイヴン「んー?まぁあれはねぇ、なんというか、ちょっとそういうのと違うのよ」

レナ(……あくまで潜入先、だから、かな)

カロルはそうなの?と首を傾げ、ユーリはふーんと呟く。

リタ「レナとおっさんが大丈夫なら次、装填して攻撃しかけてくる前にあの魔導器(ブラスティア)の前までいっちゃお」

レイヴン「あいあい〜。了解〜」

レナ「わかった」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

伝承

 もう一方の魔導器(ブラスティア)の前まで来たユーリ達は様子を伺う。ジジジ―と魔導器(ブラスティア)から音が出ていた。

カロル「あの魔導器(ブラスティア)、なんか変な音してるよ」

リタ「エアルを充填してんのよ。あともう少しは大丈夫。撃ってこられないわ」

レイヴン「さっさと足元にもぐりこめば、敵さんも手の出しようないみたいね」

上空を見上げたジュディスは走ってくる騎士団に気づく。

ジュディス「そうも言ってられないんじゃなくて?」

カロルが、親衛隊だ!と声を上げた。別方向からも親衛隊が近づいてきており、エステルがそれを伝える。リタが焦ったように、挟み撃ち!?と構えた。

ユーリ「こりゃ、踏ん張っていかねぇとな」

襲いかかる親衛隊をユーリ達は二手に分かれてなぎ倒していく。程なくして、ユーリが全員片付けたか?と確認をとったと同時にパティに襲いかかる親衛隊に気づいたユーリとレナは瞬時に振り返る。レナが瞬発力の優れた魔弾を放ち、ユーリは蒼破刃を放った。パティは目の前に倒れる親衛隊に目を丸くさせていた。

ユーリ「ぼうっとしてんなよ」

レナ「……怪我は、ない?」

パティ「ユーリ、レナ、すまないのじゃ……」

レイヴン「やっぱパティちゃん、船で休んでた方がよかったんじゃない?」

パティ「……じゃの。これしきの戦いでこんなふうに足を引っ張るくらいならやっぱり……」

とパティは俯く。そんなパティにリタが腕を組んで苛立ちを抑えるように言った。

リタ「ここまで来て、ぐじぐじ悩んでんじゃないわよ。もうとっくに仲間なんだから、気にすんなって言ったでしょ」

カロルが仲間って……と驚いたようにリタを見てつぶやき、ジュディスが珍しいことを言うわねとニコリと微笑む。

リタ「う、うるさい!ほら、早くあの兵装魔導器(ホブローブラスティア)、止めに行くわよ」

恥ずかしくなった彼女は照れを隠すように叫んだ。ジュディスは、はいはいと流し、そういうことみたいよ?とパティを見た。先を歩き出すリタに皆がその後を着いていく。立ち止まったままのパティにカロルが置いていっちゃうよ!と声をかけた。リタの言葉で立ち直ったパティは、俯かせてばかりだった顔を上げて、一緒に行くのじゃ!と今度は覇気のある声で言った。

 更に岩山を登っていくとまた親衛隊に邪魔をされるが、ささっと片付け、リタが先陣を切って魔導器(ブラスティア)へ走る。操作盤を出し調べているリタに、ユーリはどうだ?と聞いた。操作盤とにらめっこしているリタは、こっちにも術式暗号がかかってるわと伝えた。解けそうか?と問うユーリに、リタは当たり前でしょ?という顔をして、死ぬ気でやるって言ったでしょと返した。

リタ「こうなったらもう、ミョルゾに行く条件とか関係ないわ。騎士団の手にこの子をそのまま残すなんて絶対できないんだから」

操作盤を叩きながら解読を進めていくリタ。カロルがそっちは任せたよ!と言うと、どこかへ走り出す。

ジュディス「あら、どこ行くの?カロル」

カロル「さっきみたいにまた親衛隊が来るといけないから、下で見張ってる!」

ジュディス「じゃあ、私もお手伝いさせてもらうわ」

カロルはこくんと頷いて走り出し、ジュディスがその後を歩く。うちも行くとパティが二人の後を追いかけた。パティの様子に、エステルはほっとしたような表情をした。

エステル「パティ、元気取り戻したみたいですね」

レイヴンはだといいんだけどねぇと相槌を打つ。

レイヴン「……にしても、みんななんか妙にやる気でコワいわ」

エステルは隣に立っているレイヴンの方を向く。

エステル「……ユーリの影響ですよ」

エステルはそう言って今度はユーリを見た。

ユーリ「とりあえずオレたちはこっちで待機だな」

レイヴン「……当の本人はいたってクールなんだが」

ユーリは不思議そうにしていた。エステルはレイヴンの言葉にですねと頷く。しばらく時間がかかるであろう作業にリタの周りに邪魔が入らないように、ユーリとレイヴン、ラピード、エステル、レナが見張っていた。レナの体力が少し回復し顔色も良くなり数十分経った頃、レイヴンがそう簡単には解けませんってか?と軽口を叩く。

ユーリ「親衛隊つったか?結局、連中、この魔導器(ブラスティア)でなにをするつもり……」

だったんだ?と続けようとしたユーリが下でジュディスが親衛隊を薙ぎ払っているのに気づく。カロルは急いでこちらに走ってくると、騎士団もどってきた!とユーリ達に報告する。ジュディスとパティもユーリ達に合流し、騎士団達を退ける。騎士団を倒した後、ふと後ろを振り返るとリタが魔術を詠唱していた。エステルが驚いて、リタ!何を!と声をかける。

リタ「もうこいつ壊して……!そいつらぶっ倒す!」

魔導器(ブラスティア)を壊す事を嫌う彼女が言ったことに、エステルはそんなどうして!と悲痛な声を上げた。

リタ「もうそんな時間かけてられないでしょ!だってこのままじゃあんたらが……」

辛そうに言うリタにエステルはリタ……としか言えない。

ジュディス「私たちが倒される、そう言いたいの?あなたは私を、私たちを信用できないの?死ぬ気でやるんでしょ?」

ジュディスは心外だわという声で敵を槍でなぎ払いながら言う。

エステル「わたしたち、負けませんから。リタ、その魔導器(ブラスティア)を助けてあげてください」

レナ「そうそう。こっちは大丈夫だから、そっちに集中して!」

パティ「ああ、がんばるのじゃ!ここはうちらで絶対守る!だから!がんばれ!!」

リタはあんたたち……と呟いて、詠唱していた手を止めた。そして下で戦っているジュディス達に向かって叫ぶ。

リタ「……わかったわよ!死ぬ気でやってやるわよ。その代わり、あんたらも死ぬ気でやんなさいよ!」

レナはその言葉にニヤリと笑う。

レイヴン「はぁ……やれやれ、んじゃま……死ぬ気でやりますか」

やる気を出すように言うレイヴンに、ユーリが輝いてる若人(わこうど)の仲間入りか?と茶化した。みたいねとレイヴンは肯定して、敵に向かって矢を射る。十何人と倒していく中、リタの止まったわっ!という声が仲間たちの耳に届く。さすが、リタ!とカロルは上にいるリタを見上げる。

レイヴン「あらら……やったじゃない」

レイヴンも嬉しそうに見上げる。カロルが下に目を向けると、騎士団が引き上げていくのを確認した。

ジュディス「魔導器(ブラスティア)が止まったから?なんだったのかしら、彼らの目的は」

ジュディスは不思議そうに首を傾げた。

ユーリ「まぁいいさ、とにかくこれでトートとの約束は果たした。ジュディ、頼む」

ジュディスはええと頷いた。ジュディスは鐘を取り出し、青い空に向かって、二度、三度と鳴らす。その音色は不思議なくらい澄みきっており、雲の向こうまで届くんじゃないかと思わせるほど響き渡った。空でなにか光ったかと思えば、巨大なクラゲのような生物が浮かび上がる。カロルはあ、あ、あ、と空を見上げてぽかんとしていた。よく見てみると、巨大なクラゲのような生物の中に街が飲み込まれている。

ユーリ「なんだ、ありゃ……!!」

ユーリも、仲間たちと共にただ呆然とそれを見上げた。

レナ(実際に見てみると、驚いてしまうものね……)

少女も目を見開いて、仲間と同じように動けないでいた。

ジュディス「扉が開いた……あれがミョルゾ。クリティア族の故郷よ」

冷静なのはジュディスだけだった。

ジュディス「あまり長いこと扉を開けておいてはもらえないみたい、急ぎましょ」

バウル!と空を見上げて、ジュディスは相棒を呼ぶ。咆哮を上げてバウルは姿を現すと、ユーリ達は吊るされているフィエルティア号に乗り込んだ。

レイヴン「まさか飛んでる街とはねぇ」

レイヴンはフィエルティア号の甲板で顎を撫でる。

リタ「それ以前に、あのばかでかいのはなに!?生物みたいだけど……」

パティ「フワフワクラゲさんじゃ……」

レナ(フワフワクラゲ……ね〜、かわいい)

少女は心のなかでパティの言葉に癒されながらニコニコとしている。

ジュディス「あれも始祖の隷長(エンテレケイア)だそうよ。話をしたことはないけど」

ユーリ「始祖の隷長(エンテレケイア)!?それがなんで街を丸ごと飲み込んでんだ?」

さぁ、そこまでは知らないわとジュディスは返した。

エステル「こんな街があるなんて、まったく知りませんでした」

改めてミョルゾを見てエステルはつぶやく。

ジュディス「気が遠くなるほど長い間、外界との接触を断ってきた街だからね、ミョルゾは」

カロル「このまま近付いても襲ってきたりしないよね」

不安そうに聞いたカロルにジュディスはニコリと笑った。

ジュディス「大丈夫。バウルがいれば、中に入れてくれるはずよ」

そのままバウルは進み、クラゲの笠の部分から侵入すると、街に着地した。フィエルティア号から降り立ったユーリ達は、不思議な光景にしばし見とれる。

 

―クリティア族の街 ミョルゾ

 

カロル「なんか、不思議な景色だよね」

リタ「ちょっと、あれ……!」

急にリタが指さしたと思えば、クリティア族の人達がこちらに近付いてきていた。クリティア族がたくさんとエステルは驚いている。物珍しいのかユーリ達を囲むようにクリティア族達は立った。その様子に、カロルは歓迎されてない?と不安そうにする。

クリティア族の男性「こりゃ驚いた。本当に外から人がやってきたぞ!」

クリティア族の女性「あら、まぁまぁ。ミョルゾを呼んだのはあなたたち?」

クリティア族の老人「おやおや?これはまた妙な感じだ。変わった飾りを着けてるね」

マイペースに口々に言ってくるクリティア族達に、リタは戸惑いを隠せない。

リタ「ちょっとあんたら、いい加減にしなさいよ」

クリティア族の女性「あなたたちみたいな小さな子がどうやってここに来たの?」

リタはパティに向かって、あんた言われてるわよと肘でつつく。あぅ……?とパティは首を傾げた。リタっちもでしょとレイヴンはつっこんだ。

レナ(……すっごいゆったりとした人達だよねぇ)

どこかジュディスと似たような雰囲気だと少女は様子を見ていた。

クリティア族の男性「この魔物ってひょっとして、始祖の隷長(エンテレケイア)かい?」

ジュディスは近付いて、バウルよ、忘れてしまったの?と声をかける。

クリティア族の娘「あら、あなた、何年か前に地上に降りた……」

クリティア族の女性「……確か、名前はジュディス、そうジュディスよ。何かすることがあったのよね、それで……」

ジュディスは頷きながら街の奥の方へ目をやる。

ジュディス「もういいかしら?長老さまに会いたいのだけれど」

クリティア族の男性「そりゃもちろん好きにするといい」

彼らはずっと微笑みを絶やさないまま頷く。また散歩してるかもしれないけどねぇと囁き、クリティア族達はリタ達から離れ街の方へと入っていった。

レイヴン「なんか、おかしな連中だな」

リタ「ああいうのは失礼って言うのよ」

リタが言うんだとカロルが呟く。リタがカロルの頭を叩き、叩かれると知っていたカロルは間一髪でしゃがんで避けた。

ジュディス「基本的にクリティア族ってああいう人たちなの」

ああいう、人?とエステルが首を傾げる。

ジュディス「明るくて物怖じしない。楽天的で楽観的。よくも悪くも、ね」

ジュディスはそう言って微笑む。

パティ「……地上に住んでるクリティアもあんな感じじゃ」

腕を組んでパティはうんうんと頷く。

レイヴン「人間と一緒に住んでるぶん、地上のクリティア族の方が、少しすれてるって感じかね」

ユーリ「で、長老ってのもそんな感じなのか?」

ジュディス「なんて言うか……まさにおかしな人の長老って感じかしら?」

レイヴン「なんか凄い人っぽいね……色んな意味で……」

口をへの字にしてレイヴンは言った。

ユーリ「会ってみてのお楽しみだな」

 広場に出ると皆足を止めた。

パティ「こんなところに街があるなんて驚きなのじゃ」

レナ「……そうだね」

二人はキョロキョロとする。

リタ「あたしの知らない魔導器(ブラスティア)がたくさんある……」

無造作に積み上げられた魔導器(ブラスティア)を見てリタは呆然とする。

ユーリ「魔導器(ブラスティア)を作った民……どうやら本当ってことか」

リタは頷く。

リタ「……そうね、こんな魔導器(ブラスティア)を見せられれば、その話も信じられるわ」

レイヴン「お嬢ちゃんの力を何とかする方法、ここで案外、さらっと見つかったりして」

レナはその言葉に目を伏せ、ぐっと手に力を入れる。

レナ(残念ながら、ここで知れるのは、残酷なことよ)

エステル「そう……だったら、いいんですが……」

レナは痛む胸に気付かないふりをした。カロルが積み上げられた魔導器(ブラスティア)を覗き込む。

カロル「……動いてないね」

リタ「魔核(コア)がない。筐体(コンテナ)だけだわ」

ジュディス「この街は魔導器(ブラスティア)を捨てたの。ここにあるのはみんな大昔のガラクタよ」

どういうこと?とカロルが聞く。それがワシらの選んだ生き方だからじゃよと、ふいに後ろから老人の声が聞こえた。振り向くと、すらりと背の高い老人が立っていた。

ジュディス「お久しぶりね。長老さま」

長老「外が騒がしいと思えば、おぬしだったのか。戻ったんじゃの」

ジュディス「この子たちは、私と一緒に旅をしている人たち」

ジュディスはユーリ達のことを長老に紹介する。長老はふむと頷くと、ジュディスの隣に立っていたユーリの手首にある魔導器(ブラスティア)に目を向けた。

長老「これは……魔導器(ブラスティア)ですな。もしや使ってなさる?」

ユーリはああと頷き、武醒魔導器(ボーディブラスティア)を使ってると答える。

長老「ふーむ。ワシらと同様、地上の者ももう魔導器(ブラスティア)は使うのをやめたのかと思うていたが……」

エステル「ここの魔導器(ブラスティア)も特別な術式だから使ってないんです?」

エステルがそう訪ねると、長老は笑って答えた。

長老「魔導器(ブラスティア)に特別も何もないじゃろ。そもそも魔導器(ブラスティア)とは聖核(アパティア)を砕きその欠片に術式を施して魔核(コア)とし、エアルを取り込むことにより……」

リタ「ちょっ!魔核(コア)聖核(アパティア)を砕いたものって?!」

長老の話をリタが遮る。

長老「左様、そう言われておる。聖核(アパティア)の力はそのままでは強すぎたそうな。それでなくても、いかなる宝石よりも貴重な石じゃ。だから砕き術式を刻むことで力を抑え、同時に数を増やしたんじゃな。魔核(コア)とはそうして作られたものと伝えられておる」

衝撃的な事実に皆、黙るしか無かった。皮肉な話だなとユーリは溜息をつきながら呟く。

カロル「うん……魔導器(ブラスティア)を嫌う始祖の隷長(エンテレケイア)の生み出す聖核(アパティア)が、魔導器(ブラスティア)を作り出すのに必要だなんて……」

レイヴン「フェローが聖核(アパティア)の話をしなかったのは触れたくなかったから……かもねぇ」

ジュディス「長老さま。もっと色々聞かせてもらいたいの」

ジュディスは長老にお願いする。

ユーリ「オレたちは魔導器(ブラスティア)が大昔にどんな役割を演じたか調べているんだ。もしそれが災いを呼んだのなら、どうやってそれを収めたのかも。ミョルゾには伝承が残ってるんだろ?それを教えてくれないか」

長老は二つ返事で許可した。

長老「ここよりワシの家にうってつけのものがある。勝手に入って持ってなされ」

そう言って長老はどこかに歩き出す。思わずレイヴンがおいおいどこに行くのよとつっこみをいれながら止める。

長老「日課の散歩の途中なのでな。もう少ししたら戻るわい」

レナ(……ほんと、マイペース、だねぇ)

レナは遠くなっていく長老の背中を見つめる。

ユーリ「聖核(アパティア)魔導器(ブラスティア)、エアルの乱れ、始祖の隷長(エンテレケイア)……色々繋がって来やがった」

リタ「伝承ってのを聞いたらもっと色々繋がってくるかも」

ジュディス「長老さまの家は屋根の色が違うあの大きな建物よ」

ジュディスがそう言って指さした先に、確かにほかの建物とは色の違うオレンジの屋根の建物があった。ユーリ達は長老の家の中へと入った。

 人の家に勝手に入って待つということに、エステルはソワソワしながら、本当に入ってよかったんでしょうか?と呟く。

リタ「本人が入って待ってろって言ったんだから良いでしょ」

椅子に座った彼女は言う。

カロル「やっぱりクリティアの人ってなんか変わってるよね」

レイヴン「のほほんとしているというか……」

レナ「マイペースな人たちだよねぇ」

三人のつぶやきに、ジュディスはおかしな人たちでしょう?とにこやかに言った。

カロル「ジュディスも何となく似てるけどね」

ジュディス「おかしいわね。随分違うと思うのだけれど」

カロル「パティもノリが合いそうだね」

パティ「それじゃあ、ここに住むのもいいかもの……」

なんてくだらない話をしていると、長老がただいまと言って帰ってきた。エステルはおかえりなさいと微笑む。

長老「待たせたの。それじゃ、その奥へ行くと良い」

長老にすすめられてユーリ達は奥に行く。そこには何も書かれていない無地の壁だけで、ユーリやほかの仲間たちは不思議そうにした。

長老「これこそがミョルゾに伝わる伝承を表すものなのじゃよ」

レイヴンがでも、と口を開き、ただの壁だぜ?と言う。

長老「ジュディスよ、ナギーグで壁に触れながら、こう唱えるのじゃ。……霧のまにまに浮かぶ夢の都、それが現実の続き」

長老に促されたジュディスは、壁の前に立ち復唱する。

ジュディス「霧のまにまに浮かぶ夢の都、それが現実の続き……?」

すると驚いたことに、さっきまで無地だった壁一面に、絵が浮かびあがった。これは……とリタは息を飲む。ほー、ナギーグってのはこんなこともできんのねとレイヴンが感心したように呟く。

長老「ナギーグを知ってなさるか。この力と口伝の秘文により、この壁画は真の姿を表すのじゃ」

な、なんな不気味な絵だね……とカロルは壁画を見上げて言う。壁画に描かれているのは、巨大な化け物のようなものと、そのまわりに何かが渦巻いている何かだった。その端に、文字のようなものが並んでいるが、まるで読めない。ジュディスは読み上げ始めた。

ジュディス「クリティアこそ知恵の民なり大いなるゲライオスの礎、古の世の賢人(さかびと)なり。されど賢明なる知恵は禍なるかな。我らが手になる魔導器(ブラスティア)、天地に恵みをもたらすも星の血なりしエアルを穢したり。そこに異界から使者、その名を異空の子が現れ一時の間エアルの穢れを抑えたり」

エステル「やっぱりリタ言ったとおりエアルの乱れは過去にも起きていたんですね。そして、その時も異空の子がいた」

エステルは壁画を見つめながら言った。

レナ(私みたいな人が昔にもいたんだ)

ユーリ「こいつがエアルの乱れを表してるのか」

カロル「世界を食べようとしてるみたい……」

ユーリとカロルは思い思いの感想をつぶやく。んむと長老は頷く。

長老「異空の子が来た最初は落ち着き始めていたがすぐに大量のエアルが世界全体を飲み込むかのようだったという」

ジュディスは続きを読み始める。

ジュディス「エアルの穢れ、嵩じて大いなる災いを招き。我ら怖れもてこれを星喰みと名付けたり……」

星喰み……とエステルは囁く。

ジュディス「ここに世のことごとく一丸となりて星喰み、忌まわしき力を消さんとす」

リタ「ねぇひょっとしてこれ、始祖の隷長(エンテレケイア)を表してるのかな?」

リタが、巨大な化け物と対峙している小さな動物らしきものを指さした。

レイヴン「魔物みたいなのが人と一緒に化け物に挑んでるように見えるねぇ」

レイヴンは顎を撫でながら言う。

長老「結果、古代ゲライオス文明は滅んでしまったが、星喰みは鎮められたようじゃの。その点はワシらがこうしていきていることからも明らかじゃな」

リタ「ようするにこの絵はその星喰みを鎮めてる図ってこと?」

リタは長老を見て納得したような顔をする。パティがこれは何じゃ?と指でさし首を傾げる。大きな輪っかみたいね、何これ?とリタもパティと同様に首を傾げた。長老はさぁの何じゃろうのと答えたことから、長老も知らないらしい。

カロル「最後、なんて書いてあるの?」

カロルはジュディスに続きを促した。ジュディスは文字を見つめたまま口を動かさない。不思議に思ったユーリが、ジュディ?と声をかける。ジュディスは、ハッとしたように最後に当たる部分を読む。

ジュディス「……異空の子の祈り虚しく、世の祈りを受け満月の子らは命燃え果つ。星喰み虚空へと消え去れり」

なんだと?とユーリは片眉を上げて、聞き返す。ジュディスは何も言わない。

レナ(異空の子の祈り虚しく……?つまり、過去の異空の子も、私と同様に未来を知っていた?)

エステル「世の祈りを受け……満月の子らは命燃え果つ……」

レナの隣でそう呟く彼女の顔色は青く、震えているようだった。少女はそれに気づいて、心配そうにエステルを見る。

ジュディス「かくて世は永らえたり。異空の子は新月の子と名を改め、命果てるまでその身を世に捧げる。されど我らは罪を忘れず、ここに世々語り継がん……アスール、240」

どういうこと!とリタは長老に向かって叫ぶ。

長老「個々の言葉の全部が全部、何を意味しているのかまでは伝わっておらんのじゃ。とにかく魔導器(ブラスティア)を生み出し、ひとつの文明の滅びを導く事となった我らの祖先は魔導器(ブラスティア)を捨て、外界と関わりを断つ道を選んだとされておる」

そこでエステルが部屋を飛び出した。カロルが慌ててエステルを追いかけようとする。だが、ユーリが今はほっといてやれと制した。長老は、話し出す。

長老「そして、新月の子じゃについてじゃが、先を見通す力を持っておりその後も世界を支えたとされておるが、その事実を話すことは無かったらしい」

ユーリは思いたるようにレナを見ていた。レナは、詳しく聞かせて貰えませんか?と長老にお願いする。長老は頷き、話し出した。

長老「知っている事実は、人に伝えることを許されず、絶対に変えられぬことを悟ったからと言われておる。もし変えようと動くならば、命を落とすと」

レナは目を見開く。長老は気づかずに続ける。

長老「あと、新月の子は、力を行使するのに命を削るが故に、短命とされておる。ミョルゾに伝わる伝承はこれですべてじゃ」

リタとジュディス以外が、その言葉に驚いてレナを見た。

レナ「長老さん、教えてくれてありがとうございます」

当の本人は冷静で、長老に頭を下げている。長老はふむと頷き、別の話をしようとするが、ジュディスが結構よと断る。

ジュディス「どこか休めるところを借りてもいいかしら?仲間が落ち着くまでしばらくお世話なりたいのだけれど」

長老「む、ならば隣の家を使うと良い。今は誰も使っておらんでの」

ジュディス「助かるわ。行きましょ」

ユーリ達は長老の家を後にした。隣の家に入る。

カロル「世界の災い、星喰みかぁ」

椅子に座ったカロルがため息混じりに呟く。

ユーリ「あの伝承からだと前に星喰みが起きたのは、満月の子の力が原因とは言い切れないもんだった」

ユーリは壁画のことを思い出すように言う。

レイヴン「けどよ。世の祈りを受け満月の子らは命燃え果つってのは……」

ジュディス「星喰みの原因の満月の子の命を絶ったことで危機を回避したとも取れるわ」

冷静に答えたジュディスに、みんなは沈黙する。

カロル「で、でもさ、ボクたちが確実に原因になってるヘルメス式魔導器(ブラスティア)を止めれば良いんだよね……?」

レナ「ヘルメス式だけじゃないよ。伝承から読み取るに、すべての魔導器(ブラスティア)がエアルを乱してると解釈できるから」

ユーリ「どうなんだ、リタ?」

リタは顔を腕の中に埋めて、じっと考えたあと話し出す。

リタ「長老、魔導器(ブラスティア)に普通も特殊もないって言ってた。つまり違うのは術式によって扱うエアルの量の大小のみって事だと思う」

ユーリ「オレたちが使ってるこいつもか?」

ユーリの武醒魔導器(ボーディブラスティア)をちらりと見て、リタは頷いた。

リタ「武醒魔導器(ボーディブラスティア)は特殊だけど、術式によってエアルを用いる以上、どの魔導器(ブラスティア)も同じよ……それに術技はどのみちエアルを必要とするもの。多分、ヘルメス式も満月の子も本質的には危険の一部でしかない。魔導器(ブラスティア)の数が増え続ければ遅かれ早かれ星喰みが起こる。始祖の隷長(エンテレケイア)はそれを怖れてるんだわ」

リタの説明を聞いて、やっぱそうかとユーリは頷いた。

リタ「認めたくなかった……!悪いのは魔導器(ブラスティア)じゃない、悪いことに使ってるヤツが悪いんだって。そう信じてた……でも……違った……」

リタは苦しげに言った。

カロル「じゃあ全部の魔導器(ブラスティア)を止めなきゃダメなの?このミョルゾの人たちみたいに?」

カロルはリタの方を向いて聞く。

パティ「それじゃ、魔導器(ブラスティア)を全部、捨てればいいのじゃ、船もオールで漕げ、なのじゃ」

レイヴン「そりゃ無理な話だ。魔導器(ブラスティア)はもう俺たちの生活には無くてはならないものだぜ。結界魔導器(シルトブラスティア)水道魔導器(アクエブラスティア)とか……もちろん武醒魔導器(ボーディブラスティア)も、な」

レイヴンは冷静にパティの言葉を否定する。レイヴンの話に、ユーリもたしかにな……と頷く。パティは無理なのかのぉ……と俯いてしまった。

ユーリ「実際、こいつがないと、すげぇ化け物とかの相手は無理かもしれない」

腕に着けている武醒魔導器(ボーディブラスティア)を見て言うユーリに、カロルはそうだよねと呟いた。

ジュディス「魔導器(ブラスティア)を使ってもエアルが消費しなければ良いのだけど……夢物語なのかしらね」

リタはジュディスの言った事に、ハッと腕の中に埋めていた顔を上げ、リゾマータの公式……と言った。ユーリがなんだそれ?と首を傾げる。

リタ「あらゆるものはエアルの昇華、還元、構築、分解により成り立ってるんだけど、そのエアルの仕組み自体に自由に干渉することが可能になるはずの未知の理論が予想されてるの。それを確立させるために世界中の魔導士が追い求めている現代魔導学の最終到達点よ」

カロル「それがリゾマータの公式?」

カロルは、わかったような分からないような顔をした。リタは首を縦に振る。

レナ(……なんだか、私の世界で言う原子、化学みたいなものかな)

リタ「確立されれば、エアルの制御は今よりずっと容易になるはず、もちろんエアルから変換された力をまたエアルとして再構築するような未知の術式が必要だけど……でも現にエステルの力はエアルに直接干渉してる。リゾマータの公式に一番近い存在なのはエステルなのよ。公式でエステルの力に干渉して相殺すればあるいは……」

ユーリ「なんだかよくわかんねぇが、その公式ってのにたどり着けばエステルは安心して生きてけるってことだな?」

ジュディス「増えすぎたエアルも制御できれば星喰みを招くことも無くなる理屈ね」

ジュディスはリタの話を簡単にまとめる。何となく理解したカロルがすごいよ!と興奮する。パティは、眉に皺を寄せながら難しいけどすごそうなのじゃと言った。

レイヴン「で、その世界中の学者どもが見つけられない公式ってのを探すっての?それこそ夢物語でしょ」

皮肉な笑いを浮かべて、レイヴンはユーリ達を見た。

リタ「絶対たどり着いてみせるわ。エステルのためにもあたしのためにも!」

カロルが、ならレナも何かわかるんじゃない?とレナを見る。

レナ「……しってても、言えないよ」

少女は苦笑いした。カロルは、あっと気まずそうにする。そう、言えないのだ、先のことなど。知っていたとしても、長老が言った通り、明かすことは許されない。

レイヴンはそうかい……とリタに返すと部屋を出ていこうとする。カロルが、どこいくのレイヴン?と聞く。

レイヴン「散歩よ。世界を救うとか、魔導学の最終到達点とか話が壮大すぎて、おっさん、ちっとついてけないわ」

そう言ってそのままレイヴンは部屋を出ていった。

レナ「私も、ちょっと外の空気吸いたい」

少女はレイヴンの後を追いかけるように部屋を出た。カロルはレナも?と悲しげな顔をしていた。ユーリや他のみんなは何も言わずにその背中を見送った。

 レナはレイヴンに気づかれないよう慎重に後を着いていく。やがて、下の海を見つめるエステルとレイヴンが合流した。そっと物陰に隠れながら様子を伺う。更に移動する二人の後を追いかける。古い魔導器(ブラスティア)が置いてある場所、その一角にエステルはレイヴンに連れられていく、最終的に着いたのは歪な揺りかごのような物体。物語を知っている少女だからこそ、それが転送魔導器(キネスブラスティア)であることを知っていた。レナはわざとブーツの音を立てて、二人の前に姿を現した。誰だ!とレイヴンは振り返る。遅れてエステルも振り返った。

レナ「そんな怖い顔、しないでよ。烏さん」

ニコリと微笑んで言えば、エステルはホッとしたように肩の力を抜き、烏さんと呼ばれた彼は、感情が読み取れない表情をしていた。

レイヴン「……なんだ、レナちゃんか」

その声は低い。

レイヴン「やっぱり、先を知っているから、来たのか?」

レイヴンの口調が少し変わる。レナは、黙ったままで、それはレイヴンの言葉を肯定していた。レイヴンが今からすることをレナは全て知っているのだ。よく分からない状況にエステルは戸惑いの表情を浮かべている。

レイヴン「肯定、ね。……残念だけど」

レイヴンはそう言って、結晶体を取り出すと魔導器(ブラスティア)に近づけようとする。レナは風のように移動しレイヴンの前に立ち、結晶体……聖核(アパティア)を持つ腕を掴んだ。エステルもレイヴンも驚いた顔でレナを見る。レイヴンはそのままの状態でも魔導器(ブラスティア)を起動させようとした、しかし不発に終わった。レナが、力を使って発動を止めたのだ。ヘリオードの時と同じ、淡い赤色の光を纏った少女。ひとつ違うのは、膝をつきゴホリと咳をして、赤い液体が口から出ていることだけ。今の行動で、生命力を二回大きく使った上に、エゴソーの森での負担もまだ残っていたためその血は必然的だった。レイヴンの表情が分かりやすく少し苦しそうに変わる。エステルは、レナっ!と気にかけるような表情で青い顔をしていた。未来を変えることは難しく厳しい。レイヴンはレナの手を軽く振り払い、再び魔導器(ブラスティア)を発動させた。

レイヴン「……っごめんな」

光がレイヴンとエステル、レナを包み込み、レイヴンの悲しげで苦しそうな声が微かに彼女達の耳に届いた。

レナ(……やっぱり無理だったか)

レナはフッと体が浮くような感覚と共に、意識を沈ませた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

全ての黒幕

 転送先に着いたレイヴンとエステル、レナ。レイヴンはエステルをアレクセイの元に、レナをアレクセイの親衛隊に引き渡す。レナの顔色は悪くぐったりとしていて、確実に命がすり減っているのだろうと長老の話を思い出しながらレイヴンは思う。レイヴンは親衛隊に連れられていく少女を、レイヴンではなく別の顔で見ていた。

 

 一方ユーリ達はその頃、レイヴンやレナが部屋から出ていった後も話し合いを続けていた。そんな中、急に地鳴りようなものが起きて大きな音がする。リタが、何?と不思議そうにした。ユーリが外へ走り出す、リタ達もその後に続いた。今は使われていない魔導器(ブラスティア)が積み上げられているその一角に目をやったリタは仲間に伝えるように声を上げた。

リタ「魔導器(ブラスティア)が動いてる。どうして……?」

人の体がすっぽりと隠れるぐらいの、かなり大きな魔導器(ブラスティア)で、稼働音が聞こえる。リタが魔導器(ブラスティア)に近づいて見る。

リタ「……魔核(コア)が装着されてる」

リタと共に近づいたジュディスがなにかに気づいて、読み上げる。

ジュディス「ここに何か文字が……転送魔導器(キネスブラスティア)……?」

ユーリ「つまりそいつで誰かがミョルゾから出たのか?」

ジュディスは、そう言うことになるわねと頷く。

パティ「でも、ここの魔導器(ブラスティア)は全部、捨てられて動かないものではないのかの?」

パティはジュディスを見上げて言う。ジュディスは、そのはずなんだけどと考え込み始めた。と、後ろから、むという声が聴こえて、ユーリ達は振り返る。長老が立っていた。

長老「なんと魔導器(ブラスティア)が動いているとはこれは一体何事かね」

問うように言う長老に、カロルが誰かが街を出たみたいと答える。その瞬間、リタはハッとして辺りを見渡した。

リタ「エステル……エステルはどこ?」

ユーリ「レナとおっさんも、どこ行ったんだ?」

ユーリは、レナとレイヴンの姿がないことにも気づく。

カロル「え?まさか……三人が?」

どういうことじゃ?とパティも不思議そうにする。ふーむと長老は唸りながら言った。

長老「ここの魔導器(ブラスティア)はみな肝心の魔核(コア)をとうの昔に失ったものばかりのはずじゃが……」

リタ「多分、外から魔核(コア)を持ち込んだのよ。調整無しにただ装着したって動くはずないんだけど、エステルなら別かもしれない。エアルに直接干渉できるのなら魔核(コア)の術式にあわせてエアルを再構築することも出来るかも」

だとしたら……とジュディスが呟き、カロルがどうしたの?ジュディスと見る。

ジュディス「先を見通している彼女なら、エステルの力を使って誰かが街を出ること止めたんじゃないかしらと思って……」

リタがそれに、エゴソーの森で顔色が悪くなっていた少女と長老の話を思い出して、まってと声を上げる。

リタ「そんなことしたら、レナは……!」

ジュディス「そうね、レナは限界を迎えているかもしれないわね」

ジュディスは転送魔導器(キネスブラスティア)の近くに落ちていた血痕をちらりと見て言った。ユーリは、無茶しやがって……と呟く。

カロル「でも一体どうして……」

ジュディスは長老に、仲間が街に居ないか探してくれないかと頼む。ふむ、いいじゃろと長老は快く引き受けると、街の方へ歩き出した。ユーリも仲間に、オレたちも探そうと呼びかけ街の中を探す。

 しばらくして、転送魔導器(キネスブラスティア)の元に戻ってきたユーリ達に長老が報告に来る。

長老「やっぱり三人ともどこにもおらんのう」

カロル「一体どうしちゃったんだろう」

リタ「とにかく降りて探さなきゃ!」

エステルとレナの身を案じてリタは焦っていた。

パティ「降りてと言っても、世界は広いのじゃ。闇雲に探すのは無謀なのじゃ」

パティの言葉に、確かに……とリタは少し冷静さを取り戻す。

長老「三人とも散歩かもしれないぞ?」

カロル「ボクたちに黙って街を出る散歩?そんなワケないよ!」

カロルは長老の話を否定した。ユーリはエゴソーの森でレイヴンが言っていたことやアレクセイと話をしていたことが脳裏に蘇る。

ユーリ(……っ!なんで今になって思い出す……)

ユーリ「なんか嫌な予感がしやがる」

険しい顔をする青年に、カロルがただならぬ事だと感じ取ったのか、早く追っかけよう!と言った。

ジュディス「気持ちはわかるけれどとにかく落ち着いて」

ユーリとカロルをジュディスは制する。

リタ「あんた!心配じゃないの?!」

ジュディス「心配よ。だからこそ落ち着いて考えなきゃ、ね?」

リタ「そ、そうね……。うん、わかった……ごめん」

ジュディスに言われて落ち着いたリタは、八つ当たりしたことに謝罪した。

ユーリ「何か良い方法はないか?」

ユーリは長老にたずねる。

長老「そうさのう。ミョルゾの主ならなにかご存知かもしれんのう」

ジュディス「始祖の隷長(エンテレケイア)だものね。魔導器(ブラスティア)のエアルの流れを感じ取っていたかも」

ジュディスは頷いて、街を包んでいるクラゲのような始祖の隷長(エンテレケイア)に向かって声を出す。

ジュディス「聞いていたでしょう?教えてもらえるかしら?」

じっとジュディスは耳を澄ます。感じとったことを、ジュディスは口に出した。

ジュディス「……なんとなくの方向でしか……西の方、砂の海……街?もうひとつはっきりとはしないけど、砂漠の街……多分、ヨームゲンの方だと思うわ」

ジュディスは仲間たちの顔を見た。

カロル「前にデュークと会った、コゴール砂漠の街だね」

パティ「砂漠の……あんな何もない街に何しに行ったのかの」

ユーリ「すぐに向かおう」

ユーリの言葉に、ラピードがワン!と答え走り出す。ジュディス以外の皆はその後を追いかけた。ジュディスは長老にお礼を言うとユーリ達の後を追った。フィエルティア号に乗りこみ、ミョルゾからデズエール大陸を目指す。やがて、デズエール大陸の上空に着き、ジュディスが見た景色と似た場所にバウルは降下する。ユーリ達はフィエルティア号から降りた。そしてユーリ達の目にした景色、以前とは違う変わり果てた街に皆唖然とする。

ユーリ「これは……」

カロル「どうなってんの?完全に廃墟だよ……?」

リタ「昨日今日ってものじゃないわ……もう何百年も経ってる傷み方よ」

パティ「大火事があって灰になった……ってわけでもなさそうじゃな」

ジュディス「静かに。誰かいるわ」

皆があっけにとられていると、突然ジュディスが注意を促した。幾重にも重ねられた砂山の向こうに一人の男の姿が小さく見える。ユーリがデューク……!と叫んだ。リタも、リゾマータの公式の手がかり!と声を上げてしまう。デュークと一緒にいる魔物を見て、カロルがカドスの喉笛のヤツだと気づく。ユーリが、デュークのツレだったとはなと呟いた。デュークは、魔物の背に乗るとそのまま上空へ飛び去っていった。

リタ「あいつには聞きたいことあるけどまずはエステルを……」

リタがそう切りかえた時、後ろから逃がしたか……と声が聞こえた。ユーリ達はハッと後ろに振り返る。そこに居たのは、帝国騎士団長アレクセイとその部下だった。二人アレクセイのそばに立っており、その内の一人がレナを抱えていた。

アレクセイ「時間がない。残念だが、こうなればもはや止むをえんな」

ユーリ「アレクセイ。何でこんなとこに……」

ユーリはアレクセイが居ることに驚きを隠せない。

ジュディス「!……レナっ」

ジュディスはアレクセイの後ろで待機している親衛隊がレナを抱えているのに気づく。

アレクセイ「ほう、姫を追ってきたか。よくここが分かったな」

アレクセイは不敵な笑みを浮かべる。

リタ「エステルがどこにいるか知ってるの?!」

リタは前に出るが、武器を構えた親衛隊に止められてしまう。リタは後ろに下がるしかなかった。

カロル「な、何するんだよ!」

親衛隊の急な行動にカロルは反抗する。アレクセイはふんと嗤う。

ユーリ「何の冗談だ?騎士団長さんよ」

ユーリはアレクセイを睨む。アレクセイは静かに話し出した。

アレクセイ「君たちには感謝の言葉もない。君たちのくだらない正義感のおかげで私は静かに事を運べた。古くは海賊アイフリード、そして今またバルボス、ラゴウ。みなそれなりに役に立ったが、諸君はそれを上回る、素晴らしい働きだった。まったく見事な道化ぶりだったよ」

え?え?と、事情をよく飲み込めないカロルはおろおろとユーリを見る。

アレクセイ「だがもう道化の出番は終わりだ。そろそろ、新月の子と共に舞台から降りてもらいたい」

今までの原因が、アレクセイだという事を察したユーリはそういうことかよと、吐き捨てる。

ユーリ「……何もかもてめぇが黒幕……?笑えねぇぜ!アレクセイ!!」

ユーリはアレクセイに剣を向けたと同時に親衛隊はレナに剣を向ける。ちっとユーリが悔しげに舌打ちをしたその時、騎士団長!と砂山からフレンが走ってくる。ウィチルやソディアも一緒だった。

アレクセイ「ふん。もう一人の道化も来たか……」

前を向いたままアレクセイは言った。フレン……とユーリは目を見開く。

フレン「騎士団長!何故です!帝国騎士の誇りと言われたあなたが、何故謀反など……」

フレンはアレクセイの背後から問い詰める。

アレクセイ「謀反ではない。真の支配者たるものの歩むべき覇道だ」

アレクセイはフレンの方にちらりと振り返る。

フレン「ヨーデル様の信頼を裏切るのですか!」

続けて問う彼に、アレクセイはフレンから視線を外す。

アレクセイ「ヨーデル殿下……ああ、殿下にもご退場願わないとな」

アレクセイの言葉に、フレンは、ばかな……と絶句する。その時、ひときわ高い砂山の上に人影が現れる。

イエガー「マイロード。準備が整ったようでーす」

姿を確認したカロルが、イエガー!と名を呼んだ。

アレクセイ「ご苦労。では私は予定通りバクティオンへ行く。ここはおまえに任せる。……ヨーデルの始末もな」

イエガーは、イエスマイロードと返した。アレクセイは、少女を抱えた親衛隊に何かを伝えるとそのまま歩き出した。

フレン「まて!アレクセイ!」

ユーリ「逃がすかよ!」

前に出るフレンめがけて、親衛隊はレナを投げた。その後ろにいたユーリが驚きつつも構わず走る。しかし、通さないとゴーシュとドロワットが、立ち塞がった。投げられたレナになっ!と驚かながらもフレンは、宙を舞う少女を地面に着くスレスレで抱えた。そのまま、ゆっくりと地面に横たわらせる。

ジュディス「邪魔するのなら……」

リタ「どきなさいよ!」

ジュディスは武器を構え、リタは詠唱を始める。

イエガー「ユーたちのプリンセスもバクティオン神殿でーす」

なんだと!?とユーリは顔色を変える。

ドロワット「早く行かないと手遅れちゃうわよん」

ドロワットはそう言って煙幕を張った。次に煙幕が晴れた時には、イエガーと二人の少女たちの姿は消えていた。フレンは、ウィチルとソディアに急いでアレクセイとイエガーを追え!と指示を出す。

パティ「アレクセイ……許せん、許せんのじゃ!」

カロル「ユーリ、ボクらも!……ユーリ?」

ソディアはユーリに、大人しくしてもらおうと剣を向けた。しかし、フレンとユーリの冷ややかな視線に、ソディアは剣をおさめた。そこで少女は、目を覚まし体を起こした。周りを見渡して砂漠、そしてユーリ達とフレン達が居ることから、状況を飲み込めていても、エステルは!?と少女は叫んでしまう。

ユーリ「!レナ、目が覚めたのか」

起きた少女に、リタが駆け寄る。ジュディスもその後に続いた。

ジュディス「アレクセイが連れていったわ……」

レナは、やっぱり……と呟く。

リタ「レナっ、体は平気なの……?」

気にかけるような表情でリタはレナを見た。レナは、痛いところも無く、強いて言うなら体がだるいくらいだなと思い、それなら言わなくていいかと判断した。

レナ「平気だよ。それより、早くエステルを助けなきゃ」

リタは頷き、ジュディスは少し疑問を持つような顔をした。

フレン「……バクティオン神殿はヒピオニア大陸にあるそうだ」

フレンは静かに伝える。

ジュディス「ヒピオニア……デズエールの東の大陸ね。エゴソーの森がある」

カロル「イエガーの言葉を信じるの?!」

カロルは驚いたようにジュディスを見上げた。

リタ「アレクセイも向かったってんならきっとエステルもいるわ!」

レナ「じゃあ、そこに行ってみよう」

パティ「なのじゃ!あの男、このままほっとくわけにはいかんのじゃ!」

何時になく険しい顔をしている彼女に、カロルがおかしいと感じて、どうしたのパティ?と問いかける。リタがそういえば、アイフリードがどうとか言ってたけど……と呟く。

パティ「あの男がすべての元凶なのじゃ。あいつを倒せば、エステルも戻ってくるのじゃ」

カロル「でも、レイヴンは?」

リタ「エステルを渡してどっかに逃げちゃったんでしょ!」

カロルの問いに、リタはイラついたように答えた。

カロル「そんな……レイヴンがそんなことするはずがない……!ねぇ、レナも一緒にいたんでしょ?何か知らないの?」

レナ「……彼は」

その先を伝えようとして口をパクパクとした。レナが言おうとした裏切ったという言葉は、まだ仲間たちに伝えることを許されない。少女は、唇を噛む。カロルが、レナ?と顔をのぞき込む。

レナ「烏さんのことは、知らない。ミョルゾで魔導器(ブラスティア)の発動を止めた後からここまで、気を失ってたから」

ジュディス「なら、彼も捕まったのかもしれないわね」

リタ「……とにかく!行くわよ!ユー……」

ユーリと名前を言いかけてリタは止めた。フレンが先にユーリと言ったからだ。ユーリは、ちょっと顔貸せと静かに言う。フレンはそれに応じた。少し離れたところで話出す二人、やがて白熱して言い合いになっている。一刻も早くエステルの力が使われて命を削られるのをふせぎたいレナは正直イライラした。二人に近づこうとするリタを少女は制し、ズカズカと歩く。

レナ「言い合いしたり、嘆いたりするのがあなたの仕事?」

ウィチルが無礼だよ!と少女を咎める。それをフレンは制した。

フレン「いや、彼女の言うとおりだ。僕は責任を取らないといけない。エステリーゼ様は僕が救い出す」

何を言い出すんだ?とユーリはフレンを睨んだ。

ソディア「隊長!それじゃヨーデル様はどうするんですか!今、殿下の身になにかあったら、帝国は……」

焦ったように彼女はフレンに意見した。

フレン「その通りだ。だからこそ我が隊の総力をあげてヨーデル様をお守りするんだ」

ですが隊長は……!とソディアは言う。フレンは頼むとお願いした。ソディア達は何も言えない。

ユーリ「ったく、オレはおまえにそういうけじめをつけさせたくて怒鳴ったワケじゃないっての。それにエステルを助けるのはオレたち凜々(ブレイブ)明星(ヴェスペリア)だ」

フレンはユーリに近づく。

フレン「……なら、僕も入れてくれ凜々(ブレイブ)明星(ヴェスペリア)に」

フレンの発言にソディアは、隊長!?と驚く。

ユーリ「騎士がギルドにって、お前、冗談きついぜ」

フレン「親衛隊がエステリーゼ様を連れ去るのを僕は阻止できなかった。僕には彼女を助け出す義務がある」

ユーリ「やめとけって。お前にギルドは合わねぇよ。けど、一緒に来たいってんなら、好きにすりゃいい」

ユーリ……!とフレンは、ユーリを見つめた。

ユーリ「けど分かってんだろうな。お前の本当にすべきこと」

フレン「ああ、エステリーゼ様を助け次第、ヨーデル殿下の護衛に戻る。帝国を混乱に陥られるようなことにはさせない」

ユーリに誓うように言ったあと、フレンはソディア達の方に振り返る。

フレン「すまない、ソディア、ウィチル。……ヨーデル様を頼む」

ソディアはなにか言いたそうにしていたがそれを飲み込むように頷く。

ソディア「……できるだけ早くお戻りください。殿下にもそうお伝えします」

フレンはわかったと返事する。それを聞いてソディアは名残惜しそうにしながらもヨーデルの元へとウィチルを連れて駆けて行った。フレンは、ありがとうユーリとソディアを見送りながら言う。ユーリはお互い様になと笑った。

ユーリ「ちった安心したぜ。久々にらしいところ見れて、な」

フレンとユーリがレナ達に近づく。

ジュディス「アレクセイ……彼が……ヘルメス式の技術を持ち出していたのね」

ユーリ「ああ。良くも悪くもひとつにつながったって訳だ。よし!バクティオン神殿にいくぞ。エステルとレイヴンを助けてアレクセイのヤツをぶっ飛ばす!」

ユーリの言葉にみんなは頷き、心をひとつにした。

 バクティオン神殿を目指して、ユーリ達はヒピオニア大陸へ飛んだ。

カロル「見て!あそこ!」

カロルがフィエルティア号の手すりにつかまりながら、遥か下方を指さす。指す先をみてユーリ達は驚く。

パティ「なんじゃ、あのばかでっかいの」

フレン「ヘラクレス……!」

ユーリ「アレクセイが呼び寄せたのか」

山脈の裾野にほど近いところに、移動要塞のヘラクレスが見える。帝国が誇る超巨大魔導器(ブラスティア)であるヘラクレスは、山肌に接近して空への砲撃を繰り返していた。狙っているのはバウルよりも小さい始祖(エンテレ)隷長(ケイア)のようだ。翼を必死に動かして、砲撃を避けている。やがて、山肌に黒々と口を開けている洞窟へと追い込まれてしまった。

ジュディス「……あれは始祖(エンテレ)隷長(ケイア)アスタル……。アレクセイはまだ聖核(アパティア)を狙っているのね」

ジュディスは気遣わしげに呟き、アレクセイに対して静かに憤っていた。レナは、ギリっと奥歯を噛んだ。

リタ「逃がされたように見えたけど」

ユーリ「ああ。あの遺跡に追い込まれたみたいだった」

ジュディス「どうやらあの遺跡がバクティオンで間違いなさそうね」

カロル「アレクセイ、今度はなにを企んでいるんだろう」

レナ「……さぁね」

これからおこる未来に少女は苦しげな表情で腕を抱いた。

リタ「アレクセイが何を企んでるかなんて関係ないわ」

ユーリ「ああ。オレたちはエステルを助けるだけだ」

ジュディス「でもこのまま接近するとアスタルの二の舞よ」

レナ「なら、少し離れたところから降りて行ったらどうかな」

そうだなとユーリは頷くと、ジュディスはバウルにお願いする。

 

―忘れられた神殿 バクティオン

 

 神殿の入口までユーリ達は急いだ。そこには、術式で形成された透明な球体の中に囚われた気を失ったエステルと、その傍に聖核(アパティア)を手に持ったアレクセイがいた。ユーリがアレクセイ!と叫び、剣を抜く。

アレクセイ「イエガーめ。雑魚の始末も出来ぬほど腑抜けたか」

フレン「アレクセイ、あなた一体、エステリーゼ様に何を……!」

カロルは、アレクセイに、エステルを返せ!と叫ぶ。

リタ「エステル、目を覚まして!エステル!」

カロルに続くように訴えるようにリタも叫んだ。アレクセイはよかろうと言うと、手に持った聖核(アパティア)を高く掲げる。それと同期するように球体に囚われているエステルも浮いた。エステルの体がびくりと動いたかと思うと強烈な力が球体から溢れ出る。

エステル「あ……あああ!!」

エステルが絶叫する。溢れ出た力がユーリ達を襲おうとしたと同時に、構えていたレナが新月の力で相殺した。

レナ「……っぐぅ」

少女は、胸をおさえて膝を着く。ユーリがレナ!と駆け寄る。

エステル「レナ!う……あ……。あ、ああ!!」

アレクセイはまた、エステルの力を使う。連発されてしまえば、一発抑えるので精一杯な少女では無力だった。ユーリ達は宙に放り出され、石畳に激しく叩きつけられてしまう。エステルは苦しそうに顔をゆがめて気を失ってしまった。

レナ「エス、テル……!」

アレクセイ「このとおり、何の補助もなしに力を使えば姫の生命力が削られる。そこの、新月の子と同じように。諸君も姫のことを思うならこれ以上邪魔をしないことだ。くくく……」

地面にふせながら、アレクセイ……!とフレンが言う。く……そ……とユーリは地面の土を握る。

レナ「っふざ、けな、いで……!」

痛むからだを起こそうと必死に力を入れるが、連れ去られるエステルを見つめながら少女は気を失った。

 次に少女が目覚めた時、ソディア達騎士団がアレクセイの親衛隊を制圧していた。ユーリ達も目を覚ましている。まだ傷む体をレナは立ち上がらせた。

レナ「エステル……アレクセイは神殿の中だよ!」

パティが早く追うのじゃ!とユーリ達に言った。ユーリ達は神殿内へと急いだ。

カロル「ヨーデル殿下、ボクたちのために助けを送ってくれたんだね」

神殿内に足を踏み入れて進んだ先でカロルは言う。

リタ「あたしたちっていうか、フレンとエステルのため、でしょ」

ユーリ「来る方も来る方だが、寄越す方も寄越す方だ。ったく自分の立場を自覚してねぇのかね、あの殿下は」

フレン「そういうお方なんだ、殿下は。今回のことだって、人一倍、心を痛めていらっしゃるはずだ」

ジュディス「エステルのことを、かしら?それともアレクセイのこと?」

フレン「……どっちもだ。急ごう」

焦り気味になっている彼を、焦んなってとユーリが声をかける。

フレン「なにをのんきなことを言っているんだ」

ユーリ「どこに敵がいるかも分かんねぇんだ、落ち着けよ」

フレンは、軽く息を吹くとそうだなと俯いた。

フレン「すまない。ユーリたちの方がよほど……」

ユーリは気にすんなお互い様だと言った。ラピードが気を使うようにパティにすり寄る。パティは大丈夫と言って、先を急ぐのじゃ!とラピードを連れて先に走りだした。

カロル「アレクセイ、アイフリードのこと自分の手下みたいに言ってたよね」

レナ(それは……)

フレン「確かに騎士団がギルドを雇うこともない訳じゃないが……」

ユーリ「手下かどうかわからねぇだろ。なんにしてもその話は後だ。行こうぜ」

パティの後を追うように、ユーリ達も先に進んだ。

パティ「さっきもこんな部屋だったのぉ」

ユーリ「似たような部屋ばっかりだな。ひょっとしてずっとこんなんじゃないだろう」

カロルがボクちょっと見てくると行こうとするのを見て、ユーリはラピードに一緒に行くように指示した。

フレン「こういう長々とした造りは通る者を謙虚にさせるためだと聞いたことがある。つまりこれは参道なんだろう」

リタはちんたらしてる暇はないってのに……と苛立ち始める。レナは、落ち着いてとリタをなだめた。カロルとラピードが戻ってくる。

カロル「やっぱりずっと同じようなのがこの先も続いてるよ。ラピードも匂いは分からないみたい」

ユーリ「そっか。迷子にでもなったら厄介だな」

ジュディスが、はいこれと地図用紙を微笑みながら差し出す。

ジュディス「地図作りながら進みましょう」

カロルは、いつも用意良いねと、ジュディスから地図を受け取る。ユーリはカロルに地図を頼む。カロルは任せてよと得意げな顔をした。リタが間違ったら酷いからねと手を振り上げる。カロルはやだなぁ大丈夫だよと頭を守りながら言った。

レナ(私にもっと、力があれば……)

さらに先に進んで行くと、行き止まりに着く。親衛隊がおり、その奥に扉のようなものがあった。

カロル「道は間違えてなかったってことだね」

ユーリ「カロル先生、冴えてるな。あの奥にエステルがいんだろ」

リタ「あんた隊長なんでしょ。あいつらにどけって言えないの?」

リタはフレンに向かって言った。

フレン「親衛隊は騎士団長の命令にしか従わない」

ユーリ「時間が惜しい。一気に行くぞ!」

ユーリの掛け声で、親衛隊を蹴散らす。扉を守っている術式をリタが調べる。パティはややこしそうじゃのうと呟く。

リタ「これって……暗号化した術式を鍵として使った封印結界……?」

鎖を張り巡らせ、赤い光を放っている扉をリタはじっと睨む。

ユーリ「開けられるか?」

ユーリの問いに、リタは首を横に振る。

リタ「ろくに研究されたことのない未知の古代技術よ。あたしも本で見たことがあるだけ。まともに解析しようと思ったら、どれだけ時間がかかるか見当もつかない」

カロル「破れないかな?」

ジュディス「鍵をかけるようなものは普通、簡単に破れるようにはできてないでしょうね」

カロルは納得するようにそっかと呟く。

カロル「あれ、でもアレクセイはどうやって通ったんだろ?」

リタ「多分、エステルの……満月の子の力で無理矢理鍵を組み替えたんだわ」

辛そうな表情で彼女は説明した。

ユーリ「つまりまた力を使わせた、ってことだよな」

くやしげな顔でユーリは言う。フレンはエステリーゼ様の力……とつぶやく。

レナ「私なら、新月の子の力なら、エアルを断ち切って強制的に破る事が出来るかもしれない」

提案するように少女が呟いた時、ジュディスが誰?と振り返る。その声に皆も後ろに振り返った。そこに居たのはデュークだった。

ユーリ「デューク……なんでここに」

デューク「おまえたちか……あの娘、満月の子はどうした?」

カロル「アレクセイがこの奥に連れ去っちゃったんだ!」

カロルは扉を指さす。

デューク「……なるほどな。そういうことか」

ユーリ「あんもアレクセイに用があるのか?」

デューク「この地のエアルクレーネが急速に乱れつつある。私はそれを収めに来た」

リタ「……収めにって、あんた具体的になにをするつもりよ」

デューク「エアルクレーネを鎮め、その原因を取り除く」

ジュディス「はっきり言ったらどう?エステルを殺すって」

なんだって!?とフレンは構える。

ユーリ「ったくどいつもこいつも、よってたかって小娘ひとりに背負い込ませやがって」

ユーリは静かに、だが怒りを含んだ口調で言った。

デューク「暴走した満月の子を放置してはおけん」

レナ「私が、私が止める」

レナは覚悟が決まった目でデュークを見つめる。

デューク「ならぬ。そなたでは、止められぬ。限りあるその命では……」

ジュディスは、やっぱり……とつぶやく。

ユーリ「あんたもフェローと同じ石頭かよ。同じ人間同士もう少し話が通じるかと思ったんだけどな」

デューク「人間同士であることに意味などない。ひとりの命は世界に優越しない」

ユーリ「その世界ってのもバラしゃ全部ひとりひとりの命だろうが。いいか、あのバカで世間知らずのお嬢様はオレたちの仲間なんだよ。部外者はすっこんでろ!」

ユーリは怒りを隠そうとせず、デュークに怒鳴った。

デューク「あの娘がどれほど危険な存在が知った上で言っているのか?」

レナは嫌という程知っている、唇を噛んだ。

ユーリ「知ろうが知るまいが、義をもってことを成せ、ってのがうちのモットーなんでな。どうしてもってなら、悪いが相手になるぜ」

数秒の沈黙。

デューク「……いいだろう。ならばフェローが認めたその覚悟のほど見せてもらおう」

デュークは手にした剣を、ユーリに向かって投げた。剣は地面を滑り、ユーリの足元でとまる。

デューク「(デイ)戒典(ンノモス)だ。エアルを鎮めることができるのはその剣もだ。掲げて念じろ。そうすれば後は剣がやる。その少女の負担も減るだろう」

チラリとレナをみて、デュークはユーリ達に背を向けた。ユーリは、(デイ)戒典(ンノモス)を手に取る。デュークは、コツコツとブーツの音を響かせて通路に戻ろうとするのをユーリが呼び止める。

ユーリ「(デイ)戒典(ンノモス)といや行方知れずの皇帝の証の名前だ。なんであんたがそれを持ってる?なんでそれがエアルを制御できる?あんた一体何者だ?」

地面が揺れる。

デューク「その問いに答えを得ることが今のおまえたちの願いではあるまい、行け。手遅れになる前に。始祖(エンテレ)隷長(ケイア)が背負う重荷、それがどれほどのものか身をもって知るがいい」

デュークはそう告げると通路に戻って行った。

パティ「カッコイイけど気難しいやつじゃの」

フレン「あの男、確かガスファロストでも……何者なんだ?」

ユーリ「さあな。敵なんだか味方なんだか」

そう言って、ユーリは剣に力を込めて掲げる。

ユーリ「むぅっ……!」

ユーリの足下に円陣のように広がった術式を見て、リタが驚く。

リタ「……その術式、エステルと同じ。やっぱりその剣……」

ユーリを包んだ光が、扉に届き術式が消える。カロルは開いた……と嬉しそうにした。そして扉の先にユーリたちは進んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

救出失敗

 ユーリ達は神殿の最奥部にある祭壇の間に駆け込んだ。

ユーリ「エステル、無事か!」

フレン「エステリーゼ様!」

カロル「エステル!」

パティ「助けに来たのじゃ!」

薄暗い祭壇の手前に、エステルが術式の球体の中に浮かんでいる。そして、床には鹿に似た始祖(エンテレ)隷長(ケイア)、アスタルがぐったりと横たわっていた。

アレクセイ「また君たちか。どこまでも分をわきまえない連中だな」

エステルの傍で、アレクセイはうんざりしたようにユーリ達を見た。

エステル「ユーリ!フレン!みんな!」

エステルはみんなに手を伸ばす。

リタ「エステル、今助けてあげる!」

アレクセイ「ふん。おまえたちに姫は救えぬ。救えるのはこの私だけ」

アレクセイの薄笑いに、ふざけろ!とユーリは怒鳴る。

アレクセイ「道具は使われてこそ、その本懐を遂げるのだよ。世界の毒も正しく使えば、それは得がたい複音となる。それができるのは私だけだ」

アレクセイは手にした聖核(アパティア)をちらちらとユーリ達に示しながら、エステルを見る。

アレクセイ「姫、私と来なさい。私がいなければ、あなたの力は……」

聖核(アパティア)をアレクセイが操作した途端、エステルが苦しみだし悲鳴をあげた。

ジュディス「やめなさい、アレクセイ!あっ!」

レナ「っだめぇええ!!」

溢れ出した力は手を伸ばした少女とジュディスを掠め、アスタルに直撃した。エステルはレナ、ジュディスと叫ぶ。アスタルは苦しげに呻くと、そのまま絶命した。

アレクセイ「ははは、なにが始祖(エンテレ)隷長(ケイア)か。なにが世界の支配者か」

レナ「もうやめて!!エステルを、放して!!」

悲痛な少女の叫びが響く。それすらも聞こえないかのように、聖核(アパティア)へと姿を変えたアスタルにアレクセイは笑いながら近づく。

アレクセイ「死んだか、あっけなかったかな。思ったより小ぶりだな。まぁ使い道はいくらでもある」

アレクセイはアスタルの聖核(アパティア)を懐にしまった。

ユーリ「貴様……」

アレクセイはユーリ達に少し迫る。

アレクセイ「そうだ、せっかく来たのだ。諸君も洗礼を受けるがいい。姫が手ずから刺激したエアルのな」

アレクセイは聖核(アパティア)を掲げる。エステルを捕らえている術式の球体が赤く光を放ち出し、その力がユーリ達を襲い、悲鳴をあげる。

エステル「いや!もうやめて!!」

エステルの悲痛な声でハッとしたレナは、新月の子の力でエアルを抑える。

レナ「っん……くぅ……」

淡く赤い光を纏った少女の額に汗が滲む。ユーリ達がレナ!と少女を見る。ジュディスが、なんて無茶を!と焦った表情をしていた。

アレクセイ「ほう?これを防ぐか。だが所詮、あの剣と同じ不要な存在だな」

さらに出力を上げるようにアレクセイは聖核(アパティア)を高く掲げる。

レナ「っ!ぐっ……ゴホッ」

少女は膝をつき、咳き込んで力を維持できず仲間たちはまたエアルの力に当てられる。リタがレナと焦った声で呼ぶ。ゴホッゴホッと咳き込む彼女は、普通の咳じゃない音を出し口に当てていた指の隙間から、血が滴る。地面に数滴落ちる雫を、レナは視界の端にうつした。

ユーリ「く……っだらぁ!」

ユーリが渾身の力を振り絞って立ち上がり、(デイ)()戒典(ノモス)を掲げる。瞬間、術式が表れ、強い光を放ちながらエアルの力を一気に鎮めた。体の自由がきくようになったジュディスが急いでレナに駆け寄り支える。自身の手を見てジュディスが目を見開くのを、少女は見た。

レナ(……あーあ、バレちゃった)

レナは唇に人差し指をあて、ジュディスに内緒ねと目線で伝える。レナはカーディガンの袖で、口元をゴシゴシと拭いて血を落とす。アレクセイはユーリが(デイ)()戒典(ノモス)を持っていることに驚く。

アレクセイ「なんだと?なぜ貴様がその剣を持っている?デュークはどうした?」

ユーリ「あいつならこの剣寄越してどっかいっちまったぜ。てめぇなんぞに用はないそうだ」

ユーリは笑った。

アレクセイ「……皮肉なものだな。長年追い求めたものが、不要になった途端、転がり込んでくるとは。そう、満月の子と聖核(アパティア)、それに我の知識があればもはや(デイ)()戒典(ノモス)など不要」

ユーリ「何、寝言言ってやがる。つべこべ言わずエステル返しな」

ユーリは、祭壇へと続く階段にいるアレクセイに近づこうとした。

アレクセイ「ふん。姫がそれを望まれるかな?」

様子がおかしい彼女に、エステル!?とジュディスが呼びかけて見つめる。何も答えない彼女に、みんなか心配なって声をかける。

エステル「……わからない」

エステルはぽつりともらした。カロルが何言ってんだよ!と、怒鳴る。

エステル「一緒にいたらわたし、みんなを傷つけてしまう。でも……一緒にいたい!わたし、どうしたらいいのかわからない!」

混乱している彼女に、パティがしっかりするのじゃと声をかける。

ユーリ「四の五の言うな!来い!エステル!わかんねぇ事はみんなで考えりゃいいんだ!」

ユーリ……とエステルが名を呼び、答えるようにユーリ達がエステルに近づこうとした、と同時にアレクセイが聖核(アパティア)を掲げ力を発動させた。刹那、赤い光……エアルの力がユーリ達を包む。力を振り絞って少女が抑えようとするが、それも虚しくユーリ達は地面に叩き伏せられた。

エステル「もう……イヤ……」

エステルは涙を流し、仲間たちの姿から目をそらす。アレクセイはニヤリと笑う。

アレクセイ「いかんな、ローウェル君。ご婦人のエスコートとしてはいささか強引過ぎやしないかね。紳士的ではないな」

ユーリ達は痛む体を起こし武器を構え直す。

ユーリ「生憎、紳士とは無縁の下町育ちでな。行儀と諦めの悪さは勘弁してくれ」

アレクセイ「今となってはその剣は邪魔以外の何物でもない。ここで消えてもらおう」

エステルはユーリ!みんな!と叫び、アレクセイに連れ去られていく。入れ替わりのように、親衛隊がユーリ達の行く手を阻んだ。

リタ「あんたたちそこをどきなさい!」

リタは叫ぶ。最後にやってきた騎士をみて、フレンがシュヴァーン隊長……!と驚く。

ユーリ「いつも部下にまかせきりで顔見せなかったクセに、どういう風の吹き回しだ?」

その時、ラピードが激しく吠え出す。レナが息を吸って吐いて深呼吸をしてから前に出る。

レナ「こんなところで、何を、しているの?レイヴン(烏さん)

カロル「何言ってんの、そんな訳……」

シュヴァーン「やはり犬の鼻は誤魔化せんか……いつから、気づいていた?」

レナ以外のみんなが驚く。シュヴァーンはレナを睨む。

レナ「最初から……すべて」

少女は静かに告げる。

カロル「そんな……」

カロルは声をふるわせる。

パティ「はえ?おっさん!?どういうことじゃ!?」

ジュディス「冗談……ってワケじゃなさそうね」

ジュディスはため息をついた。

リタ「ギルドユニオンの幹部が騎士団の隊長!?」

リタは信じられないという顔で、シュヴァーンを見る。

フレン「初めて会った時、まさかとは思ったが……」

ユーリ「なるほどな、そういうことかよ」

ユーリは皮肉な笑いを浮かべた。

カロル「そんな!だってドンは……ねぇレイヴン!」

フレン「騎士団長だけでなくあなたまで……なぜです!」

二人は訴えるように叫んだ。

シュヴァーン「俺の任務はおまえたちとおしゃべりすることではない」

感情を持たない、冷たい声だった。

ユーリ「こっちは急いでんだ。通してくんねぇか。それとも本気(まじ)でやり合うつもりか?」

シュヴァーンは何も言わず、剣を抜きユーリ達に向けた。

ユーリ「バッカやろうが!」

ユーリは剣を構えた。

シュヴァーン「帝国騎士団隊長首席シュヴァーン・オルトレイン、……参る」

仲間たちは複雑な感情を持ちながらも武器を構えた。シュヴァーンは初めのうちこそ騎士団仕込の剣さばきを見せていたが、次第にそのキレを失ってゆく。

ユーリ「でやぁっ!」

ユーリの剣が隙をついて挑みかかる。レナにはシュヴァーンが自ら胸を開いたように見えた。そう、止めようと思えば止められた一撃だった。

シュヴァーン「ぐぅ」

シュヴァーンは左胸には刃を浴び、うめき声を上げた。破けた騎士の制服を見て、ユーリ達は目を見開く。

ユーリ「なっ」

フレン「これは!?」

シュヴァーンの左胸には、真っ赤な魔核(コア)が不気味に光る魔導器(ブラスティア)

シュヴァーン「ふ……今の一撃でもまだ死なないとは……因果な体だ……」

彼は弱々しく、笑った。

レナ「……心臓(カディス)魔導器(ブラスティア)

少女は眉を寄せ、呟いた。シュヴァーンが僅かに、目を開く。

リタ「え、魔導器(ブラスティア)……胸に埋め込んであるの!?」

リタは動揺していた。

ジュディス「……レナの言っていた通り、心臓ね。魔導器(ブラスティア)が代わりを果たしてる」

シュヴァーン「……自前のは十年前になくした」

レナ「人魔戦争だね」

シュヴァーンは静かに頷いた。

シュヴァーン「あの戦争でオレは死んだはずだった。だが、アレクセイがこれで生き返らせた」

パティ「あの男、そんなことまでしとったのか……」

ジュディス「……なら、それもヘルメス式ということ?なぜ、バウルは気づかなかったの?」

ジュディスは首を傾げる。話すも辛そうな彼の代わりに、レナが口を開く。

レナ「エアルの代わりに、彼の生命力で動いているからだよ」

シュヴァーンは肯定するように首を縦に振る、リタは目を見張る。

リタ「……生命力で動く魔導器(ブラスティア)……そんな……」

突然、激しい揺れと共に轟音が響き、続いて瓦礫の降り注ぐバラバラという音。音がした方向に、パティ、ジュディス、リタ、ラピードが駆け寄る。どうやら外へと続く道が閉ざされたようだ。

パティ「大変じゃ!閉じ込められたのじゃ!」

シュヴァーンはその場に座り項垂れ胡座をかく。

シュヴァーン「……アレクセイだな。生き埋めにするつもりだ」

フレン「馬鹿な、あなたがいるのに」

シュヴァーン「今や不要になったその剣さえ始末出来ればいい、そういう事だろう」

ユーリ「それでエステル使ってデュークを誘き寄せたって訳か。つくづくえげつない野郎だぜ」

ユーリはそう吐き捨てる。

リタ「ちょっと、おっさん!なんでそんなに落ち着いてんのよ!」

逃げ道を探そうと祭壇の間を調べていたリタは、シュヴァーンに振り返ってそう言うと睨みつける。

シュヴァーン「俺にとってはよくやく訪れた終わりだ」

項垂れたまま彼は言う。

ジュディス「初めから……ここを生きてでるつもりがなかったのね」

フレン「シュヴァーン隊長……」

レナ(……あなたの過去は知ってる。何もかも失って、その上望まぬ命を手に入れてしまった。でも、だからこそ、ここで諦めるなんて許さない)

顔を少し俯かせつかつかと早歩きで少女はシュヴァーンに近づく。下を向いたままの彼の頬を叩いた。それでも、体制を崩すことは無かったが。

レナ「……けるな……ふざけないで!勝手に終わった気にならないでよ!!みんなとの旅が演技だったとしても、ドンが死んだ時の怒りは嘘じゃないんでしょ!?」

レナの瞳は涙が滲んでいた。彼女が泣いて怒って感情的になるなんて珍しい……なんてシュヴァーンは頭の隅で思っていた。ユーリが続くようにシュヴァーンの肩を掴み揺らす。

ユーリ「そうだ、最後までケツ持つのがギルド流……ドンの遺志じゃねぇのか!最後までしゃんと生きやがれ!」

二人の声は神殿内に響き渡った。シュヴァーンはしばらく何も応えないままだったが、やがて顔を上に向けた。

シュヴァーン「……ホント、容赦ねぇあんちゃんたちだねぇ」

シュヴァーンはレイヴンの口調で言うと、立ち上がり弓に矢をつがえた。扉に向かって真っ直ぐに射る。瓦礫が弾け飛び、人が通れるくらいの通路ができた。が、再び轟音が響いた。石造りの天井が崩れてきたのだ。危ない!!とさけぶパティの声。逃げようにも間に合わない、ユーリの焦る声が聞こえた。レナの力でもそれはどうにもならない事だった。土埃が舞って目を瞑る。次に目を開けた時レイヴンが天井を支えていた。額から血を流し左胸の魔導器(ブラスティア)は異様な光を放っている。カロルがレイヴン!!と叫ぶ声が反響した。

リタ「ちょっと!生命力の落ちてるあんたが今魔導器(ブラスティア)でそんな事したら!」

焦った声で彼女は言った。

シュヴァーン「長くは保たない……早く脱出しろ」

彼は苦しげに呟いた。おっさん!と叫ぶユーリの声とシュヴァーン隊長と叫ぶフレンの声。その声を背にレナは、髪を留めていた白いリボンのバレッタを外して、レイヴンを助ける力をと祈りながら力を込めるように握った。実際建前で、本当にその力を込められたかは怪しかった、でも信じるしかない。じゃないと、少女は先がわかっていても涙が止まらなくなりそうだった。

シュヴァーン「アレクセイは帝都に向かった。そこで計画の最終段階に進めるつもりだ。あとは……お前たち次第だ」

レイヴンがそう告げたのを聞いてレナはそれを、彼に近づいて破けている制服に付けた。レイヴンが何を……というのを少女は遮った。

レナ「きっとあなたを守ってくれる。ここでさよならなんて許さない。やっと、シュヴァーン(死人)から開放されるかもしれない、自由に渡り歩いていけるかもしれないんだから。必ず、これを、返しに来て……ワタリガラス(レ イ ヴ ン)

少女は初めてその名を口にした。半ば早口にレナはレイヴンに告げると、レイヴンが作ってくれた通り道の前にいるリタたちの方に歩く。カロルがレイヴン!レイヴン!!と泣き叫んでいる、ユーリは迷っていた心を決めて、行くぞカロルと告げた。カロルは名残惜しそうにギュッと目を瞑りレナ達の方に走り、ユーリ達は通路を走った。

 通路を走り隣の部屋まで逃げ込む。幸いここから出口までは瓦礫の被害が及んでいないかった。走り続けていたユーリ達は、背後からの凄まじい音にハッと足を止めた。おそらく、祭壇の間の天井が完全に崩れ落ちたのだろう。

カロル「うぅぅ……レイヴン……」

カロルが床に這いつくばり、泣き声をあげた。

リタ「バカよ……やっぱり仲間だったんじゃない……。バカ……バカ!」

リタは身を震わせ叫ぶ。

パティ「……なんでじゃ、なんで……こんな……」

パティは涙声で言うと俯いた。

レナ(……大丈夫。ルブランとデコボコが助けてくれる。それに、髪留めも上手くいっていれば彼を守ってくれるはず……大丈夫、大丈夫)

少女は不安をかき消すようにグッと手を握り、目から落ちてしまいそうな雫を耐える。

ユーリ「ぐずくずすんな!エステルを助けるんだろうが!!とっとと走れ!」

先を走るユーリが叫ぶ。フレンがさぁ、早くとリタ達を促した。カロルとリタ、パティ、フレン、レナはまた走り出す。

 バクティオン神殿の外へ出てみると、ヘラクレスが姿を消していた。

リタ「ヘラクレスがいない!?」

ユーリ「レイヴンの言ったとおり、ザーフィアスに向かったんだろうな」

レナがそれは囮……と言おうとして、声にならないことに歯噛みした。と、ユ、ユーリ・ローウェル!?な、なぜここにいる!?!?それにフレン殿もという声が聞こえた。ユーリ達の前から走ってくるのは、ルブランと二人の部下だった。

ユーリ「ルブラン!?それに、デコとボコもか」

デコとボコという言葉に、ルブランの後ろの二人は反論した。ルブランがその二人に、そんなこと言っとる場合か!と喝を入れた。

ルブラン「ちょうどよかった、フレン殿、我らがシュヴァーン隊長を見ませんでしたかな?単身、騎士団長閣下と共に行動されたきり、まるで連絡がつかんのです。どうも最近の団長閣下は何をお考えなのか……親衛隊は何も教えてくれんし。あちこちあたってみて、やっとここまで来たんでありますが……」

フレンは答えられない。代わりにユーリが、アレクセイについて答える。

ユーリ「アレクセイは帝都に向かった。ヘラクレスでな」

ルブラン「なんと、入れ違いか!?それでシュヴァーン隊長は……」

カロルとリタは俯いてしまう。

カロル「レ……シュヴァーンはボクたちを助けてくれたんだ」

リタは隣で悲しみと怒りで震えていた。

ルブラン「おお、そうか!で、今はヘラクレスか?」

見かねたジュディスが教える。

ジュディス「……神殿の中よ。一番奥」

また、背後で轟音が響く。ルブランと部下二人は、唖然とする。ルブランはハッとして、フレンに詰め寄った。

リタ「アレクセイのせいであたしたち死にそうになったのよ!それを助けてくれたのがあんたらのシュヴァーンよ!」

リタが叫びながらルブランに伝えた。

フレン「あの人は……本当の騎士だった」

静かにフレンは言った。

ユーリ「アレクセイは帝国にも内緒でなんかヤバイことをしようとしているらしい。オレたちはそれを止めに行く。あんたらも騎士の端くれなら頼むから邪魔しないでくれ」

ルブランはそんな、なにがどうしてと膝を着く。

パティ「早くしないとヘラクレスに逃げられるのじゃ」

ジュディス「急ぎましょう。バウルを呼ぶわ」

すぐにバウルが来る。レナはバウルに乗り込む前に、ルブラン達に声をかけた。

レナ「……諦めないで。貴方達の隊長はまだ、生きてる。お願い、彼を助け出して。貴方達だけが頼みなの」

静かに訴える少女に、ルブランはびくりと肩をゆらした。ルブラン達の返事を聞かぬままレナはユーリ達の後を追いかけて、フィエルティア号に乗り込んだ。

 バウルが運ぶフィエルティア号は海の上空を飛んでいた。

カロル「レイヴン……」

そう呟く少年の目にはまだ涙が滲んでいる。

フレン「シュヴァーン隊長はずっと騎士団長の懐刀と言われてきた。騎士団でもその姿を見ることは滅多になかったし、その任務は極秘のものばかりという噂だった」

ユーリ「レイヴンとして活動していたからだったんだな」

ジュディス「その懐刀すらアレクセイは捨て駒にしたのね」

ユーリ「やつの目的が大詰めを迎えたってことだろうな」

レナ「……彼はずっと、死に場所を探していた。アレクセイはその事を知っていて利用したんだよ」

レナ(レイヴン……エステル……)

少女は俯いて、アレクセイに対する怒りを抑えるように言う。

パティ「魚が腐ったようなやつじゃの、アレクセイ」

パティは怒りの籠った声で言った。

リタ「なんでもいいわ。今はエステルを助けるのが先。いいわね!?」

海の方に向いていた顔を勢いよくみんなの方に向け、喝を入れるようにリタは言う。ユーリ達は、力強く頷いた。

ジュディス「ヘラクレスは帝都に向かったのよね」

パティ「きっと海の上を渡っているに違いないのじゃ。見逃さないよう、みな目を深海魚よりも大きく開いておくのじゃ」

パティは双眼鏡を海の方に向け覗き込んでいる。

レナ「そう……」

だねと返事しようとした時、その声は音にならずふらりと少女の体が傾き倒れた。

レナ(……力、使い、過ぎたんだ)

薄れゆく意識の中、限界を超えていたことを悟り少女はだんだんと融通がきかなくなる体を悔しく思った。

ガタンっという音にフレンが振り返った。ちょうど少女の前にフレンが立っていた。彼は突然倒れたレナに声をかける。

フレン「!レナ……!しっかりするんだ!」

その声に、手を離せるユーリとリタがフレン達に駆け寄る。

ユーリ「どうした!?」

ユーリの問いにフレンは戸惑いながらも答える。

フレン「わからない……急に、倒れて」

どいて!とリタがフレンから退くように言う。リタは、急いでレナの状態をみた。レナの顔をは青白く、リタの背筋に冷たいものが走る。リタはレナの首を触った時、体温が低く、鼓動が弱いと感じた。つまりは。

リタ「……生命力が……落ちてる」

ポツリと呟いた彼女の言葉にユーリとフレンは目を見張った。コツコツとジュディスが来る。

ジュディス「やっぱり、そうなのね」

どこか納得したようにジュディスは言う。

ユーリ「やっぱりって、どういうことだ?」

ユーリはジュディスを見つめる。ジュディスは、軽く息を吐いてから告げた。

ジュディス「ミョルゾで長老さまが話してくれたでしょう。新月の子は短命で、それは力を使う度に命を削るから。レナは、今まで幾度も力を使って、立て続けにエゴソーの森、ミョルゾ、そしてバクティオン神殿で、力を何度も使ったわ」

ハッとしたようにリタが続きを言う。

リタ「つまり、その所為でレナの生命力が落ちてきてる?もしかして……このまま、この子が力を使えば、近い未来、レナは……」

その先が言えないリタの代わりに、ジュディスが言う。

ジュディス「……死ぬでしょうね」

そんな……とフレンは、少女を見る。

ジュディス「よくここまでもっていたと思うわ」

リタは今までの事を思い返す。そう、少女は魔術を発動させるのにも普通は魔導器(ブラスティア)からエアルを使う所を、生命力……つまり命を削っていた。少しづつとはいえレナの命を着実に蝕んでいったはずで、ましてや大きく生命力を使えば倒れてしまうのは必然的なのだ。短期間であんなに力を使えば、途中で倒れていても不思議じゃない。倒れる今の今まで、気力で立っていたに等しい。考え込むリタをよそにジュディスは続ける。

ジュディス「それに彼女、皆には隠してるみたいだったけれど、ミョルゾで力を使ってから、血を……吐いているわ」

ユーリとリタの目が分かりやすく大きく開いた。

リタ「……無茶しすぎなのよ」

ユーリ「できるだけ力を使わせないようにしようぜ」

ユーリは顔色の悪い少女を見つめた。

リタ「……そうね」

リタは俯きつつも頷く。フレンがレナを抱き上げる。

フレン「彼女を船室のベッドに寝かせてくるよ」

頼む……とユーリはフレンの背を見送った。

ジュディス(使わせないように……ね。でも、彼女はどうなのかしら)

ジュディスは、バクティオン神殿での事を思い返していた。

 次にレナが目を覚ました時、船室の天井と紫色の布が見え、人の気配がした。なぜ、ベッドに?と少女は思ったが、そういえばと自分が倒れたことを思い出した。

レイヴン「目、覚めたかい?嬢ちゃん」

聞き覚えのある声が、鼓膜を揺らす。レナはその方向を向いて目を見開く、レイヴンが居た。

レナ「レイ、ヴン……」

彼がいるということはヘラクレスに乗り込んだ後なのだろうか。少なくとも軽く一、二時間は眠っていたかもしれない。彼の名前を呼んだ少女の声は掠れ気味だった。

レイヴン「そうよ、それ以外の何に見えるのよ?」

レイヴンはそう言いながら、コップに水をついで体を起こした少女に渡した。レナはありがとうとそれを受け取って二口ほど飲む。

レナ「みんなは?エステルは?」

レイヴン「甲板にみんな居るよ、お姫さんは……」

言葉途切れさせて下を向く彼に、レナはまだであることを知る。少女はそっかと相づちをうった。

レイヴン「そうだ、これ、ありがとうね」

と言って、少女に差し出したのは白いリボンのバレッタ。

レイヴン「オレがルブラン達に助けられた時、これを中心にオレを守るように光っていたらしいのよ」

レナは、少し目を見開いて、よかったともらした。

レナ(……役に立ったんだ)

レイヴン「必ず返して、なんて言うもんだから……しょうがなく、ね」

レナ「ほんとに生きてて、よかった、レイヴン」

白いリボンのバレッタを受け取って、レナは目尻に涙を浮かべて微笑みながら言った。僅かにレイヴンが、ビクリとする。なにか言おうとして彼はやめた。少しの静寂。レナは左右の三つ編みを結い直しバレッタを使って後ろに留めると、ベッドから降りる。

レナ「レイヴン、行こっか」

少女はレイヴンの方に振り返り笑う。立ったまま動かないレイヴンにどうしたのかとレナは見つめた。

レイヴン「……青年たちにケジメで一発貰ったんだけど、嬢ちゃんはどうする?」

彼が先程言いかけたのはこれだったのか。頬をポリポリとかきながら、おっさんは気まずそうに言う。

レナ「んー、じゃあ、手、出してくれる?」

ちょっと考えてそういったレナに、何かを察したレイヴンが分かりやすく嫌そうに手を差し出した。レナはその手に向かって、勢いよく手を振り下ろす。パンっ!と気持ちのいい音がなり、両者ともジンジンと痛む手をもう片手でおさえた。

レイヴン「……いって〜っ」

レナ「ふふっ、これで勘弁してあげる」

面白そうに笑った少女に、レイヴンも笑う。

レイヴン「レナちゃん、優しいんだか容赦ないんだか、わかんないわ」

手の痛みが引いた頃にレナ達は甲板へと出た。船室から出ると、ユーリ達が居た。

カロル「レナ!よかった、目が覚めんだね」

カロルがパタパタとレナに駆け寄る。

ジュディス「体はもう平気なのかしら?」

カロルとジュディスはホッとしたような表情でレナを見る。

レナ「うん、大丈夫だよ」

少女はニコリと笑った。

リタ「これからエステル助けに行くのに、また倒れたりなんてしたら許さないから」

リタはそっぽを向いて言うが気にかけるような優しい声だった。

ユーリ「そうだな、あんまり無茶させられねぇよな」

困り眉を作って彼は笑う。

レナ「……ユーリ」

パティ「見えた、帝都なのじゃ!」

と、パティがみんなに知らせるように声を上げた。ハッと気持ちを切り替えてユーリ達は帝都の方を見る。青く澄み切っていた帝都の空は赤黒く濁り、濃いエアルが渦巻いていた。カロルがなにかに気づいたようにあれ……?と首を傾げる。

レイヴン「おいおい!結界がないぜ」

続いてレイヴンが驚きの声を上げた。しっかりと守っていた結界が綺麗に消えていたのだ。

ユーリ「アレクセイの野郎の仕業か」

ユーリが悔しそうに空っぽをの空を睨んだ。

パティ「したい放題じゃの……アレクセイ」

ジュディスはこのまま行くわよ?とユーリに確認をとる。ユーリは頷いた。エステル、どこにいるの?とリタが心配そうにつぶやく。

レナ(……エステル)

少女は、エステルを気にかける感情とアレクセイに対する怒りを持ちながら帝都の空を見つめた。

カロル「どうやって探そう……こんなおっきい街……」

ジュディス「エアルの流れを追うわ。アレクセイがエステルと聖核(アパティア)を使って何かしようとしてるのなら必ずエアルの乱れが生じてるはず」

バウル!とジュディスは呼びかけた。やがてバウルが鳴き声をあげる。

ジュディス「……見つけた」

ジュディスがそう言うと、カロルが下界に目を凝らした。そしてすぐに、あそこ!と指さす。カロルが指した先は、ザーフィアス城だった。ひときわ高く聳え立つ、剣の形をした部分に、見覚えのある球体が小さく見える。

リタ「エステル!」

リタが彼女の名を呼ぶように叫んだ。

レイヴン「アレクセイもいやがる」

エステルの隣に見えた人影に、レイヴンは苦々しく吐き捨てた。

ユーリ「ジュディ、近づけてくれ!」

ジュディスはユーリに頷く。直後、バウルは急速に高度を落としながら旋回した。強風に煽られながらもユーリ達は、エステルが閉じ込められている球体に接近した。アレクセイはエステルと向かい合い、こちらに背を向けている。俯いていたエステルが、バウルに気づいて顔をあげた。と同時に、アレクセイは聖核(アパティア)を掲げる。ユーリが床を蹴り、そのままフィエルティア号の舳先によじ登った。エステル!とユーリとリタが呼びかける。エステルの悲鳴が聞こえ、力が発動した。ユーリがイラついたように元凶のアレクセイの名を叫ぶ。

エステル「いや!力が抑えられない!怖い!」

その恐怖に泣き叫ぶ彼女に、ユーリが励ます。

ユーリ「弱気になるな!エステル!今助けてやる!」

そう言って彼は、舳先を強く蹴った。球体に向かって飛ぶユーリ。レナはその彼に手を伸ばすエステルを見た。しかし二人が触れ合うことは許されなかった。アレクセイが聖核(アパティア)を操作するのを見た瞬間、エステルの力は眩い光となって炸裂する。爆風にもにた圧力がユーリを激しく押し戻した。うわああっ!とユーリは悲鳴をあげ、フィエルティア号の左舷(さげん)を掠める。カロルがユーリ!!と叫ぶ。かろうじてユーリは船体とバウルを結んでいるロープを掴んだ。

レナ「っ……エステル!」

救われる運命がないと諦める彼女に、そんなことは無いと伝えたくて少女はエステルに近づく。けれど強風に煽られて思うように行けない。エステルは絶望的な目をみんなに向けて、涙が頬を伝う。

エステル「これ以上……誰かを傷つける前に……お願い……」

―殺して。

声にならない囁きが伝わる。悔しげに少女は唇を噛んだ。瞬間、エステルが絶叫する。圧倒的な爆風がバウルをもぎとる。ユーリ達は声も出せないまま、ザーフィアスの虚空に舞い上げられた。少女は考える、どうすれば彼らを守れるかを。されど、何も思い浮かばなかった。

 少女が目を覚ました時、ぼやける視界に見えるのは木々と少し離れたところに横ったわっているバウル。ハッとあちこち痛む体を起こして仲間達の状態をみる。あの高さから投げ飛ばされたのだ、どこかしら折れていても不思議じゃない。皆、まだ気を失っているようで呼吸はとても辛そうだった。その状況は幸か不幸か少女にとっては好都合だった。なぜなら、誰にも止められることなく、力を使えるから。ジュディスはレナが大きく力を使うと、負担が限界を超えて吐血していることに気づいている。なおさら、秘密裏にやりたかった。レナは、胸の前で手を握り祈る。前の世界の時にゲームでエステルが使っていた治癒術の詠唱を思い出し、軽く息を吸って口に出した。

レナ「……白き天の使い達よ……その微笑みを我らに……ナース」

レナの体が淡く優しい光を纏う。やがて術式によって構築されたナース達が、ユーリ達の傷に触れて風に乗るように駆けて消えていく。少女の周りにもナース達は来て傷を撫でて消えていった。レナは術を使った時の痛みがくると思って身構えていたが、レナの体にはいつもの痛みではなくて治したはずの傷のところの痛みとそれに似た痛みが体のあちこちを襲った。痛む体に意識が段々と遠くなり、レナは糸が切れたようにその場に倒れ込んだのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無念と勇姿

 暖かな優しい風に撫でられる感覚の後にドサリと何かが倒れる音がそばで聞こえてユーリは目が覚める。

ユーリ「ん……生きてる……」

そう呟いてハッ!とユーリは立ち上がった。そして鈍い痛みに顔を歪めた。しかしその痛みはすぐに消えてなんとも無くなる。それにユーリは違和感をいだきつつも、皆を起こす。

ユーリ「……みんな生きてるか?」

呼び声に最初に答えたのはジュディスだ。

ジュディス「私はなんとか」

ジュディスも最初こそ眉に皺を寄せていたが、すぐにいつも通りのにこやかな顔になる。次にラピードが起き上がり、ワンとひと鳴きした。レイヴンが体を起こしあぐらをかく。

レイヴン「生きてるっちゃ生きてるけどねぇ。何本か骨いっちゃってるはずなんだけど」

あまり痛まない体を不思議に思って、レイヴンは首を傾げつつユーリに言った。次々と仲間たちは起き上がる。

パティ「船もメチャクチャじゃ……許すまじ、アレクセイ……」

立った時に眩んだのかパティは一度立つとふらりと座り込む。

カロル「ユーリ……いた……あれ?痛くない」

痛いよと言いかけた少年は、体を起こして不思議そうにした。確かに痛かったはずなのに……と呟いている。

リタ「エステルのあれ、(デイ)()戒典(ノモス)と似てた。多分、幾つも聖核(アパティア)集めて同じことをやろうと……」

上体を起こしたもののまだクラクラとするのか額を押えてリタは言う。ジュディスはここまで頑張ってくれたバウルにお礼を言った。ユーリはバウルを見て、しばらく運んでもらうのは無理そうだなと呟く。ジュディスはそうねと返事をしてどこかで休んでもらうわとバウルを見る。ユーリはバウルに労いの言葉をかけると、バウルは休める場所へ飛んで行った。カロルとリタがエステルは!と心配そうに言うが、自分の心配をしろとユーリに言われてしまった。ただ一人、少女だけは未だに目を覚まさないでいる。そろそろ起こした方がいいかしらねと頭を掻きながらレイヴンがレナに近づき、呼びかけた。

レイヴン「レナちゃん!朝よ!……っ」

相変わらず茶化しが入っている。横向きに倒れている少女を仰向けに変えた時、レイヴンの顔が焦りに変わった。

レイヴン「レナちゃんっ!しっかりすんだ!」

レイヴンの血相が変わったことに、ユーリ達がただ事ではないと察する。少女の皮膚に触れたレイヴンはその体温の低さに驚いていた。レナはレイヴンの呼び掛けに答えることはなく、体が痛むのか眉をひそめ顔色はフィエルティア号で倒れた時と同じように悪く、口元に手をやって息をしているか確認しないといけない程呼吸が浅かった。

ユーリ「なんで、レナだけ……?」

ユーリの疑問に、ジュディスとリタは違和感の正体に気がつく。

リタ「ねぇ、あんな高いところが落ちて、なんで私たち怪我がほぼない訳?」

震える声でリタは言う。

ジュディス「……まさかっ、なんて無茶を!」

思い返してみれば、目が覚める前のあのあたたかく優しいそれはよくエステルが治癒術を使ってくれる時と似ていたとジュディスは気がつき、焦った表情で目を見開き少女を見つめた。カロルが、なになに?どいうこと?と不安げにリタとジュディスを見る。

ジュディス「彼女が、私たちの傷を治癒術で治したんだわ」

内心は心配で気が気でないというのにその心情とは裏腹にジュディスは淡々と答える。

カロル「でも、レナが今まで治癒術を使うところ見たことないよ?」

ジュディス「今まではエステルがいたから使わなかっただけで、使えたのね」

ジュディスの答えにカロルはそういうことかと納得する。

リタ「なんでこの子はいつも無茶するのよ」

行き場の無い苛立ちと心配でリタはそう言った。

ユーリ「気持ちはわからなく無いが、レナが治してくれなかったらヤバかったかもな」

リタはでも!と泣きそうな顔をする。

ユーリ「後で説教すればいいさ」

パティ「うむ、今は休める場所とレナを診てもらう医者を探すべきなのじゃ」

ジュディス「そうね。ここはカプワ・ノールの近くみたい。ノール港の宿屋に行きましょ。そこなら安心して休めるはず」

ユーリは頷き、レナを抱き上げた。

レイヴン「いやな空だね。エアルが雲みたく渦巻いてやがる……災厄、か……」

レイヴンは赤くなった異様な空を見つめながら呟いた。ユーリ達は急いでノール港に向かった。

 ノール港では街人や商人、観光していた人達が騒いでいた。

ジュディス「大変な騒ぎね。無理もないけれど」

ユーリ「帝都の方も大騒ぎだろうな」

ユーリ達に街の人が話を聞こうと近づく。

街人「あんたらどっから来たんだ?なんか聞いたりしてないか?」

ユーリ「いや、オレたちは……」

とユーリが答えかけた時、あんたたちどうしてここにという声と共にいつぞやの助けた子供の親が駆け寄ってくる。

ティグル「ひどい有様じゃないか!何があったんだ?」

あちこち土埃で汚れたり、破けたりしている服に治りきらなかったかすり傷、そして顔色の悪い少女を見てティグルは驚く。

ユーリ「あんたか。ちょっと色々あってな、いい医者を知らないか?」

ティグル「ああ、知らないことはないが……」

レイヴン「んじゃ悪いけども宿屋まで連れてきてくんない?俺らもう歩くのもくたびれて……」

ティグルは分かった、まっててくれと言うと医者を探しに駆け出した。ユーリ達は先に宿屋に向かう。傷は治ったとはいえ、疲労はまた別。宿屋のベッドにユーリはレナを寝かせる。顔色は変わらず悪いままだ。コンコンとノックが聞こえ、ティグルと医者がやってくる。レナの傍に医者は移動し、診ていく。ふむ……と医者は少し険しい顔をした。

医者「こんな子供が、ここまで衰弱しているとは……可哀想に」

衰弱……という言葉に、リタは顔を俯かせた。

ユーリ「オレが抱き上げた時、痛そうにしてたんだが……」

医者「傷といった傷はないみたいだよ。この状態は何もしてあげられないね。自然に回復するのを待った方がいい。起き上がれるようになっても当分無理は禁物、安静に頼みますね」

わかったとユーリは返事をした。ティグルがお礼を言って頭を下げると、医者は部屋から出ていった。

ユーリ「助かったよ。ヘリオードから戻ってきてたんだな」

ケラス「はい。あの時はお世話になりました」

ティグルの妻、ケラスはユーリにお礼を言う。そしてパティをみて、あなたもこの方たちと一緒に?と首を傾げた。パティは床に座ったまま、のじゃと頷いた。

ユーリ「なんだ?知ってるのか?」

パティとケラスに関わりがあったことに少し驚きながらユーリは聞く。

パティ「ポリーを送り届けた時に一宿一飯のご恩なのじゃ」

ユーリ「ああ……ラゴウの屋敷を出た後な……」

ユーリは納得する。

ティグル「ノールも執政官が代わったおかげで前よりは随分暮らしやすくなったと思ってたのに、今度はあの空だ」

ポリー「それでね。ちょっと前にね、ドーンってすごい音がしてぐらぐらーってなったんだよ」

ポリーは身振り手振りで教えてくれる。

ケラス「今、役人の人達が様子を見に行っているとこなんです」

ポリー「ねぇねぇ、あのお姉ちゃんは?いないの?」

ポリーはエステルの姿が見えないことに気づいたようで、ユーリ達に聞いた。

ティグル「そういえばあの子なら、あの子供のことも治せるだろうに、どうしたんだ?」

ユーリの代わりにレイヴンが口を開いた。

レイヴン「……ある馬鹿野郎がさぁ悪い奴に渡しちまってね。それで今、追いかけてんのよ」

後悔と己に対する怒りで複雑な気持ちを抱えながら、レイヴンはなんともいえない顔をした。

ティグル「そうか……悪いことを聞いたみたいだな」

ジュディスはポリーに近づいて教える。

ジュディス「ごめんなさいね、今日はちょっとお休みなの」

ポリーはええーそうなんだ……と寂しそうに残念そうに肩を落とした。

リタ「大丈夫よ、今度また来る時はちゃんと一緒にいるから」

落ち込むポリーに、リタは励ますように、自分に言い聞かせるように言った。ポリーは下げていた眉を上げて、ぱぁと花を咲かせるように顔を輝かせて喜んだ。

ティグル「とにかく今はゆっくりやすむといいよ」

ティグル達は気を利かせて早めに退散してくれた。ユーリとラピードとレイヴンは情報収集に宿屋を出て、リタとジュディスはレナの様子を、カロルとパティは疲れた体を休める。ユーリが出ていってすぐに、レナは目を覚ます。椅子を持ってきてベッドの横に座っていたリタが気づいて身を乗り出す。

レナ「……ここ、は?」

リタ「レナっ!よかった……」

隣に立っていたジュディスが安心したように微笑んで答える。

ジュディス「目が覚めたようね。ここは、ノール港よ。具合はどうかしら?」

宿屋に着いた時とは遥かに顔色が良くなって頬に赤みがましている。

レナ「大丈夫みたい……」

リタ「あんたね、命削ってんだから力使うんじゃないわよ」

安堵していた顔は怒った顔にいつの間にか変化しており、リタの怒鳴り声をレナは浴びる。

レナ「でも、そうしないとみんな危なかった……よ?」

ここまで怒られるとは思っておらず、レナはビクビクしながらいいわけをした。

リタ「でもじゃない!それは、確かに助かったけど、あんたが無事じゃないなら意味ないじゃない!」

リタはレナのいいわけを一言ではたきおとし、さらに声を上げた。

ジュディス「そうね、あなた一人を犠牲になんて誰も喜ばないわ」

眉に皺を寄せてジュディスはリタの援護をした。

レナ「それは……その」

そう言われてしまえば少女は何も言えない。

リタ「大体あんた、いっつもそうじゃない。どうして無茶ばかりするのよ」

レナ「みんなを守りたいって思ったら、体が動いちゃうんだよ」

ジュディス「まるでエステルと同じことを言うのね」

レナ「えっ」

そう言われてみれば、確かにエゴソーの森で兵装魔導器(ホブローブラスティア)からエステルが守った時も同じようなことを言っていたなと少女は思い出す。唐突にドアが開き、ユーリとレイヴン、ラピードが帰ってきた。

ユーリ「レナ、目が覚めたんだな」

レナはこくりと頷く。

レイヴン「ほんと、よかったわ〜。おっさんひやりとしちゃったわよ」

レイヴンはいつも通りおどけながら言う。ラピードはしっぽを振っていた。ユーリは早速、街での情報を話し出す。

ユーリ「エフミドの丘に大きな穴が空いてて、通れなくなってらしい、多分ヘラクレスの時のやつだと思う」

レイヴン「よりによってえらいとこに当たっちまったもんだねぇ」

ジュディス「街に当たらなかったのがせめてもの救いね」

ジュディスは腕を組む。

レイヴン「んで、どうするよ」

リタ「エフミドの丘が抜けられないなら船で迂回するとか」

リタは提案するが、部屋に来ていたティグルがそれは無理だと言った。

ティグル「少し前に遠出できるような船は全部騎士団が持っていってしまったんだ。お陰で今、港は空っぽさ」

レイヴン「フィエルティア号を修理して、港から回るってのはどう?」

船のことをよく知っているパティに聞くようにレイヴンは提案する。

パティ「船の竜骨がグチャグチャで、ちゃんと修理するには、時間がかかるのじゃ」

パティは船の惨状を思い出しながら答える。

ユーリ「くそ、一刻を争うってのに」

焦っている彼に、ティグルは切り出す。

ティグル「……方法は無いこともない。あまりお勧めできないがね」

ユーリ「手があるなら教えてくれ。オレたち急いで帝都に行きたいんだ」

ユーリはティグルに歩み寄る。

ティグル「大きく遠回りすることになるんだが……エフミドの丘の手前を北に行くと山と海に挟まれた細い海岸がある。その先は行き止まりなんだが、今の季節、そこに流氷がたくさん流れつく」

レナ(……ゾフェル氷刀海か)

ジュディス「ゾフェル氷刀海ね」

ティグル「そう。あそこの流氷は運が良ければつらなって道になるんことがあるんだ」

パティ「つまり、そこを通っていけば、大陸の真ん中の方に迂回できるわけじゃな」

カロルが渋い顔でゾフェル氷刀海か……と呟く。

カロル「あの辺は気味悪い噂が色々あって、漁師も近づかないって話だよ」

ティグル「それに自然のことだから、必ず通れるとも限らない」

レナ「……自然はむしろ、人の敵であること方が多いからね」

話を聞いていた少女は、元いた世界でも自然災害で命を落とした人がいることを思い出す。

レイヴン「なかなか穿ったことを言うわね、レナちゃん」

ベッドの上にいるレナをみてレイヴンは呟く。

リタ「それしか方法がないなら行くしかないでしょ」

私は行けると強気な顔でリタは言う。ユーリはそれを見て行こうとみんなに声をかける。そして、ティグルに世話になったなとお礼を言った。

ティグル「いいって、君たちはうちの一家の恩人なんだから。その代わり、うちの子の期待を裏切らないでやってくれ」

気前よくティグルは言う。カロルが、頷いてまかせてよ!と元気に言った。ユーリ達は宿屋を出る。

ユーリ「レナ、体はほんとに大丈夫なのか?」

外に出たユーリがレナの方に振り返る。

レナ「へーきだよ、大丈夫」

体に蓄積され続けてきた代償はそう簡単に全て回復する訳では無い。確実に少女の命を蝕んでいることに違いは無いのだが、レナは今はみんなの足でまといになりたくなかった。

ユーリ「……そうか」

ユーリは、レナのへーきをあまり信用していない。少女の平気じゃない時の嘘の言い方だからだ。けれど、立ち止まってはいられないと前を向く彼女の意思を尊重したいからこそ、それ以上は何も言わない。リタも心配そうにレナを見ながらも前に進むことを選んだ。

 ノール港から北に進むと寒さがユーリ達を襲う。次第に雪がちらつきだし、ゾフェル氷刀海に着く頃にはさらに勢いを増していた。

 

―ゾフェル氷刀海

 

 吐く息は白く、足元に続いている流氷の道も分厚くなってきているようだ。先頭をユーリとラピードが歩き、その後ろをカロル、ジュディス、リタ、レナ、レイヴンが続く。みな寒さを堪えるように唇を引き結んでいた。

レイヴン「ううう……ううううう、寒い寒い寒い」

レイヴンが体をぶるぶるっと震わせる。

リタ「おっさん、ウザイ」

リタは腕を組んでレイヴンを睨む。

レイヴン「年寄りは体温高くないのよ。あー砂漠の暑さが懐かしいわ」

レイヴンは震える体をさする。

ユーリ「無駄口叩いてるとこけるぞ……て、言ったそばから」

呆れたようにユーリは片手を腰に当て、レイヴン達を見下ろす。カロルが足を滑らしたようで、レイヴンを巻き込んだのだ。

レイヴン「あたー、しゃんとしてよ。年寄りは繊細なんだから」

カロル「……ご、ごめん」

レナは大丈夫?とカロルに手を貸した。カロルはうんと言って、レナの手を掴み立ち上がる。

レイヴン「レナちゃん、おっさんも〜」

レイヴンがレナに手を伸ばす。仕方ないと、軽くため息をついてレイヴンの手を掴んで引っ張った。

ユーリ「しかしすげぇところだな。不思議っつーか不気味っつーか、氷から剣が生えてんぞ」

辺りを見渡したユーリがそう呟く。

リタ「あちこちにあるわよ。なんなのよここ!?」

リタの叫びにパティが答える。

パティ「昔の海賊と帝国が争った名残なのじゃ」

レイヴン「ん?そ、そう言や、なんかそんなのき、聞いたことあるな」

レイヴンは寒さでどもりながら言った。ユーリがよく知ってんなそんなことと、感心したようにパティを見る。

パティ「……アイフリードのことを調べてた時に収集した情報なのじゃ」

ジュディス「刃のように冷たいから氷刀海。…。と思っていたけど、こういうことなのね」

納得したようにジュディスは言った。

レイヴン「刃のように冷たいってのも間違ってないと思うなぁ。ううううさぶさぶ」

レイヴンは手を擦り合わせている。

その時、ラピードが海に向かって激しく吠え出した。

リタ「なにどうしたのよ……って、ひゃあ!!」

リタは水面下を巨大な影が泳ぎ過ぎるのを目の当たりしにして、体をのけぞらせた。ユーリとレイヴンもそれを見て驚き、パティがよく見ようと走りだす。

カロル「ちょっ、なにいまの!?」

恐ろしそうな表情でカロルはユーリ達に振り返った。

リタ「大きい……まさか始祖(エンテ)()隷長(ケイア)?」

リタはジュディスに視線を向ける。ジュディスは今通った影に交信を試みる。

ジュディス「……違うわね。知性が感じられないもの」

カロル「ってことは魔物でしょ!?襲ってこられたら大変だよ」

カロルはぶるっと身を震わせた。パティが、バイトジョーなのじゃと魔物の名前を言う。

パティ「背骨がガチガチのピカピカで、とっても丈夫な体の魔物なのじゃ」

ユーリ「ほっときゃ襲ってこないだろ。相手にすんなって、行くぞ」

最初は驚いたもののユーリは気にすることなく一人先に進み出す。それにみんなも続くが、カロルがなかなか来ないのでカロル!とユーリが呼ぶとハッとしたようにカロルは来た。

 流氷の上を進んでいくと、度々バイトジョーの影が水面下をチラつく。遂には、歩いていた流氷を壊された。カロルが急なことに、うわわ!!と大き声を上げる。それにリタが驚きすぎと呆れたようにつっこんだ。

ジュディス「どうやら気に入られてしまったみたいね」

ユーリ「強引なお誘いはお断りしてぇな」

パティ「なんとか捕まえられんかの」

ユーリ「捕まえて食うのか?」

パティ「寒い海に住む魚は寒さから体を守るため脂身が多くて美味いのじゃ。白身ならおでんの練り物に最高なのじゃ」

ニコニコと笑って話すパティに、カロルが冷静にツッコミを入れる。

カロル「いや、あれ、魚じゃなくて魔物なんですけど……」

仕方ないとユーリ達は別の道を歩き出す。またその先でも、流氷は壊された。レイヴンが飛沫をかぶったようで、しょっぱい、冷たいと身体を震わせた。

ユーリ「おっさん、元気だな」

レイヴン「さ、騒いでないと、ほ、本気で凍えそうよ、ぶ、ぶえっくしょい!!」

歯をガチガチ言わせて、大きなくしゃみをするおっさん。

レイヴン「パティちゃん……こんな時こそホ、ホッカホカのおでん……」

パティ「凍えてしまってるのじゃ」

パティは冷えて固まっているおでんを取り出す。

レイヴン「ぎゃ、どっひゃあ!」

大袈裟に驚くレイヴンに、リタがウザ……とレイヴンを睨んだ。また別の道を進むユーリ達だが、流氷はどんどん壊されていった。

ジュディス「変ね。あの魔物、邪魔する時としない時があるみたい」

ユーリ「ああ、なんか気に入らないな」

カロル「こんなに分厚い氷の上にいれば、襲われる心配はないと思うけど……」

パティ「襲ってきたら、返り討ちなのじゃ。どんと来いなのじゃ」

ユーリ「でも今、あんなのと真正面からやり合うのはできるだけ勘弁だな」

リタ「早いとこ、地面の上に戻りたいわね」

レイヴン「それと、暖かいとこにね。はーっくしょい!!」

レイヴンは一際大きいくしゃみをした。寒いからか、流氷の上を渡り出してから全く喋らないレナをジュディスは気にかける。

ジュディス「レナ、大丈夫?」

急に声をかけられたレナは、へ?と間抜けな声を出す。

ジュディス「さっきから喋らないから、やっぱりまだ具合が悪いのかしらと思って」

彼女は表情にはでないものの心配はしているというのがわかる。

レナ「平気だよ、寒すぎて体力奪われそうだから温存してた」

白い息を吐きながら、少女はニコリと笑った。そう?ならいいんだけれどと、ジュディスは腕を組んだ。

 さらに先に進んで行くユーリ達。レナはふと胸苦しさを覚えた。それはリタとカロルも同じみたいでちょっと辛そうだ。きっとエアルが濃いのだろうなとレナは思った。辺りを見渡していたレイヴンが立ち止まった。

レイヴン「おろ、なんだこりゃ。どっかで見たような……」

レイヴンの呟きに、みんなが足を止めた。リタはそれを見て驚いて叫ぶ。

リタ「これ、エアルクレーネじゃない!」

ユーリ「こんなとこにもあったんだな」

ユーリは感心したように氷に囲まれたエアルクレーネをしげしげと観察した。

ジュディス「でもエアルが出てないわね。枯れた跡なのかしら?」

リタ「その割にこの辺は荒廃していないみたいだけど」

レナ「ねぇ、ここから離れた方がいい気がす……」

レナを遮ってラピードが低く唸り始め、ジュディスがみんなに注意を呼びかける。みんなの視線の先には、バイトジョーがいた。カロルが、うわまだ出た!と体を仰け反る。

レイヴン「大丈夫っしょ。ここ岩の上よ」

レイヴンが余裕そうに構える。バシャーン!と大きな音をたてて、突然魔物が海から飛び上がる。冷たいしぶきを浴びてラピードが唸る。その横でレイヴンがあらまと呟いていた。海中に戻ると思われた魔物は翼を広げ、宙に留まる。ユーリ達は魔物とエアルクレーネの挟まれ格好の獲物となってしまう。

レナ「!みんな、ここから、離れて!!」

ハッとしたレナがみんなに慌ててそう叫ぶが、間に合わずエアルクレーネは魔物に反応して輝き始める。瞬間放出される大量のエアルがユーリ達を襲った。みな、その場にうずくまって動けなくなってしまう。

リタ「エアルクレーネが!?」

レナ「っ……う……くぅ」

リタ「!レナっ!」

大量のエアルに反応した新月の子の力が、レナの意思に関係なくエアルを鎮めようと発動する。赤い光をまとい、少女は痛みに耐えようと胸を抑える。その力で数秒だけエアルの量が少なくなった。今のうちとユーリは近くにいたカロルを突き飛ばした。突き飛ばされたカロルは氷の上を転がる。そしてエアルの量は増えていく。

ジュディス「……まさかエアルクレーネを狩りに使う魔物がいるなんて」

ジュディスは苦しそうに言う。

レナ「!ぐっ……ぅ……」

力の発動に限界がきたレナは更に辛そうな表情になり、エアルの量は徐々に増えていく。

リタ「すぐそうやって、無茶する……!」

息苦しさを耐えるようにリタは言った。

レナ「っわ、たしの……意思で、やっ……たんじゃ、ない……よ……」

ハァハァと息を切らしながらレナはリタに反論した。リタはそれを聞いて俯いた。

リタ(それってつまり、エステルと同じように力が強くなってるってこと?)

二人のやり取りの中、魔物がカロルの方を向いたのを見てユーリはカロルに逃げように叫ぶ。

カロル「そ、そんな!みんな食べられちゃうよ!」

逃げろと言われたが、立ち上がってもカロルひとりで逃げるなど出来ない。魔物を睨みつけていたカロルは、やがて震える手で武器(ハンマー)を取り出す。

ユーリ「一人で勝てる相手じゃねぇだろうが!」

自由の利かない体で、ユーリが怒鳴る。でも!!とカロルが声を上げた時、魔物がカロルに気づいて体の向きを変えた。魔物は鋭い牙をむき出しにして不気味な声で吠える。

カロル「ひっ……!!」

縮み上がりながらも、カロルは魔物とエアルクレーネを見比べた。

カロル「ボクがやらなきゃ……今やらなきゃ……」

やめろとユーリはカロルを呼ぶ。カロルは震える手で武器を構えて振り上げた。

カロル「今やらなくていつやるんだぁ!!」

再び魔物はカロルの方を向き、やあああ!!とカロルは掛け声と共に魔物に突撃した。

レナ「っ……カロル」

痛む胸をおさえながら顔を上げた少女は魔物に弾き飛ばされるカロルを案ずる。何度も何度も地面を転がり、遂に武器が手元を離れ遠くに飛ぶ。立ち上がり、魔物によってできた傷をおさているカロルをユーリ達は見ていることしか出来ない。

ジュディス「カロル!もう無茶はやめなさい!」

ユーリ「見てらねぇ!頼むから逃げろ!」

パティ「それ以上やってら、死んでしまうのじゃ……!」

三人はボロボロのカロルに声をかける。

カロル「だ、大丈夫だから……」

そういった少年に、リタは悲痛に叫ぶ。

リタ「大丈夫なわけないじゃない!」

カロル「大丈夫なんだよ。だって、みんながいるもん」

ユーリ「カロル……おまえ……」

カロル「ボクの後ろにはみんながいるから。ボクがどんだけやられても、ボクに負けはないんだ」

息切れしながらもカロルは言った。レナの隣で、レイヴンが心臓魔導器(カディスブラスティア)を押えてくやしげな表情をうかべる。

レイヴン「動けよ、くそ!このままじゃガキんちょが……」

レナ「……カロルっ……うっ、くぅ……」

エアルクレーネを完全におさえる程の体力など、少女にはもう残ってない。出来ないことに歯がゆい思いをする。カロルは武器を取るために走り出す。魔物もカロルに向かって飛ぶ。カロルが武器を掴んだ、と同時に魔物はカロルを上空に飛ばした。カロル!!とユーリが叫ぶ。ジュディスはカロルのしようとしていることに気づく。

カロル「ボクの勝ちだ!!」

上空で剣を構え、自由落下しながらエアルクレーネと反応している魔物の角に傷をつける。エアルクレーネは活動をやめ、ユーリ達は体が自由になったと共にカロルの元へ駆け出す。カロンを魔物から守るようにユーリ達は立つ。

レイヴン「まったくとんでもないことする少年だねぇ。生きてるかぁ?」

剣を杖代わりに立つカロルにレイヴンは声をかけた。カロルはみんな!と息絶えたえに見上げる。

ユーリ「悪ぃ。ちょっと道が混んでてな。いけるか?」

ユーリはカロルの方を振り向く。

カロル「も、もちろんだよ!」

カロルは再び足に力を入れた。

ユーリ「よし、食らった分、倍返しにしてやろうぜ!」

ユーリの声を皮切りに、みんな武器を構えて魔物に攻撃していく。レナはみんなの傷や支援を担当した。しばらくして、バイトジョーは氷の海に落ちていく。

パティ「やったのじゃ!」

パティが嬉しそうに言った。

リタ「ひとりであんな無茶してバカ……」

リタがカロルの方に振り向いて声をかけると同時に、カロルはその場に倒れ込む。リタは慌ててカロル!と叫び、ユーリが急いで傍により体を支えて呼びかける。

ユーリ「カロル!おい!カロル!!」

レイヴン「おい!しっかりしろガキんちょ!」

ジュディスがカロルの状態を見る。

ジュディス「……大丈夫。安心して気がゆるんだのね。気を失ってるだけ」

リタ「……ったく、エステル助けに行くのにあんたが先にやられちゃったらどうすんのよ」

とは言うもののリタの顔には心配と書いてある。

レイヴン「ま、そういいんなさんな。男にゃ勝負時ってのがあるのよ」

レイヴンはリタをなだめるように安心させるように言った。おかげで助かったわとカロルに優しい眼差しを送る。

ユーリ「ああ、カロルがいなかったら、オレたち今頃あいつの胃の中だ」

勝負時……とパティが呟くのを聞いていたレイヴンが、そうそうと頷く。

レイヴン「どうしても逃げたらいかん時ってやつがね。誰でも一度はそういう時があるもんよ」

それを聞いたパティはなるほどなと目を瞑り頷いていた。カロルの横にいたレナは、カロルの手を優しく握る。

レナ「……聖なる活りょ……」

くと詠唱を続けようとして、空いていた方の手をユーリに掴まれて中断される。急に掴まれたことに驚いてレナは彼を見上げた。

レナ「ユーリ?」

ユーリ「おまえもさっきのでだいぶキツイだろ」

確かにレナには勝手に発動した新月の子の力で戦闘に参加できるほどの体力もなければ、未だノール港での治した時の痛みも残ったままだ。けれど、気を失うほどボロボロになって頑張った少年を治したいと思うのは必然ではないだろうか。

レナ「大丈夫、平気だよ。だから、やらせて」

真っ直ぐにレナはユーリを見つめる。ユーリは仕方ねぇなと言った顔で掴んでいたレナの手を離した。リタが心配そうにこちらを伺っているのが少女に伝わる。レナはもう一度、詠唱する。

レナ「聖なる活力……ここへ」

淡く優しい光をレナは纏い、やがてそれはカロルへと移っていく。

レナ「……ファーストエイド」

魔術名を紡ぐと、カロルの軽い傷が綺麗さっぱり治る。代わりに、レナは皮膚が地面に擦った時のヒリヒリとした痛みを全身に受ける。その痛みに少女は顔を顰めた。

パティ「ほんとに、治癒術を使えるんじゃな」

パティがカロルとレナをみて呟く。

リタ「レナ、体は大丈夫なの?」

眉を下げてリタは言う。レナは安心させるように、ニコリと笑って大丈夫だよと返した。

ジュディス「さ、早くここをぬけましょ。軽い傷が癒えたとはいえ、弱ってるカロルにはつらいはずよ。レナも休ませないと」

ちらりとジュディスはレナを見る。

レナ(あ、圧を感じる)

リタはええと返事をし、ユーリはカロルにありがとな首領(ボス)と言った。ジュディスが続けて格好良かったわと声をかけた。レイブンがカロルを背負い、ユーリ達は出口に急ぐ。雪が徐々におさまり始めたのに気づいてレイブンが、大きく息を吐いてから出口っぽいかぁ?と呟く。

リタ「なによ、もう疲れたの?」

ぜえぜえ言っているレイブンにリタはそういった。

レイブン「年寄りは体力がないのよ……ジュディスちゃん、代わって〜」

ジュディス「あら、あなたの仕事を奪うつもりはないわ」

ユーリ「カロル……起きてるな」

カロルの顔が動いているのにユーリは気づく。

カロル「お、起きてない!」

素直に返してしまった少年は容赦なくレイブンの背中から落とされた。落とされたカロルは分厚い氷の上に尻もちをつき、あいた!と声を上げる。

パティ「カロルは狸寝入りが上手いの」

レイブン「こんな寒い中おっさんに労働させるとは、カロル君。君もなかなかやるではないか」

ユーリ「もう大丈夫か、カロル」

カロルは立ち上がって、片腕を上げて、うんと返事をした。軽い傷を治しただけのため、まだキツそうだ。

ジュディス「心配したのよ、とても」

パティ「うちもじゃ」

リタ「そんな風には見えなかったけど?」

リタはパティとジュディスを見て言う。ジュディスはおかしいわねとニコリと笑ってパティと顔を見合せた。

リタ「とにかく、もう無茶なことしないでよね。サポートしきれないわ」

レナはリタに同意するように首を縦に振る。カロルはニコニコしながら、うんと頷く。それを見てユーリが、なーにニタニタしてんだ?とつっこむ。

カロル「ひどいな、ユーリ。……ドンの言葉を思い出してたんだよ」

どこか遠くを見つめるカロル。

ユーリ「仲間を守ってみろ、そうすれば応えてくれる……だったか?」

カロル「うん。あれってこういうことだったのかなって」

ユーリは空を見上げてから、カロルに視線を戻す。

ユーリ「それがおまえが見つけた答えって事か。なら、きっと正解だよ」

カロル「そうだといいな」

ユーリ「さ、出口はすぐそこだ。とっとと抜けちまおうぜ」

カロルは首を縦に振る。考え込んでいるリタにジュディスがどうかしたのかしら?と声をかける。

リタ「うん。ここの氷ってエアルから生まれたのかもしれないって」

氷が?エアルから?とカロルは首を傾げる。

ジュディス「あらゆるものがエアルからできているなら当然ね」

リタ「ここのエアルクレーネはある意味、すごく安定してた。魔物が操れる程にね。もしかしたら大量に物質化できたらエアルは安定するのかも」

考えをまとめながらリタは話す。

レナ「つまり、エアルの乱れを解消できるかもしれないってこと?」

レナの問いにリタは分からないと続ける。

リタ「そのためにはもっと効率が必要だろうし、量だって……」

リタは不安そうな顔をした。

パティ「でも、確かにそれができたなら、スゴイのじゃ」

パティは顔を輝かせる。

レイブン「もっとここのエアルクレーネ調査したいのかい?」

リタ「ううん。今はそんなことしてる時間はないわ」

リタは首を横に振る。

ユーリ「ああ。思わぬ時間を食っちまったしな。急ごう」

リタは祈るように、エステル、無事でいて……と呟いた。ユーリは、何か気になるような顔をするがカロルに話しかけられてすぐに切り替える。

カロル「ここを出たらどっかの街で帝都がどうなっているか聞いてみようよ」

あいよう、とレイブンが返事をした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帝都へ

 ユーリ達はゾフェル氷刃海を抜けて、帝都の様子を聞こうとハルルの街へ向かった。着くと随分前と変わらず、結界魔導器(シルトブラスティア)であるハルルの木は咲き誇っており花びらが風に乗っている。ただ、前と違うのは帝国から逃げてきた避難民で溢れていたことだ。ユーリがキョロキョロと見渡す。

ユーリ「……えらくごった返してんな」

レイブン「帝都から逃げてきた連中よ。キレイな身なりしてんでしょ?」

レイブンにそう言われてよく見ればたしかに貴族をはじめとした身なりのいい人達だ。

リタ「今んとこ、ここの結界は異常なさそう」

ハルルの木を見上げてリタは言う。街に着いたことで安心したのかカロルが辛そうに膝に手を付き息を吐く。ジュディスが心配そうに眉をひそめ、カロルに大丈夫?と聞く。カロルはジュディスに返事をする気力もなくその場にたっていられなくなったのかレイブンに支えられていた。

レイブン「大丈夫じゃないみたいね」

ジュディスがカロルの額に手を当てる。

ジュディス「すごい熱。無理してたのね」

リタ「あんな無茶するからよ。ったく……ユーリ?」

避難民の中をじっと見つめているユーリをリタが不思議そうに呼びかける。

ユーリ「ん?あぁ、悪ぃ。宿屋に行ってカロルを休ませてやろうぜ」

レナ(下町の人たちの姿が見えないのが気になるんだ、やっぱり)

ここで無事だと知っているのはレナだけだ。ユーリ達は、宿屋へと向かった。宿屋の玄関に行くと、店主が人当たりのいい笑顔で出迎えてくれた。帝国が代わりにお金を出すから無料でいいと、ちょうどあと一部屋だったところをユーリ達は借りた。部屋に入り、カロルをベッドに寝かせる。熱が上がってきているのか、体を少し震わせ辛そうにしている。

ジュディス「あの避難民……帝都は大変な状況のようね」

レイブン「アレクセイの大将、一体なにをしでかすつもりなんだか」

パティ「……アレクセイは絶対、許せんのじゃ……」

レナ(アレクセイ……エステル……)

宿屋の椅子に座って少女は背もたれに体を預ける。

リタ「アレクセイなんてどうでもいい……エステルよ。あたしはエステルを助けたい」

どこか焦っている彼女にジュディスはそうねと返す。

ジュディス「でもそのためにはアレクセイを何とかしないと。それに、このままじゃ無策すぎるわ。またノール港まで飛ばされる訳にはいかないもの」

ユーリとリタはジュディスにそう諭されて俯く。

レイブン「どのみちカロルが回復するまでは動けないんだし、今のうちに情報集めてくるといいんでない?」

レイブンが重苦しい雰囲気を変えるように、努めて軽い調子で言った。

ジュディス「……そうね、ちょうどいい話も聞いたことだしね」

宿屋の主人が話していた内容をジュディスは思い返す。

ユーリ「……帝都のお偉いさんとやらが、長の家にいるって話だったな。行ってみるか」

そう言って部屋を出ようとするユーリはレイブンが来ないことに気づく。

レイブン「誰か少年の面倒を見るやつがいるっしょ?引き受けるから行っといで」

レナ「……ユーリ、ごめん、私もここで待ってる」

レナは申し訳なさそうに言う。ユーリはわかったと返し、リタはエステルの為にも体休めときなさいよと素っ気なく言う。ユーリ、ジュディス、リタ、パティ、ラピードは宿屋を出ていった。

 レイブンは、宿屋で貸してもらった桶に水を入れ、タオルを浸しある程度水気をとってからカロルの額にのせる。タオルがぬるくなる度に、浸しては絞ってを繰り返していた。レナはユーリ達が出てすぐ座ったまま踵を椅子にのせ、俗に言う体育座りをしてお腹と膝の間に顔を埋めてその音を聞いていた。少女の体を襲う鈍い痛みはハルルに来てからマシになったものの、万全とは言えない。大きく力を使う度に言うことを聞かなくなる身体が悔しくてレナは今まで我慢してきた泣き言が、なんだか零れそうになった。レナだって本当は痛いのなんてすごく嫌だと思っている。けど少女は実際ユーリ(彼ら)達と旅してきて、守るためならその痛みも耐えてきた。でも、命を削っているということは、きっとみんなと同じように長くは生きられないかもしれない、大人になれるかも怪しい……最初はそれでもいいと思っていた、けどゲームの住人としてユーリ達を見るのではなく、実際に生きている人間として接して見てきて心を動かして、そうしていくうちにゲームのストーリーその先も一緒にいたい願ってしまった。けれど、それが叶わないかもしれないと考え込み出すと止まらなくなって、少女の思考を負の感情が支配する。レナはよりきつく自分の体を抱き寄せた。そんな少女の事情を知ってか知らずか、レイブンはカロルから少し目を離しレナを見る。

レイブン「……嬢ちゃん、大丈夫?」

声をかけられたレナは体をビクッと震わせて、顔を上げ、大丈夫だよ?といつも通りを装った。

レナ(エステルを助けないとなんだから、こんなこと考えてる場合じゃないよね)

レイブンは少し疑うような目をレナに向けながら、そう?と返す。でもその声は何よりも優しい声で、そうだよと返そうと口を開いたレナは目頭が熱くなって、開いた口を閉じた。レイブンが驚いたように少し目を大きくさせた。

レナ「……あれ?なんで、だろ……。あはっ、ごめん、目にゴミ入っちゃったみたい」

レナは視界がだんだんと涙でぼやけて、目を瞬かせ言い訳を並べる。泣きたいわけじゃなかったのに、急なことに少女は焦る。レイブンがレナちゃんと呼びかけるのを遮って、レナは、ごめんちょっと出てくる、と言ってから部屋を出る。レイブンのまたレナを呼ぶ声がするが、無視した。カロルで大変なのに、負担をかけてはいられないと少女は思いながら宿屋を飛び出し極力人がいなさそうな場所に行った。レナが思いっきり走って立ち止まった瞬間、荒い息と混じって小さな嗚咽が混じる。

レナ「っ……ぅ……」

泣きじゃくるなんて久しぶりで、流しても流しても止まらない雫は手に負えなくなっていた。

 涙が止まったのは、十数分後だった。少女は流石にそろそろ戻らないと、きっとユーリ達が帰ってきている時間だろうと宿屋に急ぐ。宿屋の部屋に着いた時、無茶苦茶よ!つまりそれ全部エステルの負担ってことなのよ?とリタのまくし立てる声が聞こえた。レイブンが何か言っているのが聞こえ、レナは気まずいと思いつつもドアを開ける。みんな揃っていて注目を浴びる。

ユーリ「……帰ってきたか」

いつもよりも機嫌の悪い彼がいて、隣にリタが立っている。

レナ「……た、ただいま」

小さくそう言って、レナは椅子に座る。

レイブン「あ……と、そうそう、騎士団はどうしてんの?」

空気が悪くなったのを軽くするようにレイブンは明るい口調で聞く。

ユーリ「フレンが頑張ってるらしいが、どうにもならんだろ。連中には(デイ)()戎典(ノモス)もねぇ」

それを聞いてレイブンはふーむ……と考え込む。

ジュディス「フェローに聞いてみるわ。まだどのくらい時間が残されているかって」

ユーリは頷き、ジュディスはナギーグを使ってフェローと交信を試みる。ユーリはその間珍しく俯いていた。今の話で起きたらしいカロルが、ユーリを呼ぶ。ユーリはカロルの傍によった。

ユーリ「悪ぃ起こしちまったか。調子はどうだ?」

カロル「ごめん、また足引っ張っちゃって……帝都に行くんでしょ?」

まだ赤い頬で眉を下げてカロルは申し訳ない顔をする。

ユーリ「気にすんなって。オレたち助けてそうなったんだから。それより治すことに集中しろ」

ユーリは優しくそう言った。

カロル「うん、でも置いてっちゃやだよ。エステル、ギルドのみんなで助けるんだから……」

ユーリ「ああ、分かってる。さ、もう少し寝とけ。な?」

カロルはうんと言うと、目を瞑り眠りに入る。

ジュディス「つながらないわ。エアルが乱れているせいかも」

ジュディスは眉に皺を寄せた。

ユーリ「いいさ、どっちみち、アレクセイの野郎をぶっ倒すだけの話だ。だろ?」

とユーリはジュディスにふる。ジュディスはそれだけ?と首を傾げた。

ユーリ「……ちょっと外の空気吸ってくる。カロル、見ててやってくれ」

嫌な予感がしたのだろう、出ていこうとするユーリの腕にパティがしがみついて名を呼んだ。

ユーリ「何そんな顔してるんだよ、心配いらねぇよ」

なんともない振りする彼は、パティを優しくのけると部屋を出る。その後をラピードがついて行った。やがてカロルがもう一度目を覚ます。先程よりも顔色は随分と良くなり、頬の赤みも薄くなっていた。レイブンは消化にいいものを宿屋の食堂に頼んでカロルに食べさせ、レナ達も軽食をとった。ユーリをずっと待っていたがなかなか戻ってこない。レナだけはユーリがもうハルルにはいないことを知っていた。

リタ「戻ってこないわね、あいつ」

痺れを切らした彼女は苛立ち紛れにそういう。

ジュディス「そうね……あら?レナ、あなた目元が赤くなってるわ」

ちらりとレナを見たジュディスがリタに相槌をうちながら呟く。

レナ(まぁ、気づくよね……)

レナ「ちょっとね、花粉で痒くなっちゃって」

なんて笑いながら適当な嘘を少女はつく。

ジュディス「そうなの?私には、泣いたあとのように見えるけれど」

さすがジュディス、目ざといなぁとレナは思う。

レナ「……それよりさ、ユーリだけど……多分、もうこの街にいないよ」

話をすりかえるように言ったレナに、ジュディスはやっぱりと呟き、リタとパティはハッとした表情をした。カロルも聞いていたようで、すぐにユーリを追いかけようとなり、急いで身支度を済ませるとクオイの森へ向かった。

 森の中を歩き、いつ魔物が来てもいいように用心しながら進む。ふと、黒々とした茂みの陰から、のっそりと何かが姿を現す。

ラピード「クゥ〜ン」

ラピードだった、リタがホッとしたように胸を撫で下ろす。レナはラピードをひと撫でし、みんなでラピードの案内について行く。ラピードが歩みを止めると、その先に寝息を立てているユーリがいた。カロルは、ユーリの近くに行くと、バカ―ッ!と思いっきりユーリの耳元で怒鳴ると同時に、武器を振り下ろす。おわっ!?と驚きながらすんでのところで飛び起きてユーリはハンマーをかわした。寝起きで混乱しているユーリは、目をぱちぱちさせてやっと襲ってきたのがカロルであることを認識する。

カロル「バカ!アホ!」

カロルは容赦なくユーリに向かって、武器を振り回す。

ユーリ「ちょ、まて、おい!」

あんなに慌てている彼はなかなか見れないな、なんて頭の片隅でレナは思う。

カロル「トーヘンボク!スットコドッコイ!!」

振り上げられるハンマーからユーリは必死になって逃げ回る。

ユーリ「スットコって……待てって!」

カロルの後ろにいたリタは、言い訳は後で聞いたげるとユーリに向かって言うと詠唱を始めた。へ!?とユーリから間抜けな声が出た。

リタ「一回、死んどけ!!」

ユーリは魔術で吹っ飛ばされて、レイブンとジュディス、レナ、パティ達のところに落ちる。豪快じゃの、とパティが転がってきたユーリを見てつぶやく。

レイブン「はぁい。生きてる?」

ユーリ「……多分」

寝転がったままユーリは答えた。

ジュディス「目も覚めたみたいね。よかったわ」

ジュディスは手をニギニギしながら微笑む。

レナ「いい気つけ薬になったんじゃない?」

レナはジュディスの横にしゃがんで頬杖をつきながらユーリを見る。ユーリは起き上がって立ち上がると、土埃を払った。

ユーリ「ったくラピード、てめぇ見張りはどうしたんだよ」

ユーリはラピードを睨む。

ジュディス「この子が私たちを案内してくれたのよ。賢い子ね」

ジュディスはラピードを撫でる。

リタ「そこ行くと、どっかの馬鹿は大違い」

ユーリ「……おまえら分かってんのか?これから、なにしようとしてっか本当に分かってんのかよ?」

レナ「分かってるよ。むしろ分かってないのはユーリでしょ」

はっきりと言い返すレナに、ユーリは戸惑う。

カロル「ユーリだけで……ユーリだけでなんて駄目だよ!」

リタ「あんたひとりでなにするってのよ。あたしら差し置いてなにができるっていうのよ!」

パティ「うちらのことが不必要で、ユーリがうちらを置いていったとしても、うちらは世界中どこまでもユーリを捜してついて回るのじゃ」

三人は一緒になってユーリに訴える。

レイブン「ま、ようするに、だ。ひとりで格好つけんなってことよ」

ジュディス「もう少し信じてみてもいいんじゃないかしら?」

ジュディスはあくまでもにこやかにしている。

パティ「うちらはユーリを信じとるぞ」

レナ「一人で抱え込まずに、私たちを頼ってよね」

カロル「そうだよ。仲間でしょ!」

カロルの力強いダメ押しをされるユーリ。

ユーリ「……参ったね」

ふっと、ユーリの唇が綻ぶ。

ユーリ「……分かったよ、みんなで行こう。最後までな」

じゃのとパティが頷き、うん!とカロルが拳を握りしめ、当然よとリタが頷く。ラピードがワン!と吠え、レイブンが、そんじゃまぁ行ってみますか!と気合を入れた。

 

―デイドン砦

 

リタ「ちょっとなに寄り道してんのよ」

ユーリ「いや、騎士団がデイドン砦に集結してるって聞いたんでな」

ジュディス「フレンね?」

ユーリは頷く。

パティ「でももぬけの殻なのじゃ」

周りを見渡してパティは言う。

レイブン「どうやら入れ違いっぽいねぇ」

レイブンは後頭部で手を組む。

カロル「帝都に向かったのかな」

レナ「なら、どこかで出会えるかもね」

リタ「なんでもいいわよ。用がないなら、さっさと行くわよ」

腕を組み急かすように言う彼女に、ユーリはへいへいと返事をする。砦の上に人影が見えてユーリ達は見に行く。居たのはデュークだった。

ユーリ「おまえ……」

デューク「彼女を止められなかったようだな……」

ユーリに視点を置きながらも、レナも見つめる。

ユーリ「何言ってんだよ、まだまだこれからだ」

レナ「そうそう、エステルは必ず助け出す。あなたはそこで見ていなさい」

二人の強気な態度にカロルが引きつつも止める。

カロル「ユーリ、レナ……剣貸してくれたのに失礼だよ……」

ユーリは、笑いながらそうだなと言う。レナは、得にリアクションはない。

デューク「どうしてだ……?」

急な問いにユーリは首を傾げる。

ユーリ「…………?何がだ?」

デューク「どうして、こんな時に笑っていられる?」

ユーリ「根が呑気なんだから、だろ?」

デュークはユーリ達から顔を逸らし、愚かな……と呟く。ユーリ達もデュークから背を向けた。

ユーリ「ふっ、しょうがねぇ、それが生まれつき持った性だしな……行くぞ」

ユーリはカロルとレナに声をかけて歩き出す。

カロル「分かってるから……」

デュークが何が?と言わんばかりにカロルを見る。

カロル「ユーリが怒ったり、焦ったり泣いたりしなくてもボクたちは分かっちゃってるんだ。心の中では血が滲むくらい強く唇をかみたいくらいに悔しいってこと。ユーリはそれを押し隠すみたいに平然としてる。だから今にも絶望しそうなボクもここに立っていられるんだ」

カロルの語りに耳を傾けていたデュークは、ゆっくりと息を吐いた。遠くからユーリがカロルとレナを呼ぶ。カロルはユーリに今行くよ!と返す。

デューク「……それを私に言ってどうするつもりだ」

カロル「……そうだね。いつか、ユーリに言う。いつかね……」

カロルは急いでユーリの元へ走る。レナも歩き出した時、デュークは呟いた。

デューク「仲間か……しかし、希望はいつか絶望に変わる時が……来る……」

その言葉にレナは足を止めて、デュークに振り返った。

レナ「絶望に変わっても……彼らなら大丈夫」

デューク「……なぜ?」

レナ「なんでだろうね?何故か自然と、そう思えてしまう人達なの」

ふわりと微笑んで少女は言う。デュークもそれ以上何も言うことはなく、レナはユーリを追いかけた。

 帝都の前まで来た時、騎士団が集まっていた。

ユーリ「騎士団じゃねぇか。帝都に攻め込むとこか」

ジュディス「でも、足踏みしているみたい。なにかあったのかしら?」

カロル「そうだ、ねぇ、ユーリ、フレンが一緒に来てくれたら心強いんじゃない?」

いいこと思いついたとユーリをみてカロルが言う。

リタ「騎士団率いてるんでしょ。あたしらと来るのは無理なんじゃないの?」

と、話していると、フレンがこちらに気づいたらしく、ユーリ!みんな!と声を上げてユーリ達に近づく。

フレン「良かった、無事だったんだな。エステリーゼ様は……まだザーフィアスなんだな」

ユーリ「ああ、今のところはまだ、な。そっちは何やってんだ、こんなとこで」

フレン「親衛隊がこの先に布陣している。出方を見るために送った偵察隊が戻るのを待っているんだ」

ソディア「隊長、今はあまり彼らと話す時間は……」

二人の会話に口を挟む彼女に、ユーリは心配ご無用と返す。

ユーリ「長居するつもりはねぇよ」

フレン「君たちも帝都に行くんだね」

ああとユーリは頷く。

フレン「……少しだけふたりで話がしたい。いいかい?」

ソディアが止めるように隊長!と叫ぶ。

フレン「大丈夫だ、すぐ戻るよ。何か動きがあれば報せてくれ。行こう」

フレンはソディアにそう指示を出すと、ユーリと離れた所へ行った。

 しばらくして、偵察隊が帰ってきたと同時に慌ただしくなる。物騒な話が聞こえ、パティが双眼鏡を覗いて確認した。ちょうどそこにユーリとフレンも帰ってきて、カロルが大変だよ!と伝える。

フレン「……まだあれだけの戦力を隠していたのか」

ジュディス「あれを突破するのは少々骨が折れそうね」

ジュディスは遠くの敵を見つめる。

レイブン「いやーさすがにキツイっしょ。帝都に辿り着く頃にはこっちもボロボロよ」

ゲンナリした顔でレイブンは言う。

ユーリ「なにも真正面から挑む必要はないだろ。パティ、どこか回り込めそうなところは見えないか」

双眼鏡を覗くパティにユーリは問いかけた。パティはうーん……と難しそうな顔をする。

パティ「どこ見ても敵だらけ、これはちょっと無理そうなのじゃ」

リタ「帝都はすぐそこなのに……」

じれったそうにリタは帝都を見つめる。と、アレクセイの親衛隊率いるゴーレムが動き出す。騎士団の方はざわつき始め、弱気な声が聞こえる。フレンはその様子を見て、ユーリに話しかける。

フレン「ユーリ。帝都に行くのはアレクセイを止めるため、そして……エステリーゼ様を『救う』ためだね?」

レナには救うという言葉をわざと強調したように聞こえた。様々な想いがこめられているのかもしれない。ユーリは、静かに頷く。

フレン「なら……たとえどんな結果になろうと僕はそれが最善だと信じる」

ユーリに託すように言うフレンに、おまえ……とユーリは少し目を見張る。

フレン「行ってくれ」

フレンはそう告げると、騎士団達の前に出て呼びかける。

フレン「騎士団諸君!目の前に敵の大部隊、そしてその背後にはアレクセイが控えている。容易い相手だとは言わない。逃げたくなるのも無理は無い。しかし思い出して欲しい。僕らがなすべきことを!僕らの後ろにあるものを!僕らは騎士だ。その剣で市民を護る騎士だ!誰にも強制はしない。だけどもし志を同じくする者がいるなら、この一戦、共に戦おう!」

怖気付く騎士団をフレンは励ますように演説し、士気をあげる。フレンが剣を高く掲げたのと同時に、聞いていた騎士団の皆は各々武器を高く掲げた。その様子に、カロルは感心する。ユーリもどこか嬉しそうに微笑んでいる。

フレン「帝国騎士団、前進!」

その掛け声で、騎士団は敵へと突撃していく。

ユーリ「行こうぜ、帝都だ」

仲間にそう呼びかけ、ユーリ達は帝都へと急いだ。

 

―帝都 ザーフィアス

 

 帝都の市民街は酷い有様だった。意外なことに結界は復活していたが、中に入ると濃いエアルに噎せそうになる。レナは自然と力が発動しかけるのを、気を張って止める。

ユーリ「なんてこった、これがあの帝都なのか」

(デイ)()戎典(ノモス)を持って先頭を歩いていたユーリは眉をひそめる。パティがひどいのじゃ……と呟いた。

カロル「植物が巨大化してる……エアルの暴走のせいだね」

巨大化した植物が毒々しい花をつけ、太い茎をうねらせいるのを見て、カロルは言う。あちこちにできた亀裂からは、エアルが蒸気のように噴出していた。

リタ「すごい濃度……まともに食らったら一巻の終わりよ」

リタは顔を顰めながら言う。見上げる空は変わらず赤黒い。(デイ)()戎典(ノモス)のおかげか、レナは発動しようとする力が分散するのを感じた。レナはほっと、胸を撫で下ろす。

ジュディス「私たちもその剣がなかったら危なかったわね」

ジュディスはユーリの持っている剣に目をやって微笑む。

ユーリ「ああ、みんな離れるなよ。特におっさんとレナは」

レナ「うん、わかってる」

レナは頷いた。レイブンは胸を押える仕草をする。

レイブン「えぇえぇ、もうさっきからドキドキしっぱなし。……手ぇつないでていい?」

そう言っておっさんは冗談っぽくおずおずの片手を差し出してみせた。

ユーリ「勘弁してくれ」

ユーリは苦笑したとき、パティがユーリに駆け寄る。

パティ「手を繋ぐのはうちじゃ。もうユーリは逃がさないのじゃ」

ユーリはしまったぁという顔をしてパティから目をそらす。

ユーリ「もう一人では行かねぇって」

ユーリはパティをみて反省してるからとそう言った。と、カロルが叫ぶ。

カロル「見て、魔物が入り込んでる!」

リタ「なんで!?結界は復活しているのに……」

カロルが指さした民家の方向に、魔物たち数体が蠢いているをリタは訝しげに眺めていた。

レイブン「ケーブ・モックんときみたく凶暴になってるみたいよ?」

様子を見ていたレイブンがそう告げる。ユーリは、植物群にすっかりと覆い尽くされている一帯を見つめていた。カロルがそれに気づいてユーリに声をかける。

カロル「ユーリ、どうしたの?」

ユーリ「ん?ああ、いやなんでもねぇよ」

ユーリはハッと我に返ると答えた。

ユーリ「行こうぜ、エステルが待ってる」

先に歩き出すユーリにレナはついて行く。

レナ「ユーリ……あの人たちなら。…………大丈夫だよ」

無事と言いかけた声は、息の音だけで、レナはこれはダメかと大丈夫という言葉に変換した。ユーリはただ、無言のままだった。すぐに後ろからリタたちが駆けてきた。

 城の門にユーリ達は来ていた。しかし、あかないようでユーリはそれをみんなに伝える。

カロル「あそこ見て。ボクなら通れるんじゃないかな」

カロルは門が一部分だけひしゃげているのを見つけて、指さす。

ユーリ「あっちに抜けて開けるんだな。よし」

納得したように彼は頷く。パティが、カロルに期待してるのじゃーとニコッと笑った。レイブンがカロルを肩車して門をこえさせる。カロルは門の向こう側に着地すると、門を開けるために走り出した。

リタ「ねぇ時間がないのよ。ぶっ飛ばした方が早くない?」

リタはじれったそうに言った。

レイブン「外に人がいないからって中もそうとは限らんでしょ。聞きつけられたら面倒よ」

レイブンはリタを落ち着かせるように話す。

リタ「街中エアルだらけなのよ?城の中だって同じでしょ」

ジュディス「あのアレクセイがなんの備えもしてないとは思えない」

と言ったところで、城の門が開かれる。パティが、カロルがやったのじゃとニコリと笑った。こちらに走ってくる音が近づいてきてカロルが来る。

カロル「やった!みんな、早く!」

ユーリ「頼りになるぜ。じゃ、気ぃしめていこうぜ」

ユーリ達は城の中へと向かった。

 城門を抜けて城の中へ入ると、人に害が出るほど濃厚だったエアルは綺麗に消滅していた。ラピードが不思議そうにあたりのにおいをフンフンと嗅いでいる。

カロル「あれ?エアルがないよ?」

リタ「エステルの力を使ってこんなことまでやってのけたんだわ」

リタは唇を噛みしめていた。

ジュディス「外の結界はエアルを閉じこめるためだったのかもしれないわね」

レナ(……外の魔物は、人を寄り付かせないため、かな)

ユーリ「おっさんの心配が当たった可能性大だな。きっとお出迎えがあるぞ」

レイヴン「悪い予感ばかり当たんのはなんでかねぇ」

レイヴンは俯きがちに言った。

パティ「悪い方向に考えるから悪いことばっか起きるのじゃ。いいことだけ考えるのじゃ」

ジュディス「いいこと言うわね。きっとそうだわ」

パティの言葉に、ジュディスはニコリと笑った

レイヴン「おっさん、けっこう楽観的だと思うんだけど」

リタ「今、んなこと言ってもしょうがないでしょ。気引き締めて進めばいいのよ」

リタは強気に言った。

ユーリ「ああ、悪いことに加担してるまがいもんの騎士なんてオレたちの敵じゃねぇだろ?」

乗っかるようにユーリが言って、パティがじゃのと頷く。

カロル「こんな形でお城に来ることになるなんて……なんか残念……」

眉を下げて俯くカロルに、ユーリがそばに行く。カロルはユーリを見上げて、気合を入れた。

 城の中を進んでいくと一室の前でジュディスがまってとみんなを呼び止めた。どうやら、部屋の中から人の気配がするらしい。

レナ(下町のみんなだ……)

ドアの左右にユーリ達はそれぞれ待機する。ドアが開かれると同時にルブラン達がでてきた。勢いよくでたからか、壁にぶつかる。その様子にユーリは、なんだぁ?と驚いている。ドアの方から、ユーリ!?ユーリか!と老人の声がし、廊下の方へ出てくる。

ユーリ「!?ハンクスじいさん!?」

驚いて声を上げるユーリと仲間たちは、ルブラン達とハンクスじいさんと呼ばれた老人に連れられ、部屋の中へ入った。中は食堂みたいだった。

ユーリ「じいさん、みんな!無事だったのか!」

ハンクス「そりゃこっちのセリフじゃ」

ユーリ「なんで城の中になんて居んだよ!?」

食堂はかなりの広さがあり、下町のみんなが避難していた。

レイヴン「ほんと、それにおまえらまで」

レイヴンはその場に居合わせた三人の部下に目をやる。ルブランは気をつけの姿勢でさっと敬礼する。

ルブラン「はっ、それがその、フレン殿の命令で市民の避難を誘導していたのでありますが、その……ふと下町の住民の姿が見えないことに気がつきまして、命令にはなかったんでありますが、つまりその……」

ハンクスじいさんはうんうんと頷く。

ハンクス「出口は崩れるわ、おかしな靄は迫るわ、危ないとこじゃった。なんとか騎士殿の助けで靄のないここに逃げ込めた。命の恩人じゃよ」

ルブラン「め、命令違反の罰は受けます!」

ルブランが覚悟を決め、他の二人も緊張の面持ちで同罪だと敬礼する。

レイヴン「誰もなにも、俺はただのおっさんだからねぇ。それに市民を護るのは騎士の本分っしょ?」

よくやったなと最後の一文だけシュヴァーン隊長の口調になり、レイヴンは部下を労った。

ルブラン「……こっ光栄であります!シュヴァ……レイヴン隊長殿!」

三人は感激して泣き出さんばかりだった。

レイヴン「隊長ゆーな。俺様はただのレイヴンよ」

ルブラン「はっ!失礼しました。ただのレイヴン殿ォ!」

そんなルブランに、レイヴンはダメだこりゃと額を抑えてため息をついた。

ジュディス「尊敬されてるのね」

ジュディスは微笑む。

リタ「ほんと、想像つかないわ」

パティ「見かけによらないもんじゃの」

レナ「そう?シュヴァーン()に対してなら違和感ないと思うけど」

女子四人をおいて、カロルはユーリに駆け寄り、よかったね!と声をかけた。

ユーリ「フッ、しぶとい奴らだっての忘れてた。心配するだけ無駄だったわ」

口ではそう言いつつも、表情は安心したのだろう緩んでいる。

パティ「なんだかユーリ、今までにないくらいにすごく嬉しそうなのじゃ」

パティの言葉に、うんそうだね!とユーリの嬉しそうな表情につられてニコニコと笑った。ユーリは照れくさそうにカロルたちから顔を逸らす。

レイヴン「おまえら、元団長閣下を見なかったか?」

レイヴンはルブランに訊ねる。

ルブラン「はっ、いえ我々は見ておりません。ただ外で親衛隊の話し声で、なにやら御剣の階梯のことを」

リタ「御剣の階梯?」

レナ「私たちが吹っ飛ばされた、あの高い所だよ」

ジュディス「まだそこにいるってことね」

パティ「煙と極悪人は高いところに昇りたがるんじゃな」

レイヴン「問題は、御剣の階梯ってえらーい人しか入れないのよね。仕掛けがあんの」

カロル「仕掛けならボクが外す!術式ならリタがいる。大丈夫だよ!」

ユーリの前にいるレイヴンに向かって、ユーリの後ろから顔を出すようにカロルは言った。ユーリは、だなと頷く。

ユーリ「じいさん。あんたらはこのままここで隠れててくれ。行くぜ!」

ハンクスは頷き、カロルは片腕を上に掲げて、他のみんなは力強く頷いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

救いのその先

 ユーリ達は食堂をでて、城の奥に向かった。ようやく来ましたねと女性の声が聞こえ、ユーリ達の背後からコツコツとブーツの音が響いてきたのは、謁見の間に足を踏み入れた時だった。ユーリ達はハッと振り返ると、そこには長い耳を持ち、青い髪を長く伸ばした女性が立っていた。

ジュディス「クリティア族!?いえ、あなたは確か……」

ジュディスは首を傾げた。

レナ(……ヘリオードでアレクセイと一緒にいた人、名は確かクローム)

レイヴン「帝国騎士団特別諮問官クローム、……要するにアレクセイの秘書殿よ」

パティ「アレクセイの……ってことは!?」

リタ「敵!?」

と、臨戦態勢をとりかけた。クロームは首を横に振る。

クローム「いいえ違います。……少なくとも今は」

ユーリ「引っかかる言い方だな。悪ぃが、こっちは急いでんだ。戦うか、でなきゃ後にしてくんねぇかな」

ユーリは苛立ちを隠さず、クロームを睨む。

クローム「誰かためにあなたたちは戦うのですか?」

急な質問にカロルがえ?ときょとんとする。

クローム「あの哀れな娘のためですか」

その言葉を聞いたリタがキレる。

リタ「哀れだとかあんたに言われる筋合いなんかない!」

レイヴン「回りくどいわねぇ。何が言いたいのよ?」

レイヴンの表情にも怒りが見え隠れしている。しかし、クロームは全く動じることはない。

クローム「あの人があなたたちに何を見たのか分かりませんが……あなたたちがあの人を止めてくれるのを願っています」

彼女は冷静に言うと、そのまま謁見の間から出て行った。

リタ「意味不明。ワケわかんないんだけど……」

カロル「アレクセイを止めて欲しいってこと?」

リタとカロルは顔を見合わせる。

ユーリ「さぁな。ま、考えても仕方ねぇ」

ジュディス「そうね。もう、この先にエステルたちは居るのだから」

ユーリにジュディスも同意する。

パティ「のじゃ、止めるなんて生ぬるい。ぶっ倒すのじゃ」

レイヴン「あとはぶっつけってことかねぇ?」

レナ「当たって砕けろってところ?」

カロル「いや、砕けちゃダメでしょ……」

ユーリ「とりあえず、行くぜ!」

ジュディスはクロームが歩み去った方をじっと見ていたが、すぐにユーリたちのあとを追った。

レナ(……なんだろう、胸騒ぎがする)

頂上に向かうための長いスロープを登っている最中、少女は嫌な予感を感じていた。それを抱えたまま、頂上につくと球体に入れられたエステルとその横にアレクセイが立っていた。

アレクセイ「……呆れだものだ。あの衝撃でも死なないとは」

アレクセイは眉を下げ、からかうようにユーリ達を一瞥した。その掌には、聖核(アパティア)が浮かび、内包する光がゆっくりと回転を続けていた。

ユーリ「あやうくご期待に沿えるところだったけどな。エステル返してぶっ倒されんのとぶっ倒されてエステルを返すのと、どっちか選びな」

ユーリが不敵に笑い、アレクセイへ一歩近づくと共に仲間たちは武器を構える。

アレクセイ「月並みで悪いが、どちらも断ると言ったら?」

ユーリ「じゃあオレが決めてやるよ」

ユーリは剣を抜く。

アレクセイ「姫の力は本当に素晴らしかった。いにしえの満月の子らと比べても遜色あるまい。人にはそれぞれ相応しい役回りというものがある。姫はそれを立派に果たしてくれた」

アレクセイはエステルの方を向いてそう言った。

ユーリ「用が済んだってなら、なおのこと返してもらうぜ」

怒りをおさえた低い声だった。

アレクセイ「いいとも」

アレクセイは聖核(アパティア)を操作する。球体の中でエステルがゆっくりとユーリ達の方に体を向けた。彼女の瞳には、光がない。球体が消え、床に着地したエステルの手には剣と盾があった。ジュディスがエステルを呼ぶよりも早く、エステルはユーリに斬りかかる。

ユーリ「うおっ!!」

かろうじて剣で攻撃を受け止めたユーリは、その力の強さに驚いていた。

カロル「エステル!どうしたんだよ!!」

レナ「ストップ、彼女、操られてる」

身を乗り出すカロルをレナが制した。

パティ「ぐっ……!卑怯じゃ……卑怯なのじゃ、アレクセイ!」

パティはアレクセイに対して怒りを溢れさせる。

アレクセイ「取り戻してどうする?姫の力はもう本人の意思ではどうにもならん。我がシステムによってようやく制御している状態なのだ。暴走した魔導器(ブラスティア)を止めるには破壊するしかない、諸君ならよく知っているはずだな」

アレクセイは低く笑う。カッとなったリタが声を上げた。

リタ「エステルを物呼ばわりしないで!!」

アレクセイ「ああ、まさしくかけがえのない道具だったよ、姫は。おまえもだ、シュヴァーン。生き延びたのならまた使ってやる。さっさと道具らしく戻ってくるがいい」

アレクセイはしみじみと言ったかと思うと、レイヴンに視線を当てた。するとレイヴンの唇に、皮肉っぽい笑みが浮かんだ。

レイヴン「シュヴァーンなら可哀想に、あんたが生き埋めにしたでしょうが。俺はレイヴン。そこんとこよろしく」

ユーリ「役回りがあるってのは同感だけどな、その中身は自分で決めるもんだろ」

ユーリが言葉を投げつける。だがアレクセイは首を振った。

アレクセイ「それで無駄な人生を送る者もいるというのにかね。異な事を」

カロル「自分で選んだんなら受け入れるよ。自分で決めるってのはそういうことだ!」

カロルは武器をグッと握って叫んだ。

パティ「無駄かどうかなんて、おまえに決める権利なんかないのじゃ!」

続けてパティが言った。

アレクセイ「残念だな。どこまでも平行線か」

アレクセイが剣を抜く。柄の付け根には薄青の聖核(アパティア)が光り輝いていた。

ユーリ「やめろ!」

ユーリはエステルの剣を受け止め続けながら、目だけアレクセイにむけて訴える。そのとき、エステルの腕に新しい力が加わった。

ユーリ「よせ、エステル!くっそおお!!」

ぎりぎりまで逡巡したユーリが、エステルの剣を跳ねのけると〈爪竜連牙斬〉で斬りつける。むろん急所ははずしているが、カロルが泣きそうになって叫んだ。

カロル「ボク、できないよ! エステルと戦うなんて!」 

それでもやらなければいけないとわかっているのだろう、〈落破スパイダーウェブ〉のクモの糸でエステルを拘束しようと試みた。だがそれはあっさりとエステルの剣に斬り捨てられる。ジュディスが〈風月〉の回し蹴りをエステルの体に沈める。

レナ「っエステル!」

少女はエステルによって傷つく仲間たち、仲間たちによってエステルの傷が増えていくのを見て、悔しさと悲しみでどうにかなってしまいそうだった。ふと、横にいたリタを見れば辛そうな表情をしており、彼女のことを思うならその気持ちがレナにも想像がつく。レナはタガーナイフを構え、エステルの剣を落とそうとギリギリを狙う。しかし、いとも簡単に弾かれてしまう。次にユーリがエステルに挑む。刃と刃のぶつかり合う音が響いた瞬間、レイヴンの放った〈天の閃き〉の矢が、エステルを翻弄した。リタは魔術を発動させる。エステルは、それでも仲間たちを攻撃する手をとめなかった。

ジュディス「エステル、目を覚ましなさい!」 

ジュディスが声を張る。こちらの声はまるで聞こえていないらしい。

リタ「あたし、リタよ! あんたの友達よ!」

リタは焦った声で叫び両手を広げた。だがエステルの虚ろな目はリタを素通りし、カロルとレイヴンを捉える。彼らを攻撃しようとした彼女は、突然足をもつれさせ、よろけて膝を突いた。

アレクセイ「ふむ……パワーが足りなかったか?」

その様子を顎を撫でながら見ていたアレクセイはそう言うと、手にしていた剣をひと振りした。

エステル「きゃあああああ!!」

エステルの体が再び球体に飲み込まれる。

ユーリ「エステ……うぐっ!!」

エステルから発せられた衝撃をユーリ達はくらう。

アレクセイ「諸君のおかげでこうして(デイ)()戎典(ノモス)にかわる新しい『鍵』も完成した。礼といってはなんだが、我が計画の仕上げを見届けていただこう。……真の満月の子の目覚めをな」

アレクセイは虚空を見上げた。ただならぬ様子に、ユーリ達は身を硬くする。

風が変わった。濃厚なエアルがアレクセイの剣に吸い寄せられて結界が歪み、そのまま消滅した。やがて爆発的な光が、剣の先から逬り出てそのまま雲を突き抜け、はるか西にある海まで達した。海面に途方もない大きさの術式が展開されるのを見て、ユーリたちは息を呑む。海中に潜ったと思われた光は、一気に天に向かって駆け上った。そのあとからゆっくりと出現したのはひと目で古代のものとわかる様式の建造物だった。土台となる部分は土台となる部分は指輪の台座のような形をしており、頂上には城からでもそれと分かるほどの巨大な魔核(コア)を戴いている。

レイヴン「く……なんだ、ありゃ……」

片膝をついたレイヴンが苦しげに胸をおさえ、呻くように言う。

ジュディス「あれは……ミョルゾで見た……」

パティ「あの壁画の……輪っかなのか……!?」

レナ(……ザウデ不落宮)

アレクセイ「くくく……ははは……成功だ!やったぞ、ついにやった!!」

アレクセイは広げた腕を上下させながら、浮き立つ気持ちをかみ締めている。興奮のために声が上ずっていた。

アレクセイ「あれこそ、古代文明が生み出した究極の遺産!ザウデ不落宮!かつて世界を見舞った災厄をも打ち砕いたという究極の魔導器(ブラスティア)!」

リタ「魔導器(ブラスティア)!?あれが……」

リタは信じられないという顔で、ザウデ不落宮を見つめる。

レナ(……あれはそういう魔導器(ブラスティア)じゃない!打ち砕いたんじゃなくて、封印しているだけ)

少女は唇を噛んだ。

ユーリ「誰もいないところでやってくれ。聞いてて恥ずかしいぜ」

ユーリは皮肉を言った。

アレクセイ「……ショーは終わりだ。幕引きをするとしよう。……その前に」

アレクセイは、一点を見つめる。その視線の先にいるのはレナだった。レナの嫌な予感は的中する。

アレクセイ「新月の子としては不要だが、異空の子としての使い道はある」

ニヤリと笑うアレクセイに、レナは鳥肌を立たせて一歩引く。

レナ(新月の子と異空の子が同一であることを知らない……?)

レナ「私は、あなたとは行かない。私は私よ。道具じゃない。それに、あの魔導器(ブラスティア)は……」

レナが拒否の言葉を羅列すると、アレクセイは何かを引っ張る動作をした。瞬間、レナの右手首に魔術の紋章と共に魔術でできた鎖が巻き付きアレクセイの方へと引っ張られていく。

レナ「……!いやっ!」

レナ(いつの間に……この術式を?!)

抵抗しようとレナは踏ん張るが、ズリズリとアレクセイの方へ手繰り寄せられていく。

アレクセイ「あの時、何もせずに返したと思っていたのか?」

レナ(まさかっ……エステルと共にレイヴンに連れていかれた時に!?)

ジュディス「レナっ!」

ユーリ「アレクセイ!てめぇ!」

ユーリがレナに繋がれている鎖を断ち切ろうとするがまるで歯が立たない。くそっ!とユーリが焦っているのがレナの目にうつる。やがて、アレクセイとレナの距離はほとんど無くなった。

アレクセイ「さぁ、私と共に来て頂こう」

レナ「お断りと言ったら……?」

レナはアレクセイを睨む。

アレクセイ「ほう、強気なお嬢さんだ。では、致し方ない」

アレクセイは鎖をグッと握ったかと思えば、鎖を伝ってレナに電流が流れる。

レナ「っ……きゃあああ!!」

ヒュっと息を飲み、少女は体に流れる電流の痛みに絶叫する。

レイヴン「レナちゃん!!」

まだ苦しそうなレイヴンが、目を見開いて少女の名を呼んだ。レナは、耐えきれず、その場に崩れる。鎖に引っ張られ、地面に倒れてはいないもののぐったりとしていた。

アレクセイ「フッ。さて、姫。ひとりずつお仲間の首を落として差し上げるがいい」

アレクセイはレナを抱き上げる。

ユーリ「てめぇ!!」

アレクセイ「姫も君たちがわざわざここに来たりしなければ、こんなことをせずにすんだものを、我に返ったときの姫のことを思うと心が痛むよ。では、ごきげんよう」

アレクセイは、少女を抱いたままユーリ達に一礼すると、アレクセイの周りに竜巻のような術式が展開され、レナと共に姿を消した。

ユーリ「待てってんだ、アレクセイ!てめぇ、戻ってこい!」

アレクセイが背を向けたと同時にユーリは駆け出して剣を振るうが、空を斬るだけだった。ユーリはアレクセイが去った先を睨み、アレクセイの名を怒りを込めて叫ぶ。

パティ「くっ……あいつ…!!」

リタ「レナっ。……エステル……やめて……!」

リタは俯いていた顔を上げて、悲痛な声でエステルに訴えた。しかし、エステルは聞こえていないようで構わずユーリに剣をふりかざした。

 

―ザウデ不落宮

 

 まるで地下にいるかのような肌寒さに少女は目を覚ました。神殿のようなつくりの部屋で、見たことがあるような場所だと思った。ふと、こつりと音が聞こえて、ハッと少女は音の方に振り返る。アレクセイが居た。

レナ「……ここは?」

アレクセイ「目を覚ましたか。君なら知っている場所では無いのかね?」

レナは、私なら?と首を傾げる。

アレクセイ「この魔導器(ブラスティア)について知っているような口ぶりだっただろう」

レナ「っ!……ザウデ不落宮」

フッとアレクセイは笑う。

アレクセイ「教えてもらおうか。災厄を討ち滅ぼしたこれが、他にどんなことが出来る兵器なのかを」

レナ「……そもそもの前提が違う」

アレクセイ「なに?」

片眉を上げるアレクセイ。

レナ「ザウデ不落宮は災厄を滅ぼした兵器じゃない」

アレクセイ「ならば、なんだというのだ」

自分がしてきたことを覆されるような言い分にアレクセイは信じられないなという目を少女に向けた。

レナ「ザウデ不落宮は、災厄を……」

声にならなずに空気だけが口から出る。災厄から守ったと言い替えたくてもそれすら許されない。言い淀むような少女に、アレクセイはフッと笑った。

アレクセイ「なんだ、はったりだったか。所詮子供の戯れ言という訳だ」

レナ(……言いたくても言えない、迂闊だった)

レナは悔しげに唇を噛む。

アレクセイ「さて、この魔導器(ブラスティア)の起動には、異空の子の祈りが必要」

切り替えるように彼は少女に繋がれている鎖を引っ張る。レナは引っ張られて、無理やりその場から離れさられる。

レナ「っ……祈り?」

アレクセイは少女の問いに答えることはない。けれど、確実に祈れば世界が危険にさらされることは分かっていた。抵抗するだけ無駄と言わんばかり、ズルズルと引っ張り、首と足首に鎖が巻き付き少女は宙に磔の状態にされる。かわりに、手首の鎖が解かれた。

アレクセイ「この鎖は魔導器(ブラスティア)に接続済み。あとは君が祈るだけだ」

興奮が抑えられないように高笑いをするアレクセイを、レナは軽蔑したように見る。

レナ「残念だけど、世界が大変なことになるってわかってて、祈るバカはここにはいないよ」

ぴくりと眉を動かしたアレクセイ。

アレクセイ「ならば、その気にさせるまで」

アレクセイは片腕を上げ、何かを操作するように手を動かすと少女の体に、囚われた時と同じ電流が流れる。気絶させるような強さではなく加減されているようで、それが腹ただしい。

レナ「っ!ぐっ……ああ!」

痛みに少女はからだをよじる。痛みが来なくなると、はぁはぁと息切れを起こしていた。

アレクセイ「辛いのは嫌だろう?」

レナ「フフっ、これくらい何ともないよ。世界が守れるなら!」

アレクセイ「そうか……フンっ」

再びアレクセイは、少女に電流を流す。

レナ「ぐっ!!ぅああ!!」

レナは同じように痛みを逃すように体をよじる。服が電流で焦げたのか、少しの煙と焦げ臭くなっていた。

アレクセイ「祈る気になったか?」

レナ「……っ、いいえ……お断りよ」

アレクセイ「では暫く、そのままでいるといい」

アレクセイは片腕を上げると、少女に電流が走る。レナの悲痛な声がザウデ不落宮の深層部に響いた。

 あれからどのくらい時間が経ったのだろう。定期的にレナを襲う電流は今もまだ蝕んでいる。陽の光も届かないここでは、朝なのか夜なのかさえ分からない。コツコツと音がする。来たのはアレクセイだ。

アレクセイ「どうかね?……祈るかね?」

何度も電流を受けたレナの体は、至る所に火傷をおっていた。黒いカーディガンは地面に焦げ落ち、白いワンピースも所々焦げて穴が空いている。白いリボンのバレッタも髪が焦げて、毛先から落ちかけている。

レナ「……い、いえ」

内臓もそれなりのダメージをおっており、喉も声を発するのが痛いと感じるほどだった。

アレクセイ「頑固なお嬢さんだ。では、こうしよう」

アレクセイはなにか詠唱すると、レナの周りに霧がまとわりつく。急激な眠気にレナは抗えず、そのまま意識を暗闇に落とした。

アレクセイ「悪夢(良い夢)を」

アレクセイはその場から去る。

 レナは暗闇でハッと顔を上げた。体の痛みは無い、夢の中だろうかと少女は思う。キョロキョロしていれば、周りにユーリ、エステル、カロル、リタ、ジュディス、レイヴン、ラピードの順に姿が浮び上がる。

レナ(……ユーリたち?)

レナが首を傾げていると、ユーリたちは口を開いた。

ユーリ?「どうして、教えてくれなかったんだ?」

エステル?「どうして、助けてくれなかったんです?」

カロル?「レナっていっつも、自分のことばっかだよね」

リタ?「あんたが居ない方が、エステルもこんなことにならなかった」

リタがそういった時、エステルはユーリに剣で刺されて倒れていた。ヒュっとレナの喉がなる。

ジュディス「ベリウスも救ってくれなかった」

レイヴン「ドンも死んじまった」

ラピードは静かにレナを、睨んでいる。ラピード以外はみな、顔を俯かせていて表情は分からない。けれど確かに、少女に対して、恨みを持った声だった。

レナ「……救いたかったよ、助けたかったよ。でも……私には……!」

レナ(……なんて夢なの!)

剣に刺されたエステルが血を垂らしながら人形のように起きた上がる。その手には剣があった。レナは、嫌な予感がした。瞬間、エステルの剣はユーリたちの首を切り落とした。レナは目を見開くことしか出来ない。声も出なかった。ラピードに至っては(はらわた)が出ている。あまりに惨い状況に少女は顔を逸らした。が、それすら許さないも言わんばかりに、見えない何かが少女の顔を正面に固定する。切り落とされたユーリたちの生首が、レナを一点に見つめる。目は窪み、血の涙を流したその顔は恐怖でしかなくジリジリとレナに近寄ってくる。

レナ「っ……い、や……」

後ずさることも出来ず、距離は近づいていき、囲まれる。ユーリ達はずっと、どうして、どうしてと悲痛な声で繰り返しており、いつの間にかそこにベリウスも犠牲となっていった人達も混ざっていた。

レナ「あ……ぁ……ご、めん、なさ……」

小さく震える声だった。次第にどうして、という声は"いのれ"という言葉に変わっていく。思考が恐怖と強迫概念に侵されて、グルグルとうずまき混濁していく。

レナ(……イノ、ラナキャ……?)

少女の目にはもう、光は無かった。

 ザウデ不落宮の最深部で、アレクセイの高笑いが響いた。なぜなら、少女が……レナが、祈ったから。

 

―――

 

 一方ユーリ達は、ザウデ不落宮に向かっていた。近くまで来た時、発動しかけているザウデ不落宮の魔核(コア)にフェローが来ていた。どうやら囮になっているくれているようだと、ジュディスは考える。ユーリ達はザウデ不落宮に乗り込み、最深部へと駆け込んだ。

 最奥部にたどり着き扉を開ける。部屋はぐるりと滝が囲んでいる。アレクセイは生え抜きの部下を両脇に従え、静かに待っていた。その奥に、紫色の不気味な鎖が首と足首に巻き付き、宙に磔にされ胸の前で手を祈るように握り、虚ろな目をしたレナがいた。小さい声はほとんど音をなさず、ごめんなさいと口は動いていた。服は、ボロボロでワンピースに幾つもの焦げ跡、むき出しになっている手足は所々赤黒く水脹れになっている所もあった。そんな惨い状態にエステルは開きかけた口を手で押さえて息を飲む。同様にユーリ達も、悔しげに見るものや、眉を顰めるものもいた。

レナ「……ごめ……んな……さぃ」

リタ「……レナ!」

耐えきれずリタは少女の名を叫んだ。レナはピクリとも動かない。ユーリは唇を噛む。

アレクセイ「揃い踏みだな。はるばるこんな海の底へようこそ」

エステル「っそこまでです、アレクセイ。これ以上、罪を重ねないで!」

今更かもしれないと思いつつもエステルは、水音に負けぬように声を張った。

アレクセイ「これはエステリーゼ様ご機嫌麗しゅう」

アレクセイは胸に手を当て、慇懃無礼に微笑んだ。

アレクセイ「その分ではイエガーは役に立たなかったようだな」

アレクセイは姿勢をなおす。

ユーリ「……死んだよ」

ユーリは短く告げた。一刻も早く、少女を取り戻したという気持ちもあって。

アレクセイ「最後くらいと思ったが、とんだ見込み違いだったか」

驚くでもなく、アレクセイは嘲りを含んだ口調で吐き捨てた。

ジュディス「そうやって他人の運命を弄んで楽しいかしら?」

ジュディスは冷静にそう言いうが、その声には怒りがこもっていた。フレンが前に駆けでる。

フレン「アレクセイ!かつてのあなたの理想は……なにがあなたを変えたんです!」

未練がましいフレンの言葉に、ユーリはまだそんなこと、とフレンを見た。

アレクセイ「なにも変わってなどいない。やり方を変えただけだ。腐敗し閉塞しきった帝国をいや世界を再生させるには、絶対的な力が必要なのだ」

アレクセイは肩をそびやかして答えた。

フレン「そのためにどれだけ犠牲を出すつもりです!」

アレクセイ「今の帝国では手段を選んでいる限り、決して真の改革がその実現を見ることはない。お前ならわかるはずだ」

フレンは俯く。

レイヴン「ちょっとちょっと、やつの言葉に呑まれてどうすんのよ」

パティ「世迷言……全部、世迷言なのじゃ!こいつの言うのとはなにもかもが嘘っぱちじゃ!!」

エステル「……どうしてこんな笑顔を奪うようなやり方しかできなかったんです?あなたほどの人ならもっと他に方法が……」

アレクセイ「理想のためにはあえて罪人の烙印を背負わなくてはならぬ時もある。ならば私は喜んでそれを受けよう私は世界の解放を約束する!始祖(エンテ)()隷長(ケイア)から、エアルから、ちっぽけな箱庭の帝国から!世界は生まれ変わるのだ!!」

エステルの言葉をさえぎって、アレクセイは語る。

ユーリ「世のためだろうがなんだろうが、それで誰かを泣かせてりゃ世話ねぇぜ。てめぇを倒す理由はこれで十分だ!」

ユーリは鞘から剣を抜く。

フレン「もう……引き返す気はないのですね」

静かに問いながらフレンは剣の柄を握る。

アレクセイ「くどいな、悪いがこれで失礼する。なにぶん忙しいものでね」

突然床が揺れ始め、宙に磔にされた少女と共にアレクセイは上へと逃げ始める。

エステル「レナっ!」

カロル「あ、逃げる!」

パティ「逃がさん!」

ユーリ「みんな飛べ!」

ユーリの掛け声で仲間たちは駆け出しアレクセイの元へと飛ぶ。アレクセイは操作盤をいじっていた。

レイヴン「なぁ大将、どうあってもやめる気はねぇの?」

アレクセイは操作盤から目を離し、レイヴンに振り返る。

アレクセイ「おまえまでもがそんなことを言うのか。なぜだ?おまえたちの誰一人として今の帝国をよいとは思っていないだろうに」

レイヴン「目的は手段を正当化しねぇよ、大将。おらぁこいつら見てて、よく分かった」

エステル「……痛みに満ちたあなたのやり方は正しいとは思えません。やり方を変えられないと言うのなら……」

カロル「ギルドも帝国もいいとこだってある。それを全部壊してからやり直すなんて、ひどすぎるよ」

ジュディス「強行な手段は必ずそれを許さないものを生む、分かるわよね?」

ジュディスはあくまでもにこやかに言って首を傾げた。

リタ「あんたの作る世界が今よりマシだって保証なんてどこにもないわ!」

フレン「僕があなたを信じたのは人々に何かを押し付けるためじゃない。与えるためにまず奪うというのなら僕はあなたを……倒す!」

パティ「おまえの勝手な夢なんかに付き合うのはまっぴらなのじゃ」

ユーリ「てめぇの言い分を認めるやつなんていねぇよ。レナも返してもらうぜ」

アレクセイ「どうあっても理解しないのか。変革を恐れる小人(しょうじん)ども。だがすでに全世界のエアルは我が掌中にある。勝ち目はないぞ」

アレクセイは操作盤とレナを見て勝ち誇ったように笑った。リタがすばやく表示に目を走らせ、操作盤を指した。

リタ「よく言うわ。あんたのそれ、まだ術式の解析中でしょ」

エステル「え?どういうことです?」

エステルは驚いてリタに訊ねる。

リタ「こいつ、まだザウデの制御、完全に手に入れてないのよ。あれを見るにレナの力はあくまで起動装置、発動させるための鍵の一部でしかないってこと」

カロル「時間稼ぎ……!?」

アレクセイは、おやと少し驚いた顔をしていた。

アレクセイ「……リタ・モルディオか。なるほど、これは迂闊だったな」

アレクセイは表示を消した。

ユーリ「小細工がすぎるぜ。そんなんで世界を変えるなんなんざお笑い種だ!」

アレクセイ「いちいちごもっともだ。よかろう、ならばこれもまた我が覇道の試練!」

アレクセイは剣を振り上げた。

アレクセイ「ぬうん!!」

アレクセイの剣に収縮した力が一気に放出され、ユーリたちを薙ぎ倒す。ユーリ達は急なことに対応できず地面に体をうちつけた。

アレクセイ「新世界の生贄にしてくれる。……来い!!」

レイヴン「……おいおい、完全じゃなかったんじゃないの?」

レイヴンが剣の威力に驚いて声を上げる。

リタ「そうよ、あれでもね」

恐ろしい威力だと、リタは剣を睨んだ。

ユーリ「へっ、世界を賭けてんだろ。それぐらいの歯ごたえはないとな。行くぞ」

ユーリが駆け出し斬りかかると同時に仲間たちも攻撃を開始した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真相

 アレクセイとユーリ達の戦闘の中、床は上昇を続けいつの間にか水音は消え頭上に空が見えた。ザウデ不落宮の頂上に着く。巨大な魔核(コア)がすぐ上に迫って浮かんでいる。多勢に無勢、アレクセイはもはや肩で息をしている。そんなアレクセイをユーリは見逃さずに斬りつけアレクセイは反撃する間もなくまたユーリに斬りあげられた。

アレクセイ「ぬ……う……おの……れ」

レナ「……!」

その時、目に光が戻った少女がみたのは、血の滴る胸を押さえ、がっくりと膝をついたアレクセイと、アレクセイに剣を向けたユーリだった。

ユーリ「……終わりだアレクセイ」

 

―――

 

 ユーリ達がアレクセイと戦っている間、レナの意識はアレクセイの術式によって深いところにあった。何も無い、空虚な空間、そこをあてもなくぼーっと漂っているそんな感覚。ただひとつハッキリとしているのは、イノラナケレバナラナイということ。

レナ(……イノナラキャ……ワタシハ、タクサンノヒトヲギセイニシタカラ)

本当にそうだったか?少女だけが悪かったのか?否、違う。しかし、それを証明する意思はここにはない。

 ふと、一筋の光が入る。自然と少女はそれを見上げた。目に痛いほど眩しい光は次第に形を取り、人型のシルエットになる。

レナ(……ダレ?)

目覚めて、末代の異空の子……と、澄んだ声が虚無の空間に響く。その声を聞いた少女は直感的に、初代の異空の子だとわかった。

初代「飲み込まれてはダメ……封印が解けてしまう……」

微動だにしない少女に、切羽詰まった声で呼び白い手はレナの頬にふれる。

レナ(ワタシ、ハ……)

初代「……これをみて」

初代の異空の子は、空中に手を出すとそこに映像が浮かび上がった。映ったのはアレクセイと対峙するユーリたち。

レナ(……!)

レナの意識が一瞬だけ浮かび上がった。

初代「……確かに、失ったものはあるかもしれない。けれど、小さなことでも救った人たちもいるはずよ」

レナ(……救ッタ人?)

初代の異空の子はレナを抱きしめる。不思議と温かさを感じた。

初代「……私はずっと、あの凜々の明星から見ていたわ。運命に抗おうと頑張るあなたを。私は知っている、あの始祖(エンテ)()隷長(ケイア)を救おうとしたことも、仲間の傷を命懸けで治したことも……」

初代の言葉を聴きながらレナは思い出す。

レナ(……そうダ、ワタしは……!)

ピシッと空間にヒビがはいり始める。

初代「負けないで……大丈夫。彼らは生きている。あなたも、今までも十分頑張ってる」

ピシピシとヒビが入り遂に空間が割れる。レナは悪夢による洗脳から目覚め、暗闇の空間から白い空間へと切り替わった。

レナ「……ぁ、わたっ、私は、あの人たちも救いたかった!!」

声を張り上げた少女の目からとめどなく涙があふれる。

レナ「頑張ってたの、私、変えられるかもって、未来を。でも、上手くいかなくて、結果的に運命を変えるには命を賭けないといけなくて!」

レナの捲し立てるような悲痛な叫びが空間に響く。

初代「そうね……未来は変えられないかもしれない。だけど、出来うる限り良い方向に持っていくことはできるのよ」

レナ「……いい方向に?」

初代「ええ……結果は変わらないかもしれないけど被害を最小限に抑えたりとか、ね。貴方が、頑張っていたみたいに」

優しい初代の声が、少女にもう一度頑張る力を与える。責められることが怖い、恐ろしい、彼らも私の力のことを知っているとしても、それでも怖いと震えていた心が初代の励ましによって落ち着いていく勇気づけられていく。レナは、また立ち向かう覚悟を決めた。

レナ「ありがとう……私、もう一度頑張ってみる。抗ってみるよ」

初代は頷くと、フワリと姿を消した。そしてレナは、現実で目を覚ました。

 

―――

 

 目に光を宿した少女は、祈っていた手を離し自身の首に巻きついている鎖に掴む。その変化に気づいたジュディスが声を上げた。

ジュディス「……レナっ?」

ジュディスの声に仲間は反応して、レナを見る。ググッとレナは答えるように鎖に力を入れる。

エステル「……レナ!」

火傷で皮膚が引き攣り痛みが走るが、縛りを壊すために少女は頑張る。

アレクセイ「っ……洗脳が……解けたか……」

アレクセイがポツリと零す。と、同時に……

アレクセイ「!?く、くく……」

宙に先程の解析盤が浮かび上がり、アレクセイは低く笑い出した。

リタ「!まだ解析していたの!?」

リタは驚いてアレクセイとモニターを見比べる。

レナ(っまずい!早くこの鎖を解かなきゃ!!)

レナは鎖を解こうと、もがく。しかし、弱った体がだす力なぞたかが知れていた。ふと、頭の中で、力を貸してあげる……と初代の声が聞こえた気がした。

アレクセイ「ザウデの威力……共に見届けようではないか」

レナ「ダメぇええええ!!」

叫びと共に鎖を壊すとレナはアレクセイに、無事だったダガーナイフに手をかけ振る。少女は大きな声を出したせいで爛れた喉に痛みが走った。疲労困憊のハズのアレクセイはそれを剣で弾いた。

レナ「っ……!」

そのまま仲間の元へと転がる彼女を、エステルが受け止める。転がった時に潰れた水脹れの痛みにレナは顔を歪める。

エステル「レナっ!」

エステルと呼び返したレナの声は掠れていた。エステルは急いでレナに治癒術を使った。

レナ「エステル、無理、しないで……」

エステルは驚いた顔をしながらも心配するレナを安心させるようにニコリと笑った。レナはエステルが、エアルに干渉しないためにエアルを使うことが出来ないことを知っていた。その代わりに生命力で術技を行使していることも。傷は少しずつ癒え、赤黒かった火傷も元の肌の色に戻っていた。レナがエステルの治癒を受けている間に、入れ替わるようにユーリが床を蹴りアレクセイに向かう。

アレクセイ「馬鹿め」

アレクセイはユーリに剣先を向けていた。それに気づいたフレンがユーリを押し飛ばし、アレクセイの攻撃を受けて床に倒れる。フレン!とユーリが叫び、ソディアが隊長!!とフレンに駆け寄った。恨めしそうにソディアがユーリを見ているのを、目の端に捉えたレナは複雑な気持ちになる。再び、ユーリはアレクセイの元へ駆け出し、アレクセイが振るう剣に(デイ)()戒典(ノモス)をぶつけるように跳んだ。

ユーリ「ええい!」

アレクセイの剣が弾ける。爆風でユーリとアレクセイは床に転がった。

レナ「っユーリ」

未だ掠れた声で呼び、ユーリを心配する。ユーリが先に立ち上がり、仰向けのままのアレクセイに近づく。

アレクセイ「く……やはり、その剣……最後の最後で仇になったか……だか、見るがいい」

アレクセイはそう促した。ユーリ達は言われるまま空を見上げ、息を飲んだ。

レナ「……ぁ」

少女は小さく声を漏らし間に合わなかったことを察する。決められた世界の道筋を変えることはとても、難しい。しかし、まだレナにはやるべき事があるため、諦めてはいない。

 巨大な魔核(コア)が光ったと思うと、空いっぱいに結界術式が広がる。その一部がひび割れたと思うと、黒々としたものが地上に向かってゆっくりと伸びてきた。

レナ(……星喰み)

アレクセイは目を見張った。

カロル「な、な、な……」

カロルは空いた口がふさがらなかった。フレンは剣を杖代わりにして、見上げる。

リタ「な、なによ、あれ!?」

リタは空を指さし、戸惑っていた。

パティ「どこかで……見たことがあるのじゃ」

パティが思い出すようにつぶやく。

ジュディス「あれは……あれは壁画の……」

ジュディスは目を細めて言った。

エステル「災厄!?」

ユーリ「星喰みか!!」

2人の声が重なった。

アレクセイ「あれがザウデの力だと!?……そんなはずは……まさか……」

アレクセイはザウデ不落宮の真実に狼狽えていた。

レイヴン「どうなってんだ!?星喰みって、今のでそんなにエアルを使ったのかよ?」

レイヴンはアレクセイにくってかかった。レナは静かに口を開いた。

レナ「違う、昔の星喰みは消えてなんかいない」

その言葉にアレクセイは額に手を当てた。カロルは、どういうこと?と震える声でレナに聞く。

レナ「ザウデ不落宮は、災厄を打ち砕いたものじゃなく、封じ込めていたの」

アレクセイ「……子供の戯言だと私が笑った君の言う通りだった訳だ。そして今、還ってきた。古代にもたらすはずだった破滅をひっさげて!よりにもよって、この私の手でか!これは傑作だ、ははは!」

アレクセイは狂ったように笑う。

リタ「そんな……じゃあ!」

エステル「危ない!」

魔核(コア)の異変に気づいたエステルが上を見て叫ぶ。巨大な魔核(コア)からは稲妻が走り、不落宮の頂上を少し抉りとった。

アレクセイ「我らは災厄の前で踊る虫けらに過ぎなかった。絶対的な死が来る。誰も逃れられん。はーはははは!!」

アレクセイは狂気の宿った目で空を見上げ、笑い出す。

ユーリ「いい加減、黙っときな」

ユーリはアレクセイに鋭い一太刀を浴びせた。アレクセイは口から血を零した。

アレクセイ「もっとも愚かな……道化……それが私とは、な……」

巨大な魔核(コア)が、段々と下に降りてくる。レナはユーリの元へ駆け出した。アレクセイの瞳から涙が一筋零れたと同時に、魔核(コア)は彼目掛けて落下する。破壊された不落宮が巨石となって宙を舞う。レナはそれらを避けながらユーリと同じ方向に走った。

ユーリ「……『星喰み虚空へと消え去れり』確かに、滅ぼしたとは言ってなかったが……ろくでもねぇ遺産を残していきやがって」

星喰みを見上げてユーリが呟いた。

レナ「ほんとにね……」

コツコツとブーツの音を鳴らしてユーリの元に行き少女は、しゃがれた声で言った。

ユーリ「レナ!?おまっ、エステルたちと一緒にいたんじゃなかったのか?」

驚いたユーリはレナの方に振り向くそう捲し立てた。

レナ「ユーリを一人にしておくなんて心配だもの」

酷い目にあったというのに少女はそれをなんとも思っていないかのようにユーリに笑顔を向ける。ユーリとレナの後ろから甲冑の音が響く。

ユーリ「……フレンか?…「危ないっ!」」

一瞬だった。レナはユーリを横に突き飛ばした。明るい茶髪がレナの上でサラリと揺れる。その下で、少女の胸には刃が突き刺さっていた。刺したのはソディアだ。ハッとした彼女は短剣を少女から抜き、手から滑り落とす。カランっと地面に短剣のあたる音を聞きながら、グラりとレナは海に向かって体を倒した。ソディアはそのまま後ずさりこんなはずじゃと言いたげな顔で去る。今までの光景がスローモーションのように見えていたユーリは、ソディアの走る足音でハッとしてすぐさま駆け出す。

ユーリ「レナっ!!」

ユーリは海へと落ちる少女を追いかけるように空へ身を投げ出した。

 

―――――

――――

――

 

 先に気がついたのはユーリだった。周りを見渡す彼は、ここが自室であることを確認する。

ユーリ「……っ!レナは!?」

自分を庇って怪我をした彼女。意識が途切れる直前まで、確かにレナを抱きしめていたはずだ。人肌の体温がユーリの手に触れ、ユーリがベッドの右を見るとレナが眠っていた。

ユーリ「……これほどまでに恨まれていたとはな」

自分を刺そうとしたソディアの事をユーリは思い出しながら、隣に少女がいることにホッとしつつレナの額を撫でた。それから、ベッドの上に本が置いてあるのにユーリは気づき読む。

ユーリ「満月の子……古代の指導者たちは特殊な力を持っていた。彼らは満月の子と呼ばれた。ザウデは彼らの命と力で世界を結界で包み込み、星喰みの脅威から救った」

と、そこまでユーリが読んだところでドアが開く。中へ入ってきたのはデュークだった。

デューク「……目が覚めたか。新月の子はまだ目覚めていないのだな」

デュークはユーリを見てからレナを見る。

ユーリ「デューク……そうかあんたが助けてくれたのか」

デュークは無言で肯定し、ベッドに立て掛けられた(デイ)()戒典(ノモス)を持つ。

デューク「この剣を海に失う訳にはいかなかったからな」

ユーリ「まぁいいさ、それでも礼は言わせてもらう。ザウデ不落宮は満月の子の命で動いてたのか?」

ユーリの疑問にデュークは答える。

デューク「星喰みを招いた原因は人間にあり、彼らはその指導者であったという。償い……だったのだろう。そしてわずかに生き残った満月の子が始祖(エンテ)()隷長(ケイア)と後の世界のあり方を取り決めた。帝国の皇帝家はその末裔だ」

ユーリ「それが帝国の起こりってか。だからザウデの鍵ともなるその剣が皇帝の証になるんだな」

納得したようにユーリは言った。

デューク「エアルを用いる限り星喰みには対抗できない。あれは、エアルから生まれたものなのだから」

ユーリ「……あんたもあの星喰みを止めるつもりだった。だからエアルクレーネを鎮めて回ってた、違うか?」

デューク「そうだ」

デュークは窓の外を見つめながら頷く。

ユーリ「なんで帝国やギルドに協力を求めなかったんだ?そうすればアレクセイを止めることだって出来たかもしれねぇ」

チラリとレナを見ながらユーリは言う。

デューク「私は始祖(エンテ)()隷長(ケイア)に身を寄せた。人間と関わり合うつもりは無い。それに人間たちは決してまとまりはしないだろう」

ユーリ「ならどうするってんだ?星喰みは古代文明だって手に負えなかったんだろ」

デューク「方法はある」

どこか覚悟を決めたような声だった。デュークは身を翻し部屋から出ていく。

ユーリ「あんた、人間嫌いみたいだけど、オレたちだって人間だぜ?なんで(デイ)()戒典(ノモス)を貸してくれた?なんで協力してくれたんだよ」

デューク「おまえたちだけが敢えて始祖(エンテ)()隷長(ケイア)と対話を試みた。だから……いや、もはや終わったことだ」

どこか意味深な言い方に引っかかるユーリ。

ユーリ「……なにをするつもりだ?」

デューク「私は世界を、テルカ・リュミレースを守る」

ユーリ「どういう……「ユー、リ?」」

去っていくデュークを引き留めようとユーリが声をかけようとした時、眠っていたレナが目覚めた。ユーリは驚いてレナを見る。

ユーリ「!……レナ」

どう声をかけようか彼は迷っているようだった。レナは上体を起こす。胸の傷が痛んだ。

レナ「っ……よかった。ユーリ……怪我してない?」

胸をおさえながら少女は、ユーリを見て酷い傷がないことを確認した。自分よりも真っ先に彼を心配するレナに、ユーリは顔を俯かせた。やっぱりどこか痛いところがあるのかとレナはユーリの顔を覗き込む。

ユーリ「ぁんで……なんで、オレを庇ったんだ?」

そう言った彼は怒った顔をしていた。レナは少し驚く。

レナ「危ないと思ったら……体が先に動いてた」

眉下げて微笑む彼女に、ユーリは眉をひそめる。

ユーリ「もしそれで死んでたら……!」

彼はあの時、珍しく本当に肝が冷えたのだ。何度言っても無茶をする目の前の少女は、自分よりも他人のことばっかり。そして今回、自分が受けるはずだった罰を、レナが庇って代わりに受けた。一歩何か間違えていれば少女は今ユーリの前で、微笑むことすらなかったかもしれない。その事実が、ユーリに焦りと不安を促した。

レナ(珍しい……どうしたんだろう)

動揺している彼に、レナは痛む体に鞭を打ちベッドから立ち上がるとユーリを抱きしめた。

レナ「大丈夫。大丈夫だよ」

たった二言。安心させるように手が届く範囲でユーリの背中を撫でながらレナは紡いだ。少し震えていたユーリの手はゆっくりとレナの頭を撫でる。

ユーリ「……いなくならないでくれ」

弱々しく呟かれたその言葉に、レナは心の中でごめんねと謝り、答えるようにユーリを抱きしめる腕に力を入れた。しばらくそのままでいたが、さすがに胸の傷をそのままには出来ない。レナはたしか今ならエステルがいるはずだとと思い出し、ユーリから離れると外に出ることを提案した。

レナ「……ユーリ、エステル達と合流しようよ」

ユーリ「あぁ、そうだな」

とユーリの返事を聞いてから歩き出そうとしたレナの体は地面から離れる。

レナ「……へ?」

気づくとレナはユーリにお姫様抱っこされていた。ハッとしたレナは、ユーリに下ろすように頼み彼の腕の中で抵抗する。

ユーリ「ちょっ、おい、暴れるなって」

レナ「わ、わたしは大丈夫だから、下ろして……」

激しく動いた時にズキッと胸に痛みが走ったことで、レナは大人しくなった。

ユーリ「はぁ……おまえ怪我してんだから、大人しく抱っこされておけよ」

困り眉をして笑われると、さすがにレナも何も言えなかった。

レナ(……こんな至近距離で、その綺麗な顔で、そんな表情されちゃ、何も言えないじゃん)

彼からすれば見た目は子供で無茶をする女の子かもしれないが、精神年齢はエステルとほぼ変わらないのだ。

レナ(……勘違いしちゃうよ)

レナはユーリはあくまで仲間として見てくれていると思っている、それに自分はどこまで生きていられるかなど分からない。だからこそ、少女はそういう勘違いはしたくなかった。ユーリに運ばれながら外に出る。しばらくすると、ワウ!とラピードの吠え声が聞こえ、ユー……リ?レナ……?とエステルの声が聞こえた。石畳の階段の上からだった。

ユーリ「エステル?ラピード……?」

遠目に見るエステルの顔がぱっと輝く。

エステル「ユーリ!レナ!」

ラピード「ワウ!ワン!」

エステルとラピードは同時に階段を駆け下りる。最後の一段を飛び降りるとエステルはレナごと包み込むようにユーリを抱きしめた。

レナ「わっ……」

ユーリ「うおっ」

エステル「あははっ!」

嬉しそうに笑う彼女に二人はなんだか気恥しい。エステルは更にぎゅっと抱きしめる力をこめた。

レナ「うっ……」

ユーリとエステルの間に挟まれた少女は圧によって胸の傷に痛みが走る。

ユーリ「おい、ちょっと」

ユーリの抗議する声をエステルの声が遮る。

エステル「ユーリ、ユーリですよね、レナも、ちゃんと生きてますよね。おばけじゃないですよね。ちゃんと影ありますよね?」

捲し立てる彼女を落ち着かせるようにユーリは抱きつくエステルを少し離す。腕の中にいるレナのために。

ユーリ「生きてる生きてる」

レナ「うぅ、生きてるよ〜、胸の傷痛いもん……」

二人の声にエステルは再度、抱きしめる。

エステル「よかった、本当によかった……」

レナのいててっという小さな声を聴きながら、ユーリは微笑んだ。

 ユーリはレナを抱えたまま石畳の階段に座る。エステルは手早くレナの傷を調べた。エステルは治癒術をかけ始め、光がレナの傷を癒してゆく。

エステル「ラピードったらこんな時間に急に外に走り出すんですよ?もうびっくりしちゃいました」

レナ「ありがとう、もう大丈夫そう。ユーリも、ありがとう。だから、下ろしてくれない?」

少女の眉間のシワはなくなり、にこりと微笑む。

ユーリ「んだよ、もうちょっと俺の膝の上にいろよ」

エステルの前にもかかわらず、少し甘えたような声で言う彼に、レナはぎょっとする。

レナ「……わ、わかった」

レナ(え、ほんとに、ユーリ、どうしちゃったの?)

エステルも少し驚いていたが微笑ましいとこちらを見ていた。エステルはユーリ達の隣に座る。

エステル「傷……やっぱりザウデから落ちた時のです?」

レナ「うん、そうなの」

ユーリより先にレナが口を開いた。

エステル「でもほんとによかったです」

ユーリ「悪かった。心配かけたな」

エステル「みんなも喜びます。早く伝えてあげたい」

嬉しさを噛み締めるようにエステルは言う。

レナ「そういえば、みんなはどうしてるの?」

エステル「リタはジュディスと一緒にザウデに行きました。古代の遺跡だから調べたいことが一杯あるんだって」

ユーリ「リタらしいな」

エステル「パティもフィエルティア号の手入れをしながら手伝ってます。カロルとレイヴンはダングレストに戻ってます。……帝国とギルドの関係がまたよくないみたいなんです」

エステルはみんなの近況を教えてくれた。

ユーリ「ったく。まだそんなこと言ってんのか」

エステル「ザウデのせいみたいですけど……それでギルドがまた無茶しないようにって」

レナ「ヘラクレスに続いて、あんなのが出てくればギルドでなくとも警戒するのが当然なんだろうね……」

エステル「ヨーデルも悩んでるみたいです。フレンはフレンであちこち飛び回ってますし」

ユーリ「みんな、がんばってるんだな」

エステル「……ユーリがいなくても自分たちのやれることをやろうって」

ユーリ「そっか」

エステル「きっと……きっと生きてるからって」

話して本当にユーリたちが帰ってきたことを喜ばしいと感じるのと、その時のことを思い出してきたのかエステルの声は段々と震え混じりになる。

エステル「フレンなんか……船で何度も何度も探して……」

涙を我慢するように俯く彼女。

ユーリ「……心配かけたな、悪ぃ」

レナ「……ごめん」

エステルは大丈夫ですと言わんばかりに、軽く首を横に振り顔を上げユーリとレナを見る。

レナ「エステルのおかげで、傷はもう平気だよ。ザウデの時もありがとう」

レナはそっとエステルの手を握って感謝を伝える。エステルは安心した笑みを浮かべて、瞼を閉じ頷く。そして、エステルは石畳の階段から立ち上がった。

エステル「でも今日はもう休んでください。今すぐ会いに行かなくてもリタたちもカロルたちも、きっとだいじょうぶですから」

暗に無理しないでと伝える彼女に、ユーリは少し呆気に取られたように笑う。

ユーリ「はっは。承知しましたよ」

それからエステルをユーリとレナとラピードで、お城へ送り届けると明日の朝に会うことを約束してユーリたちは下町のユーリの部屋に帰って行った。エステルを送り、その帰りもユーリはレナにベッタリと言った形で普段は手を繋がないのに珍しく繋いでいた。

 ユーリの部屋に着くと、ラピードは床にふせて早々に寛いでいる。繋いでいた手を離してユーリは楽な格好に服を緩めた。鏡が置いてあるのが見え、レナはそれで自分の今の格好を確認して目を見開いた。ザウデの時に黒いカーディガンはもうなかったし、服も焦げていた。つまり、レナの今の格好は、所々穴の空いた白いワンピースとタイツ。それを庇うためにユーリはずっと私にベッタリだったのかもしれないと少女は思い、夜中でよかったと心の底から安心した。じっと鏡を見ているレナにユーリは気づいたのか声をかける。

ユーリ「……明日、おまえの服も新調しねぇとな」

レナは、背後から鏡に映る彼を見上げる。

レナ「うん、あちこちボロボロだもんね」

ユーリ「さて、明日に備えてもう寝ようぜ」

ほら、とユーリはベットに寝転がると一人分のスペースを開けてポンポンと叩く。ここにおいでという意味なのだろう。

レナ(ベッド一つしかないし、他に寝転がるところないからなんだろうけど……)

なかなかこないレナにユーリはどうしたんだ?と不思議そうに首を傾げている。

レナ「……お邪魔します」

何故か敬語になってしまった。それにユーリはおうと返事をして少女が落ちないように引き寄せる。

レナ(なんだか、ユーリのペースに巻き込まれちゃって、変に意識しちゃうよ)

しかし良く考えればなんだかんだ面倒見のいい彼のことだ。子供相手にそんな感情はないだろうとレナは思った。夜は気温が少し下がる。ベッドシーツの冷たさとユーリの体温に、レナはどこか張りつめていた心がホッと落ち着いた気がした。

レナ(……そうだ、ユーリを助けることが出来たんだ。ユーリが刺される未来を私が刺される未来に変えた。世界と比べれば小さなことかもしれない。けれど、うん、本当に、良かった)

温もりに縋るようにユーリの胸に顔を埋める。ユーリが驚いたように体をビクリと跳ねさせていたが、レナは気付かないふりした。

 

―ユーリside

 

 レナが起きた時、どう声をかけたらいいか分からなかった。オレを庇って刺されて海から落ちて……謝るのは違ぇ気がするし、礼を言うのもなんだか違う気がした。そんなふうに迷っていると、レナはいつの間にか上体を起こしており、オレの顔を覗くように見上げていた。

レナ「っ……よかった。ユーリ……怪我してない?」

傷が痛むんだろう、胸をおさえながらもオレを心配するレナにどこか苛立ちを感じた。

ユーリ「ぁんで……なんで、オレを庇ったんだ?」

気がつけば口に出していた。レナは目を見開いてそれから眉を下げて困ったように笑った。

レナ「危ないと思ったら……体が先に動いてた」

ユーリ「もしそれで死んでたら……!」

自分でも珍しいくらいに冷静では無いことを自覚する。本来なら、自分が受けるはずだった罰。だが、レナが庇って代わりに受けた。胸の傷は一歩間違えていれば少女は永い眠りについていたかもしれなかった。

ユーリ(いなくなる?レナが?もしまたこの先の未来、同じようなことがあったら、こいつは同じことをする。今度は助からないかもしれない……)

言いようのない不安がユーリを襲った。それに気づいたのか、いつの間にかレナに抱きしめられていた。

レナ「大丈夫。大丈夫だよ」

たった二言。なのにそれだけであれだけ不安になっていた心が落ち着く。レナの存在を確かめるようにオレは手でゆっくりとレナの頭を撫でた。

ユーリ「……いなくならないでくれ」

無意識に出た言葉。あまりにも弱々しい声に自笑しながら、オレは気づいてしまった。レナを愛しい存在として見ていることに。目の前で失いかけたことで、より強く自覚した。レナが返事をするようにオレを抱きしめる力を強くする。しばらくしてレナが口を開く。

レナ「……ユーリ、エステル達と合流しようよ」

ユーリ「あぁ、そうだな」

確かにきっとあいつらも心配しているだろう。服はあちこち穴が開き肌が見え隠れしている上歩くのも辛そうなレナを抱き上げる。

レナ「……へ?」

レナは間抜けな声をだしてぽカーンとしている。それからハッとしたレナは、下ろすように頼みオレの腕の中で抵抗する。

ユーリ「ちょっ、おい、暴れるなって」

さすがにそこまでいやがられると傷つくんだが……なんて思いながら落とさないようにする。

レナ「わ、わたしは大丈夫だから、下ろして……」

言葉が途切れたと思えば、傷に響いたのかレナは大人しくなった。

ユーリ「はぁ……おまえ怪我してんだから、大人しく抱っこされておけよ」

呆れたようにため息を軽くつけば、レナはビクッと小さく体を揺らす。続けてできるだけ優しくそう言えば、レナの顔はどんどん赤くなっていった。りんごのような彼女に、かわいいなという感想が湧く。傍から見ればオレたちは兄妹にしか見えないだろうがそれはそれで得だと思った。

ユーリ(レナの本当の年齢はオレだけが知っていればいい)

小さな独占欲だった。

 それから、ラピードとエステルに再開し、レナはエステルに傷を治してもらっていた。傷が塞がると、膝から降りようとするレナをなんだか名残惜しくて止めた。

ユーリ「んだよ、もうちょっと俺の膝の上にいろよ」

らしくないことをいった自覚はある。事実、レナは目を見開いてオレの顔を見つめた。エステルの微笑ましいという目線が少し痛い。

レナ「……わ、わかった」

動揺しながらもレナはオレの膝の上にちょこんと座った。

エステル「傷……やっぱりザウデから落ちた時のです?」

ユーリ「っ……」

レナ「うん、そうなの」

言葉に詰まりかけたオレよりも早く、レナは即答した。言いたいことはありまくりだが今それを言っても仕方ないことだとのみこんだ。

 それから、みんなの近況を聞き、明日また集合ということでお開きになった。家に着くとレナは鏡の前で自分の姿を見ていた。

ユーリ「……明日、おまえの服も新調しねぇとな」

レナ「うん、あちこちボロボロだもんね」

少し恥ずかしそうにはにかむ少女を愛らしいと思いつつ、寝る準備をしてベッドに向かう。

ユーリ「さて、明日に備えてもう寝ようぜ」

ベッドに寝転がり、スペースをあけてポンポンとレナをそこに招く。なにやら悩んでいるのか、なかなかこない少女を不思議に思いつつもじっと見つめて待っていた。

レナ「……お邪魔します」

こいつに敬語使われることなんてハルル以外で初めてなんじゃないか?と思いながら、寝転がったレナを引き寄せた。子供体温というのだろうか、少し冷えたベッドに少女の体温がより温かく感じた。モゾモゾと動いていたが次第にやみ、最終的にオレにぎゅっと抱きつくもんだから、可愛すぎでビクリと体を揺らしてしまった。幸い、少女は気づいて無さそうだった。

ユーリ(……あぁ、本当に、レナを失うことにならなくて、良かった……)

抱きつく愛しい温もりを受けながらユーリは眠りについた。

 

―ユーリside end



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再会

 翌朝、レナは窓から差し込む陽の光の眩しさに目が覚めた。ユーリは眉間に皺を寄せながら、まだ眠っている。そろそろ起こさないと、エステルとの約束の時間に間に合わなくなるだろう。レナは、隣で眠る彼の肩をゆすった。

レナ「ユーリ、朝だよ。おきて」

ううんとくぐもった声で唸りながら寝返りをうつユーリにレナは短くため息をついた。

レナ「ユーリ、起きてってば、集合時間に遅れちゃうよ」

先程よりも激しくゆすれば、ユーリの目があく。

レナ「あ、目が覚めた?おはよう」

ユーリ「……おはよう」

寝起きでぽやぽやしている彼をレナはかわいいななんて思ってしまいつつ、ベッドから降りるようにユーリを引っ張った。フラフラとしながらも、洗面台に向かい顔を洗ったユーリはそれで完全に目が覚めたようだ。

ユーリ「よしっ……てか、レナ。その格好で街中歩くのはやべぇな」

顔を拭きながらこちらを見たユーリにそう言われて、レナは確かにねと頷く。

ユーリ「オレのお下がりで良ければどこかにあったと思うが……」

そう言いながら彼は小さなクローゼットを漁る。しばらくして、子供サイズのTシャツが一枚出てきた。ユーリはそれをレナに渡し、受け取った少女はワンピースの上から着た。まぁ、マシになっただろうと言った感じだ。

ユーリ「……さっきよりかは、マシだな」

レナ(同じこと思ってるし……。昨日の出来事はなかったかのように、いつも通りに戻ってるし)

ユーリにじとっとした目を向けてレナはドアを開けた。その後をユーリとラピードが続く。

 外に出れば、朝の清々しい空気が肺を満たした。魔核(コア)が戻った水道魔導器(アクエブラスティア)がある広場にユーリとレナ、ラピードは向かう。するとそこにはもう、エステルが立っていた。

レナ「おはよう、エステル」

ユーリ「よう」

ラピード「ワン!」

声をかければ彼女は嬉しそうにこちらに振り向く。

エステル「おはようございます、ユーリ、レナ、ラピード」

そして、先程見上げていた空に視線を移した。空にぽっかりと穴の空いたような黒々とした不気味なもの……星喰みが浮かんでいる。

ユーリ「それにしてもアレクセイのやつとんでもねぇもん解放してきやがったな。世界の解放が聞いてあきれるぜ」

ユーリはそう吐き捨てた。

エステル「星喰み……なんなんでしょう、あれ」

レナ(始祖(エンテ)()隷長(ケイア)の成れの果て……)

少女は真実を知っているが故に星喰みを見るその目は憂いでいた。

ユーリ「さぁなぁ。けど災厄ってくらいだ。ロクなもんじゃないじゃねぇのは確かだろ。今度は随分とでかい相手がきたもんだ」

エステルはふふっと笑う。

エステル「まぁ。もうやっつける気でいるんです?」

ユーリ「やらなきゃ普通に暮らせそうもないからな」

レナ「うん、ユーリらしいね」

星喰みから視線を逸らしてレナは笑った。

エステル「普通に暮らす……みんなで普通に暮らす。そのために戦うんですよね、わたしたち」

噛み締めるようにエステルは紡いだ。

ユーリ「ああ。それで十分だろ」

はい、とエステルはユーリに微笑んだ。その後ろからなんじゃとおじいさんの声が聞こえた。ハンクスじいさんだ。

ハンクス「聞き覚えのある声だと思ったら、やっぱりおまえさんか」

振り返ると、ハンクスじいさん以外にも下町の皆が来ていた。

ユーリ「ハンクスじいさん、みんな」

ハンクス「彼女は疲れとるはずじゃ。無理に連れ回すんじゃないぞ」

ハンクスじいさんはエステルを見てユーリに忠告する。ユーリは不思議そうに首を傾げた。

ユーリ「ん?疲れてるって……エステル、おまえ、力を……」

まさかと驚いた表情でユーリはエステルを見つめた。

ハンクス「戻ってきた怪我人を片っ端から治療してくれておるんじゃ。大変世話になっておるよ」

ハンクスじいさんは、目を細め口角を上げてエステルを見つめる。

エステル「わたしに出来る事ならなんでも言ってくださいね」

ハンクスじいさんの言葉を聞いていれば、エステルを咎めるなんてことは出来ないとレナは悟る。ユーリも同様だった。

ユーリ「下町もすっかり元通りみたいだな」

辺りを見回しながらユーリはつぶやく。

ハンクス「これであの空さえなければ完璧なんじゃがの」

腕を組み悩ましそうにハンクスじいさんは言った。

ユーリ「心配すんなって、オレたち凜々(ブレイブ)()明星(ェスペリア)に任せときな」

ニカッと笑い、頼もしい表情を見せるユーリに、ハンクスじいさんは変わらんのぉと言わんばかりに頷く。

ハンクス「また大きく出おって。あの穴をどうやって塞ぐと言うんじゃ」

ハンクスじいさんと一緒に来ていた下町の男性が、いやユーリならやりかねないよと肩を持つ。続けて、そうそうできないことは言わないものと下町の女性が賛同した。と、おーっとそこまでだ!と叫び声が聞こえた。その方向をみると、ルブラン達がいる。ユーリは、呆れたように今度はおまえらかと囁いた。アデコールは姿勢をぴんと伸ばしながらユーリ達の方に歩き、これを見るのであーるとユーリ達に紙を差し出した。ユーリはそれを受け取り見た。レナとエステルも覗くようにその紙を見る。

ユーリ「ん?手配書……ってオレ?」

エステル「ユーリ……だけ?」

レナ「なんで??」

三者とも不思議そうにしていれば、アデコールが口を開く。

アデコール「無法者を取り締まるのが騎士の勤めなのであーる」

ユーリ「おいおい他は良くてオレだけ賞金首かよ」

呆れたように彼は言った。

ボッコス「それはそれこれはこれなのだ!」

ルブラン「オホン、でものは相談なんだがな。どうだ、おまえ騎士団に戻らんか。そうすりゃこんなもんはポイだ」

ユーリははあ?とルブランを睨んだ。

ルブラン「要するにおまえみたいなのが野放しなのを問題にしとるんだ、お偉方は。だからな」

ユーリがルブランの言葉を遮る。

ユーリ「手網につけときゃ安心ってか?」

そういうことだと、ルブランはユーリの言葉を肯定した。俯いて少し考える素振りをすると、ユーリは顔を上げて、ようシュヴァーンと手をあげた。ルブラン達はそれに動揺して、ユーリが見ていた方向に敬礼をした。その隙をついて、ユーリとレナ、エステル、ラピードは中央に続く上り坂へと駆け出した。坂を駆け上がっていく時、後ろから待てコラ!!とルブランの怒号が聞こえる。ユーリは下町のみんなにまたな!と叫んだ。

 長い坂を全力疾走をしたユーリ達は上がった先で息を着く。

ユーリ「この坂一気はきついな」

エステル「騎士の人は凄いですね……」

レナ「みんな体力おばけなんじゃないの……」

ユーリは後ろに振り返る。

ユーリ「あの根性だけは見習いたいね」

ユ〜〜〜〜リ!!と上からパティが降ってきた。その勢いのままパティはユーリに抱きつく。ユーリはそれを受け止めた。レナはそれを見てなんだか胸の中がモヤモヤした。

レナ(……なんでモヤッとしたんだろ?)

ユーリ「おっと、パティか!?おまえどっから……」

パティ「やっぱユーリは生きとったのじゃ!よかったのじゃ!」

嬉しそうに言う彼女にレナもエステルも思わず微笑んでしまう。

ユーリ「おう、生きてたよ。おかげさんでな」

コツコツとブーツの音が聞こえたと思うと、あらと聞きなれた女性の声がした。え?とユーリが振り向き、同じようにレナも振り向く。

エステル「あ、ジュディス!」

ジュディス「エステル。迎えにきたわ」

にこやかに彼女は言った。パティはジュディスの元へ走り隣に立つ。

エステル「リタは一緒じゃないんです?」

リタの姿が見えないことにエステルは疑問を持つ。

ジュディス「リタはアスピオで調べたことをまとめているわ。あなたたちも行くでしょう?」

ユーリ「あぁ、よろしく頼むぜ。心配かけたな、ジュディ」

ジュディス「ええ。心配で胸が張り裂けそうだったわ」

ユーリ「嘘くせぇな」

ユーリは苦笑しながら言った。

ジュディス「おかしいわね。本当なのに」

レナ「あーえっと、横槍刺すようで申し訳ないんだけど、服買ってもいい?」

ちょっと申し訳なさそうに少女が言えば、ジュディスはレナの格好を見て頷く。

ジュディス「そうね、ボロボロのままなんて格好つかないものね」

ユーリは、しまった忘れてたと頬に汗を垂らしていた。エステルが、知ってる場所があるんですとユーリ達を服屋へと案内した。なぜ知ってるのか聞いてみれば、怪我人の治療で回っている時にたまたま人に聞いたんだそうだ。

 服屋に着くとユーリとラピードは外でお留守番となった。エステルとジュディス曰く、女の子のオシャレは女の子同士の方がいいから、らしい。エステルとジュディスは二人で話し合いながらあれこれと決めていく。レナは二人で盛りあがっているのを邪魔するなんてことは出来ず、ただ見ているだけだった。しばらくして、ある程度決まったのかエステルとジュディスがレナを呼び、これを着てみてくださいと服を手渡される。レナはそれを持って、試着室に行った。手渡された服は、白色の半袖ブラウス、デニム生地の短パン、黒に近い紫色のニットカーディガン、黒のニーハイソックス、茶色の無地のブーツだ。ブラウスの襟にはフリルが付き、胸元には紺色の細いリボンが揺れている。短パンには左側に薔薇と荊が黒い糸で刺繍されていた。短パンを履き、ニーハイソックスを履くと、俗に言う絶対領域が出来ていた。ニーハイソックスが落ちないようにソックスガーターを付ける。カーディガンを羽織り、鏡の前で確認すると両肩の部分に黒いリボンがついていた。

レナ(このカーディガンの色、ユーリの髪色に似てるような……)

着替え終わったレナは、試着室から出た。エステルは、レナをみると目を輝かせた。ジュディスは、ニコニコとしていた。

レナ「えっと、どうかな?」

くるりと一周まわってみせる少女。

エステル「素敵です!前の服装はシンプルな感じだったので、装飾入れてみたかったんです」

ジュディス「そうね。シンプルさを残しつつオシャレになって、とても似合っていると思うわ」

レナ(確かに、前の服装は全部無地だったんもんね………めっちゃシンプルだったかも)

レナ「ありがとう」

嬉し恥ずかしそうにレナは笑った。

ジュディス「じゃあ行きましょうか」

レナ「えっ、でも代金……」

素知らぬ顔でジュディスは、もう払ってあるわとなんでもないように言うとレナの手を引いた。エステルも、それに続く。レナは、戸惑いつつも服屋を出た。少女は出るとすぐ近くにいたユーリに声をかける。

レナ「ユーリ、おまたせ」

呼ばれたユーリはレナの方に振り向いた。ユーリはそのまま固まっていた。

レナ(ん?あれ、固まってない?)

レナ「ユ、ユーリ?」

レナはユーリの袖をクイクイと引っ張った。ユーリはハッとしていた。

ユーリ「あ……悪ぃ、見惚れてた」

レナは思わずポカーンとしてしまう。

ユーリ「んだよ……」

ユーリはそっぽを向いた。見ていたエステルが、ユーリが照れてるなんて珍しいと微笑んでいた。ジュディスも、あら?という顔をしている。

レナ「ってことは、似合ってるってことだよね?」

ユーリ「っあぁ」

ユーリ(前とは雰囲気が変わって……こういうのも似合ってんな)

何だかぎこちない彼にレナはくすくすと笑った。

ユーリ「ん?レナ、髪飾りは選ばなかったのか?」

ユーリにそう言われてレナはあっと声を上げる。エステルとジュディスも、そういえばわすれてたわねと顔を見合わた。

エステル「じゃあ、ユーリに選んでもらってはどうです?」

これはいい提案だとウキウキとした雰囲気で彼女は言った。ユーリは、オレ?!と驚いている。

ジュディス「そうね、その方がレナも嬉しいんじゃないかしら」

エステルの提案にジュディスも同意した。レナは、それはまぁ確かに嬉しいけれど……と少し頬を染めた。

ユーリ「わかったよ。でもオレ、あんまりそういうのわかんないぜ?」

レナ「いいよ、ユーリが選んでくれたものなら」

そのまま服屋の隣のアクセサリー屋に二人は入った。

 店内はキラキラとアクセサリーが輝いており高そうなものからお手頃のものまで様々な種類が並んでいた。一通り見てからユーリはひとつ手に取った。それは、濃色(こきいろ)のリボンの中心に銀の四つ葉のクローバーの飾がついたバレッタだった。

ユーリ「これだな……レナ、ちょっとまっててくれ」

一言断りを入れるとユーリはバレッタを持って店主に話しかけ買った。そのままレナに渡す。

レナ「ありがとう、ユーリ」

レナ(ユーリが選んでくれたもの、大切にしなきゃ)

レナは受け取ったバレッタを大事そうに持つ。そして、髪につけた。

レナ「どうかな、似合ってる?」

ユーリ「ああ、すごく、似合ってる」

愛しいものを見つめるような甘い目で見てきたユーリに、レナは胸が少しドキリとした。

レナ「あ、ありがとう」

なんだか恥ずかしくなって早足で店を出た。

 出てきた二人を待っていたエステルとジュディスがにこにこと出迎えてくれた。

エステル「ユーリ、ちゃんと買えました?」

ユーリ「バッチリ」

エステルの問いにユーリは親指を立ててグッチョブした。ジュディスはレナがつけている髪飾りを見て、ふふっと笑った。それにレナが首を傾げると、よく似合ってるわと返ってきた。

エステル「なんだかその色、ユーリみたいですね」

髪飾りのリボンに触れながらエステルは微笑む。

レナ「言われてみればそうだね」

ジュディス(自分を連想させる色を身につけさせるなんて、彼意外と独占欲が強いのね)

エステル(四葉の花言葉は、私のものになって、でしたよね。もしかして、ユーリって……)

ユーリ「?レナの服も買ったし、リタのところに行こうぜ」

考え込んでいるエステルを見てどうしたんだ?と思いつつユーリはジュディス達を見る。

ジュディス「ふふっ、そうね」

エステル「はい、行きましょう」

ユーリ達はそのままバウルに乗りリタのいるアスピオに運んでもらった。

 

―アスピオ

 

 アスピオに着き街の中には入ると、分かった!!というリタの声が街中に響きわった。かと思えば、ユーリ達の目の前をすごい速さで通過していく。

エステル「あ、リタ、ユーリが……」

エステルの声も虚しくリタは素通りしていった。

パティ「うちらの存在感はカサゴの擬態よりもゼロなのじゃ」

ジュディス「研究以外、なにも目に入らなくなってるって感じね」

レナ「凄いよねぇ……」

ユーリ「……あれじゃ変人扱いされんのも無理ないな」

少し呆れたようにユーリは言った。

エステル「すごくうれしそうでした。きっとなにか発見があったんですよ」

エステルは笑顔で言う。

ユーリ「そりゃ期待したいとこだな。行ってみようぜ」

ユーリ達はリタの家をたずねる。勝手に開けて入ってみると、本を読み考察を立てるのに集中しているらしくこちらには気づきもしなかった。

リタ「ふんふん……やっぱりそうか力場の安定係数の算出も十分可能ね。つまり……」

エステル「リタ?」

エステルがブツブツ言っているリタに声をかけるが、リタは気づかない。

リタ「……の応用で基幹術式もいけそう。変換効率はクリアね。非拡散の安定した循環構造体がこれで……」

ユーリ「おい!リタ!!」

エステルよりも大きい声でユーリはリタを呼んだ。この声は聞こえたらしくリタは振り返る。

リタ「なに!?邪魔しないでくれる?って、え!?」

ユーリの姿を見たリタは目を見開いた。

リタ「ちょっ、あんた……どうやって……っていうか」

動揺してしどろもどろになる彼女に、ユーリは、ようと軽く挨拶する。リタはユーリとレナが生きていことに嬉しそうな顔を一瞬するが首を振って切り替える。

リタ「この忙しい時にどこに行っていたのよ!だいたいあんだけ探して見つからなかったのに……」

怒鳴り出す彼女にユーリとレナはちょっと申し訳ない顔をした。

ユーリ「いやまあ悪かったよ」

レナ「心配かけてごめんね、リタ」

あまりにも素直に二人がいうので、リタは拍子抜けしつつもいつもの調子に戻る。

リタ「……たく、まあいいわ。それどころじゃないし」

そう言うとリタはエステルを見る。

リタ「エステルに大事な話があるの」

ユーリ「エステルに?」

リタ「……エアルを抑制する方法が見つかったかもしれないの」

リタの声は嬉しそうに弾む。

エステル「本当!?すごいです、リタ!」

エステルは胸の前で手を組んで、パッと顔を輝かせた。

リタ「ザウデを調べて色んなことがわかったんだけど、そこで使われてた技術を応用したらいけるかもって。ただ……」

リタはそこで言いにくそうに、話すのをとめる。

ジュディス「それがエステルの……満月の子の力と関係してる、ということかしら?」

続きをジュディスが話す。リタは頷いた。

リタ「エアルに干渉して自在に術式の組み換えを行う必要がある……エステルにしかできないことなの」

ユーリ「デュークに(デイ)()戎典(ノモス)、返さなきゃよかったか」

話を聞いていたユーリはつぶやく。エステルはデュークに会ったんです?と首を傾げた。

ユーリ「ああ、あいつがオレたちを助けてくれたんだ。剣を回収するためって言ってたけどな」

リタ「あの剣と満月の子は違う。多分、代わりにはならないわ」

リタは首を横に振って言った。

ジュディス「けれど、前にエステルに施した抑制術式……あれは満月の子の力を抑えるためのものでしょう?」

ジュディスはエステルの魔導器(ブラスティア)をちらりと見ながら、首を傾げた。

リタ「うん、だからもしこの理論でエアルを制御するのなら、エステルの抑制術式を解除しなければならない」

ユーリ「つまり……上手くいけばエアルは制御できるが、下手すりゃエアルはより乱れて世界は星喰みのものになる」

そういうことかとユーリは納得する。

レナ「……大胆な計画だね」

リタの言っていることを頭の中で整理しつつ少女は言った。

パティ「状況を打破する考えは浅瀬のミズクラゲよりも、常に大胆なものなのじゃ」

パティの例えにリタは、不思議そうにした。

リタ「……いや……よくわかんないけど、まぁ、ともかくきっとうまくいく。だからエステル、あたしを信じて力を貸して」

リタは意を決してエステルに歩み寄った。エステルは無言のままリタを見つめている。

ジュディス「怖いのかしら?」

ジュディスは微笑みながらエステルに問う。エステルは首を横に振った。

エステル「ううん。嬉しいんです。まだ自分の力が役に立つかもしれないなんて。リタ。わたしに出来ることなら何でもいってください」

エステルはそう言ってリタに、にっこりと笑いかける。

ユーリ「で、具体的にはどうするんだ?」

リタ「まだ完全な方法までできあがってないの。もうちょっと時間をちょうだい」

レナ「じゃあ、リタが考えてくれている間に私たちはカロル達を迎えに行こうよ」

ユーリ「だな」

エステル「はい!」

リタ「あたしも行く。資料なら全部頭に入ってるし考えがまとまったら説明するわ」

慌てたようにリタは言う。

パティ「よし、じゃあ行くのじゃ」

パティは立ち上がった。

 

―ダングレスト

 

 ギルドの巣窟ダングレストの空は、星喰みに覆われほとんど真っ黒だった。結界がかろうじて白く浮き上がって見える。屈強なギルドの男たちの中にも、空を見上げてため息をついている者もいた。ユーリ達は石畳を歩いていく。

ハリー「どうせオレなんか!」

一人の若者が、叫びながら脇を通り過ぎた。

ユーリ「あれは……確かドンの孫のハリー……だっけか」

通り過ぎて行った横顔を見てユーリが呟いた。

レナ「みたいだね、間違いないと思う」

少女がそう言った時、後ろからあー!!と聞いたことのある叫び声が聞こえた。振り返るとカロルとレイヴンが立っている。

カロル「ユーリ!!レナ!!」

カロルは二人の元に駆けよる。

カロル「……ひどいよ。無事だったんならひと言くらい……」

かなり心配をかけたのだろうとレナは察する。それはユーリも同様だろう。

レナ「心配かけたね」

ユーリ「でも戻ってきたぜ」

レナとユーリは優しく笑った。レナはそのままカロルを覗き込む。その様子に、リタとエステルは顔を見合せ、そっと微笑みあっていた。カロルの後を追うようにレイヴンがゆったりと歩いてくる。

レイヴン「おたくらも良いしぶとさねぇ。さすが、俺様の見込んだ男……とお嬢さん」

いつもと変わらない彼だが、その声色には喜びが混じっている。

パティ「ユーリを見込んだのはうちが先なのじゃ」

張り合うようにパティが口を挟む。

レイヴン「おや、パティちゃんには渡さないわよ」

なんだかモヤついたレナはつい口に出してしまった。

レナ「ユーリは譲れない……」

珍しいことにパティはむぅ?と首を傾げ、レイヴンはまぁ〜と口に手を当てる仕草をした。隣にいたユーリはちょっと機嫌が良さそうに見える。

ユーリ「んなことより……今、ハリー見かけたけど、なにかあったのか?」

機嫌の良さを隠しユーリは切り替える。

レイヴン「それがちょっとばかしうまくなくてねぇ。いまユニオンは船頭不在だからねぇ」

レイヴンは空の星喰みをちらりとみてため息混じりに答える。

ジュディス「中核になるものがいないとまとまらない……というワケ?」

カロルはそうなんだと頷く。

リタ「中核……!そうか!」

突然声を上げたリタに、カロルがビックリして後ずさる。

カロル「な、なになに?」

リタ「分かったわ、聖核(アパティア)よ。あれは使えばうまくいくわ」

リタは今閃いたことをユーリ達に説明する。

リタ「つまり、エアルを安定係数が変化し続けていってもそれを結びつけ……」

ユーリ「まてまてまて、どうせ理解できないから説明はパスな」

ユーリが途中でリタを止めた。

リタ「ま、まぁいいわ。とにかく、ドンに渡した聖核(アパティア)があったはずよね?」

リタはレイヴンに視線を向ける。

ジュディス「……ベリウスの聖核(アパティア)蒼穹(キュア)()水玉(シエル)ね」

ジュディスは始祖(エンテ)()隷長(ケイア)のベリウスの最期を思い出すように言った。

レナ「っ……」

レナ(ベリウス……)

レナは静かに手に力を入れた。爪が手のひらにくい込むほどに。それほどまでにまだ、ベリウスの事は吹っ切れていなかった。例え、別の形で生きることになると知っていても。ユーリはそれを知ってか知らずか、レナの頭に手を置いた。レナはユーリを見上げれば、ユーリは大丈夫だと言わんばかりにニコリと笑っている。レイヴンとカロルがもの問いタゲな表情をしていることにエステルは気づき説明する。

エステル「リタがエアルを抑制する方法を見つけたんです」

カロル「ほんとに!?すごい!」

カロルはリタに尊敬の視線を向けた。ユーリはレナの頭から手をどけるとレイヴンを見る。

ユーリ「ドンが亡くなった後、蒼穹(キュア)()水玉(シエル)がどうなったか知ってるか?」

レイヴン「さあなぁ……」

パティ「ハリーならどうかの?ドンの孫なら知っとるんじゃないのか?」

レイヴン「ちょうどいいわ。やっこさん連れ戻すとこだったんだ。ユニオンの本部行っててよ。すぐ戻るからさ」

ユーリはそれに頷き、仲間たちは一足先にユニオンの本部へ向かった。

 中に入ると以前よりずっと静かなユニオンの人間たちばかりで、ドンがいた頃の威勢のよさは鳴りを潜め、ギルドごとにまとまるでもなくボソボソと話し合っていた。

ユーリ「なんか妙な雰囲気だな」

カロル「うん……ユニオンは今、バラバラだから……」

カロルは悔しそうに彼らを横目で見ていた。

レイヴン「誰もドンの後釜に座りたくないのよ。なんせあのドンの後だからねぇ。ほら、しゃんとしなって」

ハリーを連れて帰ってきたレイヴンは、ハリーを軽くたしなめる。

ハリー「オレはじいさんを死に追いやった張本人だ。そんなやつがドンみたいになれる訳がねぇだろ」

ハリーはユーリ達とは一切目を合わせず、拗ねたように言った。

レイヴン「誰もあのじいさんみたくなれなんて言ってねぇでしょうが。跡目会議くらいちゃんと出とけって言ってんの」

レイヴンはハリーに言い聞かせている。それをリタが遮った。

リタ「ねぇあんた、ドンの聖核(アパティア)を譲って欲しいんだけど」

突然の事にエステルはビックリし、カロルは呆れている。

カロル「リタ、いきなりそんな直球……」

ハリーは暗い目でリタを睨んだ。

ハリー「……あれはドンの跡目継いだやつのもんだ。よそ者にはやれねぇよ」

リタ「なによそれ。それじゃいつその跡目が決まるのよ」

ハリー「知らねぇよ。オレに聞かないでくれ」

パティ「なら誰に聞けば、教えてくれるのかの?」

ハリーはパティの言葉を無視して部屋の隅へに行ってしまった。

ユーリ「ったくしょうがねぇな。ユニオンがしっかりしなきゃ誰がこの街を守るってんだよ」

ユーリはわざと聞こえるようにそう言うとため息をつく。「ああ?そりゃ俺たちに決まってらあな」

ギルドの一人がそう言う。

「俺たちとはどの俺たちだね?あのザウデとやらに手下を送り込んだのも、君のギルド(オウ)(ラウ)(ビル)だろう」

すぐ側にいた一人がそう言った。

「ユニオンが帝国の風下に立ったことは一度もねぇんだ。黙ってみてられるか!」

(オウ)(ラウ)(ビル)の人が反論する。

「うかつだったと言っているのだよ。ユニオンの敵対行為と帝国に受け取られかねん」

その意見を聞いた人は冷静に指摘する。

「そんときゃ、一戦やるまでだ」

(オウ)(ラウ)(ビル)の人が言う。

「それで誰が率いるんだね。(オウ)(ラウ)(ビル)の長である君か?ドンが聞いたら大笑いするだろうよ」

煽るような口調で返す。

()()()()()のてめぇこそ、名乗りを上げたらどうなんだ?きっと人望のなさがはっきりするだろうぜ」

聞いている側からすればくだらない口論である。

レナ「こんな時にそんな口論する暇があるなら、協力し合えばいいのに……」

少女はくだらないとため息をつく。

ユーリ「仲間内でやりあって自滅ってのはやめてくれよ。全っ然笑えねぇから」

パティ「いいこと思いついたのじゃ。ドンの椅子に流木を座らせておけばいいのじゃ。波にもまれた分だけ人生に苦労しておるからドンの貫禄たっぷりなのじゃ」

ジュディス「あら、いい案ね」

好き勝手言うユーリ達に先程口論していた人達は憤る。カロルはユーリ達の前に出た。

カロル「仲間に助けてもらえばいい、仲間を守れば応えてくれる、ドンが最後にボクに言ったんだ」

ユーリが、カロル……と呟く。(オウ)(ラウ)(ビル)の長が、なんだぁ?このガキとカロルを睨んだ。ユーリ達もカロルに手を出したら……と睨む。(オウ)(ラウ)(ビル)の長はカロルから離れた。

カロル「ボクはひとりじゃなんにもできないけど仲間がいてくれる。仲間が支えてくれるからなんだってできる、今だってちゃんと支えてくれてる。なんでユニオンがそれじゃ駄目なのさ!?」

カロルは訴えるように叫んだ。

レイヴン「少年の言うとおり、ギルドってのは互いに助け合うのが身上だったよなぁ。無理に偉大な頭を頂かなくともやりようはあるんでないの?」

ユーリ「これからはてめぇらの足で歩けとドンは言った。歩き方くらいわかんだろ?それこそガキじゃねぇんだ」

ユーリ達の言葉に、考えるように(オウ)(ラウ)(ビル)の長は黙り込み、()()()()()の人はしかし簡単には……と呟いた。

ユーリ「行こうぜ。これ以上、ここにいてもなにもねぇ」

そう言って歩き出すユーリにレナも続く。

リタ「え、ちょっとあんた、ねえ!」

リタは慌てたようにユーリとレナを追いかけた。その後をエステル達も続いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たな命

 ユニオン本部から出てきたユーリ達は広場で足を止めた。

リタ「……どうすんのよ、聖核(アパティア)は!」

リタはユーリの背中に向けて抗議する。

ユーリ「あんな連中に付き合ってる暇あったら他の手考えた方がマシだ」

リタはユーリの前に出る。

リタ「他にって、そんな簡単なもんじゃないでしょうに……」

パティ「なに、三日三晩寝ずに考えれば、いいこと思いつくのじゃ。がんばれ、リタ姐」

リタ「また、あたし!?」

リタは自分を指さす。と、そこにハリーがユニオン本部から出てきた。それに気づいたユーリ達はハリーを見る。

ハリー「……ほらよ」

ハリーは手に持っていた蒼穹(キュア)()水玉(シエル)をユーリに放った。ユーリはそれをキャッチする。みんな驚いたようにユーリの手元を見た。

ユーリ「こいつは……くれんのか?」

ハリー「馬鹿言え、こいつは盗まれるんだ」

カロルは、え?とキョトンとする。

ユーリ「……恩に着るぜ」

ハリー「他の連中に気取られる前に、さっさと行っちまいな」

レイヴン「どういう風の吹き回しよ?」

ハリー「さぁな。けど、子どもに説教されっぱなしってのもなんだかシャクだならな」

ハリーはそのままユニオン本部へと踵を返した。

レナ「……きっと、カロルの言葉が響いたんだね」

レイヴン「あいつも、少しは変わったかね」

レイヴンは満更でもなさそうに顎を撫でた。

ジュディス「これで聖核(アパティア)も手に入った訳だけど、次はどうするのかしら?」

リタ「うん、ゾフェル氷刃海に行くわ。活性化していないそこのエアルクレーネを使うの」

レイヴン「氷刃海?また寒いとこに行くの?おっさん、ここで待ってていい?」

レナ「寒いのなんて世界の危機に比べたら我慢できるでしょ」

ユーリ「そうだ、世界が滅ぶよりマシだろ。行こうぜ」

ユーリ達はダングレストを出て、ゾフェル氷刃海へ向かった。

 

―ゾフェル氷刃海

 

 二度目とはいえ、ゾフェル氷刃海は猛烈な寒さだった。吹雪いていないだけでもよほどましというもの。初めてここに訪れるエステルは、珍しそうに流氷を踏んでいる。ひとりで騒いでいるのはやはりレイヴンだった。

レイヴン「あああ寒い寒い寒い。それにしても寒い寒い寒い」

手を擦り合わせながら寒さを訴えるたびに、リタにウザイと文句を言われていた。

ユーリ「んで、エアルクレーネでどうしようってんだ?」

ユーリはリタに訊ねる。

リタ「エネルギー体で構築されたエアル変換機を作るの」

エステル「変換……機?」

エステルは首を傾げた。

リタ「エアルを効率よく物質化することで総量を減らすのが狙いなんだけど、そのためには変換機自体がエアルと物質の両方に近いエネルギーなのが理想なの」

パティ「そのエネルギーって、エアルとどう違うのじゃ?」

リタの説明を聞いていたパティは質問する。

リタ「属性分化しエアルは段階的に物質に移行して安定する。その途中の段階で固定してそれで変換機術式を構築しようってわけ」

カロル「エアルでも物質でもないってこと?」

不思議そうにきくカロルに、リタは頷く。

リタ「エアルより物質に近い、でも物質になってない状態。あたしらはマナって呼んでる」

エステル「マナ……」

聞きなれない言葉を、エステルはそっと呟く。

パティ「寒い海の漁火よりも荘厳な雰囲気が短い言葉の中から今にも溢れてくるのを感じるのじゃ」

パティは腕組みながら言った。

リタ「いや、まあ、本当はもっと長ったらしい名前なんだけど、ただ安定してるって言っても物質よりは不安定だから核になるものが必要なの」

レナ「それで、聖核(アパティア)ね」

リタ「それと十分なエアルとそれの術式を組み替えるエステルの力」

エステル「わたしが抑制術式なしで力を使うと、エアルが乱れ、力があふれ出してしまうけど……」

腕につけている武醒魔導器(ボーデイブラスティア)に目をやりながらエステルは言った。

ユーリ「けど、何もしないであいつをほっとくなんてできない。それに……」

カロル「それに?」

カロルはユーリに先を促した。

ユーリ「こういう賭けは嫌いじゃない」

ふっ、とジュディスが微笑んだ。

ジュディス「私は立場上、止めるべきなんだけど……私も乗ってみたくなったわ。この賭けに」

パティ「うちはその賭けに10億ガルド乗るのじゃ」

レナ「もしもの時は私が支える」

新月の子である少女は満月の子の力を抑えることが出来る。

リタ「大丈夫よ。理論に間違いはないんだから。その10億、何百倍にもして返してやるわ」

リタは仲間を安心させるように言った。

パティ「おお、本当なのか?」

リタ「ええ。さ、エアルクレーネに行こ」

遙か向こうにエアルクレーネが見える。流氷の作る道がまっすぐでないので、最短の迂回路をユーリ達は歩いていた。

レイヴン「しかしエアル変換機ねぇ。よくまあ思いつくもんだ。さすが天才魔導少女リタっちだ。うんうん」

レイヴンは感心したように言った。リタはレイヴンをキッと睨むふりをし。

リタ「……手がかりがあったからよ」

レナ「そういえば、ザウデを調べたっていったよね」

リタ「あれ、あんだけの規模なのにエアルでは動いてなかった。世界全体を守るための結界魔導器(シルトブラスティア)なのにね」

カロル「結界魔導器(シルトブラスティア)!?そっか星喰みから守ってたんだ」

パティ「千年もの長い間ってことか?哲学するイソギンチャクのように粘り強いのじゃ」

カロル「それに千年も張り付いてる星喰みも粘り強いけどね……」

ジュディス「アレクセイはザウデを兵器だと思ってたみたいだけど、とんでもない間違いだった訳ね」

レナはそういうこと、とジュディスと頷き合う。

ユーリ「けど星喰みはエアルの暴走が原因だよな?」

ユーリは言いかけて、ふいに合点がいった様子だ。

ユーリ「なるほど、だからエアル以外の力の結界なのか」

エステル「でも、だとしたらなんの力なんです?」

エステルは首を傾げた。

ジュディス「…………満月の子、かしら?」

ジュディスがそう言うと、エステルの表情が少し強ばる。

レナ「正確には、彼らから分離した力だよ」

エステルを落ち着かせるようにレナは言った。リタはこくりと頷く。

リタ「あの巨大魔核(コア)の中で半永久術式としてザウデを動き続けた。多分、彼らの命と引き換えに」

エステル「満月の子らは命燃え果つ……」

エステルはミョルゾの長老の家にあった壁画にあった文を諳んじた。

ジュディス「ミョルゾの言い伝えはそういう意味だったのね」

ようやくあの壁画の絵と、添えられた文言の内容がジュディスにもしっくりときた様子だ。

ユーリ「デュークの話じゃ、自発的にやったらしいぜ。世界を救うために」

パティ「つまり、結界を作ったのは満月のこの世界に対する愛の力なのじゃな」

レイヴン「愛の力、ね……。泣けるじゃないの」

エステル「世界のために犠牲になって……ずっと守っててくれたんですね」

エステルはそう締めくくった。

 

 ユーリ達は、エアルクレーネまでたどり着く。相変わらずおっさんは寒さに震えていた。

カロル「またあの魔物出てきたりしないよね」

レイヴン「出てきたら、カロルがまた退治してくれんでしょ?」

カロル「うう……意地悪……」

カロルはレイヴンを睨みながら言った。その間にリタが空中に蒼穹(キュア)()水玉(シエル)を配置してエステルを呼ぶ。

リタ「さ、準備できたわ。エステル、こっち来て」

ふたりは宙に展開させた術式をはさんで鏡合わせのように向き合った。

リタ「今から抑制術式を解除するわ。そしたら、エステルに反応してエアルが放出される。エステルはエアルの術式をよりマナに近い安定した術式に再構成してほしいの」

リタはエステルにそう説明するが、エステルはいまいち理解出来ていないようだ。

エステル「え、と……よくわかりません……」

申し訳なさそうにエステルは首を傾げる。

リタ「うーん。そうね……」

どう例えたらいいかと辺りを見回すリタ。

リタ「ここは水の属性が強いから流れる水をイメージしてエアルの流れに身を任せてればいいわ」

と海水を指した。再びエステルと向き合う。

リタ「エアル物質化の理論は魔術と同じようなものだから。エステルがエアルをマナに近い形に再構成してくれれば、あたしでも蒼穹(キュア)()水玉(シエル)にエアルを導けるようになるはず」

リタは今からすることを一通り口に出し終えた。

カロル「ボクたちに何か出来ることない?」

カロルはリタに近づいて申し出るが、リタは首を振った。

リタ「ないわ、寝てて」

レイヴン「こんなところで寝たら凍死するっつーの」

レイヴンは体をぶるりと震わせた。それを無視してあ、でも……とリタはレナをみた。

レナ「私?」

リタ「レナの力はエアルの抑制、エステルとは真逆の力。なら、溢れ出るエアルを制御できる……?」

ブツブツ言い出したリタに聞き取れた部分だけ咀嚼したレナはリタに近づいた。

レナ「リタ、つまり私は、エステルのサポートをすればいいんだよね?」

リタは頷いた。

リタ「でも、負担は大きいでしょ、やっぱり……」

レナ「なしっていうのは、なし。世界のためでしょ?平気だよ」

リタの言葉を遮ってレナは言うと、ニコリと微笑んだ。

リタ「……わかったわ」

パティ「うちらもなんでもやるのじゃ!」

リタ「なんでもって……」

ジュディス「あるでしょう?ザウデで見つけた変換技術を使えばいいのよ」

ポカンとあく口をハッと閉じてリタは声を荒らげた。

リタ「あれは!命をエアルの代用にするものでしょ!そんなの使えるわけないじゃない」

ジュディス「でも、失敗したら激流となったエアルに飲み込まれて私たちは全滅。そうでしょ?」

ジュディスは引き下がらなかった。

ユーリ「命がけなのはみんな同じってことだ」

ジュディスとリタを会話をじっと聞いていたユーリはそう言った。

ユーリ「手伝わせろよ」

ユーリの言葉に、ジュディス、カロル、レイヴン、パティは力強く頷く。リタはほんの少しの間考えてから、口を開いた。

リタ「わかった……あたしが蒼穹(キュア)()水玉(シエル)にエアルを導くのに、あんたらの生命力を使う。そうすればエステルはあたしに干渉されないで流れを掌握できると思うから」

ユーリ「よっし。じゃあみんな、いっちょ気合い入れようぜ」

ユーリの言葉に、レナ、エステル、ジュディス、レイヴン、カロル、パティ、ラピードがそれぞれ声を出して応えた。リタは頷き蒼穹(キュア)()水玉(シエル)に向かい合うように立つ。

リタ「いい?エステル、いくわよ。レナはここ、みんなはこっちきて」

言われた通りに、レナは少し離れてエステルの横に、ユーリ達はリタの近くに寄る。エステルのお願いしますという声を聞いてから、リタは帯を回しながら詠唱を始めた。リタの足元に術式が展開される。エステルとレナは胸の前で手を祈るように握り力を解放する。

リタ「あたしの術式に同調して。そう……いいわよ」

リタは背を向けたまま、仲間たちを励ました。

ユーリ「うっぐ」

生命力を使われているユーリが呻く。カロルとジュディスとラピードも、そしてとりわけ負荷のかかっているレイヴンが苦しそうだ。するとエアルクレーネが突然輝きだした。活性化したエアルクレーネはエアルをあふれさせ、エステルと彼女の前にある術式を介してリタのもとへ届く。リタはリタはマナに近い形のエアルを、蒼穹(キュア)()水玉(シエル)へと導いた。レナは、エステルが引き出すエアルの量を調節する。少女の額には汗が滲んだ。

リタ「蒼穹(キュア)()水玉(シエル)にエアルが集まっている……術式は上手く働いてる。力場も安定してる……いける!」

リタは真っ直ぐに聖核(アパティア)を見つめた。

エステル「ん……く……」

レナの隣でエステルが苦しげな声をあげた。

レナ「っく……」

続けてレナも苦しげな声を上げる。

レナ(……抑える力を緩めて……けどエステルの負担は最小限に)

見た目より難しいことをしているレナは周りの音など聞こえないほどの集中力を出していた。

エステル「きゃあっ」

力を引き出されたエステルはレナが軽減しているとはいえ負担に悲鳴をあげる。エステルとレナの体は光を帯びていた。

レナ「っ……」

レナの額から流氷へぽたりと汗がたれる。エステルの悲鳴にユーリとカロルが負担のかかった体の向きを変えた。

ユーリ「なんだ!」

カロル「まさか、失敗なの?」

リタは違う!と声を上げて、背後の術式に振り返る。

リタ「ちゃんと制御できてる、でもこれは……!?」

術式に目を通しながら話していたリタは言葉を詰まらせた。

リタ「聖核(アパティア)を形作る術式!?勝手に組み上がって再構成してる……?」

ここまで来たならレナのサポートはなくてもあとは勝手にどうにかなる。そう考えたレナは力を完全に緩めた。そして呼吸を静かに落ち着かせた。

 その時蒼穹(キュア)()水玉(シエル)に集まっていた光が、聖核(アパティア)の形を変えていく。眩い光が弾けたと思うとそこに現れたのは一人の女性の姿だった。青白い肌に長く伸ばした青い髪が美しい。宙に浮かぶ彼女の唇が動いた。

?「……わらわは……」

ジュディス「その声……ベリウス!?」

ジュディスが驚く。姿は違うが、確かに聖核(アパティア)になる前の始祖(エンテ)()隷長(ケイア)ベリウスの声だった。

?「ジュディスか。ベリウス、そうわらわは……いや違う。かつてベリウスであった。しかしもはや違う」

ユーリ「どういうことだ?」

ユーリはリタを見る。リタは術式を消すと、考察を立てた。

リタ「まさか、聖核(アパティア)に宿っていたベリウスの意思が……?」

リタはそのまま、女性をみてすごい……と呟いた。

?「すべての水がわらわに従うのが分かる。わらわは水を統べる者」

彼女は氷の、海の、それらを構成する水を全身で感じているようだった。

レイヴン「なんか分からんけど、これ成功なの?」

レイヴンが小声でリタに聞く。

リタ「せ、成功っていうかそれ以上の結果……。まさか意志を宿すなんて」

リタは声をうわずらせた。

パティ「驚け!自然の神秘は常に人の想像をはるかに超越するものなのじゃ!」

感動するようにパティは声を弾ませる。

リタ「そうね……どうやら、それは認めざるを得ないみたい」

?「人間よ、わらわは何であろう?もはや始祖(エンテ)()隷長(ケイア)でもなければベリウスでもないわらわは……そたならがわらわを生み出した。どうか名を与えて欲しい」

ユーリはゆっくりと、考えながら言った。

ユーリ「物質の精髄を司る存在……精霊なんてどうだ?」

?「して我が名は」

カロルがパッと顔を輝かせた。

カロル「ざふざふ水色クイー……」

途中まで言いかけたが、仲間たちの表情を見てやめた。エステルが一歩前に進み出た。

エステル「古代の言葉で水を統べる者……ウンディーネ、なんてどうです?」

ウンディーネ「ウンディーネ……わらわは今より精霊ウンディーネ」

噛み締めるように繰り返した彼女はその名を気に入った様子で、ユーリ達を見下ろして微笑んだ。

ウンディーネ「おお……力がみなぎる……そたならがわらわのために多くのエアルを集めてくれたからじゃ……」

カロル「……がんばったもんね……」

ユーリは一歩前に出る。

ユーリ「ウンディーネ!オレたちは世界のエアルを抑えたい。力を貸してほしい」

ユーリは真剣な表情で声を張った。

ウンディーネ「承知しよう、だかわらわはだけでは足りぬ」

カロルが、え?と首を傾げる。

ウンディーネ「わらわが司るは水のみじゃ。他の属性を統べる者もそろわねば十分とはいえぬ」

レナ「物質の基本元素は、地水火風……だね」

リタは頷いた。

リタ「そう、最低でもあと三体ね……」

レイヴン「それってやっぱり始祖(エンテ)()隷長(ケイア)をなんとかするしかないってこと?」

パティ「素直に精霊になってくれるといいんじゃがの」

ジュディス「もう存在している始祖(エンテ)()隷長(ケイア)も数少ないわ。フェロー、グシオス……」

思い当たるもの達を指折りで数えるジュディス。

カロル「あと、バウルだね」

口を出したカロルに、ジュディスは首を振った。

ジュディス「バウルはだめ。まだ聖核(アパティア)を生成するほどのエアルを処理していないわ。それに、私が認められそうにない」

ユーリ「ウンディーネ、心当たりはないのか?」

ユーリはウンディーネを見上げる。

ウンディーネ「輝ける森エレアルーミン、世界の根たるレレウィーゼ、場所はそなたの友バウルが知っておろう」

ウンディーネはそう言うと、レナに近づいた。ハッとしてレナは口を開く。

レナ「あの時、助け……」

られなくてごめんと謝ろうとした少女の口を、ウンディーネは人差し指で止めた。

ウンディーネ「よい、それはわらわの意思じゃ。そなたは悪くない。これはその時の礼じゃ、受け取るがよい」

ウンディーネはレナの右手を手に取ると、手の甲に口付けをした。レナは目を見開く。冷たさを感じると共に、別の力の存在を感じた。

ウンディーネ「これで、水に属する力で命を削らなくても大丈夫じゃ」

ウンディーネはニコリと微笑んだかと思えば、氷の上の冷たい空気に溶け込むように消えた。レナは右手の甲に目をやると、青に近い水色で雫のようなマークが刻まれていた。

カロル「消えちゃった!」

驚くカロルに、エステルが言う。

エステル「いえ、……います。感じます」

エステルはその存在を確かめるように目を閉じる

ジュディス「エアルクレーネも落ち着いたよう……エステルの力を抑制していないのに」

リタがレナを見る。レナは首を横に振った。

レナ「私は何もしてないよ」

つまり、新月の子の力も関係ないということ。驚いたリタは、え!と声を上げ、エステルの方に振り向くと術式を展開させて確認した。

リタ「これって……ウンディーネがエステルの力を制御してくれてる……?」

カロル「じゃあ、エステルは本当に自由になったの?」

カロルは期待に瞳を輝かせながらリタに聞いた。

リタ「ええ……ええ!」

術式を消して、リタは嬉しそうに何度も頷いた。

ユーリ「エステル。よかったな」

エステルは嬉しそうに笑った。

レイヴン「なんだか不思議な成り行きになってきたねぇ」

ユーリ「確かに想像もしてなかったことばかりだ。けど光が見えてきたじゃねぇか」

パティが頷く。

パティ「わずかな光じゃ。でも、深海から見える太陽くらいに嬉しい光なのじゃ」

 

カロル「そういえばレナ、ウンディーネに何してもらってたの?」

レナ「えっと、力を授かったみたいなんだけど……」

レナはカロルに右手の甲を見せた。リタがパッとレナの手を取る。手を取られた少女は、ポカンとしていた。

リタ「なに、これ……?」

エステル「そのマーク……ウンディーネの力を感じます」

リタは術式を展開させて確認する。

リタ「……すごい。周りのエアルをマナに変換、尚且つそれを吸収してる……?」

パティ「そういえば、ウンディーネは命を削らなくても大丈夫ってレナに言ってなかったかの?」

カロル「つまり……?」

リタ「今まで、生命力で魔術を発動させていたけど、今後は水属性の魔術を発動させる時は生命力じゃなくてマナを代わりに使うことできるってこと」

エステル「じゃあ、レナも命を削ることはなくなったってことです?」

リタ「ええ。けど、水属性のみよ」

嬉しそうにエステルが笑いレナを見た。

カロル「ねぇウンディーネ、ホントに居るの?」

カロルはエステルに不思議そうに聞く。エステルは頷いた。

エステル「はい、うまく言えませんけど、一緒にいます。感じます」

パティ「エステルの体の中に入っとるのかもしれんの」

パティがにこにこしながら言った。

リタ「エステルを通じて誕生したことでなにかつながりが生じたのかも。興味深い……」

ずいっとエステルを覗くように体を前に出したリタに、エステルは驚いて体を後ろに引く。その様子をみていたユーリが、研究はあとにしてくれよとリタに言った。リタはエステルから体を逸らした。

リタ「分かってるわよ。そんな……」

リタが言いかけた時、地鳴りが辺りを襲った。

カロル「な、なに、今の!?」

驚いたカロルはキョロキョロ辺りを見渡した。轟音と地面の揺れた方角にあったものをレイヴンは考える。

レイヴン「あの方角は確か……」

ジュディス「ザウデの方角ね」

ジュディスが先に答えた。光の柱が天へ伸びるのがここからでも見える。世界を包む結界に当たると大きな爆発を巻き起こした。結界は壊れ、雷雲が空を覆い星喰みは空全体から降りてきた。どうやらさっきの地鳴りは制御を失ったザウデの巨大な魔核(コア)が海に落ち破裂したことによるものだったらしい。空から夥しい数の眷属が地上へと迫っていた。空を見上げていたリタが口を開く。

リタ「星喰みが……まさかザウデが停止した……?」

レイヴンがやれやれと言った感じで首を振る。

レイヴン「あちゃー、どっか下手なとこいじりでもしたのかね」

エステル「あれが本当の災厄……」

星喰みとその眷属をみてエステルは呟く。

ユーリ「なるほど世界を喰いかねねぇな」

ユーリは空を睨んだ。

レナ「まさに世界の危機って感じ」

この世界の終わりが目の前まで来ている事実にレナは口を引きつらせる。

カロル「あんなの、どうしたらいいんだろう」

強大な危機にカロルは弱気になってしまう。ユーリは何か考えているみたいだ。

パティ「……ちょいと包丁で三枚におろすには大きすぎるようじゃの」

自身の魔導器(ブラスティア)である双眼鏡を覗き込みながらパティは呟いた。考え込んでいたユーリが顔を上げる。

ユーリ「なぁリタ、あの星喰みってのはエアルから生まれたってデュークが言ってたんだが」

急に話を振られたリタはそれを聞いてえ?とユーリを見る。

ユーリ「精霊はエアルを物質に変えるってんなら、もし十分な精霊がいたら、星喰みもどうにかできないか?」

リタ「わからない、そんなのわからない。でも……やってみる価値はあると思う」

エステル「やりましょう、ユーリ!」

ならばやるしかないとエステルはユーリに呼びかける。

ユーリ「決まりだな」

ユーリはいつものように、にっと笑った。その時、ジュディスがバウル!?と叫ぶ。

ジュディス「……そう、分かったわ。ありがとう」

バウルから交信を受け取ったジュディスは礼を言うと、仲間たちに伝える。

ジュディス「星喰みの眷属が街を襲っているらしいわ。場所はノードポリカ」

エステルが息を飲む。

ユーリ「やれやれ聞いちまったら、放っとく訳にはいかねぇな。急ぐぞ!」

一行は、ノードポリカへ急いだ。

 

―ノードポリカ

 

カロル「見て!街に取り付いてる!」

ノードポリカについてそうそう、気づいたカロルが指で示す。

ユーリ「あの黒いの……前にコゴール砂漠で見たやつか!」

ジュディス「前のはフェローの幻だったけど今度のは本物よ。気をつけて」

街に取り付いているソレは結界を喰い破ろうとしているような感じだ。

エステル「結界のエアルを食べようとしてるみたいです!」

リタ「星喰みはエアルに引き寄せられる……?」

コゴール砂漠でのと聞いたレイヴンは真剣な顔になる。

レイヴン「こいつはなかなかやばそうねぇ」

パティ「やばくてもやるしかない。一本釣りにしてくれるのじゃ」

パティは銃を構える。

レナ「そうそう、何としても倒すよっ」

ユーリ「よし、行くぞ!」

街の中へと走り、ユーリ達は星喰みを倒していく。空中にいるやつはリタとレナの魔術と、レイヴンの弓とパティの銃で撃ち落としていく。そこをユーリ、ジュディス、カロル、ラピードが切り倒していった。エステルは仲間の傷を癒すことに専念する。港の付近まで来た時、退くな!ここで食い止めるんだ!という叫び声が聞こえた。見るとそこには戦士(パレス)()殿堂(ラーレ)のナッツとその仲間たちが星喰みに立ち向かっていた。程なくして倒された所で、ユーリ達はナッツたちのところにつく。レイヴンは頼もしいねぇと声をかけた。

ナッツ「あ、あんたたちは……!」

ナッツはユーリ達がいることに驚いていた。

 騒ぎが落ち着いた頃、ユーリ達は闘技場に居た。

ナッツ「またあんたたちに助けられたな」

ナッツはユーリたちに感謝を伝える。

カロル「この街だけ襲われるなんてほんと運が悪いよね」

そういったカロルの言葉を、運じゃないわとリタが否定した。そういえば、先程から姿が見えなかったなとレナは思う。帰ってきたリタに、エステルがどこに行っていたのかを聞いた。

リタ「ここの結界魔導器(シルトブラスティア)見てきたの。出力が上げられてたわ。だからあの化け物が引き寄せられたみたいね。通常の出力に戻させてもらったわよ」

レナ(なるほどね……この騒動はそれが原因だったわけね)

リタはナッツとユーリ達に説明した。

ナッツ「万が一に備えたんだが……裏目になってしまったんだな。自分は住民の様子を見に行く。あんたたちは好きなだけゆっくりしてってくれ」

ユーリ「ありがたいがオレたちも急いでてね。もう行くわ」

ナッツ「そうか。あんたたちならいつでも歓迎する。また寄ってくれ」

ユーリがサンキュと礼を言うと、仲間達は闘技場を後にした。

 

カロル「ナッツさん、がんばってたね」

ユーリを見上げてカロルは言う。

ユーリ「ああ、ベリウス亡き後、うまくまとめてるみたいだな」

エステル「ウンディーネと会わせてあげたいです。きっと喜びます」

ユーリがその申し出を今はやめとけと止める。

ユーリ「けど、全部ケリがついた時には驚かせてやろうぜ」

ユーリはいたずらっぽい笑みを浮かべた。エステルは、はいと微笑む。

レイヴン「にしても、あの化け物……戦士(パレス)()殿堂(ラーレ)の手練れが太刀打ちできてなかったな。どうも解せないねぇ」

レイヴンは顎を触りながら言った。

カロル「ボクらは倒せたのにね」

なんでだろうとカロルは首を傾げる。

ユーリ「何か違いがあるとしたら……」

レナ「精霊がいるってことかな?」

ユーリのかわりにレナが続けた。

リタ「星喰みはエアルに近いってんなら精霊の力が影響した可能性はあるわね」

リタは考察を立てる。

ユーリ「それじゃああと三体そろえればもっと対抗できるってことか?」

ユーリの問いにリタはどうだろう……と呟く。

リタ「エアルを抑えるだけなら、属性そろえれば十分だろうけど相手はあの星喰みだから」

何とも言えないわとリタはユーリを見た。

レイヴン「うーむ、聖核(アパティア)だってそこら辺に転がってるもんじゃないしなぁ」

エステル「始祖(エンテ)()隷長(ケイア)も、もう数少ないみたいですし……」

ふと、ユーリが顔を上げる。

ユーリ「……なぁ、世界に存在する魔導器(ブラスティア)って相当な数だよな」

そうですねとエステルが肯定する。

エステル「魔導器(ブラスティア)はわたしたちの生活に欠かせないものですから」

ユーリ「魔核(コア)って聖核(アパティア)のカケラでできてるってことだよな」

レナは頷く。

レナ「うん、ミョルゾで長老さんがそう話していたよ」

だったらとユーリは口を開く。

ユーリ「もし精霊四体で足りないんなら、世界中の魔核(コア)を精霊に変えたらいいんじゃないか?」

ううむ、とパティが首を縦に振る。

パティ「そうなったら海辺の砂粒みたく精霊だらけになるかもしれんの」

リタ「無茶なこと言うわね。だいたいどうやってやるのよ」

ジュディス「仮に方法がわかっても、魔導器(ブラスティア)ひとつひとつを回るのかしら?星喰みは待ってくれないと思うけれど」

リタとジュディスは不可能に近いと否定する。

ユーリ「どうにかしてくれるよな?専門家さん」

ユーリはニヤリと笑って、リタを見つめる。あっけにとられるリタ。

リタ「……簡単に言わないでよね」

と、リタはユーリを軽く睨む。

カロル「……もしユーリの言った方法が実現したとして……そしたら魔導器(ブラスティア)は全部使えなくなっちゃわない?」

レイヴン「魔核(コア)がなくなるわけだからそうなるわな」

エステル「どんな世の中になってしまうんでしょう?」

エステルは不安そうに瞳を揺らした。

レナ「んー、結界によって約束されていた安全はなくなる。魔導器(ブラスティア)によってまかなわれていた生活に必要な機能が失われて、かなり不便な生活になると思うよ」

カロル「武醒魔導器(ボーディブラスティア)も駄目になるんだよね、うーん……」

それだけ密に関わってきた魔導器(ブラスティア)、捨てるという選択肢は大きな決断となる。

パティ「なに、魔導器(ブラスティア)がなくなっても、うちはオール一本で大海原を渡ってみせるのじゃ」

ジュディス「その気概、素敵だわ、パティ」

どんと胸を張るパティにジュディスは強い子ねと感心する。

リタ「あんたたちがそれでよくても……」

レナ「嫌がる人は大勢いるだろうね。それでもやらないと……」

ユーリ「世界は星喰みのもんだ。オレはやるべきだと思う。たとえ仲間以外の誰にも理解されなかったとしても」

覚悟を決めた真剣な瞳でユーリは空を見つめる。

レイヴン「ま、とにかくまずは四属性の精霊を生み出そうぜ」

レイヴンはいつものお気楽な軽い口調で言う。

パティ「じゃの、先のことはそれからでも考えられるのじゃ」

レイヴンの調子にパティが乗る。

カロル「バウルが始祖(エンテ)()隷長(ケイア)のいる場所を知ってるんだよね?」

思い出すようにカロルはユーリに聞く。ユーリは頷いた。

ユーリ「ああ、船に戻って聞いてみよう」

ユーリ達はノードポリカをでて、船へと戻った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

火と地

―フィエルティア号

 

 ユーリ達は船に戻り次なる場所を決めつつバウルに運んでもらっていた。ハルルの花の色をした髪を風になびかせながらエステルはウンディーネが教えてくれた地名を思い出し、呟く。

エステル「輝ける森エレアルーミン、世界の根たるレレウィーゼ……」

カロル「聞いたこともない地名だよ」

エステルが言った地名に、カロルは首をかしげる。

パティ「どこかに見えんかのー」

パティは船の高いところにのぼり、双眼鏡を覗いてぽつりと言う。

レイヴン「見てわかれば苦労しないだろうねぇ」

レイヴンはボソッとつっこんだ。ずっとバウルを見上げて交信していたジュディスが口を開く。

ジュディス「バウルは知ってるそうよ。ただ……」

レナ「どうしたの?」

ジュディス「教えるのをためらっている。聖核(アパティア)始祖(エンテ)()隷長(ケイア)の死と引き換えに得られるものだから」

エステル「仲間を危険な目に遭わせたくないんですね……」

その気持ちに同情するように彼女は言った。それ聞いたユーリが、バウルを見つめて口を開く。

ユーリ「バウル、聞いてくれ。オレたちは世界を護りたい。けど、そのために誰かを犠牲にしていいなんて思ってない。一方的に始祖(エンテ)()隷長(ケイア)から聖核(アパティア)を奪う真似はしない」

ユーリの真剣な声が響く。

レナ「お願い、バウル」

続いてレナが懇願する。

ユーリ「頼む、教えてくれ。始祖(エンテ)()隷長(ケイア)の居るところを」

少しの静寂、バウルからの言葉を受け取ったジュディスはみんなに伝える。

ジュディス「……エレアルーミンはトルビキア大陸の北東部、レレウィーゼはウェケア大陸……だそうよ」

エステル「ありがとう、バウル」

エステルがバウルにお礼を言った。

ジュディス「フェローのいるコゴール砂漠へも行かないとね」

ああと、ユーリは頷く。リタがトルビキア大陸の北東部……と思い当たるように呟いた。

リタ「最近になって結晶化した大地が生まれたところかしら」

レイヴン「ウェケア大陸ってのは帝都のあるイキリア大陸のさらに南のヤツっしょ?」

続いてレイヴンは言った。エステルはウェケア大陸……と口ずさむ。

エステル「時の皇帝カルクス三世が開拓のために四度にわたって調査隊を派遣したが、いずれも交信が途絶え、戻るものもなかった。テルカ・リュミレースに残された最後の秘境、です」

エステルは本に書かれていた知識を説明した。

カロル「そ、そんなとこなの……?」

エステルの話を聞いていたカロルは少し怯えるように呟いた。

ユーリ「ウェケアのレレウィーゼは最後に回した方が良いかもしれないな」

ユーリの言葉にレナは頷いた。バウルがひと鳴きしてジュディスは交信を受け取る。

ジュディス「どうするかは……任せるそうよ」

ユーリ「サンキュ、バウル。行こう」

ユーリ達はまず、エレアルーミンへ向かうことにした。

 道中、カロルがお腹空いたなぁと呟き、おっさんが俺も〜と便乗した。レナが私も〜といつもはいうが今日は言わなかった。エステルが、じゃあお昼にしましょうと微笑み、支度をして作り始めた。今日の料理当番は、エステルだったらしい。旅の初め、エステルにとっては何もかもが初めてで、料理もそのひとつだった。段々と上手くなり始め、長い時間旅をしたのだと実感する。レナはご飯ができるまで空を眺めていた。

レナ(……なんか、最近お腹空かないなぁ。カロルが言い出すまでご飯のことすっかり忘れてたし……)

思えば、ウンディーネに力を授かってから徐々に空腹を感じなくなったように思う。出来ましたよーっとエステルがみんなを呼ぶ声がする。はっとしてレナは船室へ向かい、続々と仲間たちは船室へと入っていった。レナも中に入り、椅子に座る。近くにいたのであろうジュディスが料理の入った皿をエステルから受けとって机の上に置いていた。ジュディスとエステルが席に着くと、みなそれぞれ食べ始める。

レナ(……おいしい、けど。あんまり食べれないかも……)

レナの食に進む手は、いつもより遅かった。残すのも申し訳ないと感じたレナは、無理やりつめてごちそうさまするとエステルにすごく美味しかったと伝えて外の空気を吸いに船室を出た。その様子をユーリは見つめていた。

レナ(この旅を続けてきて、何日もお腹空かないことなんてなかったのになぁ……)

珍しいこともあるんだなと少女は気楽に考えた。

 

 しばらく空を泳いでいると、傷だらけのフェローがフィエルティア号の近くを通る。その状態を見たジュディスは慌てて、フェローと呼びギリギリまで近寄った。ジュディスの声にみんなが集まる。

リタ「傷ついてるのに何で飛び回ってるの?」

焦った声でリタは言う。

ユーリ「あんな状態で馬鹿なヤツに襲われたらひとたまりもねぇだろうからな」

レナ「人間に聖核(アパティア)を渡さないためだね」

パティ「人の欲望は果てしないから、空と言えども安全ではないのじゃ」

カロル「って言っても、じゃあ、どこにいても……」

ジュディスはフェローと心配そうに呟いて見つめていた。フェローは徐々に高度を下げて地面へと降りていく。

エステル「なんだか……呼んでるようです」

ユーリは行こうと声をかけ、フェローの元へと降りた。

 

 フェローはぐったりと横たわっていた。かつての威圧的な雰囲気は微塵もなかった。が、己の信じる道に殉じたものだけがまとう威厳は残っていた。その傍に、ジュディス、レナ、エステルが寄る。

ジュディス「フェロー、フェロー、しっかりして。ごめんなさい、私たちのために……」

フェローの姿を見てジュディスは珍しく取り乱し、彼の首にすがりついた。それを聞いたカロルが、どういうこと?とフェローを見つめる。

ジュディス「ザウデでフェローは私たちのオトリになってくれたのよ」

フェローの目がゆっくりと開く。

フェロー「世界の命運は決し、我らはその勤めを果たせず終わる。無念だ……」

弱々しく、今にも消えそうな声。そこには無限の悔恨が込められていた。

ユーリ「長年、がんばってきた割に諦めが早いんだな。悪いけど、まだ終わっちゃいないぜ」

フェロー「ザウデが失われ、星喰みは帰還した。人間も我らも昔日の力はない。これ以上なにができよう」

エステル「まだ望みはあります!まだ新しい力があるんです!」

諦めないでと訴えるようにエステルはフェローに言う。

リタ「あんたに精霊に……エアルをもっと制御できる存在に転生して欲しいの」

俯きながらもリタは伝える。

ユーリ「そのためには……あんたの聖核(アパティア)が必要なんだ」

ユーリの言葉に、フェローの目に剣呑な光が宿った。

フェロー「……我が命をよこせというか」

空気が張りつめる。レナはずっとフェローを労わるように撫でていた。瀕死に近い傷を治せる程の力を少女は持っていないから、唯一できる事といえばこれしか思いつかなかった。ジュディスの瞳から涙がこぼれ落ちるが見えた。フェローは目を閉じ考え、ゆっくりと目を開いた。

フェロー「心で世界は救えぬが世界を救いたいという心を持たねば、また救うことはかなわぬ、か……。どのみち遠からず果てる身……そなたらの心のままにするが良い」

フェローは精霊化を受け入れ、後事を委ね、目を閉じた。と同時に体は光に包まれ、消えた。聖核(アパティア)にレナとエステルが同時に駆け、フェローの死に祈りを捧げた。

レナ(……ありがとう)

静かな空気をさくようにレイヴンが軽口を叩く。

レイヴン「……精霊になっても協力してくれなかったりしてね……」

カロルが、ちょっとレイヴンを口を開く前にジュディスが言った。

ジュディス「フェローは世界を愛しているもの。きっと大丈夫よ」

ジュディスは力強く言った。そしてエステルとレナのそばに行く。エステルはジュディスを見つめて、頷き、みんなにやりましょうと声をかけた。

カロル「でもここエアルクレーネが涸れてるんでしょ?」

カロルがどうするの?と首を傾げる。

エステル「エアルの流れの跡を辿れば、深みから引き寄せることができると思います」

パティ「そんなこと、できるのかの?」

エステルは手を後ろで組んで言った。

エステル「ウンディーネが……教えてくれるんです」

ユーリはわかった、頼むとエステルを見つめた。エステルは頷き、リタ、ジュディス、レナをもとに転生処置を施す。程なくして、地面から炎が吹き出し、その炎に包まれて新たな精霊が誕生した。リタはやった!と嬉しそうにガッツポーズをした。

エステル「火の……精霊……」

生まれ出た精霊を見て呟く。

「おお……無尽蔵の活力を感じる」

炎の中で精霊は言う。ウンディーネが姿を現した。

ウンディーネ「お久しゅう、盟主どの。転生、お祝い申し上げます」

「その気配は……ベリウス?そんか、そなたも……」

ウンディーネ「水を統べるようになった今はウンディーネと呼ばれております」

「在りようを変えし今、我もまた新たな名を求めねばな。我を転生せしめたそなた、我を名付けよ」

火の精霊はエステルをじっと見つめる。

カロル「めらめら火の玉キン……」

カロルらしいネーミングセンスが飛び出そうになったのを言い終わる前にリタが、カロルに走り寄りチョップをくらわしてとめた。

エステル「力強く猛々しい炎……灼熱の君イフリート」

イフリートと名付けられた彼は、手らしきそれをひろげて頷いた。

イフリート「世界と深く結びついた今、すべてが新しく視える。この死に絶えた荒野でさえ力に満ち溢れている。はははは、愉快だ」

重荷から解き放たれた彼は、自由を謳歌していた。そのまま空へと飛んで行った。レナは手の甲が熱くなりハッとみると、ウンディーネが付けた雫のマークの下、左右に炎のマークがついていた。きっと、イフリートの力だろう。その仕草を見ていたウンディーネが言う。

ウンディーネ「イフリートの力をうけたそなたなら、水と同じように命を削らずとも火の属性を扱えるであろう」

エステルが嬉しそうにレナを見た。レナはそれに答えるように微笑む。どこかへ飛んで行ってしまったイフリートを呼ぶパティとカロル。

ウンディーネ「案ずるな。我らはそなたらと結びついておる。どこであろうと共に在るのじゃ。始祖(エンテ)()隷長(ケイア)と満月の子とが精霊を生み出す……まこと自然の摂理は深遠なものじゃな」

そう言ってウンディーネは姿を消した。

レイヴン「なんつーか、精霊になる前と後でずいぶんとノリ違うもんねぇ」

イフリートが去っていった空を見上げるレイヴン。

リタ「きっと価値観がまるきり変わるのよ。魚が鳥に変わるどころじゃなくね」

ニコッとリタは笑った。

ユーリ「あの方が健全で良いじゃねぇか。世を憂う賢人然としてるより、さ」

その後、ユーリ達はバウルの元へ戻った。その頃にはもう陽が暮れ始め太陽が夜を連れてきていた。砂漠の夜は相変わらず肌寒い。夕食を終えた仲間たちはそれぞれ自由時間を過ごしていた。レナは船の甲板にでて夜風を浴びていた。夜の空は星喰みもあってか不気味な雰囲気だ。星は見えそうにない。いつもの寝る時間まで風でふわふわとあそばれる髪を撫でながら、ぼーっとしていた。しかし、一向に眠気がくることはなく、欠伸ひとつすらでない。ふと、空気が揺れるような感覚を受けてそちらに目を向けるとウンディーネが姿を顕現させていた。

ウンディーネ「こんばんは」

女性はニコリと笑う。

レナ「こんばんは、ウンディーネ」

エステルが居ないのに、姿を現すなんて珍しいと思いつつも少女は挨拶を返した。

ウンディーネ「……眠れないのですか?」

何かを察した彼女はそう言う。少女は否定することなく、頷いた。

レナ「ウンディーネは、どうしたの?」

今度はレナがウンディーネに聞く。

ウンディーネ「あの子はもう寝ているのに、そなまがまだ起きているのが見えてのう」

それで来たんだね、と少女は微笑む。ウンディーネはそうじゃと穏やな表情で頷いた。

レナ「……寝ないと明日、困るのは分かるんだけど、目を瞑ってもなんかダメで」

少女は困ったように笑う。

ウンディーネ「……」

ウンディーネは少し考えるような仕草をすると哀しげな面持ちをする。少女がそれに気づくことは無かった。

レナ「……ねぇ、ウンディーネさえよければ、みんなが起きるまでお話しない?」

多分、もう寝れないから……と少女は付け加えた。ウンディーネは、よかろうと頷いた。ふたりは朝日が顔を出すまで他愛もない話を静かに語り合った。

 翌朝、結局眠気はなく欠伸も一度もすることは無かったレナはみんなが起きてくるよりも先に洗面台に行って顔を洗った。鏡に映る自身の姿は変わらず、クマもできない。これなら、寝れなかったことはバレなさそうだと、少女は思う。それから、仲間たちは起きてそれぞれ支度と朝食を済まして、次の目的地であるエレアルーミンへと向かった。

 

―エレアルーミン石英林

 

 仲間たちは足を踏み入れて、キョロキョロと見渡す。エレアルーミン石英林は、低密度に結晶したエアルが幻想的な光を放っている。足元に敷き詰められた結晶だけでなく、あちこち背の高い結晶も見られ、樹木のように並んでいた。

ユーリ「ここが結晶化の中心みたいだな」

エステル「綺麗……夢の中にいるみたいです」

キラキラと光る結晶にエステルは感嘆の声を出す。その後ろでジュディスはここにいるであろう始祖(エンテ)()隷長(ケイア)とコンタクトをとっていた。

リタ「低密度で結晶化したエアルか。……むしろマナ?サンプルを採取しておかなきゃ」

リタは懐から小さな瓶を出すと中にその欠片たちを入れていく。

レナ「……幻想的だね」

薄紫にみえる結晶は、アメジストを想起させる。

パティ「うーむ、森全体がお宝なのじゃ。でも船には運べないのじゃ……」

レイヴン「なんでああも反応に差があるかねぇ」

それぞれの反応を聞いていたレイヴンは後頭部に手を回して言った。

カロル「バリバリ砕けるよ、あはは面白い」

足元の結晶を踏んで楽しんでいるカロル。年相応な反応で可愛らしい。

リタ「のんきなものね。これ自然にできたんじゃないわよ?」

それに、カロルが驚いたようにどういうこと?と首を傾げる。

ジュディス「結晶化によって新たに生まれた地の中心……ここにそれを行った何者かがいる」

冷静に彼女は言った。それに、リタが、それとエアルクレーネもねと付け加える。と、ラピードがワン!とひと鳴きした。なにか見つけたらしいラピードはユーリを案内する。ユーリはその場にしゃがみ確認する。リタも傍により同じように確認して、これって……と呟く。レナとカロルとパティも近くに来て確認する。

レナ「これ、踏み荒らした後だね」

カロル「ボクらのじゃないね」

パティ「こんなところに来るなんてどこの物好きなのじゃ」

次々に子供組は言った。

ユーリ「どうやら先客がいるらしいな。みんな、用心しろよ」

と、仲間に注意した。

 奥へと進んでいた時、前方から空を切って何かが飛んできた。ハッとしたレナは瞬時に魔術障壁をつくり弾く。弾かれたそれは鋭い音をたてて地面に落ちた。見た事のある形に、ジュディスがこの武器……!と声を上げる。カロルもそれを目に入れた瞬間、ナン!とその武器の持ち主を呼んでいた。ナンは肩で息をしながらも、ユーリ達に忠告する。

ナン「……警告する。ここは魔狩りの剣が活動中だ。すぐに立ち去り……」

と、途中で力つきたように地面に倒れ伏せる。カロルはナン!と慌てて呼び駆け寄った。続いて、レナとエステルが駆け寄る。ナンは酷い怪我をしていた。レナは水に属する癒しの術をかけ、エステルは治癒術を彼女にかける。

カロル「しっかり!ナン!」

レナの癒しの術とエステルの治癒術でナンはすぐに目を覚ました。

ナン「カロル……」

カロル「一人でどうしたんだよ!首領やティソンたちは?」

ナン「……師匠たちは奥に……」

ゆっくりと上体を起こし、弱々しい声でナンは伝える。

カロル「え!?ナンをおいて!?首領はともかく、ティソンがナンをつれてかないなんて……いったい、何があったのさ!」

カロルはナンの言葉に驚くと、詰め寄った。

ナン「不意に標的とここで戦いになって。あたし、いつもみたいに出来なくて……師匠が、迷いがあるからだって」

カロル「迷い?」

ナン「魔物は憎い。許せない。その気持ちは変わらない。でも今はこんなとこまで来て魔物を狩ることよりも、しなきゃいけないことがあるんじゃないかって……それを話したら……」

レイヴン「置いていかれたってか」

それまでじっと聞いていた彼が言った。エステル、レナ、カロル以外の仲間たちもカロルとナンを見守るように囲んでいる。

ジュディス「愚かね。この期に及んで生き方を見つめ直せないなんて」

カロル「ひどいよ!ナンは間違ってないのに!」

カロルは石英林の奥を睨みつけた。そんな少年をユーリは、おちつけと宥める。

ユーリ「なぁ、魔狩りの剣の狙いは始祖(エンテ)()隷長(ケイア)だろ」

ナンは無言で肯定した。

リタ「急いだ方が良さそうね」

ああ、とユーリは頷く。

カロル「さぁ、ナン、歩ける?」

と言って、ナンの顔を覗き込んでいる。

ナン「え?う、うん。けど……」

どこか遠慮するような彼女に、エステルは言う。

エステル「こんなところに一人でいては危険です」

その言葉に同意するようにジュディスとリタ、レナが頷いた。

カロル「一緒に行こう、ナン」

カロルがもう一度力強く言うと、ナンはまぶしそうに彼を見上げて、うんと返事をし自分で立ち上がった。

 奥に駆け込むと、あたりはエアルで満ち溢れていた。始祖(エンテ)()隷長(ケイア)が咆哮をあげ、周りには魔狩りの剣の下っ端達であろう者が倒れている。ジュディスが、グシオス!と声を上げる。

カロル「グシオスってあいつ!?確かガルボクラムで……」

ユーリ「なるほど、魔狩りの剣にとっちゃ因縁の相手ってとこか」

パティ「で、うちらの茶飲み相手はどっちかの」

パティはレイヴンに言った。

レイヴン「どっち、ってあのねぇ」

レイヴンはこの状況で何言ってるのよと呆れたようにパティを見た。ジュディスがグシオスに駆け込もうとするのを、エステルがまってと呼び止め、レナが様子が変だよと伝える。クリントとティソンは深手を負いながらも、グシオスへと立ち向かっていく。グシオスに攻撃を弾き飛ばれたティソンが、地面に叩きつけられる。それを見たナンが、師匠!と叫んだ。

クリント「く……なぜだ、なぜ攻撃が効かない……!?」

グシオスは満ちているエアルをくらう。

リタ「エアルを食べてる。でもこれって……?」

ナンがユーリ達の横を飛び出してクリント達に近寄る。カロルが、ナン危ない!と声をかけて追いかける。やれやれとユーリが手を広げる。ジュディスもグシオスの方に駆けた。

クリント「ナン……なぜ来た!」

ティソン「迷いを持ったままじゃ足手まといだと言ったろうが!」

クリント「逃げろ!おまえではどうにもならん」

二人はナンを怒鳴る。

ナン「いやです。あたしにとってギルドは家族。見捨てるなんてできない!」

ナンは二人の言葉を拒否して、叫んだ。ユーリ達は、クリントたちの前へ割り込む。

クリント「貴様ら……」

憎らしそうに彼らユーリたちを見た。エステルとレナの体がエアルに反応してか光帯びる。

レナ「っ……」

広い範囲にわたって満ちるエアルを抑えようとする力にレナの体は痛みを訴えていた。

ジュディス「落ち着いて、グシオス!どうしたというの!」

ジュディスは焦ったように彼に呼びかける。グシオスはジュディスの声に反応することもなく咆哮をあげると、その巨体でクリント達とユーリ達を一薙した。皆、地面に叩きつけられる。すぐにユーリ達は立ち上がった。ふと、エステルが宙を見上げる。そこに、ウンディーネが現れた。その後ろにイフリートもいる。エアルが静まりあたりの空気が一瞬にして変わった。エステルとレナの体から光は消え、レナの体の痛みも消える。エステルがウンディーネ!と驚く。クリントは、突然現れた者達に戸惑っているようだった。ジュディスがクリントに精霊よと教える。ナンが、精霊……と、ウンディーネ達を見上げた。

ウンディーネ「……グシオス、そなた……」

彼女は微かに眉を顰める。

ユーリ「ウンディーネ、あいつ、いったいどうしちまったんだ?」

レイヴン「なんか話できる状態じゃないみたいよ!?」

ウンディーネ「始祖(エンテ)()隷長(ケイア)といえども、無制限にえあるを取り込める訳ではない。その能力を超えたエアルを、体内に取り込んだものは耐え切れず変異を起こす。そして……」

何かを察したリタが、まさか!と声を上げた。

ウンディーネ「……星喰みとなる」

彼女は静かにそう告げた。ユーリが、なんだと!?と目を見開いた。レナはグシオスを見つめる。

ユーリ「それじゃ、こいつは世界を守ろうとして、あんなことになっちまってたのか」

ジュディス「グシオス……」

グシオスを見つめて、ジュディスは心が痛めた。

イフリート「……救ってやってくれ。この者がまだ、グシオスという存在でいる間に……」

ユーリは静かにああ……と返し、エステルは、はいと返した。レナはこくりと頷く。ウンディーネとイフリートは、姿を消した。ユーリ達は、グシオスを助けるために挑んだ。

 しばらくして、グシオスは静かに息を引き取り聖核(アパティア)へと姿を変えた。こうすることでしか、もやは救う手立ては無かった。

ジュディス「グシオス……ごめんなさい……」

彼女は涙をためつつも流さず、言った。ナギーグでその心を受け取れる彼女は、きっとグシオスを誰よりも正気に戻してあげたかったはずだ。それを察せるからこそ、レナはとても胸が痛かった。クリントとティソンは、まだ恨めしそうに、聖核(アパティア)を睨んでいる。見かねたユーリが、言った。

ユーリ「ったく、まだこいつに恨みがあんのか?」

クリント「……そいつはあの化け物の塊だ。壊さずにはすまさん」

化け物、という言葉に反応したエステルが、反射的にクリントの方に振り返った。

エステル「化け物じゃないです!彼らは世界を守ってくれてたんですよ?」

と、訴える。

パティ「さっきの話から想像力を働かせてみればナマコでも分かりそうなものなのじゃ」

パティはエステルの援護をする。

クリント「始祖(エンテ)()隷長(ケイア)の役目なぞ知ったことではない!!」

クリントは怒鳴る。その言葉は、存在自体を知っていたとも受け取れるものだった。レナは両方の気持ちを察する事が出来る。けれど、グシオスの方に気持ちが傾いていた少女にはどうしても怒りを収めることなんて出来なかった。

レナ「……始祖(エンテ)()隷長(ケイア)が、どういう存在か知ってるんだね」

レナは自分が思っていたよりも、低い声が出たことに内心驚く。

カロル「知っててまだ狙ってたの?世界がこんなになってるのに!」

クリント「俺の家族は十年前に始祖(エンテ)()隷長(ケイア)どもに殺された。俺だけではない、魔狩りの剣のメンバーの大半が魔物に大事なものを奪われた者たち……この、奴らを憎む気持ちは世界がどうなろうと変わるものではない!」

レナ(十年前……人魔戦争か)

聞いていたカロルが、それでも間違ってるよと言った。クリントはなに?とカロルを見る。

カロル「そんなこと続けたって、なにも帰ってこないのに」

レイヴン「あの戦争で身内を失ったのは、あんたらだけじゃないでしょ」

彼もその一人で、ジュディス自身も、その一人だからこそ、そうねとレイヴンの言葉に頷く。

ジュディス「それでも、前向きに生きようとする人もいる」

自分たちがそうであるように、と心の中で思いレイヴンをちらりと見て言った。

パティ「憎しみだけぶつかっていっても、誰も……自分も救われないのじゃ」

パティはきっと、ブラックホープ号の事も含めて言っているのだろう。パティは、クリント達に向けていた背をくるりとかえて言った。

パティ「それより残った者を大切にした方がよいのじゃ」

エステル「街をまとって魔物と戦う、立派なことだと思います。けど……」

ユーリ「世界がどうにかなりそうってな時だ。意地になってんじゃねぇよ」

クリント「今更……生き方を変えられん」

クリントは呻くように言った。

レナ「悪さをする魔物もいればそうじゃないのもいる。誰しも生き方をすぐには変えられないと思う。だけど、今だけは……彼だけは、世界のために頑張ったから、手を出さないで」

レナはクリント達の前に一歩でて、聖核(アパティア)を守るように片腕を上げた。クリント達は、引き上げて行った。傷を引きずりながら撤収していく彼らに、エステルが声をかける。

エステル「待ってください、傷の治療だけでも……」

その言葉は届かず、遠くなる彼らの背を見送った。ナンがこちらに踵を返したかと思うと、ありがとうとカロルに呟いて去っていった。

カロル「わかってくれたのかな……」

カロルのつぶやきに、ユーリがさぁなと返した。

ジュディス「さぁ、精霊化を済ませましょ」

ジュディスの声掛けに、仲間たちは精霊化の準備を始めた。

 やがて聖核(アパティア)の周りに土が隆起し、落ち着くと動物の姿をした精霊が生まれた。リタが成功?と不安になりながらも呟く、パティはでも目を瞑ったままだと心配そうに精霊を見た。

イフリート「意識すら飲まれかけていたのだしばらくは目覚めまい。さぁ、名付けてやるがよい」

イフリートは名付けを促した。

エステル「属性は……なんです?」

ウンディーネ「大地深く根ざした力……すなわち地」

ウンディーネがエステルの問いに答えた。

エステル「……大地……なら……根を張る者ノーム」

地の精霊ノーム……とカロルが呟く。

ウンディーネ「目覚めたら、伝えておこう」

レナは眠り続ける彼に近づきひと撫でする。

レナ「ありがとう、お疲れ様。今はゆっくり休んでね」

と小さく言って、離れた。ノームの体は光を放ち、空気に溶けるように消えた。手の甲を見ると、クリスタルをもした形の黄色のマークが増えていた。おそらく、地の属性も同じように使えるようになったのだろう。

リタ「……星喰みがエアルを調整してくれようとした始祖(エンテ)()隷長(ケイア)の成れの果てなんて」

悲しげにリタは瞳を揺らした。

ユーリ「まったく人間ってやつは本当に自分の目で見えることしか分からないもんだな」

レイヴン「んで、巡り巡って結局一番悪いのは人間ってか……。笑えないねぇ」

と吐き捨てた。

パティ「いつだってなにかやらかすのは人間なのじゃ」

今ならその言葉が身に染みてわかる。暗い空気を切り裂くようにエステルはみんなの前にでた。

エステル「じゃ、なおのことがんばらないといけませんね」

旅をする前の彼女と比べて随分と強く成長したものだと少女はニコリと笑う。

ユーリ「……そうだな。その通りだ」

エステルの言葉にユーリは、いや仲間たちは力強くうなずいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

想い

―レレウィーゼ古仙洞

 

 一行はエレアルーミンから、ウンディーネに教えられた最後の地、レレウィーゼに来ていた。岩山に囲まれており、標高も高い。至る所から風が吹き抜けていた。

ユーリ「ここがレレウィーゼか?」

胸まである黒髪を風に吹かれながら言う。

ジュディス「ええ。バウルはそう言ってるわ」

リタ「でも、エアルクレーネも始祖(エンテ)()隷長(ケイア)も見あたらないわ」

レイヴン「ここから、降りていけそうだけども……」

先に進んだレイヴン坂のようになっている道をのぞき込みながら指した。ユーリ達はレイヴンの元へ行く。下を見たジュディスが、深そうねと呟いた。それに、エステルがですねと頷く。崖のギリギリにたって双眼鏡を除くパティに、エステルが落ちないように気をつけてくださいねと注意する。大丈夫なのじゃと、パティは双眼鏡を見ながらキョロキョロと顔を動かした。

レナ「降りてみようか」

ジュディス「そうね、それしかなさそう」

ここから降りるの?とちょっと顔を青くしたリタは、バウルで下まで降りることを提案する。しかし、その案はちょっと危険な上に狭く気流の乱れも強すぎることからジュディスによって却下された。

レナ(そういえば、リタは高いところが苦手だったっけ?)

パティ「確かに風が強いのじゃ。ここは、きっと風の生まれ故郷なのじゃ」

腕を組んで彼女は言う。風の生まれ故郷……とレナは口ずさんだ。じゃあ、とエステルが話す。

エステル「この谷は風のお母さんなんですね」

素敵ですとニコリと笑う。カロルが、風のお母さんかぁと空を見上げると、崖の下をのぞきこんで今度ははしゃぐ。

カロル「すごいよ、ずっと下の方に河が見える!」

エステル「河が長い時間をかけて少しずつ地面を削っていって、このような地形になるんですね」

改まって彼女は言う。

レナ「自然ってすごいね……」

レイヴン「まさに大自然の力。一体どれ程の時間をかけて作られていったのかねぇ」

谷の間を吹く風を受けながらレイヴンは思いをはせる。ずっと下を見ていたカロルが顔を上げて、くらくらする〜と目を回した。それを見たリタがバカっぽいと呆れた。

ユーリ「ハハ、はしゃいで足滑らすなよ」

仲間たちに注意を促し、ユーリ達は崖の下へと降りていった。

 途中に開けた場所まで降りると、レイヴンがぜえぜえと膝に手を着いて足を止めた。パティがほれがんばるのじゃと声をかける。

レイヴン「ひいこら、こりゃ年寄りにゃ堪えるわ」

息たえたえである。

ユーリ「しっかりしろよ、おっさん」

リタ「そうよ、帰りはこれを登らなきゃならないんだから」

リタの追い打ちに、レイヴンは後ろにばたりと倒れた。それを見て、リタがあ、死んだ、と倒れたおっさんを見た。突然、ラピードが辺りを警戒し唸り始める。

エステル「誰か来ます!」

ジュディス「こんなところに、人……?」

不思議そうにジュディスは首を傾げた。前方から現れたのは、何度かあった人物だった。

デューク「おまえたち……!」

驚いたようにユーリたちを見る。

ユーリ「デューク!あんたか。相変わらず、神出鬼没だな」

ユーリ達もまた、彼が現れたことに驚いていた。すっと武器の構えを解いてパティが言う。

パティ「ユーリとレナを助けてくれてありがとうなのじゃ」

リタ「なんで、あんたがお礼言うのよ……」

と、パティにツッコミを入れる。

デューク「……ここで何をしている?」

ユーリ「ここに始祖(エンテ)()隷長(ケイア)がいるらしいんでな。精霊になってくれるよう頼みに来たのさ」

デューク「……精霊とは?」

ジュディス「始祖(エンテ)()隷長(ケイア)を、聖核(アパティア)を経て転生させた存在よ」

エステル「その精霊の力でエアルの問題を根本的に解決できるかもしれないんです」

リタ「エアルをマナに変換してね」

デューク「……そうか。だから……」

何か思い当たることでもあったのだろうか、彼は俯いてそうつぶやく。その様子に、デューク?とユーリが声をかけた。

デューク「……転生……エアルを変換……おまえたち、世界を作り変えようとでもいうのか。元はと言えば人間が引き起こした問題のために、なんという傲慢さだ」

ユーリ「だが、エアルの問題を解決しなけりゃ星喰みが世界を滅ぼしちまうだろ」

エステル「ベリウスもわかってくれたんです。ウンディーネとなってわたしたちに力を貸してくれています」

ジュディス「フェローも、そうよ。彼はイフリートとして生まれ変わったわ」

デューク「テルカ・リュミレースのあるべき形。それは始祖(エンテ)()隷長(ケイア)を含む全ての生物が自然な形で生命を営めるもの。それはおまえたちもわかっていよう」

カロル「けど、エアルを調整してくれようと頑張ってたグシオスも、限界を超えちゃって危なかったんだよ!」

レイヴン「ああ、ノームに転生してなかったらどうなってたことか……」

パティ「のじゃ。だから人も始祖(エンテ)()隷長(ケイア)も、いろんな生物の壁を越えて、ちゃんと分かり合えるのじゃ」

デューク「……たとえそうであっても私は認める訳にいかぬ。私はこの世界を守る」

結果的には世界を救おうとしているデュークとユーリ達、けれどそのやり方は相容れぬものだった。

ユーリ「前にもそう言ってたな。じゃあ、あんたはどうやって世界を守ろうとしてるんだ?」

デューク「……おまえたちの邪魔はすまい。が、私の邪魔もするな」

ユーリの問いに答えることも無く、彼はその場から離れようと歩く。

デューク「この先には世界で最も古くから存在する泉のひとつ。相応の敬意を払うがいい」

去り際に彼は言った。

ジュディス「肝心な話は答えてくれないのね」

目を細めて言うジュディスに、デュークは答えようと息を吸って小さく吐くと、さらばだ。もう会うこともあるまいと残して去っていった。

レナ(デューク……彼のやり方に賛成は出来ないけど、けど……)

デュークの過去に何があったのか、覚えている少女は自身の手の甲のマークを見つめながら辛そうに眉をひそめた。彼が去った後、レイヴンは相変わらずとっつきにくい御仁だわ、と顎を触った。

エステル「あの人……なにをしようとしてるんでしょう?」

デュークの遠くなった背中をエステルは見つめた。

ユーリ「わかんねぇ、けど、あまりいい感じはしないな」

先程からずっと考え込んでいるリタにジュディスが、どうかした?と声をかける。

リタ「え、うん。あいつの剣、(デイ)()戒典(ノモス)だったら精霊の力を星喰みに向けられそうだなって……」

エステル「追いかけて貸してくれるようお願いしてみます?」

レナ「んー、どうかな。彼もその剣が必要みたいだし、もう貸してはくれないんじゃない?」

レナの言葉に、レイヴンが、だな、と頷く。その後ろでカロルも頷いていた。

ユーリ「なんにしても、精霊がそろわなきゃ始まらねぇんだ。今はそれに専念しようぜ」

みんなは頷いて先を歩いた。

 下に降りて奥に進み、深いところまで来た頃。あたりの空気は澄み渡り、エアルクレーネと見慣れない白い花がたくさん咲き誇った場所にでた。これがデュークの言っていた泉だろう。エレアルーミンとはまた別の幻想的な空間と荘厳な雰囲気がユーリ達を包み込んだ。レイヴンは感嘆の声を出す。

ジュディス「これがもっとも古くから存在する泉……」

エステル「とても静か……空気も澄んでて、なんだか神聖な雰囲気です」

ユーリ「あの岩山の下にこんなところがあるなんてな」

レナ「だね、とても特別な場所に感じる」

パティ「落ち着くのじゃあ……」

カロル「落ち着いてる場合じゃないと思うんだけど、でも……確かに……」

口々に感想を話すユーリたち、カロルがふと、泉の水に近づこうとして、リタが止めた。

リタ「そこに溜まってるのはエアルよ。相当濃いわ、近づかないで」

来ましたね……という女性の声に、ユーリ達はその方向を見た。カロルが、え?この人!?と驚きの声を出す。そこに立っていたのは、アレクセイの隣にいつも控えていた女性、クロームだった。パティが、お城であったのじゃ!と言う。

ユーリ「アレクセイの仇討ちって訳じゃなさそうだな」

クローム「……デュークはあなたたちの話を受け入れなかったでしょう?あの人はあの人のやりかたで世界を守ろうとしていますから」

ユーリの言葉は無視して、クロームはそう言った。何か知っているようだ。

カロル「え!デュークが何やろうとしてるか知ってるの?!」

クローム「あの人は世界のために、すべての人間の命と引き換えにしようとしています」

リタがなんですって?!と声を上げる。続けてエステルが、どうしてデュークはそんなことを!?と困惑した。

クローム「あの人は人間を信じていないのです」

カロル「けど、デュークはボクたちを助けてくれたよ!?」

パティ「大事な剣も貸してくれたのじゃ」

二人はそんなことは無いんじゃないかと意味を込めて言った。

クローム「多分、あなたたちの中に、自分と同じものを見たからでしょう。あるいはあなた方がいれば自分が手を下さずに済むと思ったか」

エステル「それは一体……」

エステルはその意思が読み取れず、首を傾げる。

ユーリ「オレたちにデュークの事話してどうしようってんだ?いい加減正体をあらわしな。始祖(エンテ)()隷長(ケイア)さんよ」

レナとジュディス以外の皆が驚いたようにユーリを見た。クロームは静かなまま、その体に光を纏い次の瞬間には大きな羽をもった鳥のような魔物の姿に変化していた。その姿は、カドスの喉笛のエアルクレーネで見たのと一致している。ジュディスは、見たことある姿に目を見張っていた。

ユーリ「あんたの目的はなんだ?遠回しに協力するつもりがねぇっていいたいのか?」

クローム「私も人間は信用できません。……それでもあの人が同族に仇なす姿は見たくない。世界を救えるというなら協力を拒むつもりはありません。ですが、あの人と違う方法を選ぶということは対決することになるでしょう」

ユーリ「そうかも……しれないな」

クローム「もしあなたたちがあの人に力及ばなければあの人を止めるものが居なくなる。あなたたちの力、試させてもらいます!」

来るぞ!というユーリの声で、クロームは襲いかかってきた。さすが、始祖(エンテ)()隷長(ケイア)と言うべきか、その力は強くそして知恵があり苦戦した。繰り出される攻撃にユーリ達は翻弄される。レイヴンが矢で気を逸らしたり、リタの魔術で足止めさせたり、そこをジュディスとユーリが叩いたりして戦っていく。エステルは支援にまわってユーリ達を支えていた。それを狙わないほどクロームは甘くはない。攻撃の矛先はエステルに向く。一早く彼女の考えを察したレナがエステルの元に駆けた。跳躍したクロームの振り上げた爪がエステルに襲いかかった。ユーリがエステル!!と振り向き呼ぶ。あぶない!と叫んだのは誰だったか……。間に合わないと誰もが思い、エステルが盾を構えようと腕を上げた。次にエステルが顔を上げると、彼女の目の前にはレナが立っており、エステルを爪から庇っていた。レナは、切り裂かれた腕と胸をおさえて膝をつく。

ユーリ「レナ!!」

目の前の事に驚きつつも彼は、少女の名を呼んだ。

レナ「っ……?……!」

腕と胸に風圧と冷たい感覚が走ったはず。その感覚は確かにあった、あったはずなのだ。なのに、痛みもなく血すら流さず、切り裂かれた傷はうっすらと光を帯び、光の粒が傷を閉じていく。エステルが治癒術を使ったわけでも、レナ自身が使ったわけでもなく、勝手に治ったのだ。今起きたその現象に、レナは目を見開く。

エステル「っ、治癒します!」

慌ててレナに近寄るが、エステルはそこで違和感に気づく。血の匂いがしないことに。

エステル「っえ?」

そして傷を見ようとエステルはレナに触れて驚き、その場に硬直する。エステルを庇ったはずのレナが傷一つなかったから。クロームも少し驚いていたようで攻撃の手が緩んでいた。しかし直ぐに、クロームは攻撃を開始する。ユーリ達も攻撃を続けた。最終的にユーリ達は勝った。

クローム「……見事です……あなたたちなら……救えるかも……しれない……」

全ての力をだしきった彼女は、息絶えたえながらに言う。その体は徐々に光に包まれる。ジュディスが、クロームと名を呼んだ。

クローム「あなたたちの……望むように……」

最期の言葉を話すと、クロームは聖核(アパティア)へと姿を変えた。少しの静寂の後、リタは聖核(アパティア)の近くに行き、エステルとジュディスに精霊へと変えるために声をかける。エステルはレナのことが気になったが今は精霊に集中しようと切り替えた。現在、三体の精霊を生み出したエステルには、レナの補助は必要ないだろう。レナは自身に起きた事をまだ呑み込めておらず、その間に整理することが出来ると安堵する。

 ジュディスがエアルの流れを読み、エステルはエアルを操る。リタはエステルによってマナへと変換されたエアルを聖核(アパティア)へ誘導し収束させる。やがて、風を纏いはじめ、聖核(アパティア)を中心に竜巻がおこる。その竜巻が霧散したかと思えば、聖核(アパティア)があった場所に精霊が横たわっていた。カロルが嬉しそうにやった!と片腕を空へ掲げる。精霊にエステルとリタとレナが近づいた。どうやら眠っているようだ。空気が揺れ、ウンディーネ、イフリート、ノームが姿を現す。

ウンディーネ「また新たな同志が生まれたのじゃな」

イフリート「……時に凪ぎ、時に荒ぶ風を統べるものか」

ウンディーネ「ノームの時のようにエアルに侵されている訳ではない。程なく目覚めよう」

微笑みを浮かべてウンディーネはエステルを見下ろした。エステルは、ありがとうとお礼を述べる。それを聞いたウンディーネ達は姿を消した。

パティ「前にクロームが止めて欲しいと言ったのはデュークだったんじゃな」

エステルをアレクセイから救出する時に言われたことをパティは覚えていたらしい。

カロル「クローム、なんかデュークのこと色々知ってるみたいだったね」

ジュディス「ええ、目覚めたら、もっと詳しく聞けるかも」

ジュディスは眠っている精霊を見上げた。眠っている精霊はそのまま姿を消す。ふと、レナは右手に風がかすったような感覚を受けて見てみると、地のマークの下に鳥の羽根を象ったような緑色のマークが追加されていた。他と同様に風も命を削らずに扱えることになったということだろう。四精霊の力を授かったからなのか、レナは体が軽く感じた。ユーリが、戻ろうぜとみんなに声をかける。戻りながら、エステルはレナに話しかけた。

エステル「レナ、いつ治癒術を使ったんです?」

エステルが慌てて近づいた時には既に傷は塞がっていた。知らないうちに治癒術を使ったのだと、エステルは解釈したようだった。

レナ「……使ってない」

しかし、レナは気まずそうに否定した。え?と呟き、ピタリとエステルが足止める。他のみんなも立ち止まって、エステルとレナに振り返る。

エステル「使ってないって、どういうことです?だってあの時、確かにレナは傷を負ったはずです」

私を、庇って……とエステルは申し訳なさそうに肩を縮こませた。

レナ「わからない。私も、まだ、理解出来てなくて。ただ一つわかるのは、勝手に治ったってことぐらいなの」

おおよそ何が起こっているのかまだ整理出来ていない少女は、戸惑っている表情でエステルを見つめた。話を聞いていたリタがどういうこと?とレナに近寄り、調査するために術式をレナの前で展開させる。

ユーリ「奇妙なこともあるんだな、勝手に治るなんてよ」

ユーリはまじまじとレナを見る。ジュディスはどこかソワソワしていた。

リタ「この数値……ほぼ、精霊と同じ……?」

調べていた彼女は、尚更意味がわからないと術式を操作する。精霊と同じ……という単語を拾ったレナは、思い当たる節があった。それは、精霊の力を授かっているということ。そしてほぼ変わりなく、精霊と同じようにエアルをマナにしてその属性の魔術を行使するということ。

リタ「もしかして……人間から、精霊へと変化してるの?」

ありえないとレナを見るリタは、複雑な表情をしていた。それもそうだろう、世界を救うために必要な精霊。それが一人増えるかもしれない。けれど、それは大事な仲間であるレナで人間ではなくなるということなのだから。

ジュディス「つまり、レナは、人のままではあれないということなのかしら?」

ジュディスの言葉に、リタはわからないけど、そうだと思うと述べる。レナは、リタの言ったことに納得していた。傷が勝手に治ったのも、授かった力で周りのエアルを利用していたのだろうと。

レナ(でもそれって、エアルが存在している限りはほぼ不死身に近いってことだよね。もう長くは生きれないと思ったら、今度はとても長く生きることになるなんて……)

エステル「人間が……精霊に、なんて有り得るんでしょうか?」

ジュディス「レナだから、かもしれないわね」

カロルが、レナだから?と首を傾げる。

ユーリ「どういうことだ?」

首を捻る彼。彼らとレナの違う部分、それは元々住んでいた世界だ。レナはエアルとは無縁の世界で育った。そして、ここへ世界によって連れてこられた。だからこそ、その体はエアルが侵入するのを拒む傾向にあった。

レナは「……私が、元々この世界の人間では無いから?」

それしかないだろうとレナは言う。一緒に旅をしてきてすっかり馴染んでいたからこそ、皆、忘れかけていた事だった。

リタ「つまり……空っぽの器同然だったレナに、精霊の力が入ったからそれに染ったってこと……?」

エアルをマナに変換する術式を精霊から授かったレナの体 は、無意識に出ていた防衛反応をくぐり抜けてすんなりと馴染んだ。それは魔導器(ブラスティア)を仲介せず、直接、力を送り込んだからこそできるもの。そして、精霊の力を受け取り続けたために、体はその力に世界に順応しようとして精霊へと変化し始めていた。これが、レナとリタが考察したことだ。そして、それをリタがみんなに出来るだけ分かりやすいように、説明していく。説明を聞いた仲間たちはかける言葉が見つからないと言わんばかりに口を閉ざす。そんな空気を吹き飛ばすようにレナは口を開く。

レナ「でも、まぁ、元々短い命だったかもしれなかったのが、長くなったんだしいいんじゃないかな」

まるで気にしていないかのようにレナは明るく振る舞った。

リタ「あんたねぇ……」

その声は呆れたような感じだったが、気づけなかった己に少し怒っているかのようだった。

ジュディス「レナらしいわ」

ジュディスはレナの気持ちをくみ取ったのか、ふふっ、と笑った。一気に雰囲気が軽くなる。だが、きっとみんな複雑な気持ちを抱えているかもしれないとレナはそう思ってユーリの方を見ると、何か考え事をしているようだった。あまり気にせず、さぁ、行こ?と、先歩き出すレナにジュディス、ラピードと続々と続いた。そして仲間たちは地上へと上がって行った。

 来た道の半分まで戻ってきたところで、レイヴンは息をつく。疲れたと言わんばかりの顔でぜぇぜぇと呼吸している。

ジュディス「せめて気流が安定していればバウルに来てもらえるのだけど」

ふと、辺りに風がおこり先程の精霊、クロームが姿を現した。

クローム「……知覚が……これが精霊になるということ……。……これは……こんなにも多くのことが隠されていたとは……」

目覚めた彼女は精霊になったことで他の精霊たちと同様にさまざまなことを感じとっているようだ。パティがおはようさんなのじゃ、と挨拶する。

ユーリ「目覚めたんだな。えっと……」

そういえば名前はどうするか決めてなかったと、ユーリは口を閉ざす。レナの話で忘れかけていたのだ。それを見て、ジュディスが助け舟を出す。

ジュディス「あなたは……クロームと呼ばれる方がいいかしら?」

クローム「いえ……私はもう始祖(エンテ)()隷長(ケイア)のクロームではありません。新たな名を受けるべきでしょう」

エステルは少し考えて口を開く。

エステル「なら……シルフって名前はどうです?風を紡ぐ者、って意味です」

シルフ「シルフ……ではそれを我が名としましょう」

ニコリとシルフは微笑んだ。

カロル「それじゃ改めてよろしく、風の精霊シルフ」

ええ、とシルフは頷いた。ユーリは今だけ気持ちを切り替えてシルフにたずねる。

ユーリ「……シルフ、デュークがなぜ人間を嫌うのか教えてくんねぇか」

シルフ「……わかりました。……人魔戦争は知っていますね」

ユーリ達は頷く。シルフは話を続けた。

シルフ「始祖(エンテ)()隷長(ケイア)には人間と共に生きる道を選ぶものと、人間を拒むものがいました。人魔戦争は古代の禁を破った人間と人間を拒む始祖(エンテ)()隷長(ケイア)との戦いでした」

レイヴン「で、戦いはデュークという英雄の活躍により人間は勝利を納め人魔戦争は終結した」

と、レイヴンが続けた。カロルが、デュークが英雄?と驚いた。エステルはそうだったんですか……と呟く。

レイヴン「帝国が隠してた真相の一つってやつよ」

パティ「都合のいい噂を流して、具合の悪いことを隠す。単純だけど効果的なのじゃ」

エステルは棘のある言い方に違和感を覚えて、パティ?と気にかける。

レナ(それに振り回されたんだもんね、パティは)

シルフ「あの戦争は人間の力だけで勝利をつかんだのではないのです。共存を唱える始祖(エンテ)()隷長(ケイア)の長、エルシフルが人間と共に戦い人間に勝利をもたらしたのです」

レイヴン「マジかよ……そんな話、俺も知らなかったぜ……」

シルフから語られる真実に、レイヴンは驚いた。

レイヴン「けんども……この話がデュークの人間不信にどう繋がるってのよ?」

続けて、首を傾げる。

シルフ「エルシフルはデュークの友でした。デュークはエルシフルと共に人を拒むものの長と戦い倒したのです。しかし、戦争が集結したとき、エルシフルの力を恐れた帝国は……」

レナ「戦いで傷ついたエルシフルを襲って、その命を奪った。静観するってデュークと約束していたのに」

続きを少女が話す。シルフは驚いたようにレナを見て、貴方は新月の子でしたねと納得していた。

エステル「そんな……」

悲しそうに彼女は眉を下げる。

レイヴン「なるほどな……。人間を信じられなくなる訳だ」

ジュディス「戦争の陰でそんなことがあったのね」

パティ「デューク……哀れなのじゃ……」

ユーリ「……あいつがどんなにキツイ裏切りにあってたとしても、すべての人間の命を犠牲にする権利なんてねぇよ」

ユーリは静かに怒っているようだった。

シルフ「デュークより先に星喰みを滅ぼさなければ、結局人間は滅びることになるでしょう。急ぎなさい」

ふと、荒ぶ風が穏やかな風に変わっていく。

シルフ「気流を抑えました。これでバウルもここまで来る事が出来るでしょう」

そうしてシルフは全ての真実を語って姿を消した。消えた彼女に、ジュディスはありがとうとお礼を述べた。

カロル「精霊化は順調だけど……」

と、カロルはユーリを見上げる。

レイヴン「ああ。デュークもなんかやばそげ」

ユーリ「……そうだな」

苛立ちを抑えるように息を吸って、ユーリは相槌をうった。その後、バウルを呼びフィエルティア号へと戻る。

 

―フィエルティア号

 

カロル「ついに四属性の精霊がそろったね」

ユーリ「ああ。あとは……」

エステル「世界中の魔導器(ブラスティア)魔核(コア)を精霊に転生させる、ですね」

と、続ける。そうね、とリタは頷いた。

リタ「四精霊の力だけで星喰みを抑えられればその必要はないんだけど」

魔導器(ブラスティア)を無くすことに、やはり躊躇いはあるようだ。

レイヴン「中途半端で挑める相手じゃないでしょーよ。万全を期すべきよね。失敗できねぇもの」

うんうん、パティとレナは頷く。

レナ「私もできる限り協力する。一応精霊の一人だから」

レナ(起きてしまった事を後悔しても仕方ない。受けれていくしかないんだから)

レナは既にその事実を受け止めていた。なったものは仕方ないのだと。

リタ「わかってる、けど……」

世界の命運がかかっているのだ。リタは悩ましそうにする。

ジュディス「精霊を生み出すと言うだけでもテルカ・リュミレースのあり方を変えてしまっている。世界のためとはいえ、ね」

エステル「確かにわたしたちの判断だけで、世界の人々の生活すら変えてしまうのは問題だと思います」

カロルがそうかもね……と、うーんと顎に手を当てる。

ユーリ「オレたちがやろうとしていることを理解してもらわなきゃ、やってることはアレクセイと変わらねぇのかもしれねぇ。けど、理解を求めてる時間もねぇ」

カロルがでも、と顔を上げた。

カロル「帝国騎士団やギルドのみんなにちゃんと話しておくことはできるんじゃないかな」

ジュディス「それで私たちのやり方を否定されてしまったら、私たちはホントに人々に仇なす大悪党よ?」

ジュディスはにこやかに言った。空をきる風の音だけになる。

ユーリ「…………。オレはこのまま世界が破滅しちまうのは我慢できねぇ。デュークのやろうとしてることで世界が救われても、普通に暮らしてる奴らが消えちまっちゃ意味がねぇ。だからオレは大悪党と言われても魔導器(ブラスティア)を捨てて星喰みを倒したい。みんな、どうする?降りるなら今だぜ」

沈黙を破ったのはユーリだった。眉に皺を寄せながら自分の意見を述べ、その上で前に進むことを選ぶ。そして、仲間たちの顔を見渡したずねた。最初に口を開いたのはレイヴンだ。

レイヴン「俺はついてくぜ。なんせ、俺の命は凜々(ブレイブ)(ヴェ)明星(スペリア)のもんだしな」

ジュディス「私も。フェローやベリウスが託してくれた気持ちがあるもの。それに……中途半端は好きじゃないわ」

意志を継ぎしジュディスの答えは彼女らしさがでている。

リタ「やらなきゃ後悔するってのを知っちゃったし、ここでやめても後悔するし」

論理的な面でそれを知っている彼女だからこそだった。

カロル「うん、ボクも後悔したくない」

その瞳には強い覚悟が灯っていた。

エステル「はい。自分で選択したことならどんな結果になっても受け入れられる……この旅で学んだことです」

一番の成長はやはり彼女だろう。優柔不断であれもこれもだった彼女は、一つ一つ解決していくことを仲間たちに教えてもらい、培っていった。

レナ「きっと世界のみんなも分かってくれるよ。変わっていく世界を受け入れられないほど弱くなくはないはずだから」

少女は自信に満ちた笑顔を見せる。

ユーリ「そうだな。明日笑って暮らすためのことだ。そう信じたい」

ラピードも賛成するかのように吠える。まだ、どうするか言っていないパティにユーリは聞く。

パティ「うちも……当然、ついていくのじゃ!」

ユーリ「わかった、みんな、最後まで一緒にいこう」

大きく頷き、想いをひとつにする。

カロル「じゃあ、準備が全部できたら、ヨーデル殿下やユニオンの人たちに話しに行こう」

レイヴン「んで、あと準備しなきゃいけないものってなんなのよ?」

リタが、あたしに任せてと言う。

リタ「ちょっと色々要るからどっか適当な街に寄りたいんだけど」

カロル「じゃ、ノール港はどう?イリキアの端っこだし」

ユーリ「エフミドの丘が通れなくなってからどうなったか気にもなるしな、そうしよう」

パティの様子がいつもと違うことに、レナは気づく。ユーリも気づいているようだった。その後、ノール港に着くまでの間は自由時間となった。

 ユーリはジュディスと話しているようだった。レナはその反対側の甲板で外の景色を眺めていた。木の軋む音がしてレナが振り返れば、レイヴンが立っていた。珍しい、どうしたんだろう……と少女は思う。

レナ「レイヴン?どうしたの?」

レイヴン「俺も外の景色を見に来たのよ」

頭の後ろで手を組み、いつもの調子で言う。

レナ「そう」

レナはレイヴンから視線を外して、また景色をうつす。それからは何を話すでもなく、ただ二人で景色を眺めていた。ジュディスと話を終えユーリが船室に行こうと通ると、レナとレイヴンが一緒にいるのが見えた。何か話してる様子はないが、どこかモヤりとした気持ちがユーリを襲う。そして、レナとレイヴンに近づいた。

ユーリ「レナにおっさん、何してんだ?」

ユーリの声に、二人は振り返る。

レナ「特に何も、景色見てただけだよ」

レイヴン「そうそう〜……でも、おっさん、ちょっと冷えてきたから中に入ろうかしら」

何かを察した彼は、そう言って船室に入っていった。

ユーリ「なぁ、本当に景色見てただけか?」

レナ「?うん、そうだよ、どうかしたの?」

ユーリ「いや、別に……」

どこか歯切れの悪い彼にレナは不思議そうに首を傾げて、ふーんと言った。

ユーリ「……不安じゃ、ないのか」

レナ「?何が?」

ユーリ「バウルは精霊化に対して、不安だって言ってたからな。人間から精霊になるお前も、どうなんだろうと思ってな」

彼なりにレナの事を気にかけているようだ。

レナ(そういえば、ジュディスとの話で話題に出るんだったな)

レナは少し考えてから口を開いた。

レナ「不安がないと言えば……嘘になる。そりゃさ、気づいたら人間じゃなくなりかけてるし、この先が不安に思うこともある。でもね、不安だけじゃないの。だってこの世界の未来をずっと見守っていくことができるから。ユーリたちが救うこの世界を」

ユーリの息を飲む音がした。レナは、だけど、と続ける。

レナ「きっと……永く生きてしまうから。だから……だから、寂しくなるだろうなぁって……」

少女ひとりが背負う運命にしてはあまりに大きい。泣きそうな声をしてるのに、ユーリの目に映る少女の顔は笑っていた。寂しさを隠すレナにユーリの心は痛んで、無意識にレナを抱きしめていた。黒の長い綺麗な髪が、レナの肩にかかる。レナは、その行動に驚いていた。

レナ「っユーリ?」

ユーリ「オレはおまえをいつか一人にさせてしまう。それはどうにもできない事だ。けど、一緒にいれる時まで、そばに居る。絶対だ」

真剣な声で彼は言った。レナは何も言えず、戸惑っていた。

レナ「……ほん、とう?」

やっと出た声は信じられなくて、信じることになぜか抵抗を覚えてしまって震えた。

ユーリ「あぁ、本当だ」

彼はレナを抱きしめる力を少し強める。少女の心臓がドキリとする。信じることに抵抗を覚えた意味を、それが恋心からくるものだったことを、レナはハッキリと自覚した。私は、ユーリが好きなんだ……と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決着

 ノール港に着いたユーリ達は街中へ入っていく。星喰みの影響か、人通りは少ない。

ユーリ「えらく閑散としてるな」

エステル「氷刃海を通って避難したんでしょうか」

あのような騒ぎがあった後だ、ハルルに避難していた人も居たとカロル達から聞いていたため、エステルはそう話す。街を見ていたカロルがユーリたちに振り返った。

カロル「隣りのルビキアじゃないかな。トリムとかさ」

ジュディス「船がまた使えるようになったのかもしれないわね」

レイヴン「なんにしてもこんな空の下じゃ逃げ出したくもなるわな」

レナ(逃げても……あんまり変わらなさそうだけど)

リタ「んじゃ、あたしは買い物してくる」

エステル「わたしも行っていいです?」

エステルのお誘いに気恥しそうにリタは頷いた。

リタ「じゃ、あんたらは宿屋で待ってて」

リタとエステルはお店に向かっていった。それ以外のものたちは宿屋に向かう。

 宿屋に入ると、主人が出迎えてくれた。

主人「お客さん、こんな時に旅行かい?こっちは閑古鳥だから助かるけど」

ユーリが、まぁそんなとこだ、と返すと、主人はゆっくりしてってくださいなとにこやかに言った。部屋の中に入ったユーリ達は各々休憩する。

カロル「ティグルさんちも避難したらしいよ」

ユーリ「エフミドの丘が通れるようになったとしても頭の上があれじゃあな」

レナ「確かにね……」

レナが頷いたところで、ドアが開いた。両手いっぱいに荷物を抱えたリタとエステルが入る。

リタ「こんな時でも港町はやっぱりものがあるわね。おかげでなんとかなりそうだわ」

ユーリ「なに買ってきたんだ?」

エステル「術式紋章ひと揃えと、筐体(コンテナ)パーツです」

それらで何を作るのだろうかとレナは思う。そう思ったのはレナだけではないらしい。

レイヴン「何しようってのよ」

ベッドの上であぐらをかいたレイヴンがリタに問う。

リタ「精霊の力を収束するための装置を作ってるの。即席の(デイ)()戒典(ノモス)をね」

と答えた。

カロル「(デイ)()戒典(ノモス)かぁ……デューク、今頃なにしてるんだろうね」

ユーリ「さぁな……あいつ、相当思い詰めた感じだったが……」

どこかボーッと考え事をしているパティにレナが声をかける。

レナ「パティ、どうしたの?」

パティ「……む?うちは腹が空いたのじゃ」

カロルはそれを聞いて、なにか作ろうか?と申し出る。

パティ「その気持ちだけで、感謝感激なのじゃ。でも、今食うと太るのじゃ。空腹を紛らわすのは寝るのが一番なのじゃ。おやすみ、なのじゃ」

パティは捲し立てるように話すと、そのまま横になった。

レナ「お、おやすみ」

明らかにパティの様子が変である。

レイヴン「寝る子は育つって言うけど、パティちゃんは育たないね」

レイヴンがすかさず茶々を入れた。

ユーリ「……リタの方も時間が必要だろうし、その間、オレたちは休ませてもらおうぜ」

エステル「そう、ですね」

ベッドで横になっているパティを見て、エステルは頷いた。

 その夜、眠る必要のないレナは見張りのような感じでドアに近い壁に体育座りで背を預けていた。ユーリもその隣で、同じように壁に背を預けている。その前をパティが通り外へ出ていった。みんなには内緒で頼むと小声でレナに伝えて。パティの気配が少し離れたところでレナは立ち上がった。エステルは少し驚いた顔をしたが、ユーリの方に近寄る。

エステル「ユーリ、起きてください……」

ユーリ「……起きてるよ。パティ、だな、今の」

レナ「みんなには内緒でって言われたけど、心配」

三人は目を合わせ頷くと、宿屋を出た。パティは船着場の方へと走っていった。

エステル「……こんな夜中に一人で出ていくなんて……心配です」

眉を下げて彼女は言う。

ユーリ「ああ、そういえば、何か考えてるふうだったな」

レナが多分……と言いかけたところで、コツコツとジュディスが後ろから歩いてくる。

ジュディス「アイフリードのことでも考えてたのかしら?」

レナ「だと思うな」

レナはジュディスと顔を見合せ頷く。

エステル「ジュディス……!起きてたんです……?」

自分以外に起きてる人がいるとは思わなかったらしい。続けてリタが来た。

リタ「そう言えばあの子、最近、アイフリードのこと口にしなくなったわね」

エステルは、リタまで……!と驚きて口に手を当てた。

レイヴン「おっさんも起きてるわよ」

と、こちらに来ながら言った。

エステル「……わたし、ちょっと様子見てきます」

レナ「私も行く」

ジュディス「私も行くわ。女の子二人が夜にフラフラ出歩くと危ないもの」

レイヴン「いやいや、ジュディスちゃん、女の子三人でも危険よ。おじさんも護衛につくよ」

リタ「あたしも行く」

結局みんな、パティが心配なのだ。

ユーリ「しょうがねぇな、まったく」

ユーリは少し笑い、腰に手を当てた。

カロル「……みんな、どうしたの……?」

まだ半分寝ている目を擦りながらカロルは宿屋から出てきた。

ユーリ「起きたか。ちょっと出てくるから留守番しててくれるか」

留守番という言葉に一気に目が冴えたのか、カロルは焦る。

カロル「え?何、どこ行くの?お、置いていかないで!」

リタ「ガキんちょも行くってさ」

カロルを呆れたように見てリタはユーリに言った。

ユーリ「じゃあ、みんなでこそっと見てきますか」

ユーリ達は桟橋の方に向かった。

 桟橋に着くと、一番端にパティが手に何かを持って立っていた。そして、天に掲げる。すると、それは光を帯び海上に一筋の光を放った。まるで共鳴するかのように、光を放った方向から、別の色の光がかえってくる。眩い光が辺りを包み、目を開けると、大きな船が浮かんでいた。

リタ「あ、あれって……!」

行くぞ!というユーリの声で仲間たちはパティに駆け寄った。

エステル「パティ、待ってください!」

エステルの声に振り返ったパティは、みんなどうして……驚きの表情をした。

レイヴン「それはこっちのセリフよ。一人で何してんのよ」

パティ「精霊もそろった……この先は命を賭けた大仕事なのじゃ。でも、その大仕事の前に、自分の中の決着をつけようと思ったのじゃ」

ユーリ「それはアイフリードのことか?」

パティは無言の肯定をする。

パティ「これはうちの問題なのじゃ。誰にも任せられない、うちの……」

カロル「だからって、一人で行かなくても」

レナ「……頼って欲しいな」

パティは俯く。

リタ「あれ……アーセルム号、よね……?」

海上にある船を見て呟く。

エステル「どうしてここに……?」

不思議そうにエステルは首を傾げた。

ユーリ「パティ、お前が呼び出したのか?」

レイヴン「そういえばパティちゃん、(マリ)(ス・)()(テラ)かがけてなかった?」

ユーリ「つまり(マリ)(ス・)()(テラ)ってのは、あいつを呼び出す道具だったってことか」

パティは(マリ)(ス・)()(テラ)を見つめる。

パティ「こいつの片割れと引き合っておるのじゃ」

ジュディス「つまりあの片割れがあの船の中にあるってことね」

カロル「でも、(マリ)(ス・)()(テラ)って……あれ?」

リタ「そ、それはあんたの言う問題ってのと何か関係あんの?」

パティは首を縦に振った。

ユーリ「じゃ、行こうぜ」

パティ「え……?」

パティは目を見開きユーリを見つめる。

ユーリ「行かないのか?」

パティ「ついてきてくれるのか……?」

レナはパティに歩み寄る。

レナ「私たちと一緒にいて一人で行かせてもらないのは分かってるでしょ?」

ね?とユーリに振れば、彼は頷く。

パティ「……ありがとうなのじゃ。だが、最後の決着だけはうちがつけるのじゃ」

ユーリ「ああ、わかってるさ」

辺りを見渡したジュディスが指さす。

ジュディス「あそこにボートがあるわ、乗っていきましょ」

指さされたボートをみると、既にラピードが座っていた。

カロル「ねぇ、もしかして……あの船にアイフリードがいるってことかな?」

ユーリ「さぁな……ま、行ってみりゃわかるさ」

ユーリ達はボートに乗り、アーセルム号へ乗り込んだ。

 アーセルム号は何年も年月が経っているからか、木が朽ちている部分が多く、甲板には穴が空いている。帆は破れ、ロープが垂れ下がっていた。月明かりだけしか光源がないため、足元に気をつけなければ破片などにつまづいてしまいそうだ。

カロル「パティはアイフリードが隠した宝物を探してたんだよね。アイフリードに会って記憶を取り戻すために」

パティはカロルに振り向き、んじゃと頷く。

カロル「で、みつけたのがその(マリ)(ス・)()(テラ)……なんだよね?」

パティはカロルから(マリ)(ス・)()(テラ)に目線を移す。

パティ「そうなんじゃが……ちょっと違うのじゃ。(マリ)(ス・)()(テラ)はアイフリードが探してたお宝なのじゃ」

話を聞いていたリタがは?と驚きの声を出す。

リタ「あんたが探してたものとじいさんが探してものが同じってこと?それでじいさんに会えるの?」

パティは何も言わない。それを見て、リタは頭を掻いた。

パティ「(マリ)(ス・)()(テラ)を使えば会える……それは間違いではないのじゃ」

カロル「ってことは、やっぱりアイフリードがこの船に……」

それは……とパティは言葉に詰まりかけた時、不気味な声が辺りに響く。豪風のような声にレイヴンが、なによ!?と体を後ろに引く。

ユーリ「上だ!」

見上げた彼は声を張った。彼の言葉に従って上を見ると、紫色の不気味な光を纏った骸骨の魔物が立っていた。

ジュディス「あの魔物、ここで倒したわね、前に」

パティが魔物の方に駆け出した。

カロル「まさか、あれがアイフリード……」

エステル「あれが?そんな、でも……」

レナ「とにかく、私達も行こう!」

ジュディス「ええ、確か船長室から上に上がる梯子があったわね」

皆はパティを追いかけた。

 上に着くと、魔物とパティが対峙していた。

リタ「うわっ……!で、出たっ……!」

お化けが苦手な彼女は悲鳴を出す。パティは魔物にさらに近づく。

パティ「サイファー、うちじゃ!わかるか……!」

パティは魔物にうったえる。

カロル「サイファーって……アイフリードじゃなくて?」

レイヴン「サイファーはそのアイフリードの参謀の名前だわね、確か」

サイファーと呼ばれた魔物は、パティの呼びかけに反応することはなく武器を振り上げた。パティは攻撃を受けて後ろに倒れる。パティ!!とジュディスが叫び、レナとエステルがすぐに駆けた。パティは眉間に皺を寄せている。エステルが状態を見て、レナがすぐに治癒術を使った。

レナ「聖なる活力、ここへ……ファーストエイド」

かすりギズ程度しか治すことが出来ない術のはずだが、パティの傷は綺麗さっぱり治っていた。ジュディス、ユーリ、リタ、レイヴン、カロル、ラピードは瞬時に武器をとり構えた。

ユーリ「こりゃ、うだうだしてる暇さなさそうだぜ……」

パティはエステルに支えてもらいがら立ち上がる。

パティ「サイファー……今、決着をつけるのじゃ!」

 ユーリ達はサイファーに攻撃を開始する。ユーリの剣とサイファーの武器がかちあい、金属音が鳴る。レナとエステルは回復・支援を中心に術を発動させ、リタとレイヴンは後方から術を放ち足止めする。ジュディス、カロル、ラピードはユーリと入れ替わりながらサイファーに術技をうちこんでいった。やがて、ガクリとサイファーは膝をつく。そして船のマストにそって上へと浮かんだ。カロルがまだ生きてるよ!と声を上げる。パティが駆け出し、梯子を駆け上がる。上にたどり着いたパティの話し声が聞こえる。

パティ「サイファー、長いこと、待たせてすまなかった。記憶を失って時間がかかったが、ようやく、辿り着いたのじゃ」

ユーリ「……やっぱり……記憶戻ってやがったか……」

サイファー「アイ……フリード……」

パティは目を丸くさせる。

リタ「あ、あ、あれは……」

魔物の体は光を帯び、その前に半透明の生前のサイファーの姿が浮かび上がった。

サイファー「アイフリード、か……久しいな……」

カロル「ア、アイフリードって、え、まさか……?」

パティ「アイフリードは……うちのことじゃ!」

レナ(そう、パティはアイフリードの孫でもなく、本人。あの事件で、霊薬によって体が若返り、記憶を失ってしまった)

エステル「ど、どういうことです……?」

戸惑った表情で、パティの方へ見上げる。

パティ「サイファー、うちがわかるのか!?」

サイファー「ああ……だが、再び自我を失い、おまえに刃を向ける前にここを去れ」

パティ「……そういうわけにはいかないのじゃ。うちはおまえを解放しにきたのじゃ。その魔物の姿とブラックホープ号の因縁から」

サイファー「俺はあの事件で多くの人を手にかけ、罪を犯した……」

レイヴン「じゃあ、ブラックホープ号事件ってのは……」

レナ「……帝国の実験に巻き込まれた民間人が魔物へと変貌し、混乱の最中、彼がその人々を殺すことで救った。帝国はその事実を伏せ、海精(セイレーン)の牙が悪なのだと噂を流した……」

事件の詳細を話を聞いて、レイヴンは胸糞悪いと顔を顰めた。

パティ「ああしなければ、彼らは苦しみ続けたのじゃ。今のおまえのように。あの事故で魔物化した人たちをサイファーが救ったのじゃ」

サイファー「だが、彼らを手にかけた俺はこんな姿で今ものうのうと生きている……」

パティ「おまえはうちを助け逃したくれた。だから……今度はうちがおまえを助ける番なのじゃ、サイファー」

サイファー「アイフリード……俺をこの姿から解放してくれるというのか」

パティ「おまえにはずいぶんと世話になった。荒くれ者の集まりだった海精(セイレーン)の牙をよく見守ってくれた。そして……うちをよく支えてくれたのじゃ。でも……ここで……終わりなのじゃ」

パティは愛銃の銃口をサイファーに向けた。苦しげな表情で。

パティ「……くっ……」

引き金にかけた指は震えている。

パティ「サイファーだけは……うちが……」

サイファー「つらい想いをさせて、すまぬなアイフリード」

サイファーから目を逸らしかけていた視線を、再び合わせる。

パティ「つらいのはうちだけではない。サイファーはうちよりずっとつらい想いをしてきたのじゃ。うちらは仲間じゃ。だから、うちはおまえのつらさの分も背負うのじゃ。おまえを苦しみから解放するためお前を……殺す」

ずっと震えていた声が、決意を新たに固めることで低くなる。

サイファー「その決意を支えているのはそこにいる者たちか?……そうか……記憶をなくし、一人で頼りない想いをしていないかそれだけが気がかりだったが、いい仲間に巡り会えたのだな、アイフリード。受け取れ、これを……」

パティの前に紫色の光を放ちながら、宙に何かが浮かびでた。

パティ「これは……(マリ)(ス・)珊瑚(ゲンマ)……」

パティはそれを受け取った。

サイファー「これで、安心して死にゆける。さぁ……やれ」

霊体のサイファーは手を広げて、銃弾を受け止める姿勢をとる。嫌なくらい静かになり、風の音だけが聞こえる中、銃音が海に響き渡った。

 ユーリ達は、アーセルム号から離れて桟橋に戻った。

パティ「……サイファー……」

涙を耐えるように彼女は手をにぎりしめる。

ユーリ「我慢しなくてもいい。泣きたければ泣いた方がいい」

気遣う彼の声は優しい。

パティ「つらくても泣かないのじゃ。それがうちのモットーなのじゃ……!」

エステルがパティに寄り添う。

パティ「うちは泣かないのじゃ、涙を見せたら、死んでいった大切な仲間に申し訳ないのじゃ。うちは海精(セイレーン)の牙の首領(ボス)、アイフリードなのじゃ。だから……泣かない……」

幕を張った涙が、瞳から零れ落ちた。レナはパティに近づき、固く握られた手を包み込んだ。

パティ「……絶対、泣かない。泣きたく、ない……」

とうとう我慢できなってきたパティの声を掠れていき、やがて嗚咽混じりになり、仲間を失った悲しみに痛々しいほど泣き叫んだ。エステルはパティを抱きしめた、泣き顔を隠すように。レナはエステルに抱きつくパティの背を優しく撫でていた。

 パティの涙が落ち着いた頃、ユーリ達は宿屋へ戻っていた。朝になり、パティはベッドで泣き腫らした顔を見せないように、壁の方を向いて横になっている。反対側のベッドに、リタがあぐらをかいて座り、作った物とにらめっこしていた。エステルはそれを覗き、カロルも同じようにしている。ユーリは壁に背を預けて腕を組んでいる。レイヴンは床に横になり肘をついていた。レナは床に体育座りして、心の中でサイファーとその仲間たち、巻き込まれた民間人に、安らかな眠りを願った。パティ以外は起きていた。程なくパティは目覚めて、上体を起こした。

リタ「起きたわよ、泣き虫が」

決してバカにしたような言い方ではない。

ユーリ「どうだ。ひとしきり泣いたら楽になったか」

優しく声をかける。パティは、鼻をすすった。

パティ「全然、大丈夫なのじゃ」

まだ声は震えているものの、しっかりと返事をした。

ユーリ「よし……で、これからパティはどうするんだ」

レイヴン「そうね、記憶も戻ったようだし会いたい相手にも会えたわけだしね」

そのままの状態でパティを見上げて言った。

パティ「もちろん、ユーリたちと一緒に行くのじゃ」

エステル「いいんです?それで」

パティ「んじゃ。さすがに星喰みを放っておくわけにはいかんのじゃ。それに、ここまできたのじゃ最後まで付いていかせろ」

ユーリ「んじゃ、改めてパティ、よろしくな」

パティ「うむ、よろしくするのじゃ」

にっこり笑って応えた。

カロル「えっと……ちょっと色々聞きづらくて、聞けなかったことがあるんだけど……」

レナ「確かに気になることはあると思う、けどパティにはパティのペースがあるから、パティが話そうかなってなった時に聞いていこうね」

パティ「のじゃ。気が向いたら、話をするのじゃ」

で、でもさ……と俯くカロル。ふと伏せっていたラピードが、立ち上がった。瞬間、地面や建物が揺れ始める。ジュディスが状況を確かめようと外に出ていく。その後を、ユーリ達は追いかけた。

ユーリ「ジュディ!何があった!」

ジュディスはユーリたちに振り返る。出てきたリタが、ジュディスが見ていた方向をみて、声を上げた。

リタ「ちょっと!あっちってアスピオの方じゃない!」

カロル「な、なにが始まるの!?」

やがて、アスピオから巨大な建造物が上へと出てきた。

リタ「あれじゃ、アスピオは……」

リタは育ってきた街が崩れているかもれないという衝撃を受ける。

レイヴン「あの馬鹿でかいのはなによ!?」

パティ「……山……んにゃ……建物みたいなのじゃ……」

エステル「タル……カロン……」

カロルが突然呟いたエステルの言葉にえ?と反応する。

レナ「……そうだね。タルカロンの塔、だよ」

続けてレナが肯定すれば、エステルは目を見開いてレナを見た。

エステル「……です。精霊たちもそう言っています」

ユーリ「……デュークだな。それしか考えられねぇ。あれで星喰みをどうにかしようってんだろ」

どいて、どいてくれ!と男性の叫び声が聞こえた。そのまま人混みをすり抜けて、男性がユーリの傍に来る。

男性「黒くて長い髪のあんた、ちょっといいか!?」

ユーリは渋々、なんだよと男性の方を向く。

男性「あんたみたいな黒髪の人を見かけたら教えて欲しいって騎士団の人に言われててな、なんでも新しい騎士団長フレン殿について話したいことがあるとか」

なんだと?とユーリの顔は一気に険しくなる。人違いじゃなさそうか?と確認をとる彼に、ユーリは頷いた。

ユーリ「なぁ、オレを探してたヤツって猫みたいなつり目の姉さんとリンゴみたいな頭をしたガキか?」

男性は、言われてみればそうかもと言いたげな表情で、頷く。ユーリは仲間たちの方を見てから、宿屋でまっていることを伝えると、男性は呼んでくると去っていった。

 ユーリたちが宿屋で待っていると、ドアを開けてウィチルとソディアが入ってきた。

ウィチル「ようやくつかまえましたよ!どこほっつき歩いてたんですか」

開口一番に彼はそう文句を言う。ソディアは、レナとユーリを見て気まずそうに顔を逸らした。どこか様子のおかしいソディアに、ウィチルは不思議そうな顔をする。

ユーリ「んで、フレンがどうしたってんだよ」

ウィチル「あ……はい、あの怪物が空を覆ってから、大勢この大陸から避難してるんです。でもギルドの船団で帝国の護衛を拒否する者がいて、隊長はそれをほうっておけなくて」

レナ(……船団のギルドといえば、幸福(ギルド・)(ド・)市場(マルシェ)かな……?)

ウィチル「魔物に襲われた船団はヒピオニアに漂着、僕たちは戦ったけど段々、追い詰められて……」

ソディア「私たちだけが救援を求めるため、脱出させられた……でも騎士団は各地に散っていて……」

顔を逸らしながらもソディアは続けた。

ウィチル「もうみなさんにお願いするしか方法はないんです」

泣きそうな顔でウィチルはうったえた。

ソディア「しかし……時が経ちすぎた……隊長はもう……」

勝手に諦めるようなことを言う彼女に、レナは近づいて飛び、くるりと体を捻って頬を叩いた。ウィチルは目を丸くし、ユーリは歩き出そうとした一歩で止まる。仲間たちも驚いたような顔をしていた。

レナ「もう、諦めてしまうの?貴方にとって、フレンはその程度の人物なの?彼の長い付き合いである友人に、どうしてそんなことが言えるの?」

まくし立てる少女にソディアは呆然とする。

レナ「勝手に諦めてしまったのなら、そこでめそめそしてればいい。覚悟も忘れて立ち止まるようなあなたに、フレンためになんて言わせない」

レナはユーリの心情を考えると、目尻に涙が浮かんだ。ソディアは、覚悟……と呟き俯く。そんな彼女をウィチルは眉を八の字にして見つめた。

ユーリ「……リンゴ頭!ヒピオニアだったな」

レナの勢いに戸惑いつつもユーリは、ウィチルに確認をとる。え、ええとウィチルは戸惑いがちに頷いた。

ユーリ「そういうわけだ。ちょっと行ってくるわ。みんなはタルカロンに行く準備を……」

と、出ていこうとするユーリの手をレナが掴む。

レナ「ユーリ、一人で行かせるわけないでしょ」

エステル「そうです。私たちも行きます」

カロル「うんうん、悪いクセだよ、ユーリ」

少し怒った声でカロルは言う。

ユーリ「そういうけどな、割とヤバそうな感じだぜ?」

ジュディス「なら、なおさらあなたひとりで行かせる訳にいかないわね。それにバウルが言うこと聞かないと思うけど?」

リタ「ひとりはギルドのために、ギルドはひとりのために、なんでしょ」

レイヴン「時間ないならちゃっちゃと行って片つけようじゃないの」

パティ「うちは噛み付いたウツボ以上の勢いで、死ぬまでユーリについて回るぞ」

レナ続くように仲間たちは言った。そんな彼らを見て、ユーリはどこか嬉しそうに笑う。

ユーリ「ったく付き合いいいな。そんじゃ行くか!」

カロル「おー!凜々(ブレイブ)()明星(ェスペリア)出撃ぃ!」

片腕を上にあげてカロルがかけ出す。ワン!とラピードが吠えカロルに続いた。他のみんなも急ぐ。最後に、ウィチルの頼みましたよー!という声を聞きながら、ユーリとレナは宿屋を出た。

 

ソディア「ユーリ・ローウェル!」

あとを追いかけるように走ってきたのはソディアだった。ユーリとレナは振り向いて立ち止まる。

ソディア「何故だ!どうしてあの時のことを咎めない?私はおまえの仲間を……」

レナが何かを言うのを止めるように、ユーリが一歩前に出る。

ユーリ「水に流したつもりはねぇ。けどな、オレは諦めちまったヤツに構ってるほど暇じゃねぇんだよ」

ソディア「諦めてなど……」

彼女は俯いた。

レナ「なら、なんで一人でもフレンを助けに行こうとしなかったの?」

レナはソディアをじっと見つめる。

レナ「ユーリを消してでも守りたかった存在なんでしょ?どうして守りにいかないの!」

身をていして守ったレナと、それが出来なかったソディア。その違いは勇気があるかないかだった。ソディアは、体を少し後ろにひかせた。

ソディア「私では……あの人を守れない……頼む……彼を……助けて……」

お願い……とソディアは震える声を抑えながら頭を下げた。

ユーリ「言われるまでもねぇ」

再び、お願い……とソディアは頭を下げたまま言った。

ユーリ「ああ、あんたの言ったことでひとつだけ同意できることがあるぜ」

ソディアは首を傾げる。

ユーリ「オレは罪人。いつ斬られてもおかしくない。そしてフレンは騎士の鑑。今後の帝国騎士を導いていく男。その隣に罪人は相応しくない」

レナ(それでも、フレンの心を支えられるのはあなたしか居ないんだよ……)

ユーリ「オレはさしずめ、あいつに相応しいヤツが現れるまでの、ま、代役ってヤツさ」

レナ(その言葉、フレンが聞いてたら怒りそう……)

ユーリはそう話すと、みんなの元に歩いていく。レナも行こうとしたが、ちょっとまってくれという声に振り向いた。

ソディア「……あの時は……すまなかった……」

眉を下げ苦しそうにいうソディア。そんな彼女を見て、レナは、はぁと軽く息を吐く。

レナ「別に刺されたことに関しては気にしてないから、いいよ」

ソディアは顔を上げる。でも、とレナは続ける。

レナ「私はユーリが大切だから。もしまた同じ事がおきそうになったら……その時は、覚悟してね」

いつもより冷たく暗い瞳でレナはソディアに告げると、仲間たちの元に急いだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

未来の為に

ユーリ達はバウルに乗りヒピオニア大陸を目指す。

ユーリ「あれか!?」

ユーリの見ている方向を、仲間たちは見た。空の上からでも分かるほど土煙が立ち上っており、人の姿を視認するのは難しい。

カロル「すごい土煙だよ。あれ全部魔物!?」

ジュディス「アスタルが死んで統制を失った反動らしいわ。大陸中の魔物が殺到しているみたい」

おそらくバウルから聞いたのであろうそれに、皆息を飲む。

エステル「本当にあのどこかにフレンがいるんです?」

多分なと、ユーリは答えた。

レイヴン「どうすんのよ?まさか全部倒してくつもり?」

パティ「平気なのじゃ、二日ほどあれば、全部倒せるのじゃ、たぶん」

双眼鏡をのぞいてパティはいう。

カロル「二日ってそんなのんきな」

と、カロルはつっこむ。できないと言わないのは彼が成長しているからか、それともやるしかないと覚悟を決めているからか。レナは、ノール港の宿屋でリタがにらめっこしていた道具を思い出した。

レナ「ねぇ、リタ、例のリタ製(デイ)()戎典(ノモス)、使えないかな?」

突然の提案に、仲間たちはレナを見つめた。

レイヴン「星喰みぶっ飛ばすみたいに魔物蹴散らすってか?」

レナはレイヴンを見て頷く。リタは、そうね……と呟いて考え出す。

リタ「精霊の力に指向性を持たせて結界状のフィールドを展開し、魔物だけを排除、か……出来るはずよ」

理論がまとまったのだろう、彼女は告げた。

ジュディス「でも、それは星喰みに対するためのものでしょう?」

いいのかしら?と、ジュディスは眉にシワを寄せる。

カロル「けどそれしか何とかする方法思いつかないよ」

パティ「今使うか、後で使うか、悩ましいところじゃの」

ユーリ「使わせてくれないか。頼む」

エステル「わたしからお願いします。(デイ)()戎典(ノモス)は……人を救えるものだって信じたいから……」

リタは、物を取りに行き、ユーリに手渡す。

リタ「そうね。これぐらいバーンと出来ちゃわないと星喰みになんて通用しないわ」

レナは首を縦に振り、それにと続けた。

レナ「試用しておいた方が、改善点見つかるかもだしね」

リタは納得するように頷いた。

ジュディス「そう。ならそうしましょうか」

レイヴン「ユーリのあんちゃんがわがまま言うのも珍しいしな」

カロル「たまには聞いてあげないとね!」

二人は笑って茶化す。ユーリは少し照れくさそうに、茶化すんじゃねぇってのと、ツッコミを入れた。

ジュディス「それで、具体的にはどうするの?」

リタ「魔物が一番集まってるところで起動、これだけ。簡単でしょ?」

あの大群を見ておいて、そう言えてしまうのだからリタはすごい。

ユーリ「簡単だな」

と、乗ってしまうユーリも、ユーリだと思うが。レイヴンが、呆れ混じりにおいおいとつぶやく。

カロル「ねぇ、せっかくだからその装置、名前付けようよ。リタ製(デイ)()戎典(ノモス)じゃあんまりだし」

リタは、はあ?と不満げに漏らしたが、好きにすればと放った。

カロル「うーん、うんとね、うん!明星壱号!どう!?」

レナ(まぁ、いいんじゃない……?)

精霊の名付けの時よりかは、随分とマシにである。

リタ「……やめればよかった」

リタは、はぁとため息をつく。

ユーリ「まぁいいんじゃないか?シンプルで」

ジュディス「バウルでも下手に近づくと危険ね。少し離れたところで降りるわ」

ユーリ「よし、いっちょ行くか」

少し離れた森のところにバウルは降り、ユーリ達はフレン達がいるであろう魔物の群れに向かった。ユーリ達が駆け着くと、それはもう混乱状態のようなかんじであちこちに魔物が襲いかかり騎士団がなんとか持ちこたえている状況だった。民間人は魔物から逃げるのに必死になっている。それに、リタが、すごい状態……と呟いた。

カロル「あの中に突っ込むんだ……」

カロルはぐっと、手をにぎりしめる。

エステル「見て、あそこ!」

エステルが指をさして叫ぶ。その指の先に目を向ければ、魔物に囲まれているフレンの姿があった。フレン!とユーリが声を上げる。

レイヴン「おいおい。相当追い込まれてるぜ」

瞬く間に土煙が舞い上がり、姿が見えなくなる。

ジュディス「急いだ方がよさそうね。思い切って突っ切りましょう」

ユーリ達は武器を構えて、ユーリの行くぞ!はぐれるなよ!という掛け声で魔物の群れに走る。近づくとさらに酷く、もはや陣形を立てている隙すらない。各々、襲いかかる魔物を蹴散らしながらフレンの元へ急ぐ。フレンが騎士達を鼓舞する声が聞こえる。しかし、魔物に突破されてしまう。その時、矢を放つ音と共に魔物が爆散する。ユーリ達がフレンの元に辿り着いたのだ。フレンの前をラピードが走り抜ける。

ユーリ「生きてるか?」

フレン「ユーリ!どうしてここに!?」

ユーリ「上官想いの副官に感謝しろよ」

フレン「ソディアが!?そうか……だが、こんな状況だ。このままではいつかやられてしまう」

レイヴン「切り札は我にありってね」

先程の魔物を倒したレイヴンが言う。フレンがなんだって?とレイヴンを見た。

ユーリ「こいつを、敵の真っ直中でスイッチポン。するとボン!ってわけだ」

明星壱号と名付けられたそれをフレンに見せてユーリはニヤリと笑う。

フレン「敵の中心で、か。この数だ、簡単じゃないよ」

ユーリ「簡単さ、オレとおまえがやるんだぜ?」

頷くようにラピードがワン!と吠える。フレンは、フッと笑って、頷いた。

フレン「分かった、やってみよう!」

ユーリ「みんな、こいつの起動はオレたちがやる。ここは頼んだぜ!」

リタ「あんたらだけで行く気?!無茶でしょ!」

詠唱しながら振り向いたリタが止める。

フレン「ここの守りを手薄にするわけにはいかない。ここを守り抜かねば僕たちが魔物を退ける意味すらなくなるんだ」

カロル「魔物を倒すためじゃなくてみんなを守るためだもんね」

カロルは再び武器に力を込める。レイヴンが、そゆこと、と同意した。

エステル「わかりました。ここは任せてください!」

パティ「うちらは適当にがんばるのじゃ」

ニコリと二人は微笑む。ありがたいと、フレンはお礼を言った。二人の後ろにジュディスが立つ。

ジュディス「がんばってね、二人とも」

レナ「気をつけて行ってらっしゃい」

ユーリとフレンは一気に駆けだす。ラピードも続いた。民間人を守りながら、襲いかかる魔物たちをレナ達は倒していく。

レナ(……数すごいな。ジュディスはともかく、カロルとレイヴンがそろそろきつくなる頃かな。なら)

レナ「……聖なる雫よ、降り注ぎ、我に力を…………ホーリィレイン!」

光の雨が魔物群れに降り注ぐ。大量の魔物を一掃した。少しの間なら、カロルとレイヴン、ジュディスに回復の時間を持たせられるだろう。

レナ(カロルの傷を治そう)

レナは、息が上がっているカロルに駆け寄り、治癒術をかける。

レナ「……清浄なる水の乙女よ、彼の者にその恩恵を与えよ……リフレッシュドロップ」

薄い水色の美しい女性が浮かび、その両手から雫をカロルへと落とした。瞬間、カロルの傷が治る。彼女のオリジナル技だ。

カロル「助かるよ、レナ!」

レナは頷くと、レイヴンの傷をカロルと同じように治した。

レイヴン「もうひと踏ん張りしましょかね」

再び数が増え来てきた魔物を睨み弓を構えた。そろそろ、ユーリ達が明星壱号を発動させてもおかしくない頃だ、とレナが思った時、眩しいくらい青い光が広がった。光がおさまり目を開けると、魔物は一匹も残っておらず跡形もなく全滅していた。

レナ(これは、凄い威力……)

他の仲間たちも、その威力に驚いているようだった。

 それから、徐々に落ち着きを取り戻し夜になる頃には体を休められるほど野宿の準備が出来ていた。エステルとレナは傷を負った人達に治癒をかけて治していた。リタは明星壱号を持って考え事をしている。そこに、ユーリとフレンが来た。

ユーリ「あんまり無理するなよ」

と、エステルとレナを見て言った。

レナ「だって、エステル、あとは私がやるから先に休んでたら?」

ユーリ「いや、おまえにも言ってるんだけどな」

呆れたように彼はつっこんだ。エステルはふふっと笑う。ユーリはリタが持っていた明星壱号を見る。

ユーリ「明星壱号、壊れちまったか。悪いことしたな」

リタ「うん……筐体(コンテナ)に使ってた素材が脆すぎたみたい」

フレン「すまない、僕らのために」

申し訳なさそうな彼に、リタは大丈夫と返した。

リタ「魔核(コア)も無事だし、修理はできるわ。ただ……」

そこに、ジュディスとパティが合流する。

パティ「思った以上にけが人が多いのじゃ」

ジュディス「エステルとレナのおかげで、みんな命は取り留めたけど、すぐには動かさない方がいいわね」

フレン「しばらくここで守り抜くしかないか」

それならここを砦にしちゃえばいいんじゃない?と、どこかで聞いたことのある女性の声がした。

レナ(この声は……やっぱり、船団って幸福(ギルド)(・ド・)市場(マルシェ)の事だったんだ)

歩いてきたのは赤い髪の女性……カウフマンと、そのメンバー達。

カウフマン「お久しぶりね、ユーリ君。凜々(ブレイブ)()明星(ェスペリア)の噂、聞いてるわよ。手配してた傭兵では十分じゃなかったようね。こちらの不手際で迷惑かけたわ」

フレン「いえ、ギルドも今混乱しているでしょう。ご助力感謝します」

カウフマン「お詫びと言ってはなんだけど、ここの防衛に協力するわ」

ユーリ「あんたが戦うってのか?」

戦えたのか?と意外そうな顔をするユーリ。

カウフマン「まさか。私は商人よ。まぁ見てらっしゃいな」

ニヤリと笑ってカウフマンたちは去っていった。入れ替わりのようにウィチルとソディアが駆けてくる。

ウィチル「フレン隊長、無事でよかった!」

嬉しそうな顔から、少し険しい顔に変わる。

フレン「ウィチル!……なにかあったのか」

ウィチル「はい、例のアスピオの側に出現した塔ですが、妙な術式を周囲に展開し始めました。紋章から推測するに、何か力を吸収してるようです。それにあわせてイキリア全土で民が体調に異変を感じ出しています」

話を聞いていたリタが口を挟む。

リタ「吸引……体調……それって人間の生命力を吸収してるってことじゃあ……」

ユーリが、デュークとつぶやく。

リタ「生命は純度の高いマナ。……それを攻撃に使うつもり?」

レイヴン「人間すべての命をと引き換えに星喰みを倒すってのはこういうことだったのね」

レナ「人間に制裁をっていうのもあるんでしょうけど……彼のやり方は許されない」

レナ(……たとえ救われたとしても空虚だよ)

その声には少し怒りがこもっていた。

ウィチル「術式は段階的に拡大しています。このままいくといずれ全世界に効力が及ぶ可能性が……」

エステルがそんな……!と声を上げる。

ユーリ「ウダウダしてらんねぇな」

リタ「でも、思った通りこのままだと精霊の力が足りないわ。明星壱号を修理してもそれだけじゃ駄目ね」

明星壱号を見ながらリタは言う。

カロル「ええ?あんなにすごい威力なのに!?」

リタ「星喰みの大きさからすると、あれの何百倍もの力が必要になるわね」

レイヴン「何百倍〜?そりゃまた……」

果てしないわねと言いたげな、げんなりとした表情をする。

パティ「やっぱり災厄相手ともなると途方もない力がいるんじゃの」

ユーリ「……やっぱ魔核(コア)を精霊に変えるしかないか」

レナ「そうだね、星喰みに打ち勝つにはもうそれしか……」

仲間内で話が進む中、事情を知らないフレンが待ったをかけた。

フレン「待ってくれ、僕らにも分かるように説明してくれないか」

ユーリはフレンに振り返り、そうだなと頷く。

ユーリ「ちゃんと話そうと思ってた事だ。なぁ、フレン。ヨーデル殿下やギルドの人間にも聞いてもらいたいんだ、ここに呼べねぇか?」

張り詰めていた空気が一気に緩み、フレンが笑い出す。カロルも笑いながら、も〜ユーリとつっこむ。

カロル「皇帝をこんなところに呼びつけようって言うの?」

フレン「君はホントに君のままだね」

レナ「それでこそ、ユーリよね」

ユーリ「なんだってんだ?」

本人はいたって真剣なため、みんながふっと力を抜いて笑っているのを不思議に思い、ユーリは首を傾げる。

フレン「フフ、わかった。なんとかしてみるよ」

まだ笑いながらもフレンは首を縦に振る。

フレン「その代わり、ユニオンや戦士(パレス)()殿堂(ラーレ)の人たちには君が話をつけてくれ」

わかった、とユーリは返す。

ジュディス「なら、ダングレストとノードポリカね?」

ユーリ「ああ。またひとっ飛び頼む」

 ユーリ達はフレン達とわかれ、ダングレストとノードポリカへ向かう。その前に、走ってきたソディアにユーリが呼び止められた。

ソディア「ユーリ……殿。隊長を助けてくれて、その……感謝している…………」

言いにくそうな雰囲気を感じとったユーリが、仲間たちに先に行っといてくれと頼む。

 十数分後、ユーリが船に帰ってきた。

レナ(……大方、ザウデでのことを話したんだろうな)

あの件に巻き込まれに行ったからこそ察せる。そのまますぐに出発し、ダングレストに向かった。

 

 ダングレストにつくとユニオン本部に行き、ユーリとレイヴンが中心になって事情を話す。

男「……それで、その片田舎まででていけってのか?」

何時ぞやの言い争っていた(オウ)(ラル)(ビル)の長が難色を示す。

男性「ここではダメなのかね」

()()()()()の一人も同じようだ。

ユーリ「ああ、ザーフィアスもここもだめだ」

レイヴン「そういうこった。どっちにも勘ぐられないようにしないといかんのよ」

ハリー「重要な話らしいな。帝国、ギルド関係ない……」

(オウ)(ラル)(ビル)の長「はん。そんなお使いみたいなマネ、オレはごめんだぜ」

()()()()()の一人「私も今ダングレストを離れたくない。ハリー。おまえに任せよう」

ハリー「わかった、オレが行く」

レナから見れば面倒事を押し付けるように二人はハリーに行かせようしている。ハリーもきっと少しわかっていて受け入れているような感じだ。そんな三人に、ユーリ達の後ろで控えていたカロルが、もう!と口を挟む。

カロル「重要な話なんだよ!そんな適当で良いの!」

(オウ)(ラル)(ビル)の長「いいんだよ。ハリーがそこで判断したことに文句をいうつもりはねぇ」

()()()()()の一人も、うむと頷いていた。信用からなるものだったのか……と、レナは思った。

ユーリ「ならそれでいいさ。じゃあ天然殿下の都合がついたらまた来る」

わかった、とハリーは頷いた。

 次に、ユーリ達はノードポリカに向かった。今、首領(ボス)をやっている、ナッツに事情を話す。こちらは案外すんなりといった。

ナッツ「承知した。じゃあ、そちらの手配がつくまで待ってるとするよ」

エステルは、ありがとうございますとお礼を言った。ナッツはそのままギルドでの仕事に戻っていく。

レイヴン「ナッツ、話が早くて助かるわ」

リタ「あっさり了承したわね」

ジュディス「彼は世界の移り変わりを目の当たりにしているようなものだから、囚われない心を持っているのね」

感心したように彼女は言う。

カロル「ユニオンと戦士(パレス)()殿堂(ラーレ)も、もっと仲良くなれるかな」

レナ「なれるよ。だって、同じギルドなんだから」

エステルがそうですねと同意する。

エステル「今はわだかまりを捨てて力を合わせるべき時ですから、きっと仲良くなれます」

パティ「のじゃ、いがみ合った後にこそ、お互いを深く知ることができて、真の友情が生まれるのじゃ。うちらが海の上の架け橋になるのじゃ!」

カロルは、そうだね!と元気よく言った。

リタ「あとは天然殿下ね」

エステル「フレンたちのところに戻ってみましょう。進展があったかもしれません」

ユーリ達は一度、フレン達の所に戻った。

 少し留守にしていた間に、野営のような街だったのが家が数軒出来ておりすっかりと街らしくなっていた。その様子に、唖然てしてユーリは、すげぇな、と感心する。

エステル「短期間で街がここまで……信じられません」

それは、他のみんなも同じようだ。

レイヴン「どうやら魔法じゃないみたいよ。ホレ」

レイヴンの視線の先には、疲れきった顔で眠る人達がいた。

リタ「完徹で燃え尽き〜、ってかんじ」

ジュディス「騎士団も頑張って戦ったようね」

ジュディスの目線の先にも、同じように眠る騎士達がいた。

カロル「みんなで力を合わせたらこんなことさえできちゃうんだね」

パティ「人は、いざという時、釣り糸を引くシイラのごとくすごい力を発揮するのじゃ」

レナ「そうだね、この状況をみたら、人の力って侮れないよね」

広間で見て回るユーリ達のところに、フレンとカウフマンがやってくる。

カウフマン「どう?お気に召して?」

ユーリ「正直、脱帽だ」

フレン「ユーリ、どうだい?そっちの方は」

ユーリ「ああ、話つけてきた。あとは殿下の都合がついたら迎えに行くと伝えてある」

フレン「わかった。殿下にも連絡がついたよ。来ていただける事になった。船でこちらに向かわれている」

話を聞いていたジュディスが、まぁのんびり屋さんねと言った。

ジュディス「バウルにお願いして連れてくるわ。ハリーもナッツも、ね」

レナ「いいの?バウル、怒らない?」

少し驚いた表情で首を傾げるレナに、ジュディスはにこやかに言う。

ジュディス「一刻を争うんでしょう?バウルもわかってくれるわ」

フレン「そうしてもらえると助かるよ」

ジュディスは頷くとバウルの元へ行った。

フレン「……もう時間は残されていない」

エステル「ついに世界の首脳陣が集まるのですね」

カロル「あとはわかってもらえるかどうかだね」

パティ「とことん話しあってそれでもダメなら、殴り合いなのじゃ」

レナ「みんな、色んなことを乗り越えてきた人たちだから、大丈夫だよ。きっと分かってくれると思う」

 

 ジュディス達を乗せたバウルが街に戻り、厳粛な雰囲気の元話し合いは行われた。一通り、ユーリ達からの話が終わる。

ナッツ「精霊……星喰み……デューク……」

カウフマン「世界中の魔核(コア)を精霊に変える……」

ヨーデル「……途方もない話ですね……」

今は理解することだけで精一杯といった形だった。

ユーリ「信じがたいだろうけがな。これが今オレたちのぶつかってる現実だ」

フレン「魔導器(ブラスティア)がこの世からなくなる……結界もなくなる。大混乱になるな」

レイヴン「でなきゃデュークか星喰みにやられて一巻の終わり」

レイヴンの言葉にハリーは頷く。彼はもう受け入れているようだった。

ハリー「選択の余地はないが……果たして受け入れられるか?」

ハリーは下を俯く殿下を見つめる。

エステル「誰も破滅の未来を望んでいないと思います。つらくても生きていれば前に進めます」

レナ「そう、だって人間は支え合うことができるから」

カロル「うん。だからボクたちはやるんだ」

三人は殿下の答えを覚悟の灯った目で待つ。少しの沈黙、ヨーデルはみんなの意見を聞いて口を開く。

ヨーデル「……人々の混乱を防ぎ、明日へ導くのは帝国の務め。今こそ人々の治世を敷く時なのですね」

どうやら話を受けいれたらしい。

フレン「我々も忙しくなりますね」

ヨーデルはフレンに頷く。

カウフマン「人々の生活基盤を整えて魔導器(ブラスティア)に代わる産業の確立……燃えるわね」

次のことを考え始めているようだ。

ナッツ「結界なしで魔物を退けるための方法も考えなければ」

ハリー「傭兵ギルドや魔狩りの剣だけじゃまかなえねぇしな」

ヨーデル「騎士団の再編をギルドと合同で行うというのはどうでしょう?」

カウフマン「おもしろい試みだけど、すんかりいくかしら?」

ユーリ達は様子を見て、大丈夫だろうと会議から抜けた。

 

フレン「最後まで立ち会わないのか?」

外に出たユーリ達を、フレンが引き止めた。

ユーリ「ああいうのはオレらの仕事じゃねぇだろ」

リタ「そうそう。お偉いさんがまとめれば良いんじゃない?」

ジュディス「彼らが思うよりも人々は今の生活から離れなれないと思うけれど」

レナ「そういうことを整えるのが、あの方達の仕事。私たちの仕事は……」

ユーリ「星喰みをぶっ潰してデュークのヤツを止める事」

パティ「うむ、うちらにはうちらの出番が待っておるのじゃ」

そうかと、フレンは頷いた。

ユーリ「すまねぇな。面倒なことは全部おまえらに回しちまって」

そんなことは無いとフレンは言う。

フレン「こっちの台詞だ。いつも一番つらいところ君たちに任せてしまってすまない」

カロル「さぁ、ボクらもがんばらなくっちゃ!」

カロルは気合を入れる。

リタ「でも世界中の魔核(コア)にアクセスする方法が……」

ウィチルが、それなんですけど……と口を挟む。

ウィチル「アレクセイやバルボスの残した研究成果の中に、魔導器(ブラスティア)間のネットワークを構築するみたいな記述が……」

リタはバッとウィチルに振り向く。

リタ「本当!?それ今どこにあるの!?」

ウィチル「えっと、僕の私物と一緒に運んできました」

リタはウィチル達が使っている家に駆け出していく。

ウィチル「あ、ちょっと、ねぇ、人の荷物勝手に見る気ですか!?」

と、ウィチルは慌ててリタを追いかけた。

エステル「あ!わたしも行ってきます」

エステルは二人を追いかけていった。

レナ「……行っちゃったね」

パティ「相変わらず、凜々(ブレイブ)()明星(ェスペリア)は賑やか……うんにゃ、うるさいのじゃ」

パティは楽しそうな表情をして言った。

カロル「それがボクらの流儀なんだよ」

レイヴン「少し、望みが繋がったようね」

ジュディス「ええ。あの子がああなったらきっと答えを見つけてくれるわ」

もう見えなくなったリタの背中を見つめながらジュディスは言う。

ユーリ「だな、期待して待っていようぜ」

気がつけば陽が海に入り始め、辺りは夕焼け色に染っていた。ユーリとフレンは街の入口近くに出ていき、他のみんなは休んでいたりやる事やっていたりしている。レナは、発展していく街を見て歩き時間を潰した。ちょうど広間を通りかかった時、ユーリが帰ってきて見つけたエステルが嬉しそうに駆け寄っていたのが見えた。その後ろからリタが、いけるわ!!と興奮気味に言っていた。

リタ「精霊たちと魔核(コア)を直結して励起させるの!その力を精霊を介して明星壱号に収束する。それを星喰みにぶつけるの」

ウィチル「僕が見つけたんですよ」

ウィチルもリタと同じように胸を張っている。

リタ「この装置と各地の結界魔導器(シルトブラスティア)を同期させて、結界魔導器(シルトブラスティア)を中継して周囲の魔導器(ブラスティア)に干渉するのよ」

いつの間にかみんな集まって聞いていたが、カロルには難しかったようで困惑している。

パティ「リタ姐の話が、タコの足よりも難解すぎてカロルが理解しとらんのじゃ」

カロル「今の、パティわかった?」

カロルはムッとして聞くと、パティは首を傾げた。どうやら分かってなさそうだ。レイヴンがやれやれと首を振る。

レナ「……簡単に言えば、魔核(コア)を精霊に変えることができるってことよね?」

リタ「だからそう言ってるじゃない」

エステル「さすがです、リタ!」

尊敬を込めてリタを見つめる。

リタ「問題は時間がないことね。魔核(コア)のネットワーク作るのと、収束する用意は同時にやらないと」

どうするか、とリタは顎に手をついて考える。

ウィチル「ネットワークの構築は僕がします。アスピオからの避難者もいるし」

ウィチルはリタを見上げて、任せてくださいと笑った。

レイヴン「学者たちだけじゃ護衛が必要だろ。魔物も星喰みも結構やばいぜ」

フレン「そこは騎士団がやりましょう」

ラピードと共に帰ってきたフレンが言った。隊長の帰りを待っていたソディアがフレンに歩み寄りながら言う。

ソディア「命に換えても守り抜きます」

カウフマン「足りない分はギルドが援護するわ。技術者だっていない訳じゃないし」

カロルはユーリに駆け寄って、なんとかなりそうだね!と笑ってみせた。

レイヴン「けど……肝心の明星壱号は直ってんの?」

リタ「それはまだよ。筐体(コンテナ)に使える部品がそろってないの。必要な計算は済ませてあるから、あとはそれに適合した部品を見つけるだけなんだけど……」

それなかなか見つからないのだろう。いつから話を聞いたのか、ヨーデルがリタに提案する。

ヨーデル「それならいっそ、新たに作ってしまってはどうでしょう?今ならここにも人も資材も豊富にあるはずです」

カウフマン「あらいい案ね。ネットワーク構築の前哨戦ってとこかしら。どう?」

リタ「確かに……それができるならその方が早いかも」

二人の提案にリタは乗った。

カウフマン「決まりね。あとは人を集めるから詳しい説明をしてちょうだい」

カロル「星喰みに挑む武器を、みんなで作るんだね」

パティ「この街を作ったようにじゃな」

ジュディス「そう考えると不思議な感じね」

リタ「あとは精霊の力が確実に星喰みに届くようにできるだけ近づいて、明星壱号を起動させるだけよ」

ユーリ「つまりあそこだな」

と、ユーリはアスピオの上に浮かぶ建物を見上げた。その場にいた皆が同じように見た。

ジュディス「……タルカロンの塔、ね」

レイヴン「デュークの根城か」

エステルはタルカロンの塔から目を離し、ユーリの方に向く。

エステル「戦うことになるんでしょうか」

ユーリ「どうだろうな。けど、タルカロンをぶっ放させる訳にもいない」

カロル「避けて通れないんだね。あそこに行くのは」

ユーリの隣に移動したレナが、そういうことだね、と頷いた。

リタ「それじゃ、あたしは明星壱号の修理に取り掛かるわね」

ユーリ「頼むぜ。できれば明日には出発したいからな」

その後、皆明日のために休息をとったり準備をしたり気がつけば夜になっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タルカロンの塔

 レナは丘の上で夜空を見上げていた。

レナ(……とうとうここまで来たんだなぁ)

ここまでたくさんの出来事があった。最初、目覚めた時はハルルだった。ユーリたちが言うにはクオイの森で倒れてたんだっけ。どうしてここにいるのか分からなくて、知りたくて、いや知らないといけない気がしてだから旅に出た。気がつけば、ユーリ達と共にエステルを救ったり、果てには世界を救うとこまで行っていた。自分は、異空の子であり、新月の子で、エステル(満月の子)とは対極にある存在なのだと知った。今は、精霊の力を授かった結果、精霊そのものになりつつある。きっと人間である部分は限りなく少なくなっている。

 ふと、空気が揺れて、レナを中心に四つの存在が顕現する。

レナ「……ウンディーネ、イフリート、ノーム、シルフ」

軽く目を見張り、四精霊に目線を向ける。

ウンディーネ「すまぬ、そなたを助けたかっただけなのじゃが」

きっと、私が人間ではなくなることを言っているのだろう、とレナは思う。

レナ「謝らないで、気持ちはわかってるから」

そう、これ以上レナの命を削らないように力をくれたことを、レナ自身もわかっている。

イフリート「その事だけではないのだ」

え……?とレナは彼を見る。ノームは静かにこちらを見ている。

シルフ「いずれ、長い眠りにつくかもしれないのです」

レナ「……長い、眠り……」

イフリート「そなたは聖核(アパティア)から精霊へと変化したのではなく、人間から精霊へと変わりつつある。故に、いずれその力を馴染ます為に眠りにつかなければならないだろう」

イフリートから告げられた話は、長い眠りの中で世界の変化に置いていかれるということで。

レナ「いずれって、いつ?私、少なくとも彼が天寿をまっとうするまでは起きていたい」

ユーリと未来を歩みたいと少女は強く思った。

ウンディーネ「……うむ、我らで何とかしよう。わらわが招いたことなのだ。そなたのその望みは叶えよう」

シルフ「そうですね。安心なさい、第五の精霊となるものよ」

いいの?とレナは不安げに瞳を揺らす。ウンディーネは安心させるように微笑み、四精霊は空気に溶けるように消えた。

レナ(……ありがとう、ウンディーネ達)

心の中でそっとお礼を言って、そろそろ寝ないと、と少女は立ち上がり丘をおりて草原をを経由して街へと帰る途中、草原でユーリに呼び止められた。

ユーリ「……レナ」

レナ「ユーリ……?」

レナ(あれ?エステルと話してるはずじゃ……?)

最終決戦前、ユーリはエステルと話していたはずだ。

ユーリ「こんな所にいたんだな」

レナ「うん、丘の方でね空を見てたの。ここまで来たんだなぁって感慨深くなっちゃってさ」

レナはユーリに近づき隣に立つ。

ユーリ「そうか、今から決戦だからなちゃんと休息とれよ」

レナ「ユーリもね」

にっこり笑ってレナは返した。

ユーリ「……消えないよな……?」

急な言葉にレナはえ?と振り返る。振り返って見た彼の顔はどこか不安そうで、下町の時と同じような雰囲気だ。

レナ「大丈夫だよ。ユーリが生きている間は消えないよ」

安心させるようにレナはユーリの手を握った。

ユーリ「そっか。悪ぃ、弱気になっちまった」

ははっと笑みを浮かべる彼。

レナ「謝ることじゃないでしょ?誰だって大きな物事の前では不安にだってなるよ」

ユーリは、ああと頷く。心のどこかで、カロルみたいなことを言うなとユーリは思った。

レナ「だからね、ユーリが不安に思う度に、大丈夫って言うよ」

ふふっ、私だけの特権だねと、レナは花が開いたように笑った。風に濃色のリボンが揺れる。ユーリは、だなと頷いてレナと共に街へ帰った。

 

―翌朝

 

 仲間たちはもう集まっていた。

ユーリ「よく眠れたようだな」

はい、とエステルが言い、もうぐっすりとカロルが言った。

レイヴン「最初に来たときとはダンチで快適なベッドだったわ」

ユーリ「ああ、随分としっかりした街になったなからな」

周囲を見渡して彼は頷く。

ジュディス「もうここは立派な街なのだから名前をつけないとね」

リタ「それならうちの名付け係の出番ね」

と、エステルを見た。その横で、はいはいはい、とカロルが声を上げる。リタは容赦なくチョップをくらわした。カロルは不服そうに、ぶーと唇を震わせた。

エステル「ええと……雪解けの光って意味の……オルニオン、なんてどうです?」

丁度聞こえていたのだろう、いい名前ですね、とヨーデル殿下とフレンがやってきた。

レナ「殿下にお墨付き貰ったし、決まりだね」

エステルと顔を見合せて微笑んだ。

リタ「そうそう、こっちもできてるわよ」

リタは剣を構えて見せた。

パティ「明星壱号じゃな?」

じっと、剣を見ていたエステルが呟く。

エステル「……これ、ヨーデルの剣、ですね」

カロル「ええ!?そんなの使っちゃっていいの?」

カロルは殿下の剣と聞いて驚く。

リタ「構造といい、大きさといい、ちょうどよかったのよ。これレアメタル製だしね」

なんでもないようにリタは言うと、ユーリに手渡す。

エステル「レアメタル……確か、非常に高い硬度が特徴の希少金属、ですね」

ヨーデル「みなさんが議論しているのを聞いて、この剣のことを思い出したんです。どうせ私は剣はからきしですし、お役に立つなら本望ですよ」

レイヴン「でもなんかもう別物って感じよ」

ユーリは受けとった剣を数振りする。

ユーリ「剣としても使えるな」

カロル「それじゃ、壱号改め、明星弍号だね♪」

にっこり笑って言えば、リタは額に手を当てて、もうなんでもいいわよ……と呆れた。

フレン「いよいよだね」

ユーリ「ああ、今度こそ本当の本当に最後の決戦だ」

フレン「魔導器(ブラスティア)ネットワークの構築は我々に任せてくれ」

ソディア「……いえ、隊長も彼らと共に行ってください」

フレンは驚いてソディアを見る。

ソディア「何があるか分かりません。彼らには隊長の助けがいるはずです」

フレン「騎士団は魔導器(ブラスティア)のことで人々を説得する任務もあるんだぞ」

ソディア「分かっています。人々の協力なくして成功しない。肝に銘じています」

ウィチル「大丈夫です。僕だっているんですから」

フレンはヨーデル殿下に指示を仰ぐように視線を投げると、ヨーデル殿下は許可するように頷いた。

フレン「……分かった。ただし、ソディア、ウィチル。たとえ別々に行動していても俺たちは仲間だ。それだけは忘れないでくれ」

二人は勢いよく頷いた。ユーリとフレンは互いに顔を見合せた。

ヨーデル「魔導器(ブラスティア)と精霊の件は、私たち指導者は納得し、その後の方策を話し合いましたが、全ての人々がこの変化を受け入れるのには時間がかかると思います」

フレン「そうですね……。戸惑う人は大勢いるでしょう」

ヨーデル「ですが、受け入れなければ新しい世界を生きていくことはできません」

ユーリ「ああ、そうだな」

ヨーデル「まずここにいる人たちから話してみます。ただの野原から、このオルニオンという素晴らしい街を生み出した彼らなら……」

フレン「ええ、きっと受け入れてくれるでしょう」

ユーリ「頼むぜ、オレが言ったって誰も聞きやしないからな」

レナ「そんなことないと思うけどね」

ヨーデル「エステリーゼ、それにみなさんも気をつけて」

送り出すヨーデルの言葉にエステルはゆっくりと頷き、ユーリ達はオルニオンから出発するが、様子が気になり、ヨーデル達を入口で見守っていた。ジュディスが大丈夫かしら?と心配する。

ユーリ「あいつらはオレたちを信じて送り出した。オレたちも信じようぜ」

レナは、うんと頷く。

ユーリ「さぁ、オレたちはオレたちの仕事をこなさなきゃな。カロル、締めろ」

少し嬉しそうに、うんと元気よくカロルは返事する。

カロル「みんな!絶対に成功させるよ!凜々(ブレイブ)()明星(ェスペリア)、出発!」

そう呼びかける彼の声に、皆は頷いた。

 バウルに乗り、ユーリ達はタルカロンの塔に着いた。中に入ると、圧倒的な大きさだった。パティは、はえ〜と感嘆している。

ユーリ「すげぇ、でかさだな」

カロル「まさに天まで届けって感じだね」

リタ「こんなのがアスピオの傍に眠ってたなんて、いろんな意味でショックだわ」

フレン「あの周りに展開しているのが、生命力を吸収する術式だろうか」

辺りを見渡したフレンが気づいて言う。リタは、パッと見て、そうみたいねと頷いた。

リタ「まずいわ、結構早く組み上がってきてる」

レイヴン「あまり時間は残されてないってか」

パティ「いいことなのじゃ、時間が差し迫った方が人はやる気になるものじゃ」

カロル「それはそうかもしれないけど、ボクらもやばいんじゃないの?」

ジュディス「確かに全ての人間ということなら影響があってもおかしくないけれど」

ふと、エステルの体が淡く光り始める。ユーリが、エステル?と聞く。

エステル「精霊の力が……私たちを包んでくれています」

光がおさまり彼女はそう伝える。

レナ「うん、私も感じる」

リタ「あの術式より精霊の力が勝っている間は大丈夫なようね」

パティ「その間に、てっぺんまで走って昇るのじゃ」

カロル「星喰みとやる前にばてちゃうよ……」

カロルはちょっと呆れたようにつっこみをいれる。

レイヴン「バウルに乗ってビューって天辺に行く訳にいかないの?」

ジュディス「バウルに影響がないとしても私たちが耐えられ無いと思うわ」

リタ「あんた、塔登るのが嫌なんでしょ」

レイヴン「あったりめぇよ。俺様を誰だと思ってんの」

ユーリ「おっさんには悪ぃが、歩きで登るしかないな」

とほほ……とレイヴンは頭を下に向けた。そんなおっさんに、レナはドンマイと笑った。

フレン「気を引き締めよう」

ユーリ「ああ。何が待ってるかわからねぇ。油断するなよ」

 

―古代塔市 タルカロン

 

 奥に進むと、幾重にも連なった半透明の薄紫色の階段、光の柱、巨大な魔核(コア)のような物、上を向けば果てしなく見える。

ユーリ「すげぇな、これが全部、今まで土の下に埋まってたってのかよ」

フレン「アスピオ周辺で多くの魔導器(ブラスティア)が発掘されたのも、ここがあったからなのかもしれないな」

エステル「古代ゲライオス文明……本に書いてあったものよりずっとすごいです」

リタ「なんだか変な感じね。星喰みに使うってくらいだから、これは兵器なんだろうけど、外からの眺めは都市みたいだった。都市を改造して兵器にしたのかな」

パティ「星喰みと対等に戦うにはこんな大きな街を犠牲にしなくてはならかったのかの」

ジュディス「これだけの規模ならさぞ大勢の人が暮らしていたことでしょうね」

レナ「それが今では、たった一人、彼が全人類を滅ぼすために立てこもってるだけなんだね」

目を伏せがちにして少女は言った。

レイヴン「デュークか……できればやりあいたくないねぇ。やっこさん、人魔戦争の時、すでに大した英雄だった。今となっちゃどれほどの力を身に付けてることやら」

一人、仲間に背を向けて、おっさんは言う。

ユーリ「なぁに。デュークとケンカする前に星喰みを倒しちまえばいいんだよ」

ニヤッとユーリは笑う。

カロル「そうすればデュークだって人間を犠牲にする理由はなくなるもんね」

そうだといいけどねぇ……とレイヴンはため息を着く。

レナ「そうね、この世界に人間が要らないと思っているような人だし、星喰みを倒したからって簡単に諦めそうな気はしないね」

と、レイヴンの意見に同意した。皆は、黙ってしまった。

リタ「まぁとりあえずこの話は置いといて、先進むわよ」

リタは階段を登り始める。それに仲間たちは続いた。

 

 上まで来たような雰囲気を感じ取り足を進めると、大きく開けた場所に出た。そして、聞いたことのある、正直にレナにとっては存在をわすれかけていたあの人、ザギが立ちはだかった。しかし、その体は魔導器(ブラスティア)が半分ほど占めており、待ちかねたぞというその声は機械のようなノイズ混じりだった。

ザギ「どこに行こうってんだ?おまえにはオレが居るだろう?」

フレンは一目見て、あいつは!と声を上げる。

ジュディス「生きてたのね。信じられないしぶとさ」

少し怒っているのか語気が強い。

パティ「こんな高いところまで疲れたじゃろう。わざわざご苦労さんじゃの」

ユーリ「ホントにしつこい野郎だな。何度も言わせるなっつったろ?てめぇに用はねぇんだよ」

苛立ち紛れに吐き捨てると、ザギを睨む。

ザギ「世界を救うため、か?くっくっく……急がないと世の中ぐちゃぐちゃだからか?」

カロル「わかってんなら邪魔しないでよ!」

ザギ「おいおいおいおいおい!だからこそ意味があるんだろうが!」

リタ「こいつ……何言ってんの?」

ザギはこいつを見な!と、左腕を上げる。魔導器(ブラスティア)によって補われているそれは禍々しいオーラを放っていた。

ザギ「この先の封印式の構成式よ。つまり、この腕をぶっ壊さない限りこの先には進めねぇなぁ」

上に続く階段のその先に、渦巻くように術式が行く手を邪魔している。

フレン「なんてことを……」

ユーリ「てめぇ……」

ザギを見る目がさらに鋭くなった。

ザギ「クハハハハハ!ユゥゥリィィィ!世界とやらを救いたければオレとのぼりつめるしかないみたいだぜぇ?」

面白くなってきた、と言わんばかりにザギはニヤニヤ笑い、前のめりになる。

エステル「どうして!なぜこんな無意味なことを!」

ザギ「無意味?無意味だと?意味ならあるだろうが!この方が本気(マジ)()れるだろう?」

ユーリ「ザギ……ここまでイカれたやろうだっとはな。いいぜ。ケリつけてやる」

ユーリは剣をぬき構える。レナ達もそれを合図にして武器を構えた。

ザギ「はーっはっは!怒れ!もっとだ!もっと昂ぶれ!本気(マジ)で来い!でないと……のぼりつめられないからなぁぁぁぁ!」

興奮状態のザギはそのまま、ユーリに突っ込む。ユーリはザギの攻撃を剣でいなし、バックステップを踏んでから再び突っ込んでくるザギに『爪竜連牙斬(そうりゅうれんがざん)』をぶつけた。ユーリから繰り出される斬撃と蹴りを愉しそうに受け止めつつ隙を見てザギは攻撃する。まさに互角。しかしそれは、ユーリだけでの話だ。エステルは補助魔術をユーリにかける。リタは、『ファイアーボール』でザギの気をそらし、レイヴンが続けるようにして『土竜なり』を放ちザギのバランスを奪う。足元を邪魔されたザギはよろけながらバックステップを踏み、そこをジュディスが『旋月刃』でさらに後ろに飛ばす。咄嗟に受身を取るが壁に激突するザギ。

ザギ「ぐっ……はぁ、まだだ、もっと、もっとだぁ!」

立ち上がるとザギは再び武器を構えユーリの方へかけ出す。凄まじいスピードにその進行を邪魔することは出来ない。一直線にユーリに向かい、振り下ろされる武器をユーリは剣で受け止める。『三散華・追蓮』を繰り出しザギに拳を食らわすと剣で二回斬っていき、一旦後ろに下がったユーリと入れ替わるようにフレンが『瞬迅剣』でザギを突きそのまま繋げるように『秋沙雨』を放った。高速の突きにザギの体に細かい切り傷が出来ていく。パティは愛銃をザギに向け『トリガーチューン』という技で撃った。一、二発避けるが、三発目は食らってしまうザギ。クソがっ!悪態をつきザギの闘気が急激に高まる。

レナ(!……秘奥義がくる?!させない!)

レナ「茨よ、戒めとなれ!……ローズバインド!」

ザギの体に茨が動きを封じるように絡みつく。

ザギ「こんなもので、オレは止まらねぇ!」

ブチブチと茨を無理やり引きちぎった。

レナ(っ止められない!)

ザギ「……魔導光天陣!!」

天井に術式が浮かび、そこから赤い雨のような光弾が、ユーリ達に向かって降り注ぐ。避けることに集中していたユーリ達はザギの攻撃を避けられない。エステルはザギの攻撃を盾で受け止めるが、力の差に後ろに弾かれ光弾に足を撃ち抜かれる。そのまま転けるように倒れる彼女を見て、エステル!と叫んだリタに赤い光線の中素早い動きでザギは近づき一撃をくらわせる。ハッとしたリタは、直ぐに避けようとしたが身を躱すことも出来ずもろに受けてその勢いのまま近くの壁にぶつかる。なかなかに密度のある光線を避けながらジュディスはザギに攻撃を仕掛けるが、簡単に軽々と彼は避け、ジュディスが目の前を走った赤い線に気を取られた瞬間、ザギはその隙を見逃さず回し蹴りを横っ腹に入れた。ジュディスは目を見開いたと同時に受身を取りつつも床に転がる。その間、一、二分の出来事だった。レナは雨のように降る赤い光弾を避けながらその状況に焦りを覚える。ユーリもフレンもこのままではまずいとザギを止めようと駆けるが、未だ展開されているザギの秘奥義に翻弄されいた。止まることを知らないザギは、今度はジュディ姐!と駆け寄ろうとするパティに向かって走る。足音で気づいたパティは臆することなく愛銃を構えてザギにパンッパンッと狙い撃ちするが、蛇行しながら走る彼には掠りはするが当りはしない。ザギの『魔導炎爆衝』で一気にゼロ距離になった時、パティが後ろに身を引いたと同時にザギは、手から発生した光をパティに向けて放った。パティは受け身をとるが後ろに吹っ飛ばされてしまう。パティ!とカロルが叫び、体格の小ささを活かして光線を避け切るとよくもっ!と上に飛んでカロルは『烈震ドロップ』をザギに放った。技を使ったばかりだったザギは反動で動けなかったのかもろにくらっている。そうしてやっとザギの行動が止まる。その隙をレイヴンは鷹のように逃さない。レイヴンが『インヴェルノ』を発動させ、ザギを巨大な氷柱に封じる。氷を壊すのには少し時間がかかるだろう。やがてザギの秘奥義も収束し光弾がやむ。見渡せばパーティーの半分がやれている状況だった。ユーリ、フレン、レイヴンは今のうちに体勢を整える。レナは見渡して、素早く治療の優先順位を決める。

レナ(この状況で一番酷いのはリタだね、順にパティ、エステル、ジュディスかな)

少女はリタに駆け寄る。痛みに顔歪ませ、固く目を閉じている彼女は、意識はあるもののどこか折れていそうだとこれまでの経験からレナは推察した。次に、パティだ。こちらもリタと同様で痛みが強いらしい。気丈な表情をしているが、辛そうだ。ジュディスは横っ腹を押えてはいるが、軽傷に見える。エステルは足を撃ち抜かれていたが、自分で治したのかほとんど傷は浅くなっていた。これならば、と少女はリタを中心に治癒術を発動させる。

レナ「瞳を閉じし者、鼓動の旋律を奏でよ……リジェネレイト」

少女の治癒術によってリタの傷が治っていき、同時に範囲内にいたパティ、ジュディス、エステルも完全に治していった。先程よりも表情がやわらいだリタの呼吸も落ち着いてきた。

レナ(よし、あとは全体に…………まずいっ)

レナが周りを見渡した時、氷柱に亀裂が入る。ピシピシと砕け始める氷にザギが動き始めるということを示していた。バキンッと氷が舞い、ザギはユーリに駆け出した。難なくユーリはザギの攻撃を受け流す。

レナ(はやくっ!)

レナ「天の遣いの姫君よ、その壮麗たる抱擁の力を……ナイチンゲール」

半ば早口で詠唱する。慈愛の天使が顕現し、ユーリ達を包み込む。

レナ(これで、大丈夫なはず)

ダメージの回復は十分。問題は、ザギの無力化だ。元気に剣を振るって戦うザギを見る限り、大技でもぶつけないともう止まることはなさそうだとレナは感じる。

レナ(どうしたら……。!っそうだ、ずっと考えてたあの大技、一か八かやってみるか……)

今まで術技を使うことに対して負担がデカすぎた彼女は、秘奥義を使ったことがなかった。使えば命を落とす可能性すらあったからだ。しかし、今なら、精霊に変わりつつあるこの体なら、もしかしたら耐えられるかもしれなかった。この際迷う暇があるのならやってしまったほうがいい、と覚悟を決めた少女はイメージと詠唱に入る。レナの闘気が高まっていることに気づいたザギが、面白そうなことしてんなぁ!!と叫びながらレナに斬りかかる。レナはハッとして身構える。が、ザギの剣は近くにいた剣でフレンが受け止めた。金属音が響く。

フレン「大丈夫だ……フォローする。構わず、集中してくれ」

その声にレナはこくりと頷き、術式の組み立ての続きを始める。剣を受け止められたザギは明らかに苛立ちを滲ませていた。そこに、リタが放つファイアーボールが来る。舌打ちをしながらザギはバックステップを踏んで避ける。その間にレナは集中して術式を組み上げていく。

レナ(光……貫く……闇……)

白み帯びていた術式に、紫色が混じり始めた。その様子を見ていたリタは、あの子何発動させようとしてるの……?と困惑が混じった目をしていた。

レナ(捕らえて……穿つ……)

レナはイメージを鮮明に持ちつつ瞼を開ける。一点にザギを見た。ザギはニヤリと笑っている。背筋がゾクリとする感覚をレナは受けるが、しっかりしろと心の中で鼓舞した。少女は口を開き、頭の中をイメージを言葉にのせた。

レナ「……縋り付く陽炎の幻影……」

唱えた瞬間にレナを中心に術式が展開し、ザギの足元に同じ術式が浮かぶ。ザギの方の術式から揺らめく影の手が彼に縋り付くように動きを封じていく。ザギは剣を振って、影の手を斬り裂こうとするがまるで空気を斬るようにするりと抜けて影を裂くことが出来ない。

レナ「……(そら)に輝く九の夢見鳥……」

そのままレナはザギに向かって手のひらを突き出す。するとザギの頭上に、九頭の光り輝く蝶が一頭ずつ顕現し、クルクルと旋回し始めた。

レナ「今此処にかの者に天誅を……!影縛光蝶乱舞(えいばくこうちょうらんぶ)!!」

レナが術式名を叫び、ギュッと突き出した手を握ると同時にうねうねとしていた何十本もの影の手はピンと糸が張るようにしっかりとザギを掴み、蝶はそれを狙うように光線となってザギに突っ込む。逃げる隙もない大技をもろにくらった彼は、呼吸を乱してその場に膝をついた。

レナ「……できた……」

少女はひとまず初めて秘奥義を失敗もなく発動出来たことに安堵する。

ザギ「くくく、痛みがねぇ、全然ねぇ。おお?体が動かねぇな。なんてヤワな体なんだ。次は体も魔導器(ブラスティア)に変えてこよう。そうすりゃ、もっと楽しめる、そうだろう、ユーリィ?」

痛覚が麻痺しているらしい。動かせない体に悪態をつく彼に、戦いしか見えていないのね、と少女は哀れみの目で見た。戦いにしか意味を見いだせなかった彼は痛々しく見えて、ジュディスは、魔導器(ブラスティア)を壊していた時の自分が今もあのままだったら……と考えて眉を寄せた。

ザギ「ひっひっひ、あーはははは……」

楽しそうに笑う彼に、ユーリは歩いて近づく。何かを察したフレンが、ユーリ!と止めるように名前を呼ぶと同時に、ユーリはザギにトドメをさした。

ユーリ「地獄でやってろ」

静かにそう言って、あわれむような目でザギを見た。斬られた反動でザギは後ろにフラフラとよろつき、壁と床の間に空いていた隙間から足を踏み外して落下した。レナは下に遠くなっていく彼をじっと見つめていた。

レナ(……次の生では、彼の理解者が現れますように……)

少女は胸の前で手を握り、黙祷を捧げた。

ジュディス「人から理解されず、戦いに無理矢理意味をつけて……哀れな人」

レイヴンがユーリの横に来る。

レイヴン「あれでもその筋じゃ結構、知れた名だったんだけどねぇ。おたくらと関わってから、なんだか妙なことになってた」

エステル「あの人、本当に戦いを楽しんでるみたいでした。ユーリとなら本気で戦える、そう思ったんじゃないでしょうか?」

カロル「それってユーリくらいしか本気で戦える人がいなかったってこと?」

ユーリはザギが落ちた所から背を向けた。

ユーリ「知るかよ。あんないっちまったヤツのことなんざ」

レナ「……彼はその生き方しか分からなかった。過ぎてしまったことを考えてもどうにも出来ないことだよ」

パティ「んじゃ、力をもてあましたヤツの成れの果て、じゃの」

重たい雰囲気を消し飛ばすようにつとめて明るい声でレナは促す。

レナ「ほら、私たちはやるべきことがあるでしょ?前に進もう?」

ユーリ「……だな。つまんねぇ事で時間をくっちまった。行こうぜ」

ふと、レナがジュディスに目を向けると、交信しているようだった。何かあったのかとユーリは声をかける。

ユーリ「バウルがどうかしたのか?」

ジュディス「大丈夫、外の様子を聞いてただけ」

リタ「生命力吸引の術式、どれくらい組み上がってる?」

ジュディス「バウルは術式のことわからないから」

すこし申し訳なさそうに彼女が答えれば、リタはそうよね……と頷いた。

ジュディス「バウルには自分の判断で動いてって伝えておいたわ。私たちも先に、ね?」

カロル「うん、急ごう」

上に進むと、とても長い階段がユーリたちの前に現れた。階段の先には光が漏れている。ユーリたちは、階段に近づいた。

フレン「どうやら、この上が頂上みたいですね」

ユーリ「ここが正念場だな。みんな、覚悟はいいか?」

リタ「とっくに出来てるわよ」

カロル「うん。ボクたちがやらなきゃいけないんだもん」

パティ「ここで逃げたら、今晩の食事がまずくなるのじゃ」

レイヴン「そゆこと、おっさんもさすがにがんばっちゃうよ」

エステル「わたしたちを信じて待っている人たちのためにも必ず星喰みを倒します!」

ジュディス「フェローやベリウス……始祖(エンテ)()隷長(ケイア)たちの想いのためにも、ね」

レナ「みんなで未来を紡ぐために」

ラピード「ワン!」

皆それぞれ、覚悟をしっかりと持つ。ユーリとフレンは顔を見合せて、頷く。

ユーリ「行こう!」

長い階段の果てにデュークが居た。流れる水の音が清浄な空気をつくりだしている。デュークは、祭壇のような広間に立ち、その前には術式が展開されていた。ユーリたちはデュークに近づく、その足音で気づいたデュークが少しだけ振り返った。

ユーリ「デューク、オレたちは四属性の精霊を得た。精霊の力は星喰みに対抗できる」

エステル「もう人の命を使って星喰みを討つ必要はありません!」

デューク「あの大きさを見るがいい。たった四体ではどうにもなるまい」

デュークは星喰みが居る空を見上げた。

リタ「四体は要よ。足りない分は、魔導器(ブラスティア)魔核(コア)を精霊にして補うわ」

カロル「世界中の魔核(コア)だもん。すごい数になる はずだよ」

レイヴン「ついでにおたくの嫌いな魔導器(ブラスティア)文明も今度こそ終わり。悪い話じゃないでしょ?」

デューク「……人間たちがおとなしく魔導器(ブラスティア)を差し出すとは思えん。それとも無理矢理行うのか」

パティ「無理矢理なんてしないのじゃ!」

ジュディス「人々が進んで応じるなんて、信じられないのかしら?」

デューク「一度手にしたものを手放せないのが人間だ」

レナ(やはり簡単には分かって貰えないよね)

ユーリ「……分かってくんねぇか……だけど、オレたちはオレたちの選んだ方法で星喰みを討つ。もう少し、待ってくれねぇか?」

ユーリは目の前にある祭壇に続く階段の前まで歩く。

フレン「僕たちは、人々の決断を、そして僕たち自身の決意をむにしたくないのです!」

続いてフレンが訴えた。

デューク「……それで世界が元に戻るというのか?」

リタは元にという言葉に疑問を持った。

デューク「始祖(エンテ)()隷長(ケイア)によりエアルが調整され、あらゆる命がもっとも自然に営まれていた頃に戻るのか、と聞いている」

リタ「そ、それは……」

デュークの声の圧に彼女は身を後ろに退いた。デュークのいう元に戻るとは、ユーリ達が行おうとしているものとは真逆のもの。デュークの望むような結果は得られないとリタは分かっているからこそ、言葉につまる。

デューク「おまえたちは人間の都合の良いように、この世界を……テルカ・リュミレースを作り替えているにすぎん」

リタをフォローするようにエステルが進みでる。

エステル「世界が成長の途中だとは考えられませんか?始祖(エンテ)()隷長(ケイア)たちは精霊になることを進化だと捉えています。同じようには考えられませんか?」

デューク「……彼ら始祖(エンテ)()隷長(ケイア)の選択に口を挟むことはすまい。だが、私には私の選択がある」

ユーリ「分かってくれねぇのはそれをやろうとしているのオレたちが人間だからか?」

レイヴン「人間が信用出来ないからって放っておいて、手遅れになったらいきなり消そうとするってどうなのよ!?」

デューク「……おまえたちはこの塔がどういうものか知っているか?もともと都市だったタルカロンを古代人は自ら兵器に変えた。始祖(エンテ)()隷長(ケイア)を滅ぼすために!」

その言葉に、ユーリたちは目を見張る。

デューク「あくまで魔導器(ブラスティア)の危険を認めようとしない古代人にとって、魔導器(ブラスティア)を攻撃する始祖(エンテ)()隷長(ケイア)は邪魔でしかなかったのだ」

静かな怒りを感じた。

カロル「そしてエアルの乱れにより、異空の子が呼び出されたけど……」

レナ「それも虚しく星喰みが出現した……」

二人はそうやって古代の出来事は引き起こされたのだと理解する。

デューク「そうなって初めて人間は始祖(エンテ)()隷長(ケイア)の言葉に耳を傾けた。今の世界は多くの犠牲の上にある。なのに人間はまた過ちを犯した。必ずまた繰り返すだろう。どうしようもないところまで世界を蝕み、他者を巻き込み、自分たちの存続のためだけに世界のあり方まで変えようとする。そんな存在こそ、星喰みをも凌駕する破滅の使徒だ」

他者を巻き込みと言った時、デュークはレナを見ていた。




夢主の秘奥義やっと出ました。出すまで長かった……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終結・その先

 デュークの話を仲間と共に聞いていたフレンが、口を開く。

フレン「……それがあなたが人間を滅ぼそうとする理由なのですか」

デューク「私は友に誓ったのだ。この世界を守ると」

エルシフル、ね……とジュディスが、シルフから聞いた友の名を言った。

デューク「……クロームから聞いたか」

レナ「ええ。クロームは、あなたを止めてほしいって言ってた」

ピクリとデュークの体が僅かに揺れる。

エステル「彼女もわたしたちの話を聞き入れてくれて精霊に転生しました。だから、どうか一緒に……」

胸の前で手を組み願うように彼女は言った。

デューク「……ふざけるな。始祖(エンテ)()隷長(ケイア)がその使命を放棄するというなら、私が引き継ぐ。お前たちの手段を待つまでもなく、私がこの術式を完成すれば世界は救われる」

ユーリ「デューク……やめるんだ!」

デューク「このまま人間が世を治めていけばかならず同じ過ちを繰り返す。そうなれば人の心は荒み、より辛い未来になるのではないか?」

エステル「例えそうであっても自分たちで選んだ道です。傷ついても、立ち止まっても、諦めなければ、また歩き出せるはずです!」

リタ「そうよ。間違ったり失敗したりするのを怖がってたら、新しいことなんて何もみつからないもんね。それに、あたしたちはあんたみたいに勝手に決めつけてこの道を選んだんじゃない。みんなで決めたよ」

カロル「うん。一人じゃ難しいのかもしれない。でもボクたちは一人じゃないんだ。一人で出来なかったらみんなでがんばる。そうやって歩いていけるって事に気付いたんだ。だから!」

パティ「のじゃ。一人で出した答えはいつか必ず行き止まりにぶち当たる。でも、みんなで船を漕げば、どんな風でも嵐でも、いつか海を越えられるのじゃ」

デューク「心が繋がっている者同士はそれでいいのだろう。だが、必ず辛い未来を受け入れられぬものがいる。それがわからぬおまえたちではないだろう?」

ジュディス「そうね。厳しいけど、それが現実でしょうね。けど、変わろうとしていくものを受け止め、考え、また変わっていく。人も世界もね、ね。だから何年…何十年…何百年かかったとしてもいつか受け入れてくれる、今はそう思えるわ。だって、それが生きるという事なのだから」

フレン「変化とは痛みを伴うもの。でも、それを恐れていては前には進めない……。誰もが同じように進める訳じゃないというのなら、僕らがそれを支えます。そのための騎士団、そのためのギルドです」

レイヴン「んだな。守らなきゃならないもんは確かにあるだろうが……、おっさん、次の時代に生きる奴らの将来(さき)見てみたいわ。馬鹿どもが変わっていくのを先にいっちまった奴らの代わりに、さ」

レナは前に進み出た。

レナ「人間は過ちを繰り返す生き物。だけど、その度に乗り越えて、より逞しくなっていく。たとえ道に迷ってしまったって、きっと希望を見つけて歩き出していく。私は、いつだってそう信じてる」

皆それぞれ、デュークにおもいをぶつけた。デュークはレナを見つめる。

デューク「新月の子よ……なぜ、巻き込まれた身でありながら邪魔をする」

レナ「最初は何故この世界にいるのか、戸惑いばかりで、ここにいるとい実感もなかった。夢を見ているような感覚で……。だけど、皆と旅をしていくうちに、ここで生きているという実感が湧いて、この世界に住んでいる人達の事が愛おしく思えた。だから、私は守りたい」

少女にとって、この世界は元々ゲームの世界だった。しかし、ユーリ達と旅をして、この世界の人たちと関わりを持つことでただのゲームの世界では無くなった。ポリーたち子供の未来を、オルニオンの未来を、ギルドや騎士団……全ての未来を守りたいと思えるほどに、愛しいと。この世界は愛しいと少女は感じたのだ。

デューク「人間たちは変わることは無かった。その人間たちのために代々の新月の子は犠牲になった。それでもか」

それは事実。しかし、ただ犠牲になった訳では無い。彼らだって未来を見据えていたのだから。

レナ「彼らは犠牲になったんじゃない。ずっと先を次代の新月の子に託してきたの。今代の私で、世界が呼ぶことはなくなる。それが、あなたを止める理由よ」

少女自身が、最後の新月の子である事を見えているからこそ分かる。だからこそ、デュークの方法は止めたい。

デューク「……やはり分かり合えぬか。残念だ。」

デュークの前に展開していた術式が消え、彼は剣を握っていた。レナ達は武器を構える。

デューク「……さぁ、来るがいい!」

ユーリの剣とデュークの剣が交わる。戦いの最中、分かり合えるはずだとユーリ達は説得を諦めなかった。

ユーリ「オレたちが星喰みを倒すのを邪魔しないでくれ、デューク!」

キンっ、キンっ!と刃どうしが当たる音を響かせた。

ジュディス「始祖(エンテ)()隷長(ケイア)もクリティアも同じ道を選んだの!」

デューク「私がそれに賛同する道理は無い」

ジュディスの槍を受け止めながらデュークは拒絶する。

リタ「この石頭っ!どうして、どうして分からないのよ!」

リタの叫びに、一瞬デュークの動きが鈍った。そこをレナは、ダガーナイフで斬り込む。

デューク「なるほど犠牲ではなく、先を繋ぐために残したものか」

レナ「あなたのその覚悟も強いと思うよ」

レナ(あなたは、強い。友のために、友との約束のために、そう、あれるのだから)

デューク「おまえには、この先に何が見えている?もし知れたなら、違う道を歩んでいたのかのしれぬ」

レナ「言うことは出来ない、伝えることは禁忌だから。けど、違う道を歩むのなら今からでも遅くは無い」

デューク「いや、もう遅い。この空に星喰みが覆ったとき、私の道は決してしまったのだから」

デュークはレナに背を向ける。

レナ「っデューク!」

レナがデュークに手を伸ばし名を呼んだと同時に、デュークは剣を床に突き刺した。剣を中心に赤い光がデュークを包む。

デューク「世界の永続にとって最善の道、それは世界を自然な形に戻すこと……それが私の選んだ道!私はそれに殉じる。友よ!力を!!」

赤い光が弾け、天へと登る。そして四方にあった石に光が当たる。石が中心に光で繋がる。辺りを眩いほどの光が埋めつくし、床も輝いている。術式が床に拡がる。光が収束し姿を変えたデュークが現れた。デュークを止めるため、ユーリたちは立ち向かう。その途中、旅の最中に集めた間装具がひとりでに動き始める。ユーリは目を見開き、エステルはなんなんです!?と驚く。宙に浮かぶデュークの元に、魔装具が囲むように浮かんだ。再びデュークは光に包まれる。

デューク「まさか……これはスパイラルドラコの……」

ジュディス「魔装具が(デイ)()戎典(ノモス)と共鳴してる?!それにあのデュークを包む光……!」

リタ「(デイ)()戎典(ノモス) とタルカロンの機能が魔装具の力を解放した!?……そんな!」

ありえない事象に、ジュディスとリタは焦りの表情を浮かべた。やがて光が弾け、世界の色が反転する。

レイヴン「なんてこった……!」

フレン「あれが魔装具の真の姿……!?」

カロル「さっきまでとは全然違うよ!」

パティ「これはちょっと歯応えありそうじゃの」

さっきと姿の違うデュークに皆は驚く。

デューク「このお互い引けぬ一戦において古の始祖(エンテ)()隷長(ケイア)の王も私に味方してくれている……!それが……世界の意思、テルカ・リュミレースの意思だからだ!」

反転していた色が戻り、魔装具がユーリたちの元に帰る。

レナ「例えそうであっても、私たちもそれを認めることは出来ない!」

ユーリ「自分の正義は自分で決める。あとはこいつで白黒つけるしかねぇだろ」

ユーリは再び剣をかまえる。

デューク「どうあっても受け入れないというのだな。……それもよろかろう」

デューク「この一戦、世界のために!」

デュークとの戦いは凄まじいものだった。お互いにひけぬ意思が、力を強くする。デュークはかつて誓った友との約束……世界を守るために、ユーリたちは犠牲なく世界を救うために。パティが最初に秘奥義を放った。『サモンフレンズ』で召喚されたサイファーがデュークに向かって攻撃していく。デュークは同じように『サモンフレンズ』でサイファーを召喚して相打ちさせる。続けてフレンが、『炎覇鳳翼翔』をデュークにぶつける。炎の鳥が舞い上がった。デュークはまた同じように『炎覇鳳翼翔』をぶつけて相殺。『煌華月衝閃』で雷を纏った槍を持ったジュディスはデューク目掛けて突き刺したした……思っていたが、デュークはそれを、『煌華月衝閃』で受け止める。それを見越していたレイヴンが、『ブラストハート』を放ち、その膨大なエネルギーがデュークを襲うが地上に降りた彼は、『ブラストハート』でほぼなかった状態にする。まだまだ、とリタが詠唱する。布のはためく音ともに術式が構築された。

リタ「万象を為しえる根源たる力……太古に刻まれしその記憶……我が呼び声に応え、今ここに蘇れ!エンシェントカタストロフィ!!」

四つの術式から放たれたエネルギーが、一点にデュークを襲う。しかし同じようにデュークは『エンシェントカタストロフィ』を発動した。嘘っ!とリタは身を引く。続いて、ラピードが『斬!』で突っ込むが、デュークも同じ技で受け止める。カロルがボクも!と、『豪覇連刃インパクト』でいくつもの武器をデュークに投げつける。デュークは、飛んでくる武器たちを『豪覇連刃インパクト』と同様の武器をぶつけた。ユーリが『漸毅狼影陣』で素早い動きでデュークに剣を振るう。デュークも『漸毅狼影陣』でユーリの剣を弾き、お互い凄まじいスピードで金属音が響いた。ユーリは舌打ちをして一旦距離をとる。そしてエステルが最後に『セイクリッドブレイム』を放った。仲間たちの回復とデュークに光のダメージを負わせる。レナは背中に冷や汗を流し、一人焦っていた。

レナ(まずい……!順番が違うけど、これは、あの技が来る!)

デュークはダメージなど受けていないかのように、翼のようなものをひろげて、上に飛ぶ。

デューク「汝らの写し身!我が掌中にあり!……散れ!凜々(ブレイブ)(・ヴ)明星(ェスペリア)!!」

高火力のその技に、レナは素早く魔術障壁を展開したがすぐに破られユーリたちは地面に叩きつけられた。エステルたちの悲鳴が上がる。

レナ「っ……くっ……」

痛みはないが何本か骨がイカれたか。治りつつあるとはいえ言うことを聞かない体を少女は悔しく思う。しかし、諦めきれない。ここで諦める訳には、いかない。レナは悠々と立っているデュークを見据えた。

レナ「……す…ぁり…っ……く、かげ…ぅ…の、げ…ぇい」

肋骨が折れて肺を圧迫しているからか息が上がり途切れ途切れになる詠唱。終わったと思っている彼の足元から影の手が伸びてとらえる。

デューク「!……何。そうか、おまえは人あらざるものだったな」

デュークは目を見張る。レナは地面に手を付き、ぐぐぐっと上体を起こす。軋む体に顔を歪めるが、その瞳の奥には希望を宿していた。その表れか、デュークを縛る影の手は振り払われない。

レナ「(そら)…に…輝く……九の…夢見鳥……!」

フラフラとしながらも立ち上がった少女は空に向かって手をつきあげる。次々に光で出来た蝶が舞い始める。ザギの時と違うのは、色を纏っているという事。水色、黄色、赤紫、青、橙、緑、藍、桃、濃色。その色は、少女が仲間たちに持つイメージだった。

レナ「今此処に…彼の者に天誅を……!」

レナの体の周りには、傷を治すためのエアルの光が集まり、神秘的な雰囲気をまとっている。少女はしっかりと、目の前の彼を見つめる。空を泳いでいた蝶達は、動きを止めデュークに狙いを定める。逃れることが出来ないと悟ったデュークは目を閉じ静かにそれを待っていた。

レナ「……影縛光蝶乱舞(えいばくこうちょうらんぶ)!!」

九つの光はデュークに向かって落ちる。デュークは静かにその場に倒れた。レナは仲間たちの治癒にあたる。

レナ「戦いに傷つきし者たちを癒す……清らかなる雨よ……ニュンフェレーゲン」

薄く光を帯びた緑色のキラキラとした雫が、ユーリ達に降り注ぎ傷を癒していく。ユーリ達は癒えた体を起こした。

デューク()を最後に止めたのは、イレギュラーである少女だった。

デューク「すまぬ……エルシフル……約束を……守れそうにない」

回復から立ち上がったユーリが、デュークに近づく。

ユーリ「エルシフルがどんなヤツだったのかもしらねぇオレが言っても説得力ねぇけど、人魔戦争で人のために戦ったエルシフルってヤツは、ダチのあんたに人間を否定して生きる事なんて望んじゃいないと思うぜ」

デューク「エルシフルの望み……世界を守ること……いきとしいける者、心ある者の安寧……」

デュークはそっと目を閉じる。

フレン「ユーリ!急がないと!」

ユーリの元にフレンが駆け寄る。

ユーリ「ああ、やるぞ」

仲間たちはユーリを中心に囲むように立ち位置に着く。準備が出来たのを確認して、リタが術式を展開させた。

リタ「いくわよ……エステル、レナ、同調して、ジュディス、サポートお願い」

エステルとレナ、ジュディスはそれに返事をした。

リタ「ユーリ、いくわよ!」

ユーリは、答えるように明星弐号を持つ手に力を込める。

パティ「ドキドキなのじゃ……」

フレン「……」

レイヴン「たのむぜ〜。大将〜」

ユーリ「ああ!」

ユーリは明星弐号を星喰みに向けた。中の核が光を帯びる。ユーリを中心に眩い光が広がった。四隅に、ウンディーネ、イフリート、ノーム、シルフが顕現しそれぞれの力を中心に集める。リタはその光景を嬉しそうに見上げた。世界中からまるで流れ星のように魔核(コア)から生まれた精霊たちが集結する。祈っていたエステルの手首に着いていた武醒魔導器(ボーディブラスティア)魔核(コア)が光り空へと走る。続いて、リタのチョーカー、カロルのカバン、ラピードのしっぽに着いていた魔核(コア)からも光が走る。ユーリの雄叫びと共にさらに力は収束する。

デューク「本当に魔導器を捨てたというのか……」

収束した力は明星弐号を要にして、星喰みにぶつかる。しなし、突き抜けることはなく途中で光の柱は止まってしまった。

パティ「と、止まった……!?」

カロル「まさか効いてないの!?」

そんなことない!と否定するリタの声がカロルたちに届く。

リタ「ただあと少し、あと少し足りない!」

エステル「そんな、ここまできて!」

レイヴン「なんとかならんのか!?」

ジュディス「お願い……!」

フレン「まだ終わっちゃいない……!」

レナ「諦めちゃダメ……!」

デュークが立ち上がる。

デューク「始祖(エンテ)()隷長(ケイア)……精霊……人間……。エルシフルよ……世界は変われるのか!?」

デュークが手に持っていた(デイ)()戎典(ノモス)が光る。ユーリが、だめか……と悔しげに呟いた時、デュークが剣をかまえる。金色の光を帯びてやがてそれは光の柱となった。そして、ユーリの光と混ざり、空へ上がっていく。羽根に形を変え、星喰みにぶつかる。想いを込めて、仲間たちは、いけー!と叫んだ。星喰みは、斬られ、そして白い光を纏って散っていく。星喰みになっていた始祖(エンテ)()隷長(ケイア)が精霊へと転生して、世界中に降り注ぐその様は、まるで流れ星だった。タルカロンの塔を中心に空を覆っていた分厚い雲が晴れ、光が降り注ぐ。

エステル「精霊……」

見上げていたエステルがそう呟く。

カロル「あれ全部が!?すごい……」

リタ「星喰みになってた始祖(エンテ)()隷長(ケイア)がみんな精霊に変わったんだ……」

レイヴン「星喰みも世界の一部だった……そういう事ね」

レナ「流れ星みたい……」

ジュディス「綺麗……とても……」

パティ「じゃの」

ユーリとデュークの元に、フレンが歩み寄る。

フレン「……やったな」

フレンとユーリは、顔を見合せて微笑み、ユーリは頷く。

デューク「……本当にこれで正しかったのか」

ユーリ「さぁな。魔導器(ブラスティア)を失い、結界もなくなった。けどオレたちは選んじまったからな。生きてる限りは、なんとかするさ」

デューク「強いのだな」

デュークはユーリを見つめてそう言う。

ユーリ「なに、ひとりじゃないからな」

デュークは瞬きすると同時に身を翻してその場から歩いていく。そんな彼を、ユーリは呼び止めた。デュークは歩みを止める。

ユーリ「デューク!またな」

デュークは何も言わず、それに軽く頷いて、タルカロンの塔から去った。ユーリ!とカロルを先頭に、レナたちはユーリに駆け寄った。まだまだ、転生していく始祖(エンテ)()隷長(ケイア)達を見届けていた時、一筋の光がレナに向かって落ちた。

ユーリ「っレナ」

ユーリは弾かれたようにレナを見た。眩い光を纏う彼女は、やがてそのシルエットを変えていく。眩い光がとけて、少女が目を開けた時、視線の高さに違和感を持った。

ユーリ「レナ、なのか?」

目を見開いて確認するユーリに、レナは頷いた。レナの姿は成長していた。ユーリ達から見た今の彼女は、十歳ではなくエステルと同じくらいに見える。低かった身長は伸びて、リタより少し高いくらいだろうか。肩の上くらいだった髪も、胸下まで伸びていた。まだ状況は呑み込めていないレナに、エステルが口を開く。

エステル「ウンディーネ達が、それは、今までの新月の子たちからの贈り物……だそうです」

凜々の明星に囚われていた(こころ)が開放されたことによる感謝のプレゼント。新月の子達がレナに贈った、本来の彼女の身体。

レナ(……ありがとう)

心の中で彼女はそっとお礼を言った。

 

 あれから、数日、ユーリ達はありえないくらいの忙しさに追われていた。魔導器(ブラスティア)のなくなった世界は不便だらけで、各地で井戸が必要になったり、魔物の討伐依頼が来たり、街から街への資源、物資の運搬など、凜々(ブレイブ)()明星(ェスペリア)はとにかく忙しかった。物資の運搬などは主にジュディスが担ってくれており、井戸はユーリ、魔物の討伐はレナ、首領(ボス)であるカロルは依頼を受ける役として書類整理をしていた。という訳で、レナはユーリに想いを伝えられずにいた。レレウィーゼから船に戻った時、ノール港に向かっていた時に、自覚した恋心。ハルルの時からずっと一緒に旅をしてきて、彼の暗い部分も見てきた。先のことを考えると、必ず彼を失うだろう。その恐怖が無いわけじゃない。それもあって伝えられずにいるのが現状だ。

 レナは未だ踏み出せないことについて考えながら街道を歩く、依頼で街道に出る魔物の一掃を頼まれていたからだ。しかし、考え事をしてしまっていた彼女は、自身を狙っている魔物に気づかなかった。ガサリっと音がして、ハッとレナが振り返った時には狼のような魔物が、彼女目掛けて牙と爪を向けていた。

レナ(……しまった!)

彼女は焦る。一歩身を引いても、傷を負うことは確定だろう。痛みはなくとも、恐怖はある。グッと防御の構えをとった瞬間、腕の隙間から見えたのは、見慣れた黒髪と服装の青年だった。ザシュリと魔物を斬り伏せる。斬られた魔物は、ワオーン!と雄叫びを上げ、それに反応した魔物がワラワラと集まる。気がつけば完全に囲まれてしまっていた。しかし、レナの意識は、魔物達ではなく、目の前に現れた青年に向けられていた。

レナ「……ユーリ」

呆気に取られたまま、ポツリと名前を呼べば、呼ばれた彼は振り返る。

ユーリ「ったく、ボーっとしてんなよ」

軽口を叩きつつも魔物を前にしてニヤリと笑う彼は、とても頼もしいと、レナは思う。

レナ「っごめん!ありがとう!」

子どもの姿だったときよりも、ほんの少しだけ低くなった声で返す。

ユーリ「お礼はあとだ。今は、こっちに集中しようぜ」

ユーリは、目の前の魔物の群れを見つめる。レナは、うん!と頷くとダガーナイフを構えて、詠唱を始めた。その間に、ユーリは次々に魔物を蹴散らしていく。

レナ(もう魔導器(ブラスティア)は無いのに……ここまで魔物と渡り合えるなんて、本当に強いな)

術式を組み立ながらも、ユーリを見ていたレナは、魔導器(ブラスティア)があった時と強さがそこまで変わらないことに感心する。

レナ「聖なる雫よ、降り注ぎ、我に力を……ホーリィレイン!」

発動した魔術は、聖なる雨を降り注ぎ魔物にダメージを与えていく。針のように鋭い雫と聖なる力で、魔物の群れの半分は倒せたはずである。その間にも、ユーリは斬りまくって魔物を倒していた。

レナ「っ風円刃!」

魔術の攻撃とユーリの斬撃をくぐり抜けてきた魔物達に気づいたレナは、素早くダガーナイフを構え横に円を描くように、風の力をのせてふるった。ダガーナイフの後を追うように、風の刃が周りに放たれ魔物を切り裂く。残りの半数をそうやって片付るとユーリとレナは息を切らしてその場に座り込んだ。数が数だったため、疲労が二人を襲う。先に息を整えたレナが、ユーリに話しかける。

レナ「っねぇ、どうしてここに?」

そう、ユーリはここより離れた街の井戸を掘りに出ていた。ここにいる訳がなくジュディスに運んでもらわない限りはいる訳が無いのだ。

ユーリ「ん?あぁ、たまたまだよ」

レナから目をそらす彼に、嘘なのだと何となくレナは勘づく。

レナ「ふーん、ほんとに?」

少し疑うようにユーリを見て首を傾げれば、彼はやっぱ誤魔化せねぇかと口を開く。

ユーリ「……おまえが依頼を受けた時、嫌な予感がしたんだよ」

レナは目を見開いて、嫌な予感?と呟く。

ユーリ「オレも、ここの街道は通ったことあるからな。妙に、魔物が多く感じたつっーか」

レナは納得したように頷く。

レナ「なるほどね、でもどうやってここに?ここって、ユーリが受けてた依頼の街よりも離れてるよね?」

ユーリ「ジュディに運んでもらった」

そう言われてレナは、やはりそうなんだと言う納得となぜかモヤモヤした気持ちになる。ちょっとしてから立ち上がった二人は座り込んだ時に付いた砂を振り払う。

レナ「ほんとに助かった。ありがとう、ユーリ」

少し恥ずかしそうに照れを隠すように微笑みを浮かべてレナは改めてお礼を言った。ユーリは、おうと返す。

 近くの街へ歩き始める。日が落ち始めて、空がオレンジ色に染まり出す。日本の四季で例えるなら秋に近い季節、少し日が落ちるのが早くなると同時に冷たい風がそよぎ肌寒くなっていく。ユーリとこんなにちゃんと話せたのは何時ぶりだろうかとレナは思った。別に避けていたわけでもなく、ただ忙しくて話す機会がなかった。だからか、今までどう話していたのか分からず距離がつかめない変な感じがして、なんだかレナはムズムズした。

ユーリ「……なんかこうしてると旅のこと思い出すよな」

切り出したのはユーリからだった。

レナ「うん、そうだね。いろいろと大変だったなぁ」

彼女は懐かしむように微笑む。

ユーリ「レナは、いつも無茶しがちだったよな」

ふはっと笑う彼に、自分の名前を呼んだ彼に、レナはドキリと心臓が跳ねた。

レナ「うっ、でも、今はもうそんな無茶しないよ」

レナは少し拗ねるように口を尖らせた。

ユーリ「そういってるわりには、さっきは危なかったけどな」

と、痛いところをつかれて、あれは!と思わずレナは声を上げる。

レナ「その、ちょっと、考え事してて……」

レナはモゴモゴと口を動かした。

ユーリ「考え事?なんかあったのか?」

気にかけるような彼の言葉にレナは首を横に振る。

レナ「ううん、大したことじゃないよ」

レナ(ユーリのこと考えたなんて言えないし……)

ユーリ「オレには、話しにくいことか?」

レナ「っえ?」

話しにくいかと聞かれれば、話しにくい。しかし言わなければ彼は納得しなそうだとレナは思う。じっとこちらを見るユーリに、レナはなんだか気まずなり肝心な部分で声が小さくなる。

レナ「……えっと、ュ…リのこと考えてたの」

ユーリ「?わりぃ、もう一度言ってくれるか?」

そう言われて、レナは歩みを止めて顔を真っ赤にしながら叫んだ。

レナ「だからっ、ユーリのこと考えてたの!!」

急に叫ばれたユーリは、びっくりして思わず後ろに身を引く。

ユーリ「オ、オレのこと?」

レナ「そう!最近全く会わないし話せないし、気持ちだって伝えられないしっ」

それはもう勢いで捲し立てる彼女に、ユーリはポカンとする。

レナ「でも、リタとかエステルには会ってるみたいだしっ、ジュディスとだって話してたみたいだしっ!」

彼女はユーリが呆気に取られられていることなど見えていない。

レナ「ずるいっ!私だって、私だって……!もっとユーリと話したいっ!言いたいこと、いっぱいあるんだから!」

後半からは目尻に涙を溜めていた。レナは言い終わって、はぁはぁと肩で息をする。一部始終を聞き終えたユーリは、ニヤリと笑った。

ユーリ「なるほどな。つまり、オレだけじゃなかったわけだ」

オレだけじゃなかったという部分に、レナはえ?と首を傾げる。

ユーリ「オレだって、カロルとレイヴン、ジュディス達は話すくせにオレとは話さねぇし、避けられてんのかと思ったね」

レナは、なっ!と声を出す。

レナ「違っ、避けてたわけじゃっ」

ユーリ「分かってるよ。随分と熱烈に嫉妬してくれたみたいだし?なんなら、オレに伝えたい気持ちってなんだろうなって気になってるところだぜ?」

ぶわわとレナの顔はさらに赤くなっていく。

レナ「あ……う……」

言葉にならない言葉を発する彼女に、ユーリはクスクスと笑う。

ユーリ「なぁ、聞かせてくれよ。その気持ちってやつ」

何時になく真剣な顔をした彼に、熱を持った顔よりも痛いくらいに高鳴る心臓にレナは意識を持っていかれる。少しの静寂、優しい眼差しでこちらを見るユーリ。レナは意を決した。

レナ「っ、わ、私、ユーリの事が好き」

今にも消え入りそうな声だったが、ユーリにはハッキリと聞こえた。レナがチラリと彼を見れば、紫色の空を背にこちらを見つめていてその耳は赤い。彼は顔より耳が赤くなるタイプなのかという感想がレナの頭の中をかけていった。

ユーリ「オレも、レナの事が好きだ」

しっかりと言葉にされると照れてしまう、けれどとても嬉しいとレナは思う。

レナ「両、想い、だったんだね」

まだ赤い顔で微笑むレナに、ユーリは頷く。

ユーリ「そうだな。さて、これから覚悟しとけよ」

レナ「えっ?」

何かを企むような顔で笑う彼に、レナは何故かワクワクした。彼はレナが嫌がることは絶対にしないから。きっと、からかわれたりお互いに愛し合ったり、楽しことが待っていると確信できるから。

レナ「ふふっ、ユーリ」

歩き出した彼をレナは呼ぶ。自然とこちらを振り返ったユーリ。

ユーリ「ん?」

レナ「ずっと、そばにいてね」

それは、精霊と人間という仲で叶うことは無いと知っているけれど、レナは分かっていてお願いするのだ。

ユーリ「もちろんだ。例え、そばにいれなくなったって、寂しい思いなんかさせねぇくらい、素敵な思い出で埋めてやるよ」

自信ありげに頷く彼に、今まで以上に嬉しそうな顔でレナは笑顔を咲かせた。

 

fin



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。