きつねと苦いぶどう (くにむらせいじ)
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きつねと苦いぶどう

 
 まえがき

 くにむらせいじです。

 このおはなしの基は、イソップ寓話(イソップ童話)の一つ『酸っぱい葡萄』または『狐と葡萄』です。この題には表記揺れがあり……。

 『酸っぱい葡萄』
 『すっぱい葡萄』
 『すっぱいぶどう』
 『すっぱいブドウ』
 『Sour Grapes』(慣用句。『負け惜しみ』の意)
…………

 『狐と葡萄』
 『きつねとぶどう』(同名の絵本が存在)
 『キツネとブドウ』
 『The Fox and the Grapes』(英題。大元は古代ギリシア語)
…………

 投稿時に原作名で迷ったので、広く見て『イソップ寓話』としました。

 


 

◇ ◇ ◇ ◇ 過 去 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 深い雪がつもった森のこと。

 

 

 きつねの母と子がいました。

 母ぎつねは、あばら骨がういた体と、やせ細った足をしていました。

 

 母ぎつねが、木の根元の雪を掘って、干からびたぶどうを掘り出し、子ぎつねに言いました。

「ぶどうを食べると体が強くなるの。がんばって食べなさい」

 

 子ぎつねは、恐る恐る、ぶどうを一粒食べました。

「ん……すっぱいけど、おいしいかも……」

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ 現 在 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 木枯らしが吹く森のこと。

 

 

 高い枝に、みずみずしい ぶどうが 三房実っています。

 大人になったきつねが、それを見上げていました。

 

 きつねは、ぴょんっと はねました。

 でも、その前足は、ぶどうに届きません。

 

 きつねは、ぶどうの木に登ろうとしました。でも、後ろ足をかけたところで、ずるっと滑ってしまいました。

 

 ぼくは、ねこみたいには登れない。落ちてケガなんかしたら、狩りができなくなる。

 *1

 

 頭を使って、なにか……

 

 きつねは、長い木の枝をくわえて、頭を横にして高く上げ、ぶんぶん振りました。

 でも、やっぱり、ぶどうには届きません。 *2

 

 わかってる。ぼくはそんなに器用じゃない。

 おなかすいたなぁ……。どうすれば、あのぶどうが食べられるのか……。

 

 

 きつねの耳が、くるっと動きました。

 

 その耳が向いた先……少し離れた草むらで、二羽のうさぎが、うわさ話をしていました。

「あまいぶどうには毒があるんだ。たくさん食べると死んじゃうんだって」

「ぶどうは薬になるって、うそだったの?」 *3

「昔はそう言ったけどさ……」

 

 

 突然、茂みからきつねが飛び出し、うさぎたちに襲いかかりました。

 

「わあああ!!」

「おまえは あっちへ!!」

 二羽は別の方向へ分かれて、ぴょんぴょん走って逃げました。

 

 きつねは、一匹に狙いを定め、ものすごい速さで追いかけ、飛びかかりました。

 そして、大きな口でうさぎの首に噛みつき、地面に押さえつけ、のどを噛みつぶしました。

「ぎゃっ!! ぐごっ……」

 

 うさぎは、叫ぶこともできず、足をばたばたさせ、体を左右にひねって暴れました。

「 ーーー!! ーー~~~~!!!」

 

 ごめんね! すぐに終わらせるから!

 きつねは、暴れるうさぎをくわえたまま、心の中で謝りました。

 

 逃げきった方のうさぎが戻ってきました。

「はなせーっ!! このっ!!」

 戻ってきたうさぎは、勢いのままジャンプして、きつねを力いっぱい蹴りました。きつねは姿勢を低くして、攻撃を肩で受け、くわえたうさぎを引きずるように後ずさりしました。

 

 きつねを蹴ったうさぎは、素早く離れていきました。

 

 きつねは、あごに力を込め、思いっきり噛みました。

 噛まれたうさぎの首が、ぐりっ、と のびて、ぐにゃりと曲がりました。

 うさぎは、ぴくんっ! とふるえて、だらーんと動かなくなりました。

 

 落ち葉に、ぽたぽたと血のしずくが落ちました。

 

 きつねは、首が折れたうさぎを地面に置き、言いました。

「ありがと。きみの いのち……いただきます」

 

 

 逃げた方のうさぎは、しばらく遠くから見つめていましたが、ふっと顔をそらし、去って行きました。

 

 

 …………………………………………。

 

 

 やっぱり、ねずみより、うさぎの方がおいしいな……。

 残りはうめておこう。もうすぐ雪がふるから。

 

 きつねは穴を掘って、食べ残した肉と骨を入れました。

 

 うさぎって、豆が好きだったっけ?

 

 きつねは、近くに生えていた豆を噛みちぎって、穴に落としました。

 

 これは、ただの気まぐれ。

 

 きつねは、穴におしりを向け、後ろ足で土を蹴って、穴をうめました。

 

 

 

 ぶどうなんか、いらないや。

 

 がんばって狩りをすれば、うさぎや ねずみが食べられる。豆の木は低いから簡単にとれる。ちょっと探せば、おいしい虫も見つかる。 *4

 ぶどうには、どうがんばっても手が届かないし、あまいか すっぱいか、薬なのか毒なのか、食べてみなけりゃわからない。

 

 ぶどうがおいしいのは知ってるけれど、いのちをかけてまで食べようとは思わないね。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ 未 来 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 あたたかい風が吹く森のこと。

 

 

 高い高い木の枝に、干からびて腐りかけた ぶどうが、一房残っていました。

 そして、あたり一面に、低い豆の木が生えていました。それらは全部、昔、きつねが埋めた豆と同じものでした。

 

 

 

 年老いたきつねは、巣穴で寝込んでいました。

 

 

 ……ぼくは、このまま…消えるのか……。でも、たのしい一生だったから……。

 

 

 

 強い風がびゅーっと吹き、干からびたぶどうの房が、バラバラになって落ちました。

 

 その中の一粒が、きつねの巣穴に転がり落ちました。

 

 ひどくぼやけた目と、ざわざわ音が止まない耳。

 

 きつねは、地面をはうように動き、くんくん においをたどり、舌でぶどうに触れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、きつねという生き物が、この星からいなくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
 イヌ科動物は、ネコ科動物に比べて木登りが苦手な傾向があります(体のつくりが違うため)。ただ、全く登れないわけではなく、アカギツネも状況によっては木に登るようです。

*2
 『木の枝で叩き落とす』とか、『落ちて怪我して狩りができなくなる……と予測してあきらめる』とか、キツネにそこまでの知能は無いと思います。そこは、擬人化したフィクション、ということで。

*3
 薬と毒は紙一重……ほぼイコールです。薬には必ず副作用がありますから。使い方と量の問題です。健康食品も食べすぎれば有害ですし。

*4
 アカギツネは肉食ベースの雑食なので、果実を食べるようです。でも豆は食べないかもしれません。




 
 あとがき

 読んでいただきありがとうございます。

 これじゃ伝わらないかな……。
 このおはなしの『ぶどう』は、何かのメタファーです。実は、結構現実的で大きなテーマ……なのですが、答えは書きません。好きなように解釈してください。

 童話っぽくしようと思い、ですます調で書きました。違和感があるのが逆に良いかも。狩りのシーンとか。



 〈 原作について 〉

 イソップ寓話の、『酸っぱい葡萄』(狐と葡萄)は、『食わず嫌い』の例えとして用いられる場合があります。ですが、筆者はそれは少し違うと思うのです。
 この葡萄は、『欲しいけど手が届かないもの』の象徴です。つまり、味や好き嫌い以前に、食べられないのです。『食わず嫌い』は、食べるか食べないか自分で決められますが、『酸っぱい葡萄』では、その選択権がありません。 食べられない…じゃあどうする? という話なのです。

 イソップ寓話を原作とした二次創作……って、それで良いのか疑問です。パブリックドメインどころか、桃太郎なんかよりはるかに古い寓話で、慣用句にまでなっていますし。でも、作者がいるのも確かなので、そういう設定で投稿しました。
 
 
 [ 初投稿日時 2024/03/24 23:24 ]
 


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