きつねと苦いぶどう (くにむらせいじ)
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きつねと苦いぶどう
まえがき
くにむらせいじです。
このおはなしの基は、イソップ寓話(イソップ童話)の一つ『酸っぱい葡萄』または『狐と葡萄』です。この題には表記揺れがあり……。
『酸っぱい葡萄』
『すっぱい葡萄』
『すっぱいぶどう』
『すっぱいブドウ』
『Sour Grapes』(慣用句。『負け惜しみ』の意)
…………
『狐と葡萄』
『きつねとぶどう』(同名の絵本が存在)
『キツネとブドウ』
『The Fox and the Grapes』(英題。大元は古代ギリシア語)
…………
投稿時に原作名で迷ったので、広く見て『イソップ寓話』としました。
深い雪がつもった森のこと。
きつねの母と子がいました。
母ぎつねは、あばら骨がういた体と、やせ細った足をしていました。
母ぎつねが、木の根元の雪を掘って、干からびたぶどうを掘り出し、子ぎつねに言いました。
「ぶどうを食べると体が強くなるの。がんばって食べなさい」
子ぎつねは、恐る恐る、ぶどうを一粒食べました。
「ん……すっぱいけど、おいしいかも……」
木枯らしが吹く森のこと。
高い枝に、みずみずしい ぶどうが 三房実っています。
大人になったきつねが、それを見上げていました。
きつねは、ぴょんっと はねました。
でも、その前足は、ぶどうに届きません。
きつねは、ぶどうの木に登ろうとしました。でも、後ろ足をかけたところで、ずるっと滑ってしまいました。
ぼくは、ねこみたいには登れない。落ちてケガなんかしたら、狩りができなくなる。
頭を使って、なにか……
きつねは、長い木の枝をくわえて、頭を横にして高く上げ、ぶんぶん振りました。
でも、やっぱり、ぶどうには届きません。 *2
わかってる。ぼくはそんなに器用じゃない。
おなかすいたなぁ……。どうすれば、あのぶどうが食べられるのか……。
きつねの耳が、くるっと動きました。
その耳が向いた先……少し離れた草むらで、二羽のうさぎが、うわさ話をしていました。
「あまいぶどうには毒があるんだ。たくさん食べると死んじゃうんだって」
「ぶどうは薬になるって、うそだったの?」 *3
「昔はそう言ったけどさ……」
突然、茂みからきつねが飛び出し、うさぎたちに襲いかかりました。
「わあああ!!」
「おまえは あっちへ!!」
二羽は別の方向へ分かれて、ぴょんぴょん走って逃げました。
きつねは、一匹に狙いを定め、ものすごい速さで追いかけ、飛びかかりました。
そして、大きな口でうさぎの首に噛みつき、地面に押さえつけ、のどを噛みつぶしました。
「ぎゃっ!! ぐごっ……」
うさぎは、叫ぶこともできず、足をばたばたさせ、体を左右にひねって暴れました。
「 ーーー!! ーー~~~~!!!」
ごめんね! すぐに終わらせるから!
きつねは、暴れるうさぎをくわえたまま、心の中で謝りました。
逃げきった方のうさぎが戻ってきました。
「はなせーっ!! このっ!!」
戻ってきたうさぎは、勢いのままジャンプして、きつねを力いっぱい蹴りました。きつねは姿勢を低くして、攻撃を肩で受け、くわえたうさぎを引きずるように後ずさりしました。
きつねを蹴ったうさぎは、素早く離れていきました。
きつねは、あごに力を込め、思いっきり噛みました。
噛まれたうさぎの首が、ぐりっ、と のびて、ぐにゃりと曲がりました。
うさぎは、ぴくんっ! とふるえて、だらーんと動かなくなりました。
落ち葉に、ぽたぽたと血のしずくが落ちました。
きつねは、首が折れたうさぎを地面に置き、言いました。
「ありがと。きみの いのち……いただきます」
逃げた方のうさぎは、しばらく遠くから見つめていましたが、ふっと顔をそらし、去って行きました。
…………………………………………。
やっぱり、ねずみより、うさぎの方がおいしいな……。
残りはうめておこう。もうすぐ雪がふるから。
きつねは穴を掘って、食べ残した肉と骨を入れました。
うさぎって、豆が好きだったっけ?
きつねは、近くに生えていた豆を噛みちぎって、穴に落としました。
これは、ただの気まぐれ。
きつねは、穴におしりを向け、後ろ足で土を蹴って、穴をうめました。
ぶどうなんか、いらないや。
がんばって狩りをすれば、うさぎや ねずみが食べられる。豆の木は低いから簡単にとれる。ちょっと探せば、おいしい虫も見つかる。 *4
ぶどうには、どうがんばっても手が届かないし、あまいか すっぱいか、薬なのか毒なのか、食べてみなけりゃわからない。
ぶどうがおいしいのは知ってるけれど、いのちをかけてまで食べようとは思わないね。
あたたかい風が吹く森のこと。
高い高い木の枝に、干からびて腐りかけた ぶどうが、一房残っていました。
そして、あたり一面に、低い豆の木が生えていました。それらは全部、昔、きつねが埋めた豆と同じものでした。
年老いたきつねは、巣穴で寝込んでいました。
……ぼくは、このまま…消えるのか……。でも、たのしい一生だったから……。
強い風がびゅーっと吹き、干からびたぶどうの房が、バラバラになって落ちました。
その中の一粒が、きつねの巣穴に転がり落ちました。
ひどくぼやけた目と、ざわざわ音が止まない耳。
きつねは、地面をはうように動き、くんくん においをたどり、舌でぶどうに触れました。
この日、きつねという生き物が、この星からいなくなりました。
おわり
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
これじゃ伝わらないかな……。
このおはなしの『ぶどう』は、何かのメタファーです。実は、結構現実的で大きなテーマ……なのですが、答えは書きません。好きなように解釈してください。
童話っぽくしようと思い、ですます調で書きました。違和感があるのが逆に良いかも。狩りのシーンとか。
〈 原作について 〉
イソップ寓話の、『酸っぱい葡萄』(狐と葡萄)は、『食わず嫌い』の例えとして用いられる場合があります。ですが、筆者はそれは少し違うと思うのです。
この葡萄は、『欲しいけど手が届かないもの』の象徴です。つまり、味や好き嫌い以前に、食べられないのです。『食わず嫌い』は、食べるか食べないか自分で決められますが、『酸っぱい葡萄』では、その選択権がありません。 食べられない…じゃあどうする? という話なのです。
イソップ寓話を原作とした二次創作……って、それで良いのか疑問です。パブリックドメインどころか、桃太郎なんかよりはるかに古い寓話で、慣用句にまでなっていますし。でも、作者がいるのも確かなので、そういう設定で投稿しました。
[ 初投稿日時 2024/03/24 23:24 ]
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