機動戦士ガンダムSEED DESTINY~自由の福音~ (那珂之川)
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登場人物設定

※ここのページは話が進むごとに随時更新するため、一応ネタバレ注意


<主人公>

ナイル・ドーキンス Nile Dawkins

 人種:コーディネイター

 身長:178cm

 体重:63kg

 誕生日:CE56年6月2日

 年齢:17歳(DESTINY開始時点)

 性別:男

 星座:双子座

 血液型:B型

 出自:オーブ連合首長国

 趣味:読書

 髪の色:金髪混じりの黒髪

 瞳の色:青

 肩書:ザフト(ジュール隊)

    ザフト統合設計局技術顧問

 テスト機:ZGMF-X09A ジャスティスガンダム

      ZGMF-X10A フリーダムガンダム

 搭乗機:ZGMF-1001/AW エールザクファントム

     ZGMF-X23S セイバーガンダム

 親族:実母 レイチェル・ドーキンス

       (元オーブ二佐、現ザフトアカデミー教官)

    実父 ユーレン・ヒビキ

 特殊能力:SEED因子

      アル・ダ・フラガ並の空間認識能力(未来予測能力)

 

 本作の主人公。オーブ連合首長国出身だが、CE65年にプラントへ移住。

 ラクス・クラインを通してキラ・ヤマトやアスラン・ザラをはじめとした前大戦(種無印時代の戦争)経験者と交友を持ち、シン・アスカとはオーブ在住時代にスクールの同級生で、親ぐるみでの交流を持っていた。

 

 ナイルの性格は熱血だが、幼い頃は大人しい傾向で顔見知りが強かったこともあって、ナイルの本当の気質を知るものは少ない。断片的な情報から物事の本質を見極める能力に優れており、母親のレイチェルはそれを見抜いた上で、クライン邸で働くことを薦めた経緯がある。

 

 前大戦時はクライン邸の使用人を務めつつも、ザフトファーストステージの開発・設計に携わっていた。

 とりわけX10A[フリーダム]とX09A[ジャスティス]はテストパイロットでありながらも優れていたナイルの能力を基準とした性能調整がなされており、マルチロックオンシステムはナイルレベルの空間認識能力が前提のシステムに仕上がっていて、当時開発に関わっていた人物曰く『パイロットでないのが惜しい』と言わしめてしまうレベル。

 部隊配属後の搭乗機は[エールザクファントム]。

 

<主人公の母親>

レイチェル・ドーキンス Rachel Dawkins

 人種:コーディネイター

 身長:151cm

 体重:49kg

 誕生日:CE24年

 年齢:49歳(DESTINY開始時点)

 性別:女

 血液型:B型

 出自:オーブ連合首長国

 髪の色:黒髪

 瞳の色:青

 パーソナルカラー:藍色

 肩書:ザフト(アカデミー教官)

    プラント総合遺伝子工学研究所・主任研究員

 搭乗機:ZGMF-1017 ジン

     ZGMF-1017M ジンハイマニューバ

     ZGMF-1001/EX-G1 ナイトザクファントム

 親族:夫 ユーレン・ヒビキ(夫が既婚者の為、婚姻はしていなかった)

    息子 ナイル・ドーキンス

 

 主人公の母親。実年齢に似合わない二十歳前半の端麗な容姿を持つが、レイチェル本人は年齢を意識した振舞いを心掛けている。

 元オーブ国防軍の出身で、最終階級は二佐。ザフトに入隊後はユニウスセブンに対する核攻撃を封じるだけでなく、その後の戦闘もラウ・ル・クルーゼに匹敵する戦績を挙げたMS黎明期の英雄。

 

 ザフトアカデミーの教官として教鞭を揮う。担当は体術とモビルスーツのシミュレーター訓練。

 アカデミーにおける最終総合成績は歴代1位で、アスランが出てくるまで誰も寄せ付けなかった実力を誇る。家庭ではそれを威張ったりすることなく、息子に対して惜しみない愛情を注いでいる。プラントを問わず、各方面に対して強力なコネを有している。[メンデル]で働いていたこともあり、ギルバート・デュランダルの本質を知る数少ない一人。

 

<機体>

エールザクファントム

 形式番号:ZGMF-1001/AW(書面上の番号)

      ZGMF-1551/AW(実際の番号)

 全高:19.37m

 重量:77.25t(ウィザード込)

 搭乗者:ナイル・ドーキンス

 装備(ザク本体)

  MMI-M633 ビーム突撃銃

  MA-M8 ビームトマホーク×2(シールド格納)

  RQM55 フラッシュエッジビームブーメラン×2(両腰部)

 (エールウィザード)

  AGM138 ファイヤビー 誘導ミサイル

  MMI-M826 ハイドラ ガトリングビーム砲

  MA-MR2 ファルクスG9 アンビデクストラスビームアックス

 

 ナイル・ドーキンスがジュール隊配属時に与えられた専用機。コクピットや各種コンソールはザクと共通。

 表向きは[ザクファントム]と同番号となっているが、実際は次世代ミレニアムシリーズのコンペ機に[ザクファントム]の外部装甲を取り付けた仕様。レイチェル・ドーキンスが機体を手配する際、データ上とはいえファーストステージの機体を乗りこなしていた彼の反射速度を考慮したため、コンペ用に開発された機体を実戦配備することとなった。

 機体性能はZGMF-X56S/α[フォースインパルス]と同水準の機動性を確保し、ヴァリアブルフェイズシフト装甲を搭載していないとはいえ、セカンドステージシリーズの機体と対等に渡り合う。

 



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戦いの先に見つめるもの

―――この世界には二つの人種がいる。

 

―――何の調整を受けることなく自然に出生した[ナチュラル]。

 

―――そして、遺伝子調整を受けることで優れた身体能力を獲得した[コーディネイター]。

 

 この世界で初めてコーディネイターであることを明かした人物の名はジョージ・グレン。彼は木星探査へ赴く際に自らの出生を明かすと共に、コーディネイト技術を世界に向けて発信した。

 彼は自らを『調整者』として呼称し、いずれ来るであろう地球外生命体との懸け橋……地球に住む人々が外へ目を向けてもらうための希望を持って、その技術を世に出した。 

 

 世の中に出された技術は人の意思によって善意にも悪意にもなり得てしまう。ジョージ・グレンはあくまで善意を以ての運用を期待していたが、実際の現実は善意のみならず悪意までも生み出した。

 更に立ちはだかるのは、遺伝子調整による倫理・道徳の価値観の相違や、コーディネイトされた子どもの能力による差別意識の増大。最初は小さな歪みだったが、それが次第に膨れ上がり……その果てに起きたのはナチュラルとコーディネイターの対立。

 

 それも、単なる競争原理からくるものに止まらず、ナチュラルはコーディネイターに対する劣等感を抱き、コーディネイターはナチュラルに対する優越感を抱くものまで現れてしまう。

 憎しみや妬み、怒りが臨界点を超えた双方が繰り広げたのは、殺害の応酬。一度引き金を引けば止まらない悪意の連鎖。そして、個人単位の殺害は次第にエスカレートしていった。

 

―――コズミック・イラ(C.E.)70年2月14日。

 

 後に『血のバレンタイン』と呼ばれる地球連合軍の核ミサイル攻撃によって、プラントの農業用コロニーの一つであったユニウステンが崩壊。この事件を皮切りとして、北アメリカ大陸を本拠地とする大西洋連邦とユーラシア北部・西部を有するユーラシア連邦を主軸とする地球連合軍とL5(ラグランジュポイント・ファイブ、エル・ファイブと呼称)のコロニー群を本拠地とするプラントが本格的な武力衝突へと発展。

 膨大な人口と物量で勝る地球軍に対し、プラントは『ザフト』を軍隊として組織。人型モビルスーツ[ジン]を主軸とした新兵器、核攻撃を封じるためのニュートロンジャマ―などといった兵器や装置は地球連合を確実に追い詰めた。

 

 地球連合軍は反攻の切り札となるモビルスーツ―――GAT(ジーエーティー)-Xシリーズを極秘開発。ザフトの主力武器である実弾兵器を無力化するフェイズシフト装甲を有した5機のモビルスーツは、地球の中立国であるオーブ連合首長国のコロニーで開発された。

 だが、それを嗅ぎ付けたザフトによって機体は奪取。辛うじて奪取を免れたGAT-X105(エックスイチマルゴ)[ストライク]。そして、新型の強襲機動特装艦[アークエンジェル]。僅かな戦力しか持たなかった彼らだが、厳しすぎる戦力差を埋めたのはヘリオポリスの学生としてコロニーにいたコーディネイター。

 

 コーディネイターを悪しき存在だと謳う勢力が強い地球連合軍上層部にとって、秘匿すべきストライクのパイロット―――彼の名前はキラ・ヤマト。

 後にZGMF(ゼットジーエムエフ)X10A(エックスワンオーエー)[フリーダム]を駆り、コズミック・イラにおいて伝説のパイロットとして名を馳せることになる少年の名。

 

「―――帰って来て早々話したいことがあると思えば、ラクスの惚気話を聞かされるとはな。アスランのことはいいのか?」

 

 プラントのクライン邸。見るからに豪邸と呼べる邸宅の庭先で、使用人の制服に身を包んだ金髪混じりの黒髪を持つ少年が、桃色の髪を持つ少女に話しかけつつも紅茶を注いだ。注がれた紅茶を受け取った後、少女はそれを一口啜った後、テーブルで静かに置いた。

 その少女―――プラント最高評議会議長であるシーゲル・クラインを父に持ち、プラントの歌姫として持て囃されるラクス・クラインの表情は、不満を形にしたものであった。

 より具体的に述べるならば、拗ねた表情を見せていた。それを見せられて愚痴を零される方は堪ったものではないのだが、何も今回が初めてのことではない。

 

「知りません。聞けば、私の事などあまり心配なさっていなかったそうですわ」

「……それだけを聞けば、確かにアスランの非でしょうね」

「もう、こういう時位タメ口で話してくださいな、ナイル」

「分かった、分かった」

 

 少女に窘められた使用人の少年―――ナイル・ドーキンスは肩を竦めつつも、空いている席に腰かけた。空いているカップに自分で紅茶を注ごうとしたところ、いつの間にかティーポットを奪っていたラクスが笑顔でナイルを見つめていた。

 

「今は友人としての語らいです。大人しく注がれなさい」

「……はいはい」

 

 ナイルがクライン邸の使用人―――正確にはラクス専属の使用人兼幼馴染―――となったのは、彼の母親が彼女の父親と親交が深かったから、と聞いている。人付き合いや何かと狙われやすいラクスの身辺護衛も兼ねているため、基本は住み込みで働いている。

 つい先日まで追悼記念式典のために民間船へ乗船したところ、襲撃を受けて脱出ポッドで漂流している所を地球連合の戦艦に拾われたと聞いた。ナイルがその場に居合わせなかったのは、ラクスが固辞したためだ。

 

 有力者の令嬢ということもあり、ラクスには婚約者がいる。その相手をナイルは知っているし、友人としての交友もある。名はアスラン・ザラといい、パトリック・ザラ国防委員長の子息にしてザフト軍のトップエリートの一角に名を連ねている。

 彼の同期とも仲が良いので話を聞くが、15歳で成人と認められているプラント社会の中でも大人顔負けの実力を発揮している。

 

 プラントから見れば『希望の星』とも揶揄される二人の組み合わせだが、この二人は性格的に全く噛み合わないという有様だった。

 具体的には、ラクスは女性として見て欲しい部分があるのに、アスランはそれを見ようともしない。婚約者ならば自ら愛そうとラクスが努力しても、アスランは無自覚で払い除けている。

 ラクスから注がれた紅茶を啜った後、ナイルはラクスに視線を向けた。

 

「それで、助けてくれた連合軍の戦艦にコーディネイターのパイロットか。まあ、已むに已まれぬ事情付きなんだろうが。しかも、あのアスランの幼馴染かあ……よく付き合ってられると思うのは俺だけか?」

「そのような言い方をされますと、ナイルもアスランを面倒だと思っていらっしゃるのですか?」

「面倒というよりは、仕方が無く付き合っている側面が強いよ。しかも、婚約者同士の席に同席させるなんて普通じゃないからな? 後者についてはラクスに対する文句だが」

 

 アスランの性格としては生真面目で、何をやらせても一流の実力を持つ。現に連合から奪取した4機の最新鋭モビルスーツのうちの1機を任されているのがその証左だろう。だが、能力の代わりに人とのコミュニケーション能力が悲惨なことになっている。それはアスランと出会った時のナイルも強く感じていたほどだ。

 単に友人付き合いならば割り切れるが、ラクスがアスランとの対話を不満に思って二人きりの場に何度も割り込ませるあたり、ラクスも本気で怒っていたのだろうと思う。

 

「でも、アスランが渡したペットロボットを大事にしているというのは、彼は優しい人のようだな……頬が赤くなっているぞ、ラクス」

「だって、あのような殿方に出会ったのは初めてですから」

 

 ラクスはすっかり入れ込んでいるようだが、それが今生の別れとなることだってある。キラ・ヤマトがその機体のパイロットをし続けられる保証などない。それをラクスも理解しているからこそ、更に入れ込むのだろう。

 尤も、ラクスの願いが意外な形で叶うことになったのは……その語らいから数か月後のことだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ナイルが瞼を開けると、そこはザフトアカデミーの学生寮の天井が映っていた。日付は入学式の次の日で、今日の予定はカリキュラムのオリエンテーションが行われる。

 

(夢か……)

  

 今にして思えば……キラ・ヤマトの存在がいなければ、この道を選ぼうなどとは思わなかった。

 アスランや二コル、イザークやディアッカ、そしてミゲルやラスティ……母を通して知り合った友人たちが軍人の道を選んでも、決して同じ道を歩もうとは思わなかった。クライン父子が国家反逆罪で問われた時はアマルフィ家に居候したが、彼らは『自分で決めた道ならば、私たちに文句など言えない』と返してくれた。

 けれども、彼らの表情からして『出来れば軍人以外の道を歩んでほしい』と願っているのは読み取れた。

 

 ラクスがキラに[フリーダム]を託すことを決めた時、ナイルは彼らが見てきた戦いの道を見つめたくなった。

 

 誰かに認めてもらいたいわけではないし、決して平坦な道でないことは理解している。それでもナイルが戦う道を選んだのは、戦いなど好むはずのないキラ・ヤマトという存在が何と戦うために再び立ち上がったのかを知りたくなった。

 自身を苦しめるであろう行き先であることを理解しても尚、彼が何を求めて戦場に身を置いたのか。友達を守るためにかつての友と戦うという過酷な道を、彼はどうして選択し続けたのだろうかと。

 

 自己的な理由というよりは、興味本位の探求心。とても軍人となる様な理由ではない、と自覚はしている。けれども、『血のバレンタイン』の折に母がモビルスーツを駆って核ミサイルから[ユニウスセブン]を守ったことは、息子である彼からすれば誇りであった。

 戦争の有り様を見るために戦うことを決めたのは無論だが、母親のように守るべきものを守れる強さが欲しい、と。

 

(けど、その条件がなあ……)

 

 ナイルは母親にアカデミーの入学を直談判した。彼の母ことレイチェル・ドーキンスは現在ザフトアカデミーの教官を務めている。実年齢は50歳間近だが容姿は20歳代を保ち続けており、新入生の一部からラブレターを貰っては断るのが恒例行事みたいな光景となった。

 

 別に贔屓してもらおうとは思っていなかった。だが、アカデミーへの入学を聞いたレイチェルはナイルに条件をつきつけた。

 普通の思考ならば、『真っ当な実力で入学しろ』とか『成績がこの順位以下なら退学させる』などといったコーディネイターの“優位性”を示せ、などと言われるだろう。だが、レイチェルの突き付けた条件はナイルの想定からかけ離れたものだった。

 

―――成績は二の次。アカデミーで恋人の一人でも見つけなさい。

 

 後にも先にも、アカデミーへ入学する息子に対して『女目当て最優先』などという風紀を無視した条件など誰もやらないだろう。軽い性格の持ち主であるディアッカ・エルスマンやラスティ・マッケンジーですらもそんな条件など無しにアカデミーへ入学し、パイロットコースで上位10人に入る実績を挙げて卒業している。

 

 ナイルの友人ですら真っ当な成績を挙げて卒業しているというのに、その友人たちの名誉に泥を塗るような行為など出来ない。いや、確かにコーディネイターの出生率が世代を経るごとに減少傾向となっているのは事実だが、婚姻統制を敷いているプラントの制度に引っ掛かりかねない。

 

(子供のことを無視すれば行けなくはないだろうが……)

 

 それにしたって無茶苦茶だ、と内心で愚痴ってしまう。何かと多忙で家を空けることが多く、隣に住むコノエ家の人たちに良くしてもらっていた。そこの旦那さんは元教師だったが軍人となり、今では艦長へと登り詰めたそうだ。

 お隣さん事情はさておいて、一応気になる子は確かにいた。とはいえ、現状はこちらの第一印象でしかないため、これからの付き合いになるのは間違いないだろう。その意味であのお嬢様と何だかんだ主従関係として付き合っていた経験は大きいと思う。

 すると、この部屋のルームメイトが目を覚ました。

 

「おはよう、ナイル」

「おはよう、シン。凄い顔になってるから水でも被ってこい」

「ああ、そうするよ」

 

 黒髪と真紅の瞳を持つ彼の名はシン・アスカ。オーブ出身で先の大戦時に自分以外の両親と妹を一度に失った。そして、ナイルにとってはプラントへ移住する前に暮らしていたオーブで同級生として親交があった少年。

 6年以上も会っていなかったためか、シンを見た時は誰なのかと訝しんだ。だが、彼はふとした弾みで落とした携帯から流れた音と、それに伴って泣き崩れたことで全ての事情を察してしまった。

 

 真実の断片に触れることで真実への道を導き出してしまう……幼い頃から元々自覚していた能力。この力は人付き合いにも大きく影響してしまい、数多の人間の闇を垣間見てしまった。それを母は理解したのか、クライン邸での仕事を勧めてくれた。

 会う人間を限定することで、能力を抑える目論見があったのかもしれないが、そこに加えてモビルスーツの開発・設計に携わるようになったことで、自身の周囲に存在する物体の認識能力があることも判明した。

 事実、X10A[フリーダム]に搭載されたマルチロックオンシステムはナイルの空間認識能力前提とも言える設定が施されていた。それを特に変更もせず使いこなしたであろうキラ・ヤマトは、一般的なコーディネイターではないのだろう。

 

 話を戻すが、同郷出身ということでナイルとシンはルームメイトとなった。それまで軍人とは縁のない生活をしてきたシンなので、これからの生活は大変だろう。

 

 尤も、ナイルは別の意味で学校生活が大変なことになる未来しかないのは確定的に明らかだが。

 




 というわけで、第1話です。オリキャラもとナイル・ドーキンスの設定は話一覧説明文のスレより引用しておりますが、設定の整合性を取る為に追加・変更している部分が生じるのはご了承ください。

 前半部分は種無印のラクスが救助されて帰還した後なので、無印20話より前となります。
 後半部分は無印~運命の間の出来事となります。アカデミー関連は設定がぼんやりしている(自分も所持している媒体が限定されますので)ため、公式設定で拾える部分とは別にリアル軍事分野での学校の形態を踏まえて書いていきます。

 一応補足ですが、参照元スレ主=この小説の投稿主です。


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組み合いの無限ループ

 息子が母親のことを変人扱いするのは如何なものか、と追及したくなる人はいるだろう。だが、それに輪を掛けて突拍子もない行動や言動が目立つのは事実。それで迷惑を掛けられたことはあるが、それ以上に恩恵を受けているので強く言えない事実もあった。

 

 ナイルには父親がいない。母親曰く『産む前に亡くなってしまった』とのことで、自宅には生前の彼が遺していたという書籍や資料が一つの部屋を埋め尽くしていた。

 父親を知らないナイルにとって、それらに触れることで父親の足跡を辿っていた。医学や薬学などと言った医療分野のみならず、動物や植物などの生物学分野、更には遺伝子研究の資料も数多く残っていた。

 

 幼少期の人間ならば普通は読めないだろうし、そういったものを読ませまいと叱る母親もいるだろう。だが、レイチェルはナイルの行動を咎めず、時にはナイルと一緒に目を通すこともあった。

 レイチェルはアカデミーの教官をしつつも、プラントにある遺伝子研究所に勤めている。出生問題が深刻化しているコーディネイターの将来を解決するべく彼女も主任研究員として働いているらしい。ここら辺は本人談なので、嘘をついていない限りは事実なのだろうと思う。

 母親の言うことに対して懐疑的となるのはどうかと思われそうだが、誕生日プレゼントに『最新鋭のモビルスーツでも手配しようか?』などと平気で言ってしまうし、前の年は数百万もする新型バイクを何も言わずにプレゼントしてきたのだ。

 バイクの免許をクライン邸で働いていた時に無理矢理取得させられたのは事実だが。

 

 そんなナイルだが、アカデミーの同期の中でも最も過酷な現実と向き合っていた。それは、本来有り得ないであろう二つの部門(カリキュラムともいう)の取得だった。

 パイロット部門はまだいいとしても、レイチェルが手を回して軍医部門のカリキュラムまで取得することになった。恋人云々の件を事実だとしても、アカデミーでここまでのことをするのは後にも先にもナイルぐらいしかいないのだろう。

 

 更に一番残酷なのは、仮にそうしても平然とついていけてしまうナイル自身の異常さだった。

 

 パイロット部門は先の大戦時に核動力機のテストパイロット(この事実は言えないので、口止め料として今も支払われているし、セカンドステージシリーズの開発・設計にも携わっている)をしていた経験が生きている。そもそも、話したところで受け入れてくれるかも怪しいだろう。

 座学については現役のモビルスーツパイロット兼教官のレイチェルが懇切丁寧に教えてくれる。体術についても実家古来の武術を嗜んでいるとのことで、何度もあっさりと捻じ伏せられた。最近は勝ち越してきたが、『これで将来の伴侶でも見つけてきたらいいのに』とか宣った時は本気で投げ飛ばしてやった。

 

 射撃やプログラミング分野は苦手だったので、ここについても母の指導を受けつつ自主練を重ねていった。同期の赤髪を持つ勝気な女子はシンを見ながら『努力なんて無駄よ』とか宣っていた。いくらコーディネイターと言えども、最初から十全に出来ていたら教える立場の人間など要らないし、それは最早“化物”の類でしかないと思う。敢えて教えてやる義理もない訳だが。

 

 軍医部門は自宅に遺っていた父の書籍や資料を全て記憶している為か、アカデミーで学ぶ知識全てが復習扱いになってしまうという悲しい現実まで突き付けられた。実習部分でもクライン邸で磨いた手先の器用さが生きており、母親の親切さと慧眼に対して遣る瀬無さを覚えるほどだった。

 こうして思い返すと、ナイルにとっては逆にストレスが掛かる様なことばかりだ。それを分かっているからこそ、母親の言葉が的確に突き刺さってくるのは恨めしい。

 

 そんな風に思いながら軍医部門の部屋を先に出ると、パイロット部門で顔を合わせる四人と遭遇した。そのうちの一人はルームメイトであるシンだった。

 

「ナイル、そっちもこれからランチか?」

「ああ。その様子だと、シミュレーター訓練でまた突っ込んで早々に撃墜判定でも食らったようだな」

「うっ……」

 

 ナイルが軽口を交えつつもシンの様子から察した言葉を投げかけると、シンはバツが悪そうな表情を浮かべた。

 先程までパイロット部門はシミュレーターによる仮想戦闘訓練の時間だということは把握していた。だが、軍でも最新鋭の機体に触れることが多いナイルからすれば、[ザク]程度の反応速度しか出せない機体は足枷にしかならないし、実際のところナイルはシミュレーターを壊したことがあった。

 別に八つ当たりをした訳ではなく、前に個人戦のシミュレーター訓練を行った際、ザクのOS設定を自前で持ち込んだもので戦闘をした結果、先に機械が壊れる事態となった。持ち込んだOSにウイルスとなる様なものは確認できなかったが、この先壊され続けては堪らないということでナイルはシミュレーター訓練を免除されてしまった。

 すると、シンの隣にいたショートの赤髪の女子―――ルナマリア・ホークが口を開いた。 

 

「ホント、ナイルって察するのが早いわよね」

「まあ、若干羨ましいと思っているのはあるがな。俺なんてシミュレーターを壊したせいで訓練を免除されてしまったし」

「前に一度OSを見せてもらったが、アレは俺でも理解できなかったな」

 

 ルナマリアとナイルの会話に入ってきたのは、金髪の美男子とも言える出で立ちのレイ・ザ・バレル。本人はクールでやや無口なミステリアス系男子みたいな印象だが、真面目で成績も優秀。ナイルはレイと入学式に知り合って、互いに話し込んだ。

 ピアノのことについて話すと目を輝かせており、暇さえあればピアノを弾いているという。ナイルは先の大戦で亡くなった友人のこともあって、一時期居候していた家のピアノを使わせてもらうことがあった。そのピアノは自宅へ戻る際に譲ってもらい、プラントの自宅に置いている。

 

 ナイルがシミュレーター訓練を免除される前の成績はルナマリアとレイに負け越している。だが、二人ともナイルが本気でやっていないことを見抜いていた。というか、知っていた。

 正確にはツインテールの赤髪を持つ女子―――個人戦トップのアグネス・ギーベンラートにナイルが唯一圧倒的に勝ち越している人物だからだ。そのアグネス当人はナイルに噛みついてきた。

 

「ちょっとナイル、勝ち逃げなんて許さないんだからね! というか、あの落ちこぼれと代わってアンタがあたしと組みなさいよ!」

「組み分けを決めたのは教官だし、俺は当面訓練禁止の身だぞ? ……その様子からすると、いいとこ10秒少々でシンが撃墜でもしたか?」

「……流石ね」

 

 全てを言わなくても、ナイルならばある程度の事情を察してしまう。的確に当ててみせた彼の言葉にアグネスは感心も含んだような反応を見せつつ、口調が少しトーンダウンした。その様子に呆れている表情を見せたのはレイだった。

 

「正確には14秒だ。しかし、実際の場面を見ていないのに時間まで当てるとは流石だな、ナイル。教官も惜しんでいたほどだからな」

「今のシンの技量はルームメイトとして把握しているからな」

 

 シンはコーディネイターだが、現時点での成績で言えば“落ちこぼれ”なのは確か。

 しかし、それも仕方がないことなのだ。

 

 ナイルがシン、ルナマリア、レイ、アグネスの四人と成績から見た経験値を比べた場合、間違いなくナイルが抜きん出てしまう。これは才能の面もあるだろうが、単純に経験の差が如実に出る形だ。

 それに、シンはオーブ連合首長国からの戦争難民。オーブとプラントでは成人と認められる年齢が異なる為、当然教育に関する部分が如実に出てしまう。これまで未成年と扱われていた人間がいきなり成人扱いで成人相当の教育を受けるのだから、下地が出来ていないシンにとっては苦労の連続だ。

 

 ナイルはオーブからの移住者なので、当然その事情も把握している。だからこそ、アカデミーの寮もシンと同じ部屋に分けられているし、シンからの頼みで座学やシミュレーター訓練での反省会もやっている。

 彼はシンの努力を間近で見ている理解者であり、シンの努力を見た上で自身にも生かせる知識を得ている。シミュレーター訓練が出来ない人間からすれば、実際にやっている人間の視点で見れるのは貴重なのだ。

 

「ホント、あんたは甘いわよね。ちゃんと言ってやれば? シンにパイロットなんて向いてないって」

「……才能があるからといって、努力を馬鹿にするような人間へ答える義理などない」

 

 アグネスの物言いに対して、ナイルは冷たく返した後で一足先に食堂へ足を向けた。後ろの方から技術部門の同期の声が聞こえたが、それに対して反応することも無く歩を進めた。

 

 彼女が優秀なのは事実だし、それは成績として確かに証明されている。だが、ここで教科書通りの成績を収めたとしても、実際の戦場で全て通用するとは限らない。戦争となれば、いくら戦略や戦術があろうとも、その通りに動くことなど稀なのだ。

 新型機を開発・設計するにあたって、ザフトから提出された映像データを確認したことがあった。宇宙に始まり……アフリカ、インド洋、オーブ沖とザフトのモビルスーツや連合から奪取した機体のデータに映るのは、白き戦艦と共に戦うトリコロールカラーの連合製の機体。

 その動きは最早軍事の教科書にない非常識的な機動。だが、数的不利を埋めるために極めて合理的な最適解でもあるやり方。

 

 アカデミーでやると確実に怒られるやり方だが、こんなやり方を真似しろと言われても実践できる人間はまずいないだろう。ナイルの場合はというと『出来なくはないがやりたくない』のが正直な答えだ。

 

 ナイルはその映像を通して悟った。白き戦艦の名は連合製の特装艦[アークエンジェル]、そしてモビルスーツの名はGAT-X105:ストライク。その機体を駆っていたのは……ラクス・クラインを通して知り合った一人のモビルスーツのパイロットであるキラ・ヤマトである事実も。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ナイルはシミュレーター訓練こそ禁止される羽目になったが、それ以外のカリキュラムは普通に受けていた。とはいえ、同期の面子と比べると経験値の差が如実に出かねないため、そこそこ手を抜くことはしていた。

 それでも、体術関連については自身の命にも関わる案件なので、それなりに真面目にやっていたし、レイチェルも教官として『アグネス相手なら本気でいいわ』と太鼓判を押していた。これらの事情が重なるとどうなるのかと言えば、その答えはシンとルナマリアが揃って絶句する光景だった。

 

「……ま、まだ、よ……」

「あのさ、ルナ」

「大丈夫よ、シン。言いたいことは分かるから」

 

 状況を説明すると、体術の授業でナイルとアグネスが組み合う形となり、ナイルは軽々とアグネスの力と勢いを利用して投げ飛ばした。それにキレたアグネスが何度も立ち上がっては掴みかかろうとして、ナイルに投げられるループ状態と化していた。

 その近くでルナマリアと組手の形で鍛錬していたシンだったが、あまりの喧騒と床に叩きつけられる音で流石に心配となって視線を向けた。これにはルナマリアも冷や汗が流れるほどだった。

 

 既に40回以上も投げられっぱなしで、担当教官も止めようか悩むとアグネスが睨むために止められなかった。シンやルナマリアのみならず、これが一体いつまで続くのかと心配するギャラリーの生徒が増えていく中で、その均衡を破ったのはナイルだった。

 このままでは授業に支障が出ると考慮して、アグネスを投げる際に遠心力を強めに掛けて意識を完全に飛ばした。アグネスが完全に気絶しているのは確かだが、それでもうわ言のように呟いていた。

 

「ま、まだ、よ……」

「あ、終わった」

「終わったわね」

 

 そうして完全に沈黙したアグネスは救護の教官によって運ばれていき、ナイルに対しては担当教官が注意した。男女間の差別ではなく、流石に遊び過ぎであると判断されたようだ。すると、二人のもとにレイが近付いてきた。

 

「シン、ルナマリア。向こうは終わったようだな。お前たちも終わりか?」

「あ、レイ。流石にあんなのを見せられたら、無理は出来ないなって……今度教わろうかな」

「いや、流石に命がいくつあっても足りないわよ」

 

 体術だけであんな芸当を見せられたというのに、これでナイフ戦となったらどうなるかなんて想像もできない。興味津々のシンに対して、疲れたような表情を垣間見せるルナマリア。すると、レイが少し考え込む表情を見せていた。

 これにはシンが気付いて問いかけた。

 

「レイ、どうかしたのか?」

「いや、自分の都合の話を思い出しただけだから、気にするな」

 

 この日を境に、アカデミー同期の中では『ナイル・ドーキンスこそが真のトップなのではないか?』という噂が多かれ少なかれ流されるようになったという。

 




 こういうことって普通は可能なの? と思われるかもしれませんが、設定の整合性を取る為には母親が規格外の存在になるしか方法が無かった、とも言います。
 リアルだと軍人関連と軍医関連は分離していますが、プラントの人口的にその方法を取るよりも同じ学校の別課程にしたほうが実習もやりやすくなるので、この方式にしました。

 スレ元ではあまり本腰でやっていなかった形ですが、それだと成績にもろ影響が出かねないと考えた結果、いっそのことシミュレーターを壊して訓練免除になったせいで本気になれなかったことにしました。

 ただし、アグネス。てめーは本気で叩き伏せる。


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恋のきっかけ

 ナイルのアカデミーでの生活は、全般を通せば至って平穏だと言える。

 体術の授業でアグネスを叩き伏せてからというものの、妙な噂まで出回る始末だった。それを聞いた母親が爆笑した時は、彼女の口に買ったばかりのサンドイッチを突っ込んでやった。親子としてのコミュニケーションとしてはどうなのかと思うだろうが、このぐらいの距離感が丁度良かったりする。

 

 ある日のこと。レクリエーションルームでシンと休んでいると、同期で技術部門のヴィーノ・デュプレからこんな質問が飛んできた。

 

「そういやさ、シンやナイルって好きな人とかいない訳?」

「え?」

「はあ?」

 

 ヴィーノは一言で言い表すなら『女好き』。同期の女子に声を掛けては撃沈しているらしいと同じ技術部門のヨウラン・ケントから聞いている。それでも声を掛けた女子たちとは嫌われずに友人関係は続けられているようで、この辺はヴィーノの人徳なのだろう。

 そんなヴィーノから色恋沙汰を問いかけられるとはどういう風の吹き回しだろう、とも思った。その理由を会話に参加していたヨウランが教えてくれた。

 

「知ってるか? フレグとルナマリアが付き合ってるって話」

「俺はそれとなく聞いたけど、ナイルは?」

「それなら本人に聞いたからな。無論知ってる」

 

 十代の少年少女が通っているのだから、当然色恋沙汰は発生する。しかも、15歳で成人扱いとなるプラントからすれば、仮にアカデミー在学中の付き合いでも不純な交友に当たらない。生死と隣り合わせのパイロットからすれば、出来るだけ釣り合う相手を見つけたいのは当然の帰結だと思う。

 ナイルはルナマリアだけでなくフレグとも交友があったので、二人が付き合うのは自ずと耳に入ったし、二人が付き合った際にフレグから相談されたこともあった。ただ、付き合いのない自分に相談しないでほしい、と内心で毒づいた。

 

「周りが色恋沙汰で盛り上がってるのに、我関せずなのはシンとレイ、それにお前ぐらいだぜ?」

「俺は授業についていくので精一杯だからなあ」

「そこまで考える時間がないんだよ、俺は」

 

 何せ、いくらカリキュラムを簡単に進められるからと言っても、二つのコースを受けている以上は授業のスケジュールがカツカツなのだ。こうやって休憩時間で友人と話せるのは本当に貴重なレベルだ。

 そんな時に『ナイルが一番考えたくないこと』を問われたら、流石の彼もあまりいい気分はしない。だが、それでもヴィーノとヨウランは引き下がる気など無かった。それは会話に参加していたシンにも理解できたようだ。

 

「でもよ、同期で可愛いと思ってる子ぐらい入るんじゃないのか?」

「そうだよ。その辺はどうなのさ」

「……まあ、否定はしない。そうだな……個人的にはメイリンがアリだと思ってる」

 

 ナイルは大人同然の扱いを受けても、所詮は十代の男子。当然異性への関心は人並みにある。思い浮かんだのは同期の一人の女子で、ルナマリアは無論のことアグネスでもない別の女子。まあ、前者とその女子に関しては無関係と言えない間柄なのだが。

 すると、どこか別の方向に目線を向けていたヨウランが目に入り、ナイルはヨウランに視線を向けた。それに気付いたヨウランは左手をナイルの右肩に置いた。

 

「ナイル、そこにいる奴みたくメイリンを泣かさないよう頑張れよ」

「ヨウラン?」

「いや、意味が分からないし」

 

 何かを悟ったかのようなヨウランと動揺するヴィーノ、そして首を傾げるナイル。この後、シンに対して女の子トークを繰り広げることになって流れたと思ったのだが……その言葉の意味を知ることになるのは、この数日後のことだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 アカデミーの女子寮。寝間着姿の少女はモニターをぼんやりと見つめていたが、物音に気付いて視線を見やると、そこには頭にタオルを掛けたタンクトップと短パン姿の女子がいた。

 

「ちょっと、お姉ちゃんってば。流石にはしたないでしょ」

「別にいいじゃないの、メイリン。あんただって偶にバスタオル一枚で出てくることもあるんだし」

 

 活発な女子の恰好をしているのはルナマリア・ホーク。そして、寝間着姿の女子はメイリン・ホーク。二人は血の繋がった一つ違いの姉妹で、アカデミーではルナマリアがパイロット部門、メイリンは技術部門のカリキュラムを受けていた。

 

「それはそうだけれど……ねえ、お姉ちゃんに相談があるんだけど」

「相談? あたしでいいんなら相談に乗るけれど」

 

 メイリンからすれば、年が一つしか違わないのにスタイルがいい姉のことを羨ましく思うこともあれば、コンプレックスに感じている。パイロットとしての出来も良く、最近は彼氏も出来た。

 出来る姉は自慢でもあり、悔しくもある相反する存在。勿論、ルナマリアも妹のコンプレックスや悩みは理解しているものの、持つ者からすれば持たざる者のの悩みは分からないこともある。

 それでも姉妹仲が良いために、寮は同じ部屋となった経緯がある。

 

「流石にお母さんならともかく、お父さんには相談できないよ……えっとさ、お姉ちゃんってどうやってフレグに声を掛けたの?」

「どうやってって、最初は一緒に昼食とかデートとかで交友を深めて告白したって感じよ。もしかして、気になる人でも出来たの?」

「まあ、そんなところかな……」

 

 まさかメイリンから色恋沙汰の話が出てくるとは思わず、彼氏持ちとして話を聞いてあげようとルナマリアはメイリンの隣に座った。そのメイリンの様子はというと、少し前のルナマリア―――異性に対して気になっている素振りを隠しきれていない―――みたいな状態だった。

 

「それで、相手は誰よ?」

「明確な好意というよりは、気になる異性ってぐらいだから。お姉ちゃんみたく今すぐ付き合いたい男性がいるわけじゃないよ」

(異性ねえ……)

 

 ルナマリアはメイリンが照れながら話したことで、彼女の交友関係を思い浮かべた。妹の交友関係は広いものの、彼女とて選り好みはするだろう。

 

(カリキュラムで言うなら技術部門だけれど、それは無さそうだし……レイは、どうなのかしらね……シンは無さそうだし、ナイルは流石に無いでしょう)

 

 アカデミーの同期だけを思い浮かべたとして、ルナマリアが候補に挙げたのはメイリンと同じ通信部門の面子か、あるいは自分の彼氏であるフレグぐらいしかいないと思った。

 

 いくら妹でも姉の彼氏を奪うようなことはしないだろうと思い、フレグは候補から外された。残るはメイリンと同じ通信部門の面子だが、そこにいる男子もあまりパッとしない。メイリンの言い方からするに、まだハッキリと気持ちが定まっていない印象を強く受けた。

 なので、ルナマリアは当たり障りのない答え方を選んだ。

 

「なら、今週末に買い物でも誘ったら? その反応で確かめてみるのが一番だと思うわよ」

「そうだね、そうしてみるよ。ありがとう、お姉ちゃん」

 

 この時、ルナマリアはメイリンの動向をこっそり確認して、妹が気になっている相手を特定してやろうと意気込んでいた。この時の経験が後に別の形で生きることになろうとは、当人ですらも予想していなかったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「はあ……失敗しちゃったな。何よ、あの人……」

 

 次の日の放課後。メイリンは落ち込みつつも特定の人物に対する恨みを零す様に呟き、女子寮へ続く道を一人で歩いていた。

 姉からのアドバイスを受けて、早速気になる相手を見つけて声を掛けた。いざ用件を切り出そうとしたところで、そこに割りこんできたのは姉と同じパイロット部門のエリートであるアグネス・ギーベンラートだった。

 

『あら、パイロット志望でもないのに声を掛けるなんて図に乗ってるんじゃないの?』

 

 明らかに侮辱としか思えない内容。これにはメイリンが声を掛けていた男子がキレて、アグネスと共にその場から去っていった。結局、話したい内容も言えずに帰宅の時間を迎え、普段ならルナマリアと一緒に帰っていたが、今日は一人でトボトボと歩いていた。

 仕方がないから、誰か同じ部門の女子でも誘って出かけようかと思っていたところ、後ろから声を掛けてくる人物がいた。

 

「メイリン! 良かった、まだいたか」

「えっ? って、ナイル?」

 

 振り返ったメイリンの視線の先にいたのは、金髪混じりの黒髪を持つ男子ことナイル・ドーキンスだった。

 実を言うと、メイリンが声を掛けていた男子こそナイルであり、更にはナイルとシンたちの会話を偶々聞いていた。そこでナイルがメイリンの名を出したことに思わず恥ずかしくなって逃げだしたのだ。

 でも、いざ思い返すと……気に掛かっている相手から気になる異性として見られていることに嬉しさを覚えていた。だからこそ、アグネスが割り込んできたことに物凄く腹が立った。

 そんなことを考えていると、ナイルは頭を下げて謝って来た。

 

「昼間はすまなかった。あんなことを言われたら黙ってられなくてな……先程のお詫びを兼ねて、もし今週末の予定が空いてたら一緒に買い物に行かないか?」

「……え、え、ええっ!? えっと、予定は空いてるからいいけど……私でいいの?」

 

 “お詫び”と称したナイルからの申し出に、メイリンは思わず声が上擦るほどに動揺していた。元々メイリンから誘う予定だったので、週末の予定は既に空いている。そこに向こうから申し出てくれたことが余りにも衝撃的だった。

 姉と比べると女性らしいとは言えない自分。身内に対するコンプレックスを持つメイリンからすれば、エースパイロット候補とも言えるナイルが声を掛けてくれたこと自体、まるで御伽噺でも語られているかのような感覚だった。

 

「メイリンだからこそ誘ったんだ。俺なんかだと嫌か?」

「そんなことないよ! えっと、集合時間は後で連絡していいかな?」

「ああ、それでいいよ。それじゃ、また週末に」

 

 そう言って早足で去っていくナイル。その様子を見送って呆然としていたメイリンだが、ナイルと買い物の約束を取り付けたという意味を思い返していた。

 

「えっと、ナイルと二人きりってこと……これって、デート……だよね?」

 

 誘った人数的にナイルとメイリンの二人だけ。男女が一緒に買い物へ行くという状況を考慮した結果……そうなるであろう風景を想像した瞬間、メイリンは顔を真っ赤にして立ち竦んでいた。

 

「メイリン? おーい、生きてる?」

「わひゃっ!? だ、だいじょうれひゅよ、おねえひゃん!?」

「……いや、本当に大丈夫? 熱とか無いわよね?」

 

 メイリンを追いかけるようにして姿を見せたルナマリアに声を掛けられるまで、メイリンの思考は完全に停止していたのだった。なお、赤面していた理由についてルナマリアから追求は来たものの、何とか誤魔化すことで事なきを得たのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 迎えた週末の土曜日。約束の場所は市街地中心の噴水にした。ナイルは1時間前に到着して近くの喫茶店で時間を潰していたが、メイリンからのメールに気付いてお会計を済ませ、待ち合わせの場所に向かった。

 流石に付き合っているというわけではなかったので、アカデミーの近くで待ち合わせることにはしなかった。そうしてナイルが数分ほど待っていると、こちらに向かって急いでくる女子の人影に気付く。

 それがメイリンだというのは直ぐに理解したが、ナイルは彼女の姿に目を丸くしてしまった。

 

「お待たせ、ナイル……って、どうしたの?」

「いや、少し吃驚してしまってな」

 

 メイリンとは他の同期と一緒に遊んだりすることはあったものの、割と足の露出度が高めの恰好が特徴的だった。だが、今の彼女は膝上程度の長さのスカートを履いているのもそうだが、いつもツインテールにしている彼女の髪型は髪を下ろした状態で整えられていた。

 年頃の女子っぽさよりも女性らしさが前面に出ていたことで、ナイルも驚いてしまったという訳だ。

 

「それで、どこか行きたいところはあるか? 一応プランは立てておいたんだが」

「新作の服を見たいけど、先にナイルの用事を済ませてからでいいよ」

「なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

 

 そうして並んで歩きだす二人。

 ナイルの用事はプラントでも珍しい古書店。事前に注文していたのか、店主から古びた本を受け取っていた。その際、店主からは興味深そうにメイリンを見つめつつもナイルに話しかけていた。

 

「おや、坊主の彼女かい?」

「彼女ではないですよ。そうなりたい欲はありますけど……」

 

 ここの店主はナイルの母であるレイチェル・ドーキンスと知己で、彼女の繋がりで面識を持った。前大戦ほどではないにせよ、地球では絶版などになって見つからない書籍が多数存在するので、そういったものを読みたい時に重宝している。

 

「にしても、あのレイちゃんがここまで立派に育てたのは奇跡だよ」

「そこまで言いますか……いや、自分でもそう感じてしまいますが」

「でも、悪い子じゃないんだよ。母親もそうだけど、彼女と仲良くするんだよ?」

 

 そうして用事を済ませたところで、メイリンとカフェテリアへ行くことにした。そのカフェテリアはこの間オープンしたばかりで、一度行ってみたいということとなった。流石に買った本をこの場で読むことはせず、会話に興じた。

 ナイルとメイリンでは部門が違うため、話せる内容も当然異なってくる。なので、アカデミーでのカリキュラムの話題よりも同期たちの話題になっていた。

 

「でさあ、お姉ちゃんってばこの間私が言ったアドバイスを無視したんだよ。あの様子だと誰かに取られても仕方が無いと思うんだけど」

「酷な事を平気で言うなよ。というか、身内なのに辛辣過ぎないか?」

 

 メイリンが話題に触れたのは姉のルナマリアのことだった。妹として将来の身内となる可能性がある姉の恋人ならば、気になって仕方がないのだろう。実際のところ、ルナマリアは彼氏であるフレグと上手くやっているのは確かだ。

 だが、二人が付き合っている陰にアグネスの存在がちらついた。彼女はルナマリアが見ている前でフレグに話しかけたり、思わせぶりな態度を見せることがあった。二人と親交が深いナイルの目から見ても、アグネスのやっていることは人として異常だと思えてならなかった。

 

「身内だからこそだよ。上手くいけばいいけれど、同期の子から聞いた話だと『あの女』がフレグにちょっかいを掛けているんじゃないかって思えるぐらいに言われちゃったし」

「容赦ねえな……」

 

 ルナマリアから何かしらのアクションを起こさないと、このままだと別れてしまうのでは……と危惧したメイリンがルナマリアにアドバイスをしたらしいが、彼女はそのアドバイスを無視して付き合いを続けているようだ。

 いくら妹からの言葉とは言え、本音では彼氏のことを信じたいのだろうと思う。いくら彼でもルナマリアを裏切るなんて考えられない……と。

 

「だからと言って、俺が関与する気はないぞ。色恋沙汰に首を突っ込んで馬に蹴られたくないし」

「そこまでは求めてないよ。って、ゴメンね。余り気分のいい話じゃなくて」

「いや、一人っ子の俺からしたら兄妹や姉妹の話って新鮮だからな。俺は気にしてないよ」

 

 コーディネイターの出生率の関係とはいえ、兄弟や姉妹は見るからに少なかったりする。かく言うナイルは父親を知らないので、両親や兄弟姉妹がいる家族を羨ましく思ったりしたことはある。

 

「ところでさ、これは聞いていいのか迷うんだけれど……アグネスとのことはどう思ってるの?」

「同期として対等に付き合うことは許容するが、人間としては一番嫌い」

「ストレートに返ってきて吃驚なんだけど」

 

 これまで多岐に渡る分野を齧って来たナイルにとって、人の努力を馬鹿にする人間ほど嫌いだった。いくら下地が良くとも、立派なものを作るには堅実な積み重ねが必要となる。それを嫌というほど実感してきた。

 アグネスの場合、両親がプラント理事会でも政府高官の立ち位置にいる。親の七光りなのか、それとも家庭環境の拗れなのかは知らないが、恵まれた環境下で育てられた人間が上手く才能を開花させたに過ぎない。

 

 シンを馬鹿にしていることも正直に言って気に入らない。元々のスタート地点が違うのだから、成績に開きが出てもそれは仕方がないことなのだ。だが、シンはそれを言い訳にしないで努力をひたすら積み重ねて、少しずつ改善しつつある。

 そして、これが一番重要だが……シンは自分以外の近親者を目の前で喪った。プラントに移ってからメンタルケアは継続しているものの、妹の形見を手放さないことで心の傷の深さは推して知るべきだろう。

 

 彼が如何にして力を求めるかも、その理由も自ずと理解できる。シンが諦めないという“二度と失いたくない必死さ”は今のアグネスにとって決して得られないものだ。

 それを理解も納得もしようとしないアグネスを、ナイルは辛辣に吐き捨てた。

 

 この後、ナイルはメイリンとウィンドウショッピングをした際、彼女が欲しがった服を値段も見ずに買ってあげた。言うまでも無く、メイリンが帰寮した際に服を見たルナマリアから物凄く追及されることとなったのだった。

 




 内容がやや過密なのは、アカデミー時代を消化しないとアニメ本編に入れないためでもありますので、ご了承ください。
 本文中で察することも出来ますが、ナイルのヒロイン候補であるメイリンの登場です。実際にはナイル関連でヒロインはまだいますが、その辺は追々明かしていきます。
 これじゃデートじゃなくて、単に買い物してお喋りしただけだという感想は出て来そうですが、この二人は恋人ではありませんので。


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母親に対する呆れと懐疑

 そうして時は流れ、アカデミーの卒業式を迎えた。

 だが、その場にナイルはいなかった。

 

 何故かと言われると理由は単純なことで、間が悪いことに体調を崩してしまったのだ。幸い、診てもらった病院でウイルス性の病気ではないという診断を貰ったものの、流石に体調が万全でないのに卒業式へ出るのは憚られた。

 卒業証書はレイチェル経由で届けられ、簡易的な卒業証書授与を家のリビングでやる羽目になった。母親から証書を受け取ったナイルは感慨にふけりながら見つめていた。そして、視線の向こうでは涙ぐんでいるレイチェルの姿があった。

 

「あー、息子がこうまで立派に育ってお母さんは嬉しいわ。惜しむらくはメイリンちゃんとの恋仲が進展しなかったことぐらいかしら」

「後半部分で感動が台無しだよ」

 

 正直、ナイルもメイリンとの仲を進めていこうかと思った節はあった。だが、それに歯止めを掛けたのは彼女の姉であるルナマリアがフレグと別れたことに起因する。

 見るからに落ち度のようなものは見られなかったし、ルナマリアが原因とは思えなかった。だが、原因を探る前に別の色恋沙汰の話が出たことで、別れた理由を自ずと把握する羽目になった。

 

 フレグがルナマリアと別れた後、アグネスと付き合い始めたのだ。

 

 これには流石のナイルも訝しんだ。パイロット部門の同期が友人の彼氏を略奪したも同然の出来事なので、色々噂が飛び交った。当のルナマリア本人が割り切ってアグネスやフレグとの付き合いを続けていることで鎮静化はしたが、そのことでメイリンから度々メールを貰うことはあった。

 仮に自分とメイリンが恋仲となった場合、流石に付き合っている身でコナを掛けてくるとは考えづらいが、そうでなくとも散々突っかかって来た彼女を信用する材料が皆無。下手をすれば、フレグは心に深い傷を負いかねない。

 

 念のためにアグネスの身辺調査を行ったのだが、過去にも同様の略奪に近いことを起こしては、両親に揉み消してもらっていたのが判明した。こんなのがパイロットしての優秀な素質を持っている……性質が悪い、とはこのことだろうと思う。

 尚、母親のレイチェルは同じ女性としてアグネスを訝しんでいたらしく、独自の伝手で調査したらしい。その結果がナイルに対して『彼女には本気で当たりなさい』とのことだろうと納得した。

 

 フレグのこともあるが、メイリンに迷惑はかけられないし、何より戦場で死ぬ確率が高いモビルスーツのパイロットを恋人にして、仮に亡くなった時の心身へのダメージは計り知れない。異性として意識はするが、今の自分に出来るのは彼女の幸せを願うことだけだ、と割り切ることにした。

 そんなことを考えていると、笑顔を取り戻したレイチェルが話しかけてきた。

 

「そうそう、貴方の配属先はジュール隊になったわ。エザリアさんに頼み込んだらオッケーしてくれたし、工廠からあなた専用のザクとウィザードも手配してくれたから」

「……何しとんねん」

 

 普通なら部隊配属は卒業後から数週間後に公示の予定だが、その辺の常識が通じない母親に何を言っても無駄なのは、今に始まった事ではない。

 しかし、プラント政府高官に頼み込んだ挙句、本来指揮官用のザクファントムに加えて新型のウィザードまで寄越してくれるというのは太っ腹にも程がある。レイチェルからディスクを渡されたナイルが近くの端末に差し込んで見てみると、確かに部隊配属の辞令と受領予定の機体の名が表示されていた。

 

「大気圏内航行可能の高機動型ウィザード……[グフ]のためのコンペ用試作型ウィザードか」

 

 現状、ザフトで宇宙戦闘用に生産・運用されているのは[ザク]がメイン。[グフ]は次のミレニアムステージシリーズの中核となる機体候補で、他にも[ドム]などがコンペの対象として挙げられている。

 ファーストステージの機体設計や開発に携わっていたことで、ザフト統合設計局から就職の斡旋を受けたことはあったし、ユーリ・アマルフィからも熱心に誘われたこともあった。だが、パイロットとしての活動を優先的に考えたいと固辞する代わり、統合設計局の特別技術顧問という職を拝命する形になった。

 なので、現在進められているザフトの次世代機に関する情報は嫌というほどに入ってくる。

 

 ナイルの機体に与えられる試作型ウィザードの名は[エールウィザード]といい、現在開発・設計が進んでいる[インパルス]の高機動型ユニットの試作型として開発された。

 設計や調整はナイルも関与している為、[エールウィザード]の仕様については理解している。ただ、最大稼働させると機体が空中分解しかねない推進機構が備わっている為、通常時は出力リミッターを掛けた状態での運用となる。

 

 機体も驚きだが、自分の配属先がジュール隊というのも驚きだった。ナイルにとってはその隊を率いる隊長と知己であり、その補佐をしている部下も知り合い。レイチェルとしては、見知った顔がいるところにいたほうがやりやすいだろう、という配慮なのだろう。

 

「そうそう、ナイルと同室だったあの子、シン・アスカ君。彼は[ミネルバ]に配属が決まったわ」

「聞いておくが、何かしてないよな?」

「私は何もしてないわよ。強いて言うなら、今の議長をやってる小僧のせいじゃないかしら」

 

 レイチェルが『小僧』と宣ったのは、パトリック・ザラとアイリーン・カナーバの後継として新たな議長となったギルバート・デュランダルのことだ。彼女からすれば一回り以上も下なので、小僧扱いはそれとなく理解できる。

 遺伝子研究の権威で、レイチェルから聞いた話では当時遺伝子研究のメッカとも謳われたL4コロニー“メンデル”の関係者らしい。その彼が人事にも口を出した結果、シンは最新鋭艦のミネルバ級一番艦―――LHM-BB01[ミネルバ]の所属パイロットに選ばれた。

 

 更に、レイチェルはナイルにミネルバクルーの詳細を教えた。

 

 ルナマリア・ホーク、レイ・ザ・バレル、ヴィーノ・デュプレ、ヨウラン・ケント、そしてメイリン・ホークと見事に同期が複数人も[ミネルバ]への配属となっていた。同期かつザフトレッドで三人もパイロットとして配属されるのは異例だろう。

 ナイルは紆余曲折あって卒業時のパイロット部門の総合成績は第10位―――上位10名が“赤服”と呼ばれるザフトレッドに名を連ねた。なお、軍医部門は文句なしの首席で卒業を決めているものの、ナイルはパイロット優先志望で希望を出した。

 

 ちなみに、ナイルの目の前にいるレイチェルは元オーブ国軍二佐。プラントに移住後はアカデミーでぶっちぎりの首席卒業を成している。この記録は()()アスラン・ザラと同じ歴代一位。

 なお、彼女曰く「至って普通の第一世代コーディネイター」とのこと。

 

「にしても、軍医の方は優秀なのにパイロット志望なんだね。お母さんは悲しいです」

「自分のことを棚に上げるな」

 

 この母親の武勇伝は本当に尽きない。

 

 実年齢は49歳なのに、傍から見ても20歳代前半にしか見えない。それでいても男を引っ掛けたりするようなことはしてないあたり、ナイルの父親でもある夫のことをまだ愛し続けているのだろうと思う。

 それに加えてモビルスーツのパイロットとしても優秀で、前大戦の犯罪人となったラウ・ル・クルーゼと同レベルの戦果を挙げておきながらも、本人は部隊指揮官の話を固辞してアカデミーの教官となった。

 それが却ってクライン派との関係を強く見られることはなく、精々監視程度しかなかった。そして、それは同じくクライン家に関わっていたナイルもアマルフィ家での居候に止まったほどだった。

 

「どうせ母さんも察してるんだろう? 前大戦の火種はまだ燻ぶったままだってことも」

「……そうね。あの小僧が何かをやらかそうとしてることも感じてるわ」

 

 確かに連合とプラントの大戦は終結を迎えた。あの戦いの中でブルーコスモスの盟主も戦死したという噂も聞いた事がある。だが、果たしてそれは根本的な解決になったのかと言えば、必ずしもそうとは言えない。

 小・中規模の国単位での戦争ならば、まだマシだっただろう。だが、地球連合軍を構成する大西洋連邦とユーラシア連邦の規模が大きすぎるが故に、戦後の混乱は完全に尾を引いている。

 

 それに、戦争終盤で互いが受けた損耗が桁外れに大きすぎたのも原因だ。

 

 連合軍はどこからか調達したニュートロンジャマーキャンセラー(NJC)を戦術核ミサイルに搭載して、物量によるプラント本国への攻撃を解禁してしまった。それに対抗する形でザフトは本来外宇宙航行用のマスドライバーの役目を果たすはずだった[ジェネシス]を軍事転用、実際に使用してしまったのだ。

 最早形振り構わない状態となり、互いに引けない局面で双方のトップの戦意が喪失して戦争は終結を迎えた。

 

 地球連合側はブルーコスモス盟主のムルタ・アズラエルが死亡したこととプトレマイオスクレーターの地球軍基地が壊滅したことで戦闘継続が不可能になり、降伏。ザフト側はレイチェルとシーゲル・クラインの説得によってパトリック・ザラ最高評議会議長が連合の降伏を受け入れた。

 

 パトリック・ザラ最高評議会議長兼国防委員長とレノア・ザラの夫妻、シーゲル・クライン前最高評議会議長はプラント側の戦火拡大の責任を取ってプラント本国から永久追放。その後の行方は公文書の文言だけで片付けられた。

 実際のところ、その三名はレイチェルがマルキオ導師を通してオーブ連合首長国に亡命させた。パトリックは“パーシヴァル・ディノ”、レノアは“エレノア・ディノ”と名を変えてオーブ本国で働くこととなり、シーゲルは隠居という形でマルキオ導師の許に身を寄せることとなった。

 

「俺一人でどうにか出来るなんざ思っちゃいない。母さん一人で動いてもそこまでが限界だったんだから。でも、何もしないで放置するなんて俺にはできない」

 

 戦争の舞台から姿を消した友人や仲間たち。彼らが居ても尚、世界は自ら変わろうとすらしていない。コーディネイターの存在が出て数十年の時が経ち、互いの軋轢は深まる一方だ。本当ならば、誰だって自分たちの領域さえ脅かさなければ穏便でいたい筈だ。なのにそれが出来ないのは……理屈や道理というレベルで解決できない負の感情の蓄積。

 

 人同士が関わる以上、どうしても比較するということは起きてしまう。それはナチュラルとコーディネイター間の問題ではなく、ナチュラル内とコーディネイター内でも起きうることだ。その不満不平を外的要因に求めたことで、互いに滅ぼし合おうとする状態へと発展してしまった。

 

「俺は軍人という立場でギルバート・デュランダルの為人を見極める。彼が何を目指すのかが完全に理解できた時、もし障害となり得るのであれば排除することも辞さない」

「そっか……頑張りなさい。でも、これだけは忘れないで。貴方の帰る場所はここにあるのだってことを」

 

 誰かの言うことを鵜呑みにはしない。自ら見聞きしたものでギルバート・デュランダルを判断する。彼がもし、人類という存在を殺すのであれば……その時は反旗を翻すことも辞さない。

 

―――決して己の信念や信義を裏切るな。迷えば己が死ぬと心得よ。

 

 この言葉は一部がプラント特務隊の信念として定められているが、ナイルの母であるレイチェルが彼に託した言葉でもあった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 時を同じくして、プラント本国に停泊するナスカ級戦艦[ボルテール]。ジュール隊の運用艦として活動しているが、整備と補給の為に本国へ帰還していた。

 その指揮官室では、整えられた銀髪と切れるような端正の顔立ちを持つ指揮官服姿の青年がデスクに座って書類を見ていた。すると、ノック代わりの呼び出し音が鳴る。

 

『隊長、お時間宜しいでしょうか?』

「構わん、入れ」

 

 聞こえてきたのは緊張感のない声。その声に対して咎めることもなく入室を促すと扉が開き、入ってきたのは一般兵士の制服を着た金髪と浅黒い肌が特徴的な青年だった。

 

「失礼いたします、隊長殿」

「変な時に畏まるな。そういう性格でもないだろうに、お前は。で、ただ俺を揶揄うだけに来たのではないのだろう?」

 

 互いに理解し合っているからこその言葉のやり取り。一般兵士の制服を着た青年の名はディアッカ・エルスマン。一方の指揮官服を着た青年はイザーク・ジュール。二人とも前大戦を生き抜いたエースパイロットである。

 挨拶もそこそこに、イザークはディアッカに対して本題を要求した。

 

「ああ。部隊配属の通達が来たんだ……お前の母親経由で」

「はあ? 母上経由でだと?」

 

 ディアッカの言葉にイザークは訝しんだ。

 

 前大戦の戦争責任を取る形で大半の最高評議会議員は辞職しており、イザークの母親であるエザリア・ジュールも元評議会議員の一人。その後は知り合いの伝手で仕事をしているとしか聞いていないが、事あるごとに縁談を勧めたり、時には部隊内の女性を見極めたりしている有様に辟易していた。

 そんな母親から自身の部隊配属に関する話が出てくるとなると、女性の兵士でも送りこんで来たのかと身構えてしまう。そんな指揮官の姿を見たディアッカは笑みを零した。

 

「安心しな。あくまでもお前さんの母親はメッセンジャー。正式な通達は軍本部から出るとさ」

「俺にとっては安心できる材料が皆無なのだがな。それで、配属される奴は誰だ? 今年のアカデミーの奴か?」

「まあ、正解とも言えるし、俺らにとっては気兼ねなくやれる相手だよ」

 

 日頃のことで母親に対する疑惑を重ねているイザークだが、その緊張をほぐす様にディアッカが告げた後、手に持っていた文書をデスクの上に置いた。それを手に取って読み進めていくうちに顔が強張るイザーク。そして、驚きを貼り付けたような表情をディアッカに向けた。

 

「おい、これはどういうことだ。ナイルが赤服になったことも驚きだが、その配属先がうちだと!?」

「ああ。しかも工廠から専用の[ザク]とウィザード付きだそうだ」

「有り得て堪るか、こんな話!!」

 

 イザークがキレ散らかすように叫んだのは単純明白で、彼らはナイルの()()()実力を知っている数少ない理解者たち。

 何せ、イザークとディアッカはナイルの家庭教師みたいなことをしていた。彼がアカデミーに入学するということで、時間を割いてアカデミーに必要な技術を教えていたのだ。見るからに次々と吸収していく順応能力を見て、二人は戦慄を覚えたほどだった。

 

「聞いた話だと、どうやら軍医部門と並行して授業を受けていたそうだ。パイロットはギリギリ赤服の10位だが、軍医は首席卒業だってさ。ただ、体調を崩して卒業式には出れなかったらしいぜ」

「事情は分かった。まあ、オーブに行ったあのバカ並に使える奴だが、コミュニケーションは問題ないな……ディアッカ。いくらアイツと仲が良くても、程度は弁えろよ?」

「了解しましたであります、隊長殿」

「だからそれを止めろ。そういう言い方をされると怖気が走るわ」

 

 なお、イザークとディアッカのこの遣り取りは今に始まった事ではなく、既に艦内のクルーならば承知のことだった。

 




 ここで補足説明。
 原作ではユニウスセブンが核ミサイルの攻撃を受けてレノア・ザラ(アスランの母親)が死亡していますが、ユニウステンが代わりに犠牲となったことで、レノアが生存に。
 その結果、パトリックの強硬路線も『不満のガス抜き』という側面が強くなり、フリーダム強奪については戦後の軍事法廷で裁くことを理由に軟禁を指示。命を奪うようなことは厳禁となっています。

 プラントを追われた場合、アスランとラクスの事を鑑みれば三人ともオーブへの移住となることは明白。少なくともカガリのバックアップが補強されますので、運命終盤で自由レベルの政治力にまで引き上げられるでしょう。
 何せ、プラントを纏め上げていた二人がカガリの教師となれば……ねえ? なので、運命本編のカガリの対応も大分様変わりする形になります。


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分かたれた道の先に

 アカデミーの卒業式から数日後。アカデミーの男子寮から自分の荷物を引き払うためにナイルが足を運ぶと、Tシャツ姿のシンが段ボールに荷物を詰め込んでいた。シンはナイルの姿を見ると、手を止めて声を掛けてきた。

 

「ナイル! ルナから聞いたけど、大丈夫か?」

「ああ、お陰様で快復したよ。お前とレイだと必要以上に心配するだろうから、ルナに連絡を任せたんだ」

 

 仲が良いからこそ、変に心配し過ぎても困るということでナイルはルナマリアに連絡した上でシンとレイへの言伝を頼んだ。その代わりに今度買い物に付き合えと言われてしまった。なお、それを聞いたメイリンまでもが『ついて来る』と言わんばかりだ。

 シンとの挨拶もそこそこにして、作業に取り掛かる。とは言っても、既に段ボールへ詰めていたので後は運び出すだけだった。

 

「でも、俺は納得できないんだよな。お前がギリギリザフトレッドだなんて」

「総合成績で示されている以上は仕方がないだろう?」

「それはそうなんだけれどさあ……」

 

 何せ、生身の体術で1位の成績、それ以外の科目も高水準の成績を有している人間が総合10位というのも本来おかしな話なのだ。尤も、その原因の大半を占めるのがシミュレーターによる模擬戦闘訓練の免除の部分だから猶更、といった感じになってしまっている。

 

「ミネルバへの配属が決まった時、ルナやレイが揃って『ナイルを選ばない時点で間違ってる』なんて言っちゃったんだぞ? レイなんて人事局に行こうとしたから止めたぐらいだし。しかも、心なしかメイリンの表情も悲しそうだったし」

「えらく持ち上げられている気がするんだが。でも、人事権については俺でも関与できんからな」

 

 シンのみならず、レイやルナマリアまでもがそう挙げた理由は、ナイルがシミュレーターでやっていた動きに原因があった。何と、ザク同士の戦いでナイルはビームライフルを一切使わずに切迫し、ビームトマホーク一本で戦っていたのだ。

 高機動型のブレイズウィザードには誘導ミサイルが内蔵されているが、それすらも使わずに軌道による回避だけで相手の攻撃を掻い潜って接近していた。彼がシミュレーターを壊してしまった時の戦闘データを教官が再現して対CPU専用のシミュレーターで実装したところ、これを突破できた人間が誰もいなかった。

 レイやルナマリアは無論のこと、個人戦トップだったアグネスであっても無理だったという事実は成績にこそ反映されなかったが、同期の記憶に深く刻まれることとなった。

 

 あのOSは高機動による機体稼働を前提としたもので、最高出力時はあの[フリーダム]と同等のレベルになる。無論、ワンオフ機前提のプログラムを量産機に落とし込んだら、間違いなく機体が御釈迦になることも確かだが。

 無論、そんな事実は誰にも言えない秘密に該当してしまうため、シンにも秘密だった。

 

「同期が多く固まってるのは[ミネルバ]ぐらいだな。俺はジュール隊に配属だが、意外だったのはアグネスだな。まさかの月軌道艦隊とは」

「俺もそれは意外だなって思ったよ。てっきり[ミネルバ]配属になるんじゃないかって」

「……いや、流石に無理があると思う」

 

 ナイルはルナマリア関連のことを知っているせいか、フレグのことで諍いを持ってしまったルナマリアとアグネスを同じ部隊へ組み込む方が宜しくないと思ったし、なにより政府高官のアグネスの両親が彼女を前線へ出すことに忌避感を持つだろう。

 

 [ミネルバ]の構成メンバー自体は年齢的に若い。そんな中へ劇薬以上の毒と成り得るアグネスを置くのは好ましくないだろう。余談だが、フレグとは数か月前にアグネスから振ったらしい。そのせいでフレグは精神を病んでしまい、卒業前にアカデミーを辞めてしまった。

 心身的なトラブルを引き起こすであろう人間を引き込むよりも、親の意向で距離を取ってもらえる方がありがたい。ただ、仮に戦争となった場合は月軌道艦隊が先鋒部隊として赴く回数も増えてしまうのは言うに及ばずだが。

 

「軍医の有資格者として言わせてもらうが、ルナマリアがまずダメだろうし、レイだって間違いなく難色を示す。極めつけにシン、お前のことを絶対扱き下ろす未来しか見えない。そんな劣悪な環境で戦えだなんて福利厚生が劣悪な企業よりも性質が悪い有様だし、パイロットのメンタルが軒並みボロボロになる」

「そ、そこまで……」

「それに、進水式のことを考えると万全な体制が整っている必要が出てくる」

 

 ナイルは部隊配属のことを同期に送った。その中には一応アグネスも含まれていた。正直に言って連絡を取るのは嫌だったものの、あくまでも“事務的な連絡”という理由を付けて送信しておいた。

 返信メールは届いているものの、見たくも無いので放置することとした。別に見たところで深く影響を及ぼすものではない、という判断からくるものだ。

 

 そして、ナイルは軍医としての見解を口にしたが、パイロットは特に命の危機と隣り合わせの役職。そうなれば心身の充実は最優先課題となる。そんな状況下でメンタルを壊す様な人事など願い下げになる。

 

「モビルスーツのパイロットに求められるのは心身の安定性だし、所属先が最新鋭艦ともなれば、人間関係の構築は最も重要になる。無論、アグネスがそれを理解してないとは言わないがな」

「つまり、ミネルバの選定は妥当だと言いたいのか?」

「そういうことだ」

 

 他人の幸福を壊す様な人間を置いて作戦行動に支障が出る人選は最早“論外”。対外的にもそれが露見するような事態は御法度なのだ。

 

「その上で友人として一つ言っておく。シンがどう思おうが、今のお前はザフトの軍人だ。罷り間違っても他国の要人に喧嘩を売る様な真似はするなよ?」

「それは……解ってるさ」

「ならいい。変に正直なところはお前の長所でもあり短所だからな」

 

 ナイルの言葉の念頭にあったのは無論オーブのこと。住んでいた国で家族を失ったことで、その国を恨んでも仕方がないのは理解している。それでも、これからシンは一人の成人―――軍人として己の立場を踏まえて行動しなければならない。

 オーブにいた時のようなわがままは許されず、己を押し殺して向き合う時が必ず来るだろう。それに耐えきれるかどうかはシン次第なのだ。彼はナイルの忠告に対して渋々納得するように呟いた。

 

「それじゃ、荷物を片付け次第何処か食べに行くか。同期も何人か声を掛けておくかな」

「なら、同行させてもらおう」

「レイ!? いつの間にいたんだ!?」

「気にするな。偶々通りがかっただけだ」

 

 そうして、アカデミーでの生活を終え、それぞれの道へ飛び立っていく。

 この時、ナイルは自分の道が他の人と重なってしまうとは思いもしなかったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その更に数日後。ナイルは支給されたばかりの“ザフトレッド”を象徴する深紅の制服を身に纏い、ナスカ級戦艦[ボルテール]へ赴いていた。戦艦への入り口には見覚えのある一般兵士がおり、ナイルは敬礼をして挨拶した。

 

「認識番号:420126、ナイル・ドーキンスであります」

「ようこそ[ボルテール]へ、ディアッカ・エルスマンだ。ハハッ、久しぶりだなナイル」

「久しぶりだな、ディアッカ。ここでは先輩呼びしたほうがいいですかね?」

「それは止めてくれ。俺ならともかく、イザークがあまりいい顔をしないからな」

 

 普通ならアカデミーの先輩と後輩の間柄だが、互いに砕けた会話をする二人。挨拶もそこそこにして、ディアッカの案内で[ボルテール]の艦内へと入る。

 

「しっかし、流石に驚いちまったよ。あれだけ戦いを嫌う奴がこうして軍人になるとはな。ラクス嬢とは連絡を取ってたりするのか?」

「アカデミーのこともあったから、手紙程度のやり取りしかしてないけどな」

 

 ナイルがクライン邸の使用人をしていた事実は一部に止められている。それこそ旧クルーゼ隊の主要メンバーと旧最高評議会メンバーぐらいしか把握していない事実だ。他愛もない話をしているうちに指揮官室の前にきて、ディアッカがモニターで呼び出しをしようとしたところで、扉が開いた。

 そこには憮然とした表情を浮かべるジュール隊の指揮官―――イザーク・ジュールの姿があった。

 

「予定の時間通りだな。さっさと入ってくれ」

「ハッ!……ディアッカ、何かイザークの機嫌が悪くないか?」

「ああ、()()“あの件”でエザリアさんがな……」

 

 ディアッカが呟いた“あの件”というのは、イザークの婚姻絡みの話だ。これまでもそういった動きは前大戦時も少なからずあったが、終戦後は更に加速していた。

 彼女が一番目を掛けているのはシホ・ハーネンフースで、前大戦終盤ではジュール隊に所属していた。現在はかなりのダメージを受けた軍の再編で別の部隊に異動しているが、モビルスーツの技術顧問として赴くこともあるという。

 そうして話しているところで、イザークがわざとらしく咳払いをする。

 

「コホンッ……そのことは一先ず置いておく。ようこそジュール隊へ。俺が指揮官のイザーク・ジュールだ。いくら友人とはいえ、隊の序列は弁えてもらう。いいな?」

「異存はありません。よろしくお願い致します、ジュール隊長」

「……やはり慣れん。ディアッカの思惑通りになるのは癪だが、必要なとき以外は敬語を崩せ。これは命令だ」

「わかったよ、イザーク。でも、年齢で言えばお前の方が年上なんだが」

 

 アカデミーの卒業順で言ってもイザークとディアッカは先輩。そのイザークが自ら対等であることを望むというのは不思議な感じがした。その理由をイザーク自らが口にする。

 

「ラクス嬢が傍にいることを認める同年代の異性など数えた方が早い。しかも、互いに恋愛関係抜きの友人関係など簡単にできることではない。俺はその意味でもお前を尊敬している」

「それと、お前が敬語で喋ると“アイツ”を思い出すそうだぜ」

「余計な事を言うな、ディアッカ」

「別に俺はアスランの友人であっても近親者じゃないんだがなあ。親御さんが多忙なせいで、うちで居候みたいなことにはなってたが」

 

 アスランと出会ったのは約5年前のこと。コペルニクスから移住してきたアスランとは家が隣同士となり、しかも彼の母親であるレノアとナイルの母のレイチェルが互いに面識を有していたことも判明。

 多忙で家を空けがちなレノアの代わりにレイチェルが母代わりになっていた。その際、コペルニクスにいた幼馴染のことを教えてもらったのだが、そこで聞いた『キラ・ヤマト』の名を数年後に再び聞くことになろうとは思いもしなかった。

 

「しかも、友人同士が婚約するのはまだいいとしても、恋愛関係の経験もない俺が二人から贈り物の相談をされるんだぞ? 控えめに言っても地獄だったよ」

「……イザーク、今度相談に乗ってもらったらどうだ?」

「……検討はしておこう」

「おい」

 

 命の危険と隣り合わせの部隊配属のはずなのに、これでは恋愛相談のアドバイザーとして派遣されただけではないのか? とナイルが訝しんだのは言うまでもなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

―――私は、世界を憎んだ。

 

 幼いながらに私は、自分の生まれた意味を知ってしまった。

 傲慢な遺伝上の父親を持った、あの男―――“アル・ダ・フラガ”のクローンとして。

 

 その事実を悟った時、私は家に火を放った。燃えていく光景に対して、何の感傷も抱かなかった。自らの命が常人よりも遥かに短いのだということも……そうして、私はあのような男を生み出してしまった世界の全てを憎んだ。

 無論、簡単な道のりではなかった。皮肉にもあの男が持っていた能力を受け継いだお陰で、私はここまでの状況を生み出すことに成功した。

 

 勿論、私が手を下したわけではない。ただ、破滅に向かおうとした彼らの背中を少しばかり押してやっただけに過ぎない。そうして、私は私を生み出した男の血を引く少年に討たれた……そのはずなのだが、どうにも様子がおかしかった。

 

 意識があれば、手足の感覚もある。あの状況では[ジェネシス]の放ったガンマ線ビームで私の命も絶たれていた筈だろう。瞼を開けると、そこに広がるのは病院の個室と思しき天井。意識して右手を持ってくると、腕には点滴が繋がれていた。

 すると、扉が開く音がして一人の白衣を纏った女性が近付いてきた。そして、私はこの女性を良く知っている。

 

「……ここは地獄かね、レイチェル・ドーキンス」

「いいえ、現実よ。ラウ・ル・クルーゼ」

「成程、私は死に損なったか……」

 

 男性―――ラウ・ル・クルーゼは白衣の女性ことレイチェル・ドーキンスの姿と言葉に、自嘲しつつも問いかけを続ける。

 

「あれからどうなったのかね? 地球やプラントは」

「第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦後に終戦したわ。貴方を止めたフリーダムのパイロットは、戦争で受けた心の傷が原因でどこかに行方を晦ました。それと、貴方に大事なことがあるんだけど。貴方の寿命の問題は全て解決したわよ……貴方を生み出したユーレン・ヒビキが遺していたクローンに対する後天的な寿命解決プログラムで」

「……ククク、アハハハハッ! まさに業腹だな! 私が憎んだ相手によって命を救われるとはなっ!!」

 

 レイチェルから告げられた事実を聞き、クルーゼは高らかに笑った。最早笑うしかなかった、と言うべきなのかもしれない。人の業を憎んだ男が人の業によって救われる……これ以上ない程の皮肉でしかなかった。

 だが、確かに今までにない高揚感のみならず、体調もこれ以上ない程の万全さを実感できる。そして、ふとクルーゼが部屋にあった鏡を見た時、老けていた筈の顔が青年相応の容姿となっていた。

 

「アル・ダ・フラガのクローン製造で技術は確立したけれど、それを使うかどうかで躊躇ったところにブルーコスモスのテロが襲撃してきたって、遺っていたメモで判明したのよ。それで、貴方はどうするの? 今の議長は貴方の友人のギルバート・デュランダルよ」

「……そうだな。いや、ギルバートとは距離を置かせてもらおう」

 

 ここでクルーゼは距離を置くことを選択した。訝しむ表情を見せたレイチェルに対して、クルーゼは淡々と自分の考えを述べる。

 

「いいの? その気になればコンタクトは取れるけれど」

「残してきたレイのことは気掛かりだが、ギルはあれでも子煩悩なところがあるからな。レイに対してどのような扱いをしたかで私の道を決めようと思う。それに」

「それに?」

「ムウ・ラ・フラガ―――あの男が簡単にくたばったとは思えん。私の勘がそう告げている」

 

 クルーゼは思い返せる記憶の中で[ストライク]の頭部の残骸を見ていたことは確かだった。だが、肝心のムウ本人の死体を確認していない。自身がこうして奇跡的に生きているのならば、彼が本当に亡くなったのかもすら分からない。何せ、フラガ家は良くも悪くも“悪運が強い”一族なのだから。

 

「頼めるのならば、地球の地上基地勤務に出来るよう取り計らってほしい」

「……それぐらいはやってあげるわよ。あのバカが遺した小僧の頼みなんだし」

 

 ラウ・ル・クルーゼ―――アル・ダ・フラガのクローンとして生まれた彼は、何の因果か生き残った。そして、“アルフォンス・ハイバル”という偽名でカーペンタリア基地の一般兵士として働くこととなった。

 彼が何を思ってその道を選んだかは……彼以外に知り得るものなど居なかった。

 




 原作キャラ生存追加。はい、無印の面白仮面ことラウ・ル・クルーゼです。尤も、コイツの出番は無印のように暗躍しないため、一定の期間は時折出てくるレベルに止まります。
 [ジェネシス]のビーム食らって何ともなかったのかと聞かれそうですが、まあ陽電子砲を防ぎ切って爆散した機体に乗っていたあの人と同じ理論だと思ってください。寧ろそう思わないと細かく説明するのが大変になりますので。


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縁の輪廻

 CE73年4月。ジュール隊に配属されて初の任務が与えられた。

 普通ならば喜び勇んで張り切るところなのだろうが、その行き先が大問題であった。

 

「―――これが今回の任務の概要だ。何か質問はあるか?」

「疑問は尽きませんが、任務だと思って諦めます」

「安心しろ、ナイル。今回ばかりは俺も疑問に思うところがある」

 

 軍総司令部発令の命令内容はL4コロニー[メンデル]の再調査。侵入などの痕跡調査や未だに放棄された実験機器や資料などの回収がメインとなる。主だった調査はプラント本国の遺伝子研究所が回収を行い、ジュール隊は研究所がチャーターした民間船の護衛任務。

 ジュール隊が選ばれた理由は、イザークとディアッカが訪れたことのある場所だからという至極単純なものだった、とイザークは吐き捨てていた。

 

「だが、俺たちは軍人だ。メインの調査は研究者たちが勝手にやってくれるし、近辺の護衛はディアッカに任せる。ナイルは他の奴らとモビルスーツでバックアップをしてくれ。[ザク]の習熟訓練にもなるだろうからな」

「了解いたしました」

 

 今更廃棄されたコロニーに一体何の用があるのか……と訝しむものの、ナイル当人には何も出来ないと諦めて護衛の任に就いた。特に道中や調査中でトラブルとなる様なことも無く、実験機器や資料は粗方運び出されたと報告を受けた。

 だが、ナイルにとってこれが無関係でなかったことを知るのは……自宅に帰って来た時、ナイルが父の書斎に足を踏み入れた際、真新しい資料が山積みになっていたことで発覚した。それを見てメンデルの資料だと理解して溜息を吐いたところで、エプロン姿のレイチェルがひょっこりと姿を見せた。

 

「ナイルちゃん、ご飯が……あら、見つかっちゃったかあ」

「見つかっちゃったじゃねえよ! 何やってんだよ、これメンデルの資料だろう!?」

「にゃああっ!?」

 

 いくら母親が遺伝子研究所の主任研究員をしていても、公私混同は御法度すぎる。ともあれ、まずはご飯を頂いてから話を聞くことにした。

 

「それで? 何でメンデル関連の資料がちゃっかりここにあるんだよ」

「あれは流石にデュランダルの手には渡せない代物だから……実はね、貴方の父親はメンデルの研究者だったの」

「まあ、そんな感じはしたけどさ。あの資料の量を見たら逆に納得するわ」

 

 レイチェルは父親の職業をここで初めて口にした。当時の遺伝子研究は人道・倫理・道徳などと言った要素を全てかなぐり捨てた研究がされていたらしい。レイチェルは自分の愛した夫の痕跡を少しでも確保したいと思っての行動だろうが、『デュランダルに渡せない』という意味について尋ねた。

 

「で、今の議長に渡せないものって何だよ? デュランダル議長の専門分野からして、大方遺伝子研究に関するものなんだろうけれど」

「……コーディネイターの神経構造がナチュラルと違うのは理解してるよね? 私の専門が神経伝達に関する遺伝子工学研究ということも」

「まあ、それは分かるが……コーディネイター専用のモビルスーツ開発とか?」

「それよりももっと酷いと思う。私が袂を分かった友人の研究者は、それを精神感応能力に応用した人種を生み出してしまったから。尤も、今の行方は分からないけれど」

 

 レイチェルの遺伝子研究者としての側面で、取り返しのつかないことをしたと言いたげな悲しい表情を見せていた。流石に深入りしていい領域ではないと判断して、ナイルは話題を変えた。

 

「それで、俺の父親の名前は……資料にも書かれていたが、ユーレンという名前で間違いないのか?」

「ええ。ユーレン・ヒビキ―――優秀な遺伝子研究者で周りの人望も厚かったわ。尤も、貴方を産む前に生死不明となってしまったけれど」

 

 書斎の資料の中には、ユーレンの名前が所々にサインされていた。なので、ナイルの父親の名前だけは把握していた。レイチェルからの言葉でその人物がナイルの父親ということも納得できた。

 正直、[メンデル]に関する噂は調べるほど尽きない代物。どこまでが本当なのかすらも分からない。いや、もしかしたら全てが本当なのかもしれない。下手すると、メビウスの輪がまだ生易しいレベルの呪物すら出て来そうな印象が拭えないのだ。

 

「どんな人だったんだ?」

「そうねえ……良くも悪くも家族想いの研究バカだったわ。本当の奥さんとお子さんたちにも隔てなく愛情は注いでいたけど、表現が下手だったから奥さんはいつも泣いてたわ」

「……今、聞き捨てならない言葉を聞いたんだが」

「あ、やべっ」

 

 レイチェルの言葉でナイルはとんでもない事実を聞いてしまった。自分の父親にはちゃんとした家族がいるのに、その人の子どもを作った―――それがナイルということは、自分は不義の子となってしまう。

 慌てて逃げ出そうとしたレイチェルだったが、時すでに遅しであった。ナイルは珍しく怒りの感情を露わにしてレイチェルに詰め寄った。

 

「どこまでもフリーダムすぎるだろうが、アンタは! 愛情は感じてたし、真摯な態度も本当だろうから絶縁とまではいかないけど、せめて質問に答えろ。その奥さんと子どもたちは生きてるのか?」

「……奥さん―――ヴィアは分からない。でも、双子の子どもはヴィアの実妹が責任を持ってオーブへ連れて行って、最終的に引き取られたのよ。何故なら、私が護衛したんだもの」

「そっか……明日は早いから寝るな」

 

 ナイルは怒りの矛を収め、何処か納得したようにリビングを離れた。その様子を見届けたレイチェルはゆっくりとソファーに座った後、懐から一枚の写真を取り出した。

 写真には栗色の長い髪を持つ女性が男女の双子を抱きかかえている様子が映っていた。

 

「ナイル……貴方は一人じゃない。キラもカガリも、それに“あの子たち”も元気でやってるみたいだからね」

 

 レイチェルが呟いた言葉の意味―――それをナイルが知ることになるのは、そう遠くない未来であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 オーブ連合首長国、アカツキ島。

 本島から離れたアスハ家個人所有の島には、表向き木造の家屋と古びた教会がある程度の場所。そして、その海岸に一人の男性が佇んでいた。

 彼の名はシーゲル・クライン。第一世代コーディネイターとして生を受け、プラントの自治権獲得に尽力した結果……取り返しのつかない溝をナチュラル・コーディネイター間に作り出してしまった人物。

 

 戦後、彼は元最高評議会議長として死罪も覚悟していた。だが、元同士でもあるアイリーン・カナーバら穏健派の尽力により、表向きは“永久追放”―――実際はオーブへの亡命という形で決着を見た。

 更に、シーゲルの後継として議長となったパトリック・ザラが『決して殺すな』と厳命した上で屋敷に監禁していたのも、彼が命を取り留めた要因となった。

 

「……酷なことだな。私のしたことで、娘や彼にまで苦難の道を強いてしまった」

 

 その罪を戒める意味でも、シーゲルは戦争で傷ついてしまった“彼”―――キラ・ヤマトに対して出来る範囲での配慮をした。尤も、娘の場合は義務というよりも異性への愛情を以て接している、というのが見て取れるほどだった。

 それを見たシーゲルは表情が曇っていた。何故ならば、シーゲルもまたキラ・ヤマトの出生を知っている一人なのだから。そして、それは自分の娘も決して無関係ではないということも。

 

(君がどう思っているのかは、今でも分からない。だが、ラクスは私の娘だ。娘ならばきっと)

「お父様、如何なさいましたか?」

 

 そうやって思慮している所に姿を見せたのはシーゲルの娘―――母親譲りの容姿を持つラクス・クラインが心配そうに声を掛けてきた。それを見たシーゲルは口元を緩めて笑みを零しつつ、視線を再び海に向けた。

 父親の表情を見たラクスは何か大事な話をしたいのだと感じ取り、シーゲルの隣に立った。

 

「……ラクス、ここでの生活は窮屈ではないか?」

「勿論です。今となっては、プラントでの生活が窮屈だったと思えてしまうほどに」

「そうか……それは良かった」

 

 最初はシーゲルの我儘にラクスを巻き込んでしまったのでは、と罪の意識を覚えることがあった。だが、それをラクスは否定したので、シーゲルは安堵に近い表情をした。その上で、シーゲルはラクスに視線を向けた。

 

「ラクス。ここから先は少なくともお前にとって無関係とはいかない道が待っている。お前はきっと驚くだろうし、私を責めてくれても構わない。だが、私はお前のことを本当の娘だと思っていることは信じて欲しい」

「お父様……はい、聞かせてください」

 

 シーゲルがそう決意した理由は、プラントの現最高評議会議長であるギルバート・デュランダルの存在に他ならない。プラントにおける遺伝子研究者というだけではなく、[メンデル]の関係者という事実も踏まえて……自身が狙われる危険性も考慮した上で、ラクスに自分の知る情報を伝えた。

 そしてそれは、ラクス自身の出生にも大きく関わることとなる。

 

「まず、私はお前と血が繋がっていない。いわば連れ子のような形でお前の母親と結婚したのだ。幸い、婚姻統制実施前の結婚だから何も言われなかったよ」

「……その、私の父親は何方なのですか?」

「私にも分からないのだ。だが、[メンデル]の関係者という可能性しかない」

 

 シーゲルは『分からない』と濁したが、実際はその父親のことを知っている。けれども、その事実に気付かれる前に、シーゲルは更なる爆弾発言を投下した。それにはラクスが強く反応する。

 

「!? それって、キラの本当のご両親がいたあの?」

「そうだ。そして、私は彼とアスハ代表がヒビキ夫妻の実子ということも知っていた。彼の素性を知るのは、私と妻、マルキオ導師、ヤマト夫妻、そして……ウズミ・ナラ・アスハ前オーブ代表」

「そこまで……」

「ここまで言えなかったことは謝ろう。だが、それもお前たちの安全を考慮してのことなのだ」

 

 ラクスはシーゲルの言葉に対して変に詰め寄ったりはせず、彼の言葉を受け入れるように聞いている。ブルーコスモスの凄惨さは聞いていたし、ましてやラクスは先の大戦時にその盟主と相対していた。彼の言葉で『相容れない』ということは肌で感じ取ってしまっていたほどに。

 

「お父様。もしかしてなのですが、私はキラと同じ存在なのですか?」

「いや、それは違うと断言できる……幸い、お前にも遠い親戚だがきょうだいはいる。お前の母親とレイチェル・ドーキンスは従姉妹―――つまり、その血を引くお前とナイルは遠戚だが、間違いなく血縁関係を持つ」

「ナイルが、私の縁戚にあたる人」

 

 そう呟いたラクスだが、シーゲルは正直全てを話すことに抵抗があった。

 何せ、ラクス自身の出生をぼかすためにラクスとナイルの関係を話したに過ぎない。そして、ナイル自身に関する出生を知りながらも隠している。

 

(ラクス……キラ・ヤマト、カガリ・ユラ・アスハ……そして、ナイル・ドーキンス。どうか、これからの時代を生き抜いてほしい。それを見届ける権利など、今の私には既にないのだから)

 

 そうして話を終えて戻るシーゲル……だが、ラクスの心中は複雑だった。

 彼女は暫く打ち寄せる波の音を聞きながら、青い空と海を見つめていたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 更にところ変わってオーブ連合首長国:首都オロファト。

 首長官邸の執務室に座るのは現代表首長のカガリ・ユラ・アスハ。“オーブの獅子”と謳われた父ウズミ・ナラ・アスハを継ぐ形でアスハ家の当主となり、国民の圧倒的な支持を受けて代表首長に任命された。

 17歳という若さで国家元首となったこともあり、当然他の氏族からも疑問の声は出た。だが、前大戦時は軍の指揮統制も経験していたこともあるだけでなく、何よりアスハ家の恩恵を受けてオーブに住むことを決めた人間はナチュラルやコーディネイターの垣根を超えていた。

 そんな彼女が現在頭を抱えている問題は、プラントから送付されてきた一通の招待状にあった。

 

「半年も先の事だというのに、デュランダル議長は丁寧な仕事をするな」

「代表。お気持ちは察しますが」

「分かっている」

 

 傍に控える秘書に窘められつつも、カガリは手紙の封を丁重に切って便箋に目を通す。内容は半年後に控えている最新鋭艦の進水式への招待状。そのデータは内密に国営企業のモルゲンレーテから回されたが、一目見た時はカガリですら目を剥くものであった。

 

「ザフトではこれまでになかった形状の戦艦。“アスラン”もこれを見た感想は『とてもザフトの人間が設計したとは思えない』と零していたぐらいだからな。ディノ秘書官の感想は?」

「はい。[エターナル]とも似ていませんし、やはりザフトの思想とは異なる気がします。そうなると可能性が高いのは」

「オーブの技術者が入り込んでいるのは間違いない、と思ってもいいか……」

 

 カガリが目の当たりにしてきた今までのザフトの戦艦と見比べても、どうにも似つかわしくないというより『違和感がある』という印象を拭えなかった。

 しかも、あの[ミネルバ]という最新鋭艦が何処かで既視感を拭えなかった。まるで、カガリも乗艦したことのある[アークエンジェル]を模したような出で立ちに。

 

「とはいえ、オーブが立ち直るまでにプラントの恩恵を受けたのも事実。仮に、議長と会談することが出来ても、技術者の返還交渉は無駄足になりそうだな」

「はい。夫もその意見をお持ちです」

「分かった。私は国賓として参加し、護衛にはアレックス・ディノを同伴させる。私が本国を不在にする間、ディノ秘書官には留守を預けたいと思う」

「畏まりました、アスハ代表」

 

 前大戦後、カガリはエレノア・ディノ―――レノア・ザラを秘書官に据え、パーシヴァル・ディノ―――パトリック・ザラをオーブ軍士官学校の教官に据えた。

 各々の得意分野を生かしてオーブの復興に一役買っており、彼らの息子でありX09A[ジャスティス]のパイロットをしていたアスラン・ザラは“アレックス・ディノ”の名でカガリの私設秘書・護衛をしていた。

 すると、タイミングよくアスランが姿を見せた。律儀な性格なため、ノックをして断りを入れてから入室してきた。

 

「失礼する。代表、お話があるとのことですが」 

「今は身内しかいないから、普通に喋ってくれ。デュランダル議長から招待状が来た。例の最新鋭艦の進水式についてのな」

「やはり来たのか」

 

 実は、ザフトの動向に関する情報をオーブは独自の情報網で入手していた。正確にはシーゲル・クラインが作り出した“クライン派”―――情報収集を担う組織[ターミナル]の伝手をカガリはラクス経由で手にしていた。

 

「技術者の返還要求はせず、あくまでも国賓として式に参加する。今の状態で突っぱねてもオーブの利益にならないからな」

「ああ、それは分かった。ただ、懸念は別にもある」

「新型機に関する情報のことか。全部で()()とか、私たちにとっては因縁を思い起こさせるよ」

「……確かにな」

 

 カガリからすれば、祖国が裏切って連合の最新鋭モビルスーツを自国のコロニーで開発していたという事実を目の当たりにし、キラと出会ったあの日。

 

 アスランからすれば、ザフト軍の命令によってオーブのコロニーで極秘開発されていたモビルスーツを奪おうとしたとき、そこに偶然居合わせたキラと再会してしまったあの日。

 

 [アークエンジェル]を想起させるような最新鋭艦と、五機の最新鋭モビルスーツ。半年後に何が起きても不思議ではないと思い起こさせる構図に、カガリとアスランは揃って表情を曇らせ、その光景をレノアは静かに見つめていたのだった。

 




 ナイルの実父の存在、ラクスの素性、原作キャラ生存による変化の一つの巻。元スレから参照しつつ、どこまで明かすかを結構ぼかして表現しました。
 [メンデル]関係者にまともな人間がいないって? うん、まあ、そうね(遠い目) ラクスとシーゲルの関係は監督発言から参照して話を膨らませました。今後異なる公式解釈が出た場合はオリジナル設定となりますのでご了承ください。


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真紅の剣

 

―――CE73年9月2日。

 

 L4宙域は過去に大規模なバイオハザードで放棄されたコロニー群が残るものの、大戦後はナチュラル、コーディネイター双方のコロニーが建造される中立地帯となった。

 そこに建造されたプラント[アーモリーワン]の内部には大規模な工廠が備わっている。最新鋭艦[ミネルバ]の進水式を約1か月後に控えたこの日、新型モビルスーツのデモンストレーションが実施されることとなった。

 

 但し、デモンストレーション戦闘に参加するのはX56S[インパルス]、X24S[カオス]、X31S[アビス]、X88S[ガイア]のみとなっている。残る一機―――X23S[セイバー]に関してだが、それが何故か[ボルテール]に積み込まれていた。

 その理由は、ジュール隊が受けた任務に関わるものであった。

 

「デモンストレーション戦闘に参加せよ、ですか?」

「そうだ。向こうのテストパイロットとうちの部隊との模擬戦形式だ。向こうは[インパルス]、[カオス]、[アビス]、[ガイア]の四機。うちの隊からは俺とディアッカ、シホに……ナイル、お前も参加する。しかも、最新鋭機の[セイバー]をお前が操縦しろとの命令付きでな」

「……命令は理解しましたが、条件が対等とは思えません」

 

 ナイルは正直訝しんだ。数が対等でも、性能が必ずしも対等とは言えないからだ。

 

 セカンドステージシリーズがバッテリー機とはいえ、五機の基本性能は[フリーダム]を超えている。いくら量産型の最新鋭機でもある[ザク]とはいえ、精々[ストライク]レベルの三機では勝負になるのかも疑わしかった。それについては、隣で聞いているシホやディアッカも表情で答えているような有様だ。

 三人の言いたいことも分かる……と言いたげな苦い表情をしつつも、イザークは説明を続ける。

 

「ナイルの言葉も、お前たちの表情も分かる。が、命令である以上は受けねばならん」

「命令は理解しましたが、ナイル以外の私たちは乗機を使うんですか、隊長?」

「いや、向こうでご丁寧に[ザク]を用意してくれるそうだ。調整の時間も貰えるらしいからな」

 

 シホの問いかけに対してイザークが答える。確かに、任務で必要な機体をデモンストレーション戦闘で潰すのは割に合わないため、[ザク]とはいえ用意してもらえるだけでもありがたい。

 だが、一番気になるのは……進水式間近のこの時期にこんなことをして、地球連合を刺激することにならないかという不安要素だった。この疑問についても答えるかのようにイザークが説明を述べる。

 

「今回はデュランダル議長閣下が内密とはいえ視察に来るそうだ。それを睨んでのデモンストレーション戦闘なのだろう……ほかに何か質問は?」

「では、ジュール隊長。その任務を受けることは構いませんが、仮に相手四機を全部撃墜判定にしてしまっても責任問題にはなりませんよね?」

「……」

 

 イザークはナイルの質問に対して窮してしまった。何せ、イザークはナイルの実力を知っているし、[フリーダム]や[ジャスティス]のテストパイロットの件も聞いていた。なので、イザークは少しばかり考えた後、こう答えた。

 

「構わん。お前レベルのパイロットだと物足りんだろうが、お灸を据える意味でもアリだと思ってる」

「……イザーク、もしかして怒ってるのか?」

「当たり前だっ! 俺たちはテストパイロットたちの当て馬ではないのだからな!」

 

 上司を宥める意図も込めて心情を尋ねたディアッカだったが、これには流石のイザークもとうとうキレてしまった。

 いくら温厚に努めようと思っても、こればかりは頭に来るものがある。イザークのこの心情には、諫めようとしたディアッカも思うところがあったようで、苦虫を噛み潰したような表情を見せていた。

 

 何せ、イザークとディアッカは先の大戦で連合製のモビルスーツを用いていて、イザークはGAT-X102[デュエル]、ディアッカはGAT-X103[バスター]で戦い抜いた。

 シホはビーム兵器実験機:YFX-200[シグー・ディープアームズ]のパイロットとして戦闘を潜り抜けた。

 そこにファーストステージの開発・設計に携わり、[フリーダム]と[ジャスティス]のテストパイロットのナイル。

 

 見事にエース格のパイロットが揃った訳だが、イザークとて意図してこうなったわけではない。そこに新型機のデモンストレーション戦闘の任務が来るとなれば、最早作為のようなものを感じずにはいられなかった。

 無論、相手のテストパイロットたちだって弱い訳ではない。いくら[セイバー]を貸与されたとはいえ、機体性能の差をつけた状態でデモンストレーション戦闘をやらせようとする方が正気の沙汰ではない。

 

 相手に対する誇示の意図もあるだろうが、それにしたって色々無茶ぶりが過ぎる。ナイルが[セイバー]に乗る以上、最早彼を止められる人間などいないに等しかった。それはイザークとディアッカが一番理解していた。

 

「責任だの最早知った事か! ナイル、[セイバー]であいつらを悉く戦闘不能にしてやれ。責任は全て俺が持つ!」

「ハッ! ……ということなんですけど、すみません」

「いや、ナイルのせいじゃないから」

「ええ、こればかりは私たちも同じ気持ちですから」

 

 ディアッカとはともかく、シホとは最初折り合いが悪かった。当初は嫌われているのかと思ったが、何でもイザークにアプローチを掛けようかと思ったところで運悪くナイルが姿を見せて失敗していたらしい。

 それをナイルが気付いてからはシホの背中を押す様になり、シホもそれを理解して先輩と後輩の良好な関係を築いている。なお、二人の様子を見たイザークが冷や汗を掻くようになったのは言うまでもない。

 

「いいか! 俺たちを怒らせればどうなるかを思い知らせてやれ!」

「……もしかしてですけど、エザリアさんからまた何か言われたとか? この戦闘で負けでもしたらお見合いをさせるとか」

「それはありえそうだな……負けたら説教が飛びそうだしな。勝たねえとな」

「ええ、同感です」

 

 こうして、ジュール隊が妙な結束力を発揮していたことに関して、[ボルテール]以外の人間が知る由もなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そして、翌日―――9月3日。

 [アーモリーワン]にお忍びという形で訪れた黒髪が特徴的な男性―――プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルがお付きの護衛を数人連れてシャトルから降りてきた。降り立ったところには工廠の担当者が出迎えた。

 

「これは議長閣下、お早いお着きで」

「出迎えご苦労だった。聞いたところによると、私の来訪に合わせてデモンストレーション戦闘を実施すると聞いているが」

「お耳にするのが早いですね。では、こちらへ」

 

 まるで[アーモリーワン]側の動きを把握しているかのように話すデュランダルに対し、担当者は汗を掻きつつも先導する形で案内をしつつ、戦闘の概要を話す。

 

「今回の戦闘は四機の性能テストを兼ねています。ただし、X23S[セイバー]はOSの関係もあって、今回はモビルスーツ形態のみでの運用という形でジュール隊に任せました」

「ほう、そうか……」

 

 セカンドステージシリーズの中で、[セイバー]だけは他の四機と異なる開発ステップを踏んでいる為に開発が遅延していた。その中で深刻だったのは、モビルスーツ形態とモビルアーマー形態をスムーズに行うための切り替えに伴うOSシステムが未完成だったことだ。

 普通ならば、ジュール隊はその事実を知らされた状態でデモンストレーションを行うのだが、実は連絡の手違いがここで生じていた。工廠の担当はデュランダルにこう説明したが、ジュール隊への連絡を担当した者は[セイバー]の変形機構に関するOSの未完成を伝えなかった。

 だが、そんなトラブルすらも解決してしまったことを……彼らはまだ知らない。

 

「こちら側はシン・アスカ、コートニー・ヒエロニムス、リーカ・シェダー、マーレ・ストロードの四人となります。カオスとガイアの正式なパイロットは1週間後に着任の為、テストパイロットの彼らに依頼しました」

「ふむ。それで、ジュール隊のパイロットは?」

「イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン、シホ・ハーネンフース、そして[セイバー]にはナイル・ドーキンスを指名しております」

「ほう……確か、[蒼穹の魔女]の子息だったかな」

 

 デュランダルはパイロットの名を聞いてシン以外にあまり興味を示さなかったが、最後のナイルの名を聞いてデュランダルの表情が変わった。まるで、興味深いものを見つけたかのような好奇心を表情に示しているような印象だった。

 そんな様子を一々問いかけるまでも無く、担当者は説明を続ける。

 

「ええ。アカデミーでは総合第10位で、[インパルス]の正式パイロットとなったシン・アスカには見劣りしますが」

「そうか……何にせよ、楽しみだな」

 

 デュランダルは担当者の話半分に聞きつつ、モニターに視線を向けた。モニターには各機の様子が映し出されているのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 [インパルス]、[カオス]、[アビス]、[ガイア]に対して、[セイバー]と[ザク]三機。

 

 状況に応じて背部のユニットを換装する[シルエットシステム]を持つ[インパルス]は高機動型の[フォースシルエット]を装着している。

 対する[ザク]は各々が得意とするウィザードが装着されていた。イザークは近接戦闘に特化した[スラッシュウィザード]、ディアッカは遠距離戦に特化した[ガナーウィザード]、シホは高機動戦闘に対応できる[ブレイズウィザード]を装着している。

 

 ルールは戦闘不能状態―――武装が破壊されて戦闘続行が不可能となった時点―――で撃墜判定とすること。その際に武装・機体が破損してもパイロット個人の責任は問わない。万が一、パイロットが負傷して今後に支障が出る場合は、軍としての補償範囲でこれを認める。

 

 模擬弾を使わず、ビーム兵器を用いた実戦形式の模擬戦。下手をすれば死人すら出かねないものだが、命令とはいえジュール隊が引き受けた。各機のコンソールに模擬戦開始までのリミットが表示される。それを見たイザークが各機に呼びかける。

 

「各機、作戦通りにフォーメーションを仕掛ける。俺とナイルが前衛、遊撃はシホ、後衛はディアッカに預ける」

『了解!』

 

 そうしてカウントがゼロになった瞬間、八機のモニターに『MISSION START』の文字が表示される。動きが早かったのはジュール隊の方で、[セイバー]と[ザク]二機が背中合わせに回転しながら直進する。

 一体何なのだと困惑する四機だが、シホの[ザク]が誘導ミサイルを発射して、各機は距離を取って迎撃を開始しようとする。その動きを見た瞬間に三機が散開したとほぼ同時のタイミングで襲い掛かるプラズマビーム―――ディアッカの駆る[ガナーザクウォーリア]のオルトロス高エネルギー長射程ビーム砲が襲い掛かり、ミサイルが誘爆して爆風が四機の視界を覆う。

 

「―――推定ポイント捕捉。各機とデータリンクします」

 

 ナイルがそう呟いた後、[セイバー]は高機動巡行を可能としたモビルアーマー形態へ変形し、一気に[アビス]へ切迫する。相手は爆風から脱出しようと武装を構えるが、その眼前には目前でモビルスーツ形態へ変形した[セイバー]がビームサーベルを構え、振り翳した。

 ランス諸共右腕部を斬り落とし、加えて左肩部の武装接続部分を切断。更には[アビス]を足場にする形で蹴り飛ばすと同時にモビルアーマー形態へ変形して急速離脱した。この時点で[アビス]は戦闘不能状態として判断された。

 

 次に向かう先は[カオス]。当然、向こうもこちらの意図に気付いたようで、機動兵装ポッドを分離させて襲い掛かる。[カオス]の機動兵装ポッドは無線誘導式兵器で、前大戦時にZGMF-X13A[プロヴィデンス]に使用された[ドラグーンシステム]を簡素化した仕様。

 ナイル自身も[ドラグーンシステム]のような無線誘導兵器は初見だが、自身の脳裏に走った閃きによって、位置やビームの軌道を瞬時に把握しながら変形の緩急で躱していく。だが、忘れてはいけないのが、相手をしているのは何も[セイバー]一機ではないという事実。

 その隙をイザークの駆る[スラッシュザクファントム]が逃すはずなどなかった。

 

「ナイルばかりに気を取られて、死にたいのか貴様らはっ!!」

「隊長、援護します!」

 

 そうして振り下ろしたビームアックスは[カオス]の左腕を対ビームコーティングされたシールドごと叩き斬った。更には援護する形でシホの[ブレイズザクウォーリア]が背後から急襲して、[カオス]の右脚を斬り飛ばした。

 

 僅か2分で最新鋭機二機が撃墜判定―――だが、戦闘終了の合図が出るまでデモンストレーションは続く。それを指し示すかのようにディアッカの[ガナーザクウォーリア]のオルトロスが再び火を噴き、今度は[ガイア]の右腕をライフルごと蒸発させてしまった。

 それによって生じた爆発の反動で近くのデブリに衝突して、[ガイア]は動かなくなったため、[ガイア]も撃墜判定となった。

 

「グゥレイトッ、俺もまだまだ捨てたもんじゃないぜ!」

『まだ戦闘は終わっていない。残り一機とはいえ、油断するな』

「了解、隊長」

 

 そう叫ぶディアッカに窘めるイザーク。確かに、数的有利とはいえ相手は高機動型のユニットを付けた最新鋭機。油断は出来ないとディアッカは短めの返事で答えて、[インパルス]に照準を付けた。

 放たれるオルトロスに対し、盾を構えて突撃する[インパルス]。オルトロスを防ぎ切って切迫しようとした次の瞬間、直上から[セイバー]が背部に装備された最大火力を誇るアムフォルタスプラズマ収束ビーム砲で[インパルス]の両腕部を綺麗に吹き飛ばし、更には盾を捨てて両手に握ったヴァジュラビームサーベルで頭部と両脚部までを破壊。

 

 最早一方的な蹂躙劇となったデモンストレーション戦闘……それを指し示すかのように、『MISSION COMPLETE』の文字が各機のモニターに表示されたことで、幕を下ろしたのだった。

 

 そのまま[ボルテール]へ帰還し、コクピットから降りたナイルがロッカールームへ来たところで、イザークとディアッカ、シホがナイルを出迎えた。三人を前に、ナイルは敬礼をした。

 

「報告いたします。四機全てとはいきませんでしたが、[アビス]と[インパルス]の撃墜に成功いたしました」

「ああ、ご苦労だった。しかし、こうまで作戦に嵌るとは思わなかったがな」

「しかも、俺やイザークが使ったことのある作戦をオマージュするとは……お前、指揮官の才能もあるんじゃないか?」

「私からもそう評価できますよ。何なら、今から[セイバー]の正式パイロットに選ばれるかもしれませんね」

「勘弁してください……」

 

 あの四機を相手にする場合、[ブラストシルエット]を装備した[インパルス]を除くと最大火力を有する[アビス]、そして無線誘導兵装を持つ[カオス]が厄介だった。なので、フォーメーションで完全に虚を突き、[アビス]と[カオス]を優先して撃墜する方針とした。

 [ガイア]の変形機構は、正直宇宙戦闘でまともに運用できる代物ではないために後回しとした。そして、[インパルス]もとい“彼”の戦闘スタイルにおいてディアッカにヘイトを向けさせることで、完全に急襲して無力化することに成功。

 

 今回のデモンストレーションは、ナイルの情報に基づいたフォーメーション戦闘によってジュール隊が勝利する形となった。

 そして、ナイルを除いた彼らは後に知ることだが……X23S[セイバー]をここまで十全に扱えたパイロットが後にも先にもナイルただ一人となってしまったという事実が出来てしまったということを。

 




 原作展開にないものですが、[セイバー]だって決してスペックが低い訳ではないので活躍させたかった。そう思って突っ込んだ展開です。1か月あれば機体も修理できるかと。ただし整備班が過労で卒倒不可避。
 運命時のイザークは割と落ち着きましたが、自分のことならばともかくとして部下のメンツまで傷つけるようなことは許容できない感じだと思ってください。
 戦闘がハイライト気味になっているのは私のせいです。だが、後悔はしていない。


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駒の因果

―――CE71年3月。

 

 ナイルがアカデミーへ入学する1年前、アカデミーの卒業式があってナイルの友人たちがザフトの軍人となった。当時首席のアスラン・ザラを筆頭に、イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン、ニコル・アマルフィ、ラスティ・マッケンジーの五人は揃ってザフトレッドとなった。

 ナイルは友人として五人を祝い、更にはクルーゼ隊からミゲル・アイマンがお祝いに来ていた。既に五人は揃ってクルーゼ隊へ配属が決まっており、ミゲルはその挨拶も兼ねてのものだそうだ。加えて、ナイルとミゲルは歳の差を越えた友人となっている。

 

「おめでとう五人とも。友人としてどう表現すべきか複雑だが、無事に生きて帰ってくれることを祈っておくよ」

「ありがとうございます、ナイル」

「サンキューな。お前もラクス嬢の付き人を頑張れよ! でも、アスランの婚約者なんだから略奪するなよ?」

「冗談でも止めろ、ディアッカ。俺がアスランのご両親に殺されかねんわ」

 

 ニコルはナイルの言葉を深く受け止め、ディアッカの冗談めいた言葉に対して苦言を呈した。その流れに対してイザークが反応した。

 

「お前がラクス嬢の使用人とは驚きもしたが、そこにいる仏頂面より遥かにマシだな」

「イザーク、流石にそれはどうかと思うぞ……」

 

 イザークからすれば、首席を取ったアスランのことを快く思わないのは当たり前だろう。別に自慢しているわけではないが、プライドの高い彼にとってライバルとも言えるアスランの存在は見て見ぬふりなど出来ない。ましてや、同期かつ同じ隊へ配属なのだから否応にも比較されてしまう。それでへこたれないのがイザークの持ち味でもあるのだが。

 そんな彼の物言いには流石のラスティも苦笑を浮かべ、ニコルも引き攣った笑みを見せていた。すると、ミゲルがナイルの肩に手を置いた。

 

「何というか……ナイル、俺はお前を尊敬するよ。というか、コミュニケーションの観点でお前を今すぐにでも軍にスカウトしたい。マジで」

「何かあったんですか?」

「いやさぁ……まあ、察してくれや」

 

 ミゲルが言いづらそうにしていることと、アスランにチラリと向けられる視線。そして彼の物言いで何が言いたいのかを悟り、ナイルは深い溜息を吐いた。

 初対面の時からそうだったが、アスランは人見知りがかなり強い。というか、かなり酷いというニュアンスが適切なのかもしれない。これには彼の婚約者もかなり手を焼いているようで、対応をどうするか悩んだ結果として天然ぽわぽわ系女子に帰結してしまったほどだ。

 

 正直、ラスティとニコルがいるからこの五人は成り立っているわけだが、誰か一人でも欠けるとチームワークが崩壊するのは目に見えていた。ミゲルもそれを危惧したからこそ、ナイルに冗談交じりの勧誘をしたのだろう。

 

「いやいや、イザーク。ナイルに限ってそんなことをするとは到底思えないんだが」

「……」

 

 なまじ能力はあるくせに、表現能力と対人関係が壊滅的に終わっているこのイケメンを真正面から本気で殴りたいと思ったのは……きっと自分だけではない、とナイルはカメラのシャッターを切りながらそう思っていた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 時は戻って、CE73年9月3日。

 

 [アーモリーワン]でのデモンストレーション戦闘は工廠の大方の予想を覆してジュール隊が勝った。しかも、当初は使用できないとされていた[セイバー]の可変機構を自在に使いこなしてのもの。

 当然、工廠の担当者たちは想定していない事態の連続で荒れに荒れていたが、その中でデュランダルは冷静にモニターを見ていた。先程のデモンストレーション戦闘の映像が繰り返し流されており、ポツリと呟く。

 

「……やはり、[セイバー]でも彼にはついていけないか」

 

 本来使用できなかった筈の可変機構を使用可能にしたこともそうだが、瞬く間に同じセカンドステージシリーズの機体を戦闘不能に追い込んだ。運の要素も多少はあっただろうが、きわめて合理的かつ効率的な方法でフォーメーション戦闘を行ったことはデュランダルの中で高く評価できる点だった。

 それ以上に、まるでナイル・ドーキンスの人の本質を見抜くかのように呟きつつ、デュランダルは傍にいた側近に声を掛けた。周りには聞こえないよう小声で呟く。

 

「本国で開発している“リバティ”のロールアウトを急がせてくれ。完成次第カーペンタリア基地へ送るように指示を」

「畏まりました」

 

 そう呟いた後、デュランダルは工廠の担当を労いつつもその場を去り、プラント本国行きのシャトルに乗って[アーモリーワン]を後にした。シャトルの中でデュランダルは誰にも聞こえない程度の声で呟く。

 

「駒は目覚めた―――彼が自由を掲げる運命の福音になってくれれば、尚のこと良いのだがね」

 

 デュランダルが呟いたその意味を知るのは彼だけであり、それが叶うか否かということを誰も知らない。それでも、時は刻々と過ぎていくのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 工廠が荒れに荒れていたのと同じ頃、[ミネルバ]に戻って来たシン・アスカはシャワーで汗を流した後、レクリエーションルームに足を運んでいた。

 

 胴体以外切断されて達磨状態とされてしまった[インパルス]だが、この機体はコア部分の[コアスプレンダー]、上半身部分の[チェストフライヤー]、下半身部分の[レッグフライヤー]と三分割されており、それらが合体して[インパルス]となる。

 こんなややこしいシステムを採用しているのは、ユニウス条約におけるモビルスーツの保有数上限を潜り抜けるためのもので、表向き“戦闘機”という扱いにすればモビルスーツの頭数とはならないという発想から設計・開発された。

 だが、そのお陰で[コアスプレンダー]さえ無事ならば他のパーツの予備で対応できる利点もあり、直ぐに戦線復帰できるのも強みと言える。

 

(アイツ、完璧に強かったな……)

 

 本来なら悔しい感情が沸き上がるのに、シンの胸中はあの真紅の機体に対する憧れが占めていた。[ザク]とチームを組んでいたあの機体がZGMF-X23S[セイバー]だと機体の識別コードで知ることになったわけだが、まるで空を飛ぶかの如く航行する姿に思わず見惚れてしまっていたほど。

 シンがレクリエーションルームに入ったところで、同期のヴィーノ・デュプレが走り寄って来た。

 

「シン、大丈夫か!? 怪我とかしてないか!?」

「だ、大丈夫だって! 戦闘不能で撃墜判定は食らったけれど、船医も問題なしと判断してくれたから」

「ならいいけど……けど、ジュール隊ってあんなに強いんだな」

「……ああ」

 

 シンでもジュール隊のことは耳に挟んでいる。

 

 隊長のイザーク・ジュールは前大戦でモビルスーツを駆り、数々の戦場を生き抜いた英雄として知られている。隊の中には同じく前大戦を生き抜いたベテランが多く在籍しており、そこにナイルが配属されたことも。

 最新鋭機四機相手でも歯が立たなかった……努力してザフトレッドとなったシンでも、あっさり撃墜された時点でモビルスーツ戦闘の経験差は歴然と言える。

 すると、二人の会話にヨウラン・ケントが割り込んで来た。

 

「しっかし、シンの駆る[インパルス]があっさりと墜とされるとはなあ……この分だと、ナイルが一気に経験値を積んでシンが追い越されるかもしれんぞ?」

「いや、それは……」

 

 シンは流石に答えを見失ってしまった。

 何せ、アカデミー時代の時点で次席卒業したアグネスをシミュレーター訓練個人戦で圧倒していただけでなく、シミュレーターを壊した際の戦闘データで再現したCPU戦闘は、同期の人間であっても破られていない。昔の時点でこうなのだから、歴戦揃いのパイロットたちに囲まれて戦うことになるナイルがどれぐらい強くなるかも分からない。

 すると、そんなシンに対して助け船を出した人物が姿を見せる。

 

「そこまでにしておけ。シン、話があるんだがいいか?」

「レイ。あ、うん。二人とも、悪いな」

 

 レイの助けに感謝しつつ、ヴィーノとヨウランに断りを入れた上でレイの後を追った。暫く黙っていたが、静かな空気が耐えられずにシンが口を開いた。

 

「レイ、さっきはありがとう」

「気にするな。それに、お前に用事があるというのは本当なのだからな」

 

 そう言ってレイが向かった先はパイロットアラート。そこにはルナマリアが既に座っていて、レイがテーブルに置いていたコンピュータを開いて起動させる。

 レイが準備をしている間、ルナマリアがシンに話しかけた。

 

「シン。めっためたにやられたけど、大丈夫なの?」

「ああ。正直、あそこまで完璧にやられるとは思ってなかったよ」

「普通はそうよね……見るからに相手はフォーメーションを組んでいたし、あの赤の機体の動きは尋常じゃなかったわ。余程凄腕のベテランパイロットでも乗ってたんでしょうね。案外、あのイザーク・ジュール隊長が乗っていたのかもしれないし」

 

 [セイバー]の形式番号を見る限りでは、X56S[インパルス]、X24S[カオス]、X31S[アビス]、X88S[ガイア]と同じセカンドステージシリーズの機体だろうと思われる。だが、実際に見るのは[インパルス]のパイロットであるシンですら初めてだった。

 そうして話しているところに、レイが割り込む形で話し始める。

 

「―――どうやら、そういう訳でもないようだ」

「えっ?」

「レイ、どういうこと?」

「あの赤の機体の戦闘データを解析した結果だが、恐らく乗っていたのはナイルの可能性が高いと俺は見ている」

 

 そう言いながらレイがコンピュータの画面を二人に見せる。

 画面に表示されているのは、アカデミーに残されていた[ザク]のCPU戦闘データと[セイバー]の戦闘における機動データの比較。機体性能こそ違えど、操縦の癖に関しては共通部分が多く、レイは[セイバー]の機動を見て訝しんだ。

 客観的な比較方法を取った結果、レイの疑念は確信へと変わった。これにはシンだけでなくルナマリアも驚いていた。

 

「機体の動き方の癖や挙動の仕方はほぼ一致していた。なので、あの機体を操っていたのはナイルに間違いないだろう」

「……なあ、何でそんな奴がアカデミーでザフトレッドギリギリの成績なのか、ものすごく疑問なんだが」

「うん、それは私も凄く気になってる疑問よ」

 

 何せ、アカデミー時代にシミュレーター訓練を免除されてしまった人物がここまでの実力を有しているというだけでも凄いことだ。これが明るみになれば、間違いなく最新鋭機のパイロットに選ばれてもおかしくはない。下手をすれば、シンの乗っている[インパルス]を十全に扱えるのではないかと思えてしまうほどに。

 

「それは俺も抱いたが、こればかりは本人に聞かないと分からない疑問だな。ただ、一つ言えるのは……アカデミー時代、アグネス・ギーベンラートを圧倒していたという事実にまた一つ裏付けが増えた、ということだな」

「……それは確かに」

「それはそうね」

 

 パイロット部門総合成績第10位が同期で次席卒業の人間を圧倒する―――この時点で何かがおかしいとしか言いようがない。だが、これまでの状況証拠からすれば、ナイルの実力は最早疑うべくもないと言えよう。

 それが現場に上手く反映されなかったのは残念なことだが、ベテランパイロットが多いジュール隊に配属したという時点でエリートコースにも近いと言える。

 

「それでも、正式パイロットが簡単に変わるとは思えん。シン、あの機体のことは何か分かったか?」

「あ、うん。[インパルス]の識別コードだと、あの機体はZGMF-X23S[セイバー]と言うらしい。恐らく[インパルス]らと同じセカンドステージシリーズのものだと思う」

「[セイバー]……まさかとは思うけど、それも[ミネルバ]に配属とかなっちゃうのかしら」

 

 正直、疑問は尽きない事ばかりだ。シンやルナマリアは動揺を隠せないでいる。しかし、それでもレイは淡々と事実を口にする。

 

「さてな。ともあれ、俺たちももっと強くならなければならないのは確かだ」

「それは同感ね。流石にあんなものを見せられちゃ、ザフトレッドとして黙ってられないもの。てなわけでシン、シミュレーター訓練に付き合いなさい」

「って、今からかよ!?」

 

 あくまでも『その可能性が極めて高い』というだけで確定事項ではない。だが、『ナイルならばやりかねない』という認識が同期パイロットの中で根付いた以上、更に経験を積むしかないのだ。シンを引っ張っていくように出ていくルナマリアを見て、フッと笑みを漏らしたレイであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 任務を終えた[ボルテール]はプラント本国に到着。[セイバー]は統合設計局と工廠の責任者が来て引き取っていった。なお、OS設定についてはデモンストレーション戦闘でのデータ取りもある為、元に戻さない状態で引き渡すこととなった。

 運ばれていく[セイバー]をナイルとディアッカ、シホが見つめていた。ここにいないイザークは隊長として[セイバー]の引き渡しに立ち会っている。

 

「しっかし、命令とはいえ勿体ない気もするな。最新鋭機ならナイルが使いこなしていたというのに」

「止めてくれ、ディアッカ。あの機体のOSなんて急造品みたいなものだし」

 

 ナイルが[セイバー]の調整を始めようとしたところ、OSの変形機構に関する部分が未完成の状態で引き渡されていた。少なくとも変形機構を有するGAT-X303[イージス]よりも簡素化しているのだが、コンセプトがシンプルであるが故に却ってOSが複雑化した形跡が見られた。

 なので、ナイルは[フリーダム]の調整データを念頭に入れて[セイバー]のOSを全面的に書き換えた。再現性など考えずに組み込んだため、解析担当は確実に頭を抱えることだろう。

 

「それに、あの機体のスラスターを全開で踏み込んだら、軋む感覚がしたんだ。機体強度的にも見直しが必要になる」

「あの、そこまで全開にしてあれだけ機体を制御していたことの方が驚きですよ」

 

 シホは冷や汗を流しつつもナイルを窘めていた。完全初見と言える[セイバー]をそのレベルにまで操縦していたという事実は、ジュール隊のみならず[アーモリーワン]の工廠、そしてギルバート・デュランダルに知られることとなった。

 だが、1か月後に[ミネルバ]の進水式が控えている上、最新鋭機の正式なパイロットも任命済み。ここで大きな変更を伴えば、確実に大きな歪みとなるのは間違いない。変に恨まれる理由を作りたくないと思ったナイルは[セイバー]の操縦に関するレポートを作成して、イザークを通して工廠へ渡すことでお茶を濁す方法を取った。

 

「頑張って動かしたにすぎませんよ。それならヴァリアブルフェイズシフト装甲ではないけれど、あの[ザク]のほうがマシですよ」

 

 機体の色は何故かクリーム色になっていた(多分レイチェルの仕業)が、それでも機体性能としては申し分ない。機体の重量的に[ザクファントム]の皮を被った何かとしか言いようがないのはアレだが。

 何せ、普通の[ザクファントム]ならウィザードユニットまで装着すれば90トン近くになる筈なのに、この[ザク]は機体とウィザードの総重量が約78トン―――[インパルス]の高機動戦闘タイプ[フォースインパルス]とほぼ同等の重量となっている為だ。

 なので、中身は恐らくセカンドステージシリーズと同等の機体性能とみていい。

 

(……俺やイザークでも先の大戦の時はGATシリーズで四苦八苦してたのに、機体が持たない技量なんて“アイツら”を思い出しちまうな)

 

 ディアッカが思い浮かべたのは、核動力機である[フリーダム]のパイロットだったキラ・ヤマトと[ジャスティス]のパイロットだったアスラン・ザラ。この二人と同等以上の技量を彼は有している、というのはほぼ初見の可変機構付きモビルスーツを扱いこなした時点で明白。

 いくら元ザフトレッドと言えども、あの二人に追随するのは厳しい。仮に同じ機体同士の条件であったとしても、キラやアスランを相手にするのは流石のディアッカでも厳しいと思ってしまうほどだ。しかも、彼らが[ストライク]と[イージス]で死闘を演じたのだから猶更だ。

 

 結局、レポートが功を奏したのか[セイバー]の正式パイロットにナイルがなってしまうという事態は避けられた。だが、その代わりとして提示されたのは……[ミネルバ]の進水式と[セイバー]を除いたザフトセカンドステージシリーズ四機のお披露目にジュール隊が護衛に就くこと。

 

 そして、ナイルはその当日、お忍びと言う形で来訪されるカガリ・ユラ・アスハ代表首長の護衛および案内役を任ぜられるということになったのだった。

 




 [セイバー]の正式パイロットを回避しようとしたら、本編にがっつり関わってしまうルート突入の巻。
 [ミネルバ]組には[セイバー]の存在を認知されてしまう形となりましたが、謎の新型というイメージから同期が乗っていたと思しきセカンドステージシリーズの機体という認識に切り替わるので、然程の変化にはならないと思います。
 まあ、誰かさん辺りは「ナイルみたく上手く扱ってくださいよ!」と言いそうな気はしないでもないですが。


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準(なぞら)えられた強奪

―――CE73年10月3日。

 

 L4コロニー[アーモリーワン]。宇宙港が多くの人で賑わっている中、“ザフトレッド”と呼ばれるエリートを指し示す赤の制服に身を包んだ少年が先程到着したシャトルを見つめている。そして、そこから姿を見せた金髪を持つ簡素な紫の服を着た人物が目に入り、歩を進めて敬礼する。

 

「オーブ連合首長国、カガリ・ユラ・アスハ代表ですね」

「ああ。君が出迎えなのか?」

「はい。ザフト軍ジュール隊所属、ナイル・ドーキンスであります。此度は軍の命令で代表の案内役と護衛を担わせて頂きますので、ご承知おきください。それと……そちらは護衛の方ですか?」

「……護衛のアレックス・ディノであります」

 

 ナイルはカガリと挨拶しつつも、“アレックス・ディノ”と名乗ったアスランをすぐに見抜いていた。アスランの方もナイルがザフト軍に入隊した事実に加えて、配属先がかつての同期となれば表情が曇ってしまう。

 あまり追及するのも宜しくないと考え、ナイルはカガリとアスランを誘導しつつ、今の[アーモリーワン]の状況を説明した。

 

「進水式に伴い、明日は軍事式典を予定しております。そして急なお話ではありますが、アスハ代表の来訪に伴ってデュランダル議長が会談を行いたいと申し出ておりますが、如何いたしますか?」

「有難く受けさせていただく。国賓とはいえお忍びの身なのに、そうまでしていただけるのは感謝に堪えない」

「では、そのままご案内させて頂きます……あまり仏頂面になるなよ、()()()()

「っ!? 大きなお世話だ」

 

 ナイルがカガリとやり取りをしている中で、いかにも不機嫌そうなアスランに対して呟くナイル。まるで元婚約者の如く見透かされたような発言が飛んできたことに、アスランはぶっきらぼうに吐き捨てた。

 これにはカガリが流石に訝しんで問いかける。

 

「不躾な質問だが、ドーキンス殿は私の護衛と面識があるのか? こういう時ぐらいは丁寧な言葉を止めて欲しい」

「自分のことは名前でいいですよ。では……友人関係というのが一番正しいかな。おそらく貴方が知っているであろう“キラ”や“ラクス”とも面識がある」

 

 ナイルは彼女が前大戦において最前線で戦っていた事実を把握している。無論、表沙汰には出来ない情報なのでラクス・クライン伝手のものではあるが。それを聞いたカガリは驚きつつもナイルのことをそれとなく聞かされていたようで、緊張した表情を崩していた。

 

「成程、以前彼女が言っていたのは君のことだったか……なら、私のことも公的な場以外では名前で呼んでくれ。そうしてもらった方がありがたい」

「分かったよ、カガリ。自分からすれば年上なので“さん”付けした方がいいかな?」

「そこまで細かい注文はしないさ」

 

 気が付けば、緊張が解れたかのように和んでいる雰囲気。ナイルとカガリが会話に華を咲かせている光景を面白くないと睨んでいるアスラン。すると、二人の表情はアスランに向けられていた。

 

「えっと、どうかしたか?」

「アスラン。言っとくが俺はカガリに対して恋愛感情はないからな?」

「そうだぞ、アスラン。こういう友人は大事にするんだぞ?」

「……」

 

 アスランは何故だか、この二人が単なる知り合いで済まない様な連携を見せていたことに、色々複雑な感情を抱え込んでしまった。そして、その感情に対する答えが遠くない未来に出ることも、この時はまだ知らなかったのだった。

 “砂時計”とも言われるプラントの支点に存在する宇宙港から底部の居住区へは高速エレベーターが設置されており、三人のうちカガリがエレベーター内に設置されたソファーに座る。その間にナイルは持っていた端末で連絡を取り、確認が取れたようにカガリへ話しかける。

 

「アスハ代表。デュランダル議長側との確認が取れましたので、このままご案内します。その後は工廠をご案内したいとのことですが」

「そうだな。ご厚意に甘えさせてもらおう。アレックスもそれで構わないか?」

「ええ。代表がそう仰るのであれば、私はただ従うだけです」

 

 このエレベーターには三人しか乗っていないが、今はあくまでも事務的な連絡として互いに敬語で話す。だが、次に発せられた言葉は対等に話しかける言葉遣いであった。

 

「しかし、普通ならばもう少し上の上官が出てくるとは思ったが、よもやアスランと同じザフトレッドを寄越すとは想定外だったよ」

「多分、自分がオーブの出身だったからというのもあると思う。誤解のない様に言っておくが、故郷を離れたのは8年も前の話。ただ、アカデミーの同期で戦火に巻き込まれてプラントへ移住した奴は知ってるし、そいつとは友人だ」

 

 オーブが地球連合によって一時占領下にあったことは知っているし、ユニウス条約によって独立を回復したことも把握している。そして、その間に起きていた事実も母親を通して聞かされることになった。

 

「そうだったのか……」

「カガリの父親であるウズミさんのことは、母からよく聞いていた。『人の話を聞かない頑固者だけど、誰よりも“家族”であるオーブを守りたいという意志を貫いた超が付くほどの頑固者』と語っていたよ」

 

 連合とオーブの物量差はどうあっても覆せない―――そう考えたウズミがモルゲンレーテとマスドライバー[カグヤ]を爆破して連合におけるオーブ侵攻の価値を無に帰した。それと同時にウズミがオーブに対する責を全て引き受ける形で殉死した。

 無論、その戦いで家族を失ったシンの怒りも理解はしている。だが、もしあの時点で連合に屈したと仮定した場合、今度は近隣に存在するザフトのカーペンタリア基地に対する危機感を煽り、ザフトの攻撃を受けてマスドライバーは徹底的に破壊されるだろう。

 

 そうなると、どちらにしてもビクトリア宇宙港のマスドライバーしか選択肢が無くなるという二度手間を踏むことになるわけで、その点で言えば『ムルタ・アズラエルの欲を掻いた失策』という烙印しか残らない、というわけだ。

 ただ、その辺の事情を知るなんて誰にだってできる訳でもないし、身近な人物を喪った悲しみや怒りが勝ってしまうのは仕方のないことなのだろう。

 

「そう言ってもらえるだけでも、これまでやってきたことに対する労いに思えて来るよ」

「ただ、カガリはこれからが大変だと思っている―――それはアスランも同じ気持ちじゃないのか?」

「そうだな。正直、何もなければいいとは思っているよ」

 

 最新鋭の戦艦の進水式に、最新鋭のモビルスーツ。明確な力の存在は、また新たな軋轢を生み……そして戦いを呼ぶ。これで騒ぎの一つでも起きた場合、ナイルはデュランダルに対してまた一つ疑惑を重ねる。

 

 そうして執務室に二人を案内したが、ナイルは『あとは政治家同士のする話だ』と割り切って、部屋の外で待機していた。保安要員も深紅の制服を身に纏っている人物がいれば、余程位の高い人間で無い限りは勝手に道を開けてくれる。

 そうして十分も経たない内にカガリとアスラン、そして護衛に守られたデュランダルが姿を見せたので、ナイルはザフトの軍人として姿勢を正して敬礼をする。その姿を見たデュランダルは柔和な笑みを見せていた。

 

「ご苦労だね、ナイル。本来ならば艦内での待機なのだが、こうして忙しくさせていることに謝罪させてもらうよ」

「いえ、自分はただ命令を遂行しているにすぎませんので」

 

 正直に言って、デュランダルの言葉は心地よく聞こえるだろう。だが、まるで値踏みをしているような雰囲気すら感じてしまう視線には怪訝そうな感情を覚えるものの、それを決して表に出すことなく真剣な表情で返した。

 

 アスランとカガリはデュランダル議長に伴われて司令部を出た。当然、カガリの護衛を担うナイルも随伴して工廠へ向かう。周囲には格納庫(ハンガー)が建ち並び、時折モビルスーツが地響きと共に横切る。

 明日の軍事式典ということもあって慌ただしい様子は感じ取れたが、そんな中でデュランダルはまるで喜びを表情に示しているようだった。これには流石のカガリも反応する。

 

「議長は随分お喜びのようだな」

「おや、姫はそう思われたのですかな?」

「その表情で何かに対して不満があるとは思えないので」

 

 ザフトからすれば、最新鋭の戦艦と機体が御披露目されるのだ。無論、連合にとっては脅威を抱く存在。そんな二大国の存在に脅かされ続けてきたオーブからすれば、とても他人事では済まない案件でもある。

 

「先代の代表首長である我が父は、先の連合侵攻に際して『剣を飾って置ける状況ではなくなった』と評し、連合軍に抵抗された。オーブの力は自らの理念を守る為のものだと私は考えている。無論、プラントがこの力を持つことも過去に対する危惧の一環だと認識している」

「無論です。我々としてもユニウステンやボアズのような悲劇は繰り返させないと強く心に誓っております」

 

 プラント本国に対する核攻撃はカガリ自身も目撃している。最新鋭艦やモビルスーツはその悲劇を守る為の抑止のみに使われるべきである―――という意味も込めた言葉を言い放ち、デュランダルはそれに対して真摯に見える回答を述べた。

 

「議長がそう仰っているのならば、私からは何も追及しない。だが、ザフトが連合のように我が国へ力を向けた時は、相応の覚悟をしていただきたい」

「私共としても、そうならない未来を選択できるよう尽力するつもりです。しかし……確か、オーブは我が国に対して要請をしておりましたが、そのことに対して言及なさらないのは驚きでした」

 

 カガリの決意表明に近い言葉を聞きつつ、デュランダルは思い出したように問いかける。

 先の大戦で起きた連合のオーブ侵攻によって、オーブから脱出した難民がプラント本国に移住し、とりわけ技術者や人的資源の軍事利用は顕著だった。しかし、そのことを敢えて問わなかったことを持ち出すと、カガリは一息吐いてから答えを返す。

 

「そのことか……私はまだまだ未熟であり、オーブもまた立ち直っている道半ば。そんな状況で無茶な道理を周辺国家に押し通すだけでなく、国民に対して強制することは出来ない。彼らも明日を生きるための生活が懸かっているのならば、それを妨げることはオーブとしての理念に反する。これは父ウズミ・ナラ・アスハの言葉でもあるのでな」

 

―――『人としての精神の自由』

 

 これは連合の侵攻に際して開かれた臨時議会においてウズミが強調した言葉。カガリがここで強硬にプラントへごねても、生活が懸かっている彼らを救うことになるのかと言えば、それは別の問題になってしまう。

 ならば、オーブを出ていった民がもし故郷への想いを捨てきれずに戻ってくるとなった時、彼らに対して顔向けできるような状態の受け皿となれるよう尽力する。これが、カガリがプラントから亡命してきたシーゲル・クラインやパトリック・ザラといった元施政者たちの教えを受けて、その上で出したカガリなりの結論であった。

 

「成程、姫―――いえ、アスハ代表。今は亡き父親から良き薫陶を受けられたようですな」

「それは誉め言葉として受け取っておこう、デュランダル議長」

 

 特に言い争うことも無く、雰囲気は至って平穏だった。

 だが、それを容赦なく壊すかのように鳴り響く警報。その数秒後に6番格納庫(ハンガー)―――新型機の[カオス]、[アビス]、[ガイア]の置いてある格納庫の扉を貫くように発せられるビームを見た瞬間、ナイルは叫んだ。

 

「伏せろっ!」

 

 その言葉で周囲の人間は装甲車の陰に隠れる形で身を屈んで、爆発の衝撃波に耐えた。そして、三機の新型が悠然と歩いている時点で、ナイルは事態を察した。[カオス]、[アビス]、そして[ガイア]は何者かに奪取されたということを。

 

「ナイル、姫らをシェルターに」

「了解しました。お二人とも、こちらに」

「……カガリ!」

「あ、ああ!」

 

 ナイルの先導という形で走り出すカガリとアスラン。このままシェルターに逃げ込んでも面倒なことになると判断したナイルは、多少命令違反になっても構わないと思い、近くにあったジープに二人を乗せて猛スピードで走り出す。

 

「乗ってくれ。多少荒っぽい運転になるが、そこは勘弁してくれ!」

「この状況で贅沢も言えないのは百も承知だ!」

「頼む!」

 

 この状況だと敬語で話している余裕も無く、強大な力の前には肩書など無意味。それをカガリやアスランも理解しているようで、互いに対等な言葉遣いで話す。そうして走り出したジープが向かった先は、工廠の中で一番遠くにある格納庫。

 状況的には[ガイア]が向かってくる場所だが、四の五の言っていられないし、生真面目に走って逃げたところで瓦礫の下敷きになりかねない。幸い、アスランのパイロットとしての技量を誰よりも理解しているからこそ、ナイルはここを選んだ。

 

 カードキーを通してセキュリティーを突破すると、そこにはナイルの[エールザクファントム]と一般兵用の[ブレイズザクウォーリア]が用意してあった。実は明日の軍事式典で使用する為においてあり、[ザクウォーリア]のほうは式典後の模擬戦に使用する想定で準備していた。

 

「アスラン、元ザフトのお前なら[ザクウォーリア]ぐらいは扱えるだろう? 格納庫(ハンガー)から出た後は[ミネルバ]へ行け。あの艦には俺の同期が結構いるから、俺の名を出せば理解してくれるはずだ」

「ナイルは……戦うのか?」

「いや、俺は戦わない。牽制程度はするが、俺の役目はカガリの護衛だからな。そこをはき違えて身の危険など曝す気はない」

 

 ナイルが与えられた任は『カガリの護衛と案内』。ならば、その範囲で出来ることをすればいい。流石に[ザクウォーリア]ごとシェルターに向かわせるというのは酷なので、それならば[ミネルバ]に避難してもらえば御の字と思った。

 

 聞こえてくる地響きからして味方の機体も出ているだろうが、実体兵器ばかりが多いザフト機に対してビーム兵器を持つ三機の新型。[ザク]クラスでなければ有効打を与えられないわけで、しかも近くのコンソールのモニターには『新型三機を捕獲せよ』との命令が出ていた。

 だが、ナイルは新型を抑える気など無かった。

 

(既に戦況は混乱中で、人命どころかプラント本体の崩壊の危機があるかもしれない状況で『新型機を捕獲せよ』? 寝言は寝てから言って欲しいわ)

 

 強いて理由を述べると、どうにも今回の一件が予め仕組まれていたとしか思えない、という疑念が拭えなかった。

 新型機の強奪を警戒するならば、それこそ[ミネルバ]へ秘密裏に運搬してダミーでも仕込んでおけば済む話だった。だが、実際に三機は他のザフト機と同じ形で格納庫に保管されていた。つまりはセキュリティーレベルが他の量産機と同列に()()()()()と言えてしまう。

 

 [インパルス]だけが無事で、残る三機が奪われるという意味の分からない構図。しかも、聞いている話では所属パイロットであるレイとルナマリアの[ザク]も工廠の格納庫にあるという。これでは、先の大戦における連合の[ストライク]と[アークエンジェル]の逸話に準えているとしか思えない。

 まるで、盤上の駒を綺麗に並べているような感覚をしてしまうほど、誰かがこの筋書きを描いたとしか思えない。そして、それが実行可能な人間が誰なのかということも。

 

 結局のところ、ナイルの心中は最初に与えられたカガリの護衛と案内役を果たすことで決着。いくら地球の島国とはいえVIPの護衛は大役だし、これを建前にすれば大抵のことは目を瞑ってもらえるだろう、と結論を出した。

 

「とにかく急げ! 瓦礫に埋まってお陀仏なんて嫌だろう!?」

「そうだな。カガリ、行くぞ!」

「ああ!」

 

 そうして各々二機の[ザク]に乗り込む。ナイルが[エールザクファントム]に乗り込み、アスランとカガリが[ブレイズザクウォーリア]に乗り込んだ。機体のモノアイが灯り、ハンガーのロックが解除される。

 そして熱センサーのアラート音で[ガイア]の接近に気付いた二機。ナイルの[ザク]はビームガトリングで扉に向かって乱射した。扉の向こうにいるであろう新型を傷つけていいのかという疑問は出てくるだろうが、こうなったら明日の軍事式典なんて延期確定。最悪[ガイア]を含めた三機を達磨状態にしてでも構わないという思いで容赦なく攻撃し、扉が爆発した。

 そして、二機の[ザク]は並び立って肩部のシールドを前面に押し出す形で爆風の中へと飛び込む格好を取り、スラスターを噴かした。

 

「どけや、こらあっ!!」

「うおおおっ!!」

 

 爆風を抜け出した先にはシールドを構えていた[ガイア]がいたのだが、流石の[ガイア]でも[ザク]二機分の衝撃を緩和できる能力などなく、容赦なく吹き飛ばされたのだった。

 




 第1話のアーモリーワンでのやり取りみたいな感じ。
 原作だとカガリは結構噛みついていますが、ラクスの父親とアスランの両親という政治に強い教師を得たことで割と落ち着いて話せている感じです。イメージ的には種自由のレベルに近付きつつあるぐらいの感じです。パトリックはザフトだと軍事色強い印象ですが、元々は教育系のエキスパートなんですよね、この人。
 新型に対して容赦なく攻撃していいのとか、機体を貸与していいのかと言われそうですが、自分と他国の国家元首の命(+アスラン)が掛かっている状況で贅沢なんて言える立場じゃないんですよ。マジで。
 正直、あんな騒ぎになった時点で進水式とか軍事式典とか言ってる状況ではないですからね。議長の面子? 知らんな。

 種自由特典で小説再配布だと……月ワルしか持ってないので、これは行くしかない(3回目)


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物事の優先順序

 格納庫の扉を吹き飛ばし、その先にいた[ガイア]を突き飛ばした二機の[ザク]。更なる敵に[ガイア]がビームサーベルを抜いた。それを見たナイルはアスランとカガリに告げる。

 

「状況からして、この分だと宇宙港も危険だろう。お前たちはこのまま[ミネルバ]へ」

『いや……だが』

「お前にはカガリを守る役目があるんだろうが! 自分の本分を誤るな!!」

 

 突撃してくる[ガイア]に対して、ナイルの[ザク]はビームトマホークを抜いて応戦する。互いのサーベルとシールドによってスパークが発生し、眩しい光が双方のコクピットを襲う。それを見ながらナイルは更に告げる。

 

「行け! 時間位は稼いでやる!」

『っ……すまない、頼む!』

 

 アスランとカガリを乗せた[ザク]がスラスターを吹かして離脱する。あの[ザク]には緊急時の認識コードが積まれており、それを使用すれば[ミネルバ]への着艦も可能になる。この状況下で一番安全だと言えるのは、間違いなく[ミネルバ]になるだろう。

 その一方、[ガイア]はナイルの[ザク]を敵だと認めたようで、強奪したばかりの機体を難なく使いこなしていた。

 

(少なくとも、可変機構を使いこなしている時点で三機のモビルスーツのデータが外に漏れたと考えられる。さて、連合関連か反デュランダル派閥の人間か……)

 

 すると、ナイルの[ザク]の背後に[カオス]が降り立つ。[ガイア]の援護としてビームサーベルで立ち向かってくる。こうまで考えさせてくれる時間もないとなれば、やることは一つ。

 

「無事で捕獲するなんて甘っちょろい考えを捨てるべきだが、一応命令には従ってやるよ」

 

 ナイルは振り返りざまに左肩のシールドを構え、シールドの上に乗せるように[カオス]を持ち上げる。機体の駆動音が唸りを上げているが、お構いなしにそのまま後ろへ放り投げる。当然、投げられた先にはサーベルを構えた[ガイア]がいるわけで、[ガイア]の前に[カオス]が飛んでくる格好となり、二機は吹き飛んだ。

 

 そして、そこに更なる機体―――戦闘機群が姿を見せた。三機の戦闘機は合体して一機のモビルスーツ―――ZGMF-X56S[インパルス]となり、残る一機から分離した背部ユニットによって灰色から赤と白を基調としたカラーリングに変化する。

 二本のビームソードと二本のビームブーメランを主だった武装とする近接戦闘に特化した[ソードインパルス]。ビームソードを連結させて構える[インパルス]に対し、[カオス]と[ガイア]は起き上がって構えていた。

 問題はここにいない[アビス]が合流すると厄介だが……すると地面に振動が走ってコクピットが揺れる。この揺れからすると、恐らく外部からの攻撃。そうなると宇宙港は最悪の事態となっている、と考えていいのかもしれない。

 

 すると、二機に合流する形で[アビス]まで合流したことで緊張が走ったが、三機は次々に離脱していく。そこにパーソナルカラーを纏った純白の[ザクファントム]と深紅の[ザクウォーリア]がビームライフルを構えて追撃してきた。

 [インパルス]を含めた三機が強奪機体を追撃するとなれば、ここで無理をする必要もない。それに、元々はジュール隊の人間なので、本来ならば母艦に戻るのが筋。なので、外部との連絡を取る意味でも[ミネルバ]に行くのが一番妥当な判断になるだろう。

 

 ナイルの[ザク]は武装を仕舞った上で、先行しているであろうアスランたちの[ザク]を追いかける形で[ミネルバ]へと向かったのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ナイルは機体を開いている左舷カタパルトハッチから着艦させた。格納庫には[ブレイズザクウォーリア]が片膝をついた状態で鎮座しており、アスランたちは無事に到着したようだ。ただ、保安要員からは疑問視するように銃を構えていたが、ナイルの[ザク]の登場で更に慌ただしくなっていた。

 ナイルは二人と保安要員の間に立つような形で割込み、敬礼をした。

 

「認識番号:420126。ジュール隊所属ナイル・ドーキンスであります。此方にいる方々は紛れもなくカガリ・ユラ・アスハ代表とアレックス・ディノ氏です。大変お手数をお掛けしますが、部屋の手配をお願いできますか?」

「わ、分かりました!」

 

 こんな状況では落ち着くも何もあったものではないし、ましてや盟友とはいえ他国の国家元首が最新鋭艦に搭乗する。こんな状況を易々と認められるとは思えない。

 だが、予想に反して部屋の手配は滞りなく済んだ。現在搭乗している乗組員は必要最低限の人員で、進水式を控えていたとはいえどもそこまで多くはなかった。なので、アスランとカガリの部屋、そしてナイルの部屋に通された。

 

 ナイルはコクピット内に残してきたケースを取りに格納庫へ向かったところ、追撃に出たはずの三機の内の一機である深紅の[ザクウォーリア]がハンガーに固定されていた。そして、彼の姿を見た同じ赤服の少女―――ルナマリア・ホークが叫ぶように声を掛けてきた。

 

「ナイル!? ちょっと、ナイルよね!? 何であんたが[ミネルバ]にいるのよ!」

「大声を出さなくても聞こえるわ、ルナ。俺は痴呆の老人じゃないんだから」

「あ、ごめん。でも、何でここにいるのよ?」

「それはちゃんと話すよ。まずは機体の忘れ物を取りに行っていいか?」

 

 ナイルはそう断って[エールザクファントム]からケースを取り出し、改めてルナマリアのところに戻ると、そのまま艦内へ入った。ルナマリアが追撃を諦めたのは、どうやら瓦礫の影響でルナマリアの[ザクウォーリア]のメインスラスターに影響が出たらしく、煙を噴いたそうだ。これでは追撃も無理と判断して[ミネルバ]へ着艦したらしい。

 なお、強奪された新型機の追撃についてはシンの[インパルス]とレイの[ザクファントム]でやっているそうだ。ナイルはルナマリアの説明を聞きつつも自身の任務について触れる。

 

「―――それじゃ、ナイルはオーブのアスハ代表の護衛で来たってことなのね?」

「ああ、部隊の母艦はプラントの外だからな。無事だといいんだが、ここまでやる連中なら奇策なんて平気でやらかしてるってことだろうし」

 

 先程保安要員から聞いた[アーモリーワン]の状況は、工廠内に毒ガスまで発生しているとのこと。シェルターを目指さなかったことが却って命を救う結果になったのは幸いとしか言いようがなかった。

 

「で、あの[ザクファントム]がナイルの専用機か……そういえば、一か月前のデモンストレーションでシンが[セイバー]と言っていた赤の機体だけど、ナイルが乗ってたの?」

「あー、それは合ってる。向こうから注文を付けられたから、うちの上司が怒ってしまってな。割と本気で四機を潰しに行ったよ」

「……シンの代わりに[インパルス]のパイロットでも出来たんじゃない?」

「嫌だよ。あの機体を乗り回したところで確実にガタがきかねない」

 

 [セイバー]ですらあの一戦でも駆動系に色々問題が生じたのだ。これが分離・合体機構を持つ[インパルス]だとしたら、確実にどこかしらの不具合を連発するのが目に見えているし、整備班の忙しさが殺人級になりかねない。

 ルナマリアの純粋な疑問に対して、ナイルは肩を竦めつつも答える。

 

「あれはシンだからまともに運用できる代物だと俺は思ってる。戦闘中の状況に応じてユニットを切り替えるぐらいなら、どちらかに特化させた機体に乗るほうがマシだよ」

 

 ナイルがルナマリアに対してそう呟いた後、艦に振動が走る。この様子からして[ミネルバ]を発進させるつもりのようだ。そうなると、大方[インパルス]もといシンが正義感から真っすぐ突っ走っていったのだろう。

 確かに、ここまでで三機も強奪された。[セイバー]はプラント本国の工廠に恐らくあるのだろうが、ここで[インパルス]を失うのは余りにも痛手だ。

 そして少し間を置いた後、艦内に警報が鳴り響く。

 

<コンディションレッド発令! コンディション・レッド発令! パイロットは直ちにブリーフィングルームへ集合してください!>

 

 その声は聞き馴染みのあるものだと直ぐに分かったが、そこで感傷に浸る意味はない。ここでナイルはルナマリアに問いかけた。

 

「ルナ、俺は正確に言えば[ミネルバ]所属のパイロットじゃない。ここら辺の指揮系統の確認も含めて、アスハ代表のことも艦長に伝えてくれるか?」

「ええっ!? って、確かにそうだったわね。代表は士官室で休まれているの?」

「ああ。それは俺も確認している」

 

 この状況を鑑みるに、ナイルはジュール隊から離れて[ミネルバ]の部隊内にいることとなる。幸いにして、この艦に所属・乗艦しているパイロットの面子は強奪された機体を除けば大半はアカデミーの同期。

 強奪された機体の奪還を行うにせよ、指揮系統の確立は大事。そうなると、艦の指揮を執る艦長に判断を委ねなければならないし、その連絡は[ミネルバ]のクルーを介する方が適切。ルナマリアに迷惑を掛けてしまうが、こればかりは仕方のないことなのだ。

 それはルナマリアも理解できたようで、疲れたような表情を垣間見せた。

 

「分かったわ。でも、事態が落ち着いてから報告になるし、あんたには待機兼アスハ代表の監視をお願いするわね」

「まあ、それが今の俺の仕事みたいなものだからな。甘んじることにするよ」

 

 そのままルナマリアと別れた後は、アスランとカガリが滞在する士官室に入った。そして、現時点で判明している事実だけを伝える。

 

「―――これが現時点で判明している状況だ。コンディション・レッドが発令しているから、俺もこれ以上は関与するのも難しい」

「お前もザフトにいるのにか?」

「俺は格納庫で触れたが、[ミネルバ]所属のパイロットではないからな。出向や戦力の派遣という訳でもないし、今の任務はお前たちの護衛である以上、下手な諍いは勘弁したいからな。ただ、艦を守る為に出撃することはあるかも知れんが」

 

 少なくとも、三機の新型が奪取されたことに加えて、プラントの外でも戦闘が繰り広げられている。一介のテロリストにしては用意が周到すぎるし、かと言ってブルーコスモスのような過激派とは言い難い。

 けれども、新型機を奪って一番利のある勢力が誰なのかと言えば、間違いなく地球連合。そして、何故か感じる奇妙な予感。恐らく敵も相当の手練れなのだろうと思われる。もしかすると、地球連合の中でも非正規じみた特殊部隊というほうが正しいのかもしれない。

 何せ、コーディネイターでないと扱えないOSを搭載した機体であそこまで戦えている以上、非人道的な性質は持っていると考えていいのかもしれない。

 

「その辺は元の所属だったアスランが一番把握していると思うが」

「ああ、その通りだ。それこそ特務隊でもない限りは融通が利かないだろう……けれども、あれほど戦いを嫌っていたお前が軍人になるとはな」 

 

 ニコルと同い年なのにも関わらず、彼は戦う道を選ばなかった。ひたすら元婚約者の使用人に徹して、彼女が手配された後はアマルフィ家で過ごしていたこともアスランは手紙で知った。

 戦いを嫌う思想は自身の親友と似通っているのに、何故戦いの道を選んだのか……その思いを込めたアスランに対し、それを汲み取ったナイルが答える。

 

「俺も先の大戦のときは戦うことを嫌った。けれども、母を通して交友を持ったりする中でお前やキラ、ラクスの想いを知った。あんな結末で終わった戦いの先には、また戦いが待っていると思った。だから、想いを叶えるための力を持つと決めたんだ」

 

 ラクスを通して戦う事への虚しさを知った。

 キラを通して“敵”と戦う意味を知らされた。

 アマルフィ夫妻から大切な人を失うことの悲しみを感じ取った。

 そして、母親からは意志を通すために力が必要となることを学んだ。

 

 過酷な道になることは百も承知。ならば、自分が納得のいくまでやり通す。このやり方は奇しくもラクスやキラから学んだものでもある。

 

「そして、俺がこの道を決めた理由は他でもないキラの存在だ。彼は自身をあそこまで追い詰めながらも自分の戦いを自分の意思で決めた。それを見た俺も、自分に出来ることをやり通そうと決めたんだ」

 

 幸い、モビルスーツの操縦経験はテストパイロットの件で十分にある。とはいえ、流石に機体を強奪するような真似は迷惑が掛かると判断して、正規の手段で軍人として働くことを決めた。

 それを聞いたアスランとカガリは驚きを見せていた。まさか、彼の戦う理由に二人が良く知る人物の存在が関わっているとは夢にも思わなかったのだ。

 

 だが、カガリが何かを問いかけようとしたときに艦内を衝撃が襲う。第一戦闘態勢(コンディション・レッド)なのだから、当然この艦への攻撃は有って然るべきだ。そうなると、相手は少なくとも戦艦を有している。

 それも、[アーモリーワン]の厳戒態勢を潜り抜けられるだけのステルス能力―――[ミラージュコロイド]を使用したステルスが一番可能性の高い方法だろう。

 

「俺が状況を確認してくる。二人は大人しくしていてくれ」 

「そうだな、頼む」

 

 ナイルが士官室を出ると、周囲の状況を確認する。現状ではまだ騒ぎになっていないものの、非常警報が出ていないので艦へのダメージはそこまでのものではない可能性が高い。すると、警戒態勢(コンディション)がイエローとなり、一旦の緊迫した状況は解除されたようだ。

 そして、男性の声のアナウンスで響き渡る所属不明艦追撃の事実。それが終わると同時に姿を見せたのはルナマリアだった。

 

「あ、ナイル! 丁度良かったわ」

「その様子だと、俺を呼びに来たのか?」

「そうね。一応言っておくけど、デュランダル議長もいらっしゃるみたいだから失礼のないようにね」

「……まあ、肝に銘じておくよ」

 

 どうして一国のトップがこの最新鋭艦に乗艦しているのかという疑問は尽きないが、それはともかく呼び出された以上は従うしかない。彼女の後を付いていく形で艦長室に入ると、この[ミネルバ]の指揮を執る女性艦長ことタリア・グラディスがナイルに視線を向けた。

 艦長室にはナイルとタリア以外に黒の制服を着た[ミネルバ]の副長ことアーサー・トラインも同席していた。自分より年下の赤服ということもあって、どこか驚きが混じっていたのは言うまでもない。

 更には、ギルバート・デュランダル議長もいた。だが、彼は『私のことは気にせず、話を進めてくれたまえ』と言い、奥の部屋に引っ込んでいった。これにはタリアが溜息を零した後、表情を引き締めてナイルに向き直った。

 

「報告はルナマリアから聞いているわ。貴方がアスハ代表の護衛をしていたと」

「ハッ。ジュール隊所属、ナイル・ドーキンスであります」

「今の詳細な状況は話すけれど、まずは貴方がここに至るまでの経緯を聞かせてほしいの。よろしいかしら?」

「はい。では―――」

 

 タリアに促される形でナイルが説明を始める。

 カガリとデュランダルが工廠内を見学していたところで新型強奪に遭遇。デュランダルの命令はシェルターへの避難だったが、状況的に走って逃げたところで瓦礫の下敷きになると考え、格納庫へ避難。

 彼女の護衛がモビルスーツの操縦に長けていることを“親絡みで知って”いて、彼に[ブレイズザクウォーリア]を操縦させて[ミネルバ]に避難させたことと説明した。その上で自身も専用の[ザクファントム]でこの艦に避難した、と述べた。

 

 肝心のナイルとアスランの関係は話していないし、母親絡みでアスランと知り合ったことも事実。なので、この場においての報告で嘘は述べていない。一部の真実を隠した上で話せる範囲の真実を説明したに過ぎない。

 

「以上が報告であります。色々処分を受けることは覚悟しております」

「……あんな状況で、真っ当な対応を取れる方が難しいわね。確かに軍規の面で問題となりそうな行動だけれども、あの騒ぎでオーブの国家元首が亡くなったとなれば、間違いなくプラントの責任問題へと発展するでしょう。議長への報告は私からしておくわ」

 

 確かに軍規からすれば違反行為だが、危うく[インパルス]まで失うところだったことを考えると、必ずしも法に照らし合わせての処分は難しい。ましてや、それがオーブの代表首長を助ける為ならば、寧ろあの状況でよく生き残れたということになるだろう。

 タリアもあの状況で即座にあの判断を下せたことは正しいと思ったし、彼が無闇に強奪された新型を追わなかったのも合点がいくと納得した。

 

「それと、今後のことだけれど……本来であれば、貴方を直ぐにでもジュール隊へ戻すべきなのでしょうけど、本艦はこれより強奪された三機の奪還任務として[ボギーワン]と呼称した所属不明艦を追います。幸い、貴方以外のパイロットは揃っているから、貴方はアスハ代表の護衛に専念してほしいの」

「言い方を変えてしまえば、自分は彼らの身元保証の為の監視役―――そう捉えても構わないでしょうか?」

「そうね、その言い分は否定できないわ。この後、議長がアスハ代表と会談したいそうだから、貴方から伝えてもらえるかしら?」

「分かりました。機体共々ご迷惑をお掛け致します」

 

 ナイルとタリアの会話に時折アーサーが慌てふためくが、それを一切気にすることなく会話は終了し、ナイルは一時的に[ミネルバ]のクルーとして扱われることで艦内に通達されるのであった。

 




 原作だと無茶していたアスランですが、ナイルという抑止力によってカガリに怪我をさせることなく無事ミネルバへ送ることが出来ました。流石にモビルスーツのままシェルターに入るなんて出来ませんので。
 ちなみに、ナイルの認識番号にはネタを仕込んでいます。ヒントはSEED FREEDOM。


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物騒な出撃

 [ミネルバ]が強奪機体を回収した敵戦艦を追っていた頃、ジュール隊の母艦である[ボルテール]では[アーモリーワン]に関する情報収集で忙殺されていた。

 

 偶然にも襲撃された宇宙港とは反対側の宇宙港を防衛していたため、敵の奇襲から逃れることが出来た。しかし、[ミネルバ]はおろかデュランダル議長まで不在となるだけでなく、被害を受けた宇宙港が戦艦の残骸で使用不能となる始末。

 加えて宇宙港の管制塔にいた上官が軒並み音信不通となったため、過去に軍の統率経験や文官を纏め上げられる実績を有しているという理由でイザークが現場の指揮統制に駆り出される始末となった。

 [アーモリーワン]内に発生したガスの発生は初期段階で鎮静化したものの、残留ガスの排出や一部破損した自己修復ガラスの応急処置により、工廠も含めて[アーモリーワン]は暫く使用不能状態と判断され、完全に復旧するまで数か月を要する。

 

 そうして全ての事後処理と引継ぎに片が付いたのは、事件発生後から約6時間後のことだった。イザークは事態の経緯をディアッカとシホに話すため、二人を指揮官室に呼んだ。

 

「ここまでが[アーモリーワン]での顛末だ。映像データを見る限りでは、ナイルは任務を遂行するために[ミネルバ]へ移動したらしい」

「ま、アイツの同期が結構乗っているって話だから、問題はないだろうけど……」

「その、彼の隊への復帰は?」

 

 ディアッカは心配と安心が入り混じった表情を滲ませ、シホは真剣な表情でナイルのジュール隊への復帰時期を尋ねたが、イザークは「何も言えない」と言いたげに瞼を瞑って首を横に振り、再び瞼を開ける。

 仮に[ミネルバ]が強奪された新型機を追撃するとなれば、最悪長期間の不在となる。流石に最新鋭艦とはいえ、新兵が比較的多い戦艦に無茶を強いるのは酷な気がする、とイザークは正直に思ったが、こうなってしまった以上は今の自分に出来ることなどない。

 

「それと、先程から[メテオブレイカー]の搬入が始まった。近日中に[メンデル]を解体するべく使用するとのことだ」

 

 [メテオブレイカー]―――小惑星や大型構造物の内部に撃ち込んで爆破することで、強制的に分割する大型兵器。本来はプラント本国へ飛来の可能性がある小惑星などに取り付けて撃ち込んで、物体を小型化させる目的として使用される。

 この状況での搬入にはディアッカやシホも首を傾げているが、一番首を傾げたいのは他ならぬイザークであった。

 

「俺にだって納得できないことはある。だが、軍の命令である以上は仕方がない。今の俺たちに出来るのは、アイツが無事に帰ってきてくれることだけだ」

「そう言っちゃって、本当は心配で堪らなかったくせに」

「何か言ったか?」

「いいえ、何でもありません。隊長殿」

 

 ナイルがジュール隊に入ってからというものの、イザークがなんだかんだ言いつつもナイルと接している時が一番気兼ねなくやれている時間だった。言うなればジュール隊の緩衝材としての機能を果たしており、雰囲気も『以前より柔らかくなった』と他の隊員から思われるほどだった。

 ただ、それが原因でイザークの母親から要らぬ疑惑を掛けられているのも事実であるが、当人は真っ当な恋愛の価値観であることを主張したい気持ちと、母親に対する細やかな反抗心の板挟みで黙るという選択肢を取っていたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ナイルはアスランとカガリのいる士官室に入り、デュランダル議長がこの艦に同乗していることと会談の要望を伝えた。無論、カガリはそれを承諾した。彼女としても最前線に巻き込まれる経験があったにせよ、モビルスーツのパイロットでもない状況で巻き込まれるのは不本意としか言いようがない。

 

「会談を受ける。それで、いつになるんだ?」

「多分だが、この後の戦闘のことを考えると直ぐだろうな」

 

 すると、士官室のモニターに連絡が入る。ナイルが応答すると、画面にはタリアの顔が表示された。

 

「こちら、ナイル・ドーキンス」

『貴方がいたのなら、丁度良かったわ。アスハ代表は何と?』

「会談を受け入れるとのことです。必要であれば自分が案内いたしますが」

『いえ、そちらには空いている人間を寄越すから安心して。万が一と言うこともあるから、貴方は休んでいて頂戴』

「了解しました」

 

 そのやり取りで通信が切れた数分後、案内役である一般兵士に連れられる形でアスランとカガリは士官室を出ていった。追撃している相手が用意周到となれば、奇策の一つや二つは用意しているだろうと思い、ナイルが考えた結論は自身の[ザクファントム]が置いてある格納庫に向かった。

 

 [ミネルバ]の格納庫には専用のカタパルトハンガーに戦闘機状態で置かれている[インパルス]、ハンガーに固定されている[ザク]が四機、そして[ゲイツR]が二機。[ゲイツR]は先の大戦終盤にロールアウトした機種[ゲイツ]のマイナーチェンジ版で、主力量産機が[ザク]に置き換わる中でも奮闘している。

 特徴的なアンカー型の武装を持っていた[ゲイツ]だが、取り回しの悪さの問題などでレールガンに置き換わった。その機体を横目で見ながら自身の[ザクファントム]に近付く。

 すると、そこに声を掛けてきたのは見覚えのある同期で、黒髪と真紅の瞳が特徴的なザフトレッドの少年―――[インパルス]の正式パイロットであるシン・アスカだった。

 

「ナイル? やっぱナイルじゃないか! どうして[ミネルバ]に乗ってるんだ!?」

「お疲れさまだな、シン。俺がここにいるのは、半分成り行きみたいなものだよ。任務でオーブのアスハ代表の護衛を任されて、今もこの艦に乗っている」

「オーブの、アスハ……」

 

 ナイルの説明を聞いてシンの表情が曇る。彼にとっては家族を喪った過去がある故郷なだけに尚更だった。すると、シンは話題を変えるようにして近くの[ザクファントム]に目線を移した。

 

「そっか。ところで、コイツがナイルの[ザク]なのか?」

「ああ。うちの母が工廠から態々引っ張って来たらしい。[アーモリーワン]では新型相手に少しだけやり合ったが、後はお前たちが来たから任せたんだ。本来の任務を放り出して国際問題へ発展するのは避けたかったしな」

 

 ほんの数合程度だが、彼らの動きを見ている限りではナチュラルとも一般的なコーディネイターとも言えない動き。戦闘用に調整されたコーディネイターか、或いは連合軍で作られている強化人間(エクステンデッド)か……どちらにしても、既に面倒な問題となっているのは明白だった。

 

「なあ、ナイル。このまま戦争になったりするのかな?」

 

 シンがそう零した理由は、少なくとも理解できる。それに対してナイルは当たり障りのない程度に答える。

 

「あんなことを平気でしでかす奴らは、連合にもプラントにも両方存在してしまっている。あの戦争で全ての負の要因が取り除かれたわけじゃない。今すぐにとは言えんが、再び争いは起きるだろう……とは思ってる」

 

 互いに滅ぼし合うという極限状態にまで発展した結果、双方の主戦派のトップが折れる形で決着した。つまり、上が無くなったとしても下は残ったままの状態。残された面子がそのまま沈静化して終息すればいいが、新たな神輿を担いで復活した場合が問題なのだ。

 そもそも、根本的な要因は遺伝子の是非から端を発した二つの人種の対立。これに対する明確な答えが出ない以上、戦いはこれからも続く。なので、ナイルは戦争の可能性を決して否定しなかった。

 

「結構酷な事を言うんだな」

「楽観視する方が却って危険だからな……ん?」

 

 すると、聞き覚えのある声が聞こえてナイルが視線を向ける。視線の先にはレイ・ザ・バレルに先導される形で姿を見せたデュランダル、そしてカガリとアスランだった。議長としては盟友としての気遣いなのだろうが、ある程度見られていることも想定した上でやっているとしか言いようがない。

 

 ナイルが視線を向けたことでシンも視線を向けたものの、デュランダルとカガリの会話は至って穏便であった。以前“彼女”から聞いたカガリの性格を考えれば噛みついてもおかしくはないが、カガリは至って冷静に会話を進めていた。

 そして、その様子を打ち破るように飛んでくる放送は所属不明艦捕捉の一報だった。

 

『敵艦捕捉、距離8000! コンディション・レッド発令! パイロットは搭乗機にて待機せよ!』

 

 シンも何か言いたそうな表情はしていたものの、何かを発言する前に[ボギーワン]接近によるコンディション・レッド発令。それで諦めたようにパイロットアラートへと飛んでいく。

 シンが手に持っていたドリンクのパックは宙に投げ出されたので、ナイルがキャッチした。彼はその上で[ザクファントム]を見やった。

 

「奇襲なんてやらかす相手が素直に撃墜させてくれるとは思えんが……準備だけはするか」

 

 確か追撃の予定進路上にはデブリベルトや小惑星群が存在する以上、敵が奇策を講じる可能性もある。視覚的に捉えられているならばともかく、そうでない場合の対応は[ミネルバ]単体でしなければならない。

 無論、[ゲイツR]に搭乗しているであろうパイロットも知っているが、彼らで強奪された三機相手が出来るのかと言われると難しい。せめて無事を祈りつつ、ナイルは一度宛がわれた部屋に戻ることとした。

 しばらく時間を置いた後でパイロットアラートに入り、ザフトレッド用の予備のパイロットスーツを身に着けた。ヘルメットを手に取って格納庫に入ると、整備長を務めるマッド・エイブスがナイルの姿に気付いて声を掛けた。

 

「お前! パイロットスーツを着てどうする気だ!?」

「グラディス艦長から話を聞いているでしょうが、ジュール隊所属のナイル・ドーキンスです。状況が見えない以上は自分が出る可能性もあると考え、待機するだけです」

「言い分は理解するが……」

 

 エイブスは流石に考え込んでしまった。パイロットスーツは勝手に借りた形だが、彼の言い分は筋が通っている為だ。どうしたものかと考え込んでいる所に割り込んだのは、白を基調としたパイロットスーツを身に纏っているレイ・ザ・バレルだった。

 

「整備長。彼は私の同期で実力も保障できますし、彼の言い分も尤もです。自分からもお願いします」

「……分かった。艦長には私から報告はしておくが、くれぐれも無茶はするなよ」

「ありがとうございます……まさか、レイが助け舟を出してくれるとは思わなかったよ」

 

 レイの真剣な眼差しと、彼が誰かを評価している所が余りにも真実味があったのか、エイブスは納得したようにしつつもナイルを叱咤激励した。彼が離れたところでナイルはレイに対して感謝の言葉を述べた。

 

「気にするな。シンとルナマリアが艦を離れている以上、俺たちが[ミネルバ]を守れる要だ。正直、一人であれこれできるほど器用でもないからな」

「……レイがそこまで正直に言いのけてしまったのは驚きだけれど」

「少し喋り過ぎたな。何もなければそれでいいのだから」

 

 レイはいつもより饒舌になっていたことを恥じるような素振りで自らの[ザクファントム]に乗り込む。それを見たナイルも自身の乗機である[ザクファントム]に乗り込んだ。ハッチが閉まり、モニターと計器類に光が灯る。ナイルは素早く機体を立ち上げて、発進準備を整えた。

 流石にコクピットの中では何もやることが無いし、せめてブリッジの状況が伝われば……と考えていると、通信の着信を知らせるアラームが鳴っている。ナイルが計器を操作すると、回線が開いてメイリンの顔が映る。

 

『久しぶりだね、ナイル。こうやって話せるのは何時ぶりかな?』

「戦闘中に暢気なことは言えんだろう。で、状況はヤバいと認識していいのか?」

『[ボギーワン]が本艦の背後についてるんだけど、きゃっ!?』

 

 話している最中に来る振動で、彼女の言葉が真実だと察する。そうして暫く振動が続いた後に、艦の動きが止まる様な衝撃を受けた。そして、繋いでいる通信からタリアの言葉が響き渡る。

 

―――エイブス! レイを出して! 歩いてでもいいから、早く!

 

 どうやら[ミネルバ]は小惑星を盾にする形で回避していたが、小惑星を砕かれたことによる岩のシャワーで進路を塞がれてしまい、加えて右舷のスラスターが破損。すぐ背後には[ボギーワン]だけでなくモビルスーツとモビルアーマーまで迫っているという危機的状況。

 肝心のシンとルナマリアたちだが、同伴していた[ゲイツR]の二機は撃墜。シンの[インパルス]とルナマリアの[ザク]は生き残っているが、[カオス]と[アビス]、[ガイア]の三機による足止めを食らっているとのこと。

 

『―――という状況なの』

「分かった。こちらも準備は終わってるから出る。グラディス艦長にはメイリンから伝えてくれ」

『うん……ちゃんと帰ってきてね』

 

 その会話でメイリンとの通信を終えた後、ハンガーのロックを解除して歩き出す。先にレイの[ブレイズザクファントム]が出ていったのを確認してから、ナイルの[エールザクファントム]が静かに離脱した。

 宇宙空間に出たところで、ナイルは妙な気配を感じた。具体的には敵と思しきモビルアーマーの存在。そちらの相手はレイに任せつつ、向かってくる連合の量産型モビルスーツ[ダガーL]を迎え撃つ。

 レイは[メビウス・ゼロ]の発展型と思しきモビルアーマーを一人で相手取っており、その間に二機の[ダガー]は何も警戒することなく接近してくる。それを確認したナイルの[ザク]はスラスターを全開にして急加速し、二機のダガーに迫る。

 

「横一列に並んで来たら、殺してくださいって言ってるようなものだろうが」

 

 そう呟いてMA-MR2 ファルクスG9・アンビデクストラスビームアックスを展開し、たった一撃で二機の[ダガーL]のコクピット部分に相当する腹部を瞬時に両断した。素早く離脱した直後に、両断された二機は相次いで爆散。

 

「何だと!? 相手も隠し玉を持っていたのか!?」

 

 驚愕したネオ・ロアノークは自身の乗機である[エグザス]のガンバレルを展開する。だが、その瞬間の閃きで攻撃を把握したナイルはMMI-M826:ハイドラ・ガトリングビーム砲でガンバレルの機動を誘導して、ビームライフルでガンバレル本体を墜とす。負けじとレイもガンバレルを墜とした結果、本体だけとなったネオは舌打ちをした。

 奇妙な感覚を抱いた純白の[ザク]もそうだが、それ以上に似たような白色の[ザク]は初見のはずのガンバレルを撃ち落としていた。こうなっては艦本体を叩いたとしても痛み分けで終わってしまう。

 だが、そんなネオですら想定外のことが更に起きた。突如身動きの取れなくなった[ミネルバ]の右舷側で閃光が走り、大量の岩盤が飛来すると同時に[ミネルバ]が急速回頭して[ボギーワン]と相対する形を取る。

 ナイルは近くの岩石を盾代わりにすることで、機体へのダメージをゼロに抑える。

 

『[ミネルバ]!?』

「なんとまあ、無茶をする……」

 

 レイが驚きの声を上げるぐらいの奇策。こんな無謀な生還方法を取るとすれば“心当たり”はある。そして、[ミネルバ]は反撃と言わんばかりに最大火力を有する陽電子砲QZX-1:タンホイザーを[ボギーワン]に向けて放つ。

 [ボギーワン]は間一髪で回避したものの、陽電子砲の威力の影響で右舷スラスターを破損。これでは最早戦闘など続行できないと判断したのか、[エグザス]は[ボギーワン]宛と思しき帰還信号を放って離脱していく。

 その直後、[ボギーワン]からも帰還の信号弾が放たれた。

 

「……一先ず、生き残れたことは確かだな」

『やはり、お前の腕はあの女より上だったみたいだな』

「アイツの話題は勘弁してくれ……」

 

 こんな時に自分の嫌いな女の話題など出してほしくない……とレイに対して文句を言いつつも帰還信号を出した[ミネルバ]へ帰還するのだった。

 



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決意の岐路

 [ボギーワン]と呼称された所属不明艦との戦闘は終わり、一旦平穏の時が訪れた。

 [ミネルバ]の受けた被害は甚大で、航行に支障が出るレベルとなってしまった。更には武装の攻撃による強制的な回頭を行ったせいでクルーにも怪我人が発生している。これでは追撃続行とはいかないという判断が下された。

 格納庫のハンガーに機体が固定されたところで、ナイルの[ザク]の回線が開く。相手は[ミネルバ]の艦長であるタリア・グラディスだった。

 

『ご苦労様。それと感謝しているわ』

「いえ、自分も命が掛かっている状況で出来ることをしたまでですので。こちらこそ勝手なことをして申し訳ありません」

『それについては議長から不問にしてくれるとのことで話は付けました。暫くは休んでちょうだい』

「はい」

 

 通信を終えてハッチを開き、機体の外に出る。そのままパイロットアラートで制服に着替えてから部屋を出ると、待っていたかのようにレイがその場にいた。

 

「ありがとう、ナイル。お前が敵機を墜としてくれたおかげで[ミネルバ]を守ることが出来た」

「それはお互い様だろう。あの[メビウス・ゼロ]を想起させるモビルアーマーには驚いたが、上手く凌げてよかったと思うよ」

 

 ナイルとレイのアカデミー時代におけるシミュレーター訓練の個人成績では、レイがやや分のあった。ただ、ナイルがシミュレーター訓練を免除になってから殆ど対戦したことが無いのだが、その時のナイルが使っていた[ザク]の戦闘データを再現したCPUシミュレート戦闘ではレイでも一度すら勝てなかった。

 互いに健闘を称えていると、同じように制服へ着替えたシンとルナマリアが続いて出てきた。

 

「お疲れ、シンとルナ。あの三機相手に生き残っただけでも十分すぎると思う」

「あ、ありがとうナイル」

「……ありがとな」

 

 ナイルの言葉にルナマリアはぎこちなく答え、シンは渋々ながらもちゃんと返した。彼らとしては目の前で[ゲイツR]に乗っていたショーンとデイルが戦死してしまったので、やりきれない思いを抱くのは無理もないだろう。

 出来れば[アーモリーワン]での雪辱を晴らしたいと思っていたのかもしれないが、デブリベルトでの戦闘は有視界だけでは凌げない。

 

「二人の戦死のことは戦闘中に聞いた。悲しいとは思うが、これで[ボギーワン]の連中がこちらに対する“敵”だとハッキリ分かっただけでも良しとしなきゃいけない」

「……割り切りが早いわね」

「『迷ったら死ぬ』と散々母親に叩きこまれたんでな」

 

 ナイルの母親―――レイチェル・ドーキンスはザフトアカデミーで体術やシミュレーター訓練の担当をしている。低身長の見た目に騙されて挑む輩が多く、その悉くを容赦なく叩き潰している。曰く『コーディネイターだからと努力を怠るような輩なんて、戦場に出るだけ人的資源の無駄遣い』とのことで、優しくも厳しい態度で生徒と接する彼女を慕う卒業生は多い。

 

 そして、そんな彼女を親に持つナイルも否応なく鍛え上げられた。その過程で彼女の破天荒さに頭を悩ませて体術をお見舞いすることも増えてしまったが。親子のスキンシップとして些か過激だが、それを平気で受け入れている母親も異常だと思う……ということをアマルフィ家の居候で学んだナイルだった。

 

 そうして四人が艦内を歩く中、話題は先日のデモンストレーションのことに変わった。 

 

「そういえばナイルってさ、先日のデモンストレーションで[セイバー]に乗ってたんでしょ? やっぱり[ザク]とは操縦の感覚も変わったりする?」

「何?」

「えっ!? レイが予想してた通り、あの[セイバー]にはナイルが乗ってたのか!?」

「―――ああ、ルナには先んじて話したが、あの時の[セイバー]を操縦してたのは俺だよ」

 

 やはり伊達にザフトレッドではないのか、レイが見抜いていたという事実に納得しながらもナイルは正直に白状した。あの時のことは別に箝口令が敷かれているわけではないものの、ナイルでも話す相手は選ぶつもりだった。なのでルナマリアには正直に話した。

 興味津々と言った感じで話しかけるルナマリアに対し、レイは理解したように会話を聞く姿勢を見せ、シンに至っては[インパルス]を達磨にされたことで怒るどころか納得する素振りを見せていた。

 

「そういやシン。あの時は容赦なく[インパルス]を達磨にしてすまなかった。怪我は無かったか?」

「あ、うん。けど、多分初見で[セイバー]をあそこまで使いこなしてるのは凄いよ。お前なら[インパルス]もいけるんじゃないか?」

「いけなくはないが、十中八九駆動系がお釈迦になる可能性が高いぞ」

「ナイルがそう発言するということは、お前が乗っていた[セイバー]もそうなっていたということか」

 

 ザフトでも最新鋭機のセカンドステージシリーズを扱わせたら駆動系がお釈迦になる―――そんな事態なんて異常すぎるという他ない。流石に誇張表現が過ぎるようなナイルの発言だが、レイはそれを聞いて納得するような素振りを見せていた。

 

「じゃあ、あの[ザクファントム]はどうなの?」

「アレか……外面こそ[ザクファントム]だが、中身のフレームは全くの別物だよ。何せ、ウィザードを入れての総重量が[フォースインパルス]と大差ないからな。詳細は正直知りたくもない」

「ある意味ワンオフ機じゃないの、それ」

 

 ルナマリアの指摘は真っ当な反応だと思う。けれども、ナイルはあまり深く考えても仕方がないと諦めていた。折角まともに扱えるモビルスーツを受領した以上、それ以外の選択肢なんて考えたくもないのが本音だった。

 

「なんだ、不満でもあるのか?」

「不満と言うか、どちらかといえば不服って感じよ。そんだけ強いんなら、初めからやればよかったじゃない」

「それをやった結果がシミュレーター故障の末の訓練免除なんだがな」

 

 この訓練免除については母レイチェルは参考程度の意見しか述べなかったらしい。

 その辺の事情を聞いた話では、その時点でナイルの反射速度は参考資料として残っている戦闘映像と比較したところ、反射速度では第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦のX10A[フリーダム]やX09A[ジャスティス]に匹敵しており、空間認識能力に至ってはX13A[プロヴィデンス]のデータ以上という結果まで出ていたそうだ。

 流石にどこまで信憑性があるのか不明だったため、ナイルは話半分に聞いていたわけだが。

 

 ただ、総合成績に勘案するかどうかの段階でレイチェルはごねたらしく、最終的な総合成績がギリギリザフトレッドに残る程度の評価で決着した―――というのが、卒業式の日の夕食後に聞かされた話だった。

 

「それに、俺は軍医部門のカリキュラムも受けていたからな。そっちは首席卒業となったけど、当日は運悪く体調を崩したからな。だから卒業式には大事を取って出てないんだ」

「マジか……でも、軍医じゃなくてパイロット志望にしたのか」

「まあな。その理由は流石に話せないが」

 

 絶対に話せるわけがない。その転機がキラ・ヤマト―――[フリーダム]のパイロットと言う事実は。とりわけシンにとってオーブ防衛戦に参戦していた[フリーダム]は因縁のあるモビルスーツなのだ。

 ナイルの意味深な言葉にルナマリアが興味を持ちそうになったところで、一般兵士の制服を着た赤髪のツインテールの少女が駆け寄って来た。

 

「皆、お疲れ様。ナイルもありがとう! 活躍はモニター越しに見てたよ!」

 

 その少女―――ルナマリアの妹で[ミネルバ]のオペレーターを担っているメイリン・ホークがナイルの右手を両手で掴んだまま興奮気味に褒めていた。これにはナイルも笑みを零してメイリンを見やっていた。

 

「ありがとう、メイリン。でも、こればかりは俺だけの活躍じゃなく、強奪機体を食い止めてたシンとルナもそうだし、敵のモビルアーマーをレイが引き付けてくれたから出来たことだから」

「それは分かるけど、やっぱりナイルがちゃんと約束を守ったことが嬉しいの」

「約束?」

「ちゃんと生きて帰ってって言われただけだよ」

 

 ナイルとメイリンの親密そうな雰囲気の中で気になる単語が出て、ルナマリアは姉として気に掛かった質問をナイルは直ぐに答えた。とはいえ、[ミネルバ]所属のパイロットを二人も喪ったのは痛手と言える。被害の状況を見ても、ほぼ痛み分けの恰好で終わったというのが関の山だろう。

 メイリンが少し名残惜しそうにナイルの手を離すと、彼女は思い出したように話し始める。

 

「そういえば、[ミネルバ]が何とか無事に生き残れたのは、ブリッジにいたアスハ代表の護衛の人―――“アスラン・ザラ”が提案した方法だったの」

「アスランって……」

「アスラン・ザラ!? あいつが!?」

 

 メイリンの発言でルナマリアが思い返す様に首を傾げ、シンは驚きを露わにしていた。この状況で驚いていないのはレイとナイルの二人だけだった。

 小惑星に対して生き残ったスラスターと武装による岩盤破砕の衝撃波で緊急回頭を行う―――下手をすれば戦艦が撃沈しかねない危険な方法だが、身動きが取れなくなった[ミネルバ]の姿をレイとナイルは外側から確認しているし、その方法を実践したことで無事に危機を脱した。

 

「だって、議長が言ったのよ、『アスラン・ザラ君』って。それで彼、否定しなかったんだもの。勿論、それだけじゃなかったんだよ!」

 

 アスランの場合、“戦犯”と言える父親の存在に対して、自身は“英雄”と称される行動が大きく知られている。戦後の軍事法廷においてはアスランの存在も議題に挙げられたが、当時の臨時議長であったアイリーン・カナーバの判断によってオーブへの亡命を黙認した。

 犯罪者の息子という一面と、それを払拭するかのような英雄的な一面。相反する面を持つが故に、自身を信じてくれる存在を頼ってオーブへ流れ着いた。

 メイリンが女の子っぽい声で話している中、シンの表情が穏やかでないことにナイルはおろかレイも気付いていたものの、変に会話を遮るのも変だと思ってしばらく様子を見ることとした。

 すると、メイリンの口からこんな言葉が飛び出した。

 

「でもぉ、本当に名前まで変えなきゃいけないものなの?」

 

 彼女の言葉を素朴な疑問と捉えるか、あるいは彼に対する失礼な質問と捉えるべきかはアスラン・ザラの事情をどこまで把握しているかに依ってしまう。

 この四人の中でアスランの事情に精通しているのは間違いなくナイルに他ならない。かと言って会話を割り込ませるのは変な拗れ方を生みかねない。シンの苛立ちも勘案した結果、好きに喋らせておくこととした。

 

「だってあの人、以前(まえ)は……」

「何言ってんのよ、あんたは。いくら昔……」

 

 レクリエーションルームに差し掛かったところで、ホーク姉妹の会話が突如として切れた。

 その理由は至って単純で、そのルームには先客がいたからだ。これにはメイリンがナイルの後ろに隠れてしまった先客の正体は、ベンチに一人腰掛けていた藍色の髪を持つ青年―――アスラン・ザラがナイルたちに視線を向けていたからだ。

 彼らの中で一番先に歩み出たのはルナマリアで、先程の言葉を呑み込んだ上で挑戦的な笑みを向けていた。

 

「へえ……丁度貴方の話をしていたところだったんです、“アスラン・ザラ”」

(いや、なんでそこで喧嘩を売る常套句なんだよ……)

 

 ルナマリアの言葉に対してナイルは冷や汗を流した。

 確かにアカデミー出身者であれば、否応にも歴代優秀成績者兼首席卒業であるアスラン・ザラの名は聞くことになってしまうので、その当人がいるとなれば興味が湧かないはずがない。

 しかも、先の大戦では[イージス]で連合の[ストライク]を討ち、当時最新鋭機だった[ジャスティス]を駆ってラクス・クラインやカガリ・ユラ・アスハらと共に戦争終結へ導いた功績を有する人間。

 

 だが、その一方で父パトリック・ザラの一件によって苦悩するという側面を持ち合わせており、残念なことにその部分や彼が先の大戦で味わった苦しみは表に出されなかった。寧ろ出せるはずがないのだ。連合の[ストライク]を動かしていたのがオーブ出身のコーディネイターであり、それがアスランにとって兄弟同然の間柄だった幼馴染ならば尚更。

 

「まさかというか、やっぱりというか。伝説のエースにこうしてお会いできるなんて、光栄です」

 

 白々しくもそう言ってのけたルナマリアを見ながら、ナイルは昔を思い返していた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 フリーダム強奪が明るみとなった後、ナイルはアスランと会う機会があった。ニコル・アマルフィの父親であるユーリ・アマルフィの気遣いという形で、プラントのとある高級ホテル上階にあるレストランで、ナイルはアスランと久しぶりに会った。

 

「アスラン、無事……とは言い難い表情だな。その様子だと、彼女にも会ったみたいだな」

「……」

「安心してくれ。このホテルはクライン派の息が掛かってる。無論、表向きはうちの母が所有しているホテルだが」

 

 母が色んな仕事をしていたとしても、ナイルは特に驚かなかった。物心ついた当初は驚きまくったが、今となっては母親の愛情をきちんと感じられるので特に何も言わなかった。驚き疲れたという表現が妥当なのかもしれないが。

 そんな事情はともかくとして、ウェイターにお願いをして料理を運んでもらうように頼んだ。次々と料理が運ばれて食していく中、アスランが重い口を開いた。

 

「お前の言う通り、彼女に会った。ハッキリと『貴方は一体何を望んで戦っていらっしゃるのですか、ザフトのアスラン・ザラ』と言われたよ。それで、ナイル。キラのことは……その……」

「生きてるよ。マルキオ導師がクライン邸に彼を連れて来たんだ。かなりの怪我だったが、元気になってプラントを離れた。ラクスが託した[フリーダム]を駆って」

 

 盗聴などと言った対策はきちんと講じられており、ナイルはアスランの問いかけに対して隠すことなくハッキリと告げた。その上で、ナイルはアスランに問いかけた。

 

「アスラン。この際だから確認しておきたいことだが、彼―――キラ・ヤマトが連合の[ストライク]のパイロットだった。そして、お前はそれを認識した上で戦い続けてた……どうだ?」

「……ああ、それは事実だ。全く、ラクスのように見透かされてしまうな」

 

 アスランは何かを迷いつつ、それでも何か答えを見つけようと足掻いているのが見て取れた。だからこそ、ナイルはアスランに対してこう告げる。

 

「アスラン。彼は戦う道を決めたし、ラクスも自らの覚悟を固めた。きっと、ラクスならお前に対してそのことはとうに告げているだろうと思う」

 

―――貴方が信じるものは何ですか? 頂いた勲章ですか? お父様の命令ですか? もしそうであるのならば、キラは再び貴方の敵となるでしょう。そして、私も……敵だというのなら、私を討ちますか? ()()()()()()()()()()()

 

 ナイルの言葉でアスランの脳裏に過るラクスの強い決意。そのことでアスランが表情を曇らせたところで、ナイルはゆっくりと立ち上がった。

 

「俺はこの戦争が終わった後、自分なりの道を歩く。だから、お前も悩んで答えを見つける必要があるんだ。何とどう戦わなきゃいけないのかを」

「何とどう戦うのか……」

「お前が手に取る“正義”の剣。誰の為のものなのか、それで何を成すべきなのか。他の誰でもないアスラン・ザラ個人としての選択をしろ」

 

 アスランを残してナイルはその場を去る。

 ナイルの表情は決意に満ちていた。この戦争を見届けた後、これから自分がなすべきことの為に、自らの選択をする決意を。

 アスランは[ジャスティス]を駆り、再び戦場に舞い戻る。問いかけられたものに納得出来る自分なりの答えを探すために。

 



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関わりの積み重ね

 アスラン・ザラの経歴を見れば、大戦中の輝かしい戦績を持つ。

 軍関係で言えば、最終経歴が最高評議会直属特務隊のエースパイロット。国民的アイドル、ラクス・クラインの婚約者であったという事実。だが、今の彼はそう言った輝かしい功績を全て投げ打ってカガリ・ユラ・アスハの私設護衛となっている。

 当然、事情を知らない人間からすれば『何故?』とか『意味が分からない』などと吐き捨てられても仕方がない。

 

「……そんなものじゃない。俺はアレックスだよ」

「だからもう、モビルスーツにも乗らないと?」

 

 ここに関しては若干暴論じみている。

 確かに、空いている機体は一つ存在していた。だからと言ってホイホイと機体を貸せるほど軍の規律は甘くない。それが例え15歳で成人として認められるプラントであったとしても。それに対してアスランの今の身分はオーブの人間。いくら盟友でも弁えるべき分別というものを遵守しているという意味ではアスランに分がある。

 明らかに不毛すぎる遣り取りを終わらせたのは、シンが投げやり気味に放った一言だった。

 

「もういいだろ、ルナ。オーブなんかにいる奴に―――何も分かっていないんだから」

 

 シンはレクリエーションルームに入らず、そのまま背を向ける。レイがシンを呼びかけるも無視した。レイは一応艦を守ってくれた恩義に対する敬礼をした後でその場を去った。そして、ルナマリアはアスランの前に立つと、その場で敬礼をした。

 

「一応艦を救ってくれたことに関して、お礼を申し上げます。ありがとうございました」

 

 最後まで挑発的な口調を崩すことなく振り返り、レクリエーションルームを後にしていくルナマリアとそれを追いかけていくメイリン。それを見届けた後でナイルは改めてレクリエーションルームの中に入ると、ドリンクのパックを二つ取り出して一つをアスランに差し出した。

 アスランはその気遣いを受け取るように受け取り、ナイルはそのままベンチの隣に座った。

 

「すまないな、アスラン。彼らに悪気はないんだ。あいつらからすれば、お前は憧れとも言えるエースパイロットの一人なんだから」

「……ああ、それは分かってる。しかし、あの時お前が言っていた『選んだ道』とは、このことだったんだな」

 

 あの時のアスランは、自分のことで精一杯だった。殺したと思っていた幼馴染の生存と、その彼に当時最新鋭の機体を与えた元婚約者。彼らが何故そんなことをしたのかという思いで、ナイルに対する気遣いが出来ていなかった。

 そして月日が経ち、自分や自分の友人……とりわけ先の大戦で戦死した二コル・アマルフィと非常に仲が良かった彼がモビルスーツのパイロットとしてザフトにいるという現実にアスランは直面することとなった。

 

「あの状態のお前にどうこう言っても、どうせロクに覚えていないだろうと思ったが……そこはちゃんと覚えていたんだな」

「悪かったな。俺だって辛かったんだから」

「―――知ってるさ」

 

 こういう時ばかりは、自身の直感の鋭さを恨めしく思ったりしてしまう、とナイルはそう感じつつもドリンクを口にした。

 

 先の大戦では戦を嫌った。ただひたすらに戦争が終わることを願い、時には新型機の開発・設計協力を担ったこともあった。それで何が変わったのかと言えば、結局何も変わっていなかった。

 ナイルとて、自分一人の力で全て終わらせられると思っているわけではない。人間一人の力でどうにか出来る世界ならば、この世界で最初のコーディネイターであるジョージ・グレンがとうに終わらせている。

 

 そうなっていないということは、いくらコーディネイターであっても人間の領域を超えることは出来ない、ということに他ならない。

 ドリンクを飲み干すと、ナイルは静かに立ち上がった。

 

「それで、アスランはどうするんだ? このままアレックスとして非力な自分で居続けるか、それとも……この先は他でもないアスラン自身が決めることだから、俺はこれ以上言わないよ」

 

 パックをダストシュートに放り込んで、ナイルは右手を振って先にレクリエーションルームを後にした。彼が先に出た理由はルームの壁に張り付く感じで盗み聞きしていた人物を咎める為だった。

 

「―――で、人の会話を盗み聞きするとはいい度胸だな。メイリン」

「ギクッ。な、なんのことかな? 私は偶々戻ってきたところで」

「……過去にアカデミーでやってたハッキングのことを全てルナにばらすぞ」

「それだけはやめてください」

 

 メイリンのハッキング技術は軍のセキュリティすら平気で突破しかねない実力を持つ。何故ナイルがそのことを知ったのかと言えば、以前買い物の約束をした時に連絡先を教え忘れていたことがあり、それをルナマリア経由で渡そうとしたところでメイリンからのメールが届いたのだ。

 しかもアカデミーの男子寮で設定されているものではなく、プライベートアドレス宛だったことで、メイリンに教える可能性のある人物が一気に絞り込めた。その当該人物も知らなかったことで、三日三晩で参考書片手にハッキング技術を勉強し、逆探知したことでメイリンのハッキングの仕業だと判明した次第だ。

 今にして思えば付焼き刃気味の所業なのに、良く判明させられたよなと内心で感じていた。

 

 ここでは人の邪魔になると思ったため、メイリンをそのままナイルが宛がわれた部屋に連行した。嫌がるかと思えば寧ろ嬉々としている状況で、部屋に入ると真っ先にベッドへ腰掛けた。

 

「で、私はどんなことをされるのかな? そ、その、えっちなこととか?」

「[ミネルバ]がこんな状況でそんなことなんて出来るか」

「つ、つまり、この艦が無事ならやる気があったってこと!? えと、まだ心の準備が」

「やる前提で話を進めるな」

 

 頬を赤く染めてもじもじする女の子らしい一面があるのかと思えば、小悪魔ムーブの如く変にからかったりすることもあって、ナイルは少し呆れ気味にメイリンの爆弾級発言を咎めた。

 それに対するメイリンの反応はと言えば、些か不服そうな様子を見せていた。

 

「どうせお姉ちゃんよりスタイルは良くないですよーっだ」

「そこで拗ねる意味が分からん……で、だ。どうせ聞いてたんだろうから質問には答えてやる」

 

 実際のところ、メイリンがルナマリアを追いかける素振りを見せた後にレクリエーションルームの入り口近くで此方を見ていたことは気付いていた。気配で感じていたのもそうだが、流石にツインテールの片方が見えている状態で偶然を装う方が無理だろう。

 とはいえ、態々問うつもりもないし、下手にハッキングして調べられるよりは白状した方がいいと判断した。これにはメイリンもキョトンとした表情を見せていた。

 

「いいの? 結構突っ込んだ質問とかするけれど」

「答えられる範疇でなら答えてやる。前以て言っておくが、俺とアスランが出会ったのは5年前の話だ。そこからの付き合いになる」

 

 放っておけばハッキングで調べかねないため、それならば情報を与える方がいいと判断。メイリンは少し考えた後、ナイルに問いかける。

 

「ナイルはその、アスランさんとはどういった感じで知り合ったの?」

「母親の紹介だな。いつどこで知り合ったとかは詳しく言わなかったが」

 

 隣に引っ越してきた母子がいるということで様子を見に行ったところ、レイチェルと仲良く話す女性―――その人がアスランの母親であるレノア・ザラで、近くにいた気真面目そうな少年がアスランだった。

 

「ってことは、幼馴染みたいなものじゃない。エースパイロットを友人に持つなんて凄いことなのに、なんで教えてくれなかったの?」

「言えるわけないだろうが。うちの母親の件だけでも色眼鏡を通す奴らだっていたんだぞ? アスランのことなんて追い打ちを掛ける結果にしかならん」

 

 自身の母親に匹敵する実力をアカデミーの時点で発揮した幼馴染。友人としては鼻が高いだろうが、面倒事が付随する可能性も十二分に存在する。アスランは無論のこと、イザークやディアッカのことだって言えないし、何故か奇跡的に生き残ったミゲル・アイマンやラスティ・マッケンジーも友人関係なんて決して明かせない。

 バレてしまった時は明かすが、変に言いふらす気など無い。そこがせめてもの最低限度のラインだった。

 

「とりわけ、あのバカを調子に乗らせることとなる。面倒事は勘弁したかったしな」

「バカって?」

「―――アグネス・ギーベンラート」

「あー……」

 

 あのステータス至上主義と言わんばかりの同期の存在。その名を出すだけでも嫌だと言わんばかりに顔を顰めたナイルに対し、それを見たメイリンの表情も疲れたような素振りを見せた。

 何せ、互いにアグネスの被害を受けた意味では同じ立場にいる二人。寧ろ、あの人間相手に図太く付き合いを続けていたルナマリアの方が遥かに大人だろう、と思ってしまうほど。

 普通なら人の彼氏を取ったことで修羅場になっても不思議ではないし、成人同士の揉め事として下手すれば裁判沙汰にもなってしまう。どうせ彼女の両親が揉み消したとみるのが妥当なラインだと思わせてしまうほどに、アグネスの所業は倫理や道徳を疑いかねないレベルの話なのだ。

 尤も、当人は気にしていないのだが同性からのアグネスの評判はすこぶる悪い。同じジュール隊の隊員やシホですらも嫌悪感を示すほどだったぐらいだ。ちなみに、アグネスの配属先である月軌道艦隊にいる男性の先輩からのメールでは、彼女の実力は認めつつも素行の悪さについては呆れ返っているようだった。

 

「それと、何故アスランがオーブへ亡命してアレックス・ディノと名前を変えてしまったのかだが、結論から言えば『隠さざるを得なかった』というのが正しい。主に彼の父親の所業のせいで」

「彼の……あっ」

 

 アスランだけで前大戦の功罪が完結するならば、彼は態々名を隠す選択など取らなかった。問題は戦争を主導していた立場のパトリック・ザラと親子関係にあったことで、アスランにも少なからず影響を及ぼしてしまったことだ。

 当然アカデミーの座学ではプラントの歴史に関する部分も学ぶので、パトリック・ザラの名は誰しも聞き覚えのある名だ。そして、アカデミーの歴代優秀成績者としてアスラン・ザラの名も残っている以上、二人の名を知らないザフトの兵士など居ないに等しい。

 

 名を知られているだけでなく、親子関係も公然の事実。パトリックがアスランに戦争を強要したのでは? と疑問を投げかける者もいれば、アスランの功績がパトリックの強硬路線を加速させたのでは? と非難混じりの問いかけをするものも出てくる。

 犯罪の加害者のみならず、その家族にまで影響が波及するように、戦争という『国家公認の殺人』の功罪が内外へ波及するのは当然の帰結。しかも、パトリックとレノアが永久追放処分を受けておきながら、アスランに対しては表立った永久追放処分を言い渡されていない。無論、彼の功績を鑑みた結果という理由はあるのだろうが、それに対して納得できない人間は一定数存在するだろう。

 

「確かに、彼はザフトにおけるエースパイロットだった。それは純然たる事実だ。だが、彼はプラントを永久追放された両親の行方を捜した結果として、コーディネイターでも居住を許可しているオーブに身を寄せた。両親と会えたかどうかは分からんがな」

「……そういえば、ナイルはシンと同じオーブの出身なんだよね? ナイルはオーブに対して不満に思ったりすることはないの?」

「ないな。移住したのだって結局は母親の都合だしな」

 

 オーブが地球連合の侵攻を受けて一時期占領下にあった際は、それこそ母が憤慨していたほどだ。色々手を回して地球連合の悪評をバラまきまくっていたようで、特にブルーコスモスへの批判は強烈なものへと化していた。

 それほどまでにレイチェルはオーブという国を愛していたのだと感じていた。

 

 ナイル自身、故郷に対する愛着はある。母親に連れられてモルゲンレーテ内を見学したこともあったし、当時は存命だったシンの両親にも会った。あの人たちにもう会えないというのは悲しかったが、だからと言ってオーブを憎むというのは違う気がした。

 

「もし、シンがアスハ代表等に暴言を吐いたときは俺が叱るつもりでいる。シン・アスカ個人で話すならばまだしも、今のアイツはザフトレッドの軍人であり、プラントでは一人の成人。一応事前に釘は差しておいたが、あの様子だとまた言いかねんからな」

「そこまでやってあげる義理は無いと思うんだけど?」

「―――頼まれたからな。当時は存命だったシンの両親に」

 

―――もし、あの子が人の道を外れるようなことをしたら、思いっ切り叱った上で諭してやってくれ

―――君なら、あの子の幼馴染としてきちんと正してくれると思うから

 

 無論、将来死ぬことを想定してのものではなかったのだろう。恐らくはレイチェルの為人を理解しているからこその言葉でもあったと思う。だが、それは結果的にナイルのシンに対する行動原理として根付いていた。

 今のシンには、悲しみを受け止められるだけの余裕がない。自分以外の家族を一瞬にして目の前で喪ったのだから、無理もない話だ。そして、シンは力を求めた……その先に起こるであろう事実と向き合う覚悟を持たぬまま、戦場に出てしまった。

 

 もし、シンがナイルの大切な人を殺そうとするのならば、躊躇うことなく引き金を引く。だが、それは決して彼を殺す為ではない。結果として殺すことになった場合は、粛々と受け止める他ないだろうが。

 そうならない道を選びたいと思うが、それが叶わなかった場合は殴ってでも止める。誰かを救おうとしたところで、それは誰かを見捨てることでもあるのだと理解しなければならない。残念なことに、今のシンにはそれが理解できていない。

 

 偉ぶるつもりはないし、ナイル自身もそこまで高尚な人間でないことは理解している。だからこそ、誰かが泣いている状況を見過ごしたくない。

 

 あの時、見てしまったキラ・ヤマトの涙を。

 ラクス・クラインの決意を帯びた笑みを。

 その思いを決して無駄にするようなことは出来ない、と。

 

「さて、俺から話せるのはこれぐらいだな。普通なら男女でいると要らぬ誤解を受けるんだから、とっとと自分の部屋に戻れよ」

「えー、暫く当直じゃないんだし、このままこの部屋に居座ろうかな。多分アスハ代表とアスハ代表とアスランさんは一緒にいるんだし、別にいいじゃない」

 

 [ミネルバ]艦内の風紀を持ち出して自室に帰るよう促すナイルに対し、駄々を捏ねる様な態度でカガリとアスランの事例を持ち出しつつ部屋に残ろうとするメイリン。完全に会話が平行線となったため、これでは埒が明かないと判断したナイルは制服の上着を脱ぎつつこう告げる。

 

「好きにしろ。ただし、寝るときは自室に戻れよ」

「上着を脱いでどこに行くの?」

「シャワーを浴びるんだよ」

 

 部屋の空気というよりも、気になる異性と一緒にいることへの気恥ずかしさもあって、シャワー室へ逃げるように駆け込んだナイル。なお、その後にシャワーを浴びてバスタオル姿で出てきたメイリンに対し、バスタオルを投げつけるように被せたのはここだけの話。

 



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無責任の責任

 時は誰に対しても、何に対しても平等に進む。人として生きる中で、どのような経験をしたとしても、無慈悲に過ぎていく。その過程で憎しみや怒り、悲しみを抱いたとしても、返せる相手が居なければ何も出来やしない。

 

 それが行き過ぎた時、人は一部を含むすべてを恨むこともある。関係がない人間からすれば、余りにも身勝手で理不尽すぎる理由。だが、それを押し通そうとしてしまうのがいるのも人間の性なのかもしれない。

 

 ナスカ級高速戦艦[ボルテール]。ジュール隊の所属艦として活動しているわけだが、[アーモリーワン]の無事だった宇宙港で出港準備をしている中、イザークの許に最高評議会から緊急暗号メールが送付された。

 メールの内容を見たイザークは驚愕し、直ちにブリーフィングルームへ所属パイロットを集めた。いつになく真剣な表情を見せている指揮官の姿に、パイロットたちも表情を強張らせる。

 

「緊急事態の発生だ。本国の監視衛星の報告では[ユニウステン]の残骸が周回軌道コースを外れて、地球へ向かっているとのこと。本艦は[メンデル]に対する任務が取り止めとなり、搭載した[メテオブレイカー]を以て残骸破砕作業に当たる。我が隊が指揮を執り、同型艦の[ルソー]が随伴する。発進予定は3時間後だ。各員、直ちに準備に掛かれ」

『ハッ!!』

 

 イザークの説明は基本的な事務連絡に止められたが、自分たちが住むプラントの残骸が地球に落下すれば残酷な結果が待ち受けているのは誰しもが理解していた。パイロットたちが立ち上がって敬礼をした後、ブリーフィングルームを早足で出ていく者が多い中、イザークは目配せでディアッカとシホを見ていた。

 二人はイザークの意図を理解したのか、目礼で返した後、指揮官室に出向くと先に到着していたイザークが出迎えた。扉が閉まった後、イザークが深い溜息を吐いた。

 

「全く、[アーモリーワン]の件が収まっていないところでこれとはな。幸か不幸かと言うべきなのかはさて置くとしてもだ。二人とも、[ユニウステン]の落下が自然的な影響だと思うか?」

「……そう述べるということは、イザークは何かしらの作為を感じてるのか?」

「ああ、少なからずナイルがこの場にいれば、その可能性を示唆するだろうと思っている」

 

 これが自然的な要因ならば、多少なりともブレが生じる。だが、メールで送られてきた落下コースの軌道が余りにも人為的と思えるような推進力が働いている軌跡を描いているのだ。仮にナイルへ意見を求めた時、間違いなく人為的な要素を疑うだろうとイザークは結論付けた。

 それを聞いたシホはイザークに問いかける。

 

「では、[ユニウステン]を落とすことで利を得るとなりますと、まさか旧ザラ派のシンパの可能性も?」

「無論、ブルーコスモスの線も捨てきれないだろう。話を戻すが、万が一を考えて[ユニウステン]に敵がいる想定で動く。近隣の戦艦にも増援を頼むよう打診した。幸か不幸か、[ミネルバ]も近くにいるとのことだ」

 

 自然的な要素ならば破砕作業のみに集中できる。だが、これ幸いと妨害をして来る連中も出てくる可能性も捨てきれない。イザークは使える戦力ならばこの際文句など言っていられない思いで軍司令部へ打診した。

 そして、[ミネルバ]が破砕作業に協力してくれるならば、陽電子砲による破砕も期待できるし、あの艦には“彼”もいる。ジュール隊との連携でも彼は要として活躍してくれる、とイザークは睨んでいた。

 

「なので、最初から俺も出る。[ボルテール]の守りを固めつつ、[ルソー]や[ミネルバ]と連携を取る。どうにも不気味すぎて、何もなければ御の字と言いたいぐらいだ」

「イザーク……確かに、肩透かしで終われば丁度いい位か」

 

 残骸とはいえ、巨大な質量を持つプラント本体が落下すれば、地球は壊滅的なダメージを免れない。そんなものが動いている時点で、最早ただ事でないのは事実。単純な作業に終わってくれさえすれば、落下被害の逓減にも繋がる。

 イザークの言葉に、ディアッカもいつものような軽い口調ではなく真剣さが伝わる言葉を口にしたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 [ユニウステン]の落下については[ミネルバ]のクルーにも伝わっていた。この艦においては部外者であるナイルにも事情が知らされていた。異変に気付いたのは当直のバートだったが、それと前後してプラント最高評議会からデュランダル宛の通信で事の次第が判明した。

 

「―――けど、何であれが!?」

「隕石でも当たったか、何かの影響で軌道がずれたか……」

 

 ヴィーノが驚き、ヨウランも推測を述べるほどにレクリエーションルームでは[ユニウステン]の話題で持ちきりだった。これにはシンも驚きを口にしていた。

 

「地球への衝突コースって……本当なのか?」

「うん、バートさんがそうだって。ナイルはどう思う?」

「原因はどうあれ、地球に迫っているのならば方法は一つ―――あの残骸を大気圏で燃え尽きるレベルにまで砕くしかない」

 

 正直、自然的な要因で軌道が大幅にずれたとは思えない。何らかの衝撃で戻せる状態に無いとなれば、何らかの推進力を与えて残骸を地球に落下させるよう仕向けているのだろう。プラントの地下には発電所が備わっているのだが、それを何らかの形で復旧させたとなれば、筋は通る。

 

「砕くって……残骸とはいえ、最長8キロもあるんだぜ?」

「でも、やるしか他に道がない。あんなものが丸々地球に落ちたら、その被害は計り知れないものになる」

「そうだな。生きとし生けるもの全てが残らなくなるだろうな」

 

 ヴィーノの叫びに対し、ナイルとレイが淡々と事実を突きつける。これには軽口を叩いていた者ですら噤んでしまっていた。

 直径1キロ程度の小惑星が衝突した場合でも核爆弾二千個分のエネルギーが生じる。無論、単純な倍数計算ではないにせよ、核爆弾五桁分のエネルギーが生じる可能性は極めて高い。それが地球に対して働けば、人類滅亡という最悪のシナリオも現実味を帯びることとなる。

 

「んー、でも、それはそれでしょうがないっちゃしょうがないんじゃねえのってえっ!?」

 

 ヨウランが場の雰囲気を変えようとして言い放ったところで、鈍い音が響き渡る。周囲の人間がヨウランに対して目線を向けると、いつの間にか彼の背後には拳を握ったナイルがいた。この光景でナイルがヨウランに対して拳骨を落としたことが見て取れた。

 

「仕方がないですむか馬鹿。仮に地球に甚大な影響が出れば、プラント本国にだって影響が出るのは自明の理だろうが」

「でも、被害を受けるのは地球であって、宇宙にあるプラントからしたら、変なごたごたも」

「無くなるって本気で思ってるのか? 下手すりゃまた戦争になりかねん事態なんだぞ」

 

 戦争という言葉に一同は騒然とする。だが、ナイルは身近な人間を通す形で先の大戦を見続けてきた。仮に[ユニウステン]の破砕が成功したとしても、地球に住む“彼ら”は糾弾するだろう。

 

『宇宙の化物たちが遺した残骸が、我々の生命を脅かした! 故に、我々はコーディネイターを排除する! 青き清浄なる世界の為に!』

 

 自然的な要因であったとしても、プラントの残骸が宇宙から地球に接近しているという事実だけでプラントの責任を問うのは酷かもしれない。だが、それを平気でやってのけてしまう輩が存在する以上、プラントも無関係とは言えなくなる。

 それに、地球へ被害を及ぼすというのは単純な問題ではない。ザフトにとっても危機的状況と言えてしまうからだ。

 

「それに、地球にはザフトの基地もあるし、地球に住むコーディネイターだっている。彼らを見捨ててもいいだなんて話にはならんだろう……俺の言っていることは間違ってるか?」

「いや、そうだったな……ありがとう、ナイル。お陰で頭が冷えたよ」

 

 ヨウランとしては鬱屈とした状況を変えたいと思ったのだろうが、心許ない発言をしようとしたところでナイルが窘めた。彼の言い分には理屈が通っていたため、ヨウランは謝罪と感謝を込めての言葉を口にして頭を下げた。

 ナイルはレクルームの外にいる存在に気付きつつも話を続ける。

 

「幸か不幸か、[ミネルバ]は[ユニウステン]の軌道ルートに近い。最悪陽電子砲で破片を砕く方法も取る必要があるかも知れない」

「つまり、あたしらで破砕作業の支援をするってこと? [アーモリーワン]の件も片付いていないのに、次から次へとトラブルって聞いてないわよー!」

 

 ルナマリアがぼやきたくなる気持ちも分かるが、徒に命を奪うよりは遥かにマシだろう。ただ、それは[ユニウステン]が自然的な要因で落下している場合の話。もしそうでなかった場合を想定した時、もしかすると取り逃がした[ボギーワン]が乱入してくる可能性も捨てきれない。

 ナイルが考え込んでいると、メイリンが心配そうにナイルの顔を覗き込んでいた。

 

「ナイル? 何だか難しい顔をしてるけど、何か懸念でもあるの?」

「ん? ああ、[ユニウステン]のことでちょっとな。さて、俺は[ザク]の調整でもして来るよ」

 

 ナイルはそう断ってレクルームを出た所、部屋に戻っていくカガリとアスランの姿が目に入った。それを少し見届けた後で、ナイルが向かったのは格納庫(ハンガー)だった。

 

「……あの場では流石に言えんわな」

 

 ナイルは、[ユニウステン]の落下要因が十中八九人為的な要因であると睨んでいた。

 [ユニウステン]は今後百年単位で安定周期にあった。それは科学的なデータから証明されていたのだ。ラグランジュポイントに存在するコロニーが隕石で簡単に変わるようならば、それこそ宇宙に浮かぶデブリや残骸でいくつものコロニーが地球に落ちかねない。だが、実際にはそういった現象が起きていないため、人為的な軌道変更の線が最も強いと考えている。

 そして、被疑者が[ユニウステン]を落とせるだけの装備や装置を保有している可能性も極めて高い、ということにも繋がってくる。

 

「惨劇の墓標を地球に落とすとか、正気の沙汰じゃないが」

 

 しかし、現実に起きてしまっている以上は阻止しなければならないし、今回の事件の実行犯は恐らく[ユニウステン]に留まり続けているだろう。あれだけ大規模の構造物を落とす輩がいる以上、命知らずのテロリストと大差ないと思っていいのかもしれない。

 

 こうして[ミネルバ]にいる自分だが、[ボルテール]が来ればジュール隊に復帰してそのままさよならとなるだろう。軍の指揮系統を考えれば仕方のないことだと割り切るしかない。

 寂しいという気持ちはあるが、個人的な心情に慮ってもらえるほど軍は容易に出来ていない。ましてや、シンたちは本当の意味で戦争を知らない。軍人である以上は知ることになるかも知れないが、果たして耐えられるのだろうか、と思う。

 

 ナイルは先んじてパイロットスーツに着替え、[ザクファントム]のコクピットに乗り込む。[ユニウステン]との距離はまだあるが、ナイルの想定する最悪の事態を鑑みた場合、手持ちの武装で何とかしなければならない。

 そう思いながらナイルは瞼を閉じてシートに身を預けていた。彼が再び意識を取り戻したのは、メイリンのアナウンスが聞こえたときだった。

 

『モビルスーツ発進三分前。各パイロットは搭乗機にて待機せよ。繰り返す。発進三分前、各パイロットは―――』

 

 まだ閉じていなかったハッチを操作しようと思ったところで、見覚えのある横顔が赤のパイロットスーツを着て目の前を通り過ぎていった。ナイルはそれがアスランなのだと分かった時は、流石に微妙な表情を浮かべていた。

 カガリの私設護衛ならば、何時でも迎えの艦に乗り換えられるよう努めるべきではないのだろうか、と思う。流石にモビルスーツの操縦など論外すぎるが、発進準備が掛かっている以上は仕方がないと諦めた。

 大方、アスランへの機体貸与を認めた人間の正体は解っている。というか、その当該人物しかありえない。そもそもカガリに説明をしたのかすらも怪しいわけで、それでよく私設護衛なんてやってるのだと呆れ気味だった。

 

(だがまあ、アスランが出てくれるならば対処はしやすくなる)

『―――発進停止! 状況変化! [ユニウステン]にてジュール隊が不明機(アンノウン)と交戦中! 各機、対モビルスーツ戦闘用に装備を換装してください!』

『更に[ボギーワン]確認! グリーン25デルタ!』

 

 ナイルがそう考えていたところに、メイリンのアナウンスとブリッジからの報告で一気に緊迫する。味方と不明機が交戦しているところに強奪機体まで出てくる―――アスランがメイリンに対して状況の説明を求めていたが、ここにいてもよく分からないのは確かだった。

 なので、ナイルはアスランに対して通信を繋げると、こう告げた。

 

「―――アスラン。カガリを置き去り同然にした件は“あいつら”に伝えるからな」

『……許してくれ』

 

 アスランからは諦めにも似た声が漏れたものの、責められるのが嫌ならば職務を全うしろ、と釘を刺してアスランとの通信を切った。すると、今度はブリッジにいるメイリンが通信を繋いできた。

 

『ナイル……その、今回の任務が終わったら、暫く会えなくなっちゃうね』

「……寂しかったらメールでも送れよ。話し相手になってやるから」

『うん。気を付けてね』

 

 アスランの乗る機体とは反対側のカタパルトに移動する[エールザクファントム]。他のザクとは異なり、ウィザードを付けた状態のままリニアカタパルトに固定される。発進シークエンスを示したモニターが“発進許可(LAUNCH)”を表示し、ナイルはモニター越しに見える宇宙を見据える。

 

「ナイル・ドーキンス。ザク、いくぞ!」

 

 リニアカタパルトで加速した[エールザクファントム]は一気に加速して、落下しつつあるユニウステンへ急行する。戦闘しているのは[ゲイツR]と独自のカラーリングを持つ[ザク]、そして黒を基調とした[ジン]。

 更には[カオス]、[アビス]、[ガイア]の三機までいる。この状況で相手を殺さずに放置して破砕作業を邪魔されるのは困る。そう結論付けたナイルはペダルを踏みこみ、一気に加速する。

 

 急な加速で切迫する[ザク]に[ジン]はライフルを構えるが、[ザク]は最低限の動きで放たれたビームを躱す。そして、切迫した瞬間に腰の重斬刀を奪いながらコクピットをビームガトリングで容赦なく銃撃する。

 更に、その爆風を隠れ蓑としてビームブーメランを投擲し、他の[ジン]を容赦なく落としていく。これには[ジン]を駆るパイロットが激昂する。

 

「貴様ぁっ!! 我らの想いを邪魔するか!!」

「―――知るか馬鹿。同朋の墓を持ち出して、大勢の人間に迷惑を掛ける方が異常だわ」

 

 別に通信を双方で繋いでいるわけではなく、互いの独り言が会話として成り立っているような状態であるという事実を知る暇もなく、ナイルの[ザク]は変則機動で[ジン]に切迫し、奪った重斬刀を容赦なく[ジン]のコクピットに突き刺した。そこに追い打ちを掛ける形で戻ってくるビームブーメランが動力部を斬り裂き、[ジン]は爆散した。

 ナイルはそれに対して感傷に浸る暇もなく、ビームブーメランを回収して[ユニウステン]へと翻したのだった。



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無慈悲の慟哭

 攻撃してくる[ジン]に対して思うことはなく、完全に“敵”だと割り切って撃墜していくナイルの[ザク]。[メテオブレイカー]で作業している[ゲイツR]を守る形で敵の射線に入ると、シールドを構えながら急加速する。当然[ジン]は横に逸れようとするのだが、アンビデクストラス・ビームアックスを持った状態のままスラスターだけで横回転を繰り出し、回避しようとした[ジン]を上下に切断した。

 そうしてモニターには見覚えのある指揮官―――イザーク・ジュールの姿が映っていた。

 

『どうやら無事なようだな、ナイル』

「隊長、事情は既に把握しております。あと、民間の協力員としてアスラン・ザラも出撃していますのでご承知おきを」

『はあっ!? ……まあ、いい』

 

 [メテオブレイカー]を運ぶディアッカ機を守る形でイザーク機とナイル機、そしてアスラン機と並ぶ。この四人の関係が友人だという事実は素性を深く知る人間でないと知り得ない事実。

 

『相変わらずだな、イザーク。ナイルに迷惑を掛けてないか?』

『貴様と一緒にするなっ!』

『やれやれ……ナイルも大変だな』

「それはディアッカも一緒だろうに」

 

 その四機に対して改造[ジン]が三機突撃してくる。

 ナイル機が先行してビームブーメランとビームガトリングで三機の足並みを崩し、ディアッカ機がそのうちの一機を遠距離砲撃で撃ち落として爆散させる。残る二機に対してもアスラン機とイザーク機が対処することで、一機は爆散してもう一機は片腕を落とされた。

 残った一機に対しては容赦なくナイル機が切迫し、爆散する寸前で[ジン]の腰に佩いた重斬刀を鞘ごと奪って瞬時に離脱する。その上で、接近してくる[アビス]と[カオス]にセンサーが反応する前から接近を感じ取っていた。

 

「―――[カオス]と[ガイア]が来ます!」

『イザーク!』

『貴様に言われんでも分かってる! 指図するな、民間人がっ!!』

 

 ナイルの言葉を合図に三機が散開し、各々射線を掻い潜る。「アビス」の対処をイザークとアスランに任せて、ナイルは[カオス]に切迫する。宇宙空間では驚異の無線誘導兵装を有する[カオス]だが、先に誰かと交戦したせいでポッドを両方喪失していた。

 そんな事情などお構いなしにビームトマホークを二本投げつけて突撃する。[カオス]は回避するが、その背後にあるデブリにビームトマホークが刺さる。そしてナイルは片方を投げつけつつ、ビームブーメランを明後日の方向へ投げつけ、ビームガトリングで[カオス]を牽制する。

 ビームガトリングを躱し、追撃してくるビームトマホークもシールドで凌いだ[カオス]だったが、そこに容赦なく襲い掛かる戻り際のビームブーメランによって、両足を持っていかれた。スティングが『やられる……!!』と内心で思ったのも束の間、[ザク]はデブリに刺さったままのビームトマホークを回収して、気に留めることなく離脱する。

 

「……ちくしょうがっ!!」

 

 ナイルからすれば、ユニウステンの破砕作業を進めるのが先。そんな事情であると露知らず、コンソールに拳を叩きつけて悔しさを滲ませたスティングだったが、[ガーティ・ルー]からの帰還信号で自身の怒りを堪えながら母艦へと本体のスラスターで離脱するのであった。

 

 [ミネルバ]と[ボルテール]からの帰還信号で、限界高度が近付きつつあると認識したナイル。多少の邪魔こそ入ったが、破片のサイズは1キロを下回る程度にまで細分化出来た。信号が出ている以上は帰還せねばならないと思った時、ナイルの脳裏に嫌な予感が走った。

 

(何だ……ユニウステンにまだ何かいる?)

 

 モニターを凝視すると、[ザクウォーリア]と[インパルス]が確認出来た。どうやらせめて未起動の[メテオブレイカー]を起動させようとしているのだろう。そして、そこに近付こうとしている三機の[ジン]も確認できた。

 ナイルが少し逡巡していると、ディアッカの[ガナーザクウォーリア]が近付く。

 

『ナイル、もう限界だ。俺たちも離脱しないとマズい』

「……すまない、ディアッカ。あのバカどもを放っておいて野垂れ死にさせるのは性に合わんようだ。隊長には『命令を聞かない問題児ですまない』と言っておいてくれ」

『ナイル……死ぬなよ?』

「ああ」

 

 ディアッカかモニターで何が起きているのかを察し、諦めたように離れていく。そして、ナイルは静かに瞳を閉じた。そうして脳裏で何かが弾けた瞬間、視界だけでなく思考も全て鮮明に見えてくる。まるで機体が自分の手足のように動くような感覚を感じながら、ナイルの[ザク]はスラスターを吹かして二機の許へと急行する。

 そうして近付いていく[ザク]の通信には、[ジン]から発せられていると思しき通信が聞こえてくる。

 

『―――ここで無残に散った命の嘆き忘れ……! 撃った者らと、何故偽りの世界で笑うか、貴様らはっ!!』

 

 彼らはユニウステンで家族や恋人を亡くした元ザフトのパイロット―――それが瞬時に理解できた。だからこそ、亡くなった人の思いを代弁するかのようにユニウステン落下を敢行した。言葉だけを聞けば、それは確かに正当性が伴うように聞こえるだろう。

 

『何故気付かぬか! 我らコーディネイターにとって、最後の最後で腑抜けてしまったパトリック・ザラが降伏の直前まで取っていた行動こそ唯一正しきものと!!』

 

 だからと言って、彼らは”神”でもなければ、その代理人でもない。故に彼らの行動を正当化する理由があろうとも、その正気を保障する根拠はない。しゃにむにに撃ち込む[ジン]に対し、隙を見せてしまったアスランの[ザク]に重斬刀が振り下ろされようとしたとき、背後から[ジン]のコクピットを貫く重斬刀で[ジン]は完全に動きを止めた。

 アスランが見た光景は、背後から[ジン]を貫いたナイルの[ザク]だった。

 

『ナイル……』

「ふざけるな。てめえらの身勝手で憎しみを増やして、またあんな凄惨を味わえというのか。だったら、せめて同じ場所で眠って、てめえらの家族に詫びて来い」

 

 ナイルは重斬刀を手放した上で[ジン]を[メテオブレイカー]目掛けて蹴り飛ばした。[メテオブレイカー]は衝突・爆散した[ジン]によって起動し、地中に埋め込まれて起爆。更に細分化した破片を見届けつつも、ナイルはアスラン機と[インパルス]に通信を繋げた。

 

「二人とも、こうなった以上は艦に戻るのすら厳しい。丁度良く大きい破片があるから、コイツを盾にしつつ地球に降下する!」

『あ、ああ!』

『そうだな!』

 

 [ミネルバ]の降下コースは助けに入る前の時点で想定済み。その想定外の動きによって[ミネルバ]の陽電子砲に巻き込まれるリスクはあるが、下手に動いて危険を晒す方がもっと怖い。ましてや、アスランの[ブレイズザクウォーリア]は大気圏内での飛行能力を有していないため、確実に[インパルス]と[エールザクファントム]で支える必要がある。

 三機は[ミネルバ]の射線から外れる破片に着地し、その破片をシールド代わりとして大気圏内に突入する。流石にこんな危機的状況でもない限りは大気圏突入など考えたくもない。破片は大気圏の途中で燃え尽き、三機は各々シールドで防御しながら大気圏内に入る。大気圏内飛行能力を持つ[インパルス]と[エールザクファントム]で[ブレイズザクウォーリア]を支え、何とか落下速度は抑えることが出来た。

 その十数秒後、空に光る信号弾。それが[ミネルバ]のものだと判断した三機は近付き、[ブレイズザクウォーリア]を甲板に降ろす形で[インパルス]と[エールザクファントム]は着地した。

 すると、[インパルス]のシンから通信が入った。

 

『全く、ジュール隊のお前も無茶し過ぎだよ』

「それはシンに最も言われたくない台詞なんだがな」

 

 互いに軽口を叩きつつも、[ブレイズザクウォーリア]を引き込む形で開かれたハッチに入っていく。格納庫に機体が固定されてからタラップで降り立った後、やや乱暴にメットを脱いだナイルが見たのは、アスランの姿を見て安堵するカガリの姿だった。

 そんな安堵も、艦を襲う衝撃―――破片落下による最初の衝撃波によって一同の表情が曇ったのは言うまでもない。

 

 [ミネルバ]はこの間にも落下し、クルーはシートに座って着水の衝撃に耐える。まるで地面をえぐっているような硬い感覚で水面を滑っていく。そうして暫くした後、アーサーの声がスピーカーから流れる。

 

『着水完了、警報解除。現在、全区画浸水は認められないが、今後も警戒を要する。ダメージコントロール要員は下部区画へ』

 

 そのアナウンスが終わった後、ナイルは他のクルーたちがいる場所とは別の甲板にいた。

 

 ユニウステンは、ナイルにとっても因縁のある場所。自身の母親が必死に止めたお陰でユニウスセブンは核の炎を逃れた。だが、その代償を支払う形でユニウステンは核ミサイルの攻撃を受けて崩壊した。無論、当時はただの一般市民だったナイルにどうこう出来る資格などある筈もない。

 もし、母親が核の炎に巻き込まれていたとしたら……自分は間違いなく戦いの道を選択していたかも知れない。けど、それは自分がこれまで会ってきた人にも会わない世界でもある。過ぎてしまった過去はどう足掻いても取り戻せないのだから。

 

 けれども、悲劇は起きてしまった。当初の想定よりは遥かにマシとなったレベルだが、それでも被害は完全に防げなかった。自責の念に駆られたい想いはあるが、そうしても何かが出来る訳ではない。

 向こうの方からシンが怒鳴っている声は聞こえるものの、何かを言いたい気分ではなかった。すると、突然視界が遮られた。こんなことをする人間の存在には気付いていたが、敢えて知らない振りをしていての行動に溜息をつきつつも、ナイルは呟く。

 

「それで、何か御用ですか? [ミネルバ]新進気鋭のオペレーター、メイリン・ホークさんや」

「それはこっちのセリフ! これでお別れかと思ったら、二機と一緒にいる白い[ザク]を見てビックリしたんだよ! 出撃前に流した私の涙を返してほしいんだけど!」

「その文句はシンとアスラン・ザラに言ってくれ。あいつらが無茶したせいでこっちがフォローする羽目になったんだから」

 

 ナイルが振り返った先には不満げな表情を浮かべるメイリンがいた。確かに、ナイルの所属を考えればあの場で別れる予定だったのだ。アスランのことはメイリンに話したが、誰が聞いているのかも分からない状況で言葉を崩すわけにもいかず、年相応の対応に止めた。

 

「出来ることはした。だが、それでも被害は出てしまった。大変なのはこれからだと思うよ。それが地球にせよ、宇宙にせよ」

「それって、私たちも?」

「可能性は高いと思う」

 

 もし[ミネルバ]が[アークエンジェル]と同じ数奇の運命を辿るならば、強奪された[カオス]、[アビス]、[ガイア]を含めた三機の部隊は必ず追いかけてくるだろう。明らかに非効率なやり方だが、かといって地球軍側も放置など出来ない。

 何せ、ザフトの旗頭になりかねない最新鋭艦。しかも宇宙で仕留めきれなかったとなれば、地球でも同じことはしてくる可能性が高いだろう。それに、何故だか敵の指揮官がそうしそうな気がしたからだ。

 

「何にせよ、これでカーペンタリアまでは同行することになった訳だな。流石にこれ以上の暴挙を向こうが仕掛けるとは思いたくないが、俺が[ミネルバ]に関わるのはそこまでだ」

「そっかぁ……ナイルは寂しいと思わないの?」

「個人的にそう思っても、軍人的には命の危機が掛かっている状況で泣き言なんて言えねえよ」

 

 だが、自身が関われるのは長くてもカーペンタリア基地まで。ジュール隊への復帰の為に宇宙へ上がる確率の方が高いだろう。それ以降はシンたちで何とか頑張ってほしいと切に願う。すると、メイリンが何かを思いついたようにおねだりをしてきた。

 

「だったら、射撃訓練に付き合ってよ。お姉ちゃんから聞いてるんだからね、射撃の腕の精度で言えばナイルが同期の中で一番上だって」

「ルナの奴……」

 

 アカデミー時代はそれなりにしつつも手を抜くところは手を抜いていた。射撃訓練については色々言われるのが面倒だったため、ターゲットの基準ラインから1センチ前後に狙いを定めて得点が加算されないようにしていた。

 最初は担当教官に叱られたこともあったが、数回ほどで完全に鳴りを潜めていた。母親のレイチェルから聞いた話だが、担当教官がナイルの射撃のどこに問題があるのかをビデオでチェックした際、ナイルがやっていたことの異常性を感じ取ってしまったそうだ。

 

 しかも、担当教官はナイルのことについて他のパイロット候補生から聞き取りを実施していた。更には、ナイルが秘かに練習していたところをルナマリアがこっそり見たことがあったようで、その話がメイリンに伝わったようだった。

 

「まあ、いいよ。訓練規定をこなすのも大事だからな」

「やったっ。じゃあ、お姉ちゃんたちにも声を掛けて来るね!」

 

 嬉しそうに言いながら、その場を離れていくメイリン。ナイルはふと、艦の外に広がる海を見つめた。心なしか感じてしまう“悪意”のようなものに対して眉を顰めた。まるで、この先に待つものが何なのかを肌で感じ取れてしまうぐらいに。

 その感覚が現実にならないことを祈りつつ、ナイルも甲板を後にしたのだった。

 

 メイリンの声掛けによって射撃訓練をすることになったのはナイル、シン、ルナマリア、レイ、そしてメイリンのアカデミー同期メンバー五人。制式拳銃で標的を狙い撃つのだが、ここでもナイルは奇抜な狙い方を披露していた。

 狙った箇所はターゲットの肩のライン。しかも左右ランダムのライン上を狙う形にしていた。普通ならそういうやり方をしている方が異質なのだが、これもナイルなりのトレーニングだった。

 

 敵を倒すだけ―――それこそ敵機の爆発とかを考えずにしていいのならば、ターゲットの中心を狙うだけで片が付く。だが、実際は動力炉などを考慮して自機への被害を抑える方法を採用することもあるし、バッテリー機ともなれば、エネルギーの節約を考慮して敵機を戦闘不能状態に止める必要だってある。

 そして、こんな訓練方法を採用しているナイル自身、[フリーダム]で必要以上の殺傷を避けたキラに対するリスペクトの意味合いも含まれている。

 

 対人戦の場合、相手が人質を取っているパターンだって当然発生する。中心ばかり狙っては人質を殺す可能性も出てくるだろう。敢えて掠めることで人質の動きを鈍らせ、敵の動向や判断を鈍らせる―――虚を突くやり方も軍人としては必要になる。

 勿論、こんなやり方をしてると同じく訓練しているルナマリアから非難が飛んでいた。

 

「ちょっと! まるで曲芸みたいなことをしてるんじゃないわよ! レイも思わず見入っちゃってるじゃない!!」

「俺のことは気にするな、ルナマリア。ナイルの射撃は別の意味で感心に値するからな」

「レイ、そんな言い方だと怒っているあたしが悪者みたいじゃない! いいから、次は真面目に……あら」

 

 レイの言葉で話の腰を折られかけたルナマリアだったが、そこで彼女の興味はナイルから別の人物に移っていた。それは、訓練の様子を壁に寄りかかりながら見ているアスランの姿がそこにあったからだ。

 

「訓練規定か」

「ええ、そうですよ。でも、調子が悪いというか、狂うわ。それもこれもナイルのせいよ!」

「アイツみたく俺のせいにするんじゃない。ここでバスバス中心を連発したらしたで、お前は絶対文句を言うだろうが。そんな意地の悪いことなんて出来ねえよ」

「ははは……(二コルも、こんな感じで俺やイザークを良く諫めていたな)」

 

 彼らの風景を見ていると、アカデミー時代の時に自分らを諫めていた亡き友人の姿が脳裏に浮かび、苦笑を漏らしたアスランだった。



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各々の『敵』

 甲板上での射撃訓練。そこに姿を見せたアスランに対し、ルナマリアは愛想よく彼を誘った。それまで喧嘩腰の態度だったせいで、彼も困惑しているのだろう。尤も、どれだけルナマリアが愛想よくしているとしても、アスランが異性への愛情を彼女に向けることはない。

 何故ならば、彼が好いている女性は既に存在しているからだ。

 

「本当は私たちみんな、貴方のことを良く知ってるわ。元ザフトレッド、クルーゼ隊。戦争中盤では最強と言われた[ストライク]を討ち、その後は国防委員会直属特務隊[FAITH(フェイス)]所属、ZGMF-X09A[ジャスティス]のパイロットの―――アスラン・ザラ、でしょう?」

 

 軍人としての経歴で言えば、ほぼ間違いではない。だが、彼らは知らないだろう。その[ストライク]のパイロットの素性も、アスランとの関係も。

 何せ当時の地球連合軍が本来なら手放しで喜ぶべきところを必死に隠したということから、プロパガンダに使えない素性持ちなのは明白。ましてや、あの艦には[エンデュミオンの鷹]が乗っていたというのに、それすらも隠れ蓑にしなかった時点で腐り切っていたとしか言いようがない訳だが……そのことはオーブで隠居している彼女からの手紙で知ることとなった。

 ルナマリアは制式拳銃をアスランに差し出した。

 

「射撃の腕もかなりのものと聞いていますけど? お手本―――実は私、あまり上手くないですし、同期が見せたがらないもので」

 

 ゲーム感覚で見せるべきものではないため、ナイルはアカデミーの射撃訓練では手を抜きつつ、誰も見ていないところで自主練を積み重ねていた。そのうちの一回を運悪くルナマリアに目撃されたのは言うまでもないが。

 差し出された銃に対して、アスランは躊躇いなく受け取った。本人は手慰みのつもりだったのだろうが、ほぼ最速の標的設定で迷うことなく標的の中心を撃ち抜く。これには周囲の視線が集まっても無理はないだろう。

 

 それを隠れ蓑にしてナイルは標的の設定を弄り、別の標的目掛けて引き金を引く。アスランと遜色ない速度で撃ち抜かれる標的だが、ナイルは表情一つ変えることなく撃ち続け、最後の標的を終えたところで息を吐く。

 すると、アスランに向けられていた筈の周囲の視線がナイルに向けられており、とりわけルナマリアの表情は不満タラタラといった感じだった。壁際に立っていたシンに至っては、引き攣った笑みを浮かべるほどだった。

 

「ちょっとナイル! そんなに射撃まで上手いのに、なんでザフトレッドで最下位なのよ! どういうことなのか説明しなさいよ!」

「俺の場合は言えねえことのオンパレードなんだよ!」

 

 その最大の理由はZGMF-X10A[フリーダム]とZGMF-X09A[ジャスティス]のテストパイロットの件。当時最新鋭かつ核動力機の関係者というだけで引く手が数多すぎるし、その一方で敵対勢力からの暗殺案件も考慮されて、ナイルはアマルフィ家に居候することで関与の否定材料として扱われた。

 更に、本来ならパトリック・ザラとシーゲル・クラインのみが永久追放となった訳だが、レノア・ザラまで追放処分としたのは、その代償としてナイルの戦時における功罪全てを破棄することで決着したためだ。当人曰く『息子のことに向き合ってくれたお礼』と述べていたが。

 なので、ナイルに関するデータはアカデミー時代のものとプラント市民としての戸籍情報、それと現在所属しているザフト関連のみで、自身の秘密を話せる人間など数えた方が早い位なのだ。

 

「嘘よね?」

「嘘なんざ言えるか。ただでさえ年齢詐欺かつ化物クラスの英雄が実の母親だぞ? それで察してくれ」

 

 流石に母親から言われた約束事全てを話す気にはならないし、話したところで信じてもらえるかも疑わしい。成績云々よりも将来の伴侶探しを優先しろなどと言う母親の存在自体が異質なのだ。なので、話せる範囲で最大限の理由をぶつけた。

 その上で、ナイルは自身の銃と空になった弾倉を掴むと、足早に去っていく。あまりにも付いていけない怒涛の展開を目の当たりにしたような思いだが、アスランも銃をルナマリアにそのまま渡した後、ナイルを追いかける形で甲板を後にしたのだった。

 

 [ミネルバ]はオーブ連合首長国のとある島に到着した。態々ドックに案内するということは、大方カガリが手配したのだろう。その様子を甲板で見ながら、ナイルは久方ぶりの故郷の地を見つめていた。

 ナイルはオーブを生まれ故郷だと思っている。シンの心情を慮ることはあっても、それは彼自身が決着させなければならないことだ。無論、自身がオーブで辛い経験をしていないというのもあるだろうが。

 

 勿論、ナイルにとってもアスカ家の人たちは家族同然の存在だった。シンから話を聞いても、どこか半信半疑の感覚は拭えなかった。でも、その彼が部屋から出てこないとなると、こればかりは事実なのだろうと受け入れる他なかった。

 沿岸部は破片の落下による津波の爪痕が見て取れるほどだった。それだけユニウステンの落下による影響は大きいものだと肌で感じられるほどに。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 カガリは出迎えたウナト・エマ・セイランやユウナ・ロマ・セイランに連れられる形で首都オロファトのオーブ行政府に戻った。そして首長同士の会合でいきなり提案されたのは、安全保障条約の締結という文言だった。

 

「大西洋連邦から条約締結の打診? 優先順位以前の議論ではないのか? 今は国内の被災地に対する復興支援方針の確定・即時実行が最優先なのは貴方方とて存じている筈だ。国民を飢え死にさせろと仰りたいのか?」

「いえ、そういう訳では……条約には被災地への救援・支援も」

「そんなレベルならば政府間交渉でどうにでもなる。それとも何だ? ユニウステンに関する原因の情報でも齎されたのか?」

 

 とても十代後半の少女とは思えぬほどに、カガリの正論を他の首長たちは黙って聞いている他なかった。見た目はか弱く見えたとしても、その背後に偉大な父親の面影が垣間見えるような振る舞い。そして、カガリが見てきた情報を把握しているような素振りの首長らに、彼女は容赦なく問い詰めた。

 

「え、ええ……大西洋連邦より、このような情報が齎されました」

 

 そうしてモニターに表示されたのは、ユニウステンで目撃した[ジン]の映像。それを見てカガリは確信を得ていた。あの[ボギーワン]は地球軍、もしくはそれに近しい勢力の戦艦なのだと。だが、ここでその主張を彼らにぶつけたところで言いくるめられるだけだと判断したカガリは、改めて問いかける。

 

「だから、同じ地球の同胞と手を結んで、プラントを討つ道を選ぶと? オーブからそう遠くない場所に何があるのかを首長たちは忘れたわけでもあるまい。今度はザフトが我が国を焼いたとして、其方たちは責任を取れるのか? 先代の我が父を含めた首長たちが、連合の侵攻に際してマスドライバーとモルゲンレーテを破壊した二の舞を再び演じろと?」

 

 物量面ならば確かに連合軍が有利だ。だが、下手に性急な事をすればザフトに有利な状況を作られかねない。ましてや、今のプラントの議長は口が達者な論理派の人間。彼と直接相対したカガリだからこそ、連合に与した時の損害を考えると気が重すぎる。

 

「世界を二分すれば、その先に待っている末路は凄惨なものとなる。ひとまず国内の被災地に対する復興支援の仔細を詰める。国外に対する復興支援体制の策定はその次で、安全保障条約の如何はそれからだ。異存はあるか?」

「……いえ、ありません」

 

 ウナトや他の首長がカガリに対して強く出れないのは、死去しているカガリの父親ことウズミに大きく関係している。両親亡き後、カガリの法的後見人は『ルミナ・セラ・アスハ』なる人物が彼女の身元を保証している。

 

 その仔細をカガリは知らないが、彼女がカガリの養母(ウズミの妻)と縁戚関係にあり、彼女の息子がカガリと縁戚関係にあることがオーブの国立医療機関で証明されている為、法的後見人として決定されている。

 何せ、ウズミが生前に法的後見の手続きを進めていたため、カガリは実際に会ったことがない。時折カガリ宛に季節の手紙を送ってくることはある。非常に達筆で、カガリのことを気遣う内容が綴られている。婚約者とされているユウナでも、女性の手紙を奪うような真似はしなかったため、カガリが座っている執務室のデスクには、これまでに送られてきた手紙が大切に保管されている。

 

 しかも、オーブ国民としての戸籍も保有している為、ウナトたちがカガリを引き離そうと画策しても、法的な手続きを踏まなければならない上、彼女が元国防軍の軍人ということもあって、彼女を慕う人間が多い。

 写真はカガリも見たことはあったが、ウェーブが掛かった黒髪に蒼穹の瞳を持つ女性の姿に、最初は『学生の頃の写真なのか?』と訝しむぐらいに背が低く、これには彼女のことをよく知る軍人が苦笑を滲ませたほどだった。

 

 閑話休題。

 

 会議を終えてカガリは足早に執務室へと向かう。中には彼女の秘書であるエレノア・ディノ―――アスランの母親であるレノア・ザラが書類を纏めていたところだった。彼女はカガリの姿を認めると、深く頭を下げた。

 

「おかえりなさいませ、アスハ代表。仔細は他の首長たちから存じていることかと思われますが」

「ただいま、エレノア。あの場に私も居合わせたから、状況は理解している」

 

 カガリはレノアにそう告げながら、デスクに座って書類に目を通して決裁を進める。国内の被害状況は数日で判明しきれていない部分も多く、こんな状況で地球上の国家間による安全保障条約など論外でしかなかった。

 それも自分たちの思うようにカガリを動かしたいという思惑が見え見えで、こんなことが分かりたくて政治を学んだのではない、と毒づきたかったほどだった。

 

「飲み物は如何なさいますか?」

「紅茶にしてくれ」

「畏まりました」

 

 レノアが部屋を退出すると、カガリは少し考え込んだ。

 ウナトが伝えてきた情報からすれば、最悪[アーモリーワン]からの一件が地球軍による関与だとしても別に驚くことでもない。ユニウステンについては、シンやアスランが『[ジン]に搭乗していたのは旧ザラ派のパイロットだ』と明言していた。言いぶりからするに、通信で聞いてしまったのだろう。

 この二つが共謀したとは到底思えないが、もし何らかの形で利用した人間がいるとするなら、話は変わってくる。無論、ギルバート・デュランダルの関与も捨てきれなくなってしまう。

 

「何が何だか、一体どうなっているんだ……」

 

 無論、相手を錯覚させるために別陣営の機体を使うこともあるだろう。だが、それでは済まない程の被害まで伴ってしまっている。仮にユニウステン落下が地球軍側の策謀だとしても、自滅行為を自ら進んでやるリスクなど負いたくはない筈だ。

 なので、アスランやシンの言葉を信じる方が妥当ということになり、そして一部の過激派がやったことは、どう足掻こうともコーディネイターが起こしたという事実に変わりない、ということにも繋がる。

 

 オーブはナチュラルやコーディネイターなどといった遺伝子に拘らず、国の法と理念を守るものであれば居住を許可する数少ない国家の一つ。ウナトや彼に賛同する首長たちの思惑はただ一つ―――カガリの周囲からコーディネイターを合理的に排除すること。それは、彼女の大切な存在や近親者にまで波及すること。

 そこまで考えたカガリは、一つ手を打つことにした。

 

「私もこの手は使いたくなかったが……父上が居たら、叱られるかもしれないな」

 

 彼女が思い浮かんだ手段。全てを騙し、下手をすればこの地位すら追われるかもしれない一手。無論、彼らにも迷惑を掛けることになるかも知れないし、多くの人間を巻き込んでしまうことにもなるだろう。

 けれども、真っ直ぐなだけでは政治など出来ない。オーブの信念を守る為に清濁併せ吞む覚悟が必要になる……この日、カガリは誰かに相談することなく決めたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 プラントの市街地の郊外にある墓地。そのうちの一つの墓石を訪れ、花束を置くザフトの黒服を着た女性。彼女―――レイチェル・ドーキンスは、懐かしそうにその墓石を見つめていた。その墓には、意図的に削られた跡があったのか、名前は完全に見えない。

 

「あの頃は、色々と楽しかった。でも、あんなことがあって、皆別れてしまって……結局、生き残ったのは私とあの小僧と……どこかで生きているであろう“若作り”」

 

 レイチェルとて、自分の研究が危険なことは承知していた。その危険性を自分が愛した人にも伝えたし、その妻にも伝えた。だが、彼らは子どもたちの将来の為に犠牲となる道を選んだ。そして、愛した人はレイチェルに冷凍された受精卵を手渡した。

 

―――俺に出来る手筈は整えた。この子が無事に成長して、“キラ”や“カガリ”とまた出会える日を願っている。彼らを見守る役目は、君が代わりに担ってくれ。これは妻からの願いでもあるのでな。

 

 その受精卵をレイチェルは自身の子宮に着床させて、無事に産んだ。その子こそが息子であるナイル・ドーキンスであった。自分の身を痛めて産んだからこそ、彼女は出来る限りのことを息子に学ばせた。

 戦争を通してキラと出会い、息子もその道へと向かおうとすることに彼女は苦笑を浮かべて墓石を見つめていた。

 

「ユーレンやヴィアも勝手だし、ラクスのことも貴方は人任せにして……私を何だと思っているのだか。いっそのこと、彼女をウチの養子にしちゃうんだから、文句は言わないでよ」

 

 そうぼやいた彼女に対し、墓石はただ静かに佇んでいた。まるで、死人にこの先の世界のことは関与できない―――そう囁かれているように、穏やかな風が吹くのであった。

 



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投げかける疑惑

 [ミネルバ]がオーブに寄港した。とはいえ、今のナイルはオーブの人間ではなく、ザフトの軍人。所属が違うとはいえ、モビルスーツのパイロットとして乗艦している以上は勝手に離れるわけにもいかない。

 自身の[ザクファントム]ならば、単独での移動には事欠かないだろうし、カーペンタリア基地までの距離ならば無補給で飛行できるのは明白。あえてそうしなかったのは、この艦の修理に時間が掛かること。なら、外出許可あたりも便宜を図ってくれるだろう。

 そして、ナイルがもう一つ離れなかった理由と言えば、この部屋にすっかり入り浸っている人物にして、彼もそれとなく気に掛けている女性―――メイリン・ホークの存在だった。彼女は今何をしているのかと言えば、端末で“暇つぶし”をしている。

 

「そういえば、ナイルはオーブ出身だよね。外出許可が出たら、一緒に買い物にでも行かない?」

「すまないが、その時は知人に会いに行くつもりなんだ。立場上、滅多に会えないからな」

「むー……ま、解ってたけど。でも、ナイルのことを調べても綺麗なパーソナルデータしか出てこないって凄いよね」

「またハッキングしやがって……」

 

 ザフト・ファーストステージの機体は採用されている動力源のこともあり、電子データでの管理は全てオフライン端末、もしくは設計局のローカルネットワークでしか登録されていない。当然、パイロット関連も全て秘匿情報として一括管理されていたほどだ。

 なので、いくら調べてようとしても本来は出てくるはずのないもの。テストパイロットと言えども例外ではないため、ナイルの情報は表向きになっていない。

 

「折角男女が二人きりだっていうのに、ナイルったら襲ってこないし」

「恋人関係でもない異性を襲う時点でアウトだろうに。そんなことを言い出す側も人のことは言えないと思うんだが?」

「そんなんだから、お姉ちゃんにタイプだと思われてないんだよ」

「俺とルナはそんな関係を望んでないわ」

 

 上手くは言えないが友人になれたとしても、それ以上の関係性は望めないと思った。ルナマリアがフレグと別れた後、彼女の意識は自ずとシンに向いていた。あくまでもパイロット志望の同期生という間柄という関係に見えるだろうが、ナイルにはそう見えなかった。

 

「大体、彼女の意識はシンに向いている。そこに俺が割って入る意味がない」

「そういう他人のことを見れてるのに、どうして肝心なところは見れてないのかな。意気地なし」

「好きに言ってろ」

 

 ナイルはメイリンのことを異性として認識しているし、その逆も然り。それでも互いが恋人として付き合わないのは、自分たちがいま置かれている状況のせいでもある。だが、軍人となることを決めたのは各々の意思であるため、それを咎めることは筋違いであることも理解している。

 だからこそ、同じ部屋に一緒となることは受け入れても、それ以上の行動に踏み切ることはしない。『友達以上恋人未満』というのが、この二人を如実に表した言葉である。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 オーブの上陸許可が出て、ナイルはバイクを借りて走らせていた。行き先は郊外の海岸沿いにある大きな別荘。駐車場に着いて、メットを外してバイクから降りると、丁度扉が開いて目的の人物である男性が姿を見せた。

 まったく目が見えないというのに、それでいで待ち構えたように姿を見せた男性に対し、ナイルは頭を下げた。

 

「お久しぶりです、マルキオ導師」

「久しぶりですね、ナイル・ドーキンス。さあ、入ってください」

 

 男性ことマルキオに案内される形でナイルは足を踏み入れると、瞬く間に子どもたちが二人へ群がっていた。彼が身寄りを亡くした子供を引き取っているというのは聞いていたので、先日の破片落下によって発生した津波で家ごと呑み込まれたのだろう。

 

「おにーちゃん、だあれ?」

「どこの人? 変わった髪の色をしてる!」

「これ! ……すみません、うちの子たちが」

「いいのですよ。子どもならこれぐらい元気な方がいいです」

 

 流石にマルキオも窘めるように呟いたが、ナイルは笑って返した。そうしてリビングに通されると、一組の男女がソファーに座っていた。栗色の髪を持つ少年と桃色の髪を持つ少女で、ナイルにとっては馴染みのある二人がそこにいた。

 子どもたちはマルキオが相手してくれるということで、その場に三人だけが残った状態となったところでナイルから話しかけた。

 

「キラ、ラクス。手紙や通信では遣り取りしていたが、元気そうだな」

「うん。ナイルも元気そうだね」

「お久しぶりです、ナイル。こうしてお会いになるのは随分久しぶりになりますね」

「そうだな」

 

 連合の[ストライク]、そして[フリーダム]のパイロットだったキラ・ヤマト。

 ザフトでは平和の歌姫と呼ばれ、反逆者と呼ばれることを覚悟の上でザフトに反旗を翻し、最悪の未来を回避した英雄の一人であるラクス・クライン。

 この二人と直接会うのは、キラが傷ついた状態でクライン邸に運び込まれて、ザフトの大規模作戦『オペレーション・スピットブレイク』の本当の目標がアラスカの地球軍本部だと知らされ、[フリーダム]をキラが手にしたあの時以来だった。

 

「表向きは元気でも、心の傷は大きいようだがな。まあ、無理はせずに困ったら誰かを頼るぐらいはしろよ? お前らは困ると一人で抱え込むところがそっくりなんだから」

「うん……全く、敵わないね」

「俺からしたら、即決即断出来るお前らの方が凄いと思うがな」

 

 気が付くと、ナイルの頭にはラクスのペットロボットであるピンクのハロが乗っかっており、肩にはキラのペットロボットであるトリィが二人を見つめていた。奇しくもこの二つはナイルの良く知る知人が手掛けたものなのだが、能力はあるくせに対人関係がボロボロなのは、職人気質でもあるのでは……とも思えてしまう。

 そんな様子をキラは羨ましげに見つめ、ラクスに至っては少し頬を膨らませて睨むような視線を送っていた。

 

「相変わらずハロに懐かれてるようで、少し嫉妬してしまいますわ。それで、ナイルはどうしてオーブに?」

「ちょっと訳アリでな。だが、無関係のお前たちを巻き込まないためにも詳しいことは言えない。すまないが、これは俺自身の戦いでもあるのだから」

 

 ナイルがザフトの軍人となった事や[ミネルバ]に乗っていることは、遅かれ早かれカガリやアスランの口から伝わることになるかも知れない。だが、彼らは先の大戦で深く傷ついた以上、例え能力があろうとも戦場に出してはいけない。

 優れた能力があるのならば、それを生かせる場所に置くというのは筋として通るが、当人の意思やモチベーションを無視して配置するのは、それこそ色んな意味で破綻しかねない。人間は機械のように単純でないため、思想や心情を無視すれば確実に歪みが生じる。

 

 ナイルの言葉にキラやラクスは何かを察したようで黙り込んだところ、そこに登場するのは複数のカップをトレイに載せて持ってきた陽気な男性の姿だった。そして、ナイルからすればその男性のことはよく存じていた。

 

「お待たせ、今日はスペシャルなブレンドにしてみたよ。そして、久しぶりだなナイル。僕の師匠―――君の母上はお元気かな?」

「お久しぶりです、バルトフェルド隊長。コーヒー好きなのは相変わらずですか」

「そりゃあ、僕のライフワークだからね」

 

 アンドリュー・バルトフェルド。ザフト軍・元アフリカ方面軍指揮官で、当時の異名は『砂漠の虎』。見た目は怖さを感じさせるカッコよさを持つが、飄々とした口調で容姿のイメージがあっさり崩れ去ってしまうほどに陽気な印象が強い。

 そして、バルトフェルドにとってナイルの母親ことレイチェル・ドーキンスは教官と教え子の間柄であり、彼のコーヒー好きは彼女から伝播したものだった。なお、レイチェルのブレンド能力は相手の好みを一発で当ててくる程に神懸っている。

 そうして彼からもらったブレンドを口にするが、思ったよりも苦みが強い印象で、これにはキラやラクスも苦笑が漏れていた。それを見やったバルトフェルドも一口飲んだ後、納得したように頷いて飲み干していた。

 

「どうかな、僕のブレンドは?」

「変に苦みが効きすぎてませんか? 徹夜したい時ならアリかもしれませんが」

「確かにね……師匠のように上手く出来れば、尚のこと良いのだがね」

「あれは人間業の領域を超えている埒外です」

 

 この人は分かっててやっている節がどうにも否めない。でも、憎めない人柄だからこそ彼は人望を集めやすい。寧ろ、何故軍人をやっていたのかが分からないと言わしめるほどの人物だが、なまじ能力があったからこそ戦っていたような節も見受けられた。

 キラとラクスは女性に呼ばれて去っていき、リビングにはナイルとバルトフェルドが残った。バルトフェルドはコーヒーが入ったカップに一口付けた上でナイルに問いかける。

 

「どうやら、君は戦っているようだね。それも『ザフト』の人間として」

「……ええ。流石に隠し切れませんか」

「別に言いふらすつもりはないさ。無論、彼らにも黙っておくことにするよ。しかし、あれほど大人しかった坊主がここまで立派な少年になって、師匠はさぞ鼻が高いだろうな」

「当人は俺のアカデミー入学に際して『将来の恋人でも作れ』とか宣いましたけどね」

 

 バルトフェルドの観察眼は凄まじく、彼の問いかけに対してナイルは隠すことなく答えた。前の大戦でキラとラクスは多かれ少なかれ心の傷を負った。だからこそ、彼らを巻き込むつもりなどなかった。

 しかし……とナイルはバルトフェルドに真剣な表情を向けた。

 

「この情勢で行くと、オーブの立ち位置を迫られるのは明白。そして、貴方方もオーブにいられるとは言い難い」

「まあ、それは確かなことだな。では、プラントでも頼るべきか?」

「いえ、それは止めた方がいいと思っています」

「ほう? その根拠を聞かせてもらってもいいかね?」

 

 バルトフェルドのプラント行きにナイルは難色を示した。様々な理由はあるが、ナイルは今の時点で開示できる理由を持ち出した。

 

「オーブにいる貴方がどこまで聞いている解りませんが、ラグランジュ4の中立コロニー[アーモリーワン]でザフトの新型機が強奪されました。形状や状況的に地球連合軍の所属艦である可能性が高いと睨んでいます」

「それだけを聞けば、連合が悪いということになるだろうが……それだけではないのだろう?」

「問題は、その新型機を最新鋭艦に搭載しなかったことが疑問でした。まるで、先の大戦のヘリオポリスに準えるような状況を意図的に作り出していた、とも」

「……」

 

 奪われたくないと思うのならば、何らかの策を講じておくのが常套手段。何だったらプラント本国でサプライズ的な発表にしてもいい。あの議長ならば適当に上手い逸らし方を考慮するだろう。だが、それすらもしなかった。

 

「しかも、最新鋭艦には[インパルス]―――系統的には[ストライク]の正当な発展型と評していいでしょうが、それだけはきちんと格納されていました。世界情勢的に[ミネルバ]が[アークエンジェル]と似たような道を辿るとは思えませんが……」

 

 状況に応じて機体の得意距離を変えられる兵装換装型モビルスーツと最新鋭艦。その組み合わせだけで前大戦の[ストライク]と[アークエンジェル]を意識していると言ってもいい。流石に砂漠への降下はしなかったが、それでも孤立無援の状態なのは確かだ。

 

「私は、最初からギルバート・デュランダルを信用していない。ザフトに身を置いたのは、自分にとってやるべきことと見極めたいことがあるから。無論、いきなりこんな話をして信用するか否かなど判断できないでしょう」

「まあ、それはそうだな……まさかとは思うが、キラやラクスに危害が及ぶ可能性も?」

「否定は出来ません」

 

 キラはまだしも、ラクスはプラントで顔を広く知られている。ブルーコスモスが狙う理由にはなるだろうが、それだったらこれまで狙われていない理由が分からなくなる。もし、彼らがその被害に遭う時が来たとなれば、どちらかか両方が己の陣営にとって障害となり得ると判断した場合になる。

 コーヒーを飲み干した後、ナイルはゆっくりと立ち上がって窓の外を見つめた後、バルトフェルドに向き直ってこう告げた。

 

「コーヒー、ご馳走様でした。丘の上に煩いカラスがいる様なので、原因を駆除しておくのをお勧めします」

「ああ……俺が言えた義理ではないが、頑張ってくれよ」

 

 バルトフェルドにそう告げた後、ナイルは速やかに別荘を後にした。ヘルメットを被ってバイクに跨ると、エンジンを吹かしてターンした後、そのまま市街地へと走らせていった。

 



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