これは収納できるのか? (くーねるでぶる)
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やっぱり追放か……

「アベル、貴方はクビよ!」

「あ?」

 

 ブランディーヌの生意気な物言いにカチンときて、ついその紫の長髪が垂れる顔を睨む。

 

 毎度、我がことながら粗暴な態度だとは思うが、こうしてなきゃ舐められる。冒険者家業は舐められたら終わりだ。

 

 オレも意識しなくとも粗暴な態度になるくらいには、冒険者ってやつに染まってきたってことだな。まったく嬉しくねぇが。

 

 オレの視線の先、いつもはすぐさま伏せられるブランディーヌの緑の目が、今日は余裕の笑みを浮かべてオレを見下していた。

 

「はぁ……」

「くふっ。くふふ……」

 

 オレはため息を吐き、真正面から大剣を背に担いだガタイのいい女、ブランディーヌを見る。オレが訊き返しても意見を曲げる様子がない。それどころか、ブランディーヌは愉しくて仕方がないといった歪な嗤いを浮かべたままだ。

 

 面倒なことになったな。ダンジョンから帰ってきたばかりで疲れてるってのに。

 

 今は冒険者ギルドに併設された食堂のテーブルに座り、レベル6ダンジョン『氷雪』を攻略した打ち上げをしているところだ。オレたちのパーティのリーダーであるブランディーヌに音頭を任せたら、いきなりオレのクビを宣言しやがった。

 

 マズイことに周りに居る冒険者たちも、こちらの不穏な空気に気が付いたらしい。先程までうるさいくらい騒いでいた冒険者たちが静まり返り、オレたちのことを窺い見ているのが分かる。

 

「本気か?」

 

 オレの問いかけに、待っていましたとばかりにブランディーヌが口を開いた。

 

「当たり前よ! だいたい、わたくしは最初から気に喰わなかったの! たしかに、アンタの冒険者経験はご立派かもしれないけどね! 実際にモンスターと戦いもしない荷物持ちの分際で、いちいちリーダー面して指図してきてうるさいのよ!」

 

 こんな大勢の冒険者の前で宣言した以上、もう取り消すことなんてできない。それぐらいブランディーヌにも分かるだろう。つまり、それだけブランディーヌは本気だ。本気でオレをクビにしようとしている。

 

 どちらにしても、同じパーティメンバーだろうが、リーダーだろうが、若輩者にここまで言われたら引き下がることなんてできない。冒険者にとって、メンツとは時に命よりも重いのだ。

 

「未熟者の青二才が吠えやがる。オレの助言が無ければ、今頃お前たちなんてとっくに死んでるぞ? いつも無茶な指示ばっかり出しやがって。お前はいつになったら学習するんだ?」

「その上から目線が気に喰わないと言っているのよ! いつもわたくしの指示と反対のことを口にして! いいこと! 貴方の助言は、戦えもしない弱者の弱い意見でしかないの! 強者には強者の意見があるのよ!」

 

 オレの言葉に、ブランディーヌが唾を飛ばして吠える。だいぶ鬱憤が溜まっていたらしい。不満を口に出せて心が晴れたのか、やけにスッキリした表情のブランディーヌが印象に残った。

 

 たしかに、オレとブランディーヌは意見を違えることが多かったのは事実だ。ブランディーヌは経験不足と想像力の無さがそうさせるのか、無茶な決定をすることが多い。それを毎度のように諫めてきたのがオレだ。ブランディーヌにとっては、毎回自分の意見に異を唱えられるのだ。そりゃ不満もたまるだろう。

 

 オレを嫌ってくれてもいい。その分成長して、いつかオレを追い抜いてくれたらいい。そう思っていたんだが……。

 

 ブランディーヌの表情がどうしようもない愉悦に歪むのが分かった。いつも自分の容姿を鼻にかけていたブランディーヌらしかぬ醜悪な笑みだ。薄々分かってはいたが、これがブランディーヌの本性なのだろう。

 

「だが! それも今日まで! コレを見なさい!」

 

 ブランディーヌが手にしている物。それは、見た目はなんの変哲もない革のバックパックだ。だが、オレはそのバックパックがタダの鞄ではないことを知っている。

 

 マジックバッグ。ダンジョンから見つかる宝具の中で、おそらく一番有名な宝具だ。その見た目からは考えられないくらい大量の物が入る魔法の鞄。マジックバッグに入れた時点で時間が止まるのか、中の物が腐る心配もない。おまけに、いくら物を入れてもマジックバッグは軽いままだ。

 

 全ての人が欲しがるだろう、まさしく魔法の鞄。それをオレたちはダンジョンで手に入れた。

 

「コレさえあれば、【収納】しかできない貴方はもう用済みなのよ!」

「………」

 

 ブランディーヌの言葉に、オレは“またか”という思いに駆られた。

 

「悔しい? 悔しいわよねぇ? コレはお前のギフトの倍は物が入るのよ? しかも、給料も必要ないし、いちいちわたくしたちに指図しない。完全なる貴方の上位互換! 宝具とはいえ、タダの道具以下に成り下がった気分はいかがかしらぁ?」

 

 オレはまたマジックバッグに居場所を奪われるのか……。

 

 パーティを追放されるのは……これで三度目だ。一度目も二度目もマジックバッグを手に入れたことが直接的な原因だったが……。まさか三度目もこれとはな……。

 

「お前らも同じ意見か?」

 

 オレは同じ席に着く他の4人に目を向ける。

 

 イスをギシリと軋ませて、縦にも横にもデカい全身鎧姿の巨漢、セドリックがすまなそうに口を開く。

 

「アベルさん、リーダーの非礼は詫びよう。だが、ブランディーヌの言う通りだ。マジックバッグを手に入れた以上、アベルさんにできることは、もうなにも無い。ここは大人しく身を引いてくれ」

 

 セドリックの隣に座る男、セドリックとは対照的に線の細い男が、少しも悪く思ってなさそうな顔で嗤う。黒くタイトな格好をした、黒と見間違えそうなほど濃い赤毛の男。パーティの斥候役のジョルジュだ。その顔はニヤニヤとした笑みを隠さず、気分が悪い。

 

「キヒヒッ。そういうこった。わりぃな、おっさん」

 

 ジョルジュの後に続くように、神経質そうに震えた口を開くのは、豪奢な赤いローブを着た金髪の男。パーティの魔法使いクロードだ。声は静かだが、余程オレへの不満が溜まっているのか、細く鋭い目で睨みつけてくる。腕を組み、右手の人差し指が苛立ちを現すようにローブを叩いていた。

 

「はぁ……もういいだろうアベル? お前ももう年なんだから、ここらで引退したらどうだ? お前が居ると、どれだけ功績を挙げたとしても、お前のおかげという目で見られるんだ。僕にはそれが我慢できない」

 

 こいつらのことは、15の成人したての頃から今まで6年も面倒見てるから、そういう目で見られることもあるだろう。だが、そんな声は功績を挙げ続ければ、いずれ無くなる。所詮はやっかみの声でしかない。そんなことも分からねぇのか。自分たちが評価されないからとオレを切り捨てるのは、短絡的にもほどがあると言える。

 

 しかし、パーティの皆はクロードの意見を支持するようにウンウンと頷いている。

 

 白地に青のラインが入った修道服が、パツパツになるまで筋肉が盛り上がっている男がイスから立ち上がった。その巌《いわお》のような四角い顔。パーティの回復役にして戦士。武装神官、あるいはモンクと呼ばれることのあるグラシアンだ。

 

「拙僧たちは、正当な評価と更なる飛躍を望んでいるのだ。そのためには、貴殿のような老害はもはや不要。パーティにとって害悪ですらある。それを理解されよ」

 

 グラシアンの痛烈な罵倒が静まり返った冒険者ギルドに響く。きっと、他の冒険者たちにも聞こえたことだろう。ざわざわとした意味の聞き取れない言葉のさざ波が起きた。

 

「これで分かったでしょう? 貴方はもう必要ありませんの!」

 

 ブランディーヌの言葉通り、オレ以外のパーティメンバー5人全員がオレの追放を望んでいる。そんな状況に眩暈さえ覚えた。

 

 たしかに、パーティメンバーとの関係は最近ギクシャクとし、思わしくなかった。オレ自身も面白くないものを感じていたが、それはこの若造たちも同じだったらしい。そして、マジックバッグを手に入れたことで今までの不満が爆発したのだ。

 

 それは、これまで命を預けあった6年間の絆を吹き飛ばすほどのものだったようだ。

 

 オレは、なんだか急になにもかもがバカらしく思えてきた。こんな奴らでも、オレは真摯に向き合ってきたつもりだ。たしかに、コイツらにとっては面白くないことも言ったかもしれない。だが、それもコイツらの成長を思えばこそだったんだが……。

 

 宝具一つで仲間を切るような判断をするような奴にはついていけない。コイツら、オレを切り捨てるのはいいが、自分たちも切り捨てられることもあるって分かってるのかねぇ……。

 

「いいだろう。分かった。オレはパーティを出ていく」

 

 こんな奴らとは話すだけ無駄だ。オレは豪華な料理が並んだ席を立つ。

 

「お待ちなさい。なにを勝手に行こうとしているんです。出すもの出してからお行きなさい」

 

 パーティに背を向けたオレにブランディーヌの声がかかる。

 

 出すもの? パーティの荷物は全てマジックバッグに入れ替えた。今更オレに出すものなんて無いはずだが……?

 

「何を出せってんだ? 忘れ物なんてねぇだろ?」

「いいえ、ありますわ! そもそも、戦えもしない貴方が一丁前に一人分の分け前を貰っていたことが間違いだったんですわ。今までの迷惑料込みで、有り金全部置いていきなさい。それでやっとつり合いが取れるってものです」

 

 コイツは何を言ってるんだ?

 

「そんな横暴が通ると本気で思ってんのか?」

 

 半ばブランディーヌの頭を心配したオレの発言に対し、しかし……。

 

「ブランディーヌの言が正しい。置いて行かれよ」

「キヒッ! あんたも変な後腐れは嫌だろ? 置いてけよ」

「アベル。あんたにはそれだけ迷惑してたんだ。きっちり出すものを出していけよ」

「拙僧もブランディーヌの判断を支持する。戦えもしない弱者が、強者である我々と同じ給金というのは納得できなかった」

 

 セドリック、ジョルジュ、クロード、グラシアン、皆はブランディーヌに賛成らしい。コイツら、どうしようもねぇな。

 

 今までのオレの教育はなんだったのか……。そんな虚しさを感じる。

 

「はぁ……」

 

 オレは重い溜息一つ吐いて、虚空からズシリと重い革袋を取り出した。そいつをブランディーヌに向けて放り投げる。

 

「あら。随分とまぁ貯め込んでいたものね。それだけわたくしたちは貴方に搾取されてたってことでしょう? まったく、厄介な寄生虫が消えてせいせいしますわ」

 

 ブランディーヌの罵倒を聞いても、最早怒りも湧いてこない。

 

「コイツは手切れ金だ。もうオレに関わるな。オレもお前たちに関わらない。それでいいだろ?」

「当たり前です。頼まれたって関わってあげませんから」

 

 オレの言葉に、ブランディーヌが頷く。これで、オレとコイツらはもうパーティメンバーでもなんでもない。赤の他人だ。

 

「最後に一つ。次にダンジョンに行くなら、レベル5のダンジョンに行くといい。そこで自分たちの実力を確認しておけ」

 

 オレの最後の忠告に、ブランディーヌたちは気分を害したような表情を浮かべるのが見えた。

 

「うるさいですわ! 最後の最後までわたくしたちをコケにして! わたくしたちが次に行くのはレベル7です! わたくしたちは貴方みたいな臆病者ではありません!」

 

 ブランディーヌの怒声に頷くパーティメンバーたち。コイツらは自殺願望でもあるのか?

 

 まぁ、もうオレには関係ねぇか。

 

「はぁ……」

 

 オレはやるせない気持ちを溜息に変えて、その場を後にするのだった。

 

「「「「「かんぱーい!!!」」」」」

 

 後ろから盛大な乾杯の声が聞こえる。ブランディーヌたち『切り裂く闇』の連中だ。オレが居なくなったことを心から喜んでいるのが伝わってくる。あんな奴らとパーティを組んでいたなんて、自分の見る目の無さが嫌になるな。

 

 ヒソヒソと囁き、オレと『切り裂く闇』の連中に窺うような視線を向けてくる冒険者たち。こんな大勢の前での追放劇だ。明日には、王都の誰もが知るところとなるだろう。今から憂鬱な気分だ。

 

 あんな奴らだが、冒険者パーティの中では期待の若手株だ。そこからの追放。しかも、これで三度目。となると、オレの悪評が立ちそうだな。「またマジックバッグに居場所を奪われた間抜け」なんて言われそうだ。

 

 

 




こんにちは(=゚ω゚)ノ
作者のくーねるでぶるです。
お読みいただきありがとうございます。
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「くそっ!」

 

 思わず口から罵倒の言葉が零れる。踏み出す足も、荒々しく冒険者ギルドの床を踏み鳴らしていた。苛立ちを隠すことができないほど、オレの心はささくれだっていた。

 

 こんな姿を見せては、ブランディーヌたちを喜ばせるだけだと分かっていても、抑えることができなかった。

 

「クソがッ!」

 

 なんだってオレのギフトは【収納】なんだ。オレも戦えるギフトがよかった。そしたら、オレだってこんな思いを三回をせずに済んだ。

 

 ギフトは神からの賜りものだ。自分で選べるようなものなんかじゃない。全ては神の御心ってやつだ。自分のギフトに不満を言うなんて、教会の連中に知られたらめちゃくちゃ説教されるだろう。だが、なにもこんな中途半端なギフトをくれなくてもいいじゃないか。

 

 【収納】のギフトは、その名の通り、物を収納できるギフトだ。しかし、その容量は幾度もギフトを成長させたオレでも小部屋一つ分くらいに過ぎない。大きな豪邸をまるごと収納できるようなマジックバッグには逆立ちしても勝てはしないのだ。

 

 幸い、ダンジョンでしか手に入らない宝具であるマジックバッグは希少品だ。だから、オレみたいなマジックバッグの下位互換みたいな奴でも、マジックバッグを持っていない奴らに重宝される。

 

 だが、それもマジックバッグを手に入れるまでだ。

 

 教会によれば、ダンジョンは神が人間たちに与えた試練らしい。その報酬にオレのギフトなんて掠んじまうようなマジックバッグがあるのは、なんだか納得できない事実だ。

 

 【剣士】のギフトも【魔法】のギフトも、宝具によってその能力を強化されることはあっても、必要のない人材になることはありえない。【収納】のギフト持ちだけが宝具によって居場所を奪われる。

 

 オレは冒険者だ。ダンジョンに潜り、宝具を見つけるのが仕事だ。今まで様々な宝具を見つけてきた。希少と呼ばれるマジックバッグも三度も発見した。

 

 その三度とも、オレはパーティを追い出された。

 

 なんだか自分のしていることが、ひどくバカらしく思えてきたのだ。オレは自分の居場所を失うためにダンジョンに潜ってきたのか。そんな被害妄想まで浮かんでくる。オレは、冒険者を続けるべきなのだろうか?

 

 神様ってやつは、なんでマジックバッグなんて宝具を人に与えようと思ったのかね……。

 

『宝具とはいえ、タダの道具以下に成り下がった気分はいかがかしらぁ?』

 

 ブランディーヌの言葉が、ふと頭を過る。

 

 オレは惨めな気持ちを抱えたまま冒険者ギルドのスイングドアに手をかける。無意識に力を過剰に込めてしまったのようで、木製のスイングドアがミシミシと音を立てて歪んだ感触が指に伝わってきた。

 

 気が付けば、オレは歯を食いしばり、全身が力んでいた。やり場のない怒りにも似た激情が、体の中で渦巻いているのだ。はらわたが煮えくり返るなんて言葉がエルフにはあるらしいが、まさに今のオレの状態を表すのに適しているように思えた。

 

「ふぅー……」

 

 オレは努めて自分の体の中で荒れ狂う熱を吐き出していく。怒ったところで意味が無いことは分かっているのだ。しかし、冷静であろうとするオレの努力とは裏腹に、オレの思考は熱に浮かされたように、過剰に回り出す。マジックバックの撲滅計画まで立て始める始末だ。

 

 ペキッ!

 

 そんな思い通りにならない体にまで苛立ち、ついにはスイングドアを握り潰していた。

 

 手のひらに感じる鈍い痛み。むしり取ったスイングドアの欠片が刺さっていた。

 

 手のひらが熱さを帯びて、どくどくと脈打つ。それと同時に指先に感じるぬるりとした感触。幾度も覚えのある感触だ。

 

 血と共に体を駆け巡っていた熱さも流れ出ていくような気がした。残ったのは後悔にも似た暗い感情だ。

 

「はぁー……」

 

 先程の熱い溜息ではなく、今度は深く沈み込むような溜息が出た。まるで自分の体の中のものが吐き出されてしまいそうなほどの深い溜息。

 

 オレはようやく冒険者ギルドのスイングドアを開け、王都の大通りへと出た。もう日が沈んでいるというのに、今日も王都の大通りはお祭り騒ぎのように騒がしい。

 

 しかし、今のオレには、その喧騒がどこか遠いできごとのように、まるで実感が持てないでいた。

 

 たくさんの明かりに照らされた大通りを、背中を丸めてトボトボと歩く。

 

「ははっ……」

 

 我ながら、酷い感情の落差だと思う。そのことがおかしくて、自然と嗤いが零れた。

 

 オレの心をここまで歪めたブランディーヌたちは、今頃、最高の絶頂だろう。その事実に、オレの心に暗い炎が灯る。炎はすぐにオレの心を飲み込んで、体では行き場のない熱の奔流が荒れ狂う。

 

「クソがッ……」

 

 止めるんだアベル。お前はもっと冷静な判断ができる奴だろう? レベル8ダンジョンのボスと対峙した時だって、ここまで冷静さを欠いたことはないはずだ。 いつもとは様子が違う自分に必死に言い聞かせる。

 

「はぁー……」

 

 口から熱い呼気が漏れた。この熱い激情も、オレ自身が折を付けないといけないのだろう。まったく、嫌になるぜ。

 



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姉貴

「まぁ、そんなことがあってよぉ……」

「そうなの……」

 

 オレは狭く質素な部屋の中で、テーブルを挟んで向かいに座る姉貴に愚痴を零す。姉貴は痛ましげに眉尻を下げてオレのことを見ていた。

 

 オレの姉貴、マルティーヌ。その黒く輝く黒曜石のような瞳と髪は、オレとの確かな血縁を感じさせる。オレも黒髪黒目なのだ。

 

 姉貴はまるで20そこそこに見えるが、御年35歳。32歳のオレの姉貴なんだから当然オレより年上だ。大して化粧っけも無いのに、この見た目なのだから驚かざるをえない。オレと並んで歩くと、兄妹と間違われるのは日常茶飯事。酷い時には親父と娘に間違われたこともあるくらい若く見える。

 

 そんな姉貴に対して、オレは実年齢よりも年上に見られることが多い。姉貴曰く、この無精ヒゲが原因らしいが……いちいちこまめに剃るのも面倒だ。ダンジョンに行ってる時は伸び放題なんだから今更だと思うんだが、姉貴は「街に居る間はしっかりしろ」と仰せだ。まぁ、面倒だからそこまで丁寧に剃らないがな。

 

 閑話休題。

 

 オレが姉貴に語って聞かせたのは、オレが所属していた冒険者パーティ、ブランディーヌ率いる『切り裂く闇』との一件だ。ようするに、オレは昨日のことを朝一番から姉貴に愚痴っているのだ。我ながら女々し過ぎて心が痛い。

 

 大勢の冒険者の前で起こったパーティ追放劇。きっと、今日中には王都の誰もが知るところとなるだろう。パーティから追放されるなんて、尋常なことではない。きっと、今頃はオレの悪い噂で持ちきりだろうな。想像するだけで、頭が痛くなるほど憂鬱だ。

 

「でも、あんたがこのタイミングで解任されるなんて、神様のご差配かしら?」

 

 姉貴が突然おかしなことを言う。薄い笑みを浮かべ、喜んでいるようにも見えた。姉貴は人の不幸を、ましてやオレの不幸を笑うような奴じゃなかったはずだが……?

 

「どういう意味だ?」

「もう、怒らないの」

 

 自分でも気付かぬほど、多少語気が強くなったのだろう。返しきれないほどの大恩ある姉貴にまで噛み付こうだなんて、今のオレはどうかしているな。だが、姉貴はオレを優しく窘めるように言う。なんていうか、姉貴の中ではオレはまだガキのままなのかもしれないな。完全に子ども扱いだ。

 

「クロエが冒険者になったことは、あんたも知ってるでしょ?」

「あぁ……」

 

 姉貴の言葉に苦いものが込み上げる。クロエというのは、ついこの間成人したばかりの姉貴の娘だ。クロエはなにを思ったのか、冒険者なんて半ばギャンブラーのような安定性の欠片も無い職に就いちまった。姉貴に言わせると、オレの影響が大きいらしい。最悪だ。

 

 ただのギャンブルなら失うものは金で済む。しかし、冒険者は自分の命をチップに賭けるバカの集まりだ。失うものは手足で済めばいい方で、最悪死ぬ危険も十分にある危険な職。そんな仕事に就いた姪が心配で仕方ないし、姉貴には申し訳なく思っている。

 

 オレが冒険者になる時も泣いて止めようとした姉貴だ。自分の命よりも愛おしいと公言しては憚らない娘が冒険者になることも当然反対した。しかし、娘の意思を尊重したいという気持ちもあるようで、止めるに止めきれなかった。

 

 当然だが、オレもクロエが冒険者になるのには反対した。かわいいかわいい姪だからな。オレの影響で冒険者に夢を見ているようなら、オレが現実を分からせて諦めさせるのが筋だろう。

 

 しかし、普段は素直なクロエも、冒険者になることだけは譲れないと言って、一歩も譲らなかった。そのままクロエが一向に引かずに時が経ち、クロエが成人と共に勝手に冒険者ギルドの門を叩いてしまったというオチが付く。オレはクロエを止めきれなかったのだ。

 

「あんたがパーティをクビになったなら丁度いいじゃない。あんたがクロエをサポートしてあげて? あたしは冒険者じゃないから、なんのアドバイスもできないのよ……」

 

 そう言って悲しそうな表情を見せる姉貴。その黒い瞳には、オレにも分かるほどはっきりと潤んでいる。

 

 本当は母娘揃って布の染色の職に就かせようと考えていた姉貴だ。娘の手助けができなくて、ひどくもどかしい気持ちを抱えているのだろう。

 

 冒険者は王都の花形なんて褒めそやされるが、その分、危険な職業だ。本音を言うなら、姉貴は娘にもオレにも、冒険者なんて辞めてほしいと願っているに違いない。

 

「ねぇ、お願いよ。こんなこと頼めるのはあんたしか居ないの……」

 

 その姉貴が、いつも強気な態度でオレに涙なんて見せなかった姉貴が、涙を隠そうともせずオレに頭を下げている。

 

 オレには、姉貴に返しきれないほどの恩がある。姉貴の恩に報いるためにも、そして、オレにとってもかわいい姪であるクロエのためにも、オレは固く決意する。

 

「頭を上げてくれよ姉貴。オレにやらせてくれ」

 

 オレは震える姉貴の手を取りながら懇願する。

 

 オレには、クロエが冒険者になることを止められなかった後悔がある。

 

 冒険者を辞めるなんて、商人に雇われて悠々自適な生活なんて、そんな甘ったれた考えは、オレには許されない。

 

 クロエがオレのせいで冒険者に憧れてしまったのなら、きっちりとその責任を取るべきだ。

 

「やらせてくれ姉貴。オレが絶対にクロエを護ってみせる!」



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誓いとクロエ

 オレはクロエの無事を姉貴に誓った。戦闘系のギフト持ちじゃないオレ程度がどのくらいまでできるか分からないが、できる限りクロエを護ると誓った。

 

 この誓いは必ず成し遂げなくてはならない。

 

 幼いオレを、自分の身を犠牲にしてまで育ててくれた姉貴の願いだ。なにがあっても必ず貫き通す。なにがあってもだッ!

 

「ありがとう、ありがとう……」

 

 オレの手を両手で取り、自分の額に押し付けるようにして涙を流す姉貴の姿。こんなの見せられたら奮起するに決まってる! ましてや、クロエはオレにとっても目に入れても痛くないかわいいかわいい姪だ。頼まれずともやるのが叔父というものだろう。

 

「任しとけよ姉貴。オレはこれでもレベル6パーティを3組も育てたベテランだぜ? 今度も必ず立派に育ててやるさッ!」

 

 まぁ、3回とも捨てられてるんだがな。そんな言葉を隠して、オレは精一杯の虚勢を張る。もう姉貴を泣かせることが無いように。いつもの強気な姉貴が返ってくるように。

 

「ほどほどでいいんだよ。怪我しないのが一番なんだからね……」

 

 不安でいっぱいだろう姉貴が、それでも笑顔を見せる。オレは姉貴の頬を伝う涙に再度誓う。姉貴の娘は、クロエは必ず護ってみせると。

 

 

 ◇

 

 

「それで姉貴、クロエはどうしたんだ?」

 

 ようやく姉貴の涙は止まったところで、オレはクロエについて尋ねる。いつもはオレが姉貴の家を訪ねるとすっ飛んで会いにくるのに、今日はまだ姿が見えない。まだ寝てるのか?

 

 まぁ、朝も早い時間だから寝ているというのも十分ありえるか。

 

 他人の家を訪ねるなら時間を見合わせるが、姉貴の家ならまあいいか。そんな時間帯だ。

 

 結局、昨夜はまたしてもオレの居場所を奪ったマジックバッグと、オレを追放したブランディーヌたちへの吹き上がるような怒りを感じたり、無力な自分への諦観にも似た無気力感を繰り返し、とても眠ることなんてできなかった。

 

 酒に逃げるのは、なんだか負けた気がしてできず、宿に帰る気にもならず、仕方なく王都の大通りの片隅でいじけていたのだ。我ながらひどく惨めだな。

 

 きっと人の優しさや温もりを求めていたのだろう。気が付けば、オレは姉貴の家に足を運んでいた。朝も早い時間だというのに、姉貴はオレを快く迎え入れてくれた。

 

 そのことが、泣き出してしまいそうなくらい嬉しく。オレの心に積もった澱が浄化されていくような心地さえした。

 

 やはり、姉貴の家に来て正解だったな。

 

 あわよくば、このまま居座って愛しのクロエに会って、一緒に朝食を食べていこうなんて考えている。朝食には、朝市で多めに買った食い物を姉貴に渡すつもりだ。

 

 女手一つで子どもを育てるなんて大変だからな。今までの恩返しの意味も込めて、オレのよくやる戦法の一つだ。姉貴は頑固だからな。金銭の類は受け取らない。だからこうして食べ物やらに変換して渡しているのだ。

 

 姉貴も朝食を作る手間が省けるし、オレも唯一の親族である姉貴とクロエ、2人の体調を確認しながら、ゆっくりと落ち着いて食べられる。まさに持ちつ持たれつの関係だろう。

 

「まだ寝てるわよ。昨日ダンジョンに行ったから、疲れているのかしら? でも、そろそろ起こさないとね。クロエが起きたら朝食にしましょ。あんたも食べていく?」

 

 だいぶ目の周りの赤みも引いてきた姉貴が立ち上がり、台所へ向かおうとするのをオレは手を挙げて止めた。

 

「これ、朝市で買ってきた。一緒に食おうぜ」

 

 オレはそう言って持ってきた大きな籠を持ち上げると、姉貴が呆れたような目でオレを見ていた。なんでだ?

 

「あのねぇ。あんたの気持ちはありがたいけど、そんなにいっぱい食べれないでしょ? 残ったらもったいないじゃない」

「残ったら、後でクロエと2人で食べればいいだろ?」

 

 それを見越して、日持ちのする食材も買ってきている。そんなに呆れた目で見なくてもいいじゃないか。

 

「それにその籠。また朝市で買ったんでしょ? まったく、あんたが市場に行くたびに籠が増えるんだから……。もったいないから買い物に行くときは、自分の籠を持って行きなさい」

「へいへい……。そんなことよりも早く食べようぜ。腹が減っちまった」

「そんなことって、もう……」

 

 姉貴のいつもの小言をやり過ごして、食事の催促をする。実はかなり腹が減ってる。昨日のダンジョン攻略を祝った打ち上げの豪華な夕食を食いっぱぐれてから、なにも食べていないんだ。

 

「はぁ……。クロエー! ご飯よー!」

 

 オレのまったく反省していない態度に諦めたのか、姉貴が溜息を吐くと大声でクロエの名を叫んだ。

 

 その光景に、なんだか懐かしいものが込み上げてくる。昔はオレもああやって姉貴に起こされてたっけか……。

 

 そんな感傷に浸っていると、ギィイと建付けの悪いドアが開く音が聞こえてくる。そちらに目を向ければ、気だるげな美少女が眠気眼を擦りながら大口開けてアクビしていた。

 

 ぴょんぴょんとあちこちに跳ねた肩までかかる黒いセミロング。綺麗に整えられた眉の下には、薄っすらと開かれた濡れた黒曜石のような黒い瞳が見える。頬から顎にかけてのラインはふっくらとしつつもシャープで、優美な曲線が描かれていた。アクビのために大きく開けられた口は、しかし小さくかわいらしい。まだ化粧もしていないのだろう。淡いピンク色の彼女本来の唇の艶やかな色が露わになっていた。クロエ……しばらく見ないうちに、また魅力的になったなぁ……。

 

 着ている服も就寝用の簡素な継ぎ接ぎだらけのワンピースのみ。はしたないと言われても仕方がない起きてすぐの格好だが、無性に愛おしい気持ちが込み上げてくる。

 

 身内の贔屓目を無しにしても、クロエはとても魅力に溢れた美少女だと思う。それこそ、美しいと評判のエルフよりもクロエの方が美しいと思っているほどだ。

 

 オレは知らず知らずのうちに目を細めて、慈愛の気持ちでクロエを見ていたことに気が付く。男親が娘に甘いと世間で言われているように、叔父も姪に甘くなると思う。それこそ、なんでもしてやりたくなるほどだ。



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三人で朝食

「ぁ……ッ!?」

 

 クロエの眠そうな瞳がオレを捉えた瞬間、パッチリと大きく見開かれた。大きな黒の瞳は、姉貴によく似ている。

 

「……ハッ!?」

 

 クロエの開いたままだった口がガチンッと閉じられ、その顔がみるみるうちにかわいそうなくらい真っ赤に染まっていくのが見えた。

 

「なっ!? えっ!? アベル叔父さんっ!? なんでっ!? あっ!!」

 

 それだけ言うと、クロエは部屋に逃げるように飛び込み、バタンッと大きな音を立てて扉を閉じてしまう。

 

「こらっ! 今からご飯だって言ってるでしょ! 早く出てきなさい!」

「だってアベル叔父さんがっ! もー! なんで叔父さんが居るって先に言ってくれないの!?」

 

 姉貴が両手を腰に当てて閉じられたドアに向かって叫ぶと、ドアからくぐもったクロエの声が聞こえてきた。どうやら、オレが家に居たのが予想外だったのか、ひどく慌てているようだ。部屋からはバタバタと物音が聞こえてくる。何をしているんだ?

 

「叔父さんが居てもべつにいいでしょ? 早く出てきなさい!」

「全然よくないっ! 着替えっ! 着替えてから行くからっ!」

「あんたは着替えるのに時間かかるんだから、それじゃあいつまで経っても食べれないでしょー?!」

 

 ここ最近、オレが姉貴の家に朝食を食べに来ると、いつもこんな感じだ。クロエもオレに対して無防備な姿を見せることを恥ずかしく思うくらいには、大人になったということだろう。異性とはいえ親族なんだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにな。それこそ、オシメも替えてやったことがあるいうのに、今更な気がする。

 

 昔はニパッと笑顔を浮かべてオレにタックルするように駆けてきたもんだが……これが思春期ってやつかねぇ。オレはクロエの成長を喜ぶと同時に、子どもらしい無邪気さが失われつつあるのを寂しく思った。

 

「ごめんなさいね。クロエったらまた恥ずかしがってるみたいで……もう、あの子ったら……」

「いいさ。オレにも覚えがあるからな」

 

 オレは姉貴に肩をすくめてみせる。

 

 今では着る服にも頓着せず、無精ヒゲのまま平気で外に出かけるオレだが、こんなオレにも異様に自分の容姿や格好が気になっていた時があるのを覚えている。あの時は、髪を無駄に伸ばしてみたり、本気でアフロにしようか悩んだり、いろいろと変な拘りを持っていたもんだ。これは誰もが経験する一種の通過儀礼みたいなもんだろう。クロエの気が済むまでやらせてみよう。

 

 まぁその結果、あまりにも長いクロエの身支度に業を煮やした姉貴が、クロエを無理やり引っ張ってくるのまでがいつものセットだ。気長に待とう。

 

 

 ◇

 

 

「もうっ! いい加減になさい!」

「ちょっ!? 勝手に開けないでよっ!?」

 

 ついに姉貴が寝室に突入し、クロエの悲鳴のような声が聞こえてくる。クロエの立てこもりは、こうしてあっけなく終幕を迎えた。まぁ寝室への扉には鍵が無いからな。こうなるのも仕方ない。オレは、そんなことをぼんやりと思いながら台所の竈を見つめていた。だいぶ煤で汚れてるな。今度掃除しにこよう。

 

「ほら、早く来なさい!」

「待って待って待って! 今下パンツだからっ! 丸見えだからーっ!」

「叔父さんだからべつにいいでしょ!」

「叔父さんだから恥ずかしいのっ!」

 

 そんな姉貴とクロエのやり取りを後ろに聞きつつ、オレはジッと台所の竈を見つめる。身近な親族といえども、異性に下着姿を見られるのは恥ずかしいようだ。まぁ、多感なお年頃っていうからなぁ。この間たまたま不可抗力で干してあるクロエの下着を見ちまった時なんて、半日も口をきいてくれなかったくらいだ。

 

 ただの布でしかない干してある下着を見ただけでもそれだ。下着姿なんて見た日にはどうなるか……考えるだけで恐ろしい。

 

 だからオレは、少しも視線を逸らさずに台所の竈を見つめ続ける。間違っても着替え中のクロエを見ちまわないようにな。オレは気を使える素敵な叔父さんを目指しているのだ。

 

「さあ、食べるわよ」

「はーい……」

 

 姉貴と共に、少し不貞腐れたような様子のクロエが席に着く。服を着替えたというのに、まだ恥ずかしいのか、クロエは頬をピンクに染まっていた。少しかわいそうだが、そんなクロエもかわいらしい。

 

 クロエは右手で顔を押さえ、左手で髪を手櫛で整えているところだ。頑固な寝グセなのか、あまり変わった印象がしないな。相変わらずぴょこぴょこあちこちに跳ねている。

 

「今日は叔父さんがご飯を買ってきてくれたわ。ほらクロエも、叔父さんに感謝して」

「ありがとう叔父さん……あと、そんな見ないで。恥ずかしい……」

「あ、あぁ。わりぃわりぃ」

 

 オレは、恥ずかしがるクロエから視線を外すと、テーブルの上に並べられてから時間の経ってしまった料理へと手を伸ばした。

 

 テーブルに所狭しと置かれたのは、野菜やソーセージ、チーズなどがふんだんに盛られたバゲットや、でっかいソーセージの丸焼き。芋とチーズのアリゴや、キッシュ。鴨のコンフィ、新鮮なサラダ、ズラリと並べられた多種多様なチーズ。鍋ごと買った豆と肉の煮物であるカスレもある。姉貴が買い過ぎだと言うのも分かるな。まさに色とりどりといった感じだ。

 

 それらを手掴みで口に入れては赤ワインで流し込むのがオレの食事スタイルである。姉貴も似たようなものだ。しかし、クロエはオレの方をチラチラと見ながら、お上品にキッシュを小さく千切っては口に運んでいた。そんなんで腹が膨れるのか?

 

 オレは疑問に思ってクロエを見ていると、チラチラとこっちを見ていたクロエと目が合った。

 

「ッ!?」

 

 クロエがビクッと体を硬直させると、次第にその淡いピンクの頬が朱に染まっていく。

 

「お、叔父さん……見過ぎぃ……」

「お、おぅ……」

 

 食べてる姿を見られるのが恥ずかしいのだろうか? まぁ思春期って変な拘りとか持ちがちだよな。

 

「わりぃな」

 

 オレはそれだけ言ってクロエから視線を外す。

 

「うん……」

 

 クロエは真っ赤に染まった顔を隠すためか、俯くように頷く。その後もクロエからのチラチラを視線を寄こされたが……これは何だ? なにかの符丁、暗号か?

 

 乙女心ってのは幾つになっても分からないもんだなぁ。

 

 そんなオレとクロエの様子を、姉貴はニマニマと笑ってみていた。



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パーティに入る?

「えっ!? アベル叔父さん、あたしのパーティに入ってくれるの!?」

 

 先程までの恥ずかしがるような、どこかオレに対して距離を取るような態度はどこへと行ったのか、クロエがテーブルに身を乗り出して、こちらをキラキラとした黒い瞳で見ていた。その予想外の勢いに押されて、オレはのけぞるように身を引いてしまう。

 

 どうしたってんだクロエは? なんだか急に活き活きとしやがった。

 

「あ、あぁ。ちょっとパーティメンバーと折り合いがつかなくなってな。今のオレはどこにも所属していない。それでもし、クロエがよかったらでいいんだが……オレをパーティに入れてくれないか? 7人目でもいいからよ」

 

 冒険者パーティの人数は、6人までと相場が決まっている。それが、神の課したルールだからだ。

 

 ダンジョンというのは、神が創った魂の精錬所って説が一般的だ。本当かどうかは知らないが、主に教会の連中がそう説いて回っている。魂がどうのって話はよく分からないが、ダンジョンに潜ると恩恵があるのは確かだ。

 

 その恩恵というのが、ギフトの成長である。ダンジョンのモンスターを倒すと、ギフトが成長するのだ。

 

 勿論、普段の生活の中でもギフトは成長していく。しかし、ダンジョンのモンスターを倒すことに比べたら、その成長速度は遅々たるものだ。

 

 なぜ、ダンジョンのモンスターを倒すとギフトの成長が促進されるのかは分かっていない。だが、先人たちの試行錯誤の結果、分かってきたこともある。その一つが、一度にギフトの成長の恩恵に与れるのは、6人までいうことだ。

 

 ダンジョンの入り口には、必ず台座に鎮座した白い巨大な真珠のようなものがある。そこでダンジョンに挑戦するパーティメンバーの登録ができるのだが、このパーティの上限人数がまず6人だ。

 

 とはいえ、べつにダンジョン自体に上限人数は無いので、7人目以降もパーティと一緒にダンジョンに潜ることはできる。しかし、パーティメンバーがモンスターを倒しても、ギフトの成長の促進という恩恵があるのはパーティとして登録した6人までで、7人目以降はなんの恩恵も無い。

 

 パーティメンバーの誰よりも戦闘で活躍したとしても、パーティメンバーの中になにもしていない奴がいたとしても、7人目以降は恩恵に与れない。

 

 ちょっと納得いかないものを感じるが、それがダンジョンのルールなのだから仕方がない。

 

 そのため、多くの冒険者パーティは、6人編成だ。たまに5人のところがあるくらいか。

 

 いきなりパーティメンバーを追放するなんて、普通じゃ考えられない暴挙だが、オレをパーティから追放したクロヴィスたちの考えも分からなくもない。6人という限られた人数で、よりパーティの質を高めるために、不要になったオレを追放して、新たな戦力をパーティメンバーに加えようというのだろう。

 

 まぁ、いきなりこれまで苦楽を共にしてきたパーティメンバーの追放する冒険者パーティなんて、怖くて誰も命を預けられないだろうがな。あのバカどもは、常識ってものを分かっちゃいない。

 

「大丈夫よ! ウチ、5人パーティだから!」

 

 クロエが更にグイッと笑顔で顔を寄せてくる。その眩しい笑顔に、オレの暗くなりかけてた心に、まるで一条の光が射した気分だ。

 

「そりゃちょうどいいが……なんで5人なんだ? いいメンバーが見つからなかったか?」

「えっ? あ、うん。ま、まぁそんなとこ……かな。それより! ほんとにウチに入ってくれるの? 言っちゃあれだけど、あたしたちまだ初心者よ? アベル叔父さんならもっといいところがあったんじゃないの?」

 

 そう言われて、チラリとシヤにクランに誘われていたことを思い出したが、オレはクロエに首を横に振ってみせる。

 

「いいんだよ。オレのことなんて気にするな。使えるものは便利に使っておけって」

 

 オレは、べつに稼ぎやギフトの成長が目当てで冒険するわけじゃない。クロエを護るために冒険するのだ。他のことなんて二の次三の次である。

 

「それよりも、クロエはいいのか? 叔父さんがパーティメンバーになっ……」

「いいわよ! いいに決まってるじゃないっ!」

 

 クロエがオレの言葉を遮って、噛み付くような勢いで答える。クロエはオレがパーティに入ることを認めてくれるようだ。ありがたい。しかし、一番の難関がまだ残っている。

 

「クロエはよくても、他のパーティメンバーはどうだ? こんなおっさんがパーティに入るのなんて嫌じゃないか?」

「大丈夫よ! きっと!」

 

 クロエは自信満々に答えるが、オレには不安しかない。クロエのパーティメンバーを遠目から見たことがあるが、皆成人直後ぐらいの若い女だった。オレは若い女の子たちに歓迎されるような、スマートなかっこいい男ではない。そうじゃなくても、若い女の子の中におっさん一人だ。明らかに浮いている。異性がパーティメンバーになるのを嫌がる子も居るだろう。正直、不安しかない。

 

「そうは言うがな……やっぱり直接メンバーに話して了解を取った方がいいと思うぞ?」

「そうね。分かったわ!」

 

 クロエはテーブルの上から身を起こすと、スカートを翻して玄関へと走っていく。思いついたらすぐ行動のクロエらしい決断の早さだ。さっそくメンバーに確認に行くつもりだろう。



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辞めるか?

「オレのことは7人目でも、単なる荷物持ちみたいな扱いでもいいからな」

 

 オレは、クロエと手をつないで歩きながら、それだけクロエに伝える。オレの目的はあくまでクロエを護ること。べつに無理してまでパーティメンバーにならなくてもいい。

 

 オレの左手に伝わる小さな温かさと柔らかさに、オレはクロエを護ることを再度心に固く誓う。

 

 クロエたちはまだ初心者のパーティだ。たぶんマジックバッグを持っていないだろう。オレの【収納】のギフトでも役に立てるはずだ。そのあたりから説得すれば、最悪でも7人目としてクロエたちのパーティに付いていく許可くらい貰えるだろう。

 

「そんなことさせないわ。叔父さんならきっと大丈夫よっ! まっかしといてー!」

 

 クロエがオレの手を握り返しながら、ニッコニコの笑顔で答える。なんだか嬉しくて堪らないような笑顔だ。なにかいいことでもあったのか?

 

 超ご機嫌状態のクロエを見ていると、オレまで心がウキウキしてくる。なんでも買ってあげたい気分だ。例えば、服なんてどうだろう? 今、クロエが着ているのは、お世辞にも良い服とは言えない。姉貴の収入を思えば仕方がないのだが、ここはオレの出番ではないだろうか?

 

 あぁ、クロエをお姫様のように飾り立てたいッ!

 

 今思えば、オレがクロエに贈ったことのある服なんて、冒険者用の装備くらいしかない。なぜ、オレは今までクロエに服を贈ったことがないのだ。過去の自分を張り倒したいッ!

 

 いや、待てよ。ここはいったん冷静になろう。クロエにだって服の好みはあるだろう。下手な服をプレゼントして、気に入ってもらえなかったら悲しい。

 

 クロエは優しい子だ。きっとなにをプレゼントしても表面上は喜んでくれると思うが、できれば、クロエが望んでいる物をプレゼントしたい。

 

 実際に店に行ってクロエに選ばせるというのも手ではある。これならハズレはないだろう。しかし、サプライズプレゼントとして贈ってクロエを喜ばせたいという思いもある。

 

「ふむ……」

 

 悩ましいな。どうするのが正解だ?

 

 最初はクロエと買い物に行って、クロエの好みを分析するところから始めるのがいいだろうか。年頃の女の子の好みなんて、オレに理解しきれるかどうか……。やれやれ、サプライズプレゼントまでの道のりは遠いな。

 

 そんなことを考えながら、クロエに手を引かれて歩くという至福の時間を味わっていると、行く先にそこそこ大きな商会が見えてくる。ドア口に掲げられた看板には、小麦が描かれていた。大手には及ばないが、中規模のシェアを誇る小麦問屋、リオン商会だ。

 

 クロエとパーティを組んでいる者は、一応裏が無いか調べ済みだ。ここリオン商会の商会長の娘がクロエのパーティに所属しているのも知っている。まずは、ここから紹介してくれるらしい。

 

「叔父さん、こっちよ」

 

 クロエに誘われるように店に入ると、焼き立てのパンの香りが漂ってきた。リオン商会は、パンの販売もしているのだ。

 

「いらっしゃいませ」

 

 カウンターテーブルの向こう、白いお仕着せを着た中年の男が、笑顔を浮かべてオレたちを迎えいれた。クロエは小さくお辞儀をすると、男に向かって歩いていく。

 

「あのー、すみません。あたし、クロエって言います。エル……。エレオノールを読んでもらってもいいですか? 紹介したい人が居るんです」

「承知いたしました。お先に応接間にご案内いたしますね」

「お願いします」

 

 中年の男と会話するクロエの姿を見て、オレは感動に打ち震えていた。あの人見知りだったクロエが、堂々と年上の男と会話している。クロエの成長に乾杯したい気分だ。

 

 思えば、成人してからクロエはめっきりと大人になったな。ちゃんと自分の意志を持って行動するようになった気がする。自分が成人したという自覚がそうさせるのだろうか?

 

「いきましょ」

「あぁ」

 

 クロエに促されて、先導する男の後に続いて店の奥に歩いていく。店の中は人の気配がたくさんあり、活気があった。なかなか賑わっているようだな。

 

「こちらでもうしばらくお待ちください」

 

 応接間に案内されると、すぐにお茶と菓子が用意され、くつろぐことができた。クロエも慣れているのか、優雅にお茶を楽しんでいる。

 

 リオン商会。こちらも一応軽く調べてみたが、裏で悪い奴らとつるんでいるわけでもないし、周囲の評判も上々な商会だった。ひとまずは、クロエの友人の実家としては合格だ。

 

「クロエ、どうだ冒険者生活は? 順調か?」

「うぅーん……」

 

 オレの問いかけに、クロエは難しい顔を浮かべてみせる。なにか問題があるのだろうか?

 

 オレの不安そうな顔に気が付いたのだろう。クロエは笑顔を浮かべて顔の前で手を振った。

 

「違うの。なかなか思い通りにならなくて落ち込んでただけ。あたしもはやく叔父さんみたいに高レベルダンジョンを攻略したいのに、今のあたしたちは、低レベルダンジョンを攻略するのもやっと。なーんか、理想と現実のギャップ? それを感じているの」

「どうする? 冒険者なんて辞めちまうか?」

 

 オレはクロエが冒険者を諦めるなら、それでいいと思っている。むしろ、そうであってほしい。かわいい姪が、冒険者なんて死と隣り合わせの危険な職に就いているなんて心配で仕方がない。辞めてくれるなら万々歳だ。



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エレオノール

「辞めない」

 

 オレの問いかけに、クロエは真剣な表情を浮かべて言い切った。この顔は覚えのある顔だ。オレと姉貴がどれだけ説得しようと、頑なに首を縦に振らなかったクロエの顔だ。

 

 こりゃなにを言ってもダメだな……。

 

「そうか……」

 

 オレはそれ以上言葉を繋げられず、黙り込むしかなかった。オレとクロエの間に静かな時間が流れる。

 

 コンコンコンッ!

 

 沈黙を破るように、ノックの音が飛び込んできた。

 

「どうぞ」

 

 クロエの言葉に、応接間のドアがゆっくりと開かれる。現れたのは、まさにお姫様といった感じの少女だった。

 

「エルッ!」

 

 クロエが勢いよくソファーから立ち上がり、部屋に入って来た少女を出迎える。オレの一応立っておくか。これから命を懸け合う関係になるかもしれないからな。第一印象くらいは良いものにしたい。

 

「紹介するわ。こっちが、エレオノール。で、こっちがアベル叔父さん。あたしの叔父さんよ」

 

 クロエの雑な紹介に苦笑しながら、オレは軽く頭を下げて少女に挨拶する。

 

「アベルだ」

「はぁい。わたくしがエレオノールですぅ。アベル様、よろしくお願い致しますねぇ」

 

 ちょこんと紺のロングスカートを摘まんで、ゆったりとカーテシーを披露するエレオノールに、右手を伸ばす。

 

 間延びした声がそうさせるのか、なんだかゆったりした落ち着きのある少女だ。緩くウェーブのかかった豊かな金髪、博愛の情を感じさせる優し気な垂れ目の青い瞳。エレオノールから差し出された手は、オレなんかが触れていいのかと思うほど細く柔らかい。エレオノールの手の感触に、オレも慎重に手を握り返す。そんなことはないと分かっているが、下手したら壊れてしまいそうで怖い。しかし、でかいな……。

 

 どこがとは言わないし、視線も向けたりしないが、その存在感は圧倒的だ。高価そうな白のブラウスを押し上げて、窮屈そうにしているのが視界の端に映る。正直、視線がそちらに行かないようにするのに精一杯だった。

 

 今はクロエの前だからな。紳士なオレでありたい。

 

「それで、今日はクロエの叔父様を紹介してくださるのですか?」

 

 エレオノールが、こてんと首を横に傾げ、クロエに問いかける。そんな姿もとても優雅だ。今時の下級貴族なんかより、よっぽど上品だろう。

 

 こんな優雅な所作を身に着けたクロエを見てみたい強い衝動に駆られる。きっとかわいいに違いない。クロエから「叔父様」なんて呼ばれた日には、昇天してしまうかもしれないな。

 

 だが、オレは自らの衝動を抑え込む。どんな格好や所作をしていようと、クロエが一番かわいいのだ。オレの欲望で歪ませることなど許されない。クロエにはのびのびと育ってほしい。

 

「そうそう。それでね、エル。叔父さんに『五花の夢』に入ってもらおうと思っているんだけど……賛成してくれる?」

「まあ!」

 

 クロエの問いかけに、エレオノールが口に手を当てて驚いてみせる。そうだよな。少女たちだけのパーティに、オレみたいなおじさんが入れようなんて、驚くに決まっている。

 

 できれば、承認してほしいところだが……難しそうだな。

 

 クロエにとっては慣れ親しんだ親族だろうが、他の少女たちにとっては赤の他人だ。信頼などあるわけがない。そして、ダンジョンという命を懸けた危険地帯に潜るというのに、信頼できない者を連れて行くのはリスクがあり過ぎる。

 

 オレは諦観にも似た気持ちでエレオノールの姿を見る。この少女の信頼を勝ち取るためには、時間が必要だ。いきなりこんなことを言われても困るだけだろう。

 

 しかし、エレオノールは、オレの予想に反して柔らかな笑みを浮かべてみせた。

 

「ふふふっ。もちろん構いませんわ」

「は?」

 

 まさかのエレオノールの快諾に、オレの方が困惑してしまう。

 

「ありがとう、エル!」

「あらぁ」

 

 クロエがエレオノールに抱き付き、その大きな胸に顔を埋めた。エレオノールは、クロエを優しく抱き留めて、クロエの耳元でなにかを囁いたのが見えた。

 

 エレオノールがなにを言ったのかは分からないが、エレオノールの言葉を聞いたクロエは顔を軽く上気させる。照れているのか?

 

「もう、そんなんじゃないったら。もー」

 

 顔を赤らめてエレオノールの胸をぽふぽふと叩くクロエ。その姿は、オレにはまるで恋人同士ように親しそうに見えた。もしかしたらクロエはエレオノールと良い仲なのだろうか?

 

 独身のオレには、恋人たちの機微など詳しくないが、同性同士の恋人というのも珍しいがないわけじゃないことを知っている。仮にクロエがそうだとしても、オレは変わらずクロエをかわいがる覚悟だ。オレのクロエへの愛に果てなど無い。

 

「まったく……。でも、エルが同意してくれよかったわ」

 

 クロエがエレオノールから離れて問うと、エレオノールは柔らかい笑みを浮かべて答える。

 

「わたくしはもちろん賛成いたしますけど、他の方はいかがでしたか?」

 

 エレオノールの言葉に、クロエが腕を組んで難しい顔を浮かべてみせた。

 

「まだエルしか教えてないの。他のメンバーには今から話に行くけど、エルはどうする?」

「もちろん、ご一緒させていただきますわ。わたくしも微力ながら協力いたします」

「ありがとう!」



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ボロ

 オレのような赤の他人のおじさんがパーティに入ることをなぜか快諾するエレオノール。彼女の狙いが分からないな。

 

 クロエの所属する冒険者パーティ『五花の夢』は、同じ年頃の少女五人で結成されたパーティだ。オレのようなおじさんは、間違いなく異分子だろう。見た目からも明らかだし、話が合うとも思えない。

 

 実際、オレに年頃の女の子の心の機微などまったく分からない自信がある。客観的に見て、上手くいくとは思えないのだが、どうして快諾してくれたんだ?

 

「………」

 

 クロエとじゃれるエレオノールを見ながら、オレは結局エレオノールに疑問をぶつけられなかった。

 

 なぜかは分からないが、せっかく快諾してくれたのだ。オレが話を蒸し返して、やっぱり反対するなんて言われたらかなわない。ここは沈黙を選ぼう。エルフの連中で言うところの沈黙は金ってやつだ。

 

「じゃあ、さっそくイザベルたちの所に行きましょう?」

「馬車を用意させましょうか?」

「いいわ、近くだもの。歩いていきましょ。ほら、叔父さんも早くー」

「ああ」

 

 エレオノールと並んで仲良さそうに歩くクロエに返事をしながら、オレはクロエたちの後を追うように歩き始める。

 

「それでねー……」

「まあ! そんなことが……」

 

 オレは少女たちの語らいを邪魔するほど野暮じゃない。まぁ、話に入れるとも思わんしな。少し離れて後ろから付いていく。

 

 クロエたちの足は、リオン商会を出ると、大通りから外れ、裏路地へと進んでいく。治安が悪いとは言わないが、どこか寂れた感じがする。主に低所得者の多く住む地区だ。

 

 おそらく、他の仲間はこの地区に住んでいるのだろう。寂れた雰囲気を破る少女たちの黄色い声は、なんとも場違いのような気がする。

 

「うぃーっく……」

 

 前方から、朝から酒瓶を持ったみすぼらしい格好をした男が歩いてくるのが見えた。ただの酔っ払いだろうが、一応威嚇しておくか。クロエたちに絡まれたりしたら、殺してしまいかねない。

 

 オレは全力でふらふらあるく酔っ払いの男を睨みつける。すると、男はビクリッと体を震わせ、きょろきょろとあたりを見渡す。

 

「ひぃっ」

 

 そして、オレの姿に気が付くと、軽く悲鳴を上げてよろよろと後ろ歩きを始めた。

 

「あっ」

 

 酔った体で後ろ歩きなんてしたからだろう。男の体が後ろに倒れ、大きく尻もちをつく。

 

「ん?」

「あら?」

 

 さすがに目の前に人が倒れたら気になるのか、クロエとエレオノールの視線が倒れた男に向かう。クロエの視線をその薄汚い格好で奪うとは……許せんッ!

 

「ひやぁああああああああ!」

 

 オレの本気の殺意を本能的に感じたのか、男が急いで立ち上がると、向こうに走っていく。

 

「ふんっ」

 

 オレは腰に佩いた剣の柄から手を離すと、小さく鼻を鳴らす。あんな格好でクロエの前に出るなど、万死に値する。クロエに悪影響があったらどうしてくれるのだ。

 

「なんだったのかしら?」

「さあ?」

 

 クロエたちは、突然転んで走り去った男が不思議なのか、疑問の声を上げていた。これ以上あの男のことを考えるなんて、無意味どころか有害ですらある。オレはクロエの気を引き戻すために口を開く。

 

「クロエ、仲間の家はまだか?」

「え? うん。あとちょっと。こっちよ」

 

 クロエたちに誘われて辿り着いたのは、古いボロボロのアパートだった。外から見るだけでも、屋根や壁が剥がれ、今にも朽ちてしまいそうに見える。こんな所にクロエのパーティメンバーが?

 

「これはまた……」

 

 姉貴の家も古いが、さすがにここまでひどくはない。こんな所に住んでいるのだ。よほど金銭的に苦しい生活をしているのだろう。

 

「貧しさから、冒険者へ……か」

 

 毎年、食うに困って冒険者になる奴が一定数居るのは知っていたが……。そういう奴らは、装備の準備ができず、長い間低級ダンジョンをさまようことになる。食っていくのがやっとで、いつまでもろくな装備が準備できず、中級ダンジョンに挑戦することもできない。

 

 そして、そんな状態から抜け出そうと無理をしてダンジョン攻略に乗り出し、死んでいくのだ。命は助かったが、深手を負って飢え死にになるケースもある。華々しい冒険者の活躍の裏にある冒険者の負の面である。

 

「ふむ……」

 

 どうするべきかな。クロエが将来性の無い奴らとつるんでいる状況をオレはどうするべきだろうか。クロエから引き離してしまいたいが、それをクロエが素直に了承するかが問題だ。

 

 冒険者のパーティとは、命を預け合う友だちよりも深い関係だ。

 

 将来性が無いからとクロエを説得したところで、クロエが頷いてくれるかどうか……。クロエには頑固な一面があるからな……。まぁ、そんなところもかわいいんだが。まったく、厄介なことになったな。

 

「こっちよ」

 

 そんなオレの心配など気付かず、クロエはニコニコとボロアパートに入っていく。仲間をオレに紹介できるのが嬉しいのだろうか?

 

「はぁ……」

 

 まぁ、まずは会ってからだな。会って見極めないといけない。クロエの害となる奴かどうかを。

 

 オレは自分にそう言い聞かせてボロアパートへと足を踏み出した。

 

 クロエを説得する言葉を考えながら……。



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ジゼル

 コンコンコンッ!

 

 強く叩くと壊れてしまいそうなほどボロボロなドアをクロエは遠慮なく叩く。意外としっかりしているのか、装飾も無いタダの木の板のようなドアは、硬い音を響かせた。

 

「はーいー」

 

 中からまだ年若い少女の声が聞こえてくる。どうやら、本当にこんなボロアパートに住んでいるようだ。由々しき事態だな。クロエに友だちを選ぶように言いたくはないが、ここの住人とは関係を見つめ直さなくてはならないだろう。

 

「だれー?」

 

 目の前のドアが開くと、小柄な人影が現れる。

 

「やっほージゼル」

「こんにちは、ジゼル」

「おぉー! クロクロにエルエルじゃん! やっほー!」

 

 姿を現したのは、クロエよりも小さい少女だった。燃えるような赤い髪のポニーテール。大きな緑の瞳がキラリと意志の強そうな光を放っている。非常に活発な印象を受けた。

 

 ジゼルの服は、少しきつそうなくらいのパツパツのミニスカートワンピース姿だ。言っちゃなんだが、小さい服を無理やり着てる感じだな。ワンピースにも繕った跡があるし、財政的に苦労しているのが分かる。なぜか、腰にベルトを巻いて剣を佩いているが、その剣も安物だ。

 

 剣を佩いているのは予想外だったな。剣は安いものでもけっこうな金が必要になる。こんな所に住んでいる少女が持っているのは、少し予想外だった。

 

「およ? そっちのおじさんだれー?」

 

 ジゼルと呼ばれた少女が、緑の瞳を大きく開いてオレを見つめる。見ているだけで好奇心の大きさを感じさせるワクワクした雰囲気を感じる瞳だった。

 

「ジゼル、こっちはアベル叔父さん。あたしの叔父さんよ。叔父さん、こっちはジゼル」

 

 もうちょっと説明があってもいいのだがな。

 

 オレはクロエの紹介に苦笑いをかみ殺して笑顔を浮かべる。

 

「アベルだ」

「あーしがジゼルだよっ! よろしくね、アベるんっ!」

「ほぅ」

 

 まさか会って一発目であだ名呼びしてくるとは思わなかった。このジゼルという少女、面白いな。

 

「よろしく、ジゼル」

 

 オレはジゼルに右手を伸ばすと、ジゼルは躊躇うことなくオレの手を取って握手した。やはり気が強い女の子だ。

 

 オレは握手をしたままジゼルと見つめ合う。ジゼルはオレから目を逸らさない。やはりこの少女、気が強いようだ。剣を佩いているのだから、おそらく剣で戦うのだろう。前衛には、これぐらい気の強い奴の方がいい。

 

 この少女は伸びるな。

 

 そんな直感を感じていると、オレとジゼルの握り合った手に、軽く手刀が落とされる。

 

「もうっ! 2人ともなに見つめ合ってるのよ! ほらっ! 離した離した!」

 

 クロエが、オレとジゼルの間に入るようにして割って入ったのだ。

 

「なーにクロクロ、妬いてるのー?」

「そんなんじゃないったら! もうっ!」

 

 ジゼルのからかうような声に、クロエがふんすっ! と鼻息荒く言い返す。クロエも本気で怒っているわけではない。ただの少女同士の戯れだろう。怒った顔のクロエもかわいい。

 

「もう、ジゼルったら」

 

 軽く息を吐いて、クロエの怒り顔が微笑みに変わる。少なくとも、このジゼルという少女とは冗談を言い合えるほど仲が良いことが分かった。これは、引き離すのは難しそうだな。無理をすれば、クロエに嫌われてしまう。そんなことは耐えられない。

 

「さて、どうするか……」

 

 オレは小さな呟きを口の中で転がし、思案にふける。クロエが離れたくないのなら、無理に引き離すのは難しい。別の手段が必要だ。

 

「手が無いわけではないが……」

 

 オレの期待に応えてくれるかどうかが疑問だが、いくつか手段を考えておこう。

 

「イザベルとリディはどうしたのでしょう? 外出中ですか?」

「そだよー。王都の外にお出かけしてるー」

 

 エレオノールの問いかけに、ジゼルはなぜかつま先立ちをして、くるりと一回転して答える。軸のブレがない綺麗な一回転だ。体幹の強さが分かる。しかし、このジゼルという少女、頭は大丈夫だろうか? なぜ回ったんだ?

 

「いつ頃帰ってくるのか聞いていませんか?」

「聞いてないなー。たぶん、夜には帰ってくるだろうけどー」

 

 察するに、このボロアパートに三人で暮らしているのだろう。そして、同居人の二人が外出中のようだ。いつ戻ってくるかは不明。

 

 この狭いボロアパートに三人で暮らしているとは……。よほど金銭的に苦労していると思われる。

 

 ジゼルには磨けば光るものを感じたが、残り二人はどうだろうか?

 

 できれば、オレの期待以上の資質を持っていてほしいものだ。

 

「どうするクロエ? また明日にするか?」

 

 パーティメンバーとの顔合わせは明日に持ち越すか。クロエに訊いてみる。

 

「うーん……。できれば早い方がいいのよねー。ジゼル、イザベルたちの居場所は分かる?」

「うんっ。たぶんあそこだと思うよー」

「じゃあ、迎えに行きましょ! ジゼル、案内頼める?」

「りょっ!」

 

 ジゼルが笑顔でクロエの問いに、手を胸にあてて兵士の敬礼を真似してみせる。なんとも軽い調子の少女だが、大丈夫だろうか?

 

「んじゃ、いこいこ。善は急げってねー」

 

 オレたちはジゼルに導かれるようにボロアパートを後にした。



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ヤバい

「たぶん、こっちのほー! 精霊とお話してるんだってー」

 

 ジゼルに連れてこられたのは、王都の北に広がる草原だった。王都の北門を抜けたオレたちは、王都の外に築かれた露店街を通り抜け、ここまでやってきていた。

 

 時たま草原を走り抜ける風が、草花を波のように揺らし、歩いて火照った体を冷やしていく。胸いっぱい呼吸すると、濃い緑の匂いと土の匂いにむせ返りそうになるほどだ。

 

「風が気持ちいい」

 

 クロエが風に攫われた黒髪を手で押さえ、気持ちよさそうに穏やかな表情を浮かべていた。少女が大人への階段を上る今しかない貴重な過渡期。まるで絵になるような美しさだ。むしろ、絵にして宿に飾っておきたい。いつでもクロエの姿を見れるなんて最高過ぎるだろう? 今度、絵師を連れてきて、クロエを描かせよう。

 

 オレはそう心に強く誓う。むしろ、なぜ今まで思いつかなかったのか不思議なほどだ。可憐なクロエの一瞬を絵にして閉じ込める。それはとても素晴らしいことに思えた。

 

「ぐっ……」

 

 チクショウッ! なぜオレは今までクロエを見るだけで満足していたんだッ! 絵として残しておけば、クロエの成長を感じられるだけではなく、今はもう過ぎ去ってしまった幼いクロエとももう一度会えたというのにッ!

 

 自分の愚かしさに眩暈さえしてくる。オレは片手で顔を覆って、過去の己を悔いた。

 

 しかし、とても残酷なことだが、時の流れを戻すことは誰にもできない。神にさえ不可能だ。今のオレにできるのは、未来に目を向けること。それだけだ。

 

「よしっ!」

 

 オレは後悔を捨て前を見る。過去を悔やんでも仕方がない。今からでもできることをしなければ……!

 

「えー……。急に苦しそうにしたり、急に立ち直ったり、アベるんってばどうしたの? 頭の病気?」

「たまにこうなるの。気にしないで……」

「いったいどうしたのでしょうか……?」

「まぁいいや。あーしちょっと周り見てくるねー」

 

 ジゼルが失礼なことを言うが、努めて無視する。今、オレは重大な岐路に立っているのだ。

 

「今からでも、遅くはないか……?」

「な、なに……?」

 

 オレは見つめられて恥ずかしそうに顔を少し赤らめているクロエを見つめ続ける。上目遣いでオレを見てくるクロエの破壊力に目を離せなくなっていたのだ。あぁ……このクロエの表情も絵にして留めてしまいたいッ!

 

 問題は山ほどある。絵師の伝手も無いし、絵の相場も知らない。しかし、一番の問題は、クロエが許してくれるかどうかだろう。オレはクロエに意に反して嫌われたくはない。もし、クロエが反対するなら、泣く泣くクロエ絵画化計画を止めるつもりだ。

 

 まずはクロエに訊いてみよう。全てはそれからだ。

 

「クロエ……」

「ちょっ!? マジッ!? マジヤバいって!」

 

 オレがクロエに問いかけようとしたその瞬間、ジゼルの大声がオレの言葉を掻き消した。なんなんだ、あの女はッ! オレがどんな気持ちでクロエに声をかけたと……ッ!

 

 思わず、振り返ってジゼルを睨むと、ジゼルはオレの視線にも気付かないほど慌てていた。その顔は焦燥感に埋め尽くされ、悲壮感さえ滲ませている。なにかよくないことが起こったのだと瞬時に理解させられた。

 

「何があった?」

「ヤバい! ヤバいってマジで!」

 

 問いかけるオレに帰ってきたのは、ジゼルの中身がなにもない叫びだった。緊急事態というのは分かるが、それ以外の情報が欠落している。これでは、何をすればいいのか、どう対処すればいいのかが分からない。初心者冒険者に多い失敗だ。これは報連相の大事さから教育せねばなるまい。

 

 オレはジゼルに駆け寄ると、その細い両肩に手を置いて、軽く前後に揺らした。ジゼルの頭が前後に揺れ、その緑の瞳がオレの顔を映す。

 

 ジゼルの目の焦点が合ったのを確認したオレは、敢えて落ち着いた口調でジゼルに尋ねる。

 

「落ち着け、ジゼル。いったい何があった?」

「あ……」

 

 ジゼルの強張った表情が少しだけ緩み、その大きな目の端には涙の粒が浮かぶ。

 

「ジゼル、何があった? お前はどうしてほしんだ?」

 

 早く内容を喋れと怒鳴りたい気持ちを抑え、オレはゆっくりとジゼルに問いかける。パニックになった奴に怒鳴ったって無駄だ。まずは落ち着くように誘導しなければならない。

 

 ジゼルの緑の瞳に理性の光が戻るのが見えた。

 

「助けてほしいッ! ベルベルとリディたんを助けてッ!」

 

 ジゼルの言葉に、クロエとエレオノールが身を固くするのが見えた。共通の知り合いか? それとも、紹介すると言っていたパーティメンバーだろうか?

 

「こっち! こっち来て!」

 

 ジゼルがオレの腕を掴むと、グイグイと引っ張っていく。おそらく、口で説明するより、実際に見てもらった方が早いと判断したのだろう。オレはジゼルに手を引かれるまま走り出す。オレたちの後を追って、クロエとエレオノールが駆け出すのが視界の端に映った。

 

 クロエとエレオノールの顔は、共にひどく強張って白い顔をしている。二人にとっても、とても重大な事件が起きているのだと理解する。

 

 なにが起こっているのかは、まだ分からない。クロエに火の粉が降りかからねばいいが……。オレはクロエを護ることを再度己に固く誓った。

 



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ヘヴィークロスボウ

「早く! こっち!」

 

 ジゼルに手を引かれて辿り着いたのは、小高い丘の上だった。頂上に登ると、一気に視界が広がる。

 

 その広がった視界の中に、草原を移動する集団が見えた。ここは街道から外れた場所だ。こんな所を大人数で移動しているとは考えにくい。何者だ?

 

 オレは目を細めて移動する集団を確認すると同時に息を呑む。少女だ。二人の少女が小柄な人影の集団に追われている。身長はオレの腹ぐらいまでの小柄な身体、緑の肌、その図体には似合わないほど大きな耳。ゴブリンだ。ゴブリンの集団に少女たちが追われているッ! なんでこの王都の近くに魔物が居るんだッ!?

 

 まだ距離は離れている。今から助けようとしても間に合うかどうか……。ここはクロエの安全を確保した方がいいか?

 

「なんてことッ!?」

「イザベルッ! リディッ!」

 

 エレオノールとクロエの悲鳴が耳朶を打つ。その瞬間に、オレは駆け出していた。緩やかな丘の下り坂を全速力で下っていく。

 

 クロエの悲痛な叫びに、オレは弾かれたように反応したのだ。

 

 名前を知っているということは、襲われている少女たちはクロエの知り合いなのだろう。もしかしたら、友だちかもしれない。状況を考えれば、あの二人こそ探していた残りのパーティメンバーの可能性が高い。

 

 パーティを組むほど、それだけクロエと深い関係の少女たちかもしれないのだ。

 

 冒険者パーティってのは、伊達や酔狂で組むものじゃない。コイツらになら自分の命を預けられる。時には、自分の命を投げ出せるほどの深い信頼で結ばれている。それが冒険者のパーティだ。

 

 そんな仲間が失われたら、クロエはどう思うだろう?

 

 オレはクロエを護ると誓った。ならば、クロエの心まで護らないのは嘘だッ!

 

「クロエたちは待機してろッ!」

 

 オレはそれだけ叫ぶと、脇目も振らずに疾走する。クロエとエレオノールは武装していない。助けに来られても守るべき対象が増えるだけだ。クロエを危険にはさらせない。

 

 きっとクロエは今頃悔しがっているかもしれない。仲間のピンチに動けないのは、とても苦しいのだ。だが、今は耐えてもらうしかない。クロエが耐えきれなくなる前に、全てを終わらせなくてはッ!

 

「こっちを見ろ! ゴブリンどもッ!」

 

 オレは精いっぱいの大声を張り上げて、少しでもゴブリンの注意を引く。我ながら、慣れないことをしているな。オレは戦闘では役立たずのパーティの荷物持ちでしかない。そんなオレが、多数の野生のゴブリンたち相手に単騎で立ち向かうことになるとは……。

 

 ダンジョンのモンスターと違って、野生の魔物は強さが分からない。オレでは手に負えないような強敵の可能性もある。もしかしたら、オレは犬死かもな。だが、少しでも可能性があるなら、そこに賭けるべきだ。

 

 普段だったら、そんな博打のようなマネをオレはしない。入念に準備したうえで、安全を確保して、その上で負けない戦いをするのがオレだ。

 

 だが、今回はクロエの心が懸かっている。無茶をする理由なんて、それだけで十分だ。

 

 視界の先で、逃げていた背の高い方の少女が転んだのが見えた。最悪だ。

 

 背の低い方の少女が、転んだ少女を守るように手を広げて前に出るが、そんなものはなんの役にも立たないだろう。クソがッ!

 

 少女たちに迫るゴブリンが、剣を振り上げて襲いかかるのが見えた。もう一刻の猶予も無いことは明白だ。

 

 止まってしまった少女たちとオレとの間には、まだ距離がある。その距離は絶望的だ。この距離を埋める手段が……あるッ!

 

「こっち向けコラッ!」

 

 オレは【収納】のギフトを発動した。右手のすぐ傍に現れる真っ黒な空間。まるでそこだけ抉り取られたかのように、見通せないほど真っ暗な闇が姿を現す。

 

 オレはその真っ黒な空間に右手を差し入れた。右手に返ってくる慣れ親しんだ触り心地に満足し、それを取り出す。

 

 大きい。とても巨大なヘヴィークロスボウだ。ツヤ消しを施された真っ黒な機体。まるで猛獣の咢を思わせる純粋な暴力の化身。これこそがオレの相棒だ。野太いボルトが既に装填され、発射準備を完了している。このバケモノは、自らの力の解放の時を静かに待っているのだ。後はトリガーを引くだけで、暴力が形になる。

 

 先にも嘆いたが、オレは戦闘では役立たずのタダの荷物持ちだ。そんなオレが唯一戦闘に参加できる機会。それが、このヘヴィークロスボウだ。

 

 威力だけを追求したため、連射性も扱いやすさも皆無だが、その威力は高レベルダンジョンでも通用することを既に実証済み。オレのもっとも信頼する武器だ。

 

「弾けろッ!」

 

 オレは走りながらヘヴィークロスボウを発射する。

 

 ボウンッ!!!

 

 まるで猛獣の唸り声のような重低音を響かせて、ヘヴィークロスボウに装填されたボルトが吐き出される。

 

 パァンッ!!!

 

 それと同時に起こるのは、汚い花火だ。少女たちに向かって錆の浮いた剣を振りかぶっていたゴブリンの頭が、真っ赤な血飛沫を上げて、まるで内側から爆発したかのように弾けていた。



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二人の少女

 頭部を失ったゴブリン体が、ふらふらと前後に揺れた後、ベシャリと湿った音を立てて地面に倒れた。

 

「GA!?」

「GEGYA!?」

「A!?」

 

 突然、頭部を失って倒れたゴブリンの姿に、後続のゴブリンたちが驚きの叫びを響かせる。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 オレはヘヴィークロスボウを投げ出し、大声を上げてゴブリンの集団へと突撃していく。ウォークライ。戦士たちが戦いに際して上げる雄叫びだ。少しでもゴブリンどもの注意を引くために声を張り上げる。

 

「GOBU!」

「GEHA」

「GOHYA」

 

 ゴブリンどもも、迫るオレの姿に気が付いたようだ。ゴブリンどもの視線がオレに集まるのを感じる。殺気を帯びた鋭い視線だ。だが、オレは足を止めることなく疾走する。ヘヴィークロスボウの一撃が、オレにいろいろなことを教えてくれたのだ。

 

 オレの視線の先に居るゴブリンども。奴らの強さはそこまで高いわけでもない。ヘヴィークロスボウで一撃で屠れたこと、ヘヴィークロスボウの攻撃に反応もできていなかったことが理由だ。ダンジョンで例えるなら、レベル6以下だろう。

 

 オレが肉弾戦で相手にできるのは、レベル4ダンジョンのモンスターまでだ。それ以下の強さであることを切に願う。

 

「起きろ! 走れ! 死にてぇのかッ!」

 

 オレは、未だに倒れ伏している小柄な少女に怒鳴り、逃げるように指示を出す。しかし、二人の少女は動こうともしない。オドオドとしているだけだ。なにをしているんだ!? 本気で死にたいのか!?

 

「クソがッ!」

 

 オレがゴブリンどもの注意を引いた今こそが少女たちの逃げる最高のタイミングなのだ。その黄金よりも貴重な時間が無為に消費されることに怒りを覚える。

 

 最悪だな。オレは二人の少女を守りながらゴブリンどもと戦わなくてはならないらしい。

 

 視界の先に見えるゴブリンの数は八体。五体が剣や棍棒を装備したゴブリンウォーリア。残りの三体が、弓を持ったゴブリンアーチャーだ。

 

 ゴブリンアーチャーどもが、オレを狙って弓を引く姿が見えた。クソッタレ!

 

 オレはゴブリンアーチャーどもを注視しながら、更に足を速めた。

 

 ブンッ! ブンッ! ブンッ!

 

 軽い空気を切り裂く音が三度響く。ゴブリンアーチャーどもが矢を発射した音だ。弦の鳴る音が耳に届いた瞬間、オレの目は迫る三本の矢を視認する。

 

 意外に思うかもしれないが、矢ってのは横から見ると目で追えないほどの高速だが、縦から見ると、意外と視認できる。オレは迫る三本の矢の軌道を瞬時に把握すると、左にサイドステップを踏む。

 

 ザリリッ!

 

 左に飛ぶべく、オレは右脚に力を籠める。右のブーツの底で草を踏み潰し、土が弾ける感覚が足に返ってくる。

 

「ふっ!」

 

 グッと体に左向きの力がかかり、オレの体が左へと流れる。

 

 ヒュゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウ!

 

 ゴブリンアーチャーの放った矢が、鋭い飛翔音を響かせながら、オレの顔のすぐ傍を通過する。欠けて錆の浮いた鏃の貧相な矢。こんなのでも当たり所が悪ければ死ぬ。下にチェインメイルを着ているとはいえ、チェインメイルは矢や突きに弱いからな。

 

「あぁああああああああああああああああああ!」

 

 オレは再度ウォークライを上げて、ゴブリンどもへと突撃する。コイツらの視線を少女たちに戻すことはできない。

 

「GYAGYA!?」

「GOBU!?」

 

 オレが矢を避けたのがそんなに驚愕することなのか、ゴブリンどもがどよめくのが見えた。この隙を見逃すわけにはいかない。

 

 オレは進路をやや左に向け、ゴブリンどもを横目に少女たちとゴブリンとの間に割って入る。チラリと二人の少女たちを見れば、転んだままの黒髪の少女が、背を丸めて右の足首を押さえていた。足でもくじいたのか。どおりで走って逃げないわけだ。クソッタレッ!

 

「ぐ……ぅ……」

「あ……?」

 

 草の上に倒れ伏した黒髪の少女苦しそうに喘ぐ。そして、もう一人の小柄な銀髪の少女は、先程まで放心していたのか、たった今オレの存在に気が付いた様子だ。なんとも頼りない。

 

 二人の少女は、親子ほど体格が違う。小柄な銀髪の少女に黒髪の少女を運んで逃げさせるのは、厳しそうだ。

 

 オレは無言で収納空間を展開すると、左手で素早く目的の物を取り出すと、つっ立ったままの銀髪の少女に投げて渡した。

 

「回復薬だ。お前も教会の人間なら心得くらいあるだろ!」

「……ッ! おねッ! おね、さま……」

 

 数瞬経ってオレの言葉を理解したのか、銀髪の少女が弾かれたように動き出す。その様子を尻目に、オレは目の前のゴブリンどもを睥睨した。

 

「GA……」

「GOBU……」

 

 ゴブリンどもは、オレに気圧されたように遠巻きにオレを見る。突然、仲間のゴブリンの頭が弾けてオレが現れたからな。警戒しているのかもしれない。

 

「………」

 

 常には無い睨み合いに、オレも緊張が走った。ダンジョンのモンスターは、彼我の実力差を考えずに襲ってくるからな。睨み合いなんて発生しない。

 

 どちらが先に動くのか……。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

こんにちは(=゚ω゚)ノ

作者のくーねるでぶるです。

お読みいただきありがとうございます。

よろしければお気に入り、評価していただけると嬉しいです。

どうか、皆さまの評価を教えてください。



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【収納】

「うらぁあああああああああああ!」

 

 ゴブリンどもとの睨み合いの末、先に動いたのはオレだった。オレとしては、このまま時間を稼いで少女たちの治療の時間を作りたかったが、そんな悠長な話はゴブリンアーチャーたちに許されなかった。

 

 オレがゴブリンウォーリアと睨み合っている間に、ゴブリンアーチャーが次の矢の準備をしていたのだ。

 

 このまま睨み合っていれば、ゴブリンアーチャーにいいように撃たれるだけだろう。オレから動かざるをえなかった。

 

「極光の担い手よッ!」

 

 オレは目を瞑ると、剣先を地面に突き立てる。すると、目を瞑っても尚、視界が真っ白に塗りつぶされ、目の奥が焼けるような痛みを感じた。宝具の発動に成功したのだ。

 

 宝具《極光の担い手》。オレの持つ闇を切り取ったかのような漆黒の長剣は、ダンジョンで見つかる不思議な力を持つ道具。宝具だ。

 

 その効果は、今まで吸収した光を放出すること。強く、一気に放出すれば、強い光の閃光で、上手くすれば敵の目を焼き潰すことができる。戦えないオレのいざという時のお守りだ。今回の戦闘でのオレの切り札になる。

 

「GYAAAAAAAAAAAA!?」

「BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?」

「HUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」

 

 ゴブリンどもの悲鳴に、オレは成功を確信して目を開く。薄く霧のかかったような白濁の視界の中、ゴブリンウォーリアどもが目を押さえて剣や棍棒を闇雲に振っているのが見えた。

 

 急に視界を奪われ、目の痛みに襲われたのだ。混乱しているのだろう。

 

 オレは、混乱の乗じて、静かにゴブリンへと詰め寄った。

 

「ふんっ!」

「ッ!?」

 

 オレは、剣を振り回すゴブリンウォーリアに近づくと、一刀のもとに首を刎ねる。大きな耳の付いたゴブリンの首が、まるでおもちゃのように飛び、残された体からは血が噴き出す。白濁した視界の中でも鮮明な赤。まずは一体。

 

 斬り捨てたゴブリンウォーリアに構わず、オレは更に前へと駆ける。ゴブリンウォーリアどもは目を潰されて混乱している。しばらくは放っておいてもいいだろう。

 

「GEGYA!?」

 

 しかし、ゴブリンアーチャーどもを早く処理しなくてはならない。三体のゴブリンアーチャーの内、一体は目を潰すことに成功したようだが、残り二体のゴブリンアーチャーが健在だ。

 

 きっとゴブリンウォーリアが盾になって、閃光を受けなかったのだろう。この二体は素早く潰す必要がある。

 

「GEGYA!」

「GYAGYA!」

 

 混乱して弓をブンブン振っているゴブリンアーチャーの横、二体のゴブリンアーチャーが弓に矢をつがえ、オレを狙うのが分かった。

 

 ゴブリンアーチャーとの距離は、残り五歩ほど。先手を許すことになりそうだ。オレに、この距離で矢を二本避けるなどできない。オレにできるのは、下に着込んだチェインメイルの防御力を信じて最短距離を走ることだけだ。

 

 オレは覚悟を決めて足を踏み出す。残り四歩。

 

 その時だった――――。

 

「GYAGYAGYA!」

「KEKYAKYAKYAKYA!」

 

 オレから見て右奥に居るゴブリンアーチャーの弓が、オレから狙いを逸らす。オレは瞬時に理解した。少女たちが狙われているッ!?

 

 ゴブリンってのは悪知恵が働くなんて、耳にタコができるほどよく聞く話だが、まさか、ここにきてそれかよッ!?

 

 ゴブリンアーチャーの狙いは、少女たちを狙うことで、オレの侵攻を止めようとしているのだろう。オレが少女たちを庇うために足を止めて身を挺することを狙ったのだろう。

 

 だが、それはお互いにとって最悪のタイミングだった。

 

 足を踏み出したばかりのオレには方向転換など今更できない。したくてもできない。ゴブリンアーチャーの目論見は叶わず、オレは少女たちを守ることができず、お互い最悪の結果しか待ち受けていない。

 

「クソがぁああああああああああああああああああ!」

 

 なにか手は無いか。だが、有効な手など瞬時に浮かぶはずもない。オレには収納空間を限界まで広げてゴブリンアーチャーの前に配置して、ゴブリンアーチャーの視界を奪うことしかできなかった。

 

 オレの収納空間は、物を出し入れすることしかできない。現実にはなにも影響を及ぼさないギフトだ。ゴブリンアーチャーの矢を止めることもできないだろう。本当に、タダの目隠しの効果しかない。

 

 オレにできるのは、ゴブリンアーチャーが狙いを外すのを願うだけだ。

 

「GOBU!?」

 

 ブンッ! ブンッ!

 

 いきなり目の前が黒く染まって驚いたのか、ついにゴブリンアーチャーどもの矢が放たれる。

 

 オレは剣を両手で構え、限界まで体を前に倒した。後先考えない、ただ相手を刺し貫くことのみを考えた構えだ。

 

 矢を避けれるなら万々歳。矢を受けても足が止まらないように、矢の勢いに押されて後ろにひっくり返らないように、全体重を前へと駆ける。

 

 ジャリッ!

 

「GEYA!?」

 

 左耳のすぐ近くから不快な音が響くと同時に、オレは自分のギフトに違和感を感じた。なにか入ってる――――?



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【収納】②

 左肩がもがれそうな強い衝撃を感じた。思わず、体が後ろに持って行かれそうになる。オレは歯を食いしばって衝撃に耐え、前へと一歩踏み出す。ゴブリンアーチャーまで、あと三歩!

 

「ぐッ!?」

 

 左肩に鋭い痛みを覚える。しかし、オレには、今まで感じたことのない感覚に対する戸惑の方が大きかった。自分の意志に関係なく、オレのギフトの力が発動した感覚だ。それと同時に、収納空間に異物が入り込んだのが分かった。

 

 オレは【収納】の中に入れた物に対して、ある程度状態を把握することができる。収納空間を探ってみると同時に、オレの頭に閃きが起こった。

 

 これならば、あるいは……ッ!

 

 オレは、上手くいけば御の字とばかりに、さっそく思いついた策を実行する。

 

「喰らえッ!」

 

 オレの言葉と共に、少女たちを隠す目隠しとして展開していた収納空間からなにかが飛び出した。鏃が欠けて錆も浮いた貧相な矢。ゴブリンアーチャーの矢だ。

 

 オレの予想通り、()()()()()()()()()()()ゴブリンアーチャーの矢。その狙いは、少女たちを狙った卑劣なゴブリンアーチャーだ。

 

「GYA!?」

 

 手早く次の矢をつがえていたゴブリンアーチャーの左肩に矢が生える。その拍子に、弓を取り落とすゴブリンアーチャー。

 

「しゃッらぁあああああああああああああああああ!」

 

 狙い通りに上手くいった。一体のゴブリンアーチャーを戦闘不能にしたオレは、喜びの声を上げて突撃する。ゴブリンアーチャーまであと二歩。

 

 視界には、オレに向けて弓を構えて、矢をつがえようとしている残った一体のゴブリンアーチャーの姿が見える。その動作は熟練のそれで、嫌になるくらい素早い。クソがッ!

 

 だが、オレはもうゴブリンアーチャーの矢を受けるつもりは無い。オレは、ヘッドスライディングでもするかのように大きく前に飛び出し、腰だめに構えていた長剣を思いっきり前に伸ばす。

 

「死にさらせッ!」

 

 オレの伸ばした剣の先が、ゴブリンアーチャーの喉へと吸い込まれていく。至近距離から見たゴブリンアーチャーの醜悪な顔は、驚きに固まり、その目を大きく見開いていた。まるでヤギのように横長の瞳と確かに目が合った気がした。

 

 ゴブリンアーチャーの金の瞳が、ぐるりと上も向いてひっくり返る。

 

 ズブリッとゴブリンアーチャーの喉を刺したオレの漆黒の長剣は、そのまま重力に引かれるように、ゴブリンアーチャーの体を縦に斬り裂いていく。オレの体が地面に落ちた時には、ゴブリンアーチャーの体を喉から両断していた。

 

 断末魔も無く果てたゴブリンアーチャーが、斬り口から血を吹き出した。生臭く温かいドロリとした液体が、オレの顔を汚していく。気持ち悪い。

 

 血を吹き出したゴブリンアーチャーの体が、その勢いに押されるようにして後ろ向きに倒れた。

 

 オレは急いで立ち上がると、すぐに残った左腕に矢を受けたゴブリンアーチャーへと襲いかかる。

 

「GUBA!?」

 

 弓の扱えないアーチャーなど、敵ではない。逃げ出そうとしていたゴブリンアーチャーを即座に斬り捨てると、オレは戦場を振り返った。

 

「GAAA!?」

「GOBU!?」

「GYAA!?」

 

 戦場の混乱は未だに続いていた。ゴブリンどもがしきりに目を擦りつつ、ふらふらと歩いては他のゴブリンとぶつかり、お互いになにもない空間へと武器を空振っている。

 

 オレは、その様子に安堵を覚える。だが、この混乱はあくまで一時的なものに過ぎない。ゴブリンどもの目が見えるようになる前に、手早く仕留める必要がある。

 

 オレは顔を拭う時間さえ惜しんで、静かに駆け出した。

 

 もうウォークライを上げて注目を集める必要もない。視覚が潰された以上、ゴブリンどもが頼りにするのは聴覚だろう。余計な情報を与えることなく、素早く済ませてしまおう。

 

 斬!

 

 残った最後のゴブリンアーチャーの首を刎ねる。真っ赤な血が勢いよく吹き出し、まるで雨のように地上に降り注いだ。

 

 これで残りのゴブリンは、ゴブリンウォーリアが四体。

 

 オレはゴブリンウォーリアの背後へと回ると、素早く首を刎ねていく。あと三体。

 

 あとは流れ作業のように三体のゴブリンウォーリアの首を刎ねるだけだ。油断しているわけではないが、オレの心に余裕ができてきた。

 

「それにしても……」

 

 思い出すのは、先程のゴブリンアーチャーとの死闘。その中で起きた不可思議な現象だ。

 

 オレがせめて目くらましになればいいと展開した、底が見えない真っ黒な【収納】の空間。その中にゴブリンアーチャーの放った矢が入ったことも驚きなら、収納空間から矢が飛び出たのも驚きだった。

 

 今まで17年間も【収納】のギフトを使ってきたが、まるっきり予想外の事態だった。こんなことがありえるのか。

 

 【収納】の中は時間の流れが停止している。そして、オレは【収納】の中に入れた物に対して、ある程度状態を把握することができる。オレは、ゴブリンアーチャーの放った矢が、収納空間に入り、速度を保ったまま、飛翔した状態で収納されていることを確かに知覚した。

 

 試しに出してみると、ゴブリンアーチャーの矢は、収納空間から飛翔した状態で現れた。これは画期的なことだ。

 

 敵の遠隔攻撃を収納し、カウンターのように収納した相手の遠隔攻撃を放つことができる。もし、これが今回限りのものではなく、再現性がある物だとしたら……。

 

 オレは居ても立っても居られず、真っ黒な収納空間を開き、その中へと胸元に装備した投げナイフを投げ入れていた。

 

「【収納】」

 

 そして、暴れ回るゴブリンウォーリアに向かって収納空間を広げ、先程投げ入れた投げナイフを外に出すと――――。

 

「GYA!?」

 

 投げナイフは真っ黒な収納空間から勢いよく飛び出すと、ゴブリンウォーリアの胸に突き刺さった。

 

「ははっ」

 

 オレは気が付いたら笑みを浮かべていた。なぜ、今までこんな簡単なことに気付きもしなかったんだ。

 

 そうだ。もしこれが常用できる能力なら……。頭の中に無数の策と疑問が浮かんでいく。もしかしたら、今までのオレは【収納】の能力を十分に活かしきれていなかったのかもしれない。

 

 この能力は、荷物運びしかできないと腐っていたオレが過去のものになるほど、ヤバい可能性を秘めた能力だ。



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イザベルとリディ

 【収納】のギフトの新たな能力が発見でき、オレのテンションは有頂天だった。なにせ、これが実現すれば、オレはパーティの戦力として貢献できるかもしれない可能性を秘めていたからだ。今までの戦闘では役立たずのただの荷物持ちからは卒業できる。これなら、もしかしたらマジックバッグを手に入れた後でも、クビになることはないかもしれない。今までの無力な自分とはおさらばできるかもしれない!

 

 試したい。今すぐにでもこの力を試したいが……。今は我慢だな。

 

 ドシュゥゥウウ! ドシュゥゥウウウ!

 

 最後のゴブリンウォーリアの首を刎ね、ゴブリンの首からドクドクと鼓動に合わせて勢いよく溢れる血を一歩後ろに下がって避ける。

 

 ここは安全の確保された場所じゃない。ゴブリンどもの後続が現れないとも限らないからな。警戒が必要だ。

 

「イザベル! リディ!」

「ベルベル! リディたん!」

 

 戦闘が終わったのを察知したのだろう。クロエとジゼル、エレオノールが、丘を駆け下りて、ゴブリンどもに襲われていた二人の少女に駆け寄ったのが見える。

 

 オレも途中で投げ出したヘヴィークロスボウを回収すると、弦を巻き上げながらクロエたちに合流する。

 

「イザベル大丈夫!? 怪我はない!?」

「リディたんも平気?」

「お二人とも怪我はありませんか?」

 

 クロエたちが心配の声を上げる中、草の絨毯の上に座り込んで、上体を起こした黒髪の少女が口を開く。

 

「おかげさまで大丈夫よ。怪我も治してもらったわ。ほら、リディも皆に元気な姿を見せて」

「んー……」

 

 黒髪の少女の腰に抱き付いた銀髪の少女が、そのほっそりとしたお腹に顔を埋めている。そんな銀髪少女の頭を、黒髪少女は優しく撫でていた。なんだか二人の体格差も相まって、まるで親子のようだな。

 

「あ……」

 

 長い黒髪の少女が、オレの接近に気が付いたようだ。そして、黒髪少女の視線の先が気になったのか、クロエたちもオレの方を振り返る。

 

「お、叔父さん! 肩! 肩に矢が!」

「ん?」

 

 急に騒ぎ出したクロエの視線の先を辿ると、オレの左肩に突き立った貧相な矢に辿り着いた。そういえば、ゴブリンアーチャーに撃たれてたっけか。

 

「どどどどうしよう?!」

「どしよ!? どしよー!?」

 

 慌てるクロエの叫びに感化されたように、ジゼルが立ち上がって驚きの声を上げた。エレオノールも口に手を当てて驚愕を露わにしている。

 

「あぁ……これか」

 

 オレは、左肩に突き刺さったままだった矢を無造作に引き抜く。

 

「叔父さん!? そんな乱暴にしちゃ!?」

「慌てるな、クロエ。刺さってない。下にチェインメイルを着てるからな」

 

 オレはローブの胸元を引っ張って、下に着込んだチェインメイルを見せた。

 

「チェイン、メイル……」

「そうでしたか……」

「おおー! かっけー!」

 

 クロエ、エレオノールが安堵の声を漏らし、ジゼルが目を輝かしてはしゃぐ。

 

「お前らも下にチェインメイルくらい着込んどくといいぞ。いざという時に頼りになる。それよりも、そっちの二人は大丈夫か?」

「助けてくれて本当にありがとう。私はイザベル。名前を訊いても?」

 

 オレは、長い黒髪の少女、イザベルに頷いて返すと、口を開く。

 

「クロエの叔父のアベルだ。怪我はいいようだな。そっちのちっこいのも大丈夫か?」

「んー……」

 

 銀髪の小柄な少女に問いかけたら、少女はイザベルの腹に顔を埋めながら、まるでムズがる子どものような声を上げる。その身に纏う白地に青のラインが入ったぶかぶかの修道服から、この少女が成人した治癒の奇跡のギフト持ちであることが分かる。だが、その体躯の小ささといい、この反応といい、とても成人しているとは思えない。まるで本当に幼い子どものようだ。

 

 だが、ギフトが貰えるってことは、本人が成人していることを神が保証しているに等しい。どう見ても成人しているようには見えないが、あまりツッコミを入れると、逆に神を信じていないのかと藪蛇になりかねないか……。

 

「はぁ……。リディ、ちゃんと挨拶なさいな」

「んん~……」

「もう……。ごめんなさいね。急にゴブリンたちに襲われたから、気が動転してしまったのかしら。この子の名前はリディ。私とリディを助けてくれてありがとう。本当に感謝しているわ」

「ああ……。なんだ。困った時はお互いさまってやつだ」

 

 オレは、イザベルの感謝を軽く受け取る。全てはクロエのためにやったことだ。もし、イザベルたちがクロエの仲間でなければ、オレはクロエの安全を優先しただろう。

 

「えっとね、叔父さん。もう分かってるかもしれないけど、この二人が探していたパーティメンバーなの。まさか、こんなことになるなんて……。叔父さんが居てくれて、本当に良かった。本当にありがとう、叔父さん」

「なぁに。いいってことよ」

 

 オレはクロエの言葉に気をよくすると、イザベルたちを助けることができて良かったと安堵する。自然と顔には笑みが浮かび、オレは左手をクロエの頭へと伸ばしていた。

 

「ふぁ……。お、叔父さん。恥ずかしい……」

 

 オレは、クロエの頭を優しく撫でる。少し顔を赤らめて俯き、上目遣いで見つめてくるクロエの破壊力ったら、きっと王都の城壁すら軽くぶっ飛ばすだろう。個人に耐えられるレベルじゃない。きっと今のオレの顔はでれでれに蕩けてしまっていることだろう。

 

 おじさんがでれでれしたところでかわいくないのは百も承知だが、今だけは見逃してほしい。

 

「そ、それでね、叔父さん」

 

 気持ちよさそうに撫でられていたクロエが、ハッとなにかに気が付いたようにオレの手から離れた。空を切る手が無性に寂しい……。

 

「これから叔父さんがパーティに入ることについて話したいんだけど、いいかな?」

「そうさな……」

 

 今のオレは、クロエのパーティに入ることが正式に決定したわけではない。これからパーティメンバーになる少女たちに了解を貰わなくてはならない身だ。

 

「貴方が私たちのパーティに……?」

「んー……?」

「アベるん、パーティに入るの!?」

 

 初耳だろうイザベルとリディが、首を傾げている。ジゼルは、なぜか目をキラキラさせてオレを見ていた。

 

 一応、エレオノールの了解を貰ったが、オレはあとこの三人を説得しなければならんのだな。クロエの身を護るためにも、是が非でも説得しなければならない。

 

 だが、その前に……。

 

「その前に、まずは移動だな。ゴブリンの後続が現れるかもしれねぇ。とりあえず、王都の中に入るぞ」



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イザベル

 オレたちは東門から王都の中に戻ってきていた。東門前の広場は、所狭しと屋台や露店が並び、人も馬車も大いに行き交っている。むあっと熱気すら感じるほど賑わっていた。

 

「ここじゃなんだ。ちょっと奥に入るぞ」

 

 オレは、周囲の人の声に負けないように大声でクロエたちに言う。クロエたちが頷くのを確認すると、オレたちは騒音を避けるように大通りから小道に入っていった。

 

 辿り着いたのは、井戸のある広場みたいな所だった。井戸の周りには、近所の奥様方がペチャクチャ世間話をしながら洗い物やら洗濯に精を出しているのが見える。朝食も終わって、朝の仕事前のお片付けってとこかな。

 

 ここなら、声が掻き消されることもないだろう。

 

「で、だ」

 

 オレは、柄にもなく緊張していた。オレにとって、若い女の子ってのは理解が難しい生き物だ。なにが原因で嫌われるか分かったもんじゃない。どういう態度で接するのが正解か、まったく分からない。

 

 4人の少女たちの視線を真っ向から受け止める。ふむ。見たところ嫌悪の情を浮かべている奴はいないようだが……さて、これからどうなるか……。

 

「えっと、改めて紹介するわね。こっちが、あたしの叔父さんのアベル叔父さん。で、こっちがあたしたちのパーティ『五花の夢』のメンバーよ」

 

 クロエがクルリとオレの方を向いて、腕を広げてみせる。まるで大事な宝物を紹介するような、誇らしさがその笑顔から見て取れた。いい笑顔だな。このクロエの笑顔が曇ることのないように。オレはそう願わずにはいられなかった。

 

「……クロエから聞いてるかもしれねぇが、オレがクロエの叔父のアベルだ。“さん”付けなんて変に畏まったりせずにアベルって呼んでくれ」

 

 オレは、少し考えたがいつも通りの調子でいくことにした。変に猫かぶっても、いつかボロが出るだろうからな。一緒に命の危険があるダンジョンに潜ることになるんだ。格好つけてる余裕なんて無い。

 

「よろしくお願いしますねぇ。アベル」

「よろしくね、アベるん!」

 

 既に自己紹介を済ませたエレオノールと、笑顔を浮かべてジゼルがオレに手を振る。オレは、軽く手を上げて二人に応えた。

 

「改めて、私はイザベルよ。貴方があの“育て屋”アベルね。よろしくお願いするわ」

「ほぅ」

 

 どうやらイザベルはオレのことを知っていたらしい。オレの二つ名まで知っているのだから、他にもいろいろと知っているのだろう。

 

 尻を隠すほどある黒いロングヘアー。丁寧に梳かしたのだろう。その長い黒髪は真っすぐと伸び、ツヤツヤに輝いている。同色の綺麗に整えられた眉の下には、不思議な双眸があった。

 

「精霊眼か……」

「ッ!?」

 

 オレの呟きに、イザベルが驚いたようにビクリと大袈裟に反応する。その大きく見開かれた黒い瞳は、まるで油膜を張ったように虹色に輝いて見えた。

 

 【精霊眼】とは、本来、人の目には映らないはずの精霊の姿が、その瞳に映るようになる特別なギフトの名だ。

 

 極稀にエルフやドワーフなど、精霊と共に暮らす種族に与えられるギフトのはずだが……。なんの間違いか、人間のイザベルにも与えられたようだ。もしかしたら、歴史上初めてのことかもしれない。

 

 ん? イザベルは人間だよな? もしかすると、ハーフという可能性もあるか?

 

 一度イザベルを頭のてっぺんから足のつま先までよくよく観察する。

 

 キラリと輝く輪を浮かべる黒髪の下にあるのは、エルフと見間違うばかりの端正に整った顔立ち。耳は尖ってないが……エルフとのハーフか? しかし……胸を見ると、薄汚れた布地がエレオノール程ではないが大きく膨らんでいるのが分かる。

 

 エルフの女は、貧乳と呼ぶより無乳と呼んだ方が正しいほど胸が無い。ハーフエルフでもその特徴は変わらず、純血のエルフよりはあるが、よく発育してやっと貧乳と呼べる程度だ。これほど大きな胸のハーフエルフは見たことが無い。

 

 となると、ハーフドワーフか? しかし、イザベルの身長は人間の女の平均くらいある。ハーフドワーフでは無理があるほどイザベルの身長は高い。ボロの靴を見る限り、盛ってるわけじゃなさそうだ。

 

 となると、やっぱりハーフエルフだろうか? しかし、それだと胸の大きさが矛盾する。

 

 じゃあ人間かとなると、歴史上初めての【精霊眼】のギフトを賜った人間ということになるが……そんな人間に出会うなんてどんな確立だよ。まだ胸が異常発達したハーフエルフという可能性の方が高いだろう。その可能性も随分と低いが……。

 

 その時、オレの脳裏でなにかが繋がったような感じがした。まさか、盛ってるんじゃないだろうな……?

 

 イザベルの大きな胸さえなければ、ハーフエルフということで納得できるんだ。もし、その胸が偽装されたものだとしたら?

 

 エルフの胸はまったく無い。無乳だ。実はハーフエルフであるイザベルも、胸の小ささに劣等感を抱いていたのでは?

 

 そして、その劣等感が爆発し、胸を巨乳に偽装しているとしたらどうだ?

 

 ありえるな……。

 

 少なくとも、歴史上初めての人間や胸が異常発達したエルフに出会う確率より余程高い。

 

 これしかないな。

 

 オレは確信を込めてイザベルに問う。

 

「その胸は詰め物だな?」

「助けてもらった身でこういうことはあまり言いたくないけど……人のことジロジロと見ておいて、開口一番それってどうなのかしら?」

 

 イザベルが憤怒も生ぬるいとばかりにオレを怖い顔で睨んでいた。



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えるふ?

「アベル叔父さん……」

 

 クロエの悲しげな声が耳に届き、オレはようやく正気を取り戻す。

 

 なにやってるんだ、オレは? 相手は成人したばかりの15の小娘だぞ? それでなくても、これから命を預けあうことになるかもしれない初対面の女の子だ。当然、配慮は必要だろう。それなのに、なぜオレは女の胸なんて初対面で失礼過ぎる質問をしちまったんだ。

 

 オレの口が滑るのはよくあることだが、さすがに今回のはヤバい。クロエも見ているというのに、なんたる失態。

 

「いや、その……なんだ……」

 

 上手く言葉が紡げず、意味も無い呟きがオレの口から零れ出る。そんなオレを見るイザベルの目は厳しい。なんだか寒気すら感じてゾクリとくるほどだ。

 

「あぁー……悪かったな。いきなり、変な話しちまって……」

「それで?」

 

 イザベルの感情の無い冷たい言葉がオレの心を抉る。これ絶対根に持ってるぞ……。

 

 だが、考えてみれば至極当然なことなのかもしれない。相手はかなりの確率でハーフエルフの少女だ。ただでさえ年頃で繊細な話題なのに、相手は自分の胸を偽装するほどコンプレックスを持っていると思われる。2つの意味で敏感な話題のはずだ。

 

 純血のエルフであるシヤも自分のまったく無い胸に恥ずかしそうにしてたんだ。ハーフエルフは、エルフよりも人間に近い価値観を持つと云われている。ならばイザベルにとって、胸の話題は禁忌のはずだ。

 

 そして、初対面の異性に自分が胸を盛っていることがバレたとなれば……。憤死したとしても不思議ではない。

 

 現に怒りで誤魔化そうとしているが、イザベルの顔には今すぐにでものた打ち回りたいほどの羞恥の色が……まったく浮かんでいないな? なぜだ?

 

「あっ……」

 

 イザベルの顔を見ていて、オレはもう一つの大事な要素を忘れていることに気が付いた。

 

「今度は何よ?」

 

 相変わらずの冷たい真顔で、体の芯から凍えるような声を放つイザベル。そのイザベルの顔の横にあるべきものが無い。

 

「イザベルお前、耳はどうしたんだよ……?」

 

 イザベルの耳元は、その射干玉のような輝く黒髪によって隠れて見えない。しかし、エルフなら、たとえハーフエルフだとしても、耳が髪を割って飛び出ているはずだ。それなのに、イザベルの耳は髪に隠れて見えない。どういうことだ?

 

「耳? 耳がどうしたっていうのよ?」

 

 寒ささえ感じる冷たい表情は相変わらずだが、イザベルが右手で髪をかき上げて耳の後ろに引っかけてみせる。露わになったイザベルの耳は……エルフのような尖った耳ではなく、丸い曲線を描く人間の耳だった。マジか……。

 

 オレはここに至って、ようやく自分の間違いを認めた。認めざるをえなかった。まさか、イザベルが本当に人間だったとは……。

 

 イザベルが人間だとすると、今までのオレの発言ってただのセクハラなのでは?

 

 いや、まず初対面の女にいきなり胸の話を振る時点で、どう言い繕ったってダメなんだよなぁ……。

 

 しかも、相手はクロエのお友達にして、同じ冒険者パーティのメンバーだ。オレとも命を預けあう関係になるかもしれない。そんな相手との関係に、変なシコリなど残したくない。

 

 許してくれるかは分からないが、イザベルに誠心誠意謝ろう。どう考えても10割オレが悪いもんなぁ……。

 

「すまなかった!」

 

 オレはイザベルに向けて頭を下げる。相手が自分の半分も生きてないような年下だとか、そんなことは関係ない。自分の非を認め、素直に謝る。

 

「………」

 

 微かにイザベルから息を呑んだような驚いた気配を感じた。自分の親にも近い年齢の大人が、頭を下げるとは思わなかったのかもしれない。

 

 年を食うと、いろんな理由でなかなか素直に頭を下げられなくなるからな。オレも所属しているパーティがあったら、こんなに簡単に頭を下げられなかっただろう。自分の評判が落ちるのは構わないが、オレのせいでパーティの皆が下に見られるようになっちまうのは我慢できないし、パーティメンバーに申し訳ない。

 

 まぁ、今のオレはどこにも所属していない根無し草だ。今のオレの頭ほど軽いものは無い。

 

 それに、クロエが見ている前だ。クロエが幼い頃から、自分が悪いことをしたら、きちんと謝りなさいと言ってきた手前、ここで謝らないという選択肢は、オレには無かった。

 

「本当にすまなかった! あまりにも綺麗だったから、エルフかハーフエルフだと思ったんだ!」

「ッ!?」

 

 今度こそ、イザベルがハッキリと息を呑んだ音が聞こえた。

 

「叔父さんっ!?」

「あらぁ~」

「ひゅー」

「……ぇ?」

 

 クロエの悲鳴のような叫びに続いて、なぜかエレオノールとジゼルが楽しそうに声を上げる。なぜだ?

 

「ああ、あ貴方! 自分がなにを言っているか分かってるのっ!? 本気!?」

 

 イザベルが、なぜか上ずったような声を上げて、オレの謝罪の誠意を確認してくる。オレは頭を上げて真っすぐとイザベルの目を見つめた。

 

「ッ……」

 

 虹色に輝く瞳。その特徴的な瞳が、オレから逃げるように逸らされた。心なしか、イザベルの頬が上気しているような……。パッと見たところ、イザベルは照れているようにも見えるが、そんなわけはないだろう。おそらく、頭に血が上っているのだ。

 

 つまり、オレはまだ許されたわけではない。オレの誠意を確認しようとしたことからも、それは明らかだ。

 

 オレの誠意を見せて、イザベルに許しを請わねば!

 

「無論、本気だ!」

 

 

 

こんにちは(=゚ω゚)ノ

作者のくーねるでぶるです。

お読みいただきありがとうございます。

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どうか、皆さまの評価を教えてください。

 



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パチパチ

「「「「「「おぉー……!」」」」」」

 

 パチパチパチパチパチパチパチパチッ!

 

 気が付いたら、井戸の周りで洗濯していた奥様方が、オレを見てどよめいたような歓声を上げていた。拍手までしている奴もいる。広場と云っても、真ん中に井戸があるだけの集合住宅に囲まれた狭い広場だ。耳をすまさななくてもオレたちの会話なんて丸聞こえだったんだろうが……なんでこんなに注目されてるんだ?

 

「あんた、やるじゃないか」

 

 おばちゃんと言ってもいいだろう年齢の女が、イイネとばかりにオレに親指を立ててみせる。何言ってるんだ、このおばちゃん?

 

「ありゃどこの誰と誰だい?」

「1人は冒険者さんみたいだけど、もう1人は……」

「ボロ着てるし、教会の子じゃないかい?」

「そうかもねぇ。でも綺麗な子じゃないか」

「あんなに綺麗なら、どっかの大店の旦那のお妾さんになった方がいいんじゃなぁい? 年も離れてるし、冒険者なんて、いつおっ死んじまうか分からないし……」

「でも見て。あの冒険者さん、地味な格好だけど仕立ての良い服着てるじゃないか。羽振りがいいんじゃない?」

「迷いどころねぇ……。あのお嬢ちゃんはどうするのかしら?」

「お嬢ちゃん、女は度胸よ!」

 

 井戸の周りに居る奥様方が、洗濯している手を止めずに、ガヤガヤと勝手に喋っている。その目はオレとイザベルの間を行ったり来たりしていた。オレたちのことを囃し立てているみたいだが、奥様方の話を聞いていると、なんだか話が見えてこない。オレはイザベルに謝罪しているだけなのだが……妾? 羽振り? どうしてそんな言葉が出てくるんだ? 訳が分からない。

 

 イザベルも困惑しているのか、困ったような顔で奥様方とオレを交互に見ている。その顔は、だんだんと赤みが増していき、もうこれ以上ないくらい真っ赤だ。よく見ると、目尻に今にも溢れてしまいそうなほど涙が溜まっているのが分かる。

 

 奥様方の噂の標的にされて恥ずかしいのか、それとも泣くほどオレに対して怒りを感じているのか……。判断が付かないな。

 

 イザベルの顔色を窺っていると、ふとイザベルの虹の瞳と目が合った。イザベルは目を見開き、これ以上ないと思われていた頬の赤みを更に加速させる。その口はなにか言葉を紡ごうとして開かれ、しかし言葉にならず、わなわなと震えている。

 

 どれほどイザベルと見つめ合っただろう。先に目を逸らしたのは、イザベルだった。オレの視線から逃れるように、バッと下を向いて俯いてしまう。

 

 イザベルは強気な少女かと思っていたんだが……その姿は、まるで先程までと違う。とてもしおらしい乙女に見えた。もしかすると、今までの強気な態度は虚勢で、これが本来の彼女の姿なのかもしれないな。

 

「叔父さん……」

 

 頭の中でイザベルの評価を改めていると、地を這うようなクロエの声が聞こえてきた。驚いてイザベルから視線を外しクロエを見ると、まるで曇りガラスのように光の無い無機質な黒い瞳と目が合う。喜怒哀楽、情というものが窺えない仮面のような、生気をまるで感じさせない表情。なんだか本能的な恐怖を感じる姿だ。

 

「クロエ……?」

 

 不安になって呼びかけると、ミシミシと音が聞こえてきそうなほどゆっくりとクロエの表情が変わっていく。眉を寄せて現れるのは、怒と哀の表情だ。クロエは怒り悲しんでいる。

 

「叔父さんの……ッ!」

 

 一瞬クロエの姿が消えたように見えた。だが違う。クロエが過度な前傾姿勢でこちらに向かって駆けてきて、あっという間にオレとの距離を潰す。

 

 オレはこれでも長年冒険者をやってる身だ。自分の間合いというものを把握しているし、相手の間合いもなんとなく分かる。オレの胸くらいまでしか身長の無いクロエだ。腕の長さが違う分、当然オレの間合いの方が広い。

 

 しかし、そのリーチの差を活かす前に、一瞬にしてクロエに距離を詰められてしまった。もうほとんどオレにくっつくような距離だ。ここまでくると、今度はオレの間合いの広さが逆に仇となる。近すぎるのだ。

 

 オレには近すぎて逆に力を発揮できない不自由な距離。しかし、クロエにとっては最高の間合い。

 

 仮にも現役の冒険者であるオレの懐に潜り込むとは……ッ!

 

 油断もしていたし、警戒もしていなかった。だが、こうも易々と間合いを潰されると、クロエのことを過小評価していたと認めざるをえない。

 

 クロエは磨けば光るものを持っている。そう確信させるに足る鋭い接近だ。これはクロエの大きな武器になるだろう。オレはクロエの評価を上方修正する。

 

 オレとクロエの距離は、もう密着と表現してもいいほど縮まっている。オレは来る衝撃に備えて、少し体の重心を下げた。転んでは格好悪いからな。しかし、なぜ今クロエはオレの胸に飛び込んでくるんだ? 昔みたいにタックルして抱き付いてくるのだろうか? だが、なぜ今なんだ?

 

 先程見たクロエのガラス玉のような瞳が頭を過る。クロエの情緒が分からない。クロエはなにがしたいんだ?

 

 その答えは二度の刺すような鋭い衝撃と共に訪れた。



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浮気者?

「浮気者ぉおッ!!!」

 

 クロエが、オレにはまったく身に覚えのない言いがかりと共に拳を握るのが見えた。その直後―――ッ!

 

 ドドンッ!

 

 リズミカルに腹の底にまで響く重い衝撃が走る。一発目は腹の中央やや左。正確に肝臓を抉るような一打。二発目は腹の中央鳩尾への一打。両打とも、狙いすましたように正確に急所を捉えている。

 

「ぐふぉあっ……」

 

 口から空気と共に意味を成さない言葉が漏れた。自然と体がくの字に折れ、遅れて腹部への衝撃が電気信号となって脳を刺激し、ようやくオレは腹部へのダメージの重篤さを知ることになる。すなわち、痛みだ。

 

「ぐふっ……」

 

 痛みにはある程度慣れているはずのオレが、堪えきれずに息が漏れ、膝から崩れ落ちるほどの強烈な痛み。今まで味わったことのない種類の痛みだ。体の内側をじりじりと破いていくような痛みと、腹が爆発したんじゃないかと錯覚するような痛み。二種類の痛みがオレを苛む。

 

 地面に膝を着いて、腹を両手で抱えた状態で痛みに耐える。自然と頭が垂れ、まるでクロエに傅いているかのようだ。

 

 本当なら、痛みに任せて地面を転げ回ってしまいたい。しかし、そんなことをしても意味が無いし、クロエたちの前だ。格好悪い姿は見せられない。……膝を着いている時点で相当情けないかもしれないがな。これ以上の醜態はさらせない。

 

 オレは顔を上げて、オレをいきなり殴ってきたクロエを見上げる。膝を着いたオレは、丁度クロエの顔を真正面に捉えた。

 

 クロエは……一瞬だけ心配そうな顔を見せたが、次の瞬間には「ふんっ!」とオレから顔を逸らした。まるで「私は怒っています」と言外に言っているみたいだ。

 

「いヒィッい……拳、持って……る、じゃ……ねぇか……ヒィッ」

 

 横隔膜が痙攣して、上手く呼吸することができず、まともに言葉が紡げない中、それでもなんとか強がって口を動かす。

 

 いつもは気にもならないチェインメイルのジャラリとした重さが、やけに重たく感じた。

 

 打撃にはあまり耐性が無いチェインメイルとはいえ、鎧の上からこれほどダメージを与えられるは……まったくの想定外だった。全身からぬるりとした脂汗が出て止まらない。

 

「なんだい、浮気野郎だったのかい」

「お嬢ちゃん気を付けなよ」

「やーねー、男ってのはこれだから……」

 

 オレは浮気なんてしていない。というか、交際している相手すら居ない。なのに、なぜ浮気者などと言われなくちゃならんのだ。訳が分からない。どうしてこんなことになっちまったんだ?

 

 奥様方の言葉に反論することもできず、オレはただただ痛みが引くのを耐えて待つのだった。

 

 

 ◇

 

 

「あだだ……」

 

 未だにシクシクと痛む腹を摩りながら、オレは王都の大通りを進み、冒険者ギルドを目指す。道の中央をいくつもの馬車が行きかい、道の端には屋台がずらりと軒を連ねているのが見える。人手も多く、時折人にぶつかりそうになるくらいだ。屋台の店主たちが客を呼ぶ声や、値引き交渉している客の声が混然と混じり合い、ガヤガヤと意味の聴き取れない音となって耳に届く。

 

 王都は今日も賑わっているな。景気がいいのは良いことだ。

 

 あの後、ようやく横隔膜の痙攣が治まったオレは、最後のパーティメンバーであるリディという少女と挨拶を交わした。だが……。

 

「待たせたな、アベルだ。これからよろしく頼む」

「………」

「リディ、ちゃんと握手なさい」

「……んっ」

 

 リディと呼ばれた少女は、イザベルに促されてやっとオレの手を取った。しかし、その体は半分以上イザベルの後ろに隠れ、まだ心を開いていないことが一目で分かる。その他の女の子と比べても群を抜いて小さな身長から、まるで警戒している小動物を想起させた。

 

 リディ。尻まで届く長いキラキラとした銀髪をした少女だ。前髪も目元を隠しているほど長い。僅かな前髪の切れ目からは、警戒に満ちた大きな紅の瞳を覗かせていた。

 

 握った手も小さく、下手に握ったら握り潰してしまいそうなほど柔らかい。

 

 本当に成人しているのか疑わしいほど小さな体だ。その小さな体を、白地に青のラインが入ったぶかぶかの教会の修道服が包んでいる。おそらく、丁度いいサイズが無かったんだろう。だが、修道服を着ているということは、リディは神の奇跡の体現者とも呼ばれることもある治癒の奇跡の担い手であることが分かる。

 

 ギフトが貰えるってことは、本人が成人していることを神が保証しているに等しい。どう見ても成人しているようには見えないが、あまりツッコミを入れると、逆に神を信じていないのかと藪蛇になりかねないか……。

 

 そんなことを思いながら、オレはリディの手を開放し、握手を終えた。すると、リディはサッとイザベルの後ろに隠れてしまう。これにはオレも苦笑いしか出ない。

 

「リディ、それでは失礼でしょう? ちゃんとしなさい」

「ゃー……」

 

 イザベルが窘めてもリディは姿を見せなかった。

 

「ごめんなさいね」

「いや、いいさ。今日初めて会ったばかりだからな。それですぐに信頼しろなんて難しいことは分かってる。まぁ、ぼちぼちやっていくさ」

 

 リディの代わりに謝るイザベルに手を振って返す。

 

 いつか、オレにも心を開いてくれるといいんだが……。



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メリットデメリット

「それで、だが……」

 

 オレは、クロエのパーティメンバーをぐるりと見渡す。クロエ、ジゼル、エレオノール、イザベル、リディ。この5人が冒険者パーティ『五花の夢』のメンバーであり、今後オレと活動を共にするメンバーになる。

 

 クロエはオレと目が合うと「ふんっ!」と怒って顔を逸らすし、リディはイザベルの後ろに隠れたままだ。正直、こんなことで大丈夫かと不安になる。

 

 だが、クロエも護るためにも、なんとしてもこの少女たちに認められなくては……。

 

「オレは7人目だろうと構わねぇ。オレをパーティに入れてくれないか?」

 

 オレはギフトの成長もしてるし、ある程度の貯えもある。無報酬でもいい。オレの目的は、あくまでもクロエを護ることだ。それ以外は極論、必要無い。

 

「7人目なんてダメよ! アベル叔父さんがあたしたちのパーティに入ってくれるって言ったんじゃない。丁度1人分空いてるんだから、素直に入ればいいじゃない!」

 

 オレの言葉に、クロエが猛反発する。どうしてもオレをパーティに入れたいらしい。だが、クロエにとって、オレは血縁もある信用できる人物かもしれないが、他のメンバーにとっては、突然やってきた赤の他人だ。信用もクソも無いだろう。

 

「クロエはこう言ってるが、他の奴らはどうだ? 遠慮しないで言ってくれ」

「そうですわねぇ」

 

 オレの言葉に、エレオノールがおっとりと頬に手を当てて首をかしげる。そんな動作もよく似合う上品さがエレオノールにはあった。

 

「イザベル、貴女の考えを教えて下さい」

 

 エレオノールに話を向けられたイザベルが口を開く。

 

「そうね。アベルの言うように、アベルをパーティに入れずに7人目と扱うというのも十分魅力的……」

「ちょっとイザベル! なんてこと言うのよ!」

 

 イザベルの話の途中で、クロエが噛み付くようにイザベルの言葉を遮った。オレをパーティに入れたいクロエには、受け入れがたい話だったようだ。まぁ、自分の叔父がただの荷物持ちみたいな扱いをされれば怒って当然なのかもしれない。

 

 クロエの気持ちは嬉しいが、今はイザベルの話を聞くべきだろう。オレはただの荷物持ちでもべつにいいしな。クロエの近くに居て、護れるならどんな条件でも呑むつもりだ。

 

「クロエ、大事な話なんだ。お前の気持ちは嬉しいが、自分の気に入らない話でもちゃんと聞け」

「話はまだ途中よ。ちゃんと最後まで聞いてから反論なさい」

「2人で言わなくてもいいじゃない……」

 

 オレとイザベルから同時に窘められ、クロエはすねたように頬を膨らませた。小さい頃から変わらないな。本来なら叱るべきことだが、そんなクロエの姿がかわいらしく思えて、オレはついつい目を細めてしまった。やれやれ、オレも相当な親バカならぬ叔父バカらしい。

 

「続きいいかしら? パーティメンバーにもう1人加えることもできるし、たしかにアベルを7人目として扱うのも大きなメリットがあるわ」

 

 オレはイザベルの言葉に頷いて同意を示す。オレを7人目として扱う場合、6人が上限であるパーティの枠が1つ余る。その枠にもう1人パーティメンバーを加えるというのは、かなり魅力的なはずだ。

 

 オレはポーターと呼ばれる荷物持ち。正直、低レベルダンジョンならまだしも、高レベルダンジョンの戦闘に役立てるほどの戦力は無い。できるのは、仲間の荷物を持つことぐらいだ。そして、それはオレをパーティに入れようが、7人目として扱おうが変わらない。

 

 ならば、戦力になりそうな戦闘系のギフト持ちをパーティに加えた方がいいだろう。

 

 ギフトってのは、不可能を可能にするほどの強力な力だ。戦闘系のギフトを持っているか否かで、戦闘力はかなり違ってくる。

 

「でも、私はそれらメリットよりもデメリットの方がはるかに大きいと考えるわ」

「デメリット?」

 

 そんなものがあるのか?

 

 オレはイザベルの言葉に納得がいかず、疑問の声を上げた。周りを見ると、イザベルの言うデメリットが思い浮かばないのか、ジゼルもエレオノールも疑問を覚えたような難しい顔をしている。クロエは話の流れが変わったことに嬉しそうな顔を浮かべていた。ちなみに、リディはまだイザベルの後ろに隠れたままだ。

 

「とても大きなデメリットよ。それこそ、私たちの冒険者生命を絶たれかねない……ね」

 

 そんな大きな問題なら、気付きそうなものだが……まったく思い浮かばなかった。

 

「それはどういうことでしょう?」

 

 エレオノールの問いに、イザベルが頷いて口を開く。その虹色の瞳は、真っすぐにオレを見ていた。

 

「アベル、貴方はたぶん1つ勘違いをしているわ」

「あん?」

 

 オレが勘違い? どういうことだ?

 

「貴方の名声は、貴方が思っている以上に高いということよ」

「……は?」

 

 オレは、イザベルの言葉に、再度疑問の声を上げる。オレの名声だと? おかしなこと言いやがる。

 

「自分で言うのもアレだが、オレは3度もパーティを追放されるような【収納】しか能のない奴だぜ? オレに名声なんてあるわけがねぇ」

 

 だが、イザベルは緩く首を横に振ってオレの言葉を否定する。

 

「それは大きな間違いよ。貴方の所属していた冒険者パーティは、どれもレベル6以上のダンジョンを攻略していることがその証明。冒険者の大多数がレベル3以下でくすぶっているというのに、貴方が所属したパーティは、全てレベル6まで上がったわ。貴方には人を導く才能があるのよ」



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レベル8

 今度は、オレが首を横に振ってイザベルの言葉を否定する。

 

「それこそ大きな間違いだ。オレのことを過大評価している。パーティの実力ってやつは、実力者が1人パーティに入ったからって劇的に上がるようなもんじゃねぇ。ましてや、オレは戦闘じゃなんの役にも立たないただのポーターだぜ? オレがパーティに入ったところで、なにも変わらねぇよ」

 

 認めるのは癪だが、クロヴィスたち『切り裂く闇』をはじめ、オレをパーティから追放した冒険者パーティは、相応の実力を持っていた。レベル6以上に至ったのは、彼らの実力があったからだ。オレは少しのアドバイスをしただけ。オレにできるのはそれくらいだ。

 

「いいえ。この場合、貴方が自分のことをどう評価していようが関係ないのよ」

「あん?」

 

 よく分からねぇな。イザベルはなにが言いたいんだ?

 

「つまり、どういうことでしょう?」

 

 エレオノールもイザベルの話が見えないのか、小首をかしげている。

 

「大事なのは、周囲の評価なのよ。この冒険者の聖地とまで呼ばれる王都でも3人しかいないレベル8認定冒険者“育て屋”のアベルさん?」

「うそっ!? レベル8っ!?」

「高名な方とはイザベルから聞いていましたが……まさか、それほどとは……」

「すごぃ……」

 

 イザベルの言葉に、ジゼルも、エレオノールも、ひょっこりと顔を出したリディも驚愕の表情を浮かべる。どうやら、知らなかったみたいだ。

 

「すごいでしょっ!」

 

 そして、なぜかクロエが我がことのように腰に手を当て、胸を張って誇らしげな表情を浮かべていた。

 

「たしかに、オレの認定冒険者レベルは8だが……」

 

 自分でもなぜそうなったのか理解ができないが、オレの冒険者としてのレベルは8もある。イザベルの言うように、レベル8ってのはかなり高いレベルで、かつ希少だ。だが……。

 

「オレはそんなスゲー奴じゃない。同じレベル8の“雷導”や“悪食”の奴を見てみろ。アイツらなんてレベル8ダンジョンを単独で攻略できるような化け物だぜ? オレがそんな奴らと同じレベルなんてなにかの間違いだ」

 

 当然だが、オレにそんな力は無い。オレが単独で攻略できるダンジョンなんて、せいぜいレベル2くらいだろう。まったく、なんでこんなことになっているんだか……。

 

「たしかに、“雷導”や“悪食”は圧倒的な強さという分かりやすいレベル8だとは思うけど、貴方もそれに匹敵する力を持っていると冒険者ギルドは認めているのよ。冒険者の育成能力という貴方の特異な力をね」

「オレのギフトはただの【収納】だ。オレにそんな特殊な力なんて無い」

 

 オレはイザベルの言葉を否定する。しかし、イザベルの虹の視線は、真っすぐにオレを見て離さない。

 

「冒険者の認定レベルというのは、たしかに個人の強さも重要だけど、どれだけ冒険者ギルドに貢献したかというのも大きな指標なの。どうして貴方がそこまで自分に対して卑屈なのかは分からないけど、冒険者ギルドは、周囲の冒険者は貴方を認めているのよ?」

「まさか……」

 

 オレは肩をすくめてイザベルに応える。

 

 イザベルにここまで言われても、オレは自分のことをレベル8に認定されるような冒険者とは思えなかったし、周囲がそこまでオレを評価しているとも思えなかった。

 

 オレは、マジックバッグに性能で劣るようなギフトしか持っていないただのポーターだ。これまで三度も所属していたパーティから追放されるような間抜け。皆、【収納】のギフトが便利だからオレを持て囃すが、オレよりも性能が良いマジックバッグを手に入れたら、手のひらを返したようにオレを捨てる。

 

 答えはもう三度も出ているのだ。

 

「こちらがイライラしてくるほど自虐的ね」

 

 イザベルはそう吐き捨てると、落ち着くためにか目を閉じて深呼吸をした。そして、見開いた虹の瞳は、再びオレを射抜く。

 

「いいでしょう。別の切り口からいくわ。私たちは、まだレベル2ダンジョンを攻略したばかりの未熟な冒険者パーティでしかないの。そんな駆け出しのパーティが、レベル8の冒険者を7人目としてこき使ってたら、印象最悪だとは思わないかしら?」

「ふむ……」

 

 今度のイザベルの言葉には頷ける部分があった。

 

「だが、他でもないオレ自身が7人目でもいいと言ってるんだ。ならいいだろう?」

「どうしてそこまで貴方が7人目に拘るのか分からないけど、これは貴方個人の問題ではなくて、周囲に与える影響が問題なのよ。高レベルの冒険者は、他の冒険者や王都に住む人々にとって、一種のアイドルのような存在なのよ。そんな貴方を蔑ろにするようなマネをしたら、私たちが貴方のファンから誹謗中傷を受けるわ。だから、貴方は6人目としてパーティに入るべきなの」

「オレにファンなんて居ないだろ?」

 

 こんな無精ヒゲを生やした冴えないおっさんがアイドルなんて冗談だろ。

 

「貴方は、自分を卑下し過ぎて自分を客観視できていないわ」

 

 そう力強く断言するイザベル。

 

 未熟な子どもじゃないんだ。自身の客観視ぐらいできていると思うが……。

 

「これ以上は私から言っても無駄ね。後は、他の冒険者や冒険者ギルドの人間に確認するといいわ」

 

 オレが納得いっていないのを察したのだろう。イザベルは溜息と共に疲れたように話を終わりにした。その様子は、なんだか聞き分けのない子どもを相手にした母親のようだった。



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リーダー

「オレが客観視できていなねぇ……」

「安いよ、安いよ! さぁさ、買ってってちょうだい! どうだいそこのお兄さん!」

 

 オレの零した言葉は、騒がしい王都の大通りに誰にも届かずかき消された。

 

 思い返すのは、イザベルの言葉だ。自分の半分も生きていないような若輩者の言葉だが、妙に胸に刺さったままだ。若い女の言葉が胸を打つなんて、まるで恋の始まりのような甘酸っぱい雰囲気が漂うな。だが、オレの胸中にあるのは、そんな明るい調子のものじゃない。言葉じゃ言い表せないようなモヤモヤしたものだ。

 

 あの後、話はイザベルを中心に回った。

 

 イザベルはオレをパーティに入れるメリット、オレを7人目と扱うことのデメリットを説き、クロエ、エレオノール、ジゼル、リディから承諾を引き出してみせた。弁の立つ奴だ。

 

 もっとも、真面目にイザベルの話を聞いていたのはエレオノールくらいだがな。クロエは最初からオレがパーティに入るのに賛成だし、ジゼルは最初からどっちでもよさそうに適当にイザベルの話を聞き流していた。問題のリディは不満そうな顔を見せたが、最終的にイザベルの言葉に頷いた。エレオノールもイザベルを信用しているのか、イザベルの言葉に賛同した。

 

 こうしてオレは、晴れて冒険者パーティ『五花の夢』の一員になったわけだが……。オレとしては、最良の結果が得られて万々歳と言えるだろう。しかし、予想外のこともあった。

 

「はぁ? オレがパーティのリーダー?」

 

 イザベルに告げられたその言葉は、とても意外なものだった。パーティメンバーからオレのパーティ入りの許可を引き出したイザベルは、そのままオレをパーティのリーダーに推したのだ。

 

「その通りよ。そんなに驚くことでもないでしょ? 貴方が一番経験豊富じゃない。貴方こそパーティのリーダーに相応しいわ」

 

 ただでさえ女の子ばかりのパーティーにお邪魔する形のオレだ。イザベルはこう言うが、オレがリーダーになるなんて他の子には認められないだろう。そう思ったのだが……。

 

「いいじゃない! あたしは賛成よっ!」

「そうですねぇ。よろしいのではなくて?」

「あーしもそれでいいよー」

「………」

 

 クロエが真っ先に賛成し、エレオノールもそれに続く。ジゼルも賛同し、残るリディは沈黙。賛成4の沈黙1か。

 

「いいのか、そんな簡単にリーダーを譲っちまって? というか、今のリーダー誰だよ?」

「はーい! あたし、あたし!」

 

 オレの問いに、クロエが元気よく手を上げる。クロエがリーダーだったのか。クロエならオレへの信頼もあるだろうから、オレにリーダーを譲渡しようとするのも分かる。だが……。

 

「他の奴は本当にそれでいいのか? お前たちのパーティだろう? こんなポッと出の奴に自分たちの運命、命を預けられるか?」

 

 パーティのリーダーは、時に命の選択を迫られることもある。多数を生かすために、少数を犠牲にせざるをえないこともあるだろう。その時、オレの決定に従うことができるか。多数派は少数派を見捨てることを良しとし、少数派は仲間の為にその身を犠牲にできるか。

 

 パーティのリーダーには、仲間にそれを許容させるだけのカリスマが必要だ。

 

 残念ながら、オレにはそんなものは無い。戦闘では役にも立たないポーターのオレだ。冒険者は、個人の強さを最上のものとして尊ぶ気風がある。大した戦闘力を持たないオレは、一段下に見られることが多い。そんなオレが、そんな大事なことを決定するのは納得されないだろう。

 

 “命”という重い言葉が出たからか、クロエたちは沈黙した。

 

「パーティのリーダーには、自分の命を預けられる、信頼できる奴にした方がいい。そうじゃないと後悔するぞ? 元々お前たちのパーティなんだろ? だったら、お前たちの誰かがリーダーをやった方がいい。オレは助言だけさせてもらう」

「それではダメなのよ」

 

 オレの言葉を否定する奴がいる。イザベルだ。オレはイザベルがパーティリーダーになるのが丸く収まると思うのだがな……。

 

「何がダメなんだ?」

「そんな二頭体制では、余計な混乱を生むだけよ。意思決定者は1人でいいわ」

「意思決定をするのは、あくまでリーダーだ。オレは助言をするだけで……」

「それがダメなのよ」

 

 イザベルがオレの言葉を遮って口を開く。いったいなにがダメだってんだ?

 

「貴方、昨日パーティを追放されたでしょ? その時、私もその場に居たのよ」

 

 イザベルの言葉に、胸が締め付けられるような気持がした。みっともないところを見られちまったな……。

 

「あの時、リーダーのブランディーヌが言っていたでしょ? いつもオレと反対のことを言うって。貴方としては、間違った選択を正しただけでしょうけど、ブランディーヌにとっては、毎回自分の決定を否定してくる貴方は疎ましいだけの存在だわ。それはあれだけ不満も溜まるわよ」

 

 イザベルが少し呆れたように言う。ブランディーヌの不満か……。ブランディーヌがオレに追放を告げた時のやけに晴れやかな顔が頭を過った。

 

「私たちの中で、一番冒険者に精通しているのは貴方よ。貴方がパーティのリーダーになるべきだわ。それなら余計な不満が溜まることも防げるし、貴方の知恵を存分に活用できるのよ。逆に貴方以外がリーダーになったら、いちいち貴方の助言に耳を傾けなくてはいけないの。そんなの非効率だわ」

「あぁ……」

 

 効率非効率で論ずるならば、たしかにオレがリーダーになった方が効率的だ。いちいち助言する手間が省けるからな。しかし……。

 

「お前たちの意志はどうするんだ? お前たちにも“こうしたい、ああしたい”っていう思いはあるだろう? 元々お前たちのパーティなんだ。自分たちのしたいことがあるんじゃないか?」

「それは、貴方が私たちの意見を聞く耳があればいいことでしょ?」

「そりゃ……そうだが……」

 

 そう言われるとそうなんだが……。本当にオレがリーダーになってもいいのか?



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冒険者ギルド

 その後、イザベルに丸め込まれる形で、結局オレはパーティのリーダーを引き受けてしまった。本当にこれで良かったのか、今でも少し心がざわつく。クロエたちも賛成してくれたとはいえ、なんだか子どものおもちゃを奪ってしまったような謎の罪悪感を感じる。

 

「オレがリーダーねぇ……」

 

 思えば、今回で4つ目となる所属パーティだが、オレ自身がリーダーをするのは初めてのことだ。オレにパーティのリーダーなんて勤まるのかねぇ……。柄にもなく、ちょっと不安だ。

 

 しかし、クロエを護るという観点から見れば、オレ自身がリーダーとなるのは歓迎すべきことだ。若い奴は自分の力を過信する傾向があるからな。その点をただの助言者としてではなく、パーティのリーダーとして諫められるのはありがたい。

 

「しかし、イザベルか……」

 

 今回の話し合いは、ほとんどイザベルが回していた。その終着点もイザベルの希望通りのものだ。論の立つ子だったな。頭の良さを感じた。たぶん、オレよりも頭の回転は良いだろう。オレとしては、イザベルにリーダーを任せて、オレが助言すればいいかと思ったんだが……その考えは、イザベルに否定されてしまった。

 

 二頭体制の弊害。オレにそんなつもりはなかったんだが、たしかに自分の意見にいちいちケチをつけられたら嫌になるだろう。かといって、パーティが間違った選択をしようとしている時に口を噤むことなどオレにはできない。

 

 イザベルの言葉を聞いて、なぜオレがパーティから追放されるのか、その片鱗が見えた気がした。

 

 今までマジックバッグばかりに目が行っていたが、この気付きは、値千金の価値があるだろう。イザベルに借りができたと言ってもいいかもしれないな。

 

 昨日から借りが増えてばかりだ。冒険者というのは貸し借りにうるさいからな。早めに返しておきたいところだな。

 

「リーダーねぇ……」

 

 自分には似合わないという思いが強いからか、気付けばまた零していた。

 

「面倒事にならなきゃいいが……」

 

 まぁ、若い女の子たちの集団に、オレみたいな“おじさん”が入るんだ。どこからどう見ても異物でしかないだろう。年も離れているし、男と女だ。嗜好も考え方も、なにもかもが違う。きっと衝突やすれ違いもあるだろう。

 

 今まで面倒見てきたの男だけのパーティだったからなぁ……勝手が分からん。

 

 ダメだ。弱気になるな。もう一度誓いを思い出せ!

 

 クロエを含め、パーティメンバーの全員に嫌われることなど覚悟の上だ。クロエたちが無事ならそれでいい。万々歳だ。今までのように、途中で切り捨てられても構わん。絶対に護り通す!

 

 決意も新たに大通りを歩いていると、やけに陽気な笑い声と、プライドがぶつかり合うような喧騒が混然となって聞こえてくる。目的地が近い。ここ賑やかな王都の大通りの中にあっても一際騒々しい建物だ。

 

 歴史を感じさせる石造りの武骨な建物。まるで貴族の屋敷みたいに正面に飾られた紋章には、カイトシールドをバックに剣と杖が交差している。王都では知らぬ者は居ないだろう冒険者ギルドの紋章だ。

 

「着いたぞ。迷子になってる奴は居ねぇよな?」

「うんっ! 大丈夫!」

 

 オレは後ろを確認すると、クロエをはじめ、『五花の夢』のメンバーが揃っていた。これから冒険者ギルドにゴブリンの発見を報告するため、証人として付いて来てもらったのだ。

 

 クロエたちの姿を確認したオレは、紋章の真下に位置する木製のスイングドアを押して、冒険者ギルドの中に入った。

 

 冒険者ギルドは昼から大いに賑わっていた。右手にあるはずの受付カウンターには、多くの冒険者が列を成して見えないほど。左手にある食堂にも多くの冒険者の姿が見える。中には席が取れなかったのか、床に座り込んで祝杯を挙げてる連中も居たほどだ。

 

「おい、あれ……」

「アイツは……」

「あれが……」

 

 さっきまで外に溢れるほど賑わっていたのに、オレの顔を見るなり、まるでさざ波が打ったかのように沈黙が広がっていく。なんというか、よそよそしいというか、まるで腫れ物のような扱いだな。おそらく、オレが昨日パーティを追放されたのを知っているのだろう。まったく、嫌な情報はすぐ回りやがる。

 

 しかも、最悪なことにアイツらまで居やがるようだ。完全にタイミングをミスったな。アイツら、『切り裂く闇』の連中もオレの登場に気が付いたようだ。

 

「あらあらあら! 誰かと思えば、寄生するしか能の無いアベルじゃありませんか!」

 

 ブランディーヌが先陣を切ってオレに近づいてくる。お互いにスルーすりゃいいのに、わざわざ絡んできやがった。最悪だ。

 

 オレ一人の時なら、どうってことはないが、今は後ろにクロエたちが居る。クロエたちからすりゃ、『切り裂く闇』は冒険者の先達で格上だ。下手に無視もできない厄介な奴らに絡まれちまったな……。

 

 しかも、それがオレのせいだってのが最悪だ。チクショウメッ!

 

「クロエ、これで皆にジュースでも奢ってやれ。叔父さんは、この生意気な奴らと話を付けなくちゃならねぇ」

「え、でも……」

 

 オレは渋るクロエに財布を押し付けて、クロエたちを無理やり押して食堂の方に行かせた。

 

 もう遅いかもしれねぇが、直接ブランディーヌたちに絡まれるよりもいいだろう。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

こんにちは(=゚ω゚)ノ

作者のくーねるでぶるです。

お読みいただきありがとうございます。

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どうか、皆さまの評価を教えてください。

 



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再会

 オレがクロエたちを逃がすように食堂へと行かせたら、すぐにブランディーヌたちがオレの目の前に陣取った。

 

「あの小汚い女の子たちは何かしら? まさか貴方、冒険者を辞めて娼婦の斡旋でも始めたの?」

「マジかよ。俺様が買ってやるぜ? いくらだよ?」

 

 ギリッ!

 

 いきなりクロエたちを娼婦呼ばわりする下衆に怒りが募る。気が付けば、歯が割れてしまいそうなほど強い力で食いしばっていた。

 

 オレは別に娼婦をしている女性に対して偏見や差別意識があるわけじゃない。彼女たちの多くが、望むと望まずに係わらず、娼婦しか道が無かったことも知っているつもりだ。

 

 だが、女性に対して娼婦か問うのは、禁句の一つだ。特に、親族の女性を娼婦呼ばわりするのは、最大級の侮蔑に近い。

 

 叶うことなら、このバカどもを殴ってでも理解させてやりたいところだが、冒険者同士の私闘はご法度だ。それに、もし私闘が許されたとしても、オレ一人じゃコイツらに勝てない。

 

 一対一ならヘヴィークロスボウでなんとかなるかもしれないが、それだけだ。こんな下品な奴らだが、その戦闘能力はオレを凌駕している。オレは初めて人を育てたことを後悔したかもしれねぇ。

 

「彼女たちは、オレの仲間の冒険者だ。彼女たちへの侮辱は許さん」

 

 オレの声にブランディーヌは目をぱちくりさせると、にちゃりと湿度の高い笑みを浮かべてみせた。

 

「あらあらあら! 今度はあんな下品な女の子たちに寄生するつもりなのかしらぁ!」

「おいおい、娼婦の方がまだマシな格好してるぜ?」

「女に目でも眩んだのか?」

「そこまで堕ちたか……」

 

 寄生という言葉が、オレを心を深く刺した。寄生か……。自分に戦闘能力は無く、ただ他者の戦闘能力を頼りにダンジョンに潜るオレは、たしかに寄生しているのかもしれない。そう思ってしまったのだ。

 

「………」

 

 言い返す言葉を紡げなくなってしまったオレに、ブランディーヌたちの追撃が入る。

 

「ふふっ。貴方は勝手に堕ちなさいな。わたくしたちは上に行きますから! アハハッ! あんな貧民の少女たちに頼らないとダンジョンに入れないだなんて、貴方、終わってますわ!」

「ケヒヒッ! 失敗したからって俺たちに縋ってくるんじゃねぇぞ。俺たちとお前は、互いに不干渉の約束があるからな」

「これはさすがにひどいな。女に狂って道を踏み外すとか。やはり貴様はクズだ」

「これで己の菲才に気が付いたはず。才無き者は冒険者などさっさと辞めてしまうことだな」

 

 ブランディーヌたちは、オレに言いたいだけ言うと、わざとオレの肩にぶつかって冒険者ギルドを出ていく。

 

「クソが……」

 

 オレはその背中にそう呟くことしかできなかった。

 

 

 ◇

 

 

 オレは、クロエたちに寄生しようとしているだけなのだろうか?

 

 そんな問いかけが自分の中でグルグルと巡っていく。

 

 今まで、他人になにを言われても気にもならなかったが、オレがクロエの成長の重荷になる可能性があると知って、オレの心は揺らいでいた。

 

 オレはこのままクロエと共に冒険者をやるべきなのだろうか?

 

「叔父さん……大丈夫だった……? アイツら、叔父さんをパーティから追放した奴らでしょ? 今度会ったら、あたしがぶっとばしてやるんだから! ……だから、元気出して……?」

 

 しばらく呆然としていると、いつの間にかクロエたちが不安そうな顔でオレを見上げていた。どうやら心配させてしまったらしい。いかんな。保護者失格だ。

 

「大丈夫だ。なんでもねぇよ」

 

 オレは努めて笑顔を浮かべてクロエの頭を撫でる。グローブ越しにも感じるサラサラの黒髪は撫でていて気持ちが良かった。なんだか、クロエの頭に手を置くと安心する。クロエの頭が、撫でるのに丁度いい高さにあるからか?

 

「でも……叔父さん、寂しそう……」

「ッ……」

 

 オレの体はビクリッと震え、いつの間にかクロエの頭を撫でる手も止まっていた。

 

 寂しそう? オレが?

 

「そう見えるか?」

「うん……。あんな奴らに言われたことなんて気にしちゃダメよ」

 

 べつに、ブランディーヌたちの言葉が直接刺さったわけじゃない。オレは、クロエに迷惑をかける可能性があることに気付いたから動けなくなっちまっただけだ。

 

「クロエ、本当にオレをパーティに入れてもいいのか?」

「今更どうしたのよ!?」

「将来、オレは……クロエの邪魔になるかもしれねぇ……」

 

 驚くクロエに、オレは気が付いたら内心を吐露してしまっていた。こんなこと言うつもりは無かったのに。クソッ! これじゃ格好がつかねぇ。

 

「いや、忘れて……」

「叔父さんは邪魔じゃない!」

 

 オレの言葉を遮って、クロエが噛み付くように吠える。

 

「絶対っ! あたしは叔父さんを邪魔なんて思わない! なにがあっても!」

 

 力強く真っ直ぐ見つめてくるクロエの黒い瞳に嘘は無かった。クロエは本気で言っている。そのことに気が付くと同時に、オレは弱い自分の心を恥じた。まさか、クロヴィスたちに会っただけで、こんなに自分の心が弱くなるとは……。

 

「ああ。ありがとよ」

「うんっ!」

 

 クロエの頭を撫でるのを再開すると、クロエが嬉しそうに頷く。

 

 そうだな。このままオレの持てる全てを使ってクロエたちを育て上げて、将来、オレの存在がクロエの邪魔になるなら、その時は改めて自分の進退を考えればいい。ただそれだけのことだ。



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報告

「こんにちは。本日はどういったご用件でしょうか?」

「トレイを出してくれ。血で汚れる」

 

 義務的なスマイルを浮かべた若い受付嬢に、オレはトレイを出すように指示を出した。

 

「分かりました」

 

 オレはなにも持っているようには見えないだろうに、受付嬢は素直に金属製のトレイをカウンターテーブルの上に用意する。オレのギフト【収納】は変に有名だからな。この受付嬢も、オレが【収納】のギフト持ちだと知っているのだろう。

 

 オレは収納空間を展開し、麻袋を取り出してトレイの上に置いた。麻袋の下側はドス黒く染まり、鼻が曲がりそうな悪臭を放っている。

 

「うぐっ……!」

「くっさ! ヤバいって! ヤバい臭いって!」

「ひどい匂いですね……」

 

 オレの後ろに居るクロエたちにも匂ったようだ。後ろから文句を言うように臭い臭いと騒いでいる。受付嬢も笑顔の仮面にヒビが入り、眉を寄せて不快感を露わにしていた。

 

「これは……?」

「ゴブリンの耳だ。王都の東門の近く南側で討伐した。数は八体。ゴブリンの強さはレベル3ってとこだった」

「それは……ッ!?」

 

 受付嬢も事の重大さが分かったのだろう。真剣な表情をしている。

 

「中身を確認しても?」

「構わない」

 

 受付嬢が麻袋を開くと、濃い血の臭いと悪臭が広がる。

 

「ゴホッ……失礼しました。ご確認します」

 

 受付嬢は一度咽ると、麻袋を広げ、中身を確認する。中に入っていたのは、緑色の三角形の物体が八つ。全てゴブリンの右耳だ。耳の形状はエルフの耳ように三角に尖っているが、ゴブリンの方が幅が広く大きい。

 

「これは……。詳細を調べるためにお預かりしてもよろしいでしょうか?」

「構わない」

「すぐにギルド長に報告します。もう一度、ゴブリンの発見場所を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 オレは、メモ紙を用意した受付嬢に頷くと、聞き間違えの無いようにゆっくりと話す。

 

「王都の東門を出てすぐの南側に行った所だ。まだ死体もそのままだから、すぐに見つかるだろう。ゴブリンの数は八体。強さは、ダンジョンでいうレベル3ってところだった。手慣れた冒険者なら、不覚を取ることはないだろう」

 

 オレの言葉が間違いなく受付嬢によってメモに書かれていくのを見届け、オレは体を左にズラした。

 

「一応、証人も連れてきた。オレ一人の証言じゃなにかと不安だろう?」

「ありがとうございます。アベル様の証言でしたら、わたくしどもは信用しております。ですが、せっかくですので確認してもよろしいでしょうか?」

「ああ」

 

 受付嬢がニコリと笑う。まぁ、信用うんぬんはリップサービスだろう。もしくは、冒険者歴が長いから、それだけの信用は稼げたのかもな。

 

 

 ◇

 

 

 エレオノールやイザベル、ジゼル、リディーをそれぞれ家に送った後、オレはクロエと幸せの綱引きをしていた。

 

「もー! 叔父さんもご飯食べていけばいいのに!」

「悪いな。この後、ちっと予定があってな」

「もー! あたしとお母さんだけじゃ、こんなに食べきれないわよ」

「明日の朝にでも食えばいいさ。んじゃ、もう行くぞ」

 

 ぐずってオレの手を離そうとしないクロエを言い聞かせて、なんとか手を放してもらう。まったく、オレとして嬉しい限りだが、そんなにこんな無精ヒゲのおっさんと一緒に居たいものかね。

 

 世の娘との関係が思わしくない父親連中には悪いが、オレとクロエの仲は、良好だと言ってもいいだろう。

 

 思春期の娘は扱いが難しいと聞いていたし、一時期はクロエに嫌われることさえ覚悟していたが、蓋を開けてみれば、なんてことはなかったな。

 

 これも偏にクロエが心優しい女の子だったということだろう。さすが、ラブリーマイエンジェルクロエだ。優しさが天元突破してやがる。

 

 もしくは、クロエにとっての思春期というやつは、これから訪れるのかもしれないが……。できれば、今のような関係を維持したいものだ。

 

「じゃあな、クロエ。姉貴にもよろしく言っておいてくれ」

「うん……。じゃあね、叔父さん」

 

 若干の寂しさを滲ませたクロエの姿に、罪悪感が湧き上がるのを感じる。しかし、今日はどうしても今日中に片づけたい案件があった。クロエには悪いが、許してもらう他ない。

 

 あぁ……。クロエにあんな悲しそうな顔をさせるなんて、オレはなんて罪深い生き物なんだ……。

 

 できることなら、オレだってクロエと共に夕食を取りたい。だが、それは許されないことだ。オレは今から将来のクロエのために働くのだからな。手抜きはもちろん、すっぽかすなんてありえない。

 

「じゃあな。おやすみ、クロエ」

 

 オレはそれだけ言うと、踵を返してクロエから目を離し、薄暗い王都の裏路地を歩いていく。

 

「おやすみなさい、叔父さん。ご飯ありがとね」

 

 クロエの声に振り返らず、片手を上げるだけで返して、オレはクロエと別れた。

 

 クロエには、露店で買った夕食を持たせたし、姉貴もちったー楽できるだろう。

 

 クロエと姉貴と共に囲む家族団欒。想像するだけで胸がほかほかと温かくなる。そこにオレの姿が無いのが残念でならないが、これもクロエのためだ。耐えよう。

 

 自分にそう言い聞かせて、オレは一路、冒険者ギルドを目指して歩み続ける。



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オディロン

「さて、どうすっかな……」

 

 オレは冒険者ギルドの中をゆっくりと見渡す。これから情報収集の時間だ。知り合いか情報屋でも居ればソイツに訊けばいいんだが……居るか?

 

「おっ!」

 

 丁度その時、深紅の外套を着た派手な赤髪の男と目が合った。あちらもオレのことに気が付いていたのだろう。オレと目が合うや否や、赤髪の男が二ヤリと笑みを浮かべるのが分かった。

 

 オレは進路を右に、赤髪の男に近づいていく。

 

「よぉ、オディロン。オレが言えた話じゃないが、ヒゲぐらい剃ったらどうだ?」

「バカ言うなよ。これこそが俺様のアイデンティティだぜ?」

 

 そう言うと、赤髪の男は同色の自慢のヒゲをしごいてみせる。コイツがオディロン。オレと同期の冒険者だ。冒険者認定レベルは6。ドワーフとのハーフで、毛深くて背が低く、オレの胸ぐらいまでしかない。しかし、その体はなんとも厚みのあるものだ。贅肉ではない。筋肉だ。ドワーフの血をひくためか、背は低いが筋骨隆々としていて、とてもではないが侮ることはできない覇気を感じる男だ。

 

 普通のハーフドワーフってのは、もっと細い体をしているもんだ。しかし、オディロンはドワーフの血に誇りを持っているのか、並みのドワーフよりも手足が太くなるほど鍛え抜き、立派なヒゲを蓄えてリボンで結んでいる。もはやハーフドワーフというよりも、でかいドワーフといった感じだ。

 

 ガハハッと景気よく笑っていたオディロンの顔が急に曇る。はて?

 

「聞いたぜ? 昨日は災難だったな」

「おぅ……」

 

 どうやらオディロンも昨日オレがパーティを追放されたことを知っているらしい。当たり前か。冒険者にとって情報は命だ。あんな大勢の冒険者の前での追放劇など、オディロンほどの冒険者にとって知っていて当然か。

 

「まぁ縁が切れて良かったんじゃねぇか? あんな奴らでもレベル6ダンジョンを攻略できると示してみせたお前さんの技量は大したもんだが、あ奴ら程度に“育て屋”アベルはもったいないとずっと思っていたところだ」

「オディロン……」

 

 オディロンはまたガハハハッと笑い出し、オレの肩をバシバシと叩く。痛い。オレの能力を買いかぶってるのも相変わらずだな。

 

 オディロンは、オレの能力を実際よりもかなり高く見ている節がある。オディロンに言わせれば、オレはブランディーヌたち『切り裂く闇』にはもったいないほどの人材なのだそうだ。実際はオレがパーティを追放されたというのに、ここまで高く持ち上げられると、なんだかこそばゆい気分だ。

 

 これがまぁ、オディロン流の慰め方なのだろう。なんとも豪快で陽気な奴だ。こんな奴だからこそ、根暗なオレでも友達になれたのだと思う。

 

「あ奴らだが、お前さんの抜けた穴を埋めようと、人員募集をかけとるようじゃぞ?」

 

 オディロンの話では、ブランディーヌたち『切り裂く闇』は、パーティメンバーを募集しているようだ。レベル6のダンジョンを攻略してみせた高レベル冒険者パーティのメンバー募集だ。大層賑わっているだろう。

 

「まぁ結果は見えておるがの」

 

 そう言って肩をすくめてみせるオディロン。情報通のオディロンのことだ。誰がメンバーに選ばれるか予想がついているのだろう。さすがだな。

 

「まぁ、あ奴ら恩知らずのことなど、どうでもいいのだ。思い出すだけで胸くそ悪いからな。しっかし、もう次のパーティを決めとるとはな。さすがの俺様も驚いたぜ」

 

 まぁ今朝電撃的に決まったことだからな。情報通のオディロンでも知らなくても無理はない。

 

 オレはパーティという単語に本来の目的を思い出す。

 

「実はオディロンに訊きたいことがあってな」

「訊きたいことだと?」

「あぁ、お前のところはたしか、若手冒険者の育成にも力入れてただろ?」

 

 オディロンがリーダーを務めるパーティ『紅蓮』は、主に若手の冒険者の育成に力を入れている。普通ならクランでも作ってやることだろうが、オディロンは敢えてクランを作らず、無償で若手冒険者なら誰でも支援しているらしい。クランという枷に嵌めたくないそうだ。

 

 枷なんて言い方したら、クランが悪い組織に思えるな。クランというのは、元々冒険者パーティ同士が寄り添って作る相互援助組織のことだ。

 

 クランに所属すると様々な恩恵が受けられるが、同時に対価も発生する。運営費ということで金を取られたり、自分たちより拙いパーティの教導なんかも課せられるのが一般的だ。

 

 オディロンは、そんな義務的な関係を嫌って、敢えてクランを作らないらしい。なんというか、オディロンらしいというか、漢気溢れるというか……。

 

 そんなオディロンだからか、彼は若手の冒険者からの信奉が篤い。若手冒険者たちは、受けた恩を返そうとオディロンに格安で自分たちの得た情報を売る。自分たちは無償で若手冒険者の支援をしているくせに、オディロンは無償で情報を貰おうとしないからだそうだ。だから仕方なく格安で情報を売って、恩返ししているらしい。

 

 なんと言えばいいのか、こういう話を聞くと、冒険者もまだまだ捨てたもんじゃないと思えてくるな。



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本気

 とまぁ、そんな訳でこの目の前の筋骨隆々としたハーフドワーフは冒険者の中でも随一の情報通だ。オディロンに訊けば、最新の若手冒険者たちの動向も分かるだろう。

 

「情報が欲しいんだ。最新の情報がな」

 

 オレの話を聞いて、オディロンが眉を寄せる。一見、その巌のような顔が不機嫌そうに歪んでいるように見えるが、これがオディロンの考えを纏める時の顔だ。それが分かるオレは、慌てずにオディロンの言葉を待つ。

 

「俺様に訊くってことは、ひよっこどもの情報か? お前を手に入れた幸運なパーティは、どうやらひよっこらしいな?」

「ほう……。相変わらず勘がいいな」

 

 オレの言葉に、オディロンがニヤリと笑って見せる。まったく、相変わらずの勘のよさだな。オレが零した僅かな情報から、オレの所属するパーティが初心者のパーティであると見抜いてみせた。

 

「惜しいな……」

 

 オディロンが呟くように零す。

 

「惜しい?」

 

 いったい何が惜しいというのだろう?

 

「お前さんほどの実力なら、一線級のパーティからも誘いがかかるだろう」

「いや……」

 

 オレは、オディロンの言葉を首を振って否定する。実際に、オレにパーティの勧誘をしたパーティなんて居ない。まぁ、それが答えなのだろう。オレのようなマジックバッグにも劣るギフトなんて、お呼びじゃないってこった。

 

「いつも陰に徹するお前さんが、その才能を存分に発揮して華々しく活躍するところも見たかったんだがなぁ……」

「そう言われてもなぁ。いつも言ってるが、オレはそんな大した奴じゃねぇよ」

 

 レベル8という認定レベルがそうさせるのか、オディロンはオレのことを高く評価し過ぎている節がある。まぁ、同じくレベル8に認定されているのが“雷導”や“悪食”だからな。奴らと同じような活躍を期待しているのかもしれない。

 

「まぁ、あんたがオレのことを認めてくれるのは嬉しいけどよ。本物の天才ってのは、“雷導”や“悪食”のことを言うんだろうぜ?」

 

 “雷導”や“悪食”は、単独でレベル8ダンジョンを制覇した本物のバケモノだ。本物の天才には、凡人は付いていくことすらできない。これは“雷導”や“悪食”に限った話じゃないが、高名な冒険者ってのはパーティを組まないソロの場合が多い。その圧倒的な実力に、周囲の冒険者が付いていけなくなるからだ。

 

 真の天才にとって、オレたち凡人は単なる足手まといでしかない。

 

「オレは荷物持ちしか能のねぇ、しがないポーターでしかねぇ。その唯一の長所もマジックバッグにも劣るような奴だぜ? マジックバッグが手に入るまでのツナギでしか活躍場所がねぇよ」

 

 オディロンがムッとしたように眉を逆立てて口を開く。

 

「お前さんのその自分を過剰に卑下するクセは好きになれんな。俺様は、お前さんならレベル9ダンジョンの制覇も夢じゃねぇと思ってる」

 

 レベル9ダンジョンの制覇なんて、ここ100年以上ないことだ。レベル8ダンジョンを単独で制覇できる“雷導”や“悪食”も、レベル9ダンジョンの制覇はできていない。噂では、何度か挑戦しては失敗しているらしい。努力し続けた本物の天才でも突破できない難攻不落の魔境。それがレベル9ダンジョンだ。

 

 そんなところをオレが制覇できるわけがねぇ。だというのに、オレを真っすぐ見つめるオディロンの瞳には、本気の色があった。

 

『どうして貴方がそこまで自分に対して卑屈なのかは分からないけど、冒険者ギルドは、周囲の冒険者は貴方を認めているのよ?』

 

 不意にイザベルの言葉が頭を過る。まさかな……。オレのことを認めているのは、せいぜいオディロンくらいだろう。

 

「……それこそ、買いかぶりってやつだ」

「はぁー……」

 

 オレの言葉を聞いて、オディロンは深い溜息と共にゆっくりと首を横に振った。

 

「ふーむ……。俺様の言葉でも、お前さんを本気にすることはできないか……。お前さんが本気になるのは、いったいいつなんだろうな……」

「………」

 

 オレはいつでも生き残るために最善を尽くしているつもりだ。言ってみれば、ダンジョン攻略中は常に本気。手を抜いた覚えなんて無い。

 

「まったくもって惜しい限りだぜ……」

 

 そのハズなんだが、オディロンから見ればオレの本気は本気には見えないらしい。まぁ、戦闘系のギフトを持つオディロンから見れば、戦闘系のギフトを持たないオレの本気なんて、所詮はそんなものなんだろう。まったく、オレも【収納】なんてギフトじゃなくて、戦闘系のギフトが欲しかったよ。ままならんものだな。

 

 まぁ、それでも【収納】のギフトの新たな能力を発見した今は、オレは自分のギフトに少しは期待が持てている。まだ、詳しくは調べていないからなんとも言えんが、できれば、少しは役立つ能力だと嬉しい。

 

「俺様が言っても仕方ないか。んで? ひよっこどもの情報だったな。何が欲しいんだ?」

 

 そうだった。最初は、若手冒険者の動向が知りたくてオディロンに声をかけたんだったか。

 

「そうだな……」

 

 オレは求めていた情報を手に入れるために口を開いた。



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キール

「たしか、こっちだったな……」

 

 朝早く、オレは王都の大通りから外れた狭い路地を歩いていた。王都の華々しい大通りの気配は消え失せ、煤と鉄が支配する武骨な雰囲気の小道。オレはその奥へと進んでいく。

 

 熱気が籠り、鉄を鍛えるハンマーの音が絶えず聞こるここは、通称、職人街と呼ばれる王都の一画だ。オレは規則正しく刻まれるハンマーの音を頼りに、区画整理もされていないヨレヨレの道を歩いていく。

 

「あった、あった」

 

 オレはお目当ての古びた鍛冶屋を見つけると、ノックもせずにドアを開ける。ノックなんてしても聞こえないしな。ドアを開けた瞬間、鉄を鍛えるハンマーの音が一層高らかに響き、もあっと火傷しそうなほどの熱気を感じた。

 

 鍛冶屋の中は、狭い部屋に、小さなカウンターテーブルが一つあるだけの極めて質素な造りだった。商品が飾ってあるわけでもなく、カウンターテーブルの向こうに、さらに奥へと向かうドアが開け放たれているだけだ。

 

「おーい! キール! おーい!」

 

 オレは大きく声を張り上げながら、カウンターテーブルに置かれた大きなハンドベルをガランゴロン鳴らす。

 

「ちょっと待っていてくれー!」

 

 開け放たれたドアの向こうから、ハンマーの甲高い打撃音に混ざって聞こえるのは、怒鳴っているというのに、なんとも典雅な響きを持った声だった。

 

「おう!」

 

 オレは店の店主に知らせが届いたことを知ると、ハンドベルをカウンターテーブルに置き、部屋の隅に置かれた椅子へと腰かける。

 

「ふぃー……」

 

 大して運動もしていないというのに、椅子に座った瞬間、腰が蕩けそうになる。いやまぁ、腰は使ったけどよぉ……。

 

 シヤの艶姿が脳裏に浮かんだ瞬間、カウンターテーブルの奥のドアをくぐって、一人の絶世の美男子が顔を出した。その顔や服や煤まみれに汚れているというのに、彼の美貌は少しも陰りが見えない。相変わらず、ものすごい色男っぷりだな。さすがはエルフだ。

 

「よお、キール。邪魔してるぜ」

「やはりアベルだったか。今日はどうしたんだ?」

 

 キールはカウンターテーブルの向こうに腰を下ろすと、深い息を吐いていた。鍛冶仕事で疲れているのだろう。オレの目の前に居るキールこそ、世にも珍しい王都でもただ一人のエルフの鍛冶屋だ。ちなみに、昔は一緒にパーティも組んだこともある。昔、命を預けあった仲だからなのか、オレとキールは今でもとても気安い仲だ。

 

「キールに、ちと頼みたいことがあってな」

「ふむ。また難題ではないとよいのだが……」

 

 そう言って、肩をすくめてみせるキール。コイツは羨ましいくらい絵になるな。

 

 オレは、鍛冶屋であるキールに、直接武器や防具を依頼することが多い。間に商会が入ると、その分値段が高くなるし、オレの注文するものは特殊なものが多いのか、冒険者用の商会でも取り扱っていることが少ない。

 

 だから、オレは直接キールに注文しているわけだ。オレ愛用のヘヴィークロスボウを作ってくれたのもキールだし、最近はクロエのメイン武器であるスティレットも作ってもらった。オレの最も信頼する職人の一人だ。

 

 冒険者ってのは、己の武器や防具に命を預けるからな。腕のいい鍛冶師や職人は、時に信奉の対象にもなるほどだ。

 

 キールは、ドワーフが大半を占めている名鍛冶師の中でも、エルフながらも高い評価を受けている。以前はあったエルフのクセに鍛冶師をしているという下に見る風潮も、自力で跳ねのけた芯の強い奴だ。仕事も丁寧だし、キールになら、オレは喜んで命を預けられる。

 

「今日は簡単な仕事だぜ」

 

 オレもキールの真似をして肩をすくめてみせる。

 

「どうだかな。アベルは時々突拍子も無いことを言う」

「へへっ」

 

 オレは鼻の下を擦ると、収納空間からある物を取り出した。

 

「それは……?」

「今日はコイツを作ってもらいたい」

 

 オレがカウンターテーブルに置いた物、それは、まるで大きく太い杭のようなヘヴィークロスボウの専用ボルトだ。並みのボルトの何倍も大きく、オレの親指よりも余裕で太いボルト。さすがにここまで大きなボルトは、商会では売っていない。特注品だ。

 

 そして、このボルトを作ってくれるのがキールだ。キールは弓が得意な種族と言われるエルフだからか、矢の鏃は勿論、クロスボウのボルトの制作も上手い。真っ直ぐ狙い通りに飛んでくれるボルトは、大袈裟かもしれないが感動ものである。

 

「ふむ。ボルトか。以前作ったのをもう消耗したのか?」

 

 クロスボウのボルトは、消耗品だ。オレは定期的にキールの店を訪れては注文している。

 

 ヘヴィークロスボウの威力は強力だからな。その威力ゆえに、ボルトの先端が潰れたり、歪んだりして、ヘタるのが早い。だいたい、2、3回使い回したら、そのボルトはダメになる。

 

 たしかにボルトの補充もしたい。だが、今回はそれだけじゃない。

 

「それもあるが、今回はボルトが大量に欲しい。それこそ、1000は欲しいくらいだ」

 

 オレの言葉に、キールが僅かに目を瞠って驚きを示す。

 

「1000ときたか。アベルのギフトは優秀だが、ボルトも1000発となると、かなり場所を取るぞ? ギフトが成長して、収納できる容量が増えでもしたのか?」

 

 オレは、少し考えると、キールに真実を話すことに決めた。命を預けると決めた相手だ。そんな相手に隠し事なんて今更だろう。キールはお喋りというわけじゃないしな。

 

「ギフトが成長したのは正解だが、容量が増えたわけじゃねぇ。新しいスキルを見つけたんだ」

「なにっ!? それは本当か!?」

 

 キールが、今度はカウンターテーブルに身を乗り出すようにして、驚きを示す。キールが驚くのも無理はないくらい、新たなスキルを発見するのは稀なことなのだ。ギフトを貰いたての新成人ならともかく、オレみたいなおっさんが今更新たな能力を発見するのは、特に稀である。

 

「どういったスキルなんだ?! 実戦では使えるのか?!」

「まぁまぁ、落ち着けよ」

 

 新たなスキルを発見した当事者であるオレよりも、キールの方が興奮していた。それだけ、オレのことを気にかけてくれているということだろう。

 

「実戦では使えるな。むしろ、オレの弱点を大いに補ってくれる可能性がある。まだまだ検証不足だがな」

「そうか!」

 

 キールが満面の笑みを浮かべてオレを見ていた。オレはなぜだか少し恥ずかしいものを感じた。まったく、コイツは昔から好い奴だな。オレの成功を自分のことのように喜んでくれる。

 

「私はね、アベル。君のおかげで念願の鍛冶師になることができたのだ。君には恩を感じている。なんの力もない私を、君はここまで導いてくれた。感謝している。そんな君のめでたい門出だ。ボルトでもなんでも作ろうじゃないか。勿論、お代は私持ちでね」

「そいつはありがたいが、本当にいいのか? それに、オレはなにもしてないさ。全てはキールの実力だ」

 

 キールはギフトこそ鍛冶師向きのギフトで実戦には使えなかったが、エルフの中でも精霊魔法と弓の腕が抜群だった。本人はなにもできなかったと謙遜しているが、オレよりもよっぽどパーティに貢献していたくらいだ。

 

「アベルのおかげで店の評判もいいからね。構わないさ。今度、大通りの商会に品物を卸すことになってね」

「キールの実力に、皆が気が付いただけさ。オレはなにもしていない」

 

 店の評判がいいのは、それこそキールの実力だろうに。

 

「店を出した最初の頃、一番厳しい時期だ。君が私の店を買い支えてくれたじゃないか。それに、周りの冒険者にも宣伝してくれた。アベルの紹介だからと、店に来てくれた客も多い」

「オレは信頼できる奴に仕事を任せただけさ。それに、もしキールの腕が悪ければ、客は来ても常連になることはなかった。キールの実力で勝ち取った未来だぜ」

「嬉しいことを言ってくれる。君の信頼を勝ち得ているのは、私の誇りとするべきことだな」

 

 まったく、相変わらず大袈裟だな。そして、驚くほど義理堅い。こんな奴だからこそ、オレはキールを信頼しているのだ。

 

「お披露目がてら、オレのスキルを見てくれよ。検証も手伝ってくれると助かる」

「いいのか? アベルの新しい武器になるのだろう? パーティメンバー以外には秘匿するべきだと思うが……」

「信頼してるさ。それに、手伝ってくれると助かるってのも本当でよ?」

 

 オレは久しぶりに飾らなくていい相手に会えて、知らず知らずのうちに饒舌になっていた。やっぱり、思春期の女の子の中に、オレみたいなおじさんが割って入るってのは、無駄にストレスを抱えるもんな。ガサツなオレだが、これでも『五花の夢』のメンバーには気を遣っているのだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

こんにちは(=゚ω゚)ノ

作者のくーねるでぶるです。

お読みいただきありがとうございます。

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集合

「で、だ……」

 

 オレは目の前に集まった『五花の夢』の面々を見ながら頭を抱える。あぁーもう、頭が痛ぇぜこの野郎……。

 

 ここは王都の東門の広場だ。オレたち6人は広場の片隅、門に近い場所に集合していた。広場には多くの屋台が軒を連ね、市が立っている。先程からひっきりなしに馬車と人々が行きかい、王都の賑わいを象徴していた。

 

 ガヤガヤと意味のある単語さえ聞き取れない騒がしい空間。オレはその中でも声が通るように、大きな声を上げる。

 

「お前ら、冒険者ナメてんのか? なんだよその恰好は?」

 

 冒険者を始めるにあたって、オレが装備一式を成人祝いに贈ったクロエ以外のメンバーの装備がダメダメだった。冒険者じゃなくても、旅人の方がよほどまともな装備をしていると思うほどだ。これから、実際に命のやり取りをするダンジョンに潜るというのに、この装備はひどい。ナメてるを通り越して終わってる。

 

 特にひどいのが……。

 

「エレオノールとジゼルはなんだ? なんでミニスカートなんだ?」

 

 エレオノールの鎧は良い。若干装飾華美なところがあるが、鎧自体の質は高そうだ。だというのに、エレオノールはなぜか白のミニスカートに黒のニーハイソックスというふざけた格好をしていた。ミニスカートとソックスの間の露出した白い太ももが眩しい。

 

「かわいらしいでしょう?」

 

 エレオノールがクルリと回転してみせる。バレエでも習っていたのか、その体幹にズレはない。それ自体は良いことだが、ひらひらと翻るミニスカートがなんとも頼りない。そもそもかわいらしさで命を預けることになる装備を選ぶこと自体が間違っている。

 

 エレオノールに感化されたのか、ジゼルもクルリと一回転してみせた。ひらりとスカートの裾が捲れ上がり、クリーム色のパンツがチラリと見えた。こちらに至ってはもう何から指摘するべきか……。

 

 ジゼルは、先日の初顔合わせで会った時の恰好のまま現れた。ピチピチの明らかに体の大きさに合っていないワンピース姿だ。パッと見では下を履き忘れたように見える格好だ。靴も使い古したボロボロの靴で、その細くてしなやかな白い脚がむき出しになっている。冒険者らしい装備は腰に佩いた安物の剣だけで、それが無ければ、ただの物乞いが似合う貧民の少女だ。とても冒険者のする装備とは思えない。

 

「はぁ……。お前らは本当に冒険者って自覚があるのか? これからダンジョンに潜ってモンスターと戦うんだぞ?」

「もちろんありますわぁー」

「そーそー。ダンジョンのモンスターなんて一撃だから!」

 

 エレオノールとジゼルの答えを聞いて、更に不安を募らせたオレを誰が責められるだろう。

 

「そんな恰好で戦えば、要らん怪我をするだろうが。なんなんだお前らは? パンツ見せたがりの痴女かなんかか?」

「ち、痴女なんかじゃありませんっ!」

 

 エレオノールが顔を赤くしてブンブンと両手を振って否定する。だが、そんな短いミニスカートで戦闘なんかしたら、確実に見えるだろう。ジゼルなんてもっとひどい。そのピチピチのワンピースの裾は、股下から指2本くらいしかないような超ミニスカートだ。もう見せるための恰好にしか思えない。娼婦だってもうちょっとマシな格好してるぞ。

 

「この方が動きやすいしー。パンツぐらい見られてもべつによくなーい?」

「はぁー……」

 

 ジゼルの言い分に、オレは大きな溜息で応えた。最近の娘ってこうなのか? それとも、ジゼルが特別なだけか?

 

 いずれにしても、クロエに悪い影響が合ったら目も当てられない。ギャルなクロエというのもそれはそれで魅力的だろうが、できれば貞淑に育ってほしいのが叔父心だ。決して人様にパンツを見せびらかす痴女にはなってほしくはない。

 

 次に、オレの視線はイザベルへと向かう。コイツも問題だ。

 

「イザベルは……もっとマシな服は無かったのか?」

 

 イザベルの恰好は一目で安物と分かる膝丈の黒いワンピースだった。一応剣を佩いていたジゼルとは違い、もう普通の町人にしか見えない。

 

「私の武器は精霊魔法だもの。服は関係ないでしょ?」

「いや、確かにそうだが……魔法を強化する装備ってのもある。せめて杖くらい持ったらどうだ?」

 

 魔法使いといえば杖を連想する人も多いだろう。それは、魔法を強化する宝具が、杖に偏っていることに由来する。人類はまだ、魔法を強化する装備を作れないのが現状だ。ダンジョンから得られる宝具を使うしかない。

 

「知っているわ。でも、高くてとても買えないのよ。こんな格好をしているのですもの。貴方にも察することができるでしょ?」

 

 たしかに、イザベルの服装は、みすぼらしいと表現するのが妥当かもしれない。宝具の杖を買うような金があったら、まず服装をどうにかするか……。

 

 ということは、同じようにほつれの目立つ服を着ているジゼルも金欠なのだろう。

 

 まぁ、初心者冒険者なんてこんなものか……。昔を思い出せば、オレも初心者の頃は似たようなものだったと思う。

 

 これはテコ入れが必要だな。



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テコ入れ

 『五花の夢』のメンバーにテコ入れの必要性を感じながら、オレは残るリディへと視線を向ける。

 

 リディは白地に青のラインが入ったぶかぶかの教会の修道服を着ていた。教会からの支給品だろう。

 

 一見、リディの装備には問題が無いように思えるが、やはり護身用に杖やナックルダスターくらい持っていた方がいいだろう。防御面も考えて、チェインメイルを下に着こむのもアリだ。

 

「はぁ……」

 

 オレは胸が潰れるほど大きな溜息を吐くと、パーティメンバーに告げる。

 

「今日のダンジョン攻略は無しだ」

「「えぇーっ!?」」

「それはどうしてでしょう?」

 

 クロエとジゼルが驚いたような声を上げ、エレオノールがオレに問うてくる。

 

「せっかく朝早くに集まったんですもの。ここはダンジョンに行くべきよ」

「んっ……」

 

 イザベルもダンジョンに行くべきと声を上げ、リディもそれに賛同するように頷く。

 

 オレもダンジョンには行きたかったさ。行って早くパーティの実力を確かめたかった。しかし……。

 

「そんな装備でダンジョンに行けるかよ。今日は予定を変更して装備の新調だ」

 

 オレの宣言を聞いて、ジゼルとイザベル、そしてリディの顔色が曇る。

 

「わたくしは構いませんが……」

 

 エレオノールがなにか言いづらそうにジゼルたちを悲しげな目で見た。さっきイザベルにも察しろと言われたが、ジゼルとイザベル、そしてリディも金欠なのだろう。リディは教会からの支給品である修道服があるからまだいいが、ジゼルとイザベルなんて、冒険者以前に物乞いのような格好だ。とても金があるとは思えない。

 

 『五花の夢』は、レベル1ダンジョンを2回、レベル2ダンジョンを2回制覇しているらしいが、低レベルダンジョンでの稼ぎなんて、たかが知れているしな。

 

「ハッキリ言わないと分からないみたいだから言うけど、私たちにはお金が無いのよ。装備を新調したくてもできないわ」

 

 不貞腐れたように言うイザベルに、オレは一つ頷いてみせる。

 

「そんなことは見りゃ分かる。オレが投資してやるよ。期限も利息も無しの催促無しだ」

「おぉー!」

 

 オレの言葉に、ジゼルは目を輝かせるが、イザベルは逆に眉を寄せて険しい顔になった。この好条件の何が気に入らないんだ?

 

「それじゃあ貴方にお金を出すメリットがないわ。見返りに何を求めるつもり?」

 

 イザベルが自分の体を緩く抱き、心なしかオレを蔑んだ目で見ているような気がする。オレのことを、見返りにイザベルたちの体を求めるような奴だと思っていそうだ。かわいい姪の前でそんなこと言うかよ。

 

 自己紹介の時の印象が悪かったのか、イザベルとリディの2人には、特に警戒されているような気がする。まぁ、姪に「浮気者」と殴られるくらいだしな。警戒して当然かもしれない。そういえば、クロエの奴はなんでオレのことを「浮気者」なんて糾弾したんだ? オレは独り身だし、付き合っている彼女が居るわけでもないんだが……。

 

 クロエに真相を確認した方がいいような気もするが、今無暗に藪をつつく必要も無いか。

 

 まぁ、今はオレに対して不信感を抱いているイザベルとリディをどうにかしよう。

 

「勿論、見返りは求めない。不安なら念書を書いてもいいぞ」

「本当かしら」

 

 イザベルはまだオレを疑いの目で見ていた。なんでこんなに疑われてるのかねぇ。やっぱり男女混合のパーティは問題があるのか、それとも金が絡んだ話だから警戒しているのか……先が思いやられるな。

 

「そんなに疑うことないだろ? 金は後からちゃんと返してもらうしな。オレに損は無い」

「損も無いけど益も無いでしょ? 貴方のメリットが見えないから逆に不安だわ。無償の慈善活動にだって誰かの利益が隠れているものよ? それとも貴方は、そこまで底抜けのお人好しなのかしら?」

 

 なんともひねくれた答えが返ってきたものだ。イザベルは人の善意というものが根底から信じられないらしい。今までどんな生活をしてきたのやら。イザベルがボロの服を着ているのを見るに、厳しい生活をしてきたことがなんとなく察せられる。きっと、その中で人の善意など信じられないと思うようなことがあったのだろう。

 

 イザベルは賢い子だ。人の善意が信じられなくても、理があれば分かってくれる。この場合、イザベルたちに投資するオレのメリットを示してやればいい。

 

「心配するなよ。オレにもメリットのある話だからな」

「貴方のメリット?」

 

 オレはイザベルに頷いてみせる。

 

「いいか? お前らの装備を整えて、お前らが強くなれば、それだけパーティメンバーであるオレのメリットにもなるんだ。オレは所詮、戦闘系のギフトを持たないただのポーターだからな。パーティの戦闘力ってやつは、お前らの強さに依存してる。オレの命もお前ら次第なところがあるくらいだ」

 

 まぁ、装備を変えたところで得られる強さなんて微々たるものだがな。大事なのは、パーティのコンビネーションや連携だ。そっちは追々育てていくとして、まずは装備を整える。今のままじゃあ、あまりにもひどい。

 

「冒険者の稼ぎってのは、どのレベルのダンジョンを攻略できるかで決まると言っていい。一般的に、攻略するダンジョンのレベルが上がれば、稼ぎも上がっていくってもんだ。お前らもレベル2までダンジョンを攻略したみたいだが、ハッキリ言ってレベル3以下のダンジョンの稼ぎなんて、たかが知れてる。雀の涙みてぇなもんだ」

 

 レベル3以下でも稼げるダンジョンもあるにはあるが、そこはいつも満員で、モンスターやボスの奪い合いが日常茶飯事だ。せっかくの低レベルで稼げるダンジョンなのに、挑戦する冒険者が多すぎて、皆で仲良く貧乏になってやがる。

 

「オレとしては、さっさとレベル3以下のダンジョンを抜けて、レベル4以上のダンジョンに行きたい。そのためには、一日でも早くお前らに強くなってほしいんだ。だからまずはお前らの装備を整える。お前らが自分で装備を整えられるだけ稼ぐのを待ってる時間がもったいないからな。お前らだって、さっさと稼げるダンジョンに行って借金無くしたいだろ? この投資はお前らの為でもあるが、オレの為でもあるんだ」

 

 眉を寄せて難しい顔を浮かべていたイザベルが頷くまで、オレの説得は続いた。



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切り裂く闇

「はぁ!? どうなっていますの!?」

 

 わたくし、ブランディーヌは、わけが分からず冒険者ギルドの受付嬢に問い返した。

 

「で、ですから……『切り裂く闇』へのパーティ参加希望者は居りません……」

 

 わたくしの怒声に恐れをなしたのか、受付嬢が震えながら答える。しかし、その言葉は、わたくしの望んだものではなかった。沸々と怒りが込み上げてくる。

 

「貴女、ナメてますの?!」

「ひっ……」

 

 もう一度怒鳴るように問うと、受付嬢の口から小さく悲鳴が漏れた。その顔は血の気が失せたように白くなり、唇が紫になっている。目は充血して赤くなり、目尻には今にも零れそうなほど大きな涙の粒が見える。

 

 受付嬢の恐怖に強張らせた顔を見て、わたくしの溜飲が少し下がる。前から冒険者ギルドの連中は気に喰わなかったけど、これだけ脅せば少しはわたくしたちを見る目も変わるだろう。

 

 ギルドの連中は、アベルばかり贔屓して、わたくしたちのことをまるで評価しない。あんなマジックバッグにも劣るハズレギフトしか持たない奴のどこがいいのかしら。アベルはポーターでしかない。ただの荷物持ちだ。パーティの主力は、実際に戦ってるわたくしたちのハズなのに、アベルばかりが評価される意味が分かりません。

 

「それで? 本当は何人参加希望が来ていますの?」

 

 今度は優しく受付嬢に問い質す。もうナメた口はきかないでしょう。

 

「あの……、本当に参加希望が来ていないんです。信じてくださいッ!」

 

 涙を拭って訴える受付嬢の姿に嘘は見えなかった。本当に? 本当に『切り裂く闇』へのパーティ参加希望者が0だって言いますの!?

 

「そんなバカな話があるわけないでしょう!!!」

 

 わたくしは苛立ちを込めてカウンターテーブルを叩いた。テーブルがミシリッと音を立てるほど全力だ。

 

 このアマ、まだわたくしのことをナメていますの?!

 

「いいですか! よく聞きなさい! わたくしたちはレベル6ダンジョンを制覇した『切り裂く闇』ですよ! 若手じゃ頭一つも二つも飛び抜けてるビッグネーム! なんで新進気鋭のわたくしたちのパーティに入りたい奴が居ないんですの! おかしいでしょう!!!」

 

 普通に考えて、選ぶのもたいへんなほど大量に集まるはずだ。それが0なんてありえない!

 

「ブランディーヌ、こちらへ来るがよい」

 

 もう一度受付嬢を分からせてやろうと口を開こうとすると、腕を掴まれて後ろに引っ張られた。セドリックの声だ。

 

「なぜ止めますの?!」

 

 後ろを向いて、巨漢のセドリックに噛み付くように吠える。

 

「そうだね。これ以上はマズイ。まずはこっちに来なよ」

 

 ひょろっとした黒いローブ姿のジェラルドもわたくしを制止する。マズイ? いったい何がマズイというの? わたくしたち『切り裂く闇』が冒険者ギルドにナメられている方がよっぽどマズイ状況でしょう?!

 

「左様。これ以上は看過できぬ。周りを見てみるがよろしい」

 

 周り? グラシアンの言葉に周りを見ると、険しい表情をした冒険者たちと目が合った。言い直しましょう。冒険者たちの表情は、険しいを通り越して、わたくしを蔑みの視線で見ていた。どういうことですの!?

 

「お嬢、ここはちと状況がわりぃ。頭冷まして向こうで話し合おうぜ」

「ええ……」

 

 周りの冒険者の視線に気圧されるように、わたくしはジョルジュの言葉に頷いてしまった。クッ! なんて惨めな気分なの!

 

 

 ◇

 

 

 場所を変えて、わたくしたちは冒険者ギルドの食堂で顔を突き合わせていた。

 

「なんなんですのアイツらは?! わたくしをバカにしやがって!」

 

 受付嬢に周りの冒険者ども、アイツらは間違いなくわたくしをバカにしている。一度は矛を収めたが、未だにわたくしの腸は、沸々と煮えくり返っていた。

 

「怒りは分かるが、今は落ち着くのだ。怒っても事態は好転せぬぞ」

 

 今はセドリックの正論にも腹が立つ。ですが……。

 

「はぁー……」

 

 口から熱い息を吐き、怒りを収めるように努力する。不満を飲み込み、聞く耳を持つ。パーティを導くリーダーには必須の技能だ。そうわたくしに教えたアベルの影がチラつき反吐が出そうですが、使えるものはなんでも使う。それが冒険者です。

 

「それで? なぜわたくしを止めたの?」

「お主も見ただろう? あの冒険者どもの目を。あのままでは我々が悪者になる」

「悪名が怖くて冒険者なんてやってられませんわ。あのナメた態度の受付嬢をシバいた方がよかったのではなくて? その方が冒険者ギルドも目を覚ますことでしょう」

 

 わたくしはセドリックを鼻で嗤うと、今度はクロードが口を開く。

 

「あの受付嬢が嘘を言っていないとしたら?」

「どういうことです?」

 

 明らかに嘘を吐いているあのアマが、嘘を吐いていないってのはどういう了見でしょう?

 

「アベルだ」

 

 クロードの呟いた名前に、わたくしは反射的に顔を顰める。できればもう一生聞きたくない名前だ。

 

「僕たちはアベルの影響力を低く見ていたのかもしれない。考えてみれば、あんな無能がレベル8になれるなんておかしな話だろ? そのぐらい冒険者ギルドに強い影響力を持っているんだ。そして、アベルは僕たちのことを憎んでいる。もう分かるだろ?」

「そういうことですの……。腐っていてもレベル8ってところかしら……」

 

 アベル、どこまでもわたくしたちの邪魔をする奴!

 

「どういうこった?」

「寄生虫のアベルの妨害に遭ったんです。アイツが裏で手を回して、冒険者ギルドへのわたくしたちの依頼を握り潰したんですわ!」

 

 まだ事態を飲み込めないジョルジュに、わたくしは端的に言って聞かせる。

 

「これからどうする?」

「決まっていますわ!」

 

 わたくしは不安な顔を浮かべたグラシアンに強気に答えた。

 

「いいかしら? 冒険者ギルドはもう役に立ちません。アベルの妨害に遭いますからね。わたくしたちの敵と言ってもいいでしょう」

 

 わたくしは一人一人を顔を見て言う。セドリック、ジョルジュ、クロード、グラシアン、皆の顔には不安、そして不満の色が見えた。そうですわ! これ以上アベルの横暴を許しておけません!

 

「追加の人員は、集まらないと思った方がいいでしょう」

 

 本当なら、アベルよりもよっぽどマシな新メンバーを加えて、更なる飛躍をするハズだったのに。あの男、絶対許しませんわッ!

 

「ではどうする?」

 

 セドリックがわたくしに問いかけてくる。

 

「わたくしたちは……」

 

『最後に一つ。次にダンジョンに行くなら、レベル5のダンジョンに行くといい。そこで自分たちの実力を確認しておけ』

 

 わたくしはアベルの言葉を振り切って断言する。

 

「わたくしたちは、レベル7ダンジョンを攻略いたします! 冒険者ギルドが、周囲の冒険者たちが、わたくしたちを侮るのは、レベル6ダンジョンの制覇がアベルの手柄にされているからです! わたくしたちは、アベルが居ないとなにもできないと思い込まれています! まずはその腐った現実を蹴散らしましょう!」

 

 そうすれば、冒険者ギルドの連中も考え直すでしょう。わたくしたちとアベル、どっちが有能かね!



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「ふぅー……」

 

 女の買い物は長いと聞いてはいたが……まさか、これほどとはな。朝早くに集合したというのに、買い物が終わった頃には、もうとっくに日が西に傾き、周囲を茜色に染め上げていた。丸一日かかってしまうとはな。

 

 オレの場合、見た目よりも性能重視だ。装備のスペックを比較して決めるだけの単純作業だが、年頃の女の子となるとそうもいかないらしい。装備と見た目、そして値段。様々な要素を加味して装備を決めるからか、やたら時間がかかる。

 

 まぁ、思春期だからなぁ。今のオレは自分の服装などどうでもいいが、オレにも自分の見た目をやたらと気にする時期があった。時には装備の性能よりも見た目を重視する非効率さを発揮したくらいだ。あまりとやかく言えん。

 

 それでも、オレのおススメする装備がことごとく却下されたのには、さすがに閉口したがな。

 

 曰く、オレのおススメする装備はかわいくないらしい。かわいらしさよりも自分の命の方が大事だと思うんだがなぁ。そう思ってしまうオレは、それだけおじさんになったということだろう。気持ちはまだ若いつもりだが、服装や身だしなみとかいちいち決めるのが面倒で、どうでもよくなってしまったからなぁ。

 

 顎に触れれば、ジョリジョリと無精ヒゲが逆立つ感覚がする。

 

 昔は毎朝剃っていたんだが、今では気が向いたらだもんな。身だしなみや服装に気を遣うよりも、面倒が勝ってしまうというのはおじさんの入り口かもしれん。

 

「叔父さん、どうしたの?」

 

 隣を歩くクロエの声に、現実へと戻される。茜に染まる黄昏時だからか、なんだか感傷的な気分になってしまった。

 

「んにゃ、なんでもねぇよ。夕飯でも買って帰るか」

 

 なんでもないオレの言葉に、クロエがぱぁっと輝くような笑顔を浮かべる。

 

「今日は家に来てくれるの?!」

 

 まったく、こんなだらしない叔父さんが、家に来るのことの何がそんなに楽しいのかねぇ。普通は嫌がりそうなものだが。世のお父さん方は思春期の娘に嫌われないように必死だというのに、クロエは昔からずっとオレに懐いている。父親の居ないクロエにとって、オレは半分親父みたいなものだと思うんだが……。まぁ、嫌わないでくれるのは素直にありがたいな。

 

「ああ。今日は夕飯にお邪魔しようと思う。その後帰るがな」

「えぇーっ。泊っていけばいいのに。また一緒に寝ようよー」

 

 クロエがオレの腕に抱き付て、上目遣いでオレを見る。まったく、どこでそんな技覚えたんだか、その姿はなんでも買ってやりたくなるほどかわいらしい。

 

 姉貴とクロエの家は客間というものが無い。リビングとキッチン、そして寝室が1つあるだけの小さな家だ。そして、寝室にはベッドが1つしかない。その1つしかないベッドで姉貴とクロエは寝起きしてるんだが、クロエが小さかった時ならまだしも、今3人で寝たらきっとぎゅうぎゅうになるほど狭い。

 

 わざわざオレを誘うこともないだろうに。

 

「ダメだ。オレは宿に帰る」

「えぇー。今日くらいいいじゃない。結局あたしにはなにも買ってくれなかったし……」

「あれは……」

 

 クロエがオレの顔を見上げたまま頬を膨らませて見せる。オレがクロエになにも装備を買わなかったことが不満らしい。だが……。

 

「アレはべつにプレゼントしたわけじゃねぇぞ。後でキッチリ金を返してもらうからな。オレに借金ができなくてよかったんじゃねぇか」

 

 視線を下げてクロエの全身を見れば、フードとマフラーの付いた黒を基調としたタイトな装備に身を包んでいるのが分かる。オレが成人祝いでクロエに贈ったシーフ用の装備だ。おかげでクロエの装備は、新調する必要がなかった。

 

「それは分かってるけど、そうじゃなくてー」

 

 クロエがオレの腕に抱き付きながらぶら下がるように体重を預けてきた。皆は装備を新調したというのに、自分だけ仲間はずれが嫌だったのか? 年頃の女の子の考えは分からん。

 

「ほら、自分で歩け。さっさと夕飯を買いに行くぞ」

「もー」

 

 オレはクロエを無理やり引きずるようにして、市場へと向かうのだった。

 

 

 ◇

 

 

「それでクロエはご機嫌斜めなのね」

 

 向かいに座った姉貴が、クロエを見て笑って頷いた。今は買い物も終わり、姉貴とクロエの家で夕飯を食べてる最中だ。今日の夕食は、市場で見つけたシチューを鍋ごと買い、他にもパンやソーセージ、サラダや卵料理などが並ぶ。

 

 姉貴には「また鍋ごと買ってきて! あんたは我が家を鍋まみれにするつもり!?」と怒られたが、シチューの入れ物を持っていなかったのだから仕方がない。

 

 ちなみに、オレが次々と買ってくる鍋は、売らずに近所の人にあげているらしい。なんとも姉貴らしい話だ。売れば少しは自分たちの生活の足しになるだろうに。

 

「もー。そんなのじゃないんだからっ」

 

 クロエが若干の不機嫌さをにじませてパンを千切る。姉貴にからかわれたと思ったのだろう。

 

 オレは千切ったパンをシチューに付けながら思う。

 

 そういえば、クロエに「浮気者」の真相を訊くのを忘れていた。

 

 どうするかな? 今は姉貴も居るし、何が出てくるか分からん話は止めておくか。下手に藪をつつくことはないだろう。蛇程度ならいいが、ドラゴンが出てきたら怖い。

 

 オレはシチューをたっぷりと吸ったパンを頬張り、そのまま口を閉じるのだった。

 

 



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基礎

「ねーえー? まーだー?」

「もう少しだ」

 

 歩くのが面倒になったのか、不貞腐れるように言うジゼルに答える。まぁジゼルの気持ちも分からなくはない。昨日から歩き通しだからな。

 

 オレたち『五花の夢』は、王都を東に進むこと1日の距離にある自然豊かな山の中へと分け入っていた。先頭を歩くオレは、片手に持った剣で木の枝や蔦を斬り払い、道を確保しながら歩く。たしかもうそろそろ見えてくるはずだが……。

 

「ふんっ」

 

 気合を込めて右手に持つ剣を振り、木の枝葉を打ち払うと、目の前が急に明るくなった。やっと辿り着いたか。

 

 前方に見えるのは、崖にぽっかりと開いた横穴の洞窟だ。パッと見る限りでは、とてもダンジョンの入り口に見えない貧相な見た目だが、低レベルのダンジョンなんてどこも似たようなものだろう。

 

 ここが天然の洞窟ではなく、神の試練であるダンジョンである証として、通称ダンジョン石と呼ばれる特別な石の台座が鎮座している。

 

「着いたぞ。少し休憩してからダンジョンに入ろう」

「やっとー? もう疲れちゃったよー」

「そうね。休憩というのは賛成よ」

 

 慣れない山歩きで余計に体力を消耗したのか、ジゼルとイザベルをはじめ、5人の少女たちが疲れた様子で地べたに腰を下ろす。山の中はもふもふの腐葉土に足を取られるからな。普段以上に体力を消耗する。一応オレが先頭に立って腐葉土を踏み固めたつもりだったんだが、それでも5人の体力にはきつかったようだ。

 

「冒険者は足が命だぜ? これから鍛えていかないとな」

「うへー……」

 

 オレの言葉にジゼルたちが眉を寄せて嫌な顔をしていた。まぁ、体力作りってのは、大切だがひたすらに地味な訓練だからな。少女たちや新人冒険者たちが嫌がるのも分からんでもない。しかし、いざという時に役立つのは、驚異的な身体能力ではなく、地道に培われた体力だ。体力がなければ、どんなにすごい体術を持っていたとしても、無になる。

 

 オレは、座り込む少女たちに背を向けて、洞穴の入り口にある石の台座へと近づいていく。

 

「ふむ。今このダンジョンに挑戦しているパーティは0だな。これなら思いっきり暴れてもいいだろう」

 

 オレは目の前の台座に安置された丸い水晶玉に手をかざしてダンジョンの情報を読み取っていく。どういう原理かはまるで分からんが、この水晶玉に手をかざすと、ダンジョンの情報が頭の中に入ってくる。

 

 と言っても、あくまで表層的な情報だがな。ダンジョンの情報を集めるなら、実際にダンジョンに行った奴から情報を買うのが一番いい。それでも、百聞は一見に如かずなんて言葉もあるがな。やはり、自分で体験しないと見えてこないものというものはある。

 

 まぁダンジョン石から得られる情報なんてのは、本当に極僅かだ。それでも、オレたち冒険者がこのダンジョン石から情報を探るは、他の冒険者パーティの有無が分かるからだろう。予め他の冒険者パーティが居ると知っているだけで、避けられるトラブルは多いのだ。

 

「んじゃ、休憩ついでにもう一度このダンジョンについて説明しておこう」

 

 オレは未だにへたり込んでいる少女たちに向かって口を開く。

 

「えー、またー?」

「こういうのは、耳にタコができるくらい聞いておいて損はねぇぞ」

 

 文句を言うジゼルを黙らせて、オレはこのダンジョンについて説明し始める。

 

「このダンジョンは、『ゴブリンの巣穴』。ダンジョンレベルはレベル2。オーソドックスな洞窟型のダンジョンだ。トラップの類は無し。出現するモンスターは……」

「もう何回も聞いたわ。ゴブリンでしょ? ダンジョンの名前になっているくらいだもの」

「んっ……」

 

 オレの言葉を遮ってイザベルが声を上げ、それに同意するようにリディが頷くのが見えた。イザベルやリディ、そして他のメンバーにも、あまり緊張感というものが無い。もう二度もレベル2ダンジョンを攻略しているという余裕の表れだろうか。オレにはそれが危ういものに見えた。

 

「油断するなよ。ここはお前たちが攻略してきた他のレベルダンジョンとは一味違うぞ。トラップが無い分、モンスターが強い。一応レベル2のダンジョンだが、モンスターの強さはレベル3と遜色ないぞ。今までと同じだと思ってたら、痛い目に遭うぜ」

 

 オレの言葉に少しは真剣さを取り戻したのか、5人の少女たちの目がオレを真っすぐに見つめてくる。いい傾向だ。

 

「ゴブリンたちの打たれ強さと武具には注意が必要だが、特に注意が必要なのは、飛び道具だな。弓を持ってるゴブリンには要注意だ」

 

 おそらく、モンスターが飛び道具を使って攻撃してくるなんて『五花の夢』のメンバーにとっては初めての体験だろう。他にも、ゴブリンたちは粗末な剣や槍などの武器で武装している。武器によって間合いが違ってくるし、対応も違ってくる。そのあたりを上手く順応できればいいんだがな。

 

 オレがなぜ次の攻略するダンジョンにここ『ゴブリンの巣穴』にしたかと言えば、飛び道具をはじめ、様々な武器を使うゴブリンが現れるからだ。ここで修業すれば、様々な武器に対応できるようになる。勝手に戦闘の基礎が身に付いていく。

 

 昔は修業目的のパーティがいくつか来てたんだが……深く生い茂った山道を見る限り、最近はあまり人が来ないようだな……。基礎が大事なんだが……。

 

 まぁ、それも仕方ないのかもしれない。『ゴブリンの巣穴』は、確かに修行にはもってこいだが、その稼ぎとなると、レベル2ダンジョンの中でも微妙だ。その日暮らしがやっとの初心者冒険者には、なかなか来れないダンジョンだろう。

 

「さて、こんなところか。もうしばらく休憩したら潜るぞー」

「「「はーい」」」

「分かったわ」

「んっ……」

 

 『五花の夢』のメンバーたちが頷くのを見て、オレも休憩するべく地面に腰を下ろした。



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装備

「あいよっ!」

 

 松明のオレンジ色に色付く洞窟の中に、白銀の剣筋が閃いた。ジゼルだ。パーティの遊撃手であるジゼルが、エレオノールと睨み合っていたゴブリンを背後から奇襲したのだ。

 

「Guaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」

 

 いきなり背中を斬られたゴブリンは、耳をつんざくような悲鳴を上げて前のめりに倒れる。

 

「はぁっ!」

 

 そこに待っていたのは、エレオノールの鋭い一刺しだ。

 

「Guoッ」

 

 エレオノールの装飾華美な片手剣の突きを喉に受けて、ゴブリンがくぐもった声を上げる。その背や喉からは、白い煙がまるで血液の代わりに吹き出していた。

 

「えいっ!」

 

 なんとも気の抜けるエレオノールの声と共に、ゴキュリとなにかがねじ切られたような音がした。エレオノールが片手剣を捻ってゴブリンの喉を抉ったのだろう。

 

 ゴブリンはビクリッと体を一度震わせると、ボフンッと白い煙となって消える。ゴブリンの討伐に成功したのだ。

 

 カランッ!

 

 小さく乾いた音を立てて、ゴブリンが居た場所に棍棒と呼んでいいのか、木の枝と呼ぶべきか迷うほどの木片が落ちていた。これがゴブリンのドロップアイテムだ。オレはその木片を拾って【収納】に収めながらジゼルとエレオノールの様子を窺う。

 

 2人ともモンスターの討伐に達成感を感じているのか、小さく笑みを浮かべている。緊張や恐怖で強張っているわけではなさそうだ。

 

 稀に人型のモンスターを倒すことに拒絶反応を示す者が居るが、2人は大丈夫なようだな。

 

 そのことに安堵しつつ、ジゼルへと視線を向ける。

 

「よっしゃー!」

 

 両手を上げてモンスターの討伐を喜ぶジゼル。その姿は、以前のボロ着姿ではない。艶消しした黒の革鎧をタイトに着込み、一見その姿は身軽さを尊ぶシーフのようだ。オレとしては、ジゼルは剣士なのだからもっと重装甲にしたかったのだが、本人が嫌がった。下にチェインメイルを着ることも拒否したくらいだ。ジゼルは身軽さを重視しているらしい。

 

 【剣王】という剣士は喉から手が出るほど希少かつ強力なギフトを貰ってはいるが、ジゼルの嗜好はシーフ向きのようだ。

 

 そんなジゼルだからか、彼女は革製のパンツ鎧であるサブリガと、レギンスの装備も拒否した。動きが制限されることが我慢できないらしい。サブリガとレギンスの代わりに彼女が穿いているのが、厚手のホットパンツとニーハイソックスだ。ジゼル本人はかわいいと言って気に入っているようだが、オレとしては防御力に不安が残る。

 

 ジゼルがどうしても譲らなかったのでオレが折れてしまったが、もっと強く言うべきだったかもなぁ……。

 

 オレはやれやれと頭を振って、今度はエレオノールに注目する。エレオノールは、胸の前で左手を握って勝利を噛み締めているようだった。

 

 エレオノールの恰好は、以前とあまり変わりはない。装備自体は充実していたからな。変更した点は、ミニスカートを止めさせたくらいだ。

 

 エレオノールは、紺色のワンピースドレスを着て、その上から白銀に輝く鎧や盾を身に付けている。オレとしては、普通にズボンでいいかと思ったんだが、エレオノールはどうしてもスカートに拘ったので、この紺色のワンピースドレスになった。

 

 ドレスと付く通り、なかなか華やかなワンピースだ。しかし、冒険者の装備として、最低限の仕事は果たしている。実はこのワンピースドレスには、鉄線が編み込まれた防刃仕様なのだ。ワンピースドレスの下にもチェインメイルを着ているし、たぶん大丈夫だろう。

 

 目下一番心配なのは……。

 

「なにかしら?」

 

 イザベルに目を向けると、虹の油膜がかかったような黒い瞳がオレを迎撃する。その横にくっ付くように立っていたリディの赤い瞳もオレを睨むように見る。この2人には、なぜか強く警戒心を持たれてるんだよなぁ……。いや、イザベルには初っ端胸の話をしちまったから分からんでもないが、リディはなんでオレのことをこんなに警戒してるんだ? 貞操の危険を感じてるとか? いや、どう見たって10歳くらいにしか見えないリディを女としてみたことは無いんだがなぁ……。

 

 リディは手に持った錫杖をキュッと握り締めて、イザベルの後ろに隠れてしまう。まぁ、リディの装備に関しては問題じゃない。リディの白地に青のラインが入った修道服の下にはチェインメイルを着ているし、手には錫杖も持たせた。棒術の心得はこれから教えていくとして、とりあえず装備面は問題無いだろう。

 

 問題があるのは……。

 

「なに? なにか言いたいことがあるなら言ってみなさいな」

 

 オレの視線から庇うように胸元を手で隠しながら言うイザベル。なにを勘違いしてるんだか。オレは胸なんて見てねぇぞ。

 

「それじゃあ言わしてもらうがよ。その恰好はどうにかならんのか?」

 

 イザベルは今、ダンジョンの攻略中だというのに、その細い肩もたわわな胸元も露わにしたイブニングドレスのような黒いドレスを着ている。黒のヴェールで顔を隠していることといい、まるで喪服のようだ。手には杖も持っておらず、右手に松明を持っているだけだ。松明の光に照らされて、右手の薬指に淡く黄色に指輪が光っている。どこからどう見てもダンジョンには不釣り合いの格好だ。まったく冒険者に見えない。

 

「どうにもならないわ。これが私の勝負服よ」

「その喪服みたいな色だけでもどうにかならなかったのか? 縁起が悪すぎるだろ……」

 

 しかし、イザベルはオレの言葉をふんっと鼻で笑う。

 

「冒険者なんていつ死んでもおかしくないのだから、相応の覚悟を持って臨むべきよ。この服は、私の覚悟の表れなの」

「その覚悟は素晴らしいとは思うがよ。下にチェインメイルくらい身に付けたらどうだ?」

 

 イザベルは、本当にドレスだけ着ていて、防具らしいものはなにも身に付けていない。間違いなくこのパーティで一番防御力が低いのは彼女だろう。

 

「加工品は精霊たちが嫌がるのよ。魔法の力を高める意味でも、できる限り身に付けたくないわ」

 

 イザベルは【精霊眼】という稀有なギフトを持つ精霊魔法の使い手だ。その威力を落としたくないという気持ちは分かるが、ちょっと心配になってしまう。

 

「はぁー……」

 

 だが、言っても聞かないんだよなぁ……。オレは諦めの気持ちを込めて溜息を零した。



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継戦

「ゴブリン4っ!」

 

 可憐な少女を思わせるかわいらしい声が、耳に届く。

 

 暗くじめじめとした洞窟の中。松明の頼りなく揺れる明かりが照らす前方の曲がり角。そこから跳ぶように躍り出たのは、黒のピッチリと張り付くような装備を身に纏うクロエの姿だ。

 

 クロエは、盗賊とも呼ばれることがあるパーティの斥候役であるシーフだ。敵地に単独偵察に行くこともあるので、その身は音の鳴る金属の重装備を纏えない。そこで考えられたのが、攻撃を耐えるのではなく躱すという発想だ。そのため、シーフの装備は過剰なくらい身動きしやすいように考えられている。中には下着と変わらないような物まである始末だ。

 

 当然、オレはかわいい姪であるクロエが、痴女扱いされるのを防ぐべく、なるべく布面積の広い物を選んだつもりだ。しかし……オレは判断を誤ったかもしれない。

 

「ウォリ3、アチャ1!」

 

 接近戦をするゴブリンの戦士ゴブリンウォーリア3体と、弓を持ってるゴブリンアーチャーが1体か。そこそこいい練習になるだろう。

 

 クロエが敵のゴブリンの構成を伝えながら、こちらに向かって駆けてくる。松明のオレンジの光に照らされたその姿は、クッキリと若さ溢れるボディラインを浮かび上がらせていた。

 

 クロエの装備は、たしかに露出している肌面積は少ない。顔と肩、太ももの一部が露出しているくらいだ。だが、クロエの体にピッチリと張り付いた装備は、まるで服を着ているのではなく、クロエの裸体に服の絵を描いたようにも見える有様だ。

 

 オレは布面積にばかり気を取られ、大事なことを見落としていたようだな……。

 

 後でなんとかしよう。オレはそう心に固く誓い、【収納】を発動する。現れるのは、そこだけ切り取られたかのような黒い空間だ。オレはその黒い底なしの空間に手を突っ込んで、中からある物を取り出して構える。

 

 それは大きく、まるで殺意以外の感情が抜け落ちたかのように無機質な冷徹さを受けるクロスボウだった。弦を張り詰め、ボルトが放たれ敵を穿つ瞬間を、今か今かと待ち構えている。

 

 この巨大なヘヴィークロスボウがオレの相棒だ。

 

 重くて狙いが付けづらいわ、弦が硬すぎて、それなりに鍛えているハズのオレでも自力で引けず、備え付けの巻き上げ機を使わなくてはいけないわ、とにかく扱いづらい。威力に特化し過ぎて、その他すべてを犠牲にしたような、汎用性などまるでないクロスボウだ。

 

 しかし、その威力は絶大である。大した戦闘能力を持たないオレが、高レベルダンジョンのモンスターに傷を負わせることができる唯一の手段だ。

 

「アーチャーはオレが仕留める。お前たちはゴブリンウォーリアを」

 

 オレはパーティメンバーへと指示を出して、ヘヴィークロスボウの狙いを曲がり角へ定めた。ゴブリンアーチャーは、弓を撃つ時間さえ与えずに倒さないといけないからな。陣形を無視して後衛を攻撃できる遠距離攻撃は、相手にするととても厄介だ。

 

「GyaGyaGyaGyaGyaGyaGyaGyaGya!」

「GuaGuaGua!」

 

 奇怪な雄叫びが、洞窟の中で反響し、微かにオレの耳に届く。その奇声は次第に大きくなり、こちらに接近していることが分かった。来たか。

 

 曲がり角から飛び出してきた音の正体は、緑色の肌をした小柄な人影だった。オレの腰ぐらいまでしかない小さな体躯、その小さな体には不釣り合いなほど大きく尖った耳、金色の瞳にヤギのような横長の瞳孔。ゴブリンだ。

 

 先頭を駆けてきたゴブリンは、粗末な腰巻を身に付け、その手に棍棒を持っている。ウォーリアと呼ぶには貧相だが、これがレベル2ダンジョンのゴブリンウォーリアだ。

 

 以前戦った野生のゴブリンよりも、よほど貧相に見える。強さも野生のゴブリン以下だろう。

 

 ゴブリンウォーリアがオレの射線上を通過していく。オレの狙いはゴブリンアーチャー。コイツには撃たない。

 

「Gugege!」

 

 次に現れたのも棍棒を手にしたゴブリンウォーリアだ。

 

 そして、次に現れたのは……ッ!

 

 ブォンッ!!!

 

 オレは、それを知覚すると同時にトリガーを引いていた。ヘヴィークロスボウの太い弦が空気を切り裂く重苦しい音が洞窟に反響して響き渡る。

 

 オレの放ったボルトは狙い違わず飛翔し、ゴブリンアーチャーの頭を撃ち砕いた。ゴブリンアーチャーが断末魔もなく白い煙へと成れ果てる。

 

 ボスッ!

 

 ゴブリンの頭を貫通したボルトは、尚もその威力を保っていた。洞窟の壁に激突し、重低音を響かせる。

 

 ゴブリンアーチャーを仕留めた今、相手はゴブリンウォーリア3体だ。おそらく勝てるだろう。オレはヘヴィークロスボウの弦を巻き上げながら観戦することにした。

 

 ゴブリンウォーリアたちは、こちらを見ると、怯むどころか嬉々として襲いかかってくる。普通の生物なら仲間が一撃で倒されたことに動揺や恐怖を浮かべそうなものだが、これはなにも、このゴブリンウォーリアたちが特別バカだからではない。ダンジョンのモンスターは、侵入者を見つけると、人数差や戦力の大小に拘らず襲いかかってくるのだ。

 

 まるで、命ある限り敵を殲滅しようとする死兵だ。一見バカみたいだが、やられてみると意外とキツいことが分かる。なにせ、見つかれば絶対戦闘になるからな。1回の戦闘では気になるほどではないが、何度も続けばこちらが疲弊する。例え、相手がザコだとしてもだ。

 

 もう『ゴブリンの巣穴』の8割方攻略できた。総戦闘回数は17回。そろそろパーティメンバーに疲労がたまってくる頃だろう。剣を持ち上げる腕も重いはずだ。

 

 だが、慣れていかねばならない。ダンジョンという、どこにも安全地帯が存在しない魔境にいるのだ。休憩を欲しても休憩できないことなんてザラにある。パーティに大事なもの。それは、素早く敵を片付ける殲滅力も大事だが、一番大切なのは継戦能力なのだ。



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ゴブリンアーチャー

「あなたたちの相手はわたくしですわっ!」

 

 迫ってくる3体のゴブリンウォーリアに対して、最初に動いたのはエレオノールだった。その手に持つ剣を盾に打ち付けて音を鳴らし、ゴブリンたちの注意を引き付ける。

 

 重装甲のエレオノールは、タンクと呼ばれることもあるパーティの盾役だ。敵の攻撃を一身に受け、味方の攻撃の機会を作り出す。パーティの盾であると同時に、攻撃の起点でもある。

 

 まぁ、今回は相手が棍棒とも呼べない木の棒を持ったゴブリンだ。盾に鎧の重装甲、そして【強固】のギフトを持つエレオノールが、怪我を負うことも無いだろう。

 

 エレオノールから深い黄色の光の粒子が零れた。【強固】のギフトを使ったのだ。エレオノールの体や身に付けている装備が硬度を増し、防御力が上がる。

 

 パーティメンバーの前に出て、ピカピカ光る鎧を身に付け、音を鳴らし、更には自身が光るエレオノールが目立つのだろう。ゴブリンたちが、エレオノールを目標に定めて襲いかかる。その刹那―――ッ!

 

 キンッ!

 

 ゴブリンたちの雄叫びの中、涼やかなその音は、不思議なほど大きく響いた。

 

「Guaッ!?」

 

 同時に、一番右に居たゴブリンが、胸から白い煙を吹き出し倒れる。倒れたゴブリンの向こうに見えるのは、黒い鎧に包まれたジゼルの華奢な背中だ。その赤いポニーテールが、ふわりと舞い上がっていたのが印象的だった。

 

 速い。ゴブリンの懐に飛び込んで、剣を抜き放ち、そのまま一閃して駆け抜ける。やっていることは単純だが、とにかく速い。これまでの戦闘で疲れも溜まっているだろうに、その速さは増して尚も鋭くなっている。

 

 武器を持った相手の懐に飛び込むのは、思っている以上に度胸が要る。僅かでも躊躇してはならない。それをこうも鮮やかにやってみせるとは、ジゼルは思った通り気の強い子だ。冒険者の前衛には必要な気の強さだ。それでいて、この短時間で違いが分かるほど急速に成長している。将来が楽しみな娘だ。

 

「GauGauGau!」

「GobuGobu!」

 

 前方から粗い息遣いの雄叫びが聞こえる。残った2体のゴブリンウォーリアのものではない。新手だ。オレはヘヴィークロスボウの巻き上げ機を高速で回しながら叫ぶ。

 

「新手だ! 早めに処理しろよ!」

「はぁあっ!」

 

 オレの言葉に応えるように、エレオノールが隙をさらすことを覚悟で右のゴブリンウォーリアに突きを放つのが見えた。ゴブリンの武器が棍棒という貧弱な武器だからこそできるパワープレイだ。

 

「うっ……」

 

 エレオノールは左肩と腹を棍棒で殴られるが、痛みに耐え、姿勢を崩さず、突きを全うする。エレオノールの剣の刃先は、見事ゴブリンウォーリアの胸の中心を穿った。攻撃が当たったことに満足せず、エレオノールは剣を捻じると素早く剣を引く。

 

「Gobaッ!?」

 

 胸の中央に大きな穴を穿たれたゴブリンは、エレオノールに剣を引かれると、力なく地面に崩れ落ち、白い煙となって消えた。これで残すはゴブリンウォーリア1体。その残った1体に、ジゼルがバックアタックを仕掛けようとしているのが見えた。

 

 これで終わりだな。

 

 しかし……。

 

「Guaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」

「GobuGobu!」

 

 最後のゴブリンウォーリアを倒すよりも、ゴブリンたちの援軍の到着の方が早かった。現れたゴブリンは、棍棒を手にしたゴブリンウォーリア2体、弓に矢を番えるゴブリンアーチャー4体。最悪だ。

 

「ウォリ2! アチャ4! オレは右を殺る! とにかくアーチャーを潰せッ!」

 

 クロエたちには油断をしてほしくなくて敢えて言わなかったが、ぶっちゃけこのダンジョンはゴブリンアーチャーさえどうにかできればクリアできる。ゴブリンウォーリアの武器は粗末な棍棒だ。ゴブリンの腕力では大したダメージは喰らわない。しかし、ゴブリンアーチャーは違う。

 

 ゴブリンアーチャーの矢には、粗末な作りながらも黒曜石の鏃が付いている。ゴブリンウォーリアの棍棒などよりも、よほど殺傷能力が高い。しかも、ダンジョンのモンスターだというのに、ゴブリンの不衛生で悪賢い部分も再現しているのか、矢には毒が塗ってある場合もある。

 

 とにかくゴブリンアーチャーの矢は喰らってはいけない。

 

 ブォンッ!!!

 

 まるで獣の唸り声のような耳馴染みのある音が響き渡る。ヘヴィークロスボウの発射音だ。発射とほぼ同時に、超高速で飛翔するボルトが右のゴブリンアーチャーの頭を爆散させる。これで残りのゴブリンアーチャーは3体。

 

「分かったわ!」

 

 先程は魔法の使用を控えていたイザベルが、オレの言葉に応え、右手を前に向けた。遅い。オレへの返事など必要ない。一刻も早く魔法でゴブリンアーチャーを潰すべきだ。

 

「トロアル! ストーンショット!」

 

 イザベルが、契約している土の精霊に指示を出す。精霊魔法は、精霊が魔法を使う分、威力に対して魔力の消費は少なくなるが、魔法の発動にワンテンポ隙ができるのが弱点だ。間に合うか?

 

 イザベルのゴブリンアーチャーに向けられた右腕。その右手の前に黄色の光の粒子が集まり、鍾乳石のような尖った石が生成される。

 

 ドゥンッ!

 

 生成された石は、軽い衝撃波を放ちながら射出され、今にも矢を放ちそうなゴブリンアーチャーの上半身を消し飛ばした。上半身を失ったゴブリンアーチャーの下半身が、力なく崩れ落ち白い煙となって消える。残るゴブリンアーチャーは2体。



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