ハガネの騎士と勇者たち (けの~び)
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第一話 始 -ビギニング-

 二〇十八年、季節は夏。

 瀬戸内海を一望できる日本一高い石垣の上で、乃木若葉は(たたず)んでいた。

 

 彼女の視線は、海のはるか先を向いている。

 もうたどり着けない場所を懐かしむように。

 

「おーい、若葉~」

 

 自分の名を呼ぶ声に、少女は我に返って振り返る。

 手を振りながら近づいてくるのは、彼女の幼馴染の少年だった。

 

「この景色、好きだね」

 

 若葉の隣に並びながら、少年──鋼田帯一(こうだ たいち)は言った。

 少女は幼馴染の顔から、視線を海の向こう側へと戻す。

 

「好きという訳じゃない。ただ、時々ここに来て、あちらを見ておかないと……みんなのことを忘れてしまいそうでな」

「……忘れた方がいいこともあると思うけどなぁ」

 

 若葉は折に触れて一人、海の向こうを眺めに来ることがあった。

 

 いい思い出のためではない。

 むしろ最悪の記憶を自ら掘り起こすように、少女はこの眺めと対面する。

 

 その時の彼女の表情は、とても苦しそうで、悲しそうで……。

 故に帯一は、いっそ忘れてしまえとつぶやくも、その声は若葉には届かなかった。

 あるいは、あえて聞こえないフリをしたのかもしれないが。

 

「ところで、ひなたはどうした?」

 

 若葉はもう一人の幼馴染である、上里ひなたの居所を聞いた。

 帯一はすぐ後ろを指さす。

 

「あそこで若葉の写真撮ってる」

黄昏(たそがれ)若葉ちゃん、ゲットしました~♪」

 

 少年の示す先で、ひなたはスマートフォンのカメラを構えながら、笑みを浮かべていた。

 親友のレアな表情を(おさ)められたことに、ずいぶんとご満悦の様子。

 

「ひ~な~た~……!」

 

 無断で写真を撮られたことよりも、無防備な姿を撮影された恥ずかしさで、若葉はひなたに迫る。

 

「消せっ!」

「いやです~。これは私のライフワークですから」

「撮るなら帯一にしろ!」

「帯一くんのは、若葉ちゃんとは別で残してますよ」

 

 ヤイヤイと仲睦(なかむつ)まじく騒ぐ二人を、少年はニコニコと笑顔で見つめていた。

 

「帯一もたまには怒れ!」

「別にいいじゃないか、写真くらい」

「そうですよ。若葉ちゃんの可愛らしさを後世に残すのは、私の使命でもあるんです」

 

 そう言ってひなたは、帯一を盾にするように彼の背後に隠れてしまう。

 

「私は可愛くなんてないっ」

「そう思いますか、帯一くん?」

「いや、僕は若葉は可愛いと思うけどなぁ」

 

 ひなたの問いに即答する帯一。

 幼馴染といえ、男子から臆面もなく可愛いと言われた若葉は、顔を赤くした。

 

「っ……よくそんなことを、素面で言えるもんだな」

「こんなの、若葉くらいにしか言わないよ」

 

 少女の顔はますます赤くなる。

 普段は男らしさのある若葉の珍しい表情を見て、ひなたはまた嬉しそうにカメラのシャッターを切った。

 

 もはや写真を撮られることはスルーしつつ、若葉は咳ばらいをして帯一に話しかける。

 

「所で、『刀』はどうした?」

「あ、忘れて来ちゃった」

「たるんでるぞ。いつ()が来るかわからないんだからな」

 

 そう注意する少女の右手には、一振りの日本刀が。

 模造ではない、本物の真剣である。

 

「若葉はよく忘れずに持ち歩けるね」

「もう体の一部になっているからな」

 

 真剣を肌身離さず持ち歩くなど、およそ十四歳の少女のとる行動ではない。

 彼女たちの身に、一体なにが起きたのか……

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 時は(さかのぼ)り、二〇一五年の七月三〇日、夜。

 鋼田帯一は一人、ぼーっと夜空を見上げていた。

 

 彼がいるのは、とある神社の境内。

 まだ小学生の帯一は、修学旅行で香川からここ──島根県を訪れていた。

 その中で、かねてより連続して起きていた地震により、クラスごとこの神社に避難してきたという訳である。

 

「なにをしているんだ、帯一?」

 

 空を見つめていた少年の元に、幼馴染の二人──乃木若葉と上里ひなたがやって来る。

 彼女らも同じクラスに在籍していたため、修学旅行でも行動を共にしているのだ。

 

 帯一は少女らの方に顔を向け、天を指さす。

 

「見て。星がめっちゃ輝いてる」

「おお、確かに光が強いな」

 

 天に座す星々の光は、若葉の言うようにかつてないほどの(まばゆ)さだ。

 おかげで三人の周囲は、夜だというのに人工の明かりがいらないほどに見通せる。

 

 ひなたは一人、不安げな表情で若葉にすがりついた。

 

「どうしたんだ、ひなた?」

「……なんだか怖いです、あの星たち」

「確かに、ちょっと不気味なものがあるね」

「そうか? 私にはよくわからないが」

 

 ひなたの言葉に同意する帯一。

 若葉は二人が覚えるような気味の悪さは、感じられないようだった。

 

「なら、建物の中に戻ろう。帯一も一緒に来い」

 

 幼馴染を気遣い、若葉らは社殿の中に引っ込んでいく。

 空には変わらず、不安なまでに光を放つ星々が、三人の姿を見つめるようにきらめいていた。

 

 

 

 

 

 社殿の中では帯一らのクラスメイトが、それぞれグループを作って点在している。

 地震から避難してきた地元民も数多くいた。

 

 避難民に混じって座っている、三人のクラスメイトの女子の姿を、若葉はジッと見つめていた。

 女子たちはこの状況をどこか楽しんでいるようで、ワイワイとおしゃべりに(きょう)じている。

 

 難しそうな顔でクラスメイトを凝視(ぎょうし)している若葉。

 それに気づいた三人の女子たちは

 

「あ、乃木さんが怒ってるよ……」

「静かにしてよう」

 

 と、黙り込んでしまう。

 別に怒ってなどいなかったのに……、若葉はシュンと肩を落とした。

 

 と、彼女の隣に立っていた帯一は、静かに話しかける。

 

「注意するか放っておくか、考えてたんでしょ?」

「なぜわかった!?」

 

 まさにズバリと心中を言い当てられ、若葉は驚く。

 

 彼女はクラスのまとめ役である学級委員で、それ故に少女らの騒ぐ声が、他の人たちの迷惑にならないかと心配していたのだ。

 同時に彼女たちが会話に集中することで、地震に対する不安が和らぐのでは……とも考えていた。

 どちらの理由ももっともであり、そのために若葉はなかなか答えを出せなかったのだ。

 

 そんな少女の悩みを帯一は見透かした。

 付き合いの長い幼馴染ならではの以心伝心だ。

 

「……帯一、私はどうすればいいと思う?」

 

 クラスメイトを誤解させてしまった。

 

 普段はキリッとして堂々とした態度を崩さない若葉が、唯一弱みをさらけ出せるのが二人の幼馴染の前だけ。

 帯一は困り顔の少女の手を引く。反対の手にはひなたが。

 

「決めかねるなら、楽しい方がいいよ」

「行きましょう、若葉ちゃん」

「えっ!? ちょ、ちょっと待……!」

 

 突然両手をつかまれた若葉は、二人の先導でおしゃべりを止めてしまった女子たちの中へと飛び込んでいく。

 

「こんばんわ」

「私たちも、おしゃべりに混ぜてもらっていいですか」

 

 帯一とひなたが、きっかけをつくる。

 

「さっきは話しを止めちゃってごめんね? 若葉は別に、君たちをニラんでたんじゃないんだよ」

「話しかけたかったんですけど、恥ずかしかったんですよね?」

「……う、うん……」

 

 帯一のフォロー、そしてひなたの問いかけに、若葉は恥ずかし気にうなずく。

 その、()()()()()しおらしい態度を見て、クラスメイトの三人は思わず笑みをこぼした。

 

「あははっ、乃木さんってもっと厳しくて、怖い人かと思ってた」

「なんか乃木さんのイメージ変わったね」

 

 場の雰囲気も、一気に(なご)やかなものに変化する。

 帯一らは、自然と三人のクラスメイトの輪に加わった。

 

「まあ、若葉はみんなから『鉄の女』って感じで見られてたからね」

「そうなのか!?」

「気づいてないのは若葉ちゃんだけですよ?」

「あ、でも、嫌ってた訳じゃないよ!」

「そうそう。ちょっと近づきがたいなーとは思ってたけどね」

「けど、それも違うってわかったから。これからは仲良くしようね!」

「! ああ……こちらこそ、よろしく頼む!」

 

 帯一とひなた、二人の幼馴染のおかげで若葉は、彼女に壁を感じていたはずのクラスメイトと、すんなり打ち解けることができた。

 まるで最初からそうだったように、若葉は三人の少女らと、友人として話に花を咲かせる。

 幼馴染と接している時とは、また別の楽しさを彼女は感じていた。

 

「よかったね、若葉」

 

 そんな少女の年相応の笑顔を見て、帯一は小さく喜びの声をもらすのだった。

 

 

 

 

 

 しばしの歓談ののち、クラスメイトだった三人の少女は眠りについた。

 小学生ならもう、起きている方が不健康な時間帯である。

 

 そんな中で、若葉ら幼馴染の三人組みは、まだ起きていた。

 楽しい会話で上がった熱を冷ますため、三人は夜風に当たろうと社殿の外に出ている。

 

「帯一、ひなた、さっきはありがとう」

 

 若葉は改まって、二人に感謝を伝える。

 

「お前たちがいてくれなければ、私はずっとクラスの中でみんなと、距離を置かれたままだったろう」

「そんな大したことはしてないよ」

「私も帯一くんも、若葉ちゃんが人から誤解されたままなのがイヤだっただけですから」

「それでは私の気が済まない。二人の友情に報いるため、なにかして欲しいことがあったら言ってくれ」

 

 何事にも報いを。

 それは若葉が尊敬する祖母の口癖で、彼女もそれを人生の指針としていた。

 

「ん、なんでもする? では、私の『若葉ちゃん秘蔵画像コレクション』を充実させるために、ここはいつもと違う過激なコスプレでも……」

「え゙っ、コス……」

「若葉、不用意な発言は身を亡ぼすよ」

 

 この際にと欲望を全開にするひなた。

 若葉は顔を青くし帯一に助けを求めたが、少年はバッサリとその手を払った。

 

「なにをしてもらうかは、あとでじっくり考えますね♪」

「そ、そうか」

 

 瞳を輝かせながらのひなたの宣告に、若葉は若干げんなりしつつ返す。

 と、横にいる帯一の方に顔が向く。

 少年は再び空を見上げていた。

 ただ、その表情がなにかスッキリとしないものを見ているようで……。

 

「空がどうかしたのか?」

「うん、なんか……星の光が、さっきよりもっと強くなってない?」

 

 若葉もつられて夜空に視線を向ける。

 確かに帯一の言うように、星の輝きが若葉の目にもわかるほどに、先ほどより強烈になっていた。

 

「こんな短い時間で星の光って変わるもんなのかな……ひなた?」

 

 帯一の目に、体を小刻みに震わせているひなたの姿が入る。

 少女の様子に、若葉も心配げに声をかける。

 

「ど、どうした、ひなた!?」

「……怖い……なにか、すごく、怖いことが……」

 

 地面が揺れた。

 絶望が始まる。




牙狼ハガネを継ぐ者が面白くて、つい書いちゃいました。
オリ主は名前の通り、オビをモチーフにしています。


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第二話 災 -カタストロフ-

 これまで起こっていた地震とは規模の違う、大きな揺れが日本全土を襲った。

 修学旅行で島根を訪れていた乃木若葉と上里ひなた、鋼田帯一(こうだ たいち)も例外なく地震に見舞われる。

 

「何度目だ……っ」

「これかなりデカいよぉ!?」

 

 若葉と帯一は地面に手を突き、ひなたはしゃがむ二人にすがりつく。

 三人がいる社殿近くの木々が、揺れの強さで根っこから折れ曲がった。

 

 神社に避難してきた市民に、同じく避難した帯一たちのクラスメイトらも、この大地震であちこち悲鳴が上がっている。

 

 そして──。

 数十秒の間続いた揺れは、ようやく収まった。

 人々は一時の安堵を覚え、何人かは建物の外へ様子を見に出てくる。

 

 しゃがみ込んでいた帯一と若葉が立ち上がろうとする。

 と、ひなたが二人の服を強く引っ張った。

 

「大丈夫? 腰抜けちゃった?」

 

 地震の大きさに体がすくんでしまったのだろうか、と帯一はひなたに声をかける。

 顔を上げた少女の瞳はうつろで、どこか遠い所に飛んでしまっている。

 二人の幼馴染は、その表情にギョッとした。

 

 若葉は親友の肩をゆする。

 

「どうした、ひなた!?」

「来る……やって来ます」

「来る、って……なにが……」

 

 帯一がたずねる。

 答える代わりというように、ひなたの瞳が空へと向かう。

 少年はその視線の先をたどった。

 

 あっ、と帯一は声を漏らす。

 若葉も続いて上空に目をやる。

 

 闇の夜空に浮かぶすべての星々が、地上へ向けて真っ逆さまに降り注いできた。

 だが星は大地に激突することなく、その直前でふわりと静止する。

 

 星は白い袋状の体をしていて、人間のものに近い──だが比較にならないほど巨大な──口をもっていた。

 

「な……」

 

 なんだ、()()は。

 突如現れた異形の物体を前に、若葉は絶句する。

 

 落下してきた怪物──としか言いようのないモノの一体が、社殿の屋根を突き破って建物の中に侵入するのが見えた。

 直後、建物の中から数多くの悲鳴が上がる。

 

 中にいた人々が、大慌てで外へと駆け出してきた。

 みな、体にべったりと赤い液体をまとわせている。

 

 血だ。

 と帯一は気づいた。

 本人のものか、他人のものかは分からないが……あの怪物に襲われたんだ。

 

「っ! みんなが……!!」

 

 同じことに気づいた若葉が叫ぶ。

 社殿の中には、先ほど友人になったばかりのクラスメイトたちも残されている。

 

「若葉、待つんだ!」

 

 帯一が呼び止めるも、彼女は構わず建物に向けて走った。

 そして、見た。

 おびただしい血の海であふれる社殿の中に、無残に横たわる三人の友人たちの姿を。

 

 若葉の顔が絶望に染まる。

 

「ぁ……ぁぁあああああああっ!!」

 

 少女は怒りのままに、近くに落ちていた木片を手に怪物へと向かって行く。

 が──

 

「ぐはっ!」

 

 怒り任せといえ子供の振るう木の一撃など、怪物には通用せず、若葉は木の葉のように吹っ飛ばされてしまった。

 

「若葉!?」

「若葉ちゃん!!」

 

 入口で帯一とひなたは、幼馴染の体が軽々と()ぎ払われるのを見た。

 若葉は建物の奥の方へと吹き飛ばされ、怪物を挟んで反対側に立つ二人には、彼女を助けに行くことも出来ない。

 

 不意に、ひなたが大声を上げ、若葉に()()()()を告げる。

 

「若葉ちゃん! そこにあるはずです! つかんでください!!」

「な……なにを……」

 

 ひなたの声が届いた若葉は、朦朧(もうろう)とする意識の中、言われるままに手探りでなにかを探す。

 そして、それ(・・)はあった。

 

「……刀?」

 

 入り口から見ていた帯一がつぶやいた。

 若葉は崩れた瓦礫の中から、引き寄せられるように一振りの日本刀をつかみだしたのだ。

 

 恐らく、この神社に奉納されていた代物であろう。

 ボロボロに()びていた刀は、若葉の手に収まると同時に光を帯びて、瑞々(みずみず)しい輝きを取り戻した。

 

 社殿の中にいた怪物が若葉に迫る。

 武器を手にした少女は、それを一閃し──怪物を切り伏せてしまった。

 

「すごっ……」

 

 少女は幼い頃より剣術を(たしな)んでいた。

 それ故に、小学生ながら刀剣類の扱いは熟知している。

 幼馴染の見事な剣技に、帯一は呆気にとられたように声をもらした。

 

「なんだかわからんが、怪物は他にもいるようだ。私は他の人たちを助けてくる!」

 

 言うが早いか若葉は、二人の幼馴染を安全と思われる社殿に残して、一人で外へと駆けて行った。

 確かに彼女の言葉通り、天より降ってきた白い化け物はまだ数多く、人々は襲われ続けている。

 

 若葉を見送った二人だったが、そちらにもまだ役目はある。

 ひなたは帯一の手を引いて、社殿の中へと入っていった。

 

「ど、どうした、ひなた」

「こっちへ。帯一くんにも、渡さなければならないものが……」

 

 少女に連れられた場所は、さきほど若葉が日本刀を手にしたところ。

 ひなたはその付近、崩れた建物の奥にある空間を指さした。

 

「あそこに……」

 

 二人が見たのは、社殿の奥に封じられるように安置されていた、人型のシルエット。

 

「これは……鎧?」

 

 帯一の目に映るのは、石で造られたような古ぼけた甲冑であった。

 

「この鎧は、帯一くんのものです」

「僕の……? ひなたがなに言ってるのか、わからないんだけど」

「私にもよくわかってません。でも、わかるんです。この鎧を着る役目は帯一くんだって」

「……つまり、これを着てあの怪物と戦えってこと?」

 

 ひなたの表情が苦しそうなものになる。

 そうだ、ということなのだろう。

 

 少女はツラそうに言葉を続ける。

 

「お願いします。今の若葉ちゃんでは、あの怪物には勝てません!」

 

 ひなたの懇願(こんがん)は、暗に若葉の敗北がイコール彼女の死を意味していることに、帯一は瞬時に気づいた。

 

「わかった。なら、やるしかないね」

 

 若葉が死ぬかもしれないとあっては、幼馴染として黙っている訳にはいかない。

 帯一は即座に、自分も怪物を相手に戦うことを決心した。

 もちろん恐怖はあるがそれよりも、自分がなにもしないせいで友達が死んでしまう方が、よっぽどイヤだ。

 

 ひなたにも手伝ってもらい、帯一は石造りの重たい鎧を、四苦八苦で身にまとっていくのだった。

 

 

 

 

 

 一方、刀を手に社殿の外に出た若葉は、大量の怪物を相手に、手にした力を振るっていた。

 

 彼女の持つ日本刀は、まさに神からもたらされたと思える、無敵の切れ味を誇った。

 通常の刀であれば、二、三体も斬れば刃こぼれをおこして使い物にならなくなるだろう。

 

 が若葉が振るう神剣は、クマよりも大きな体格の化け物をいくら斬っても、まったく手応えが変わらなかった。

 

 「いけるぞ。このまま、化け物どもを一掃して……」

 

 刀の(するど)さに加えて、少女の体力も一向に(おとろ)えない。

 まるでこんこんと湧き出る泉のように、力があふれてくる。

 

 勢いのままに、この場にいるすべての怪物を(ほうむ)るつもりでいた若葉の前で、変化が訪れた。

 

 まだ残っていた複数の怪物が、一ヶ所に集まっていく。

 怪物たちの肉体は粘土をこねるように混ざりあい、それまでとは別の姿へと形を変える。

 

「これは……()()している、のか……?」

 

 若葉は直感でそう理解した。

 化け物どもは単体では彼女に勝てないと気づき、力を集めより強力な個体へと成長を始めたのだ。

 

 そして生まれる、『進化体』と呼ぶべき存在。

 

 ムカデ状の足を持つモノ、複数の矢のような突起を生やしたモノ、体の一部を角のように硬質化させたモノ……。

 

 これらの進化した怪物たちを見て、若葉の中から先ほどまでの勢いは、急激にしぼんでいった。

 

「無理だ……私では勝てない……」

 

 青ざめた顔で弱音が漏れる。

 

 だが、それが分かってもなお、彼女には引くに引けない理由があった。

 刀を構えて立つ若葉の後ろには、怪物からいまだ逃げ切れない多くの人々がいたからだ。

 

(どうする? 私は、どうすればいいんだ……!?)

 

 市民を見捨てて自分だけ逃げるか、それとも人々の盾となり自らは命を落とすか。

 若葉はまた、選択に迫られていた。

 

 決断を迷う彼女に対し、化け物どもは容赦なく牙を向ける。

 集合することで大型化した怪物の一体が、矢のような器官を若葉に向けて撃ち放った。

 

 矢は人間どころか、建物でさえ楽に破壊できるほどの力をもって、少女に迫る。

 若葉の瞳は、自らの命を奪おうとする敵の攻撃が、ゆっくりと近づいてくるのをとらえていた。

 

(私は──死ぬのか──)

 

 それに対してなにかを感じる前に、少女に迫る矢は……彼女に触れる直前に現れた、()()()()()()によって破壊された。

 

「若葉、無事か!?」

「ぇ、……その声は帯一、なのか……?」

 

 命の危機にさらされた乃木若葉を救ったのは、()()()()をまとった彼女の幼馴染──鋼田帯一であった。

 

「なんだ、その鎧は?」

「僕にもよくわかんない。ひなたが、これは僕のものだって。これを着て若葉を救えって」

 

 オオカミのような動物の頭部を思わせる兜、首から下は武者のそれに近い。

 背中には鬼の面が装飾として取り付けられている。

 

 身にまとう前、社殿の奥で鎮座していた時は確かに石で造られたような状態だった。

 が帯一が身にまとったことで、この鎧はシルバーの輝きを取り戻したのだ。

 

 兜の奥の、()()()()が少女を(いた)わるように見つめる。

 銀の仮面の奥から、彼女の幼馴染の声が響く。

 

「若葉はさがって、他の人たちを避難させて。あの怪物は、僕がなんとかするから」

「し、しかし」

「大丈夫だって! この鎧、さっきも若葉を襲った矢の攻撃を(はじ)けたし、結構強いよ」

 

 遠くから、若葉を呼ぶ上里ひなたの声が聞こえてきた。

 ひなたもまた、他の人々を安全な場所へと集めているところだった。

 

「さあ、早く!」

「っ、すまん」

 

 後ろ髪を引かれる思いで、少女は背を向けた。

 周りに残されていた人々を連れて、若葉は遠ざかる。

 

 残された帯一は、銀の鎧の目を通して怪物を睨みつけた。

 

「さっきは、よくも若葉を危ない目に合わせてくれたな。もう少しで死んじゃうところだったぞ!」

 

 進化した怪物たちは、少年の怒りになど気づかぬように攻撃の準備をおこなう。

 その準備が完了する前に、帯一は先手を打った。

 

「でぇえええええい!!」

 

 この鎧にどういう機能があるかわからないので、少年は力任せに進化体の一体を殴りつける。

 矢のような器官を持つ個体は、硬質化した体を粉砕され沈黙した。

 

 ムカデに近い姿をした個体が近づいてきたので、頭部と思われる部位を再び殴った。

 急所を破壊されたためか、この個体もすぐに動きを止める。

 

 複数の矢を持つ個体は、残ったムカデもどきの体をつかんで、力任せに叩きつけた。

 両者の体はぶつかった衝撃で、共に粉々に砕け散った。

 

 ものの数秒で、より強く進化したはずの怪物たちは、謎の鎧をまとった帯一ただ一人に打ち負かされたのだった。

 

 離れた所から幼馴染の戦いっぷりを眺めていた若葉は、その力に圧倒されたようにうなる。

 

「すごいな、帯一の着ているあの鎧は……」

「あれの名は、『ハガネ』。若葉ちゃんの持つ『生太刀』と共にあったモノです」

 

 鎧と刀、その二対はかつて太古の時代に、人の手によって生み出されたものだと少女は言う。

 

 一体、なんのために?

 天より地上に降りてきた怪物どもと戦うためだろうか。

 だとしたら──その『敵』とは、いかなるモノなのであろう……。



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第三話 友 -チーム-

 西暦二〇十八年。

 鋼田帯一(こうだ たいち)は二人の幼馴染──乃木若葉と上里ひなたと共に、故郷の四国は丸亀城を改築した中学校に通っている。

 三人は共に成長し、二人の少女は美しくなった。

 少年も穏やかな笑顔はそのままに、たくましい体を手に入れた。

 

 

 

 

 

 三年前……天から降り注いだ未知の怪物たちの手よって、世界は一度滅びをむかえた。

 怪物は世界全土に降り立ち、人間のみに狙いを定め、大殺戮を繰り広げたのだ。

 

 重火器すら通じない怪物を前に、人類のあらゆる抵抗は無駄に終わった。

 ただ、「ハガネ」と呼ばれる銀の鎧をまとった帯一と、神の力を宿す刀──「生太刀」を手にした若葉の力によって、二人の周囲のわずかな人々だけは九死に一生を得た。

 そして、ひなたの誘導によって彼らはどうにか死地を脱したのだ。

 

 その後、長い長い移動を続け一同は、ひなたが安全だと言う四国へと逃げのびることに成功した。

 四国には「神樹」と呼ばれる文字通りの神が存在しており、神樹の結界が四国を守っているからである。

 

 四国に帰ってきた帯一と若葉、ひなたの三人は、いつの間に作られていたのか──神樹に仕える「大社」と呼ばれる組織に保護された。

 そして大社の人間から、()()と共に丸亀城で共に過ごすよう要請されたのだ。

 

 

 

 

 

 改築により学校の教室のようないで立ちとなった丸亀城の一室で、彼らは授業を受ける。

 そろって席に着くのは、若葉、ひなた、帯一の三人組に加え、彼らのように大社に保護された四人の少女たち。

 

 教師の言葉が中々頭に入らないのか、うんうんうなっている土居球子。

 彼女の側にいることが多い伊予島杏は、真面目に授業に取り組んでいる。

 

 球子と同じく、眉間にしわを寄せ教科書を睨む高嶋友奈。

 郡千景は教科書を開きながら、手元では隠れて携帯ゲームを操作している。

 

 彼ら彼女ら七人の中学生は、ある使命を持って集められた特別な存在だ。

 教室のテレビには、三年前に世界を襲った怪物の映像が映されている。

 

「この白い怪物──通称『バーテックス』には、銃やミサイル、爆弾などのあらゆる通常兵器が効きません」

 

 教師が、怪物と戦う自衛隊の映像を指しながら説明する。

 

「バーテックスに唯一対抗できるのが、あなたたち『勇者』と『騎士』なのです」

 

 神樹に選ばれその力を分け与えられた存在──勇者となったのが、ひなたと帯一以外の六人の少女たち。

 騎士とは帯一のことであり、彼の鎧──「ハガネ」は神樹の力によらない、独自のテクノロジーの産物であるらしい。

 そしてひなたはこの両者とも違う、「巫女」という神の声を聞く役割を与えられている。

 

 何度も繰り返し説明されたことだが、敵であるバーテックスがなぜ人間だけを標的として襲い掛かるのか、肝心な所は不明のままだった。

 

 

 

 

 

 特別な授業は、座学によるバーテックスや勇者たちのことだけではない。

 通常の中学の勉強も行われるのだが、それより重きを置かれるのが、戦闘訓練である。

 

 体育館のように改築された室内には、ひなた以外の六人がそろっていた。

 巫女のひなたは戦闘要員ではないため、彼女は別室で一人、巫女としての訓練に励んでいる。

 

「やーっ!」

「せいっ!!」

「ぐえーっ!」

 

 柔道の組手で帯一の相手を務めた若葉は、気合の声を上げて迫る少年を、いとも簡単に投げ飛ばした。

 

「若葉に慈悲は無いの? 幼馴染なのに……」

 

 背中から思いっきり叩きつけられたら、畳の上でも痛いんだよ? とこぼす帯一。

 少年に手を貸して立ち上がらせながら、若葉はピシャリと

 

「バーテックスに慈悲はあったか?」

 

 と切り捨てる。

 決して若葉が冷たい態度をとっている訳ではない。

 幼馴染だからこそ、大切な存在だからこそ、しっかりと鍛え上げることで怪物相手にも生存率を上げてやろうという、彼女なりの優しさなのだ。

 

「大丈夫、帯一くん?」

「やっぱ若葉は、よーしゃないなぁ」

 

 友奈は心配げに帯一の背中をさすってくれ、球子は幼馴染相手にも力を抜かない若葉に、呆れたような声を上げた。

 

「で、でも、若葉さんの言うことももっともですよね」

「ゲームじゃないから、コンティニューはきかないものね……」

 

 杏と千景も、若葉のスパルタに若干引きつつ、彼女の方針ももっともだとうなづく。

 

「よーし、次はこれで勝負だ!」

 

 めげない帯一は、今度は竹刀を手に少女に挑む。

 刀を使った戦いこそ、乃木若葉の本領だというのに。

 

 対面に立ち、構える両者。

 帯一が先んじて動く。

 

「め……」

「面ッ!!」

「痛ったーい!」

「刀を振り下ろすのが遅いぞ」

「もう一本! ……め」

「面ッ!!」

「痛ったーい!」

「足運びもおろそかにするな」

「もう一本! ……め」

「面ッ!!」

「痛ったーい!」

「相手に意識がいきすぎてるぞ。防御もおろそかにするな」

「もう一本!」

 

 結局、何度も試合を重ねようと、帯一は若葉相手に一勝も上げることは出来なかった。

 度重なる頭部への打ち下ろしを受けた帯一は、頭をさすりながら落ち込むように言う。

 

「やっぱり、まだ若葉には敵わないかぁ……」

「私も幼い頃から、剣の道は叩きこまれているからな。これくらいで、お前に抜かされるわけにはいかんさ」

 

 疲労困憊の帯一に対し、若葉は汗一つかいていない。

 涼しげな顔で、竹刀を立てかけてあった元の場所に帰しに行く。

 

 その後ろで球子が、少年の肩をポンと叩き、フォローの言葉を入れる。

 

「気にすんな、帯一。若葉がゴリラパワーなだけだ」

「若葉さんがゴリラかは触れないけど、帯一さんも昔と比べて構えとか様になってきたと思いますよ」

 

 杏もそろってフォローしてくれた。

 

「どうすれば若葉ちゃんみたいに、ゴリラパワーを手に入れられるかな?」

「高嶋さんはそのままでいいわ。乃木さんみたいなゴリラになんてなっちゃダメよ」

 

 友奈と千景がそんな話しをしている後ろから、会話を聞きつけた若葉が怒り顔で戻ってくる。

 

「さっきから人のことをゴリラゴリラと、お前たちの目に私はどう映っているんだ!?」

「まあまあ。僕はゴリラみたいでも、若葉は十分可愛いと思うよ」

「くっ……褒められているか(けな)されているかわからん、微妙なセリフをはきおって……!」

 

 言いつつ満更でも無さげな若葉は、少女らしく頬を染めて怒りの矛を収めたのだった。

 

 

 

 

 

 運動と共に午前の授業が終わり、昼休みが来た。

 七人はいつもそろって、同じテーブルにつき食事を共にする。

 

 若葉が、チームの輪を保つためにと提案したことだ。

 それに対して初めの頃は、球子と千景から反対の声も出たことがあった。

 が、友奈が「ご飯は皆で食べたほうが美味しいよ!」と屈託なく言うもので、そんな彼女の天然な雰囲気に二人も苦笑しつつ、これを了承したという訳だ。

 

 食堂に入れば、彼女たち以外にも大人の姿もちらほらと。

 みな、大社に務めている人たちである。

 

 七人はそれぞれ、セルフサービスで思い思いのメニューを手に、テーブルへと戻ってきた。

 といっても、全員うどんなのは決まっていた。トッピングの違いはあるが。

 

「こら杏、ご飯の時くらい本を読むのはやめろっ」

「あぁ! 今いい所だったのに……」

 

 大の読書好きの杏は、いかなる時でも小説を手放さず持ち歩いていた。

 それは食事の時でも変わらずであり、そんな妹分を球子は、行儀が悪いと注意する。

 

「球子ちゃんは見た目は子供っぽいけど、杏ちゃん相手には時々お姉さんらしくなるね」

「む、タマのどこが子供っぽいって?」

「ごめんごめん。先輩らしくて素敵です、たまっち先輩」

 

 帯一としては誉め言葉のつもりだったが、どうやら本人にはそう思ってもらえなかったようだ。

 隣では杏も本を一度テーブルに置いて、一同はあらためて食事を進める。

 

「……にしても、毎日毎日訓練訓練。なんでタマたちが、こんな事ばっかりしなきゃいけないんだろーなぁ」

 

 麺をすする手を止め、球子はそうつぶやいた。

 少女のボヤキに、横の席の杏が答える。

 

「バーテックスに対抗できるのが、私たちしかいないからね」

「そりゃそうだけど、普通タマたちくらいの中学生っていったら、もっと友達と遊びに行ったり、恋……とかしちゃったり、色々あるだろ?」

「球子ちゃんでも恋愛に興味あるんだ……」

「でもってなんだ!?」

 

 球子は男子っぽい活発さを売りにしていると思っていたので、彼女の意外な女心を聞いて、つい帯一も本音が漏れてしまった。再び少女に謝罪する。

 

「ごめん。でも代わりに僕たち、こうして無料で学校に通わせてもらってるし、ご飯も食べさせてもらってるし、それなりの待遇は受けてるんじゃないかな」

「……鋼田くんは、今の状況に納得しているの?」

 

 普段はゲームに没頭して、余り他人に関わろうとしない郡千景が、珍しく口を開いた。

 彼女は他の面子より一歳年上なので、帯一も上級生に対して敬語で答える。

 

「そうですね。割と満足してます」

「……私たちは、他の誰にも出来ないことをやっている。もっと優遇されても、いいくらいだと思うわ……」

「郡先輩って、結構欲深?」

「…………」

 

 他意のない帯一の本音に、千景はジト目で返す。

 

「今は有事だ。自由が制限されるのも仕方あるまい」

 

 若葉はそう言って、大人の理屈で球子をたしなめた。

 

「我々が努力しなければ、人類はバーテックスに滅ぼされてしまう。なればこそ、私たちは人類の(ほこ)となって人々を──」

「タマだって、そんなことはわかってるよ! わかってるけど……」

 

 思わず声を荒げてしまう。

 食卓に、気まずい沈黙が訪れた。

 

 帯一は、隣に座る球子の肩に、ポンと手を置いた。

 少年の手の平の温もりが伝わって、球子の気持ちを落ち着かせる。

 

「大丈夫だよ、球子ちゃん」

「帯一……」

 

 球子がなにより恐れていることは、バーテックスとの戦いで誰よりも、杏が傷つくことだった。

 

 二人の仲はきっと、若葉とひなたのそれと同じような強さなのだろう。

 それを察した帯一は、少女の心からその不安を取り除こうとする。

 

「いざって時は、僕が盾になって皆を守るよ。ほら、僕だけハガネっていう鎧着てるから、皆より頑丈だしね」

 

 少年の決意は、球子と杏の二人に対してだけではなく、友奈や千景に若葉──そして、戦場にはいないひなたにも向けられていた。

 おどけて見せるような帯一の言い方に、生まれながらの柔和な彼の笑顔で、テーブルの上を支配していた重たい空気は綺麗に一掃される。

 

「そういえば、帯一くんの着てるハガネって、どんな物なの?」

 

 食事は再開され、先にうどんを食べ終えた友奈が聞いてきた。

 

「僕も詳しいことは。ただあれ、めちゃくちゃ重くて、あれを持ったまま四国まで逃げてきたおかげで、相当体力がついたよ」

「今は大社に預けてあるんですよ。大社の最新技術で、アップデートを行っているそうです」

 

 と、ひなた。

 

「皆さんの勇者専用装備も、大社で作成中とのことです。ハガネにも、専用の武器を造るそうですよ」

 

 本来のハガネに備わっていた刀は生太刀へと変化したことで、今は若葉に所有権が移っている。

 怪物相手に素手では心もとないと、大社は代わりになる装備を急ぎ製造中なのだ。

 

「へー。こんなこと言うのは不謹慎だけど、ちょっと楽しみだな」

 

 決して戦いを望んでいる訳ではない。

 そう思いつつ帯一は、新しい玩具を買ってあげると言われた子供のような、無邪気な笑顔をつい浮かべてしまうのだった。



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第四話 要 -ダイジェスト-

 伊予島杏は(おび)えていた。

 

 彼女は今、勇者として他の少女らと共に、「樹海」と呼ばれる特殊な空間にいる。

 ここは敵を迎えるために、神樹がつくり出した戦場なのだ。

 

 そう。

 ついに彼女たちに、人類の敵──バーテックスと戦う時がきたのだ。

 若葉を筆頭に、杏以外の少女らは勇者へ変身し、すでに星屑の迎撃に当たっている。

 

 が伊予島杏は一人、怪物への恐れから勇者システムを起動させることが出来なかった。

 残された少女の隣には、鋼田帯一(こうだ たいち)が付き添っている。

 杏を心配する球子のために、帯一はこの場にとどまったのだ。

 

「ごめんなさい……」

 

 杏は小さな声で謝る。

 それは横にいる帯一に対してであり、また今戦っている球子らに対してのものでもあった。

 

 そんな少女に、帯一は明るく言葉をかける。

 

「気にすることないよ。杏ちゃんみたいに、怖がるのが普通なんだから」

「でも……」

「実際、僕も結構ビビってるよ? ほら、手が震えてる」

 

 そう言って少年は、自分の両手を杏に見せた。

 冬の中にいるようにガタガタと震える体を、心を隠さない帯一に杏はたずねる。

 

「怖いのに、帯一さんは戦えるんですか?」

「うん」

「……なんで」

「みんながいるからだよ」

 

 自然と、帯一は杏の手を握った。

 彼女を安心させようと、優しく語りかける。

 

「ここには杏ちゃんがいて、若葉も友奈ちゃんも、郡先輩もいるし、外の世界ではひなたも待っていてくれる」

「…………」

「君にも球子ちゃんがいてくれる、でしょ?」

「たまっちが……」

 

 握られる少年の手の平の温もりが、伊予島杏の不安を溶かしていく。

 まるで、心の中から恐れという闇を、()()()()()()()()()()くれているように彼女は感じた。

 

 杏の瞳は、いつも側にいてくれた少女のことを探す。

 自分を励まし、守り、支えてくれた土居球子という少女を。

 

 あっ、と杏が小さく声を漏らす。

 彼女の視線の先では、勇者となって戦う球子の姿が映っていた。

 

 球子は多数の敵に囲まれ、苦戦している。

 彼女が相手していた星屑の何体かが、その手を逃れて後方で退避している杏と帯一の元へ向かってきた。

 

「杏、逃げろーっ!」

 

 球子の叫びが聞こえた。

 同時に目の前には、すでに星屑の大口が開いている。

 

「はぁ!!」

 

 帯一は杏の前に立ち、持っていた剣を一閃。星屑の一体を切り裂いた。

 この剣は少年の力である「鎧」のために、大社が新造した専用の装備である。

 

「いける……若葉と訓練したおかげで、僕も戦えるぞ!」

 

 そのまま、周囲を(ただよ)う星屑も残らず切り伏せる。

 これまでの幼馴染との特訓の成果が、今花開いたのだ。

 

 前線では未だ、球子は多数の星屑相手に苦戦中である。

 帯一は背後の杏を振り返って、今一度手を差し伸べた。

 

「行こう、杏ちゃん。球子ちゃんを、みんなを助けに」

「……はい!」

 

 少年の手を取る。

 杏は決意と共に、紫羅欄花(ストック)の勇者へと変身した。

 

 

 

 

 

 球子の窮地に駆け付ける杏と帯一。

 二人が参加したおかげで、勇者側は一転して敵を押し始める。

 

 しかしバーテックスの側でも、戦力を増した勇者たちに対抗。

 残った星屑が融合し、三年前に若葉の前に出現した「進化体」を形成した。

 

「棒? なんか弱そうだけど」

 

 進化体を見た友奈がつぶやく。

 言葉の通り、進化体のバーテックスは一本の、物干しざおの様な姿をしている。

 とても攻撃力があるようには見えないが……。

 

「私がやってみます」

 

 様子見として、杏は自身の武器であるクロスボウを放つ。

 遠くからの攻撃は、板状の組織を展開した進化体によって、そのまま少女の元へ跳ね返されてしまった。

 

「!?」

「杏ッ」

 

 盾を持つ球子だったが、予期せぬパターンに反応が遅れる。

 杏に向けて真っすぐに、射かけた矢が帰って来る。

 

 帯一が杏の前に飛び出た。

 そのまま剣を前方に向けて、クルリと円を描くような動作をする。

 

 矢はすぐそこに。

 がそれは帯一にも、杏の体にも触れることは無かった。

 

 少年の剣が描いた円の中から、銀色の光が彼の身を包む。

 キンッ、という高い音と共に弾かれた矢が地面に落ちる。

 

 光が晴れ帯一の体には、彼が手にした力──「ハガネ」と呼ばれる鎧が装着されていた。

 

「こいつは、僕が倒す!」

 

 ハガネの紫色の瞳が、進化体を睨みつける。

 

 跳躍。

 ハガネは一飛びで怪物に迫り、勇者の攻撃をはじき返した硬質の進化体を、一刀のもとに両断した。

 

 ほんの数秒の出来事だったが、それ故に少年のまとう鎧がいかに強力なものであるか、勇者たちは実感するのだった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 初めての戦いを終え、若葉は暫定(ざんてい)リーダーから正式に勇者たちのリーダーとなった。

 元は大社から任されたまとめ役だったが、初戦において率先してバーテックスに挑んでいったこと、一番の戦果を挙げたことからみんなで話し合って決められたのだ。

 若葉に対して反目していた郡千景も、彼女の力は認めざるを得ないところだった。

 

 共に怪物相手の初めての戦闘を乗り越えたことで、七人の仲は深まった。

 帯一はそう感じていた。

 

 しかし、状況は一変する。

 

 

 

 

 

「鋼田くん、どういうつもりなの」

 

 二度目のバーテックスが襲来した樹海の地で、郡千景はハガネの鎧を解除した帯一に、苛立ちをぶつけていた。

 戦いの前に実家へ帰省していた千景だが、戻ってきてから戦闘中の彼女は、どこか様子がおかしかった。

 

 それに気づいた帯一が、進化体に対して切り札を使おうとした千景に代わって、ハガネの力で敵を排除したのだ。

 しかしこの事がなぜか、少女の神経を逆なでしてしまったようで……。

 

「手柄の横取りなんて、何様のつもり……!?」

「いや、僕はそんなつもりじゃ」

「敵を倒すのは私の役目よ! 私は、誰よりも多くバーテックスをやっつけなきゃならないの! もっと、もっと敵を殺して、殺して……殺し尽くさないと、私は……私の価値は……」

「せ、先輩……?」

 

 千景の態度は帰省前より、明らかに悪くなっている。

 一体、彼女になにがあったのだろうか。

 

 

 

 

 

 このあと、一同は大社から慰安として温泉旅行に出かけたのだが、そこでも千景は帯一を避け続けた。

 どうにかして彼女の怒りを解消したい帯一と、二人の仲をとりもちたい友奈たちであったが、不幸にもすれ違いは続く。

 

「僕は、どうすればよかったんだろう……」

「帯一くんが千景さんの代わりに戦ったのは、決して間違いじゃありません」

 

 訪れた旅館の深夜のロビー。

 みんなが寝静まったあとで、ひなたはそう少年を励ます。

 彼女だけは千景の身に起きたあらましを知っているのだが、それは千景本人に代わって打ち明けていいものではない。

 

 若葉は若葉で、チームの不和になにも出来ない自分を責めていた。

 

「私は、リーダーには向いていないのだろうか」

「そんなことありませんよ。若葉ちゃんは、立派に自分の役目を果たしています」

 

 問題は、若葉の戦う動機にあった。

 彼女は未だ、過去に助けられなかった友人たちの恨みを晴らすという、復讐のために刀を振っている。

 それではダメなのだと、若葉のことを見てきたひなたは気づいている。

 

 しかしこれは、若葉自身が気づかなければならないことだ。

 帯一の問題と共に、ひなたには直接してやれることはなにも無い。

 

 悩みのただ中にいる幼馴染を助けてやれないことに、ひなたもまた苦しんでいた。

 しかし、彼女は信じてもいた。

 

「帯一くんと若葉ちゃんなら、きっと今の悩みを解決できますよ」

 

 ひなたのほほ笑みは、暗い夜を明るく照らすような、温かいものに二人には感じられた。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 そんな状況にも構わず、敵はやって来る。

 早くも三度目のバーテックスの襲撃は、前回の数十倍の戦力でもって行われた。

 

 およそ千体にも及ぶ星屑の群れを前にして、乃木若葉は迷うことなく最前線へと向かって行く。

 

「チームの不和は、リーダーの私がカバーする!」

 

 戦いが起きる直前、ひなたは自らに降された神託を若葉に伝えていた。

 ──不和による危機が訪れる──、神樹からの予言である。

 

 神託は曖昧なイメージで伝えられるため、具体的な内容は分からないが、それ故に若葉は不安を覚えた。

 仲間の誰かが怪我を負うのかもしれない。それは取り返しのつかないものかもしれない。

 

 ならば……。

 若葉は自らがより強くあれば、誰も傷つくことがないという結論に至った。

 

「敵がいくらいようが、全て私が切り捨てるッ」

 

 彼女は一人突出し、敵の群れへと突っ込んでいく。

 それはもはや勇気ではない。

 ただの愚かな、蛮勇でしかなかった。

 

「大変……バーテックスが、若葉さんを取り囲んでる!」

「おい、若葉! 戻ってこい!!」

 

 杏や球子が呼びかけるも声は届かず、すでに若葉は敵中で孤立してしまっていた。

 全員で助けに行けば、守るべき神樹が無防備となる。

 

「私、若葉ちゃんを連れ戻してくる!」

「いや、僕が行くよ」

 

 パワータイプの友奈がごり押しで敵陣に突っ込もうとするのを、帯一が止めた。

 同じ一人で助けに行くにしても、鎧を持つ帯一の方が、自分を守るという点では理にかなっている。

 

「……また、手柄の独り占め?」

 

 隣で千景が皮肉るように言った。

 こんな状況でこんな発言をするなど、やはり彼女は正常な状態ではない。

 

 帯一は、千景の(よど)んだ瞳を真っすぐに見つめ、言葉を発する。

 彼女の黒く染まったような心に、自分の気持ちを届かせるために。

 

「手柄なんてどうでもいい。僕はただ、友達を助けたいだけだ」

「口ではなんとでも……」

「千景先輩だって友達だ! あなたの代わりに戦ったのも、先輩が友達で……守りたかったからだ!!」

 

 叫ぶ勢いのままに、少年は千景の両肩に手をかける。

 手の平を通して、思いよ伝われとばかりに言葉を続ける。

 

「先輩になにがあって、そんなに必死にバーテックスと戦うのか、僕は知らない。けど、僕はみんなを守りたいんだ! それは千景さんも同じだ!」

「私を……守る……」

 

 懸命な叫びが通じたのか、少女の瞳から徐々に(にご)った色が抜けていく。

 千景は帯一の手を通して、彼の中に自身の歪んだ()()()()()()()()()()()()ような感覚を覚える。

 

「無事に帰って来れたら、改めて謝ります。その時は、先輩が怒った理由、聞かせてくださいね」

「ぁ……」

 

 全てを伝えると、帯一は鎧を召喚し、敵の中へと飛び込んでいった。

 残された千景は少年の背を、呆然と見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 たった一人で敵陣のど真ん中で孤立した若葉は、それでも剣を振り続けた。

 

 大勢の人々を無残に食い殺したバーテックス。

 奴らに殺された人たちの無念を、自らの怒りに込めて。

 

 すでに倒した敵の数は百を超えたか。少女の体力は限界を迎えつつある。

 それでも、若葉は刀を持つ手をゆるめない。

 

「みんなの無念を晴らすまで……私は、倒れる訳にはいかないんだ……!」

 

 若葉を囲んだ星屑が、同時に向かってくる。

 次々と切り伏せるも、敵は多く、内の一体が彼女の死角から迫ってきた。

 

「しまっ……!?」

「若葉ぁーッ!!」

 

 駆け込んできたハガネが、一太刀で少女に迫る星屑を斬る。

 助けられた若葉はしかし、ハガネをまとう幼馴染を(しか)った。

 

「帯一……なぜ来た!? 私は一人でも戦える!」

「放って置けって? 出来るわけないでしょ、そんなこと!」

 

 負けじと帯一も、無茶をした若葉を怒る。

 そのまま二人は背中合わせに、辺りを取り巻く怪物を牽制した。

 

「私は乃木家の者として、リーダーとして、勇者として……バーテックス(奴ら)に報いを与えねばならん!」

 

 異様なまでの怒りと共に、少女は怪物たちに刀を向ける。

 

 若葉の必死な姿は、千景の時と同じだ。

 まるで人々の怨念に憑りつかれているようだ、と帯一は感じた。

 

 元より責任感の強い乃木若葉という少女は、人類を守る勇者という任を背負わされたことで、より強い使命感に動かされている。

 しかしそれは、彼女を苦しめるだけではないか……。

 

 帯一は幼馴染として、無茶を続ける若葉を止めようとする。

 その直前──天より一筋の雷光が轟いた。




放置していてすみません。

全十三話でプロットを組んでいたんですが、最後まで続けるのが難しくなったため、ここから打ち切りの方向へ舵を切ります。

あと二話で終わるよう話をまとめますので、最後までお付き合いください。


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第五話 闇 -ダークネス-

 バーテックスの第三次侵攻。

 

 千体以上の敵を前に、一人突出した乃木若葉は戦線で孤立する。

 

 ハガネをまとった鋼田帯一が救援に向かうも、怒りの中で刀を振るう若葉の身に、突如として天より一筋の(いかづち)が降り注いだ。

 

 

「がぁ……ッ!?」

 

「若葉!?」

 

 

 黒き雷は若葉の体を侵食し、彼女のまとう勇者服を漆黒に染めた。

 

 変化は装備だけにとどまらず、若葉の瞳から生気という色が抜け落ちる。

 

 少女はまるで操り人形のような動きで、いきなり帯一に斬りかかった。

 

 

「わ、若葉!? どうしたんだ!」

 

「殺す……全ての敵を、殺す……」

 

 

 少年の眼前には、憎しみに歪んだ幼馴染の顔があった。

 

 一体なにが起きた? あの(かみなり)のせいか? なんなんだアレは?

 

 グルグルと疑問が湧くが、答えを出す間もない勢いで少女は刀を振るってくる。

 

 

「うっ、くッ……!」

 

 

 帯一は必死で彼女の剣撃を自らの剣でさばくも、力量が上の若葉を前にしては次第に手が追いつかなくなる。

 

 防ぎきれなかった生太刀の刃が、ハガネの鎧に傷を与えた。

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

 太刀には勇者服と同じ紫黒のオーラのようなものがまとわりついており、それが裂かれた鎧を通り抜けて、帯一の肉体にダメージを加える。

 

 痛みにうめく幼馴染に気づいていないのか、若葉はさらに二振り三振りと鎧を切った。

 

 

「若、葉……ッ」

 

「殺す……殺す……殺すッ」

 

 

 少女の顔には怒りしかなかった。

 

 バーテックスに向けられるべきその憎しみはなぜか今、目の前の幼馴染へと(そそ)がれている。

 

 若葉の太刀の鋭さに喘ぎながら、少年は考えを巡らせる。

 

 

「さっきの雷は、バーテックスが起こしたのか? 若葉のことを、操っているのか……?」

 

 

 そうとしか考えられない。

 

 がそうだとして、今の帯一になにが出来るだろう。

 

 ハガネの鎧には、装着時間に「99、9秒」という制限が設けられている。

 

 その分鎧の力は、同じ時間制限のある勇者の「切り札」と同等のものが与えられた。

 

 だがそのパワーを仲間に向けるなど、誰であっても出来ようはずがない。

 

 

(考えろ、考えろッ。どうすれば若葉を正気に戻せるのか……!)

 

 

 友奈たちが来てくれたなら、なにか手があるのかもしれない。

 

 けれど、彼女らは今も多数の敵を相手に、神樹の防衛に徹している。

 

 都合のよい救援など望めない。

 

 帯一は若葉の太刀を受けながら、ふと以前の戦いでのことを思い出した。

 

 

(そうだ……。杏ちゃんも、千景さんも、二人の体に触れた時……なにかが俺の体に流れ込んできた)

 

 

 そして直後に、二人の様子はいい方へと様変わりしていた。

 

 まるで憑き物が落ちたように。

 

 

「負の感情を吸収する……それが、この鎧──ハガネの力なら!」

 

 

 帯一は防御を捨て、両腕を広げた。

 

 胸の中に飛び込む形で、若葉が攻撃を仕掛けてくる。

 

 少女の刀が、ハガネの胴体に突き刺さる。

 

 

「ぐっ! ……若葉ッ」

 

 

 帯一は鎧を解除し、生身の体で若葉を抱きとめた。

 

 太刀は少年の腹を貫通して、流れ出る血が二人の服を赤く染める。

 

 

 少年の腕の中で若葉はもがく。まるで死体のように、少女の体は冷たい。

 

 敵にいいように操られ、友に武器を向けさせられている。

 

 その、心の底にある悲しみが表出しているようだった。

 

 

 そんな若葉の冷えた体を、帯一はきつく抱きしめる。

 

 自分自身の怪我の痛みを意に介さず、強く強く。

 

 そして、少女の体に憑りついた雷の黒い瘴気が、帯一の体に吸い取られていった。

 

 

 やがて若葉は糸が切れたように、彼の腕の中で倒れ込む。

 

 

「ひとまず、これで大丈夫……かな?」

 

 

 帯一は眠っている様子の少女を、そっと樹海の地に横たえた。

 

 腹から抜いた彼女の愛刀を鞘に納め、少女の隣に置く。

 

 

 出血のため視界がボヤけ、体がフラつく。

 

 それでも帯一は、自分が倒れることを許さなかった。

 

 

「あとは、バーテックス(こいつら)をやっつけるだけだ……!」

 

 

 若葉()を護りながら、帯一は仲間が駆けつけるまで、一人必死の思いで剣を振り続けた。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 千体に近い数の星屑から、どうにか神樹を防衛することに成功した勇者たち。

 

 しかしその代償は、二人の仲間の入院という結果を出した。

 

 

 友奈たちが孤立した二人の元に到着した時にはすでに敵の影はなく、眠るように目を閉じている若葉と、出血おびただしい帯一が倒れている姿のみが残されていた。

 

 樹海が解除されたのち、二人は即座に病院に担ぎ込まれる。

 

 

 帯一の怪我は、腹部の刺し傷に全身の裂傷、それによる多大な出血。

 

 若葉の身体的な怪我は彼より軽かったが、深い眠りに落ちており、その原因はハッキリとしない。

 

 

 友奈らも、遠方から彼女の体に雷撃が落ちたのを目撃しており、それをひなたに伝えた所、帯一の推測と同様に「敵の精神攻撃の一種であろう」と結論付けた。

 

 

 ひなたたち五人の少女は、治療を終え面会謝絶となった二人の病室の前で、ただうなだれていた。

 

 幼馴染二人が大怪我を負い、ひなたの心理的なショックはとても大きいだろう。

 

 そんな彼女に、友奈は沈痛な面持ちで声をかける。

 

 

「ごめんね、ひなちゃん。私が若葉ちゃんの所に行っていれば……」

 

「謝らないでください。きっと、帯一くんも納得してやったことだと思います」

 

 

 頭を下げようとする友奈を止め、ひなたは気丈にふるまう。

 

 少女の瞳が涙を懸命にこらえていることに友奈は気づいて、いっそう後悔がつのった。

 

 

 千景もまた、暗い顔でガラスの向こうに眠る二人の姿を見つめる。

 

 身体的な怪我は、神に選ばれたという特性のおかげで、常人より速いスピードで回復に向かっているらしい。

 

 

 問題は、二人の意識がいつ戻るのか、という点にあった。

 

 謎の攻撃を直接受けた若葉と、その攻撃のダメージを引き受けた帯一。

 

 彼らの精神は、ちゃんと元通りに回復するのか……。

 

 

「これじゃあ、怒りたくても怒れないじゃない……」

 

 

 若葉の無謀な行動で、みんなが危険に晒された。

 

 そのことで一言言ってやろうと思っていた千景だが、当の若葉が目を覚まさないのであればそれも空回りだ。

 

 

 もちろん千景だって、本気で若葉に怒っている訳ではない。

 

 彼女なりの、早く目を覚ましてほしいという願いを込めたつぶやきなのだ。

 

 

 そして、それは帯一に対しても同じだ。

 

 少年に対する辛辣(しんらつ)な態度を、すでに千景は反省している。

 

 ゆえに、少女は決めたのだ。

 

 彼が目を覚ましたなら、かつての態度を謝りそして、自らの過去を打ち明けようと。

 

 

「神に祈るなんて(がら)じゃないけど……神樹様、どうか二人を、無事に帰してください」

 

 

 千景は胸の前で、祈るように両手を握った。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「ぅ……」

 

 

 戦いの中で意識を失っていたのか。

 

 眠りから目覚めた帯一はしかし、病室のベッドではなく、闇に包まれた謎の空間の中にいた。

 

 

「どこだ、ここ……」

 

「帯一……?」

 

「その声は、若葉……!?」

 

 

 すぐ隣から聞こえた幼馴染の声。

 

 そこには敵に操られていた時とは違う、本来の姿の乃木若葉がいた。

 

 二人は闇の中で、互いの無事を確かめ合う。

 

 

「よかった、正気に戻ったんだね」

 

「帯一、一体なにがあったんだ?」

 

「僕にもよくわからない。若葉が敵の攻撃を受けて、操られたみたいになって、二人とも意識を失って……気づいたら、ここにいた」

 

 

 周囲は真黒に塗りつぶされ、一筋の光すらない。

 

 それなのに、お互いの姿だけはしっかりと確認できる。

 

 

「おそらく現実ではない。私たちの意識は、どこか特殊な空間へ飛ばされたのではないだろうか」

 

『その通りだ』

 

「「!」」

 

 

 若葉の推測を肯定した声は、帯一のものではない。

 

 なにかに(ふさ)がれたようなくぐもった声の持ち主は、二人の眼前に姿を現す。

 

 

「……ハガネだ」

 

 

 帯一の目には、自らがまとう鎧が映った。若葉にも同じものが見えている。

 

 ハガネは闇の中でシルバーの輝きを保ち、()()()()()()()()()光っていた。

 

 

『私は、かつてハガネまといし者』

 

 

 鎧が静かに発した言葉は、自身が過去の存在であることを示している。

 

 

「僕の前に、ハガネの装着者だった人……」

 

『かつての時代、人は「魔の世界の者」共と戦うために、この鎧を生み出した。しかし、それを「神」は許さなかった』

 

「神、とは一体」

 

『お前たちが戦っているモノだ』

 

 

 ハガネの鎧は過去、人類が超常の存在に対抗して造られた代物(しろもの)

 

 だが自らを守るためといえ、人は人の領域を超えた力を手にした。

 

 それが、『神』と呼ばれる存在の怒りに触れたのだと鎧は語る。

 

 

 そしてその神とは、今勇者たちが戦っているバーテックスの正体である、と。

 

 

『鎧を造った者たちは、死という天罰を与えられた。数多の鎧は破棄されたが……この一体の「ハガネ」のみが、神の目を逃れ秘かに残された。未来へ繋ぐ「希望」として』

 

 

 自分がまとっていた力の背景を、帯一は初めて知った。

 

 同時に、自身がどれほどの想いを託されたのか、噛みしめる。

 

 

 鎧は少年を見据え、言葉を投げかける。

 

 

『「ハガネを継ぐ者」よ。お前は共に戦う少女らを救うため、多くの闇を飲み込んだ。その闇が、お前を死に追いやろうとしている』

 

「帯一が……死ぬ、だと……!?」

 

 

 共に鎧の声を聞いていた若葉が、その内容に強いショックを受けた。

 

 

「なにか、こいつを救う手立てはないのか!?」

 

『ある』

 

「あるのか!?」

 

『「闇」を「光」に変えるのだ。そうすれば、闇はお前を(むしば)む毒ではなく、支えるための力となる』

 

「そんなの、どうすれば……!?」

 

 

 帯一が叫ぶように尋ねる。

 

 鎧は(おごそ)かな声から一転して、師のような温かみを持った声色で、少年へ忠告を送る。

 

 

『闇を受け入れよ。恐れるな。……自分を信じろ』

 

 

 周囲を取り巻いていた闇が、帯一の体内に流れ込んでくる。

 

 夜のような闇は濃さを増して、すぐ側にいる若葉の姿も見えなくなる。

 

 帯一は抵抗もできず、黒の世界に飲まれていった。

 

 

「うわぁあああああああ!!」

 

 

 苦しい。

 

 ただ苦しみだけが、少年の中に充満している。

 

 

 イヤだ、イヤだ、誰か、助けてくれ。

 

 

 助けはない。独りきり、闇の虚空で帯一はもがき続ける。

 

 

 

 

 

 その時、彼の手にわずかな温もりが感じられた。

 

 とても身近な、昔から感じていた温かみ。

 

 それは──

 

 

「帯一、しっかりしろッ」

 

 

 若葉だ。

 

 彼女は果敢にも、少年を取り込んだ闇の中に自らも飛び込んで、今彼の手をつかんだ。

 

 

「わ、かば……」

 

 

 そうだ、自分は独りじゃない。

 

 友である若葉がいる。

 

 

 彼女だけではない。

 

 ひなた、友奈、千景、球子、杏──共に戦うかけがえのない仲間が、いつも側にいてくれるではないか。

 

 

「この程度の闇に負けるな! 私も、自分自身の『憎しみ』という闇を乗り越える! だから……お前も諦めるな!!」

 

 

 若葉の激励(げきれい)が、少年の胸を打った。

 

 彼女は戦いの中でも、一人敵陣に取り残された時も、諦めることは無かった。

 

 そして憎しみに身を焦がしたその過去を、少女は今、乗り越えることを誓ったのだ。

 

 そんな若葉の昔からの幼馴染である自分が、どうしてこんな事で音を上げられるだろう。

 

 

「若葉……。僕も、負けない……この闇に、打ち勝って見せる……ッ」

 

 

 繋いだ二人の手から、闇にも負けない光がほとばしりはじめた。

 

 

「帯一!」

 

「若葉!」

 

「私たちは……」

 

「僕たちは……」

 

 

 互いを想いあう両者の強い絆は、やがて閃光となり、闇の浸食を上回っていく。

 

 

「闇にも、神にも負けない!」

 

「ハガネを継ぐ者として、()に恥じない──人々を()()()()になる!!」

 

 

 暗黒の空間が、白く輝く光の世界へと変わっていく。

 

 

 帯一の決心の宣言を聞いた鎧──先代装着者の魂は、使命を果たしたと満足げにうなづくと、幻のようにその場から姿を消すのだった。




ふと、自分の文章って読みづらいのでは…?と感じ、試しに改行を増やしてみました。
どうでしょうか?


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最終話 永 -エターナル-

「「「「総攻撃……!?」」」」

 

 

 千景、友奈、球子、杏──四人の声が重なって、同じ言葉を口にする。

 

 四人の前には、神妙な面持ちでうなづくひなたがいた。

 

 

「はい、総攻撃です。文字通り、次の戦いでバーテックスは、総力を挙げて四国に攻めてきます」

 

「そう神託があったのね?」

 

 

 千景の問いに、再びひなたはうなづく。

 

 

 前回の侵攻では、敵の数は千体にも(およ)んでいた。

 

 それが次には、全ての戦力を投入してくるという。

 

 いったいどれほどの大軍が来るのか、想像もしたくないと杏は震えた。

 

 

「おまけに、こっちは若葉と帯一が居ないし……これ、もしかして大ピンチなんじゃないか?」

 

 

 球子は、お手上げだという風に言った。

 

 

 前回の戦いで重傷を負った二人は、未だ治療室で眠り続けている。

 

 次の敵の侵攻の時までに都合よく目を覚ますとは、考えない方がいいだろう。

 

 帯一が怪我するのを見逃し、若葉も助けられなかったという後悔を抱えた友奈はしかし、拳を握り強く宣言する。

 

 

「大丈夫! 帯一くんも若葉ちゃんも、絶対に必ず目を覚ますよ! だからそれまで……二人が安心して帰って来れるよう、私たちが頑張って、この世界を守るんだ!」

 

「ええ、高嶋さんの言う通りだわ」

 

「ま、泣き言いってもしゃーないわな」

 

「そうですね。私たちに出来ることをやらないと……!」

 

 

 残された面々の決心が重なる。今はいない二人の仲間は、きっと戻ってくると信じて。

 

 神託によれば、総攻撃まで時はそれほど残されていない。

 

 五人は今こそ一丸となって、懸命にバーテックスへの対抗策を()るのだった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「いや想像以上に多いな!? ぶっタマげたぞ!」

 

 

 そして、ついに神託の日は訪れた。

 

 樹海に立つひなた以外の四人の前には、地平を埋め尽くす勢いの星屑の群れが浮かんでいる。

 

 

「二千……三千? 数えきれない……」

 

 

 杏の持つ端末には地図が表示され、敵の位置情報も書かれているのだが、その数は計測不能を表していた。

 

 意気込んでいた友奈も、この大軍勢を前にしては声もなく、冷や汗を浮かべている。

 

 隣に立つ千景もまた、敵の本気度に圧倒された。この一戦で、確実に自分たちを殲滅する気でいるんだ、と。

 

 

『絶対に、生きて戻ってきてください』

 

 

 樹海に飛ばされる前、ひなたはそう言って四人を送り出してくれた。

 

 しかし、正直いって彼女の願いを叶えることができるのか……。

 

 

「敵が来ます。皆さん、それぞれの位置についてください!」

 

 

 杏が、他の三人に指示を飛ばす。

 

 彼女らは散々話し合い、考えを重ねた結果──一つの作戦を思いついた。

 

 それは陣形、フォーメーションを組み、各人が交代交代で敵に対処することで、長期戦へ持ち込むことだった。

 

 数で言えばバーテックスの方が圧倒的に多く、この差は(くつがえ)せない。ならば、と杏がいたった結論である。

 

 読書好きな彼女が、昔の戦記物の小説などで得た知識を動員しての今作戦は、大社の側でも「唯一の有効策」と認められたものだ。

 

 

「若葉さんと帯一さんがいてくれたら、完璧だったんですけど……」

 

「今ある手札でやりくりするしかないわ。私たちで、勝ちを拾いましょう」

 

 

 千景が、不安げな杏を(はげ)ますように声をかけた。

 

 

「きっと大丈夫よ。成せばなんとかなるって、昔の人も言っていたし」

 

「あ、なんとかは余計かと……」

 

 

 千景のフォローにツッコミをいれる杏。おかげで調子が戻ってきた。

 

 

「ほう……人の心配ができるとは、千景もずいぶん気が利くようになったな!」

 

「ぐんちゃんには、もしかしたらサブリーダーの才能があるのかもね!」

 

 

 急に褒められ頬を染める千景だが、悪い気はしない。

 

 今の彼女は、人からの賞賛を色眼鏡抜きで、素直に受け入れられるようになった。

 

 それも帯一や若葉、友奈らの、気のいい同志たちと接してきたおかげだろう。

 

 

「そうね。乃木さんが戻って来なかったら、リーダーの座を奪ってしまおうかしら」

 

 

 そんな冗談を言いつつ、四人だけの勇者による神樹の……世界の防衛戦がはじまった。

 

 

 

 

 

「タマっち先輩、下方から敵の一群が迫ってきています! 友奈さんは前に出過ぎです、少し下がってください!」

 

 

 後方で杏が、全体の戦況を見つつ各勇者に指示を出す。彼女の指令は的確だが、やはりどうしても敵の数が多すぎた。

 

 勇者たちの奮戦もむなしく、戦線は徐々に後退していく。

 

 

「やっぱり……四人だけじゃ、ローテーションが追いつかない……」

 

 

 杏は焦りの声をもらした。

 

 本来は前線で戦う者と、後方へ下がった者が代わり番に休憩を挟むことで、長時間の戦いに対応するはずだった。

 

 しかし今回は敵の総数が彼女らの予想を超えており、休息をとる時間的余裕が与えられないでいる。

 

 勇者たちの体力は確実に削られていき、それは精神面でも同じだった。

 

 戦闘開始から早数時間が経過し、四人とも疲労が蓄積しきっている。いつ倒れてもおかしくない状況だ。

 

 そこに追い打ちをかける事態が訪れる。真っ先に気づいた球子が声を上げる。

 

 

「おい! バーテックスが引いていくぞ!?」

 

「アンちゃん、これって……」

 

 

 星屑は一つの所に集まり、その身を溶け合わせていく。

 

 進化体、そう四人は思った。

 

 しかし……それは()()()なのを、すぐに彼女らは知ることになる。

 

 

「これは……進化体、なの……?」

 

 

 千景の目に映る敵の姿は、これまでの進化体と呼ばれるものたちより、遥かに巨大なシルエットをしている。

 

 

 眼前の敵はビルほどの巨躯を持ち、その体には()()()()()を思わせる、凶悪な器官を備えていた。

 

 

「違う、これは……進化体じゃない……!?」

 

 

 謎の進化を果たしたバーテックスを見て、杏は直感的に叫んだ。

 

 この敵は、進化体などという生易しい存在ではない、と。

 

 これぞ、彼女らの──否、人類の敵である『神』、その最大の戦力の一つ。()()()、『スコーピオン・バーテックス』。

 

 

 

 蠍座の名を冠するバーテックスは、その由来である巨大な尾を振るった。

 

 

「「「「きゃぁあああああ!?」」」」

 

 

 たった一撃で四人の勇者たちは、人形のように軽々と吹き飛ばされてしまう。

 

 かつてないダメージで樹海の上に叩きつけられ、みなすぐには起き上がれない。

 

 千景は倒れたまま、(うめ)くように言う。

 

 

「なんなのよ、こいつは……こんなの、上里さんの神託にも、予言されてなかったじゃない……!」

 

 

 彼女の声に答える者はいない。友奈ら三人は、敵の強力な一撃を受け意識を飛ばしてしまっていたのだ。

 

 一人ヨロヨロと起き上がった千景の前に、悠然と完成体のバーテックスが近づいてくる。

 

 千景はスマートフォンを取り出した。勇者へと変身するアプリが搭載されているそれを操作する。

 

 

「こうなったら、『切り札』を使うしかないわね……」

 

 

 それは勇者の体に、精霊と呼ばれる霊的存在を降ろす、強化機能。

 

 反動によるダメージを受ける恐れがあるため、大社からは極力使用を控えるよう伝えられていたが、この状況ではそうも言っていられない。

 

 千景はアプリを操作して、精霊の記録を勇者服にダウンロードしようとする。

 

 が……

 

 

「!? そんな……アプリが機能しない!?」

 

 

 不幸は続く。どうやら最初のスコーピオンの攻撃によって、スマートフォンが破損してしまったようだ。

 

 何度もアプリをタッチするも、エラー警告が表示されるのみ。

 

 焦る少女を嘲笑うように、スコーピオンはゆっくりと尾部を持ち上げる。

 

 尾の先端の針からは、生物の体内機能を破壊する猛毒が(したた)っている。

 

 

 

 千景はスマートフォンをしまった。

 

 諦めてしまったのだろうか? 否、彼女は武器である鎌を構え、必死の抵抗を見せる。

 

 

「私たちは、私は、こんな所で死ぬ訳にはいかないのよ……まだ、二人に謝ってないんだから……!!」

 

 

 追い詰められた状況でも千景の瞳には、決して死を認めない不屈の魂の輝きがあった。

 

 そんな彼女の懸命さを(わら)うように、虫けらでも潰すように、スコーピオン・バーテックスは毒の尾を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 眼前へと迫ってくる必死の一撃から、千景は目をそらさなかった。そうすることが、少女なりの最後の抵抗でもあるように。

 

 そんな彼女を守るように、千景の前に銀色(シルバー)の輝きをまとう存在が、すべるように舞い降りた。

 

 バーテックスの毒の針は、銀色の鎧によって弾き飛ばされる。

 

 

「あ、あなたは……!」

 

「ごめんなさい、遅れました」

 

 

 背を向けたまま言葉を返すのは、ハガネの鎧。それを纏うのは、千景の仲間である少年──鋼田帯一。

 

 さらに、フラつく千景の体をそっと横から支える手が現れた。

 

 

「乃木さん……!」

 

「心配かけたな。だがもう、闇は乗り越えた」

 

 

 若葉はそっと千景を地面に座らせた。あとは任せろ、そう言外に言っているようだった。

 

 千景は、敵の前に並び立つ帯一と若葉の背を、黙って見つめる。

 

 

(二人とも、一体なにがあったの……?)

 

 

 千景の目には、帰ってきた二人の背中が、一回りも二回りも大きくなったように見えた。

 

 まるで、長い旅を経て成長を果たした一流の剣士のようなオーラが、二人の体には(みなぎ)っている。

 

 

「いくぞ、帯一」

 

「いつでもいいよ」

 

 

 若葉はスマートフォンを操作して、自らの体に精霊を憑依させた。

 

 切り札を使った彼女の心身に、負の思念が蓄積され始める。

 

 そのマイナス感情を、帯一はハガネを使って吸収する。

 

 黒い霧のようなモヤは銀の鎧を闇に染めた。しかし、それで変化は終わらない。

 

 

「今こそ、闇を光に──!」

 

 

 闇を貫いて、ハガネの鎧が白く輝く。千景はくらむ目を開けて、二人のやろうとしていることを焼き付ける。

 

 やがて鎧を取り巻く闇は、すべてが眩い閃光へと変わっていった。

 

 

「いまだ、若葉!」

 

「うむ!」

 

 

 ハガネと少女は、自らの武器である二本の刀を振るう。

 

 刀身から放たれた輝く光の刃が、舞うような軌跡を描いてスコーピオン・バーテックスの巨体を貫いた。

 

 まるで、閃光をまとった剣の舞(ソード・ダンス)だ……。千景は、美しいその舞を見て思った。

 

 心臓部を破壊されたバーテックスの体が、砂となって崩れ落ちていく。

 

 そして……樹海を一陣の花吹雪が埋め尽くした。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 勇者と帰ってきた剣士の奮戦により、バーテックスの総攻撃は失敗に終わった。

 

 後の世に「丸亀城の戦い」と記録されることになる決戦を乗り越えた一同は、しばしの休息を経て今また戦いの衣装をまとっている。

 

 が、今回は戦闘が行われるわけではない。四国の外に、バーテックスからの生き残りがいるという情報を得ての、遠征調査のためである。

 

 

「若葉、忘れ物はない?」

 

「ああ。ハンカチもティッシュも持ったぞ」

 

 

 様々な道具を収めたリュックを背に、帯一と若葉は互いに持ち物の確認をしている。

 

 そんな二人を、他の面々は改めて見つめた。

 

 

「グンちゃんも言ってたけど、本当に帯一くんと若葉ちゃん、雰囲気が変わったね」

 

「はい。今はそうでもないですけど、どことなく貫禄がついたというか……」

 

 

 友奈と杏は少年らをそう評する。

 

 球子も

 

 

「意識を失ってる間に、()()()()()()()()()()があったんだろうな」

 

 

 とのん気そうに感想を述べた。

 

 実際その通りなのだ。帯一と若葉は鎧の世界でハガネの試練に打ち勝ったことで、精神的な成長をとげた。

 

 きっと今の二人なら、もう闇の恐怖になど惑わされることは無いだろう。

 

 

 

 二人の幼馴染である上里ひなたは、少し離れた所で彼らの姿をまぶしそうに見つめていた。

 

 そんな少女に、千景はそっと声をかける。

 

 

「上里さんは、行かなくていいの?」

 

「今の私は、二人の間に入るにはお邪魔でしょうから」

 

 

 しかし、寂しげにそう言ったひなたを放っておく帯一と若葉ではない。

 

 二人は距離を置こうとするひなたの元へ構わず駆け寄ると、少女の手を両側からつかんだ。

 

 

「さあ、行くぞ。ひなた。旅の移動の間は、私が抱えて連れて行ってやる」

 

「いや、若葉はゴリラパワーで荷物を持っててくれ。ひなたは僕が運ぶから」

 

「なにを言う! 同性の私が抱える方がいいに決まってる!」

 

「女の子が女の子に抱えられても嬉しくないでしょ! 僕がやる!」

 

「私が!」

 

「僕が!」

 

 

 二人のやり取りを見て、ひなたはすっかり安心した。

 

 遠くに行ってしまったように感じていた帯一も若葉も、変わらずに自分のことも友達と思ってくれているのだ、と。

 

 そうだ。彼らの友情は、永遠の時が経とうと変わるものではない。




プロット上ではもう少し俺たたエンドな感じでしたが、サブタイ回収したしここで終わりでいいか…と、かなりのぶつ切りになってしまいました。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。


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